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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『なんしようと?』福岡城関連回の放送についてお詫び

ここでお詫びです。
以前博多華丸・大吉さんの『なんしようと?』という番組で、福岡城が採り上げられることを書いています。これは福岡城・鴻臚館サイトの記事でも触れられており、その後いつ放送されるか楽しみにしていたのですが…。
ちなみにこちらの記事です。

福岡城から感嘆の声をお届け

実はこの回は既に10月に放送されていました。
何ともお恥ずかしい限りです。
当地で10月13日の放送で、ちょうどその頃ワールドカップの試合の録画を観るためばたばたしており、リアルタイムでちゃんと観ていなかったため、観逃しており、サイト記事を読んでこれから放送なのだと思い込んでいたのです。

で、今現在これを観るのであれば、やはりTVerがよさそうです。

平成ノブシコブシと舞鶴公園周辺へ!

BSよしもとでも放送予定かと思いますが、いつの放送になるかは生憎わかりません。

放送に関心を持ってくださっていた方、ご迷惑をおかけしました。
この投稿は数日間トップに固定しておきます。

それにしてもこの福岡城(舞鶴公園)周辺、『ブラタモリ』でもやって貰えないかと思います。地形その他を探るのも面白そうなので。

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[ 2023/12/09 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第45回に関しての武将ジャパンの記事について-4

第45回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその4です。


しかし、茶々が「家康を倒してこそ! そうだ、嫌がらせ書き込みでもしようw」というノリで仕掛けるのは、どうにかならかったんですかね。
確かに方広寺の件は悪意ありきとされているけれども、全部茶々のせいにしてどうするのか。
天下を取り戻すといっておきながら、籠城するとはどういうことなのか?
これは『信長の野望』でも遊べばすぐわかることです。
籠城という状態は詰んでいる。家康を倒すなら城から出ていきましょう。

この場合、恐らく文英清韓が考えた銘文の案をいくつか持って来て、茶々に検討して貰い、茶々がどういうわけかあの案を選んだ。故意に戦を仕掛けたとも取れるわけです。しかしそもそもドラマの中では、彼女が銘文を考えるシーンなどありませんから、
「全部茶々のせい」
とはなりません。それから
「籠城するとはどういうことなのか」
とありますが、この『どうする家康』では、まだ籠城するかどうかは描かれていません。

それを言うのなら、まず大坂城内が籠城と、畿内を制圧して徳川を討つ考えの2つに分かれていたことに触れるべきでしょう。結果、大野治長が主張する籠城派が勝つわけですが、この後真田信繁は、大坂城の南に真田丸を築いて徳川方を迎え撃つことになります。これはもちろん『真田丸』に登場しています。

開戦の経緯が逆転というのは、大河ドラマとして一線超えていませんか?
もしかして、このドラマは、こんなヤリトリをしていませんか?
「あのさあ、俺が難癖つけてラスボス攻めるとかありえなくね?」
「いや、でも、それが史実というか」
「史実とかどーでもいいし。俺はいつも言ってんじゃん。去年みたいにしろってさあ」
「主人公が闇堕ちするようにしろ、ということでしょうか?」
「ちがうよ! 去年はさ、ラストで小栗義時が命狙われて、逆ギレして勝ったじゃん。あれでいいよ、ああいうのがいい」
「えっ……承久の乱と大坂の陣は開戦経緯がまったく一致しておらず……」
「そこをなんとかするからオファーされたんだよな? いいの? 大河のラストってああいうのが王道だよな? それでいいじゃん」

それは武者さんが勝手にそう思っているだけではないでしょうか。
しかもなぜ「一線超えていませんか」となるのでしょうか。大河が一線超える超えないの定義を聞かせてほしいと思います。

各種メディアが大河ドラマを記事にすることは自然なことです。
特に紙からWEBへと主戦場が移り変わり、誌面(紙面)に制限がなくなった以上、より多くのコンテンツを提供することは、各メディアのサバイバル戦術でもあります。
しかし、弊害も大きいものです。
NHKから素材を受け取る以上、その意に反するようなことは大々的に書けない。
いわば提灯記事が誕生する素地が整っているし、同時に、どんな荒唐無稽な内容でもウケれば……と記事化されてしまう。

で、記事がいくつかリンクされています。
しかし思うのですが
「NHKから素材を受け取る以上、その意に反するようなことは大々的に書けない」
ならば、武者さんが好きな大河でもこれは同じではありませんか?
嫌いな大河の時にはこう書きますが、好きな大河の場合に
「意に反するようなことは大々的に書けない」
と書いたことが、果たしてあったでしょうか。

そして武者さんが好きな大河であっても嫌いな人は存在し、好意的に見る記事を提灯と思っている可能性だってあるのですが。

その中に
「大河『家康』光秀?幕府参謀『天海僧正』は登場するのか 3年前「麒麟」長谷川光秀の生存回収を期待する声」
というタイトルのがあります。

『麒麟がくる』をコケにするような描写をしておいて(足利義昭・明智光秀の酷さときたら……)、こういう時だけ都合よく「天海は」と持ち出される。
長谷川博己さんにも天海にも失礼では?

『麒麟がくる』をコケにするとあるから何かと思ったら、義昭と光秀の描き方が気に入らないということですね。
好き嫌いで評価を決めたがる武者さんらしくはありますが、『どうする家康』には『どうする家康』の描き方があり、それは『麒麟がくる』とは別物です。この辺りを理解しているでしょうか。
私はあの義昭、名護屋に来た時に上に立つ者の孤独を口にしていて、なかなかいいなと思いましたが。
そしてこういう時に「天海」を持ち出すのは失礼でしょうか。あの大河での本能寺後の光秀に、天海を重ね合わせた人もいるでしょうし、それだけ長谷川さんの光秀の印象が強かった人もまたいるでしょう。

失礼なのはその大河を叩き棒にして、今年の大河を毎回のように、しかも出演者の人格否定のようなことまでして叩いている武者さんだと思います。

そもそも本作は“参謀”をまるで活かせていない。
本多正信はただのうるさいだけの腹立たしい男にすぎません。
今週は金地院崇伝と林羅山が出ましたが、何か意味がありましたか?

本多正信が「うるさいだけの腹立たしい男」にしか見えないのなら、この大河は理解できないのではないでしょうか。
金地院崇伝と林羅山は銘文の件で出ているのだから、主な活躍は次回ではないのですか。第一かなり後の方になって登場しているから、彼らが本領発揮するのは次だなと考えてもおかしくないでしょうし。

誰であろうと阿茶局より目立てないでしょ。そうそう、あの自称男勝りさんは立膝を卒業なさったようで急にどうしたのでしょう。

なぜここで「阿茶局」より目立たないとなるのでしょう。彼女はそんなに目立っていましたか?存在感はあるかと思いますが。そして袴をつけていないから、立膝でなく普通に座っていますし、髪型も変えていますね。

思い返せば、今年の仮想背景は本当に酷かった。
序盤では清洲城が紫禁城ではないかと指摘されていました。
本物の紫禁城はあんなものより遥かに壮麗であり、せいぜい紫禁城の隅にある鶏小屋だと思ったものです。

と言う割に、本物の紫禁城がどのようなものか、説明も画像もないのですね。このコラムで、ちゃんと書いてほしいです。

いずれにせよ今年の仮想背景が酷いのは確かであり、なぜ、そうなってしまったのか?と理由を考えると、スタッフの日本史知識不足にあるのではないでしょうか。
調べるべきことをせず、適当なイメージで描いたのではないかと思うほど拙い。

勝手に酷いと言い、勝手にスタッフに日本史知識がないと決めつけ、勝手に適当なイメージで描いたのではないかと、レッテル貼りをしていませんか。
そしてこの「調べるべきこと」とは、具体的にどのようなことでしょうか。

そしてこの後延々と『首』について書かれています。
そしてVFX担当者の多くは日本人ではないが、戦国時代を舞台にした背景を描いていたとか、2016年『真田丸』以来、大河ドラマとコーエーテクモゲームスは関係を保っているのに、今年はそうではないとか。

まず映画と大河ドラマでは予算が違うかと思われます。それに加えて、武者さんが今年のは酷いと先入観で決めつけているところもあり、比較として適切であるかどうかは何とも言えません。
あとコーエーですが、具体的にどの大河と関係を保っているか書いてほしいものです。

しかし、確実なことは一つあります。
もしも、今年の大河ドラマがコーエーテクモゲームスの協力を得ていたら、ここまで無様なことにはならなかったでしょう。

これも武者さんの思い込みのように見えます。
コーエーでは満足しても、脚本とかキャスティング、そして何よりも所作指導などで叩いたのではないでしょうか。
そしてこの後また『首』に絡めた『どうする家康』叩き、ゲーム関連の記述が展開されています。
これ大河コラムですよね?何を書こうとしているのでしょうか。

そしてその中で

このようにRPGといっても、個々人ごとに好きな作品は異なるんですよね。

とあります。ならば貴方と違い『どうする家康』を好きな人もいるわけですが、それはそれで受け入れるのですね?

ただ、これだけは言っておきたい。
『首』と対比となる大河ドラマは『麒麟がくる』であって『どうする家康』ではない。
制作時期からして、今年との比較は否定できます。

まず言いたいのですが、誰か『首』と大河を比較して、『どうする家康』がこの映画と対比となるとでも言ったのですか?
その後

『首』は意図的に思想や宗教を排除して、ひたすら暴力衝動に取り憑かれた人間を描いています。
儒教朱子学倫理が根底に流れる『麒麟がくる』との対比だとすればおもしろい。
(省略)
信長の装束ひとつとっても、奇抜な南蛮服はお馴染みのモチーフです。むしろそういうお馴染みのイメージを外そうとしているのは、『麒麟がくる』だと思えます。

武者さんて、要は
儒教または儒学
連歌または和歌
貞観政要または論語
このすべて、またはいずれかが入った大河でないと、大河認定しないようですね。と言うか、論語があっても自分が嫌いな設定の幕末大河だと、認定しない可能性があるし、今年も『孔子家語』(馬と取り替えてくれと、福島正則が黒田長政に迫ったあれです)が登場したりしてもいますが、そういうのには目もくれないようです。家康の愛読書だとも言われていますし、これを端緒に『貞観政要』も出版されたようなのですが。

『孔子家語』
(印刷博物館)

そしてその後で、

『どうする家康』の「シン・大河」はそうではありません。

と、例によって例の調子です。
しかも一部マスコミのみが使っている「シン・大河」なる表現を今なお使っていますが、そんな表現は公式はしていません。

「いつものあの味で」
そう注文されたとしても、調理する側は「いつものあの味」すらろくに把握していない。そのくせ新しいものを作ろうとする。

この「いつものあの味」なるものは、戦国大河で描かれる基本的な描写のことですね。
とはいえ、『どうする家康』でも、家康に取っての主要な戦をはじめ描かれてはいるのですが、自分の思う通りの描写でないから面白くないというのは察しがつきます。要は『麒麟がくる』風味でないと面白くないのでしょう。ならば先日も書きましたが、この大河に特化したコラムを書けばいい話です。
その代わり、『どうする家康』には口出ししないでいただきたい。

レアの豚肉って斬新、とてもおいしそう!

貴方「鴻門之会」の樊噲をイメージしているのですか(苦笑)。

その程度の思いつきで、とても食えたもんじゃない料理を笑顔で出してくるのです。
防腐加工のために入れる砂糖や塩を「こんなにいらないでしょw」と半量にまで減らして、健康にいいと自慢する。結果、腐敗したものを販売してしまった。そんな悲惨な事例を思い出します。

「食えたもんじゃない」かどうか、それは人により様々でしょう。これを美味しいと思っている人ももちろんいます。
あとプロが作っている大河を、防腐加工を無視した素人考えと比較するのもこれまたどうかと思いますし。『どうする家康』を腐ったものにたとえるのも大変失礼であるかと。


飲み物-暖炉の前のウイスキー
[ 2023/12/02 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『決戦!関ケ原Ⅱ 大名たちの野望』

では11月11日に放送された『決戦!関ケ原Ⅱ 大名たちの野望』(2023年2月4日放送分の再放送)について。俳優の高橋英樹さんがゲスト出演していましたが、今年の正月時代劇で家康を演じていましたね。番組そのものは『どうする家康』関ケ原回の予習番組としても、また歴史関連SPとしても楽しめました。

まず最初に、関ケ原前に日本中を飛び交った500通の書状、その分析と動きの可視化が行われ、その後毛利輝元の動きが紹介されます。この人は海路大坂に向かっていますが、会津征伐準備を進めていた家康が、即座に大坂に向かえないようにする目的もありました。西の毛利、東の徳川という構図のもと、毛利のもとに大名たちが集結し、これが後の西軍となって行きます。

再びデータ関係。東軍諸将の書状に比べると西軍諸将のはその半分ちょっと、しかも石田三成のは13通しかないわけですが、やはり敗者の側の文書が残る確率は低いようです。下手に持っていると、何を疑われるかもわからないわけですし。

そして毛利。ここで石見銀山と船についての解説。船はやはり毛利水軍もありますからね。そして「北の関ケ原」、イエズス会の宣教師によってバチカンにもたらされた文書も、このことに言及しています。この時家康の会津攻めにより、上杉方は情報面で孤立した状態に置かれていました。しかしそこへ朗報が届きます。

三成挙兵の知らせでした。この情報伝達を可能にしたのは真田昌幸で、飛脚を守るために軍勢をつけたわけです。しかもその三成の書状には、上杉の江戸攻めについて書かれています。要は
東北連合軍VS徳川
の構図が出来上がるわけで、ここでシブサワ・コウ氏が登場し、その様子をシミュレートしたゲームの登場です。

東北連合軍はいい形で攻めるものの、最終的に家康の勝利となります。仮にこの江戸攻め、そして上方から来た石田軍が挟み打ちにしていれば、かなり日本史は変わっただろうと思わされます。そしてその一方で、会津に向かっていた家康は、小山で三成挙兵の知らせを受けます。

ここで小山評定が行われるわけですが、家康にしてみれば、豊臣恩顧の大名の支持を取り付けられるか不安ではあります。そこで、淀殿や奉行衆からの、三成討つべしと書かれた書状を見せ、大義名分は我らにありと主張するわけですね。ここで福島正則が三成を討ち果たせと言い、ここに東軍が出来上がるに至ります。しかしながら時を置かずして、今度は五奉行により、家康が謀反人に仕立てられたことを知らせる書状(内府ちかひの条々)が届きます。

この小山評定後会津征伐は中断され、福島正則らは既にこの時西へと向かっていました。しかし家康への弾劾状は、当然各大名にも送付されていることになり、何らかの形で家康が謀反人認定されたことを、東軍の武将たちも知ることになります。福島正則も、もちろんその1人でした。しかしながら、小山評定で自分が三成を討つと言い出した手前、かなり悩んでもいたようです。

そして江戸城では、家康が寸暇を惜しんで書状をしたためます。特に「内府ちかひの条々」を受け取った直後は書状の数が増えており、ここでデータによる可視化です。特にこの時期の家康の書状には、心情に訴えかける言葉、忠節、懇意、感悦などが使われ、また彼自身が公儀でなくなった(三成にその座を奪われた)ことから、土地や恩賞などの言葉が消えているのが特徴的です。ところで「内府ちかひの条々」、福岡市博物館所蔵とありましたが、筑紫広門宛のものでしょうか。

内府ちかひの条々
(福岡市博物館)

家康は特に、福島正則を警戒していました。そして福島正則もまた、家康がなかなか西へやって来ないことに苛立ちを隠せず、また三成は彼ら東軍への処罰を開始し、このままでは正則は改易も免れない事態となります。その時家康の使者、村越直吉がやって来て、皆が出陣できないゆえ出陣できぬと言い、一同を怒らせてしまうのですが、この場を取りなしたのが黒田長政でした。

長政は早くから徳川についており、敵を前にしながら動かないので不安視していると言い、その後岐阜城攻めが行われます。この岐阜城攻めは1日で片がつき、家康も9月1日には出陣して西へと向かいます。

ここで福島正則についての解説。尚この時、正則と長政が兜を交換したことで、2人がそれぞれ交換した兜をかぶっている様子は、なかなかほほえましいものがありました。そして長政は、諸侯を如何に徳川方につけるのかが彼の役目でした。そのため必ずしも徳川一辺倒でない正則を、家康は何とかして戦に向かわせる必要があったわけで、この清須城で長政はその役目を果たしたことになります。

しかしながらこのままだと、正則たちだけで三成と戦うことになり、徳川の出番がなくなるのを恐れた家康は、慌てて出陣したとも言われています。今度は家康は、東軍を何とか抑えておく必要にかられたことになります。こうして家康が西を目指している間、奥州で異変が起きます。三成からの情報が上杉方にもたらされなくなったのですが、これは昌幸の嫡男、信幸が徳川につき、第二次上田合戦が行われたのと関係していました。

上杉方は最上をまず攻めることにします。しかしそこで番狂わせが起きます。味方であった伊達政宗が裏切ったのです。政宗は東海道経由で家康からの書状を受け取っており、しかも利にさとい政宗に恩賞をちらつかせたのでした。結局これにより、東北連合軍も江戸攻めの計画は破綻します。そして岐阜城を奪われた三成ですがまだ諦めておらず、家康との決戦に備えて、陣城である玉城を改修させます。

その玉城に三成は、豊臣秀頼または毛利輝元を迎え入れる予定でした。豊臣恩顧の大名が多い東軍に対し、三成は秀頼を迎え入れることで、勝利を決定づけたかったのです。また松尾山城も東軍を迎え討つには大きな意味がありました。ここには小早川秀秋が着陣します。この秀秋は豊臣一門でありながら、自分が玉城に入れないことに対し、三成に不満を持っていたようです。

ここで秀秋について。はじめから寝返る気満々のようですが、自分はこのままでは大名にとどまるだけで大した出世も見込めず、ならば東軍について勝ち馬に乗った方がいいと思ったのでしょう。そして関ケ原の本戦となるわけですが、この時欧州でも北陸でも、上田城でも大津城でも、四国や九州でも東西の勢力による争いが起こっていました。また丹後では細川幽斎が籠城し、嫡男忠興は岐阜城攻め、その家臣松井康之は九州で黒田と連帯していました。

関ケ原の戦い。かつては大坂へ向かおうとする東軍を阻止するため、この地での戦いになったとされていました。しかしその後、松尾山城の小早川を西軍に引き戻す狙いがあるという説に変わっています。この時毛利の別動隊である吉川広家は南宮山にいて、東軍を阻止する役目でした。それが、秀頼が出陣するまでの時間稼ぎになるはずだったのですが、彼も長政から密書を受け取り、不戦の密約を交わしていました。

つまり毛利の勢力は徳川の抑止力とはならず、東西入り乱れての決戦が始まります。そして大坂城の輝元は、この戦が長引くであろうと予測し、その間に西国を抑える目論見でした。そして秀秋は毛利勢の寝返りを知り、大谷吉継隊目指して進撃を開始するわけです。その後三成は処刑されるに至りますが、家康は奥州にもこのことを知らせ、収束を促します。そして上杉は敗北し、領地を米沢30万石、かつての4分の1に減らされます。

毛利輝元は大坂城を去り、また毛利家も領地を大幅に減封されて、長門と周防の2国のみになります。そしてこれは、打倒家康を狙った三成と、西国制覇に集中した輝元の意識のずれが招いた敗戦だったとも言えます。最後の高橋さんの意見ではありませんが、関ケ原が1日で終わらなかったらまた乱世に戻ったと言えなくもなく、その意味でも家康は早めにこの戦を終わらせたいと思ってはいたでしょう。

ところでこの番組、所謂再現ドラマで家康を演じていたのが宍戸開さん、三成を演じていたのが石黒英雄さんでした。石黒さんは、『軍師官兵衛』で福島正則を演じていましたね。


飲み物-ポーターとクルミ
[ 2023/11/17 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第42回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第42回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。その2は1つ下↓になります。

いきなり「だから千代は何歳ですか?」とあって、

初登場時は家康を坊や扱いしていたでしょう。
もう70近くともおかしくないってば!
本当に、このドラマは美少女戦士もどきが戦う&死ぬ様を描きたくて仕方ないんですね。

それこの間も書いていましたよね?
で私は基本的に年齢不詳で、三河一向一揆時点で20代前半から半ばくらいと設定すると、50代くらいかと思います。

今週は稲だけでなく千代。
可愛い女の子が武装してムフフ♪ 
そういうことは戦国武将を美少女にしたR18ゲームでよいのではありませんか?
それにしても、千代はしみじみとしょーもなかった……。

また武者さんの妄想タイム、そう言いたくなりますね。
そして「可愛い女の子が武装してムフフ♪ 」こういう表現をすること自体、昭和平成のおじさん臭いのですが、武者さんの中の人てどんな人なのでしょう。一応、言葉遣いは女性ですが。

「私もようやく死場所を得た」って、そんなイキイキハキハキ語って口角上げて笑って、なんなのでしょう。
デパートの店員じゃないんだから。死を覚悟した場面なのに、どの角度で口角をあげるかしか考えていないように見えます。元忠がちゃんと演じているだけに、無惨さが目立ちます。

口角が上がっているのは、千代を演じる古川琴音さんの口角が元々上がっているからではないですか。
そしてこの時は、夫である元忠に礼を述べているわけですよね。
そういう時であれば、顔を上げて少しでもにこやかに話そうとしてもおかしくないでしょう。

そして
「口角上げて笑って…デパートの店員じゃないんだから」
以前ファーストフードと書いていませんでしたっけ。今度はデパートですか。
それと前回「昭和のDV男」などと叩いていた鳥居元忠を、今度は千代を下げるために持ち上げているのですか?

結局、千代は、本作のくだらなさを煮詰めたかのような人物像でした。
武田が滅んで、穴山梅雪も討たれたのにノコノコ生き延びて、敵に拾われて、やっとここで恋愛脳ごと散る。
大河に出てくる架空女性人物でワースト候補だと思います。

「敵に拾われて」ではなく、家康が探させていて、元忠が匿っているのがわかったわけですね。千代は、甲斐の教来石のはずれにいたことになっています。しかし家康に千代を引き渡せば、また忍びの仕事をさせられるか処断されるかだと考えて、元忠がそのまま家に住まわせていたことになり、これがもとで、千代は真田の忍びであると言う忠勝と衝突します。

しかし元忠は殿の命であっても従えないこともあると言い、その時既に正室がいなかったこともあって、千代と再婚します。無論これに至るまでには、千代の戸惑いや家康の言葉、於愛の助言などもあるのですが、それがどうも武者さんの目には「くだらなさ」と映るようです。

忍者役のはずなのに、殺陣がどうしようもない。甲冑を着た相手に、小刀で切り付けて何がしたいのか。
撃たれて倒れる演技も、どんな指導をされたのでしょう。撃たれてからも眼力が強いまま、ダーリンの足を引っ張るようにしがみついている。
どう映れば可愛く見えるか? いちいちインスタ映えを狙っているような雰囲気でした。

また「どうしようもない」
どういう風にどうしようもないのか、何も書かれず。
「私がどうしようもないと思ったから、どうしようもないのよ!」と言いたげな感じですね。それにこの時点では忍びではなく、「忍び経験がある」元忠の妻ですけどね。

そして甲冑を着た相手に対する殺陣ですが、元忠も千代も、相手の顔面や頸動脈を狙っています。こういうのも、25分辺りを観ればわかることです。そして武者さん、本能寺の変の信長の殺陣も、同じようなことを書いていましたが、あの時の信長も、相手の甲冑を着けていない部分を狙っていましたね。

またアクション指導は諸鍜治裕太氏、そして武術指導は松本真治氏で、どちらもかなりベテランです。松本氏は『真田丸』にも出演していますね。それと眼力が強いのは、これも古川さんは元々ではないでしょうか。
あと「ダーリンの足を引っ張るようにしがみついている」
足を引っ張るのではなく、肩にしがみついているように見えますが? 

このドラマは筆をもつ手元を映すべきではないでしょう。
三成はまともでしたが、多くはペンみたいな持ち方しかできていない。
「家康ちゃんが頑張って書状を書いてるんだい!」と、言われたところで、祐筆はいないのか疑問ですし、あのお粗末な筆の持ち方では何もかも台無しです。
『大奥』の前田公輝さんや玉置玲央さんと比較すると、その落差は歴然でしょう。
大河主演でありながら筆の持ち方すら指導されていないのは、さすがに驚きます。

ここのところですが、先日その1でご紹介したJapaaanの記事そっくりなのですが、偶然の一致でしょうか。
第一祐筆任せじゃ間に合わないから、家康自ら筆を執って書状をしたためているわけでしょう。
そして筆の持ち方、家康と三成のを貼っておきますね。

どうする家康筆 どうする家康石田三成筆
(『どうする家康』録画映像より)

どちらも単鉤法(人差し指だけを筆にかける持ち方)のように見えます。この筆の持ち方に関しては、taketak39460607さんのnoteでも以前解説がありましたが、単鉤法と双鉤法(人差し指と中指を筆にかける持ち方)があります。ご参考までに。

書道の姿勢と道具|Kids Web Japan

あと書道指導は書家の金敷駸房氏ですね。大河の書道指導でもあります。
武者さんが好きな『真田丸』、『おんな城主 直虎』、『麒麟がくる』しかりです。

書状を左から右へ読んでいるように目線を動かしている場面もありました。

それどこのシーンですか?
この回で家康が書状に目を通すのは阿茶局の手紙を読む時ですが、そうなってはいませんよ。

現代劇でのカッコつけ方しか学んでいないのでしょうか……と、いったことを書くと「所作指導はクレジットされています」という反論もあります。でも、実際そう見えなければ意味がないじゃないですか。

「実際そう見えなければ意味がないじゃないですか」
ここまで言いますかね。
まるで武者さんが言うこと、見ることはすべて正しいかのようです。

何度も言うようですが、所作に疑問があるのなら、指導の花柳寿楽氏に言ってみてはどうですか。
ちなみにこの方も『麒麟がくる』の所作を担当していますし、島井宗室役で出演もしています。

さらに「今年はありえないほど酷い所作が本当に多い」
私に言わせれば「今年はあり得ないほど酷い出演者叩きが本当に多い」となりますが。

そしてまた文春砲がどうのこうの。
板垣李光人さんの
「(松本さんは)役の解釈やキャラクターのつけ方だけではなく、ちゃんと見え方までこだわった上で芝居をされるんですね」
というコメントに
「アイドルコンサートの延長で大河ドラマを演出できるはずがない」だそうです。随分上から目線だなと思います。

板垣さんはこれに続けて
「ステージングを考えながら芝居をされるんです。それはやっぱりこれまでたくさんのステージを経験されて、演出もされてきた松本さんだからできること」
とコメントしていて、ステージの経験を活かしたうえで、演技をしていることを話していると思うのですが。

その他にも山田裕貴さんが松本さんを褒めた記事のリンクを貼って、
「今年は、共演者が主演を褒める、ぬるま湯の持ち上げ記事がやたらと多い」
とありますが、共演者が主演を褒める、あるいは労わるというのは、毎年のことだと思いますが。

恐らく今年の大河で主演が褒められることは、武者さんに取っては腹立たしいことなのでしょう。
その結果文春絶対の姿勢になっているし、
「文春砲の疑惑が払拭されない限り、「演出に余計な口出しする主演俳優」疑惑は晴れません」などと書いてもいます。
しかし特定のメディアを絶対視する人が、作品中の人物の発想とそれに共感する人々を「マザーセナ」だの、カルトだの言うのも如何なものかと思います。

鳥居元忠に伏見城の守備を命じ、何かあったら死守せよ、と言っておいて、いざ死んだらギャーギャー大騒ぎ。
ドラマでの「御涙頂戴」要素として元忠を殺したようにしか思えません。
伏見城を防衛する戦略的な説明なんて一切ない。
地理関係の解説も出てこない。家康は涙ひとつこぼさず、
カッコつけたセリフをいうだけ。

「いざ死んだらギャーギャー大騒ぎ」そんなシーン、ありませんけど?
この時書状を書いていた家康は、守綱から報告を受けてわかったと言い、敵を討とうと言う守綱を落ち着けと諭していますし、その守綱は忠勝からは、今は誰がどちらにつくのかを見極める時と注意されてもいます。

「伏見城を防衛する戦略的な説明」
鳥居元忠が主人公であれば、それもありでしょう。しかし主人公は家康であり、伏見城を落として東へ向かおうとする三成と、家康が衝突するのがいわば見せ場です。ただ元忠は秀吉が作った堅牢な城であることを前回口にしていますし、その中で松の丸の守りが弱いことを、左近が指摘してはいますね。
それと地理関係の解説ですが、19分ごろに右下の方に地図が出ていますよ。

なんだか喜怒哀楽の感覚が歪んでいませんか?
マザーセナの死以来、「哀」すら消えています。
かえって偽善っぷりが浮き彫りにされて、人間のいやらしさだけを煮詰めたように感じます。
そんなしょうもないドラマを補うためか、悪目立ちするピアノがどうにも不快です。あの旋律はいったい何なんですかね。

悲しいけれど、今は悲しむこともできないわけですね。それは偽善とは違いますね。
それとピアノは「悪目立ち」しますか?
要は武者さんの癇に障るのでしょうから、字幕だけで観てはどうですか。

小早川秀秋は優柔不断ということでもなく、布陣からして東軍につく意図は最初からあったとも指摘されますよね。
この辺の描写はBBC『ウォリアーズ』が秀逸でした。
(中略)
あの作品での「秀秋の裏切り」は伏見を攻めたこと。
ずっと東軍についていたはずが、偽装のためにか、伏見を攻めたことがスリリングな要素としてありました。
千代の臭い芝居を描いている場合じゃないんです。

すみません、私観ていないのでその辺りのことは知りません。
そしてなぜ他の作品をやたらとPRしてこの大河を下げるのか、それもちょっとわかりません。
今までの戦国というか、関ケ原を描いた大河でも、小早川秀秋の調略は描かれていましたね。
そしてそこまで言うのなら、秀秋がなぜ西軍についたのか、東軍につく意図は最初からあったのかどうか、もととなる史料を出して説明されてはどうでしょうか。
いずれにしてもこの大河でそれを描けば、またそれはそれで武者さんは何か言いそうな気がしますが。

そして「だから黒田は何なんだよ」なる見出しで、

「福島と黒田が一緒に戦うよ!」って、
だから、彼らは何者なの?
NHKの日曜20時に流すドラマとして、その説明はカットしても皆がわかっているのが当然なんでしょうか。
本当に視聴者の知識に頼りすぎな作品です。

何なんだよとは何でしょうね。
何とも伝法な言葉遣いだなと思いますね。

朝鮮から帰って来た時の黒田長政と加藤清正の、三成に対する態度
三成が籠った伏見城に福島、黒田、加藤をはじめとする七将が押し掛けたこと
小山評定での2人の姿勢

これらをすべて見て、彼らが、一体どのようなスタンスでいるのかわかりませんか。
ならばどの大河の登場人物も、それぞれの経歴から始めなければならなくなりますね。

登場人物については、公式サイトやSNSで発表されています。
豊臣恩顧の一部の人物、黒田さん藤堂さん辺りは、今現在画像付きでなくクリックできませんが、関ケ原後に更新でしょうか。それとキャスト発表はこちらにもありますけどね。(一応豊臣勢です)

そしてまたこの記事を出して来ています。

繰り返しますが、以下の記事、ドラマの紹介文なんかでは
◆『どうする家康』ファン感謝祭が開催決定 松本潤、松山ケンイチ、杉野遥亮ら登場(→link)
未だに「黒田官兵衛」の文字があるんですよ。
今作が初大河となる松本は、誰もが知る偉人・徳川家康を演じる。国を失い、父を亡くし、母と離れ、心に傷を抱えた孤独な少年・竹千代は、今川家の人質として、ひっそりと生涯を終えると思っていた。しかし、三河(みかわ)武士の熱意に動かされ、弱小国の主(あるじ)として生きる運命を受け入れ、織田信長、武田信玄という化け物が割拠する乱世に飛び込む。そして豊臣秀吉、黒田官兵衛、真田昌幸、石田三成と次々と現れる強者(つわもの)たちと対峙し、死ぬか生きるか大ピンチをいくつも乗り越えていく。

何だかしつこいなと思いますけどね。
既に放送が終わっているのならともかく、どのような形で登場するのかまだわからないでしょう。こういうのは最終回まで観て、登場しなかった時点で初めて言って貰えないでしょうか。

この手の記事は、NHKから画像とテキストのソースが渡されて、作成されるのが普通です。修正された方が……と、思ったのですが、配信元のニュースは、他のメディアへも流されていますので(その検索結果はこちら→link)、今さら対応できないのかもしれません。

この感謝祭に関して言えば、出演者の画像はちゃんと配信されています。それと配信元のニュースですが、今後登場するかも知れないのに、修正を云々する必要もないでしょう。繰り返すようですが、いつどのような形で出て来るのか、まだわかりませんので。

まさかとは思いますが、小栗さんてひょっとして官兵衛の役でしょうか。ただ最終回登場ですからね。大坂の陣は、既に黒田長政の時代ですし。

飲み物-コニャック
[ 2023/11/10 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-22

菅源太郎は、渋田見主膳殺害に加わっていないのではないかと勘十郎は言い、出雲は何かを考えるようにこう口にした。
「ふむ、印南が向こうにつき、菅は離れたというわけか。流石に菅は賢い男のようだ」
「それに比べて印南は愚か者にございます」と勘十郎は嘲るように言う。出雲は笑って言った。

「まあ、愚か者にもそれなりの使い方はある」
怪訝そうな勘十郎に出雲は言う。源太郎のように考えを変える者が出てくれば、皆の足並みが乱れること、新六は元々自分の手先であったこと、そのことを明らかにすれば、皆疑心暗鬼となるに違いないのではないか。勘十郎はこの言葉に得心したようだった。

出雲は、旧犬甘派を割るためには源太郎と新六を使うことになること、それを殿にも申し上げようと言い、勘十郎は緊張してこう尋ねる。
「それでは、彼奴(きゃつ)らに鉄槌を食らわせる日は近いのでございますか」

出雲は頭を大きく縦に振り、自分が帰国したからには最早容赦はせぬ。彼奴らは目を剥いて驚くことになるだろうぞと低い声で笑い、やがて声を上げて大笑いした。

その年の11月16日、小倉城に異変が起きた。この日は鉛色の雲が空を覆い、時折霰が音を立てて降って来た。寒さに震えながら、藩士たちが早朝に登城して来たところ、鉄(くろがね)御門が閉まったままだった。登城時には開けられているのが決まりであり、藩士は門番に呼びかけたが、何の反応もなかった。

与市も登城して来てこの有様を目にし、犬甘派の同志に探らせたところ、驚くべきことがわかった。この日、忠固から遠ざけられていたはずの出雲派の重臣たちが、未明の内に呼び集められ、城中に入ったのである。

与市は憤って門に近づき、どんどんと叩いた。
「ご開門、ご開門、願わしゅう存じまする」
しかし何度呼びかけても、内側から応える者はいなかった。

その後家老の小笠原蔵人たちもやって来たが、他の藩士同様、門の前になすすべなく立ち尽くすだけだった。鉄御門は、忠固の意に添わぬ藩士たちを締め出したままで、開かれることはなかった。

この日の未明、新六と源太郎は出雲から呼び出しを受け、城中へ入った。夜が明け染めた頃で登城する人影もなかった。しかし城中にさしかかると篝火が焚かれており、槍や六尺棒などを持った足軽たちが、周囲を警戒していた。

城門で新六と出会った源太郎は、思わずこれはいかなることかと訊くが、新六は頭を振るばかりで、2人が名を告げると、番士の組頭がお通りあれと言い、気が付くと、2人の後からようやく登城する藩士が城門に近づいて来ていた。彼らはみな一様に、それも異常なほどに緊張していた。

源太郎と新六は、訝しく思いつつ城門をくぐった。その後城門は閉ざされ、朝になって登城して来た藩士たちは、城から締め出されたのである。既に城中には出雲派の重臣や藩士たちが出そろっており、城外の騒ぎを聞きつつこう言い合った。

「旧犬甘派の奴ら、度肝を抜かれておるぞ」
「今更、慌てても遅いというものだ」
「渋田見様を暗殺いたした報いを受けさせねばならぬ」


やはり出雲と勘十郎は、新六と源太郎を利用することを考えていました。尤も新六が愚かであると言うよりは、彼は吉乃を守るために、その時々で姿勢を変えると言った方が正しくはあるでしょう。つまりこの旧犬甘派の一部の動きには、吉乃の存在も大きく絡んでいたと言えそうです。それはともかく、出雲がいよいよ行動を起こす日が近づいていました。そして11月16日、それが現実のものとなります。

旧暦の11月と言えばもう冬で、小倉城下では霰が降っており、如何にも寒々しさを感じさせる天候でした。そのような中、登城して来た藩士たちは、門が閉まったままなのに驚きます。しかもそれより数時間前、新六は源太郎と城中に入っていました。そして城中は、出雲派の人物で固められており、出雲VS反出雲の構図が出来上がっていたのです。締め出された藩士たちは、この後小倉藩出奔となり、白黒騒動の核心部分へと入って行きます。

ところで以前にも書きましたが、7日の『ブラタモリ』は北九州編その1でした。豊前の小倉と筑前の黒崎(若松も)、黒田長政の治水工事などなど紹介されていましたね。黒崎城は井上九郎右衛門が築城したということですが、後の一国一城令により廃城となっています。

飲み物-ミルクティ2
[ 2023/10/07 23:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第37回に関しての武将ジャパンの記事について-5

では第37回『武将ジャパン』大河コラムについてその5です。
このコラムの後半部分にありがちなのですが、持論展開メインで、しかもジャニーズ関連で正直言ってこれでもかといった感じで書かれていますので、一部省略させていただきます。

結局のところ、自説補強のための記事集めと、それによる言われなき『どうする家康』叩きに終始している感があり、これを書かせている『武将ジャパン』にももちろん責任の一端はあるでしょう。そしてあれこれ書く割に、メディア側の態度について何も触れていないことを思えば、どう考えても公平性がある記述には見えません。まあ実際メディアに対しては、このような記事もあります。

「マナー悪すぎ」 ジャニ会見でルール無視の記者に視聴者落胆「本当に恥ずかしい」
(ENCOUNT)

武者さんが本当にこの問題について書きたいのなら、大河コラムで、しかも当該の大河の叩き棒としてこの問題を持ってくるのではなく、複数のメディアの賛否両論から問題点を分析し、極力偏らない視点で事実重視で書くべきなのですけどね。

ここまでの事態に陥っていながら、NHKでは依然として大河ドラマのポスターなども貼られているのでしょうか。
打ち切りなどないとばかりに、最終回放送日程まで発表済みです。
◆ 「どうする家康」最終回は12・17!2年連続の全48話に決定(→link)

「ここまでの事態」などとありますが、この問題と大河は本来別の存在であるはずです。
しかも
「打ち切りなどないとばかりに、最終回放送日程まで発表済みです」
との言い方もどうかと思います。実際完結編のガイドブックを見るとわかりますが、最終回は「第47・48回」となっています。つまりこのガイドブックが編集された時点では、まだ何回で終わらせるかが決まっておらず、このような形を採っているのでしょう。然る後に48回に決まったと考えられます。
しかもNHKから「打ち切り」についてなど全然発表されておらず、一部メディアがそのように考えている、あるいは考えたがっているのではないかと思うのですが。

あるいは武者さんは、昨年と同じ48回放送というのが面白くないのでしょうか。

徳川家康ほどの人物を描く上で、ジャニーズを頼るとは……それが「シン・大河」なんですかね。
◆松潤主演NHK『どうする家康』は「シン・大河」になる? 大ヒット大河ドラマ“勝利の方程式”とは(→link)

これも前に書いていますが、NHKは「シン・大河」などと言っていません。メディアがそう言っているだけのことです。
そしてこんな自説ばかり振り回さず、もう少しドラマ本編についてちゃんと触れてください。小田原評定をご存知ない(としか思えない)のに加え、甲冑は戦場で着けるものには、正直呆れました。スポーツ選手が、ロッカールームでユニフォームを着るのと間違えていないでしょうか。

釜底の薪を抽(ぬ)く。『兵法三十六計』
釜の底にある薪を引っこ抜く。相手の大義名分を引っこ抜いてやれ。

「釜底抽薪(ふていちゅうしん)」ですが、「相手の大義名分を引っこ抜く」のではなく、物事の解決のためには、根本にある原因を取り除く必要があるという意味です。

心理学実験に、こんなものがあります。
誰でも簡単に解ける問題をまず出題する。
その正答率を確認しておき、同じ問題を出すのですが、今度はグループ形式にしておき、その中に堂々とした態度で誤答を語るサクラを入れておく。
「関ヶ原の戦いが起こった年ですか? そんなの簡単、1603年でしょ!」
こんな調子ですね。すると他の参加者に迷いが生じます。
「あれ? 1600年じゃなかったっけ……。でも、この人が堂々と答えているからにはそうなのかも。それに1603でも覚えた気がする」
こうなってしまい、同じ問題でも、正答率はグッと落ちる。
要するに、人は自分の意思では案外物事を決められない。周囲を見まわし、それに合わせてしまうんですね。

同調圧力実験ですね。アッシュのでしょうか。
しかし同調したから弱い、しなかったから強いというのではなく、寧ろその場での他人への気遣いという点もまた、この同調には含まれていると言えるようです。

そしてドラマ評価でも「同じことができます」と書かれているのですが、果たして同じことがいえるでしょうか。
この後にこのような週刊誌の記事のリンクが貼られており、

◆《最終回がっかりドラマランキング2023》『VIVANT』は有終の美を飾るも終わり方に賛否両論!3位『教場』2位『silent』を抑えた1位は?(→link)

1位は『ちむどんどん』なのですが、武者さんとしては、

つまり、あの世にいる父に向かって快癒祈願をしたのです。
(中略)
要するに、スタッフは琉球信仰ありきで話を作った。それを知らない本土の和人がこういうことを言ってしまう。
しかし、NHK朝ドラの視聴者は圧倒的に和人が多いので、こういうマジョリティの傲慢さをするっと受け入れます。
多様性配慮の時代とは思えないほど酷い話でしょう。

このように書いているのですが、私があのシーンで思ったのは、聖なる場所であのように大きな声を出すのかなという点でした。さらにドラマの中でも、暢子の都合に合わせて家族を徹夜させたり、やけに反社勢力を絡ませたり、三郎が喪服姿で病院に行ったり、何よりも沖縄の農産物を日本に持ち込めないのに持ち込んだり、そういった諸々のことが何となくおかしく感じられたのです。
武者さんはここでは、沖縄差別だという点のみに話を持って行っていますが、それ以外にも不思議に感じられる点はあったわけで、そういうのをきちんと総合するべきではないでしょうか。

その後少し『ちむどんどん』関連で沖縄戦のことも出て来ますが、悪いけどここでは省きます。こういうのも別コラムを立てて、武者さんの考察がきちんと窺えるものにしてほしいです。
そして『カムカムエヴリバディ』の脚本が藤本有紀さんである件について。

ついでに言うと、『カムカムエヴリバディ』は大河ドラマ『平清盛』と脚本家が同じです。
あの脚本家自身の問題ではなくファンダムの性質なのかもしれませんが、あの大河での失敗以来、判官贔屓が激しい状態になっています。
脚本家の朝ドラ起用が決まっただけで、お祝いメッセージを投稿しバズる。そんな現象が起きていました。
しかし、こういう熱気につられていると思わぬ罠にかかります。

などとあります。
話が戻りますが、先ほど同調心理の実験についての記述がありました。この実験に使われる問題として、たとえば1+1は2なのに誰かが3と言えば、その方につられてしまうといったものがあります。この場合1+1=2というのは真実です。また武者さんが引き合いに出している、関ケ原の戦いも1600年に行われたのが史実であるとされており、正解が存在します。

ただ何度も言うようですが、ドラマに限らずエンタメには、恐らくどの作品でも賛否両論があり、その意味で正解が存在しづらいと言えます。にもかかわらず武者さんはそう思わないようで、「思わぬ罠」の例として

「石兵八陣」につっこむことになりかねません。

などとあります。この石兵八陣、関羽の弔い合戦である夷陵の戦い時に、劉備の戦法を危うく感じた諸葛孔明が、蜀軍が敗走することを見越し、巨石によって作ったもので、定期的にその陣内で突風や波が起こるようになっている仕掛けです。
実際恐るべきものですが、何もこんなのを引っ張って来なくても、きわめて危険な状態になるとでも書いておけばいいのですが。

そしてまたくどくどとジャニーズ。下記の夕刊フジの鈴木祐司氏の記事を持ち出しています。

◆若年女性の〝ジャニーズ離れ〟加速、視聴率から読み解く 頼みの綱のタレント人気、NHK「ザ少年倶楽部」が大幅減(→link)

そして本文から
「一部の熱烈なファンは、所属タレントには罪がないとSNSで発信する。
ただし、これらはラウドマイノリティーで、圧倒的多数のサイレントマジョリティーは〝ジャニーズ離れ〟を始めているのだ。
視聴率が雪崩を打つように下がり始めた以上、事務所の名称変更や株式を含めた体制の抜本的見直しはもはや避けられない」
といった部分を抜粋しています。
ファンダム嫌いの武者さんとしては、我が意を得たりといった思いなのでしょう。

しかしこの鈴木氏、『ステラ』では大河関連の記事を手掛けており、武者さんはそれを幸せ探しのポリアンナ記事(チェリーピッキングの意味と思われます)と揶揄しています。同じ著者が、ジャニーズ離れのことを書いたら褒めるのですね。しかし鈴木氏、ヤフーの記事がすべて削除されましたね。

しかしここで言えるのは、所属タレントや俳優は罪がないということ、これは事実でしょう。
事務所が悪いからお前も悪いでは、連座制、連帯責任になりかねず、もっと言えば人治主義です。一部で糾弾する声が大きいから悪いと決めつけてしまうもので、これでは、法の出る意味がなくなると思うのですが。

心してかかりましょう。
ラウドマイノリティーが大声で「でも私は好きだから!」振り翳してきたら、その薪を引っこ抜くことを心がけるのです。
そんなものは子どもが「ピザは体に悪いっていうけど、私は好きだもん! ピザが好きな私をバカだっていいたいの?」と上目遣いで涙をためて言うようなもの。
作品の好悪と評価は本来別物です。

「作品の好悪と評価は本来別物です」
好悪はともかく、エンタメ系の評価に絶対はありません。スポーツの評価の方が勝敗で決されるところがある以上、もっとシビアです。
しかし武者さん、好悪と評価が別物ならば、貴方が嫌いな『どうする家康』にもし好意的な評価がくだされても、文句は言えませんね。
つまり貴方が大声で「でも私は嫌いだから!」と主張して来ても、その薪は引っこ抜かれるのですね。
そして貴方が『どうする家康』が嫌いだというのは、子どもが「ピザは体に悪いっていうけど、私は好きだもん! ピザが好きな私をバカだっていいたいの?」と上目遣いで涙をためて言うのと同次元であるとみなされるのですね。
(しかしかなり前の方で持ち出している釜底抽薪を、ここで持ち出してくるのですね)

それとピザが必ずしも悪いわけではありませんけどね。問題は食べすぎなのですが。
こういう記事があったので貼っておきます。

癖になるけど、体も気になる宅配ピザ 賢く食べるには
https://www.nikkei.com/nstyle-article/DGXMZO65542430Y0A021C2000000/
(元NIKKEISTYLe→日経Gooday)

そして『いだてん』に関して。
「教養を低下させかねない不正確な描写すらありましたが、私が言いたいのはそこではありません」
何だか随分上から目線ですね。
私はこれは途中で視聴をやめたので何とも言えませんが、何でもある記事で、『いだてん』ファンが以下のような論調になると書いてあるらしいのです。
「近代オリンピックの歴史を描いた『いだてん~東京オリムピック噺~』(19年)は視聴率こそ振るわなかったが教養と娯楽を兼ね備え、かつ映像として見応えのある秀作であったことも記しておきたい」
しかしやはり武者さんは面白くないようで、

「私は『いだてん』が好きでした。しかしなぜヒットしなかったのか。何をどう、読み違えたのか。検討は必要です……」
諸葛孔明のような顔でそう振り返ってこそ、大人の責任の取り方でしょう。

などとあります。「読み間違えた」ことにしないと気が済まないのでしょうか。
ならば武者さんも『麒麟がくる』の駒がなぜあそこまで言われたのか、諸葛孔明のような顔で振り返っては如何かと思います。

そしてまた海外ドラマだの華流時代劇など、武者さんが喜びそうな記事のリンクが貼られています。
で今度は

君子一言、馳馬難追
君子の一言は、駿馬に鞭を入れたようなもの。事態が素早く動き追いつけなくなるぞ。

これ、
「君子が一度口に出したことは4頭立ての馬車でも追いつけない、つまり一度口に出すと取り返しがつかない」
の意味なのですけど。
武者さんて、本当に漢籍に関心があるのですか?
追記:この諺ですが、「一言既出、駟馬難追」と「君子一言,快馬一鞭」というのはよく目にします。私は前者の意味に解釈しましたが、もう一つの方も似たような意味で、どちらも「追いつけなくなる」のではなく「取り返しがつかなくなる、迂闊にものを言うな」という意味です。
そしてこの『君子一言、馳馬難追』という諺、検索すると『好父母必修的八堂說話課』という書物が出て来ますが、生憎今それ以上のことはわかりません。そもそも武者さんも出典を「中国の諺」としかしていませんし。

武将ジャパン中国ことわざ

そして

NHKはもう時間切れ。手遅れでしょう。
いくら何を言おうと、局のロビーには松潤家康ポスターが貼ってある。

大河ドラマの主人公だから、当然貼ってあると思いますよ。

そして次の朝ドラは『ブギウギ』ですが、これに関してもジャニー喜多川氏との関係がある、そして再放送中の『まんぷく』も、日清食品は過去に疑惑があるとか何とか。嫌いなドラマの情報集めには余念がありませんね。とは言え、武者さんが褒めるドラマの登場人物も、過去に色々なものを背負った人もいるのではないかと思いますが。

NHKという大樹を切り倒すとなれば、それこそ斧の一撃ではどうにもならないでしょう。
しかし、何回も打ち込んでいればどうなるか。
私はあえて続けたい。毒抜きをした方が結果的に良いこともあるはず。
そろそろ限界ではないか?と私は感じています。受信料を払っている皆様であれば、その一撃を打ち込んでもよいでしょう。

NHKは特殊法人ですからね、倒すより民営化とか、逆に国有化するという方法もあるかと。国有化すればすべて公務員待遇で、社屋も所有できなくなります。
ただ武者さんがNHKを切り倒せと言っているのは

今年の大河が気に入らない
その大河に、ジャニーズ所属俳優が出ているのが気に入らない
今年に限らず、過去にも自分が嫌いな大河や朝ドラを放送しているのが気に入らない

こういった点がメインで、いくらか衝動的なのでは思われます。
もしNHKがなくなれば、貴方が好きな朝ドラや大河も放送されなくなりますよ。

◆NHK みなさまの声(→link)
それにしても、大河ドラマのことを考えるうえで、なぜ歴史ではなく、メディアの策だの、事務所の都合だの考えねばならないのか。
ジャニーズと癒着したどこぞの誰かのせいで、腹立たしい限り。
一体この茶番劇は何なのでしょう。

またメールフォームですか。関ケ原が楽しみですと書いておきますか。
それと「それにしても」以下、武者さんが勝手にそう思っているだけではないでしょうか。

しかし大河関連はちょっとおざなりな部分もあるのに、それ以外の、特に持説展開に関する記述では、あれこれ記事を持ち出して来て実に元気がいいですね。
やはり本当に書きたいのはこちらなのでしょう。

飲み物-エスプレッソブラック
[ 2023/10/07 21:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

福岡城あれこれ その9(福岡城整備と姉妹都市とブラタモリ)

まず福岡城の東に位置していた裁判所、今は南の六本松へと移転し、その跡地が生まれ変わっています。

福岡城跡に新エリア誕生 
(福岡城・鴻臚館公式サイト)

初代藩主長政公のいわば「仮住まい」があったここは、元々裁判所(高裁、地裁、簡裁)があった場所で、私事ながら、小学校の社会科見学でこの裁判所に行ったことがあります。そして藩主の住まいである本丸御殿が作られた後は、家老屋敷が置かれていた場所でもありました。

この区域、フェンスが巡らされていた時期が長く、何が整備されているのかと思ってはいましたが、かなり大規模な駐車場のようです。しかし先日リンクを貼っていた整備計画関連資料によると「暫定」とは一応なっているようですが…。あとこの虎口構えの画像が、インスタにもありますので、こちらも福岡城アカウントからお借りしています。

ところで先日、元藩校の修猷館がらみで、福岡のラグビーについてちょっと書いたことがあります。実は福岡市はNZのオークランド(Auckland)市と姉妹都市というのも関係していそうです。福岡市植物園に姉妹都市締結を記念して、カウリ(ナギモドキ属)という木があります。実際に見たことがありますが、背の高い木です。マオリの人々の伝説では、この木が世界を作ったとされており、ちょっと北欧神話のユグドラシル(こちらは架空ですが)を思わせます。ちなみに一番大きなカウリは、屋久杉と「姉妹木協定」を結んでいる由。

それから7日の北九州編絡みでしょうか、先日『ブラタモリ』の「博多~博多の誕生は『高低差』にあり」(セレクション 博多)が再放送されていました。この中で福岡と博多の違いが説明されたり、町の下に遺跡があることが紹介されたり(実際今でも埋蔵文化財がかなりあるようです)していますが、最後のタモリさんの「うどんは食べる物ではなく飲み物」は、この地のうどんの柔らかさをずばり言い当てています。ただ2015年の放送ですから、その当時と比べると街の様子がまた少し変わっていますね。

飲み物-ウイスキーストレート
[ 2023/10/07 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

ラグビーあれこれ-ワールドカップ絡みで少し

日本時間で29日の早朝に行われた日本-サモア戦は、日本が28-22で勝ちました。ボーナスポイントを取れなかったのが不満と言う声もあるようですが、まず勝ち点4をゲットしたことを喜びたいと思います。そして今後の修正点が、アルゼンチン戦で功を奏しますように。

試合についてはまた別に書く予定です。ところでNHKの録画中継で、超ラグトークに元稀勢の里の二所ノ関親方が出演していましたね。ご本人は、アメフトがお好きなようです。

さてそのラグビー日本代表、2019年大会からジャージーの地模様に吉祥文様をあしらっています。そして今回はフランス開催ということもあり、さらに新たな文様があしらわれています。それは何か、久々にTHE ANSWERから。

「日本人を嫌いになる事は絶対ない」 ラグビー日本代表ユニに隠された開催国への粋な敬意に海外称賛
(THE ANSWER)

実際記事を読まれるとおわかりでしょうが、今回はジャージーの胸の部分に、フランスのシンボルともいえる
「フルール・ド・リス」
を入れているのですね。直訳するとユリの花ですが、実際はアヤメの仲間とされています。このジャージー、今までのジャージーをリサイクルして作ったものですが、このような仕掛けもあったわけです。

フルールドリス

フルール・ド・リス(Wikimediaより)

ところでこのワールドカップ、観ているとおわかりでしょうが、週末に試合が集中し、一方で試合のない日もあります。これにはラグビー特有の事情が絡んでいます。

ラグビーはコンタクトの激しいスポーツであり、1週間に2回程度しか試合ができません。そのためまだ決勝トーナメントではないにもかかわらず、試合のない日が存在します。このため15人制ラグビーは、オリンピックの種目に加えられておらず(半月で全日程をこなせないので)、ワールドカップが唯一の世界一を決める大会となっています。

ただし7人制はそれほど激しいスポーツでないこと、試合時間が短いことから、オリンピックの種目に加えられています。

またかつてはワールドカップの期間は一月ないしは一月半ほどでした。それと言うのも、1995年大会までは16チーム参加であり、それだけ日程も短くて済んだのです。しかし1999年大会から20チームとなり、また強豪国以外のチームは過密日程を強いられ、不公平感が強まったことから、次の試合までのインターバルを長めに設定することにしました。このため試合数の割に、日程が長めとなっています。

練習のないオフの日には、選手は観光に出かけたりもしています。これについてはまた機会を改めて書くことにしましょう。

ところで今回代表メンバーに入っている下川甲嗣選手は、高校が修猷館です。修猷館は元々福岡藩の藩校ですが、福岡や北部九州自体、ラグビーマッドと言えるところがあります。ラグビーマッドの定義は人それぞれかと思いますが、他のプロスポーツに交じってラグビーが当たり前に存在し、子供たちのラグビークラブが多いのが1つの目安となるでしょうか。これは関西も同じでしょう。

ちなみに日本の今回のキャンプ地で、2試合を行ったトゥールーズも、フランスの中のラグビーマッド地域と言えそうです。NZ、南アそしてウェールズなどは国レベルでラグビーマッドと言えるかも知れません。フィジーやサモア、トンガなどアイランダーズと呼ばれる南太平洋の国々もラグビーマッドと言えそうです。国レベルでの場合は、ラグビーが国技であることが多いです。

ちなみに代表キャプテンの姫野選手、ラグビーを国技にしたいと語っていましたね。


飲み物-ジョッキに入ったビール
[ 2023/09/30 05:00 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第36回に関しての武将ジャパンの記事について-1

『武将ジャパン』大河コラムその1です。今回も既視感のある文章が目につきますね。

レーシックお愛が何かを手にしています。
元亀3年10月(1572年)、レーシックお愛の前夫が戦に行くようです。
説明セリフでわかりやすい死亡フラグを立てているのに、現代人が出張に行く程度の気軽さにしか見えない。
あまりにも緩々としていて、緊迫感が欠如している。

「説明セリフ」しつこいのですけど。
そしてまた「レーシックお愛」。それも「於愛」でなく「お愛」。登場人物の名前をきちんと書いてはいけないと言われているのでしょうか。しかも
「説明セリフでわかりやすい死亡フラグを立てている」
て何ですか? 
夫の義勝は、「子供らのためにもここらで一手柄立ててみせる」と言っており、この当時それは出世を意味していたわけで、緊迫感の欠如どころか、かなり覚悟を決めたものであったとは思いますが。

「お慕いする人が逝ってしまった……私の心もまた死んだ」
いかにも現代的な回想ですね。
『麒麟がくる』であれば、閨怨(けいえん・寝室で夫の不在を嘆く妻という意味・出征兵士の妻が嘆くテーマは定番)の漢詩でも引いてきたでしょう。
このドラマにそんなことを期待する方が悪いんですかね。

これは『麒麟がくる』ではなく、『どうする家康』です。
そんなに麒麟がよかったら、こんなスタッフにも出演者にも失礼なコラムはやめて、麒麟の思い出だけにふけっていてはどうかと言いたくなりますが。
武者さんにそれは期待できないでしょうか。

しかし、漢詩さえあればいいというわけでもないと思いますけどね。

本作名物、くだらない回想シーンの始まりです。
のっけから、わざとらしく自害をしようとするレーシックお愛。
本気で死ぬ気なんて感じられません。
確実な死を狙うなら、重力を活かし、喉や胸に伏せるようにするのでは?
しかし、そんなつもりはないんだな。

於愛は自害しようとするものの、娘がいたから思いとどまっているわけです。
夫の言葉の、「この子らのためにも」を思い出しているのかも知れません。
にもかかわらず
「自宅にいながら死装束に着替えるわけでもなく、しかも幼い我が子が至近距離でいる。
で、案の定、止まる」
この当時、死装束に着替えることなく自害した人もいたはずですが。

本作はマザーセナといい、家族の前で頸動脈を切る自害が流行っているの?
真面目に死ぬことを考えていませんよね。

頸動脈を切るのが、一番確実だからですね。
しかも家族のいる女性だけでなく、たとえば鵜殿長照なども頸動脈を切っていますが。
あと武者さんのいう「マザーセナ」、つまり瀬名ですが、自害しようとした時に家康が来ており、最初から家族の前で頸動脈を切ろうとしたわけではありません。

衣装のセンスもしょーもないし、筆の持ち方もおかしいし、1ミリたりとも見応えナシ。

衣装のセンスもしょうもないの基準がわからないし、筆の持ち方はtaketak39460607さんのnote記事にもありましたが、『らんまん』の筆の持ち方とほぼ同じですね。

「殿はお慕いしているわけじゃないし」とか、わざわざ日記に書く意味がわかりません。
本作は恋愛脳の人物しかでてこないの?
親や人の上に立つ者の責任なんてない。いくつになっても恋バナしか頭にない。だから幼稚きわまりない。

日記とは基本本人しか見ないものです。前回家康がそれを見ようとして、於愛が思い切り尻を叩いた(無論近眼の彼女には、家康とは当初わかっていない)のはそのためでしょう。ならばお慕いはしていないと、自分の気持ちを素直に書いても別にいいのではないでしょうか。
そしてこれを日記に書くのが「恋バナ」云々、それは側室なのだから当然でしょう。
それを恋愛脳呼ばわりする方が、失礼ながら幼稚というか、ドラマをちゃんと観ていないなと思うわけで。

恋愛ばかり考えている心理状態は「ロマンチックラブイデオロギー」と呼ばれ、人類普遍というわけでもありません。
当時、好きでもないのに嫁ぐ人なんて周囲にいくらでもいたでしょうよ。
それを自分だけが世界一不幸だと言わんばかりにぶりっ子アピールするレーシックお愛には、薄気味悪さしか感じられないのです。

「ロマンチックラブイデオロギー」云々。
人類普遍であろうがなかろうが、ドラマで描いていけないというわけではありません。
またこの於愛は「好きでもないのに嫁いだ」のではなく、
「瀬名に望まれて側室となり、殿を尊敬しているけど慕ってはいない」
ということなのですが。しかも不幸アピールなんてシーン、出て来ましたっけ。

稲と真田信幸の縁談話が進んでいます。
そこへレーシックお愛が偶然通りかかる。
力量のない制作陣が物語を作ろうとすると、とにかく偶然頼りのストーリー展開になりますが、今回もその法則をバッチリ踏襲。

正しくは
家康が旅支度をしており、彦に「探し物」について尋ねていた。そこへ於愛が脇差を持って来て家康に渡す。そして家康は、稲の縁談話について於愛に尋ねるが、あまり乗り気でない。無理強いはせぬが、戦にはしとうないと言う家康。
こういう流れになるかと思います。

「なぜ彼女が通りかかると何かが起こるのか、そしてどのようにして視力を回復させたのか、そこがむしろ知りたいです。
稲と信幸の縁談に時間を使う意味もわかりません」

彼女が通ると何かが起こるのではなく、家康が何かを話しているところへ彼女が来るという設定ですね。
あと「どのようにして視力を回復させたのか」
武者さんは今まで何度も、二つ名のようなレーシックお愛なる表現を使っていますよね。ならばレーシックで治したと思っていればいいのではありませんか。
無論実際は彼女の視力は悪いままで、それがちょっとしたしぐさに現れていますが、当該シーンを見落としているのでしょう。

それと
「稲と信幸の縁談に時間を使う意味もわかりません」
今まで何を観て来たのですか?
真田昌幸が徳川家の姫君、それが無理なら重臣の姫を養女という形にして、信幸の嫁にすると言っていますし、無論これは人質でもあるわけです。ただ北条との戦を避けるためにはやむを得ないことではありました。

どうする「いい笑顔じゃの」
突然、家康がわざとらしくレーシックお愛の笑顔を褒めだすあたりが、わざとらしい。
そんな話は今までない。辻褄合わせですね。

於愛が家康のために、作り笑顔でもいいから笑顔でいようと努力し、それがこの時になって報われたと言うべきでしょう。
ところで「辻褄合わせ」も何も、於愛の笑顔についてのいきさつはこの回で初めて出て来ていませんか。
(追記:武者さんが言う「辻褄合わせ」とは、伏線も何もないといった意味かと思われます。ただその回で初めて、登場人物の過去が描かれることもあり、この場合の於愛は正にそれでしょう。何でもかんでも、貶めるために辻褄合わせを連発するのも如何なものでしょうか)

だいたい、笑顔の作り方がわざとらしい。愛する人に対するものというよりも、ファストフード店員の笑顔なんですよね。

ホームセンターがなくなったと思ったら、今度はファーストフードですか(苦笑)。

秀吉が出てきたかと思ったら、家康と茶飲み話感覚で説明セリフのラッシュ。
北条氏直には娘が嫁いでいるとか、真田に納得させるとか、脚本家が勉強して辻褄合わせをしている感が漂っています。
そしてそこへ氏政が歩いてやってきて、今度は北条の立場を説明セリフで語る。
とにかくもう、立ったまま説明セリフの繰り返しでシンドい!
視聴率の低迷はこうした要素も影響しているんでしょうね。

また武者さんが好きな説明セリフですが、こういう場合こそ説明しないと、ことの次第がわからないでしょう。
そしてこれですが
「北条氏直には娘が嫁いでいるとか、真田に納得させるとか、脚本家が勉強して辻褄合わせをしている感が漂っています」
おふうが北条との縁談を受け入れるというのは、第30回で登場していますよ。
そして真田と沼田の件も、1つ前の第35回で出て来ていますよね。

「立ったまま説明セリフの繰り返しでシンドい」
ではどうしてほしいのですか?
秀吉、氏政いずれの場合もあの場合立ったままでもおかしくないでしょう?

そして視聴率の低迷関連。

多くの視聴者は「これ、説明セリフが長すぎない?」なんてツッコミは入れない代わりに、「なんか、このドラマ面白くないな」となって、チャンネルを変えるか、テレビを消すだけ。
だから今回の視聴率では、三度目の二桁割れを記録してしまったのではないでしょうか。

この回は、裏にバレーボールのワールドカップが来ていました。
スポーツが裏に来ると数字を持って行かれるのは、ご存知の通りです。WBCの時しかりです。
(ちなみにラグビーワールドカップは日曜の夜8時キックオフが2試合あり、いずれもNHKが放映権を取って、大河は休みで試合を流しています)
またそれ以外に、裏に特番が来た場合も数字が下がることがありますね。
確かに低いとは思いますし、これを高齢者層があまり観ていないと言われていることも関係はしているでしょう。しかしよく考えたらわかることです。

武者さん、『真田丸』の最終回の数字が伸び悩んだのは、裏にサッカーのクラブワールドカップが来たからだなどと書いていたと思いますが、嫌いな大河だと視聴率も叩き棒にし、しかもその事情すらよく考えない。
本当に大河のレビュアーなのですか。


飲み物-ブロンドのエール
[ 2023/09/27 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第36回「於愛日記」あらすじと感想-2

第36回後半部分です。それから前回、於愛の日記を家康のものとしていたので直しています。あと、先日の分も数か所手を加えています。


忠勝は元忠を、真田の術中に嵌っておると非難する。こいつはわしを慕っておると言ってくれたと反論する元忠だが、それが罠であると主張する忠勝。於愛は千代の言い分を訊こうとするが、非道なことを散々してきた自分の言葉に、信用などないと千代は言う。さらに於愛は、元忠を慕う気持ちはまことのものかとも尋ねるが、千代は、きっと偽りでございましょう、ずっとそうして生きて来たのでと、はばかりなく答える。

さらに千代は元忠に向かい、
「あなたは私にだまされたのさ、もう私のことは忘れなされ」
と言い捨てて立ち去ろうとする。於愛はやがて家康が戻ってくるため、殿のご裁定を待つようにと千代に言う。廊下に控えていた稲は、何か思うものがあった。

そして於愛は居室に戻るが、頭の中を千代の「偽りでございましょう」「ずっとそうして生きて来たので」に、自分の笑顔が偽りであることがダブる。於愛は再び日記をめくり始める。天正7年9月15日。この日、瀬名と信康が自害していた。これを耳にして家康は倒れる。自分よりはるかに傷ついているこの人を、支えなければならないと日記には綴られていた。

そしてその後、富士の裾野で信長を家康がもてなしている時、何のためにお二人はご自害なさったと気色ばむ榊原康政を、殿がどんなお気持ちで上様をもてなしているかわかるのかと窘めたのも於愛だった。この方がいつかあの優しい笑顔を取り戻されるまで、偽りの笑顔でもおおらかでいようと於愛は考えていた。その時、彼女はまた胸に痛みを覚える。

やがて家康が戻って来る。徳川一の忠臣が命に背いたのは言語道断と言われた元忠は、自分は腹を切る覚悟はできているが、こいつだけはと懇願する。なぜ妻にしたいと素直に言わなかったと問われ、千代が忍びであったことを考えると、できなかったと答える元忠。家康は言う。もとより千代を恨んではおらず、忍びの仕事をさせるために探させていたのでもなかった。

ただ千代は、かつて家康や瀬名が夢見た戦無き世を、穴山梅雪らと共に目指しており、家康はその身を案じていたのである。夢見た世は忍びなど要らぬ世であり、忍びの過去を捨てて、元忠の妻となるように家康は言う。しかし今更人並みの暮らしが自分に許されるのか、お情けは無用にと千代は言うが、その千代に情けではない、幸せになることは、生き残った者の務めであると家康。さらに自分の命であるとして、彦を支えよとも言う。

2人はこれを受け入れ、家康に頭を下げるが、これは於愛の助言でもあった。於愛は言う、人の生きる道はつらく苦しい茨の道、そんな中で慕い慕われる者あることがどれほど幸せなことか、それを得たのなら大事にするべきと思うまでと。家康は忠勝に異論ないかと尋ねるが、忠勝は、真田の忍びである疑いが晴れていない、真田は信用ならぬ、徳川重臣が操られていては由々しきこととなおも主張する。

そして寝首を掻かれてからでは遅いと立ち上がるが、その時廊下に控えていた稲が、私が真田に入り込んで、真田を操ればよろしゅうございますと忠勝に言う。彦殿が寝首を掻かれたら、私は真田父子の寝首を掻く、それでおあいこと平然と言ってのける稲に、お前にできるはずがないと忠勝は反対するが、稲は父上に武芸を仕込まれて来たからできますと断言する。

稲は於愛の前に進み出、夫婦をなすもまたおなごの戦と思い知りました、真田家、わが戦場として申し分なしと言い放つ。稲はこの縁談を受けるつもりになっていた。
忠世は忠勝に向かって言う。
「お主があのじゃじゃ馬をどれほど可愛がっておったか、わしも知っとるつもりじゃ」

だがなと言いかけたところで、今度は正信が割って入り、
「いいかげん手放す時でござる。観念しなされ」
稲は父の前で本多忠勝の娘として、その名に恥じぬよう立派に務めを果たすと述べる。すすり泣く忠勝。千代は家康に頭を下げる。

家康は於愛をねぎらい、胸の痛みが治まるであろうと薬湯を渡す。これまでもそなたに救われて来た、そなたがいつも笑顔で大らかでいてくれたから、そうでなければわしの心は折れていたと言う家康に、於愛は、救われたのは自分の方だと言う。不思議そうな家康に、於愛は口角を持ち上げて作り笑いをしてみせ、こうすることをいつの間にか忘れさせてくれたこと打ち明ける。さらに於愛は、瀬名と信康のことを話してほしいと頼む。今まで聞きたくても聞けずにいたが、いつかお二人のことを笑顔で語られる日がくることを、願っていたと言う於愛。

たわいない思い出が聞きたいと口にする於愛に、愉快であったのは信康と五徳の祝言であると話し始める。もう思い出すだけでと家康は、早くも笑いをこらえきれない様子で、鯉がなと口にしつつ、おかしくたまらないようだった。そしてその後まもなく、この於愛は他界し、葬儀では多くの民が祈りを捧げた。

そして稲の真田への輿入れにより、重い腰を上げた北条氏政は、弟の氏規を上洛させる。おふうの説得が実を結び、戦は避けられるかに見えた。しかし秀吉は、北条の領地を真田にも分けてやれと言い出し、さらに氏政も氏直も上洛しないことを不服に思ってもいた。つまりこれまでの説得工作が水の泡になるわけだが、不服なら滅ぼすまでと秀吉はにべもなかった。つまるところ、秀吉は最初から戦をするつもりでいたのである。

最早訛も使わず、周囲には機嫌を取り、そそのかす者しかおらず、直言できるのは寧々と家康くらいだった。秀長は持病があり、余命は長くなかったのである。しかも秀吉に取り入る者には、かなり危うい者もいると秀長は忠告する。その時秀吉が狙っていた的に、銃を撃ち込む者がいた。豪勢な打掛をまとったその女がこちらを振り向いた時、家康はお市かと見まがう。実はそれは秀吉の側室で、お市の娘茶々だった。茶々は家康を撃つ真似をしながら嬉しそうだった。


かなり色々な要素が詰め込まれた回です。正室と側室、於愛の心境の変化などが、於愛自身の日記を採り入れる形で描かれて行きます。またかつて築山に姿を現した千代のその後、おふうの説得工作、稲の輿入れ、そして最後の最後で登場した茶々など、かなり女性を登場させてもいます。この回で退場する於愛も含め、今後の家康に彼女たちが様々な形で影響を及ぼすのは必至でしょう。

そして秀吉。訛を使わなくなったということは、既に下から物を見ることがなくなったということであり、今後の彼の暴走が窺えます。北条への説得も結局は実を結びませんでした。秀吉に譜代の家臣がいないということが、周囲がイエスマンだらけになり、あらぬ方向へ彼が導かれて行ったその一因とも言えそうです。そのような中、三成はどのような立ち位置となるのでしょうか。

そして寧々があまりいい印象を持っていないであろう茶々。単に正室側室と言うよりも、この茶々が秀吉に、政の面で悪影響を与える張本人とみなしているように取れます。周囲の生気を吸い取るといったことを話していましたが、秀長の病をそれに例えたのかも知れません。

あと家康が権中納言から大納言へとなっています。秀吉への臣従から1年後の天正15(1587)年のことで、駿河大納言の称号で呼ばれるようになります。

それから家康がおかしくてたまらないと見える鯉の話。瀬名もこのことをおかしがっていました。あの、家臣が鯉を間違えて食べてしまった話ですね。

そしてやはり北川景子さんが茶々でしたか。大河で一人二役というのはそれなりにあるもので、『徳川家康』でも、家康の初恋の相手とお愛(西郷局)を竹下景子さんが演じていますし、『武田信玄』でも、晴信の初恋の相手おここと、湖衣姫(諏訪御寮人)を南野陽子さんが演じていました。余談ながら北川さんの夫であるDAIGOさんが、前日の『突撃!カネオくんスペシャル』に出演していました。


飲み物-パブのビール2
[ 2023/09/26 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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