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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  JIN-仁-

『青天を衝け』第22回に関して

今回は、パリを中心とした展開ということで、家康公の解説はお休みです。

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篤太夫は船酔いに苦しみながらも、2か月の船旅を終えてパリに到着する。船は異人たちも多かったが、外国奉行支配組頭田辺太一は、一括りに異人と言うものではないと諫めた。またアレクサンダー・シーボルトが、戦中での通詞を買って出てくれた。幸い洋食は篤太夫の口には合うようだった。また中でも篤太夫は、スエズの掘割(運河)に感銘を受けていた。やがてパリに着いた一行は、街を見下ろし唖然とする。

宿舎のグランドホテルでは通訳のカションが出迎えていたが、引き続きシーボルトが担当することになった。しかし彼は、裏でイギリス外務省と通じていた。2週間後には皇帝ナポレオン3世の謁見があるため、外国方は準備に追われており、篤太夫は出納帳の記入に追われることになった。一方で水戸藩士たちが、昭武に直に口を利いたと言ってウェイターともめており、篤太夫がとりなす。またその頃、薩摩もフランスを訪れていると言われていた。パリ万博の会場を訪れた篤太夫たちは、蒸気機関や数々の物品、そしてエレベーターにも驚いていた。

一行はJAPONと書かれた日本の展示場に赴く物の、その近くにLIOU-KIOU、つまり琉球と書かれた展示場を見つける。中には薩摩切子をはじめ、薩摩関連の品物や島津家の甲冑が展示されていた。何やら日本と薩摩が別の国であるが如きだった。しかもその場にモンブランという人物が現れる。篤太夫は、出発前の福地源一郎の、モンブランは要注意という言葉を思い出していた。モンブランは幕府に申し出を何度もしたが断られ、その結果五代友厚が引き受けてくれたと言う。幕府はこれでは困る、日本と一緒にするようにというが、薩摩側は首を縦に振らなかった。

結局琉球王国ではなく薩摩太守とし、すべてを日本の展示場に置くことで合意するが、この表示にgouvernement(政府)という言葉を入れたため、日本は連邦国家であると新聞に書かれてしまう。しかも田辺がシャンパンを飲み過ぎたなどとも書かれていたが、田辺はこの日は酒は飲んでいなかった。どこかで誰かが邪魔だてをしているようで、さらに新聞には、大君(将軍)は日本の正式な皇帝ではないとも書かれていた。しかし執り行われた謁見式で衣冠姿の昭武は、慶喜の国書を読み上げる。

日本ではロッシュが、フランスの支援の交換条件として生糸を最優して売ってくれと頼み、また、ナポレオン3世のようにやれと付け加える。その後慶喜は各国の公使を招いて夕食会を催し、パークスはサトウに、シーボルトのことについて尋ねる。サトウはうまくやっていると言うが、パークスは慶喜のもと、幕府が持ち直すのではないかと懸念していた。島津久光は四侯会議を開き、主導権を奪い返そうとするが、慶喜は国内の一小事より日本国の大事と言い、カメラを持って来ているので撮影しようと言い出す。

そして血洗島では、平九郎の養子の件が切り出される。平九郎は尾高の家を心配するが、尾高家も侍になりたいのを我慢し、家業に励んでいた平九郎の気持ちを汲んでやりたかった。しかもこれで直参になれるのである。お千代は夫から貰った短剣を見せる。この先何があるかわからないから、形見だと思っていると千代は言い、うたにもそのことを聞かせていると言う。しかしうたでは跡取りになれない。お千代のその言葉もあり、平九郎は渋沢家を継ぐことにした。平九郎が渋沢を継ぐことを知ったていは、同じ苗字でまるで夫婦だにいと言う。

同じ頃、パリでは滞在費用がかさみ始めたため、随行員たちはホテルを出てアパルトマン暮らしを始め、篤太夫は昭武の住まい探しもしていた。これで篤太夫は、通史の山内文次郎に家賃を値切るよう談判を頼むが、それはできぬの一点張りであったため、侍は金に頓着がなさすぎるとこぼす。その時六三郎という男が、ここの住人からポトフを貰ったと言って部屋に持ち込む。篤太夫はこの六三郎を連れて再び出かけ、やっと家賃の交渉に成功する。実はこれも水戸藩士が難癖をつけるが、昭武は気に入ったようだった。

やがてその後一行はパリ見物に出かけ、ナポレオンの墓所や廃兵院、舞踏会などに刺激を受ける。しかしそろそろ滞在の金が尽きようとしていた。幕府でも、パリでのよからぬ噂は知れ渡っていた。またパリの滞在先で一行は、例の借款の件が白紙撤回されたことを知らされる。この頃五代はフランスと幕府の引き離しに成功し、幕府のコンパニ―の夢もついえると目論んでいた。大久保は、慶喜は切れる男だから気を付けるように言うが、五代は、頭はあっても金がないとどうにもならない、後は頼むと言って長崎へ戻る。

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やっとこさ一行はパリに着きますが、通詞として頼りにしていたシーボルト(フランツ・シーボルトの子、イネ・シーボルトの異母弟)は、実はイギリスと通じ合っていました。何せこの時代、イギリスもフランスも、日本国内でのごたごたを利用したいという気持ちはあったはずで、これを見る限り、幕府もちょっと見方が甘いように思えます。そしてこの回、フランスロケも当初予定されていたのでしょうが、何せ今のこの時期行けるわけもなく、VFXを駆使して何とかパリを作ったようですね。パリロケと言えば、『獅子の時代』で徳川昭武一行が、1979年年当時のパリに乗り込むという、斬新なロケをやっていたことがあります。

水戸藩士たちは案の定、日本流を押し通そうとし、コーヒー一杯にまで毒見をする有様です-無論、それが彼らの忠義の証であったことは否定しませんが。ただでさえ慣れない異国の生活で戸惑う篤太夫は、そんな彼らを何とか説得しますが、万博会場に行けば行ったで、日本とは別に琉球王国、実質薩摩の展示場が設けられている始末です。しかも表記のまずさから、日本には2つ政府があると思い込ませることになり、日本は連邦国家である、大君は本当の皇帝ではないと、妨害工作とも取れることが何度も起こりますが、昭武は何とかナポレオン3世に拝謁します。

慶喜によるこの国書、当然源慶喜の名が記されているのですが、この回に関するとあるコメントで、この「源」が不思議だといった意味のものがありました。将軍家は源氏ですから、正式な文書はもちろんこの署名となっています。ただ徳川家は元々藤原氏ではあったようですが、詳しいことは家康公のみぞ知るでしょうか。だから今回はお休みだったのかも知れません。

それから篤太夫、船酔いをしつつも洋食にすぐ慣れる適応能力の高さですが、一方で口にもしていないベーコンを、塩漬け肉だと見破ってしまっています。誰かから事前に教えられていたのでしょうか。またフォークやナイフもよく知らないようですが、コーヒーカップはちゃんと取っ手を持っていますね。しかもクリームを入れて、美味しそうに飲んでいます。これを見て思い出すのが、『JIN-仁-』の野風の結婚式の回です。仁先生は現代からタイムスリップしているから、普通にコーヒーもワインも口にしますが、咲は慣れていないせいもあり、コーヒーの苦さに顔をしかめます。篤太夫はともかく、あの当時の日本人の味覚からすれば、不思議な飲み物ではあったでしょう。

そのコーヒー絡みでもう一つ。篤太夫たちはパリ滞在費が底をつき始めたことから、アパルトマンに移りますが、この時のコーヒーを淹れる仕草も、結構手馴れているように見えます。何だか現代ドラマで、ルームシェアをしている仲間同士が、ダイニングでバリスタやドルチェなどを使って、コーヒーを淹れているようです。この時代の人らしい、西洋の文物に接する際のぎこちなさがあまり感じられず、その点が気になると言えば気になります。あと六三郎を連れて行った件ですが、この人物なら人に好かれると踏んでのことでしょうか。

そして四侯会議ですが、この大河の幕末史関連シーンにありがちな尺と説明の短さが気になります。一応「徒然」の方でも書こうと思いますが、この会議、確か何日間も続いていますね。またナレでは薩摩が倒幕に踏み切ったとなっています。しかしこの場合、薩摩が政治による慶喜への牽制に見切りをつけ、「武力による」倒幕に踏み切ったと取るべきでしょう。尚この時以降、山内容堂は島津久光と一線を画するようになります。あと慶喜がカメラを持ち込むシーン、これは『西郷どん』にもありました。

それから五代と大久保利通が密談めいたことをやっていますが、正直言ってこの回の中で、ここのシーンが一番大河らしいなと思いました。四侯会議をもう少し詳しく描いて、その後にこれを持って来れば、いよいよ薩摩が幕府を潰しにかかっているという実感が伴ったはずなのですが。五代の
「頭はあっても金がないとどうにもならない」
言い得て妙です。

飲み物-アイスコーヒーブラック
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[ 2021/07/16 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第21回に関して

第21回。いよいよ篤太夫は、パリへ行くことになります。

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慶応2(1867)年、翌年に迫ったパリ万博に、慶喜は弟である徳川昭武を派遣することにした。諸外国も王族を派遣することになっていたが、異国嫌いの孝明天皇には無理だったのである。その昭武の供は水戸藩の藩士たちが務めるが、攘夷で知られた水戸のことゆえ、慶喜としては、篤太夫に雑事や会計などをしながら、彼らを見張ってほしいと考えていた。原市之進からこれを聞かされた篤太夫は、かつて平岡円四郎から一橋家への方向を勧められた時同様、これは僥倖であり、一筋の光がさしたように思われて、つい「おかしろい」と言ってしまう。

そして永井尚志から勘定について説明を受け、見立て養子について訊かれる。その頃成一郎は江戸での仕事を終えて、血洗島で尾高惇忠や平九郎と会い、幕府は大きく変わる、自分は上様を支えると言い、惇忠も慶喜のやり方には同意していた。成一郎が家を発とうとすると、およしがお千代を連れてくる。成一郎は、栄一(篤太夫)とは考えが違い、あいつは今世を夜を拗ねておると言って、お千代を心配させる。その頃慶喜は将軍となり、外国公使に会う手筈を整えていた。そして孝明天皇は神事の後、病床に臥してしまう。

これがもとで、孝明天皇はその半月後に崩御する。皇太子である祐宮が践祚し、朝廷と幕府が一丸となるはずだったが、新帝の背後には反幕勢力がいた。この知らせを聞いた岩倉具視は王政復古を決意する。そして二条城に呼ばれた篤太夫は、慶喜がフランスのナポレオン3世から贈られた軍服を着ているのを見て仰天する。その時篤太夫は昭武に引き合わされ、慶喜は昭武に、向こうでの勉学を含めた滞在についていくつか注意し、さらに篤太夫と話を続けた。

慶喜は次に将軍職を継ぐであろう昭武のためにも、ヨーロッパに滞在させて知見を広めさせたがっていた。2人は共に、家康の遺訓を唱え、篤太夫は自分の人生でこのようなことが起こるとはと驚く。翌日昭武一行は京を発って横浜へ行き、神奈川奉行所で幕府の外国方である栗本鋤雲や小栗忠順らの出迎えを受ける。また外国方の一人である杉浦愛蔵や、医師の高松凌雲とも会うが、その時やって来たフランス公使ロッシュは日本語で挨拶し、昭武と握手をして篤太夫を驚かせる。

外国方の役人たちは、昭武が行くことで日仏間の友好が深まると期待していた。一方で洋書の翻訳担当の福沢諭吉や、通詞の福地源一郎もいた。福地は、フランスではモンブランという人物に気を付けるように忠告する。幕府に接近しようとしていたが、今は薩摩に近づいているらしい。小栗はさらに600万ドルの借款を成立させ、横須賀の製鉄所や軍備を整備し、兵庫を開港するつもりだった。

篤太夫は昭武の留学費について尋ねる。小栗は攘夷倒幕を唱えていた男が、ご公儀のこの先を心配するとはと笑うが、自分が勘定奉行でいる間は必ず送金すると言う。しかし同時に小栗は、1年先はどうなっているかはわからないとネジを篤太夫に見せ、外国の造船所では蒸気機関による機械化がなされており、このネジさえもが機械で作られていると話す。また、今造船所を作ったところでどうなるかはわからぬが、これがいつか日本の役に立つなら、徳川家には名誉なことであると付け加えた。

篤太夫はフランス行きについて、家へ手紙を書いていたが、やはり江戸へ行って成一郎に会おうとする。しかし京へ戻ったと聞かされ、小石川の代官所へ行って、長七郎に会おうと思っていたところ、その成一郎がやって来る。成一郎は、篤太夫がどこかわくわくしているのに気づいていた。その夜彼らは長七郎に会う。長七郎はやつれ果てており、子供の頃岡部の陣屋に、「鬼」こと高島秋帆を見に行ったことを思い出す。

その後2人は屋台のそばを食べながら、見立て養子を平九郎にすることで合意した。成一郎も、惇忠や平九郎を徳川に呼びたいと考えていた。実は篤太夫はもうひとつ心配事があった。お千代から手紙が来ないことだった。もしや他の男にと篤太夫は心配するが、成一郎はそれを一笑に付す。篤太夫は、自分が戻る頃にはこの日本はどうなっているのかと思うが、俺たちでよくして行くのだと言い、船に乗り込む。一方血洗島では、フランス行きの知らせに皆驚いていた。

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家康公、今回は最後に登場です。慶喜が将軍となり、篤太夫は日本を飛び出した、篤太夫やその一家が、そして、我が徳川の世がどうなるのか、この先もしっかりと見届けていただきたいと解説。

さて随行員となった篤太夫に取って、未知の人々との出会いが待っていました。幕府高官はもちろん、福沢諭吉や福地源一郎と対面します。新旧一万円札の肖像の対面です。そして杉浦愛蔵、この人物は「僕」という一人称を使っています。今回は桂小五郎が出てこないので、この一人称を使う人物の登場はこれが初めてでしょう。また篤太夫は握手に驚くというか、正確には憤ります。彼の頭に「シェイクハンド」の概念はありませんでしたからね。

そして小栗忠順。本音では、最早幕府が持たないことはわかっていたかと思われます。しかし幕府が後世に何かを残せるならと、造船所建設まで考えていました。しかしこの時代、既に薩摩では斉彬の時代におひな形的な黒船が出来上がっており、宇和島藩も船を作っていたため、この場合は船を幕府の力で量産すると言うべきでしょうか。しかしドルとかポンドとか、流石に外国方と言うべきなのでしょうか、言いよどみもせずすらすらと出て来ていますね。

孝明天皇を見舞う皇太子祐宮(明治天皇)。種痘をしているから平気とは、コロナワクチンに引っ掛けた感もあります。しかしここで種痘の説明が出て来るのは、ちょっと疑問ではあります。ちなみに京大坂は種痘の普及が早かったとは言われています。江戸では、浜口梧陵が種痘のために醸造所を提供したのは有名な話です。『JINー仁ー』では、ペニシリンを作るために使われていました。

ところでこの回はリアルタイム視聴率が16.5パーセント(関東)だったとのことですが、『ポツンと一軒家』がなかったせいもあるかと思われます。

飲み物-デキャンタのウイスキー
[ 2021/07/10 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『はたらく細胞フレンド』番外編その2

このシリーズの第2巻、キラーT細胞の班長は相変わらず仕事に忙殺される一方で、他の細胞を探しに行かされたり、白血球との待遇の違いに憤ったり、赤血球とのコミュニケーションがうまく行かなかったりで、色々(本当はやらなくてもいい)苦労をしたり、ストレスを感じたりはめになります。尤もこれは、彼自身が過去を封印しようとしたり、相手の誤解を指摘しなかったがための、その当然の結末とも言えそうです。

そんな中で「夏祭り」などは、比較的班長自身の苦労が報われた?回とも言えますし、「0kcal」も顔面でボールを受けたとは言え、本人が好きなことができた回と言えそうです。しかし暇な時におかずの作り置きをしたり、『きのう何食べた?』のシロさんみたいなことやっていますね。この中の男性キャラでは一番まめな人物のようです。

それから「海」で、腎臓の近くの水がきれいと赤血球が言いますが、腎臓という臓器の働きを考えると理解できます。あと「モチベ」と「お片づけ」で、班長が自己攻撃をしようとして、しかも前者は制御性T細胞に止められたものの、後者は止められなかった(当の制御性T細胞が、掃除中に読む漫画は面白いと言って読みふけっていた)ことを考えると、あれはやはり、炎症が起きてステロイドが届けられ、ヘルパーT司令のオフィスがぶっ飛ぶのを期待していたのでしょうか。

それにしてもヘルパーT細胞、この制御性T細胞のことを「お母さん」などと間違って呼び、マイクをオフにしていなかったため、その声が外に流れてしまうのですが、この2人はどういう関係なのかとちょっと疑ってしまいます。

それと第2回その2にも書いた緑膿菌、モブ的にあちこち出て来ますが、ちょっとピクサーアニメの某キャラをも思わせる風貌です。ピクサーと言えば、『インサイド・ヘッド』という作品、これは人間の頭の中の感情が出て来ますが、こちらも「これはあなたの物語」というキャッチコピーがついていました。人間の体内が舞台だと、やはりこうなるのでしょう。

閑話休題。その緑膿菌は抵抗力が弱ると、感染症を引き起こします。そもそもこの菌自体毒性は少なく、所謂日和見菌の一種ですが、もしこの菌が原因で感染症を起こした場合は、抗生物質の投与が行われます。この場合効果的なのは、かの『JINー仁ー』に出て来たホスミシンです。あの中では、タイムスリップした地点に落ちていた注射液でしたが、他に錠剤やドライシロップもあります。

ところで『はたらく細胞』のスピンオフシリーズで、『はたらく細胞BLACK』がありますが、これと本編を一緒に、比較しつつ読むのも面白いです。寧ろこれは、本編と同格に位置づけられるかと思います。やはりBLACKは大人版ということで、それゆえにかなりリアリティもあります。

主人公の赤血球からして仲間を胃で失っていますし、全体を覆う屈折したイメージは、本編では味わえないものです。この辺はやはり少年漫画のシリウスと、青年漫画のモーニングの違いでもあります。ところで前出『きのう何食べた?』もモーニング連載作品ですね。

他にも『はたらく細胞BABY』、『はたらく細胞LADY』、『はたらかない細胞』、『はたらく細菌』と様々なスピンオフがありますが、私としては『はたらく細胞WHITE』がちょっと面白いかなと思います。若い白血球(好中球)である桿状核球が、先輩たちのチームに配属されて、様々な経験を積んだり、ナイーブT細胞と出会ったりするわけですが、雰囲気がどことなく、あの『三銃士』を思わせます。

より正確に言えば、『新・三銃士』で、この桿状君がダルタニアンのような存在と言うべきでしょうか。見習生が先輩の中に飛び込んで行く、一種の成長物語ですね。そう言えばこの人形劇は「連続人形活劇」という触れ込みでしたが、『はたらく細胞』舞台版は「体内活劇」を謳っていましたね。

それにしてもこのキラーT細胞の班長、マッチョな雰囲気の見かけとは裏腹に、結構優しくて臆病で繊細な印象を与える人物です。その理由として、
  • 出動命令を受けて、部下を率いるリーダーとして駆け付けなければならない
  • 本来は一般細胞であるウイルス感染細胞の撃退を主に請け負う
  • 若い頃は、寧ろ弱々しくて鬼教官にしごかれていて、ヘルパーT細胞と対立していた
こういう点が、彼の人間像を形作っていると言えそうですが、これについてはまた追々書いて行きます。しかし、このキャラ本当に好きですね。あと樹状細胞の二面性も面白い。


飲み物-ティーカップと紅茶

[ 2021/05/12 01:30 ] 漫画・アニメ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第9回に関して

第9回、いよいよ桜田門外の変です。今回の家康公は、この時期の一大思想となった尊王攘夷について。時の帝孝明天皇は外国嫌いで、水戸では将軍よりも斉昭への人望が篤く、ここで井伊は慌てます。

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平岡家を訪れていた橋本左内は、家を出るなり捕縛され、岩瀬、永井は蟄居となる。さらに慶喜も隠居及び蟄居、斉昭は国許での永蟄居となったことで、水戸藩士は憤るが、武田耕雲斎に自重するように窘められる。慶喜は部屋から一歩も出ず、正室美香君は訪ねて来た平岡円四郎に、我が殿にはそのような剛情なところがあると言い、さらにこれでは命を奪われたも同然と怒りをぶつける。

円四郎は、甲府勤番になったことを慶喜に知らせに来たのである。無論円四郎は慶喜に直に会うことはできず、扉の割れ目から物を言わざるを得なかった。円四郎は左内をはじめ、多くの者が処刑されたこと、自分は藤田東湖のような諍臣にはなれなかったが、またいつの日か慶喜に仕えるために、生き延びることを誓う。慶喜は部屋の中に座したまま、そのためには酒を控えよ、長寿の秘訣は乾いていることだと答える。その後円四郎とやすは江戸を去って行く。

血洗島では、栄一と千代が睦まじく野良仕事をしていた。そこへすっかり雰囲気が変わり、顔も広くなった長七郎が戻って来るが、すぐに江戸に帰ると言いつつ、江戸の様子を話して聞かせる。江戸はコロリ(コレラ)のせいで攘夷思想が激化しており、その話とは、江戸では大老井伊が悪いことばかりしており、天子様のお言葉も聞かず、自分の気に入らないやつを次々と血祭りにあげていること、今のままじゃ日の本が危ないこと等々であった。

喜作も江戸へ行きたがっていた。しかし父市郎右衛門は、そんなことは百姓に何の関係もねえと栄一を叱り、長七郎のことも、お武家様にでもなったつもりかと批判する。栄一はかつても、身分制度のある幕藩体制に不満げで「承服できない」と漏らしていた。千代は、その言葉は前にも聞いたことがあると言う。しかし農民に対して偉そうにする代官も、要は岡部の殿様の代弁者でしかなく、栄一は身分制度や幕府がおかしいと千代に話し、話し終わると妙にすっきりするのだった。

同じ頃その幕府の将軍家茂と、皇女和宮との婚儀が進められていた、朝廷としてはこれを切り札に、外国嫌いの孝明天皇の意向を重視し、攘夷を実行するように圧力をかけるつもりだった。一方で尊王攘夷を唱える者たちの行為は、外国人への襲撃に代表されるように過激になって行った。さらに、井伊直弼が孝明天皇を彦根城に押し込め、祐宮(さちのみや、後の明治天皇)を即位させるなどという噂も流れていた。また日本の金が海外に流出していることにも不満を漏らしており、水戸藩士の脱藩が相次いでいた。

家茂は自ら直弼の執務室へ赴いて、一旦大老を辞するように言うが、井伊家は常に将軍家の先鋒を務めていると直弼は耳を貸さず、また自分の狂言『鬼ヶ宿』を上演するつもりであると答える。その年の3月3日、水戸には雪が降り、斉昭はまだ幼い子供たちを相手に遊んでやる。同じ日、江戸城に登城する直弼の行列を、水戸浪士たちが待ち構えていた。守りが手薄で防戦が遅れた供の者たちに次々と斬りかかり、やがて駕籠の中の直弼目がけてピストルが火を吹いた。直弼はしばらくして絶命し、この知らせは慶喜の許に届けられた。

この事件を目の当たりにした長七郎が、血洗島にこの一報をもたらし、栄一や喜作をはじめ、男たちは目の色を変えて政治談議をしていた。しかしていと千代は唖然としていた。そして喜作が江戸に行き、長七郎がいる思誠塾に入ることが決まる。栄一は自分も行きたくてたまらず、市郎右衛門に、春の一時だけでいいから江戸に行かせてくれと頼み込む。

水戸では、斉昭が家臣と共に宴を開いていた。その席で少し酔った斉昭は厠へ発ち、少し水気を控えようと独り言を言う。しかし次の瞬間、斉昭は発作を起こして倒れ、そのまま亡くなった。この知らせは慶喜にもたらされたが、謹慎中であり、父の死に顔を見ることさえもかなわなかった。慶喜は自分は親不孝者であると言い、徳信院と共に涙を流す。

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桜田門外の変が起こります。元々は井伊直弼が、家茂擁立に反対する大名を謹慎させたのが始まりでしたが、やがてその末端的存在とも言うべき、橋本左内や吉田松陰までもが処刑されるに至ります。これに憤りを感じた水戸藩士は脱藩し、井伊を襲う計画に出る一方で、長七郎のような尊王攘夷を掲げる者たちは、次々と過激な行動に走るようになります。栄一はそれを聞き、自分も江戸に行ってみたいと思うようになります。栄一自身、百姓であるため軽く見られる身分制度、さらにはそれのおおもととなっている幕府に疑問を抱いていました。

ところで例によって血洗島パートはいいのですが、江戸パートにちょっとおかしな点が見られます。ざっと挙げてみると

  • 橋本左内の捕縛、さらに井伊が目をつけた者の処刑などがあっさりし過ぎ
  • 慶喜が部屋から出て来ず、髭も伸び放題な割に衣紋が崩れていない
  • 慶喜のセリフにやや難あり
  • 和宮の婚儀についてもあっさりし過ぎ
  • 言っては何だが、やはり美香君が側室か侍女に見えてしまう
  • 家茂が直々に直弼のところへ来るのはどうも不自然
  • 狂言『鬼ヶ宿』に乗せる形で桜田門外の変が描かれている。昨年の『麒麟がくる』も能に何らかの意味を込めたと思われるシーンがあったが、こういう描き方は恐らく賛否両論あると思われる


この中で慶喜のセリフと美香君に関しては、キャスティングの問題もあると思います。私としては川栄さんでなく、30代位の女優さんでもよかったかと思うのですが…。草彅さん、元々ちょっとセリフが硬いなと思ったのですが、ああいう状況下で物を言うにしては、体力が衰えていたとも考えられますが、やや声が細いように感じられました。これでどうしても思い出すのが、『西郷どん』のヒー様こと慶喜を演じた松田翔太さんなのですが、寧ろこちらの方が、多少どすが利いた口調で、それはそれで様になったように思えます。


安政の大獄による捕縛があっさりしている件ですが、以前この大河は、朝ドラ風に決まっていると書いたことがあります。朝ドラ風というと、女性主人公の大河の評価に使われることがありますが、この場合は多少事情が異なります。朝ドラは、大河に比べて1つのエピの尺が短い番組の中で物語を展開させることもあり、本来もうちょっと尺を割いていい部分なのに、どこかコンパクトになってしまているという意味です。


また言わでものことですが、水戸藩士の脱藩は藩に迷惑を掛けないためで、栄一が身分制度云々と不満を漏らす幕藩体制の、これもまた一つの側面ではあります。それからコロリの件、これは最初の流行で、まだ仁先生がタイムスリップする前の話ですね。個人的には、こういうのをもう少し詳しく描いてほしいです-無論、それとわかるような描写が、随所に出てくればそれでいいのですが。そして金の流出、これは日本の金が諸外国に比べて安かったためと言われています。この頃は金本位制ですから。そして庶民は、それによる物価高に苦しんだようです。あと徳川斉昭の薨去。これは実際に満月の夜だったそうです。


それと渋沢家の布団、確かに農民ではありますが、『西郷どん』の西郷家よりいい布団ですね。橋本愛さんはこちらの方にも、吉之助の最初の妻の須賀の役で出演しましたが、あの時は嫁入り道具として絹の布団を持って来ていたにもかかわらず、早速質入れしていましたし。しかし農民から見た身分制度と、下級武士から見た身分制度の違いがわかるのは興味深いです。実際、補完的に『西郷どん』も観ています-というか、そろそろまとめの分再開しないといけません。もう1年以上ブランクができていますので。


飲み物-ホーセズネック


[ 2021/04/17 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第5回に関して

今回の家康公は、士農工商に関してです。とはいっても元々は、全人口に対して7パーセント程度の武士を、他の身分が支えていたと言うべきなのですが、やがて幕末ともなると、武士以外の人々がこの身分制度に疑問を持つようになります。この身分の厳格化は、下剋上が当たり前のように行われていた、戦国時代を反面教師にしたとも考えられます。

この回は血洗島パートがメインでした。栄一は百姓が身を削って集めた金を、代官がさっさと取り上げるのに疑問を抱き、尾高惇忠が貸してくれた『清英近世談』を読んで、今の日本が置かれた状況に危機意識を抱きます。この本をたまたま目にした尾高千代は、兄たちがこの本を読む時はただならぬ表情になると心配しますが、栄一は村を守ろうとしているのだととりなします。その頃渋沢家では、栄一の姉なかの縁談が持ち上がっていましたが、相手の家が憑き物筋であるため反対し、最終的には拝み屋を呼ぼうとまで言い出します。

一方幕府では夷狄排斥を唱える徳川斉昭と、列強と伍して行こうという阿部正弘が対立します。そして慶喜は列強について知りたいと思い、藤田東湖にそのことを伝えようとしますが、父斉昭が反発するのではと気になっていました。しかし東湖は、斉昭も阿部の言うことは理解しているはずだと説き、円四郎は東湖の子小四郎に、靜臣とは東湖のような人物のことなのだろうなと言います。その当時は黒船に加えて疫病も流行り、また血洗島では、なかは破談となってしまい、元気をなくしたため憑き物が憑いたと思われ、修験者が呼ばれます。

しかしこの修験者の言うことにはどこか怪しい点があり、栄一はそれを指摘したため、修験者たちは出て行ってしまいます。破談になって元気のなかったなかは、父市郎右衛門と共に集金に出て行き、帰ったところで栄一がニセ修験者を追い出すのを目にします。その後のなかは、遠出したのがよかったと言って、元通りに元気にふるまうようになります。しかしその頃安政の大地震が起き、斉昭が片腕としていた東湖は、この地震によって落命してしまいます。

この血洗島のパートは、主な人物がまだ若くはつらつとしていることもあり、これはこれで1つのドラマとして成立していると思います。寧ろ、これをメインに土曜時代ドラマまたはBS時代劇を作るといいのではないかと思うほどです。当時の民間信仰であるとか、桑の葉摘みの様子などもよく書かれています。アヘン戦争の話がいきなり書物から入るのはちょっと疑問でしたが、背景に関してもその後説明されていました。このアヘン戦争から入る列強の脅威は、幕末大河のテンプレとも言えなくもないのですが、幕末を語るうえで避けては通れないでしょう。

それから江戸幕府関連、日本にロシア船がやって来て被災するところで、ロシア人を皆殺しにしろと言う斉昭ですが、それはよくないと阿部正弘は反論します。これを慶喜が懸念しますが、東湖に斉昭の本心を聞かされて納得します。ただ、黒船来航と疫病の関連性ですが、これに関する描写がもう少しほしいところです。あれだと、単にアマビエを出すための展開にしか見えませんので。実際眼病が流行ったとも言われ、またもう少し後になりますが、コレラのエピデミック現象が起きるようになり、この時は疫病よけの牛頭天王を祀ったと言われています。『JINー仁ー』に登場するのも、この少し後、文久年間のコレラ大流行の頃ですね。

飲み物-華やかなティーカップと紅茶
[ 2021/03/19 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

ドラマについて思いつくままに

大河に限らず、ドラマというのは元々はフィクションです。

いくらTV(あるいはPC、タブレット、スマホ)で観ているシーンが素晴らしい、感動的であると思っていても、実際の現場には多くのスタッフが周りを取り囲んでいて、あれこれ指示を出しながら、何度もテストを繰り返して撮影しているものです。これはメイキング画像や映像などを見ると一目瞭然です。
しかしフィクションとは思いつつも、あまりにありえない創作が出て来ると、やはりこれは如何なものかと思ってしまうものです。これに関しては、以前「フィクションの中の非現実」というタイトルで何度か投稿しています。

私も昨年の秋に、CSで放送された昔のホームドラマ(2クール)などを観ましたが、この手のドラマは「ホーム」だけあって、特定の家庭を中心としたコミュニティの中の人間模様、人々の幸せあるいは悩みなどが描かれているものです。無論トレンディドラマ、その後の時代なども似たようなものです。
もちろん、そのようなジャンルだから仕方ないとも言えますが、あまりにも主人公やその他の登場人物に取って都合のいい展開、お膳立てされ過ぎたような状況は、やはりどこか嘘くささを感じてしまうものです。フィクション=嘘であることは仕方ないにしても、どこまで「嘘くさくなく」描くか、逆にその嘘くささを逆手に取って、『半沢直樹』の半沢と大和田のような関係に持って行くかのどちらかになるのでしょう。尚、個人的に後者の嘘くささは結構好きです。

しかし前出のホームドラマですが、家庭を描いたドラマというのは、昭和でやはり終わったのだろうなと思います。逆の見方をすれば、そのせいで、家庭、特に家族の描写にはどこか昭和のイメージがつきまとうようになります。別に平成の家庭を描いた作品があってもいいのですが、平成になるとドラマの中心が職場をはじめ、家庭を離れた場所に移る傾向が見られるようになったせいでしょうか。
このため家庭や家族の描写が、今なお昭和のドラマにいわば縛られた感もあります-尚ホームドラマというよりも、家族そのものを描いた、たとえば向田邦子さんのスペシャルドラマ的なものは割と好きです。そして言っては何ですが、これが既得権益のようになり、未だに昭和のよさのみが語られるようなふしがあるのには違和感がつきまといます。

このドラマ、楽しんで観ていた方がおられたら申し訳ないのですが、以前『ひよっこ』の本放送(見たい俳優さんが出ていたので)を観たことがあります。高度成長期の東京が舞台でしたが、その当時のレトロでよき昭和のイメージが強すぎた印象があり、そのせいでやはり馴染めませんでした。尚私は、この朝ドラはこの回を含め数回(ウエイトレス編)観た程度です。
同じ昭和でも、『マッサン』や『まんぷく』は、ウイスキーの醸造やラーメンの商品開発などがメインのせいか、そこまでの印象は受けませんでしたし、それより前の『ゲゲゲの女房』や『芋たこなんきん』なども結構面白く観られたので、時代背景がどうこうというより、何を描いているかが、私としては善し悪しの決め手になるようです。特に『芋たこなんきん』の如何にもの大阪らしさは、結構好きでした。

現時点では昭和生まれ、しかも昭和30年代から50年代を知っている人が多いせいか、こういう昭和的描写をありがたがる人も相当数いるようです。しかし、ならばそういう人が『JIN-仁-』や『半沢直樹』をどのように観るのかともまた思うわけで、もしも、比較的高齢でありながらこの手のドラマに関心を示すのならば、時代背景のみに囚われず、ドラマの面白さそのものを観ることができる人なのでしょう。

その一方で、隠れたるヒットメーカーとして健闘しているテレ東には、もっと踏ん張ってほしいところでもあります。何よりも『孤独のグルメ』の、あのドラマとドキュメンタリーのコラボと言った構成は、本来は今後のドラマのお手本になるかとも思うのですが。
『きのう何食べた?』もしかりでしょう。そう言えばこのシリーズの脚本の安達奈緒子さんは、『おかえりモネ』の脚本も書いていますね。西島さんと内野さんが出る以上、これは当然と言うべきでしょうか。

あと以前の大河観連の投稿分から、『いだてん』終了時のNHK木田総局長の、『麒麟がくる』に関するコメントをもう一度ご紹介しておきます。

「『いだてん』とはまったく内容の異なる、正攻法の戦国時代の大河ドラマ。多くの人に楽しんでもらえれば」

実際私もこの時、正攻法で行った方が視聴者が逃げないのにといったことを書いていますが、果たしてこの大河は「正攻法の戦国大河」だったのでしょうか…。演出などは、一部『いだてん』と似通っていたようにも見えたのですが。


飲み物-クリームとココア
[ 2021/02/12 00:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

フィクションの中の非現実 番外編(漫画に期待される超展開と実写化について)

まず先日の投稿のうち、「『国盗り物語』に見る明智光秀」の投稿で、恥ずかしながら「京」を「今日」と変換していたので直しています。また飛鳥幸子さんのバレエ漫画関連ツイに関しても、多少わかりづらい所があったので修正しています。

ところでそのバレエ漫画の超展開ですが、そもそも漫画やアニメとは、何らかの形で超展開が見られるものですし、寧ろ読者はそれを期待されていると言ってもいいでしょう。そのため「非現実」と呼ぶのは適切でないかも知れず、従って番外としています。実写版だと違和感を覚える描写でも、漫画やアニメだとごく自然に受け入れられるということもあります。最近は漫画を原作とした実写版も多く、それに関しては特に異は唱えません。

ただ如何せん、漫画の超展開は実写版に落とし込みづらいことも多く、それがしばしば評価の分かれ道となることがあります。私もそこまで漫画ベースの実写版を観ているわけではありませんが、この場合漫画は漫画、実写版は実写版と割り切って観ることも可能でしょう。無論、しばしば引き合いに出していますが、『きのう何食べた?』のように現実世界に沿った形の漫画もあり、こういうのは比較的実写化しやすいとも言えます。あと『JIN-仁-』も結構好きでしたが、『陽だまりの樹』は少々端折った感はありました。

漫画が今のような形で、いわば市民権を得る前は、小説よりは一段低い物としてみなされていました。漫画は最初から絵がセットになっており、自分で行間を読んで情景を思い浮かべるような構造になっておらず、それゆえに子供向きとされる傾向は強かったと思います。しかし漫画は漫画で、小説にない魅力があるもの事実ですし、いずれかに偏らず、両方を一緒に読むのが私としてはお勧めです。

無論小説と漫画の相違だけではなく、漫画とアニメにもまた違いがあります。漫画はコマ割りの中からストーリーを想定しつつ読んでいくことになるわけで、登場人物が実際に動き回って、ストーリー展開を見せてくれるアニメとはまた異なっています。しかし『鬼滅の刃』を観てから、原作を買うために書店にお客が押し寄せた由、昔実写版映画を観て、原作を買い求める人がいたのと非常に似通っていると言えますし、最早この両者は同じ次元と捉えるべきかも知れません。

個人的には、大河ドラマの原作を一度実験的に-あくまでも実験的にですが-漫画にしてはどうかとも考えていますが、これはやはり難しいでしょうか。

飲み物-シナモン珈琲
[ 2020/12/11 23:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

フィクションの中の非現実 その2

まず先日の投稿分、何か所か加筆修正をしていますので、その点についてお断りをしておきます。

その分にも書きましたが、大河ドラマでももちろん主人公無双であるとか、大げさなシーン、非現実的なシーンは登場しますし、女性主人公大河にそれが多いというのは、今までも書いて来ました。しかしながら先日の『麒麟がくる』の場合、主人公でなくオリキャラ無双になってしまっているふしがあります。実際この前の分の録画をざっと観てみたのですが、以下のような点が挙げられます。

  • 駒が光秀に、自分の薬を売っていた14歳の少年が、比叡山に向かって焼き討ちに巻き込まれて死んだと言い、暗に戦に否定的な見解を示す
  • 同じく駒が、公方様の側にいるとこのようなことがわかると口にする
  • その駒は筒井順慶と差しで話している。また、光秀の娘たまにかなり馴れ馴れしい口調で語りかける
  • そのたまは、比叡山の件で市場で石をぶつけられて負傷する。それを駒が助ける。しかしどう見ても石を投げた人物は、信長の家臣の娘と知っていて投げたように見える。そのようなことはあるのだろうか
  • 光秀が順慶と会う時も駒が同席する
  • 光秀が比叡山で命令に背き女子供は助けたと言うが、信長はそれを容認する。(ちなみに『軍師官兵衛』では女子供を助けたのは秀吉)
  • 松永久秀がいる部屋で畳の上にじゅうたんが敷かれている。しかし桶狭間の回でも書いたように、畳の部屋にじゅうたんという和洋折衷は、秀吉が天下を取り、大坂城の部屋で初めて行ったとされている。また階段に手すりがあるが、その当時はこうなっていたのだろうか
  • 全く個人的願望だが、信玄は市川猿之助さんが演じてもよかったかも

ざっとこんな感じでしょうか。まず駒が出て来るシーンですが、野戦病院のような所で負傷者の世話をしており、あたかも『JINー仁ー』の橘咲のようです。実は順慶と差しで話していたのはこの時ですが、普通に考えてこれはないでしょう。かてて加えて、将軍足利義昭の側女?なのか、しょっちゅう一緒にいるようですが、無論これもおかしい。しかも公方様の側にいたらこれこれがわかると言っていますが、公方様は、言っては何ですがどこの馬の骨とも知れない女がいる場所で、色々なことをぺらぺら喋っているのでしょうか。脇が甘いですね、信長に追放されるわけです。

しかも14歳の少年、ぱっと見10歳位に見えます。この当時14歳と言えばもう一人前であり、どこかの店に奉公していてもおかしくないでしょう。子供呼ばわりするのはちょっとおかしいのでは。それで戦がどうのこうの、『真田丸』で信繁の背中を押したきりや、夫の気持ちを汲んでいた『軍師官兵衛』の光とはかなり違いますね。また光秀ですが、『西郷どん』で蛤御門の変の後、戦を云々するふきに、貴女は関係ないと吉之助が一喝しますが、あの位言ってもいいでしょう。

さらに光秀の娘のたまですが、ああいう場所で明智の娘とわかるのでしょうか。それも石を投げるなどというのもどうかと思います。そしてここで、また駒が登場。わざわざ彼女の出番を増やしているように見えます。しかもたまにタメ口で話しかけ、お手玉を披露といった具合です。こういうシーンを入れるのなら、他に入れるべきものがあると思います。その駒は光秀が順慶と会う時も同席。

何だか『江』の二番煎じのようです。しかもあちらはタイトルどおり、江が主人公だったわけです。こちらは一応主人公は光秀なのですが…恐らく実質的な主人公はオリキャラの駒で、光秀は脇役なのでしょう。そうとでも考えないと納得できません。しかししかるべき身分の出身でもなさそうな駒が、どうやって将軍だの、大名だのと同席できるのか不思議です。

それにしても光秀が女子供を助けたと言った時、信長が目こぼしするような態度を取りますが、既にこの時、両者の食い違いが表面化していてもいいかと思います。そしてじゅうたんの敷かれた部屋。これは秀吉の天下になってから後と思われます。また階段の手すりですが、この場合はともかく、少なくとも城などでは敵の襲撃に備えて、わざと手すりを付けず、また角度もかなり急になっていたようです。

大河にも色々ありますが、非現実的、少なくともちょっとこれはないのではという描写は、今までは女性主人公の大河の一部や『いだてん』などでした。男性が主人公の戦国大河で、こういう描写を見せられるのは前代未聞です。

それと猿之助さんですが、武田信玄と言えば、市川亀治郎時代の『風林火山』での信玄役を思い出します。ただ、信長と敵対する設定の信玄に向いているかどうかはいささか不明です。

飲み物-コーヒーと砂糖とミルク
[ 2020/12/03 00:15 ] 大河ドラマ 麒麟がくる | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』キャスト発表その1と『麒麟がくる』の問題点

まず、『鎌倉殿の13人』主要キャスト第一弾が発表されました。

(NHK ONLINE)

16日発表されたのは以下4名(敬称略)です。

北条政子-小池栄子
北条宗時-片岡愛之助
平清盛-松平健
比企能員-佐藤二朗

松平健さんはかつて2つの源平大河で、北条義時と武蔵坊弁慶をそれぞれ演じています。また小池栄子さんは、『平清盛』の巴御前でした。そして片岡愛之助さん、『真田丸』以来2度目の三谷大河出演です。『月光露針路日本 風雲児たち』では、庄蔵共々ロシアに残る新蔵を演じていました。佐藤二朗さんも過去大河に出演していますが、『JIN-仁-』の福田玄孝と言った方が、ぴんと来る人がいるかもしれません。この比企能員、佐藤さん本人のコメントにもありますが、頼家の乳母の夫であり、義時と対立して、その後滅ぼされます。

それにしても、
北条家
源氏
平家
坂東武士
幕府官僚
と色分けされている以上、1日単位で各パートのキャストを紹介するのかと思っていましたが、流石に素人考えだったようです。しかし、脚本家である三谷氏自身が、こういうことまで請け負うというのは、やはりこの人は舞台の人なのですね。

それから先日の『麒麟がくる』ですが、またオリキャラが前面に出ていたらしいです。その前の回は合戦の様子などもあったようですが、この回は池端氏ではなく、前川洋一氏が脚本を担当していたらしい。前川氏と言えば『軍師官兵衛』の脚本担当ですから、寧ろこの人の方が、戦国大河のメインの脚本家としてふさわしいのではないかと思います。それにしても、複数名での脚本はやはり色々と難しいようですね。これとはまた違ったやり方でしたが、『花燃ゆ』で脚本をあれこれ変えて、伏線回収ができないとか、主人公の設定が全然違うと指摘されていたことを考えると、やはり1人に絞った方がいいかと思われます。

それと光秀がまだ織田家に仕えていないようです。しかし放送はあと12回しかありません。32回分終了ということは本来であれば9月の後半、そろそろ結末に向かって動き出す頃で、ちょっと展開が遅いような気もします。

飲み物-ビールと夜景
[ 2020/11/16 23:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

70年代ホームドラマと2000年代以降のドラマそれぞれの男女関係

数日前に投降した、1970年代のドラマ『ありがとう』シリーズ関連の記事についてです。ここでご紹介している関連サイトでは、主人公とその恋人は「身分の違い」云々とあり、さらにその恋人のことなのでしょう、「星の王子さま」なる表現が使われていますが、「白馬の王子」のことと思われます。それ以外にも「玉の輿」ともあり、実際この言葉は今も使われますが、個人的には寧ろ「シンデレラ・ストーリー」ではないかと思います。

ちなみに以前、医療ドラマと医療関連シーンについてのあれやこれやという投稿で、男女(あるいは男性もしくは女性同士)のどちらかが病気になって、一方が看病をしていることで距離が縮まり、仲が深まって行くといったことを書いています。実は先日、このシリーズの再放送分をアップされている方のブログを偶然見つけたのですが、それによるとやはり似たような場面が登場します。この主人公は看病のプロである看護師で、またかなり献身的であるようです。無論この当時は、それはそう珍しくないことではあったのでしょうが、今だとミソジニー的だと批判されそうな雰囲気でもあります。実際シンデレラというキャラそのものが、今ではジェンダー論で取り上げられることも多いです。

その同じ投稿の終わりの方で、私は

しかしやはり私としては、2000年代以降の『JIN-仁-』や『相棒』、『ガリレオ』、前出『半沢直樹』などから受けるメッセージの方が、時代が近い分インパクトが大きく感じられます。その当時は存在しえなかったゲイカップルのドラマ、『きのう何食べた?』もまた然りでしょう。

とも書いています。
この中で『相棒』の杉下右京はバツイチで今は妻子はおらず、『半沢直樹』の主人公は既婚で、2013年シリーズはかなり家族の存在が大きかったものの、2020年シリーズではそこまでではなく、寧ろ東京セントラル証券の部下だった森山が「女房役」的な部分があります。

その一方で『ガリレオ』と『JIN-仁-』ですが、両作品とも主人公である男女が、ひょんなことから出会うことにはなるのですが、一緒になるということはありません。かつてのホームドラマにありがちな、結婚して家庭を築くという展開にはならず、本当は互いに思ってはいるものの、自分自身でそれを打ち消してみせたり、様々な理由で両者の恋が実らないという形で結末を迎えます。そのため、なぜ彼らは自分の気持ちを否定し、夫婦として添い遂げられなかったのか、それらのメッセージに色々考えさせられる部分があります。

『きのう何食べた?』も、男性同士のカップルである以上、男女が結婚して家庭を持つ展開とは明らかに異なり、それどころか筧史朗の方は、ゲイであることのカミングアウトすら戸惑う始末です。こういった事情を考えると、今の時代はドラマの舞台や設定が複雑化しており、社会の様々な在り方がクローズアップされているという点が、恐らくは大きなインパクトを与えているのでしょう。無論、半世紀ほど前のドラマはよく知らないけれど、ここ10年ちょっとなら実際に観ていることもあり、そういった時間的な近さや実際の視聴経験が、ドラマが与えるメッセージを知るうえでの手掛かりになっているとも言えます。

ところで、上記の投稿のその次に書いていた『プライド』、これの第1巻を観たところ、この中にも「病気の男を看病する女」のシーンがあります。キムタク演じる里村ハルが、雨に濡れて風邪を引き、所属アイスホッケーチームの親会社のOLで、友人の夏川の彼女である村瀬亜樹(竹内結子さんが演じています)の部屋へ転がり込みます。実は亜樹は彼に腹を立ててはいたものの、薬を飲ませた後にホットレモネードを作ったり、リンゴをすりおろして食べさせたり、最終的には泊めてあげたりもするわけです。このハルは恋愛には極めてクールなのですが、彼女が自分の求める「古き良き時代の女」ではないかと思い、徐々に恋愛に対する姿勢が変わってくるわけで、これはまた機会があれば書くことにしましょう。

飲み物-ホットウイスキー
[ 2020/11/01 00:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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