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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  独眼竜政宗

三谷幸喜氏とジェームス三木氏の違いとは

今まで、三谷大河はなぜ批判されるのか-1三谷大河の問題点でいくらか触れてはいますが、三谷幸喜氏とジェームス三木氏の大河の描き方について、改めて。

まず前者の投稿の方では、このように書いています。

いずれにしてもこの人(注・三谷氏)の場合、たとえばジェームス三木氏などよりも、「個人的な趣味嗜好」が反映される部分は大きいでしょう。ちょっとばかりこだわり過ぎかなと思われるところもありますが、それと物足りなさとがうまく補完し合うというわけでもなさそうです。

また後者でも

また三谷色が強く、王道大河にならないということは、大河の視聴にある程度制約がかかるということでもあります-これに関してはやはり独自性が強いものの、ジェームス三木氏の方がまだ王道的な部分もありました。

と書いています(いずれも原文ママ)。特に今回、英語のサブタイトルをつけたりしている点などもそうですが、三谷氏の場合、「視聴者がどう考えているか」よりも、「自分がやりたいこと」を優先しているのではないか、そのようにも取れます-英語に関しては、『真田丸』の時に英文サイトなどを作っていましたが、正直疑問も感じました。

ジェームス氏の場合、近代三部作で数字が多少落ちたこともあり、それまでとは違った(と思われる)路線で、しかも大河の主人公としては初めての伊達政宗を描くことで、成功したと言えるでしょう。無論これは今よりTVの視聴者数が多く、裏番組も今ほどではなかった時代の話ではありますが。

その後『八代将軍吉宗』(これも90年代前半のフォーマット変更が軌道に乗らず、再び脚本を依頼されたと思われます)でナビゲーターを使い、多少独自色を出すようになります。そしてハイビジョン放送を迎えた年は、集大成というべき『葵 徳川三代』でした。従来の大河の路線も踏まえつつ、しかも独自色を出せた、今までの脚本家の中でも珍しい存在です。

無論これは、大河が昔のそれではなく、より新しいものを目指す方向に向かうという時代の要望に、うまく応えたからとも言えそうです。しかし単にラッキーだっただけとも言えないでしょう。ジェームス氏は元々TVドラマを書いており、戦国物の場合は、戦闘シーンなどもきちんと描かれていました。

この点、三谷氏は明らかに「舞台関係者としての」本人がやりたいことを前面に押し出していると取れます。確かに三谷氏はファンサービスは旺盛であるかと思います。この辺りが、三谷氏はファンに取っては受けがいいと言えますし、どちらかと言えば三谷大河は、ファンに向けられたものであると言えるでしょう。

しかしこう言っては何ですが、そのやり方を通す限りアンチもまた存在し続けるかと思います。どの作家にもファン、アンチはそれぞれいるものですが、この人の場合特にはっきりしている感もあります。(ちなみに私はどちらでもありません)

『いだてん』の時もそうでしたが、舞台関係者の場合、舞台を見に来てくれる人、特に常連客が対象になりがちです。ただTVの視聴者は不特定多数で、舞台とは明らかに違っており、中にはその独自色を好ましく思わず、途中で視聴を止める人も出て来ることになります。大河が1年物を今後も続ける-個人的にその必要はないと思いますが-のであれば特に、舞台の脚本家を今後使うべきかどうか、検討する必要もあるようです。無論これは、『鎌倉殿の13人』の総合的な評価が出てからの話になるとは思いますが。

飲み物-黄金色のビール
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[ 2021/10/22 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河に於けるレアな存在、南北朝と最上義光

以前、『天地人』と『真田丸』を比較した投稿をしていますが、それに関してコメントをいただきました。同じ時代背景や出来事でも、主人公や描き方が変われば随分変わるといった内容でしたが、実際戦国時代などはほぼ一世紀近くにわたっており、しかも様々な地域で領地の奪い合い、人質交換などが行われています。この投稿は長谷堂城の戦いに関するものでしたが、この戦いは正に「北の関ヶ原」でした。一口に関ヶ原と言ってもあの戦いだけではなく、それが方々に波及していたわけですね。

これと同じことが、南北朝時代や応仁の乱の際にも起こっています。南北朝を舞台にした大河は『太平記』のみですが、その影響が方々に及び、しかもそれが戦国にまで尾を引くことを考えれば、やはりもっと作られてもいいでしょう。別に1年物でなく、2クール程度でもいいのですから。また前出長谷堂城の戦いで、直江兼続に対抗した最上義光は、今までの大河の歴史の中で、『独眼竜政宗』でしか登場していません。南北朝も最上義光も、過去1度きりというのももったいない話です。無論最上義光は、『どうする家康』で出て来る可能性もありますが。

それから南北朝関連で、『逃げ上手の若君』の主人公でもある北条時行、この人物について投稿してからしばらく経ったので、『英雄たちの選択』と絡めてまた投稿しようと思います。この人は諏訪家に匿われるわけですが、この諏訪家というのは、諏訪大社の大祝(おおほうり、神職)でもあり、それに関するシーンが『風林火山』でも登場していました。後に諏訪頼重(戦国ではなく南北朝の人物)はこの人を担いで中先代の乱を起こし、足利尊氏の弟である直義を鎌倉から追放するに至ります。

飲み物-ウイスキーと照明
[ 2021/10/01 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-53

『どうする家康』のキャスト予想関連で、長澤まさみさんの出演もあり得ると書いていますが、そもそも長澤さんの大河での役どころというのは、これまでの半分以上が忍びの役です(『功名が辻』の小りん、『天地人』の初音)。『真田丸』でやっと忍び以外の役を演じることになりましたが、この時もネット上で、「きり」の名前が、霧隠才蔵を暗示しているとコメントされていたことがあります。

しかしきりの役どころ、大坂の陣まではそれなりに理解できたのですが、最後の最後で、彼女は結局どういう役割で、その後どのような人生を送ったのかが見えにくくなりました。千姫を送り届けた後、急にいなくなってしまいましたからね。ありきたりな手法ではありますが、たとえばあの後、出家したことを窺わせるなどの描写があってもよかったと思います。三谷さんの敗者を描くやり方には、生き残った人々への救済措置を窺わせる描写が感じられないのがやはり残念です。

この『真田丸』、終了後にスピンオフができるのではと、ネット上、特にSNS上で騒がれたこともあります。きりのその後もさることながら、上杉景勝と直江兼続主従のその後なども、視聴者は関心を示したのではないかと思いますし、実は信繁は生きていた的展開を望む人もいたかも知れません。しかし『新選組!』のようなスピンオフが作られることはありませんでした。

その三谷さん、来年は「大河好きがニヤリとする」キャスティングを考えているとコメントしたことについて。前の方にも書いていますが、やり過ぎると視聴者の離脱を招くことにもなりかねません。あまりマニアック路線を行くと、うざいと取られても仕方ありませんし、大河好き=お得意様へのサービスのみならず、新規に観る人々のことを考えてこそのものでもあるわけですし-無論、すべてを初心者向け説明路線にする必要はありませんが。

先日の『天地人』関連で、『独眼竜政宗』を引き合いに出しています。ちなみに政宗に上杉景勝は出て来ませんが、天地人には政宗が登場します。時代的にも地域的にもほぼ似ており、政宗が生まれた米沢は、景勝が最終的に藩主となっています。このような共通性があるだけに、やはり政宗に対抗しうるだけの作品にしてしかるべきではあったでしょう。この天地人路線がその後『江~姫たちの戦国~』や『花燃ゆ』へと継承されて行った感はあります。

しかし政宗は、1980年代半ばの近現代3部作が振るわなかった(1986年の『いのち』を除く)ことから、起死回生策として打ち出されたようですが、そもそもなぜ数字が取れなさそうな近現代物を、それも3年もやろうと思ったのでしょうね。最初から無理があるような企画を打ち出しては、振るわなかったことの責任を取ろうともせず、次の作品にばかり目を向けさせる姿勢というのは、特殊法人という殿様商売だからこそできるというのを、もう少し自覚してほしいものです。


飲み物-ブロンドのエール
[ 2021/09/26 11:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

改めて思う『天地人』のおかしな点

『天地人』について先日書いていますが、せっかくの上杉家の大河でありながら、夫婦大河、もっと言えばホームドラマ的大河になってしまったのは、制作サイドの責任でしょう。無論、前作の『篤姫』にもそういう部分はありました-2000年代から2010年代にかけての女性主人公大河で、一番その手の雰囲気から遠かったのは、『八重の桜』であるかと思います。

ただ『篤姫』が基本的に大奥主体であり、ヒロインがこの大所帯を如何に束ねて行くかに腐心する一方で、薩摩では小松帯刀が藩主島津斉彬、久光の右腕となり、西郷や大久保といった藩士たちをまとめる家老の立場であって、その両者の対比は描かれていたかと思います。(ただ初恋の相手設定というのは疑問でした)

幕末と戦国末期~江戸時代初期という時代設定の違いはあれ、やはり家老的立場の直江兼続と、その主君の上杉景勝を描くにしては、何かおちゃらけた雰囲気が漂っていましたね。子供時代の描写がよかっただけに、あれはどうにかならなかったのかと思います。

また登場人物の服装と髪型、流石に石田三成のあれには引きましたし、兼続もいつまでも前髪をつけたままとか、これは『真田丸』との比較関連タグ(真田丸と天地人比較)でまとめていますが、真田幸村が人質というより、まるで直江家の食客のように見えたりもしました。さらにおかしいのが兜の「愛」です。

元々これは愛染明王から取った(諸説あり)と言われていますが、この大河では、兼続が兜をどのような意匠にしようかとあれこれ字を書き散らし、その中で「愛」の字を見つけた妻のお船が、これがいいのではと提案することになっています。こういう描き方がどうも安直なのですね。

その他にも、徳川方は悪であり、会津の神指城が、彼等と自分たちを隔てる結界のようなイメージになっていたのも変でしたね。元々この城は軍事拠点ではないかと家康に睨まれ、直江状によってそれが否定されることになりますが、実際景勝はこの城を、新しい城下町の拠点にするつもりだったようです。

その直江状。元々家康に宛てた書状であるはずなのに、なぜか他の要人にも送られたことになっているし、しかも書状そのものがやたらに長い。おまけに「挑戦状」扱いされていますが、これは家康からなぜ上洛しないのかという文が、西笑承兌を通して送られ、それに対する返信であって、挑戦状ではありません-無論、徳川幕府の成立後、そのようにいわば改竄された可能性は否定できませんが。

おまけに、直江兼続だから長谷堂城の戦いがあるかと思ったら、それも殆どなし。最上軍もモブ。この点は言っては何ですが、『青天を衝け』の禁門の変をちょっと思い出します。

これ、もう少し描き方を変えていたら、戦国末期から関ヶ原を挟んで、徳川幕府成立後の、『独眼竜政宗』とはまた違った面白さの戦国東北大河ができたはずなのに、結局そうならなかったのは残念です。本当は再来年は、家康よりこっちをやってほしかったのですけどね。無論九州の島津でもよかったのですが。

ただ家康が出て来るとなると、上杉なり最上なり、島津なりが出て来る可能性は十分考えられます。ただ、この『天地人』のように、題材はいいけれど、描写方法にかなり疑問が残る大河であってほしくはないものです。

飲み物-カウンターとカクテル

[ 2021/09/26 01:15 ] 未分類 | TB(-) | CM(0)

気づいたことあれこれ 28-続き

最近前日の投稿の続きが多くなっていますが、これもまた「気づいたことあれこれ28」の続きとなります。それから投稿分の文章がおかしい部分、変換ミスなどは随時直しています。

先日分で、『独眼竜政宗』が殻を破った作品と書いていますが、これは
近代三部作の直後の戦国大河
ジェームス三木氏の脚本
キャスティングが斬新
という条件下のもとでこそ、成り立ったかと思われます。
平均視聴率が30パーセント台というのも、大河の中ではかなり高いと言えます。しかも、家庭用のビデオが普及し始めた頃にこの数字ですから、今でいう総合視聴率を出せば、40パーセント以上行った可能性もあるでしょう。つまりこの作品のヒットは、単に面白い面白くないだけの問題ではなく、それが成立しうる条件を満たしてこそのものだったのでしょう。

この翌年、こちらは比較的オーソドックスな『武田信玄』がまた高視聴率を記録し、この後1996-97、2006-07、そして2016-17年と、時代背景や登場人物がそれぞれ異なる戦国大河が、2年続くことになります。ただし、2016年の『真田丸』と2017年の『おんな城主 直虎』になると、流石にちょっと陰りが見えるようになります。

両者の場合、確かに背景も人物も違う作品ではありましたが、一方が如何にも骨太な印象の大河というわけではなく、その意味で、全く趣の違う作品を連続して放送するという意味合いは薄れました。『秀吉』と『毛利元就』にもそれが言えるかも知れませんが、『毛利元就』には三英傑が出て来ず、しかも大河で初めて取り上げた人物であり、その意味では『秀吉』との差別化が図れたかとは思います。

それから女性主人公大河が、ホームドラマ的または朝ドラ的で、本人の原点が見えにくいと思われる点ですが、特にと言うかやはりと言うか、『江~姫たちの戦国~』と、『花燃ゆ』にはそれを感じざるを得ませんでした。前者はのっけから唖然とするようなシーンが出て来たり、また江があっちこっちに出没したりで、なぜそのような人物にせざるを得なかったのが見えにくく、後者では本来、主人公の文は読書好きな少女という設定だったはずなのですが、それがあまり活かされず、出番を増やすために、おにぎり作りをやっている印象が強くなってしまったものです。

最終的には江は3人目、文は2人目の夫と幸せな人生を歩むわけですが、これなら『直虎』の方が、本人の原点はしっかり描かれていると思いました。この大河も後になるにつれて、受け入れられなくなって行きましたが、最初の頃、おとわが子供時代に何をしたかは、無論創作であるとは言え、その後の彼女を形作るうえで大きな役割を果たしていたと思います。ただ、ちょっとやり過ぎかなと思われる部分はありましたが。

それと漫画ベースで大河を作る件。これに関しては以前、やはり視聴者からの反発もあるだろうといったことを書いています。特に今の高齢者層は、昔の作品を知っていることもあり、その多くが反発することは予想されます。しかし一方で、NHKは今後の視聴者を開拓しなければなりません。

無論これには今後の課題として、受信料不払いと引き換えに電波を止めるとか、スクランブル化するといったことも含まれますが、大河を若年層に親しみやすい方向に持って行くこともまた、考えられてしかるべきと思うからで、その意味でどのように仕掛けるか、その一環としてこういう方法もあり得るかとは思います。確かにこれだと「お年寄りの大河離れ」が進むかも知れませんが。

飲み物-ブランデーグラスのビール

[ 2021/09/19 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

気づいたことあれこれ 28

前回の続きのようになりますが、『黄金の日日』に限らず、本能寺の変が登場する戦国大河の場合、備中高松城攻めもかなりの確率で登場します。(無論『真田丸』のように例外もあります)秀吉が本能寺の変の知らせを受け取ったのが、この高松城攻めの陣中とされているため、この2つがセットとなり、しかる後に山崎の合戦、清須会議、賤ケ岳の戦いという流れになることが多くなっています。そのせいもあって、『麒麟がくる』のラストシーンは、新鮮と言うよりはどこか不完全燃焼ではありました。

備中高松城といえば、最近の大河ではやはり『軍師官兵衛』を思い出します。実際どのように堤防を巡らすのか、陣中でジオラマを作ってましたが、小寺の殿の趣味の箱庭共々、官兵衛と言えばジオラマをついつい連想しがちです。この時の秀吉と官兵衛のタッグの凄さは、本能寺の件を悟られず、しかも如何に姫路に戻るかを第一目標とした点でしょう。

無論その後秀吉は、摂津方面の武将を味方につける必要もあったものの、ライバルの柴田勝家も滝川一益もおいそれとは駆け付けることができず、これ以上はありえないほど有利な状況下で、秀吉は山崎で光秀を追い詰め、光秀は近江に逃れる途中で落ち武者狩りに遭います。

それにしても織豊政権大河がなぜ多いのか、それは信長の上洛に始まり、室町幕府再興と朝倉・浅井攻め、将軍義昭の追放、石山本願寺との戦い、甲州征伐に加えて本能寺の変に毛利攻めと、戦闘シーンが多く飽きさせないという点が挙げられるかと思います。また秀吉の家臣たちをそれぞれ主人公、あるいは準主人公とすることで、多くの作品を作れるというメリットはあります。

しかしその反面、飽きられやすいというか、ワンパターンになりがちなのも確かでしょう。ならば同じ時代の東北や九州を描いた方が、馴染みはなくても新境地を切り開けるはずなのですが、どうもひところの夫婦大河同様、無難だけれど皆が知っている時代背景、人物の方が、リスクを冒すよりもいいとNHKが考えているふしもあります。

『独眼竜政宗』の時のような、ある意味殻を破った作品というのは、今後出て来るのでしょうか。実は『いだてん』の後の『麒麟がくる』が、そうなるかと思ってはいたのですが。

それから先日の『青天を衝け』、篤太夫=栄一が実家がある血洗島へ戻ります。実家のシーンは、この大河の評価すべき部分でしょう。家族が出て来るからとも言えますが、ただ私の場合、所謂ホームドラマ的、あるいは少女漫画のプロット的な要素は好きではありません。女性主人公の大河や朝ドラでは、一部例外もあるにせよ、この手の要素が多いようですが、私としては、こういうのは予定調和的で面白く感じられないのです。血洗島のシーンが好きなのは、実家を描くことで、様々な意味での主人公の原点が見えて来るためです。

あと、父の市郎右衛門を演じる小林薫さんが割と好きなせいもあるかと思います。最近マクドナルドのCMにも出演していますね。

飲み物-グラスに入ったビール
[ 2021/09/18 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『黄金の日日』に思うこと

『黄金の日日』のアンコール放送については、以前も明智光秀関連で書いたことがあります。商人が主人公で、その意味では今年の『青天を衝け』と似た部分があります。とはいえ時代背景も、また主人公の境遇も大きく異なりますので、同列には論じるのは難しいでしょう。

この大河が面白いと感じる人はかなりいるようです-三谷幸喜氏もそう語っています。実際キャストも豪華だなと思いますし、その当時としては珍しく海外ロケも行われており、予算もかなりの額ではなかったかと思われます。またそれまで武士の視点からだった大河を、商人の視点からにしたという斬新さもあるでしょう。ただそこまで面白い大河であるかと言われると、正直な話何とも言えません。描写やキャラ設定などはいいと思います。

ただ私としては、同じ戦国時代を舞台にした『風林火山』、あるいは『独眼竜政宗』などの方が、題材としてはオーソドックスながら、かなり面白い大河であるかと思います。確かに1978年当時は、かなり攻めた大河ではあったのでしょう。しかし2021年の今観た場合、面白くはあるけれど、ずば抜けて面白いかと言うと、残念ながらそうでもない。少なくとも私はそう感じてはいます。

飲み物-黄金色のビール
[ 2021/07/15 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』第2回に関して

今回も、ナビゲーター?家康公からスタートです。そういえば北大路さん、『神様のカルテ』では大狸先生と、まるで家康のような呼ばれ方をされていますね。ちなみに、天皇陛下と同じお誕生日だそうです。

さて栄一は9歳になったとありますが、演じているのは前回と同じ子役さんですね。ともあれ多少は大人になっているわけです。
村祭りが近づいて来ましたが、村の男たちは藩命で人足に駆り出されてしまいます。これでは祭りができません-この「祭りができない」という設定に、何やら昨今の事情とだぶるものがあります。しかし栄一は一計を案じ、父たちが戻って来た後に、自分たちで祭りの獅子舞を披露します。

栄一が踊っている内に、いつの間にか吉沢亮さん演じる青年期の栄一となって行くのですが、子役が出る大河の場合、この子供→大人への移り変わりをどうするか、今まで多くの作品で様々な趣向が凝らされて来たと思います。個人的には『独眼竜政宗』の、部屋に入ったら大人になるシーンとか、『おんな城主 直虎』で、子供と大人のおとわ(次郎法師)がすれ違うシーンなどは面白いなと思いました。

一方七郎麻呂こと慶喜は、水戸から御三卿の一橋家に養子として迎えられますが、本人はどうやら水戸の方がいいようです。尚こちらも能を演じていて、面を外すと草彅剛さん演じる大人の慶喜が現れるのですが、願わくば少年時代の慶喜が舞っていて、面を外すと草彅さんだったという設定にしてほしかったですね。

また役人に対して低姿勢の父に栄一は怒るものの、農民だから仕方ないと諭されますが、『龍馬伝』の上士と下士の関係や『西郷どん』のふきの身売りなど、身分制度に疑問を持つ描写がなされ、それが明治への原動力となるというのは幕末物にありがちですね。

それからこの大河ですが、

いだてん
麒麟がくる

に比べると、まず現時点では時代劇らしさはあります。演出への疑問も、今のところあのCGの蚕のみです。

サブタイも恐らくは「栄一、○○する」といった形でまとめられるのでしょう、過去の映像作品のタイトルを使ったりしないのには好感が持てます。そして、何よりも着物がやたら派手派手しくないのには救われます。栄一が来ている着物には麻の葉の刺繍がされていますが、子供の着物によく使われる図柄ですね。『鬼滅の刃』の禰豆子も、麻の葉模様の着物です。

一方で、江戸の描写が今の所幕府と水戸家、一橋家に限定されているふしがありますが、今後のことを見据えて、薩摩や長州、越前などもそろそろ出していいのではと思います。それと、やはり小松帯刀を出してほしいです。
(2021年2月26日一部加筆修正)

飲み物-冬のティータイム
[ 2021/02/25 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-43(『青天を衝け』ガイドブックを見て思ったこととは)

まず、先日の『どうする家康』関係投稿で、徳川家康の嫡男の信康を、信勝としていました。失礼いたしました。訂正しています。

まだ放送にはもう少し間がありますが、「今年の」大河ドラマ『青天を衝け』のガイドブックが書店の店頭に並んでいます。構成としては、まあ従来通りではあります。それとこの大河、やはり過去の幕末大河の出演者が結構多いですね。
ところで『麒麟がくる』もそうでしたが、NHK出版のガイドブックには「大河プレイバック」なるページがあります。『麒麟がくる』のNHK出版の分は、『国盗り物語』が紹介されていました(ちなみにNHK出版の分は前編しか購入していないので、後の2つは生憎見ておりません)。
この大河プレイバック、要するに、その年の大河と同じ時代背景の作品を紹介しているわけで、この前編の分は『獅子の時代』が紹介されています。この他にも大河ドラマ年表などもあり、つまるところプレイバック共々、大河はこれだけ歴史があるのですよと言いたいのかも知れません。

しかし見方を変えれば、大河は一部の作品を除けば、かなりの作品が同じような時代に集中しており、同じ時代の同じような人物を何度もなぞって来た経緯があります。戦乱や歴史上の大きな出来事がドラマの中心になるためです。これは一巡目か二巡目まではいいのですが、それ以上になるといくら手法を変えてみても、どことなく似た印象になりがちです。また前の同時代の作品との比較もされるようになります-無論、前の作品の方がいいとは必ずしも言えないでしょうが。それを意識してのことなのか、近現代物を入れたり、放送フォーマットを変えたりという試みもなされましたが、あまりうまく行きませんでした。
そもそも過去を振り返るということ自体、方向性としてあまり前向きとはいえません。逆にこのような企画を始めたということは、やはり大河も、あと何作かで終わらせるのかと思われても不思議ではないでしょう。その場合、今まで描いてない人物や時代を中心にやることも考えられます。

しかしその「歴史のある」大河、その制作を支えてきたのは、言うまでもなく視聴者の受信料です。これも先日の『どうする家康』絡みの投稿で触れましたが、制作統括や脚本がこうしたい、ああしたいと言っていても、とどのつまり、何十億もの受信料があるからこそそれが実現可能なのです。にもかかわらず、NHKの制作サイドは、視聴者の受信料のおかげで大河が作れていますなどと、しおらしいことを言ってくれたためしがありません。
元々公共放送の目的は、一般人を利するための報道であり放送であって、ドラマ制作ではないというのは前にも書きました。今NHKのスリム化、受信料の値下げが叫ばれていますが、公共放送としてやって行くのであれば、1世帯500円程度でいいのではないでしょうか。2020年の日本の世帯数は約5700万ですが、仮に受信料を500円としても285億円は確保できるのです。ニュース、気象と災害のみであればそれで十分でしょうし、それより安くする(職員を減らす)こともできるでしょう。
ドラマはスポンサーを付けて作ればいいだけの話です。もちろんNHKの職員が、スポンサーに頭を下げてお金を出してもらうことになりますし、数字が悪ければ打ち切りの可能性もあります。

数字と言えば、これも以前書いたことではありますが、『独眼竜政宗』と『武田信玄』は双璧です。一方で『独眼竜政宗』、『武田信玄』の舞台は出羽と甲斐という「東国」であり、それも数字に大きく影響しています。一般に公表される視聴率は関東の数字だからです。寧ろこの場合、関西はどの位だったのかを知りたいとも思います。無論『麒麟がくる』も、東海地方であればもう少し高くはあるでしょう。そもそも地元、あるいはそれに近い地域では高く出るからです。
このようなことから、せめて大河は東西の数字を公表するべきではないかと思われます。しかしそうなると、今年の大河は関東ですから、それなりに高い数字が出てしかるべきとはなるわけですが。

飲み物-ワインと暖炉
[ 2021/01/31 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』のコメントに突っ込んでみます その2

突っ込みその2です。再び磯智明氏のコメントからです。

単独主役では1983年 滝田 栄さん主演「徳川家康」以来40年ぶり、家康役は「麒麟がくる」まで多くの方が演じています。タヌキ親父とか策略家、最近ではボスキャラとしての登場が多い家康ですが(後略)

この滝田さんの家康はいわば「きれいな家康」であり、その17年後、『葵 徳川三代』で津川雅彦さんが演じた主人公の一人である家康は、如何にも策士でタヌキ親父といったイメージでした。ですからこの次の家康像は、この2つのイメージからは外すことになるわけで、だからこそ
「若くて頼りなくて信長に兄事する家康」
が、松本潤さん主演で描かれるのでしょう。
しかし思うのですが、「多くの方が演じている」家康であり、しかも『麒麟がくる』にまで登場しているわけですから、また家康かとうんざりする人も多いのではないでしょうか。

戦国大河の主人公になりそうな人物は、他にも大勢います。島津義久や長宗我部元親、加藤清正などでも十分主人公たり得るでしょう。また以前に大河化された『独眼竜政宗』や『天地人』をアレンジし、戦国期の東北地方を描いてもいいのです-この場合、最上義光や堀直政を是非加えてほしいところです。なのになぜまたもや家康なのでしょうか。

NHK公式サイトの紹介ページでは「ねらい」としてこうあります。

乱世を生きる運命を受け入れ、未来を切り開いた男・徳川家康。
彼の生涯を、脚本家・古沢良太の手により、歴史ファンから少年少女まで、幅広い世代が楽しめるエンターテインメント大作として、令和の時代によみがえらせます。
家康が生きたのは戦乱の世、まさに予期せぬことが次々に起きる時代。
彼はリーダーとして、たくさんの「どうする?」を突き付けられました。
戦場で「どうする?」、家族から「どうする?」、民衆から「どうする?」
判断ミスで苦杯をなめ、ピンチも招きましたが、決して逃げず、答えを出し続け、乱世を終わらせました。
先行きの見えないのは現代も同じ。家康を現代に通ずるリーダー像として描いていきます。

乱世を終わらせたから、とNHKは言いたいのかもしれません。
しかし日本史に於いて、乱世を終わらせることができた人など限られています。そういう人を何度も出すよりは、今まで大河化すらされていなかった人物の方が、新鮮味があるのではないでしょうか。それよりも、なぜ今この時点で
「乱世を終わらせた」人物でなければならないのか。問題はそこでしょう。
「先行きが見えないのは現代も同じ」だからと言いたいのかもしれません。
しかしこれも前に書きましたが、現代も同じだからという前提のもと、新時代を切り開いた人物を主人公にした大河ばかりが企画されている感は否めません。
NHKも受信料で大河を作っているのなら、もう少し考えてみてはどうでしょうか。この意味では『鎌倉殿の13人』も新時代の幕開けではあるのですが、
  • 制作側がその点を強調しない
  • 鎌倉幕府の要人でいながら、実際には執権としての北条氏を打ち立てた人物が主人公
ということで、多少趣が異なっています。
というか、2020年以降の大河の制作統括や脚本家の中で、本当に歴史が好きなのは、三谷氏だけではないかと思います。でなければ、13人の合議制をメインに持ってくることなどないでしょうから。

あとこの「どうする家康」なるタイトルもちょっと抵抗があります。
大河のシリーズとしてのタイトルと言うよりは、1つのエピにつけられるサブタイのようです。何らかの理由で家康が窮地に陥った放送回のサブタイ、そのような印象を受けるのですね。もう少し工夫できなかったのでしょうか。尚、上記の引用部分に

彼はリーダーとして、たくさんの「どうする?」を突き付けられました。
戦場で「どうする?」、家族から「どうする?」、民衆から「どうする?」

とありますが、これもくどいというか、そうまでしてこのタイトルにしたかったのかと、何やら疑問ばかりが湧いてきてしまうのです。

次は、脚本家の古沢氏について書きたいと思います。

(この項続く)

飲み物-お洒落なランプとウイスキーグラス
[ 2021/01/25 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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