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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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小説の中のクリスマス

クリスマスについては今までも何度か書いていますが、今回は今までご紹介した北米の小説の中で、クリスマス関係の記述についてです。まず『赤毛のアン』ですが、カルヴィニズムの一派である長老派のためか、あまり大々的にクリスマスを祝う場面は、私の知る限り登場しません。また『少女レベッカ』も、クリスマスを華やかに祝う場面は、私が読んだ分では出て来ません。無論少年少女向けということで、いくらかアレンジされているかとは思います。

一方で『若草物語』ではクリスマスのご馳走と思しきものは出て来ますが、母の意向で、それを貧しい人たちに上げてしまいます。さらに『あしながおじさん』では、1年生の時は寮に残り、2年生でサリーの家に招かれて、家族の人たちと本格的なクリスマスを過ごす描写が出て来ますが、この時あしながおじさんからのお金で、新しいドレスを買っています。尚3年生で訪れたジュリアの家は、お金持ちではありますが、主人公のジュディは精神的にはあまり満たされなかったようです。

ただプレゼントを貰う、あるいは交換するという記述は多く出て来ます。アンはマシュウから茶色のパフスリーブのドレスを貰っており、ダイアナの大おばのジョセフィンからは靴を貰っています。この大おばさんとの出会いは、この人が寝ているとも知らず、ダイアナと2人でベッドに飛び乗ったのが発端でした。後でこの人の家というか邸宅に2人は招待されますが、アンは自分が夢に描いていた家そのままで、嬉しいというより気おくれしてしまいます。

また『若草物語』では聖書を皆貰っています。19世紀半ばのプロテスタント諸派、特にピューリタニズム的な価値観が窺えます。レベッカは以前あらすじをご紹介した時書きましたが、ミランダ伯母さんから毛皮の防寒具を、ジェーン伯母さんからは緑のドレスを貰い、また伯母さんたちにもプレゼントを上げていますし、アラジンと呼ぶアダム・ラッドからはネックレスを貰っています。

あと『やかまし村』シリーズについても以前ご紹介していますが、このシリーズの舞台であるスウェーデンのある村のクリスマスは、まず小鳥たちのえさを準備し、子供たちがショウガ入りのクッキーを焼くところから始まります。そしてクリスマスにはご馳走がテーブルに並びますが、かつて祖霊を迎えるために用意されたユール・ボードを思わせます。メインは北欧のクリスマスには欠かせないハムですが、それ以外にも色々な料理が並ぶようです。肉団子(イケアのミートボールを連想させます)もあるし、あとお米のプディングを食べる時は詩を作る習慣もあるようです。


飲み物-冬のシードル
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[ 2022/12/25 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 85その5

『武将ジャパン』大河コラム、第47回関連記述への疑問です。今回はMVP(北条政子)と総評です。尚、先日「鎌倉殿の13人」を「倉殿の13人」としていましたので、訂正しています。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第47回「ある朝敵、ある演説」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/12/172451


何でも義村役の山本耕史さんが、北条政子を本当は演じたかったようですが、どうも演説があるからというのがその理由らしいということで、

1.シェイクスピアの『ヘンリー五世』には「聖クリスピンの祭日の演説」というものがあります。
この中に出てくる”a band of brothers”(幸運なる兄弟団)はドラマのタイトルとして日本でもおなじみですね。
これがイギリス人にとってはものすごく特別でして。
百年戦争はイギリスとフランスにとっては愛国心を刺激するものでもあります。
フランスならばおなじみのジャンヌ・ダルク。そしてイギリス人はこのヘンリー5世の「聖クリスピンの祭日の演説」が愛国心の象徴です。ヘンリー5世でなく、考えたのはシェイクスピアですが。
イギリス人の役者ならば、舞台でどうしても一度は読みたいこの演説。

とあり、その次に
「それに匹敵するものが何かといえば、この政子の演説といえる。
そこを踏まえると、そりゃ山本耕史さんだって演じたくなることでしょう」
とあるのですが、こう書くのであれば、まず聖クリスピンの祭日の演説の何たるかを手短に紹介し、イギリス人の役者なら読みたいこの演説は、政子の演説に匹敵するかもしれない、ならば山本さんがそう思うのもむりからぬ話だと締めくくればいいのです。しかしその間に、関連情報が長々と入り過ぎている嫌いがあります。

三谷さんが、和田義盛を『ヘンリー5世』のフォルスタッフになぞらえていたことは以前書いています。
実はかなり前ですが、ケネス・ブラナー主演の映画『ヘンリー五世』で、ハル王子の頃のヘンリーが、酒場でフォルスタッフと一緒にいるシーンがありました。この時もこの演説が確か出て来たかと思います。私としてはなぜか、キャサリン王女が侍女に英語の発音について聞きたがるシーンが印象に残っています。

あとband of brothersですが、ナイルの海戦の時でしたか、ネルソン提督がやはり演説で引用していますね。

2.古今東西、歴史的な名演説やフレーズはあります。
(中略)
しかし、日本史だといまひとつ思い浮かばない。その例外がこの政子の演説なのですが、悪条件が重なっておりまして。
・上皇を倒す朝敵宣言であり、皇国史観からすれば讃えられない
・女のジェンダーロールをはみ出している
・女が武士の世の初期にいて、将軍として振る舞うっていうのは……
・北条政子がフィクションの題材にそこまで頻繁にならない
などなど、不都合な史実ゆえに過小評価されていたと思えます。

とあります。仮に演説がなくても名言はあると思うのですが。
そして政子が批判されたのは江戸時代で、婚家である源氏でなく実家である北条氏を優先したとか、妾を多く抱えていた夫頼朝に対して嫉妬深かったというのが、理由として挙げられるかと思います。実際彼女が尼将軍として実権を持ったのは、江戸時代以前はそこまで低評価ではないはずです。

そして上皇を倒すのではなく、朝廷軍を破るとか、上皇を惑わす側近たちを誅するということではないでしょうか。

3.むしろ東洋ならではの女性統治が発揮されていることもあり、かつてアジアにも女性君主がいるという認識は広まっています。
中国の武則天。
韓国の善徳女王。
じゃあ日本は?
となるとこれが空白でして、ドラマも放送されないし、ゲーム『シヴィライゼーション』でも実装されていない。
その空白に、なんとしても北条政子を選んでいただかねばならない、世界に通用する政子は急務だと考えていました。
そしてこの演説、これ以上何も望むものはないと思うほどでした。
絶対に素晴らしいものになると信じてはいた。それを上回ってきた。全てがただただ完璧で、何も言えないほど見事でした。

その空白部分ですが、この武則天とか善徳女王と同じ、あるいは近い時代だと持統天皇とか、あるいは光明皇后などではないでしょうか。なぜ北条政子なのでしょうか。
そしてこの演説にしても、あらすじと感想、そしてこの『武将ジャパン』関連の投稿にも書いて来ましたが、私としてはちょっと如何なものかと思わせるところがありました。武者さん、三谷さんの脚本でなければ、
「絶対に素晴らしいものになると信じてはいた。それを上回ってきた。全てがただただ完璧で、何も言えないほど見事でした」
などと書いたでしょうか。

それから福沢諭吉が江戸無血開城を批判した件を引き合いに出して、この演説シーンは江戸幕府崩壊を反転させたようだとしています。が、ちょっとその前に

4.今回は武士の忠義が育ち、綺麗な花を咲かせたことを確認する回です。
このドラマでの頼朝は、今後は忠義が必要になると説いていました。
そうして頼朝が蒔いた種子が育ち花を咲かせたからこそ、政子の言葉が慈雨のように降り注ぎ応じた。そういう局面に見えたのです。

ここで忠義がどうこうとありますが、これと江戸時代の忠義とは同じでしょうか。この当時はもっと打算的であったと少し前に書いています。寧ろ三谷さんなら

御家人A「尼将軍がああ仰ってるけどどうしようか」
御家人B「俺は恩賞が大きい方に付く」
御家人C「執権の息子(泰時)はああ言ってるけどよ、上皇様が恩賞下さるのなら、俺朝廷に付くぜ」

などというシーンがあっても不思議ではなかったと思うし、実際武田の息子辺りにこういうのやってほしかったですね。

そしてその江戸幕府の反転云々ですが、

5.実は徳川慶喜は、鳥羽・伏見の戦いの前、名演説をしています。
憎き薩摩相手に戦え、ともかく戦え、私もそうする!
戦えともかく戦え、私もそうする!
そう鼓舞して家臣たちを奮い立たせたのですが、実際は詐欺同然のスピーチでした。
慶喜は、自分だけ愛妾を連れて大坂から軍艦に乗ると、さっさと江戸へ戻って引きこもり、戊辰戦争で国が無茶苦茶になる中、静かに息を潜めていたわけです。

この時は鳥羽伏見での衝突と敗戦の後、城中では血気にはやる者が多く、大坂城内での収拾がつかなくなり、結局自らの政治生命を投げ出すつもりで大坂を去ったわけですね。無論この時は妾だけではなく、松平容保や松平定敬も一緒でした。

6.鎌倉幕府と江戸幕府の危機を分けたものは魂ではなかったか?
そう思えてくるのです。
三谷さんのくせなのか、私がとらわれているのか、わからなくなってくるのですが、『真田丸』の最終回でも幕末を思わせる仕掛けがあって、歴史の連続性を感じてしまいます。
三谷さんは、次の大河はもっと遡った時代にしたいそうなのですが、もう一度、幕末明治に挑戦していただきたい。

なぜ、そうなるのでしょうね。
鎌倉幕府という武士の時代の黎明期と、幕末という武士の時代の終焉を、同じ基準で論じられるのでしょうか。
それと『真田丸』の最終回の「幕末を思わせる仕掛け」て何ですか。こういうのは具体的に書くべきでしょうね。
あと三谷さんの次の大河て、もう決まっているのですか。悪いけど一旦これで終わりにしてほしいです。レアな時代を三谷カラーに染めることが、必ずしもいいとは言えないと思うので。

7.承久の乱を描いているけれども、同時に江戸幕府が滅亡しないIFシナリオを展開していると申しましょうか。
三谷さんは日本人が失った武士の持つ何かをドラマの中に甦らせる――そんな終わりのない作業を繰り返しているようにも思えます。

何ら具体性がないので、文章の意味がよくわからないのですが。それと
「日本人が失った武士の持つ何かをドラマの中に甦らせる」
と言うのも、結局何を言いたいのかよくわかりません。私としては、三谷さんお得意のコント的展開、会話劇の多さが今回も繰り返されたと思うし、それに対してやや食傷気味になってはいます。それと武者さんは江戸幕府にご執心のようですが、貴方が好きな北条政子が悪女とみなされるようになったのは、その江戸時代なのですが。

しかしこういう文章を見ると、どうも「贔屓の引き倒し」という言葉を思い出してしまうのですが。

飲み物ーホットワイン
[ 2022/12/18 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』ナレ担当の決定、そして『鎌倉殿の13人』をちょっと振り返ってみます

まず『どうする家康』のナレが、寺島しのぶさんに決定したようです。

「どうする家康」語りは 寺島しのぶさんに決定!
(『どうする家康』公式サイト)

寺島さんと言えば、『龍馬伝』の龍馬の姉・乙女が懐かしいです。それにしても記事中にある「語りの“中の人”」とは何なのでしょうね。

さて『鎌倉殿の13人』はいよいよ承久の乱、後鳥羽上皇隠岐配流と義時の最期を残すのみとなりました。これがどのような描き方になるのかはともかくとして、今まで観て来て思ったのは、やはり良くも悪くも三谷さんの大河だなと言うことでした。(ちょっと批判的になります)

それも今までは敗者の物語であり、特に『真田丸』は、犬伏の別れで父親と次男、長男がそれぞれ別の人物に付き、敗北を経て九度山で再起を目指すことになるわけで、いくらかの飛躍(「幸村」の命名など)があっても納得できるものもありました。しかし今回は勝者の物語であり、敗北から再起することによる感動というのはやはり生まれにくくはありました。

そのせいもあって、義時をかなりダークな人物に仕立て、三浦義村を相棒的存在に持ってくる一方で、周囲の、たとえば政子や泰時などは、どちらかと言えば理想論を持ち出す人物として、いくらか中和させているかなという印象があります。ただこれまでも書いていますが、政子は実朝が死んだ時点で腹をくくり、義時と同盟してもよかったかと思います。

逆に、義経が追われる方が従来の三谷大河らしさを感じさせもしました。それからやはり敗者である木曾義高の逃亡にしても、『吾妻鏡』にある通り、馬で木曾に戻る途中で討ち取られる描写でよかったかと思います。これだと木曾に戻って、兵たちを集めて父の敵を討とうとしている様子が伝わってくるのですが、こちらでは義時不信のため自分から、しかも無防備なまま抜け出したため、そういったひたむきさに欠ける嫌いもありました。

それとやはり平家の出番があまりありませんでしたね。この平家もまた敗ける側であり、描き方によっては三谷大河らしい敗者の抵抗が出せたかと思うのですが。やはり三谷さん、今回は、勝者が己のしたことを悔いるストーリーにしたいのでしょうね。

ところで三谷さん、NHK出版の『鎌倉殿の13人』完結編で、
「シェイクスピアは日本の鎌倉時代を知っていたんじゃないかと思うくらいに、彼の作品とこの時代はぴったり合うことが分かりました」
とあり、確かに幾分似通ったところはあるかと思います。

それに続いて、和田義盛と源実朝は『ヘンリー5世』のフォルスタッフとハル王子、公暁は『ハムレット』、そして三浦義村は『オセロ』のイアゴーにそれぞれなぞらえられています。しかしフォルスタッフやイアゴーはともかく、私としては、公暁はどう見てもハムレットには見えないのですが…。

あとパペットホームズに出演した俳優さん、声優さんもいましたね。これについてはまた改めて。


飲み物-テーブル上のマグのビール
[ 2022/12/11 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 82その2

『武将ジャパン』大河コラム、第44回後半部分関連記述への疑問点です。


鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第44回「審判の日」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/11/21/172147

1.空々しく公暁が反論しても、八幡宮の別棟として、鎌倉殿を支えることが天から与えられた道だと諭します。

些細なことではありますが、「別棟」ではなく「別当」ですね。昨日の「馬を用意している」(実際は「蓑を用意している」)もそうですが、この手のミスが今回もいくつかありますね。

2.圧倒的な北香那さんの演技。感動が押し寄せてきてたまりません。
彼女は、権力などどうでもいい。我が子を愛したい。そんな母親です。実衣やりくとは違う。

出演者の評価ならここでやるのではなく、後の総評の方でやってもいいかと思います。それとつつじの場合、権力を持とうにも持たせてもらえなかったのも事実で、だからこそ息子への愛を貫くことができたのでしょう。

3.当初の薄緑色の衣装を着て、ニッコリ笑っていた義時はもう遠い。
誰が見ても悪くなったからこそ、こんなやりとりに説得力があります。脚本を書く側と、演じる側。その双方に信頼関係がなければこうはいかないと思います。
義時は悪いけど、三谷さんと小栗さんの関係はとても善いと思います。

「脚本を書く側と、演じる側。その双方に信頼関係がなければこうはいかないと思います。義時は悪いけど、三谷さんと小栗さんの関係はとても善いと思います」
どの大河でも脚本と主演とは、大体こういう関係ではないのでしょうか。それと、こういうのもあらすじの途中で書くべきなのか、どうか。

4.雪の朝。
義時が政子と対峙しています。

この1月27日、朝はまだ雪は降っていないはずです。警備担当の時房が空を仰いで、降らなければいいのだがと心配しているシーンがあり、午後、政子と実衣が出かけようと言う時になって雪が降り始めていますね。しかもこの後で、
「夕方に降り始めた雪が積もり始めています」
ともあり、何か矛盾しているように見えます。

5.「正しいと思った道を選んでここまでやって来た。そうではないのですか。今さら誰に何を言われようとひるんではなりません。私たちは正しかった。いつだって」
闇そのものがうずくまっているような義時の顔。存在感。
言葉とは裏腹にまっすぐな気持ちがまるで感じられないのは、先ほどの実朝と比べてみるとよりわかるでしょう。

「まっすぐな気持ちがまるで感じられない」
だから何なのだ、と思うのですが…。この時代まっすぐに生きていたら生き残れないからこそ、幼なじみの御家人をも騙し討ちにし、北条の地位をゆるぎないものにしたわけであり、そして政子も本意か不本意かは別として、そのやり方を認めざるを得なかったからこそ、今の尼御台としての彼女があるわけでしょう。公式がそう言うのならまだしも、あまり闇闇言うのもどうかと思いますし、実朝はそれができず、なのに鎌倉殿という高い位置にいたからこそ、狙われるもととなったのですが。

6.なんせトウは、頼家暗殺の当事者です。仲章に口を割られたら一巻の終わりとなるかもしれない――そうした状況を踏まえ、必ず吐かせてみせると勝ち誇る仲章。

これ「口を割る」のは仲章でなく、トウではないかと思うのですが。それと仲章は、義時が頼家暗殺の黒幕と気づいてはいたでしょうが、トウが関わっていたことを知っていたでしょうか、恐らく刺客が自分を狙いにくることはわかってはいたでしょう。

7.これまで目立ってきた母親像が、損得ありきのりく、実衣、のえだったせいか、あまりに真っ直ぐな彼女たちには胸が痛くなるばかり。

別に損得ありきの母親でもそれはそれでいいのです。彼女たちもまた、のえ以外は夫とはそこそこ円満な関係であったはずです。逆に真っすぐでないからこそできたこともあるのですが、なぜか彼女たちのそういった部分を評価しませんね。それと実衣は、本当に権力好きなのか迷うところです、言ってはなんですがその割に才覚というものをあまり感じず、身内に守られて生きて来た感がありますので。

8.一方、北条義時は空っぽだ。
前半は散々「全部大泉のせい=頼朝が悪い」と言われていましたが、後半になると「主役は泰時ではない」と言われてしまう。

この後に新聞記事のリンクがありますが、その見出しには
「NHK大河「鎌倉殿の13人」いつの間にか主人公交代…小栗旬「義時」→坂口健太郎「泰時」へ」
とあり、「主役は義時ではない」が正しいようです。これもケアレスミスなのかも知れませんが。

9.便宜上、大河には主役がいますが、実際には群像劇であることも往々にしてある。

群像劇だから主役がいないわけではなく、それぞれのパートの核になる人物がちゃんといます。
群像劇大河の典型と言うべき『国盗り物語』(多分武者さんは観ていないでしょうが)には、
斎藤道三→織田信長
葛籠重蔵
雑賀孫市
といった感じで、異なったいくつかのパートで、メインとなる登場人物がいました。

10.そしてもうひとつ。義時には思想がない。
空っぽゆえに歴史上、果たすべき役割が入り込んでくる。ゆえに本人は空洞。

思想がないからこそ、ここまであれこれと策を弄することができたのでしょう。無論まだ思想も学問も不在ではありましたが、義時が体を張って世の中を安定させた後に、嫡子泰時がその部分を埋めることになったとも言えます。

11.それに反して泰時は、思想がある光秀と同系統の人物といえる。

それとこれとはちょっと違いますね。光秀は結局は主君を殺して墓穴を掘ったとも言えますし。『麒麟がくる』を出したいのだなとは思いますが。

そしてバーナード・コーンウェルの『神の敵アーサー: アーサー王物語』の説明、これが承久の乱につながるものがあるとして、やけに長々と書かれています。正直に言って、比較するにはちょっと…と思われるのですが、ここでは省きます。そしてここで気になったのが

12.アーサー王はイギリス人の国民的英雄なのに、神の敵とは何ごとか?
要するにキリスト教の上陸前、ケルト民族の神を信じているから「神の敵」なのです。

アーサー王は、元々はアングロサクソンではありません。ケルト民族の一派であるブリトン人とされています。ただアーサー王物語には、キリスト教の王として描かれていたりもします。

13.ゆえに、こういう心を掘り下げる作品は、今後、増えると思います。
役者さんは演じるにあたり、脚本を受け取って、この役はどういう心なのか考えて、水の中に飛び込むように入り込んで演じるのだと思います。
(中略)
そうして脚本の中に描かれた心と、演じる役者の心と、見る者の心が触れ合って、ハーモニーとなってずっと響いている。
そういう次元に、このドラマは到達していると思えます。だから面白くないわけがない。

私としては面白い部分もあればそうでない部分もあるし、殆どの大河、ひいては映像作品とは、観る人によって評価が別れると思います。武者さんがこう書くのは、三谷さんの作品だからと言うのも多分にあるでしょうね。

14.でも、そもそも戌の神様って?
今週でてきた十二神将像を調べていたら、困惑したので書きますね。
十二支とは?
中国の戦国時代以来のもの。
十二神将とは?
仏教由来で、干支と組み合わせた。
ちなみに中国と日本では異なります。
つまり、インド生まれの仏教と、中国生まれの十二支と、組み合わせたもの。それを日本人が独自解釈して敬っている。

十二神将は中国大陸伝来で、かの地では十二支と結び付けて信仰されており、日本でもそれにちなんで、十二支を採り入れた姿で表現されています。この十二神は、元々はインドの神話に登場する魔物で、中国大陸に仏教が入った際に十二支と結びついたという説もあります。いわでもですが薬師如来の守護神です。

で、その後
「もうこれだけ神がいるなら、義時もなんとかなりますって!」
前回の分では、酷い最期を期待と書かれていたのですが…。

飲み物-レッドビール
[ 2022/11/25 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(2)

今年もまたハロウィンについて

今年もハロウィンです。韓国で転倒事故が起こったようですが、ここもコスプレ大会的なイベントがあるのですね。一方日本では、昨年のハロウィンに妙な事件が起こったせいか、渋谷パルコがコスプレ客お断りの貼り紙を出しています。あとハロウィンと言えば、『ゲゲゲの鬼太郎』の「こうもり猫のハロウィン大爆発」という回を思い出します。

ところでこのハロウィン、これは前にも書いていますが、今は諸聖人の日(万聖節)前夜ではあるものの、キリスト教は無関係です。どころか当のキリスト教教会からは、異教的だと敬遠されることもあります-無論、すべての教会がそうだと言うわけでもなさそうです。元々はドルイド教の祭りであり、11月1日が新年に当たるため、その前日10月31日はいわば大晦日に当たります。またこの日は収穫祭でもあります。

ドルイド教の新年はサムハイン祭と呼ばれ、神々が人間に悪戯をすると信じられて来ました。そしてその前日の10月31日は、先祖の霊が地上に戻ると共に、魔物の力が強くなるとされており、これを避けるために篝火を焚く習慣がありました。「お菓子くれないと悪戯するぞ」も、この延長線上にあると言えます。

この「トリック・オア・トリート」も元々はアイルランド発祥で、後にアイルランド移民がアメリカに伝えたとされています。コスプレをした子供たちが、お菓子を求めて練り歩くさまは、非常にアメリカ的な光景でもあります。ジャック・オー・ランタンがカボチャで作られるようになったのも、アメリカに紹介されてからのことです。

野菜でこういうのを作ると言う点に、収穫祭の名残りを感じることもできます。あとイギリスではハロウィンもさることながら、その数日後のガイ・フォークスデイが有名です。映像作品、たとえば『シャーロック』などにも登場していますが、今NHKBSプレミアムで再放送されている『名探偵ポワロ』でも、この日は花火がうるさいから殺人にもってこいなどと言うシーンがありますね。

アメリカでは10月末にこのハロウィン、そして11月末に感謝祭(第4木曜日)、さらに12月のクリスマスと続きます。尚感謝祭も、元々は移民たちが始めたもので、宗教との関係はありません。ハロウィン同様『ピーナツ』に登場することもあります。そしてこちらは宗教絡みなのですが、この10月31日は宗教改革記念日でもあります。以前この日の学校の礼拝で、マルティン・ルターが作曲したとされる、『神は我がやぐら』を歌ったのを思い出します。

ハロウィン2
[ 2022/10/31 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第36回「武士の鑑」あらすじと感想-2

第36回「武士の鑑」後半部分です。


義時は行きかけて「しょんべんちびった」と言い、驚いた泰時がすぐに着替えを取りに行こうとするが、これは義時の冗談だった。

重忠は敵軍に義盛がいないのを見て、嚆矢を放つ。重忠が攻め入るのを実朝は懸念し、三善康信は数の違いに言及する。しかし八田知家は普通なら重忠の負けだが、御家人たちが畠山の潔白を信じ始め、身が入らずどう転ぶかわからないと言う。戦場では畠山軍が、和田の部隊が離れた所から自軍を攻撃していたのを目撃し、和田の兵に攻撃を仕掛ける。なぜわかったと義盛。

義時軍は正面から来る重忠を見て、守りを固めるように言う。そのため重忠は義時軍の背後に回り、泰時は太刀を抜いて応戦しようとするが、その重忠の後ろには義時がいた。2人は相まみえ、義時は刀身をへしおられたものの、今度は兜を捨てて再び重忠と争う構えを見せ、重忠も兜を脱ぎ捨ててこれに応じる。そして義時は馬上から重忠に飛びつき、2人とも地面に転げ落ちた。

歩兵たちがやってくるが、義村は誰も手を出したはならぬと制し、両者は短刀を抜いて応戦し合う。ついに両者は殴る蹴るの応酬となり、義時は何とか落ちていた短刀を拾い上げるものの重忠に奪われる。そして重忠は義時を仕留めたのか、ふらつきながら馬に乗り、その場を去った。

戦は夕方には終わり、時政は実朝に無事重忠の謀反を静めたと報告する。重忠はその後手負いのところを愛好季隆が射止めており、首が間もなく届くと時房が伝える。首を持ち帰ったのは義時で、重忠は逃げず、所領に戻って兵を集めることもしなかった。逃げるいわれ、戦ういわれがなかったからだと言い、ただ己の誇りを守ることのみに徹したと言うが、時政は面白くなさそうだった。その時政に義時は首実検を要求し、執権を続けて行くのであれば首を見るべきだと言い放つ。

大江広元も時政の強引さを批判し、御家人の間にも、重忠の無実を信じる空気が漂い始めていた。広元は誰かに罪を押し付けることを勧め、重成がその罪を被ることになった。時政は気乗りがしなかったが、最終的にはそれを受け入れ、重成は捕縛される。これは義時の策で、こうすることで御家人を時政から遠ざけようとしたのである。そして後始末は、自分で勝手に動き回った罰として義村にやらせることになった。

義村は時政の命令だと言って、重成の首を刎ねる。りくはこれで仇討ちができた、後は重成の分も長生きしていただくと夫に寄り添う。そして、これで畠山の所領は北条のものと言うりくに、時政は武功のあった者に分け与えるべき、皆の喜ぶ顔を見ていると心が和むと言うが、りくは不満げだった。一方義時は、所領の分配は政子に任せるという大胆な句を打ち出す。それでは政が混乱すると言う政子に、既に混乱の極みであると義時は言い、さらに重成の死に触れた政子に、命じたのは執権殿ですと義時は答える。

なぜ止めなかったのかと問う政子に、義時は、自分がそうするように勧めたからだと答える。重成は時政に退いて貰うための捨て石だった。恐ろしい人になったと政子は驚くが、すべて頼朝に教えて貰ったことだと義時は言う。父を殺すのではないかと政子は懸念するものの、義時は今の自分があるのは父のおかげだと言う義時。次の執権に就任するのかと訊かれ、自分が就任しては、そのために父を追いやったようでまずいと政子の就任を促す。

政子の執権職は、実朝が十分に成長するまでの限定的なものだった。政子も実朝には頼家の二の舞をさせたくはなかった。一方実衣は反発し、実朝に政治的実権を持たせないための策だと、実朝の前であるにも関わらず平然と言い放った。しかし実朝はこの討伐に責任を感じており、政子に一任することになった。一方で時政に関する訴状への署名は、かつての景時のそれをはるかに上回っており、いささかやり過ぎの感があった。

時政も自分が嵌められたことに気づくが、義時はこれはなかったことにすると言い、その場は何とか切り抜けるが、時政には御家人が反発するから、あまり前にに出るなと諫める。また恩賞の沙汰にしても、自分のまいた種と考えてくれと言い、時政は哄笑してやりおったなと言う。その後政子から恩賞が与えられるが、りくに取っては元々の執権である夫を差し置いてのこの行動が、如何にも面白くなかった。


まず「しょんべんちびった」などと言わせるのが、如何にも三谷さんらしくはあります。緊張をほぐす狙いもあったのでしょうが、戦場慣れしていない泰時は、かなり神経質になっているようです。そして和田義盛、自分たちだけあそこにいても、当然気づかれますね。

無論この当時の戦としては、このようなものでしょう。しかしどうも戦国大河の合戦のイメージを基準にすると、何だか陣形がばらけているようにしか見えないし、歩兵も足軽のように整然としておらず、正に武家政権の原初期の戦の一つの形ではあります。戦国期は戦が日常化することで、如何に効率よく戦うかが求められたことでかなりの変化を見せ、無論逃げること、撤退することもまた将の採るべきひとつの方法でした。あとこの頃の薙刀は刃が短く、これより後になるにつれて長くなり、さらにその後は槍が主な武器となって行きます。

義時と重忠、最初は騎馬で、中世ヨーロッパの馬上槍試合(トーナメント)と思われるような応戦、そしてその後は義時が相手を引きずり降ろしての乱闘。何やら喧嘩に毛が生えたようにも見えますが、それはさておき、短刀の取り合いに勝ったかに見える重忠は、そのまま馬に乗ってその場を後にしますが、生き残ったのは義時でした。重忠は愛甲季隆に討ち取られ、その首を持参した義時は、重忠は逃げもせず、また兵を増員しに戻ることもせず、己の誇りを貫いたと言い、暗に父の執権職が危ういと口にします。

見方によっては、重忠を討たせることもまた、父の失脚を狙うための策略であったとも取れます。それはともかく、牧の方(この大河ではりく)が騒いだこと、重忠との戦などの大部分はすべて『吾妻鏡』の記述によるものです。但し『吾妻鏡』では稲毛重成が最初から関与したことになっています。重成の弟の榛谷重朝もこの時殺されており、そして何よりもこの時、義時に男児(政村)が生まれたことになっています。この人の子孫の茂時は、鎌倉幕府滅亡の際、執権高時と運命を共にします。

個人的にはこの戦闘部分よりも、それに至るまでの方が面白くはありました。そして次回ですが、いよいよと言うか、平賀朝雅を巻き込んでの騒動となりそうです。


飲み物-ブロンドのエール
[ 2022/09/21 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 68その3

『武将ジャパン』、大河ドラマコラムの気になる点の続きです。

まずMVP、今回は能員と道なのですが、私としては時政と能員でしょうか。それはともかくとして、このように書かれています。

悪いカップルというのはいます。
ボニーとクライドとか。古典だったらマクベスとその夫人とか。
そういう毒々しい二人のようで、本人はそんなつもりはまるでなかったし、そんなものは北条に毒されているだけだと反論されるとは思います。別にそこまで悪くもないような。
むしろ凡人だったと思えます。凡人がいかにして悪に堕ちてゆくか。そこをじっくり体現していた。

まずここに挙げられているカップルですが、それぞれ「悪」の基準が異なります。
ボニーとクライドは、『俺たちに明日はない』のモデルにもなった大恐慌時代の銀行強盗ですが、彼らは義賊的な一面もあったようです。そしてマクベス、これはシェークスピアの作品の登場人物でしょうが、かなりの毒々しさがあります。それに比べて比企能員と道は、権力に妙な色気を出したため、討伐されたと見るべきですし、当時の感覚からすれば謀反人呼ばわりされても仕方のないことでした。

そして

ただ一族の女を使って権力に取り入っただけなのに、自分は偉いのだと思い込んだ。
外戚であることには、謙虚さが大事なのにそうしなかった。
自業自得と言えばそうなのだけれども、チャーミングで生々しくて、今の時代にも通じる巨大な教訓を残したと思える。

などとありますが、どうも何を言いたいのかよくわかりません。
要は
「権力者の外戚となることは、権謀術数と、それを表ざたにしないだけのスキルが必要なのだが、それを持ち合わせていなかった。どちらかといえば田舎のおじさん的な人物で、そこが愛すべき点でもあったが、権力を奪取しようという野望だけが空回りし、ついに足元をすくわれることになった」
こう言いたいのでしょうか。

そして頼朝を見抜いたのは政子だの、梶原景時も見抜く目があっただの、後白河法皇はよくないだの、最早大河コラムと言うよりは、持論というか好き嫌いをすべてぶつけているだけのように見えます。あと君主がどうこうと書いていますが、特にこの時代の君主は天皇であり、将軍は、天皇から武士を束ねる権利を与えられているわけです。

まあ武者さんの時政嫌い、りく嫌いは相当なものですが、そういう見方が、この大河への見方をどこかいびつなものにしているのみならず、武者さんの「レビュアー」としての素質に疑問符をつけざるをえなくなってはいます。これは以前からそうでしたが。ただ今までは好きなら好き、嫌いなら嫌いとはっきりしてはいましたが、この大河で、好きと嫌いが同居するようになっていますね。

時政は確かに頼朝の挙兵について行ったけれども、それは婿だからでした。

時政がついて行ったのではなく、時政が北条の当主として兵を出したのですが。そもそも頼朝自身の兵はこの時はいなかったわけですし。あと頼朝の挙兵には、時政の竹馬の友である三浦義澄も関わっていますね。恐らく今後はというか今後も、この大河には(多少無理があるにせよ)肯定的ながら、時政やりくに対しては、『青天を衝け』並みとまでは行かなくても、かなりバイアスのかかった視点からの批判がぶつけられそうです。

で、またドラマと直接関係ない漢籍の話で、時政がやり玉に挙げられています。要は、こういうのを書きたいからページ数を増やして貰ったのでしょうか、武者さんは。皮肉なことにここのサブタイが「公私混同をしない」ですが、レビュアーとしての立場をわきまえず、公私混同しまくりなのは武者さんではないでしょうか。

さらに苦笑するのがその次に
「こんなことでは麒麟は来ない」
なるタイトルで、
「あの光秀のことを毎週繰り返している気がしますが、ならば何が天意にかなう政なのか?」
などと書かれていることです。
別にこの大河は『麒麟がくる』とは関係ないし、自分が好きでたまらない大河を殴り棒にするのも、いい加減やめた方がいいと思います。

そしてその後には

この時代となると、世界史規模で比較的精密な治世倫理ができているのが南宋でしょうか。
そんな宋で形成された朱子学を吸収したからこそ、光秀みたいな人物は治世のビジョンが明瞭になったのです。
学び模索することで人間は洗練されてゆくものでしょう。

儒教国家のリスクというのを、この人はご存知ないのでしょうか。
ならばなぜ光秀はあのような行為に及んだのでしょうか。
あの大河、以前タイトルが曖昧だと言ったことを書いていますが、武者さんが『麒麟がくる』を好きなのは、登場人物やストーリーだけでなく、このタイトルの「わかったような気持ちになれる」曖昧さも関係しているのかも知れません。

そして総評ですが、やはり視聴率は気になるのでしょう。関連記事のリンクを貼った後で、

視聴率の低下を指摘されていますが、伸び悩むのは自然なことではないでしょうか。
定番である戦国幕末ものでもなく。
近年、特に2019年の大下落が回復できないのか、2020代は大河枠そのものが低迷。
毎週殺し合っているので、見る人を選ぶ。
そんな状況です。

2020代とありますが、2020年代のことでしょうね。あと戦国幕末ものとひとくくりにするのは正しくありません。それぞれの主人公の知名度、あるいは数字が東日本で高いか西日本で高いかも関係して来ます。
しかし武者さんの嫌いな『青天を衝け』は、現時点の『鎌倉殿』と比較すると視聴率は高めに出ています。
それにこの大河、「毎週殺し合って」などいません。全成はあくまでも処刑ですし、その前は景時が討たれた後から始まっています。どのようなシーンを観てこう判断しているのでしょうか。

そしてそのすぐ後に

ただ、NHK側もNHKプラスの視聴回数なども新基準で考えているようであり、視聴率をことさら気にする方がもはや古い。
そんな価値がこのドラマにはあると思います。

そんな価値でどんな価値なのでしょうか。この辺が、このコラムがわかりづらいところですね。

さらに

今年は「こんな血生臭いことに嫌気がさしたから、泰時が頑張ったんだな」ぐらいで良いのでは?
歴史はおもしろい――そこから無理に「歴史人物から学ぶビジネス」なんて呪詛祈祷じみた何かを見出そうとするからおかしなことになる。
単純に面白い、それが原点でしょう。

以前、これと違うことを言っていたような気がしますが、それはさておき。今年の主人公は泰時でなく義時ですし、それを言うのであれば、泰時に安定した時代を作らせるべく、義時が頑張ったと言うべきではないでしょうか。

尚これに関する小檜山氏名義のツイ(https://twitter.com/Sei_Kobeee/status/1559382814746886147)ですが、

今年の大河から、組織編成や掌握を学んでいる経営者は、むしろ危険だと思う… 。

御成敗式目はその後の武家関連法に大いに貢献していますし、武者さんが何かにつけて取り上げる『貞観政要』は、徳川家康も藤原惺窩に講義させたそうですが。

そしてこの後で

そんな童心にまで返すような仕掛けがあって、今年の大河は秀逸と感じます。

時政と能員の会話がしょーもないなどと書いていたのは、どこのどなたでしょうか。ああいうのをちゃんと読み取れないと、大河の「レビュー」は厳しいし、率直に言って好き嫌い基準だと「レビュー」そのものが破綻するでしょう。
こんな感じで↓

今回なんて笑えばいいのか、恐れればいいのか、悲しめばいいのか、怒ればいいのか、わからない。
感情がぐちゃぐちゃに混ざって、終わってみれば、ただただ楽しいもんをみたとわかる。
そういう歴史を学ぶ楽しさ、理屈抜きでおもしろいとなることが実は大事なんじゃねえの?と問いかけてくる今週もまた、素晴らしかった。

小学生の感想文の方が、まだまともに見えてしまいます。

飲み物-ウイスキーロック
[ 2022/08/20 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

北条氏と御家人の抗争

まず、ここのところラグビー関連の投稿がお休みになっています。今は女子代表(サクラ・フィフティーン)のテストマッチの時期で、その結果、あるいは男子の移籍情報共々近い内に書く予定です。

それから先日の『鎌倉殿の13人』コラム関連で、実衣と朝光と琵琶についての部分で、シェークスピアの作品に、こちらは琵琶ではなく、リュートを習う場面が出て来る作品について書いています。実は『十二夜』ではなく『じゃじゃ馬ならし』でしたので、訂正しています。

その『鎌倉殿の13人』。景時が去り、比企と北条の争いが激しくなりそうです。頼家は比企の娘(若狭局、このドラマではせつ)との間に一幡という男児がいますが、正室の辻殿(ドラマではつつじ)の間にも男児が生まれます。この子が善哉、後の公暁です。さらに頼家の弟千幡(後の実朝)もいて、誰を跡継ぎと決めるかで揺れます。このうち善哉は二男ですが、正室の子です。そして千幡は北条の後ろ盾があります。そうなると、一幡の立場がどうなるか、野心家の比企能員に取っては面白くないでしょう。

ところでこの『鎌倉殿』に関しても少々。まず前回、政子が三幡の死に途方に暮れるところがありますが、この三幡、乙姫は一旦回復した後再び病状が悪化し、亡くなります。政子が気落ちしているのはそれも関係していると思われますが、肝心の三幡の闘病が描かれておらず、その点でやや物足りなさは感じます。

それと実衣と結城朝光、こちらは武将ジャパンの大河コラム関連で書いていますが、琵琶を教わっている時より、朝光が窮地に陥ってからの方が、実衣の朝光によせる思いは大きくなっているかと思われます。無論これも義村が企んだわけですから、彼女はいわば利用されたようなものであり、この点、実衣自身も景時追放に関与したようなものですが、彼女にその累が及ぶことはなく、この点では北条一門であることが幸いしているように見えます。

しかし三浦義村。何を考えているのかわからないところがありますが、その点が他の御家人たちと一線を画しており、面白くまた油断ならない人物ではあります。

あと大河コラムで触れられていた霜月騒動、実はこれが北条氏と御家人の最終構想とも言われており、それを考えると、まだ始まったばかりの北条VS御家人のバトルは、実に80年以上にわたって続いたことになります。これによって北条氏による得宗体制はより強固なものとなるわけですが、しかしこの体制もやがて滅びることになります。

しかし南北朝大河をまた観たいですね。


飲み物-ブランデーグラスのビール
[ 2022/07/31 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 65その3

『武将ジャパン』大河コラム後半部分続き(その2)です。


1.「一幡をお助けください!」
そう言われる義時ですが……この構図がゾッとしてしまう。後に酷い展開が待ち受けていますので覚えておくことオススメです。

景時が比企館に立てこもるシーンですが、「後に酷い展開が待ち受けています」て、具体的に何のことでしょうね。

2.そう言いながら、差し出したのは、なんと善児!
義時にとっては兄・宗時だけでなく、舅であり祖父である祐親とその子の祐清、八重の子である千鶴丸の仇になるのですが、それを忘れて使いこなすということでしょうか。
もはや人間というより、何かの象徴のように思えてきます。

「何かの象徴」というのもよくわからないのですが…つまり善児は「人間」ではなく「殺人のための道具」とでも武者さんは言いたいのでしょうか。実際道具と言っていいところはあります。但し義時にしてみれば、単に仇だけではなく、奥州に行った際に同行し、自分を藤原国衡から守ってくれてもいますから、余計複雑な心境でしょう。

3.死後もそうでして、義経を陥れる悪党としてさんざん悪役にされてきました。
それをどう落とし込むのか?
考え抜いた果ての、三谷氏ならではの解釈を見た気がします。
この作品の景時は優れていた。戦略家としては義経より合理的なこともしばしばあった。
景時が嫌われたのは、時代の先を行き過ぎていたのかと思えました。別の時代ならば、ここまで嫌われなかったかもしれない。

この景時ですが、近年は特に「義経を陥れる悪党」という見方は影を潜めています。別に三谷さんだからこういう解釈をしたと言うわけではありません。それと「時代の先を行き過ぎていた」とか「別の時代ならば」とありますが、景時が特に時代の先を行く優れた才能を持っていたのでしょうか。ならばそれをはっきり書いてほしいものです。私としては、彼の性格やものの考えに於いて、他の御家人たちとそりが合わなかっただろうとは思っています。

4.景時はなぜ嫌われたのか? その美点は何か?
そう考えるだけで頭をものすごく使う。それが歴史を学ぶおもしろさだと思える。
そういう歴史を学ぶ醍醐味がみっちり詰まった人物像でした。

「そう考えるだけで頭をものすごく使う」て、他の人物や時代背景に着いても、色々考えることはあると思いますが…。そしてそういう醍醐味は、他の大河でも同じことです。武者さんの嫌いな大河であっても。

5.でも、もっと見たいというのとは違う。
完成度が高いから、これで充分満足です。
すごいものを見られました。大河はこういうものかと圧倒されました。

「なぜ」完成度が高いと感じるのかも、「どのように」すごいのかも書かれていないのですね。特にこのコラムでは、「すごい」という表現がやけに使われますが、何とも幼稚な気がします。

6.今回登場した安達景盛は、頼家と不仲とされます。
その背景として、頼朝落胤説があります。頼家からすれば異母兄にあたるゆえ、対立が激化したというのです。
(中略)
こう考えているのは、実は当時の人々もそうでした。
景盛の孫の代、泰盛のとき、源氏の血を引くとアピールするようなことをして、【霜月騒動】につながり、安達家が破滅する一因となっています。
死後も祟る頼朝の女遊び。

ちなみに、結城朝光も頼朝の子であるという説がありますね。
あと「霜月騒動」といえば、何と言っても『太平記』の最初の方で登場しますが、1991年の大河だから武者さんは観ていないでしょうか。『麒麟がくる』の池端俊策氏の脚本で、個人的にはこちらの方が優れていると思います。

7.えげつない。なんていやらしくてけしからんのだ!
そう呻きたくなるほどの妖艶さが先週からありましたね。
いやらしいというのは、誰かが裸で登場すればいいってもんじゃない。露出度より心の問題で、恋に落ちる瞬間がいやらしいのです。

妖艶かどうかはともかく、ここでこのように書かれている以上、下ネタ的な「いやらしい」と違うことは察しがつきます。ただそこまで「恋に落ちる」瞬間が素晴らしいとは、私は思いませんでしたが。

8.それが爛れていて崩れているからこそ、どうしようもなかったのが、先週からの実衣ですわ。
既婚者が琵琶を習って心惹かれる。そんなけしからんことがあっていいものか?
いやらしい、なんということかと戸惑いました。
けだるげに琵琶の弦を鳴らす実衣なんてもう、触れたら花びらがホロホロとくずれてきた花のようで。こういう人妻を倫落だのなんだの言うのです。ものすごいエロスがありました。

このシーン、実衣が琵琶を朝光に習っており、その「師匠」である朝光に憎からぬ思いを抱き、それを夫全成が恨めしそうに見ているわけですが、生憎そこまで「エロス」を感じませんでした。朝光を失いたくない実衣の気持ちは寧ろ、例の訴状の陰謀を義村が企てる、そのシーンの方に現れていたように思います。
それと
「触れたら花びらがホロホロとくずれてきた花のよう」
好きな大河ならこういう表現をするものの、嫌いな大河だと一言もこういう表現は使いませんね。昨年のお千代にも、こういう表現をしてほしかったなあ…尤もお千代は実衣よりもっと凛としていますが。
あと琵琶の弾き方と恋心、シェークスピアの『じゃじゃ馬ならし』に、そういうシーンがなかったでしょうか。もちろんあちらの方はリュートです。元々リュートと琵琶は同じですけどね。

9.いま、東洋の伝統楽器を弾く美男はちょっとしたブーム。華流の『陳情令』が代表例です。
そういう流れに乗ったというわけではないでしょう。ともあれ、伝統楽器を奏でる人は美しく魅力的だと示しました。このドラマに琵琶が出て本当によかったと思います。
このドラマには歴史を学ぶ醍醐味を思い出させる要素があまりに多い。
そこがいやらしくて、けしからんのかもしれない。
はっきり言って、今年の大河は面白いのです。

すみません、この『陳情令』、華流ドラマを観ないので何のことだかわかりませんでした。
そして
「このドラマには歴史を学ぶ醍醐味を思い出させる要素があまりに多い」
いやこのドラマだけでなく、昨年のを含め武者さんが嫌いな作品であっても、「歴史を学ぶ醍醐味を思い出させる」作品はあるのですが、それに気づいていないか敢えて書かないかだけでしょう。あと「醍醐味」は一般には「感じる」または「味わう」ものかと思います。
それと
「はっきり言って、今年の大河は面白いのです」
面白ければ、別にここまで強調する必要もないかと思うのですが。こう書くところにちょっと不自然さを感じてしまいます。

あと三浦義村関連でもうひとつ。

10.『麒麟がくる』の織田信長は、プレゼント感覚で生首を箱詰めにしていました。それとは異なるカジュアルな残酷さが三浦義村にはあります。

この生首は、第43回の「闇に光る樹」で登場するものでしょうか。あの生首ですが、箱ではなく、壺に入っていなかったでしょうか。
そして「それとは異なるカジュアルな残酷さ」とは何のことでしょうか。要は、信長は自己顕示欲丸出しといった感じで、光秀と藤孝に相手方の首を見せたわけですが、義村の方は、寧ろそれとは反対に、ひたすら黒子に徹することで、自分の存在が知られることなしに、景時を追い出すことに成功したのだと思いますが。


それからこのコラムで、やけに「政略結婚」的な表現が使われていますが、身分が高い武家の場合は至極当たり前に行われていました。『葵 徳川三代』に関しては先日も書きましたが、まだ年端もゆかぬ娘たちが縁組みさせられ、両親と別れています。無論この鎌倉時代も、他の御家人や公家に嫁ぐということはありましたし、義時も娘を公卿と結婚させています。


飲み物-マグとビール
[ 2022/07/30 00:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』と『若草物語』

まず先日の投稿で、「戦国時代」としたつもりが「戦後時代」になっていました。失礼いたしました。朝ドラとごっちゃになっていたのかもしれません。当該部分は直しています。

ところでその朝ドラ『ちむどんどん』は、かの『若草物語』を参考にしているようで、脚本家の羽原大介氏が、この記事でそのように語っています。

「若草物語を参考に、長男と三姉妹の構成は面白いと…」 朝ドラ作者「ちむどんどん」に込めたテーマ
(沖縄タイムスプラス)

しかしこの記事で見る限り、『若草物語』で参考にしたのは、長男と三姉妹の4人の兄妹という設定だけのように思われます。その時代をたくましく生きた人という点にも、この小説のイメージが盛り込まれているのかも知れませんが、『若草物語』の四姉妹は皆十代ですし、しかもその年齢で父の不在、生活費を稼ぐ2人の姉、主婦を務めることの大変さ、社交でのつらい思い、父と妹の1人の重病などなど、かなりの試練を受けていることがわかります。

しかし『ちむどんどん』の場合は

投資の話を皮切りに、詐欺師まがいのことをやり、借金で首が回らなくなってしまう。母親に金をねだり、妹の財布にも手を出すようなことを繰り返した挙句、養豚場に転がり込む
長姉
教師になるが、結婚一歩手前までいった男を振り、仲間の教師と結婚した後退職する。しかしその後復職を目指すも夫の家族に反対され、子供を連れて実家に戻り、子供は妹に預け、夫の実家には挨拶にも行かない
次姉(主人公)
高校卒業間際に料理人になると宣言し、当てもなく東京に出て、沖縄県人会会長から、以前友達と行ったレストランを紹介して貰う。しかし髪はまとめない、失敗する、果ては普通の女性より手際が悪いなど、どう見ても料理人とは思えない。沖縄出身の智のプロポーズを断る一方、婚約者がいる和彦に恋心を抱く
末妹
体が弱く、兄妹の中で一番地味なタイプ。歌が好きでアイドルを目指すが、オーディションで倒れてしまい、運送会社に勤める。しかし欠勤が多く、退職することになり、その後姉の子供の面倒を見ながら、仕事で留守の母の代わりに家事を行うかたわら、民謡歌手を目指すようになる

『若草物語』とは、やはりかなり違うなと思います。もちろん舞台も時代も違うのだから、違っていて当然なのですが、『若草物語』にあるような家族の太い絆もあまり感じられないし、何よりも、自分の生き方を貫こうとする(それはそれでいいのですが)一方で、他者を傷つけたり、あるいは迷惑をかけたりしている点が大きく異なります。また兄、賢秀に該当する人物は、『若草物語』にはもちろんいませんね。

それとやはり『若草物語』の場合、宗教の影響もかなり見られます。姉妹がクリスマスの朝に聖書を贈られたり、父が病気で母が看病に発つ朝、その聖書を読んでいたり、あるいは巡礼ごっこをやっていて、自分の夢を語ったりするところは、プロテスタント諸派、特にピューリタニズムの影響が強いと思われます。

あるいはウークイの夜に兄妹が集まって諦めないなどと言うのは、あの巡礼ごっこをモデルにしているのでしょうか。しかしやはりどこか違うなと思います。

あと土曜日に放送される1週間分のまとめですが、優子が捕虜収容所と言ったのが、ただの「収容所」に直されていたようです。なぜ事前に調べないのでしょう。プロの仕事とは思えません。

それから小檜山青氏の朝ドラ関連記事で、こういうのがありました。

そして暢子は、房子から結婚も仕事も両方頑張れときっぱり命令されるのでした。
 これは朝ドラが明確に新たな流れに舵を切ったと私は大歓迎したい。そういう流れはありました。先人の戦争経験を踏まえてこうなるといえば、『なつぞら』や『スカーレット』。『スカーレット』は才能で夫を圧倒した末の離婚でしたが。
 その前の朝ドラって、高度経済成長期にあったモデルを継承するせいか。外で働く母に罪悪感を植え付けかねない小細工があって不愉快でした。『カーネーション』は違う。問題は『あさが来た』と『わろてんか』。どちらもヒロインモデルが働こうと、それに子供が不満を漏らしたわけではない。そもそも『あさが来た』ほどの大金持ちは自分で家事育児をしなくてもどうにでもなります。それを「鍵っ子はかわいそう」みたいな理屈を無理矢理時代考証を無視してあてはめていて邪悪でしたね。だいたい、あの二作は高度経済成長期にヒロイン生きてないのに。

私は『あさが来た』と『わろてんか』の当該回は観ていませんが、この暢子に限って言えば、仕事は未だ中途半端な感があるし、しかも相手は婚約者と別れたばかりの人物なわけです。房子がそう言うのもどこかおかしいし、何よりも本人が相手とまだ付き合ってもいないのに、このような行動に走るのもちょっと考えられません。

それと小檜山氏は自分が批判したい作品には「邪悪」だ何だと書きたがりますね。このへんが極端だなと思います。
ちなみに以前、ファンのコミュニティでやたらロスだ何だと言われるのが、ご本人のお気に召さないような記述もありましたが、そういうのはスルーするなりミュートするなりすれば済む話です。

第一、他人の意見を自分の力で変えることなど、一部例外はあるにしてもかなり難しいでしょう。過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられるわけで、ご本人が自分の気持ちを切り替えた方がいいかと思います。

ところで小檜山氏と言えば、先日、『武将ジャパン』の武者さんの方の記事で、『鎌倉殿の13人』第27回の、義時と頼家の会話についての疑問点を取り上げています。

その会話関連で武者さんは

「頼家は、景時から聞いていた話と違うと察知。
つまりは、どちらかが嘘をついている。
もう誰も信じられなくなりそうで、実際、情で丸め込んだつもりでもほだされぬと突っぱねる頼家です」

と書いていますが、「景時から聞いていた話と違う」は、13人の発表が行われた後の頼家のセリフ「平三、聞いていた話とは違うな」ではないかと思われます。

実際この時は景時も、「当初の予定よりいささか増えてしまい申した」と頼家に答えています。もちろんその後の「情で丸め込んだ」云々も、このお披露目の時のセリフであることは、私もこの時の投稿で書いています。

しかしこのコラムでは、上記のやり取りが行われた後に
「そしていよいよ13人お披露目の場となりました」
とあるのですから、どう見てもやはり時系列的におかしいと言わざるを得ません。


飲み物-アイスカフェラテ
[ 2022/07/24 00:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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