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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  翔ぶが如く

『篤姫』の功罪と『江』との共通点

先日『篤姫』とその中での第一次長州征伐、そして薩長同盟(盟約)について投稿しています。今回はこの大河の最初の方の、篤姫こと於一の幼少期から少女期についてです。この於一と肝付尚五郎、後の小松帯刀とがそれぞれ初恋相手のように描かれているこの作品ですが、それはともかく、彼女が子供ながらに色々なこと、特に百姓に興味を惹かれたりしているような描写は、『西郷どん』の最初の方にちょっと似ています。無論西郷吉之助はそういう役についていたから、フィクションを入れても一応はうなずけますが、子供の頃の篤姫がそこまで考えていたのでしょうか。

その於一は結構おてんばでもあり、後に兄忠敬や小松帯刀と共に、小松清猷(帯刀の養父)の講義を受けています。その時は男装していますが、すぐにばれてしまいます。ある程度成長してからの男装は『翔ぶが如く』の岩山糸も同じですが、それはさておき。とかく大河の女性主人公の設定は
子供の頃におてんばである
というのが、第一条件として挙げられます。過去五作のうち四作は、多かれ少なかれそう設定されています。要は女性を主人公にする以上、溌溂として男勝り、時に型破りでなければならないというのが暗黙の諒解としてあるのかもしれません。しかしちょっとステレオタイプではないかと思います。意外なことに、如何にも女性大河的な『花燃ゆ』の文は他とは異なり、元々は本好きな少女という設定でした。個人的に、OPも女性主人公作品の中でこれが一番好きでした。

この作品は後の隔年女性大河の先駆けになったともいえます。一応篤姫という著名な女性が主人公で、大奥の内部事情的なものは描かれていたと思います。また、天璋院となってからは割と好きな部分もありましたが、最初の方は何やら学園ドラマ的な乗りがありました。この作品のヒットに気をよくしたのか、NHKが、その後隔年で女性主人公を持って来ましたが、それはやはり同意しかねました。女性主人公を持って来るというのは、恐らくは、朝ドラの視聴層を大河にも向けるという狙いもあったのでしょう。そのため、乗りが朝ドラ的になったとも考えられます。

無論この作品も、やはり女性大河だなと思われる描写は所々に窺えました。先日の薩長同盟の描かれ方もその一つでしょう。またこの『篤姫』の脚本が田渕久美子さん、プロデューサーが屋敷陽太郎さんだったのですが、『江~姫たちの戦国~』も同じ顔触れになっています。(ただし屋敷さんは『江』では制作統括)。そのせいか、『篤姫』にもいくらか『江』と似たところがあります。於一が大久保家に行くなどというのもその一例でしょう。そしてこういった描写が、作品によって異なるとはいえ、その後の女性大河に踏襲されたふしもあります。屋敷さんは『新選組!』と『真田丸』の制作にも関与しています。この2つの脚本はもちろん三谷幸喜氏ですが、所謂三谷大河的なカラーは、この方の影響もあるのではないかと思います。

話が戻りますが、この『篤姫』は幕末の大奥を描くためのものと割り切り、その後で別な形の女性主人公を模索していたら、『江』以降はまた違ったかと思われますー無論これは私の推測で、あるいはスタッフの方で模索されたのかもしれませんが。その意味では、『篤姫』の描かれ方の反省がなされていたのかと考えずにはいられないのです。それとやはり隔年である必要はありませんでした。仮に朝ドラ視聴層を取り込む狙いがあったとしても、そこまで頻繁にやるべきではなかったでしょう。

それとこの次になりますが、史実と創作のバランスについて投稿できればと思っています。

飲み物-お洒落なランプとウイスキーグラス
[ 2018/09/08 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

西郷どん第24回「地の果てにて」

藩命に背いたために、吉之助は再び島送りとなり、村田新八も遠島となります。徳之島の後に流された沖永良部島では、とある出会いがありました。一方国父久光は、上機嫌で江戸に乗り込むも、慶喜から思いがけない言葉を投げつけられます。

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藩命に背いたかどで、吉之助は徳之島、村田新八は喜界島へそれぞれ送られた。今度は罪人としての扱いであり、食料は自給自足で調達しなければならなかった。吉之助は役人の琉仲為から、必ず日本を変え、必ず薩摩に吉之助を呼び戻すといった内容の、大久保一蔵の手紙を受け取る。その吉之助を愛加那が兄の富堅、そして子供たちと共に訪ねて来た。愛加那には2人目の子が誕生しており、その女児に吉之助は菊草と名付ける。愛加那は妊娠中に吉之助のことを知り、徳之島へ行きたいと叔父の佐民に願い出るが断られる。そこに助け舟を出したのが富堅だった。

その直後愛加那は菊草を出産し、子供2人を連れての徳之島行きとなった。吉之助はその夜、粗末な自分の家で寝ていた富堅に礼を言う。実は富堅は狸寝入りをしていて、その言葉を嬉しく思っていた。愛加那は寺田屋のことも知っていた。このまま徳之島で一緒に暮らすつもりだった愛加那だが、滞在5日目にして役人が押しかけ、沖永良部島への配流が決まったと言う。愛加那は抗議しようとしたが、吉之助は騒がないように言い、家族との別れを惜しんで、そのまま沖永良部島へと向かった。この島は薩摩藩の中で最も遠くにあり、重罪人の流刑地だった。

その頃京での働きを朝廷に認められた島津久光は、勇躍江戸へ入る。桜田門外の変後幕府は弱体化し、将軍徳川家茂は、無位無官である久光の力を背景とした、朝廷の命を受けざるをえなかった。これは幕藩体制が始まって以来、前代未聞のことだった。これにより一橋慶喜が将軍後見職、松平春嶽(慶永)が政事総裁職としてそれぞれ返り咲いた。しかし慶喜は、亡き兄の猿真似ではないかと言い、日本というものが見えているのかと久光に厳しく当たる。さらに久光の薩摩弁が聞き取れない、大和言葉を使えと言い、「芋」であるとののしった。

さらに慶喜は牛男はいないのかと問う。控えていた一蔵が、西郷のことでございますかと尋ねた。慶喜は西郷は本当は生きておろう、話をしたいのなら西郷を連れて参れと言い、久光は面子を潰された格好になる。その吉之助は沖永良部島に行き、しかも屋外の牢に入れられることになった。そのような吉之助に、島の役人である土持政照が母の鶴と島民を連れて挨拶に来る。土持はかつて薩摩にいたことがあった。彼らは自分たちの食物を分け合って、吉之助に食事を運ぶ。その後吉之助への手紙が2通届くが、それを脇からひったくった年配の男がいた。

この男は川口雪篷といい、既に10年間も島暮らしを送っていて、昼間から瓢箪の酒を飲んでいた。その手紙は海江田武次と大山格之助からの物で、雪篷は勝手に開封して読み始める。いずれの手紙にも、一蔵が久光に取り入っている件がくどくどと書かれていた。2人とも一蔵の心の内が見えていないとつぶやく吉之助に、お前は見えるのかと雪篷は問いかける。一蔵は友だからと言う吉之助に雪篷は、その友が遠島処分を解かず、お前をこのような目に遭わせていると言い、人は裏切るものだと断言する。さらに罪人の食事は冷えた麦と塩を少しで、今の食事はいつ切腹するかわからぬお前への情けだと暴露する。

それを聞いた吉之助は藩命に従い、その後は土持たちに迷惑をかけないためにも、彼らが持ち込む食事には箸をつけず、麦と塩だけで過ごし、食事は子供たちに分けた。吉之助を先生と慕う土持は食事をするよう説得するが、吉之助は聞こうとせず、日に日に憔悴が激しくなった。ある嵐の夜、動けなくなった吉之助の牢を雨と風が叩いた。吉之助の脳裏を一蔵や愛加那との思い出が駆け巡った。そして自分自身の声もまた響いていた。
「守らんにゃならんものが、まだある」
「おはんにしかできんこつがまだあっとじゃろ」
「生きろ」

その頃愛加那は奄美大島で、吉之助の無事を懸命に祈っていた。嵐が過ぎ去った後雪篷は、牢の中で倒れている吉之助を見つけた。牢の一部を壊して中へ入り、竹筒の水を飲ませようとするが、うまく行かなかった。仕方なく水を口に含み、口移しで飲ませると、わずかに喉元の辺りが動いた。さらにその後土持たちがやって来て牢の中に入り、吉之助が生きていることを確認する。皆はたとえ藩命に背こうとも、吉之助をこのまま死なせるわけには行かないと、土持の家へ連れて行くのだった。

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まず今回初登場の川口雪篷と土持政照、今後の西郷吉之助に大きな影響を与える人物です。『翔ぶが如く』ではそれぞれ龍雷太さんと光石研さんが演じていましたが、今回の雪篷はかなり印象が違っていて、石橋蓮司さんらしい、いささか世をすねた雰囲気の人物になっています。吉之助が沖永良部島に流さなければ、この両名とも出会うことはなかったと思えば、この流刑の意味はかなり大きいといえます。土持に至っては義兄弟の契りを結びますが、これが何やら先日の『軍師官兵衛』を思わせます。それはまた後ほど。

さて沖永良部島では、国父様の命は絶対的なものでしたが、その国父様こと久光も、一橋慶喜の前では全くのかたなしでした。無位無官という立場もさることながら、兄斉彬の考えをなぞっただけだという、本人に取っては最も癇に障ることを言われたのみならず、薩摩弁でなく大和言葉を使えだの、「芋」だの、挙句の果ては西郷となら話そうだの、慶喜の、例によってちょっと意地悪な部分も出て来ています。この福井藩邸を去った後は、また磯田屋へ向かったのかもしれません。

しかし久光の着物の色がなかなか派手派手しい。赤の着物に赤の羽織で、この辺りもコンプレックスを抱えながらも、野心家的な久光にふさわしいかもしれません。しかしこの慶喜とのやり取り、参預会議の伏線となっているのでしょうか。

一方で、当初は吉之助にいい思いを抱いていなかった富堅、今回はなかなかいい役回りです。妹を幸せにした男というイメージに変わったせいでしょうか。しかし惜しむらくは、その幸せは長く続かなかったということです。

そして大久保一蔵を快く思わない2人が、いわば愚痴をぶつけて来ます。囚われの身である吉之助に、そう言っても仕方ないだろうとは思うのですが…海江田と大山にしてみれば、精忠組を裏切った男的な印象があるのかもしれません。村田新八も同じ手紙を受け取っていたのかも。それにしてもあの牢、なんだか檻のように見えます。雪篷の「見世物」呼ばわりもその意味では納得です。さらに吉之助が刻んでいた「不怨天不咎人矣」、公式サイト「週刊西郷どん」に解説があります。

さて最後の方で、雪篷が吉之助に水を飲ませるシーンがあります。牢から逃げ出すようなこともなく、土持たちの手を借りるわけでもなく、ここまで友を信じているということに、雪篷が心を揺さぶられるわけで、これについても上記のリンク先に詳しいのですが、その他にこのシーン、昨年に比べると、竹筒の使い方がうまいなと思います。小道具というのはただ出すのではなく、ああいう必然性のある場面で使ってほしいものです。

[ 2018/06/26 00:45 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

2019年正月時代劇と成長物語としての大河

まず、来年の正月時代劇の制作が発表されました。

正月時代劇『家康、江戸を建てる』制作開始!(NHK ONLINE)

2020年の大河は江戸が舞台だと予想していましたが、2020年は明智光秀、そして、江戸はここに持って来ましたか。大石内蔵助役と予想していた佐々木蔵之介さんもこちらに登場です。しかし『風雲児たち~蘭学革命篇~』の制作発表が8月であったことを考えると、今回はかなり早めです。キャストが1日目と2日目で変わっていること、収録に時間がかかることを考えると、そうなるのでしょう。高嶋政伸さん、今回も登場ですね。脚本は日曜劇場で有名な八津氏です。

ところで、『西郷どん』の放送開始から、半年近くになろうとしています。放送前、特に制作発表があった時は、「幕末版天地人」のようになるのではと思ったものですが、その予想とはかなり違った展開となっています。主人公が一定の段階を踏んで成長する姿は、結構見ごたえがありますし、『天地人』にありがちだった軽い印象も今までそうありません。吉之助の若い頃が多少ドジで、空気が読めないところもありますが、それでも納得できる範囲内ですし、内面が描かれているのもいいです。同じ西郷吉之助を描いた『翔ぶが如く』より面白く感じられる部分もあります。

出ている俳優さんもいいですし、原作や脚本もそう悪くはありません。制作統括がBL云々とコメントしたことなどで、ちょっとマイナスのイメージを持たれた部分もありますが、ちゃんと吉之助をメインにした人間ドラマになっています。近年の大河で、主人公の成長を描いた作品といえば『平清盛』、あるいは『軍師官兵衛』などが挙げられるかと思います。『真田丸』も成長と言えばそうですが、秀吉が亡くなって家康と三成が敵対するまでは、第一次上田合戦で梅を失う以外、主人公にそう厳しい試練はなかったように見えます。

成長して行く物語というのは、最初のうちはいささかもどかしいものです。とはいえ最初から主人公無双というのも、飽きが来るように思います。むしろ『真田丸』は昌幸無双の印象があり、それがわかりやすかった反面、昌幸退場後が今一つになった感もあるのです。かてて加えて、戦のシーンも限度がありますし、また史実をどこまで重視するかという問題もありますが、史実のみではドキュメンタリーは作れても、ドラマはやはり作れないでしょう。そもそも昔の大河の多くは、フィクション中心の小説に基づいたものでした。

無論女性主人公の大河に見られるように、史料が少ない人物は成長過程を辿れず、最終的にどういう人物になったかも曖昧であるし、史料があってもそれを無視してファンタジー風味にしたため、大河として失敗することが多いです。昨年の今頃ヒロインが綿を栽培したり、あるいは木材を切り出したりしていましたが、それが彼女の成長にどう影響したかの描写がやはり今一つでした。久坂美和(杉文)の奥女中時代の経験が、その後どう影響したかがよくわからないのと似ています。

産経新聞出版(ニッコームック)のガイドブック後編には、前編に引き続き中園ミホさんのインタビューが載っています。このインタビュー内容がなかなか興味深いです。ふき(およし)は時代考証の磯田氏のアイデアであるとは初めて知りました。何かの機会にご紹介できればと思います。個人的に中園さんの作品を観ておらず、先入観がなかったから楽しめているのかとも感じていますー無論、それだけではないでしょうが。

飲み物-バーのラテフロート
[ 2018/06/07 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『西郷どん』は駄作か?そうは思わない

言うまいと思えど…ですが。ここ何年か大河関連のコメントをネット上で見て来たのですが、あまりにも今年の『西郷どん』叩きがひどいので、見るのを止めようと思います。賞賛と批判、どちらも大河を客観的に観るには必要かとは思いましたが、今回はちょっと異常です。ネット上の関連コメを見ないのは、『軍師官兵衛』以来でしょうか。官兵衛も結構あれこれ言われましたが、今アンコール放送を観るとやはり面白いなと思います。最初から主人公が活躍する大河ではないので、その辺がもどかしく感じられるのでしょうが、無論大河にはそういう作品もあるわけです。

今年の大河では、主人公が騒ぎまわってばかりいるとか、史実より人間模様の方が優先されているという批評もあります。しかし個人的に主人公が騒ぎまわってばかりいるとは思えませんしー感情の起伏が激しいとは思いますがー、史実云々に関してですが、せめて大河を観るのなら、最低限の史実は知っておいた方がいいでしょう。無論斉彬との会話とか、あるいは月照との信頼関係、全く描かれていないわけではないにせよ、もう少し突っ込んでほしい部分もあります。またこれは『花燃ゆ』ですが、長州大河なのに志士たちの動きで描き足りない部分もありました。

ただし、あまり基本的なことばかり描くわけにも行かないのが難しいところです。言っては何ですが、ちょっと幕末史をかじっていれば、今回の大河もそう観るのに苦労はしないはずです。また将軍家の家督争いはきちんと描かれていました。そして大河は、必ずしも史実をそのまま描いているわけではないのも事実です。特に、この時期の長州とか吉田松陰がなぜ出てこないのかという意見もあります。これは少し前にも書いていますが、薩摩大河で松陰はまず登場しません。薩摩藩士たちが長州人と京で出会うのは、公武合体論の後、文久年間後半頃からです。

しかも長州は、藩としては幕府に迎合した策であり、暴走しがちな攘夷とは違って、マクロな政策である「航海遠略策」を取るつもりでした。実は『花燃ゆ』にこれについて出て来ます。残念ながらこれは松下村塾系の反発を招き、久坂玄瑞らが長井の弾劾にまで及んだため行き渡らず、急進派が主導権を握るもととなりました。実際『花燃ゆ』は、文(美和)がおにぎりを作るとか喋っている以外のシーン、萩城で評定が行われるシーンなどは、割ときちんと描かれています。また功山寺決起も当然出て来ます。そのためこの大河は好きではないけれど、全面否定する気にもなれないのです。

それといつも思うのですが、他の大河とやたらに比較するのもどうかと思います。特に『翔ぶが如く』と比較したがる人もいますが、私は昨年予習としてDVDを全巻観て、『西郷どん』はこれとは違った作品になるだろうと思いました。実際そうなっています。そして私は、その違いを楽しんでいるわけです。『翔ぶが如く』は西田敏行さんの風格ある吉之助が印象的でしたが、一方で鈴木さんの愚直で、しかも涙もろい吉之助もまたありかと思います。『翔ぶが如く』は、結構司馬さんの史観も含まれてはいますが。

それとこういうことがあったのですね。
第15回「殿の死」 ネットの反響受け急きょ異例の深夜放送 斉彬の最期が話題に
(毎日新聞)
それから予告動画(桜田門外の変、薩英戦争、新選組登場)がありますので、次のあらすじと感想に貼っておこうと思います。

飲み物-パブのビール3杯
[ 2018/05/14 00:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

鳴門秘帖第2回「甲賀屋敷炎上」

幕府大番頭、法月一学の嫡男弦之丞は剣の修行に出たいと、許婚の千絵を江戸に置いて出かける。しかし剣を極めれば人でなしになると師に諭され、虚無僧に身をやつす。そして戻って来た江戸で、辻斬りの孫兵衛、スリのお綱と出会う。

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江戸に戻って来た弦之丞に、京都所司代松平左京之介は、父一学に会ったかと問い、弦之丞はまだ会っていない旨を伝える。そして世阿弥が阿波に、鳴門秘帖を探りに行ったことを教えられ、弦之丞は例の阿波の天堂一角の、鳴門秘帖にかかわるなという言葉を思い出す。これは幕府転覆計画の血判状であり、公家の藤村有村がその首謀者だった。有村は阿波に潜伏していた。阿波徳島は表向き二十五万石だが、藍玉利権のためそれよりも五十万石多い、実質七十五万石だった。それにより西国大名を動かそうとしていると左京之介はにらむ。

弦之丞は、剣は人でなしの道、それが正義に通じましょうかと疑問を呈するが、左京之介は密命であると言う。その時天井裏で物音がしたが、天井裏を槍で突いた弦之丞は、何もいない、ネズミでしょうと答える。実はそれは、2人の会話を聞いていた銀五郎だった。阿波に行くには命がいくつあっても足りぬと言う弦之丞だが、銀五郎はそれは男が立たない、旦那のためなら命はいらないとまで言う。千絵が行けと言えば行くつもりでいたが、前回門前払いを食わされたため、銀五郎に手紙を渡して届けてもらうことにする。

甲賀屋敷に忍び込んだ銀五郎は、そこかしこに張られた綱の一本に触れてしまう。これにより鈴が鳴らされ、甲賀衆が銀五郎を追う、その甲賀屋敷では、千絵は食事も取ろうとしなかった。多市は、周馬の言う弦之丞と、千絵の言う弦之丞の印象が違うのに疑問を抱く。その時周馬は賊が入り込んだことを伝え、弦之丞と左京之介が会ったことも知らせた。恐らく弦之丞が左京之介にそそのかされて、賊を送り込んだのではないかとの周馬の言葉を、千絵は頭から否定する。そして銀五郎は逃げる途中お綱と出会い、お綱は無意識に銀五郎が渡そうとした手紙をすってしまう。

結局銀五郎は橋の上でつかまり、串刺しにされて川に落ちる。そこへやって来た平賀源内が銀五郎を助け、このことが万吉のもう一人の下っ引き、熊によって知らされる。源内から、忍び姿の男たちに襲われていたことを聞かされた弦之丞は、甲賀者ではないかと考える。死んでもわっしは旦那のそばにいる、千絵のために阿波へ行ってくれと銀五郎は言い、息絶えた。その頃お綱は、手紙をすったことを悔やんでいた。自分の手と自分の業に嫌気がさしたのだが、そこへ孫兵衛が入って来て、手紙が阿波絡みであることから金になると悟り、お綱を倒して去って行く。

万吉は銀五郎の墓を作ってやり、男気のあるやつだったと弦之丞に話す。よほど旦那のことを気に入ったのだろうと万吉。弦之丞は阿波行きを決めるが、万吉は、なぜ甲賀者が銀五郎を襲ったのか不思議がっていた。そして孫兵衛は天堂一角の隠れ家に行き、手紙を見せる。孫兵衛も元々は阿波の原士だった。一角はいつも頭巾を離さぬ不思議な男と皆に紹介し、阿波関係の言葉がちりばめられた手紙を読む。差出人の名を見た一角は、自分が刃を交えた男であることを知る。孫兵衛も一角も、妙なところで弦之丞と関係ができていた。

一角は孫兵衛が、金がないことを知っていた。そこで手紙は買わぬが、おぬしの剣の腕を買うと持ち掛け、一角一味は孫兵衛と組むことになる。そして万吉は病の一学に会いに行き、弦之丞が左京之介から阿波行きを命じられたことを知る。左京之介の口のうまさを危ぶみ、万吉に支えになってやってくれと頼む一学。その弦之丞は、お綱から声をかけられていた。手紙のこと、それを孫兵衛が持ち出したことを話し、千絵様はきっと弦之丞を待っていると言い、さらに銀五郎が死んだことを聞かされたお綱は、お二人が会えなければ銀五郎も成仏できないと口にする。

手紙をすったのも何かの縁とお綱は、甲賀屋敷に手蔓があると言う。賭場で旅川周馬に、百両近い金を用立ててやっていたのだが、ろくに返してもらっていなかった。夜になって周馬を誘い出すから、そのすきに屋敷に忍び込むことを進めるお綱。なぜここまでしてくれるのかと問う弦之丞に、お綱は昔、湯島で自分を庇ってくれたことを話しかけるが、すぐに、番屋に自分を突き出さなかったからだと取り繕う。その夜、多市は千絵のために早すしを買って勧める。自分を案じてくれるのは多市だけだと千絵は言い、すしを口にする。千絵はどうやら周馬を信用してはいないようだった。

お綱は周馬を呼び出し、弦之丞は隙をついて屋敷に入り込み、中へと入って行くものの、やはり罠に嵌ってしまう。甲賀衆と斬り合いになる弦之丞、そこへ弦之丞の名を聞いた千絵が出て行くが、爆薬のために屋敷は火に包まれる。そして多市も、仲間を何人殺すと弦之丞に斬りかかるが、逆に斬られてしまう。駆け寄る千絵、そして弦之丞の援護射撃をするお綱。久々に弦之丞に再会できると思ったのも束の間、千絵は周馬に連れ去られてしまう。

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今回は、弦之丞の方は銀五郎を、千絵の方は多市を失ってしまいます。キャラとしては面白い銀五郎ですが、セリフがちょっと説明的な印象もあり。しかし銀五郎を見つけた平賀源内、芸者遊びをするとは結構なお大尽であります。それにしても『風雲児たち』の源内がこの弦之丞ですから、何かややこしいといえばややこしくもあり。それから銀五郎が死んでしまい、万吉の女房のお吉が「銀の字」を連発するシーンがありますが、やはり「〇の字」という呼び方は、こういう時代背景の方がふさわしいように思われます。

ところでこの源内を演じている正名僕蔵さん、『相棒』シーズン14の「物理学者と猫」で堀井教授を演じていました。猫が生きている世界、猫が死んでしまった世界それぞれをシミュレートする、「シュレジンガーの猫」の方法で、いくつかの世界をシミュレートする構成で、謎解きの面白さというよりも、「右京、風邪を引く」的な、どちらかといえばちょっとお遊び的な雰囲気のエピソードでした。

弦之丞の手紙ですが、どちらにしても予期せぬ方向に行く運命だったようです。しかしお綱はあの手紙全部読めたのですね。しかし孫兵衛も、あの手紙を売るなどというよりは、堂々と自分の腕を使ってくれと言えばよかったようなものですが、それはちょっとためらわれたのでしょうか。この孫兵衛が頭巾を片時も離さない理由、確かこの人はいわくつきなのですが、それは話が進むにつれて明らかになると思われます。

それとこう言っては何ですが、千絵が食事に手を付けない割に、あまりやせ衰えている印象がないのですが…。最初周馬が毒でも盛っていて、それを察しているのかと思いましたが、周馬は千絵と結婚する予定だからそれは考えにくいです。

しかしこれと大河がどうにもこうにもダブってしまいます。要は

公家中心で幕府転覆計画→発覚する→幕府の取り締まりが厳しくなる

このパターンですね。しかも竹屋三位卿藤原有村を演じている篠井英介さんは、『翔ぶが如く』で橋本左内を演じていました。松平左京之介が西国大名の名を挙げるシーンで、島津、毛利と言うところに、この2つはやはり幕府の仮想敵であったと納得です。この時の徳島藩の殿様、蜂須賀重喜公も公家との交流が頻繁にあったようです。さらに反幕府勢力一味のトップが天堂一角であることを考えると、この役に渡辺大さんがキャスティングされたのもうなずけます。

(2018年5月3日加筆)


[ 2018/04/30 23:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

大河の観方についての私見 続き

昨日の続きになります。『西郷どん』に対して批判的な人は、主に『翔ぶが如く』や『篤姫』を観ていた人、あるいは原作の林真理子さん、脚本の中園ミホさんが嫌いな人が多いと思われます。『翔ぶが如く』については先日書いたように、描かれ方が異なるわけですから、むしろ違いを楽しむ方向で観ています。『篤姫』もまたしかりです。しかし『篤姫』は前半はあまり好きでなく、彼女が天璋院になってからの方が好きでした。それから原作と脚本についてですが、嫌いな人を無理に好きになれとは言いませんが、この2人だから面白くないと決めつけるのは、やはり疑問に思えるものがあります。

それからとある学者の方のブログで『西郷どん』が
「何かが足りなく、何かが余っている」
という表現をされていたこともあります。その方はこの大河が好きで観ておられるようですが、確かに足りない物、余っている物があるのは事実でしょう。そしてその足りない部分を、余っている物で埋め合わせしているようで、その辺りにどこかもどかしいという印象を受ける人もいるかもしれません。またその方は、やはりというか『翔ぶが如く』を引き合いに出しておられ、これを超えられるかとも書いておられます。

この『翔ぶが如く』を引き合いに出すというのは、いうなれば、『真田太平記』と『真田丸』を比較するのに似たものがあります。無論全く違う制作陣ですから、同じように行くわけはありません。個人的には超える超えないというより、同じ西郷吉之助を描いた、2つの異なった大河として見るべきだろうと思います。それと批判する場合に、かつての名作を引き合いに出してというのは、やり方によっては、どこか原理主義的な物を感じずにはいられません。つまり引き合いに出すに当たって、過去の作品の無謬性、聖域化が前提となっているような印象を受けるわけです。ちなみに私も、『翔ぶが如く』はいい作品であるとは思います。

それからテレビ番組関連の掲示板などでは、批判する傾向が顕著であるように思います。恐らくこれは掲示板の特徴ともいえる煽り、感情的な物言いが強く支配しているせいもあるでしょう。しかし中には冷静な意見もあるし、また比較的客観的な意見の多いサイトもあるので、一概にはいえないかとは思います。また気に入らなければ全面否定、自分が嵌ったら全面肯定であるとか、批判する時にのみ史実や当時の習慣に言及するというのにも引っかかります。全面否定も全面肯定もどこか嘘くささを感じるからで、好きだけど批判するべき点もある、あまり気に入らないけれど、肯定するべき部分もあるというのが、結構多くの人の観方なのではないかと思われます。

私としては脚本が誰だから期待できるとか、あるいは出演者が誰だから期待できるというのはあまりありません。無論自分の好きな出演者やスタッフだから、何が何でも応援するとか肯定する、あるいはその逆のことをするということもしたくありません。大河は始まってみるまでは、評価しようにも評価できないわけです。再来年の大河が発表されたこともあり、今度は期待できるという声もあるようですが、これも結局始まってみないことには何とも言えません。何よりも、その前にまだ来年がありますし、この今までとは路線が違う大河もまだ未知の世界であり、期待できるかできないかはいまだお預け状態です。

2日間にわたって、いささか愚痴めいた文章をお届けしてしまいましたが、やはりどこか引っかかるものはありますので、今後また別の形で触れることになるかもしれません。しかし『平清盛』や『卯応天の門』など先延ばしになっていますので、そろそろやろうと考えています。

飲み物-レッドビール
[ 2018/04/21 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

西郷どん第9回「江戸のヒー様」

吉之助は斉彬の随行員として江戸へ赴き、今までとは異なった経験をすることになり、しかも思いがけない人物と出会うことになります。一方で開国を急ぐ井伊直弼と対立する水戸斉昭ですが、この息子がまた意外な人物でした。

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吉之助は斉彬に随行し、安政元(1854)年3月6日に芝の薩摩藩邸に到着した。ここに詰める藩士は1000人以上で、吉之助は中御小姓定御供江戸詰という役目に就く。斉彬の側で奉公したいと思う吉之助だが、組頭の迫田友之進は、その身分では目通りさえかなわぬと言い、さらに遊郭での薩摩藩士の癖が悪いことから、普段の生活での規律はかなり厳しかった。その後吉之助にあてがわれた部屋は有村俊斎と相部屋で、大山格之助の部屋の1階上だった。

一方斉彬は江戸城で阿部正弘と会っていた。既に日米和親条約が結ばれていたが、前水戸藩主である徳川斉昭は、異国船の打ち払いを主張していたが、彦根藩主井伊直弼は、勝つ見込みがないなら開国をすべきと言い張る。しかしずるずると通商を許しては、清国の二の舞になると思い、そのためにも幕府を改革して、英邁な将軍を立てるべきと斉彬は考えていた。それには篤姫を家定と結婚させ、発言権を増すしかなかったが、篤姫には将軍の御台所としての学問や嗜みを習得する時間が必要だった。

吉之助は大山や有村から、品川宿の磯田屋に誘われる。飯盛女が給仕をするやり方に吉之助は慣れておらず、またせっかく家族や仲間が集めてくれた金を、このようなことに使いたくないと、吉之助は店を出ようとするが、その時別の飯盛女とぶつかりそうになる。その女こそ、あの迫村のふきだった。吉之助に酌をしてもらうふきに、贔屓の客である「ヒー様」が来たと声がかかり、一同みなそのヒー様の所へ押しかける。遊び人風のヒー様は絵を描いており、吉之助を見て、顔は人間、胴体は牛の奇妙な動物を描いて寄越す。

さらにヒー様は、この店ではおよしという源氏名で呼ばれているふきにこう言う。
「およし、おまえは貧乏が嫌いだろ。俺が見たところ、この男は一生貧乏で終わるぞ」
ヒー様は、吉之助が嘘のつけない目をしているため、そのように睨んだのだった。するとその部屋へ、たちのよくない客が現れて一騒動となり、ヒー様はその隙に店を出て行ってしまう。3人は門限を破ったことになり、大山と有村は何とか部屋へ戻るが、吉之助は見つかってしまい、庭掃除を毎日させられることになった。

その後吉之助は庭方役となり、そのことを手紙に書いて送る。家族たちは庭方役と知って心中複雑だったが、大久保正助は、恐らく警護役も兼ねているのだろうと付け加える。しかしその正助自身、自分は薩摩で埋もれていていいのかという焦りがあった。そして吉之助は庭掃除の最中、斉彬から直々に声をかけられ、水戸藩江戸屋敷に書状を渡すように命じられる。命にかけてと言うものの、自分は剣を使えないこと、子供の頃に右腕の腱を斬られ、その後剣を持てなくなったことを打ち明け、斉彬はこの男が、初めてあのやっせんぼの少年であったことを知る。

斉彬はいざという時はこれを使えと自分の脇差を渡す。そして吉之助は羽織を着込み、書状と手土産を携え、慣れない江戸弁の聞き取りに苦労しつつも、紀尾井坂の水戸藩の屋敷へ向かう。屋敷では、女中と鬼ごっこをしていた斉昭が突如現れ、斉彬の書状に目を通したと言って、それを引き裂いてしまう。その書状には、アメリカの脅かしに屈した幕府の悪口が書いてあり、斉昭もそれを受け止めたということだった。また斉昭は井伊直弼の台頭をよく思っていなかった。

そもそも紀尾井坂という名自体、井伊が自分の名を組み込んだものであると斉昭は怒っていた。そこへ嫡男の一橋慶喜が入って来て、水戸が外されたのは将軍家から煙たがられているからで、斉彬は水戸家と倒幕でも企んでいるのは無いかと探りを入れ、また吉之助には、父の言葉をうのみにするなと言って笑う。一方吉之助はその声に聞き覚えがあった。あの磯田屋のヒー様だったのである。あの時の牛の絵を見せるものの、慶喜は知らぬ存ぜぬで、その場を出て行ってしまった。

***********************

かつて吉之助が会った迫村のふきと、8年ぶりの再会を果たします。ヒー様という気前がよくて、しかもちょっと食わせ者的な客がついているものの、どさくさに紛れてヒー様はいなくなり、その後使いに出された水戸藩江戸屋敷で、嫡男一橋慶喜が、このヒー様と同一人物であることがわかります。今後の彼もさることながら、今はまず、不倶戴天ともいえる斉昭ー直弼の対立が楽しみです。それと屋敷内で、目隠し鬼をしている斉昭公が、パペットホームズの校長先生とダブってしまいます。確かホームズではあの隙に、アイリーン・アドラーが2人の写真を隠してしまっていました。

それにしても、斉彬があのやっせんぼ=吉之助と気づくのが、結構遅かったような気がしますが、それまでにとっかかりがなかったわけですから、これは致し方ないでしょうか。それと殿の側近の山田さん、この人結構好きになりそうです。また徳川家定が、畳の上の豆粒を拾って、それを口にほうりこみ、何も言わずに去って行ってしまうシーンがあります。この人物らしさを現すシーンですが、そういえば『翔ぶが如く』では、上杉祥三さん演じる家定が、政は何もせず、豆を煎ってばかりいる設定でしたね。

そしてBGMですが、今回の大河は演出やカメラワーク同様、結構ノリがよく、かといって浮いた印象もあまりなくて結構いいと思います。少々現代劇的ではああるかと思いますが…。

[ 2018/03/05 22:45 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

『西郷どん』面白く観ています

『西郷どん』が始まってひと月半経ちました。今までのところ、普通に面白く観られています。というか、結構素直に受け入れられています。無論中には、女性脚本だから、あるいは女性作家だからどうこうという声もあるかもしれませんが、私としては、少なくとも「普通の時代劇」としては観られますし、たとえば第6回の「ラブ」云々の展開にしても、そう抵抗感はありませんでした。今後はどうなるかわかりませんが、キャストを見る限りでは、そうおかしな方向に転ぶことはないかもしれません。無論これは願望も込めています。

恐らくかつての『翔ぶが如く』を観た人の中には、今回は如何にも女性脚本と感じられることもあるでしょう。私も前に書いてはいますが、『翔ぶが如く』に比べるとソフトかつ奔放になるかもしれないとは書いていますし、奔放ではなくてもソフトな路線なのは事実ですから、それが不満ということもあるかもしれません。しかし『翔ぶが如く』とほぼ同じ路線でリメイクして、それが面白く感じられるのかどうかについては何ともいえません。ある程度はアレンジも必要であり、しかもそのアレンジが一応許容範囲内ではあるので、現時点で特にクレームをつけようとは思いません。だからといって、何もかもほめまくろうとも思いませんが。

それとどの大河でもそうですが、リアルタイムでの放送は結構批判あり、苦情ありが多いものです。むしろそれがない方がおかしいでしょう。ある程度過去の物になってこそ、美化され、思い出としてとどまるわけですから。かの高視聴率を誇った『独眼竜政宗』(BS放送がない時代でもありましたが)だって、おかしいという意見は結構あったようです。一つの大河が最初から最後まで、パーフェクトというのはまずないといっていいでしょう。

それから以前このブログでもご紹介したことがありますが、『武将ジャパン』様のブログについて書いたことがあります。実はその後しばらく経って読むのをやめたのですが、当時の『おんな城主 直虎』のレビューに、あまりにも批判的言及がなかったのが原因です。無理してあら探しをしろとはいいませんが、ここはちょっとおかしいと思われる部分もあり、その点に言及しないのは不自然に感じられました。今年は最初から批判が多いらしいようですが、第1話だけで批判というのもどうかなと思います。始めに批判もしくは賞賛といった結論ありきな印象を受けます。

個人的に今まで、脚本がどうだから、あるいは原作がどうだから観なかったというのは、実はあまりありません。あくまでもドラマとしてどのように展開されているか、それが判断基準なので、観る前から是非を問うようなことは、あまり書きたくはありません。あとあまり先のことを考えるより、数週間後くらいを予想して進んで行く方が好きです。突き詰めれば週刊時代劇ですし、週ごとのステップを踏まないと見えてこない部分もあります。

それはそうと、『風雲児たち~蘭学革命篇~』といい、未放送ではありますが『鳴門秘帖』といい、土屋勝裕氏の現場復帰が目立ちます。『花燃ゆ』でかなり批判された方ですが、かつて屋敷陽太郎氏が『江~姫たちの戦国~』で叩かれて、その後『真田丸』で復活したような、そういう道を辿るのでしょうか。個人的にはBS時代劇の制作統括でもよさそうに思います。無論『花燃ゆ』は無理があり過ぎでしたが。

それから今回から大河ドラマ云々というタイトルはやめています。似たようなテーマが多いこと、他の時代劇の話題を持ち込みにくいというのがその理由です。

飲み物-ホットカフェオレ
[ 2018/02/19 00:45 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(2)

西郷どん新キャスト発表

『西郷どん』の新キャストが発表されています。
詳しくはこちらのリンクより。

『西郷どん』新キャスト発表!
(NHK ONLINE)

玉山鉄二さんは可能性ありかと思ってはいました-何せ、櫻井プロデューサーが『マッサン』の制作統括でしたので。しかし『篤姫』の徳川家茂役の松田翔太さんが、今度は慶喜の役というのには驚きです。今回の一橋公はいささか風変わりなイメージのようなので、あの『平清盛』の後白河帝のイメージも多分にあるのかもしれません。

かてて加えて、『真田丸』と『風雲児たち~蘭学革命篇~』の近藤芳正さんと遠藤憲一さんに、こうも早く、しかもまた大河でお目にかかれると予想外でした。個人的には龍馬もさることながら、井伊直弼の懐刀である長野主膳を誰が演じるのか、そちらも気になります。

あと川口雪蓬を演じる石橋蓮司さん、『風林火山』の庵原忠胤(武者震いさんの父上)でしたね。ちなみに『翔ぶが如く』でこの人物を演じたのが、今回調所広郷を演じた竜雷太さんでした。

しかし今後も色々様々なキャストが登場しそうです。
『鳴門秘帖』の制作同様、こちらからも目が離せません。

飲み物-ラテアート
[ 2018/02/15 00:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

おんな城主直虎まとめ3 OPその他とスタッフの思惑

まとめその3です。この大河のOPは「戦う花」をイメージしたということで、花や植物のCGが使われていました。井伊家の没落と再興を表現したと思われます。ただ女性だから花というのもステレオタイプですし、真ん中あたりの椿と矢が飛び交うシーンは、ちょっとどうかと思いました。それとOPテーマも、かなり凝った印象はありましたが、その反面、『風林火山』や『真田丸』のような力強さや素朴さはなく、すぐに覚えられるメロディーでもありませんでした。女性が主人公の大河で、テーマも含めたOPが一番工夫されていたのは、やはり『花燃ゆ』でしょう。あの点は評価できます。

それから衣装やセット関連です。直虎のおかっぱとパッチワーク打掛、出家のまま後見人となったにしては、どこかそぐわないものがありました。尼頭巾と法衣姿でよかったと思います。それと今川家のメタリック裃と胴着、今川家の家臣をわかりやすくする目的だったのでしょうが、殊更にメタリックにする必要はなかったかもしれません。これも「竜宮小僧」同様、後になるにつれて影が薄くなって行きました。それとおとわが打掛を持ち運んで出先で羽織るシーン、あれもおかしいし、井伊直盛のような国衆クラスなら、甲冑の下に鎧直垂を着ていてもよかったかと思います。

セットに関していえば、長篠の戦いが一応ロケをやっていたのに、伊賀越えがセットだったのもどうかと思います。尤もこの大河の場合、明智に追われていないわけですから、伊賀越えそのものに必然性がなかったともいえますが。それと竜宮小僧の井戸も、もう少しそれらしさを出してほしかったものです。あれでは単なる待ち合わせ場所です。それから猫と鶏が多く登場していましたが、これは『平清盛』を連想させました。あの大河の猫の多さは前代未聞でした。今回はそれより少ないにせよ、恐らくは人間よりも、猫の方がインパクトが大きかったかもしれません。

全体として戦シーンがないこともあり、最初の方をのぞけばこじんまりした、別の見方をすれば、終始狭い世界の中で展開した大河でした。井伊谷以外では、せいぜい気賀が出て来た程度でしょう。無名の女性であるため、そうならざるをえないのでしょうが、やはりこういう人物を主人公にしたことには不満があります。しかもベルばらだのスカーレット・オハラだの、殆ど、岡本Pの個人的趣味と思われる発想をベースにした制作方針だったようですが、そういうのを大河でやるべきではありませんでした。またその割にはせせこましくて、辛気くさく感じられました。

それから森下佳子さんの脚本も、キャラ設定がかなりぶれた印象がありました。やはり史料の殆どない人物はあれこれ手を入れられる分、ぶれやすいと思われます。それと森下さんのコメントで、史実から解放する云々もさることながら、オノマトペ、つまり擬声語の使用が多いなと思います。パーッと終わるとかガチャンとか。無論場合によっては、こういう表現が功を奏することもあるのですが、特に必要もないのにやたらに入れまくるというのは、文章を書く職業の人としては、何か無神経だなと思います。

ちなみに『西郷どん』のガイドブックを読んでみましたが、流石に今回は、このようなコメントはありませんでした。来年もどうなるかはわかりませんが、まず観ないことには何ともいえませんし、私は中園さん脚本の作品を殆ど観ておらず、具体的なイメージが掴みにくいせいもあります。恐らく『翔ぶが如く』よりもややソフトで、奔放な雰囲気の作品になるのではないでしょうか。ただ来年の方がベテランの俳優さんが多く、その点では今回よりももう少し締まるかと思います。というか、締まってほしいです。

しかし大河は原作付きの方がやはりいいでしょう。ここ20年ほどでオリジナルが主流になりましたが、脚本家のカラーが強く出やすいこと、また主人公によっては、ありえない創作中心になりがちなことから、原作をもう一度見直す時期に来ているのかもしれません。今『炎立つ』を観ていますが、この作品の第三部は原作の出版が間に合わず、中島丈博氏のオリジナル脚本になっています。案の定、それ以前とではやはり差がありますし、全体としては男性の物語ですが、ちょっとスイーツ的な描写もあります。

今回の『おんな城主 直虎』は、『花燃ゆ』よりもあくが強い部分もあり、その部分をどう解釈するかで評価が分かれるように思います。ただ私としては、生首だの処刑だのが如何にもアリバイ的で、このドラマの基本的な部分、つまり「おとわと男たち」の部分と馴染みにくいなと思いました。また本来は感動するべきなのでしょうが、どこかベタで、観ている方が気恥ずかしくなるようなシーンもありました。要は訴求対象が非常に限られており、そのコミュニティの中では受けたけれど、それ以外はそうでもなかった、そういう大河であったともいえます。

飲み物-キャンドルとワイングラス
[ 2017/12/27 23:30 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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