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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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大河総集編放送に覚える違和感

先日投稿した「NHKサイト内の『鎌倉殿の13人』ロケ情報」で、以前ロケ関連で日刊スポーツのリンクを貼ったと書いていましたが、正しくはマイナビニュースのリンクです。失礼いたしました、訂正しています。

この前の日曜日(7月25日)から、オリンピック中継のため大河ドラマの放送が休止で、従って関連投稿も今週はお休みです。寂しくもありますが、一方で多少気が楽でもあります。やはり大河関連投稿となれば、もう一度録画をチェックしてということにもなりますし。本編の中で、気になった部分だけ書くべきかとも思いますが、もうしばらくは現状路線で行こうと考えています。

それから31日ですが、NHKBSプレミアムで『麒麟がくる』総集編の再放送を放送するようです。ちょうどオリンピック中継の裏に当たるので、オリンピックを観ない人、あるいは総集編を観ていない(または録画していない)人向けなのだろうとは思います。しかし思うのですが、令和に入ってから、やたらに総集編が放送される傾向があります。それもその時点での総集編であり、最終回の後に放送される分ではありません。

何だか、枠が空いたから総集編を流しておこう的な、ちょっと安易な、大河の安売り状態になっているような印象も受けます。本来プレミアムではこういう場合、全く関連のない大河を流すより、オリンピックとか、スポーツ関連のドキュメンタリー、あるいは関連映画などを流した方がいいのではないのでしょうか。

それよりもこれも先日書きましたが、TVが生き残るための策として、中継専門局になるという方法があります。実際オリンピック中継は、予想していたよりも数字が取れているようです。無論これは、4年に1度という特別なイベントということもありますが、スポーツやライブの中継をメインにすれば、今よりもまだ視聴者はつくのではないかと思われます。

飲み物-アイスコーヒー2
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[ 2021/07/30 23:45 ] 未分類 | TB(-) | CM(0)

「大河ドラマとは」の説明文がおかしい件について

それとこれも先日ご紹介した、NHKアーカイブスの「大河60」の「大河ドラマとは」なる冒頭の文章について。

この文章、やはりおかしいので突っ込ませていただきます。特に指摘したい箇所はゴシックにしています。

https://www2.nhk.or.jp/archives/taiga/about/

1963年、その後“大河ドラマ”と呼ばれる大型時代劇の第1作『花の生涯』がはじまりました。4月7日の日曜夜8時45分から45分番組として放送されました。番組が1月開始になるのは第2作『赤穂浪士』からです。放送時間は試行錯誤しましたが、夜8時開始となるのは1970年の『樅ノ木は残った』からでした。

大河ドラマも戦国時代ばかりではと、1984年から『山河燃ゆ』『春の波濤』『いのち』の近代大河路線をとりました。4年ぶりに戻った時代劇が、1987年の『独眼竜政宗』、平均視聴率は、39.7%と歴代最高となりました。

大河ドラマで最初にカラー化されたのは、第7作『天と地と』。ハイビジョン撮影の導入が決まったのは2000年39作の『葵 徳川三代』。高画質に耐えるセットや衣装、メークアップが必要でしたが、もっと大きな変化は画面サイズが「ヨコとタテの比率が4対3から16対9へ」と横長サイズになることでした。そして、2019年58作の『いだてん』からは高精細な4Kでの撮影になりました。

2021年放送の「青天を衝け」で60作目の節目を迎える大河ドラマ。

毎週ごとの1年周期という新しいテレビスタイルのドラマ形式を作りあげ、茶の間に映画に負けないテレビによる娯楽を届け続けています。


まず「大河ドラマも戦国時代ばかりでは」とありますが、1984年より前の大河は
平安時代中期
平安時代末期(源平)
戦国
江戸時代初期
江戸時代中期(赤穂大河)
幕末
と、かなり時代背景がバラエティに富んでいます。どう考えても「戦国時代ばかり」(戦国の比率が高いのは事実でしょう)ではないのですが、なぜこのような表現になるのか不可解です。

それから「4年ぶりに戻った時代劇」、「なぜ」4年ぶりに戻ったかに関して何の説明もなし。恐らくこれは視聴率の低迷に加え、視聴者からの声、さらにはこの時期放送されていた「新大型時代劇」(『宮本武蔵』、『真田太平記』、『武蔵坊弁慶』)の影響もあったかと思われます。こういうのはちゃんと書くべきではないのでしょうかね。

そして
「高画質に耐えるセットや衣装、メークアップが必要でしたが」
ですが、日本語がおかしいです。これ、ハイビジョンになったからこうなったと言いたいわけですから、
「ハイビジョンの高画質に耐えるセットや衣装、メークが必要とされ、大きな転機が訪れました」
と書き、その後でサイズの変化に持って行くべきでしょう。

さらに
「2019年58作の『いだてん』からは高精細な4Kでの撮影になりました」
ですが、4Kは『麒麟がくる』ではなく『いだてん』からだったのですね。第6回でギブアップしたため、その辺はよく覚えていませんでした。

最後に
「毎週ごとの1年周期という新しいテレビスタイルのドラマ形式を作りあげ、茶の間に映画に負けないテレビによる娯楽を届け続けています」
先日も書いていますが、これも日本語がおかしく感覚が古いです。毎週ごとの1年周期というのも何かもどかしい。「毎週日曜放送で1年単位の」とでもすべきでしょうし、「新しいテレビスタイルのドラマ形式を作りあげ」も変。それを言うなら
「新しいドラマの形式を作り出し」
とでもしてはどうかと思います。また
「茶の間に映画に負けないテレビによる娯楽を届け続けています」
映画に負けないとあるのは、その昔、TVは映画と張り合っていたらしいのですが、そのことを言っているのでしょうか。しかしどう考えても、今の感覚ではありませんね。それと茶の間、正確には「お茶の間」でしょうが、これもどこか感覚がずれているように思えます。
「かつて映画と張り合う形で始まった大河ドラマですが、今はテレビならではの娯楽を毎週ご家庭にお届けしています」
とでも書けばいいのに。そのテレビならではの娯楽も、どこか時代と噛み合わなくなっていますが。

大河とは、一応看板番組のはずなのですが、どうにもこうにもこういうところの文章がお粗末だと思います。

あとこの大河関係とか、特に「大河新時代」などという言葉がそうですが、かなり自己満足というか自画自賛的なものを感じずにはいられません。つまるところ、こういうのにも辟易するのですね。

飲み物-グラスに入ったビール

[ 2021/07/28 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』徒然その10

徒然その10です。大政奉還後に王政復古、小御所会議となるわけですが、この小御所会議の描写がどうにもこうにも急ぎ過ぎに見えます。『西郷どん』のような薩摩大河ではないため、たとえば西郷と大久保のやり取りなどを特に詳しく描く必要はないのですが、この時の辞官納地のこと、さらにその後、慶喜をはじめとする反倒幕派が有利であったことなどは、やはりドラマに入れるべきなのではないでしょうか。

このドラマは主人公はもちろん渋沢栄一(篤太夫)ですが、慶喜もかなり描かれていることから、慶喜が経験した幕末というのをもう少し入れた方がいいと思われます。この人物を描く場合、もちろん幕府方だけ描けばいいというものでもありません。徳川慶喜を描くということは、即ち薩長土、特に薩摩を描くことでもあるのですが、その辺りがどのくらい考えられていたのでしょうか。どうもバランスが悪く感じられます。

それができないのであれば、主人公の出番をもっと増やし、慶喜を出さないという方法もあります。あと、最後の部分で大坂城の家臣たちが、口々に薩摩討つべしと言うのは、何か『麒麟がくる』の演出を思わせました。それから天璋院、そこそこの年齢になっていると思いますが、若い時とあまり変わらない色柄の打掛を着ているのが気になります。いずれにせよ、この大河では無血開城シーンは出てこないようですが。

飲み物-タンブラーの白ビール

[ 2021/07/26 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河で描かれにくい時代

先日の投稿関連で、90年代前半に大河ドラマは放送フォーマットを変え、地方史中心の大河が放送されたと書いています。この時は1993年に『琉球の風』(沖縄)、1993年から94年に『炎立つ』(平安末期東北)という、中央の政治とはまた違った統治組織を持つ地域を描いています。また1994年の『花の乱』は京都で、その当時の足利幕府の拠点ではあるのですが、応仁の乱を描いた、室町時代の大河というのが他作品とはかなり異なっています。

また大河としてはレアな時代の作品もあります。80年代半ばの近現代ものがその代表と言えますが、それ以外にも南北朝が舞台の『太平記』、鎌倉時代後半が舞台の『北条時宗』などがあります。『北条時宗』の場合は元寇が描かれており、その後の鎌倉幕府の弱体化につながって行くことを考えると、この両方は鎌倉後期から南北朝という意味で、一括りにするべきなかも知れません。

実際この時代の大河があと何作か作られたら、そういう区分けになるでしょう。鎌倉時代前期と後期、2つの時代がそれぞれ大河の時代背景となるわけで、江戸時代の前期と幕末の関係に似ていなくもありません。

それにしても思うのが、戦国時代初期の大河が未だにないことです。三英傑や明智光秀、石田三成といったお馴染みの顔が出て来る織豊政権期と違い、あまり知られていない人物が登場するのが一因と言えるでしょう。

また視聴者としては、ある時代の始まりより、時代の終わりと次の時代の幕開けを見たいという人も多いのでしょう。ただ時代としては面白いかと思います。『麒麟がくる』で、戦国の黎明期などと言われたことがありますが、これはどう考えても「鉄砲を使った戦の黎明期」と呼ぶべきであり、真の戦国黎明期は、武田信虎(晴信の父)が生まれた頃、15世紀末の時代であると思われます。

飲み物-冷えたビール2杯
[ 2021/07/22 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』今後の視聴予定

まず、「『はたらく細胞』本編とBLACKの比較3」という投稿で、「面白くないのとそうでないのが」などと書いていましたが、もちろん「面白いのとそうでないのが」の誤りです。失礼いたしました。訂正しています。

その『はたらく細胞』の本編ですが、最初はそこそこ面白いと思ったけど、読み進めるにつれて、楽しめる、楽しめないがはっきりして来て、またキャラの描き方がちょっと通り一遍だなと感じるようになっています。実は大河ドラマ『青天を衝け』にも似たようなものを感じています。

血洗島の藍農家で生まれ、藍を作って商う内に商売の根本的なものを覚え、その後攘夷運動にも走り、さらに平岡円四郎のつてで一橋家に奉公するまでは、主人公の描き方は面白く感じられました。その他円四郎を含む市井の人々も、よく描けていました。元々、朝ドラ『あさが来た』を手がけた大森美香氏が脚本担当であるため、良くも悪くも、朝ドラ的なまとまり方をしていると言ってもいいでしょう。またこの間も書いていますが、この大河は『あさが来た』の延長線上にあるようにも見えますし、その意味では、大森氏は恵まれていると言えそうです。

ただこの先、一橋家からパリに行き、日本に戻ると明治維新だったという展開になるわけですが、こうなるとやや事情が違ってくるかとは思います。まず主演の吉沢亮さんは、若い頃の栄一→篤太夫は似合っています。しかしそれから先は、ある程度大人になり、顔にしわが刻まれてくるまでを演じることになります。先日も書いた老けメイクをすることになるのでしょうが、元々のこの人の雰囲気としては、あまり背が高くないということもあり、実年齢に近い10代から20代辺りであると思います。

そもそも女性的というか柔らかい雰囲気がある人なので、武士でない若者を演じるにはぴったりでした。栄一のいくつまでを描くのかはわかりませんが、30代位でもそこそこのおじさんを演じられる人もいますので、そういう人が主演でもよかったかと思ってもいます。もし老けさせるのであれば、『篤姫』のように、最後のほんの何分かだけ、年取った姿を見せるというのもありそうですね。

それから「武士でない」という点に関して。ここ15年程の男性主人公の幕末大河、『龍馬伝』や『西郷どん』は、幕府や身分制度に疑問を持ってはいたものの、曲がりなりにも武士であり、完結編ではその人生のクライマックスを描くという展開になっていました。

しかし今回の主人公は、それとはまた異なっています。明治後は実業家としての道を歩くことになりますが、その人物の最期を描くにしても、暗殺とか戦とは違った描かれ方になります。そのため中盤から終盤で受けるイメージも、また大きく異なったものとなるでしょう。

幕末から明治にかけての、あの何が起こるかわからない、それ故に観ていて引き込まれて行く雰囲気とは、恐らく一線を画することになるだろうなとは思います。そのため、今後観続けるべきか否かについてちょっと考えています。一応後編のガイドブックは購入していますので、それに記載されている分までは観る予定ではありますが。

脚本は可もなく不可もなしといった感じで、実際主人公の描かれ方はいいのです。昨年の『麒麟がくる』は、オリキャラや衣装の色合いなどもさることながら、主人公の描かれ方にも疑問があって、その結果桶狭間までしかリアルタイムでは観なくなったわけですから。ただやはり、終盤にかけてどう描かれるのが今一つ掴みにくいし、あと幕府関係者や幕末史関連の描かれ方に疑問があるので、それも今後に向けて、何かしら引っ掛かる一因となっています。

あとキャストに関して少し。第20回で主人公の篤太夫が、町田啓太さん演じる土方歳三と行動を共にするシーンがありました。正直言って、ちょっとBLぽい絵面かなと思いましたが、それはさておき。私としては土方の役は、町田さんよりも寧ろ高良健吾さんの方が似合うような気がします。高良さんの場合、所謂侍の役がかなり板についたところがあります。町田さんは、今後戦国大河をやる時に、明智光秀を演じてほしいです。その場合『どうする家康』になるのでしょうか。

飲み物-アイスティーとグリーン

[ 2021/07/05 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河とオリキャラ

先日『黄金の日日』について書きましたが、大河の例に洩れず、オリキャラと思しき人物が何人か登場します。無論物語を進めて行くためにも、こういう存在は必要ではあるでしょう。ルソンの人々の中にもオリキャラと思しき人もいれば、逆に、恐らくは実在したのかも知れないという人もいます。

また1980年の『獅子の時代』は、主人公そのものがオリキャラです(1967年の『三姉妹』、1993年の『琉球の風』も同じ)。主人公がオリキャラだと、自由に動かせるのが魅力ではありますし、実在の人物をモデルにした場合は描けないようなことも、描けてしまうというメリットがあります。ただ当然ながら、その人物ゆかりの地であるとか、本人の生家や文書など、ゆかりの文物も実在しません。昨今のように観光とタイアップしている場合、やはり実在の人物の方が有利であるとは言えます。

一方で、主人公やその周囲の人物は実在したものの、『いだてん』はフィクションであると言っています。ただこの場合フィクションと言うよりは、何度も書いてはいますが、奇を衒った感が目立ちました。それにそもそも大河とは、実在の人物を登場させ、史実を織り交ぜた「フィクション」ではあるのですが…。

で、昨年から今年の『麒麟がくる』ですが、これはオリキャラが出過ぎという批判がありました。オリキャラと言っても、如何にもそれらしき人物を出せば特にどうということはなく、寧ろ話を面白くできる効果があります。しかしこの時は明らかに、いやここにその人物が出て来るのはおかしいでしょうというシーンも目立ち、ドラマの肝心な部分が、オリキャラによってぼやけてしまった感が無きにしもあらずです。

『真田丸』では、最終的に大坂城に火をつけたのは、秀吉に妻子を手籠めにされた料理人という設定でした。この人物もオリキャラだったと思われますが、信繁たち大坂五人衆の話を盗み聞きして、敵方に通報するスパイのような仕事もしたり、信繁の家来を暗殺したりで、ここに来てこの人物の登場は、ちょっと都合がよくないかなという気もしていました。この大河は、終盤では真田丸の戦い関連は流石によかったものの、それまでの大坂の陣のイメージを変えようとして、ちょっと無理があったのではないかと思っています。

それからちょっとだけ慶喜と西郷について。『西郷どん』の時に「武将ジャパン」で、西郷の敵は松平容保でないとおかしいなどと書かれていたことがあります。確かに『八重の桜』の会津戦争関連回では、薩摩主体の官軍と会津がにらみ合っています。しかしそれより前の幕末の段階では、西郷に限らず薩摩が対峙した相手は、徳川(一橋)慶喜だろうと思います。尚先日の『青天を衝け』は、明日投稿の予定です。

飲み物-チューリップグラスのビール

[ 2021/06/18 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

「『国盗り物語』に見る明智光秀」終了に当たって

6月13日が目前です。この日は坂本まで落ち延びる途中、光秀が小栗栖で竹槍にかかって果てた、あるいは自害した日とされています(無論その当時ですから旧暦ですが)。

『国盗り物語』では、本能寺の変後の光秀は、人心を収攬しようとして金銀をばらまくも、自分は天下人の器量でないこと、恐らく人々の期待を背負っているのは秀吉であることを悟り、そのせいかどうか、秀吉との戦準備はどこか中途半端でした。あるいは、負けるべくして負けたとも言えます。本能寺という大花火を打ち上げた割には、その最期は実にあっけないものでした。

本能寺の変は本当は誰が起こしたのか、それには様々な説があります。無論この『国盗り物語』以外にも、光秀が信長のことを恨み、この行動を起こしたという設定の小説もあります。

しかし『国盗り物語』の場合、前編が斎藤道三、後編が織田信長がそれぞれ主人公という二部構成で、さらにそれに光秀が絡む仕組みになっています。これから、道三の後継者としての信長と光秀、その両名の関係や、考え方の違いなどがかなり鮮やかに描かれており、それぞれの考えの食い違い、そして決定打とも言える丹波の召し上げなどから、本能寺への導火線に火がついたと思われる描き方になっています。

無論信長に仕えるまでの光秀は、諸説があります。医者をしていたという説も今は有力ですが、この時はまず叔父道三の、京での妻であったお万阿のもとを訪ね、その後諸国を歩いた後越前にたどり着き、ここで下級武士相手の道場を開くことになります。

とはういうものの暮らしは苦しく、しかも妻のお槇と従兄弟の弥平次光春が、世話になっていた僧が亡くなったことから、越前にやって来ます。3人でどうにか糊口をしのぐ日々が続き、光秀は希望を失いかけますが、とあるきっかけから朝倉家への方向がかない、さらに将軍擁立に動くことになります。

この将軍擁立も、ふとしたことで知り合いになった細川藤孝と辛苦を分かち合う日日が続きます。ただし見方を変えれば、光秀が様々な形で夢を見ることができた日々でもありました。不安定である代わりに、選択肢も多かったのです。

無論足利義昭には苦労させられどおしでしたが、幕府再興となる夢も残されていました。中世的なものの好きな彼らしい理想でした。実際信長の力を借りて彼を将軍にし、光秀自身の地位も身分も安定したものの、今度はそれゆえに幕府と信長の板挟みになり、自分で擁立した将軍を自分で追放するに至ります。

信長の家臣となってからは、評価される代わりに、信長の考えとの対立に悩まされるようになります。かつての義昭に対する姿勢がそうであったように、今度も自分で主君を追い落とす、もっと言えば葬り去ることまでしてしまうことになります。

創作も多いのですが、この位の創作であれば、物語を面白く進めるためには必要であるでしょう。『麒麟がくる』を途中であまり楽しめなくなり、その代わりにと思って、牢人時代からをここでご紹介して来ましたが、私としても、『国盗り物語』を再読するいいきっかけとなりました。今後も何かの機会でこの原作、そして大河を引き合いに出す可能性はあるかと思います。

飲み物-緑とグラスビール
[ 2021/06/12 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

久々に『麒麟がくる』を観ました

久々に『麒麟がくる』の、足利義昭が信長を敵視するようになる辺りの回(「義昭、まよいの中で」「訣別」)を観てみました。それで感じたことですが

衣装関係
  • 「やはり」衣装の色彩がおかしい、天然の染料であそこまではならないでしょう
  • 信長の服装も相変わらず派手派手しいのですが、所謂「かぶき者」のイメージとはちょっと違いますね
  • 公方様は側に駒しかいないのに、立烏帽子に直垂なのでしょうか
  • 光秀が三条西実澄の従者となるシーンで、公家風の装束を身に着けていますが、こちらの方が似合うように思います
  • それにしても光秀はかなり衣装を変えているのに、三淵様は最初から同じ直垂を着ているのはなぜでしょうか

ストーリー及び演出
  • こちらも「やはり」オリキャラが出過ぎ。駒と東庵と伊呂波太夫を出すために、脚本に手を加えた感もあり
  • 秀吉の母なかが、かなり派手な「ちゃんちゃんこ」様の物を着て、明智家を訪ねて来たりしていますが、流石にあれはないでしょう
  • 光秀と他の武将が話すシーン、あんなオープンな状況下で話すでしょうか。あれでは話の内容が外に筒抜けではないのでしょうか。
  • 光秀と熙子が、建築中の坂本城から琵琶湖を見るシーン、『功名が辻』の一豊と千代を意識しているように見えます。そういえば制作スタッフに、この時のディレクターが入っていましたね
  • それから玉三郎さんはやはり女形の方がいいと思います

この時期、足利義昭が段々と信長を疑うようになり、光秀もまた矢面に立たされるわけで、題材としてはいいのですが、如何せん描写がオリキャラ中心に進んでいる感があって、それで興を削がれます。
あと衣装の色も、最初から見ると少し抑えたようにも見えますが、黒澤和子さんの「戦国時代だから思い切り派手に」の方針は、今後も変わらないかも知れません。『どうする家康』の衣装が今から心配になります。

以上様々な点をひっくるめた結果、やはり『青天を衝け』の方が大河らしく見えます。無論、こちらも疑問がないとは言いませんが。こちらの方の衣装に関して言えば、黒澤さんが公式サイトで、幕末は服装がとても地味な時代だと、何やら地味であることが不満であるようなコメントをしていますが、彼女に取って地味なくらいが、視聴者にはちょうどいいのではないでしょうか。


飲み物-サングリア

[ 2021/05/31 23:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『国盗り物語』に見る明智光秀 62

森蘭丸から光秀の謀反を聞かされた信長は、癖でちょっと首をかしげますが、すぐに
「是非に及ばず」
と言い、弓を取って高欄に出ます。そして矢をつがえて放ちますが、すぐに弦が切れ、槍を取って応戦します。
この応戦は最後まで働き続けようとする気持ちのゆえか、あるいはその人生の最終局面を、最も勇敢な形で飾ろうとする美意識の表れなのか、恐らくはその両方が入り混じったものと取れます。とにかく信長はよく戦いました。

そして長谷川宋仁を呼び、
「汝(うぬ)は武士ではないゆえ、死ぬな」
と言い、女どもを連れて落ち延びろと命じます。その後殿舎に火をかけさせ、濡れ縁に再び出たところ、庭は明智の兵で満ち溢れていました。信長の側近たち、あるいは別の宿舎から駆け付けた者たちも、次々と戦いの中で命を落として行きます。その時、
「右大臣家、御免候え」
と駆け寄って来た者があります。明智家の槍の名手、安田作兵衛国次でした。信長はこの者に一喝し、首を取るため近寄って来たこの人物は、不覚にも信長を拝跪します。

信長は振り向きもせず奥へ向かい、何度を立てきって障子を閉じ、燭台を引き寄せます。彼にとって他人に討たれることなどは許しがたいものであり、自分を殺すのは自分の他にはありませんでした。腹を搔き切り、介錯を誰がしたのかは不明ですが、首が落ち、ほどなくその体は灰となります。
その少し前、夫人の濃姫も絶命します。辻が花の小袖に襷をかけ、薙刀で応戦している内に、明智方の山本三右衛門の槍に掛かって果てています。彼女には実子がいなかったため、道三の血は彼女の代で途絶えました。

そして信長の嫡子信忠です。妙覚寺に宿を取っていた信忠は、包囲軍を崩しながら隣接する二条新御所に移り、この御所に住まわれる誠仁親王に危害が及ばぬよう、移座されるまで戦いをやめるように光秀に通告します。親王は、この時御所にいた里村紹巴が駆け回って手に入れた板輿で出られ、その後戦闘が開始されます。
なお信忠の家臣には、猪子兵助がいました。この人物は、例の正徳寺の会見の際、道三の家来として従っており、道三亡き後は織田家に仕え、そしてこの時は二条新御所から逃げ落ちて、秀吉に仕えて生涯を全うしています。

やがて信忠は二条新御所に火を放ち、自害します。首を打ったのは鎌田新介という者でした。信忠も、死体は縁の下に入れよと命じており、本能寺共々二条新御所も焼け落ちます。
その頃、別の人物が居城を発ち、出陣しようとしていました。細川藤孝です。信長によって、天子や公卿といった伝統が回復され、十二万石余りの大名となり、今は丹後宮津にいました。しかしこの城主は、名義上は息子の忠興となっていました。かつての足利家の臣らしく、二君には仕えぬという教養人らしさを見せたのですが、藤孝はそういう、処世術に長けた面を持ち合わせていました。

そして天正10(1582)年6月3日。予定通りに出陣するつもりでいた藤孝は、城を出るまでのしばしの時間を、大津から来た十四屋という町人との会話に当てていました。藤孝は名門出身でありながら、経済的に苦しい時代を過ごしたせいか、かなりの倹約家であり、衣服も具足も黒のみを用いました。黒は高雅であると思っているせいもありますが、汚れが目立たないのもその理由の一つでした。
また絵ぶすまなども用いておらず、如何にすれば金がたまるか、それを教えてくれたら銀百枚を与えると藤孝は言い、十四屋は、それがお金がたまらない一因ですと返します。この辺りが藤孝のいわば愛嬌でしたが、その時先に城を出た忠興が、慌ただしく戻って来ます。

本能寺の変、信長の「是非に及ばず」が出て来ます。この原作では、すべてを能動的にあきらめ去ったという解釈になっていますが、昨年の『麒麟がくる』関係では、あの光秀から攻められたのであればどうしようもない、そういった解釈も登場していました。ともかく、信長は明智軍を相手に戦い、また商人である長谷川宗仁や女性たちを逃がします。
ただ濃姫はこの場に残り、明智軍相手に奮戦した後に命を落とします。そして信長も、最早これまでと奥に入って腹を切ります。数えで49歳の生涯でした。その後嫡子信忠も、二条新御所から誠仁親王を逃がし、その後応戦した後に自害します。

この時親王のそばには里村紹巴がいました。紹巴は、あの連歌の際の発句が現実のものになったことを、どのように思ったでしょうか。
またこの親王は、本来であれば正親町天皇の跡を継いで即位するべき人物でしたが、この4年後に薨去し、遺児である和仁親王(後の後陽成天皇)が即位しています。
そして丹後宮津では、細川藤孝が出陣の準備をしていました。備中へ向かうつもりで、出陣までの間、大津の商人十四屋との会話を楽しんでいたのですが、前隊の指揮のために先に城を出た子の忠興が、城に戻って来てしまいます。その理由は何なのでしょうか。


飲み物-ショートカクテル
[ 2021/05/29 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』は、どのように描かれるのか。それを考えてみると

来年放送予定の『鎌倉殿の13人』、これまで何度かキャスト発表がされて来て、どのような人物が主に登場するのかも大体わかって来ました。これまでのところを見ると、源氏の方が当然ながら多いかなとは思います。

一方で平家はと言えば、平清盛が松平健さん、平宗盛が小泉孝太郎さんというのがわかっているのみです。こういった点から判断すると、平家の人々はあまり登場しないか、出て来てもそこまで重要なキャラではないのかとも思ってしまいます。ただ頼朝挙兵から壇ノ浦に至るまでは、平家の人物がそこそこ出て来る必要があります。そこは三谷さんも、戦闘シーンを少なくして、寧ろ鎌倉重視で描きたいと考えているのかも知れません。

ただ『真田丸』では関ヶ原をショートカットできたものの、この場合壇ノ浦を描かないわけには行かないし、それより前の一の谷や屋島の戦いも一応は触れておいた方がいいかと思います。あるいは未だ、俳優さんの事務所と交渉中なのかも知れませんが。

それと三谷流のアレンジという点を考えた場合、源頼朝をあまりかっこよく描かないのではないかと思っています。頼朝といえば鎌倉幕府の創設者、つまり日本における武家政権の創設者ではありますが、意外と妻である政子に歯が立たず、北条家の人々の中で色々悩んだという描写もありでしょう。これは頼朝を演じる大泉洋さんが、前回は真田信幸(之)役であり、あれこれ悩む人物であったのと関係しているのかもしれません。

またこの場合、主役は北条家の人物で初代執権でもあるわけですから、北条側の視点が中心になると思います。前に、頼朝は操り人形的になるのかと書いたことがありますが、その線ももちろん考えられます。主人公は義時で、頼朝がいなくなった後は義時の思惑に沿って人々が動き、北条による体制が確立して行くわけで(これは『草燃える』総集編の最終章も同じ)、その過程をどう描くかで面白さが決まりそうです。

ところでこの大河は、昨年の11月からキャストが発表されていますが。最近、特に『麒麟がくる』などは放送予定年の2年前に制作発表され、その後定期的にキャストが発表されるようになっています-ただ『青天を衝け』は発表9月、またコロナ禍もあってか、第一次キャスト発表が翌年7月と比較的遅めでした。

それで行くと、『どうする家康』の第一次キャストも、あと半年ほどで発表となりそうです。無論三谷さんはあて書きをする人なので、その意味もあっての早めの発表でもあるとは思いますが。

飲み物-ランプと水とウイスキー

[ 2021/05/23 11:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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