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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと―持ち上げる今年そして叩く昨年

『武将ジャパン』大河コラム続きというか、まず三谷さん脱稿関係です。そしてそれに絡めるようにして、まあ例によって例の如くと言いますか、『青天を衝け』をかなり叩いています。

朗報です。
まだ8月末なのに、脱稿したそうです。
(注・関連記事リンクがありますがここでは省いています)
決定稿にするまで手を入れるから、そのせいでギリギリまでかかるのだろうけれど、プロットの仕上げそのものはそう遅くないだろうと。
これはドラマを見ていればわかります。

三谷さんにしては早い方なのだろうと思います。しかし何度も書くようですが、これがガイドブックの発売に影響している印象もありますし、早い人は、放送開始後間もなく脱稿ということもあるようです。

今回は頼家の暗殺が、風呂場でなく猿楽の舞台でした。
あの猿楽は手間と時間がかかるため、いきなり決めてできるものとは思えないのです。
本作は作りに時間がかかるような場面が多い。
小道具や衣装も手間暇かけています。時間にある程度余裕がなければできないはず。

猿楽のシーンはあらすじと感想でも書いていますが、『太平記』で、柳営(将軍-この大河では執権-の館)に招かれた猿楽衆の中に、刺客が入り込んでいたのをベースにしているように見えます。武者さんがこれを観ているかどうかはわかりませんが。しかし猿楽だけでなく、他にもある程度の時間を見て取りかかるべきシーンというのはあります。武者さんがなぜここで『麒麟がくる』の能のシーンを持ち出さないのか、それがよくわかりません。『平清盛』の舞楽のシーンなども同じでしょう。

そして、

ですので、こういういい加減な報道に私は割と苛立っていました。
「三谷幸喜の『Nキャス』MC就任に大河スタッフが顔面蒼白!脚本が間に合わない!?」(注・本文は記事へのリンクあり)
三谷さんご本人の怒りは、私どころじゃないでしょうけれど……代わりに憤りをぶつけさせていただきます。
そもそも、そこまで脚本が決定的に遅い人が、三度も大河に起用されるものでしょうか?

別に武者さんが、代わりに怒っても仕方がないと思うのですが…。しかしこれも嫌いな大河だったら、我が意を得たりとばかりに紹介するのではないのでしょうか。何せ今までがそうでしたし。それと三谷さんの起用、本人の意向もあるいはあったかも知れませんし、『真田丸』が割とよかったから、もう一度となったのかも知れません。ファンからの要望もあったでしょう。

それと好きな大河の割に、こういうツイをするのですね。歴史系ライターを名乗っていて、大河コラムを有料で書いている人が、これはどうかと思います。

小檜山氏ツイ義時関連

そして嫌いな大河に関しては、武者さんはこの通りです。

近年で脚本が遅れていると判明したのは『青天を衝け』です。脚本家が歴史に馴染みがないか、好きでなかったのだろうと感じました。
大河にはガイドブックがあり、おおまかなプロットが放送前にわかります。
そのプロットから根本的な部分が変わっているとなると、あまりに時代考証がおかしいと判定されたため、その後に修正されたと想像できます。
去年はそういう妙な変更やカットが多かったんですね。

昨年でなくても、ガイドブックと実際のドラマとのギャップは何度か見られました。嫌いな大河だから騒いでいるのでしょうが、今年もガイドブックと、実際のドラマのギャップはありますけどね。

ともあれ、まず2021年という年を考えてみたいと思います。

前年の2020年に行われるはずだった東京オリンピックとパラリンピックが1年延期され、この年の夏に行われることになりました。当然NHKも放映権を持っているわけで、中継に当たって大河ドラマの放送をいくつか削らざるを得なくなります。恐らくはそのせいで、脚本にいくらか変更を加えざるを得なくなったのも一因でしょう。かてて加えて、コロナ禍で収録と放送の休止を余儀なくされた『麒麟がくる』が、翌年にまで放送がずれ込んだため、当初の予定とはかなり違ってしまったのではないかと思われます。

事前にガイドを読んで「これをそのまま放送したらまずいだろう」と思っていると、実際の放送ではカットされて、どうでもいいシーンが追加されていた。
一例として、長州征伐の西郷隆盛です。
天狗党を大量処刑したことと比較して、流血を回避した西郷隆盛を褒めるニュアンスのプロットがありました。
しかし、戊辰戦争と西南戦争を引き起こした西郷が流血を避けるなんて、まずありえない話。
幕末史の基礎でしょう。

ちょっとわからないのですが、武者さんは、第一次長州征伐が武力衝突なしで終わったのをご存知ないのでしょうか。
『西郷どん』でもこの時は、西郷吉之助が徳川慶勝に直訴して平和的解決に持ち込んでいます。またこれに対する条件として、禁門の変を京で指揮した長州藩の三家老の切腹や、藩主父子の謝罪、さらには五卿の筑前への移転などが行われています。

そもそも武者さんは、自分が好きな大河の描写に沿っていないと気が済まないようですね。『八重の桜』、『西郷どん』そして『青天を衝け』、それぞれの西郷の描き方があるはずです。それを言うのなら『麒麟がくる』の光秀も、私は今一つ納得できないところがありました。

ゆえに、放送時はそうしたニュアンスの誘導はバッサリ消えていました。
小道具、衣装、VFXの処理もおかしかった。
店のインテリアとして「風神雷神図」の屏風があった。
本物のわけがありませんし、偽物にせよ店にあんなものは置かないでしょう。質感からして大型プリンタで印刷して貼り付けたようなのっぺりとしたものでした。
書状や書籍も、きちんと筆で書いたものではなく、印刷したのでは?と思えるものがしばしば見えた。

「そうしたニュアンスの誘導」とは何でしょうか。「これをこのまま放送したらまずい」ということでしょうか。何だか意味が通じにくいですね。

そしてあれがおかしい、これがおかしいとありますが、ならばもう少し客観的な説明をつけてほしいものです。あのパリの風景などは割とよかったと思いますし。『風神雷神図』がおかしいのなら、画像を貼ってどことどこがおかしいくらいに指摘するのなら、それはそれで納得できるのですが。あと「印刷したのでは」と言うのは、具体的にどんな書状や書物でしょうか。近代日本であれば、もう印刷された書物が出て来てもおかしくないでしょう。

そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます。
昨年は、ただの手抜きではない、不吉な予兆がいくつもありました。
そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石。
来週以降も期待して待っています。

「そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます」
これもどういう意味なのか不明。
そして
「ただの手抜きではない、不吉な予兆」
これも何のことやら。そしてさらにおかしいのが、
「そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石」
なぜ『青天を衝け』の脚本の細部を見ていれば、今年は盤石になるのでしょうか。

この部分、要は
「こういう細かい部分がおかしいと、脚本の進み方にも乱れが出て来そうです。単に手を抜いたとかでなく、もっと失敗しそうな何かを感じずにはいられません。こういう細部への詰めの点では、今年のは昨年よりまともです」
こう言いたいのでしょうか。しかしもう少しわかりやすい日本語で書いて貰えないものでしょうか。無論私は、昨年のが今年より劣っているとは思わないし、最初の方で書いたように、放送日程の急な変更でやむを得ない部分もあったかと思います。寧ろ昨年に比べた場合、今年はやはり如何にも三谷さん的展開で、やや食傷気味に感じられることもあります。

そしてこの「今年はやはり盤石」、「来週以降も期待して待っています」なのですが、ちょっと無理が感じられます。本当に面白ければ、わざわざ昨年の作品と、何かにつけて比較する必要もないわけです。『青天を衝け』を、未だにかなり意識しているのだろうとは思いますが。


飲み物-パブのビール2
[ 2022/09/03 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』第21週感想-3と大河三谷さん関連

『ちむどんどん』、今回は気になった点をごくざっと書いておきます。

  • 歌子の歓迎会で鶴見から杉並に駆け付けるあまゆの常連
  • 主役のはずの歌子が買い物をさせられる
  • あまゆの主人順次が酔って「智は暢子のおさがり、お古」と言っているのが、戻って来た歌子に聞こえてしまう
  • 良子と博夫の会話になぜか、2000年代になって登場する「食育」という言葉が出て来る
  • 矢作「(暢子は)フォンターナの厨房でも、一つのことに集中すると周りのことが見えなくなっていた」
  • なぜか智が、恐らく「ちむどんどん」からそう離れていない場所で、交通事故に遭ったのを知っている三郎
  • 電話口での「瀕死の重体」

まず、あまゆの皆さんも三郎・多江夫妻も、開店前の「ちむどんどん」に、歌子の歓迎会で来ているわけですが、つい先日も試食会でも来ていましたよね、確か…。それと田良島さんは先日『鎌倉殿』で、後鳥羽上皇に拝謁していたのを思い出します。

その歓迎会、酒が足りなくなり、なぜか歌子が智と買いに行かされます。そして戻って来たところ、中で順次が「智は暢子のおさがり」などと言うのを聞いた歌子は、愕然とします。これにはネット上でかなり突っ込みが入っていました。当然でしょうね。第一智は暢子と付き合っていませんし、それに「おさがり」だの「お古」だのという表現も、正直言ってどうかと思いますね。この朝ドラ、それでなくても犯罪とか暴力がよく出て来ますが、今回のこれは「母親の不幸は息子と結婚できない」に匹敵します。

また「食育」ですが、2000年代に入って農林水産省が提案しています。当然この1979年の時点では存在しない言葉です。それでも、ストーリー自体が面白ければ、その当時なかったとしてもまだ許せますが(『芋たこなんきん』ツチノコの週のリセットのように)、こちらはストーリーがあまり楽しめないので余計に気になります。

矢作の暢子に関する指摘は当を得ています。と言うよりもこの場合、
「何か一つのことに集中すると、他のことができなくなる」
も含まれるかと。愛と玉ねぎの皮をむいているシーン、喋ると手が止まっていましたし。

そして三郎から智の交通事故のことを聞かされる暢子ですが、鶴見にいるはずの三郎が、なぜそれを知っていたのでしょう。鶴見の住人のことは、まず三郎に行くのでしょうか。それと「瀕死の重体」、これも突っ込まれていたようです。この場合「瀕死の重傷」かと思われます。

あとあのセット、何度か使い回されていますね。賢秀が我那覇と再会したのもあのセットでした。しかし「瀕死の重体」になるほどの大型車が、ああいう道を走るでしょうか。これは『あさイチ』の朝ドラ受けでも言われていたようです。

それから大河ですが、三谷さんがやっと脱稿したと、先週末の『情報7daysニュースキャスター』でコメントしたとのことですが、やはりガイドブックの発売の遅れは、これと関係しているようです。

個人的に思うのですが、三谷さんはもう大河を書かない方がいいのではないでしょうか。『真田丸』もそうだったかと思いますが、1年間の長丁場ですから、その中でやはり遅れは出るようですし、またコント的シーンも入るし、その一方で歴史の部分にはこだわっていて、それがアンバランスに映る人もいるでしょう。以前三谷大河は、やはり三谷さんのファンに向けられていると書いたことがあります。一言でいえばクセが強めなわけです。それを受け入れられるか受け入れられないかが、評価の分かれ目になるのでしょう。

これは宮藤官九郎氏も似たようなものです。しかし舞台とTVでは観ている層が異なります。書く側としては、日頃書き慣れている舞台の乗りが、どうしても入ってしまうのは無理からぬ話です。とは言え、それにやはり違和感を覚える人は出て来ます。ちなみに、鎌倉殿に批判的な方の文章を見たことがありますが、落としどころが下世話過ぎと評されていました。


飲み物-アイスコーヒー2

[ 2022/09/01 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』補足そしてガイドブック発売日に思うこと

まず『武将ジャパン』大河コラム関連で補足です。

後鳥羽上皇が、頼家の病について
「うまいもんばかり食って不養生していた」
と話していた件について、このコラムでは
「糖尿病になる京都の貴族からの連想ですかね」
と書かれています。

この意味がいささか不明だったのですが、どうもこれは、貴族の食事の炭水化物の多さと運動不足によるものということでしょうか。私は、頼家が食べていた「うまいもん」は獣肉であり、動物性たんぱく質の過剰摂取による、今で言う生活習慣病ではないかと思っていました。炭水化物はともかくとしても、武士が運動不足というのは、あまり聞きませんし。
ただいずれにしても、頼家は糖尿病ではなさそうでしたが。

それから同じコラムで

幕末ならば、主に殉じる忠義こそが武士の華。
近藤勇にせよ、土方歳三にせよ、あの薄情な徳川慶喜のために命を賭して戦った。
戦国時代だって一応そうです。
真田幸村は九度山で生きていく道を捨てて、我が子を巻き込んでまで、大坂城で忠義を燃やす人生を選びました。
そういう忠義のある武士を描いてきて、ついに「んなもん関係ねえ!」という時代まで、三谷幸喜さんは遡ってきました。

とあります。
私はこれに関しても、幕末と戦国とでは事情が違うと書いています。1人の主君への忠義は、江戸時代の儒学導入の影響も大きいでしょう。そして戦国は、主君を何度も変えた武士(藤堂高虎)がいたことについて触れています。『真田丸』でも信繁(幸村と書かれていますが、あの大河では原則信繁です)は大坂方についていますが、この時の牢人の中にも、恩賞目当ての者は多くいました。そして兄の信幸は、やむにやまれぬ理由があったとは言え、徳川の家臣となり、父昌幸の「幸」を捨てて信之と改名しています。

それとNHKの公式サイトの大河関連情報に、一挙再放送とあったので、また再放送するのかと思っていたら、7月に行われた再放送と関連番組の放送についてでした。もう終わっているのなら、関連記事から外していいかと思います。

あとこれも先日ですが、NHKのガイドブックが10月7日発売予定だと書いています。要は1か月ちょっと、ガイドブックなしで視聴することになるわけです。ちょっとブランクが長くないでしょうか。あるいは9月にインターバルがあって、また再放送するとか、特番を流すということになるのでしょうか。
またこれは憶測ではありますが、三谷さんの脚本が遅れているため、ガイドブックの編集にも遅れが生じているのでしょうか。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/08/27 00:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第32回「災いの種」あらすじと感想-1

第32回前半部分です。

頼家は順調に回復していた。しかし北条家の人々は心中穏やかではなかった。りくは既に剃髪しているし、仏門に入ればどうかと言い出す始末で、千幡を立てる方向で進めている以上、最早どうしようもなかった。政子は自分がことを急ぎ過ぎたことを責めるが、一幡が生きていることが救いであると言い、それを聞いた泰時は複雑な表情を浮かべる。義時は、頼家が北条家を許さないことは確かであり、答えは出ているとしてこう言う。
「ここは、頼家様が息を吹き返される前に戻す。それしか道はない」

時政と時房は頼家を見舞う。まだ立ち上がるとふらつくと言う頼家は、自分が死ぬのを願っていたであろう、父上の時と同じだと頭に手をやるが、時房は剃髪は回復を祈ってのことだと言う。しかし頼家は、出家しても政ができぬわけではない、還俗という手もあると言い、せつと一幡に会いたがるが、時房は流行り病であるとその場を取り繕う。

頼家はそれぞれ、鮎ずしと干し柿を見舞いに持って行ってやれと言う。そして能員を呼んでくれと言うが、能員も病であると時房は言い、鎌倉殿もお気をつけくださるようにと言う。一方実衣は尼にはならない、仏様は全成を助けてくれなかったからだと言い、菩提は弔うつもりだった。それも一つの生き方だと義時。

しかし実衣は、比奈も比企の者であると主張し、去って行く。今後のことを尋ねる政子に、義時は伝えたいことがあると言う。つまり一幡は既にいないということだった。義時は、一幡は一旦館を出たが燃え盛る館へ引き返したと説明する。政子は、初めから助ける気などなかった、義高の時と同じ、生きていれば何をするかわからないから葬ったのかと気色ばむ。

政子は弟を平手打ちにし、私の、頼朝様の孫を殺したと感情を露わにするが、義時は冷静にこう返した。
「一幡様にはいてもらっては困るのです」
政子は頼家も殺すつもりかと尋ねるが、義時は首を横に振る。尚も、あなたを信じることはできないとまで言う政子だが、義時は立ち上がり、この度のことを頼家に伝えに行くと言う。政子は自分が話す、これは私の役目だと言う。

義時は、全てをお話しになるおつもりですかと姉に尋ねる。政子は自分だって心得ていると言い、頼家の寝所へと向かう。同じ頃、義時の妻比奈は、夫婦となった時の誓紙を広げていた。

政子は頼家に、比企が滅んだことを伝える。最早せつも一幡もいないことに頼家は戸惑いつつも、なぜだと問い、政子はだれも頼家が回復すると思っておらず、それを悟った比企一族は館に火を放ち、命を絶った、貴方1人を死なせるわけに行かなかったのだと話す。しかし頼家は、なぜ比企一族が死なねばならぬのかを訝しく思い、政子に、本当は何があったのかと問い詰める。

頼家は、北条が比企を滅ぼしたことを感付いていた。政子の言葉に、そんなわけはないではないかと涙を流す頼家に、忘れ、断ち切るように政子は言い、何のために生き長らえたかを考えるように諭す。頼家は善哉についても尋ねるが、善哉は母つつじと三浦館に匿われていた。しかる後に頼家は態度を変え、母に出て行くように迫り、こう叫ぶ。
「北条をわしは絶対に許さん!お前もだ」
そして政子になおも出て行くように言い、泣きじゃくる。

三浦義村は、善哉とつつじの寝所に行き、恐ろしくてと言うつつじに、事はよい方へ向かっていると言う。千幡にもしものことがあれば、次の鎌倉殿は善哉様だと言うのである。時をお待ちくださいと義村。

その頃朝廷では、後鳥羽上皇が双六の駒を床の上に高々と積み重ねていた。そこへ中原親能が鎌倉からの文を持って現れる。文には頼家の危篤とあった。うまい物ばかり食って不養生をしていたのであろうと上皇は素っ気なかったが、弟に継がせる旨の部分を見て、そこにやって来た慈円に、どう思うかを尋ねる。慈円は夢の話を始め、上皇はまたお得意の夢の話かと、どのような内容であるかを聞きたがる。

慈円はその夢によれば、壇ノ浦に沈んだ三種の神器の内、失われた宝剣の代わりが武家の棟梁である鎌倉の将軍であり、新将軍を大事になさいませと進言する。上皇はさらに、千幡が同時に元服すると書かれているのを見て、自分が名付け親になることを決める。頼朝の朝を取り、さらに親能に、板のつなぎ目の出っ張りを何と言うか尋ねるが、親能は答えられない。そこで慈円がすかさず「実」(さね)であると言い、上皇は、京と鎌倉を繋ぐ実となって貰うと、新将軍の諱を実朝と決める。その後上皇は、積み重ねた駒を散らしてしまう。

鎌倉ではりくが、千幡が元服して征夷大将軍となれば、次は御台所であると時政に話していた。流石に早いと時政は言うが、こういうことは早め早めに手を打っておくべきとりくは言い、頼朝はしかるべき御家人の娘をと考えていたが、頼家のこともあり、京から迎えようと提案する。しかもやんごとなき方の血筋でというのが条件だった。

りくは娘婿の平賀朝雅を呼んでいた。朝雅は京都守護となる予定で、京でしかるべき人物を見つけ、息子の政範に迎えに行かせる手はずだった。そこへ朝雅が現れ、来る途中で野菊を摘んで来たとりくに渡して、彼女を喜ばせる。一方比企館の焼け跡を目の当たりにした頼家は、能員がそう易々と討たれるはすはないと考え、仁田忠常と和田義盛を呼びつけ、本当のところはどうであったのかと尋ねる。

義盛は能員が和議の件で呼びつけられ、命を落としたと説明し、忠常もうなずく。頼家は時政が手を下したのかと尋ね。義盛は、誰が手を下したのかはわからないが、命じたのは北条殿であると答える。頼家は2人に、時政の首を持ってくるように言う。戸惑う2人に頼家は言う。
「あいつがやったことは謀反と変わりない。討伐するのだ」


頼家が意識を取り戻したことで、思わぬ番狂わせとなった北条家の人々は、今後のことで話し合います。それぞれがあれこれと自分の考えを述べる中、義時は結論を出していました。
「頼家様が回復する前の状態に戻す」
具体的にどのようにするかは、考えているでしょう。しかし何だか「システム復元」を思わせる言葉です。

ただここで困るのは、頼家に比企のことをどう説明するかでした。まず時政と時房が見舞いに行き、せつも一幡も、そして能員も流行り病である、鎌倉殿もお気をつけてと言います。この辺り、何やら昨今の事情を入れて来ている感じがしなくもありませんが、それはさておき。この頼家が言う鮎ずしとは、発酵させた所謂なれずしのことでしょうね。一方で実衣は、仏様は全成を助けなかったから自分は出家しないと言い、さらに比企の一族である比奈がまだいると言ってその場を去ります。この辺り彼女らしくはあります。

一方政子は、義時から一幡が死んだと聞かされて感情をむき出しにします。無論冷静に考えれば、一幡を生かしておくのが最も北条に取っては危険なのですが、そしてこれは少し前の投稿にも書いていますが、頼朝と自分の孫であるため、特に情にほだされているようです。ただ、その可愛い孫に比企の血が流れているのが、この場合大きな問題ではあるわけですし、そして実際、生きていれば何をするのかわからないとしか言えないのですが…ここで思い出すのが、『真田丸』の阿茶局が大坂冬の陣後の和睦で
「災いの根は摘み取ってしまいましょう」と大蔵卿局に言う、あのシーンです。

政子は、自分が頼家にこのことを伝えると言い、比企一族は頼家がもう蘇生しないと思い、自ら館に火をつけたと話します。しかしこれもちょっと無理があります。そもそも一幡がいるわけですから、逆に一幡を鎌倉殿にするべく、比企一族が動き出す方が自然ですし、実際そうしようとしていたわけです。そして頼家は、ここで比企が滅ぼされたことに気づいていたようで、政子に対しても出て行けと声を荒げます。このような誤魔化し方をするなら、誰かがちゃんと言った方がよさそうな気もしますが。

義村。千幡が鎌倉殿になるのを受けて、もし千幡に何かあれば次は善哉様と、自分の館に善哉共々住まわせているつつじに言います。つつじがそれを聞いて嬉しかったかどうかは、ちょっと疑問ですが。一方朝廷には頼家の危篤、そして実朝の将軍就任を要請する文が届きます。後鳥羽上皇も千幡には期待しているようで、板の継ぎ合わせの「実」(さね)から、実朝という名を与えることにします。

鎌倉殿、そして将軍就任が決まると次は御台所であるとりく。しかしこの大河では、どう見ても時政夫妻が千幡の乳母夫に見えてしまいます。そして娘婿の平賀朝雅が、野菊を持ってりくを訪れますが、なんとも如才なさそうな感じです。と言うか、『ちむどんどん』の田良島さんですね。


飲み物-ビールと夕日2
[ 2022/08/22 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 68その1

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、第31回前半部分です。

1.系統は二つあり、頼朝の子と、全成の子。
全成には頼全と時元という男児がいました。
一方、頼朝には三名いて、一幡、善哉という孫、頼家の弟として千幡が表示されます。他にもいる頼家の男子は、ドラマでは省略されていますね。

あらすじと感想で書きましたが、子供たちが多いなと思ったのがこの回でした。当然ながら、これ以上子供たちを出せば、誰が誰だかわからなくなるでしょう。また制作の方も紛らわしくならないように、見せ方を工夫していると思われます。

2.義時は冷静です。
「お前が書いたんだな」
「そうだ。何枚でもあるぜ」
「勘弁してくれ!」
義時は絶望しつつ紙を破ります。
当たり前ですね。むしろ、義村の頭を引っ叩かずに耐えている義時がえらい。
にしても、なぜ義時は義村の嘘を見抜けたのか。三谷さんらしいミステリぽい展開ともいえますね。

署名集めの時もそうでしたが、義時と義村の価値観の違いが出ていますね。
しかしなぜ義時は(あるいは視聴者も)嘘を見抜けたかと言われても、「あの」義村が、こんなに自分に取って都合のいい物を持ち出して来たら、一応は疑ってみるのではないでしょうか。これに関しては、ミステリ以前の問題とも言えるかと。
ちなみにこの箇所に関して、次のような喩えがあります。

3.美人で、仕事もできて、薄給でも文句を言わない。残業も、休日出勤もしてくれるし、おまけに露出の高い服装で出社してくる……そんなモバイルアプリじみた押しかけ秘書が実在するかどうか?
機密情報を全部盗まれるなんてことがあるかもしれない。有能で美味しい存在には警戒が必要ですね。

違うような気がします。
義時の場合、あくまでの相手の行為に関して疑いを持っているわけです。例えばいきなり有能な家人か誰かを押し付けられて、それが実はスパイだったなどと言うのであれば、いくらか似たところはあったでしょう。逆に比奈を、スパイのように使ってはいますが。

4.それでも悪びれず、比企の天下にしたくねえ、善哉しかねえと言い張るのが義村。
比企をぶっ潰す!と盛り上がり、反対する義時に対しては「そんなに三浦に力を持たせたくないのか」とウダウダ言い始めました。

ここのところですが、実際はこうなっています。
義村「比企の天下にしたくねえんだろ」
義時「もちろんだ」
義村「だったら善哉様に継いでいただくしかない。違うか」
そしてその後、比企が納得しない→その時は戦うまで→鎌倉が二分されてしまうと、義時、義盛そして時房の会話が続き、しかる後に
義村「三浦が力を持つのがそんなに嫌か」
義時「そういうことではない!」
となるわけです。
この前も似たようなことがありましたが、義時のセリフもこの場合重要なのに(比企の天下にしたくないという意思表示なので)、そこが抜けているし、比企をぶっ潰すというのは、主に義盛と時房が言っているわけですね。

5.「鎌倉が比企と北条で割れているのは俺でもわかる。でもな、俺はどっちの側でもない。俺は俺だ」
キッパリと、そう言い切る知家。
一番うまい身の処し方かもしれません。こんなシンプルな説明で風格を見せる市原隼人さんが今日も素敵だ。

と言うより、義時に「どちらにもつかない」という選択肢はないわけですから、比べると義時が気の毒でしょう。

6.美しいけれど毒がある。まるでトリカブトの花の精のような、生田斗真さんの新境地が見られました。

武者さん時々こういう喩えをしますが、これが女性ならまあいいでしょう。いささかファンタジー的ではありますが。しかし源仲章は当然ながら男性であり、この場合花以外の、たとえば鳥とか動物などになぞらえる方法はないものでしょうか。

7.大河ファンに揶揄されがちな、女性人物のセリフとして、次のような言い回しがあります。
「いくさは嫌でございまするぅ〜」
どの大河で、誰が言ったのか――そういう詳細はどうでもよく、ともかく戦を避けるためヒロインが薄っぺらいセリフを使うことを指摘したものです。
女の子は平和が好きでしょ、ゆるいでしょ、といったニュアンスですね。
あるいは女性の脚本家だったり、女が主人公だと「スイーツ大河」とされるスラングもあります。
そうした状況を踏まえて実衣の言動を見ると真逆。
夫と我が子を理不尽に殺された恨みを晴らすため、仇討ちした敵の首をどうやって並べるかまで指示する。スイーツどころかかなりのビターです。

私は別に実衣がビターという印象は受けません。ここの部分、何度も書くようですが。実衣が思ったことをずけずけ言えるのは、彼女の周辺が北条の人物だったからというのも大きいかと思います。身内に守られているという特定の条件下で、甘えと言うのは適切ではないかも知れませんが、少なくとも彼女を知る人たちの理解あってこそ、可能であったことでしょう。これが他人ばかりであったら、首を並べてなどのほほんと言ってはいられないでしょうし。寧ろ第30回などを見ていると、実際は弱さもある女性かと思います。この辺りくの方が強かでしょうし、真に強かな人物はこういう生々しいことを口に出さず、オブラートに包むような物言いをするのでしょう。

8.近年でも『八重の桜』や『おんな城主 直虎』は、むしろシリアスな残虐描写が多かった。
ただし、実際に戦争を体験した世代が「戦は嫌だ」というセリフを入れるのであれば、薄っぺらいどころか自身の経験を反映させたとも見なせるでしょう。

『八重の桜』はともかく、『おんな城主 直虎』の方は、個人的に馴染めなかったせいか、やたらに生首や死体を登場させて、「戦国らしきもの」の演出をしていたという印象があります。また戦争を体験した世代云々ですが、『真田丸』の梅が、戦になると男手が足りなく作物もできず嫌だと言うのは、説得力がありました。

9.「義母上は、父上に政(まつりごと)が務まるとお考えでしょうか?」
もちろん。そう言い切りながら、夫の器を信じていると断言するりく。そのうえで汚れ仕事を義時に押し付けます。
邪悪ですね。
頼朝にせよ、義時にせよ、自分が拳を振り下ろした結果、血が飛ぶところから目を逸らすことはありません。
ところが、りくはそうではない。
こういう想像力の欠落した策士には、目の前に首でも置きたくなります。

汚れ仕事を押し付けるのではなく、その汚れ仕事が女性のりくにはできないからでしょう。
武者さんがりくを嫌いなのは認めますが、報酬を貰って書いている以上、あまり好き嫌いを表に出すべきではないかとも思います。そもそも想像力が欠けているとは、どのような想像力が欠けていると言いたいのでしょうか。
それにこの後で出て来ますが、比企能員の殺戮現場の指揮を執っていたのは、彼女がその器を信じていると言った時政なのです。

10.そう言い合いますが……ある意味、頼朝が殺戮のたがを外した結果がこれです。たとえば頼朝が、源氏の血だからと木曽義高を助命していれば、その後の結果は大きく違ったかもしれない。
頼朝の死後、さらにゲームのルールは変わりました。
たとえ出家していようとも、阿野全成とその息子・頼全は殺された。
徹底せねば、いつまた驚異となるかわからない。
そして義時は、政子に誓約した直後、戦になったら真っ先に一幡様を殺せと泰時に命じます。
「生きていれば、必ず災いの種になる。母親ともども……頼朝様ならそうされていた」
頼朝の教えを受けた愛弟子が、その頼朝の血を引く幼子を殺す。何をどう間違ったらこうなるのでしょうか?

一幡を殺せという指示に関してです。しかしあの時義高を生かしていれば、恐らくは木曾の軍勢との戦に入り、御家人も割れ、すんなりまとまることはなかったでしょうし、平家も討てなかったかも知れません。そして武士の時代が続く限り、これは続きます。そもそも何を間違ったらなどという問題ではありませんね。武者さん、失礼ながらりくではなく、貴方の想像力が欠けているように見えてしまって仕方ないのです。それにこれ以前にも似たような事件はあり、平安時代中期には、藤原清衡が異父弟の家衡から妻子を殺されてもいますし、何も頼朝から始まったわけではないでしょう。

そしてこの一幡殺し関連でこのような文章があり、リンクが貼られていますが

歴史で言えば、司馬懿が曹操のやり方をトレースして、王朝簒奪する過程を思い出します。

これは日本の鎌倉時代の話です。馬懿が活躍した、後漢から三国時代の話ではありません。


飲み物-ブランデーグラスのビール
[ 2022/08/18 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第31回「諦めの悪い男」あらすじと感想-1

第31回「諦めの悪い男」前半部分です。

頼家が倒れ、人事不省に陥る。頼朝の時と同じ症状で、北条時政と義時、比企能員、大江広元はことの成り行きを見守っていた。頼家を診た医師は佐々木秀義の孫に当たる人物で、汗をかいているから望みはあると言って去る。頼家の病室は、頼朝が亡くなった部屋であるため、比企能員は自分の館に移して、せつに看病させることを主張する。

これに関しては時政も譲らず、義時が間に入り、大江広元の館に移ることになる。広元は妻に先立たれ、行き届かぬこともあるもののそれを引き受ける。

政子は道と共に頼家を見舞う。頼家は体が弱かった、丈夫に産んでやれなかった自分のせいと言う政子に、丈夫に育てられなかった自分のせい、尼御台のせいではないと道。一方能員は早々と、一幡を鎌倉殿にする意志を固めていたが、義時は、まだ頼家が亡くなると決まったわけではないと忠告する。しかし能員は宿老たちの意見を無視し、一幡の後継は鎌倉殿の御意志とまで口にする。

この時点で源氏の血を引く男児は、全成、頼家、千幡に加え、全成の子である頼全と時元がいた。しかし全成は最早おらず、頼家に万が一のことがあった場合、一幡、善哉、そして千幡に絞られる。しかも一幡は比企、善哉は三浦、そして千幡には北条が乳母夫としてついていた。そして御所内で能員を見かけた義時は彼に近づき、声を殺してこう言う。
「思い通りには決してさせぬ」

しかし能員は、鎌倉殿の1日も早い回復を祈ると言って去って行く。そして義時は三浦義村から書状を受け取る。それには、頼家とつつじの子が男児であった場合、これを源氏の棟梁とし、乳母父には三浦義村を任ずと書かれていた。そばにいた時房と義盛はこれを喜ぶが、義時は、これは義村が書いたものであると見抜いていた。義村はそうだと言い、同じ書状の写しを次々と懐から取り出す。

比企の天下にしたくないのなら、善哉様に継いでいただくしかないと義村は言うが、比企が納得するわけがなかった。その時は戦うまでと義盛と時連。しかしそれは鎌倉が二分されることを意味していた。三浦が力を持つのが嫌かと義村は言うが、義時が頭を抱えているのはそのことではなかった。どうすんだよと義盛に尋ねられ、それを今考えていると義時は声を荒げる。

頼家の葬儀の段取りも進んでいた。前は燃えやすいクヌギを使ったが、今度はマツを混ぜてみると知家。義時は部屋を出ようとする知家に、比企に近くなかったかと問いただす。知家は、鎌倉が比企と北条で分かれていることは自分でもわかると言い、自分はどっちでもないと言って去る。その時入れ替わるように時房が入室し、全成の子頼全が殺されたたことを伝える。在京の御家人である源仲章の指示のもと、全成の陰謀に加担したかどで殺され、首を刎ねられたのだった。

これには比企が関与した疑いがあり、最早比企との対決は不可避のものとなっていた。北条の者たちが集まり、実衣には、比企の手が及ぶ前に、子供たちの身を隠すように伝えたと政子。しかしそこに子供たちを連れて実衣が現れ、この子たちは手放さないと言う。結局畠山重忠とちえが、子供たちを預かることになる。実衣はすぐに比企を滅ぼしてくれ、首を刎ねて大きい順に並べるのとまで言い出す。

時政や時房は比企を攻める気でいたが、重忠が待ったをかける。そして義時は、能員はまず一幡を鎌倉殿にしたがっており、これを止めると言う。千幡を担ぎ出すつもりでいたのである。既に元服の年齢に達しており、御家人たちも納得するのがその理由だった。りくもこれに同意し、実衣は、全成もそれを望んでいたとやはり同意する。義時はそれでも駄目な場合に兵を使うつもりでおり、時政と重忠に、戦う覚悟はしておいてくれと頼む。

部屋を出た義時はりくに呼び止められる。りくは幼い千幡に政が務まるのか、貴方が政を遣るのかと尋ね、北条の惣領は我が夫、お忘れになりませぬようにと念を押す。義時はりくに、父上に政が務まるかと逆に尋ねるが、りくは、自分の夫の器を信じると言う。そして義時は、日本国のうち関東を一幡、関西を千幡にそれぞれ統治させるやり方を提案する。

しかし能員はそれを受け入れず、一幡のみに統治させるつもりだった。これは宿老たちには想定内であったが、義時はやれることはやった、拒んだのは向こうであると言う。そして泰時に、これで大義名分が立った、比企を滅ぼすと言い、泰時は呆然とする。そして8月末日、頼家の臨終出家が行われる。

頼家の枕頭で、比企は滅びなければならないのかと政子は尋ねるが、義時は、敵を容赦せず常に先に仕掛けた頼朝は正しかったと言う。そんな義時に政子は、源氏の血を引く一幡は助けるようにと頼み、義時は一幡は仏門に入って貰うと答える。しかし政子にそれを誓ったはずの義時は、戦になったら真っ先に一幡を、母親共々殺すように泰時に命じる。生かしておくと、後々まで災いの種になるためだった。

「頼朝様ならそうされていた」
義時はそう言ってその場を去る。その翌日比奈が比企館を訪れる。実は彼女は比企一族の様子を探るため、義時が送り込んだのだった。庭では一幡と善哉が遊んでいたが、つつじは不在だった。通は善哉も、一幡が遊びたいから呼んだだけのことと言い、善哉を八幡宮の神官にするつもりでいた。そんな善哉に比企尼は、鼻の辺りが頼朝に似ていると話しかける。

比奈は戻ると言ってその場を離れる。そんな比奈にせつは「また遊びに来なさいね」と声をかける。しかし比奈は、能員と志村が話しているのを聞き、能員が三浦を味方につけようとしているのを知る。館に戻った比奈は泰時に頼み、御所の義時に手紙を持って行かせる。泰時は比奈に尋ねる。
「父上は変わられましたか」
比奈は「変わられたと思うのですか」と問い返し、こう答える。
「人は変わるもの。それでいいのではないですか」


まず汗の件。頼朝の時も同じでした。この当時の医学はそうだったのでしょう。しかし無論、汗をかいているから大丈夫とは言えず、それを言うのなら心筋梗塞だって汗をかくわけですが-というか、汗で水分不足→血栓が作られやすくなる→冠動脈閉塞となるわけですが。ところでこの人物は佐々木秀義の孫という設定ですが、秀義の中の人の一人二役ですね。それにしても、病人を動かしたりして大丈夫だったのでしょうか。

政子と道。私が丈夫に育ててあげられなかったと言うのは、自分が育ての親であると主張したがっているように見え、2人の「母」の対立とも見えますが、そんな道に政子は寄り添います。一方で早くも葬儀の段取りも進められていました。知家はマツを使いたがっているようですが、燃えやすい反面、すすけやすいというデメリットもあるようです。

全成の子頼全が暗殺されます。北条という後ろ盾のいない京での出来事でした。子供たちを匿うようにとの意見が出、実衣は子供たちと一緒にいたがるものの、結局重忠が匿うことになるようです。それにしてもこの実衣の子供たちをはじめ、この回は子供たちがかなり登場します。その後実衣は、千幡を担ぎ出すことを承諾しますが、前から書いているように、彼女も全成も、今一つ千幡の乳母夫といった雰囲気が窺えません。

頼家の危篤状態により、北条と比企の反目の度合いが深まります。そのような背景もあり、能員が一幡のみを鎌倉殿にしたがっている点や、義時が能員に探りを入れた点、そして義村が遺言状を偽造した点などは何となく察しがつきました。遺言状の写しをいくつも懐に入れているのは、如何にも義村らしいというか、三谷さんらしい発想とも言えそうです。『真田丸』で、石田三成が大谷刑部と書状を作っていたのを思い出します。しかし能員、なぜ義村を味方に引き入れようとしますかね…。

りく。夫時政よりもはるかに政に長けている感があります。夫が惣領であると念を押すのは、要は自分が政を仕切りたいということでしょうか。後々の時政VS政子と義時の、伏線とも言えそうです。しかし宮沢りえさんと言えば、小栗さんが出るプレモルのCMでナレーションをやっていますね。

そして比奈。北条のいわばスパイとして比企館に行くわけですが、ここでも道が、善哉を軽く見ていると思われるセリフが登場します。そのような中、比企尼が善哉の花が頼朝に似ていると言ったのは、両親ともに源氏であるというのが言外に込められていそうです。そしてせつの「また遊びに来なさいね」、恐らくその機会はもう訪れないでしょう。


飲み物-ジョッキのビール
[ 2022/08/16 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(-)

『真田丸』と『鎌倉殿の13人』、それぞれのセリフへの違和感

『鎌倉殿の13人』関連です。先日の大河コラムに関する投稿の中で、私はこう書いています。

正直言って、この「信じる」ことの描写に多少もやっとしたものを感じました(『真田丸』でもこれは同じ)が、それは機会があれば改めて。

この『真田丸』で感じたこととして、2つの投稿を挙げておきます。冬の陣の後外堀が埋められ、大坂方が窮地に追い込まれるものの、秀頼が信繁の「望みを捨てぬ者にこそ道は開ける」を引用して、まだ望みは捨てないと言い、牢人たちもそれに同意するシーンです。

家康と秀忠父子は、大坂城が無防備になる様を眺めていた。これで後は、向こうが和睦を破るように仕向けるだけと、高笑いする家康。窮地に追い込まれた信繁は、妻子を上田に遣ろうとするが、又兵衛ら牢人たちがその場に押し掛け、戦がしたくてたまらない、何か策を考えろよと言ってくる。また秀頼も現れ、信繫の手を取って、信繁の言葉「望みを捨てぬ者にこそ道は開ける」を口にし、自分はまだ望みを捨てていないと言う。

最初の方、武田氏が危なくなるシーンでもこのセリフが登場したかと思います。30年余を経て、また繰り返されるこのセリフ、父の武田、息子の豊臣への忠義を描いているということでしょう。ただし牢人たちがわっと来て、何やら学園ドラマというか、ちょっと体育会系の乗りになりましたね。これは又兵衛の存在もあるのでしょうか。

無論、これはこれで一つの描き方ではあると思いますが、個人的にもう少し重めで、ダーティな展開を期待していたため、ちょっと予想外ではありました。望みを捨てないというのは美しく前向きな言葉ですが、それのみでやはり解決とはならないわけですし、これからのことを考えると、いささか決心が鈍るという描写もまたあってもいいわけです。武田氏滅亡回で「望みを捨てない」が使われていただけに、重めの描写の方が生きたような気がしますが、三谷さんはそうは考えなかったのでしょう。

そして『鎌倉殿の13人』です。こちらは政子がせつに対し、誰も信じようとしない頼家に思いをぶつけてみなさい、信じていないけど信じたいのですと言い、あなたにしかできないこととはっぱをかけるシーンがあります。そして僧たちを斬り捨てよと言いつつ、時連のとりなしで追放とした頼家にせつが近づきます。比企が煩わしいと言う頼家にせつは、あなた様とお話がしたい、自分と一幡をそばに置いてほしい、貴方をお支えしたいと語りかけます。

しかしどうも比企能員と道の言動からして、比企一族のせつを頼家が信じると言うより、比企に「取り込まれる」と言うのが正しいかと思われます。この場合も、信じるという言葉は非常に前向きなのですが、信じたその先に何があるのかとも考えたくなります。自分と一幡を側に置けと言うのは、暗に一幡を嫡男にと求めているとも取れますし、実際そうなってしまうわけです。それを考えれば、もう少し重めの、ある意味もうちょっと汚い展開に持って行ってもよかったかと思います。無論これも三谷さんが、それをよしとしなかったのでしょう。

ただしこれからは、能員への敵対を押し出した展開となるわけで、その意味では何かの伏線であるとも取れますし、能員はじめ比企一族に対する策略であるかとも考えられます。要は全成の呪詛と言い、つつじを正室にしたことと言い、比企封じのためであるわけです。『真田丸』の「望みを捨てない」とは異なり、一見前向きに見えつつ、かなり裏がある発言かとも思ってしまいます。ただ政子自身は策を練ったと言うより、それに乗った方であるかと思いますが。

それから頼家自身も、もっとダーティに描くという方法もあったかと思いますが、それはできなかったのでしょうか。

あと私としては、実衣の描かれ方がいささか期待外れでした。姉の政子とタッグを組んで、千幡を守り通すような設定になるのかと思っていたのですが、寧ろその姉には反発し、夫よりも結城朝光の方に気を惹かれたり、本来結束すべき相手との連携がうまく行っていない、あるいは実衣自身が、故意に連携させていないといった印象があります。

ついでながら小檜山氏のツイで、駒叩きをまたも批判したものがありました。賢い女、高学歴女を叩くと言った内容のものですが、駒は「高学歴」ではありません。そもそも戦国時代だし、関係ないところで出て来るから、叩かれているのですが…。

飲み物-パブのビール2
[ 2022/08/07 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 66その1

まず、『鎌倉殿の13人』第29回のあらすじと感想その2で、入力ミスと変換ミスが何か所かありましたので直しています。それと文章がわかりづらいところがあったため、それもいくらか修正しています。失礼いたしました。

では『武将ジャパン』大河コラムに対する疑問点です。
鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第29回「ままならぬ玉」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)


1.当時はまだ日本武道が確立できていません。
戦国時代ものなら、忍者の動きとして通じそうではありますが、幕末もので薙刀を使うような場面では、能力を発揮しにくい動きでしょう。

トウの動きに関する記述ですが、ここの「幕末もので薙刀を使うような場面」というのは、具体的にどういうシーンなのでしょうか。

2.組織としての忍者が確立する前の間諜(かんちょう)兼暗殺者である、善児とトウ。目の離せない二人です。
今年は殺陣も素晴らしい。
このコンビはちゃんと人を害することのできる動きです。
攻撃が当たっていないのに相手がわざとらしく倒れる――そんな2021年大河のような動きは極力控えていただきたいものです。

「目の離せない二人です」はいいでしょう。しかし例によって「今年は素晴らしい」「昨年は駄目」のパターンに持ち込むのが、武者さんらしいと言うべきでしょうか。それを言うなら、『麒麟がくる』でジャンプしながら相手を斬るのもおかしいし、『おんな城主 直虎』でも、殺陣がうまいと言うよりは、斬られ役の人がうまく倒れてくれたと思うようなシーンもあったのですが。これ、小檜山氏の方の朝ドラでも似たようなところがあります。

それとこの後の部分で、鼎立を三つ巴と言い換えることはできますとありますが、前者が三者の対立構図であるのに比べ、後者は、それが入り乱れるという意味が、強くなるのではないでしょうか。

3.おさらいしますと、義澄の父である三浦義明にとって、その嫡男は杉本義宗であり、孫が義盛です。
本来ならば義盛の父、そして義盛へとつながるはずの三浦一族惣領の座が、義澄と義村の系統に継がれたことになる。
以下がその系図ですね。

で、この下に系図があるのですが、これは他の記事にまとめた方がいいのではないでしょうか。そもそもここで三浦家の系図を出すより、まずあらすじを完結させてほしいです。

4.本当に、人選はこれでよかったんですか?
やはり三浦義村や畠山重忠を無理にでも入れておくべきだったのでは?

義村を入れたら自由に動けなくなるし、重忠を入れたら比企に遠慮するようになるから、避けるべきだったかと思います。そもそも比企が重忠を入れようとしないでしょうし、入れても北条との対立が激化するもとにもなりかねないし、このシステムも欠員補充が行われているわけでもなく、そう長続きしそうにも見えません。

5.京都では、梶原景時こそ「鎌倉本体の武士だ」と評されていました。
皮肉にも、景時がいなければもう頼家は持たないと判断していたのは、京都ということになります。このドラマの後鳥羽院は目論見が当たったとほくそ笑んでいることでしょう。

だからこそ、頼家に見放された景時を呼び寄せたとも言えるでしょう。京都を見くびってはいけませんね。

6.「これで比企に一矢報いることができた」
と無邪気に喜ぶのはりく(牧の方)。
義時が「そういうことではない……」と釘を刺します。
重い立場になったからには、それにふさわしい振る舞いをして欲しい。比企のことは忘れろと政子も言います。
そんなものは戯言だと言い合うりくと時政。すっかり悪い染まり方をしておりますね。

義時は「それにふさわしい振舞いをしてほしい」ではなく「御家人に範を示し、鎌倉を守ってほしい」と言っています。そして「悪い染まり方」も何も、時政とりくの夫妻は比企への対抗意識が並外れて強いのだから、こう言うのも無理はないでしょう。比企との対立をあまり表沙汰にするなと義時は言いたいのでしょうが。

7.頼家は図面に向かって乱雑にタテ線を引き、所領を半分にせよ、とでも言いたげに「それで対処せよ」と一方的に判断をくだします。
信心深い重忠は、神仏に仕える者をぞんさいにすると天の怒りを買うと困惑。
望むところだと頼家は答えます。今後所領のことは自分で処断する。好きにさせてもらうと言い切るのです。
頼家は、父・源頼朝に似ているようで、そうでもないところもあります。なかなか信心深かった頼朝に対し、頼家はハナから気にしていない風でもありますね。

この時頼家は「所領の広い狭いなどは所詮運、僧の身で欲深いとは片腹痛い」と言っており、それが重忠を煽ったとも考えられますし、またこの行動は、自分に圧力をかけようとする比企能員への反動でもあるでしょう。せめてこの2つについても触れてほしかったです。

8.さすが義村は立ち回りがうまいですね。目立たないようで、じわじわと権力の中枢に食い込んできています。

この間の結城朝光のことでも、自分の存在を知らせることなく景時を追い落としていました。こういう人物は、合議に加えるのではなく、一匹狼的に動かすのがやはりよさそうです。

9.善哉とは、源実朝を暗殺した公暁なのです。
確たる証拠はなく、この男児は「お前は源氏の後継になるはずだった、それが頼朝様の意志」と聞かされて育ちます。

「善哉とは、源実朝を暗殺した公暁なのです」
この大河を観ているのであれば、知っている人も多いのではないでしょうか。

10.頼家に新たな子も生まれて、焦っているのでしょう。りく(牧の方)が、時政を煽ります。
比企の思うままを許してはならない。
善哉すら邪魔者扱いをし、そのうえで「(将軍候補として)どなたか忘れていないか?」と言い募る。
狙いは千幡(9歳)でした。

「頼家に新たな子も生まれて、焦っている」と言うよりは、善哉という比企に無関係の子が生まれたものの、自分達に取ってはメリットがないわけです。一番の得策は、北条がついている千幡を担ぎ出すことにほかならないわけですね。

11.源頼朝と北条政子の子であり、後の三代将軍となる源実朝のことであり、乳母夫は阿野全成と実衣だから北条にとっては好都合です。

何度も書くようですが、全成と実衣が千幡の乳母夫らしく振舞うシーンがあまりないように思えます。武者さん、嫌いな大河だったら、その点についてあれやこれや書いたのではないでしょうか。

12.こうなったらどんな手を使ってでも……と言い出す妻。戸惑う夫。
「何年一緒にいるのですか、察してください!」
りくがノリノリ全開で夫にツッコむのですが……いやぁ、こいつぁ、とんでもねぇ悪女ですわ!

いやはや、前からりくは悪女呼ばわりされているようですが、私はそうも思いません。ただ京育ちであり、この手のことのかけては嗅覚が鋭く(と言うべきでしょうか)、実行力もあり、年若い継室がそうであれば、時政もつい言うことに従うでしょう。時政はちょっと勘が鈍いところもあり、それがりくにこのようなセリフを吐かせているように見えます。

13.三谷さんは随分と艶っぽい作風になってきましたね。

そもそもが夫婦の会話である以上こうなるでしょうし、これは『真田丸』でもそう変わらなかったかと思います。

14.白湯を淹れる全成の姿が映ります。
まだ鎌倉にお茶は到達していなようですね。

栄西が茶の栽培を始めてからまだ10年足らずで、そこまで普及しているわけではありません。無論それ以前に貴族の間などで飲まれていたことはありますが、第一、戦国時代くらいまでは武士階級でも白湯を飲んだりしていました。庶民の間にも茶が行き渡るのは、江戸時代に入ってからです。
それとこの時白湯を注いでいるのは、全成ではなくりくですね。

15.臆病で慎重で現実的。そんな全成の胸に、何か灯ってしまいました。
彼は権力欲は薄い。けれども、別の欲求はありました。
(中略)
妻にとっての琵琶とは、結局、結城朝光に会うための口実だったのか? そんな疑念が渦巻いてしまう。
離れてしまった妻の心を繋ぎ止めるためには、どうすればよい?
夫妻が育てた千幡を後継にすればよいのか?
妻は野心家でもあるし……と、でも考えたのでしょうか。この悲しい夫は、ついに呪詛を始めてしまうのでした。

この全成が実衣によせる思い、このシーンではそこまで描かれてはいません。呪詛を引き受けた彼の心の内が明らかになるのは、最後の方になってからです。ただ全成が悩んでいることは感じ取れます。あと文にある「百檀大威徳法」に何か意味があることも。

16.彼ら(注・義時と頼時)の愛読書『貞観政要』には、魏徴の言葉として以下のような答えの一例があります。
古より、帝王、之を艱難(かんなん)に得て、之を安逸に失わざるは莫(な)し。守成難し。『貞観政要』
古来より、為政者が国難に遭った際、その対処を怠っていたというのに国を失わなかったことはありません。守成こそ難しい。
頼時はこの困難を乗り越えてこそ、先が見えてくることでしょう。

ここでまた漢籍です。これも前回の「忠臣は二君に仕えず」のように、ドラマ本編中に出て来るものならまだ納得します。しかしドラマそのものには無関係なのですから、あらすじの後の方で書いてはどうなのでしょうか。それとこの時の頼時は、まだ為政者ではありませんね。

続きは次の投稿にて。

飲み物-海とビール
[ 2022/08/03 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第29回「ままならぬ玉」あらすじと感想-2

第29回「ままならぬ玉」後半部分です。


義村は頼家が善哉を嫡男として認めてくれるのだろうなと尋ねるが、比企が納得していないと義時は答える。頼朝が望んでいたことじゃねえかと義村は言うが、そのことが文書に記載されていないためだった。義村も、比企が大きな顔をすることを快く思ってはいなかった。

頼時は初からつまらないと言われ、父上を見習って真面目に生きようとやって来たのにとしょげていた。義時はそんな息子に女子の心がわかっていない、初は寂しいからわざとそう言ったのだと教える。そして、山ほど土産を抱えて帰ってくれば、機嫌を直してくれると言い、女子は大体きのこが大好きだと教える。頼時はいいことを聞きましたと言って出かけて行く。

その頃せつは、善哉が生まれたこともあり、頼家がつつじの所に入り浸っていると比奈に愚痴っていた。おさみしゅうございますねと言う比奈にせつは、随分他人行儀だ、もう比企の者ではないからかと面白くなさそうだった。そしてせつは、皆家のことばかり考えるが、自分は誰が鎌倉殿になろうがどうでもいい、鎌倉殿に自分の方を向いていてほしいと言う。比奈はいい考えがあると言い、せつを政子に会わせる。

政子はせつに、夫の頼朝は幼いころから苦労をし、人を信じることをしなかった、頼家もきっとそうであろうと言う。ならばどうすべきかと比奈が問いかけ、政子は、いっそ思っていることをぶつけてみてはと促す。誰も信じていないお人にですかとせつは尋ねるが、政子は、信じていないけど信じたいのです、私にはそう見えますと答える。そしてあなたにしかできないことと、自信なさげなせつの背中を押す。

頼時は伊豆で百姓たちに会っていたが、彼らは借りた米を返そうにも返せず、鶴丸は、約束をなかったことにしてしまえばいいと言い、頼時はその場で即座に証文を破り捨ててしまう。これは逃散を防ぐためであり、返済分として米を鎌倉から届けさせると同時に、彼等にも1人当たり米を1斗与えることにした。その後戻った頼時に、鞠の手入れをしていた頼家は、伊豆では大変な評判と聞いていると言い、頼時と義時は礼を述べる。

頼家は証文を破るとは思い切ったことをしたものだと言い、これで全国の百姓たちが証文破りをするのではないかとまで言うが、幸い今までのところそうはなっていなかった。頼家はこれを機に褒美を取らせようと言い、間もなく自分は征夷大将軍に就任する、同じ「頼」の字を持っていてはお前も心苦しかろう、天下泰平の「泰」の字を取って泰時とせよと命じる。鎌倉殿に名をつけていただけるとは誉れであると、義時はそつなく答える。

頼時改め泰時も父に言われて頭を下げ、これからも鎌倉殿のおそばで力を尽くしたいと言うものの、頼家はお前はうるさい、父の許で励めとにべもなかった。泰時は、頼の字は頼朝様の頼の字でもあると不満そうだったが、義時はもう忘れろと言う。その側には、泰時が初への土産に持ち帰ったものの、突き返されたきのこが積まれており、泰時は不満やるかたない表情だった。

頼家は日が落ちた屋外で、またも蹴鞠の稽古に興じていた。全成は人形を作り、呪文を唱えていた。その様子を実衣が目にし、義時に人形(ひとがた)のような物をこしらえていたが、小娘じゃないんだからそんなのを貰っても喜ばないと言い、そして、本気で鎌倉殿になってほしいなんて思っていない、ただ源氏だから気概を持ったらどうなのかと言いたかっただけと話す。義時は、その気にならなかったから今があるのではないかと言い、実衣もそれは同意だった。

義時は全成のことを、時政とりくに話す。呪詛をかけているのではと義時は言い、時政はうっかり、鎌倉殿はわしの孫だぞと口にしてしまう。義時は余計なことはやめていただきたいと言うも、りくはしらを切り、また比企と争う時は終わったと食い下がるが、比企にそれを言えと時政は苛立っていた。その頃西国から流れて来た念仏僧たちが、民を惑わしているとして捕らえられる。

斬り捨てよと言う頼家に、民が念仏僧をありがたがるのは、暮らしが厳しいからだと時連が諫める。頼家はお前も北条の手先かと不機嫌になる。鎌倉殿を案じて申し上げていると時連は答えるが、皆同じことを言う、腹にあるは己の家のことだけではないかと声を荒げる。僧を斬れば災いが起こると言う時連に、天罰など畏れぬと頼家は言うが、時連はお子達に何があってもいいのか、お考え直しをと諫め、結局彼らは衣を剥がれて鎌倉から追放されたにとどまった。

頼家は善哉の許へ行こうとしたが、その時せつが向こうから来て、自分と一幡の所へも足を運んでくれと言う。しかし頼家は、せつの後ろの比企が煩わしい、どけとまたも声を荒げる。せつは嫡男は善哉様で結構と言い、ただ自分と一幡の側にもいてほしい、比企は関わりないと譲らず、それを退けていては鎌倉殿は本当に1人になる、お支えしたいと言う。

建仁2(1202)年7月、頼家は征夷大将軍となる。束帯を着けた彼の後ろには能員が控えていた。一方りくも時政も、一向に呪詛の効果が表れないことに腹を立てていた。全成は、頼家の髪の毛を手に入れることにする。それがあれば何とかなりそうなのだが、だったら初めからそうしなさいとりく。しかし頼家に近づこうとするものの、そこに義時が現れる。頼家は鞠を蹴ることに救いを見出していた。

そして自ら義時に指導を行い、また父は蹴鞠は得意だったかと尋ねる。お上手でしたと答える義時に、父は何も教えてくれなかったと言い、また頼家は義時が笑うのを見て、父が心から笑っているのを見たことがないが、その気持ちは今になったらわかるとも言う。義時は、頼朝様は人を信じることをなさらなかった、父上を超えたいのなら、人を信じるところから始めてはどうかと忠告する。

そこへ平知康が現れるものの、頼家はしばらく下がらせ、そして一幡を跡継ぎにすると義時に言った。比企のためではなく、せつは強い女であり、かつての両親のように、2人で鎌倉をまとめて行ける、また自分はは弱いから、自分を信じてくれる者を頼りたいとも言った。そして頼家はもう蹴鞠に逃げることは止めたと言い、知康もお役御免となる。しかし頼家が投げた鞠を受けようとして、知康は古井戸に落ちてしまう。

そして助けようとした頼家も落ち、隠れていた全成がやって来る。そこにあった縄のお蔭でかろうじて2人とも引き上げられるが、頼家は全成に亡き父の面影を見ているようだった。そんな頼家を全成は、こうして見ると可愛い甥っ子だと笑い、義時は、役目の重さと日々闘っておられると言う。結局全成は御父上に頼まれたと、呪詛のことを実衣に打ち明ける。しかし全成は、お前の喜ぶ顔が見たかった、千幡が鎌倉殿になれば立場も上がり、いい思いをさせてやれるとも話した。

あなたは見かけ倒しだからと言う実衣の言葉に、全成は図星を突かれたような顔をする。そして呪詛のため御所の床下に置いていた人形は、全部集めて来たと全成は言うものの、実は1つだけ置き去りにされていた。


まず、以前の投稿で頼家を将軍と書いている箇所がありますが、家督を継いで鎌倉殿となってはいたものの、将軍宣下はまだ先でした。今後訂正することになるかと思います。

後継者選びがエスカレートしそうになります。実際
一幡-比企
善哉-三浦
千幡-全成、実衣
とそれぞれの乳母夫が存在し、しかもそれぞれが義時に絡む展開になるわけですが、頼家は最終的には、一幡を嫡男とすることに決めたようです。しかしせつが比企と全く無縁と言うわけでもなく、頼家が将軍宣下を受けた時の能員の存在、あるいは三浦の存在などを考えても、今後比企との対立は激化して行くことになるでしょう。あと井戸に落ちて助けるのは、パペットホームズで、穴に落ちた友達を助けるのを思わせますね。

それから頼時の伊豆行き。百姓に逃散させない目的もあったのでしょう。米を借りたことに対する証文をその場で破り捨て、帳消しにしてしまいます。その代わり、鎌倉から米を持ってくることで決着したようです。この場合は台風という自然災害のためですが、飢饉もあり、百姓の生活は安定しませんでした。あと、きのこはかつて、八重にきのこを持って行った義時自身の行動を踏まえていると思われます。

さてその百姓、時連が、厳しい生活であるが故の念仏僧の受け入れについて、頼家に説明しています。この念仏こそが、鎌倉仏教のひとつの流れであるわけです。一方で全成は、密教に由来する呪詛を行っています。しかしなかなかうまく行きません。それと時政、自分達が疑われているのに、鎌倉殿などとわざわざ言うでしょうかね。それと全成が作っていたのは「にんぎょう」ではなく「ひとがた」ですね。ちなみにホームズの『踊る人形』も、本来は「ひとがた」です。

それにしても政子がせつの、そして義時が頼家の背中を押すところは、何か2人で筋書きを作ったかのようにも見えてしまいます。無論一幡ではなく、千幡が頼家の跡を継ぐことにはなるわけで、嵐の前の静けさといった印象もあります。あと以前、比奈が比企の紙に言及するシーンがありましたが、あれは「小川和紙」のことでしょうか。

それと、この『鎌倉殿の13人』の女性たちなのですが、政子、りく、丹後局、八重、そして道などはいいかと思います。しかしそれ以外の女性が、これは演じている女優さんには悪いのですが、何か似たような印象を与えているように見えます。『真田丸』に出て来る女性は、それぞれキャラが立っていたように思うのですが、やはり舞台となる時代の違いもあるでしょうか。


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[ 2022/08/02 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第27回「鎌倉殿と十三人」あらすじと感想-2

第27回「鎌倉殿と十三人」後半部分です。

まだ御台所としての暮らしに慣れないと言うつつじ。政子は偉いのは夫である鎌倉殿、そこを勘違いしないよう気を付けるようにと教える。そこへ頼家が現れ、くだらぬもめ事が多いとぼやくが、当人たちには大事なことだから耳を傾けるように政子は戒める。そこへせつが現れ、一幡が立って歩いたと自慢げに話す。今後はケガに気を付けるようにと忠告する政子に、手間がかかる分だけいとしさが増すのを実感するとせつは言う。

さらにせつは、子供の顔が日に日に顔が変わると得意げに話す。そんな自慢気なせつにつつじは、自分と鎌倉殿の子は、源氏の血筋を引く鼻筋の通った子になるだろうとしか言えなかった。せつは「産んでからおっしゃい」とつつじに言い、辺りの雰囲気が気まずいものになる。頼家は立ち上がり、せつは慌てて後を追いかけ、政子はため息をつく。その夜。頼家は一人蹴鞠の稽古に興じていた。

経験がないため、何をすべきかわからないのだと頼時は言い、手を貸すべきか義時も迷う。比企一族出身の比奈は、頼家は困った時ほど助けを求めない性分であり、本当は助けてほしいのだと義時に教える。頼家は、何をしても頼朝と比べられると頼時。しかし比奈は自分も八重と比べられたと言う。そして義時は景時に、訴訟に関しては従来通り文官に任せ、そのうえで取るべき道をあらかた絞り、その上で頼家に取り次いではとうかと相談する。

景時も、頼家に訴訟の解決は荷が重すぎるようだと言い、文官4人(広元、親能、康信、行政)に景時を加えて5人とし、訴訟を請け負うことにする。景時は文官と鎌倉殿の橋渡しだった。義時は文官たちにもそれを伝える。広元は自分たちだけで裁きを行うことを考えるが、義時は、鎌倉殿のやる気を削ぐべきではないと言う。頼家はこれに不満であったが、景時は我らは取次のみ、最後のお裁きは鎌倉殿にお願いすると言い、頼家も承知した。そして義時はこのことを能員に伝える。

能員はなぜ梶原が入っているのに比企が入っておらぬのだと不満を洩らし、6人衆となる。そしてやはり義時からそれを聞いた時政は、自分も入れて7人衆にしろと言う。能員は不機嫌だったが、道は北条に負けてはいけない、これからは比企が政を引っ張るのだと夫にはっぱをかける。ならばと能員は、妻が比企一族出身の安達盛長を引き入れる。頼朝の菩提を弔うことで余生を送ろうとしていた盛長だが、新しい鎌倉殿をお支えすることが供養になると、能員に仲間入りさせられる。

能員は盛長に、ことが割れた時に味方をしてくれればいいと言うが、時政は比企には節操がないと言い、三浦義澄と義村の父子を招いて、力になるように頼み込む。難しいことは苦手だと義澄は渋るが、義村は父に、四郎(時政)殿は比企と互角かそれ以上の数を欲しがっていると教える。さらにもう1人と意気込む時政を観て、義澄は義村に入るように勧めるが、義村は三浦から2名は角が立つ、ならばと和田義盛に声をかける。

難しいことは駄目だと前もって言う義盛だが、勢いがほしいとりくが言ったため、即座にそれを受け入れる。これで10人と切りもよく、北条側が比企側を人数で上回るが、時政はもう1人誘うことにし、りくは畠山重忠を推薦する。義盛は反対するが、義村は人数が多いがいいと重忠を呼ぶが、断られてしまう。同じ武蔵の御家人である比企側から釘を刺されており、舅殿に別の形でお手伝いできればと言うが、りくはその言葉を一蹴する。

時政は佐々木の爺さん(秀義)はどうかと尋ね、既に死んだと義村は答える。千葉の爺さん(常胤)はと尋ねるが、もうすぐ死にますとまた義村は答え、爺さんはやめておくようにと忠告する。重忠からこのことを聞いた義時は、下手をすれば、父は鎌倉中の御家人に声をかけることになりかねないと気をもむ。重忠もこれは義時の本意ではないと見抜いており、義時は重忠に感謝する。その重忠は、崩壊寸前の今の鎌倉には新しい柱が必要と言うものの、頼家がそれにふさわしい器量であるとは思っていなかった。

能員は八田知家を呼ぶ。知家は能員の味方をすることで誰かを敵に回すが、見返りはあるのだろうなと尋ね、能員は砂金の袋6袋分を知家に渡す。しかし知家はこれで仲間になったと思うな、俺は俺だと言って立ち去る。能員は哄笑しつつも、内心面白くなさそうだった。そして景時は義時に一枚の紙を渡す。当初の5人衆は知らぬ間に北条方4人、比企方3人を加えて12人になっていた。

数の上では北条が有利だが、比企は文官を取り込もうとしており、彼らを接待していた。しかし広元だけは気が進まないようだった。景時は、つまらぬ内輪もめに使われては困ると言い、義時はこれ以上増やさないことを約束する。そんな義時は御所の廊下で土肥実平に会う。実平は、誰も自分に声をかけてくれないと言うが、義時はかかわらない方がいいと言い、土肥殿はいつも仲裁役だから、声を掛けなかったのだろうと実平を慰める。

その後義時はその12人の名を政子に見せ、彼らが鎌倉殿を支えて行くことになると言う。その中には時政から誘われた足立遠元の名もあった。武蔵の者なのになぜ比企から何も言われないのか、遠元自身が不思議がる。義時は足立殿は一徹で、言っても無駄だったのではと答える。しかし政子はもう1人加えてほしい人物がいると言い、義時をじっと見つめる。自分が入ると頼家が気を悪くすると義時は言うが、頼家はまだ若く、嫌なことがあると逃げ出してしまうから、叔父としてそばにいてあげてくれ、13人目はあなただときっぱりと言う。

蹴鞠に興じる頼家はあちこちが騒がしいが、自分にも手足となる者はいると義時に言う。そして、平三(景時)からは5人と聞いていたが、何人になったかと尋ね、義時は13人と答える。自分がそんなに頼りないか、精一杯やっているつもりだがと不満そうな頼家だが、義時は、少しでも鎌倉殿がやりやすい形を探っていると答える。

頼家は義時が13人に入っていないことを望んだが、義時の表情ですべてを察する。尼御台のお考えにございますと言う義時に、己の好きなようにやれと申したのは誰だ、もう北条の者の言葉は信じぬと言う頼家に、お父上のこともそうやってお支えして来ましたと義時。そして義時は御家人を信じ、新しい鎌倉を皆で築いて参りましょうと頼家を諭す。13人とは増えたものだなと言う頼家に、少ない者に力が集まればよからぬことが起こる、頼朝はいつもそれを案じていたことと頼家を諫め、頼家もそれを受け入れて涙を流す。

これにより選ばれた13人は、訴訟取次を行うことになる。聞いていたのとは違うなと頼家は景時に声をかけ、少々増えてしまい申したと景時は答えるが、誰か1人に力が集まらないので好都合だと、今度は義時に話しかける。しかし頼家は、自分は騙されない、丸め込んだつもりかもしれないが、父同様御家人は信じておらぬと言い、残念だと景時に声をかける。そして紹介しておきたいと者たちがいると、年若い者たちを呼び寄せる。彼らは
小笠原弥太郎
比企三郎
比企弥四郎
中野五郎
江間太郎
北条五郎
の6名だった。頼家は今後は彼等と政を行うと言い、無論お前たちと切磋琢磨してのことだと明言し、新しい鎌倉を皆で築いて参ろうと皮肉っぽく義時に話しかける。

御家人たちの間には動揺が走り、景時は、頼朝様は亡くなるのが早すぎたと1人かこつ。


まず、先日の後鳥羽上皇の「飲水の病」、糖尿病ですが、この病気を持つ人は脳梗塞になりやすいとされてはいます。血糖値が高くなることで、動脈硬化が起こりやすくなりためですが、しかし頼朝が糖尿病であったことを裏付けるのが、上洛の際に水をよく飲んでいたという、上皇自身の言葉に限られています。落馬する少し前に、喉が渇いたと水を所望しているにはいましたが、それ以外に糖尿病の症状を裏付けるもの、たとえば頻尿とか疲労感を覚えるなどの症状が描かれていないのは、ちょっと残念です。

そして13人の合議制ですが、何やら北条と比企の意地の張り合い、ひいては派閥結成のように見えてしまいます。あと土肥実平や足立遠元は、ちょっと疑問符がつきますね。遠元が声を掛けられたのは、重忠ほどの人物でないと比企能員に思われていたせいもあるでしょうか。あとここで初めて、義時が江間義時を名乗るようになります。元々この人は江間姓ではあったのですが。しかしここで面白くないのは頼家で、自分と同年代の若者たちを引き連れて来て、彼らと政をするという、甚だ無謀な賭けに出ようとしているように見えます。仮に不満であっても、御家人に任せた方がまだ得策だと思うのですけどね。

あとこのシーン、何か既視感があると思ったら、『真田丸』で徳川と石田、それぞれが大名を仲間に入れるシーン、あれを思い起こさせます。ただあの時は、両者の間で歴然たる差がついてしまいましたが、こちらの方はある意味互角といったところでしょうか。

一方頼家の正室つつじと側室せつ。どう見てもうまく行っているとは言い難く、せつは子供、それも男児を産んだことをつつじの前で吹聴します。ところで子供の顔は変わるというセリフ、確か義時だか八重だか、同じようなことを言っていましたね。

しかしどうも、梶原景時が報われていない感があります。これは義時も似たようなものはありますが、当初景時は頼家に近づき、自分以外の御家人を信用しないように吹き込んでいたはずです。頼家に取り入ると言うよりは、寧ろ頼家を自分の方に取り込んだ感があったのですが、その頼家は最終的に、同年代の者たちを取り込み、その意味で景時も義時も肩透かしを食わされたようなものでしょう。


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[ 2022/07/19 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
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まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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