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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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昭和の大河は本当によかったのか? 続き

先日の続きになります。過去の大河はすべてよかったのかという疑問に関しては、今までもかなり投稿して来ており、先日投稿分も、いわばその焼き直しのようなところがあります。

別に昔の大河がよくない、今のがいいというわけでもなく、無論その反対でもありません。但し、昔のだから名作であるという意見がもしあるのなら、それにはやはり同意はできないと言っておきます。また映像作品というのは、その当時の社会情勢を反映していることもあります。ですから昔の作品が、今観ても面白いとは一概に言えないのです。

これは大河も同じです。ゆえに、いつ誰が観ても面白い作品というのは存在しえないし、もし面白さを感じるとすれば、構成や脚本が好きであるとか、あるいは出演者のファンであるとかといった点も影響しているでしょう。名作か駄作かの判定基準には、こういう部分もかなり関与していると思われます-ただ私としては、特定の作品をあまり名作だ、あるいは駄作だと断定したくはありませんが。

あと、これも先日のに書いていますが、同じ時代背景、同じ登場人物であったとしても、その時々のスタッフや出演者によってかなり作風が異なるものです。似たような設定であっても、同じ視点からの比較は難しいと思われる所以です。無論、双方の作品を観比べて、描写の違いを楽しむのであれば構わないと思います。こういう場合、意外にそれぞれが相互補完をしていることもあるものです。

ですから、たとえば『翔ぶが如く』と『西郷どん』なども、それぞれが補完し合うという意味で観るのであれば、別の面白さがあるかと思います。『翔ぶが如く』の場合は、江戸での新門辰五郎との出会いと交流が描かれていますが、奄美大島の描写などは『西郷どん』のほうが詳しいので、その辺りを観比べるという方法はあるでしょう。以前『花燃ゆ』が面白く感じられなかった時も、『八重の桜』を一緒に観ることで見えて来たものがあります。前者が主人公の身の回りの描写が中心となっていて、京の情勢などが今一つわかりにくかったためです。

それで思い出すのが、以前何度か投稿していた『武将ジャパン』の武者震之助さんのコラムです。この人は『八重の桜』は好きと言う一方で、『西郷どん』はかなりディスっていて、放送されていた当時、『八重の桜』とはあの部分が違う、これがおかしいと書いていましたが、そもそも主人公の設定や立ち位置からして違うのだから、完全に同じ描写になるわけがありません。コラムであるのなら、会津の立場と薩長の立場の違いを客観的に見たうえで書くべきでしたが、正直な話、このコラムにそういう期待はできなさそうです。同様に、この2つと『青天を衝け』の比較もまた難しいと思われますが、これは関連投稿にて。


飲み物ーホットワインとくるみ

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[ 2021/03/23 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

昭和の大河は本当によかったのか?

少し前にビジネスとしての昭和、及びその続きで2回投稿したことがあります。それと多少似通っているのですが、今回は昭和の大河と平成・令和の大河に関してです。昔の大河を知っている人が、何らかの形で
「今の大河は乗りが軽い」
「出演者や演技に深みがない」
「脚本が悪い」
などと言っているのを、耳にたこができるほど聞かされて来た、そういう人も多いかと思います。

これに関しては、私も「いくらかは」賛同できます。
しかし如何せん、その当時と今とではTVの立ち位置が違います。また平成の初期と後の方とでもいくらかの違いがあるでしょう。無論平成期の女性主人公の大河や、それ以外にも一部大河の描写には疑問がありますが、だからと言って今の大河をすべて否定しようとも思わず、過去の大河をすべて肯定しようとも思いません、少なくとも、DVDの総集編などで観る限り、過去の作品でもおかしな描き方もあるからです。

昔の大河と今の大河とを比較するのであれば、まずその点を考慮に入れる必要があるでしょう。でないと、これも何度も書いていますが、結局のところ過去美化バイアスになってしまいます。その当時はその当時で、恐らくクレームもあったし、面白くないとか中だるみといった声も聞かれたのではないでしょうか。実際私も昭和の大河は一部知っていますが、周囲がそう言っているのを耳にしたこともあります。

また当時と今とでは、社会情勢も異なりますし、TVに出演する所謂芸能人と、一般人との間の垣根がかなり低くなっています。そのため、TVの向こうの世界が特殊なものでなくなり、ネットでTVとは違った世界に触れ、さらには動画で自分自身をアピールすることも可能になっています。こういう映像事情の相違もまた、大河のみならず映像作品全般が、昔と今とでは違って見える一因と言えるのかも知れません。

その件に関して、これも以前書いたことですが、来年の大河『鎌倉殿の13人』と、1979年の大河『草燃える』を、時代背景や登場人物が似ていることもあり、比較したがる人もいます。しかし、この2つは全くの別物と捉えるべきでしょう。要は
『真田太平記』と『真田丸』
『翔ぶが如く』と『西郷どん』
を同一視するようなもので、そもそもの視点が違うと思われます。

昔のがよければ、DVDを観ればすむ話です。当時の作品の記憶を、何十年も後に作られている作品であるにも関わらず、時代背景が同じという理由でそのまま投影してしまうから、どこか違和感を覚えてしまうのではないでしょうか。何よりも『鎌倉殿の13人』はまだ放送されていませんし。

実際三谷幸喜氏には、『草燃える』とは全く異なった作品を期待していますし、実際そのようにするでしょう。おまけに今回は北条義時が主人公であり、義時視点での平家滅亡、鎌倉幕府創設と源氏の断絶が描かれるはずです。PR番組として「鎌倉どうでしょう」を作り、小栗旬さんと大泉洋さんが鎌倉でキャンプするという設定にしてはどうかと思います-その場合『ブラタモリ』の鎌倉編もコラボでお願いしたいです。

閑話休題。『草燃える』総集編の中で、一番面白かったのは最終章です。ここで義時無双といった流れになり、御家人たちを粛清しまくるわけで、時代が北条に引き寄せられることへの非情さを見せつけられたパートでもあります。それまでの章が原作のせいもあるのか、とかく女性視点であっただけに、この章の実質的主人公である義時の、抜け目のなさが顕著になって行きました。和田義盛を捕らえるシーンなどは特にそれを感じましたが、この義盛を演じた伊吹吾郎さん、『麒麟がくる』の太原雪斎を演じていましたね。

あとこれはまた機会があれば書きますが、ツイッターを含むSNSとか、ネット上のコミュニティなどで大河その他の娯楽作品を語るのも、実は多少しんどいものがあります。これもよほど興味があるとか、自分でも関連創作なりイラストなりを手がけているのであればまた別です。

一度ネット上で興味深いコミュニティを見つけたことがありましたが、そのコミュニティの傾向として、自分の好きな作品が否定的に見られたり、好きではないけどいい所もあった作品をも否定されがちで、それが同調現象のように見えたせいもあります。やはり私はこういう場所で、あれこれ好きなことを書いているほうが合っているのでしょう。

飲み物-エールと暖炉の火
[ 2021/03/22 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『新・平家物語』第2巻を観て感じたこと

第2巻の感想です。先日の分であらかた書いてはいますが、第1巻つまり上ノ巻にかなり尺を割いたせいで、第2巻が駆け足気味になったように見えます。せっかく栄華を極めたにも関わらず、滋子の入内、日宋貿易、そして厳島神社の社殿造営などの描写がありません(本編でどの位描かれたかはわかりませんが)。また清盛が放った禿とか、頼朝や義経の壇ノ浦後の描写があってもよかったかと思います。金売り吉次が出てこなかったのも、源平物としてはちょっと物足りないです。

脚本の平岩弓枝氏が、所謂ホームドラマ系の脚本家というのも関連しているのか、親子や男女の会話などの雰囲気はそれらしさが出ていますし、一方で後白河法皇と清盛の対立もうまく描けているとは思います。しかしやはり平家の比重が大きく、頼朝旗揚げ後の源氏軍の描写などは、少なくともこの総集編ではかなり限定的だったのが残念です。

それと、総集編とするに当たってやむを得なかったとは言え、麻鳥の登場シーンがやはり少なすぎです。原作だとこの人は伶人(雅楽の奏者)であり、その後御所の水守となって崇徳上皇の配流先へ行き、さらに医師となって、貧しい人々を助けるという設定になっていました。その医師としての生活の中で、平家の興亡や源氏の興隆を、庶民としての立場から目にする存在であり、いっそのこと、麻鳥が主人公のスピンオフでも作ってよかったかと思うほどです。その位、この物語には大事な位置を占めている人物です。

ところでこの麻鳥を演じた緒形拳さん、『峠の群像』ではもちろん大石内蔵助役です。この後も大河には何度も出演しており、特に
『太平記』足利貞氏
『毛利元就』尼子経久
『風林火山』宇佐美定満
この3つは正に好演と言っていいでしょう。
一応『新・平家物語』も終わったので、そろそろ『峠の群像』の、今度は第2巻について投稿予定です。

尚この大河で、頼朝に加勢した北条家の二男で、『鎌倉殿の13人』の主人公でもある小四郎義時を演じたのは、かの西田敏行さんです。西田さんは『おんな太閤記』の秀吉役で有名になりましたが、その4年前に、『花神』の山県狂介(有朋)も演じています。司馬作品には
国盗り物語(弥八)
花神(山県狂介)
翔ぶが如く(西郷吉之助→隆盛)
功名が辻(徳川家康)
と、『竜馬がゆく』以外はすべて出演しています。また私としては、『西郷どん』の菊次郎の印象もかなり強いです。

飲み物-コーヒーと砂糖とミルク
[ 2020/10/22 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-36

先日も投稿した、『草燃える』をはじめとする源平大河ですが、これも
壇ノ浦まで
奥州藤原氏滅亡まで
承久の乱まで
に分かれます。戦国大河になぞらえると
秀吉薨去まで
関ヶ原まで
大坂の陣まで
となるでしょうか。
今のところ承久の乱まで描かれているのは、『草燃える』のみです。過去の源平物に於いては、平清盛や源義経を主人公とした作品が複数作られており、なかなか鎌倉時代まで行かなかったせいもあるのでしょう。

ところで、1980年代半ばに近現代三部作が作られたのは、これまでも何度か書いています。実際その直前の大河である『徳川家康』では、これが最後の時代劇大河などと言われたそうですが、しかしどう考えても、近現代物は従来の時代劇大河に比べると、創作を入れ難いという制約があり、主人公になる人物もやはり限りがあります。この当時のNHKがどのように考えていたかは不明ですが、せめて近現代を何年かやり、また時代劇に戻すという方法がこの場合現実的でしょう。結局近現代物はうまく行かず、『独眼竜政宗』でまた時代劇が復活することになりました。またこの80年代の10年間は、近現代物が続いたという点を除いても、源平物がなく幕末物が少ない、その意味でかなり異色の10年間でした。

源平物に関して言えば、1979年の『草燃える』の後は、1993年の『炎立つ』までこの時代が舞台の作品はありません。また幕末物は、架空の人物を主人公にした『獅子の時代』のみで、その後の『翔ぶが如く』は1990年の大河でした。それ以外は戦国物5作品と、赤穂義士物1作品になっています。通常1990年代までであれば、戦国メインは変わりませんが、それに幕末(実在の人物が主人公)に赤穂義士物、源平物という構成になっていたはずです。2000年代に入ると、この間も書いたように赤穂義士物がなくなります。これを補填するために、近現代物を制作しようというふしがなきにしもあらずですが、どうも近現代物は大河の本来の姿とは違うと思うし、また新しいことをやるのはいいのですが、如何せんそれがあらぬ方向に向かっているように見えます。受信料でやる以上、何か新しいことを計画しているのであれば、視聴者にそれなりの説明をするべきでしょう。でないと、ただの自己満足です。

飲み物-レッドビール
[ 2020/09/09 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第1弾キャスト発表

来年の大河『青天を衝け』のキャスト第1弾が発表です。

2021年大河ドラマ「青天を衝け」
出演者発表!<第1弾>
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=24349
(NHK ONLINE)

コロナ禍のせいとはいえもう7月で、そろそろ今年の暮れから来年にかけての話題が出始める頃です。「やっと」発表と言った感もあります。

正直言って、そこまで豪華キャストといった感じではありませんが、大河でよく見かける中堅からベテランの俳優さんが多いイメージです。しかし南渓和尚と池禅尼が夫婦ですか。それと草彅さんが徳川慶喜とはなあ…『ブラタモリ』枠でしょうか。それを言うなら田辺誠一さんは、『ウルトラ重機』枠ということになるのかもしれませんが。さらに『秀吉』が烈公こと水戸斉昭、井伊直弼は誰になるのでしょう。木村佳乃さんは三谷さんのに出てほしかったと思います。阿野全成の妻(北条政子の妹)役か何かで。

しかし、このキャストだけで見る限り、幕末や近現代を舞台にした作品の出演者が多いようです。それぞれの、同時代を舞台にした過去の作品を見てみると
(敬称略)

高良健吾(花燃ゆ)
満島真之介(いだてん)
橋本愛(西郷どん、いだてん)
平泉成(春の波涛、いだてん)
渡辺いっけい(翔ぶが如く、龍馬伝)
津田寛治(花燃ゆ、西郷どん)
草彅剛(新選組!)
堤真一(翔ぶが如く)
平田満(翔ぶが如く、西郷どん)
玉木宏(篤姫)

しかし橋本愛さん、すっかり大河女優になりましたね。

あと音楽が佐藤直紀さんですが、この方は大河だとやはり『龍馬伝』ですね。しかしジョン・グラム氏には失礼ですが、やはり大河のOPテーマは、日本人作曲家の方が私は好きです。

ところで今年は「男性版直虎」みたいだと書いたことがありますが、来年は「男性版花燃ゆ」のイメージがやはりつきまとってしまいます。この予想は果たして裏切られるのでしょうか。と言いつつ、私は既に再来年の、北条義時関連本を読み始めています。

尚制作サイドのコメントについては、また改めて書く予定です。

飲み物-チューリップグラスのビール
[ 2020/07/12 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

葵徳川三代徒然-20

徳川家康は秀忠に征夷大将軍職を譲ろうと決めます。しかし征夷大将軍とはあくまでも臨時の職であり、それを世襲するとは何事であるか、豊臣家を無視していると淀殿は不満をぶちまけます。さらにこの件に関して、関白職の就任資格がある五摂家を、大枚はたいて抱き込もうとしますが、そこは家康も手を回していました。さらにこれと前後して、秀忠とお江に待望の嫡男が誕生します。この子は竹千代と名付けられ、秀忠夫妻は乳母を決めていましたが、家康自らが竹千代の教育方針を定めることとなり、手元におかず自分が決めた乳母、福(春日局)に委ねることになります。また福の三男をはじめ、5人の少年たちが小姓となります。この福は明智光秀の家臣斎藤利三の娘で、才知に優れているのみならず、強かな女性でもあり、乳母となるに当たって夫稲葉正成と離縁していました。

さらに豊臣家に取っては都合の悪いことに、関白の九条兼孝が慶長9(1604)年に解任され、頭を丸めてしまいます。また秀忠の将軍就任に当たり、家康は高台院に、秀頼に臨席するべく話をつけてほしいと言いますが、淀殿はあっさり拒否します。一大名ではなく、秀忠はあくまでも豊臣家の家臣というのがその理由でした。こうする間にも、秀忠の次期将軍としての準備は着々と進んでいました。
そんな折、本多忠勝は病を得て第一線を退くことになります。そして慶長10(1605)年4月、秀忠は第二代征夷大将軍となるのですが、金地院崇伝は徳川家の人物らしく、家忠に改名してはどうかと申し出ます。しかし天海僧正は、貴人(この場合は秀吉)から拝領した名を、そう簡単に変えるものではないと言い、結局秀忠で通すことになります。

これに関して、加藤清正と福島正則が乗り込んで来ます。この両名は、征夷大将軍とは朝廷に抗う存在を征伐する存在のことだと主張し、何を仮想敵としているのか、豊臣家かと詰め寄ります。しかし家康は、この場合は南蛮人などの外国人(とつくにびと)であると答えます。さらに一部始終が終わった後、家康は秀忠に差しで自分の苦労を話して聞かせ、
「非常にあらざれば天下は取れず」
「心の中に一匹の鬼を飼え」
と言い、天下を守ることの難しさを説きます。さらに家康は、いざとなれば妻子も捨てる覚悟で臨めと秀忠に言いますが、それを聞いた秀忠は心が揺れるのを感じていました。

相変わらず徳川家を家臣と思っている、というか無理にでもそう思いたい淀殿の、意識のずれが窺えます。一方で彼女の妹のお江は、嫡男を産んだものの、将軍家の世継ということもあり、舅である家康がすべてを決めてしまうのに戸惑いを見せます。お江にしてみれば、福は自分と子供の間に割り込むが如き存在に見えたでしょう。これは、それ以前の大河で岩下志麻さんが演じた役に共通しています。『草燃える』では比企家が、『独眼竜政宗』では片倉家(特に喜多)が似たような存在でした。そしてその淀殿をあざ笑うが如く、家康は朝廷に手を回し、完姫の舅でもある九条兼孝を解任させてしまいます。尚この兼孝の後継者が、薩摩と縁の深い近衛信尹で、この人物から数えて九代目が、幕末に関白職にあった近衛忠煕です。

しかし千姫の父であるにもかかわらず、淀殿は秀頼を将軍後継祝賀の席に列席させようとはしませんでした。さらに加藤、福島の両名が乗り込み、秀忠の征夷大将軍就任に対して異議申し立てに等しい行動を取ってしまいます。この2人がのちのち分が悪くなる一因となったともいえそうです。それから福、後の春日局役が樹木希林さんです。『翔ぶが如く』の幾島をちょっと思わせます。前にも書きましたが、この大河はベテランの女優さんが多いせいか、女性ばかりのシーンもそれなりに重みが感じられます。しかし今までは恐妻家的存在であり、情にほだされるような印象が強かった秀忠は、今後変わることができるのでしょうか。

飲み物-パブのカクテル
[ 2019/08/18 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『山河燃ゆ』感想-1

『山河燃ゆ』のDVD第1巻を観たので、それについてざっとした感想を2回に分けて投稿します。この大河は太平洋戦争後の東京裁判から始まり、それから戦争前のアメリカと日本に舞台が飛ぶわけで、その意味でかなり重めの展開といえます。しかも東京裁判のシーンが結構長い。主人公がこの裁判の通訳を務めているせいもありますが、最初からこのシーンがかなり長く続きます。放送当時はこの東京裁判を知っている人も多かったと思いますが、今だと途中で投げ出したくなる人もいるのではないかと思われます。近現代物にいえることですが、大河というよりドキュメンタリー的です。

主人公の天羽賢治は、モデルはいるものの基本的にオリキャラで、それと実在の人物が絡み合ってドラマが展開して行きます。尚以前これについて少し触れた時、このDVDで観たと思うのですが、主人公とその弟が父の出身地鹿児島を訪れ、弓と矢を貰うと書いていました。しかし刀の間違いでした、失礼いたしました。尚鹿児島ということでもちろん薩摩弁、日新公いろは歌や薬丸自顕流が出てくるのは、昨年の『西郷どん』を思わせました。あと破摩投げといって、チーム別のフィールドホッケー的な競技をするシーンもありました。これに関しては鹿児島市観光サイトにありますので、お手数ですがコピぺしてご覧ください。
http://www.kagoshima-yokanavi.jp/data?page-id=2039

それにしても弟の忠役の西田敏行さん、オリキャラとはいえ、『西郷どん』は言うに及ばず、『翔ぶが如く』より前から薩摩絡みの役を演じていたのですね。

その他気づいた点としては

  • セット撮影なので仕方ないが、雪の湯河原のシーンなどは今一つの感がある
  • 一方で鹿児島のシーンはロケなので雰囲気がいい
  • 忠が横浜港を撮影していた件で、迎えに来ていた賢治が呼び出されて尋問されるが、ここのシーンにやや尺を取り過ぎな感がある
  • 昭和11年のシーンに昭和21年が時折入るが、『いだてん』の明治と昭和の行き来ほどには違和感はない
  • 同じく、同時代の日本とアメリカがスライドするのはそう抵抗はない
  • 賢治と同じ外国映画鑑賞会のメンバーに楠田武という学生がいるが、演じているのは渡辺謙さんである
  • アメリカのシーンでの西洋館風なセットは、『翔ぶが如く』でも使われたかと思われる
  • 井本梛子を演じるのは島田陽子さんだが、髪の毛がぱさついた感じなのが気になる

他にもまだまだありますが、書き出すと切りがないのでこの位にしておきます。
それから大原麗子さんが演じている三島典子が、二・二六事件の煽りを受けて旅館から逃げ出し、賢治に助けられるシーンがあります。実際には、当時湯河原の伊藤屋に滞在していた牧野伸顕(大久保利通の二男)がやはり遭難しています。なお牧野伸顕の夫人は三島通庸の二女峰子なので、三島という姓はそれから取られたものでしょうか。

飲み物-ホットウイスキー 
[ 2019/03/18 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

西郷どん第47回感想続き-時代の変化と大河、そして後に残った人々

まずはこちらの2つの記事についてです。

最終回「西郷どん」暗殺された大久保のとこに「忘れもんをした」と死んだ西郷が戻って来たのかと思った 
(exciteニュース)

NHK放送総局長 終了の「西郷どん」に「素晴らしいドラマを作ってくれた」
(スポニチ)

最初のexciteニュース。このライター氏には、実はあまり共感したことはなかったのですが、『西郷どん』の一部の記事は同意できました。近代物を描くには、それでなくても考証などが難しいのに、記事中にあるようなポリティカル・コレクトネス、所謂ポリコレもあって、主人公の思想を強く出すのが難しくなっているのは確かでしょう。文中にあるような「その(ポリコレの)波に飲まれた悲劇の大河ドラマ」という印象はありませんでしたが、以前の幕末大河に比べると制作面での制約も多かったかと思われます。特にNHKはかなり自主規制しているようにも見えますし、それが女性主人公の幕末大河が制作された一因でもあるでしょう。

そういう中で西郷隆盛を描くとすれば、最初から大いなる思想を持ったリーダー的存在というよりも、自らも下級武士出身であり、庶民の味方としての主人公が、時代の変化に伴ってリーダー的存在に押し上げられて行く、その成長過程という形を取らざるを得なかったのかもしれません。記事中のこの部分に、それが表れているかと思います。
戦国ものならまだしも、幕末ものはまだ記憶が生々しい。戦ったあちらとこちらのどちらの視点で描くか、悩ましい。結果、西郷隆盛は、清濁併せ呑む、聖人のように、といって天の人ではなく、あくまで地に足をつけ、庶民のために行動した人として描かれた。鈴木亮平は、このスーパーヒーローではない西郷隆盛を立派に演じきった
この記事の最後に、来年の大河についても触れられています。来年は明治後期からのドラマであり、より今の時代に近づいているため、スポーツプロパーで、史実ベースのフィクションとして描かないと、さらに描きくいというのもあるでしょう。近代物だと、様々な面で現代につながる描写、それも史実ベースでと期待する声もあるかもしれません。しかし、それは結構難しいと思います。左右どちらからもクレームが来る可能性が高そうです。

そしてその次の、木田総局長によるコメントです。NHK関係者としてのコメントですが、私としては特にこれに対して異存はありません。とりわけ
時代が変われば、大河ドラマで一度取り上げたことある素材でも全然違う
にはかなり同意できます。前出の制作面での制約や、ヴィンテージ物の大河を、今そのままでは作れない点にも関連しています。木田氏のコメントにある視点の新しさ、あるいは視点を変えなければならない部分というのはどうしても出て来るでしょう。以前同じような薩摩大河でも、『翔ぶが如く』とこの『西郷どん』は別物だし、描かれ方も違うから比較は難しいといったことを書いたことがあります。

主人公が共通する以上、似たようなシーンも登場しますし、それがしばしば比較対象になることはあります。ただコンセプトは全然違うわけですから、どちらがいい悪いとはなりにくいでしょう。無論『翔ぶが如く』そのものも面白いのは事実ですが。あと主人公が男性か女性かでも描かれ方は違いますが、これについてはまた改めて。なお視聴率ですが、東京13.8パーセント、大阪15.8パーセント、鹿児島では30パーセント超えで、北部九州では18パーセント(373news.comより)となっていました。この数字で見る限り、やはり西へ行くほど視聴率が上がっています。『軍師官兵衛』も、北部九州で25パーセント近くあったようですから、地元、準地元の数字はやはり高いと見るべきでしょう。

第47回では、単に西南戦争だけではなく、後に残された人々の表情も色々登場しました。西郷家の人々は言うまでもありませんが、最後まで登場した国父様こと島津久光、亡兄斉彬の写真のそばで、碁石を片付け始めたのは、この戦いの正に「終局」を予感したからでしょうか。そしてヒー様こと徳川慶喜、なぜ俺みたいに逃げなかったと言うものの、隆盛は敢えて逃げなかったといえます。その慶喜を一喝した勝海舟は龍馬とよろしくやってくれと言いますが、龍馬もさることながら、彼のパートナーといえば、やはり大久保利通ではあるでしょう。それと全体的に鰻が多く出て来る大河でしたが、当時はやはり獣肉よりも、簡単に手に入る蛋白源ではあったと思われます。だから寺田屋事件の前に、鰻を取って食べたというのは、可能性としてはあったかもしれません。

なお『西郷どん』の総集編の放送ですが、

12月30日(総合テレビ)
〈第一章〉薩摩 午後1:05~2:05
〈第二章〉再生 午後2:05~2:55
〈第三章〉革命 午後3:05~4:25
〈第四章〉天命 午後4:25~5:35

1月2日(BSプレミアム)
午前8時から4本続けて放送

このようになっています。
(公式サイトより)

飲み物-コーヒーとキャンドル
[ 2018/12/26 00:45 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん第40回感想続きその他

さて、昨日アップしようと思って出来なかった『西郷どん』第40回感想の続きです。この中で大久保利通の妻満寿が、東京行きを勧められるものの、他に夫の世話をする人がいるという理由で、渋るシーンがあります。恐らく龍馬とお龍が薩摩に来た時、京に駐在している人にはいわば「現地妻」がいると話したせいもあり、愛人というか妾の存在に気づいていたと思われます。実際東京の屋敷にはおゆうがいて、2人の間に子供もいますが、先日のスペシャルを観た限りでは、この2人は相まみえるようです。

これで思い出すのが『花燃ゆ』です。この時は久坂玄瑞と結婚して、まだ子供が生まれない文が、夫と別の女性(辰路)との関係を知って、単身彼女に会いに行きます。文自身まだ若いこともあるにせよ、これはいささかやり過ぎではと思いました。この当時の武家で、奥さんの方から出張って行くということは、ありえないのではないでしょうか。仮に愛人の存在に気づいていたにせよ、正妻なのですから堂々と構えていていいでしょう。しかもその文、義兄に当たる小田村伊之助と2人で下関に行くシーンもあり、この辺も如何なものかと思ったことはあります。

女性絡みでもう一つ。第39回で糸が菊次郎を引き取りに来て、愛加那と挨拶を交わすシーンがあります。この時愛加那が、好いた人の命を守るのは当たり前だと言い、糸もそれにうなずきます。この好いた人の命とは、吉之助=隆盛の血を引く子を意味すると思われます。その当時の菊次郎は、この2人の母の気持ちをまだ理解できなかったとありますが、これが伏線のように感じられます。その後成長した菊次郎が、この時の2人の思いを察知する日が来るのかもしれません。しかし登場人物やストーリー展開にもよりますが、女性主人公の大河には、なぜかあまりこういうシーンが出て来ませんね。

それと以前、この大河と『翔ぶが如く』をやたらに比較する人のブログを見たことがあります。その人にしてみれば、あの作品のように描かれていないのは不満なのでしょう。しかし制作意図も製作スタッフも、無論出演者も異なるわけですから、それは当然だと思いますし、特に私はあの作品とこの大河の違いを楽しんでいるわけです。これは『真田太平記』と『真田丸』の比較も似たようなものです-但し真田太平記は忍びの生活が描かれ、樋口角兵衛というキャラもいて、その辺『真田丸』とは違った面白さがありました。
むしろこの2つの薩摩大河は、互いに補完関係にあるようにも思います。昨年末のどなたかのツイートに、他の幕末大河と比較されたり、原作者、脚本家であれこれ言われたりとなりそうだから、要注意といった旨のを見たことがありますが、同じ幕末大河、薩摩大河でもそれぞれ異なりますから、単純に比較はできないでしょう。

まあ私も『花燃ゆ』『おんな城主 直虎』共々、途中から面白いと感じなくなったことは事実です。しかしそれでも、まだ歴史上の出来事が出て来るかもしれないと思いつつ、結局完走(直虎は途中から録画視聴)はしたわけです。実際全く出て来なかったわけではありませんでしたが、どこか物足りなくはありました。
これに関してはそれぞれの関連投稿で書いています。特に昨年の今頃は、あまりやる気のない文章になっているかと思います(苦笑)。女性主人公の場合、男性主人公の大河に比べると、主人公が歴史に直接関わることが少ないためやはり見劣りはします。これらの大河を頭から否定はしませんが、制作に受信料を投入しているわけですし、何とももったいない話ではあります。

それから後になりましたが、もう一つクランクアップ関連で。
日刊スポーツの記事ということで、朝日新聞サイトにも多分同じ記事が掲載されています。この最後の方で鈴木亮平さんが、『麒麟がくる』に出演したい云々といったコメントがあります。
「(前略)20年『麒麟がくる』の次ぐらいで。もしくは『麒麟がくる』で織田信長役を。冗談ですが、また成長して違う年齢、経験を重ねた自分で大河ドラマに戻って来たい」
最近は隔年や2年おきくらいで再び出演というケースもありますので、再来年は今年のキャストが一部出演する確率も高いかと思います。織田信長を従来とは異なったイメージで描くのなら、それもありかもしれません。個人的にその翌年は『太平記』(新元号版)を期待しているので、それで高師直か楠木正成の役などをやってほしくもありますが。
あと瑛太さんには『麒麟がくる』で竹中半兵衛の役をやってほしいと思っていますが、これはNHKに直訴してみますか。先日とその2回前とで、直垂がかなり似合っていましたので、戦国物でも見栄えがするのではないでしょうか。

飲み物-ドリップコーヒー
[ 2018/10/31 18:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

『篤姫』の功罪と『江』との共通点

先日『篤姫』とその中での第一次長州征伐、そして薩長同盟(盟約)について投稿しています。今回はこの大河の最初の方の、篤姫こと於一の幼少期から少女期についてです。この於一と肝付尚五郎、後の小松帯刀とがそれぞれ初恋相手のように描かれているこの作品ですが、それはともかく、彼女が子供ながらに色々なこと、特に百姓に興味を惹かれたりしているような描写は、『西郷どん』の最初の方にちょっと似ています。無論西郷吉之助はそういう役についていたから、フィクションを入れても一応はうなずけますが、子供の頃の篤姫がそこまで考えていたのでしょうか。

その於一は結構おてんばでもあり、後に兄忠敬や小松帯刀と共に、小松清猷(帯刀の養父)の講義を受けています。その時は男装していますが、すぐにばれてしまいます。ある程度成長してからの男装は『翔ぶが如く』の岩山糸も同じですが、それはさておき。とかく大河の女性主人公の設定は
子供の頃におてんばである
というのが、第一条件として挙げられます。過去五作のうち四作は、多かれ少なかれそう設定されています。要は女性を主人公にする以上、溌溂として男勝り、時に型破りでなければならないというのが暗黙の諒解としてあるのかもしれません。しかしちょっとステレオタイプではないかと思います。意外なことに、如何にも女性大河的な『花燃ゆ』の文は他とは異なり、元々は本好きな少女という設定でした。個人的に、OPも女性主人公作品の中でこれが一番好きでした。

この作品は後の隔年女性大河の先駆けになったともいえます。一応篤姫という著名な女性が主人公で、大奥の内部事情的なものは描かれていたと思います。また、天璋院となってからは割と好きな部分もありましたが、最初の方は何やら学園ドラマ的な乗りがありました。この作品のヒットに気をよくしたのか、NHKが、その後隔年で女性主人公を持って来ましたが、それはやはり同意しかねました。女性主人公を持って来るというのは、恐らくは、朝ドラの視聴層を大河にも向けるという狙いもあったのでしょう。そのため、乗りが朝ドラ的になったとも考えられます。

無論この作品も、やはり女性大河だなと思われる描写は所々に窺えました。先日の薩長同盟の描かれ方もその一つでしょう。またこの『篤姫』の脚本が田渕久美子さん、プロデューサーが屋敷陽太郎さんだったのですが、『江~姫たちの戦国~』も同じ顔触れになっています。(ただし屋敷さんは『江』では制作統括)。そのせいか、『篤姫』にもいくらか『江』と似たところがあります。於一が大久保家に行くなどというのもその一例でしょう。そしてこういった描写が、作品によって異なるとはいえ、その後の女性大河に踏襲されたふしもあります。屋敷さんは『新選組!』と『真田丸』の制作にも関与しています。この2つの脚本はもちろん三谷幸喜氏ですが、所謂三谷大河的なカラーは、この方の影響もあるのではないかと思います。

話が戻りますが、この『篤姫』は幕末の大奥を描くためのものと割り切り、その後で別な形の女性主人公を模索していたら、『江』以降はまた違ったかと思われますー無論これは私の推測で、あるいはスタッフの方で模索されたのかもしれませんが。その意味では、『篤姫』の描かれ方の反省がなされていたのかと考えずにはいられないのです。それとやはり隔年である必要はありませんでした。仮に朝ドラ視聴層を取り込む狙いがあったとしても、そこまで頻繁にやるべきではなかったでしょう。

それとこの次になりますが、史実と創作のバランスについて投稿できればと思っています。

飲み物-お洒落なランプとウイスキーグラス
[ 2018/09/08 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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