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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その1

久々に『武将ジャパン』の大河コラムを見てみたのですが、これが何と言うか、正直言ってこれまでのコラムよりも中身がないと言うか、単に悪口を言いたいがためだけのように見えてしまいます。まず1ページ目から。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)

どこの部分も突っ込みたくなるのですが、この「あらすじ」から行きますか。

織田軍に包囲されてしまい、絶体絶命の松平元康。
でも、負けはしない!
元康は、寅の歳、寅の日、寅の刻に生まれた運命の子である。
そんな元康を白兎と呼んでいた織田信長は兵を引く――古沢脚本の妙が光る展開ですね。巧みな構成は前作を思わせると評価されるのであろうか?
元康は大高城を飛び出し、最愛の瀬名たちを残した駿府に帰ろうとする。
しかし、家臣団は一致しない。
彼らは故郷の三河に戻りたい。
仕方なく駿府へ向かう元康の前に立ち塞がるのが松平昌久。重臣の鳥居忠吉らは重傷を負ってしまった。
ようやく岡崎の大樹寺に逃げ込み、悟りを開く元康であった。

まず「あらすじ」とある割には、元康の信長の回想、信長への恐怖心、大樹寺の登譽上人や榊原小平太、本多忠勝の行動などが一切出て来ません。と言うか大樹寺関連記述があっさりしすぎでしょう。無論最後に岡崎城に入るシーン関連の記述もなし。
そしてこの後に、「あらすじ:ドラマ通構文バージョン」なるものがあり、何でも武者さん曰く
「なんとなくオシャレで賢そうに見える構文のこと」
らしいのですが、単に普段武者さんが軽蔑している「こたつ記事」の文体を、何となくなぞっただけのように見えてしまうのですが。
そして

褒め記事をご覧になりたい方は上欄の記事をクリックしていただき、厳しい見方にご賛同いただけそうな方のみ、先へお進みください。

なのだそうで、実際この上にリンクが沢山貼られているのですが、ここで気になるのは「厳しい見方」という表現です。今まで武者さんが嫌いな大河(何度も言いますが、好き嫌いで評価すること自体おかしい)での「厳しい」とは、悪口または難癖、自分が好きな作品との(強引な)比較と言っていい部分があまりにも多いので、今回も、そのつもりで見て行こうと思ってはいます。

前年の大河『鎌倉殿の13人』はメンタルケアを重視していて、撮影現場では、役者さんやスタッフに対して、リスペクトトレーニングが取り入れられておりました。
今年は大丈夫でしょうか?
役者さんの顔色が沈んで見えるんですよね……気のせいだったらよいのですが、現場の雰囲気が乱れている危険性を感じます。

早速(強引な)比較が出て来た、と言っていいでしょう。
ではメンタルケアやリスペクトトレーニングについて言及している記事を貼っていただけないでしょうか。また、今回のどのシーンが、役者さんの顔色が沈んで見えるのでしょうか。例によって、詳しい指摘は一切なしですね。

まだ第2回放送だっていうのに、追い詰められている予兆が出ています。
ペース配分と構成がおかしい。序盤から回想シーンを入れすぎています。
初回はいきなり桶狭間敗戦までを高速で描き、2回目で遡って描かれていますが、果たして効果的でしょうか?
戦国時代に詳しくない方がご覧になられたら、場面が飛びまくって、内容を捉えきれてないようにも思えます。

「追いつめられている予兆」と言う表現も何だか無理やりな感じです。そしてペース配分ですが、初回はまず桶狭間が出て来て、その後駿河での生活、瀬名との結婚、そして大高城への兵糧入れを命じられ、そして再び桶狭間となっています。そして2回目ではまず竹千代誕生、そして信長の許へ連れて行かれるシーンが桶狭間に挟まれる形で登場し、この人物と寅との関係、どのような幼少時代を過ごしたか、彼に取って信長とはどのような人物が描かれています。

2回目の方が回想は多いですが、竹千代の外見からして、これは子供時代だとわかる仕組みになっていますし、また信長も桶狭間の時よりも若いため、間違える可能性は低いのではないでしょうか。元康自身の過去の情報がかなり盛り込まれていますが、別に内容を捉えきれていないとは思いません。

子役を敢えて使わないのは『真田丸』や『麒麟がくる』、『鎌倉殿の13人』でもそうでした。
しかし、毎回それが正解ではなく、本作は不自然さに繋がっていませんか?

第2回で尾張に連れて行かれた竹千代は、子役が演じていますが?
そしてそれを言うなら、昨年の『鎌倉殿の13人』で、義時が魚を手づかみで食べるシーン、ああいうのは幼さを出すために、小栗旬さんでなく子役を使った方が自然だったと思います。まあ三谷さんは使いたくないのかも知れませんが。
ちなみに武者さん、このシーンを、当時の坂東は箸を使わず野蛮だといった書き方をしていましたが、単に少年の義時が、魚をせせるのが手に余っただけでしょう。後は、普通に箸を使っていましたから。

そして

『鎌倉殿の13人』も、第一回の実衣や三浦義村は年齢的にはかなり無理がありましたが、さほど注目はされていません。それを気にさせないほどシナリオに引き込む力がありました。のみならず、平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりないことも比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう。

義村は初回ではまだほんの少年ですからね。山本耕史さんの出番は本当はもっと後でもよかったかも知れません。また、
「シナリオに引き込む力がありました」
と言うより、そういうキャラ設定だからでしょう。当て書きで有名な三谷さんですし。
あと
「のみならず、平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりないことも比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう」
とは
「平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりなく、他作品と比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう」
とでも書きたいのでしょうか。しかし一部のキャストは『義経』や『平清盛』にも登場します。ただ坂東武者の一部は、『草燃える』まで遡らないと比較できないと言えそうです。それと「比較されにくかったことが影響している」のは登場人物の年齢設定ですか?ならばそれもちゃんと書いてほしいものです。例えば

『鎌倉殿の13人』も、第一回の実衣や三浦義村は年齢設定でいくらか無理がありましたが、さほど悪目立ちはしていません。それを気にさせないほどシナリオがよかったと思います。また過去に於いて、平安末期から鎌倉時代を舞台にした作品があまりなく、一部の登場人物の年齢設定が、他作品と容易に比較されにくいことも当然影響したでしょう。

このようになるのでしょうか。

元康と瀬名のおままごとシーンをごく自然に受け容れられた方は少なかったのでは?

私自身はそこまで不自然には感じなかったし(少々はしゃぎすぎかなという気はしました)、こういう形で、ローティーンの2人の演出をしたがっているのだなとは思いましたが…。それとあの時は、まだ元康でなく元信(次郎三郎)ですね。


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[ 2023/01/18 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関してのごくざっとした感想

ここのところ『どうする家康』の番宣が増え、いよいよだなと思うと同時に、『鎌倉殿の13人』がもう過去のものになったのだなと改めて思います。この大河ですが、やはり三谷さん脚本の前2作に比べると、正直言ってちょっと物足りなさを感じもしました。主に

平家があまり登場しない
女性たちのシーンが多い
クライマックスと言うべき承久の乱絡みの描写の尺を、もう少し多く取ってほしかった

こういった点です。
まず平家のシーンですが、どうも義時と八重の描写の方に尺が取られているように見えました。無論義時が主人公なのだから、それはそれでいいのですが、鹿ケ谷の陰謀が出て来ず、清盛と後白河法皇の関係の描写も思ったほどでなく、なぜ平家を討つ必要があったかが、少々わかりづらかった嫌いがあります。

それと女性たち、主に北条家の女性たちのシーンが多く、見方によっては彼女たちが男性陣をいわば焚き付けていたようにも見えます。ただりくの場合は野心家とい設定でもあり、夫を動かそうとしているシーンにはいくらか納得もできました。またもう少し、権力者となった頼朝の苦悩とか、義時と義村が執権と御家人という立場にそれぞれ分かれて行く、その戸惑いなども描かれてよかったかとは思います。

そして承久の乱。これは何度か書きましたが、3回ほどこの乱についてじっくり描くのかなと当初は思っていたし、武田も出て来るのかと期待していただけに、残念な気持ちもありました。どちらかと言えば乱そのものより、義時が如何に死ぬかに重きを置かれていましたね。

またやはりコントが絡むシーンが多いです。『新選組!』の時もコントはありましたが、屯所での生活でのそういうシーンはまだ納得できましたし、『真田丸』では、真田昌幸の表裏比興ぶりと噛み合った感もあります。ただ今回は、文覚の頭蓋骨のシーンはともかく、義経が戦がしたいと地団太を踏むシーンとか、全成の登場シーンなどは、あそこまでやるべきかなとも思いました。それと室内での人物描写が多いのは、やはり舞台的ではありました。

同じ時代を描いた大河として『草燃える』があります。総集編を以前観たこともあります。無論これと『鎌倉殿の13人』は別物ですし、どちらがいい悪いとは言いたくありません。こちらの方は最終章の主役が義時で、やはり執権としてダークな人物となり、御家人を粛清し、最終的に承久の乱までが描かれて行きます。この義時の描き方は割とよかったです。総集編すべての中で、この最終章はとりわけ面白く感じられました。

ただしこの大河には伊東祐之というオリキャラがいて、義時とはかつて同じ坂東武者でありながら、片や権力者、片や世捨て人のような琵琶法師と言う、別々の道を歩んでいるという特徴があります。この中での義時のダークな部分、俗世間での最高権力者であるがゆえの業の深さが、既に盲目の琵琶法師となった祐之の存在ゆえに、より一層クローズアップされているが故の面白さとも言えます。しかもこの祐之が盲目となったのは、義時との確執によるものでした。

あと先日の武者さん絡みでもう少し。あのコラムに関しては、比較対象が時におかしいことや、特定の人物をひたすら庇ったり、ほめたりするところも目に付きます。特に比較対象ですが、鎌倉時代と幕末を同列に論じるような記述も見られました。全く違う時代である以上、比較することそのものがどうかと思うのですが…今後も恐らくこの傾向は続くのでしょう。

かなりざっとした感想ですので、今後大河絡みでまた思うことがあれば書くかも知れません。


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[ 2023/01/06 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(4)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 78その2

『武将ジャパン』、大河コラム後半部分の記述に関する疑問点です。なお当初貼っていなかったリンクを貼り、何か所かを修正しています。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第40回「罠と罠」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/10/24/171613


三浦義村と胤義のシーンですが、

1.そういう計算高いところが胤義は嫌なのだろうし、義村はそんな反発にはもう慣れきっていて、意見をぶつけられるのも鬱陶しいのではないでしょうか。
(中略)
なぜ、そんな連中と付き合わねばならんのか、人生とはそんなものか、と、達観しそうな義村は孤独かもしれません。
感情の赴くままに生きるなんて彼にはできないのでしょう。

「義村は孤独かもしれません」とか「感情の赴くままに生きるなんて彼にはできないのでしょう」とありますが、このシーンに何か関係があるのでしょうか。それとその前に、義村は義盛と会って俺たちの鎌倉を作ろうなどと言っており、その直後に「ひげおやじは挙兵する」などと義時に密告しているわけで、その様子を胤義は目にしています。

そして当の義時は泰時と一緒にいました。胤義、泰時はどちらも一本気なところがあり、案の定胤義も泰時も兄や父のやり方に異を唱えている(泰時は政子に直訴している)、この両者の共通点をここでは楽しむべきなのかも知れません。

2.和田を庇うのですが、あの男はそうでなくても周囲には担ぎ上げる人物がいる。そしてまた宗時の言葉を言い訳として持ち出します。
北条が坂東武者の頂点に立つことが目的だ、と。

「宗時の言葉を言い訳として持ち出します」
言い訳も何も、この言葉こそが義時の原動力になったことは間違いないでしょう。北条の世を作るためには、旧知の御家人であろうと犠牲になるべき時は犠牲になって貰う必要があったわけです。

3.さらに、姉上は政治に関わらないで欲しいと続けると、政子もキッパリと「どの口がそんなことを言うのか!」と反論します。
そもそも政に関われと言ったのは義時です。支えると言ったのだから、義時も勝手なことをするな!

この前に政子は「もう十分ではないですか」と言っています。義時にしてみればまだ十分ではないわけで、それが姉弟の考えに齟齬が生じる所以とも言えますし、それとこの場合義盛を庇うことが「政」であったかどうかは、何とも言えないところです。まあ、義時も姉を利用している感はありますが。

そして政子が義村を呼びつけるシーンですが、

4.「どちらに味方するつもりか?」
そう義村に尋ね、小四郎とは固い絆で結ばれている、といった返事を引き出しますが、政子もそう単純ではありません。
「弟と違って私はすぐに人を信じないの」
本音はどこにあるのか。少しずつ義村との距離を詰めようとする政子です。
義時と義村のことを「刎頸の友」と紹介する記述を見かけたりしますが、そんな麗しい仲でもないでしょう。そして政子もそう感じているのでしょう。

政子も義時が和田を滅ぼしたいのはわかっているようで、ならば三浦はどうしたいのかを尋ね、戦を避ける作戦に出たかと思われます。恐らくはこれが本音でしょう。寧ろこれが前提にあるからこそ、義村を義時側に引き寄せることで和田の孤立を図ろうとしたと取れます。しかし義村は、再度同じことを訊かれ、そう言われて向こうと答えるばかはいないと、この人らしい含みを残した答え方をするわけです。

そしてこの部分
「義時と義村のことを「刎頸の友」と紹介する記述を見かけたりしますが、そんな麗しい仲でもないでしょう」
第31回「諦めの悪い男」で、比企能員が追いつめられ、自分に何かあれば三浦も立つと言うシーンで、隣室に控えていた義村が「三浦を見くびるな、北条とは二代にわたって刎頸の交わりよ」と語るところがあるので、それを踏まえているのではないかと思うのですが…。割と最近の回なのですが、もう忘れてしまったのでしょうか。


鎌倉殿の13人義村

5.義村は、前回悔しがっていた様を思い出すと、自分をなるべく高く売りつけたい、値札をつけたい欲求が理解できます。価値があると示したい。
その機会を掴んで安売りしない気概が満ちていた。これぞ山本耕史さんだ

「値札をつけたい欲求」「安売りしない気概が満ちていた」て、要は何を言いたいのでしょうね。自分には価値がある、甘く見て貰っては困る、ここぞとばかりに自分を高く売り込みたいとでも書きたいのでしょうか。そして「これぞ山本耕史さんだ」というのも意味不明。山本さんは俳優さんだから、どんな役でも演じます。何度も出して恐縮ですが、『きのう何食べた?』の、ジルベールに目じりを下げる「大ちゃん」と義村ではまるで別人です。

6.「私は尼御台ですよ」と言われ、思わずウンウンと頷きたくなる、そんな迫力を出し切った。小池栄子さんが鳳凰のようだ。
政子には野心も権力欲もない。ただただ器が大きすぎて相手がひれ伏してしまう。
そういう聡明さや気量、人徳がある人物、そんな尼御台がここにいます。
(中略)
費用対効果もあり、大河はもっとこういう場面づくしでもいい。この技法を突き詰めて欲しい。
そのためには脚本と、演者と、演出の実力が必要ですが、今回は全部揃っていた!

またしても小池栄子さんの政子は素晴らしい!ですね。
小池さんが政子を好演しているのは理解できます。最近メークも老けた感じになり、それなりの貫禄も漂うようになっています。しかしこれはドラマのレビューであり、小池さんを褒めるのであれば、せめて数行程度にとどめてほしいものです。そして最後の行
「そのためには脚本と、演者と、演出の実力が必要ですが、今回は全部揃っていた!」
こんなこと書くと、逆に安っぽいイメージになる気がするのですが。

7.すると朝時が戻ってきていました。なんでも初がこっそり呼び戻したとか。
初は彼女なりにきな臭さを察知し、呼び戻していたようです。本作は女性の知性が出ています。

前にも書きましたが、初が義村の娘だからその辺は抜け目ないのではないでしょうか。好きな作品なら何でもかんでも「女性がよく描かれている」なのですね、わかりやすいというか。あと「女性の知性」て性の字がだぶっていますね、「初が相変わらず冴えている」くらいでいいのでは。泰時はやけ酒をあおっていますが。

8.源実朝が千世を連れて永福寺にいます。
二人きりで花を愛でることができないと詫びる実朝。
歩き巫女のもとへ向かいます。

「二人きりで花を愛でることができないと詫びる実朝」は、そういう身分だから仕方ないわけで、千世もそう言っていますね。あと「歩き巫女のもとへ向かいます」は唐突過ぎないでしょうか。まず実朝が「あれを」と天幕を指さし、さらに、ここに顔なじみが来ているからと引き合わせることにしたわけでしょう。

9.北条家に伝わる一戦一敗の秘策――と、それは女装でした。女性用の衣服に身をまとった和田義盛が御所へ。
いきりたつ義盛に対し、実朝は「死なせたくない」と訴えます。

「女性用の衣服」という表現、どうにかなりませんか。被衣と袿と書いてほしいです。武者さん、直垂のことも単に「服」とだけ書いていますね。

10.義盛の手を取り、いつまでもそばにいて欲しいと伝え、小四郎も鎌倉を思ってのことであり今度は二度と行きすぎた真似はしないよう釘を刺します。
「ウリン!」
「またうまい鹿汁を食べさせてくれ」
そう言われ、号泣する義盛です。

後述しますが、2人の言うなればちょっと特別な関係を、こういう会話で表現しているようにも見えます。しかし義盛は、実朝を「ウリン」呼ばわりするのがやはり様になっていますね。

11.「和田殿が好きなくせに」
「おい!」
「和田殿が嫌いな方なんていませんよ」
鋭い時房、彼は本当に鋭い。
義盛のように愛嬌満点なタイプは好かれるし、時政にも愛嬌があった。そして時房にもありますが、それがない奴もいるわけで……。

この前に時房は、「戦にならずによかったです」と言っていますが、義時としてはいずれ和田とは戦になると思っていたでしょうし、それゆえちょっと浮かない表情をしているように見えます。そして時房が
「あのお人を嫌いな人なんていませんよ」
と言うシーン、ここで時房は真顔になっており、兄を牽制しているように見えます。それを考えると、単に戦にならずによかったからとか、義盛は皆から好かれるといった次元だけの会話ではなさそうに思えるのですが。

それと義盛にしても時政にしても、昔ながらの坂東武者ゆえ、ちょっと「抜けた」部分もあり、それが彼らの愛すべき点でもあったわけですが、しかしそれだからこそと言うべきでしょうか、彼らに政権運営や秩序の確立はできませんでした。

その後ですが、「今年の大河は地域を振興させている」なる見出しがあり、ニュース記事(リンクは貼りません)が紹介されています。記事の見出しは以下の通りです。

◆<鎌倉殿の13人>「木曽義仲挙兵武者行列」に青木崇高、木村昴、町田悠宇ら参戦 前回の10倍の人出 口上に観衆鳥肌(→link)
青木崇高さんの木曽義仲。
額に矢を受けて死ぬというショッキングな最期でしたが、おおらかで素朴なキャラクターの義仲は非常に魅力的でした。
コロナ禍の影響があったとはいえ、前回比で10倍もの参加者を集めたのは素晴らしいですね。
近所であれば行きたかった……。

とあるのですが、どんな大河も地元ではやはり盛り上がります。
それを言うなら『風林火山』で上杉謙信を演じたGacktさんも、地元の祭りに引っ張りだこでしたし、『真田丸』の上田市の武者行列しかりでしょう。

あと実朝の描写に関してなのでしょう。
「しかし、時代は変わりました。
そもそも大河での同性愛描写は腐女子を自称する皆様が楽しむためのコンテンツではないでしょう。
ブロマンスやBLが売りのドラマは他にいくらでもあります」
とありますが、大河の描写をどう楽しむかは、その人次第だと思うのですが。

時代は変わった。それは2012年『平清盛』との比較でわかります。
『草燃える』やこの作品での藤原頼長を挙げ、同性愛描写なんて昔からあったとする意見もありました。
同性愛を扱ったかどうかではなく、描き方とその受け止め方が変わった――そこが大事ではありませんか。

『草燃える』は『鎌倉殿』とほぼ同じ時代設定で、藤原頼長は出て来ません。

『平清盛』の感想や反応記事を読んでいると、結構な割合で同性愛をネタにして笑いを取りに行くものが見掛けられます。
この時代は、同性愛で笑いを取りに行くネタが鉄板。
(中略)
改めて考えてみると、著作権違反と同性愛差別を共有し笑いにするという、あまりに酷い話です。
オンラインやんちゃ自慢の類に思えます。
そんな癖はもう必要ない。私はそう思います。
前回の実朝描写に関する意見交換でも、差別用語を用いながらのものがしばしば見られました。
そういうことはもう終わりにしてよいはず。
見る側の意識も変えることが大切ではないでしょうか。

武者さんは嫌いであっても、ネット上には様々な意見があり、こういう風潮を好む人もいるわけですし、それを武者さん一人で終わりにしようというのもどうかと思います。嫌いならば、距離を置けばいいのではないでしょうか。そういう人たちから迷惑行為を受けているのであればまた別ですが。そして具体的に「差別用語」とは何なのでしょうね。
どうも『平清盛』への嫌悪感(と言うか、恐らくは藤本有紀氏が『カムカムエヴリバディ』を書いたことも関係している)と、藤原頼長の男色への反応とがごっちゃになっているように見えます。

あと頼長は、自身の日記である『台記』で男色について触れていますし、その相手の中には藤原氏のそうそうたる人物もいました。

今回の実朝描写が秀逸だったのは、あくまで「多様性の尊重として丁寧に描かれたからではないか?」と思います。
イロモノ扱いでもない。
サービスでもない。
ただ、人が人を愛することを丁寧に描いた。
だからこそ斬新なのです。

「多様性の尊重」云々と言うより、実朝に跡継ぎができなかったのは、こういう事情もあったからと言うのを、前述したように会話で表現したと言うのが正しいのではないでしょうか。特に斬新と言えるかどうかはわかりません。ただ武者さんが「多様性」に結びつけたがっているのは確かなようです。

あと今回はまた、武者さん自身の自己主張ともでも言うべき記述が多いのですが、それはまた機会があれば書こうと思います。


飲み物-テーブル上のマグのビール
[ 2022/10/28 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』の大姫のキャラ設定その2

『鎌倉殿の13人』以外にも、大姫が登場する大河はあります。1つは『草燃える』、もう1つは『義経』で、いずれも大姫は義高を殺されたショックで、体や精神を病むような設定になっています。しかし今回の大姫は、気がふさいでしまうことはあったものの、義高のことが原因で体を悪くしたわけではありません。

こういう設定がどこか中途半端に感じられるし、彼女が頼朝や北条家のシーンの中で、「点」としてのみ存在しているような存在感の薄さを感じさせもします。だからと言って、彼女が全く存在感を見せていないかと言うとそうでもありません。りくが出産し、子供のお披露目に北条家の関係者が集まるシーン、あの時の彼女のちょっと場違いとも思える振舞いは、いわば存在感を示しているとも取れるでしょう。

ただしこれは、りくと時政を中心としたその場の雰囲気をどこか破壊しているようにも取れます。本人に悪気はなくても、何とも違和感を感じさせますし、だからと言って彼女がなぜそういう行動を取るのか、明確な理由があるようにも見えないのです。たとえばりくと時政の間に子が生まれた、そのことに対する反発でもなさそうですし、スピリチュアルなものが好きという設定にしても、この時代は全般にそういう雰囲気があったわけだし、それならそれで、彼女のエキセントリックな部分をもっと掘り下げてほしかったですね。

しかしこのエキセントリックさはその後鳴りを潜め、大姫は自分には婚約者がいるからと、一条高能との縁談を断ったり、全成のコント的な義高の芝居に嫌気がさし、果ては巴に話を聞いて貰い、入内の決心を固めるという展開になっています。見方によっては過去の縛りをほどき、新しい人生を歩もうとする女性への変貌ですが、あの不思議キャラは結局何だったのだろうと思ってしまいます。最初からこちらの方の設定で行くことはできなかったのでしょうか。

しかし京で丹後局に圧倒され、結局このことに嫌悪感を抱いた大姫は京の屋敷から抜け出し、廃屋で雨宿りをしていて三浦義村に出会い、無理しない方がいいと諭されるに至ります。そして病を得て鎌倉に戻った後、再び義高のことを口にするようになります。その後呆気ない速さで2年間が流れ、大姫死去となるのですが、どうも彼女のキャラの一貫性のなさが気になります。

同じテーマで1週間前に、三谷さんはこの大姫を当初入れるつもりだったのか、あるいは脚本に変更があったのかといったことを書いていますが、あるいは先に大姫抜きの脚本があって、後で彼女の出番を任意で入れたのではとも思えてしまいます。


飲み物-ショートカクテル
[ 2022/07/11 00:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 57

『武将ジャパン』大河コラム後半部分の続きです。


まずこれを書いておかねばならないでしょう。
敵討ちではなく、謀反だった――こういう描き方は、実は1979年『草燃える』でもあった展開です。
ただし、オマージュと言い切れるかどうかは保留。
というのも、時代考証の坂井孝一先生の説ありきで展開していると思えるのです。

この間もそうでしたが、普段武者さんは、10年ルールを持ち出すことが多いのに、なぜこういう時だけ40年以上前のを引き合いに出すのでしょうね。『青天を衝け』の時も『獅子の時代』を持ち出していましたし。もう10年ルールなど止めたらどうかと思います。せめて「10年ルールから外れますが」とでも書けばまだ良心的なのですが。
そして、40年以上前の作品を引き合いに出すのなら、一度『麒麟がくる』と『国盗り物語』の比較もやってほしいですね。

そして後世、東洋はとにかく敵討ちが大好きなので、それが受けたということもある。富士の裾野でド派手な展開をするということは、特に江戸っ子にとっては最高に盛り上がる話でして。
「マジかよ! 江戸から見える富士の裾野で敵討ちか、半端ねえな、盛り上がるぜ!」
こういうニーズに合致して盛り上がったことも忘れてはいけません。

というか、他にも歌舞伎や講釈(講談の前身)化されて、人々の間に広まった歴史ものは多いです。それと江戸時代は仇討ちが合法化された時代でもありました。こういう時代背景を考えると、何が市井の人々に好まれるか、おのずと見えてくるでしょう。

そういうフィクションの力ゆえに史実がわかりにくくなるから(中略)“三谷流”と、三谷幸喜さんが一から、今までになかったことを思いついたように誘導することには慎重になりたい。
揉める元ですので。こういう書き方はどうかと思います。

例によってコラムのリンクはクリックしていませんが、恐らくこの記事のことでしょう。

「鎌倉殿の13人」義時暗躍 語り継がれる“稀なる美談”矛先は範頼へ 三谷流“曽我事件”もネット脱帽

で、「今回の脚本、すごいとしか言いようがない」という文章から始まるパラグラフが紹介されています。
これに関して
「そもそもSNSユーザーが必ずしもきちんと証拠を揃えて語っているかもわかりません。
それでもネットニュースになると既知のこととして広まってしまう。
実際に書き込みが存在したのか不明の場合もあります。
この手の記事は楽でアクセスも稼げるから今後も続くでしょうが、いかがなものでしょうか」
とありますが、これはどの大河でも似たような傾向はあります。また「楽」であるかどうかはともかく「アクセスを稼ぐ」という点では、このコラムも同じようなものでしょう。

そしてその後に
「今年はまだしも、昨年の場合はネットで明らかに間違った情報が盛り上がり、それが一人歩きして歴史知識が悪化するようなことがしばしばありました」
とあります。これは『青天を衝け』の主人公渋沢栄一が、日本初の紙幣を作ったとされたことでしょう。武者さんによれば、この誤情報がネットで盛り上がったらしいのですが、実際にそこまで騒がれたかどうかは、定かではないようです。尚武者さんは小檜山氏名義でこれに関してツイをしていますが、後でそれを削除しています。

そして「”三谷流”と、三谷幸喜さんが一から、今までになかったことを思いついたように誘導することには慎重になりたいですが」とあるのですが、大河はある程度史実を入れてほしくはあるものの、ドラマはそもそもフィクションであり。私が観る限りでは、三谷さんが吾妻鏡を元に構成し直したなと思う部分もあるのですが。

義時もしみじみと語っていましたが、一族のためならば手段を選ばないことが、この時代らしさと言えます。

これは戦国時代も似たようなものではないのでしょうか。

中原逐鹿という言葉があります。
中原に鹿を逐(お)う。
(中略)
中原とは中国の黄河中下流域のこと。多くの王朝で首都が置かれた天下争奪の場所です。
この地域が政治の中心ということになります。そんな場所で鹿を狩る。それは天下を決めることだとされました。
狩猟というのは特別です。
軍事演習という意味合い。そしてまだ中世ですので、神事で守り、今後を占うものでもある。
今回はこの天下趨勢の行方も、中世らしく濃厚に見えてきました。

ここでまた中国関連です。この中原逐鹿は天下を決めるというか、帝位を奪うことですね。しかしここまで書くのであれば、中国関連のみでなく、鎌倉時代の狩猟についてとか、諏訪大社の狩猟神事なども書いてほしいものです。
そして
「中世らしく濃厚に見えてきました」
などとありますが、これは一体どういう意味なのでしょうね。他の時代の天下趨勢の行方は濃厚ではないのでしょうか。また、

北条、比企、そして源氏が富士野で鹿を追いかけ、北条が勝つ。そんな筋道が見えています。
そしてそれのみならず、勝利の鍵を握っているのは伊東だとわかります。
ちょっと箇条書きにしてみましょう。
・細工をせねば獲物を取れない万寿と、楽に獲れてしまう金剛
・工藤祐経は八重と金剛が似ていると言う
・その八重が放った矢から、源平合戦が始まったのがこの作品での設定
・頼朝と義時が女を争ったとセリフで語られる、その女とは伊東の八重
・天運が去ったと語る頼朝と、それを横で聞いている義時
(中略)
しかしこのドラマは伊東の娘である八重の血を引く北条泰時が天に選ばれたように思える。
女系として流れる血が運命を決めたように思えます。
これは【双系制】=両親双方の血統を重視する仕組みが見直されている2020年代にあった展開かもしれません。

とあります。
まず言いたいのは箇条書きの部分です。
果たして金剛は「楽に」鹿を獲れたのでしょうか。初めてしとめましたと言ってはいますが。
工藤祐経が金剛と八重が似ていると言うのは、仕事を紹介してくれと江間の館に行っていたから、当然八重がどのような容貌であったかも知っているでしょう。また、頼朝の天運が去ったからと言って、すぐさま北条に天下人の座が転がり込むわけではありません。要は伊東の血が後々の鎌倉幕府を左右すると言いたいのでしょうが、我々はまだ頼家、実朝の時代を見ていないのです。それが終わってからジャッジしてもいいでしょう。

それと「2020年代にあった」は「合った」としないと、「存在した」の意味に取られてしまうかと思います。

それから、狩猟が陰謀や殺し合いというのは中国も同じとあり、

ゆえに本作を中国語圏が見ると、
「おっ? 日本も同じだな!」
と親近感を覚えるのではないかと思います。
実際、中国語圏でも注目されているようです。

いつものことですが、「中国語圏でも注目されている」ことを裏付ける記事はここでは何も紹介されていません。武者さんの個人的願望なのでしょうか。

今週の万寿と金剛はやはり無理がある。それは童形ということが大きい。子供が弓を引くと危険だから仕方ないのでしょう。
これがオールバックにして烏帽子を被るとどうなるか? そこが期待したいところ。
東洋の時代劇では、大人になったら男女ともに前髪を作らないことが定番です。
それだと現代人はイマイチかも……そう誤解して妙な髪型にしていた大河もあります。『天地人』や『江』で画像検索をしてみてください。

『天地人』の直江兼続は、確かに元服後もある時期まで前髪がありましたが、後に上げています。またこの大河では、石田三成の髪型もドレッドのような奇妙なものでした。それも付記しておいてほしいです。ちなみに、三成を演じていたのは小栗旬さんです。それと『真田丸』の信繁も、元服後なのに前髪を下げ気味にしているシーンがありますね。

そんな海外受けを考える上で重要なのは、日宋関係です。
平安末期から鎌倉時代が舞台となると、そこが大事。
(中略)
来週は宋から来た陳和卿(ちんなけい)が登場します。彼は重要人物ですので、これは要注目。

この日宋貿易ですが、そのもっと後、いよいよ南宋が終焉を迎える元寇の頃まで続いていますね。この貿易について書くのなら、この時代のことも書いてほしいものです。当時の宋の商人で有名なのは謝国明(『北条時宗』にも登場)で、博多綱首(博多に住んで日宋貿易に携わった宋人)でもあり、様々な物を日本に伝えています。

そうそう、本作は特定の人物退場のタイミングはトークショーの日程で把握できます。
◆【大予測】征夷大将軍になった大泉頼朝「鎌倉殿」の退場はいつになるのか(→link)
ゆえに、この答えは【みんなで見よう! 「鎌倉殿の13人」大泉洋スペシャルトーク&「北海道道」公開収録】開催日の6月26日となります。
みんなで頼朝の落馬からの死を見るわけですか……。
ちなみに私も蒲殿追悼のため、来週は公開が遅れる予定です。

誰が退場するのかはともかくとして、
「みんなで頼朝の落馬からの死を見るわけですか……」
とはどうかと思います。これが個人のサイトであればまだいいでしょう。しかしレビューを謳う有料サイトで、登場人物が死ぬのをあたかも喜んでいるように見える書き方は抵抗があります。他にもう少し書きようがあるのではないでしょうか。
それと「蒲殿追討のため」というのは、修善寺行きということでしょうか。
まあ別に公開が遅れてもいいです。というか、以前に比べて数時間ほど遅くなっているような気はしますが。

あと先日の、小檜山氏の朝ドラ関連のnote記事で
「兼好法師は「友達にするなら病気したことあるやつな」と書いていたけど、その通りですな」
とあります。『徒然草』のことと思われますが、実は兼好法師はそんなことを書いてはいません。
「一つには物くるる友、二つには医師、三つには智恵ある友」
とあり、医師はあっても「病気したことあるやつ」とは書かれていないのです。あるいはこの反対に、友達にしたくない人の1つのタイプとして、「病なく、身強き人」とあるので、それを拡大解釈し、ならば病気をした人物は友達にしたいのだと書いたのでしょうか。他には「酒を好む人」や「虚言する(嘘をつく)人」、欲の深い人や、やたらに血気にはやる人もアウトのようです。

飲み物-アイスコーヒーブラック
[ 2022/06/17 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 49

『武将ジャパン』大河コラムに関する疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第21回「仏の眼差し」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

1.奥州で取れる砂金はいつの時代も貴重でしたが、特にこの時代には価値がありました。というのも、お隣の中国で宋が滅ぶと、国土の北半分は金王朝(王朝としての金)に支配され、南半分となった南宋王朝は日宋貿易で砂金を調達するようになったのです。それゆえ奥州平泉がなくては貿易が成立しませんでした。

2.「これから大事になるのは忠義の心だ。あのような男を二度と出してはならん。ついに日本全てを平らげた」
この場面、この台詞は大事ですよね。【石橋山の戦い】で、北条時政と大庭景親が言い争う場面があり(中略)許してくれてよくしてくれた平家が大事だ。そんな風に時政は言いくるめられていたものです。
要は、忠義よりも欲得が重視されました。
しかし、それではいかんと頼朝は考えている。

3.「御恩と奉公」と言われるように、鎌倉幕府は御家人を恩賞で繋ぎ止めていた。そこへ「忠義」という道徳概念を提示したんですね。
おおよその出どころは推察はできます。大江広元あたりでしょう。
彼は大学寮でも専門は明経道。要するに中国思想専攻でした。

4.先ほど指摘したように、大庭景親は損得で道を選ぶことを当然だと思っていました。
山内首藤経俊も露骨に命乞いをしていた。
それがだんだんと、武士は名誉を重んじるようになります。

5.もちろん良い話ばかりでもなく、哀しい一例を挙げると、徳川慶喜でしょうか。家臣たちには戦争をけしかけておいて、自分だけは大坂から愛妾同伴で江戸へ逃げるなど、不誠実なことを平気でしてしまう慶喜。それでも幕臣は、主君を討たれたら恥だから慶喜のことを守りました。
あるいは西郷隆盛も島津久光とは犬猿の仲でしたが、それでも山岡鉄舟に「主君の首を取られたらどうするのか?」と問われ、慶喜の助命を認めています。

1.武者さん、過去に2回ほどこのコラムで同じようなことをに書いていますが、砂金が絡むのは南宋との日宋貿易ではなく、奥州藤原氏が行っていた北方貿易の方ですね。これだと奥州と南宋の貿易のように見えてしまいます。

2.そもそも鎌倉幕府が本格始動しようというわけですから、御家人たちに造反されては困ると言いたいわけでしょう。平家も滅んだし、主を選ぶなら源氏一択なのですから。

3.大江広元は明法博士、つまり明法道(律令学)の人物なのですが。

4.武士の時代が安定するにつれ、忠義が求められてくるのは当然のことでしょう。これが再び混乱するのが戦国時代になるわけですが。それと山内首藤経俊は、父と兄が平治の乱で義朝に従い、戦死したこともあるのではないでしょうか。

5.ここに来てまた『青天を衝け』(あるいは『西郷どん』も)批判ですか。武者さんのよくないところと言うべきでしょうか、『鎌倉殿』ならそのレビューに徹すればいいのに、何かにかこつけて嫌いな大河を持ち出し、叩いていますね。レビューを書きたいのか、嫌いな大河批判をしたいのかわからなくなります。


6.そう褒める法皇と丹後局。褒めているのか、馬鹿にしているのかわからないのですが、時政には嫌味が通じません。
ぶぶ漬けを薦められて(京都人の「帰れ」と言う意味)、笑顔で食べてきてしまうタイプだ。

7.「みんな院が望んだこと……」
そう“飼い犬”である平知康から事実を陳列され、法皇はキレだしました。

8.こうしてわけのわからん八つ当たりをされ、平知康が追い出されますが、この場にいないあの人ならば、解説できるかもしれません。九条兼実です。彼は摂関家のエリートであり、とても理想が高く、教養も溢れていました。あるいは大江広元もそうでしょう。
(中略)
院が選んだ結果でしょうよ!
九条兼実なら、強烈にそう毒づくことでしょう。

9.気を利かせた政子が話を逸らし、預かっている孤児の数を訪ねます。
11人からまた増え、徳のある行いだと政子が感心する。
これも意識の変革ですね。
鎌倉時代には「三つ子が生まれた!」という記録が出てきます。不吉とも思わず、むしろ珍しく、慈しむものとして書かれました。人に対して情けをかけることは、素晴らしいことである。そういう温かい慈悲深さを評価するようになっていったのです。政子は、八重がそんな時代を先取りしていると感心しているように思えます。

10.頼朝よ……おまえは本当にどうしようもない男だな!
八重が幸せそうなことに気づき、えっ、それって小四郎とラブラブってこと? ワシよりええのか? というマウント心理でも働かせたのでしょう。
(中略)
血液型照合もDNA鑑定もできない時代ですから、「父親が俺かもしれない」と匂わせること自体が極悪非道です。なまじ八重のように、頼朝と子がいたとなれば余計に生々しい。

6.時政は大番役で京にいたこともありますし、壇ノ浦後の何年かは京都守護として京に赴いており、朝廷のこともある程度把握していて、そのせいか、態度も落ち着いていますね。奥さんのりくも京は熟知していますし。それとここで「ぶぶ漬け」をまた持ち出してくるのも、ワンパターンだなと思います。

7.これは知康ではなく、丹後局が言ったのではないでしょうか。知康は頼朝の文を読んだ後、頼朝追討の宣旨を出したことを怒っているのではと言っただけです。それと「事実を陳列」て何でしょうね。「開陳」の間違いでしょうか。

8.実際兼実と折り合いが悪かった後白河法皇ですが、法皇のみが悪であると書きたがるのもどうかと思います。尤もこの九条兼実は、法皇の後継者である後鳥羽天皇とも不仲だったと言われていますし、丹後局から失脚させられています。
あと
「院が選んだ結果でしょうよ!」
繰り返すようですが、院が望まれたことと丹後局が言っていますね。

9.その鎌倉時代の慈悲深さ云々ですが、例を挙げて説明して貰えないでしょうか、このコラムでは、この時代はああだったこうだったと書かれてはいるものの、それを裏付ける事実があまりにも乏しく、信憑性を欠いているように見えます。しかし時代の先取りだ何だより、こういう手のかかることをして、金剛も育てて感心ですねと、政子は同じ母親として言いたかったのではないでしょうか。
あと三つ子の話、残念ながら翌日三人とも亡くなったとされています。

10.そしてここで頼朝批判。思うのですが、武者さんは褒めているより批判している、叩いている方が生き生きしてみえます(それがいいことであるとは思いませんが)。しかしこれも、頼朝を最初から批判する方向ですね。無論どうかとは思いますが、そういう人物なのだから仕方ありません。極悪非道は言いすぎでしょう。ただ頼朝の言動自体、ちょっと企み臭いとは思いますが。

11.(注・頼朝が金剛は自分の子だと言いたげなシーン)単に劇中のヤリトリだけでなく、もしかしたら大河ドラマ『草燃える』を意識しているかもしれません。あのドラマでは、金剛こと北条泰時が、義時か、頼朝か、どちらの子か確定できないという設定だったのです。昔から大河は自由な枠でしたが、現在であれば、あの設定は通らないでしょう。
頼朝のしょうもなさは、女の幸せは男由来だと決めてかかっているところですね。八重が千鶴丸と鶴丸を重ねて幸せなのだと知ったら、どんな気持ちになることやら。

11.10年ルールと言いながら、43年前の『草燃える』をなぜ出してくるのでしょうか。過去の大河作品でこれしか『鎌倉殿』と同時代を描いていないのなら、いつかも書きましたが、源平大河の10年ルールは外してはどうでしょう。
それと
「頼朝のしょうもなさは、女の幸せは男由来だと決めてかかっているところですね」
ですが、あのやり取りだけでそこまで思いませんでしたね。
あと八重が鶴丸に千鶴丸をダブらせるシーンは、この後で出て来るのではないでしょうか。

飲み物-スノーアンドテル
[ 2022/06/01 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 40

大河コラムに行く前に、小檜山氏の方の『青天を衝け』関連ツイートで、慶喜がなぜ天狗党を処刑しないなどといった内容のものがありました。その後これは削除されましたが、天狗党を処刑する権限があるのは、追討軍統括の田沼意尊ではないのでしょうか。

それからこういうツイもあります。
「人間の腸内環境は母乳を通して伝えられるもの。ゆえに合わないものは消化できず栄養もとれなくなる。アイヌが主食を鮭から米やなにやら和人の食べ物にされたら、栄養失調になってしまう。おまけに病原菌まで持ち込まれた。これがどれほど酷いことはか考えていかんと」
『ゴールデンカムイ』関連と思われますが、腸内環境の件は、母乳に含まれている成分が善玉菌を増やし、腸内フローラをコントロールするわけで、この点はきちんと書いてほしいです。その後の文章はちょっと意味がよくわかりませんが。あと母乳は抗体や免疫細胞を赤ちゃんに届ける働きもありますね。

ではコラム、前半部分に該当する記述を見て行きます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第17回「助命と宿命」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

1.彼(注・義経)自身の偶像を壊すような、破滅的な輝きが今週も眩しい

2.急にどうしたのか?思わず戸惑う義時ですが、彼女なりに考えていた。これからも命のやりとりがあるのならば、せめて子どもたちを救いたい。(中略)八重は慈悲深い。(中略)親のよいところを受け継いだ。この八重の思いは、金剛にも引き継がれるのだろう

3.石を投げた少年たち・曾我兄弟も、かなり重要な伏線となりそうである

4.時政の言葉にもはや躊躇はありませんが、思い出してほしい。石橋山の危機を乗り越え、敵を打ち破り、御家人たちが鎌倉入りを果たしたときのこと。俺たちの鎌倉、ここで新しい世が始まると生き生きとしていた顔を。そんな季節はもう終わった

5.「あいつの恨みは、必ず、万寿に降りかかる……」
果たしてそれはどうなのか。自分が恩義を感じないから、皆もそうだと言えるのか

1、義経自身の偶像というのが、所謂判官びいきに代表されるような、「きれいな」義経像であるのなら、既に『草燃える』でも『炎立つ』でも、そのイメージは覆されているのですが。前者では粗野なところがあり、後者では勉強嫌いでした。

2、それはいいのですが、一方で『青天を衝け』の養育院関連では「こうした場面も渋沢栄一夫婦の善人アピールがしたいだけのように見えてしまいます」などと書かれています。武者さんが『鎌倉殿』が嫌いだったら、広常も義仲も見殺しにした義時とその妻の偽善などと書くのではないでしょうか。

3.少し前の「『鎌倉殿の13人』の三谷カラーその他 その2」でも、ネタバレといった印象を受けてしまうと書いています。せめて子供2人がその辺をうろついている程度にして、あまり正体を明かさない方がいいかとも思ってしまうのですが。

ちなみにこの時は1184年、兄弟の仇討ちはその9年後の1193年です。そして兄十郎はこの時数えの13斎、弟五郎は11歳です。尚義高はこの時数えの12とされていることを考えると、やはり義高役は、中学生くらいの子役でもよかったのではないかと思います-三谷さんは染五郎さんを使いたかったのかも知れませんが。

4、これも2と同様、今回は仮に彼らが若者でなくても、あたかも鎌倉即ち青春のように書く一方で、本物の若者たちがいた昨年の血洗島の方は、かなり批判的に書かれていました。

5、その前に「父を殺された恨み」について頼朝も話していますし、この大河では出て来ませんが、あらすじと感想にも書いているように、助命してくれた池禅尼には恩義を感じ、息子の頼盛の所領を戻してやったりもしています。またたとえ本人にその気がなくても、幕府に不満のある御家人が担ぐかもしれず、それは鎌倉幕府に取っても、かなりの危機的状況になるからでしょう。復讐しないという保証もないわけですし。

6.なぜ伊豆山権現なのか?
「アジール」(聖域)という意味合いですね。自社仏閣に逃げ込めば、そこは治外法権で命は保障される

7.さて、都では――。「検非違使?」義経が、鰹節をもらった猫のように瞳を輝かせている(中略)ちなみに義時はこの点、慎重だった。上総広常が砂金をやると言ったとき、一旦は断っておいてから相手の機嫌を損ねないために受け取っている。そういうワンクッションを置けるかどうかが重大な分かれ道となる

8.静御前――。日本史上に残る天女のような舞姿を見せます。美しい。心が溶けてしまうように美しい

9.義高は女人に化けて連れ出すとのこと。前にも同じ手を使ったのでは?と実衣が心配すると、鎌倉殿を逃した時に使ったと政子は言う。(中略)思えばあの頃はなんとノンビリしていたことか

10.義村はじめ三浦一族は何をしているのか?と、ここで補足しておくと、彼らは重要な後詰めである。いくら義経が天才でも船がなければ戦えない。水上戦闘になれば彼らが必要であり、平家との一戦までにはまだ時間がある

6、このアジール、『おんな城主 直虎』でも使っていましたね。それはともかく「自社仏閣」とは何でしょうか。以前もこれと同じ言葉を使っていたのを見たことがありますが、「神社仏閣」のことでしょうか。

7、朝廷から官位官職を賜るのと、上総広常から砂金を受け取るのとでは、意味するところが多少異なるのではないでしょうか。

8、正直言ってそこまでは思いませんでした。ただその後の比企能員の姪の里との婚礼の話、その前振りとしてこのシーンが使われたといった感じでした。

9、この時点から見ればのんびりしていただけで、あの時はあの時で平氏の力がまだまだ強いし、北条の立場は弱く、それなりに大変だったはずなのですが。

10、この後詰については、第16回で子供を預けに来た義村も言っていました。そして水上戦闘とか、「平家との一戦までにはまだ時間がある」なども、平家との戦の描写が限定的なので、状況がどうなっているのか、この大河では少々わかりづらいとも言えます。武者さん、嫌いな大河ならここで散々批判しているのかも知れません。

飲み物-アイスココア2
[ 2022/05/04 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』今後の義経

『武将ジャパン』大河関連コラムですが、次に読むとしたら壇ノ浦関連の回の後でしょうか。しかし、毎度同じような書き方だなと思います。この文は個人ブログ向きでしょう。以前ある大河関連ブログで、作品がかなり客観的に紹介されていたのを見て、寧ろこのブログ主さんに書いてほしいと思ったことさえあります。

ところで壇ノ浦ですが、この大河ではどのように描かれるのでしょうか。今のところ、平家方の人物もかなり限られていますし、源氏方が都落ちして行く平家を追いかけるというよりは、同じ頃の坂東をメインに描きそうな気がします。一方で、木曽義仲と朝廷との確執などに尺を取るのではないかとも思います。

それから義経ですが、今の時点では戦上手とか、兄に追われる悲劇のヒーローといった印象はあまりなく、好き放題やらかして物議を醸す、どうもそのような人物に描かれる気がします-無論、この後キャラ変する可能性もありますが。

ところで日本アカデミー賞の授賞式を観ていたのですが、義経役で、『花束みたいな恋をした』にも出演した菅田将暉さんが話題賞受賞でした。それはいいのですが、プレゼンターが小栗旬さんで、しかも『ミステリと言う勿れ』の久能整のスタイルで登場していたのは、ちょっとしたサプライズでした。

それとNHK出版の大河ドラマのガイドブック、『麒麟がくる』からこっち、同じ時代背景の大河を紹介するようになっています。前編は『草燃える』でしたが、後編は何になるのでしょう。『義経』か『平清盛』か、あるいは『炎立つ』の可能性もあります。しかし源平大河は本数が少ないですね、今回の分を入れて7本です。そのため、戦国物や幕末大河ほど競争率は高くはないかと思われます。

それにしても3月に入ったというのに、まだ再来年の大河が発表されていません。昨年一昨年と1月に発表したのは、何のためだったのかとさえ思ってしまいます。あと『どうする家康』の新キャストもまだですが、これは『となりのチカラ』の放送が終わって、松本潤さんのスケジュールが大河メインになってからでしょうか。


飲み物-ビールと夜景
[ 2022/03/12 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 15

『武将ジャパン』関連、先日の続きです。

長いのと、例によって中国が云々とあるため(日本と事情が違うにもかかわらず)、一部割愛しています。
興味のある方はこちらのURLからご覧ください。
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/02/07/166253/4

もう俺らは西の連中の顔色を窺うなんてウンザリだぜ! そういう逆賊になる運命が彼を怒涛の中へ誘うのでしょう。
そしてそれこそ実際の義時に近いのかもしれない。
というのも義時は【承久の乱】に際して心労の極みにあり、かつこれは「華夷闘乱」だと認識していたのです。
華夷闘乱って何?
(中略)
日本は遣隋使、遣唐使以来、隋や唐のフォロワーとして国家運営をしていました。西の王朝はそうなっています。ミニ中華の様相を呈していた。
(中略)
『源氏物語』あたりを読んでもそう。都周辺を離れたら野蛮人だらけで恥ずかしい。そんな認識があったのです。
そんな日本流華夷秩序を破壊しかねないと、義時はわかっていたからこそ悩んだ。
その宿命を植え付けて去っていったのが、兄の宗時であったのです。

これは京都が権力の中心であった以上、そうならざるを得ないかと思います。
都から離れた地は、特にかつては辺境とみなされていました。その辺境の一つであった奥州に、一大拠点を打ち立てたのはが奥州藤原氏であるのですが、その点については何も触れられていません、鎌倉幕府ができる以前に於いては、かなり大規模の地方政権といっていい存在なのですが。
それと日本はそもそも、隋の統一後は中国大陸の王朝の冊封体制には入っていません。また朝貢もこの当時は既にありませんでした。ゆえに
「日本は遣隋使、遣唐使以来、隋や唐のフォロワーとして国家運営をしていました。西の王朝はそうなっています。ミニ中華の様相を呈していた」
というのはいささか乱暴でしょう。
また武者さんの好きな『麒麟がくる』にも登場する足利幕府、この幕府は明に朝貢外交を行っています。ただしこれは日本にメリットがあるものでした。

それから

そしてこれは宗時以前にもある。
『将門記』です。
「今の世の人、必ず撃ち勝てるをもって君と為す。
たとい我が朝には非ずとも、みな人の国に在り。
去る延長年中の大契赧王(=契丹王)のごときは、正月一日をもって渤海国を討ち取り、東丹国と改めて領掌す。
いずくんぞ力をもって虜領せざらんや」
将門の認識として、中国大陸にいた契丹王のことをあげています。

この契丹王は耶律阿保機のことですね。渤海を滅ぼし、その王位を奪ったわけですが、この渤海は日本に朝貢していたことがあります。無論『吾妻鏡』がそうであるように、これも『将門記』の著者の創作という可能性もあります。
しかしここで思うのですが、宗時は王位(皇位)を奪うことを考えていたのでしょうか。
そもそも新皇を名乗った将門と、宗時を同一に捉えるべきなのか。宗時が『将門記』を例に挙げたのならまだしも、これも無理があるのではないでしょうか。

そしてこの部分、

その大きな言葉に導かれ、義時は正々堂々逆賊ルートを邁進するのではないか?
そう思うと大河の可能性をまた見出せた気がします。
(中略)
本心では(小島氏は)義時に正々堂々、正面切って逆賊ルートを走って欲しいのではありません?
そんなことを妄想してしまう記事でした。

ということですが。
そもそも宗時の北条をトップにする構想というのは、平家支配に対抗すべく、東国の武者たちが仕切る政権がほしいといったものだと思われます。ルサンチマン的で、権力への対抗を鼓舞しがちな武者さんらしい解釈ですが。

そして総評。

大河ドラマって結局なんなんですかね。
(中略)
しつこく言い続けますが、一作目の『花の生涯』は井伊直弼が主役でした。
この主役の時点で挑戦的です。
というのも、井伊直弼はずっと悪人として評価されてきた。司馬遼太郎ですら、テロリズムは否定しつつ【桜田門外の変】は歴史を変えたからとプラス評価をしているほど。
(中略)
なぜそうなるか?というと、要するに明治維新正統化の理屈です。
そうした理屈が敗戦まで叩き込まれていたからこそ、戦後、それでいいのかと歴史観に揺さぶりをかける意味でも、井伊直弼は主役にふさわしかった。

まず「正統化」ではなく「正当化」ですね。
なぜ『花の生涯』だったのかはわかりませんが、そもそも井伊直弼は悪人として見られていたのでしょか。武者さんは嫌いだと思われますが、かの吉田松陰はこの人物を評価しています。実際彦根藩の人々に取ってはいい殿様だったようです。また徳川慶喜も、才能は乏しいが決断力があると言っていますし。司馬氏は『胡蝶の夢』の中で、松本良順の蘭学塾と病院設立に直弼が理解を示したと書いてもいるのですが。
それに「歴史観にゆさぶりをかける」にしては、所謂志士を主人公にしたのも多く作られていますね。

しかし、そんな流れも変わっていきます。
結局はコンテンツとして売れるかどうか。
社会情勢に沿わせるような題材も取り上げられ、近年ですと、明治維新150周年、オリンピック、新札にあわせた大河がまさにそうでした。
歴史学より、広告代理店の戦術を使ったような大河もあったわけです。
それが今年は違う。
大河の原点回帰、歴史観のゆさぶりをかけるところまで戻ってきたのだと思えました。
宗時のセリフも、それに従う義時も、ある意味すごいことをしています。日本人はこういうものだという常識を殴っています。
西日本にいる連中の指図を受けるもんか!
これって朝廷権威の否定ですよね。

これが、初期の10作ほどが逆賊とされた人々を主人公にしたのであれば納得ですが、実際はそうでもありません。
しかもTVドラマですから「コンテンツとして売れるかどうか」は大事でしょう-ただその割に、NHKにビジネスセンスが乏しいのもまた事実ですが。そして
「社会情勢に沿わせるような題材も取り上げられ、近年ですと、明治維新150周年、オリンピック、新札にあわせた大河がまさにそうでした。
歴史学より、広告代理店の戦術を使ったような大河もあったわけです」
どの大河のことを言っているのか一目瞭然です。武者さんの嫌いな大河ですね。
しかし近年の大河では、観光協会や広告代理店が絡むのは当然のことで、何もこの3作に限ったことではありません。『真田丸』などもかなりお金を使っていたのではないでしょうか。また上記3作が、全く歴史を無視していたわけでもないでしょう。『いだてん』に関しては途中で切ったのでよくわかりませんが。
なのに
「それが今年は違う」
とはどういうことでしょうか。
現に『鎌倉殿の13人』の経済効果試算は、307億円と報じられてもいるし、大河とお金は切り離せなくなっています。

「鎌倉殿の13人」経済効果307億円 横浜銀行など試算
(nikkei.com)

それとはまた別ですが、家庭で日常的に映像を観る手段がTVしかなかった、初期の頃の大河の路線を、今なお引きずっていると思われるところにNHKの誤算があるとは思われます。

そしてその後、主だった部分をピックアップしておきますが。

坂東武者が西の言いなりになんてならないと決起し、智勇兼備を目指したからこそ、日本人像はできたと思うのです。
というのも、東アジア文化圏では智勇兼備ではなく、智勇ならば智が上位に厳然としておりました。
中国にせよ、朝鮮半島にせよ、合戦になっても科挙に合格したような知識層が上で、武勇を誇るものはその下についた。
しかし日本では、知恵と勇気を兼ね備えた武士が行政を手がけてきた、独特の特徴があります。
武士が朝廷を倒し、互いに融合しあったからこその日本史ができあがってゆく。

そもそも中国も朝鮮も儒教国家であり、武を卑しむ風潮があったため、武士が登場しなかったというのは事実です。
しかし
「坂東武者が西の言いなりになんてならないと決起」
というよりは、平家を倒したいから決起とこの場合解釈するべきでしょう。朝廷でなく平家を倒し、北条が勢力を握るということこそを宗時は言いたかったのではないでしょうか。
それに
「武士が朝廷を倒し」
とは何でしょうか。そんなことをしたら朝敵認定で、本人に矛先が向けられるでしょう。
武士が朝廷に圧力をかけるとか、権限を狭めるとか書きようがあると思います。
その続きとして
「でもそこを突っ込むとなると、武士が天皇をぶん殴る【承久の乱】が出てくるので……ゴニョゴニョと誤魔化してしまい、結果的に日本人らしさやアイデンティティが危機に陥っていたのでは?と、私は今年の大河を見て真剣に思い悩んでいます」
文章が無駄に長い割に、何を言いたいのかよくわからないのですが、要するに
「武士は朝廷に対抗する意味で鎌倉幕府を作り、その後朝廷の権威と武士の権力というのは、新たな日本人像を作り出して行く。ゆえに日本人像を描くうえで、朝廷と武士の対峙は避けて通れない」
とでも言いたいのでしょうか。

ただ武者さんの場合、今回の大河では、朝廷に盾突く逆賊のように武士、特に義時を描いてほしいようですが、三谷さんはあくまでも『吾妻鏡』に準じた描き方にするようで、その吾妻鏡では義時もかなり悩んではいたようです。それに承久の乱そのものは、『草燃える』で既に登場していますね。

今週は本当に、ラストの宗時をみて大興奮でした。
やりおった、三谷さん、やっちまった! さすがだ、新選組を大河にした人はものがちがう! やっちまった! すげえ、これは推せる!
そう大興奮しました。
この大河は原点回帰したと思えます。

そもそも武者さんは10年ルールがあって、なぜ18年も前の『新選組!』をここで出してくるのかよくわかりません。そういえば『青天を衝け』でも、40年以上前の『獅子の時代』を引き合いに出していましたね。またあとで
「日本の歴史が成立する過程はおもしろいぞ!
そう正面切ってぶつけてくるこのドラマは、傑作になる運命を背負っている」
などとありますが、大河の多くは「日本の歴史の成立過程」を描いているのではないでしょうか。

そしてまたこういうことが書かれています。

本作の坂東武者はハッキリいって近寄りたくないし、嫌だ。
こんなもんどうやって観光資源にすればいいのか、神奈川の皆さんは悩んでいるかもしれないけれど、歴史って、無茶苦茶なところも含め、不都合さもあってこそ、面白い。

坂東武者というのは単に野蛮人ではないし、大番役などを務めるのは出世コースでもあり、都の文化に触れるチャンスでもありました。そして観光資源云々も、武者さんが心配するようなものではありません。無論勝手に心配するのは自由ですが、それこそ観光協会や広告代理店、商工会議所などがちゃんとやってくれるでしょう。
そういえば、商工会議所の前身の商法会議所を作ったのは渋沢栄一でしたね。

それと先日投稿分の小島氏の記事で、『太平記』関連の記述があったのでその部分だけ置いておきます。

(皇国史観では)さきほどの義時よりもきつい表現で、尊氏を批判している。尊氏に味方したのは「よくない武士たち」だと決めつけているけれど、彼らはほんの数年前に後醍醐天皇に味方したのだから、よい武士たちだったはずだ。そもそも尊氏に最初から将軍になる「下心」があって、鎌倉幕府を倒したのだろうか。
大河ドラマでは1991年の『太平記』が尊氏を主人公としていた。真田広之が演じる尊氏は、大恩を受け敬愛する後醍醐天皇に刃向かうことをずっとためらいつづけていた。

大河ドラマの尊氏と本物の尊氏は、同じ人物であるとは限りません。主人公ですし、何よりも『太平記』というデリケートな題材でもあり、あの大河は尊(高)氏の成長物語といった部分が強かったのです。それを考えれば、「よい人物」として描かれるのは無理からぬことです。
尚あの中で尊氏が何かと肩が凝るということを口にし、後醍醐天皇が
「朕も肩が凝る」
と返すシーンは印象的でした。

飲み物-暖炉とウイスキー
[ 2022/02/14 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』ガイドブックを見て感じたこと その2(+正月時代劇)

まず、先日投稿した分で、三谷幸喜氏のインタビューからの引用部分を泡めのブルー系にしていたのですが、色が薄く見づらいため、やや濃い目の色に変更しています。それから弁慶を演じる佳久創さんの敬称を落としていました。いやはや大変失礼。

今回はその続きになります。三谷さんが言う「史料どおり」と、「史料に沿っていない部分」なのですが、どうもこの両者の差がかなり大きく、それが批判、あるいは否定的な意見のもとにもなっていますし、また三谷さんが本当に書きたいのは、本当は後者の方ではないかとも思ってしまいます。以前『真田丸』の時の実況ツイを見て思ったのですが、少なくとも私が目にした中では、史料そのものの指摘よりも、三谷さん特有の小ネタやキャラ設定に言及したものが多いように感じられました。

大河だから史料を重視したいという気持ちはわかります。ただこう言っては何ですが、視聴者が重視するのは史料通りにきちんと描かれているか否かより、ドラマとしての面白さだと思われます。そして三谷大河の面白さは、小ネタの多さやキャラ設定の意外性などであると思われてもいるわけです。

確かに『吾妻鏡』は、異論もあるものの、鎌倉期の史料として有名です。今回の大河の場合は、吾妻鏡そのものをベースにしているのはわかりましたが、やはり、必ずしもその通りに描くべきなのかという点には、やや疑問があります。無論ドラマとして面白ければそれで問題はないのですが、そして今回に限らずですが、大河とは本来どのようにあるべきか、これが抜け落ちている感があります。

そもそも史実は盛り込むべきなのか、フィクションで行くべきなのか、本来看板番組である大河にも関わらず、こういった点がNHKトップの総意ではなく、脚本家、あるいはプロデューサーの裁量にまかされてしまっているという点は、如何なものでしょうか。そのため作品によって、史実の盛り込み方にかなり差が出てしまってもいます。

『おんな城主 直虎』の脚本を担当した森下佳子さんは、大河は史実に縛られ過ぎ、史料だってどこまで本当だかわからないとコメントしていたこともあります。無論井伊直虎自身、あまり史料がないということもありましたが、ならば史料のない人物を、なぜ主人公にするのかという疑問にもつながります。ある作品では史料重視、別の作品では史料が殆どなくフィクションが多いというのは、どこかポリシー不在の、出たとこ勝負的な印象を受けてしまいます。

あと最近のNHK出版のガイドブックは、必ず過去の同時代の大河を紹介しています。今発売中の前編では、『草燃える』が紹介されていて、北条政子を演じた岩下志麻さんのコメントがあります。実際これは、北条政子が実質的な主人公であり、またこの作品で義時を演じたのが、今回平清盛を演じる松平健さんでした。恐らく今後は『義経』や『平清盛』なども出て来るかと思います。

過去の大河を持ち出すのはいいのですが、そして繰り返すようですが、それらの作品は受信料で作られています。ならば、大河60年は視聴者の皆様のおかげですと、これまたNHKトップ自らが、もっと口にしてよさそうなものなのですが。

その受信料に関することでひとつ。NHK出版のガイドブックは、毎号の裏表紙がもみじ饅頭のにしき堂の広告になっています。これは最早長年の提携関係にあるといってもいいでしょう。その一方で、今回のニッコームックの裏表紙は、主演の小栗さんが出ているプレモルの広告です。

この2つを比較すると、どちらが出演者を強力にアピールしているかは一目瞭然です。無論NHKとしては、色々やりたくてもできないという事情があるでしょう。しかし私としては、ここはやはり主演の小栗さんの、文字通り「旬」の広告を使っている方が、惹きつけられるものがあります。

以前、大河を作るのであれば、主演俳優の出演CMの企業に、スポンサーとなっていくらか出資して貰ってはどうかと書いたことがありますが、今回両方の裏表紙を見て、改めてそれを思い出しました。サントリーからいくらかお金を出して貰えれば、受信料を何十億も使わずに済ませることもできるはずなのですが。尤もサントリーも、リーグワンで出費が多少はあるかとは思います。

三谷大河のみならず、大河についての疑問点は多々ありますが、年が改まって来年の放送が始まる前に、ガイドブック関連でもう一度投稿できたらと思います。年を跨ぐ格好になりますね。

それと正月時代劇『幕末相棒伝』ですが、今は正月時代劇のサイトはもう作られていないようです。かろうじて掲示板はあるようなので、この掲示板、そして紹介ページのURLだけを一応貼っておきます。

https://www.nhk.or.jp/drama/bbs/(掲示板)
https://www.nhk.jp/p/ts/3K4QPLPQRV/(紹介ページ)

しかし杉本哲太さんと浅利陽介さんが出ているのは、タイトルに「相棒」が入っているからでしょうか。


飲み物-ホットウイスキー
[ 2021/12/31 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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