fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  大河ドラマ

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その4

『武将ジャパン』の大河コラム関連、今回は4ページ目です。それから先日分で、鳥居忠吉のことを大久保忠吉などと書いておりましたので、訂正しています。あと文章の意味がわかりにくい部分もいくつか直しています。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/16/172912


まず最初にいきなり視聴率の話です。

昨年の勢いを汲み、今年の出演者の顔ぶれからして、最初ぐらいは注目されると思ったら、思わぬ低調ぶりでした。
◆大河「どうする家康」初回視聴率、関東15.4% 歴代2番目の低さ(→link)
『西郷どん』と同率、過去2番目の低さで、過去最低は1989年『春日局』だったことを考えると、近年では実質最下位とも言える出だしです。

「昨年の勢い」とありますが、昨年の後半の平均視聴率は11パーセントから12パーセント程度で、そう勢いがあるとは言えませんでした。しかもサッカーのワールドカップ、コスタリカ戦の裏の、6.2パーセントという数字もありました。もう少し数字が高ければ仮に10パーセントを割ったとしても、あれだけ下がることはなかったと思います。

しかも武者さん、昨年あれだけ言っていた個人視聴率について、この部分では何ら言及していません(その少し前に、『再生回数は低迷するけど、視聴率はそこそことる』とはあります)。ちなみに『鎌倉殿の13人』の(世帯)視聴率に関して、昨年はこう書いていました。

「こうした再生回数が多い成功作品は、近年であれば『鎌倉殿の13人』だけでなく、朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』と『ちむどんどん』も該当します。
ただし、公的に大きく発表される数字は今も視聴率であり、この辺のアンバランスさが世間での評価を難しくしているのでしょう。
朝廷の定めた律令が武士を想定しておらず、坂東武者は混沌とした基準のもとで生きてきた――その様が『鎌倉殿の13人』で描かれたように、大河の評価基準もそんな状態なんですね」

つまり今までの視聴率では駄目だと言いつつ、『どうする家康』では今までの視聴率を持ち出して来て「思わぬ低調ぶり」などと書いています。なぜここで
「NHKプラスの再生回数は多いかも知れない」
と書かないのでしょうね。

尚『青天を衝け』の時も最終回の数字の低さ(裏にフィギュアが来たから仕方ないとは思いますが)を挙げ、『麒麟がくる』で視聴率を上げたのにと、何だか恩着せがましいと思われる書き方をしていましたね。

そしてBLがどうこう。

第2回放送をめぐっては、BL要素に着目したネット記事が早くも出回りました。
◆ 松本潤『どうする家康』、「BL大河」と話題のワケ――岡田准一のセリフ「俺の白兎」がトレンド入り!(→link)
大河ドラマでBLを推してくるとなると、なかなか厄介です。
振り返れば2009年『天地人』がBL漫画を出し、2018年『西郷どん』でもBLが押し出されましたが、余計なお世話としか言いようがありません。

まず、こちらも武者さんのコラム関連の投稿になりますが、『鎌倉殿の13人』第39回のコラム記事に関しての記述にこのうようにありました。

「今流行しているからBLを入れたとか、そう宣伝していた『西郷どん』とは比較にもならない。単純なものではない。東洋的な美学もあれば、多様性への配慮もあります」

私はこれに対してこう書いています。

「『西郷どん』の中園ミホさんは、BLに言及してはいますが、「今流行しているから」と言ったでしょうか。制作発表時の記事で、中園さんはこう説明しています。
「中園氏は「林さんの原作はいろんな愛にあふれています。島津斉彬との師弟愛、家族愛、男女の愛、ボーイズラブまで(笑)。ラブストーリーもたっぷり散りばめられているので、一年間、テレビの前の皆さんに『西郷どん』にどっぷり惚れていただきたい。上野の銅像とは全く違う西郷像になると思います」と自信をみなぎらせた」
https://www.oricon.co.jp/news/2080906/full/」

別に「流行している」などと言っていませんね。色々ある愛情のひとつであるというのを、ちょっとジョークめかして言っているとは思いますが。そもそも大河の場合、男性同士の触れ合いが多く、どうしてもそのように見られてしまうシーンは多いかと思われます。

たとえば『真田丸』の神君伊賀越えで、家康と忠勝が百姓家で握り飯を食べるシーンなども、ちょっとそれに近いものを感じましたし、あと『八重の桜』でもBL的要素は指摘されていました。AERA.dotの記事ですが置いておきます。

BL好きの“腐女子”層も歓喜? 新大河ドラマの評判
https://dot.asahi.com/wa/2013011500010.html?page=1

こういうイメージを完全に払拭するのは不可能ではないでしょうか。武者さんに取っては「余計なお世話としか言いようがありません」なのでしょうが、そういう見方をしたがる人がいても、別におかしくはないでしょう。

しかし武者さんによれば、『鎌倉殿の13人』は違うのだそうで、ここでも
「BL狙いではなく、多様性を尊重するように出した2022年『鎌倉殿の13人』は、そこを読み解かれないどころか、歴戦の腐女子は萌えないだのなんだの、妙な誤解も生じました」
ではどこがBL狙いでなく多様性を尊重するようにしたのか、ちゃんと説明して貰えないでしょうか。

その後海外ドラマ『ウェンズデー』で、客寄せのために性的マイノリティを使う手法は批判されているという箇所について触れ、

客寄せとして狙ったシーンだとするならば、一体いつの時代の作品なのかと呆れるばかりです。
萌えの使い方もあざとく、錚々たる役者たちにこんなことをさせてどうしたいのですか?

「萌えの使い方」があざといでしょうか。ではどのようにあざといのか説明して貰えないでしょうか。何よりもその前に

あの信長から家康への執着なんて、ハラスメントじみていて、そもそもどこにトキメキ要素があったのでしょうか。

とありますが、信長が家康に対して不敵に「俺の白兎」と言うシーン、つまり俺がお前を支配してやるという意味が込められたセリフであるがゆえに、ときめくものがあったのではないでしょうか。そういうのを読み取れませんか?

そして大河ゆかりの地が観光誘導を狙うことへの批判として、『花燃ゆ』で防府市が大河ドラマ館を作ったり、観光アピールをしたのに、完結編は群馬となって防府が登場しなかったことについて、当時の記事を持ち出しています。
しかしこれはかなりレアな例と言っていいでしょう。当該記事でも言及されているように、完結編を防府にする予定だったのが、それまでの視聴率が今一つで群馬に変更されたわけで、防府がダメージを食らったわけです。しかし他の大河でこういう例はそうありません。
このようなレアケースを一般化し、だからゆかりの地を観光地化するなと言うのもどうかと思います。

あとVFXがどうのこうの。しかもなぜか
「◆「本当にどうするの」松本潤主演の大河ドラマ『どうする家康』が低視聴率のスタート…韓国での反応は?(→link)」
などと、韓国での反応を載せた記事をわざわざ紹介(サーチコリアニュースだから当然ですが)していて、それに比べて『鎌倉殿』や『麒麟がくる』は…と言いたげです。

本物の馬を使っていて、かつ難易度の高い『鎌倉殿の13人』はいかがでしょう?
障害飛越で馬が怪我するかもしれない。あれは動物虐待大河だ!って、なりますか?

まず言いたいのは、『どうする家康』の第1回、第2回でああいうシーンはまだ登場していないということです。条件が違う同士を比べるのも如何なものかと思います。例によって比較の仕方が強引だなと思います。
あと馬の扱いについては、馬が多く登場する、1988年の『武田信玄』のOPが批判されてもいますね。

まあこの4ページ目、武者さんという人の考え、もっと言えば偏見があちこちに見られて、それはそれで面白いので、次回にまた書こうと思います。
あと、もう少し後の方になりますが。

善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず。『孫子』「勢篇」
よく戦うものは、勝因を勢いに求めて、人を頼りにしない。

とありますが、この孫子の言葉は
「一人一人の能力や働きに過度の期待をかけず、組織の勢いの方を重視する」という意味です。
「勝因を勢いに求めて、人を頼りにしない」では意味が通りにくくないでしょうか。武者さんは漢籍好きな割にこの辺りが曖昧ですね。


飲み物-ランプと水とウイスキー
[ 2023/01/21 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その2

今回は2ページ目です。それから先日分の投稿で、意味が通りにくい箇所を訂正しています。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/16/172912

今回はこちらからです。

Amazonプライムビデオに『MAGI』というドラマがありました。
天正遣欧少年使節団を描いた作品で、織田信長と豊臣秀吉が出てきます。
信長を演じるのは吉川晃司さん。
秀吉は父・拳さんを彷彿とさせる緒方直人さん。
この二人が、信長と秀吉の理想形のような人物像でしたので、非常に爽快感がある一方、焦りも感じました。
大河はもう二度とVODに勝てないのでは?

「大河はもう二度とVODに勝てないのでは?」
私個人としては、今後大河が作られなくなろうが、あるいは1年が2クールになろうが別にいい(その穴を埋めるものはある)のですが、大河がなくなって困るのは関係者とか、武者さんのような人だろうと思います。なのにわざわざ、これは大河の脅威になると書く必要もないと思います。寧ろ大河もこれに負けないだけの意気込みを見せてくれと書くのならわかりますが。
あと吉川さんは『天地人』で信長を演じていますが、武者さんはこの大河は嫌いなうえに10年ルールに抵触するのか触れられずじまい。それと緒形直人さん(『方』ではなく『形』だと思います)も『信長 KING OF ZIPANGU』の主演でしたが、これも観ていないのか、10年ルールのせいなのか何も言及なし。

で、

そんな心配は、2020年『麒麟がくる』における織田信長が染谷将太さんに決まったというニュースで吹き飛びました。
ベタではない信長にチャレンジするんだな……と思ったからです。

有体に言えば、『麒麟がくる』の視聴を途中で止めた理由のひとつにこの染谷さんの信長もあげられます。染谷さん自身の演技にどうこう言いたくはありませんが、どうも信長と言うより秀吉と言った雰囲気が強く、結局馴染めずじまいでした。

むろん時代考証を考えれば史実から逸脱させてはいけないという制約はあるだろうし、新しい信長像を受け容れられない層からはバッシングも起こるでしょうが、チャレンジなくして進歩はありません。

「新しい信長像を受け容れられない層からはバッシングも起こるでしょうが」
と、染谷さんの信長を受け入れられないのが悪いような書き方ですね。武者さんの場合いつもそうなのですが、自分が好きな作品は受け入れられて当然、受け入れられない方が悪いという書き方が多く、そういう部分に反発もあるのではと思われます。
それとこの『麒麟がくる』は2020年の大河(放送は2021年2月まで)で、既に放送は終わっています。にもかかわらず、
「バッシングも起こるでしょうが」
と、まるでこれから起こることを予想するが如き表現も、ちょっとどうかと思います。

で、またしても今作との比較。

それに比べて本作はどうでしょう……。
あまりに「テレビ業界が考えるベタな信長」ではありませんか?
不良漫画に出てきそうな信長と申しましょうか。
真っ赤っ赤。
いかにも昭和から平成前期にあったヤンキー信長像で、セリフも中二病というスラングそのまんまでした。

「昭和から平成前期にあったヤンキー信長像」
て、具体的にどういう信長ですか?この頃大河で信長を演じたのは、藤岡弘さんとか、前出緒形直人さんとか、『秀吉』で信長を演じた渡哲也さんなどですが、彼らはヤンキーだったでしょうか?緒形さんの信長も異色ではありましたが、それとはまた違ったかと思います。
また今回の信長、私としては、あらすじと感想でも書きましたが、恐らくは『平清盛』を踏まえており、これもまた今までとは異なる信長像であるかと思いますが。
「テレビ業界が考えるベタな信長像」
とは、たとえば『利家とまつ』の反町隆史さんとか、『功名が辻』の舘ひろしさんが演じた、新しがりで長身で、しかも相手を威圧する雰囲気がある信長こそが、それに該当するでしょう。無論ベタではありますが、その時々の主人公を活かすための設定ではあったと思われます。

『麒麟がくる』で船に乗ってやってきた、染谷信長の登場シーンと比較したらなんと陳腐なことか。

あの染谷信長も、私には「漁師のお兄ちゃん」にしか見えませんでしたが。まあ『麒麟がくる』なら何でもほめたがる武者さんらしくはあります。

今年の『どうする家康』は合戦の様子を湿っぽく見せ、「戦を避ける家康は素晴らしい」と誘導したいようです。
しかし、戦闘や負傷者の描写があまりに薄っぺらくて、かえって悲惨さが伝わってきません。視聴者を身震いさせた『鎌倉殿の13人』に遠く及ばないでしょう。
戦争の傷という点では『麒麟がくる』が秀逸でした。

まず『どうする家康』は合戦を湿っぽく見せているでしょうか。戦を避ける家康は素晴らしいと言っているでしょうか。大高城で決断を迫られた家康=元康が家臣の圧力に耐えかねて逃げようとしただけだと思いますが。
それと戦闘や負傷者の描写が薄っぺらいて、この前の第2回で、松平昌久の銃弾の的になった元康の家臣を見ても、同じことが言えるのでしょうか。自分の判断ミスで家臣がああなったのを見た元康が、いたたまれない気持ちになったのもまた事実でしょう。
結局ここでも『鎌倉殿の13人』と『麒麟がくる』は素晴らしい!それに比べて本作は…と言いたい、それだけのように見えます。

そしてやはり『麒麟がくる』を叩き棒にして、
「本作は上っ面で戦争を描いているだけに思えてなりません」
だの、
「元康が戦場から逃げ出すことで笑いをとろうとするようなセンスからもうかがえる」
(いや笑いを取るというのとはまた別でしょう)
だの。
さらに

戦場には将兵が大勢います。そこで何らかのスイッチが入って我先に逃げ出すと隊列が崩れ、それだけで大損害が出てしまいます。
撤退戦は難しいもので、将たる者は、なるべく部隊が乱れぬよう、逸る心を抑えて指揮を取らねばならない。
そんな戦場で大将が率先していなくなるって?
「ヘタレ」なんて笑っている場合ではなく、人命を著しく損なう危険性があります。

あれは戦場と言うか、大高城に立てこもっているわけです。
ですから隊列云々の問題ではないし、織田とのにらみ合いがいつまで続くかの持久戦と言うべきでしょう。そしてこれは第2回に関するコラムですが、第2回では元康は逃げていないし、第1回でも逃げようとしたけど逃げられなかったわけです。
しかしそれを言うなら、織田信長は金ケ崎から撤退する際、真っ先に陣を抜けて駆けだしていますが、武者さんとしてはそれはどう考察するのでしょうか。

要は、戦争に対する緊張感が全く感じられない。弛緩しきったドラマになっているため、いきなり介錯云々やられても、悪ふざけにしか見えないのです。

その前の大樹寺のシーンを見ていたら、「弛緩しきった」などとは言えないのではないでしょうか。あの時元康は自分の判断ミスの責任を取ろうとしていたわけなのですが。

そしていつものと言いますか、武者さんの比較対象のおかしな点としてこれを挙げておきます。

「がおー!」なんて、あざとく叫ぶ武家の夫人なんて、もう全く理解できない。
『鎌倉殿の13人』の大江広元を思い出してください。
彼はしばしば謀殺を進言していましたが、なぜ殺すのか、殺すことでどういうメリットがあるのか、いつも計算があった。
ああいう理詰めの言動で、彼自身の行動規範は説明されていた。
わけもなく叫んで誤魔化すような真似はしていません。

於大の方と大江広元を、なぜ比較するのでしょうね。何か共通点があるのですか?とにかく何か気に入らないと、適当な対象を引っ張って来て比較しているだけのように見えます。

大河に限らず、駄作にはある特徴があります。
主要な登場人物たちが、顔と顔を直接突き合わせていないとシーンを盛り上げられない――私はそれを「フェイストゥフェイスシステム」と呼んでいます。
映像的には、胸から上に集中したバストアップで、演出的にはベタで楽になりますが、危険な兆候です。
これをしばしばやらかすと、登場人物がテレポート状態になり、絵が単調になります。

駄作認定したくてしようがないのでしょうね。
本当の話、私は『鎌倉殿の13人』の室内のシーンに、それに近いものを感じたことがあります。
で、その後に
「家康と信長の出会いなんて、まさにそうでしたが、バストアップを多用するには理由があります。
所作を誤魔化せることです。
時代ものは特に所作の美しさが重要です」
などとありますが、手下が担いで来た竹千代に向かって白い子兎のようじゃ、食ってやろうかと顔を引き寄せるシーンであれば、寧ろバストアップにならない方が不自然でしょう。
あと
「映像的には、胸から上に集中したバストアップで、演出的にはベタで楽になりますが、危険な兆候です」
とあります。この「危険な兆候」は昨年のこのコラムでも使っていましたが、何だかわかりづらい表現ですね。「あまりこういうのを多用するのは考え物です」くらい書けませんかね。こういう日本語のわかりづらさも、このコラムの文章に違和感を覚える一因ではあります。

思い返せば2015年大河『花燃ゆ』では、上級武士の妻たちが、和室屋内でスタンディングパーティでもするようにずらっと立っている珍妙な場面がありました。
カナッペでも食べるのかと呆然としたものですが、今ならわかります。

ここで『花燃ゆ』叩きですか。しかしこれも例によって、第何回のどのようなシーンであるかの説明が抜け落ちています。それと「カナッペでも食べる」て、要はビュッフェスタイルのパーティーみたいだと言いたいのだと思われますが、この辺の表現もどうにかならないものでしょうか。

さらに

そして今年も、ぬぼーっと立っている場面が多く感じます。
昨年と比較するとわかりやすいかもしれません。
『鎌倉殿の13人』では、室内で複数名が座りながら協議をする場面が多くありました。エキストラたちがずらっと集まりながら座り込む場面も多かった。
それが今年は立ちっぱなしで、しかも妙な顔つきのエキストラが多い。いきなり切羽詰まっているのは?と感じるのは、そうした状況も一因です。

この「ぬぼーっと立っている」とは具体的にどのシーンでしょうか。今のところ戦のシーンが多いわけで、大将以外は立っていてもそれは当然だと思います。それと「妙な顔つきのエキストラ」、これもどのシーンなのかはっきり書いて貰えないででしょうか。そしてなぜこれが切羽詰まっている原因になるのでしょうか。
それと『鎌倉殿の13人』云々、三谷さんの大河は室内シーンが多いのだから、これは当然でしょう。無論こちらも戦場のシーンで、坂東武者たちが立ち尽くしているシーンもありましたが、昨年にしろ今年にしろ、それはひとつの演出方法と取るべきかとは思います。


飲み物ーホットワイン
[ 2023/01/19 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その1

久々に『武将ジャパン』の大河コラムを見てみたのですが、これが何と言うか、正直言ってこれまでのコラムよりも中身がないと言うか、単に悪口を言いたいがためだけのように見えてしまいます。まず1ページ目から。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)

どこの部分も突っ込みたくなるのですが、この「あらすじ」から行きますか。

織田軍に包囲されてしまい、絶体絶命の松平元康。
でも、負けはしない!
元康は、寅の歳、寅の日、寅の刻に生まれた運命の子である。
そんな元康を白兎と呼んでいた織田信長は兵を引く――古沢脚本の妙が光る展開ですね。巧みな構成は前作を思わせると評価されるのであろうか?
元康は大高城を飛び出し、最愛の瀬名たちを残した駿府に帰ろうとする。
しかし、家臣団は一致しない。
彼らは故郷の三河に戻りたい。
仕方なく駿府へ向かう元康の前に立ち塞がるのが松平昌久。重臣の鳥居忠吉らは重傷を負ってしまった。
ようやく岡崎の大樹寺に逃げ込み、悟りを開く元康であった。

まず「あらすじ」とある割には、元康の信長の回想、信長への恐怖心、大樹寺の登譽上人や榊原小平太、本多忠勝の行動などが一切出て来ません。と言うか大樹寺関連記述があっさりしすぎでしょう。無論最後に岡崎城に入るシーン関連の記述もなし。
そしてこの後に、「あらすじ:ドラマ通構文バージョン」なるものがあり、何でも武者さん曰く
「なんとなくオシャレで賢そうに見える構文のこと」
らしいのですが、単に普段武者さんが軽蔑している「こたつ記事」の文体を、何となくなぞっただけのように見えてしまうのですが。
そして

褒め記事をご覧になりたい方は上欄の記事をクリックしていただき、厳しい見方にご賛同いただけそうな方のみ、先へお進みください。

なのだそうで、実際この上にリンクが沢山貼られているのですが、ここで気になるのは「厳しい見方」という表現です。今まで武者さんが嫌いな大河(何度も言いますが、好き嫌いで評価すること自体おかしい)での「厳しい」とは、悪口または難癖、自分が好きな作品との(強引な)比較と言っていい部分があまりにも多いので、今回も、そのつもりで見て行こうと思ってはいます。

前年の大河『鎌倉殿の13人』はメンタルケアを重視していて、撮影現場では、役者さんやスタッフに対して、リスペクトトレーニングが取り入れられておりました。
今年は大丈夫でしょうか?
役者さんの顔色が沈んで見えるんですよね……気のせいだったらよいのですが、現場の雰囲気が乱れている危険性を感じます。

早速(強引な)比較が出て来た、と言っていいでしょう。
ではメンタルケアやリスペクトトレーニングについて言及している記事を貼っていただけないでしょうか。また、今回のどのシーンが、役者さんの顔色が沈んで見えるのでしょうか。例によって、詳しい指摘は一切なしですね。

まだ第2回放送だっていうのに、追い詰められている予兆が出ています。
ペース配分と構成がおかしい。序盤から回想シーンを入れすぎています。
初回はいきなり桶狭間敗戦までを高速で描き、2回目で遡って描かれていますが、果たして効果的でしょうか?
戦国時代に詳しくない方がご覧になられたら、場面が飛びまくって、内容を捉えきれてないようにも思えます。

「追いつめられている予兆」と言う表現も何だか無理やりな感じです。そしてペース配分ですが、初回はまず桶狭間が出て来て、その後駿河での生活、瀬名との結婚、そして大高城への兵糧入れを命じられ、そして再び桶狭間となっています。そして2回目ではまず竹千代誕生、そして信長の許へ連れて行かれるシーンが桶狭間に挟まれる形で登場し、この人物と寅との関係、どのような幼少時代を過ごしたか、彼に取って信長とはどのような人物が描かれています。

2回目の方が回想は多いですが、竹千代の外見からして、これは子供時代だとわかる仕組みになっていますし、また信長も桶狭間の時よりも若いため、間違える可能性は低いのではないでしょうか。元康自身の過去の情報がかなり盛り込まれていますが、別に内容を捉えきれていないとは思いません。

子役を敢えて使わないのは『真田丸』や『麒麟がくる』、『鎌倉殿の13人』でもそうでした。
しかし、毎回それが正解ではなく、本作は不自然さに繋がっていませんか?

第2回で尾張に連れて行かれた竹千代は、子役が演じていますが?
そしてそれを言うなら、昨年の『鎌倉殿の13人』で、義時が魚を手づかみで食べるシーン、ああいうのは幼さを出すために、小栗旬さんでなく子役を使った方が自然だったと思います。まあ三谷さんは使いたくないのかも知れませんが。
ちなみに武者さん、このシーンを、当時の坂東は箸を使わず野蛮だといった書き方をしていましたが、単に少年の義時が、魚をせせるのが手に余っただけでしょう。後は、普通に箸を使っていましたから。

そして

『鎌倉殿の13人』も、第一回の実衣や三浦義村は年齢的にはかなり無理がありましたが、さほど注目はされていません。それを気にさせないほどシナリオに引き込む力がありました。のみならず、平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりないことも比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう。

義村は初回ではまだほんの少年ですからね。山本耕史さんの出番は本当はもっと後でもよかったかも知れません。また、
「シナリオに引き込む力がありました」
と言うより、そういうキャラ設定だからでしょう。当て書きで有名な三谷さんですし。
あと
「のみならず、平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりないことも比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう」
とは
「平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりなく、他作品と比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう」
とでも書きたいのでしょうか。しかし一部のキャストは『義経』や『平清盛』にも登場します。ただ坂東武者の一部は、『草燃える』まで遡らないと比較できないと言えそうです。それと「比較されにくかったことが影響している」のは登場人物の年齢設定ですか?ならばそれもちゃんと書いてほしいものです。例えば

『鎌倉殿の13人』も、第一回の実衣や三浦義村は年齢設定でいくらか無理がありましたが、さほど悪目立ちはしていません。それを気にさせないほどシナリオがよかったと思います。また過去に於いて、平安末期から鎌倉時代を舞台にした作品があまりなく、一部の登場人物の年齢設定が、他作品と容易に比較されにくいことも当然影響したでしょう。

このようになるのでしょうか。

元康と瀬名のおままごとシーンをごく自然に受け容れられた方は少なかったのでは?

私自身はそこまで不自然には感じなかったし(少々はしゃぎすぎかなという気はしました)、こういう形で、ローティーンの2人の演出をしたがっているのだなとは思いましたが…。それとあの時は、まだ元康でなく元信(次郎三郎)ですね。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2023/01/18 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第2回「兎と狼」あらすじと感想-2

第2回後半部分です。


昌久の突然の銃撃に忠勝は身を挺して元康を守るが、他の家臣たちは銃弾を浴びる。昌久はほくそ笑みながら、兵たちに元康の首を取るように命じ、元康たちはひとます逃れる。一方駿府では、瀬名の父関口氏純が、今川軍が駿府へ戻って来ていることを知らせる。瀬名は元康を案じるが、松平の全軍が行方知れずとなっていた。

大樹寺では榊原小平太、後の康政が論語をろくに読もうともせず、樹上で昼寝をしていた。しかし何かに気づいたようで、そこへ現れた登譽上人に話しかけようとするが、登譽はまた昼寝か、夜遊びばかりしているからじゃと一喝すし、しっかり学ばねばろくな仕官はできんと叱る。しかし小平太は家柄のよからぬ武家の次男、しかも強国に挟まれた三河の者では、書物を読んでも出世どころか長生きも望めない、短い生を謳歌するのが賢明と減らず口を叩く。

登譽は本を取り上げ、話とは何かと尋ねる。人が大勢走って来ると小平太。それは元康たちだった。銃弾を浴びた兵たちの手当てが行われたが、忠吉は助からぬかも知れないと言われ、元康は自分を責めて数正に窘められる。しかも寺は昌久の軍に包囲されていた。登譽は彼らを諫めるが、昌久は元康を出せばおとなしく引いてやると開き直る。

こう取り囲まれては、助けを呼ぼうにもねずみ一匹這い出せないと登譽。元康は松平一族の墓の前で、一人心を静めて考えたいと言い、誰も連れずに墓所へと赴く。一方人の気配を感じた小平太は、障子に穴を空けて見ると、元康が甲冑を外して自刃しようとしているのが目に入る。元康は駿府に帰れないことを妻子に詫びつつ、腹に短刀を突き立てようとするが、その時何者かが来たのを感じる。

それは忠勝だった。忠勝は止めようと言うのではないと言い、その首をくれてやれば家臣たちの命は助かるから、自分でよけれが解釈をしてやると申し出る。元康は自分は無能で多くの兵を殺した、このくらいしかできぬと言いつつ、壁の「厭離穢土 欣求浄土」を目にしながら、汚れたこの世を離れ、極楽浄土へ行けと言う教えじゃとも言い、忠勝はそうだなとあっさり答える。そして忠勝が介錯をすることになる。

その様子を数正が見ていた。元康は、忠勝の偉そうな物言いを咎めるが、忠勝は言ったろう、お主を主君と認めぬからだと言い、自分の父は広忠を、祖父はお主のおじい様を守って死んだ、俺は俺の命を捨てるだけの価値のあるお方を、主君と仰ぎたい、それだけだと忠勝。元康は自分がお前たちを守るために死ぬ、少しは主君として認めたらどうじゃと言うが、忠勝は言う。
「ふざけるな…何で認められようか」

忠勝の真の望みはいつか元康を主君と仰ぎ、元康を守って死ぬことであった。「厭離穢土 欣求浄土」と唱えつつすすり泣く元康の脳裏を、12年前の記憶がかすめる。信長はこの世は地獄じゃと言い、まだ幼い竹千代を相手に、
「どうした!この世は地獄。俺たちは地獄を生き抜くんじゃ!」
「ほら、周りはすべて敵ぞ」
「なあ、弱ければ、弱ければ死ぬだけじゃ。ほら、かかってこい」
「おい白兎、どうした、爪を立てよ」
竹千代は必死に相手に食らいつき、こう叫ぶ。
「竹千代は兎ではない、竹千代は寅じゃ!寅なんじゃぞ!」
信長は言う。そうじゃ、その目じゃと。
元康はその時の、その目だけは忘れるなという言葉を思い出す。そして短刀をわきにやる。

家臣たちが集まってくる。部屋の中に誰かいるのに気づいた忠次は障子を開ける。そこには小平太がおり、この寺で学んでいる者で、ここで昼寝をと言う小平太に「いね」(行け)と忠次。小平太は一度は去ろうとして戻り、間違いにござりますと前置きし、「厭離穢土 欣求浄土」はあの世に行けという意味ではなく、汚れたこの世をこそ浄土にすることを目指せという意味だと、登譽に教えてもらったと伝える。様々な解釈があるのでしょうが、ご領主たる身ならかように解釈するのがよろしいかと、まこと地獄のような現世ですからなあと小平太。家臣たちはこの小平太を出過ぎた奴と不満そうだった。

元康が僧兵を従えて門から出て来た。そして松平蔵人佐元康であると名乗り、ついで家臣たちが周囲を固める。元康はこれより本領岡崎へ入ると言い、家臣たちは駿府でなく岡崎であることに驚く。我が首欲しければ取ってみるがよい、かかってまいれとの声に、昌久軍は色めき立つが、岡崎で我が帰りを待つ1000の兵が、怒りの業火となって貴殿の所領に攻め入るであろう、しかと覚悟せよと言い放つ。さらに今川も新当主氏真が立て直すは必定、その今川と我らを一度に相手にできるのなら、やってみよと昌久に迫る。

三河は我が祖父が切り取った国、この元康が今一度平定し、如何なる国からも、織田からも武田からも守ってみせると、元康はさらに語気を強める。そして寅の年寅の日、寅の刻に生まれた武神の生まれ変わりじゃ、そなたたちのことはこのわしが守ると家臣たちにも告げ、昌久軍に向かって道を空けるように命じる。家臣たち、忠勝までもがもそれに同調し、一行は昌久軍の中を堂々と歩いて岡崎へ向かう。その後ろ姿を見送る小平太。

甲斐では信玄が戦略を練っており、松平の若大将がどれほどの者か、よく調べておけと飯富(山県)昌景に命じる。駿府では巴が瀬名に、元康が岡崎に入城したことを知らされる、無論氏真にもこのことが知らされる。そして元康は家臣たちに、今川様は必ずよみがえること、そして改めて自分は寅の化身であることを伝え、織田信長など蹴散らしてくれようぞと言い、一同の賞賛を浴びる。

再び竹千代が生まれた頃の両親の会話。寅の化身と言う於大に、年が明けて今年は兎じゃと言う広忠。数日早く生まれたことにすればいい、兎など狼に狩られてしまうと於大。そして再び永禄3年。竹千代を兎呼ばわりした信長は、元康は生き延び折ったかと笑い、いよいよ食らいに行くか、白兎をと言う一方で、岡崎城で1人になった元康は、自分が大見得を切ったことのツケが回ってくるのではと、寅から白兎に戻ったかの如く怯えていた。


松平氏の菩提寺の大樹寺。ここで学問をしていた青年は、後の榊原康政となります。大して勉強好きにも見えませんが、「厭離穢土 欣求浄土」の意味を訂正し、今は地獄のようだと、信長そっくりなことを言います。この人が後に、江戸幕府成立に大いに貢献することになるのですね。

その信長は散々竹千代を翻弄しつつ、本気になって食らいついた時の目を忘れるなと言い聞かせていました。あの時信長を組み伏せた技が、氏真を組み伏せた時にも生きたようですね。そして自刃しようとしていた元康はそのことを思い出し、さらに忠勝の言葉を耳にして、その場での自刃を思いとどまり、別人のようになって昌久軍に道を空けさせ、堂々と岡崎入城を果たします。

岡崎入り後、元康は家臣や三河衆を相手に、武田も織田も怖くないと景気のいいことを言いますが、後で自分が言ったことの大きさに愕然とします。無論織田も武田も、如何に松平を平らげるかを着々と練っていたわけなのですが。ところでこの人は12月26日の生まれですから、今の暦だともちろん卯年生まれになります。そして信長は、相変わらず白兎を食らいに行こうなどと言っています。

それと忠勝。やっと元康の家臣になろうとしたと言うか、元康が主君として信頼しうるに足る人物と認めたのでしょうか。昌久軍が発砲した時に元康を守ろうとしたのは、彼のそういう主君に求めるものが、あのような形で表れたと言うべきなのでしょう。

あと今川はよみがえるとも元康は言っており、あるいはこれが本音であるようにも見えますが、その後の今川は凋落の一途をたどることになるはずなのですが…。

そして「この世は地獄、俺たちは地獄を生き抜くんじゃ」
時代も宗教的価値観も異なるものの、昨年の北条義時にも、こういったセリフを言ってほしかったような気がします。

飲み物-2つの赤いカクテル
[ 2023/01/17 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第2回「兎と狼」あらすじと感想-1

第2回の前半部分です。


天文12(1543)年。三河の岡崎城では松平広忠の正室、於大が男児を出産する。寅年、寅の日そして寅の刻に生まれたその子は、寅の化身のように逞しくなると於大。そして広忠は、虎の縞模様の布にくるまれた、竹千代と呼ばれるその子を家臣たちに披露する。於大は虎の如き猛将となるに相違ないと言い、がお~と虎の声をまね、家臣たちや広忠も唱和する。

そして永禄3(1660)年大高城。虎の如き猛将になるはずだったかつての竹千代、今の元康は、迫りくる織田軍を前になすすべがなかった。石川数正は戦うか逃げるか、二つにひとつでござると言い、家臣たちは口々に戦うと言うが、織田軍の前に元康軍は如何にも劣勢で、本多平八郎忠勝は、相変わらず人を見下したような物言いをしていた。

大久保忠吉も、義元亡き今総大将は殿でござると元康にはっぱをかける。そして家臣一同決断を迫るが、最早織田軍は目前に迫っており、信長は逃げぬとはあっぱれと城に向かって言うが、元康は逃げなかったことを悔やむ。しかし織田軍は大高常から少し離れた場所に留まったきり、攻めてこようとはしなかった。忠勝は信長の何をそんなに怖がるのかと尋ねるが、元康はその12年前、信長に拉致されていた。

松平は今川と織田に挟まれており、広忠は竹千代を戸田宗光に預けて安全な場所に逃がそうとする。しかし宗光の裏切りで、竹千代の従者は殺される。そこへ赤い着物をまとった男たちがやって来て、竹千代を連れ去ってしまう。彼らが着いたのは尾張津島で、真紅の着物をまとった彼らの首領的存在、信長がやってくる。白い子兎のようだと信長は竹千代を見て言い、食ってやろうかと顔を自分の方に引き寄せる。

再び大高城。信長は鞭で地面をかき、兵たちはそれを合図に引き下がる。平岩親吉はそれに驚く。再び12年前。信長の父信秀は広忠に、今川と手を切らないと竹千代の命はないと文を送る。広忠は苦悩しつつ、竹千代のことは如何にしようと勝手なりと伝えるように家臣に命じる。竹千代は信秀の前で首を刎ねられようとするが、その時信長たちが現れ、信長は信秀にこう言う。
「親父殿、こやつは俺のおもちゃじゃ。勝手なことをされては困りますな」

やらねば示しがつかぬと言う信秀に、信長はこう答える。
「生かしておけば使いみちもありましょうぞ」
不敵に笑う信秀。そして信長は、例の赤い着物の者たちと相撲を取り、竹千代にも相手をするように命じる。しかし信長がやることは弱い者いじめに等しく、地獄じゃと言う竹千代。何と申したと信長は尋ね、地獄じゃと聞いてそりゃあいいと笑う。
「その通り、この世は地獄じゃ!」

結局大高城を取り囲んだのは、我らをすくみ上がらせるためと数正は言う。元康は里心がつき、駿府へ帰りたいと言い出す。今川が負けた以上、大高城に籠っていてもどうしようもなかった。しかしその後岡崎から書状が来て、城代の山田が討ち死にし、家来たちが駿府へ戻ったことを知る。勝手に城を捨てたことに憤る家臣たちだが、忠勝は我らだって同じと平然と言う。

岡崎に城代がいないということは、ここの守りが手薄になっていることを意味した。岡崎入りを促す忠吉だが、元康は勝手に岡崎に入れなかった。しかしこの地は松平の本領で家臣の妻子もいた。自分の妻子は駿府にいると言い張る元康だが、家臣たちの様子を見て三河領へ戻り、お前らには暇を出すから好きな所へ行け、自分は駿府へ戻ると言う。

一行は矢作川まで来たが、元康は面白くなさそうだった。多くの者たちが岡崎を目指す中、残る者もおり、忠勝もその1人だった。しかしその時、親吉が敵の来襲を伝える。織田勢かと疑う元康だが、相手はどうやら松平昌久の軍勢のようだった。迎えに馳せ参じたと言う昌久だが、昌久は過去に裏切ったことがあり、家臣たちもこの人物を信用していなかった。しかし昌久は、今こそ松平一族が一つとなって、三河国を守るべきと声を張り上げる。

元康は迷ったが、信じることにする。あやつの言う通り、松平同士でいがみ合うてる場合ではないと元康は言い、昌久の前に進み出る。昌久は土下座して彼らを迎えるが、その時荷駄を覆っていた筵が外され、中から銃を構えた武者たちが姿を現した。


寅年の寅の日、そして寅の刻に生まれた元康は将来を期待されます。しかし実家の松平家は、当時東から今川、西から織田が進出して来ており、我が子を安全な所に逃がそうとする広忠の思いも空しく、織田に連れ去られてしまいます。当主織田信秀の前で殺されようとする竹千代を信長が庇い、
「生かしておけば使いみちもありましょうぞ」
と父信秀に言います。その12年後、大高城でも信長は同じことを思ったかのようで、だからこそ軍を引き揚げたとも取れます。

また「使いみち」という言葉、これは『軍師官兵衛』の「命の使い道」を連想しますね-岡田さんが言うと特に。それにしても織田の父子が、かなり恐ろしく感じられます。しかも当時の竹千代を、「俺の白兎」のみならず「俺のおもちゃ」とまで言い出し、実際体格差がありすぎる竹千代に、強引に相撲を取らせ、竹千代は地獄を見る思いでした。その言葉に信長も「この世は地獄じゃ」とうなずきます。元々信長は変人、あるいは新しもの好きなキャラであることが多いのですが、この信長は何とも不気味な存在です。

それと先日、制作統括の磯智明氏が『平清盛』にも関わっていたことを書いていますが、この信長と手下、恐らく家臣なのでしょうが、正に清盛的な雰囲気です。今後もこういうシーンが登場するのでしょうか。

ところで最早大高城を守る必要もなくなり、駿府へ帰ろうとする元康ですが、岡崎城の城代が亡くなったこともあって、岡崎を目指そうと家臣たちが言い出します。第1回、第2回とも家臣たちが口をそろえて元康に決断を促し、元康が迷ってしまっています。とは言えこの時彼は数えの18で、まだ悩んでも不思議ではないのでしょうが…。

結局三河まで行くことになった元康は不機嫌です。帰るべき者たちは帰り、残った一部の家臣を連れた元康ですが、敵軍と思しき軍勢に遭遇します。しかしそれは同じ松平一族の昌久でした。この人物は裏切ったことがあり、家臣たちは信用していないものの、元康は信じようと言い出します。とはいえ、この昌久も元康の首がほしいようで、荷駄の中に鉄砲武者を忍び込ませ、劣勢の元康軍に襲い掛かります。やはり、家臣の言うことは聞いておくべきだったようですね。


飲み物ーホットワインとくるみ
[ 2023/01/16 01:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

制作統括の言葉と受信料

『どうする家康』の公式サイトにこのようなコラムがあります。

第1回の放送を終えて 制作統括 磯よりメッセージ
(『どうする家康』公式サイト)

初回放送終了時点で、プロデューサーのこのような挨拶がアップされるようになったのですね。ところで磯氏といえば、確か『平清盛』の制作にも関わっていたと思います。

今回が清盛のようになるのかどうか、無論今の時点では何とも言えません。あの時の父子の関係は割と好きでした。しかし今回、家康はまだ若い時に父親を亡くしてしまいます。そして戸田宗光の人質となるはずが、織田の人質となり、「白兎」となるのでしょうね。あのセリフ、台湾の放送では「小白兎」となっていたようです。

それにしても、大河制作陣としても色々と気を遣っているのだろうとは思いますが、今回は、「受信料によって支えられています」の文字は見当たりません。これはちょっと残念ではあります。

ところで受信料と言えば、スクランブル化を求めるデモが定期的に行われているようです。NHKはなぜスクランブル化しないと言った声も聞かれます。私も公共放送として最低限の情報(ニュース、気象情報、災害情報)はともかく、娯楽系はスクランブルをかけていいのではないかとやはり思うし、課金で制作費用を賄うべきかとも思ってはいます。

飲み物-暖炉とウイスキー

[ 2023/01/15 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

戦国大河の家康の登場回数

『どうする家康』が始まってふと思ったのですが、徳川家康という人は、戦国大河の大半に登場しているのではないかと思います。少なくとも近畿地方や東海地方が主な舞台の場合は、殆どと言っていいほど出て来ているのではないでしょうか。今再放送中の『おんな太閤記』にも出て来ていますし。

また近畿や東海がメインでなくても、武田信玄が主役の大河の場合、三方ヶ原の戦いで比較的若い家康が登場しています。それぞれの作品に於ける立ち位置をざっと分けると、以下のようになりそうです。

主役
準主役、身内を含め主人公に比較的近い存在
主人公の主君、同僚またはそれに近い存在
主人公と直接関係はないが、何らかの形で巡り合う、または知り合いになる
時代設定が違う大河に、いくらか縁のある人物として登場

言うまでもないことですが、一番最後に該当するのは『青天を衝け』と『鎌倉殿の13人』のみです。『おんな太閤記』は上から2番目のパターンでしょう。戦国大名が主人公の場合、最初は上司的存在で後に主君となるケースが多そうです。無論秀吉の登場回数も多いのですが、『葵 徳川三代』は秀吉薨去後から始まるため、この大河では登場していません。

それから信長ですが、大河では18回登場(2020年時点、NHKアーカイブス)となっています。しかし2022年放送のスペシャルで、確か「19人」とあったのですが…『風林火山』に登場したモブ的な信長も含めてのことでしょうか。しかし信長が登場しない戦国大河(『春の坂道』、『独眼竜政宗』、『葵 徳川三代』など)でも家康は登場していますので、やはり戦国大河では断トツの登場回数と思われます。

なお前出の『風林火山』では、松平元康もわずかながら登場します。これは今川家が出て来るためです。

飲み物-テーブル上のマグのビール
[ 2023/01/14 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』家族関連キャストと1話観終わって感じたこと

まだ、お知らせしていなかったようです。失礼しました。

【第7弾】出演者「家康の新たな家族」を発表!
(NHK ONLINE)

今回は娘や側室役ということで女性が多いのですが、唯一の男性である松平広忠役の飯田基祐さん、『風林火山』にも出演していたのを思い出します。

ところで『どうする家康』を観て、改めて思ったこと。

以前から、家康の頼りない部分、弱い部分を描くといったことを言われており、第1回を観た限りでは、そう違和感は覚えませんでした-無論家康、その当時の元信が人形遊びをしたり、瀬名と密かに会ってかくれんぼをしていたなどというのは創作ではあるでしょうが。逆に主人公周辺の人物のキャラ設定がはっきりしていること、当時の、今川支配下の三河の人々の様子が描かれている点などはいいと思いましたし。

無論まだ始まったばかりで、今後どうなるかは何とも言えません。ただ信長もさることながら、家臣たち、特に年齢的にそう変わらないであろう本多忠勝などがキーパーソンになるだろうなとは思います。何でもNHK出版のガイドブックによれば、松本潤さんと家臣を演じる俳優さんたちは
「甲冑の重さを共有して仲良くなった」
とのことですので。

あと前作の場合、やはり三谷さん脚本ということもあり、コント的展開や小ネタがあっても、やはり三谷さんだからこうなるのだと、いわば脳内補完的なことをやってはいたわけですが、今回はそれがなく、その分多少肩の力を抜いて観られるような気がします。

それと今回から「紀行」がかなり様変わりしていますね。元々紀行はドラマゆかりの地を訪れるもので、他作品でも舞台が同じような場所だと、必然的に似たような内容になるので、時には思い切って変えるのもありかと思われます。松重さんのナレが、『孤独のグルメ』をちょっと連想させますが。


飲み物-キャンドルとワイングラス
[ 2023/01/13 00:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第1回「どうする桶狭間」あらすじと感想-3

第1回その3です。


丸根砦では織田方の兵が米を奪おうとしていた。数正をはじめ家臣たちに後を託し、元康は先を急ぐことにする。大高で会おうぞとの言葉を残して、馬を走らせる元康。一方家臣たちは相手の兵と戦いつつ、荷駄隊を通らせた。大高城を守る鵜殿長照は疲労困憊していたが、味方の到着を知らされ、開門するように命じる。

義元が討って出ようとしたその頃、大高城に元康の家臣たちも到着する。無事を喜ぶ元康は、長照の労をねぎらい、養生するように言う。雨が降り出し、雷鳴が聞こえる中、忠世は丸根砦での織田方との戦いの自慢話をしていたが、元康は義元の軍勢の到着が遅いのが気になっていた。桶狭間までは参られておるはずと忠次。一方親吉は、鉄砲の筒音のようなものが聞こえたと言う。

義元の軍は一向に現れず、雨も激しくなっていた。まるでこの世にわしらだけのごとくじゃと忠次は言う。その時物見の兵が戻り、義元の軍が織田の不意打ちを受けて総崩れになったと小声で伝える。元康は大声で申せと命じ、兵は声を上げて同じことを繰り返し、総大将治部大輔(義元)が討ち死にしたことも伝える。元康はとても信じられず、そのような虚説に惑わされてどうする、織田方が流した嘘に決まっておろうがと口にし、義元討ち死にを否定する。

しかし実際はかなりうろたえていた。忠吉は虚説ではない、太守様は桶狭間にてご休息の折、待ち伏せしていた織田軍に襲われ、奮闘空しくお討ち死になされたと言う。お前はいつも何を言っているのか、さっぱりわからんと元康。忠世は再度言う。今川義元は、織田信長に首を取られたんじゃと。そこへ忠真が入って来て、今川軍は総崩れで、各所の軍勢はちりぢりバラバラに駿府へ逃げていることを伝える。

このままでは我々だけが孤立することになる、いやそうなっておると皆が言う中、判断を求められた元康は言葉に窮する。しかも戻るには桶狭間を通らなければならなかった。この城を勝手に捨てていいのかと忠次、お下知に背いたとみなされると数正。総大将がおらんようになったのに、下知もクヒョもあるかと忠吉。籠城案まで出る中、今川から借り受けた兵たちは勝手に逃げ出していた。その時数正は元康がいないことに気づく。その元康は雷鳴の中1人うずくまっていた。

数正は城の蔵に入り、そこに元康の兜があるのを見つける。
「逃げおったか~!」
元康は笠と蓑で身を隠し、城から抜け出して叫ぶ。
「もう嫌じゃあ~!」
そして海へと向かい、砂浜をとぼとぼと歩いていた元康を誰かが騎馬で追う。その男は元康めがけて槍を投げ、馬から下りた後に、再びその槍を持って襲い掛かる。

元康もその男に勝負を挑むが、海の中へと突き飛ばされてしまう。男は元康を波の間から引きずり出す。
「お前三河もんか」
と元康は尋ね、
「わしのことは放っとけ!」と言うものの、なおも攻撃の手を緩めない。
「主君と知っての狼藉か!」と元康も刀を抜くが、その男はひるむどころか、元康に向かって一喝する。
「恥ずかしくないのか!」

「主君などと…俺は認めぬ」
その言葉に元康は肩を落とす。やがて元康はその男を連れて戻るが、忠真はその男に向かって声を荒げる。
「平八郎、うぬは何をしでかした!」
忠真は、この者は亡き本多忠高の息子で我が甥の平八郎忠勝であると言う。忠勝はこの時初陣を務めていた。

礼儀知らずの不届き者で阿呆であると忠真は弁解し。もしご無礼を働いたなら、それは自分の罪、手討ちにして自分も腹を切ると言って、忠勝に刀を振り下ろそうとするが、数正は待たれよのんべえ殿とそれを止める。何があったのかと数正は尋ねるが、元康は黙ったままだった。殿はと言いかける忠勝を忠次が制する。そして忠次は気を利かせ、お一人で雨に打たれて心の迷いを洗い流し、窮地を如何にすべきかご思案されていたのでござろうと尋ねる。

元康はなおも黙ったままだった。そこへ親吉が織田軍が来たことを伝える。しかも相手の数は2000と大軍だった。元康の脳裏に、義元の首を手にして進軍してくる信長の姿がちらつく。やがて信長は、その首を投げ捨てる。元康はかつて信長の許で暮らし、地獄のような目に遭ったことを思い出す。

周囲から判断を迫られ、しかも忠勝からは俺は認めぬと言われ、元康はなすすべがなかった。一方駿河の瀬名も、今川の家来衆が慌てて行き来するのを見て、何か起こったらしいと感づく。するとそこへ巴がやって来る。また武田信玄もこのことを聞き、道理で南の空に不吉なものが生じるわけよ、されど我が甲斐に取っては吉兆となろうと言う。

元康はなおも迷っていた。あれはケダモノじゃ、飢えた狼じゃと恐怖を露わにする。そして信長の方は
「待ってろよ、竹千代。俺の白兎」
と不敵な笑みを漏らす。元康はこうわめくよりほかなかった。
「どうしたらええんじゃあ~!」


何とか大高城に米を届けたものの、肝心の総大将である義元が、織田軍に攻め込まれて命を落とします。この桶狭間の戦い、様々な大河で描かれており、何作か観比べてみると、その時々の主人公の立ち位置がわかって来ます。閑話休題。そして今川の兵は、勝手に駿府の方へと逃げ出して行きます。先日書いた『おんな城主 直虎』でも、この時井伊の兵たちが駿府に戻ろうとしていました。そして元康たちも、この先どうするべきかを迫られることになります。

しかし元康はなすすべがなく、雨と雷の中、これ幸いと行方をくらませてしまい、海の方へと歩いて行きます。しかしその元康を追う若者がいました。恐らくは1人逃げ出した元康が許せず、しかも主君と知ってのことかと言われ、家臣を見捨てて何が主君だと苦々しくも思ったようです。いささか小癪な人物ですが、見方によっては気骨があるとも言えます。この男は本多平八郎忠勝と言い、後に元康改め家康に取って、なくてはならない人物となります。そう言えば今回織田信忠を演じる藤岡弘、さん、『真田丸』ではこの忠勝を演じていましたね。

やがて織田の兵がやって来ます。元康は子供の頃織田家にいたこともあり、信長という人物をよく知っていました。ところで彼の脳裏をかすめる信長ですが、無論この当時はこのような南蛮風の衣装をまとってはいません。しかし元康、かつての竹千代に対し
「俺の白兎」
と言う辺り何とも不気味な感じではあり、そのエキセントリックさを強調するためのあのスタイルなのでしょうか。

それと元康が、忠吉に対して
「お前はいつも何を言っているのか、さっぱりわからん」
と言うのは、そもそも高齢で口跡がはっきりしないためですが、この場合はそのような虚説を垂れ流すなという意味ですね。とは言え虚説ではなさそうで、しかもあの忠吉が、この時ばかりはかなりしっかりした物言いをしています。あるいは彼に取って、義元戦死と言う、三河衆に取って待ちわびたその時が来たからとも言えます。

あと逃げ出した元康に対しての、忠次のフォローの仕方、なかなかいいと思います。


飲み物-アイリッシュコーヒー2
[ 2023/01/11 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第1回「どうする桶狭間」あらすじと感想-2

第1回その2です。


次郎三郎(元信)は弱虫泣き虫、力も心もおなかも弱いとまで言う瀬名に、元信は勘弁してくだされと元信。しかし瀬名は、元信のそういうところが好きと言いかけたところで、お田鶴や母の巴に居場所を突き止められ、瀬名が竹藪に作っていた居場所も壊されてしまう。一方氏真は義元に、瀬名を側室にしたいと申し出ていた。そして義元の前で元信と氏真が手合わせを行い、勝った方に瀬名が嫁ぐことになる。

お戯れをと氏真。しかし義元は手合わせを行うように命じ、当初は防戦一方の元信は、最終的にたんぽ槍を捨てて氏真を投げ、組み伏せる。義元は元信に言う。
「そなたは今までず~っと、わざと負けておった。氏真の面目をおもんばかっての。されど、それは相手に対するこの上ない侮辱である。二度といたすな!」

義元は氏真に側室は時期尚早と言い、氏真は不満そうにその場を離れる。そして義元は、元信が勝った技をいずこで覚えたと尋ね、元信はやみくもにやっただけでと答える。家臣たちも落ち着かない様子だった。義元は瀬名に無体な扱いをしたことを詫びると同時に、異存はあるまいのと尋ね、瀬名は父氏純の顔を見る。氏純も笑顔を見せ、これですべては決まった。

元信と瀬名の祝言が執り行われる。これには家臣も大喜びだった。瀬名は彼等に挨拶をし、家臣たちは天女のようじゃ、こんな美しい方は三河にはおらぬと大騒ぎで、元信は頭を抱えてしまう。その後元信は初陣を果たして侍大将となり、蔵人佐元康と改名する。彼らの間には嫡男竹千代が生まれるが、城を修理していたその手で赤子を抱こうとし、侍女のたねに手を洗うよう注意される。

運命の永禄3(1560)年がやってくる。この時織田信長軍は、今川の最前線である大高城の周囲にいくつも砦を築き、絶え間なく攻撃を仕掛けたたため、大高城は陥落寸前となっていた。このため、義元自ら総大将として軍を率い、織田に対峙することになる。元康の役目は大高城への兵糧入れだった。尾張と戦うのではないと知った瀬名は安心する。元康も実はかなり怖かったのである。しかも瀬名は、元康とどこかへ落ち延びようとまで思っていた。

その頃瀬名は、2人目の子を身籠っていた。この子が生まれる頃には帰って来られようと言う元康。瀬名は夫の手を頬に押し当て、2人は口を寄せ合う。その後今川本陣の沓掛城では、義元の舞が行われており、同じ頃三河の今川陣営では、兵糧を運び入れるため、砦を如何に攻め落とすための策が練られていた。

元康は砦を落とすのも自分たちの役目と知り、愕然とする。結局丸根砦を踏み越えるしかなく、この策はかなり無謀であった。しかも危ない役目は三河者にいつも押し付けられていたが、尤もといえば尤もなことと数正。忠吉は、わしらは「しゅて駒」なんじゃと言い、元康に諭される。その忠吉は義元についても何か言いたそうだった。しかしそこへ当の義元が現れたため、元康は叫ぶ。
「黙らんか、じじい!」

義元は陣中見舞いに来たのである。そして忠吉に、余は決して捨て駒などとは思うておらぬぞと言い、元康は老いぼれのたわごととその場を取り繕う。そして義元は、王道と覇道の違いを元康に尋ねる。元康は
「武をもって治めるは覇道!
徳をもって治めるのが王道なり!」
と答える。

さらに義元は、織田信長は戦を好み、悪しき覇道を進む者と見るが、どう思うと再び尋ねる。仰せの通り、太守様こそ王道を行かれるお方、覇道は王道に及ばぬものでござりますると答える元康。義元は戦乱の世はもう終わらせなければならぬ、必ず成してみせると言い、自分一人ではどうにもならないため、そなたらの力が必要と檄を飛ばす。そして元康にそなたは我が子も同然、どうか余と氏真を末永く支えてほしいと声を掛ける。

身に余るお言葉と言う元康に、義元は受け取るがよいと、鉛の玉も通さないと言う金陀美具足を披露する。家臣たちは驚嘆する。これならどこにおっても、殿のお姿が味方からよう見えると言い、義元は、金色に輝くそなたの雄姿は、兵たちに不屈の力を与えるであろうと兜を渡す。明日は大いに励んでくれ、余はそなたらと常に共にあると義元は力説し、翌5月19日を迎える。元康たちは草や枝で姿をカムフラージュするが、金陀美具足はやはり兵たちの中でひときわ目立った。

よう考えたら、仲間からよく見えるということは、敵からもよく見えるということであったと元康。家臣たちは狙い撃ちを案じ、また本来は飾っておくもので、戦場で着るものではないのではという声も上がる。もう着てしもうたわと元康。怖いのは皆同じでござると言う忠次は、自分はこのような時、妻の柔らかい肌を思い浮かべる、あれほど気持ちの落ち着くものはござらんと答える。

大高城への突破が始まろうとしていた。元康は瀬名が唇を押し当てた籠手に自分の唇を押し当て、数正の今でござるの号令のもと、元康の軍勢が進軍する。茂みに潜んでいた敵兵が銃を放つが、元康たちはそのまま駆け抜け、砦に入った家臣たちは次々に敵に襲い掛かり、忠吉も高齢ながら相手を組み伏せる。尚も敵が矢を放つ中、元康は頭を下げるように数正から言われながら、必死で馬を走らせる。


元信は瀬名と結婚します。この瀬名は築山殿と呼ばれ、後に悲劇的な運命に見舞われますがそれはさておき。この時の家臣たちが、身分が低いため皆庭先にいるのは、この時代らしくていいと思います。また義元は、元信が氏真に負けていたのはわざとであるが、それはかえって非礼であると一喝します。元信がこの時、柔術のような技を使ってまで本気で氏真を倒したのは、やはり瀬名を得たいと言う思いがあってと思われます。

そして尾張の織田信長が勢力を拡大し、元信改め元康の主君、義元が自ら軍を率いることになります。この時の役目が兵糧入れと知って、いくらか安心する元康ですが、いざ行ってみると、大高城周辺の砦を落とさねばならないことに気づきます。しかも義元から与えられた金陀美具足は、黄金なので非常に目立ち、元康は決死の覚悟で大高城を目指します。「鉛の玉も通さない」、つまり銃弾を通さないと言われる具足ですが、織田が鉄砲を装備していることは、義元は当然気づいていたでしょう。そして後に元康も、織田と婚姻による同盟関係を結ぶことになります。

ところで
「武をもって治めるは覇道!
徳をもって治めるのが王道なり!」
武者さんがこの大河をどう判断するかはともかく、これが『麒麟がくる』の光秀、『鎌倉殿の13人』の泰時のセリフであれば何かの如く喜ぶのでしょう。あのコラムでは、好きな大河と嫌いな大河とでは、同じセリフ、同じ歴史上の事件でもかなり評価が異なりますので。

飲み物-スコッチウイスキー
[ 2023/01/10 00:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud