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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』新キャスト発表 続き

先日の『鎌倉殿の13人』関連投稿で第3次キャストを発表していますが、その続きです。今日発表された出演者は以下の通りです。お馴染みの俳優さんもいれば、初めての人もありと実に多種多様です。(敬称略)

木曽義高 - 市川染五郎
仁田忠常 - 高岸宏行
道(比企能員の妻)- 堀内敬子
平知康 - 矢柴俊博
善児 - 梶原善
比企尼 - 草笛光子

2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」
新たな出演者決定!
(NHK ONLINE)

染五郎さんというと、つい『八重の桜』の孝明天皇を思い出すのですが、こちらはもう松本幸四郎を襲名していますので、その息子さんになります。幸四郎さんと染五郎さん、そして白鷗さんも三谷歌舞伎に出演していましたね。高岸さんはお笑い枠でしょうか。あと堀内敬子さん、梶原善さんはパペットホームズでそれぞれハドソン夫人とベッポを演じています。梶原さんは『平清盛』の平宗清でもありますが、今回は下人ということでオリキャラのようですね。そして矢柴俊博さん、『真田丸』の細川忠興ですが、私としては『きのう何食べた?』の富永さんのイメージです。そして、何と言っても今年米寿の草笛さん、堂々たる比企尼になりそうです。

あと小日向文世さん、内野聖陽さんに出演していただきたいところではあります。それから声優枠で山寺宏一さんにも。それとまだ弁慶と後鳥羽上皇、源実朝が決まっていませんが、さてどうなるのでしょう。

ところで三谷大河というのは、出演者の常連さんが多いですが、これは元々三谷さんが舞台の人ということもありますし、当て書きをするからというのも理由として挙げられるでしょう。見方を変えればこういう部分が、はじめに出演者ありきといった感じになりやすくもありますし、先日書いた、三谷さんの理想というか自分がやりたいことに、大河を引き寄せているように見える一因とも取れます。これに関しては、また時間があれば書きたいと思います。


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[ 2021/04/29 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-44(奇を衒う演出に対する疑問)

『青天を衝け』の初回視聴率が20パーセントということです。これに関しては、いくつか理由が挙げられます。

  • 基本的に視聴率は関東の数字であり、『青天を衝け』の舞台は関東(深谷、水戸)である
  • 初回、第2回位まではご祝儀的な意味もあって、数字が高く出る
  • 北大路欣也さんや小林薫さんなどのベテラン俳優が目当てで観た人もいる

一方で蚕のCGによる描写が不気味だといった声もあるようですが、これは今後どう影響するのでしょうか。言っては何ですが、あまり奇を衒いすぎた演出は、そのドラマの評価にも関わりかねないかと思います。

この手の奇を衒った演出は、たとえば『おんな城主 直虎』、『いだてん』そして『麒麟がくる』でも見られました。『麒麟がくる』の場合、初回でいきなり「母上に尻をぶたれる」意味で、後ろ向きに屋敷に入るシーンがありましたが、いくら何でもあれはないでしょうね。親に尻を向けるのかと言われるのが落ちではないでしょうか。
『直虎』も例のエクセルまがいの計算や草履投げ、さらにはヒロイン自身の
「女子は血を見慣れておる」
などのセリフは如何なものかと思いました。別に女性の生理を描くなとは言いませんが、あのように直截な言い方をさせる必要もないでしょう。
『いだてん』に至っては冷水浴の「ひゃ~」に始まり、わざわざ主人公に立小便をさせてみたり、バゲットとバケツを間違えさせたりで、こうなるとちょっと痛いなという印象を受けてしまいます。無論、昔の大河も総集編を含めていくつか観た結果、それなりにおかしな部分はありますが。

ところでネットの某女性週刊誌記事で、大河平均視聴率ワースト15なるものをやっていましたが、これは先日投稿したように、最近の大河の低視聴率は、BS先行放送によるところも大きいと思います。かてて加えて、低視聴率でも内容が良ければいいという意見もあるようですが、どれがいいかよくないかは、きわめて主観的なものです。
特に、所謂サブカル層に受ける大河が、そのような評価を受ける傾向が高いようです。これは大河ドラマ雑考-29で、このように書いています。

話が戻りますが、『いだてん』と『おんな城主 直虎』にはどこか似通ったものがあります。出演者も一部ダブっていますが、演出方法がどうも奇を衒いすぎたように見える点です。こういうサブカル好きな層が好みそうな演出方法が、本来の大河視聴者の嗜好とどこか反りが合わないと考えられます。そして『直虎』を支持したコアなファンが、『いだてん』の支持層となっているようにも感じられます。

『平清盛』もそうであると言えるかもしれません。私も清盛は割と好きー但しリアルタイムで観ていないーなのですが、それ以外の『直虎』や『いだてん』などは、やはり馴染めなかったと言えます。要は、サブカル好きな大河というのは、私には今一つで、逆に演出や構成に疑問を持つ大河と言えるのでしょう。
私見ではありますが、こういう大河はしばしばネット上、特にSNSなどで盛り上がる傾向も高いようです。以前はツイッターで、そういうアカウントをフォローしたり、またフォローせずともチェックしたりもしていましたが、最近はそういうこともなくなりました。

その理由として、恐らくは当該作品を盛り上げるためなのでしょう。すべてに於いて肯定的な意見が強く、それが作品への一方的な、しばしば思考停止的な賛美に映ったせいです。無論その作品を好きであれば、それに越したことはないのですが、1年間観ていると当然おかしな点、批判すべき点も出て来て然るべきなのに、それがまず見られない。
また、私にしてみれば奇を衒うような演出が「刺さる」ように感じられもするのでしょう。結果それがエコーチェンバーとなり、特定の好意的な意見が増幅されてしまうと思われます。同調圧力と言うのは不適切かも知れませんが、こういう人たちからは、これだけ支持されていますよということですね。一種のバンドワゴン効果なのかも知れません。

私の場合、『直虎』でツイッターの大河チェックをやめましたが、公式アカウントは『西郷どん』まで続けていました。これは単純に、好きな大河だったということが挙げられます。これも視聴率は高くないものの内容は好きで、この大河の場合、多少奇を衒うような演出もあるにはあったのですが、気になるほどではありませんでした-岩倉具視役の笑福亭鶴瓶さんが、少々アクが強くはありましたが。また、2007年当時の戦国大河としては低視聴率ながら、『風林火山』も好きな作品でした。

そのため「低視聴率でも内容がいい」という意見には同意できます。ただこの表現が、数字はよくないけど、サブカル層に受ける、もっと言えばSNSで話題になる作品のことのみを指すのであれば、それは如何なものかとは思います。何よりも、マスコミや当のNHK自身の評価が、
「ツイッターではこう言っていた」
的な、エコーチェンバーの上澄み部分のみを見ている点が気になります。ツイッターすなわち世論とは必ずしも言えないし、マスコミはともかくNHKはもっと冷静に分析するべきかと思うのですが。

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[ 2021/02/16 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『義経』に見る義経と大姫

「『ヴィンテージ大河』に関して再度」に書いていることですが、『鎌倉殿の13人』がまだ放送されてもいないのに、『草燃える』の方が一方的にいいと決めつける姿勢には、少々違和感を覚えはします。こういう書き方は、過去(のよさ)をアピールするために、今現在の作品をディスっていると取られがちなので、やはり一度観てから言ってほしいなと思います。また『草燃える』は、登場人物が現代語であったのはマイナス要因でした。

ところでこの大河に出て来た大姫は、『鎌倉殿の13人』にも、そして『義経』にも登場します。後者の方では義経が義高助命を言い出し、兄頼朝と対立することになります。しかもその後大姫が、義高の死がもとで病を得た際、義経を慕っていたことから、母の政子が、義経に会わせれば多少は癒えるかも知れないと言い、義経を鎌倉に入れられないかと考えます。しかし義経一行は、既にこの時は腰越に足止めされていて、鎌倉へ戻ろうにも戻れず、頼朝の命に背くことに対して、義経自身にもためらいがありました。

そのため鎌倉の大倉御所ではなく、別の場所で会おうと政子は言うのですが、やはり義経はそれを受け入れませんでした。しかしこの義経の義高助命嘆願ですが、正直これはどうでしょうか。つまり頼朝との対立の遠因が、ここにあるという形に持って行きたいのでしょうが、義高を生かしておいたことのデメリットが、いずれ義経自身の身にも降りかかってくることになる以上、普通に考えて、やや不自然に見えます。

また大倉御所でなく別の場所で会ったからと言って、その後義経が大姫の、いわばカウンセラー的な役割で鎌倉に留まれるはずもありません。どう考えても政子のこの案は、娘可愛さとはいえ、一時的なものでしかなさそうです。それとこの『義経』の、後白河法皇の愛妾である丹後局、『平清盛』同様、天然パーマ風な髪で、異色な存在であることを表現しようとしているように見えます。しかし、この丹後局様はちょっと怖いですね。

大姫の描写に関してはちょっと前にも書いていますが、戦国物に見られる女性たち、とりわけ信長の妹お市や光秀の娘ガラシャのように、悲運に弄ばれる女性という描写が目につきます。そのような中で、『真田丸』のガラシャは異色でした。その『真田丸』を手がけた三谷氏のことですから、やはり今回も多少違った雰囲気になりそうです。私も、この大姫が両親と対立して屋敷を出、敵である義経の家来というか残党の子を身籠って、その後自害する設定にしてはどうかと書いていますが、あまりありきたりな描写でないことを望んでいます。

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[ 2020/11/25 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』キャスト発表その1と『麒麟がくる』の問題点

まず、『鎌倉殿の13人』主要キャスト第一弾が発表されました。

(NHK ONLINE)

16日発表されたのは以下4名(敬称略)です。

北条政子-小池栄子
北条宗時-片岡愛之助
平清盛-松平健
比企能員-佐藤二朗

松平健さんはかつて2つの源平大河で、北条義時と武蔵坊弁慶をそれぞれ演じています。また小池栄子さんは、『平清盛』の巴御前でした。そして片岡愛之助さん、『真田丸』以来2度目の三谷大河出演です。『月光露針路日本 風雲児たち』では、庄蔵共々ロシアに残る新蔵を演じていました。佐藤二朗さんも過去大河に出演していますが、『JIN-仁-』の福田玄孝と言った方が、ぴんと来る人がいるかもしれません。この比企能員、佐藤さん本人のコメントにもありますが、頼家の乳母の夫であり、義時と対立して、その後滅ぼされます。

それにしても、
北条家
源氏
平家
坂東武士
幕府官僚
と色分けされている以上、1日単位で各パートのキャストを紹介するのかと思っていましたが、流石に素人考えだったようです。しかし、脚本家である三谷氏自身が、こういうことまで請け負うというのは、やはりこの人は舞台の人なのですね。

それから先日の『麒麟がくる』ですが、またオリキャラが前面に出ていたらしいです。その前の回は合戦の様子などもあったようですが、この回は池端氏ではなく、前川洋一氏が脚本を担当していたらしい。前川氏と言えば『軍師官兵衛』の脚本担当ですから、寧ろこの人の方が、戦国大河のメインの脚本家としてふさわしいのではないかと思います。それにしても、複数名での脚本はやはり色々と難しいようですね。これとはまた違ったやり方でしたが、『花燃ゆ』で脚本をあれこれ変えて、伏線回収ができないとか、主人公の設定が全然違うと指摘されていたことを考えると、やはり1人に絞った方がいいかと思われます。

それと光秀がまだ織田家に仕えていないようです。しかし放送はあと12回しかありません。32回分終了ということは本来であれば9月の後半、そろそろ結末に向かって動き出す頃で、ちょっと展開が遅いような気もします。

飲み物-ビールと夜景
[ 2020/11/16 23:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

気づいたことあれこれ 20 TV事情と視聴率

少し前にも書いていますが、TVが面白くなくなったという声があります。確かに最近のTV番組というのは、他の娯楽の充実もあるせいか飛びぬけて面白いとは思わないにせよ、無論中には面白い物もあります。また、これは最近も書いていますが、番組が過去のと比べて面白くないという声もあるようです。しかし私も大河を含む過去の作品を観て、かなり前の作品でも面白くないと感じられる作品はあったこと=すべてが面白いわけではなかったであろうことを実感しています。TVの黎明期は1950年代で、その最盛期は恐らくそれから20年ないし30年ほどでしょう。2000年代に入ると、そこまでTVを観る必要性を感じなくなって来ます。

最盛期の価値観で観ると、今の作品は時代の変化もあり、一定年齢層の人には、そう面白く感じられないであろうことは確かでしょうし、だからこそ過去の番組をBSやCSで観ることになるのでしょう-無論だからと言って、その時代はもう戻っては来ないのですが。私の場合はその反対に、現在70年代のドラマ『顔で笑って』の録画を観ていて、しんどく感じることがあります。このブログでは一部の70年代ドラマについて書いており、今とどのように違うのかチェックしたいと考えてはいますが、機会があれば観てみるかなといった方向へ、若干トーンダウンしているとも言えます。特に好きな俳優さんが出ていればまた話は別ですが、実はそうではありませんし。そもそも特定の芸能人に、殊更に関心を持ったとかファンクラブに入ったなどというのが、今まで殆どありません。

それから視聴率についても、昔と今は視聴形態が違うから単純比較できないと書いています。これは近年でも言えることです。たとえば大河『篤姫』の場合、女性主人公大河としては面白い方でしたが、それでも、平均視聴率が24パーセントもあるという理由だけで何かのように言われるのも、正直言ってちょっと意外です。大奥を観たいという層を取り込んだせいもあるのでしょうが、逆にそれに違和感を覚える視聴者もいるにはいたでしょう。

特に序盤の於一、後の篤姫が男装して藩校に紛れ込んだり、所謂「下々の」家に行ったりするのはちょっとやりすぎで、後年の『江~姫たちの戦国~』の、神出鬼没ヒロインの先鞭をつけたと言っていいかも知れません。またこの大河の最高視聴率回は、第29回の「無血開城」でしたが、DVDで観返した限り、そこまで視聴率があるとはちょっと思えませんでした。その逆に、『平清盛』の低視聴率回でもかなり面白く観られた回ももちろんありました。

視聴率について書いたついでに、先日の『麒麟がくる』の数字についても書いておきます。先日は関東で11.9パーセントと、やはり幕末大河並みの数字でした。裏番組にボクシングがあったのも一因かも知れませんが、連続ドラマの数字はその前の回にも引きずられる傾向がありますので、第29回の放送にも影響されていると思われます。しかしやはりこの数字は低いと言えます。それでも前出『平清盛』のように、エピによっては内容がそこそこというケースもあるのですが、どうもオリキャラにかなりの尺を割いているようです。あと演出も疑問視されています。

オリキャラ、特に駒と東庵に関しては、以前から出過ぎではないかと思っていましたが、ついに駒が足利義昭と蛍狩りをしたり、東庵が正親町天皇と碁を打ったりするシーンまで登場したようです。こういうのは正直どうかと思います。以前にも無位無官の光秀が、流浪の身とはいえ、足利義輝と差しで話すのも妙なものだと書いたことがありますが、それが更にエスカレートしている感があります。

そして光秀もあちこち出向く割には、戦国という、緊張感の漂う時代に生きる武士という印象があまりありません。放送開始時点で既に平坦さが感じられると書きましたが、その路線が今なお続いているのでしょうか。長谷川さんはやはり尚之助さんか萬平さんの方が似合っていたし、また池端氏も、どのような事情があるのか知りませんが、こういう脚本を書くようでは、『太平記』の頃に比べて焼きが回ったと言わざるを得ません。

飲み物-お洒落なランプとウイスキーグラス
[ 2020/11/03 00:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『新・平家物語』総集編を観て 4

『新・平家物語』総集編第2巻後半についてです。尚先日投稿分で、ややおかしな部分、意味が通じにくいと思われる個所があったので修正しています。

京へ戻った清盛は病に倒れます。病名は虐、今でいうマラリアでした。平盛国邸で数日間危険な状態が続いた後小康状態となり、一門の者を集めた清盛は皆の結束を促します。その後時忠には残るように言い、自分がいなくなった後は平穏に戦を避け、幼帝をお守りし、頼朝と、後白河法皇には注意せよと伝えたうえで、こう言います。

「竜の爪を研がしむるなかれ、構えて、爪は切れ」

時忠も竜、つまり法皇を阻止するだけの力が自分にあるか定かではないものの、この義兄の遺言を胸に刻み込みます。

清盛は時子に水を持ってこさせ、麻鳥を呼ばせます。入室して来た麻鳥に清盛は、御所の水守をしていたそなたが立派な医師になったと言い、自分の最期を見守ってくれと言います。やがて麻鳥は退出し、時子が水を持って現れます。清盛は時子に、吉野の花見に行く約束をしながら行けなかったことを後悔しつつも、次の春には行きたいと言い、時子はそれまでには病も癒えると夫を励まします。

しかし次の瞬間、清盛は時子に意外なことを言います。自分を支えてくれと言うのでした。そして清盛は父忠盛の声がすると漏らし、続いて暗いと口にした後、生きねばならんと呻くように言いながら縁先まで進み出、何かを抱くようにしたままくずおれて息絶えます。臨終の宣告をしたのは麻鳥でした。この後平家一門は安徳天皇を奉じ、都を落ちて行きます。そして頼朝の従兄弟義仲が巴と共に京に入ります。

義仲と行家は後白河法皇に目通りしますが、法皇は、義仲と行家とが互いに権力を争っていると2人のしぐさから見て取り、いずれも一長一短であるとして、まず頼朝に義仲を抑えさせます。義仲は上洛から半年も経っていませんでした。そしてその義仲は、ある寒い夜、木曾は雪が降っているであろうと言い、思い出話をしながら、征夷大将軍の夢も絶たれたと気を落とします。巴はそんな夫に、鎌倉勢上洛で臆病風に吹かれたかとずばりと言いますが、義仲は、法皇さえ奉じればこちらのものと強気です。しかし巴もまたいつか木曽谷へ帰りたいと言い、義仲もそれにうなずきます。

義仲はその後、上洛して来た鎌倉軍に討たれますが、それは平家と源氏の新たな戦いを意味していました。平家は追う源氏軍を相手に戦いつつ西へ向かいます。清盛の弟忠度も戦死し、須磨では、敦盛が熊谷次郎直実に首を取られて果てます。直実は自分の息子と敦盛が同い年と知り、逃がそうとするも、味方の軍が押し寄せて来たため叶いませんでした。さらに屋島、壇ノ浦へと戦いが続きます。

そして頼盛は、頼朝と密かに接していました、頼朝が、今までの戦は三種の神器を取り戻すための法皇の思し召しではあるが、そのためでなければもう血を流したくないと話すのを聞き、本心であるかと尋ねます。頼朝は嘘はつかぬと明言します。しかし頼朝はその一方で、紅梅にかつて平家に囚われていたことを思い出しつつ、妻の政子には、何としてでも神器は取り返す、平家を生かせば後に悔いが残ると本心を打ち明けます。実際にことは彼の思惑通りに運び、屋島そして壇ノ浦の戦いとなります。

寿永4(1185)年3月、壇ノ浦で両軍は相まみえます。午後に入って潮目が変わったため平家に不利になり、やがて敗北を喫するに至ります。安徳天皇の御座船では、出家して二位尼となった時子が、幼い天皇を抱き、西の都へ案内いたしますと言って入水します。

源氏方に助けられた建礼門院徳子は仏門に入ります。それからしばらく経って、彼女の庵を後白河法皇が訪ねて来ます。徳子は自らの胸中を語り、法皇は迷いとむなしさを口にします。源氏を持って平家を抑えようとし、今度は源児を持って源氏を抑えようとしたがうまく行かず、ひとびとの恨みを背負って行くことになると口にした法皇は、庵を去り際に、徳子に清盛の香木を渡し、徳子はその香に亡き父を思うのでした。(第2巻後半終わり)

清盛の死と平家の没落、滅亡が描かれます。清盛にしてみれば、息子や孫、甥たちに今後を託すつもりではあったにせよ、やはり不安を抱えてはいたようです。しかし清盛の最期にかなり比重が置かれているため、後の戦の部分が多少端折られた感があります。合戦シーンはセット撮影にしてはよく撮れているとは思いますし、NHKが、放送開始10周年のこの大河にかけた意気込みはわかりますが、実質清盛の死を持って大部分が終わった感があります。戦関連シーンで物足りなかったのが
  • 義仲の京での狼藉が描かれない
  • 一の谷の戦いもかなり端折られている感がある
  • 壇ノ浦の合戦の様子をもう少し入れてほしい
  • 壇ノ浦後の頼朝と義経の確執、奥州藤原氏関連の描写がなく、義経の死が法皇のセリフによって語られる「ナレ死」ならぬ「セリフ死」となっている
  • 落ち延びて行く平家(特に女性たち)それぞれが苦悩するシーンがない
こういうところでしょうか。奥州藤原氏関連、特に衣川の戦いなどは、既に義経が戦死した後の京の様子が出てくるのであれば、さわりだけでも入れてほしかったなとは思います。

それから麻鳥の出番が意外に少ないです。原作では、この人はあたかも狂言回しのような役割で、移り行く世の中を目の当たりにし、物語の最終場面も彼と妻の蓬子が出て来ます。時間的に限られてもいて、清盛を中心にせざるを得ないため、仕方ないと言えば仕方なくはあるのですが。

頼朝の腹芸がここでも出て来ます。密かに接触していた頼盛には、当然のことながら平家を滅ぼすはずはないと言い、一方で妻政子には、平家は滅ぼすぞとあたかも『真田丸』の昌幸を思わせる物言いです。頼朝自身が平家が後の世に残した禍根であるため、生かしておくことの恐ろしさは身を持って知っており、だからこそ義仲の子義高にも、義経と静の子にも手を下したのですが、ただこの大河では義高は登場しません。

木曾義仲、京で冷遇されていることに気づいたのでしょう。随分と里心がついてしまったものです。やはりこの人物は頼朝の手駒ではあったものの、征夷大将軍に就くような人物ではなかったと思われます。それから敦盛が熊谷直実に討ち取られるシーンで笛が登場します。所謂「青葉の笛」でしょう。この熊谷直実、今はJR熊谷駅前に像がありますが、どうも熊谷といえばラグビーを思い出してしまいます。

それから清盛が病に倒れた平盛国の館ですが、この盛国は平家貞亡き後平家の家令としての役目を果たしています。『平清盛』の鱸丸ですね。

飲み物-注がれるビール
[ 2020/10/20 21:03 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『新・平家物語』総集編を観て 3

第2巻前半のあらすじと感想です。

第1巻の最後で、清盛が常盤の姿を見送ってから10年が経ち、平家一門は栄華の頂点を極めました。しかし院政を敷く後白河法皇とは、次第に対立するようになります。そんな折、清盛は娘の徳子を入内させることにします。後白河法皇の御所で琴を弾く徳子を、高倉天皇が目にします。徳子は慌てて一礼し、帝から清盛の愛情深い娘であろうと訊かれて、自分は兄たち同様木登り好きで、父に肩車をしてもらったと答えます。無論帝にそのような経験はありませんでした。

その清盛は、法皇に大輪田の泊での日宋貿易の許可を得ようとしますが、これに反対する者も多いため、時を待てと法皇は言い、やがて徳子は入内します。一方で鞍馬寺に預けられていた牛若は、「天狗」たちと密かに剣の稽古をしており、やがて鞍馬の火祭の稚児舞の後、天狗たちと山を下って、母常盤と久々の体面を果たした後に東国へ向かいます。一方伊豆に流されていた頼朝は、北条時政の娘政子と恋仲になります。

やがて鹿ケ谷の陰謀が発覚します。平家一門が武装して西八条の館に集まりますが、陰謀のもとは、法皇の住まいである仙洞御所と言う噂が流れます。大納言藤原成親が首謀者のようで、清盛は、流石に法皇に弓は引けないから、ことが収まるまでお引きこもり遊ばすようにと言います。御所の蛆虫どもを退治するというのが清盛の言い分でしたが、さらに法皇が、源氏の流れを汲む多田行綱に軍資金を与えていたことがわかります。最終的に成親、俊寛僧都、平康頼そして西光法師が処罰の対象となり、然る後に清盛は甲冑姿で法皇に目通りします。最近は伺候する者もおらぬと法皇は言い、さらに例の4人は清盛に委ねると言うものの、清盛が甲冑姿であったことから、ゆるりと話したいのに、そのような暑苦しい格好をと皮肉ります。

治承2(1178)年12月22日、徳子は皇子を出産します。後の安徳天皇です。その誕生を祝う式典で、清盛の嫡男重盛は具合が悪くなって中座し、その後ほどなくして亡くなります。そして平家一門と院とは、重盛の領地没収を巡ってさらに対立し、法王は鳥羽へ蟄居となります。これには時子も、帝と徳子の心痛は如何ばかりかと夫に直訴しますが、清盛は何もかも承知している、一門のためであると時子を諭します。しかしその翌年、源頼政は以仁王の御所へ赴き、平家追悼の令旨を求めます。令旨を渡すべき源氏の武者たちについても、頼政は既に調べ上げていたのですが、これは平家の知るところとなります。

平家の圧倒的な武力の前に、以仁王と頼政は三井寺を出て奈良へ向かいます。しかし最早頼政が探していたのは自らの死に場所でした。そして若草山を見た後、以仁王も覚悟していたのか、新宮十郎行家に託した令旨の行方を案じつつ、自らの首をはねるように頼政に命じ、後に頼政も後を追います。これは反平家勢力にも影響を与えました。

清盛は都を福原に移します。しかしその間にも令旨は諸国へと行き渡っていました。やがて源氏の中でも頼朝と妻政子の実家北条氏、木曾義仲が蜂起し、そして東国へ逃れた義経は初めて兄と面会します。また清盛は、負け戦を嘆いても仕方ない、これ以上負けられないとのみ口にします。その頃京では、福原から都を戻すようにとの声が高くなり、清盛も福原に固執はするものの、最終的に時忠の進言により京へ戻ります。

清盛は、いつかまた福原へ戻る日が来るかと商人の伴卜に尋ねます。清盛の福原、ひいては大輪田泊への愛は根強いものがありました。そして彼が戻った京は、南都興福寺を始め反平家勢力の巣窟と化していたのです。(第2巻前半終わり)

平家の栄華と没落の始まりが描かれます。娘の徳子の入内ですが、その前に徳子がたまたま高倉天皇に会い、自らのことを語るシーンが出て来ます。この時木登りをしたと徳子が言いますが、大河における少女の木登り=おてんばというパターンはこの頃既にあったようです。もちろん帝は、そのような経験はありませんし、徳子も最近は、父と触れ合う機会は少なくなったと言い、平家の置かれた立場の変化が窺えます。それでも清盛と一緒に福原に、恐らく独身最後の旅行をしているわけですから、彼女が惜しみない愛情を受けていたことがわかります。

清盛は、日宋貿易の許可を得るべく後白河法皇に拝謁しますが、既に工事を進めていることを法皇は見抜いていたようです。もう少し待てと法皇は言うものの、この辺りに両者の確執が後々深くなって行く、その伏線が見えて来ます。実際、鹿ケ谷の陰謀が発覚し、これに法皇の側近成親が関与していたということから、清盛は御所の蛆虫を退治すると言いつつ、その実法皇の動きを牽制したかったようです。それやこれやで、甲冑姿で御所に参内した清盛に対し、法皇はそのような暑苦しい格好をと、皮肉めいた口調で述べます。

その後皇子、後の安徳天皇が誕生しますが、平家がかつて残した禍根-つまり頼朝や義経は既に大人となり、東国で旗揚げを窺うようになっていました。これは木曾義仲も同様でした。また清盛の嫡男重盛が病を得て亡くなります。この嫡男は清盛とは違った立場を取り、それゆえに清盛を暴走させないための枷となってもいました。その人物が父親より早く亡くなったことで、その後の平家に狂いが生じるようになります。尚、父や兄を子や弟が諫めるという点では、
毛利元就-毛利隆元(父子)
武田信玄-武田信繁(兄弟)
豊臣秀吉-豊臣秀長(兄弟)
も似たようなものです。
(真田昌幸と信之も当てはまるかも知れません)

さて源頼政と以仁王の令旨です。『平清盛』ではこの令旨の回は視聴率が最低であり、大河視聴率ワースト20のうち19を『いだてん』が占める中で、唯一残っている『平清盛』のエピでもあります。私としては、この回も1つ前の回も、そこまで内容がよくないとは思いませんでしたが、裏にスポーツ中継でもあったのでしょうか。閑話休題。重盛の死後その領地を巡って、清盛と法皇のバトルがいわば表面化します。ちなみにこの大河では盛子の所領は出て来ません。そして今度は源三位頼政が以仁王に令旨を依頼して、新宮十郎行家に持たせて全国を廻らせます。この令旨により、諸国の源氏が蜂起するに至ります。

ただ肝心の頼政、そして以仁王は平家に屈し、奈良へ逃げて共に人生を終えます。この時以仁王が頼政に対して、「老いたりとも、その老木に花が咲く」という、老木(おいき)の花の例えを持ち出します。しかしこれは世阿弥の言葉と思われますので、実際はそれよりも遥か後のはずなのですが…。ともあれこの後、2人の悲願であった令旨は様々な武士の許へと届けられ、頼朝は挙兵、義経も富士川の合戦の後頼朝の宿営を訪れます。この時の頼朝は(嘘の)涙を流すのではなく、微笑していました。尚この大河での以仁王の中の人は、『半沢直樹』の中野渡頭取の中の人です。

そして清盛。負け戦を嘆いても仕方ない、これ以上負けないようにすると、何やらワールドカップのリーグ戦で連敗したチームの、監督のような言葉を口にしています。自らが半生を賭けた、それゆえに思い入れの深い福原の都に、やはりというか尋常でないこだわりがあるようですが、時忠と話し合った結果、結局京へ戻ることになります。しかし京は、既に平家に取っては敵だらけの地となっていました。

尚この総集編には、建春門院滋子は出て来ません。『平清盛』で天然パーマの髪が印象的だったこの人物の崩御は、その後の政変に、少なからず関与してくるわけなのですが。

飲み物-ショートカクテル
[ 2020/10/20 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『新・平家物語』第1巻を観て感じたこと

『新・平家物語』の総集編、第1巻を先日2回にわたって投稿しています。なお後白河上皇は、平治の乱では清盛の館には避難していませんので、その部分を訂正しています。

しかし思うのですが、70年代前半頃の大河の総集編というのは、その作品を1年間観続けた人が、年末に楽しむハイライト番組だったのではないでしょうか。今の大河でもそういった部分はありますが、総集編が前後編しかないというのは、それのみで全体像を知るには少々無理があるかと思われます。従って本編すべてを観るのが前提であったかと思われます。

現にこの第1巻でも、清盛の若い頃というのはそう出て来ません。ある程度の年齢になり、「公家の番犬」から権力者となるまでの過程が中心となっています。『平清盛』の総集編を観ていないのでよくわかりませんが、こちらの方が、もう少し青年時代の清盛が登場しているのではないでしょうか。一方でこの時代はいくつかの合戦や政変があり、それによって時代の動きを掴めるので、総集編でかなりカットされているとはいえ、時間の経過がよくわからないということはありません。

ただ『平清盛』に登場した、源義朝と常盤がいつ知り合ったのか、正室である由良御前の存在などは、この総集編では出て来ません。先日書いたように、父為義を斬首するシーンもありません。そのため、義朝に関してややわかりづらいところはあります。他にも麻鳥というオリキャラが崇徳上皇を慕って、讃岐へ渡るシーンが出て来ますが、原作によればこの麻鳥は、確か後に医者になるはずです。彼もオリキャラであるため、様々な人物と絡むことになるのでしょう。

しかしこの第1巻で注目すべきは、やはり保元の乱と平治の乱でしょう。ただ、保元の乱の後の平和は束の間で、やがて藤原信頼のせいで平治の乱が起こったような展開になってはいますが、その裏の事情も描かれてしかるべきだったかと思います。その当時、どこまで研究が進んでいたかは不明ですが、信頼と義朝の関係を例に挙げれば、義朝がかつて武蔵にいた頃に、信頼がそこの受領であったことから、信頼を支援していたと言われています。また元々相対する存在であった後白河上皇支持派と二条天皇支持派が、アンチ信西という点で協力し合っており、信西がいなくなったことでたがが外れ、この両者の対立を清盛が利用したともいう説もあります。

もう1つの見せ場として、清盛と常盤の関係があります。清盛はたまたま、出入りの商人である伴卜(ばんぼく)といたところを義平に襲われ、それがもとで常盤と出会います。本来常盤は、子供のためなら死罪になってもいいと考えていたわけですが、子供と別れた上に自分に対する沙汰はなしで、かなり虚脱感のようなものがあり、それが夫の仇とはいえ、清盛に身を任せる一因となったのでしょうか。いずれにしても彼女もまた、再婚という形により、この中途半端な立場に終止符を打つことになります。

第2巻は恐らく、徳子の入内を含めた平家の栄華と日宋貿易、頼朝の台頭、鹿ケ谷事件などに加えて平家の都落ち、壇ノ浦までが描かれることになるのでしょう。

飲み物-バーのカクテル
[ 2020/10/11 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『新・平家物語』総集編を観て 2

『新・平家物語』、第1巻の後半です。清盛は義母池ノ禅尼からの銭を麻鳥に渡します。麻鳥は何度も礼をして去って行きます。そして彼はその年の冬密かに讃岐に渡って、崇徳上皇の住居の前で笛を奏で、上皇はそれに聞き入ります。上皇はその8年後に崩御しますが、その間この讃岐に上皇を訪ねたのは麻鳥のみでした。

宮中では、後白河上皇の乳母の夫である信西が権力を握っており、やはり上皇の近臣である藤原信頼と対立していました。そして平家一門が熊野詣に行く隙を狙い、義朝と手を組んで、信西を亡きものにして権力を握ることを企みます。信西はわずかな従者を連れて逃げるものの、義朝の追手が近づいているとの情報から、穴を掘ってその中に入り、芯をくりぬいた竹を地上に出して呼吸をしながら、敵が過ぎ去るのを待ちます。しかしそれを目撃していた百姓がいたため、義朝軍から殺されてしまいます。

熊野詣の途中でそれを知った清盛は、万事休すといった状態でした。ところが家人の家貞が、武器や甲冑を荷駄に入れており、清盛たちは武装して信頼や義朝軍との戦いに臨みます。その頃清盛の館を、源頼政(兵庫頭)が訪ねて来ており、応対に出た時子が、いずれ主が帰ってからと言うのを聞いて、戦場で会うか清盛の招きを受けるかどちらかと、意味深な言葉を残して去って行きます。

両者の対立は避けられなくなっていました。これを受けて後白河上皇は幽閉先を逃げ出して仁和寺へ入り、清盛は二条天皇の脱出を助けます。天皇を迎え入れたことで、打倒信頼・義朝の勅命が下り、平家軍阿は三手に分かれて義朝の軍を攻め立てます。義朝軍には、この日が初陣の三男頼朝もいました。しかし最終的には平家軍に敗れ、中立を保っていた頼政の軍まで敵に回した義朝軍は、なすすべなく落ち延びて行きます。その途中頼朝ははぐれてしまい、また長男義平たちと別れた義朝は、尾張野間で裏切りに遭って暗殺されます。

頼朝はその後、平家の家臣である宗清と出会って六波羅へ赴きます。頼朝は将来出家したいという望みを抱いており、池ノ禅尼も彼の助命を嘆願します。清盛は直に頼朝に会って話を聞き、結局この頼朝と、常盤の子供たちの助命を認めました。これには弟の経盛と教盛が反対しますが、義弟の時忠は清盛に同意します。そして頼朝は、池ノ禅尼の手になる写経を受け取り、流刑地の伊豆へと去って行きます。

子供たち(後の阿野全成、源義円、源義経)と別れた常盤の嘆きはひとしおでした。ところがある日、清盛は源氏の残党である義平に襲われ、常盤がいる伊東景綱の屋敷に身を潜めます。そこで常盤に出会ったことで、逢瀬を重ねるようになり、清盛は、さぞ自分のことを恨んでいるだろうと言うものの、常盤はその清盛に、身をゆだねるようになります。

しかし常盤との密会は、敵の女を我が物にしたと評判が悪く、時忠が出向いて彼女に再婚を勧めます。常盤は、それに従うしかありませんでした。その後常盤は寺に詣で、子供たちの安全を祈願します。その後僧の案内で通された部屋には、清盛が待っていました。一人の男と女として会いたいと口にする清盛に身をまかせ、2人だけの時間を過ごした後、常盤は寺を後にし、この2人が再会することはありませんでした。

その頃時子は弟の時忠と外出していました。車を止めたその場所で、時忠は、御簾を上げるようにと言い、時子も外を眺めます。そこは西八条で、いずれここに平家の屋敷ができると得意げな時忠に、時子は、自分が欲しいのはそのようなものではないと言い、御簾を下ろしてしまいます。(第1巻後半終わり)

麻鳥の登場から平治の乱を経て、いよいよ清盛が名実ともに権力者になるまでが描かれます。この総集編では、崇徳上皇の狂気に満ちた振る舞いはありません。麻鳥が上皇を慕って、讃岐にやって来るまでが描かれています。そして、信西が我が物顔に政治を仕切るのを快く思わない信頼は、平家一門が留守の間に、信西を亡きものにしようと企み、これがもとで平治の乱が起こります。

しかし清盛が上皇と天皇を匿っている以上、信頼や義朝は朝敵にならざるをえませんでした。さらに、義朝の三男頼朝はこの平治の乱が初陣でした。『平清盛』とは違い、この大河ではセットでの撮影とはいえ、一応雪景色となっています。その雪を見つめる頼朝を見ながら、義朝はこう口にします。
「合戦と言っても雪合戦をしたい年ごろだなのに、その雪を血に染める合戦である」
後に頼朝がはぐれた後、八幡神に無事を祈る姿共々、義朝の父親としての愛情が窺えます。

しかしこの藤原信頼、如何にも小物臭のする人物で、自ら甲冑をつけて戦場に出向いたはいいものの、清盛の息子重盛から、烏帽子を射抜かれてしまいます。しかも平家一門が熊野に向かうのを、窓越しに眺めてにやにやしたりと、如何にもこの辺りは勢力争いに絡みたがる公家の姿です。しかしこの窓越しのシーン、何か既視感があると思っていたのですが、『国盗り物語』と『麒麟がくる』で、斉藤道三が信長一行を待ち受けていたその時に、当の信長のあられもない姿を見て仰天するシーン、あれにちょっと似ています。

清盛は一同に檄を飛ばす際、平治に、平安の都で平家が…と頭韻を踏んだ言い方をしています。そして戦は短時間で決着がつき、義朝一行は落ち延びて行く最中で、居眠りをしていた頼朝とはぐれます。その後義朝は暗殺されますが、頼朝は自分を狙っている者たちに気づき、無我夢中で刀を抜いて馬を走らせます。その後の様子が端折られていますが、恐らくは郎党と共に六波羅に行こうとしていたところを、平家の家臣に見つかり、その郎党が斬られてしまいます。平宗清が馬上からものを尋ねたため、自分はそのような身分ではないと、毅然として答える頼朝です。

平家の棟梁である清盛は、この頼朝、そして常盤の子供たちをどうするか悩んでいましたが、池ノ禅尼の要請もあり、助命することに決めました。これが後々禍根を残すことになります。頼朝が挙兵した後、自分を裏切った義仲の子義高を手にかけたのは、これが一因でした。ともかく頼朝は池ノ禅尼から、将来は出家するように言われてうなずきますが、一方で、別の人物から出家を思いとどまるように言われており、それにも同意していました。『草燃える』関連でちょっと触れていますが、頼朝という人物の二面性が、この時既に芽生えていたようです。

常盤は寂しさもあり、清盛に身をまかせるようになって行きます。しかし正室である時子は、それが面白くありません。時忠から西八条の屋敷の計画を聞かされても、そのようなものは欲しくないとにべもない態度を取ります。しかしその時忠は、義兄の体面も考えて常盤に再婚を勧めてはいるのですが…なお、この大河では2人の間に子供はできていません。

しかし仲代達矢さん、私としては『風林火山』の武田信虎のイメージが強いせいか、かなりお若いですね。無論、他の出演者も同様です。

飲み物-チューリップグラスのビール
[ 2020/10/10 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『新・平家物語』総集編を観て 1

『新・平家物語』の総集編を観たので、そのあらすじと感想を書いておきます。ただ、今回は第1巻しか借りられなかったため、そのうちの前半部分についてまず投稿します。

清盛の母泰子、かつての祇園女御は、子の清盛から自分の実父は誰だと詰め寄られます。清盛は、自分が白河院の落胤であることを知り、その真偽を母に確かめようとしたのでした。しかし思いあまって母を平手打ちにし、これがもとで泰子は清盛、そしてその弟たちを残して家を出てしまいます。そんな清盛を、父忠盛は温かく抱擁します。

その清盛も成人し、時子を思うようになります。自分たちは公家の番犬でこきつかわれている、自分と夫婦になってもいいことはないと言う清盛に、時子は貴方とならば極楽の花園だと答えるのでした。

その頃京では、比叡山の僧兵たちの神輿振り(神輿を担いで上洛し、寺側の意志を通すこと)が行われ、清盛はこれを止めようとして、神輿に矢を放ちます。清盛たちも奮戦しますが、最終的には名もなき民たちから石もて追われたことにより、事態は収束します。清盛は父忠盛からねぎらわれます。しかしその忠盛も病に臥せ、清盛は継母有子の目を避けて母泰子を呼び、対面させます。梅の花に雪の舞う日のことで、その後泰子は二度と清盛たちの前に現れず、父忠盛も世を去ります。

さらに、清盛の知らぬところで時勢が動いていました。近衛天皇への入内を巡る藤原忠通と弟頼長の確執、さらにそれに信西が絡み、頼長が崇徳上皇と接近することで、後の保元の乱の火種がくすぶり始めます。しかも近衛天皇は若くして崩御、さらに頼長が呪詛したのがその原因であるとされ、崇徳上皇方と、後白河天皇方に分かれての戦が始まります。

後白河方の源義朝は崇徳方の父為義と敵対することになり、途方に暮れます。しかも頼長は相手の夜討ちを甘く見ており、最終的に崇徳上皇を担いだ頼長は、逃亡しようとするところに矢を放たれ、興福寺の父忠実を頼ろうとします。しかし無用にことを荒げたくない忠実は、頼長をいわば見捨てたため、頼長は板輿の中で果てます。その後義朝は、愛妾常盤に会いに行きます。

そして崇徳上皇は、出家して讃岐に送られることになりました。その時、上皇の車に男が近づいて来ます。この男は元は伶人で阿部麻鳥といい、上皇と運命を共にしようとしたのですが、相手にされません。その麻鳥に清盛が近づきます。
(第1巻前半終わり)

この『新・平家物語』、OPは平時物語絵巻や平家納経も登場してかなり豪華です。クレジットがやや斜めになっているようなのが残念です。清盛の母泰子は、夫に着物をあれもこれも欲しいとねだったり、子供との確執から家を出たりと、なかなか奔放な一面があるようです。その泰子も、既に再婚していた夫が病気になった時は、清盛のはからいで密かに対面したりもしています。この時泰子が、かつて夫と歌った今様を、牛車の中で口ずさんでいます。やはりこの人は忠盛を愛していたようですね。

お馴染み保元の乱が登場します。あくまでもこれは総集編なので、そう詳しくは描かれていませんが、頼長が逃げ出そうとして矢を受け、父忠実に取り合ってもらえなかったところは、かの『平清盛』と同じです。無論この時は、鸚鵡の「父上、父上…」はありませんでした。しかしその後すぐ、義朝は自分の父を斬らざるを得なくなるのですが、その描写は入っていないようです。代わりに常盤に会うシーンが出て来ます。

それと近衛天皇崩御後、雅仁親王、つまり後白河天皇が践祚するわけですが、それも登場しません。その代わりというか、崇徳上皇が讃岐に流されるところ、そこに奇妙な男が現れるシーンは出て来ます。この麻鳥という人物は、原作の最後まで登場しています。

ところで清盛の弟、経盛を演じているのはかの古谷一行さんです。また、少年時代を演じているのは、郷ひろみさんです。

あと『平清盛』では「王家の犬」が有名になりましたが、この時は「公家の番犬」という言葉が使われています。いずれの場合も「犬」であることに、当時の武士の立場が窺えます。清盛も少年時代はあまり身ぎれいではありませんが、『平清盛』の平太ほど派手かつ過激ではありません。それから、この当時の大河は「紀行」がありませんが、総集編冒頭は厳島神社が登場し、清盛と弟たちが雅楽を鑑賞するシーンから始まります。

飲み物-パブのビール2
[ 2020/10/09 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

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