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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その1

久々に『武将ジャパン』の大河コラムを見てみたのですが、これが何と言うか、正直言ってこれまでのコラムよりも中身がないと言うか、単に悪口を言いたいがためだけのように見えてしまいます。まず1ページ目から。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)

どこの部分も突っ込みたくなるのですが、この「あらすじ」から行きますか。

織田軍に包囲されてしまい、絶体絶命の松平元康。
でも、負けはしない!
元康は、寅の歳、寅の日、寅の刻に生まれた運命の子である。
そんな元康を白兎と呼んでいた織田信長は兵を引く――古沢脚本の妙が光る展開ですね。巧みな構成は前作を思わせると評価されるのであろうか?
元康は大高城を飛び出し、最愛の瀬名たちを残した駿府に帰ろうとする。
しかし、家臣団は一致しない。
彼らは故郷の三河に戻りたい。
仕方なく駿府へ向かう元康の前に立ち塞がるのが松平昌久。重臣の鳥居忠吉らは重傷を負ってしまった。
ようやく岡崎の大樹寺に逃げ込み、悟りを開く元康であった。

まず「あらすじ」とある割には、元康の信長の回想、信長への恐怖心、大樹寺の登譽上人や榊原小平太、本多忠勝の行動などが一切出て来ません。と言うか大樹寺関連記述があっさりしすぎでしょう。無論最後に岡崎城に入るシーン関連の記述もなし。
そしてこの後に、「あらすじ:ドラマ通構文バージョン」なるものがあり、何でも武者さん曰く
「なんとなくオシャレで賢そうに見える構文のこと」
らしいのですが、単に普段武者さんが軽蔑している「こたつ記事」の文体を、何となくなぞっただけのように見えてしまうのですが。
そして

褒め記事をご覧になりたい方は上欄の記事をクリックしていただき、厳しい見方にご賛同いただけそうな方のみ、先へお進みください。

なのだそうで、実際この上にリンクが沢山貼られているのですが、ここで気になるのは「厳しい見方」という表現です。今まで武者さんが嫌いな大河(何度も言いますが、好き嫌いで評価すること自体おかしい)での「厳しい」とは、悪口または難癖、自分が好きな作品との(強引な)比較と言っていい部分があまりにも多いので、今回も、そのつもりで見て行こうと思ってはいます。

前年の大河『鎌倉殿の13人』はメンタルケアを重視していて、撮影現場では、役者さんやスタッフに対して、リスペクトトレーニングが取り入れられておりました。
今年は大丈夫でしょうか?
役者さんの顔色が沈んで見えるんですよね……気のせいだったらよいのですが、現場の雰囲気が乱れている危険性を感じます。

早速(強引な)比較が出て来た、と言っていいでしょう。
ではメンタルケアやリスペクトトレーニングについて言及している記事を貼っていただけないでしょうか。また、今回のどのシーンが、役者さんの顔色が沈んで見えるのでしょうか。例によって、詳しい指摘は一切なしですね。

まだ第2回放送だっていうのに、追い詰められている予兆が出ています。
ペース配分と構成がおかしい。序盤から回想シーンを入れすぎています。
初回はいきなり桶狭間敗戦までを高速で描き、2回目で遡って描かれていますが、果たして効果的でしょうか?
戦国時代に詳しくない方がご覧になられたら、場面が飛びまくって、内容を捉えきれてないようにも思えます。

「追いつめられている予兆」と言う表現も何だか無理やりな感じです。そしてペース配分ですが、初回はまず桶狭間が出て来て、その後駿河での生活、瀬名との結婚、そして大高城への兵糧入れを命じられ、そして再び桶狭間となっています。そして2回目ではまず竹千代誕生、そして信長の許へ連れて行かれるシーンが桶狭間に挟まれる形で登場し、この人物と寅との関係、どのような幼少時代を過ごしたか、彼に取って信長とはどのような人物が描かれています。

2回目の方が回想は多いですが、竹千代の外見からして、これは子供時代だとわかる仕組みになっていますし、また信長も桶狭間の時よりも若いため、間違える可能性は低いのではないでしょうか。元康自身の過去の情報がかなり盛り込まれていますが、別に内容を捉えきれていないとは思いません。

子役を敢えて使わないのは『真田丸』や『麒麟がくる』、『鎌倉殿の13人』でもそうでした。
しかし、毎回それが正解ではなく、本作は不自然さに繋がっていませんか?

第2回で尾張に連れて行かれた竹千代は、子役が演じていますが?
そしてそれを言うなら、昨年の『鎌倉殿の13人』で、義時が魚を手づかみで食べるシーン、ああいうのは幼さを出すために、小栗旬さんでなく子役を使った方が自然だったと思います。まあ三谷さんは使いたくないのかも知れませんが。
ちなみに武者さん、このシーンを、当時の坂東は箸を使わず野蛮だといった書き方をしていましたが、単に少年の義時が、魚をせせるのが手に余っただけでしょう。後は、普通に箸を使っていましたから。

そして

『鎌倉殿の13人』も、第一回の実衣や三浦義村は年齢的にはかなり無理がありましたが、さほど注目はされていません。それを気にさせないほどシナリオに引き込む力がありました。のみならず、平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりないことも比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう。

義村は初回ではまだほんの少年ですからね。山本耕史さんの出番は本当はもっと後でもよかったかも知れません。また、
「シナリオに引き込む力がありました」
と言うより、そういうキャラ設定だからでしょう。当て書きで有名な三谷さんですし。
あと
「のみならず、平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりないことも比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう」
とは
「平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりなく、他作品と比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう」
とでも書きたいのでしょうか。しかし一部のキャストは『義経』や『平清盛』にも登場します。ただ坂東武者の一部は、『草燃える』まで遡らないと比較できないと言えそうです。それと「比較されにくかったことが影響している」のは登場人物の年齢設定ですか?ならばそれもちゃんと書いてほしいものです。例えば

『鎌倉殿の13人』も、第一回の実衣や三浦義村は年齢設定でいくらか無理がありましたが、さほど悪目立ちはしていません。それを気にさせないほどシナリオがよかったと思います。また過去に於いて、平安末期から鎌倉時代を舞台にした作品があまりなく、一部の登場人物の年齢設定が、他作品と容易に比較されにくいことも当然影響したでしょう。

このようになるのでしょうか。

元康と瀬名のおままごとシーンをごく自然に受け容れられた方は少なかったのでは?

私自身はそこまで不自然には感じなかったし(少々はしゃぎすぎかなという気はしました)、こういう形で、ローティーンの2人の演出をしたがっているのだなとは思いましたが…。それとあの時は、まだ元康でなく元信(次郎三郎)ですね。


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[ 2023/01/18 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 76その3

『武将ジャパン』大河ドラマコラム、退場者関連記述への疑問点その3です。

鎌倉殿の13人「全退場者」まとめました~残酷な粛清や謀殺ほぼ毎回 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/10/09/171294


第19回「果たせぬ凱旋」
死亡者:源行家
死因:逃走、捕縛、斬首
義円や義経を死に追いやった死神。ここで死んでも誰もロスにならない、惜しまれぬ人物でした。
いい味は出してましたね。

惜しまれぬ人物であったかも知れませんが、この人がいたおかげで、あの時期に令旨が鎌倉に持ち込まれたことにはなります。

第20回「帰ってきた義経」
死亡者:藤原頼衡
死因:善児による殺害
ハッキリとした死因・死亡状況が史料になければ、善児が殺して問題ナシ――そんなシステムが活きましたね。

この頼衡は実在そのものが疑われてもいますね。無論「善児が殺して問題ナシ」はこの大河のみですし、自害したはずの伊東祐親も彼に殺されていますね。

死亡者:義経と静御前の間に生まれた男児
死因:殺害
源義経の子を身ごもった静御前。
生まれて来る子が女児ならば助命、男児ならば殺害とされていました。
結果は果たして男児。由比ヶ浜で殺されたそうです。
我が子を連れ去られ泣き叫ぶ静御前で、このあまりにも惨い死を表現しました。

先日分の投稿でも書いていますが、登場人物の子であると言うだけで、その存在すらはっきりと描かれていない人物も退場者にカウントされるのでしょうか(千鶴丸は例外)。個人的に退場者と言うのは、何回か出場した後で死ぬなり、居場所を失って去るなりした人物であると思うのですが。

死亡者:里(郷御前)、義経と里の娘
死因:義経による殺害
義経の妻はおとなしく夫に従って殺害される描き方が多いのですが、本作では夫を挑発し、刺し殺される描き方でした。
義経は感情のコントロールがままならないのでしょう。

この時のあらすじと感想で書いてはいますが、感情のコントロール云々もさることながら、京で刺客を呼び込んだのが彼女であると気づいたせいもあるでしょう。

死亡者:義経、弁慶
死因:敗死
義経の死というと、大河ドラマ『義経』で御堂が爆発した珍場面が、昭和の歴史ファンには御馴染みですね。
弁慶の立ち往生はあまりにも有名。
しかし本作ではこの主従の死を直接的には描きません。
最期まで楽しそうに笑いながら戦っている姿が、義経目線で描かれました。
意図的に湿っぽくしない、そんな三谷さんたちの思いゆえにこうなったそうです。

義経と弁慶は一緒にするべきかなとは思いますが…。尚義経自身の終焉を見せなかった大河としては『炎立つ』があります。これは義経生存説(どこかへ落ち延びた説)を裏付けるかのような描き方でしたが、武者さんは観ているでしょうか。
それと『義経』のシーンが昭和の歴史ファンにはお馴染みなどとありますが、『義経』は平成17(2005)年の大河ドラマです。

第21回「仏の眼差し」
死亡者:奥州藤原一族
死因:一族滅亡
義経を討ち取ったついでに、難癖をつけるようにして【奥州合戦】へ。
この合戦を契機に鎌倉と朝廷のパワーバランスが変わります。
一族を滅ぼしつつ、これからの武士について考える頼朝の姿にえげつなさがありましたね。

元々頼朝はこの奥州藤原氏を滅ぼしたかったと思いますし、この場合は全国の武士を動員できるだけの力を持ったと言うべきでしょうか。それでも大河兼任の乱のように、鎌倉への抵抗もまだあったようです。尚この当時は、後白河法皇はまだ存命です。
ところで
「一族を滅ぼしつつ、これからの武士について考える頼朝の姿にえげつなさがありましたね」
一族とは藤原氏のことでしょうか。えげつないも何も、自分達が東国政権を作るのだから当然でしょう。

死亡者:河田次郎
死因:斬首刑
いいか、これからは主人を差し出す武士は殺すぞ!
そんなデモンストレーションのために斬首に。

所謂「八虐」に値すると頼朝は見たようですし、今後の鎌倉幕府に於いて、謀反を企んだ人物がどのようになるのかの見せしめとも言えます。義時も、この時の頼朝の行為に影響されるものがあったかと思えます。

死亡者:八重
死因:溺死
川に取り残された鶴丸を救おうとし、八重は流されてしまいます。
我が子・千鶴丸と名前が似ている子を救えた八重は、ある意味救われたのかもしれません。
義時は全く救われませんが……。

八重もいつ亡くなったかは不明な人物ですので、この辺りでとなったのでしょうか。しかしその場に義村がいるというのがこのドラマらしくはありました。結局義時もその後比奈、そしてのえと妻を2人娶っていますね。

第22回「義時の生きる道」
死亡者:後白河院
死因:自然死
誰もロスにならないとネットニュースになっていたその死。まぁ、穏やかでしたね。
「楽しまれよ」と、孫の後鳥羽天皇に言葉を残して逝きました。

その前に後白河法皇は、頼朝を牽制するようなことも言っていますね。朝廷の権威を守ること、そして「楽しまれよ」と、梁塵秘抄の編者らしい言葉を遺すこと、どちらもこの人物を象徴していたと思います。

第23回「狩りと獲物」
死亡者:工藤祐経
死因:源頼朝の影武者になっていたところを、誤認されて斬首
(中略)
頼朝は、亀の時といい、今回といい、スケベ根性で命拾いをしているのです。
天に選ばれるって、こういうことですか?
ここで頼朝殺害の誤報を受け取った範頼が不幸でした。
兄に代わって鎌倉を守ろうとした結果、鎌倉殿になり代わるつもりか?と疑われてしまう。

「頼朝は、亀の時といい、今回といい、スケベ根性で命拾いをしているのです。
天に選ばれるって、こういうことですか?」
武者さんらしい表現ですが、あまり品のいい表現とは思えません。嫌いな大河、たとえば、昨年の『青天を衝け』に対する物言いのようです。
そしてこの当時のコミュニケーションのずれ、三善康信の行動、すべて範頼にマイナスに働きましたね。頼朝は自分の跡目を狙おうとした人物に懐疑的であったとも取れますが、実朝亡き後は、源氏の血を引く者が命を絶たれてしまうことになります。北条の企みと言われてはいますが。

死亡者:曽我兄弟
死因:兄・十郎は襲撃の際に討ち取られ、弟・五郎は斬首刑
本当は頼朝を殺すつもりだったのに、誤認して工藤祐経を殺してしまった!
そのうえ頼朝暗殺ではなく、親の仇討ちにされて斬首。
あまりに酷い死に様でした。
日本人におなじみの曽我兄弟の仇討ちが、史料をふまえて悲惨なことに。鎌倉はおそろしいところです……。

このようにしておかないと、頼朝に取っては都合が悪いわけですし、新しい体制とはこういう犠牲を伴いがちであると言えます。それにしてもこの「五郎」が、『ちむどんどん』でいきなりフォンターナに入って来て、清恵の名前を呼んだのには驚きでした。

第24回「変わらぬ人」
死亡者:大姫
死因:病死
源義高のあと、スピリチュアルにのめり込んだりして、何かと情緒不安定だった大姫。
後鳥羽天皇入内工作の過程でさらに心理的打撃を受け、ついには自ら選んだように、花が枯れるように散りました。

「源義高のあと」とありますが、「義高斬首のあと」でしょうね。
それにこの当時、スピリチュアルと言うか、呪術的なものはまだ社会に広く存在しており、その意味でこの大姫のキャラ設定は、私としてはちょっと疑問に思えました。義高の蝉の抜け殻を見ていないはずなのに、万寿の蝉の抜け殻を見て涙するところしかりです。
しかし入内そのものには前向きであったわけですから、要は都の、特に朝廷の習慣に馴染むには無理があったと言えます。それと病を得てそのまま死ぬのではなく、それから2年後というのもやや不自然に思えました。

死亡者:源範頼
死因:善児による殺害
大姫の死は誰かの呪詛ではないか?
やけになった頼朝がそう言い出し、大江広元が範頼のせいだと言い出す最悪の展開へ。
頼朝により修善寺に流されていたところ、善児が来て殺されてしまいました。
史実では自害とされています。

範頼も伊東祐親同様自害なのですが、ここでは善児がやったことになっていますね。

死亡者:トウの両親
死因:善児による殺害
範頼の殺害現場には夫妻と幼い娘がいました。
夫妻を軽々と殺した善児は、娘が鎌を構えた姿を見て、どういう気まぐれか、あるいは資質を見抜いたのか、その娘を弟子とするのでした。

一応あの少女がトウではあると思われますが、確固たる裏付けはありません。この場合、修善寺で、範頼の身の回りの世話をしていた百姓の夫婦と言った方がよさそうな気がします。


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[ 2022/10/13 00:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 76その2

『武将ジャパン』大河コラムの「全退場者」関連記述への疑問点その2です。なお先日リンクを貼っていませんでしたので、今回の分共々貼っておきます。

鎌倉殿の13人「全退場者」まとめました~残酷な粛清や謀殺ほぼ毎回 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)

第10回「根拠なき自信」
死亡者:佐竹義政
死因:上総広常による斬殺
義政にちょっと挑発されただけで、キレやすい坂東武者である広常が殺してしまいました。
謀略や粛清だらけの後になって振り返ると、まだ牧歌的な殺戮でしたね。

第10回の続きです。「老けたな」と言われて広常が相手を斬ったのですね。しかし
「謀略や粛清だらけの後になって振り返ると、まだ牧歌的な殺戮でしたね」
牧歌的でしょうか。この時も確か広常が、佐竹義季と内通したのではなかったのでしょうか。それに、粛清などはある程度体制が固まってから後の内部抗争によるものですが、その体制を固めるまではそれはそれで大変だと思います。

あとこの回、カメラを持った人物が映り込んでいたのを思い出します(再放送ではカットされていました)。

第11回「許されざる嘘」
死亡者:平清盛
死因:自然死
部屋の中がまるでサウナの如く熱くなる熱病だった……とか、何かと大仰に強調されがちな清盛の死。
本作はそこまでアツアツ演出でもありませんでした。

このコラム、放送回の後に主要な退場者が記されていますが、必ずしもその退場者が優先されているわけではないので、以後割愛します。この清盛の死ですが、今まで私が観た中でも、そこまで大げさな演出はなかったと思います。サウナと言うより、水をかけたら蒸気になったとか、水風呂に入れたら湯になったといったものだったかと思いますが。

死亡者:義円
死因:【墨俣川の戦い】で討死
討死は史実通りながら、そこに至る過程が重要。
弟である義経が義円を騙し、無謀な源行家の挙兵に送り込み、死へ追いやったようなものです。
ちなみに父母を同じくする源義朝と常盤御前の子である阿野全成・義円・義経が、成人してから揃い踏みする大河ドラマは今作が唯一にして初となります。

義円を騙した義経も悪いですが、義円もこの時功を焦って結局平家の軍に討ち取られましたね。そして義経は、義円の文を破ったわけですが、景時がそれを見つけ、シュレッダーで処理した文書を復元するかのように、元通りにしていたのを思い出します。

それと
「父母を同じくする源義朝と常盤御前の子である阿野全成・義円・義経が、成人してから揃い踏みする大河ドラマは今作が唯一にして初となります」
確かにそうだと思いますが、源氏の比重を大きくした結果、平家の人物の登場回数が少なかったのはちょっと残念です。

死亡者:伊東祐親、伊東祐清
死因:善児による殺害
牢の外にいる八重と運命は別れたようで、生きる希望を取り戻し、頼朝に頭を下げてでも新たな道を歩もうとしていた祐親。
しかし、全成が「千鶴丸の殺害を示唆した人物を殺した方がよい」と頼朝に告げてしまいます。
結果、伊東家から梶原景時の配下になっていた善児が始末することに……。
なお、史実では伊東祐親は自害、祐清は史実ではこの後、生きています。

全成が「殺した方がいい」と言うのは、政子の子が男児であるために、千鶴丸を成仏させなければならない、そのためには千鶴丸殺しを指示した祐親を殺す必要があったからです。しかし実際に手を下した善児が生きている限り、生まれて来る子の命は短いというのが占いの結果でした。
ちなみにこの子が万寿、後の頼家ですが確かに命は短く、しかもその命を奪ったのは善児でした。そして、頼家を呪詛した件で全成は処刑されています。

第14回「都の義仲」
12~14回放送にかけては、珍しく誰も死んでいません。
しかし、ここから登場した大江広元により、鎌倉が変貌してゆきます。
劇中では誰も死なないようで、義仲快進撃の結果、流血は起きていました。
兵乱に巻き込まれた京都人が恐れ慄いています。

「劇中では誰も死なないようで、義仲快進撃の結果、流血は起きていました」
とありますが、名前のある登場人物が死なないのであれば、特にこの回を挙げる必要はないかと思いますが。

第15回「足固めの儀式」
死亡者:上総広常
死因:梶原景時による殺害
12~14回放送で比較的穏やかな内容が続き、15回放送で作中屈指の酷い殺人場面が出てきました。
頼朝に忠誠を誓い、心の底から逆らう気もなかった広常。
それが謀反を企んだとして、御家人たちに前で惨殺されたのです
止めるに止められず、凍りついている義時が印象的で、以降、義時の顔色も段々と悪くなっていきます。
梶原景時も御家人から反発されることに。
義時は八重との間に長男が生まれていました。

「酷い殺人場面」も何も、『吾妻鏡』にも誅殺とあるのですが。
そして頼朝に忠誠を誓ったとて、その力が強ければ警戒されることにもなるわけで、まだ若輩の義時にそれを止めることはできませんでした。何となく、畠山重忠の乱を思い起こさせます。

第16回「伝説の幕開け」
死亡者:木曽義仲、今井兼平、他
死因:源義経に敗死
義仲の使者を殺して挑発。卑劣な手段を連発し、ついに義仲軍を滅ぼしたのが義経でした。
名のある将のみならず、義仲軍も平家も、それに巻き込まれた民も、大勢死んでいます。屍山血河(しざんけつが)です。
義仲は顔面に矢が当たる瞬間が映像化されていて、迫力がありました。

「卑劣な手段」とありますが、自分の兵の数をわざと少なく伝えて油断させたわけで、こうでもしなければ自軍も全滅しかねないし、また義経の軍のみならず、近江に入った義仲の行く手には範頼軍もいました。それに武者さんが好きな『麒麟がくる』の戦国時代であれば、敵を欺くこともあったでしょう。何かと戦国時代と比較することが多い割には、こう言うのはすべて欺く方が悪いとなるようです。あと義仲が矢を額に受けたと言うのは有名ですね。

第17回「助命と宿命」
死亡者:源義高
死因:斬首
義高殺害にまつわる悲劇をじっくり描きました。
許嫁助命のために幼い大姫が懐剣を喉に突きつける場面は、頼朝や政子だけでなく、視聴者も参ったことでしょう。
頼朝は、大姫の心まで殺してしまったのです……。

この義高のシーン、悲劇と言うよりは寧ろ、逃亡計画と義高のそれへの反発の描写に重点が置かれていたと思います。それと大姫の刀は懐剣にしては小さいような気もしますし、何よりもああいう場合、まず冠者殿はどこへ行ったのかと、母や侍女に尋ねるのではないかと思いますが…。しかも誓紙まで書かせていますしね。
あと「視聴者も参った」と言うのは何でしょうか。視聴者もいたたまれない気持ちになったとか、そういう意味なのでしょうか。

死亡者:藤内光澄
死因:斬首刑
義高の首を笑顔で持ち帰った藤内光澄は、理不尽にも斬首されてしまいます。
死ぬ理由がわからず叫び続け、その理不尽さもこれまた辛い。
死を見届けた義時の目は真っ暗でした。

この「死ぬ理由」なのですが、政子が「許せない」と言ったのがかなり大きいと思われます。言葉に気を付けるようにと義時が諫めていましたね。

死亡者:一条忠頼
死因:暗殺
宴会に招かれたと思ったら死ぬ……そんな鎌倉の狂気を体現したのが武田信義の子・一条忠頼でしょう。
源義高に続き、河内源氏二人を一気に抹殺する頼朝は効率的といえばそうだけど、いやいや違うでしょ!

この忠頼の場合は、義高と密かに接していたということが露見したわけですから、これは怪しまれても仕方のないことでした。

第18回「壇ノ浦で舞った男」
死亡者:安徳天皇
死因:溺死
あまりに幼い天皇が入水。
日本史のミステリとして、天皇を水に落とす義経が英雄視されていることがあるのかもしれない。やりすぎだ。
義経が舞うと、天皇が入水。恐ろしい。

「天皇を水に落とす義経が英雄視されている」
とありますが、別に義経は安徳天皇を殺めようとしたわけではありません。帝と神器は守らなければならないと言われていたはずです。

それと、義経とウサギを奪い合った武者も退場者としてカウントするのであれば、位尼も名を挙げていいでしょう。下記のように↓「その他大勢」で済ませるのではなく。

死亡者:平宗盛はじめ平氏一門多数
死因:一族滅亡
本作の平宗盛は非常に真っ当な方。
その反動もあってか、源氏の異常性が際立つようになりました。平知盛の奮戦と入水はもうちょっと見たかったかな。
ちなみに平家は全滅したわけでも、全員が逃げ散ったわけでもありません。
実は出家した者も結構います。これも重要です。

と言うより、先ほども書きましたが平家の描写が少なく、従って知盛の奮戦を入れようにも、どのような人物であるかがつかみにくいと思われます。この人の最期は、『義経』のそれが圧巻でした。あと源氏の異常性と言うより、源氏を中心に据えればこのようなもので、彼らもまた勝つために、それぞれができることを遂行したわけです。


飲み物-パブのビール2
[ 2022/10/12 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第35回「苦い盃」あらすじと感想-2

第35回後半部分です。


実朝は泰時に、妻の初について尋ねる。気の強い女子で叱られてばかりですと答える泰時に、実朝は、文句を言っているのにのろけにしか聞こえないと言い、久々に表を歩きたいから供をするように命じる。

政子はりくと話をする。りくは政範の死は悲しいが、あまり急で身に沁みないと話し、自分の中で政範は生きていると言う。それならよいのだがと言う政子。りくはその政子にこう答える。
「3人もお子を亡くされたあなたの前で、つらい顔をしていたら罰が当たります」
政子は話題を変え、重忠は頼朝が大事にしていたこと、そしてちえの夫であると話しかける。さらに畠山を討つなどとんでもないと言うが、りくは何のことだか分からないと話をはぐらかす。

政子は尚も、畠山が政範の一件に関わっているように見えないと言うが、そんな噂があるのかと、りくは初めて聞いたかのような顔をし、政範は急病で死んだのであると言い、畠山を討つなど心外と言った感じだった。政子は、義時がそう伝えたと言うものの、りくはこの話には乗らず
「なぜ畠山と戦わなければならないのです」
と述べる。政子もこれには同意だった。りくは、もう御家人同士が殺し合うのはたくさんだと言いつつ、仏壇に供える花に容赦なく鋏を入れる。

重保は自分が毒を盛ったとされたことに憤り、毒を盛ったのは平賀殿ですと主張する。その息子は重忠は制し、朝雅と重保を並べて詮議をと義時に依頼する。しかし朝雅は京に戻ってしまっていた。重忠はそれが嘘をついている、後ろめたさの証拠であると言い、すぐに連れ戻して討ち取りたい考えだった。しかし朝雅が上皇の近臣である以上、それは不可能だった。
京を敵に回すことになると言う義時に、重忠は
「我らがいわれなき罪で責められてもよいのか」
と言葉を荒げ、床を叩く。

重忠は執権殿(時政)の狙いはそこであり、畠山を滅ぼして武蔵をわがものにする考えであると、義時に詰め寄る。そして義時が父親を庇う気持ちは分かるがと言い、答えようとする義時にうむをいわせず、武蔵に戻ると言う。この先は一手誤れば戦になると義時は注意するが、念のために戦支度はさせて貰う、自分も鎌倉を灰にしたくはないと言い捨てて重忠は出て行った。義時は所在なげに、重忠がつけた床の傷に目をやる。

実朝はまたも和田義盛邸を訪れていた、ここに来ると気持ちが落ち着くと実朝は言い、楽しそうに食事をしていた。実朝は義盛とは気兼ねなく話ができるようで、義盛もよくそう言われると答える。泰時は義盛の子供について尋ねるが、義盛は飯を書き込みながら言った。
「みんなでかくなっちまって、俺に寄り付かねえんだよ」
巴は将軍職について尋ねるが、実朝は黙ってしまう。すこしは羽目を外した方がいい、息苦しい所に年がら年中いたら息が詰まっちまうと義盛。

食事が終わり、義盛は面白い所にお連れすると言って、館の庭に設けられた天幕に実朝一行を連れて行く。そこには「おばば」と義盛が呼ぶ、年老いた歩き巫女がいた。このおばばは占い師でもあり、義盛は一行を甥っ子たちだと紹介する。おばばは義盛が一月体を洗っていないこと、泰時が双六が苦手なことを当て、そして実朝には、雪の日に出歩くな、災いが舞っていると告げる。

義時は時房を連れて時政に会い、重忠は頼朝に救われて幕府に忠義を尽くして来た、すべては畠山に罪を押し付けたい奸臣の讒言であると言う。誰かと時政は尋ね、例えば平賀朝雅であると義時は答える。時政は動機がないと言うが、朝雅は政範を亡き者にして次の執権を目論んでいる、真偽をただすこともなく重忠を罰すれば、後悔することになると父に迫る。

畠山討伐を待つようにとの義時の言葉に、時政はうなずく。しかしりくはそれに不満で、畠山は討たなければならないと時政を煽り、梶原と比企の例を挙げ、より多くの御家人を従えなければすぐに滅びる、力を持つとはそういうことであると言う。畠山と足立を退け、北条が武蔵国のすべてを治めると主張するりくに対し、わしらは無理のし過ぎではないかなと時政は言い聞かせる。

しかしりくは、政範だけではすまないと言い、今度は私の番かも知れない、そういうところまで来ているとりくは夫を焚きっける。ただ兵を動かすには、鎌倉殿の花押のある下文が必要であり、ならばすぐ御所へとりくは夫をけしかける。時政は御所へ向かうが、実衣は鎌倉殿は休んでおられる、父上と言えども従うわけには行かないと通させない。しかしそれは嘘で、実朝はまだ戻っていなかったのだった。

皆を集めるようにと実衣は康信に言う。広元はなぜ黙っていたのかと康信の責任を問い、行政は賊にでも襲われたらえらいことだと言う。近習たちが探すことになったが、文官たちも動き出した。このため御所の中は慌ただしくなっており、時房は遠元から、実朝がいなくなったことを知らされる。一方当の実朝はまだ和田館にいた。義盛と鶴丸が相撲を取り、泰時が行司を務めている間、実朝はおばばに妻を娶ったが、自分の知らない所ですべてが決まったと打ち明ける。

おばばは何か察するところがあったようだが、素知らぬ顔で、悩みは誰にでもある、自分も年齢のせいで体が硬くなったと言う。そして実朝には、お前の悩みはお前だけのものではない、遙か昔から同じことで悩んで来た者がいる、この先もお前と同じことで悩む者がいることを忘れるなと告げ、悩みとはそういうものじゃと言う。実朝は涙しながらも、どこかすっきりした表情だった。

実朝の行方は知れず、康信は自ら責めを負う覚悟だった。一方時房は姉たちに時政のことを打ち明け、実衣は政子に、時政が鎌倉殿に会いたがっていたことを伝える。畠山討伐の許可がほしいのだろうと時房。政子も鎌倉殿はおとなしいから、強く出られたら従ってしまうと案じる。時政より早く実朝を見つけ出そうとする時房に政子は、身内である重忠となぜ戦うのかと不満を洩らす。

広元は、自分達が見つけられていないということは、執権殿(時政)も見つけられていない、よい方に考えるようにと忠告する。あなたに言われると心が落ち着くと政子。そこへ犬の鳴き声が聞こえ、誰かが来たことを皆察して、政子は急に話題を変える。案の定そこへ時政が現れ、鎌倉殿は見つかったか、ここに隠れてんじゃねえのかと軽口を叩き、その場に腰を下ろす。

時房は見つかったらすぐ伝えると言い、政子も実衣も帰館するように促す。時政は席を立つが、実は帰らずに廊下に立ったまま、実朝の帰りを待っていた。その実朝は和田館で泰時、鶴丸と酒を飲み、義盛は泰時が苦手な双六をやろうと言い出す。しかしそこへ八田知家が現れる。そして康信がうろたえていた御所へ、実朝一行が戻ってくる。

時政は廊下でそれを立ち聞きしていた。実朝は心配をかけたことを康信に詫びる。その後例の和歌の冊子を手に取るが、そこへ時政がやって来て、花押をいただきたい文書があると言い、内容を見せずに文書を机の上に広げる。そして武蔵では畠山の館で、義時が重忠と酒を酌み交わしていた。父は分かってくれたと義時は言い、重忠がなすべきは、鎌倉殿に会って、潔白を誓う起請文を提出することだと言う。義時は父の気持ちが変わる前に、早めに伝えておく必要があった。

重忠は自分を呼び寄せて討ち取るつもりではないだろう、いざとなれば容赦はしない、相手が如何に多かろうが自分なりの戦い方をすると言うが、義時も畠山の強さは理解していた。重忠はさらに、もし時政軍と戦うことになったら、義時にどちらにつくつもりかと尋ね、執権殿であろう、鎌倉を守るためにはそれでいいと言う。だからこそ義時は戦にしたくはないのだが、重忠は、北条の邪魔になる者は必ず退けられる、鎌倉の為とは便利な言葉だが、本当にそうなのだろうかと、疑問を投げかける。

本当に鎌倉のためを思うなら、あなたが戦うべき相手はと言いかける重忠に、それ以上は言うなと義時。しかし重忠はなおも、あなたは分かっていると口にする。


実朝が行方をくらます一方で、時政が畠山討伐に乗り出します。尤も時政も、身の丈に合わないことをしているのではと感付いており、主にりくの思惑によるところが大きかったと言えます。りくは北条の一員であると強く意識しており、だからこそ比企の時も、率先して敵対するようなそぶりを見せたわけで、ある意味元々の北条の人物ではないからこそ、このような行動に出たと取れます。無論時期執権にと思っていた、一人息子を失った恨みもあったでしょう。しかし真犯人と言うべき朝雅に言いくるめられ、矛先は畠山に向けられることになりました。

無論北条が武蔵をほしいと思っていたのも事実でしょうし、そこで荘園の監督職に就いている畠山と言うのは、いわば邪魔な存在でもありました。重忠が、北条に邪魔になる存在は退けられると言ったのも、それを踏まえてのことと思われます。またこの場合、畠山の兵の強さが、北条に危機意識を持たせてしまったとも取れるでしょう。

それと朝雅が毒を盛った件が、意外とストレートな展開だと前の分に書いています。もう少しひねった形、たとえば本当は時政あるいはりくに言われ、畠山重保を亡き者にしようとして誤って政範を殺したとか、そういう形に持ってくるかなとも思ったのですが、あまりひねると今度は朝雅の野心が見えにくくなり、北条に利用されたことになりそうです。

一方実朝。またもお忍びで和田館です。子供たちが独立したこともあり、義盛も寧ろこの来訪を喜んでいるように見えます。そして義盛は、館の片隅で暮らす歩き巫女に彼らを会わせます。いくら何でも、一月体を洗っていないと言うのは、単に体臭からそう判断したと思われますが、いくら冬場とは言えちょっと汚すぎでしょう。無論義盛のような人物が、こまめに入浴して清潔を保つと言うのも、ちょっと似合わないかと思います。そして泰時は双六が苦手だと言い、実朝には雪の日に出歩くと、災いがあると告げます。この人物の最期を見通しているかのようです。

尚泰時が双六を苦手とすることについて、双六の途中に殺された、上総広常の生まれ変わりだからという意見が、ネット上にもあるようです。それはともかく、双六というのはボードゲームであり、相手の心理を読むことも大事なのですが、どうも泰時はそれが苦手だったのではないかとも思われます。少なくともこの当時の双六に似たバックギャモンは、心理戦の要素が大きいとされています。

またおばばは実朝の悩み、つまり知らないところで縁談が成立したことについて、昔も、これからも同じことで悩む者がいると告げたため、実朝はかなり気が晴れます。しかしどう考えても、こんなに遅くまで和田館にいたら、御所でも皆騒ぐのは当然のことですが、義盛はそろそろ帰宅をと勧めるふうでもなく、こういうことに関して嗅覚が利く知家が現れます。そして、この人物の帰館を心待ちにしている人物がいました。それは時政です。義時は父の気が変わらないうちにと、武蔵の畠山館(今の深谷市の辺り)まで重忠に会いに行くものの、時政はもはや最初から畠山を討つもりで、そのための準備を進めていました。

ところでおばば役の大竹しのぶさん、事前のキャスト発表に名前はなかったと思われます。サプライズ出演でしょうか。それはそうと、あの扮装に『義経』のお徳を連想してしまいます。

飲み物-ビールと夜景
[ 2022/09/14 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』の大姫のキャラ設定その2

『鎌倉殿の13人』以外にも、大姫が登場する大河はあります。1つは『草燃える』、もう1つは『義経』で、いずれも大姫は義高を殺されたショックで、体や精神を病むような設定になっています。しかし今回の大姫は、気がふさいでしまうことはあったものの、義高のことが原因で体を悪くしたわけではありません。

こういう設定がどこか中途半端に感じられるし、彼女が頼朝や北条家のシーンの中で、「点」としてのみ存在しているような存在感の薄さを感じさせもします。だからと言って、彼女が全く存在感を見せていないかと言うとそうでもありません。りくが出産し、子供のお披露目に北条家の関係者が集まるシーン、あの時の彼女のちょっと場違いとも思える振舞いは、いわば存在感を示しているとも取れるでしょう。

ただしこれは、りくと時政を中心としたその場の雰囲気をどこか破壊しているようにも取れます。本人に悪気はなくても、何とも違和感を感じさせますし、だからと言って彼女がなぜそういう行動を取るのか、明確な理由があるようにも見えないのです。たとえばりくと時政の間に子が生まれた、そのことに対する反発でもなさそうですし、スピリチュアルなものが好きという設定にしても、この時代は全般にそういう雰囲気があったわけだし、それならそれで、彼女のエキセントリックな部分をもっと掘り下げてほしかったですね。

しかしこのエキセントリックさはその後鳴りを潜め、大姫は自分には婚約者がいるからと、一条高能との縁談を断ったり、全成のコント的な義高の芝居に嫌気がさし、果ては巴に話を聞いて貰い、入内の決心を固めるという展開になっています。見方によっては過去の縛りをほどき、新しい人生を歩もうとする女性への変貌ですが、あの不思議キャラは結局何だったのだろうと思ってしまいます。最初からこちらの方の設定で行くことはできなかったのでしょうか。

しかし京で丹後局に圧倒され、結局このことに嫌悪感を抱いた大姫は京の屋敷から抜け出し、廃屋で雨宿りをしていて三浦義村に出会い、無理しない方がいいと諭されるに至ります。そして病を得て鎌倉に戻った後、再び義高のことを口にするようになります。その後呆気ない速さで2年間が流れ、大姫死去となるのですが、どうも彼女のキャラの一貫性のなさが気になります。

同じテーマで1週間前に、三谷さんはこの大姫を当初入れるつもりだったのか、あるいは脚本に変更があったのかといったことを書いていますが、あるいは先に大姫抜きの脚本があって、後で彼女の出番を任意で入れたのではとも思えてしまいます。


飲み物-ショートカクテル
[ 2022/07/11 00:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 43(那須与一関連)

今回は『武将ジャパン』大河コラムのこの箇所に関してです。

◆【鎌倉殿の13人】屋島の戦いは“ナレ終”「香川県民涙目」「那須与一ガン無視」の声【ネタバレあり】(→link)
こういうネットでSNSの声を拾って、ニュースにすること――これには疑念しかありませんし、屋島を省略した理由はわかるかと思いますが。
要するに、戦と同じで、ここを攻めると絞った方がよいということ。

元記事はこちらです。
【鎌倉殿の13人】屋島の戦いは“ナレ終”「香川県民涙目」「那須与一ガン無視」の声【ネタバレあり】
https://www.oricon.co.jp/news/2233990/full/

しかし
「屋島を省略した理由はわかるかと思いますが」
この書き方はないでしょうね、随分高飛車な気がします。これも嫌いな大河なら、視聴者の批判ももっともだという論調になりそうです。ともあれ『吾妻鏡』にも桜庭良遠の城を攻めたこと、寡兵であることを知られないために、民家に火をかけて、あたかも大軍が攻めて来たように見せたこと、汀(波打ち際)で平家軍と応戦したことなども書かれています。省略する理由はなさそうです。
しいて言えば、那須与一が『吾妻鏡』には出て来ない(元々は弓流し同様『平家物語』が出典)ということでしょうが、三谷さんの脚本も、必ずしも『吾妻鏡』に準拠しているとも言えませんし、結局いたずらに視聴者の不満を招いたようにも取れます。
以前私は『鎌倉殿の13人』今後の登場人物続きという投稿でこのように書いています。

尤も三谷さんの脚本ですから、一般的な源平大河のように、二位尼が安徳天皇と共に入水などという描写はなしということもあり得ます。その代わりに義経の八艘飛びとか、那須与一の扇の的などが出て来るのでしょうか。

これに関しては、『吾妻鏡』ベースということもあり、二位尼ではなく、按察局が安徳天皇と入水しましたが、入水のシーンは一応ありました。また義経の八艘飛びも登場しました。ある意味見せ場と言ってよかったかと思います。しかし扇の的は出て来ませんでしたね。八艘飛び同様、アトラクション要素が強いものであるため、登場させてもよかったかと思いますが。

またこの扇の的ですが、与一が扇を落とした後、平家方の伊賀十郎兵衛家員が踊り始めます。この辺、如何にも公家化した平家らしいと言えますが、義経はこの人物をも射殺してしまいます。こういうところが、壇ノ浦の漕ぎ手殺しを思わせもします。

尚その後の武者さんの文章ですが

那須与一は知名度が高いからこういうことを言われるのでしょう。しかし今までも省略はありました。三浦義明や熊谷直実。私としてはせっかく出しておきながら、平知盛が壇ノ浦にいないことも惜しまれるところであります。

三浦義明はわずかなシーンとはいえ登場していますが。
そして知盛ですが、そもそもの登場シーンがあまりなかったかと思います。知盛と言えば『義経』の阿部寛さんのイメージが強いのですが、その人物がある程度本編に出て来てこそ、その最期も尺を取って描かれるのでしょう。

絞った範囲を迫力たっぷりに描くこと。これが何より重要なことでしょう。
具体的に言えば義経の八艘飛び。
それと漕ぎ手を射殺することで動揺する畠山重忠の態度。
そういうところに気合を入れているのでしょうね。
海上戦闘はともかく金がかかります。壇ノ浦だけに絞ったことは正解だと思います。
今回の壇ノ浦は、今後の大河の浮沈を決めるほどの気合を感じました。
当時の日本の海上戦闘としての特徴が出ていて、素晴らしいと思います。

と言うより、義経の見せ場と言った方が正しいかと思います。
それに扇の的のシーンであれば、戦闘ではないのだから、スタジオ撮影ができないわけではないでしょう。予算の関係で屋島を省略したと言いたいのなら、前出の
「屋島を省略した理由はわかるかと思いますが」
などという書き方をせず、予算の都合もあったのだろうと書いてもいいのではないでしょうか。
あと
今回の壇ノ浦は、今後の大河の浮沈を決めるほどの気合を感じました
当時の日本の海上戦闘としての特徴が出ていて、素晴らしいと思います
とありますが、さてどうでしょうか。

飲み物-ロックグラスカクテル
[ 2022/05/13 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 35

『武将ジャパン』の大河コラム、第15回関連で疑問に思う点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第15回「足固めの儀式」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

1.戦に赴く義経は、猫が動く獲物を見つけたような獰猛さがある(中略)この先、義経は大勢を殺すのですが、その中には幼い安徳天皇もいる
2.武士は天皇を都合よく使う。平家は安徳天皇を抱えていき、そして義仲は後白河法皇を捕える
3.時政は「立派な北条の後継ぎを産んでもらいたい」と微笑んでいますが……(中略)りくが産んだ子を北条の後継にする。それが彼女の思惑のはずであり、少しばかり怪訝な表情を浮かべている
4.千葉常胤は頼朝の首とまで息巻いている。そもそも生首をお土産に頼朝陣営へ駆けつけたぐらい気が荒い方ので、前向きである
5.義高は御家人を掌握して頼朝を打ち果たし、そのまま京都に向かうほど、あくどいことは思い付かない。(中略)そんなことをしたら大姫を悲しませてしまう。

1、確かに戦モードになると、人が変わったかのように生き生きする義経ですし、この先安徳天皇も彼の犠牲者になるのですが(『義経』では、壇ノ浦はやり過ぎだったと反省していましたが)、しかしこの大河では安徳天皇、ひいては平家のシーンが少ないので、今一つ実感がわきません。
2、これは何度も書いていますが、朝敵認定されないというのが理由の一つとしてあります。何かにつけて『麒麟がくる』を引き合いに出す武者さんですが、これに関しては同じ脚本家の『太平記』を観てはどうでしょうか。個人的にはこちらの方が面白かったです。
3.この時点での話ですが、りくはまだ男児(後の北条政範)を産んではいません。ですから「りくが産んだ子」ではなく、「これから産まれるであろう男児」と書いてしかるべきかと。
4.千葉常胤が生首を持って来たのは、頼朝に臣従するための証でした。そして今回その頼朝本人の首を取りたいというところに、彼の意識の変化が見て取れるはずなのですが…相変わらず生首を野蛮とか、遺体損壊という目でしか見られない武者さんらしいとはいえます。
5.これも先ほどの平家のシーンと同様で、義高と大姫がむつまじくしているシーンが意外に出て来ないので、「大姫を悲しませる」というのがあまり実感を伴いません。そもそもあくどいより何より、現実的に不可能です。彼らに乗せられて頼朝を討つなど、無謀だとわかっているでしょうし、そうなれば人質としての自分の立場もなくなるでしょう。

6.雑な計画は察知されるもので、安達盛長が、三浦義澄開催の鹿狩りがあることを頼朝らに告げている。(中略)『麒麟がくる』では、連歌会で暗殺計画が練られてた。連歌会に武器を持ち込む人がいたら「どういうことでしょうか?」と察知される
7.味方をすれば助けてやると言われ、能員はこうだ。「わしも頼朝はどうかと思ったのだ! 力になりましょう」(中略)「素直な男は損得で動く」もちろん義時にはバレバレ。(中略)すでに寝返っていた能員は「殺気だった様子はなかった」と火消ししようとする
8.(景時と重忠の会話)使われることと、従うことはちがう
9.同時に木曽義高も「万寿様を守る、主に対し逆らうものは許さぬ」と言い切る、これに重忠が感動する
10.重忠は当初は平家につき、和田義盛の祖父であり、自身の祖父でもある三浦義明を攻め滅ぼした

6、ここでまた『麒麟がくる』。他の大河に似たようなシーンはないのでしょうか。
7、この比企能員ですが、どこか中途半端です。あの場を切り抜けるためあのように言い、しかも相手の忠告を聞き入れてしまったように見えます。万寿の乳母であることを思えば、そうたやすく裏切りもできなかったでしょう。それと「火消し」という言葉の使われ方もちょっと引っ掛かります。
8、録画を観ましたが、「従う」ではなく「頼りにされる」と言っていますね。
9、これも先ほど同様、義高の立場を考えればこうなるでしょう。そもそもこの件、頼朝が目立っていますが、万寿もまたターゲットではあるのです。
10、平家につくも何も重忠は元々は平氏で、義朝死後は平家の家人となっています。

あと、これは個人の方のツイートでも指摘されていましたが、下記の部分はいつもの武者さんのやり方に見えて仕方ありません。このコラムの最初の方で「本音が出ちゃいましたか?」とありますが、その言葉はこの部分にも当てはまりそうです。

笑いで誤魔化そうとする文覚は、架空の儀式を持ち上げるなら、もっとディテールにこだわりを入れた方がいいですね。嘘をつくときは、少し真実を混ぜるとよいと言いますし。


飲み物-エスプレッソブラック
[ 2022/04/21 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に求めたいこと

詳しくはまたあらすじと感想で書きますが、17日の『鎌倉殿の13人』、義経が出て来て、やっと戦のシーンかと思っていたのですが…残念でした。

無論この場合、鎌倉に於ける御家人たちの動向も描かなければならない、少なくとも三谷さんがそうしたいと考えているせいもあるでしょう。そして義時が主人公である以上、彼に焦点を当てなければならないというのも理解できます。

しかし幕府を創設する条件の一つである、不可欠であるはずの平家討伐が、あまりにも描かれていないというのも事実です。今後一ノ谷とか屋島とか、壇ノ浦はどのくらい登場するのでしょうか。特に夏頃は頼朝退場で、その後頼家、実朝と北条家が中心になる以上、奥州藤原氏との戦いなども、5月頃までに出てくる必要があるのですが。

それにしても上総広常が暗殺されるシーン、既視感があるなと思っていたら、『新選組!』の芹沢鴨が暗殺されるシーンでした。ところで双六を準備する梶原景季、小栗旬さんが『義経』で演じた役でしたね。

それから実衣、ここ何回か、ずっとあの赤い着物ばかり着ているように見えます。赤がラッキーカラーというのはわかるとしても、もう少し色や柄を変えてもいいのではないかと。


飲み物-ウィルトシャービール
[ 2022/04/18 00:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』の2つのコラムその他

『どうする家康』の新しいキャストが発表されていますが、それはまた次回に書く予定です。

今年の大河も1クールが終わり、『武将ジャパン』の大河コラムも1回を除き毎回見て来ましたが、やはり
漢籍マウント
嫌いな大河(特に『青天を衝け』)との比較
大河本編にさほど関係のない話(含中国史関連)が延々と続く
このパターンは変わらないようです。

また小檜山氏のツイートを見ていても、『カムカムエヴリバディ』のような嫌いな朝ドラはオカルト呼ばわり、嫌いな大河には厳しい意見が多いと言う割に、『麒麟がくる』のような、好きな大河への厳しい意見はスルーしています。好き嫌いだけで物事を決めると、白黒つけたがるため論調が極端になりかねません。というか好き嫌いは表裏一体でもあり、どのような形であれ、常に意識しているという点では同じなのですが。

ところで大河以外の直近のコラムで、直江状のものと、弓矢についてのものを見たのでざっと書いておきます。リンクは張りませんが、URLは置いておきます。

家康激怒!『直江状』には何が書かれてた?関ヶ原を引き起こした手紙 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) 
https://bushoojapan.com/bushoo/takeda/2022/04/14/47411

まず直江状、何でも慶長5(1600)年の4月14日に送付されたからとのことで、堀秀治と伊達政宗を出して来たのはわかるとしても、西笑承兌についても書いているわけですから、この人のことをもうちょっと紹介してほしかったですね。興味がある方は、『鹿苑日録』がネットで読めるのでお勧めです。
後半部分は直江兼続と政宗関連のエピソード中心で、顔文字(絵文字ではありません)などを使っているせいもあり、歴史コラムというより柔らかめのブログ記事といった感じです。あと伊達が上杉を脅かしているとあるのに、最上義光のことが書かれていませんね。

それと弓矢に関して。

なぜ鎌倉武士は弓矢をそこまで重視したか?鎌倉殿の13人ギモン解決 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/jphistory/middle/2022/04/14/167678

最初の方は弓そして矢の紹介ですが、2ページ目にこのようにあります。

源平合戦の時代が終わり、世の中が平和になると、文化、芸術、娯楽が発達します。
和歌を詠み、蹴鞠を楽しみ、読経に勤しむ。
かつて軟弱とされていた技能が重視され、武士たちの憧れる技能も変化していきました。
結果、鍛錬に時間のかかる弓術はどうしても疎遠になる。
太平の世が終わり、再び乱世が訪れた南北朝時代では、弓術の技術が低下していました。
代わりに長柄武器、槍、長巻、打物(打撃武器)で敵を倒すことが発達します。

これ、ちょっとおかしいですね。
鎌倉時代には、騎射三物と呼ばれる犬追物、笠懸、そして流鏑馬が盛んに行われています。騎射、つまり馬上から矢を射る技を磨くためのもので、「鍛錬に時間のかかる弓術」が「疎遠に」なったりはしていません。源平合戦が終わって太平の世とありますが、その後承久の乱も起きていますし、さらに三浦一族を滅ぼした宝治合戦や元寇もありました。江戸時代と勘違いしていないでしょうか。無論南北朝時代を舞台とした『太平記』でも、弓矢が使われています。

そしてその後の部分。

時代が降った戦闘技術を、大河ドラマで振り返ってみましょう。
『麒麟がくる』の序盤、明智光秀と細川藤孝が剣術で対峙する場面がありました。
一方、松永久秀や斎藤道三、織田信長たちは鉄砲に興味を抱くことで、それが物語の鍵ともなります。
技能は剣術。
合戦での遠距離武器は鉄砲。
弓術の重要性が低くなっているのが一目瞭然です。

「大河ドラマで振り返ってみましょう」とありながら、『麒麟がくる』しか引き合いに出されていませんが、これで鉄砲が出て来るのは当然としても、それより前の戦国時代を描いた『風林火山』には弓矢での戦闘も登場し、甘利虎泰が敵の矢を受けて戦死するシーンもあります。しかもこのコラムの1ページ目に、戦国時代に作られた弓が紹介されているのですが。
また弓術の小笠原流は、鎌倉時代以降に成立しています。鉄砲が登場した後一時衰退するも、武芸として江戸時代にも行われていました。そういう点も書いてほしいものです。

たしかに今川義元と徳川家康の異名「海道一の弓取り」という言葉には、その名残もありますが、実際に彼らが弓の使い手であったかどうかは別の話。

この弓取りというのは武士をほめていう言葉であり、戦国時代には領国を持つ大名のこともこう言いましたからそちらの意味に取るべきでしょう。こういうコラムを読んでみると、やはりどこかもの足りなく思う部分はあり、それが大河のコラムにも共通すると言えるのかも知れません。

それから大河関連のコラムの方で、『義経』の六韜三略について触れられており、『鎌倉殿の13人』では、こういう伝統的な義経のイメージを覆したといったことも書かれていました。しかしそもそも『義経』の場合は主人公であり、それにふさわしい設定になっていたからではないかと思います-いくら何でも、主人公で今回のような設定の義経はちょっと考えられないでしょう。ところでこちらは17年前の大河なのですが、10年ルールは結局どうなったのでしょうね。

それと北条家は宗時、政子、義時、実衣の下にまだ妹や弟がいたはずですが、彼らのその後が描かれていません。

あと個人的に、八重が「駒」化しているように見えてしまいます。八重はオリキャラではないからまだわかるにせよ、あまりにも出番が多くないかと思いますが、武者さんが八重を好きなのもそれが理由の一つなのでしょうか。そういえば、義仲の幼名は「駒王丸」なのですが、武者さんが大河コラムでひどく義仲に肩入れしているように見える(確かにいい奴ではあるかも知れません)のは、この名もやはり関係しているのでしょうか。


飲み物-暖炉の前のウイスキー
[ 2022/04/16 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第13回「幼なじみの絆」あらすじと感想-1

今回も前半と後半に分けて投稿します。


時政は伊豆へ戻ると言い出し、政子や義時ら家族を巻き込んでの騒ぎとなる。しかし頼朝は、自分がそもそもの発端であることを認め、義時までが伊豆に帰るのでないかと気にする。そして新宮十郎行家がまた姿を現わす。

行家は頼朝に、自分に所領を与えるのが筋と言うが、実際の戦績はさほどのものでもなかった。無理難題を吹っ掛けてくる叔父に頼朝は、義円を死なせたのは貴方だと言い、ついに行家は木曾義仲の所へ行こうとする。頼朝はさして意に介さずにもいたが、大江広元が言うには、義仲は未だ信濃に留まったままだった。北陸からの食糧を抑え、平家を干上がらせるつもりで、その意味ではなかなかの強者だった。

鎌倉にどのくらいの兵糧があるのか訊かれた義時は、京に上るまでの蓄えはあるが、その先が難しいと答える。しかも藤原秀衡が会津まで攻め込んでいるとかで、どう考えても頼朝が鎌倉を離れるわけには行かなかった。頼朝は誰かが秀衡を呪殺することを期待し、全成も江島弁財天で祈祷をしていたが、そんな頼朝に広元が、清盛を呪殺した男のことを教える。

この時行家は信濃にいて、頼朝に勝るとも劣らない勢力を従える義仲の力を借りようとしていた。そして伊豆の北条館を三浦義澄と義村の父子が訪れ、義澄は頼朝に直言したことで時政が評価されていること、そして頼朝は亀の件で味噌をつけたと話す。そして畑仕事をしていたりくも、義村の前で亀のことを教えるように言うが、義村はりくが政子に告げ口することはわかっていた。

義澄は、義時が江間に来ていたことも話す。色恋がわかっていないと言う時政。その義時は大量の魚や海老を八重に届けるが、八重はそんな義時を不審に思う。その後鎌倉を武田信義が訪ね、行家は義仲の許におり、その義仲は平家と接近して鎌倉に攻め込んで来るとか来ないとか、曖昧な物言いをして義仲を討つことをほのめかす。その信義は東海道で平家の残党が暴れて、動きが取れなかったのである。

信義の土産の鹿皮を見る頼朝に広元は、信義は一門の姫を義仲の息子に嫁がせようとして断られ、その腹いせであろうと言う。そして広元は頼朝に、ことの真偽を確かめるため信濃に軍勢を送り、平家とのことが事実でなければ人質を差し出すように迫るよう勧める。もし事実であれば、その場で義仲の首を取ればよかった。その時都から客人がやって来る。

その客人とは、緋の衣に身を包んだ文覚だった。法皇に気に入られ、今は神護寺の再興を任されていると言う。そして全成の許へ行った文覚は、競い合うようにして祈祷を行う。一方で御家人たちは、信濃行きを不満としていた。これは形ばかりのものだと言われても、畠山重忠までもが、源氏同士の争いにならないとも限らないと言い出し、結局使者を送ることにする。その訳目には身内の範頼が選ばれた。

上総広常は義時に、頼朝が力を持たないため、御家人に対して弱腰である点がいけないと指摘する。度胸がある人物でないとダメだと言い、自分は武衛のそういうところに惚れたのだとも言う。このままじゃ鎌倉は真っ二つだと言う広常に、義時はもしそうなった場合、広常がどちらに付くかを尋ねるが、広常は言葉を濁す。

義時が戻ると、義経が出陣だと嬉しそうな顔をしていた。義時は、義仲の考えを聞いてくるだけだと言うが、義経は範頼だけでは不安だと言い、挙句の果ては、謹慎中であるのに護衛してやる、連れて行けと言い出して地団太を踏む。そんな義経に義時は、明後日の朝発つことを伝える。

義時は今度は山菜を八重の許へ持って行くが、八重は正直うんざりしていた。しかし義時は八重の笑顔を見たい、笑いながらお帰りなさいと言ってほしいと言い、また信濃に発つことを伝えて、また来ると言う。しかし、この館は無論義時自身のものだった。一方比企能員と道は、時政がいなくなったことで北条は軽んじられる、自分たちの出番だと言い、北条がそうしたように、源氏と娘たちを縁組みさせることにする。


木曽義仲、そしてその義仲を巡る憶測が出て来ます。また軍の派遣を御家人たちがよく思っておらず、そのため使者を送ることになりますが、白羽の矢が立ったのが範頼でした。しかし義経が謹慎中であるにも関わらず、自分も行きたいとせがみます。あの地団太を踏むシーン、何やら禁断症状のようですが、実際戦がないとあのようになってしまうのでしょう。一方で比企家では、自分たちも源氏との縁組みを目論み、範頼と義経がその候補となります。

一方で、藤原秀衡を調伏するべく呼び寄せられたのは、他ならぬ文覚でした。実際この人は神護寺の再興に携わっていますが、緋の衣などを着る身分になっているのですね。あの色の衣は、そもそも大僧正が着る物なのですが、かなりの出世のようです。しかし祈祷シーンがコント化しているようでもあり。

それから行家叔父さん、どうもこの人は恩着せがましいところがあり、お邪魔虫化している感があります。信濃に行くのはある意味正解だったでしょう。しかしこの義仲の妻の巴ですが、眉毛がつながっているのですね。何だかゲームのキャラクターのようです。そういえば小池栄子さんは『義経』の巴でしたね。

あと武田信義がどうもいかがわしいです。実際この武田の姫を義仲が断ったため、義高が鎌倉に人質にやられたとも言われています。鹿の皮のシーンに、『真田丸』で熊の皮を大坂への土産としたのが思い出されます。無論鹿皮の場合は、行縢や敷物としての利用価値はあるでしょう。

りく。畑仕事をするのはいいのですが、この当時化学肥料などないのですから、当然堆肥を使って野菜作りをすることになります。どうしても臭いが気になりますね。しかしこの人も、義村に馴れ馴れしく亀のことを尋ねてみたり、やはり隅に置けない人物です。一方で食料をあれこれ八重に届ける義時ですが、八重は戸惑っているようです。

飲み物-ボトルとコルクとワイン
[ 2022/04/05 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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