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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』第48回「報いの時」あらすじと感想-3

駆け足気味になりますが、第48回「報いの時」その3です。


義村はいきなり義時の肩に手を置き、こう言う。
「俺は全てにおいてお前に勝っている。子供の頃からだ」
頭が切れて見栄えがよくて、剣もうまかった。お前は何をやっても不器用でのろまで、そんなお前が執権で俺は一介の御家人に過ぎん、不公平だと義村はよろめきながら言い、呂律の回らない口調で、お前を超えてやるとも言う。

義村は口の中がしびれて来てうまく話せず、これだけ聞けば満足かと言って座り込んでしまう。よく打ち明けてくれたと義時。その礼に俺も打ち明ける、これはただの酒だと言い、それを聞いた義村は普通に喋れることに気づく。負けを認める義村に、これからも泰時を助けてやってくれと頼むが、まだ俺を信じるのかと義村。しかしお前は今一度死んだと言われ、これから先も北条は三浦が支えると断言する。

義村は酒を注ぎながら、いい機会だからもうひとつ教えてやると言い、かつて女子はきのこが好きだと言ったのは嘘、出まかせよと言う。早く言ってほしかったと義時。その後2人は酒を酌み交わす。そして泰時は時房と共に上洛し、西国へ目を光らせたいから父上を頼むと初に言う。時房も兄義時に無理はさせたくないことから、鎌倉のことを朝時に頼む。そして盛綱も行くことになる。宇治川に沈んだかと思われた盛綱だが生き延びていた。

死んだかと思ったと泰時。自分はいつも守られていると盛綱。そして時房は、もう朝廷を頼る世の中ではなく、武士を中心とした政の形を長く続かせると言い、その中心が我ら北条であると強調するが、呂律がおかしくなる。実は義時の部屋からこっそり持って来た酒を飲んでいたのだった。朝時がにおいを嗅いでみたところかなりくさく、時房は口をすすぎに立ってしまう。

トウは子供たちに武芸を教えていた。実衣はそれを見ていて、動きに殺気がありすぎると、トウに注意する。大分抑えたつもりなのですがとトウ。そして泰時は、武士が守るべき定めを、学のない御家人にもわかるような形で書き記そうと、下書きを初に見せる。例によって初は真面目と言い、悪いかと訊かれて偉いと言っていると答える。嬉しそうな泰時。これが御成敗式目となる。

政子は例の像を見て驚き、それから泰時を見舞う。仏像を見たと言う政子に、運慶に言わせればあれは自分であると義時。義時は像を燃やすつもりでいた。政子は、この先の人たちは自分たちのことをどう思うかたまに考える、義時は上皇を流罪にした大悪人で、私は身内を追いやって、尼将軍に上り詰めた稀代の悪女と言い、言い過ぎだと義時に言われても、それでいいと平然としていた。そして私たちは頼朝様から鎌倉を受け継ぎ、次へ繋いだ。これからは争いのない世がやってくる。だからどう思われようが気にしないと政子。

姉上は大したお人だと義時。そう思わないとやってられないからと政子。それにしても血が流れ過ぎた、頼朝様の死後何人が死んで行ったかと義時は数え始め、最後の時元で13人となった。そりゃ顔も悪くなると嘆息する義時だが、なぜその中に頼家がいるのかと政子は尋ねる。あの子は病で死んだとあなたは言っていたと政子。自分のついた嘘は覚えていないとと言う政子は、薄々は分かっていたが、でも怖くて聞けなかったと口にする。

本当はどうやって死んだのかと訊く姉に、昔の話だと義時は答える。しかし母親として知っておきたいと言われ、頼家が上皇と手を結んで、鎌倉を滅ぼすつもりだったと義時。そのため、善児に命じて討ち取った、頼家は自ら太刀を取って最後まで生き延びようとした、立派な最期であったと聞いていると答える。あの子はそういう子だと政子は言い、教えてくれたことに礼を述べる。

義時は今日は具合がよくないと言い、薬を取ってくれと政子に頼む。今度体が動かなくなったら、その薬を飲むようにと医者から言われていたのである。そして私にはまだやらねばならぬことがある、隠岐の上皇様の血を引く帝が返り咲こうとしている、何とかしなくてはと言い、まだ手を汚すつもりかと、政子は非難をこめた口調で尋ねる。この世の怒りと呪いをすべて抱えて、私は地獄へ持って行く、泰時のためにと答える義時。

私の名が汚れる分だけ、北条泰時の名が輝くと言う義時に政子は、そんなことをしなくても、泰時はきちんと新しい鎌倉を作ってくれると言い、薬を渡そうとしない。私たちは長く生き過ぎたのかもしれないと政子は言い、薬の容器の蓋を開けて、中身を床にこぼす。さみしい思いはさせません、そう遠くないうちにそちらに行くと政子は言うが、義時はまだ死ねないと、床に倒れながらも這いつくばってこぼれた薬をなめようとする。その液を袖で拭う政子。

政子は弟に、泰時は賢いから、頼朝や貴方ができなかったことを成し遂げてくれる、北条泰時を信じましょう、賢い八重さんの息子と言い、確かにあれを見ていると、八重を思い出すことがと義時も苦しみつつ言う。でももっと(泰時が)似ている人がいる、あなたよと涙をこぼしつつ語り掛ける政子。義時は例の観音像を指さし、あれを泰時にと言う。必ず渡すと言う政子に、義時は姉上といまわの言葉を残し、政子は声を掛ける。
「ご苦労様、小四郎」


まず私としては50分頃に義時が亡くなり、それからしばらく経って、泰時が父をしのびながら御成敗式目を起草する、そういうのを想像していました。実際あれはもう少し後に作られていますし。

それと最後の方のシーン、あるいは義時と義村のシーン、何やらミステリ風味ではあります。一番最後の義時の死にざまは、刑事ドラマ風でもありましたが。しかしミステリもシェークスピア的要素も、別に入れるなとは言いませんが、最初からそれが目的になってしまうとちょっとつらいものがあります。

それにしても簡単に義村が折れてしまいましたね。もうちょっとしぶといところを見せて欲しかったし、最後の最後で何らかの形で義時を出し抜くとか騙すようにしないと、俺はお前に勝っているなどというマウントは取れないと思うのですが…。そしてトウの武芸教室。これも『真田丸』で、小松姫を始めとする女性たちが、剣の稽古に励んでいたのを思い出します。

あと政子が頼家の本当の死因を知らなかった件ですが、誰かがこっそり打ち明けたとか、そういうことではなかったのでしょうか。この大河に言えることですが、貴人に対して信頼できる部下や侍女の存在、特に後者をあまり見かけることがありませんでした。

義時が言っていた「隠岐の上皇様の血を引く帝」が返り咲こうとしているのは、やはり仲恭天皇のことでしょうか。ちなみにこの帝のいとこにあたる、後嵯峨天皇の2人の皇子の代から両統迭立が始まります。南北朝時代と大いに関わりのあるこの2つの皇統ですが、実は西洋の中世に同じようなことが起きています。

以前『武将ジャパン』のコラムで、「キリスト教圏だと、破門されたら皇帝と言えども謝らなければならない」と、『カノッサの屈辱』を引き合いに出していましたが、逆に教皇が囚われになる事件も起きています。所謂アヴィニョン捕囚ですが、この後教皇が複数立つという状況(教会大分裂)となり、これは西欧社会に大きな影響を与えます。


飲み物ーホットワインとくるみ
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[ 2022/12/20 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 3

先日投稿分のそのまた続きです。北条義時は劉邦タイプとしたうえで、西洋の英雄としてナポレオンを持ち出し、このように書いています。

押しが強くてなんでも俺がやってしまう。そういうカリスマ型。西洋列強と向き合う中、東洋はそういうナポレオンみたいな英雄がいない自国にがっかりしました。
俺たちの讃えていた英雄ってよかったの?
そこで槍玉にあがった典型例が、劉邦ではなく劉備や『水滸伝』の宋江あたりなんですね。
彼らは自らぐいぐい推すというよりは潤滑剤タイプ。苦手分野はその分野が得意な人に任せて、相手の力を引き出す。
実力者を繋ぎ止めるだけで本人は動かない。
いいからお前も動かんかい!
ナポレオンあたりに憧れたかつての東洋人はそうイライラしたわけですけれども、でも、こういう潤滑剤タイプって、実は有用じゃありませんか?

まず「西洋列強と向き合う中、東洋はそういうナポレオンみたいな英雄がいない自国にがっかりしました」の実例も挙げられておらず、「いいからお前も動かんかい!ナポレオンあたりに憧れたかつての東洋人はそうイライラした」の根拠も不明。川口雪篷はナポレオンに心酔していましたが、『西郷どん』の中で苛立ちを表すようなセリフは聞いたことはありません。

今週はワイワイガチャガチャしているようで、千鶴丸が水死させられているわけです。もしもそこを重く描いていたら、月曜日が辛くなるわけでして。それに残酷をコメディタッチで描くのって、実は一番ひどいことではないかと思います。
三谷さんが意識しなかったわけではないというか、1990年代に一世を風靡し、今は大御所扱いといえばタランティーノがおります。
彼の作風の特徴は、残酷な描写をコメディタッチにしたこと。
間違ってチンピラを自動車内で射殺したら掃除が大変だぜ、参ったなあ! そういうノリが斬新でした。
(中略)
そこを踏まえると、そんなもんタランティーノ流なんてむしろ定番だということになってもおかしくはない。確かに大河でとなると、斬新かもしれないけれど。
そしてこのタッチが、坂東武者に適用されることに対して、私は圧倒的な信頼感があるんですね。

残虐なシーンを重く描かないのがいいと言いたいのでしょうが、何よりかにより武者さん、あれこれ書きすぎだなとは思います。タランティーノが残酷さをコメディタッチで描くのと、今回のとどのような関係があるのでしょうか。そもそも千鶴丸を殺すシーンはなく、善児が途方に暮れたような顔で、水の中に突っ立っていただけですし、なぜこれがコメディタッチなのかまず疑問。ましてそのコメディタッチなるものが、「坂東武者に適用されるか」どうかは、いざ観てみないと何とも言えないわけでして。

だいだい(ママ)このドラマと同時代のイングランドで、トマス・ベケットという聖職者がヘンリー2世の王命により暗殺されました。しかもカンタベリー大聖堂で。
理由も手段も野蛮な事件です。
しかも、当時の技術ゆえ仕方ないのでしょうが、暗殺場面を描いた絵が牧歌的でシュールなのです。
(Wikipediaの引用)
勝手な思い込みではあるかもしれないけれど、12世紀の残虐性ってこういう明るさがあるのではないでしょうか。
もっと時代が降れば反省なり命の重みを感じるかもしれないけど、当時は「まあ死んじゃったし!」くらいのノリだったのかもしれないと。
このドラマの明るく生き生きとした殺しあいは、そんな思いに応えてくれるものです。

トマス・ベケットですが、簡単に言えばこの人は元々俗人で、その後聖職者(カンタベリー大司教)となり、教会の自由を巡って国王ヘンリー2世と対立し、最終的にはヘンリー2世から暗殺されるという人物です。ヘンリー2世の意を汲んだ騎士たちが、自分たちでベケットを殺害したという説もあります。しかしこの暗殺は後にベケットの殉死とみなされ、死後早々と列聖されて、ヨーロッパ各地で大きな反響を呼び、カンタベリーは一大巡礼地となります。さらにその血が奇跡を行うとされ、血を薄めて持って帰る巡礼者もいたといわれ、国王も自らの罪を認めることになりました。

この巡礼たちを題材にしたのが『カンタベリー物語』です。実際ベケットの殺戮は、剣で頭を突かれ、頭蓋骨が飛び散るという残忍なものですが、しかしここでひとつ。
同時代とはいえ、明らかに文化的背景が異なるイングランドの事件であるにも関わらず、殺戮とその残虐性という共通項のみで物事を論じる、しかも国王との対立の果ての残忍な殺され方を、明るく生き生きと定義づけるというのは、相当無理があるのではないでしょうか。なぜこのような発想になるのでしょう。
実際この大河の殺戮シーンだって「明るく生き生き」なのかどうかは不明ですし、見方を変えれば、人命はかなり軽かった時代とも取れます。まだ貞永(御成敗)式目もない時代ですし。

さらにその後

坂東武者と比較すれば、戦国武士は文明を知っている。それは人類進歩の証なのだ。
そう熱く主張したくなるドラマです。

ここでまた「文明」。それはそうと、結局何を言いたいのでしょうか。要は今年の大河と、『麒麟がくる』を何とか関連付けたがっているようにしか見えないのですが。

そしてお約束のように

日本史版のサーセイ・ラニスター(『ゲーム・オブ・スローンズ』)が誕生したことを祝いたいと思います。

そもそも『ゲーム・オブ・スローンズ』を観ていない(興味もない)ので、何のことやらわからないのですが、最終的にはここに持って来たいようです。毎度のように思うのですが、ならば『ゲーム・オブ・スローンズ』の話だけしてくれれば、それはそれでまだ納得できるのですが。

飲み物-コニャック


[ 2022/01/18 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

気づいたことあれこれ 10(9続き)

先日の皇位継承について、今少し。かつて日本史上には、推古天皇をはじめ8人の女帝(女性天皇)が存在していました。しかしそのすべてが、たとえば次の男性の継承者が年若いなどの理由での、ある意味ピンチヒッター的存在でもありました。奈良時代末期に君臨した孝謙(称徳)天皇のみが、他にふさわしい男性の継承者がいないということで、女性としては異例の皇太子となっていますが、一旦退位した後に重祚した後は、弓削道鏡が取り入ったり、次の継承者が決められなかったりで、やや不安定でもありました。またこの8人の女帝は、皇后出身で即位した人物を除けば生涯独身でした。

そのため日本史上は、所謂女系の天皇が存在しません。女系というのは内親王や女王などの女性皇族と、皇族でなく、皇位継承権のない男性との間に生まれた人物が即位することをさします。前出の女帝は、すべて男性皇族を父に持っていました。そのためいうなれば男系女性天皇、男性皇族の娘である天皇ということになります。最近では諸外国の王室でも、男女を問わず長子相続が増えてはいますが、日本とリヒテンシュタインでは、今も男系男子のみによる継承となっています。

男性のみの継承という点では、サリカ法というのがかつてありました。これは元々は土地相続に関する法でしたが、ヨーロッパ、とりわけフランスの王位継承に影響を与え、そのためフランスに女王が誕生しなかったともいわれています。但しかつてのフランク王国の場合、女系の男性の相続権はあったようです。またドイツもこのサリカ法の影響を受けており、そのため同君連合であったハノーファーとイギリスは、ヴィクトリア女王の即位によって連合を解消しています。

飲み物-赤ワイン
[ 2019/05/25 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

炎のランナー描写関連

この作品ですが、一種の群像劇であり、主な登場人物として
ユダヤ系の大学生エイブラムス
スコットランドの牧師リデル
イングランドの貴族で大学生のリンゼイ
この3人が挙げられます。
エイブラムスの、ユダヤの血を引くがゆえにイギリス人になりきり、祖国と家族のために走ろうとする精神が描かれる一方で、リデルの伝道師であるがゆえに、勝負と信仰を秤にかけざるをえず葛藤する姿、はたまた自分は楽しむためだけに走るというリンゼイなど、その走ることに対する姿勢は様々です。エイブラムスは言うまでもありませんが、リデルは後に王太子と話をした際に、ラグビーでは敵だが、今度は味方でよかったという言葉をかけられます。いうまでもなくラグビーはイングランドとスコットランドで別々ですが、オリンピックはイギリス代表で同じチームというわけです。

そしてケンブリッジブルー。淡いブルーに少しばかり緑を落としたような微妙な色合いです。エイブラムスたちはこのブルーで縁取りされたウエアを着て、濃紺の縁取りのオックスフォード勢を打ち負かします。なおブルーはスポーツ選手への称号でもあり、ラグビーやボート、クリケットなどのいくつかの種目で、オックスフォードとの対抗戦に出た場合は、このブルーの称号が与えられます。ちなみに日本人では、現在七人制強化に関わっている岩渕健輔氏がケンブリッジブルーです。ところで1980年代から90年代にイングランド代表で活躍したロブ・アンドリュー氏によると、このブルーのブレザーやタイを、すべて自腹で揃えなければならない由。

それからこの新入生勧誘で、フェビアン協会も登場します。そういえば昔習ったという人もいるでしょう。ウェッブ夫妻によるイギリス型社会主義で、ここのメンバーはケンブリッジブルーでなく赤のタイをしています。

パリ五輪のアメリカ代表団は、プロコーチの指導のもとトレーニングに励んでいます。彼らが着て居るのはスウェットの上下で、胸には流石というべきか、星条旗があしらわれています。

また王太子の来訪をヘンリー5世と関連付けていますが、このヘンリー5世はフランスに対して巧妙な外交を行い、最終的に百年戦争を再開した人物です。この場合の「外交」は、リデルの日曜日の予選出場をどうするかということですが。ただし実際のリデルは、かなり前にこのことを知っていたといわれています。確かに、船に乗る前にいきなり新聞記者から知らされるのは、いくら何でもフィクションでしょう。

そのリデル、酒も煙草もやらない、プロテスタントの典型的な牧師です。日曜日のスポーツも厳禁です。服装とか礼拝の様子などから、質素を旨とする長老派のようにも見えます。礼拝中『神はわがちから』と言う讃美歌を歌っていますが、この讃美歌は著名な讃美歌作者のアイザック・ウォッツによって作られたものです。彼は非国教徒であり、『もろびとこぞりて』(Joy to the World)の歌詞もこの人物によるものとされています。この非国教徒というのも、リデルと通じるものがあり、彼の礼拝の雰囲気は冒頭に登場する聖公会の聖堂での礼拝とはかなり異なります。一方でこのリデルは「フライング・スコッツマン」というニックネームがあり、作品中では同じ名前の列車でロンドン入りするシーンがあります。

パリのスコットランド教会(というべきでしょうか)で、このリデルが礼拝をするシーンもありますが、この時はイザヤ書第40章が登場します。苦しむイスラエルを慰める章です。何か暗示的なものを感じます。

[ 2019/03/01 01:30 ] 映画 | TB(-) | CM(0)

19世紀後半の婦人服とバッスル

では、バッスルについて。男性のフロックコートに関しては、大河関連で触れていますが、19世紀後半の婦人服については、恐らくまだ触れていないと思います。元々19世紀半ば頃までは、クリノリンスタイルと呼ばれる大スカートの時代でした。『風と共に去りぬ』などはこの時代が舞台になっているので、クリノリンという輪っか状の下着によって、裾回りが広がったスカートやドレスが登場します。しかしこれに暖炉の火が引火したり、あるいは引っかかったり(あれだけ広いのだから当然ですが)という事故が相次ぎ、そのためクリノリンは衰退して、バッスルの時代となります。このバッスルは20世紀初頭まで続きます。所謂鹿鳴館スタイルのドレスのシルエット、あれはバッスルによって作られました。このWikimediaの画像は1880年代のもので、正に鹿鳴館時代のスタイルといえます。

バッスル

これは形は様々ですが、いずれもドレスやスカートの後ろの部分を膨らませる形になります。クリノリンが衰退して、バッスルに取って代わられた1870年代、日本では明治初年ですが、その当時はそこまで大きくなかったものの、その後段々大きくなって行きます。ただし1880年代に一度バッスルが消えた時代がありました。この時は体に沿った、ウエストに切り替えのないラインのドレスが一時的に流行り、アレクサンドラ王太子妃がこれを好んだため、プリンセスラインと呼ばれるようになります。しかしその後バッスルは復活し、更に今度はオーバースカート(ドレスの一番上のスカート部分)を後ろでたくし上げて着るようになります。またこの時代、プリンセスラインを除けばドレスはツーピース式が主流でした。

つまり同じ柄のボディス(胴着)とスカートを組み合わせて着ていたのです。またこの当時は様々な柄の布地が登場し、かなり可愛らしい柄のドレスもあります。さらにフラウンス(フリル飾り)も用いられました。『赤毛のアン』の舞台となる時代であることを思えば、アンがこういう「きれいな」服に対して、羨望の念を抱いたのも無理からぬ話であります。ところで話題が変わりますが、ローラ・アシュレイはイオンとの契約終了後、伊藤忠が販売することが決まったようです。あのブランドがお気に入りという人も少なくないと思いますし、これで一安心ではないでしょうか。あのブランドも、如何にも英国的な小花模様が売り物ですが、ローラ・アシュレイ自身が作り出したビクトリア朝のスカーフが、そものもの発端といわれています。

[ 2018/11/09 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

風林火山の歴史的背景9-『胡蝶の夢』と西洋式軍制と戦国時代

本題に入る前に。この本ブログ以外にも、読書関係のブログ、そして小説関連の物をやっていることはお伝えしています。本ブログはネット環境がある限り、ほぼ毎日、たまに数日に1度の割合ですが、小説だと江戸版ホームズと、大河リメークを合わせて週に3回程度です。こちらは、なかなか連日というわけには行きませんので。そして、一番スローペースなのが読書ブログです。気に入った本が見つからないとアップしないので、何か月かそのままということもありますが、更新停止というわけではありません。

その読書ブログですが、先日『胡蝶の夢』を久々に読んだので、アップしようかと考えています。司馬遼太郎氏の作品で、幕末から明治にかけての医師松本良順と、その弟子の島倉伊之助が主人公になっています。幕末が主な舞台ですので、安政の大獄が登場します。この安政の大獄の立役者は、いうまでもなく大老井伊直弼です。この人は本質的には守旧派といった方がよく、アメリカと条約を結びながら、たとえば軍制を洋式に改革するなどということには、乗り気でなかったともいわれています。

この作品の「大坂」という章があります。第二次長州征伐の頃で、長州が歩兵中心で、しかも洋式銃を持っているのに比べ、幕府軍は戦国時代さながらの格好であることを指摘します。
「長槍と赤具足の彦根の侍たちは武田流で押してゆくでしょうが、敵を見ないあいだに崩されてしまいます」(司馬遼太郎『胡蝶の夢』 新潮文庫第三巻P448)
だから歩兵を前に、というのが良順の持論なのですが、対する老中小笠原長行は、彦根が先手というのは神君以来の戦法であり、それを上様(家茂)のそばでとやかく言うものではないと反論します。

この江戸時代は、様々な事物が発展し、栄えた時代であると同時に、軍事面で諸外国に後れを取った時代でもありました。徳川体制になって、大名間の私闘を防ぐ、あるいは幕府に刃向かうという事態を避けるために、参勤交代を始め様々な策が取られ、また武器の開発が禁じられたせいもあります。江戸時代も後期になって、外国船が来るようになってから防衛の機運が高まりますが、その後明治維新を得て、西洋式軍事を導入するようになり、西洋諸国を通して、軍事の何たるかを再認識するに至ります。

再認識というのは、かつて戦国時代において、戦の何たるかを多くの大名、領主が持ち合わせていたからです。たとえば兵糧が何よりも大事であること、兵を失わずに戦をすること、時には調略や詭弁を用いてでも和睦を結ばせることな、人数で相手を上回ること、最新兵器を導入することなどがその代表例として挙げられるでしょう。逆に西洋においては、植民地を巡って争った17世紀や18世紀に、兵器が発達して行くことになります。今回は、ちょっと番外編のようになりました。

飲み物-マティーニ2

[ 2017/08/06 00:45 ] 大河ドラマ 風林火山 | TB(-) | CM(0)

おんな城主直虎あれこれ その10

では第10回のあれこれです。

奥山朝利死去その1
「父が何をしたと…」と泣き叫び、仇を討ってくれとまで言うしのですが、実は当の小野政次を呼びつけたのは、他ならぬ朝利でした。しかも斬りかかったのも当の朝利でした。そもそもは、直親が井伊家の当主でなく、中野直由が後見となったのは、小野政次の差し金に違いないと、朝利が勝手に思い込んだせいでもあるわけで、前にも書きましたが、奥山父娘は感情が先に立つと言わざるを得ないわけです。
しかし今回のしのは、お腹にいる子供のためとはいえ、以前よりも感情を抑えるようにはなっています。次郎の「心強い母になれる」の言葉を連想させます。また小野家を代表しての、なつの態度も見事でした。そしてこの場での直親の推理、なぜ低い所にばかり刀傷があるのか、それから組み立てて行ったところはなかなかの物で、直親は結構できる子ともいえます。ちょっとパペットホームズの謎解きに似た部分もあります。しかも脇差は朝利自身の物でした。今だったら、鑑識に回されて、木屑がないかどうか調べるのでしょうが。
そして、前回の続きです。

「僕はどうも、低い所にばかり傷があるのが気になっていたのですよ」
「つまり、犯人は何かが原因で安定性を欠き、小野さんを狙うのではなく、低い所ばかりを狙うことになったと…」
「そうなれば、奥山さんしかいませんね。片脚にケガをしている以上、歩くのが不安定になるわけです。重心を支えきれなくなり、小野さんとくんずほぐれつのようになったのではないでしょうか」
「右京さんが言いたいのは、つまり小野さんが咄嗟に自分を守ろうとして、奥山さんを刺してしまったということですか」
「そうとしか考えられませんね」

奥山朝利その2
朝利はいまわの際に「そうは行かぬ」を何度も繰り返します。この人は前回、「守らねばならぬ」を何度も繰り返していましたが、これは朝利の口癖なのでしょうか。それはさておき、これに関して次郎は川名へ行き、直平に、政次が写経をしていると話すものの、実際は政次の事後承認となりました。次郎は奥山殿が成仏しておらぬと脅すように言い、不承不承始めたものの、これが井伊家で噂となり、あの中野直由から評価されるまでに至るわけです。
その後虎松が誕生した折に、政次は小野が所有していたかつての井伊直満の所領を、すべて虎松に返すことにします。恐らくこれらの裏には、竜宮小僧こと次郎が暗躍していたふしがあります。そのことに気付いた直親は、彼女に何を望むかを尋ねますが、次郎の答えは平穏な生活といったものでした。直親は、それを守ろうとするのですが…。いよいよ退場ということで、今回は政次もさることながら、直親が結構クローズアップされた感があります。
一方政次の心理もなかなか複雑です。彼がこのような複雑な立場に立っていなければ、また考えも違って来たでしょう。子供時代の3人の関係が、ここで揺らぎ始めます。なぜあそこまで子供時代、それも子どもなりに悩む鶴丸を描いたのかが、段々と明らかになって来ます。

ヒロインの描かれ方
駿府に行った次郎が、久々に寿桂尼に目通りを許され、大きくなったのうと寿桂尼が感心するものの、瀬名の命乞いには首を縦に振りません。ならば岡崎に行って、元康と交渉しろとまで言われる始末です。この辺り、そうそう世の中は甘くないという描写がなされています。また瀬名を輿に乗せないよう、次郎があれこれ引き伸ばしを図るものの、今川の家臣に突き飛ばされてしまいます。その前にも次郎は突き飛ばされていて、今川にしてみれば、井伊の小娘が邪魔しに来たと思っているのでしょうから、当然といえば当然です。こういった描き方も、一部の女性大河とは違ったものを感じます。

碁と弓と聖域
しかし元康の「碁盤」、あれは床に刻み目をつけただけのように見えますが…あれで石川数正の派遣を決めたのでしょうか。この元康、後の家康と碁はワンセットで考えるべきなのかもしれません。そういえば直親と政次も碁を打っていましたね。それから直親が、虎松が生まれる前に、魔除けで弓を鳴らしています。これは今でも皇居における「鳴弦の儀」とか、神社の儀式などで行われています。こういう描写も細かいです。
それと政次を寺で匿うのは、この当時の寺が聖域だったからです。これは縁切寺なども同じ意味があります。一種の特権といえばそうですが、ヨーロッパでも中世の宗教勢力が強い時期に、似たような形でアジール権というのがありました。しかしこれは、近世になるにつれて廃止されて行きました。

生田直親氏
あと、「直親」という名絡みで、生田直親氏を思い出します。推理作家であり、脚本家でもあった方で、山に関する推理小説を多く遺しています。『雪崩(なだ)れる』という、『ガリレオ』を彷彿させるタイトルの小説もあります。一方で、少女漫画の原作も手掛けていたというのを、つい最近になって知りました。

飲み物-ホットココア
[ 2017/03/15 01:00 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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