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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『となりのチカラ』に描かれる人間心理

先日の『武将ジャパン』と中尾氏に関する投稿、一部おかしな部分があったので直しています。

そしてこれも少し前に書いていますが、松本潤さん主演の『となりのチカラ』、実はこれ毎回観ておりまして、主人公でゴーストライターのチカラが、隣近所のトラブルに首を突っ込んで解決しようと努力し、そして実際に解決するという設定です。内容としてはちょっとワンパターンかなと思いますし、松本さんが2人の子の父親というのが多少実感がわきませんがそれはともかく。実は3月3日放送の第6回でちょっと興味深い描写がありましたので、それについて。

チカラたちが住むマンションの601号室に、上条知樹という青年が住んでいます。あまり感情を顔に表さない人物で、幼児殺人事件の犯人という噂まで立っていました。この上条はピザのデリバリーのアルバイトをしており、503号室の柏木託也が大学に合格した時のパーティーには、ピザを届けに来てもいます。一方で就活をしていて、晴れて正社員として出勤したその日の朝、かつて少年院にいたことを自分からチカラに打ち明けたため、その日のうちにクビになり、アルバイトに戻っていました。

実はチカラはマンションの管理人の星から、少年院に入っていたかどうか探ってくれと頼まれており、事実を知った星は人が変わったようになります。実は星は一人息子を幼児殺人事件で失っており、妻もその後自殺していました。そのため上条の勤務先に電話をし、彼が一日で解雇される原因を作ってしまいます。さらに上条に暴力を振るうのですが、実は上条は幼児殺人ではなく、かつて自分をいじめた同級生を事故で死なせて少年院に入っていたのでした。

元保護司の女性から、この上条の母親は息子を病気に仕立て上げ、面倒を見ることによって自らを安定させる、所謂代理ミュンヒハウゼン症候群と思われる疾患だったことをチカラは聞かされます。このことが原因で上条は、自分の感情をうまく表現できなくなっていたのです。そしてその後マンションを出て行こうとしますが、皆に引き留められます。また入居者に暴力を振るった星も、マンションを出て行くことになりますが、この人物が入居者に気を配っていたことをチカラたちは知り、思いとどまらせ、引き続き管理人として仕事をしてくれるように頼みます。

元々あまりドラマを観る方でないせいもありますが、この代理ミュンヒハウゼン症候群と思しき疾患を採り上げた作品は、あまり観ていなかったかと思います(刑事ドラマで観たような記憶はあります)。またこれとは別にミュンヒハウゼン症候群というのもあり、こちらは周囲の関心を引くために仮病を使ったり、わざと自分を傷つけたりすることを指します。あと上条の感情表現、失感情症(アレキサイミア)に似てはいますが、この中ではそこまで詳しく言及されてはいません。尚これは、疾患というより性格特性、心理的特徴であるとされています。


飲み物-コーヒーとケーキ
[ 2022/03/14 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

SNS上の大河と『武将ジャパン』関連続き

またも武者さん関連ですが、その前に。

ツイッターの大河クラスタ(コロナ禍が始まって以来、この言葉を使うのはいくらか抵抗がありますが)というのがあります。私も以前『真田丸』が放送されていた頃に、タグを貼ってツイートを流したこともありますが、その後は止めてしまいました。

何に限らずですが、ネット上のコミュニティは、エコーチェンバー化しやすいというのがその理由です。結局多数派が勢いを持ってしまい、それに同調できない人たちは、離れて行かざるを得なくなります。私自身、性格的なものもあるのでしょうが、何が好きであるとか面白いというのを、あまり声高に言いたくないこともあり、次第に距離を置くことになりました。あと、今一つ馴染めない大河について語るのも、正直辛いものがありました。

無論中には、異論反論であっても目を通すという、比較的客観的な見方をする人もいます。ただ、人間の許容度には限度がありますし、それ以前に許容度の基準は人様々です。また、人間とは基本的にダブスタでもあります。特定の人や現象をダブスタという人が、実は自分もダブスタだったなどということもありますし、ツイッターに限らずSNSはその人のエゴが出やすくもあるので、主観が入りやすい娯楽作品について呟くのは、場合によってはリスクが大きいと言えそうです。

それと前にも書いていますが、『黄金の日日』(30日放送分については今後の投稿になります)などの、70年代後半ごろの大河は今に比べると面白いという意見を目にしたこともあります。しかし今観てみても、格別に面白いという印象は、正直言ってそうありません。これは『黄金の日日』関連でも書いていますが、面白い部分もあれば、面白くないところもあるわけで、70年代大河は面白いと一般論化してしまうのはどうかと思います。どこか過去美化バイアスのようにも見えます。

では本題です。今更ではありますが、武者さん、プロのライターとしては誤字脱字や変換ミスが多いし、また日本語としてどこか不自然な表現もみられます。無論誤字脱字、変換ミスというのは誰にでもありますし、私も先日投稿分で誤字というか、削除すべき部分をしていなかったことに気づいたのですが(その後修正済み)、やはりプロであの間違いというのは、問題ではないでしょうか。

それと現時点では『鎌倉殿の13人』を肯定してはいますが、いくらか無理している感があります。好きでないのなら無理にそうする必要もないのですが。やはり三谷さんの作品だから斟酌しているのでしょうか-それもどうかとは思いますが。武者さんも歴史について書きたいのであれば、大河とか朝ドラのコラムをやめて、歴史記事のみにした方がいいのではないかとも思われます。大河のコラムはどちらかといえば「歴史が好きだから」というよりは、「ドラマが好きだから」という動機で書く方がふさわしいのではないでしょうか。

ドラマといえばフィクションですが、大河でのこのフィクション、嘘の部分をどこまで許せるかでまた議論となりがちです。私も史実があまり描かれないのは物足りないのですが、史実、そしてそのベースとなる史料にあまりこだわるのも、ちょっと同意できないところもあります。

三谷さんも、史実はどうでフィクションはどうと言うのではなく、荒唐無稽と思われているのなら、それでも結構くらい言ってもいいと思うのですが…やはりそこは脚本家のプライドがあるのでしょうか。何だか今回の三谷さん、失礼ながらちょっと依怙地になってやしないかとも思われます。

無論、史実重視ドラマにするべきか否かを、制作現場に丸投げして来た経営陣にも責任はあります。大河の存在理由というのが、今一つはっきりしない所以でもありますが、しかし前にも書いたように、大河は本来はエンタメであってお勉強番組ではないでしょう。ジャンルこそ違えど、これなら『昆虫すごいぜ』とか、多少の嘘はあるけれど、『はたらく細胞』などの方がよほどお勉強番組のように見えますね。


飲み物-エスプレッソブラック
[ 2022/01/31 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』に関しての武将ジャパンの記事に思うこと 2

『武将ジャパン』関連の続きです。このコラムはドラマの感想やら、歴史関連の記述やらが一緒になっているため、4ページ分とかなり長くなっており、その中から必要と思われる個所をピックアップする格好になっています。そのため引用が必ずしも初出順ではありませんので、その点悪しからずご了承ください。何よりもこういう書き方、如何にも整理されていない印象を受けます。ドラマのあらすじと感想、そして歴史関係は分けるべきでしょうね。

また、先日投稿分で、肝心の武者さんのコラムのリンクを貼るのを忘れていました。失礼いたしました。一応今回もURLだけ置いておきます。

https://bushoojapan.com/taiga/seiten/2021/12/28/165043

まず先日分の総評の続きで、こういう箇所があります。

『青天を衝け』が好きだ、神大河だという一連のコメントに対して

しかし、幕末明治史の基礎的なところまでミスを連発する大河に、こんなに優しい目線が向けられるものでしたっけ?
史実のミスを指摘した記事や意見には、苦しい言い訳をしていることもある。
いわゆる【ポリアンナ症候群】です。
ポリアンナ症候群とは(Wikipediaより)
ポリアンナ症候群(ポリアンナしょうこうぐん、英: Pollyanna syndrome)は、直面した問題に含まれる微細な良い面だけを見て負の側面から目を逸らすことにより、現実逃避的な自己満足に陥る心的症状のことである。 別の言い方で表すと、楽天主義の負の側面を表す、現実逃避の一種だと言い換えることもできる。
(中略)
フォロワーさんが誉めているドラマを貶すわけにはいかない……本当はつまらないけど、誉めあうと楽しいし、空気壊したくないし。
ファンアートを投稿すればきっといいねがついてRTされる!

こう書かれています。
まず「ポリアンナ症候群」、これは上記記事中にもある通り、一種の現実逃避で認知バイアスといえます。しかしこれもまた「史実のミス」とやらがどのようなもので、それに対する言い訳が如何なるものであったかが明記されておらず、こちらとしては判断のしようがないのです。
何よりも、ポリアンナ症候群を云々する以前に、武者さんの文章そのものに、認知バイアスと思しきものが窺えます。自説補強の意味合いもあってか、自分の嫌いな作品は批判的な記事を引用し、好きな作品の場合はその逆に、好意的な記事を引用する確率が高くなっています。これは認知バイアスの一つである、確証バイアスに他ならないのではないでしょうか。

それから
「ファンアートを投稿すればきっといいねがついてRTされる!」
と、如何にもファンアートが悪いようにも取れる書き方ですが、武者さんの好きな『真田丸』、『おんな城主 直虎』、そして『麒麟がくる』のいずれも、ファンアートはツイッター上で数多く見られたのですけどね。

またほぼ真ん中あたり、やけに中国韓国の時代劇をほめたたえた後で、このように武者さんは書いています。

見る側の原因もあります。
『麒麟がくる』での駒叩きの悪質さには呆れ果てました。ファンタジーだの歴史劇じゃないだの……一体何を言っているのでしょう?
時代劇に架空の人物を加えることは古来よりあった定番の技法です。
それでいて『青天を衝け』において慶喜や栄一が、史実と正反対で考証的にもおかしいデタラメを演じても、「感動しました!」「完璧です!」とは、どういうリテラシーなのか。

そして記事の後半から終盤にかけても

(『青天を衝け』に関する記事の)ライターさんもイケイケのアゲアゲで大絶賛する記事を書いていましたね。
SNSを切り取ったコタツ記事は、日曜夜にはすぐ出てきました。
毎年そんなもんだろ、と思われますかね?
『麒麟がくる』なんて些細な揚げ足取りで叩く記事がありました。
ただ単に「駒がムカつくから駄作!」「架空キャラが出るからファンタジーだ!(※『獅子の時代』はじめ歴代大河を知らないんでしょうか)みたいなもの。
今年はそういう記事をほぼ見かけません。

駒に関しては、何よりも「出過ぎ」だったのが批判されたともいえます。元々池端俊策氏の脚本であり、私が考えるに、恐らくは『太平記』の藤夜叉のようにしたかったのだろうと思います。
しかし『太平記』は、花夜叉(楠木正成の妹という設定、佐々木道誉とも親しい)の猿楽一座がオリキャラで固められており、高氏と恋仲になって子を産む藤夜叉、足利の兵に家を焼かれ、母を殺されて恨み骨髄の石が中心的存在で、彼等には高氏と関わることによる宿命のようなものを感じたのですが、生憎私の場合、駒にはあまりそれが感じられなかったのです。

それからどう考えても『獅子の時代』の2人の主人公と、駒は同列には論じられないのではないでしょうか。重みが違うと思います。それにしても『獅子の時代』は1980年の放送ですから、42年前のことになります。あと、これとは別に『徳川慶喜』も引き合いに出されていましたが、こちらも1998年放送だから24年前です。
ここでまた疑問があります。そもそも武者さんのコラムには10年ルールなるものがあり、放送から10年を経過した場合、その作品には言及しなかったはずなのですが、こんなに前の作品を引っ張って来ているということは、あれは撤回されたのでしょうか。

そしてこれはかなり終盤近くになりますが、

『あさが来た』
『わろてんか』
という近年でも時代考証がお粗末だった作品です。
『わろてんか』の場合、日本の芸能史における時系列が決定的におかしく、数十年単位でずれていました。

やはり「快なり!」という恥ずかしい乾杯音頭は創作でしたね。安心しました。
このドラマでもワースト候補の平岡円四郎の妻が女衒にされたこと。先憂後楽を忘れて「快なり!」と叫ぶこと。
それが脚本家の杜撰な意識から作られたと知り、納得感はあります。

とあり、その後にはこのように書かれています。

来年の三谷幸喜さんや、『八重の桜』の山本むつみさん、そして漢籍マスター『麒麟がくる』池端俊策先生なら、そんな侮辱的な創作はしない。経験、知識、良心があります。
しっかりした裏付けもなく、自分の範囲内から捻り出すと、こうなってしまう。今年の脚本家は時代劇を描く上での知識が圧倒的に不足していると感じました。
最低限の知識があれば、主人公恩人の妻を女衒のような働き方をさせないものですよ。
(中略)
そもそも『あさが来た』の時点で時代物としては禁じ手ともいえる捏造をしておりました。
それが大河に起用されるというのはどういうことなのか。
疑問は尽きません。

どう考えても、『あさが来た』と『青天を衝け』の脚本の大森美香氏が気に入らなくて、叩きまくっているようにしか見えません。まあご自分が好きな大河の脚本家をほめたい、その気持ちはわかります。しかしコラムを書く側としての意見としては、如何にも偏った感があります。

池端氏に関して言えば、やはり『太平記』と比べると、どうも焼きが回った感がありますし、さらに三谷さんも、元々賛否両論がかなりある人ですが、私の場合、『真田丸』の大坂の陣の描写でいくらか疑問符がついてしまいました。
個人的に山本むつみさんはいいと思います。ただこの経験、知識、良心とは具体的にどういうものなのか。なぜ大森さんにそれがないと言い切れるのか。実はこの前の部分で、漢籍や儒学がどうのこうのと散々書かれており、それがドラマへの批判へとなり、脚本家批判にもつながっているのでしょうが、どうにも主観が入り過ぎている嫌いがあります。また『あさが来た』の捏造なるものも、はっきり書いてほしいものです。

そしてこういうのもありました。

中身がないのに空気だけを演出する。そんな戦術は【エコーチェンバー】を形成します。
それゆえ【エコーチェンバー】の宿痾もつきまとった大河でした。
チェンバーの外にいる者、こと私のように口が悪いものは、執拗に、攻撃的に、尊大な態度で絡まれる。
今年は色々ありました。自業自得の部分もあるとはいえ、どうしたものでしょう。
確かにハッシュタグをつけて盛り上がるのは楽しいかもしれませんが、人の思考に自分の思考を過剰に沿わせてしまう危険性はあります。

武者さん、今回はこのようなことを書いていますが、『鎌倉殿の13人』が始まったら、今度は自分がエコーチェンバーの中心になるのではないでしょうか。


飲み物-ワインと暖炉の火

[ 2022/01/05 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

蛙(かえる)化現象とは

蛙化現象というものがあります。おとぎ話で、蛙に変えられていた王子様が、最終的に人間に戻るというプロットの物語がありますが、その逆の現象のことをこう呼んでいます。片思いの時は、これ以上ないほど素敵に見えていた男性と付き合い始めた女性が、いざ愛し合うようになった途端、その相手に対して嫌悪感を抱くことです。

片思いの時は、相手に自分の方向を振り向かせることを考えていればいいわけです。実際に付き合ってはいないし、相手の嫌な面も見えて来ません。しかしいざ付き合い始めると、たとえば相手のキスが苦手、肉体関係を持ちたくないということで、強い嫌悪感を相手に抱いてしまうほうになります。特に女性本人が自己肯定感が低く、自分が愛されないので、その自分を愛する相手も嫌になるということもあります。

男性は恋愛をすると、男性ホルモンであるテストステロンが働き、女性に対して積極的な行動を取るようになります。そういう男性に対して前向きになれず、あれだけ素敵に見えていた彼のイメージが、ものの見事に崩壊し、この蛙化現象となるのです。

これとは別に、リスロマンティックというのがあります。以前、認知バイアスとインターネットというタイトルで、ハロー効果(威光効果)について書いています。特定の対象を評価する場合、その対象が持つ顕著な特徴に目が行って、他の特徴に目が行かなくなるもので、一種の認知バイアスです。しかしアイドルを応援したくなる気持ちというのは、このハロー効果によるところも大きいのです。

このリスロマンティックの場合は、最初から片思いの状態が延々と続きます。つまり相手からの見返りを求めない、相手と付き合ったり結婚したりすることを(例外もあるでしょうが)求めないため、蛙化現象になることもありません。ただしアイドルが結婚したりすると、急に熱が冷めてしまうという可能性もあります。またリスロマンティックになるケースは様々で、恋愛に抵抗がある、あるいは恋愛に付き物の肉体関係に抵抗があるという人もいるようです。

ところで前出のテストステロンですが、肉体的のみならず、精神的にも「男らしさ」を形成するホルモンで、男性ホルモンの9割以上を占めるといわれています。正に男性に取って不可欠なホルモンではあるのですが、デメリットとして、このテストステロンが原因で薄毛になることもあります。

飲み物ーホットワインとくるみ
[ 2021/12/23 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

過去美化バイアス2-ポジティビティ効果とレミネセンス・バンプ

先日、芸能人のルックスについての投稿をしています。無論これはあくまでも私見です。また、ビフォーアフター的に、誰それは整形をしているというコラムなどがネット上にありますが、大人になって芸能界入りした人ならともかく、子役出身などの場合、成長過程でかなり変化が見られることも考えられます。

ところでこの投稿で、ボトックスをしている可能性のある女優さんの話から、加齢による外見の変化に関して少々触れています。外見のみならず、内面も若々しくありたいと思っている人は、芸能人に限らず一般人でも多いものです。特に年を取ればとるほど前向きでいたい、色々なことにチャレンジしたいと思っている人もいるでしょう。

ただし、その前に気に留めておきたいことがあります。実際年を取るにつれて、ポジティブになる人ももちろんいます。しかしそれは、若者がポジティブであることとは多少異なります。この場合は、年齢を重ねるに従って、ポジティブなことのみが記憶に留められる傾向が強くなること、もっとはっきり言えば、「自分に都合のいいことだけを覚えている」ということです。

これをポジティビティ効果と呼んでいます。これともうひとつ、レミネセンス・バンプと呼ばれるものがあります。こちらは若い頃、10代から30代辺りまでの経験の中で、こちらもポジティブなこと、自分に取っての成功体験的なことを、あの時代はよかったと、それも頻繁に思い出すことです。この両者が噛み合うことで、現在または未来を否定あるいは悲観し、過去を懐かしんだり、過去に囚われたりするようになります。

高齢者の昔話、往々にして自慢話が多くなるのはこのためです。また最近特によく聞く話ですが、高齢者の車の運転がリスクが大きいにも関わらず、なかなか免許証を返納しないというのも、過去に自分は安全運転をしていたから大丈夫だという、ポジティビティ効果の影響があるともされています。

外見に気を配り、若々しくと考えるのは無論いいのですが、その一方で、過去に囚われてしまうとか、あるいは若い頃のことのみが記憶の中に存在する、昔の映画や音楽のみがいいと思い込むようになれば、やはりそれはメンタリティの老化を意味するわけです。これは誰にも訪れるものでありますが、ただこういうことはいずれ起こると、意識しておくだけでも多少の違いはあるかと思われます。

飲み物-コーヒーとチョコレート

[ 2021/12/15 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

コミュニティとエコーチェンバー

半月ほど前ですが、盲信、無謬性そして内集団バイアスという投稿で、同じ考えのコミュニティ内の意見はエコーチェンバー化しやすい、つまり先鋭化しやすいと書いています。

こういう中では、必然的に大勢の意見に同調しなければならない、そういう空気が生まれがちです。私が以前、あるコミュニティに多少首を突っ込みながら、結局やめたのはそういう事実も関係しています。コミュニティの中で様々な意見が飛び交うものの、やはりコメント数の多い人が主導権を握ることになりますし、当然というか、その人たちを主軸にして議論が進むため、コミュニティ自体が、一部の人々の占有物のようになることがあります。

意見を異にする人たちは、自分たちで別のコミュニティを立ち上げざるを得なくるわけです。これはSNSのクラスタも同様です。クラスタというと、最近は新型コロナウイルスの影響もあり、集団感染のイメージが強くなっていますが、元々は集団とか群れとかいう意味であり、大河クラスタなどというのも存在します。

大河を始めとするドラマの場合、好意的な意見もあれば、そうでないものももちろんあります。ただツイッターなどでは、どちらかといえば好意的なものが目立つ傾向があり、好きという意見や、応援していますといった、肯定的な意見が優勢になることがありますが、これもまた、特定のアカウントを中心としたエコーチェンバーと言えなくもありません。

ただしドラマの場合は、好き嫌いというよりは、面白い面白くないに二分化されがちです-もちろん、脚本家とか出演者の好き嫌いはあるでしょうが。

余談ながら、好き嫌いについて、好きの反対は嫌いではなく無関心とよく言われます。これはなぜか。つまり好きも嫌いも、対象となる相手を気にかけていることに変わりはないからです。本当にその相手が好きでないのなら、無視しておけば済む話ですから。

ファンが往々にしてアンチに転じるのも、これが原因ではないかと思われますし、自分は誰それが嫌いだという人物は、どこかでその人が気になっていると言っても過言ではありません。ですから、本当は嫌いなドラマだけど観続けているということは、どこかでその作品が気になっている、心に引っ掛かっているということなのでしょう。でなければ途中で切るはずですので。

また嫌いだと思っている相手が、しばしばその人と類似性を感じさせることもあるものです。たとえばあいつのワガママなところが嫌いだという人は、自分もワガママであったりもします。「同族嫌悪」と呼ばれたりもします。自分の負の部分を相手に感じるせいだと言われていますが、一方でそれを逆手に取り、反面教師にすることもまた可能です。

飲み物-白いカップの紅茶
[ 2021/11/07 00:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

盲信、無謬性そして内集団バイアス

ここのところ心理関係の投稿が多くなっていますが、一旦これで締めくくろうと思います。以前関連投稿で書いていますが、アイドルへの盲信などは時に、その時代背景などを美化するようになる傾向があります。こういう人たちを生み出した昭和の終わり頃はすごいとか、そういった類のものですね。尚私は昭和の終わりごろは知っていますが、今と比べてそれほどいい時代であったかどうかは、何とも言えません。

それとこれも芸能人絡みになりますが、ファンと信者の違いに関するブログ記事を、やはり以前目にしたことがあります。当該人物が何かよからぬことをしたとか、明らかに本人に非がある場合、批判するのがファンであり、庇うのが信者であるといった内容の物でした。前者は、その人物を一人の人間とみなしているのに対し、後者は崇拝する対象と考えているわけで、つまるところ、その人物の無謬性を強調しているように見え、カルト的なものを感じます。

また特に本人に非がない場合でも、何かにつけてその人を持ち上げる、賞賛するというのには、後者と同じものを感じます。如何に本人のコメントが面白くなかろうが、演技がまずかろうが、ともかく賞賛するというのは、やはりどこかカルトチックかと思われます。それから先日の分で、政治家絡みでちょっと書いたことがありますが、特定の政治家を支持する人たちのコミュニティにも、どこか似たものが感じられます。

基本的に、誰がどういう人を支持するかは自由です。ただし、自分たちが支持する人を批判する人たちに対して、排他的になりがちとも考えられます。特にSNSなどで、同じような考えの人たちのコミュニティができることにより、エコーチェンバーになりやすく、考えがさらに先鋭化してしまうのもまた否定できないでしょう。

自分たちのコミュニティが正しいと思うのは、内集団バイアスと呼ばれる現象です。共通の趣味嗜好や価値観がある場合は、とかく仲間意識を持ちやすいものです。その結果、自分が属するコミュニティこそが、他のコミュニティより優れていると考え、優越感を持ちやすくなります。

仮にそのコミュニティに何かしらの疑問を持つとか、あるいはその内部で確執が生まれた場合、思い切ってそこを抜け出し、客観的にそのコミュニティを観てみる必要もあるでしょう。自分でよかれと思って所属していたとしても、何かしらのバイアスを生み出しており、知らず知らずのうちにそれに囚われている可能性もまたあるからです。

飲み物-チューリップグラスのビール
[ 2021/10/24 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

盲信とストレスと「限界」

数日前に「同一視そして盲信」という投稿をしています。自分が好きなアイドルやスポーツ選手との一体化、例えばその人の行動をお手本にしたり、ファッションを真似したりするのは同一視(同一化)です。一方で相手を意のままにできると錯覚するため、、相手が結婚したりすると、ひどく落ち込むこともあります。また盲信は、文字通り盲目的に相手を信じ込むこと、もっと言えば相手を理想化することで、いずれの場合も過剰に一体化したり、信じ込んだりするのは禁物と言えるでしょう。

特にこの盲信なのですが、相手に対する思いが、他者排斥になり兼ねないこともあります。普段の生活でストレスが多いため、特定の対象にのめり込みたいという気持ちはわかりますが、度を過ぎると痛い人になってしまいます。その場合は他者に頼るより、ストレスそのものの原因を究明し、しかるべき治療を行う方が本当はいいのでしょう。しかしそこまでには至らない、不愉快なことがあっても、特定の「推し」であるとか、好きな映像作品などを見れば元の自分に戻れるのであれば、それはそれで有効といえます。

ストレスに対する反応は、「闘争」(fight)か「逃走」(flight)かの2種類であるとよく言われます。自分が戦えそうな相手には闘争、自分が恐怖や苦痛を感じる場合には逃走を選ぶわけですが、このような場合には身体的変化が起こります。具体的には交感神経の緊張が高まり、心拍数が増加して、血圧が上昇するといった状態になります。恐らくストレスを感じた時には、ひどく疲れると思う人は多いでしょうが、実際体に負担がかかっていることになるのです。

このことは、今後投稿予定の『はたらく細胞BLACK』第6巻の続きで触れますが、ともかくストレスとはかなり体を蝕むもので、循環器系疾患などにつながることもあります。その意味で、自分なりのストレス解消法を見つけるのは悪いことではありません。ただ他者に依存するようになると、結局何かにつけてその存在を頼るようになり、最終的には、その人を崇拝、あるいは美化するようにならないとも限らないのです。

これはちょっと政治絡みの話になりますが、実際に一月ほど前の自民党の総裁選の時、ネット上にこの人物でなければならない、総裁とはかくかくしかじかであるべきだという論調が飛び交っていました。無論どの人を選ぶのかは、党員である限りその人の自由です。しかしそういう論調は、ある意味極端に受け止められやすいのもまた確かでしょう。特定の対象をかくあるべしと思い込むのは、どうも極端化しやすいものです。

ネット上で最近よく「限界」という言葉を目にします。自分の能力とか体力の限度という意味ではなく、思想や発想が限界地を超えて、元に戻れなくなったという意味で、これもいわば極端化の一つの形と取れます。盲信するというのは、こういうリスクを背負うということでもあり、自分のストレス解消だけで収まるのであればともかく、対象を理想化するがあまり、極論に走るようになるのはやはり避けたいものです。


飲み物-カフェラテ2
[ 2021/10/23 00:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

同一視そして盲信

先日「同一視」についてちょっと書いています。この同一視、同一化とも言いますが、例えば自分が好きなアイドルやスポーツ選手、尊敬する人などがいる場合に、その人と自分を同一の存在ととらえること、つまり一体化することです。例えばアイドルやスポーツ選手が頑張る姿を見て、自分も頑張らなきゃと無意識のうちに思ったり、その人のファッションを真似したり、あるいはその人のことを我がことのように捉えたりするのは、この同一視の典型とされています。

これは疑似恋愛と関係しているのかも知れません。たとえば好きな芸能人が結婚した場合、ひどく落ち込むという人もいます。その芸能人はその人に取って、最早自分の彼もしくは彼女と同じであるからです。だから自分の思うままになってくれる、そういう思い実は誤解が生じやすくもあるし、もしそれで熱が冷めてしまった場合は、また別の存在に乗り換えて行く、所謂「推し変」となって行くわけです。

何だか都合がいいなと思わなくもないのですが、当該者たちにしてみれば、そういう相手に入れ込むことこそがいわば生き甲斐、一体化することに価値を見出しているわけです。ただあまりのめり込みすぎると、ボーダーラインがはっきりせず、自分を見失うということにもなりがちです。

一方で盲信という言葉があります。文字通り盲目的に相手を信じることですが、宗教関連だけではなく、たとえば様々な形での他者の言葉を、無条件にそのまま信じ込んでしまうことです。そしてこれも、たとえば好きなアイドルやスポーツ選手、あるいは映像作品などに向けられた行動となりやすく、しばしば「信者」と表現されたりもします。

これもある意味、同一視と関係しているかと思います。自分が大事な存在は、自分が守らなければならない、自分が擁護しなければならないといった、そういう思いに貫かれているようにも見えます。はっきり言ってそのアイドルとかスポーツ選手は、何もそこまで求めていないとは思いますが、そういうファンの存在があるために、そのアイドル自らがが誤解される側面もあるようです。(ファンがうざいというあれですね)またこの場合のファンは、批判的な言動を避け、相手に対して隷従するような姿勢を取るため、第三者はそれに違和感を持つことにもなります。

今回はこの2つに関してざっと書きましたが、同一化の場合は特に、自己防衛本能にも関係していると指摘されています。同一化によって自己評価を高める狙いがあるためですが、無論行き過ぎると、逆効果を招きかねません。盲信の場合はどうなのかはっきりしませんが、恐らく現実逃避的な目的があるのではと思います。この現実逃避も自己防衛の一つであり、実際日常的にストレスを抱えている人は、何か別の対象にのめり込むことで、心の平穏を保とうとしてもおかしくはないでしょう。

飲み物-コーヒーとチョコレート

[ 2021/10/19 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

気づいたことあれこれ 30

先日NHKの受信料について、『ブラタモリ』と衆院選絡みでちょっと書きましたが、NHKの訪問があまりしつこい時には、警察を呼ぶという方法もあるようです。そもそも訪問で勝手に入って来たり、ドアの前から立ち去らないといったこと自体、違法行為となるわけですが…。
それに支払いは実は義務ではないし、また放送法そのものに罰則規定がないので、仮に払わなかった場合でも、何らお咎めはないはずです。ただ訪問に来るのが鬱陶しいだけです。そんなに受信料がほしいのなら、もうスクランブル化するのが一番いいのではないでしょうか。どこかこの方法、合理性を欠いているのですね。

それから先日「ハロー効果」について書いています。要は自分のアイドル的存在のすべてを肯定し、ポジティブに捉えることです。それに加えて同一視というのもあり、これもまた自分が好きな対象に共感することですが、この場合はそうすることによって、自己評価を高めたり、安定感を得たりしようという目的があります。
この心理関連はまた時間がある時に書きたいと思いますが、アイドルや自分が好きな対象への共感と言うのは、度が過ぎると盲信ともなりかねず、それはそれで厄介です。

あと、こちらも前には書いていましたが、今シーズンの『相棒』は観ないことにしました。やはり近年のスペシャルにいくらか違和感があるのと、どこかマンネリ化して来た印象は否定できません。今回は和製ホームズの杉下右京ではなく、同じ水曜21時に本物のホームズをやっているので、そちら優先です。あと『刑事7人』をはじめから見ています。
私としては杉下-神戸の頃が好きだったので、視聴しない理由はそれかと思っていたのですが、その他に鑑識官の米沢守の退場なども関係しているかと思います-実際、米沢さんがいた頃は観ていたという人もいます。あと小野田官房長や当時の捜一トリオも好きで、その影響も恐らくはあるでしょう。長年続くということは、それはそれで大変ではあるようですね。


飲み物-ティーカップと紅茶
[ 2021/10/18 00:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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