fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  西洋文化

告解火曜日そしてレント

さて2月13日は告解火曜日です。英語だとシュローブ・チューズデイと呼ばれ、謝肉祭の最終日に当たるこの日は、キリスト教国では肉や脂分の多い食事を摂る日でもあります。それというのも、この翌日(灰の水曜日)からレント(四旬節、受難節)に入るためで、このレントはイエス・キリストの処刑前日の木曜日まで、40日間続きます。この時期は節制の時期でもあり、そのため告解火曜日はボリュームのある物を食べて、大いに騒ぐ日となっているわけです。

祝祭(イースター)の前の節制あるいは物忌みの時期というのは、クリスマスとアドベントにも当てはまります。復活祭がイエスの復活を祝う日であるのに対し、クリスマスはイエスの誕生(この世への出現)を祝う日であるのが違っています。また正教会の国々では、この時期は他の教派に比べて、かなり厳しい節制(特に聖職者の)が行われます。実際正教会はクリスマスよりも復活祭重視ですし、元々復活祭はキリスト教の中でも最も重要な祭りでした。

北半球では復活祭の時期は、徐々に春らしさが訪れる時期でもあります。日本だとこの時期は、もちろん年にもよりますが、桜が満開になる頃です。ただ今年の場合は、2月なのに最高気温が20度超えなどという予報がある割に、その後また気温が下がったりもするようで、この気温の乱高下状態、どうにかならないのかとも思いますね。何はともあれ、今年もその季節到来というわけで、告解火曜日とレントについて書いてみました。


飲み物-クリームとココア
スポンサーサイト



[ 2024/02/13 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

第5回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

今週もたけたけさんのnote記事のご紹介です。いつも通り、ダークブルーの文字が武者さんのコラムからの引用部分です。

大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第5回~

永観2年(984年)、五節の舞姫となったまひろは、“三郎”の正体を知りました。
藤原兼家の三兄弟・藤原道長――母を殺めた“ミチカネ”の弟だったなんて。
衝撃のあまり倒れ、寝込んでしまいます。

まずまひろが舞の最中に三郎に似た男を見つけること、その隣に「ミチカネ」がいること、そして三郎が右大臣家の三男道長であり、ミチカネがその兄の道兼であることを知って気が動転し、寝込んでしまうことが書かれています。またその後、
「なお余談ですが、五節の舞姫の中には重い装束(重さが15㎏~20kgになるそうです)での舞いと緊張でしばしば気分が悪くなり、急に体調を崩したり途中で倒れたりする事例もあったようで、決して倒れる事がスイーツ演出ではない事が窺えます」
ともあります。

実際洋の東西を問わず、昔の女性の衣服や着物、特に正装などは機能性や身軽さとは対極にあると言ってもいいものが多く、19世紀のクリノリン(『若草物語』、『風と共に去りぬ』などに登場する、ボリュームのあるスカートを作るための下着)などに代表されるコルセット、それによってウエストをきつく締めあげるファッションなどもその一例と言えるでしょう。

なんでも侍従宰相に見初められ、結婚相手が決まった姫もいるとか。
顔が四角いけれど、財産はあると妥協点を見出している。
誰かと思えば、侍従宰相はザブングル加藤さんが演じました。
そして話題は藤原三兄弟のことへ。
見目麗しいとはしゃぐ姫君たちに対し、おっとりしているような倫子も興味津々です。

こちらはたけたけさんの文章から一部抜粋させていただきます。上記の武者さんの文章に関してたけたけさんは、武者さんが気に入らない『どうする家康』レビューで、於愛が本能寺の変を起こした明智光秀を、「あれは(謀反をやりそうな)そんな顔と評した事について、「ルッキズムだの、同性愛をその場しのぎのネタにするだの、カジュアルに暴力やいじめをするなど、子供の道徳に悪影響を及ぼしかねないからです」と批判している点にまず触れています。

その一方で『光る君へ』では姫君たちが「顔が四角い」「顔は知らないが、かなり富のある方」と評する事については「妥協点」で済ますと記されています。
好き(かどうかわかりませんが、肯定している)作品だと、この辺りは控えめなようです。

巫女の格好をしている人物は「よりまし(寄坐・憑子・尸童)」です。

この前の部分で既に説明されていますが、ここで出てくるのは歩き巫女であり、特定の神社に所属せず全国を渡り歩きながら祈祷や託宣(たくせん)などを行なって、生計を立てる巫女の事ですとまず説明されています。

そして彼女たちは全国に存在して「マンニチ」や「マンチ」、「飯縄」(いづな)、「トリデ」、「ヤカミシュ」など、様々な呼ばれ方をしていたこと、歩き巫女は「巫女の口ききなさらんか」と言いながら村々を周り、「霊を憑依させて死者の口をきく」口寄せを行なったと言われること、神事だけでなく旅芸人や遊女を兼ねていた巫女もいて、時に春を鬻ぐこともあったともあります。

ここまで来ると民俗学の分野です。武者さん、せっかく巫(巫女)が出て来ているのなら、『どうする家康』叩きなどせずに、このようなことをきちんと書いてはどうでしょうか。

そして近年の大河『鎌倉殿の13人』『どうする家康』に続けて歩き巫女が登場していることにも触れられています。後者の方では千代(望月千代)ですね。彼女の場合、情報収集を重要視して、身寄りのない子供たちから容姿、治世に優れた処女に巫女として必要な技能や諜報の知識に技術、読み書きなどの基礎的な教養を授けたともあります。

身寄りのない子供たちと言えば、『鎌倉殿の13人』にも出て来ます。巫女を育ててはいませんが。

さらにややこしいことに、この頃は中国の道教までうっすら混ざります。>日本の仏教は中国経由なので、そうした融合が避けられなかった。

私もこれについては「道教がどのような感じでうっすらと混ざっているのか不明」と書いていますが、たけたけさんの記事にも
「どの様な影響があったかなど具体例は挙げないのですね」
とあります。

note記事では陰陽道が陰陽五行説に基づくものであり、百済僧の観勒によって暦・天文・地理・奇門遁甲(中国の占術)・方術(引用・天文・療治・亀卜など方士の行なう占術・験術)が日本に伝えられたという、『日本書紀』の記述の一部が紹介されています。そう言えば武者さん、以前鎌倉殿は中世だから占いもあるなどと書いていましたが、もちろんそれ以前の古代から、このようにして伝わった占いがあります。

また古代日本の政治思想は儒教基盤で官吏養成に応用され、式部省被官の大学寮に於いて教授されていたこと、道教は官学教科からも除かれていたものの、道教と思想的に関連性がある陰陽道は法制化され、中務省に陰陽寮が置かれ、官人としての陰陽師が育成・配属されたこと、そして彼らは官人陰陽師暦の作成、祈祷などの儀式を執り行って『穢れ』を清める事、方位や時間の吉凶に関する占い、天体観測や気象観測、天変地異の報告などに従事していたともあります。

ちょっと余談ですが、陰陽道や暦で思い出しました。最近、『応天の門』を全然投稿していません。そろそろ再開しなければと思っています、あれも暦に関する回がありました。

そして順番が前後しますが、

呪詛の狙いが弘徽殿女御というのもおぞましい。
花山天皇の寵愛する藤原忯子のことであり、やつれた彼女に呪詛は効きそうだ。

兼家が晴明に呪詛を命じるシーンですが、正確には忯子ではなく、お腹の中の子を呪詛しろと言う依頼のことだとあります。そして晴明が断った理由として、疎まれる高貴な立場の人物ほど標的になること、今回は呪詛を頼まれる立場の晴明が、呪詛返しによって術者の命の危険があるため、これを回避したかったのだと思いますと述べられています。

呪詛に関しては『鎌倉殿の13人』にも出て来ますね。
note記事では「形代」についての説明があり、『鎌倉殿の13人で』北条時政に頼まれて、阿野全成が将軍家公を呪詛するために人形を作っていたシーン、回収し忘れた1体が鎌倉御所の床下から発見され、謀反の罪で流刑の末処刑されるという結末になったシーンについても書かれています。尚この形代ですが、『どうする家康』に出て来る這子(ほうこ)と似たものがあります。

どうする家康第23回這子
『どうする家康』第23回 五徳が作っているのが這子

「天児」(あまがつ)と「這子(ほうこ)」という人形のジャンルについて
(ひなのすすめ)

しかし、道長は姿勢が悪いし、筆の持ち方がイマイチ。
これは演技や指導が悪いのではなく、意図してのものでしょう。
道長は字が下手なのです。
筆を寝かせるわ。
墨がかすれるわ。
そういう下手な字を書く人物として演じるとなると、残念な姿勢でなければいけない。
そのくせ、筆は特注品の最高級のものを使っているのが、実にたちが悪い。
なんでも道長の字が上手だと、演出からダメ出しが入るそうです。

これも武者さんが数回にわたり、道長の悪筆を叩き、筆を寝かせる墨がかすれると書いていること(昨年から続いています)を挙げ、さらにドラマ本編でそのような描写はないこと、そして道長を演じる柄本佑さんが独特の道長のフォントを編み出していること、しかも柄本さんは今は上達しすぎたため、最初の慣れなくて下手だった頃の書体を真似て下手に見せるようにしていることなどが挙げられています。

下手というより、私には味のある字に見えます。無論藤原行成のような達筆ではありませんが。そしてたけたけさんの文章では、武者さんが例によって、寝かせてもいない筆を寝かせたと言っていること(寝かせたら字が書けないと思います)、単に道長がは字が残念だと嘲笑したいだけではないかとも書かれています。

同時に、倫子と道長の結婚への道筋も浮かんできます。
この関係性を、猫と追いかける倫子で示すのは、『源氏物語』の女三宮と柏木のオマージュでしょうか。
なんですかね。
平安貴族の生きている姿をやっと掴めた気がします。
百人一首やらなにやら、文化の世界だけでは華やかで仕事をしている姿が想像つきにくい。

ここの部分、
「何見氏(=武者さん)ひとりだけで納得しているだけで具体的な説明がありません」
とずばりと言われています。実際そう思わざるを得ません。この大河のみならず、今まで武者さんの文章で具体例が示されたものが、どれほどあったでしょうか。さらに「文化の世界だけでは華やかで仕事をしている姿が想像つきにくい」と言いながら『源氏物語』のオマージュがどういうものか全く伝わっていないと思うとも指摘されています。

そもそも光源氏の妻であった女三の宮ですが、猫の追いかけ合いがもとで御簾が引き上げられ、その時柏木に顔を見られてしまい、恋心に火がついた柏木が、女三の宮といわば密通することになるわけですね。しかし武者さんの文章ではその説明がありません。

右大臣兼家、関白頼忠そして左大臣雅信の会合は土御門殿で行われており、3人が話していたところ、倫子が猫の小麻呂を追いかけていたこと、密談のさなか、小麻呂の乱入でその場を騒がせた事で倫子が詫び、雅信が彼女を紹介したこと、入内されるのかと思っていたと言う兼家に、雅信があのような礼儀知らずの娘はとてもと否定するシーンについて書かれておりり、そのうえで、兼家が我が子との結婚で、左大臣家の結びつきを画策しているのかも知れないとあります。

それから町田啓太さんについて。

公任を演じる町田啓太さんは、なんだか大変なことになっているようです。
海外アジア圏において、『光る君へ』関連検索に彼の名前が上がっているのです。

ここのところ、『『光る君へ』関連検索に彼の名前が上がっている』と言うのなら、その記事を提示してくださいと言われています。また、何が大変な事かが武者さん本人以外に伝わっていないこと、そしてたけたけさん自身が検索したところ、町田さんが大ブレイクしたドラマ『チェリまほ』が海外配信されており、アジア圏でも人気だという2020~2021年頃の記事であることが指摘されています。

武者さん、何を見ていたのかなと思います。ならば『光る君へ』関連検索など書かず、『チェリまほ』で町田さんの検索数が増えている、これを機にこの大河でもさらにブレイクしてほしいとでも書いておけばいいのです。

他にも宗教関連、医学関連で興味深い記述もあります。
そして最後の方の『どうする家康』叩きですが、

歴史ライターを辞めて『文春を論拠として崇め一切論拠を示さない信用性のないゴシップライター』になり下がったのでしょうか。

と書かれていますね。実際そうとしか見えませんし。
あと『もうひとつのどうする家康』で、松本潤さんが脚本の古沢さんと話している件では、

現にお二人は膝を突き合わせ話し合いをしているわけですので。
現場スタッフと主演俳優が意見を交わし合って作品を作る事まで否定したらドラマが作れなくなります。
脚本だけではドラマはできません。

文春ネタが原因なのか、主役が脚本に口出しすると書かなければ気が済まないようです。


飲み物ー暖炉とお酒
[ 2024/02/10 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

福岡城あれこれ その26(ヤドリギと期間限定天守閣)

公式サイトの記事が更新されています。

福岡城 「梅」と「寄生(ほよ)」と『万葉集』
(福岡城・鴻臚館公式サイト)

梅まつりから転じて、令和になって脚光を浴びた梅花の宴の話となり、大宰帥大伴旅人の息子、家持の歌が紹介されています。
「あしひきの 山の木末(こぬれ)の 寄生(ほよ)取りて 挿頭(かざ)しつらくは 千年(ちとせ)寿(ほ)くとそ」

この「寄生(ほよ)」はヤドリギで、多聞櫓の近くの木のヤドリギの画像があります。
実は私もこの写真を撮っているので、ここで上げておきます。

多聞櫓前ヤドリギ

ところでこのヤドリギ、記事中にもありますが、クリスマスとは切り離せない植物で、ツリーがない時代はヤドリギを飾ったとも言われています。

またヤドリギには霊的な力があり、その下にいる女性はキスを拒むことができないというのは有名です。
また北欧神話の光の神バルドルは、如何なる生物または無生物からも傷つけられなかったが、ヤドリギだけは若すぎて傷つけないという契約ができておらず、そのため、ロキにたぶらかされたヘズにヤドリギを投げられて落命したとされています。

またケルトの祭司(ドルイド)は、ヤドリギを不死や活力、肉体の再生の象徴とみなしており、ヤドリギが生えた木の下で儀式を行ったとされています。

そしてもうひとつ福岡城関連です。
1月23日の市長会見ですが、なんと「福岡城に幻の天守閣が登場します!」

詳しくはこちらからどうぞ。

ニュースでも紹介されていますので、こちらも貼っておきます。
(FBS福岡放送)

実はこれ、骨組みだけを作ってライトアップし、天守閣を出現させるということなのですが、会見内容によれば
さくらまつりから5月いっぱい
となりそうです。

上記リンク先の会見内容を見ると、高島市長は
「私としては『復元』というよりも『築城』させてほしいと思うわけですけども」
と話しており、私も前に書いたことがありますが、今回の整備は復元でもあり、「令和の築城」でもあるかと思います。

もちろん会見ですので、一部天守閣とは関係のない質疑応答もありますが、それはともかくとして、
「(博多部でない)福岡部の歴史」とあるからには、何日か前に書いたような、福岡言葉を広く知って貰うための活動なども、やっていただきたいものです。

ともあれこの「天守閣」、私は楽しみにしています。


飲み物-ホットラム
[ 2024/01/26 02:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

第2回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

では今週もたけたけさんのnote記事からいくつかご紹介します。いつも通り、武者さんのコラムの引用部分はダークブルーです。

大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第2回~


衣装が重たいとボヤいていますが、実際、本作の装束はかなりの重量だとか。
「人はなぜこんなにも儀式が好きなのか」
面倒臭い性格ですね。
そういうものだから、と言われても納得できないのでしょう。
藤原宣孝もその場にいて、成人の意義を語ります。

まず
「『裳着』の儀式を『裳を着ける儀式』、まひろさんの愚痴も『面倒臭い』で済ませましたか」
とありますね。
言うまでもなくこれは成人の儀式を意味しており、
「裳を着けるとはそういう事なのでございますよ」と乳母のいとが言っている、つまり女の子から一人前の女性になり、初潮を経て殿方と結ばれ子を成す事ができるという事を意味するとあります。そのために、わざわざ重い装束をつけなかればならず、それゆえにまひろが愚痴ってしまうという、彼女の心中についても書かれています。
そして親戚に当たり、小腰を結ぶ役目の藤原信孝が
「儀式ゆえ辛抱せい、終わったら脱げばよい」と言い、そのうえでの
「人はなぜこんなに儀式が好きなのか」なのですね。

私も先日書いていますが、武者さんはまひろの性格を「面倒臭い」だけで済ませるようです。もっと掘り下げて見てもいいのでは。

まひろは、街の中をどこかへ向かって歩いてゆきます。
土埃が待っていそうな道。
足がすぐドロドロになりそうです。

これに関しても、その当時は砂塵が舞うのは当然であること、そして高橋昌明氏の著書『京都〈千年の都〉の歴史』によると、この当時下水や排泄物などは都の道路の側溝、あるいはそのまま外などに捨てられており、あまり衛生的とはいえない状態でしたとあります。そして動物の死骸や行き倒れの死体などもあり、疫病がしばしば流行したということで、ドロドロだけで済む問題ではないかも知れないとたけたけさんは書いています。
またこのリンクも貼られていますので、こちらでも貼っておきます。

なぜ平城京以前は短命で、平安京は1000年も続いたのか…現代人には想像しづらい「糞尿処理」という衛生問題
(infoseekニュース、出典はプレジデントオンライン)

それを考えると、『平清盛』の演出はかなりその当時を再現していたとも言えるでしょうか。
またこの当時、亡くなった人の遺体よりも魂を重んじる傾向が強く、遺体が野晒しにされるのは珍しくなかったようです。鳥辺野などがそれに当たりますが、羅生門などもまた然りです。葬儀社のサイトですが、わかりやすいので置いておきます。

あと私も今気づいたのですが、「待って」は「舞って」でしょうか。

平安時代の葬儀はどんなものだった?現代の葬儀の違いとは
(いい葬儀)

古今東西、そういうことはトラブルも招きかねません。
『シラノ・ド・ベルジュラック』なんてそういう話じゃないですか。

これに関して、私はそこまで「トラブル」があったか、クリスチャンがロクサーヌの真意を知って、自ら前線に出て戦死してはいるがと書いています。
そしてこちらのnote記事でも、まずシラノがクリスチャンを通して手紙の代書をしたことから、ロクサーヌとクリスチャンは愛し合う仲になるが、その後シラノの手紙の内容が伝える人柄を、ロクサーヌは愛するようになり、結局クリスチャンはそれに絶望して戦死すること、その後恋文の本当の書き手がシラノであることがわかることが説明されています。

トラブルがあったのかとはちょっと冷たい言い方だったかも知れません。確かにクリスチャンにしてみれば、ロクサーヌが真に愛しているのは、自分ではないことに気づいたわけですからね。教訓的だなとは思いますが。尤も麻彦の場合は、真実を打ち明けたおかげで大したトラブルにもならず、めでたしめでたしでした。

それにしても、兼家の提案はどうなのでしょう。
さすが金で思うままに人を操る奴は違うな! と嫌味の一つでも言いたくなります。
こういうボーナス制度は冤罪を増やす危険性もあります。
私人逮捕系YouTuberが、再生数稼ぎのため無茶な難癖をつけるような事例が起きてしまうかもしれない。

この箇所ですが、
「頼忠卿の言う『人員を増やす手配』とは検非違使と放免を増やし、警備に当たらせるという意味でしょう。
それだけでは士気が上がらないと踏んだ兼家卿が『別当を変え賊を捕らえた者に褒美を出す事』を提案しましたが、これは警察組織の取り締まりノルマの向上策と言うところでしょうか」
と書かれており、
「全くの私人で公務員・警察組織とは関係ない『私人逮捕系YouTuber』とは違います」
とあります。

私も、なぜ武者さんが強引に(と言っていいでしょう)『私人逮捕系YouTuber』に結びつけるのかよくわかりませんでした。また頼忠のいう人員を増やす方法だけよりも、兼家のやり方のほうが現実的だとも書いています。尚このコラムの、ドラマ本編最後の方で、道長を捕らえたのは検非違使だと武者さんは書いていますが、この中に出て来る放免の方が正しいようです。
たけたけさんの記事には「江戸時代の岡っ引きのようなものでしょうか」とあります。元々は放免囚人、つまり前科者であった者を取り立て、前科があるのを逆手に取り、犯罪者の情報収集に役立てたそうです。

まひろが微笑みながら「漢詩や物語や和歌が好きなだけ、賢いぶんを全部持っていったわけではない」と答えます。
本当に純粋に好きなのでしょう。
一方、学ぶ楽しみが見出せない太郎は残念ですが、これは何事もそうですよね。

ここではドラマでの展開と共に、当時の大学(寮)のこと、さらに清少納言の歌にもついて書かれています。
(あの『夜をこめて  鳥のそら音は  はかるとも』ですね)
その一方で、武者さんが得意であるはずの漢籍であるはずなのに、なぜ何の解説もないのかと疑問を持たれています。
のみならず、武者さんがこの後で

他ならぬ大河ドラマにしても、学ぶことが好きな役者さんやスタッフがいれば、そうでない人もいます。
撮影に時間がかかるからやりたくない。と明かすとか。
セリフがちんぷんかんぷんで覚えるだけだと語ってしまうとか。
歴史はフィクションだの、必要最低限しか覚えないとか。
そういう太郎タイプは大河に不向きですね。

と書いていることに対しては、武者さんが本当に歴史や漢籍が好きで、大河ドラマが好きでドラマを見てレビューを見ているのでしょうか、とまずあります。そして
「『撮影に時間がかかるからやりたくない』に関しては、『問題は技術ではなく、やる気』『小賢しい言い訳』と現場の苦労やできない事をすべて無視し理想論だけで語り、制作に携わらない赤の他人なのに自分の思い通りにならないという理由で無理難題や理不尽を通そうとする。少しは現場がどういった状況だったかも考えてはいかがですか」
と指摘され、そしてこれが貼られています。

『どうする家康』におけるバーチャルプロダクション制作
(unrealengine.jp)

そして「セリフがちんぷんかんぷんで覚えるだけだと語ってしまう」と書かれている箇所ですが、武者さんはこのように書いていました。

家康がやっと覚えて語っていると伝わってきてつらいものがありました。
そこまで長くないセリフなのに、覚えるだけで気力が尽きているように見える。時代劇の演技が苦手であれば、なぜ主演などを引き受けたのか。

「これについては、公式HPの松本潤さんのインタビューに経緯が書かれており、2020年11月にオファーを頂いてうれしさと同時に不安を感じ、大事を即決せず結論を待ってもらって、年明けに決定したそうです」
とありますね。

あと「歴史はフィクション」「必要最低限しか覚えない」などと書かれている古沢氏、こちらに関しても、インタビュー内で「日々いろんなことが起きるなか、大きな事件や出来事は歴史として残っていくけれど、小さな出来事は誰も知らずに、歴史に残っていかない。それは仕方のないことかもしれませんが、小さな出来事の積み重ねで、大きな出来事も起こっているはずと言っており、どこを解釈して『歴史に興味がない』となるのでしょうかとたけたけさんは言っています。

また私は、『レジェンド&バタフライ』の公式サイトでの、「いま残っている歴史は、勝者が都合のいいように語り継いだものですから、どう解釈しても自由だと思っているんです」のくだりをここで書いています。
(上記『日々いろんなことが起きるなか…』はその後に続いています)

東宮である師貞親王の勉学の成果は、全くあがっていない。
なんでも昨日は、母親と娘と関係を持った話を延々としていたとか。
似ているから見分けがつかないと、足で扇を広げつつ、おちょくるように語ってきたそうです。

ここの箇所ですが、
「相変わらず勉学の成果は上がっておらず、前日も扇子を足に挟んで広げるなどし、日がな一日母親と娘の双方に手を付けたという話をした事を為時公は語ります。
為時公の回想では東宮さまが「よく似た親子で手応えも似ておる。どちらと寝ておるか分からなくなる事もしばしばじゃ。」と語っています」
とあります。実際には即位後兼家父子に騙されて出家した後、この母娘(中務と平平子)をお手付きにしたという逸話で、
「余計に質が悪いのですが・・・」
と付け加えられています。尚この中務とは、歌人伊勢の娘です。

ところで武者さん、これに関して、
「『どうする家康』47回で作中そのような描写が無いにも関わらず、『時代を超えても気持ち悪い、母と娘の二代にわたり恋心を抱くという設定』と言っていましたが。引き合いに出して『気持ち悪い!』と批判しないのでしょうか」
と言われています。
この母と娘の二代とは、言うまでもなくお市と茶々のことで、もちろん家康がこの2人とも関係を持ったことなどありませんが、

もしも両者ともに愛妾だとすれば、母と娘を同時に愛するとはあまりに酷い、そんな印象を抱かれるでしょう。
時代を超えても気持ち悪い、母と娘の二代にわたり恋心を抱くという設定。
こんなしょーもない妄想を、いかにもすごいことを思いついちゃったと出してくる、このドラマ制作者は一体何を考えているのでしょう。

などと書いています。ならばこちらで師貞親王が母娘を相手にしたのは、制作サイドの「しょーもない妄想」となってしまいますね。尚たけたけさんのnote記事にもスクショが貼られています。

あと高麗と枇榔毛について。

「高麗」(こま)とは一体なんなのか?
日本では、王朝が交代しても、そのまま呼び続けることがしばしばあります。しかも範囲が広い。
「高麗」は現在の朝鮮半島を指す概念として、長らく使われてゆきます。中国は「唐」(から)です。
「高麗」や「唐」は判定が曖昧なので、例えば他国の人や物が、朝鮮半島や中国経由で届けても、そうなってしまったりする。

こちらの「高麗人」来着に関して。
「内裏では源雅信卿が「高麗人(こまびと)の船が筑前に来着した件でございますが・・・」と円融帝に上奏しています。
太宰府からは万事滞りなく帰国したとの知らせが来た様です。
しかし帝は気分が悪そうにしています」
とまずドラマでの展開が紹介され、高麗人と思わしき異族の船が現れる事が多くなったこと、長徳三年(997年)には高麗人が対馬・肥前・壱岐・肥後・薩摩・大隅など九州全域を襲い、民家への放火、家財の略奪などが起こり、男女300名が攫われたということが説明されています。「長徳の入寇」と呼ばれるもので、恥ずかしながら私、地元の歴史でありながら、これを入れるのを忘れておりました。
新羅の入寇と、それに続く侵攻(長徳の入寇はこれに該当)について書かなければと思ってはいた、のですけどね…。

尚長徳の入寇ですが、高麗人だけでなく、奄美の人々が関与したという説もあります。藤原実資は、高麗人だとしているようですが。

例えば「檳榔毛(びろうげ)」の車。牛車の一種です。
この「檳榔毛」とはヤシの葉です。
当然ながら京都近郊にあるはずなく、貿易で取り寄せねばなりません。

『檳榔毛車(びろうげのくるま)』とは、白く晒した檳榔(日本の暖地に生息するヤシ科の常緑高木)の葉を細かく裂いた糸に屋根を葺いた牛車の事で、皇族や上級貴族や入内する女房、高僧も用いたとあり、枇榔は亜熱帯の海岸付近に自生するため、日本の南西諸島、小笠原諸島九州南部、四国南部でも自生し、日本でも自生していた可能性があるとあります。

武者さん、こういうのも少し調べてみるといいかとは思いますね。
そしてこれは私も指摘していますが、凡ミスと言えばそうなるでしょうか。名前の間違いです。

母は、大人になれば母の気持ちも、父の気持ちもわかるようになると言っていた。けれども、わからない。
突き詰めて考えると幸せになれない、可愛くないと宣孝が続けても、宣孝様にかわいいと思われたくないとまひるは即答。
嗚呼、面倒臭い……。

「まひるではなく『まひろ』です」とあります。

あとSNSの件やジェンダー論、そして視聴率に関しても書かれていますが、こちらでは割愛します。無論たけたけさんも色々調べたうえでの執筆で、興味を惹かれますので、すべてを読まれたい方は、この投稿の最上部にありリンクからアクセスされてください。しかし視聴率と言えば、低いのは当たり前とした後で、でも総合視聴率やNHKプラス再生がいいのだろうと書くのかと思っていたら、過去の女性軽視の大河が悪いと、かなり斜め上のことが書かれているのには驚きでした。
私は、嫌いな大河がこうだったら大喜びなのでしょうねと書かせて貰っています。

それから、まひろの歌に関してですが。

下級貴族らしい男性(急ぎのお客ですね)の紙には『ちりゆきてまたくる春はながけれど いとしき君にそわばまたなん』、麻彦という庶民の男性の最初の木の板には『いまやはや風にちりかふ櫻花 たたずむ袖の ぬれもこそすれ』、2度目の木の板には『寄りてこそそれかとも見めたそかれに ほのぼの見つる花の夕顔』とあり、NHKによると1首目と2首目は、いずれも芸能考証担当の友吉鶴心さんによる創作の和歌、最後のは、光源氏が夕顔に贈った歌とあります。

友吉さんと言えば、『どうする家康』の琵琶法師を思い出します。

それからまひろの仕事について。実際はもう少し色々書かれていますが、ここではその当時文字を書けない人のために、代わりに文字を書く「筆耕」という職業が認識されていたとの由。今でも筆耕士という職業がありますが、こちらは表彰状や感謝状、さらには式辞や目録、宛名といった毛筆文字を専門に書く職業をさしています。


飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2024/01/20 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

福岡城あれこれ その17(福岡場内の祠と冬至祭とユール)

『どうする家康』第47回では、茶々が祠で家康の無事を祈願します。そして今回は、まず福岡城内の祠である、相御殿(相殿)跡についてです。

福岡城内の足跡(表示石)を訪ねて(その5)~相御殿跡~
(福岡城・鴻臚館公式サイト、今回もリンクが長いので短縮しています)

この相御殿には、聖照権現と水鏡権現が祀られていました。前者は初代藩主黒田長政を祀る神殿で、六代藩主黒田継高は、自分の代で黒田家の(男系の)血筋が絶えることから、祖霊の祭祀を行うべく祠を建てたとされています。また水鏡権現は、藩祖黒田如水(官兵衛)を祀るもので、聖照権現が建てられた際に合祀がかなわず、その数年後に勧請されたと伝えられています。

この相御殿への参拝は、忌日(命日)の参拝の他、年始、新穀、冬至など季節の賀礼に加え、新藩主の帰国・着城、参勤交代などの際にも行われていました。

明治維新後は廃藩置県や廃城令により、黒田家も城外退去となり、聖照権現と水鏡権現は、有志の手によって城下の小烏(こがらす)馬場、吉祥院跡に移されます。現在の中央区警固神社付近です。ここは光雲(てるも)神社と改称され、その後明治42(1909)年に荒戸山の東照宮跡地に遷座されます。この荒戸山は今西公園となっていますが、神社は西公園の敷地には含まれていません。

尚「光雲」は、如水公の諡号龍光院殿、そして長政公の諡号興雲院殿から一文字ずつを貰ったものです。
こちらも置いておきます。

神になる殿様
(福岡市博物館アーカイブズ)

ところで小烏という名ですが、かつて福崎の丘陵地にあった警固神社が、福岡城築城により、現在の天神の地へと移ります。この時小烏神社も合祀されたものの、その後また元あった地に戻っています。この一帯は古小烏(ふるこがらす)という町名になっており、場所としては薬院と桜坂の間、警固にも近い地域です。

で、この相御殿の参拝ですが、冬至にも参拝されるとあります。冬至は元々一陽来復の意味があり、縁起がよいとされていました。

日が再び巡ってくるという意味で、日本のみならずヨーロッパでも祝われており、北欧の冬至祭であるユールが、クリスマスの原型になったとも言われています。(元々イエスの誕生日は夏とされています)

このためユールには呪術的な意味合いもあり、この時期に暖炉で燃やす薪(ユール・ログ)はクリスマスの間中燃やし続けることで、その家の人たちを悪魔から守ると言われています。またこの時期は、オーディンが祖霊を連れて戻って来ると信じられていました。

そしてこの時期は、帰ってくる先祖たちのために、御馳走(ユール・ボード)を作る習慣もありました。この辺り、日本のお盆と多少つながるものがあります。しかしこの祖霊を連れて、愛馬スレイプニルで空を駆けるオーディンの飛行も、後には西洋版百鬼夜行とも呼ばれるワイルドハントとなってしまいます。

とは言えその一方で、スレイプニルの脚が8本であったことから、サンタクロースのソリを引くトナカイは8頭であるとなり、またクリスマスストッキングも、スレイプニルのために干し草をブーツに入れておくと、翌日子供たちの好きな物が入っているという話に由来するなどとも言われてもいます。

本来キリスト教の祭であるクリスマスも、ユールログやこういう点は、かなり土着信仰と結びついていると言うか、逆にそういう信仰や伝統をベースにした部分はあるでしょう。クリスマスツリーも、ゲルマンの樹木信仰との関係が指摘されてもいます。

冬至つながりで多少脱線してしまいました。しかし太陽の復活を喜ぶのは、洋の東西を問わずと言えますし、それが様々な形で人々の信仰につながっているのは、興味深いと言えます。


飲み物-ワインと暖炉
[ 2023/12/17 02:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

聖ルシアの日

12月13日は聖ルシアの日です。しかし聖ルシアと言っても、あまり知られていないのではないでしょうか。

4世紀に殉教した聖女で、英語の「ルーシー」の名もこれに由来し、かの『サンタルチア』もこの聖女にあやかっています。また、ノーベル賞授賞式がこの時期行われるストックホルムでは、白いドレスを着てロウソクを立てたリースをつけ、ルシアに扮した少女たちが、13日の朝、ホテルの受賞者の部屋に、朝食を持って訪れることで有名です。

しかしスウェーデンでこの風習が広まったのは、19世紀と意外に遅く、クリスマスの訪れを告げるものという意味合いがあるようです。スウェーデンでは学校やオフィス、ショッピングモールなどを練り歩いて、サフラン入りのパンや神社―クッキーなどを手渡すのが一般的で、少女のみならず白い服を着た男の子も加わったりします。

スウェーデンをはじめフィンランド、デンマーク、イタリアやアメリカの一部でも行われています。

イタリアの場合、良い子にはプレゼント、悪い子には石炭をくれる聖女という伝承があります。これはヨーロッパの一部で行われている、聖ニコラウスの日の風習に似ています。また国によっては、クリスマスでなくこの聖ニコラウスの日に、プレゼント交換をすることもあるとの由。


飲み物-キャンドルとワイングラス
[ 2023/12/14 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

白内障と料理長、そしてヒロインたちの失敗

『どうする家康』第44回で、本多忠勝が書状を読みづらそうにするシーンが出て来ます。あらすじと感想では、老人性白内障かと書いていますが、一口に白内障と言っても様々なようです。外傷によるものや糖尿病によるもの、さらにアトピー性皮膚炎が原因というケースもあるようですし、それ以外に薬剤によって起こることもあります。

白内障と言えば、個人的に『ダウントン・アビー』を思い出します。以前もちょっと書いてはいるのですが、グランサム伯爵家のパットモア料理長がこれにかかり、お客に出すローストチキンを取り落として、猫に持って行かれそうになったり、イチゴに砂糖と間違えて塩をふりかけ、そのまま出したりしています。

この砂糖と塩を間違える件、その前に『若草物語』が登場しており、どうもこれが伏線のようでした。と言うのもこの物語で、4人姉妹の次女ジョーが、やはりイチゴをお客に出す時、添えるクリームに砂糖ではなく塩を入れてしまう場面があるためです。

もちろんジョーの方は目が悪いわけではなく、間違えたというのが正しいのですが、これと似た場面が『赤毛のアン』に登場します。この時は、アンが風邪でにおいがわからず、バニラエッセンスと間違えて、痛み止めの薬をケーキに入れてしまう場面が登場します。もちろんぱっと見にはわからないため、お客である牧師夫妻にそれが勧められます。

しかしお客の反応がおかしいため、間違えて薬を入れたことが判明します。他にもダイアナに間違えて果実酒を飲ませて酔わせたりもしたこともあります。また時に彼女の想像癖が災いすることもあり、パイをオーブンに入れたまま黒こげにしてしまうなどとというのもありました。

ちなみにこの時のアンの想像なるものが
「私は魔法をかけられたお姫様で、寂しい塔へ閉じ込められているところへ、ハンサムな騎士(ナイト)が真っ黒な駿馬に乗って救い出しに来てくれるのよ」
(松本侑子訳、文春文庫)
この当時(19世紀後半-作品中でヴィクトリア女王がカナダの君主であることから)らしいファンタジーと言うべきなのでしょうか。この後でも、アーサー王物語をベースにしたテニスンの詩が登場したりしていますね。


飲み物-冬のティータイム
[ 2023/11/27 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

感謝祭そして七面鳥にまつわることをいくつか

11月23日は日本では勤労感謝の日ですが、アメリカでは感謝祭(サンクスギビング)です。アメリカの場合、特に日にちが決まっているわけではなく、11月の第4木曜日とされており、今年はたまたま同じ日となっています。

さて、クリスマスやハロウィンに比べて馴染みが薄い感謝祭ですが、これは北米大陸独自の行事とも言えそうです。ちなみにカナダでも行われていますが、こちらは10月です。

元々この感謝祭、アメリカンセンターのサイト(https://americancenterjapan.com/aboutusa/monthly-topics/2060/
によると、アメリカに渡ったピューリタン(分離派)が、その地で先住民のワンパノアグ族と出会い、彼らからこの地での生活を教えて貰うことになります。そのワンパノアグ族は1年を通じて、この地がもたらす多くの恵みに感謝する祭事を行っていました。

そして入植者たちも、本国で収穫祭を行っており、またこの新しい地で多くの恵みを得たことから、感謝の祝宴と祈りのための日を決め、ワンパノアグ族の首長マサソイトを招待し、マサソイトは他の90人の先住民と共に、彼らを訪れたとされています。

なお言い伝えによると、入植者の収穫物と共にあぶり焼きにするため、七面鳥と鹿肉を持って宴に参加しています。それ以外にも魚介類やコーンブレッド、スクワッシュ、ナッツ、クランベリーなどの食物が持参されました。入植者たちは先住民から、クランベリーや様々なトウモロコシ、スクワッシュの料理法を学んだと言われます。このスクワッシュは西洋カボチャで、ランタンを作るためのパンプキンは、ペポカボチャ(種が食用になる)と呼ばれます。

この最初の感謝祭には、先住民がポップコーンを持ってきたとも言われています。

先住民が七面鳥を持って来たことから、七面鳥は感謝祭のシンボル的存在となりました。しかしクリスマスも七面鳥とよく言われますし、この辺りどうバランスを取るかになりそうです。昔はもちろん野生の七面鳥ですが、今は食用のための改良が進んでいます。一般的に脂身そのものは少ないです。パサつくとよく言われますが、これは調理の仕方次第と言えるようです。

ところで七面鳥と言うと、この曲を思い出す人もいるでしょう。
以前も感謝祭関係でこれを取り上げたことがありましたが再度。


但し「オクラホマミキサー」は、この曲を使ったダンスのことであり、曲のタイトルではないようです。曲のタイトルは、あくまでも『藁の中の七面鳥(Turkey in the straw)』です。

NBCのドラマ『ザ・ホワイトハウス』では、「恩赦の七面鳥」のために広報官のCJ・クレッグが、農場から借りた2話の七面鳥を、人前でビビらず、フラッシュに驚かないように調教するシーンがありました。また、1990年にイラクのクウェート侵攻でアメリカ軍が派遣され、当時のジョージ・ブッシュ大統領が兵士の激励に現地を訪れた時、この七面鳥が振舞われたそうです。無論軍隊での食事ですから、あらかじめ切り分けた七面鳥のローストが振舞われたようです。感謝祭が選ばれたのは、イスラム教の国に配慮して、キリスト教色が薄いこの行事の日が選ばれたとのこと。

あと、以前『少女レベッカ』と言う小説について書いていますが、ここでも主人公のレベッカが親友のエンマと共に、石鹸を売ってランプを貰おうとしているシンプソン家の子供たちを手伝って、石鹸の行商に行く場面がありました。実際この行事は分かち合いの精神があり、ホームレスの人々などに伝統食を提供するならわしもあるとの由。

今は日本でもブラックフライデーが盛んになっていますが、元をただせばこのブラックフライデーは、感謝祭の翌日の金曜日で、感謝祭関連グッズが値引きされて大放出される日でした。アメリカ式感謝祭が一般的でなくても、ブラックフライデーは確実に広まりつつあります。

しかし祭日というのはある意味セットになってもいます。この感謝祭とブラックフライデーもそうですが、クリスマス前のアドベントや、復活祭前のレントなどは物忌み期間と神の降誕または復活という流れになっています。で、このレントの前にはご馳走を食べて大騒ぎし、節制の時期に備えるわけですね。

あとクリスマス、これはまた書ければと思いますが、元々土着の冬至の祭りと一緒になったこともあり、呪術的な要素がかなり感じられます。日本でも、かつて冬至の祭りというのが存在しましたが、それもまた歴史関連投稿で。


飲み物-冬のシードル
[ 2023/11/21 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『葵 徳川三代』の関ケ原4(小早川の寝返り)

またも『葵 徳川三代』の関ケ原のシーンについてです。
小早川秀秋の寝返りについて、そしてそのための調略があったこと、合戦の最中でも東軍から要請が来たことなどは、もちろんこの大河でも描かれています。ただこちらでは、調略シーンもさることながら、合戦シーンを主に見せる作品であることも関係しているのか、所謂聞き鉄砲が行われ、その結果寝返ったという設定になってはいます。

これによって大谷吉継勢は劣勢に立たされ、吉継(刑部)は自害することになります。ただ小早川勢だけでなく、朽木、脇坂、小川そして赤座の隊も寝返り、吉継の隊は壊滅状態となっていたようです。

葵徳川三代大谷吉継
『葵 徳川三代』大谷吉継の自刃(録画映像より)

一方こちらは、寝返りを宣言して戦場へ赴く小早川秀秋です。
(録画映像より)
 葵徳川三代小早川秀秋 

ところでこの小早川秀秋が羽織っている衣服、所謂陣羽織ではなく、マントまたはケープに類したものと思われます。南蛮式陣羽織とでも呼ぶべきでしょうか。
同じ時期、ヨーロッパにはタバード(タパード)という物がありました。これも一種の陣羽織的な衣服ですが、脇が開いており、かぶって着用します。

こちらがそのタバードです。
17世紀の物ですが、先日も投稿で採り上げた『三銃士』とほぼ同じ時代で、三銃士やダルタニャンが着ている紋章入りの青の制服も、このタバードです。

17世紀タバード
(Wikimediaより)

他に伝令官(ヘラルド)などもこのタバードを着ていました。

それから以前、『葵 徳川三代』の関ケ原2(+西洋社会の騎士道と戦い)で「山に山、麾に麾」について書いた時、この人物をご紹介していませんでしたので、改めて。
京極高知公(京極高次弟)です。実は福島正則、黒田長政、藤堂高虎それぞれの隊の後、4番目がこの人の隊でした。ここで井上正就が「合言葉」とまず呼びかけ、「山に山」と返したため、正就は後を引き取って「麾に麾」と口にするわけです。(録画映像より)

葵徳川三代京極高知
[ 2023/11/14 00:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『三銃士』アトスとグリモーの酒宴

気温が下がって来ていますね。体調にお気をつけください。

実は『葵 徳川三代』の関ケ原について書こうかと思ったのですが、前回の『どうする家康』での、岐阜城攻め後の福島正則の飲みっぷりを見て、『三銃士』でワインを樽から直に飲む箇所を思い出したため、今回はそれについてです。とは言え実はその本が今手元になく、フリーで読めるサイトからのものです(江口清訳)。

「けがをしているのか?」と、彼(注・ダルタニャン)はたずねた。「おれがかい? いや、どこもしておらん。ただ、ひどく酔っぱらっている。それだけさ。これだけ精だして酔っぱらったやつはおるまいな。おい、亭主、よかったぞ! おれだけで、百五十本は飲んだにちがいない」「ああ、情けない!」と亭主は叫んだ。「これでご家来がその半分も飲んでいたら、いよいよ身代限りだ」「グリモーは、たしなみのいい従僕だ。あいつは主人と同じものには、けっして手をつけん。樽《たる》からじかに飲んでいた。おや、あいつ、栓《せん》をしめ忘れたらしいぞ。聞こえるだろう? 酒が流れだしている」 ダルタニャンは、声をあげて笑った。

要は、王妃の首飾りを取り戻しにイングランドに向かう途中、三銃士+ダルタニャンの4人が、喧嘩を売られたとか負傷したとかで1人また1人と落伍して行き、最後にダルタニャンと残ったアトスも、居酒屋で撃ち合いになり、最終的にダルタニャンと従卒のプランシェだけが、取り戻しに向かうわけです。

で、2人が無事に役目を果たした後、仲間たちに会いに行くことになります。しかしこの中でも一番真面目そうで、しかも威厳を感じさせるアトスが撃ち合いのあった宿屋の酒倉に立てこもり、しかも従卒のグリモーを武装させて連れて来いと言い出します。そして連れてきたら連れて来たで2人とも酒倉に立てこもってしまい、上記の引用部分のような展開になってしまうわけで、アトスの意外な一面を感じさせるものです。そしてここでグリモーが、樽から直接ワインを飲んでいるという描写があるのですが、小さいサイズの樽なのか、大きなサイズの樽に直に口をつけて飲んでいるのかは不明です。

しかも食料は差し入れさせるわ、酒蔵に主人や従業員が入ろうとしたらピストルをぶっ放すと言われるわで、酒倉には食料があるのに取りに行けず、商売上がったりとなっていたわけです。そして最終的にダルタニャンまで、このアトスとグリモー主従の「酒宴」に加わることになり、今度はアトスは、今度は自分の妻だった女性について冷静に語り始めるわけで、一体どうやって気持ちを切り替えているのか不思議なものです。

これに関して、結構彼らのやっていることが「クズ」だと書かれたnote記事があって、確かにうなずけるものがありました。恐らくこの当時、彼らはおおっぴらに飲みもするし、愛人にしてくれている貴婦人から小遣いを貰って、賭け事に使うということもあったでしょうから、今の基準からは外れるものの、そう珍しくはなかったのかもしれません。
(日本でも戦国時代などはそうでしょうし)

ただ真面目人間風のアトスをここでキャラ変させてしまう辺り、これは作者(デュマ・ペール)の意図的なものでもあったのでしょうか。

飲み物-ワインと樽2
[ 2023/11/13 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud