fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  日本文化

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 82その2

『武将ジャパン』大河コラム、第44回後半部分関連記述への疑問点です。


鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第44回「審判の日」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/11/21/172147

1.空々しく公暁が反論しても、八幡宮の別棟として、鎌倉殿を支えることが天から与えられた道だと諭します。

些細なことではありますが、「別棟」ではなく「別当」ですね。昨日の「馬を用意している」(実際は「蓑を用意している」)もそうですが、この手のミスが今回もいくつかありますね。

2.圧倒的な北香那さんの演技。感動が押し寄せてきてたまりません。
彼女は、権力などどうでもいい。我が子を愛したい。そんな母親です。実衣やりくとは違う。

出演者の評価ならここでやるのではなく、後の総評の方でやってもいいかと思います。それとつつじの場合、権力を持とうにも持たせてもらえなかったのも事実で、だからこそ息子への愛を貫くことができたのでしょう。

3.当初の薄緑色の衣装を着て、ニッコリ笑っていた義時はもう遠い。
誰が見ても悪くなったからこそ、こんなやりとりに説得力があります。脚本を書く側と、演じる側。その双方に信頼関係がなければこうはいかないと思います。
義時は悪いけど、三谷さんと小栗さんの関係はとても善いと思います。

「脚本を書く側と、演じる側。その双方に信頼関係がなければこうはいかないと思います。義時は悪いけど、三谷さんと小栗さんの関係はとても善いと思います」
どの大河でも脚本と主演とは、大体こういう関係ではないのでしょうか。それと、こういうのもあらすじの途中で書くべきなのか、どうか。

4.雪の朝。
義時が政子と対峙しています。

この1月27日、朝はまだ雪は降っていないはずです。警備担当の時房が空を仰いで、降らなければいいのだがと心配しているシーンがあり、午後、政子と実衣が出かけようと言う時になって雪が降り始めていますね。しかもこの後で、
「夕方に降り始めた雪が積もり始めています」
ともあり、何か矛盾しているように見えます。

5.「正しいと思った道を選んでここまでやって来た。そうではないのですか。今さら誰に何を言われようとひるんではなりません。私たちは正しかった。いつだって」
闇そのものがうずくまっているような義時の顔。存在感。
言葉とは裏腹にまっすぐな気持ちがまるで感じられないのは、先ほどの実朝と比べてみるとよりわかるでしょう。

「まっすぐな気持ちがまるで感じられない」
だから何なのだ、と思うのですが…。この時代まっすぐに生きていたら生き残れないからこそ、幼なじみの御家人をも騙し討ちにし、北条の地位をゆるぎないものにしたわけであり、そして政子も本意か不本意かは別として、そのやり方を認めざるを得なかったからこそ、今の尼御台としての彼女があるわけでしょう。公式がそう言うのならまだしも、あまり闇闇言うのもどうかと思いますし、実朝はそれができず、なのに鎌倉殿という高い位置にいたからこそ、狙われるもととなったのですが。

6.なんせトウは、頼家暗殺の当事者です。仲章に口を割られたら一巻の終わりとなるかもしれない――そうした状況を踏まえ、必ず吐かせてみせると勝ち誇る仲章。

これ「口を割る」のは仲章でなく、トウではないかと思うのですが。それと仲章は、義時が頼家暗殺の黒幕と気づいてはいたでしょうが、トウが関わっていたことを知っていたでしょうか、恐らく刺客が自分を狙いにくることはわかってはいたでしょう。

7.これまで目立ってきた母親像が、損得ありきのりく、実衣、のえだったせいか、あまりに真っ直ぐな彼女たちには胸が痛くなるばかり。

別に損得ありきの母親でもそれはそれでいいのです。彼女たちもまた、のえ以外は夫とはそこそこ円満な関係であったはずです。逆に真っすぐでないからこそできたこともあるのですが、なぜか彼女たちのそういった部分を評価しませんね。それと実衣は、本当に権力好きなのか迷うところです、言ってはなんですがその割に才覚というものをあまり感じず、身内に守られて生きて来た感がありますので。

8.一方、北条義時は空っぽだ。
前半は散々「全部大泉のせい=頼朝が悪い」と言われていましたが、後半になると「主役は泰時ではない」と言われてしまう。

この後に新聞記事のリンクがありますが、その見出しには
「NHK大河「鎌倉殿の13人」いつの間にか主人公交代…小栗旬「義時」→坂口健太郎「泰時」へ」
とあり、「主役は義時ではない」が正しいようです。これもケアレスミスなのかも知れませんが。

9.便宜上、大河には主役がいますが、実際には群像劇であることも往々にしてある。

群像劇だから主役がいないわけではなく、それぞれのパートの核になる人物がちゃんといます。
群像劇大河の典型と言うべき『国盗り物語』(多分武者さんは観ていないでしょうが)には、
斎藤道三→織田信長
葛籠重蔵
雑賀孫市
といった感じで、異なったいくつかのパートで、メインとなる登場人物がいました。

10.そしてもうひとつ。義時には思想がない。
空っぽゆえに歴史上、果たすべき役割が入り込んでくる。ゆえに本人は空洞。

思想がないからこそ、ここまであれこれと策を弄することができたのでしょう。無論まだ思想も学問も不在ではありましたが、義時が体を張って世の中を安定させた後に、嫡子泰時がその部分を埋めることになったとも言えます。

11.それに反して泰時は、思想がある光秀と同系統の人物といえる。

それとこれとはちょっと違いますね。光秀は結局は主君を殺して墓穴を掘ったとも言えますし。『麒麟がくる』を出したいのだなとは思いますが。

そしてバーナード・コーンウェルの『神の敵アーサー: アーサー王物語』の説明、これが承久の乱につながるものがあるとして、やけに長々と書かれています。正直に言って、比較するにはちょっと…と思われるのですが、ここでは省きます。そしてここで気になったのが

12.アーサー王はイギリス人の国民的英雄なのに、神の敵とは何ごとか?
要するにキリスト教の上陸前、ケルト民族の神を信じているから「神の敵」なのです。

アーサー王は、元々はアングロサクソンではありません。ケルト民族の一派であるブリトン人とされています。ただアーサー王物語には、キリスト教の王として描かれていたりもします。

13.ゆえに、こういう心を掘り下げる作品は、今後、増えると思います。
役者さんは演じるにあたり、脚本を受け取って、この役はどういう心なのか考えて、水の中に飛び込むように入り込んで演じるのだと思います。
(中略)
そうして脚本の中に描かれた心と、演じる役者の心と、見る者の心が触れ合って、ハーモニーとなってずっと響いている。
そういう次元に、このドラマは到達していると思えます。だから面白くないわけがない。

私としては面白い部分もあればそうでない部分もあるし、殆どの大河、ひいては映像作品とは、観る人によって評価が別れると思います。武者さんがこう書くのは、三谷さんの作品だからと言うのも多分にあるでしょうね。

14.でも、そもそも戌の神様って?
今週でてきた十二神将像を調べていたら、困惑したので書きますね。
十二支とは?
中国の戦国時代以来のもの。
十二神将とは?
仏教由来で、干支と組み合わせた。
ちなみに中国と日本では異なります。
つまり、インド生まれの仏教と、中国生まれの十二支と、組み合わせたもの。それを日本人が独自解釈して敬っている。

十二神将は中国大陸伝来で、かの地では十二支と結び付けて信仰されており、日本でもそれにちなんで、十二支を採り入れた姿で表現されています。この十二神は、元々はインドの神話に登場する魔物で、中国大陸に仏教が入った際に十二支と結びついたという説もあります。いわでもですが薬師如来の守護神です。

で、その後
「もうこれだけ神がいるなら、義時もなんとかなりますって!」
前回の分では、酷い最期を期待と書かれていたのですが…。

飲み物-レッドビール
スポンサーサイト



[ 2022/11/25 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(2)

『舞いあがれ!』「お母ちゃんとわたし」第3話と第4話の感想

本題に行く前に、先日分の朝ドラと大河関連の投稿で、意味が通りにくい箇所があったので直しています。

ではこの2話を観て感じたことです。

舞はめぐみと五島に行くことになります。そして、その日の朝まで悠人の添削をしてあげているめぐみ。このお母さんは、勉強を見てあげてもいるようです。悠人はお父さんとの2人暮らしをしんどいと感じているようで、舞に早く治れよと言いますが、その実舞のことも気になっているのでしょう。2人が発った後、悠人は舞が作ってくれた、合格祈願の剣玉を見つけます。東大を目指していること、小学6年生であることから、いい中学に入るための勉強に追われているのが窺えます。

舞はめぐみとフェリーに乗っています。今回は飛行機という「乗り物」がテーマですが、このフェリーでの移動もきちんと描かれているのに好感が持てます。そして初めて会う祖母の祥子。舞には何となく怖そうな人に移ります。その祖母自身が操縦する船に乗り、さらに車に乗って家に到着します。通された部屋は、昔めぐみが描いた絵や賞状があり、めぐみが所謂できる子であったことがわかります。

その後舞は、不思議な少年を目にします。ガアッパ、つまりカッパに見つかると言い、舞に静かにするように言った後、行ってしまったと伝えます。この子は生のキュウリをかじっており、着ているTシャツにもキュウリの絵があって、まるで彼自身がカッパのようです。実はこの子は、めぐみの友人の信吾の息子でした。めぐみは大学時代に浩太と駆け落ちをして、そのまま戻っておらず、久々の再会だったわけです。

診療所にお世話になるだろうから、挨拶に行くと言うめぐみを信吾は車で連れて行きます。この五島で元気になってほしいと言うめぐみに、うちの子供たちと仲良くすればいいと信吾。後部座席の一太は何となく乗り気のようです。ところでこの回は、さだまさしさんのナレによるばらもん凧の紹介があります。

その後祥子の家には船大工の豪、山中家の娘さくらが次々と姿を見せます。祥子はイチゴを使ってジャムを作っています。冷蔵庫にもイチゴが沢山あり、豪は勝手知ったる他人の家といった感じでそれをつまみます。知らない人たちに舞は戸惑いながらも挨拶をします。豪は、祥子に取って夫雄一の形見とも言うべき、如何にも昔風なラジオの修理もしていました。豪や山中家との付き合いは、恐らく何十年にもわたっているのでしょう。

その夜、舞はさくらが持って来たタコに触ろうとしてめぐみに注意され、その翌日また熱を出します。診療所の医師谷が来てくれます。この役を演じているのが前川清さんです。そして舞が熱は39度と言うところで「サンキュー」と言ったりするが、親父ギャグ臭さを醸し出しています。そして谷は、体に悪いところがなければストレスのせいかも知れない、ともかくゆっくりやればいいと言って帰って行きます。

どうもめぐみが危ないと思って先に手を回すことで、舞が自分の意見を言えなくなり、それが発熱につながっているように見えます。以前『ちむどんどん』で、歌子は心因性発熱(ストレス性高体温)なのかと書いたことがありますが、この舞の場合は、やはりストレスが引き金になって発熱しているように見えます。この朝ドラは医事考証が入っているせいか、こういうところはかなりきちんと描いています。

するとまた一太が現れ、今度はひょうたんを出してガアッパよけだと言います。翌日熱が下がった舞はめぐみと学校へ向かい、この一太そして妹の凜と出会います。そして1年生と3年生のクラスに入りますが、自己紹介をするより前に一太が名前を皆に言ってしまいます。おまけにトイレに行きたがる妹の世話もし、舞のいい友達になりそうな子です。ちなみにひょうたんは魔除けの意味合いがありますね。

ここで思うのですが、学校へ行く前のちょっとおどおどした舞に比べ、学校から帰って校外学習のお知らせを差し出す時の舞は生き生きとしています。何かが吹っ切れたようです。しかしこれにもめぐみは不安げですが、祥子はここでぴしゃりと、舞はどうしたいのかと聞きます。そしてさくらから長靴を貰い、当日一太と凜も迎えに来て、舞は張り切って海へと出かけて行きます。

それと一太と凜が歌っているのは、典礼聖歌407番の「マリアさまのこころ」という聖歌でしょうね。恐らくメロディーは聞いたことがあると言う人もいるかもしれません。しかし教会でこれを歌っていると言うことは、一太の家はカトリックなのでしょうか。五島列島、あるいは天草なども隠れキリシタンの多い地域であり、今なお信徒が多いことを考えると、そうであっても不思議ではなさそうです。尚今ある教会(聖堂)は、もちろんキリスト教信仰が許可された後に建てられています。


飲み物-コーヒーとチョコレート
[ 2022/10/07 01:15 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 73その1

『武将ジャパン』、大河コラム第36回関連記事、前半部分への疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第36回「武士の鑑」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)


1.時政は狡猾です。爺様(じさま)こと三浦義明の仇討ちだとして三浦一門をけしかけている。

時政の場合は、武蔵が欲しくて御家人を煽っている感じですね。脇も甘いし。狡猾というのは、自分を利するためにずる賢く立ち回ることであり、寧ろ三浦義村の方がそういう形容がぴったり来そうです。

2.感情に流される義盛と、感情を一切断ち切って進む義村がそこにはいます。同族、同時代、似たような環境でこうも違うとなると、先天性の個性があるのでしょう。

「先天性の個性」と言うより、ここは「持って生まれたものの違い」とでもしてほしいです。

3.今でこそ湘南リゾートのイメージが強い由比ヶ浜ですが、この浜では結構人骨が発掘されます。
当時から「処刑あり、火葬あり」といった調子で、かなり大量に出てくるんですね。
(中略)
今年の湘南は、爽やかなイメージではなく日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』こと『鎌倉殿の13人』観光を展開していて、なかなかシュールなことになっていますね。

いつから『鎌倉殿』が、日本版『ゲースロ』になったのでしょうか。武者さんの個人的願望でしょう。

4.間が悪いのが北条泰時です。義時の継室・のえが実は悪女であることを伝えようとして、怒鳴り返されます。
「今はそれどころではない!」
時房に出直すよう諭され、廊下に出た泰時は彼女とすれ違うのですが……なにやらお腹を抱えて苦しそうな表情をして、うめいています。

当初はのえのことで、何か別のことが発覚したのかと思ったのですが、どうもそうではなさそうでした。しかしもう義時も感づいているでしょうし、のえも妊娠している以上離縁は難しいでしょう。

5.ちょっと気になるのが泰時の性格です。
彼は空気が読めません。
どこかギスギスした雰囲気で、父も叔父もイライラしているとなれば、察することもできるはず。しかし彼はそういうことが苦手です。一言で言えば不器用なのでしょう。
そんな夫の欠点を補うのが初でしょう。
これまでも義時と泰時の間でクッション的な役割をこなしてきました。
彼女がいないところだけに、泰時もああなってしまったと。

「そんな夫の欠点を補うのが初でしょう」とあるのですが、無論この回に初は出て来ませんし、彼女がいないからああなったとも一概に言えないかとは思います。私としては、そういう泰時の性格がやや鬱陶しく感じられますが。

6.実朝は下文を取り下げたいと戸惑っています。あんな卑劣な騙され方を祖父にされて気の毒ですが……それでも義時は、一度取り下げたら威信に傷がつくと認めません。
これは世の真理かどうか?
一度決めたことを撤回することの是非とは面白いものです。義村あたりなら案外あっさり取り下げるかもしれない。

征夷大将軍たる人物と、御家人の義村を同列に論じることはできないのではないでしょうか。重みが違いすぎます。

7.『真田丸』の真田昌幸はホイホイ方針を変えて、「朝令暮改の何が悪い!」と開き直っていましたね。
そうすることで「この表裏比興が!」と言われることをどうでもいいと割り切れた。性格が左右しますね。彼は少数派です。

こちらも、なぜ鎌倉時代と戦国時代を同列に論じるのか不明です。ついでながら『真田丸』の昌幸の性格は、戦国という混とんとして掟破りが当たり前とも言える時代とよくマッチして、かなり面白いものがありました。

8.そもそも時房は、北条家の中でも立場が強くありません。異母弟である北条政範の下にいるような立ち位置であるからこそ、りくからも手厳しく言われる。

母親の身分の違いでしょう。りくの子である政範は、若くしてそれなりの官位も貰っており、異母弟と言えども時房は頭が上がらなかったわけです。

9.畠山は必ず討ち取るという時政に、しなだれかかります。
「しい様はいかないで」
「わしは御所に残って鎌倉殿をお守りする」
醜悪の極みを見せつける男女。この姿を覚えておきましょう。
我が身可愛さだけを考えている下劣さ。重忠とちえが蓮の花のような清浄の極みだとすれば、これは泥そのもの。
同じ夫婦愛でも大違いだ!

何だか時政とりくが、「醜悪の極み」だの「我が身可愛さだけを考えている下劣さ」などと言われていますが、時政には時政の考えがあったわけで、一概にこう表現するべきかどうかはかなり疑問です。一方で重忠とちえも「蓮の花のような清浄の極み」などと書かれていますが、何だか気恥ずかしくもあります。無論武者さんがそう思うのならそれでいいのですが、ただあくまでも個人レベルでの話です。
せめて
時政とりくは何とでも武蔵を手に入れておきたく、そのため畠山を討つ必要があった、一方重忠はこの事態にどう対応するべきか悩み、わずかな手勢を連れて、ちえと言葉を交わした後鎌倉へ向かう。この時の別れが、夫婦の永久の別れとなった。
くらい書いてほしいです。

10.なお、この一連の場面で、時政がりくを叱りつけた理由に「女子は黙っておれ!」という言葉はありません。
これは現代への配慮だけでもない。
巴御前のような女武者もいるし、当時は性的な役割分担がそこまで強固ではありませんでした。
本当に畠山は謀反を企んでいたのか?

まず最後の
「本当に畠山は謀反を企んでいたのか?」
改行を忘れたのでしょうか。どうもそれまでの文章とはあまり関係がなさそうなので。
そしてこの「女子は黙っておれ」云々ですが、巴御前のような女武者なら戦国期にもいますけどね。

そしてなぜこのような記述があるのかと思っていたところ、このようなツイを見つけました。

https://twitter.com/Sei_Kobeee/status/1571740540647141376
大河ってそんなにいうほど「戦は嫌でございますぅ」と女どもが言ってましたか?あれだけ長い歴史のものなので全部見ておりませんけど。ミソジニー混じりのインターネットミームの類じゃないかと思っていますが。

この「戦は嫌でございます」はかの『江~姫たちの戦国~』で登場します。ですから他の大河ではともかく、この中ではそういうセリフが出て来ますし(と言うか、第1回からかなり凄まじい展開でちょっと驚きますが)、『花燃ゆ』にもいくらか似た表現があります。しかし武者さん的には、この大河はもう10年以上前のもので、10年ルールが適用されるのではないでしょうか。それとここに来て急にこういうことを言い出したのは、一体なぜなのでしょうね。

11.そうはいっても大軍勢で囲まれたら終わりだと三浦胤義が張り切ると、兄の義村が「黙っていろ!」と諭す。兄弟でも性格は正反対のようで、同時に兄として弟を導く気力もあまりなさそうですね。

ネタバレになりますが、この胤義は後に承久の乱で、京都方について兄と敵対することになります。それもあって、この頃から不仲であるという描かれ方になっているのでしょうか。

12.ここでちょっと気をつけたいのは、兵法の理解度です。
『孫子』や『呉子』などはこの時代にもあり、そういう書籍を読み、理解したとわかる武士の言葉も残されています。
とはいえ個人差があります。
布陣を理解している重忠と泰時は、漢籍を読みこなしているとわかります。重忠は「武衛」が「佐殿の唐名(とうみょう)」だと理解していたし、泰時は『貞観政要』を愛読していると判明しております。
そう言い合う義時と義村。これもこの二人の教養が滲んだ言い回しともいえる。
矛というのは古代中国の武器で、それを収めるというのは漢籍を読んでいれば出てくる言い回しです。時政や義盛は使わなさそうですが、その義盛が重忠との交渉役に選ばれました。

また漢籍ですか(苦笑)。ここで重忠は、武衛のことを理解しているとありますが、ドラマ中で上総広常に、頼朝のことを武衛と呼べと言ったのは義村ですね。

それと「矛」(鉾)ですが、古代中国に限らず日本でも使われており、特にこの鎌倉時代までは武器として使用されたとも言われています。また祭りでも鉾が登場することはあり、たとえば大阪の天神祭には鉾流神事(ほこながししんじ)がありますし、京都の祇園祭の山鉾巡行も有名です。古事記にも出て来ますし、少なくとも矛または鉾は何であるのか、知っている人は多かったでしょう。ちなみに天神祭の鉾流神事は10世紀半ば、山鉾巡行は9世紀半ばの清和天皇の時代に始まっています。


飲み物-スミスウィックのスタウト
[ 2022/09/23 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』第21週感想-4と『芋たこなんきん』

まず『ちむどんどん』第104回、今回もざっとです。

  • 三郎の格好、あれは一体何でしょうか
  • 沖縄そばの試作シーンに『まんぷく』を思い出します
  • 「接客、予約の受け方の確認を…」暢子はフォンターナの癖が抜けてない?
  • 「人はよ、何回でも人生をやり直せる」だからニーニーが更生できないのか
  • 和彦はイナムドゥチ作るよりちゃんと家事を分担した方がいいのでは
  • お腹の子が蹴るにしては、暢子のお腹が目立たないのですが
  • 田良島は新聞社からわざわざここに来たの?
  • 来店するのがお馴染みの顔ばかりですね

何だか智のケガの件、伝言ゲームと化していまずね。しかし智もお見舞いなのか、バナナを食べているのはいいのですが、皮をテーブルにべたっと置いているのが汚く見えます。
それとこれも突っ込まれていましたが、三郎の黒の着物に数珠は一体何でしょうか。あれで笑わせるつもりなのかも知れませんが、病院に黒い着物で数珠なんて、洒落にならないと言うか不謹慎では。

沖縄そばの試作。何だか既視感があると思ったら、『まんぷく』のラーメン試食のシーンにちょっと似ているような気がします。しかしそれはともかく、什器の問題とか消防への届け出はもう終わったのでしょうか。
そして料理しかやらないと言っている矢作に「接客、予約の受け方の確認を…」て、フォンターナで料理人が何でもかんでもやっていた、あの乗りなのだろうなと思ってしまいます。無論矢作は料理しかしないと言い切っていますが。

そして東京での営業が終わった賢秀と清恵。清恵が話していたのは自分自身でしょうが、ニーニーがそれに気づいているかどうかは疑問です。そして
「人はよ、何回でも人生をやり直せる」
ニーニーがいつまでもまともな社会人になれない所以でしょうか。
あと、如何にも堅気でなさそうな男が、なぜか高級レストランのはずのフォンターナに入って来ます。清恵のことを知っているようですが、どうも彼女を騙した男のようです。ところでこの役を演じていた田邊和也さん、『鎌倉殿の13人』の曾我十郎ですね。

また和彦がイナムドゥチ(沖縄風豚汁)を作るのはいいのですが、それよりも家事を分担した方が、よほど暢子のためになりそうなのですが…。それとコラム執筆はもう終わったのでしょうか。それから暢子が、お腹の子が蹴ったと言っていますが、胎動は妊娠後期です。その割にお腹が目立たないのですが、暢子は今何か月なのでしょうか。

で、無事開店となったのはいいのですが、来店する人たちはお馴染みの人たちばかりですね。開店して数時間は暇そうで、お昼過ぎから夕方にかけて、ぼつぼつ人が入るような設定の方が、現実味があるような気がするのですが…。

そして今回は、同じ9月1日放送、そしてその前後の『芋たこなんきん』にも触れておきます。健次郎が脳出血で病院へ搬送され、子供たち、町子、そして晴子が集まって来ます。この中で気づいたと言うか、印象に残った部分をいくつか。

  • 町子「この手を離さへん」
  • イシ「おかず炊いてるよって」
  • 母親の死がまだ理解できない隆
  • カレーを作る晴子、だけど味が今一つ
  • 次の日曜日が登の誕生日であることに気づく健次郎
  • 台所に、澄子が買っていた登へのプレゼントを見つける健次郎

町子も講演先の長崎から病院へ急行します。手術は成功したものの、危険な状態が続くためICUに入れられた健次郎。町子は「この手を離さへん」と、その手を取ります。

健次郎の脳裏をかすめているのでしょうか、昭和38年の12月に、健次郎の最初の妻澄子が亡くなるシーンが登場します。葬儀が行われますが、末っ子の亜紀はまだ赤ちゃんで、そのすぐ上の隆も、まだこの状況をよく飲み込めていないようです。そして夕食がまだかと祖母のイシに尋ね、イシは「おかず炊いてるよって」と言いますが、隆はお母ちゃんはカレーだと言っていたと言い、母親をなおも探し回ります。

ところでこの「炊いてる」、普通は「ご飯を炊く」意味で使われますが、大阪のみならず西日本では、煮ることもこのように言います。関東煮(かんとだき)などはその一例でしょう。筑前煮も元々は「ちくぜんだき」のようですし。この『芋たこなんきん』放送時の少し前、民放の読売テレビの報道局の方のサイトで、それに言及されています。ちなみに1582の記事です。
https://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/1501-1600/1581.html
(道浦俊彦/とっておきの話)

その後健次郎の妹晴子が、カレーを作ってあげるのですが、味が今一つらしく、皆調味料でそれぞれ味を自分好みにして食べる始末です。その他にも、澄子がいなくなったため、子供たちの服がどこにあるのかわからない、体操服がなくなった、朝子供たちがなかなか起きて来ないなど、ちょっとした騒動になります。しかも次男の登の誕生日が近いのですが、健次郎はそのことを忘れかけていました。

その健次郎は夜中に台所で、見慣れない紙袋を見つけます。それは澄子が、登の誕生日のために買っていたプレゼントでした。

そして話は1991年、平成3年に戻ります。町子が健次郎の手を握りしめていたその時、健次郎の目から、涙が一筋こぼれます。

ところでこの町子が健次郎の手を離さないシーン、『ちむどんどん』で嘉手刈さんが、結果的に話してしまったものの、戦争中に女の子の手をしっかり握っていようとたという話をどこか思わせます。

しかし設定が違うものの、同じ病院のシーンでこうも違うのかと思わされます。あと家族のために純子が作った弁当、その前の出前の寿司、どちらも美味しそうでした。


飲み物-ローズヒップティー
[ 2022/09/02 00:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

雛祭りそして節句の意味

雛祭りですね。

この3月3日を含め、1年には節句が5つあります。五節句と呼ばれています。元日もそうですし、子供の日である端午の節句、七夕そして重陽の節句がそれに当たります。今はこれらの節句はお祭り気分で、ご馳走を食べてというイメージが強いのですが、元々これらの日は季節の変わり目に当たり、忌み日としてお祓いをする日でした。

これは前にも2回ほど書いていますが、ひな祭りも元々は人形(ひとがた)を身代わりにして、自分の穢れを負わせて流すもので、今も流しびなにその名残があります。そして菱餅や白酒は、その身代わりとなった人形に捧げられたものでした。

また桃もこの時期に咲くからというだけでなく、魔除けの意味合いがあります。そういえば『古事記』にも桃が登場します。こちらは、黄泉の国から逃げるイザナギノミコトの窮地を救う存在として描かれています。またかなり昔から、桃の実は神仙の果実とされて来ました。

無論他の節句にも魔除けの意味合いを持つ植物があります。たとえば端午の節句では、チマキに使われるチガヤ、菖蒲、七夕では笹、そして重陽の節句では菊が、それぞれの節目の魔除けとして用いられています。

おひなさま
[ 2022/03/03 23:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』「挙兵は慎重に」あらすじと感想-その2

『鎌倉殿の13人』第3回の感想です。まず、後白河法皇幽閉に至るまでが描かれていないと先日書いています。源氏と北条氏が主人公ということもありますが、やはりこれはドラマの中で触れてほしかったですね。

特に史実と創作をつなぐためにも、多少は嘘でもいいので、それらしい描写を挿入してほしいなとは思います。この「それらしい」部分というのは実は大事なのではないでしょうか。史実は史実として描いて構わないのですが、それと創作の部分とがどうも分かれがちで、後者の部分がやはり荒唐無稽と感じる人もいるでしょう。それと結局頼朝が挙兵することになったのは、三善康信の早とちりによるものなのかどうか、そういった部分をもう少し描いてほしかったです。

また八重が一礼しているのに、政子がやけに手を振っているのは、何か勝ち誇ったように見えてしまいますね。その八重、夫である江間次郎は、未だに彼女にとって家人のままなのでしょう。何やら『風林火山』のヒサと平蔵の関係を思い出します。結婚後も夫を呼び捨てにしていましたし。

文覚が義朝のどくろを持ち歩いているというのには、かの「頼朝公十四(十三)歳時のされこうべ」を思い出します。しかし猿之助さんということもあり、「平家だ平家だ」と力説する辺りは「詫びろ詫びろ」さながらでした。しかも「黒崎さん」もそばにいましたしね。

ところで時政が大番役を務めていた時、源頼政に野菜を持参しています。この時頼政はさほど関心も見せず、後になってあの芋はうまかったなどと言われたため、時政はあまりこの人物をよく思っていないようで、それも頼朝が挙兵しなかった一因となっています。また国衙での野菜の献上、堤に蹴散らされてしまいましたが、そもそもこの時期は飢饉が来るかとも言われており、野菜もさほど豊作ではなかったことでしょう。

そしてりく。悪阻のせいもあって、普段はそう気にしないであろう夫の体臭が気になるようです。また以仁王の挙兵に関しては、失敗するとずばりと言い当てており、夫に対しては、挙兵の機会を失って悔しがるのならともかく、安堵とは何たることと厳しく咎めます。彼女の性格が何となくわかります。

大庭景親と伊東祐親。平家の勢力拡大を今はまだ喜んでいるのですが…。祐親は政子を目代の兼隆に嫁にやれとまで言う始末です。実際この時点では、頼朝が旗揚げをするなど思っていなかったのも事実でしょう。

主人公でありながら何やら地味な義時。義村を連れて国衙に赴き、木簡を盗み見ますが、よく誰にも気づかれなかったものです。それと後白河法皇がいつ出て来るのかと思ったら、ああいう登場の仕方でしたか。三谷さんらしいと言えばらしいです。尤もあの当時、夢占いなどはよく行われていたようです。

あとカラスと源頼政に、『ゲゲゲの鬼太郎』を連想します。カラスはメッセンジャー的なところがありますし、カラスヘリコプター(カラスブランコ)という移動手段もあります。一方頼政、この人は鵺退治の伝説がありますが、平成の終わりになって復活した鵺(地獄の四将のひとり)を、石動零が退治して自分の中に取り込んでしまいます。1000年の時を経てよみがえった鵺ですが、零の鳴弦がかなり堪えるようです。

そもそも鬼太郎は妖怪であり、こういう「あやかし」、呪術的な世界観はこの時代と親和性が高いのでしょう。目玉おやじが、夜に活動するようになったせいで、人間は妖怪を怖がらなくなったと言ってもいましたね。


飲み物-トディ
[ 2022/01/27 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』水干と梁塵秘抄

先日書いていた、『鎌倉殿の13人』の時政の水干に関して。

実は鎌倉時代(実際はまだそうではありませんが)に於いて、菊綴がついた水干は検非違使、あるいは五衛府の官人しか着なくなっており、そのため菊綴がないのも納得です。何よりもこちらの『太平記』の足利高氏、京に上る途中に花夜叉一座の石と出会うシーンで、高氏は水干を着ています。もちろんこの場合も菊綴はついていません。ただこの時は上頸ではなく、垂頸にして水干を着ています。このため、下に着ている着物の襟が見えています。

太平記2高氏を成敗しようとする石

これに対して時政は、上頸にして水干を着ています。

鎌倉殿の13人時政水干

この辺りが時代の差というべきなのでしょうか。時代としては、高氏の方が100年以上後です。また2人とも、裾を袴に着込めてはいますが、高氏は前と後ろについている紐を、たすきがけにしています。片や時政は、普通に紐を結んで着ています。鎌倉時代を作った1人である人物と、室町幕府を開いた人物、それぞれの水干の着方の違いが見て取れます。

それから時政が都に発つ際の宴、実は義時が八重に恋心を抱いた時の宴でもあるのですが、この時に工藤祐経が祝い歌を歌いながら踊ります。

海には万劫亀遊ぶ、蓬莱山をや戴ける。仙人童を鶴にのせて、太子を迎えて遊ばばや。

『梁塵秘抄』319番の祝い歌です。如何にも中国的な神仙思想ではあります。ところで万劫(まごう)御前という女性が、この当時の伊東氏の一族にいますが、かの曾我兄弟の母親といわれています。

あと、実はあらすじのところで和田義盛も登場していたのですが、書き洩らしていましたので、書き加えています。というか、義盛と伊東祐清との三浦義村を比べた場合、義村がやけに弁が立つようですね。

三谷大河も3作目になりました。最初は関東の青年たちが、移り行く時代を目の当たりにしながら、自分たちもと思い、勇んで浪士隊に加わるのを描いた作品でした。第1作ということもあり、三谷大河そのものもまた初々しかったといえます。第2作になると、戦国時代の大国の思惑に弄ばれる、小さな国衆の息子が主人公になりますが、この場合は彼の父親の存在が大きく、その父の背中を見ながら育ち、長じてからは人に揉まれつつ成長するのを描いた作品でした。ただこの作品は、終盤で失速した感もありました。

今回の第3作も時代が移り変わっては行きますが、しかしこの場合は時代を作り上げる側の人物であり、時代を終わらせる人物とは必ずしも言えません。真田昌幸的な存在感のある人物もおらず、その意味で今までとかなり違った、見方によっては3作品の中で、一番「普通」に近い大河になりそうな気もします。

飲み物-ホーセズネック
[ 2022/01/16 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(2)

ハロウィンあれやこれや

早いものでと申しましょうか、ハロウィンまであと10日ちょっとです。尚このブログでは、一部ハロウィーン表記もあります。所謂表記ゆれというやつなので、見つけ次第修正しておこうと思います。

この時期になると、ほぼ毎年のように書いているテーマですが、このハロウィンは元々ケルトの祭りで、この翌日から新年が始まると同時に、妖怪や魔物の類が人間の世界にやって来て、跳梁跋扈すると言われています。今のハロウィン関連コスプレで、お化けや魔女のコスプレが多いのも、元々はこの祭りのこういう性格が関係しています。この頃からクリスマスの時期辺りが、欧米では怪談の多い時期でもあります。

日本ではなぜか欧米の祭り=キリスト教徒の祭りと考えられちですが、ハロウィンはキリスト教が普及する前に、ケルト民族の間で行われていた祭りです。従ってクリスマスや復活祭とは異なり、キリスト教とは何の関係もなく、寧ろ邪教の祭りとして忌み嫌う教派もあります。尚この翌日は死者の日(万霊節)で、こちらはキリスト教の祭日です。

無論このハロウィンに関する怪談、都市伝説などもあります。例えばお化け提灯、ジャック・オー・ランタンのモデルになった人物は、生きている時に悪さばかりして、あまつさえ悪魔を騙してしまい、死んだ後天国にも行けず、地獄からも締め出しを食らったことから、ランタンに火を入れて、夜道をさまよい続けることになったと言われています。

もちろん『ピーナツ』で、カボチャ大王の存在を信じるライナスが、自らカボチャ畑に行くのもこのハロウィンです。一度チャーリー・ブラウンの妹サリーを連れて行った時、結局カボチャ大王が現れなかったことから、「トリック・オア・トリート」ができなかったと言って、サリーがひどく怒ってしまいます。

『ゲゲゲの鬼太郎』のEDテーマ『あるわけないのその奥に』では、お化け屋敷に迷い込む子供たちが登場しますが、何となくこのハロウィンを思わせる雰囲気があるので、その内リンクを貼ろうかと考えています。ただ鬼太郎のEDでは、枠内にまとめる意味もあり、タイトルの「あるわけないのその奥に」ではなく、その前の「そこのけのけもののけが通る」の部分が、終盤に来ています。しかしこのフレーズも、和製ハロウィンと呼ぶべき百鬼夜行の雰囲気がありますね。


飲み物-アイリッシュコーヒー

[ 2021/10/20 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

怪魚と半魚人と『ゲゲゲの鬼太郎』

9月3日は「怪魚の日」でした。怪魚と言えば、どうしても思い出すのは人魚とか、半魚人といった妖怪変化の類です。実際キリスト教圏では、堕落した聖職者が魚となってしまうという言い伝えもあります。また、少なくとも西洋の場合は、人魚は上半身が人間、下半身が魚というのが人魚の定義となっており、半魚人の方が寧ろグロテスクなイメージがあるのですが、他の地域では半魚人的な人魚もいるようです。かのアマビエも人魚の一種とされています。

ところで半魚人と言えば、『ゲゲゲの鬼太郎』にも登場します。原作のみならず、今までのアニメシリーズにも何度か登場しており、鬼太郎がこの半魚人から、カマボコにされてしまったりもします。これに関しては、第6期のを観たことがありますが、半魚人がペットのダイオウイカに魚を獲って来させ、カマボコを作って高値で売りつけるも、誤って船を遭難させてしまったことから、事情を聞き出そうとする鬼太郎をネズミ男が(例によって)売ってしまいます。鬼太郎はダイオウイカと一体化して大量の魚を獲らされ、最終的にはイカもろともカマボコに加工されます。

この「鬼太郎かまぼこ」をECサイトで見た猫娘が驚き、砂かけばばあの貯金でカマボコはすべて購入され、元に戻った鬼太郎は、美少女メイドに化けて半魚人に近づき、欲に目のくらんだ半魚人を人間にしてしまうと言う筋書きです。人間になった半魚人は、メイドの正体が鬼太郎であることを知って騙されたと気づきます。しかし既に妖怪としての力もない上に、ネズミ男から、工場のカマボコに悪戯をしているバイトテロ画像をネット上にばらまかれ、地位も資産も失った元・半魚人は自殺まで考えたものの踏み切れず、海辺で一人釣り糸を垂れていた時に、ネズミ男と再会します。

このエピソード、結構面白くて笑える割には、最後の方はちょっとブラックです。何と言っても鬼太郎カマボコが買い戻され、板から切り離されるや否や、しゃべり始めるというのはちょっと不気味なものも感じさせます。しかしカマボコの購入資金100万円のみならず、鬼太郎を元に戻すためのお金まで用立てする砂かけばばあの財力は侮れません。ちなみに鬼太郎を元に戻した妖怪病院の医師は、半魚人を人間にする手術も手掛けることになります。

しかし半魚人自体は、あまり日本では馴染みがないものです。やはり人魚とか海坊主、あるいは船幽霊などが、日本の海の妖怪の主流のせいでしょうか。

飲み物-ランプと水とウイスキー
[ 2021/09/05 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

雛祭りと踊る人形

雛祭りですね。

人形を飾るようになったのは、江戸時代ごろからと言われています。
元々は所謂流し雛で、穢れを人形に託して、流してしまうという意味合いがありました。それが後になって、人形を飾る女の子の祭りへと変化します。
尚かの桜田門外の変は、安政7年のこの日、江戸城へ雛祭りの祝賀に向かう井伊大老が襲撃された事件です。この日は今の暦では3月の下旬ですが、江戸は時ならぬ大雪に見舞われていました。
それはともかく、この雛人形は端午の節句の武者人形とは違った華やかさが感じられ、七段飾りにもなると、最早日本版ドールハウスといった感もあります。

ところでシャーロック・ホームズのシリーズに、『踊る人形』(The Dancing Men)というのがあります。
この人形とは本物の人形ではなく、様々な動きをしている棒人間で表現された暗号で、特定の動きを特定のアルファベットに当てはめて解読して行く話です。
パペットホームズでは、べインズがホームズをおちょくる内容になっていましたね。


おひなさま
[ 2021/03/03 11:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud