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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』第46回に関しての武将ジャパンの記事について-5

第46回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその5です。また文春関連情報だのミソジニーだの、正直言って大河そのものと直接関係なさそうな記述もあるのでかなり端折ります。


NHKの情報流出事件と、アンチフェミニズムやミソジニーを結び付ける、如何にも武者さん好みの話題から大河周辺へと持って行きたいようです。ご本人は大河周辺にミソジニーが漂うと書いていますが、とどのつまり、自分の好きな女性主人公大河や女性キャラを叩くなというものです。

私は、かなり前から大河周辺に漂うミソジニーが気になっていました。
女性主人公。女性脚本家。こうした要素が揃う大河ドラマのアンチ活動は、熾烈さを増します。
確かに『江』や『花燃ゆ』は駄作であり、作品自体を擁護しようがないのは仕方ないと思います。
ただ、男性主人公あるいは男性脚本家でもここまで叩かれただろうか?という疑念もあります。

とまずあり、

『八重の桜』『おんな城主 直虎』のバッシングは過剰にも思えました。
『麒麟がくる』の駒叩きも、典型的なミソジニーだと思えました。
ちゃん付けで呼んだり、彼女の医学知識を無視したり、はたまた将軍義昭の愛人だと誤認した上で広めたり。
現実世界で女性政治家や研究者が浴びせられるものに近い悪口がSNSで撒き散らされ、ネットニュースにまで発展する様は危惧を覚えるものでした。

となっています。
要は女性主人公や女性脚本家は叩かれる、自分が嫌いな作品は駄作だから仕方ない、でも自分の嫌いな作品を叩くのは許せないといういつもの論調ですね。別にこれ、女性脚本家とは関係ないかと思います。
まずどんな作品にも賛否両論はあります。好きな作品を叩くのはけしからん、嫌いな作品は駄作だからという線引きをする前に、もう少し本質的な部分からの見方をしてはどうでしょうか。

たとえば『花燃ゆ』の場合は、これは女性というより複数の脚本家体制、そして主人公の生き方の変化に伴って脚本家を変えたことなどが、ドラマとしての一貫性を欠いた印象があると思います。当初の主人公の設定は、後の方では大分変わっていました。
そして
『八重の桜』『おんな城主 直虎』のバッシング
については、具体的にどう叩かれたのかが書かれていないため、何とも言いようがありません。
さらに女性主人公、女性脚本家では『功名が辻』や『篤姫』もあるのですが、これらの作品については何も触れられていません。

あと武者さんが特にこだわる『麒麟がくる』の駒の描写。私は以前書いたことがありますが、将軍家にも様々な女性がいるし、彼女たちとの確執があってあの地位を築いたのであれば、それはそれで納得できます。実際将軍義昭には側室もいたでしょうから。しかしどうもそのようには見えないのです。

まして医学知識云々とあります。将軍義昭の侍医であると、以前武者さんは書いたこともあります。しかしやはり将軍家の侍医ともなれば法印などの称号を持つ人物であり、こう言っては何ですが、東庵の弟子であったとはいえ、彼女がそういう人物と互角に振舞うのはかなり難しかったと思われます。要は武者さんは駒を、フェミニズムの象徴的存在として理想化したいのでしょう。

しかし大河の視聴者の見方は様々であり、彼女の描かれ方に疑問を持つ人もいるわけで、そういう見方を自分の見方だけで断罪してしまえるものでしょうか。

そしてまたファンダム関連。そんなにファンダムの一部意見が嫌なら、ミュートするなり何なりして見なければいいだけの話です。

そして大河ドラマファンダムに充溢しているミソジニーは危ういと思ったものです。
華流ドラマはじめ海外ドラマ界隈は、そういう傾向はここまで極端ではありません。
アンチフェミニズム関連の炎上事件は多く、いつか大河も大々的に巻き込まれるのではないか?と懸念しています。
そんな懸念は当たってもらわなくて結構。来年と再来年はそうならないと今の段階では思いますが……。

「来年と再来年はそうならないと今の段階では思いますが」
もっと言えば、来年とか再来年は褒めると決めたら、今年は叩いたようなことでもスルーする、あるいは許容するのではないかと思われます。実際その可能性は高いのではないでしょうか。今までそういう例をいくつか見て来たので、悪いけどそう疑わざるを得ません。

そして
「大河ドラマのネットリテラシーは大丈夫なのでしょうか?
『青天を衝け』の公式SNSもなんだか危なっかしい投稿ぶりだと思っておりました」
結局「危なっかしい」と思うのは嫌いな大河限定なのですね。

SNSを活用しなければ理解できないというドラマ作りは、本来は禁じ手でしょう。

今は公式のみならず、出演者もSNSを利用しており、それから生まれる情報もあります。今回囲碁指導の田尻悠人氏も自身の投稿で、ドラマの中の囲碁シーンを解説していますので投稿をお借りしています。こういうのはSNSあってこそのものであり、視聴者の理解が深まるという意味ではプラス要因でしょう。

https://twitter.com/tajiriyuto/status/1731833381975982539

どうする家康囲碁シーン

そしてネットリテラシーがどうこうとありますが、武者さんの場合、要はファンダムが嫌いだというのが主な理由のようですから、先日も書きましたが、それは自分自身で身を処するべきです。自分はネット上の意見が嫌いだから、NHKはどうにかしろと言うように取れますが、それはちょっと乱暴ではないでしょうか。

そして

裏話が暴露されるような投稿が放置されれば、情報漏洩につながりかねません。
作り手が無知でインプット不足なのに、新説をつまみ食いして「最新研究を取り入れました」とマウントをとる。そして批判する連中をコケにする。

まず裏話云々、あくまでも推測ですが、小手伸也さんのアドリブ関連投稿を指しているように取れます。脚本がダメだからアドリブが入るのだと武者さんは思っていたのでしょうが、小手さん自身の説明により、それが否定されました。
そして2番目、平山優氏の「森乱」説に関してですね。実際一次史料では森乱とか乱法師などとしかないらしいのですが、武者さんが森蘭丸だと主張して論破された件です。それがよほど気に入らないのでしょう。
だからと言って、ここで不満をぶつけるのはお門違いではないかと思います。

そろそろ『どうする家康』の総括に取り掛かる時期かもしれません。

大坂の陣がまだ終わっていません。
そして総括すると言っても、武者さんがこの大河をきちんと観たようには、残念ながらとても思えないのです。ひたすらネガティブに突っ込んで、好きな作品を叩き棒にするのみならず、登場人物の所作を自己流解釈しておかしいと言い、所作指導がなっていないと叩いた、そういうイメージしかないのです、実際のところ。
たとえばこういうのも、よく観ていればブレていないのはわかるのですけどね。

「慈愛の国」だの「王道」だのなんだの言っていたと思ったら、「地獄を背負う」だのなんだの極端にブレる。

まず慈愛の国と言うより戦無き世でしょう。それと王道の政とを実現するためには地獄を背負わなければならない、世を平らかにするためには、平らかにするための戦をしなければならないということなのですが。
まあ叩くためには手段を選ばずが今年の武者さんの流儀なのでしょう。

来年こそは大河ドラマを楽しみたい、真っ当な歴史作品を見たい――本記事をここまでお読みいただけた方は、そんな悲痛な思いでいるかもしれません。

お言葉ですが、今年のを楽しんでいますので、悲痛な思いにはなっていません。来年に関しては何とも言えませんが、面白く観られたらいいなとは思っています。

ただし、いくらドラマが楽しくても、SNSなどに目を向ければ、ご自身と対立する意見もありましょう。そこでどうすべきか?
無理に理解しようとしない。
妥協しない。
差別はゆるさない。
相手のペースや屁理屈に乗らない。
数に頼りすぎない。
反論するなら、データ理詰めで。
要するに、相手が喧嘩をふっかけてきたときのみ策なり兵法なりは用いられるべきであり、そうでないなら避けるに越したことはありません。

武者さんこう書いていますが、今まで武者さん自身はどうだったのでしょうか。
「差別はゆるさない」などとありますが、武者さんは今年の大河で、一部の登場人物に対して、散々外見で判断するようなことを書いています。それから「データ理詰めで」も、このコラムを見る限り、およそデータや史料を基にするというより、自己判断のみですべてを見ているかのような記述が見られるのですが。
あと杜甫の「前出塞九首其六」が引用されていますが、ここでは省きます。

来年の大河ドラマで、ハッシュタグ荒らしなどが起きなければよいですが、結局は個々人で上手に楽しむしかないということですね。

何度も言いますが、ファンダムからもう身を引く方がいいのではと思われます。ファンダムが必ずしも武者さんの思い通りになるわけではありません。ただ、好きな大河なら黙認するのではないかと思いますが。

さすがに今年のような状況はもう起きないのでは?とは思います……。

今年は、本当にひどいです…武者さんの大河叩きが。

そしてまたメールフォームのリンクが貼られています。今後このコラムが続くのなら、ずっとこの路線で行くのでしょうか。


飲み物-ボトルとコルクとワイン
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[ 2023/12/09 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第44回に関しての武将ジャパンの記事について-4

第44回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその4です。なお先日投稿分の、衣装に関する五行思想関連を少し手直ししています。


この大河ドラマは、そもそも人間とは何か?ということすら全く考えてないようです。
前回、重傷を負ったはずの井伊直政が目をキラキラさせて、ガバッと起き上がるなり、戦況を完璧に知ったように「天下取りだね!」宣言をしました。

第43回のこれに該当するシーンですが、

直政「ほんのかすり傷、どうってこと…あ…」
(うまく起き上がれず、肩で息をする)
家康「おとなしくしておれ」

直政「ついに…ついにやりましたな、天下を取りましたな!」

まず最初の方、直政はかなりしんどそうに、起き上がるのもやっとという状態です。
そして後の方、この時直政は既に勝利を知っており、その後島津の軍がこちらに向かっていると聞いて、本陣の前を行かせないようにと井伊の軍勢を走らせたわけです。従って、
「戦況を完璧に知っている」
のは当たり前なのです。

で、今回は、年老いたはずの家臣二名が、情けないオープニングテーマを背景に、槍をブンブン振り回している。
年を取ったら体力は低下する――なんて書いていて、あまりにバカバカしいことすらわかってないかのような振る舞いが画面の中で横行しています。

体力が低下するすなわち何もできなくなるとは、一概には言えません。
体力のみならず筋力などの衰えはありますが。
そしてこの中では、老いなど認めんと言い切る本多忠勝が、榊原康政相手に槍試合を挑んでいるわけですね。昔取った杵柄ではありますが、流石に老いは隠せない、それを表現しているわけですが。

本多忠勝と榊原康政が槍を振るい合う場面。
視聴者の涙を誘いたいのか。やけに冗長で、二人が叫び声をあげるたびに寿命間近な人物には見えない……と思いましたが、背景もまた当時の状況には見えませんでした。

寿命間近とありますが、榊原康政逝去はこのさらに翌年、さらに忠勝が亡くなるのは5年後のことですが。

戦国時代は戦乱で建造物も焼ける。攻城戦のための兵器もいる。
そのため森林伐採が激しく、日本中は禿山だらけになりました。田の改良もまだ時間がかかるものです。
にも関わらず、やけに青々としている。
あの風景は、江戸幕府が森林回復政策をした結果のものではありませんか?

まず、忠勝は桑名藩の初代藩主です。そしてこの時代の桑名藩は、港町と交易の町であり、江戸時代の地図を見てもあまり森林が多い地帯ではなさぞうです。
一応個人の方のブログなので、URLだけ置いておきます。

旧東海道 桑名宿(くわなしゅく)(知立から四日市)-4
http://yamakazeoto.jugem.jp/?eid=184
(山の風音)

そしてここでもまた、こういう人物を出さない、センスがないなどと書かれています。

日本の原風景を作り出した偉人として、それこそ伊奈忠次や大久保長安も出せたでしょう。
本多正純を出しながら大久保長安を出さないあたり、つくづくセンスがないドラマです。

伊奈忠次は登場しています、なだぎ武さんが演じていますね。

成長後の秀頼が出てきます。
衣装は貧乏臭いわ。茶々も着回しだわ。どんだけ貧乏なのか。

「衣装は貧乏臭いわ。茶々も着回しだわ」
ぱっと見黄金の地に紫の鳳凰の水干ですね。緑の地に柄を織り出した袴も、お金がかかっているのではないでしょうか。そして茶々は先日も書いていますが、黒と金を基調にした打掛を何着も持っていて、その時々で違うのを着ていますね。

しかも、この秀頼、宴のことしか口にしない。
本作は、宴の規模でしか権力が表現できないかのようです。貝塚の規模で集落の状況を確認していた時代じゃないんですよ。
それなのに「時は満ちた」とか、陳腐な決めゼリフを吐く家康。
タップすればイベントが展開するスマホゲーの世界です。

この宴、時は満ちた、そして最後に「西ににらみを利かせる」忠勝の肖像画。
これらは何を意味するのでしょうか。普通の宴ではなさそうですが。

今回は肖像画が入りましたが、やはり力尽きていると思いました。
まぁ、そうなりますよね。『大奥』チームがあんなに生き生きして、薩摩切子や懐紙入れを用意しているのに、こちらはニコライ・バーグマンをパクれと言われたらそうなりますよね。
やはり小道具チームは被害者なのかどうか……。

「小道具班、力尽きたまま」
とかでまた4行程度で1パラグラフ。これどうにかなりませんか?
加えてまた『大奥』を叩き棒。
というか、小道具はあるけど武者さんが認めていないだけでは。

その後

なぜ伊達政宗はセリフ処理だけなのか?
個人的にはディーン・フジオカさんが演じるところを見たい人物です。
伊達とゆかりの深い福島県出身であり、かつとてもお洒落。
政宗といえば漢詩も詠みました。独眼竜として唐の名将・李克用を意識しておりましたし、彼にピッタリではないでしょうか。

なる記述から始まって伊達政宗関連が延々と続きますので、悪いけどこの後の関連記述は省略します。殆ど武者さんの自己満足と行っていい文章が続いていますので。

で、猪苗代湖に続いて福島県がどうこう。まあ会津愛が多分にあるのでしょうし、福島県そのものが悪いわけではないのですが、こういう武者さんの自説補強に使われるのが鬱陶しいです。
それに武者さん、ディーンさんが『あさが来た』と『青天を衝け』で演じた五代友厚は嫌いなのですよね。
それは、俳優としてのディーン・フジオカさんを認めていないことになりませんか。
どちらも朝ドラと大河での出演なのですけど。

個人的に政宗の漢詩と言えば「馬上少年過ぐ」を思い出します。

三成の非情さも描くなら、秀次事件をセリフ処理はまずいんじゃないですかね。
三成があの惨劇を冷徹な顔で見守る場面があれば、説得力があったと思いますよ。ま、干し柿すらない今年の大河には期待していませんけどね。
『天地人』ですら秀次事件があったのに、今年はない。なんだったんですかねえ。

逆に、なぜそこまで秀次事件にこだわるのかとなります。
今回の主役は石田三成や西軍諸将ではありません。これらのうち誰かが主人公であれば、もう少し描かれた可能性は高いでしょう、これは『天地人』しかりです。家康もこの事件を受けて上洛して伏見城に滞在していますが(第39回21分辺り)、そこまで重きは置かれていません。

しかし、よほど「柿は痰の毒」と言う三成を見たかったのでしょうか。

で、この後
「ま、私だって大河以外に活路を見出したい。何も期待していませんので」
とありますが、それなら無理して期待していない大河のコラムを書く必要もないでしょう。
何度か書いていますが、これが個人サイトやブログであれば別にその人の勝手です(それでも問題なしとは言えませんが)。しかし報酬付きのコラムで、ドラマはちゃんと観ているかどうか疑問、さらに他の作品を叩き棒にするという姿勢が解せないのです。

この大河は誰かから怒られるのでは?
そう思う理由のひとつに、作り手の性癖暴露があります。
◆「どうする家康」北川景子と松本若菜が一触即発…《笑顔のバトルが恐ろしすぎる》と話題(→link)
海外からすると、日本のコンテンツの痛いお約束があります。
女同士のバチバチ描写です。

以前『篤姫』の篤姫と和宮関連で似たような記事があったのを思い出しました。
しかしこれは「作り手の性癖暴露」なのでしょうか。
その次にこうあります。

そりゃあ、妃と寵姫が競うような作品ならば海外でもその手の描写はあります。
しかし、日本のコンテンツはどんな状況でもぶち込んできて、それをニヤニヤしながら見ているのが「ミソジニー」とみなされてしまいます。

では今までの大河の女性同士の対決を、ここでリストアップして貰えないものでしょうか。ここまで書くのであれば、恐らく武者さんはすべて把握しているのでしょうから。

あと「妃と寵姫が競うような作品」とあります。
一例として、以前武者さんは『風林火山』をほめていたことがあります。ただあの中では妃と寵姫ならぬ、正室と側室の関係がかなり描かれていましたが、武者さんに取ってあれはミソジニーにはならないのでしょうか。

今、トレンドは「シスターフッド」です。
女性同士が協力する姿であり『大奥』の徳川家定と阿部正弘がその典型例。
それが支持される時代に、いまだに「女のバトルw」と盛り上がっている時点で、うっすらと恥ずかしいことは認識すべきではないでしょうか。

トレンドがシスターフッド(女性同士の連帯)とありますが、『どうする家康』の制作スタッフは、シスターフッドを念頭に置いて作ったわけでもないでしょう。そもそも主人公も、その家臣も男性です。
そして一方では、武者さんが何かにつけてカルトの教祖呼ばわりする瀬名が、於愛を家康の側室に指名するシーン、あるいはその瀬名がお万を許すシーン、そういうのは無視されてしまっているのでしょうか。あと、徳川の女性と旭姫の交流もあったかと思いますが。

『麒麟がくる』の駒のことも思い出します。
「女のくせに将軍のそばにいるなんてありえない、おかしい!」と言われていました。それを言うなら、とっくに大坂を脱出した阿茶がうろつく方があり得ないでしょう。

武者さん、先日分でピーキー、つまり
「限られたワードや事象に対して、過剰に反応し、テンションが高くなる」
ことについて書いていましたが、駒という固有名詞に対しては、似たような反応を示していませんか?

そして
「とっくに大坂を脱出した阿茶がうろつく方があり得ないでしょう」
これはまた異なことを。
第43回をもう一度観直してくださいね。来客を伝えに来た家臣が
「北政所様のお使いで」
と、はっきり言っていますよ。

◆松本潤「どうする家康」に再評価の声…歴代大河ワースト2位でもNHK思惑通りでホッ?(→link)
日刊ゲンダイは、これまで本作を散々貶してきたのに、この手のミソジニー描写があると一気に甘くなる。
メディアの支持者が圧倒的に中高年男性だからですかね。
ワースト2位で“思惑通り”とは、そんなワケないでしょ。

「この手のミソジニー描写」
ミソジニーと言うより、茶々と阿茶の駆け引きというべきでしょうね。「嫌いな作品」で、女性同士が何か対立しているとすぐミソジニー呼ばわりするのも、武者さんの悪い癖だと思います。
そしてこれ、ミソジニーが原因だからじゃないんです。記事中にありますが、

「要するに録画して見る視聴者が多いだけ。“史実重視派”の大河ファンがネット上にあれこれ書き込むほど支持されていない、というわけでもなさそうです」
「新たに若い視聴者を取り込もうという実験的な大河と考えれば、NHKの狙いは当たった、そこそこ成功したとも言えそうです(中略)古沢良太さんの“らしい脚本”も泣いて笑える。つまらないドラマとは思えませんけどね」

ということのようです。
こういうのをちゃんと読まず、中高年男性が支持しているとか、ワースト2位で思惑通りのわけがないなどと書くのは、武者さんの決めつけにほかならないと思います。見方を変えれば、武者さんがこの大河が再評価されているという記事を、わざわざ教えてくれたとも取れますが。

それと「ワースト2位」、歴代大河視聴率のことでしょうが、昨年貴方が『鎌倉殿の13人』コラムで書いていたことを、もう一度コピペさせてください。

ネット配信が普及した現在は、記録も容易なことから、特にその傾向が強く、海外ドラマの宣伝を見ていると「驚異的な視聴回数を記録!」といったコピーがついています。
ではなぜ日本では、未だ古めかしい基準に頼っているのか?
メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ。
もう一つ、視聴者数と視聴回数が公表されていないことも確かですが、例えば大河についてNHK側が把握していないわけがありません。
例えばNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』は、視聴率は低いものの、NHKプラスの視聴回数がかなり高かったため、NHKとしては成功とされているようです。
『鎌倉殿の13人』も、視聴回数は公開されておりませんが、かなり高いとか。


飲み物ー暖炉とお酒
[ 2023/11/25 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第25回に関しての武将ジャパンの記事について-5

『武将ジャパン』大河コラム関連その5です。


まずここの部分ですが、

先日、痛ましい事故がありました。
◆潜水艇の残骸引き揚げ、遺体の一部も発見か 米沿岸警備隊が発表(→link)
紛れもなく悲劇で辛い事故でしたが、一方で、あまりにも無謀な彼らの行動に、驚きませんでしたか?
瀬名の「大掛かりな詐欺行動」もそう。杜撰で愚かな策でしかないから、批判されているのです。

どう見ても牽強付会でしょう。このコラムの特徴として比較対象が適切でないという点がありますが、これもその例に洩れないと言えそうです。とにかく叩くためなら何でもありなのでしょうね。またそれ以外の特徴として、時事ネタを絡ませたがるという点も挙げられます。つまりこの部分は、如何にも武者さんらしい書き方と言えそうです。

にもかかわらず、なぜ今年の大河を受け付けない、古参のファンが駄目人間であるかのように誘導されなければならないのか。
今回の記事だけではなく、当初からずっとそうした引っ掛かりはありました。
『平清盛』以来、本作のトップにいる磯氏は「古参の大河ファン」が嫌いなようにすら思えます。
そんな連中を一泡吹かせる革新的な大河を作るのだ!というシナリオに固執している。
そのことが水源に流れ込む毒となっている気がしてなりません。

にもかかわらずも何も、瀬名の構想を大掛かりな詐欺行動と一方的に決めつけ、それだから昔からの大河ファンがついてこないのだとこれも強引です。そもそも武者さん、自分が好きな大河の場合、それを批判する昔ながらの大河ファンを嫌っていなかったでしょうか。昨年のスクショを探せば、あるいはそれに当該する記述があるかも知れません。結局自分が叩いた相手も、嫌いな大河を貶めるためなら利用するということでしょうか。

それと
『平清盛』以来、本作のトップにいる磯氏
とありますが。これだと、『平清盛』が放送された2012年以来ずっとという意味に取られがちです。

そしてここでも「水源に流れ込む毒」。その毒がファンダムに根付いておかしなことになっている云々。その前に蛇足の逸話(描かなくてもいい蛇の足を描いたばかりに、自分が飲む酒を飲まれてしまった)を持って来ているので、何の関係があるのかと思っていたら、

「この素晴らしい深掘りをみて! クソレビュアーみたいなアンチも、きっとこれを読めば変わると思う!」
そうわざわざアンチのハッシュタグを使って、拡散する人がいるわけです。
陰謀論や無茶苦茶なシナリオにハマりがちな人って、友達がいないとか、隠キャだからとか、そういうことでもありません。
自分が不当な攻撃を受けているという思いこみ。
自分は他の人よりも優れているという思い込み。
これが合致し、それを訂正しない仲間同士で囲いを作れば、あとはどこまでも堕ちてゆきます。
蛇足でたとえるならばこうだ。
「でも蛇に足があったらかっこいいと思いませんか? それなのに酒を奪われた私は不幸! みんなもそう思うでしょう? 私こそ一番優れているのに……」
そうネチネチ言われたところで「蛇に足はないからね」と返すしかない。そういうわけのわからない状況が生まれています。

何を言いたいのかよくわからないのですが、下手に蛇足など絡めない方がいいとは思います。
そして何よりも、
「自分が不当な攻撃を受けているという思いこみ。
自分は他の人よりも優れているという思い込み」
とありますが、武者さん自身があらぬ思い込みに囚われているように見えてしまいます。さらに

そういう不健全なループが大河ドラマ周辺に漂っていて困ったものですが、D(どうする)アノン現象なんて起きたら、どうしたものかと。
『どうする家康』は、シナリオの作り方が陰謀論者じみていることも問題です。

2020年アメリカ大統領選絡みのQアノン現象をもじっているのでしょうが、ここまで来るとやはり誹謗中傷の類に入るのではないでしょうか。しかし陰謀論者じみているというのもどうかと思いますね。
そしてこんなのも。

『どうする家康』を褒めるついでに、『鎌倉殿の13人』配信停止を喜ぶ投稿までされていたことには、驚きました。

その投稿のスクショは取っていないのですか?なぜ取らなかったのですか?でないと裏付けがありませんよ。

もう一つ、反論したいことがあります。
(中略)
アメコミ由来の「冷蔵庫の女」という概念もあります。
要するに、プロットの都合上、ヒロインが死んで、そのことでヒーローが奮起するというパターンです。
このドラマの作り手は、家康という題材をみたとき、天下統一や江戸幕府を開いたといった話はすっとばし、こう思ったのでしょう。
「ヤッベwwこれだとヒロイン殺せるじゃんwww美男美女キャスティングにして盛り上げられるしwww」
ヒロイン殺しという要素に、浮かれちゃったとしか思えないんですよね。
(中略)
田鶴だの、阿月だの、今まで描かれてきた女性にしても、自己実現と命を引き換えにして散ってゆきます。
(中略)
歳をとって“賞味期限”が切れた女なんて邪魔なだけだから、殺してでも入れ替えていくのがいいに決まっているんですよ。と、ミソジニストの考え方ならそうなる。

制作陣叩きにしては度が過ぎていますね。ちょっと問題かも。
で、この田鶴と阿月ですが、まず田鶴は多くの史料で討ち死にしたとあるため、これは制作側の意図とは別のものです。
そして阿月が金ヶ崎までを駆け抜けたのは、主であるお市から命じられたいわば使命感でしょう。
そして田鶴の死は家康を悲しませましたが、その次の回で家康を奮起させたのは信玄の駿府陥落でした。
阿月の場合は彼女の死を無駄にするなと信長に詰め寄り、お引き候えはお市様の指示じゃと言うわけですが、するとこの場合家康を奮起させたのはお市ということになります。

しかしどういう考え方をすればこうなるのでしょうね。
あと命を引き換えにする女性の中に、瀬名の名前がありませんね。

『麒麟がくる』でやたらと“ファンタジー”と叩かれた駒を思い出してください。
初登場時は主人公に恋する少女だったのに、BBAになっても死なない、そのくせ足利義昭の愛人になりやがった、という批判がされた。
実際は愛人などになっていませんが、いつまでもしつこく単純な事実誤認をする人からするとそうなるらしい。
しかも駒は頭が切れる。
女なんてエロか家事育児しか価値がないし、バカしかいないのに、“ファンタジー”すぎるよな!
……と、こういうミソジニーを炸裂させた界隈からすれば、今年のヒロインを殺して入れ替えるシステムは画期的でしょうね。古典的なのですが。

個人的に駒がおかしいと思うのは、どう見ても越権行為的なことをしていたからで、あのまま夫や子を持たなくても、薬屋として大成し、東庵共々将軍家に出入りする程度であれば、そこまで言われなかったのではないでしょうか。
そして義昭に常に仕えていた以上、側女と考えられても不思議ではないでしょう。
しかしここまで考えますかね、勘ぐり過ぎでは。

あとこれも前に書きましたが、武者さんの場合、『麒麟がくる』の女性キャラで引き合いに出すのは大抵駒、あるいは帰蝶であって、主人公の妻である煕子が出て来ないのですが、これはなぜでしょうか。
そしてその後はミソジニー関連で延々と、しかも『どうする家康』の制作者もミソジニー的考えを持っていそうだとかなんとか。
何かこじらせてるように見えますね。

そしてまたこれを持って来ています。

寿桂尼すら出さないドラマで、女性の活躍だの最高のヒロインだの、笑止千万でしかありませんので。
大河とその周辺に圧倒的に不足しているのは「フェミニズム批評」に思えます。

なぜ寿桂尼が『どうする家康』に登場しないのか、まだわからないのでしょうか。
そしてこの場合の「大河」とは、好きな大河も含むということでしょうか。「大河」だけだと守備範囲が広すぎると思いますが。

一方で、「『江(シエという表記を使う人も多い)』や『花燃ゆ』よりはマシだ! あれを見たことがないのだろう!」というわけのわからない、ミソジニー混じりの擁護もなされます。
こういう方に「『どうする家康』って、スイーツ大河ですね」というと怒るでしょうね。
私としては、この2作よりも本作は出来が悪い。大河ドラマは女性主演、女性脚本家だとより叩かれやすくなる、そんなミソジニーがあるのだと納得させられるばかりです。
NHKは大勢の人がいて、男女比ならば男性比率が高いでしょう。それでも駄作大河は女のせいにする。煮詰めたようなミソジニーではありませんか。

結局武者さんは『家康』叩きのために、『江』や『花燃ゆ』の方が面白いとまで言い始めたようです。嫌いな大河を何が何でも叩くために、かつて叩いた相手を利用しているように見えます。これじゃ手のひら返しです。
またスイーツの基準は人により様々ですが、私としては『家康』は全くスイーツとは思えないのですが…武者さんの場合、嫌いな大河すなわちスイーツという、きわめて単純な発想なのでしょうか。
それと男女比で男性が多い、だから駄作大河(これも基準が不明)は女のせいというのも飛躍しているなとは思います。

そして
「大河ドラマは女性主演、女性脚本家だとより叩かれやすくなる、そんなミソジニーがあるのだと納得させられるばかりです」
女性脚本家が叩かれやすいのはミソジニーと言うのなら、『江』や『花燃ゆ』同様に嫌っている『西郷どん』と『青天を衝け』、こちらは男性主演でも脚本家はやはり女性です。ならば武者さん的には、これらの作品もミソジニーによって、「部分的であれ」不当に貶められていることになりますね。しかしこの2作を『どうする家康』よりも素晴らしいと、武者さんが評価したようには見えません。
もうひとつ言えば、やはり女性主演で女性脚本家の『篤姫』が成功したといわれた理由は、一体何だとお思いでしょうか。

さらにその後で、

そこで、私なりの解毒剤を用意しました。
こちらのアルテイシア氏の記事をお借りします。

とあり、

マンスプレイニング
マンタラプト
ヒピート
トーンポリシング
ワタバウティズム
シーライオニング

などの用語が挙げられています。マンスプレイニングは以前に多少触れたかも知れませんが、詳しく知りたい方は恐れ入りますが検索してみてください。武者さんが飛びつきそうな言葉ではあります。

ちなみにこのワタバウティズム関連でこんなことを武者さんは書いています。

甲の問題について話してるのに「だったら乙はどうなんだ?」と論点をずらしをする。
「『どうする家康』の衣装はひどいなあ」
「『麒麟がくる』もひどかったと思いますwww」
「『どうする家康』のえびすくいはいらない」
「『鎌倉殿の13人』でも全成が風を呼んでいたのにwww」
擁護記事でも多いです。
過去の作品にもそういうことはあったという誘導。その出来が悪くつまらないから、批判しているわけです。

まず衣装ですが、『どうする家康』の衣装は公式サイトにあるように、その当時の染色にできるだけ近づけており、それに比べると『麒麟がくる』の場合は妙に化学染料ぽいわけですね。しかし『麒麟』の場合も美濃や三河と京、さらには武士と公家と農民で分けて、農民は粗末な衣装、武士は草木染、そしてあの染色は公家といった風にすれば、まだよかったのではないかとは思います。
あと「えびすくい」と全成の嵐を呼んでいたのと、何か共通点がありますか?

また大河同士の比較と論点ずらしですが、この場合寧ろ逆もまた真なりです。
「『麒麟がくる』の衣装はひどかったなあ」と言われた武者さんは恐らく
「『どうする家康』もひどいと思います」
と論点ずらしをするのではないでしょうか。
と言うか、ほかならぬ武者さんが、好きな作品を叩き棒に、論点ずらしを率先してやっているようにも見えます。しかし武者さんは認めたくないかも知れませんが、『麒麟』が好きでなくて『家康』が好きな人ももちろん存在するわけなのですが。

それにしても、私は心が栄養不足です。大河ドラマで武士道の補給ができず、深刻な武士道不足に悩まされています。
なまじ題材が武士でない年ならまだしも、今年は存在そのものが武士を出す出す詐欺であり……。
もしかして、このドラマそのものが「大掛かりな詐欺行動」であるとか?

子供じゃないんですから、自分で何とかしてください。『どうする家康』で満足している人もいるのですから。

あとやはり思うのは、
「ヒロイン殺しという要素に、浮かれちゃったとしか思えないんですよね」
「女なんてエロか家事育児しか価値がないし、バカしかいないのに、“ファンタジー”すぎるよな!
……と、こういうミソジニーを炸裂させた界隈からすれば、今年のヒロインを殺して入れ替えるシステムは画期的」
などと書く武者さん自身が、一番女性を軽視しているように見えるということです。
(2023年7月9日加筆修正)


飲み物-パブのビール1
[ 2023/07/09 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

朝ドラと女性主人公大河

『舞いあがれ!』関連投稿とまとめをやって来て、改めて思うのですが、朝ドラは1週間単位で1つのエピソードが描かれるシステムになっています。一方で女性主人公の大河が、朝ドラ呼ばわりされる(私も確かそう書いたことがあります)ことがありましたが、当然ながら大河は1週間で1つのエピソードを描くわけではありません。

なぜ朝ドラみたいだと言われてしまうのか。それは朝ドラにとかくありがちな、主人公(ヒロイン)が様々な試練を乗り越えつつも、最終的にうまく行くストーリー展開、ハッピーエンド的な終わり方が、女性主人公大河のすべてとは言わずとも、一部のシーンにどこか共通した印象を与えるからでしょう。

「試練を乗り越える」と言っても、作品によりその描かれ方は様々ですが、何らかの形で主人公は自分の理想を実現することになっています。無論大河の場合、本来は朝ドラのそういうお約束が必ずしも通用するわけではありません。大河で描かれる世界は基本的に合戦あり調略ありで、朝ドラの世界観とはかなり異なったものです。

但し女性主人公の場合は、『篤姫』や『八重の桜』などを除けば、主人公が危機に陥るとか、時代の変化に戸惑うことはあったとしても、本人が戦に行くわけではないし、一国の政治に関与するわけでもありません。そのため、物語がどこかフラットな印象になりがちです。

それへの対策として、主人公に理想を持たせ、それを実現させる疑似朝ドラ的展開が用いられたのではないか、そのようにも考えてしまいます。ただそれだと主人公の周囲の、主に男性の登場人物が作り上げて行く歴史があり、それと朝ドラ的な乗りの主人公の描写を組み合わせた時、うまく噛み合うかどうかという問題もあります。実際過去の作品に於いて、主に男性主人公中心の歴史を描いたシーンと比べると、主人公のシーンは面白くないということもありました。

来年の大河も久々の女性主人公であり、しかもまた武士が登場していない頃です。どのように物語を進めて行くのかなと思います。ただ宮中で女房たちが中心という設定は、基本的に大奥に似た世界でもあり、あるいはそちらの方をアピールして行くのでしょうか(『篤姫』がそうであったように)。私はそうではありませんが、日本人は概して大奥物が好きなのかなと思うこともありますし。

飲み物-ワインとワイングラス
[ 2023/04/28 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

武者さんのレビュー雑感と時代劇、そしてNHKのネット配信

『武将ジャパン』の大河コラム、今年は1度だけ休んだもののほぼ毎回見ています。しかしどうもこのコラム、または朝ドラ関連レビューにしても、武者さんが理想とする形にそぐわないものは悉く叩くようです。こういう好き嫌いベースで書かれた文章を、やはりレビューとは言わないでしょう。

これが個人サイトやブログなら、まだしもそれもありかと思います。しかし大河にしても朝ドラにしても、報酬を貰って書いているはすです。しかも往々にしてあるべきシーンを見逃していたり、実際にないシーンが登場したりで、本編をきちんと観ているのかと疑いたくもなります。

あとこれは今年の大河でとみに感じることですが、好きな作品だと言っても、どこか無理があるように見えます。本当に好きではないにせよ、自分の意に沿う描写、たとえば女性が活躍するなどのシーンが多ければ、好きだということにしておきたいのかも知れません-それもどうかなと思いますが。それと『八重の桜』後の、幕末明治大河がよくないと考えているようですが、私にしてみれば当の『八重の桜』も、それ以前の『龍馬伝』や『篤姫』も疑問に思う点はありました。

如何せん、ドラマをはじめとする映像作品、あるいはそれに出演する人たちへの評価はどうしても主観が入りがちです。だからこそ、個人レベルでないドラマ評は中立的な視点が必要なのですが、それどころか主観が入りまくりです。あと漢籍とか、全く本編と関係ない作品(ひところの大河コラムでの『ゲーム・オブ・スローンズ』、あるいは華流ドラマなど)を持ち込んだり、こういうことでマウントを取らない方がいいと思いますけどね。

そんなことをするくらいなら、せめて本放送を観た後録画をチェックして内容を把握し、中立的な視点から文章を書いてほしいものです。それから持論展開のために、大河や朝ドラをいわば出しにしている感もあります。大河コラムの最終ページなどは、正にその感があります。しかし何度も言いますが、個人のサイトやブログではないのですから、作品に無関係なことは控えるべきでしょう。

話が変わりますが、今BSプレミアムで『大岡越前』をやっているので観ています。個人的に『大岡越前』は好きでして、昔の作品をCSで観たこともあります。特に今の『大岡越前』は、中の人が同じということもあり、『刑事7人』の天樹悠を連想してしまいます。あと『鬼平犯科帳』や藤沢周平もの、あるいは『御宿かわせみ』なども好きな作品です。

如何にものメジャーな時代劇よりも、寧ろ私はこういうのが好みといえるかも知れません。ただし『鬼平』は。比較的メジャーと言えるでしょうし、あとこれもメジャー時代劇といえる必殺シリーズのうち、80年代に作られた『新・必殺仕事人』もいいなとは思います。三味線のお師匠さんが、糸で相手を絞め殺すシーンは印象的でした。ああいうのは一種の殺しの美学でしょう。

今時代劇をやらないのは、映画では時々作られてはいるものの、基本的にお金がかかるので、週一のドラマでは難しいのも一因であると言えそうです。それとTV全盛期に色々な時代劇が作られ、ネタが出尽くしたということもあるでしょうか。ただ今の刑事ドラマでもそうですが、捕物はやはり人気がありますし、それをベースにした作品は、今後も何らかの形で作られ続けるかと思われます。ところでこの『大岡越前』、5月から新シリーズが始まるようです。

それからNHK関連で1つ。4月22日から期間限定で、ネットで番組を配信する計画がありますが、それに関してこのような記事があります。

NHKのネット配信実証 テレビない世帯への受信料徴収は「現時点では考えていない」と金子総務相
これに関して受信料は、現時点では考えていないということですが、コメント欄には「そういう含んだ言い方するから勘ぐられる」「将来は(受信料徴収は)ありうるのか」などとあり、結局のところNHKが受信料欲しさに新手の策を打ち出した、そのように見られても仕方ないようです。配信を望まない世帯への送信打ち切りをますやり、職員の報酬を引き下げ、それでも足りない分は別の方法で補うのが、本来のやり方であるべきかとは思いますね。

飲み物-ミルクが注がれる紅茶
[ 2022/04/09 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-46

『青天を衝け』徒然、本来は今回で終わらせるはずでしたが、第40回、第41回共に1時間という異例の編成であったため、この2話は別々に投稿することにしました。ところで少し前に『武将ジャパン』の『青天を衝け』関連記事をご紹介しています。

実はこの中に、平岡円四郎の未亡人、やすが女衒であると書かれています。しかし彼女が登場するどの回を観ても、女衒、つまり女性を売春宿に斡旋するようなことはしていません。

芸者見習いであった兼子を、栄一の後妻として紹介しただけなのですが、こういうのは女衒と呼ばないでしょう。『西郷どん』で、遊郭を盛んにキャバクラ呼ばわりした武者さんらしくはありますが。

また栄一の後継者である孫の敬三が、便器を素手で掃除するとはどういうことだ、お千代をコレラで失くしているのにとも書かれています。ネタバレになりますが、この敬三が便器を掃除するのは、最終回に登場します。

折しもこの時はアメリカからの客が来ており、トイレ掃除とは、トイレに紙があるかどうか確かめろと栄一からいわれた敬三が、その紙で便器をきれいに拭き上げているシーンのことでしょう。

しかしもちろんその時にコレラが流行していたわけではありません。それとお千代が、トイレ掃除をしていてコレラに罹患したのならまだしも、そのような描写はありません。この比較にはどうも無理があります。

それから、最近大河をなかなか完走できなくなっていますが、私の場合、1年間という放送期間の長さに少々うんざりし始めていることもあります。何度も書いていますが、何かお役所的前例踏襲といった感じもしますし、随分贅沢だなと思います。本来公共放送とは、このような贅沢な番組作りをするものなのでしょうか。

女性主人公大河が作られなくなったのはいいのですが、その代わり男性主人公でも、あまり面白くないものも出て来るようになりました。現時点で『青天を衝け』が、令和の大河の中で一番面白いと思うのは、前の2作品に馴染めなかったことも大きいかと思います。

ところで女性主人公大河にも色々あります。個人的に『八重の桜』は結構好きですし、『篤姫』はまあまあです。ただ前出『武将ジャパン』のコラムで、幕末大河の場合、何かにつけて『八重の桜』がどうこうと引き合いに出されるのにはうんざりです。

その反面、たとえば『江~姫たちの戦国~』の描写は疑問がありました。あれやこれや、おかしなことだらけというのもありますが、主人公と敵対する人物、特に秀吉が見るからにいやらしい感じで描かれています。敵対する存在を最初から悪人として描くのは、如何なものかとは思うのですが。

飲み物-ウイスキーストレート

[ 2022/01/13 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-54

先日、このブログへのアクセス数がかなり伸びていてちょっと驚きでした。恐らく、『どうする家康』関連でアクセスされた方が多かったかと思われます。ただし今回は5日連続ではないため、次がいつになるのかちょっと待たれます。ところで、今現在NHKサイトの大河ドラマタグをクリックすると、この『どうする家康』と『青天を衝け』、『鎌倉殿の13人』の3年分の大河が一堂に会するような格好になっており、正にこの時期ならではといえます。

ところでこの大河、時代考証に小和田哲男氏のみならず、平山優氏も加わっています。戦国といえば、『真田丸』以外は何でも小和田氏任せだったのですが、武田氏や真田氏も描かれるため、恐らくは平山氏が入ったと見るべきでしょう。あとSNSですが、ツイッターアカウントがあるので置いておきます。インスタはまだのようですね。
https://twitter.com/nhk_ieyasu

それからこの間もちょっと触れた、『鎌倉殿の13人』の後白河法皇役の西田敏行さん、今までの大河で実に様々な役を演じています。『新・平家物語』の北条義時役に加えて、家康をはじめとする徳川幕府の征夷大将軍、豊臣秀吉などの権力者や、幕末大河の志士、さらには日系アメリカ人や山本勘助まで演じていて、かなり幅が広いです。近年では、何と言っても『西郷どん』のナレーション、そして西郷菊次郎役が今なお印象に残っています。

ところで最近、女性主人公大河というのを見かけなくなりました。一番最後の『おんな城主 直虎』から、もう5年経とうとしていますが、今後も作られるかどうかは微妙です。『篤姫』こそ高視聴率でしたが、その後は設定がおかしい、あるいは数字が取れないといった作品が多く、何よりかにより創作だらけで、その創作部分がどうも旨味に欠けると思われるからでしょう-その点、数字はそこまでではなかったものの、『八重の桜』の創作部分はそこそこ受け入れられました。もし大河が2クールであれば、女性主人公も人選次第では面白くなるのかも知れませんが。

それから、これは「三谷大河はなぜ批判されるのか」といったタイトルで書いていますが、三谷さんは大河で庶民視線を重視しているようです。しかしこれにはやや疑問が残ります。確かに今までの大河2作品で、その当時の一般の人々を出したのは納得できます。しかし彼ら彼女たちのその後が、思ったほどに描かれていない感があります。時代の変化、主人公の退場は描かれていても、その後の普通の人々はどうなったのかと思ってしまいます。

『新選組!』は、総集編で沖田の姉、みつの視点をいくらか入れましたが、『真田丸』の場合は、きりのその後がなかったのは如何にも残念でした。最終回で信繁が切腹まがいのことをやるくらいなら、その尺を彼女のその後に割いてしかるべきだったでしょう。それを考えるとこの両作品よりも、『八重の桜』の山本家の人々、あるいは『風林火山』の甲斐の農民たちの方が、その時代を彼らなりの視点でどう捉え、どう生きて行ったかが描き出されているように思えます。

飲み物-クリスマスのカフェオレ
[ 2021/12/01 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』徒然その15

『青天を衝け』第31回と第32回です。最終回まであと10回を切りましたね。

渋沢家には婿養子(ていの夫)が入ることになりました。東京の栄一は成一郎と再会を果たし、成一郎も惇忠同様富岡で働くことになります。一方で、栄一に妾がいることがお千代に発覚します。しかも彼女は妊娠中で、お千代は、皆で一緒に暮らせばいいと提案します。また大隈重信が去った政府内は一丸となれず、西郷隆盛は不満を漏らします。

栄一も政府で働くことに限界を感じ、民間の仕事をしようと決意し、銀行を作る計画を立てますが、なかなか思い通りにことが運びません。そして父のあとを追うように、母ゑいもまた世を去ります。そしてこの当時、官営の富岡製糸場が稼働する中で、不平士族たちの反乱が相次いでいました。

大体このような感じで、やはりと言うか何と言うか、栄一と成一郎の再会とか、家族とのシーンなどはいいと思います。ただこれが政府とか、あるいはビジネス関係になると、ちょっとどうかなと思われるところはあります。登場人物の内面があまり描かれないと言うか、そう描かれている人物が限られると言うべきでしょうか。

それとやはり、はじめに対立ありき的な印象があり、これはやはりちょっと物足りなく映ります。対立があるならあるで、もうちょっとダーティに描くという方法もあるのですが、この大河でそれは難しいでしょうか。また西郷隆盛の描き方が、もちろん『西郷どん』と全く同じにはならないにせよ、もうちょっとどうにかならないかとは思います。どこか賑やかし的で、『篤姫』の西郷のようです。

しかもまだ明治初年であることを考えると、栄一の中年以降はあまり描かれないと考えるべきでしょう。そもそも吉沢亮さんをキャスティングした時点で、そうではないかと思っていましたが、ならば幕末の動乱が終わり、これから明治となって、その後数年で完結するという展開でもよかったのです。ただ恐らく、慶喜が明治天皇に拝謁するところまではやるのでしょう。

『八重の桜』もそういうところはありました。何せ物語の前半は「乱世」であり、その乱世が終わって、今度は新時代に向けた展開になるわけですが、前半にかなりの高揚感があっただけに、後半はちょっと物足りなく感じられることもあるものです。しかしそれはそれで、また日々の様々な出来事があるのですが、これが近代である分、創作を入れられないのが痛し痒しで、この時代を舞台とした大河の弱点であり、解決策もそう見いだせないようです。

あと気になったこととして、うたが「皇后さま」と言っていますが、この当時なら「皇后陛下」ではないでしょうか。実際皇后陛下の養蚕は、今に至るまで続いていますね。それと吉沢さんは洋服より着物の方が似合うような気がします。


飲み物ーホットワインとくるみ
[ 2021/10/31 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

改めて思う『天地人』のおかしな点

『天地人』について先日書いていますが、せっかくの上杉家の大河でありながら、夫婦大河、もっと言えばホームドラマ的大河になってしまったのは、制作サイドの責任でしょう。無論、前作の『篤姫』にもそういう部分はありました-2000年代から2010年代にかけての女性主人公大河で、一番その手の雰囲気から遠かったのは、『八重の桜』であるかと思います。

ただ『篤姫』が基本的に大奥主体であり、ヒロインがこの大所帯を如何に束ねて行くかに腐心する一方で、薩摩では小松帯刀が藩主島津斉彬、久光の右腕となり、西郷や大久保といった藩士たちをまとめる家老の立場であって、その両者の対比は描かれていたかと思います。(ただ初恋の相手設定というのは疑問でした)

幕末と戦国末期~江戸時代初期という時代設定の違いはあれ、やはり家老的立場の直江兼続と、その主君の上杉景勝を描くにしては、何かおちゃらけた雰囲気が漂っていましたね。子供時代の描写がよかっただけに、あれはどうにかならなかったのかと思います。

また登場人物の服装と髪型、流石に石田三成のあれには引きましたし、兼続もいつまでも前髪をつけたままとか、これは『真田丸』との比較関連タグ(真田丸と天地人比較)でまとめていますが、真田幸村が人質というより、まるで直江家の食客のように見えたりもしました。さらにおかしいのが兜の「愛」です。

元々これは愛染明王から取った(諸説あり)と言われていますが、この大河では、兼続が兜をどのような意匠にしようかとあれこれ字を書き散らし、その中で「愛」の字を見つけた妻のお船が、これがいいのではと提案することになっています。こういう描き方がどうも安直なのですね。

その他にも、徳川方は悪であり、会津の神指城が、彼等と自分たちを隔てる結界のようなイメージになっていたのも変でしたね。元々この城は軍事拠点ではないかと家康に睨まれ、直江状によってそれが否定されることになりますが、実際景勝はこの城を、新しい城下町の拠点にするつもりだったようです。

その直江状。元々家康に宛てた書状であるはずなのに、なぜか他の要人にも送られたことになっているし、しかも書状そのものがやたらに長い。おまけに「挑戦状」扱いされていますが、これは家康からなぜ上洛しないのかという文が、西笑承兌を通して送られ、それに対する返信であって、挑戦状ではありません-無論、徳川幕府の成立後、そのようにいわば改竄された可能性は否定できませんが。

おまけに、直江兼続だから長谷堂城の戦いがあるかと思ったら、それも殆どなし。最上軍もモブ。この点は言っては何ですが、『青天を衝け』の禁門の変をちょっと思い出します。

これ、もう少し描き方を変えていたら、戦国末期から関ヶ原を挟んで、徳川幕府成立後の、『独眼竜政宗』とはまた違った面白さの戦国東北大河ができたはずなのに、結局そうならなかったのは残念です。本当は再来年は、家康よりこっちをやってほしかったのですけどね。無論九州の島津でもよかったのですが。

ただ家康が出て来るとなると、上杉なり最上なり、島津なりが出て来る可能性は十分考えられます。ただ、この『天地人』のように、題材はいいけれど、描写方法にかなり疑問が残る大河であってほしくはないものです。

飲み物-カウンターとカクテル

[ 2021/09/26 01:15 ] 未分類 | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』関連記事続きそして出版社の今後の在り方

先日、先々日の2度に分けて、『現代ビジネス』の大河関連記事について投稿していますが、出演者の年齢関連で、またおかしな点がありました。既に書いていますように、この記事では、23歳で『義経』の主演を務めた滝沢秀明さんに続き、吉沢亮さんは27歳で、史上二番目の若さと書かれています。これだと最年少記録は滝沢さんになりますが、実際は『篤姫』で主役を演じた宮崎あおいさんが、放送開始時22歳で最年少記録です。

しかもその後放送された『江~姫たちの戦国~』の場合、これはその当時報道されたので覚えていますが、主演の上野樹里さんは24歳でした。さらに香取慎吾さんも、『新選組!』放送開始時は27歳そこそこで、吉沢さんとどっこいです。この記事の「史上二番目の若さ」とは、何を基準にしているのでしょうか。

このウェブメディアの発行元は、言うまでもなく講談社です。『週刊現代』と『FRIDAY』を発行している出版社ですね。但しこのメディアはあまり読まないと私は書いています。ビジネスと謳っている割には、普通の週刊誌程度の内容の記事が多いと思われるためです。

今の週刊誌は、明らかに高齢者向けメディアとなっています。無論普通の書籍も出版されてはいますが、何よりも講談社と言えば、漫画とアニメを思い出す人も多いでしょう。収益もそこそこあるでしょうし、今後の読者層を考えた場合、そちらにシフトするという方法もあるのではないでしょうか(但し『鬼滅の刃』は集英社ですが)。

それから1990年代頃ですが、この会社の一部書籍で、スポーツをビジネスにリンクさせるやり方が、ファンの不評を買ったこともありました。組織論や経営戦略で、スポーツとビジネスをダブらせるのは今もあると思いますし、すべてが無意味とは言えないかも知れませんが、あくまでもスポーツはスポーツです。寧ろ「スポーツビジネス」に着眼した書籍であるのなら、それはそれで理解できるのですが。

飲み物-パブのビール1
[ 2021/09/05 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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