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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 68その3

『武将ジャパン』、大河ドラマコラムの気になる点の続きです。

まずMVP、今回は能員と道なのですが、私としては時政と能員でしょうか。それはともかくとして、このように書かれています。

悪いカップルというのはいます。
ボニーとクライドとか。古典だったらマクベスとその夫人とか。
そういう毒々しい二人のようで、本人はそんなつもりはまるでなかったし、そんなものは北条に毒されているだけだと反論されるとは思います。別にそこまで悪くもないような。
むしろ凡人だったと思えます。凡人がいかにして悪に堕ちてゆくか。そこをじっくり体現していた。

まずここに挙げられているカップルですが、それぞれ「悪」の基準が異なります。
ボニーとクライドは、『俺たちに明日はない』のモデルにもなった大恐慌時代の銀行強盗ですが、彼らは義賊的な一面もあったようです。そしてマクベス、これはシェークスピアの作品の登場人物でしょうが、かなりの毒々しさがあります。それに比べて比企能員と道は、権力に妙な色気を出したため、討伐されたと見るべきですし、当時の感覚からすれば謀反人呼ばわりされても仕方のないことでした。

そして

ただ一族の女を使って権力に取り入っただけなのに、自分は偉いのだと思い込んだ。
外戚であることには、謙虚さが大事なのにそうしなかった。
自業自得と言えばそうなのだけれども、チャーミングで生々しくて、今の時代にも通じる巨大な教訓を残したと思える。

などとありますが、どうも何を言いたいのかよくわかりません。
要は
「権力者の外戚となることは、権謀術数と、それを表ざたにしないだけのスキルが必要なのだが、それを持ち合わせていなかった。どちらかといえば田舎のおじさん的な人物で、そこが愛すべき点でもあったが、権力を奪取しようという野望だけが空回りし、ついに足元をすくわれることになった」
こう言いたいのでしょうか。

そして頼朝を見抜いたのは政子だの、梶原景時も見抜く目があっただの、後白河法皇はよくないだの、最早大河コラムと言うよりは、持論というか好き嫌いをすべてぶつけているだけのように見えます。あと君主がどうこうと書いていますが、特にこの時代の君主は天皇であり、将軍は、天皇から武士を束ねる権利を与えられているわけです。

まあ武者さんの時政嫌い、りく嫌いは相当なものですが、そういう見方が、この大河への見方をどこかいびつなものにしているのみならず、武者さんの「レビュアー」としての素質に疑問符をつけざるをえなくなってはいます。これは以前からそうでしたが。ただ今までは好きなら好き、嫌いなら嫌いとはっきりしてはいましたが、この大河で、好きと嫌いが同居するようになっていますね。

時政は確かに頼朝の挙兵について行ったけれども、それは婿だからでした。

時政がついて行ったのではなく、時政が北条の当主として兵を出したのですが。そもそも頼朝自身の兵はこの時はいなかったわけですし。あと頼朝の挙兵には、時政の竹馬の友である三浦義澄も関わっていますね。恐らく今後はというか今後も、この大河には(多少無理があるにせよ)肯定的ながら、時政やりくに対しては、『青天を衝け』並みとまでは行かなくても、かなりバイアスのかかった視点からの批判がぶつけられそうです。

で、またドラマと直接関係ない漢籍の話で、時政がやり玉に挙げられています。要は、こういうのを書きたいからページ数を増やして貰ったのでしょうか、武者さんは。皮肉なことにここのサブタイが「公私混同をしない」ですが、レビュアーとしての立場をわきまえず、公私混同しまくりなのは武者さんではないでしょうか。

さらに苦笑するのがその次に
「こんなことでは麒麟は来ない」
なるタイトルで、
「あの光秀のことを毎週繰り返している気がしますが、ならば何が天意にかなう政なのか?」
などと書かれていることです。
別にこの大河は『麒麟がくる』とは関係ないし、自分が好きでたまらない大河を殴り棒にするのも、いい加減やめた方がいいと思います。

そしてその後には

この時代となると、世界史規模で比較的精密な治世倫理ができているのが南宋でしょうか。
そんな宋で形成された朱子学を吸収したからこそ、光秀みたいな人物は治世のビジョンが明瞭になったのです。
学び模索することで人間は洗練されてゆくものでしょう。

儒教国家のリスクというのを、この人はご存知ないのでしょうか。
ならばなぜ光秀はあのような行為に及んだのでしょうか。
あの大河、以前タイトルが曖昧だと言ったことを書いていますが、武者さんが『麒麟がくる』を好きなのは、登場人物やストーリーだけでなく、このタイトルの「わかったような気持ちになれる」曖昧さも関係しているのかも知れません。

そして総評ですが、やはり視聴率は気になるのでしょう。関連記事のリンクを貼った後で、

視聴率の低下を指摘されていますが、伸び悩むのは自然なことではないでしょうか。
定番である戦国幕末ものでもなく。
近年、特に2019年の大下落が回復できないのか、2020代は大河枠そのものが低迷。
毎週殺し合っているので、見る人を選ぶ。
そんな状況です。

2020代とありますが、2020年代のことでしょうね。あと戦国幕末ものとひとくくりにするのは正しくありません。それぞれの主人公の知名度、あるいは数字が東日本で高いか西日本で高いかも関係して来ます。
しかし武者さんの嫌いな『青天を衝け』は、現時点の『鎌倉殿』と比較すると視聴率は高めに出ています。
それにこの大河、「毎週殺し合って」などいません。全成はあくまでも処刑ですし、その前は景時が討たれた後から始まっています。どのようなシーンを観てこう判断しているのでしょうか。

そしてそのすぐ後に

ただ、NHK側もNHKプラスの視聴回数なども新基準で考えているようであり、視聴率をことさら気にする方がもはや古い。
そんな価値がこのドラマにはあると思います。

そんな価値でどんな価値なのでしょうか。この辺が、このコラムがわかりづらいところですね。

さらに

今年は「こんな血生臭いことに嫌気がさしたから、泰時が頑張ったんだな」ぐらいで良いのでは?
歴史はおもしろい――そこから無理に「歴史人物から学ぶビジネス」なんて呪詛祈祷じみた何かを見出そうとするからおかしなことになる。
単純に面白い、それが原点でしょう。

以前、これと違うことを言っていたような気がしますが、それはさておき。今年の主人公は泰時でなく義時ですし、それを言うのであれば、泰時に安定した時代を作らせるべく、義時が頑張ったと言うべきではないでしょうか。

尚これに関する小檜山氏名義のツイ(https://twitter.com/Sei_Kobeee/status/1559382814746886147)ですが、

今年の大河から、組織編成や掌握を学んでいる経営者は、むしろ危険だと思う… 。

御成敗式目はその後の武家関連法に大いに貢献していますし、武者さんが何かにつけて取り上げる『貞観政要』は、徳川家康も藤原惺窩に講義させたそうですが。

そしてこの後で

そんな童心にまで返すような仕掛けがあって、今年の大河は秀逸と感じます。

時政と能員の会話がしょーもないなどと書いていたのは、どこのどなたでしょうか。ああいうのをちゃんと読み取れないと、大河の「レビュー」は厳しいし、率直に言って好き嫌い基準だと「レビュー」そのものが破綻するでしょう。
こんな感じで↓

今回なんて笑えばいいのか、恐れればいいのか、悲しめばいいのか、怒ればいいのか、わからない。
感情がぐちゃぐちゃに混ざって、終わってみれば、ただただ楽しいもんをみたとわかる。
そういう歴史を学ぶ楽しさ、理屈抜きでおもしろいとなることが実は大事なんじゃねえの?と問いかけてくる今週もまた、素晴らしかった。

小学生の感想文の方が、まだまともに見えてしまいます。

飲み物-ウイスキーロック
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[ 2022/08/20 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 67その3

『武将ジャパン』MVPと総評ですが、何でもMVPは全成と実衣だそうですが、例によって出番が多い人々をMVP認定しているように思えます。全成はともかく、私なら比企能員を選びますね。そもそもMVPというのが、ページ数を増やすためだけに存在しているようにも見えます。

で、例によってかなり長々と書かれているので、主な部分だけピックアップしておきます。

しかも(注・全成の呪詛は)この時代ならではのもので、もっと後の仏僧ではこんなことあまりしないと思います。そういう未分化の呪術に意味を持たせる所作をするって、相当大変な努力が必要だと思えます。
そういうことに気を抜かなかったからこそ、豪雨の中で祈り、奇跡を起こすという場面につながったのではないでしょうか。
気を抜いているようで真剣に真面目に呪詛祈祷をしていたからこそ、ああいう凄絶な場面になったと思えます。

「そういうことに気を抜かなかったからこそ」とは、どのようなことに気を抜かなかったからなのでしょうか。また、大変な努力とはどのような努力なのでしょうか。そういうのが書かれていないから、このコラムにありがちな曖昧な雰囲気のままで終わっています。
あのシーンは恐らく、それこそ日蓮の龍の口法難をベースにした創作でしょうし(『吾妻鏡』では知家が処刑したとしかありません)、また全成があのシーンで「気を抜いていた」ようにはとても見えないのですが。

全成はトボけていた。実衣は野心にギラついて嫌われかねない性格の悪いところが出てしまっていた。
これから先、この二人はあの凄絶な最期と、ほのぼのとした夫婦愛を同時に思い出すことになるのでしょう。

というか、全成は三谷さん一流のコントシーンに登場することが多かったですね。実衣は野心にギラつくと言うよりは、北条の娘であり、周囲も身内やその家人であり、さらにあの思ったことをずばりという性格ですから、逆に隙を与えた感もあります。寧ろ野心にギラついているのはりくの方であり、実衣があのくらいの隙のなさであれば、また全成共々違った運命を与えられたでしょう。

またこの二人はとありますが、全成は既に亡く(他に意味があってこう書いているとも取れますが)、実衣がかつての夫の思い出と共に生き、兄義時から聞かされた夫の最期を、折に触れて思い出し、あるいは千幡にそれを伝えるのでしょうか。

死んだ全成も気の毒ですが、叔父の粛清という素晴らしいカードをきちんと切れない頼家も苦しくなってきました。
せっかく全成を殺すのならば、その領土なり地位を分け与え、かつ御家人を引き締めるように持って行けたらよかったかもしれない。

この場合全成に直接手を下したのは八田知家であり、そうするように差し向けたのは、比企能員ではないかと思います。頼家は、この叔父がしたことに対して怒りはしましたが、最初は流罪であり、尚も(能員に命じられたとはいえ)、呪詛を行ったため処刑に及んだわけでしょう。それに全成の領地である阿野荘は、嫡男時元に与えられなかったでしょうか。

中国史ならば前漢・劉邦、明・洪武帝が得意とするところです。
功臣粛清なしで王朝を築けないか?
その答えが泰時愛読書『貞観政要』にあります。

ここでまた中国史。中国史について書かないと、このコラムはOKが出ないのでしょうか。この時代は前漢でも明でもなく、日本の鎌倉時代初期です。

で、某カルト教団について触れた後で、ネット会話の「神」についてどうのこうの。

「この脚本家のあの作品は素晴らしかった! だから今度も神脚本になる!」
これも一種の信仰です。
ドラマの出来がいかに悪くなって、脚本家が名義貸しばかりのような実態でも、見る方がひとたび信じれば、その人にとっては真実になります。
私は三谷さんは好きだけれども、別に信じて崇めているわけではありません。
実際に見て面白ければ納得するけど、そうでなければ突っ込む。
それが“信仰”に依らぬ理性での判断でしょう。
今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い。

「“信仰”に依らぬ理性での判断」
とありますが、このコラムを今まで観て来た限りでも、寧ろこの大河は絶対というか、「この脚本を信じています」といった記述も少なからず見られますし、「信じて崇めているわけではありません」などと強調するところも、どうも疑問に思えてしまいます。
そもそも
「今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い」
とありますが、「人間と信仰の本質も見えるような仕掛け」と言うのは、具体的にどういうことなのでしょうね。そういう仕掛けがあるのなら例を挙げてほしいのですけど。

また義経が登場していた回などは、義経と重忠はイケメンでどうこうと、『花燃ゆ』や『青天を衝け』で批判していた点をここでは評価していてダブスタだなとは思います。あと「ドラマの出来がいかに悪くなって」は、『平清盛』と『カムカム』の脚本家さんのことでしょうか。

そして
「でも、だからこそ「神回」とか「神脚本」という呼び方は好きになれない。
信仰ではない理性で判断することも必要なので」
なのだそうですが、別に神回、神脚本でもいいと思います。ファンによっては、そう呼びたい時もあるでしょうから。寧ろこうい意見に対してあれはいやだ、アンチのは見たくないなどと一々言うのであれば、ドラマのライターなどなさらない方がいいのではないでしょうか。すべてが武者さんの理想通りに進むわけではないのですから。

そしてまた『麒麟がくる』。

『麒麟がくる』の光秀もそうですが、義時も“巻き込まれ型”です。自分が先頭に立ち、かっこいいリーダーシップを発揮するわけでもない。
しかし、結果的に何かしている。
大河の主人公といえば颯爽とした笑顔で、さわやかに活躍するイメージがあるかもしれない。
それが結果として受け身で、どんどん目から光が消えていく……ってのは一体どういうことなんだ。
そんな中で、義時が己の使命に覚醒しましたね。
「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために何をなすべきか。鎌倉殿の元で悪い根を断ち切る、この私が!」
義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ。

これ、あらすじの方では「義時にはビジョンがない」と確か書かれていたと思いますが、ここで「結果的に何かしている」とあります。要は光秀は一旦壊れた体制の再生を夢見ますが、義時の場合は出来上がりつつある体制の死守ということであり、守るということは、妨害する勢力を根こそぎ封じてしまうわけですから、このようなセリフになるわけです。
それと義時も当初はいささか地味ながらさわやかな印象でした。大河の主人公は、大体夏から秋頃にかけて、人生の大きな課題に直面し、年齢も重ねてさわやかさは失われて行きます。何度も書くようですが、武者さんの嫌いな大河の主人公もまたしかりです。

それと
「義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ」
何だかこういう部分の表現が、失礼ながら幼稚な感じですね。義時は最早鎌倉幕府にあだなす者に容赦はせず、常に構えるようになったというところでしょうか。

比企一族との対峙については、よりえげつない設定に進みそうな本作。
次週以降、さらに救いがないでしょうから、身構えておきたいところです。

というか、もう大体どのようになるか予想はついています。比企能員の変が次回ですね。でさらに頼家の死、和田義盛の討伐と続いて行くのでしょう。

今年の大河は日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』路線であって欲しい。そんな願いが叶いつつあります。
主人公の目から光が消えるという意味で、司馬懿主役の『軍師連盟』にも近い。

別に大河は『ゲーム・オブ・スローンズ』でも中国映画でもないし、またそうある必要もないのですけどね。
他にどのような映像作品を観ようが武者さんの勝手ですが、なぜこういう明らかに違う文化、違う時代設定のものになぞらえたがるのでしょう。

追い詰められたらどんだけ酷いことをするか、義時は証明してくれます。
全成は誰も恨むなと言った。義時は恨むことすら忘れている。
ただ害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ。
義時を怒らせた連中が悪いのです。

追い詰めるというより、それぞれ守る領分があって互いに譲れないということでしょう。義時は恨むことすら忘れているのではなく、私怨というのがプラスにならないからではないでしょうか。例えば比企能員は多分に私怨に囚われている感があり、その辺りが能員と義時がかなり異なって見える一因かと思われます。

しかし
「害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ」
もうちょっと表現を工夫できないでしょうか。「風雲急を告げる中、彼は今後獅子身中の虫というべき存在と対峙し、やがてもっと大きな存在にも戦いを挑むことになる」と、一応書いておきます。
それと「義時を怒らせた連中が悪い」というのは思考停止に過ぎますね。相手にも道理があるし、逆に義時に嵌められた人もまたいるでしょう。武者さん、最近あまり引用しない『八重の桜』の、「西国諸藩にも義がある」という意味の言葉、時代は違いますがあれにやや近いかと。

飲み物-マグとビール
[ 2022/08/12 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』第16週感想-3

『ちむどんどん』第16週の感想その3、気になった点と疑問点です。


第79回

  • 案の定あまゆで料理を食い散らかす賢秀ニーニー
  • 「何見てるかおばさん、シッシッ」と重子に言うニーニー
  • またも青柳家に弁当を持って来る暢子
  • なぜか「ずっと仕事を続けたい女性は駄目」に方針変更して反対する重子
  • 「母さんみたいな奥さんがほしいわけじゃない」また母親をディスる和彦
  • 「伸子の人生はキラキラ輝いていていつも充実している」その理由は?
  • 新聞社で私用電話の和彦、なぜかもうあまゆにいる暢子
  • 暢子「同じ世界に住んでるんだのに」
  • 突如ぶち込まれる中原中也と母子の朗読
  • スプーンで、しかも鍋の上に身を乗り出して味見をする暢子


第80回
  • 前日になって御三味の準備をする良子
  • ウークイでも登場したのになぜかここで御三味の説明
  • 急に登場するおばあと義母
  • 良子はこんなに料理ができないのに、食事の準備はどうしていたのか
  • 美味しいと言ってあげるおじいたち
  • マヨネーズ味の天ぷら←マヨネーズの味はしないはずですが
  • 和彦「今のぼくがいるのは母さんのおかげです」
  • 青柳家の弁当はどう見ても暢子が作ったのでなくて仕出し弁当

週の後半になっても、突っ込みどころが多いです。

まず、やはりあまゆに黙って入り込み、料理を食べ散らかしていたのは賢秀ニーニーでした。そして和彦がやっと連れて来た母重子をおばさん呼ばわりし、シッシッと犬を追うように言います。重子が「住む世界が違う」と改めて言うのも無理からぬ話ですが、これでニーニーは顰蹙を買い、ついに暢子の結婚式には出ないとまで言い出します。ギャンブルでご祝儀と言うのは平常運転だと思いますが、やはり誰にも言わずに料理を「がっつく」のは非難されて当然でしょう。しかしそれでも暢子はお金を渡すのですね。

このニーニーの登場シーン、かの『男はつらいよ』のオマージュとも言われているようです。ニーニーの言動にもそれを意識したものがありますが、しかし私が知る限りでは、寅さんはもっと常識人ですし、その寅さんを叱ってくれる人たちもちゃんといました。

また弁当を持って青柳家に現れる暢子。しかも2人分食べて太ったと言う家政婦の波子に、「昆布は太らないしお肌もツルツル」と、何やら健康食品のPRのようなことを言う暢子です。そしてまた和彦は母親と喫茶店で話すも話が合いません。せっかく前日の暴言を詫びたのに、また
「母さんみたいな奥さんがほしいわけじゃない」
などと言い出します。

そして和彦は
「暢子の人生はキラキラ輝いていていつも充実している」
とまで言います。いや、暢子は輝いて充実していると言うより、自分の要求を他人に押し付けているだけのように見えるのですが。そこで重子は、母さんの人生は否定するのねと不機嫌になります。

しかしここで一番わからないのは、当初「住む世界が違う」と言っていた重子が、この時は「ずっと仕事を続けたい女性は駄目」と方針変更していることです。先日のニーニーの醜態を見ても和彦が態度を改めないため、別の理由を持って来たのでしょうか。その辺りのいきさつが描かれていません。その後和彦は、会社から暢子に電話をします。こういう時は、公衆電話(携帯がありませんので)を使うべきかと思いますが…そして暢子はなぜかあまゆにいますが、フォンターナは休みなのでしょうか。

暢子は「同じ世界に住んでいるんだのに」と言いますが、このひたすら前向きとも言える姿勢が、彼女の自分第一主義につながっているように思えます。そして重子は家で「母親なんて空しい」と言いますが、波子は何を勘違いしたのか、「奥様と坊ちゃまのおかげで、私の人生は楽しく充実したものになりました」などと言い出します。その後重子はともかく、なぜか和彦も母親と同じ、中原中也の詩集を超えに出して読む設定になっているのですが、これも何だか唐突です。『おんな事城主 直虎』の、直虎と政次の碁を思い出してしまいます。確かスタッフに『直虎』の人がいましたし。

結局重子は「和彦は渡さない」と決意します。このお母さんが、暢子の態度を批判するのは理解できますが、こういう描き方はやはりステレオタイプだなと思います。その暢子、スプーンで料理の味見をしており、しかもスプーンの中身が鍋にこぼれているのですが、どうもこういうところが不潔に感じられます。

一方で暢子の姉良子は、石川家に持って行く「御三味」を作ります。しかし彼女は料理が下手で、きちんと材料を揃えて本の通りに作っているのにうまく行きません。ここで思うのですが、良子は専業主婦の時代があったはずです。その時、食事はどのようにしていたのでしょう。お惣菜を買っていたのでしょうか。

ともかく準備した御三味を持って良子は別室で待ち、博夫は祖父や父親たちと話しています。そして博夫、昔ながらの考えの祖父たちにうんざりし、良子を認めないと家の敷居をまたがないとまで言い出します。そこで曾祖母のウシと母親の美和子が援護射撃をし、時代は変わった、良子を認めないのなら自分たちで家事をしろと言い、結局良子は御三味を振舞いますが、これがかなりまずく、それでも小太郎たちはうまいとほめ、良子の復職を認めます。

これだけ見ればめでたしめでたしなのですが、よくわからないのが、急にウシのような人物が現れ、すべてを解決してしまうというやり方です。「デクス・エクス・マキナ」と呼ばれるようですが、解決に至るまでを丁寧に描かず、強引に解決に持ち込んでくることを言います。沖縄の場合儒教が強く、男性同士の話し合いが主に登場しますが、少なくともそういう親戚がいたことは良子も知っていたでしょうから、なぜ相談しなかったのでしょうか。

それとこういうのはせめて新婚時代、結婚後数年の間にやっておくべきでした。ならば後々まで問題を引きずることもなく、別に良子も実家に帰ることもなかったのです。この件にしても暢子にしても、問題解決が本人たちの努力と言うよりは
誰かが身を引いてくれる
誰かが自分の代弁者になってくれる
こういうパターンが多いなと思いますし、こういうのが本人たちが成長しない一因のように見えます。

そして青柳家。重子は居間のテーブルの上に、風呂敷に包まれた弁当と手紙があるのを見つけます。手紙は和彦が暢子にす勧められて書いたもので、これまた先日のことを詫び、「今のぼくがいるのは母さんのおかげです」と書かれています。和彦も、何だかその時次第で言うことが変わりますね。しかも鉛筆で縦書きをしていたようなのに、手紙はボールペンで横書きになっています。縦書きは原稿か何かを書いていたのかも知れませんが、紛らわしいです。

そして弁当ですが、どう見ても暢子が作ったようには思えない、仕出しの弁当に見えます。それを重子はおいしくないと言いつつ口に運ぶのですが…一方ニーニー、例の養豚場で生姜焼きをぱくついています。どうもここの主人寛大は、気の進まない娘をニーニーと結婚させたいらしく、男手が必要だと示すために、腰を痛めたふりをしてみせます。しかし、他にもっとちゃんとした男性がいそうなものですが。

あと久々に登場のフォンターナ、店内に男が1人入って来ますが、どうも身なりが堅気ではなさそうです。それは、かつて厨房で働き、突然辞めてしまった矢作でした。矢作は地上げをやっているようですが、その矢作に、かつての同僚がいきなりつかみかかるシーン、あれはちょっとないでしょうね。


飲み物-アイスラテとエスプレッソキューブ
[ 2022/07/30 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 62

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、後半部分です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第25回「天が望んだ男」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/06/27/169184

1.「そなたの顔を見ていると、あの時を思い出し無性に謝りたくなった……いかんわしは何を言っているのだ。振り返ってはならぬのだ! 戻ってきたのはまちがいであった。もうよい、別の道を行く」
頼朝はそう言い出しました。
この言葉は巴だけでなく、大姫が聞いても喜ぶことでしょう。
思えば義仲を討ったせいで、その子である木曽義高も討たねばならなくなり、大姫がそれで病んでしまった。

2.源氏一門の血を討ち、頼朝は命運を縮めてきました。
先週は比企尼に、情けを捨てて命を繋いできたと言い切った頼朝。今の彼はそんな強さはなく、迫り来る死の影から逃れるしかないのでしょう。

3.そんな丸餅を皆で揃って作る北条一族。
時連がうまくいかないと拗ねている側では、ちえが嬉しそうに夫・重忠の器用さを誇っています。

4.大姫の入内が水に流れ、野心は消えてしまったよう。確かに、娘を入内させて孫を天皇にするのは平清盛と同じ道でもあります。

5.そんな頼朝に、そっと手を重ねるりく。
「りくは強いお方が好きなのです」
政子が見たら、時政が見たら、激怒するであろう場面がここに……。なんとおそろしい妖婦なのでしょうか。

1、「この言葉は巴だけでなく、大姫が聞いても喜ぶことでしょう」
「その子である木曽義高も討たねばならなくなり、大姫がそれで病んでしまった」
とあるのですが、そしてこれも何度か書いてはいるのですが、その割に義高と大姫が親しくしていたシーンが、あまり描かれなかったような気がします。またこれがもとで、大姫が気鬱状態になるシーンはありますが、病んだところはなかったと思います(病んだのは、京で、雨の中を外に飛び出した時だけでした)
要は頼朝が巴に会ってみて、あの時のことを思い出してしまい、自然と苦労を掛けたといったセリフが出て来たのでしょう。しかし振り返ってはいけないと全成に言われていたのを思い出し、大慌てで相模川を目指すことになってしまいます。

2、と言うより、生きている内に何かを成し遂げたくて、それへの焦りとプレッシャーに囚われているかと思われます。あと「命運を縮めた」とはあまり言わないような気がします。「寿命を縮めた」でしょうか。

3、些細なことではありますが、この場合は
ちえ「重忠殿のを見てください」
政子「文句なし」
ですね。御台所に褒められては、重忠も悪い気はしないでしょう。

4、確か第24回の最後で、妹の三幡(乙姫)を入内させると頼朝が言っていました。あれはどうなったのでしょう。ちなみにこの三幡も若くして亡くなりますが、頼朝が死ぬ方が早かったはずで、入内の準備は進められていたのではないでしょうか。
そして清盛とも同じですが、藤原氏とももちろん同じですね。この400年後には家康も娘を入内させ、生まれた内親王が女帝となっています。また足利義満に至っては、自らが行為簒奪を企てたという説までありますが、これは今では否定する声の方が強くはなっています。いずれにせよ権力者や征夷大将軍ともなれば、朝廷との関係は望むところではあったでしょう。

5、ここのシーンを見ても、別にりくが妖婦であるとは思えませんね。互いに京育ちであり、それゆえに北条家では話し相手もいなかっただろうし、頼朝だったらこういうことも言えるだろうと、話を切り出したわけでしょう。頼朝もそれがわかっていたから、盛長を下がらせたのではないでしょうか。


6.と、りくの恐ろしさを愛でることも楽しいのですが、あの餅を丸めていたまだ無邪気な頼時と時連を思い出してみてください。
彼らは並んで京都に攻め上り、朝廷をも屈服させます。上の世代がどうにもできなかったことを、彼らはやってのけるのです。

7.頼家もまだまだ子供と思っていたら、妻と側女を置くなんて、女子に手が早いのは親に似たのかとなるわけです。

8.大御所というのは、院政からヒントを得た発想でしょうか。
清盛を否定していたのに、娘を入内させ、日宋貿易に尽力したい――とは、結局、清盛と同じ道を辿ることでもあり、それが頼朝という人物でした。

9.海外のドラマ、特に時代劇ともなると、その国らしい風景が出てきます。
壮大な黄河の横に立つ中国ドラマとか。ドーバー海峡の白い崖が見えて、これでイングランドに戻ってきたと人々が言う英国ドラマとか。
では日本らしい場面って何か?
高い木が聳え立つ山道を馬で歩いていく――そんな景色そのものだと思えました。
盛長は、頼朝の馬を引きながら、伊豆ではいろいろあったと振り返ります。

10.阿野全成の言葉をスッカリ忘れたのでしょうか。過去を振り返ることも気にしなくなったようです。

6、「りくの恐ろしさを愛でることが楽しい」のなら、こういうレビューでやらず、個人のブログなりサイトなりでやってくださいと言いたいのですが。他にもっと書くことがあるでしょう。そして、
「朝廷をも屈服させる」
のではなく、幕府が朝廷に介入する権利を得たと言うべきでしょう。そして
「上の世代がどうにもできなかった」
上の世代がやろうとしてもできなかった、ということでしょうか。しかし承久の乱の発端のひとつが、実朝暗殺にあると言われているのだから、それは当然かと思います。頼朝の頃はまだ、朝廷とそう険悪な関係ではありませんでした。

7、将軍のような高位の武士の子で、数えの17にもなっていれば、この当時は妻と側女がいてもおかしくはないでしょう。そもそも頼家が正妻に、源氏の血を引くつつじを望んだため、比企の娘せつは側女となってしまうわけです。多少事情は異なりますが、『真田丸』の稲(小松姫)とこうをちょっと思い出します。

8、元々大御所は隠居した親王の意味で、後には摂政や関白の実父を指すようにもなっています。またこの時代は、前の将軍の住まいのことを大御所と呼んでおり、将軍の父親を大御所と呼ぶのは、室町時代以降のようですね。
また頼朝ですが、朝廷と関係を持つ、交易を支配することは、権力を握れば誰しも同じではないかと言うことでしょう。これは少し前にも書いています。

9、このシーンに出て来る風景も確かにそうかも知れませんが、日本の場合、里山と田畑がいわば原風景でしょう。

10、その前に、
「神仏にすがって、おびえて過ごすのは時の無駄じゃ」
と言っているわけで、全成の言葉もリセットされたのではないかと。


11.頼朝はしみじみと、盛長といると心が落ち着くと話しかけます。
家族がおらず、新たな家族を求めていた。黄瀬川で義経と再会して号泣した。
そんな頼朝はここにきて、いつもそばにいた家族以上に家族らしい盛長に気づいたかのようにも思えます。

11、流人時代の苦楽を共にしているから当然でしょう。これは比企尼も同じで、この2人はその意味で頼朝に取っては特別な存在なのでしょう。

それから、MVPが源頼朝とあり、「今週はすっかり毒気が抜けていました」とあって、
「その毒の源泉は何か?というと、やはり京都産のように思えます」
なる文章が続くのですが、これが長いので部分的にピックアップしておきます。


12.最後の最後になって、りくに京都育ちだと語り掛けられる頼朝。
確かに京都育ちだと感覚としてはわかっているけれども、坂東に来て距離を取ることで、京都の様々な面を理解できるようになったように見える。

13.頼朝は、京都人としてのアイデンティティではないものを追い求めていたのでしょうか。
伊豆のことを語りだす。佐殿のころ。あれが彼の本質で、最後になってそこまで戻ってきたようにも感じるのです。

12、「坂東に来て距離を取る」のではなく、
「自身が流人として伊豆に流され、北条の娘を娶ったため、源氏ゆかりの坂東の御家人たちを束ねるのに有利だった。また御家人たちも、自分達が担ぐべき存在を必要としていた」
だからではないでしょうか。無論京都にルーツがあるという点も、ことの展開を有利にしています、
それと
「京都の様々な面を理解できるようになったように見える」
と言うよりは、京では武家の政権など作れないというのを知っていたというのが正しいのでは?

13、伊豆での生活が長く、政子との出会いの地でもあり、忘れかけていた「武人の血」とでも言うべきものを、もう一度よみがえらせてくれた地でもあるからでしょう。何よりも政子と結ばれたことは双方に利があり、それは餅を持って来た時の、時政のセリフにも表れています。


そして総評で天命について。ここでまた漢籍です。

天地は仁ならず、万物を以って芻狗(すうく)と為す。老子『道徳経』
天地に優しさはない。ありとあらゆるものを、使い捨ての藁の犬細工のように扱う。天地はある意味公平で贔屓をしないのだから、あるがままに生きたらいい。

それから
「今週は軽快なコメディタッチのようで、騙し絵のような回でした」
とありますが、これは大泉さん主演の映画『騙し絵の牙』と何か関連付けているのでしょうか。
個人的には頼朝が焦り、悩み、最終的には吹っ切れて、その吹っ切れた先に、人生の終焉が待っていると思しき回ではあったかと思います。

あと、

14.泰時は、『草燃える』では頼朝の子とも取れる誘導がなされていました。鎌倉幕府の頂点に立つ正当性として、頼朝の血を用いたように思えます。
今年はそれを否定して、血筋より資質あるものに天命が降りてくるように思えます。

14、しかし何度も何度も『草燃える』を出して来ますね。10年ルールは、一体どうなったのでしょうか。今回は恐らくこのルールは無視されて、事ある毎に同じ時代を描いたこの作品が出て来るのでしょう。
尚天命はまず血筋に行きますが、しかしその血筋を絶やす人々がいて、最終的にその中の一人の血統に行くことになります。


それと、これも個人のブログにでも書いてほしいと思った箇所があります。
最後の部分で「義時が頼朝を殺したのか?」なる見出しで、義時が頼朝を殺した犯人なのかどうかといったことが書かれているのですが、まだ暗殺と決まったわけでもないのに、こういうのを大河レビューで書く必要があるのでしょうか。
他にも餅のことで、大河と直接関係ないこと、何よりも例によってと言うべきか、比較対象がおかしいと思われることが書かれていますので、それ共々別の日に回したいと思います。


飲み物-レッドビール
[ 2022/06/30 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 34続き

『武将ジャパン』の大河コラム関係、今回は他にもいくつか突っ込みどころがありますので、それらの点についてざっと。

しかもこのサークルには文覚まで参加してきおった。こいつは魚を取ってロクに仕事をせず、処罰されたばかりなのに、どこまで人として最悪なのか。

文覚が何を目的としてこれに加わったのか、あるいはなぜ生臭坊主のようなことをわざわざしたのか、あるいはそれも一考に値すべきかも知れません。

そして都の人々の義仲観。

『京都人の密かな愉しみ』というNHK番組があるのですが、さながらその中世暗黒版といった回でした。

あいにく私はこれを観ていないので何とも言えませんが、その京都人の義仲への対応として、

牛車にうまく乗れていない木曽義仲を嘲笑う。
思いつきで命令をコロコロと変える。
義仲を山猿とバカにする。
猟犬のように義仲をこき使っておいて所領を取り上げる。
人をコケにし、自分達以外は人ではないと見下す。

まず牛車から降りるときは、供の者が履物を揃えるわけですが、義仲は自分で履物を叩きつけているわけですから、これは笑われても仕方のないこと。そして思いつきで命令をコロコロ変えるとありますが、義仲自身や彼の兵の振舞い、さらには即座に出陣しない態度などもあってのことでしょう。
それから「山猿」ですが、『真田丸』の時の昌幸も上洛した際、三成から献上品の毛皮をけなされて、同じような気持ちを抱いていたのではないでしょうか。あと所領を採り上げるというのは、頼朝に東山道の軍事支配権を任されたということですが、これは頼朝の作戦勝ちのようなものですね。
また「人をコケにし」と「人ではないと見下す」、この2つの「人」の意味するものは異なっているように見えますが、具体的にどうなのか書いてほしいです。前者は義仲とその兵たち、後者は都人のことでしょうか。

そして今度は木曾義仲を呂布に例える。

『演義』はじめフィクションではともかく悪事が強調される董卓と呂布。これには考えたい要素があります。
董卓や呂布は、北からやってきた。中原にいる漢族とは異なる、異民族でした。
異民族が都を荒らし回ること。これは絶対的な悪であるとされます。
(中略)
董卓や呂布への嫌悪感の背後には、中華思想があるのです。
(中略)
義仲と呂布は立ち位置として似ています。
彼らは何が悪いのか?
確かに野蛮で、暴力的だったかもしれない。けれどもそれ以前に、異民族であって、しかも都に入った時点で悪だとみなされてしまった。
この構図にはどうしたって差別があります。
このドラマは義仲の義を描き、透き通った人物とすることで、差別構造を描きました。
そこが新しいと思えるのです。
そしてこの差別は、ずっと根底に響いているのでしょう。鎌倉から坂東武者が結束して京都へ攻め上る【承久の乱】には、華夷の差別構造を打ち破るための闘争として描かれるのだと思います。

差別云々以前の問題として、義仲は異民族なのでしょうか。彼もやはり河内源氏で、父親を頼朝の異母兄義平に殺されたことから、信濃に逃れたのではなかったのでしょうか。そして呂布は今の内モンゴルの出ですからともかくとして、董卓は今の甘粛省出身です。彼も異民族なのでしょうか。あとこの大河では描かれていませんが、義仲も朝廷から恨まれても仕方ないようなこともやっていますね。
また承久の乱は、その前提として実朝没後の将軍継承問題も関係しているわけですし、元々は義時一人を狙ったものでした。またこの時義時の調伏が行われたともあります。武者さんは、この頃呪詛はなかったなどと書いていたことがありますが、この時代ももちろん行われていました。

そして「鎌倉イケメンパラダイス」なるものが出て来ます。

ここで本作のイケメンのことでも考えてみましょう。
畠山重忠:顔の良さだけでなく、道徳心も美と考えているのか。言動に優しさが溢れています。自分の見た目ではなく、心で相手を惹きつけたい。そんな誠意が輝いています。
源義経:自分の顔がよいことをいまいち理解していないのか、顔芸をし、叫び、美貌を無駄にする。無駄な美形。美貌を使って何かしようという意識はないようだ。
三浦義村:薄々自覚はあって、女遊びをするカードとして使ってやろうじゃねえかと考えているような。でも、そういう心のドス黒さが顔にも出ているかも?
個性的ですね。
言動と総合的に考えると、義高と重忠はともかく、残りの二人はおすすめできないタイプとみた。
イケメンだからといって何もかもが許されるわけではありません。
義時は、小栗旬さんならばイケメンに決まっているけれども、むしろ誠意が先に立つ。これは凄いことだと思いますよ。八重さんデリバリーサービスがおかしかったこともあるけれど。

『花燃ゆ』の「幕末男子の育て方」、そして『青天を衝け』の「国宝級イケメン」への批判は一体何だったのでしょう。またこういう個人の趣味と言っていいことを書く辺り、この大河を掘り下げようという気持ちが少々薄れているのではないか、そう思いたくもなります。そしてこんなのも。

顔のいい男にメロメロしているのは、女だけでもないのが中世です。

中世に限らず、その後の時代でも衆道は存在し、夜の相手をさせられたこともあったようです。『おんな城主 直虎』でも直政が家康に呼ばれて、驚くシーンがありましたね。

そして義経の個性について。

義経は鞍馬の修行に意味があったかわからないと言いました。
(中略)
そういう伝説(鬼一法眼から六韜三略を与えられた)を全否定しないものの、義経の天才性はそうして得た後天性ではないという示唆に思えるのです。
義円は『孫子』を暗誦していた。
義経はそれに苛立って脅威を感じていた。
自分にない、後天性で身につけた才能を義経は嫌ったのでしょう。

とあり、さらにこのように書いています。

このドラマの義経は、先天性の才能と災厄を持つと設定されているのでしょう。
どうして義経をこんなに嫌な性格にするのか理解できないという感想は見かけます。『麒麟がくる』の信長もそうだったとか。
人間の多様性を考慮しているのでしょう。
三谷さんの『真田丸』で物議をかもしたヒロイン・きりを思い出してください。
きりはもっと無難な造形にできた。それをああも個性的にした。
“普通”で“無難”な人間だけがこの世界にいるわけではない。性格の個性を描いた結果でしょう。

要は、この義経は書物で得た知識ではなく、天性の軍事的才能ともいうべきものを持ち合わせていたということでしょうか。しかしこの場合多様性と言うか、ドラマを面白くするため、様々な登場人物に違ったキャラを持たせるということであり、別にこれはこの大河のみに限った話ではありません。ここでまた『麒麟がくる』の信長を引き合いに出してはいますが、様々なキャラ設定という点では、別に武者さんが嫌いな大河の登場人物であっても同じです。
それから
「きりはもっと無難な造形にできた」
ですが、彼女を常に信繁と共に行動させるのであれば、あのくらいでないとだめでしょう。無論それはそれでいいのです。疑問なのは、なぜ武者さんが「もっと無難な造形にできた」と考えるのかということです。ただ単に
「“普通”で“無難”な人間だけがこの世界にいるわけではない」
というのを書きたかったからなのでしょうか。しかし「“普通”で“無難”な人間だけ」であれば、ドラマなど作れないでしょう。
それと「性格の個性」て一体なんでしょうか、人物の個性のことですか。

視聴率に関して。
これも『鎌倉殿の13人』の最初の方で出て来ましたが、

海外は視聴率ではなく、視聴者数や再生数で換算します。

つまり視聴者数を考慮に入れろということですが、二言目には「海外は」、出羽守と言われても仕方ありません。

ゆえにこれからは、視聴率は重視されなくなります。
『鎌倉殿の13人』の視聴率はそこまで高くありませんが、視聴回数とのかねあい、反響等評価されることでしょう。

だそうですが、リアルタイムの視聴率が12パーセント台に下がっているのは、武者さんとしては不満なのでしょう。いくつか理由は考えられますが、登場人物が多すぎるという意見もあるようです。
そもそも自分が嫌いな大河の視聴率は叩いておいて、好きな番組の視聴率が下がったらこういう形で持ち出すというのも感心しませんね。来年の大河がもし嫌いな作品で数字が低かった場合、視聴率をことあるごとに持ち出して来るのではないかと思ってしまいます。

スマートフォンやタブレットでもNHKが見られる。
そんなNHKプラスアプリが、テレビ接続デバイスにも対応しました。Amazon Fire Stick等を用いて、バンバン大河が見られるようになったことを意味します。

NHKがこういうのに参入するのは、やはり受信料のこともあってと思われるのですが、なぜかそれについては一言も書かれていません。その一方で、嫌いな大河や朝ドラのコラムでは、受信料の無駄遣いなどとあるのですね。

そして働き方改革。

韓国映画『パラサイト』はアカデミー賞を獲得し、話題となりました。
のみならず、あの作品はキャストとスタッフの労働環境を遵守したことでも特別なのです。
『鎌倉殿の13人』には、そんなところでも特別であって欲しい。

とありますが、キャストとスタッフの所謂「働き方改革」は『西郷どん』や『まんぷく』の頃から行われています。『まんぷく』は、安藤サクラさんがこのことに感謝していたようです。
あとアカデミー賞受賞ならば、一行程度でもいいので『ドライブ・マイ・カー』にも言及してはどうでしょうか。

しかしなぜここまで大河と直接関係ないことを、こう長々と書くのか理解できません。これを書かせる運営サイドにも問題ありかとは思います。

最後に、実はこれは書き洩らしていた分なのですが。

(三浦義村は)女にちょっかいを出しているけれども、隠し子ができるような段階まではそうそういかないそうだ。その点、義経はあっさり比企の道とそうなっていた。

義経が共に一夜を過ごしたのは「里」です。「道」ではありません。道と一夜を過ごしたりしたら、比企能員が黙っていないでしょう。しかも第14回の時点で、義経の隠し子などは出て来ていませんが。


飲み物-注がれるコーヒー
[ 2022/04/15 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

ガブリエルの猟犬

3月25日は「受胎告知日」でした。つまり大天使ガブリエルが、ナザレのマリアのもとに、イエスを身籠ったことを告知したとされる日です。ちなみにこの時期、ワイルドハントの一種とも取れる「ガブリエルの猟犬」が、空を跋扈するといわれています。

「西洋魔術博物館」様のツイートにはこのようにあります。


実際は雁の渡りというのが、何だかオチのようでもあり。

ところでこのリプ欄に”My Favorite Things”とありますが、かの『サウンド・オブ・ミュージック』に登場する曲です。確かにこの”wild geese that fly with the moon on their wings"という歌詞もありますね。

雁が渡るのはもちろん西洋でも同じで、『ニルスの不思議な旅』では、ニルスとモルテン(NHKアニメではキャロットも)が、アッカ隊長率いる群れと共にラップランドへ、そして秋には南の方へと旅をしています。

飲み物-ミルクが注がれる紅茶

[ 2022/03/27 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』コラムで紹介された2つの記事に関して

先日2回分の投稿で触れた『武将ジャパン』の大河コラムですが、前回分の後の方で、例の佐竹攻めのシーンに映り込んだ男性のことが書かれていました。とはいっても、
「再放送で修正されたとのこと。素早い対応お疲れ様です」
とだけあります。随分あっさりしていますね。もし『青天を衝け』でこういうことがあったら、かなり批判しているのではないかと思います。

そう言えば『おんな城主 直虎』の最初の方で、戦国期ではなく今の、つまりセントレアのある東海地方の地図が誤って紹介されていましたが、その時も特にどうという感じではありませんでした。ただ『真田丸』のおむつの件も含め、武者さんの好きな大河で時々こういう、ある種の放送事故が起こっているような気がします-無論偶然ではあるでしょうが。

それから政子を演じている小池栄子さん関連で、
「小池栄子“宇宙一のメロンパイ”から大女優へ 大河「鎌倉殿の13人」で北条政子役が高評価」
という『日刊ゲンダイ』の記事がコラムにリンクされています、武者さんに言わせれば性差別的で、「古くてセンス最悪なコピー」であり、「結局のところ、小池栄子さんに敬意がないからこうなる」とまで書いています。元々小池さんはグラビアアイドルだったので、恐らくこのような表現をしたものと思われます。無論受け止め方は人様々です。

しかし、「小池栄子さんに敬意がないからこうなる」とあるのはどうでしょう。武者さんも、性差別かどうかはさておき、嫌いな大河では似たようなことをやっているのではないでしょうか。その意味で、これはブーメランのように取れます。あと山本耕史さんの肉体美に関する記事で、やはり『日刊ゲンダイ』の
『山本耕史は脱いでも凄い! 「鋼の錬金術師」で高まる“うっとりマッチョボディー”への期待』
という記事が紹介されており、これもセクハラじみているということらしいです。

武者さんに言わせれば、こんな記事で偏見を撒き散らされたらたまったものではないらしいのですが、両方をチェックした限り、概ね小池さんや山本さんに好意的で、特に山本さん関連の記事は、主に『鋼の錬金術師』実写版のアームストロング少佐役について紹介する記事です。このアームストロング少佐も山本さん同様筋肉隆々で、そのため記事タイトルもこうなっているのでしょう。さらにこの記事、最後の方で『鎌倉殿の13人』の、
「あんなジイサンでも俺の身内なんでね」
についても書かれており、そこまで変な記事だとは思いません。

しかしこのコラムでは
「性差別的でおっさん向けサービスばかりの大河はパス――若い世代がこうなったら日本の時代劇に明日はありません」と結論づけられています。ここでは時代劇となっていますが、無論大河も含めてのことでしょう。ただどうも飛躍した感は否めません。結局のところ、本当はそうでもない記事を武者さんが性差別だと言い、偏見をばら撒いていると主張しているだけのようにも見えます。
尚いずれの記事も4ページ目の最後の方で紹介されています。
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/03/21/167273/4

飲み物-ホットチョコレート
[ 2022/03/26 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』「許されざる嘘」あらすじと感想-2

『鎌倉殿の13人』関連投稿ですが、まずは『どうする家康』SPについて。

どうする松本潤?徳川家康の大冒険
(NHK ONLINE)

早くも来年の大河関連番組ですが、しかし再来年は一体…?

そしてあらすじと感想第二弾です。
まず先日も書きましたが

平家の出番が少なすぎる

鹿ケ谷の陰謀も描かれずに、後白河法皇の幽閉、そして頼朝や北条氏と平家方の敵対が出て来ても、いささか説得力を欠くのではと正直思います。そのせいか、南都焼討の描写も簡単でしたね。その反面八重の出番は多い。今のところ『八重の桜』ならぬ『八重の鎌倉』といった感じがしなくもありません。別に八重が出て来るのはいいのですが。あそこまで義時や政子を、彼女と絡めて描くべきなのでしょうか。

そして鎌倉。御所も出来上がって政子が移って来ます。この時袿の下には袴をつけず、小袖の着流しのままですね。りくはその姿を褒めるものの、頼朝が夫時政よりも広常や景時を重んじる姿勢、また政子が産むべき後継者への期待などで、今一つ面白くありません。既にこの時の彼女の怒りもまた、後の時政追放へとつながって行きそうです。

面白くない人物がもう1人います。言わずと知れた義経です。そもそも平家との戦があるから馳せ参じたにも関わらず、飢饉で兵を出せない上に、同母兄の義円が孫子の知識や和歌を披露したりするため、余計に自分の存在が霞むように見えたのでしょう。そこへ運よくというか、叔父に当たる新宮十郎行家がやって来て京へ上れと頼朝をせかします。戦ができる状況でもなく、しかも束の間の政子との時間を大事にしたい頼朝は、多忙を理由にこの叔父に会おうとしません。

そのため行家は、頼朝の弟たちを誘いますが。蒲冠者範頼から逆に誘われ、頼朝の家人になど毛頭なる気はない行家を怒らせます。しかし義円がこれを後悔したため、義経はこの兄をけしかけ、行家に従うように言いくるめます。あまつさえ、頼朝宛てにこのことをしたためた手紙を預かった義経は、その手紙を破ってしまいます。やはりこの人物は、思考回路は常人とは違うと見るべきでしょう。しかし破り捨てるのであれば、人目につかない所でやるべきでした。この辺は脇が甘いといえます。

ちなみに、この破った手紙を元通りにするというのに、かの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクへの手紙を連想してしまうのですが、似たようなシーンが三谷さんの人形劇にも登場します。パペットホームズの踊る人形が出て来る回で、べインズから渡された、人形文字の解読の仕方が記された紙をホームズは破ってしまいます。しかしこの回のラストシーンで、それが元通りにつなぎ合わされていることから、あるいはこれをヒントにしたとも考えられます。

結局この手紙の件で頼朝に叱られるものの、未だ男児がおらず、しかも、義経の武人としての才能を見込んでいた頼朝は語調を和らげ、お前を後継者にとも考えているとも言います。無論頼家が後に誕生するため、これは実現しませんでしたが、これに似た例として、豊臣秀次と秀頼の関係があります。関白となったものの、思いがけず秀頼が生まれたため、秀次は関白の座を追われ、叔父である秀吉は疑心暗鬼にかられます。

無論義経は秀次と立場が違いますが、こう言われて悪い気はしません。しかしその後、男児が生まれるための祈祷を全成が行っているのを見て、複雑な表情をします。つまり彼の場合、実の兄のうち1人の存在が面白くなく、行家に同行させてしまうのですが、もう1人の実兄である全成は、自分が異母兄の後継者となる道を、いわば遠ざけることをしているわけで、どうにも複雑な心境にならざるを得ないでしょう。ちなみにこの義円は、『吾妻鏡』では鎌倉入りはしていません。

その後政子が懐妊し、男児を望む頼朝は、全成の意見を容れて徳を積むべく、伊東祐親・祐清父子の恩赦を行います。しかし赦されるはずだったこの父子は、かの善児によって落命します。清盛退場回は、祐親退場回でもあったわけです。

それにしてもオリキャラとはいえ、実に絶妙なタイミングで現れるこの善児ですが、祐親はこの男を使って、頼朝や北条時政を殺めようとは考えなかったのでしょうか。尚『吾妻鏡』では、祐親はこの助命をよしとせず、自刃したことになっています。祐清はその後で亡くなったとされています。

しかし、直に千鶴丸を手に掛けたこの善児がまだ生きているため、生まれる子は命が短いと全成。景時の家人になった善児ですが、さて、今後の彼の運命や如何に。何せこの人の運命が、次の鎌倉殿の運命にも関わっているのですから。

ところで今回の『武将ジャパン』関連コラム、ざっと見たところ、範頼が義経の「半兄」となっています。父親が違う兄のことを競走馬ではこういいますが、この場合だと母親が違うわけだから「半兄」とはなりませんね。そもそもこの言葉、人間の場合も使うのでしょうか-せめて「異母兄」「腹違いの兄」ではないかと思うのですが。
(2022年3月23日一部修正)

飲み物-トディ
[ 2022/03/23 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

セント・パトリックス・デーとレプラコーン

3月17日はセント・パトリックス・デー、アイルランドの祝日です。

この日については過去にも書いていますが、聖パトリックはアイルランドにキリスト教をもたらした聖人で、シャムロックの3枚の葉を使って、三位一体説を説いたとされています。さらに、アイルランドから蛇を追い払ったという伝説もあります。追い払うと言うより、そもそもアイルランドは気候的に蛇が生息できないのですが、これが聖人の偉業となってしまうのですね。蛇がキリスト教では、邪悪な生物とされるのを考えると納得です。

またこの日のコスプレとして、レプラコーンの服装は人気があります。このレプラコーン、緑の小人ともいわれていて、緑の服に、ベルトがついた緑の帽子をかぶっています。実際アイルランド国内には、「レプラコーンが通るので注意」という交通標識もあるほどです。

元々は靴職人であるともいわれ、また黄金のありかを知っているなどといわれてもいます。かの『ハリー・ポッター』シリーズにも、このレプラコーンは登場しています。

ところでラグビーのシックスネーションズ、フランスを追うアイルランドです。次節フランスがイングランドに負け、アイルランドがスコットランドに勝てば、アイルランドが優勝となるのですが、無論どちらも勝利であっても、得失点差によって優勝という可能性もありえます。

飲み物-グリーンビール
[ 2022/03/17 23:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』今後の義経

『武将ジャパン』大河関連コラムですが、次に読むとしたら壇ノ浦関連の回の後でしょうか。しかし、毎度同じような書き方だなと思います。この文は個人ブログ向きでしょう。以前ある大河関連ブログで、作品がかなり客観的に紹介されていたのを見て、寧ろこのブログ主さんに書いてほしいと思ったことさえあります。

ところで壇ノ浦ですが、この大河ではどのように描かれるのでしょうか。今のところ、平家方の人物もかなり限られていますし、源氏方が都落ちして行く平家を追いかけるというよりは、同じ頃の坂東をメインに描きそうな気がします。一方で、木曽義仲と朝廷との確執などに尺を取るのではないかとも思います。

それから義経ですが、今の時点では戦上手とか、兄に追われる悲劇のヒーローといった印象はあまりなく、好き放題やらかして物議を醸す、どうもそのような人物に描かれる気がします-無論、この後キャラ変する可能性もありますが。

ところで日本アカデミー賞の授賞式を観ていたのですが、義経役で、『花束みたいな恋をした』にも出演した菅田将暉さんが話題賞受賞でした。それはいいのですが、プレゼンターが小栗旬さんで、しかも『ミステリと言う勿れ』の久能整のスタイルで登場していたのは、ちょっとしたサプライズでした。

それとNHK出版の大河ドラマのガイドブック、『麒麟がくる』からこっち、同じ時代背景の大河を紹介するようになっています。前編は『草燃える』でしたが、後編は何になるのでしょう。『義経』か『平清盛』か、あるいは『炎立つ』の可能性もあります。しかし源平大河は本数が少ないですね、今回の分を入れて7本です。そのため、戦国物や幕末大河ほど競争率は高くはないかと思われます。

それにしても3月に入ったというのに、まだ再来年の大河が発表されていません。昨年一昨年と1月に発表したのは、何のためだったのかとさえ思ってしまいます。あと『どうする家康』の新キャストもまだですが、これは『となりのチカラ』の放送が終わって、松本潤さんのスケジュールが大河メインになってからでしょうか。


飲み物-ビールと夜景
[ 2022/03/12 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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