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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』第14回「金ヶ崎でどうする!」あらすじと感想-1

前半部分のあらすじと感想です。

10年前。敦賀・金ヶ崎の浜で子供たちが、干し柿を懸けた競走をしていた。走る少年たちの中に少女が1人混じっていた。女のくせにと突き飛ばされながらも、すぐに立ち上がって走るその少女は阿月と言った。結局彼女が一番に戻って来たにもかかわらず、父親が干し柿を受け取るのを許そうとしなかった。そして10年度、同じ浜辺に家康が陣を敷いていた。

鳥居元忠、平岩親吉と渡辺守綱は、初めて見る越前ガニに驚きつつもうまそうに茹でたカニをほおばる。そのカニをふんだんに盛っての酒宴が行われ、ここでも酒井忠次は、信長にえびすくいを披露する。するとそこへ、赤の甲冑をまとった木下藤吉郎が現れ、「カニすくい」を踊りつつ「三河守はどこにおわしゃあす」と歌い、一同は大いに興に乗る。

信長の前ということもあり、家康もここは何かすべきと、そばのカニを手に取ってこう歌う。
「カニが崎におわしゃあす」

信長の表情が一瞬険しくなり、その直後破顔一笑する。その翌日家康は二日酔いになっていた。信長殿も機嫌がよいと言う忠次に、余計に怖いわと家康。他の家臣たちは、勝ったところで越前を貰えるわけでもなく、皆三河に帰りたがっていた。すると石川数正が、これは幕府再興、天下静謐のためだと言って聞かせる。しかし忠勝は気乗りがしないようだった。

浅井勢が加われば信長軍は有利になり、すぐに帰れると忠次。家臣たちが軽口をたたき合う一方で、家康は義昭という人物、信長の言う天下一統を考えていた。その頃北近江の小谷城では、出陣の準備が進められていた。浅井長政が妻のお市に告げたように、信長を裏切るためのものだった。お市は自分に非があるのかと尋ねるが、長政はそうではないと言う。

お市の侍女阿月は、小豆を入れた小袋に手紙を忍ばせ、水を汲むふりをしてそれを忍びの者に渡す。そして信長は越前の港を唐だ、明国だと偽って家康をからかう。家康はおどけたふりをしながらも、心中面白くなかった。そして軍議が開かれるが、信長はこたびの戦は将軍様のご威光を、天下に知らしめるための戦と言い、世間の民を震え上がらせるほどの勝利を収める必要があった。

しかしそこへ、朝倉義景が1万5千の兵を率いて、一乗谷を出たとの知らせが入る。籠城もせずに打って出るのは不自然であり、またかつて朝倉家にいた明智光秀は、義景は戦下手で血迷っていると進言する。同じ頃、浅井軍も北近江から越前へと向かっていた。また小谷城では家来たちが例の忍びを捕らえ、お市に城内にお手玉が落ちていたと、阿月が渡した袋を破ってみせる。中には「おひき候へ」と書かれた手紙が入っていた。

男なら腹を切らねばなとお市。これでは織田と浅井の対立に家康も巻き込まれる、幼い頃助けてくれたから、次は自分が、助けて差し上げねばと思っていたのにと口にするお市。阿月は自分が知らせに行くことを申し出る。金ヶ崎まで10里を超えるものの、阿月は故郷であるため土地勘があり、しかも軍勢の休息する隙を狙って追い抜くつもりでいたが、その気持ちだけで十分じゃとお市は言う。

徳川軍の軍議。東の一乗谷から朝倉軍がやって来る一方で、南からは浅井軍が進軍して来る予定だった。胸騒ぎがすると言う家康に忠勝は、もしこの両者が裏で手を組んでいたら、挟み撃ちに遭うと言う。いくら織田勢が3万でもこれではただで済まないどころか、一方が岬では逃げ場がなく全滅もありえた。

長政の人となりを尋ねられ、家康は、心によどみがない実直な御仁と答える。しかし数正は、だからこそ裏切るということではないかと言う。数正も家康同様、あの将軍に乱世を御することができないと考えており、なぜ信長が義昭を崇め奉るのか、神輿は軽い方がいからではないかと指摘する。実際長政は、信長の天下簒奪、そして日ノ本全てをわがものとすることを見抜いていた。

つまり数正は、長政がここに進軍しているのは信長追討のためだと言う。家康もお市も途方に暮れる。そしてついに阿月は城を出て、金ヶ崎まで行くことにする。表向きは貰い乳ということで城を出た阿月だが、足元がわらじであるのに気づいた家臣たちは、彼女を尾行する。


今回は阿月メインの回となりそうです。金ヶ崎で家康の家臣たちは、初めて見る越前ガニに驚き、かつそれを味わいます。そして信長を招いての宴会となり、ここでも忠次のえびすくいが登場しますが、案の定と言うべきか、藤吉郎が「カニすくい」でそれに対抗し、家康も彼らの相手をすることになります。信長は楽しそうでした。

しかし家康にはそれがかえって不気味であり、また家臣たちも三河へ帰りたがっていましたが、石川数正は、これは幕府再興、天下静謐のためだと言います。つまり信長が将軍の威光を借りて、日本中を悉く自分に従わせようとしているわけで、そのためにも担ぐ神輿である将軍は、軽い方がよかったのです。

ただし浅井長政はそれが許せず、妻のお市にそのことを打ち明け、信長を裏切って、朝倉義景と共に信長を討とうとします。お市は一計を案じますが、それは浅井の家臣に見破られてしまいます。これにより家康も、そしてお市も八方ふさがりの状態でした。

このままでは、夫に兄が討たれるという最悪の事態に追い込まれてしまいます。そこで打開策として、走ることが得意な阿月を送り込むことになります。この阿月は子供の頃脚が速く、男の子たちを追い抜いて競走で一番になるものの、父はそれをよく思っていなかったようです。

実はこの阿月に、『西郷どん』の糸が何となくダブります。彼女も男の子たちより脚が速く、また彼女の場合は男の子ばかりの郷中に入りたくて、男装していました。あと『アシガール』というのもありましたね。あれはタイムスリップ物で、主人公の唯は自分を男だと言っていましたが。

閑話休題。そしてこの「お手玉」、小豆を入れた小袋ですが、本来はお市は信長に小豆を送っていたとされています。ただこの場合は信長でなく家康に送っており、家康を助けようとしている設定になっています。無論家康に知らせることで、信長の耳にも届かせる目的もあったでしょう。ところでこの手のお手玉は、実は江戸時代になって出て来たとされています。


飲み物-スコッチウイスキー
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[ 2023/04/17 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第10回に関しての武将ジャパンの記事について-6

先日の続きです。

あと例によって『大奥』関連の記事を、ゴシップサイトからも引っ張って来たうえで、この次の朝ドラの記事を紹介しています。

◆4月開始「らんまん」ディーン・フジオカ 7年ぶり朝ドラ凱旋「光栄」坂本龍馬役“恩人”五代さまと親交(→link)
最新研究がいまひとつ最近の大河に反映されていない幕末明治、しかも土佐!
ジョン万次郎も出ますし、自由民権運動も扱う。
楽しみに待っています。

えーと、ジョン万次郎は既に『西郷どん』で登場し、同じ『西郷どん』で薩長同盟関連の最新研究も登場していますが、それはまるっきり無視の、実に武者さんらしい喜び方ですね。この人は好きな作品に登場しない限り、最新研究も、史料を基にした描写も認めませんからね。
しかし武者さん、貴方ディーン・フジオカさんが出て来る作品、嫌いだったのでは?

本作は、嫌な煮詰まり方をしてきました。
ファンの間で、
・このドラマは面白い、なぜなら
といった表現ではなく、
・このドラマの面白さがわからないのはバカだ
といった論調がしばしば見られるようになってきたのです。

何かブーメランを見たような気がします。
「このドラマの面白さがわからないのはバカだ」
と言うのは、好きな大河の場合に、それを批判する人たちに対して武者さんが取る態度に非常に似ているのですが。

私は、本作の陳腐な内容について、制作サイドやポリアンナメディアに失意を感じ、大河ドラマ自体が好きで批判の記事を書いていますが、ドラマを楽しんでいる人そのものには何ら感情はありません。
作品についての好き嫌いは誰にでもあり、何を取捨選択しようが個人の勝手でしょう。

どこが「陳腐」なのかちゃんと書いて貰えないでしょうか。
それに制作サイド、ポリアンナメディアなる名称の記事などなど、どの大河にもありがちだと思いますし、どう見ても最初から叩く気満々で書いているとしか思えません。大河ドラマが好きなら、長所短所それぞれを挙げてしかるべきで、全面否定あるいは肯定ばかりする人を大河好きとは呼ばないと思います。武者さんの場合大河好きなのではなく、麒麟好きや鎌倉殿好きなのでしょう。

それと
「作品についての好き嫌いは誰にでもあり、何を取捨選択しようが個人の勝手でしょう」
率直に言って、よくこのコラムでこんなこと書けるなと思います。書かせている方にも無論責任はありますが、歴史ポータルで大河コラムを、しかも報酬を貰っているはずの人が書くことでしょうか。ならば個人のブログやサイトで、無償でやってください。

そして「ライター」なら、
「ドラマを楽しんでいる人そのものには何ら感情はありません」
「感情」などと書かず、せめて「他意」くらい書いてほしいものです。

あとツイッター上のファンダム関連で(これを一番書きたいのではないかと思います)、

それが近年、朝ドラあたりから、どうにもおかしく感じます。
自分の好き嫌いと一致しない人間を見つけると、SNSで一方的に突っかかって喧嘩腰のリプライをつけたり、相手のツイートを勝手にスクリーンショットを取り、罵倒していたりする。

お言葉ですが、自分の好き嫌いと一致しないとすぐにブロックしたり、あるいは、このコラムのコメント欄を閉鎖してしまったりする武者さんに、それは言ってほしくないと思います。

ときには「意見があるなら論文を書け」とまで迫ってくる方もいます。
そんなもんほっとけ、とも思うのですが、一方で大河ドラマが好きだからこそ非常に危うく感じてしまう。
いったい何が起きているのでしょうか。
まるでSNSに酔っているかのよう。
衆人皆酔えるに、我独り醒めたり。屈原『漁父辞』
みんなが酔っ払っているが、私は一人、シラフでいる。
そう思いたくなるほど、悪意が煮詰まった感じを受けます。

そしてツイッターでのやり取りを
「一方で大河ドラマが好きだからこそ非常に危うく感じてしまう」
などと書いていますが、大河のようなエンタメ作品は賛否両論あり、それに関しての意見を、衝突することはあるものの一方的に危ないと言ったり、この後に出て来ますが、「有毒ファンダム現象」などと決めつけたりするのは如何なものでしょうか。

また屈原の「衆酔独醒」ですが、単に酔っぱらっているか酔っぱらっていないかではなく、この場合人としてあるべき道を歩いていないか、または歩いているかといった意味が含まれますね。しかし何だか上から目線的だなと思います。

そして、
先日『アカデミズムとジェンダー: 歴史学の現状と課題』という本を読みました。
そこには「今の若者の中には歴史が好きだけれども、SNSでミソジニーを炸裂させ、女性を罵倒し合う日本史界隈を見ていて、選びたくなくなったものもいる」という趣旨のことが書かれていました。
大河でも、くだらない差別を横行させ、ファンダムが荒ぶるとなると、未来の芽が摘まれかねない――そのことを危惧しています。

結局落としどころは、ジェンダー論のようですね。武者さんて要は大河ではなく、こういうことを書きたいようですから、そちらに特化した方がいいのではないでしょうか。

どんな作品でも好き嫌いがある以上、互いにいがみあうのではなく、それぞれのスタンスで楽しめばよいのではないでしょうか。

タグ付きのツイをしているファンダムの住人も、それぞれのスタンスで楽しんでいると思いますよ。

しかしやはり、「フルタイムのラグビーウォッチャー」氏に、どことなく似ているなと思います。ただあちらは知識はそこそこあって、文章ももっと読みやすく感じられました。


飲み物-ホットラム
[ 2023/03/19 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第10回「側室をどうする!」あらすじと感想-1

第9回前半部分です。


早朝の岡崎城。1人の下女が体操でもするように体を動かした後、黙々と仕事に取り組む。一方渡辺守綱は美代という下女にちょっかいを出していた。すると件の下女が近づき、守綱の腕を思い切り引っ張る。退散する守綱。彼女は何事もなかったかのようにまた仕事に戻る。そして家康は今川を調略すべく、遠江の国衆飯尾連龍の居城引間城へと赴く。連龍はあのお田鶴の夫だった。

連龍は松平と同盟したいが戦をするのではなく、今川と松平の間をうまく取り持ちたいと言う。大戦をしても得をしないとの家康の言葉に共感し、海老すくいを披露したいと言いかける酒井忠次を制する家康。家康はお田鶴について尋ねる。それぞれの正室が幼なじみであることに触れる連龍だが、家康はお田鶴の兄鵜殿長照を手にかけたことを気にしていた。

この世の常であると連龍は言い、お田鶴は家康に会うのを楽しみにしていたが、風邪を引いていると言う。見舞いの言葉を述べる家康、そして結局連龍が所望したいと言ったことから、忠次は海老すくいを披露する。しかし実はお田鶴は風邪などではなかった。

家康と瀬名は岡崎城下の築山にいた、ここは瀬名の住まいだった。瀬名は見聞きした民の要求を話して聞かせる。三河国の平定に向けてやるべきことは多そうだった。瀬名が精がつくと薬湯を差し出すが、家康はこれが苦手で鼻をつまみ一気に飲む。そこへ客が来ているとの知らせが入る。この築山はだれもが気軽に立ち寄れたが、家康は念のために誰であるかを尋ねる。それは母於大の方だった。

瀬名は於大に、民の声を聞いて殿に届けるのが自分の役目だと言う。よい心がけじゃ、私ももっと頻繁に遊びに来ようと於大。もっとと聞いた瀬名は於大と共に、どこか不自然に笑う。於大は次の子の出産予定を訊き、子が授からぬと言うことは、もうおなごとしてしまいじゃとあっさりと言う。さらに於大は、子を産まなくなったら用済みとも言い、家康は母に憤るが於大は平気だった。

それどころか、自分は家康の他に6人子を産んだとまで言い、瀬名は泣きそうになる。2人で十分じゃと家康は妻を慰めるが、竹と亀が死んだらどうなるとまで言ったため、瀬名は於大に手を上げそうになり、家康が止めに入る。そして於大は、側室を置いてもっと子供を作るように、最早ただの国衆でないのだから、子供を多く持って他国と縁組みさせるように言う。
「松平家を盤石なものにしてゆかねばならぬでしょう!」

家康は於大に帰るように言うが、於大はここは誰でも来ていいのではとしらばくれ、ついに家康は母を無理やり立たせようとする。すると瀬名が、その側室選びには自分も参加したいと言う。於大も正室の目にかなうおなごでなくてはならぬと、瀬名の意見を受け入れる。

登与は侍女たちに、側室にふさわしいおなごはおらぬかと訊く。家柄よりもよく働き、子をよう産みそうなおなごじゃ、あとは殿の御寵愛を受けそうであればなと言い、侍女たちもその気になるが、1人その話に関わろうとしない侍女がいた。そして側室選びが始まるが、色々な女たちがやって来て、中には明らかに年齢詐称と思われる者もおり、子供や夫を連れて来た者もいた。

結局その日は誰も決まらず、日を改めて選ぶことになるが、殿はお忙しいからその日はいなくてもいいと瀬名が言う。要は、瀬名や於大たちだけで決めるということだった。瀬名に至っては、自分以外は殿はおなごを見る目が全くないとまで言う。

その頃、罠にかかっていた猪が城に連れて来られる。しかし誰がこの猪をさばくかと言うことになり、家康が声をかけて回っていると、お葉という下女が現れる。このお葉こそ早朝から黙々と仕事をこなし、側室の話にも我関せず状態でいたあの下女だった。そして檻から出された猪を鉈で一発で仕留め、なんと勇ましいと瀬名を感心させる。お葉は実は、西郡の鵜殿の娘だった。

鵜殿の娘が下働きをしているのに於大は驚くが、登与に言わせれば、負けた鵜殿の娘が情をかけて貰っている以上、額に汗して働きたいと申し出たらしい。普段は影が薄いが人の嫌がる仕事も進んでやり、万時そつがなく器量もよく、下女たちの中にもお葉に憧れる者が多そうだった。また無駄口を叩かず悪口も言わないらしく、於大は私同様できるおなごと、お葉に側室の話を持ちかける。

しかしお葉はこの話に困惑していた。長照のことで殿を恨んでおるのかと瀬名が尋ねるが、お葉は分家の出身で長照のこともよく知らず、家康を恨むいわれもなかった。そして城勤めをしていることをありがたく思うと言う。ならばどうしてと瀬名が尋ねると、お葉はこう答える。
「私は殿方が好む類いのおなごではないと分かっておりまするゆえ、殿がお気に召されぬかと」


一向一揆鎮圧後三河を平定する家康ですが、他国との関係も民政も、まだまだやるべきことは多く、瀬名は新しい築山の住まいで、民の声に耳を傾ける役割を果たそうとしていました(この辺り、鎌倉殿の政子と多少似たものがあります)。そのため誰でも立ち入り自由でしたが、ある日於大が現れ、家康と瀬名に子供について尋ねた後、側室を持つようにと言い出します。

この言葉は家康、そして瀬名を不愉快にさせるものでしたが、於大にしてみれば三河の主である家康の、今後のことを考え、他国と縁組みさせるように子供を多く持てと仕向けたかったようです。この於大の教えは、後々の御三家の制度に活かされることになりそうです。

その後、側室候補が続々と面接に訪れますが、どう見てもまだ子供なのに17歳であるとか、相当な年配なのに27歳であるとか、子連れ夫連れ、はたまた妙にしなを作る女が現れたりで、結局これはという候補が見つかりません。そんな中、猪を見事にさばいてみせたお葉という下女が於大に呼ばれます。

下女と言っても鵜殿の分家出身であり、仕事もきちんとこなす上に無駄口や悪口を言わないことから、於大は気に入ったようですが、さてどうなるでしょうか。あと酒井忠次の海老すくい、やはりと言うか何と言うか、何かめでたいことがあると歌いたくなるようですね。一方お田鶴には何か思惑がありそうです。

さて、飯尾連龍を演じている渡部豪太さん、『西郷どん』の吉二郎が懐かしいです。それから後半部分で、田辺誠一さん演じる穴山信君も登場しますが、こちらも『青天を衝け』の、尾高の兄さんを思い出してしまいます。しかし築山の庭が合成のためか、景色がいつも同じようなのが残念です。

飲み物-テーブルのホットワイン
[ 2023/03/13 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第9回「守るべきもの」あらすじと感想-1

第9回の前半部分です。


弥八郎という武家の少年が、物取りが始まっているという制止の言葉も聞かず走って行く。お玉という少女を探しているようだが、既に家の者は殺され、お玉は甲冑を着けた男に連れ去られようとしていた。必死で反撃を試みる弥八郎だがかなわず、お玉はそのまま連れて行かれてしまう。この光景は、本多正信の回想であり、弥八郎は正信自身の少年時代の姿だった。

やがて正信は踊りの中に加わり、この寺内に集まった者たちに檄を飛ばす。本證寺の不入の権を侵したことにより勃発した三河一向一揆。これに敵対勢力が便乗し、三河国は内戦状態となった。そして服部半蔵は、敵についている軍師なる人物が、正信であることを家康に知らせる。その噂は、岡崎城の厨房の女たちの耳にも届いていた。

酒井忠次は石川数正に、お主も貰っておろうと、例の寝返りを勧める密書を見せる。数正も同様にそれを見せ、
「殿があの有様では、考えねばならない」
と意味ありげな言葉を吐く。その頃寺内では、吉良義昭と松平昌久が
「一向宗の連中がはじけてくれたおかげじゃ」
と、松平勢の分裂を喜び、寺内の者たちを煽り立てる。

千代は昌久に松平の宗家の座を手に入れる時が来たと言い、昌久はその時はそなたを妻にすると言う。しかし千代は何か胸に一物ありげだった。一方岡崎城では皆この戦に気乗りがせず、ついに本多忠勝は忠次に、どのように勝つか道筋を示すように迫る。その時鳥居忠吉が立ち上がり、戦に怖気づく家康を説得しに来る。具合が悪いと言っているにもかかわらず、急に入って来た忠吉に家康は戸惑う。

口うるさい隠居の最後の言葉だと思って、聞いてほしいと言う忠吉は、道は二つに一つと切り出し、まず信頼する家臣の裏切りで落命した家康の祖父と父の例を挙げるが、あれは避けられなかった、つまるところ主君は家臣を信じるほかないと言う。
「主君が家臣を信じなければ、家臣は主君を信じまへぬ」
信じて裏切られたらどうすると尋ねる家康に、しょうがないと答える忠吉。

もうひとつの道とは、謀反の疑いがある者を悉く殺すことだった。さらに
「殺すことにお決めなら、まずわひからにしてくだされ。病で死ぬより楽そうじゃて」
と言い、忠吉は部屋を出て行く。家康は何かを決意したようで、甲冑を着けて家臣たちの前に現れ、こう叫ぶ。

「わしについて来いとは言わん!
主君を選ぶのはお前たちじゃ、好きな主(あるじ)を選ぶがよい!
わしは!…お前たちを信じる!」
そして供をしたい者だけ参れと言い残し、家康は戦場である寺内へ向かった。家臣たちは皆立ち上がり、家康の後を追う。

忠次と数正は笑いながら互いに例の文を破り捨て、やはり家康の後を追う。その様子を忠吉が見ていた。そして家康の軍勢は吉良義昭を捕らえ、また松平昌久は千代に逃げられていた。次第に戦況は松平優勢となり、一揆側は敗北の色が濃くなって行った。そんな中正信は空誓に近づきこう言う。
「ご安心召され。我らは負けませぬ」
皆この寺を守りたい一心で戦っていると言う正信だが、空誓は正信が、この寺を利用しているのではないかと疑い始めていた。

なぜここにいるかと問う空誓に、ここにいたいからではいけませぬかと正信は言う。その時家康が来たと声が上がる。再び乗り込んで来た家康に、諦めなされ、殿に勝ち目はござらんと正信。
「御仏の子らは止められん!
この者どもが死ねばその子供が!その者どもが死ねばその孫どもが!
永遠に戦い続ける。終わりはない!」

そして再び家康に銃口を向ける正信だが、今度は正信自身が狙撃される。撃ったのは大久保忠世だった。
「愚かなり、弥八郎…」
8年前。正信は盗賊に盗みを働かせ、その後をつけて賊どもを殺して、根城を一網打尽にしていた。盗賊の隠れ家の中には遊女もおり、傷を負ったその女を正信は仕留めようとするが、あごにほくろがあるのに気づく。

かつて生き別れとなったお玉も、あごにほくろがあった。お玉じゃろと尋ね、自分は弥八郎と名乗る正信にその女は驚くが、違うと否定する。早く殺せと言うそのお玉は寺内におり、正信はお玉を住まいに連れて行って医者を呼びに行こうとするが、数珠を手にしたお玉はこの世は苦しみばかり、早う仏様の許へ行きたいと念仏を唱える。その後重傷を負った正信は目をさます。

岡崎城を水野信元が訪ねてくる。信長は怒っている、こんな不毛な戦をいつまで続けているんじゃと家康と家臣を叱り、すべて元通りにすると言って手打ちにしろと寺との和睦を勧める。戸惑う家康に、長引くほど三河国そのものが衰えて行き、勝ったところでその頃はもうボロボロじゃと言う信元。しかし元通りにして逆臣も咎めなしでは禍根を残すと言う数正に、お前らは本当に馬鹿正直じゃのう、あれは方便じゃと信元は呆れたように言う。


正信の回想、そして傷を受けて意識不明になっている間の、夢ともいうべきシーンが登場します。この2つはつながっており、まず幼い頃の弥八郎(正信)が、お玉を取り戻そうとするものの、しかし連れ去られてしまいます。その後家康を狙撃するものの、自分が撃たれて意識不明になるシーンでは、この一向一揆の8年前に忠世と手を組んで、盗賊の根城つぶしをやっていた頃に1人の遊女と出会います。

根城つぶしとあって、彼らをすべて殺して行くわけですが、このの遊女もかなりの傷を負っていました。その遊女こそがお玉であったというわけです。お玉を寺内の小屋に連れて行き、医者を呼ぼうとする正信ですが、お玉は現世への望みを既に失い、早く仏様の許へ行きたいと念仏を唱えます。これが、正信の今回の行動を取らせた一因と言えそうです。

一方で家康は怖気づいてしまい、当然のことながら士気も下がります。しかも吉良につけという、密書めいたものが城下に飛び交い、あろうことか酒井忠次と石川数正もそれを受け取っていました。そんな折、隠居の身の鳥居忠吉が、この閉塞感を打破すべく行動を起こします。家康に対して、主君は家臣を信じるか、あるいは謀反を起こした者を殺すかだと言い、しかも殺すなら(高齢の)自分からにしてくれとまで言います。

これが家康の行動に火をつけたようで、例の金陀美具足を着けた家康は家臣の前に現れ、ついて来なくてもいいが、自分はお前たちを信じると言い、家臣たちは恐らくこの瞬間を待っていたように、家康につき従います。無論例の密書を破り捨てた忠次しかり、数正しかりです。一方正信は尚も家康を狙いますが、この時の
「御仏の子らは止められん!
この者どもが死ねばその子供が!その者どもが死ねばその孫どもが!」
のセリフ、第5回の服部党の大鼠のセリフにも通じるものがあります。

そして久々に登場の伯父上、水野信元です。信長も怒っていると言い、一向宗徒相手にもたもたしている家康を叱り、寺と和睦して手打ちにするように指示します。家康はこの言葉に驚きます。数正もそれでは示しがつかないと言いますが、どうやらこの言葉には裏があるようです。この人物ならそのくらいは平気で考えるでしょう。

あと忠吉の言葉、
「主君が家臣を信じなければ、家臣は主君を信じまへぬ」
その300年後を舞台にした『西郷どん』の、山岡鉄舟の
「侍が主を信じられなくなったら、それはもう侍ではございますまい」
を何となく思い出します。但し後者の方は、主君の思いについての言及はされていません。

飲み物-ワインと樽2
[ 2023/03/07 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『麒麟がくる』『どうする家康』両者の衣装の比較

少し前に『武将ジャパン』関連で、『麒麟がくる』の衣装の色遣いがやはりおかしいと書いたことがあります。その際の画像について、『どうする家康』のと比較してみたいと思います。まず甲冑ですが、

『麒麟がくる』光秀の鎧
麒麟がくる衣装1

『どうする家康』石川数正と酒井忠次の鎧
どうする家康第2回数正と忠次2

いくらか身分は違うにせよ、この当時光秀も斎藤家に仕えており、そこまで贅を凝らした鎧ではなかったはずです。無論、元康の金陀美具足などはまた例外ですが。
そして女性たちの小袖

『麒麟がくる』庶民の女性
麒麟がくる衣装2

『どうする家康』巴、瀬名、たねと田鶴
どうする家康第1回瀬名と女性たち2

この『どうする家康』は、当時の染色を基に衣装の考証をやっていることは、以前関連ツイートをご紹介していますが、化学染料がなかった戦国時代、どう考えても下の画像のような色だったと思われます。で、ショッキングピンクと言うことで、『麒麟がくる』の竹千代の衣装。

麒麟がくる衣装3

そして『どうする家康』の竹千代の服装。
どうする家康第2回竹千代2

私もリアルタイムで観ていて(桶狭間回まではリアタイ視聴)、このショッキングピンクの水干はないだろうなと思いました。逆に光秀とか菊丸の農民の格好の方が、まだしもこの時代らしいと思ったものです。『麒麟がくる』の衣装担当の黒澤和子さん、幕末大河(『西郷どん』、『青天を衝け』)の方がやはりよかったですね。前の投稿でも書いていますが、特に『麒麟がくる』の場合は、ピンクとブルーとグリーンが目立ったような気がします。

『麒麟がくる』に関しては、駒の描写に関して色々と言われており、それにも少なからず同意できるところはあるものの、この色遣いや、光秀が鉄砲を持ったまま足利義輝に会おうとするシーンなどもやはり疑問でした。

それから最後になりましたが、永井路子氏が亡くなられました。大河2作(『草燃える』、『毛利元就』)がこの方の著作を原作としています。ご冥福をお祈りします。

飲み物-ホットワイン2
[ 2023/02/12 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』ここまで観て来て

『どうする家康』、今まで関連投稿でもちょっと触れていますが、面白く観ています。当初はかなり不安もあったのですが、観てみると意外と面白く(これは『青天を衝け』と『西郷どん』も同じ)、今のところこれから先も観続ける予定でいます。

主人公は現時点ではいささか頼りないのですが、その彼を支える家臣たちがそれぞれ一癖あって、しかも如何にも三河の人物らしい質朴さもあり、この両者の絡みに加えて、大胆不敵で元康を兎呼ばわりする信長とか、駆け引きの仕方を教える水野信元といった、クセの強い面々が登場し、戦国大河らしさを感じさせます。

そして於大の方。主君たるもの国と家臣のためなら、妻子を捨てよと言ってしまう辺りもなかなかのものです。実際この時代は、家族よりも家臣や乳母との結びつきの方が、場合によっては強かったと言うべきでしょう。この女性も兄の裏切りによって離縁させられるなど、戦国時代のある程度の身分の女性らしい経験もしており、それゆえに様々なことを学んだと言えそうです。

本当の話、私は『麒麟がくる』には少し期待はしていました。前年の『いだてん』がちょっと期待外れであったこと、そのため2月から観なくなったこともあり、この次は男性主人公の戦国だから、それなりに大河らしくなるのではと思っていたのですが…。

ただ駒が出張るシーンだけがよくなかったのではなく、演出とか衣装の色遣いなど、他にもちょっとこれはどうかと思われる点がいくつかあり、同じ池端氏の『太平記』が面白かっただけに残念でした。とはいえすべてがよくなかったわけではありません。

大体どの大河もそうですが、100パーセント面白い、あるいは面白くないという作品はそうお目にかからないものです。『麒麟がくる』の能のシーンなどはこれぞ室町文化といった印象でしたし、吉田鋼太郎さんの松永久秀などもよかったとは思います。あと『鎌倉殿の13人』、これも前に書いてはいますが、負ける側の人物、特に義経が追われる描写などは三谷さんらしかったと思うし、やはり三谷さんは、こういう人物を描く方がいいいのではと思ったこともあります。

話が戻ります。元康が今川に背を向けて、尾張に行くことになり、次回からは織田家の人々が多く登場するようです。無論大河はドラマなので、オリキャラも当然出て来ますが、ガイドブックをざっと見る限り、忍びとか謎の人物といった設定に留まっているようです。

あと鵜殿長照とお田鶴も登場するようですが、お田鶴は『おんな城主 直虎』の時に登場させられなかったのかとは思います。あの場合は直虎(おとわ)を中心に据えたため、逆に出しにくくなったのかも知れませんが、永禄年間の東海地方の情勢に、もっと突っ込んでもよかったかも知れません。

飲み物-冬のシードル
[ 2023/01/25 07:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その4

『武将ジャパン』の大河コラム関連、今回は4ページ目です。それから先日分で、鳥居忠吉のことを大久保忠吉などと書いておりましたので、訂正しています。あと文章の意味がわかりにくい部分もいくつか直しています。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/16/172912


まず最初にいきなり視聴率の話です。

昨年の勢いを汲み、今年の出演者の顔ぶれからして、最初ぐらいは注目されると思ったら、思わぬ低調ぶりでした。
◆大河「どうする家康」初回視聴率、関東15.4% 歴代2番目の低さ(→link)
『西郷どん』と同率、過去2番目の低さで、過去最低は1989年『春日局』だったことを考えると、近年では実質最下位とも言える出だしです。

「昨年の勢い」とありますが、昨年の後半の平均視聴率は11パーセントから12パーセント程度で、そう勢いがあるとは言えませんでした。しかもサッカーのワールドカップ、コスタリカ戦の裏の、6.2パーセントという数字もありました。もう少し数字が高ければ仮に10パーセントを割ったとしても、あれだけ下がることはなかったと思います。

しかも武者さん、昨年あれだけ言っていた個人視聴率について、この部分では何ら言及していません(その少し前に、『再生回数は低迷するけど、視聴率はそこそことる』とはあります)。ちなみに『鎌倉殿の13人』の(世帯)視聴率に関して、昨年はこう書いていました。

「こうした再生回数が多い成功作品は、近年であれば『鎌倉殿の13人』だけでなく、朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』と『ちむどんどん』も該当します。
ただし、公的に大きく発表される数字は今も視聴率であり、この辺のアンバランスさが世間での評価を難しくしているのでしょう。
朝廷の定めた律令が武士を想定しておらず、坂東武者は混沌とした基準のもとで生きてきた――その様が『鎌倉殿の13人』で描かれたように、大河の評価基準もそんな状態なんですね」

つまり今までの視聴率では駄目だと言いつつ、『どうする家康』では今までの視聴率を持ち出して来て「思わぬ低調ぶり」などと書いています。なぜここで
「NHKプラスの再生回数は多いかも知れない」
と書かないのでしょうね。

尚『青天を衝け』の時も最終回の数字の低さ(裏にフィギュアが来たから仕方ないとは思いますが)を挙げ、『麒麟がくる』で視聴率を上げたのにと、何だか恩着せがましいと思われる書き方をしていましたね。

そしてBLがどうこう。

第2回放送をめぐっては、BL要素に着目したネット記事が早くも出回りました。
◆ 松本潤『どうする家康』、「BL大河」と話題のワケ――岡田准一のセリフ「俺の白兎」がトレンド入り!(→link)
大河ドラマでBLを推してくるとなると、なかなか厄介です。
振り返れば2009年『天地人』がBL漫画を出し、2018年『西郷どん』でもBLが押し出されましたが、余計なお世話としか言いようがありません。

まず、こちらも武者さんのコラム関連の投稿になりますが、『鎌倉殿の13人』第39回のコラム記事に関しての記述にこのうようにありました。

「今流行しているからBLを入れたとか、そう宣伝していた『西郷どん』とは比較にもならない。単純なものではない。東洋的な美学もあれば、多様性への配慮もあります」

私はこれに対してこう書いています。

「『西郷どん』の中園ミホさんは、BLに言及してはいますが、「今流行しているから」と言ったでしょうか。制作発表時の記事で、中園さんはこう説明しています。
「中園氏は「林さんの原作はいろんな愛にあふれています。島津斉彬との師弟愛、家族愛、男女の愛、ボーイズラブまで(笑)。ラブストーリーもたっぷり散りばめられているので、一年間、テレビの前の皆さんに『西郷どん』にどっぷり惚れていただきたい。上野の銅像とは全く違う西郷像になると思います」と自信をみなぎらせた」
https://www.oricon.co.jp/news/2080906/full/」

別に「流行している」などと言っていませんね。色々ある愛情のひとつであるというのを、ちょっとジョークめかして言っているとは思いますが。そもそも大河の場合、男性同士の触れ合いが多く、どうしてもそのように見られてしまうシーンは多いかと思われます。

たとえば『真田丸』の神君伊賀越えで、家康と忠勝が百姓家で握り飯を食べるシーンなども、ちょっとそれに近いものを感じましたし、あと『八重の桜』でもBL的要素は指摘されていました。AERA.dotの記事ですが置いておきます。

BL好きの“腐女子”層も歓喜? 新大河ドラマの評判
https://dot.asahi.com/wa/2013011500010.html?page=1

こういうイメージを完全に払拭するのは不可能ではないでしょうか。武者さんに取っては「余計なお世話としか言いようがありません」なのでしょうが、そういう見方をしたがる人がいても、別におかしくはないでしょう。

しかし武者さんによれば、『鎌倉殿の13人』は違うのだそうで、ここでも
「BL狙いではなく、多様性を尊重するように出した2022年『鎌倉殿の13人』は、そこを読み解かれないどころか、歴戦の腐女子は萌えないだのなんだの、妙な誤解も生じました」
ではどこがBL狙いでなく多様性を尊重するようにしたのか、ちゃんと説明して貰えないでしょうか。

その後海外ドラマ『ウェンズデー』で、客寄せのために性的マイノリティを使う手法は批判されているという箇所について触れ、

客寄せとして狙ったシーンだとするならば、一体いつの時代の作品なのかと呆れるばかりです。
萌えの使い方もあざとく、錚々たる役者たちにこんなことをさせてどうしたいのですか?

「萌えの使い方」があざといでしょうか。ではどのようにあざといのか説明して貰えないでしょうか。何よりもその前に

あの信長から家康への執着なんて、ハラスメントじみていて、そもそもどこにトキメキ要素があったのでしょうか。

とありますが、信長が家康に対して不敵に「俺の白兎」と言うシーン、つまり俺がお前を支配してやるという意味が込められたセリフであるがゆえに、ときめくものがあったのではないでしょうか。そういうのを読み取れませんか?

そして大河ゆかりの地が観光誘導を狙うことへの批判として、『花燃ゆ』で防府市が大河ドラマ館を作ったり、観光アピールをしたのに、完結編は群馬となって防府が登場しなかったことについて、当時の記事を持ち出しています。
しかしこれはかなりレアな例と言っていいでしょう。当該記事でも言及されているように、完結編を防府にする予定だったのが、それまでの視聴率が今一つで群馬に変更されたわけで、防府がダメージを食らったわけです。しかし他の大河でこういう例はそうありません。
このようなレアケースを一般化し、だからゆかりの地を観光地化するなと言うのもどうかと思います。

あとVFXがどうのこうの。しかもなぜか
「◆「本当にどうするの」松本潤主演の大河ドラマ『どうする家康』が低視聴率のスタート…韓国での反応は?(→link)」
などと、韓国での反応を載せた記事をわざわざ紹介(サーチコリアニュースだから当然ですが)していて、それに比べて『鎌倉殿』や『麒麟がくる』は…と言いたげです。

本物の馬を使っていて、かつ難易度の高い『鎌倉殿の13人』はいかがでしょう?
障害飛越で馬が怪我するかもしれない。あれは動物虐待大河だ!って、なりますか?

まず言いたいのは、『どうする家康』の第1回、第2回でああいうシーンはまだ登場していないということです。条件が違う同士を比べるのも如何なものかと思います。例によって比較の仕方が強引だなと思います。
あと馬の扱いについては、馬が多く登場する、1988年の『武田信玄』のOPが批判されてもいますね。

まあこの4ページ目、武者さんという人の考え、もっと言えば偏見があちこちに見られて、それはそれで面白いので、次回にまた書こうと思います。
あと、もう少し後の方になりますが。

善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず。『孫子』「勢篇」
よく戦うものは、勝因を勢いに求めて、人を頼りにしない。

とありますが、この孫子の言葉は
「一人一人の能力や働きに過度の期待をかけず、組織の勢いの方を重視する」という意味です。
「勝因を勢いに求めて、人を頼りにしない」では意味が通りにくくないでしょうか。武者さんは漢籍好きな割にこの辺りが曖昧ですね。


飲み物-ランプと水とウイスキー
[ 2023/01/21 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

大河の直近3作品の視聴率に関して

年末恒例と言うべきでしょうか、直近3年間の大河の視聴率(世帯視聴率)の比較です。無論この3作品はそれぞれ放送回数が異なり、また『麒麟がくる』はコロナ禍で収録休止、『青天を衝け』はオリ・パラ中継によって何話分かが休みとなっています。

ます下の棒グラフ、青が『麒麟がくる』、オレンジが『青天を衝け』、そしてグレーが『鎌倉殿の13人』で、第1回から最終回まで、10話ごとの平均視聴率を基にしています。サムネイルなのでクリックで拡大可能です。


直近3年間大河視聴率比較

これを見る限り、第41回から最終回までを除き、『麒麟がくる』と『青天を衝け』はそう差がありません。『青天を衝け』の第41回以降が低いのは、第41回が最終回であり、なおかつ裏にフィギュアが来たことも関係しています。一方『鎌倉殿の13人』は、全体的にやや低めとなっています。これに関しては

鎌倉時代という時代設定は、戦国や幕末に比べると、やはり馴染みが薄い
三谷幸喜氏の脚本に対して、視聴者の間で好き嫌いが分かれた

こういう点が理由として挙げられるでしょうか。『鎌倉殿の13人』は最終的に12.7パーセントで、これは『西郷どん』とほぼ同じでした。しかし『西郷どん』の数字は西高東低で、西日本ほど高くなっている傾向があり、関西で15パーセント前後、地元鹿児島では30パーセントでした。『鎌倉殿の13人』が神奈川県でどのくらいの数字であったか、調べてみたのですが、生憎ちょっと確認できませんでした。ちなみに関西での平均視聴率は11.7パーセントとの由。

さらにそれぞれの視聴率の推移ですが、このようになっています。

直近3年間大河視聴率推移

これを見ると、やはり『鎌倉殿の13人』は、その前の2作品よりは数字は低めです。『麒麟がくる』が最後の方で上がっているのは、第44回まで放送があり、最終回がいくらか高めになっていたことも関係しています。一方で『鎌倉殿の13人』が、最後の方で特に低くなっているのは、やはりサッカーのワールドカップ、コスタリカ戦が裏に来たせいでしょう。

『青天を衝け』最終回のフィギュア同様、裏にスポーツ中継がくると、数字を持って行かれるのは確かなようです。各局が多少お金をかけてでもスポーツの放映権を買うのは、やはり数字が取れるコンテンツであるのもその一因と思われます。

[ 2022/12/27 07:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 82その1

『武将ジャパン』大河コラム、第44回前半に関する記述への疑問点です。


鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第44回「審判の日」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)


1.当人が設計図を描き、実際に造るのは弟子。早く作ったほうが喜ばれるし、次の依頼をこなせると打ち明けています。
古今東西、チームで作ったものが代表者一人の名義になっていることはよくある話ですね。

鎌倉初期、あるいは平安時代の像は、誰が作ったかがきちんとわかっている物もあるのですが。

2.政子は義時が信心深くなったと感慨深げです。
なんでも半年前、義時の夢に白い犬が出てきて、妙に心に引っかかっていたとか。夢のお告げは信じない。そう言いつつも、どこか気にはなるのでしょう。

政子は「信心深くなった」と言っているのではなく、
「変わるものね、大して信心深くなかったあなたが薬師堂を建てるなんて」
と言っていますね。

3.行事に金を費やすことは、鎌倉という幕府を作る上でも大事なこと。ゆえにそこは「気にしい」でよいのです。

「行事に金を費やす」というセリフはこのシーンで登場しないのですが。

4.官位の話は、日本史において避けられないものですね。
伝統的に日本人を縛るものであり、江戸時代の大名だって「あの家よりも高い官位が欲しい!」と贈賄をしてまで買いました。
そうかと思えば、天皇の飼い猫が昇殿のため従五位下とされたり、江戸時代には天皇に謁見するため従四位を与えられた象もいたり、妙なことが起きるものです。

官位官職と言うのはその人物が昇殿できるか、帝に拝謁できるかを決めるためのシステムでした。「日本人を縛る」は如何なものかと思います。動物への官位贈与は、帝にお目にかけるためのものとして必要だったのでしょうね。

5.こうした思考回路は、2020年『麒麟がくる』の織田信長が体現しておりました。
彼は天皇から与えられるこういった恩恵に対し、途中から無頓着になるという描写でした。

武者さんは『麒麟が来る』絶対だからこうなるのでしょうが、それ以外の戦国大河でも、信長が官位を欲しがらないシーンはあります。無論これは、彼が日本の支配者を夢見ていたからとも受け取れます。

6.八幡宮の僧侶に列の並びを聞かれた朝時があっさり教えたと教えられ、泰時が愕然とします。
平盛綱も硬直。
朝時は教えたら駄目なのか?といささか狼狽していますが、こやつに警備担当をさせたら駄目すぎますね。機密が全く守れていない。

このシーンですが、八幡宮の僧たちだからと言うことで、朝時も気を許したのではないでしょうか。無論朝時が「駄目?」と訊いているだけで、他はいいとも悪いとも言ってはいません。ただ泰時はそれでいいのかといった表情ですが。

7.ドラマ本編では描かれてませんでしたが、実は次の鎌倉殿の妻には、源頼家の娘である竹御所とされていました。女系では血が繋がるという意識があるわけです。
中世は、女系継承の重要性を理解しておくと、理解しやすくなるかもしれませんし、ここでの政子の指摘は重要かもしれません。

中世というか鎌倉時代の女系継承は、前の時代の名残りもあったでしょうし、女性が土地分配の対象であったのも、土地が沢山あったからと言えます。これが室町時代になると変わって来ます。

8.義時の妻・のえが、源仲章と貝合わせをしています。
つくづくいやらしい大河ですなぁ。貝合わせは夫婦和合の遊びでしょ。

貝合わせはその貝の美しさをめで、優劣を決めるのがそもそもの遊び方でした。それぞれの貝を合わせるのは、元々貝覆いと呼ばれていたようです。夫婦の和合の象徴となるのは江戸時代以降で、その頃は貝の大きさも大ぶりになりました。この大河の貝もいくらか大き目ですね。

9.貝合わせをしたいのだと彼女が答えても、魂胆あって近づいたことがなぜわからないのか!と苛立つばかり。
おおかた仲章は、京都から取り寄せた高級品でも貝合わせに使ったんでしょうね。京都の雅で釣ればホイホイ引っかかると踏んだか。

その前の回で、既に仲章はのえに近づいていて、のえも遠江の生まれだが坂東が合わないと言っていますね。こういうことを踏まえての、今回の貝合わせでしょう。

10.嗚呼、義時よ……。かわいげがない、愛嬌不足の男です。この点、源頼朝や父の北条時政とは大違いだ。
のみならず、色気もないと証明してしまったこの夫婦のやりとり。艶っぽさがまるでありません。
まだ八重や比奈と一緒にいる時は引き出されていたけれど、もうゼロを通り越してマイナス。
仲章は、自分の色香を把握していた上で、それをふんだんに使いながら彼女に迫った。
それと比べると、なんと無惨なことでしょうか。

「嗚呼、義時よ」て武者さん、この前もこの表現を使っていますね。よほど使いたいのでしょうか。
別に私は、この夫婦の会話にロマンスを感じようとは思わないし、義時もお前はあいつに利用されていると言いたいだけでしょう。八重とか比奈とのえとでは、置かれた境遇も、義時と結ばれた動機も異なっています。また義時と仲章も、両者の立場が正反対である以上比較はできないでしょう。なぜ無惨なのでしょうか。

11.八幡宮では北条時房が警備の準備を進めていました。
なんでも公暁に関して、怪しい情報が届けられているとか。馬を用意しているうえに、そばにいる駒王丸はあの三浦平六義村の息子である。

ここの部分ですが、まず公暁に関しての怪しい情報について。盛綱が泰時に話した、蓑が八幡宮に運び入れられた件でしょうね。なぜ参篭の最中で出かけるわけでもないのに、蓑を運び入れるのかと泰時が怪しむわけです。
それから「馬を用意している」ですが、このシーンを何度見ても馬など出て来ません。
あとそばにいる「駒王丸」は、「駒若丸」ですね。駒王丸は木曾義仲の幼名です。

12.そもそも実朝は、公暁が鎌倉を狙う行為を理解できません。挙句の果てには、親王がくだることを喜んでいるのではないか?とまで言い出します。
これには実朝のバイアスも感じます。西から東に来れば喜ぶという先入観がある。

公暁も京で修行をした以上、朝廷の権威と言うものは分かっているから、実朝のバイアスとは一概に言えません。ただそれ以前に、なぜ自分が冷遇されるとも思っていたはずで、この喜ぶと言うのは、あくまでも「喜ぶ素振り」であったかとも考えられます。

13.鎌倉から離れようとする源実朝に対し、激しい動揺を感じた北条義時について少し考察を。
本作はなかなか難解なところがあります。
義時は武士の世の終焉について考えているようにすら思える。
武士の政治権力が天皇のいる京都に向かうと危うい。
これは幕末の懸念でもありました。

「武士の世の終焉」とありますが、まだその武士の世ができて日が浅いこの当時、鎌倉を中心とした御家人たちの政権が終わるのを危惧していたと思います。

でその後「一会桑政権」が登場し、
「2021年『青天を衝け』の冒頭には徳川家康が出てきて、こうした武家政権の構造を表面的にはなぞりますが、どんな行為が江戸幕府にとって致命傷になるか?という情報は得られませんでした」
とありますが、『青天を衝け』の主人公は渋沢栄一であり、また家康公はナビゲーターなのだから当然です。ちなみにあの家康公は好きでした。
そして
「その家康ができなかったことを義時が説明しているようで、超絶技巧にもほどがある。勉強になります」
何やら意味不明な文章ですが、結局は青天は駄目で鎌倉殿はいいと言う、今まで通りの武者さんの論調のようです。

そしてまた、
「それと同時に、不思議なことも。
明治維新で【王政復古】だというけれども、京都が首都になるどころか、武士が作り上げた江戸を東京として、そこに天皇と御所を移した。
これは一体どういうことか。鎌倉時代草創から明治維新まですっ飛ぶような、そんな発想をしてしまうのです」
とあります。諸説あるとは思いますが、やはり帝と公家を切り離したかった、江戸のインフラを活かしたかったというのも理由としてあげられるでしょう。新政府にも、多くの幕臣が取り立てられていましたし、特に『西郷どん』では、明治天皇に東京に移っていただくことについての描写もありますが、どちらも武者さんは好きでない大河だから、ちゃんと観ていないのでしょうか。

14.文官たちは武士に対する「文士」とされましたが、子孫の代となると武士に吸収されていきます。
文士と誇りを持っていられた時代は長くありません。弓すらまともにできないとからかわれ、奮起する文士の子孫たちがいます。
一方で武士も教養を身につけていく。
両者融合して、文官武官の区別があいまいな日本の武士はできあがるのです。

鎌倉幕府というのは武家政権です。中国のように文官が優勢であるわけがないし、また文官と武官にはっきり分かれていたわけでもありません。寧ろ僧侶が、文官として政権の補佐をしていたことはあります。

15.そんな大江広元に、義時が本音を打ち明けます。
「今にして思えば、頼朝が望んだ鎌倉は、頼朝の死と共に終わった」
しんみりとするようで、嫌な開き直りにも聞こえますが、広元はどう反応するか。
頼朝の建てた鎌倉を放り出すことはできないはずだと語りながら、義時の背中を押します。
「臆することはございません。それがこの鎌倉の流儀。仲章には死んでもらいましょう」
そう言い切る広元は、すっかり精神が武士に染まっています。
京都の貴族は流血を嫌います。ゆえに呪詛が好き。仲章が「血で穢れた」と言っていたように、そんな発想があります。
一方で広元にはありませんね。

「今にして思えば、頼朝が望んだ鎌倉は、頼朝の死と共に終わった」
ではなく
「今にして思えば私の望んだ鎌倉は、頼朝様が亡くなられた時に終わったのだ」
ですね。頼朝のためであったからこそ、彼もまた骨身を惜しまず働いたのでしょう。それと広元ですが、頼朝という武人に仕えている以上、このような発想になってもおかしくはありません。
「あなたの前に立ちはだかる者は、みな同じ道をたどる」
とも言っているわけですし、義時に賛同しているのがこれでわかります。
また仲章の「血で汚れた」の表現は、頼家の殺害という意味も込められているでしょう。

16.いい歳して派手すぎかと言い訳しながら、実衣が真っ赤な衣装を着ています。
今さら、と返す政子の頭巾はかわいらしいピンク色。
実衣が尼御台も化粧をしたらと言うと、政子は顔を見せてきます。
きれいにお化粧をしています。ちょっと赤を使っているとか。

実衣は「真っ赤な」ではなく、赤地に花柄が入った袿ですね。政子の頭巾がピンクかどうかは、照明の具合にもよるかと思いますが、目元と唇に紅を使っているのは確かです。


飲み物-ホットラム
[ 2022/11/24 00:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 81その2

『武将ジャパン』大河コラム、第42回後半部分関連記述への疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第43回「資格と死角」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/11/14/172015


もしも前回、唐船の渡海が成功し、日宋貿易が実現していたら?
京都に、鎌倉を経由した宋渡来の品を献上できたでしょう。
それができないから、干し蛸というなんともつまらないものになった。兼子も容赦なくそこを突いてくるわけですが、政子は負けていない。相手が贅沢な暮らしをしていると揶揄しています。

仮にあの船が進水できて日宋貿易が本格化していたとしても、この上洛にはちょっと間に合わなかったのではないでしょうか。それと政子は、このような交渉でもあり、またかつての上洛の教訓もあり、自分は田舎者だとへりくだって見せることで、こういう仕掛けを用意していたとも思われます。

彼女の言い分だと、鎌倉の方が「民の暮らしを考えている」と解釈できなくもない。
(中略)
「撫民」(民を思いやる)は北条が掲げたひとつの到達点。
北条政子が藤原兼子に返すことで、後に北条政治が到達するものも見えてくる。
思い起こせば頼朝は、上洛時にもっと立派な贈収賄をしていたものです。
頼朝の方が財力をかけることはできるけれども、贈収賄は道徳心がない。源氏に欠けたものを北条は補い、それを政治信条にしていくのではないかとも思える。
ゆえに高度な会話ではないでしょうか。
兼子も相手をみくびれないと思ったか。

汚れたものを口にすると、日々の食事が如何に美味かというセリフですが、それが民の暮らしとどうつながるのでしょうか。この場合はあくまでも鎌倉殿の後継に関する話なのですが。それと
「思い起こせば頼朝は、上洛時にもっと立派な贈収賄をしていたものです」
なぜ現代と比較するようなことを書くのでしょうね。それがその当時は、必要だったからだとは考えないのでしょうか。それに高度な会話と言うよりは、腹の探り合いといった雰囲気もあり、それもこのシーンは舞台向きかなと思われた所以です。

あと「民」を考えるというのは、『西郷どん』などでも採り上げられていましたが、嫌いな大河のせいか、こちらの方は全くと言っていいほど話題にしませんね。

頼仁親王が鎌倉殿になれば、兼子のことを鎌倉を上げて大事な方であると思うと。
「あら」と心を動かされる兼子。
この聡明な女性も、権力には甘かった。

「権力には甘かった」
とありますが、この場合兼子は卿二位で、政子はまだ従三位を賜っておらず、明らかに彼女より上のはずです。それに当時の「権力」はどう見ても朝廷の方ではないでしょうか。

現代ですとサッカーのリフティング、それを進化させた「フリースタイルフットボール」にかなり近いんではないでしょうか(むろん現代のほうが技ははるかに進歩していますが……)。

蹴鞠のことですが、リフティングもさることながら、私としてはラグビー代表の山沢拓也選手が、オールブラックス戦で見せたボールのドリブル、あれを思い出します。昔は、ラグビーボールのドリブルも結構見られたようです。

そして後鳥羽院を親しげにバシッと小突く時房。あーっ、いけません!

小突くのではなく、肩を平手で軽く叩いだように見えますが…。無論上皇の体に手を触れるのはあるまじきことでした。

トキューサで笑ってごまかされそうだけれども、後鳥羽院が敗北する理由がわかりました。
このトキューサが泰時ともども都に乗り込むと思うと皮肉なんですよね。
何が駄目か?
・感情由来で物事を決める
→後鳥羽院が上機嫌になったのは、自分の権力にトキューサが平伏したということにスッキリしたからに思えます。戦というのはそんな感情ではなく、利害を考えて起こさなければ危険。
・ワンマンでやる
→そういう感情的な人物を止める人が周囲にいればいい。しかし、なまじ才知溢れる後鳥羽院は自分一人で決めてしまう。蹴鞠ですら一番出ないと気が済まないという感情由来で戦おうとしても、誰も止めない。
・「東夷(あずまえびす)」
→ハッキリと言ってしまいましたね、「夷」と。
このドラマは北条宗時が序盤に「坂東武者の世を作る」宣言をして以来、個人的にはずっと脳内に「華夷」という言葉がよぎってなりません。

ここがよくわからないのですが。
「後鳥羽院が上機嫌になったのは、自分の権力にトキューサが平伏したということにスッキリしたからに思えます」
それが原因で上皇は承久の乱を起こしたのですか?発想が飛躍し過ぎでは。
そしてワンマンも何も、この後朝廷を巡る不穏な動きが続き、その結果上皇の院宣が発せられたわけで、しかも討つべき相手は時房でなく義時です。それと「東夷」もこの当時はそう珍しくなかったでしょう。現に鎌倉ではまだ血生臭い事件が起こっていたわけです。私としては、「いずれまた勝負しようぞ」の言葉が意味深だとは思いましたが。

何よりも武者さん、このようなことを言いながら、幕末大河の西国諸藩の武士を、薩長出身という理由で叩いているのですが、それはどうなのでしょう。

日本だけのことでもなく、中国大陸でも同じで、南宋が滅び、元が成立して華夷秩序が逆転します。
そうして逆転した「夷」同士、元と鎌倉幕府がぶつかり合う。そういう流れが興味深い。
後鳥羽院が時房を「東夷」と呼んだことで、そんな流れがますます加速したように思えました。

元の行政や経済のシステムは、南宋のをそのまま受け継いでいるのですけどね。

現代人は、仏像に似ていると言われても嬉しくないかもしれませんが、昔は仏像に権力者の顔が反映されたと言います。
武則天は龍門石窟の盧舎那仏を、自分の顔に似せたそうですよ。

なぜかここでまた武則天。政子はそこまでの権力者ではありませんが。

かくして大河では珍しい女性同士の飲酒が始まるようです。飲む場面までは入りませんが。

『風林火山』での三条夫人と由布姫の会見では、実際に酒(正しくは甘酒)が出て来ていますね。個人的には今回の政子と兼子よりも、この2人の会見の方が、もっと駆け引きめいたものを感じて怖かったです。

時代を超えた普遍的な美貌で、ただ美しいのではなく、豊かさをもたらすように思えます。古今東西女神像にありそうなお顔立ちなんですよね。
そりゃ大江広元も酔いしれますよ。風格が違う。

ここでまた政子上げですね。最終回まで続くのでしょう。別に小池栄子さんが悪いとは言いませんが。

実朝はこうなったら太郎泰時にも官位が欲しいと言い出します。
菅原道真と同じ讃岐守はどうか?
仲章がそう提案すると、泰時は畏れ多いと答え、義時も国司は早いと牽制しています。
それでもなって欲しいと実朝。上皇様ならば聞いてくれる、自分が頼めば必ずだと仲章は意気揚々です。
はぁ……なんだこの実朝は。もしも和田義盛の亡霊がいたら「ウリン、それはねえぜ!」とでも地団駄を踏みそうな流れだ。
実績でなくて上皇との距離感で官位やら国司がもらえるというのは、明らかにおかしいでしょうよ。危ういですってば。

なぜここで和田義盛?それはそうと、実朝は元々朝廷寄りなところはありますし、政子も兼子の覚えがめでたくて従三位を贈られていますが。平清盛などは妻時子の妹滋子(建春門院)が後白河上皇のお気に入りで、上皇との太いパイプができたこともあって昇進を続けているわけですし。

若い頃からイケメンと言われ尽くしで、もう飽きましたもんね。こんなトリカブトの妖精みたいな役をできて素晴らしいことじゃないですか。

トリカブトの妖精とは何ぞやと検索したら、それらしきイラストがありました。しかし女性に言うならまだしも、この場合はやはり普通に奸臣とか、あるいは偽善者と呼ぶべきではないかと…(生田さんに悪意はありません)。

今回は突っ込みたくなる箇所が多いので、もう1度このコラムについて書きたいと思います。


飲み物-マグとビール

[ 2022/11/18 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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