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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと―持ち上げる今年そして叩く昨年

『武将ジャパン』大河コラム続きというか、まず三谷さん脱稿関係です。そしてそれに絡めるようにして、まあ例によって例の如くと言いますか、『青天を衝け』をかなり叩いています。

朗報です。
まだ8月末なのに、脱稿したそうです。
(注・関連記事リンクがありますがここでは省いています)
決定稿にするまで手を入れるから、そのせいでギリギリまでかかるのだろうけれど、プロットの仕上げそのものはそう遅くないだろうと。
これはドラマを見ていればわかります。

三谷さんにしては早い方なのだろうと思います。しかし何度も書くようですが、これがガイドブックの発売に影響している印象もありますし、早い人は、放送開始後間もなく脱稿ということもあるようです。

今回は頼家の暗殺が、風呂場でなく猿楽の舞台でした。
あの猿楽は手間と時間がかかるため、いきなり決めてできるものとは思えないのです。
本作は作りに時間がかかるような場面が多い。
小道具や衣装も手間暇かけています。時間にある程度余裕がなければできないはず。

猿楽のシーンはあらすじと感想でも書いていますが、『太平記』で、柳営(将軍-この大河では執権-の館)に招かれた猿楽衆の中に、刺客が入り込んでいたのをベースにしているように見えます。武者さんがこれを観ているかどうかはわかりませんが。しかし猿楽だけでなく、他にもある程度の時間を見て取りかかるべきシーンというのはあります。武者さんがなぜここで『麒麟がくる』の能のシーンを持ち出さないのか、それがよくわかりません。『平清盛』の舞楽のシーンなども同じでしょう。

そして、

ですので、こういういい加減な報道に私は割と苛立っていました。
「三谷幸喜の『Nキャス』MC就任に大河スタッフが顔面蒼白!脚本が間に合わない!?」(注・本文は記事へのリンクあり)
三谷さんご本人の怒りは、私どころじゃないでしょうけれど……代わりに憤りをぶつけさせていただきます。
そもそも、そこまで脚本が決定的に遅い人が、三度も大河に起用されるものでしょうか?

別に武者さんが、代わりに怒っても仕方がないと思うのですが…。しかしこれも嫌いな大河だったら、我が意を得たりとばかりに紹介するのではないのでしょうか。何せ今までがそうでしたし。それと三谷さんの起用、本人の意向もあるいはあったかも知れませんし、『真田丸』が割とよかったから、もう一度となったのかも知れません。ファンからの要望もあったでしょう。

それと好きな大河の割に、こういうツイをするのですね。歴史系ライターを名乗っていて、大河コラムを有料で書いている人が、これはどうかと思います。

小檜山氏ツイ義時関連

そして嫌いな大河に関しては、武者さんはこの通りです。

近年で脚本が遅れていると判明したのは『青天を衝け』です。脚本家が歴史に馴染みがないか、好きでなかったのだろうと感じました。
大河にはガイドブックがあり、おおまかなプロットが放送前にわかります。
そのプロットから根本的な部分が変わっているとなると、あまりに時代考証がおかしいと判定されたため、その後に修正されたと想像できます。
去年はそういう妙な変更やカットが多かったんですね。

昨年でなくても、ガイドブックと実際のドラマとのギャップは何度か見られました。嫌いな大河だから騒いでいるのでしょうが、今年もガイドブックと、実際のドラマのギャップはありますけどね。

ともあれ、まず2021年という年を考えてみたいと思います。

前年の2020年に行われるはずだった東京オリンピックとパラリンピックが1年延期され、この年の夏に行われることになりました。当然NHKも放映権を持っているわけで、中継に当たって大河ドラマの放送をいくつか削らざるを得なくなります。恐らくはそのせいで、脚本にいくらか変更を加えざるを得なくなったのも一因でしょう。かてて加えて、コロナ禍で収録と放送の休止を余儀なくされた『麒麟がくる』が、翌年にまで放送がずれ込んだため、当初の予定とはかなり違ってしまったのではないかと思われます。

事前にガイドを読んで「これをそのまま放送したらまずいだろう」と思っていると、実際の放送ではカットされて、どうでもいいシーンが追加されていた。
一例として、長州征伐の西郷隆盛です。
天狗党を大量処刑したことと比較して、流血を回避した西郷隆盛を褒めるニュアンスのプロットがありました。
しかし、戊辰戦争と西南戦争を引き起こした西郷が流血を避けるなんて、まずありえない話。
幕末史の基礎でしょう。

ちょっとわからないのですが、武者さんは、第一次長州征伐が武力衝突なしで終わったのをご存知ないのでしょうか。
『西郷どん』でもこの時は、西郷吉之助が徳川慶勝に直訴して平和的解決に持ち込んでいます。またこれに対する条件として、禁門の変を京で指揮した長州藩の三家老の切腹や、藩主父子の謝罪、さらには五卿の筑前への移転などが行われています。

そもそも武者さんは、自分が好きな大河の描写に沿っていないと気が済まないようですね。『八重の桜』、『西郷どん』そして『青天を衝け』、それぞれの西郷の描き方があるはずです。それを言うのなら『麒麟がくる』の光秀も、私は今一つ納得できないところがありました。

ゆえに、放送時はそうしたニュアンスの誘導はバッサリ消えていました。
小道具、衣装、VFXの処理もおかしかった。
店のインテリアとして「風神雷神図」の屏風があった。
本物のわけがありませんし、偽物にせよ店にあんなものは置かないでしょう。質感からして大型プリンタで印刷して貼り付けたようなのっぺりとしたものでした。
書状や書籍も、きちんと筆で書いたものではなく、印刷したのでは?と思えるものがしばしば見えた。

「そうしたニュアンスの誘導」とは何でしょうか。「これをこのまま放送したらまずい」ということでしょうか。何だか意味が通じにくいですね。

そしてあれがおかしい、これがおかしいとありますが、ならばもう少し客観的な説明をつけてほしいものです。あのパリの風景などは割とよかったと思いますし。『風神雷神図』がおかしいのなら、画像を貼ってどことどこがおかしいくらいに指摘するのなら、それはそれで納得できるのですが。あと「印刷したのでは」と言うのは、具体的にどんな書状や書物でしょうか。近代日本であれば、もう印刷された書物が出て来てもおかしくないでしょう。

そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます。
昨年は、ただの手抜きではない、不吉な予兆がいくつもありました。
そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石。
来週以降も期待して待っています。

「そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます」
これもどういう意味なのか不明。
そして
「ただの手抜きではない、不吉な予兆」
これも何のことやら。そしてさらにおかしいのが、
「そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石」
なぜ『青天を衝け』の脚本の細部を見ていれば、今年は盤石になるのでしょうか。

この部分、要は
「こういう細かい部分がおかしいと、脚本の進み方にも乱れが出て来そうです。単に手を抜いたとかでなく、もっと失敗しそうな何かを感じずにはいられません。こういう細部への詰めの点では、今年のは昨年よりまともです」
こう言いたいのでしょうか。しかしもう少しわかりやすい日本語で書いて貰えないものでしょうか。無論私は、昨年のが今年より劣っているとは思わないし、最初の方で書いたように、放送日程の急な変更でやむを得ない部分もあったかと思います。寧ろ昨年に比べた場合、今年はやはり如何にも三谷さん的展開で、やや食傷気味に感じられることもあります。

そしてこの「今年はやはり盤石」、「来週以降も期待して待っています」なのですが、ちょっと無理が感じられます。本当に面白ければ、わざわざ昨年の作品と、何かにつけて比較する必要もないわけです。『青天を衝け』を、未だにかなり意識しているのだろうとは思いますが。


飲み物-パブのビール2
[ 2022/09/03 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 67その2

『武将ジャパン』大河コラム、後半部分の疑問に思われる点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第30回「全成の確率」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/08/08/170161


1.御所では、またもや所領の揉め事が持ち込まれていました。
あまりにこの手の訴えが多いのでしょう。皆うんざりした顔をしています。

と言うより、この所領の揉め事が多いのが、宿老たちの合議が始まった一因と言うべきでしょう。

2.三浦一族の佐原義連から「連」をもらったけど「つら」ってなんだ――そう思ってたってよ。

佐原(三浦)義連が烏帽子親となって、連の字を与えたことは事実ですが、ただそのシーン、あるいは佐原(三浦)義連の名前はドラマ本編には登場していませんね。

3.全成の流刑先に向かい、鎌倉に戻りたいだろうと告げます。戻してやってもいいと思っているとか。
そのうえで、鎌倉殿のやり方に不満が募っているという。実衣が危ういという。
そして人形の入った包みを投げてきます。

ここのところ、かなり省かれていますね。
まず「鎌倉殿のやり方に不満が募っている」というセリフは出て来ません。
能員は
「かわいそうだがお許しいただける日が来ると思うな」
「あの方のお怒りはそれほど大きかったということだ」
と言い、全成にプレッシャーをかけて来ます。
その上で実衣が危うい、なぜならば鎌倉殿は、実衣がそそのかしたと疑っているとさらにプレッシャーをかけ、然る後に包みを投げるわけです。またこの包みですが人形ではなく、人形を作るための道具が入っているようですね。

4.全成は縄を打たれ、読経しながら引き立てられてきます。

この場合は真言を唱えているかと思います。真言は一種の呪文とされており、私は自分の投稿では呪文と一応書いています。

5.そして刀が振り上げられたところ、なんと雷が落ちて致命傷にはなりません。

ここもちょっとわかりづらい。つまり雷が落ちて執行人の手元が狂い、全成は致命傷を負わなかったわけです。

6.日蓮の「龍ノ口法難」とは異なり、全成は落命してしまいました。
でも、最期に奇跡を起こしたことで、最愛の妻の信愛はより強くなりました。
全成の祈祷は、命を守れなくても、愛は守った。
半分失敗で、半分成功といえるのかもしれない。そんな最期でした。

私もこのシーン、日蓮を思い出しました。
それから実衣の全成への愛ですが、この部分よりも、寧ろ全成が危険だとわかりつつ呪詛を再び行おうとするシーンに、実衣への愛を感じたと言っておきます。

しかし実衣は割と利用されやすい人物ですね。彼女の立ち位置も関係しているのかも知れません。

7.米の収穫を木簡で数えることが好きだった、あの伊豆の青年が、苦難というのみで削られ、仕上がってゆきます。

好きだったと言うより、それが仕事だったからです。そしてそういう実務に向いていた若者が、頼朝の側近となるにつれ、勢い現実と向き合わなければならなくなりました。

で、ここでまた『麒麟がくる』です。

「『麒麟がくる』の明智光秀も、どんどん時間の経過とともに削られてゆきました。
光秀とこの義時の違いは、どこへ向かうのか、ビジョンがないところ。火の粉を振り払ううちに、何かが変わってゆきます」

別に『麒麟がくる』のみならず、武者さんの嫌いな『西郷どん』も『青天を衝け』も、主人公がも否応なしに現実に向き合い、己の行く道を模索することになるわけですが、こういう作品の主人公は出てこないのですね。

8.義時は変わる一方で、政子は何か変わらない、北極星のような不動のものを感じます。
この姉の周りを回るのが、弟の義時であると。

「周りを回る」という表現なら、太陽とその周りを回る惑星の関係がふさわしいかと思うのですが。
あと政子が「私も考えます」と1人つぶやくところから、彼女も何かを決意したのではないでしょうか。

9.父である頼朝は、義経の首桶にしがみつき泣き叫んでいました。頼家はそんな風にストレス発散できることもなく、毒として体内に溜まっているように思えます。

頼朝と義経の関係と、全成と頼家の関係では大きく異なりますね。頼家にしてみれば、舅でもある能員が仕組んだことであり、何かとばっちりを受けたように感じたかも知れません。

10.この二人は理想的であるし、義時も比奈も賢くて優しい。けれども、何かしっくりこないものがあるように思えます。義時は八重の時ほど開けっぴろげに妻を愛せないのかもしれない。
家の都合で妻すら愛せない義時。圧倒的な孤独を感じます。

賢くて優しいと言うか、北条と比企の関係である以上、どこか他人行儀的なものを私は感じます。そしてここまで北条と比企が対立した以上、義時もほぞを固めたと言うべきでしょうか。寧ろ義時が感じたのは、そのような関係である以上、自分が幕府の中でより重要な存在になるに連れて、普通の夫婦関係でいられなくなるその辛さではないでしょうか。これも一種の政略結婚ではありますし。

11.比企能員を廊下で呼び止める義時。
全成に呪詛を唆したのではないかと問い詰めます。

義時は「全成に呪詛を唆したのではないか」とは言っていませんね。
まず呪詛の道具を全成に渡した者がいると言い、その次に鎌倉を離れましたねと言っています。武者さん、この部分の少し前で、
「三谷さんが元々好きで大得意の、ミステリ劇の手法をふんだんに使っています」
と書くのであれば、こういうミステリ的な問い詰め方をできるだけ略せずに書いてください。

12.ふてぶてしい能員。佐藤二朗さんがあらん限りの憎々しさを出してきました。
このドラマを見ていると、半分本気で彼に憎しみを覚える人もいるかもしれない。

実際演じている俳優さんが、その役にダブってしまうということはよくあります。
これとはまた別ですが、『ちむどんどん』関連で、これと似た意見を目にしたことがあります。

13.ここが当時らしい価値観といえるのが、忠誠心が感じられないところです。
こういうことを言われたら、忠義を疑うのか!と、後世の武士ならば怒り出しそうではある。幕末なら確実にそうなりそうだ。
しかし、よくも悪くも当時の武士は利益がないと動かず、やりがい搾取は通じません。

所謂後世の武士道的なものはまだないのだから当然です。
と言うより、戦国時代頃まではこういうものでしょう。戦闘員であったからこそ、損得勘定にも聡くなければならなかったはずですから。無論御恩と奉公という概念はありましたが。

14.「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために何をなすべきか。鎌倉殿のもとで悪い根を断ち切る、この私が!」
大河主人公が、怒涛の敵抹殺宣言しましたのぅ。

別に、他の大河主人公でも似たようなことを口にしていると言うか、この手の見得を切っていることは多いものですが。多少意味合いが異なりますが、『軍師官兵衛』の「御武運が開けた」などもこれに類したものでしょう。

15.若き鎌倉殿は、病に冒されていたのでしょうか。

不摂生がたたったという見方もありますし、この当時の高位の人々の病気はわかりにくいですね。診断書があるわけでもありませんから。

続きはまた改めて。

飲み物-ビールと夕日2
[ 2022/08/11 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第29回「ままならぬ玉」あらすじと感想-1

第29回「ままならぬ玉」前半部分です。

梶原景時が討たれ、北条と比企の対立は避けられなくなり、仲介役の義時の役目は重要になった。頼時は父は鎌倉に不可欠な存在になったと言い、比奈は自分が義時に嫁いだ時の起請文を見せ、自分を比企に返すなどと言わないようにと念を押す。そして義時に呼ばれた善児は、義時から袋を手渡される。

中を改めた善児は、中身を見たかと義時に尋ね、義時が否定すると
「試されたのですよ、わしの天運を」
と答える。中にあったのは、宗時を殺めた際に持ち去った物だった。そして自分も年齢だからと、トウと言う若い女性の武芸者を連れて来る。彼女の太刀さばき、身のこなしは完璧だった。

宿老たちの評議が始まる。しかし時政の隣に座るべき三浦義澄は体調を崩しており、時政は義盛を呼んで隣に座るように言う。比企能員があまりよくないと聞いたがと言うも、幼馴染である時政は心配ないときっぱり言う。しかし義澄の余命はいくばくもなく、先のことは案じないでくれ、守ってみせると言う義村や甥の義盛の言葉にも、死んだ後のことはどうでもいいと弱々しく答える。

そこへ時政がやって来る。待っておったと義澄は言い、身を起こして一緒に行こうと時政にしがみつくが、それが彼のいまわの言葉となった。梶原景時死去から3日後のことだった。号泣する時政。そして流人時代から仕え、他の誰よりも長く頼朝に侍した安達盛長は、頼朝のそばに小指の先だけでも骨を埋めてくれと遺言し、そのまま瞑想するかのように、座ったまま目を閉じた。

能員は頼家に、奸賊梶原景時が去り、義澄と盛長もいなくなって、宿老たちの評議はあってないようなものだと言う。頼家はこれからは好きにやらせて貰うと言い、能員はそれに同意して自分が支えると言うものの、頼家はそれを拒む。しかし能員は自分に万事お任せあれ、その上で好きになさるがよろしいと頼家を牽制する。そして正治2(1200)年春、時政は従五位下、遠江守に任命される。

源氏以外の御家人の国守就任は初めてのことであった。時政は政子に、色々口を利いてくれたことに感謝するが、政子は、おじじ様の喜ぶ顔が見たくないのかと、頼家ににじり寄っただけだと答える。りくはこれで比企に一矢報いることができると言うが、この国守就任の目的は、御家人に範を示し、この鎌倉を守っていただきたいからであることを口にする。政子も比企がどうこう言うのをやめてほしいと言うが、りくは戯言だと言い、時政もそうだと哄笑するのだった。

畠山重忠が、自分の統治下にある陸奥国葛岡の新熊野社(いまくまのしゃ)の僧たちが、所領争いをしている件で裁決を依頼する。この社は藤原秀衡の頃からの、由緒正しい社であると三善康信。そこへ頼家が現れる。義時が取次はまだであると言うものの、頼家は意に介さず、能員は康信を押しのけて頼家の席を作ろうとする。

重忠が続きを述べようとすると、頼家はいきなり絵図を奪い取り、祐筆の筆を取り上げて真ん中に一本線を引く。頼家は、所領の狭い広いなどは所詮運、僧の身で欲深いとは片腹痛いと言い、重忠が神仏に仕える者の訴えをぞんざいにすると、天の怒りを買いかねないと注意するも、頼家は開き直ったかのように、望むところよと大口を叩く。

さらに今後所領のことは、自分が調べて処断すると言い、しかも能員には「好きにさせて貰ったぞ」と言い捨てて去って行く。その年頼家の正室つつじに子が生まれ、善哉(ぜんざい)と名付けられ、義村は望み通り乳母夫の地位を手に入れる。これが能員には面白くなかった。義時にはわざとらしく祝意を述べつつも、嫡男は一幡であると念を押す。しかし頼朝は、正室の男児を嫡男とする意向だった。しかし文書には記載されておらぬと、受け入れられないと能員は言う。

このままでは鎌倉が比企の思うがままになると、りくは懸念する。しかし善哉が嫡男となったところで、時政とりくには得るものはなく、千幡を嫡男とすることに決める。この年9歳の千幡は頼家の弟で、身内も乳母夫も北条一族だった。りくは少々乱暴な手を使ってでもと言い、何だと尋ねる夫に察するようにと言う。そして呼ばれたのは全成だった。

鎌倉がここまで大きくなれたのは、北条が真ん中にいたからだと時政が話を切り出し、でも今はそうではないとりくが続ける。彼らの要求は呪詛であった。時政は能員をと言うがりくはそれを遮り、鎌倉殿をと明言する。りくは命を取るのではなく、しばらく病で臥せってくれればそれでいいと言い、全成がためらうのも無視して、先代の跡を継いで随分苦労しているようだから、重荷を取り除いてあげて何が悪いのだと全成に問いかける。

時政は全成に近づき、跡を継ぐのは千幡じゃと言う。全成は千幡の乳母夫であった。一方妻の実衣は、結城朝光が下総に戻ったため琵琶の稽古も休んでおり、退屈そうにしていた。その実衣は、京で僧の修行にいそしむ子の頼全から文が届いたと言う。文を読み始めた実衣が、百檀大威徳法の業と口にした時、全成はもうそこにはいなかった。そして全成は部屋に籠って、呪詛のための人形を作り始める。

頼家は相変わらず、近習たちと蹴鞠をやっていた。しかしこの年坂東を台風が襲い、農作物に被害が出ていた。頼時は、今は蹴鞠に興じるのではなく、他にやることがあるのではと頼家に直言する。しかし頼家は蹴鞠は遊びではないと言い、如何に鞠を落とさずに蹴り続けられるかを、平知康の指導のもとで行っていた。

義時は頼時を伊豆に行かせることにする。百姓たちは食べるだけの米がなく、借りた米も返せずにいた。土地を捨てて逃げ出す者もおり、これを収めて来いと言う父義時に、頼時は自信なさげであった。そこへ同席していた時連は、何とかしろと言われたら何とかする、お前の父上もそうやって何とかして来たと口添えする。頼時は何とかしてみると受け入れざるを得なかった。

時連は、頼時は鎌倉殿の側にいない方がいいと言い、義時も、小さい頃は仲が良かったのにと昔を思い出す。お前は大丈夫なのかと問う義時に、時連は、鎌倉殿に蹴鞠の才を見出していただいたと答え、そんなことは望んでおらぬと義時が言うも、蹴鞠は遊びではない、京へ上った時に公家と渉りあうためのものと時連は答え、(頼家を)諫めるだけではなく、分かって差し上げること必要であると義時に話す。

伊豆へ発つ頼時は頑張ってくると言うが、初は、そういう真面目なところが息が詰まると言う。同行する鶴丸は、いつも肩に力が入っているのが悪い所だと言い、初は面白くないとまで言う。その頃義時と義村は、2人を結婚させようと話し合っていた。初は頼時にはもったいないが、お前の息子ならと義村。そもそもこうなったのは、義村が初を八重のところへ連れて行ったためで、八重が結び付けてくれたかと義時。



景時、義澄、盛長と御家人たちが次々と世を去ります。このうち景時は討ち取られたわけですが、後の2人は年齢によるものであり、御家人たちも世代交代の時を迎えたと言えるでしょう。その世代交代の代表格のような頼家ですが、宿老たちがいなくなったこと、能員がおだてたことで、自分の思うがままに振舞うようになります。

例の絵図の件はかなり有名ですが、こういうやり方で裁決を下されてはたまったものではありません。一方で頼家とつつじの間に男児が生まれ、次の世代が続々と誕生しています。しかし能員は、一幡が嫡男である、頼朝が正室の子を嫡男にする意向があったとしても、文書に記載されていないと、一幡の後継を正当化しようとします。これがまた新たな火種となります。

元々比企には対抗意識を持っていたりくですが、このままでは比企に鎌倉を、いわば乗っ取られると思ったのでしょう。全成を呼んで呪詛を依頼します。しかし比企の誰かではなく、頼家を呪詛の対象にと言います。無論これは呪殺ではないものの、いつもながらのりくの思い切ったやり方に、時政も全成も驚きます。その全成、妻の実衣は、朝光が去ってから意気消沈したようになり、自分も重責を伴う仕事を任されて、自分の子のことも上の空のようです。その子頼全の文に遭った百檀大威徳法ですが、大威徳明王は呪法と関連がありますね。

そしてこれも関連しますが、乳母夫が3人登場します。まず比企能員です。そして三浦義村、さらに全成です。この時代の乳母制度の縮図のような感じです。しかしこの全成と実衣、先日も書いていますが、どうも千幡の影が薄く感じられます。数えで9歳にもなっていれば、兄との違いを見せるためにも、そろそろ登場させてもいいのではないでしょうか。

時政は相変わらず、北条あっての鎌倉と思っており、常にりくの言うことを受け入れています-但しこの夫婦の場合、こういうやり方の方が、寧ろバランスが取れているように感じられます。あと善児、こちらも二代目を連れて来ましたが、あのトウは、範頼暗殺時の女の子が成長した姿でしょうか。

そして百姓が土地を捨てて逃げ出す、所謂逃散が『おんな城主 直虎』、『西郷どん』に続いてここでも登場します。これは、一種の抵抗手段でもありました。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/08/01 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』キャスト第4弾が発表

『どうする家康』新キャスト(第4弾)が発表されています。

【第4弾】2023年 大河ドラマ「どうする家康」新たな出演者発表!──戦国サバイバル 大変なのは家康だけじゃない みんな“どうする?”
(NHK ONLINE)

キャスト(発表順、出演者敬称略)
お市-北川景子
織田信秀-藤岡弘、
柴田勝家-吉原光夫
山県昌景-橋本さとし
水野信元-寺島進
久松長家-リリー・フランキー
松平昌久-角田晃広(東京03)
今川氏真-溝畑淳平
糸(氏真の妻)-志田未来
関口氏純(瀬名の父)-渡部篤郎
巴(瀬名の母)-真矢ミキ
たね(瀬名の侍女)-豊嶋花
お田鶴-関水渚
鵜殿長照-野間口徹

今回お田鶴の方は出ますが、直虎は出ないのでしょうか。

藤岡さん、寺島さんは『真田丸』以来、北川さんは『西郷どん』以来の大河出演になります。また音楽は稲本響さんです。

ところでお市は発表されましたが、浅井長政はどの俳優さんが演じることになるのでしょうか。あと明智光秀は今回は誰なのでしょうね。


飲み物-注がれるビール
[ 2022/07/16 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

小檜山氏note記事とツイへの疑問点

まず小檜山氏のnote記事です。

プロパガンダとしての大河と朝ドラ
https://note.com/54seikobi85/n/ne33a063b5e34

しかし思うのですが、その「プロパガンダ」である大河と朝ドラのレビューを書いて報酬を得ているのは、他ならぬ小檜山氏=武者さん自身だと思うのですが。要は、自分が嫌いな大河と朝ドラはプロパガンダであると言いたいのかも知れません。ならばそういう作品の時は、レビューを書かないというのも一つの方法でしょう。

では一部抜粋します。

大河についていえば、2015年と2018年は流石に露骨すぎたのか、いわゆる大河クラスタでも感づいた層が多いのか、駄作枠とされました。
 不可解なのは2015、2018とできの上ででは大差がないにもかかわらず、なぜか熱狂的な一部支持を集めていた2019と2021です(といってもあくまでネット観測値であり、実数は取れてませんが)。

まず何が具体的に「露骨」なのか不明です。そしてこのブログでも書いていますが、私は2015年の『花燃ゆ』は、主人公のおにぎり作りや、椋梨藤太邸前での号泣、奥女中のシーンなどは馴染めませんでしたが、一部の男性パート、あるいは多少メロドラマ的ではありましたが、群馬編などはよかったと思います。

2018年の『西郷どん』は、全く疑問がないわけではないもののかなり好きでしたし、実際周囲に面白いと言う人もいました。特に奄美大島編などは評価されていましたね。

そして2021年の『青天を衝け』、これも一部疑問はありましたが、血洗島の藍農家のシーンや、天狗党関連で栄一が彼らを諫めるところなどは好きでした。最後の方が年表風になったのは残念ですが、オリンピックがこの年に決まった以上、やむを得ない部分もありました。また栄一の女性遍歴も、逐一描くわけには行かなかったでしょうし。2015年や2018年、特に2018年と大差がないというのは私も感じますが、それは寧ろ肯定的な意味での話で、特に主人公の生家や仲間の描写などは、両作品ともかなり受け入れられるものでした。

ただ小檜山氏に取っては、自分が嫌いなものは、皆も嫌いでないと嫌なのでしょうね。尚2019年の『いだてん』は、第6回までしか観ていないので何とも言えません。

また小檜山氏の場合、幕末から近代物、特に西国諸藩や徳川慶喜絡みが気に入らず、そういうのはすべてプロパガンダだと決めつけているふしはあります。好きな人も嫌いな人もいる、人それぞれと思っていればいいのではないかとは思いますが。一方で好きな作品に対しては基本的に無批判なのですね。

あと朝ドラでは、案の定と言うべきなのか『マッサン』、『あさが来た』、『わろてんか』、『エール』そして『まんぷく』などがやり玉に挙げられています。

では『ちむどんどん』関連です。例の、智が農家で野菜の買い付けをしているシーンですが、小檜山氏のnote記事にはこのように書かれています。

『ちむどんどん』第64回 歌子は歌いたい
https://note.com/54seikobi85/n/n9b78b7bda019

智は沖縄に仕事で出張し、できる仕事人ぶりを見せつけます。賢秀と大違いだな、おい。沖縄食材を仕入れて東京で売るだけでビジネスチャンスなんだぞ、にーにー。でもヒントではある。特質のある豚肉でビジネスだ!

とあるのですが、
「沖縄食材を仕入れて東京で売るだけ」
先日の投稿でも書いていますが、この当時沖縄や南西諸島でウリミバエの被害があり、植物防疫法によって農作物を持ち込むのは不可能だったはずです。これが解禁されるのが1993年ですからかなり先です。なのに、なぜそれに関する考察がないのだろうと思います。

それと小檜山氏ツイでこういうのもありました。

自分の意見が言えてスキルのある若い女が嫌いだ!ちむどんヒロインむかつく!って素直にいえばよいのでは?

「自分の意見が言えてスキルのある若い女」とは、暢子のことだと言いたいのでしょう。しかし私の場合、これに当てはまるのは暢子でなくて愛ですし、愛はあの中では好感が持てるキャラです。

あと

ちむどんアンチタグや記事、沖縄出身の貧困家庭からきた若い女は何をしてでもぶん殴りたい、そんな心性は観察できて興味深い。

ちむどんアンチが勢い余って沖縄差別をフルスイングしている点こそ、むしろルール違反で不正義だと思いますが。沖縄への知識なしで叩いていたりして、指摘されると怒り出す。

などともありますが、アンチタグのツイで、沖縄差別などというのは殆ど見たことがありません。あくまでも人物描写がおかしいとか暢子が料理人らしくない、あるいは暢子と和彦や智の関係の描写について行けないといったツイが、私が見る限りではメインになっています。

それと「沖縄への知識なしで」などとありますが、小檜山氏は前出のように、植物防疫法の存在に作品内で言及しておらず、あたかも農作物を持ち込めたような展開になっている点に何の疑問も呈していません。寧ろ小檜山氏にこそ、「沖縄への知識」を持ってほしいです。

ところで『ちむどんどん』、料理関係の考証をしているシェフの室井氏が、助言はしているとコメントしていたらしいのですが、制作陣がそれを無視しているのでしょうか。

これで思い出すのが『江~姫たちの戦国~』です。これも考証の小和田哲男氏が助言したことと、実際の作品とが異なっていたようで、それを考えると、制作統括の責任は大きいと言うべきでしょう。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/07/11 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 54

『武将ジャパン』大河コラム続きに行く前に、『鎌倉殿の13人』出演者情報です。

【第七次】大河ドラマ「鎌倉殿の13人」新たな出演者決定!
(NHK ONLINE)

詳しくはまた後で投稿しますが、関智一さん、山寺宏一さんも出演ですね。

さてコラムの後の方ですが

久々のギャグがあって爆笑回だな〜!……と思えたかというと、そうでもない。
随所に不吉なフラグが立ちました。
範頼も、全成も、破滅への道のりがうっすらと見えてきます。
彼ら自身が迂闊というよりも、懲りずに企む坂東武者が悪いとも思えてくる。上総広常の死を教訓にできていないんだなぁ。

私が観た限り、ギャグらしきものはこの回はなかったのですが、どこのシーンでしょうね。全成と実衣の会話でしょうか、あるいは政子が飛び跳ねるシーンでしょうか。そして坂東武者、特に年配の豪族は、頼朝に不満があるわけですから、揺さぶりをかけてもおかしくありません-当然ながら失敗しますが。

善児が怖いと言われますが、私は人間よりも権力のありようが怖いと思いますよ。
比企能員と道の夫妻なんて、権力をとりにいくことを楽しみすぎていて危険です。
しかも彼らは一族の女を駒にするからたちが悪い。比企に関わると滅びるという意味では、源行家に匹敵するほどの死神かもしれない。

権力を取るというのは、乳母制度というのも関係しているかと思います。手塩にかけた若君が将軍ともなれば、一族が出世してもおかしくないでしょう。それとこの当時、あるいはそれより後になっても、女性を権力者に嫁がせる、あるいは側女にするというのはよくあることでしたが。

そして、このような記事のリンクがコラム内に貼られています。尚私はタイトルをコピーして検索したので、このメディアの記事であるかどうかは不明であるとお断りしておきます。

「鎌倉殿の13人」風雲急 ついに“三谷流”曽我事件!善児も暗躍?ネット興奮「もうミステリードラマ」
(スポニチ)

しかしこの冒頭に
「稀代の喜劇作家・三谷幸喜氏が脚本を手掛ける大河ドラマ61作目」
などとありますが、昨年がこうだったら、武者さんは提灯記事だ何だと叩いたでしょうね。

あと『シャーロック・ホームズ』に登場する仮設形成(アブダクション)を、この大河に当てはめたらどうなるかなどと書かれていますが、どうも武者さんの独りよがりと思われるところもあるし、何よりも長くなるので省略します。それにしても今回も、それから少し前にもホームズの『緋色の研究』で、ワトソンが軍医であると言い当てる場面ばかり出て来ます。他の場面、あるいは他の作家の作品は引用しないのでしょうか。

さらに

なんだか最近「伏線回収!」という言葉でドラマを評価することが流行しているように思えますが、三谷さんのようなミステリ大好きな作家ならばそれはむしろ当然のこと。
(中略)
それにそうすることで話を動かせる中世と相性が良いのだと思えます。

とありますが、
「そうすることで話を動かせる中世」、仮設形成によって話を動かせると言いたいのでしょうが、例えばどのようなものかを挙げてほしいものです。また『孫子』の「行軍」では戦場でのこの適用法があるとして、その部分が引用されていますが、これも長いのでここでは紹介しません。そもそも大河コラムで、なぜこういうのを持ち出すのかそちらの方が不思議なのですが、いつもの漢籍自慢なのでしょう。

そして最後に「『鎌倉殿の13人』の進む道」という小見出しで、以下のようなことが成功する要素とされています。

・Twitterでトレンドを獲得する
→これは保留。Twitterのアルゴリズムを理解していれば、ノイジーマイノリティ(声の大きい少数者)が活発化するとトレンドは取りやすいため。
・関連番組が多い
・ネットニュースの本数が多い
・関連書籍も多く出てくる
・関連イベントが多い
・歴史雑誌が、夏になっても関連ネタを取り上げている。昨年は夏にはもう下火になっていた
・ファン層の空気に余裕がある。心底好きか、義務感から好きと言っているのか。その違いはファン層の空気に反映される

トレンドの件、保留するのであれば外せばいいと思うのですが…。ともかく関連番組やネットニュース、関連書籍に関しては、昨年もあまり変わらなかったと思います。書籍は結構多かったですし。イベントは、コロナ禍でできなかったものもあるかも知れません。それから歴史雑誌の件ですが、渋沢栄一という人は歴史雑誌というより、経済関連のメディアなどと親和性が高いのではないでしょうか。
そして
「ファン層の空気に余裕がある」
とは一体何でしょうか。これを見る限り、心底好きなのが今年で、義務感から好きというのが昨年だと言わんばかりですが、もちろん昨年でも本当に好きだとか面白いと言っている人は、ネット上でも結構見かけました。この最後の部分は、武者さんの希望的観測でしょう。

こうもネット配信が発達した現在、視聴率だけでの判断は時代遅れになりつつあります。NHKもそこはふまえてNHKプラス再生数を気にしている。そこでよい結果が出ているのでしょう。

確か昨年、『麒麟がくる』で上げた視聴率を『青天を衝け』は落としたといった記述が、この大河コラムにありました。こういう場合は
「視聴率だけでの判断は時代遅れ」
とはならないのでしょうか。そもそもここまで書くのなら、数字をきちんと出さないと説得力がないかと思います。

NHKは中世大河という賭けに勝った。
ゆえに再来年も『光る君へ』にしたのではないでしょうか。

「賭けに勝った」も何も、まだ放送が終わってもいないのに、そういうことを言うのは時期尚早かと思います。『青天を衝け』とは視聴率は拮抗している(というか現時点では『青天を衝け』の方が数字がいい)けど、でも武者さんは勝ったのだと思っていたいのでしょうか。
あと『光る君へ』ですが、平安京1230年と何か関連があるのではないでしょうか。そして平安時代は、日本史の時代区分上では中世ではなく古代に入りますね。

来週日曜、6月12日、伊豆の国市の江間公園で「第1回義時・江間祭り」をあげておきます。
こういう行事があることが、大河の持つ力でしょう。

それはいいのですが、好きな大河の時にはイベントをアピールするのに、そうでない大河になると見向きもしないのも、武者さんのコラムの特徴と言えます。何度も言いますが、『西郷どん』放送年の11月に、メインキャストが鹿児島市を訪れた時、多くの人々が出迎えたことが公式のSNSでも採り上げられ、糸を演じた黒木華さんもそのことを語っていました。しかし武者さんがこの大河を好きでなかったせいか、このコラムでそのことが紹介された記憶はありません。

飲み物-アイスカフェラテ
[ 2022/06/10 00:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 49

『武将ジャパン』大河コラムに関する疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第21回「仏の眼差し」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

1.奥州で取れる砂金はいつの時代も貴重でしたが、特にこの時代には価値がありました。というのも、お隣の中国で宋が滅ぶと、国土の北半分は金王朝(王朝としての金)に支配され、南半分となった南宋王朝は日宋貿易で砂金を調達するようになったのです。それゆえ奥州平泉がなくては貿易が成立しませんでした。

2.「これから大事になるのは忠義の心だ。あのような男を二度と出してはならん。ついに日本全てを平らげた」
この場面、この台詞は大事ですよね。【石橋山の戦い】で、北条時政と大庭景親が言い争う場面があり(中略)許してくれてよくしてくれた平家が大事だ。そんな風に時政は言いくるめられていたものです。
要は、忠義よりも欲得が重視されました。
しかし、それではいかんと頼朝は考えている。

3.「御恩と奉公」と言われるように、鎌倉幕府は御家人を恩賞で繋ぎ止めていた。そこへ「忠義」という道徳概念を提示したんですね。
おおよその出どころは推察はできます。大江広元あたりでしょう。
彼は大学寮でも専門は明経道。要するに中国思想専攻でした。

4.先ほど指摘したように、大庭景親は損得で道を選ぶことを当然だと思っていました。
山内首藤経俊も露骨に命乞いをしていた。
それがだんだんと、武士は名誉を重んじるようになります。

5.もちろん良い話ばかりでもなく、哀しい一例を挙げると、徳川慶喜でしょうか。家臣たちには戦争をけしかけておいて、自分だけは大坂から愛妾同伴で江戸へ逃げるなど、不誠実なことを平気でしてしまう慶喜。それでも幕臣は、主君を討たれたら恥だから慶喜のことを守りました。
あるいは西郷隆盛も島津久光とは犬猿の仲でしたが、それでも山岡鉄舟に「主君の首を取られたらどうするのか?」と問われ、慶喜の助命を認めています。

1.武者さん、過去に2回ほどこのコラムで同じようなことをに書いていますが、砂金が絡むのは南宋との日宋貿易ではなく、奥州藤原氏が行っていた北方貿易の方ですね。これだと奥州と南宋の貿易のように見えてしまいます。

2.そもそも鎌倉幕府が本格始動しようというわけですから、御家人たちに造反されては困ると言いたいわけでしょう。平家も滅んだし、主を選ぶなら源氏一択なのですから。

3.大江広元は明法博士、つまり明法道(律令学)の人物なのですが。

4.武士の時代が安定するにつれ、忠義が求められてくるのは当然のことでしょう。これが再び混乱するのが戦国時代になるわけですが。それと山内首藤経俊は、父と兄が平治の乱で義朝に従い、戦死したこともあるのではないでしょうか。

5.ここに来てまた『青天を衝け』(あるいは『西郷どん』も)批判ですか。武者さんのよくないところと言うべきでしょうか、『鎌倉殿』ならそのレビューに徹すればいいのに、何かにかこつけて嫌いな大河を持ち出し、叩いていますね。レビューを書きたいのか、嫌いな大河批判をしたいのかわからなくなります。


6.そう褒める法皇と丹後局。褒めているのか、馬鹿にしているのかわからないのですが、時政には嫌味が通じません。
ぶぶ漬けを薦められて(京都人の「帰れ」と言う意味)、笑顔で食べてきてしまうタイプだ。

7.「みんな院が望んだこと……」
そう“飼い犬”である平知康から事実を陳列され、法皇はキレだしました。

8.こうしてわけのわからん八つ当たりをされ、平知康が追い出されますが、この場にいないあの人ならば、解説できるかもしれません。九条兼実です。彼は摂関家のエリートであり、とても理想が高く、教養も溢れていました。あるいは大江広元もそうでしょう。
(中略)
院が選んだ結果でしょうよ!
九条兼実なら、強烈にそう毒づくことでしょう。

9.気を利かせた政子が話を逸らし、預かっている孤児の数を訪ねます。
11人からまた増え、徳のある行いだと政子が感心する。
これも意識の変革ですね。
鎌倉時代には「三つ子が生まれた!」という記録が出てきます。不吉とも思わず、むしろ珍しく、慈しむものとして書かれました。人に対して情けをかけることは、素晴らしいことである。そういう温かい慈悲深さを評価するようになっていったのです。政子は、八重がそんな時代を先取りしていると感心しているように思えます。

10.頼朝よ……おまえは本当にどうしようもない男だな!
八重が幸せそうなことに気づき、えっ、それって小四郎とラブラブってこと? ワシよりええのか? というマウント心理でも働かせたのでしょう。
(中略)
血液型照合もDNA鑑定もできない時代ですから、「父親が俺かもしれない」と匂わせること自体が極悪非道です。なまじ八重のように、頼朝と子がいたとなれば余計に生々しい。

6.時政は大番役で京にいたこともありますし、壇ノ浦後の何年かは京都守護として京に赴いており、朝廷のこともある程度把握していて、そのせいか、態度も落ち着いていますね。奥さんのりくも京は熟知していますし。それとここで「ぶぶ漬け」をまた持ち出してくるのも、ワンパターンだなと思います。

7.これは知康ではなく、丹後局が言ったのではないでしょうか。知康は頼朝の文を読んだ後、頼朝追討の宣旨を出したことを怒っているのではと言っただけです。それと「事実を陳列」て何でしょうね。「開陳」の間違いでしょうか。

8.実際兼実と折り合いが悪かった後白河法皇ですが、法皇のみが悪であると書きたがるのもどうかと思います。尤もこの九条兼実は、法皇の後継者である後鳥羽天皇とも不仲だったと言われていますし、丹後局から失脚させられています。
あと
「院が選んだ結果でしょうよ!」
繰り返すようですが、院が望まれたことと丹後局が言っていますね。

9.その鎌倉時代の慈悲深さ云々ですが、例を挙げて説明して貰えないでしょうか、このコラムでは、この時代はああだったこうだったと書かれてはいるものの、それを裏付ける事実があまりにも乏しく、信憑性を欠いているように見えます。しかし時代の先取りだ何だより、こういう手のかかることをして、金剛も育てて感心ですねと、政子は同じ母親として言いたかったのではないでしょうか。
あと三つ子の話、残念ながら翌日三人とも亡くなったとされています。

10.そしてここで頼朝批判。思うのですが、武者さんは褒めているより批判している、叩いている方が生き生きしてみえます(それがいいことであるとは思いませんが)。しかしこれも、頼朝を最初から批判する方向ですね。無論どうかとは思いますが、そういう人物なのだから仕方ありません。極悪非道は言いすぎでしょう。ただ頼朝の言動自体、ちょっと企み臭いとは思いますが。

11.(注・頼朝が金剛は自分の子だと言いたげなシーン)単に劇中のヤリトリだけでなく、もしかしたら大河ドラマ『草燃える』を意識しているかもしれません。あのドラマでは、金剛こと北条泰時が、義時か、頼朝か、どちらの子か確定できないという設定だったのです。昔から大河は自由な枠でしたが、現在であれば、あの設定は通らないでしょう。
頼朝のしょうもなさは、女の幸せは男由来だと決めてかかっているところですね。八重が千鶴丸と鶴丸を重ねて幸せなのだと知ったら、どんな気持ちになることやら。

11.10年ルールと言いながら、43年前の『草燃える』をなぜ出してくるのでしょうか。過去の大河作品でこれしか『鎌倉殿』と同時代を描いていないのなら、いつかも書きましたが、源平大河の10年ルールは外してはどうでしょう。
それと
「頼朝のしょうもなさは、女の幸せは男由来だと決めてかかっているところですね」
ですが、あのやり取りだけでそこまで思いませんでしたね。
あと八重が鶴丸に千鶴丸をダブらせるシーンは、この後で出て来るのではないでしょうか。

飲み物-スノーアンドテル
[ 2022/06/01 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 43(コラムと『平清盛』)

『武将ジャパン』大河コラム、第18回への疑問点その2(後半部分)です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第18回「壇ノ浦で舞った男」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/05/09/168125

壇ノ浦の合戦後ですが、まずこういう表現が出て来ます。

根源的な業を感じる映像が続きます。

このコラムに少なからず感じていることなのですが、この文章もどこか日本語として不自然さがありますね。「人間の業の深さを感じさせる光景」とかでいいのでは。
それから、今回からコラムの文章をあまり簡略化せず、原文に近い形で引用しています。ただ文章そのものがあまりに長い場合は、一部略しています。あと先日投稿分を少し修正しています。

では本題に行きます。

1.モヤモヤしているけれども、正面切っては言えない。重忠ほど真っ直ぐに何か疑念を呈することすらできない。
かといって景時のように罠にかけるわけでもない。敢えて軽く撫でるようなことを口に出してしまう。
もしも『麒麟がくる』の光秀のように思想があれば、何がどう悪いのか敢えて諫言をするのかもしれないけれど、義時はそうはできない。

2.義経も、頼朝も、父の仇討ちまでは人生の計画にあったのでしょう。
それが無くなり、どっと虚しさを覚えている。英雄だからこそ小さく、弱々しげに見える。そんな複雑な姿があります。

3.しかし、法皇はさして気にしていない様子で、宝剣は見つかるかもしれないし、帝が死んだとも限らないって……そんなわけがないだろうに。

4.時政は義経が強すぎると見抜いています。2~3回負けていたら大きくなると言いますが、それはどうでしょうか。義経の場合、あまりにスケールが大き過ぎて、負ける時は死ぬ時だけのような気もします。

5.これだけでも十分酷いですが、義経は平家一門の蕨姫まで寵愛していたと言います。なんとも気の毒な話ですね。
頼朝の女癖とも違うけれど、こちらも十分に酷い。

1、また『麒麟がくる』との比較ですか…。義時は立場上言えることと言えないことがあり、その辺が御家人とは違いますし、ましてや戦国時代の人間である光秀とは違って当然でしょう。思想があれば云々の問題ではないと思います。

2、頼朝の場合、その前に義経が帝や神器を失ったことに不満を盛らす「公」の姿があり、その後で純粋に平家の滅亡を喜ぶ「私」の部分を描いているのではないかと思います。義経はその意味での喪失感はあまり感じず、今後の身の振り方を迷っているように見えますね。

3、この場合帝といえども生死はわかりませんし(替え玉、あるいは生き延びたということも考えられる)、神器も沈まずに存在しているかどうか定かでない以上、話をいくらかぼかさざるを得なかったのではないでしょうか。

4、義経はスケールが大きいと言うよりは、時が味方した部分、そして平家が弱かった部分も大きいです。特に一ノ谷の後はそうでしょう。「負ける時は死ぬ時だけ」というのは奥州合戦のことなのでしょうが、ならばもっと具体的に、その反動として奥州で、兄頼朝との合戦では不運続きで、最後には自決という方法を採らざるを得なかったとでも書いてくれればいいのに。

5、蕨姫は平時忠の娘ですね。機密文書と引き換えに義経の妾になったとされていますが、この人はその後離縁したとも言われています。それに比べれば藤原伊子(松殿伊子、冬姫)の方が、京に進軍して来た義仲の正室にされ、さらにその後源通親の側室になったとされていますからもっと気の毒かと。尚この人については、創作とする説もあります。それとこの当時は、多くの女性を娶ることはそこまで倫理上問題があるともされていなかったでしょう。

6.法皇は、かわいらしく、そばにいて欲しい、鎌倉から帰ってこないのではないか?と訴えます。そんなことはないと否定する義経……って、なんなの、ラブコメか!法皇がなぜかわいいのか、私にはもう理解できない。

7.宗盛は「人が一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた、未練はない」とキッパリ。ただひとつ、我が子の清宗が気になってはいるようです。(中略)うーん、なんという宗盛。これは大したものです。どうしても兄・重盛と比較して、賢兄愚弟とされがちな人物ですが、本作の宗盛は聡明かつ高潔でもあるようだ。
確かに平家を率いるものとして、財力と権力を使い楽しいことはいくらでもできたでしょう。
しかし本当に貪欲でどうしようもない人物は、足りることを知りません。こうもキッパリと未練がないと言えるのは大したものだと思います。

8.(7の続き)宗盛は悲しげに言います。兄が生きていればこんなことにはならなかった――と、自身の拙い采配を認めるような、謙虚で責任感のある人物です。

9.(8の続き)平家一門同士の格差もなかなかえげつないものがあり、団結していたわけでもありません。
しかし本作は源頼朝と敵対する側をクリーンにすることで、権力の醜悪さを描いていると感じます。
頼朝と義経にはない美しい兄弟愛がそこにはあります。

10.丹後局が提案した策の中身に勘付いているものの、それはあくまで義経の考えたことだと思い始めている。この兄弟は信じ合えない。義経に野心があるとは思えない!と必死に打ち消そうとします。景時はそれでも鎌倉に入れてはならないと主張。義時が、ありえないとさらに主張すると、景時は凄みます。
「言い切れるか?」
景時らしい狡猾な追い詰め方ですね。こんな風に煽られたら、そう簡単に「絶対」とは言い切れず、一瞬立ち止まってしまうのが人情でしょう。

6、法皇が「かわいい」のですか、それは武者さんの主観に他ならないでしょう。どう見てもお前がいないと困る、ここにいてくれと同情を買おうとする作戦のようですね。しかし後白河法皇といえば「天狗」ですが、この法皇様は「狸」のイメージです。

7、宗盛が「一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた」時期は、頼朝が伊東祐親の監視下で流人生活を送っていた時期でもありました。頼朝が権力を誇示しようとするのも、彼の今までの人生経験に裏付けられたとも考えられます。

8、ここで宗盛が言いたいのは、戦の采配のうまいへたよりは、重盛が生きていたら父清盛を諫めることもでき、ここまで平家が増長はしなかっただろうし、法皇にも節度を持って尽くしただろうということでしょう。

9、「権力の醜悪さ」に関しては、2つ前で少し触れています。頼朝と義経にはない美しい兄弟愛とありますが、それを裏付けるだけの平家の描写がないのが惜しまれます。三谷さん、ここでそれを言わせるのなら、もう少し平家についての描写を増やしておくべきでしたね。

10、ここも「義経の考えたことだと思い始めている」を裏付けるセリフがないのですが。それと義時と景時、前にこの2人について書いていますが、景時に比べると、義時は「情」にほだされがちなところがあり、それがこの両者の違いにつながっています。当然意見も異なるでしょう。それとこの場合狡猾と呼ぶより寧ろ「冷徹」ではないでしょうか。

11.義時は景時に反論します。義経はただ兄と会って話たいだけだ。しかし景時には別の理論があります。「戦場で義経の戦いぶりを見ただろう」と迫ってくる。
景時が正しいと思えるところが厳しいですね。漕ぎ手を殺し、武士の道に反し、暴走して帝と神器を海に落とした。信じろと言われてそうはできないことも確かです。景時はまたも信心深い理論を持ち出す。
義経は神に選ばれたお方。頼朝もそう。二人が並び立つはずがない。
両雄並び立たず――ということでしょう。

12.宗盛はりくを昔六波羅の館で見かけたと言います。そして鎌倉の暮らしを尋ねると、りくは京都暮らしの自分はまだ慣れないと苦々しく言い切ります。対面はあっさりと終わりましたが、時政が妻の言葉にギョッとしています。

13.「不思議なものだな。こうして父の敵を討つことができた今、宗盛の顔を見ても何の怒りも湧いてこなかった。むしろあの清盛の顔と重なり、幼き頃に命を救ってもらったことに感謝していたくらいだ……」
そしてあの頼朝が……上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた。
「死罪は勘弁したいところだが、まあ、そういうわけにもいくまい」

14.京都で源氏として恥じぬ生き方をするのだと。
「私は検非違使尉、九郎判官義経だ!」
そう言い切る義経の前に、藤平太たちがやってきて、大勝利を讃えています。
懐かしい顔だと喜び、約束していた芋をたっぷり贈る。
「なんと!」
「食べてくれ」
「九郎殿は大した方だ!」
藤平太は思い出話をしています。義時も微笑みながら芋を頬張る。
義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない。
義時の兄・北条宗時ならば、こうして芋を食べる民を見て、「このために勝った!」と喜びそうな光景がそこにはあります。

15.今週はまたも技巧が効いています。
有名な「腰越状」は偽作説があります。
本当に義経が書いたかどうかは疑義があるため、それをプロットに盛り込みました。
義経の突拍子もないような言動も、近年の研究成果を活かしてのものと言えます。

11、「神に」ではなく「天に」選ばれたお方と言っていますね。
そして戦いぶりを見ただろうと言うのは、武士道を外れたことへの批判より、「天に選ばれた」人物だからああなるのだと景時は言いたいのではないでしょうか。そして並び立つはずがないのは、「天に選ばれたお方」と言うよりは、景時の言う「お二人とも己の信じた道を行くには手を選ばぬ」だからだと思われます。

12、「京都暮らしの自分はまだ慣れない」ではなく「都育ちの私にとってはいまだに全く慣れません」でしょう。りくが京都暮らしなら、なぜ今鎌倉にいるのとなりますよ。11もそうですが、武者さんちゃんとドラマ本編を観ているのか、字幕でセリフをチェックしているのかと思ってしまいます(セリフが字幕通りでないこともありますが)。

13、「上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた」
とありますが、頼朝に取っては平家との戦が終わったのですから、どこか余裕をもって相手を見るようになるでしょう。広常や義高を殺したのは、最大の敵である平家を倒す前であったことも考える必要がありそうです。

14、この辺は伏線回収と取れますが、
「義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない」
がちょっと具体性に欠けるように思えますし、義経の振舞いは本当に民を思ってのことと言うより、あくまでも藤平太への恩返しでしょう。宗時が出て来るのは、壇ノ浦で平家を滅ぼした後の義時の言葉
「兄は、平家に苦しめられる民のことを思っていた」
とつなげているのでしょうが、これも、平家の圧政に苦しむ人たちの登場シーンが限られていたため、今一つ実感が伴いません。やはり鎌倉幕府の誕生を描くには、平家から始める必要がありそうです。
これなら、時代も舞台も違いますが、『西郷どん』のふきや半次郎の方が、本当に困窮しており、吉之助が民を救わなければと思ったのも納得できます。

15.腰越状偽物説はここ何年か言われていますが、幕府関係者によって後世作られたとも言われているようです。また義経が本当に腰越に留め置かれたのかも疑問視されていますね。そして多くの大河には近年の研究成果は盛り込まれていますが、武者さんは嫌いな大河の場合は、無視しているものと思われます。

それ以外にも小栗さんの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、鈴木亮平さんのことが出て来るのに、嫌いな『西郷どん』の主役だからなのか無視していますし、おまけにまた『麒麟がくる』との比較。あと合戦シーンは『ゲーム・オブ・スローンズ』でも少なくなっていると主張。海外ドラマを引き合いに出すなとまでは言わずとも、何年にもわたって同じドラマを、しかも大河を叩くために出すのは如何なものでしょうね。
また
自分が思う通りにならないからと、「ナレなんとか」と書き込むのはどうかと思います
なのだそうですが、別にそのくらいいいのではないのでしょうか。武者さんも、こういうのを一々気にしていたら、レビュアーなんてできないでしょう。

それから、『平清盛』の脚本担当の藤本有紀さんが、『カムカムエヴリバディ』の脚本を担当して以来、『平清盛』に批判的になっているように見えます。これは、那須与一が登場しなかったというニュース記事(13日投稿分)の後に書かれていたものです。

失敗例としてあげて申し訳ないのですが、大河『平清盛』の場合、序盤に出てきた架空海賊の船が大きすぎました。
海賊如きが持っているとは思えないほど本格的なもので、あれは宋との貿易をするつもりとしか思えないのです。
海上戦闘では特に役に立たない船。
それなのに莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです。

私もあれはかなり大きいなと思いましたが、
「宋との貿易をするつもりとしか思えないのです」
のであれば、それを裏付けることを書いてほしいものです。それと
「莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです」
確かにお金がかかっているとは思いますが、それが「何に」「どのような形で」悪影響を与えるのでしょうか。

それと朝ドラ『ちむどんどん』ですが、このレビューも疑問に思えます。ダメな長男賢秀を無理やり庇っているようですし、朝ドラ小姑などという言葉も出て来ますが、武者さん=小檜山氏も、前作に対してはそうだったのではないでしょうか。あとなぜか、第25回のレビューの後に第22回のが来てますね。

飲み物-白いカップの紅茶
[ 2022/05/14 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

小檜山氏のツイと壇ノ浦合戦回

毎度のように小檜山氏、すなわち武者さんのツイートを持ち出してすみません。きりがないのでそろそろ区切りをつけたいと思ってはいます。

で、今回はこちらのツイです。
「そうそう。で、八重松陰が大河主演で、花燃松陰が逮捕と…」
こちらは他の方へのリプで、『八重の桜』の出演者関連でスレッドが形成されています。無論小檜山氏のことですから、好きな作品の登場人物は褒め、嫌いな作品の登場人物はけなしています。

それはともかく、この「大河主演の八重松陰」ですが、八重と主演作品、つまり『鎌倉殿の13人』の間にもうひとつ出演した大河があります。『西郷どん』です。こちらでは坂本龍馬を演じていましたが、小檜山氏は嫌いな作品だからだんまりのようですね。実際あの時の龍馬のイメージが、今の髪を下ろした時の小栗さんにどことなく重なるのですが。

そして何よりも、先日放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、小栗さんは主演に関して「断る理由がない」と語ったうえで、大河主演に関してこう述べています。
「(『西郷どん』の)鈴木亮平くんは、とにかく自分の人間力というものが、ものすごく大きくなる参加だと思うという話はしていた」
「背負うものも大きく、常に自分の人間力を試されているような気がする現場だったって話をしていた」
鈴木さんの言葉も、小栗さんが主演のオファーを受けるその一因となったようです。

そして「花燃松陰」が逮捕などとありますが、小檜山氏がほめていた『いだてん』前半部分でも、コカインで逮捕された出演者がいましたし、そして何よりも、『麒麟がくる』で当初帰蝶を演じる予定だった女優さんも、麻薬所持で逮捕されていますね。この辺りはどう考えているのでしょうか。

しかしツイでは、嫌いな作品叩き(特に『青天を衝け』と『カムカムエヴリバディ』)が凄まじいです。それも、叩く理由が正鵠を得ているのならまだしも、とにかく嫌いだから叩きたいといった雰囲気です。そう言えば以前歴史改竄した大河は嫌いだと言っていましたが、恐らく歴史を改変(改竄ではなく)していない大河などまずないでしょう。

ところで『鎌倉殿の13人』、明日は壇ノ浦の戦いです。いよいよ義経が平家を追い詰めて滅亡させるわけですが、これを巡って義経と景時が対立することになるのでしょうか。この両者を「アマデウスとサリエリ」になぞらえた記事がありました。個人的にはホームズとモリアーティ、特に(ちょっと生意気な)パペットホームズのホームズと、モリアーティ教頭のイメージもあります。

しかし平家を追い詰めるのはともかく、なぜ平家がそこまで追い詰められたか、平家の権力によって彼らはどのような不利益を被ったのか、そういった描写がやはり弱いような気がします。先日の投稿で触れた義高の脱出と逃走、さらには上総広常謀殺に先立つ御家人蜂起などに、尺を割くなとまでは言いませんが、やはりその尺の一部で他に描くべきものはあるでしょう。平家に関する様々なこともまたしかりです。

飲み物ーアイスカフェオレ

[ 2022/05/08 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 41

実は先日の『武将ジャパン』関連コラム投稿で、それまでと違ったレイアウトにしてみたのですが、色々考えて結局今まで通りに戻していますので、その旨をお断りしておきます。

では本題に入ります。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第17回「助命と宿命」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/05/02/168017

1.義仲が美男というのはまことか?確かによい男ぶりであったことが振り返られるが、これは史実もドラマの青木崇高さんもそうだった

2.義高はいま東の岩本寺にいる。明日の朝、三浦を頼って伊豆山大権現に入るから、時間を稼いで欲しい

3.義澄(中略)も変わってしまった。(中略)我が子をむしろ疑い、その知恵を怪しんでいる。(中略)それに義澄はかつて、義高を立てて謀反しようと企てていた。二度目はないし、義高の危険性を痛感してしまった

4.思えば遠くへ来てしまった。(中略)腕には大姫を抱き、頼朝は幼い娘と妻を見て喜びを噛み締めていた。あのときの家族の姿が一番幸せだったのかもしれない。政子はそれでも過去の自分を裏切ることなんてできないのでだろう。あのとき胸が燃えていた幸せを思い出して、(中略)真っ直ぐに生きたいからこそ、誰かを守りたいからこそ、知恵を使い駆け引きをする。そんな政子が悲しくも素晴らしい

5.「私はもう、ここしかない……」そう、義時にまだ仕事がある。そりゃ義高が義時を信じない気持ちもわかる。一番嫌われる役目である。梶原景時がそうかと思ったら、義時もそうなりつつある。なんなら組織の中では「虎の威を借る狐」扱いで、最も嫌われるポジションかもしれない

1、青木さんは『西郷どん』の国父様(島津久光)でもあるのですが、あの時はどのような書き方をしていたでしょうか。ちなみにその『西郷どん』つながりで、武者さんは『西郷どん』最終回のレビューで「ダラダラと家族シーンをやるのなら戦争描きなさいよ」などと書いていますが、それは『鎌倉殿』の方も似たようなものではないでしょうか。

あと同じコラムで、食事もしていない(空腹ではある)村田新八に「武士は死ぬ前に食事しない」などと書いています。でも『真田丸』の北条氏政は、なぜか切腹の前に食事していましたよね?

2、三浦から「海を渡って」伊豆山権現に入ると義時は言っていますね。この三浦は地名のことではないのでしょうか。

3、義澄が変わってしまったというより、変わらざるを得なかったというのが本当のところかと思います。そのうえで、義村が何かしでかしやしないかと、気をもんでいるわけでしょう。義高の危険性と言うよりは、義高を支持することの危うさですね。義高支持は頼朝に盾突くものである以上、どう考えてもリスクが大きいわけですし。

4、胸が燃えるとは何でしょうか、胸躍らせるの意味でしょうか。渋沢栄一風に言えば「胸がぐるぐるすらい」でしょうね。それはともかく、政子が過去の自分を裏切ると言うよりは、過去の自分と決別しなければならない、それが彼女自身を迷わせているのだと書きたいのだと思われます。しかし御台所となった以上、それもやむを得ないことではありました。

5、「まだ仕事がある」て、残務整理じゃないんですから。この人は立場上、そして父時政から言われたこともあり、鎌倉に留まらなければならない人物でしょう。

そして虎の威を借る狐とは、権勢のある人物の威光を借りる意味ですが、義時はこの時点では、寧ろそれにためらいを感じていると思います(景時は多分割り切っているでしょう)。要は権力者の側近的存在だから、うかつなことを口にできない、そのため他の御家人との溝が大きくなりつつあるといったところでしょうか。

それと義高が信じないというのは、父義仲や自分に理解を示していると思ったのに、結局父も殺され、果ては自分を牢に押し込めるようことをしたからではないでしょうか。


6.主人公が、大物の懐刀になる大河は多いものです。
『天地人』の直江兼続。
『軍師官兵衛』の黒田官兵衛。
『麒麟がくる』の明智光秀。
『青天を衝け』の渋沢栄一(幕臣時代)。
この手のポジションは『素敵な主君に信頼されていいなぁ』となるのが定番だが、明智光秀と北条義時の場合、何かがおかしい。一番しんどい立ち位置になっている

7.大姫が懇願する場面で頼朝が参ってしまうところは、もう演技を超えたものすらあった。そりゃ、あんな子がああ言ってきたら誰も断れない

8.大河といえば観光。やっと制限も数年ぶりにとけたわけだが、大河を見て鎌倉に行こうと果たして思えるか? そう問いかけたくなる回でだった。前から鎌倉は怖いと薄々感じてはいた。慰霊碑はあるのだけれども、大雑把というかあまりに簡単に人が殺されすぎていて、何か理解に苦しむところはあった。そういう「ほんとうはおそろしい鎌倉の歴史」を余すところなく伝えてきて、秀逸だと恐れ入るばかり

9. というのも、ほぼ一から設計するものだから、怨霊対策をした作りらしい……って、だからその発想がおかしいと思わないか?そもそも惨殺するから怨霊が出る。だったら、悲劇を未然に防止する方法をなぜ考えないのか?
結局、何が一番怖いかって、人間の心ですよね。
不信感。
猜疑心。
誰もが素直に信じられなくなるから心が濁って、新たな悲劇が起きてしまう。そういう不信感の極みのような回でした。

10.今年の大河を見て「将来は義時みたいになりたい!」なんて思う子どもはいないでしょうし、ああなりたいと憧れる若者もいないでしょう。しかし、それが歴史というものではないかとも思えてくる。歴史って、英雄になりきった妄想に耽るより、現実社会で起きてはならない決断を迫られる――そうやって心を鍛え、磨くためのものかもしれません。
その点、今年の大河は精神を鍛えますし、本来の意味で歴史を学ぶ意義を伝えているように見える

6、「素敵な主君に信頼されていいなぁ」ではなく、皆何らかの形でしんどい思いをしています。これだと、しんどい立ち位置にいるのは、自分が好きな大河の主人公だけではありませんか。

官兵衛などもその典型だし、西郷吉之助も、忠誠を尽くしていた斉彬が、奄美で嫌われているとわかって茫然自失するところがありました。またこの吉之助や栄一=篤太夫は、他の戦国期の人物に比べると、そう高い身分ではありませんし、そのため戦国と幕末では何らかの違いがあると思われます。主君の性格や態度なども影響しますし。しかし『天地人』て、10年ルールは一体どうなっているのでしょう。

7、武者さんはそう思っているかも知れませんが、あのシーンは懇願することのみをやらせるべきでした。そもそも大姫は、義高が逃げたこと、追われていることをどうやって知ったのかなと思いますし、正直言って、刃物というか小刀を持ちだし、死にますと言わせるのはアウトだなと思います。

8、そもそも武者さんは歴史を理解しているかと言いたくなります。簡単に人が殺されるのは戦国も同じでしょう。しかも戦国の場合、奸計を練ったうえで死に追いやるからもっと怖いです。怖い怖いと言いながら、余すところなく伝えて来るのがいいと言うのも矛盾していますが、怖いもの見たさなのでしょうか。

9、素直に信じる云々というより、新しい時代をしかも覇権によって切り開くわけですから、血生臭いこともあるでしょうし、疑心暗鬼に囚われることもあるでしょう。近世から近代の革命に於いてはそれがもっとエスカレートして行きますが。怨霊対策に関しては三谷さんも
それから、僕の想像以上に当時の人たちは神様を敬っていた。夢のお告げみたいなものを信じていて、神がかり的な部分がすごくあるなと。「なぜ彼らはここで戦を始めたのか」「なぜ戦を始めなかったのか」といった背景には、わりとそういうことがあったりする。戦にしたって、もちろん銃はないし、小石を投げたりして戦っているんですから。もはや原始時代に近い。そんなイメージです。
とインタビュー(https://www.nhk.or.jp/kamakura13/special/interview/001.html)で言っているし、しかも武者さんがしょっちゅう言っている「原始時代に近い鎌倉時代」のこともちゃんと話してくれていますよ。

10、「将来は義時みたいになりたい!」て、皆そういう思いで大河を観ているのでしょうか。登場人物は自分とは別の世界の存在で、場合によってはそれを自分に重ね合わせるといった感じではないでしょうか。スポーツ選手あるいは芸能人を見てそう言うのであれば、まだわかりますが。それと
「英雄になりきった妄想に耽るより、現実社会で起きてはならない決断を迫られる」
迫られた決断をするからこそ、英雄となり成功者となるものだと思いますが。また、この大河で「精神が鍛えられる」ようには思わないし、そもそもエンタメとはそういうものなのでしょうか。

また「本来の意味で歴史を学ぶ意義を伝えているように見える」
自分でそう思っている、あるいは思いたいからではないのでしょうか。武者さんの嫌いな大河にも、同じような描写は今までいくらでもあったのですが、それは知らなかったことにしたいのかと。

そしてまた『ゲーム・オブ・スローンズ』に追い付いたとか何とか。これに関しては、また次の投稿で触れたいと思います。

飲み物-テーブル上のアイスカフェラテ
[ 2022/05/05 18:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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