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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『光る君へ』第9回「遠くの国」あらすじと感想-1

第9回前半部分です。


寛和2(986)年。道長の屋敷に忍び込んだ盗賊の頭領が直秀だとわかり、道長は衝撃を受ける。思ったより堅固だ、内裏よりものものしいと言う直秀に、やはりあの時射たのはお前だったのかと道長。取り押さえられた直秀は、あれが潮時だったと言う。武者たちは、彼らが散楽一座の者であると道長に告げ、また一座の一員である輔保は道長の顔を覚えていて、何も盗んでいないから見逃してくれと言う。やめとけと直秀。

盗賊は我らが片付けるので、若君はお部屋へと言う武者たちに、直秀は若君がそんなに大事か、お前らも貴族に見下されて来たのに悔しくないのかとずけずけと言い、武者たちは刀を抜く。しかし手荒な真似はするな、彼らは人を殺めてはおらぬ、命まで取らずともよいと命じて去ろうとする道長に、直秀は声をかける。
「凛々しいことだな、若君」

道長は彼らを検非違使に渡すよう武者たちに言い、その後兼家のそばに付き添っていたが、なおも先ほどのことが気になるようだった。そして翌日、左大臣家での集まりで、茅子が東三条殿に盗賊が入り、三郎君が獅子奮迅のお働きと話す。しをりも道長が最近大層なご評判とはしゃぐが、倫子が思案顔なのを見て黙る。倫子はその空気を破るかのように、その盗賊は我が土御門に入った盗賊と同じかと、茅子としをりに問いかける。

わかりませんわと答えられて、そうですわよねと倫子は笑うが、まひろは気になるものがあった。そしてその土御門殿では、穆子が赤染衛門に、倫子が道長をどう思っているのか尋ねる。倫子は父雅信にはそういうことを話すものの、穆子が訊くことには答えないらしく、穆子は苛立っているようだった。そしてまひろは散楽一座の家にやって来るが、そこには誰もいなかった。

まひろは、鳥籠を出てあの山を越えて行くという直秀の言葉を思い出し、もう旅に出たのかと自問する。するとそこへ放免たちがやって来て、家の中に入り込み、そばにいたまひろと抗議する乙丸を取り押さえる。彼らは共犯とみなされたのである。放免の1人がまひろを見下すようにして話す。
「仲間は東三条殿で捕らえられた。お前らも、獄でた~っぷり詮議してやるぜ」

盗賊たちは牢に入れられ、道長は平惟仲に、彼らの処分について尋ねていた。余罪について取り調べていると惟仲。道長は、他のことは知らぬものの、東三条殿では何も盗んでおらず、人も傷つけていないことから、早めに解放されることを望んでいた。惟仲はなぜ道長がそう情けをかけるのかを訝り、何せ盗賊であるゆえ、腕のひとつもへし折って、二度と罪を犯させないようにするのが自分の仕事だと答える。

道長はそれでも、手荒なことはしないでくれと金襴の袋を見せる。惟仲はそれを受け取るが、その時まひろと乙丸が放免たちに連行されて来る。まひろと牢の中の直秀は、互いの意外な有様に驚くが、その時まひろが縄を強く惹かれて転び、その様子を見た道長は、この者は知り合い故身柄は預かると縄を解かせ、まひろは帰るようにと言われるが、獄中の直秀が気になるようだった。

そんなまひろを道長は馬に乗せ、かつて2人が会ったあばら家へ向かう。後を追う乙丸と百舌彦。なぜ直秀たちを検非違使に渡したのか、彼らは都を出て行くつもりだった、許してやっていればそのまま山を越え、海の見える遠くの国に行っていたとまひろは言う。許したいと思わなかったわはないが、武者たちの前で盗賊を見逃せば示しがつかないと道長。盗賊が許されれば、武者たちとて何をするかわからんとも言う道長に、まひろは言う
「そんな信用できない者たちばかりを、右大臣家は雇っているの?」

道長は言う。信用できる者など誰もおらぬ、親兄弟とて同じだと。一方で道長は、まひろや直秀は信じると言う。直秀は盗賊であるが、盗賊であれ散楽であれ貴族が敵であるとはっきりしている。直秀はこれからどうなるのと訊くまひろに、間もなく放免されるであろうと道長。右大臣家の三郎君が検非違使に命じたからかと尋ねるまひろに、道長は心づけを渡しただけだと言う。

直秀は俺に借りなど作りたくないだろうがと道長、しかしまひろは、それを知ったらありがたく思うわよと言う。そのまひろに対し、知ることはない、獄を出れば遠くの国に流されると道長は答え、直秀の望むどおりに海の見える国だとよいがと言う。まひろもそれにうなずき、2人は池から飛び立つ水鳥を眺める。そしてまひろは改まった口調になり、道長に助けてくれたことへの礼を述べる。

三郎でよいと言う道長に、もうそうは呼べない、三郎君(ぎみ)ならとまひろ。なおも三郎でよいと言い張る道長だが、無理だとまひろは言う。そして乙丸がそろそろ戻るように勧め、贈ろうとする道長だがまひろは断る。土御門の近くに住んでいるため、道長と一緒にいるのを見られるのを懸念したのである。何を言われると言うのだと道長。そして日が落ちた中を東三条殿に向かう途中、道長はある光景を目にする。

それは土下座して祈る大勢の男女の姿だった。訊きに行った百舌彦によると、何でも左獄に囚われている盗賊が、盗品を貧しい下人たちに配っていたとかで、彼らが盗賊の無事を祈っているらしい。道長は何か引っかかるものがあった。そしてまひろも帰宅したところ、惟規が本を読んでいるのを見つける。俺だって字くらい読めるんだよと惟規。この弟ももすぐ大学に入っていなくなるとまひろはしんみりするが、姉上らしくないと言われてしまう。

父為時はまだ帰っていなかった。するといとが殿は今夜はお帰りになりません、高倉の女のもとにお出かけでございますと言う。目を見合わせるまひろと惟規。その為時は帝に講義をしていたが、帝は忯子のことを思い、心ここにあらずだった。道兼はその帝に薬湯を持ってくる。そのようなものを飲んでよくなるとも思えぬが、お前が言うなら飲もうと帝は薬湯を口にするものの、まずくて涙が出るわと不機嫌だった。

忯子を思って涙し、薬湯で涙する朕の人生とは何であろうかとこぼす帝。そして藤原義懐と惟成は、実資に、帝のおそばに女子を送り込めと命じる。その時既に、帝のそばには3人の女御がいたが、足りぬ、もっと注ぎこめと義懐。今のままでは皇子さえ儲けられず、政が滞るのである。いくら大勢の女子を注ぎ込んでも、帝のお心が癒されなければどうにもならないと実資は答えるが、それを促すのも蔵人頭の役目である、怠慢じゃと義懐は見下すように言う。

そこへ道兼が現れる。帝の様子を実資に尋ねられ、忯子のことを思って涙していることを報告すると、義懐がすかさずこう言う。
「いつまでメソメソされておられるのだ。新しい女子を抱けばお気持ちも変わろうというものだ」
実資は不敬なと立ち上がるが、己の怠慢を棚に上げて偉そうなことを申すなと義懐は反論する。惟成が間に入るが、実資は腹の虫がおさまらず、自分のような勤勉な者に怠慢とは無礼と声を荒げる。

子作りだけは帝のお心次第、そこをお分かりいただきと惟成は言うが、そのようなことは分かっておる、お前の話はくどいと実資は譲らない。結局義懐はわしらで何とかいたすと言い、手のかかる帝だと言い捨てて去る。わしを公卿にしなかったからこんなことになったと、実資は夕餉の席で酒を飲んで愚痴っていた。何故義懐ごときが公卿でわしがそうでないのだ、帝はどこに目がついておいでなのだと、桐子から酌をされながら、実資は先の帝(円融天皇)との比較を始める。

しかし懐かしんでも、院が帝に戻ることはないと桐子に言われ、わかっておると実資は答える。しかしわしが公卿であればとまたも言い始め、桐子は日記に書けばよろしいのではと笑う。恥ずかしくて書けぬとむきになる実資。そして詮子は父兼家を見舞う。手に触れて温かいと言う詮子だが、しかしもしものことがあっても東宮様の後ろ盾はいるので、お心置きなく旅立ちなされませと兼家の耳元でささやく。

しかしそこで兼家が目を開き、そうはゆかぬぞと言ったため、詮子は驚いて大騒ぎになる。


直秀たちが捕らえられます。ここで武者たちに対して、お前たちも貴族に見下されていると直秀は言い、またまひろは、そんなに信用のおけない者を雇っているのかと言います。この当時京では「王家の犬」「公家の番犬」であった武者たちですが、これより半世紀以上前に東国では平将門の乱が起こっており、さらにその半世紀後には前九年の疫が奥州で起こっています。武者たちが武士となるのは、そう遠い先ではありませんでした。

また彼らは盗品を貧しい者に施し、人も傷つけてはいなかったのですが、何よりも左大臣家と右大臣家で盗みを働こうとしていたわけで(右大臣家は『未遂』)、それだけでも彼らの行為を無視するわけには行かなかったでしょう。恐らく道長が直秀と顔見知りでなかったら、いくらか対応は違っていたのかも知れませんが。そして例のあばら家がまた登場します。何だか、まひろが道長と心置きなく話をする場所となっていますね。あと左大臣家で情報を仕入れているようにも思われます。

そのまひろですが、大学へ行くことになった惟規が書物を読むようになり、弟が自分から離れて行く寂しさを味わいます。しかし高杉真宙さん、『舞いあがれ!』の理詰めの刈谷先輩とはかなり違いますね。一方で道長から聞いていたように、直秀たちも遠国へ流されることになります。ところでまひろが、いずれ直秀たちは都を離れる予定だった、だから許してやってほしかったと道長に話していますが、道長は確かこのことを知らなかったはずですし、もし知っていたなら、これまた当然対応も違っていたでしょう。

そして藤原実資。今の帝と折り合いがよくないのは確かですが、味方のような顔をして帝を操る義懐とも相性がよくありません。その義懐が持ち出したのは、帝を政に戻すために新しい女御をと言うものでした。その不満を実資は家で妻の桐子にぶちまけ、桐子は日記に書きなさいとまたも勧めます。実際この人は『小右記』を残すわけで、その意味ではかなりの功労者であり、世の中のことを日記に書き記す、その具現者であることを強調した描き方になっています。

さて帝、花山天皇です。薬湯がまずいと言っています。それで思い出すのが、昨年の家康も薬湯が苦いと言っていたことです。それが後で薬研を使い、自ら薬湯を作ってひとに勧めるようになるのですが…。奇しくもこの帝と家康は、最愛の女性に死なれたという点でも共通していますが、時代背景の違いや立場の違いで、全く異なる人物となっています。そして義懐や実資の話を聞いていた道兼は、何かを企んでいるようです。そして東三条殿でも、もう父はいないものと思っていた詮子が、急に目を見開いた兼家に驚きます。

あと為時の講義ですが、あれは論語の「述而第七の五」でしょうか。

飲み物-注がれるワイン
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[ 2024/03/04 05:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第7回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-3

先日蛇足ではないかと書いていますが、今回の『武将ジャパン』大河コラムの終わりの方について。


先ほど、海外の反応に触れましたが、今や地上波だけの時代ではりません。
VOD、配信、海外の目線を鏡とすることも重要です。

などと書きながら、今年そして昨年の大河はリアルタイム視聴率をやけに意識しているように見えるのですが、どうも辻褄が会わないような気がします。
そして「海外の目線を鏡とする」のではないでしょう。たまたまある作品が海外で当たり、キャストやスタッフが、注目されるようになると言うのが正しいかと。『チェリまほ』が正にそれではないでしょうか。

しかし結局こう書きたいから、「三鏡の教え」を持って来たのでしょうが、それ以前に、武者さん自身が「鏡」とすべき人や物もあるのですけどね。あと「はりません」は「はありません」でしょうか。

そして『不適切にもほどがある!』批判に絡めて『いだてん』叩き。

クドカンさんのドラマが批判されています。
私はこの流れを見て思いました。既視感があるな、と。
『いだてん』でもジェンダー監修者をつけた方がよいと私は批判しました。
当時のあのドラマは低い視聴率と反比例して、批判がなくなっていきましたが、それは危ういなと感じていました。
批判が目立つようになったのは、ドラマが終了して何年か経過してからのことです。

私は『不適切…』は観ていないから何とも言えません。
そしてこの『いだてん』のジェンダー監修なるもの、これも後の方は観ていないので何とも言えませんが、具体的にどういう理由で、ジェンダー監修が必要だと思ったのでしょうか。第一あれは昔のオリンピック、そしてそれに伴う選手のトレーニングのことが出て来ているはずですが、その当時の強化方法は、今と違って当然でしょう。

そしてジェンダーがどうこうと言う一方で、今回のコラムの中では
「前回の予告で、藤原公任の脱ぐ姿が映った時、これぞ女性向け大河だと言わんばかりの反応がありました。
しかし、そんな脱ぐ公任を見て、まだときめいていられるかどうか。
ゲストークが全力で炸裂ではないですか」
何度も書くようですが、嫌いな大河ならこのシーン、叩きそうです。
こんな男の裸ばかりでしよーもない、意味がわからない、しかも女をコケにしているとか何とか書いて。

そう言えば昨年の
「このドラマの作り手にとって、女はどんな存在なのか?」で、
「自慢できるトロフィー」というのがありました。
女は家柄だなどというセリフは、武者さんの見方からすれば「トロフィーワイフ」ではないのでしょうか。

クドカンさんとその周囲は、若い頃の挑戦的で斬新なイメージが強い。けれどもそのままでいられるわけもない。ファンが人として鏡になることを怠れば、どこかで躓きます。
もし、あのとき、大河ファンが鏡になっていれば、失敗は防げたのではないか。どうしてもそう思ってしまうのです。

そして「ファンが鏡」、要はファンが批判しなかったから、だから作品がダメになるのだと言いたげです。
しかしファンはその作風をも受け入れたうえで、宮藤官九郎氏を支持したわけです。今回の『不適切…』も恐らく楽しんで観ている人はいるわけで、それは違う、やめなさい、もっと批判しなさいと武者さんが言う道理もないかと思います。
結局こういう形で、『いだてん』を支持していた人をも叩きたいのでしょうが、はっきり言って大きなお世話です。
尤も武者さん、この大河の最初の方は絶賛していましたが。

一方で武者さんは、好きな『麒麟がくる』、特に駒を叩かれてかなりむきになっていることがありますが、そういう人が嫌いな大河なら叩けと言うのも矛盾していないでしょうか。
『麒麟がくる』が面白くなかったと言う人だっているのですが。

◆「どうする家康」&静岡・浜松市「ロケーションジャパン大賞」グランプリ!大河13年ぶり快挙 CPも感激(→link)
この大賞は「浜松まつり」が理由とされています。
しかし妄信的かつ組織的な票があることも推察され、昨年の評価は歪んでいるとしか言いようがありません。
歪んだ鏡に映った像を見てはしゃいでいるようでは、立ち直ることなど望めません。

「妄信的かつ組織的な票があることも推察され」
「昨年の評価は歪んでいるとしか言いようがありません」
また武者さんの個人的願望ですか。
こういうのは裏付けをちゃんと取ってから言ってくださいね。
そして「立ち直る」とは、何がどのように「立ち直る」のですか?

要は今回のコラムの「中国でこの大河は人気がある、すごい」と書きつつ、裏付けを出して来ない、それと同じパターンだと思います。

ちなみにこの「ロケーション大賞」、『舞いあがれ!』も「部門賞 地域の変化部門」受賞だそうで、どちらもおめでとうございます。

そしてこのニュースですが。
◆『どうする家康』ロケ大賞グランプリ受賞 松本潤ら参加の「浜松まつり」には約260万人が参加(→link)
記事内容を一部引用させていただきますと、未だに「黒田官兵衛」が登場させられています。
そして、豊臣秀吉、黒田官兵衛、真田昌幸、石田三成と次々と現れる強者(つわもの)たちと対峙し、死ぬか生きるか大ピンチをいくつも乗り越えるさまを映し出した。
いったい黒田官兵衛は『どうする家康』のどこにどう出ていたというのか?
制作サイドから貰ったソースを大手メディアがそのまま垂れ流す。しかも古いデータを活用しているから、こんなことになってしまう。

あの…非常に今更感が強いのですが。
こういうのは、最終回が終わって昨年が終わるまでに2週間くらいありましたよね、ああいう時にやってください。
なぜ今年の大河が始まってもう一月半も経っているのに、記事にあったからと言って、思い出したように出してくるのですか。

そして昨年は井伊直政死去のセリフも、都合で入れられなかったわけですし、当初は入れる予定が入れられなかったと言うこともありえます。それと私、今年も武士や戦が見たいこともあり、この『どうする家康』も観ていることは前にお伝えしています。観ているうちに官兵衛の存在をつかめるようなシーン、またはセリフが登場する可能性もまたあるかとは思います。

これだけでも提灯記事の数々がいかに怪しいものなのか、理解できるはず。
今年の足を引っ張るような真似だけはして欲しくない。そう切に願います。

ここの箇所でこれまたおかしな点があります。
まず
「制作サイドから貰ったソースを大手メディアがそのまま垂れ流す」
のが
「提灯記事」
であると言わんばかりです。しかしこれこれこういうことが描かれていると言うのは、提灯記事になるのでしょうか。ならば今年の記事も、制作サイドからのソースが多いでしょうから、提灯記事ということになりますよ。

要は坊主難けりゃ何とやらで、ごく当たり前な記事であっても、『どうする家康』関連であれば、武者さんはすべて提灯記事という色眼鏡で見てしまうようです。
悪いけど、こういう人がドラマ評を書いて報酬を貰っているのが、どうにも解せません。

「今年の足を引っ張るような真似だけはして欲しくない。そう切に願います」
なぜ『どうする家康』関連記事が、『光る君へ』の足を引っ張ることになるのでしょうね。たとえば明らかに『どうする家康』寄りで、しかも『光る君へ』に難癖をつけているような記事があるのなら、「足を引っ張る」ことになるのでしょうが、この記事を見る限り、そういう印象は全く受けません。

最後になりましたが、少し前の投稿で『春秋左氏伝』と書いたつもりが、なぜか『左氏春秋伝』となっていましたので訂正しています。

飲み物-トディ2
[ 2024/02/23 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第4回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-2

第4回に関する『武将ジャパン』大河コラムその2です。しかし武者さん、昨年の『どうする家康』で書きまくったこと(一部それ以前を含む)が、今年はかなりの確率で、ブーメランとなっていないでしょうか。

本題に行く前に。貴人と猫について前の分の投稿で書いていますが、『どうする家康』でもこういうシーンがありましたね。

どうする家康45秀頼と千姫
『どうする家康』第46回

千姫は絵が上手ですが、弟の竹千代(家光)も兎の絵を描いていたことを考えると、あれは誰の遺伝なのでしょう。


では本題です。
赤染衛門が『竹取物語』関連で、かぐや姫はなぜ、五人の公達に無理難題を突きつけたのかと姫たちに尋ねます。

「好きではなかったから」といった答えが主流の中で、まひろだけが、ぶっ飛んだことを言い出します。
やんごとない人々に対し、怒りや蔑みがあった。
身分が高いだけで威張るものが嫌だから、帝でさえ翻弄するのだろう。
すると倫子は「おそれ多い」と呟きます。「空気読め」という意味かもしれない。
それでもまひろは、身分が高い相手を突っぱねる姫は颯爽としていると熱く語ります。
すると倫子が、私の父が左大臣で、身分が高いことを忘れていないかとチクリ。

まず「好きではなかったから」といった答えが主流とありますが、こう答えたのはしをりだけです。主流というのは、複数の意見で多数派を占めるものですから、この表現は当てはまらないかと。
そして「身分が高いだけで威張るものが嫌だから」とありますが、「やんごとない人々への怒りや蔑みがあったから」ですね。「威張る」という表現はどこにも出て来ません。

そして花山天皇の早期退位について、兼家や道隆、道兼が知恵を絞るシーンに関して次のように書かれています。

いかがでしょう。まひろや義賊散楽一味がみたら「やっぱりこいつら悪どい、盗んじまえよ!」と言いたくなりそうです。

この場合、まひろは無関係ではないでしょうか。ただ道長が来ないことを気にかけてはいますし、道長もその気になっていますが、酒席に残るように兄道隆から言われ、抜け出そうにも抜け出せません。
あと例の盗賊団ですが、彼らが忍び入ったのは土御門殿であり、兼家の住まいである東三条殿ではありません。

般若というのはこのことかと思うほど、凄絶な美しさを吉田羊さんが体現。
(中略)
「懐仁のことも、もう父上に任せませぬ! 私は懐仁を守ります。そうでなければ懐仁とはいえ、いつ命を狙われるか!」
道隆が宥めようとしますが、詮子は止まりません。
兄上は嫡男のくせにご存じないのかと怒りをますます高め、道兼が医師を呼ぼうとすると、詮子はこう言います。
「薬など、生涯飲まぬ!」
何を入れられるかわかりませんからね。
見事な場面です。女性の怒りをこうも鮮やかに見せてくるとは。

まず「医師」でなくて「薬師」ですね。ドラマの中でもそう言われていますし、この当時はこの呼び方が一般的だったと思われます。それから「薬」という言葉が導かれているのでしょう。
また「毒薬変じて薬となり」とも言われますが、父兼家の考えは毒と言えるものであっても、後々の藤原氏の繁栄のためには薬であるとも言えそうです。

「女性の怒りをこうも鮮やかに見せてくる」
昨年の茶々も、『青天を衝け』のお千代(栄一の妾の存在を知った時)も女性の怒りを見せていましたが、嫌いな大河だと武者さんは引き合いに出して来ないようです。

そしてこうも父に怒る女性は、詮子だけではありません。後にまた別の女性も怒ります。
父に対し、娘がこうも激怒する大河が見られるとは。感慨深いものがあります。

父に対して娘が怒る大河と言えば、『鎌倉殿の13人』の大姫もそうでしたし、先ほど画像で引用していますが、『どうする家康』の千姫も父秀忠と祖父家康に対して、怒りをあらわにしています。
尚この時武者さんはこう書いています。

秀忠の理由にしても、ただカッコつけたいからのようで、千姫は「父上もおじじ様も鬼!」とか言い出す。そして豊臣の天下を盗み取った化け物だとキンキン喚いています。

「詮子は帝に毒を盛っただの、懐仁は任せないだの、キンキン喚いています」
とは書かないのですね、今年は。

どうする家康第48回家康と千姫
『どうする家康』第48回

兼家は、詮子が去ると、ゲスなゴシップ誌かネットニュース、掲示板じみたことを言い出します。

昨年あれだけ「文春砲」やゴシップサイトの記事のリンクを貼っていた武者さんから、このようなことを言われたくありません。

長い間、独り身だからいたましいことだ。これからは楽しい催しなどして、気晴らししてやろう、と。そのうえで飲み直そうときた。
なんてクズ男の解像度が高いドラマなんだ……家族や女性部下が怒っていたら「高めのプリンでもコンビニで買って冷蔵庫に入れて置こうか♪」と言い出す、そんなムカつくおっさんみたいな兼家だな!

貴方は気に入らない男性だと何でも
「クズ男」
「ムカつくおっさん」
ですね。実際詮子も里下がりして寂しい思いをしていたわけですし、兼家もそれなりに娘に気を使っている(親王を産んでくれたこともあるし)のではないでしょうか。

悪事で結束する右大臣家って……どこのヤクザですか?
道長だけが賛同するようで、呆れ切った顔をしています。

策略ではあるけれど悪事とは必ずしも言い切れないものと思われます。先ほどの「毒薬変じて薬となる」に近いものがあります。
そして

しかし、これは『鎌倉殿の13人』序盤で、義時が上総広常を見て笑っていたようなものかもしれない。
娘がどれほど怒り、絶望しようが、父は権力のために強引な手段を押し通す――後半、きっと私たちはまた絶望するのでしょう。

これに関しては、『真田丸』で信繁が、父真田昌幸の手段を選ばないやり方を見て
「私は父上が恐ろしい」
と言ったのに近いものがあるのではないでしょうか。

バイオリンの音色が、激しい愛を伝えてきますが、このドラマは日曜夜8時台ですから、ドラマ10『大奥』級の過激描写はありません。
ただし、ギリギリのエロスは読み解き方で出てきます。
酔っ払ったと廁へ向かう為時は、使用人の“いと”によろめいたところを支えられます。
「お前にも世話になった」
そう言われ、ドギマギする、いと。このドラマって、こういう距離が近づく二人をうまく描きますよね。まぁ、為時は廁に向かいますけどね。

「バイオリンの音色が激しい愛を伝える」
昨年は
「BGMはくだらないストリングス。家康が手を合わせる……いや、もう、しつこいって!」(第48回)
「BGMはニコライ・バーグマンのフラワーボックスが似合いそうな、ぺろぺろしたお涙頂戴ストリングス」(第47回)
嫌いな大河ならくだらないにお涙頂戴ですか。今年のにはそれは言わないのですね。
そして為時といと。こういうのも、嫌いな大河なら

エロオヤジの為時が、よろけるふりしていとに色目を使う。一言で言うなら「しょーもな」!

などと書くのではないでしょうか。中高年男性嫌いでルッキズム大好きな武者さんですし。
(作品中の為時といと、そしてその中の方、すみません)

あと「いと」、昨年の「糸」(北条氏真の妻)は今までの大河と同じような名前と叩き、今年は何も言わないようです。

内裏では、花山天皇が政治を行なっています。
銅銭の価値変動が激しいのは、関白のせいではないか?と言い出す。
藤原惟成が語るには、なんでも日照りのせいで物の値上がりが続いているんだとか。

「政治を行っています」でなく「政を行っている」とか、「関白頼忠の言葉を聞いている」とか書けませんか?
あと
「日照りのせいで物の値上がりが続いている」
のではなく、
「長雨と日照りで米が不作となり、物価の上昇が激しくなっている」
のですね。

本作の時代考証の倉本一宏先生は、ドラマによって花山天皇の奔放さばかりが広まることを懸念しています。
この花山は、聡明だし有効性のありそうな政策を考えている。
あのぶっとんだ帝が、万民に模範を示すことを考えるようになるとすれば、何に由来するのか?
為時が読み聞かせてきた漢籍、『墨子』ではないのか? とも思えてきます。

この時代考証、昨年は全く持ち出さなかったどころか、一次史料を基にした平山氏のX投稿に噛みついていましたね武者さん。

この花山天皇の政ですが、元々これは側近の義懐と惟成が、荘園整理令とか、貨幣経済の活発化などを政の中心として推し進めており、それが頼忠との確執を招いたとも言われています。
それと『墨子』については先日書きました。この時代の日本で、どこまで影響があったのかは不明です。

こちらに墨子に関する記述があります。今回はURLだけを置いておきます。

万葉雑記 番外編 墨子と古代日本
墨学では血統や姻戚関係は重要視されません。儒学の枠から外れた根を持たない人々には、ある種、救いの学問です。そのため、支配者階級の階級固定化が進む漢代以降では墨学は任侠や家系を持たない下層民層に落ち込んで行ったとします。
 日本ではこのような状況を写し、一般に墨子集団やその集団が著した書籍は秦の弾圧や焚書坑儒の事件から前漢中期までには世から消え、その後に清王朝終末の混乱期(1894)になって孫(そん)詒譲(いじよう)、譚(たん)嗣同(しどう)、梁(りょう)啓超(けいちょう)によって再発見されたと評価します。このような学問上の歴史から、墨子とその墨子集団の思想は古代には消え失せていたために大陸との文化交流が盛んとなる隋・唐時代と重なる飛鳥時代以降の日本には墨子は影響を与えなかったと評価します。

そして記事の後の方ではこうなっています。

墨子は日本の古典には無いことになっていますが、飛鳥・奈良時代、平安時代初期、平安時代末期、江戸時代と知識人階級の世界にはその存在を見せています。

https://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/e49d7108d53fba7902d41f479c0200ef

かなり長くて私もちゃんと読めていないかも知れませんが、日本では墨子に関しては、古代に於いて知識人階級の間では知られてはいたものの、あまり際立った存在ではなく、ただ近世(江戸時代)には、この人物の関連本が刊行されていたようです。清帝国から輸入された墨子関連本の影響もあったのでしょう。

あと為時が講義していたのは『論語』ではなかったでしょうか。

道長は、筆を雑に扱っていて、そういうことだからあんな筆跡になるのだと苦言を呈したくなってくる。
そういう扱いをすると筆がすぐ駄目になってしまいます、藤原行成を見習いましょう、と思わず言いたくなります。
なんて書に気が利いたドラマなのでしょう。

また「筆」の話。どうも昨年寝かせてもいない筆を寝かせたと主張して以来、筆に対してかなり反応するようになっているのでしょうか。この時の道長は、使い終わった筆を拭うようなしぐさを見せていますが、それがどう
「雑に扱って」
いるのでしょうか。
そしてまた出ました「あんな筆跡」。
特徴のある、あるいは癖の強い筆跡かとは思いますが、特に「あんな」とまで悪筆呼ばわりされるものでしょうかね、三蹟の行成とは違うのですよ。

そして
「なんて書に気が利いたドラマなのでしょう」
ここで褒めるのならそれではなく、この当時の上級貴族の世渡り術が、このシーンのセリフで説明されていることだと思いますが。

シスターフッドを発揮し笑い合う二人。まひろがどこかズレていて変人だから成立する関係かもしれない。
しかし、まひろは「絶ッ対、留まらない!」という謎の自信があるため、なんとかなっております。
いるんですよね、こういうモテにさして価値を見出さない剛の女が。認めたくない人は、認めないんでしょうけど。

ここで『大奥』で出て来たシスターフッド。
元々これは、共通の目的がある女性同士の連帯感の意味です。それを言うなら瀬名と於愛もシスターフッドでしょう。
そしてまひろの謎の自信とありますが、見方を変えれば自分自身を知っていると思えます。彼女に魅力がないのではなく、自分は書物あるいは学問がいわば恋人であり、ゆえに男に口説かれても自分は決して落ちないという、そういう発想でしょうか。ちょっと内省的でもありますが。

「こういうモテにさして価値を見出さない剛の女が。認めたくない人は、認めないんでしょうけど」
「剛の女」かどうかはともかく、そういう性格ではあるでしょうね。
そして「認めたくない人は認めない」とあるのは、SNSか何かで反対意見でも目にしたのでしょうか。感じ取り方は人さまざまだと思いますが、別にそれはそれでスルーしておけばいいでしょう。何だか私怨で書いているように見られますよ。

舞を覚えるのが大変。
何度指導を受けても、不器用なのか逆に回ってしまい、叱られてしまいます。
絵も下手だし、体を動かすことも苦手なのかもしれない。ともかく何かがズレている、ヒロインらしさが常に落第気味で斬新です。

このヒロインらしさとは何ですか?
大河朝ドラを問わず、ドジを踏むヒロイン、あまり器用でない(世渡り下手を含む)ヒロインなども今まで登場していますけどね。この吉高さんが演じた『花子とアン』の花子も、女学校で先生に叱られていましたし。

この国にはこんな歌や踊りがあるのかと見ることも、大きな楽しみのひとつなんですね。『鎌倉殿の13人』の静御前に続く、日本代表の登場です。
日本の場合、衣装の重みもあるのか動きが落ち着いております。
唐の場合、軽やかに長い袖をクルクル回し、かつ様々な文化の影響を受け、激しい動きもあります。比較するとますます楽しい。

舞は別に女性だけのものではありません。男性による舞楽もあります。これもまた
「この国の歌や踊り」のひとつですね。

どうする家康45秀頼の舞楽
『どうする家康』第45回

そしてこの五節は、元々は『春秋左氏伝』の「先王之楽、所以節百時也、故有五節。遅速、本末以相及」がルーツとなってもいるようです。

しかし、そのせいでツッコミも入りました。貧しい家出身の紫式部が選ばれることはありえない、と。
(中略)
しかし、懐に余裕がないのに選ばれると、蓄財機会のある受領に無心して仕立てるようなこともあったとか。
それを身代わりということで、衣装予算の問題はクリアしています。
なぜ身代わりにするのか?
花山天皇から倫子を逃すためならば、設定としてありではないでしょうか。
このドラマは、かなりギリギリの設定を攻めてきて、それがよい。

この当時の舞姫は、元々は公卿や受領、殿上人の娘であったのですが、高位の貴族の女性が人前に姿を見せなくなって行ったこともあり、また天皇と舞姫の性的なまじわりなどもあったわけで、光源氏が舞姫に乳母子を送り込んだのも、こういう背景と関係しているでしょう。で源雅信と穆子も、倫子を出すのを渋った挙句、まひろに白羽の矢が立ったわけです。

そして好きな大河なら
「このドラマは、かなりギリギリの設定を攻めてきて、それがよい」
嫌いな大河なら
「(仮に史実であっても)こんなのはありえない。史実を書け」
なのですね。

そしてこの次の部分、今度は『青天を衝け』叩きですか。

そうそう、東洋の国家だって当然のことながら、過度な好色は軽蔑されます。
『青天を衝け』の際、渋沢栄一後妻である兼子に由来する、こんなことが語られていてうんざりしました。
「あの人も『論語』とは上手いものを見つけなさったよ。あれが『聖書』だったら、てんで守れっこないものね」
「儒教に性的規範はない」
他国由来の思想に、なんて迷惑なイメージを植え付けるのか。そんなことはありえません。
確かに天皇は皇子を残すことが責務であり、多くの妻を持ちます。
そうは言っても、ルール違反をすれば嫌われるでしょうよ。

儒教の性的規範はともかく、貴方は儒教が悪く言われたら何かの如く言う割に、キリスト教、たとえばカトリックなどはディスリ放題ですね。
かつて、鎌倉殿とどうする家康のコラムでこんなことが書かれていました。

殺すことがまずありながら、動機づけをしたい。
そこで神の出番です。
神が殺していいと言ったから……という理屈を通す。
これは別に日本特有でもなく、中世のカトリック教国では「おらが村の聖遺物」だの、その日の守護聖人だの、そういう神頼みを理屈にして色々やらかすことはありました。

視力抜群、レーシックお愛がゆるかわ仏様を持ち込みます。
数正が作ったというもので、その出来栄えが……小道具スタッフもあまり気合が入っていないのでしょうか。
『麒麟がくる』の平蜘蛛や『鎌倉殿の13人』の仏像と落差が惨たらしい。
しかしフィギュア作り……もとい木彫りの像が好きなドラマじゃのう!
他にアイテムを思いつかないんでしょうか。

カトリックもさることながら、石川数正が彫った仏像への見方、これも如何なものでしょうか。
他の国からやって来た宗教ですよね、どちらも。

確かに日本史には、何かの折、目の前に好みの女がいると、手をつける恐怖の権力者は実在しました。
『青天を衝け』に出てきた徳川斉昭です。
あのドラマよりも、ドラマ10『大奥』の徳川斉昭の方が史実に近いので、適宜みなさまご修正ください。

大きなお世話だと言いたくなります。
私は『大奥』を見ていませんが、それぞれの主人公や設定に合わせた描き方があるのに、嫌いな作品の描写はこれでもかと叩き、好きな作品の描写のみを正しいと言うのはミスリードではないでしょうか。

断っておきますが、まひろは決して現代人思想に被れたトンデモヒロインではありません。
『麒麟がくる』の駒についても、「現代の平和思想を語る女w」と嘲る意見をよく見かけましたが、彼女たちは中国思想由来の意見を述べております。

まひろが「現代人思想にかぶれた」シーンなど出て来ませんが、武者さんにはやはり一般視聴者に見えないものが見えているのでしょうか。もしそういうシーンがあるならどこでしょうか。
そして駒が叩かれたのは、将軍の側女としてはどこか越権行為があると見えたからではないでしょうか。
いつも思うのですが、武者さんが麒麟と言う時は大部分が駒、それも彼女への批判への反論のみですが、なぜ批判されたかというのを、大河のライターならもう少し考えてはどうでしょうか。

そしてその「中国思想由来の意見」についても、その出典と当該人物が何を語ろうとしているのか、書いて貰えないでしょうか。そして儒教由来の王道と覇道に関しては、昨年も出て来ていますよ。

『麒麟がくる』以来、私はひとつの仮説をたて、証明するデータを自分なりに集めてきました。結論は出つつあります。
その仮説とは、日本史愛好者でも、漢籍読解や東洋思想知識が減衰傾向にあるのではないか?ということ。
実は、明治以来指摘されてきたことで、いまさらではあります。
そこが弱いから「麒麟」の理解が不十分で曲解意見が出てきたのではないかと考えています。
『麒麟がくる』ではなく、『光る君へ』で、この仮説は決着がついてきたと思います。

「日本史愛好者でも、漢籍読解や東洋思想知識が減衰傾向にあるのではないか」
「そこが弱いから『麒麟』の理解が不十分で曲解意見が出てきた」
何だか上から目線ですね、まあこの場合に限りませんが。
ではそのデータとやらを開示して、どういうふうに減少傾向にあるのか、それがどのように『麒麟』の理解の不十分さに結びつくのか、ちゃんと解説してください。

私自身『麒麟がくる』は、ちょっと抽象的あるいは観念的なタイトルだなと思いましたし、この大河への「曲解」意見なるものは、要は批判意見であり、武者さんにはそれが面白くないのではないか、そのようにしか見えないのですが。

たとえば『孟子』を「漢詩」とする感想が出てきたりしますが、これを例えるなら、
「『源氏物語』という俳句を読みました」
という類のものとなります。
もしもアメリカのドラマでそんな風に語られていたら、「気持ちはわかるが、そうじゃないんだ」となりませんか? そう言う類のミスなのです。
漢詩はあくまで「漢詩」であり、『孟子』は思想を説く「四書」に分類されます。
些細なことではあるのですが、重要なことでしょう。

『孟子』を漢詩とする感想て、どこにあるのですか。SNSですか。だったらちゃんとスクショしてください、恐らく勘違いではないかと思われます。
そしてなぜ『源氏物語』=俳句なる表現が、アメリカのドラマに結びつくのですか。実際に向こうの番組でそういうセリフがあったのですか。ならば、その番組に意見を送るべきかと思いますが。

このドラマに関する各メディアの記事で、紫式部が世界的に唯一突出した女性文人という趣旨の記述を時折見かけます。
これについては、むしろ本人が以下のように嫌がりそうです。
「やめてください、優れた女性文人は私の前にだっています。本朝もおりますし、何より唐。卓文君、班昭、蔡琰、謝道韞、魚玄機、薛濤……漢籍を読めば出てくるでしょう。なんで知らないんですか?」
ことさら紫式部を「日本スゴイ!」とか、「アジアでスゴイのは日本だけ!」といった言説に結びつけるのは、彼女が望むことでもないでしょう。
キャッチーだからって大仰なコピーを使うことは非常に危うい。

実際『源氏物語』がこれだけ読まれているのだから、著名な存在であることは間違いないでしょう。
寧ろ、武者さんが羅列している唐の「女性文人」の方を、知らない人の方がはるかに多いのです。何よりも日本人が、紫式部を称賛し、世界的な存在であると考えるのがそんなに悪いことですか?
「キャッチーだからって大仰なコピーを使うことは非常に危うい」
一体何が危ういのでしょうか。
何だか紫式部が世界的に有名であるのが、お気に召さないみたいですね。

そして次の仮説です。
ネットニュース等のドラマ評価は、視聴者の理解度によるのではないか?
(中略)
『ちむどんどん』という朝ドラがありました。
このドラマは「医食同源」が根底にあり、琉球の伝統食文化や、沖縄ならではの事情がプロットに盛り込まれていた。
それが理解できなかったのでしょう、琉球差別としか言いようのないアンチコメントが多く見られたものです。
しかも、それを集めてニュースにすることでPVを稼ぐメディアもあり、ドラマの感想で琉球差別の助長をするなんて何たることか、と頭を抱えたくなりました。

「視聴者の理解度」
これもまた上から目線な感じですね。
要は、自分が好きな作品を悪く言うのが許せないというところでしょうか。しかし他人が好きかも知れない作品(大河、朝ドラ)を武者さんはこれでもかと叩き、『舞いあがれ!』などは実際にないシーンまで自分で作り出していたりもしたのですが、それは無視ですか。

あと『ちむどんどん』に関しては、あまり「医食同源」という印象はありませんでした。沖縄から東京に料理人の修業に出て来た若い女性の物語ですが、何だか反社組織がやたら出て来たり、ヒロインに取ってちょっと都合よすぎと思える設定になっていたのには違和感があったし、しかも当時、沖縄の農産物は法的な意味合いから持ち込めないことになっていたのに、それを持ち込んだりするのはちょっとリサーチ不足にも見えました。

人の性は悪なり――このことはネットが可視化している側面もあります。
PVを稼ぎ、バズるためなら悪口やデマ、差別でも語るようになるのかもしれない。
自戒もこめて、それよりも大事なことはある、ルールは守ろうと思う次第です。

「PVを稼ぎ、バズるためなら悪口やデマ、差別でも語るようになるのかもしれない」
『青天を衝け』や『どうする家康』のコラムで、悪口やデマ、あるいは俳優さんの外見に基づいた誹謗中傷とも取れることを平気で書いて来た武者さんに、こう言われたくありません。この手のことを書くのはこれで2回目ですね。

2021年と2023年に何を書いて来たのか、貴方はまずそのことを反省してください。


飲み物‐黒ビールと木のテーブル
[ 2024/02/02 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第45回に関しての武将ジャパンの記事について-5

第45回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその5です。


嚢中の錐。『史記』「平原君伝」
袋の中に錐を入れておくと、自然と突き破って出てきてしまう。本人は目立たないようにしていても、才知が見えてしまうこと。

正しくは
「才能のある人は、一般人の中に混じっていても、その才能が自然と見えてくること」
ではないかと思われます。

そしてまた大河でもない『首』に関してあれやこれや。関係ないので一部省きますが、この他作品紹介に関しては、この投稿の終わりにちょっと書こうと思います。
で、『首』を叩き棒にした大河叩き。

それと比べると、どうにも本作の作り手は、自分を大きく見せることにご執心で、その中身が伴っているのか、心許なくなってくるのです。
脚本家は、イマジネーションが大事だから最低限のことしか調べないという。
そうだろうなと思います。前後のことを碌に調べずにやらかしている。
今回ならば大筒について「淀殿をビビらせたw」程度しか知らないんだろうなと伝わってきます。
フランキ砲? 何それ食べられるの? そう思っていても何ら不思議はない。
どうしてそうなるのか?

正直苦笑してしまいたくもなるのですが。
まず脚本家云々。
古沢氏は『レジェンド&バタフライ』のウェブマガジンで
「今残っている歴史はフィクションだと思っている。勝者が都合のいいように語り継いだものだから、どう解釈しても自由だと思っている」といったことをコメントしています。
しかし「最低限のことしか調べない」とは、どこから出て来たのでしょうか。その出典をお願いします。

そして大砲(大筒)。
これを見る限り、武者さんはフランキ砲が茶々をビビらせたと考えているように見えますが、実際はカルバリン砲ですね。で、家康がこれを購入できたのは、三浦按針の尽力もありましたし、何よりもイングランドで大砲の大量生産が可能になったという背景があったからというのは、先日の投稿で書いたとおりです。

そして

北野武監督のような謙虚で照れ屋な江戸っ子のいうことを正真正銘信じているのでは?
ヘラヘラしているお笑い芸人だって監督をすれば成功するしw 俺もやってやんよw
そう思っていませんかね?

1年半かけて映像作品を制作する側がおちゃらけてるとでも言いたいのでしょうか。
それもまた失礼な話です。

演じる側にしても、その節があると明かされています。
◆松本潤出演のNHK『プロフェッショナル』お蔵入り危機!「小栗旬を撮ったディレクター」ご指名も水の泡か(→link)

週刊女性PRIMEの記事ですね。
で、大河終了直前に放送予定で、それがお蔵入りの危機にあるなどと書かれていますが、まだその時は来ていません。まあ文春ネタを絡めて来る辺り、武者さんが好きそうな記事だなとは思いますが。

で、今度はまた『パリピ孔明』。
これについても後で書く予定です。やけに他作品PRが多いということは、結局どういうことなのでしょうか?

このドラマの制作者は『パリピ孔明』を見習っていただきたい。
プロデューサーが『三国志演義』『三国志演義事典』『三国志事典』を持ち歩いていたそうですよ。素晴らしい、かくありたい。
本当にあの作品は素晴らしい。向井理さんも、森山未來さんも、ディーン・フジオカさんも、『三国志』好きだとわかって嬉しいのは私だけじゃないでしょう。

と言いつつ、武者さんは嫌いな作品に『三国志』関連が出てきたら、徹底して無視するのではないでしょうか。

虎の威を借る狐。『戦国策』
あるところに狐がいました。その狐を虎が食べようとします。
「待って! 私めっちゃフォロワー多いし、界隈ではチョー有名! 食べるよりも一緒に動画投稿したほうがよくね?」
「え、白兎ちゃん、きみ、インフルエンサーなの?」
虎は立ち止まり、狐と一緒に動画投稿すると、確かにいいねがたくさんつくように思えました。
まぁでも、虎が狐を食べる動画が一番インプレッションを稼げると私は思いますけどね。

ちょっとよくわからないのですが。
まず虎の威を借る狐ですが、
「自分自身はそうでもないのに、他人の権威をかさに着て威張ったり、権勢をふるったりすること」
の意味です。
これだと、「狐(インフルエンサー)の威を借る虎」にならないでしょうか。そして「白兎ちゃん」は狐のことでしょうか。多分家康がそう呼ばれたのを捩っているのでしょうが、このせいで多少わかりづらくなっています。

そしてその後の方でこのようにあります。

【虎=大河ドラマ】の権威と、【狐=主演】を混同しているようだ。
タイトルが全部大文字という便乗写真集が出るとか。

これをまず冒頭に持ってくるべきではないかと思われます。しかしこれだと「大河ドラマ」が「主演」を食べることになるのですが。
その写真集絡みで、

いつも言っておりますが、やはり今年の大河はおかしい。
大河ドラマのハッシュタグで、主演写真集販売だのなんだの宣伝されます。
(中略)
大河主演写真集を出すのであれば、どうして『麒麟がくる』でもそうしなかったんでしょうね。

主演写真集は別に今年だけではありません。
かつて2010年に『龍馬伝』が放送された時、主演の福山雅治さんが『福山雅治 坂本龍馬写真集』を出しています。

そして
「どうして『麒麟がくる』でもそうしなかったのか」
推しの大河でそれがなくて残念と言ったところなのでしょう。無論その当時でも、NHKにメールを出すなり、このコラムで、それについて触れるなりするという方法もあったかと思います。
ただあの年はコロナ禍がひどく、収録も休止されたりしていましたので、そういった状況下で関連写真集を出すのは厳しかったかも知れません。

これではまるで主演プロモビデオを一年間、受信料で作ったようなものではないですか。
受信料で個人の宣伝をする。朝ドラ『舞いあがれ!』脚本家の歌集など、BBCなら通らないと思える事例は過去にもありました。
その中でもこれぞ最大のやらかしではありませんか?

『おんな城主 直虎』でも『鶴の唄』なるCDが発売されたような記憶がありますが。
そしてBBCなら受信料で個人の宣伝をするのは通らない、それを裏付けるのは何であるのか、説明して貰えないでしょうか。そしてBBCについて言うのであれば、かなりの人数をリストラしていますし、また、視聴者の意志で送信を止めることもできますが、なぜかそういう点には触れないのですね。

烏江亭に題す
杜牧の詩でも口ずさみましょう。
勝敗は兵家も 事期せず
羞を包み恥を忍ぶは 是れ男児
江東の子弟 才俊多し
巻土重來 未だ知る可からず
ものごとの成否は、兵法家だろうとわからない
羞恥心をこらえ恥に耐えてこそ、男ってもんだろ
江東には才能ある連中がたくさんいるのだから
捲土重来ができたかもしれないだろ?

物事の勝敗は兵法家でも予測できない
敗れても恥辱に耐えてこそ真の男児である
項羽の本拠地である江東には優れた人物が多い
土煙を巻き起こすような勢いで出直していたら、どうなっていたかはわからない
でしょうか。
「羞恥心をこらえ」というのがちょっと不明です。

男の価値観はモテでしかない。
強く、イケメンで、女にキャーキャー言われる。モテる。エッチなことができる。取り巻きはワーワーと殿はさすがと持ち上げてくれる。
女はヨシヨシしてくれる。そうかと思えばめんどくさい汚れ仕事を引き受ける「男勝り」。エロいことも積極的にしてくる。
あとはモブ。
というように「自分を磨かないことを肯定する価値観」が、私には全く理解できません。

何を言いたいのですか。
前にも書いていますが、普段ジェンダーだポリコレだと言っている武者さんですが、やけに女性を貶めているようにしか目見えないのですが。
家康のことを言いたいのでしょうか。しかし彼は
「弱い、取り巻き(家臣)には叱られる、側室を持つ気はなかったのに結局持つことになる、権力者の板挟みになる、理不尽なことは言われる」
などなどで、その時々で決断を強いられています。辛いこと苦しいことも経験して「自分を磨いて」来ていますが。

けれども、それに対する需要はあると親切な方が明かしてくれます。
◆ 『どうする家康』“偉大なる凡庸”こそリーダーにふさわしい 弱虫な家康が将軍になれた理由が明らかに(→link)
私はその理由とやらは理解できません。
バカにされている気がします。日本はバカでもてっぺんとれるんですかね。
このドラマでは徳川秀忠までもがさんざん貶められていますが、彼も相当優秀かつ、苛烈ともいえる人物です。
誰でもコケにして嘲笑うこのドラマにそんな人物像を求めても意味はないのでしょう。

リンク先の記事内容はもっともだと思います。
そしてその理由がわからないのなら、この大河について書くのはもうやめた方がいいかと思います。今まで同じようなことを散々書いて来ていますが、なぜかやめない、しかも見当違いなことばかり書いているというのが、あまりにも多いような気がします。と言うか、上記の記事に書かれていることを認めたくない、肯定したくないのだなと思いますが。
そして
「バカにされている気がします」
武者さん自身が、この大河の様々な面を散々バカにしているように見えますが。
そして秀忠が「大いなる凡庸」と本多正信になぜ言われるのか、それも理解していないなと思われますね。

そして今度は劉禅ネタで愚痴とも言うべきことが書かれていますが、ここでは省きます。

どこからこの駄作が始まったのか?
第48話の最終回まで、残り3回の放送。
そろそろこの駄作の根源を追い求めねばならない時がきました。
なぜ大河でこんな大惨事が起きてしまったのか?
個人的には『青天を衝け』の存在が大きいと感じています。

まあ、武者さんが駄作認定した作品は、意地でも駄作だと言い張りたいことだけはわかります。

あの作品は、主演よりも助演である徳川慶喜が大いに目立っていました。報道もそうです。
渋沢栄一の活躍は明治以降が圧倒的に重要で、幕臣としては小粒もいいところ。
それなのに幕末期間を異常に長くしたのは、新選組などの人気題材狙いでしょう。バズることばかりを考えているから、マイナーな彰義隊は出さないと。のみならず、慶喜便りの露骨な狙いがあったと思えます。

あれ、彰義隊は第25回で出て来ていましたよね?
しかも喜作がそのトップではなかったでしょうか。
その後彰義隊が分裂し、振武軍を結成したと思いますが。

慶喜は、冷酷で無情だとされる人物なのに、ドラマでは演者に合わせたように正統化される。
その持ち上げ様は、異常とも思えました。
ファンダムがまるで慶喜と演者を一体化したように誉めそやしていた。
だからなのか、批判をする者に対して異常なまでに攻撃的。作り手も堂々と、演者に寄せた人物像にしたと語っていたほどです。

その大河の方向性によって、描かれ方は違ってくるのですが、やはりそれが理解できていないのでしょうか。
あと
「批判をする者に対して異常なまでに攻撃的」
これもブーメランでしょうか。

その次にまたも『大奥』について、しかもこう書かれています。

『大奥』と『青天を衝け』では、なぜああも慶喜像が異なっているのか?
解釈の違いなんて話ではなく、要は『大奥』のほうが真面目に研究成果を生かしているからそうなるのでしょう。

その研究成果とはどのようなものなのか、観ていない人にもわかるように説明してください。
何度も言いますが、主人公とか舞台設定が異なれば、当然描かれ方は違って来ます。

しかも『青天を衝け』の慶喜役は、いわゆる「辞めジャニ」でした。
役者の好感度ありきで、カリスマあふれる「辞めジャニ」ならば、マスコミも忖度してくれる。絶対に失敗できないからこその策だったのでしょう。
だからこそ罠にもなります。
一連の報道を見ていると、旧ジャニーズ事務所の不興を買いかねない彼らを起用すると、引き換えの条件が示されるという指摘がありました。
大河準主演で禁忌たる辞めジャニを使う。
それで損ねた事務所の機嫌を取り戻すため、別の年に大盤振る舞いを示される。
もしも公共放送で、そんなことが現実にまかり通っていたなら?
前述の通り、写真集発売だの、感謝祭だの、今年の主演への気遣いは異常です。あまりにも破格の好条件とも言える。

まずこの「辞めジャニ」の件ですが、草彅さんは2017年にジャニーズ事務所を辞め、CULENに移籍して稲垣吾郎さん、香取慎吾さんと一緒に「新しい地図」を結成しています。既に6年が経過しており、それで「辞めジャニ」呼ばわりするのはちょっとどうかと思います。
しかもこの場合、結局旧ジャニーズ叩きのために草彅さんを利用している感もありますね。

そして
「旧ジャニーズ事務所の不興を買いかねない彼らを起用すると、引き換えの条件が示されるという指摘がありました」
それはどこの報道でしょうか。そしてそれは、関係者にきちんと取材をした記事なのでしょうか。単にジャニーズ関係者叩きのために、既に辞めて別のユニットを組んで芸能活動を続け、嫌いであろうが大河で歴史上の人物を演じてもいる人に対して、これもまた失礼だなと思います。

それと写真集のことがよほど気になるようですね。

『青天を衝け』と同じ欠点も、本作は悪化させた上でで引き継いでいます。
粗雑なVFX。
アリバイ的な考証。
雑な儒教思想の取り扱い。
歴史を軽視する脚本。
自分以外を小馬鹿にするような性格の悪さ。
歴史修正的であまりに酷い解釈。
危険性を感じるほど無茶苦茶な殺陣。
恋愛をゴリ押しする。
性的な場面を多くする。
SNSを意識したバズりを狙う。
ターゲットオーディエンスとして中年女性を想定し、ノイジー層に向けてアピールすることで、中身は空っぽでも成功したと偽装できるようにする。
そんな路線の二番煎じに思えます。

では、これらを裏付ける根拠をすべて出していただけないでしょうか。でないと武者さんの主観でしかありません。
そして
「自分以外を小馬鹿にするような性格の悪さ」
とは「誰の性格」なのでしょうか。

そしてまたメールフォームのリンクが貼られていますが、ここで、まず他作品のPRについて書いておきます。

このコラムでも映画『首』や、『パリピ孔明』などの他作品について、あるいはゲームなどの記述が見られます。以前も一度書いていますが、こういうのはPRまたは広告目的なのでしょうか。今は法律による規制が厳しくなっており、たとえばアフィリエイトなどでも、広告目的と入れなければならなくなっています(私はやっていませんが、FC2からのその旨の連絡がありました)。もしPRや広告目的なら、それをはっきりさせるべきでしょう。

そして『パリピ孔明』。

武者さんは何かにつけて、「世帯視聴率」のみで『どうする家康』を叩いていますが、スポーツが裏に来たような場合を除き、10パーセントから11パーセントほどはあります。一方『パリピ孔明』の場合、裏番組のせいもあって視聴率はかんばしくないようです。実はこれ『大奥』も同じらしいです。デイリー新潮の記事ですが

秋ドラマ・視聴率ワースト5 篠原涼子「ハイエナ」はなぜ大苦戦しているのか

でも武者さんはこの2つは好きだと言っていますね、結局それなのです。いくら数字が低かろうが、好きで観ている人はいるわけで、そういう人たちに対してあれこれ言うべきではないでしょう。まして自分の主観と思われる理由のみで、嫌いな作品を駄作認定するというのは、少なくともプロのライターならやめてほしいですね。大河だから高視聴率とは必ずしも言えなくなっていますし、今年のような作品の場合、固定層が観ていないことも考えられます。それでも総合視聴率は17~18パーセントはあるわけで、録画視聴派も多いということでしょう。


飲み物-琥珀のエール
[ 2023/12/03 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第41回に関しての武将ジャパンの記事について-5

第41回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその5です。
尚taketak39460607さんのnote記事については、2回先の投稿とさせていただきます。

今年はすごいパワーワードが生まれます。
◆<どうする家康>姿見せずも存在感 “ステルス出演”続く伊達政宗 せりふで匂わせ? サプライズに期待する声も(→link)
「ステルス出演」ってなんですか。
「セリフ処理」や「スルー」でよいはずなのに、随分と気遣った言い方ですね。

タイトルに不満があるのなら、メディアに直接言った方がいいのでは。
それとセリフに登場している以上「スルー」とは違うかと思われます。

秀吉の西国政権に対し、東国政権を築いた家康からすれば、伊達政宗は重要な人物といえます。
それすら出さない手抜き作品に対して「ステルス出演で気を持たせていますよ!」と忖度するとは一体何事ですか?
もしかして、当初は出す予定だったとか?
それが実現すれば話題になったと私が思うのは、Snow Manの宮舘(みやだて)涼太さんです。

「秀吉の西国政権に対し、東国政権を築いた家康」
秀吉は関白→太閤として権力を握り、家康は石高は高いもののあくまでもその家臣です。彼が「政権」を打ち立てるのは江戸幕府を開いてからでしょう。その意味で、この言い方はちょっと違和感があります。
そして
「それすら出さない手抜き作品」
この言い方もどうかと思いますし(武者さんとしてはこう思いたいのでしょうが)、「ステルス出演」と決まったかどうかもわからないのに、なぜ一々突っ込むのでしょうか。

そしてなぜ宮館さんかと言うと、

なにせ彼はファンの相性が“だて様”。リアル伊達様を演じるなんて話題作りに最適でしょう。
なにせ彼はファンの愛称が“だて様”。リアル伊達様を演じるなんて話題作りに最適でしょう。

「相性」が変換ミスで「愛称」と直したのだと思われますが、間違えた方は削除しておいてください。

Snow Manは人気もありますし、華やかな伊達政宗にふさわしいとも思います。
なぜ実現しなかったのか、惜しまれることです。
◆ Snow Man目黒蓮、インスタ開設1日で「松本潤」をぶち抜くフォロワー数の快進撃…嵐に迫る世代交代の苦境(→link)
◆ 松本潤の後輩いびりにSnow Manファンがイラッ!『どうする家康』キャスティングへの口出し報道に「お前が言うな」(→link)

ちなみに、いずれも松本さん叩きの週刊誌とゴシップサイトの記事ですね。
伊達政宗が「華やか」であるかどうかはともかく、あれだけジャニーズ叩きをやっていた武者さんが、なぜ宮館さんのことをここまで言うのかそれもかなり不思議です。要は大河に関係なければ、褒めるというスタンスに変わったのでしょうか。結局ジャニーズがどうこうより、今年の大河、ひいてはそれに出演するジャニーズが嫌だったというわけですね。

それから目黒蓮さん、インスタはともかく、武者さんが嫌いな『舞いあがれ!』に出演していたわけですが、それはもうなかったことになっているのでしょうか。

そしてテレビと並んでジャニーズ忖度が激しいのがスポーツ紙とかで、提灯記事が堂々と出て来るとか何とか。
無論提灯だこたつだと言うのは嫌いな作品だからで、好きな大河なら武者さんは嬉しそうに紹介するのでしょう。

◆嵐松本潤がNHK大河ドラマ「どうする家康」撮了「今までとはまた違った家康像が出来上がった」(→link)
今までと違った家康像って、実は無責任な言い方ですよね。
人気が出なかったこと。視聴率が低かったこと。番組に違和感を感じていた視聴者に向けた言い訳にもできる。

若い頃は戦が嫌いで弱虫で、家臣に助けられてどうするべきか、今後のあり方を探り出し、清須同盟後も信長より下に置かれ、何か屈折したものを感じていた。
そういう弱い、もっと言えばスーパーヒーローではない家康を描いたという点が、今までとは異なる家康像と言うわけです。全く無責任ではありません。
もっと言えば、そのように描かれた理由をなぜ武者さんは探り出そうとしないのでしょう。
あと「人気がない」は裏付けが必要だし、視聴率が低い低いと言いつつ、昨年のようにNHKプラスの再生回数に触れようともしないし、「番組に違和感を感じていた」(『覚えていた』だと思いますが)視聴者がどういう層なのかの説明もなし。

◆ 松潤、無念!「どうする家康」全話視聴率が大河ワースト2位ほぼ確定(→link)
このドラマが不思議なのは、ここまで苦戦しているにも関わらず、呑気にこんなことをしているところです。
◆松山ケンイチ&小手伸也が〝大河受け〟 11・1放送NHK「歴史探偵」x「どうする家康」コラボ第3弾(→link)
◆ <どうする家康>ファン感謝祭を11月27日開催 松本潤、杉野遥亮、音尾琢真、木村昴、松本若菜、松山ケンイチら集結(→link)

視聴率関連は1つ前でも書いていますが、なぜか今年はNHKプラスの再生回数にも言及せず、そしてU-NEXTで配信されていることにも知らん顔。あたかも世帯視聴率がすべてと言わんばかりですが、そういう発想は、武者さんが嫌いでたまらないはずの昭和から平成のおじさんの発想ではないのでしょうか。

この手のニュースで気になるのは、コメント欄が静かなことであり、今年は最初からずっとそうでした。
アンチ記事では盛り上がる。
一方で、提灯記事は誰も付いて来ない。

それを言うのなら、私実際に見たことがあるので書いておきますが、昨年もアンチ記事のコメントは盛り上がっていました。大河に限らず、エンタメ系は概してアンチの方が盛り上がりやすいとは思います。

顰みに倣う
顰(ひそ)みに倣(なら)う。『荘子』
中国、春秋時代の越国に苧蘿村がありました。
東西に施という家があり、その西の家の娘は絶世の美女。胸が痛むと、この西施は眉を顰めます。
「あの思い詰めた表情がたまらない」
「奥深い、絶品だ」
「なんて美しいのか……これぞ絶世の美女!」
そう周囲が騒ぐものだから、東に住む東施も真似て眉を顰めます。
「真似ればいいってもんじゃないんだよ」
「シリアスな顔して眉を顰めればいいと思ってんの? 全然違うんだけど」
「もう、そんな表層的なことだけ真似している時点で何もわかってないよね」
そう東施は呆れられたのでした。
昨年の大河が西施ならば、今年は東施でしょう。

武者さんて漢語の意味を説明しない時は全く説明しないのに、する時は長々とするのですね。
この場合も
「西に住む西施は美しく、眉をしかめると皆が賞賛したが、一方で東に住む東施も真似をして眉をしかめたけれど、相手にされなかったという話。転じて、本質的な意味も考えず、うわべだけ真似をするということ」
とでもしておけばいいのですが。

よくこの写真の使用許可が下りたものだ……そう思えるほど緊張感がなくてひどい一枚が以下の記事に掲載されています。
◆NHK大河「どうする家康」タヌキ親父の松本潤に絶賛の声!「老けメイクでも美しい」最終形態はまだまだ先…第41回みどころ(→link)
そもそも、晩年の家康に求められるものは容姿の美しさでしょうか?

「よくこの写真の使用許可が下りたものだ」
「そう思えるほど緊張感がなくてひどい一枚」
とは一体何でしょうか。
何はともあれ、自分が嫌いな作品の主役が褒められると、それだけで気に入らないのでしょう。
そして緊張感がなくてひどいと言いつつ、「容姿の美しさ」となど書く辺り、多少はそれを意識しているのかとついつい思ってもしまいます。

一方で去年はこうだ。
◆ 小栗旬、北条義時の最期 「納得のいくラスト」 クランクアップで心境明かす NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(→link)
顰めた眉間も美しい、これぞ西施でしょう。

いくら何でも北条義時を、女性である西施になぞらえるのは少々無理がないでしょうか。

そして捕らえられた海賊(ウィリアム・アダムス)が連れて来られるのをいくらか心待ちにしている家康と、鎌倉幕府の権力者となると同時に、険しい表情となる義時の比較でさえも、条件がおおいに異なっており、比較対象としてはどうかと思います。

この義時と比べるのなら、関ケ原の前とか、大坂の陣の前に苦渋の決断をする家康と比較してしかるべきでしょうね。
たとえばこういう画像なら、比較対象となりうるでしょう。

どうする家康第42回2
(『どうする家康』公式サイトより)

で、こうした姿勢は写真集にもあらわれるとかで、

◆松本潤初のソロ写真集発売、39歳の誕生日から「どうする家康」クランクアップまでを記録(→link)
◆鎌倉殿の13人:舞台裏を収めた写真集が発売後即重版 「見ながら泣けてきた」「走馬灯のようによみがえる」の声多数(→link)
舞台裏を見せたい昨年と、自分を目立たせたい今年と――精神性の違いは明らかでしょう。
真似ればいいってもんじゃありません。

勝手に真似しているなんて決めつけない方がいいと思いますけどね。
それにそもそものコンセプトが異なるのだから、違って当然だと思いますが。

以下のニュースは本当ですかね。
◆小栗旬 『どうする家康』最終回にサプライズ出演へ!松本潤から直々オファーで実現(→link)
顰みに倣う東西対決が起きてしまうのか……。

これは楽しみですね。
あと「顰みに倣う東西対決」
顰に倣ったのは東施の方だけですから、東西対決と言うのはこの場合おかしいかと。
関ケ原なら東西対決ですが。

隔岸観火
兵法の時間です。
きょうは隔岸観火(かくがんかんか)。
兵法三十六計の第九計にあたる戦術であり、「向こう岸で燃えている火を見つめていればいい」そんな状態です。

兵法の時間ですなどとありますが、いつもの武者さんの週刊文春講座ですね。
あと「向こう岸で燃えている火を見つめていればいい」のではなく、
「他人の災難に手を貸そうとせず、ただ成り行きを見守っていること」
の意味だと思いますが。

文春砲が契機となり、色々と燃え盛っています。

Arc Timesがどうこうとありますが、ここ、ジャニーズの会見で暴走した記者が所属していると言われてもいます。
例によってゴシップ系、週刊誌ネタが多いです。大河には直接関係ないのでここでは省きます。どうしてもやりたければ、大河以外のコラムで、ゴシップライターとして書くとよろしいかと。

大河がこんなことになって不愉快極まりないですが、膿は出し切ったほうがよいのも確かです。
特に今年の大河は倫理がない。
制作チームが苦しんでいるのに褒めるなんて倫理に反しますし、故に私は嫌いなのです。

「今年の大河は倫理がない」
これはブーメランなのでしょうか。
急に「制作チームが苦しんでいる」(裏付けをお願いします)などと書いているのですが、今まで出演者も製作スタッフも散々に叩き、このドラマを楽しんでネット上でやり取りをしているファンにまで、あれこれ口を挟む武者さんがなぜ「倫理」などと言い出すのか、それがちょっと不明です。

で、高校講座の古典の「赤壁之戦」まで持ち出ています。

何を言われようが今さら……華容道を走っているのはこちらではなく、ドラマの方でしょう。
◆第66回 赤壁之戦 (1)(→link)

なぜこういうのを持って来ているのか、それはこういう意味なのだそうです。

敗走している最中なのに「勝ちました! 盛り上がってます! 感謝祭!」と強がってアピールするとは何事ですか。
そんなの曹操でも呆れますよ。

敗走しているの裏付けはありますか?
武者さんはいつもそうですが、負けているだの危機だの言う割に、客観的な根拠が乏しいなと思います。
別に「強がって」アピールしているのではなく、それを求めているファンや視聴者がいるということではないでしょうか。

ドラマに対する意見は、NHKへ直接お伝えください。
◆NHK みなさまの声(→link)

ついに「水滴石を穿つ」も書かなくなりましたね。
視聴者の意見が反映されたのは、結局テレビ体操だけだったのでしょうか。


飲み物‐黒ビールと木のテーブル
[ 2023/11/05 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

ラグビーあれこれ-ワールドカップ絡みで少し その2

ワールドカップ関連です。
まず日本関連の試合、地上波の視聴率について。

【ラグビー】日本がチリに快勝発進 19・7%の高視聴率、瞬間最高は22・4%
https://www.nikkansports.com/sports/rugby/
wc2023/news/202309110000305.html
【ラグビーW杯】日本-イングランド 早朝生中継の視聴率は6・3%
https://www.sanspo.com/
article/20230919-3NPZVWJAMZDB5KSZXWSKWZKI54/?outputType=theme_rugby_wc2023
【ラグビーW杯】サモア戦視聴率7・9% 祝日早朝のイングランド戦を上回る
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/tokyosports/sports/tokyosports-278270?utm_source=dnews&utm_medium=article&utm_campaign=contentsmatch1

チリ戦はもちろんですが、このイングランド戦の6.3パーセント、サモア戦の7.9パーセントは、日本時間午前4時キックオフとしては高めの数字です。サモア戦なんて平日(金曜日)の早朝ですからね。

そして10月8日のアルゼンチン戦、こちらは日テレで午後7時45分からで、決勝トーナメント入りを賭けた試合となります。これは大河関連投稿でも書いています。またこの試合により、『どうする家康』の世帯視聴率はいくらか影響を受けるかも知れません。

さて日本の課題ですが、外国出身選手がいるとは言え、高さがあまりない分ハイパントの処理に弱い点は修正されてしかるべきかと思われます。またフィジカル面で来られたらどうするか、もちろんそれも考えられているし、ディフェンスに穴を開けないように念を入れる必要もあるでしょう。

それでもひところに比べると、ディフェンスの精度はかなり上がって来ているとは思いますが、相手も本気になってくる以上、用心に越したことはありません。そして何よりも、
「どちらが勝ちたいか」
これが大きいかと思います。

ところでアルゼンチンの評価に関してですが、チリ戦の大量得点だけで評価しているマスコミがあるようです。これは如何なものかと思います。あの試合、それぞれのチームのモチベーションはかなり違っていた(アルゼンチンはこれに勝てば、決勝トーナメント入りが見込めると考えていた)でしょうし、またチリのディフェンスはかなりほころびもありました。ただ時間帯によっては、そこそこうまく機能している時もあり、その時はかなり締まった印象を与えはしましたが。

またこの試合に向けて、試合解説者がコメントを求められています。
「とにかく勝つということですね。点を多く積み上げて勝ってほしい。セットプレイ、スクラム。あとはハイボールの攻防ですね。高く受けたボールをしっかりレメキ選手や松島選手がキャッチして、日本の攻撃につなげたいですよね。サモア戦も回数は少なかったですが、クリーンキャッチていうのが少なかったので、アルゼンチンはそこを狙ってくると思いますので」、そこを大事にできたらと思います」
(山村亮氏、フィジー-ジョージア戦スタジオ解説、NHK総合 尚ハイボールとはハイパントとも言い、高く蹴り上げられたボールのことです)

「こういう頑張っているチーム(ポルトガル)を見るとかつての日本を思い出すんですよね。今は、もう堂々とワールドカップで勝つことも当たり前で、ベスト8というのが1つ最低ラインになってくるような国になっていますので、ジャパンもね。そう考えると日本がベスト8、アルゼンチンに勝てばベスト8に行けるというのがなんか当たり前になってきていますけど、ちょっと思い出すと夢のような今の状態ですよね」
「最終節まで決勝トーナメントに行ける可能性がある状態。勝ったら自力で行けるという状態に今、日本ラグビーがあるっていうのが本当に感慨深い」
(栗原徹氏、豪州-ポルトガル戦解説、日テレ)

あと南アがトンガ戦とルーマニア戦で、このチーム本来のダークグリーンのジャージーを着ていますが、やはりこれが一番「らしさ」を感じさせます。(リボック選手)

南アリボック選手

それからフィジーとジョージアが熱戦を繰り広げた日、フィジー代表のテュイソバ選手の、7歳の息子さんが、病気で亡くなられたとの由。お悔み申し上げます。

また豪州の若手を多く起用した編成に批判が出ていますが、実際2019年大会でも、フランスは今大会を見据えて若手を多く起用していました。しかしフランスはベスト8まで勝ち上がり、豪州は予選リーグ敗退か否かといった状態、しかもランキングが下のフィジーに負けている状態なので、その辺りが矢面に立たされる一因となってはいるでしょう。

それと前出フィジーとジョージアの試合、実況のNHKの冨坂アナウンサーはラグビー経験者なのでしょうか。裏を狙えばなどと言った、如何にも経験者らしい表現が、随所に聞かれますので。

後になりましたが、チームに帯同している西シェフのX(ツイッター)アカウントのリンクを貼っておきます。ラーメンあり、補食のにんにくチャーハンありと様々ですね。

尚ここの投稿にある補食ですが、トレーニング後のエネルギー補給のため、あるいは筋肉がダメージを受けた場合のリカバリーなどの目的で、通常の食事以外に摂る食事のことを言います。それからマッチデー、試合当日のメニューはカレーのようです。
西芳照氏アカウント

長々と書いて参りました。このワールドカップ以外に、朝ドラも録画していますし、『きのう何食べた?』も始まるので予約を入れておくことになります。朝ドラですが、主人公の鈴子ちゃんがよく熱を出していたというのに、『舞いあがれ!』の舞ちゃんを思い出します。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2023/10/05 00:30 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第36回に関しての武将ジャパンの記事について-5

第36回の『武将ジャパン』大河コラム関連その5です。尚、taketak39460607さんのnote記事のご紹介は、この次の大河関連投稿になります。

5ページ目、例によってファンダムやジェンダー論関連の持論展開が目立ちます。そして以前も登場した屈原の
「衆人皆酔えるに我独り醒めたり」(衆酔独醒)

衆人皆酔えるに、我独り醒めたり。屈原『漁夫辞』
みんなハッシュタグで無茶苦茶盛り上がっているけど、自分はそういう性格じゃないんだよね。

まず意味から行きましょう。
「多くの人は酔っているのに、私ひとりだけが醒めている。それ故に罪となり、遠い地に流されたのだ」
「自分はそういう性格ではない」とはちょっと違うような気もしますが…。

そしてファンダムとハッシュタグについて、

中高年以上は放映時間に大河を一斉に見ることが習慣としてあり、大手掲示板で実況書き込みをする人も多かった。その若い頃の習慣が抜けず、リアルタイムで投稿することで承認欲求を満たすことができるのです。そりゃ楽しいとは思いますよ。考えに考えて投稿してもろくに「いいね」も「リポスト」もされないのに、ハッシュタグつけてドラマのことを語ったらそれがドッとつく。中毒性もあるでしょう。

ハッシュタグをつけての投稿は、(武者さんがあまり好きでないであろう)中高年以上の、おじさんやおばさんのものなのでしょうか。またその人たちの投稿は、本当に承認欲求を満たすためのものなのでしょうか。そしてそれは、中毒性があると言い切れるものなのでしょうか。

確かに同じドラマを観ている同志で、やり取りをするのは楽しいものであり、その意味でハッシュタグは有効な手段です。しかしその人たちは年齢的にまだ若いかも知れないし、先行放送あるいは再放送を観ているかも知れないし、承認欲求よりもそのやり取り自体が楽しいからという動機からやっているとも思われるのですが、なぜこう断言してしまえるのでしょうね。武者さんのネガティブなファンダム観が窺えます。

その一例としての『ちむどんどん』(大河コラムのはずなのですけどね)反省会タグに関して。

◆ちむどんどん、イライラしても「見てしまう」視聴者達 一体なぜ?識者が推し量る「制作側の意図」(→link)
ハマって見ているならまだしも、つっこんで見ることが中毒性になってしまうですね。
(中略)
『ちむどんどん』についていえば、反省会タグに夢中になっていたと思われる方と実際に話したことがあります。
その方は、反省会タグで猛威を振るっていた“ある誤認”を元に批判してきたため、それに対し論拠を示しつつ、否定しました。そのときの相手の不機嫌な顔は今でも思い出せます。
どうやら「いいね」や「リポスト」に溺れていると、自分に確固たる自信が湧いてくるようで。

私もこの朝ドラの反省会タグは何度か目にしたし、中にはもっともであると思われるものもありました。武者さんの場合、好きな作品への反省会タグというだけで、敵視しているふしがないでしょうか。ならば見なければ済む話です。それとこの場合の「ある誤認」とは具体的に何なのでしょうか。

しかも、

私の指摘に対して「この番組の識者である我が意に背く気か!」とイラつく様子なのです。
しかし、だからといって論拠立てての反論はしてこない。

失礼ですが、何やらブーメランのように見えてしまうのですが。
その指摘が何であるのか、そして相手がどのようなことを言ったのか、よくわからないので何とも言えませんが、実際『ちむどんどん』にはその当時存在しなかった物、法律上適用されなかったこと(沖縄の農産物を本土で売れないといった)が適用されたかのような描写も出て来ており、それを指摘した人も当然いるわけでしょう。

今にして思えば「ちむどんどん」はアンチが強いだけで、そこまで悪くなかったのだと思います。
その次の『舞いあがれ!』は本タグもアンチタグもあそこまで盛り上がっていない。
ただひたすらつまらない、突っ込む価値がないと思われたドラマは、無言の離脱視聴者が増え、ただ単に数字が落ちるだけです。

既に上の方で述べていますが、疑問に思える点も沢山ありましたよ。
そして『舞いあがれ!』は叩くのですね。私はこの朝ドラは、そこまで投稿をチェックしたわけではありませんが、前作に比べると、突っ込まれる要素が少なかったのではと思えます。無論人によって好き好きはあったでしょうが。

SNSを見ると『どうする家康』も、反省会投稿そのものが減っています。「いいね」や「リポスト」がそうそうつかないんでしょう。数字や関連商品の落ち込みぶりと一致します。
今も稼働中の「反省会」は、滝行に挑むようなストイックな心境だと思いますね。

これで不思議なのが、武者さんは「いいね」や「リポスト」目当てで投稿するのが嫌だと言っているわけです。ならば、そういう投稿が少ないのは寧ろファンダムが健全に回っているわけであり、評価するべきことだと思うのですが、今度は皆が無関心だからという方向に持って行きたいのでしょうか。

そして「牝鶏晨す」、要はめんどりが鳴いて朝を知らせることから、女が権勢を振るうことのたとえで、国や家が衰える前兆とみなされるわけですが、これも時代遅れだとしたうえで

かつて、倫理、教育、道徳、人権、生真面目さを冷笑する態度こそがかっこいいとみなす風潮がありました。
(中略)
クールな本音をネットに書き込む自分たちこそが情報強者で特別だという特権意識が広まっていったのです。
そういう世代が、今ではそれなりの発言権を持つようになり、今、いろいろと弊害が出てきています。
典型的な逆張り冷笑欲求として、草を生やしながら女性蔑視をキメたいというものがあります。

その次にエコーチェンバーが出て来ますが、これはあまり詳しく書かれていません。
そして順番が前後しますが、この後にも

今年の大河ドラマを熱心に擁護している方たちの中にも、一部過激な方たちがいます。
ドラマを批判するSNSの反省会タグまで乗り込んできて、批判的なファンを攻撃していくのです。
彼らを見ていると、大河ドラマの出来がよいかどうかより、誰かを叩いたり、仲間同士で承認欲求を満たすことが大事なように思えてきます。

自分と仲間が推すと決めた大河は意地でも褒める。そこを抜け出そうものなら里を抜けた忍者のように叩かれる。
そんなギスギスした村社会のシステムが見えてきたように思え、興味深い。

先ほどブーメランだとちょっと書きましたが、これらの記述も似たようなものだと思います。
「大河ドラマの出来がよいかどうかより、誰かを叩くのが目的」
「自分と仲間が推すと決めた大河は意地でも褒める」
今までの武者さんのこのコラムを見る限り、この2つはかなり顕著な傾向となって現れているのではないでしょうか。しかも、それが年を追うごとに過激化している印象を受けます。

そして
「倫理、教育、道徳、人権、生真面目さを冷笑する態度こそがかっこいいとみなす風潮がありました」
とあります。武者さんはそうでないということなのでしょうか。
しかし嫌いな大河だと、出演者や制作スタッフが真面目に取り組んでいる作品を冷笑し、また登場人物を、かつてビッグモーターのCMに出ていたものの、イメージダウンになるので自ら降板した俳優さんを未だに「ビッグモーター」呼ばわりし、また近眼設定の登場人物をそうでないと一方的に決めつけ、こちらもまたレーシック呼ばわりしているわけです
正直こういった点では、武者さんも「逆張り冷笑欲求」と言えるのではないでしょうか。

現にこういう記述も出て来ます。

『どうする家康』は、こうした状況と非常に似通っている。
側室オーディションだけで一回使う。
マザーセナ信仰で何もかもばっちりだ。
バカな女をおちょくる女叩き要素も小ネタとして入れてくる。
団子売りだの大政所だの、ババアはちゃんとコケにしてくる。
『麒麟がくる』の”駒ちゃん“みたいな生意気な女はいないし!
ああ、なんて甘い世界なんだ!
そういうノスタルジーには合致しますよね。同じ脚本家の『レジェンド&バタフライ』もそうでした。

「側室オーディション」「マザーセナ信仰」「バカな女をおちょくる」「ババアはちゃんとコケにしてくる」
非常におちょくっている印象がありますし、このバカな女とかババアをコケにするというのを平気で出してくるのが、言っては何ですが、武者さんは本当は女性蔑視なのだと考えざるを得なくなります。
第一、団子屋の婆さんとか大政所の気持ちを読み取れていませんし。

で、これも『どうする家康』関連で、このような諺を引き合いに出しています。

櫝(はこ)を買いて珠(たま)を還(かえ)す。『韓非子』
ブランドのわかる箱だけ欲しいんです。中身はどうでもいいし。

この意味ですが、
「 外見の立派さに惑わされ、中身の本当の価値に気が付かないこと」です。
何か微妙に意味がずれていないでしょうか。

そしてこれに関連することで、

もしも『どうする家康』が民放ドラマや映画だったら。
あるいは女性主人公や女性脚本家であったら。
もっと徹底的にボロボロに叩かれていたかもしれない。
つまり、「男性向き大河」という“ラベル”に『どうする家康』の真価はあり、それを褒め、自己と一致させることが、自我の一部になっているのかもしれません。瓶の中身がまずかろうがどうでもいいと。

女性主人公や女性脚本家ならもっと叩かれていたとありますが、それを言うなら武者さんは、女性主人公や女性脚本家の大河を過去に叩いたこともあるので、これは如何なものかと思います。「女性だから叩かれる」という発想は、大河に於ける女性の地位を自分で貶めているようなものではないでしょうか。

また私としては、『どうする家康』は少なくとも、過去の、特に20年くらい前までの男性向き大河(の定義がどのようなものか、やや不明ですが)とは別物のように思います。武者さんにしてみれば、おじさんまたはおばさん向け大河でミソジニーと言いたいのかもしれませんが。

それからネスレ元社長の高岡氏の記事についてです。

こちらの記事が話題になっていたので、読まれた方も多いでしょうか。
◆【独自】《ジャニーズCM打ち切り問題》元ネスレ社長独占告白! 看板商品のCMに退所後の香取慎吾さんを起用...「タレントには罪がない」という理由(→link)
元ネスレ社長の見解が述べられています。
ジャニーズ起用の危うさとともに、ネスレは東京オリンピックスポンサーにもならなかったと指摘されています。
どうにも危ういと感じていた。その感覚を重んじたことが今になって急激に評価されています。

この記事ですが、一部切り取り報道をされているようにも見えます。
こちらの記事(アエラドットコム)では、元社長である高岡氏のこういうコメントが紹介されているので、その部分を挙げておきます。

https://news.yahoo.co.jp/articles
/44265f0bb26f042aa68b969b1aa2a32358419634?page=3

今、市場調査したら、ほとんどの人は、ジャニーズのタレントが広告に出ている商品は買わないって言うでしょう。でも、それはうそです。買うとは言いづらいから、買わないって答える人が多いだけで、回答結果と実際の購入行動が一致するとは限らない。それを理解したうえで判断するのがマーケティングのプロであり、企業としての正しい姿勢だと思います。

みなさん、ジャニーズの企業体質を変えろって言いますけど、加害者本人がいない今、何をどう変えるべきだと思っているのでしょうか。社名を変えれば、体質は変わるんですか? トンチンカンすぎて、グローバルでは笑われますよ。

隠蔽(いんぺい)体質を責めるつもりなら、取引企業やメディアも、性加害の実態を知らないふりして、あるいは知ろうとしないで、一生懸命ジャニーズにお金を投じてきたわけなんだから同罪でしょう?


武者さんはこの記事のことを、ご存知なかったのでしょうか。

あとまたメールフォームのリンクがありますね。
まあ私は、武者さんが望むような意見は送らないとは思いますが。


飲み物-ロックグラスカクテル
[ 2023/10/01 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第35回「欲望の怪物」あらすじと感想-1

第35回前半部分です。


家康は上洛を決意する。そのための人質として、秀吉の母大政所(仲)が岡崎城に送り込まれた。旭と久々の対面を果たす仲は、井伊直政に目を奪われる。一方家康は秀吉との会見前夜、宿である秀長の屋敷に入る。敵陣真っただ中とも言える状況だが、そこへ秀吉が来るとの知らせが入る。秀吉は1人でやって来て、よう来てくれたのと涙ぐむ。さような芝居はなしにしましょうと家康。

すると秀吉はほくそ笑み、早う入ってこおと声をかける。障子が開くと、寧々をはじめ豊臣家の人々が顔をそろえており、花吹雪が散って歓待の宴が開かれる。秀吉は大はしゃぎで家康の家臣を寧々に紹介してまわる。しかも鳥居元忠に、家康の目の前で家臣にならないかと言ってみせ、寧々に注意されるものの、秀吉は家康の子於義伊を養子に貰い、家康は旭を正室に迎えている、おめえさんの家臣はわしの家臣だと言ってはばからず、やがて酔いつぶれてしまう。

お恥ずかしい限りと寧々は詫びるが、秀長は、人を知るには下から見上げるべしと意味ありげなことを言う。秀吉が昔からよく言っていたらしく、人は自分より下だと思う相手と対する時、本性が現れる、だからみっともない訛を使い、卑しいふりをして、常に一番下から本性を見極めるという意味らしい。また寧々は言う。秀吉が信用できると思えたのは2人だけ、信長様と徳川殿、2人とも裏がないと。だから兄は、徳川殿が来てくださって心底嬉しかったのだと秀長。

家康の家臣たち、忠次、正信、康政そして元忠もこの会話を聞いていた。秀長はさらに、天下一統したいのは兄も同じだから、末永くささえてやってくれと寧々共々家康に頭を下げる。家康は、殿下はどこか得体の知れぬ御仁と思っていたが、腹を割って話せば我らと同じで少し安堵したと言い、寝ている秀吉に向かって、よいお身内をお持ちでございますなと話しかける。

さらに家康は秀吉のそばへ行き、声をかける。
「起きておいででござろう」
秀吉はお前さんにはかなわんのうと起き上がる。家康は秀吉を支えると決め、もう陣羽織を着させぬ覚悟と口にする。秀吉はそれに閃いたようで、家康にこう頼む。
「明日、一同の前でそれやってちょ~でえ」

翌日、大勢の大名たちが居並ぶ中、家康は秀吉との対面を果たす。天下一統のため励みまするとの言葉に周囲がどよめく。しかし秀吉は、何かを催促しているように見えた。そこで家康は、殿下の陣羽織を頂戴いたしとうございますと述べる。ならぬ、余は関白であると同時に武将でもあり、戦場で陣羽織は欠かせぬと言うが、家康はこう遮る。
「この家康がいるからには、二度と、二度と、二度~と、殿下に陣羽織は着させませぬと」

秀吉はいささか大袈裟に、大名たちに向かって余を戦場に行かせぬと申しておる、あっぱれと言って、家康に例の鳥獣模様の陣羽織を着せかける。そして武士の鑑であると褒める秀吉だが、鳥居元忠は、殿にまでつまらん芝居をさせおってと如何にも不満げだった。直政がいたら暴れていたかも知れん、連れてこんでよかったと康政。実は当初は元忠が岡崎に残り、直政が同行するはずだった。

正信は旭様が、彦殿と直政を取り替えてほしいと申されてなと言う。理由を聞かれた正信は、殿のそばには彦殿がおらねばならんと言うことじゃろうなと言い、元忠は、旭様もようおわかりだわと納得する。その頃直政は仲や旭と食事を共にしており、仲は直政を美しいのうとかなり気に入っていた。そして直政に、魚の骨には気を付けよと骨を取ってやろうとする。

その時旭は、外に薪やわらの束が積まれているのを目にして、あれは何かと直政に尋ねる。寒くなって来たので、薪に困らぬようにと直政は答えるが、その時部屋の外に忠世が現れ、直政は外へ出る。これはなんのまねじゃと尋ねられ、直政は仲と旭には悟られぬように、大坂の殿に何かあれば、これに火をつけてばあさんを焼き殺すと答える。やりすぎであろうと驚く忠世に直政は平然と、秀吉への脅しでござる、人質の役目とはかくなるものと言う。

大坂では祝いの儀も滞りなく済んだが、秀吉はここに来なかった大名が何人かおる、その1人を叱り飛ばしに西へ向かうと言う。九州の島津のことであった。そして家康には、軍勢を差し向けて関東の北条を叱り飛ばすように言うが、それには厄介事が1つあった。それは真田であり、北条に与えた沼田領に居座ったまま、言うことを聞かずにいた。

真田は徳川の与力だからしかと飼いならせと秀吉は言うが、家康はこう尋ねる。
「裏からこっそり餌を与えたのはどなたです?」
それがもとで尚更言うことを聞かなくなったと言う家康に秀吉は、真田は表裏秘境のものだでと言う。つまり、表と裏を使い分ける曲者であった。自分たちも手を焼いていると秀長。

浜松城では於愛が家康の手紙を手に、家臣の妻たちに、天下の行く末について語り合っていること、天子様にお目にかかって、正三位権中納言の位を賜ったことを話す。しかしそんな中、本多忠勝の娘稲だけは席を外し、退屈そうにしていた。於愛は、あなたの父上に言いつけますよと稲を叱る。

そして岡崎城では、仲が直政に団子を食べさせてやったりと、我が子のように扱っていた。仲はまたも直政の容姿をほめ、母上に礼を言わなかんのうと言う。しかし直政の母ひよは、少し前に世を去っていた。ご自慢の息子であったことでしょうなと言う旭に、直政は自分は悪童で母を泣かせており、仕官できたのも母が方々に頭を下げてくれたから、もう少し孝行すればよかったと答える。

出世されて喜んでおられようと旭に言われるものの、出世ということでは関白様にかなわないと直政。さぞお幸せなことでしょう、天下一の孝行息子であらせられると直政に言われた仲は、怪訝そうな顔をする。


家康が上洛し、秀吉に何とも変わった、ある意味秀吉らしい歓待を受けます。そしてその時秀長や北政所とも話し、秀吉が自分をどう評価していたのかを知ることになります。その秀吉は酔いつぶれて寝ているように見せかけ、実は狸寝入りをして会話を盗み聞きしていたのを家康に見破られてしまいますが、その時家康が陣羽織と口にしたのを聞いて、それを明日拝謁の場で言ってくれと頼みます。

翌日対面は滞りなく終わりますが、しかし何とも芝居がかった雰囲気の対面でした。これまた秀吉の好みと言えそうですが、元忠や康政ら家康の家臣たちは不満そうです。井伊直政を連れて来なくてよかった、この件で暴れているだろうと言う康政ですが、本来は直政が家康に随行するはずでした。旭の希望で元忠となったわけですが、如才ない正信は、殿には彦殿がいなかればならないと説明し、元忠も旭様はおわかりだとまんざらでもなさそうです。

その直政が残ったのは、無論大政所である仲のお気に入りだからでした。この仲、娘の夫の家臣であるはずの直政の、食膳の魚の骨を取ってやったり、団子を食べさせてやったりします。一方で直政は、大坂で家康の身に何かあったら、外の薪に火をつけて、仲を焼き殺してしまおうという、物騒な計画を練ってはいるのですが…。しかし仲を演じる高畑淳子さんが、世話を焼くシーンに、『舞いあがれ!』の祥子ばんばがやはりダブります。

仲がここまで直政の面倒を見たがるのは、本来の自分の息子である秀吉が天下人となってしまい、自分とは最早違った世界の住人になった感があって、どこか息子のように可愛がる存在を求めていたからとも言えそうです。一方でこの儀式に出席しなかった島津を、秀吉は成敗すると言い、家康には北条に軍事介入しろと命じます。実際に陣羽織を着ずに済むようになるまで、もう少し年月がかかりそうです。

そして於愛。彼女のそばにいるのは、家臣の夫人たちと思われます。それぞれの夫の着物と色を合わせているのであれば、恐らくは向かって左から大久保忠世、鳥居元忠、そして右端が井伊直政の夫人でしょうか。そんな中、1人席を外してどこかつまらなそうにしているのは、本多忠勝の娘の稲、後の小松姫です。

そして今回から、OPが完結編仕様になっています。兎が走っていたのが馬となり、文字通り走馬灯のようになっているのは、年月の経過の比喩のようにも見えます。

飲み物-2種類のカクテル
[ 2023/09/18 01:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第34回に関しての武将ジャパンの記事について-1

第34回の『武将ジャパン』大河コラムその1です。

のっけから
「木村多江さんが美しい。
されど妙な衣装のせいで気が散ってしまう。そして石川数正の出奔がナレーションで説明されますが、いつもの素っ頓狂な調子のため、とても劇中に入り込めません」
で、
「落ち着いたトーンで、一気に物語の世界へ引き込んでくれた前作『鎌倉殿の13人』から1年足らずで、どうしてこうなった」
「どうしてこうなった」ではなく、武者さんが最初から今年の大河を、ネガティブ視線で見ているからではないでしょうか?

三河岡崎城では、井伊直政がキンキン声で怒っています。
腹の底から声を出す発生法を、誰か指導しないのでしょうか。
これは家康もそうで、ボソボソ低い声で喋ればいいというものではないでしょう。
シリアス=ボソボソ口調
という風に思っていそうですが、そんなわけはありません。

直政は、家康を侮辱しているとも取れる数正の書置きに怒っているだけで、別にキンキン声でもありませんし、家康がその直政を諭す様子もちゃんと聞き取れますが…。

そして
「特にセリフが長い家康と秀吉の滑舌が悪く、中身を正確に把握しようと思えば字幕が必須です」
ならば最初から字幕を出して観てください。言っては何ですが、武者さんセリフの聞き違いと思われるところが時々ありますから、その方がいいと思いますね。
あと秀吉の滑舌ですが、私はこの人の会話は寧ろはっきり聞こえます。

いかにもわざとらしいクセの強い声と演技の本多正信。
常に皮肉っぽい調子ですと、いざという時に効果が薄れてしまいませんか。
これでは正信の賢さより、イキリ厨二病に見えてしまい辛い。本当にあんな人物が家康の知恵袋になり得たとは思えません。
扇子で直政を指す仕草もかなり挑発的です。
直政が本当にキレやすいキャラクターだったら、バカにされたと感じて取っ組み合いになっても不思議じゃないでしょう。

そもそも武者さんは、最初からドラマを観る気がないのでは?そう思われても不思議じゃないでしょう。
ここのシーンは石川数正が出奔してしまい、皆が頭を抱え、それでも家康が戦の準備をと言って、軍を武田式に改めようとしているところです。そういう流れには何も触れず、やれ誰それがわざとらしいだの挑発的だの、この内容を少しでも捉えていたら、なぜそのようになるのか理解できるかと思いますけどね。

どうしちゃったの、えびすくい担当者!
えびすくいおじさんの目が虚です。
得意技を封じられると調子が落ちてしまうのですかね?

酒井忠次は単なる「海老すくい」芸人ではありませんよ。
数正の不在をも重臣としてきちんと埋め、家康にはきちんと言うべきことを言う。
逆に「海老すくい」の時のような、はしゃいだ目をしていてはおかしくありませんか。寧ろこの忠次、左衛門は常に真剣な数正とは違い、時にあの「海老すくい」で場を盛り上げるからこそ、数正とは違った魅力があるのも事実ですが。

残念ですが、もちろん演じる大森南朋さんには罪がない。それどころか北野武監督『首』の公開が間近に迫っております!
大森さんの真骨頂でしたら予告編からにじみ出ています。

大河に直接関係ない作品であれば、他のコラムでやっていただけないでしょうか。
それでなくても、特に後の方のページでは関係ないことを引っ張って来て、強引に大河そのものと絡めようとする傾向がかなり見られますが、あまりいいとは言えない、と言うよりよくないことだと思いますが。

1分24秒ぐらいに登場する羽柴秀長。
非常に風格があり、理想的な秀吉の弟が見られそうです。
もう、ビッグモーターの影がチラつかないだけで、その戦国の世界にスンナリと入っていけそうな……映画の公開日を指折り数えています。

この羽柴秀長、先ほどの映画の中で大森さんが演じているらしいのですが、直接関係ないものを、なぜ大河レビュー(一応)と混ぜこぜにしたがるのでしょうね。そんなに楽しみなら、その映画の方のコラムに没頭していただきたい。
そしてここでまた「ビッグモーター」。
書いていることがことごとく嫌味にしかなっていませんね。

視力抜群、レーシックお愛がゆるかわ仏様を持ち込みます。
数正が作ったというもので、その出来栄えが……小道具スタッフもあまり気合が入っていないのでしょうか。
『麒麟がくる』の平蜘蛛や『鎌倉殿の13人』の仏像と落差が惨たらしい。
しかしフィギュア作り……もとい木彫りの像が好きなドラマじゃのう!
他にアイテムを思いつかないんでしょうか。

ここがまた5行しかないのに1パラグラフ。
そしてまた「レーシック」。まあ後ほど、於愛は近眼だとわかる描写が出てくるのですが、それはお構いなしなのでしょうか。
そして木彫りの仏像、素人である数正が作ったものらしいなと思いますが、ここでまた麒麟と鎌倉殿を叩き棒。
思うのですが、こんなことしたら叩き棒にしている作品のイメージが悪くなりそうですね。第一『鎌倉殿』の仏像と一口に言っても、仏像はかなり出て来ますが、そのうちのどれですか?いや仏像ならまだしも、平蜘蛛と数正手作りの仏像を、なぜ比較するのでしょうね?このへんが実に不思議で、腑に落ちないのですけど。

家康が暗い室内で何かを並べています。
するとそこへ数正の姿が。
ピアノがピロピロと流れ、数正が家康の首に刃を突きつける。で、秀吉が「殺せ」と言う。
もうしつこいばかりの夢オチには、げんなりするばかりです。
本作は、何度こうした展開を用いるのでしょう。

何かて、あの名前を書いた兵棋みたいなものでしょうか。
数正、ひいては秀吉が現れるのは、いざ戦になった時の徳川方の不利を示すものであり、それを夢に見るほど家康が思いつめていたという意味では、別に不自然な展開ではありません。さらにその後に、戦をと思っていた秀吉の出鼻をくじくような天正地震が起こるわけですね。

三方ヶ原で死んだとか、本能寺は家康が起こすとか、史実からしてあまりにチャチな「そんなわけないでしょ……」と脱力するような話を引っ張るんですよね。

家康は三方ヶ原で死んでいないし、本能寺の変も引き起こしていませんよ。
三方ヶ原では家康の甲冑をつけた夏目広次が身代わりになったし、本能寺も実現があまりに難しかったし、何よりも光秀が先に来てしまいましたし。
勝手に決めつけないでください。

天正13年(1586年)11月29日に発生した天正大地震。
ナマズがヌメヌメして地震を示すアニメがいささか無神経ではありませんか。
なぜ、こんなほっこりアニメで描かれるのか……というか、本作は常に先人への敬意が欠けているように感じます。
江戸時代のナマズ絵は確かにユニークです。そういう絵へのオマージュを感じさせない絵柄が辛い。
(中略)
なにより大地震は日本人にとって切っても切れない悲劇の歴史のはずなのに、そのショックよりも注目されるのがあの変な仏像とか、まるでリアリティが感じられないのです。

武者さん必ず出してくるだろうなと思いました。
『舞いあがれ!』でも阪神淡路大震災が出て来ない(舞台となる東大阪はそこまで被害がなかった)と書くのみならず、東日本大震災も描かれないことが不満だったようです。距離的に遠く直接の被害がない、しかも登場人物がその時東北地方にいたとか、そういう設定でもないのに、なぜそこまでこだわるのでしょうか。
他にも地震の悲惨さを描いた作品はあるのですから、そちらの方を紹介しては如何でしょうか。

天正大地震はマグニチュード8.0前後と推定される凄まじいほどの揺れです。
しかも直下型地震。
◆岐阜県:天正地震(→link)
濃尾地震と並ぶ過去最大規模の大地震なのに、注目すべきは数正フィギュアの話とは……。
こうした描き方から浮かび上がってくることがあります。
本作が大事にしているのは、家康と半径数メートルの出来事。
今回は数正がテーマにされているのであり、民なんてどうでもいい。
本当に家康の良さを見せるのであれば、被災者に炊き出しを提案するとかできたはずです。

天正地震はM7.8、震度7と推定されています。リンクを引っ張って来るだけではなく、本文で震度もきちんと書いてください。ちなみに震度7は東日本大震災の揺れに匹敵します。

そして
「今回は数正がテーマにされているのであり、民なんてどうでもいい」
康は領内各地を見回ってくると於愛に言っていますが、それは無視なのでしょうか?こういうところがきちんと観ていないなと思われる所以です。

『麒麟がくる』の足利義昭は、貧民救済が実現できるなら将軍になってもよいと考えていた。それを忘れ、戦をした己を恥じて、駒の前で己の首を絞めていました。
『どうする家康』には、人を救うための葛藤がまるでない。だからこそ、偽善的なドラマに見えるのです。

自分が望むように描かれていないと、何でも妄想に偽善的ですね。
一方秀吉の方は、犠牲者が多いことを秀長が悲痛な口調で伝えています。武者さんが何かと揶揄したがる秀長ですが、この言葉はきちんと聞いておくべきでした。
そして寧々は
「もはや戦どころではないわ。民を救うのが先でごぜえますでしょ」
と言っています。
一体貴方は何を観ていたのですか?そう言いたくもなりますね。

でこの後『いだてん』や『青天を衝け』の関東大震災の描写が出て来ますが、ここでは省きます。
そして

自分たちの都合のいいように震災を描くのは、あまりに悪質であると思います。

自分の都合のいいようにドラマを観て叩くのもまた、悪質であると思いますが。

飲み物-マグに注がれたビール
[ 2023/09/06 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第29回の武将ジャパンコラムに関するnote記事とイチジク絡みで少し

さて、今回もいくつかtaketak39460607さんのnote記事からご紹介します。

大河コラムについて思ふ事~『どうする家康』第29回~
https://note.com/taketak39460607/n/n9fdaa845c3fd

まず、これは『武将ジャパン』のツイート関連です。

「本能寺周辺に潜ませていた500人もの伊賀者はどこへ?
常に一緒にいなくても警護のために控えることはできるし、伊賀の頭領にも話を通せたのでは?」
とあるのですが、これに関しては、やはり家康自身が、指示するまで伊賀者たちを動かすなと言っていたこと、半蔵、大鼠、大山犬たちは彼らを待機させたまま、家康を助ける行動に出たこと、大人数での移動は目につきやすいこと、伊賀の頭領に話を通すにしても、まず徳川一行との合流を図ったうえでやるべきことと指摘されています。

実際この『武将ジャパン』、こちらのツイにしても大河コラムにしても、
「家康が伊賀者たちは指示するまで動かさないように命じる」
この点があまり省みられていないように思われます。

そして武者さんが、忍びたちを『鬼滅の刃』の宇髄天元と比較している点。
こちらも、伊賀や甲賀の忍びたちは領主に仕えるのではなく、金銭と引き換えに、傭兵や足軽として奇襲戦法を行う人々であると思われること、しかも『鬼滅の刃』は大正時代が舞台で、既に忍者そのものが過去の存在となっており、実際の戦国時代の忍びとの比較は無理があるとの指摘があります。

これも『鬼滅の刃』がいけないとは言いませんが、たとえば時代劇や映画などと比較することはできなかったのでしょうか。

あとクナイをヘアアクセサリーのように使うのもおかしいと言う記述で、それは携帯のためであると論破されています。実際女性の場合、髪の中に隠すというのはあってもおかしくないでしょう。特に結髪が一般的になった江戸時代では、時代劇で髪の中にものを隠すというのを見た記憶があります。

また織田信長の殺陣が江戸時代的なのは、チャンバラの動きが得意な役者さん主導とあるところ、恐らくは岡田准一さんであるだろうが、武術関係のインストラクターの資格がある岡田さんに加え、アクションや武術指導の方もいるとこちらも指摘されています。
しかし思うのですが、武者さんは俳優さんとディレクターだけで、殺陣を決めていると思っているのでしょうか。

そして他にも色々と指摘があり、やはりそうなんだなとうなずける部分、なるほどと思わされる部分など様々です。
で、これは如何にも武者さんらしいと言っていいのでしょうか。
こちらのスポーツ紙(多分デイリースポーツ)は阪神タイガーズに甘いが、そのタイガースよりも今年の大河に甘いという武者さんの記述がありますが、それに対しても、伊賀越えは『真田丸』のが有名だが、今年のはどうなるのかと書かれているだけで、しかも7月7日付の記事であり、どう評価しろと言いたいのかと言われています。

そのスポーツ紙の記事ですが、多分第29回のコラム本文に貼られていた、このヘッドラインの記事でしょう。
「大河「家康」ついに伊賀越え判明 「真田丸」より深刻苦難 陰湿光秀に命狙われ絶体絶命 家康走る!」


それと先日書いた「イチジク=イヌビワ」の件、実はこのtaketak39460607さんが調べていて、記事中でも言及されています。

それ絡みで、現在我々がイチジクと呼んでいる植物の方、これがいつ紹介されたのかですが、どうやら天草に最初にもたらされたようです。恐らく天正遣欧使節と関係があるでしょう。1591年に、ポルトガルの宣教師によって伝えられているらしく、こちらのサイトに明記されています。

南蛮柿(イチジク)
https://amakusa-kankou.com/
local_specialty/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B8%E3%82%AF/
(あまくさ苓北観光協会)

天草では今も南蛮柿と呼ぶようで、この言葉で検索すると関連サイトがヒットします。イチジクを加工した名産物も多く、「四郎の初恋」なるお菓子やジャムもあるようです。

それから朝ドラ『舞いあがれ!』を観ていた方なら、ご存知と思われる五島のバラモン凧、実は天草にもあります。長崎から伝わったもので、こちらでは「日の出鶴」の凧が有名らしいです。


飲み物-グラスビール
[ 2023/08/06 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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