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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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NHKの大河本に思うこと

先日書店に立ち寄った時、大河ドラマのガイドブックが出ていないかどうか探してみました。生憎少しばかり早かったのですが、その代わりと言うべきか、『プレイバックNHK大河ドラマ』なるムックが数冊ありました。

この本は昨年の11月に発売されたもので、立ち読みでぱらぱらとめくってみた限りでは、高橋英樹さんとさだまさしさんの対談とか、テーマ・時代別の深堀りなどもありますが、正直言ってそこまで新鮮さは感じられず、過去のガイドブックや『ステラ』の記事の焼き直しのように見えました(楽しんで読んでいる方がおられたらすみません)。

無論過去作の主演の俳優さんのインタビューもあります。こちらは2000年代の大河と『いだてん』のみで、あとストーリーと名場面のダイジェストも、『平清盛』以降となっています。そもそもが2011年に出た『NHK大河ドラマ大全 50作品徹底ガイド完全保存版 』の続編といった位置づけのため、こうなっているようです。

個人的には、2000年代の大河を中心に持って来るのは必ずしも悪いとは言いません。寧ろ何十年も前の作品ばかりを持って来られるよりもいいと思います。

ただ、何かしらNHKの自己満足といった印象が感じられます。しかし言うまでもなく、大河というコンテンツは受信料によって支えられています。ならば受信料を払っている視聴者の声も、もう少し反映されていいかと思います。無論人気投票などではなく、舞台となった土地の声とか、視聴者の評価や批判も入れるとか、そういうのはありではないでしょうか。

それからこの本は「教養・文化シリーズ」ムックとなっています。但し私としては、大河というのは教養または文化というよりは、娯楽であると思います。『歴史探偵』とか、もっと言えば『ダーウィンが来た!』の方がよほど教養・文化であるかとも思います。

NHKは大河は教養だと言いたいのかもしれません。しかし基本的にはドラマであり、ドラマだからこそ創作も許されるわけです。大河の立ち位置が今一つあやふやで、史実に沿うかそうでないかという論争が毎年のように引き起こされるのは、NHKのこういう姿勢も一因なのかも知れません。

ちなみに大河のガイドブック後編は、5月27日発売予定(首都圏)ですが、地方だともう少し日数がかかることがあるので、ネット利用の方が、次の放送に間に合うでしょう。


飲み物-アイスコーヒー2
[ 2022/05/22 23:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』1週間分を観て思ったこと

先日から書いている『ちむどんどん』ですが、14日に第5週1週間分の放送があったので、録画して観てみました。その中で、やはり引っ掛かったところと言えば

  • 賢秀(にーにー)が投資話を持ち出し、母親の優子がお金を渡す。結局それは詐欺で、賢秀は酔っぱらって飲食店で暴れまわり、店の内装を壊してしまって損害賠償を要求される。しかしそのことについて優子は叱らないばかりか、寧ろ賢秀を庇い、賢秀はその後家出同然のような形で出て行くが、その後どういうわけかボクサーになって、ファイトマネーを家に送りつける
  • 主人公の暢子がコックになることを志すが、特に調理師学校に行くというわけでもない。最初は進学する友人について東京に行きたいと言い出すが、優子または大叔父の賢吉からのお金を当てにしているように見える。最終的に賢秀からのお金もあって、彼女は友人についでではなく、決まっていた内定も断って夢をかなえに東京へ行くが、進学先や就職先、そして住むところが決まっているわけではない
  • またこの家族の経済が、賢吉からお金を借りていることによって支えられているように見える。体が弱い末妹の歌子はともかく、賢秀や暢子が定収入のある仕事に就けば、家計の助けになるのではないか

こういう点が挙げられます。あと下地先生と歌子のこととか、良子の給料前借りなどもいくらか疑問ではありますが、主だった疑問点としては以上の3つです。

特に賢秀が投資の件で、優子からお金を貰い、最終的にすっからかんになってしまったうえに、優子が彼を庇おうとするのはどうも不自然に見えます。あれが沖縄の典型的な母親というツイを目にしたことがありますが、それでも賢秀は亡き父親から、母親と妹たちを頼むと言われていたはずです。なけなしのお金を出してくれた優子(一部は借金)に対して、まず謝るべきではないかと思うのですが。

しかもこの賢秀が、ダメな兄貴であったにしても、妹たちの面倒見がいいとか、調理師をめざす暢子に励ましの言葉を贈るとか、東京から手紙で、こっちに来いなどと書き送ったりするのであれば、まだそれなりに情のある人物なのだろうなと思います。しかしこの第5週を観た限り、どうもそのようではなさそうです。またこの中で一番割を食っているのは、どう見ても賢吉でしょう。

あと賢秀の件と言い、暢子の上京の件と言い、何か出たとこ勝負的なのが気になります。賢秀は沖縄を出て行って、たまたまボクシングに誘われたのでしょうが、彼にボクシングの経験はあったのでしょうか。全くの素人が数か月ほどで、あれだけ稼げるボクサーになれるものでしょうか。また暢子も、ちゃんと調理師の勉強をしてから、然るべき店に入社するという手もあるのではないでしょうか…。

ところで小檜山青氏のnote(https://note.com/54seikobi85/n/nb79d76867d1a)では
「それでも彼は愛嬌がある。可愛げがあるから許されるのって、実は女より男なんじゃないかと思える。あの「マグネットオーロラスーパーバンド」にせよ。褒められたいから詐欺に引っかかったということにせよ。まあ、そういうかわいいことを言われたらいっか……と、許したくないけど許せる」
などとありますが、これでは理由にもなってないし、正直言って賢秀に愛嬌があるようにも見えません。上の方で↑述べたように、ダメな奴だが、可愛げがあって妹の面倒も見る人物であれば、いくらかの情状酌量もできるかとは思いますが。

それと小檜山氏、『カムカムエヴリバディ』のファンがこれをぶっ叩いてるなとと書いていますが、少なくとも私は、あちらのヒロインの方に好感が持てます。ちなみに『八重の桜』の時も、『平清盛』のファンが2月頃まで叩いているなどとありますが、やはり藤本さんが『カムカム…』の脚本を書いたことによって、この人はアンチ清盛になってしまったようですね。以前はそうでもなかったと思います。

飲み物-注がれる紅茶
[ 2022/05/15 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 43(コラムと『平清盛』)

『武将ジャパン』大河コラム、第18回への疑問点その2(後半部分)です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第18回「壇ノ浦で舞った男」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/05/09/168125

壇ノ浦の合戦後ですが、まずこういう表現が出て来ます。

根源的な業を感じる映像が続きます。

このコラムに少なからず感じていることなのですが、この文章もどこか日本語として不自然さがありますね。「人間の業の深さを感じさせる光景」とかでいいのでは。
それから、今回からコラムの文章をあまり簡略化せず、原文に近い形で引用しています。ただ文章そのものがあまりに長い場合は、一部略しています。あと先日投稿分を少し修正しています。

では本題に行きます。

1.モヤモヤしているけれども、正面切っては言えない。重忠ほど真っ直ぐに何か疑念を呈することすらできない。
かといって景時のように罠にかけるわけでもない。敢えて軽く撫でるようなことを口に出してしまう。
もしも『麒麟がくる』の光秀のように思想があれば、何がどう悪いのか敢えて諫言をするのかもしれないけれど、義時はそうはできない。

2.義経も、頼朝も、父の仇討ちまでは人生の計画にあったのでしょう。
それが無くなり、どっと虚しさを覚えている。英雄だからこそ小さく、弱々しげに見える。そんな複雑な姿があります。

3.しかし、法皇はさして気にしていない様子で、宝剣は見つかるかもしれないし、帝が死んだとも限らないって……そんなわけがないだろうに。

4.時政は義経が強すぎると見抜いています。2~3回負けていたら大きくなると言いますが、それはどうでしょうか。義経の場合、あまりにスケールが大き過ぎて、負ける時は死ぬ時だけのような気もします。

5.これだけでも十分酷いですが、義経は平家一門の蕨姫まで寵愛していたと言います。なんとも気の毒な話ですね。
頼朝の女癖とも違うけれど、こちらも十分に酷い。

1、また『麒麟がくる』との比較ですか…。義時は立場上言えることと言えないことがあり、その辺が御家人とは違いますし、ましてや戦国時代の人間である光秀とは違って当然でしょう。思想があれば云々の問題ではないと思います。

2、頼朝の場合、その前に義経が帝や神器を失ったことに不満を盛らす「公」の姿があり、その後で純粋に平家の滅亡を喜ぶ「私」の部分を描いているのではないかと思います。義経はその意味での喪失感はあまり感じず、今後の身の振り方を迷っているように見えますね。

3、この場合帝といえども生死はわかりませんし(替え玉、あるいは生き延びたということも考えられる)、神器も沈まずに存在しているかどうか定かでない以上、話をいくらかぼかさざるを得なかったのではないでしょうか。

4、義経はスケールが大きいと言うよりは、時が味方した部分、そして平家が弱かった部分も大きいです。特に一ノ谷の後はそうでしょう。「負ける時は死ぬ時だけ」というのは奥州合戦のことなのでしょうが、ならばもっと具体的に、その反動として奥州で、兄頼朝との合戦では不運続きで、最後には自決という方法を採らざるを得なかったとでも書いてくれればいいのに。

5、蕨姫は平時忠の娘ですね。機密文書と引き換えに義経の妾になったとされていますが、この人はその後離縁したとも言われています。それに比べれば藤原伊子(松殿伊子、冬姫)の方が、京に進軍して来た義仲の正室にされ、さらにその後源通親の側室になったとされていますからもっと気の毒かと。尚この人については、創作とする説もあります。それとこの当時は、多くの女性を娶ることはそこまで倫理上問題があるともされていなかったでしょう。

6.法皇は、かわいらしく、そばにいて欲しい、鎌倉から帰ってこないのではないか?と訴えます。そんなことはないと否定する義経……って、なんなの、ラブコメか!法皇がなぜかわいいのか、私にはもう理解できない。

7.宗盛は「人が一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた、未練はない」とキッパリ。ただひとつ、我が子の清宗が気になってはいるようです。(中略)うーん、なんという宗盛。これは大したものです。どうしても兄・重盛と比較して、賢兄愚弟とされがちな人物ですが、本作の宗盛は聡明かつ高潔でもあるようだ。
確かに平家を率いるものとして、財力と権力を使い楽しいことはいくらでもできたでしょう。
しかし本当に貪欲でどうしようもない人物は、足りることを知りません。こうもキッパリと未練がないと言えるのは大したものだと思います。

8.(7の続き)宗盛は悲しげに言います。兄が生きていればこんなことにはならなかった――と、自身の拙い采配を認めるような、謙虚で責任感のある人物です。

9.(8の続き)平家一門同士の格差もなかなかえげつないものがあり、団結していたわけでもありません。
しかし本作は源頼朝と敵対する側をクリーンにすることで、権力の醜悪さを描いていると感じます。
頼朝と義経にはない美しい兄弟愛がそこにはあります。

10.丹後局が提案した策の中身に勘付いているものの、それはあくまで義経の考えたことだと思い始めている。この兄弟は信じ合えない。義経に野心があるとは思えない!と必死に打ち消そうとします。景時はそれでも鎌倉に入れてはならないと主張。義時が、ありえないとさらに主張すると、景時は凄みます。
「言い切れるか?」
景時らしい狡猾な追い詰め方ですね。こんな風に煽られたら、そう簡単に「絶対」とは言い切れず、一瞬立ち止まってしまうのが人情でしょう。

6、法皇が「かわいい」のですか、それは武者さんの主観に他ならないでしょう。どう見てもお前がいないと困る、ここにいてくれと同情を買おうとする作戦のようですね。しかし後白河法皇といえば「天狗」ですが、この法皇様は「狸」のイメージです。

7、宗盛が「一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた」時期は、頼朝が伊東祐親の監視下で流人生活を送っていた時期でもありました。頼朝が権力を誇示しようとするのも、彼の今までの人生経験に裏付けられたとも考えられます。

8、ここで宗盛が言いたいのは、戦の采配のうまいへたよりは、重盛が生きていたら父清盛を諫めることもでき、ここまで平家が増長はしなかっただろうし、法皇にも節度を持って尽くしただろうということでしょう。

9、「権力の醜悪さ」に関しては、2つ前で少し触れています。頼朝と義経にはない美しい兄弟愛とありますが、それを裏付けるだけの平家の描写がないのが惜しまれます。三谷さん、ここでそれを言わせるのなら、もう少し平家についての描写を増やしておくべきでしたね。

10、ここも「義経の考えたことだと思い始めている」を裏付けるセリフがないのですが。それと義時と景時、前にこの2人について書いていますが、景時に比べると、義時は「情」にほだされがちなところがあり、それがこの両者の違いにつながっています。当然意見も異なるでしょう。それとこの場合狡猾と呼ぶより寧ろ「冷徹」ではないでしょうか。

11.義時は景時に反論します。義経はただ兄と会って話たいだけだ。しかし景時には別の理論があります。「戦場で義経の戦いぶりを見ただろう」と迫ってくる。
景時が正しいと思えるところが厳しいですね。漕ぎ手を殺し、武士の道に反し、暴走して帝と神器を海に落とした。信じろと言われてそうはできないことも確かです。景時はまたも信心深い理論を持ち出す。
義経は神に選ばれたお方。頼朝もそう。二人が並び立つはずがない。
両雄並び立たず――ということでしょう。

12.宗盛はりくを昔六波羅の館で見かけたと言います。そして鎌倉の暮らしを尋ねると、りくは京都暮らしの自分はまだ慣れないと苦々しく言い切ります。対面はあっさりと終わりましたが、時政が妻の言葉にギョッとしています。

13.「不思議なものだな。こうして父の敵を討つことができた今、宗盛の顔を見ても何の怒りも湧いてこなかった。むしろあの清盛の顔と重なり、幼き頃に命を救ってもらったことに感謝していたくらいだ……」
そしてあの頼朝が……上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた。
「死罪は勘弁したいところだが、まあ、そういうわけにもいくまい」

14.京都で源氏として恥じぬ生き方をするのだと。
「私は検非違使尉、九郎判官義経だ!」
そう言い切る義経の前に、藤平太たちがやってきて、大勝利を讃えています。
懐かしい顔だと喜び、約束していた芋をたっぷり贈る。
「なんと!」
「食べてくれ」
「九郎殿は大した方だ!」
藤平太は思い出話をしています。義時も微笑みながら芋を頬張る。
義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない。
義時の兄・北条宗時ならば、こうして芋を食べる民を見て、「このために勝った!」と喜びそうな光景がそこにはあります。

15.今週はまたも技巧が効いています。
有名な「腰越状」は偽作説があります。
本当に義経が書いたかどうかは疑義があるため、それをプロットに盛り込みました。
義経の突拍子もないような言動も、近年の研究成果を活かしてのものと言えます。

11、「神に」ではなく「天に」選ばれたお方と言っていますね。
そして戦いぶりを見ただろうと言うのは、武士道を外れたことへの批判より、「天に選ばれた」人物だからああなるのだと景時は言いたいのではないでしょうか。そして並び立つはずがないのは、「天に選ばれたお方」と言うよりは、景時の言う「お二人とも己の信じた道を行くには手を選ばぬ」だからだと思われます。

12、「京都暮らしの自分はまだ慣れない」ではなく「都育ちの私にとってはいまだに全く慣れません」でしょう。りくが京都暮らしなら、なぜ今鎌倉にいるのとなりますよ。11もそうですが、武者さんちゃんとドラマ本編を観ているのか、字幕でセリフをチェックしているのかと思ってしまいます(セリフが字幕通りでないこともありますが)。

13、「上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた」
とありますが、頼朝に取っては平家との戦が終わったのですから、どこか余裕をもって相手を見るようになるでしょう。広常や義高を殺したのは、最大の敵である平家を倒す前であったことも考える必要がありそうです。

14、この辺は伏線回収と取れますが、
「義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない」
がちょっと具体性に欠けるように思えますし、義経の振舞いは本当に民を思ってのことと言うより、あくまでも藤平太への恩返しでしょう。宗時が出て来るのは、壇ノ浦で平家を滅ぼした後の義時の言葉
「兄は、平家に苦しめられる民のことを思っていた」
とつなげているのでしょうが、これも、平家の圧政に苦しむ人たちの登場シーンが限られていたため、今一つ実感が伴いません。やはり鎌倉幕府の誕生を描くには、平家から始める必要がありそうです。
これなら、時代も舞台も違いますが、『西郷どん』のふきや半次郎の方が、本当に困窮しており、吉之助が民を救わなければと思ったのも納得できます。

15.腰越状偽物説はここ何年か言われていますが、幕府関係者によって後世作られたとも言われているようです。また義経が本当に腰越に留め置かれたのかも疑問視されていますね。そして多くの大河には近年の研究成果は盛り込まれていますが、武者さんは嫌いな大河の場合は、無視しているものと思われます。

それ以外にも小栗さんの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、鈴木亮平さんのことが出て来るのに、嫌いな『西郷どん』の主役だからなのか無視していますし、おまけにまた『麒麟がくる』との比較。あと合戦シーンは『ゲーム・オブ・スローンズ』でも少なくなっていると主張。海外ドラマを引き合いに出すなとまでは言わずとも、何年にもわたって同じドラマを、しかも大河を叩くために出すのは如何なものでしょうね。
また
自分が思う通りにならないからと、「ナレなんとか」と書き込むのはどうかと思います
なのだそうですが、別にそのくらいいいのではないのでしょうか。武者さんも、こういうのを一々気にしていたら、レビュアーなんてできないでしょう。

それから、『平清盛』の脚本担当の藤本有紀さんが、『カムカムエヴリバディ』の脚本を担当して以来、『平清盛』に批判的になっているように見えます。これは、那須与一が登場しなかったというニュース記事(13日投稿分)の後に書かれていたものです。

失敗例としてあげて申し訳ないのですが、大河『平清盛』の場合、序盤に出てきた架空海賊の船が大きすぎました。
海賊如きが持っているとは思えないほど本格的なもので、あれは宋との貿易をするつもりとしか思えないのです。
海上戦闘では特に役に立たない船。
それなのに莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです。

私もあれはかなり大きいなと思いましたが、
「宋との貿易をするつもりとしか思えないのです」
のであれば、それを裏付けることを書いてほしいものです。それと
「莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです」
確かにお金がかかっているとは思いますが、それが「何に」「どのような形で」悪影響を与えるのでしょうか。

それと朝ドラ『ちむどんどん』ですが、このレビューも疑問に思えます。ダメな長男賢秀を無理やり庇っているようですし、朝ドラ小姑などという言葉も出て来ますが、武者さん=小檜山氏も、前作に対してはそうだったのではないでしょうか。あとなぜか、第25回のレビューの後に第22回のが来てますね。

飲み物-白いカップの紅茶
[ 2022/05/14 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 39

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点。第16回後半部分です。


鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第16回「伝説の幕開け」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/04/26/167884

1.「もっと近う」と言われてドスドスと近づく義経。(中略)しかし、名を名乗る義経に対し、法皇は怒らぬどころか、何か感じたようではあります。義経は宮中と結構関係があったとか、藤原秀衡人脈とか、色々な要素が絡みあってのことでしょう。

2.辛いことになりそうだと語る全成に対し、政子はハッキリと言い切りる。大丈夫。決して冠者殿を死なせたりはしない――そう決意を固めています。北条政子は悪女だのなんだの言われるけれど(中略)情に篤い。目の前の誰かが困っているのに、権力を求めるなんて性に合わない。まっすぐな人で、彼女にも「義」はあります。

3.そのころ、父の死を知っているのか知らないのか、木曽義高は海野幸氏とともに、大姫と遊んでいるのでした。

4.義経が二人の前にやってきて、義時だけを残すと別の策を話し始めました。
法皇に文を出し、平家に対し和議を命じてもらおう!源氏と停戦するように伝えてもらい、その前日に知らぬして一方的に攻め込む――義からどんどん遠ざかる義経です。
それに朝廷の力を利用することは禍根ともなり得ます。彼は自らが地獄へ堕ちる道を踏み始めてしまったかもしれない。
天才的な策にせよ、一つでも間違えたら総崩れとなる危険性がある。この英雄は、一押しで崩れる砂の楼閣のようでもあります。

5.「今度の源氏の御曹司は、法皇様と気が合いそうですこと」
「こういうのが大好きなんじゃあ」
義を軽んじる者同士が連携してゆきます。

1、「義経は宮中と結構関係があったとか、藤原秀衡人脈とか、色々な要素が絡みあってのことでしょう」義経は異父弟に一条長成がいましたし、秀衡の正室は藤原基成の娘ですからこの辺りのパイプは太かったでしょうし、それを明記してもよかったと思います。しかしながら、この大河ではやはりこの2人は抜け目のなさという点でウマが合ったようです。無論、義経の政治的手腕は法皇には遥かに及びませんでした。

2、困っている目の前の誰かに手を差し伸べるのが、必ずしも正しいとも言えません。この義高もそうですが、御家人たちに同情しその待遇に口を出すのは、最早政治の範疇であり、彼女が情のみで判断できることでもありませんから。

3、烏の鳴き声を聞いていますから、何となく察するものはあったでしょう。この鳥がいつもと違った鳴き方をすると、人の死を意味すると言われていますし。大河とは全く関係ありませんが、『ゲゲゲの鬼太郎』では烏が情報伝達の役割を果たしていますね。あと登場人物を運んだり(カラスブランコ)もしていますし。

4、この当時朝廷の力を利用するのは、別に義経だけではなかったと思うのですが。ならば以仁王の令旨はどうなのかと。

5、「義を軽んじる」とありますが、そもそもこの当時、後白河法皇の存在そのものがひとつの「義」であるわけですが、武者さんが言う義というのは、この場合何なのでしょうね。義経の常軌を逸したと思われる策も、戦に勝つための必要悪ではあったでしょうし。

6.「馬を背負ってでもついていきます。末代までの語り草になりそうです」実際そうなります。
畠山重忠の銅像は、馬を担いだ姿。そして上へと登ってゆく。
常識的に考えれば、景時が正しい。義経は兵士の損耗を度外視しすぎ、かつ技量に頼りすぎています。

7.(義経の策について)これは日本の特徴かもしれません。
他の文化圏では、一つの技術なり作戦なりを集団で覚えて底上げする方法が重視されます。
たとえば諸葛弩(しょかつど)――諸葛亮が発明あるいは改良をした弩であり連射ができる、現在で言うところのボーガンです。こんな兵器があれば誰だって矢を連射できる! 流石だ!そんな風に讃えられる一方、坂東武者は扱いが難しい弓術の個人的技量を重視します。

8.相当高度な映像です。まず馬が複数いるし、馬に乗る義盛のアップも映り、弓矢も放っている。大河の合戦でも、ここ数年で屈指であり、予算と手間暇を感じます。アクションもVFXも、かなりレベルが上がってきていますね。

9.そしてしみじみと、義経より景時の方が時代を先んじていて、組織の一員として有能で、実は役立つ人材ではないかと思えてきます。
景時は場の空気を理解している。義経はまったく意に介さない。こういう人間がいるとチームワークがズタズタになり、かえってパフォーマンスが落ちます。
そういうバランスを見ていくと、実は景時の方が上ではないかと痛感できる。景時は先天的な才能ではなく、後天的な学びを使いこなす達人です。

10.演じる役者も素晴らしい。勝手にこう思っていました。
東の染谷将太さんならば、西は菅田将暉さんだと。こういう性格の濃い天才的な武将を演じるうえで、この年代なら東西でこの二人が競い合うだろうと。
まさにその通り。菅田将暉さんはまるで猛獣。得体の知れない何かが突如現れたような感覚があって見ていて飽きない。

6、この重忠の馬を背負う云々、確かにその有様を再現した像もありますが、この逆落とし自体創作ではないかと言われてもいます。そして「実際そうなります」とありますが、この第16回ではそのようなシーンはないのですが(『馬からおりろ』というシーンはありますが)。

7、この時代足軽を中心とした集団戦はないのですから、これは当然でしょう。無論そのような戦では弩も使う機会がなく、逆に長弓が使われたわけです。

8、合戦シーンの描写ですが、こういうのは作品ごとにアップデートしている感もあるので、これも当然でしょう。
ならばもちろん、『麒麟がくる』よりも素晴らしいのですね。
それに「まず馬が複数いるし、馬に乗る義盛のアップも映り、弓矢も放っている」というのは、『平清盛』などでも似たようなものでしょう。何だか、今までブラウン管TVを観ていた人が、急に4Kの映像を観たかのようです。

9、何か非常に今更感があります。景時自身は悪役と見られてもいたようですが、義経自身が無謀なことをしたのも事実ですから。この大河は景時も13人に加わっていることもあり、その意味で景時と義経の対比をそこそこ描いているかとは思います。

10、個人的には染谷さんの信長には違和感がありました。それを考えれば、菅田さんの義経の方がまだ合ってはいますが、テンションが少々高すぎる嫌いがあります。でもそれ以前に信長と義経とは人物のありようが違うのでは。

11.木曽義仲は「義」と口にします。そして後白河法皇はそんなものは手前勝手だと言う。好き勝手に人を操り、騙し討ちの何が悪い!と開き直る義経と気が合っていた。この対比から、「義」のない人間は空っぽなのではないか?と思えてきました。

12.姉の政子は御家人の悩みを聞くと言い切った。これは義のある振る舞いであると、京都人らしい空虚な権力思考を見せるりくとの対比でわかります。
政子の意向に沿えば、義時は義を掲げることはできます。それは金剛を前にして思う迷いでもよい。
頼朝は金剛を源氏の守り神にするつもりだけれども、義時はそうではなく、ただ我が子に幸せな人生を送らせたいと願っています。

13.この父としての純粋な思いに、政子の掲げた御家人を幸せにするという義を振りかざして、亡き兄・北条宗時の遺志、それに上総広常の願い……そうやってモヤモヤと考えていくうちに、義のある勝利が拓けてくるのかもしれません。
この義時は、まるで昭和の中間管理職だと共感する方もいるとか。

14.源義経には大天才のイメージがある。
しかし、実際にそうだったのか、後世のイメージゆえか。そこは慎重になった方がよいと本作は示しています。
義経はヤマトタケルとイメージが重なるとは指摘されるところです。
悲劇の天才戦略家が、新しい国づくりのために戦い、非業のうちに死ぬ。そんなところが重なる。

15.近年の様々な研究成果をふまえ、人格に相当癖があったとされる日本史英雄の定番に入ります。(中略)
義経はこの時代だからこそ英雄となれたのだということもわかる。(中略)
彼自身は巧みな集団戦術を用いる転換点をうまく捉えているけれども、スタンドプレーがあまりに目立つ。
こういうことは軍隊の組織がもっとしっかりした時代にはむしろ嫌われます。
彼の言動が悪質な意味でも目立っていたからこそ、インパクトが強かったのでしょう。(中略)
その時代にピッタリあったからこそ名を成した人物というのはいるものです。

16.昨年大河『青天を衝け』の渋沢栄一も、伝記を手がけた幸田露伴にそう思われています。確かに外国人殺傷思想である攘夷テロ繋がりで人生が開けるなんて、あの時代しか考えられません。そういう人物を過剰に美化するよりも、今年の義経のような描き方にする方が、歴史もののアプローチとして正解だと思えます。

11、この少し前にも書いていますが、後白河法皇そのものが「義」であり、しかも義のあるなしを論じるのではなく、それぞれの「義」の解釈が異なっていると見るべきでしょう。実際義仲も院の御所に火をつけておいて、「義」はどうかと思いますが。皮肉なことに、義経も義仲も名前に「義」が入っています。

12、この辺りの文章、最早大河関連というより武者さんの個人的感想だなと思いますが、ともかくりくの「京都人らしい空虚な権力思考」とは何なのでしょうか。平家のように子を多く産み、様々な家と姻戚関係を結ぶことが「空虚」なのでしょうか。
この当時はそんなものだし、御家人の間だってこういう婚姻は行われていましたが。
それと「頼朝は金剛を源氏の守り神にする」とありますが、頼朝は金剛は仏法の守り神であり、源氏を支えるべくして生まれた者にふさわしいとのみ言っています。

13、いや実際に中間管理職のようなものでしょう。しかも鎌倉殿の義弟であるから立場はなかなかややこしいですし。

14、これも何だか今更感がありますね。確かに戦はうまいが、それ以外に批判されるべき点もあるわけですし。そもそも判官びいきの象徴的存在の義経は、後世の創作ですから。あとヤマトタケル云々、少なくとも「新しい国づくり」のビジョンを持っていたのは、義経でなく頼朝だったのではないでしょうか。

15、この時代だからこその英雄と言うのは、どの時代にも言えることで、三英傑もそうですし、明治以降になりますが、日露戦争時の秋山兄弟などもそれに似たところはあるでしょう。
あと「こういうことは軍隊の組織がもっとしっかりした時代にはむしろ嫌われます」て、この大河の時代はそういうのは確立していなかったのですが。

16、「確かに外国人殺傷思想である攘夷テロ繋がりで人生が開けるなんて、あの時代しか考えられません」
悪意の込められた書き方だなと思います。
しかも
「そういう人物を過剰に美化するよりも、今年の義経のような描き方にする方が、歴史もののアプローチとして正解だと思えます」だそうですが、別に栄一がそこまで美化されていたとは思いません。確かにお妾さんもいたし、近代の実業家として色々やって来てはいるでしょうが。それとそもそものキャラが違うのですから、今回の義経との単純比較はできないでしょう。

飲み物-ウイスキーストレート


[ 2022/04/29 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

小檜山氏ツイと『平清盛』

何度もこの手の話題ですみません。少し前に書いている『カムカムエヴリバディ』の、るいと母の安子が出会うシーンは、結局ラジオを通してでした。というか、日米合作映画で来日していた、あのアニーさんが結局安子さんだったわけですね。

で、別にオカルトとも思わなかった次第ですが、あとこのドラマで小豆を炊くシーンも、武者さん、もとい小檜山さんは批判しているようです。これもるいが回転焼き店を生業としているため、そのための小豆を、今までの経験に基づいて炊いているだけではと思うのですが、それもオカルトに見えるらしい。何だか、自分が気に入らないことはすべて「オカルト」で括っているようです。『まんぷく』の後半で散々使われていた、「萬平ラーメン教」なる表現も似たようなものです。

そのせいかどうか、この朝ドラの脚本担当である藤本有紀氏が、過去に手がけた『平清盛』も批判しているようです。こういうツイもあります。

「八つ当たりで同じ脚本家の大河まで突っ込みますけど、ああいう宋剣で斬首は無理がありますよね!」

その他にも「日本からの主要輸出品が刀剣で宋で誉められていたのに、なんで宋剣を使うのか?輸出品の特性すら掴めてない清盛は滅びて必定」などとあり、あの頃から伏線の雑さがあった云々。確かに宋剣に関しては、おかしいという指摘が大河ブログなどでありました。ただこの当時まだ『武将ジャパン』の大河コラムはなく、あるいは記憶違いかも知れませんが、武者さん(こちらは大河関連なのでこのペンネームです)は、『平清盛』はそこまで批判的でなかったように思います。

飲み物-チューリップグラスのビール





[ 2022/04/10 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』今後の義経

『武将ジャパン』大河関連コラムですが、次に読むとしたら壇ノ浦関連の回の後でしょうか。しかし、毎度同じような書き方だなと思います。この文は個人ブログ向きでしょう。以前ある大河関連ブログで、作品がかなり客観的に紹介されていたのを見て、寧ろこのブログ主さんに書いてほしいと思ったことさえあります。

ところで壇ノ浦ですが、この大河ではどのように描かれるのでしょうか。今のところ、平家方の人物もかなり限られていますし、源氏方が都落ちして行く平家を追いかけるというよりは、同じ頃の坂東をメインに描きそうな気がします。一方で、木曽義仲と朝廷との確執などに尺を取るのではないかとも思います。

それから義経ですが、今の時点では戦上手とか、兄に追われる悲劇のヒーローといった印象はあまりなく、好き放題やらかして物議を醸す、どうもそのような人物に描かれる気がします-無論、この後キャラ変する可能性もありますが。

ところで日本アカデミー賞の授賞式を観ていたのですが、義経役で、『花束みたいな恋をした』にも出演した菅田将暉さんが話題賞受賞でした。それはいいのですが、プレゼンターが小栗旬さんで、しかも『ミステリと言う勿れ』の久能整のスタイルで登場していたのは、ちょっとしたサプライズでした。

それとNHK出版の大河ドラマのガイドブック、『麒麟がくる』からこっち、同じ時代背景の大河を紹介するようになっています。前編は『草燃える』でしたが、後編は何になるのでしょう。『義経』か『平清盛』か、あるいは『炎立つ』の可能性もあります。しかし源平大河は本数が少ないですね、今回の分を入れて7本です。そのため、戦国物や幕末大河ほど競争率は高くはないかと思われます。

それにしても3月に入ったというのに、まだ再来年の大河が発表されていません。昨年一昨年と1月に発表したのは、何のためだったのかとさえ思ってしまいます。あと『どうする家康』の新キャストもまだですが、これは『となりのチカラ』の放送が終わって、松本潤さんのスケジュールが大河メインになってからでしょうか。


飲み物-ビールと夜景
[ 2022/03/12 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 7

『武将ジャパン』関連続きです。

文覚が登場するシーンで、

怪しい僧侶は坂東武者に殴られ、水に沈めかけられております。
このドラマのアクションシーンは生々しい。これまた『麒麟がくる』と比較しますと、あれは剣術の系譜がありました。
当時はまだそんなことは先なので、ともかく殴っちまうのが上等です。
その場に居た北条宗時が止めに入ります。泳げない文覚は浅瀬にも関わらず慌てふためいていました。やはり坂東の治安は悪くて怖い……。

ここでまた『麒麟がくる』。しかも
「あれは剣術の系譜がありました」
などと書いていながら、これまた具体的にどのような系譜なのか不明です。

しかも剣術がどうこうと言いながら、武者さんは昨年の『青天を衝け』コラムでは、木刀での剣術の稽古が危険だなどと書いています。流派によって、たとえば神道無念流などでは木刀を使っていたのですが、ご存知なかったのでしょうか。

それからこの部分。

人妻相手に悪質ストーカーとなってしまい、ノイローゼとなった彼女の手引きで彼女自身を殺してしまい、世を儚んで出家しているのですね。

『源平盛衰記』で、出家する前の遠藤盛遠の頃に、人妻であった袈裟御前に恋心を抱いたものの殺してしまったという話がありますが、それのことを言っているのでしょうか。しかしこれはあくまでも創作だとされています。このことを書くのなら、創作だと断ってほしいですね。

そしていよいよ挙兵が現実味を帯びてくるのですが、どれだけ兵を集められるかというシーンで。

波に乗れば、味方は増える――そんな見立ても重要なところでしょう。利害関係やノリで、ホイホイ去就を変えられたらたまったものではありません。ゆえに、武士たちにも道徳観が浸透してゆきます。
二君に仕えることは恥である。忠義を見せろ! と、人質をとるだけではなく、道徳観の浸透も課題になっていくのですが、それはまだ後世のこと。これはそんな時代より前の話。

道徳観の浸透と書かれていますが、武者さんが好きな『麒麟がくる』の頃でも、「利害関係やノリで、ホイホイ去就を変え」る武将はいたかと思うのですが。「武士たちにも道徳観が浸透してゆく」時代とか、「後世のこと」とは一体いつ頃の話なのでしょうか。

ところで今回のMVPが義時なのだそうですが(このMVPにどれだけ意味があるのか疑問ではありますが)、

そしてこの義時は、なかなか大変で画期的なことを思いついています。
まず、事前に兵数を把握すること!
そんなもん当たり前だと思いますか?
でも、それが当然なら、なぜ以仁王があそこまで無様な負け方をしたのでしょうか。
兵数の把握は、戦国時代ならば当たり前です。『麒麟がくる』では、斎藤道三が主人公である明智光秀と、我が子・斎藤義龍に数珠を数えさせていました。
パッと見て数が把握することが勝敗を決すると、彼の中ではもうわかりきっているのです。
しかし、そんなセオリーが定着する前の時代だからこそ、義時は計算をします。
兵数が大事だという発想を義村から聞くと、米のことを思い出す。そしてそこから実数を出すようにしているのです。

しかしこれ以前にも日本では戦が行われており、それなりの兵を集めているのですが、それはどのようにして集めたと武者さんは考えているのでしょうか。そしてここでも『麒麟がくる』(苦笑)。またこのひとつ前の「波に乗れば、味方は増える」ですが、初戦に勝てたとしても、その後も頼朝に従うという保証はないのではないかと思います。しかし義時がこういう兵数割り出しをやったことが、武者さんは嬉しくて仕方ないようですね。

また以仁王の挙兵の場合、平家の先発隊は300騎ほどいたにも関わらず、源頼政の手勢は50騎余りであったともいわれています。他にもこの挙兵は既に平家方の知るところとなっていたとか、皇位継承争いが絡んでいたとか、色々いわれています。実際これが発覚したため、以仁王は臣籍降下させられ、平家軍が自邸に差し向けられたという知らせを聞いた以仁王は、女装して逃げ出しています。女装は頼朝ならぬ以仁王だったわけです。

しかし以仁王は親王宣下を受けておらず、本来は令旨という名でこの手の書を出すことはできません。武者さんがこのコラムで、なぜこの部分に突っ込まないのか不思議ではあります。嫌いな大河であれば突っ込んでいたのでしょうか。ちなみに『平清盛』の「以仁王の令旨」の回は、この大河の中でも視聴率は最低でした-裏番組にスポーツ中継があったのかも知れませんが。

そしてこの後頼朝の挙兵が行われるのですが、未だ世の中は平家の支配下にありました。平家が危うくなるのは、この後の治承・寿永の乱以降ですね。

その他にも後白河法皇の夢関係とか、木簡などの小道具作りは大変だろうとか書かれているのですが、それに関してはまた次回にて。
(この項続く)

飲み物-ウイスキーロック

[ 2022/01/29 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 6

それでは『武将ジャパン』の大河関連コラムに行きたいと思います。一応一月だけ見ることにしました。しかし今回は、作品に好意的=ほめることが中心になるせいか、嫌いな大河をびしびし批判する時のような勢いのよさは感じられません。かてて加えて、何かにつけて『麒麟がくる』を引っ張って来ています。そのため、この大河そのものをどう思っているのか不明なところがあります。何やら坂東武者をけなしているようにも感じられます。

では、まず「政子」という名について

ちなみに政子については、当時まだそう名乗っていなかったという指摘もありました。
そうでしょう。ただ、政子という名前は本当に彼女にふさわしいので、はじめから政子で私は賛成です。
“まさこ”という名前でも、正子、真子、雅子あたりは見かけても政子は珍しい。政治を司る運命にある女性なのですから、これはもう政子でいいと思います。

とあります。実際この政子という名は、後年官位を授けられてからの名前といわれており、それまでは「実衣」のような名前であったかと思います。そして
「政治を司る運命にある女性なのですから、これはもう政子でいいと思います」
とありますが、これは時政の娘ということも関係しているのではないでしょうか。「時」は北条氏の男子に伝えられる通字なので、政の字を取ったと考えられます。

そしてりくの悪阻ですが、

時政の愛妻・りくも、臭いから寄らないで欲しいと言います。
確かに臭そうだ。あくまで当時の衛生ですからね。
なんせ、りくはつわりなのだとか。時政はつわりなら飯の炊ける臭いじゃねえのかと文句タラタラなのですが、個人差があるということで風下に行くよう言われます。

あらすじと感想に書いていますが、りくが臭いと言うのは悪阻が関係しているからではないかと思われます。個人差というのは、悪阻の症状に個人差があるということでしょう。

それからOPですが、

そしてオープニングが入ります。
例年より短く、スタッフロールが本編冒頭にもかかる。それだけ情報量が多いんですね。

私はこのスタッフロール、あるいは海外ドラマのようにしたいのかなと思ってもいました。しかしその理由は情報量の多寡のせいではなく、実は意外なところにあったのです。yahooにもありますが、元記事の方を置いておきます。

「鎌倉殿の13人」異例のOPタイトルバックに2つの狙い 例年より尺を約1分短縮 スタッフ名は別出し

制作統括の清水氏によれば
「大河ドラマは例年、3分近い尺を取っていますが、やや長いという側面もあって。タイトルバックの内容は基本的には毎回同じですから、冒頭のアバンタイトル(前回の振り返りなどプロローグシーン)からの『さぁ、見るぞ』という視聴者の皆さんの熱量が、この3分の間に下がってしまっては、もったいない。“大河ドラマの顔”としてタイトルバックを守りたい、とはいえ本編への熱気を逃さないために尺を短くしたい」
とのことで、何やら視聴率対策と取れなくもありません。

そしてまた坂東武者は云々。こういうの、好きな作品ならもう少し肯定的に受け止められないものでしょうかね。

それにしても坂東武者はかっこいい。しかし、ここで言い切りますが、坂東武者は娯楽がない! そして野蛮だ!
同時代の京では歌や漢詩を詠んでいる。書籍を読んでいる。宋からの品物を愛玩したりする。猫や犬を愛でていたりする。坂東武者は、犬がいれば的にしたり、殴り合ったりしてばかりでして。
相撲もまだそこまできっちりルールば決まっておらず、織田信長の頃よりワイルドで死人が出ます。

この犬を的にするというのは、犬追物(いぬおうもの)のことでしょうか。犬追物はちゃんとした武芸で、弓術を鍛えるためのものでした。矢が体を貫かないように鏑矢を使っており、流鏑馬や笠懸と並んで、騎射三物と呼ばれています。神事としても行われていました。

また頼朝と別れた八重に関してですが、

本作の八重は自害をしていません。失恋した女性が自害をするというのは、男性の願望ありきの部分はあります。貞操を守るという意味合いもあります。
そういう概念が当時のこの辺りには薄い、ということでしょう。それが嫌な後世の創作者は、フィクションで女性を殺しがちです。

この八重は生没年不明ですので、そのまま生きていたとしてもおかしくありません。無論自害説もあります。しかし
「フィクションで女性を殺しがちです」
とは、具体的にどのようなフィクションなのでしょうか。

それからこれは凡ミスでしょうが

人が不安に陥る心理と、そんなとき陰謀論に走る人間性って普遍的だと思えるのです。そして時宗が叫ぶ。

この時代に「時宗」がいたのですね(苦笑)。

いよいよ以仁王が挙兵することになります。

都では源頼政が老骨に鞭打ち、以仁王を助けるとのことで、諸国の源氏を募るために行家を遣わしているそうです。そして以仁王の御令旨(ごりょうじ)を恭しく差し出します。頼朝も丁寧に受け取る。

実はこの時、安達盛長が令旨に一礼もせずに近づこうとして咎められるのですが、こういうシーンに於ける、頼朝とその従者の違いをもう少し書いてくれたら面白かったのですけどね。その令旨に関して。

頼政は誰か?というと、源氏でありながら清盛に目をかけられている人物です。文を政子が見て、こう言い切ります。「まったく読めませんでした!」
彼女が愚かというわけではなく、女だからでもありません。政子の聡明さは初回から見えてきています。要するに、坂東武者という環境では、せいぜい事務的な文書しか読めないんですね。

この令旨を読めない云々、事務的な文書しか読めないとありますが、その事務的な文書とは具体的にどのような文書のことなのでしょうか。また「政子の聡明さ」云々ですが、この辺りと言い、またこの後で八重に手を振るシーンといい、やはり都風な洗練とはほど遠い存在に見えます。無論それ故のメリットもあるのですが。

以仁王の失敗に関するりくと夫時政の会話。

りくは悪女路線をまっしぐらのようで、そうとも言い切れないとは思います。
夫には大きな志があると励ます、いわばチアリーダーを務める女はむしろ望ましいものとされませんか? 時政が立派な役割を果たしていれば、りくも称賛されたかもしれない。

とありますが、さて嫌いな大河であれば、このような描写をどのように評価したでしょうか。そして頼朝が義時のみに胸中を打ち明けるため、義時がうんざりしているのを、『麒麟がくる』の道三と光秀になぞらえています。しかもこの後も政子と帰蝶を比較していますし。頼朝という人物に嫁ぐと骨が折れると言いつつも、実衣から楽しそうだと言われるシーンで

しかし、そういう(注、困難な状況を楽しむ)女性は可愛らしくないからフィクションでは消されがち。
りくにせよ、政子にせよ、悪女とされてきた理由は、そのあたりにもあるのでしょう。

いつものミソジニーでしょうか。そもそもりくであれ政子であれ、本当に困難な状況を楽しんでいたのでしょうか。
そしてまた京と坂東の比較。

大河ドラマ『平清盛』には【清浄歓喜団(せいじょうかんきだん)】という菓子が登場しました。
香料と餡子を使った唐由来のもので、それこそ坂東武者が見たら理解を超えていくような、ファッショナブルでとんでもないシロモノです。ちなみに現在も販売されております。
そういうもの知っている人が、新鮮お野菜セットを持ち込まれてどうしろというのか。

とありますが、ここでそれ言ってどうなるのと思うのですが。本来は時政・義時父子の視点に立つべきなのでしょうが、なぜか伊豆権守の側に立ってしまっていますね。結局武者さんは、三谷大河だから思い切った悪口は書けないけど、本当は坂東の人々をディスりたいのではと勘ぐってしまいます。
(この項続く)

飲み物-ポーターとクルミ

[ 2022/01/28 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』「挙兵は慎重に」あらすじと感想-その1

第3回「挙兵は慎重に」です。


治承4(1180)年。清盛は後白河法皇を幽閉し、自らの孫である安徳天皇を即位させる。安徳天皇はまだ1歳を過ぎたばかりだった。頼朝は北条家の婿となり、政子との間に娘大姫が生まれていた。一方時政の妻、牧の方も子を身籠っていた。この時期は異常気象が続き、飢饉の恐れがあった。そして八重は家人の江間次郎の許に嫁いだが、その館は北条館の向かいにあった。

宗時は伊藤祐清や三浦義村と狩りに出ており、一方義時は米の勘定の仕事をしていた。宗時たちは酒盛りを始めており、和田義盛は挙兵の時期を気にしていた。またその中の一人は、源氏の再興を唱えて回っている坊主を見かけており、その坊主の首からは頼朝の父、義朝のどくろを包んでぶら下げていると噂されていた。世の中の不安定さを象徴する存在とも言えたが、宗時はすべて平家のせいと吐き捨てる。

その頃北条館には、源行家という山伏姿の男が来ていた。この人物はかつて十郎と呼ばれており、後白河法皇の妹八条院から蔵人に任ぜられて、行家と名乗るようになっていた。その行家は頼朝に他言無用と断ったうえで、6月に法皇の子以仁王が平家打倒のために、源頼政共々挙兵することを伝える。行家は諸国の源氏に立ち上がるよう、令旨の使者を命じられていたのだった。政子はその令旨を読めなかったが、宗時は戦の準備は万端と言い、頼朝は時政に、頼政の人となりを知りたいと言う。

時政は大番役の際に頼政に会ったことがあったが、あまり好感を持てる人物ではなかった。頼朝は挙兵を見送ることにし、いずれ清盛が死ねば自分も京へ戻れる、それで十分だと言う、宗時は焦るが、りくは夫時政に、この計画は失敗すると言う。しかし義時はおよそこういう話題とは無関係で、領内の田植えの具合をまとめていた。そこへ頼朝が入って来て、自分は源氏の棟梁として挙兵したいと言う。義時は、頼政の下での挙兵を見送るのだなと察するが、頼朝が、自分にだけ本心を打ち明けるのを快く思っていなかった。

京から三善康信の知らせが来る。この康信は逐一京の情勢を頼朝に届けていたが、5月22日と26日、それぞれの日付の文が同時に来た。まず22日の分には、以仁王が清盛にことが発覚したため、早めに兵を挙げること、そして26日の分には。その企てが失敗に終わったことが書かれていた。以仁王も頼政も落命し、清盛は高笑いする。その後、平家に近い大庭景親が京から戻って来て伊東祐親と会い、伊豆の国主であった頼政が死んだことで、平時忠が国主に決まったこと、目代として平兼隆が就任することを伝える。関東に於ける平家の勢力の拡大を2人は喜んでいた。

景親は、頼政の残党を召し捕るように命じられており、頼朝もいずれ成敗されると言う。そして祐親は時政を訪ね、北条が生き残るためにも、兼隆に政子を嫁にやれと促すが、時政は無論その気はなかった。しかし目代への挨拶のため、義時を連れ、野菜を持って国衙(役所)を訪れるが、時政は伊豆権守の堤から、今回の挙兵に加わったのではないか、疑いあらば打ち首と言われ、野菜を踏みつけられる。厄介な婿を持ったものだと時政。しかし義時の目は、国衙の中にある木簡の置き場を見つめていた。

祐親は八重の館を訪れる。平家の威信がますます高まったことを喜び、自分の仕置きに狂いはないと得意げだった。その八重は川向うの北条館に向かって一礼する。頼朝、大姫と共に庭に出ていた政子は八重に手を振った。その夜頼朝は寝所に後白河法皇がいること、しかも清盛による幽閉から助けてくれと言うのを聞くが、夢であることがわかる。しかもまた康信から文が届き、令旨を受け取った者が、清盛の兵から追討されるから奥州に逃げろと書かれていた。何もせぬのに咎めを受けるのなら、挙兵した方がましだったと頼朝。

無論これは康信の早とちりで、頼政の残党を清盛は追っていたのである。しかしこれが功を奏したのである。その頃宗時は川原で、怪しげな僧が、平家のために民が犠牲になっていると説くのを目にする。その僧は侍2人から川に投げ込まれ、泳げずにいたのを宗時に助けられた。この人物は文覚といい、義朝と親しかったため。宗時は頼朝に会わせようと、この文覚を北条館に案内する。一方で政子は義時に、奥州に向かっても敵は追ってくる、本当は頼朝は自分の手で敵を討ちたいのだと話す。

義村にこのことを相談した義時は、兵は300は必要だと言われ、とある場所に2人で出かける。そこは国衙で、義時は先日目にした木簡を探り、主な豪族の石高を調べていた。その頃時政は、大番役から戻った三浦義澄から法皇の密旨を受け取り、それを盛長に委ねる。その翌朝、文覚が宗時に案内されて頼朝の前に現れるが、盛長はこの人物が、その辺りのどくろを義朝の物と言って、高値を吹っ掛けようとしたことを暴露する。文覚はそのどくろを投げ捨てて去る。

宗時はどくろはまがい物でも、あの文覚の声は民の声だと言い、挙兵を勧める。政子はいつまでも立たないのはふんぎりがつかないからだ、意気地なしと夫をなじる。そして義時は、木簡から割り出す限り兵は300で、兼隆の兵と互角であり、緒戦に勝てば味方も増えて、伊東と大庭の兵を上回ると言った。しかしこの戦には大義名分がないと言い出す頼朝に、盛長は例の密旨を渡す。これで頼朝は腹を決めた。


行家が来たり文覚が来たりで、何かと慌ただしい雰囲気になって行きます。京では以仁王が兵を挙げたものの、うまく行きませんでした。頼朝の挙兵を皆が待ち望む中、一人蚊帳の外に置かれているが如き義時ですが、この人物らしい「仕事」をしたようです。

それにしても既に5年が経過しており、頼朝と政子は夫婦となっていて、大姫という娘も生まれていました。そして八重は家人の江間次郎と夫婦になりますが、どうも夫婦というよりは、主の娘と使用人の関係が抜け切れていないようです。そんな八重に、平家の勢力が拡大すると父祐親は喜んでみせるのですが…。

しかし今回は、後白河法皇幽閉までのいきさつが詳しく描かれていないのが難です。あるいはこれと、設定は異なるものの『平清盛』を一緒に観れば、かなりわかりやすくなるのではないかと思われます。その他細かいことはまた次回にて。

飲み物-ホットワイン2

[ 2022/01/26 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 5

武将ジャパンコラム関連の続きです。リンクをまた貼り忘れてしまいすみません。先日分のにも貼っておきます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第2回「佐殿の腹」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

このコラム、第1回と第2回にそれぞれ目を通しましたが、どちらも

1.ストーリーの肯定
2.恋愛シーンに武者さん自身がときめいている
3,  何かにつけて『麒麟がくる』と漢籍を持ち出す

この3点の繰り返しのように見えます。
1と2に関しては、この大河が素晴らしいからとご本人は言うのでしょうが、しかしこの2回分にも批判すべき部分、突っ込むべき部分はあるわけで、はじめから全面肯定しているため、その部分が見えなくなっているだけの話です。評価すべきところと、そうでないところの見分けがまるでできていないなと思わざるをえません。レビューとは、本来そういう部分をきちんと見分けてこそのものであり、それをやらない(または、できない)のであれば、レビューという名称は返上すべきではないのでしょうか。

また昨年の『青天を衝け』、これは私も書いていますが、血洗島などはよく描けているなと思う反面、歴史上の事件の描き方などは、もう少しどうにかならないのかなと思うこともありました。しかしこれにしても、武者さんのコラムは全面否定のみにとどまっていました。否定と肯定、いずれも一種の思考停止状態と言っていいでしょう。

さて、これも恋愛関連となるのでしょうが、今回このコラムのMVPに輝いた、政子を演じる小池栄子さんについてです。

凄まじい迫力と、かわいらしい愛嬌は同時に成立するはず。
そういう北条政子が毎週見られるようで、もう感無量です。
北条政子とは、日本史のみならず、世界史的にみてもおそろしいほど重要な人物のはず。
重要性が下がることはなく、むしろどんどん増してゆく人物です。
第一回と第二回で、頼朝と政子という、火花が散るような恋の成立過程は把握できました。
ここで一気に引きずりこむ魔力が十分にある、深淵のような存在。
こんな北条政子が見られるなんてもう、何と言えばよいのかわかりません。すごいことではないでしょうか。

まず「世界史的にみても重要」と書かれている割に、なぜそうであるのかが少しも書かれていません。これはこのコラムに共通しており、筆者である武者さんの主観や思い込みによる記述が、かなり大きいといえます。

そしてこの部分

頼朝と政子という、火花が散るような恋の成立過程は把握できました。
ここで一気に引きずりこむ魔力が十分にある、深淵のような存在。

何度も言うようですが、『青天を衝け』の栄一とお千代の出会いや夫婦愛を、あれだけネガティブに捉えていた同じ人の文章とはとても思えません。
それから視聴率関連です。この記事に詳しく書かれています。

「鎌倉殿の13人」も“見られ方”に変化 初回は配信も好調「青天」超え!BS組も443万人 多様化進む

そして武者さんによれば

本記事によりますと、見逃し配信サービス「NHKプラス」での視聴者数は、前作『青天を衝け』と比較して2~3倍の視聴数(正確にはユニークブラウザ数)だったようです。
また、鎌倉殿の13人より前のドラマが未発表なので数字の比較はできませんが、本作の視聴者数は、20時の本放送(NHK総合)が1771.9万人だったのに対し、18時からのBSでは443万人いたとのこと。
全体の約21%がBS視聴だった計算となります。
今後もNHKプラスでの視聴は増えていく傾向でしょうし、録画も簡単になったテレビの技術なども考慮すれば、もはやリアルタイム視聴率だけでは計りきれないと、NHK側も判断しているようです。

とあるのですが、まず前作と比較して2~3倍の数字というところ。これは、NHKプラスの登録者が増えたということも関連しているのではないでしょうか。登録者が増えれば、当然視聴者数も増えるわけですが、その点には言及されていません。
またその視聴者数についてですが、リアルタイムだけで見ると1771.9万人となっています。ところが『青天を衝け』では、リアルタイムでの初回視聴者数は、2096.8万人となっています。これが視聴率にも反映されているわけです。昨年の初回のBS視聴者数がわからないのが難ですが、少なくとも初回リアルタイムの視聴者数だけで見れば、昨年より落ちているのは確かなのですが。

平均視聴人数 2021年2月8日(月)~2月14日(日)
(ビデオリサーチ)

そして例によって漢籍マウント(と言っていいでしょう)。

大河が必ずしも勉強に役立つとは言い切れませんが、今年は推せます。
日本史のみならず、せっかくだから世界史的なことでも考えたい。

今までもこのブログに書いて来てはいますが
大河はそれ自体が歴史の勉強にはならないが、歴史に興味を持つきっかけになる
というのが私の考えです。武者さんは、自分が好きだから推したいのでしょうね。

今回は【文章経国思想(もんじょうけいこくしそう)】について。
「文学が国家の経営で重要である」とする考えです。
これ、ピンと来ますでしょうか?
(中略)
ほんとにぃ? なんかピンとこないなあ……と思ったら、今年の大河と『麒麟がくる』を思い出してください。
『麒麟がくる』では、登場人物が漢籍由来の知識を使って会話をしていました。そもそも「麒麟」だって儒教由来です。
そうした状況は、明智光秀たちが賢かったから?
いえ、それだけではなく、文章を使った教育をきっちりと幼少時から受けているからこそ可能なのです。
それが『鎌倉殿の13人』の坂東武者では成立しない。
(中略)
文章を読み、考え、想像し、作文することにより、人間の思考回路は鍛えられます。

しかし、なぜこの平安末期から鎌倉時代の武士たちと、戦国時代の人間である明智光秀を同列に論じるのでしょうね。鎌倉時代の武士と学問ということなら、金沢文庫でも採り上げるのならまだわかるのですが、最近は何かにつけて
「キリンガクルデハー」
の一点張りなのですよね、この武者さんは。

そして今度は小栗旬さんについて

そんな中、私が衝撃を受けたことはそれではありません。
まず一点目。小栗さんは地毛で結えるよう髪の毛を伸ばしている。しかもゴワゴワしているらしい。リンスはしないとか? これでもう参ってしまいました。
『ゲーム・オブ・スローンズ』では、出演者がシャンプー禁止令を出された。ツヤツヤヘアーじゃ時代ものらしくないということだそうです。
日本じゃ、そこまで気合い入れる役者はいないだろうと思っていたら、いたんですよ。

と、ここでまた『ゲーム・オブ・スローンズ』、『麒麟がくる』と並んで武者さんに取ってのバイブル的存在なのでしょう。
さらに

次は乗馬訓練。
一回目の馬防柵すら超える場面が、スタントなしだったとは意外でした。
馬術担当者が納得するほど稽古を熱心にしていて、本当に馬がお好きなんだそうです。
(中略)
大河のために地毛を伸ばし、馬に乗り、学ぶ。そんな理想的な人が実在したのかと。
彼のことは知っていたけれども、実は何も知らなかったんじゃないか? 姿形を知っている存在が、実は化け物だったと気づいたような、すごい衝撃が雷のように落ちてきた。

まず、地毛を伸ばすのは松山ケンイチさんもやっていました。『平清盛』の放送年にビールのCMに出た際、髪を後ろで束ねていましたね。そして乗馬の達人といえば、岡田准一さんもまたしかりでしょう。『軍師官兵衛』の乗馬シーンも、多分スタントなしだったのではないでしょうか。ただ好きでない官兵衛だから、武者さんはやはりスルーなのでしょう。
そしてその後、コラムの締めなのですが

彼の顔も、声も、何か違ってしまって、まさかこんなことがあるとは思っていなくて、正直、動揺しています。
大河とは、知っている何かを、まるで知らなかったようにしてこそ正解かもしれない。そう思わされて動揺が止まりません。
好きとか嫌いとかそういうことでなく、ともかく、小栗旬さんは驚異的な何かがあると思えるのです。

プロのライターなら、もう少しきちんと締めてほしいですね。動揺と書いたその次の行で、また「動揺」を持って来ていますが、こういう書き方は如何なものかと思います。そもそも「動揺する」というのは、あまりいい意味で使わないと思うのですが。わくわくするとか、心がときめくとか、もう少し言い方があるでしょうし、「驚異的な何か」というのも、具体的に何なのでしょうね。あっと言わせるものを今後も見せてほしい、そういった意味なのでしょうか。
それとこの人の文章は、「すごい」が目につくのですが、何だか稚拙だなと思ってしまいます。

飲み物-ロックグラスカクテル

[ 2022/01/21 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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