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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』第42回に関しての武将ジャパンの記事について-4

第42回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその4です。

BBCでは真田の名前すら出てきません。
取捨選択の結果であって、それが特に問題とも思えません。
本作では、佐藤浩市さんを映したいあまりにそうしたのでしょう。
話題性狙いがみえみえで痛々しい。
そんな広告代理店じみた考え方だからこのドラマはダメなんだ。

まず言いたいのですが、真田を出さなければ出さないで、武者さんはクレームをつけそうな気がします。「取捨選択の結果」などとありますが、自身が推している『ウォリアーズ』だから許容範囲内なのでしょう。
そして
「本作では、佐藤浩市さんを映したいあまりにそうしたのでしょう」
で話題性狙いだの、広告代理店じみた考え方だの。第一本多忠勝が登場して関ケ原が出て来るのだから、普通は真田を出してくるものだと思いますけどね。

本多正信に常識を求めるのは酷なのでしょうか。
主君の嫡男に対してあの舐め腐った態度。
万人に対して常にマウントを取っていて、あんな調子では嫌われるどころか、闇討ちに遭いそうで心配なほどです。
放送されるたびに不快感指数は上がり続け、「もう映さないでくれ!」と頭を抱えたくなる。

本多正信のキャラについては、今までも何度も書いて来たかと思います。
あの飄々としてとらえどころのないイメージ、なのに正論を吐くというのが持ち味であり、それを
「舐め腐った態度」
「常にマウントを取っている」
としか見られないのであれば、余計この大河は観ない方がいいと思いますけどね。
かと言って正信は滅茶苦茶に嫌われているようにも見えず(忠勝とは正反対ですが、家康からは気に入られていますね)、まして闇討ちにも遭っていません。ああいう存在も必要であると、一応周囲も思っているのではないでしょうか。

「『もう映さないでくれ!』と頭を抱えたくなる」
「もう映さないでくれ」と相手に要求するのではなく、「もう観ません」と自分から身を引く方がいいかと思いますよ。
それと「不快感指数」なんて言葉、ありましたか?不快指数はありますが、これは、特に夏の蒸し暑さを表す指数のことですし。

さらに

勝利がわかっているから、わざと余裕ぶって悪態をつかせている――のであれば、本当に未来人思考だらけの作品で時代ものとは言えません。

また未来人思考。
しかも「勝利がわかっているから、わざと余裕ぶって悪態をつかせている」など、武者さんの一人決めもいいところだと思います。秀忠が焦っているのに正信が余裕で稲刈りをなどと言っているのは、米=兵糧を守るために相手が出て来ざるを得なくなるという作戦なのですけどね。
しかも榊原康政が、ちゃんとそのことを説明しているのですが。

真田の城は、なぜハエトリ紙じみた布が垂れさがっているのか?
「乱世を泳ぐは愉快なものよ」と語る昌幸にしても、本気でそう思っているとは微塵も思えず、逆に「何も楽しんでないな」と笑いそうになりました。
あの変な布を見て、俳優さんたちは『戦国っぽいなぁ……』と演技に身が入りますかね?

ハエトリ紙と言うかハエトリリボンでしょうか。
あの布はこれも前に書いていますが、常に攻め込まれる可能性がある以上、いざという時包帯代わりにしたり、投石の時に使ったりもしたのではないでしょうか。

「『乱世を泳ぐは愉快なものよ」と語る昌幸にしても、本気でそう思っているとは微塵も思えず、逆に『何も楽しんでないな』と笑いそうになりました」
その前に昌幸は、わしの役目も十分に果たした、あとは家康と三成、どちらの才が上回るかじゃと言っています。つまり秀忠を上田に引き付けるだけ引き付けて遅参させ、あとは高見の見物で、どちらにしても、真田は生き残ると強かに計算しているわけです。
それを踏まえたうえで、乱世を泳ぐとは面白いものよと言っているのでは?

そしてまたも文春砲。好きですね、文春。

文春砲によると、ニコライ・バーグマンじみた押し花をプッシュしたという本作の主演俳優。
記事が本当ならば、ドラマ内での見た目に相当なこだわりがあるようですが、その結果が大量の蝋燭やら、ハエトリ紙だと思うと脱力感が湧いてきます。

「脱力感が湧く」とはあまり言わないような気がするのですが…。
脱力するとか、脱力感を覚えるとは言いますが。
そしてまた「ニコライ・バーグマン」、数正が大事にしていた押し花ですが、その結果がなぜロウソクや上田城の布(ハエトリ紙ではありません)になるのか、ちゃんと説明してください。

そして『100カメ』で昨年は『鎌倉殿』、今年は『大奥』が採り上げられるとかで、

美術部のレベルが大河と大違いですもんね。
今年の実質的な大河ドラマはやはり『大奥』と言って差し支えないでしょう。
歴史イベントでもきちんと結果を出されています。
◆女性初の信玄公役は冨永愛さん 観客数は過去最高の23万人越え 50回目の節目となる信玄公祭り(→link)
武田信玄役に初の女性となる冨永愛さんを起用した、山梨県の関係者の英断が素晴らしいですね。

「今年の実質的な大河ドラマはやはり『大奥』と言って差し支えないでしょう」
言っては何ですが、こういうのが余計だと思われる所以です。
ただ紹介だけにとどめておけばいいのに。第一10時のドラマと大河は様々な点が違うと、これも前から書いてはいますが。
それと信玄公祭りと『大奥』、直接関係ありますか?

大久保忠益が「腹を切ってお詫びを!」と叫びます。
それでいいんです。
問題は複数回も「腹を召す」と自分に敬語を使って叫んでいた家康。
ああいうミスは修正するものでは?

地図が映ると、面倒くさそうに作ったことが伝わってきます。
ここまでモチベーションが落ちているドラマって、なかなかないでしょう。
ただし、小道具スタッフは、もしかしたら犠牲者かもしれず、気の毒としか言いようがないのですが……。

この数行でそれぞれ1パラグラフずつになっていますが、そちらの方がどうにかなりませんか?
そして「腹を召す」と自分に対して使ったのは、秀吉に対して、自分の方が上であると印象付けるためではないかと、当該回の時に書いています。問題はなぜそのような言葉遣いになるのか、武者さんが考えているように見えないことですね。

そして地図が「面倒くさそうに」作られていますか?その理由は?
裏付けがないのなら、勝手に決めつけるべきではないかと。この間もカラーコピーだなんだのと言っていましたね。
武者さんが、とにかくこの大河が嫌いでたまらないのは伝わりますが、好き嫌いを仕事に持ち込むべきなのかと思います。

すでにクランクアップした本作。
主役の横暴な振る舞いで脚本がおかしくなった――とする文春砲に対し、
「大河主演が口出しするって、そんなもんでしょw」
という指摘もあります。
去年の小栗旬さんはむしろ真逆です。
◆ 小栗旬主演の次期大河 徹底したハラスメント対策で良好な撮影現場に(→link)

しかしなぜこうも文春を絶対視するのでしょうね。
自説補強にはもってこいだと言うのはわかります。
ただし、自分の思い込みや願望を強化または指示する情報ばかりに目が行き、そうではない情報は軽視してしまっていますね。こういうのを確証バイアスと言います。

今年の大河はもうダメ。
あと一ヶ月とちょっと、NHKという公共放送でエゴを見せつけられるかと思うとげんなりしますが、VODでは朗報もありました。
ディズニー+の『SHOGUN』です。
◆真田広之、ハリウッド制作陣が戦国時代を描く「SHOGUN」に主演! 豪華日本人キャスト共演(→link)
三浦按針をモデルとした、往年の名作ドラマでで、アメリカ作のRPG『ウィザードリィ』にサムライやニンジャがいるのは、このドラマの影響だとか。

『SHOGUN』は、80年代に三船敏郎さんが出演した時のでしょうか。
あれは日本ではまず劇場用映画として編集され、その後TVドラマとして放送されていますね。

そして
「NHKという公共放送でエゴを見せつけられるかと思うとげんなりします」
「VODでは朗報もありました」
ならばもう大河をやめて、『SHOGUN』と『大奥』にシフトした方がいいのではありませんか。
第一『どうする家康』がなぜ「エゴ」になるのか、これもこのコラムのいつものパターンと言うか、その理由が書かれないのでよくわかりません。とにかく貶めたいのだろうなとは思います。
この次にもこんなことが書かれています。

『どうする家康』の悪夢は、11月23日に公開される北野武作品『首』と、『SHOGUN』に塗り潰してもらいましょう。
ただ、喜んでばかりいられません。
今年の悪影響で、今後ますます大河ドラマの存在意義は低下してしまうでしょう。

このコラム、今回もここまでの記述の中で、誹謗中傷と取られかねない箇所がいくつかあるのですが、多分気にも留めていないのでしょうね。
そして、この次の関ケ原回を楽しみにしている人もかなりいることもお忘れなく。
と言うかこれも以前書いていますが、私武者さんに『どうする家康』を観ることも、コラムを書くこともやってほしくないのですね。もちろん武者さんにしてみれば、お仕事はなくなりますが。

それから
「今年の悪影響で、今後ますます大河ドラマの存在意義は低下してしまうでしょう」
恐らく年が改まれば、何事もなかったかのように、このコラムを書いているのでしょう。
その時は、『光る君へ』が『どうする家康』の叩き棒になりそうな気がしています。

今はまだ海外発の時代劇も戦国に限られているものの、今後はどう発展していくかわかりません。
特に近代史ともなれば、日中韓の合作になってもおかしくない。
こうなるともう時間切れでしょう。

別に武者さんが心配することでしょうか。
ならば貴方が、自分で企画から脚本からを手掛けて、日中韓の合作を作ってみてはどうですか。
もちろん興行成績がそこそこないと成功とは言えません。

大河ドラマにおける幕末以降の近代史は、2015年以降まともな歴史観を示すことができなくなりました。
歴史修正主義としか言いようのない酷い出来。そんな風に前進どころか後退をしていては、VOD時代に置いていかれるばかりです。

いずれも武者さんが嫌いな作品ばかりですからね。
しかし、その「まともな歴史観」とは具体的にどのようなものなのか、説明して貰えませんか。いつもそうですが、あれがよくないこれがダメと言いつつ、なぜそうなのかが少しも示されないか、自己満足のレベルに終わっているように思えます。

たとえばの話、伊藤博文は大河ドラマ主役になっていません。そこまで大きく取り上げられるわけでもない。
そんな伊藤博文を、海外が複数の国の合作で、日本より先に作ったらどうなるのか。
もうこれについては時間切れでしょう。

先ほどもそうですけど、時間切れ時間切れて、何がそう時間切れなのですか。
日本の近代の人物モデルで、複数の外国が合作することがもう確定しているのですか。
まずそれを示してからでしょう。

歴史総合を学ぶ世代は、むしろそんなドラマを受け止められる。問題はその上の世代であり、ヘイト本やSNSの盛り上がりに乗じて叩くことも予想されます。

この「歴史総合」も、このコラムで使われると、今時の若者が好きなスイーツとそう変わらないように見えてしまいます。
要は今はこれなの!昔とは違うのとマウントを取りたくてたまらない、そういう印象しか受けないのですけど。そしてその上の世代叩き、これもいつものパターンですね。


飲み物-ウイスキーストレート
[ 2023/11/11 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第42回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第42回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。その2は1つ下↓になります。

いきなり「だから千代は何歳ですか?」とあって、

初登場時は家康を坊や扱いしていたでしょう。
もう70近くともおかしくないってば!
本当に、このドラマは美少女戦士もどきが戦う&死ぬ様を描きたくて仕方ないんですね。

それこの間も書いていましたよね?
で私は基本的に年齢不詳で、三河一向一揆時点で20代前半から半ばくらいと設定すると、50代くらいかと思います。

今週は稲だけでなく千代。
可愛い女の子が武装してムフフ♪ 
そういうことは戦国武将を美少女にしたR18ゲームでよいのではありませんか?
それにしても、千代はしみじみとしょーもなかった……。

また武者さんの妄想タイム、そう言いたくなりますね。
そして「可愛い女の子が武装してムフフ♪ 」こういう表現をすること自体、昭和平成のおじさん臭いのですが、武者さんの中の人てどんな人なのでしょう。一応、言葉遣いは女性ですが。

「私もようやく死場所を得た」って、そんなイキイキハキハキ語って口角上げて笑って、なんなのでしょう。
デパートの店員じゃないんだから。死を覚悟した場面なのに、どの角度で口角をあげるかしか考えていないように見えます。元忠がちゃんと演じているだけに、無惨さが目立ちます。

口角が上がっているのは、千代を演じる古川琴音さんの口角が元々上がっているからではないですか。
そしてこの時は、夫である元忠に礼を述べているわけですよね。
そういう時であれば、顔を上げて少しでもにこやかに話そうとしてもおかしくないでしょう。

そして
「口角上げて笑って…デパートの店員じゃないんだから」
以前ファーストフードと書いていませんでしたっけ。今度はデパートですか。
それと前回「昭和のDV男」などと叩いていた鳥居元忠を、今度は千代を下げるために持ち上げているのですか?

結局、千代は、本作のくだらなさを煮詰めたかのような人物像でした。
武田が滅んで、穴山梅雪も討たれたのにノコノコ生き延びて、敵に拾われて、やっとここで恋愛脳ごと散る。
大河に出てくる架空女性人物でワースト候補だと思います。

「敵に拾われて」ではなく、家康が探させていて、元忠が匿っているのがわかったわけですね。千代は、甲斐の教来石のはずれにいたことになっています。しかし家康に千代を引き渡せば、また忍びの仕事をさせられるか処断されるかだと考えて、元忠がそのまま家に住まわせていたことになり、これがもとで、千代は真田の忍びであると言う忠勝と衝突します。

しかし元忠は殿の命であっても従えないこともあると言い、その時既に正室がいなかったこともあって、千代と再婚します。無論これに至るまでには、千代の戸惑いや家康の言葉、於愛の助言などもあるのですが、それがどうも武者さんの目には「くだらなさ」と映るようです。

忍者役のはずなのに、殺陣がどうしようもない。甲冑を着た相手に、小刀で切り付けて何がしたいのか。
撃たれて倒れる演技も、どんな指導をされたのでしょう。撃たれてからも眼力が強いまま、ダーリンの足を引っ張るようにしがみついている。
どう映れば可愛く見えるか? いちいちインスタ映えを狙っているような雰囲気でした。

また「どうしようもない」
どういう風にどうしようもないのか、何も書かれず。
「私がどうしようもないと思ったから、どうしようもないのよ!」と言いたげな感じですね。それにこの時点では忍びではなく、「忍び経験がある」元忠の妻ですけどね。

そして甲冑を着た相手に対する殺陣ですが、元忠も千代も、相手の顔面や頸動脈を狙っています。こういうのも、25分辺りを観ればわかることです。そして武者さん、本能寺の変の信長の殺陣も、同じようなことを書いていましたが、あの時の信長も、相手の甲冑を着けていない部分を狙っていましたね。

またアクション指導は諸鍜治裕太氏、そして武術指導は松本真治氏で、どちらもかなりベテランです。松本氏は『真田丸』にも出演していますね。それと眼力が強いのは、これも古川さんは元々ではないでしょうか。
あと「ダーリンの足を引っ張るようにしがみついている」
足を引っ張るのではなく、肩にしがみついているように見えますが? 

このドラマは筆をもつ手元を映すべきではないでしょう。
三成はまともでしたが、多くはペンみたいな持ち方しかできていない。
「家康ちゃんが頑張って書状を書いてるんだい!」と、言われたところで、祐筆はいないのか疑問ですし、あのお粗末な筆の持ち方では何もかも台無しです。
『大奥』の前田公輝さんや玉置玲央さんと比較すると、その落差は歴然でしょう。
大河主演でありながら筆の持ち方すら指導されていないのは、さすがに驚きます。

ここのところですが、先日その1でご紹介したJapaaanの記事そっくりなのですが、偶然の一致でしょうか。
第一祐筆任せじゃ間に合わないから、家康自ら筆を執って書状をしたためているわけでしょう。
そして筆の持ち方、家康と三成のを貼っておきますね。

どうする家康筆 どうする家康石田三成筆
(『どうする家康』録画映像より)

どちらも単鉤法(人差し指だけを筆にかける持ち方)のように見えます。この筆の持ち方に関しては、taketak39460607さんのnoteでも以前解説がありましたが、単鉤法と双鉤法(人差し指と中指を筆にかける持ち方)があります。ご参考までに。

書道の姿勢と道具|Kids Web Japan

あと書道指導は書家の金敷駸房氏ですね。大河の書道指導でもあります。
武者さんが好きな『真田丸』、『おんな城主 直虎』、『麒麟がくる』しかりです。

書状を左から右へ読んでいるように目線を動かしている場面もありました。

それどこのシーンですか?
この回で家康が書状に目を通すのは阿茶局の手紙を読む時ですが、そうなってはいませんよ。

現代劇でのカッコつけ方しか学んでいないのでしょうか……と、いったことを書くと「所作指導はクレジットされています」という反論もあります。でも、実際そう見えなければ意味がないじゃないですか。

「実際そう見えなければ意味がないじゃないですか」
ここまで言いますかね。
まるで武者さんが言うこと、見ることはすべて正しいかのようです。

何度も言うようですが、所作に疑問があるのなら、指導の花柳寿楽氏に言ってみてはどうですか。
ちなみにこの方も『麒麟がくる』の所作を担当していますし、島井宗室役で出演もしています。

さらに「今年はありえないほど酷い所作が本当に多い」
私に言わせれば「今年はあり得ないほど酷い出演者叩きが本当に多い」となりますが。

そしてまた文春砲がどうのこうの。
板垣李光人さんの
「(松本さんは)役の解釈やキャラクターのつけ方だけではなく、ちゃんと見え方までこだわった上で芝居をされるんですね」
というコメントに
「アイドルコンサートの延長で大河ドラマを演出できるはずがない」だそうです。随分上から目線だなと思います。

板垣さんはこれに続けて
「ステージングを考えながら芝居をされるんです。それはやっぱりこれまでたくさんのステージを経験されて、演出もされてきた松本さんだからできること」
とコメントしていて、ステージの経験を活かしたうえで、演技をしていることを話していると思うのですが。

その他にも山田裕貴さんが松本さんを褒めた記事のリンクを貼って、
「今年は、共演者が主演を褒める、ぬるま湯の持ち上げ記事がやたらと多い」
とありますが、共演者が主演を褒める、あるいは労わるというのは、毎年のことだと思いますが。

恐らく今年の大河で主演が褒められることは、武者さんに取っては腹立たしいことなのでしょう。
その結果文春絶対の姿勢になっているし、
「文春砲の疑惑が払拭されない限り、「演出に余計な口出しする主演俳優」疑惑は晴れません」などと書いてもいます。
しかし特定のメディアを絶対視する人が、作品中の人物の発想とそれに共感する人々を「マザーセナ」だの、カルトだの言うのも如何なものかと思います。

鳥居元忠に伏見城の守備を命じ、何かあったら死守せよ、と言っておいて、いざ死んだらギャーギャー大騒ぎ。
ドラマでの「御涙頂戴」要素として元忠を殺したようにしか思えません。
伏見城を防衛する戦略的な説明なんて一切ない。
地理関係の解説も出てこない。家康は涙ひとつこぼさず、
カッコつけたセリフをいうだけ。

「いざ死んだらギャーギャー大騒ぎ」そんなシーン、ありませんけど?
この時書状を書いていた家康は、守綱から報告を受けてわかったと言い、敵を討とうと言う守綱を落ち着けと諭していますし、その守綱は忠勝からは、今は誰がどちらにつくのかを見極める時と注意されてもいます。

「伏見城を防衛する戦略的な説明」
鳥居元忠が主人公であれば、それもありでしょう。しかし主人公は家康であり、伏見城を落として東へ向かおうとする三成と、家康が衝突するのがいわば見せ場です。ただ元忠は秀吉が作った堅牢な城であることを前回口にしていますし、その中で松の丸の守りが弱いことを、左近が指摘してはいますね。
それと地理関係の解説ですが、19分ごろに右下の方に地図が出ていますよ。

なんだか喜怒哀楽の感覚が歪んでいませんか?
マザーセナの死以来、「哀」すら消えています。
かえって偽善っぷりが浮き彫りにされて、人間のいやらしさだけを煮詰めたように感じます。
そんなしょうもないドラマを補うためか、悪目立ちするピアノがどうにも不快です。あの旋律はいったい何なんですかね。

悲しいけれど、今は悲しむこともできないわけですね。それは偽善とは違いますね。
それとピアノは「悪目立ち」しますか?
要は武者さんの癇に障るのでしょうから、字幕だけで観てはどうですか。

小早川秀秋は優柔不断ということでもなく、布陣からして東軍につく意図は最初からあったとも指摘されますよね。
この辺の描写はBBC『ウォリアーズ』が秀逸でした。
(中略)
あの作品での「秀秋の裏切り」は伏見を攻めたこと。
ずっと東軍についていたはずが、偽装のためにか、伏見を攻めたことがスリリングな要素としてありました。
千代の臭い芝居を描いている場合じゃないんです。

すみません、私観ていないのでその辺りのことは知りません。
そしてなぜ他の作品をやたらとPRしてこの大河を下げるのか、それもちょっとわかりません。
今までの戦国というか、関ケ原を描いた大河でも、小早川秀秋の調略は描かれていましたね。
そしてそこまで言うのなら、秀秋がなぜ西軍についたのか、東軍につく意図は最初からあったのかどうか、もととなる史料を出して説明されてはどうでしょうか。
いずれにしてもこの大河でそれを描けば、またそれはそれで武者さんは何か言いそうな気がしますが。

そして「だから黒田は何なんだよ」なる見出しで、

「福島と黒田が一緒に戦うよ!」って、
だから、彼らは何者なの?
NHKの日曜20時に流すドラマとして、その説明はカットしても皆がわかっているのが当然なんでしょうか。
本当に視聴者の知識に頼りすぎな作品です。

何なんだよとは何でしょうね。
何とも伝法な言葉遣いだなと思いますね。

朝鮮から帰って来た時の黒田長政と加藤清正の、三成に対する態度
三成が籠った伏見城に福島、黒田、加藤をはじめとする七将が押し掛けたこと
小山評定での2人の姿勢

これらをすべて見て、彼らが、一体どのようなスタンスでいるのかわかりませんか。
ならばどの大河の登場人物も、それぞれの経歴から始めなければならなくなりますね。

登場人物については、公式サイトやSNSで発表されています。
豊臣恩顧の一部の人物、黒田さん藤堂さん辺りは、今現在画像付きでなくクリックできませんが、関ケ原後に更新でしょうか。それとキャスト発表はこちらにもありますけどね。(一応豊臣勢です)

そしてまたこの記事を出して来ています。

繰り返しますが、以下の記事、ドラマの紹介文なんかでは
◆『どうする家康』ファン感謝祭が開催決定 松本潤、松山ケンイチ、杉野遥亮ら登場(→link)
未だに「黒田官兵衛」の文字があるんですよ。
今作が初大河となる松本は、誰もが知る偉人・徳川家康を演じる。国を失い、父を亡くし、母と離れ、心に傷を抱えた孤独な少年・竹千代は、今川家の人質として、ひっそりと生涯を終えると思っていた。しかし、三河(みかわ)武士の熱意に動かされ、弱小国の主(あるじ)として生きる運命を受け入れ、織田信長、武田信玄という化け物が割拠する乱世に飛び込む。そして豊臣秀吉、黒田官兵衛、真田昌幸、石田三成と次々と現れる強者(つわもの)たちと対峙し、死ぬか生きるか大ピンチをいくつも乗り越えていく。

何だかしつこいなと思いますけどね。
既に放送が終わっているのならともかく、どのような形で登場するのかまだわからないでしょう。こういうのは最終回まで観て、登場しなかった時点で初めて言って貰えないでしょうか。

この手の記事は、NHKから画像とテキストのソースが渡されて、作成されるのが普通です。修正された方が……と、思ったのですが、配信元のニュースは、他のメディアへも流されていますので(その検索結果はこちら→link)、今さら対応できないのかもしれません。

この感謝祭に関して言えば、出演者の画像はちゃんと配信されています。それと配信元のニュースですが、今後登場するかも知れないのに、修正を云々する必要もないでしょう。繰り返すようですが、いつどのような形で出て来るのか、まだわかりませんので。

まさかとは思いますが、小栗さんてひょっとして官兵衛の役でしょうか。ただ最終回登場ですからね。大坂の陣は、既に黒田長政の時代ですし。

飲み物-コニャック
[ 2023/11/10 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

第40回の『どうする家康』に関するnote記事

taketak39460607さんの、『武将ジャパン』大河コラムに関するnoteから、今回もいくつかの指摘をご紹介します。例によってとてもすべてをご紹介できませんので、いくつかピックアップしておきます。すべてをご覧になりたい方は下記URLからどうぞ。またここでは、コラムからの引用文の文字色をダークブルーにしています。

あと、先日の『武将ジャパン』関連投稿、変換ミスをはじめおかしな部分を直しています。また、ピューリタン関連のサイトのリンクを貼っています。

大河コラムについて思ふ事~『どうする家康』第40回~
https://note.com/taketak39460607/n/nc09119323bde


白兎から狸へ。
今週はロゴが変わるところから始まり、石田三成が星空の下でマザーセナじみた妄想を語っています。

これに関しては当然と言うべきか、
「三成さんは家康さまの正室である瀬名さまを知らないので、無関係のものを無理矢理関連付けて叩くのは全く意味のない事だと思います」
と書かれていますね。また
「かつて三成さんは星空の下で『話し合い、皆が納得して話を進めていくそのような政がしてみたい』と新しい政のやり方を語っていました」
ともあり、その夢が形になったと書かれています。

この武者さんが何かにつけて「戦無き世」の概念を、「マザーセナ」とカルト呼ばわりするのは、いい加減止めてほしいのですが、最終回まで続けそうな気もします。

そしてニコライ・バーグマン。

このニコライ・バーグマンの花が似合いそうなオープニングは一体何事でしょうか。
『八重の桜』は月毎に変わり、見応えがありました。
あの出来と比べると、今年は本当にしょうもない。
夢や思想をゴリ押しされて辟易としてしまいます。
この駄作は徹頭徹尾、自分の話しかしない鬱陶しいおじさんでも見ている気分だ。
ここで出てくるロゴにも結局慣れることはできません。

これに関しても
  • 『ニコライ・バーグマンの花』と企業が特定できる状態で商品名を出し、誹謗中傷する目的で例に挙げるのは『私の嫌いな作品に使われそうな変なもの』と風評被害や業務妨害を助長したいのか
  • あれはただの押し花ではなくその下には一向宗の経本である『正信念仏偈』が入っており、阿弥陀様への祈りと共にひそかに石川夫妻が瀬名さま・信康さまの供養をしていたという意味の品である
  • 『どうする家康』の演出統括・加藤拓氏『八重の桜』ではチーフ演出、アートディレクターの菱川勢一氏は『八重の桜』ではタイトルバック制作、スチール撮影を担当しているが、プロである他人の仕事にケチをつけ好きな作品にも傷を付けている事にならないか
といった点が指摘されています。

それと加藤氏が演出であることは知っていましたが、ADの菱川氏も『八重の桜』のスタッフだったのですね。
これは今回のVFX担当の西垣友貴氏が、『麒麟がくる』のVFX関連スタッフであるにもかかわらず、今回に限ってはあれこれ注文つけまくりなのとそっくりです。大河やその他ドラマのスタッフは、複数の作品を担当することも多く、武者さんが好きな作品ばかり担当しているわけではないのですけどね…。

そして立膝に関して。

阿茶局にしても、なぜか一人だけ立膝。
ドヤ顔でいつも同じ調子で「私、頭がとてもキレるのw」とアピール感満載で一体なんなのでしょうか。

こちらについては、
「阿茶さんの立膝については『おんな城主直虎』の寿桂尼さまや『麒麟がくる』の武家の女性たちがしていました。
武家では有事に備えすぐに動けるようにするためもありますが、身分の高い人は立膝で座る機会が多かったのだと思います」
とあります。

私は阿茶局の場合は、次回予告を観たせいもあり、動きやすさ、いざという時に身構えできる姿勢が第一かと思ったうえで、身分のある女性の立膝に関しては、瀬名と亀姫の立膝を(申し分程度ですが)例に挙げています。
実際この立膝に関しては、『麒麟がくる』の時に賛否両論があったようですが、これに関しては

「また戦国時代の小袖は現代の着物よりも身幅が広くゆったりしたものだったそうです。
国宝『彦根屏風』では立膝で双六に興じる小袖姿の女性が描かれています。
また徳川記念財団所蔵の雲光院(阿茶局)像も立膝姿です」

と言う指摘があり、さらにその後の朱子学の普及、身分制度の確立、小笠原式礼法の広まりなども、正座が一般的になったことに関係しているとあります。

実はこの戦国時代の小袖ですが、どのくらいゆったりしているかちょっと調べてみたところ、江戸初期までの織物は、幅一尺四寸となっています。これは約45センチです。また小袖用に、少し狭めの布幅の反物もあったようで、これが約41センチから42センチであったようです。
しかし寛永3(1626)年に幕府により、絹物は幅が一尺四寸(約42センチ)、木綿一尺三寸(約40センチ)となります。多少身幅が狭まって来ています。そしてその5年後、丈も7メートルから8メートルであったのが、絹織物は三丈二尺(約9メートル)、綿織物は三丈四尺(約10メートル)となります。
ただし一般庶民の小袖は、作業着ということもあって、そうゆったりした物ではなかったとも言われているようです。あと戦国から江戸初期の小袖は男女とも対丈で、女性が身丈の長い小袖を着ておはしょりをするのは、これよりもっと後の話です。
小袖について
(中世歩兵研究所)

しかし武者さん、『麒麟』の立膝はOKなのに、『家康』の立膝はNGなのですね。

時間がないはずのドラマなのに、秀吉を貶す北政所だけは入れてきます。
これについては陰謀論で、某国勢力とNHKが結びついて秀吉を貶めるなんて言われていますが、そんなわけないでしょう。

この箇所ですが、北政所(寧々)も、「何でも欲しがる病」の秀吉を、数少ない身内として叱っていたことに加え、
「秀吉公死後、子飼いたちの折り合いが悪い事を憂い、「あの人がわやくちゃにして逝ってまったのがいかんのだわ」と寧々さまは吐露します。『わやくちゃ』とは尾張弁で『台無し、めちゃくちゃになる事』です」
とあり、さらに
「最後までやりたい放題で放り出して逝ってしまった秀吉公を思い、寧々さまが家康さまに「治部が上手くできなければ・・・力ある者にやってもらうしかない」と言ったのは、北政所としての裁量と承認により五大老筆頭である家康さまが実質の政務を執り行う権限を与えられたからだと思います」
とも指摘されています。

しかし私もこのコラム関連で書いていますが、なぜあのシーンが「秀吉を貶す北政所」となるのでしょう。
そして家康と徳川家臣団関連。

同時に、家康を持ち上げることだけは欠かさない。
徳川家臣団は諫言することもなく、武勇や知能を披露するわけでもなく、家康をひたすら褒める要員となりました。

かつて本多忠勝が大樹時で、逃げ回ろうとする主君、その当時の元康を叱ったこと、そして姉川の戦いで酒井忠次から
「義とは何か?殿は、皆はわかっておるのか?義なんて綺麗事。これは我らと織田勢を引き裂くための浅井の策略。乗ってはいけない!」
と注意されたことが挙げられています。
無論、この忠次が
「嫌われなされ。天下を取りなされ!」と進言した点についても、
「天下人は嫌われるかもしれない役どころだが貴方ならできると後押しした」と書かれています。

尤も『武将ジャパン』コラムでは、忠次はえびすくい要員だといった書かれ方をしており、この老臣の言葉が何を意味するかについても触れられていませんね。武者さんにしてみれば、この言葉も家康を持ち上げているように取れたのでしょうか。

それ以外にも

これで「若者はこういうのが好き!」って一体何の夢を見ているのですか?
キラキラした韓流華流に流れるだけですよ。
こんな出来損ないのぬれ煎餅をわざわざ食べる気がしません。

これに対しても
「『若者はこういうのが好き!』とは誰が言った言葉でしょうか、提示してください。
貴方が韓流華流に流れたいのなら勝手にどうぞ」
とあります。

若者が好きというのは、若い層がリアルタイムで観ているという記事があったからと思われますが、この大河をちゃんと観ている若い層に対して、
「こんなの面白くないでしょ、韓流華流観ようよ」
と無理やり誘っている印象もありますね。余計なお世話かと思われますが。

そして石田三成役の中村七之助さんに関してのこの部分。

七之助さんはお上手だと言いたい。
しかし、これでは彼の魅力が出ていない。
彼はもっと豊かな魅力がある。
可憐で愛くるしい姿を見せられる役者はそうそういない。
こんな愛らしくない七之助さんなんて、もう、悲しくなってきます。

当然と言うべきか
「『こんな愛らしくない七之助さんなんて、もう、悲しくなってきます。』「私の気に入らない演技や演出を見せるな!」というイチャモンですか。
自分の機嫌は自分で取ってください」
となっています。
私もこれに関して、なぜ七之助さんの別の一面が見られたと捉えないのかと書いてはいますが、武者さんはそういう考え方はしないのでしょう。

さらにその後の『ウォリアーズ』絡みの記述ではこう指摘されています。
「『潤沢な予算を使った関ヶ原本戦の描写は、BBCに勝てない』のなら勝手にBBCを見ていればいいのではないのですか。
他人が好きな物を中傷しておいて自分の好きな物をごり押ししてくるほど人の気持ちが分からない事はないと思います」
この
「他人が好きな物を中傷しておいて自分の好きな物をごり押し」
先ほどの韓流華流と似たものがありますね。

それから何度も出て来る筆の持ち方について。

市の訃報を聞き、家康の手から筆が落ち、ペンのように横に転がる場面がありました。
筆の持ち方をふまえたらありえない場面です。

「お市さまの訃報を聞いた時家康さまは手から筆を落としたのではなく、筆を投げ出しています。
投げ出した際に転がった筆が横に倒れてもおかしくないと思います」
実際一旦筆を止め、しかる後に横向きに持ち、そして投げ出すわけですからこちらの方が自然でしょう。

あと関ケ原のエキストラのデジタル化の件、これをけなしている点についてはこうあります。
「『八重の桜』エキストラのデジタル化の試みや『鎌倉殿』のVFXチームの伊藤熹朔賞受賞を叩き棒にして『どうする家康』スタッフの試行錯誤まで何が何でも叩こうとする、せっかくの受賞が台無しです」

またtaketak39460607さんも、本作の古臭いセンスと学生運動をすり合わせている点に疑問を呈しています。
そして、実はこれは私は知らなかったのですが、
「そういえば家康さまに対する三成さんの「わたくしと家康殿は、違う星を見ていたようでございます。もう、お会いすることもございますまい」と言う決別宣言に関して、ネット上では『あんなに一緒だったのに』と言うガンダムSEEDのED曲をほうふつとさせる感想が流れていました。
今作の視聴者は2000年代前半くらいが当たり世代でしょうか?
因みに第41回のサブタイトルは『逆襲の三成』。
これは『逆襲のシャア』を連想させ、もしやスタッフさんの中にガンダムファンはおりませぬか?と思ったものですが」
今現役のスタッフなら、あるいはガンダムファンは多いのではないかと思います。

そう言えば、最近ちらほらと書いている『葵 徳川三代』で、関ケ原の後、家康が大津城で捕らえられた三成に会い、三成が
「お久しゅうござる」
と声をかけるシーンがありましたね。
あと前回だったか、クレジットに梶原登城氏の名前がありましたが、『功名が辻』での演出クレジットに、この方の名前があったのを思い出しました。


飲み物ーホットワインとくるみ
[ 2023/10/29 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第33回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第33回『武将ジャパン』大河コラムその3です。
それから30日の福岡城関連投稿で、阿部進之介さんの名前の漢字を間違えていたので、訂正しています。


本作の制作者は、開き直っているんだと思います。
歴史的な意義を壊すことが「シン・」とつけることだと誤解し、だからこそ暴走した。
たとえば来週の旭姫もそう。
彼女と家康の結婚は、年齢的に名目的な儀式であり、実際の夫婦関係は無かったと見なされる。
それが歴史的見解の「常識」であり、自然な見方でもありましょう。
しかし、それだと「シン・」にはなりません。だからこそベタベタとした展開になったりするのでは?

先日も書いていますが、制作サイドは「シン・大河」などと言っていないと思いますが――『麒麟がくる』の時に「大河新時代」と言ってはいましたが。
それと次回のをまだ観てもいないのに、
「ベタベタとした展開になったりするのは、そうでないと「シン・」にならないから」
などと書くのは、武者さんの勝手な決めつけ以外の何物でもありません。
ちなみに次回の予告について先日書いていますが、ベタベタした展開のシーンなどはありませんでした。

こうした認識の持って行き方は“斬新”などではなく、むしろ“手抜き”でしょう。単に逆を取っただけ。

仮に今までの展開を、その真逆にするにしても、それがすなわち「手抜き」になるのでしょうか。

思えば初動から間違っていました。
家康をナイーブなプリンスと定義していますが、そもそも「プリンス」をどう見ていたのか?
昭和平成の学園ドラマなら金持ちの息子とか、上品なイケメンいうことになりますかね。
しかし、歴史用語として考えた場合の「プリンス」は、日本であれば皇族に該当するはず。
もうこの時点で誤用が甚だしい。

「○○界のプリンス」などという表現は、特にPRの意味で使われますし、その意味で家康がナイーブなプリンスというのは少しもおかしくありません。プリンスではありませんが、ハンカチ王子なんて言葉もありましたね。
ところで豊臣秀頼も「豊臣家の若きプリンス」という触れ込みですが、武者さんそれにも何か言いそうですね。以前、『真田丸』の中川大志さんも同じような触れ込みであったかと思いますが、ただそれに対しては何も言わなかったかと思います。

徳川家康をプリンスとして定義する時点で、信頼感が地に落ちていた本作。

強引ですね。この時点で信頼感が地に落ちていたのであれば、武者さんがあれもよくないこれも駄目と書いていたのは、一体何だったのでしょう。
「家康をプリンスなどとしている、だからこの大河はダメ」
この一言で済んだのではないでしょうか?

これは何も視聴者だけでなく、演じる側もそうなっているようで、今週やたらと長かった石川数正のラストシーンは、アドリブだそうです。
◆ 松重豊、「どうする家康」石川数正のラストシーンに言及「本来書かれていなかったセリフをアドリブで言った」(→link)
思い入れのある人物のセリフをアドリブにするというのは、通常ならばまず考えられないでしょう。
脚本が役者さんに信じられていないか。
あるいは、よほど中身がなかったか。

この記事ですが、松重さんのコメントによると

「出奔した後の最後のセリフも本来書かれていなかったセリフをアドリブで言ったんです」と告白。
(中略)
「松本潤家康とどういう別れ方をしたかなって2人で一生懸命シュミレーションした結果が33・34回の放送回だと思います」と具体的な出奔シーンの時期についても言及していた。

「出奔した後の最後のセリフ」
「33・34回の放送回」
とあるのを見る限り、このセリフは第33回ではなく、第34回に家康が上洛し、出奔した後の数正と会って、その時数正がこの言葉を放つのではないかと思われます。何よりも第33回では、家康は「出奔後の数正」と話す機会はありませんでしたから。

そして中島亜梨沙さんのSNSでの
「(劇中での)台詞は台詞ですので苦情は受け付けておりません!」
に関して、
「なぜ、そんなことをSNSでわざわざ但し書きしているのか、
誰かから「おかしい」と言われることを想定していないと、そんなこと発表しませんよね」
とありますが、あの中で中島さん演じるひよは、板垣さん演じる虎松を悪童呼ばわりするため、
「気にしないでくださいね」
という意味で板垣さんのファンに送ったメッセージとも取れます。

しかし武者さんは、収録現場の人間関係がギスギスしているに違いないと思っていたいようです。

そんなギスギスした不幸な関係は、ドラマの描写にも反映されているようで、先週の放送で、秀吉が吐いたセリフが注目されていました。
◆NHK大河「どうする家康」ムロ秀吉の悪口に対するアンサーが話題に 視聴者「全てのSNSユーザーが胸に留めたい」「正論かましてきた」(→link)
徳川軍に罵詈雑言の看板を掲げられた秀吉が、「人の悪口を言うやつはどうしようもない」という趣旨の発言をしたものですね。

この秀吉のセリフを、私のように批判を記す不届者へのカウンターと捉えた意見は多かったようです。
しかし、だとしたら非常に妙なことになる。
秀吉の発言が向けられたのは、あくまで「徳川軍」です。
罵詈雑言の看板を立てた徳川軍に対し、秀吉が「どうしようもない連中だ」と罵り返したわけで、もしも秀吉の発言が肯定的に捉えられるなら、表向きは徳川軍の連中がどうしようもないということになる。
SNSでのアンチを叩きたいあまり、主人公側をぶん殴るとは、あまりに筋が悪い。

ドラマはドラマ、現実は現実とここは分けて考えるべきでしょう。
実際秀吉のセリフは、自分への悪口雑言を書き連ねて、自分を怒らせようとした徳川に向けられています。そして視聴者の中には、ネット上で発言をする際の自分への戒めとしようと思った人もいるでしょう。
しかし結局徳川の目論見は失敗に終わるわけですし、確かにこの時の徳川の考えはやや浅はかであったとも言えます。
とは言うものの、
「SNSでのアンチを叩きたいあまり、主人公側をぶん殴るとは、あまりに筋が悪い」
は、武者さんの僻目ではないのでしょうか?

おまけに、

そして、今まで散々秀吉を貶めるような描写をしてきたドラマの制作者も、批判される側になるでしょう。
作り手の自己批判だったのでしょうか?

だからドラマはドラマ、現実は現実です。ただ視聴者の中には、このセリフが刺さった人もいるでしょうし、そこから先はその人の考え次第でしょう。
図星だったのかも知れませんが、ここまで言う必要もないかと思います。スルーしとけばいい話です。
武者さんて割と冗談を真に受けるようなタイプなのでしょうか。
それにしても「主人公側をぶん殴るとは筋が悪い」
いや、貴方の大河評はいつも、主人公側をぶん殴るに等しいことをやっているように見えますが。

でこの後榊原康政を演じる杉野遥亮さん、茶々を演じる白鳥玉季さんについての記述がありますが、これはまた機会があれば別途取り上げます。特に白鳥さんについては、武者さんが持論を持ち込んで延々と書いていますので。

◆『どうする家康』が放送開始以来の大ピンチ…「BL展開」しか逃げ道がない「ヤバすぎる事情」(→link)
 「山田(本多)が上半身裸となって槍の稽古をする、杉野(榊原)が家臣と相撲を取る、といった演出プランがあると聞きます。松本家康の相手役になるのは、おそらく板垣(井伊)でしょう。美男子の井伊が、風呂場でふんどし一丁になって家康の背中を流すというシーンが今後の見せ場になるそうです」
一言だけ言うなら「しょーもな!」でしょう。
こんな安っぽいBL展開でしか数字を狙えないドラマとは一体なんなのか。

現代ビジネスの記事ですね。
しかし忠勝が上半身裸で槍の稽古をするのは、もう既に出て来ているはずですが。
あと相撲を取るシーン、武者さん『西郷どん』でも何かのように叩いていましたが、相撲で褌一丁なのは当たり前ですし、こういう男性の裸のシーン即ちBLに結びつくのでしょうか。
では『真田丸』で石田三成が水垢離をするシーンがありましたが、あれもBLなのでしょうか。
それと先日『秀吉』絡みで書きましたが、あの時は秀吉と家臣が褌姿で走っていました。この論理だと、それもBLになるのですね。

確かに『鎌倉殿の13人』で若い層を取り込んだという分析結果もありましたが、今年はもう今さら頑張ったところで無理。
ここから制作陣を入れ替えたって、とても挽回できるものではないでしょう。

この大河は実際若い層を取り込んではいると思います。またSNSとの親和性も高そうです。
にもかかわらず
「今年はもう今さら頑張ったところで無理」
「ここから制作陣を入れ替えたって、とても挽回できるものではないでしょう」
なのだそうですが、何が無理で、何を挽回できないのかはっきりさせてほしいですね。
世帯視聴率ですか?それとも固定視聴層の復帰ですか?

そしてまた中国ドラマとアニメのリンク。

◆中国ドラマ「陳情令」配信4周年記念の切手セット販売、五大世家シーリングスタンプも(→link)
◆アニメ第2シリーズ「天官賜福 貮」字幕版&吹替版で放送決定! PV第1弾が公開&新キャストに子安武人(→link)

関係ない話ですが、このアニメに出演している日笠陽子さん、『はたらく細胞BLACK』の白血球ですね。

先ほどの記事で名前が出てきた松坂桃李さん。
実は彼の「桃李」とは、桃李成蹊を由来としていて、成蹊大学の由来でもあります。
桃李もの言はざれど、下自ら蹊(みち)を成す。『史記』
桃やスモモは何も言わない。しかしその下には、その花と実を求めた人が集い、自然と小道ができるものだ。つまり、優れた徳や誠意の持ち主のもとには、宣伝などせずともそれを求める人が集まってくる。

「先ほどの記事」などと書かず、杉野さん関連の記事であること、杉野さんが松坂さんと同じトップコート所属であることをちゃんと書いてください。
しかし松坂桃李さんを出してくるなら、出演大河もちゃんと書けばいいのに。ただ武者さんは『軍師官兵衛』も『いだてん』も好きじゃないから、書きたくないのでしょうね。

で、好きな『八重の桜』絡みのこのニュースには嬉しそうです。

大河ドラマもそうだと示すニュースがありました。
◆綾瀬はるかさん、今年も特別ゲストに 9月23日の会津藩公行列 福島県会津若松市 福島民報(→link)
もう十年間ですよ。
彼女を呼ぶ会津の期待や信頼感と、綾瀬はるかさんの誠意が今なお合致していて、
「さすけねぇか」
と呼びかける綾瀬はるかさんはすっかり名物です。

その一方で、家康の出演者が信玄公祭りに出ないと書いています。実はこちらの信玄公の方は、ちゃんとした理由があるからなのですが、それを書いていませんね。

『どうする家康』でも、まだ祭りのゲストに出演者が参加することがあるようですが、その一方で一切関わらない祭りもあります。
その代表例が、信玄公祭りでしょう。
◆第50回信玄公祭り 信玄公役が決定しました!(→link)
以前にも触れましたが、信玄公を務めるのは阿部寛さんでも眞栄田郷敦さんでもなく、『大奥』で徳川吉宗を演じた冨永愛さん。
意思決定の経緯は不明ながら、ともかく結果は結果。
なぜ大河ドラマが回避されたのか。あらためて考えていて浮かんできたのが脚本家の得意とする描写手法です。

これに関してですが、男性ばかりでなく女性も入れようということになり、富永さんに白羽の矢が立ったようです。

長崎幸太郎知事は「(祭りは)県の新しい姿を見せていく大きな機会」と述べ、女性活躍推進に力を入れる姿勢を示していく方針だ。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC069XC0W3A600C2000000/
(日本経済新聞)

ちなみに今年は、山本勘助も女性が演じるようで、信玄公だけではなさそうですね。

第50回信玄公祭り 山本勘助役が決定しました!
https://www.yamanashi-kankou.jp/shingenko-fes/50th_kansuke-kettei.html

武者さんは女性参画は好きでしょうから、こういうのはちゃんと紹介してはどうでしょうか。
あと今年の場合、信玄公は主役ではないということもあるでしょうね。それを考えれば、主人公を演じた綾瀬さんが会津関連イベントを10年間務めるというのはわからなくもありません。

そして、この後ですが、

『どうする家康』にせよ『コンフィデンスマン』などにせよ、この脚本家については
「二転三転する展開で視聴者が軽妙に騙される」
といった趣旨の文言が必ずのようについて回ります。

とあり、

徳川家康はむしろ誠実さが売り物です。
むろん誇張や美化もあるでしょうが、裏切られることの多かった織田信長に対し、一度もそんな素振りを見せていないのが家康。
秀吉だって、死を前にして、家康に秀頼を託しています。
実際の内面はともかく、誠意ある人物に思われていたのでしょう。
そういう人を主人公にして、どうして、軽妙に騙すのが得意な脚本家に依頼したのか?

この家康自身は寧ろ誠実で、だからこそ最初は悩みもし、その中でしたたかさを身に着けては行きますが、本質的な部分は第33回時点であってもそう変わっていないでしょう。そして古沢氏は、そういう家康の成長と変わらない部分とをきちんと描いているかと思います。ただドラマそのものは、この人らしい二転三転した展開、最初から時系列に沿って描かない展開は多めではあるでしょう。

そんな不誠実なドラマのもとには綺麗な花も咲かないし、美味しい実もならない。
騙されて近づくと造花がつけてあって、実はただのハリボテ。しかも蜂の巣が仕掛けてあって、逃げ惑う羽目になる。
それを「斬新だ!」「シン・桃李成蹊だ!」「ただの桃とスモモじゃつまらないでしょw」と木の周りにいる連中がニヤニヤと笑いながら見ている。

一体何を言いたいのですか、武者さんは?何か変な夢でも見たのですか?
先ほどの桃李成蹊になぞらえたいのでしょうが、この蜂の巣とは何ですか。何かの暗喩ですか。
そしてまた「シン・」だの「つまらないでしょ」だの、すべて武者さんの妄想でしかありません。
同じ揶揄するにしても、もう少しまともな方法はないかと思ってしまいます。
こんなことで引き合いに出される松坂桃李さんが気の毒になります。官兵衛の長政好きなのに…。

それと先ほどの大河絡みで書きましたが、松重さんに加えて松坂さんも綾瀬さんも出して来たのなら、ここで『いだてん』の話を…とは、なりませんかやはり。

「この素晴らしい木がわからないなんてバカw 怠慢だw」と嘲笑う者までいる始末です。

バカとまでは言いませんが、武者さんが『どうする家康』を、大河レビュアーであるにもかかわらず、少しも理解していないのは、残念ながら事実でしょう。

2013年と2023年の大河ドラマの違いとは、誠意の問題だと思います。
信頼関係を無茶苦茶に破壊しておいて、この後どうするつもりなのか。

どこが「誠意の問題」なのでしょうか。
今年のスタッフは誠意がないと言わんばかりですね。
そして「信頼関係を破壊」、この信頼関係とは具体的に何なのでしょうか。

皆さんの意見はNHKへ直接送りましょう。
◆NHK みなさまの声(→link)

ではまた支持の声と、それからラグビー中継に関して一言送っておきましょう。

飲み物-ワインと樽2
[ 2023/09/01 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

福岡城あれこれ その4(筑紫国と福岡藩にかつて存在した烽火台)

少し前に『風花帖』関連で、霧ヶ岳の烽火台に火が放たれた箇所をご紹介しています。この中では、主人公の印南新六がやったことになっていますが、実際は儒学者の上原与市がやったとされています。

ところで福岡城の公式サイトを見ていたら、このような記事がありました。

福岡城内の足跡(表示石)を訪ねて(その3)~烽火番所跡~ | 【公式】福岡城・鴻臚館
(長いので今回も短縮しています)

福岡城の地には元々鴻臚館が存在し、その遺構が出土したこともあって、この2つが二重史跡となっていることは以前に書いています。そして古代に於いても、この地の周辺には烽火台が築かれていました。この記事によれば664年(天智天皇3年)、前年の白村江の戦いで百済を救えなかった大和朝廷は、唐と新羅の連合軍の侵入に備えて、対馬と壱岐、そして筑紫国に防人と烽(とぶひ)を配置しています。

また水城、大野城、基肄(きい)城などが築かれました。当該記事からこの画像をお借りしていますが、これの青丸で囲まれた部分が大野城(上右)、水城(上左)そして基肄城(下)です。また正方形で囲まれた部分が太宰府政庁です。

古代官道推定図

そして2011年、古代山城サミット山鹿・菊池大会のプレイベントで、当時の烽火リレーが再現されて、この3つの地点に加え11か所をつないだのですが、その速度は時速約100キロであったようです。意外と速いのですね。

そして時は移って江戸時代、今回は前出『風花帖』にも登場する烽火台についてです。

文化5(1808)年、長崎でフェートン号事件が起きます。これに関しては以前このブログで
というタイトルで書いています。当時オランダはフランスのナポレオンの支配下にあり、地球上でオランダ国旗があるのは、唯一長崎の出島だけでした。そこに、フランスの敵国であるイギリスのフェートン号が船籍を偽装して入港し、オランダ商館韻を人質に取る事件に発展します。

元々長崎は隔年で、福岡藩と佐賀藩が警護に当たっていたのですが、この時は兵の数が少なくてそれもできず、結局イギリスの要求するままに水や食糧を渡します。尚この当時は生鮮食品の保存ができず、家畜などを生きたまま積み込んでおり、唐人屋敷から豚を連れて来て積んだと言われています。そしてこのフェートン号の艦長はフリートウッド・ペリュー、『ホーンブロワー 海の勇者』にも出て来るエドワード・ペリュー提督の息子でした。

このフェートン号事件の反省から、北部九州の藩に、外国船が侵入した場合の連絡経路として、烽火台が置かれるようになります。翌文化6年の10月には、佐賀藩の朝日山からの烽火が、福岡藩の御笠郡天山、四王寺山、しょうけ越え、龍王岳、六が岳そして石峯山を経由して伝わり、小倉藩の霧ヶ岳にも届いた後、今度は豊前を経由して中津まで届くようになっていました。

これも画像をお借りしています。元々は「福岡城下町・博多・近隣古図(模本)」(九州大学付属図書館所蔵)で、わかりやすくするために丸と矢印が加えられています。

福岡藩と四王寺の烽火台

青の丸が四王寺山、赤の矢印が福岡城から見た四王寺山の烽火台の方向です。この烽火台の見張り番所は、城内の革櫓(かわやぐら)に置かれました。記事にあるように、今でもこの場所には烽火番所跡の表示石が残っています。

尚『風花帖』にあった福岡藩内の烽火台は

御笠郡の天山(てんざん)-福岡県筑紫野市
四王寺(しおうじ)山ー筑紫野市
龍王(りゅうおう)岳-福岡県飯塚市
六が岳(むつがたけ)-福岡県宮若市
石峰(いしみね)山ー北九州市若松区

ですが、こちらではこれにしょうけ越えと言う、粕屋郡須恵町と飯塚市の間にある峠が加わっています。しょうけとはザルとか籠の意味ですが、その昔、神功皇后が生まれたばかりの応神天皇をしょうけに入れ、この峠を通ったという伝説にちなんでいます。

しかしこの烽火台も誤認があったり、あるいは天候の具合に左右されたりということもあり、その7年後には廃止されることになります。


[ 2023/08/29 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『ホーンブロワー 海の勇者』に見る竹中半兵衛

先日「過去の戦国大河を観直してみる」で触れた万見仙千代と白黒騒動関連で、参考になる史料、ネットで見られる論文などを探しています。

このうち仙千代の方は紹介されているサイトやブログもあり、それらによると、やはり信長の覚えはめでたかったようです。しかし史料を探すとなると、やはり『信長公記』などを当たることになるかと思われます。あまり知られていない人だけに、人物像を探る楽しみはありそうです。

一方白黒騒動の方は、関連する論文がありますので、それが何かの参考になればと思っています。あとこれに関しては、史料ではありませんが、この事件を題材にした小説があり、事件そのものを取り上げたものもありますが、私としては葉室麟氏の『風花帖』を読もうと考えています。こういうのを時代劇化してくれないかと思いますね。

それからやはり同じ投稿で書いた『軍師官兵衛』に登場する竹中半兵衛、谷原章介さんが演じていて、長身で柔らかな雰囲気の半兵衛でした。数年前になりますが、この谷原さんと岡田准一さん、そして秀吉を演じた竹中直人さんがそれぞれ違うメーカーの消炎剤のCMに出演していて、ドラッグストアでそれぞれのポスターを見る度に、官兵衛を思い出していたことがあります。

ところで、この竹中半兵衛という人物で思い出す海外ドラマがあります。海外ドラマと言っても、韓流華流ではなく、イギリスのTVシリーズです。

『ホーンブロワー 海の勇者』という海外ドラマが、1990年代後半から2000年代にかけて、日本でも放送されていました。全8話シリーズで、第5話『反乱』で、主人公の海尉ホレイショ・ホーンブロワーは、親友であるアーチー・ケネディと共々レナウン号に配属されます。しかしこの艦のソーヤー館長は猜疑心が強く、部下を絶対服従させたがり、ホレイショたちがこれを問題視して相談していると、謀反を起こそうとしていると疑われてしまいます。

その後艦長は足を滑らせて転落し、意識不明となります。意識が戻ったものの艦長は拘束され、一等海尉のバックランドが艦を指揮するものの、意識を取り戻した艦長は士官を監禁し、艦を座礁させます。その後第6話『軍法会議』でホレイショたちは、スペイン軍相手の攻略に乗り出し、ホレイショの活躍で相手を降伏させますが、この活躍が逆にバックランドを警戒させます。しかも奪ったスペイン艦に移ったホレイショとアーチーですが、スペイン人捕虜が反乱を起こしてしまいます。

この時ホレイショとアーチーも戦うものの、アーチーは重傷を負います。またソーヤー艦長はこれで戦死します。そしてそーヤー艦長の処遇を巡っての軍法会議。拘束前の艦長の転落事故に関し、ホレイショをよく思わないバックランドはホレイショの有罪を主張するものの、その場にアーチーが現れ、自分がやったと供述します。重傷で余命わずかな彼は罪を引き受けることを決め、その後彼は他界します。

このアーチーに何となく半兵衛がタブります。半兵衛の場合は官兵衛が有岡城に幽閉されたことにより、裏切りであるとみなされて、人質として差し出した嫡子松寿丸(長政)が、信長から首を刎ねられそうになった時、自分の命がそう長くはないと見た彼は、身を挺して松寿丸を庇うことになります。

またこの場合は信長も、あるいは本気ではなかったのではないか、そういう一面も窺える描写となっています。しかしこの時の光、夫は有岡城に向かったまま行方知れず、息子は首を刎ねられそうになっていただけに、おねから松寿丸を意味すると思われる、緑の松を描いた扇が送られて来た時は、多少なりとも安堵の気持ちはあったでしょう。


飲み物-グラスのアイスカフェオレ
[ 2023/08/02 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第27回に関しての武将ジャパンの記事について-4

『武将ジャパン』大河コラム関連その4です。よほどお気に召さないことがあるようですね。今年の大河ドラマは何が悪いのかと前置きして、顧炎武『日知録』の「天下の興亡は匹夫も責め有り」をまたも持ち出しています。

こちらの提灯記事をご覧ください。
◆「どうする家康」井伊直政の「九郎義経と同じ」発言に大河ファン反応 SNS「間違ってもない」「完全に狙ってたでしょ」(→link)
見出しの時点で私は顔がひきつりました。
記事中では、以下の赤字部分ですね。
(注、武者さんが赤字にしている部分、一応この投稿でも当該部分を赤くしています)

「町娘に囲まれながら薪割りをする直政は「私は見た目は華奢だが力はあるのさ。まっ、九郎義経と同じだな」と源義経を引き合いに自身の力を自慢。於愛からは「またおなごをたぶらかして! いい加減にしなされ!」と叱責されたが、「於愛様、誤解です。私がおなごを好きなのではなく、おなごが皆、私を好きなのです」と軽口をたたくのだった」
という部分で、ツイッター上では菅田将暉さんとの関係に言及する人も多く、

「菅田くんと李光人くんが繋がる感じエモい」
「現・万千代の口から『九郎義経』の名前が出てきたのなにげにアツいよね」
「いずれ板垣李光人さんにも義経やって欲しい」
等々の声が上がっていたそうです。無論私も、菅田さんつながりかなと思ってはいました。
ですが、武者さんは面白くないようです。

義経のことを「華奢だけど力はあるんだよね」とあっさり語っています。
つまりは、脚本家もメディアも、(実在するならば)Twitterの声も、誰も「義経の弓流し」を知らない。

とあって、『鎌倉殿の13人』第11回で、義円の方が弓がうまいと義経が拗ねたり、第14回で義経が非力なため、頼朝の弓を引く時腕が振るえているといった、非力であると見える描写を例として持ち出しており、

ああいう場面を見ていると、義経はやっぱり腕力に自信がないんだなぁ、そこが劣等感なんだなぁと思えてうれしかった。
弓流しをあえてやらずとも表現できるのが非常に素敵だった。さすがは三谷さんだ、歴史って楽しいな、という喜びがあった。それが今年は、義経が腕力自慢をしているという時点で、もう決定的に受けつけない。ふつふつと怒りが湧いてくるレベルです。
個人的な話ですが、私の人生最古の推しは源義経であり、小学生の自分だって、こんなニュースを読んだら「ちがうよ、義経は力が弱いよ!」と怒ったと思います。

武者さん、このサンスポの記事ですが、そんなに向きになって怒ることですか?
一般的に義経は小柄だが、あの壇ノ浦合戦で平家を打ち負かしてしまったように戦は強い、自分も同じなのだと直政は、多少はいいところを見せようと思っていて、あのように言ったに過ぎないでしょう。
そして
「義経が腕力自慢をしているという時点」
この中で義経自身が登場しますか?あくまでも万千代(直政)が、義経は強いと言っているに過ぎません。
あまりこういうことを言うと、揚げ足取りにしか見えないと思います。
で、この記事は提灯記事だと決めつけていますが、特定のシーンに関するネット上の反応を述べたに過ぎないのでは。
まあ武者さんのことです。なぜ自分が好きな、「史実通りの」腕力に劣等感のある義経を持ち出してこないのか、それが気になって仕方ないのでしょう。

で、「そしてさらなる疑念も湧いてきます」とあり、

彼らは本当に大河を見ているのか?
歴史を楽しんでいるのか?
それとも、大河ファンであると自認する者同士で褒め合い、じゃれあうことを楽しんでいるのか。
今はインスタ映えなんて言葉がありますね。何かを食べ、味わうことではなく、SNSで映えることを重視する。

とのことですが、私はずばり、この人たちは大河を楽しんでいると思います。そしてこの大河に描かれた歴史、世界観も楽しんでいるでしょう。別にそれでいいのではないでしょうか。何もかもが、武者さんの思い通りに描かれるわけではありませんから。
しかしその辺で割り切ることが難しいようですね。

大河ドラマにそうした層がいても自由ですが、問題は、制作サイドがそうした反応ばかりに目を向けることです。
結果、ドラマが場当たり的なウケ狙いばかりになったら、本末転倒にもほどがある。
となると、今年の大河の低迷は、もはや作り手だけの問題じゃないという気がしてきます。

なぜ制作サイドがウケ狙い、場当たり的だと言い切れるのでしょうか。
そういう反応に目を向けているのは、この場合サンスポというメディアでしょう。
そして
「制作サイドがそうした反応ばかりに目を向ける」
         ↓
「ドラマが場当たり的なウケ狙いばかりになったら、本末転倒にもほどがある」
ここまではともかくとして、なぜその次の部分で
「となると、今年の大河の低迷は、もはや作り手だけの問題じゃない」
となるのですか。貴方制作サイドがよくないと言っているのではなかったのですか。何だか飛躍していますね。

私は『麒麟がくる』が大好きですし、『鎌倉殿の13人』を大傑作だと思っています。
作品ごとの思い入れは当然ありますが、大河枠ごと好きか?と問われたら、「いいえ、ファンではありません」と答えます。大河ファンだのクラスタだの、そういう枠組みに囚われることには危険性を覚える。
要するに、私は大河ファンではありません。

結局言ってしまいましたね。「大河ファンではありません」
ならば、このコラムももうお辞めになってはどうですか。
いや大河ファンでないのならいっそのこと、一切の感情を交えずにあらすじと歴史的背景のみに徹することができたら、それはそれでいいかと思います。ただ武者さんの場合は、正直言ってそれは望めませんね。今までのコラムの論調、好き嫌いでころころ変わる評価を見ている限りでは。
あと「作品ごとの思い入れは当然ありますが」とあるのも、好きな作品限定ではないかと思ってしまいます。

豺狼路に当たれりいずくんぞ孤狸を問わん。『後漢書』「張綱伝」
山犬や狼のような奴らが問題の中枢で権力を握っているのに、どうして小悪人の罪を問うことができる?

この「豺狼路に当たれりいずくんぞ孤狸を問わん」ですが、山犬や狼のような奴ら、つまり大悪人がのさばっている時は、狐狸のような小悪人よりも、ますその大悪人を取り除くべきであるという意味かと思われます。

そうはいっても、この駄作の責を視聴者が負うのもどうかと思う。

なぜ「そうはいっても」なのでしょうか。「天下の興亡は匹夫も責め有り」なら、一般人も責めを負うべきとなるのではないでしょうか。
そしてこれは磯CPへの、ある意味侮辱的な言葉と取れなくもないのですが、

幸いにも、狼は姿を見せているようでして。
◆ 「一番いいところを一番素直に届ける」NHK大河「どうする家康」制作統括・磯智明チーフ・プロデューサー (→link)
◆【どうする家康】磯智明プロデューサーが語るドラマ出演者の素顔 シンポジウム記録②(→link)
磯プロデューサーの発言に注目します。
非常に饒舌な方で、ここまで多くを語る裏方さんて、そうそういませんよね。

「狼は姿を見せている」ですか。
そして「ここまで多くを語る裏方さんて、そうそういませんよね」
『真田丸』の屋敷CPもかなり多弁な方でしたが。

そして今度はまたも『鎌倉殿の13人』が叩き棒。

『鎌倉殿の13人』は、多くのスタッフがどこに注力したのか、狙いを含めて語るラジオ番組がありました。私も聞いていました。複数の証言から見えてきたのは、日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』を目指しているということ。
具体的でいいと思うし、実際それを狙ったと思える箇所は多く、成功していたと思います。
ところが不思議なことに、メディアでは三谷さんの過去の作品は引っ張ってくるのに、『ゲーム・オブ・スローンズ』に言及する記事がほとんどありませんでした。

と書いたうえで、日本のメディアは、海外のことなんて度外視している、それが確信に変わったとして、またジャニーズの問題を持ち出しています。そもそも両方とも日本のメディアが海外なんて度外視していると書いても、ゲースロという海外ドラマと、ジャニーズ関連報道では大きく異なると思うのですが。

◆国連人権理、24日から訪日 ジャニーズ性加害調査も実施(→link)
◆「70年前、ジャニー氏から自室で性被害」俳優の服部吉次さんが証言(→link)
◆ 「その日の夜、ジャニー喜多川氏は5人を次々に襲った」…俳優服部吉次さんらが証言した70年前の性被害(→link)

そしてこのジャニー喜多川氏の問題(これも検証中だとは思いますが)にかこつけて、またも大河批判です。しかも

けれども、大河ドラマは平然と放送されています。
そして放映後、ジャニーズと懇意のメディアとライターにより、じゃんじゃんと提灯記事が量産されます。
まるで巨大な岩のようにすら思えてくる。これは一体どういうことかと。
出演者の一人が「容疑者」となった段階で、『鎌倉殿の13人』は配信されなくなったのに、大河はよりにもよってまたジャニーズ俳優同士が暴力的なBLを繰り広げている。

「じゃんじゃんと提灯記事が量産されます」
「続々と」とでも書いてほしいところですが、それはともかく。ただこれらの記事は、武者さんが好きな大河だとすべて得々としてこのコラムにリンクを貼るような記事なのでしょう。嫌いだから目障りに見えるだけです。先ほどこのコラムは好きか嫌いかで評価がころころ変わると書きましたが、この部分は正にその典型とも言えますね。

そして
「出演者の一人が「容疑者」となった段階で、『鎌倉殿の13人』は配信されなくなったのに、大河はよりにもよってまたジャニーズ俳優同士が暴力的なBLを繰り広げている」
貴方こんなこと書いていいのですか?これでは松本さんと岡田さんを容疑者扱いしているようなものですよ。
そして日本では、BL描写は違法行為でも何でもありません。
確かに市川猿之助さんの件は残念です。またキャストが逮捕されたからと言って、一律で配信を止めるのも今後再検討されるべきでしょう。しかしだからと言って、別に容疑がかかってもない俳優さんが、法的に問題はないと思われる演技をしているのが何か悪いのでしょうか。

よりにもよって公共放送が、堂々と看板番組でこんなものを流していたら、何の説得力もない。この家康が愛だの正義だの、よくも言えたものです。

貴方がやっていることは、何ら関係のないキャストとスタッフを、自分の基準で持って叩いているだけだと思います。

ジャニーズが関わっただけで全てお蔵入りにできないのだとすれば、それはもっともなことだと思います。
『鎌倉殿の13人』のような別の作品も含めて、どうするのかルールを決めて説明すべきでしょう。

ここもよく意味がわからないのですが、こう言いたいのでしょうか。

やはりジャニーズが出演していて人気もあるのなら、すべてはお蔵入りにできないかも知れない。
ならばジャニーズが出演していない作品も含め、すべてをお蔵入りにするという判断は検討されるべきで、ルールを決める必要があるだろう。

それすら怠り、漫然と駄作を流すNHKに倫理はあるのでしょうか?
答えは「あります」。問題は、それが守られているのかどうか。
◆「NHK倫理・行動憲章」「行動指針」(→link)

それとは、お蔵入りにするか否かのルールを決めることですが、そのお蔵入りと「駄作を流す」こととはまた別問題かと思います。私はこの大河、駄作とは思いませんが。

それにどんなに小さな声だろうと、発していれば岩に穴が開けられるかもしれません。
泰山の霤(あまだれ)は石を穿(うが)つ。『漢書』「枚乗伝」
泰山にふる雨の滴は、石に穴を開ける。
とりあえずここに、意見を送ってみましょう。
◆NHK みなさまの声(→link)

「泰山の霤は石を穿つ」ですが、これだけでは説明不足でしょう。わずかな雨の滴でも、やがて石に穴を開けるように、絶え間ない努力がいつか実を結ぶとでも書いてください。

しかし今回もみなさまの声のリンクがあるので、NHKに『どうする家康』が楽しみとまた送ることができます。


飲み物-ブラッディサム
[ 2023/07/22 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『麒麟がくる』第40回に関しての武将ジャパンの記事について

第40回、松永久秀退場回です。第39回の主人公の病気に描写について以前触れたため、もう1度この大河の、別の回に関するこのコラムを見てみようと思った次第です。

と言いつつ、のっけから余談になりますが、『どうする家康』第22回「設楽原の戦い」関連です。これの1つ前の分の投稿で、このコラムがなりふり構わなくなっている印象があると書いたことがあります。実際エスカレートしている感は否定できませんし、また鳥居強右衛門を演じた岡崎体育さんについて、武者さんはこのように書いています。まず彼は役者でなく、シンガーソングライターである、そのため歌まで入れたと書き、その後

「演じる側にとってはNHKの看板番組で露出があって、美味い話なのかもしれません。作品自体がいかなる内容であろうと、NHKが提灯を持ってくれるなら芸能人にとって損はない。(中略)本業が役者でない人をゲスト扱いで出すことでテコ入れしようとするんですね。大河は腐っても鯛。出たら自慢になる。そういう記念と自己アピールによるキャストが増えるわけです。当然ながら、ドラマの出来は落ちます」

などと書いています。
いくら何でも岡崎体育さん、そして『どうする家康』スタッフに失礼でしょう。それに岡崎さんはNHKの他の番組にも出演しており、朝ドラ『まんぷく』にも俳優として出演しています。武者さんはこの朝ドラはお気に召さないようでしたが。

そして中略部分ですが、
「同様のことは『花燃ゆ』でもありましたが、本業が役者でない人をゲスト扱いで出すことでテコ入れしようとするんですね」
とあります。『花燃ゆ』にミュージシャンが出演していたかなと思ったのですが、どうやら乃木坂46のメンバーが、奥女中として出演したのを指しているようです。しかし彼女たちはミュージシャンよりアイドルではないかと思いますし、登場シーンも尺も、今回の強右衛門とはかなり違っていたのですが。

では本編です。前回もそうでしたが、大河そのものへの姿勢に関して、『どうする家康』との比較を入れていることをお断りしておきます。

なんでも亡き妻の爪を小さな入れ物に収めて、大事に持ち歩いているのだとか。耳のところで振ると爪が可愛らしい音を立てるのです。
妻が生きていた証を、優しい音に求める光秀でした。

光秀が亡き煕子の爪を持ち歩いているシーンです。無論これはこれで、彼の思いが伝わって来ます。

しかし仮に今年の大河で同じようなシーンがあった場合、何と書いたのだろうかと思います。少なくともここまで肯定的には捉えないように思われます。

糟糠の妻は堂より下さず――。
若い頃から連れ添った妻とは、自分の考えをまとめてくれる。若さ、美貌、妊娠できるかどうか。そこだけ見ているとろくなことにならないという戒めです。
この言葉を頭の隅にでも入れておきたい。大事な要素ですね。

この時代「妊娠できるかどうか」は重要な要素であるかと思います。「ろくなことにならない」とも言えないでしょう。当時子供を著名な大名の家に輿入れさせるとか、他家の娘を息子と縁組させ、姻戚関係となるのはかなり意味を持ったでしょうし、それもあって光秀も、娘たちを荒木村重や細川忠興と縁組させたわけですが、

それにこんなことを書くと、木村文乃さんが演じた煕子が若くもなく、美貌でもないように思われてしまうのではないでしょうか。

そしてこれは『どうする家康』でも同じでしょう。瀬名は若いころから連れ添った妻であり、家康を一番理解している人物です。そしてこちらの妻は、危険ではあるものの武田の間者を呼び寄せ、堂々と駆け引きまでやっているにも関わらず、武者さんは、おじさんが好きな昭和平成ギャル呼ばわりまでしていますね。

なんでもたまは、駒から薬のことを習っているとか。
たまが駒から薬のことを学びたいと言い出した時は疑っていた光秀。けれども、たまは覚えが早いと駒は言います。十兵衛様の腹痛の薬くらいなら調合できるそうです。
光秀は笑い、ならたまを医者として長生きすると言い出すのでした。

これも『麒麟がくる』ではこう書いているのですが、『どうする家康』では、瀬名が夫のために薬を煎じているところを評価したことがあるのでしょうか。

スマートフォンやスマートウォッチには呼吸アプリがありますね。あれはそういう効能から実装されています。

東洋医学から『鬼滅の刃』の全集中の呼吸、そしてこのような記述となっているのですが、所謂マインドフルネスのことと思われます。ただこれは元々は、上座部仏教の影響の方が大きいのではと思います。あと治療としてのマインドフルネスを実践したのは、確かアメリカが最初ですね。

実澄は光秀が変わりないかと挨拶。光秀は戦に追われ歌を詠むこともできず、お恥ずかしい限りだと言います。
この言葉は、もしかしたら再来年も有効かもしれません。『鎌倉殿の13人』の源氏ともなれば、
「歌なんて詠んでも何の役にも立たねえのによーッ!」
という価値観でした。現に鎌倉武士の書いた文章は誤字脱字が多いのだそうです。教養レベルの違いですね。鎌倉武士と比較すると、戦国武士は洗練されています。

これは「鎌倉殿」を見ればおわかりのように、そもそもそういう価値観がなかったし、字を知らなくてもそれなりに生きて行くことができたからで、必ずしも戦国時代的視点でとらえるべきではないかと思います。それと
「歌なんて詠んでも役に立たない」
は「源氏」より、寧ろ「坂東武者」ではないかと思いますが。

それと何度も書くようですが、鎌倉殿の最終回で吾妻鏡を読む家康を、戦国時代は本を読むようにとほめていた武者さん、いざ始まってみたら散々な叩きようです。しかも『吾妻鏡』を読んでいて、肩を揉んでいるお葉のことを
「読書中に肩揉みだの、お色気サービスだの」
などと書いていますね。肩揉みはともかく、お色気サービスなどあのシーンにありませんでしたが。

光秀がその小屋に入っていくところを、怪しげな男が見ています。この出番だけなのに、圧倒的な存在感。こういうキャストまで本作は素晴らしいものがある。

こういう役はどの大河にもたいてい見受けられるかと思いますが、武者さんがここまで言うのは、やはり好きな大河であるのも関係しているのでしょうか。

なんでも久秀と実澄は長い付き合いだとか。死んだ女房が何かと世話になったそうです。京にくるたび、昔話をする関係のようです。
久秀は洗練された審美眼の男だとわかりますし、愛妻家でもある。
何かと久秀はフィクション由来でどぎつい扱いをされますが、愛妻を挟んだ思い出を大切にする、心も綺麗な人なんだとわかりますね。

これですが、久秀退場回であるのなら、もう少し色々な史料と突き合わせて実像を探ることはやってほしいと思います。この大河コラムでは、関連記事を色々リンクしてそちらにアクセスさせる方法を採っていますが、コラムの中で完結させてほしいですね。その分時間がかかりますが、別に月曜の夜や火曜日のアップでもいいかと思います。今年の大河(好き嫌いはともかくとして)も、もっと史料と照らし合わせれば、いろいろ発見があるはずなのですが。

理由はどうあれ、戦の最中に人を抜け出す者は死罪と決まっている。

細かいことですが、人でなくて「陣」でしょうね。

光秀は叫ぶしかない。
げせぬ! げせぬ! げせぬ!
久秀は酒を飲めと言い、茶釜を太夫に預けておくと言います。
久秀が負ければ光秀のもの。久秀が勝てば、その手に戻る。いいな、わかったな。そう念押しする。
「平蜘蛛など欲しくない! 戦などしたくない!」
そう叫ぶ光秀には……道三のもとで戦っていた若侍時代のような、若い嘆きがある。
(中略)麒麟がくる世を信じていたのに、そんなことはなく親しい誰かの屍が積み上がってゆくばかり。
光秀の精神が壊れてゆきます。

この「解せぬ」を3回叫ぶところ、戦などしたくない、平蜘蛛など欲しくないと言うところ、これは確かになかなか世が平らかにならない、そのための厭戦気分ももちろん関係していたかも知れません。しかしそれと同時に、昔からの知己であった久秀を敵に回さざるをを得なくなる、そういったいわば私情もあったのではないでしょうか。

「げに何ごとも一炊の夢……」
短刀の鞘を投げ、死装束に着替えることもなく、叫びながら腹を切る久秀。

いくらなんでも、あの状況で死に装束に着替える暇は恐らくなかったかと思います。

NHKのVFXもこなれてきました。
安土城の場面は、そのひとつの極みだと思えます。遠景、そして大広間。壮麗な広さと豪奢さがあって眼福そのもの。かつては、あまりにお粗末で立派な建物に見えない、せいぜい旅館に見えてしまうセットやVFXの使い方にさんざん文句を書きましたが、そういう過ちは克服したようです。

私もこの回はリアタイで観ておらず、従って公式サイトやSNSでの詳しい説明も多分見ておらず、詳しいことはわかりませんが、あれは京都の寺院か、何かの建造物でロケをやっているのではないかと思うのですが。

ただ……「話は以上じゃ!」と打ち切って、光秀に有無を言わせない、そういう信長の性格が残念でなりません。
なぜにこれほど不器用なのか。

この時は信長の不器用さ、あるいは誤解されやすい性格について書かれています。

しかしそれを言うのなら、今年の信長も似たようなところはあるわけですが、今年の場合、そういう点があまりきちんと書かれていないようですね。

以前も記しましたように、2010年代最大のヒットドラマとされる『ゲーム・オブ・スローンズ』もこのパターンの結末でした。
『鬼滅の刃』も心理描写が細かい。そして自分のことばかり重視して、最愛の仲間たちを思いやれない者は、鬼だけではなく鬼滅隊士だろうがろくな目に合わないというルールがあります。

個人的にはゲースロと『鬼滅の刃』を持って来られるよりは、やはり史料と登場人物、特にこの回で退場した松永久秀の人物像の変化などを、このスペースを使って書いてほしかったです。

ちなみに常山紀談などでは彼が梟雄とされているようですが、この書物は江戸時代にできたものであり、戦国時代と江戸時代とでは見方が、相当変わっていることについて触れてもいいでしょう。

前回のことで訂正します。家康が「薬酒」を飲んでいるとしましたが、状況や色からして「薬湯」の方が妥当で可能性が高いです。失礼しました。
そうなのです。苦い薬湯を敢えて飲むところが、家康と光秀にはある。
最終回間近になって、その後への導線が見えてきます。

瀬名は恐らく薬酒は作っていないと思いますね。光秀も坂本城に戻り、たまが煎じた苦い薬湯を飲んでいます。

しかし再度書きますが、この時はこう書いているにもかかわらず、今年は瀬名が夫のために薬湯を煎じて飲ませていても、そのことをどのくらい肯定的に捉えていたでしょうか。

あ、そうそう、これは願望ですが。松永久秀が生まれ変わって、徳川幕府を仕切る大和ゆかりの男・柳生宗矩に生まれ変わったという設定が私の中には成立しつつあります。
『柳生一族の陰謀』のみならず、『魔界転生』も吉田さんの宗矩でやってくれないかなぁ。柳生十兵衛は溝端淳平さん続投でお願いします。

その溝端さん、この前も書きましたが『どうする家康』に今川氏真役で出ていますね。氏真公は後編も登場予定ですね。ちなみに溝端さんは6月14日がお誕生日だったとのことで、おめでとうございます。

久秀は、信長ですら世の中を変える気構えがない、昔からの血筋だのなんだのにこだわると悔しがる。
もう人間としての生存本能を超えて、世の中を変えてやるという執念に飲み込まれてしまっていた。
これはすごい描き方だと思った。

「すごい描き方」といった表現が多いような気がするのですが…以前からそうですが、プロとして文章を書いているのなら、もう少し書き方を工夫して貰えないでしょうか。

飲み物-グラスのアイスティー

[ 2023/06/15 00:45 ] 大河ドラマ 麒麟がくる | TB(-) | CM(0)

信康とシェルショックそして「うってがえし」

さて、戦の才があると言われ、勇猛な武将に成長したかに見える信康ですが、実はそうでもないようで、悪夢にうなされ、夜が明けきらぬ時間であるにもかかわらず、母瀬名のいる築山まで出向いてしまいます。信康は設楽原の戦いでトラウマを抱えているようです、あるいはシェルショック(戦闘ストレス反応、または戦闘疲労)のようにも見えます。
(Bashの惰弱性のことではありません)

これは爆撃、または戦闘の激しさに対してのストレス反応のことで、パニックや逃避行動、睡眠や歩行の障害、会話ができなくなるなどの症状があると言われています。元々シェルショックとは、砲撃を受けたことによる障害でしたが、その後砲撃のみに関わらず、長期間戦闘を経験したことによる、一種の心身症と定義づけられています。

元々シェルショックは、第一次世界大戦で兵士たちが受けたトラウマのことであるとされています。奇しくもと言うべきでしょうか、この第一次世界大戦も、それまでの戦争とは異なった兵器、戦車や爆撃機などが登場しています。また空襲が本格化した戦争(実際はその前の伊土戦争で実施)でもありました。

BBCの『パレーズ・エンド』にも、イギリスが空襲を受けるシーンが登場します。またこれとは異なるかと思いますが、『ミス・シャーロック』のワトソンのキャラクター、橘和都は戦時下のシリアから帰国した医師で、あるタイミングで爆撃を思い出してしまうという描かれ方をしています。

それからシェルショックとは関係ないのですが、戦場で信長と秀吉が碁を打つシーンがあります。これに関しては、囲碁担当の方のツイートに、どのような意味が込められているかが説明されています。画像を貼っておきます。
(クリックで拡大できます)

どうする家康囲碁指導

尚、このツイートのURLはこちらです。
https://twitter.com/tajiriyuto/status/1667882021178454017

[ 2023/06/13 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第8回に関しての武将ジャパンの記事について-3

先日分の続きですが、その前に。この投稿でも引用している「軍師」、あらすじと感想で吉良と松平昌久と書いていましたが、もちろん違いますので訂正しています。

まずここの部分ですが、以前私は第2回と第3回に関しての、武者さんのコラムを紹介して色々と書いたことがあります。また同じこと引っ張り出して来ていますね。実際馬の扱いは厳しくなっていると思うのですけどね。

以前見た、とある華流ドラマの山賊の戦いの方がはるかに見応えがあり、そこではたと気づきました。
本作で非難が集中した“CG馬”について「複数の馬を走らせる場面は危険だから」という言葉がありました。
しかし海外のドラマではそういったシーンも撮影されている。馬が転ぶような場面もある。
大河で無理なのはなぜなのか。
要するに技術や予算が不足しているということなんですかね。

ならばその「華流ドラマ」とか「海外ドラマ」の具体的タイトル、どのシーンであるかをちゃんと出してほしいのですが。こっちも検証したいと思うので。
あと、そのドラマのスポンサーとか製作費も書いてくれませんかね。なのにそれをはっきりさせずに、
「要するに技術や予算が不足しているということなんですかね」
だけ書くのもなんだかなあと思います。ならば武者さんがNHKに対して、大河にスポンサーをつけろとやってみてはどうでしょうか。

あと「軍師」という表現に関して。かなり長々と書かれていますので、一部省略しています。

本作は、後世の誇張ありきなので出すとは思いましたが、それにしても「軍師がいるから強いんだ!」ってのは、ゲーム脳が悪い方向へ暴走している感が否めない
そもそも作戦を練る者なしで戦争などできません。
軍師なんてどこにでもいるといえばそうだし、きちんとした役職として無いといえば無い。
ですので、こうした描写については「軍師がいるから強いんだー!」でなく
「どうやら敵も策を用意しているな」
「孫子をわかる者がいるようだ」
ぐらいの対応ではいけませんか?

まず
「後世の誇張ありき」
なのですが、大河など多かれ少なかれそのようなものでしょう。それにその「誇張」なるものは、具体的にどのようなものなのでしょうか。第一、誇張が全くない大河があるのなら観てみたいものです。
あと
「軍師がいるから強いんだ」
などとも言っていませんけどね。左衛門尉、つまり酒井忠次が
「それなりの軍師がついてるのかもしれませんな」
と言い、その軍師とやらは何者だということになるわけで、最終的に半蔵がその正体を暴くことになる、そういう描かれ方です。

しかしこの大河が嫌いでたまらない(少なくともこのコラムではそのようにしか見えない)武者さんにしてみれば、その軍師という言葉が如何にも耳障りで、実際よりも誇張されて聞こえるのかも知れません。

そして今度はこれまた武者さんが好きな中国(と言うか、中国大陸に栄えた王朝)との比較。

厳密に考えると、日本に軍師はいないような気もします。
本場中国の軍師像は文官です。
諸葛亮は甲冑すら身に付けないし、馬にも乗らない。ライバルの司馬懿も本来は文官。
文武が分かれていて、かつ文官上位の中国では、文官でありながら戦争も強い、そういう人物を「軍師」扱いするわけです。
となると、日本の武士はそもそもが武官なので、なんか違う気がしないでもありません。

これも何度か書いてはいますが、中国諸王朝と日本とは違います。文と武の区別が厳しい儒教国家では、文官が軍を補佐することもありえますし、日本でもそのような時代もありました。しかし日本は儒教国家でもないし、私闘が当たり前になる戦国時代ともなれば、従軍している武将の家臣が、仮に後世に創作された職名であるにせよ、軍師または参謀として主人を補佐することになるわけです。

それから武官は主に律令制の頃、武芸に携わることを職業とした公務員的存在ですから、在地領主的なものであった武士とは違いますね。無論武士の成り立ちも、諸説あります。武装し、軍事的行動を取ることを朝廷から公認され、それが受け継がれて行ったのが武士という説もありますし。

そして武者さんによれば、

あえて探せば……
・大江広元(文官武官が分かれていた頃の文官で、戦の献策をする)
・太原雪斎(僧侶は文官扱いで)
このあたりのような気がします。

大江広元はともかく(但し文官武官が分かれているという記述は疑問)、太原雪斎は今川家の家臣であり、その意味で単なる僧侶とは言えない部分もあるでしょう。実際僧侶としての活動も行ってはいますが。

日本型の武士(武官ではありません)が務めた軍師としては、やはり黒田官兵衛、竹中半兵衛、山本勘助などがそれに該当すると思われますし、直江兼続や島左近、それから南北朝時代の高師直もこれに近いと言えるでしょうね。

細えこたぁいいじゃねえか!
と、言われたら、もう仕方ないんですけどね。

「細え」でなくて「細けえ」ですね。
本当に細かくてどうでもいいとは思いますが、一応突っ込んでみました。

中国でもコーエーテクモさんのゲームは大人気ですし、戦国時代の日本型軍師も受け入れられています。
ただ、そうなるにせよ、戦国時代のコンテンツとして面白いという絶対条件付き。
今年はその点、ある意味終わっているので、中国史関連の考証もかなり雑と感じます。

何だかんだ言うより、武者さんのこの文章の方がかなり雑だと思います。
中国でコーエーテクモのゲームが受け入れられるとあって、その次にいきなり
「戦国時代のコンテンツとして面白いという絶対条件付き」
これ、大河のことですか?だったらそうだときちんと書きましょう。
そして
「今年はその点、ある意味終わっているので、中国史関連の考証もかなり雑と感じます」
大河の描かれ方と、中国史関連の考証とどう関係があるのでしょうか。
武者さんが
「これは終わってる、だから中国史にのっとった描写が駄目なんだ!だから雑だと書いておこう」
このように考えたとしか思えないのですが。

あと太原雪斎について、武者さん今までも何度か言及しており、なぜ今川家にいないのかと書いてもいますが、一方で家康の養育係ではなかったとする説もあるようです。

平岩親吉や鳥居元忠だけでなく、本多忠勝や榊原康政まで裏切りをしかけられる。
その手口がハニトラというのも頭痛がしました。

ストレスによる片頭痛か何かですか?こんなコラム書いているより、心療内科を受診した方がいいですよ。

またハニトラと言っても、手紙を押し付けるシーンだけで、別に機密情報を聞き出すわけでもありませんし。それから武者さんのは順番が逆で、親吉と元忠のシーンの方が後です。しかも物語の流れからして、彼らは女たちから押し付けられるのではなく、城下で配っていた物を受け取ったと思われます。

「聚楽よ〜ん♪」という往年の温泉ホテルCMみたいな感覚ですよね。「聚楽よ〜ん」で検索をかけると、このドラマのセンスが理解できる動画が見られます。
あれは令和に流すべきものなのでしょうか。

武者さんいくつなのか知りませんが、かなり古いCMご存知ですね。令和にこれを流しているかどうかは知りません。それに「聚楽よ~ん」とこのドラマとは、別に関係ないでしょう。武者さんがそう思っているだけです。戦国大河にこのCMの、マリリン・モンローのそっくりさんが出て来たら何なんだとは思いますが。

第一、戦国時代に色仕掛けなどそう珍しくないでしょう。何でそういうことに一々目くじら立てるのかと思いますが、武者さんの思想信条としては許せないのでしょうか。ならば好きな大河にも、似たようなシーンはあると思うのですが、嫌いと決めつけた大河だから、余計に色仕掛けだ何だと騒ぎたいのでしょう。

モブのお色気娘だけでなく、瀬名も妄想の具現化っぷりが痛々しいヒロインです。
人間というよりも、空想の産物。
有村架純さんはものすごく素敵な方だと思います。しかし、そのおっとりとしている点が、どうにも悪用されている気が最近してしまいます。
(中略)
このドラマの瀬名は「マニック・ピクシー・ドリーム・ガール」(MPDG)のようです。
不思議ちゃん。天然。きついことは言わない。とろいように見えて実は聡明。でも、男を凹ますようなことは絶対しない。
こんなヒロイン像はもう時代遅れです。

こんなこと書くより、普通に
「不思議ちゃん。天然。きついことは言わない。とろいように見えて実は聡明」
とだけ書いておけばよさそうなのですが。こういうカタカナ語を使いたがるのも武者さんらしいですね。
で瀬名ですが、別に不思議ちゃんでもないし天然でもないし、とろいようにも見えません。握り飯作りながら夫にあれこれ言ってもいますし(黙れと言われましたが)、意見するべきことは意見しているし、挙句の果ては家康に対して
「あほたわけ」
などとも言っているのですが。武者さんが観ている『どうする家康』は、何か別の描かれ方をしているのでしょうか。

『おんな城主 直虎』で瀬名を演じた菜々緒さんなら、こういうキャラクターにはならなかったでしょう。『鎌倉殿の13人』の宮澤エマさんあたりでもそうです。

作品が違うのだから、描き方は違って当たり前でしょう。
あと宮澤エマさんの役名、ちゃんと書きましょう。実衣ですね。尤も私にしてみれば、実衣の方がちょっと不思議なところはありました。

ところで武者さんと中尾氏が似ていると書いてはいますが、文章そのものは中尾氏の方がはるかに上手です。少なくとも、お金を貰って書いている人の文章だとは思います。内容は、後に行くにつれて違和感を覚えるようになりましたが。

飲み物-トディ2
[ 2023/03/03 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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