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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『国盗り物語』に見る明智光秀 57

信長が光秀に、毛利の領地である出雲と石見を斬り取りにせよと命じます。しかしその代わりに丹波を召し上げられるため、実質的に無禄で戦うことになり、それはあたかも人間の尻に油火をかけて走らせるが如きものでした。
信長は家臣を道具として使い、なればこそ光秀のような牢人も使われて来たわけですが、そろそろ自分という道具も邪魔になって来たのではないか、かつての追放された織田家臣と同じ運命を辿るのではないか、光秀はそれが気になります。恐らく織田家で生き残るのは、信長の子を養子にした秀吉のみかも知れません。そのようなことを考えつつ光秀は帰城し、お槇には備中へ行くと伝えます。

しかし光秀は、お槇や子供たちが、荒木村重の一族同様の目に遭いはしないか、それが気になっており、同時に彼の決心を鈍らせていました。お槇は心配げにどうなされたのですかと尋ね、光秀は、半ば自分に言い聞かせるように、備中へ行くと再度口にします。しかし本当に備中へ行くのか、それは光秀自身も判断できかねました。
その後光秀は丹波亀山城に移り、愛宕山へ参篭することにします。所領のことで、一人で山に籠りたいというのがその理由ですが、光秀の13人の隊将の中には、あるいはと疑惑を抱く者もいました。既に丹波を召し上げられたことは、彼らの知るところとなっていたのです。

とはいうものの、彼らは主である光秀の気性をも知っており、まさか謀反などあるはずがないと思ってもいました。無論光秀と信長の関係、諍いなども知ってはいたものの、現在の光秀があるのは信長あってこそのものであり、堪えている主を評価する一方で、堪えるべきであるとも考えてもいたのです。
しかし今の光秀は、魔術師信長の「道具」でありながら愛宕参詣をするという、「道具」らしからぬことをしようとしていました。道具である以上、参篭するに当たって祈願するべきものなど、持つべきではなかったのです。

これが秀吉なら、家臣たちももっと気軽に、何をご祈願されるのかと問うこともできたのですが、光秀は家来が付け入る雰囲気を持ち合わせませんでした。無論、秀吉であればまた別の方法を採ったでしょうが。
ともあれ、光秀はわずかな供回りを連れただけで愛宕山へ向かいます。水田の中には百姓がいました。光秀はこの丹波に入って以来、百兆のための政治を行い、彼らの暮らしを改善することに努めて来たのですが、無論百姓たちに、この騎馬の武士が誰であるかわかるはずはありません。
やがて光秀は愛宕山に登りますが、流石に年齢のせいもあり、険しい山中の道を行くのはかなり厳しいものがありました。

途中で休んで弁当を喫した光秀は、急に、自分の若い頃は昼食を摂らなかったと言い出します。ただし美濃にいた頃は三食を摂っており、越前滞在時などは二食で、織田家に仕えるようになってからまた三食に戻っています。こうして三食を摂るようになって、つまり織田家に仕えるようになって、何年が経過したかを光秀は追想したのです。
その後愛宕権現の一院である威徳院に入り、僧たちは大いに驚きますが、光秀は一人でいることを望んでいると伝え、まず入浴をします。しかし入浴中、最早光秀がやっていることは、考えるという能動的なものではなく、既に思考を止めてしまっているに等しいものでした。

体を洗っていた近習の少年には、無論光秀の気持ちはわかりません。やがてこの少年が、体を洗い終わったと声を掛けるまで、光秀は呆然とした状態のままでした。ただ、この近習の少年をも地獄に陥れねばならぬかと、そういう感情に支配されてはいたようです。
その後帷子に着替えた光秀は、本堂、奥ノ院に行かねばならないと思いつつも、気が重くなり、縁に座ったまま辺りを眺めていました。京の信長の守りは手薄で、しかも織田の司令官たちはすべて遠方におり、やるのなら今だという気持ちに囚われ、迷った挙句、この決断を神仏にまかせようとした、それがこの参篭の目的でした。

光秀は、信長の「道具」である自分が追放されるのではないか、あるいは荒木村重のように、妻子が殺されてしまうのではないかと恐れつつ、まず信長の命令通り備中へ向かうことにします。
坂本城に戻った後亀山城に入り、その後愛宕山に参篭することを決めた光秀ですが、この参篭の目的は、恐らく今まで考えてもいなかった大それたことの是非を、神仏に委ねることにありました。
つまり、京滞在中の信長を討つということです。これは思わぬ好機ではありましたが、年月をかけて周到に準備したことではないために、光秀は度を失っていました。

物語は、本能寺直前の光秀の描写へ入って行きます。この『国盗り物語』では、光秀が主人公でないにもかかわらず、信長よりも光秀の描写が細かく綴られている部分があり、それによって光秀の、信長の道具にしか過ぎないという苦悩ぶりが浮き彫りになっています。
『麒麟がくる』では、脚本の池端氏が、本能寺から逆算しないという描き方をするとコメントしていましたが、つまるところ光秀の生涯のクライマックスは本能寺である以上、逆算しないという描写はかなり難しくもあり、また本能寺から山崎の戦いがなかったことで、どこかやはり焦点がぼやけた感はあります。


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[ 2021/05/09 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

三谷大河の問題点その4

まず、『青天を衝け』第9回は明日投稿予定です。

少し前に、所謂三谷大河について書いています。元々三谷氏は、大河では敗者を描きたいと言っていましたが、来年の『鎌倉殿の13人』のみ、敗者と言うよりは寧ろ勝者と言っていい人物が主人公となっています。また過去の作品では、目線を下げるとか、決着をはっきりさせないという方針で脚本を執筆するとも語っていたことがあります。

この場合目線を下げる、たとえば『真田丸』ならいつか誰かが天下を取ったという描き方をせず、当時の武士たちはその日を精一杯生きていたという描き方をするというのは理解できます-ただドラマの方針として、最終的には誰が新しい権力者になるのか、それが明確になった方がわかりやすいというのはあるでしょう。決着云々については、これもドラマの最終回としてはやや微妙と言えなくもありません。

しかしなぜ敗者を描きたいと言っていたのが、ここで修正されたのでしょうか。『真田丸』放送時から、三谷さんは北条を描きたいと話していて、それが実現したともいえますし、NHKも『平清盛』以来、久々の源平物を打ち出したかったとも取れます。前回の主役が敗けた側の平氏なので、今度は源氏→北条氏となったのでしょう。

ただ敗者を描きたいのであれば、その路線を貫いてもよかったのではないかと思います。たとえば南北朝が舞台で、滅びゆく北条氏を描くこともできたはずですし、また昨年の『麒麟がくる』の主人公の明智光秀、これをまかせるという手はなかったのでしょうか。真田信繁同様、光秀もその生涯に於いて不明な部分があり、そこをどのように創作して行くかも期待できたはずです。

そもそも『新選組!』から『真田丸』までが長すぎたと言えます。この間は12年間で、干支が一巡りしてしまっています。たとえばジェームス三木氏の場合、第1作から第2作までが8年間、その後第3作までは5年間でした。これを参考にした場合、2004年の『新選組!』の後、2010年代冒頭に別の作品を持って来て、その後2019年に光秀でもよかったかと思います。

無論三谷さん本人のスケジュール調整などで、おいそれとは行かなかったでしょうし、この時期は隔年で女性主人公大河が作られており、基本的に女性の脚本家であったため、なかなか出番がなかったとも言えます。また戦国が続くというのも、制作側としては若干抵抗があったかも知れません。

それと三谷大河の特徴(来年はやや変更有と思われます)としての敗者の美学は、滅びと再生とはまた違うものです。これも前に書いたように、『新選組!』と『八重の桜』とが違い、また『真田丸』と『真田太平記』(こちらは勝者である信之が主人公なので、その後松代に移るまでが書かれています)が違うように、ひたむきな敗者と、負けという不運に見舞われたものの、その後の時代の地ならしをし、生きて行く人々を描くのとはまた異なります。これが今までの三谷大河の限界といえばまたそう言えるのかもしれません。


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[ 2021/04/16 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

秀吉を演じた俳優たち 続き

先日の続きです。秀吉を演じた俳優さんの中で、好演ではあったものの、ちょっと惜しかったなと思う人もいます。

1人は『信長 KING OF ZIPANGU』の仲村トオルさんです。この場合は、仲村さんの方が寧ろ背が高く、信長のように見えたためです。その意味では『麒麟がくる』にちょっと似ていますが、私の場合緒形直人さんの信長は、あの大河ほどの違和感はありませんでした。

そして『功名が辻』の柄本明さんです。こちらも『軍師官兵衛』の秀吉同様、年を取って行く中で見せる醜さが描かれていましたし、淀殿と石田三成の密通を窺わせる描写もありました。そういった点はよかったのですが、家康を演じたのが西田敏行さんだったため、どうもこちらが秀吉のように見えて仕方なく、それが多少マイナスになったかと思います。西田さんも色々な役を演じていますからね。

あと『麒麟がくる』の佐々木蔵之介さん。この大河に関してはすべてのエピを観てはいないのですが(録画はしています)、こちらも信長役の染谷将太さんの方が秀吉のように見えてしまい、どうも佐々木さんのイメージとはややずれた感もありました。制作サイドの思惑があっての起用なのでしょうが、やはり馴染めませんでしたね。

ちなみに『真田丸』放送時に、NHKの『スタジオパークからこんにちは』に出演していた浅利陽介さんが、やはり秀吉を演じてみたいと話していたことがあります。こちらも、ちょっと童顔ではありますが似合いそうです。ただ浅利さんといえば、小早川秀秋の印象が未だ抜けきらないのですが…。


飲み物-ビールと夜景

[ 2021/04/14 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『黄金の日日』を観て

『黄金の日日』のアンコール放送をざっと観てみました。確か以前DVDでも観た記憶があったので、そこまで物珍しくはなかったし、松本白鴎さん(報道当時は市川染五郎さん)は『真田丸』でも助左衛門を演じていたため、その意味では多少馴染みがあります。しかし出演者の皆さん、やはりお若いなと思います-無論一部の方は、既に鬼籍に入っておられますが。それにしても緒形拳さんの秀吉、似合っていますね。

さて物語は、信長に従うか否かで会合衆が話し合い、今井宗久が茶壷を持って信長に会いに行くことになるのですが、この時の供として、身寄りのない使用人を集めます。相手の包囲網をかいくぐって行くだけに、決死の覚悟であり、そのために天涯孤独の者を同行させることにしたわけで、結局宗久について行ったのは杉谷善住坊(後に千種越で信長を狙った人物と言われています)、石川五右衛門、そして助左こと納谷助左衛門でした。

この他にも堺らしいというか戦国らしいというか、伴天連(パードレ)の南蛮寺(天主堂)も登場します。昔の戦国物は、キリシタンのことを描く傾向があったようですが、特にこの作品は舞台が舞台だけによく登場するようです。

それから、栗原小巻さん(『おんな城主 直虎』での大政所を思い出します)が演じる美緒の衣装がかなり華やかです。これも堺という土地柄を反映してのことでしょう。もちろん華やかと言っても、『麒麟がくる』の駒が着ていたような、化学染料で染めたような衣装ではありません。

あと堺が信長に抵抗したのになぞらえてのことでしょう。同じ時期にネーデルラント、後のオランダがハプスブルク家に抵抗し、その後独立したことがドラマ中で紹介されていますが、元々ネーデルラントは神聖ローマ帝国の一部として栄えており、後にハプスブルク家の支配を受けることになります。その後カトリックとカルヴィニズムの対立もあって独立戦争が起こり、最終的に北部の地域が独立を勝ち取るのですが、堺の場合は結局時の権力者に従い、領土に組み込まれたわけですから、この場合同列に論じるべきかどうかはちょっと疑問です。


飲み物-クリームとココア

[ 2021/04/08 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-51(戦国大河の低迷と今年のアンコール放送)

それとこれも先日書いた、戦国大河の低迷についての続きです。特に2000年代に入ってからは、男性主人公を泥臭く描く作品よりも、夫婦大河の方が視聴率が高いというのは前にも書きました。どちらかと言えば奥さんが旦那さんの背中を推し、内助の功という形で物語を展開した方が、好感を持たれるのかも知れません。またこの場合の男性主人公は、側室を持たなかったとされる人が多く選ばれています。その方が話を作りやすいのでしょう。
無論王道的な大河であっても夫婦関係は描かれるのですが、それがさらに強くなっていったというところでしょうか。特に『利家とまつ』、『功名が辻』そして『天地人』には何かしら似たものがありますが、その中でも『天地人』はちょっと異色過ぎたようです。それとは別に、戦国というのは幕末と違って色々創作を入れられる時代でもあり、それもまた多くの作品制作に踏み切った一因と言えるでしょう。もちろん原作がある場合、その原作自体に既に創作が入ってはいますが。

その戦国大河にもう一つ関することとして、今月から日曜日早朝の大河アンコール放送(BSプレミアム)では、『黄金の日日』をやっています。しかし今年の大河は幕末であり、なぜ戦国?とつい考えてしまいます。時代的に似たような背景なら、本来は『徳川慶喜』辺りの方がふさわしいでしょう。恐らくは今年の主人公が武士でなく農民であり、後に実業家になる人物であることから、敢えてこの作品を選んだとも考えられます。
本放送とアンコールの時代が異なるのは意外と多く、たとえば『西郷どん』の時は『軍師官兵衛』でしたし、『いだてん』放送時も『葵 徳川三代』、『麒麟がくる』の時も『太平記』でした-尤もこの場合は脚本家つながりともいえます。ただ武士でないところは共通していますが、やはり戦国から江戸時代初期と、幕末から近代という2つの時期はかなり異なる点があり、必ずしも共通点を見出せるとは言えないかも知れません。また、この『黄金の日日』もかなり創作は入っていそうです。

ところで『青天を衝け』はツイッターとインスタが開設されていますが、インスタの方はかなりの画像がアップされています。家康公と幕末期の子供のツーショットもあったりでなかなか楽しめます。インスタによる展開はいつからかはわかりませんが、『真田丸』の頃はまだフェイスブックだったように記憶しています。
それにしても思うのが、『麒麟がくる』のインスタの画像の少なさです。全部で20点ほどしかなく、しかも収録の合間を縫っての様々なショットがあまりアップされていませんでした。半分ほどがクランクアップや出演者の誕生日関係にとどまており、本編の展開のみならず、こちらにもちょっと興を削がれました。休止の影響もあったのでしょう。しかしせっかくアカウントを作っている以上、もう少しどうにかならなかったのでしょうか。

飲み物-パブのビール2
[ 2021/04/06 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-50(幕末大河の明治後の存在及び戦国大河の低迷)

少し前に、三谷幸喜氏の大河の「問題点」について書きましたが、その時「よくも悪くも三谷さんらしい」という表現をしています(これは以前にも、三谷さん関連で書いた記憶があります)。
つまりこの人の場合、大河としては明らかに異質ではあるが、三谷作品として観た場合は許容範囲であるということです。『新選組!』の描写しかり、『真田丸』の描写(きりの言動を含む)しかりです。「三谷大河」というジャンルで括りたくなる所以です。無論それが、ファンに取ってはえもいわれぬ魅力となってはいるでしょう。

この『新選組!』の描写について書いた時、『八重の桜』にも多少言及しています。この時『八重の桜』の方が、同じ賊軍とされた立場でありながら、もう少し繊細な描き方であるといったことを書いています。
無論主人公が違うからと言えばそれまでですが、新選組が関東の泥臭い、半農半武も含めた若者たちを集めた京都治安維持部隊であるのに比べると、会津は1つの藩であり、その中に生きる人々の様々な思惑が描かれるという点で異なります。さらに幕府をも描く以上、『新選組!』とは違ったマクロな視点を当然求められることになります。
大河の中に明治後が存在するか、あるいはしないかの違いももちろんあります。戦国大河の幕引きを関ヶ原より前でやるか、あるいは大坂の陣まで持って行くかで与える印象に違いがあるように、幕末大河を戊辰戦争で終わらせるか、明治まで持って行くかによって、描写方法は異なって来るかと思います。

三谷さんが、『新選組!』で敗れて行った者たちの潔さと美学を描きたいと語ったのに対し、山本むつみさんは、結束力で乗り越える会津に言及しつつも、「不運だが不幸ではない」とコメントし、敗れはしたものの、明治後の社会に貢献した山本覚馬について触れています。
戊辰戦争で散った新選組(生き残った人ももちろんいます)とはまた違い、『八重の桜』では明治以降、それまでとはかなり異なる立場に置かれた人々を描いた点も、両者が維新までは似た立場でありながら、違って見える一因ではあるでしょう。無論三谷作品か否かという点も挙げられます。
今、この両作品でどちらを選ぶかと言われれば、私は後者の方でしょう。ちなみに明治維新後と言えば、『新選組!』の総集編で、沢口靖子さんが演じる沖田総司の姉、みつが明治後の社会に芽生えた変化を語るシーンが出て来ますが、あれを本編に入れた方がよかったかも知れません。土方歳三が主人公のスピンオフはありましたが、あの部分は、若干ながら『八重の桜』に通じるものがあり、彼女を主役にした短編があってもよかったかと思います。
無論今までの幕末大河、それも明治維新を経た幕末大河というのは、似たようなものです。『篤姫』にしても『西郷どん』にしても、勝った側、負けた側それぞれの立場なり痛みなりは描かれていますし、主人公ではありませんが、『龍馬伝』の岩崎弥太郎にも似たものがあります。

ところで以前からそれらしきことを書いてはいましたが、ここのところ戦国大河は低迷している感があります。男性主人公の戦国大河は、数字を取れる大河の代表格であったはずです。しかし『麒麟がくる』は、それまで最低とされた『軍師官兵衛』を下回っています。
最近と言うよりは、合戦の多い戦国大河と言えども、以前からそう数字が取れたわけではないのかも知れません。無論、それ以外の時代よりは高かったかも知れませんが、歴代の大河作品の中で、30パーセント台後半という突出した数字が取れたのは、80年代半ばの近現代大河三部作の後の「政宗」と「信玄」のみでした。そして2000年代半ば以降、男性主人公の大河でも、視聴者数の減少もあってか、平均視聴率は20パーセントを割り込むようになっています。
王道と言っていい『風林火山』しかり、『軍師官兵衛』しかりでした。『天地人』は比較的高い視聴率でしたが、これは王道大河ではありませんでしたし(石田三成の髪型には正直引きました)、『真田丸』が2010年代としては高かったものの、これも三谷さんの大河です。男性戦国大河を切り札に使えなくなると、さてどの時代、どの主人公を売り物にするのでしょうか。

それと武者さんの『武将ジャパン』、先日久々にこのコラムに関してあれこれ書きましたが、これが個人ブログであれば無論あそこまでは言いません。ポータルサイトのコラムで、しかも報酬を得ているのではないかと思われるからこそ、最初に批判(あるいは賞賛)ありきの姿勢、文章のわかりづらさ、大河関連であるはずなのに、なぜか、海外ドラマに話が飛びがちなことなどなど、首をかしげたくなることが多いためです。
あとやけにこれはおかしい、これは正しいなどと断言口調の文章も目に付きますが、これがおかしいなどと指摘した事柄が、しばしば史実であったりもするのです。それを調べることもなく、大河コラムを名乗るのもどうかとは思うのですが…。

そもそもこの断言癖自体、ネット上に多く見られるものですが、これについてはまた書きたいと思います。

飲み物-ホットワイン2
[ 2021/04/05 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

モラトリアムとしての大河ドラマ

『青天を衝け』第7回に関しての投稿は、次回を予定していますので、悪しからずご了承ください。

ところで『麒麟がくる』の公式サイトは3月31日を以て閉鎖されたようです。尤もこれは『麒麟がくる』のみの特例で、通常は放送終了後の翌月、つまり翌年1月末日を以て閉鎖となります。しかしいつも思うのですが、NHKはあれだけ大河に関して大騒ぎというか、大々的にPRをする割には、放送が終わると早々とサイトを閉じてしまいます。

これは朝ドラも同じですが、看板番組と考えているのであれば、せめて1年ほど置いていいのではないでしょうか。無論コンテンツや画像も多く、サーバの負担になり兼ねないというデメリットもあるのでしょうが、どうも大河の位置づけが中途半端に感じられるのは、こういう点にも原因がありそうです。

同時に、大河がモラトリアム化している印象を受ける所以でもあります。確かにここ10年ほどであっても、面白い作品もありましたし、始まった翌月に視聴を止めた物もあります。しかも大河とはこれこれこういうもので、このような層を対象にしているという明確な方針があるようには見えません。やはり今まで続いてきたからといった、前例踏襲的な印象を少なからず与えます。

受信料で制作している以上、本来はきちんとした方針を打ち出すべきでしょうし、ならば先日の投稿でも触れたように、もうそろそろ大河そのものを終わらせてもいいとさえ思います。こういうことを言うとNHKは反発するでしょうが、なぜ大河を続けるかの明確な理由もなく、次なる手段も打ち出せていないために、現状維持を続けざるを得ない、つまるところそう結論せざるを得ないからです。

飲み物-アイスコーヒー
[ 2021/04/02 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』と今年の大河 続きのまた続き

『武将ジャパン』についての続きのそのまた続きです(本当は先日で終わるはずだったのですが、追加したいと思ったので)。尚本題に入る前に、大河関係の投稿でやや意味が通りにくいと思われる個所、あるいは、同じような表現の箇所を一部修正していることをお断りしておきます。

このコラム、こういうことも書かれています。

現実逃避。何もしなくともホイホイえっちな展開が起こるところが一致している。あくまで推察ですが、なろう系愛読者層と年齢層が重なるのでは?

一般社会では相手にされない大人が、子供の遊び場に乱入して俺TUEEEEをしているみたい。

で、主人公補正だ何だと書かれているのですが、それを言うならすべての大河がそうですし、『真田丸』も『麒麟がくる』もかなり主人公補正をしていると思います。この後で、先日も触れた『麒麟がくる』の麒麟=仁政がこれにはないなどと書かれています。つまり仁政のような高邁な理想が、この大河にはないと言いたいのでしょうね。しかし実際は、自分が嫌いだと決めつけた大河だから、主人公が何かにつけて褒められるのが気に入らない、そういうところなのでしょう。それにしても、文章が下卑ているなと感じるのは私だけでしょうか。

あとその前のページで

そうそう、「尊王攘夷」って中国由来なんですね。

などとありますが、何だか今更感があります。元々は周王朝の天子を尊ぶ意味の言葉ですね。

それから先日も触れましたが、武者さんは自分は諫議大夫的存在であり、ダメ出しをしないと大河が消えてしまう、それでは多くの人が困るなどと書いています、しかし私は、大河は終わる時が来たら終わっていいかと思います。それを決めるのはNHKのトップですし、視聴者の声もいくらか後押しをする可能性はあるでしょう。ちょっと続き過ぎたのは事実です。無論発展的解消でもいいでしょう。

大河がなくなって一番困るのは、武者さんをはじめ、大河で生計を立てている人たちだと思います。しかしその割には、作品に対する建設的な意見があまり見られません。大河のためを思って言っているのですよとご本人は言いたいのでしょうが、肝心の作品をけなすかほめるかどちらかしかないのでは、本当の意味で大河のためになってはいないでしょう。

それと武者さんの『麒麟がくる』に対する評価、すべてではありませんが、ネット上某所でいくらか情報を得たことをお断りしておきます。(以前、その関連情報を投稿したことがあります)

飲み物-白いカップの紅茶

[ 2021/03/30 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』と今年の大河 続き

『武将ジャパン』の、『青天を衝け』第6回のレビューに関しての第2弾です。

木刀で殴り合う道場破りは恐ろしいものがありました。

から始まり、危険だから竹刀が発明されただの、あんな殺人じみた稽古を放送して問題はないのかだの。それでは、戦国大河の戦闘シーンなど、皆アウトになるのではないでしょうか。

そもそも、木刀を使う剣道の稽古というものは存在します。ですからこの場合特に問題はありません。そして当然ですが、指導の人がちゃんと付いていますよね。あと長七郎の前髪についても言及していますが、そこまで髪が邪魔になるようには見えませんでした。

そして美賀君が短刀を振り回すシーン、

あんな短刀の持ち方では相手は死なない。殺意がない。狂言見え見えでどうしたものでしょう。

などと書かれていますが、美賀君はこのシーンで、人を殺すなどとは一言も言っていません。慶喜か徳信院か、あるいはその両者への恨みがあるのはわかりますが。あとあのシーンでの短刀を逆手に持つ方法、人を狙うのは難しいのですが、組み伏せた相手を突くのにはああいう持ち方が有利です(その方が殺傷能力も高いです)。『はたらく細胞』の白血球(好中球)が、ダガーをあんな感じで持っていたと思います。

あとハリスの牛乳に関するセリフ、ここでも出て来ています。先日書いたように、徳川斉昭が牛乳を飲んでいたというエピソードに引っ掛けたという可能性もあるでしょう。なのにそういう考察もなく、

船から降りた直後に牛乳を飲みたいと思います?
(中略)
船に揺られたショックがまだ残っていて、気持ち悪くなりかねません。

だそうですが、ハリスはそこまで気持ちが悪そうでもありませんでした。これとの比較なのでしょうか、成田に降り立ったアメリカのビジネスマンが、ミルクを飲みたいなどと言うかといった意味のことが書かれていますが、その当時と今では事情が違い過ぎて比較にならないでしょう。日本で食料が確保できるかと訊きたかったのかも知れません。

そしてここで『西郷どん』を引き合いに出して、

「人と人が出会わないと歴史イベントが盛り上がらない」という思考に陥っている
映像にしない部分を如何に表現するか-という視点が肝要になる

とあります。しかし武者さんの好きな『麒麟がくる』にしても、『おんな城主 直虎』にしても、人と人が会ってばかりだったし、余談ですが、この2作品の奇妙な点として、無位無官の人物が将軍なり大名なりに差しで会ったりしているのですが、こういう点はおかしいとは思わないのでしょうか。

それから

お国言葉は必須

とのことで、美賀君は京都の言葉でないと不自然とありますが、この当時の大河で将軍家や御三卿の家へ入った奥方は、割と普通の言葉を使っているようです。また篤君(篤姫)も島津斉彬の養女ではありますが、それ以前に近衛家の養女としての輿入れである以上、薩摩弁丸出しというのはちょっと不可解です。

ちなみにこの美賀君もこの当時は延君と呼ばれており、関白一条忠香の養女でした。あと美賀君が慶喜より年上ということが、これから理解できたかなどともありますが、それがこのドラマ的にどれほど重要なのでしょうか。その説明がまるでありません。

さらに

『麒麟がくる』は最初から普通の言葉で一貫していた、でも栄一たちは訛っているのに京の公家出身者が京言葉を使っていない

これも戦国物は最初から普通の言葉でやり、幕末の諸藩の藩士や農民は方言を使うのが当たり前になっているからなのですけどね。
そして栄一はステータスが低い、徳川家定はオヤツむしゃむしゃでステータスが低い(『西郷どん』の慶福=家茂にも同じようなことを言っていました)、麒麟には仁政があったなどなど。何のことはない、『麒麟』に比べると『青天』は駄作だという印象を植え付けたくて、必死になっているようにしか見えません。こういうのを大河レビューと呼ぶべきなのでしょうか。

その次のページ、

栄一は武士と百姓の中間層である

とのことですが、その当時の身分制度は士農工商であり、いくら豪農でも栄一は百姓です。だからこそ、御用金を払った時に、言いようのない空しさを覚えたわけでしょう。そしてその次はと言えば、『三国志~趙雲伝~』との比較とか、果ては、自分の役割は中国の諫議大夫(天子を諫める役)であるとか何とか。
要はNHK大河にダメ出しをする人物が必要だ、自分はそうであると言いたいのでしょうが、ならば昨年の大河についても、ダメ出しをするべきところはきちんとしていただきたいものです。嫌いな作品でのダメ出しなど、小学生にでもできるでしょう。

しかしそんなに中国が好きならば、中国ドラマのレビューでもなさった方がいいのではないでしょうか。相変わらず『ゲーム・オブ・スローンズ』の話も出て来ますし。それにしても文章、特になぜここでこれなのかと言うのがわかりづらく、○○の裏にでも書いてほしいと思うほどです。つまるところ、この大河が何を言いたいかというのを理解しようともせず、批判らしきことを言い、他の大河だの外国物だのと比較するだけの姿勢が、またも証明されたようです。


飲み物-ランプと水とウイスキー



[ 2021/03/29 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』と今年の大河

『麒麟がくる』第1回放送後以来、アクセスしていなかった『武将ジャパン』を、久々に覗いてみました。特に行ってみたいとも思っていなかったのですが、『青天を衝け』に関しては昨年からよく言われておらず、どのようになっているのだろうと直近回(第6回)の分だけ見てみたところ、やはり批判的な言葉が並んでいました。ただ『西郷どん』の頃に比べるとやや元気がない印象も受けました。

元々このコラム的には、
舞台が東日本である
徳川方である
ということで、所謂西国雄藩とは違い、いくらか共感する部分もあるはずなのですが、どうも水戸の尊王攘夷思想がお気に召さないようです。加えて栄一の描写にも批判的です。そもそも
「最初に批判ありき」
的なところが強いため、何を見ても批判になってしまう。以前からそうですが、その傾向がかなり強くなっていますね。

いくつかピックアップしてみます。

『花燃ゆ』では大奥と言いつつ、なんちゃって大奥となるパートがありましたが、こちらは本物です。

まず、直近の幕末大河は『花燃ゆ』ではなくて『西郷どん』であり、この大河にはちゃんと本物の大奥が出て来ます。好き嫌いにかかわらず、そちらと本来は比較するべきだと思うのですが。それと『花燃ゆ』の萩城の「大奥」、外様大名であっても大奥と呼ぶケースもあったらしいので、全くの間違いとは言えないようです。
しかし男性主人公で幕末が舞台なら、やはり比較するべきは
『龍馬伝』
『西郷どん』
になるのではないでしょうか。尤もこのコラムは、放送から10年以上経った大河は参考にしないらしいので、『龍馬伝』は使えませんが。しかしそれだと、何かにつけて引き合いに出している『八重の桜』(女性大河の中では一番好きです)も、そろそろ使えなくなるかとは思います。

それから下田でハリスが牛乳を所望した件で

乳製品に馴染みのない幕末を表現したのか

とありますが、徳川斉昭は乳牛を飼育し、牛乳を飲んでいたという説もありますので、それに引っ掛けたのではないでしょうか。

その後の部分で『麒麟がくる』関連の記述。足利義輝は暴虎馮河(血気にはやって無謀なことをするというたとえ)という言葉を使ったという出だしで、

水戸学は皇国史観の源流で、取扱注意です。

などと書かれていますが、別に水戸学の何たるかを出す程度なら構わないと思うのですが。そもそも幕末という時代とも深く関わっていますし。そして

松平春嶽をドジっ子みたいにするそうで、歴史への敬愛が感じられません。なぜ大河でそんなことをするのでしょうか。

これも不満のようですが、ならば武者さんが持ち上げていた『麒麟がくる』の光秀のパシリ的描写は何だったのでしょうか。何かこの文章、ブーメランに見えて仕方ありません。

そして

「女性ファンはイケメンの裸とラブコメがあればバク釣りですよwww」とか思ってませんか?

武者さんが『いだてん』を持ち上げていた頃もイケメンの裸はあったかと思うのですが、それに関しては如何。無論あの中にもラブコメと思しきものはありましたし、『麒麟がくる』も然りでしょう。美濃へ向かう途中の駒とのシーンなども、かなりそれに近かったのではないでしょうかね。
(この項続く)

飲み物-タンブラーの白ビール

[ 2021/03/28 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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