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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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おんな城主直虎あれこれ その8

では今回のあれこれです。

次郎と直親としの
井伊家の後継ぎを巡る展開ですが、女性2人は結局言いたいことを言ったわけですから、意外とすっきりした結末でした。むしろ、そこへやって来た直親が、ため息をついて他人事のような態度を取るため、次郎が諌めることになるわけです。
無論、しのが次郎を疑ってかかるところ、次郎が、井伊の姫であることを嵩に来たような物言いをする点は、共にほめられないのですが、最終的には夫婦の問題であり、直親も井伊の後継ぎとしてもう少し自覚的になるべきでしょう。この人の場合、悪気はないと思われますが、それが逆に災いしそうです。またしのの場合、第7回で既に、次郎が自分たちの領分に入って来ているのを快く思っておらず、それが積もり積もったとも考えられます。

小野夫妻と傑山
その一方で、松平家もそうですが、小野玄蕃夫妻にも子供が生まれました。子ができる秘訣を訊きたがる次郎に、玄蕃は「愛」などとのほほんと答え、妻のなつがフォローします。「愛」などと言うと『天地人』を思い出しますね。小野兄弟はかなり性格が違うようです。
一方で、最近人気上昇の傑山、この人は諜報部員的なところもある一方で、ボディガードの役割もきちんと話しています。今回は次郎の話を立ち聞きするのではなく、しのが懐剣を振るったところを、身を挺して救います。第2回が「おとわ危機一髪」というサブタイでしたが、このシーンこそ正にそれであったかと思います。しかししのも自害すると見せかけて、重心を落として次郎を狙いに行くというのは、なかなか怖いものがあります。

如才ない政次
一方で、鼓を売ってそのお金で麝香を買ってほしいと、政次に頼む次郎。政次は、ならばその薬を自分で飲んで、直親の子を産めばいいではないかと、相変わらず皮肉めいたことを言います。しかしこの当時の鼓の値段は、どのくらいの相場だったのでしょう。中古品とはいえ、それなりの値段で売れたのでしょうか。時代は違うものの、『応天の門』などにも登場しますが、唐渡りの薬は結構な値段で、麝香もそれなりに値の張る物ではあったようです。
しかし奥方様に扇を買ってくるとは、流石にこの人は如才がない。この辺りが、人はいいけどあまり気が回らない直親と違うところと言えるのかもしれません。

元康は「これで」戦上手
父義元に比べると、あまり出来がよくなさそうな今川氏真のセリフです。「これで」だけ余計な気もしますが、やはり今の元康の雰囲気からすれば、その余計なひと言も出て来ようというべきでしょうか。実際松平元康、後の徳川家康は、戦経験がかなり豊富なのは事実です、何せ70過ぎても、大坂の陣で采配を振るっていたのですから。その基本は、恐らく駿府でのこの時代に培われたものでしょう。
このシーンで気になるのは「三河守」です。後にこの元康=家康自身が三河守を名乗ることを考えれば、なかなか意味深に思えます。それと元康が「朝比奈様」と言っていますが、これは朝比奈泰朝のことでしょうか。この人物もまた、井伊家に決定的な影響を与えますね。

『おんな城主直虎』に見る真田丸その2
その元康、妻の瀬名の手紙によれば、相変わらず一人二役で碁を打ち、時に癇癪を起して碁石を払ってしまうとの由。南渓和尚が面白そうな男だと言うのには、さて如何なる意味があるのか。碁石を払うといえば、昨年の『真田丸』の真田昌幸も、刀の鞘で碁石を払っていたことがあります。これはかの人物のことゆえ、自分に不利な状況の時ににわざとやっていたのですが、彼の生涯のライバルともなる元康の場合は、攻めと守りのかみ合わなさゆえでしょうか。
それと、しのが次郎を止めようとした時に「重い」というセリフがありますが、これも、細川屋敷に火をつけて、小笠原少斎に自分を討たせようとする玉を、きりが引っ張って行くシーンをちょっと思い出します。

今回は側室や漢方薬、そして桶狭間の戦いなど色々登場しますが、それに関しては別にアップしたいと思います。

飲み物-バーのラテフロート
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[ 2017/02/28 23:45 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)

『太平記』第九章 鎌倉幕府滅亡ノ事

いよいよ鎌倉幕府滅亡です。しかし『太平記』はこれからがいよいよ正念場なのですが…幕臣である足利高氏が後醍醐天皇側につくことになり、鎌倉攻めの新田義貞は、剣を稲村崎で海に投じます。

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名越高家が討死し、南北の六波羅は風雲急を告げる事態となっており、兵をかき集めることに腐心する。そして北朝の光厳天皇、後伏見上皇、花園上皇は北の六波羅の館に入る。一方で、高氏の長男で人質に取られていた千寿王は、潜んでいた大蔵谷を何者かによって連れ出された。

5月7日未明、足利高氏は2万5千余りの兵を率いて丹波を出たが、今日に到着する頃にはその倍になっており、これに赤松の軍、そして後醍醐天皇の側近である、千種忠顕の軍が合流した。迎え撃つ六波羅勢は6万騎であったが、足利連合軍はこれを破り、六波羅の南北それぞれの探題は、帝と上皇を連れ落ちのびて行った。

しかし南探題の北条時益は途中で落命、光厳天皇は負傷、そして多くの敵軍を前に、北探題の北条仲時をはじめ400人以上の武士が自害して果てた。光厳天皇と二人の上皇は京へ送還された。そして上野では、新田義貞が挙兵していた。

幕府は京に軍を送る予定だったが、まず新田勢を討ち取ることにした。武蔵国小手指原で両軍は相まみえる。その最中、六波羅陥落の知らせが伝わり、退却する幕府軍を追って、新田軍もまた鎌倉へと馬を進めた。5月21日、稲村崎沖に敵の船を見た義貞は、海が開かれんことをと、剣を海に投げ入れる。

その後潮が引いたのを見た義貞は、馬を進めて鎌倉に入る。酒宴を張っていた北条高時は、嶋津四郎を当てにしていたが、あっさり降伏してしまう。さらにその後、新たに探題職を任じた金沢貞時、そして大仏貞直も戦死、高時たちは東勝寺へと逃げる。そしてその場で高時、長崎円喜と弟の高重、駿河時顕らも自刃して、鎌倉幕府は滅亡した。元弘3年(1333)5月22日だった。

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鎌倉幕府が終焉の時を迎えます。大河ドラマでは、確か金沢貞時も東勝寺で自刃する設定でした。また新田義貞勢は稲村崎を渡った後、極楽寺口から鎌倉入りします。この後時代は建武の新政となるわけですが、そこで今度は新たな問題が表面化します。

それからここのところお休みしていた『応天の門』、また来月辺りから再開しようと考えています。年末に始めるのも何ですが、年明けはまた新しい大河もスタートするので、その前からぼつぼつ始めておいた方がいいかと思っています。

[ 2016/11/23 01:15 ] | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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