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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『光る君へ』と『花子とアン』と海外ドラマ

先日も書きましたが、『光る君へ』で少女たねがまひろから字を教わるものの、父のたつじは字を覚えることに反対し、たねに畑仕事をさせます。一方、同じ吉高由里子さんが主演した『花子とアン』では、家が貧しいたえが、親戚に子守りに出されてしまうシーンが登場します。

前者は、あるいは後者へのオマージュではないかとも思えて来ます。両方に出演している俳優さんもいますし、何よりも吉高さん主演であることに加え、『花子とアン』のヒロインのはな(花子)も本好きで、最初は小説を書いていたわけですし、また花子が英治に思いを寄せるも妻帯者であることを知り、それでも忘れられずに悩むシーンと、まひろが道長を忘れられすにいるシーンなどが、いくらか重なるようにも感じられます。

ところで、そのたねが字を学ぶのではなく、畑仕事をさせられるシーンに、海外ドラマを思い出すと書いてもいます。最初『ドクター・クイン 大西部の女医物語』かと思っていましたが、あるいは『大草原の小さな家』だったかも知れません。ただ『ドクター・クイン』にもいくらか似た部分はあります。

第71話の「臨時教師」がそれで、牧師さんが歯痛で体調を崩し、このシリーズの主人公であるミケーラ・クイン(マイク先生)が、代わりに子供たちを教えることになります。彼女は元々医師である父と仕事をしていたものの、父が亡くなり、女医である彼女の許から患者は去り、彼女は医師を募集していたコロラド・スプリングスへ行って開業することを決めます。

ところが地元では、男性の医師が来るものだと思っていました。これは電報係のミスによるものでしたが、ここでも女医への偏見は存在していました。しかし彼女の医師としての腕のよさ、誠意ある対応に人々は心を開いて行きます。その後、世話をしてくれていたシャーロットが亡くなり、彼女の3人の子供を養子とします。

話が戻りますが、そのマイク先生が作ってくれたお弁当を、末っ子のブライアンはメアリー・アンという子にあげてしまいます。このメアリー・アンは、家で虐待を受けていました。そしてある日、マイク先生とブライアンが彼女の家を訪れたところ、病気なのに物置に寝かされ、しかもネズミに噛まれているメアリー・アンを発見します。

メアリー・アンを救うには親元から引き離すほかなく、最終的に彼女は親から離され、マイク先生の治療を受けるのですが、それとは別にもうひとつの問題がありました。臨時教師として教壇に立ったマイク先生は、子供たちに進化論の話をします。子供たちは、人間が猿から進化したという話に関心を寄せますが、大人たちは驚きます。

それでなくても保守的な地域であり、人間は神様が作ったものだ、猿だなんてとんでもないと町の人々は言い、牧師さんも進化論を教えないようにとマイク先生に釘を刺します。挙句の果ては、診療所の壁に”MONKEY”とまで書かれる始末でした。

この2つから読み取れるのは、まずメアリー・アンが親からひどい目に遭わされていること、そしてもうひとつは、進化論に子供たちは喜ぶものの大人たちは反対し、結局進化論を教えるという選択を捨てざるを得なくなるということです。先日の大河にも同じようなことが言えそうです。

つまり子供は新しいことに興味を示すわけですが、大人はそれに反対し、その結果たねは字を覚えることを諦め、さらに父から小突かれています。この当時、小突かれた程度では虐待でなかったかも知れないし、また親としては働き手が欲しくもあったでしょう。さらに父たつじが、俺たちはお偉方の慰み者じゃないとまで言ったことで、まひろもまた字を教える、読み書きのできない人間を一人でも減らすという夢を諦めざるを得なくなります。

こういった点が、何となく似通って見える一因と言えそうです。無論偶然の一致とも言えますが。

尚マイク先生のマイクは、もちろんミケーラの男性形のマイケルの愛称です。町の人たちがそう呼ぶことが多いからのようですが、私としては、ヴィクトリア・ウォーショースキーシリーズで、ヴィクトリアが自分のことを女性の愛称のヴィッキーでなく、男性形ヴィクターの愛称のヴィクで呼んでくれと言う、あれに似たものを感じます。

飲み物-ショートカクテル
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[ 2024/04/14 02:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第4回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

第4回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。


親切な人かと思っていたのに、”三郎“に謝らないのは腹が立つとイライラ。
「すぐ怒るんだな」
”三郎“は面白そうに話しています。彼の周りの人々は、貴公子に対して怒りすら見せないようにしているのでしょう。

第1回で三郎は、怒るのは好きではないと言っていますから、そのせいもあるのではないでしょうか。だから姉の詮子が、何でも話せる相手と思ったわけでしょう。

光る君へ第1回三郎

偽りだったのか?と問われ、謝るまひろ。また作り話をしてしまった。あそこの代筆は男がしていたのだと。
”三郎“は再び笑顔で、よく装い、よく偽るおなごだなと言いながら、彼女の嘘を見抜きます。
あの日、まひろは男の声で男と偽る仕事をしていたと。代筆仕事はまひろだと見抜いていて、さわやかに笑い飛ばす”三郎“です。

まず「よく装い」ではなく「よく怒り」ですね。ちゃんと字幕を出した方がいいかと思います。
それと
「男の声で男と偽る仕事をしていた」
とありますが、
「男の声で笑い、男の声を出していたと言った」
ですね。つまり男として代筆の仕事をしていたから、男の(作り)声を出さなければならなかったのを、三郎は見抜いていたわけです。

彼女に被衣をかぶせ、馬の後ろに乗せ、送っていく宣孝。まひろはその後ろで「次の散楽も見たい!」とわざとらしく、“三郎”に聞こえるように言う。
そんな大きな声で言わんでも聞こえると宣孝は呆れています。
この去っていく宣孝は、佐々木蔵之介さんの魅力と説得力が引き出されたシーンではないでしょうか。
野暮なおじさんになりそうなところを、軽妙で魅力的な男性を演じている。しかも、まひろとの年齢差もわかる。

あの場合被衣ではなく、笠から垂れ衣を下げたものではないでしょうか。被衣というのは、こちらは刀剣ワールド様のイラストをお借りしていますが、こういう風に衣を頭から被るものです。
刀剣ワールド被衣

「軽妙で魅力的」と書いていますが、武者さんは第1回で「軽そうな」と書いていました。
実際飄々とした雰囲気があるのは確かですが、親戚筋に当たる娘でもあり、あまり変な男に近づけたくないという思いもあるいはあったでしょう。それと
「まひろとの年齢差もわかる」
というのは、具体的にどのようなところでしょうか。

身分があるから、諍いも争いもない。もしもそれがなくなれば、万民が争い、世が乱れるのだと。
身分秩序が壊れた結果、争いが起き、血が流れる様は『鎌倉殿の13人』で描かれてましたね。
これぞ日本史の宿命かもしれない。

平安→鎌倉は身分秩序が壊れたというより変化し、武士という新興階級が支配権を持つようになったのではないでしょうか。実際承久の乱までは、帝も一定の勢力を持っていました。
身分秩序が壊れたのは、あらすじと感想に書いていますが、やはり戦国時代であり、その乱れた世、正に乱世を終わらせたのが昨年の主人公だったわけです。

そして例によって中華帝国の話です。

隣の中国では、魏晋南北朝は貴族の時代。魏以来の「九品官人法」により、こんな状態が訪れます。
上品に寒門無く、下品に勢族なし。
上流貴族には貧しい家はなく、下級貴族には勢いのある家はない。

この
「上品に寒門無く、下品に勢族なし」
ですが、上品に寒門なくはともかく、下品に勢族なしというのは、下級には「有力者」がいないという意味ですよ。

世襲がこうもアピールされる国って、日本以外はそうそうありません。

要は日本には科挙がない、だからけしからんと言いたいのでしょうが、だからこそ「試験のための学問」とならずに済んだ側面もあります。そして日本だけでなく、特定の階級や業界などで、世襲か、それに近い状態というのは外国にも見られます。

まひろは思想をきっちり学んでいます。荀子は前回出てきた孟子の「性善説」と比較される「性悪説」で有名です。
『墨子』は相当上級者、なかなかマニアックですね! 墨子は教えが厳しすぎたのか、弟子が少ない。弟子が少ないとなかなか伝播されず、マイナーな部類に入ります。

というか、父からの書物を通じて覚えたというのが正しいでしょう。
ただこの当時、荀子の著作は出版されておらず、この後80年ほど経ってから刊行されています。また墨子も明の時代まではあまり知られておらず、日本でも江戸時代になるまでは知られていませんでした。

従って、まひろがどのような書籍を通じて彼らの思想を採り入れたのかとなります。荀子の場合は『史記』か何かでしょうか。ならばそういう書物に彼女が触れる描写が、もう少しあってよかったかなとは思います。

思いを吐き出してみろと。よい策は見つからずとも、心を軽くすることはできると。
そうそう、ここでマウンティングしながら「俺はさァ、こうだと思うよ!」と言っちゃうタイプの男はモテませんよね。
マンスプレイニング(Mansplaining)、略して「マンスプ男」としてむしろ嫌われる。
宣孝が魅力的なのは、イケメンだからだけではなく、振る舞い方が素晴らしいからに尽きるでしょう。
だいたい、墨子まで読みこなしちゃう相手に理詰めで勝てるのか、って話です。理がダメなら、情に訴える。

要は宣孝は、まひろのカウンセラー的なところもあるのでしょう。
それはいいのですが、まだここでマンスプレイニングだ何だと。こういうのが武者さんが反発される一因かと思います。
さらに
「だいたい、墨子まで読みこなしちゃう相手に理詰めで勝てるのか、って話です。理がダメなら、情に訴える」
それとこれと関係ないのではありませんか。
第一墨子の唐本が日本に輸入されたのは江戸時代で、まひろの時代の場合、前述のように、父から教えて貰った漢籍にある墨子、そしてその思想について触れたことがあると言う方が正しいかと思います。

思えば2023年の大河は「イケメンが言えばええ」とばかりに、かっこつけた演出で中身のないセリフを戦国武将が喋り散らすドラマでした。
マンスプ男の妄想ストーリーなど早く忘れたいものです。

早く忘れたいのなら忘れてください。貴方が昨年の大河を話題にしなければ、それで済む話です。それを何かにつけて叩くネタにして、いつまでも同じようなことをくどくど書いているから忘れられないのではありませんか。しかも
「イケメンが言えばええ」
「かっこつけた演出で中身のないセリフを戦国武将が喋り散らすドラマでした」
具体的にどのようなシーンで、どのようなセリフなのか書いて貰えないでしょうか。

そこへウキウキした様子の姉・藤原詮子がやってきて、「考え事をしているのは下々の女と縁を切ったからなのか?」と聞いてきます。
かわいい弟と話せて嬉しい姉上よ。いきなりキツい言葉を繰り出してきますね。道長は「そういうものはいない」とぶっきらぼうに返すしかありません。
道長もモテる男らしさがありますね。こんなに口の悪い姉だろうが会話をきっちりこなす。めんどくさそうなあしらいをしたら魅力が出ません。

「口が悪い」のではなく、その当時の上級公家というのはそのようなものだったのではないでしょうか。
そして道長、これも上の方で書いていますが、怒らない、ことを荒立てたくないからこう言っているかと思われます。

しかし好きな大河だと
「道長もモテる男らしさがありますね。こんなに口の悪い姉だろうが会話をきっちりこなす。めんどくさそうなあしらいをしたら魅力が出ません」
嫌いな大河だと
「かっこつけた演出で中身のないセリフを戦国武将が喋り散らす」
武者さんらしい二面性だなと思わざるをえません。

そしてこれも日本史の特異さとかで

そもそも君主が、まだ若いのに譲位するというのがおかしい。占いで決めるのは中世ですし、まだ“あり”としましょう。でも、この安倍晴明は買収される人物でもある。
日本史とは何か?という本質を改めて突きつけてくるような作品で凄いですね。

摂関政治は幼帝が即位し、外戚が摂政や関白として政を仕切るシステムです。後に院政となります。院政などは、譲位して上皇になってからの方が腕の見せどころではありましたね。

「占いで決めるのは中世ですし」
古代でも様々な形で占いが行われ、それによって政のあり方が決められて来ました。
そして
「買収される」
これは日本に限ったことではないと思います。またこの頃から、陰陽師が政に介入するようになったとも言われています。

そして師貞親王が冠を無理やり脱がせた件ですが、

『鎌倉殿の13人』でも、【亀の前騒動】で牧宗親が被り物を脱がされ、悲痛な声をあげておりました。

あの宗親は被り物を脱がされただけではなく、髷を切られてもいましたね。

日本最古の猫というと、諸説あって特定は難しいものですが、この時代「唐猫」(からねこ)というペットが愛好されていたことは確実です。
中国との貿易船に載せられたもので、大変珍しく、セレブの証でした。逃げたら困るため、紐で繋がれたほどです。
『源氏物語』では、この紐で繋げた猫が御簾をまくりあげ、そのせいで女三宮の姿が柏木に見えてしまう場面が登場します。
このため、日本では画題として御簾の側に立つ美女と猫が定番となりました。

「画題として御簾の側に立つ美女と猫」
武者さんが好きな浮世絵にもよく見られますね。
しかし猫に言及するのなら、やはり「命婦のおもと」についても書いてほしいものです。一条天皇の愛猫ですし。人間の女官が乳母につけられたという意味でも、かなり特殊な猫であると言っていいでしょう。

それと唐猫ですが、仏教の経典を鼠から守る役割を果たしたとも言われています。

ジェーン・オースティン『高慢と偏見』のヒロインは、馬に乗ります。この時点で彼女は一風変わっていると読者に伝わります。
時代がくだると自転車になる。
ホームズシリーズには『孤独な自転車乗り』という作品があり、あの短編に出てくる女性は自転車に乗っていました。彼女にも独立精神があるとわかった。

まひろが馬に乗ると話した件ですが、ここでまたジェーン・オースティン。しかも『高慢と偏見』が出て来るから、人物描写のことでも書くのかと思ったら馬ですが。ヒロインというのはジェインで、馬に乗って出かけたものの雨に降られ、訪問先で病気になります。

それと『孤独な自転車乗り』=『美しき自転車乗り』ですが、その当時(19世紀末)自転車はかなりのブームになっており、それが女性たちにも影響をもたらしたようです。自転車と言えば、サマセット・モームの『お菓子とビール』でしたか、ドリッフィールド夫人のロウジーが、自転車に乗るため短いスカートをはいている場面が登場します。尤も当時の感覚での短いスカートでなので、くるぶしの辺りくらいの丈です。

あとホームズに詳しいXのフォロワーの方から、その当時自転車は高価なものであったという情報をいただきました。ちなみにこの自転車乗りのバイオレットですが、要はストーカー的ないやがらせを受けて相手に立ち向かうのですね。でこのバイオレット、巨額の遺産を相続し、原作では合名会社の社長夫人となっています。

ついでながら、グラナダ版ホームズの『美しき自転車乗り』関連記事です。

シャーロック・ホームズの冒険*第4話「美しき自転車乗り」あらすじ乾燥
(いつでもドラマな毎日)


飲み物-パブのアンバーエール2
[ 2024/01/31 02:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

「家康」のない日曜日そして『軍師官兵衛』関連番組について少々

24日のクリスマスイブは、『どうする家康』のない日曜日でもありました。今までにも選挙速報で放送が休みになったことはありましたが、しかしこの次の予告がないことで、もう放送が終わってしまったのだなとやはり思わされます。

ところで来年は平安時代ですが、『べらぼう』を来年にして、家康が作った江戸時代に、こういう文化が花開いたという展開にすることはやはり不可能だったでしょうか。まあ来年は、平安京が作られて1230年ということももちろんあるでしょうし、来年再来年は日本の文化が花開いたという点で、共通性を持たせてはいるのでしょうが。

さて、以前書いていた『軍師官兵衛』が放送から10年ということ、そして関連番組について書きたいと思いますが、その前に。先日ご紹介した、たけたけさんのnote記事で書きそびれていた点がありました。実はこの中で徳川秀忠が、秀頼の助命を拒んだと記載されている『駿府記』の記述が紹介されています。この駿府記に関しては、ニュース記事でこういうのがありますので、一応置いておきます。

徳川家康はどのようにして「大坂の陣」に持ち込んだのか⁉
(元記事は『歴史人』)

「駿府記」5月7日条には、大野治長の使者が茶臼山の家康本陣へ赴き、「牢人衆は残らず討死し、今日、姫君(千姫)は城を出られて岡山におられます。秀頼と淀殿を助命してくれるなら、大野治長をはじめ主だったものは切腹します」と本多正純(ほんだまさずみ)を通じて家康へ伝えたところ、家康は助命に傾いた。

しかし、翌8日、秀忠が淀殿・秀頼母子の居場所を知り、切腹するように命令した。この記述だけを見ると、家康は助命する意向だったが、秀忠が自害を命じたということになる。
(引用終わり)

そして『軍師官兵衛』関連です。

実はこれ『歴史ヒストリア』などとご紹介していましたが、すみません、もちろん『歴史秘話ヒストリア』の誤りです(前の投稿分は訂正しています)。今の『歴史探偵』の前身ですね。

この中でMCの渡邊あゆみアナウンサーは、黒田家の家紋である藤の柄の和服で登場です。内容としては「官兵衛を支えた24人」として、黒田二十四騎がメインテーマとなっており、彼らの活躍やその子孫が紹介される中で、おねを演じた黒木瞳さんの、博多と福岡のロケが挟まれる構成になっています。

尚この福岡と博多に関してですが、この大河の時代はもちろん、今も性格を異にするところがあるので、上記のような書き方をしています。

詳しい内容はまたおいおい書いて行きます。恐らく年内いっぱい使うことになるかと思います。なお例年のように、このブログは年内更新が12月30日までで、新年は1月2日または3日からを予定していますので、悪しからずご了承ください。

しかしこの2014年、大河以外に日曜日は『ダウントン・アビー』もやっていたし、秋からはEテレで『シャーロックホームズ』(パペットホームズ)やっていましたね。懐かしいです。あのホームズの続きはもうやらないのでしょうか。


飲み物-キャンドルとワイングラス
[ 2023/12/25 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第46回に関しての武将ジャパンの記事について-2

第46回関連『武将ジャパン』大河コラムについてその2です。それから先日分で「最後まで最悪の衣装センスだった」を入れ忘れていましたので、訂正しています。


家康が「地獄を背負う」と言いますが、そもそも、どう背負うのでしょう?
『麒麟がくる』では「仏を背負う」という仏僧に苛立った織田信長が、仏像を背負って歩き回る場面がありました。
あれは比喩を理解できない信長の特性が出ていて面白かった。
しかし、地獄は背負えるものではありません。
「地獄に堕ちる覚悟だ」
あたりの言葉ではいけませんか? もっと具体的に「修羅道へ堕ちる覚悟だ」でもよいでしょう。

まず家康の「地獄を背負う」
正しくは
「信長や秀吉と同じ地獄を背負い、あの世へ行く」
です。
この場合の「背負う」は、もちろん責任を引き受けるという意味であり、かつて世の中を制した一方で、負の側面もあった信長、そして秀吉と同様に、生き地獄の苦しみを負う覚悟だという意味でしょう。
単に「地獄に堕ちる」とはわけが違うかと。

てか武者さん、妙な具合に額面通りに受け止めたがっていないでしょうか。

もともと歴史に興味がないと公言してしまう脚本家ですから、ちょっとしたセリフも違和感が出てしまう。そんな場面でした。

×「ちょっとしたセリフも違和感が出てしまう」
〇「武者さんがそのセリフの意味するものを理解できていない、あるいは理解しようとしていない」

この世界はなぜ白い霧が湧いているのか?
産業革命のロンドンか!
そう突っ込みたくなるほどスモークがかかっている本作。
なぜか?
スタジオ撮影を誤魔化したいからでしょう。大坂の陣に集まった連中の数が、高校の体育祭以下でわけがわかりません。
今回もまたツルツルテカテカの兜に、ピカピカと天井の照明が反射していました。
今どきメルカリの出品者でも“映り込み”のケアをする人は多いのでは?

スモークは前から書いていますが、戦がまだ続く世を象徴しているようにも取れます。こういうのは、最終回を待ってから書いてもいいのではないでしょうか。
そして、
「大坂の陣に集まった連中の数が、高校の体育祭以下」
秀頼や茶々、千姫に目通りできる人々が限られているからではないでしょうか。兵はここまで入れませんからね。

そして
「今回もまたツルツルテカテカの兜に、ピカピカと天井の照明が反射」
その根拠をお願いします。前から同じことを繰り返し書いていますが、これに関してきちんとした根拠が示されたためしがありません。

そして「もう『鎌倉殿』オマージュはやめて」なる小見出しで

その体育祭レベルの規模で、茶々が語彙力の低い演説をするところは恥ずかしすぎて目を逸らしてしまいました。
北条政子をやりたいことはわかった。しかし何から何まで及ばない。

「北条政子をやりたいことはわかった」
誰かそう書いていたのですか?武者さんの妄想ではないでしょうか。もしそういう記事があるのなら、出典をお願いします。第一茶々は御台所でもないわけですし、それにこの場合、大坂方は「仕掛けた」側であり、昨年の北条方とはまるっきり違いますけど。

そして
「下劣で化粧が濃い茶々」だのなんだの。
北川さんが役作りのためにこうしているのを、全く理解していないようですね。

お市の方、茶々…二役を熱演した北川景子さん。意識したのは小川眞由美さんだった【どうする家康 満喫リポート】秘話発信編
(serai.jp)

扮装やヘアメイクについてもスタッフの方とご相談を重ね、一から作り上げていきました。扮装部の皆さんは大河ドラマ『葵 徳川三代』で小川眞由美さんが演じられていた茶々を意識していると伺っていたので、私も小川さんのような迫力ある茶々を演じられたらと思いながら取り組みました。

ちなみに『葵 徳川三代』の小川真由美さん扮する茶々です。

葵徳川三代淀殿
(『葵 徳川三代』より)

あと
「体育祭感覚の浪人ども」
とありますが、この場合は寧ろ「牢人」が正しいかと。

開戦経緯がわかりません
放送時間が足りないのは仕方ないにしても(いや、自業自得か。瀬名救出に2回! 側室やら侍女マラソンやら……)、戦闘経緯があまりにも雑な省略でワケがわかりません。

「開戦経緯がわかりません」
それは武者さんがちゃんと観ていないからではないでしょうか。
少なくとも第44回、関ケ原が終わった頃から、千姫の輿入れや秀頼の成長など、今後の対立をほのめかすシーンはあったはずなのですが、そういう描写はお構いなしで、挙句の果ては家康が「下心のあるおじさん」だの。

しかし、千姫相手にそのスイッチを入れてしまうと、とてつもなく恐ろしいことになります。
この二人の場面は、祖父と孫娘には見えない。不気味な下心のあるおじさんと少女に見えてしまいました。
怖すぎます。

そしてまた『大奥』。

省略の技術が圧倒的に拙いのでしょう。『大奥』との違いに愕然とします。
『大奥』は原作を相当圧縮していますが、その切り方、再構成、研究の反映が見事というほかない。天衣無縫、縫い目がわからぬほど綺麗な流れとはまさにこのことです。
それに比べたら、本作は継ぎ目がレゴブロックのように見える。
何もかもが恥ずかしく、煮詰めた恥辱が流れている……確かにこれは“地獄を背負った”ドラマかもしれませんね。

『大奥』と違って、『どうする家康』は原作がありません。ですからその意味で単純比較はできません。
そして、「レゴブロックみたいな継ぎ目」て、具体的にどういう継ぎ目のことでしょうか。なんだか、比喩となる表現がいちいち子供じみているように見えて仕方ないのですけど。

「何もかもが恥ずかしく、煮詰めた恥辱が流れている」
何が恥ずかしいのですか?
「煮詰めた恥辱」て具体的に何ですか?
全く具体性のない表現ばかりでお茶を濁さないでいただきたいと思います。本当は何もわかっていないのではありませんか?ろくに観てもいないようだし、あらすじも今年は一切書いていない、駄作だ何だという前にまずドラマそのものをきちんと紹介してください。

予告では真田丸を出すと言い切った。
そうかそうか、千田嘉博先生が解説したような真田丸が見られるのかな?
と思いきや、引いた映像で一瞬だけ真田丸の全貌を映し、後はせいぜい体育祭の借り物競走程度の戦闘でした。

予告(公式サイトのあらすじでしょうか)では
「そんな徳川の前に真田丸が立ちはだかる」
とあります。
しかしそれをもって
「千田嘉博先生が解説したような真田丸が見られるのかな」
と思うのは、武者さんの希望的観測にほかなりません。

あんな調子で『こんな砦を落とすのなんて絶対無理だろ!』と思った視聴者はいるんですかね。
あまりにも合戦に対する“熱”が感じられません。

この2行で、『どうする家康』を理解していないのが窺えますね。恐らくは、最初から真剣に向き合おうともしていなかったかと思います。
この大河は戦のかっこよさを描く大河ではありません。寧ろ戦で死ぬ者たち、その後の無情さを主張する描写が多いです。真田丸のシーンでも、銃撃とそれによって落命する兵たちが描かれているわけで、きちんと観ている人であれば、この大河らしい戦の描き方と捉えるでしょう。
ただ武者さんの場合はそうではないということです。

そして

例えば司馬懿主役の華流ドラマ『司馬懿 軍師連盟』の前半は、政治劇中心です。そのためほとんど合戦シーンはありませんが、ここぞとばかりに出てくると、実に迫力ある戦いが描かれます。
映し方一つで、いくらでも合戦の迫力は出せるのだな、と思わされる。

繰り返すようですが、この大河はそういう合戦を描きたいのではありません。最初からネガティブに、如何に叩こうかばかり主眼に置いているから、この作品が何を言わんとするのかがわかっていないのかと思われます。

今ならAmazonプライム会員は無料です。よろしければご覧ください。

これ広告料貰っているのですか?
ならばこれは広告ですと明記しないと、法律違反ですよ。
それとプライムなら、小栗さんが出る「かぞく」も配信されているはずなのですけどね、なぜかそちらには触れず。

小道具班はニコライ・バーグマン押し花を作らされたせいで、士気が尽きてしまったんですかね。
どうにもおかしい。和紙に筆で描いた線に見えないシロモノが頻出します。
腹が立ってくるというより、悲しくて頭を抱えたくなるだけです。
『大奥』スタッフはウキウキワクワクとしながら、懐中時計や薩摩切子を取り揃えているのに、大河はどうしてこうなってしまったのか……。

ニコライ・バーグマン関連は武者さんが勝手にそう思っているだけですね、
そして「和紙に筆で描いた、線に見えないシロモノ」とは何ですか。悲しくて頭を抱えたいのなら、勝手にそうしていてください。共感も同情もしませんが。

そして、『大奥』スタッフの懐中時計だの薩摩切子だの、なのに大河はどうしてこうなってしまったのだとか、この前と同じネタをまた使っていますね。それしかないのですか。


飲み物-おしゃれなグラスのビール
[ 2023/12/06 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第45回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第45回に関する『武将ジャパン』大河コラムその3です。


三浦按針がやっと和服を着ました。
「どうだ! お前が前回文句つけてたけど、ちゃんと和服になったぞ!」
そんな風に言われそうですが、これだけ時間が経過していたらそうなるでしょう。

時間が経過したと言うより、三浦按針という武士になって所領を与えられたからではないでしょうか。

むしろこれだけ時間経過しながら、まだ時計の話というのは一体何なのか。
そう思っていたら、もうどうしようもないことを言い出しました。
大筒をここで三浦按針に調達させたいってよ。三浦が「あれは威力が大きい」と心配そうな表情ですが、問題はそこですかね。
あの時点で発注して、大坂の陣に間に合うのか? どういうルートで、誰に依頼するのか?

まず時計の話は慶長17(1612)年です。
そして大筒は、大坂の陣で使われています。これは慶長19(1614)年です。イギリス(イングランド)から購入していますが、2年あれば届くのではないでしょうか。

尚これに関しては、大砲がイングランドで大量生産できるようになったという背景があります。こちらを置いておきます。

徳川家康が購入し、大阪冬の陣に使用した、カルバリン砲について知りたい。
(レファレンス協同データベース)

そして
「当時はまだAmazonショッピングはできませんからね」
Amazonで兵器を扱っているのでしょうかね。
武者さんらしいというか、ご本人は相当イケていると思っているのかも知れませんが。

そもそも関ヶ原の時点で大砲はありました。BBC『ウォリアーズ』ではそうちゃんと描かれていたものです。

何も『ウォリアーズ』を引き合いに出さなくても、関ケ原の石田三成隊の大砲で、黒田、細川といった東軍諸将は苦しめられているはすですが。
そしてまた他作品PRですか。まあこれは後に置いておくとして。

文禄・慶長の役でも、明軍のフランキ砲が猛威を振るっている。明は瓦解が急激だったせいか日本では過小評価されがちだけれども、軍隊としては十分精強です。
そこを踏まえて、家康がドヤ顔で「すごいこと思いついた!」的に表現されても、悲しくなるばかりです。

大坂の陣で家康が購入したのはカルバリン砲とセーカー砲で、フランキ砲よりも高性能です。
家康がなぜカルバリン砲に決めたのか(三浦按針が助言したとも言われている)はともかく、高性能の大砲を入手できたことが、徳川を利したとは言えそうです。

では、なぜこんなお粗末な展開になるのか?
というと、本作の制作者が必要最低限しかやらないからでしょう。
大筒を撃ち込まれて茶々が絶望する話の前フリとしてしか意識していないため、せっかくの大筒も活かせないでいる。

お粗末とか必要最低限とか言う前に、自分でちゃんと調べたらどうですか。
尚、以前『葵 徳川三代』関連投稿で使った画像ですが、もう一度置いておきます。

葵徳川三代アバン1 


葵徳川三代アバン3

葵徳川三代アバン2

時計の仕組みを知りたい――そんなことを突然、アリバイ的に言い出す家康がどうしようもありません。
本当に、物事に没頭する好奇心旺盛な人物は、周囲の空気など気にせず、後先考えずに分解します。やらかします。朝ドラ『らんまん』でも、そんな描写がありました。
人生経験の浅い幼少期に「人と違う適性が出てくる」ことは、『麒麟がくる』でもきちんと表現できておりました。
松平竹千代のころから家康は沈着冷静だった。織田信長は幼少期から母の大切なものを破壊して、周囲から「うつけ」とされた。

家康は時計好きだったとは言われますが、特にこの時計はサン・フランシスコ号遭難の際の救助のお礼として、スペイン国王フェリペ3世から贈られたものです。

家康公の時計
(久能山東照宮)

そういう時計をいきなり分解するものでしょうか。
そしてこの時点では、家康は大坂の出方を意識せざるを得ない状態であり、分解して中身を調べる暇などないはずです。なぜこのような例を引っ張り出してくるのか、理解に苦しみます。

幼少期から今に至るまで変わらない家康の個性ですか。女のことばかりを考える下劣さですかね。

これまた随分失礼な話かと思いますね。
ちょっと問題ではないでしょうか。

今川氏真が出てきて「家康は木彫りが好きだもんな」というのもよくわかりません。
このドラマは複数名がやたらと木彫りをしていますよね。むしろブームじゃないかと思うほど木彫り。なんでも木彫り。

木彫りのように手先で細かいことをやることが好き、つまり時計のように、細かい部品で動く道具が好きとなるわけですが、この場合は寧ろ、木彫りで兎を作っていた頃の自分を知るのは宗誾(氏真)だけになったと、時の移ろいを身をもって感じているのでしょう。

連歌もねえ、
能もねえ、
読経もねえ、
書道もねえ、
趣味といったら木彫りだけ!
オラこんな大河嫌だ!
思わずそう歌ってしまいたくなるほど、木彫りまみれの本作。

だったら、以上の5点が登場する大河を観ればいい話です。
それこそ毎回のように言っていますが、観たくなければ観なくていいですよ。その代わりお仕事がなくなりますけどね。

石川数正も仏像を掘っていたし、マザーセナの木彫りウサギは、慈愛の国教団の重要な収入源である聖遺物じみていた。
これで家康の個性と言われてもなぁ。

宗誾の登場シーンを観ていたはずなのに、何もわかっていないのでしょうか。
あの戦無き世は、そもそも王道を唱える今川義元の言葉であり、瀬名も今川家つながりである以上、義元のその言葉に何らかの影響を受けていたのでしょう。彼女は別にカルト教祖でも何でもないわけです。

というか、武者さんがこの大河を叩きたくてたまらないから、勝手にそう決めつけているだけの話です。一方で自身は特定のメディアにご執心のようで、せっかくの大河コラムを進んでゴシップまみれにしていますね。

で、このすぐ後にこういうのが出て来ます。

今さら王道と覇王でどうする
結局このドラマの「王道」って「今川氏真が今から言い出したこと」扱いで気が遠くなります。

まず、氏真でなく義元が言ったことではないでしょうか。
この中で氏真(宗誾)は
「戦なき世を作り、我が父の目指した王道の治世」
と言っています。

それで不満ならば、せめてプロらしく
「義元は王道の治世を目指しており、元康に王道と覇道の違いを尋ねていました。ちなみにこれは元々は孟子が提唱したものです」
くらいに書いておけばいいと思います。

にもかかわらず気が遠くなるだの何だの、ならばこの大河が終わるまでそのままでいてくれないでしょうか。

『青天を衝け』では孟子の言葉や、一部の儒教思想そのものを「渋沢栄一が思いついちゃった教えだよ」扱いしていて絶望したことを思い出しました。
『麒麟がくる』では出典を明かしていたのに。
漢籍由来の概念を、引用も出典もなしにやらかし、自分たちが思いついたように言い出すのは、恥辱としか言いようがありません。

『青天を衝け』の場合、第何回かがちょっと不明ですが、仮に栄一が儒学で学んだことを口にしても、その当時の人が、それを栄一の言葉だと信じ込むでしょうか。
そして『麒麟がくる』では出典云々。どの回で出典は何であったか、そこまで書くべきでしょうね。

最終盤まで人物設定すらブレブレじゃないですか。そんな最低限のことすら真っ当に表現できていない。
誤魔化そうと番宣だのSNS対策だのやらかそうが、無駄なものは無駄です。

人物設定がぶれていると言うより(別にぶれていませんが)、武者さんが無理やり叩こうとして、どこかおかしくなっていないでしょうか。
そして
「誤魔化そうと番宣だのSNS対策だのやらかそうが、無駄なものは無駄です」
これはNHKがやっていることで、貴方とは直接関係ありません。放っておけばいいのではないのですか。

脳内で諸葛孔明が「恥ずかしいとは思いませんか?」と煽ってきます。私はもう、血反吐を吐いて倒れそうだ。
思えばこのドラマって「中華料理は和食に分類されるんですよ!」と言い出しちゃった陰謀論者みたいなノリがずっとある。

血反吐を吐いて倒れそうなら、どうぞそうしてください。別に共感はしませんが。
そして「中華が和食に分類される」のは陰謀論なのでしょうか??

漢籍知識が盤石な『麒麟がくる』から、わずか数年でなぜこんなことになってしまうのか。

大河は1年単位で変わります。当然スタッフも変わるわけですから、その年によって違いが出るのは当たり前でしょう。ただ単に特定の作品にしがみついていたいのなら、それに特化したコラムを作って、その中で満足していてください。

説明セリフか、主演俳優が「俺がんばってます!」とアピールするプロモビデオでしかない。
だから敬語の使い方もおかしいし、何も心に響かない。古典の引用なんてするわけもない。誤魔化すようにピアノもやたらと重なる。
いわばコスパ重視で、いかに真面目にやらずに、テキトーに誤魔化すかばかりを追い求めているようだ。
子どもの教育に有害どころか、大人の精神までおかしくします。

1つ前でも書いていますが、武者さんがドラマをきちんと観ようとせず、ただ単に叩くためなら、他の場所でやってくれませんか。大河コラムは貴方の日記帳でも個人ブログでもありません。

この年齢になって、ドスのきいた声で、見下ろすように王道と覇道の話をする。
これしか漢籍教養が身についていないって、絶望しかありません。林羅山を出して『貞観政要』すらやりませんからね。
なぜ林羅山を出したのか……理解に苦しみます。

林羅山を出したのは、あらすじと感想にも書いていますが、方広寺の梵鐘の銘に関してでしょう。これで羅山は、「国家安康」を呪詛であるとしています。

大坂冬の陣のきっかけとなった「方広寺鐘銘事件」とは?|豊臣と徳川の決裂を決定づけた出来事【日本史事件録】
(serai.jp)

また『貞観政要』ですが、これを江戸で家康に講義したのは藤原惺窩です。

(相国寺)

大坂城には稽古場すらないのか?
秀頼はなぜ、母と妻の前で武術稽古をするのでしょう。
「やっぱりイケメンが部活するとさー、女子が騒ぐじゃないw」
高校時代を思い出しつつニヤニヤする、そんなくだらない妄想のためでしょうか。

すみません、どこからそのような発想が出てくるのでしょうか?
何かと言えばジェンダーだポリコレだと言う武者さんの、つまりこれが本音と捉えていいのでしょうか・

それに総大将が武芸を習ってドヤ顔というのも恥ずかしい。
徳川家康は柳生石舟斎を呼びだし、「無刀取り」の境地に感服しました。そしてその子である宗矩を召し抱えています。
剣の腕前の中に、精神性を見出した――それのみならず柳生は監視役としても有能だった。
それが武芸を用いるべき用途であり、こんなモテモテしか考えられないとすれば絶望的です。

秀頼はこの時まだ総大将ではないし、ドヤ顔でもありませんが。
そしてこれ秀頼の武芸なのですが、なぜここで家康を引き合いに出すのでしょうか。柳生氏の新陰流は将軍家の剣術なのですけど。(あと疋田新陰流というのもあります)

本当に幼稚で頭が痛くなる。

どこが幼稚なのか知りませんが、本当に頭が痛ければ、まずこんな文章は書けませんね。第一、書こうという気にもなりません。


飲み物ーホットワイン
[ 2023/12/01 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

白内障と料理長、そしてヒロインたちの失敗

『どうする家康』第44回で、本多忠勝が書状を読みづらそうにするシーンが出て来ます。あらすじと感想では、老人性白内障かと書いていますが、一口に白内障と言っても様々なようです。外傷によるものや糖尿病によるもの、さらにアトピー性皮膚炎が原因というケースもあるようですし、それ以外に薬剤によって起こることもあります。

白内障と言えば、個人的に『ダウントン・アビー』を思い出します。以前もちょっと書いてはいるのですが、グランサム伯爵家のパットモア料理長がこれにかかり、お客に出すローストチキンを取り落として、猫に持って行かれそうになったり、イチゴに砂糖と間違えて塩をふりかけ、そのまま出したりしています。

この砂糖と塩を間違える件、その前に『若草物語』が登場しており、どうもこれが伏線のようでした。と言うのもこの物語で、4人姉妹の次女ジョーが、やはりイチゴをお客に出す時、添えるクリームに砂糖ではなく塩を入れてしまう場面があるためです。

もちろんジョーの方は目が悪いわけではなく、間違えたというのが正しいのですが、これと似た場面が『赤毛のアン』に登場します。この時は、アンが風邪でにおいがわからず、バニラエッセンスと間違えて、痛み止めの薬をケーキに入れてしまう場面が登場します。もちろんぱっと見にはわからないため、お客である牧師夫妻にそれが勧められます。

しかしお客の反応がおかしいため、間違えて薬を入れたことが判明します。他にもダイアナに間違えて果実酒を飲ませて酔わせたりもしたこともあります。また時に彼女の想像癖が災いすることもあり、パイをオーブンに入れたまま黒こげにしてしまうなどとというのもありました。

ちなみにこの時のアンの想像なるものが
「私は魔法をかけられたお姫様で、寂しい塔へ閉じ込められているところへ、ハンサムな騎士(ナイト)が真っ黒な駿馬に乗って救い出しに来てくれるのよ」
(松本侑子訳、文春文庫)
この当時(19世紀後半-作品中でヴィクトリア女王がカナダの君主であることから)らしいファンタジーと言うべきなのでしょうか。この後でも、アーサー王物語をベースにしたテニスンの詩が登場したりしていますね。


飲み物-冬のティータイム
[ 2023/11/27 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第44回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第44回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。

このページでは例によってと言うべきか、『大奥』と『麒麟がくる』を叩き棒にしまくっています。ワンパターンだなと思うと同時に、叩き棒にされているドラマに失礼だと思いますけどね…武者さんがこれらの作品を本当に好きなのか、疑ってしまう所以です。

千姫がわざとらしく走ってきて、江が追いかけてくる。
いったい乳母はどうしたんですか。こんな大事な存在を放置して、一体なんなんでしょうか。

まず「わざとらしく」走って来るも何も、あの年頃の女の子としては普通に走っていると思いますが。逆に「わざとらしくない」走り方とは、具体的にどういう走り方なのかと思います。この「わざとらしい」も、嫌いな作品を叩くうえで武者さんはよく使いますね。

そしてこういうところまで乳母が来るでしょうか。千姫は、身内である「おじじ様」の所へ行こうとしているのです。たとえばどこか危険な所へ行こうとしているのであれば、監視役としての乳母は必要でしょうが。

家族関係の描き方がせいぜい昭和なんですよね。
乳幼児死亡率や危険性もふまえていない。本作の作り手は根本的に育児への関心がないのでしょう。
高齢者への敬意もないし、精神状態が中高生程度で止まった妄想ばかりにも思えてきます。

これもちょっと意味不明ですが、まず
「本作の作り手は根本的に育児への関心がないのでしょう」
こう書くからには、武者さんは育児経験がおありなのでしょうか。ならば、自身の育児経験と照らし合わせて、何がどのように違うのかを説明してほしいです。

そして乳幼児死亡率だの危険性だの書かれていますが、1つ前に書いているように、千姫は特に危険な所へ行こうとしているのではないし、また重篤な病気に罹っているわけでもありません。

それから高齢者への敬意ですが、これは先日分の於大に関してでしょう。あの時家康は、お前にはつらいことも言ったと後悔する於大に、体を労わるようにと薬湯を煎じて飲ませています。一体、どこが「敬意がない」のでしょうか。

何よりもここで唐突に
「家族関係の描き方がせいぜい昭和」
「精神状態が中高生程度で止まった妄想」
などと出て来ます。
「せいぜい昭和」とは、昭和の頃の大河で子供や高齢者を虐待する作品でもあったのでしょうか。ならばどの作品か教えてほしいものです。
あと「精神状態が中高生程度」、さっぱり意味がわかりません。叩こうとしてあれもこれも詰め込んだ結果、よくわけがわからない文章になっていませんか。

千姫があそこまで怯えているのは、嫁ぎ先が嫌だからのようです。しかも、江が子どもの前でペラペラと語っていたようなんですね。
秀頼の母である茶々は、江の姉です。まだ幼い江を庇ったことだってあった、そんな大事な姉です。
その姉の悪口を我が子に吹き込むって、性格が歪んでいませんか?

ここで千姫の言葉をもう一度。
「母上がいつも茶々お姉様は怖い怖いと、何を考えているかわからぬと」

恐らくは、子供の頃から気が強い姉の茶々を見て育ったこと、そして今も豊臣家の女あるじとして振舞っていることを考えれば、彼女に取っては及ばない相手でもあり、そのため恐ろしい人であることよ程度は言ったかも知れないでしょう。それを耳にした千姫が、話を膨らませて解釈した可能性はあります。

そしてお江は、初(後の常高院)が同行してくれることもちゃんと話していますね。ただ千姫はおじじ様の側にいたいようです。

思えばこのドラマはそんな家族ばかりでした。市も娘の前で「本当は家康さんが好きだったの」とかペラペラ喋っていた設定でしたもんね。
歴史人物への敬意が全く感じられないのです。

「本当は家康さんが好きだったの」
なんて言っていませんけどね。
第30回で母上はよう昔話をしてくださいましたと茶々が言い、その昔話の内容とは、胴をつけて泳ぐ稽古をしていて、溺れた自分を竹千代が助けてくれたことだったわけです。

「歴史人物への敬意が全く感じられないのです」
ブーメランですか?

思えばあのマザーセナからして両親が死んだ後もケロッとしていましたし、そのマザーセナのことすら家康は忘却の彼方。
あれだけベタベタといちゃついておきながら、仏壇の前で手を合わせる場面すらありません。
打掛で走ってくる江の所作にしても、『大奥』と比較するとあまりに厳しい。
茶々の打掛の翻し方も、全く美しくないんですよね。輝元をひっぱたくし、メイクはギトギトだし、これのどこが貴婦人なのでしょう。

また「マザーセナ」ですか。
そしてこれ、忘却の彼方ではないのですね。於大とのシーンの中で、この瀬名のことを示唆するようなセリフがありますし。
それから仏壇と言いますが、全国的に仏壇が普及したのは江戸時代ですよ。これは檀家制度とも関係がありますが。寧ろ貴方が何かにつけて揶揄する、石川数正の押し花と正信念仏偈に、瀬名への思いが込められていたとは言えます。

また茶々は身分が高いからこそ、輝元を打ち据えることができたのですが。
そして所作が『大奥』と比べてひどいと言うのなら、画像を貼るなりして比較できるようにしてください。

秀頼と千姫の婚礼描写も、『大奥』の家定・胤篤と比べたら、ただの手抜きにしか見えません。
時代劇ファンの皆様は『100カメ 大奥』もご覧になられたかもしれませんが、「神は細部に宿る」とはまさにこのことで、本作と比較して驚くばかりだったでしょう。

「秀頼と千姫の婚礼描写」
そんなシーンありましたか?
慶長9(1604)年に秀頼の背丈を測った時、既に千姫と結婚していたというシーンならありますが。
要は、千姫が大坂に行くのを嫌がるも家康に窘められる→秀頼と結婚して背丈を測る場に立ち会う→秀忠が千姫のことを真っ先に家康に尋ねて叱られる。
こういう流れでしょう。

それと私100カメ観ていないから何とも言えません。

『大奥』にできて『どうする家康』にできない、そんな言い訳は通用しないはずです。

元々描かれる時代も人々も違うから、一概に比較はできないと思うのですけどね。

家康って、他社への親切な接し方が女性相手だといつも同じ。
キザでスカしたイケメンプリンスしかありません。
年上の母親相手だと「ババアかw」となるし、茶々は悪役なので「このバカ女がw」と感じさせます。
年下かつ好感度を見せなければいけないとなると、「俺に惚れんなよ」スイッチが入る。

「他社」は他者のことだと思いますが、完全に武者さんの主観でしかありません。
要はこれも、家康はこのように見られてほしいという、武者さん自身の「願望」なのでしょう。

しかし、千姫相手にそのスイッチを入れてしまうと、とてつもなく恐ろしいことになります。
この二人の場面は、祖父と孫娘には見えない。不気味な下心のあるおじさんと少女に見えてしまいました。
怖すぎます。

どこをどう見たらそのように見えるのか、皆目不明です。
私の場合、家康が千姫に取ってちょっと甘いおじいさんであること、千姫もこのおじじ様を頼っていたいということはわかりますが。

関ヶ原本戦の描写は、どう逆立ちしたって本線がBBC『ウォリアーズ』の圧勝であることは予想通りでした。
まぁ覆せるわけもないし、そこは最初から諦めていました。
しかし、親子の情愛の描き方まで完全敗北とはどうしたことでしょうか。
『ウォリアーズ』では、秀忠遅参のあと、家康は我が子・信康の死を思い出し、秀忠を助命する決意を固めます。そこには揺るぎない親子愛がありました。

この『ウォリアーズ』もここのところかなり紹介されていますが、何か紹介しなければならない理由でもあるのでしょうか。それにこのコラムで内容をきちんと説明するわけでもなく、どのような方法で見られるかも明記されていません。
第一武者さんが一方的に圧勝だ親子愛だと言っても、こちらは全然観ていないのですけど。

あとこの作品、別に関ケ原だけを採り上げているのではないのですけどね。

一方でこちらはどうか。
秀忠をネチネチネチネチ責める家康は、圧倒的なパワハラ感があって胸が苦しくなりました。
老母にも冷たい。息子には横暴。孫には気持ち悪い。
一体この家康は何を表現したいのか。彼が日本の近世を構築するなんて、冗談でも止めて欲しい。

「秀忠をネチネチネチネチ責める」
言っては何ですが、私にしてみれば武者さんこそが、オンエアされてもいないシーンを持ち出したり、好きな作品を叩き棒にしたりして、この大河を
「ネチネチネチネチ責めて」いるようにしか見えません。
老母にはちゃんと薬湯を煎じていますし、孫は可愛いのでしょうね。
そういう家康なら、日本の近世を構築しても納得が行きます。

家康メインの水色羽織はなんなんですかね。
年齢を踏まえて欲しい。
しかも配色センスが濁っていて、東洋の伝統色とは異なり、とにかくセンスが感じられない。

武者さん、以前日本の伝統色と書いていましたが、東洋の伝統色にシフトしていますね。
そして水色の羽織ですが、あれは藍の薄いやつで、れっきとした伝統色のはずです。
そして年齢を踏まえてほしいとありますが、『葵 徳川三代』の家康は、晩年でも白を着ていますし、

葵徳川三代家康
(『葵 徳川三代』より)

年齢を重ねたから、薄い色を着ていけないという決まりはないでしょう。
まして家康公のような人の場合、着衣が残っているから、それを参考にして作ることもあります。

人物デザインの創作現場から vol.10 ~ 辻ヶ花への道 ~
(『どうする家康』公式サイト)

ただ武者さん、公式サイトを見ているようには見えないのですね。

そして『大奥』の場合、

美を作り上げるためにここまで気を使うのか。
見ているだけでうっとりしてしまうような凝り方で、カメラで映るとどうなるか、きっちり妥協のない現場の様子が映し出されていました。
ただただ圧倒される。

『大奥』を見ていると、幕末の錦絵が動き出したのではないかと思えます。
原作はモノクロが基本ですので、色彩感覚はドラマで作り上げていくしかない。そうする過程で、当時の色彩感覚や美意識を再現しようとしていることが伝わってきました。

まあこの人の場合要は表裏一体で、好きなものにはこれでもかと賛辞を送る一方で、嫌いなものには、その反動としてあることないことつき交ぜて叩きまくるわけですね。
無論『どうする家康』もまた、当時の色彩感覚や美意識が再現されているわけですが、武者さんにはそれが見えていないのだろうと思われます。

その美術部トップは『麒麟がくる』と同じ大原拓さんとのこと。
◆「麒麟がくる」チーフ監督が語る“カラフル大河”の裏側 衣装はサッカー代表も参考に 光秀はフランス?(→link)
納得です。あの作品は衣装に五行説を取り入れていて、とにかく画面そのものが美しかった。

その大原拓氏、美術部トップというかチーフディレクターでしょうか。
そして五行説(五行思想)なら、『どうする家康』衣装デザインの柘植氏がこれに言及しています。武者さんが好きな作品だけではないということです。

古代中国で生まれた自然哲学の思想で、万物を形づくっているのは5種類の元素「木・火・土・金・水」だという考え方だそうです。それぞれに「青(緑)・赤・黄・白・黒(紫)」の5色が当てられているんですね。五色幕など日本文化にも影響の片りんがあります。今回は、特に五行思想にのっとって色彩構成をしているわけではありませんが、家康と彼を取り囲む戦国大名たちに対して、カラーチャートを作って色を振り分けて分類しようとすると、自然とその5色が意識されているかのように見えるので不思議です。

人物デザインの創作現場から vol.1 ~ 家康ブルーに込めた思い ~
(『どうする家康』公式サイト)

「衣装が色鮮やかすぎる」とクレームが入りましたが、再現性へのこだわりが理解されないか、ピーキー過ぎたのでしょう。
センスが尖り過ぎていただけで、序盤に修正するとすぐに批判は止んでいます。

実際放送開始から1か月ほど経っても、「今回の大河ドラマの衣装は、昭和に登場した化学染料の色」というコメントもありましたし、10月頃まではあれはおかしいという指摘もありましたね。そして身分が高い人ならまだしも、庶民レベルであの色遣いはちょっと抵抗がありました。

そして武者さん、「ピーキー」て、他人のこと言えないと思いますよ。
これ「限られたワードや事象に対して、過剰に反応し、テンションが高くなる」意味ですよね?

そして美しさはますます磨きがかかってゆきました。
役者の美貌だけではなく、それをさらに輝かせる工夫が随所にあり、あの美は、大原さんがいてこそなのかと納得。
眼福とは、まさに彼の作り上げた映像を見ているときのためにある言葉でしょう。

ちなみに大原氏は、武者さんが嫌いな『軍師官兵衛』でもディレクターを務めていますが、もちろん『軍師官兵衛』の映像も、貴方に取っては眼福なのですね?
岡田准一さんの素襖姿を置いておきます。

軍師官兵衛素襖
(『軍師官兵衛』より)

『どうする家康』の衣装や美術とは、比べることすら失礼かもしれません。本作の合戦シーンでは「兜に照明が入り込んでそのまま流す」なんてことがまかり通っていて、美醜以前の問題と思えます。

「兜に照明が入り込んでいる」の裏付けをお願いします。

衣装のことについて私が意見を申し上げていると、こんな反論も見られました。
「武者は『どうする家康』の衣装を貶すが、『麒麟がくる』だって批判されていたのに、そうしなかった! ダブルスタンダードだ!」
ダブルスタンダードも何も、その発想すら思い浮かびませんでした。
『麒麟がくる』は癖が強いだけで、ずっと美しいと私は感動していました。それが伝わらなかったようで残念です。

「その発想すら思い浮かびませんでした」
自分を守るための否定という心理関係の言葉を、ちょっと思い出しました。
そして
「癖が強いだけ」
先ほども「センスが尖り過ぎていた」とありましたが、そういう部分に抵抗を覚える人もいるでしょう。

そして好きな作品はほめにほめまくるのに、ここからまた『どうする家康』叩き。
つまるところこのコラムの場合、ほめるのも叩くのも、何かおおげさなのですね。

美術へのこだわりが全く感じられない本作。
大坂城でパリピしている場面が入りました。
成長期の秀頼すら同じ、茶々も同じ着物です。『大奥』の貧乏公家より粗末な暮らしでは?

茶々は金と黒がメインの打掛が多いのですが、その時々で違う柄のを羽織っています。そして秀頼が着ている、緑の絹の亀甲文様が入った水干は、幼い頃のとは違いますね。

宴だと言いますが、酒を飲むだけで食卓も映りません。作る手間すら惜しんだのか、あるいはスケジュールが厳しくてスタッフが対応しきれなかったか。

嫌いな作品だと悪い方向に取りたがりますね。
あれは年始の挨拶に訪れた大名たちが、余興として飲みくらべをやっているわけでしょう。そもそもこの当時「食卓」はなくて「膳」ではないかと思いますが。

でこの時に勝った福島正則が褒美を受け取っているわけですが、このシーン、正則が豊臣家にも忠誠を誓っていたことを裏付けてもいます。そして何よりもこれは、かつて茶々が正月に「(家康がいる)西の丸が賑やか」と言ったこと、あれを踏まえているかと思われます。

「打倒家康!」
そんな『戦国BASARA』シリーズじみた掛け声をあげながら、九度山で特訓する真田信繁(真田幸村)って何を考えているのでしょうか。
あれほどまでに家康へ敵意を燃やして叫んでしまったら、周囲にバレバレ。
さっさと真田信之に対して「弟は何を考えてるの? 軍事訓練しているって報告が上がってきているけど」と問い合わせればよいだけの話ですよね。

あの、如何にも武田家式の鍛錬方法ですね。
ただし、あれが家康の想像の範囲内なのか、実際にそうなのかはこの時点では定かではありません。

そして信之に問い合わせるより、こういう流人の目付け役のような人物はいるでしょうから、そちらに訊いた方が早いのではないでしょうか。

真田信之と本多忠勝の必死の助命嘆願を平気で足蹴りにしてしまう信繁。
本作の作り手は『真田丸』すら無視するようで、見ているだけで脳みそが溶けそうです。

まず、こちらでは助命嘆願のシーンはありません。
そして、『真田丸』と必ずしも同じ描き方をしなければならないものでもありません。
自分が好きな作品を叩き棒にするのはもうやめませんか。

さらにまた「脳みそが溶けそう」
この間は脳みそが削られるでした、色々と大変なことで。


飲み物-2つの赤いカクテル
[ 2023/11/24 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』の盃と『真田丸』の桝その他色々と

今回はまずこれからです。先日分で書いていた福島正則の大盃ですが、こうして比較するとかなり違いますね。

ちなみに大盃の最大サイズは直径18寸(54センチ)で、黒田長政、加藤清正が手にしている盃もそこそこ大きいと思われますが、それが小さく見えてしまうほどの大きさです。また盃関連で「黒田節用」というのあり、そちらは直径約33センチとのこと。

どうする家康福島正則大盃 どうする家康盃
(『どうする家康』第44回)

これで思い出したのがこちらです。

真田丸徳利と桝 真田丸秀吉桝
(『真田丸』第15回)

向かって左の画像の左側、福島正則(こちらも深水元基さんが演じています)の桝が、右側、小日向文世さん演じる秀吉の桝に比べるとかなり大きいです。おまけに徳利も2本です。

あるいは、あの大盃は深水さんが『真田丸』の経験からアイデアを出したものでしょうか。小手伸也さんのツイート(X投稿)で、現場で皆がアイデアを出し合っていますというのを見て以来、そのようにも思えて来てしまいます。しかしこれで、福島正則即ち大酒飲みのイメージがかなり確定しましたねーー実際そうだったようですが。そしてこの回では、秀吉がこの桝の大きさの違いから、度量衡の統一を思いつく展開になっていました。

さてこの福島正則ですが、前に『関ケ原』下巻で彼の描写についてご紹介しています。この時にも書いていますが、石田三成と戦うに当たって、かなり重要な人物であると同時に、心変わりしないよう常に彼を宥める役が必要でしあり、その役目を負っていたのが井伊直政、本多忠勝、池田輝政そして黒田長政でした。

それ関連で、以前ほほえましいと書いていたこの画像も貼っておきます。この雰囲気なかなかいいと思います。

決戦!関ケ原Ⅱ大名たちの野望
(『決戦!関ケ原Ⅱ 大名たちの野望』より)

それから徳川秀忠。前回第44回で、父家康から上に立つ者は如何にあるべきかという、いわば帝王学を授けられます。この上に立つ者で思い出すうちの1つに、『ホーンブロワー 海の勇者』があります。

実は以前も書いてはいるのですが、第2話「ジブラルタルの奇襲」で、ペストの脅威にさらされる中、主人公ホレイショは海尉試験のため勉強を続けます。実はこの時しかし船員たちの歌声がうるさく、声があまり届かないデッキに行くのですが、その時ちぎれたページが風に飛ばされそうになります。その時掌帆長が、それを拾ってあけます。そしてうるさくて勉強できないと言うホレイショに、彼らもまた不安なのだ、気持ちをわかってあげなさいと言い聞かせるシーンがあります。この第2話は様々な出来事が起こるわけですが、これはちょっといいシーンです。

さてそろそろ、『葵 徳川三代』の大坂の陣を予習しなければならなくなりそうです。この大河は関ケ原と大坂の陣関連にかなり尺を取っており、その分詳しく、また登場人物も多くなっています。

大坂の陣は『真田丸』でもそこそこ尺が取られていますが、こちらは大坂の目線であるため、徳川目線で見るならばやはり「葵」となるでしょうか。ところでこの『葵 徳川三代』、あの関ケ原はもう再現が難しいと思われますが、その後で家康が卵を使って薬を作るシーンで、卵を踏みつぶして黄身で足を滑らせる描写があります。ああいうのも今となってはクレームが行きそうですね。

ところで『どうする家康』、片桐且元が登場するようになっています。元々この人は秀頼の傅役でした。演じているのは川島潤哉さんですが、『鎌倉殿の13人』では中原親能を演じていました。


飲み物-ブランデーグラスのビール
[ 2023/11/23 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

感謝祭そして七面鳥にまつわることをいくつか

11月23日は日本では勤労感謝の日ですが、アメリカでは感謝祭(サンクスギビング)です。アメリカの場合、特に日にちが決まっているわけではなく、11月の第4木曜日とされており、今年はたまたま同じ日となっています。

さて、クリスマスやハロウィンに比べて馴染みが薄い感謝祭ですが、これは北米大陸独自の行事とも言えそうです。ちなみにカナダでも行われていますが、こちらは10月です。

元々この感謝祭、アメリカンセンターのサイト(https://americancenterjapan.com/aboutusa/monthly-topics/2060/
によると、アメリカに渡ったピューリタン(分離派)が、その地で先住民のワンパノアグ族と出会い、彼らからこの地での生活を教えて貰うことになります。そのワンパノアグ族は1年を通じて、この地がもたらす多くの恵みに感謝する祭事を行っていました。

そして入植者たちも、本国で収穫祭を行っており、またこの新しい地で多くの恵みを得たことから、感謝の祝宴と祈りのための日を決め、ワンパノアグ族の首長マサソイトを招待し、マサソイトは他の90人の先住民と共に、彼らを訪れたとされています。

なお言い伝えによると、入植者の収穫物と共にあぶり焼きにするため、七面鳥と鹿肉を持って宴に参加しています。それ以外にも魚介類やコーンブレッド、スクワッシュ、ナッツ、クランベリーなどの食物が持参されました。入植者たちは先住民から、クランベリーや様々なトウモロコシ、スクワッシュの料理法を学んだと言われます。このスクワッシュは西洋カボチャで、ランタンを作るためのパンプキンは、ペポカボチャ(種が食用になる)と呼ばれます。

この最初の感謝祭には、先住民がポップコーンを持ってきたとも言われています。

先住民が七面鳥を持って来たことから、七面鳥は感謝祭のシンボル的存在となりました。しかしクリスマスも七面鳥とよく言われますし、この辺りどうバランスを取るかになりそうです。昔はもちろん野生の七面鳥ですが、今は食用のための改良が進んでいます。一般的に脂身そのものは少ないです。パサつくとよく言われますが、これは調理の仕方次第と言えるようです。

ところで七面鳥と言うと、この曲を思い出す人もいるでしょう。
以前も感謝祭関係でこれを取り上げたことがありましたが再度。


但し「オクラホマミキサー」は、この曲を使ったダンスのことであり、曲のタイトルではないようです。曲のタイトルは、あくまでも『藁の中の七面鳥(Turkey in the straw)』です。

NBCのドラマ『ザ・ホワイトハウス』では、「恩赦の七面鳥」のために広報官のCJ・クレッグが、農場から借りた2話の七面鳥を、人前でビビらず、フラッシュに驚かないように調教するシーンがありました。また、1990年にイラクのクウェート侵攻でアメリカ軍が派遣され、当時のジョージ・ブッシュ大統領が兵士の激励に現地を訪れた時、この七面鳥が振舞われたそうです。無論軍隊での食事ですから、あらかじめ切り分けた七面鳥のローストが振舞われたようです。感謝祭が選ばれたのは、イスラム教の国に配慮して、キリスト教色が薄いこの行事の日が選ばれたとのこと。

あと、以前『少女レベッカ』と言う小説について書いていますが、ここでも主人公のレベッカが親友のエンマと共に、石鹸を売ってランプを貰おうとしているシンプソン家の子供たちを手伝って、石鹸の行商に行く場面がありました。実際この行事は分かち合いの精神があり、ホームレスの人々などに伝統食を提供するならわしもあるとの由。

今は日本でもブラックフライデーが盛んになっていますが、元をただせばこのブラックフライデーは、感謝祭の翌日の金曜日で、感謝祭関連グッズが値引きされて大放出される日でした。アメリカ式感謝祭が一般的でなくても、ブラックフライデーは確実に広まりつつあります。

しかし祭日というのはある意味セットになってもいます。この感謝祭とブラックフライデーもそうですが、クリスマス前のアドベントや、復活祭前のレントなどは物忌み期間と神の降誕または復活という流れになっています。で、このレントの前にはご馳走を食べて大騒ぎし、節制の時期に備えるわけですね。

あとクリスマス、これはまた書ければと思いますが、元々土着の冬至の祭りと一緒になったこともあり、呪術的な要素がかなり感じられます。日本でも、かつて冬至の祭りというのが存在しましたが、それもまた歴史関連投稿で。


飲み物-冬のシードル
[ 2023/11/21 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第43回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第43回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。
尚、先日の「諱入りタイトルの大河」について、『独眼竜政宗』を書き落としていましたので追加しています。


「宰相殿の空弁当」だからといって、本気で弁当を食べる吉川広家を映すセンスがわかりません。
あまりにもくだらな過ぎません?
本気で弁当をモリモリ食べさせるのではなく、目を光らせつつ、出撃要請を巧みに断るように描くこともできたのでは?
この幼稚さには閉口するしかない。
見るだけで精神状態がドロドロに溶けていくドラマだ。

「本気で弁当をモリモリ食べさせるのではなく、目を光らせつつ、出撃要請を巧みに断るように描くこともできたのでは?」
つまり具体的にどのようにしたいのですか?
目を光らせつつ、出撃要請を巧みに断るでは曖昧模糊としていると思います。

ちなみに『葵 徳川三代』では、安国寺恵瓊の家臣がお立ち退きをと言うものの、てこでも動かない広家の様子が描かれていました。しかし、何も食べていないのに食べているふりをするよりも、実際に食べるのを見せた方が、相手も一応納得はするのではないかと踏んだうえでのあの描写でしょう。無論意図的に時間をかけさせていますけどね。
それが幼稚ですか?
そして脳みそが削られるの次は、「精神状態がドロドロに溶けていく」ですか。

そしてこういう提灯記事が出る。
◆大河「家康」三成悲惨 本当の黒幕が西軍壊滅 弁当モグモグで毛利2万出撃不能→家康余裕の進軍「やりよったw」「弁当キター」(→link)
「キターーー」って何年前の流行ですか。

「キターーー」ではなく「キター」ですね。

あんなふうに茶々がリアルタイムで「不利だなんて!」とオタオタするわけないでしょ。
スマホでも持っているのか?というぐらいに情報があっという間に伝わる本作。
関ヶ原のポイントは、情報伝達のタイムラグではないのですか?

茶々がオタオタしているというか苛立っているのは、本来ならば輝元が、秀頼共々出陣してしかるべきなのに、それをしないからなのですね。情報がリアルタイムで、あっという間に伝わっているわけではありません。

自ら「男勝り」と語ってしまう阿茶の残念さが、今週も炸裂です。
関ヶ原という見せ場で、阿茶がわざとらしく男装して、茶々にケチをつける――なぜ、こんなしょーもない場面が入りますか?
これみよがしに「ワタシって男勝りだから」と言わんばかりに中途半端な男装をしているのも痛々しい。
そのコスチュームをわざわざ仕立てたの? 非常時に? 随分と余裕あるなっ!

「わざとらしく男装して」ではなく、使者ということもあり、他の男性の家臣同様に肩衣袴を着けたのではないでしょうか。また、寧々にお願いがあると言ったうえで、このような形で茶々に目通りすることになったわけです。その間仕立てるだけの期間があったかどうかは不明です。他の誰かの物を借りた可能性もあります。

「関ヶ原という見せ場で、阿茶がわざとらしく男装して、茶々にケチをつける」
この茶々と阿茶の面会自体、関ケ原と並行したもうひとつの「戦」ですね。
無論ケチをつけているのではなく、この戦に秀頼は介入しない方がいいと言ったうえで、徳川の調略が西軍の深部にまで及んでいる、輝元がまだ出陣しないことがその証と、茶々に進言しているわけです。これが「しょーもない」のでしょうか?
そしてこれは、豊臣と徳川が一体となって天下を治めるのがいいと言う、寧々の言葉を踏まえてもいるでしょう。

茶々に全く知性が無く、かつ剛毛とド派手メイクなので、阿茶がまだマシに見えるのが怖い。
いずれにせよ最低のヒロイン決定戦です。

髪型とメイク、お市とは違う印象にするためだと、北川景子さん自ら語っていたと思いますが。

あのマザーセナやレーシックお愛がまだマシに思えてくるほど。千代ですら、まだよかったかも……。
こういう女性像って、要は制作サイドの趣味ですよね。
受信料でフェチを作って垂れ流さないで欲しい。服部半蔵が相関図死で、千代はあんなにダラダラと時間を使って死ぬ。どこまで趣味全開なんですか。

自分が気に入らないと、やれ制作サイドの趣味だのフェチだのと言いたがるのはどうにかなりませんか。それは武者さんが勝手にそう思い込んでいるだけだと思いますが。
千代の戦死に尺が取られたのは、鳥居元忠の正室であることももちろん関係しているでしょう。

このドラマの間抜けさは、噛み合わない劇伴も相まってバカらしさがますます高まってゆきます。
こんなくだらない展開なのに、無駄に勇壮で、かつ西洋ファンタジーじみた音楽がかかる。
東洋の時代劇は、現在はその国ごとの伝統楽器を混ぜていくのが主流です。
実は『パリピ孔明』もそうです。
(中略)
今年の大河は、なぜできない? 本当にできないことだらけな大河だな。

で、『パリピ孔明』は中国の伝統楽器が使われているとか何とか。
それを言うのであれば、昨年の『鎌倉殿の13人』もドラマの中でクラシック(『新世界より』)が使われていましたが、それについてはどのように考えているのでしょう。

何がなにやらわからない関ヶ原
わかりにくい布陣図。
時間の経過も描かれない。
武将はバストアップと絶叫ばかり。
合間に茶々と阿茶が挟まれる。
駆け回るメリーゴーランド馬。
マヌケな殺陣。
ニタニタした家康。
一人だけ真面目な三成。
間の抜けた劇伴。
主語が「おいら」のちょび髭コスプレイヤー。
火縄銃も大砲も使わない兵士たち。
一体これのどこが関ヶ原なのか?

何だか色々なもの、それに自分の思い込みに沿ったものだけを羅列しているように見えますね。

「何がなにやらわからない関ヶ原
わかりにくい布陣図。
時間の経過も描かれない」
布陣図て、この下の画像のですよね、これがわかりにくいですか
この場合名前が書かれている方が西軍、黒が東軍で、赤坂とか桃配山とか南宮山といった地名も表記されていますが。時間の経過にしても、吉川広家や小早川秀秋の行動で大体察しがつきますよね?

どうする家康関ケ原布陣
(『どうする家康』録画映像より)


「武将はバストアップと絶叫ばかり。
合間に茶々と阿茶が挟まれる。
駆け回るメリーゴーランド馬」

馬は本物も出て来ています。家康や本多忠勝などはその本物の馬に乗っているし、それぞれの陣での話し合いや小早川秀秋と家臣のやり取りなど、様々な形での会話が登場します。茶々と阿茶は先ほども書いていますが、この回でのもう一つの戦ですね。

「マヌケな殺陣。
ニタニタした家康。
一人だけ真面目な三成」

「マヌケな」殺陣は武者さんがそう思い込んでいるだけでしょう。家康はこの場合寧ろ達観している感もあり、だからこその余裕の表情と取ることもできます。あと真面目と言うのであれば、大谷吉継も、そして本多忠勝や井伊直政も自分の職務には忠実ですよ。

「間の抜けた劇伴。
主語が「おいら」のちょび髭コスプレイヤー。
火縄銃も大砲も使わない兵士たち」

劇伴も武者さんは「間の抜けた」と決め込んでいるようです。
そして「ちょび髭コスプレイヤー」は板垣さんに失礼かと、それに「おいら」呼びは先陣を任せると言われてからですね。さらに大砲はともかく火縄銃は使っています。井伊直政が放てと号令をかけて、井伊の兵たちが一斉に銃を構えています。

そしてこの「一体これのどこが関ヶ原なのか?」に対する答えとかで、またBBCの『ウォリアーズ』。

答え:BBCが10年以上前に制作した『ウォリアーズ』を見てみましょう。

そんなに『ウォリアーズ』のことを書きたいのなら、別でやってください。どっちみち他作品のPRとか、記事リンクの方がはるかに多いわけで、そちらの方で別記事を立てればいい話です。そしてこの大河コラムを、元の2ページに戻してください。

『真田丸』の瞬間終了関ヶ原の方が、今年の大河よりはるかにマシでしょう。あれは真田目線で描いていたから、ペース配分としてありでした。

『真田丸』は冒頭の部分しか出て来ず、合戦は全く描かれていないのですから、比較対象としてはどうかと思います。『葵 徳川三代』とならまだわからなくもありません。ただ何度も書きますが、今年の大河でも戦の描写は、華々しい合戦模様を描くわけではないので、その点で今までの戦国大河と多少趣を異にするかとは思います。

決戦に至る事情の描き方は比べるまでもない。

正直な話、武者さんがちゃんと観ていないのでは?三成の失脚から始まってなぜこの合戦に至ったのか、それが直近の3放送回で詳しく描かれているはずです。とは言っても、第41回や42回のコラムを観ても、ドラマ本編をちゃんと観た人の書き方ではないのですよね。

直江兼続が采配をかざしたら即座に終了していた、最上義光も前田慶次も上泉泰綱もいない、そんな『天地人』の北の関ヶ原の方がマシです。

長谷堂城の戦いのことでしょうか。
モブの最上軍が出て来ていたと思います。

それと今回は、井伊直政が兵に発砲を命じて以来、東と西それぞれの思惑、毛利、吉川、小早川のそれぞれの思惑そして動き、茶々VS阿茶のやり取りの描写がありました。戦闘シーンは多くなかったものの、それぞれの対立や確執はかなり描かれていましたね。

本作は、本能寺に続き、関ヶ原でも史上最悪な表現を記録したと思います。
次は大坂の陣で最低記録を更新ですかね。

「表現を記録」とはあまり言わない気がするのですが…。
そして「最低記録を更新」て、「何の」最低記録なのでしょうか。


飲み物-琥珀のエール
[ 2023/11/17 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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