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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』大河コラムの補足-2

先日投稿した補足分の中で、スクショ添付のツイートに関して、多少わかりづらいと思う部分があったので直しています。

しかし武者さんの場合、

儒学、儒教、中華文明的価値観が好き
幕末の薩長大河や徳川慶喜を肯定的に描く大河が嫌い
近代を舞台にした大河や企業の創業を描いた朝ドラが嫌い

この3点ははっきりしています。
あと三谷幸喜氏をはじめ特定の脚本家や俳優が好き、あるいは嫌いといった点も見受けられます。たとえば竹中直人さんなどはあまり好きとは言えなさそうで、『軍師官兵衛』や『青天を衝け』叩きも、その辺りに一因があるようです。

さらには北海道や沖縄が舞台となると、とにかく肯定するところがあり、北海道大河がないから作れという文章を、何度か目にしたことがあります。しかしそれは、自分で企画を持ち込んでNHKと談判すればいいかと思いますが。それと沖縄を舞台にした『琉球の風』は、観たことがあるのでしょうか。

あと儒学に関しては前から触れてもいましたが、特に『麒麟がくる』以降は、大河に毎年のように登場していることもあり、やけに話題にするようになった気がします。ただ私としては、武者さんが麒麟を好きだったのは、儒学もさることながら、駒に共感したからではないかと思っています。それと『平清盛』については、この脚本を担当した藤本有紀さんが、『カムカムエヴリバディ』の脚本を書いて以来、とみに攻撃するようになったように感じられます。

しかし今回第10回と第11回のコラムを続けて見てみましたが、相変わらずですね。ドラマ本編を見落としているところがあるし、第11回の場合、戦国時代椿がどのように受け入れられたか、団子や栗にどのような意味があるのか、それを調べたようにも見えません。何かこう、録画していたのを早送りにして1度だけ観て、そのうえでコラムを書いたのかとさえ思ってしまいます。
(敢えてそうすることで、報酬が発生しているのかと勘繰りたくなる所以です)

あと家康が『吾妻鏡』を読むシーン、せっかく昨年の最終回のシーン、それもその時は比較的好意的に書いていたシーンが再現されたのだから、その点について触れてあげればいいのに、本の持ち方がよくないとか何とか。それからハッシュタグ付きのツイートにしても、やけに問題視しています。

無論中にはこれはどうかと思われるものもあるようですが、他人がツイートする自由を止めることはできませんし、気に入らなければスルーするなり、ミュートするなりすればいいでしょう。カリギュラ効果と言いますか、見ないでおこうと思ったらかえって見てしまうのでしょうか。

心理ということでもう1つ。あまり他人をこのように決めつけるのは抵抗がありますが、武者さんの場合、考えや対人関係に偏りがある、所謂パーソナリティ障害でもあるのかと思ってしまいます。特に書く内容が曖昧であるとか、自分の意見をオーバーな形で表現する(たとえば脳みそが溶けるなどの表現)点などは、演技性パーソナリティ障害のようにも見えます。

無論真にプロ意識が高いライターなら、仮にそういうパーソナリティ障害があったとしても、こういうことはまずやらないでしょうが。

今後また見る可能性はありますが、それがいつになるかは未定です。

飲み物-2種類のカクテル
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[ 2023/03/27 00:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第10回に関しての武将ジャパンの記事について-5

先日の続きです、
それから前回投稿分の信玄のバーベキューを楽しんだような顔、少し前でネットスラング的になったかと思いますが、バーベキューをして騒ぎまくるような粗野な振舞いのことでしょうか。しかしわざわざこの期に及んで持ち出す必要もないのでは。

そして例によって、同性愛がくだらない、『鎌倉殿の13人』の時とは違ったとあれこれ。違うのは当たり前でしょう。片や鎌倉殿、片や鵜殿家出身とはいえ岡崎城の下女で、家康の側室ですから。

かなり長いので部分的にご紹介します。

源実朝の場合、「自分に原因があって世継ぎはできない」と語り残しているため、男性しか愛せないか、あるいは、そういった欲求のないアセクシャルという解釈ができなくもありません。
実際、劇中ではそこを踏まえて、配慮しながら描かれていると思えました。
一方、本作はどうか。
家康は側室が多い方ですが、まさか全員が今回ぐらいの尺を取れるわけじゃありませんよね?
はっきり言えば、お葉こと西郡局をこうも大きく取り上げる意味がわかりません。
彼女は北条氏直の正室である督姫一人しか産んでいないのです。

まず実朝の同性愛には理由があるとしつつ、お葉の同性愛の理由が考察されたふしがありません。その辺がまずおかしいうえに、
「家康は側室が多い方ですが、まさか全員が今回ぐらいの尺を取れるわけじゃありませんよね?」
「はっきり言えば、お葉こと西郡局をこうも大きく取り上げる意味がわかりません。彼女は北条氏直の正室である督姫一人しか産んでいないのです」
西郡局がどういう人物か、ご存じないのでしょうか。あるいは知らないふりなのかよくわかりませんが、彼女は江戸に下った家康に付き従い、かつて焼き払われた長応寺を江戸に再建した人です。ドラマの中でも、
「陰ながら末永く君をお支えいたしました」
というナレがありますが、無視しているのでしょうか。

それと督姫は和睦の条件として北条氏に嫁ぎ、その後池田輝政に嫁いで7人の子を儲けています。この輝政公は言うまでもなく、姫路城を改築して今のような姿にした人物です。この2つ、そして西郡局が家康の最初の側室であることを関上げると、それなりに尺を取ってもいいのではないでしょうか。
しかし武者さんによれば

「女性の重要性は、産んだ子の活躍によって決まるもの――それが封建制での扱いです。話としても全く面白くありませんし、大きく取り上げる意味もわからない」

西郡局が産んだおふうは、和睦のうえで、そして後に大名の正室となった点で家康に貢献していると思いますが。何よりも、あれだけフェミニズムを他作品の叩き棒にしたがる武者さんが、嫌いな大河だとそれなりの役目を果たした女性たちであるにも関わらず、それと全く反対のことをやっているように見えます。

さらに男女それぞれの同性愛に関して

同性愛といっても、男性同士と女性同士では異なります。
近代以前は、男性同士の同性愛が性的なバリエーションとして認められる一方、女性同士の同性愛はないものとして扱われることもしばしばありました。
今回は、ウケ狙いでちょろっと入れたとしか思えない。ありとあらゆる意味でバカにしている。

「女性同士の同性愛はないものとして扱われることもしばしばありました」
その裏付けがほしいですね。しかし武者さん、こういうことこそ女性を馬鹿にしていると怒らないのでしょうか。
そして「ちょろっと入れた」のではなく、お葉とお美代が互いに助け合おうとしているシーン、またはお葉が猪を仕留めたり、寝所で「教えられた通りに」振舞った結果、家康をさらに怖気づかせることになったり、色々それらしき描写はあるのですが。

そして視聴率。

『鎌倉殿の13人』も、ワールドカップと重なった回は落ち込みましたので、今回もWBCの影響は少なからずあるでしょう。
しかし、問題はそこではないのです。
以降、回復しないこと――。
一回見逃してどうでも良くなり、来週以降もずっとチャンネルを回さなくなる。本作は、そうなる可能性が高いのでは?
視聴率は数字そのものより、推移に注目ですね。

なお数字ですが、

2022年11月27日『鎌倉殿の13人』
世帯視聴率6.2パーセント、個人視聴率3.5パーセント
2023年3月12日『どうする家康』
世帯視聴率7.2パーセント、個人視聴率4.1パーセント
で、『どうする家康』の方がやや上回っています。

「以降、回復しないこと――」
「そうなる可能性が高いのでは?」
希望的観測ですね。
私としては、この三河平定後、信長の浅井・朝倉攻めに加わるようになった家康が登場した時、数字がどのようになるだろうと思ってはいます。

しかし「チャンネルを回さなくなる」て、武者さん意外と年配の方なのでしょうか。

どれだけ駄作に見えるドラマでも、無理に褒めるポイントを探し出してPV(アクセス数)を狙うポリアンナ記事。
甘い論調のメディアはどんなときでもその手の記事を送り出します。

こたつ記事と呼んでいたと思われる記事が、いつの間にかポリアンナ記事などという呼び方に変わっています。しかしこれ、
「無理に褒めるポイントを探し出す」
と言うよりは、「目の前の現実のいい部分だけを見る」ものだと思います。自分が好きな大河の時は、全く逆のことを書く武者さん、次の部分ですが、これはポリアンナ症候群とは言わずとも、ある意味認知バイアスではあるでしょう。

東庵とセットで、未だに駒のことを「たかが町娘がwww」と腐す意見も見かけますが、ドラマの描写を把握していないからこそ。
当時、最先端だった明由来の医学を身につけた、トップクラスの医者でした。東洋医学では医者が政治的な見立てをすることもあります。
そういう知識抜きにして、先入観でバカにしていると、色々見失ってしまう好例でしょう。

駒はトップクラスの医者だった、当時は政治的な見立てもする、だからあの描き方は悪くないということで、彼女が将軍の側女になったり、細川家に出入りしたりするという、いささか不自然に思えることをも肯定してしまう。
先入観でバカにしているのではなく、普通に見てあれはおかしい、越権行為ではないかと思われるのですが。

でその後ですが、好きな大河なら決して出さないであろう「芸能裏話系」の記事まで持ち出しています。『レジェンド&バタフライ』は赤字である、そもそもは古沢氏が低予算で撮れるラブコメを描こうとしたが監督がダメ出しをした、戦国でラブコメを描くセンスがどうだこうだと。いやそれなら、武者さんが好きな戦国大河でもラブコメ的なシーンは過去にあったのですが…。

映画でやるのはご自由ですが、大河にまでよくわからない世界観を持ち込まれると、致命傷になりそうで怖いのです。

×よくわからない
〇武者さんがわかっていない、あるいはわからないふりをしている

飲み物ー暖炉とお酒
[ 2023/03/18 00:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第8回に関しての武将ジャパンの記事について-6

先日分の続きです。というか、一応この第8回関連はこれで終わりです。まずポリアンナ症候群がどうこう。

ポリアンナは、どんな些細なことでも褒める。
「ポリアンナ症候群」はネット上でもよく見られる傾向の一つですが、本作については勢いと数が減っているように感じます。

「どんな些細なことでも褒める」のではなく、
「目の前のいい部分のみに目を向ける」のがポリアンナ症候群ですね。現状の自分を正当化する認知的不協和、あるいは先日のこの武将ジャパン関連でも書いていますが、確証バイアスとも通じる部分があり、従って武者さん自身がポリアンナ症候群に囚われているように見えることがあります。

記事の本数・熱量ともに減衰傾向が見られる。テンション高く叩いていたアンチ系の記事すら減っています。日刊ゲンダイさんですら低調。
「愛の反対は憎悪でなく無関心だ」なんて言われますが、どうにも『どうする家康』はすでに見るに値しないと判断されているのではないでしょうか。
注目度が落ちれば即座に記事が減るのがWEBメディア。
紙媒体と違ってPV(アクセス数)がダイレクトに計算できますので、アンチ記事を出しても意味がないと判断される。
まだ2月です。一体この先どうなってしまうのか。

まず「減衰」というのは多分に専門語的な響きがあるため、減少でいいのではないでしょうか。
それと記事数ですが、私自身は毎週チェックはしていませんが、そう少なくなっているとは思わないのですが…具体的にどのようなメディアの記事が減っているのか、他のどういう作品に比べて少ないのか、それも明らかにしてしかるべきかと思われます。

ただし、FRIDAYさん、この記事はちょっと遅いですよ。
◆「反省会」立ち上がるNHK大河ドラマ『どうする家康』 巻き返しのカギは”忍び”山田孝之の存在感(→link)
反省会タグは中国語圏でも使われています。
しかし、家康の生涯を描くドラマで、後世の作り物じみた忍者が見どころだとすれば、それはそれで間違っておりませんか?

服部半蔵(正成)は実在の人物ですね。そして史料によっては、忍びを使って暗殺したと伝わってもいます。それに徳川家に仕えている以上、家康の生涯を描いた大河に出て来てもおかしくないでしょう。
それと反省会云々の記述は、この記事の最後の方に
「コメディでポップな作りが、一部の視聴者の間では不評を呼び、“どうする家康反省会”のフラッグも立ち始めている今作。最新の技術を駆使する忍びの活躍が、今作を面白くするかどうかのカギを握っているのかもしれない――」
とある程度で、大部分はドラマの半蔵の紹介記事なのですが。
エンタメ作品というのは賛否両論あるわけで、別に「反省会」タグがあってもそれはそれで構いませんが。

と言うより武者さん、貴方『ちむどんどん』の反省会タグの時は、何かの如く批判しまくっていましたが、嫌いな作品の反省会は随分と歓迎していますね。あとタグ付きツイも、昨年はかなり批判的ではなかったでしょうか。

それと「反省会タグは中国語圏でも使われています」
それが何か?

『韓非子』にこんな会話があります。
「王よ、ある一人が市場に虎がいると言っていたら信じますか?」
「信じぬぞ」
「では、二人が市場に虎がいると言っていたら?」
「信じんわ」
「じゃあ、三人が市場に虎がいるぞと言っていたら?」
「信じるかな……」

この三人成虎、実はこれだけで終わるのではなく、魏の王に大臣が、自分が国を離れて3人以上が自分を中傷するようになっても、それを信じないでくれと嘆願するのが元々の話です。それはともかくとして、
「二人が市場(あるいは町)に虎がいると言っていたら?」
に対する答えは
「信じるかもしれない」
「三人が虎がいるぞと言ったら?」には「信じる」だと思うのですが。

この他に

「ウーズル効果」という言葉もあります。

少々長くなるので省略しますが、根拠のない事柄が頻繁に引用されることで、それが証拠と信じられてしまうことをこう呼びます。で、なぜ武者さんが三人成虎同様、こういう言葉を持ち出して来ているかと言うと、

大河ドラマそのものへの熱意が低くなると、歴史トリビアや考察が目立ち出します。
そういうつぶやきやそれをまとめたニュースは例年お馴染みではあるのですが、他に話題がない分、目立つようになる。
以下の記事が典型例でしょう。
◆『どうする家康』一向宗と対立 千代(古川琴音)の“望月千代女”説もSNSで話題(→link)
◆ 「どうする家康」妖艶な千代が「望月千代女」説【ネタバレ】三河の一向一揆は武田の策謀か(→link)
望月千代女は取り扱いの難しい人物です。
フィクションや戦国ゲームでは、巫女とか、くノ一(女忍者)とされ、なかなか盛り上がる存在なのですが、史実面では怪しい。

熱意が低いか否かはともかく、なぜ話題に上るのかは、今まで大河に殆ど登場していないからではないでしょうか。武者さんがもしこの大河をほめていれば、よくぞ出して来たと書いていると思います。
まあ実際諸説ある人物で、どのように描くかはその作品次第となります。史実面では怪しいなどとありますが、武者さんが好きな大河にもそういう人物はいるわけで、嫌いな大河のみにそれを強調するのはどうかと思いますね。

しかし本作では、今後
「彼女の正体は千代女ですよ、びっくりした?」
と、やらかしそうで……。
知名度が高いだけに厄介で、そのまま史実として広まってしまう可能性も否めないでしょう。

ネタバレですが、第9回で武田の間諜として描かれていますね。本證寺をこっそり去って甲斐に戻っています。

架空の人物とわかる『麒麟がくる』の駒や、『鎌倉殿の13人』の刺客師弟は良心的でしたが、「千代」は「望月千代女」に名前を寄せている可能性がある。
それをこうして記事にしていくことで、ウーズル効果が発生していく。

また例によって、好きな大河は「良心的」、嫌いな大河は「ウーズル効果が発生する」。
それを言うなら、駒も、それから「刺客師弟」(善児とトウ)も、実在の人物だと思っていた人はいたのですが…。別に望月千代女がこういう描かれ方をしても構わないと思います。嫌いな大河だから、殊更に問題視したがるのでしょうね。
それにしても武者さん、実衣の時もそうでしたが、鎌倉殿の登場人物の名前をなぜか書きませんね。まさか、忘れているわけではありませんよね?

大河ドラマが、歴史知識を磨くどころか、荒唐無稽なことばかりを植え付けることになったら、それこそ酷い話ではないでしょうか。
「フィクションだからOK」という言葉は本当に危険です。
作中の家康も、ドラマの作り手も、ウケ狙いばかり考える無責任さについては一考していただきたい、と願うばかりです。

それを言うなら駒も荒唐無稽だと思いますよ。自分が好きな大河関連ではほっかむりですか?
「『フィクションだからOK』という言葉は本当に危険です」と書くのであれば、まず自分が好きな大河のオリキャラにも目を向けてみるべきでしょう。それをしないのが武者さんではありますが。

尚私は、松潤家康の描き方は無論改変されているとは思いますが、ウケ狙いばかりとは考えていません。


飲み物-デキャンタのウイスキー
[ 2023/03/06 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

ラグビーあれこれ-中尾亘孝氏と武者さん2

先日ラグビー絡みで、「フルタイムのラグビーウォッチャー」中尾亘孝氏について書いています。その時『武将ジャパン』大河コラムの武者さんになぞらえてもいますが、実際先日触れた部分以外でも共通点は見られます。ちなみに今回も武者さん絡みですので、基本ラグビー関連投稿ではありますが、このタイトルに改めています。

たとえば西日本に対する批判的な見方。武者さんの場合は幕末西国諸藩嫌いだし、昨年の大河での、朝廷に関する書き方などにもそれらしきものを感じましたが、中尾氏の場合も関西のチーム叩きだけにはとどまりませんでした。

かつて平尾誠二氏が代表監督の時に、関東のチームの選手に目を付けていたと言われていました。しかし中尾氏は、平尾氏が選ぶべきは関西の選手であり、こういうのは、関東の人間としては面白くないと言った書き方をしていたことがあります。

しかし代表監督が、どこのチームでプレイしようが、代表チームにふさわしい選手を選ぶのは当然のことであり、なぜこういう見方をするのか疑問に感じられました。ちなみに中尾氏は、元々は愛知県出身のようです。

またそれ以外に、確証バイアスという点もまた挙げられるかと思います。武者さんの確証バイアスについては、これも以前も書いています。認知バイアスの一種で、ある意味ダブスタにも通じるものがありますが、中尾氏の場合も特に後になるにつれて、自分に取って都合のいいことのみを書くようになった感もあります。

なぜ年月を経るに従ってこうなるのか、恐らくは、最初の頃は伝えたいことをそのまま本にして出していたと思われますが、その回数が増えるに従って、批判したい存在と守りたい存在を中心にして書くようになるからと思われます。このため目の前の現実を書くと言うより、いくらか本人のバイアスが入ったものとなる傾向があるのでしょう。

ところで中尾氏、以前確か「クローズド・クラブ」を「運営をやめたクラブ」としていたことがありますが、無論これはオープンでない、会員のみのクラブという意味です。イギリスのFP、Former Pupilsと称されるクラブ(特定の学校のOBのみのクラブ)などがこれに該当します。後日このことについて訂正していたのはいいのですが、その時「間違いは誰にもあるものです」とあるのはちょっと疑問でした。

中尾氏は元々「日本ラグビー狂会」の主宰でもあり、ユーモアを持って楽しくラグビーを見ようというのがモットーで、そういう発想とこれとは無関係ではないのでしょう。しかし、この場合は訂正のみをした方が格好よかったのではないでしょうか。


飲み物-ビッグウェンズデーIPA
[ 2023/02/19 01:45 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その9

では残りのページに行きます。
しかし無駄に(と言っていい)文章が多いですね。2ページで十分過ぎると思います。そのためファンダム関連とか、クィア・ベイティング(同性愛を売り物にすること)関連など、武者さんのいつもの主張と思われる部分は、一々挙げていません。

ではまずこれからですが、文章の構成、そしてドラマ本編の捉え方に関して疑問があるので、敢えてすべてを引用しています。

本作は、遺体の扱いも無茶苦茶です。
◆「どうする家康」義元の首を槍投げ 重量なんの一発決め!演出も感動 ネット反響“岡田信長”初登場の裏側(→link)
『麒麟がくる』でも、織田信長は遺体損壊をしていました。
生首を箱に詰めていた場面は衝撃的。
あの場面では信長の両親が驚き、怒り、嫌悪感を見せていたものです。
遺体損壊が悪いのではなく、それをクールだと演出して喜んでいることが悪辣なのです。
一体何を考えているのでしょうか。
こういうことをするから合戦にはリアリティが無い。
今週は最後にとってつけたような残虐描写がありましたが、どうせ作り物だと何の衝撃もありませんでした。
生きるか死ぬか、そんな状況を笑いにするセンスも決定的に痛い。
そりゃネットで笑う人はいるでしょう。
しかし、だから何ですか?

何やら意味がわかりづらいのですが。
まず『麒麟がくる』の、
「遺体損壊が悪いのではなく、それをクールだと演出して喜んでいることが悪辣なのです」
ここまではわかります。ただどう見てもあれは箱でなくて首桶だと思いますが、なぜかセリフは箱となっていました。それにしてもこの遺体損壊、要は討ち倒した相手の首を取ることですが、昨年も使っていましたね。
そしてその後、こちらは『どうする家康』関連なのでしょうが、
「こういうことをするから合戦にはリアリティが無い。
今週は最後にとってつけたような残虐描写がありましたが、どうせ作り物だと何の衝撃もありませんでした」
こういうこととは、リンク記事にあるように信長が首を投げ捨てたことでしょうか。しかしなぜそれが
「合戦にはリアリティがない」
となるのでしょう。それと「残虐描写」は、女たちが殺されるシーンでしょうか?具体的に何と書かれていないから、全然意味がつかめないのですけど。
そして最後の3行、これもどういうシーンを笑いたがっているのか不明。

それから信長が火縄銃を連射するシーンですが、

本作は、火縄銃の扱いにおいても「時代考証が雑じゃないか?」と突っ込まれています。
確かに当時の日本は火縄銃の普及が急速に進みました。国衆クラスで持っていてもおかしくないかもしれません。
とはいえ、物流、資産、そして才能もそこには加味されます。
雑魚っぽい国衆が火縄銃をバンバン撃っていたら、なにやら引っかかる視聴者がいても不思議ではないでしょう。

この「雑魚っぽい国衆」とは誰のことでしょうか?織田家は既に大名であったと思いますが、松平昌久のことでしょうか。この人はドラマ本編でも言っていたように「大草」、つまり大草松平家の当主なので、少なくともある程度の鉄砲を持つだけの資力はあったのではないでしょうか。
何だかこの
「とはいえ、物流、資産、そして才能もそこには加味されます」
とうのがどうも説得力不足で、取って付けた印象があるのですが。尚これについては後述します。

『麒麟がくる』でもは初回冒頭で火縄銃が出てきました。
たしかに、山賊ですら火縄銃を持っていた。しかし、実際にはまだまだ珍しいからこそ、斎藤道三が明智光秀に現地調達を依頼する。

ドラマ本編では「山賊」ではなく「野盗」となっていますね。あの鉄砲は恐らく倭寇ルートか何かで手に入れたものと思われます。

とにかく火縄銃の普及にしてもゲームのように簡単には回らないということ。
にもかかわらず本作のように国衆同士の小競り合いでバンバン撃ちまくるとなると、そりゃあ違和感を覚える視聴者が出てきても不思議はないでしょう。
そして今回――織田信長が水野信元を脅すために火縄銃を撃ちました。
しかも再装填の手間など無かったかのような連射。
現代の銃器とは扱いが異なりますし、そうだとしてもあんなふうに安っぽく銃器は使うものではありません。

だから国衆レベルの小競り合いで撃ちまくるとは、どのシーンのことでしょうか。前出のように、第2回の松平昌久の襲撃しか思い浮かばないのですが、それをちゃんと書かないところが武者さんらしいですね。
そして天文年間に於いて野盗が持っていること、その後堺を始め近江や根来で鉄砲が量産されたことを考えると、桶狭間の時点で国衆が持っていてもおかしくはないでしょう。大草松平家の当主ですし。しかし
「国衆クラスで持っていてもおかしくないかもしれません」と言ってみたり、
「国衆同士の小競り合いでバンバン撃ちまくるとなると、違和感を覚える視聴者が出てきても不思議はない」と言ってみたり、何だか一貫性がありませんね。

「とにかく火縄銃の普及にしてもゲームのように簡単には回らないということ」
この前に『麒麟がくる』で、三渕と細川の兄弟が鉄砲について意見が対立したことに触れ、だから鉄砲が普及するには時間がかかると言いたいのでしょうが、その一方で各地の大名や国衆が鉄砲をこぞって持ちたがっていたわけです。その矛盾について触れてほしいものです。

第一『麒麟がくる』の天文年間の鉄砲普及率で、『どうする家康』の永禄年間のそれを判断していること自体が、おかしくないでしょうか。
そして信長の連射、本編をきちんと観ていた人はおわかりでしょう。家来衆が何人か待機していて数丁の銃が準備され、信長が撃ち終わる度に、装填済みの銃を次々と渡していました。だからこそ連射が可能で、それによって信元を脅すことも可能だったわけです。

『麒麟がくる』では、足利義輝殺害に怒った明智光秀が、松永久秀に火縄銃を向ける場面がありました。
あのシーンを思い出すと、本作はなんという薄っぺらさなのか。

また「キリンガクルデハー」
多分あのシーンなのだろうと思いますが、私としては、洋画か何かをパクったのかなと思ってしまいました。
その後かなり文章が少ないパラグラフがわざわざ作られており、

今川義元が生きているとか。
瀬名と我が子と再会するとか。
そんなしょうもないドリームを入れるほど余裕はあるのですか?
(中略)
【大坂の陣】など、寺島しのぶさんのナレーションだけでクリアするかもしれません。予算にもやる気にも限界はありますからね。

元康がまだ駿府に未練があり、後ろ髪を引かれるような思いだからこそ、義元や瀬名が夢に出て来たわけでしょう。
恐らく、武者さんが真剣に観ていないであろうことは察しがつきますが、それ以前に、こんな「しょうもない」パラグラフを作る意味があるのか、と考えてしまいたくなるのですが。スペースを埋めるためでしょうか。

さらに引用記事(日刊ゲンダイ)が紹介されており、
「その一方で、動画配信サービス「NHKプラス」の視聴数は歴代1位だということにも触れています」
とあります。

確かに素晴らしい数字でした。
今後の基準としても有用であり、問題は今後も続くかどうか、でしょう。
初回は好条件が揃い過ぎていた。
・昨年で動画配信サービスNHKプラスの視聴数が劇的に伸びた
・徳川家康の知名度
今後も『鎌倉殿13人』のように数字を保てるかどうか、注視したいと思います。

今後も『鎌倉殿の13人』のように数字を保てるかとありますが、これはNHKプラスの再生回数のことでしょうか。とは言っても、この再生回数は視聴率のように視聴者の目に触れるわけでもないし、数字を保てるかどうかな注視したいなどと書くより、今後もそうあってほしい程度にとどめた方がいいのでは?

それとここで言及されている日刊ゲンダイの記事ですが、武者さんらしく?基本的に叩き記事ですので、再生回数についてだけを知りたいのなら、こちらの方をお勧めします。この日刊ゲンダイに加え、サ〇ゾーの叩き記事もありますが、武者さん、このコラムのために日ごろからそういうメディアによく目を通しているのでしょう。

「どうする家康」初回は配信も好調!NHKプラス視聴数 歴代全ドラマ初回1位を記録 前作「鎌倉殿」超え
https://news.yahoo.co.jp/
articles/675b9b838b1e9b342fa632f26c73373aed7e4e26(yahoo!ジャパンニュース)
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/
2023/01/16/kiji/20230116s00041000382000c.html(スポニチ、元記事)

そしてその後はポリアンナ症候群がどうのこうの。

ものごとの微細な良い面だけを見て、悪い面から目を逸らすポリアンナ症候群の観察にはうってつけと言いましょうか。

と言うより、武者さん自身がポリアンナ症候群のように見えて仕方ありません。
認知的不協和(自分の考えと矛盾する発想によるストレスのこと、それを解消するために自己正当化を行う)、確証バイアス(自説補強の情報ばかりを認める)が特徴的な心理状態を指すこの用語は、正に、武者さんのためにあるようなものと言ってもいいかと思います。

そして

このドラマは『青天を衝け』に似ている――とは、大手メディアでもそれを認めるような記述があって勇気づけられた思いです。

武者さんとは逆の意味で、私も勇気づけられた思いです。
『青天を衝け』はすべてがそうでないにせよ、面白いところもありましたから、この大河もそうなってほしいと期待が持てます。

で例によって慶喜批判、そして曹操の詩が引用されていますが。

月明らかに星稀(まれ)に 烏鵲(うじゃく)南に飛ぶ
樹を繞(めぐ)ること 三匝(さんそう) 何(いず)れの枝にか依(よ)るべき
月が輝くと星の光は見えなくなる 鳥は南へ飛んでゆく
木の周りを三度めぐって どの枝に宿るべきかわからない
曹操『短歌行』です。

「月明らかに星稀(まれ)に」は、月が明るいので星があまり見えない夜という意味ではないでしょうか。そして鳥じゃなくて烏鵲、つまりカササギなのですけど。そのカササギが木の周りを3回巡って、どの枝に止まろうかとしている、そういう意味です。

『どうする家康』は、クオリティやスタンスでは『青天を衝け』と一致しながら、初動ミスのため戦略で大ゴケして今後どうなるか?
さあどうするメディア?
ワタシみたいにぃ、サバサバしとくぅ?
『ワタシってサバサバしてるから』の3週目、『大奥』3回目に期待しています。

だったらもう大河コラムなどおやめなさい。
このコラムだってまともなあらすじなし、歴史面での突っ込みなし、これではまるで羊頭狗肉または看板倒れに等しいかと思います。
それと、自分の主張に取って都合のいい情報だけ集めて初動ミスも何もあったものでもないでしょう。これは武者さんだけでなく、コラムを書かせている武将ジャパンにも責任ありと思われます。

(2023年1月29日加筆修正)

飲み物-暖炉の前のウイスキー
[ 2023/01/29 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その2

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その2です。本題に入る前に、先日投稿分でもう少し。まず武者さんは、視聴率下落の原因として

・そもそも主人公の知名度が低い
・舞台が人気の戦国や幕末ではなく、馴染みの薄い平安末期から鎌倉時代前期だった
・実質的にR18指定がふさわしいと思えるほど、陰湿で残虐な描写が続き、大泉洋さんですら「娘には見せたくない」ほどであった
・プロットが複雑で、伏線を引っ張り、難易度が高い。しかも主人公はじめ登場人物に共感しにくい
・ワールドカップと重なって極端に低くなった第45話6.2%がある
・NHKプラスによる配信視聴が増えた

こういった点を挙げています。この中で時代設定や、サッカーワールドカップのコスタリカ戦(と書いてほしいです、他競技にもワールドカップはありますし)が裏に来て、数字が一桁台に落ちたのは理解できます。ただ元からそう数字が高いわけではありませんでした。
そして「主人公の知名度が低い」とは必ずしも言えないし、実質的にR18指定というのもどうかと思います。頼朝の愛人などが出て来たのは事実ですが、そこまで陰湿で残虐だったでしょうか。確かに上総広常の暗殺などは、かなり陰謀めいたものはありましたが。それとプロットが複雑云々、これは先日書きましたが、三谷さんらしい小ネタとコント展開が多かったとは思います。あとNHKプラスも、再生回数がはっきりしない限り何とも言えません。ただリアルタイム視聴より、こちらを利用する人が増えた可能性はあります。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/26/172629


では本題です。

どれだけ美辞麗句が並べられていても、大河ドラマの制作現場がギリギリでは……?と心配してしまうと、それだけで不信感は募ってしまいます。
具体的な例を挙げると2021年です。
事前にある程度プロットが発表されて出版されているガイドから、変わっている回がありました。しかも、余った時間を補うように、さして意味のない場面が加えられていた。
直前になって「さすがに曲解が酷い」と修正が入ったのではないかと私は感じました。
それだけでなく、小道具やVFXの作り込みが甘く、出演者が疲れているのでは?と伝わってくることも。

また『青天を衝け』叩きですね。本当に懲りませんね(苦笑)。
今後『青天』以上に嫌いな大河が登場するまで、この傾向は続くのではないかと思われます。
そして
「事前にある程度プロットが発表されて出版されているガイドから、変わっている回がありました。しかも、余った時間を補うように、さして意味のない場面が加えられていた」
ですが、これは2021年の大河です。それで思い当たることがないでしょうか。

すばり「東京オリンピック・パラリンピックの延期」です。元々2020年に開催されるはずで、そのため『麒麟がくる』は中継を挟むことを考慮に入れ、回数が少なめに設定されていました。しかしコロナ禍で1年延期、大河も出演者の麻薬所持による逮捕、コロナ禍による収録の休止などで放送そのものが予定よりかなり遅れ、『青天を衝け』は2月開始、しかもオリ・パラ中継を挟む格好になったのです。それを考えると、プロットが少々変更されてもおかしくはなかったでしょう。
尤もオリンピック嫌いの武者さんは、そういう思考をする以前に、オリンピックなどけしからんと、別の意味で騒ぎそうです(これをストローマン話法と言います)。
それと「小道具やVFXの作り込みが甘い」(パリの風景はやはりVFXだなとは思いましたが)と、「出演者が疲れている」
のとどう関係があるのでしょうか。

日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』を大河で作る(小見出し)
『ゲーム・オブ・スローンズ』(以下GoT)とは何か?
2010年代にテレビドラマ、特に歴史ものを変えたアメリカHBO制作のシリーズ作品です。
歴史観まで変えてしまったとされ、海外の歴史をテーマとした書物にはこんなことまで書かれていることがあります。
「最近の読者は、GoTの影響で、誰もが陰謀を企んでいたものだとみなすものだが……」
というように、それほどまでに影響が大きい。

またですか。
何と言うか、ゲースロ狂信者と言っていい武者さんらしいですね。
そしてその後で、それを追い求めて行ったのが『鎌倉殿』であるとされていますが、それはあくまでも武者さんの主観であり、そもそもゲースロを知らない、あるいは観ない人に取っては何のこっちゃと思うわけです。

ロゴが毛筆ではなく明朝体のフォント。「十三」ではなく「13」がタイトルに入る。メインビジュアルの鮮やかな色合い。
このドラマではクラシックの名曲がサウンドトラックに使われていました。
エバン・コールさん本人のアイデアではなく、依頼されてのことです。
オープニングはVFXで作った石像を用いています。
写実的な石像は日本では珍しく、むしろギリシャやローマ、ルネサンス彫刻を連想させます。

この「13」は、やはりちょっと違和感がありました。
あとクラシックも使う必要があったかどうかは疑問です。劇伴がちゃんとしていればそれでいいわけですし、何かこういう、ちょっと変わったことをやろうという考えが、裏目に出てやしないかと思ったこともあります。
そして石像ですが、これは初回のあらすじと感想に書いていますが、私には兵馬俑に見えて仕方ありませんでした。

『鎌倉殿の13人』は日本らしさが確固たる前の世界を意識していると思えました。
出演者も「いろんな国の人に見て欲しい」と語っています。
「日本らしさ」が定着する前、国民性が確固たるものとなる前。道徳心がまだ成熟されておらず、迷信や不合理が通る。
日本らしさよりも「中世の人類」であることを強調しているように思えたのです。

「日本らしさが確固たる前の世界」て何ですか?
既にその前の平安時代に、和の文化の原型はできているのですが。日本らしさと日本という国家の確立とは別のものでしょう。
そもそも、日本という近代国家の成り立ちは明治からですし、道徳心というか倫理観は江戸時代を待つ必要があります。その割に武者さんは忠義がどうのこうのと、きわめて江戸時代的な倫理観に基づくことを書いていたと思いますが。

稗史(はいし)という言葉があります。
正史に対するものであり、民衆の目線や伝承によって伝えられる歴史のこと。
GoTの場合、原作を読むとより顕著であり、戦乱に巻き込まれていく子どもの視点から歴史的な出来事をみる視点がありました。
大河ドラマの場合、歴史に名を残していない人物の目線で見ることが稗史に該当します。
かつては『三姉妹』や『獅子の時代』のように、大河は主人公が架空の人物であることもありました。
近年は「オリキャラ」と呼ばれる人物も、大河には欠かせなかったものです。
『鎌倉殿の13人』では、善児とトウが稗史目線の登場人物に該当しますね。
最終回までトウが登場しており、民衆目線で歴史を見ることはできていました。
ただ、若干弱かったとも思います。
これは主人公である北条義時が民衆に目線をあまり向けていなかったことも反映されているのでしょう。
姉の北条政子と息子の豊穣泰時は、民衆を労る「撫民政治」の観点がありました。

稗史というのは民間目線の他に、小説とかフィクションという意味もありますから、大河の場合は「歴史に名を残していない」云々より、最初からフィクション、オリキャラでもいいでしょう(実在の人物がモデルという可能性もあり)。あと「欠かせなかったものです」て、もう大河そのものが過去のものになったような言い方ですね。

そして善児とトウですが、殺し屋である彼らが必ずしも一般民衆と同じ視点かどうかは疑問です。亀とか、和田義盛と一緒になった後の巴なら、いくらかそういう目線を持ち得るかとも思いますが。それと『三姉妹』だの『獅子の時代』だの、10年ルールはもうやらないのでしょうか。ならば『太平記』と『葵 徳川三代』くらいは、きちんと観ておいてください。

それと「豊穣泰時」て誰ですか?(苦笑)

マイノリティ役を、当事者が演じること。
これにより誤解やステレオタイプを防ぎ、かつマイノリティの当事者に配役の機会を増やす効果があります。
海外では当たり前のことで、歴史劇の場合は民族が特に重視されます。
『鎌倉殿の13人』では、宋人の陳和卿をテイ龍進さんが演じ、この点において進歩しました。
過去の大河を見てみますと、『春の坂道』では明人の陳元贇(ちんげんひん)を倉田保昭さんが演じています。彼は香港や台湾で活躍していたため、日本では中国人をしばしば演じていました。

まず陳和卿ですが、彼の場合は寧ろ「外国人」ではないかと思われます。
あと過去の大河で日本人が外国人を演じた件ですが、『黄金の日日』で、明の瓦職人・一観を三国一朗さんが演じていたこともあります。なぜ『春の坂道』だけなのでしょうか。

ジェンダー観の更新:トウの場合(小見出し)
(中略)
男女平等を論ずる上で、お約束の問題提起があります。
「男女平等というのならば、男性的な加害行為や従軍も平等とすべきなのか?」
これについては議論はまだ進んでいる段階であり、簡単な答えが出る問題でもありません。
ましてやテレビドラマが解決する問題でもない。
一石投じることが重要です。
アリア(私注・ゲースロの登場人物)にせよ、トウにせよ、女性でありながら良妻賢母以外、しかも殺し屋である人物が登場しただけでも、重要な問題提起となります。

このトウですが、殺し屋とかスパイは普段それとは気づかれない格好をしています。一般人に紛れ込むためです。しかし彼女の場合は常に男装で、あれだと一目で普通の女ではないだろうと思われる服装をしていました。あれが善児なら男性だからいいでしょう。しかしトウの場合、普段は当たり前の女の身なりで、いざ「仕事」と言う時だけ男装をする方が、それらしさが出ていいと思います。

しかしこのコラム、今回に限ったことではありませんが、この大河は素晴らしいのだと強調したいがあまり、何とも不自然になっている、そういう印象がありますね。それと先日も書いた「新基準」ですが、これは「ゴールポストを動かす」にどこか通じるものがあります。

飲み物-ボトルとコルクとワイン
[ 2022/12/29 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『舞いあがれ!』第12週「翼を休める島」第5話

まず大雪の被害に遭われた皆様へ、お見舞い申し上げます。
そして第12週第5話(第60回)です。ここのところ、ちょっと遅れ気味です。

舞と貴司は、朝陽と一緒に星を見ていた。真っ暗な中で自分がどこにいるのか、どっちに行けばいいのかわからないようになっても、あの星さえ見えていたら大丈夫と貴司。昔の飛行機は星を目印に飛んだと舞。朝陽は地球を飛行機で1周したら2日かかり、大きい星は飛行機で1周すると1000年かかると言う。驚く2人に、もっと大きい星もいつか見つかると言う朝陽。

そんな朝陽のそばで舞はイメトレを始め、貴司は何か思い浮かんだようで、見上げる星の裏側…と言葉を連ね始める。その2人の間で朝陽は言う。
「変人に挟まれてる」

舞は朝陽と出かけようと、豪に星の見える場所について尋ねるが豪も一太も知らず、さくらが海岸がよかですよと言ってくれる。むっちゃんに告白されたのも夜の海さと言うが、そのむっちゃんは星好きで星空クラブを作ったほどだった。1万度で激しく燃えているシリウスよりも、さくらちゃんの方が、明るくてみじょかねえと言ってくれたとさくらは言い、驚いたように聞いている舞に、舞ちゃんの聞き上手と笑う。

そのクラブは小学生と中学生が、放課後プラネタリウムを作ったり、天文台に遊びに行ったりするのを主な活動としていた。舞はそのクラブのパンフレットを美知留に見せる。しかし美知留は、五島では沢山星が見えるからいいが、前に中学生の男の子にうるさいと責められて、泣いて飛び出したことがあるのが気になっていた。その後舞はヒラメをさばいて刺身を作る。

朝陽は貴司と話しており、美知留はそれを見ていた。昴の話から『枕草子』の話になり、1000年前だとおおかみ座に超新星が現れた頃だと朝陽。美知留は朝陽をクラブに行かせようとパンフレットを見せ、朝陽もうなずく。朝陽が出かける当日、友達もできたらええなと舞と貴司。しかしいざ出かける段になって、やっぱり行かないと朝陽は言い出す。

舞と朝陽は日の当たる縁側に座っていた。貴司も来て、ノートに短歌を書き付ける。短歌つくってんねんと朝陽に言い、自分の気持ちは言葉にしな、ほかの人には伝わらへんやろ、そやから今の気持ちにぴったりな言葉を探していると言う貴司。舞は朝陽に今の気持ちを訊いてみるが、分かんないと言い、しんどいとかと訊かれるとうなずく。どうやら朝陽は行きたくもあり、また行きたくもなさそうだった。

行きたい気持ちは太陽くらい、行きたくない気持ちは地球くらいだと言う。行きたい気持ちは大きいが、行ったらすぐ怒るから、朝陽と一緒に遊びたくないと言われそうなのを気にする朝陽。嫌なことされたらうわ~~~!てなるのが理由らしい。貴司はノートに書きつけたのを、これが今の朝陽君の気持ちかと見せる。ちょっと違うと朝陽は言い、貴司の鉛筆を借りて書き足す。

朝陽は行きたくはあるが、行けと言われるのを嫌っているのに舞は気づく。そこで舞は、怒りたくなったりもやもやしたりしたら、自分の気持ちをノートに書いてはどうかと勧める。その後美知留は、図鑑のそばに置かれた紙を手に取る。それには、好きな物や苦手とする者が書かれており、またみんなと遊べるから星空クラブに行きたいとも書かれていた。美知留も朝陽の気持ちを悟る。

結局朝陽はクラブに行き、祥子は魚をさばきながらそのことを豪に話す。その魚で朝陽君祝ってやらんねと豪。新しい一歩と言う祥子に、豪は俺ら島の人間も踏み出す時かもしれんなあ、こんままやったら若者がどんどん減ると豪は懸念する。一太のように、島の若者が出て行かなくても済むように考えんととも話す豪。

五島の空を飛行機が飛ぶ。朝陽は星空クラブが気に入ったようで、昼間から行こうと言い、美知留に、皆の学校が終わってからと言われる。来ていた信吾も張り切っちょんねえと言い、かんころ餅を見つめる朝陽。食べてみらんねと言う祥子の言葉に、しようがないなと餅を頬張り、うまいと言う。

その時電話が鳴って舞が出るが、それはめぐみからのものだった。舞が受話器を置くと同時に、貴司がみかんを持って帰ってくるが、舞の表情はこわばっていた。どうしたのか尋ねる貴司に、お父ちゃんが、救急車で運ばれたと言う舞。


朝陽の興味は星にあるようで、星の見える場所に一緒に出掛けようとする舞。するとさくらが星空クラブのパンフレットをくれます。今は夫となっている「むっちゃん」が主宰しているクラブで、舞が面白そうに聞いていると、さくらは
「舞ちゃんの聞き上手」
と言って笑いますが、それはかつて子供の頃の舞に向けた言葉でもありました。

しかし朝陽はいざ出かけようと言う時になって、突如として出かけないと言い出します。どうも行けと言われることに対して反感を覚えるようです。そこで舞は、怒りたくなった時やもやもやした時は、気持ちを書いてみるといいと言い出します。実際認知行動療法のひとつとして、書き出すことが奨励されたりもします。その後紙に、みんなと遊べるから星空クラブに行きたいと書かれているのを見た美知留は、息子の本当の気持ちを察します。

そして朝陽は、この家に来た時は食べなかったかんころ餅を自分から食べてうまいと言います。少しずつですが、朝陽は変わって行っているのが窺えます。しかしその時めぐみから電話が入ります。それは、父浩太が救急車で運ばれたという知らせで、舞は不安を覚えます。

飲み物-クリームとココア
[ 2022/12/27 01:15 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

確証バイアスとエコーチェンバー

まず、『舞いあがれ!』のあらすじは次回になります。それと前の録画を観ていて気付いたのですが、第8週の演出の野田雄介ディレクターは、第2週の五島編も担当していますね。

で、何を書きたいのかと言うと、エコーチェンバーについてです。これについては今までも書いて来ていますし、直近ではつい先日、小檜山氏=武者さんが、ネット上のファンコミュニティで、大河などであれこれ視聴者がタグ付きで騒ぐのがけしからんと書いていたことに触れています。その時も少し書いていますが、武者さんのコラムにも確証バイアス的なものが散見されます。

この確証バイアス、恐らく人間であれば誰しも持ちうるもので、自分の思い込みを支持する情報ばかりに目が行く、あるいはそれを正しいと信じ込むことです。ただライターと言うのはどのような立場であれ、その人が書く対象にできるだけ中立であることが望ましいわけではあるのですが…。しかもこの確証バイアス、特定の考えを正しいと思い込む、あるいは思い込ませるという意味では、エコーチェンバーに共通するものがあります。

実は先日、ツイッターをログアウトした際に、トレンドの1つを好奇心からのぞいてみたことがあるのですが、上から10番目ほどまではほぼ同じ内容のツイでした。これも一種のエコーチェンバーかなと思った次第です。しかもトレンドは、同じテーマに関心を寄せる人々がタグをつけるわけですから、その意味でもエコーチェンバーになりやすいとは言われています。

無論テーマによって大きな違いがあり、比較的幅の広いテーマであれば、様々な意見が飛び交っていて、煽りがちな意見がある一方で、建設的な意見があったりもします。しかしテーマがより細分化されると、似たような考えの人々が似たような内容のツイを交換し、さらにRTやファボでシェアするようになり、比較的先鋭化しやすいとは言えそうです。しかも自分達だけで楽しむのであればいいのですが、人命にかかわることや陰謀論めいたことが拡散されると、ちょっと厄介なことになってしまいます。

ネットはそれまでマスコミが一手に握っていた情報を、個人が可視化する形で共有できるようにしたわけで、それはプラス面と言うべきですが、可視化されたがゆえにその影響もまた大きく、さらにツイッターの場合上限が140文字ですから、つい簡略化された情報を流しがちで、それが誤った情報となってしまうこともまたあるでしょう。利便性が高いゆえにリスクもまた高くなることもあり、その点にはやはり気を付けたいものです。

ところでその中にサッカー関連のトレンドで「手のひらがえし」というものもありました。ドイツ戦で代表をほめたファンが、コスタリカに負けると急に批判を始めたということから、このタグができたようです。ドイツに勝っただけに期待も大きかったことの表れとも言えそうです。しかし次のスペイン戦では勝たないと決勝Tに進めないようなので、何とか白星をもぎ取ってほしいですね。

飲み物-注がれる紅茶
[ 2022/11/29 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『舞いあがれ!』「お母ちゃんとわたし」第3話と第4話の感想

本題に行く前に、先日分の朝ドラと大河関連の投稿で、意味が通りにくい箇所があったので直しています。

ではこの2話を観て感じたことです。

舞はめぐみと五島に行くことになります。そして、その日の朝まで悠人の添削をしてあげているめぐみ。このお母さんは、勉強を見てあげてもいるようです。悠人はお父さんとの2人暮らしをしんどいと感じているようで、舞に早く治れよと言いますが、その実舞のことも気になっているのでしょう。2人が発った後、悠人は舞が作ってくれた、合格祈願の剣玉を見つけます。東大を目指していること、小学6年生であることから、いい中学に入るための勉強に追われているのが窺えます。

舞はめぐみとフェリーに乗っています。今回は飛行機という「乗り物」がテーマですが、このフェリーでの移動もきちんと描かれているのに好感が持てます。そして初めて会う祖母の祥子。舞には何となく怖そうな人に移ります。その祖母自身が操縦する船に乗り、さらに車に乗って家に到着します。通された部屋は、昔めぐみが描いた絵や賞状があり、めぐみが所謂できる子であったことがわかります。

その後舞は、不思議な少年を目にします。ガアッパ、つまりカッパに見つかると言い、舞に静かにするように言った後、行ってしまったと伝えます。この子は生のキュウリをかじっており、着ているTシャツにもキュウリの絵があって、まるで彼自身がカッパのようです。実はこの子は、めぐみの友人の信吾の息子でした。めぐみは大学時代に浩太と駆け落ちをして、そのまま戻っておらず、久々の再会だったわけです。

診療所にお世話になるだろうから、挨拶に行くと言うめぐみを信吾は車で連れて行きます。この五島で元気になってほしいと言うめぐみに、うちの子供たちと仲良くすればいいと信吾。後部座席の一太は何となく乗り気のようです。ところでこの回は、さだまさしさんのナレによるばらもん凧の紹介があります。

その後祥子の家には船大工の豪、山中家の娘さくらが次々と姿を見せます。祥子はイチゴを使ってジャムを作っています。冷蔵庫にもイチゴが沢山あり、豪は勝手知ったる他人の家といった感じでそれをつまみます。知らない人たちに舞は戸惑いながらも挨拶をします。豪は、祥子に取って夫雄一の形見とも言うべき、如何にも昔風なラジオの修理もしていました。豪や山中家との付き合いは、恐らく何十年にもわたっているのでしょう。

その夜、舞はさくらが持って来たタコに触ろうとしてめぐみに注意され、その翌日また熱を出します。診療所の医師谷が来てくれます。この役を演じているのが前川清さんです。そして舞が熱は39度と言うところで「サンキュー」と言ったりするが、親父ギャグ臭さを醸し出しています。そして谷は、体に悪いところがなければストレスのせいかも知れない、ともかくゆっくりやればいいと言って帰って行きます。

どうもめぐみが危ないと思って先に手を回すことで、舞が自分の意見を言えなくなり、それが発熱につながっているように見えます。以前『ちむどんどん』で、歌子は心因性発熱(ストレス性高体温)なのかと書いたことがありますが、この舞の場合は、やはりストレスが引き金になって発熱しているように見えます。この朝ドラは医事考証が入っているせいか、こういうところはかなりきちんと描いています。

するとまた一太が現れ、今度はひょうたんを出してガアッパよけだと言います。翌日熱が下がった舞はめぐみと学校へ向かい、この一太そして妹の凜と出会います。そして1年生と3年生のクラスに入りますが、自己紹介をするより前に一太が名前を皆に言ってしまいます。おまけにトイレに行きたがる妹の世話もし、舞のいい友達になりそうな子です。ちなみにひょうたんは魔除けの意味合いがありますね。

ここで思うのですが、学校へ行く前のちょっとおどおどした舞に比べ、学校から帰って校外学習のお知らせを差し出す時の舞は生き生きとしています。何かが吹っ切れたようです。しかしこれにもめぐみは不安げですが、祥子はここでぴしゃりと、舞はどうしたいのかと聞きます。そしてさくらから長靴を貰い、当日一太と凜も迎えに来て、舞は張り切って海へと出かけて行きます。

それと一太と凜が歌っているのは、典礼聖歌407番の「マリアさまのこころ」という聖歌でしょうね。恐らくメロディーは聞いたことがあると言う人もいるかもしれません。しかし教会でこれを歌っていると言うことは、一太の家はカトリックなのでしょうか。五島列島、あるいは天草なども隠れキリシタンの多い地域であり、今なお信徒が多いことを考えると、そうであっても不思議ではなさそうです。尚今ある教会(聖堂)は、もちろんキリスト教信仰が許可された後に建てられています。


飲み物-コーヒーとチョコレート
[ 2022/10/07 01:15 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 69その2

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、後半部分です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第32回「災いの種」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/08/22/170435

1.「なんで頼家様は俺と仁田を呼んだのかなぁ?」
忠常と話ができなかったからか。義盛は三浦義村と畠山重忠に相談しています。
「わかる気がする。戦に強く、忠義者で、ばか……」
「ばか?」
「……場数を踏んでいる」
とっさに言い逃れる義村。言うことを聞いてくれると思ったんじゃないか、ってよ。
言いたいことはわかった。馬鹿だと思っているんだな。
でも、義村の場合、自分以外みんなバカに思えているんじゃないかな。そしてそれは「バカ」というより正直さでもある。

義盛の場合、恐らくはいつもの仲間に善後策を相談したかったのでしょう。
そして「正直さ」と言うよりはむしろ「愚直さ」ではないかと。またこのシーンは一部の映像が下からの撮影となっており、そこの部分に密談といった雰囲気が窺えます。

2.「頼家様もかわいそうな方だ。今さら息を吹き返しても、何一つよいことはないのに……」
重忠の変貌っぷりにショックです。
持ち前の正義感はもうない。義盛、義村とは従兄弟の関係であり、一方で北条の娘婿として保身に入りつつあるのでしょう。

「重忠の変貌っぷりにショックです」
そうですか、この場合至極当然なことと思いますが。
北条家の婿であることもさることながら、あそこまで比企に取り込まれてしまい、御家人から見放されつつある将軍に最早未練はないでしょう。

3.結局、義盛と重忠は時政に知らせます。
いくら頼家の命令でも時政は討てない――。
そんな風に断った一件を時政の耳に入れると、「ならばなぜ仁田忠常は来ないのか?」と不思議そうにしていたかと思えば、「まさか攻めてくるのか!」と心配している。
重忠は板挟みになって悩んでいるのだろうと同情しています。
にしても、この人たちには忠義がありませんね。
保身だけ。
自分たちの損得を抜きにしてでも、頼家に忠義を尽くそうと誰も言い出さない。生前の頼朝が「これからは忠義を重視する」と言っていた意味もわかります。

既にこの時点で、彼らは時政>頼家となっていることが窺えます。北条はやはり裏切れませんから。
それと
「『ならばなぜ仁田忠常は来ないのか?』と不思議そうにしていたかと思えば、『まさか攻めてくるのか!』と心配している」
これは正しくは
「しかし…仁田はなぜ何も言うてこん。まさか攻めてくるつもりではなかろうな」
であり、このセリフの構成から見る以上、時政に取って忠常は最早疑わしい存在となっていたとしても、おかしくはありません。

あと
「にしても、この人たちには忠義がありませんね。
保身だけ。
自分たちの損得を抜きにしてでも、頼家に忠義を尽くそうと誰も言い出さない。生前の頼朝が「これからは忠義を重視する」と言っていた意味もわかります」
とありますが、前述のように御家人たちの心は頼家から離れている、つまりそこに信頼関係はないと言ってもいい状態にあり、当然ながら忠義も最早なきに等しいでしょう。頼朝もまさか、このような事態になるとは思っていなかったでしょうし。ところでこの「忠義」ですが、

4.幕末ならば、主に殉じる忠義こそが武士の華。
近藤勇にせよ、土方歳三にせよ、あの薄情な徳川慶喜のために命を賭して戦った。
戦国時代だって一応そうです。
真田幸村は九度山で生きていく道を捨てて、我が子を巻き込んでまで、大坂城で忠義を燃やす人生を選びました。
そういう忠義のある武士を描いてきて、ついに「んなもん関係ねえ!」という時代まで、三谷幸喜さんは遡ってきました。

まず幕末。新選組だけをここで挙げていますが、西国諸藩の、あるいは奥羽の藩士たちも藩のために戦ったことが抜け落ちています。嫌いでも書くべきものは書かないと、プロのライターではありませんね。それと「薄情な徳川慶喜」などと、ここでわざわざ言うこともないでしょう。
そして戦国時代は、武士が主君を変えることは珍しくありませんでした。有名なのは藤堂高虎ですが、それ以外にも主君を変えた、あるいはその時々の形勢により主君が変わった人物は多く、1人の主君に忠義を尽くす武士は、寧ろ江戸時代以降の概念ともいえます。

5.頼朝と政子の間に生まれた待望の男児が、まさかこんなことになるとは……。
でも時政は、その孫に呪いをかけるよう、りくと共に阿野全成をけしかけたわけで。
本作の時政は自ら悪い方向に向かわず、流されているだけです。その方がより邪悪だと思える。

時系列を遡るとわかりますが、なぜ時政とりくが全成に呪詛をかけるように頼んだかは、頼家自身の暴走、そしてその背後にいる比企能員の暴走にも原因がありました。その部分を追及せず、時政のみの問題にすり替えるのも納得が行きません。

6.なんと一幡は生きているとか。父の言いつけを破り、ある場所に匿っているとか。
初は「(義時が)泰時の性分はよくわかっているはずだ」と言いながら、一幡の命を奪うことのできなかった夫を庇っています。
泰時は、頼家が健康を取り戻したため、一幡が生きていたことは不幸中の幸いだと訴えます。
それを聞いているのかいないのか。ただ「鎌倉にいるのか?」と確かめるだけの義時。

「聞いているのかいないのか」もないもので、義時自身はこれは困ったことになったと思い、なおかつ今後をどうするべきかを探っているわけで、その結果まず居所を確かめようとなり、「鎌倉におられるのか」と問いかけたわけでしょう。

7.義時は平気で嘘をつき、誓いを破る人間になりつつある。八重が亡くなった時は、罰があたったと恐れる気配はあった。それが今もあるのかどうか……。

武者さんは義時に何を求めているのでしょう。既に政権の中枢にいて、汚い仕事、大人の事情を一身に背負っている人物に、清廉潔白のみを求めようとしているのではないでしょうね。この大河には疑問もありますが、義時がこのように悩みつつも変貌し、成熟して行くところは面白いです。

8.なんでも鞦韆(ブランコ)は善児が作ったとか。義時はさりげなく一幡を殺せといいます。

ドラマ本編に「鞦韆」という言葉は出て来ません。確かに中国ではそう言いますが、ここは普通にぶらんこ(ブランコ)でいいでしょう。

9.「千鶴丸様と何がちがう?」
「わしを好いてくれる」
「似合わないことを申すな」
八重の亡き子の名を出し、そうつきつける義時。
千鶴丸もなついていなかったとは言い切れないでしょう。変わったとすれば、善児の心です。
トウを育てる過程で愛を知ったのか。加齢ゆえか。あるいは仏の教えでも学んだとか?
義時に強く言われ、殺しに向かう善児ですが……どうしてもできない。苛立ったように、義時が刀に手をかけます。
「一幡様、トウと水遊びをいたしましょう」
トウが師匠の代わりをこなします。善児は苦しげにブランコの縄を切る……そんな姿に、酷い破滅が迫っている未来が浮かんでくる。

ここで「千鶴丸」を出して来たのは、恐らくはこの後に一幡が辿るであろう運命、その伏線ではないでしょうか。無論善児の弟子であるトウが、範頼暗殺の際にいた少女であるとすれば、彼女を育てて行く中でいくらか変化があり、それが一幡への同情となって現れたとも言えます。さらに一幡は千鶴丸と異なり、この時点で既に孤児(父の頼家は存命ですが)というのもあり、その意味で情が移ったとも考えられなくもありません。

10.義時が自邸に戻ると、泰時が何か焦っています。
そこには、頸動脈を切り、息絶えた仁田忠常がいました。
なんでも不意に御所に現れ、命を捨てるといい、止める間もなく自害をしたと。

この忠常の死ですが、史実では自害ではなく、謀反の疑いをかけられて殺された、あるいは義時と一戦交えて討たれたとなっています。いずれにしても、忠義を貫いた自害と言うのは江戸時代的でもありますし、実際のところ誰かが彼をそそのかして、自害させていたとしても、それはそれで不思議ではなさそうです。

11.政子も修善寺ならばたまに会うこともできると納得しますが……ちょっと待ったぁ!
修善寺は当時から名刹で、源氏の御曹司でもよいほどの場所。鎌倉にも近く、北条の目も光らせやすい。
しかし、その条件だからこそ、範頼も幽閉後に殺されているのでは?

これも政子が本気でそう言ったかどうかは疑問です。薄々感づいてはいたと思われますし、自分を納得させるための言葉とも取れます。

12.泰時は愕然とし、父に善児のところへ行ったのかと聞きます。
「父上は、一幡様を! なぜ!」
「武士とはそういうものだ……これでよかったのだ」
「父上はおかしい!」
そう叫ぶ我が子の頬を義時が叩きます。
武士ってなんなんだい?
私もそれは思ってしまいます。こんな異常性がある集団でいいのか?というドス黒い思いが湧いてくる。

個人的には、義時の行動に納得ですね。泰時君、君はまだまだ若いし、これから大人の階段を登ることになるのだよと言いたくもなります。それとこの武者さんが言う忠義とか武士の定義ですが、これらは後世のものですし、しかもあったことをなかったことにして丸く収めるのは、この後の時代にも行われているのですが。

13.程なくして武士が「仁義礼智信」を得ていく。これぞ歴史であり、そのために義時の息子である泰時が奮闘するのだと。

これも江戸時代的ですね。泰時の時代に御成敗式目ができ、その後の武家法の規範となりますが、この御成敗式目は武士道云々より、主に裁判を重視したものでした。

14.無残な問いかけが館に響きます。
頼家は、三浦と和田が北条に滅ぼされる未来を予知しているのです。

確かにこの時頼家は
「比企の次は三浦だぞ!和田だぞ!」
と叫んでいますが、それは彼を抑え込もうとしていたのが、義村と義盛だったからではないでしょうか。実際和田はこの後滅ぼされますが、その後は畠山が滅ぼされます。三浦はもっと後ですね。

15.深紅に身を包んだ実衣が得意の絶頂にいます。

これ、やはり「深紅の袿」と書いてほしいですね。英語だと"in crimson"で「深紅の衣を着た」にはなりますが。そしてこのシーンで実衣は初めてこの姿で現れるわけで、最初の方で比奈を比企の血を引いているとなじる彼女は、まだこの格好はしていません。

それからMVPと総評ですが、その中に何かよほど面白くないことがあったのでしょうか、『麒麟がくる』の駒に関してのこのような記述があります。

『麒麟がくる』の駒のことを「ファンタジー」だと貶すSNSの意見があり、それを取り上げた記事がありました。
歴史もので駒のように非実在の人物を出し、その目線で描くことは定番の技法です。
そんなことにケチをつけたら大河になった吉川英治『宮本武蔵』は成立しません。
大河でも『三姉妹』や『獅子の時代』は実在しない人物が主役です。
駒は歴史に干渉せず、実在人物の生死を左右したことはありません。
今年の善児のほうがトリッキーな動かし方です。
駒みたいな無名の市民がうろうろすることが嫌いなら、「ファンタジーだ!」とけなすのではなく、もっと歴史通らしい言い回しはあります。
「豚に歴史がありますか?」
民百姓に語るべき歴史なんかないのだから、駒みたいな戦災孤児出身者なんて要らんということなら、ハッキリそう言えばいい。
それを自らは安全なポジションに置くような言い回しでは卑怯です。

まずここに出て来る宮本武蔵は実在の人物ですが、これはお通のことを言っているのでしょうか。
また『三姉妹』や『獅子の時代』(10年ルールはどうなっているのでしょう)ですが、『獅子の時代』の場合は、確か最初から架空の人物と制作サイドは言っていたのではないでしょうか。そして架空ではあるものの、その当時にいたとしておかしくない人物となっています。『黄金の日日』でも架空ながら、その当時いたであろうという人物が出て来ます。

また善児ですが、元々彼は主人の命を受けて動く人物であり、その後もその範疇を出ていません。彼が歴史を変えたわけではないし、今回一幡を匿ったことで多少その制約が緩んだ感はありますが、最終的には彼でなくても、トウが一幡を殺めたはずです。その意味で歴史を変えたことにはなりません。

そして駒は、無名の市民ではありません。足利義昭の側女にまでなり、当時の大名の家族にも接したりしていますし、歴史に全く干渉していないとは言い切れないでしょう。駒が終生東庵の弟子であり、薬を売って生計を立てていたのなら、それはオリキャラとして認められるでしょう。またその当時いたであろう人物と設定するにしても、あちこちに出没し過ぎだからこそ批判されているのですが。これなら伊呂波太夫の方が、まだ架空の人物であると納得できます。
で、ここですが

「駒みたいな無名の市民がうろうろすることが嫌いなら、「ファンタジーだ!」とけなすのではなく、もっと歴史通らしい言い回しはあります。
「豚に歴史がありますか?」
民百姓に語るべき歴史なんかないのだから、駒みたいな戦災孤児出身者なんて要らんということなら、ハッキリそう言えばいい。
それを自らは安全なポジションに置くような言い回しでは卑怯です」

お気に入りの駒を批判されるのが嫌なのだろうと思いますが、武者さんがよくやるストローマン話法、つまり相手の主張(例えば駒は越権行為をしている、あるいは出過ぎであるといった)を故意に曲解する、正しく引用しない、あるいは論点をすり替えるなどして反論するやり方でしょうか。

ここで問題になっているのは、駒が本来出るべきでない部分にまで首を突っ込むこと、そもそも出過ぎだということであり、無名の市民だから、戦災孤児出身だから、いくらでも出していいと言うことにはならないでしょう。出すなとは言いませんが、ただ出すのならもっと効率的というか、出番は多くないけど印象に残るやり方があるはずです。

飲み物-琥珀のエール
[ 2022/08/25 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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