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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その7

先日の続きです。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第3回「三河平定戦」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/23/173019

まず
「雑な馬についての擁護はうんざり」
とあり、
「「天候に左右されて、1日に取れる時間もすごく短かったり、制限ができるなかでどうしたら持続可能な時代劇の撮影方法を開発できるのかと取り組んでいるのが、バーチャルプロダクション」と解説した」
という記事が紹介されており、その後にこうあります。

これはわかっています。『鎌倉殿の13人』でも多用していましたね。でも、概ね許容範囲でした。
それが今年はもうコースギリギリどころか完全にアウト! 大暴投です。

て、どこが「コースギリギリ」で「完全にアウト」で「大暴投」なのでしょうね。
結局、鎌倉殿はいいの!許容範囲なの!でも私が嫌いな『どうする家康』はダメなの!
こう言いたいだけじゃないんですか。
で、VFXの話が続くのかと思ったら、なぜか別の話題。ま、武者さんらしいと言えばそうですが。

於大の方が出ていく場面のわざとらしさは何ですか?
これが今生の別れと理解したようにギャーギャー泣く赤ん坊。
キョトンとしていてもおかしくないでしょうに。

急に話題を変えて来ますね。自分が気に入らないところ、無理やりにでも突っ込みたいと思われるところばかりピックアップするから、こんな筋の通らないレビューもどきになるのかなと考えたくもなります-あと、好きな作品と嫌いなのと同じようなシーンがあって、そこに触れられると困るというのも少なからずあると思われ、そういう部分を避けようとして、ちょっと辻褄が合わなくなっているのも、過去にいくつも見て来ました。

で、この赤ちゃんですが、母親が去って行くこともあるでしょうし、それでなくても周囲の物々しい雰囲気、これをかなり感じ取ってもいるのではないでしょうか。武者さん、嫌いな大河のコラム本文だから、昨年のとはうって変わってかなりの喧嘩腰ですね。
そしてそれを言うのであれば、昨年の三寅君はお公家さんのお子さんの割に、かなり動き回っているなという印象はありました。そう言えばこちらは生まれたのが寅年、寅月、寅の刻ですね。

そして

それでも気合の入った合戦シーンがあれば良い。同じ戦国ものでも、『麒麟がくる』は序盤から期待を裏切らなかった。今年はどうする?

また「キリンガクルデハー」ですか。ならばその『麒麟がくる』の、期待を裏切らなかったシーンとやらがいつの放送であるか、明記してほしいものですね。あとで録画見て検証したいのですけど。

で何がおかしいかとあって、

兵士の走り方が変。統制が無茶苦茶。弱い軍隊だと見せたいから、わざとそうしている?
敗戦時の死屍累々の場面が不自然全員綺麗に死んでますが、リアリティを出したいなら、武具が剥がれているとか、あるいは呻き声をあげている瀕死の者がいるとか、それにとどめを指す敵がいるとか、表現方法はいくらでもある
そういうディテールが甘いのでやっつけ感ばかり
背中がガラ空きのまま、槍で相手を押していく本多忠勝って、ゲームじゃないんですよ。あんな背中を見せていくなんて、強さが全くわからない。殺陣もおかしい

まずここまで。どの戦いか明記されていないのですが、刈谷城攻めでしょうか。兵士の走り方がおかしいですか?平原を走っているわけじゃないし、ああいうものだと思いますが。あと戦死者のシーンは引いて撮っているわけで、これがアップであればそういうリアリティも必要でしょうが、そこまですることもないのでは?どちらかと言えば、戦死者と思われた忠勝が、生きているというのを見せたかったわけですから。
VFXなのがいくらか物足りない気もしますが、ディテールがそこまで甘いとは思いません。武者さんが甘いと思いたがっているからそう書くのだろうとは思います。あと忠勝は、背後の敵とも戦っているのですけどね。ちゃんと本編観ましたか?

殺陣といえば、動ける岡田准一さんであるにも関わらず、ちゃんと当時の剣術の動きをしないせいで台無しになっています
岡田信長の動きは江戸、そして明治以降、剣劇として映える動きです。けれども実戦的ではない。『麒麟がくる』ではちゃんとできていたのに……
家臣団の喧嘩も、高校を舞台にしたヤンキー漫画のようで何が何やら。どうせ誰一人として死なないでしょ?と落ち着いて見ていられる安心仕様ですね

「当時の剣術の動き」て、具体的にどんな剣術なのか、書いて貰えないでしょうか。そして実戦的でないなどとありますが、この回では戦で剣を使っていませんけどね。あと
「『麒麟がくる』ではちゃんとできていたのに……」
て、岡田さんあの大河には出ていませんが。『軍師官兵衛』の間違いでしょうか?それとも『関ヶ原』か何かと混同しているのでしょうか。それと喧嘩のシーン、武者さん前回の信長もヤンキーがどうこうと書いていますが、よほどヤンキーがお好きなのでしょう。

戦死者の名前をいちいちカウントして、「こんなに死んだ」と演出する
実に現代人が考えた戦争演出ですね。アニメかゲームじゃないんだから、当時は戦死者をあれほどすんなり把握できません。去年あんなにできてた生首描写はどうしましたか?

戦死者の名前を書き出すのは、他の大河でもやっていたと思います。当時は農民も戦に参加していたことも関係しているでしょう。そして戦死者のみならず、行方不明者もきちんと書かれていますが、その辺ちゃんと観てますか?そう言えば武者さんが好きな『おんな城主 直虎』では、取った首の数のカウント方法として、エクセルまがいのやり方を持ち出していましたが、ああいうのこそありえないでしょう。
それと昨年とはスタッフも違うし、何も同じように生首を出してくることもないでしょう。首桶の頭の部分は見えていましたから。

次回は武者さんが書いている『麒麟がくる』のシーンの検証を入れたいと思います。

飲み物-ホットラム
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[ 2023/01/27 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第2回「兎と狼」あらすじと感想-1

第2回の前半部分です。


天文12(1543)年。三河の岡崎城では松平広忠の正室、於大が男児を出産する。寅年、寅の日そして寅の刻に生まれたその子は、寅の化身のように逞しくなると於大。そして広忠は、虎の縞模様の布にくるまれた、竹千代と呼ばれるその子を家臣たちに披露する。於大は虎の如き猛将となるに相違ないと言い、がお~と虎の声をまね、家臣たちや広忠も唱和する。

そして永禄3(1660)年大高城。虎の如き猛将になるはずだったかつての竹千代、今の元康は、迫りくる織田軍を前になすすべがなかった。石川数正は戦うか逃げるか、二つにひとつでござると言い、家臣たちは口々に戦うと言うが、織田軍の前に元康軍は如何にも劣勢で、本多平八郎忠勝は、相変わらず人を見下したような物言いをしていた。

大久保忠吉も、義元亡き今総大将は殿でござると元康にはっぱをかける。そして家臣一同決断を迫るが、最早織田軍は目前に迫っており、信長は逃げぬとはあっぱれと城に向かって言うが、元康は逃げなかったことを悔やむ。しかし織田軍は大高常から少し離れた場所に留まったきり、攻めてこようとはしなかった。忠勝は信長の何をそんなに怖がるのかと尋ねるが、元康はその12年前、信長に拉致されていた。

松平は今川と織田に挟まれており、広忠は竹千代を戸田宗光に預けて安全な場所に逃がそうとする。しかし宗光の裏切りで、竹千代の従者は殺される。そこへ赤い着物をまとった男たちがやって来て、竹千代を連れ去ってしまう。彼らが着いたのは尾張津島で、真紅の着物をまとった彼らの首領的存在、信長がやってくる。白い子兎のようだと信長は竹千代を見て言い、食ってやろうかと顔を自分の方に引き寄せる。

再び大高城。信長は鞭で地面をかき、兵たちはそれを合図に引き下がる。平岩親吉はそれに驚く。再び12年前。信長の父信秀は広忠に、今川と手を切らないと竹千代の命はないと文を送る。広忠は苦悩しつつ、竹千代のことは如何にしようと勝手なりと伝えるように家臣に命じる。竹千代は信秀の前で首を刎ねられようとするが、その時信長たちが現れ、信長は信秀にこう言う。
「親父殿、こやつは俺のおもちゃじゃ。勝手なことをされては困りますな」

やらねば示しがつかぬと言う信秀に、信長はこう答える。
「生かしておけば使いみちもありましょうぞ」
不敵に笑う信秀。そして信長は、例の赤い着物の者たちと相撲を取り、竹千代にも相手をするように命じる。しかし信長がやることは弱い者いじめに等しく、地獄じゃと言う竹千代。何と申したと信長は尋ね、地獄じゃと聞いてそりゃあいいと笑う。
「その通り、この世は地獄じゃ!」

結局大高城を取り囲んだのは、我らをすくみ上がらせるためと数正は言う。元康は里心がつき、駿府へ帰りたいと言い出す。今川が負けた以上、大高城に籠っていてもどうしようもなかった。しかしその後岡崎から書状が来て、城代の山田が討ち死にし、家来たちが駿府へ戻ったことを知る。勝手に城を捨てたことに憤る家臣たちだが、忠勝は我らだって同じと平然と言う。

岡崎に城代がいないということは、ここの守りが手薄になっていることを意味した。岡崎入りを促す忠吉だが、元康は勝手に岡崎に入れなかった。しかしこの地は松平の本領で家臣の妻子もいた。自分の妻子は駿府にいると言い張る元康だが、家臣たちの様子を見て三河領へ戻り、お前らには暇を出すから好きな所へ行け、自分は駿府へ戻ると言う。

一行は矢作川まで来たが、元康は面白くなさそうだった。多くの者たちが岡崎を目指す中、残る者もおり、忠勝もその1人だった。しかしその時、親吉が敵の来襲を伝える。織田勢かと疑う元康だが、相手はどうやら松平昌久の軍勢のようだった。迎えに馳せ参じたと言う昌久だが、昌久は過去に裏切ったことがあり、家臣たちもこの人物を信用していなかった。しかし昌久は、今こそ松平一族が一つとなって、三河国を守るべきと声を張り上げる。

元康は迷ったが、信じることにする。あやつの言う通り、松平同士でいがみ合うてる場合ではないと元康は言い、昌久の前に進み出る。昌久は土下座して彼らを迎えるが、その時荷駄を覆っていた筵が外され、中から銃を構えた武者たちが姿を現した。


寅年の寅の日、そして寅の刻に生まれた元康は将来を期待されます。しかし実家の松平家は、当時東から今川、西から織田が進出して来ており、我が子を安全な所に逃がそうとする広忠の思いも空しく、織田に連れ去られてしまいます。当主織田信秀の前で殺されようとする竹千代を信長が庇い、
「生かしておけば使いみちもありましょうぞ」
と父信秀に言います。その12年後、大高城でも信長は同じことを思ったかのようで、だからこそ軍を引き揚げたとも取れます。

また「使いみち」という言葉、これは『軍師官兵衛』の「命の使い道」を連想しますね-岡田さんが言うと特に。それにしても織田の父子が、かなり恐ろしく感じられます。しかも当時の竹千代を、「俺の白兎」のみならず「俺のおもちゃ」とまで言い出し、実際体格差がありすぎる竹千代に、強引に相撲を取らせ、竹千代は地獄を見る思いでした。その言葉に信長も「この世は地獄じゃ」とうなずきます。元々信長は変人、あるいは新しもの好きなキャラであることが多いのですが、この信長は何とも不気味な存在です。

それと先日、制作統括の磯智明氏が『平清盛』にも関わっていたことを書いていますが、この信長と手下、恐らく家臣なのでしょうが、正に清盛的な雰囲気です。今後もこういうシーンが登場するのでしょうか。

ところで最早大高城を守る必要もなくなり、駿府へ帰ろうとする元康ですが、岡崎城の城代が亡くなったこともあって、岡崎を目指そうと家臣たちが言い出します。第1回、第2回とも家臣たちが口をそろえて元康に決断を促し、元康が迷ってしまっています。とは言えこの時彼は数えの18で、まだ悩んでも不思議ではないのでしょうが…。

結局三河まで行くことになった元康は不機嫌です。帰るべき者たちは帰り、残った一部の家臣を連れた元康ですが、敵軍と思しき軍勢に遭遇します。しかしそれは同じ松平一族の昌久でした。この人物は裏切ったことがあり、家臣たちは信用していないものの、元康は信じようと言い出します。とはいえ、この昌久も元康の首がほしいようで、荷駄の中に鉄砲武者を忍び込ませ、劣勢の元康軍に襲い掛かります。やはり、家臣の言うことは聞いておくべきだったようですね。


飲み物ーホットワインとくるみ
[ 2023/01/16 01:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』公式サイト関連で少し

では先日ご紹介した、『どうする家康』公式サイトのURLを改めて置いておきます。

https://www.nhk.or.jp/ieyasu/

今のところ主演の松本潤さんと脚本の古沢良太氏、そして登場人物の紹介がある程度ですが、放送が近づくにつれて、色々なコンテンツがアップされてくるのでしょう。尚ガイドブックは12月23日発売予定となっています。

キャストに関しては、今まで何度か発表の度にご紹介していますが、井伊直政役が板垣李光人さん、穴山梅雪役が田辺誠一さんと、『青天を衝け』に出演した俳優さんが2人いますし、今年以仁王を演じた木村昴さんも渡辺守綱役で再登場です。その他過去の大河経験者も多く、何よりも『軍師官兵衛』の主演、岡田准一さんが今回は信長役で登場です。今のところ家康(松平元康)とその家臣団に加え、周囲の大名とその家臣が中心となっています。この大河はお田鶴の方が出るのがちょっと楽しみです。

あとこちらも歩き巫女が出て来ますね。千代という名で古川琴音さんが演じています。他にもオリキャラが出て来ますが、やはりオリキャラと言うのは、創作の中で動かしてこそのものではあるでしょう。それから時代を反映してか、忍びも何名か登場します。

それと脚本以外のスタッフの紹介はまだありません。これも今後アップされて行くことになるのでしょう。


飲み物-エスプレッソ2
[ 2022/12/06 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第39回「穏やかな一日」あらすじと感想-2

第39回「穏やかな一日」後半部分です。それと先日分の変換ミスと意味の通りにくい部分を修正しています。


義時は疲れたとその場に寝そべり、伊豆の時政にうまい物でも持って行くように泰時に言う。そして鶴丸には盛綱と言う諱と、平の氏を与える。鎌倉に平家ゆかりの者がいるとは、源氏の世が安泰となった証だと義時は言い、盛綱の何は、泰時の命綱であってほしいからだと説明する。ついでに御家人にと言う鶴丸改め盛綱だが、その日行われる弓競べに紛れ込み、目立つ働きをすれば鎌倉殿に掛け合ってやると義時。一方時房は実朝を蹴鞠に誘う。

そして義時は義盛に、上総介のことは忘れろ、鎌倉殿に直訴するのもこれが最後、ウリンと呼んではいけないと命じる。義盛は、上総広常だって散々頼朝を武衛と呼んだと反論するが、あの頃と違うと義時は言う。義盛は尚も食ってかかろうとするが、下がってよいと義時に言われ、不機嫌そうにこう洩らす。
「変わっちまったよなあ、鎌倉も、お前も」

絵に描いたような坂東武者だと広元、随分少なくなったと義時。広元は「そしていずれはいなくなる」と言い、御家人に人気のある義盛は慎重にかかるべきだと忠告する。和田には三浦がついていると言ったところで、当の三浦義村が入って来た。つつじと善哉を連れて来ていたのである。義時と義村が同席する中、2人は政子に挨拶をし、政子はお見せしたいものがあると2人を連れて部屋を出る。

一時は善哉を鎌倉殿にという声もあったが、かなわなず申しわけないと義時は言い、(実朝が)お元気になられたからそれでいいと義村は答える。鎌倉を変えると言う義時に、いい心意気だと義村。守護は2年ごとに替え、御家人たちの力をそぐつもりでいた。俺も相模の守護だと義村は言うが、だからこそ他の御家人たちを制するためにも、義村には真っ先に賛成してほしかったのである。義時は政所へ戻り、義村はどこか面白くなさそうな表情を浮かべる。

政子は御所の裏の古い切り株に書かれた、頼家の文字を見せ、ここでよく蹴鞠をしていたと言う。そこへ実朝が時房を伴って現れる。鎌倉殿と呼ぶ善哉に、義父上とお呼びなさいと注意するつつじ。無理することはないと実朝は言い、時房は善哉に蹴鞠を教える。政子は頼家の分も善哉を幸せにしたい、罪滅ぼしと言っては何だが、遊び相手のいる御所へ連れてくるようにとつつじに言う。善哉の鞠の扱いは、父上よりうまいかも知れないと時房。

実朝も臨席しての弓競べが行われ、盛綱の出番となる。盛綱の矢は見事的を射抜き、泰時と抱き合って大喜びする。それを目にした実朝は義時に盛綱のことを尋ね、義時は北条の家人で、泰時の幼馴染ですと答える。御家人にしてやりたいと義時は願い出るが、分不相応な取り立ては災いを呼ぶと実朝は言い、一介の郎党が御家人などありえぬ、義盛の上総介推挙を止めたのも、守護の力を削ぐべく任期を定めたのもお前ではないかと真っ向から反対する。

義時は実朝の言葉を一旦受け入れて詫び、実朝も言葉がきつくなったことを詫びる。義時は自分は不要であるから、伊豆へ引き下がらせていただくと言って退出する。実朝は非を認め、盛綱を御家人にしようとするが、義時は一度口にしたことを翻すと政の大本が揺らぐと言い、私のやることに口を挟まれぬこと、鎌倉殿は見守ってくださればよろしいと凄むように言う。どうすればよいのだと尋ねる実朝に、改めて褒美をいただきたい、それを盛綱に譲ると義時は答える。

実朝は義時が時政の企みを防いだことにより、褒美を取らせる。そして御所の裏手に行くと、時房が鞠を手にしていた。頼家のことを思い出していたと時房。実朝は兄ときちんと話したこともなく、時房は頼家の心の内を誰も知らず、そばにいながら支えることもできなかったと言い、実朝に心を開く相手がいるかを尋ねる。その実朝は千世から、世継ぎができないこと、自分で駄目なら是非側室をと言われるが、千世が後鳥羽上皇の従妹である以上、側室を持っては上皇様に申し訳が立たぬと答える。

それは余計につらいと千世。嫌いなわけではないと実朝は言うが、ではなぜ自分から逃げるのかと千世は問いただす。実朝は千世の手を取り、初めて打ち明けるが自分には世継ぎを作ることができない、そういう気持ちになれない、もっと早く言うべきだったと告げ、すまないという気持ちで一緒にいづらかったと話す。ずっと一人で悩んでいたのですねと千世、そして話してくださり嬉しいと彼の肩に頬を寄せる。実朝は応えてやることができなかったが、千世は構わなかった。

泰時の机の上にはこのような歌があった。
「春霞 たつたの山の桜花 おぼつかなきを知る人のなさ」
仲章はこれは恋の歌であり、春の霞で姿をはっきり見せない桜のように、病でやつれた己を見せたくはない、されど恋しい、あなたに会いたい、切なきは恋心と解釈し、どなたの作かと尋ねる。泰時はその場を離れ、その歌を実朝に見せて、間違えておられます、これは恋の歌ではないのですかと問う。実朝は苦笑して間違えていたとその歌を受け取り、今度は
「大海の磯もとどろに寄する浪 破れて砕けて裂けて散るかも」
の歌を渡す。

義時は朝時と会っていた。御所に仕える女房に手を出すとは何事だと叱る義時だが、朝時はいとも気安く、鎌倉殿にとりなしてほしいと頼む。お前には父を超えようという気概はないのかと言われ、あるわけないです、こんな大それたことと朝時は答える。もう行けと義時。その頃義盛は義村と共に酒を飲み、義時は親父を追い出したらやりたい放題だ、俺たち古株の御家人をないがしろにしたら、痛い目に遭うことを思い知らせてやろうぜと意気軒高だった。そして泰時も、実朝の歌の解釈に迷い、隠していた酒をあおっていた。

建暦元(1211)年9月22日。出家して公暁(こうぎょう)と名乗るようになった善哉が京へ上る。京での修行の後は、鶴岡八幡宮の別当になる予定だった。しかし彼が戻って来た6年後、大きな悲劇が起きることになる。


「穏やかな一日」のサブタイとは裏腹に、本音と建前がぶつかり合って、物語が進行します。相変わらず本音だけの義盛、本音と建前を使い分けることを覚えた義時、昔から本音を隠して建前で物を言うのに長けた義村、この3人に加え、本音でのみ物事を考えているような泰時、さらに立場上本音で物は言えないが、歌にその思いを秘めた実朝などなど。

最早北条至上主義でないと、幕府の統制は取れないと考える義時は、政の改革にまで踏み切ります。それは北条以外の御家人に力を持たせないことでした。無論これが江戸時代なら、参勤交代だの江戸城の修理だので、大名の財力を削いで行くわけですが、この時代はまだ武家政権が始まったばかりです。手始めに、御家人に権力を持たさないようにすること、北条以外の人物の昇進を阻むことを企んだわけですが、これが義盛の癇に障ってしまいます。

そして実朝。やはり女性にはさほどに関心を持たない人物のようです。泰時にああいう歌を送るほどですから。しかも泰時も、仲章からあの歌について
「病でやつれた己を見せたくない」
と説明されているわけで、実朝は当然病み上がりです。鎌倉殿はあるいは…とは思わなかったのでしょうか。無論気づいていながら知らん顔を決め込むこともできますが、泰時の性格としてそれができるかどうか。無論、既に妻帯している泰時はどうしようもなかったわけですが。

それから鶴丸改め平盛綱。この人物は実務家として有名で(意外ですが)、長崎氏の祖となる人でもあります。長崎氏と言えば、『太平記』の長崎円喜を思い出しますね。そして弓競べ、これもまた『太平記』の流鏑馬をちょっと連想させます。

ところで義時の黒の直垂ですが、大河の作品によっては、主人公が年齢を重ねるに従って黒っぽい衣服をつけるようです。代表格が『軍師官兵衛』でしたが、別に完結編だからと言って、必ずしも黒を着せる必要もないかと思うのですが。ただ義時の黒と実朝の衣装の白、それぞれのものの考えを表現しているなとは思います。


飲み物-琥珀のエール
[ 2022/10/18 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 67その2

『武将ジャパン』大河コラム、後半部分の疑問に思われる点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第30回「全成の確率」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/08/08/170161


1.御所では、またもや所領の揉め事が持ち込まれていました。
あまりにこの手の訴えが多いのでしょう。皆うんざりした顔をしています。

と言うより、この所領の揉め事が多いのが、宿老たちの合議が始まった一因と言うべきでしょう。

2.三浦一族の佐原義連から「連」をもらったけど「つら」ってなんだ――そう思ってたってよ。

佐原(三浦)義連が烏帽子親となって、連の字を与えたことは事実ですが、ただそのシーン、あるいは佐原(三浦)義連の名前はドラマ本編には登場していませんね。

3.全成の流刑先に向かい、鎌倉に戻りたいだろうと告げます。戻してやってもいいと思っているとか。
そのうえで、鎌倉殿のやり方に不満が募っているという。実衣が危ういという。
そして人形の入った包みを投げてきます。

ここのところ、かなり省かれていますね。
まず「鎌倉殿のやり方に不満が募っている」というセリフは出て来ません。
能員は
「かわいそうだがお許しいただける日が来ると思うな」
「あの方のお怒りはそれほど大きかったということだ」
と言い、全成にプレッシャーをかけて来ます。
その上で実衣が危うい、なぜならば鎌倉殿は、実衣がそそのかしたと疑っているとさらにプレッシャーをかけ、然る後に包みを投げるわけです。またこの包みですが人形ではなく、人形を作るための道具が入っているようですね。

4.全成は縄を打たれ、読経しながら引き立てられてきます。

この場合は真言を唱えているかと思います。真言は一種の呪文とされており、私は自分の投稿では呪文と一応書いています。

5.そして刀が振り上げられたところ、なんと雷が落ちて致命傷にはなりません。

ここもちょっとわかりづらい。つまり雷が落ちて執行人の手元が狂い、全成は致命傷を負わなかったわけです。

6.日蓮の「龍ノ口法難」とは異なり、全成は落命してしまいました。
でも、最期に奇跡を起こしたことで、最愛の妻の信愛はより強くなりました。
全成の祈祷は、命を守れなくても、愛は守った。
半分失敗で、半分成功といえるのかもしれない。そんな最期でした。

私もこのシーン、日蓮を思い出しました。
それから実衣の全成への愛ですが、この部分よりも、寧ろ全成が危険だとわかりつつ呪詛を再び行おうとするシーンに、実衣への愛を感じたと言っておきます。

しかし実衣は割と利用されやすい人物ですね。彼女の立ち位置も関係しているのかも知れません。

7.米の収穫を木簡で数えることが好きだった、あの伊豆の青年が、苦難というのみで削られ、仕上がってゆきます。

好きだったと言うより、それが仕事だったからです。そしてそういう実務に向いていた若者が、頼朝の側近となるにつれ、勢い現実と向き合わなければならなくなりました。

で、ここでまた『麒麟がくる』です。

「『麒麟がくる』の明智光秀も、どんどん時間の経過とともに削られてゆきました。
光秀とこの義時の違いは、どこへ向かうのか、ビジョンがないところ。火の粉を振り払ううちに、何かが変わってゆきます」

別に『麒麟がくる』のみならず、武者さんの嫌いな『西郷どん』も『青天を衝け』も、主人公がも否応なしに現実に向き合い、己の行く道を模索することになるわけですが、こういう作品の主人公は出てこないのですね。

8.義時は変わる一方で、政子は何か変わらない、北極星のような不動のものを感じます。
この姉の周りを回るのが、弟の義時であると。

「周りを回る」という表現なら、太陽とその周りを回る惑星の関係がふさわしいかと思うのですが。
あと政子が「私も考えます」と1人つぶやくところから、彼女も何かを決意したのではないでしょうか。

9.父である頼朝は、義経の首桶にしがみつき泣き叫んでいました。頼家はそんな風にストレス発散できることもなく、毒として体内に溜まっているように思えます。

頼朝と義経の関係と、全成と頼家の関係では大きく異なりますね。頼家にしてみれば、舅でもある能員が仕組んだことであり、何かとばっちりを受けたように感じたかも知れません。

10.この二人は理想的であるし、義時も比奈も賢くて優しい。けれども、何かしっくりこないものがあるように思えます。義時は八重の時ほど開けっぴろげに妻を愛せないのかもしれない。
家の都合で妻すら愛せない義時。圧倒的な孤独を感じます。

賢くて優しいと言うか、北条と比企の関係である以上、どこか他人行儀的なものを私は感じます。そしてここまで北条と比企が対立した以上、義時もほぞを固めたと言うべきでしょうか。寧ろ義時が感じたのは、そのような関係である以上、自分が幕府の中でより重要な存在になるに連れて、普通の夫婦関係でいられなくなるその辛さではないでしょうか。これも一種の政略結婚ではありますし。

11.比企能員を廊下で呼び止める義時。
全成に呪詛を唆したのではないかと問い詰めます。

義時は「全成に呪詛を唆したのではないか」とは言っていませんね。
まず呪詛の道具を全成に渡した者がいると言い、その次に鎌倉を離れましたねと言っています。武者さん、この部分の少し前で、
「三谷さんが元々好きで大得意の、ミステリ劇の手法をふんだんに使っています」
と書くのであれば、こういうミステリ的な問い詰め方をできるだけ略せずに書いてください。

12.ふてぶてしい能員。佐藤二朗さんがあらん限りの憎々しさを出してきました。
このドラマを見ていると、半分本気で彼に憎しみを覚える人もいるかもしれない。

実際演じている俳優さんが、その役にダブってしまうということはよくあります。
これとはまた別ですが、『ちむどんどん』関連で、これと似た意見を目にしたことがあります。

13.ここが当時らしい価値観といえるのが、忠誠心が感じられないところです。
こういうことを言われたら、忠義を疑うのか!と、後世の武士ならば怒り出しそうではある。幕末なら確実にそうなりそうだ。
しかし、よくも悪くも当時の武士は利益がないと動かず、やりがい搾取は通じません。

所謂後世の武士道的なものはまだないのだから当然です。
と言うより、戦国時代頃まではこういうものでしょう。戦闘員であったからこそ、損得勘定にも聡くなければならなかったはずですから。無論御恩と奉公という概念はありましたが。

14.「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために何をなすべきか。鎌倉殿のもとで悪い根を断ち切る、この私が!」
大河主人公が、怒涛の敵抹殺宣言しましたのぅ。

別に、他の大河主人公でも似たようなことを口にしていると言うか、この手の見得を切っていることは多いものですが。多少意味合いが異なりますが、『軍師官兵衛』の「御武運が開けた」などもこれに類したものでしょう。

15.若き鎌倉殿は、病に冒されていたのでしょうか。

不摂生がたたったという見方もありますし、この当時の高位の人々の病気はわかりにくいですね。診断書があるわけでもありませんから。

続きはまた改めて。

飲み物-ビールと夕日2
[ 2022/08/11 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 60

『武将ジャパン』大河コラム続きです。

広元は現実的です。
熊谷直実の子・直家が「父が宣告して亡くなる時期なので上洛したい」と申し出たところ、「人間ごときに死ぬ時期なんてわかるわけないでしょ」と却下しております。
(ここで論語の『子は怪力乱神を語らず』『未だ生を知らず、焉(いず)くんぞ死を知らん』つまり君子は道理に背いたことはしない、「生すら分からないのに死がわかるわけない」を引用)
こういう漢籍をバッチリこなした大江広元が、こんな呪詛を信じるとは思えません。
話を合わせたのは彼なりの処世か、それとも……?

正直な話、どう見ても広元が頼朝を煽った感がありますね。
それに範頼に感しては、養父が公家であったせいで京との結びつきがあり、公家のトラブルにも関わっていたようです。上記のような理由で、範頼を遠ざけなければならないという事情が生じ、この大河では、広元自身が範頼の呪詛としたのではないでしょうか。あと鎌倉は自分が守るというのも、事実であるかは疑わしいともされているようです。

範頼の最期は梶原景時の軍勢に攻められて自害とされますが、本作では善児が始末しました。
いい加減、警戒されてもおかしくないでしょうし、善児は修善寺のある伊豆の出身でしょう。そこは深く考えても仕方ない。ある意味、善児こそ一騎当千の気がします。

「いい加減、警戒されてもおかしくないでしょうし、善児は修善寺のある伊豆の出身でしょう。そこは深く考えても仕方ない。ある意味、善児こそ一騎当千の気がします」
この意味が少々わかりづらいのですが、
「修善寺は伊豆にあり、善児は伊豆の人と思われるため範頼も警戒するべきだったでしょう。無論その点ばかりを考えても仕方ない。この場合善児こそが、向かうところ敵なしなのではないでしょうか」
とでも書きたいのでしょうか。
しかし範頼はこの場合、自分が誅殺されると考えていたのかどうか不明です。さらに善児は誰かの命令がないと動けず、その意味で天下無双というわけでもないでしょう。ただ少女を助けようとして、初めて彼自身の意志が働いたとは言えそうです。

そして今回のMVPなのですが

MVP:源範頼と大姫 ついでに三浦義村

とあります。退場者だからMVPというのもあるでしょうが、範頼はともかく、私なら、大姫でなく巴または丹後局の方を選ぶかと思います。また「ついでに」三浦義村というのは気の毒ですね。

何も知らず、真っ直ぐに生きているときが、頼朝と政子にとっての幸せの頂点だったのだろうと。
しかし、二人とも変わってしまい、そのためどんどん恐ろしい結末へ向かってゆきます。

これ、前にも同じような記述があって、その時書いたかとは思いますが、何らかの形で天下を取ろうとなれば、まず「真っ直ぐな」生き方は無理でしょう。生き様も変わってしまうし、人々の考えにも翻弄されるし、様々なしがらみを目の当たりにすることにもなるわけですから。

範頼はかわいそうなんですよ。
人生そのものもそうなのだけれども、義経顕彰系のフィクションの中で、対比のため必要以上にダメなお兄さん扱いをされてきた。
そのせいで地味で役に立たない人とすら思われている。
そういうところを否定すべくマッチョにするのではなく、ただただ真面目で温厚で、こういうリーダーがいたらきっと最高だと思わせてくれた。
素晴らしい範頼でした。

上の方でも書いていますが、範頼は養父が公家で、公家間のトラブルに関わったり、他にも御家人関係でトラブルもあったという説もあり、労多くして功少なし的な人物であったとも考えられます。その意味で苦労人ともいえますし、無論迫田さんでもよかったのですが、もう少し暗めの設定で、最期は頼朝を呪うような死に方でもよかったかと思われます。
尚「義経顕彰系のフィクションの中で、対比のため必要以上にダメなお兄さん扱いをされ」たのは『平家物語』、あるいは『源平盛衰記』とされています。しかし武者さん、『源平盛衰記』の文覚伝説は信じているのですね。

南沙良さんの大姫。暗くなくて明るい笑顔も見せるのに、常に底に穴が開いているようで。悲しいけれど、それだけではない素敵な大姫でした。

流石に武者さんも、大姫に関してはあまり書いていません。実際ちょっととらえどころがない人物に見えます。このキャラ設定その他に関してもまた書く予定ですが、「悲しいけれど、それだけではない」て具体的にどういうことなのかなと思います。「悲しいだけの人生ではない」ということなのでしょうか。

彼は『真田丸』の真田昌幸も思い出します。
昌幸は真田を守る一点集中で生きている。
でも天下は武田、豊臣、徳川と回る。
回る中で自分だけ回らないでいたら理解されず「表裏比興」と言われてしまったのです。

武者さんは以前『いだてん』のコラムで、感情移入ばかりを求めるなとして、「例えば『真田丸』の真田昌幸とかに感情移入できましたか?」などと書いていたことがありました。無論私はできましたが。なのにここに来て、
「昌幸は真田を守る一点集中で生きている」
などと肯定的評価に戻っていますね。

あと「彼」とは三浦義村ですから、
「彼は『真田丸』の真田昌幸を思い起こさせます」でしょうね。

でその後ですが、相変わらず京都=悪と決めつけ、例によって例の如く漢籍マウント、そして『麒麟がくる』を上げて『青天を衝け』を叩きまくるといった具合です。『鎌倉殿の13人』のコラムで、なぜ他の大河の上げ下げをやるのか不明です。ともあれ、その中からおかしいと思われる点のみ挙げておきます。

今回のこの「レビュー」の在り方については、また日を改めて書く予定です。しかしやはりどう見ても、感情丸出しというか向きになっているようにしか見えないし、炎上させるにしても、はっきり言ってレベルが今一つだとは思います。運営もなぜこういう原稿を書かせるのでしょうね。

阿野全成の描写は興味深く、陰陽師の役割も兼ねています。
中国でこういう術を行うものは方士。そんな中国由来のシャーマニズムが日本にも取り入れられてゆく。仏僧もこなす。
まだ鎌倉仏教として洗練される前ですので、全成や文覚はもっと原始的な術を使うのです。

まず全成、そして文覚は真言宗(密教)の寺院で修行しています。そして所謂鎌倉仏教と呼ばれるものは浄土宗の系統、日蓮宗あるいは禅宗が中心となっています。真言宗がこれらの鎌倉仏教になったのではなく、新興勢力として出て来たのですから違って当然でしょう。そして真言宗とは別に、真言律宗がこの時代に起こっています。また武者さんは以前、鎌倉時代は護摩を焚くのは廃れたなどと書いていたかと思いますが、元寇の時には護摩法要が行われています。

『麒麟がくる』では、斎藤道三が我が子・斎藤義龍と明智光秀を比べ、光秀がいかに早く四書五経を読みこなしたか語りました。
武士が幼い頃から学校で漢籍を学ぶようになっていたのです。

この当時すべてが学校に行ったわけではなく(足利学校などはありましたが)、家庭、あるいは寺院などで学ぶという方法が主流だったのではないでしょうか。これに関しては
戦国大河考3
で、『天地人』の雲洞庵のシーンを引用して書いています。

文武の区別が曖昧な日本で文官でありながらも戦も強い「軍師」となると、これがなかなか難しい。
『三國志』のようなフィクションにあこがれた作家が智将=軍師としたのですが、前述の通り武士は文官ではありません。
『軍師官兵衛』は?
黒田官兵衛は武士なので、中国の定義でいくと該当しません。敢えてあげるとすれば、仏僧である太原雪斎あたりでしょう。

これも、日本は儒教国家でないのだから当然です。儒教国家なら武士が政権を担当することなどまずないでしょう。


飲み物-アイスラテとエスプレッソキューブ
[ 2022/06/24 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』新キャスト

先日ちょっとだけご紹介した『鎌倉殿の13人』、完結編のキャストです。改めてリンクを貼っておきます。

【第七次】大河ドラマ「鎌倉殿の13人」
新たな出演者決定!

登場人物は以下の通りです(出演者敬称略)

のえ(義時の3人目の妻)- 菊地凛子
土御門通親 ー 関智一
平賀朝雅 - 山中崇
初(泰時の妻) - 福地桃子
藤原兼子 - シルビア・グラブ
せつ(頼家の側室) - 山谷花純
つつじ(頼家の正室) - 北香那
トウ - 山本千尋
慈円 - 山寺宏一
源仲章 - 生田斗真

シルビア・グラブさん、『真田丸』に続いての大河出演です。山中崇さんは、『ちむどんどん』の東洋新聞学芸部の多良島デスクですね。生田さんは未だに『軍師官兵衛』を思い出します。

またパペットホームズの声優さんが、2人追加されたことになります。

宮沢りえさん - アイリーン・アドラー
浅野和之さん - ロイロット先生
梶原善さん - ベッポ
堀内敬子さん - ハドソン夫人
迫田孝也さん - マクドナルド警部
そして
関智一さん - ラングデール・パイク
山寺宏一さん - シャーロック・ホームズ、マイクロフト・ホームズ、トビー(犬)、トンガ(猿)、ベイカー寮遊撃隊
(尚三谷さんも声優として、『恐怖の谷』を基にした「ダグラスさんのお屋敷の冒険」のダグラス氏の声を担当)

しかし山寺さんにはやはりナレを担当してほしかったです。状況に応じて声を使い分けるという方法もあったかと思いますし。この人は海外ドラマの吹き替えも好きですね。


飲み物-ビールと夜景
[ 2022/06/12 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 48

『武将ジャパン』大河コラム続きです。

静は腹の子を助命するという理由なんてすっ飛ばし、自分の愛をまっすぐに出し切って舞った。
(中略)
静を間近に見たいという理由を素直にスルッと口に出して、重忠を怒らせてしまう義村もそうといえばそう。頭がよいくせに、それっぽい言い訳はしない。
義時は、羨ましいほどに義経はまっすぐだと前回語っていました。
確かに義経は、後付けの理屈を考えない人間でした。
(中略)
まっすぐすぎる義経を受け付けられないから、「サイコパス」だのなんだの言われたのではありませんか?

まずこの部分、恐らくこう感じている人は多いでしょうが、「まっすぐすぎる」人物というのは付き合いづらいし、疲れるものです。妥協しない、空気を読まないという傾向が往々にして強いからでしょう。そもそも大河というフィクションだからこそこういう人物のキャラが設定でき、しかも何らかのインパクトを与えるわけで、現実とはまた違います。静もあまりまっすぐといった印象は私は受けないし。義経自身は戦場にいる時とそうでない時のギャップが大きく、ある意味子供じみているなとは思いますが。
それと三浦義村もまっすぐというのは、この場合正しくないのではないでしょうか。現にこの後で、義経自身が損得がわかる男といったことを、義時に伝えているのですが。

ドラマとして面白いだけでなく、色々と考えさせる作品です。
歴史劇は、やはりこうでなくては。
現実社会では試せないことを、人間と社会を使って実験した――その成果を観察することが、歴史を学ぶおもしろさだと思うのです。

創作である以上、別に「歴史劇」でなくて、現代ドラマでも構わないと思うのですが。それに色々と考えさせる作品なら、武者さんが嫌いな作品でも該当するのは多いのですが、その嫌いな作品では
「色々と考えさせる」
という言葉は出て来たでしょうか。

それから「水随方円」という言葉が出て来ます。これはコラム本文にもこうあります。

水は器の形にあわせて形を変えるという意味です。
器をこうしろと指定されれば、水の形はおのずとそうなる。

武者さんは好きでなかったようですが、『軍師官兵衛』の主人公、黒田官兵衛が隠居して如水と名乗るようになった時、秀吉に名の由来をこう説明(正しくは『方円の器に従う』)しています。
それはともかくとして、その次の部分で
「ドラマの評価も、ネットニュースやSNSトレンドである程度決まりますよね。
実はドラマの評価なり、ニュースも、こういう後付け解釈みたいなものがありまして」
とあり、その手のニュースには「~~なワケ」というタイトルになっていることが多いらしい。
ちなみにその記事です。

『鎌倉殿の13人』ヒットの理由は伏線回収のしやすさ?“ネタバレ視聴派”も満足するわけ

その理由として
「知名度抜群。馴染みのある人だらけ」
とあります。これに関して武者さんはこう書いています(カッコ内は記事からの引用部分)

(ここ数年の大河は金栗四三、明智光秀、渋沢栄一など、歴史上の重要人物ではありますが、大通りから脇道にいるような人物が続いていました)
金栗四三とまでいくと、特殊過ぎるので入れない方がよいのでは?
そしてこれは近年の大河を調べて並べたのでしょうけれども、少なくとも『麒麟がくる』は外すべきではないでしょうか。
明智光秀のどこが脇道の人なのでしょうか?
『麒麟がくる』は日本史上でもトップクラスの知名度である三傑が揃っていました。

まずここに出て来る人物は「歴史的に重要な人物」となっています。有名か否かはともかく、重要であるとはみなされているわけです。それに武者さんは、『麒麟がくる』に三傑が揃っていると書いていますが、生憎彼らについてはこの記事では触れられていません。
一方で今年の場合、義時の知名度は人それぞれでしょうが、記事中には
「源頼朝や源義経など、小学校でも習う有名な人物が主要キャストとして登場するのは」
とあります。
つまり『麒麟がくる』の三傑には触れなくても、今年の頼朝や義経には触れているわけで、武者さんが問題視するのであれば、こちらの方を採り上げるべきでしたが、コラムの記述はそのようになってはいません。

さらに『平清盛』嫌いというか、『カムカムエヴリバディ』で、藤本有紀さんアンチになったのかなとわかるのがこちら。

(そして、『鎌倉殿の13人4月に最終回を迎えたNHK朝の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』で絶賛されていたのがそのテンポ。『鎌倉殿の13人』でも、疾走するようなスピード感で物語は進んでいます。キャラクターやエピソードを濃く描きながらも、テンポよく感じるのはエピソードの取捨選択が絶妙であるからでしょう)
なるほど、よいアイデアを思いつきました。
朝ドラから大河への脚本家スライドは定番です。
ということは、そんなに絶賛されていた脚本家さんを『鎌倉殿の13人』と通じる源平合戦もので起用するのはいかがでしょうか?
源氏ばかりでは何ですから、平氏をテーマにして。ヒット間違いなしですね!

『鎌倉殿の13人』と『カムカムエヴリバディ』を一緒にされたことが面白くないのでしょうね。無論藤本さんは大河から朝ドラへスライドした脚本家ですが、どう見ても『平清盛』への皮肉が込められているように取れます。

あと三谷幸喜氏が色々書かれているのがお気に召さないようです。

なんでも三谷さんが新垣結衣さんにぞっこんで、毎回撮影現場にいるとか。好きすぎて出番を増やしているとか。
そういうことをネットニュースで書かれて、そんな低レベルな創作はしていないと反論しております。
温厚な三谷さんならば、カーっと怒るわけにもいかないだろうけれど、そういう邪推は芸能界そのものに対して迷惑ではないでしょうか。
今、日本の演劇映画界はハラスメント、ことセクシャルハラスメントに揺れています。

有名人だと当然あることないこと書かれるでしょう。
しかも大河の脚本担当ともなれば、なおさらです。
それとこういうのは、武者さんが嫌いな大河とて同じことなのですが、そういう作品の脚本家があれこれ叩かれていても、ハラスメントに揺れているなどと書いていたでしょうか。寧ろ逆のような気がします。
そして

スタッフなり脚本家なりが、過剰に役者本人と役のイメージを重ねることも私は問題だと思っています。
こと、実在の人物を扱う歴史劇では、慎重になっていただきたい。
ある大河ドラマで徳川慶喜役を演じる役者のファンが、SNSでこう盛り上がっていました。
「私の推しが演じるってことは、きっと実際の慶喜もいい人なんだよね!」
そういうファンの声に忖度して、実在の人物像を捻じ曲げたら問題があります。歴史修正につながってしまう。
だからこういうことを語る脚本家は、あんまり信頼できないのです。

『青天を衝け』のことでしょうか、ある大河などと書かず、ちゃんとタイトルを書いてもよさそうなのですが。
しかし三谷さんを悪く言うのはけしからんの後で、『青天を衝け』をなおも叩くというのは武者さんらしいと言えばらしいかも知れません。結局1つ前でハラスメントなどと言いつつ、嫌いな作品の脚本家に関しては
「あんまり信頼できないのです」
なのですか。

それから『鎌倉殿の13人』の八重に関して

なぜ八重の出番が多いか?
それは考証・坂井孝一先生の本を読めばわかることです。

無論これはそのような設定になっているとは思います。ただ彼女の登場に尺を割かれたこともあり、平家の描写が少なかったという印象はやはりあります。

三谷さんのこのドラマがどうして面白いか?
推論を書かせていただくと、みなさんが一生懸命誠意をもって、真面目に作った成果ではありませんか?
私は芸能情報に疎いので、九条兼実役の田中直樹さんが「笑いのツボを突いてきている」と言われてもピンときませんでした。
ただ、所作や発声がしっかりしていて、摂関家にふさわしいエリートの雰囲気は出ていると思った。
がんばっていると。そこは伝わってきた。

芸能情報に疎いと言いつつ、三谷さんが悪く言われたなどというニュースはチェックしていますね。
あと田中直樹さんはお笑いの人ですし、後白河法皇とのやり取りの間合いなどは、やはりそれらしいかなと思います。

そして以下の部分、関係者でもない武者さんがなぜ手抜きをしていないとか、真面目に作ったと言い切れるのかが不明です。「そうあってほしい」、「恐らくそうだろう」などと書くのであればまだわかりますが。

演じる方も、衣装も、ヘアメイクも、演出も、そして所作指導も。手抜きをしていない。
ちょっと雑に思えるところは、時間や予算不足であって努力不足ではないとわかる。
そういう真面目さが実り、面白いのではないでしょうか。

特に
「ちょっと雑に思えるところは、時間や予算不足であって努力不足ではないとわかる」
武者さんもやはり「雑に思える」ことがあるのですね。ならばそれがどのような点が、明確にすればいいかと思います。今年のこの大河コラムで思うのは、こういう、ちょっと奥歯にものが挟まったような言い方が目につく点で、やはりこの辺りはおかしい、でもそれは努力不足ではないと考えたいのでしょう。


飲み物-ウイスキーロック
[ 2022/05/28 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 41

実は先日の『武将ジャパン』関連コラム投稿で、それまでと違ったレイアウトにしてみたのですが、色々考えて結局今まで通りに戻していますので、その旨をお断りしておきます。

では本題に入ります。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第17回「助命と宿命」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/05/02/168017

1.義仲が美男というのはまことか?確かによい男ぶりであったことが振り返られるが、これは史実もドラマの青木崇高さんもそうだった

2.義高はいま東の岩本寺にいる。明日の朝、三浦を頼って伊豆山大権現に入るから、時間を稼いで欲しい

3.義澄(中略)も変わってしまった。(中略)我が子をむしろ疑い、その知恵を怪しんでいる。(中略)それに義澄はかつて、義高を立てて謀反しようと企てていた。二度目はないし、義高の危険性を痛感してしまった

4.思えば遠くへ来てしまった。(中略)腕には大姫を抱き、頼朝は幼い娘と妻を見て喜びを噛み締めていた。あのときの家族の姿が一番幸せだったのかもしれない。政子はそれでも過去の自分を裏切ることなんてできないのでだろう。あのとき胸が燃えていた幸せを思い出して、(中略)真っ直ぐに生きたいからこそ、誰かを守りたいからこそ、知恵を使い駆け引きをする。そんな政子が悲しくも素晴らしい

5.「私はもう、ここしかない……」そう、義時にまだ仕事がある。そりゃ義高が義時を信じない気持ちもわかる。一番嫌われる役目である。梶原景時がそうかと思ったら、義時もそうなりつつある。なんなら組織の中では「虎の威を借る狐」扱いで、最も嫌われるポジションかもしれない

1、青木さんは『西郷どん』の国父様(島津久光)でもあるのですが、あの時はどのような書き方をしていたでしょうか。ちなみにその『西郷どん』つながりで、武者さんは『西郷どん』最終回のレビューで「ダラダラと家族シーンをやるのなら戦争描きなさいよ」などと書いていますが、それは『鎌倉殿』の方も似たようなものではないでしょうか。

あと同じコラムで、食事もしていない(空腹ではある)村田新八に「武士は死ぬ前に食事しない」などと書いています。でも『真田丸』の北条氏政は、なぜか切腹の前に食事していましたよね?

2、三浦から「海を渡って」伊豆山権現に入ると義時は言っていますね。この三浦は地名のことではないのでしょうか。

3、義澄が変わってしまったというより、変わらざるを得なかったというのが本当のところかと思います。そのうえで、義村が何かしでかしやしないかと、気をもんでいるわけでしょう。義高の危険性と言うよりは、義高を支持することの危うさですね。義高支持は頼朝に盾突くものである以上、どう考えてもリスクが大きいわけですし。

4、胸が燃えるとは何でしょうか、胸躍らせるの意味でしょうか。渋沢栄一風に言えば「胸がぐるぐるすらい」でしょうね。それはともかく、政子が過去の自分を裏切ると言うよりは、過去の自分と決別しなければならない、それが彼女自身を迷わせているのだと書きたいのだと思われます。しかし御台所となった以上、それもやむを得ないことではありました。

5、「まだ仕事がある」て、残務整理じゃないんですから。この人は立場上、そして父時政から言われたこともあり、鎌倉に留まらなければならない人物でしょう。

そして虎の威を借る狐とは、権勢のある人物の威光を借りる意味ですが、義時はこの時点では、寧ろそれにためらいを感じていると思います(景時は多分割り切っているでしょう)。要は権力者の側近的存在だから、うかつなことを口にできない、そのため他の御家人との溝が大きくなりつつあるといったところでしょうか。

それと義高が信じないというのは、父義仲や自分に理解を示していると思ったのに、結局父も殺され、果ては自分を牢に押し込めるようことをしたからではないでしょうか。


6.主人公が、大物の懐刀になる大河は多いものです。
『天地人』の直江兼続。
『軍師官兵衛』の黒田官兵衛。
『麒麟がくる』の明智光秀。
『青天を衝け』の渋沢栄一(幕臣時代)。
この手のポジションは『素敵な主君に信頼されていいなぁ』となるのが定番だが、明智光秀と北条義時の場合、何かがおかしい。一番しんどい立ち位置になっている

7.大姫が懇願する場面で頼朝が参ってしまうところは、もう演技を超えたものすらあった。そりゃ、あんな子がああ言ってきたら誰も断れない

8.大河といえば観光。やっと制限も数年ぶりにとけたわけだが、大河を見て鎌倉に行こうと果たして思えるか? そう問いかけたくなる回でだった。前から鎌倉は怖いと薄々感じてはいた。慰霊碑はあるのだけれども、大雑把というかあまりに簡単に人が殺されすぎていて、何か理解に苦しむところはあった。そういう「ほんとうはおそろしい鎌倉の歴史」を余すところなく伝えてきて、秀逸だと恐れ入るばかり

9. というのも、ほぼ一から設計するものだから、怨霊対策をした作りらしい……って、だからその発想がおかしいと思わないか?そもそも惨殺するから怨霊が出る。だったら、悲劇を未然に防止する方法をなぜ考えないのか?
結局、何が一番怖いかって、人間の心ですよね。
不信感。
猜疑心。
誰もが素直に信じられなくなるから心が濁って、新たな悲劇が起きてしまう。そういう不信感の極みのような回でした。

10.今年の大河を見て「将来は義時みたいになりたい!」なんて思う子どもはいないでしょうし、ああなりたいと憧れる若者もいないでしょう。しかし、それが歴史というものではないかとも思えてくる。歴史って、英雄になりきった妄想に耽るより、現実社会で起きてはならない決断を迫られる――そうやって心を鍛え、磨くためのものかもしれません。
その点、今年の大河は精神を鍛えますし、本来の意味で歴史を学ぶ意義を伝えているように見える

6、「素敵な主君に信頼されていいなぁ」ではなく、皆何らかの形でしんどい思いをしています。これだと、しんどい立ち位置にいるのは、自分が好きな大河の主人公だけではありませんか。

官兵衛などもその典型だし、西郷吉之助も、忠誠を尽くしていた斉彬が、奄美で嫌われているとわかって茫然自失するところがありました。またこの吉之助や栄一=篤太夫は、他の戦国期の人物に比べると、そう高い身分ではありませんし、そのため戦国と幕末では何らかの違いがあると思われます。主君の性格や態度なども影響しますし。しかし『天地人』て、10年ルールは一体どうなっているのでしょう。

7、武者さんはそう思っているかも知れませんが、あのシーンは懇願することのみをやらせるべきでした。そもそも大姫は、義高が逃げたこと、追われていることをどうやって知ったのかなと思いますし、正直言って、刃物というか小刀を持ちだし、死にますと言わせるのはアウトだなと思います。

8、そもそも武者さんは歴史を理解しているかと言いたくなります。簡単に人が殺されるのは戦国も同じでしょう。しかも戦国の場合、奸計を練ったうえで死に追いやるからもっと怖いです。怖い怖いと言いながら、余すところなく伝えて来るのがいいと言うのも矛盾していますが、怖いもの見たさなのでしょうか。

9、素直に信じる云々というより、新しい時代をしかも覇権によって切り開くわけですから、血生臭いこともあるでしょうし、疑心暗鬼に囚われることもあるでしょう。近世から近代の革命に於いてはそれがもっとエスカレートして行きますが。怨霊対策に関しては三谷さんも
それから、僕の想像以上に当時の人たちは神様を敬っていた。夢のお告げみたいなものを信じていて、神がかり的な部分がすごくあるなと。「なぜ彼らはここで戦を始めたのか」「なぜ戦を始めなかったのか」といった背景には、わりとそういうことがあったりする。戦にしたって、もちろん銃はないし、小石を投げたりして戦っているんですから。もはや原始時代に近い。そんなイメージです。
とインタビュー(https://www.nhk.or.jp/kamakura13/special/interview/001.html)で言っているし、しかも武者さんがしょっちゅう言っている「原始時代に近い鎌倉時代」のこともちゃんと話してくれていますよ。

10、「将来は義時みたいになりたい!」て、皆そういう思いで大河を観ているのでしょうか。登場人物は自分とは別の世界の存在で、場合によってはそれを自分に重ね合わせるといった感じではないでしょうか。スポーツ選手あるいは芸能人を見てそう言うのであれば、まだわかりますが。それと
「英雄になりきった妄想に耽るより、現実社会で起きてはならない決断を迫られる」
迫られた決断をするからこそ、英雄となり成功者となるものだと思いますが。また、この大河で「精神が鍛えられる」ようには思わないし、そもそもエンタメとはそういうものなのでしょうか。

また「本来の意味で歴史を学ぶ意義を伝えているように見える」
自分でそう思っている、あるいは思いたいからではないのでしょうか。武者さんの嫌いな大河にも、同じような描写は今までいくらでもあったのですが、それは知らなかったことにしたいのかと。

そしてまた『ゲーム・オブ・スローンズ』に追い付いたとか何とか。これに関しては、また次の投稿で触れたいと思います。

飲み物-テーブル上のアイスカフェラテ
[ 2022/05/05 18:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 30

『武将ジャパン』大河関連コラムの続きです。それと先日分の投稿、当該コラムのリンクを貼り忘れておりました。失礼いたしました。今回も、URLのみを一応置いておきます。

https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/03/28/167391

頼朝が亀と密会しているシーンの、その後からです。

1.何かと熱くて重たい政子にはない、息抜きできる感覚かもしれません……って、頼朝がどう言い訳しようと、このゲスい行動は許されない
2.義時の移動で乗馬シーンが多いのがいい、気合を入れて訓練されている小栗旬さんだからこそ、こなせる頻度なのだろう
3.周囲が見て見ぬふりをして自分に黙っていたことに政子は怒り、弟の義時を田んぼのヒルとまで罵倒し、坂東をみくびったと怒り狂う
4.政子は「先妻」という言葉に反発しつつも、都会生まれの習慣に前のめりになっている
5.「九郎が関わっておるのか! あの馬鹿めが!」怒鳴り散らす頼朝だが、このあたりで義経の凶暴性と危険性に気づいていればよいのに――そう思える秀逸な伏線である

1、政子は「熱くて重たい」よりも、寧ろ「熱くて激しい」のではないでしょうか。そして確かに、頼朝の行動もほめられたわけではないにせよ、本人にしてみればそう悪気もなかったでしょうね。
2、小栗さんも悪くはありませんが、ここ10年で乗馬シーンがうまい主役といえば、私としては『軍師官兵衛』の岡田准一さんです。しかし武者さんは嫌いな作品だからほめないのですね。嫌いであろうと、評価する部分はあると思うのですけどね。
3、「坂東をみくびった」でなく、「坂東の女子」を「みくびらないでくれ」と言っています。しかもこの部分、りくが都と比較したからこそこのセリフが出て来ているのですが、それに関する記述がありません。
4、「先妻」ではなく「前妻」ですね。
5、頼朝は義円の手紙の件で、危険性については気づいていたでしょうが、それでも来るべき平家との戦に備えて、武人肌のこの弟を無下にするわけにも行かず、何とかなだめすかして置いておこうとしたのではないでしょうか。

6.広元がたっぷり読んできた漢籍
7.そして亀は積極的に「淫ら」なところがいい、楽しいことの中にはイケメンとのロマンスも入るだろうし、そういうロマンスをこちらから食らいつきにいってもいい。そういう開き直りを感じて清々しいとすら思える
8.政子はキレやすい女?いや、感情を制御できていないのはむしろ男性(ノリノリで破壊する義経・怒鳴る頼朝・泣く義時)だろう
9.女性の活躍というのは、ヒロインが味噌汁やおにぎりを振る舞うと周囲が感動して何かが起こるとか、胸をぐるぐるさせながらおもてなしをするとか、そういうわけのわからんことでは説明はつかない
10.海外では「日本のフィクションがまた女同士で戦わせてる……」という呆れ声もある

6、これはその通りでしょうが、この前も書いたように、義経のことをブラックなどと外来語を使うなと言う割に、やたらに漢籍を引っ張ってくるのもどうかと思います。この箇所も主君の諫め方などが紹介され、義時の態度と絡めているのですが、そうまでしてあれこれ漢籍の知識を持ち出す必要があるのでしょうか。
7、この部分、嫌いな大河だったら速攻で批判のみならず非難しまくっていたでしょうね。そもそももし嫌いであったら、亀という、ちょっとあざとい感じのキャラに最初から批判的だったかと思われます。
8、義経はともかく、頼朝が義経を叱ったのは御家人の手前ということもあるでしょう。そして義時の場合は、この後妻打ちがエスカレートしたのは自分にも責任があるわけで、だからいたたまれなくなったというところでしょうか。
9、女性の活躍と一括りにされていますが、文が塾生のためにおにぎりを作るとか、千代がほうとうを作っておもてなしをするのは、それはそれでいいと思います。ただ文の場合、毎回のようにおにぎりが出てくるのはどうかと思いましたが。あと味噌汁とは『利家とまつ』でしょうか。しかしこれ20年も前の大河ですが。
10、これは後の方のページで、ニュース記事に絡めているわけですが、海外のどのようなメディアがこう言っているのかが全く引用されていません。武者さんが勝手にそう思っているようにしか見えないのですが。

その後、
『鎌倉殿の13人』は、そんな(注・文官政治から武士の政権への過渡期の)日本史の特徴が定着する前ゆえ、文官と武官がいます
とありますが、その後の時代でもお抱えの学者や祐筆などで、僧侶などの武士でない人々もいたのではないでしょうか。また直江状などは、西笑承兌が間に立っていますし。

あと例によって男系と女系がどうのこうの、妻妾同居がどうのこうのとあります。毎週のように同じ持論が展開されています。ちなみに
そうだ。来週ですが、木曽義仲挙兵の地である丸子を来訪するため、レビューの公開が遅れます。申し訳ありません
とありますが、一週くらいお休みするか、他の人に書かせるという選択肢もあるのではとこの際言いたくなります。

そして
毎週毎週、こういうわけわかんない心理誘導されて頭が破裂しそうよ。先週クローズアップされた義経による義円抹殺心理もつらかった
とありますが、そこまで無理して観る必要はあるでしょうか。昨年はまた昨年で嫌いな作品ゆえ、苦行などと書かれていましたが、そうまでして書いてもストレスをため込むだけでしょう。
特に今年のは、本当は意に沿わない部分も多々あるようですが、三谷作品だから無理してほめているのではないか、そのように思われます。いっそ批判に転じた方が楽ではないのでしょうか。

飲み物-グラスビールと泡
[ 2022/04/01 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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