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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』に求めたいこと

詳しくはまたあらすじと感想で書きますが、17日の『鎌倉殿の13人』、義経が出て来て、やっと戦のシーンかと思っていたのですが…残念でした。

無論この場合、鎌倉に於ける御家人たちの動向も描かなければならない、少なくとも三谷さんがそうしたいと考えているせいもあるでしょう。そして義時が主人公である以上、彼に焦点を当てなければならないというのも理解できます。

しかし幕府を創設する条件の一つである、不可欠であるはずの平家討伐が、あまりにも描かれていないというのも事実です。今後一ノ谷とか屋島とか、壇ノ浦はどのくらい登場するのでしょうか。特に夏頃は頼朝退場で、その後頼家、実朝と北条家が中心になる以上、奥州藤原氏との戦いなども、5月頃までに出てくる必要があるのですが。

それにしても上総広常が暗殺されるシーン、既視感があるなと思っていたら、『新選組!』の芹沢鴨が暗殺されるシーンでした。ところで双六を準備する梶原景季、小栗旬さんが『義経』で演じた役でしたね。

それから実衣、ここ何回か、ずっとあの赤い着物ばかり着ているように見えます。赤がラッキーカラーというのはわかるとしても、もう少し色や柄を変えてもいいのではないかと。


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[ 2022/04/18 00:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』関連は一旦お休みです

さて、『武将ジャパン』コラム関連投稿はひとまず終わりです。今後も義経が登場するとか、鎌倉幕府が成立する、あるいは頼朝死去などの場合は、どのように書かれているのか、チェックしてみようかと考えていますが、やはり続けて読むとしんどいですね。

以前からそうですが、このコラムは、文章が整理されてないところがあって読みづらく、また好き嫌いだけで大河を評価する傾向があります。これは以前から変わっておらず、それどころかエスカレートしているようにさえ見えます。それでも第5回までは何とか続けましたが、相変わらず漢籍だの『麒麟がくる』だのを引き合いに出し、坂東武者は野蛮だと言い、なのに『鎌倉殿の13人』そのものはほめている、少なくとも否定はしていないようで、この辺りが如何にもちぐはぐなものに感じられます。

評価するならするでいいのですが、せめていいと思われる部分は評価し、そうでない部分は批判するとか、坂東武者という、この大河の中心となる人々を、むやみやたらにけなさないくらいの配慮は必要でしょう。それができていないから、小学生の感想文かそれ以下の印象を与えてしまっています。いや小学生の作文ならまだいいのですが、特に必要もなさそうな漢籍だ何だでマウントを取って来るから、余計にうんざりしてしまいます。

それと「逆賊」が好きな人ですね、先日もそれに関してルサンチマン的だと書いています。弱者が強者に対してネガティブな感情のことですね。あまつさえ、第一作の『花の生涯』の井伊直弼を引き合いに出し、大河の主人公はそうあるべきとも取れる文章まで書いているわけです。しかし井伊直弼は幕府という体制側の人物でした。確かに失策もあり、ああいう死に方をしたのは不運であったといえますが、これまた先日も書いたように、吉田松陰などはこの人物をほめているのです。徳川慶喜も部分的ながら評価している。武者さんはこれに関してどう思っているのでしょう。

その武者さんが好きな幕末大河が『新選組!』と『八重の桜』です。会津が出て来ることも多分に関係しています。あと、徳川慶喜をあまりよく描いていないという共通点もあるでしょうか。しかし幕末大河といっても、当然ながら長州目線、薩摩目線そして幕府目線もあるわけで、本来それぞれの描き方に応じた評価をしてしかるべきなのですが、志士が嫌いなこの人に取って、会津が描かれていない幕末大河はすべて失格なのでしょう。偏っているなとは思います。それも個人でブログやサイトをやっているのならまだしも、歴史ライターとして報酬を得ている人のはずなのですが。

それとこれも何度か書いていますが、比較対象がおかしなことがしばしばあります。たとえば『花燃ゆ』で、美和が作った野菜の収穫と季節との兼ね合いがおかしいという指摘がありました。それはまあいいでしょう。しかしそれと、『真田丸』の海津城の百日紅とを比較し、後者の方は季節がちゃんと描かれているというのはどうかと思います。百日紅と比較するのであれば、高杉晋作死去の際に、旧暦の4月、今の5月であるのに桜が咲いていた点でしょう。また『いだてん』で、三島家の母和歌子が字を読めないのに、『西郷どん』の糸は男の子に混じって勉強しようとしていたなどとありましたが、この場合はその糸が、夫隆盛の揮毫した字を読めなかった点と比較するべきでしょうね。

このように言うのは何ですが、心理学的あるいは精神医学的な視点から見た場合、武者さんの言動はどのように診断されるのだろうとさえ思います。所謂パーソナリティ障害、あれに近いものがあるように思えてなりません。

飲み物-温かいカフェオレ
[ 2022/02/15 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 15

『武将ジャパン』関連、先日の続きです。

長いのと、例によって中国が云々とあるため(日本と事情が違うにもかかわらず)、一部割愛しています。
興味のある方はこちらのURLからご覧ください。
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/02/07/166253/4

もう俺らは西の連中の顔色を窺うなんてウンザリだぜ! そういう逆賊になる運命が彼を怒涛の中へ誘うのでしょう。
そしてそれこそ実際の義時に近いのかもしれない。
というのも義時は【承久の乱】に際して心労の極みにあり、かつこれは「華夷闘乱」だと認識していたのです。
華夷闘乱って何?
(中略)
日本は遣隋使、遣唐使以来、隋や唐のフォロワーとして国家運営をしていました。西の王朝はそうなっています。ミニ中華の様相を呈していた。
(中略)
『源氏物語』あたりを読んでもそう。都周辺を離れたら野蛮人だらけで恥ずかしい。そんな認識があったのです。
そんな日本流華夷秩序を破壊しかねないと、義時はわかっていたからこそ悩んだ。
その宿命を植え付けて去っていったのが、兄の宗時であったのです。

これは京都が権力の中心であった以上、そうならざるを得ないかと思います。
都から離れた地は、特にかつては辺境とみなされていました。その辺境の一つであった奥州に、一大拠点を打ち立てたのはが奥州藤原氏であるのですが、その点については何も触れられていません、鎌倉幕府ができる以前に於いては、かなり大規模の地方政権といっていい存在なのですが。
それと日本はそもそも、隋の統一後は中国大陸の王朝の冊封体制には入っていません。また朝貢もこの当時は既にありませんでした。ゆえに
「日本は遣隋使、遣唐使以来、隋や唐のフォロワーとして国家運営をしていました。西の王朝はそうなっています。ミニ中華の様相を呈していた」
というのはいささか乱暴でしょう。
また武者さんの好きな『麒麟がくる』にも登場する足利幕府、この幕府は明に朝貢外交を行っています。ただしこれは日本にメリットがあるものでした。

それから

そしてこれは宗時以前にもある。
『将門記』です。
「今の世の人、必ず撃ち勝てるをもって君と為す。
たとい我が朝には非ずとも、みな人の国に在り。
去る延長年中の大契赧王(=契丹王)のごときは、正月一日をもって渤海国を討ち取り、東丹国と改めて領掌す。
いずくんぞ力をもって虜領せざらんや」
将門の認識として、中国大陸にいた契丹王のことをあげています。

この契丹王は耶律阿保機のことですね。渤海を滅ぼし、その王位を奪ったわけですが、この渤海は日本に朝貢していたことがあります。無論『吾妻鏡』がそうであるように、これも『将門記』の著者の創作という可能性もあります。
しかしここで思うのですが、宗時は王位(皇位)を奪うことを考えていたのでしょうか。
そもそも新皇を名乗った将門と、宗時を同一に捉えるべきなのか。宗時が『将門記』を例に挙げたのならまだしも、これも無理があるのではないでしょうか。

そしてこの部分、

その大きな言葉に導かれ、義時は正々堂々逆賊ルートを邁進するのではないか?
そう思うと大河の可能性をまた見出せた気がします。
(中略)
本心では(小島氏は)義時に正々堂々、正面切って逆賊ルートを走って欲しいのではありません?
そんなことを妄想してしまう記事でした。

ということですが。
そもそも宗時の北条をトップにする構想というのは、平家支配に対抗すべく、東国の武者たちが仕切る政権がほしいといったものだと思われます。ルサンチマン的で、権力への対抗を鼓舞しがちな武者さんらしい解釈ですが。

そして総評。

大河ドラマって結局なんなんですかね。
(中略)
しつこく言い続けますが、一作目の『花の生涯』は井伊直弼が主役でした。
この主役の時点で挑戦的です。
というのも、井伊直弼はずっと悪人として評価されてきた。司馬遼太郎ですら、テロリズムは否定しつつ【桜田門外の変】は歴史を変えたからとプラス評価をしているほど。
(中略)
なぜそうなるか?というと、要するに明治維新正統化の理屈です。
そうした理屈が敗戦まで叩き込まれていたからこそ、戦後、それでいいのかと歴史観に揺さぶりをかける意味でも、井伊直弼は主役にふさわしかった。

まず「正統化」ではなく「正当化」ですね。
なぜ『花の生涯』だったのかはわかりませんが、そもそも井伊直弼は悪人として見られていたのでしょか。武者さんは嫌いだと思われますが、かの吉田松陰はこの人物を評価しています。実際彦根藩の人々に取ってはいい殿様だったようです。また徳川慶喜も、才能は乏しいが決断力があると言っていますし。司馬氏は『胡蝶の夢』の中で、松本良順の蘭学塾と病院設立に直弼が理解を示したと書いてもいるのですが。
それに「歴史観にゆさぶりをかける」にしては、所謂志士を主人公にしたのも多く作られていますね。

しかし、そんな流れも変わっていきます。
結局はコンテンツとして売れるかどうか。
社会情勢に沿わせるような題材も取り上げられ、近年ですと、明治維新150周年、オリンピック、新札にあわせた大河がまさにそうでした。
歴史学より、広告代理店の戦術を使ったような大河もあったわけです。
それが今年は違う。
大河の原点回帰、歴史観のゆさぶりをかけるところまで戻ってきたのだと思えました。
宗時のセリフも、それに従う義時も、ある意味すごいことをしています。日本人はこういうものだという常識を殴っています。
西日本にいる連中の指図を受けるもんか!
これって朝廷権威の否定ですよね。

これが、初期の10作ほどが逆賊とされた人々を主人公にしたのであれば納得ですが、実際はそうでもありません。
しかもTVドラマですから「コンテンツとして売れるかどうか」は大事でしょう-ただその割に、NHKにビジネスセンスが乏しいのもまた事実ですが。そして
「社会情勢に沿わせるような題材も取り上げられ、近年ですと、明治維新150周年、オリンピック、新札にあわせた大河がまさにそうでした。
歴史学より、広告代理店の戦術を使ったような大河もあったわけです」
どの大河のことを言っているのか一目瞭然です。武者さんの嫌いな大河ですね。
しかし近年の大河では、観光協会や広告代理店が絡むのは当然のことで、何もこの3作に限ったことではありません。『真田丸』などもかなりお金を使っていたのではないでしょうか。また上記3作が、全く歴史を無視していたわけでもないでしょう。『いだてん』に関しては途中で切ったのでよくわかりませんが。
なのに
「それが今年は違う」
とはどういうことでしょうか。
現に『鎌倉殿の13人』の経済効果試算は、307億円と報じられてもいるし、大河とお金は切り離せなくなっています。

「鎌倉殿の13人」経済効果307億円 横浜銀行など試算
(nikkei.com)

それとはまた別ですが、家庭で日常的に映像を観る手段がTVしかなかった、初期の頃の大河の路線を、今なお引きずっていると思われるところにNHKの誤算があるとは思われます。

そしてその後、主だった部分をピックアップしておきますが。

坂東武者が西の言いなりになんてならないと決起し、智勇兼備を目指したからこそ、日本人像はできたと思うのです。
というのも、東アジア文化圏では智勇兼備ではなく、智勇ならば智が上位に厳然としておりました。
中国にせよ、朝鮮半島にせよ、合戦になっても科挙に合格したような知識層が上で、武勇を誇るものはその下についた。
しかし日本では、知恵と勇気を兼ね備えた武士が行政を手がけてきた、独特の特徴があります。
武士が朝廷を倒し、互いに融合しあったからこその日本史ができあがってゆく。

そもそも中国も朝鮮も儒教国家であり、武を卑しむ風潮があったため、武士が登場しなかったというのは事実です。
しかし
「坂東武者が西の言いなりになんてならないと決起」
というよりは、平家を倒したいから決起とこの場合解釈するべきでしょう。朝廷でなく平家を倒し、北条が勢力を握るということこそを宗時は言いたかったのではないでしょうか。
それに
「武士が朝廷を倒し」
とは何でしょうか。そんなことをしたら朝敵認定で、本人に矛先が向けられるでしょう。
武士が朝廷に圧力をかけるとか、権限を狭めるとか書きようがあると思います。
その続きとして
「でもそこを突っ込むとなると、武士が天皇をぶん殴る【承久の乱】が出てくるので……ゴニョゴニョと誤魔化してしまい、結果的に日本人らしさやアイデンティティが危機に陥っていたのでは?と、私は今年の大河を見て真剣に思い悩んでいます」
文章が無駄に長い割に、何を言いたいのかよくわからないのですが、要するに
「武士は朝廷に対抗する意味で鎌倉幕府を作り、その後朝廷の権威と武士の権力というのは、新たな日本人像を作り出して行く。ゆえに日本人像を描くうえで、朝廷と武士の対峙は避けて通れない」
とでも言いたいのでしょうか。

ただ武者さんの場合、今回の大河では、朝廷に盾突く逆賊のように武士、特に義時を描いてほしいようですが、三谷さんはあくまでも『吾妻鏡』に準じた描き方にするようで、その吾妻鏡では義時もかなり悩んではいたようです。それに承久の乱そのものは、『草燃える』で既に登場していますね。

今週は本当に、ラストの宗時をみて大興奮でした。
やりおった、三谷さん、やっちまった! さすがだ、新選組を大河にした人はものがちがう! やっちまった! すげえ、これは推せる!
そう大興奮しました。
この大河は原点回帰したと思えます。

そもそも武者さんは10年ルールがあって、なぜ18年も前の『新選組!』をここで出してくるのかよくわかりません。そういえば『青天を衝け』でも、40年以上前の『獅子の時代』を引き合いに出していましたね。またあとで
「日本の歴史が成立する過程はおもしろいぞ!
そう正面切ってぶつけてくるこのドラマは、傑作になる運命を背負っている」
などとありますが、大河の多くは「日本の歴史の成立過程」を描いているのではないでしょうか。

そしてまたこういうことが書かれています。

本作の坂東武者はハッキリいって近寄りたくないし、嫌だ。
こんなもんどうやって観光資源にすればいいのか、神奈川の皆さんは悩んでいるかもしれないけれど、歴史って、無茶苦茶なところも含め、不都合さもあってこそ、面白い。

坂東武者というのは単に野蛮人ではないし、大番役などを務めるのは出世コースでもあり、都の文化に触れるチャンスでもありました。そして観光資源云々も、武者さんが心配するようなものではありません。無論勝手に心配するのは自由ですが、それこそ観光協会や広告代理店、商工会議所などがちゃんとやってくれるでしょう。
そういえば、商工会議所の前身の商法会議所を作ったのは渋沢栄一でしたね。

それと先日投稿分の小島氏の記事で、『太平記』関連の記述があったのでその部分だけ置いておきます。

(皇国史観では)さきほどの義時よりもきつい表現で、尊氏を批判している。尊氏に味方したのは「よくない武士たち」だと決めつけているけれど、彼らはほんの数年前に後醍醐天皇に味方したのだから、よい武士たちだったはずだ。そもそも尊氏に最初から将軍になる「下心」があって、鎌倉幕府を倒したのだろうか。
大河ドラマでは1991年の『太平記』が尊氏を主人公としていた。真田広之が演じる尊氏は、大恩を受け敬愛する後醍醐天皇に刃向かうことをずっとためらいつづけていた。

大河ドラマの尊氏と本物の尊氏は、同じ人物であるとは限りません。主人公ですし、何よりも『太平記』というデリケートな題材でもあり、あの大河は尊(高)氏の成長物語といった部分が強かったのです。それを考えれば、「よい人物」として描かれるのは無理からぬことです。
尚あの中で尊氏が何かと肩が凝るということを口にし、後醍醐天皇が
「朕も肩が凝る」
と返すシーンは印象的でした。

飲み物-暖炉とウイスキー
[ 2022/02/14 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-55 『武将ジャパン』、『麒麟がくる』そして三谷大河

『鎌倉殿の13人』の放送開始と同時に、『武将ジャパン』の大河コラムについても書いて来たというか、突っ込んで来たわけですが、一応第5回までにしておく予定です。
この人のコラムは好き嫌いで価値基準を決め、表現方法が極端なうえに、『麒麟がくる』だ漢籍だのがやたらに出て来る。これは昨年と同じで、しかも昨年はかなり批判的で、ドラマの中では描かれていないシーンまで、さも登場したかのように書かれてもいました。

第一、鎌倉時代の黎明期が舞台の大河を、戦国時代と比較するのは無理があり過ぎです。学問にせよ戦術にせよ、違って当たり前なのですが、ご本人はそのようにしたいのでしょうが-というか、そうすることで、「やはり、自分が好きな『麒麟がくる』は素晴らしかった」という方向に持って行きたいのでしょう。
寧ろ今回の大河は、『太平記』と比較すると面白いかとは思います。奇しくもこちらの脚本は、『麒麟がくる』と同じ池端俊策氏です。尚脚本というかドラマは、『太平記』の方が面白かったですね。

この『麒麟がくる』は、前にも書いたことを繰り返す格好になりますが、主人公の光秀の描かれ方に加え、演出や衣装の色遣いが受け入れられなかったこともあります。またキャストも一部疑問に感じました。
染谷将太さんが信長、佐々木蔵之介さんが秀吉というのは、どうもこれじゃない感が強かったですし、その秀吉が去った後に猿がいるとか、最初の回で光秀が、母に尻をぶって貰おうと思って、わざと尻を向けて入るなどというのも何やら解せないものがありました。
あと、この画像にありますが
麒麟がくる数式

兵の数をアラビア数字の数式で出すのも妙なものでした。これがドキュメンタリーならまだ理解もできますが、大河ですからね。『鎌倉殿の13人』で、義時が兵の数を割り出すシーンの方が遥かにまともだと思います。

武者さんの『麒麟がくる』好きは、即ち漢籍好きであるともいえますが、それ以前に、ドラマのストーリーをもっと重視するべきかとは思います。

それと先日の投稿で、『鎌倉殿の13人』は
「『青天を衝け』のような溌剌とした雰囲気、人と人の触れ合いに乏しいかなとは思います-無論時代も舞台となる土地も違いますが」
と書いています。こういうのは、朝ドラのように見えてしまうデメリットもありますし、そもそも三谷さん好みではないのだろうなとも思います。確かに三谷さんの大河の場合、一人の若い主人公が希望に胸を膨らませるとか、家族や親戚と触れ合うといった描写はあまりありません。『新選組!』もこれとは明らかに異なります。
『真田丸』は、当初はどちらかといえば2人の狸親父(昌幸と家康)が中心で、若い主人公である信繁はそう目立つ感じではありませんでした。彼がメインになったのは大坂に行ってからでしょう。
無論脚本家それぞれのカラーはあってしかるべきとは思いますが。

飲み物-ホットラム
[ 2022/02/06 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』水干と梁塵秘抄

先日書いていた、『鎌倉殿の13人』の時政の水干に関して。

実は鎌倉時代(実際はまだそうではありませんが)に於いて、菊綴がついた水干は検非違使、あるいは五衛府の官人しか着なくなっており、そのため菊綴がないのも納得です。何よりもこちらの『太平記』の足利高氏、京に上る途中に花夜叉一座の石と出会うシーンで、高氏は水干を着ています。もちろんこの場合も菊綴はついていません。ただこの時は上頸ではなく、垂頸にして水干を着ています。このため、下に着ている着物の襟が見えています。

太平記2高氏を成敗しようとする石

これに対して時政は、上頸にして水干を着ています。

鎌倉殿の13人時政水干

この辺りが時代の差というべきなのでしょうか。時代としては、高氏の方が100年以上後です。また2人とも、裾を袴に着込めてはいますが、高氏は前と後ろについている紐を、たすきがけにしています。片や時政は、普通に紐を結んで着ています。鎌倉時代を作った1人である人物と、室町幕府を開いた人物、それぞれの水干の着方の違いが見て取れます。

それから時政が都に発つ際の宴、実は義時が八重に恋心を抱いた時の宴でもあるのですが、この時に工藤祐経が祝い歌を歌いながら踊ります。

海には万劫亀遊ぶ、蓬莱山をや戴ける。仙人童を鶴にのせて、太子を迎えて遊ばばや。

『梁塵秘抄』319番の祝い歌です。如何にも中国的な神仙思想ではあります。ところで万劫(まごう)御前という女性が、この当時の伊東氏の一族にいますが、かの曾我兄弟の母親といわれています。

あと、実はあらすじのところで和田義盛も登場していたのですが、書き洩らしていましたので、書き加えています。というか、義盛と伊東祐清との三浦義村を比べた場合、義村がやけに弁が立つようですね。

三谷大河も3作目になりました。最初は関東の青年たちが、移り行く時代を目の当たりにしながら、自分たちもと思い、勇んで浪士隊に加わるのを描いた作品でした。第1作ということもあり、三谷大河そのものもまた初々しかったといえます。第2作になると、戦国時代の大国の思惑に弄ばれる、小さな国衆の息子が主人公になりますが、この場合は彼の父親の存在が大きく、その父の背中を見ながら育ち、長じてからは人に揉まれつつ成長するのを描いた作品でした。ただこの作品は、終盤で失速した感もありました。

今回の第3作も時代が移り変わっては行きますが、しかしこの場合は時代を作り上げる側の人物であり、時代を終わらせる人物とは必ずしも言えません。真田昌幸的な存在感のある人物もおらず、その意味で今までとかなり違った、見方によっては3作品の中で、一番「普通」に近い大河になりそうな気もします。

飲み物-ホーセズネック
[ 2022/01/16 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(2)

『鎌倉殿の13人』ガイドブック関連まとめ

大河ガイドブックの三谷幸喜氏インタビューに関してもう少し。
まずニッコームックですが、以下のようなコメントがあります。

  • (当時の)神様への敬意の払い方は想像以上でした
  • 挙兵時の頼朝は、信頼できる家臣がほとんどいない状態であり、だからこそ、北条政子やその父・時政、弟・義時の存在が大きくなってくるわけです 
  • 後継者がいない時の義時は自由気ままでしたが、泰時が生まれると「息子や北条氏の血筋を守るためなら、どんなことでもやってやる!」と、方向を転換していきます
  • (小栗旬さんが)大河ドラマ『八重の桜』にて吉田松陰を演じられた時も、点描のような出演シーンでしたが、松陰にしか見えませんでした
  • (史実をきちんとはいているということについて)『真田丸』では、残っている文献から信繁が秀吉の側近だったという設定を思いついたら、偶然、それを裏づける史料が発見されて、ほらね、とうれしくなったのを覚えています
  • でも、夏は暑く冬は寒いといった共通認識は変わらないし、同じような景色を見たときに僕らが感じたことを彼らも感じたはずだと思います。僕らと共通する部分を見つけなければ、人物を描くことはできません

まず「神様への敬意」、これには頼朝が観音像を持っていたこととか、夢占いなども含まれるわけですが、平安時代から鎌倉時代にかけては当然のことでしょう。戦国時代でさえも、たとえば明智光秀が本能寺の変前におみくじを引くなどというのがありますし、寧ろ通説にあるような、無神論者的織田信長のような人物は恐れられる存在であったと思われます。そしてこの敬意や信仰は、無論現在に至るまで、日常生活の中にその片鱗をとどめてもいます。

それから「家臣のいない頼朝」、これも流人という待遇である以上、無理はなかったかと思われます。NHK出版の方では、徳川家康との違いについても触れられていますが、家康は人質に出されていたとはいえ、彼に従う三河武士たちもまた多かったわけですから。

そして「息子が生まれて」云々ですが、これは豊臣秀吉に通じるものがありますね。三谷さんも、お子さんがいる以上これはよくご存じでしょう。

『八重の桜』の小栗さんの吉田松陰。こちらは江戸での佐久間象山塾にいた頃と、東北行きの際の松陰であり、松下村塾の先生としての松陰ではありません。松下村塾の先生として「フレーヘート」(自由)を唱えるのは、やはり『花神』の篠田三郎さんがダントツかと思います。

史実を書いているという点。史実から推測した設定を裏付ける史料が出て来た時、嬉しいのはわかりますが、それに対しての「ほらね」は、どこか「してやったり」的な感情が込められていて、今一つ同意し兼ねるものがあります。

また当時の人々と今の我々の共通認識ですが、それとは別に、その当時の人物と今の人物がどのように違うか、それを描くことも大事であるかと思われます。何せ、人々を取り巻く環境はその当時と今ではかなり異なっていますし、何よりも三谷さん自身が語っている当時の人々の信仰心、これこそが今とはかなりの隔たりがあるでしょう。

他にもNHK出版の方で、この当時は戦国時代と違って戦で石を投げていた話や、また、「義時は結果的には勝者だけど、犠牲にしたものや失ったものが大きすぎる。果たして本当の意味での人生の勝者だったのか」なとというのもあります。
この投石は印地と呼ばれるもので、古代には投石機を使っていたともいわれていますが、石を投げること自体は、戦国時代も行われていたようです。それから義時が「真に人生の勝者であったのか」ということですが、これに関しては、時代の変革者と呼ばれる人たちなら、何かしら同じようなものを背負ってはいたのではないでしょうか。

で、前の投稿で触れた史実と史実の間の空想について再度。三谷さんとしては、史料に沿った部分はその通りに書く、しかしそれ以外は自分なりの解釈で書くと語っているわけですが、たとえば『真田丸』の時のニッコームックのインタビューでは、この程度で済まされています。
「(『新選組!』は)できるだけ史実に近いかたちのなかで、自分の想像力をふくらませて1年間ドラマを描いたという記憶しかありません。今回も可能な限り、歴史に残っていない部分だけを想像力で埋めていこうと努力しています」
しかし今回は
「実際に舞台となった現場まで足を運んだ」(ニッコームック)
「僕の大河は荒唐無稽なんかじゃないです」(NHK出版)
と、かなり力が入った表現となっています。
『真田丸』の終盤の描き方に関して、かなりクレームが来たのだろうなと思われますが、三谷さん自身既に還暦でかなりキャリアも積んでおり、スタイルも確立しているわけで、今までの攻めから守りの姿勢、あるいは前出の「子どもができた故の守り」に入っているようにも感じられます。

あとNHKで、『鎌倉殿の13人』に合わせてでしょうか、『新選組!』総集編の再放送をやっていましたが、これは私としては、どうにもくどく感じられます。『青天を衝け』を年末ぎりぎりまでやったせいで、今年の大河関連の特番が年明けにずれ込んだのはわかりますが、何もここまでやらなくてもいいのではないでしょうか。

それから『武将ジャパン』の、『青天を衝け』最終回に関するコラムについて、この次から投稿したいと思います。今となっては、第1回と最終回しか覗かないようになっていますが、どうも中身が薄く、整理されていない書き方だなと思わざるを得ません。


飲み物-ボトルとコルクとワイン

[ 2022/01/03 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(2)

大河ドラマ雑考-54

先日、このブログへのアクセス数がかなり伸びていてちょっと驚きでした。恐らく、『どうする家康』関連でアクセスされた方が多かったかと思われます。ただし今回は5日連続ではないため、次がいつになるのかちょっと待たれます。ところで、今現在NHKサイトの大河ドラマタグをクリックすると、この『どうする家康』と『青天を衝け』、『鎌倉殿の13人』の3年分の大河が一堂に会するような格好になっており、正にこの時期ならではといえます。

ところでこの大河、時代考証に小和田哲男氏のみならず、平山優氏も加わっています。戦国といえば、『真田丸』以外は何でも小和田氏任せだったのですが、武田氏や真田氏も描かれるため、恐らくは平山氏が入ったと見るべきでしょう。あとSNSですが、ツイッターアカウントがあるので置いておきます。インスタはまだのようですね。
https://twitter.com/nhk_ieyasu

それからこの間もちょっと触れた、『鎌倉殿の13人』の後白河法皇役の西田敏行さん、今までの大河で実に様々な役を演じています。『新・平家物語』の北条義時役に加えて、家康をはじめとする徳川幕府の征夷大将軍、豊臣秀吉などの権力者や、幕末大河の志士、さらには日系アメリカ人や山本勘助まで演じていて、かなり幅が広いです。近年では、何と言っても『西郷どん』のナレーション、そして西郷菊次郎役が今なお印象に残っています。

ところで最近、女性主人公大河というのを見かけなくなりました。一番最後の『おんな城主 直虎』から、もう5年経とうとしていますが、今後も作られるかどうかは微妙です。『篤姫』こそ高視聴率でしたが、その後は設定がおかしい、あるいは数字が取れないといった作品が多く、何よりかにより創作だらけで、その創作部分がどうも旨味に欠けると思われるからでしょう-その点、数字はそこまでではなかったものの、『八重の桜』の創作部分はそこそこ受け入れられました。もし大河が2クールであれば、女性主人公も人選次第では面白くなるのかも知れませんが。

それから、これは「三谷大河はなぜ批判されるのか」といったタイトルで書いていますが、三谷さんは大河で庶民視線を重視しているようです。しかしこれにはやや疑問が残ります。確かに今までの大河2作品で、その当時の一般の人々を出したのは納得できます。しかし彼ら彼女たちのその後が、思ったほどに描かれていない感があります。時代の変化、主人公の退場は描かれていても、その後の普通の人々はどうなったのかと思ってしまいます。

『新選組!』は、総集編で沖田の姉、みつの視点をいくらか入れましたが、『真田丸』の場合は、きりのその後がなかったのは如何にも残念でした。最終回で信繁が切腹まがいのことをやるくらいなら、その尺を彼女のその後に割いてしかるべきだったでしょう。それを考えるとこの両作品よりも、『八重の桜』の山本家の人々、あるいは『風林火山』の甲斐の農民たちの方が、その時代を彼らなりの視点でどう捉え、どう生きて行ったかが描き出されているように思えます。

飲み物-クリスマスのカフェオレ
[ 2021/12/01 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『燃えよ剣』と『JIN-仁-』

まず、最近バラエティ関係で、鈴木亮平さんがよく出て来るなと思っていたら、『燃えよ剣』だけでなく、『土竜の唄』にも出演していたのですね。個人的に再来年の大河に出て欲しい俳優さんではあります。

ところで『燃えよ剣』は私も観ました。かなり前に原作を読んでいたのですが、いくらか改変されています。かなり泥臭く血生臭い、男の世界といった印象です。暑苦しいと言ってもいいかも知れません。どちらがいいか悪いかはともかく、少なくとも大河『新選組!』とはかなり違うと言っておきます。

映画化する以上、ある程度の改変、あるいは原作を端折るというのはやむを得ないのかも知れませんが、これでちょっと残念だなと思ったのが、柴咲コウさん扮するお雪が、後の方で看護師のような形で登場していたことです。原作では、土方と逢瀬を重ねた後、京で一人絵を描きながら生活することになっていたのですが。

何だか『JIN-仁-』の橘咲を連想してしまいます。咲の場合は診療所を手伝っていたため、それは理解できます。しかし、剣に生きる男の世界を描いた作品といえども、ヒロインの存在感をも同時に出す必要があるため、このような設定にせざるを得ないのでしょう。

ところで『土竜の唄』、この監督はご存知三池崇史氏ですが、あまりにもこういった作品のイメージが強いせいか、『風に立つライオン』を監督したと知った時は驚いたものです。こちらの作品は、日本人医師がアフリカで現地の人々のために尽くす物語ですが、かなり『JIN-仁-』の要素も入っています。そもそも主演が同じ大沢たかおさんですし。


飲み物-コーヒーと砂糖とミルク

[ 2021/11/20 01:00 ] 映画 | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-53

『どうする家康』のキャスト予想関連で、長澤まさみさんの出演もあり得ると書いていますが、そもそも長澤さんの大河での役どころというのは、これまでの半分以上が忍びの役です(『功名が辻』の小りん、『天地人』の初音)。『真田丸』でやっと忍び以外の役を演じることになりましたが、この時もネット上で、「きり」の名前が、霧隠才蔵を暗示しているとコメントされていたことがあります。

しかしきりの役どころ、大坂の陣まではそれなりに理解できたのですが、最後の最後で、彼女は結局どういう役割で、その後どのような人生を送ったのかが見えにくくなりました。千姫を送り届けた後、急にいなくなってしまいましたからね。ありきたりな手法ではありますが、たとえばあの後、出家したことを窺わせるなどの描写があってもよかったと思います。三谷さんの敗者を描くやり方には、生き残った人々への救済措置を窺わせる描写が感じられないのがやはり残念です。

この『真田丸』、終了後にスピンオフができるのではと、ネット上、特にSNS上で騒がれたこともあります。きりのその後もさることながら、上杉景勝と直江兼続主従のその後なども、視聴者は関心を示したのではないかと思いますし、実は信繁は生きていた的展開を望む人もいたかも知れません。しかし『新選組!』のようなスピンオフが作られることはありませんでした。

その三谷さん、来年は「大河好きがニヤリとする」キャスティングを考えているとコメントしたことについて。前の方にも書いていますが、やり過ぎると視聴者の離脱を招くことにもなりかねません。あまりマニアック路線を行くと、うざいと取られても仕方ありませんし、大河好き=お得意様へのサービスのみならず、新規に観る人々のことを考えてこそのものでもあるわけですし-無論、すべてを初心者向け説明路線にする必要はありませんが。

先日の『天地人』関連で、『独眼竜政宗』を引き合いに出しています。ちなみに政宗に上杉景勝は出て来ませんが、天地人には政宗が登場します。時代的にも地域的にもほぼ似ており、政宗が生まれた米沢は、景勝が最終的に藩主となっています。このような共通性があるだけに、やはり政宗に対抗しうるだけの作品にしてしかるべきではあったでしょう。この天地人路線がその後『江~姫たちの戦国~』や『花燃ゆ』へと継承されて行った感はあります。

しかし政宗は、1980年代半ばの近現代3部作が振るわなかった(1986年の『いのち』を除く)ことから、起死回生策として打ち出されたようですが、そもそもなぜ数字が取れなさそうな近現代物を、それも3年もやろうと思ったのでしょうね。最初から無理があるような企画を打ち出しては、振るわなかったことの責任を取ろうともせず、次の作品にばかり目を向けさせる姿勢というのは、特殊法人という殿様商売だからこそできるというのを、もう少し自覚してほしいものです。


飲み物-ブロンドのエール
[ 2021/09/26 11:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

三谷大河はなぜ批判されるのか-2

先日の投稿の続きです。あれやこれやと書いていますが、あくまでも私の視点で捉えているものであり、無論三谷さんの脚本をどうとらえるかはその人次第です。見方を変えれば、結局のところ映像作品と言うのは、誰が脚本を書くのか、出ている俳優さんは誰なのか、どのようなテーマなのかといった諸々のことを始め、主観が大きく影響するものです。ですから人によって面白い面白くないかの評価の違いは当然あるわけで、高評価を得た作品であっても、すべての人がそれに賛同しているわけではありません。

ところで1つ前の投稿では

「個人的な趣味嗜好」が反映される部分は大きいでしょう。ちょっとばかりこだわり過ぎかなと思われるところもありますが、それと物足りなさとがうまく補完し合うというわけでもなさそうです。

と書いています。『鎌倉殿の13人』で、大河好きがニヤリとするキャスティングもあるといったコメントが紹介されています。無論これがどのような形のキャスティングになるのか、こちらは勝手に予想するしかないのですが、かつて『『新選組!』で、『新選組血風録』(1965年の時代劇)及び『燃えよ剣』(岡田准一さん主演の映画ではなく、1970年制作の時代劇)で、土方と沖田を演じた栗塚旭さん、島田順司さんをそれぞれ、別の役でゲスト的に出演させていたのを思い起こさせたりもします。

こういうのは確かにこだわりを感じさせるのですが、妙にマニアックで、何もそこまでやらなくてもいい、何か空回りしているといった一面もあります。そう言えば『真田丸』のラストシーンも、クランクアップ時はまだ未公開ですなどと言われていて、これも一種のこだわりとも取れますが、今となっては、やはりあれは未公開でいた方がよかったかと思っています。安居神社の信繁終焉のシーンがよくなかったので。

逆にこういうのにこだわるよりも、残された人々のその後の生活を描いてもよかったのではないかと思うのですが、やはり三谷さんの大河にそれは望めないでしょうか。

それと主人公の描き方について。確かに新選組や真田信繁に対し、新しい見方で描きました、史実も再考証をしましたというのはいいでしょう。ただそれにこだわりすぎるあまり、人物の描写が、どこかおちゃらけた感じになってしまってもいるわけです。細かい部分にこだわるのはともかく、その当時の人々にしては、妙に現代劇的な設定になりがちで、こうなるとやはり時代劇としての旨味は失われ、この点が、三谷さんの脚本が小劇場的だと批判される一因ともなってはいるでしょう。

私も『真田丸』の放送前まではかなり期待もしたのですが、実際あの大河の終盤は如何にも物足りなさを覚えました。大坂の陣もですが、小野お通の描き方も、あれはないだろうとは思いましたね。そもそも信之がお通のところに通うのに、奥さんがついて来たりはまずしないでしょうし。ただパペットホームズとの共通点がかなり見られたのは、面白かったと言えます。これに関しての投稿は「真田丸とホームズ」でまとめています。

上記三谷大河もそうかも知れませんが、平成の頃は面白いともてはやされたものが、そろそろ節目を迎えている感もあります。『鎌倉殿』も最初の一月二月は観るかも知れません。しかし観ていてあまり面白くないと、視聴を止める可能性もあるでしょう。始まる前からこう言うのも何ですが、最近大河の視聴と言うのにそこまで情熱を傾けられなくなっているせいもあります。現時点で、すべてを完走したのは『西郷どん』が最後ですから。意外と『どうする家康』が面白くなるかも知れません、断言はできませんが。

それと余談になりますが、今年は水曜の21時にグラナダ版ホームズが放送されていることもあり、『相棒』の視聴はお休みしようかと思っています。数年前からいくらかその傾向はあったのですが、スペシャルに多少違和感を覚えるようになりましたので。このシリーズもやはり、平成に隆盛を極めた作品ですね。一方で、『刑事7人』が割と面白く感じられたので、こちらを最初から観てみようと思います。刑事ものでは、京都府警が舞台の作品も結構好きです。


飲み物-ブロンドのエール


[ 2021/09/13 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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