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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  本

『風花帖』-53

新六は小声で
ーー吉乃様
と声を掛け、吉乃ははっとして天井を見上げた。新六は天井板を動かし、ふわりと畳に降り立った。

その様子は、かつて新六が吉乃を救った時に見せた、あの蝙蝠のような動きだった。
「新六殿ーー」
吉乃は声を詰まらせた。

吉乃は勘十郎に囚われて以来、新六が助けに来てくれることを願っていた。しかし、いざこうして新六が来てくれると、それが信じられないような思いで、目に涙があふれた。

兄の秀五郎は吉乃に、むごいことをしていると言った。最早新六に助けを求めるべきではないと吉乃は思っていた。だが勘十郎の屋敷に囚われてしまい、無意識のうちに、胸の中で新六に助けを求めていたのである。その願いが通じたかのように、新六はこの場に姿を見せてくれた。

しかしそのために新六は、大きな苦難を背負うことになったことは吉乃もわかっており、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
「新六殿、ありがとう存じます。されど私に関わっては、新六殿の身が危のうございます。最早私は放っておいてお立ち退きください」

吉乃が涙ながらにこういうと、新六は微笑んで言った。
「何を言われますか。せっかく吉乃様のもとへ参ることができたのです。お助けしないわけには参りません」

「そうおっしゃいましても…」
吉乃は尚も訴えようとしたが、新六はゆっくり頭を横に振った。
「我が藩は、既に真っ二つに割れて争っております。この先無傷でいられる者はおりますまい。ならば、私は吉乃様を助けて傷を負う方が嬉しゅうござる」

「ですが、私は伊勢様の家士に監視されております。ここから逃げるのは難しいかと存じます」
吉乃は、眉をひそめてこう言った。

「いや、家士が何人いようとも、斬り払って吉乃様をお助けいたす、それは私に取ってたやすいことです。しかし今しばらくここで待とうと思っています」
「何を待たれるのでしょうか」

吉乃は目を見張って尋ねた。新六は座敷の片隅に吉乃を誘うと、畳に座った。その新六の傍らに、吉乃は身を寄せて座った。新六は声をひそめ、こう話した。

「私が小宮屋敷を脱け出たことは、既に城中の伊勢勘十郎の耳に達しているでしょう。あの男は、私が吉乃様を助けようとしていることを察し、慌てて屋敷に戻ってくると思われます。それを待つのです」
「待って、どうなさるのですか」
新六は冷ややかな笑みを浮かべた。

「斬ります」
「伊勢様を斬ると言われるのでしょうか」
吉乃は息を呑んだ。


伊勢屋敷へ向かった新六は、忍びのように天井裏に入り、吉乃が捕らえられている部屋へと忍び込みます。吉乃は、心のどこかで新六が助けに来てくれたらと思ってはいたものの、実際に来てくれたのが信じられず、涙を流します。しかし同時に、新六がこのような状況に身を置いているのは危険きわまりなく、吉乃は自分のことは構うなと言うのですが、新六にしてみれば、吉乃を助け出すことが大きな使命でした。

小倉藩士でありながら、藩を二分する騒動には加わらず、ただ吉乃を救いたいという気持ちゆえに、身の危険を冒してまでやって来たのが、この人物らしいと言えるでしょうか。しかも自分が小宮屋敷を脱け出した、より正確に言えば、方円斎や順太が昼寝をしてくれたため脱け出すことができたわけですが、その事実を勘十郎が聞きつけ、急いで戻って来るであろうことも計算済みでした。

元々この新六の最大の目的は、伊勢勘十郎への復讐と言えそうです。吉乃、そして夫の源太郎を煩わす者を処罰することが、彼に取っての正義でもありました。しかしながら普段は地味な人物であり、そういう人物が、特定の存在を貶められた時に採る手段というのは、実はなかなか過激なものであったりもするのですが、勘十郎にそのことがどこまでわかっているでしょうか。

飲み物-コーヒーとケーキと生クリーム
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[ 2024/02/27 03:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

小倉城と福岡城-2(雪景色)

少し気温が下がって来たというか、本来の2月らしい気温に戻りつつあるようです。というわけで今回はお城と雪について。

北部九州は冬はかなり気温が下がり、雪も降って時に積もることは、今までも書いています。これも何度かご紹介していますが、2023年1月下旬の小倉城の様子です。

雪の小倉城(インスタグラムより)2
小倉城アカウントインスタ画像

時々投稿している『風花帖』でも、雪や霰が降る描写がありますが、寒波が押し寄せると、響灘側(小倉)や玄界灘側(福岡)は雪です。ただし街のインフラが雪に対応していないので、公共交通に影響が出ますね。福岡の場合、平常運転が地下鉄だけだったりしますし。

そして最初にこちらの画像をご紹介した時、福岡城アカウントの画像にある、下之橋御門の雪をご紹介していました。ところがこの日は、小倉城の雪よりも一月前だったのです。つまり2022年から23年にかけて、12月と1月にそれぞれ寒波が襲来していたわけです。

そのようなこともあり、同じ日のを捜したところ、舞鶴公園アカウントでこういうのがありましたので、こちらの映像を使わせていただくことにします。かなり寒そうです。


(舞鶴公園アカウントより)

鴻臚館広場方面です。いつもは走っている人、犬を散歩させている人などが見られますが、流石にこの時は誰もおらず、それが余計に寒さを強調しているかのようです。 

ところで舞鶴公園と福岡城の違い、これもちょっと書いたことがありますが、舞鶴公園の中に福岡城があるものの、舞鶴公園そのものは公園としての性格が強いです。また隣接する大濠公園と共に、福岡城を構成していました。 あるいは
福岡城-史跡 
福岡城址(跡)-観光 
舞鶴公園-公園 
管轄部署による、こういう分け方もできるでしょうか。 


飲み物-テーブルのホットワイン
[ 2024/02/22 04:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-52

(だが出雲の許しを得て捕らえた吉乃を、強引に奪い返すとは余りに大胆過ぎる。そのようなことができるはずがない)
勘十郎は胸の中で一旦は打ち消したが、すぐに、あの新六ならやろうとするかも知れない、そういう思いが湧いて来た。家老の命によって捕らえた吉乃を助ければ、命は捨てなくてはならないが、新六ならば平気で吉乃のために死を覚悟するのではないか。

(あの男ならやりかねない)
かつて御前試合で、重臣の息子である自分を新六が容赦なく打ち据えてケガまで負わせたのも、吉乃のためだった。

吉乃が危機に陥っているとすれば、あの男は何を措いてでも助けようとするのではないだろうか。そう思った瞬間、勘十郎はひどく衝撃を受けた。もし屋敷に捕らえている吉乃を新六に奪われでもしたら、出雲に高言した策のすべてが水泡に帰してしまう。

小宮四郎左衛門たちが藩を割って出国しているのである。その対応で焦慮に駆られている出雲は、勘十郎の失敗を許すはずがないだろう。あるいは、今の騒動の責めを勘十郎に押し付けるかも知れない。

「新六め」
勘十郎はうめき、指図を待つ下役には目もくれずに玄関へと向かった。今こうしている間にも、新六が吉乃を奪って行くのではないかと焦る気持ちが、勘十郎の中に湧き、新六めと改めて歯ぎしりしたくなる思いだった。

その新六は小宮屋敷を去った後、追跡する者たちを巧みにまき、勘十郎の屋敷の門前に立つと、周囲に誰もいないのを見定めたうえで築地塀に沿って歩き、裏門へと回った。裏門に通じる道に人通りはなく、新六は裏門近くの築地塀に手をかけ、身軽に乗り越えた。

庭に飛び降りた新六は腰をかがめ、石燈籠の陰に身を隠した。呼吸を整えて屋敷内の様子を探り、さほどに警固の手配をしていないのを感じ取ると、そろりと動き出した。そして新六は音も立てずに広縁に近づくと、雪駄を脱いで懐に入れ、広縁に上がると、刀を手に下げて、人の気配を感じさせないようにして歩いた。

女中たちが片付け物をしている部屋の前を通ったが、足音を忍ばせ、風のように通り過ぎて行く新六に、誰一人気づく者はいなかった。新六はそのまま長い廊下を曲がり、奥へと進んだ。

吉乃を閉じ込めておくなら、奥にある小部屋だろうと新六は見当をつけていた。中庭に面した縁側に出た時、女中が奥の部屋から出てくるのが見えた。茶碗を下げているようだった。その女中が広縁に跪いて頭を下げ、障子を閉める仕草を見た時、中にいるのは女人ではないかと新六は思った。

そして座敷に入り、女中が広縁を歩いてこちらの方にやってくるのを、座敷の障子の陰でやり過ごした。また、中庭に家士らしい2人の男が所在無げに佇み、座敷に時折目をやっているのも見えた。
(間違いなさそうだ)

新六はにこりとして座敷を見回した。奥に納戸があるのに気づき、その戸を開けてそっと入り、棚を足掛かりに手を伸ばして天井板を外した。刀を先に天井裏に置き、その後ゆっくりと体を持ち上げた。薄暗い天井裏だが、格子からわずかながら光が射しており、新六はしなやかな獣であるかのように天井裏を這い、奥座敷の上へ近づいた。

用心深く天井板を動かすと、下の座敷に女人がいるのがわかった。髷と首筋、そして肩先を見ただけで、新六はその人物が吉乃であることが確認できた。


新六がついに、勘十郎の屋敷へとやって来ます。しかし勘十郎にしてみれば、命を捨ててでも吉乃を守ろうとしかねないこの男が、野に放たれるのは厄介なことでした。何せかつて吉乃のために自分はケガをさせられてもいます。さらに吉乃を奪われるということは、自分が出雲に得意げに策を語ったものの、それが無駄骨に終わるのみならず、自分がこの騒ぎの責めを負わせられかねないことをも意味していました。

新六の行動に関しては吉乃の夫源太郎も、新六が自分を庇うのは、吉乃のためではないかと考えていました。但し源太郎は庇われる、あるいは守られる方であるのに引き換え、勘十郎の場合は、新六の敵となることを意味していました。吉乃の扱い方の違いが、新六に敵意を抱かせるかいだかせないかの違いとなっているわけで、勘十郎は正に、新六の敵意を一身に浴びる存在となってしまったのです。

しかしこの新六の一連の動作、まるで忍びのそれですね。彼は一応武士であるわけですが、夢想願流の使い手でもあり、この流派を取得したことが、このような動作を可能にしたのかと思われます。無論勘十郎の屋敷の方でも、まさかこの男がこのような形で現れるとは見当もつかなかったでしょうが、何せ新六の登場の仕方は、普通の人間の意表を突くと言っていいものでした。


飲み物-ミルクティーとビスコッティ
[ 2024/02/20 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-51

「最早、小宮たちと合戦をしろと言うのか」
出雲は考え込んだ。藩主忠固は溜間詰となって、幕閣に加わろうとしている。そのようなときに、家中が二派に分かれて騒乱を起こすなどと言うのは、最も望ましくないことだった。しかしことここに至った以上、腹を括るしかなかった。

そして忠固自身、一旦は討手を差し向けよと口にしている。もし印南新六が小宮四郎左衛門を討とうとして斬られたなら、忠臣を殺されたという理由で、討手を差し向けることが正当化される。考え抜いた末、出雲は声を押し殺して言った。

「わかった、印南の動きを見張らせろ。奴が斬られたならば、すぐに小宮たちへの討手を出そう」
「印南めは、既に見張らせております。間もなく知らせが入りましょう。これで彼奴も、ご家老のお役に立てるというものでござる。父親が、ご家老から受けた恩に報いるために死ぬのであれば、本望でございましょう」

出雲は苦笑いした。
「なるほど、そういうことになるのか」
「さようでござる。蝙蝠には、蝙蝠としての使い道があることかと存じます」

勘十郎は偉そうな口調でそう言った。出雲は少し考え、そしてこう口にした。
「そのことを菅源太郎にも教えてやれ」
勘十郎は眉をひそめた。
「菅に話すのでございますか」

「そうだ、菅はいわば旧犬甘派を裏切ってわしについた。しかし今もその覚悟が定まっておらぬ様子だ。印南がどのようになるかを知れば、未練を断ち切り、覚悟することができるであろう」
「なるほど左様ですな。それがしも菅に聞かせたいことがございますれば、ちくと話して参りましょう」

勘十郎は出雲に軽く頭を下げ、立ち上がって御用部屋を出た。
源太郎に吉乃とのことを話していたぶってやるつもりでいた。源太郎に吉乃との出会いを話し、さらに今は自分の屋敷に捕らえていると話せば、源太郎はどのような顔をするだろうか。

勘十郎はにやつきながら廊下を歩んだ。すると小宮屋敷を見張らせていた下役が、慌てた様子で廊下を進んできて、片膝をついた。
「申し上げます。印南新六が小宮屋敷を抜け出してございます」
この言葉に勘十郎は顔をほころばせた。

「ほう、印南め。見張りの隙をついて小宮たちの後を追ったか」
下役が俯き、頭を横に振った。
「それが後をつけましたところ、途中にてまかれてしまいました」

「何、小宮たちの後を追ったとすれば、街道へ通じるいずれかの道を行ったのであろう。道筋を追えばわかるはずではないか」
勘十郎は苛立たし気にこう言った。下役は平伏した。額から汗が滴り落ちていた。

「それが、街道に向かったようには見えません。手分けして捜したところ、お城の方角へ武士が走るのを見たと言う町人がおりました。人相風体から、印南新六ではないかと思われるのですが」
「馬鹿な。奴が城に戻ってくるはずがない。左様なことをすれば菅源太郎同様に幽閉され、腹を切らされることぐらい分かっておるはずだ」

そこまで言って、勘十郎ははっと思った。
(まさかーー)
新六は、伊勢屋敷に囚われている吉乃を、助けようと目論んでいるのではなかろうか。


まず勘十郎の言葉に「(新六の)父親がご家老から受けた恩」とあります。この作品の最初の方にありますが、新六の父弥助は、出雲からの引き立てを受けており、そのため自身も出雲閥でした。しかし犬甘閥の藩士が多い吉乃と源太郎の祝言で、新六は犬甘兵庫に出会い、それがもとで犬甘派に加わることになります。とは言えこれまでを見る限り、彼は派閥を超えて、吉乃、ひいてはその夫源太郎のために行動して来たところがあります。

その勘十郎ですが、出雲共々新六を利用していることは明らかでした。どっちみち新六は斬られる、ならば、忠臣を斬ったかどで小宮に討手を差し向ければよいと目論んでいたわけです。そして出雲は、このことを源太郎に教えるように勘十郎に命じます。元々源太郎は旧犬甘派であり、出雲の派閥に加わっても覚悟が定まっておらず、ならば新六のことを聞かせれば、源太郎も出雲につく決意が固まるであろうと見ていたわけです。

しかしここで、勘十郎は重大な落ち度に気づきます。新六が姿を消したこと、それは望むところでしたが、当の新六は四郎左衛門を斬るのではなく、城の方に向かっているようです。城に戻っても結局は切腹を申し付けられる以上、城中に姿を現すとは思えません。つまり、城に近い勘十郎の屋敷に行き、吉乃を助け出すのが目的で、そうなれば勘十郎が、新六を使って政敵を排除する計画も、水泡に帰することになってしまいます。

飲み物-ホットカフェオレ
[ 2024/02/18 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-50

源太郎は新六が屋敷を訪ねて来た際、楽し気に吉乃と会話をしていたのを思い出した。元々新六が菅家に顔を見せるようになったのは、源太郎と吉乃の婚礼の日からだった。あの時、新六はなぜか犬甘兵庫に見込まれ、犬甘派に入ることとなった。兵庫亡き後も旧犬甘派にとどまっていたのは、菅家を訪れるためだったのかも知れない。

新六はこれまでに、2度源太郎を庇っていた。
霧ヶ岳の烽火台への放火、そして渋田見主膳の暗殺である。新六がもし代わりに行かなければ、源太郎がその役目を負わなければならなかった。

そして今また、出雲と対立する重臣たちの説得に乗り込む際も、新六に守られたのである。すべてが吉乃のためであると思うと、新六の思いはただならないものがあった。
(印南殿は吉乃に懸想しているのではないだろうか)

そう考えると、かなり納得が行った。しかしなぜか腹は立たなかった。
言葉少なで容貌も地味な新六は、およそ恋などと縁がなさそうだからであった。仮に新六が吉乃を想っていたとしても、それは新六の胸の中にしまっておかれるに違いない。

それなのに吉乃の夫であるい自分を庇おうとすることが、源太郎はよくわからなかった。
(人はそれほどまでに、誰かに想いをかけることができるのだろうか)
源太郎自身は吉乃を妻として、あるいは千代太の母としていとおしんではいる。しかし自らを顧みることもなしに尽くすということはないだろう。

先祖代々の家を保って行かなければならない武士として、それは許されない。源太郎はそう思いつつ、心のどこかで新六に懐かしくまた羨ましいものを感じ、唇を噛んだ。
(私は印南殿のようには生きられない)

伊勢勘十郎が城へ戻った時、早馬が慌ただしく城門から出て行った。
勘十郎は表情を変えることなく城に入り、御用部屋の控えの間に落ち着いてから、小姓に、出雲に報告したいと奏上して貰った。間もなく出雲から召し出しがあり、勘十郎が出雲の御用部屋に入ったところ、出雲は側役の3人に何かを命じていた。3人は平伏して畏まり、退室した。

出雲は勘十郎に苛立った目を向けた。
「どうであった。印南は刺客となることを承知したか」
出雲の態度はせわしなかったが、勘十郎は落ち着き払って答えた。

「何せ小宮屋敷での話故、はっきりとした返事を聞くわけには参りませんでした。しかし印南は、それがしの仕掛けに驚いた様子にござり、まずは脅しは十分利いたかと存じまする」
「それだけではわからぬ。印南はまことに小宮たちを斬るであろうか」
出雲は不安そうだった。

「さてそこでございますが、それがしも小宮様たちの出国がかくも大人数になるとは思いませんでした。印南が刺客を引き受けたにしても、小宮様たちを来るどころか、近づくことさえもできぬかも知れません」

勘十郎は鋭い目をして言った。出雲派苦い顔をして、
「何だ。それでは、印南を刺客といたすのはしくじったということになるではないか」
「いえ、左様に思われるのは早うございますぞ。なぜならば…」
勘十郎は手で出雲を制しつつ、辺りを窺ったうえで声を潜めて言った。

「小宮様たちの多数での脱藩は最早謀反同然でございます。印南が小宮様を討とうとすると、周りの者と斬り合いになり、恐らく多勢に無勢で印南は討たれるに違いありません。さすれば印南は小宮様の謀反を許さず、誅しようとした忠義者となり、小宮様に討手を差し向ける大義名分となります」


源太郎は、なぜ新六が自分を庇うのかを考えます。恐らくは吉乃を想っており、それが夫である自分をも庇う一因ではないのかと源太郎は考え、そう思うとすべて納得が行くことばかりでした。しかも源太郎は不思議に腹が立ちません。新六が地味な雰囲気の男ということもありますが、最終的に吉乃のためとはいえ、そこまで我が身を捧げることができる新六に、ある意味羨ましさをも感じていました。

そして伊勢勘十郎。城へ戻ると早馬が出て行き、それが何であるのかはおよそ察知がつきますが、本人は落ち着き払って、出雲との面会を小姓に伝えさせます。この人物にしてみれば、藩を二分するこの騒動を幸い、吉乃を屋敷に連れ込み、新六に仕返しをと目論んでいるわけでした。一方その新六を刺客として送る件ですが、小宮四郎左衛門一行があまりにも人数が多くなり、新六1人では難しそうです。

この大人数が出て行ったことで、出雲も苛立っていると思われます。早馬も、側役への命令もこの藩士たちの出国に関するものでしょう。しかし勘十郎は、ならばこの大人数を逆手に取り。謀反であることにしてしまい、新六を刺客と差し向けることにします。恐らく新六は多人数相手に斬られ、ならば小宮たちに追手を差し向ける大義名分が立つと、如何にも勘十郎らしい謀ですが、そううまく行くでしょうか。

飲み物-コーヒーとチョコレート
[ 2024/02/14 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-49

小宮家の玄関では、既に屋敷を発った主人の四郎左衛門に追いつくため、家士たちが慌ただしく旅支度をしていた。また小宮派の藩士たちは、既に四郎左衛門に従ったようだった。家士たちは、奥座敷で幽閉されているはずの新六を目にして、ぎょっとした顔をした。

新六は平然として、
ーーご免
と大きな声を発すると、家士たちの間を通り過ぎた。家士たちはその勢いに圧倒され、出て行く新六を呆然と見つめた。

新六は悠然と門をくぐり、背中を丸めると、刀に手をかけて走り出した。勘十郎の屋敷は菅家の屋敷からそう遠くなかった。堀端を過ぎたあたりの、大身の屋敷が並ぶ武家地にあることは新六も知っていた。その新六は足を速めながら、
(吉乃様、ご無事でーー)
と祈っていた。

勘十郎の屋敷に乗り込んだ後どのようにするか、その覚悟は既に決まっていた。伊勢勘十郎は、この先も吉乃と源太郎の禍根となるに違いない。その勘十郎の邪悪さが、新六は許せなかった。

ーー勘十郎を斬る。
新六は胸の中で、深くそれを思い定めていた。かつて霧ヶ岳の烽火台に放火し、さらに渋田見主膳を暗殺したのも、吉乃の夫である源太郎を守るために、やむなく行ったことだった。源太郎に禍(わざわい)が及べば、吉乃が悲しむだろうと思ったからである。

源太郎のためではなく、吉乃のためであっただけに、内心忸怩たるものはあった。しかし今の新六は、吉乃を助けるために走っているのであり、そのことを思うと身の内が熱くなった。

新六はこれまで、自ら望んで刀を振るったことはなかった。しかし今日だけは違う。自らの心のままに、夢想願流を使うのである。武者震いしながら、新六は土を蹴立てて走った。その頃、源太郎は城中の小部屋に閉じ込められていた。

座敷牢のような格子があるわけではなく、襖の向こうの廊下に、見張り番となった藩士2人がいるのみだった。それでも部屋から出ることは許されず、源太郎は鬱屈した思いでいた。勘十郎から出雲の命を聞き、これに従って四郎左衛門たちに出国について話した。しかし戻ってみれば、脱藩を勧めたと出雲に咎められたのである。

始めから騙され、踊らされていたことに気づいたのは、出雲の冷たい目に見据えられたその時からであった。
(そうか、勘十郎の仕組んだ罠であったか)
この小部屋に座り、黙ってじっくりと考えてから、源太郎は勘十郎の謀であることに思い当たった。

家老の出雲にへつらい、出世を望んでの策謀だろうと思ったものの、そのためになぜ自分が使われたのか、源太郎にはわからなかった。どういうわけか源太郎に憎まれたのだ、そのように思うしかない。

勘十郎は昔、吉乃と縁があったかと思わせぶりなことを言っていた。さらに新六が勘十郎に出会った時も、吉乃と共にいたのだという。このようなことを考え合わせてみれば、勘十郎と新六の間に、吉乃を巡って何かの確執があったのではないかとも考えられた。

だからこそ新六は自分を庇い続けてくれたのかも知れない。新六は誰のために懸命になっているのか、源太郎は改めて思った。新六が源太郎のために命を賭けるとは思えない。まして旧犬甘派のためであろうはずもない。では、やはり吉乃のためであろうか。


新六はついにひとりの刺客となります。吉乃を守るために勘十郎を斬ると決め、その決意は最早揺るぎようのないものでした。しかし奥座敷で、方円斎と順太に見張られているはずの新六が、いきなり刀を帯びて出て来たのですから、主を追うことに決めていた小宮家の家士たちは、さぞかし驚いたでしょう。逆に四郎左衛門や反出雲派の藩士たちは出国した、あるいはしようとしていた時間帯であったからこそ、新六は小宮家を抜け出せたとも言えます。

その一方で、吉乃の夫源太郎は城中に軟禁されていました。小部屋の中で、自分が勘十郎に嵌められたことに気づいた源太郎は、勘十郎が己の出世を狙って、出雲にへつらったのだろうとは思っていました。しかし、その手段としてなぜ自分が選ばれたのか、それが今一つ理解できず、ただ恐らくは吉乃が何らかの形で関係していることでした。かつて勘十郎と新六の間に、吉乃を巡る確執があったのではないかと源太郎は考えます。

しかし新六はかつての旧犬甘派ということもあり、方円斎と順太がうまく取り計らってくれて、自分の思いを遂げるために小宮家を出て行きますが、同じように2人の見張り番がいる源太郎の場合は、もちろんそうは行きません。まして場所は城中です。しかも2人とも勘十郎の悪だくみに乗せられたのですが、源太郎は狭い空間でほぞを噛むような思いであるのに対し、自由の身となった新六が城下を駆け抜けるのは如何にも対照的です。


飲み物-注がれるコーヒー
[ 2024/02/11 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-48

新六が目を開け、ひととしての思いでござると言ってのけた時、方円斎は呆れたように「ひととしての思いだと」と言い、順太けたたましく笑った。新六は悲しそうにつぶやいた。
「やはり、おわかりいただけませぬか」

方円斎は真面目な顔つきになり、こう言った。
「印南、どのような事情があるのだ。何もかも話してみろ。わしにも武士としての覚悟はあるつもろだぞ」
「されば、申し上げる。わたしは菅源太郎様の奥方吉乃様を助けに参らねばならないのです」

新六は思い切ったように話し始め、方円斎と順太は顔を見合わせた。方円斎は驚きの表情をうかね、こう訊いた。
「印南、お主は正気で、藩が真っ二つに分かれて騒動となっている折に、他人の女房殿を助けに参ると言うのか。武士としての面目を投げ捨てることになるぞ」

新六は目を閉じ、そして深々とうなずいた。方円斎はまじまじと新六の顔を見ていたが、不意にからりと笑い、このように言い捨てた。
「呆れ果てた愚か者だ。さような願いを聞けるわけはなかろう」

そして方円斎は順太に顔を向け、
「最早かような戯言(たわごと)を聞くまでもない。間もなく小宮様を追って行かねばならぬが、わしはいささか疲れたようだ。まずは昼寝をいたしてから屋敷を出ることにしようか」

順太は驚いて目をみはった。
「今から昼寝をされるのですか」
「そうだ、お主も昼寝を付き合え」

方円斎はさりげなく順太に目配せしたが、順太は方円斎の意図を察して困った顔になり、腕を組んだ。
「さてさて方円斎殿は無理を申される」
「何が無理なものか、寝るだけのことだ」

方円斎は部屋の隅へ行き、新六に背を向けて横になると肘枕をした。その様子を見て順太も
「やむを得ませんな」
とつぶやくと、新六に一瞥をくれてから部屋の隅でj膝を立てて座り、刀を抱いて目を閉じた。

新六は手をつかえ、
「ありがたく存じます。必ず戻ります」
そう言って2人に頭を下げたが、方円斎は新六に背を向けたまま口を開いた。

「余計なことは言うな。わしらは昼寝を致しておるだけのことだ。それよりわしらが寝ている間にどこぞへ行ったのなら、もう戻ってくるな。藩の争いは底が知れぬし、お主はかような争いごとに巻き込まれるには馬鹿正直が過ぎる。争いはいずれ収まる、しかしその折には正直者が損をするぞ」

方円斎の言葉は温かみを帯びていた。
「かたじけない。されどそれがしは戻ります」
新六は頭を下げてそう言うと、すっと立ち上がり、音も立てずにそのまま座敷から縁側に出て行った。

方円斎は目を閉じたまま
「馬鹿者めーー」
とつぶやいた。新六は滑るような足取りで玄関に向かうと、刀掛部屋で自分の大刀を探し出し、腰に差した。


新六は方円斎と順太に、しばらくここを出たいと頼み、それは忠義ではなくひととしての思いであると言います。方円斎と順太は呆れますが、新六はここで一歩踏み込み、吉乃を助けに行きたいのだときっぱり言います。それでも方円斎と順太は、藩が真っ二つに分かれているこの時に、他人の女房を助けるのかと驚いているようです。方円斎はこの「呆れ果てた愚か者」に、そのようなたわごとを聞くまでもないとまで言います。

しかしその直後、方円斎はある策を用います。それは「昼寝」をすることでした。順太も付き合えと言われ、しかも目配せをされたことから、方円斎が何を考えているのか気づいたようです。方円斎はわざと新六から離れて肘枕をし、順太も部屋の隅に行って、刀を抱いて昼寝をします。これで新六は自由の身となり、吉乃を助けに、勘十郎の屋敷へ行くことができるようになりました。

礼を述べ、必ず戻りますと言う新六ですが、方円斎はもう戻らずともよいと言います。この男はこういう争いに加わるには正直過ぎ、ことが収まれば正直者が損をすると言いたいようで、言葉に温かみが籠っていたのは、これがせめてもの思いやりだったからでしょう。そして新六は、吉乃の救出に向かうべく部屋を出て、足音も立てすに玄関へ向かい、自分の刀を腰に帯びます。


飲み物-ラテアート
[ 2024/02/07 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-47

その頃新六は、方円斎と順太に見張られていた。このままで行けば、新六も小宮四郎左衛門の供の一員となり、藩領から出ることになる。一度脱藩となれば、もう小倉城下に戻ることは難しくなると、考えを巡らせる新六だった。小倉へ戻れないことは諦めるにしても、勘十郎の屋敷に囚われている吉乃のことが、新六は気になっていた。

勘十郎の言うことに従うとなれば、方円斎と順太の監視から逃れ、出国していようとしている四郎左衛門を斬るしかなかった。しかしそれは難しかった。
(できぬし、やりたくもない)

新六は眉根を寄せて考えていた。やがて大きく息をつくと、方円斎に向かって手をつかえ、頭を下げた。方円斎は新六をじろりと見据えて言った。
「何の真似だ」
「お願いいたしき儀がござる」

新六は頭を下げたまま、低い声で言った。方円斎は冷ややかに答えた。
「まさか逃がしてくれと言うのではあるまいな」
新六は頭を上げ、真剣な眼差しになって方円斎を見た。

「逃げはいたしません。必ず戻って参ります。それ故、それがしにしばしの時をお与えください」
傍にいた順太がくっくっと笑った。
「逃げはせぬなどと言っても、信じる者がいるわけはなかろう」
「武士にござれば」

新六は順太に向かい、言葉少なに言った。武士だから嘘は言わぬ、信じてくれと言うのである。しかし順太は新六の顔を見返して言い放った。
「信じられぬ」

新六は悲しげな表情になった。
「なぜでござろうか。それがしは、武士に二言なしと思い定めて生きておりまするが」
方円斎が苦笑した。

「お主のように、馬鹿正直に生きている者ばかりではないと言うことだ。たとえ武士であっても嘘をつくし、裏切りもする。今御家で起きている騒動こそが正にそれだ。家中が二派に分かれて、それぞれ我こそが忠義であると言い募っておる。ということはどちらか片方か、あるいは双方とも嘘つきということになる」

順太が顔をしかめて、方円斎を止めようとした。
「方円斎殿、さようなことを申されては」
しかし方円斎は平然として言った。

「わしはおのれの正義を信じておる。しかし見方を変えれば、殿の意に背いて不忠をなしているとも言えよう。だからこそ城門を閉じられ、かように城中に入ることもできずにいる。今はそれが不満で方々と共に国を出ようとしており、それを謀反だと謗る者もおるであろう。しかしわしらに取ってはこれが忠義なのだ」

さらに方円斎は底光りのする目で、射抜くように新六を見た。
「お主がここを出て何処(どこ)へ行こうとしておるのか、わしにはわからぬ。だがそれは忠義の道であるのか。それを、申してみよ」
目を閉じて方円斎の言葉を聞いていた新六は、ゆっくりと口を開いた。

「方円斎殿の言われること、もっともにございます。それがしは、忠義のためにここを出たいと申しているわけではございません」
「ならば何のためだ」
「ひととしての思いでござる」


新六は、方円斎と順太に見張られたままでした。しかもこのままでは、いずれ自分も四郎左衛門の供の1人として、藩領から出ざるを得なくなってしまいます。さらに勘十郎の言葉に従い、四郎左衛門たちを斬るにしてもこれまた難しい状態です。そしてそれ以上に、新六の心を捉えているであろうと思われるもの、それは吉乃でした。その吉乃は今なお、勘十郎の屋敷に囚われの身となっているはずでした。

そしてついに新六は、方円斎にしばしの時を与えてくれと願い出ます。逃げはしない、武士に二言はないと言う新六ですが、方円斎は武士であっても裏切るし嘘もつく、今の家中を見ても互いが忠義を主張しているが、どちらか、あるいは両方とも嘘かも知れぬと言い、自分はおのれの正義を信じるとも言います。それは、四郎左衛門たちと共に国を出ることを意味していました。

そして方円斎は、新六がどこかへ行こうとしているのは、忠義のためなのかと訊き、新六は「ひととしての思い」と答えます。恐らくは吉乃を救出することと思われます。確かに吉乃を救出することは、忠義であるとは言えないでしょうが(新六が菅家の使用人なら忠義とも言えますが)、この場合新六に取って、御家のためでも四郎左衛門のためでもなく、吉乃のために働くことが、いわば使命ではあったでしょう。


飲み物-ホットカフェオレ
[ 2024/02/04 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-46

殺気をはらんだ小宮四郎左衛門一行は筑前街道を進んで行く。その頃新六は、まだ小宮屋敷に留まっていた。
鬼角が出立に当たり、方円斎と順太にこう命じていたのである。
「伊勢勘十郎は何かを企んでおるに違いない。わしらが国境を超えたころを見計らって、印南を連れて後を追って参れ。印南に不審なうごきがあれば、斬って捨てよ」

無腰の新六は、方円斎と順太に見張られるまま空しく時を過ごすだけだった。源太郎と吉乃を救うためには、出国しようとしている一行を追って、四郎左衛門たちを斬らねばならないのである。しかし四郎左衛門たち重臣4名は、藩士たち300人余りに囲まれているのである。

その4名を斬ることができるのか。その前に、刀も持たないまま、方円斎たちの見張りからどうやって逃げたらいいのか。新六は進退窮まっていた。
そして小倉城下には風が渦巻いていた。町家の人々は、今にも城下で合戦が始まるのでないかと、恐れていた。この当時の記録に
ーー希代の大変
とある。立ち退いた者が家老だったのである。

小宮四郎左衛門 千石
伊藤六郎兵衛  千石
小笠原蔵人   千五百石
二木勘右衛門  千五百石
の4名であった。

さらに用人の
小笠原鬼角 三百石
伊藤勘解由 三百五十石
がいたことが人々を驚かせた。他にも番頭(ばんがしら)8人、大目付2人、側役2人、寺社奉行2人、大賄(まかない)1人、勘定奉行2人、宗旨奉行1人、旗奉行2人、船奉行1人、物頭2人、使番2人、馬廻り36人、小姓組5人、書院番2人など、藩の重職にある者たちがこぞって加わったのである。身分のある藩士は80人を超えていた。その供回りを加えると360人近かった。

小宮四郎左衛門ら重臣が騎馬で城下を立ち去る姿は、あたかも戦国の世を思わせるようなものものしさがあった。また遅れまいと馳せ参じる藩士たちが列をなしており、砂塵が舞い上がるほどだった。
一行の中には
ーー儒者1人
がいた、三人扶持、十八石の上原与市だった。

与市は笠をかぶり、羽織袴姿で手甲脚絆に草鞋履きという旅姿で、四郎左衛門の騎馬に徒歩で従っていた。思い通りにことが進み、家老の小笠原出雲に一杯食わせたせいで、与市は意気軒高としていた。
与市たちの傍らを騎馬があわただしく通って行った。四郎左衛門たちの意図を問い質すための使者が、城中から早馬で追いすがって来たのである。

四郎左衛門は使者たちに
「思うところがあって、城下を立ち退き申した」
と答えるだけで、一行の足を止めようとはしなかった。使者たちは、四郎左衛門に従う藩士たちの敵意に満ちた視線にさらされ、蒼白になりながら城へと戻って行った。

その有様を見ながら、与市は傍らの鬼角に話しかけた。
「城に籠りし者どもは、我らが大挙して出国すると知って、さぞや仰天しておりましょうな」
鬼額は、蔑むかのように片頬をゆるめた。

「ご家老の小笠原様はさほどに甘くはない。今頃は、おのれに逆らうものを一挙に葬り去ろうと知恵を絞っておろう」
「如何に策を練ろうと、家中のおよそ半分が国を出るからには、失政は明らかでございます。幕府よりのお咎めも必定でござれば、最早我らの勝ちでござる」
「さてな、勝負はこれからであろう」
鬼角は厳しい表情を崩さすに言い、ふと、そう言えばあの男はどうするであろうなとつぶやいた。

与市が怪訝な顔をして訊いた。
「あの男と仰せられますと」
「印南新六だ」
与市は薄笑いを浮かべて言った。
「あの者なら、恐らく方円斎殿らの隙を突いて逃げ出し、城へ駆け込みましょう。されどご家老からは冷たくあしらわれ、腹を切らされると存じます。それが、裏切り者の末路でござる」

「そうかな。あの男はわしらを追って来るのではないかと思うが」
「なぜさように思われますか」
与市は首をかしげ、鬼角の顔を見た。
「さてな、何となくそのような気がするというだけのことだ」
鬼角はにやりと笑って、それ以上のことは口に出さなかった。上空で風が吹き始めたのか、雲の流れが速くなって行った。


まず「筑前街道」とあるのは、長崎街道と思われます。小倉の常盤橋から黒崎へ出て、さらに飯塚方面へ向かう街道でした。そして出国、国を出るということは即ち、豊前国から筑前国へ向かうことを意味していました。しかし4人の重臣をはじめ、かなりの役職についている者たちや、その供の者たちが360人余りと、思いのほか大勢の藩士が国を出ることになります。これだけの人数が一度にいなくなると、藩政への影響は必至でしょう。

さて上原与市。自分の思い通りにことが運んだわけで、今頃城に残った者たちは仰天しているだろうと、四郎左衛門の用心鬼角に話しかけます。しかし鬼角は流石に、出雲という人物を知っていたようです。そしてその鬼角は、勘十郎がなぜ小宮屋敷を訪れたのか、不審に思っていました。新六と何か通じているのではないかと思ったのか、四郎左衛門に従って屋敷を出る前に、方円斎と順太に、新六をどう扱うかを指示していました。

その新六ですが、勘十郎から言われた通りに四郎左衛門らを斬ろうとしても、既に彼らは小倉を発ったのみならず、周囲には300人を超える藩士がいて、おいそれと手が出せるものではありませんでした。何よりも、新六自身は刀を2本とも持っておらず、無腰の状態で、これをまず何とかする必要がありました。そして鬼角は、新六が自分たちを追ってくるのでないか、そのような気がすると口にします。何やら思うところがあるようです。


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[ 2024/01/28 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-45

「何と言うことを」新六は歯噛みして詰め寄ったが、勘十郎は新六を避けて立ち上がった。
「わしに手を出せば菅は打ち首となり、妻女も罪に問われる。それよりもご家老の目に従うことだ。蝙蝠は所詮蝙蝠、裏切ることには慣れておろう」
ここまで小声で言った勘十郎だったが、今度は改めて声を大きくし、新六にこう言った。

「その方の心底は読めた、謀反人どもに加担致したのだ。最早城に戻ることはできんぞ」
勘十郎は戸を開けると、方円斎たちに向かって言い放った。
「最早用はすんだ。とんだ愚か者のために無駄骨を折らされたぞ」

勘十郎はそのまま玄関を出て門へと向かった。その背中を、方円斎はじっと見つめていた。
部屋の中で新六は呆然としていた。たとえ自分が斬られることになろうとも、源太郎は助かるものと思っていた。ところが源太郎は幽閉され、吉乃も捕らえられたと言う。

何よりも吉乃の身が案じられた。
ーー吉乃様
新六は唇を噛んだ、膝に置いた手が細かく震えた。勘十郎が、蝙蝠は所詮蝙蝠という言葉が耳に響いていた。

勘十郎が去った後、鬼角は四郎左衛門の居室に入った。四郎左衛門は旅姿となって床几に座っていた。伊勢勘十郎はようやく帰りましたぞと鬼角が告げると、四郎左衛門は首をひねった。
「出雲め、何が狙いで勘十郎を遣わしたのであろうか」

四郎左衛門同様、旅姿となっている六郎兵衛が笑って言った。
「恐らくは、我々の決意の固さを知ってうろたえ、様子を見に行かせただけではありませんか」
勘右衛門がうなずいた。

「出雲めは、我らがこれほどの大事になるとは思いもせなんだのでござろう。今頃は、既に首が飛んだような気持になって、青ざめておろう」
この勘右衛門の言葉に、一座の者たちは大笑した。

しかし流石に四郎左衛門は落ち着きを取り戻して、こう戒めた。
「だが、出雲があっさり許すはずもない。油断はできぬぞ」
さらに四郎左衛門は、鬼角に顔を向けて言った。

「あの印南新六の始末はそなたに任せる。我らに同道させるなり、斬り捨てるなり思うようにいたせ」
「ならば場合によっては、印南新六めを人質として連れて参らずともよろしいのでございますか」
鬼角は確認するかのように訊いた。四郎左衛門は、歯牙にもかけない様子で答えた。
「あのような者は人質といたしても、さほど役には立つまい。足手まといとなるだけのことであろう」

四郎左衛門はそう言い捨て、鬼角の返事も聞かずに縁側に出て玄関に立つと、玄関前に集まった藩士たちに向かって告げた。
「我々はこれより出立いたず。君側の奸により、正義が通らぬことを憂い、反省を正すためである、皆心して参ろうぞ」
藩士たちは、「おおっ」と応じた。

四郎左衛門と伊藤六郎兵衛、小笠原蔵人、二木勘右衛門はいずれも馬の左右を郎党に守らせて静々と進んだ。そして小宮屋敷の藩士たちは、隊列を組んでこれに従った。さらに城下の武家屋敷からは立ち退く者の嫡男、次男が相次いで後を追い、大身の家来たちもこれに続いた。

小倉城下は物々しい気配に包まれ、町人たちは、今にも決戦が始まるのではないかと、恐れて家に潜み、表の通りに出る者はいなかった。一行はやがて300人余りとなり、四郎左衛門の嫡子(主悦之介)と勘右衛門の嫡男、儀右衛門が騎馬で後ろを固め追っ手に備えていた。


自分の企みを新六に打ち明ける勘十郎ですが、ひとに聞かれて困ることは小声で話し、新六を断罪する時は大声を出しています。そして小宮屋敷を後にしますが、どう見てもこれでは、新六が足手まといだと言わんばかりです。無論勘十郎は、吉乃さえ自分の思い通りになれば、後は知ったことではないのでしょう。しかし新六に取って、吉乃は誰が何と言おうと救い出すべき人物でした。

その新六、小宮四郎左衛門たちからもよく思われていないようです。しかしその四郎左衛門たちも、なぜ勘十郎がここにやって来たのか、その意味をはかりかねていました。しかしこれで出雲はおじけづいたであろうと自信満々で、しかも新六のことは鬼角の一存に任せるとまで言います。そしていよいよ国を出ることになるわけですが、立ち退く者の息子たちが後を追い、小倉城下は騒然となります。

さて新六。「蝙蝠は所詮蝙蝠」はかつて勘十郎が新六のことを、一方に与しない、見方を変えれば日和見的であるという意味で使っていました。そして新六の「夢想願流」、これも飛ぶ様が蝙蝠に例えられる流派でした。ここで勘十郎に、お前は蝙蝠だ、裏切ることなど平気だろうといった悪態をつかれた新六は、もうひとつの方の「蝙蝠」である夢想願流を、吉乃のために使うことになりそうです。


飲み物-温かいカフェオレ
[ 2024/01/26 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)
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aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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