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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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ハロウィンあれやこれや

早いものでと申しましょうか、ハロウィンまであと10日ちょっとです。尚このブログでは、一部ハロウィーン表記もあります。所謂表記ゆれというやつなので、見つけ次第修正しておこうと思います。

この時期になると、ほぼ毎年のように書いているテーマですが、このハロウィンは元々ケルトの祭りで、この翌日から新年が始まると同時に、妖怪や魔物の類が人間の世界にやって来て、跳梁跋扈すると言われています。今のハロウィン関連コスプレで、お化けや魔女のコスプレが多いのも、元々はこの祭りのこういう性格が関係しています。この頃からクリスマスの時期辺りが、欧米では怪談の多い時期でもあります。

日本ではなぜか欧米の祭り=キリスト教徒の祭りと考えられちですが、ハロウィンはキリスト教が普及する前に、ケルト民族の間で行われていた祭りです。従ってクリスマスや復活祭とは異なり、キリスト教とは何の関係もなく、寧ろ邪教の祭りとして忌み嫌う教派もあります。尚この翌日は死者の日(万霊節)で、こちらはキリスト教の祭日です。

無論このハロウィンに関する怪談、都市伝説などもあります。例えばお化け提灯、ジャック・オー・ランタンのモデルになった人物は、生きている時に悪さばかりして、あまつさえ悪魔を騙してしまい、死んだ後天国にも行けず、地獄からも締め出しを食らったことから、ランタンに火を入れて、夜道をさまよい続けることになったと言われています。

もちろん『ピーナツ』で、カボチャ大王の存在を信じるライナスが、自らカボチャ畑に行くのもこのハロウィンです。一度チャーリー・ブラウンの妹サリーを連れて行った時、結局カボチャ大王が現れなかったことから、「トリック・オア・トリート」ができなかったと言って、サリーがひどく怒ってしまいます。

『ゲゲゲの鬼太郎』のEDテーマ『あるわけないのその奥に』では、お化け屋敷に迷い込む子供たちが登場しますが、何となくこのハロウィンを思わせる雰囲気があるので、その内リンクを貼ろうかと考えています。ただ鬼太郎のEDでは、枠内にまとめる意味もあり、タイトルの「あるわけないのその奥に」ではなく、その前の「そこのけのけもののけが通る」の部分が、終盤に来ています。しかしこのフレーズも、和製ハロウィンと呼ぶべき百鬼夜行の雰囲気がありますね。


飲み物-アイリッシュコーヒー

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[ 2021/10/20 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『ピノキオの冒険』と『白雪姫』~学ばない主人公たち1

このブログでは何度か、パペットホームズに描かれた思春期に絡みで『ピノキオの冒険』(以下、ピノキオ)についても書いています。少年が大人になるための試練、あるいは成長物語としてのホームズそしてピノキオなどがそうですが、これはホームズの鼻の形とも関係しています。

しかしこの『ピノキオ』ですが、正直言って登場人物がかなりひどいです。これに関して、周囲の大人たちがひどい、またピノキオを助けた妖精(仙女)も慈悲深くはあるが、いつも優しくないといった点にも触れています。この主人公のピノキオも何とも悪ガキで、学校は平気でさぼる、何か美味しそうな話にはほいほいついて行くといった、どうしようもない子供でもあるわけです。無論本人にしてみれば、親というべきジェペット爺さんを助けたいのかも知れませんが、そう考える割には善悪の判断がついておらず、どうも無謀すぎます。

元々は、ピノキオが狐と猫に騙され、殺されてしまうところで物語は終わっていたらしいのですが、作者のカルロ・コッロディが続編を書くことになり、一度死んだはずの妖精(青い髪の少女)を生き返らせ、ピノキオを助けさせるわけですから、ここでまず矛盾が生じています。しかもピノキオは懲りもせず、その後家に戻ろうとする途中で、またも狐と猫の詐欺まがいの話を真に受け、金貨を全部巻き上げられてしまいます。しかも裁判で妙な判決を受けたり、番犬にされてしまったり、そして妖精は死んでしまい、ここで再び物語は終わる予定でした。

しかしその後再び続編が書かれ、またも妖精はよみがえって、大人の女性の姿になってピノキオの前に現れます。今度はいい子になるようにと言われ、その一歩手前まで行くのですが、悪友の誘いに乗って遊び回った挙句ロバになり、さらにその海に投げ込まれた後、今度は鯨に飲まれて、自分を探しに来ていたジェペット爺さんと出会います。この辺も偶然過ぎではありますが、ともかくお爺さんを助けたピノキオは改心し、勉強の傍ら仕事をし、貯めたお金を妖精のために使ったところ、その翌日人間の子として目覚め、お爺さんも若返っている。ごく大ざっぱに言えばこういう筋立てになっています。

人間の子供になりたがるピノキオですが、それにはいわばいい子でなければならず、それを実現するまでの道のりがきわめて長くなっています。そもそも当初の計画ではいい子にはならず、自分が悪いことをした報いによって、物語を終わらせることになっていたわけですから、当然と言えば当然です。この物語としての長さ、複雑さもあってか、子供向けの絵本などはかなり端折っているし、またディズニーの映画でも、相当改変されてもいます。

実際私自身、この『ピノキオ』が好きでない時期がありました-今でも完全に好きとは言えません。この物語が書かれた19世紀イタリア(トスカーナ)なりの事情はあったにせよ、何かぐだぐだした印象だし、ピノキオという主人公も、正直どうかと思うところがあります-流石に子供向けの本では、そこまで悪くは描かれてはいませんが。以前関連投稿で、この本はある程度の年齢になってから、ダイジェストでない物語を読んだ方がいいと書いていますが、実際そういう読み方の方が、まだ面白く感じられるかと思います。

ところでこれと似た話として、『白雪姫』があります。これも白雪姫が王子と巡り会うまで、場合によってはその後結婚し、毒リンゴを食べさせた継母を殺すまでの筋立てとなっています。そのせいかこちらも物語としては長めで、やはり子供向けの本では、所々省かれているようです。また、主人公が自分の失敗から学ばないという点でも、この両者はよく似ています。

女の子なら『白雪姫』に憧憬を抱くことがあっても不思議ではないのでしょうが、私の場合どうもそういう気持ちにはなれませんでした。かと言って、他のディズニー・プリンセスのモデルとなったお姫様たちが好きかというと、どうもそうとも言えません。ただ『ピノキオ』と同じイタリアの作家、エドマンド・アミーチスの『クオレ』は割と好きであると言っておきます。『母を訪ねて三千里』が収められた作品で、主人公や家族がノートに書きつけたことが、物語として進行して行くのは、『あしながおじさん』を思わせます。
(この項続く)


飲み物-エスプレッソ2

[ 2021/10/20 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

同一視そして盲信

先日「同一視」についてちょっと書いています。この同一視、同一化とも言いますが、例えば自分が好きなアイドルやスポーツ選手、尊敬する人などがいる場合に、その人と自分を同一の存在ととらえること、つまり一体化することです。例えばアイドルやスポーツ選手が頑張る姿を見て、自分も頑張らなきゃと無意識のうちに思ったり、その人のファッションを真似したり、あるいはその人のことを我がことのように捉えたりするのは、この同一視の典型とされています。

これは疑似恋愛と関係しているのかも知れません。たとえば好きな芸能人が結婚した場合、ひどく落ち込むという人もいます。その芸能人はその人に取って、最早自分の彼もしくは彼女と同じであるからです。だから自分の思うままになってくれる、そういう思い実は誤解が生じやすくもあるし、もしそれで熱が冷めてしまった場合は、また別の存在に乗り換えて行く、所謂「推し変」となって行くわけです。

何だか都合がいいなと思わなくもないのですが、当該者たちにしてみれば、そういう相手に入れ込むことこそがいわば生き甲斐、一体化することに価値を見出しているわけです。ただあまりのめり込みすぎると、ボーダーラインがはっきりせず、自分を見失うということにもなりがちです。

一方で盲信という言葉があります。文字通り盲目的に相手を信じることですが、宗教関連だけではなく、たとえば様々な形での他者の言葉を、無条件にそのまま信じ込んでしまうことです。そしてこれも、たとえば好きなアイドルやスポーツ選手、あるいは映像作品などに向けられた行動となりやすく、しばしば「信者」と表現されたりもします。

これもある意味、同一視と関係しているかと思います。自分が大事な存在は、自分が守らなければならない、自分が擁護しなければならないといった、そういう思いに貫かれているようにも見えます。はっきり言ってそのアイドルとかスポーツ選手は、何もそこまで求めていないとは思いますが、そういうファンの存在があるために、そのアイドル自らがが誤解される側面もあるようです。(ファンがうざいというあれですね)またこの場合のファンは、批判的な言動を避け、相手に対して隷従するような姿勢を取るため、第三者はそれに違和感を持つことにもなります。

今回はこの2つに関してざっと書きましたが、同一化の場合は特に、自己防衛本能にも関係していると指摘されています。同一化によって自己評価を高める狙いがあるためですが、無論行き過ぎると、逆効果を招きかねません。盲信の場合はどうなのかはっきりしませんが、恐らく現実逃避的な目的があるのではと思います。この現実逃避も自己防衛の一つであり、実際日常的にストレスを抱えている人は、何か別の対象にのめり込むことで、心の平穏を保とうとしてもおかしくはないでしょう。

飲み物-コーヒーとチョコレート

[ 2021/10/19 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

気づいたことあれこれ 30

先日NHKの受信料について、『ブラタモリ』と衆院選絡みでちょっと書きましたが、NHKの訪問があまりしつこい時には、警察を呼ぶという方法もあるようです。そもそも訪問で勝手に入って来たり、ドアの前から立ち去らないといったこと自体、違法行為となるわけですが…。
それに支払いは実は義務ではないし、また放送法そのものに罰則規定がないので、仮に払わなかった場合でも、何らお咎めはないはずです。ただ訪問に来るのが鬱陶しいだけです。そんなに受信料がほしいのなら、もうスクランブル化するのが一番いいのではないでしょうか。どこかこの方法、合理性を欠いているのですね。

それから先日「ハロー効果」について書いています。要は自分のアイドル的存在のすべてを肯定し、ポジティブに捉えることです。それに加えて同一視というのもあり、これもまた自分が好きな対象に共感することですが、この場合はそうすることによって、自己評価を高めたり、安定感を得たりしようという目的があります。
この心理関連はまた時間がある時に書きたいと思いますが、アイドルや自分が好きな対象への共感と言うのは、度が過ぎると盲信ともなりかねず、それはそれで厄介です。

あと、こちらも前には書いていましたが、今シーズンの『相棒』は観ないことにしました。やはり近年のスペシャルにいくらか違和感があるのと、どこかマンネリ化して来た印象は否定できません。今回は和製ホームズの杉下右京ではなく、同じ水曜21時に本物のホームズをやっているので、そちら優先です。あと『刑事7人』をはじめから見ています。
私としては杉下-神戸の頃が好きだったので、視聴しない理由はそれかと思っていたのですが、その他に鑑識官の米沢守の退場なども関係しているかと思います-実際、米沢さんがいた頃は観ていたという人もいます。あと小野田官房長や当時の捜一トリオも好きで、その影響も恐らくはあるでしょう。長年続くということは、それはそれで大変ではあるようですね。


飲み物-ティーカップと紅茶
[ 2021/10/18 00:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

ジルーシャとアン、そしてレベッカ 続き

先日から
あしながおじさん
赤毛のアン
少女レベッカ
の登場人物や舞台について書いていますが、この主人公たちの交友関係も、どこか一脈通じるものがあります。

『あしながおじさん』の場合、ジルーシャは孤児院時代の友人はいません。大学に入ってからサリーと仲良くなり、また仲が良いかどうかはともかく、ジュリア・ペンデルトンとも親しくなります。このジュリアのおじさんがジャーヴィス・ペンデルトン、「あしながおじさん」のいわば中の人です。サリーの兄のジミーとも親しく、ほぼすべてが、ある程度大人になってから親しくなった人たちであるとも言えます。

一方で『赤毛のアン』では、同じ孤児であるものの、11歳でカスバート家に引き取られたため、子供の頃からの友人が存在します。学校へ行くようになったアンは、まずダイアナ・バーリーと親しくなります。その後多くの女の子たちとも親しくなりますが、ジョシーは苦手なようです。また何と言っても、学校でアンの髪を「にんじん」呼ばわりし、石盤を頭に振り下ろされてしまったギルバートもいます。このギルバートとは、口を利かない関係が何年間か続きますが、一方で彼のことを意識しており、自分が彼に負けたり、彼が自分に関心を持ったりすることに我慢がならないようです。

『少女レベッカ』、これもアン同様に、伯母さんたちに引き取られたレベッカが、エンマ・ジェーンと親しくなり、学校で様々な子供たちと出会うものの、ちょっと意地悪なハルダーのことは苦手に思っています。また、貧しいシンプソン家の子供たちをいじめるミニーのことを諫めたりもしていますが、ギルバート的な存在の男子は出て来ません。その代わり先生や、御者のジェレミア・コブ夫妻といった大人たち、さらに実家の兄弟姉妹も様々な形で絡んでくるため、この3作の中で一番人間関係が複雑な印象があります。

特にアンとレベッカの共通点は多いのですが、ジルーシャの場合も、何でも打ち明けられる親友と、そうでない友人がいること、また特定の男性の存在があることなどから、少なくともこの手の小説のプロットを作るには、こういう人物関係が不可欠なのだなとも思われます。特に3人とも文学少女的なところがあり、作家を目指したり物語や詩を書いたりといった共通点があるため、何かしら似て来るところはあるのでしょう。

今回は一旦これで終わりにしますが、また何かのきっかけで、これらの作品、あるいはそれにプラスアルファする形で投稿する可能性もありますので、悪しからずご了承ください。

飲み物-ホットカフェオレ
[ 2021/10/17 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『ブラタモリ』と「N裁」

10月16日の『ブラタモリ』は、NHKの放送博物館でした。NHKということで、昔のラジオ時代からの放送設備などが紹介されており、それはいいのですが、本当は受信料について突っ込んでほしいなとも思ってはいました。まあしかし、NHKの番組関係者や出演者が、受信料やNHKの組織について追及すること自体、やはり難しいでしょうね。これがBBCであったら、あるいはと思わなくもありません。

ところで、14日に衆議院が解散され、選挙戦に突入しましたが、解散前の議席数と、投票後の後関獲得数を予測するメディアも多いです。この中で「N裁」と表記されている党があります。ご存知の方もいるでしょうが、かつての「NHK」から国民を守る党のことです。NHK党、あるいはN党とも表記されます。しかしなぜN裁になったのか、その前にこの党の正式名称をここに記しておきましょう。正式には

「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」

という、かなり長い名前ですが、一応この党が何をしているかというのは理解できます。この「弁護士法72条違反」と言うのは、NHKの委託会社による集金行為が、弁護士法72条に違反しているという意味です。要は、弁護士資格を持たない人が、報酬目的で行う法律事務、所謂非弁行為がこの法に抵触しているということです。

NHKの今の受信料制度に、疑問を投げかける一方で、党名がくるくる変わったり、党首自ら色々行動に出たりする点で、多少風変わりな印象を持たれやすい党でもあります。一方で、受信料についての再考を促している点では評価できます。

しかしやはり、「NHK信仰」というのは根強いのでしょうか。別に一放送局が神聖不可侵な存在であるわけもないし、前出『ブラタモリ』での技術開発にしても、受信料に支えられているのは事実なのですが。

ちなみに次回の『ブラタモリ』はつくば市です。実はNHKを受信できないようにするフィルター機器、所謂イラネッチケーを開発したのは、筑波大学なのですが、これは単なる偶然でしょうか。いずれにしてもNHKは、自分たちがどのように観られているかをもう少し考えた方がいいかと思います。

ところで過日、NHKコールセンターに、受信料不払いの場合は送信を止めて貰えるのか、尋ねてみたことがありますが、案の定というか、放送法で決まっているからの一点張りでした。それにしてもオペレーターの対応は、もう少しどうにかならないかと思うのですが、離職率が高い(と言われている)のも関係しているのでしょうか。

飲み物-ビッグウェンズデーIPA

[ 2021/10/17 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

ジルーシャとアン、そしてレベッカ

先日の『あしながおじさん』ですが、同じ北米の、主に少女から若い女性を主人公とした文学作品である『赤毛のアン』、『少女レベッカ』と比較してみると、かなり違いがあることがわかります。『少女レベッカ』に関しては、以下の関連投稿を参照してください。


いくつか挙げられますが、主な点として

  • 『あしながおじさん』の主人公ジルーシャは、他作品の主人公よりも年上であり、大学では一人前の女性として扱われている
  • 保護者替わりの人物と一緒に生活した時期がなく、寮住まいであるため、自分の生活を部分的にではあっても、自分でコントロールできるようになっている
  • お金もジョン・スミスから決まった額を貰っており、自分の判断で欲しい物を体に入れることができる

一言で言ってしまえば、年齢的なものも含め、彼女はアンやレベッカよりも大人であり、より主体的であるとも取れるでしょう。

無論大学であるため、勉強もあり試験もある一方で、社交もあり、友達を招いて自分たちでささやかな夕食を摂ったりもしています。逆の見方をすれば、母親代わりの女性と料理をしたり、お菓子を作ったり、あるいは服を縫ったりという場面はこれには登場しません。そのため友人の家を除いた家庭の存在は、皆無と言っていいほどです。ただ、サリーの家であるマクブライド家には、一種の憧れを感じてはいます。

そしてこの年齢らしく、ドレスにも興味を示しています。これは作品中に出て来ますが、孤児の頃は慈善箱に入れられた、他人の服のお下がりを着せられていたこともあり、自分で自分の服を買える喜びはかなりのものだったでしょう。服や家具を選ぶのには、彼女の親友であるサリーのアドバイスも受けています。

この中で、サリーは普通の家で育っているとか、最初に部屋を貰った時、一人部屋であったことから、孤児院育ちと普通に育ったお嬢さんたちとを、一緒にするわけには行かないという大学の配慮だったのだと、半ばジョークで書いているところもあります。こういう点からは、まだ彼女が孤児院育ちであると言うのを、どこか意識している部分もあります-ただその後、サリーには両親がいないということを打ち明けています。

ドレスと言えば、アンは、当初はマリラが作った地味な福しか身に着けられず、レベッカもまた自分で自分の服を縫い、それも似たような色だったため不満を言ったところ、ミランダ伯母さんに叱られ、ジェーン伯母さんがとりなしてくれることになっています。ジルーシャはこういう経験はせずに済みましたが、その代わり孤児院暮らしが長く、しかも年少の孤児たちの面倒を見なければなりませんでした。180度違った大学という環境に身を置くことができたのは、その反動だったのでしょうか。

寮に関して言えば、アンもレベッカも上の学校に進学できるのですが、アンは寮生活にひどく寂しさを覚えるし、レベッカは友人のエンマと共に寮生活を送るものの、その生活に関してはそこまでは描かれておらず、彼女たちの生活は、やはりグリーン・ゲイブルス、または伯母さんたちの家が拠点になっていることが窺えます。

さらに言えば、ジルーシャはジャーヴィス・ペンデルトンとロック・ウィローなどで顔を合わせているものの、アンがギルバートに、あるいはレベッカがアダム・ラッドに抱いたような感情はあまりなく、実際2人が結婚したのは、ちょっと呆気なかったのではと思うことさえあります。(先日書いたように、ジミーと恋仲になるのではと思った所以でもあります)

飲み物-白いカップの紅茶
[ 2021/10/15 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『あしながおじさん』について少々

数日前の「気づいたことあれこれ29」で、『あしながおじさん』について触れています。この小説も、『赤毛のアン』などと同様、十代の頃に読んだという方もいるでしょう。孤児院で育ったヒロインが、作文の才能を見込まれて、作家となるべく、ある篤志家によって東部の名門女子大学(カレッジ)に行かせて貰えることになり、ジョン・スミスという名のその相手に、手紙を送る形で物語が進展して行きます。

この場合手紙を送るのは主人公のジルーシャ・アボットのみで、相手から返事が来ることはありません(ただし、ジョン・スミスの秘書から返事が来たことはあります)。いわばこの作品自体、ジルーシャの日常生活を読者に知らせるために、ジョン・スミスに宛てた手紙という形式を取っているわけです。手紙には大学や寮での日常や、友達のこと、試験のことなどが綴られており、彼女自身の観察眼や分析力、文章の巧みさをもが窺える仕組みになっています。

また手紙には時々絵や写真も添えられています。当然ながらこの同時、画像貼付でメッセージを送れるわけではありませんから、大学での生活が如何なるものなのか、視覚に訴える意味でこういう形を取っているわけです。また休みの時期に、ルームメイトのサリー・マクブライド、ジュリア・ペンデルトンの実家にそれぞれ招待され、両家の違いを彼女ならではの観察力で感じ取っています。

その他にも、夏休みを過ごす場所としてロック・ウィロー農園を紹介して貰って喜んだり、また奨学金を貰った時に、学費の援助を断ってちょっと対立したりと、平凡な日常にとどまらず、いくらかの変化がつけられたスタイルになっています。後の方でジルーシャは、自分は社会主義に目覚めたと書いたりもしていますが、これも20世紀初頭という時代の雰囲気が伝わって来ます。

で、ご存知のように、彼女はこのジョン・スミス、彼女が言う「あしながおじさん」、その正体はジュリアのおじであるジャーヴィス・ペンデルトンと結婚することになるわけです。このジャーヴィス自身、寮やロック・ウィローに度々顔を出してもいます。実はこれを読んだ当初、サリーの兄のジミーと恋仲になると勝手に思っていたので、やや意外だと友人に話したところ、その友人から
「最初からあしながおじさんと結婚すると思っていた」
とあっさり言われてしまったことがあります。

この作品はアニメ化され、『世界名作劇場』で放送されましたが、原作をかなり大幅に改変しているようです。また続編もあり、そちらではサリーが、ジルーシャがかつて過ごしたジョン・グリア孤児院の院長となって孤児院改革に乗り出し、彼女同様、スコットランドにルーツを持つ医師と、紆余曲折を経た末結婚することになります。こちらは、ジルーシャへの手紙という形で物語が進行して行きます。

飲み物-華やかなティーカップと紅茶
[ 2021/10/14 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

気づいたことあれこれ 29

先日声優について書いていますが、先週土曜日から『ルパン三世』の新しいシリーズが始まっています。この中の次元は、最初は小林清志さん、その後は大塚明夫さんが演じています。ルパンの声優もこれですべて変わったわけですが、この人は『ゲゲゲの鬼太郎』第6期のぬらりひょんの声も担当していますね。
実は大塚さんのお父様の周夫さんも『ぬらりひょんの孫』というアニメ及びVOMICで、このぬらりひょんを演じていますし、初期の鬼太郎ではねずみ男も演じています。周夫さんは脇役ながらドラマ出演も多かったようですが、息子さんの方はそうでもなさそうです。ただ『麒麟がくる』の第1回に登場していましたね。

少し前になりますが、作曲家のすぎやまこういち氏が亡くなられました。ご冥福をお祈りします。保守系の論客(主張には賛同できない部分もありましたが)でもあり、歌謡曲の作曲でも有名な方ですが、何と言っても『ドラゴンクエスト』の音楽担当として知っているという人も多いでしょう。今年、1年遅れで開催された東京オリンピックの選手入場の音楽でもありました。

そのすぎやま氏とほぼ同年代である眞鍋叔郎氏の、ノーベル賞受賞が決まりました。現在プリンストン大学で研究を続けているこの眞鍋氏ですが、プリンストン大学と聞くと、大学生の頃、母校でここのグリークラブが公演をしたような記憶があります-うろ覚えですみません。
それから『あしながおじさん』で、主人公のジルーシャ(ジュディ)の友人であるサリー・マクブライドのお兄さんが、ここの学生という設定になっていました。このサリーは、マクブライドという苗字からもわかるように、スコットランドにルーツを持っていますが、プリンストン大学もプロテスタント諸派の長老派(スコットランドの国教)であり、それを考えると納得が行きます。
あと、これは少々お堅い話ですが、ノーベル賞関連になると、日本の研究者の待遇を云々する声がネットでも湧き起こります。そんな中JST(科学技術振興機構)サイトに、次世代研究者挑戦的研究プロジェクト(A日程)の採択プログラムがアップされていたので、興味のある方はどうぞ。流石に国立大が多いのですが、もちろん公立や私立も何校か入っています。


飲み物-アイスコーヒーとストロー


[ 2021/10/12 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

声優と特撮

以前テレビスターとインターネットとトヨタ自動車その2という投稿で、今後声優が俳優や女優を兼任したとしても、おかしくないと書いています。実際今は声優であってもドラマや舞台、映画に出演する人もいて、その辺りの境界線が曖昧になりつつあります。

かつてTVでは、NHK民放を問わず、毎日のように洋画劇場や海外ドラマ枠が設けられていました。この洋画、あるいは海外ドラマにより、声優として名を挙げた人も多かっただろうと思います。またその当時は、俳優さんが吹き替えを行うということもしばしばあったようです。

例えば『刑事コロンボ』の小池朝雄さんは、元々は俳優でしたが、コロンボの声が大当たりとなり、声優としても名を馳せるようになっています。またアニメの吹き替えもやっています。その他にも、有名俳優が吹き替えを行う例もかつては多く、露口茂さんのグラナダ版ホームズの吹き替えは有名です。あれを観て以来、他のドラマ、たとえば大河などで露口さんを観ても、ジェレミー・ブレットのホームズの顔がちらつくようになっています。またドラマでなく、海外物の吹き替えで、初めて名前を知った俳優さんもいるほどです。

この声優も、元々はラジオドラマの出演者であり、その後前出の洋画や海外ドラマでの需要が高まるにつれて出番が増え、その後アニメやゲームが普及するに及んで、子供たちの憧れの職業となって行きます。実際お笑いをやりつつ声優活動を行っている人もいて、声優と言う職業の多様性を感じさせます。

声を使う仕事である以上、ナレーションも任せられるし、また声の通りのよさが、演技に幅を与えることもあるでしょう。今後アニメ、ゲームの伸びしろがある以上、声優という職業はまだまだ子供たちのなりたい職業の、上位を占め続けると言えそうです。無論人形劇、あるいは着ぐるみの声などでも声優の出番は多く、メディアミックスや舞台などでの活躍も期待できます。実際小池さんは元々は舞台俳優でした。

ところで声優とはまた違いますが、今『仮面ライダー』と『ウルトラセブン』をTVでやっています。実はこれはフォロワーさんのツイで知ったのですが、藤岡弘、さんが演じた『仮面ライダー』の初代ヒーローを覚えているのは、所謂アラカン世代、60代の入り口にいるような世代ではないでしょうか。私自身は特に観ないのですが、この『仮面ライダー』そのものは評価しています。このシリーズは時代に合わせてアップデートされており、そのためノスタルジアにとどまらないこと、また、若い男性俳優の登竜門ともなっていることなどが理由として挙げられます。

飲み物-アイスココア2

[ 2021/10/10 23:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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