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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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確証バイアスとエコーチェンバー

まず、『舞いあがれ!』のあらすじは次回になります。それと前の録画を観ていて気付いたのですが、第8週の演出の野田雄介ディレクターは、第2週の五島編も担当していますね。

で、何を書きたいのかと言うと、エコーチェンバーについてです。これについては今までも書いて来ていますし、直近ではつい先日、小檜山氏=武者さんが、ネット上のファンコミュニティで、大河などであれこれ視聴者がタグ付きで騒ぐのがけしからんと書いていたことに触れています。その時も少し書いていますが、武者さんのコラムにも確証バイアス的なものが散見されます。

この確証バイアス、恐らく人間であれば誰しも持ちうるもので、自分の思い込みを支持する情報ばかりに目が行く、あるいはそれを正しいと信じ込むことです。ただライターと言うのはどのような立場であれ、その人が書く対象にできるだけ中立であることが望ましいわけではあるのですが…。しかもこの確証バイアス、特定の考えを正しいと思い込む、あるいは思い込ませるという意味では、エコーチェンバーに共通するものがあります。

実は先日、ツイッターをログアウトした際に、トレンドの1つを好奇心からのぞいてみたことがあるのですが、上から10番目ほどまではほぼ同じ内容のツイでした。これも一種のエコーチェンバーかなと思った次第です。しかもトレンドは、同じテーマに関心を寄せる人々がタグをつけるわけですから、その意味でもエコーチェンバーになりやすいとは言われています。

無論テーマによって大きな違いがあり、比較的幅の広いテーマであれば、様々な意見が飛び交っていて、煽りがちな意見がある一方で、建設的な意見があったりもします。しかしテーマがより細分化されると、似たような考えの人々が似たような内容のツイを交換し、さらにRTやファボでシェアするようになり、比較的先鋭化しやすいとは言えそうです。しかも自分達だけで楽しむのであればいいのですが、人命にかかわることや陰謀論めいたことが拡散されると、ちょっと厄介なことになってしまいます。

ネットはそれまでマスコミが一手に握っていた情報を、個人が可視化する形で共有できるようにしたわけで、それはプラス面と言うべきですが、可視化されたがゆえにその影響もまた大きく、さらにツイッターの場合上限が140文字ですから、つい簡略化された情報を流しがちで、それが誤った情報となってしまうこともまたあるでしょう。利便性が高いゆえにリスクもまた高くなることもあり、その点にはやはり気を付けたいものです。

ところでその中にサッカー関連のトレンドで「手のひらがえし」というものもありました。ドイツ戦で代表をほめたファンが、コスタリカに負けると急に批判を始めたということから、このタグができたようです。ドイツに勝っただけに期待も大きかったことの表れとも言えそうです。しかし次のスペイン戦では勝たないと決勝Tに進めないようなので、何とか白星をもぎ取ってほしいですね。

飲み物-注がれる紅茶
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[ 2022/11/29 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『舞いあがれ!』「お母ちゃんとわたし」第3話と第4話の感想

本題に行く前に、先日分の朝ドラと大河関連の投稿で、意味が通りにくい箇所があったので直しています。

ではこの2話を観て感じたことです。

舞はめぐみと五島に行くことになります。そして、その日の朝まで悠人の添削をしてあげているめぐみ。このお母さんは、勉強を見てあげてもいるようです。悠人はお父さんとの2人暮らしをしんどいと感じているようで、舞に早く治れよと言いますが、その実舞のことも気になっているのでしょう。2人が発った後、悠人は舞が作ってくれた、合格祈願の剣玉を見つけます。東大を目指していること、小学6年生であることから、いい中学に入るための勉強に追われているのが窺えます。

舞はめぐみとフェリーに乗っています。今回は飛行機という「乗り物」がテーマですが、このフェリーでの移動もきちんと描かれているのに好感が持てます。そして初めて会う祖母の祥子。舞には何となく怖そうな人に移ります。その祖母自身が操縦する船に乗り、さらに車に乗って家に到着します。通された部屋は、昔めぐみが描いた絵や賞状があり、めぐみが所謂できる子であったことがわかります。

その後舞は、不思議な少年を目にします。ガアッパ、つまりカッパに見つかると言い、舞に静かにするように言った後、行ってしまったと伝えます。この子は生のキュウリをかじっており、着ているTシャツにもキュウリの絵があって、まるで彼自身がカッパのようです。実はこの子は、めぐみの友人の信吾の息子でした。めぐみは大学時代に浩太と駆け落ちをして、そのまま戻っておらず、久々の再会だったわけです。

診療所にお世話になるだろうから、挨拶に行くと言うめぐみを信吾は車で連れて行きます。この五島で元気になってほしいと言うめぐみに、うちの子供たちと仲良くすればいいと信吾。後部座席の一太は何となく乗り気のようです。ところでこの回は、さだまさしさんのナレによるばらもん凧の紹介があります。

その後祥子の家には船大工の豪、山中家の娘さくらが次々と姿を見せます。祥子はイチゴを使ってジャムを作っています。冷蔵庫にもイチゴが沢山あり、豪は勝手知ったる他人の家といった感じでそれをつまみます。知らない人たちに舞は戸惑いながらも挨拶をします。豪は、祥子に取って夫雄一の形見とも言うべき、如何にも昔風なラジオの修理もしていました。豪や山中家との付き合いは、恐らく何十年にもわたっているのでしょう。

その夜、舞はさくらが持って来たタコに触ろうとしてめぐみに注意され、その翌日また熱を出します。診療所の医師谷が来てくれます。この役を演じているのが前川清さんです。そして舞が熱は39度と言うところで「サンキュー」と言ったりするが、親父ギャグ臭さを醸し出しています。そして谷は、体に悪いところがなければストレスのせいかも知れない、ともかくゆっくりやればいいと言って帰って行きます。

どうもめぐみが危ないと思って先に手を回すことで、舞が自分の意見を言えなくなり、それが発熱につながっているように見えます。以前『ちむどんどん』で、歌子は心因性発熱(ストレス性高体温)なのかと書いたことがありますが、この舞の場合は、やはりストレスが引き金になって発熱しているように見えます。この朝ドラは医事考証が入っているせいか、こういうところはかなりきちんと描いています。

するとまた一太が現れ、今度はひょうたんを出してガアッパよけだと言います。翌日熱が下がった舞はめぐみと学校へ向かい、この一太そして妹の凜と出会います。そして1年生と3年生のクラスに入りますが、自己紹介をするより前に一太が名前を皆に言ってしまいます。おまけにトイレに行きたがる妹の世話もし、舞のいい友達になりそうな子です。ちなみにひょうたんは魔除けの意味合いがありますね。

ここで思うのですが、学校へ行く前のちょっとおどおどした舞に比べ、学校から帰って校外学習のお知らせを差し出す時の舞は生き生きとしています。何かが吹っ切れたようです。しかしこれにもめぐみは不安げですが、祥子はここでぴしゃりと、舞はどうしたいのかと聞きます。そしてさくらから長靴を貰い、当日一太と凜も迎えに来て、舞は張り切って海へと出かけて行きます。

それと一太と凜が歌っているのは、典礼聖歌407番の「マリアさまのこころ」という聖歌でしょうね。恐らくメロディーは聞いたことがあると言う人もいるかもしれません。しかし教会でこれを歌っていると言うことは、一太の家はカトリックなのでしょうか。五島列島、あるいは天草なども隠れキリシタンの多い地域であり、今なお信徒が多いことを考えると、そうであっても不思議ではなさそうです。尚今ある教会(聖堂)は、もちろんキリスト教信仰が許可された後に建てられています。


飲み物-コーヒーとチョコレート
[ 2022/10/07 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 69その2

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、後半部分です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第32回「災いの種」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/08/22/170435

1.「なんで頼家様は俺と仁田を呼んだのかなぁ?」
忠常と話ができなかったからか。義盛は三浦義村と畠山重忠に相談しています。
「わかる気がする。戦に強く、忠義者で、ばか……」
「ばか?」
「……場数を踏んでいる」
とっさに言い逃れる義村。言うことを聞いてくれると思ったんじゃないか、ってよ。
言いたいことはわかった。馬鹿だと思っているんだな。
でも、義村の場合、自分以外みんなバカに思えているんじゃないかな。そしてそれは「バカ」というより正直さでもある。

義盛の場合、恐らくはいつもの仲間に善後策を相談したかったのでしょう。
そして「正直さ」と言うよりはむしろ「愚直さ」ではないかと。またこのシーンは一部の映像が下からの撮影となっており、そこの部分に密談といった雰囲気が窺えます。

2.「頼家様もかわいそうな方だ。今さら息を吹き返しても、何一つよいことはないのに……」
重忠の変貌っぷりにショックです。
持ち前の正義感はもうない。義盛、義村とは従兄弟の関係であり、一方で北条の娘婿として保身に入りつつあるのでしょう。

「重忠の変貌っぷりにショックです」
そうですか、この場合至極当然なことと思いますが。
北条家の婿であることもさることながら、あそこまで比企に取り込まれてしまい、御家人から見放されつつある将軍に最早未練はないでしょう。

3.結局、義盛と重忠は時政に知らせます。
いくら頼家の命令でも時政は討てない――。
そんな風に断った一件を時政の耳に入れると、「ならばなぜ仁田忠常は来ないのか?」と不思議そうにしていたかと思えば、「まさか攻めてくるのか!」と心配している。
重忠は板挟みになって悩んでいるのだろうと同情しています。
にしても、この人たちには忠義がありませんね。
保身だけ。
自分たちの損得を抜きにしてでも、頼家に忠義を尽くそうと誰も言い出さない。生前の頼朝が「これからは忠義を重視する」と言っていた意味もわかります。

既にこの時点で、彼らは時政>頼家となっていることが窺えます。北条はやはり裏切れませんから。
それと
「『ならばなぜ仁田忠常は来ないのか?』と不思議そうにしていたかと思えば、『まさか攻めてくるのか!』と心配している」
これは正しくは
「しかし…仁田はなぜ何も言うてこん。まさか攻めてくるつもりではなかろうな」
であり、このセリフの構成から見る以上、時政に取って忠常は最早疑わしい存在となっていたとしても、おかしくはありません。

あと
「にしても、この人たちには忠義がありませんね。
保身だけ。
自分たちの損得を抜きにしてでも、頼家に忠義を尽くそうと誰も言い出さない。生前の頼朝が「これからは忠義を重視する」と言っていた意味もわかります」
とありますが、前述のように御家人たちの心は頼家から離れている、つまりそこに信頼関係はないと言ってもいい状態にあり、当然ながら忠義も最早なきに等しいでしょう。頼朝もまさか、このような事態になるとは思っていなかったでしょうし。ところでこの「忠義」ですが、

4.幕末ならば、主に殉じる忠義こそが武士の華。
近藤勇にせよ、土方歳三にせよ、あの薄情な徳川慶喜のために命を賭して戦った。
戦国時代だって一応そうです。
真田幸村は九度山で生きていく道を捨てて、我が子を巻き込んでまで、大坂城で忠義を燃やす人生を選びました。
そういう忠義のある武士を描いてきて、ついに「んなもん関係ねえ!」という時代まで、三谷幸喜さんは遡ってきました。

まず幕末。新選組だけをここで挙げていますが、西国諸藩の、あるいは奥羽の藩士たちも藩のために戦ったことが抜け落ちています。嫌いでも書くべきものは書かないと、プロのライターではありませんね。それと「薄情な徳川慶喜」などと、ここでわざわざ言うこともないでしょう。
そして戦国時代は、武士が主君を変えることは珍しくありませんでした。有名なのは藤堂高虎ですが、それ以外にも主君を変えた、あるいはその時々の形勢により主君が変わった人物は多く、1人の主君に忠義を尽くす武士は、寧ろ江戸時代以降の概念ともいえます。

5.頼朝と政子の間に生まれた待望の男児が、まさかこんなことになるとは……。
でも時政は、その孫に呪いをかけるよう、りくと共に阿野全成をけしかけたわけで。
本作の時政は自ら悪い方向に向かわず、流されているだけです。その方がより邪悪だと思える。

時系列を遡るとわかりますが、なぜ時政とりくが全成に呪詛をかけるように頼んだかは、頼家自身の暴走、そしてその背後にいる比企能員の暴走にも原因がありました。その部分を追及せず、時政のみの問題にすり替えるのも納得が行きません。

6.なんと一幡は生きているとか。父の言いつけを破り、ある場所に匿っているとか。
初は「(義時が)泰時の性分はよくわかっているはずだ」と言いながら、一幡の命を奪うことのできなかった夫を庇っています。
泰時は、頼家が健康を取り戻したため、一幡が生きていたことは不幸中の幸いだと訴えます。
それを聞いているのかいないのか。ただ「鎌倉にいるのか?」と確かめるだけの義時。

「聞いているのかいないのか」もないもので、義時自身はこれは困ったことになったと思い、なおかつ今後をどうするべきかを探っているわけで、その結果まず居所を確かめようとなり、「鎌倉におられるのか」と問いかけたわけでしょう。

7.義時は平気で嘘をつき、誓いを破る人間になりつつある。八重が亡くなった時は、罰があたったと恐れる気配はあった。それが今もあるのかどうか……。

武者さんは義時に何を求めているのでしょう。既に政権の中枢にいて、汚い仕事、大人の事情を一身に背負っている人物に、清廉潔白のみを求めようとしているのではないでしょうね。この大河には疑問もありますが、義時がこのように悩みつつも変貌し、成熟して行くところは面白いです。

8.なんでも鞦韆(ブランコ)は善児が作ったとか。義時はさりげなく一幡を殺せといいます。

ドラマ本編に「鞦韆」という言葉は出て来ません。確かに中国ではそう言いますが、ここは普通にぶらんこ(ブランコ)でいいでしょう。

9.「千鶴丸様と何がちがう?」
「わしを好いてくれる」
「似合わないことを申すな」
八重の亡き子の名を出し、そうつきつける義時。
千鶴丸もなついていなかったとは言い切れないでしょう。変わったとすれば、善児の心です。
トウを育てる過程で愛を知ったのか。加齢ゆえか。あるいは仏の教えでも学んだとか?
義時に強く言われ、殺しに向かう善児ですが……どうしてもできない。苛立ったように、義時が刀に手をかけます。
「一幡様、トウと水遊びをいたしましょう」
トウが師匠の代わりをこなします。善児は苦しげにブランコの縄を切る……そんな姿に、酷い破滅が迫っている未来が浮かんでくる。

ここで「千鶴丸」を出して来たのは、恐らくはこの後に一幡が辿るであろう運命、その伏線ではないでしょうか。無論善児の弟子であるトウが、範頼暗殺の際にいた少女であるとすれば、彼女を育てて行く中でいくらか変化があり、それが一幡への同情となって現れたとも言えます。さらに一幡は千鶴丸と異なり、この時点で既に孤児(父の頼家は存命ですが)というのもあり、その意味で情が移ったとも考えられなくもありません。

10.義時が自邸に戻ると、泰時が何か焦っています。
そこには、頸動脈を切り、息絶えた仁田忠常がいました。
なんでも不意に御所に現れ、命を捨てるといい、止める間もなく自害をしたと。

この忠常の死ですが、史実では自害ではなく、謀反の疑いをかけられて殺された、あるいは義時と一戦交えて討たれたとなっています。いずれにしても、忠義を貫いた自害と言うのは江戸時代的でもありますし、実際のところ誰かが彼をそそのかして、自害させていたとしても、それはそれで不思議ではなさそうです。

11.政子も修善寺ならばたまに会うこともできると納得しますが……ちょっと待ったぁ!
修善寺は当時から名刹で、源氏の御曹司でもよいほどの場所。鎌倉にも近く、北条の目も光らせやすい。
しかし、その条件だからこそ、範頼も幽閉後に殺されているのでは?

これも政子が本気でそう言ったかどうかは疑問です。薄々感づいてはいたと思われますし、自分を納得させるための言葉とも取れます。

12.泰時は愕然とし、父に善児のところへ行ったのかと聞きます。
「父上は、一幡様を! なぜ!」
「武士とはそういうものだ……これでよかったのだ」
「父上はおかしい!」
そう叫ぶ我が子の頬を義時が叩きます。
武士ってなんなんだい?
私もそれは思ってしまいます。こんな異常性がある集団でいいのか?というドス黒い思いが湧いてくる。

個人的には、義時の行動に納得ですね。泰時君、君はまだまだ若いし、これから大人の階段を登ることになるのだよと言いたくもなります。それとこの武者さんが言う忠義とか武士の定義ですが、これらは後世のものですし、しかもあったことをなかったことにして丸く収めるのは、この後の時代にも行われているのですが。

13.程なくして武士が「仁義礼智信」を得ていく。これぞ歴史であり、そのために義時の息子である泰時が奮闘するのだと。

これも江戸時代的ですね。泰時の時代に御成敗式目ができ、その後の武家法の規範となりますが、この御成敗式目は武士道云々より、主に裁判を重視したものでした。

14.無残な問いかけが館に響きます。
頼家は、三浦と和田が北条に滅ぼされる未来を予知しているのです。

確かにこの時頼家は
「比企の次は三浦だぞ!和田だぞ!」
と叫んでいますが、それは彼を抑え込もうとしていたのが、義村と義盛だったからではないでしょうか。実際和田はこの後滅ぼされますが、その後は畠山が滅ぼされます。三浦はもっと後ですね。

15.深紅に身を包んだ実衣が得意の絶頂にいます。

これ、やはり「深紅の袿」と書いてほしいですね。英語だと"in crimson"で「深紅の衣を着た」にはなりますが。そしてこのシーンで実衣は初めてこの姿で現れるわけで、最初の方で比奈を比企の血を引いているとなじる彼女は、まだこの格好はしていません。

それからMVPと総評ですが、その中に何かよほど面白くないことがあったのでしょうか、『麒麟がくる』の駒に関してのこのような記述があります。

『麒麟がくる』の駒のことを「ファンタジー」だと貶すSNSの意見があり、それを取り上げた記事がありました。
歴史もので駒のように非実在の人物を出し、その目線で描くことは定番の技法です。
そんなことにケチをつけたら大河になった吉川英治『宮本武蔵』は成立しません。
大河でも『三姉妹』や『獅子の時代』は実在しない人物が主役です。
駒は歴史に干渉せず、実在人物の生死を左右したことはありません。
今年の善児のほうがトリッキーな動かし方です。
駒みたいな無名の市民がうろうろすることが嫌いなら、「ファンタジーだ!」とけなすのではなく、もっと歴史通らしい言い回しはあります。
「豚に歴史がありますか?」
民百姓に語るべき歴史なんかないのだから、駒みたいな戦災孤児出身者なんて要らんということなら、ハッキリそう言えばいい。
それを自らは安全なポジションに置くような言い回しでは卑怯です。

まずここに出て来る宮本武蔵は実在の人物ですが、これはお通のことを言っているのでしょうか。
また『三姉妹』や『獅子の時代』(10年ルールはどうなっているのでしょう)ですが、『獅子の時代』の場合は、確か最初から架空の人物と制作サイドは言っていたのではないでしょうか。そして架空ではあるものの、その当時にいたとしておかしくない人物となっています。『黄金の日日』でも架空ながら、その当時いたであろうという人物が出て来ます。

また善児ですが、元々彼は主人の命を受けて動く人物であり、その後もその範疇を出ていません。彼が歴史を変えたわけではないし、今回一幡を匿ったことで多少その制約が緩んだ感はありますが、最終的には彼でなくても、トウが一幡を殺めたはずです。その意味で歴史を変えたことにはなりません。

そして駒は、無名の市民ではありません。足利義昭の側女にまでなり、当時の大名の家族にも接したりしていますし、歴史に全く干渉していないとは言い切れないでしょう。駒が終生東庵の弟子であり、薬を売って生計を立てていたのなら、それはオリキャラとして認められるでしょう。またその当時いたであろう人物と設定するにしても、あちこちに出没し過ぎだからこそ批判されているのですが。これなら伊呂波太夫の方が、まだ架空の人物であると納得できます。
で、ここですが

「駒みたいな無名の市民がうろうろすることが嫌いなら、「ファンタジーだ!」とけなすのではなく、もっと歴史通らしい言い回しはあります。
「豚に歴史がありますか?」
民百姓に語るべき歴史なんかないのだから、駒みたいな戦災孤児出身者なんて要らんということなら、ハッキリそう言えばいい。
それを自らは安全なポジションに置くような言い回しでは卑怯です」

お気に入りの駒を批判されるのが嫌なのだろうと思いますが、武者さんがよくやるストローマン話法、つまり相手の主張(例えば駒は越権行為をしている、あるいは出過ぎであるといった)を故意に曲解する、正しく引用しない、あるいは論点をすり替えるなどして反論するやり方でしょうか。

ここで問題になっているのは、駒が本来出るべきでない部分にまで首を突っ込むこと、そもそも出過ぎだということであり、無名の市民だから、戦災孤児出身だから、いくらでも出していいと言うことにはならないでしょう。出すなとは言いませんが、ただ出すのならもっと効率的というか、出番は多くないけど印象に残るやり方があるはずです。

飲み物-琥珀のエール
[ 2022/08/25 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 44

『武将ジャパン』「大河コラム」への疑問点ですが、本題に行く前に。

割と最近ですが、NHKBSプレミアムの『明鏡止水 ~武のKAMIWAZA~ 』という番組が再放送されており、弓術の日置(へき)流が紹介されていました。この日置流は室町時代に確立された弓術で、他に、鎌倉・室町、江戸の将軍家に、弓術や弓馬術、礼法を教授した小笠原流も登場しています。あと居合もありました。一応NHKのサイトに内容がアップされていますので、置いておきます。
「五の巻 弓馬の道・居合」
(NHK ONLINE)

武者さん、以前弓矢は源平合戦をピークに廃れたなどと書いていたことがありましたが、ところがどっこい、その後もちゃんと弓術は発展していたのです。こういうのをきちんと観ているのでしょうか。

では前半部分の疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第19回「果たせぬ凱旋」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

1.これまでこの兄弟は、天才義経と、それに嫉妬する兄・頼朝という構図が多かったものです。
本作では、タイプが異なる天才同士の対決になっている。

2.ここで実務役の九条兼実が出てきました。
彼の衣装はフォーマルスーツですね。すごく真面目に仕事をしたい――そんな意思が見える人物ですね。

3.そりゃそうなんですよね。検非違使は京都の治安を守る。伊予守は伊予国を統治する。東京にいなければいけない警視総監が、愛媛県知事を兼任するようなもので、無茶苦茶なのです。

4.当時の貴族は、とにかく先例が大事であり、それを破らぬためにも日記を残しました。
そんな九条兼実からすれば、もう、ブラックな法皇に仕える羽目になって胃痛がたまらない日々なんですよ。

5.しかも、鎌倉には大江広元がいます。かつては兼実の部下であり、優秀だけど下級貴族で、いわば契約社員止まりだったような存在です。

1、これに関しては、前も書いたように昔の大河でも似たような描写のがあります。どちらかといえば、重厚な兄と軽い弟的解釈といった感じですが、ただし『義経』は多少違っています。こういう時に引き合いに出すためにも、DVDが出ている源平大河は観ておいてほしいし、10年ルールからは外すべきでしょうね、そう頻繁に作られるものでもないし。あと言っては何ですが、あまり頼朝に「天才」という印象は受けません。

2、フォーマルスーツとは衣冠のことでしょうか。真面目に仕事をしたいからと言うよりは、この時代のみならず、公卿であれば帝や上皇、法皇の御前ではこの服装なのですが。

3.その少し前に、義経は必ずしも伊予で暮らさなくてもよいと言っており、ならば「愛媛県知事」との比較はできないのではないかと。

4.日記の名前も書いてほしいところです。九条兼実は『玉葉』ですね。本当はこちらもこの大河の原作として使ってほしかったです。あと胃痛がたまらないのは、この人の場合、宮廷政治特有の様々な事情もあったと思われます。

5.下級貴族と契約社員は、ちょっと違うのではないかと思いますが。


6.「ありがたきこと」とかなんとか言う知康。こういうプライドも何もない腹芸を、兼実ならできないでしょう。

7.すかさず義時が法皇の考えであり義経の意志ではない、断りきれないのだとフォローをするものの頼朝は取り付く島もありません。
「それが腹立つ! わしより法皇様を取るということだ。もう帰って来んでいい、顔も見たくないわ!」

8.政子は妻としてわかっています。夫・頼朝は、心の底では義経が愛おしくてたまらないのだと。
それをどうにかできるのは姉上だけだと、実衣はボソッとつぶやく。
政子は、それでも皆が頼みだと訴えます。彼女は周囲の協力を得ることが上手なんですね。きっと【承久の乱】でもこの力を見せることでしょう。

9.兄である源範頼はまだ壇ノ浦で宝剣を探していて、戻りがいつになるかわからない。無秩序な戦いを強行した義経に因果が祟っています。そもそも剣を落とさねばこうはならなかったのです。

10.(注・義朝の供養)それなら法皇もきっと許すと北条家の面々は納得。
しかし大事な点を見過ごしているかもしれません。相手の意表を突くと言う意味で、義経と法皇は似ている。法皇に、そんな人情は通用しないのです。


6.平知康はチーム後白河の一員なのですから、当然こう言うでしょうね。寧ろ
「法皇の側近らしく、抜け目なくありがたきことと言って、義経に有無を言わせない知康」
などと書いてあるのなら、まだ納得できますが。

7.これはあらすじと感想で書くべきだったかも知れませんが、頼朝は先を見据えているように見えながら、法皇が義経を取り込んで自分と対立させようとしているのに、なぜ気づかないのかと思います。本来フォローするのは義時ではなく、大江広元あたりかとも思いますし。

8.この場合周囲は身内なのですから、「周囲の協力を得ることが上手」と言うべきなのでしょうか。また彼女は御台所であり、よほどのことがない限り、周囲も協力してくるでしょう。

9.「剣を落とさねば」ではなく、「平家の女性が、剣と共に海中に身を投じるようなことをしなければ」ではないかと。とはいえ帝と神器を擁した平家を相手にすれば、かなりの確率でこうなったかとは思いますが。あと範頼も、当然ですが命令を受けて剣を探しています。

10.相手の意表を突く云々、以前もこのコラムにこういう文章がありましたが、法皇と義経ではその突き方が違います。法皇の場合は、寧ろ相手を混乱させるとか、圧力をかけるといった感じではないでしょうか。ましてや義経が法皇のもとに取り込まれているのに、そうたやすくことが運ぶわけもありません。


11.広元も苦々しげに「法皇様に抗うのは難しい」と付け加える。

12.中世の女性たちは溜め込まない。女はいつでもそうだったのか?と言うと、そんなわけがありませんよね。
江戸時代や明治時代となると、妾に嫉妬しないことが賢いとされました。
『青天を衝け』では暗い顔のまま、ため息をついて妻妾同居を認めた主人公の妻・千代が「賢婦」の典型。そんなもの、現代で見習わなくてもよいのです。

13.この鞠を腋の下に挟んで脈を止めるテクニックは、推理ものでは古典的で定番です。

14.「本物かどうかわかりまへんて。急に見つかるなんておかしな話やもん」
「それもそうか!」
義経は納得してしまった。この二人はそっくりの気がする。
(中略)
彼女のこういう言い回しは苦手な人もいると思う。もっとしっとりと理解を示し、納得して欲しい。そんな頷き人形みたいなヒロインではないのが静。実に魅力あふれる女性ですね。

11.この広元のセリフ、些細なことではありますが、「法皇様に盾突くのは難しい」ですね。

12.武者さんまたこれを持ち出していますね。しかし中世の自由さ(あるいは原初的な部分)も、まだ近世のような家族というシステムが成立していなかったためで、その分不安定でもあったでしょう。
それにこの『青天を衝け』ですが、お千代は栄一にそれとなく圧をかけていますし、またくにも自分は妾だとわきまえていましたが。どうも武者さん的にはこう解釈しないと気が済まないようです。今後も何かにつけてこれを引き合いに出すのでしょう。

12.私が読んだのは江戸川乱歩の『影男』でした。こちらは毬ではなくゴム玉です。

14.この二人がそっくりと言うよりは、義経が一緒にいて安心できるのがこの静で、その意味で相性がいいのでしょう。里の方は家柄のつり合いはいいものの、ここまで行かないと思います。それと静はこの大河では「ヒロイン」ではないでしょう。寧ろ先日も書いたように彼女はリアリストであり、もっと言えば義経を行かせないための彼女なりの策だとは思いますし、こういう、自分に取って何が当座のメリットであるかを見抜くという点で、前出の知康も似たような部分があると思います。

あとこのシーン、「認知バイアス」を織り込んでいるようにも見えます。自分は行きたいと思っているのに行きたい、しかし静がそう言ったことで、何だそれもそうじゃないかと、自分のいい方、自分の行動を正当化する方向に持って行くわけですね。

飲み物-タンブラーの白ビール
[ 2022/05/19 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

小檜山氏ツイとパーソナリティ障害

今回は小檜山青氏=武者震之助さんのツイートに関してです。
最近は特に『ゴールデンカムイ』関連のが多いのですが、やはり朝ドラや大河関連のツイも時折目にします。

一例として
「好きな作品を貶されて叩かれるならまだしも、
『私の大嫌いなあの朝ドラを評価する貴様は許さんぞおおおおおおお!』
みたいな難癖をつけられたことがあるから、まあ、今更動じない動じない、はっはっは!」
などとあります。

しかしこれ、武者さんも日常的にやっていることではないでしょうか。
武者さんが嫌いで叩きまくっている作品(たとえば『青天を衝け』)を評価している記事を、こたつ記事だ提灯記事だと言っていましたが、これは「私の嫌いなドラマを評価する奴は許さん」と言っているに等しいのでは。

さらに
「むしろ日本って時代物の本数が減りすぎて、歴史フィクションへのリテラシーが低い部類に入ると思う。確信したのは『麒麟がくる』の駒叩き。なんでああいう人物が出る=ファンタジー!歴史通なら叩くしかない!…みたいに自信満々に叩きますかね。ああいう人物を出すのは定番の手法ですよ」
というのもあります。

作品が史実をそう意識しない、最初からフィクション要素が多いものであれば、別にああいう人物がいても気になりません。しかし大河の場合、ある程度史実をも踏まえた設定にしているため、オリキャラが、しかもこれは越権行為ではないかといった描かれ方をすると、疑問に思う人も当然出て来るでしょう。

「ああいう人物を出すのは定番の手法ですよ」とありますが、ならばどのような作品だと定番なのか、それをはっきりさせてほしいですね。他にもそれと関係があるのか。『江』絡みの(批判的な)ツイを見たことがあります。『江』の場合は私も設定に疑問がありますが、それでもまだこちらは実在の人物なのです。

しかし一連のツイを見てみると、よほど毒づかなければならない理由があるのか、既に放送が終わっているにもかかわらず、嫌いな作品の叩き方がすさまじいです。

先日「自己愛性パーソナリティ障害」について書きましたが、そしてこう言うのは何ですが、武者さんの文章にも時々その特徴の一つとも言える、共感性のなさを窺わせる部分が垣間見られます。別に武者さんがそうだと決めつけるつもりはありませんが、こと嫌いな作品はみじんも評価しない、部分的であれいいところを褒めるなどというわけでもなく、最初から否定しまくりというのは如何にも極端です。そういうところが大河レビューやツイートに疑問を持つ一因となっています。

飲み物-ローズヒップティー
[ 2022/05/01 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

自己愛性パーソナリティ障害とは

まず、先日の『武将ジャパン』関連投稿、当該記事のリンクがなかったので貼っています。また、投稿の数か所を少し直しています。

ところで、今回は自己愛性パーソナリティ障害について書きたいと思います。この自己愛性パーソナリティ障害、所謂パーソナリティ障害の一つですが、とある医学系サイトを見たところ、以下のような特徴があります。

  • 自分の重要性および才能についての誇大な,根拠のない感覚(誇大性)
  • 途方もない業績,影響力,権力,知能,美しさ,または無欠の恋という空想にとらわれている
  • 自分が特別かつ独特であり,最も優れた人々とのみ付き合うべきであると信じている
  • 無条件に賞賛されたいという欲求
  • 特権意識
  • 目標を達成するために他者を利用する
  • 共感の欠如
  • 他者への嫉妬および他者が自分を嫉妬していると信じている
  • 傲慢,横柄

要は「誇大性,賞賛の要求,および共感の欠如の持続的なパターン」が最大の特徴と言えるでしょう。

また人によっては、モラハラをするケースもあります。さらに一般の人で、最大6パーセントがこの障害を持ち、男性に多いとも言われています。他にうつ病、摂食障害や薬物使用が見られることもあり、また、自己を他者からの賞賛に結び付ける能力のある人もいます。その一方で、ガラスのハートの持ち主であり、批判などには敏感で失敗を恐れる傾向があります。

しかしこうして見ると、ちょっと付き合いづらい、あるいは面倒臭い人という印象があります。常に自分が賞賛されていないと気が済まないからでしょう。また上から目線だとか、支配欲が強いといった面もあるようですし、上記の特徴といくらか重複しますが、自慢話とかひけらかし、承認欲求の強さも特徴として挙げられます。

この障害はごく普通の人にも見られるようですし、華やかで賞賛される自分を実現したいという点から考えると、結構有名人とか芸能人にもいるタイプかも知れません。

ところでこの障害を持つ人は、よくいわれるファン活とか推し活に熱心だとも言われます。要は自分の「推し」は優れており、その優れた推しを応援する自分も素晴らしいといった心理状態から来ているようです。実際SNS、特にツイッターなどで、そういう推しう活をしているアカウントを見たこともあります。しかしあまりエスカレートすると、他のファンとの軋轢を生むことにもなり兼ねません。さらにエスカレートすると、ストーカー行為を起こしてしまうということもあるようで、それはやはり問題でしょう。

飲み物-ミルクが注がれる紅茶
[ 2022/04/30 00:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

過去美化バイアス3-昔との比較のデメリット

「昭和の日」だからと言うわけではありませんが。以前、昭和の大河は本当によかったのかという投稿をしたことがあります。大河に限らずTV番組というのは、放送時点での社会情勢や世論を反映しやすくもあり、そのため昔人気があった作品を今観ても、何となく今一つだなと思うことはあります。

特に昭和後期から末期の大河、このブログでヴィンテージ大河という表現を何度かしていますが、確かにその当時は受けたし、視聴率も高かったでしょう。しかし、今そういう大河を作ろうと思ってももう作れないでしょうし、またその当時と同じものを作る必要が、本当にあるのかと思ってもいます。

しかしやはり昔はよかった、今のはよくないという意見もあるようです。しかしこれは何度も書いていますが、所謂過去美化バイアスもあるかとは思います。昔の映像作品は殊更に今のと比較するのではなく、その時代のものとして楽しむべきでしょう。こう言っては何ですが、昔の作品を今の作品の叩き棒にするべきではないと思うので。

そもそも同じテーマや主人公でも、昔と今とでは内容がかなり異なってもいますし、それぞれの時代を考えれば、描き方が変わるのもある意味致し方ないとも言えます。昔は可能だった表現方法も、今はできないということもあります。それに人気のある作品でも放送当時は、今年の大河はあまり面白くないと周囲が言っているのを耳にしたこともあります。

面白くなかった大河も年月を経て、過去のものとなるにつれて、段々懐かしさを覚えるようにもなって行くのでしょう。その一方で、時を経ても面白くない作品というのも確かに存在します。私の場合、特に女性主人公大河や『いだてん』は、何か演出が奇を衒いすぎている、やたらに創作が多いなどの理由で馴染めませんでした。しかし人によってはそれに面白さを感じることもあるわけで、その辺りの線引きは難しいところでもあります。

実際好きな大河であっても、他の大河ブログにお邪魔したら、あまり評判がよくなかったということもあります。正に人の考えは様々で、その人はそういう考えなのだと割り切るしかないでしょう。他人の記事に対して、自分ならこう思うと言う程度ならまだしも、頭ごなしに否定するのは避けるべきだと思うので。そしてそのような場合であったとしても、別の記事では意見が合うこともあるのです。

飲み物-琥珀のエール
[ 2022/04/29 23:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『となりのチカラ』に描かれる人間心理

先日の『武将ジャパン』と中尾氏に関する投稿、一部おかしな部分があったので直しています。

そしてこれも少し前に書いていますが、松本潤さん主演の『となりのチカラ』、実はこれ毎回観ておりまして、主人公でゴーストライターのチカラが、隣近所のトラブルに首を突っ込んで解決しようと努力し、そして実際に解決するという設定です。内容としてはちょっとワンパターンかなと思いますし、松本さんが2人の子の父親というのが多少実感がわきませんがそれはともかく。実は3月3日放送の第6回でちょっと興味深い描写がありましたので、それについて。

チカラたちが住むマンションの601号室に、上条知樹という青年が住んでいます。あまり感情を顔に表さない人物で、幼児殺人事件の犯人という噂まで立っていました。この上条はピザのデリバリーのアルバイトをしており、503号室の柏木託也が大学に合格した時のパーティーには、ピザを届けに来てもいます。一方で就活をしていて、晴れて正社員として出勤したその日の朝、かつて少年院にいたことを自分からチカラに打ち明けたため、その日のうちにクビになり、アルバイトに戻っていました。

実はチカラはマンションの管理人の星から、少年院に入っていたかどうか探ってくれと頼まれており、事実を知った星は人が変わったようになります。実は星は一人息子を幼児殺人事件で失っており、妻もその後自殺していました。そのため上条の勤務先に電話をし、彼が一日で解雇される原因を作ってしまいます。さらに上条に暴力を振るうのですが、実は上条は幼児殺人ではなく、かつて自分をいじめた同級生を事故で死なせて少年院に入っていたのでした。

元保護司の女性から、この上条の母親は息子を病気に仕立て上げ、面倒を見ることによって自らを安定させる、所謂代理ミュンヒハウゼン症候群と思われる疾患だったことをチカラは聞かされます。このことが原因で上条は、自分の感情をうまく表現できなくなっていたのです。そしてその後マンションを出て行こうとしますが、皆に引き留められます。また入居者に暴力を振るった星も、マンションを出て行くことになりますが、この人物が入居者に気を配っていたことをチカラたちは知り、思いとどまらせ、引き続き管理人として仕事をしてくれるように頼みます。

元々あまりドラマを観る方でないせいもありますが、この代理ミュンヒハウゼン症候群と思しき疾患を採り上げた作品は、あまり観ていなかったかと思います(刑事ドラマで観たような記憶はあります)。またこれとは別にミュンヒハウゼン症候群というのもあり、こちらは周囲の関心を引くために仮病を使ったり、わざと自分を傷つけたりすることを指します。あと上条の感情表現、失感情症(アレキサイミア)に似てはいますが、この中ではそこまで詳しく言及されてはいません。尚これは、疾患というより性格特性、心理的特徴であるとされています。


飲み物-コーヒーとケーキ
[ 2022/03/14 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

SNS上の大河と『武将ジャパン』関連続き

またも武者さん関連ですが、その前に。

ツイッターの大河クラスタ(コロナ禍が始まって以来、この言葉を使うのはいくらか抵抗がありますが)というのがあります。私も以前『真田丸』が放送されていた頃に、タグを貼ってツイートを流したこともありますが、その後は止めてしまいました。

何に限らずですが、ネット上のコミュニティは、エコーチェンバー化しやすいというのがその理由です。結局多数派が勢いを持ってしまい、それに同調できない人たちは、離れて行かざるを得なくなります。私自身、性格的なものもあるのでしょうが、何が好きであるとか面白いというのを、あまり声高に言いたくないこともあり、次第に距離を置くことになりました。あと、今一つ馴染めない大河について語るのも、正直辛いものがありました。

無論中には、異論反論であっても目を通すという、比較的客観的な見方をする人もいます。ただ、人間の許容度には限度がありますし、それ以前に許容度の基準は人様々です。また、人間とは基本的にダブスタでもあります。特定の人や現象をダブスタという人が、実は自分もダブスタだったなどということもありますし、ツイッターに限らずSNSはその人のエゴが出やすくもあるので、主観が入りやすい娯楽作品について呟くのは、場合によってはリスクが大きいと言えそうです。

それと前にも書いていますが、『黄金の日日』(30日放送分については今後の投稿になります)などの、70年代後半ごろの大河は今に比べると面白いという意見を目にしたこともあります。しかし今観てみても、格別に面白いという印象は、正直言ってそうありません。これは『黄金の日日』関連でも書いていますが、面白い部分もあれば、面白くないところもあるわけで、70年代大河は面白いと一般論化してしまうのはどうかと思います。どこか過去美化バイアスのようにも見えます。

では本題です。今更ではありますが、武者さん、プロのライターとしては誤字脱字や変換ミスが多いし、また日本語としてどこか不自然な表現もみられます。無論誤字脱字、変換ミスというのは誰にでもありますし、私も先日投稿分で誤字というか、削除すべき部分をしていなかったことに気づいたのですが(その後修正済み)、やはりプロであの間違いというのは、問題ではないでしょうか。

それと現時点では『鎌倉殿の13人』を肯定してはいますが、いくらか無理している感があります。好きでないのなら無理にそうする必要もないのですが。やはり三谷さんの作品だから斟酌しているのでしょうか-それもどうかとは思いますが。武者さんも歴史について書きたいのであれば、大河とか朝ドラのコラムをやめて、歴史記事のみにした方がいいのではないかとも思われます。大河のコラムはどちらかといえば「歴史が好きだから」というよりは、「ドラマが好きだから」という動機で書く方がふさわしいのではないでしょうか。

ドラマといえばフィクションですが、大河でのこのフィクション、嘘の部分をどこまで許せるかでまた議論となりがちです。私も史実があまり描かれないのは物足りないのですが、史実、そしてそのベースとなる史料にあまりこだわるのも、ちょっと同意できないところもあります。

三谷さんも、史実はどうでフィクションはどうと言うのではなく、荒唐無稽と思われているのなら、それでも結構くらい言ってもいいと思うのですが…やはりそこは脚本家のプライドがあるのでしょうか。何だか今回の三谷さん、失礼ながらちょっと依怙地になってやしないかとも思われます。

無論、史実重視ドラマにするべきか否かを、制作現場に丸投げして来た経営陣にも責任はあります。大河の存在理由というのが、今一つはっきりしない所以でもありますが、しかし前にも書いたように、大河は本来はエンタメであってお勉強番組ではないでしょう。ジャンルこそ違えど、これなら『昆虫すごいぜ』とか、多少の嘘はあるけれど、『はたらく細胞』などの方がよほどお勉強番組のように見えますね。


飲み物-エスプレッソブラック
[ 2022/01/31 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『青天を衝け』に関しての武将ジャパンの記事に思うこと 2

『武将ジャパン』関連の続きです。このコラムはドラマの感想やら、歴史関連の記述やらが一緒になっているため、4ページ分とかなり長くなっており、その中から必要と思われる個所をピックアップする格好になっています。そのため引用が必ずしも初出順ではありませんので、その点悪しからずご了承ください。何よりもこういう書き方、如何にも整理されていない印象を受けます。ドラマのあらすじと感想、そして歴史関係は分けるべきでしょうね。

また、先日投稿分で、肝心の武者さんのコラムのリンクを貼るのを忘れていました。失礼いたしました。一応今回もURLだけ置いておきます。

https://bushoojapan.com/taiga/seiten/2021/12/28/165043

まず先日分の総評の続きで、こういう箇所があります。

『青天を衝け』が好きだ、神大河だという一連のコメントに対して

しかし、幕末明治史の基礎的なところまでミスを連発する大河に、こんなに優しい目線が向けられるものでしたっけ?
史実のミスを指摘した記事や意見には、苦しい言い訳をしていることもある。
いわゆる【ポリアンナ症候群】です。
ポリアンナ症候群とは(Wikipediaより)
ポリアンナ症候群(ポリアンナしょうこうぐん、英: Pollyanna syndrome)は、直面した問題に含まれる微細な良い面だけを見て負の側面から目を逸らすことにより、現実逃避的な自己満足に陥る心的症状のことである。 別の言い方で表すと、楽天主義の負の側面を表す、現実逃避の一種だと言い換えることもできる。
(中略)
フォロワーさんが誉めているドラマを貶すわけにはいかない……本当はつまらないけど、誉めあうと楽しいし、空気壊したくないし。
ファンアートを投稿すればきっといいねがついてRTされる!

こう書かれています。
まず「ポリアンナ症候群」、これは上記記事中にもある通り、一種の現実逃避で認知バイアスといえます。しかしこれもまた「史実のミス」とやらがどのようなもので、それに対する言い訳が如何なるものであったかが明記されておらず、こちらとしては判断のしようがないのです。
何よりも、ポリアンナ症候群を云々する以前に、武者さんの文章そのものに、認知バイアスと思しきものが窺えます。自説補強の意味合いもあってか、自分の嫌いな作品は批判的な記事を引用し、好きな作品の場合はその逆に、好意的な記事を引用する確率が高くなっています。これは認知バイアスの一つである、確証バイアスに他ならないのではないでしょうか。

それから
「ファンアートを投稿すればきっといいねがついてRTされる!」
と、如何にもファンアートが悪いようにも取れる書き方ですが、武者さんの好きな『真田丸』、『おんな城主 直虎』、そして『麒麟がくる』のいずれも、ファンアートはツイッター上で数多く見られたのですけどね。

またほぼ真ん中あたり、やけに中国韓国の時代劇をほめたたえた後で、このように武者さんは書いています。

見る側の原因もあります。
『麒麟がくる』での駒叩きの悪質さには呆れ果てました。ファンタジーだの歴史劇じゃないだの……一体何を言っているのでしょう?
時代劇に架空の人物を加えることは古来よりあった定番の技法です。
それでいて『青天を衝け』において慶喜や栄一が、史実と正反対で考証的にもおかしいデタラメを演じても、「感動しました!」「完璧です!」とは、どういうリテラシーなのか。

そして記事の後半から終盤にかけても

(『青天を衝け』に関する記事の)ライターさんもイケイケのアゲアゲで大絶賛する記事を書いていましたね。
SNSを切り取ったコタツ記事は、日曜夜にはすぐ出てきました。
毎年そんなもんだろ、と思われますかね?
『麒麟がくる』なんて些細な揚げ足取りで叩く記事がありました。
ただ単に「駒がムカつくから駄作!」「架空キャラが出るからファンタジーだ!(※『獅子の時代』はじめ歴代大河を知らないんでしょうか)みたいなもの。
今年はそういう記事をほぼ見かけません。

駒に関しては、何よりも「出過ぎ」だったのが批判されたともいえます。元々池端俊策氏の脚本であり、私が考えるに、恐らくは『太平記』の藤夜叉のようにしたかったのだろうと思います。
しかし『太平記』は、花夜叉(楠木正成の妹という設定、佐々木道誉とも親しい)の猿楽一座がオリキャラで固められており、高氏と恋仲になって子を産む藤夜叉、足利の兵に家を焼かれ、母を殺されて恨み骨髄の石が中心的存在で、彼等には高氏と関わることによる宿命のようなものを感じたのですが、生憎私の場合、駒にはあまりそれが感じられなかったのです。

それからどう考えても『獅子の時代』の2人の主人公と、駒は同列には論じられないのではないでしょうか。重みが違うと思います。それにしても『獅子の時代』は1980年の放送ですから、42年前のことになります。あと、これとは別に『徳川慶喜』も引き合いに出されていましたが、こちらも1998年放送だから24年前です。
ここでまた疑問があります。そもそも武者さんのコラムには10年ルールなるものがあり、放送から10年を経過した場合、その作品には言及しなかったはずなのですが、こんなに前の作品を引っ張って来ているということは、あれは撤回されたのでしょうか。

そしてこれはかなり終盤近くになりますが、

『あさが来た』
『わろてんか』
という近年でも時代考証がお粗末だった作品です。
『わろてんか』の場合、日本の芸能史における時系列が決定的におかしく、数十年単位でずれていました。

やはり「快なり!」という恥ずかしい乾杯音頭は創作でしたね。安心しました。
このドラマでもワースト候補の平岡円四郎の妻が女衒にされたこと。先憂後楽を忘れて「快なり!」と叫ぶこと。
それが脚本家の杜撰な意識から作られたと知り、納得感はあります。

とあり、その後にはこのように書かれています。

来年の三谷幸喜さんや、『八重の桜』の山本むつみさん、そして漢籍マスター『麒麟がくる』池端俊策先生なら、そんな侮辱的な創作はしない。経験、知識、良心があります。
しっかりした裏付けもなく、自分の範囲内から捻り出すと、こうなってしまう。今年の脚本家は時代劇を描く上での知識が圧倒的に不足していると感じました。
最低限の知識があれば、主人公恩人の妻を女衒のような働き方をさせないものですよ。
(中略)
そもそも『あさが来た』の時点で時代物としては禁じ手ともいえる捏造をしておりました。
それが大河に起用されるというのはどういうことなのか。
疑問は尽きません。

どう考えても、『あさが来た』と『青天を衝け』の脚本の大森美香氏が気に入らなくて、叩きまくっているようにしか見えません。まあご自分が好きな大河の脚本家をほめたい、その気持ちはわかります。しかしコラムを書く側としての意見としては、如何にも偏った感があります。

池端氏に関して言えば、やはり『太平記』と比べると、どうも焼きが回った感がありますし、さらに三谷さんも、元々賛否両論がかなりある人ですが、私の場合、『真田丸』の大坂の陣の描写でいくらか疑問符がついてしまいました。
個人的に山本むつみさんはいいと思います。ただこの経験、知識、良心とは具体的にどういうものなのか。なぜ大森さんにそれがないと言い切れるのか。実はこの前の部分で、漢籍や儒学がどうのこうのと散々書かれており、それがドラマへの批判へとなり、脚本家批判にもつながっているのでしょうが、どうにも主観が入り過ぎている嫌いがあります。また『あさが来た』の捏造なるものも、はっきり書いてほしいものです。

そしてこういうのもありました。

中身がないのに空気だけを演出する。そんな戦術は【エコーチェンバー】を形成します。
それゆえ【エコーチェンバー】の宿痾もつきまとった大河でした。
チェンバーの外にいる者、こと私のように口が悪いものは、執拗に、攻撃的に、尊大な態度で絡まれる。
今年は色々ありました。自業自得の部分もあるとはいえ、どうしたものでしょう。
確かにハッシュタグをつけて盛り上がるのは楽しいかもしれませんが、人の思考に自分の思考を過剰に沿わせてしまう危険性はあります。

武者さん、今回はこのようなことを書いていますが、『鎌倉殿の13人』が始まったら、今度は自分がエコーチェンバーの中心になるのではないでしょうか。


飲み物-ワインと暖炉の火

[ 2022/01/05 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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