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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『武将ジャパン』の2つのコラムその他

『どうする家康』の新しいキャストが発表されていますが、それはまた次回に書く予定です。

今年の大河も1クールが終わり、『武将ジャパン』の大河コラムも1回を除き毎回見て来ましたが、やはり
漢籍マウント
嫌いな大河(特に『青天を衝け』)との比較
大河本編にさほど関係のない話(含中国史関連)が延々と続く
このパターンは変わらないようです。

また小檜山氏のツイートを見ていても、『カムカムエヴリバディ』のような嫌いな朝ドラはオカルト呼ばわり、嫌いな大河には厳しい意見が多いと言う割に、『麒麟がくる』のような、好きな大河への厳しい意見はスルーしています。好き嫌いだけで物事を決めると、白黒つけたがるため論調が極端になりかねません。というか好き嫌いは表裏一体でもあり、どのような形であれ、常に意識しているという点では同じなのですが。

ところで大河以外の直近のコラムで、直江状のものと、弓矢についてのものを見たのでざっと書いておきます。リンクは張りませんが、URLは置いておきます。

家康激怒!『直江状』には何が書かれてた?関ヶ原を引き起こした手紙 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) 
https://bushoojapan.com/bushoo/takeda/2022/04/14/47411

まず直江状、何でも慶長5(1600)年の4月14日に送付されたからとのことで、堀秀治と伊達政宗を出して来たのはわかるとしても、西笑承兌についても書いているわけですから、この人のことをもうちょっと紹介してほしかったですね。興味がある方は、『鹿苑日録』がネットで読めるのでお勧めです。
後半部分は直江兼続と政宗関連のエピソード中心で、顔文字(絵文字ではありません)などを使っているせいもあり、歴史コラムというより柔らかめのブログ記事といった感じです。あと伊達が上杉を脅かしているとあるのに、最上義光のことが書かれていませんね。

それと弓矢に関して。

なぜ鎌倉武士は弓矢をそこまで重視したか?鎌倉殿の13人ギモン解決 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/jphistory/middle/2022/04/14/167678

最初の方は弓そして矢の紹介ですが、2ページ目にこのようにあります。

源平合戦の時代が終わり、世の中が平和になると、文化、芸術、娯楽が発達します。
和歌を詠み、蹴鞠を楽しみ、読経に勤しむ。
かつて軟弱とされていた技能が重視され、武士たちの憧れる技能も変化していきました。
結果、鍛錬に時間のかかる弓術はどうしても疎遠になる。
太平の世が終わり、再び乱世が訪れた南北朝時代では、弓術の技術が低下していました。
代わりに長柄武器、槍、長巻、打物(打撃武器)で敵を倒すことが発達します。

これ、ちょっとおかしいですね。
鎌倉時代には、騎射三物と呼ばれる犬追物、笠懸、そして流鏑馬が盛んに行われています。騎射、つまり馬上から矢を射る技を磨くためのもので、「鍛錬に時間のかかる弓術」が「疎遠に」なったりはしていません。源平合戦が終わって太平の世とありますが、その後承久の乱も起きていますし、さらに三浦一族を滅ぼした宝治合戦や元寇もありました。江戸時代と勘違いしていないでしょうか。無論南北朝時代を舞台とした『太平記』でも、弓矢が使われています。

そしてその後の部分。

時代が降った戦闘技術を、大河ドラマで振り返ってみましょう。
『麒麟がくる』の序盤、明智光秀と細川藤孝が剣術で対峙する場面がありました。
一方、松永久秀や斎藤道三、織田信長たちは鉄砲に興味を抱くことで、それが物語の鍵ともなります。
技能は剣術。
合戦での遠距離武器は鉄砲。
弓術の重要性が低くなっているのが一目瞭然です。

「大河ドラマで振り返ってみましょう」とありながら、『麒麟がくる』しか引き合いに出されていませんが、これで鉄砲が出て来るのは当然としても、それより前の戦国時代を描いた『風林火山』には弓矢での戦闘も登場し、甘利虎泰が敵の矢を受けて戦死するシーンもあります。しかもこのコラムの1ページ目に、戦国時代に作られた弓が紹介されているのですが。
また弓術の小笠原流は、鎌倉時代以降に成立しています。鉄砲が登場した後一時衰退するも、武芸として江戸時代にも行われていました。そういう点も書いてほしいものです。

たしかに今川義元と徳川家康の異名「海道一の弓取り」という言葉には、その名残もありますが、実際に彼らが弓の使い手であったかどうかは別の話。

この弓取りというのは武士をほめていう言葉であり、戦国時代には領国を持つ大名のこともこう言いましたからそちらの意味に取るべきでしょう。こういうコラムを読んでみると、やはりどこかもの足りなく思う部分はあり、それが大河のコラムにも共通すると言えるのかも知れません。

それから大河関連のコラムの方で、『義経』の六韜三略について触れられており、『鎌倉殿の13人』では、こういう伝統的な義経のイメージを覆したといったことも書かれていました。しかしそもそも『義経』の場合は主人公であり、それにふさわしい設定になっていたからではないかと思います-いくら何でも、主人公で今回のような設定の義経はちょっと考えられないでしょう。ところでこちらは17年前の大河なのですが、10年ルールは結局どうなったのでしょうね。

それと北条家は宗時、政子、義時、実衣の下にまだ妹や弟がいたはずですが、彼らのその後が描かれていません。

あと個人的に、八重が「駒」化しているように見えてしまいます。八重はオリキャラではないからまだわかるにせよ、あまりにも出番が多くないかと思いますが、武者さんが八重を好きなのもそれが理由の一つなのでしょうか。そういえば、義仲の幼名は「駒王丸」なのですが、武者さんが大河コラムでひどく義仲に肩入れしているように見える(確かにいい奴ではあるかも知れません)のは、この名もやはり関係しているのでしょうか。


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[ 2022/04/16 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 7

『武将ジャパン』関連続きです。

文覚が登場するシーンで、

怪しい僧侶は坂東武者に殴られ、水に沈めかけられております。
このドラマのアクションシーンは生々しい。これまた『麒麟がくる』と比較しますと、あれは剣術の系譜がありました。
当時はまだそんなことは先なので、ともかく殴っちまうのが上等です。
その場に居た北条宗時が止めに入ります。泳げない文覚は浅瀬にも関わらず慌てふためいていました。やはり坂東の治安は悪くて怖い……。

ここでまた『麒麟がくる』。しかも
「あれは剣術の系譜がありました」
などと書いていながら、これまた具体的にどのような系譜なのか不明です。

しかも剣術がどうこうと言いながら、武者さんは昨年の『青天を衝け』コラムでは、木刀での剣術の稽古が危険だなどと書いています。流派によって、たとえば神道無念流などでは木刀を使っていたのですが、ご存知なかったのでしょうか。

それからこの部分。

人妻相手に悪質ストーカーとなってしまい、ノイローゼとなった彼女の手引きで彼女自身を殺してしまい、世を儚んで出家しているのですね。

『源平盛衰記』で、出家する前の遠藤盛遠の頃に、人妻であった袈裟御前に恋心を抱いたものの殺してしまったという話がありますが、それのことを言っているのでしょうか。しかしこれはあくまでも創作だとされています。このことを書くのなら、創作だと断ってほしいですね。

そしていよいよ挙兵が現実味を帯びてくるのですが、どれだけ兵を集められるかというシーンで。

波に乗れば、味方は増える――そんな見立ても重要なところでしょう。利害関係やノリで、ホイホイ去就を変えられたらたまったものではありません。ゆえに、武士たちにも道徳観が浸透してゆきます。
二君に仕えることは恥である。忠義を見せろ! と、人質をとるだけではなく、道徳観の浸透も課題になっていくのですが、それはまだ後世のこと。これはそんな時代より前の話。

道徳観の浸透と書かれていますが、武者さんが好きな『麒麟がくる』の頃でも、「利害関係やノリで、ホイホイ去就を変え」る武将はいたかと思うのですが。「武士たちにも道徳観が浸透してゆく」時代とか、「後世のこと」とは一体いつ頃の話なのでしょうか。

ところで今回のMVPが義時なのだそうですが(このMVPにどれだけ意味があるのか疑問ではありますが)、

そしてこの義時は、なかなか大変で画期的なことを思いついています。
まず、事前に兵数を把握すること!
そんなもん当たり前だと思いますか?
でも、それが当然なら、なぜ以仁王があそこまで無様な負け方をしたのでしょうか。
兵数の把握は、戦国時代ならば当たり前です。『麒麟がくる』では、斎藤道三が主人公である明智光秀と、我が子・斎藤義龍に数珠を数えさせていました。
パッと見て数が把握することが勝敗を決すると、彼の中ではもうわかりきっているのです。
しかし、そんなセオリーが定着する前の時代だからこそ、義時は計算をします。
兵数が大事だという発想を義村から聞くと、米のことを思い出す。そしてそこから実数を出すようにしているのです。

しかしこれ以前にも日本では戦が行われており、それなりの兵を集めているのですが、それはどのようにして集めたと武者さんは考えているのでしょうか。そしてここでも『麒麟がくる』(苦笑)。またこのひとつ前の「波に乗れば、味方は増える」ですが、初戦に勝てたとしても、その後も頼朝に従うという保証はないのではないかと思います。しかし義時がこういう兵数割り出しをやったことが、武者さんは嬉しくて仕方ないようですね。

また以仁王の挙兵の場合、平家の先発隊は300騎ほどいたにも関わらず、源頼政の手勢は50騎余りであったともいわれています。他にもこの挙兵は既に平家方の知るところとなっていたとか、皇位継承争いが絡んでいたとか、色々いわれています。実際これが発覚したため、以仁王は臣籍降下させられ、平家軍が自邸に差し向けられたという知らせを聞いた以仁王は、女装して逃げ出しています。女装は頼朝ならぬ以仁王だったわけです。

しかし以仁王は親王宣下を受けておらず、本来は令旨という名でこの手の書を出すことはできません。武者さんがこのコラムで、なぜこの部分に突っ込まないのか不思議ではあります。嫌いな大河であれば突っ込んでいたのでしょうか。ちなみに『平清盛』の「以仁王の令旨」の回は、この大河の中でも視聴率は最低でした-裏番組にスポーツ中継があったのかも知れませんが。

そしてこの後頼朝の挙兵が行われるのですが、未だ世の中は平家の支配下にありました。平家が危うくなるのは、この後の治承・寿永の乱以降ですね。

その他にも後白河法皇の夢関係とか、木簡などの小道具作りは大変だろうとか書かれているのですが、それに関してはまた次回にて。
(この項続く)

飲み物-ウイスキーロック

[ 2022/01/29 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』関連と月曜プレミア8

1月21日は「ライバルが手を結ぶ日」でした。慶応2(1866)年のこの日に、薩長同盟が結ばれたことにちなんでいます。その薩長同盟、そして先日ご紹介した『武将ジャパン』絡みで、小栗旬さんの髷姿についてまず書きたいと思います。

先日ご紹介した分で、小栗さんが地毛を伸ばしているという部分がありますが、小栗さんが大河で地毛を伸ばしたのは、これが初めてではありません。武者さんはお気に召さないでしょうが、『西郷どん』の坂本龍馬役で地毛を伸ばして髷を結っています(向かって左)。

尤もこの時は藩主にお目見えするため、曲がりなりにも髷を結っているわけで、普段はザンバラ髪でしたね。右奥は大久保利通を演じる瑛太(現・永山瑛太)さんです。

                                     西郷どん龍馬髷2 

最近の説では、龍馬は薩摩抱えになったといわれています。また薩長同盟も、龍馬が仲立ちをしたのではなく、小松帯刀と桂小五郎が互いに同盟を結んだというのが有力視されています。
        
龍馬の描かれ方も、徐々に変わって行くと思います。この『西郷どん』では最新の研究を採り入れて、御花畑屋敷での同盟締結となっていましたが、この次に幕末物が作られるのなら「薩摩藩士・坂本龍馬」が登場する可能性もありそうです。

さて、その第2回の『武将ジャパン』関連コラムですが、どちらも構成は似たような感じですし、何より女性たちの描き方が武者さん好みではなさそうです。昨年のであのように描かれたら、毎回のように批判非難の嵐でしょう。しかしご本人はこの大河が今のところお好きなようで、だからこそ悪く書きたくないのだろうと思います。

ならば坂東武者の荒ぶる様子、頼朝が幕府を打ち立てようという意気込みを、もう少し評価してあげてもいいとは思うのですが、このコラムを見る限り、あまり素直に評価している印象ではなさそうです。先日も書いたように、事ある毎に『麒麟がくる』をやたらに持ち出しているのが目につきます。

この様子では、結局途中で方針変更ということもありうるし、その予防線を張るために、わざとストレートにほめないということかとも思いたくなります。『いだてん』の時とちょっと似ています。

それと第2回のレビューで、乳母という女性を介在するシステムに触れた後、

大河のオープニングで、尼将軍が堂々と立っていることには大きな意義があります。ですので、比企尼にもご注目を。

などとありますが、これだとまるで、尼将軍すなわち比企尼のように受け取られてしまうのではないでしょうか。

それから、三谷大河に限らないとは思いますが、史実とフィクションとを分ける時は、フィクションの部分も史実に沿うようにしてほしいものです。史実とフィクションの関連性はやはり大事です。両者があまりかけ離れていると、やはり面白くないのは事実ですから。

ところで今なお青天ロスという人もいるでしょう。実は徳川家康の中の人、つまり北大路欣也さんが24日の月曜プレミア8テレ東系列で放送される『さすらい署長風間昭平スペシャル』に出演です。コロナ禍で、なかなか収録できなかったようですね。

(テレビ東京・BSテレ東公式サイト)

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[ 2022/01/22 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『逃げ上手の若君』と北条時行

8月の下旬になりますが、辻さんの訃報と『逃げ上手の若君』という投稿をしています。その中で、この『逃げ上手の若君』の漫画を読んでいるとも書いており、実際現時点では第2巻までを読んでいます。この先、南北朝の動乱の中で、主人公の今後の生き様がどう描かれるか楽しみです。

ところでこの投稿では、『英雄たちの選択』で主人公の北条時行(相模次郎)が紹介されることにも触れていますが、この番組を観たところ、作者の松井優征氏のインタビューがあり、これほど少年漫画向けの人物もいないとのこと。確かに「流浪の王子」と呼ぶにふさわしい人物ですからね。

その時行は鎌倉幕府滅亡後、諏訪氏の許に身を寄せ、諏訪頼重が中先代(時行のこと)の乱を起こすに至るわけです。実際今も長野県には、北条のつく地名が残されています。

またこの番組中では、様々な分野の第一人者が、彼の行動について話を進めて行きますが、彼は北条氏を糾合するのと、後醍醐天皇につくのとどちらを選ぶかの問いに関しては、すべての人が北条氏を糾合すると答えていました。

滅亡したりとはいえども、北条の名は依然として大きなものでもありましたし、100年余りにわたって幕府を仕切って来た力は侮れなかったようです。さらに後醍醐天皇の南朝に与した時行は、京と鎌倉を抑えるまでに至ります。元々が平氏である北条氏のこと、六波羅探題の場に幕府を開くという選択肢もあったでしょう。しかし、こちらは源氏である足利尊氏は、かつて源頼朝がそうであったように、征夷大将軍のみならず惣追捕使にも就任し、治安を乱す者たちの鎮圧に乗り出そうとします。

時行は後に3度目の鎌倉入りを果たしますが、その直後に尊氏が攻め入り、かつての北条の家臣たちと共に捕らえられ、辰口で処刑されます。日本史上、若くして散った武将というのは多いのですが、この人はかなりその後の可能性を秘めた、その意味で非常に「惜しい」人物であったともいえそうです。

しかし漫画の影響もありますが、今後この人物の研究、あるいはこの人物への関心が高まれば、再び南北朝大河が作られる可能性もあるでしょう。これは先日書いたように、1年物でなくていいので、2クールで個々の武将にスポットライトを当てるようにすれば、面白いのではないかと思います。皇室絡みでもあるためなかなか描きにくい南北朝ですが、見方を変えればまだ手付かずの主人公の宝庫ともいえますので、あとは描き方次第でしょう。

ところで番組中の再現映像、『太平記』のいくつかのシーンを思わせるものがありました。


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[ 2021/11/18 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

源実朝という人物

再度北条氏と源実朝に関して。この実朝を暗殺した首謀者は、三浦義村であると考えられており、実際『草燃える』などではその説が採用されています。しかしそれ以外にも北条義時をはじめ、複数の御家人たちが示し合わせたという説や、公暁の単独犯行説もあります。

『鎌倉殿の13人』がどの説を採用するか、あるいはそのいずれも採用しないのかは、もちろん現時点では不明です。ちなみに公暁は、実朝が父の仇であると吹き込まれたと言われる一方で、自身が将軍職を狙っており、実朝をあやめたという見解も存在します。

ともあれ、まだ鎌倉幕府は東国のローカルな政権としての性格が強く、北条氏と御家人の対立などもあったことから、この時期の将軍というのは、生易しいものではなかったようです。一方で宋へ渡る夢を抱き、船を作らせたりもしましたが、結局この船は使い物にならず、この夢は断念せざるを得ませんでした。

また義時が、北条の家人を侍に準じた身分にするよう実朝に要請しますが、これは許可が下りませんでした。実はこの当時、御家人は侍であったものの、彼らの家来は正確には侍ではなかったのです。しかしその後北条氏の家人は御内人(みうちびと)となり、最終的にはその中の筆頭が内管領となり、鎌倉幕府末期の幕府内の腐敗の一因ともなって行きました。

またこの人物は、和歌や蹴鞠なども嗜んでいました。これは父頼朝や兄頼家も同じでした。特に実朝は後鳥羽上皇の政を手本としていた以上、こういうことに関心を持ち、かつ行うのは当然ともいえました。そしてこの蹴鞠は、その後武士の嗜みとなります。

蹴鞠といえば、『太平記』で足利高氏もこれをやっていましたし、『真田丸』でも、籠城中の北条氏政がこれに興じるシーンがあったのを思い出します。また歌に関して言えば、百人一首に「鎌倉右大臣」の歌が収められていますし、自身の歌集として金槐和歌集があります。


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[ 2021/11/16 01:00 ] 大河ドラマ | TB(0) | CM(-)

北条時政はなぜ追放されたのか

『どうする家康』のキャスト発表、どうなるのだろうなと思いつつ、来年の大河についてまたちょっと書いてみます。

『鎌倉殿の13人』で、三谷幸喜氏が北条家を『サザエさん』になぞらえたのは、動画で流れたせいもあり、ご存知の方も多いでしょう。この時、最終的にはサザエ(北条政子)とカツオ(北条義時)が、父親の波平(北条時政)を追放してしまうという説明がありましたが、娘政子や息子義時とはかなり対立していたとされています。

そもそも頼朝没後、北条氏の地位を高めたのはこの時政で、頼朝の跡を継いだ頼家も滅ぼし、実朝を擁立した後初代執権となります。鎌倉幕府で初めて執権となったのは、この人だったのです。しかしその頃、平賀朝雅と畠山重保とが対立します。この朝雅は、時政と後妻である牧の方の娘の夫、そして重保の父重忠は、時政と前妻の間の娘の夫でした。しかも重保は、時政と牧の方の間の子政範と共に上洛し、京で政範は急逝します。

このようないきさつから、時政は畠山氏追討に乗り出します。元々義時は重忠とは交友関係があったのですが、父の命令ということで畠山氏を滅ぼしてしまいます。これにより時政は実朝を廃嫡、朝雅を次の将軍にと目論んだのですが、これに政子や義時が反発し、時政の館にいた実朝を、義時の館へと移します。ちょっとやり方が強引過ぎたようです。しかもこの場合、実朝を亡きものにするのは時政より、牧の方のほうが乗り気だったといわれています。

この当時ありがちな骨肉の争いといえますが、しかしやり方が露骨なように思えます。一方滅ぼされた側の畠山氏ですが、鎌倉幕府設立に貢献した人物でもありました。しかも頼朝の重臣であった梶原景時、さらには比企能員の討伐にも参加していることから、特に北条氏から恨みを買ういわれも本当はなかったはずです。誤算といえば、息子が平賀朝雅と仲たがいをしたことでしょう。

結局時政と、この事件の真の首謀者ともいうべき牧の方は伊豆へ流され、平賀朝雅も殺されます。その後時政は伊豆で亡くなり、畠山氏は重忠の妻が足利義兼の子と結婚することで、断絶を免れています。

見方を変えれば、結局実朝は暗殺され、義時の執権の座は安泰となるのですから、友人である重忠を手に掛けたとはいえ、義時自身のメリットは大きかったとも取れます。実際この人は実朝暗殺に関わっていたともいわれており、また彼自身も急逝したことから暗殺説もあります。

父時政と彼が作り上げた北条の執権体制も、その後さらに複雑化し、鎌倉幕府は足利高氏によって攻め滅ぼされ、さらに時代が下ってこの伊豆に伊勢新九郎が入り、後北条氏の礎を築くことになります。

飲み物-ランプと水とウイスキー
[ 2021/11/14 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

戦国大河に思うことあれこれそして『天地人』

先日投稿分で『風林火山』にも触れていますが、この武田-上杉に限らず、織田信長の一連の戦であろうが関ヶ原であろうが、合戦というものは多分に損得勘定であり駆け引きです。戦闘シーンを描けばいいというものでもないし、逆にそれに至るまでのあれやこれやを多めにし、多角的に捉えるのが今の傾向ではあるでしょう。そもそも戦闘シーンそのものも少なくなってはいますし。

『葵 徳川三代』の関ヶ原のような、これぞ合戦というシーンをまたリアルタイムで観たいとも思いますが、予算の関係もありますかね。スポンサーをつければいいのにと、またしても言いたくなってしまいます。無論、それに伴うだけの内容が必要ですが。

また昔の戦国大河と言っても、せいぜい総集編くらいしか観たことがない(完全版がないからすべてを観られない)のも多いのですが、戦国物も作品によっては、合戦+ホームドラマ的な印象の作品もあります。これは昭和の映像作品の多くに言えることではありますし、2009年放送ながら、『天地人』などもその印象が強かったとも言えます。

その『天地人』、『風林火山』の武田家に対抗してか、上杉家が舞台でしたが、謙信ではなく景勝の代で、しかも主人公は直江兼続でした。それはいいのですが、事あるごとに「愛と義」を連呼したのはマイナスでしたね。そもそも「義」だけであればまだわからなくもないのですが、それに直江兼続の兜の「愛」をくっつけるから何だかおかしなことになる。あれは愛染明王の愛のはずなのですが…。

しかし武田信玄も上杉謙信も、後継者には禍根を残してしまいました。武田はそれが一因で勝頼の代で滅びたし、上杉は後継者未定のままだったため、景勝と景虎の間で御館の乱が起きてしまい、しかも景勝は家督を継いだものの、その後柴田勝家の軍に越中まで攻め込まれたこともあって求心力が低下したうえに、新発田重家との戦いに負けたりもしています。

それと思うのですが、天下の覇権を目論む信長の脅威は、彼ら東国の武将も十分感じてはいたでしょう。しかしながら、信長が本能寺で横死した後に、事実上後継者となった秀吉については、得るところは少なかったと思われます。『真田丸』で昌幸が、高梨内記にでしたか、秀吉とはどんな男なのかと問いかけるシーンがありますが、信濃の国衆である彼の許には、そこまで情報も入って来ていなかったでしょうね。そして上杉景勝は、この秀吉に下ったことで会津に転封され、関ヶ原後は石高を減らされて、米沢の藩主となるに至ります。

飲み物-ボトルとコルクとワイン

[ 2021/09/25 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

奥州藤原氏と木曽義仲

奥州藤原氏。特に三代目の秀衡は若き日の義経を匿い、さらに兄頼朝と対立するようになった彼を、再び匿っていることから、何らかの形で源平大河に登場することが多いです。

そしてこの奥州藤原氏の支配地は、いわば半独立国のようなものでもあったことから、鎌倉幕府開府に当たって、色々と目障りな存在でもあったようです。来年の大河では、田中泯さんがこの秀衡を演じますが、大泉洋さんの頼朝との確執が楽しみです。

ところで以前書いたかも知れませんが、作家の永井路子氏がある雑誌で、頼朝は外圧とは関係なしに鎌倉幕府を作った、つまり自分から社会を変えようとしたとコメントしていたのを、読んだことがあります。しかし社会を変えようと言うのは、何らかの形で圧力をかけられる側が、事態の収拾または改善を目的として、行動に走ることが多いとも言えます。実際頼朝が奥州に対して武力行使を行ったのは、この奥州藤原氏のプレッシャーがあったからと取るべきでしょう。

前出のように半独立国であったこと、また他国、特に北宋や極東ロシアとも交易を行っています-この様子は『炎立つ』に出て来ます。こういう巨大な勢力が、朝廷の他に存在することは、鎌倉の頼朝に取って大きな脅威であったと考えられます。寧ろ義経が自分と対立している以上、奥州に逃げ込むのは自明の理でもあり、奥州合戦の元々の目的は、この藤原氏の滅亡にあったわけです。無論これには双方で駆け引きが行われますが、頼朝は何が何でも藤原氏滅亡に追い込みたかったようです。

あと、頼朝と不和になって首を取られた木曽義仲も、本来首を突っ込まなくていい宮中の問題に首を突っ込んだため、疎まれる原因となりました。さらに京へ入った後、治安維持が遅れたことも、不評を買う一因となり、さらに都落ちした平家を追討するもうまく行かないと、負のスパイラル状態でした。元々この人は朝廷や貴族とは縁遠い人ですから、下手に朝廷に物申すことはせず、武力で持ってことを制し、頼朝に戦ってますよアピールをすべきでしたが、それだけの腹芸ができれば、下手に波風を立たせることもなかったでしょう。

見方を変えれば、義仲の都の事情に疎い点を頼朝は見抜き、そのため敢えて彼を捨て駒にし、最終的に自分を利するように図ったとも言えますが、その一方で最終的には、北条方に乗せられてしまったようなところもあります。つまるところこの人物も、乱世ならではの人物、特に平家を討ち、奥州藤原氏を討つのに能力を発揮した、指揮官的側面が強いと言えるのかも知れません。

また大姫の婚約者である義高ですが、元々は武田信光の娘と結婚の予定であったのが、これを義仲が断ったため、信光が讒言を流して頼朝との関係を悪化させ、やむなく鎌倉へ人質として送ったと言われています。信光の態度如何では、大姫が不幸になることもなかったのですね。


飲み物-アイリッシュコーヒー

[ 2021/09/09 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

第二次長州征伐について少しばかり

『青天を衝け』でも第二次長州征討(長州再征)の時期を迎えています。幕末が舞台の大河では、規模の差こそあれ、基本的に避けては通れないものであり、それだけ長きにわたる幕府の支配に、かなりの影響を与えた事件であるとも言えます。特に四境戦争とも言われるこの戦い、大島口の戦いに始まり、石州口、芸州口及び小倉口それぞれで戦闘が行われ、最終的には小倉城が陥落して、他の地での戦いも停戦となります。

この時豊前小倉藩は優勢だったはずなのですが、長州勢が関門海峡を渡って侵攻し、総督小笠原長行は、家茂薨去後は第一線を退くことになります。また『花神』の主人公である、大村益次郎が指揮した石州口では、濱田藩領へ押し入って浜田城が陥落します。ここの藩主松平武聰は、一橋慶喜の異母弟でした。尚『龍馬伝』で高杉晋作が田野浦に上陸しますが、これは小倉城陥落の一月半ほど前のことです。

そして『西郷どん』では、薩摩がこの長州再征に参加しない理由として、大義のない勅命であるからとしており、大久保一蔵は、老中板倉勝静に対してその旨を伝えます。慶喜がこれを聞かされた時は、大坂で倒れた家茂を見舞っていたのですが、必ず長州を討つ、次は薩摩だと言いつつ去って行きます。またこの時は薩摩以外にも、佐賀、あるいは広島といった藩が出兵を見合わせています。

飲み物-グラスビール
[ 2021/06/28 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』のコメントに突っ込んでみます その3

『どうする家康』への突っ込みその3です-毎日似たような内容ですみません。それから、先日投稿分のタイトルで、「コメントへの突っ込み」の「コメント」の部分が落ちていました。失礼いたしました。

今回は脚本担当の古沢良太氏に関してです。この人は『リーガル・ハイ』や『相棒』シリーズ、そして松本潤さん主演の『花より男子』など数多くの作品を手がけています。ですから、脚本家としてのキャリアはそこそこであるはずなのですが、今回のコメントに関しては、やはりこれはどうかと首をかしげたくなる点もあるので、該当部分をいくつかご紹介しておきます。

1. 今さら大河ドラマでやるのがちょっと恥ずかしいくらいの超ベタな偉人。なのに信長や秀吉に比べてなぜか人気がないような。ずるがしこく立ち回ったあげく棚ぼたで天下が転がり込んできたイメージだから?

「大河ドラマでやるのがちょっと恥ずかしいくらい」なら、もうやらない方がいいのではないかと思います。無論NHKの意向としては、先日も書いたように
「新時代を切り開いた人物だからやりたい」
ということなのでしょうが。
また、「というイメージだから?」と一言断っているとはいえ、
「ずるがしこく立ち回ったあげく棚ぼたで天下が転がり込んできた」
とは如何なものかと思います。この人は秀吉没後、大名たちを自分の側に引き付けるのにかなり苦労しているでしょうし、関ヶ原で勝ちはしたものの、その後がまた大変だったはずです。家康という人物への敬意があまり感じられませんね。

2. カリスマでも天才でもなく、天下取りのロマンあふれる野心家でもない、ひとりの弱く繊細な若者が、ただ大名の子に生まれついた宿命ゆえに、いやが応にも心に鎧よろいをまとわされ、必死に悩み、もがき(中略)命からがら乱世を生き延びてゆく。それこそ誰もが共感しうる現代的なヒーローなのではないか。

まず気になるのは、
「カリスマでも天才でもなく」
「天下取りのロマンあふれる野心家でもない」
などと、のっけから過去の家康像の否定に入っていることです。
無論家康という人物に対しては、人それぞれの考えがあり、古沢氏にも古沢氏なりの発想があるでしょう。しかし家康は、本当にカリスマでも天才でもないのでしょうか。戦国時代のサバイバルから天下取り、さらには徳川体制のおおもとを作り上げるに至っては、ある程度の才能と、運をチャンスに変える力がないとできないのではないかと思いますし、カリスマであるか、天才であるかは別としても(信長は天才肌だと思いますが)、無能で凡庸な人間であるのなら、江戸幕府を築くなどはっきり言って無理でしょう。
また
「天下取りのロマンあふれる野心家でもない」
と言うよりは、家康も最初から天下を取ろうと思っていたかどうか疑問ですし、『真田丸』の時の三谷氏(すみません、また引き合いに出させていただきます)によれば、「『天下取り』とは実は後付け理論で、武将たちは参日を必死に生きていた」などとも言われているのです。
それから「誰もが共感しうる現代的なヒーロー」などとありますが、乱世を生き延びるのは「現代的な」ヒーローなのでしょうかね…無理やり現代にリンクさせている印象をぬぐい切れません。

3. 主演の松本 潤さんは、華やかさと親しみやすさを持ち合わせ、私の描きたい主人公像「ナイーブで頼りないプリンス」にまさにピッタリ。

この箇所を見ていると、あの『花燃ゆ』の
「幕末男子の育て方」ならぬ、
「戦国男子の育て方」というフレーズが頭に浮かんできます。
何かこう、お花畑な大河になりはしないか、それが気になりますね。
私としては、そのナイーブで頼りない家康に、オリキャラの女性があれこれ絡む、そのような展開をつい思い描いてしまいますし、同時に『麒麟がくる』で母親の許へ戻りたがっていた、ピンクの水干を着た竹千代を思い出します。あの竹千代は子供というのを差し引いても、農民である菊丸と農民に扮した光秀に気軽に口を利いたり、あまりそれらしくない雰囲気でした。
この大河、まだどちらも始まっていないのにこう書くのも何ですが、何か『青天を衝け』と相通じる物があるように見えますし、一方で戦国という時代背景が共通するせいもあってか、『麒麟がくる』ともどこか似ているようです。

飲み物-ホットカフェオレ
[ 2021/01/26 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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