先日投稿分の続きになります。実写ドラマに比べるとアニメは、それそのものが異次元世界であり、そこまで現実もしくは史実にうるさくないと書いていますが、無論作品にもよります。たとえば歴史上のある時代を描いた作品であれば、そのようなわけにも行かないでしょう。ただ私としては、アニメや漫画であれば、多少考証が緩くても特に気にならないのですが、実写は、どうしても自分が経験する日常と比較してしまいがちで、それだけ単なるフィクションと捉えにくいせいもあります。
大河ドラマももちろん実写です。ただこの場合、時代背景は数百年前、場合によっては千年近く前であったりするため、今現在の日常とは当然比較になりません。というか寧ろその逆で、数百年も前の時代設定であるにも関わらず、あまり現代的な描き方をされると、批判されがちになります。如何に今の時代と違うかというのを、やはり視聴者は求めているわけです。そもそも史実を織り込むのが前提のはずですから、どうしても史実を云々されるのはやむを得ないことであると言えます。
ただし大河の創作部分でも、極端に本筋からかけ離れていなければ、それはそれで納得できるのです。結局のところ本筋がしっかりしていて、主人公の存在がきちんと示されていて、しかもオリキャラが必要以上に出て来ないとなれば、受け入れられるということになるのでしょうか。ただしこういうのは主観的なものであり、もちろんその基準は視聴者によって異なります。だからこそ、制作側のはっきりした姿勢が求められてくるわけです。
その大河に関して思うことがあります。
大河のアニメ化
漫画を原作とした大河
は可能かということです。アニメに関して言えば、以前NHKは、ポワロとミス・マープルを主人公にした
『アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル』
をアニメ劇場枠で放送していましたが、こういう作品を参考にして制作するという方法もあります。その一方で、漫画を原作にした大河ですが、恐らく一部の、特に高齢の視聴者からは反発される可能性もあります。無論今の時代、漫画原作の時代劇は『JIN-仁-』をはじめ数多く存在しますし、NHKが制作した『風雲児たち』や『陽だまりの樹』も漫画が原作なのですが、大河だとやはり事情が違うとなるのでしょうか。
ところで『武将ジャパン』で大河を云々するのであれば、こういった提案もあっていいかと思うのですが、生憎私の知る限り、それはなかったようです。元々このコラムは、幕末大河で幕府寄りを善とし、薩長を悪とみなしがちな上に、筆者が昔の作品を観ないと明言していて、これでは作品をフェアに見られるわけもなく、また過去の大河と比較して考察できるわけもありません。こういうのは、それこそ個人ブログでやってほしいものですし、実際個人ブログで、武者さんよりもきちんとしたレビューを目にしたこともあります。私のような個人ブログと違い、多くの人に見られるコラムであれば、まず建設的な見方と客観的な文章を心掛けていただきたいものです。
あと原作に関して、これはまた別のとあるブログで、今は小説やコミックの原作が多いといった記述を目にしたことがあります。しかし昔の大河は殆ど小説が原作です。また漫画が原作の作品というのも、80年代には存在していたはずです。脚本家がオリジナルの脚本を書かないという意味なのでしょうが、別に私はそれがどのような形であれ、ドラマとして楽しめたらそれで満足ですし、正直言って特定の脚本家を応援しているわけでもありません-ただ三谷さんの脚本は、今度はどのような形に持って行くのかという興味は湧きますが。ところで脚本を評価する際に、伏線とその回収に言及する人は多いかと思いますが、私の場合、それのみに関心を寄せることはまずありません。
(この項続く)