fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  JIN-仁-

『燃えよ剣』と『JIN-仁-』

まず、最近バラエティ関係で、鈴木亮平さんがよく出て来るなと思っていたら、『燃えよ剣』だけでなく、『土竜の唄』にも出演していたのですね。個人的に再来年の大河に出て欲しい俳優さんではあります。

ところで『燃えよ剣』は私も観ました。かなり前に原作を読んでいたのですが、いくらか改変されています。かなり泥臭く血生臭い、男の世界といった印象です。暑苦しいと言ってもいいかも知れません。どちらがいいか悪いかはともかく、少なくとも大河『新選組!』とはかなり違うと言っておきます。

映画化する以上、ある程度の改変、あるいは原作を端折るというのはやむを得ないのかも知れませんが、これでちょっと残念だなと思ったのが、柴咲コウさん扮するお雪が、後の方で看護師のような形で登場していたことです。原作では、土方と逢瀬を重ねた後、京で一人絵を描きながら生活することになっていたのですが。

何だか『JIN-仁-』の橘咲を連想してしまいます。咲の場合は診療所を手伝っていたため、それは理解できます。しかし、剣に生きる男の世界を描いた作品といえども、ヒロインの存在感をも同時に出す必要があるため、このような設定にせざるを得ないのでしょう。

ところで『土竜の唄』、この監督はご存知三池崇史氏ですが、あまりにもこういった作品のイメージが強いせいか、『風に立つライオン』を監督したと知った時は驚いたものです。こちらの作品は、日本人医師がアフリカで現地の人々のために尽くす物語ですが、かなり『JIN-仁-』の要素も入っています。そもそも主演が同じ大沢たかおさんですし。


飲み物-コーヒーと砂糖とミルク

スポンサーサイト



[ 2021/11/20 01:00 ] 映画 | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』徒然その11

既にお知らせしていますが、今回から『青天を衝け』関連投稿は、基本的にこの「徒然」のみになります。最終回まで続ける予定ではいますが、場合によっては、途中で終わってしまう可能性もあります。そうならないことを、望んではいるのですけどね。

日本へ戻り、血洗島に帰って来た篤太夫が、久々に家族と顔を合わせます。しかしかなり成長したていが、しかも見かけが変わってしまった父親に、ああやって抱きつくのでしょうか。このおじさん誰?と尻込みしたりはしないのでしょう。それはともかく、正に「国破れて山河あり」で、家族や親戚たちも平九郎の戦死に無念さを覚えていました。これは、逆の立場ではありますが、『西郷どん』で、西郷家の人々が吉二郎の死を悼むところ、さらに吉二郎が倹約して、小銭を貯めていたことを吉之助が知るあのシーンを思い起こさせます。「失ったものの大きさ」と言うべきでしょうか。

そのような中、篤太夫は、尾高惇忠だけでも生き残っていたのが、せめてもの救いでした。そして、夢の中で話を交わした長七郎の墓に手を合わせ、父とも言葉を交わし、100両を返します。先日も書きましたが、この様々なやり取りの中で、篤太夫が自らの原点を見つめ直し、武士の世が終わった今、自分が本当にやりたいのは何であるかを模索することになります。

個人的に血洗島の描写が好きなせいもあり、この回は割と楽しめました。まだ江戸へ出る前、尊王攘夷に走る前の栄一が過ごした血洗島はそこに存在するものの、あの時とは栄一自身も、また時代そのものの大きく変わってしまっていました。そんな中、ヨーロッパの話を皆に聞かせる篤太夫=栄一ですが、実際渋沢家や尾高家の人々にしてみれば、長七郎や平九郎の死で沈んでいた中に、光明が差したような印象を受けたことでしょう。

その後篤太夫は駿河に慶喜を訪ねます。慶喜は過ぎ去ったことをあれこれ言っても詮方ない、弟を無事に帰国させてくれてよかったと篤太夫をねぎらいます。尤もこの慶喜は草彅さんが演じていることもあり、宮廷政治やフランスとの外交で、薩長方を翻弄した策士としての慶喜とはかなり違っているため、その部分はやはり物足りなく感じられます。篤太夫が主人公だから、それでいいと言われればそれまでですが、寧ろ平岡円四郎の方が策士的なところがありました。あと箱館での土方と高松凌雲、敵兵でも手当をするというセリフに『JIN-仁-』を思い出します。

さて家康公。新政府のシステムも整い始め、江戸幕府は過去のものになろうとしていました。新政府が始めた廃藩置県に関しての言及は、流石には野暮であると言います。と言うか、大名たちが新政府に恭順というのは、江戸幕府開府の際も同じことをやっていたわけです。大名がすべて徳川についたせいで、大坂の陣では牢人たちを集めたのですから。

飲み物-ウイスキーロック


[ 2021/09/19 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河と漫画と1クール

先日、久々に『はたらく細胞BLACK』を投稿していますが、私としてはこれと『はたらく細胞フレンド』の方が、本編よりも好きです。本編も悪くはないのですが、細胞の話としてちょっとありえないことも多いので。ただ免疫細胞が紹介されているのは評価したいと思います。

どちらかと言えば、BLACKの方が免疫細胞の活躍は少なく、主に出て来る免疫細胞は白血球で、その他にはがん細胞登場回でリンパ球、特にキラーT細胞とNK細胞が出て来る程度です。無論これは、BLACKの舞台となる身体が抱える病気、特に生活習慣病があまりにも多く、外部からの手術や投薬がないと太刀打ちできないせいもあります。

ところで以前、大河の原作に漫画を使ってはどうか、あるいは大河そのものをアニメ化してはどうかと書いたことがあります。漫画原作というのは、土曜時代ドラマ(『アシガール』など)では行われていますし、またNHKではありませんが、日曜劇場の『JIN-仁-』も漫画がベースとなっていました。

大河でも一度実験的にやってみてはどうかと思います。無論その場合は、漫画ベースとそうでないのを、2クールずつ交互でやるという方法もあります。その場合はやはり、ゆうきまさみさんの『新九郎、奔る!』原作で、北条早雲(伊勢宗瑞)を推したいと思います。あと、これは先日『英雄たちの選択』で放送されましたが、北条時行が主人公の『逃げ上手の若君』を原作にしてもいいでしょう。この場合は大河は難しいかも知れませんが、南北朝時代の中先代の乱を中心とした土曜時代ドラマ、あるいはBS時代劇で行けばいいのです。

それから、『青天を衝け』の前回のリアルタイム視聴率(地上波)は12.7パーセントでした。ビデオリサーチのサイトによると、先週のドラマの1位は朝ドラでも大河でもなく、視聴率19.5パーセントを叩き出した『TOKYO MER~走る緊急救命室~』になっています。無論これは最終回ということもありますが、このシリーズは全体的に視聴率がよく、総合視聴率で見ると25パーセントほどあります。

それで思うのですが、ドラマはやはり1クール、10回前後で描いた方がいいのではないでしょうか、もし好評であれば、続編を作ればいいのです。半世紀ほど前、TVを観る人が今より多かった時代なら1年物も可能だったでしょう。しかし今の時代のゴールデンタイムであれば、3か月1単位で十分かと思われます。また前出の漫画ベースの大河関連で、漫画原作とそうでないのを2クールずつでやってはどうかと書いていますが、その2クールでさえも、長いと思うほどですから。


飲み物-アイスコーヒーとストロー

[ 2021/09/17 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第22回に関して

今回は、パリを中心とした展開ということで、家康公の解説はお休みです。

***********************

篤太夫は船酔いに苦しみながらも、2か月の船旅を終えてパリに到着する。船は異人たちも多かったが、外国奉行支配組頭田辺太一は、一括りに異人と言うものではないと諫めた。またアレクサンダー・シーボルトが、戦中での通詞を買って出てくれた。幸い洋食は篤太夫の口には合うようだった。また中でも篤太夫は、スエズの掘割(運河)に感銘を受けていた。やがてパリに着いた一行は、街を見下ろし唖然とする。

宿舎のグランドホテルでは通訳のカションが出迎えていたが、引き続きシーボルトが担当することになった。しかし彼は、裏でイギリス外務省と通じていた。2週間後には皇帝ナポレオン3世の謁見があるため、外国方は準備に追われており、篤太夫は出納帳の記入に追われることになった。一方で水戸藩士たちが、昭武に直に口を利いたと言ってウェイターともめており、篤太夫がとりなす。またその頃、薩摩もフランスを訪れていると言われていた。パリ万博の会場を訪れた篤太夫たちは、蒸気機関や数々の物品、そしてエレベーターにも驚いていた。

一行はJAPONと書かれた日本の展示場に赴く物の、その近くにLIOU-KIOU、つまり琉球と書かれた展示場を見つける。中には薩摩切子をはじめ、薩摩関連の品物や島津家の甲冑が展示されていた。何やら日本と薩摩が別の国であるが如きだった。しかもその場にモンブランという人物が現れる。篤太夫は、出発前の福地源一郎の、モンブランは要注意という言葉を思い出していた。モンブランは幕府に申し出を何度もしたが断られ、その結果五代友厚が引き受けてくれたと言う。幕府はこれでは困る、日本と一緒にするようにというが、薩摩側は首を縦に振らなかった。

結局琉球王国ではなく薩摩太守とし、すべてを日本の展示場に置くことで合意するが、この表示にgouvernement(政府)という言葉を入れたため、日本は連邦国家であると新聞に書かれてしまう。しかも田辺がシャンパンを飲み過ぎたなどとも書かれていたが、田辺はこの日は酒は飲んでいなかった。どこかで誰かが邪魔だてをしているようで、さらに新聞には、大君(将軍)は日本の正式な皇帝ではないとも書かれていた。しかし執り行われた謁見式で衣冠姿の昭武は、慶喜の国書を読み上げる。

日本ではロッシュが、フランスの支援の交換条件として生糸を最優して売ってくれと頼み、また、ナポレオン3世のようにやれと付け加える。その後慶喜は各国の公使を招いて夕食会を催し、パークスはサトウに、シーボルトのことについて尋ねる。サトウはうまくやっていると言うが、パークスは慶喜のもと、幕府が持ち直すのではないかと懸念していた。島津久光は四侯会議を開き、主導権を奪い返そうとするが、慶喜は国内の一小事より日本国の大事と言い、カメラを持って来ているので撮影しようと言い出す。

そして血洗島では、平九郎の養子の件が切り出される。平九郎は尾高の家を心配するが、尾高家も侍になりたいのを我慢し、家業に励んでいた平九郎の気持ちを汲んでやりたかった。しかもこれで直参になれるのである。お千代は夫から貰った短剣を見せる。この先何があるかわからないから、形見だと思っていると千代は言い、うたにもそのことを聞かせていると言う。しかしうたでは跡取りになれない。お千代のその言葉もあり、平九郎は渋沢家を継ぐことにした。平九郎が渋沢を継ぐことを知ったていは、同じ苗字でまるで夫婦だにいと言う。

同じ頃、パリでは滞在費用がかさみ始めたため、随行員たちはホテルを出てアパルトマン暮らしを始め、篤太夫は昭武の住まい探しもしていた。これで篤太夫は、通史の山内文次郎に家賃を値切るよう談判を頼むが、それはできぬの一点張りであったため、侍は金に頓着がなさすぎるとこぼす。その時六三郎という男が、ここの住人からポトフを貰ったと言って部屋に持ち込む。篤太夫はこの六三郎を連れて再び出かけ、やっと家賃の交渉に成功する。実はこれも水戸藩士が難癖をつけるが、昭武は気に入ったようだった。

やがてその後一行はパリ見物に出かけ、ナポレオンの墓所や廃兵院、舞踏会などに刺激を受ける。しかしそろそろ滞在の金が尽きようとしていた。幕府でも、パリでのよからぬ噂は知れ渡っていた。またパリの滞在先で一行は、例の借款の件が白紙撤回されたことを知らされる。この頃五代はフランスと幕府の引き離しに成功し、幕府のコンパニ―の夢もついえると目論んでいた。大久保は、慶喜は切れる男だから気を付けるように言うが、五代は、頭はあっても金がないとどうにもならない、後は頼むと言って長崎へ戻る。

***********************

やっとこさ一行はパリに着きますが、通詞として頼りにしていたシーボルト(フランツ・シーボルトの子、イネ・シーボルトの異母弟)は、実はイギリスと通じ合っていました。何せこの時代、イギリスもフランスも、日本国内でのごたごたを利用したいという気持ちはあったはずで、これを見る限り、幕府もちょっと見方が甘いように思えます。そしてこの回、フランスロケも当初予定されていたのでしょうが、何せ今のこの時期行けるわけもなく、VFXを駆使して何とかパリを作ったようですね。パリロケと言えば、『獅子の時代』で徳川昭武一行が、1979年年当時のパリに乗り込むという、斬新なロケをやっていたことがあります。

水戸藩士たちは案の定、日本流を押し通そうとし、コーヒー一杯にまで毒見をする有様です-無論、それが彼らの忠義の証であったことは否定しませんが。ただでさえ慣れない異国の生活で戸惑う篤太夫は、そんな彼らを何とか説得しますが、万博会場に行けば行ったで、日本とは別に琉球王国、実質薩摩の展示場が設けられている始末です。しかも表記のまずさから、日本には2つ政府があると思い込ませることになり、日本は連邦国家である、大君は本当の皇帝ではないと、妨害工作とも取れることが何度も起こりますが、昭武は何とかナポレオン3世に拝謁します。

慶喜によるこの国書、当然源慶喜の名が記されているのですが、この回に関するとあるコメントで、この「源」が不思議だといった意味のものがありました。将軍家は源氏ですから、正式な文書はもちろんこの署名となっています。ただ徳川家は元々藤原氏ではあったようですが、詳しいことは家康公のみぞ知るでしょうか。だから今回はお休みだったのかも知れません。

それから篤太夫、船酔いをしつつも洋食にすぐ慣れる適応能力の高さですが、一方で口にもしていないベーコンを、塩漬け肉だと見破ってしまっています。誰かから事前に教えられていたのでしょうか。またフォークやナイフもよく知らないようですが、コーヒーカップはちゃんと取っ手を持っていますね。しかもクリームを入れて、美味しそうに飲んでいます。これを見て思い出すのが、『JIN-仁-』の野風の結婚式の回です。仁先生は現代からタイムスリップしているから、普通にコーヒーもワインも口にしますが、咲は慣れていないせいもあり、コーヒーの苦さに顔をしかめます。篤太夫はともかく、あの当時の日本人の味覚からすれば、不思議な飲み物ではあったでしょう。

そのコーヒー絡みでもう一つ。篤太夫たちはパリ滞在費が底をつき始めたことから、アパルトマンに移りますが、この時のコーヒーを淹れる仕草も、結構手馴れているように見えます。何だか現代ドラマで、ルームシェアをしている仲間同士が、ダイニングでバリスタやドルチェなどを使って、コーヒーを淹れているようです。この時代の人らしい、西洋の文物に接する際のぎこちなさがあまり感じられず、その点が気になると言えば気になります。あと六三郎を連れて行った件ですが、この人物なら人に好かれると踏んでのことでしょうか。

そして四侯会議ですが、この大河の幕末史関連シーンにありがちな尺と説明の短さが気になります。一応「徒然」の方でも書こうと思いますが、この会議、確か何日間も続いていますね。またナレでは薩摩が倒幕に踏み切ったとなっています。しかしこの場合、薩摩が政治による慶喜への牽制に見切りをつけ、「武力による」倒幕に踏み切ったと取るべきでしょう。尚この時以降、山内容堂は島津久光と一線を画するようになります。あと慶喜がカメラを持ち込むシーン、これは『西郷どん』にもありました。

それから五代と大久保利通が密談めいたことをやっていますが、正直言ってこの回の中で、ここのシーンが一番大河らしいなと思いました。四侯会議をもう少し詳しく描いて、その後にこれを持って来れば、いよいよ薩摩が幕府を潰しにかかっているという実感が伴ったはずなのですが。五代の
「頭はあっても金がないとどうにもならない」
言い得て妙です。

飲み物-アイスコーヒーブラック
[ 2021/07/16 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第21回に関して

第21回。いよいよ篤太夫は、パリへ行くことになります。

*************************

慶応2(1867)年、翌年に迫ったパリ万博に、慶喜は弟である徳川昭武を派遣することにした。諸外国も王族を派遣することになっていたが、異国嫌いの孝明天皇には無理だったのである。その昭武の供は水戸藩の藩士たちが務めるが、攘夷で知られた水戸のことゆえ、慶喜としては、篤太夫に雑事や会計などをしながら、彼らを見張ってほしいと考えていた。原市之進からこれを聞かされた篤太夫は、かつて平岡円四郎から一橋家への方向を勧められた時同様、これは僥倖であり、一筋の光がさしたように思われて、つい「おかしろい」と言ってしまう。

そして永井尚志から勘定について説明を受け、見立て養子について訊かれる。その頃成一郎は江戸での仕事を終えて、血洗島で尾高惇忠や平九郎と会い、幕府は大きく変わる、自分は上様を支えると言い、惇忠も慶喜のやり方には同意していた。成一郎が家を発とうとすると、およしがお千代を連れてくる。成一郎は、栄一(篤太夫)とは考えが違い、あいつは今世を夜を拗ねておると言って、お千代を心配させる。その頃慶喜は将軍となり、外国公使に会う手筈を整えていた。そして孝明天皇は神事の後、病床に臥してしまう。

これがもとで、孝明天皇はその半月後に崩御する。皇太子である祐宮が践祚し、朝廷と幕府が一丸となるはずだったが、新帝の背後には反幕勢力がいた。この知らせを聞いた岩倉具視は王政復古を決意する。そして二条城に呼ばれた篤太夫は、慶喜がフランスのナポレオン3世から贈られた軍服を着ているのを見て仰天する。その時篤太夫は昭武に引き合わされ、慶喜は昭武に、向こうでの勉学を含めた滞在についていくつか注意し、さらに篤太夫と話を続けた。

慶喜は次に将軍職を継ぐであろう昭武のためにも、ヨーロッパに滞在させて知見を広めさせたがっていた。2人は共に、家康の遺訓を唱え、篤太夫は自分の人生でこのようなことが起こるとはと驚く。翌日昭武一行は京を発って横浜へ行き、神奈川奉行所で幕府の外国方である栗本鋤雲や小栗忠順らの出迎えを受ける。また外国方の一人である杉浦愛蔵や、医師の高松凌雲とも会うが、その時やって来たフランス公使ロッシュは日本語で挨拶し、昭武と握手をして篤太夫を驚かせる。

外国方の役人たちは、昭武が行くことで日仏間の友好が深まると期待していた。一方で洋書の翻訳担当の福沢諭吉や、通詞の福地源一郎もいた。福地は、フランスではモンブランという人物に気を付けるように忠告する。幕府に接近しようとしていたが、今は薩摩に近づいているらしい。小栗はさらに600万ドルの借款を成立させ、横須賀の製鉄所や軍備を整備し、兵庫を開港するつもりだった。

篤太夫は昭武の留学費について尋ねる。小栗は攘夷倒幕を唱えていた男が、ご公儀のこの先を心配するとはと笑うが、自分が勘定奉行でいる間は必ず送金すると言う。しかし同時に小栗は、1年先はどうなっているかはわからないとネジを篤太夫に見せ、外国の造船所では蒸気機関による機械化がなされており、このネジさえもが機械で作られていると話す。また、今造船所を作ったところでどうなるかはわからぬが、これがいつか日本の役に立つなら、徳川家には名誉なことであると付け加えた。

篤太夫はフランス行きについて、家へ手紙を書いていたが、やはり江戸へ行って成一郎に会おうとする。しかし京へ戻ったと聞かされ、小石川の代官所へ行って、長七郎に会おうと思っていたところ、その成一郎がやって来る。成一郎は、篤太夫がどこかわくわくしているのに気づいていた。その夜彼らは長七郎に会う。長七郎はやつれ果てており、子供の頃岡部の陣屋に、「鬼」こと高島秋帆を見に行ったことを思い出す。

その後2人は屋台のそばを食べながら、見立て養子を平九郎にすることで合意した。成一郎も、惇忠や平九郎を徳川に呼びたいと考えていた。実は篤太夫はもうひとつ心配事があった。お千代から手紙が来ないことだった。もしや他の男にと篤太夫は心配するが、成一郎はそれを一笑に付す。篤太夫は、自分が戻る頃にはこの日本はどうなっているのかと思うが、俺たちでよくして行くのだと言い、船に乗り込む。一方血洗島では、フランス行きの知らせに皆驚いていた。

************************

家康公、今回は最後に登場です。慶喜が将軍となり、篤太夫は日本を飛び出した、篤太夫やその一家が、そして、我が徳川の世がどうなるのか、この先もしっかりと見届けていただきたいと解説。

さて随行員となった篤太夫に取って、未知の人々との出会いが待っていました。幕府高官はもちろん、福沢諭吉や福地源一郎と対面します。新旧一万円札の肖像の対面です。そして杉浦愛蔵、この人物は「僕」という一人称を使っています。今回は桂小五郎が出てこないので、この一人称を使う人物の登場はこれが初めてでしょう。また篤太夫は握手に驚くというか、正確には憤ります。彼の頭に「シェイクハンド」の概念はありませんでしたからね。

そして小栗忠順。本音では、最早幕府が持たないことはわかっていたかと思われます。しかし幕府が後世に何かを残せるならと、造船所建設まで考えていました。しかしこの時代、既に薩摩では斉彬の時代におひな形的な黒船が出来上がっており、宇和島藩も船を作っていたため、この場合は船を幕府の力で量産すると言うべきでしょうか。しかしドルとかポンドとか、流石に外国方と言うべきなのでしょうか、言いよどみもせずすらすらと出て来ていますね。

孝明天皇を見舞う皇太子祐宮(明治天皇)。種痘をしているから平気とは、コロナワクチンに引っ掛けた感もあります。しかしここで種痘の説明が出て来るのは、ちょっと疑問ではあります。ちなみに京大坂は種痘の普及が早かったとは言われています。江戸では、浜口梧陵が種痘のために醸造所を提供したのは有名な話です。『JINー仁ー』では、ペニシリンを作るために使われていました。

ところでこの回はリアルタイム視聴率が16.5パーセント(関東)だったとのことですが、『ポツンと一軒家』がなかったせいもあるかと思われます。

飲み物-デキャンタのウイスキー
[ 2021/07/10 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『はたらく細胞フレンド』番外編その2

このシリーズの第2巻、キラーT細胞の班長は相変わらず仕事に忙殺される一方で、他の細胞を探しに行かされたり、白血球との待遇の違いに憤ったり、赤血球とのコミュニケーションがうまく行かなかったりで、色々(本当はやらなくてもいい)苦労をしたり、ストレスを感じたりはめになります。尤もこれは、彼自身が過去を封印しようとしたり、相手の誤解を指摘しなかったがための、その当然の結末とも言えそうです。

そんな中で「夏祭り」などは、比較的班長自身の苦労が報われた?回とも言えますし、「0kcal」も顔面でボールを受けたとは言え、本人が好きなことができた回と言えそうです。しかし暇な時におかずの作り置きをしたり、『きのう何食べた?』のシロさんみたいなことやっていますね。この中の男性キャラでは一番まめな人物のようです。

それから「海」で、腎臓の近くの水がきれいと赤血球が言いますが、腎臓という臓器の働きを考えると理解できます。あと「モチベ」と「お片づけ」で、班長が自己攻撃をしようとして、しかも前者は制御性T細胞に止められたものの、後者は止められなかった(当の制御性T細胞が、掃除中に読む漫画は面白いと言って読みふけっていた)ことを考えると、あれはやはり、炎症が起きてステロイドが届けられ、ヘルパーT司令のオフィスがぶっ飛ぶのを期待していたのでしょうか。

それにしてもヘルパーT細胞、この制御性T細胞のことを「お母さん」などと間違って呼び、マイクをオフにしていなかったため、その声が外に流れてしまうのですが、この2人はどういう関係なのかとちょっと疑ってしまいます。

それと第2回その2にも書いた緑膿菌、モブ的にあちこち出て来ますが、ちょっとピクサーアニメの某キャラをも思わせる風貌です。ピクサーと言えば、『インサイド・ヘッド』という作品、これは人間の頭の中の感情が出て来ますが、こちらも「これはあなたの物語」というキャッチコピーがついていました。人間の体内が舞台だと、やはりこうなるのでしょう。

閑話休題。その緑膿菌は抵抗力が弱ると、感染症を引き起こします。そもそもこの菌自体毒性は少なく、所謂日和見菌の一種ですが、もしこの菌が原因で感染症を起こした場合は、抗生物質の投与が行われます。この場合効果的なのは、かの『JINー仁ー』に出て来たホスミシンです。あの中では、タイムスリップした地点に落ちていた注射液でしたが、他に錠剤やドライシロップもあります。

ところで『はたらく細胞』のスピンオフシリーズで、『はたらく細胞BLACK』がありますが、これと本編を一緒に、比較しつつ読むのも面白いです。寧ろこれは、本編と同格に位置づけられるかと思います。やはりBLACKは大人版ということで、それゆえにかなりリアリティもあります。

主人公の赤血球からして仲間を胃で失っていますし、全体を覆う屈折したイメージは、本編では味わえないものです。この辺はやはり少年漫画のシリウスと、青年漫画のモーニングの違いでもあります。ところで前出『きのう何食べた?』もモーニング連載作品ですね。

他にも『はたらく細胞BABY』、『はたらく細胞LADY』、『はたらかない細胞』、『はたらく細菌』と様々なスピンオフがありますが、私としては『はたらく細胞WHITE』がちょっと面白いかなと思います。若い白血球(好中球)である桿状核球が、先輩たちのチームに配属されて、様々な経験を積んだり、ナイーブT細胞と出会ったりするわけですが、雰囲気がどことなく、あの『三銃士』を思わせます。

より正確に言えば、『新・三銃士』で、この桿状君がダルタニアンのような存在と言うべきでしょうか。見習生が先輩の中に飛び込んで行く、一種の成長物語ですね。そう言えばこの人形劇は「連続人形活劇」という触れ込みでしたが、『はたらく細胞』舞台版は「体内活劇」を謳っていましたね。

それにしてもこのキラーT細胞の班長、マッチョな雰囲気の見かけとは裏腹に、結構優しくて臆病で繊細な印象を与える人物です。その理由として、
  • 出動命令を受けて、部下を率いるリーダーとして駆け付けなければならない
  • 本来は一般細胞であるウイルス感染細胞の撃退を主に請け負う
  • 若い頃は、寧ろ弱々しくて鬼教官にしごかれていて、ヘルパーT細胞と対立していた
こういう点が、彼の人間像を形作っていると言えそうですが、これについてはまた追々書いて行きます。しかし、このキャラ本当に好きですね。あと樹状細胞の二面性も面白い。


飲み物-ティーカップと紅茶

[ 2021/05/12 01:30 ] 漫画・アニメ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第9回に関して

第9回、いよいよ桜田門外の変です。今回の家康公は、この時期の一大思想となった尊王攘夷について。時の帝孝明天皇は外国嫌いで、水戸では将軍よりも斉昭への人望が篤く、ここで井伊は慌てます。

******************

平岡家を訪れていた橋本左内は、家を出るなり捕縛され、岩瀬、永井は蟄居となる。さらに慶喜も隠居及び蟄居、斉昭は国許での永蟄居となったことで、水戸藩士は憤るが、武田耕雲斎に自重するように窘められる。慶喜は部屋から一歩も出ず、正室美香君は訪ねて来た平岡円四郎に、我が殿にはそのような剛情なところがあると言い、さらにこれでは命を奪われたも同然と怒りをぶつける。

円四郎は、甲府勤番になったことを慶喜に知らせに来たのである。無論円四郎は慶喜に直に会うことはできず、扉の割れ目から物を言わざるを得なかった。円四郎は左内をはじめ、多くの者が処刑されたこと、自分は藤田東湖のような諍臣にはなれなかったが、またいつの日か慶喜に仕えるために、生き延びることを誓う。慶喜は部屋の中に座したまま、そのためには酒を控えよ、長寿の秘訣は乾いていることだと答える。その後円四郎とやすは江戸を去って行く。

血洗島では、栄一と千代が睦まじく野良仕事をしていた。そこへすっかり雰囲気が変わり、顔も広くなった長七郎が戻って来るが、すぐに江戸に帰ると言いつつ、江戸の様子を話して聞かせる。江戸はコロリ(コレラ)のせいで攘夷思想が激化しており、その話とは、江戸では大老井伊が悪いことばかりしており、天子様のお言葉も聞かず、自分の気に入らないやつを次々と血祭りにあげていること、今のままじゃ日の本が危ないこと等々であった。

喜作も江戸へ行きたがっていた。しかし父市郎右衛門は、そんなことは百姓に何の関係もねえと栄一を叱り、長七郎のことも、お武家様にでもなったつもりかと批判する。栄一はかつても、身分制度のある幕藩体制に不満げで「承服できない」と漏らしていた。千代は、その言葉は前にも聞いたことがあると言う。しかし農民に対して偉そうにする代官も、要は岡部の殿様の代弁者でしかなく、栄一は身分制度や幕府がおかしいと千代に話し、話し終わると妙にすっきりするのだった。

同じ頃その幕府の将軍家茂と、皇女和宮との婚儀が進められていた、朝廷としてはこれを切り札に、外国嫌いの孝明天皇の意向を重視し、攘夷を実行するように圧力をかけるつもりだった。一方で尊王攘夷を唱える者たちの行為は、外国人への襲撃に代表されるように過激になって行った。さらに、井伊直弼が孝明天皇を彦根城に押し込め、祐宮(さちのみや、後の明治天皇)を即位させるなどという噂も流れていた。また日本の金が海外に流出していることにも不満を漏らしており、水戸藩士の脱藩が相次いでいた。

家茂は自ら直弼の執務室へ赴いて、一旦大老を辞するように言うが、井伊家は常に将軍家の先鋒を務めていると直弼は耳を貸さず、また自分の狂言『鬼ヶ宿』を上演するつもりであると答える。その年の3月3日、水戸には雪が降り、斉昭はまだ幼い子供たちを相手に遊んでやる。同じ日、江戸城に登城する直弼の行列を、水戸浪士たちが待ち構えていた。守りが手薄で防戦が遅れた供の者たちに次々と斬りかかり、やがて駕籠の中の直弼目がけてピストルが火を吹いた。直弼はしばらくして絶命し、この知らせは慶喜の許に届けられた。

この事件を目の当たりにした長七郎が、血洗島にこの一報をもたらし、栄一や喜作をはじめ、男たちは目の色を変えて政治談議をしていた。しかしていと千代は唖然としていた。そして喜作が江戸に行き、長七郎がいる思誠塾に入ることが決まる。栄一は自分も行きたくてたまらず、市郎右衛門に、春の一時だけでいいから江戸に行かせてくれと頼み込む。

水戸では、斉昭が家臣と共に宴を開いていた。その席で少し酔った斉昭は厠へ発ち、少し水気を控えようと独り言を言う。しかし次の瞬間、斉昭は発作を起こして倒れ、そのまま亡くなった。この知らせは慶喜にもたらされたが、謹慎中であり、父の死に顔を見ることさえもかなわなかった。慶喜は自分は親不孝者であると言い、徳信院と共に涙を流す。

******************

桜田門外の変が起こります。元々は井伊直弼が、家茂擁立に反対する大名を謹慎させたのが始まりでしたが、やがてその末端的存在とも言うべき、橋本左内や吉田松陰までもが処刑されるに至ります。これに憤りを感じた水戸藩士は脱藩し、井伊を襲う計画に出る一方で、長七郎のような尊王攘夷を掲げる者たちは、次々と過激な行動に走るようになります。栄一はそれを聞き、自分も江戸に行ってみたいと思うようになります。栄一自身、百姓であるため軽く見られる身分制度、さらにはそれのおおもととなっている幕府に疑問を抱いていました。

ところで例によって血洗島パートはいいのですが、江戸パートにちょっとおかしな点が見られます。ざっと挙げてみると

  • 橋本左内の捕縛、さらに井伊が目をつけた者の処刑などがあっさりし過ぎ
  • 慶喜が部屋から出て来ず、髭も伸び放題な割に衣紋が崩れていない
  • 慶喜のセリフにやや難あり
  • 和宮の婚儀についてもあっさりし過ぎ
  • 言っては何だが、やはり美香君が側室か侍女に見えてしまう
  • 家茂が直々に直弼のところへ来るのはどうも不自然
  • 狂言『鬼ヶ宿』に乗せる形で桜田門外の変が描かれている。昨年の『麒麟がくる』も能に何らかの意味を込めたと思われるシーンがあったが、こういう描き方は恐らく賛否両論あると思われる


この中で慶喜のセリフと美香君に関しては、キャスティングの問題もあると思います。私としては川栄さんでなく、30代位の女優さんでもよかったかと思うのですが…。草彅さん、元々ちょっとセリフが硬いなと思ったのですが、ああいう状況下で物を言うにしては、体力が衰えていたとも考えられますが、やや声が細いように感じられました。これでどうしても思い出すのが、『西郷どん』のヒー様こと慶喜を演じた松田翔太さんなのですが、寧ろこちらの方が、多少どすが利いた口調で、それはそれで様になったように思えます。


安政の大獄による捕縛があっさりしている件ですが、以前この大河は、朝ドラ風に決まっていると書いたことがあります。朝ドラ風というと、女性主人公の大河の評価に使われることがありますが、この場合は多少事情が異なります。朝ドラは、大河に比べて1つのエピの尺が短い番組の中で物語を展開させることもあり、本来もうちょっと尺を割いていい部分なのに、どこかコンパクトになってしまているという意味です。


また言わでものことですが、水戸藩士の脱藩は藩に迷惑を掛けないためで、栄一が身分制度云々と不満を漏らす幕藩体制の、これもまた一つの側面ではあります。それからコロリの件、これは最初の流行で、まだ仁先生がタイムスリップする前の話ですね。個人的には、こういうのをもう少し詳しく描いてほしいです-無論、それとわかるような描写が、随所に出てくればそれでいいのですが。そして金の流出、これは日本の金が諸外国に比べて安かったためと言われています。この頃は金本位制ですから。そして庶民は、それによる物価高に苦しんだようです。あと徳川斉昭の薨去。これは実際に満月の夜だったそうです。


それと渋沢家の布団、確かに農民ではありますが、『西郷どん』の西郷家よりいい布団ですね。橋本愛さんはこちらの方にも、吉之助の最初の妻の須賀の役で出演しましたが、あの時は嫁入り道具として絹の布団を持って来ていたにもかかわらず、早速質入れしていましたし。しかし農民から見た身分制度と、下級武士から見た身分制度の違いがわかるのは興味深いです。実際、補完的に『西郷どん』も観ています-というか、そろそろまとめの分再開しないといけません。もう1年以上ブランクができていますので。


飲み物-ホーセズネック


[ 2021/04/17 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第5回に関して

今回の家康公は、士農工商に関してです。とはいっても元々は、全人口に対して7パーセント程度の武士を、他の身分が支えていたと言うべきなのですが、やがて幕末ともなると、武士以外の人々がこの身分制度に疑問を持つようになります。この身分の厳格化は、下剋上が当たり前のように行われていた、戦国時代を反面教師にしたとも考えられます。

この回は血洗島パートがメインでした。栄一は百姓が身を削って集めた金を、代官がさっさと取り上げるのに疑問を抱き、尾高惇忠が貸してくれた『清英近世談』を読んで、今の日本が置かれた状況に危機意識を抱きます。この本をたまたま目にした尾高千代は、兄たちがこの本を読む時はただならぬ表情になると心配しますが、栄一は村を守ろうとしているのだととりなします。その頃渋沢家では、栄一の姉なかの縁談が持ち上がっていましたが、相手の家が憑き物筋であるため反対し、最終的には拝み屋を呼ぼうとまで言い出します。

一方幕府では夷狄排斥を唱える徳川斉昭と、列強と伍して行こうという阿部正弘が対立します。そして慶喜は列強について知りたいと思い、藤田東湖にそのことを伝えようとしますが、父斉昭が反発するのではと気になっていました。しかし東湖は、斉昭も阿部の言うことは理解しているはずだと説き、円四郎は東湖の子小四郎に、靜臣とは東湖のような人物のことなのだろうなと言います。その当時は黒船に加えて疫病も流行り、また血洗島では、なかは破談となってしまい、元気をなくしたため憑き物が憑いたと思われ、修験者が呼ばれます。

しかしこの修験者の言うことにはどこか怪しい点があり、栄一はそれを指摘したため、修験者たちは出て行ってしまいます。破談になって元気のなかったなかは、父市郎右衛門と共に集金に出て行き、帰ったところで栄一がニセ修験者を追い出すのを目にします。その後のなかは、遠出したのがよかったと言って、元通りに元気にふるまうようになります。しかしその頃安政の大地震が起き、斉昭が片腕としていた東湖は、この地震によって落命してしまいます。

この血洗島のパートは、主な人物がまだ若くはつらつとしていることもあり、これはこれで1つのドラマとして成立していると思います。寧ろ、これをメインに土曜時代ドラマまたはBS時代劇を作るといいのではないかと思うほどです。当時の民間信仰であるとか、桑の葉摘みの様子などもよく書かれています。アヘン戦争の話がいきなり書物から入るのはちょっと疑問でしたが、背景に関してもその後説明されていました。このアヘン戦争から入る列強の脅威は、幕末大河のテンプレとも言えなくもないのですが、幕末を語るうえで避けては通れないでしょう。

それから江戸幕府関連、日本にロシア船がやって来て被災するところで、ロシア人を皆殺しにしろと言う斉昭ですが、それはよくないと阿部正弘は反論します。これを慶喜が懸念しますが、東湖に斉昭の本心を聞かされて納得します。ただ、黒船来航と疫病の関連性ですが、これに関する描写がもう少しほしいところです。あれだと、単にアマビエを出すための展開にしか見えませんので。実際眼病が流行ったとも言われ、またもう少し後になりますが、コレラのエピデミック現象が起きるようになり、この時は疫病よけの牛頭天王を祀ったと言われています。『JINー仁ー』に登場するのも、この少し後、文久年間のコレラ大流行の頃ですね。

飲み物-華やかなティーカップと紅茶
[ 2021/03/19 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

ドラマについて思いつくままに

大河に限らず、ドラマというのは元々はフィクションです。

いくらTV(あるいはPC、タブレット、スマホ)で観ているシーンが素晴らしい、感動的であると思っていても、実際の現場には多くのスタッフが周りを取り囲んでいて、あれこれ指示を出しながら、何度もテストを繰り返して撮影しているものです。これはメイキング画像や映像などを見ると一目瞭然です。
しかしフィクションとは思いつつも、あまりにありえない創作が出て来ると、やはりこれは如何なものかと思ってしまうものです。これに関しては、以前「フィクションの中の非現実」というタイトルで何度か投稿しています。

私も昨年の秋に、CSで放送された昔のホームドラマ(2クール)などを観ましたが、この手のドラマは「ホーム」だけあって、特定の家庭を中心としたコミュニティの中の人間模様、人々の幸せあるいは悩みなどが描かれているものです。無論トレンディドラマ、その後の時代なども似たようなものです。
もちろん、そのようなジャンルだから仕方ないとも言えますが、あまりにも主人公やその他の登場人物に取って都合のいい展開、お膳立てされ過ぎたような状況は、やはりどこか嘘くささを感じてしまうものです。フィクション=嘘であることは仕方ないにしても、どこまで「嘘くさくなく」描くか、逆にその嘘くささを逆手に取って、『半沢直樹』の半沢と大和田のような関係に持って行くかのどちらかになるのでしょう。尚、個人的に後者の嘘くささは結構好きです。

しかし前出のホームドラマですが、家庭を描いたドラマというのは、昭和でやはり終わったのだろうなと思います。逆の見方をすれば、そのせいで、家庭、特に家族の描写にはどこか昭和のイメージがつきまとうようになります。別に平成の家庭を描いた作品があってもいいのですが、平成になるとドラマの中心が職場をはじめ、家庭を離れた場所に移る傾向が見られるようになったせいでしょうか。
このため家庭や家族の描写が、今なお昭和のドラマにいわば縛られた感もあります-尚ホームドラマというよりも、家族そのものを描いた、たとえば向田邦子さんのスペシャルドラマ的なものは割と好きです。そして言っては何ですが、これが既得権益のようになり、未だに昭和のよさのみが語られるようなふしがあるのには違和感がつきまといます。

このドラマ、楽しんで観ていた方がおられたら申し訳ないのですが、以前『ひよっこ』の本放送(見たい俳優さんが出ていたので)を観たことがあります。高度成長期の東京が舞台でしたが、その当時のレトロでよき昭和のイメージが強すぎた印象があり、そのせいでやはり馴染めませんでした。尚私は、この朝ドラはこの回を含め数回(ウエイトレス編)観た程度です。
同じ昭和でも、『マッサン』や『まんぷく』は、ウイスキーの醸造やラーメンの商品開発などがメインのせいか、そこまでの印象は受けませんでしたし、それより前の『ゲゲゲの女房』や『芋たこなんきん』なども結構面白く観られたので、時代背景がどうこうというより、何を描いているかが、私としては善し悪しの決め手になるようです。特に『芋たこなんきん』の如何にもの大阪らしさは、結構好きでした。

現時点では昭和生まれ、しかも昭和30年代から50年代を知っている人が多いせいか、こういう昭和的描写をありがたがる人も相当数いるようです。しかし、ならばそういう人が『JIN-仁-』や『半沢直樹』をどのように観るのかともまた思うわけで、もしも、比較的高齢でありながらこの手のドラマに関心を示すのならば、時代背景のみに囚われず、ドラマの面白さそのものを観ることができる人なのでしょう。

その一方で、隠れたるヒットメーカーとして健闘しているテレ東には、もっと踏ん張ってほしいところでもあります。何よりも『孤独のグルメ』の、あのドラマとドキュメンタリーのコラボと言った構成は、本来は今後のドラマのお手本になるかとも思うのですが。
『きのう何食べた?』もしかりでしょう。そう言えばこのシリーズの脚本の安達奈緒子さんは、『おかえりモネ』の脚本も書いていますね。西島さんと内野さんが出る以上、これは当然と言うべきでしょうか。

あと以前の大河観連の投稿分から、『いだてん』終了時のNHK木田総局長の、『麒麟がくる』に関するコメントをもう一度ご紹介しておきます。

「『いだてん』とはまったく内容の異なる、正攻法の戦国時代の大河ドラマ。多くの人に楽しんでもらえれば」

実際私もこの時、正攻法で行った方が視聴者が逃げないのにといったことを書いていますが、果たしてこの大河は「正攻法の戦国大河」だったのでしょうか…。演出などは、一部『いだてん』と似通っていたようにも見えたのですが。


飲み物-クリームとココア
[ 2021/02/12 00:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

フィクションの中の非現実 番外編(漫画に期待される超展開と実写化について)

まず先日の投稿のうち、「『国盗り物語』に見る明智光秀」の投稿で、恥ずかしながら「京」を「今日」と変換していたので直しています。また飛鳥幸子さんのバレエ漫画関連ツイに関しても、多少わかりづらい所があったので修正しています。

ところでそのバレエ漫画の超展開ですが、そもそも漫画やアニメとは、何らかの形で超展開が見られるものですし、寧ろ読者はそれを期待されていると言ってもいいでしょう。そのため「非現実」と呼ぶのは適切でないかも知れず、従って番外としています。実写版だと違和感を覚える描写でも、漫画やアニメだとごく自然に受け入れられるということもあります。最近は漫画を原作とした実写版も多く、それに関しては特に異は唱えません。

ただ如何せん、漫画の超展開は実写版に落とし込みづらいことも多く、それがしばしば評価の分かれ道となることがあります。私もそこまで漫画ベースの実写版を観ているわけではありませんが、この場合漫画は漫画、実写版は実写版と割り切って観ることも可能でしょう。無論、しばしば引き合いに出していますが、『きのう何食べた?』のように現実世界に沿った形の漫画もあり、こういうのは比較的実写化しやすいとも言えます。あと『JIN-仁-』も結構好きでしたが、『陽だまりの樹』は少々端折った感はありました。

漫画が今のような形で、いわば市民権を得る前は、小説よりは一段低い物としてみなされていました。漫画は最初から絵がセットになっており、自分で行間を読んで情景を思い浮かべるような構造になっておらず、それゆえに子供向きとされる傾向は強かったと思います。しかし漫画は漫画で、小説にない魅力があるもの事実ですし、いずれかに偏らず、両方を一緒に読むのが私としてはお勧めです。

無論小説と漫画の相違だけではなく、漫画とアニメにもまた違いがあります。漫画はコマ割りの中からストーリーを想定しつつ読んでいくことになるわけで、登場人物が実際に動き回って、ストーリー展開を見せてくれるアニメとはまた異なっています。しかし『鬼滅の刃』を観てから、原作を買うために書店にお客が押し寄せた由、昔実写版映画を観て、原作を買い求める人がいたのと非常に似通っていると言えますし、最早この両者は同じ次元と捉えるべきかも知れません。

個人的には、大河ドラマの原作を一度実験的に-あくまでも実験的にですが-漫画にしてはどうかとも考えていますが、これはやはり難しいでしょうか。

飲み物-シナモン珈琲
[ 2020/12/11 23:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud