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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  葵徳川三代

新影(陰)流と大河『春の坂道』

先日、というかもう昨年になりますが『歴史秘話ヒストリア』の「官兵衛を支えた24人」で、母里太兵衛の子孫である忠一さん(向かって左)をご紹介しています。番組中でその母里さんが、稽古をつけている画像を置いておきます。1人当たり1枚と言いつつ、2枚となっていますが、実は毛屋主水の子孫である嘉明さんも2枚を上げています。

「官兵衛を支えた24人」稽古をつける母里さん
弟子に稽古をつける母里さん

で、この黒田藩の新影流、そのおおもとの柳生新陰流の継承者である柳生宗矩ですが、1971年に大河ドラマ『春の坂道』の主人公となっています。とはいえ、この大河は現在最終話のみが残っているだけで、その最終話がDVD化されているとのこと。ちょっと寂しくはあります。せめて総集編だけでも残っていれば、ストーリーの展開は大体把握できたでしょう。また大坂の陣で、この宗矩は人生で唯一人を斬るわけですが、それを描いたシーンがあったかも知れないのです。

ちなみに主演は中村錦之助(後に萬屋錦之介)さんで、その後も別の作品で宗矩を演じて当たり役となっています。徳川家康を演じたのが山村聰さん、この人も後に宗矩を演じています。そして黒田長政を演じたのが高橋悦史さんで、『太平記』で桃井直常を演じており、時代劇やサスペンスの出演が多いです。

それからこの大河には家光の時代までが描かれており、そのような時代設定もあって沢庵宗彭が登場しますが、この役を演じているのが田村高廣さんです。実は田村さんの2人の弟さんも出演しており、田村正和さんは豊臣秀次の小姓不破万作を、そして田村亮さんは、柳生十兵衛の弟左門(刑部)を演じています。田村亮さんと言えば、『葵 徳川三代』の藤堂高虎役ですね。この『葵 徳川三代』に出演した俳優さんも何人か出ています。どのような人たちかと言いますと
(カッコ内『葵 徳川三代』の役名)

柳生宗厳 内藤武敏さん(石田正継)
松平忠直   佐々木功(現・ささきいさお)さん(細川忠興)
土井利勝   江守徹さん(石田三成)
鳥居忠政 石田太郎さん(大久保忠隣)
一の御台 岩本多代さん(西郡局)

柳生宗厳は宗矩の兄、松平忠直は越前福井藩二代目藩主で結城秀康の嫡男、そして土井利勝は譜代大名で秀忠が将軍在任中の老中です。鳥居忠政はその名前から察しがつくと思われますが、鳥居元忠の次男です。そして一の御台とは豊臣秀次の妻です。西郡局は、『どうする家康』のお葉ですね。

また柳生十兵衛の描かれ方、よく隻眼の剣豪として描かれることがありますが、実は隻眼というのは史料にはなく、創作とされています。この大河では隻眼ではなく、両眼がある人物であるとの由。

飲み物-冬のシードル
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[ 2024/01/03 05:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

第48回の『どうする家康』武将ジャパンコラムに関するnote記事

では今週もたけたけさんのnote記事からです。実は原文を下書きに入れて保存したつもりだったのに、なぜか公開になってしまったようで、その時点でアクセスされた方は驚かれたと思います。その方たちそしてたけたけさん、失礼いたしました。

また今回も、武者さんのコラムからの引用部分はダークブルーの文字色となっています。それから第48回の最後に登場する現代の東京の街並みのタワー、ぱっと見中央に丸みがあるように見えたので、スカイツリーとしていましたが、よく見ると東京タワーであること、またこのたけたけさんの記事をはじめ、最終回関連記事でも、この東京タワーと指摘されていること、徳川家とゆかりのある増上寺に近いことなどから、東京タワーに改めています。

大河コラムについて思ふ事~『どうする家康』第48回~

こんな視聴率ワースト2位の大駄作に応援されたって、足を引っ張られるだけでしょう。
燃え盛った船が自軍に近づいてくるようなもの。
全力で追い返しましょう!
特に来年は「穢れ」を気にする平安時代の人々ですから、追い返すための祈祷でもするのではないでしょうか。

これに関しては、自分の書いた作品やレビュー記事に対して他人から
『呪いになるので近づかないで!』『全力で追い返しましょう!』『穢れるから祈祷しましょう!』
と言われたらどう思うのでしょうか、仲間内で楽しんでいるところに他人から土足で踏み込まれ、『穢れているから追い出しましょう!』と心無い言葉で扇動されるのが、どれほど辛い事か全く考えた事が無いのでしょうねとありますね。
さらに「だから賛同してくれる人がいなくなるのではないですか」とも書かれています。

実際、いくら嫌いでも穢れ呼ばわりするのはどうかと思いますし、何やら一線を踏み越えかねないようにも感じられます。そして、今年は特にそれが多いです。

そして真田昌幸のセリフ。

・恥を知らないパクリセンス?
本作の特徴に“恥ずかしげもなくネタパクリ”というのがあります。
「愉快な乱世を泳ぎ続けよ」
これは要するに、乱世を渡っていく様を船・真田丸にたとえた“パクリ”ですね。
三谷さんの足元にも及ばないのは明白すぎるのに、よくもこういうことをしますよね。
そうやって狡猾に大河ファンに目配せするのがたまらなく嫌だ。

こちらに関してはまずこうあります。
「貴方の知っている船は大海原を出港・水面を航行するのではなく水中をバタバタと泳ぎ回るのですね」
(私も同じことを考えました、船が『泳ぐ』わけはありません)
また、船に例えられた『真田丸』は『船出』『出港』と表現されており、『どうする家康』での「乱世を泳ぐは愉快なものよ」はこれまでに33回、42回、46回の3回で登場していると指摘されています。そのうち第33回と第42回が昌幸の言葉となっています。そして、謀略を巡らせ、表裏比興と呼ばれた昌幸が上田を守って来たこと、その子信繁が、自らも乱世で泳ぎながら生きて行くしかことができない自分と重ねたともあります。

秀頼の甲冑の質感もおかしい。
こんなペナペナした甲冑はみとうなかった。

これに関しては、『仏胴具足』と指摘されています。仏像の胸のように、継ぎ目が見られない作りであることからこの長あり、かの金陀美具足も仏胴とあります。また仏胴には2種類があり、腹面に1枚、背面に1枚の鉄板だけを用いる『一枚張打出胴』、2つ目は表面に漆などを塗り表面を滑らかにした胴で『塗上仏胴』と、皮や織物で包んで平らにしてある『包仏胴』があると説明されています。

それで思い出したのですが、武者さんは『真田丸』を観ていたはずです。あの中では本多正信が仁王胴と言って、金剛力士像の体を模した具足をつけています(これは『葵 徳川三代』も同じ)。そして今回武者さんは正信を散々叩いていますし、『真田丸』を引き合いに出したがるものの、仁王胴を着けていないことには触れていないのですね。

そういやダリ髭の井伊直政は最終回欠席でしたね。
別に見たいワケではないですが、なぜいなかったのか?という点は気になる。
徳川四天王が不在な方が不自然でしょう。

これですが、まず
「家康さまが今際の際に見た『信康さまと五徳さんの祝言での鯉の思い出話』は永禄10年(1567年)」
とあり、この時の新郎新婦は共に9歳であったこと、井伊直政はこの当時6歳であり、井伊氏に復姓して仕官したのが天正3(1575)年(井伊家伝記)と書かれています。当然彼が大人の家臣としてその場にいるわけもなく、どころかまだ家康との面識もないでしょう。

四天王がと言う前に、まずそれぞれの年齢、仕官しているか否かをなぜ調べないのでしょうね。ちなみにこの3年後家康は曳馬城、後の浜松城に入っています。ドラマではこの時虎松(後の万千代→直政)に出会ったと言うか、暗殺されかけたことなっています。

あれだけ戦いを煽っておいて、結局、自分はメイクを濃くして、ダイナミック拡大自殺宣言をしただけじゃないですか。

この豊臣秀頼についてたけたけさんは
「演じる佐久間さんにはもともと涙袋があり、照明の加減で下瞼に影が差しているように見えるだけだと思います」
「また舞台化粧というものがあり、普段とは違うメイクを時代劇などでは施される事もあります」
と書いています。
(私は、シャドー的に少し色を入れているかと書いています)
そしてこの後の流れとして、千姫を連れ戻すべく初(常高院)が大坂城内に入りますが、千姫は秀頼と茶々とその場に残ろうとし、秀頼に城を出ようと促すも、秀頼は「余は最後まで豊臣秀頼でありたい」と言い、千姫は初にも説得を頼むことになるわけですが、最終的に秀頼は豊臣家当主としての責めを負い、自害したわけです。
それをダイナミック拡大自殺宣言とはと、たけたけさんも呆れたような書き方となっていますね。

あと、牢人たちも次々自害していますが、これは秀頼に殉じるという意味もあったと思われます。実際この当時は、主君の死に伴う殉死はかなり見られました。

家康が千姫を助け起こすセリフも演出も、祖父と孫娘というより、イケメンと美少女なんですよね。
しかも、千姫が助命を頼む理由が「秀頼まじイケメン! 推してる人多いし、ファンがいるから貶さないで!」というような趣旨のようで、彼女の必死さが無駄になっている。
もっと他に言葉はなかったのか……。

こちらではまず
「また『孫のような年齢の女性に話しかけるなんて気持ち悪い!』『ファンクラブ、喜び組要員!』でしょうか」とあります。(武者さんが描きそうなことではありますし)
そして千姫が徳川本陣に連れて来られ、助命嘆願をするわけですが、彼女の言う「多くの者に慕われて夢を与えられる、前途ある若者」が、不穏な牢人を集めて世の中を荒らすような乱を起こしており、徳川幕府としては秀頼と茶々以下の豊臣家を認めるわけには行かないと主張したと思われるとあります。

しかし
「秀頼まじイケメン! 推してる人多いし、ファンがいるから貶さないで!」
は武者さんの勝手な想像でしょう。私も投稿に書いていますが、寺院の建立なども人々に慕われた一因であったかと思われます。団子屋の店先で家康は嫌いだ的な会話をしている、多分大坂人と思われる男性も、秀頼や豊臣家に好感を抱いていたものと思われますし。

まずは、長すぎるから端的にまとめてください。
これだけ炎が燃え盛っている中で延々と喋れないでしょ?
煙で喉をやられる可能性もありそうですし、酸欠にもなりそうだ。

『長すぎるから端的にまとめてください』に対し、
「貴方のレビューも長すぎるうえに蛇足なので端的にまとめてください」と書かれています。その通りだと思います。そして、大坂夏の陣で敗れた後、炎上する大坂城で豊臣一門が滅びゆく様は中盤の見せ場であり、最初からもう勝ち目がないと、自害するためにそこに留まっているのだから、煙を吸って喉が潰れようと酸欠になろうと構っていないのではないかとありますし、また振り返りや独白はドラマでの演出であり、現実とは違うものだとした方がいいと思うと忠告されていますね。

まあこれに関しては、私も茶々は死にゆく身で、煙や酸欠は気にしていないのではといったことを書いています。そしてもちろん第43回の終盤で、石田三成が家康に対して、ああいう長々とした話をしたのかどうかも不明です。それはフィクションと割り切ることでしょうね。

『青天を衝け』でも、オープニングでしばしば家康が、自分の世代以降の政策を自分のもののように語っていました。
劇中では徳川慶喜も、徳川家茂やその他別人の功績を掠め取っていました。
どこまで徳川幕府が嫌いなのか。

あの「こんばんは。徳川家康です。」から始まる徳川家康公の登場は、日本史の授業の導入のように、ほぼ毎回幕末期の日本や世界の情勢を踏まえ、神君として俯瞰的な立場で簡単な解説をするものとまず書かれています。そして
第1回では「よく明治維新で徳川は倒され近代日本が生まれたなんて言われますが、実はそう単純なものじゃない」
「古くなった時代を閉じ、いまにつながる日本を開いたこの人物こそ、わが徳川の家臣であったと、ご存知だったかな」
と言っていることにも触れられており、
『徳川慶喜も、徳川家茂やその他別人の功績を掠め取っていました。』
に関しては、どこでどのようにして、慶喜公が家茂公やその他別人の功績を掠め取ったか、歴史の流れからどのような人物であったか、歴史ライターとして公平な視点で説明をお願いしますと言われていますね。

またこの『青天を衝け』関連では、
「天狗党の乱で当時一橋家当主だった慶喜公が、水戸藩士の処分に介入できず、幕閣の田沼公に一任した経緯があるのに、さも天狗党の処分を下したかのように吹聴した事について訂正は無いのですか」
とも書かれています。

実際これはおかしいし、またこれは少し前の『どうする家康』コラムで、桜田門外の変が水戸浪士中心なのに、なぜ薩摩武士の自顕流のような猿叫がしたのかと、武者さんが書いていたこともあります。しかし今年の3月に、他の記事で薩摩武士(有村治左衛門)が桜田門外の変に関わっていたと書いており、当該コラムはその後で書かれているわけですから、治左衛門の存在を武者さんは知っていたはず、なのですが。

小栗旬さんの南光坊天海が出てきました。
無駄使いとはまさにこのこと。

『もう麒麟には近寄らないでください』と見出しにあるのですが、たけたけさん曰く
「もうすでにクランクアップもし、最終回を迎えた作品なのにこの先どうやって麒麟に近づけるというのでしょうか」
「貴方が事あるごとに『どうする家康』を見ない、語らないを貫けば済む話ではないでしょうか」
正にそうだと思います。

そして、『我らは有象無象の声に惑わされることなく、正しく君の偉業を伝えて行かなければなりませぬ』とのナレーション、紫法衣を纏う南光坊天海僧正が主導で、東照社縁起編纂事業の部屋となること、天海は家康の偉業をたたえる公式史料をと考えており、それに沿わないものは却下しているシーンが説明されています。

そこで真田信之の正室、稲が鳥居元忠との別れの盃の話を持ち出し、天海がうなずくところ、秀忠が異を唱えるも、天海はかの源頼朝公だって、周りがしかとたたえて語り継いで来たため、武家の憧れとなっていると口にし、どんな人間にも間違いはあると尚も言う秀忠に、人でなく大権現と強調するところまでが一連の流れとして紹介されています。また稲はこの時まだ存命で江戸にいたともされている点にも触れられています。

そして元和2(1616)年、危篤となった家康は神号や葬儀関連の遺言を天海らに託し、最終的に権現(東照大権現)となり、この編纂事業も神号を権現としたうえで、神格化するための作業であったのでしょう、これが無駄遣いでしょうかとまとめられています。

ちなみに金地院崇伝が推す明神でなく、権現に決まったのは、豊臣秀吉が明神となったものの、豊臣家が短い間に滅びたからという説があるようです。

『どうする家康』の場合、松本潤さんが強引に頼み込んだようなサプライズばかりで、しかも露骨に『鎌倉殿の13人』を意識している。
佐藤浩市さん。
大竹しのぶさん。
小栗旬さん。
こんな調子だから「主演がキャスティングを左右する」という文春砲の信憑性が増してゆくのです。

例によって、武者さんが『同じサプライズにせよ『大奥』の方がはるかに上出来です。』と書いている点について、
「ここでもまた『大奥』との比較でしょうか。貴方は嫌いな作品をいちいち晒して下げないと『大奥』を評価できませんか。双方の作品にかかわった方々に重ね重ね失礼です」
とまず反論されています。
(両方を観ている人にも失礼かも知れません)

また『鎌倉殿の13人』に出演していたからと言って『どうする家康』に出てはいけないなどと言う制約はないこと、、現場の要望と俳優さんの意思によるものが大きいと思われること、勝手にキャスト予想やあらぬ妄想をして『勘弁してくれ』と言い、『「主演がキャスティングを左右する」という文春砲の信憑性が増した』と、武者さん自身がそう思い込みたいだけではないでしょうかとも書かれていますね。

そして真田昌幸役の佐藤浩市さんは、公式ガイドブックや相関図に『家康さまに何度も苦杯をなめさせる乱世の怪物、真田家当主』として写真付きで載せられているため、サプライズではないと思いますとありますし(私も同感です)、佐藤浩市さんは自身出演が決まった時、
『主役を務める松本潤君とは、昔から家族ぐるみで付き合いがあったので、応援したいという気持ちもありました。ですので、微力ながらお手伝いをさせてくださいという思いで、出演を決めました。』と語っている点にも触れられています。
これに関しては『ステラネット』に記載されています。

佐藤浩市「今作の真田昌幸は、いい意味で大河ファンの期待を裏切りたい」
大河ドラマ「どうする家康」で真田昌幸を演じる佐藤浩市。戦国乱世、表と裏を使い分け、生き残りを図る反骨不屈の男・昌幸。

そして大竹しのぶさんですが、自分のラジオ番組(R1「大竹しのぶのスピーカーズコーナー」)に松本さんが出演してくれたこと、主役を演じるに当たって、相当な覚悟でチャレンジしていることがわかって応援したい、自分にできることはあるかなと考えていたこと、そして
「こうしてお声がけいただいて、潤君が一生懸命取り組んでいる作品に出られることを、友人としてとてもうれしく思いました」
と大竹さん自身がコメントしている点にも触れられています。
また大竹さんは、ドラマのDVDを貰って第1回を観たこと、その時松本さんが相当な覚悟を持っていることがわかったとも語っていることなどが、紹介されています。

出典はヤフーニュースですが、今は記事がありませんので、サライの元記事のリンクを置いておきます。

大竹しのぶさんサプライズ登場で、山田太一さん脚本の伝説の大河ドラマ『獅子の時代』の名場面がよみがえる【どうする家康 満喫リポート】秘話発信編

尚小栗さんはこちらになります。
(『どうする家康』公式サイト)

武者さん盛んに『鎌倉殿』を意識していますが、ならば木村昴さんや川島潤哉さんの名前も出してくれと私は書いたことがあります。あと北香那さんも両方に出ていますね。


飲み物-トディ2
[ 2023/12/24 02:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第48回に関しての武将ジャパンの記事について-1

第48回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。
本題に入る前に、この画像をアップしておきたいと思います。

葵徳川三代秀忠の兜 葵徳川三代椎野道季

『葵 徳川三代』の徳川秀忠、そして椎野道季(安国寺恵瓊家臣)それぞれの兜で、どちらも光が反射しているのが窺えます。画質が今一つで申し訳ないのですが、特に秀忠の場合はあまり天候がいい状態ではなく、道季の場合も吉川広家陣に赴いた時のものです。この2つは屋外撮影ですが、屋内の照明がある状況でなく天候があまりよくない中でも、兜の材質や形状によってはこのように反射することを、ここで書いておきます。


今回は、絶望感で頭を抱えたくなる、主役による子供時代の回想シーンから始まりました。
いい大人が人形を持って走り回るって、どう見てもバカっぽくて……なぜ子役を使わなかったのか、しみじみと切なくなります。

あれはローティーンの頃の家康でしょうし、その年代は子役を使うかどうかは微妙でしょう。『真田丸』でもその年頃の信繁を堺雅人さんが演じていますし、『鎌倉殿の13人』で、魚を手に持って食べていた、恐らく箸で身をせせるのが難しかったと思われる少年時代の義時は、小栗旬さんが演じています。

そして字幕が入る。
人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し――。
最近は、後世の創作として知られますが、
◆ 家康の遺訓「人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し」は後世の創作だった!(→link)
むしろ家康の偉業を出さなくて正解だったかもしれませんね。穢されてしまいそうなので。

何をもって家康の偉業とするかですが、浜松城普請、江戸の町作り、秀頼の後見、関ケ原の勝利そして大坂の陣、すべてこの大河で描かれていますが。

援軍というのは、強い軍勢が味方をしてくれるからこそ意味がある。
こんな視聴率ワースト2位の大駄作に応援されたって、足を引っ張られるだけでしょう。燃え盛った船が自軍に近づいてくるようなもの。全力で追い返しましょう!
特に来年は「穢れ」を気にする平安時代の人々ですから、追い返すための祈祷でもするのではないでしょうか。

「神の君へ」が来年へのエールということですが、案の定武者さんは気に入らないようです。
しかし
「視聴率ワースト2位」
これで何度目でしょうね。昨年あれだけ言っていたNHKプラスの再生回数はどうしたのですか?U-NEXTでも配信されていたはずですよ。そして、総合視聴率がそこそこ高いのは無視ですか?

これ、もう一度置いておきますね。昨年のこのコラムで書かれていた分です(一部ゴシック)。

ネット配信が普及した現在は、記録も容易なことから、特にその傾向が強く、海外ドラマの宣伝を見ていると「驚異的な視聴回数を記録!」といったコピーがついています。
ではなぜ日本では、未だ古めかしい基準に頼っているのか?
メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ。
もう一つ、視聴者数と視聴回数が公表されていないことも確かですが、例えば大河についてNHK側が把握していないわけがありません。
例えばNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』は、視聴率は低いものの、NHKプラスの視聴回数がかなり高かったため、NHKとしては成功とされているようです。
『鎌倉殿の13人』も、視聴回数は公開されておりませんが、かなり高いとか。

女を三つ重ねて書くと「姦(かしま)しい」となります。
性差別的ではあるものの、今回は使いたい。
女が集団でいることが「姦しい」のではありません。女、女、女……と、そういう話ばかりをしている男が「姦しい」のです。

これですが、この漢字は後から作られたもので、本来は「囂(かまびす)しい」、つまりやかましいとか、騒々しいという意味で、男女を問わず用いられるようです。尚「男」を3つ重ねると、「たばかる」になるとの由。

かしましいとはどんな意味?男性も使える?語源の古語、使い方例文、類語、英語も解説!

この作品の家康は「姦しい」英雄でした。
最終回でも、自称“男勝り”な阿茶の前でカッコつけています。
晩年の死を覚悟した演技がこれ?
本当にいつもいつも女といる場面ばかりですね。阿茶に塩対応をされながら、あの話を聞かせて欲しいと言われます。
鯉――どうでもええ……心の底からどうでもええ……。

この家康のどこが騒々しいのか不明ですし、どこがカッコつけているのかもわかりません。また武者さんの一人決めでしょうか。そしてこれが最後かもと言う家康に、自分はそう思っていない(生きて戻ると信じている)と答えることが塩対応でしょうか?阿茶局の性格もあるでしょう。

「いつもいつも女といる」
なぜそうなるのでしょうね。関ケ原とか、小山評定のシーンに女性はいたのでしょうか?
また鯉がどうでもいいなどとありますが、最後の最後でちゃんと出て来ますね。

そして大坂の陣。

本作はゴチャゴチャと時系列をいじくるのが大好きで、それが全く効果的でないのが特徴ですね。
セリフ処理で説明されるばかりの大坂方の苦戦。
真田信繁は、無駄に父・真田昌幸の言葉を思い出していますが、2人の部屋が違和感ある。
なぜこんなにも灯りをつけているのでしょう。当時の油代は、まだ高いものですよね。

「時系列をいじくる」と言うより、信繁の回想(恐らく九度山の)シーンが挟まれただけですが。
そしてセリフ処理も何も、戦場でなく大坂城内にいるわけですから、戦死や行方不明の知らせが伝令によってもたらされているわけでしょう。
そして信繁と昌幸の部屋ですが、多少時代は下るものの、江戸時代の物価を現在のそれに換算したものです。油は決して安くはありませんが、ローソクよりは安いものでした。

江戸の物価・現在価値では幾ら?
(地域防災web)

今年の大河ドラマと認定したい『大奥』では、綱吉時代から夜間の娯楽が増えてゆきます。油代を贅沢に使えるようになるほど泰平の世になった証といえる。
そういうことすら、この名ばかり大河は表現できない。

私はこれ観ていないから何とも言えませんが、ロウソクが普及し始めたせいもあったのでは?庶民には高価でも遊郭などでは使われており、藩によってはハゼの栽培に取り組んでいて、それが需要を後押ししたとされています。

和蝋燭が普及したのは江戸時代に各藩が経済振興策として漆や櫨を栽培して蝋燭が普及していった。蝋燭は、持ち運び可能のため、燭台、提灯、がんどう、ぼんぼりなどの新しい照明器具を生んだ。

江戸のあかり展 II
(太田宿中山道会館)

本作の特徴に“恥ずかしげもなくネタパクリ”というのがあります。
「愉快な乱世を泳ぎ続けよ」
これは要するに、乱世を渡っていく様を船・真田丸にたとえた“パクリ”ですね。
三谷さんの足元にも及ばないのは明白すぎるのに、よくもこういうことをしますよね。
そうやって狡猾に大河ファンに目配せするのがたまらなく嫌だ。

これ全然パクリじゃないじゃないですか。
そもそも船は「泳ぐ」ものでしょうか?一般的に船は進むとか、走ると表現するかと思います。
泳ぐとは人間を始め生物が、手足を動かして水をかいて進むことでしょう。昌幸も乱世という海(信濃だと川でしょうか)を泳いで渡りたいという意味でこう言った可能性もあります。

あと「愉快な乱世を泳ぎ続けよ」は別にこの回でなく、第33回「裏切り者」で既に登場しています。
なぜこの期に及んでこれを出して来たのでしょうか。

それにしても、このドラマのヘアメイクはどうなりましたか?
無駄に汚らしい信繁。
やりすぎアイラインの秀頼。
厚化粧の茶々。
秀頼の甲冑の質感もおかしい。
こんなペナペナした甲冑はみとうなかった。

無駄に汚らしいと言うより、信繁のキャラ設定が多少乱暴者で、戦に飢えているような設定だからこうなっているのでしょう。秀頼のメークは、隈取をちょっと思わせますが、もちろんあそこまでくっきりしておらず、シャドーのような感じで色を入れているかと思われます。元々隈取は表情を強く見せる意味があります。
茶々のメークに関しても、もう3度目か4度目でしょうか。少しは自分で調べてはどうかと思います。

扮装やヘアメイクについてもスタッフの方とご相談を重ね、一から作り上げていきました。扮装部の皆さんは大河ドラマ『葵 徳川三代』で小川眞由美さんが演じられていた茶々を意識していると伺っていたので、私も小川さんのような迫力ある茶々を演じられたらと思いながら取り組みました。

お市の方、茶々…二役を熱演した北川景子さん。意識したのは小川眞由美さんだった【どうする家康 満喫リポート】秘話発信編
(serai.jp)

あと秀頼の甲冑の質感がおかしいのなら、画像を貼って目に見える形で説明して貰えませんか。いや私はおかしいとは思いませんでしたが。

兜に映り込む白い斑点(スタジオの天井照明)は、もう紋様と思うことにしましょう!
最終回まで映り込み続けたこの白い斑点については、さすがにNHKへご意見申してもよろしいかもしれません。
◆NHK みなさまの声(→link)

これに関しては、冒頭で少し触れています。兜に光が反射するのは、兜の材質や形状にもよりますし、屋外撮影でも見られます。

どうかしているぞ! このVFXは!
相変わらず青空がないVFX。

大坂の陣の後、雲が切れていますね。これは何を表しているのでしょうか。

どうする家康第48回予告

視聴者をバカにしているとも思えてくるし、以下の記事のような
◆「大奥」ラストシーン制作秘話!VFXチームが届けたかった“未来”のこと(→link)
◆ 『どうする家康』新技術“バーチャルプロダクション”本格導入でロケ最小限に 背景に働き方&つくり方“改革”(→link)
小賢しい言い訳にも虫唾が走ります。ここは結果が全ての世界ではないんですか?

貴方のいう「結果」とは、一体何ですか?
視聴率のことですか?昨年正反対のことを書いていたのを、上の方で紹介しています。

そして『大奥』のVFXもこれで見る限り、武者さんに取っては虫唾が走る言い訳だったようですね。武者さんの『大奥』批判はこれが初めてです。

あと加藤チーフディレクターは
「現状でやれる範囲のことはやれたと思う」
と言っており、将来的にまだ進化するという含みを持たせています。そしてこの記事には、大規模ロケの難しさも書かれていますが、それも武者さんは気に入らないようですね。だったら自分ですべて手配して、大河の大規模ロケを実現してみてはどうでしょうか。

そして見ていて気になった部分があるので、これよりかなり後ですがご紹介しておきます。

家光の登場シーンですが、

まともな大河ならば、主役の子役を使い回すところ。それをこのマヌケ駄作は、初っ端からデカすぎる竹千代として本役が走り回ったから、それすらできない。
無計画の極みです。
もう、この時点で柳生十兵衛を呼んできて欲しい。竹千代相手に剣術指導をビシバシとして欲しい。

マヌケ駄作呼ばわりもどうかと思いますが、「まともな大河ならば、主役の子役を使い回すところ」と決めつけるのもどうかと思います。別にこの家光は子役が演じているわけですし、それはそれでいいかと思いますが。子役を使い回せないから「無計画」も乱暴ではないかと。

それと家光の剣術指南ですが、柳生十兵衛ではなくて父の柳生宗矩では?元々この宗矩は、黒田長政の紹介で家康の剣術指南(新陰流)となっています。十兵衛も、剣術の稽古に相伴したとは言われていますが、元々は家光の小姓であって年下であり、一時家光から蟄居を命じられてもいますね。

蟄居中十兵衛は、兵法の研鑽に努めていたとされていますが、この間諸国を遍歴したという説もあり、講談や小説、映画などの題材となっています。

飲み物-注がれるワイン
[ 2023/12/20 02:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第48回「神の君へ」あらすじと感想-3

第48回その3、いよいよフィナーレです。


岡崎城内では、皆が忙しそうに立ち働いていた。信長の姫など要らん、祝言など挙げんと逃げ回る信康を、登与や侍女たちが必死に追いかけ、着替えさせようとしていた。姫様はこちらへ向かっておるのかと尋ねる家康に、元忠はのんきなことを言っている場合ではござらん、大変でござると真剣な表情になり。親吉は池の鯉が…と言いかける。それは信長から贈られたものだった。

美濃攻めの陣中から木下藤吉郎が運んで来た鯉は、両家の絆と繁栄の証ということで、信長が自ら選んだものだった。鯉は大中小の3匹で、大きいのが信長、中くらいのが家康、そして一番小さいのが信康を表していた。その鯉がいなくなってしまったのである。家康は藤吉郎の言葉を思い出した。
「万が一、鯉の身に何かあったら、そん時ゃあど~なるか…わしゃ知らんで…気ぃつけや~せ」
そう言って藤吉郎は花を渡した。

なぜよう見張っておかぬかと家康は声を荒げる。大久保忠世が探しているらしかったが、その忠世が差し出したのは、身をきれいに削がれて骨になった鯉だった。誰かが食べてしまったようで、酒井忠次、石川数正も深刻にことを受け止める。その時渡辺守綱が入って来る。織田の使いが来て、花嫁の五徳はもうすぐ到着するだけでなく、信長も同行しているらしい。

贈った鯉を見るのを楽しみになさっているそうでと守綱は言い、家康は余計に落ち着かなくなった。家康は母於大にも尋ねてみる。於大は誰か知っておるかと女たちに尋ねるが、誰もいなかったとの答えが返って来る。しかしそこには笄が落ちており、それには本多と刻まれていた。家康は本多忠勝を問いただすが、忠勝は夕べ榊原康政と槍の稽古をしていただけだった。

確たる証があると、家康は笄を差し出すが、俺が笄を落とすような間抜けとお思いかと忠勝は答え、康政も本多家は平八郎だけではござらぬと言う。さらに康政から、そう言えばのんべえ殿と夏目殿は、ゆうべ遅くまで酒を飲んでいたと聞かされ、のんべえ殿こと忠真と「夏目広信」を探した家康だが、夏目は「広次」にございますと答える。しかし広次と忠真の肴はあぜ豆だった。

忠真に至っては寝入ってしまっており、笄を見せても水を飲みに行っただけ、わしはもう酒を断ったんじゃと、家康と親吉を間違えてつかみかかる。しかも仲裁に入った広次を忠勝と間違えて、また眠ってしまう始末だった。しかし広次はそこで鯉に目がない人物、つまり鳥居忠吉の名を挙げる。忠吉はいくら自分でもあの宝物を食うたりはいたひまへん、多分と言うが、自信がなさそうだった。

物覚えが悪くなっていてあやふやな態度の忠吉に、家康は刀を抜き、成敗しようとする。ついに「食うた」と忠吉が言ったところで、織田家の到着となり、忠吉は誰かが首を差し出さねばならぬのなら、この老いぼれからと背中を向ける。他の家臣たちも成り行きを見守るが、結局家康は、大事な家臣と鯉を引き換えにすることはできなかった。

忠次や数正が今後のことを尋ねるが、正直に言うしかない、逆鱗に触れたら、そんな相手ならこっちから縁組みなど願い下げじゃと家康。では鯉を食うてもお許しくださるのでと尋ねる忠吉に、家康は答える。
「鯉は所詮鯉。食うて何が悪い」
途端に家臣たちの緊張がほぐれて笑顔になり、忠次が、そのお言葉待っておりましたと楽し気に言う。

於大もよう申したと言い、女たちに殿からお許しが出たぞと声をかける。彼女たちは鯉の洗いを持って現れ、登与が、これで晴れて鯉が食べられますなと言い、周囲が笑い声に包まれる。何が宝物じゃ、ばかばかしいと忠勝は言い、康政に至ってはこう口にする始末だった。
「信長にこびへつらうならまだしも、信長の鯉にまでへつらっていられるか」
さらに鳥居元忠は言う。「大事にしたってどうせ死ぬんじゃ。さっさと食っちまったほうがええわ」

結局のところ、皆は家康を担いだのだった。ほんの戯れでございます、お許しをと広次。戯れで済むか、今から信長に謝るのはわしなんじゃぞと言う家康に、忠次は、美濃攻めで忙しくここに来られるはずがないと告げ、家康は安堵の表情となる。主君を一同でからかうとは、何という家臣どもじゃとの家康に、それがひょのと家中のよいところじゃと忠吉。

あのまま手討ちにしたらどうするつもりだったんじゃとの言葉に、さようなことはなさらぬと信じておりましたと康政。皆、殿というお人とそのお心をわかっていると忠勝。家臣たちが次々と礼を述べる中、家康は涙を流し、床に座って心より感謝申し上げると述べる。年老いた家康もまた座り、一礼するような姿勢を取った。その時
「お幸せでございますな、殿」
の声が聞こえ、瀬名が現れる。

わしは幸せ者じゃなと家康は涙をこぼしつつ笑う。老いた家康もまた涙を流しつつ座っていた。

岡崎城。2人の婚礼を祝ってえびすくいが披露される。その様子を見ながら、瀬名はまるで戦などないみたいと言い、家康は、わしがなしたいのは、今日この日のような世かも知れんなと言う。

「是非ともあなたが作ってくださいませ」
「わしには無理じゃろう」
「フフ…ただの白兎ですものね」
「ハハッそうじゃ。フフフ…だが、この者たちを見ていると、いつの日かそんな世が来るような気がするのう」
「まことに…」
「わしは信じるぞ。いつかきっと、そんな世が来ると」
「フフ…はい」
「いつか、きっと…」

2人の目の先には、高層ビルと東京タワーが立つ現在の東京の姿が見えていた。


このパート3、大部分が鯉と婚礼の話なのですが、同時にここで家臣たちを再登場させたと言えるでしょう。そして家康に対する家臣の「ありがとう」、家康からの「感謝申し上げる」は、元和2年時点での家康の心境であるかと思われます。実際この後、多くの犠牲を払いながら、家康が理想とした世の中は実現を見ました。そしてこの家臣たちは、渡辺守綱を除いて、すべて家康に先立っています。

もちろん瀬名と信康もしかりでした。瀬名がここで「あなたが作ってくださいませ」と言うのに、この後の築山での会合がダブります。家康の戦無き世作りを支えたのは、既に亡き人となっていたこの正室でした。ところで家康のセリフ
「わしには無理じゃろう」
 ↓
「いつの日かそんな世が来るような気がするのう」
 ↓
「わしは信じるぞ。いつかきっと、そんな世が来ると」
と、徐々に変化して行っています。

また家臣たちのセリフに、それぞれのキャラ設定に加え、その後を窺わせるようなものを感じます。忠勝と康政の槍の稽古などは、第44回の年齢を重ねた2人の勝負をほうふつとさせますね。あと守綱役の木村昴さんの声、やはりいいです。この辺り、『葵 徳川三代』で細川忠興を演じた佐々木功(現・ささきいさお)さんを思わせます。

鯉の話が所々出て来ながら、なぜその全貌が明らかにならないのか、あるいは後の方で出て来るのかと思っていたら、やはりその通りだったようですね。あの骨になった鯉、動物が食べたにしてはきれいだから、人間のしわざだろうと思ってはいたのですが…しかし若い家康はまんまと担がれたようで、その点、そして忠吉を殺めようとしなかった点、どちらもこの殿の人間性であると言えます。

そして最終回は、通常初めに来るクレジットが後から紹介され、その時OPテーマが一緒に流れるものですが。今回は、皆がえびすくいを踊っている印象がやはり強かったです。実際巡回展に行った際、感想を書くカードにこの「えびすくい」について書かれており、それだけこの大河でも特にインパクトがあったわけですが、それに応えるかのような終わり方でした。


飲み物-2つの赤いカクテル
[ 2023/12/19 23:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第46回に関しての武将ジャパンの記事について-4

第46回関連の『武将ジャパン』大河コラムについてその4です。
本題に行く前に、この第46回で登場した家康の「日課念仏」。あの「南無阿弥陀仏」を書き綴って行くシーンに関して、こういう記事がありました。

NHK大河「どうする家康」家康(松本潤)の日課念仏にネット悲痛「もしかしてこれが殿の救い…」
(サンスポ)

これ、『葵 徳川三代』にも確かありましたね。


『どうする家康』は、結果的にWebメディアの問題点や信頼性も下落させることに繋がるのではありませんか?
ノベライズ担当者が毎週露骨に持ち上げている。
ジャニーズと関係の深いスポーツ新聞系メディアの提灯記事も激しい。

武者さんが嫌いだからそのように思うだけで、メディアの扱いは例年の大河とそう変わらないかと思います。そして
「ノベライズ担当者が毎週露骨に持ち上げている」
木俣冬氏のことでしょうが、確たる証拠がありますか?自分の判断だけであれこれ言わない方がいいと思いますが。

そして「ランキング系記事の信頼性低下」とかで、
◆NHK大河ドラマの歴代「徳川家康」、ハマり役だった俳優ランキング! 2位「津川雅彦」、1位は?(→link)

これも組織票が使えるランキングは当てにならないなどとありますが、ではこの手のランキング、武者さんが好きな大河であっても組織票頼みということになりますね。
そして
「『どうする家康』は視聴率が低迷している。関連書籍も少ない。NHKの番宣は激しいものの、民放は追随しようとしない」

視聴率低迷-あまり何度も言いたくありませんが、武者さんが好きな『パリピ孔明』も『大奥』も視聴率は高くありません。
関連書籍が少ない-ガイドブックと一緒のコーナーの本は、そこそこ冊数も種類もあります。
NHKの番宣は激しいものの、民放は追随しようとしない-民放のバラエティでも家康とか戦国とかかなりありますし、『どうする家康』のテーマを流した番組もありましたが?

同様の現象は『青天を衝け』でもありました。
特定俳優のファンダムが熱いだけで、歴史好きはそこまで反応していないことが、データから浮かんできます。
そういう役者のファンは歴史に興味はない。

では『青天を衝け』でどのような現象があったのか、ここで再度ちゃんと書いてください。

そもそも、こういうランキング記事で強引に『どうする家康』を捩じ込まれるところがかえって胡散臭い。
百戦百勝は善の善なる者に非ず。視聴率ワースト2位なのにランキングで上位に入り込むのは、組織票ありきと自白しているようなものでは?

今年の大河だからこれはありうると思います。こう書かないと武者さんは気がすまないのかと思いますが。
第一そんなにいやなら、こういうランキング見なければいいのに、こういうのは『どうする家康』とか大河歴代家康に興味がある人が見て楽しむものでしょう。

「百戦百勝は善の善なる者に非ず」
毎回戦って勝っても、損害が出るようでは得策ではない。戦わずして勝つことも大事。
これとそれとどういう関係が?

先憂後楽:来年以降の嵐もとい荒らしに備えておこう

この諺ですが
「支配者が民より先に国家のことを心配し、民よりも遅れて楽しむ」ですね。
先に苦労を経験しておくと、後で楽ができるという意味もあります。

そしてこの後ですが、
「一部の熱狂に頼った結果、今後、最悪のケースになることもありえます」
として、前作の熱狂的なファンが、次作を貶める。あるいは粘着質のアンチが、次作を白々しいまでに褒めちぎるなどとあります。

大河ドラマの場合は『平清盛』、『八重の桜』、『いだてん』と『麒麟がくる』でそんな現象を見かけました。
2012年から2013年、2019年から2020年の大河ファンダムは序盤で荒れました。第一話の時点でアンチがつき、SNS投稿を繰り返していたものです。
そうした過去を踏まえると、来年の序盤も相当たちの悪いアンチが生まれるかもしれません。

清盛といだてんのファンはたちの悪いアンチと決めつけている感がありますね。そして「どう康」ファンもたちが悪いと言わんばかりの書き方です。

これ何度も言いますが、大河コラムですよね。なぜ大河コラムでネット上のファンダムの話などを長々とするのでしょう。特に朝ドラなら、noteの方でやればいいだけの話です。その朝ドラ関連では、

朝ドラ発の「反省会」もおなじみ。はなから反省会ありきで来年は荒れるでしょう。
そこから距離を置くことも大事ですね。

「距離を置くことも大事ですね」
大事ですねも何も、これは自分には向かないと思ったら身を引くのが一番賢明かと思います。その割に武者さんは、ハッシュタグがどうのこうのと散々書いていたことがありますね。無理してファンダムをのぞくこともないと思います。さらにこういう場合はファンダムが悪いと騒ぐのではなく、自分でベストな方法を模索して身を処するようにしてください。

あと

“推し活”はよいことなのだろうか?
推し活が今、当然のことのようになっています。
誰しも推しはあってよいですし、そもそも本人の自由です。とはいえ、行き過ぎは警戒した方がよいのでは?

では「行き過ぎ」の基準は何であるのか、それをちゃんと書いてください。第一、ひとの趣味に首をやたらに突っ込むべきではないと思います。さらにその次に
「金を落とすことが推し活ならば、資本主義に利用されているとも思えます」
などとあり、いきなり何なんだろうなと思います。お金を落とすことが社会にお金を回しているとも言えますが。

ジャニーズ、歌舞伎、宝塚と、今年は「推し活無罪」とは言い切れぬ出来事が次から次へと起こりました。
よりにもよってその推し活ブームに、なぜ大河ドラマまで巻き込まれてしまったのか。虚しくなってきます。
推し活は、一歩間違えれば大変なことになります。

ちょっと強引に推し活と絡めているようにも見えます。
特に大河の場合、色々な俳優さんが出ているわけで、推しだから観たいという人もいるし、そういう人に対して、上から目線(のように見えてしまいます)でとやかく言うべきではないと思いますね。
それと所属事務所のトラブルと、個々の所属タレントは分けて考えるべきだと思います。

道は一つだけでなく、例えば諸葛亮の推し活ならば、『出師表』を読むとか、書写したって良いはず。
歴史ファンは元来そういうものだった気もします。

芸能人のファンの話をしていて、なぜ急に諸葛亮の話になるのですか。

学ぶにあらざれば以て才を広むるなく、志あるにあらざれば以て学を成すなし。諸葛亮『誡子書』
学ぶことで才能は開かれるのです。その志がなければ、学問が完成することはありません。

これですが、
「『学ばなければ』才能は開かれず、志がなければ学問が成就することはない」
ではないかとも思いますが。

脚本家のインタビューがどっと出てきました。
◆NHK大河「どうする家康」脚本・古沢良太氏「大きな挑戦でしたが、よやりきったなと」(→link)
大きな挑戦だのなんだの、キレイな言葉で飾られているものの、この方は「武士が何か?」ということすらじっくり思考されなかったのだな、と感じます。
先日、このドラマの過ちにあらためて気づきました。
ワンパターンでしつこい「覇道と王道」論争です。

この「覇道と王道」がしつこいですか?
毎回のように出てきたらしつこく感じるかも知れませんが、要所要所で出て来ているだけかと思います。

このドラマを見ていると、家康は王道を掲げた「王者」になるように思えます。そう誘導していますよね。
しかし、彼はどう考えても「覇者」です。
それが武士では?
武力で敵を制圧しておきながら、どうして「覇者」でないのか。
征夷大将軍とは、夷を征する将軍という意味です。天皇という徳で世を治める王者から、覇者としての位を授かっているという名目です。

この場合王道というのは、今川義元が言う「戦乱の世を終わらせ、徳をもって世を治める」ということです。
覇者としての位というのがちょっと曖昧ですが、家康はこの義元の薫陶を受け、戦無き世を作って王道の政を行うという意味に取るべきではないでしょうか。あとこの時代、帝は直接政にはかかわらず、臣である武士がそれを行うシステムでしたから、将軍が仁政を敷くという形になります。

でその後
『麒麟がくる』や『鎌倉殿の13人』、さらには『大奥』の例が挙げられています。いずれも武士は覇者で、王者は天皇(帝)であるというものです。
とありますが、義元は王者とは言っていないはずです。
あくまでも覇道、義元が言う、信長などが行おうとする武力による統治の対立概念としてとらえるべきでしょう。

このように、まっとうなドラマと日本史の認識では、武士は「覇道」を歩むものであり、その頂点である征夷大将軍は「覇者」となります。
「王道」と「覇道」の対比は、中国ならば通じる話ではありませんか?

「まっとうな」というか、武者さんが好きなドラマですね。そして中華帝国と日本は事情が異なります。
武士であっても徳をもって行う政治、仁政というのはありましたし、江戸時代は朱子学の影響もあってそれが広まったと言っていいでしょう。
武者さんが好きな会津の藩主でもあった、保科正之の政がひとつの代表例なので、刀剣ワールド様のサイトを置いておきます。

保科正之 
(刀剣ワールド)

「王道」「覇道」の話って、『鎌倉殿の13人』が渡したバトンを落とすことでもありました。
あの作品の最終回では、家康が『吾妻鏡』を読んでいます。
源頼朝の「覇業」を前例として東国武家政権を作る狙いをふまえれば、秀逸な展開。
それなのに本作はせっかくのパスを活かせない。

「バトンを落とすこと」
なぜそういう解釈になるのでしょうか。
そして江戸幕府は全国を網羅する政権であり、「東国武家政権」ではないはずですが。あと『吾妻鑑』は家康の愛読書とされており、こちらでは『新刊吾妻鏡』の刊行が紹介されています。

家康の出版事業
(国立公文書館)

そして『貞観政要』です。
英雄タイプということならば、「守成」と「創業」という『貞観政要』に出てくる分類もできた。
『貞観政要』は『鎌倉殿の13人』でも言及されていますし、今週出てきた林羅山の師匠である藤原惺窩だって、家康相手に講義しています。

この間同じようなことを書いていましたが、その時藤原惺窩には触れていませんでしたね。
ちなみにこうありました。

この年齢になって、ドスのきいた声で、見下ろすように王道と覇道の話をする。
これしか漢籍教養が身についていないって、絶望しかありません。林羅山を出して『貞観政要』すらやりませんからね。
なぜ林羅山を出したのか……理解に苦しみます。

そんな重要なこともこのドラマは活かせない。

何度も言うようですが、やはりドラマをちゃんと観ていないようですね。羅山が呼ばれたのは方広寺梵鐘の銘文関連です。なのに
「そんな重要なこともこのドラマは活かせない」
などと言ってほしくないものです。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2023/12/08 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第46回に関しての武将ジャパンの記事について-2

第46回関連『武将ジャパン』大河コラムについてその2です。それから先日分で「最後まで最悪の衣装センスだった」を入れ忘れていましたので、訂正しています。


家康が「地獄を背負う」と言いますが、そもそも、どう背負うのでしょう?
『麒麟がくる』では「仏を背負う」という仏僧に苛立った織田信長が、仏像を背負って歩き回る場面がありました。
あれは比喩を理解できない信長の特性が出ていて面白かった。
しかし、地獄は背負えるものではありません。
「地獄に堕ちる覚悟だ」
あたりの言葉ではいけませんか? もっと具体的に「修羅道へ堕ちる覚悟だ」でもよいでしょう。

まず家康の「地獄を背負う」
正しくは
「信長や秀吉と同じ地獄を背負い、あの世へ行く」
です。
この場合の「背負う」は、もちろん責任を引き受けるという意味であり、かつて世の中を制した一方で、負の側面もあった信長、そして秀吉と同様に、生き地獄の苦しみを負う覚悟だという意味でしょう。
単に「地獄に堕ちる」とはわけが違うかと。

てか武者さん、妙な具合に額面通りに受け止めたがっていないでしょうか。

もともと歴史に興味がないと公言してしまう脚本家ですから、ちょっとしたセリフも違和感が出てしまう。そんな場面でした。

×「ちょっとしたセリフも違和感が出てしまう」
〇「武者さんがそのセリフの意味するものを理解できていない、あるいは理解しようとしていない」

この世界はなぜ白い霧が湧いているのか?
産業革命のロンドンか!
そう突っ込みたくなるほどスモークがかかっている本作。
なぜか?
スタジオ撮影を誤魔化したいからでしょう。大坂の陣に集まった連中の数が、高校の体育祭以下でわけがわかりません。
今回もまたツルツルテカテカの兜に、ピカピカと天井の照明が反射していました。
今どきメルカリの出品者でも“映り込み”のケアをする人は多いのでは?

スモークは前から書いていますが、戦がまだ続く世を象徴しているようにも取れます。こういうのは、最終回を待ってから書いてもいいのではないでしょうか。
そして、
「大坂の陣に集まった連中の数が、高校の体育祭以下」
秀頼や茶々、千姫に目通りできる人々が限られているからではないでしょうか。兵はここまで入れませんからね。

そして
「今回もまたツルツルテカテカの兜に、ピカピカと天井の照明が反射」
その根拠をお願いします。前から同じことを繰り返し書いていますが、これに関してきちんとした根拠が示されたためしがありません。

そして「もう『鎌倉殿』オマージュはやめて」なる小見出しで

その体育祭レベルの規模で、茶々が語彙力の低い演説をするところは恥ずかしすぎて目を逸らしてしまいました。
北条政子をやりたいことはわかった。しかし何から何まで及ばない。

「北条政子をやりたいことはわかった」
誰かそう書いていたのですか?武者さんの妄想ではないでしょうか。もしそういう記事があるのなら、出典をお願いします。第一茶々は御台所でもないわけですし、それにこの場合、大坂方は「仕掛けた」側であり、昨年の北条方とはまるっきり違いますけど。

そして
「下劣で化粧が濃い茶々」だのなんだの。
北川さんが役作りのためにこうしているのを、全く理解していないようですね。

お市の方、茶々…二役を熱演した北川景子さん。意識したのは小川眞由美さんだった【どうする家康 満喫リポート】秘話発信編
(serai.jp)

扮装やヘアメイクについてもスタッフの方とご相談を重ね、一から作り上げていきました。扮装部の皆さんは大河ドラマ『葵 徳川三代』で小川眞由美さんが演じられていた茶々を意識していると伺っていたので、私も小川さんのような迫力ある茶々を演じられたらと思いながら取り組みました。

ちなみに『葵 徳川三代』の小川真由美さん扮する茶々です。

葵徳川三代淀殿
(『葵 徳川三代』より)

あと
「体育祭感覚の浪人ども」
とありますが、この場合は寧ろ「牢人」が正しいかと。

開戦経緯がわかりません
放送時間が足りないのは仕方ないにしても(いや、自業自得か。瀬名救出に2回! 側室やら侍女マラソンやら……)、戦闘経緯があまりにも雑な省略でワケがわかりません。

「開戦経緯がわかりません」
それは武者さんがちゃんと観ていないからではないでしょうか。
少なくとも第44回、関ケ原が終わった頃から、千姫の輿入れや秀頼の成長など、今後の対立をほのめかすシーンはあったはずなのですが、そういう描写はお構いなしで、挙句の果ては家康が「下心のあるおじさん」だの。

しかし、千姫相手にそのスイッチを入れてしまうと、とてつもなく恐ろしいことになります。
この二人の場面は、祖父と孫娘には見えない。不気味な下心のあるおじさんと少女に見えてしまいました。
怖すぎます。

そしてまた『大奥』。

省略の技術が圧倒的に拙いのでしょう。『大奥』との違いに愕然とします。
『大奥』は原作を相当圧縮していますが、その切り方、再構成、研究の反映が見事というほかない。天衣無縫、縫い目がわからぬほど綺麗な流れとはまさにこのことです。
それに比べたら、本作は継ぎ目がレゴブロックのように見える。
何もかもが恥ずかしく、煮詰めた恥辱が流れている……確かにこれは“地獄を背負った”ドラマかもしれませんね。

『大奥』と違って、『どうする家康』は原作がありません。ですからその意味で単純比較はできません。
そして、「レゴブロックみたいな継ぎ目」て、具体的にどういう継ぎ目のことでしょうか。なんだか、比喩となる表現がいちいち子供じみているように見えて仕方ないのですけど。

「何もかもが恥ずかしく、煮詰めた恥辱が流れている」
何が恥ずかしいのですか?
「煮詰めた恥辱」て具体的に何ですか?
全く具体性のない表現ばかりでお茶を濁さないでいただきたいと思います。本当は何もわかっていないのではありませんか?ろくに観てもいないようだし、あらすじも今年は一切書いていない、駄作だ何だという前にまずドラマそのものをきちんと紹介してください。

予告では真田丸を出すと言い切った。
そうかそうか、千田嘉博先生が解説したような真田丸が見られるのかな?
と思いきや、引いた映像で一瞬だけ真田丸の全貌を映し、後はせいぜい体育祭の借り物競走程度の戦闘でした。

予告(公式サイトのあらすじでしょうか)では
「そんな徳川の前に真田丸が立ちはだかる」
とあります。
しかしそれをもって
「千田嘉博先生が解説したような真田丸が見られるのかな」
と思うのは、武者さんの希望的観測にほかなりません。

あんな調子で『こんな砦を落とすのなんて絶対無理だろ!』と思った視聴者はいるんですかね。
あまりにも合戦に対する“熱”が感じられません。

この2行で、『どうする家康』を理解していないのが窺えますね。恐らくは、最初から真剣に向き合おうともしていなかったかと思います。
この大河は戦のかっこよさを描く大河ではありません。寧ろ戦で死ぬ者たち、その後の無情さを主張する描写が多いです。真田丸のシーンでも、銃撃とそれによって落命する兵たちが描かれているわけで、きちんと観ている人であれば、この大河らしい戦の描き方と捉えるでしょう。
ただ武者さんの場合はそうではないということです。

そして

例えば司馬懿主役の華流ドラマ『司馬懿 軍師連盟』の前半は、政治劇中心です。そのためほとんど合戦シーンはありませんが、ここぞとばかりに出てくると、実に迫力ある戦いが描かれます。
映し方一つで、いくらでも合戦の迫力は出せるのだな、と思わされる。

繰り返すようですが、この大河はそういう合戦を描きたいのではありません。最初からネガティブに、如何に叩こうかばかり主眼に置いているから、この作品が何を言わんとするのかがわかっていないのかと思われます。

今ならAmazonプライム会員は無料です。よろしければご覧ください。

これ広告料貰っているのですか?
ならばこれは広告ですと明記しないと、法律違反ですよ。
それとプライムなら、小栗さんが出る「かぞく」も配信されているはずなのですけどね、なぜかそちらには触れず。

小道具班はニコライ・バーグマン押し花を作らされたせいで、士気が尽きてしまったんですかね。
どうにもおかしい。和紙に筆で描いた線に見えないシロモノが頻出します。
腹が立ってくるというより、悲しくて頭を抱えたくなるだけです。
『大奥』スタッフはウキウキワクワクとしながら、懐中時計や薩摩切子を取り揃えているのに、大河はどうしてこうなってしまったのか……。

ニコライ・バーグマン関連は武者さんが勝手にそう思っているだけですね、
そして「和紙に筆で描いた、線に見えないシロモノ」とは何ですか。悲しくて頭を抱えたいのなら、勝手にそうしていてください。共感も同情もしませんが。

そして、『大奥』スタッフの懐中時計だの薩摩切子だの、なのに大河はどうしてこうなってしまったのだとか、この前と同じネタをまた使っていますね。それしかないのですか。


飲み物-おしゃれなグラスのビール
[ 2023/12/06 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『葵 徳川三代』の関ケ原5(大砲と兜と陣羽織)

半月以上投稿していませんでしたが、『葵 徳川三代』の関ケ原について。これが最後になります。

石田三成の隊が、徳川軍(所謂東軍)に向けて大砲を放ったのがこのシーンです。三成は大坂から大砲を運んだと伝わっており、この時3門の大砲を放って、東軍に30名ほどの犠牲者を出したと、藤井治左衛門の『関原御合戦当日記』(関ケ原合戦資料集)には記載されています。

その砲弾が炸裂するシーン、向こうに黒田の騎馬武者が見えます。

葵徳川三代関ケ原大砲

またネット上で見た限りでは、銘「野田甚兵衛」という大砲であるとされています。
リンクを置いておきます。


関ケ原と言えば、これよりもはるか後の話ではありますが、『黒田家 故郷物語』に福岡城で年配の武士たち、言うなれば「関ケ原世代」の武士たちが、この戦での三成の家臣、嶋左近について話す場面が登場します。
そしてこちらは、その関ケ原より前、七将が家康の屋敷を訪れるシーンです。
「変わり兜七人衆」
といった感じではありますが。
(前列:福島正則、加藤清正、黒田長政
 後列:細川忠興、藤堂高虎、浅野幸長、加藤嘉明 いずれも向かって左から右)

葵徳川三代七将

これでは三成は治部少輔丸に立てこもったのではなく、家康のもとに逃げ込んだという設定となっています。かつてはこの説が広く用いられていました。そこでその翌日、三成を引き渡せと彼らが家康の屋敷に押し寄せ、応対に出た本多正信や大久保忠隣と押し問答になるわけです。

そしてこちらは大坂の陣関連です。
『どうする家康』では、家康は寅年であるにもかかわらず、母於大は卯年であったなどと話しています。そしてこの大河では家康の陣羽織に虎、そして秀忠の陣羽織に兎が入っています。
ちなみに秀忠は天正7(1579)年生まれで卯年です。今から444年前のことです。ちょっと『どうする家康』アバンに、何度か出て来た「白兎」を連想します(今は狸となっていますが)。

葵徳川三代秀忠兎の陣羽織  葵徳川三代家康陣羽織

画像はいずれも『葵 徳川三代』より。
[ 2023/12/06 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第46回「大坂の陣」あらすじと感想-2

第46回後半部分です。
本文の前に公式サイトの、柘植伊佐夫氏のコラムが更新されていることをお知らせしておきます。その中で茶々の打掛やメーク、あるいは第45回で秀頼が舞ったのが蘭陵王であることについて触れられていますので、リンクを置いています。

人物デザインの創作現場から vol.12 ~ 秀吉とその後 part.2 ~
(どうする家康公式サイト)


正信は秀忠が総大将として全軍を率いるつもりであること、しかし本音は千姫のことを案じているのではと言い、家康に、秀忠にすべてを任せるよう促す。秀忠は戦を知らんと家康。我らがついておると正信は言うが、家康はそうではない、戦は知らんでよいと言っておる、人殺しのすべなど覚えんでよいと口にし、さらにこの戦は徳川が汚名を着る戦となる、信長や秀吉と同じ地獄を背負いあの世へ行く、それが最後の役目じゃと続ける。

正信も立ち上がってこう言う。
「某もお供いたしますかの。こっちはもともと汚れ切っておりますもんで」
嫌な連れじゃなと家康。そうでしょうなと正信。そして2人は笑う。家康はその後、紙に「南無阿弥陀佛」の字を書きしるす。

大坂では、徳川に恨みを持つ牢人たちが血気にはやり、家康の首を上げると息巻いていた。そこへ秀頼、茶々そして千姫がやって来る。秀頼は一同にこう声をかける。
「豊臣に忠義を尽くして来た皆々、苦しくひもじく、恥辱に耐える日々を送って来たことであろう。よくぞここに集ってくれた。心より礼を言う!」
中には大谷刑部吉継の子吉治、黒田家家臣であった後藤又兵衛、関ケ原でも戦った明石全登(てるずみ)、二度も徳川に勝利した真田信繁などがいた。信繁は、武田信玄より受け継ぎし兵法のすべてをお見せすると語る。

茶々は、天下をかすめ取った卑しき盗人が豊臣を潰しに来た、かような非道許されてよいものかと前置きし、そなたたちは皆我が息子である、豊臣の子らよ、天下を一統したのは誰ぞと問いかける。一同は太閤殿下と答え、正しき天下の主は誰ぞとの問いに、口調を合わせて秀頼様と答える。今この時徳川家康を討ち滅ぼし、天下を我らの手に取り戻そうぞと茶々は檄を飛ばすが、千姫は複雑な気持ちだった。

秀頼は秀吉の唐入りの夢に触れ、その夢を受け継ぐ、共に夢を見ようぞと呼びかける。さらに茶々は千姫に、豊臣の家妻として皆を鼓舞するようにと強く言い、千姫は前に進み出て、豊臣のために励んでおくれと一同を激励する。茶々は満足そうだった。そしてこの慶長19(1614)年冬、徳川方は総勢30万人の大軍勢で大坂へ進軍。対する豊臣は10万だった。関ケ原から14年ぶりの大戦、大坂の陣が始まろうとしていた。

家康はこの時、大坂城から1里ほど南の茶臼山に布陣する。そして豊臣から離れた片桐且元を迎え入れていた。もちろん家康の狙いは、大坂の情報を且元から聞き出すことにあった。また本多正純は、戦を知らない若い者が多いことから、渡辺守綱に彼らを仕込んで貰っていると家康に伝える。守綱も年齢を重ね、若いやつは戦を知らんくせに、血気盛んで言うことを聞かんと不満を洩らす。

おまけに礼儀を知らんと言う守綱に、お前に言われたら世話はないと家康。そして家康は三河一向一揆の時、守綱が自分の頭を思い切り叩いたことを話す。それでも殿はお許しくださったと言う守綱に、一度たりとも許した覚えはないと家康。気まずくなった守綱は家康の前へ行き、ぶっ叩いてくだせえと言うが、守綱を殴ったのは正信だった。家康は笑いながら、そなたのような兵がわしの宝であった、その全てを若い兵に教えるようにと言う。

すると秀忠がやって来て、布陣図を見せる。得意げに説明する秀忠に家康は、指図は自分が出す、そなたはそれに従え、この戦の責めは自分が引き受けるとも明言する。そして、大坂城周辺で双方の局地戦が始まる。しかし数に優る徳川軍は大坂方を圧倒した。しかし豊臣方は話し合いに応じようとはせず、秀頼はこの大坂城は難攻不落、籠城すれば落ちることはないと家臣たちに言う。

大野治長はそれにうなずき、備前島に大筒を並べておるが、あんなこけおどしに頼るようでは徳川も落ちたものよとまで言う。また茶々は、敵は大軍と言えども長らくの太平をむさぼった飼いならされた犬、翻って我らの兵は、この時のために鍛錬を積んで来た、手柄に飢えた虎よ、負けるわけがないと意気軒高だった。そして家康は、陣中で南無阿弥陀佛を書き続けつつ、咳込んでいた。

そこへ正純が来て、前田勢ら合わせて数千の兵が討ち死にしたことを伝え、あの出丸でと彼方の方を向く。その出丸こそ真田丸で、大坂城を守るため真田信繁が築いたものであり、ここからの銃撃戦で徳川方の多くの兵が命を失った。乱世を泳ぐは愉快なものよと信繁。それはかつて、父昌幸が言ったのと同じであった。この信繁の活躍は、盛親や吉政により秀頼に伝えられた。面白いように死んでおりますると吉政。

治長は、家康は再三和議を入れているが、応じることはありませぬと余裕ありげで、我らは戦い続ける、家康に死が訪れるその日までと牢人たち共々誓う。複雑な表情の千姫。そして家康は最後の南無阿弥陀佛を書き終えた後、大筒を使うことを正信に打ち明ける。あれは脅しのためでは、本丸には届かんでしょうと秀忠は抗議するが、家康は覚悟を決めており、秀頼を狙う、戦が長引けばより多くの者が死ぬ、これがわずかな犠牲で終わらせるすべじゃと言う。

尚も何か言いたげな秀忠を、主君たるもの、身内を守るために多くの者を死なせてはならぬと家康は諭す。そして備前島の大筒を発砲させる準備が整い、且元は今頃の時間、誰がどこにいるかを教える。秀頼はこの時間本丸にいた。正純の号令により、大坂城本丸へ弾が撃ち込まれる。この砲撃で大坂城内はパニックになり、治長は卑劣なやつらめと口にし、秀頼は、女たちを天守へ逃がせと命じる。

茶々と侍女たちは本丸へ急ぐが、その背後で煙が上がる。そして備前島では且元が、恐らく天守へ向かって逃げるでしょうと言い、今度は天守に弾が撃ち込まれる。天守に入った茶々たちのもとへ砲弾が飛び、茶々はまやかしの脅かしに過ぎぬと言うが、千姫は恐怖にさいなまれていた。侍女たちを上に逃がす茶々だが、砲撃は終わらない。秀忠はこんなの戦ではない、やめろと家康に涙ながらに直訴するが、家康はこれが戦じゃと言う。

この世で最も愚かで醜い人の所業じゃと家康は辛そうに口にする。その気持ちは武装した阿茶局も、正信も同じだった。天守への砲撃はやむことなく続き、茶々は天井が落ちそうになるのに気づく。しかもその下に千姫がいたため、茶々は我が身を挺して千姫を守る。やがて気がついた千姫は茶々が傷を負って倒れており、さらに侍女たちが皆天井の下敷きになっているのを目の当たりにする。


家康は正信と大坂を目指し、茶臼山に陣取ります。そして片桐且元は徳川の家臣となっていました。家康は且元から大坂の内情を聞き出すことにします。それから渡辺守綱、彼もまたかなり年齢を重ねており、戦を知らない若い奴らが言うことを聞かん、礼儀も知らんと不満そうです。かつて三河一向一揆の際、家康の頭を叩いたこともある守綱ですが、こういう骨のある人物を家康は買っていました。そして、若い兵の鍛錬を任せます。

片や大坂の方はと言えば、牢人たちに対して茶々は豊臣の子らと呼びかけます。主たる戦力が限られる豊臣方に取って、彼らの存在は大きな救いでした。局地戦では徳川方が有利であるものの、真田信繁は父昌幸仕込み、ひいては武田仕込みの戦術で真田丸を作り、徳川方を散々な目に遭わせます。これで豊臣方の士気は上がり、家康への敵視が強まる中、千姫は針の筵のような心境であったと思われます。

なかなか降伏しない豊臣方に対し、ついに家康は奥の手を使うことになります。それは備前島の大筒でした。これに対しても豊臣方はこけおどしなどと言ってはいたのですが、その破壊力はかなりのものでした。真田丸では多くの敵兵を殺した豊臣方ですが、今度は自分たち、しかも秀頼の母の茶々にまで被害が及ぶことになったわけです。こんなの戦ではないと言う秀忠に、これが戦じゃと言う家康。修羅場を体験した人物らしくはあります。

そして茶々の言葉。
「敵は大軍と言えども長らくの太平をむさぼった飼いならされた犬、翻って我らの兵は、この時のために鍛錬を積んで来た、手柄に飢えた虎よ、負けるわけがない」
確かに彼らは手柄を求めようとしていました。しかし正規軍と牢人たちの軍では、やはり軍規や意思統一の面で異なっていたのは事実でしょう。無論将軍に誓紙を出していた大名たちは、誰も豊臣軍に味方せず(できず)、それもまた大きな痛手だったはずです。

あと大野治長が馬上で「ひるむな、前へ、前へ」と兵たちを鼓舞していますが、これは確か『葵 徳川三代』の関ケ原のシーンで、黒田長政が兵たちを指揮していたのと同じセリフですね。他にも茶々の衣装など、あの大河と共通する点が垣間見られます。

飲み物-ホットワイン2
[ 2023/12/05 02:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第45回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第45回に関する『武将ジャパン』大河コラムその3です。


三浦按針がやっと和服を着ました。
「どうだ! お前が前回文句つけてたけど、ちゃんと和服になったぞ!」
そんな風に言われそうですが、これだけ時間が経過していたらそうなるでしょう。

時間が経過したと言うより、三浦按針という武士になって所領を与えられたからではないでしょうか。

むしろこれだけ時間経過しながら、まだ時計の話というのは一体何なのか。
そう思っていたら、もうどうしようもないことを言い出しました。
大筒をここで三浦按針に調達させたいってよ。三浦が「あれは威力が大きい」と心配そうな表情ですが、問題はそこですかね。
あの時点で発注して、大坂の陣に間に合うのか? どういうルートで、誰に依頼するのか?

まず時計の話は慶長17(1612)年です。
そして大筒は、大坂の陣で使われています。これは慶長19(1614)年です。イギリス(イングランド)から購入していますが、2年あれば届くのではないでしょうか。

尚これに関しては、大砲がイングランドで大量生産できるようになったという背景があります。こちらを置いておきます。

徳川家康が購入し、大阪冬の陣に使用した、カルバリン砲について知りたい。
(レファレンス協同データベース)

そして
「当時はまだAmazonショッピングはできませんからね」
Amazonで兵器を扱っているのでしょうかね。
武者さんらしいというか、ご本人は相当イケていると思っているのかも知れませんが。

そもそも関ヶ原の時点で大砲はありました。BBC『ウォリアーズ』ではそうちゃんと描かれていたものです。

何も『ウォリアーズ』を引き合いに出さなくても、関ケ原の石田三成隊の大砲で、黒田、細川といった東軍諸将は苦しめられているはすですが。
そしてまた他作品PRですか。まあこれは後に置いておくとして。

文禄・慶長の役でも、明軍のフランキ砲が猛威を振るっている。明は瓦解が急激だったせいか日本では過小評価されがちだけれども、軍隊としては十分精強です。
そこを踏まえて、家康がドヤ顔で「すごいこと思いついた!」的に表現されても、悲しくなるばかりです。

大坂の陣で家康が購入したのはカルバリン砲とセーカー砲で、フランキ砲よりも高性能です。
家康がなぜカルバリン砲に決めたのか(三浦按針が助言したとも言われている)はともかく、高性能の大砲を入手できたことが、徳川を利したとは言えそうです。

では、なぜこんなお粗末な展開になるのか?
というと、本作の制作者が必要最低限しかやらないからでしょう。
大筒を撃ち込まれて茶々が絶望する話の前フリとしてしか意識していないため、せっかくの大筒も活かせないでいる。

お粗末とか必要最低限とか言う前に、自分でちゃんと調べたらどうですか。
尚、以前『葵 徳川三代』関連投稿で使った画像ですが、もう一度置いておきます。

葵徳川三代アバン1 


葵徳川三代アバン3

葵徳川三代アバン2

時計の仕組みを知りたい――そんなことを突然、アリバイ的に言い出す家康がどうしようもありません。
本当に、物事に没頭する好奇心旺盛な人物は、周囲の空気など気にせず、後先考えずに分解します。やらかします。朝ドラ『らんまん』でも、そんな描写がありました。
人生経験の浅い幼少期に「人と違う適性が出てくる」ことは、『麒麟がくる』でもきちんと表現できておりました。
松平竹千代のころから家康は沈着冷静だった。織田信長は幼少期から母の大切なものを破壊して、周囲から「うつけ」とされた。

家康は時計好きだったとは言われますが、特にこの時計はサン・フランシスコ号遭難の際の救助のお礼として、スペイン国王フェリペ3世から贈られたものです。

家康公の時計
(久能山東照宮)

そういう時計をいきなり分解するものでしょうか。
そしてこの時点では、家康は大坂の出方を意識せざるを得ない状態であり、分解して中身を調べる暇などないはずです。なぜこのような例を引っ張り出してくるのか、理解に苦しみます。

幼少期から今に至るまで変わらない家康の個性ですか。女のことばかりを考える下劣さですかね。

これまた随分失礼な話かと思いますね。
ちょっと問題ではないでしょうか。

今川氏真が出てきて「家康は木彫りが好きだもんな」というのもよくわかりません。
このドラマは複数名がやたらと木彫りをしていますよね。むしろブームじゃないかと思うほど木彫り。なんでも木彫り。

木彫りのように手先で細かいことをやることが好き、つまり時計のように、細かい部品で動く道具が好きとなるわけですが、この場合は寧ろ、木彫りで兎を作っていた頃の自分を知るのは宗誾(氏真)だけになったと、時の移ろいを身をもって感じているのでしょう。

連歌もねえ、
能もねえ、
読経もねえ、
書道もねえ、
趣味といったら木彫りだけ!
オラこんな大河嫌だ!
思わずそう歌ってしまいたくなるほど、木彫りまみれの本作。

だったら、以上の5点が登場する大河を観ればいい話です。
それこそ毎回のように言っていますが、観たくなければ観なくていいですよ。その代わりお仕事がなくなりますけどね。

石川数正も仏像を掘っていたし、マザーセナの木彫りウサギは、慈愛の国教団の重要な収入源である聖遺物じみていた。
これで家康の個性と言われてもなぁ。

宗誾の登場シーンを観ていたはずなのに、何もわかっていないのでしょうか。
あの戦無き世は、そもそも王道を唱える今川義元の言葉であり、瀬名も今川家つながりである以上、義元のその言葉に何らかの影響を受けていたのでしょう。彼女は別にカルト教祖でも何でもないわけです。

というか、武者さんがこの大河を叩きたくてたまらないから、勝手にそう決めつけているだけの話です。一方で自身は特定のメディアにご執心のようで、せっかくの大河コラムを進んでゴシップまみれにしていますね。

で、このすぐ後にこういうのが出て来ます。

今さら王道と覇王でどうする
結局このドラマの「王道」って「今川氏真が今から言い出したこと」扱いで気が遠くなります。

まず、氏真でなく義元が言ったことではないでしょうか。
この中で氏真(宗誾)は
「戦なき世を作り、我が父の目指した王道の治世」
と言っています。

それで不満ならば、せめてプロらしく
「義元は王道の治世を目指しており、元康に王道と覇道の違いを尋ねていました。ちなみにこれは元々は孟子が提唱したものです」
くらいに書いておけばいいと思います。

にもかかわらず気が遠くなるだの何だの、ならばこの大河が終わるまでそのままでいてくれないでしょうか。

『青天を衝け』では孟子の言葉や、一部の儒教思想そのものを「渋沢栄一が思いついちゃった教えだよ」扱いしていて絶望したことを思い出しました。
『麒麟がくる』では出典を明かしていたのに。
漢籍由来の概念を、引用も出典もなしにやらかし、自分たちが思いついたように言い出すのは、恥辱としか言いようがありません。

『青天を衝け』の場合、第何回かがちょっと不明ですが、仮に栄一が儒学で学んだことを口にしても、その当時の人が、それを栄一の言葉だと信じ込むでしょうか。
そして『麒麟がくる』では出典云々。どの回で出典は何であったか、そこまで書くべきでしょうね。

最終盤まで人物設定すらブレブレじゃないですか。そんな最低限のことすら真っ当に表現できていない。
誤魔化そうと番宣だのSNS対策だのやらかそうが、無駄なものは無駄です。

人物設定がぶれていると言うより(別にぶれていませんが)、武者さんが無理やり叩こうとして、どこかおかしくなっていないでしょうか。
そして
「誤魔化そうと番宣だのSNS対策だのやらかそうが、無駄なものは無駄です」
これはNHKがやっていることで、貴方とは直接関係ありません。放っておけばいいのではないのですか。

脳内で諸葛孔明が「恥ずかしいとは思いませんか?」と煽ってきます。私はもう、血反吐を吐いて倒れそうだ。
思えばこのドラマって「中華料理は和食に分類されるんですよ!」と言い出しちゃった陰謀論者みたいなノリがずっとある。

血反吐を吐いて倒れそうなら、どうぞそうしてください。別に共感はしませんが。
そして「中華が和食に分類される」のは陰謀論なのでしょうか??

漢籍知識が盤石な『麒麟がくる』から、わずか数年でなぜこんなことになってしまうのか。

大河は1年単位で変わります。当然スタッフも変わるわけですから、その年によって違いが出るのは当たり前でしょう。ただ単に特定の作品にしがみついていたいのなら、それに特化したコラムを作って、その中で満足していてください。

説明セリフか、主演俳優が「俺がんばってます!」とアピールするプロモビデオでしかない。
だから敬語の使い方もおかしいし、何も心に響かない。古典の引用なんてするわけもない。誤魔化すようにピアノもやたらと重なる。
いわばコスパ重視で、いかに真面目にやらずに、テキトーに誤魔化すかばかりを追い求めているようだ。
子どもの教育に有害どころか、大人の精神までおかしくします。

1つ前でも書いていますが、武者さんがドラマをきちんと観ようとせず、ただ単に叩くためなら、他の場所でやってくれませんか。大河コラムは貴方の日記帳でも個人ブログでもありません。

この年齢になって、ドスのきいた声で、見下ろすように王道と覇道の話をする。
これしか漢籍教養が身についていないって、絶望しかありません。林羅山を出して『貞観政要』すらやりませんからね。
なぜ林羅山を出したのか……理解に苦しみます。

林羅山を出したのは、あらすじと感想にも書いていますが、方広寺の梵鐘の銘に関してでしょう。これで羅山は、「国家安康」を呪詛であるとしています。

大坂冬の陣のきっかけとなった「方広寺鐘銘事件」とは?|豊臣と徳川の決裂を決定づけた出来事【日本史事件録】
(serai.jp)

また『貞観政要』ですが、これを江戸で家康に講義したのは藤原惺窩です。

(相国寺)

大坂城には稽古場すらないのか?
秀頼はなぜ、母と妻の前で武術稽古をするのでしょう。
「やっぱりイケメンが部活するとさー、女子が騒ぐじゃないw」
高校時代を思い出しつつニヤニヤする、そんなくだらない妄想のためでしょうか。

すみません、どこからそのような発想が出てくるのでしょうか?
何かと言えばジェンダーだポリコレだと言う武者さんの、つまりこれが本音と捉えていいのでしょうか・

それに総大将が武芸を習ってドヤ顔というのも恥ずかしい。
徳川家康は柳生石舟斎を呼びだし、「無刀取り」の境地に感服しました。そしてその子である宗矩を召し抱えています。
剣の腕前の中に、精神性を見出した――それのみならず柳生は監視役としても有能だった。
それが武芸を用いるべき用途であり、こんなモテモテしか考えられないとすれば絶望的です。

秀頼はこの時まだ総大将ではないし、ドヤ顔でもありませんが。
そしてこれ秀頼の武芸なのですが、なぜここで家康を引き合いに出すのでしょうか。柳生氏の新陰流は将軍家の剣術なのですけど。(あと疋田新陰流というのもあります)

本当に幼稚で頭が痛くなる。

どこが幼稚なのか知りませんが、本当に頭が痛ければ、まずこんな文章は書けませんね。第一、書こうという気にもなりません。


飲み物ーホットワイン
[ 2023/12/01 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第44回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第44回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。

このページでは例によってと言うべきか、『大奥』と『麒麟がくる』を叩き棒にしまくっています。ワンパターンだなと思うと同時に、叩き棒にされているドラマに失礼だと思いますけどね…武者さんがこれらの作品を本当に好きなのか、疑ってしまう所以です。

千姫がわざとらしく走ってきて、江が追いかけてくる。
いったい乳母はどうしたんですか。こんな大事な存在を放置して、一体なんなんでしょうか。

まず「わざとらしく」走って来るも何も、あの年頃の女の子としては普通に走っていると思いますが。逆に「わざとらしくない」走り方とは、具体的にどういう走り方なのかと思います。この「わざとらしい」も、嫌いな作品を叩くうえで武者さんはよく使いますね。

そしてこういうところまで乳母が来るでしょうか。千姫は、身内である「おじじ様」の所へ行こうとしているのです。たとえばどこか危険な所へ行こうとしているのであれば、監視役としての乳母は必要でしょうが。

家族関係の描き方がせいぜい昭和なんですよね。
乳幼児死亡率や危険性もふまえていない。本作の作り手は根本的に育児への関心がないのでしょう。
高齢者への敬意もないし、精神状態が中高生程度で止まった妄想ばかりにも思えてきます。

これもちょっと意味不明ですが、まず
「本作の作り手は根本的に育児への関心がないのでしょう」
こう書くからには、武者さんは育児経験がおありなのでしょうか。ならば、自身の育児経験と照らし合わせて、何がどのように違うのかを説明してほしいです。

そして乳幼児死亡率だの危険性だの書かれていますが、1つ前に書いているように、千姫は特に危険な所へ行こうとしているのではないし、また重篤な病気に罹っているわけでもありません。

それから高齢者への敬意ですが、これは先日分の於大に関してでしょう。あの時家康は、お前にはつらいことも言ったと後悔する於大に、体を労わるようにと薬湯を煎じて飲ませています。一体、どこが「敬意がない」のでしょうか。

何よりもここで唐突に
「家族関係の描き方がせいぜい昭和」
「精神状態が中高生程度で止まった妄想」
などと出て来ます。
「せいぜい昭和」とは、昭和の頃の大河で子供や高齢者を虐待する作品でもあったのでしょうか。ならばどの作品か教えてほしいものです。
あと「精神状態が中高生程度」、さっぱり意味がわかりません。叩こうとしてあれもこれも詰め込んだ結果、よくわけがわからない文章になっていませんか。

千姫があそこまで怯えているのは、嫁ぎ先が嫌だからのようです。しかも、江が子どもの前でペラペラと語っていたようなんですね。
秀頼の母である茶々は、江の姉です。まだ幼い江を庇ったことだってあった、そんな大事な姉です。
その姉の悪口を我が子に吹き込むって、性格が歪んでいませんか?

ここで千姫の言葉をもう一度。
「母上がいつも茶々お姉様は怖い怖いと、何を考えているかわからぬと」

恐らくは、子供の頃から気が強い姉の茶々を見て育ったこと、そして今も豊臣家の女あるじとして振舞っていることを考えれば、彼女に取っては及ばない相手でもあり、そのため恐ろしい人であることよ程度は言ったかも知れないでしょう。それを耳にした千姫が、話を膨らませて解釈した可能性はあります。

そしてお江は、初(後の常高院)が同行してくれることもちゃんと話していますね。ただ千姫はおじじ様の側にいたいようです。

思えばこのドラマはそんな家族ばかりでした。市も娘の前で「本当は家康さんが好きだったの」とかペラペラ喋っていた設定でしたもんね。
歴史人物への敬意が全く感じられないのです。

「本当は家康さんが好きだったの」
なんて言っていませんけどね。
第30回で母上はよう昔話をしてくださいましたと茶々が言い、その昔話の内容とは、胴をつけて泳ぐ稽古をしていて、溺れた自分を竹千代が助けてくれたことだったわけです。

「歴史人物への敬意が全く感じられないのです」
ブーメランですか?

思えばあのマザーセナからして両親が死んだ後もケロッとしていましたし、そのマザーセナのことすら家康は忘却の彼方。
あれだけベタベタといちゃついておきながら、仏壇の前で手を合わせる場面すらありません。
打掛で走ってくる江の所作にしても、『大奥』と比較するとあまりに厳しい。
茶々の打掛の翻し方も、全く美しくないんですよね。輝元をひっぱたくし、メイクはギトギトだし、これのどこが貴婦人なのでしょう。

また「マザーセナ」ですか。
そしてこれ、忘却の彼方ではないのですね。於大とのシーンの中で、この瀬名のことを示唆するようなセリフがありますし。
それから仏壇と言いますが、全国的に仏壇が普及したのは江戸時代ですよ。これは檀家制度とも関係がありますが。寧ろ貴方が何かにつけて揶揄する、石川数正の押し花と正信念仏偈に、瀬名への思いが込められていたとは言えます。

また茶々は身分が高いからこそ、輝元を打ち据えることができたのですが。
そして所作が『大奥』と比べてひどいと言うのなら、画像を貼るなりして比較できるようにしてください。

秀頼と千姫の婚礼描写も、『大奥』の家定・胤篤と比べたら、ただの手抜きにしか見えません。
時代劇ファンの皆様は『100カメ 大奥』もご覧になられたかもしれませんが、「神は細部に宿る」とはまさにこのことで、本作と比較して驚くばかりだったでしょう。

「秀頼と千姫の婚礼描写」
そんなシーンありましたか?
慶長9(1604)年に秀頼の背丈を測った時、既に千姫と結婚していたというシーンならありますが。
要は、千姫が大坂に行くのを嫌がるも家康に窘められる→秀頼と結婚して背丈を測る場に立ち会う→秀忠が千姫のことを真っ先に家康に尋ねて叱られる。
こういう流れでしょう。

それと私100カメ観ていないから何とも言えません。

『大奥』にできて『どうする家康』にできない、そんな言い訳は通用しないはずです。

元々描かれる時代も人々も違うから、一概に比較はできないと思うのですけどね。

家康って、他社への親切な接し方が女性相手だといつも同じ。
キザでスカしたイケメンプリンスしかありません。
年上の母親相手だと「ババアかw」となるし、茶々は悪役なので「このバカ女がw」と感じさせます。
年下かつ好感度を見せなければいけないとなると、「俺に惚れんなよ」スイッチが入る。

「他社」は他者のことだと思いますが、完全に武者さんの主観でしかありません。
要はこれも、家康はこのように見られてほしいという、武者さん自身の「願望」なのでしょう。

しかし、千姫相手にそのスイッチを入れてしまうと、とてつもなく恐ろしいことになります。
この二人の場面は、祖父と孫娘には見えない。不気味な下心のあるおじさんと少女に見えてしまいました。
怖すぎます。

どこをどう見たらそのように見えるのか、皆目不明です。
私の場合、家康が千姫に取ってちょっと甘いおじいさんであること、千姫もこのおじじ様を頼っていたいということはわかりますが。

関ヶ原本戦の描写は、どう逆立ちしたって本線がBBC『ウォリアーズ』の圧勝であることは予想通りでした。
まぁ覆せるわけもないし、そこは最初から諦めていました。
しかし、親子の情愛の描き方まで完全敗北とはどうしたことでしょうか。
『ウォリアーズ』では、秀忠遅参のあと、家康は我が子・信康の死を思い出し、秀忠を助命する決意を固めます。そこには揺るぎない親子愛がありました。

この『ウォリアーズ』もここのところかなり紹介されていますが、何か紹介しなければならない理由でもあるのでしょうか。それにこのコラムで内容をきちんと説明するわけでもなく、どのような方法で見られるかも明記されていません。
第一武者さんが一方的に圧勝だ親子愛だと言っても、こちらは全然観ていないのですけど。

あとこの作品、別に関ケ原だけを採り上げているのではないのですけどね。

一方でこちらはどうか。
秀忠をネチネチネチネチ責める家康は、圧倒的なパワハラ感があって胸が苦しくなりました。
老母にも冷たい。息子には横暴。孫には気持ち悪い。
一体この家康は何を表現したいのか。彼が日本の近世を構築するなんて、冗談でも止めて欲しい。

「秀忠をネチネチネチネチ責める」
言っては何ですが、私にしてみれば武者さんこそが、オンエアされてもいないシーンを持ち出したり、好きな作品を叩き棒にしたりして、この大河を
「ネチネチネチネチ責めて」いるようにしか見えません。
老母にはちゃんと薬湯を煎じていますし、孫は可愛いのでしょうね。
そういう家康なら、日本の近世を構築しても納得が行きます。

家康メインの水色羽織はなんなんですかね。
年齢を踏まえて欲しい。
しかも配色センスが濁っていて、東洋の伝統色とは異なり、とにかくセンスが感じられない。

武者さん、以前日本の伝統色と書いていましたが、東洋の伝統色にシフトしていますね。
そして水色の羽織ですが、あれは藍の薄いやつで、れっきとした伝統色のはずです。
そして年齢を踏まえてほしいとありますが、『葵 徳川三代』の家康は、晩年でも白を着ていますし、

葵徳川三代家康
(『葵 徳川三代』より)

年齢を重ねたから、薄い色を着ていけないという決まりはないでしょう。
まして家康公のような人の場合、着衣が残っているから、それを参考にして作ることもあります。

人物デザインの創作現場から vol.10 ~ 辻ヶ花への道 ~
(『どうする家康』公式サイト)

ただ武者さん、公式サイトを見ているようには見えないのですね。

そして『大奥』の場合、

美を作り上げるためにここまで気を使うのか。
見ているだけでうっとりしてしまうような凝り方で、カメラで映るとどうなるか、きっちり妥協のない現場の様子が映し出されていました。
ただただ圧倒される。

『大奥』を見ていると、幕末の錦絵が動き出したのではないかと思えます。
原作はモノクロが基本ですので、色彩感覚はドラマで作り上げていくしかない。そうする過程で、当時の色彩感覚や美意識を再現しようとしていることが伝わってきました。

まあこの人の場合要は表裏一体で、好きなものにはこれでもかと賛辞を送る一方で、嫌いなものには、その反動としてあることないことつき交ぜて叩きまくるわけですね。
無論『どうする家康』もまた、当時の色彩感覚や美意識が再現されているわけですが、武者さんにはそれが見えていないのだろうと思われます。

その美術部トップは『麒麟がくる』と同じ大原拓さんとのこと。
◆「麒麟がくる」チーフ監督が語る“カラフル大河”の裏側 衣装はサッカー代表も参考に 光秀はフランス?(→link)
納得です。あの作品は衣装に五行説を取り入れていて、とにかく画面そのものが美しかった。

その大原拓氏、美術部トップというかチーフディレクターでしょうか。
そして五行説(五行思想)なら、『どうする家康』衣装デザインの柘植氏がこれに言及しています。武者さんが好きな作品だけではないということです。

古代中国で生まれた自然哲学の思想で、万物を形づくっているのは5種類の元素「木・火・土・金・水」だという考え方だそうです。それぞれに「青(緑)・赤・黄・白・黒(紫)」の5色が当てられているんですね。五色幕など日本文化にも影響の片りんがあります。今回は、特に五行思想にのっとって色彩構成をしているわけではありませんが、家康と彼を取り囲む戦国大名たちに対して、カラーチャートを作って色を振り分けて分類しようとすると、自然とその5色が意識されているかのように見えるので不思議です。

人物デザインの創作現場から vol.1 ~ 家康ブルーに込めた思い ~
(『どうする家康』公式サイト)

「衣装が色鮮やかすぎる」とクレームが入りましたが、再現性へのこだわりが理解されないか、ピーキー過ぎたのでしょう。
センスが尖り過ぎていただけで、序盤に修正するとすぐに批判は止んでいます。

実際放送開始から1か月ほど経っても、「今回の大河ドラマの衣装は、昭和に登場した化学染料の色」というコメントもありましたし、10月頃まではあれはおかしいという指摘もありましたね。そして身分が高い人ならまだしも、庶民レベルであの色遣いはちょっと抵抗がありました。

そして武者さん、「ピーキー」て、他人のこと言えないと思いますよ。
これ「限られたワードや事象に対して、過剰に反応し、テンションが高くなる」意味ですよね?

そして美しさはますます磨きがかかってゆきました。
役者の美貌だけではなく、それをさらに輝かせる工夫が随所にあり、あの美は、大原さんがいてこそなのかと納得。
眼福とは、まさに彼の作り上げた映像を見ているときのためにある言葉でしょう。

ちなみに大原氏は、武者さんが嫌いな『軍師官兵衛』でもディレクターを務めていますが、もちろん『軍師官兵衛』の映像も、貴方に取っては眼福なのですね?
岡田准一さんの素襖姿を置いておきます。

軍師官兵衛素襖
(『軍師官兵衛』より)

『どうする家康』の衣装や美術とは、比べることすら失礼かもしれません。本作の合戦シーンでは「兜に照明が入り込んでそのまま流す」なんてことがまかり通っていて、美醜以前の問題と思えます。

「兜に照明が入り込んでいる」の裏付けをお願いします。

衣装のことについて私が意見を申し上げていると、こんな反論も見られました。
「武者は『どうする家康』の衣装を貶すが、『麒麟がくる』だって批判されていたのに、そうしなかった! ダブルスタンダードだ!」
ダブルスタンダードも何も、その発想すら思い浮かびませんでした。
『麒麟がくる』は癖が強いだけで、ずっと美しいと私は感動していました。それが伝わらなかったようで残念です。

「その発想すら思い浮かびませんでした」
自分を守るための否定という心理関係の言葉を、ちょっと思い出しました。
そして
「癖が強いだけ」
先ほども「センスが尖り過ぎていた」とありましたが、そういう部分に抵抗を覚える人もいるでしょう。

そして好きな作品はほめにほめまくるのに、ここからまた『どうする家康』叩き。
つまるところこのコラムの場合、ほめるのも叩くのも、何かおおげさなのですね。

美術へのこだわりが全く感じられない本作。
大坂城でパリピしている場面が入りました。
成長期の秀頼すら同じ、茶々も同じ着物です。『大奥』の貧乏公家より粗末な暮らしでは?

茶々は金と黒がメインの打掛が多いのですが、その時々で違う柄のを羽織っています。そして秀頼が着ている、緑の絹の亀甲文様が入った水干は、幼い頃のとは違いますね。

宴だと言いますが、酒を飲むだけで食卓も映りません。作る手間すら惜しんだのか、あるいはスケジュールが厳しくてスタッフが対応しきれなかったか。

嫌いな作品だと悪い方向に取りたがりますね。
あれは年始の挨拶に訪れた大名たちが、余興として飲みくらべをやっているわけでしょう。そもそもこの当時「食卓」はなくて「膳」ではないかと思いますが。

でこの時に勝った福島正則が褒美を受け取っているわけですが、このシーン、正則が豊臣家にも忠誠を誓っていたことを裏付けてもいます。そして何よりもこれは、かつて茶々が正月に「(家康がいる)西の丸が賑やか」と言ったこと、あれを踏まえているかと思われます。

「打倒家康!」
そんな『戦国BASARA』シリーズじみた掛け声をあげながら、九度山で特訓する真田信繁(真田幸村)って何を考えているのでしょうか。
あれほどまでに家康へ敵意を燃やして叫んでしまったら、周囲にバレバレ。
さっさと真田信之に対して「弟は何を考えてるの? 軍事訓練しているって報告が上がってきているけど」と問い合わせればよいだけの話ですよね。

あの、如何にも武田家式の鍛錬方法ですね。
ただし、あれが家康の想像の範囲内なのか、実際にそうなのかはこの時点では定かではありません。

そして信之に問い合わせるより、こういう流人の目付け役のような人物はいるでしょうから、そちらに訊いた方が早いのではないでしょうか。

真田信之と本多忠勝の必死の助命嘆願を平気で足蹴りにしてしまう信繁。
本作の作り手は『真田丸』すら無視するようで、見ているだけで脳みそが溶けそうです。

まず、こちらでは助命嘆願のシーンはありません。
そして、『真田丸』と必ずしも同じ描き方をしなければならないものでもありません。
自分が好きな作品を叩き棒にするのはもうやめませんか。

さらにまた「脳みそが溶けそう」
この間は脳みそが削られるでした、色々と大変なことで。


飲み物-2つの赤いカクテル
[ 2023/11/24 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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