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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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第8回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

では今週もたけたけさんのnote記事からいくつかご紹介します。いつも通り、武者さんのコラムからの引用部分はダークブルーです。


大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第8回~

姫君たちは公任推しか、道長推しか、斉信推しか、それぞれ盛り上がっています。
なんでも公任はおとなしかったとか。
これが彼らしいところで、当人たちは公任の策によって勝ったと振り返っています。
派手さのない知将タイプのようです。

ここではまず第7回で斉信、公任が女性の品定めをして、まひろがそれを耳にするシーンは、元アメリカ大統領トランプ氏の、ロッカールームの男子の様な女性軽視の性的発言は許されないと下劣呼ばわりしているのに、女性たちの男性の品定めについては、盛り上がっているだけで済ませるのかと書かれています。

さらに、これが嫌いな大河であれば、
「『うるさい』『陽キャの祭り』『辛い』と叩き、『ジェンダーが~!ルッキズムが~!』『中国ではこう!海外では許されない!アップデートができていない』とポリコレ論争を繰り広げるのではないですか」
ともありますが、同感です。昨年散々それをやって来ていますし。

で、姫君たちが男性の話題で盛り上がってる最中で赤染衛門が、「道長の弟」直秀がいいと言い出します。人妻なのにと倫子から言われるも
「人妻であろうとも心の中は己だけのものにございますもの。そういう自在さがあればこそ人は生き生きと生きられるのです」
のセリフを吐くのですね。

彼女たちにも処世術はあります。
直秀のような身分の低い男と結ばれても先はないし、そんな男とどこか遠くへ逃げるような度胸もないから、あえて見落とすようにしたのかもしれませんよ。

ここのところですが、そもそも直秀は当時最下層とも言える散楽一座の一員で、打毬の欠員を補うべく入っただけであり、しかも赤染衛門も姫君たちもその事実は知らず、道長の弟であると思っているでしょうといったことが書かれています。また、仮に直秀が下級貴族であったとしても、左大臣家に出入りする身分の姫なら、身分の合わない相手との駆け落ちなどは、どのようなことになるかわかっているともあり、だからこそ赤染衛門の「心の中は己だけのもの」が意味を持つともあります。

これに関しては、似たようなことを私も関連投稿で書いています。しかし武者さんは
「直秀のような身分の低い男と結ばれても意味はない」
と、赤染衛門や姫君が彼の正体を知り、しかも彼と結ばれたいと思っているかのような書き方をしています。無論そんなはずはなく、「あえて」見落とすというのも裏付けがありません。
さらにこの駆け落ちについては、

「余談ですが、『伊勢物語』では在原業平卿と藤原高子(ふじわらのたかいこ)さまの恋が題材にされています。
在原業平卿の祖父は平城天皇、父は阿保親王という血筋でした。
業平卿は美男の誉れが高く女性遍歴も派手な方でした。
しかし、父が政争に敗れ左遷。業平卿も出世コースから外れてしまいます」
と、『伊勢物語』について紹介され、さらに業平が高子のもとに通ってその結果駆け落ちをし、その後高子は入内、業平は東国へ旅に出たことが説明されています。
在原業平といえば『応天の門』を思い出します。いい加減これについても投稿しないと。

人妻であろうとも、心の中は己だけのもの、そういう自在さがあればこそ、生き生きとしていられる。
そう言い切りました!
いいですね。
まるで推し活を語る令和にもビシビシと響く言葉です。
しかし、まひろは聞いてしまった……
男どものゲスなロッカールームトークを。

ここでもたけたけさんは
「女性に対しては『品定め』も推し活、男性に対してはゲスなロッカールームトーク。
ジェンダーやポリコレ価値観をすぐ出してくる割に男女で扱いが違うのはなぜでしょうか」
と書いています。
女性が男性の品定めをするのはいいが、その逆は許せないということでしょうか。また嫌いな大河なら、その女性による男性の品定めに対しても、散々叩いていたと思います。

そして、赤染衛門は文章博士・大江匡衡と結婚していて、おしどり夫婦として知られ、『紫式部日記』によれば、その仲睦まじさから『匡衡衛門』と呼ばれたともあります。

晴れた日には彼の国の陸地が見えると続ける直秀。
彼の国とは「唐」(から・中国大陸)と「高麗」(こま・朝鮮半島)のこと。
おそらく対馬でも見たのでしょう。

たけたけさんによれば、まず「彼の国」には敬意を表する意味もある、そのため西方浄土は彼岸であり、その他『阿弥陀経』にも「彼の仏」、「彼の国」という言葉も出て来るとの由。「遠くの国」という意味もあるようなので、暗に「あの世」を指しているとおかしくありません。

あと余談として、鴻臚館について書かれています。元々は大宰府、難波そして京に置かれていましたが、京の鴻臚館が渤海使節の接待用であり、10世紀中ごろに渤海が滅亡したため廃絶されます。また難波の鴻臚館は、西海道から入京する外国使節専用でしたが、9世紀以降来日が少なくなると、摂津国府に代用されるようになります。そして大宰府。蕃客、つまり来朝している外国人や遣唐使らの宿舎として作られたものの、遣唐使廃止後は、大陸から来た商人の接待をするためのものとなり、検問や貿易などを担当し、11世紀末まで続きます。そして以前このブログでも書いていますが、この鴻臚館の遺構が、1987年に福岡城内にあった平和台野球場から見つかっています。

それから
「晴れた日には彼の国の陸地が見える」という直秀のセリフについて、武者さんが「おそらく対馬でも見たのでしょう」と言っている件です。対馬海峡や玄界灘を隔てた「高麗」の中でも、比較的近い巨済島(コジェ)でさえ、直秀が住んでいたという筑紫から陸地を見るのは無理があり、貿易商人などから、対馬から見た半島の様子を聞いたのを伝聞しているのではないでしょうかともあります。

これについては、私も筑紫というか、今の福岡から肉眼で対馬を望むのは考えられないと書いています。何らかの形で交易船の船乗りとの交流があり、上記のように彼らから聞いた話を伝えているか、あるいは、交易品を見て多少想像を膨らませているのかとも考えられます。

こういう役割の人物を「オリキャラ」だのなんだの貶す意見もありますが、正史に対する庶民目線の稗史(はいし)も重要なはず。

このオリキャラ云々に関しても、たけたけさんはこう書いています。『どうする家康』レビューで、オリキャラである阿月が、お市に代わって浅井長政の裏切りを伝えるために、小谷城から金ケ崎まで走ったことに対し、
「脇役を目立たせたことで松本潤さんが怒った」
と、週刊文春しか報道していなかった、あまり信憑性があるとも言えない記事を鵜吞みにし、勝手に妄想し、中傷していたと。直秀のような一般庶民目線という意味なら、阿月という、1人の侍女の目線もまた大事とありますし、私もこの阿月について、このオリキャラ関連で採り上げています。オリキャラが活躍するのは、武者さんが好きな大河のみではありません。

「女子わかるわかる成分」という語句も理解しがたい。
現在、映像作品の好みを振り分けるアルゴリズムでは、性差を外すことも増えているとされます。
「女の子ならかっこいい男にキュンキュンする!」こういう決めつけは、有害なこともあるでしょう。

武者さんが引用している記事からですが、これについては
「第7回で藤原公任卿の
『藤原公任の脱ぐ姿が映った時、これぞ女性向け大河だと言わんばかりの反応』
『脱ぐ公任を見て、まだときめいていられるかどうか。』
と他人が共感して推し俳優さんを応援し評価することを、
『ジェンダーが~!ルッキズムを許すな!』『役者を脱がすな!』『教育への悪影響が!』『中国ではこう!海外では許されない!アップデートができていない!』
と叩き続けるのに、自分については楽しげに俳優評を語る」とありますね。本人はお気に召さないのでしょうが、ダブスタと言われても反論できないと思います。

そして武者さんの町田啓太さん評についても、
「中国圏のファンの反応にかこつけて実は自分が『かっこいい男にキュンキュンしたい』のではないですか」
とあり、これも同感です。

そしてこういう点についても。

彼(私注・直秀)は、まひろがロッカールームから走り去る後ろ姿を見ていました。

これに対しても
「平安時代なのだから『ロッカールーム』ではなく『控え』など時代に即した表現できませんか」
と言われていますね。

当時、都の人にとって、そこから離れることは絶望的とされました。
確かに出世レースから脱落してしまう。
それでも、案外、気分転換になったのかもしれません。
日本中世史を考える上でも重要に思えます。

この「日本中世史」と言っていますが、時代区分としては平安時代は中世ではなく古代であると言われていますね。武者さんが平安時代を中世と書くのはこれで2度目です。

そして筑紫に行かされる件ですが、本来の大宰帥の仕事はなかなか大変でもありました。都で失脚した貴族が筑紫に行く(左遷ポスト)のは、大宰員外帥と呼ばれていましたが、阿保親王左遷の際に、本人に直接かかわりない事件が発端であったこと、太上天皇の皇子であることから権帥の称号が与えられ、やがて員外帥も権帥も一緒になって行きます。右大臣家の家司、平惟仲も後に大宰権帥となっています。

中国の人とこんなことを話していまして。

「正直言って『マックの女子高生』『ハイキング中のドイツ人』『ボストンの12歳の少年』論法に近く、信憑性に欠けるのですが」と、たけたけさんは反論しています。要は、実在しない会話をでっちあげる時の用法で、この他にも
「関係者がこう言っていた」
「過日こういうことを耳にした」
などというのも、これに類するようです。
そして漢詩の解釈。

 不辞宛転長随手(宛転(えんてん)して 長く手に随(したが)うを辞せず)

ここで武者さんが「リフティングするみたいに」と訳しているが、『宛轉(てん 』とは、ゆるやかに弧を描いて転がる様を言い、打毬もポロも、毬杖(マレット)で毬を掬い取る様に打ち、毬門(ゴール)に入れるというルールであるとたけたけさんの文章にはあります。

転がる毬のことが、なぜリフティングになったのでしょうね。またマレットとは元々槌という意味もあり、マレットゴルフというスポーツもあります。またそれとは違いますが、アイルランドで盛んなハーリングでは、杖の先が広くなっており、その上にボールを載せて運ぶことができます。

あと『独眼竜政宗』関連。

「そうそう『独眼竜政宗』といえば、側室と風呂に入ってムフフ……」
『独眼竜政宗』での政宗公の側室では猫御前が出てきます。
(側室「新造の方」と「飯坂の局」をモチーフとして合わせた女性とも)

この猫午前に関しては、狂言妊娠騒ぎで試し行為をした事はあるものの、ここでも『側室=エロ行為』のイメージしかないのでしょうかとあります。
何と言うか
「側室と風呂に入ってムフフ」
なぜ発想がこちらの方にばかり行くのでしょうね。

あと少し長くなるので割愛していますが、武者さんが叩いた『青天を衝け』の『『天譴論(てんけいろん)』についても反論がなされています(と言うか、嫌いな大河だから誤用だと決めつける前に、ドラマ本編をよく観ていただきたい)。

飲み物-ワインと暖炉
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[ 2024/03/02 02:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第8回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-3

先日の『武将ジャパン』大河コラムにあった記事の続きです。
この筆者の方(香原斗志氏)、『光る君へ』の創作には違和感を覚えず、恋愛を描いているのを褒める一方で、『どうする家康』の瀬名の考え、あるいは皆がそれに同調することには、けしからんと言いたいようですね。

【光る君へ】同じ創作でも『どうする家康』との決定的な違いとは(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

実はこの香原斗志氏、昨年の暮れにこういうコラムを書いています。

3位は築山殿の設定、2位は家康と信長の関係、1位は…NHK大河「どうする家康」史実とは違う場面ワースト5 淀殿役の北川恵子の熱演をぶち壊した「ありえない伏線」 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

内容を見てみると、やはりというか武者さんが書いていることに似ています。あるいはコラム内でこの記事のリンクを貼っていたかも知れません。武者さんが、この人物の記事を紹介したがるわけです。
その反対に、こういうのは貼らないのですね。武者さんに言わせれば「提灯記事」なのでしょう。無論上記ヤフーの記事も、今年の大河が嫌いな作品であれば、提灯呼ばわりするのかも知れませんが。

NHK大河に歴史学者が大満足のワケ…最新研究でわかった家康の生涯と江戸期に作られた家康像の決定的ちがい | PRESIDENT WOMAN Online(プレジデント ウーマン オンライン) | “女性リーダーをつくる”

あと『独眼竜政宗』(10年ルールはどうなったのでしょうか)関連で、側室との入浴に関する文章がありますが、こういうのをことさらに言い立てるところ、武者さん自身が、特に嫌いな作品の女性キャラに対しては、差別的であると感じてしまう所以です。

それから漢詩『打毬作』の続きです。

却恐相将不到頭
却(かえ)って恐る 相い将いて頭に到らざるを
撃ち合いばかりでボールのそばに近づけないのもまずい

「打ち合い」でなく「撃ち合い」になっていますが、ちょっと怖いですね。個人ブログと違って、こういうのは報酬が発生しているわけですし、誰か校正してきちんとした形にできないのかと思います。

願君争取最前籌
願わくは君 争い取るべし 最前籌(ちゅう)
あなたが最高得点あげてMVPになりますように!

これですが、最前籌というのは、いわば一等賞といったものです。
だから最高の得点を挙げてくれと言うのはわかりますが、「MVP」はちょっとまた違うような気がしますが。

飲み物-トディ
[ 2024/03/01 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

2026年大河の予想

少し気が早いのですが、再来年の大河がどの時代であるかについて予想してみました。

まず2020年以降を見てみると

2020 麒麟がくる(戦国、本能寺の変まで)
2021 青天を衝け(幕末~昭和戦前まで)
2022 鎌倉殿の13人(平安末期~鎌倉、承久の乱まで)
2023 どうする家康(戦国~江戸初期、桶狭間の戦いから家康死去まで)
2024 光る君へ(平安)
2025 べらぼう(江戸後期)

となっています。

以前から南北朝の大河をまた作ってもいいのではと書いており、その可能性もなきにしもあらずかも知れません。ただ現実的にはまた戦国、あるいは幕末が舞台という可能性が高いです。戦国と幕末は2010年代にかなりの頻度で登場しましたが、所謂乱世でもあってドラマを作りやすいのは事実です。このいずれかに決まるのではないでしょうか。

また2024年と2025年が武士が主人公でないこともあり、2026年は武士と合戦がメインになるのではと思います。『どうする家康』のデジタル技術を使った合戦シーンが、今後どう発達し、どう活かされるでしょうか。

個人的には東北または九州メインの戦国でもいいかと思いますし、長宗我部家を描いたものもありでしょう。『独眼竜政宗』以来の伊達政宗ものを観てみたいとも思いますが、どうしても前作と比較されそうです。ならば、思い切って路線を変える方法もあるかと思いますが。

幕末物と言えば薩長+土佐か幕府方のどちらかになるわけですが、かつて放送された『花神』(総集編をDVDで視聴)のように、それぞれのメインキャラクターを群像劇風に登場させる方法もありそうです。こちらは長州メインですが、長岡藩の河井継之助も登場していましたし。

主人公が誰であるかは予測がつきませんが、男性だろうなとは思います。あるいは最近登場していない、夫婦が主人公の大河という線はありうるでしょうか。夫婦の場合、女性の登場シーンがやや多めになる傾向がありますが。あるいはかなりレアな主人公でしょうか。

レアと言えば先日ご紹介した柳生宗矩も、他の大河では2作品にしか登場していません。毛利元就のように、本人が主人公の大河のみ登場ということもあります。無論、それはそれでいいとは思いますが。


飲み物-ホットカフェオレ
[ 2024/01/05 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(2)

『どうする家康』第38回に関しての武将ジャパンの記事について-5

第38回に関する『武将ジャパン』大河コラムその5です。


『パリピ孔明』関連か、孔明関連の記述が尚も続きます。
で「孔明の罠」について、さらにこれは自分が好きな大河関連だからでしょう。
「『鎌倉殿の13人』ドス黒い世界観が好きなら『三国志軍師連盟』を見よ」という記事のリンク。
さらに、これまた孔明関連で
(いくら何でも孔明出しすぎでしょう。1つのコラムにつき『孔明』を何回出すか協定でもあるのでしょうか)
「二桃三士を殺す」
の紹介。

「昔、斉の景公のもとに三勇士がいました。だんだんと増長する彼らに対し、宰相の晏子(あんし)は「功のあるものはこの桃を召し上がりなさい」と桃を2個与えました。
すると3人の勇士が2個の桃をめぐり対立し、ついには争いの末に全員死んでしまった」
とあるのですが、元々はこの晏子(晏嬰)が与えた桃を食べた2人より、食べなかった1人の方が功があったことを知り、2人とも自害し、さらに一番功が大きかった1人も、自分だけ生き残るのは義にもとるからと自害し、結果晏子の思惑通りに皆排除できたという意味です。

ちなみに西洋では「不和の林檎」という類似した言葉があります。

この不和の林檎(とパリスの審判)は、3人の女神がそれぞれ林檎を奪うためにパリスを買収し、これがトロイア戦争のもととなったわけで、不和を生み出したことが大きな戦争につながったという点で、いくらか意味するところが違うのではないでしょうか。
で、ここまで孔明関連で引っ張って来たのはなぜかと言えば、またジャニーズ関連で、
「需要に対して供給を絞ることで不和を生み出す」、東京新聞の記者が失礼な態度を取ったことにより、井ノ原さんが評価されたことで、「孔明の罠にはまっている」と武者さんは言いたいようです。
しかし何も、ここまで大河に関係ないことを、しかもやたらに「孔明」の名を出して引っ張る必要もないのですが。
尚、あの井ノ原さんの言うことはもっともだとは思います。

あの場にいて拍手をした中には、何かに操られたようにそうしてしまった人もいるかもしれません。
孔明の罠は、自覚なしにかかるから恐ろしい。そこを踏まえておかねばならない。
ドラマを見る。SNSで感想を漁り、書き込み、ファンアートを投稿する。ニュースを見る。レビューを読む。
その過程で、誰かが何か罠を仕掛けていないとどうして断言できるでしょう?

そしてまたこれとファンダムとを一緒にして叩く。
こういうのが、何だか見え透いてしまっているように思えて仕方ありません。
武者さんがどういう意図で大河とジャニーズ叩きをやるにせよ、どこかがひとひねり足りないのですね。この前置きにしても、スペースを埋める意味もあるのでしょうが、本題に入るまで長すぎです。

徒らに虚名有るも、乃ち庸才なるのみ。『三国志演義』
司馬懿「馬謖ね。フォロワー多いからイキってるけど、中身ってもんがないよね」

実際の価値にふさわしくない、評判や名声が多いだけの凡才であるという意味です。

司馬懿がこう毒を吐きたくなるような風潮が、世論を惑わせています。
それがこちら。
◆「主人公が嫌われると、朝ドラも嫌われる」身近にいたらイラッとしそうな『らんまん』主人公を演じた神木隆之介の「嫌われない才気」(→link)
好感度しか見ない、頭を使うのは忖度といじめターゲット探しだけ。こういうのが嫌なんです。
ドラマ鑑賞の上でもガンです。
どんなにくだらなくてせせこましい人物だろうと、小賢しく好感度だけ稼ぐとか。人当たりがいいとか。それで人は騙されるもんだなと。

この4行ですが。
「好感度しか見ない、頭を使うのは忖度といじめターゲット探しだけ。こういうのが嫌なんです。
ドラマ鑑賞の上でもガンです。
どんなにくだらなくてせせこましい人物だろうと、小賢しく好感度だけ稼ぐとか。人当たりがいいとか。それで人は騙されるもんだなと」
これはあくまでも武者さんの好きな作品限定ではないでしょうか。
嫌いな作品に対し、そこまで深く掘り下げて観ているようにはとても見えません。
たとえば『どうする家康』でも好感度の低い人物、主人公を困らせる人物に対し、そこまで客観性のある見方をしていたでしょうか。

ちなみに第37回のコラムの武者さんの文章です。

本多正信は奥義の使い方で曲者ぽさを出したようですが、慣れていないのか、どうにもいちいち鬱陶しい。
他にもこういうことをする人がいればまだしも、彼だけ浮いてしまっています。
抜き足差し足の歩き方とか、何かをモグモグ咀嚼しているとか、彼の演技だけが異質。
正信と服部半蔵については、褒める評価も多いようですが、周囲とのバランスが悪くなっている気もしてます。

いちいち鬱陶しいで片付けて、正信にどのような思惑があるのかまるで考えられていないのですが。

私はこれを昨今のドラマではなく、往年の名作『独眼竜政宗』を見て思いました。
友人がハマっていたのでソフトを借りて見たのですが、私には不思議なことがありまして。
伊達政宗よりも、最上義光の方が外交的によほど真っ当なことを語っていた。
政宗は勢いがあるけど、結構馬鹿げた言動をしている。義光はコテコテの悪党演技をしているけど、言っていることはまっとう。
なのに、反応としては政宗を応援し、義光を憎むものが多いとか。

まず言いたいのが、これは政宗が主人公のドラマであるということです。
この言動が具体的にいつ頃の、どのようなものであるかを書いてほしいものです。敢えてそのように持ってくるこことにより、主人公の未熟さ、あるいは主人公の成長を描く意味もあるわけですが、そういう見方はできないものでしょうか。

人間とは結局、ワインのラベルばかり見て、中身を見ないようなことをしているのでは?
態度より言動の中身が大事なはずなのに、誰も中身など見ちゃいないのか?
そういう疑念を抱いたわけです。
ドラマとその反応を見ていてもわかります。

しいて言えば、態度と中身、どちらも大切でしょうね。

これを踏まえて、なぜ『どうする家康』のベタ褒め意見が多いのか。
ジャニーズ+徳川家康
というラベルが、中身がないことをカバーしている、それだけのことでしょう。

何度も言うようで申し訳ないのですが、武者さんはそのように思っていたいのですね。
如何にドラマをちゃんと観ていない(あるいはちゃんと理解しようとしていない)のかが、またしても裏付けられるような気がします。
あるいはそう思わないと、心の平穏が保てないのでしょうか。

『パリピ孔明』を見ていてスッキリするのはなぜか。
先の理由とは別に孔明の性格があります。とにかく彼はアクが強い。適宜フォローは入るけど、なかなか狡猾なことをして罠にかけるんですね。
好感度が高くなるかというと、そうとも言えず、魯迅はこう言い切った。
「『三国志演義』の諸葛孔明、いろいろ罠仕掛け過ぎてキモい!」
でもまあ、そのキモさあってこその諸葛孔明なんですよね。
好感度だけで人を見て何をしたいのでしょう。
確かに、曹操の『求賢令』みたいに、
「才能あればどんなゲスでもいいぜ!」
とまでは思いませんけどね。
私は好感度は二の次で判断します。

その割に『大奥』は美男子が多い、あるいは『鎌倉殿』の誰それが素敵などといったことを過去に書いていましたが、ああいうのは好感度で人をとらえていないと言い切れるのでしょうか。

日本の朝ドラヒロインには、海外ドラマの激烈ヒロインほど濃いキャラクターはいません。
日本のドラマ界、ひいては社会が好感度中毒でノリ重視、忖度ばかり考えている。
『どうする家康』にせよ、結局は“特定年代対象の好感度戦略”しかできていない。
数字を見て、ウケを狙うなら、歴史知識や培った教養を語るより、エロだの倫理をバカにしたりするほうが良いと勘違いした。

そもそもの話、海外の方が男女差別が大きい(あるいは大きかった)というのもありますしね。
そして
「ウケを狙うなら、歴史知識や培った教養を語るより、エロだの倫理をバカにしたりするほうが良いと勘違いした。」
あの、これもかなり大きなブーメランに見えるのですが。
その後のこれもしかりです。
「ゲスな発言しながら、自分が下劣だと扱われても構わないという覚悟もない。そのくせ視聴者相手に居丈高な態度とって大物気取りをする」
武者さんの場合は「視聴者」でなく「読者」ですけどね。

後生畏るべし。『論語』
『鬼滅の刃』でも出てきました。

これも全然意味が書かれていませんね。

なぜこの言葉に注目するのか? というのも2025年大河ドラマ『べらぼう』に期待を寄せているからです。

だったらちゃんと意味を書いてしかるべきでしょう。
若輩だからと言っても、将来どのような人物になるかわからないので、侮らずに敬意を持って接するべきであるですね。
しかし武者さんは、自分ではわからないとかくだらないなどの理由で、あまり史料に向き合っているように見えないのですが、コラムを読む側に対しては自分で諺の意味を調べさせるのでしょうか。

大河ドラマは戦国と幕末が定番とされるためか、2024年と2025年はハズレだの早速言われていまが、私はそうは思いません。
かつては三本柱で、江戸時代中期(綱吉〜吉宗時代)も定番。
江戸時代後期は抜けていたので、『べらぼう』はそこに切り込むから期待感も高まるんですね。
(中略)
歴史総合を学校の授業で教える現場は大変なようですが、NHKEテレの番組を毎回見ていると、実に興味深い。田沼意次の重要性は、歴史総合であればこそより深くわかります。
武将や合戦だけに注目するのはもう古い。極論ですが、それは「コップの中の嵐」です。これからは地球規模で歴史を見ていかねば。

ハズレだとは思いませんが、現時点でこれを1年間観るかどうかはまだ決めていません。一月観てみないことには何とも言えませんので。
しかし何よりも、この2つを叩き棒にして、武者さんが家康と青天を叩きそうな気がして、そちらの方にうんざりです。

「武将や合戦だけに注目するのはもう古い。極論ですが、それは「コップの中の嵐」です」
言っては何ですが、これを見ると武者さんが歴史を理解していないなと思えてしまいます。また来年再来年の大河の制作スタッフも、今まで大河に登場していない時代の映像化を模索こそすれ、このようなことは考えてはいないでしょう。

これからは地球規模で歴史を見ていかねば。

何だか…おじさんが若い女性に言うような言葉だなとちらりと思いました。
そして日韓関係を引き合いにまた『青天を衝け』叩き。

『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』という本があり、大変興味深い。第二弾も近日中に出ます。
これを読むと『青天を衝け』を無批判に見て喜ぶことが、勉強熱心な若い世代ではまずないだろうと理解できる。
あのドラマは朝鮮半島のことをほぼ扱っていない。それで渋沢栄一を礼賛している。ありえねーよ!
と、日韓関係を重視するならば、そうなるでしょう。
地球規模を俯瞰的に見る歴史観が、これからを生きる世代では当然のこととなる。となれば戦国武将の強さや何やらばかりを語っている見方はきっと古くなる。
そのかわりに、田沼意次の経済重視。幕府の外交政策。蝦夷地探検。樺太警護。そんな要素が注目される。そんな歴史観の転換点を感じています。そこにどうついていけるか?

田沼意次の経済政策とか幕府の外交とか、並べ立てるのはいいのですが、そこまで言うのなら、この時代どのようなことが行われたのか、それをちゃんと書いて貰えないでしょうか。加えてまた近代史を持ち出して青天叩き。
そして先ほども引き合いに出していますが、
「戦国武将の強さや何やらばかりを語っている見方はきっと古くなる」
もし好きな脚本家の戦国大河が放送されたら、あっさり手のひら返しをするように思えて仕方ありません。

そう考えていく上で、暗い気持ちになるのはこんな陰謀論です。
「太閤、くたばる」とタイトルにつけるほどわけのわからない本作。それは「特定の国の工作の結果だ」とする話です。
「半島のせいで秀吉が悪く描かれる!」というしょうもない陰謀論をいつまで言い続ければいいのか。

その陰謀論の出どころがどこだかわかりませんが、スルーしておけばいいのでは?
あと「くたばる」という言葉ですが、「死ぬ」ことを意味するようになったのは江戸時代からで、元々はくたびれると同じ語源で、憔悴する、やつれるという意味があります。

最悪の大河が嫌ならば、NHKに直接意見を送りましょう。
◆NHK みなさまの声(→link)
反応はありますよ。
その実例でも示します。
◆体操番組で出演者の衣装や動きの見せ方が新しくなりました!(→link)
◆一部の出演者による性加害を容認するような過去のSNS発信などから、「性」をテーマとする番組への起用に批判や不安の声が上がっている。(→link)

「最悪と武者さんが思いたがっている大河」ですね。
で、またメールフォーム。
そして「反応はありますよ」これですが、最初大河関連で何か反応があったのかと思いました。テレビ体操なのですね。
しかし性別による服装の違い、テレビ体操ならまだしも、実社会では当然男女別の服装というのは存在しますし、武者さんの好きな大河でももちろんありますが、その辺りはどう考えているのでしょう。
それと2番目のリンク、視聴者からの意見と特に関係はなさそうに思えます。


飲み物-ブランデー2
[ 2023/10/14 23:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(10)

『どうする家康』第32回に関しての武将ジャパンの記事について-2

『武将ジャパン』大河コラムその2です。それから先日投稿分で、第32回を第31回に、本文中の「悪逆非道」を「極悪非道」にしていましたので、それぞれ訂正しています。

なんとなく偉そうな正信。なぜ、ここまで大きな態度でいられるのか。
軍師的ポジションならば、まずは天候の話をするのが自然な流れでは?
風が強ければ火を使うとか。
雨が降るならば水害を利用するとか。
そういう見通しが一切なく、未来を知っているからこその結論(中入り)をドヤ顔で出してくる。

この時まず家康が
「お主が秀吉方ならどう攻める?」
と訊いているわけです。すると正信がここを攻めると石を落とす、つまり三河へ攻め入ると答えています。
実際相手は大軍で、三河中入りに手勢を割くことは可能であり、だからこそそれを阻止するため、堀の工程を一部変更して、抜け道を作るに至った、そういう流れではないのでしょうか。
これは野戦ではないし、季節的に雨が多いわけでもなく、必ずしも天候の話に結びつける必要もないかと。

そして「未来を知っているからこその結論」絡みなのか、
「同じ脚本家の映画『レジェンド&バタフライ』の帰蝶もそうでした」
とありますが、毎回毎回同じネタばかり出してくるのもどうかと思います。古沢氏叩きなのでしょうが。

豪華キャストが鬼武蔵こと森長可を演じるということで話題をさらっていました。
誰が見てもカッコイイ。
確かにそうですが、あの恐ろしいイメージの森長可なのに、陣羽織が真っ白で血の一滴すらついておらず、凄みが感じられない。鬼武蔵を出すならば、あえて首を二~三個束ねて持ち運ばせるシーンとか、生首から滴る血を舐めさせるとか、血まみれの握り飯を食うとか。
感染症なんて関係ねーわい――という鬼ならではの個性が欲しかった。

第27回で、安土城で淀の鯉が振舞われた際、信長が光秀を折檻するシーンでも、かなり制約があったことを武者さんはご存知かと思います。
今の時代、
「あえて首を二~三個束ねて持ち運ばせるシーン」
「生首から滴る血を舐めさせる」
いずれもアウトでしょう(血まみれの握り飯はどうだかわかりません)。武者さんの言う凄みは何とも猟奇的ですね。
それと
「感染症なんて関係ねーわい――」
大河収録でも感染症対策にかなり注意が払われていると思いますが、その思いを無にするような発言ですね。

今後、そうした武将の登場機会があれば、月岡芳年『魁題百撰相』でも参考にしていただきたい。あれは芳年が上野戦争を目撃した結果の絵ですので、人間のリアルな狂気が伺えて実によいものです。
NHKの夜8時ではきついかもしれませんが、血しぶきだけは好きな本作ですので今さらではありませんか。

月岡芳年も頻繁に出して来ていますが、なぜ戦国の武将を描くのに、同時代人でもない、幕末から明治にかけての浮世絵作家の作品を参考にする必要があるのか不思議です。
そして
「血しぶきだけは好きな本作ですので」
血しぶきがそこまで出て来ますか?

井伊直政と本多正信をバディにしたいというのはわかった。
ただ、描き方がひどく稚拙に見えます。
『麒麟がくる』の明智光秀と細川藤孝とか。
『鎌倉殿の13人』の畠山重忠と和田義盛とか。
彼らのように複雑で物悲しい人物同士の繋がりが、本作では全く描けていません。
今まで二人の関係性が全く描かれてなかったから、しょーもない回想を入れて間を持たせただけのように見えます。

また『麒麟』に『鎌倉殿』が叩き棒ですか。
光秀と藤孝、重忠と義盛のような結びつきは、そもそもこの2人にはありません。
かつて家康を殺そうとしたことがある、しかし正信は追放で許され、直政も家臣として取り立てられている。そういう自分たちをなぜ殿は許し、信じるのか、戦無き世を作るのはそういうお方だと直政が言う、このシーンで一番強調されるべきはこの部分だと思いますが、なぜかその点については何も書かないのですね。

どころか、

それだけでなく、直政の顔の汚し方も、正信の握り飯の食べ方も、とにかくわざとらしくてリアリティがない。
過去のエピソードがあまりにお粗末なので、二人は役に入り込めているのか?と不安になりながら見てしまいます。

ああいう作業では顔は泥まみれになるでしょうし、正信の握り飯の食べ方も、どこがわざとらしいのでしょうか?
そして
「二人は役に入り込めているのか?と不安になりながら見てしまいます」
武者さんが心配することではないと思いますが…。

それに前述のように、井伊直政はあまりに細い。
腕の細さは困惑するばかりで、それでも彼を登用したいなら、見た目とは違って戦場ではとにかく非情だという一面にスポットを当てるべきではありませんか?

その「戦場では非情」というのは、これから出て来る可能性がありますね。
それと人を見た目で判断するなといった記述が多い割に、こういう時は見た目をことさらに強調するのですね。

ハッキリ言ってしまえば、力仕事は別の武将に任せるべきだったでしょう。
『鎌倉殿の13人』の八田知家は、土木工事担当キャラクターでした。あの丸太のような腕と分厚い胸板なら、圧倒的な説得力があった。
今年は適材適所が全くなっておらず、だからこそ物語も薄っぺらく感じてしまいます。

八田さんの場合は正に土木専門でしたが、この場合は家臣たちが、人夫たちに交じって土木作業に駆り出されているわけで、意味するものが違うかと思います。
そしてまた「適材適所」。武者さんの場合は、自分が描いてほしいシーンに、自分が好きな俳優さんを出してくれという意味のようですね。

なにかすごい図面があるらしい。
いや、だから、どうすごいのか?それを説明するのがドラマではありませんか?
このドラマは戦場での説得力が圧倒的に欠けていて、ため息をつくしかありません。

「すごい図面」?
工事現場で忠勝が言っていた「見事な図面」のことでしょうか?
元々図面を描いた康政にしてみれば、戦場で忠勝にかなわないから「おつむを鍛えた」わけで、それがこの図面を生み出したと思われますし、また家康が、秀吉に気づかれずに中入り勢を叩けばよいと言って、部分的に手直しを施しており、そう言った意味での「見事な図面」なのでしょう。

にもかかわらず
「昭和平成の中高生が「おめーって、マジすげーよ」「ベンチ入りするなんてヤバい」と言い合っている程度の描写しかできない」
「なぜ、そんな限定的世代の青春コメディしか描けないのに、大河をやろうと思ったのか」
なのだそうです、武者さんとしては。
今年の場合、出演者もそうですが、制作スタッフ叩きがとにかく半端ないですね。にもかかわらず、ドラマ本編をきちんと観ているようには見えないのですが。

「出て欲しくないリスト」にいた羽柴秀次が、ついに出てきていまいました。
今後おそらく、彼の立ち位置を満足に説明せず、妻妾惨殺だけはねっとりと描くのでしょう。
そうなれば駒姫の描写は避けられず、頭の痛いところです。

武者さんが「出て欲しくないリスト」に入れていようがいまいが、スタッフが必要と判断すれば登場します。
そして「妻妾惨殺だけはねっとりと描くのでしょう」、これまたスタッフにも、そして豊臣秀次という歴史上の人物にも失礼かと思うのですが。

まっとうな徳川家康のドラマならば、最上義光との関係は重要ですが、今年はそうでない。
このドラマが本当に最新の学説を取り入れるのであれば、87年の大河ドラマ『独眼竜政宗』の頃からはるかにアップデートされた東北戦国史が描かれればよいですが、せいぜい伊達政宗が登場して終わりではないでしょうか。

「まっとうな徳川家康のドラマ」とありますが、今まで最上義光が役名入りで登場したのは『独眼竜政宗』のみです。1983年の『徳川家康』、2000年の『葵 徳川三代』いずれも出て来ていません。
そして
「このドラマが本当に最新の学説を取り入れるのであれば、87年の大河ドラマ『独眼竜政宗』の頃からはるかにアップデートされた東北戦国史が描かれればよい」
とありますが、これは徳川氏のドラマであり、東北戦国史とはまた違います。
それと政宗の頃からはるかにアップデートした東北戦国史て、たとえばどのような史料や新説があるか、それを明確にして貰えないでしょうか。

そもそも、この時点では「羽柴秀次」ではなく、まだ信吉のはず。
本作は名前の変遷をやらず、一番通じる名前だけで通すようです。

では、これをもう1度貼らせてくださいね。

武将ジャパンおかしな点豊臣秀吉

「明智光秀の首を取ろうと思ったら豊臣秀吉に先を越されちゃった」
繰り返しますがこの当時は羽柴秀吉であって、豊臣秀吉ではありません。
「名前の変遷をやらず、一番通じる名前だけで通す」のは武者さんも同じです。

それと秀次は、既に天正9(1581)年には秀次を名乗っていたという説もありますね。

今週もド近眼設定を忘れたレーシックお愛。
(中略)
こうして「レーシック」と近眼設定に触れると、「そんな細かいことはどうでもいい」という意見もあるかもしれません。
違います。
この近眼設定を忘れることそのものに、このドラマの本質がみっちり詰まっているのです。

まず、あの岡崎城のシーンのどの部分が、「近眼設定でない」と言い切れるのでしょうか。
それに関する記述が、まるで抜け落ちていますね。

そしてそのドラマの本質なるものですが、

「(於愛が)同じ近眼の人々に情けを施し、それが慈愛ある姿として記録されているからでした。
もしも彼女の魅力が「優しさ」にあると真摯に思っていれば、そこを間違えるはずがありません」

とあり、そしてその後は、例によって例の如くと言うべきでしょうか、

「過去作品でいえば『麒麟がくる』の駒を嫌いそうな感受性ですね。
駒は、光秀の父に救われた結果、医学を身につけ、多くの人を救う医者になりました。
たったひとつの少女の命を救うことで、助かる人がたくさんいる。人間の命をひとつひとつ大事にするという彼女の心は、作品の根幹にあるテーマの象徴だったと思います」

なのだそうです。さらにこうも書かれています。

「そこを読み取れず、小馬鹿にしてヘラヘラ笑っているのだとしたら、どういう感受性なのでしょう」

何のことはない、結局駒に絡めて於愛を叩きたいだけではないのかと思ってしまいます。
一方で於愛。彼女と家臣の妻たちが、三河中入り勢がやって来ると聞かされた時、この岡崎は我らの手で守り通す、徳川の勝利を信じようぞと呼びかけています。
於愛が近眼でないと思われる描写もないし、まして人命をおろそかにする描写も出て来ません。
何よりもこの大河では、於愛が近眼の人々に情けを施すシーンはまだ登場していません。

あともうひとつ。
「クライマックスになるなる詐欺」とやらで、家康が何度も

信長を倒す。
秀吉を倒す。
これが最後の大戦。

と嘘をついているとあり、

秀吉は床几に腰掛け顔芸タイム。
家康は詐欺タイム。
徳川家臣は青春タイム。
レーシックとその周囲は女子マネタイム。
そんなことより、もっと合戦シーンに注力すべきではありませんか?

とまで書かれていますが(ついに於愛が『レーシック』だけになりましたか)、まず家康は、当該の相手を倒したいと思いつつ、状況によってそれを阻まれてしまっています。ただその敗戦あるいは果たせぬ思いを繰り返すことにより、成長して行くわけです。無論その成果が出るまで、もう少し時間がかかるでしょうが。

そして秀吉、家康、家臣、於愛のシーンのいずれもが、合戦を描くパーツとして機能しているわけですが、それを読み取れていませんね。ならば武者さんが言う合戦シーンて、どういうことなのかと思っていたら、

合戦というのは、何も戦うばかりではなく、先に申しましたように、本多正信がもっと様々な想定を提案して家康に投げかけてもいいし、地図を使った戦術のシミュレーションだってあるでしょう。

だから正信は、三河の方が狙われると警告していますよね。そして康政は図面を描き替えて抜け道を作らせ、それに従って本軍が出て行き、中入りに向かった池田・森両軍を討ち取っているわけです。これも合戦シーンではないのですか。
「本多正信がもっと様々な想定を提案して家康に投げかけてもいいし」
「地図を使った戦術のシミュレーション」
ではその様々な想定とはどのような想定で、地図を使ったシミュレーションとは、どういう戦術のシミュレーションなのでしょうか?


飲み物‐黒ビールと木のテーブル
[ 2023/08/24 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第30回に関しての武将ジャパンの記事について-5

『武将ジャパン』大河コラムその5です。正直言って、難癖と見られても仕方ないのではと思ってしまいます。


前回のことについて謝りたいことがあります。
酒向芳さんが岐阜県出身で、「くそたわけ」はじめアドリブ連発だったそうです。誤認してしまい、申し訳ありませんでした。
◆「どうする家康」徳のない男・明智光秀“くそ童”に刺されたワケ 酒向芳アドリブ連発!演出絶賛の怪演裏側(→link)
本作は、家康の徳を強調するために、光秀の徳の無さを強調したかったという。
しかし、家康から人徳など窺えないため、光秀はマイナスになってしまったのでしょう。

前にあらすじと感想で書いていますが、光秀はちょっといけすかないおじさんの印象があり、だからこそこういうアドリブもいわば活かされたと取るべきでしょう。
そして家康は寧ろ、このような光秀に戸惑う様子が描かれていたと思います。
「しかし、家康から人徳など窺えないため」
は武者さんの見方ではありますが、この光秀は家康をある意味困らせる、マイナスの存在であるとなぜ割り切れないのでしょうか。やはり『麒麟がくる』の光秀の印象が強いのでしょうか。
光秀絶対の考えはもう捨てた方がいいのでは。

・私の岐阜県出身の友人は、「くそたわけ」といった罵声を私に投げかけてきたことがない。そのため、聞き慣れていなかった
・地元出身の英雄を貶す感覚が想像できなかった
・地元の方言で罵倒する言葉を押し出す感覚が理解できなかった

私にも岐阜出身の友人がいますが、普通「くそたわけ」などとは言いません。
(ちなみにその人から「~してまった」「えらい」の意味を教わりました)
しかし武者さんが一応「歴史系ライター」であり、大河を何作品も観ているのなら、こういう東海地方の方言は頭に入れておくべきであり、
「聞き慣れていない」
はもちろんのこと。
「地元出身の英雄を貶す感覚が想像できない」
「地元の方言で罵倒する言葉を押し出す感覚が理解できない」
も、この場合理由にならないと思います。

最初のことは個人的な話なのでさておき、後の二つを考えてみましょう。
・地元出身の英雄を貶す感覚が想像できなかった
『麒麟がくる』で細川藤孝を演じた真島秀和さんが、以下の記事で
◆「麒麟がくる」眞島秀和インタビュー!「現場ではいつも、みなさんすごいなぁって思うことの連続なんです」(→link)
鬼玄蕃こと酒井了恒を演じたいと語っていました。
庄内藩の武士で戊辰戦争で西軍を叩きのめす――山形では知られた人物で、さすが地元愛があると感動しました。
彼に限らず、大河ドラマは地元愛の世界という一面もあるでしょう。
真島さんの出身地である山形県は、『独眼竜政宗』についてはなかなか複雑な感情があり、『天地人』には怒りが渦巻いていたそうです。
そういう地元愛を軽視するスタンスは、大河が本来やるべきことではないと私は思います。

細かいことですが、「眞島」秀和さんですね。
そして「大河ドラマは地元愛」
とありますが、俳優さんが、地元の英雄を演じてみたいというのは無理からぬことでしょう。
しかし大河は「地元愛」だけで済まされるものでしょうか。これが朝ドラならまだわかります。しかし大河は主人公のみならず、敵対する相手、それぞれの思惑が描かれる場でもあります。
ましてや東海地方は、戦国大河の多くで採り上げられる地であり、多くの人々の思いが蠢くわけで、方言すなわち地元愛とならないこともあるでしょう。

それと『政宗』と『天地人』を取り上げるのは、武者さんが好きでないこともあるのでしょうか。
上記記事で眞島さんは、『独眼竜政宗』の印象が強かったことをコメントしていますし、『天地人』では豊臣秀次を演じているのですが。

・地元の方言で罵倒する言葉を押し出す感覚が理解できなかった
大河ドラマで有名になった方言フレーズがあります。
『花燃ゆ』の「せわぁない」で、「どうということはないよ」という意味です。
『八重の桜』の「さすけね」も「大丈夫だよ」という意味です。「さすけねぇか?」という疑問形もあります。
『花燃ゆ』はドラマの出来が悪いので、地元でも愛されていないようですが、『八重の桜』は会津まつりに毎年綾瀬はるかさんが呼ばれるほど。
彼女が植えた桜が会津若松城にはあるそうです。
そんな綾瀬さんが「さすけねぇか?」と呼びかけると、地元はわーっと盛り上がるとか。

武者さんの『八重の桜』好きは認めます。
しかし『花燃ゆ』はドラマの出来が悪いだの、地元でも愛されていないだの。それは何か根拠があってのことですか?いくら何でも、こういう決めつけは失礼ではないかと思います。
要は、自分の嫌いなことなら何とでも書いていいと思っているのでしょうね。

そして武者さんの好きな大河、あるいは歴史上人物のみならず、それぞれの地方に地元愛があり、郷土の人物がいるということを見落としていないでしょうか。東北のみならず、北海道でも関東でも東海でも、北陸、関西、中国、四国そして九州、各地の人々の思いがあり、そのシンボルとなる人物がいます。こういうのも、過去の大河を観ていたらわかるのではないかと思いますが。

話を方言に戻しますと、人は、あたたかみのある、ほっとするような気遣いの言葉に、愛着やこだわりがあると思いたい。
それが岐阜の「くそたわけ」にこだわるという時点で、何もかもが信じられません。
岐阜県名物の五平餅を目の前で踏みつけられたような絶望感と不快感とでも申しましょうか。
なぜ、こんな酷い扱いをするのでしょう。
それでも光秀は貶められてあの結果だからまだマシかもしれない。
今週のお市は、持ち上げようとしてあの出来ですからね。過去作品で最低の人物像が更新されてゆきます。

方言とは、少なくとも大河では「あたたかみのある」表現だけではありません。
前の方でも↑書いていますが、歴史上の人物を描く以上、それが罵倒に使われたり、陰謀に使われたりすることもあるわけで、貴方今まで大河の何を観て来たのかと言いたくなります。
あと五平餅は岐阜のみならず、広く信州や奥三河の名物でもありますね。岐阜と言っても主に飛騨地方と思われますが。

私は徳川家康の大河ドラマが決まったと知り、真島秀和さんに出て欲しいと思ったことがあります。
地元の誇りである最上義光、上杉景勝、直江兼続あたりで。
けれども、今は逆です。
最上も上杉も誰一人として出て欲しくない。
兼続は無理でしょうけれども、真島さんは別の作品で地元山形の英雄を演じる日が来ることを切望しています。
最上義光の鉄棒を振り回す姿が見たいですね!

キャスティングをするのは制作陣であり、武者さんではありません。
この大河をきちんと観ようとせず、自分がやってほしいことばかり書いていますね。だから「レビュー」には不向きなのだろうなと思います。

命は天に在り。『史記』「高祖本紀」

なぜか注釈がありませんが、人の運命は天が定めるということですね。

そしてまたジャニーズがどうこう、性被害がどうこう。
この大河を貶めるのが目的なら、はっきりそう書いてほしいものです。前社長の行為による検証と、所属タレントの活動は本来別のものですが、それをいっしょくたにし、いつもであれば嫌悪するような、昭和的価値観とも言える連座をさせたくてたまらないように見えます。

今回の『どうする家康』では、まだ13歳の茶々をファム・ファタールとして描き、まるでNHKが性犯罪を問題視していないかのようなスタンスに見えてきます。

だからあの茶々がなぜファム・ファタールだと現時点でわかるのですか。貴方の都合のいいことのみを前面に押し出すのはやめて貰えませんか。

そしてやっとここで「命は天にあり」関連。

これはもう間が悪いなんてものじゃない。
天にある運命なり意思が、降りてきているのではないか?
そう愕然としてしまいました。そうしたら視聴率も2桁を割るとは……。

武者さんが勝手にそう考えている、あるいはそうあってほしいと思っているだけのように見えますが。
あと8月6日は裏にSPが来ているせいもあったでしょう。
しかし嫌いな大河だと、判で押したように世帯視聴率のみですね。昨年あれだけ言っていたNHKプラスの再生回数、今年は鳴りを潜めたのはなぜでしょうか。またU-NEXTでの配信を一切書かないのはなぜですか。

戦国武将に危機管理技術を学んでもらいたい。『真田丸』の真田昌幸ならばきっとこう言い、ジャニーズ新キャストを防いだのではありませんか?
朝令暮改の何が悪い! より良い案が浮かんだのに、己の体面のために前の案に固執するとは愚か者のすることじゃ!

この間、作間さんが秀頼と決まった時に、武者さんがどう言うだろうかと書いたことがありますが、案の定ですね。
しかし自説補強のために、真田昌幸まで引っ張って来てこういうセリフを言わせるのもどうでしょうね。

ところでそろそろ『どうする家康』でも昌幸が登場するかと思いますが、どんなセリフが登場するでしょうか。

私が真田昌幸なら、こう啖呵を切って、中川大志さんを秀頼役に再登板できないか探りますけどね。
誰であろうとよいのじゃ、この際、ジャニーズでなければな。

「この際、ジャニーズでなければな」
もうこれだけ書いておいた方がよくないですか。つまるところ、これが武者さんの本音なのでしょう。
それと中川さんは、恐らく10月スタートのフジテレビのドラマの収録真っ最中でしょう。

私は、作間さんの秀頼は楽しみです。

※以下のリンクからNHKへ意見を送ることができます。
◆NHK みなさまの声(→link)

何だかこのリンクも惰性でやっている印象を受けるのですが…。
いつまで続けるのでしょうね。武者さんの思い通りにはならないと思うのですけどね。
尚私は、今後も楽しみにしている旨を今回も送るつもりです。

そしてtaketak39460607さんのnote記事関連は次回になりますので、その旨、ご了承ください。


飲み物-テーブルの上のスタウト
[ 2023/08/13 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

2025年大河と小檜山氏ツイ関連

まず、2025年大河が『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』に決定しました。主人公は江戸の版元である蔦屋重三郎で、演じるのは横浜流星さん、脚本は森下佳子さんです。

2025年大河ドラマ べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 制作・主演発表
(NHK ONLINE)

2025年は大阪万博の年なので、浪速の商人があるいは主人公かと勝手に考えていたのですが、ただ来年が京都ですからね。しかし何だかライトな雰囲気というか、土曜時代ドラマみたいだなと思います。

恐らくは、江戸時代半ばを舞台にしたいけれど、この頃は戦も動乱もなく大河化しにくいし、かつては赤穂浪士の大河があったが今はそれも作られない。そういった事情から町人を主人公にしたとも考えられます。それにしても太平記リメイクや立花宗茂公が主役の大河はいつになるのでしょう。

私としてはリメイクと言うか、過去の作品に登場した主人公を別の方法で描くようにして、合間合間に2クール単位で、あまり知名度が高くない人を挟むのもありかと思います。今年もかつて主人公として登場した人物ですし、その他にも伊達政宗とか毛利元就なども候補に上がってよさそうです。ただ政宗だと間違いなく『独眼竜政宗』と比較されそうです。

それと何度も書くようですが、大河もそろそろ課金でいいかと思います。60年前のように放送局が少ない、もちろん動画配信サイトもない時代なら、NHKが日曜日に大型時代劇を作って、視聴者に見せるのもありでしたが、その時とは色々な意味で事情が変わっているわけですから。

あと武者さん(小檜山氏)と平山氏のツイート関連です。書こうかどうしようか迷いましたが、一応スクショを取っている方のを参考にさせていただくと、こういうツイートを流しています。

「偉大なる平山先生の気分を損ねてしまい、屠腹相応の迂闊さかと存じます」
「ほんと、今が戦国時代なら私は切腹していますよ。内臓投げつけつつ」
「私の虚名などこれ以上下がることはありませんが、このような塵芥に言及したことで、神武以来の大天才である平山氏に、悪影響画ないか不安になります。彼は正真正銘の大天才ですので」
などなど。

大河コラムもそうですが、何だかわざとらしく、誉め殺しかとも言いたくなる所以です。尚、「悪影響画」はもちろん「悪影響が」ですね。

その一方で、この2つは恐らく武者さんの本音であると思います。

まず、
「平山先生や大河ファンの善男善女の心象を害したのは、すべて己一人の不徳にあります。どうか私を採用した媒体などへの攻撃はお控えくださいますよう、お願い申し上げる次第です」
しかし武者さん自身は、NHKの制作現場を攻撃するような文章を今までも書いているわけで、これはどうかと思います。

また、
「人を自害に追いやったら、それで『してやったり!』とでも言うんですかね」
などとツイしていますが、前出の「屠腹相応の迂闊さかと存じます」の後の部分で「令和となってはそれもできず」、つまり今の時代切腹など無理とあり、矛盾しているかと思います。

飲み物-白いカップの紅茶
[ 2023/04/28 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(3)

『どうする家康』おさらいその1

まず『どうする家康』第13回のあらすじと感想で、大阪の陣が家康とお市の対立であるかのように書いていましたが、もちろん茶々の間違いです。訂正しています。あと時々意味が通りにくいと思われる箇所があれば、その都度直すようにしています。

ところで4月9日は放送がお休みでしたので、この機会におさらいをしてみようと思います-おさらいと言っても大したことではありませんが。まあ、このあらすじと感想を見てくださっている方ならおわかりでしょうが、この大河は今のところ割と楽しんで観ています。

理由として挙げられるのが、
「主人公がかっこよくない」
これが大きいと思います。あくまでもかっこよくないのは、肝心な所で迷ったり、途方に暮れたりしている家康であって、松本潤さんのことではありません。寧ろあのマツジュンが、この家康を演じるというのに面白みがあります。

いつも家臣たちに諫められたり、奥さんや母親からもあれこれ言われたり。そして本人に絡むキャラ、たとえば信長や信玄はクセつよキャラであったりで、著名な人物をごく当たり前に描くのとはまた違った魅力があります。その家臣団も泥臭いうえに、特に酒井忠次は海老すくい大好きおじさんで、本多忠勝は都で女性の香を嗅いで気分が悪くなるなど、キャラ設定もきちんとできてはいます。

そして家康自身の結婚や桶狭間、三河一向一揆など最低限の史実は踏まえているわけで、要は創作の部分をどこまで受け入れられるか、あるいは受け入れられないかで評価が決まるところはあるでしょう。しかしそもそも最近の大河というのは、如何にもヒーロー然とした人物、カリスマ的な人物をメインに描くのではなく、寧ろちょっと頼りないとか、まだ若い故に未熟さが残るとか、そういう主人公が多いものです。

昨年にしても剣術と言うよりは、農作物の獲れ高という、極めて実務的なものに興味を持つ青年が、いつの間にか歴史の表舞台に引っ張り出されて行く展開であり、寧ろあの大河の特に序盤から前半で、「かっこよかった」のは主人公でなく三浦義村のほうでしょう。

逆に『麒麟がくる』の光秀は、結構真面目人間で主君(道三)からの覚えもめでたくて、それゆえにいささか趣を異にしていたような気がします。これも信長がそれまでのイメージと違ったわけですから(今年も今までのイメージとは違いますが)、光秀ももうちょっと変人ぽくするという方法も、あるいはあったかも知れません。『軍師官兵衛』も比較的正統派ではありましたが、あれも秀吉が割と変人で、官兵衛にミミズを振舞ったりしていましたね。

昭和の終わりごろまでは著名な人物を普通に、時に感動を与える人物として描くのが、大河であったかと思われます。それがいくらか変化したのが『独眼竜政宗』辺りからではないでしょうか。この大河は結構残酷と思われるシーンがある一方でコミカルな描写もあり、それが魅力となっていたところはあるでしょう。

これはまた次回も続きます。

それから『舞いあがれ!』の、ドラマ後半部分のまとめですが、火曜日からまた連続して投稿する予定です。


飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2023/04/10 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

大河の変貌そして今後変えるべき点とは

朝ドラ『舞いあがれ!』のまとめですが、もう少し先になります。と言うのも『らんまん』はお休みしようと思っているためです。次のBK朝ドラについてはまだ考えていません。ただちょうど放送開始が、ワールドカップと重なるので、その点をどうしようかと考えています。朝ドラもほぼ1年間、2作品を観て来ましたが(再放送の『芋たこなんきん』も入れると3作)、平日は毎日放送があるため、意外と大河よりも大変だなと思われる部分もあります。

さてその大河については、課金すればいいのではないかというのを先日、先々日と書いています。また、必ずしも日曜の夜8時でなくてもいいし、時間も45分でなくてもいいでしょう。たとえば土曜日の夜10時に1時間で2クールでもいいのです。これだと色々な人物を扱うこともできるし、創作をあれこれ入れることもできるし、男女関係ももう少し突っ込んで描くのも可能でしょう。

平日夜10時台の『大奥』については、私は映画の方が面白いと思ったため、1話だけ観て止めましたが、ああいうのを観たいという層ももちろんいるはずです。『武将ジャパン』の武者さんも絶賛していましたね。無論これも夜10時台だからいいのであって、あれを大河にそのまま持ち込もうとすると、どうも炎上しそうな気がします。つまり、大河とは全く別物となるわけで、またもちろんあの作品への否定的な意見やブログ記事を目にしたこともあります。

結局大河を今の枠から外すと言うのは、自由度が高まる分、それまでの大河とは違う道を歩くということにもなるわけです。今のままで大河ドラマを作るのか、それとも思い切って違った路線で行くのか、その場合本当に観たい層相手に別料金枠でやるのか、色々考えるべきことはありそうです。ただ今までの間にも、大河はかなり変貌を遂げている以上、ここで思い切って変えるという方法もあるかと思います。

描写ももちろん変わっているし、戦闘シーンも全くなくなってはいないにせよ、過去の一時期から比べると激減してはいるでしょう。またテーマとしては赤穂浪士、川中島合戦などは作られなくなっています。今後は土佐を舞台にした幕末大河なども、坂本龍馬が薩摩にいて、寧ろ小松帯刀が主導権を持って動いたという説に従えば、かなりの変貌を迫られることになるでしょう。

それから過去の大河関連で少し。私の場合、70年代の大河(DVD視聴)で一番好きなのは『国盗り物語』です。『花神』もそうでしたが、当時の司馬作品ベースの大河は、群像劇風に作られていました。80年代で『峠の群像』、『独眼竜政宗』などがあげられます。政宗の場合はジェームス三木氏が脚本担当ということもあり、この辺りから少しずつ何かが変わり出したと言えそうです。


飲み物-黄金色のビール
[ 2023/04/03 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

戦国大河の家康の登場回数

『どうする家康』が始まってふと思ったのですが、徳川家康という人は、戦国大河の大半に登場しているのではないかと思います。少なくとも近畿地方や東海地方が主な舞台の場合は、殆どと言っていいほど出て来ているのではないでしょうか。今再放送中の『おんな太閤記』にも出て来ていますし。

また近畿や東海がメインでなくても、武田信玄が主役の大河の場合、三方ヶ原の戦いで比較的若い家康が登場しています。それぞれの作品に於ける立ち位置をざっと分けると、以下のようになりそうです。

主役
準主役、身内を含め主人公に比較的近い存在
主人公の主君、同僚またはそれに近い存在
主人公と直接関係はないが、何らかの形で巡り合う、または知り合いになる
時代設定が違う大河に、いくらか縁のある人物として登場

言うまでもないことですが、一番最後に該当するのは『青天を衝け』と『鎌倉殿の13人』のみです。『おんな太閤記』は上から2番目のパターンでしょう。戦国大名が主人公の場合、最初は上司的存在で後に主君となるケースが多そうです。無論秀吉の登場回数も多いのですが、『葵 徳川三代』は秀吉薨去後から始まるため、この大河では登場していません。

それから信長ですが、大河では18回登場(2020年時点、NHKアーカイブス)となっています。しかし2022年放送のスペシャルで、確か「19人」とあったのですが…『風林火山』に登場したモブ的な信長も含めてのことでしょうか。しかし信長が登場しない戦国大河(『春の坂道』、『独眼竜政宗』、『葵 徳川三代』など)でも家康は登場していますので、やはり戦国大河では断トツの登場回数と思われます。

なお前出の『風林火山』では、松平元康もわずかながら登場します。これは今川家が出て来るためです。

飲み物-テーブル上のマグのビール
[ 2023/01/14 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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