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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 71その3

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、MVP関連です。

しかし、今週は何もかも、のえがかっさらってしまった。
それなりのお嬢様なのに御所の女房。あのゲスな本音。過去に何かあったんですかね?
あの振る舞いですから、何も知らない娘ってことはないでしょう。二階堂行政にしても、さっさと片付けたかったんじゃないですか。

何やらページ数、ひいてはPV数を増やすだけのような存在に見えるMVP関連記述ですが、ここでなぜ北条政範と藤原兼子(卿三位)が出てこないのでしょうね。出番は少ないけど今後の鍵を握っていると思います。それと行政の孫、ここではのえが出て来るのなら、彼女の父親(行政の娘の夫)伊賀朝光も、今後のことを踏まえて出してしかるべきでしょう。この人の息子の光季は、承久の乱で朝廷方に招聘されたにも関わらず応じなかったため、自害に追い込まれています。

あの甘ったるい理想のプロ彼女から、一転してゲスな本音。
いやあ、これは教育にいいドラマですよ。
予告のきのこに喜ぶ時点で、これはもうダメだとは思いました。見抜けない義時、もうダメだと。

義時が本当に見抜けなかったか否かはともかくとして、
「いやあ、これは教育にいいドラマですよ」
という武者さんの言葉が、非常におじさん臭く見えて仕方ないのですが…日頃武者さんが軽蔑している(たぶん)おじさん臭さに、本人が嵌ってしまっているような感じです。

それにしても、つくづく今年は良心的です。
いくらイケメンの小栗旬さんが演じていても、義時はもういい歳のオッサンの上、人を殺しまくっています。
そんな男に惚れる女はおらんでしょ、という現実を見せつけてきました。

どこか「良心的」なの不明です。相変わらずと言うか、牽強付会ではあります。
「いい歳のオッサン」はともかく、それなりの社会的地位も権力もあるのですから、本気で惚れ込んでいなくても、言い寄って来る女性がいても特におかしくはないかと思います。それと
「人を殺しまくっています」
これは笑うところなのでしょうか。武家政権、それもまだ創業時の段階に於いて、何らかの形で人を殺める、あるいは間接的にそれに関与している人は多いはずなのですが。なぜ変に現代的視点でものを見るのでしょうね。

去年の大河も、変に美化せず、そう描いていれば面白かった。
渋沢栄一と兼子の再婚なんて、妊娠期間からして千代の死後間も無く関係があったとしか思えないわけです。
そもそもが出会いは明治の愛人クラブ経由です。

ここも変に現代的視点になっています。妾を持つのは男の甲斐性とまで言われてもいた時代、別に美化も何もしておらず、しかも千代はそれとなく栄一に圧力をかけてはいるのですが。あのシーン、ちゃんと観ていたのでしょうか武者さんは。

愛人契約を純愛にしたり、史実をあまりに歪めて描くから、ワケがわからなくなる。
なぜ金で女を転がすおっさんを美化せねばならないのか?
その過ちを繰り返さない今年は良心的です。

別に「純愛」として描いてはいませんけどね。栄一もちょっとばつが悪そうでしたし、史実を歪めて描くと言うのであれば、栄一のどのような史実をどのように歪めて描いたのか、その点の具体的な指摘がないから、武者さんの批判あるいは非難がどこか的外れになっているわけです。
それに比奈も当初は、金と力のある男性である頼朝の側室となるはずだったのですが。過ちを繰り返さないのであれば、最初から義時の許に行かせる設定にしたでしょう。しかし「良心的」て…。

中年以降の徳川家康にだって、別に純愛など期待されていません。
松本潤さんはイケメンですが、それはそれ。来年もこの調子で頼みますよ。

そしてなぜここで、来年の大河を唐突に引っ張り出してくるのかも意味不明。自分の希望を、こんなとこで押し付ける必要もないでしょう。第一古沢良太氏も、中年以降の家康に純愛させるなどとは一言も言っていないし、今現在わかっているのはまだ若く、しかも歴史に翻弄される家康が、家臣と共にどのようにして己の行く道を選び取るかなのですが。

そして栄一の妾関係でいくつか記事のリンクが貼られています。その内のひとつだけ見ましたが、正直言って武者さんの主観メインであると思われます。
たとえば

むろん、襄に妾はありません。
敬虔なプロテスタントである襄は考えただけでゾッとしたことでしょう。

また「プロテスタント」で一括りにしていますが、プロテスタントという名を持つ教派はありません。せめてピューリタンとしてほしいところです(厳密には会衆派)。新島自身が学んだアマースト・カレッジを始め、アイビーリーグのハーバードやイェールもこの会衆派で、禁欲的かつ自治と聖書のイメージです。

何事も近代的な渋沢栄一ですが、女性の見方は古風でした。

「近代化を成し遂げた人」が女性観、または家族の在り方に関して、必ずしも当時の西欧人と同じではありませんし、逆に当時一代で名を成した人の場合は、寧ろ愛人がいてもおかしくはなかったでしょう。

そしてまた『論語』から。思うのですが、真に漢籍を専門にしている人の場合、こういう形でちょこまか出してこないのではないかと思いますが…すべて自説補強にしかなっていないし。

ここで少し『論語』の擁護でもさせていただきますと……。
西洋から「一夫多妻制はありえないのではないか」と言われた東洋の人々は、文化の違いであり野蛮だと言われる筋合いはないと抗弁したものです。
ただし『論語』はじめ儒教にそうした戒めがないかと問われれば、そうとも言い切れません。
酒色は控えるべきだという観念は東洋の儒教国家にもあります。
玄宗と楊貴妃はじめ、女性に耽溺した君主は問題があるとみなされました。
栄一は若い頃、志士であったこと。それに彼が「明眸皓歯」(めいぼうこうし・明るい瞳に白い歯で美人のこと)に目がないと語っていたことも考えましょう。
夫は女好きを隠そうとしない。
何人もの明治の女性はそうため息をついていました。兼子もその一人です。世間は騙されようとも、妻はそうじゃない。

まず「『論語』の擁護」などとあるから何かと思ったら、つまるところ「『論語の正当性』」なのでしょうか。そして中国歴代王朝にそういう戒めがあったということは、酒色に関する問題が多かったとも取れます。しかしそれと、美人が好きだと言っていた栄一を同一視できるのでしょうか-要は武者さんは志士が嫌いなのだなと思います。
それと栄一のみを女に目がないとするのは筋違いです。志士の多くは妻以外に愛人もいたり、また愛人を作っても妻を持たないという人もいました。さらに
「西洋から『一夫多妻制はありえないのではないか』と言われた東洋の人々は、文化の違いであり野蛮だと言われる筋合いはないと抗弁したものです」
と言うのであれば、栄一の時代のことを、今の我々がどこまでとやかく言うべきなのかも考えてしかるべきでしょう。単なる『青天を衝け』叩きのためでしかありませんし。特定のドラマを批判あるいは否定するために、違う時代の道徳を持ち込むのは、正に一夫多妻を否定した西洋と変わらないのではないでしょうか。

『鎌倉殿の13人』は、三谷幸喜さんが今までの大河の中でも最も力を発揮しているように思えます。
資料が少ないだけにミステリのような展開ができる。
歴史研究者が推理でバリバリと話を進めると問題がありますが、そこを作家が補う。

個人的な意見ですが、所謂三谷大河の中で、今一つ面白く感じられないのが今年の大河です。
始まる前は、戦国や幕末と言ったポピュラーな時代でなく、吾妻鏡に則るとあったため、より今までの大河に近づけるのではないかと思っていました。しかし先日分でも触れたように、どうも現代に寄せている感があり、しかもそこに三谷さんらしい描写を織り交ぜると、歴史ドラマの面白さとはまた別になって行っているように思うのです。

確かにオリキャラとか、特定の人物像の描き方などは面白いと思います。その一方でアレンジし過ぎて、この時代特有の雰囲気とどこかそぐわない印象も同時に受けています。また考証にしてももちろん異論もありますし、『真田丸』の頃から感じるのですが、どうも考証を前面に押し出し過ぎな嫌いもあります。

そして政範の死因ですが。

・状況的に見て病死とは思えない
・殺害現場が平賀朝雅邸
・遺体が人目につかぬよう、早急に処理されている
・政範と同時に別人も死んでいる
どうです? ミステリでしょう。

いや武者さんがそう思うのは勝手ですが、ここで持ってくるべき話題かと思います。それを言うなら歴史上の人物の生涯など、多くがミステリですし、信長や龍馬の最期などその最たるものでしょう。それと史料によっては、時政も政範に同行していたようですね。

そしてあらすじ部分で書いたことを、もう一度持ち出しています。

そして不気味なのは、りくと時政の反応が見えにくいところ。
時政は重忠を討つ気でいますが、その動機がまだ見えてきません。
今週はいわば溜めで、来週どう展開するか引っ張っています。
わかりやすすぎると興醒めだし、同じ週で解決するなんて勿体無い――そういう極上の歴史ミステリにしたいからこそ、ひねりにひねったうえで、ひっかけも用意している。
義時の結婚でわちゃわちゃ盛り上げておくのがそうでしょう。

何だか「極上の歴史ミステリ」などと言われると、かえって興ざめするのですが。
時政の動機が見えてこないのは確かですが、そしてこれも前に書いていますが、彼らは息子の死因が何であるのかさえ確かめようがないわけです。やはりここは定説通り、重忠の子で政範に同行しており、しかも朝雅とうまく行かなかった重保に責めを負わせるのでしょうか。それと、同じ週で解決するなんてもったいないと言うより、ペース配分からして、複数回に分けた方がいいと制作陣が判断したせいかも知れません。
今年のはここまで善意に解釈すると言うか、持ち上げることができる一方で、『青天を衝け』は悪意に満ちていますね。好悪でドラマを判断するとどうなるか、その見本のようなコラムです。

それにしても、色々な意見があるのは承知しているが、自分はこれを応援したいと書くのであればまだわかりますが、どうもこのコラム、あるいは朝ドラ記事の場合でも、自分と違う意見は言語道断のようになっているのが多いし。特にネット上のファンダムを、目の敵にしてやしないかとも思われます。

あと、視聴率のことでまたあれこれと書かれていますが、これに関してはまた改めて。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/09/10 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 71その2

『武将ジャパン』大河コラム後半部分の疑問点です。あと最近の投稿分、何か所か少し訂正しています。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第34回「理想の結婚」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/09/05/170675

1.こういうとき、頼朝がいればよかったかもしれない。
冷酷で政治力を有していただけでなく、女性を見抜く力量も間違いなかった。政子はもちろん、八重も亀もいい相手でした。
八田知家は、武技に関しては一流なんでしょうけど、だからといって女性や人物を見抜く眼力まで備わっているのか、この時点では不明です。

その頼朝がいたらいたで、自分のものにしてしまったのではないかと思うのですが…。と言うより、やはり義村に見極めさせればよかったのではないでしょうか。義村は実朝に講義するよりこういうのの方が合っているでしょう。

2.薙刀を振り回す知家は、今日も胸元がはだけていて、なんだか尤もらしいことを言ってます。

薙刀と言うより、1本の太い棒のように見えます。

3.訃報を聞いた時政とりくは、突然の悲劇にどうにもならない深い悲しみに落ちるばかり。
そして、なんだか妙です。
この場面と、この後がおかしい。急死したと描かれるのに、時政とりくが、しばらく出てこなくなります。死因や、死の状況のも不明なまま。

「この後がおかしい」と言うより、何がどのようにして起こったかは、上皇とか、仲章とかの都の人々の会話によってそれとなくわかるから、わざと時政もりくも出していないわけでしょう。逆にこの2人は、息子の死因が本当は何であるのか、それを知るすべを持たないわけです。

4.りく、丹後局、実衣、亀……そういう危険な女の系譜にまた一人追加です。本作は悪女盤石の体制ですね。
一方、とにかく納得いかないのが泰時です。

のえのことでしょうが、りくにしろ丹後局に亀にしろ、その時々の自分の地位や立場で、やれることをやったとしか思えません。後世の評価で悪女とされることはあるかも知れませんが。りくを演じている宮沢りえさんは
「三谷幸喜さんは『これまでのような悪女と同様には描きたくない』とおっしゃっています」
と、ガイドブックでコメントしていますね。あと実衣は微妙です。

それと泰時ですが、彼のようなキャラが主人公もしくはそれに準ずる役で、大河でない時代劇の主役なら面白いかと思います。

5.何がいいかって、夫にまっすぐ本音でぶつかっていくこと。
初とのえ、泰時と義時。
この関係性は全く違います。義時にはまっすぐぶつかってくれる妻はもういません。

世代も違うし、初めての妻か継室かでもまた違って来ます。直言してくれる妻はいなくても、3人目の妻を迎えるような年齢になっており、人生に於ける経験値はあるでしょう。

6.どうやら実朝は鹿の肉を食べるのは初めてとか。鎌倉時代は肉食をしたものの、このころは仏教由来の「獣肉は穢れ」という発想もあります。
肉をどんどん入れる義盛。

獣肉は穢れという教えはありましたが、津國の武士たちはまだ肉食をしていたようです。頼家が倒れた時の後鳥羽上皇の「うまいもの」も、この獣肉のことではなかったのかと以前書いています。無論上皇としては、やや皮肉を込めてそう言ったとも取れますが。

7.実朝がようやく鹿肉を口にする……すごく微笑ましいけど、突っ込みたい。
義盛は何をしているんですか?
鎌倉にも猟師はいて、肉はそこから買える。それなのに遊び半分で、なに、鹿を追いかけているんですか。

武者さんは何故義盛に突っかかっているんですか?
この当時、巻狩りのような大規模な狩りでなくても、武士が領地で弓術や馬術の鍛錬として狩りをすることはあったでしょう。特に農作物を荒らす鹿や猪は、狩猟の対象になったのではないでしょうか。別に遊び半分ではないと思います。

8.実朝は歌人として、自分達の日々を生きている人々の生活を見つめました。ずっとこんな日が続けばいよいと願っていました。

それはいいのですが、そういう実朝はこの回では描かれていませんね。政子がそのように願ってはいますが。

あとこの実朝の結婚で
「京都から結婚相手を見つけるとなると大姫が頭に浮かび、御家人から選ぶと頼家と重なる。実は八方塞がりかもしれません」
とありますが、そして先日も少し書きましたが、大姫の場合と実朝の場合はやはり別物でしょう。鎌倉殿である実朝は、上皇が自分の駒のようにしているところがありますし。それに大姫は当初は入内に乗り気だったわけですが、実朝は早くも重責に怯えているようにも見えます。

この続きはまた改めて


飲み物-スノーアンドテル
[ 2022/09/07 23:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 71その1

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点前半部分です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第34回「理想の結婚」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)


1.泰時はめんどくさい性格です。『鬼滅の刃』の炭治郎と同系統ですね。
『麒麟がくる』の光秀もそうでした。彼も放送時に空気が読めないだの、態度が悪いだの、言われていたものです。
現代で言えば、接待カラオケができないタイプと申しましょうか。坂口健太郎さんの端正な個性にもピッタリ。

なぜここで『鬼滅の刃』だの『麒麟がくる』だの出て来るのでしょうね。お気に入りだから無理やり出して来ている感もありますし、泰時と光秀は人間性がいくらか異なるとは思いますが。
それと「端正な個性」と言うでしょうか。「端正な振る舞い」とか「端正なたたずまい」などとは言いますが。

2.癒し系であり、ネタバレしますと、彼は物語の最後まで滅亡or失脚をしません。
時房ファンの皆さまご安心ください。

承久の乱にも参加して、義時が亡くなった後も生きるのですから当然のことと思われます。

3.三代目鎌倉殿・源実朝――。
実朝の隣には、実衣がいて頭を下げています。乳母はそれほどまでに実権を握っているのですね。

「乳母はそれほどまでに実権を握っているのですね」
非常に今更感があります。武者さんは比企尼や能員の妻道を、どのように見ていたのでしょうか。

4.薙刀のような長柄武器は実践的で、中国ではむしろこちらが主流になりました。

このドラマの舞台は中国ではなく、鎌倉時代初期の日本です。
薙刀は平安時代から用いられていましたが、大型化したのは鎌倉時代末期、南北朝の頃だと言われていますね。弁慶が持っていたのも、薙刀とされています。

5.しかし語りばかりで退屈なのか、実朝も居眠りをしてしまいます。扇をパンと打ちつけ、実朝を起こす広元。

個人的には、薙刀と弓矢の稽古の後で体力を使ったのかと思いますが…。

そして
「漢籍教養の豊かな人ですので、ここで『論語』「衛霊公」でも。
子曰く、無為にして治まる者は、其れ舜か。夫れ何をか為すや。己を恭しくし、正しく南面するのみ、と。
【意訳】孔子は言った。何もせずともうまく天下を治めたのは舜か。何をなされたのだろうか? 謙虚な態度で、君主として正々堂々振る舞っていたのだ」
などとありますが、別に出さなくてもいいとは思います。武者さん自身はこれを書きたくてたまらないのかも知れませんが。

6.とても綺麗な和紙ですね。当時は貴重な和紙をこれほど大量に入手することは、彼女が若い頃にはできなかったのでしょう。紙の質が格段に上がっています。

例の和歌を書き写した冊子のことですが、彼女(政子)が若い頃にと言うより、今は尼御台という地位があるからこそ、こういう高価な紙をふんだんに使えるのではないでしょうか。それ以前から、それこそ武者さんが好きな大陸・半島由来の紙は存在していたはずですが、それらを日常的に使う人々はかなり限定されていたでしょうから。

7.今度の裁きは俺がうまくやるとノリノリ。相手が泣き寝入りするようなことはしねえ、安心して待ってろってよ。
なんなんでしょう、この清々しいまでの贈収賄は。ダメだという理念が1ミリもねぇ!
殺人や暴力への罪悪感がない坂東武者です。
当然ながら、贈収賄ぐらいでは全く良心も痛まない、絶望的なまでに道義心がない連中が楽しそうに生きています。
娘婿の平賀朝雅にしても「舅殿を頼りにしている」とホクホク顔。
りくと時政の愛息子である北条政範が勧めるままに、何ら遠慮もなく土産を受け取っています。

贈収賄と書かれていますが、その当時と今の概念とでは同一視はできないのではないでしょうか。その後の時代でも、このようなことは続きますし、そもそも付け届けと、「殺人や暴力が好きな坂東武者」とはどのような関連性があるのでしょうか。それを言うなら、義時の「不正」を責め立てる泰時も「坂東武者」なのですが。

それから朝雅が「何ら遠慮もなく土産を受け取っている」と言うよりは、「御家人たちが時政に献上した土産の中から、好きな物を持ち出している」でしょうね。

8.にしても、この場面はどうでしょうか。
政範は決して悪い少年ではありません。親のすることに疑念はない。
しかしこれが泰時なら「間違っている! 下劣です!」と訴えているのでは?
彼は自然と、贈収賄が悪であり、裁判をそんなことで変えるなんてありえないという結論に達するでしょう。

1つ前にも書いていますが、その当時と今とではこのような付け届けそのものの概念も違いますし、それを裁く法もまだありませんでした。半ば公然と行われていても、そのような時代であったとこの場合は取るべきでしょう。

そしてこの泰時のキャラ設定が少々鬱陶しく感じられるようになったのは、あらすじと感想でも書いています。今が6月くらいであれば、あるいは視聴を止めたかも知れませんが、あと10回ちょっとなので最後まで観ようとは思います。それとこの作品は三谷大河の中でも、一番現代に寄せているようにも思われ、部分的に現代ドラマのような印象があります。

9.そんな時政の前に、畠山重忠と足立遠元――武蔵の御家人が座っていました。
「比企がいなくなって武蔵が空いちまった」
そう告げる時政は、続けて俺がもらうと宣言します。

これは前にもこのコラム関連で書いていますが、北条は畠山や三浦と比べると小勢力であり、武蔵が欲しかったとしても特に不自然ではありません。

10.かつて平家方に茄子を届けていた時政が、鮎を届けられて喜ぶようになっている。堕落とはまさにこのことでしょう。

届けることの意味が違うかと思います。国衙に野菜を持って行って散々に扱われたのは、あくまでも挨拶のための訪問であり、しかも飢饉で食べる物がない時期でした。この鮎の場合は、別に数が少ないのを無理して送り届けたわけでもなさそうですし、何よりも訴訟の判決を自らに有利にするためで、単純に比較はできないと思います。

11.それにしても今年の大河は本当に教育上良いと思います。子供ではなく、大人の教育です。
ここ数年の駄作大河では美化してやりがちな悪弊があった。
それは「職務上の権利を振りかざすこと」であり、自分の贔屓する相手にだけ情けを掛けることを美談扱いするシーンが多々ありました。
(中略)
感動、美談に仕立て上げ、倫理観の欠如した大河ドラマなど、誰が見たいのでしょう。
その点、今年は愛嬌のある北条時政が、最低最悪の贈収賄を強行し、それが悪しき様で描かれていて実に気持ちがいい。
すべて感情で動くのは危険である。今年はその弊害を描いてくれて、実に爽快です。

よくこんなこと書けるなと正直言って思います(苦笑)。この中略の部分には、いずれも『西郷どん』、『いだてん』、そして『青天を衝け』に対してネガティブなことが書かれていますが、この指摘がまず変です。

『西郷どん』では、
「西郷隆盛が権力を使ったうえで、我が子に海外留学させることを美談扱いしていた。税金を流用して自分の贔屓する学校に金を回すことをよいことのように扱っていた」
とありますが、隆盛が菊次郎を海外留学させるのはその前からの考えであり、しかも東京滞在時の隆盛は長屋住まいでした。それと「贔屓する学校」とは私学校のことでしょうか。これは税金と言うよりは、明治維新に功労があった人々に贈られる賞典禄によって作られています。
『いだてん』に関しては観ていないので何とも言えませんが、『青天を衝け』の場合は、
「『青天を衝け』の主人公・渋沢栄一が明治以降に大商人として成功できたのも、長州閥とのテロリスト人脈で結ばれていたから。ビジネスにおいて適切な競争原理が働いていない」
なのだそうです。「長州閥とのテロリスト人脈」などという表現もどうかと思いますし、「ビジネスにおいて適切な競争原理が働いていない」にしても栄一のビジネスは多岐にわたっており、具体的にどのような部分で競争原理が働いていないか、それを指摘してほしいものです。

それとここでは「主人公の父」の時政が、武者さんが叩いている大河の「主人公」と比較されており、それもまた妙なものです。義時が付け届けを貰ってにんまりしているのなら、まだわかりますが。今までも書いていますが比較対象がおかしいです。

12.そんな政子を無視するかのように、りくと実衣は軽やかに宣言。結果として女性三人が賛同したことになりますが、むろん真意には大きな差があります。
りくと実衣はステータスに目が眩んでいる。
政子は過去の過ちから学ぼうとしている。

実朝の結婚話ですが、りくは京育ちですから当然でしょうし、実衣も、乳母である以上同意は当然のことでしょう。そして何よりも政子が本当に同意するか否かより、この場合は形式上であっても
「尼御台の決断」
が、皆欲しかったのではないでしょうか。

政略結婚の典型ではありますが、この当時の高位の人々などこのようなものでしょう。

あと過去のあやまちと言うのは大姫のことでしょうが、大姫のキャラ設定(私は正直馴染めませんでした)と実朝のそれとはまた違うし、将軍の娘が入内するのと、公家の姫君が輿入れするのもまたいくらか異なるかとは思います。


飲み物-ポーターとクルミ
[ 2022/09/07 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第34回「理想の結婚」あらすじと感想-2

第34回「理想の結婚」後半部分です。


義時はその気はなかったが、行政はのえを強く推し、広元も会ってみてはどうかと勧める。義時はその後知家に、時政の独断が目立つこともあって、文官が自分を味方に引き入れたがっていることを伝え、その翌日のえが御所にやって来て、政務の合間に2人で話すことになっており、見極めてほしいと頼む。本来は三浦義村に頼むのだがと言う義時は、その義村を今一つ信じ切れていなかった。力を貸してほしいと言う義時の頼みを知家は引き受ける。

都では、鎌倉からの使者を出迎えに平賀朝雅が忙殺されていた。そんな朝雅に源仲章は、使者の北条政範は、いずれ時政を継いで執権別当になるのかと尋ねる。実は仲章は、朝雅が執権の座を狙っているのではと勘ぐっていた。実際朝雅は源氏で、鎌倉殿になってもおかしくないが、実際は北条が力を持っていた。仲章は上皇が北条嫌いで、田舎者が鎌倉殿を思うままにしているのが不満であり、ならば朝雅が実朝と鎌倉を治めてくれればいうことなしとおだてる。

次の執権は政範であると朝雅は言うが、仲章は選ぶのは時政、例えば政範が病で急逝し、その役を受け継いで御台所となる千世を連れて凱旋すれば、時政は必ず朝雅を選ぶであろうと仲章。そして仲章は、政範は鎌倉を離れている、この意味がおわかりになるかと朝雅の耳元で煽るように言う。

上皇は乳母の兼子の働きをねぎらい、兼子はこれで京と鎌倉の仲は盤石であると言う。一方で上皇は仲章に、朝雅のことについて尋ね、仲章はしっかり助言をしておいたと答える。また何か企んでいるのかと兼子。上皇は、実朝を支えるのはやはり京に近い血筋の者でなくてはと言い、仲章もあの男は上皇様に気に入られようと必死ですと答える。朝雅が執権になれば鎌倉を動かしやすくなると口にする上皇に、渡したものを大切に使ってくれるとよいのですがと仲章。

そして慈円は、あとはあの男にどれだけの度胸ががあるかだと言い、兼子は何をお渡しになられたのかと、貝合わせの貝を裏返して絵を見せる。慈円の兄は九条兼実であり、後白河法皇崩御後は朝廷の実力者であったが、今は政治から遠ざかっていた。鎌倉はどうなるかと問う兼実に慈円は
「世のことわりに反すれば、見えざる力、冥の道理が必ず鎌倉を潰します」
そして源氏も先はないかと言う兼実に、諸行無常、盛者必衰と慈円は答え、さらに北条もしかりかと言う兼実に、大事なのは朝廷の繁栄と慈円は強調する。兼実は最早慈円にすべてを託していた。

義時はのえと会っていた。御所が初めてであるのえは、義時が頼朝に仕えていたことなどを尋ね、急に、義時に動かないようにと言って、義時の肩先のもみじの落ち葉を手にする。それを知家が見ていた。その後知家は武術の稽古をしながら、のえは非の打ちどころがない、お前が断ったら、俺が名乗りを上げてもいいくらいだと義時に言う。裏にはもう一つ別の顔があることもと言う義時に、裏表なし、あれはそういう女子だと知家。

11月3日、政範一行が京に入り朝雅が出迎え、酒宴の支度をしていると一行を招き入れる。しかしその後、鎌倉に政範の訃報が届く。到着2日後の突然の死だった。急病とされているが真偽は不明であり、りくは政範の遺髪を手に呆然としていた。そしてのえは時房に挨拶し、義時は彼女にざる一杯のキノコを差し出す。のえはキノコが大好きと、喜びをあらわにする。そしてのえは、そこに合った衣類を片付け始め、帰って来た子供たちにも気さくに話しかける。時房はのえの飾らない姿勢を喜び、それは義時も同じだった。

のえは祖父行政から、義時が色々とつらい決断をしてきたことを聞かされていた。自分の務めであると言う星時に、人の一生は1人で生きて行くのは重すぎると思う、支えてくれる人がいた方がいいと言い、日義時もうなずく。そして機会があればまた来ると、のえはキノコを持って屋敷を去った。泰時は、比奈がいなくなったらもう新しい女子かと反発するが、二階堂に泣きつかれたのだと義時は言う。

子供たちも喜んでいると言うが、泰時は聞き入れず。初が父上もおさみしいとその場をとりなず。しかし自業自得だと吐き捨てるように言う泰時に義時は、もう一度申してみよと言う。父上には人の心がないのかと泰時は問いかけ、比奈が出て行ったのだって、元は父上が非道な真似をしたからだと義時は言い、初は夫の頬を叩く。初は謝るが、泰時は部屋を出て行ってしまう。そして初は、泰時も比奈がいてくれてどれだけ助かったかはわかっていると義時に伝える。

実朝は義盛、知家と相撲を取っていた。その後義盛は、鹿(しし)汁を馳走すると実朝を連れ出す。しかし義時がそこに現れ、自分も相伴に預かりたいと言う。実朝は初めて見る鹿肉に驚いていた。巴が自分でやると言うのを義盛は譲らず、2人で言い争いをするのも実朝には神仙だった。鎌倉殿にもいつか鹿を射止めて欲しいと義盛、鍛錬すればと知家。そして義盛は巻狩りに参りましょうと誘う。実はその鹿肉は、義盛が仕留めており、鹿之助という名までついていた。巴が鹿の顔真似をし、義盛は大笑いする。実朝は驚いていたが、やがて鹿肉に口をつける。

一方時政は義村と酒を酌み交わし、挙兵の時に三浦大介を衣笠の城で討ち取ったのは、重忠であったことを確認していた。つまり畠山は義村の祖父の敵であり、恨みはあるかと時政は尋ねる。恨みはないと言えば嘘になると義村。もし北条が、畠山と一戦交えることになったとしてと時政は言いかけ、なるのですかと義村は尋ねる。時政はさらにどっちに加勢するかと問いかけ、義村は決まっているでしょうと義村は答える。

義時は実朝を連れて御所へ戻る。婚姻はどうなったかと実朝は尋ねる。自分の再婚のことを知っていたことに義時は驚くが、決めてしまおうかとおもっていると言い、すぐに自分の考え違いを詫びる。実朝は自身の婚姻を尋ねていたのである。義時は、政範はああなったものの滞りなく進んでいると言う、しかし実朝は乗り気でなく、後戻りはできないのかとさえ言った。それを義時は政子に伝えるが、理由を言っていなかったことから、学ぶことで頭がいっぱいなのでしょう、この結婚は早すぎたと政子は考えていた。

政子はこの結婚をなかったことにはできないかと言うが、今となっては無理だった。事をせいて大姫のようにはしたくないと政子は心配するが、鎌倉殿はしっかりされているからと義時は答える。信じましょうと言う政子に義時は、このような時に何だがと前置きし、嫁を取ることになったと告げる。一方で実朝は、多忙な毎日を送っていた。そのような時、例の和歌が書き写された冊子を見つける。

泰時は御所で女たちの声を耳にする。そこにはのえがいて、もらったキノコを他の女たちに配っていた。のえは下卑た態度で、鎌倉殿と縁続きになると自慢げに話しており、覗き見た泰時を驚かせる。


義時は、二階堂行政の孫のえを紹介されます。どうも文官側は時政をよく思っておらず、義時を自分たちの側に引っ張り込みたいようです。義時は知家に頼み、どのような女性であるのかを見極めてほしいと言い、知家は非の打ちどころがないし、裏表もないと言います。実際さばさばした感じの女性で、時房も気に入りますし、義時も好意を持ったようです。そして義時は彼女にキノコを渡し、のえはとても喜びます。

一方都です。政範が使者として向かいますが、その前の朝雅と仲章のやり取り、上皇と仲章と慈円のやり取りなどからして、この一行に対して何か企んでいたようです。そして政範急逝の知らせを、時政もりくも悲しみます。同じ頃都では、九条兼実と慈円の兄弟が何やら話していました。どうやら朝廷の復権を図りたいようです。

そして実朝。御所からお忍びで抜け出して、義盛の館で鹿肉を振舞われるのですが、彼に取っては様々なものが珍しく映ります。義盛は上機嫌で、自分で仕留めた鹿の肉であると言い、義時はいつか巻狩りにと誘います。かつて彼の兄頼家が鹿を射止めたこと(この大河では、周囲がそれらしく見せた)も、恐らくは関係しているのでしょう。実朝はこの昔ながらの御家人たちの奔放さを喜びつつ、自分は都と手を携えて行かなければならないことに、プレッシャーを感じていたのでしょうか、自分の結婚にあまり乗り気でないようです。

政子も、これを取りやめにできないかと言います。しかしこれは、朝廷と幕府の結婚をも意味していました。京へ使者が向かった以上、最早婚儀は執り行われなければならなかったのです。そして義時の妻になるのえですが、彼女の思いがけない一面を見た泰時は驚きます。

実はその泰時の、いわば青臭さなのですが、正直言ってこれが少々鼻につくようになっています。初から平手打ちを浴びせられて、多少は成長するのでしょうか。この一本気キャラは泰時でなく、寧ろ一途に義高を思う大姫のキャラとした方が、よかったのでは思います。あとキノコですが、これもちょっとくどさを感じさせます。しかものえが喜んで受け取るのも、ちょっと珍しいスイーツを喜ぶ、今時の女の子のようなイメージに見えてしまうのですが…。


飲み物-グラスビールと泡
[ 2022/09/06 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第34回「理想の結婚」あらすじと感想-1

まずこの大河とは直接関係はありませんが、俳優の古谷一行さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

では、第34回前半部分のあらすじと感想です。


蝉の鳴き声が聞こえる中、義時は泰時に、頼朝が髷の中に入れていた観音像を渡す。頼朝の形見として政子から貰っていたのだは、頼家と一幡を殺めた以上持つわけに行かない、お前に譲ると言うのである。泰時は渋るが、鶴丸は貰っておくように促す。

泰時は、父は本当はこれを持っていると心が痛むのだろう、しかし自分のしたことに向かい合って苦しむべきだと、初に語り聞かせるように言う。初はそんな泰時に、義父上のことが嫌いなのだなと答える。嫌いと言うのとは少し違うと泰時。しかし初は、義父である義時はもう妻を迎えないのだろうか、お子達(泰時の異母弟)がまだ小さいのにかわいそうだと言ってその場を離れる。

その子供たちは時房が面倒を見ていた。義時は、戻って来た時房たちが悪臭がするのに気づく。追いかけっこをしていて、路地の便所に落ちたのだと言う。しかも落ちたのは、当の時房自身だった。子供たちは比奈が帰って来ることを信じているのだろう、切なくなると時房はその場に寝ころび、義時に一喝される。

成人した実朝は訴訟の裁きに立ち会うことになった。とは言え、実際に仕事をするのは宿老たちであり、実朝は当面座して様子を見ているだけで、実際に沙汰を下すのはまだ先になると義時は言う。さらにその後は八田知家に薙刀を、和田義盛に弓を教わり、しかる後に大江広元の政の講釈を聞き、そして三浦義村に処世のすべを教わることになっていた。時政は焦らず学びなされと言い、そしてこうも言った。
「鎌倉の面倒は、万事このじいが見まするゆえ」

薙刀と弓の稽古で実朝は疲れ、広元の講釈を聞きつつ居眠りをしそうになる。そして義村は、「後腐れのない女子との別れ方について」と切り出す。しかも義村の後ろの几帳には「天命」と大書きされていた。政子は実朝について三善康信に尋ね、康信は張り切って学んでおられると答える。しかし政子は和歌を詠んでいるかが気になり、そのことも康信に尋ねるが、源仲章が京に戻っているので、当分の間和歌は休みだった。

政子は本心では、康信が実朝に和歌を教えることを望んでいた。そして分厚い冊子を実朝に渡すように言う。頼朝が都から贈られた和歌集が、蔵から持ち出し禁止であったため、実朝が気に入りそうなものだけを書き写して綴じていたのである。これを実朝の目のつく所に置いてくるように政子は言う。自分で渡すと、追いつめるような格好になるのを政子は嫌がっていた。

時政は御家人たちからの贈り物を受け取っていた。御家人たちもまた領地の名産品を贈る見返りに、時政に便宜を図って貰うのが目的だった。りくは平賀朝雅をある部屋に案内する。時政が受け取った様々な品がそこには山と積まれており、りくは朝雅に、好きな物を持って行くようにと言う。さらにりくは、実朝の御台所について朝雅に尋ねる。朝雅は坊門信清の娘千世であること、卿三位兼子が尽力してくれたことを伝える。

りくはうまく行けば北条は帝と縁続きになり、政範も大出世といいこと尽くしであると、息子の頬を軽く叩く。そしてりくは、実朝も京と鎌倉を結ぶ立場であり、ますます頑張っていただきましょうと、朝雅共々不敵な笑みを漏らす。一方で時政は訴訟に追われ、やっとのことで訪ねて来ていた畠山重忠、そして足立遠元と会う。時政は比企がいなくなった武蔵に、北条が入ることをまず伝える。

そして時政は重忠に、武蔵守になって貰うと言う。重忠は身に余る誉と返すも、自分には惣検校職(そうけんぎょうしき)という役目がある、兼任できるかと尋ねる。しかし時政は、武蔵守を支えるのが惣検校職だから兼任はできない、そっちは返上して貰うと有無を言わさずに答える。新しい惣検校職はと遠元が尋ねるが、今日の話はそれで打ち切りになった。重忠はこのことで義時に相談を持ちかける。

無論実朝の名で朝廷に伺いを立てれば、通らないことはなかった。しかし重忠は時政が体よく惣検校職を、ひいては武蔵を奪うのではないかという不安に駆られ、武蔵を脅かせば畠山は命がけで抗うと言う。義時は時政と話してみることにする。その時政は訴訟裁決の場で、堀小次朗の訴えを取り上げようとせず、忘れようと言う。代わりにいい鮎を貰ったから、後で一緒に食おうぜと時政はしれしれと言う。

義時はこの件で時政を問い詰める。
「助けてくれって言ってくるやつに、加勢してやるのは当たりめえじゃねえか」
と時政。しかし義時は
「付け届けを持ってきた者に便宜を図るなら、訴訟の意味はござらん」
と、父の非を責める。結局この話は物別れに終わるが、義時はもうひとつ訊きたいことがあった。

それは武蔵についてのことだった。時政は説教は一日一つで十分じゃと、これ以上の追及を嫌がる。しかし義時は、再度武蔵について尋ね、時政は重忠が義時に例の件を話したことを悟る。畠山と一戦交えるつもりかと義時は問いただすが、誰もそんなことは言っとらんと、時政はそれだけ言って廊下を去って行った。

政子は実朝の御台所が、どのような人物であるかを広元、りくそして実衣から聞かされていた。坊門家は都でも力を伸ばしており、さらに信清の姉は後鳥羽上皇の母である七条院だった。政子は頼家を亡くしたばかりで、まだ先のことを決めかねていた。

しかしりくに先に目を向けるように言われ、実衣からは決めてしまうように言われる。政子も御家人から正室を迎えれば比企の二の舞になりかねないため、この結婚を認めた。大江広元は実朝に、御台所が正式決定したことを伝える。そして元久元(1204)年10月14日、北条政範は御台所を迎えに同行者4名と共に京へ発った。

実朝は、身の周りの世話をする泰時に妻はいるのかと問う。康則は初という妻がいると答え、仲はいいのかと訊かれて、いつも尻に敷かれていると言う。しかし実朝は、ここのところどうも顔色がすぐれなかった。

泰時はこのことを義時に話す。詰め込み過ぎなのか結婚のせいなのか不明だったが、実朝自身はあまり自分の気持ちを語らず、周囲の者が察する必要があると泰時。この点頼家とは正反対だった。一応耳に入れて置いた方がいいと思ったと言い、泰時はその場を去ろうとするが、その泰時を呼び止めて礼を言う。しかしその後、義時自身にも縁談が持ち上がることになる。相手は二階堂行政の孫ののえだった。


「理想の結婚」というタイトルが、平成期のトレンディドラマ風のようでもある今回ですが、実朝が訴訟の裁決を始め、武術や政をあれこれ詰め込まれる一方で、時政はあれこれと贈り物をされ、裁決の場に於いて、特定の御家人への便宜を図ろうとします。愛すべき人物でもあるのですが、公の場、しかも鎌倉殿の前でそれをやっては駄目でしょう。この訴訟に関しては、この人の孫が御成敗式目を制定するまでは、この状態のようですね。

さて惣検校職ですが、元々検校というのは社寺や荘園の監督職でした。武蔵守は与えるが惣検校職と兼任はできないから、それを返上しろと言われてしまいます。重忠は時政が武蔵をいわば乗っ取ろうとしているのではと思ったことでしょう。義時にこのことを話し、義時は時政にこの件で尋ねますが、時政ははっきりした返事をせず、何やら北条と畠山の関係が険悪になろうとしています。

鎌倉が御家人で揺れる一方で、都では御台所選びが着々と進んでいました。相手は坊門信清の娘千世と決まり、坊門家は帝とつながる家柄でもあって、りくは大喜びです。しかも夫時政への付け届けの中から、平賀朝雅に褒美として好きな物を与える辺り、りくもなかなか強かです。御家人の争いと都との関係という、一見相反するようなことが同時に進んで行くのが、この時期の鎌倉を象徴しているとも言えそうです。

一方で実朝が和歌を学んでいないのが、政子は不安なようです。そして持ち出し禁止の歌集の中から、実朝が好みそうなものを書き写したものを、康信に命じて実朝の目のつく所に置かせます。しかしこれはこれで、政子が実朝を自分の支配下に置こうとしているようにも見えるのですが…あと政子自身が、かなり分厚く重たそうな冊子を持ち上げていましたが、ああいうのは侍女にやらせたりしないのでしょうか。

それにしても今回は、笑わかしが目立つような気がします。三谷さんお得意のやり方とも思えますが、時房が便所に落ちたり、なせか実朝に処世術を教えるのに、義村が呼ばれたりー義村の言うことが、実朝にどのくらい役に立つのかは疑問ですが。そして実朝のみならず、義時もまた、彼に取って3人目の妻を娶ることになります。


飲み物-ジョッキのビール2

[ 2022/09/05 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと―持ち上げる今年そして叩く昨年

『武将ジャパン』大河コラム続きというか、まず三谷さん脱稿関係です。そしてそれに絡めるようにして、まあ例によって例の如くと言いますか、『青天を衝け』をかなり叩いています。

朗報です。
まだ8月末なのに、脱稿したそうです。
(注・関連記事リンクがありますがここでは省いています)
決定稿にするまで手を入れるから、そのせいでギリギリまでかかるのだろうけれど、プロットの仕上げそのものはそう遅くないだろうと。
これはドラマを見ていればわかります。

三谷さんにしては早い方なのだろうと思います。しかし何度も書くようですが、これがガイドブックの発売に影響している印象もありますし、早い人は、放送開始後間もなく脱稿ということもあるようです。

今回は頼家の暗殺が、風呂場でなく猿楽の舞台でした。
あの猿楽は手間と時間がかかるため、いきなり決めてできるものとは思えないのです。
本作は作りに時間がかかるような場面が多い。
小道具や衣装も手間暇かけています。時間にある程度余裕がなければできないはず。

猿楽のシーンはあらすじと感想でも書いていますが、『太平記』で、柳営(将軍-この大河では執権-の館)に招かれた猿楽衆の中に、刺客が入り込んでいたのをベースにしているように見えます。武者さんがこれを観ているかどうかはわかりませんが。しかし猿楽だけでなく、他にもある程度の時間を見て取りかかるべきシーンというのはあります。武者さんがなぜここで『麒麟がくる』の能のシーンを持ち出さないのか、それがよくわかりません。『平清盛』の舞楽のシーンなども同じでしょう。

そして、

ですので、こういういい加減な報道に私は割と苛立っていました。
「三谷幸喜の『Nキャス』MC就任に大河スタッフが顔面蒼白!脚本が間に合わない!?」(注・本文は記事へのリンクあり)
三谷さんご本人の怒りは、私どころじゃないでしょうけれど……代わりに憤りをぶつけさせていただきます。
そもそも、そこまで脚本が決定的に遅い人が、三度も大河に起用されるものでしょうか?

別に武者さんが、代わりに怒っても仕方がないと思うのですが…。しかしこれも嫌いな大河だったら、我が意を得たりとばかりに紹介するのではないのでしょうか。何せ今までがそうでしたし。それと三谷さんの起用、本人の意向もあるいはあったかも知れませんし、『真田丸』が割とよかったから、もう一度となったのかも知れません。ファンからの要望もあったでしょう。

それと好きな大河の割に、こういうツイをするのですね。歴史系ライターを名乗っていて、大河コラムを有料で書いている人が、これはどうかと思います。

小檜山氏ツイ義時関連

そして嫌いな大河に関しては、武者さんはこの通りです。

近年で脚本が遅れていると判明したのは『青天を衝け』です。脚本家が歴史に馴染みがないか、好きでなかったのだろうと感じました。
大河にはガイドブックがあり、おおまかなプロットが放送前にわかります。
そのプロットから根本的な部分が変わっているとなると、あまりに時代考証がおかしいと判定されたため、その後に修正されたと想像できます。
去年はそういう妙な変更やカットが多かったんですね。

昨年でなくても、ガイドブックと実際のドラマとのギャップは何度か見られました。嫌いな大河だから騒いでいるのでしょうが、今年もガイドブックと、実際のドラマのギャップはありますけどね。

ともあれ、まず2021年という年を考えてみたいと思います。

前年の2020年に行われるはずだった東京オリンピックとパラリンピックが1年延期され、この年の夏に行われることになりました。当然NHKも放映権を持っているわけで、中継に当たって大河ドラマの放送をいくつか削らざるを得なくなります。恐らくはそのせいで、脚本にいくらか変更を加えざるを得なくなったのも一因でしょう。かてて加えて、コロナ禍で収録と放送の休止を余儀なくされた『麒麟がくる』が、翌年にまで放送がずれ込んだため、当初の予定とはかなり違ってしまったのではないかと思われます。

事前にガイドを読んで「これをそのまま放送したらまずいだろう」と思っていると、実際の放送ではカットされて、どうでもいいシーンが追加されていた。
一例として、長州征伐の西郷隆盛です。
天狗党を大量処刑したことと比較して、流血を回避した西郷隆盛を褒めるニュアンスのプロットがありました。
しかし、戊辰戦争と西南戦争を引き起こした西郷が流血を避けるなんて、まずありえない話。
幕末史の基礎でしょう。

ちょっとわからないのですが、武者さんは、第一次長州征伐が武力衝突なしで終わったのをご存知ないのでしょうか。
『西郷どん』でもこの時は、西郷吉之助が徳川慶勝に直訴して平和的解決に持ち込んでいます。またこれに対する条件として、禁門の変を京で指揮した長州藩の三家老の切腹や、藩主父子の謝罪、さらには五卿の筑前への移転などが行われています。

そもそも武者さんは、自分が好きな大河の描写に沿っていないと気が済まないようですね。『八重の桜』、『西郷どん』そして『青天を衝け』、それぞれの西郷の描き方があるはずです。それを言うのなら『麒麟がくる』の光秀も、私は今一つ納得できないところがありました。

ゆえに、放送時はそうしたニュアンスの誘導はバッサリ消えていました。
小道具、衣装、VFXの処理もおかしかった。
店のインテリアとして「風神雷神図」の屏風があった。
本物のわけがありませんし、偽物にせよ店にあんなものは置かないでしょう。質感からして大型プリンタで印刷して貼り付けたようなのっぺりとしたものでした。
書状や書籍も、きちんと筆で書いたものではなく、印刷したのでは?と思えるものがしばしば見えた。

「そうしたニュアンスの誘導」とは何でしょうか。「これをこのまま放送したらまずい」ということでしょうか。何だか意味が通じにくいですね。

そしてあれがおかしい、これがおかしいとありますが、ならばもう少し客観的な説明をつけてほしいものです。あのパリの風景などは割とよかったと思いますし。『風神雷神図』がおかしいのなら、画像を貼ってどことどこがおかしいくらいに指摘するのなら、それはそれで納得できるのですが。あと「印刷したのでは」と言うのは、具体的にどんな書状や書物でしょうか。近代日本であれば、もう印刷された書物が出て来てもおかしくないでしょう。

そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます。
昨年は、ただの手抜きではない、不吉な予兆がいくつもありました。
そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石。
来週以降も期待して待っています。

「そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます」
これもどういう意味なのか不明。
そして
「ただの手抜きではない、不吉な予兆」
これも何のことやら。そしてさらにおかしいのが、
「そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石」
なぜ『青天を衝け』の脚本の細部を見ていれば、今年は盤石になるのでしょうか。

この部分、要は
「こういう細かい部分がおかしいと、脚本の進み方にも乱れが出て来そうです。単に手を抜いたとかでなく、もっと失敗しそうな何かを感じずにはいられません。こういう細部への詰めの点では、今年のは昨年よりまともです」
こう言いたいのでしょうか。しかしもう少しわかりやすい日本語で書いて貰えないものでしょうか。無論私は、昨年のが今年より劣っているとは思わないし、最初の方で書いたように、放送日程の急な変更でやむを得ない部分もあったかと思います。寧ろ昨年に比べた場合、今年はやはり如何にも三谷さん的展開で、やや食傷気味に感じられることもあります。

そしてこの「今年はやはり盤石」、「来週以降も期待して待っています」なのですが、ちょっと無理が感じられます。本当に面白ければ、わざわざ昨年の作品と、何かにつけて比較する必要もないわけです。『青天を衝け』を、未だにかなり意識しているのだろうとは思いますが。


飲み物-パブのビール2
[ 2022/09/03 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 70その3

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点の続きです。

まずMVPですが、「頼家・善児・トウ」という見出しで、「選べません」とあります。私としては、毎週のようにMVPを選ぶかどうかも疑問ですし、それがページ数をいたずらに増やしているように見えてしまうのですけどね。もし選ぶのなら、善児と源仲章でしょう。
そしてこうあります。

頼家は結局、最期の最期まで、その浅さを見せてしまったところが気の毒といえばそう。
あんな幼稚な嫌味とか。権威を見せつけるとか。手の内を明かすこととか。
短慮なことをしなければ死なずに済んだだろうに、そういうところが父より遥かに素朴な人だった。
母のように善良で素直ならば、また違ったかもしれません。
頼家は映像化の機会も多く、神経質な貴公子というイメージがあります。そんな従来の像を説得力を持って再構築してきてお見事でした。

「その浅さ」とか「父より遥かに素朴」などとありますが、これは鎌倉殿の嫡子として育ち、年若くして父の跡を継いだのだから当然と言えます。そして「母のように善良」では、鎌倉殿も将軍もやっていけないでしょう。結局のところ
若気の至りでやらなくていいことまでやってしまった
背後にいる比企能員が、他の御家人と協調するようでもなく、己のやりたいことを通し過ぎた
女癖が悪いとか狩りにのみ熱中したと言われており、どこか政治家としても、武家の棟梁としても頼りながられた
こういうイメージを、キャラ設定の際にやはり重視することになります。すると、やはりイメージは(再構築したとしても)決まってくるのではないでしょうか。これは実朝も似たようなものかも知れません。

そして総評(これも必要かどうかは不明)です。感情移入が大事だと思えた今回とあり、

後鳥羽院は「鎌倉なんて田舎者」と馬鹿にしきっているようで、名付け親になった実朝にそれなりの愛着が湧いています。

後鳥羽上皇は源氏は大事にしたい、しかし北条をはじめとする御家人は田舎者と考えていたのではないでしょうか。

その実朝は、三善康信が転びながら去っていくところで、気遣う目線を見せていた。

気遣うと言うより驚いたような感じでしたが、そこまで康信と実朝の間には信頼関係があったのでしょうか。

そういう感情移入がまるでない義村は、頼家に頼まれようがそっけなく突き放す。

相手が頼家だから突き放したということも考えられます。損得勘定で動く人ですから。

実衣は我が子・頼全を殺した源仲章を、使えるからか受け入れている。感情に蓋をして利害を考えること。彼女ならそれができるのかもしれない。

実衣の場合そこまで計算をすると言うより、都風のものになびく側面もあると思います。結城朝光の時もそうでした。

あとトウが善児を殺したのは、やはり両親への思いが師匠へのそれを上回ったから、そして善児も一幡のことで隙ができたため弟子に討たれたといったことが書かれており、さらにその次に

そういうグラデーションがあって、感情を捨て去ることはできない。

グラデーションというのは元々、色調や色の明暗を徐々に変化させることを言います。転じて、物事が段階的に変化することもこのように言いますが、この場合のグラデーションはどういう意味でしょうか。文脈から判断して「しがらみ」とか「束縛」といった意味のことを書きたいのでしょうか。

あとこの感情移入つながりで何行か書かれており、さらにこの時代は道徳概念や教養の未整備があるのでわかりにくいなどと書かれていますが、江戸時代的な道徳や教育を基準にすると、すべてがわかりづらくなるかと思います。全く異なる概念の中に、彼ら坂東武者はいると言ってもいいわけですし。そして

鎌倉時代がくだると坂東武者たちも仏典を読み、和歌を詠んで、感情と向き合いながら表現できるようになった。
和田義盛も仏教を学んで賢くなっていますよね。

義盛が仏像を作らせたのは、父親の勧めもあるとセリフの中に登場していますが。そしてこの義盛、この後畠山重忠の乱に北条軍として参加していますが、それを武者さんは「賢くなった」とやはり評価するのでしょうか。

そして義時は善児を殺さないが、仇討ちが根付いていればああは行かないなどとも書かれています。仇討ちがその時代の常識であったとしても、いわば下人である善児の場合は、斬り捨てておしまいにするでしょう。

未整備の感情と道徳観が、毎週こちらをどこかに引きずりこんできます。

ではなく、この時代はそういうものであると割り切れていないだけではないでしょうか。

さらに

私事で恐縮ですが、私は伊豆修善寺観光の帰りに買った反射炉ビール義時味がおいしくて、混沌とした思いを味わいました。
なんで、よりにもよって修善寺で義時土産を買っているのか。しかも美味い。ものすごく感情の整理に戸惑います。

別にお土産はお土産でいいのではないのですか。それを飲んだことで、義時に転生するわけでもないでしょう。その一方で、小檜山氏名義のツイにはこのようにあります。

https://twitter.com/Sei_Kobeee/status/1564215524317204480
修善寺観光で買った北条義時ビールが美味しいというのは、最高だけど最低の感覚というか。なんかこう、申し訳ないというか。
反射炉義時ビールはすごくおいしい!

何もそこまで義時を嫌わなくてもいいと思うのですが。そういうものの見方が、このコラムにも反映されているのだろうなと思います。

あと三谷さんの脱稿関係の記述と、『青天を衝け』の悪口(としか言えません)がありますが、それはまた機会があれば。


飲み物-テーブルの上のスタウト
[ 2022/09/02 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 70その2

『武将ジャパン』大河コラム後半部分への疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第33回「修善寺」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/08/29/170571


1.花鳥風月を感じるままにお詠みになればいい。康信が和歌の講義をそうまとめると、すかさず仲彰がカットイン。
「鎌倉殿、今のはお忘れください」
歌は気のままに詠むものではない。帝の望む世の姿、ありがたいお考えがある。そうして代々詠み継いできたものだ。
(中略)
実衣は康信にご苦労様でしたと下がるよう促します。
政子が頼んでおいた相手を追い出すようにするところが実衣らしい。
康信が慌てて道具を抱え、転ぶように去る姿があまりにも切ないですが、残酷で凄い場面だと思います。

まず仲彰でなく仲章ですね。そして康信のシーン、どう見ても三谷さんらしいコントシーンにしか見えないのですが…。そして実衣もまた、仲章が醸し出す都人風な雰囲気を、満更でもないと思っているふしもあるようです。

2.京都が坂東の連中を田舎者扱いできたのは、武力だけの番犬だったからでした。彼らに武力だけでなく、知力も与えてしまえば、武士は別の何かに変わってしまうかもしれません。
その第一の流れは、源頼朝が招いた大江広元らが「文士」として鎌倉にやってきたことで始まった。
そして第二の流れは、この源仲章がもたらすのでしょう。
果たして、それは吉か凶か?

「別の何か」と言うのは、具体的に何なのでしょうね。実際鎌倉時代は京の人々、南宋帰りの僧が鎌倉を訪れ、文化面での影響は大きなものがありました。しかし大江広元は文官ではありますが、どちらかと言えば行政組織としての鎌倉幕府を作るための、ノウハウを授けた部分が大きいかと思います。

3.一気に不穏な空気になってきましたが、それにしても重忠の顔付きも変わってきたと感じませんか?
髭を蓄えただけではなく、何かが濁ってしまったかのような印象。
美しい顔が秀麗なのは変わりませんが、若い頃のような透明感が感じられない。
疲れ、焦り、不信……何かよくないものが出ている印象――と、これは、演じ分けている中川大志さんの演技が素晴らしいのでしょう。

既に彼らもそこそこの年齢であり、若い頃の溌剌した雰囲気は当然失われます。重忠も既に成人したであろう息子がいることですし、いつまでも東国武士政権を夢見ていた頃と、同じ顔つきでいられるわけもありません。北条の権力を考えればなおさらのことです。

それにしても武者さん、中川さんのイケメンはよくて、吉沢亮さんのイケメンはよくないのですね。

4.舅殿である時政に、武蔵のことをどうお考えなのかと問いただしています。
黒く沈んでいく義時の顔。「その話はこれまで」と収めようとすると、時政が、武蔵を独り占めにしようなんて気はないとかなんとか言い訳しています。
なにがなんでも自領を守りたい坂東武者に、そんなことを疑わせた時点でダメでしょ。

そもそも平賀朝雅が武蔵の国司であるわけですから、この場合はやはり時政有利でした。無論このような場で、その手の話を持ち出すわけには行きませんが。そしてこの後朝雅と時政、そして畠山の関係は悪化して行きます。無論これには、実朝の御台所関連で上洛した政範の死も絡んでいますが。

5.「父上は間違っている! 私は承知できません!」
真っ直ぐに叫びながら去ってゆく泰時を時房は懸念しています。あれでは修善寺に向かい、頼家様に逃げるように伝えるだろう。
と、そこでハッとして時房は気づきます。
「逃げて欲しかったんですか?」
「そうではない……太郎はかつての私なんだ。あれは、私なんだ」
そう苦い声で返す義時。
泰時は母・八重や上総広常の声までも代弁しているようです。
ここは時房も重要でしょう。
時房は「口が過ぎるぞ」と泰時をたしなめてもいる。兄の苦悩を理解し、甥をたしなめています。
組織の潤滑剤として、こういう人物は目立たないながら重要。結果としてグループのパフォーマンスを上げます。

ただいくら泰時が反対しても、この場合頼家という存在を葬り去ってしまわなければ、鎌倉幕府が拠って立つべき北条が危なくなるのも確かでしたそして時房の「口が過ぎるぞ」ですが、これは泰時が「父上は間違っている」と口を開いた際に、時房が窘めたものです。武者さんの文章だと、いつ、どのようなタイミングで発せられたかがちょっとわかりづらいです。

6.それにしても、時房も相当おかしな奴ですよ。
彼は自分探しをしているみたい。嫡男にもなれないから、自分の生き方を探さなくちゃ。
頼家様の寵臣になる道も途切れたし。才能を見出せた蹴鞠も、そういう場合じゃなくなってきたし。
じゃあ汚れ仕事をする役目を果たして兄上のそばにいよう!
……って、どんな状況でも居場所を見つける才能は素晴らしいけれども、なんだかおかしくありません?
この凶悪になりそうな人物像を、愛嬌を持って演じてしまう瀬戸康史さんが素晴らしい。
目立たないようで、毎回すごく濃い何かを持って迫ってきます。いい奴だなぁ、時房は!

自分探しも何も、泰時がまだ若くて一本気である以上、自分が兄のダークな部分を支えるべきと思ったからではないでしょうか。別におかしくはないと思いますが。いずれにしても北条が御家人の頂に立った以上、一門の結束はそれまで以上に必要になって来ますから。実朝暗殺後、藤原頼経を鎌倉に連れて戻ったのもこの人ですね。

7.難しいことは苦手と言っていた義盛ですが、ちゃんと仏像を彫らせるようになった。以前より格段に賢くなっています。宗教は偶像崇拝を禁じているケースは少なくありません。
神の姿が綺麗だから信じる、という姿勢ではよろしくないだろう。
そんな考えもあれば、壮麗な宗教美術で信者を獲得すべし!とする考え方もあり、義盛は壮麗かつ勇壮な仏像に惚れたんでしょうね。

このシーンですが、義盛は酒を飲みながら
「俺は難しいことは難しいから苦手だ」と言い、しかる後に
「おやじ殿の勧めでこいつ(運慶)に仏像を作らせた」
と言っています。上の書き方だと、以前は難しいことは苦手で、今は賢くなったから仏像を彫らせたという意味に取れるのですが。

あと偶像崇拝を禁じていると言うより、多くの宗教は、偶像崇拝を認めてはいないでしょう。偶像とされる物も、当該の教派に取っては信仰の媒介とされているでしょうから。

8.鎌倉時代の仏像は美しい。
現代人が見ても立派ですが、ちょっと想像してみてください。
当時の素朴な人が仏像やら寺社仏閣を目の当たりにしたら「すげえ、仏様、マジパネェ!!!」となると思いませんか?

この「当時」が鎌倉時代のいつの時期を指すのか不明ですが、既に鎌倉幕府創設以前から、この地に寺院は建立されていますが。

9.時代劇はジェンダーを反映できないと誤解されがちですが、食事の支度を手伝うよう女性が男性に一声かけることで対応できることもありますね。この辺、工夫一つなのでしょう。

武者さんが好きなジェンダー云々ですが、この当時はまだ自分で味付けをして食べる時代であり、その意味でそこまで複雑な料理ではなかったのではないでしょうか。ただし、所謂包丁道はまた別ですが。

10.修善寺で父母を殺された少女は、修善寺で親の敵を討ちました。
11年という歳月は、少女が刺客になるには十分な時間ですが、恨みを解消させるには短過ぎたのです。

この
「恨みを解消させるには短過ぎたのです」
が今一つ意味不明なのですが。トウが少女の頃から抱いていた恨みが消えてしまうには、11年では足らず、もう少し年月を必要とした、だからトウはその恨みが風化する前に、両親の仇である善児を殺めたということでしょうか。しかしこの場合、「解消させる」とは言わないでしょうー解消とは、問題とか関係などが消滅した場合に使うかと思われます。

この後はまた改めて。

飲み物-ビールと夕日2
[ 2022/09/01 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 70その1

『武将ジャパン』大河コラム、第33回前半部分への疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第33回「修善寺」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)


1.(注・時政の)大柄な体、抜群の発声、権威がそこにある。それでいて茶目っ気も持ち合わせているのですが、この体制は、権力奪取の過程が後漢の曹操に似てもいます。
かつて後漢は、「三公」という司徒・太尉・司空3名の補佐役が皇帝のもとにいたのですが、これを曹操が廃止し「丞相(じょうしょう)」を復活させ就任。独裁的な政治権力を握りました。

これ『鎌倉殿の13人』のコラムのはずなのですが、なぜここで後漢をわざわざ引っ張り出してくるのでしょうか。

2.鎌倉時代に置き換えるなら、一人の御家人に権力が集中してはいけない――ということで、源頼朝はこのことを警戒していました。
北条は、それをまんまと出しぬいたことになります。

1つ前にも書いていますが、まずこれを最初に持って来て、その後で曹操を持ってくるのなら、まだわからなくもないのですが。それとこの場合、1人の御家人に力を持たせないと、御家人同士がぶつかり合って共倒れともなりかねないので、難しいところではあります。

3.おまえら、避けられているんだってよ。
「調子に乗っているとしっぺ返しを喰らうぞ。親父殿にそう伝えておけ」
そう釘を刺す義村。こいつと飲む酒は苦いですねぇ。美味い酒も不味くなる。

ここの部分ですが、義村のセリフの前に義時が
「そんなことははなから分かっている」
と言っています。時房と違い、俺はわかっていると言いたいわけで、このセリフがあってしかる後に「調子に乗っていると云々」となるわけですが、どうも武者さんは義村との会話になると、義時のセリフを無視してしまうようですね。

4.「執権殿」
そう甘ったるく呼びかけ、これで名実ともに御家人の頂に立ったと甘えるりくです。
執権は代々北条が跡を継ぐのか?と確認しながら、次は政範と見据えるりく。
父ほどの年齢差がある相手に、京都から嫁いできて、念願の男児が授かるまでに何人も女児を産んできた。私だって苦労はしている。
りくにしてみりゃ、その見返りを求めて何が悪い?と言いたいかもしれません。

りくは「名実ともに御家人の頂に立ったと甘える」と言うよりは、時政を持ち上げているのだと思われます。そして「父ほどの年齢差のある相手」以下ですが、ドラマ本編では、それを表すような描写はありませんね。

5.北条は今や仇持ちなのだから、身を守るためには兵が多いに越したことはない――。
典型的な言い訳ですね。自分の身を守るため、より強い力を得ようとして、さらに敵が増えかねない悪循環。

これは1つ前の「頂に立った」と合わせて考えると納得できます。最強の御家人で政所別当であるのに、領地が少なかった以上、比企が支配していた地を受け継いで、地盤固めをしようとするのも無理からぬ話でもあります。北条は、三浦や畠山に比べると小勢力でした。

6.仲章が「いっそ北条を潰しますか?」と尋ねると、実朝は大事にしたいようです。
その上で奴らに取り込まれぬよう教え導く――つまり実朝を自分に都合よく洗脳しようってわけで仲章にもこう命じます。
「鎌倉へくだれ!」
「かしこまりました」

「洗脳する」はないでしょう。このコラム(朝ドラのnoteもですが)、こういう言葉遣いのセンスがどうかと思います。せめて教育係を送り込み、都側に取り込もうとしたと書くべきでしょうね。

7.なんでも八幡宮の別当が面倒を見ているとのことで、一幡とせつを弔いながらも、生き延びた妻子を気遣う頼家です。

一幡とせつを弔うと書くのであれば、2人の厨子についても触れてほしいです。つまりそれぞれの妻子が、今なお頼家には大事な存在であるものの、しかし実際は弟の実朝が将軍の座についてしまったわけです。

8.しかし、会話を続けるうちに気が高ぶってしまったのでしょうか。
父のことを話し始めます。
頼朝は石橋山での大敗から一ヶ月半で、軍勢を率いて鎌倉入りを果たした。
自分もいずれ鎌倉に戻る。
そして鎌倉を火の海にして、北条の者どもの首を刎ねる。
覚悟して待っておれ。
このままここで朽ち果てるわけにはいかない!
声を荒げる頼家に対し、『はいはい、わかりましたよ』とでも言いたげの義村は、「その通り伝える」とそっけない。
こういう時にメンタルケアをしない。それでこそ義村でしょう。

と言うか、あまりにも状況が違いすぎるでしょう。第一今の頼家に、どれだけの兵力があるかもわからないわけですし、とても鎌倉を火の海にするなど不可能です。義村はメンタルケアと言うよりは、はなからそれはあり得ないと思っているのだから当然ですね。

9.「んなことわかってるんだ! わしの孫だ!」
そう言い出す時政。
生まれたときのことが目ん玉に残っている。わしだって辛いってよ……って、だからなんだ?とも思ってしまう、それまでの時政の行動よ。

「それまでの時政の行動よ」
て、具体的に何でしょうか。比企を討ったことでしょうか。しかしあの場合は、あくまでも横やりを入れて来る比企を滅ぼしたわけであり、頼家の暴走も目に余るから、本当はあのまま静かに世を去ってほしかったところを、番狂わせが起きたため、修善寺に行かせたわけでしょう。実際比企をあのままにしておいたら、もっと悪い事態を呼び起こしていた可能性もあります。

10.頼家は父・頼朝から学ぶべきことが間違っています。
頼朝は伊豆の地で、じっと無害なふりをしていた。平家が忘れてしまう程ひっそりと生き、ここぞという時にあの髑髏に誓って兵をあげた。
そうできないのが頼家です。

2つ前にも書いていますが、頼家は兵を持ちません(と言っていい)。頼朝が北条に助けられて挙兵し、坂東武者を集めたのとは、時代背景も異なります。同じ条件で語る方が無理でしょう。

11.さらには、まだ(注・頼家を)殺すことが決まったワケじゃないとも言いますが……義時は自分に嘘をついてますね。(中略)頼家の処遇についても「まだ決まらない」とは言っていますが、それは「殺す」という選択肢が根強くあることの裏返しでしょう。
源氏のいない鎌倉なんて、中身のない器のようで虚しい。空っぽだ。それをこうも言い募る。
義時は自分でも答えがわからず、無茶苦茶になっているのかもしれません。
こんな大河主人公はありなのか?
自分が何をしたいのかすら見失っている……もうドラマも後半だというのに。

何もここまで書かなくても、義時は決めあぐねており、しかしいずれは殺すという選択肢を取らざるを得ないことは分かっているはずです。そして厳密には「源氏のいない鎌倉」ではなく、「将軍であった頼家を追放し、世代交代をさせた鎌倉」です。頼家を殺せば、朝廷にも口実を与えることになりかねないからこそ、機会を窺わざるを得ないわけでしょう。

また何をしたいのかではなく、どう出るかで迷っているのですが。そして終盤まで迷いぬいた主人公は他にもいるかと思いますが。

続きはまた次回にて。
飲み物-レッドビール2
[ 2022/08/31 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第33回「修善寺」あらすじと感想-2

第33回「修善寺」後半部分です。それと先日投稿分を、少し直しています。

そこへ実衣が現れて仲章を呼ぶ。気まずくなった康信は慌ててその場を去ろうとしながら、韻律に乗せて、花鳥風月を感じるままにお詠みになるのがよろしいかと実朝に言うが、仲章はそれを否定する。和歌とは気の向くままに詠むのではなく、帝が代々詠み続けてきたものであり、帝のお望みの世の姿とありがたい考えがそこにある、それを知らねば学んだことにはならぬと言い、実衣も、和歌は政に欠かせぬものと口添えする。

さらに仲章は、和歌に長ずる者が国を動かすと言い、実衣もしっかり学ぶようにと実朝に教えるかたわら、康信にはお役御免と言った口調でねぎらいの言葉をかける。面目を失った康信は書物を携え、大急ぎで部屋を出たため転んでしまう。

再び修善寺。政子は妹で畠山重忠の妻ちえと共に、頼家の好物の干しあわびを持参して訪れていた。そこへ遠元がやって来て、頼家が息災であり、重忠と話をしていると伝える。しかし北条家の人々とはやはり会いたがらなかった。政子もそれを受け入れ、後でその様子を話してくれと遠元に頼む。ちえは不服そうだったが、政子は頼家の気持ちを汲んでやり、元気であることがわかればそれで十分だと言った。

猿楽の面を手に取る頼家に、尼御台に会ってほしいと重忠は言う。いたく心配しているからというのがその理由だが、頼家は、あの女子を最早母とは思わぬとまで言う始末だった。そして重忠と遠元の本領が武蔵であることを確認し、時政が武蔵守の座を狙っており、朝廷にそれを願い出ていることを打ち明ける。好きにさせていいのかと言う頼家に、どこからそのようなことをと重忠は尋ねるが、頼家は、味方になれば話すと言うのみだった。

鎌倉に戻った重忠は、時政にこのことを伝えるが、重忠は、頼家が都と通じているのではと疑っていた。あるいは後鳥羽上皇とかと疑うが、義時に軽はずみなことは言うなと注意される。重忠はさらに、頼家から聞いたとして、時政に武蔵のことはどのようにお考えかと尋ねる。時政は、武蔵を独り占めしようなどとは考えておらんと言い、重忠はご無礼しましたと頭を下げる。

そこへ八田知家が現れる。知家は手にした猿楽の面を投げつける。京へ向かう猿楽衆の一人を捕らえたのだった。しかも扇を持参しており、扇面には上皇へ、北条追討の院宣を願い出る旨が書かれていた。決まりのようだなと時政。義時も、頼家討伐を決意せざる得なかった。政子には、すべてが終わってから話すつもりでいた。

謀反だと言う義時と、それはなりませぬと止める泰時。時房は頼家の後ろに上皇がいる、このままでは大きな戦になるので、今のうちに火種を消すべきと泰時を諭す。院宣をお出しになるのかと問う泰時に、義時は、分からぬが、北条をお認めにはならぬだろうと口にする。上皇から見れば北条は一介の御家人であり、源氏を差し置いて他の武士に指図するのを許すはずもなかった。

上皇に文を出そう、言葉を尽くせばきっとと言う泰時を、義時は甘いと一喝する。頼家に死んでほしくないと泰時は言うが、それは義時も同じ思いだった。義時は言う。
「しかしこうなってしまった以上、他に道はない」
泰時は時房に窘められつつも、父上は間違っている、私は承服できないとその場を去る。修善寺に向かって、頼家に逃げるように言うと時房、しかし義時はそのまま放っておいた。

頼家に逃げてほしかったのかと尋ねる時房に、義時は違うと言う。息子にかつての自分を見出していたのである。その後義時は時房と善児の家へ行くが、善児もトウも不在だった。兄上に取って泰時は望みかと問う時房に、義時は、あいつの一途な思いが羨ましいと答える。ならば自分は兄上に取って何なのかと時房は尋ねるが、義時はそれについて考えたことはなかった。自分は泰時とは正反対の存在でありたいと言う時房。泰時が反対することは、何でも引き受けるつもりだった。

しかし義時は時房の言葉を聞く風でもなく、部屋の片隅にあった、宗時の遺品に目を泊める。善児も意を決したようだった。善児は自分が斬ると言う時房を、あれは必要な男だと義時は止め、私に善児が責められようかと自問自答する。そこへトウが戻って来る。

善児は薪割をしており、その側には小さな土饅頭があった。一幡の墓だった。そこへトウが義時を連れてやって来て、義時は善児に仕事だと言う。善児は無表情で返事をする。

泰時は修善寺へ行き、頼家にお逃げくださいと言う。逃げはせぬと答える頼家に、命を大事にするようにと懇願する泰時。生きてさえいれば道も開けると泰時は言うが、頼家は道などないと言い、最早覚悟を決めているようだった。最後の最後まで盾突くと言う頼家に、尚も逃げるよう勧める泰時だが、頼家はこれより京からやって来た猿楽が始まる、上皇様の肝いりだと言い、泰時にも観るように促す。

その頃義時は義盛を訪れていた。誰かと一緒に飲みたかったと言う義時に、なぜ自分なのかと尋ねる義盛。難しいことは考えずに、うまい酒が飲めそうだからと義時。義盛も難しいことは苦手だと言い、2人で笑うが、義盛の館には運慶が尋ねて来ていて、運慶はえにしであると言う。実は義盛も父親の勧めで、運慶に何体か仏像を作らせていた。都へ戻る前に、義盛は運慶にも酒を勧めていたのである。

運慶は、巴が峠道で拾った木像の修理をしていた。無論運慶は、普通はこういうことはしなかった。その仏像は、あるいは由緒があるのではと義盛は言うが、否定されてしまう。巴と義盛は客をもてなすための料理に取りかかる。運慶はその木像は、なかなか可愛い顔をされていると言う。

前に運慶に会ってから15年が経っていた。その義時に運慶は、悪い顔になったなと言う、色々あったからと答える義時に運慶は、まだ救いはある、お前の顔は悩んでいる顔だと言い、迷いがあるがその迷いは救いだ、悪い顔だがいい顔だとも言う。お前のためにいつか仏を彫ってやりたい、いい仏ができそうだと運慶は言い、義時は礼を述べる。

修善寺では猿楽が始まっていた。奏者はすべて顔を紙の面で隠していたが、1人指も口も動かさない笛吹きの男を泰時は見つける。また外へ出た鶴丸は、外に死体を見つけて中へ戻っていた。そして泰時は舞台へ上がって行って、その笛吹きに襲い掛かろうとする。面を取ったその男は善児で、泰時の襲撃をかわし、こう言った。
「あんたは殺すなと言われている」

トウもそこに現れる。そこへ鶴丸が走って来て、トウを阻もうとする。トウ、そして善児は抗う者たちをかわし、頼家は奥へと入る。善児が目ざす頼家は、屏風の陰に隠れていた。頼家と善児の攻防が繰り広げられるが、厨子の前に置かれていたはずの、「一幡」の名を記した紙が落ちているのが目に留まり、善児は隙を突かれる。

しかし頼家も手負いの状態だった。
「わしはまだ死なん」
そう言って善児にとどめを刺そうとする頼家を、背後から誰かが襲う。それはトウだった。トウがは今度は真正面からとどめの一撃を浴びせ、頼家は絶命する。

雨が降り出していた。動けずにいた泰時は何とか身を起こし、舞台の上の頼家の死体を見て号泣する。そこへ鶴丸も現れる。一方頼家から腹を刺された善児は、雨の中トウに最後の一撃を浴びせられる。トウに取って、善児は両親の仇だったのである。


正直言って、後半はやや疲れる展開でした。修善寺の頼家暗殺に加えて、運慶の話、義時の苦悩と泰時の反発、猿楽、そしてトウと善児の関係などなどを、20分余りの尺に盛り込んで来ているため、すんなりと頼家暗殺にたどり着けないもどかしさも感じられました。三谷さんも色々と入れたかったとは思いますが、1つか2つほど減らしてよかったかと思います。

では順番を追って見て行きます。三善康信が、源仲章の出現、そしてその仲章の和歌(この頃こういう呼び方はあったのでしょうか)の定義づけにたじたじとなり、転んでしまうシーンですが、これもまた三谷大河にありがちなコントシーンです。そして実衣は、仲章の意見をフォローするかのようです。彼らによって、後の実朝が作り上げられた感もあります。そう言えば実朝の「実」は、実衣の「実」でもありますね。

修善寺の頼家を政子とちえ、そして畠山重忠と足立遠元が訪れますが、頼家は政子とちえには会おうとしませんでした。政子は、今日は干しあわびを届けに来ただけと言いますが、結局会えぬまま今生の別れとなってしまったようです。その時頼家が、時政が武蔵守の座を狙っていると発言したことに加え、そしてその後、猿楽衆の1人が扇に書かれた密書を持って京へ向かっていたのが発覚したこともあり、ついに義時も頼家討伐を決断せざるを得なくなります。

泰時はこれに反対しますが、義時はその息子に甘いと言います。しかし泰時の姿は、かつての自分の姿でもありました。そんな義時に時房は、自分は泰時とは反対のやり方で兄を支えると言います。この後のことを考えるうえで、意味ありげなセリフです。そして義時は、善児に頼家暗殺を命じます。善児は猿楽衆の1人に変装し、修善寺を訪れます。この変装が泰時にばれてしまい、ひと騒動となるのですが、善児は泰時だけは助けるように言われていました。しかしこの猿楽衆に刺客が紛れ込むのは、『太平記』をイメージしてのことでしょうか。

そして突然と言うか、運慶がここに現れます。運慶は15年の歳月の中で、義時の顔つきが変わったと言いつつ、まだ迷いがある、悪いけれどいい顔だと言って、いつか仏を彫ってやりたいと言います。実際運慶は義時のために、薬師如来像と十二神将を作っています。

さて頼家暗殺。頼家も殺され、善児も殺されます。しかし善児が「一幡」の文字を見て、心が揺らいだかのように見える描き方は、ちょっと疑問です。実際一幡に対しては、愛情に近いものを持っていたとは思いますし、事前に一幡の墓が登場したのも、その心境を表すための伏線と言えます。ただここは難なく頼家を仕留め、その後で一幡の文字を見て気が緩み、待ち構えていたトウに殺されたという描写でもよかったかと思います。トウはやはりあの井戸端の少女であったようです。そして何回か前の投稿に、善児はトウに殺されるのではないかと書いたのが、図らずも当たってしまいました。


飲み物-グラスに注がれたエール
[ 2022/08/30 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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