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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 67その2

『武将ジャパン』大河コラム、後半部分の疑問に思われる点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第30回「全成の確率」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/08/08/170161


1.御所では、またもや所領の揉め事が持ち込まれていました。
あまりにこの手の訴えが多いのでしょう。皆うんざりした顔をしています。

と言うより、この所領の揉め事が多いのが、宿老たちの合議が始まった一因と言うべきでしょう。

2.三浦一族の佐原義連から「連」をもらったけど「つら」ってなんだ――そう思ってたってよ。

佐原(三浦)義連が烏帽子親となって、連の字を与えたことは事実ですが、ただそのシーン、あるいは佐原(三浦)義連の名前はドラマ本編には登場していませんね。

3.全成の流刑先に向かい、鎌倉に戻りたいだろうと告げます。戻してやってもいいと思っているとか。
そのうえで、鎌倉殿のやり方に不満が募っているという。実衣が危ういという。
そして人形の入った包みを投げてきます。

ここのところ、かなり省かれていますね。
まず「鎌倉殿のやり方に不満が募っている」というセリフは出て来ません。
能員は
「かわいそうだがお許しいただける日が来ると思うな」
「あの方のお怒りはそれほど大きかったということだ」
と言い、全成にプレッシャーをかけて来ます。
その上で実衣が危うい、なぜならば鎌倉殿は、実衣がそそのかしたと疑っているとさらにプレッシャーをかけ、然る後に包みを投げるわけです。またこの包みですが人形ではなく、人形を作るための道具が入っているようですね。

4.全成は縄を打たれ、読経しながら引き立てられてきます。

この場合は真言を唱えているかと思います。真言は一種の呪文とされており、私は自分の投稿では呪文と一応書いています。

5.そして刀が振り上げられたところ、なんと雷が落ちて致命傷にはなりません。

ここもちょっとわかりづらい。つまり雷が落ちて執行人の手元が狂い、全成は致命傷を負わなかったわけです。

6.日蓮の「龍ノ口法難」とは異なり、全成は落命してしまいました。
でも、最期に奇跡を起こしたことで、最愛の妻の信愛はより強くなりました。
全成の祈祷は、命を守れなくても、愛は守った。
半分失敗で、半分成功といえるのかもしれない。そんな最期でした。

私もこのシーン、日蓮を思い出しました。
それから実衣の全成への愛ですが、この部分よりも、寧ろ全成が危険だとわかりつつ呪詛を再び行おうとするシーンに、実衣への愛を感じたと言っておきます。

しかし実衣は割と利用されやすい人物ですね。彼女の立ち位置も関係しているのかも知れません。

7.米の収穫を木簡で数えることが好きだった、あの伊豆の青年が、苦難というのみで削られ、仕上がってゆきます。

好きだったと言うより、それが仕事だったからです。そしてそういう実務に向いていた若者が、頼朝の側近となるにつれ、勢い現実と向き合わなければならなくなりました。

で、ここでまた『麒麟がくる』です。

「『麒麟がくる』の明智光秀も、どんどん時間の経過とともに削られてゆきました。
光秀とこの義時の違いは、どこへ向かうのか、ビジョンがないところ。火の粉を振り払ううちに、何かが変わってゆきます」

別に『麒麟がくる』のみならず、武者さんの嫌いな『西郷どん』も『青天を衝け』も、主人公がも否応なしに現実に向き合い、己の行く道を模索することになるわけですが、こういう作品の主人公は出てこないのですね。

8.義時は変わる一方で、政子は何か変わらない、北極星のような不動のものを感じます。
この姉の周りを回るのが、弟の義時であると。

「周りを回る」という表現なら、太陽とその周りを回る惑星の関係がふさわしいかと思うのですが。
あと政子が「私も考えます」と1人つぶやくところから、彼女も何かを決意したのではないでしょうか。

9.父である頼朝は、義経の首桶にしがみつき泣き叫んでいました。頼家はそんな風にストレス発散できることもなく、毒として体内に溜まっているように思えます。

頼朝と義経の関係と、全成と頼家の関係では大きく異なりますね。頼家にしてみれば、舅でもある能員が仕組んだことであり、何かとばっちりを受けたように感じたかも知れません。

10.この二人は理想的であるし、義時も比奈も賢くて優しい。けれども、何かしっくりこないものがあるように思えます。義時は八重の時ほど開けっぴろげに妻を愛せないのかもしれない。
家の都合で妻すら愛せない義時。圧倒的な孤独を感じます。

賢くて優しいと言うか、北条と比企の関係である以上、どこか他人行儀的なものを私は感じます。そしてここまで北条と比企が対立した以上、義時もほぞを固めたと言うべきでしょうか。寧ろ義時が感じたのは、そのような関係である以上、自分が幕府の中でより重要な存在になるに連れて、普通の夫婦関係でいられなくなるその辛さではないでしょうか。これも一種の政略結婚ではありますし。

11.比企能員を廊下で呼び止める義時。
全成に呪詛を唆したのではないかと問い詰めます。

義時は「全成に呪詛を唆したのではないか」とは言っていませんね。
まず呪詛の道具を全成に渡した者がいると言い、その次に鎌倉を離れましたねと言っています。武者さん、この部分の少し前で、
「三谷さんが元々好きで大得意の、ミステリ劇の手法をふんだんに使っています」
と書くのであれば、こういうミステリ的な問い詰め方をできるだけ略せずに書いてください。

12.ふてぶてしい能員。佐藤二朗さんがあらん限りの憎々しさを出してきました。
このドラマを見ていると、半分本気で彼に憎しみを覚える人もいるかもしれない。

実際演じている俳優さんが、その役にダブってしまうということはよくあります。
これとはまた別ですが、『ちむどんどん』関連で、これと似た意見を目にしたことがあります。

13.ここが当時らしい価値観といえるのが、忠誠心が感じられないところです。
こういうことを言われたら、忠義を疑うのか!と、後世の武士ならば怒り出しそうではある。幕末なら確実にそうなりそうだ。
しかし、よくも悪くも当時の武士は利益がないと動かず、やりがい搾取は通じません。

所謂後世の武士道的なものはまだないのだから当然です。
と言うより、戦国時代頃まではこういうものでしょう。戦闘員であったからこそ、損得勘定にも聡くなければならなかったはずですから。無論御恩と奉公という概念はありましたが。

14.「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために何をなすべきか。鎌倉殿のもとで悪い根を断ち切る、この私が!」
大河主人公が、怒涛の敵抹殺宣言しましたのぅ。

別に、他の大河主人公でも似たようなことを口にしていると言うか、この手の見得を切っていることは多いものですが。多少意味合いが異なりますが、『軍師官兵衛』の「御武運が開けた」などもこれに類したものでしょう。

15.若き鎌倉殿は、病に冒されていたのでしょうか。

不摂生がたたったという見方もありますし、この当時の高位の人々の病気はわかりにくいですね。診断書があるわけでもありませんから。

続きはまた改めて。

飲み物-ビールと夕日2
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[ 2022/08/11 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 60

『武将ジャパン』大河コラム続きです。

広元は現実的です。
熊谷直実の子・直家が「父が宣告して亡くなる時期なので上洛したい」と申し出たところ、「人間ごときに死ぬ時期なんてわかるわけないでしょ」と却下しております。
(ここで論語の『子は怪力乱神を語らず』『未だ生を知らず、焉(いず)くんぞ死を知らん』つまり君子は道理に背いたことはしない、「生すら分からないのに死がわかるわけない」を引用)
こういう漢籍をバッチリこなした大江広元が、こんな呪詛を信じるとは思えません。
話を合わせたのは彼なりの処世か、それとも……?

正直な話、どう見ても広元が頼朝を煽った感がありますね。
それに範頼に感しては、養父が公家であったせいで京との結びつきがあり、公家のトラブルにも関わっていたようです。上記のような理由で、範頼を遠ざけなければならないという事情が生じ、この大河では、広元自身が範頼の呪詛としたのではないでしょうか。あと鎌倉は自分が守るというのも、事実であるかは疑わしいともされているようです。

範頼の最期は梶原景時の軍勢に攻められて自害とされますが、本作では善児が始末しました。
いい加減、警戒されてもおかしくないでしょうし、善児は修善寺のある伊豆の出身でしょう。そこは深く考えても仕方ない。ある意味、善児こそ一騎当千の気がします。

「いい加減、警戒されてもおかしくないでしょうし、善児は修善寺のある伊豆の出身でしょう。そこは深く考えても仕方ない。ある意味、善児こそ一騎当千の気がします」
この意味が少々わかりづらいのですが、
「修善寺は伊豆にあり、善児は伊豆の人と思われるため範頼も警戒するべきだったでしょう。無論その点ばかりを考えても仕方ない。この場合善児こそが、向かうところ敵なしなのではないでしょうか」
とでも書きたいのでしょうか。
しかし範頼はこの場合、自分が誅殺されると考えていたのかどうか不明です。さらに善児は誰かの命令がないと動けず、その意味で天下無双というわけでもないでしょう。ただ少女を助けようとして、初めて彼自身の意志が働いたとは言えそうです。

そして今回のMVPなのですが

MVP:源範頼と大姫 ついでに三浦義村

とあります。退場者だからMVPというのもあるでしょうが、範頼はともかく、私なら、大姫でなく巴または丹後局の方を選ぶかと思います。また「ついでに」三浦義村というのは気の毒ですね。

何も知らず、真っ直ぐに生きているときが、頼朝と政子にとっての幸せの頂点だったのだろうと。
しかし、二人とも変わってしまい、そのためどんどん恐ろしい結末へ向かってゆきます。

これ、前にも同じような記述があって、その時書いたかとは思いますが、何らかの形で天下を取ろうとなれば、まず「真っ直ぐな」生き方は無理でしょう。生き様も変わってしまうし、人々の考えにも翻弄されるし、様々なしがらみを目の当たりにすることにもなるわけですから。

範頼はかわいそうなんですよ。
人生そのものもそうなのだけれども、義経顕彰系のフィクションの中で、対比のため必要以上にダメなお兄さん扱いをされてきた。
そのせいで地味で役に立たない人とすら思われている。
そういうところを否定すべくマッチョにするのではなく、ただただ真面目で温厚で、こういうリーダーがいたらきっと最高だと思わせてくれた。
素晴らしい範頼でした。

上の方でも書いていますが、範頼は養父が公家で、公家間のトラブルに関わったり、他にも御家人関係でトラブルもあったという説もあり、労多くして功少なし的な人物であったとも考えられます。その意味で苦労人ともいえますし、無論迫田さんでもよかったのですが、もう少し暗めの設定で、最期は頼朝を呪うような死に方でもよかったかと思われます。
尚「義経顕彰系のフィクションの中で、対比のため必要以上にダメなお兄さん扱いをされ」たのは『平家物語』、あるいは『源平盛衰記』とされています。しかし武者さん、『源平盛衰記』の文覚伝説は信じているのですね。

南沙良さんの大姫。暗くなくて明るい笑顔も見せるのに、常に底に穴が開いているようで。悲しいけれど、それだけではない素敵な大姫でした。

流石に武者さんも、大姫に関してはあまり書いていません。実際ちょっととらえどころがない人物に見えます。このキャラ設定その他に関してもまた書く予定ですが、「悲しいけれど、それだけではない」て具体的にどういうことなのかなと思います。「悲しいだけの人生ではない」ということなのでしょうか。

彼は『真田丸』の真田昌幸も思い出します。
昌幸は真田を守る一点集中で生きている。
でも天下は武田、豊臣、徳川と回る。
回る中で自分だけ回らないでいたら理解されず「表裏比興」と言われてしまったのです。

武者さんは以前『いだてん』のコラムで、感情移入ばかりを求めるなとして、「例えば『真田丸』の真田昌幸とかに感情移入できましたか?」などと書いていたことがありました。無論私はできましたが。なのにここに来て、
「昌幸は真田を守る一点集中で生きている」
などと肯定的評価に戻っていますね。

あと「彼」とは三浦義村ですから、
「彼は『真田丸』の真田昌幸を思い起こさせます」でしょうね。

でその後ですが、相変わらず京都=悪と決めつけ、例によって例の如く漢籍マウント、そして『麒麟がくる』を上げて『青天を衝け』を叩きまくるといった具合です。『鎌倉殿の13人』のコラムで、なぜ他の大河の上げ下げをやるのか不明です。ともあれ、その中からおかしいと思われる点のみ挙げておきます。

今回のこの「レビュー」の在り方については、また日を改めて書く予定です。しかしやはりどう見ても、感情丸出しというか向きになっているようにしか見えないし、炎上させるにしても、はっきり言ってレベルが今一つだとは思います。運営もなぜこういう原稿を書かせるのでしょうね。

阿野全成の描写は興味深く、陰陽師の役割も兼ねています。
中国でこういう術を行うものは方士。そんな中国由来のシャーマニズムが日本にも取り入れられてゆく。仏僧もこなす。
まだ鎌倉仏教として洗練される前ですので、全成や文覚はもっと原始的な術を使うのです。

まず全成、そして文覚は真言宗(密教)の寺院で修行しています。そして所謂鎌倉仏教と呼ばれるものは浄土宗の系統、日蓮宗あるいは禅宗が中心となっています。真言宗がこれらの鎌倉仏教になったのではなく、新興勢力として出て来たのですから違って当然でしょう。そして真言宗とは別に、真言律宗がこの時代に起こっています。また武者さんは以前、鎌倉時代は護摩を焚くのは廃れたなどと書いていたかと思いますが、元寇の時には護摩法要が行われています。

『麒麟がくる』では、斎藤道三が我が子・斎藤義龍と明智光秀を比べ、光秀がいかに早く四書五経を読みこなしたか語りました。
武士が幼い頃から学校で漢籍を学ぶようになっていたのです。

この当時すべてが学校に行ったわけではなく(足利学校などはありましたが)、家庭、あるいは寺院などで学ぶという方法が主流だったのではないでしょうか。これに関しては
戦国大河考3
で、『天地人』の雲洞庵のシーンを引用して書いています。

文武の区別が曖昧な日本で文官でありながらも戦も強い「軍師」となると、これがなかなか難しい。
『三國志』のようなフィクションにあこがれた作家が智将=軍師としたのですが、前述の通り武士は文官ではありません。
『軍師官兵衛』は?
黒田官兵衛は武士なので、中国の定義でいくと該当しません。敢えてあげるとすれば、仏僧である太原雪斎あたりでしょう。

これも、日本は儒教国家でないのだから当然です。儒教国家なら武士が政権を担当することなどまずないでしょう。


飲み物-アイスラテとエスプレッソキューブ
[ 2022/06/24 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』新キャスト

先日ちょっとだけご紹介した『鎌倉殿の13人』、完結編のキャストです。改めてリンクを貼っておきます。

【第七次】大河ドラマ「鎌倉殿の13人」
新たな出演者決定!

登場人物は以下の通りです(出演者敬称略)

のえ(義時の3人目の妻)- 菊地凛子
土御門通親 ー 関智一
平賀朝雅 - 山中崇
初(泰時の妻) - 福地桃子
藤原兼子 - シルビア・グラブ
せつ(頼家の側室) - 山谷花純
つつじ(頼家の正室) - 北香那
トウ - 山本千尋
慈円 - 山寺宏一
源仲章 - 生田斗真

シルビア・グラブさん、『真田丸』に続いての大河出演です。山中崇さんは、『ちむどんどん』の東洋新聞学芸部の多良島デスクですね。生田さんは未だに『軍師官兵衛』を思い出します。

またパペットホームズの声優さんが、2人追加されたことになります。

宮沢りえさん - アイリーン・アドラー
浅野和之さん - ロイロット先生
梶原善さん - ベッポ
堀内敬子さん - ハドソン夫人
迫田孝也さん - マクドナルド警部
そして
関智一さん - ラングデール・パイク
山寺宏一さん - シャーロック・ホームズ、マイクロフト・ホームズ、トビー(犬)、トンガ(猿)、ベイカー寮遊撃隊
(尚三谷さんも声優として、『恐怖の谷』を基にした「ダグラスさんのお屋敷の冒険」のダグラス氏の声を担当)

しかし山寺さんにはやはりナレを担当してほしかったです。状況に応じて声を使い分けるという方法もあったかと思いますし。この人は海外ドラマの吹き替えも好きですね。


飲み物-ビールと夜景
[ 2022/06/12 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 48

『武将ジャパン』大河コラム続きです。

静は腹の子を助命するという理由なんてすっ飛ばし、自分の愛をまっすぐに出し切って舞った。
(中略)
静を間近に見たいという理由を素直にスルッと口に出して、重忠を怒らせてしまう義村もそうといえばそう。頭がよいくせに、それっぽい言い訳はしない。
義時は、羨ましいほどに義経はまっすぐだと前回語っていました。
確かに義経は、後付けの理屈を考えない人間でした。
(中略)
まっすぐすぎる義経を受け付けられないから、「サイコパス」だのなんだの言われたのではありませんか?

まずこの部分、恐らくこう感じている人は多いでしょうが、「まっすぐすぎる」人物というのは付き合いづらいし、疲れるものです。妥協しない、空気を読まないという傾向が往々にして強いからでしょう。そもそも大河というフィクションだからこそこういう人物のキャラが設定でき、しかも何らかのインパクトを与えるわけで、現実とはまた違います。静もあまりまっすぐといった印象は私は受けないし。義経自身は戦場にいる時とそうでない時のギャップが大きく、ある意味子供じみているなとは思いますが。
それと三浦義村もまっすぐというのは、この場合正しくないのではないでしょうか。現にこの後で、義経自身が損得がわかる男といったことを、義時に伝えているのですが。

ドラマとして面白いだけでなく、色々と考えさせる作品です。
歴史劇は、やはりこうでなくては。
現実社会では試せないことを、人間と社会を使って実験した――その成果を観察することが、歴史を学ぶおもしろさだと思うのです。

創作である以上、別に「歴史劇」でなくて、現代ドラマでも構わないと思うのですが。それに色々と考えさせる作品なら、武者さんが嫌いな作品でも該当するのは多いのですが、その嫌いな作品では
「色々と考えさせる」
という言葉は出て来たでしょうか。

それから「水随方円」という言葉が出て来ます。これはコラム本文にもこうあります。

水は器の形にあわせて形を変えるという意味です。
器をこうしろと指定されれば、水の形はおのずとそうなる。

武者さんは好きでなかったようですが、『軍師官兵衛』の主人公、黒田官兵衛が隠居して如水と名乗るようになった時、秀吉に名の由来をこう説明(正しくは『方円の器に従う』)しています。
それはともかくとして、その次の部分で
「ドラマの評価も、ネットニュースやSNSトレンドである程度決まりますよね。
実はドラマの評価なり、ニュースも、こういう後付け解釈みたいなものがありまして」
とあり、その手のニュースには「~~なワケ」というタイトルになっていることが多いらしい。
ちなみにその記事です。

『鎌倉殿の13人』ヒットの理由は伏線回収のしやすさ?“ネタバレ視聴派”も満足するわけ

その理由として
「知名度抜群。馴染みのある人だらけ」
とあります。これに関して武者さんはこう書いています(カッコ内は記事からの引用部分)

(ここ数年の大河は金栗四三、明智光秀、渋沢栄一など、歴史上の重要人物ではありますが、大通りから脇道にいるような人物が続いていました)
金栗四三とまでいくと、特殊過ぎるので入れない方がよいのでは?
そしてこれは近年の大河を調べて並べたのでしょうけれども、少なくとも『麒麟がくる』は外すべきではないでしょうか。
明智光秀のどこが脇道の人なのでしょうか?
『麒麟がくる』は日本史上でもトップクラスの知名度である三傑が揃っていました。

まずここに出て来る人物は「歴史的に重要な人物」となっています。有名か否かはともかく、重要であるとはみなされているわけです。それに武者さんは、『麒麟がくる』に三傑が揃っていると書いていますが、生憎彼らについてはこの記事では触れられていません。
一方で今年の場合、義時の知名度は人それぞれでしょうが、記事中には
「源頼朝や源義経など、小学校でも習う有名な人物が主要キャストとして登場するのは」
とあります。
つまり『麒麟がくる』の三傑には触れなくても、今年の頼朝や義経には触れているわけで、武者さんが問題視するのであれば、こちらの方を採り上げるべきでしたが、コラムの記述はそのようになってはいません。

さらに『平清盛』嫌いというか、『カムカムエヴリバディ』で、藤本有紀さんアンチになったのかなとわかるのがこちら。

(そして、『鎌倉殿の13人4月に最終回を迎えたNHK朝の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』で絶賛されていたのがそのテンポ。『鎌倉殿の13人』でも、疾走するようなスピード感で物語は進んでいます。キャラクターやエピソードを濃く描きながらも、テンポよく感じるのはエピソードの取捨選択が絶妙であるからでしょう)
なるほど、よいアイデアを思いつきました。
朝ドラから大河への脚本家スライドは定番です。
ということは、そんなに絶賛されていた脚本家さんを『鎌倉殿の13人』と通じる源平合戦もので起用するのはいかがでしょうか?
源氏ばかりでは何ですから、平氏をテーマにして。ヒット間違いなしですね!

『鎌倉殿の13人』と『カムカムエヴリバディ』を一緒にされたことが面白くないのでしょうね。無論藤本さんは大河から朝ドラへスライドした脚本家ですが、どう見ても『平清盛』への皮肉が込められているように取れます。

あと三谷幸喜氏が色々書かれているのがお気に召さないようです。

なんでも三谷さんが新垣結衣さんにぞっこんで、毎回撮影現場にいるとか。好きすぎて出番を増やしているとか。
そういうことをネットニュースで書かれて、そんな低レベルな創作はしていないと反論しております。
温厚な三谷さんならば、カーっと怒るわけにもいかないだろうけれど、そういう邪推は芸能界そのものに対して迷惑ではないでしょうか。
今、日本の演劇映画界はハラスメント、ことセクシャルハラスメントに揺れています。

有名人だと当然あることないこと書かれるでしょう。
しかも大河の脚本担当ともなれば、なおさらです。
それとこういうのは、武者さんが嫌いな大河とて同じことなのですが、そういう作品の脚本家があれこれ叩かれていても、ハラスメントに揺れているなどと書いていたでしょうか。寧ろ逆のような気がします。
そして

スタッフなり脚本家なりが、過剰に役者本人と役のイメージを重ねることも私は問題だと思っています。
こと、実在の人物を扱う歴史劇では、慎重になっていただきたい。
ある大河ドラマで徳川慶喜役を演じる役者のファンが、SNSでこう盛り上がっていました。
「私の推しが演じるってことは、きっと実際の慶喜もいい人なんだよね!」
そういうファンの声に忖度して、実在の人物像を捻じ曲げたら問題があります。歴史修正につながってしまう。
だからこういうことを語る脚本家は、あんまり信頼できないのです。

『青天を衝け』のことでしょうか、ある大河などと書かず、ちゃんとタイトルを書いてもよさそうなのですが。
しかし三谷さんを悪く言うのはけしからんの後で、『青天を衝け』をなおも叩くというのは武者さんらしいと言えばらしいかも知れません。結局1つ前でハラスメントなどと言いつつ、嫌いな作品の脚本家に関しては
「あんまり信頼できないのです」
なのですか。

それから『鎌倉殿の13人』の八重に関して

なぜ八重の出番が多いか?
それは考証・坂井孝一先生の本を読めばわかることです。

無論これはそのような設定になっているとは思います。ただ彼女の登場に尺を割かれたこともあり、平家の描写が少なかったという印象はやはりあります。

三谷さんのこのドラマがどうして面白いか?
推論を書かせていただくと、みなさんが一生懸命誠意をもって、真面目に作った成果ではありませんか?
私は芸能情報に疎いので、九条兼実役の田中直樹さんが「笑いのツボを突いてきている」と言われてもピンときませんでした。
ただ、所作や発声がしっかりしていて、摂関家にふさわしいエリートの雰囲気は出ていると思った。
がんばっていると。そこは伝わってきた。

芸能情報に疎いと言いつつ、三谷さんが悪く言われたなどというニュースはチェックしていますね。
あと田中直樹さんはお笑いの人ですし、後白河法皇とのやり取りの間合いなどは、やはりそれらしいかなと思います。

そして以下の部分、関係者でもない武者さんがなぜ手抜きをしていないとか、真面目に作ったと言い切れるのかが不明です。「そうあってほしい」、「恐らくそうだろう」などと書くのであればまだわかりますが。

演じる方も、衣装も、ヘアメイクも、演出も、そして所作指導も。手抜きをしていない。
ちょっと雑に思えるところは、時間や予算不足であって努力不足ではないとわかる。
そういう真面目さが実り、面白いのではないでしょうか。

特に
「ちょっと雑に思えるところは、時間や予算不足であって努力不足ではないとわかる」
武者さんもやはり「雑に思える」ことがあるのですね。ならばそれがどのような点が、明確にすればいいかと思います。今年のこの大河コラムで思うのは、こういう、ちょっと奥歯にものが挟まったような言い方が目につく点で、やはりこの辺りはおかしい、でもそれは努力不足ではないと考えたいのでしょう。


飲み物-ウイスキーロック
[ 2022/05/28 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 41

実は先日の『武将ジャパン』関連コラム投稿で、それまでと違ったレイアウトにしてみたのですが、色々考えて結局今まで通りに戻していますので、その旨をお断りしておきます。

では本題に入ります。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第17回「助命と宿命」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/05/02/168017

1.義仲が美男というのはまことか?確かによい男ぶりであったことが振り返られるが、これは史実もドラマの青木崇高さんもそうだった

2.義高はいま東の岩本寺にいる。明日の朝、三浦を頼って伊豆山大権現に入るから、時間を稼いで欲しい

3.義澄(中略)も変わってしまった。(中略)我が子をむしろ疑い、その知恵を怪しんでいる。(中略)それに義澄はかつて、義高を立てて謀反しようと企てていた。二度目はないし、義高の危険性を痛感してしまった

4.思えば遠くへ来てしまった。(中略)腕には大姫を抱き、頼朝は幼い娘と妻を見て喜びを噛み締めていた。あのときの家族の姿が一番幸せだったのかもしれない。政子はそれでも過去の自分を裏切ることなんてできないのでだろう。あのとき胸が燃えていた幸せを思い出して、(中略)真っ直ぐに生きたいからこそ、誰かを守りたいからこそ、知恵を使い駆け引きをする。そんな政子が悲しくも素晴らしい

5.「私はもう、ここしかない……」そう、義時にまだ仕事がある。そりゃ義高が義時を信じない気持ちもわかる。一番嫌われる役目である。梶原景時がそうかと思ったら、義時もそうなりつつある。なんなら組織の中では「虎の威を借る狐」扱いで、最も嫌われるポジションかもしれない

1、青木さんは『西郷どん』の国父様(島津久光)でもあるのですが、あの時はどのような書き方をしていたでしょうか。ちなみにその『西郷どん』つながりで、武者さんは『西郷どん』最終回のレビューで「ダラダラと家族シーンをやるのなら戦争描きなさいよ」などと書いていますが、それは『鎌倉殿』の方も似たようなものではないでしょうか。

あと同じコラムで、食事もしていない(空腹ではある)村田新八に「武士は死ぬ前に食事しない」などと書いています。でも『真田丸』の北条氏政は、なぜか切腹の前に食事していましたよね?

2、三浦から「海を渡って」伊豆山権現に入ると義時は言っていますね。この三浦は地名のことではないのでしょうか。

3、義澄が変わってしまったというより、変わらざるを得なかったというのが本当のところかと思います。そのうえで、義村が何かしでかしやしないかと、気をもんでいるわけでしょう。義高の危険性と言うよりは、義高を支持することの危うさですね。義高支持は頼朝に盾突くものである以上、どう考えてもリスクが大きいわけですし。

4、胸が燃えるとは何でしょうか、胸躍らせるの意味でしょうか。渋沢栄一風に言えば「胸がぐるぐるすらい」でしょうね。それはともかく、政子が過去の自分を裏切ると言うよりは、過去の自分と決別しなければならない、それが彼女自身を迷わせているのだと書きたいのだと思われます。しかし御台所となった以上、それもやむを得ないことではありました。

5、「まだ仕事がある」て、残務整理じゃないんですから。この人は立場上、そして父時政から言われたこともあり、鎌倉に留まらなければならない人物でしょう。

そして虎の威を借る狐とは、権勢のある人物の威光を借りる意味ですが、義時はこの時点では、寧ろそれにためらいを感じていると思います(景時は多分割り切っているでしょう)。要は権力者の側近的存在だから、うかつなことを口にできない、そのため他の御家人との溝が大きくなりつつあるといったところでしょうか。

それと義高が信じないというのは、父義仲や自分に理解を示していると思ったのに、結局父も殺され、果ては自分を牢に押し込めるようことをしたからではないでしょうか。


6.主人公が、大物の懐刀になる大河は多いものです。
『天地人』の直江兼続。
『軍師官兵衛』の黒田官兵衛。
『麒麟がくる』の明智光秀。
『青天を衝け』の渋沢栄一(幕臣時代)。
この手のポジションは『素敵な主君に信頼されていいなぁ』となるのが定番だが、明智光秀と北条義時の場合、何かがおかしい。一番しんどい立ち位置になっている

7.大姫が懇願する場面で頼朝が参ってしまうところは、もう演技を超えたものすらあった。そりゃ、あんな子がああ言ってきたら誰も断れない

8.大河といえば観光。やっと制限も数年ぶりにとけたわけだが、大河を見て鎌倉に行こうと果たして思えるか? そう問いかけたくなる回でだった。前から鎌倉は怖いと薄々感じてはいた。慰霊碑はあるのだけれども、大雑把というかあまりに簡単に人が殺されすぎていて、何か理解に苦しむところはあった。そういう「ほんとうはおそろしい鎌倉の歴史」を余すところなく伝えてきて、秀逸だと恐れ入るばかり

9. というのも、ほぼ一から設計するものだから、怨霊対策をした作りらしい……って、だからその発想がおかしいと思わないか?そもそも惨殺するから怨霊が出る。だったら、悲劇を未然に防止する方法をなぜ考えないのか?
結局、何が一番怖いかって、人間の心ですよね。
不信感。
猜疑心。
誰もが素直に信じられなくなるから心が濁って、新たな悲劇が起きてしまう。そういう不信感の極みのような回でした。

10.今年の大河を見て「将来は義時みたいになりたい!」なんて思う子どもはいないでしょうし、ああなりたいと憧れる若者もいないでしょう。しかし、それが歴史というものではないかとも思えてくる。歴史って、英雄になりきった妄想に耽るより、現実社会で起きてはならない決断を迫られる――そうやって心を鍛え、磨くためのものかもしれません。
その点、今年の大河は精神を鍛えますし、本来の意味で歴史を学ぶ意義を伝えているように見える

6、「素敵な主君に信頼されていいなぁ」ではなく、皆何らかの形でしんどい思いをしています。これだと、しんどい立ち位置にいるのは、自分が好きな大河の主人公だけではありませんか。

官兵衛などもその典型だし、西郷吉之助も、忠誠を尽くしていた斉彬が、奄美で嫌われているとわかって茫然自失するところがありました。またこの吉之助や栄一=篤太夫は、他の戦国期の人物に比べると、そう高い身分ではありませんし、そのため戦国と幕末では何らかの違いがあると思われます。主君の性格や態度なども影響しますし。しかし『天地人』て、10年ルールは一体どうなっているのでしょう。

7、武者さんはそう思っているかも知れませんが、あのシーンは懇願することのみをやらせるべきでした。そもそも大姫は、義高が逃げたこと、追われていることをどうやって知ったのかなと思いますし、正直言って、刃物というか小刀を持ちだし、死にますと言わせるのはアウトだなと思います。

8、そもそも武者さんは歴史を理解しているかと言いたくなります。簡単に人が殺されるのは戦国も同じでしょう。しかも戦国の場合、奸計を練ったうえで死に追いやるからもっと怖いです。怖い怖いと言いながら、余すところなく伝えて来るのがいいと言うのも矛盾していますが、怖いもの見たさなのでしょうか。

9、素直に信じる云々というより、新しい時代をしかも覇権によって切り開くわけですから、血生臭いこともあるでしょうし、疑心暗鬼に囚われることもあるでしょう。近世から近代の革命に於いてはそれがもっとエスカレートして行きますが。怨霊対策に関しては三谷さんも
それから、僕の想像以上に当時の人たちは神様を敬っていた。夢のお告げみたいなものを信じていて、神がかり的な部分がすごくあるなと。「なぜ彼らはここで戦を始めたのか」「なぜ戦を始めなかったのか」といった背景には、わりとそういうことがあったりする。戦にしたって、もちろん銃はないし、小石を投げたりして戦っているんですから。もはや原始時代に近い。そんなイメージです。
とインタビュー(https://www.nhk.or.jp/kamakura13/special/interview/001.html)で言っているし、しかも武者さんがしょっちゅう言っている「原始時代に近い鎌倉時代」のこともちゃんと話してくれていますよ。

10、「将来は義時みたいになりたい!」て、皆そういう思いで大河を観ているのでしょうか。登場人物は自分とは別の世界の存在で、場合によってはそれを自分に重ね合わせるといった感じではないでしょうか。スポーツ選手あるいは芸能人を見てそう言うのであれば、まだわかりますが。それと
「英雄になりきった妄想に耽るより、現実社会で起きてはならない決断を迫られる」
迫られた決断をするからこそ、英雄となり成功者となるものだと思いますが。また、この大河で「精神が鍛えられる」ようには思わないし、そもそもエンタメとはそういうものなのでしょうか。

また「本来の意味で歴史を学ぶ意義を伝えているように見える」
自分でそう思っている、あるいは思いたいからではないのでしょうか。武者さんの嫌いな大河にも、同じような描写は今までいくらでもあったのですが、それは知らなかったことにしたいのかと。

そしてまた『ゲーム・オブ・スローンズ』に追い付いたとか何とか。これに関しては、また次の投稿で触れたいと思います。

飲み物-テーブル上のアイスカフェラテ
[ 2022/05/05 18:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 30

『武将ジャパン』大河関連コラムの続きです。それと先日分の投稿、当該コラムのリンクを貼り忘れておりました。失礼いたしました。今回も、URLのみを一応置いておきます。

https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/03/28/167391

頼朝が亀と密会しているシーンの、その後からです。

1.何かと熱くて重たい政子にはない、息抜きできる感覚かもしれません……って、頼朝がどう言い訳しようと、このゲスい行動は許されない
2.義時の移動で乗馬シーンが多いのがいい、気合を入れて訓練されている小栗旬さんだからこそ、こなせる頻度なのだろう
3.周囲が見て見ぬふりをして自分に黙っていたことに政子は怒り、弟の義時を田んぼのヒルとまで罵倒し、坂東をみくびったと怒り狂う
4.政子は「先妻」という言葉に反発しつつも、都会生まれの習慣に前のめりになっている
5.「九郎が関わっておるのか! あの馬鹿めが!」怒鳴り散らす頼朝だが、このあたりで義経の凶暴性と危険性に気づいていればよいのに――そう思える秀逸な伏線である

1、政子は「熱くて重たい」よりも、寧ろ「熱くて激しい」のではないでしょうか。そして確かに、頼朝の行動もほめられたわけではないにせよ、本人にしてみればそう悪気もなかったでしょうね。
2、小栗さんも悪くはありませんが、ここ10年で乗馬シーンがうまい主役といえば、私としては『軍師官兵衛』の岡田准一さんです。しかし武者さんは嫌いな作品だからほめないのですね。嫌いであろうと、評価する部分はあると思うのですけどね。
3、「坂東をみくびった」でなく、「坂東の女子」を「みくびらないでくれ」と言っています。しかもこの部分、りくが都と比較したからこそこのセリフが出て来ているのですが、それに関する記述がありません。
4、「先妻」ではなく「前妻」ですね。
5、頼朝は義円の手紙の件で、危険性については気づいていたでしょうが、それでも来るべき平家との戦に備えて、武人肌のこの弟を無下にするわけにも行かず、何とかなだめすかして置いておこうとしたのではないでしょうか。

6.広元がたっぷり読んできた漢籍
7.そして亀は積極的に「淫ら」なところがいい、楽しいことの中にはイケメンとのロマンスも入るだろうし、そういうロマンスをこちらから食らいつきにいってもいい。そういう開き直りを感じて清々しいとすら思える
8.政子はキレやすい女?いや、感情を制御できていないのはむしろ男性(ノリノリで破壊する義経・怒鳴る頼朝・泣く義時)だろう
9.女性の活躍というのは、ヒロインが味噌汁やおにぎりを振る舞うと周囲が感動して何かが起こるとか、胸をぐるぐるさせながらおもてなしをするとか、そういうわけのわからんことでは説明はつかない
10.海外では「日本のフィクションがまた女同士で戦わせてる……」という呆れ声もある

6、これはその通りでしょうが、この前も書いたように、義経のことをブラックなどと外来語を使うなと言う割に、やたらに漢籍を引っ張ってくるのもどうかと思います。この箇所も主君の諫め方などが紹介され、義時の態度と絡めているのですが、そうまでしてあれこれ漢籍の知識を持ち出す必要があるのでしょうか。
7、この部分、嫌いな大河だったら速攻で批判のみならず非難しまくっていたでしょうね。そもそももし嫌いであったら、亀という、ちょっとあざとい感じのキャラに最初から批判的だったかと思われます。
8、義経はともかく、頼朝が義経を叱ったのは御家人の手前ということもあるでしょう。そして義時の場合は、この後妻打ちがエスカレートしたのは自分にも責任があるわけで、だからいたたまれなくなったというところでしょうか。
9、女性の活躍と一括りにされていますが、文が塾生のためにおにぎりを作るとか、千代がほうとうを作っておもてなしをするのは、それはそれでいいと思います。ただ文の場合、毎回のようにおにぎりが出てくるのはどうかと思いましたが。あと味噌汁とは『利家とまつ』でしょうか。しかしこれ20年も前の大河ですが。
10、これは後の方のページで、ニュース記事に絡めているわけですが、海外のどのようなメディアがこう言っているのかが全く引用されていません。武者さんが勝手にそう思っているようにしか見えないのですが。

その後、
『鎌倉殿の13人』は、そんな(注・文官政治から武士の政権への過渡期の)日本史の特徴が定着する前ゆえ、文官と武官がいます
とありますが、その後の時代でもお抱えの学者や祐筆などで、僧侶などの武士でない人々もいたのではないでしょうか。また直江状などは、西笑承兌が間に立っていますし。

あと例によって男系と女系がどうのこうの、妻妾同居がどうのこうのとあります。毎週のように同じ持論が展開されています。ちなみに
そうだ。来週ですが、木曽義仲挙兵の地である丸子を来訪するため、レビューの公開が遅れます。申し訳ありません
とありますが、一週くらいお休みするか、他の人に書かせるという選択肢もあるのではとこの際言いたくなります。

そして
毎週毎週、こういうわけわかんない心理誘導されて頭が破裂しそうよ。先週クローズアップされた義経による義円抹殺心理もつらかった
とありますが、そこまで無理して観る必要はあるでしょうか。昨年はまた昨年で嫌いな作品ゆえ、苦行などと書かれていましたが、そうまでして書いてもストレスをため込むだけでしょう。
特に今年のは、本当は意に沿わない部分も多々あるようですが、三谷作品だから無理してほめているのではないか、そのように思われます。いっそ批判に転じた方が楽ではないのでしょうか。

飲み物-グラスビールと泡
[ 2022/04/01 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 23

『武将ジャパン』続き、コラム4ページ目です。


長くなるので部分的にピックアップしていますが、ここで武者さんは

ウソも何も、史料に残っていなければ創作するしかありません。
それがドラマや映画です。
心理的動機を想像して肉付けするのが、歴史フィクションの醍醐味です。

と言っており、

『麒麟がくる』は、明智光秀が織田信長を討った理由が特定できないからこそ、そこを掘り下げることができた。
動機なんて当人の心理で表には出ない、わからないブラックボックスなのに、そこを「ありえない」で切り捨てたら、歴史フィクションなんて存在できなくなります。

と、またも『麒麟がくる』を引き合いに出しているうえで、このようにも書いています。

歴史フィクションは創作が許されています。
それは当たり前のことで、フィクションの中身が悪質であると問題視されます。

しかし悪質か否かは、一体誰が決めるのでしょうか。こういうのの受け止め方は人様々ではないのでしょうか。

そしてその「創作部分の改悪」の例として、『いだてん』の、現代への忖度や関東大震災の描写が挙げられていますが、私は『いだてん』の当該シーンを観ていないのでこれは何とも言えません。ただ、田畑政治がヒトラーに嫌悪感を露わにしたのは、現代人への忖度、アリバイと武者さんは書いているものの、実際に田畑は、後にその嫌悪感を書き記しているというツイートでの指摘を見たことがあります。
それから『軍師官兵衛』ですが、

『軍師官兵衛』では、かなりあやふやなカトリック描写がありました。
実在した仏教徒をカトリックにするような、無神経な描写です。
宗教はデリケートですから丁寧に取り扱わねばなりません。
『八重の桜』では、同志社大学がチェックを入れて盤石の体制を整えていたのですが。

具体的にどの回で、実在した仏教徒とは誰のことなのでしょうか。それをまずはっきりさせないとどうしようもありません。そして「宗教はデリケート」などと書かれていますが、武者さんはこの1つ前の週のコラムで

冷静に考えてみれば、聖書もアーサー王伝説も無茶苦茶暴力的じゃなかったっけ? 今どき英雄建国神話もないよねハハッ!

などと書いています。私もこれに関して
「キリスト教を信仰している人の前で、あまり聖書をディスらない方がいいかと思われます。本気で怒らせてしまいかねません」
と書いているのですが、この辺がどうも矛盾していないでしょうか。
それと『八重の桜』(個人的には好きな大河です)への同志社大学のチェック、これは前にも出て来たことがありますが、そこまで言うのなら、どの資料を基にしているのかその辺も明記してほしいものです。

そして『西郷どん』の奄美大島でのシーン。

『西郷どん』では、島妻・愛加那とのロマンスを甘ったるく描きました。
薩摩藩と奄美大島の関係は搾取する側とされる側であり、島妻制度はその象徴。
それを甘ったるく描かれるとさすがに抵抗感があります。
白人奴隷主人男性と黒人奴隷女性のロマンスを甘ったるく描く――というドラマをアメリカで作ったらどうなるのか。そんな想像を喚起されて空恐ろしくなりました。

これはその前にも、西郷吉之助と愛加那(とぅま)の関係でこう書かれています。

男が上、女が下という構造。それはロマンでもなく、搾取だったのでは?
そういう目線が出てきたからこそ、もう美化できない。典型例がディズニーでも取り上げられたポカホンタス伝説です。大河ですと『西郷どん』における西郷隆盛と愛加那がそうでした。

しかし『西郷どん』の吉之助の場合、藩の事情によって奄美大島に流されたのであり、アニメの『ポカホンタス』のジョン・ラトクリフのような征服欲はなかったし、しかも大島の人たちに戦いを挑んだりもしていません。ただ島の習慣に最初は馴染めず、しかも自分の計画が破綻して自暴自棄になっており、とぅまに辛く当たってはいます。
そしてその後、薩摩藩と大島の関係を知らされるに至り、自らも考えを改め、とぅまと打ち解けてからは、島の人々に寄り添うようになり、結婚するに及んだわけです。別に甘ったるくもなく、ごく普通の夫婦生活ですし、互いに農作業をしたりもしています。

さらに
「資料がしっかり残っているにも関わらず、偏った利用をする」
と指摘する一方で、

平安末期から鎌倉時代の『鎌倉殿の13人』ですと、資料不足があってこういう問題は発生しにくいのかもしれません。

と書いてもいます。これはつまり、『鎌倉殿』は資料がないから、どう描いてもいいという意味にも取れてしまいます。しかし私としては、『鎌倉殿』は基本的に『吾妻鏡』ベースであり、その意味で資料不足であると断言はできません-平家の描写の場合は『玉葉』などを使ってもいいかとは思いますが。
そして

問題は近代史以降です。
幕末史は大量の証言が出てきます。

とありさらにその後

『徳川慶喜公伝』なんて刊行された時点で「嘘ばかりだ!」と論争になったのに、それをそのまま使う『青天を衝け』は悪質の範疇に入るでしょう。

あるいは

日米開戦の理由で日本側の問題を消し「アメリカが日系人を迫害するからだ」と誘導していました。

などともあります。しかし『徳川慶喜公伝』は栄一たちが作ったものである以上、少なくとも出さないわけには行きませんし、ならばその論争がどのようなものであるかを、このコラム上でもっとはっきりさせてほしいです。また日米開戦云々も、栄一はその時まで生きていたわけではありません。日露戦争後、日本人移民への風当たりが強くなったのは事実でしょうが。
その他にこういう記述もあります。

『青天を衝け』では、池田屋に遅れて到着した土方歳三が、無双して大活躍!という場面がありました。
創作ありの歴史ドラマだとしても、フィクションの域を完全に逸脱しています。
池田屋は活躍度で報奨金も出ているし、そんなもの嘘だと即座にバレるもの。
あの土方が、近藤勇や永倉新八の活躍を掠め取る悪夢でしかありません。

そもそもあの池田屋事件はダイジェスト的(『青天を衝け』では天狗党の方を重視)であり、土方が後になって駆け付けた方の描写がメインになっています。これはその後の、篤太夫(栄一)と土方の出会いの伏線という意味もあるでしょう。またその天狗党関連ですが

『青天を衝け』では、天狗党の処刑を慶喜が止めたのに、田沼意尊が独断で行ったように描きました。

天狗党鎮圧の総責任者は、田沼意尊なのですが…。
そして

これまた『鎌倉殿の13人』の場合だ、こんな展開になるようなものです。
「本当は優しいお兄ちゃんの頼朝は、義経を殺したくなんかなかったの! でも梶原景時が勝手に殺しちゃって……ひどいよ!」
こんなことされたら許せませんよね。
万が一こんな風に描かれたら「兄に討たれた義経」の悲劇の特性も台無しにしちゃってます。

「こんなことされたら許せない」
「兄に討たれた義経」の悲劇の特性も台無し
とありますが、義経が壇ノ浦まであのキャラで行くのであれば、頼朝に討たれたとしても、それはそれでやむを得ないのではないかとさえ思ってしまいます。

さらに

上記に挙げた作品は「お前の嫌いな大河ばっかりじゃないか!」と突っ込まれたら、その通りです。
嫌いな理由が、悪質な歴史改ざんをしているからなのです。

ということで、ともかく武者さんとしては、
「改変した結果が許せない」
「(特に近代絡みで)歴史を改竄している」
と言いたいのでしょう。

しかし以前から、ずべてとは言わずとも折に触れてこのコラムを見て来た身としては
「主人公または主演が好きでない」
「自分が思った通りに描かれていない」
というのが、主な理由なのではないかとも思えます。特に嫌いな大河は序盤から批判していますが、それらの大河がすべて、第1回から歴史改竄をしているわけでもないでしょう。何回か観ていて、特定の回で改竄されているから嫌いになったと言うのであればわかりますが(実際『いだてん』はこのパターンでした)。それを考えると歴史改竄とは別に、他に何らかの理由があって、最初から叩いているようにしか見えません。
しかし前出の『軍師官兵衛』のあやふやなカトリック描写なるものは、歴史改竄と果たしていえるのでしょうか。

それから後の方で

私は『47 RONIN』だろうが『グレート・ウォール』だろうが愛せます。
確かにトンデモ映画ですが、悪質ではありませんからね。

前にも書きましたが、その悪質か否かを決めるのは一体誰なのでしょうか。
そもそも「レビュー」を書く以上、好きか嫌いかを前面に押し出すべきなのでしょうか。歴史改竄をしているのならしているで、その点は批判し、それ以外の部分は評価すればいいだけの話ではないでしょうか。

例に挙げた作品が近代以降に集中しているのは、資料の残存状況や国際問題への影響等を踏まえた結果です。

それを言うのなら天狗党の処刑問題、あるいは池田屋での土方の活躍は、国際関係にどのくらい影響するのでしょうか。
それと近代以降云々とありますが、『麒麟がくる』の本能寺の後のシーン、あれも人によっては歴史改竄と受け止められるのではないでしょうか。

その点、近代史を扱う朝ドラにも、中々ひどい改悪がありますが、このあたりで終わりにしておきます。

これもツイートで見たことがありますが、どう考えても大した問題ではない(ドラマの中の時代であれば当たり前)のに、大騒ぎしている感がありますね。
(この項終わり)

飲み物-暖炉の前のウイスキー
[ 2022/03/07 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『黄金の日日』の創作と疑問点8

まず、俳優の西郷輝彦さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りします。大河ドラマや時代劇にも出演していた方ですが、私としては、『ノーサイド・ゲーム』のトキワ自動車の社長の印象が強いです。

そして『黄金の日日』について、今少し。
大河史上、商人または農民を主人公にした大河は、恐らくこの『黄金の日日』と『青天を衝け』のみでしょう。しかし『青天を衝け』の場合は、一時的にとはいえ主人公は慶喜の家臣となり、終生その恩を忘れないという、武士としての側面があります。また明治維新後は武家政権もなくなり、官僚から実業家に転身することになります。

その点、この助左衛門はあくまでも商人であり、武士になって秀吉や家康に仕えたわけではありません。この部分に両者の違いがあります。武士が支配する時代は、当然政に参加するのは武士になります。しかしこの大河の場合、主人公が武士でないため、政治がどのように動いているのか、その情報を手に入れることができません。当然ですがネットもTVもない時代です。当然誰かから情報を仕入れることになります。

特に堺衆出身で武士となった小西行長とか石田三成、美緒、あるいは五右衛門などからもたらされるわけです。これは他の大河でも似たようなものではありますが、助左衛門の都合に合わせて情報がもたらされるようなシーンもあり、しかも主人公は施政者側でないわけで、ちょっと都合がよくないかとも思われます。

結局それやこれやで助左衛門が、秀吉の決断(それが如何なるものであれ)に口を挟むことになります。
とどのつまり、
助左衛門とその仲間(美緒や桔梗を含む)VS権力者秀吉
という構図になってしまい。大河の後半部分は特に、助左衛門の側が正義で、秀吉が邪悪という描き方になりやすいわけですが、秀吉の立場ももう少し描かれていいかと思います。

特に秀吉が常軌を逸したようになるのは、近年の戦国大河でもしばしば描かれているように、淀殿との間に子供が生まれたことも関係していると思われますが、そういう描写があまり出て来ません。確かにブラックな秀吉を描いたところは評価できます。尤も黒さでは、『軍師官兵衛』の秀吉の方が際立っていたかも知れません。また朝鮮まで行って工作をするのは、あらすじ関連でも書きましたが、やりすぎな気がします。

この大河の後は、商人を主人公とした大河は登場していません。やはり創作オリキャラが多くなり、難しいのでしょう。『青天を衝け』も前出のように、主人公は人生のある時期を武士として過ごしています。この大河は、当時の市川染五郎さん、今の松本白鷗さんの存在感と演技力もあって魅力的ですが、やはり武士が主人公の方が収まりはよさそうです。あと助左衛門が、何かある度に呂宋に行くのも、それなりに理由はあるのですが、何度も続くとちょっと飽きて来ます。

飲み物-暖炉の前のウイスキー
[ 2022/02/22 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 5

武将ジャパンコラム関連の続きです。リンクをまた貼り忘れてしまいすみません。先日分のにも貼っておきます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第2回「佐殿の腹」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

このコラム、第1回と第2回にそれぞれ目を通しましたが、どちらも

1.ストーリーの肯定
2.恋愛シーンに武者さん自身がときめいている
3,  何かにつけて『麒麟がくる』と漢籍を持ち出す

この3点の繰り返しのように見えます。
1と2に関しては、この大河が素晴らしいからとご本人は言うのでしょうが、しかしこの2回分にも批判すべき部分、突っ込むべき部分はあるわけで、はじめから全面肯定しているため、その部分が見えなくなっているだけの話です。評価すべきところと、そうでないところの見分けがまるでできていないなと思わざるをえません。レビューとは、本来そういう部分をきちんと見分けてこそのものであり、それをやらない(または、できない)のであれば、レビューという名称は返上すべきではないのでしょうか。

また昨年の『青天を衝け』、これは私も書いていますが、血洗島などはよく描けているなと思う反面、歴史上の事件の描き方などは、もう少しどうにかならないのかなと思うこともありました。しかしこれにしても、武者さんのコラムは全面否定のみにとどまっていました。否定と肯定、いずれも一種の思考停止状態と言っていいでしょう。

さて、これも恋愛関連となるのでしょうが、今回このコラムのMVPに輝いた、政子を演じる小池栄子さんについてです。

凄まじい迫力と、かわいらしい愛嬌は同時に成立するはず。
そういう北条政子が毎週見られるようで、もう感無量です。
北条政子とは、日本史のみならず、世界史的にみてもおそろしいほど重要な人物のはず。
重要性が下がることはなく、むしろどんどん増してゆく人物です。
第一回と第二回で、頼朝と政子という、火花が散るような恋の成立過程は把握できました。
ここで一気に引きずりこむ魔力が十分にある、深淵のような存在。
こんな北条政子が見られるなんてもう、何と言えばよいのかわかりません。すごいことではないでしょうか。

まず「世界史的にみても重要」と書かれている割に、なぜそうであるのかが少しも書かれていません。これはこのコラムに共通しており、筆者である武者さんの主観や思い込みによる記述が、かなり大きいといえます。

そしてこの部分

頼朝と政子という、火花が散るような恋の成立過程は把握できました。
ここで一気に引きずりこむ魔力が十分にある、深淵のような存在。

何度も言うようですが、『青天を衝け』の栄一とお千代の出会いや夫婦愛を、あれだけネガティブに捉えていた同じ人の文章とはとても思えません。
それから視聴率関連です。この記事に詳しく書かれています。

「鎌倉殿の13人」も“見られ方”に変化 初回は配信も好調「青天」超え!BS組も443万人 多様化進む

そして武者さんによれば

本記事によりますと、見逃し配信サービス「NHKプラス」での視聴者数は、前作『青天を衝け』と比較して2~3倍の視聴数(正確にはユニークブラウザ数)だったようです。
また、鎌倉殿の13人より前のドラマが未発表なので数字の比較はできませんが、本作の視聴者数は、20時の本放送(NHK総合)が1771.9万人だったのに対し、18時からのBSでは443万人いたとのこと。
全体の約21%がBS視聴だった計算となります。
今後もNHKプラスでの視聴は増えていく傾向でしょうし、録画も簡単になったテレビの技術なども考慮すれば、もはやリアルタイム視聴率だけでは計りきれないと、NHK側も判断しているようです。

とあるのですが、まず前作と比較して2~3倍の数字というところ。これは、NHKプラスの登録者が増えたということも関連しているのではないでしょうか。登録者が増えれば、当然視聴者数も増えるわけですが、その点には言及されていません。
またその視聴者数についてですが、リアルタイムだけで見ると1771.9万人となっています。ところが『青天を衝け』では、リアルタイムでの初回視聴者数は、2096.8万人となっています。これが視聴率にも反映されているわけです。昨年の初回のBS視聴者数がわからないのが難ですが、少なくとも初回リアルタイムの視聴者数だけで見れば、昨年より落ちているのは確かなのですが。

平均視聴人数 2021年2月8日(月)~2月14日(日)
(ビデオリサーチ)

そして例によって漢籍マウント(と言っていいでしょう)。

大河が必ずしも勉強に役立つとは言い切れませんが、今年は推せます。
日本史のみならず、せっかくだから世界史的なことでも考えたい。

今までもこのブログに書いて来てはいますが
大河はそれ自体が歴史の勉強にはならないが、歴史に興味を持つきっかけになる
というのが私の考えです。武者さんは、自分が好きだから推したいのでしょうね。

今回は【文章経国思想(もんじょうけいこくしそう)】について。
「文学が国家の経営で重要である」とする考えです。
これ、ピンと来ますでしょうか?
(中略)
ほんとにぃ? なんかピンとこないなあ……と思ったら、今年の大河と『麒麟がくる』を思い出してください。
『麒麟がくる』では、登場人物が漢籍由来の知識を使って会話をしていました。そもそも「麒麟」だって儒教由来です。
そうした状況は、明智光秀たちが賢かったから?
いえ、それだけではなく、文章を使った教育をきっちりと幼少時から受けているからこそ可能なのです。
それが『鎌倉殿の13人』の坂東武者では成立しない。
(中略)
文章を読み、考え、想像し、作文することにより、人間の思考回路は鍛えられます。

しかし、なぜこの平安末期から鎌倉時代の武士たちと、戦国時代の人間である明智光秀を同列に論じるのでしょうね。鎌倉時代の武士と学問ということなら、金沢文庫でも採り上げるのならまだわかるのですが、最近は何かにつけて
「キリンガクルデハー」
の一点張りなのですよね、この武者さんは。

そして今度は小栗旬さんについて

そんな中、私が衝撃を受けたことはそれではありません。
まず一点目。小栗さんは地毛で結えるよう髪の毛を伸ばしている。しかもゴワゴワしているらしい。リンスはしないとか? これでもう参ってしまいました。
『ゲーム・オブ・スローンズ』では、出演者がシャンプー禁止令を出された。ツヤツヤヘアーじゃ時代ものらしくないということだそうです。
日本じゃ、そこまで気合い入れる役者はいないだろうと思っていたら、いたんですよ。

と、ここでまた『ゲーム・オブ・スローンズ』、『麒麟がくる』と並んで武者さんに取ってのバイブル的存在なのでしょう。
さらに

次は乗馬訓練。
一回目の馬防柵すら超える場面が、スタントなしだったとは意外でした。
馬術担当者が納得するほど稽古を熱心にしていて、本当に馬がお好きなんだそうです。
(中略)
大河のために地毛を伸ばし、馬に乗り、学ぶ。そんな理想的な人が実在したのかと。
彼のことは知っていたけれども、実は何も知らなかったんじゃないか? 姿形を知っている存在が、実は化け物だったと気づいたような、すごい衝撃が雷のように落ちてきた。

まず、地毛を伸ばすのは松山ケンイチさんもやっていました。『平清盛』の放送年にビールのCMに出た際、髪を後ろで束ねていましたね。そして乗馬の達人といえば、岡田准一さんもまたしかりでしょう。『軍師官兵衛』の乗馬シーンも、多分スタントなしだったのではないでしょうか。ただ好きでない官兵衛だから、武者さんはやはりスルーなのでしょう。
そしてその後、コラムの締めなのですが

彼の顔も、声も、何か違ってしまって、まさかこんなことがあるとは思っていなくて、正直、動揺しています。
大河とは、知っている何かを、まるで知らなかったようにしてこそ正解かもしれない。そう思わされて動揺が止まりません。
好きとか嫌いとかそういうことでなく、ともかく、小栗旬さんは驚異的な何かがあると思えるのです。

プロのライターなら、もう少しきちんと締めてほしいですね。動揺と書いたその次の行で、また「動揺」を持って来ていますが、こういう書き方は如何なものかと思います。そもそも「動揺する」というのは、あまりいい意味で使わないと思うのですが。わくわくするとか、心がときめくとか、もう少し言い方があるでしょうし、「驚異的な何か」というのも、具体的に何なのでしょうね。あっと言わせるものを今後も見せてほしい、そういった意味なのでしょうか。
それとこの人の文章は、「すごい」が目につくのですが、何だか稚拙だなと思ってしまいます。

飲み物-ロックグラスカクテル

[ 2022/01/21 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

武者さんのコラムに改めて思うこと+紅白会場での『鎌倉殿の13人』

3日にわたって武者さんの『青天を衝け』最終回のコラム関連で書いてまいりました。このコラム、どう考えてもはじめに批判、あるいは賞賛ありきの傾向が強く、『いだてん』を除けば、1年を通してその路線がぶれたことはまずありません。

特に批判に関しては(賞賛している作品であっても、『褒め殺し』的な表現を見たこともありますが)、炎上ビジネスかともいわれたものですが、炎上させるにしても、もう少し書き方を工夫できないものかと思います。『軍師官兵衛』の頃は、今よりももう少しまともだったのです。

いずれにせよ、武者さんが所謂「志士」が嫌いなこと、あれこれ出張って行くタイプの女性主人公が好きなのは間違いないかと思います。『半分、青い』という朝ドラのヒロインにもその傾向があり、このドラマもかなり評価していました。

かの『おんな城主 直虎』もかなりほめちぎっていたのですが、その割に先日投稿分の参考にしたコラムには、この作品はあまり引き合いに出されていなかったようです。小野政次の辞世が出て来た程度でしょうか。あるいは直虎は、『麒麟がくる』で上書きされたのかも知れません。

それとスポーツ報知の記事ですが、『青天を衝け』と『麒麟がくる』が同一視されたのが気に入らないのだろうと書いています。無論それのみならず、『西郷どん』とも同一視されたことで、武者さんはさらに面白くないのでしょう。

しかし大河コラムを書くのなら、やはり好き嫌いを基準に持ってくるべきではないでしょう。自分の意に沿う沿わないはもちろんありますが、ビジネスである以上、そう言ってもいられないわけですから。

ところで前回の紅白は、スケボーに乗って登場した松平健さん、司会の大泉洋さん、そしてゲスト席で何やら言っていた三谷幸喜さんと、さながら『鎌倉殿の13人』の番宣のようでもありました。大河関連では小栗旬さんではなく、小池栄子さんが出席していましたね。

小池さんというと、最近では『和田家の男たち』の、優君の母親を思い出しますが、それはともかく。改築中のNHKホールに代わって、国際フォーラムで行われた紅白でしたが、そう雰囲気は悪くありませんでした。問題は、紅白の方向性を、今後どうするかでしょう。

飲み物-冬のティータイム
[ 2022/01/07 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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