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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  陽だまりの樹

『陽だまりの樹』エピローグ

最終回の番外編から少し時間が経ちましたが、とりあえずエピローグです。このドラマの年代は、丸々幕末の時期にかかるといっていいかもしれません。ペリー来航後も幕府の上層部はともかく、万二郎のような平侍は、まだ藩主に仕え、武士としての研鑽を積むことが目的でした。そして手塚良庵、後の良仙もまた蘭方医である父を継ぐことを志していました。そして2人共、善福寺の娘のおせきに好意を持っていました。しかしこの2人が藤田東湖に会い、江戸幕府が危機に瀕していることを知るようになります。

万二郎は、陽だまりの樹、しかし中には虫が巣食っている状態の幕府を支えようとします。一方良庵は、その当時の奥医師をはじめとする漢方と蘭方の対立を苦々しく思い、そして父良仙が、蘭方医仲間と実現しようとして、しかし奥医師の横槍でなかなか実現できずにいる、種痘所の設立を目指します。最終的に万二郎は幕府陸軍の役職につくものの、おせきは、自分が初めて会った、しかも懇意のアメリカ人であるヒュースケンのせいで尼寺に入り、また地震の際に芝浜に誘導し、ならず者から守ったお品は、丑久保陶兵衛に手籠めにされてしまいます。如何にも武士らしく一途な万二郎に、遊び上手で要領のいい良庵は何らかの助言をするのですが、なかなか思うようには行きません。

そして良庵も適塾で学び、コレラで母親を亡くし、ついには父の良仙も世を去ります。父の名を継ぎ、家計のやりくりに追われる中で、果ては軍医の仕事を務める良仙。そして万二郎が心に決めた綾が頭部を強打し、しかも万二郎の母おとねがつらく当たるのを知って、おとねを咎めます。いよいよ朽ち果てようかとする「陽だまりの樹」に最後の奉公をしたいと、彰義隊に入る万二郎。もはや良仙は、この友人の気持ちを尊重するようになっていました。良仙は、上野戦争で万二郎は死んだものと決めてかかっていましたが、山を下りて行く彼の姿を見たという者がおり、また、おとねと綾も万二郎の帰りを何年も待ち続けます。そして新政府軍の軍医となった良仙も、ある時ふと、万二郎の声を聞いたような気がして、その方向に目をやります。

しかし日本の幕末期、おおまかにいえばペリーが来てから大政奉還、戊辰戦争までの15年余りですが、世界史の中でも特に独自性が強い時代といえるかもしれません。非西欧文明圏が、徐々に西欧の技術を採り入れて行くという点、しかも一部の藩が主導権を握り、時の政府である幕府を倒す点、そして医学史的にみれば、漢方と蘭方が対立する一方で、コレラや動乱に巻き込まれたことにより、医療の需要が高まった点などです。また、清帝国がアヘン戦争で列強の侵略を許したのを目の当たりにしており、植民地化は避けるべきであること、しかし武器などは西洋から買い付ける必要があることなどで、こういった様々な要素も、幕末の混沌とした、ある意味ユニークな状況を作り出したといえます。

恐らく幕末でなければ、それぞれ当たり前に武士あるいは医師としての生涯を全うしたであろう2人は、幕末という時代に生まれ合わせ、様々な人物と関わりを持たされたために、普通に武士、あるいは医師として生きることの難しさを、身を持って感じたかもしれません。だからこそ良仙の、名もなくして世を去った、いわば普通の人々への言及は重いでしょう。ちなみにこのドラマと原作とは、また違った部分もありますし、原作に登場する人物が出て来なかったりもします。アニメの方はどうなっているのかわかりませんが、機会があれば観てみたいと思います。しかし、市原隼人さんの侍姿は、なかなか板についていましたね。

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[ 2015/07/11 00:48 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』番外編11 大政奉還と彰義隊

大政奉還が行われたのは、慶応3年、1867年の10月14日です。大政奉還そのものは以前から議論されてはいましたが、実際に建白書を提出したのは土佐藩です。本来これは、討幕派の狙いをかわすものでした。しかし薩長や一部の公家は討幕を諦めず、その後に王政復古の大号令を出すことによって、正式に慶喜の将軍職の辞職が決定します。しかしながら、なかなかことはすんなりとは納まりませんでした。

なぜかといいますと、王政復古後も、引き続き慶喜に政治の実権が与えられることになっていたため、薩摩が幕府側の一部を取り込み、これが翌年早々、鳥羽伏見の戦いへと発展します。そしてこの時になって初めて、幕府が朝敵認定されました。その後は幕府の瓦解が急速に進み、江戸市中での市街戦を避ける代わりに江戸城を明け渡す、無血開城が行われます。これによって、幕府の威信は地に落ちました。

万二郎がやろうとしていたことは、そういう地に落ちた幕府と運命を共にすることでした。何やら、最終回に来てやっと万二郎の「見せ場」が出てきた、そういった感じです。この中で彼は綾と結婚し、彰義隊に入り、最後には函館戦争にまで出陣するという流れになっています。無論この人物は架空の人物ですが、実際このような人物がいてもおかしくはなかったでしょう。

いくらか回復の傾向を見せ始めた綾と結婚し、その後すぐ離縁状をつきつけて、彰義隊の軍装に身を包んで去って行く万二郎の姿には、何やら凄まじいものが感じられます。その前におせきに別れを告げ、上野ではお品との再会を果たしますが、お品は敵の砲弾の前に命を落とします。敵方、つまり討幕軍の大砲はアームストロング砲で、かなりの威力を誇るものでした。もちろん『花神』でも、上野戦争の際にこのアームストロング砲が登場します。

その後万二郎は戦死したとの情報が入り、西郷吉之助が軍旗を届けに来ます。この時の手塚良仙の
「万二郎は負け戦と知りながら、彰義隊に身を投じて死んだのだ」
「歴史に名を遺さずに死んで行った人間はゴマンといる」
というセリフは、なかなか痛烈です。お前たち薩摩の人間に幕府軍の気持ちはわかるまいといった、ある意味毒を含んでいるともいえます。ちなみに良仙は、この西郷が自決した西南戦争に新政府軍軍医として同行し、そこで赤痢に罹って亡くなります。

この回のエンディングはそれまでの、万二郎、良仙、おせきが登場するものとは違い、万二郎が恐らくは北の大地で、大小二本を置いて、彼方へ歩いて行くものとなっています。函館戦争に従軍し、何とか生きながらえて、この大地に武士ではなく一平民として、根を下ろすかの如きものを感じます。そしてその後もなお、おとねも綾も、そして良仙も万二郎を思い続けていたのでした。

ところで函館戦争といえば、かつて『新選組!』のスピンオフ的なドラマが、土方歳三を主人公として作られたのを思い出します。『土方歳三 最期の一日』だったでしょうか。

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[ 2015/07/05 00:40 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』 第12回 獅子たちの旅立ち

いよいよ万二郎たちが幕老たちを斬ると決意したその時、大政奉還の知らせが飛び込んできた。それに続いて鳥羽伏見の戦いが起こり、幕府は劣勢に立たされ、しかも朝敵認定されることになる。万二郎たちは、勝を大老にすることまで話し合うが、将軍慶喜は、幕府への降順の意を表すため寛永寺に引きこもる。その一方で伊武谷家では、綾が順調に回復していた。

寛永寺に向かった万二郎たちに、今は山岡と名乗る小野が、君は何もわかっていない、上様は自らの意志で寛永寺にひきこもったのだと語る。また、勝からの言葉として、無駄に命を捨てるなとも諭す。陽だまりの樹がもはや折れたことを悟った万二郎は、江戸が火の海になることだけは避けようとする。そして小野は、西郷と会談し、江戸市中での戦闘を避けるように頼む。

俺もお前も時代に取り残されたなと言う良仙。また、今となっては奥医師どもが懐かしいとも語る。天子様が政権をお取りになるとはという良仙に、政権を取るのは薩摩と長州だと言う万二郎は、俺には武士の面目があるという。惚れた女を遺して死ぬのが武士の面目かといなす良仙。そして良仙は綾に、万二郎と添い遂げたいかと質問し、綾は3回瞬きをして同意を示す。

慶應4年4月13日に、西郷と勝は江戸城引き渡しについて会見する。しかしこれは旗本や浪人たちが、彰義隊に走るきっかけを作った。彼らは上野に立てこもり、慶喜の警護を買って出ていた。小野からそのことを聞いた万二郎は、その場ではとりつくろうものの、1人今後のことを考える。亡き父の顔が思い浮かび、ついに彰義隊に入ることを決め、おせきに別れを告げる。「あなたのおかげで、豊かな時を過ごすことが出来た」と言う万二郎。

伊武谷家を訪れた良仙は、まだ声を出せないものの、机に向かって何か書いている綾を目にする、それには、万二郎が上野に行こうとしている旨が書かれていた。おとねは、自分が惚れた娘なら覚悟を決めなさいと言い、翌日の大安に、ささやかな祝言を挙げる。友の祝言でつい余計なことを口にして、おつねに睨まれる良仙。しかしその間も、上野の様子を伝える兵がやって来ていた。

すっかりいい機嫌の良仙を送る万二郎。橋の上に差し掛かり、藤田東湖の家からの帰途、ここで誓ったことを思い出す。さらに料理屋で相撲を取ったことも思い出し、もう一度決着をつけようとその場で相撲を取る2人。勝った万二郎はその場を静かに去り、彰義隊の服装を身に着けて、綾に離縁状を突き付ける。一緒になれて幸せだったが、あなたは別の人と幸せになれといい残して去る万二郎。

慶應4年5月15日、藤田東湖の詩の旗印のもと、アームストロング砲を備えた官軍に囲まれた彰義隊の戦況は厳しかった。その中で万二郎はお品と再会する。子供は風邪をこじらせて死に、そしてお品自身も弾を受けて落命した。万二郎は被弾して死んだといわれ、旗が西郷の手によって返された。万二郎が新政府軍に加わっていなかったのが残念という西郷の言葉に、万二郎は負け戦と知りながら、彰義隊に身を投じて死んだのだと返す良仙。さらに、歴史に名を遺さずに死んで行った人間はゴマンといるとも加えた、西郷がその場を去った後、良仙は綾に、あなたの夫は日本一馬鹿な奴だったと語りかけた。

しかし生き残りの兵によれば、万二郎は戦死していないとのことだった。その後函館戦争に加わったともされるが、おとねと綾は万二郎の帰りを待ち、食事のたびに陰膳を据えていた。一方良仙は、新政府軍の軍医となった。支度をしている時、どこかで万二郎の声が聞こえて生きたような気がして、庭に飛び降りる。彼も、心のどこかで万二郎が、文明開化に浮かれる日本人をあざ笑うかのように、遠い地で生きていることを思ったのだった。

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[ 2015/07/02 22:47 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』番外編10 江戸幕府の崩壊

いよいよ『陽だまりの樹』も大詰めです。幕府軍の指揮官として大坂に行った万二郎は、そこで幕府のお尋ね者の坂本龍馬と偶然出会います。そもそもその時は、兵たちの一部が、敵の首領の妹を匿う指揮官にはついて行けないと、万二郎に反旗を翻し、小競り合いを起こしたためでした。何とか鎮圧したものの、銃弾で羽織に穴をあけた龍馬に謝罪するべく、遊郭に彼を誘う万二郎。しかしこれが仇となり、指揮官の任務を解かれて、単身江戸に帰って蟄居するはめとなります。

万二郎が龍馬についてどれだけ知っていたかはわかりませんが、幕府軍の指揮官が、お尋ね者と酒を飲むなどとは一大事であることに間違いありません。しかし恩を感じた相手には、礼をせずにはいられない、この辺が如何にも彼らしいところです。しかもこの時、龍馬から議会政治について聞かされ、しかもそれは勝海舟の受け売りということまで耳にします。『JIN -仁-』でもそうですが、結構幕末史において、この勝海舟-坂本龍馬の師弟関係は侮れません。本来龍馬が、徳川氏を一大名として、諸侯による合議政体を作りたいと願っていたようですが、これも勝の影響が大きいでしょう。しかしその後戊辰戦争となり、この考えは実現しませんでした。

一方で良仙は、第二次長州征伐、四境戦争に軍医として赴いていました。何度治療しても負傷して帰ってくる兵士たち、それに半ば苛立ちを覚えながらも、自分が負傷することで、かえって彼らの気持ちを理解し、彼らのそばには軍医たる自分がいなければならないと考えるようになります。この辺は、ポンペの「医者はよるべなき病人の友達」という言葉に当てはまるものがあります。

この良仙が、まだ良庵と名乗っていたころに、適塾に入ったものの、毎晩のように遊郭通いを繰り返し、罰として師の緒方洪庵から、フーフェラントの内科書を1か月で習得するようにいわれる場面があります。このフーフェラントの書物の巻末の部分を、洪庵が翻訳してまとめた『扶氏医戒之略』にも、このポンペの教えと似たような部分があります。(扶氏医戒之略で検索するとかなりヒットします)

ところで頭を強打して以来、体を動かせなくなった綾は、万二郎の家に世話になりますが、夫の仇の妹である綾におとねは辛く当たり、餓死させようとさえします。綾が痩せ細って行くのを不審に思った良仙は、おとねを問い詰めて事実を知り、結局おとねは万二郎にもすべてを打ち明けます。その後綾は眼球を動かすようになり、光にも反応するようになります。

この綾の症状がどのようなものであったのか、ドラマでは定かでありませんが、恐らく脳に何らかの障害を受けたものの、自然に治癒していったというところでしょうか。万二郎の言葉にある「実際は耳も聞こえているかもしれない」は、万二郎の性格からして、おとねから真意を聞き出すためのものとは考えにくいのですが、彼自身の希望であったのは事実かもしれません。

しかし綾が回復するのとは逆に、幕府は勢いを増した薩長の前に、手も足も出ない状態となっていました。ついに万二郎は、幕府に巣食うシロアリ、つまり無能な老中を斬ると立ち上がります。今更そんなことをしても意味もないし、家禄召し上げになるのではと思うのですが、万二郎にとっては、これが徳川幕府への、いわば最後の奉公だったのでしょう。しかし彼の奉公は、老中を斬ることではなく、次の最終回での上野戦争で終結する形になります。

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[ 2015/06/27 00:02 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』 第11回 運命の分かれ道

元治元年(1864年)8月、万二郎は長州征伐に赴くことになった。留守中綾のことを頼むとおとねに告げる万二郎。そして万二郎は西郷と再会する。一方歩兵組の兵たちは、万二郎が眞忠組の頭の妹を匿っているという噂を巡っていさかいを起こしていた。くだらないことはよせと諌める万二郎。一方おとねは、夫の仇の妹である綾の枕元で、散々激しい口調でせめよった挙句、今後は食事を作らぬ、飢えて死ぬがいいとまでいい出す始末だった。

良仙が往診に来て、少し弱っているようだというが、おとねは知らん顔を決め込む。その後もおとねの、綾への冷たい仕打ちは続き、綾の耳元で、万二郎が思う人、おせきのことを話して聞かせる。一方大坂では、西郷と再会した万二郎が、別れた後のことを話していた。幕府の改革を夢見ているという万二郎に、西郷は幕府はあと数年しか持たぬといい、その後は薩摩が天下を取るとまで口にする。

万二郎は西郷と会った帰り道、兵たちが騒ぎまわっているのを目にする。彼らの砲口は、明らかに自分に向けられていた。物陰に隠れた万二郎に話しかけたのは、土佐の脱藩浪人坂本龍馬だった。龍馬も羽織に穴をあけられていた。幕府軍を揶揄する龍馬。そんな中で、万二郎と他の兵たちの連携が功を奏し、規律に違反した兵を連れ出す。

兵の不始末を詫びる万二郎に、ならば酒をおごってくれと頼む龍馬。2人は遊郭へ行く。ご機嫌でよさこい節を歌う龍馬に、万二郎は良仙をだぶらせる。遊ぶ時に遊べという龍馬。さらに彼が構想する、議会を中心にした「新しい国」について聞かされる万二郎。幕府維持を目指す万二郎には不愉快だったが、龍馬はこれは勝海舟の受け売りだという。勝は幕臣であるが、幕府よりも日本国のことを考えていると話す龍馬。

万二郎は迷っていた。そんな時、大坂での部下の不始末と、坂本龍馬との接触の責を負わされ、歩兵組隊長を解任されて、江戸に戻り蟄居を命じられる。一方でおとねは、相変わらず綾に悪口雑言を浴びせており、夫の位牌に向かって、鬼のような女だが許してくれという。そこへ良仙がやって来る。以前よりもやつれた綾を見て、良仙は食事をとっているか聞き、水を飲ませてみて、何日も水や食事を与えられていないことに気付く。

すぐに医学所に連れて行くという良仙に、万二郎からいわれたのだから家で看病するというおとね。良仙は、自分も万二郎に頼まれて来ているといい、息子が惚れた女性に、何もしてやらないのが解せないと詰め寄る。おとねはその後、元通りに綾の世話をするようになる。そして万二郎は、江戸への帰り道、勝が軍艦奉行の任を解かれたことを耳にする。幕府は何をやっているのかと憤る万二郎。一方良仙は、蘭書を紐といては綾の病状について調べていた。

万二郎が帰宅した。詳細は西郷からの手紙で知ったというおとね。勝は、神戸の海軍塾に浪士を入れたのが気に入らなかったとかで、閣老に海軍塾をつぶされ、あの様子じゃ幕府どころか日本が危ないと口にする。不満を良仙にぶちまける万二郎。そんな万二郎に、この蟄居で綾さんの看病が出来るじゃないかという良仙。そして、綾と同じ病状の患者がオランダにもいたが、勝手に治ったといって励ます。

その後万二郎は道場に行き、その日の出来事を逐一綾に話して聞かせる。そしておとねに、良仙から聞いオランダの病人のこと、そして、綾は本当はすべてを理解しているのではないかといったことを話し、母が看病してくれたことに謝意を述べる。おとねはこらえきれなくなり、綾を亡き者にしようとしたと万二郎に打ち明ける。万二郎は驚くが、その後綾に、母は悔いていると話す。

そして良仙は、第二次長州征伐の軍医として赴いた。そこで彼が目にしたのは、新式兵器の前に総崩れになる幕府軍の姿だった。治療してもまた戻ってくる兵たち。一思いに死んだ方が楽になるとまで口にする良仙も、流れ弾に当たって右モモを負傷する。江戸に戻った良仙はおつねに、少し弾がずれていたら男じゃなくなっていたと減らず口を叩きつつ、自分が負傷したことで兵士の気持ちがわかり、その時に誰がいてやるべきかをおつねに話し、誰かがこの仕事をやらなければならないともいう。

万二郎は、小野から幕府軍惨敗を聞かされ、あることを決意して、その後綾の枕元で、看病を長く続けられなくなるかもしれないと話す。実は、閣老を斬ることを決めていたのだった。心配するおとね。しかしある夜、帰宅した万二郎に、おとねは綾が目を動かすようになったと言う。良仙にそのことを伝えに行った万二郎は、同時に「シロアリ退治」をすると告げる。「後のことを頼む」という万二郎に、良仙はいう。「お前は死ぬ気だな」

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[ 2015/06/23 23:32 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』番外編9 万二郎を巡る女性たち          

第10回の放送の中で、手塚良仙は伊武谷万二郎にこう言います。

「だからお前は、惚れた女を幸せにしてやれないんだ」

万二郎が、まず最初に想った女性は、寺の娘おせきでした。しかも、良仙が適塾に行き、今度江戸に戻るまで、彼女には手を出さないという約束を律義に破り、良仙に、だからお前は堅物なんだといわれてしまいます。良仙にしてみれば、自分が戻ってきたらいつの間にか2人は夫婦になっていた、がっかりするものも、お前もなかなかやるなと万二郎を誘って、一杯やるつもりだったのでしょう。しかし、あまりにも予想通り過ぎて、かえって面白くないわけです。

もっとも万二郎にしてみれば、約束を守って何が悪いといいたいところなのでしょうが。その後万二郎は、おせきに告白をするものの、相変わらず段取りが悪く、良仙に仲介してもらうことになります。しかしその後、万二郎が警護を務めるヒュースケンから、手籠めにされかけたおせきは尼寺に入り、万二郎の手の届かない存在となります。

次にお品です。安政地震の折に芝浜に誘導した万二郎は、土地のならず者が避難して来た町人を脅しているのを知り、彼らを斬ってしまいます。そのうちの一人が、商家の娘お品で、助けてもらったお礼にと着物を縫って持って来ます。どうやら万二郎に気があるようですが、商家の娘と結婚させるわけには行かないと、母のおとねに言われます。

お品は武士の身分になるべく、ある侍を頼って家系図を手に入れるわけですが、その侍とは、万二郎の仇敵である陶兵衛でした。陶兵衛に乱暴されたお品は、子供と共に長屋で貧乏暮らしを強いられ、しかも夫の陶兵衛は、思い出したように母子の元に戻る程度でした。ある日子供に種痘を受けさせたのをきっかけに、万二郎に再会することになります。しかし、万二郎は陶兵衛の妻としてのみ接しており、彼女があのお品だとわかるのは、陶兵衛を斬った後でした。

その次に綾です。彼女は眞忠組頭領の楠音次郎の妹で、当初は万二郎を兄の仇と憎んでいました。しかし、兄が残した借金のかたに岡場所に遊女として売り飛ばされ、それを知った万二郎は、綾を他の男に渡したくないという一心から、慣れない遊郭通いを続けます。身請けには100両必要である、しかしどう工面するか迷っていた矢先、取引先の異人を救ってくれた万二郎の元に、材木問屋井筒屋が金を持って来ますが、万二郎は受け取りません。

そこで出て来たのが、良仙の前出のセリフです。万二郎と違って立ち回りのうまい良仙は、薬代の前払いということでその金子をもらい、これで身請けをしろと万二郎に渡します。おせき、お品と違って、綾をやっと自分の手で幸せにしてやれそうになった矢先、綾は頭部強打で寝たきりの状態になってしまいます。

しかも綾は、世間一般では楠音次郎の妹で、幕府から見れば敵であり、賊ともいうべき存在です。そんな彼女を家にかくまい、世話を続ける万二郎に、世間はどう反応するのでしょうか。また、夫の仇の妹でもある綾に、おとねはどう接するのでしょうか。

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[ 2015/06/21 00:45 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』 第10回 禁じられた愛

眞忠組討伐により、万二郎は加増をされるものの、犠牲者を出したことによりそれを断る。お前は世渡りが下手だなと言う良仙。その一方で、万二郎はある女からいきなり短刀で襲われた。彼を兄の仇と狙う綾だった。傷を負った万二郎は、自身もけがをした綾を家に連れて帰って、良仙の手当てを受けさせる。そんな万二郎に、母おとねは何者であるか問い詰めるが、そこへ綾が出て来て素性を明かす。

綾は金を置いて伊武谷家を出て行き、万二郎がそれを返そうとしても受け取らず、こう言い放って去って行く。
「あなたを仇として憎むことは、武士の娘としての私の最後の意地」
良仙の方は、子連れでやって来た女の頼みを聞いて、種痘の準備をするが、その女はなぜか居場所を話そうとしない。不審に思いつつ準備をする良仙の前に陶兵衛が現れる。実はこの2人は陶兵衛の妻子だった。陶兵衛はすごむが、良仙は牛痘の液をぶっかけて牛にするぞと脅し、そこへ万次郎が入って来たため、陶兵衛は退く。しかし刀を抜いた万二郎相手に斬り合いを演じ、良仙は液を目つぶしにかけるが、実はそれはただの食塩水だった。

家に戻った陶兵衛は、妻のお品に当たりちらし、酒瓶を手に取るが、お品は酒を買う金もないと言う。前妻のさとを殺した蘭方医を憎む陶兵衛だが、お品は手塚先生は信頼できるという。そして、人斬りを生業にするのはやめてくれとすがるが、そのお品の手を振りほどき、陶兵衛は姿をくらます。しばらく経ってその家に万二郎があらわれ、陶兵衛について訊くが、お品は知らぬ存ぜぬを繰り返す。業を煮やした万二郎に、お品は自分も陶兵衛を憎んでいるという。万二郎は、陶兵衛に自首するように言い残して去って行くが、お品には芝浜の一件、そして着物の件、陶兵衛のことなどが次々と思い出された。

万二郎は、良仙の仲介で材木問屋の井筒屋久兵衛に引き合わされる。屯所の造営についての相談だが、万二郎は既にその件は決まったからと断る。その後良仙は、昨日岡場所で綾を見たと万二郎に話す。綾は兄音次郎の借金のかたに、遊女として岡場所にいたのだ。自分が通うことで、綾が穢れずに済むと考えた万二郎は、その後毎晩のように岡場所通いをするようになる。酔っぱらって、しかも化粧の匂いをさせて帰宅する万二郎をおとねは心配し、良仙に、悪い遊びを教えないでくれと頼むが、良仙にとってはとんだとばっちりだった。

一方万二郎は綾を身請けしようと思うが、それには100両がかかった。家の金目のものを集めても、20両程度にしかならないと言う万二郎。良仙は金の工面をしようとするが、家計は苦しかった。そして陶兵衛の妻お品と息子は、家をいったん出るも再び戻り、陶兵衛に人斬りから足を洗うようにいう。しかし陶兵衛はその後30両の金を持って現れる。井筒屋と取引をしている異人を斬るように命じられたのだ。しかしその場に歩兵組隊長の服装をした万二郎が現れ、井筒屋一行は命拾いをする。

井筒屋は礼を言い、お口汚しという名目で金を渡そうとするが、万二郎は任務の一つだと受け取らない。なぜ受け取らないと責める良仙、そしてこうもいった。
「だからお前は、惚れた女を幸せにしてやれないんだ」
その後良仙は、久兵衛の妻の薬代の前払いということで金を受け取り、万二郎に渡した。万次郎はその金で、綾を身請けする。岡場所から戻る道で、2人はまたも陶兵衛に遭遇する。この時万二郎は陶兵衛を斬るが、はずみで転んだ綾は頭部を強打し、身動きのできない体となる。

万二郎は家に綾を連れて行き、ここで面倒を見てほしいとおとねに頼む。おとねは、よくなったらここから出て行ってもらうと答える。その後万二郎は、陶兵衛が持っていた竹とんぼを渡しに、陶兵衛の家を訪れ、その時陶兵衛の妻がお品であることに気付く。その一方で、綾の容体はすこしもよくならなかった。

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[ 2015/06/19 00:38 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』番外編8 幕府の西洋式軍事装備

第9回で万二郎は、幕府陸軍の歩兵組の隊長を命じられます。この幕府陸軍というのは、文久2年、1862年に創設された西洋式の陸軍で、外国からの防衛と徳川幕府維持を旨としていました。長州征伐に出陣したことで有名ですが、その後鳥羽伏見の戦いや、戊辰戦争にも従軍しています。軍隊としての教育は、最初はオランダ式、その後フランス式になったといわれています。また、その途中でイギリス式も採り入れられています。元々は1850年代に、西洋式軍隊の基礎的な体制が作られ、教育も行われていましたが、井伊大老時に一度中断されました。

また、西洋式の軍隊である以上、軍服もいくらか西洋式になっていました。ドラマでは万二郎が、詰襟の軍服風な物に笠、帯刀でわらじを履くという、和洋折衷の服装をしています。兵たちも同じような格好をしており、それぞれが銃を手にしていました。この相手に対して、眞忠組の武器は主に刀と弓矢でした。一方西洋式の銃は、農民兵であっても命中率はそこそこのもので、眞忠組総崩れの一員となりました。もちろん、万二郎が父の仇である、楠音次郎を斬ったことも大きかったのですが、これが後に波紋を呼ぶことになります。

ところで良仙の方は和服でした。軍医らしく軍服を着るという習慣もこの頃はまだなく、いつもの服装のままで従軍し、また負傷者の治療をする際も、自宅で診療をする時の格好で、次々と運ばれてくる者に手当てを施して行きます。そして良仙はこの時、既にこと切れている者、手の施しようがない者よりも、助かる見込みのある方を優先するという、いわば戦時における非情さをも学びます。当初はそれに違和感を覚えた者の、その後、なぜ軍医という存在が必要であるのかを、良仙は身を持って知ることになります。

幕府軍は基本的に洋式、あるいは洋式軍服を模した格好ではあったものの、たとえば第二次長州征伐で、幕府に与した藩の中には、昔ながらの甲冑を身にまとい、さながら戦国時代の合戦のようないでたちで征伐に臨んだ藩もいました。これに対して長州は、和式ながら機動性の高い服装を身にまとい、鉄砲だけで相手を倒したといわれます。この長州軍の格好は、後に勝海舟が「紙くず拾いのような格好」と表現しました。ちなみに後の帝国陸軍は当初フランスをモデルにした軍服でしたが、普仏戦争後はドイツ陸軍に倣うようになります。

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[ 2015/06/18 00:05 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』 第9回 万二郎初陣

文久3年(1863年)5月。万二郎は幕府陸軍歩兵組の隊長を命じられた。この歩兵組は農民出身者で構成されており、鉄砲をかつがせて進軍させようものなら、すぐに音を上げる者ぞろいだった。何とか士気を上げようと考えた万二郎は、ある兵が歌っていた歌を進軍の際に歌わせて、覇気をみなぎらせるようにした。一方母のおとねは縁談を進めようとしていたが、万二郎はおせきが忘れられずにいた。

お玉が池の種痘所は西洋医学所となり、二代目の頭取として、緒方洪庵が大坂から赴任してきていた。ある日良庵改め良仙は、洪庵から軍医にならないかと誘いをかけていた。軍医より町医者の方が金になると考える良仙は、万二郎とそのことを話していた際、歩兵組の兵は農民ばかりなのかと訊く。万二郎は、国を守るのに士も農もない、まず強い軍隊を作ると答える。

その後良仙は、洪庵に同行するとおつねに嘘をついて、遊郭で数日を過ごしていた。いよいよ帰宅する日、遊郭の2階の窓からは黒船が見えていた。その後帰宅した良仙は、おつねから洪庵の死について知らされる。西洋医学所へ走り、洪庵の枕元で軍医になると誓う良仙。

その頃上総一帯では、眞忠組を名乗る一団が跋扈していた。名前とは裏腹に、彼らは豪農を脅して金を巻き上げ、小作農にばらまいているごろつき集団だった。関東取締出役の馬場俊蔵に呼び出された万二郎は、一団を討伐することになる。その頭領は、父の仇楠音次郎だった。しかし、眞忠組には農民も混じっており、同じ農民を討つことは出来ないと兵たちは渋る。

屯所に良仙が軍医としてやって来た。その前日万二郎は、討伐に気乗りがしない者は歩兵組を離れろと兵たちに言い渡しており、翌朝残っていた兵はわずか3人だった。しかし万二郎は、それでも決意を固める。それを耳にした兵たちが、ぞろぞろと歩兵組に戻ってきた。

進軍の途中、川のほとりで休憩していた歩兵組の兵が武家の女をからかったため、万二郎が諌める。綾というその女は、東金方向に行くと言い、同行を誘い出る万二郎をなぜか断る。お前は相変わらず、女を口説くのが下手だなと良仙は万二郎をからかう。

実は綾は、楠音次郎の妹で、幕府軍の情報を兄に教えていた。一方東金にあった幕府陣営に忍び込んだが、万二郎たちに捕まえられ、牢に入れられる。兄の助命を嘆願する綾だが、法を破ったのは事実だと言い放つ万二郎。いよいよ決戦の時が来るが、良仙は今一つ戦に乗り気ではなかった。そして5月17日の未明、幕府軍は眞忠組の拠点を取り囲む。

近代式装備を揃えた幕府軍の前に、眞忠組はなす術もなかった。野戦病院の良仙は大忙しになり、万二郎は音次郎を追い詰めて、苦戦しながらも父の仇を討つ。牢の中では綾が、銃声を耳にしていた。勝利は納めたものも、多くの負傷者と何名かの犠牲者を出し、「こんなに死人や怪我人を出して何がめでたいんだ」と良仙は声を荒げる。万二郎はこれが戦だというものの、彼も素直に勝利を喜べなかった。

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[ 2015/06/15 00:23 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』番外編7 自身のルーツを描いた作品

TezukaOsamu.netというサイトがあります。手塚治虫氏の人となり、経歴や作品に関する情報を盛り込んだ公式サイトで、その中に『陽だまりの樹』関連でこのようなページがあります。

「逆引き版『陽だまりの樹』創作秘話」
http://tezukaosamu.net/jp/mushi/201205/column.html

*『陽だまりの樹』はなぜ描かれたのか
*手塚家のルーツとは
*『福翁自伝』中の偽手紙作戦
*適塾に見られる虫プロの気風
*伊武谷万二郎のキャラ設定
*三百坂と松平家の家臣教育方法
などなど、かなり興味深い内容になっています。また良庵の最期やそれを記した文献も紹介されています。この手塚良庵、後の手塚良仙は、新政府軍の軍医となるのですが、西南戦争に従軍した際に赤痢に罹患し、その後大阪で亡くなっています。

ちなみに適塾では食事を立ったまま摂り、授業に備えるという習慣があって、これは『花神』の原作にも登場します。台所の板敷と土間に塾生が立って、飯櫃からめいめいが自分でよそい、おかずは日ごとに決まっていたのですが、村田蔵六(大村益次郎)は塾頭になっても他の塾生と一緒に立食していたため、洪庵から外に部屋を借りて住むように促されたともあります。ドラマではこの場面は登場しませんが、福沢が火鉢でメザシを炙り、良庵と共にそれを肴に酒を飲む場面があります。また、適塾でアンモニアを作っているところもドラマに登場します。この塾は一応医学塾ではありましたが、大坂という土地柄もあり、また蘭書購読中心だったせいか、かなり自由な雰囲気があったようです。

なお、このページの下の方にこのコラム「虫ん坊」のバックナンバー一覧が紹介されています。

[ 2015/06/14 00:47 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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