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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『鎌倉殿の13人』第35回「苦い盃」あらすじと感想-1

第35回「苦い盃」前半部分のあらすじと感想です。


実朝は三善康信に、政子が置かせた冊子について尋ねる。尼御台が書き写したと答える康信。その中で実朝が気に入ったのは、他ならぬ父頼朝の巻狩りの際の歌だった。政子はそういう頼朝の経験を、励みにするように実朝に言い聞かせ、思いを歌にしてみてはどうかと促す。

坊門家の千世の鎌倉到着が間近に迫っていた。早く跡継ぎが生まれるといいですねとのえ。義時は子が欲しいかと尋ねるものの、時政とりくの子の政範を例に取り、子がいたらいたで何かと大変だと言う。のえは義時には、泰時がいれば満足と言うものの、祖父の行政の前では、男児を産んで北条の家督を継がせると野心を露わにする。さらに、そうでなければあんな辛気臭い男に嫁がないと吐き捨てるように言い、その場を立ち去る。

その泰時は、のえのもうひとつの顔を図らずも目にしたことから、父にこのことを伝えるべきかと迷う。あまり関わらない方がいいと初は言うが、泰時はこのことをぼやいていた。そして元久元(1204)年12月10日、千世は鎌倉に到着し政子に挨拶をする。しかしりくの方は、自分が望んだこととはいえ、千世を迎えに行った政範は最早おらず、この姫と顔を合わせる気になれなかった。

そんなりくに時政は、子供の頃皿を割って父に叱られたこと、しかし皿に盛った料理のことは覚えていること、皿はいつもうまい料理を載せて俺たちの前へ並ぶと言って、りくを慰めようとするがこれは裏目に出た。りくは、政範と皿を一緒にされるのが面白くなかったのである。

慌ててその場を取り繕おうとする時政に、りくはしい様らしいと言ってようやく気を取り直す。やがて婚儀が執り行われるが、千世と実朝を見るりくは複雑な心境だった。また三々九度の盃を手にして戸惑う実朝に、実衣は召し上がってよいのですよと声をかける。

鎌倉に戻った畠山重保は義時に挨拶をする。政範の急死に関して大江広元は、人間わからぬものにございますと言うが、父重忠は、重保からその件で話があると伝える。重保いわく、政範が死んだのは到着して2日目のことで、宴の最中に突然倒れて帰らぬ人となっていた。しかも重保はその前夜、平賀朝雅が毒物と思しき容器を手にして、汁に混ぜるのかと医師に尋ねているのを聞いていたのである。

政範の死後、重保は朝雅にそのことを問い詰めるが、朝雅は知らぬ存ぜぬ立った。ならばあのやり取りは何であったのかと問いただす重保に朝雅は、自分は供応役である、味付けに気を配って何が悪いとはねつける。重保はそれは嘘だと食い下がるが、朝雅は、このことを人に話すと自分の正気を疑われると、侮るような言い方をする。

重保は義時に、2人の会話は決して味付けに関するものではなかったと訴え、義時も重保が知らせてくれたことをねぎらい、調べてみることにする。一方で朝雅は仏壇に手を合わせ、翌日京へ戻るとりくに伝える。りくもいずれ、東山の政範の墓所へ参る予定でいた。その朝雅は、政範の急死に関して毒殺の噂が流れていることに触れ、武蔵の国務を巡って重忠が北条ともめていることに言及し、重保が毒を盛ったようだとりくに吹き込む。

その上で朝雅は自分が疑われていると言い、畠山の策略に嵌るなとりくを牽制して畠山が何を言っても信じるべきではないと駄目押しをする。朝雅の言葉を信じ込んだりくは、時政に、政範の敵を取るように哀願する。時政は、畠山はちえの嫁ぎ先であると言うが、ちえはりくに取っては血縁関係にはなかった。そしてりくは、畠山は自分と政範を北条一門と思っていなかったからこそ、このような非常な真似ができると感情を高ぶらせる。

義時は朝雅にこの件について尋ねる。勘ぐる者も多いと言う義時に、朝雅は一番驚いているのは自分だと言う。義時は、遺体は速やかに東山に埋葬されたものの、冬の今なら遺体を移すこともできたと義時は言い、毒を飲ませると遺体の顔色が変わるので、すぐに死因がわかると義時は探りを入れる。しかし朝雅は一笑に付し、その後無礼なと義時を睨みつけて去る。

この件は軽率に答えを出すべきものではなかった。りくは畠山を討てと息巻いているが、時政もそのようなことはしたくはない、重忠はいい婿と言うものの、政範が可愛い息子であったのもまた事実だった。時房は、自分たちに取っても可愛い弟だったと父に同調する。しかし時政は畠山討伐でほぞを固めていた。そして義時は、執権と言えども、鎌倉殿の花押が入った下文がない限り、鎌倉で挙兵することはできないと父を諫める。

時房も義母上に振り回されるのはやめるように、息子として恥ずかしいと父に頼むが、時政は聞き入れずに立ち去る。最後のは余計だったと義時。その義時は三浦義村に相談する。義村は重忠は優男だが、必要なら立場を変える覚悟があると言い、例として壇ノ浦でも進んで漕ぎ手を射止めていたことを指摘する。

そこへのえがやって来た。繕い物をしていたと言い、義村に挨拶をする。義時はのえに酒の用意をさせるが、義村はのえが手を突いた時、飯粒がついているのを見て不自然に思っていた。握り飯を食べながら縫物はしないからである。

康信から歌を習う実朝は、あまり筆が進まなかった。康信は新しい御台所を褒め、気もそぞろになられるのも仕方はないと言う。しかし実朝は自分に侍している泰時の様子が気になっていた。その一方で義時は政子に会い、りくに会ってくれと頼む。政範を亡くして滅入っていたところへ、朝雅からあることないことを吹き込まれ。気を落ち着かせるために話を聞いてやってほしいというわけだった。そして義時は重忠と話をするつもりでいた。政子は、戦にしてはならぬと念を押す。


冒頭の頼朝の歌、平安時代は富士山から煙が立ち上っていた時代でした。『竹取物語』の富士山頂で薬を焼く場面も、この煙を踏まえたものとされ、また『更級日記』にも煙のことが書かれています。和歌を画面に入れるのは大河ではよく行われますが、特に『平清盛』で顕著でした。この大河が放送された2012年に、BBC版『シャーロック』の第2シリーズが放送されていますが、この時もメールの内容(日本語版)が様々な色やフォントで紹介されていましたが、大河の影響を受けたのでしょうか。

のえ。もうひとつの顔をちらちらと、分かりやすいほどに見せて来ます。逆を言えば裏でのどす黒い野心があるからこそ、別の面ではさばさばした、物わかりのよさそうな人物でいられるのかも知れません。りくの野心が可愛く見えてしまいます。

そして時政の皿の話。何かでこれに類する話を見聞きしたような気がしますが、生憎今はちょっと思い出せません。しかしりくは、政範は皿ではないと言わんばかりに怒りをあらわにします。尤もこの夫がこれ以上気の利いたことを言えるわけもなく、逆にそうだからこそ、自分の言うことを聞いてもくれるわけで、りくは何とか気を取り直します。そして実朝と千世の盃の儀に列席しますが、この2人にどこか曰く言い難いものを感じているようです。

その政範の件。なぜ夏場でもないのに、遺体を鎌倉へ移さずに京で埋葬したかについて、義時は暗に、毒物を飲ませたのではないかと朝雅に尋ねます。この毒が附子=トリカブトであった場合、確かに顔が歪んでしまうことはあるようです。毒を混入させるとは、三谷さんらしいミステリ仕立てですが、かなりストレートな展開にしたなと思います。余談ながらつい最近『名探偵ポワロ』の「黄色いアイリス」を観ましたが、この中でシャンパンに青酸カリを入れるシーンが登場します。この時は、殺される側の身内が犯人でしたが、2度目の殺人のための設定がいささか不自然に思えもしました。

そして畠山との戦にならないようにとの政子の期待、またも裏切られることになりそうです。あと重忠と重保父子ですが、場合によっては罪を被せられないように白を切りつつ、隠棲することもあるいはできたでしょうが、まだそういう時代ではなかったのか、あるいはそういう性格ではなかったのか。

飲み物-グラスに注がれたエール
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[ 2022/09/13 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと―持ち上げる今年そして叩く昨年

『武将ジャパン』大河コラム続きというか、まず三谷さん脱稿関係です。そしてそれに絡めるようにして、まあ例によって例の如くと言いますか、『青天を衝け』をかなり叩いています。

朗報です。
まだ8月末なのに、脱稿したそうです。
(注・関連記事リンクがありますがここでは省いています)
決定稿にするまで手を入れるから、そのせいでギリギリまでかかるのだろうけれど、プロットの仕上げそのものはそう遅くないだろうと。
これはドラマを見ていればわかります。

三谷さんにしては早い方なのだろうと思います。しかし何度も書くようですが、これがガイドブックの発売に影響している印象もありますし、早い人は、放送開始後間もなく脱稿ということもあるようです。

今回は頼家の暗殺が、風呂場でなく猿楽の舞台でした。
あの猿楽は手間と時間がかかるため、いきなり決めてできるものとは思えないのです。
本作は作りに時間がかかるような場面が多い。
小道具や衣装も手間暇かけています。時間にある程度余裕がなければできないはず。

猿楽のシーンはあらすじと感想でも書いていますが、『太平記』で、柳営(将軍-この大河では執権-の館)に招かれた猿楽衆の中に、刺客が入り込んでいたのをベースにしているように見えます。武者さんがこれを観ているかどうかはわかりませんが。しかし猿楽だけでなく、他にもある程度の時間を見て取りかかるべきシーンというのはあります。武者さんがなぜここで『麒麟がくる』の能のシーンを持ち出さないのか、それがよくわかりません。『平清盛』の舞楽のシーンなども同じでしょう。

そして、

ですので、こういういい加減な報道に私は割と苛立っていました。
「三谷幸喜の『Nキャス』MC就任に大河スタッフが顔面蒼白!脚本が間に合わない!?」(注・本文は記事へのリンクあり)
三谷さんご本人の怒りは、私どころじゃないでしょうけれど……代わりに憤りをぶつけさせていただきます。
そもそも、そこまで脚本が決定的に遅い人が、三度も大河に起用されるものでしょうか?

別に武者さんが、代わりに怒っても仕方がないと思うのですが…。しかしこれも嫌いな大河だったら、我が意を得たりとばかりに紹介するのではないのでしょうか。何せ今までがそうでしたし。それと三谷さんの起用、本人の意向もあるいはあったかも知れませんし、『真田丸』が割とよかったから、もう一度となったのかも知れません。ファンからの要望もあったでしょう。

それと好きな大河の割に、こういうツイをするのですね。歴史系ライターを名乗っていて、大河コラムを有料で書いている人が、これはどうかと思います。

小檜山氏ツイ義時関連

そして嫌いな大河に関しては、武者さんはこの通りです。

近年で脚本が遅れていると判明したのは『青天を衝け』です。脚本家が歴史に馴染みがないか、好きでなかったのだろうと感じました。
大河にはガイドブックがあり、おおまかなプロットが放送前にわかります。
そのプロットから根本的な部分が変わっているとなると、あまりに時代考証がおかしいと判定されたため、その後に修正されたと想像できます。
去年はそういう妙な変更やカットが多かったんですね。

昨年でなくても、ガイドブックと実際のドラマとのギャップは何度か見られました。嫌いな大河だから騒いでいるのでしょうが、今年もガイドブックと、実際のドラマのギャップはありますけどね。

ともあれ、まず2021年という年を考えてみたいと思います。

前年の2020年に行われるはずだった東京オリンピックとパラリンピックが1年延期され、この年の夏に行われることになりました。当然NHKも放映権を持っているわけで、中継に当たって大河ドラマの放送をいくつか削らざるを得なくなります。恐らくはそのせいで、脚本にいくらか変更を加えざるを得なくなったのも一因でしょう。かてて加えて、コロナ禍で収録と放送の休止を余儀なくされた『麒麟がくる』が、翌年にまで放送がずれ込んだため、当初の予定とはかなり違ってしまったのではないかと思われます。

事前にガイドを読んで「これをそのまま放送したらまずいだろう」と思っていると、実際の放送ではカットされて、どうでもいいシーンが追加されていた。
一例として、長州征伐の西郷隆盛です。
天狗党を大量処刑したことと比較して、流血を回避した西郷隆盛を褒めるニュアンスのプロットがありました。
しかし、戊辰戦争と西南戦争を引き起こした西郷が流血を避けるなんて、まずありえない話。
幕末史の基礎でしょう。

ちょっとわからないのですが、武者さんは、第一次長州征伐が武力衝突なしで終わったのをご存知ないのでしょうか。
『西郷どん』でもこの時は、西郷吉之助が徳川慶勝に直訴して平和的解決に持ち込んでいます。またこれに対する条件として、禁門の変を京で指揮した長州藩の三家老の切腹や、藩主父子の謝罪、さらには五卿の筑前への移転などが行われています。

そもそも武者さんは、自分が好きな大河の描写に沿っていないと気が済まないようですね。『八重の桜』、『西郷どん』そして『青天を衝け』、それぞれの西郷の描き方があるはずです。それを言うのなら『麒麟がくる』の光秀も、私は今一つ納得できないところがありました。

ゆえに、放送時はそうしたニュアンスの誘導はバッサリ消えていました。
小道具、衣装、VFXの処理もおかしかった。
店のインテリアとして「風神雷神図」の屏風があった。
本物のわけがありませんし、偽物にせよ店にあんなものは置かないでしょう。質感からして大型プリンタで印刷して貼り付けたようなのっぺりとしたものでした。
書状や書籍も、きちんと筆で書いたものではなく、印刷したのでは?と思えるものがしばしば見えた。

「そうしたニュアンスの誘導」とは何でしょうか。「これをこのまま放送したらまずい」ということでしょうか。何だか意味が通じにくいですね。

そしてあれがおかしい、これがおかしいとありますが、ならばもう少し客観的な説明をつけてほしいものです。あのパリの風景などは割とよかったと思いますし。『風神雷神図』がおかしいのなら、画像を貼ってどことどこがおかしいくらいに指摘するのなら、それはそれで納得できるのですが。あと「印刷したのでは」と言うのは、具体的にどんな書状や書物でしょうか。近代日本であれば、もう印刷された書物が出て来てもおかしくないでしょう。

そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます。
昨年は、ただの手抜きではない、不吉な予兆がいくつもありました。
そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石。
来週以降も期待して待っています。

「そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます」
これもどういう意味なのか不明。
そして
「ただの手抜きではない、不吉な予兆」
これも何のことやら。そしてさらにおかしいのが、
「そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石」
なぜ『青天を衝け』の脚本の細部を見ていれば、今年は盤石になるのでしょうか。

この部分、要は
「こういう細かい部分がおかしいと、脚本の進み方にも乱れが出て来そうです。単に手を抜いたとかでなく、もっと失敗しそうな何かを感じずにはいられません。こういう細部への詰めの点では、今年のは昨年よりまともです」
こう言いたいのでしょうか。しかしもう少しわかりやすい日本語で書いて貰えないものでしょうか。無論私は、昨年のが今年より劣っているとは思わないし、最初の方で書いたように、放送日程の急な変更でやむを得ない部分もあったかと思います。寧ろ昨年に比べた場合、今年はやはり如何にも三谷さん的展開で、やや食傷気味に感じられることもあります。

そしてこの「今年はやはり盤石」、「来週以降も期待して待っています」なのですが、ちょっと無理が感じられます。本当に面白ければ、わざわざ昨年の作品と、何かにつけて比較する必要もないわけです。『青天を衝け』を、未だにかなり意識しているのだろうとは思いますが。


飲み物-パブのビール2
[ 2022/09/03 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 67その3

『武将ジャパン』MVPと総評ですが、何でもMVPは全成と実衣だそうですが、例によって出番が多い人々をMVP認定しているように思えます。全成はともかく、私なら比企能員を選びますね。そもそもMVPというのが、ページ数を増やすためだけに存在しているようにも見えます。

で、例によってかなり長々と書かれているので、主な部分だけピックアップしておきます。

しかも(注・全成の呪詛は)この時代ならではのもので、もっと後の仏僧ではこんなことあまりしないと思います。そういう未分化の呪術に意味を持たせる所作をするって、相当大変な努力が必要だと思えます。
そういうことに気を抜かなかったからこそ、豪雨の中で祈り、奇跡を起こすという場面につながったのではないでしょうか。
気を抜いているようで真剣に真面目に呪詛祈祷をしていたからこそ、ああいう凄絶な場面になったと思えます。

「そういうことに気を抜かなかったからこそ」とは、どのようなことに気を抜かなかったからなのでしょうか。また、大変な努力とはどのような努力なのでしょうか。そういうのが書かれていないから、このコラムにありがちな曖昧な雰囲気のままで終わっています。
あのシーンは恐らく、それこそ日蓮の龍の口法難をベースにした創作でしょうし(『吾妻鏡』では知家が処刑したとしかありません)、また全成があのシーンで「気を抜いていた」ようにはとても見えないのですが。

全成はトボけていた。実衣は野心にギラついて嫌われかねない性格の悪いところが出てしまっていた。
これから先、この二人はあの凄絶な最期と、ほのぼのとした夫婦愛を同時に思い出すことになるのでしょう。

というか、全成は三谷さん一流のコントシーンに登場することが多かったですね。実衣は野心にギラつくと言うよりは、北条の娘であり、周囲も身内やその家人であり、さらにあの思ったことをずばりという性格ですから、逆に隙を与えた感もあります。寧ろ野心にギラついているのはりくの方であり、実衣があのくらいの隙のなさであれば、また全成共々違った運命を与えられたでしょう。

またこの二人はとありますが、全成は既に亡く(他に意味があってこう書いているとも取れますが)、実衣がかつての夫の思い出と共に生き、兄義時から聞かされた夫の最期を、折に触れて思い出し、あるいは千幡にそれを伝えるのでしょうか。

死んだ全成も気の毒ですが、叔父の粛清という素晴らしいカードをきちんと切れない頼家も苦しくなってきました。
せっかく全成を殺すのならば、その領土なり地位を分け与え、かつ御家人を引き締めるように持って行けたらよかったかもしれない。

この場合全成に直接手を下したのは八田知家であり、そうするように差し向けたのは、比企能員ではないかと思います。頼家は、この叔父がしたことに対して怒りはしましたが、最初は流罪であり、尚も(能員に命じられたとはいえ)、呪詛を行ったため処刑に及んだわけでしょう。それに全成の領地である阿野荘は、嫡男時元に与えられなかったでしょうか。

中国史ならば前漢・劉邦、明・洪武帝が得意とするところです。
功臣粛清なしで王朝を築けないか?
その答えが泰時愛読書『貞観政要』にあります。

ここでまた中国史。中国史について書かないと、このコラムはOKが出ないのでしょうか。この時代は前漢でも明でもなく、日本の鎌倉時代初期です。

で、某カルト教団について触れた後で、ネット会話の「神」についてどうのこうの。

「この脚本家のあの作品は素晴らしかった! だから今度も神脚本になる!」
これも一種の信仰です。
ドラマの出来がいかに悪くなって、脚本家が名義貸しばかりのような実態でも、見る方がひとたび信じれば、その人にとっては真実になります。
私は三谷さんは好きだけれども、別に信じて崇めているわけではありません。
実際に見て面白ければ納得するけど、そうでなければ突っ込む。
それが“信仰”に依らぬ理性での判断でしょう。
今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い。

「“信仰”に依らぬ理性での判断」
とありますが、このコラムを今まで観て来た限りでも、寧ろこの大河は絶対というか、「この脚本を信じています」といった記述も少なからず見られますし、「信じて崇めているわけではありません」などと強調するところも、どうも疑問に思えてしまいます。
そもそも
「今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い」
とありますが、「人間と信仰の本質も見えるような仕掛け」と言うのは、具体的にどういうことなのでしょうね。そういう仕掛けがあるのなら例を挙げてほしいのですけど。

また義経が登場していた回などは、義経と重忠はイケメンでどうこうと、『花燃ゆ』や『青天を衝け』で批判していた点をここでは評価していてダブスタだなとは思います。あと「ドラマの出来がいかに悪くなって」は、『平清盛』と『カムカム』の脚本家さんのことでしょうか。

そして
「でも、だからこそ「神回」とか「神脚本」という呼び方は好きになれない。
信仰ではない理性で判断することも必要なので」
なのだそうですが、別に神回、神脚本でもいいと思います。ファンによっては、そう呼びたい時もあるでしょうから。寧ろこうい意見に対してあれはいやだ、アンチのは見たくないなどと一々言うのであれば、ドラマのライターなどなさらない方がいいのではないでしょうか。すべてが武者さんの理想通りに進むわけではないのですから。

そしてまた『麒麟がくる』。

『麒麟がくる』の光秀もそうですが、義時も“巻き込まれ型”です。自分が先頭に立ち、かっこいいリーダーシップを発揮するわけでもない。
しかし、結果的に何かしている。
大河の主人公といえば颯爽とした笑顔で、さわやかに活躍するイメージがあるかもしれない。
それが結果として受け身で、どんどん目から光が消えていく……ってのは一体どういうことなんだ。
そんな中で、義時が己の使命に覚醒しましたね。
「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために何をなすべきか。鎌倉殿の元で悪い根を断ち切る、この私が!」
義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ。

これ、あらすじの方では「義時にはビジョンがない」と確か書かれていたと思いますが、ここで「結果的に何かしている」とあります。要は光秀は一旦壊れた体制の再生を夢見ますが、義時の場合は出来上がりつつある体制の死守ということであり、守るということは、妨害する勢力を根こそぎ封じてしまうわけですから、このようなセリフになるわけです。
それと義時も当初はいささか地味ながらさわやかな印象でした。大河の主人公は、大体夏から秋頃にかけて、人生の大きな課題に直面し、年齢も重ねてさわやかさは失われて行きます。何度も書くようですが、武者さんの嫌いな大河の主人公もまたしかりです。

それと
「義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ」
何だかこういう部分の表現が、失礼ながら幼稚な感じですね。義時は最早鎌倉幕府にあだなす者に容赦はせず、常に構えるようになったというところでしょうか。

比企一族との対峙については、よりえげつない設定に進みそうな本作。
次週以降、さらに救いがないでしょうから、身構えておきたいところです。

というか、もう大体どのようになるか予想はついています。比企能員の変が次回ですね。でさらに頼家の死、和田義盛の討伐と続いて行くのでしょう。

今年の大河は日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』路線であって欲しい。そんな願いが叶いつつあります。
主人公の目から光が消えるという意味で、司馬懿主役の『軍師連盟』にも近い。

別に大河は『ゲーム・オブ・スローンズ』でも中国映画でもないし、またそうある必要もないのですけどね。
他にどのような映像作品を観ようが武者さんの勝手ですが、なぜこういう明らかに違う文化、違う時代設定のものになぞらえたがるのでしょう。

追い詰められたらどんだけ酷いことをするか、義時は証明してくれます。
全成は誰も恨むなと言った。義時は恨むことすら忘れている。
ただ害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ。
義時を怒らせた連中が悪いのです。

追い詰めるというより、それぞれ守る領分があって互いに譲れないということでしょう。義時は恨むことすら忘れているのではなく、私怨というのがプラスにならないからではないでしょうか。例えば比企能員は多分に私怨に囚われている感があり、その辺りが能員と義時がかなり異なって見える一因かと思われます。

しかし
「害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ」
もうちょっと表現を工夫できないでしょうか。「風雲急を告げる中、彼は今後獅子身中の虫というべき存在と対峙し、やがてもっと大きな存在にも戦いを挑むことになる」と、一応書いておきます。
それと「義時を怒らせた連中が悪い」というのは思考停止に過ぎますね。相手にも道理があるし、逆に義時に嵌められた人もまたいるでしょう。武者さん、最近あまり引用しない『八重の桜』の、「西国諸藩にも義がある」という意味の言葉、時代は違いますがあれにやや近いかと。

飲み物-マグとビール
[ 2022/08/12 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』クランクインと新キャスト

安倍晋三氏の件、驚きでした。ご冥福をお祈りします。個人的には同意できる部分もある一方で、そうでない部分もありました。

さて、『どうする家康』もクランクインしています。そして第3弾のキャストも発表されました。

【第3弾】2023年 大河ドラマ「どうする家康」新たな出演者発表!──こんなくせ者が周りにいて“どうする”?「徳川家臣団」

松山ケンイチさんは『平清盛』以来久々の登場です。木村昴さんは、今年の以仁王でしたね。今年の出演者が来年も出て来る可能性はありそうです。

それからこちらは甲冑を着けたキャストのコメントです。大高城に兵糧を運び込むシーンだから、桶狭間の戦いの直前、正に家康の、人生に於ける最初の岐路となる時期です。

2023年 大河ドラマ「どうする家康」撮影順調!
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=34803

坂井忠次の大森さんと本多忠勝の山田さんは『ちむどんどん』枠でしょうか。

そして最後になりましたが、クランクイン時の松本潤さんのコメントです。

2023年 大河ドラマ「どうする家康」クランクイン!
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=34510

(関連記事はいずれもNHKサイトより

飲み物-ウイスキーロック
[ 2022/07/09 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 52

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第22回「義時の生きる道」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

1.亀騒動のとき怒って伊豆に引っ込んだのは時政でした。今度は義時が引っ込んでしまい、それを頼朝自ら引っ張り出しに来ています。
重要性が上がったのか、それとも義弟への愛ゆえか。

2.この流れは実に日本史らしい、独自で特有な会話です。
どのあたりが?というと、主に以下のような部分。
(注・中国の諸王朝には易姓革命があり、外戚排除があるという記述。長くなるのでここでは省略)

3.兼実は有能で、策略もあり、そして人間らしいと思える。
麻呂眉に白塗りで高笑いをする。そんな『柳生一族の陰謀』に出てきた烏丸少将文麿のようなテンプレ公家描写ではありません。

4.ちょっと違和感があるのは、大江広元もその場にいたことでしょう。義盛に「田舎者と飲んで楽しいのか」と聞かれると、珍しく心底嬉しそうに語り始めます。頭の固い都の連中を見限って鎌倉に来た。それがこうしてリベンジを果たすように上洛できた。坂東の勇者のおかげだとホクホク顔です。
広元は学業が優秀でしたが、身分が悲しいことに低かった。

5.そして義盛は、小四郎の再婚相手を勝手に探しているときた。なんなんだよ……。
いや、それよりツッコミたいのは義村のこのセリフでしょう。
「女子を失った深い穴を埋めるのは、女子しかない」
おいおーい。川に入って鶴丸だけ助けて、八重を忘れて一息ついていた義村。
考えようによっては、義村の迂闊さが八重の死に繋がったと言える。この人は用意周到なようで雑なところもありますから。

1、亀騒動の時と八重の死ではそもそもの意味が違いますね。あの時は時政が御家人との橋渡し役をしていたのにいなくなり、頼朝も困ったわけですが、今回はその必然性があまりない。結局法皇との会話にあるように、大軍を引き連れて行くという目的で、義時にも白羽の矢が立ったと思われます。
あと「重要性が上がった」とありますが、重要性なら「増した」ではないでしょうか。

2、法皇と頼朝の会話ですが、この会話そのものに秘められた双方の駆け引きについて、特に「武士どもはおとなしくさせなければならない」と言う頼朝の言葉について、もう少し言及してほしいものです。それから朝廷が与える誉れと、大姫の入内はセットになっているはずなのですが、それには触れず、中国諸王朝との違いばかり書かれているのはどうかと。結局中国関連のことを書きたかったのでしょうか。

3、「麻呂眉に白塗りで高笑い」は、後世の武士が主力になった時代の、無力だがプライドは高い公家のステレオタイプでしょう。この時代まだそういうものはないはずです。ただし『平清盛』で、お歯黒をつけた、如何にもなお公家さんはいたかと思います。

4、確かに下級貴族である広元は、鎌倉に来て本領発揮をしていますが、坂東武者への挨拶は、あらすじと感想でも書いたように、広元なりの処世術であるかと思われます。

5、義盛はああいう性格で、しかも酒が入っていること、八重がいなくなって義時が浮かぬ表情でいることなどから、義時にいい女がいないかとなるのも無理からぬことです。そして三浦義村。このことは小檜山氏のツイートにもありましたが
「おいおーい。川に入って鶴丸だけ助けて、八重を忘れて一息ついていた義村」
ここのシーン、まず鶴丸を連れて岸に戻り、様子を見ていたところで(当然八重も後から来ていると思っていた)、金剛が母を呼ぶ声に気づき、振り向いたら八重がいなくなっていたわけです。義村が意図的に殺したわけでもなく、事故であったとしか考えようがないのですが。
(尚この『女子を失った深い穴』のセリフ、やはり『きのう何食べた?』を思い出します。第14巻で、タブチくんと彼女が、パウンド型でフィナンシェを作る回の冒頭に登場します)

6.確かに、御家人って危ういですよね。不満があるからって、すぐに謀反だの何だの、そんなに目立つ不穏な動きは控えればいいのに。
「鎌倉殿に不満がある会」には三浦義澄、千葉常胤、土肥実平、岡崎義実……という上の世代が集まっていました。
上洛は金がかかるし、メリットもわからん!

7.下の世代は上洛のメリットを理解していて頼朝の飲み会不在を愚痴っているけれども、上の世代はそうでもない。その辺、頼朝がきっちり説明すべきでしょう。

8.このドラマは時代考証がシッカリと練り込まれていますが、創作ですので表現上の強調はあります。
上の世代が、史実よりも教養が低く、荒っぽくされているのもその一例。
実際には、ここまで上洛が理解できていなかったとは言い切れません。ドラマはあくまでドラマです。

9.特に本作は【東と西】あるいは【武家と朝廷】という対立の構図が強調されます。
序盤における北条宗時の台詞や、オープニングで武士と天皇(朝廷)が対峙するようなイメージからも見て取れますね。
華夷変態――朝廷と武家の力が入れ替わる――そんなテーマが根底にあると思えます。

10.赤ん坊を抱く阿野全成。隣には妻の実衣(阿波局)が居て、兄の義時がまだ引きずっていると話しています。義時は育児に追われて大変。

6、ここで法皇との会話の中での頼朝の
「武士どもは別、あの者どもをおとなしくさせねばなりませぬ」
という言葉が生きて来るのではないでしょうか。特に年配の世代は、昔の平家支配の頃は坂東の豪族であったことから、こういう都との付き合いその他に馴染めず、頼朝との関係に齟齬が生じているかと思われます。

7、「下の世代は上洛のメリットを理解していて頼朝の飲み会不在を愚痴っているけれども、上の世代はそうでもない」
ただこの上の世代は、それを受け入れるには年を取り過ぎた感もありますね。

8、「このドラマは時代考証がシッカリと練り込まれていますが」
どこにどのように練り込まれているのか、それをまず具体的に書いてほしいです。
「創作ですので表現上の強調はあります」
「ドラマはあくまでドラマです」
何だか武者さん、はじめの頃は坂東武者は荒っぽくて野蛮などと書いていたと思いますが、ここに来て多少変わって来たように思います。そして上の世代が教養が低く荒っぽいという点、上の方で書いていますが、彼らは若い時に坂東の一武者として過ごし、幕府というシステムに組み込まれにくい、あるいは組み込まれるには年齢を重ね過ぎてもいるとは思われますが、そういう点をいくらか誇張している感はあります。

9、これ、OPの最後の部分だけを見て判断していないでしょうか。
このタイトルバックに関しては、ニッコームックのガイドブック後編、40ページから41ページにかけて、制作担当の高野善政氏による「タイトルバックの世界観」という解説記事がありますが、それによると承久の乱だけでなく、13人の合議衆や壇ノ浦の戦い、鎌倉の街並み、蹴鞠なども盛り込まれているわけで、実際に見てみると確かにそうなっています。ですから単に朝廷と武家との対立だけがテーマではないし、蹴鞠には公家だけでなく、頼家や実朝も参加しているという設定です。
ちなみに壇ノ浦のイルカや八艘飛び、義時を救ったとされる白い犬も隠しアイテムとして登場します。

10、京から戻って来ているというのを明記してほしいなと思います。実衣のセリフに
「京から戻っても、結局御所には行かずじまいですって」
とあります。義時は京で畠山重忠から、年配の御家人たちが頼朝をよく思っていないというのを聞かされ、あるいはそれも浮かない表情の一因となっているのではないでしょうか。無論実衣はそれを知らないから、兄上はやはり八重のことが忘れられないと言い、全成も、忙しくすることで気を紛らわせていると考えているようですが。

11.五郎の田邊和也さん、十郎の田中俊介さん。
どちらも精悍で、声もしっかりしていて、古いタイプの坂東武者感があります。これからが生きづらくなる性質に思えるのです。

12.ここで忠常がやっぱり無理だと脱落してゆきました。金剛は餅をつまむなと叱られつつ、食べています。

11、ここは逆ですね、十郎が田邊さんで、五郎が田中さんです。公式サイトにアップされているのですから、チェックしてほしいです。

12、このシーン、金剛は餅を食べていません。つまむな、持って行って食べなさいと義時に叱られた後、持って行ったかも知れませんが、食べるシーンは出て来ません。寧ろ食べているのは義時と政子ですね。

飲み物-レッドビール2

[ 2022/06/08 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 50

『武将ジャパン』大河コラム、後半部分での疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第21回「仏の眼差し」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/05/30/168582


1.和やかな雰囲気の中で、時政に向かって「八重が渡したいものがある」と義時が告げます。
子供たちと編んだ草履です。

2.というのも時連は、りくから生まれてきた男児の異母兄にあたります。それでも母の身分が低いから、北条の跡取りになれません。

3.そんな時連が大姫に頼まれて手にしているものはイワシの頭でした。

4.矛先がぶつけられたのは畠山重忠でした。

5.なんでも最近は比企が目立っているし、梶原景時が奥州合戦では兵を任されるし、どういうことか?と。万寿を擁する比企への対抗意識が見て取れます。梶原景時も万寿側とされているようです。

1.和やかな雰囲気と言うよりは、兄弟姉妹たちの挨拶が一通り済んで、タイミング的にもいいと思ったからではないでしょうか。あと義時は「八重が渡したいものがある」と言ったのではなく、「八重が自分で編んだのです」と言っていますね。

ところで「金剛草履」というものがあります。実はこの草履が安価で売られたことから、「二束三文」の語源となっています。

2.「りくから生まれてきた男児」とありますが、「時政とりくの長男(後の北条政範)」とでも書いてほしいですね。この人は時連のみならず、義時よりも上に見られていたと言われています。無論これはどの家でもそう違いはありませんでした。

3.時連はイワシの頭でなく、イワシそのものを何匹かザルに盛ったのを大姫に渡しています。その頭を大姫が取っていたわけですね。

ちなみにこのコラムの後の方で、【神道】なる見出しがあり、土肥実平の土を掘り返すなというセリフや、畠山重忠の神罰関連の記述があって、さらにその後で「大姫のイワシの頭もこの類でしょう」とあります。ただ節分の際に、ヒイラギの枝にイワシの頭を飾る習慣に言及されていません。イワシ=魔除けといえば、これをまず書いてほしいですね。

それから皆が一堂に会している場所で、大姫が呪文を書いてあげますと言って文机に向かうシーンがありますが、ここの箇所がほぼ無視されています。マイペースであると書かれているにはいますが、彼女がこれを書き上げたことで、政子と八重の会話が一旦途切れるわけですし、「レビュー」ならもうその点も詳しく書いて貰いたいです。

4.些細なことかとは思いますが、矛先は「向ける」ものでしょう。「怒り」または「怒りの矛先」をぶつけるという表現はあるかと思います。

5.ここの部分ですが、録画を観ても梶原景時の名前は登場しません。というか景時は関係ないかと思います。りくがここで言いたいのは、比企能員が奥州合戦で兵を率いた上に、万寿の乳母でもあり、さらに蒲冠者の妻も比企の出身でもあるため、源氏とのつながりが深くなっている、北条もうかうかしていられないといったことでしょう。


6.義高の死により、大姫が鬱状態になったとは史実でも指摘されるところです。それが劇中でこのような方向に向かうとは……妙に生々しい壊れ方を感じます。

7.ここで、当時の伊豆について想像してみますと、当時の遺跡として竪穴式住居も見つかる状態です。当時の日本全国が『枕草子』や『源氏物語』のように綺羅びやかな生活を送っていたわけがない。国語の授業で古典を習い、歴史の時間でも京都周辺を習うからわかりにくいですが、関東地方ともなれば素朴です。
そういう地域に寺社ができる――なんだか凄いことだ……と現地の人は驚いたことでしょう。

8.展示会で見る仏像は確かに素晴らしいですが、果たして観賞として正しいのか。
照明を落としてあるとはいえ、実際に寺の中で置かれている状況とは違うのではないか。
そんな仏像と向き合う姿勢を考えさせられる場面です。

9.「千鶴!」
思わずそう叫んでしまう八重。川に流され命を落とした一人目の我が子を思い出してしまいます。

10.日本ではかなり甘いですが、仏教徒は飲酒もよろしくありません。
タイの仏教研究者に「ビールでも飲みながら仏の教えを語ろうか」と語りかけ、怪訝な顔をされたという日本人の先生もいたなんて話もありますね。
酒に強いと義時が感心していると、彼は飲んでいませんでした。御仏の前だからですって。うん、それが正しい。

6.この回のシーンでは、鬱というよりは躁状態であるように思えます。何らかの精神疾患であり、義高を殺されたトラウマが引き金になっているのは確かでしょう。ただ何度も書きますが、そこまで義高を慕っていたことを裏付けるシーンがあまり出てこなかったのが残念です。

7.元々これは奥州合戦の勝利祈願のために、時政が建てたものです。実質北条氏の氏寺とされたようですが、その後義時、泰時によって伽藍が拡張され、大寺院となって行きました。しかし、なぜそういった記述がなされないのでしょうね。

8.どのような展示会であるかは不明ですが、全く寺院の中で見るのと同じとはならないでしょう。そういう場所でないとなかなか見られないこともあるでしょうし。なお照明を落とすのは、仏像そのものに与えるダメージが大きくならないためでもあります。

9.ここは「川に流されて命を落とした」と言うよりは、「善児に殺されて川に沈められた」のではないでしょうか。そして先日の投稿で触れていますが、八重が鶴丸に千鶴丸をダブらせたとはっきりわかるのが、正にこのシーンでした。無論冒頭で鶴丸が名乗った時、千鶴丸のことが頭をよぎったかのような演出になってはいましたが。

10.タイは上座部仏教で戒律も厳しく、日本のように寺院に入らずに(在家で)僧になれるわけではありません。その意味で両者には大きな違いがあるでしょう。尚日本の仏教が飲酒に対して寛容なのは、神仏習合の影響という見方もあるようです。


11.注目したいのは、義村と実衣の反応ですね。
希望を断ち切るように現実的なことをいい、真っ先にその後のフォローを考え始める。
冷酷にも思える現実主義をどう隠せるかがポイント。義村はある程度できています。二人は思考回路が似ていて、もしかしたら伊東祐親あたりからの遺伝の影響かもしれません。

12.八重は巧みな造形をした人物で、偏見を露わにする役割を果たします。
三谷さんの描く女性キャラクターでも、技巧の極みを凝らされていて、ものすごいことだと思えるのです。
八重はジェンダー規範を破っている。
女は男を忘れられず、死を選んででも愛を貫く――そんなものは伝説だとキッパリと言い切り、頼朝を拒みました。

11.ここのシーン、義村は確かに現実的かつ冷静ですが、実衣は頼朝批判にとどまっているように取れます。それと
「冷酷にも思える現実主義をどう隠せるかがポイント」
とありますが、義村も足立遠元に対しては本音を述べていると思いますが。

12.八重を評価しているとは思いますが
「八重は巧みな造形をした人物で、偏見を露わにする役割を果たします」
「技巧の極みを凝らされていて、ものすごいことだと思えるのです」
とは、具体的にどういうことでしょうか。何だかこなれていない翻訳文のように見えます。
「八重のキャラは綿密に設定されていて、従来の女性観を破っている。これはすばらしい」
とでも言いたいのでしょうか。でもすぐジェンダー論に持って行くのもどうかと思いますね。

あと「死を選んででも愛を貫く」は、『平清盛』の八重だったかと思いますが、それぞれの作品でそれぞれの八重の描き方はあるでしょう。無論それをどう思うかはその人次第ですが、レビューであるのなら、もう少し書き方を考えてほしいです。

それと「頼朝を拒みました」とありますが、頼朝は彼女をからかっているものの、この時は既に手出しをしているわけでもありません。第一この大河で「女は男を忘れられず、死を選んででも愛を貫く」を身をもって示した人はいませんね。それともこの八重は『平清盛』を観て、自分はああではないとでも言ったのでしょうか。

あとはまた日を改めて。

飲み物-冷えたビール2杯
[ 2022/06/02 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 48

『武将ジャパン』大河コラム続きです。

静は腹の子を助命するという理由なんてすっ飛ばし、自分の愛をまっすぐに出し切って舞った。
(中略)
静を間近に見たいという理由を素直にスルッと口に出して、重忠を怒らせてしまう義村もそうといえばそう。頭がよいくせに、それっぽい言い訳はしない。
義時は、羨ましいほどに義経はまっすぐだと前回語っていました。
確かに義経は、後付けの理屈を考えない人間でした。
(中略)
まっすぐすぎる義経を受け付けられないから、「サイコパス」だのなんだの言われたのではありませんか?

まずこの部分、恐らくこう感じている人は多いでしょうが、「まっすぐすぎる」人物というのは付き合いづらいし、疲れるものです。妥協しない、空気を読まないという傾向が往々にして強いからでしょう。そもそも大河というフィクションだからこそこういう人物のキャラが設定でき、しかも何らかのインパクトを与えるわけで、現実とはまた違います。静もあまりまっすぐといった印象は私は受けないし。義経自身は戦場にいる時とそうでない時のギャップが大きく、ある意味子供じみているなとは思いますが。
それと三浦義村もまっすぐというのは、この場合正しくないのではないでしょうか。現にこの後で、義経自身が損得がわかる男といったことを、義時に伝えているのですが。

ドラマとして面白いだけでなく、色々と考えさせる作品です。
歴史劇は、やはりこうでなくては。
現実社会では試せないことを、人間と社会を使って実験した――その成果を観察することが、歴史を学ぶおもしろさだと思うのです。

創作である以上、別に「歴史劇」でなくて、現代ドラマでも構わないと思うのですが。それに色々と考えさせる作品なら、武者さんが嫌いな作品でも該当するのは多いのですが、その嫌いな作品では
「色々と考えさせる」
という言葉は出て来たでしょうか。

それから「水随方円」という言葉が出て来ます。これはコラム本文にもこうあります。

水は器の形にあわせて形を変えるという意味です。
器をこうしろと指定されれば、水の形はおのずとそうなる。

武者さんは好きでなかったようですが、『軍師官兵衛』の主人公、黒田官兵衛が隠居して如水と名乗るようになった時、秀吉に名の由来をこう説明(正しくは『方円の器に従う』)しています。
それはともかくとして、その次の部分で
「ドラマの評価も、ネットニュースやSNSトレンドである程度決まりますよね。
実はドラマの評価なり、ニュースも、こういう後付け解釈みたいなものがありまして」
とあり、その手のニュースには「~~なワケ」というタイトルになっていることが多いらしい。
ちなみにその記事です。

『鎌倉殿の13人』ヒットの理由は伏線回収のしやすさ?“ネタバレ視聴派”も満足するわけ

その理由として
「知名度抜群。馴染みのある人だらけ」
とあります。これに関して武者さんはこう書いています(カッコ内は記事からの引用部分)

(ここ数年の大河は金栗四三、明智光秀、渋沢栄一など、歴史上の重要人物ではありますが、大通りから脇道にいるような人物が続いていました)
金栗四三とまでいくと、特殊過ぎるので入れない方がよいのでは?
そしてこれは近年の大河を調べて並べたのでしょうけれども、少なくとも『麒麟がくる』は外すべきではないでしょうか。
明智光秀のどこが脇道の人なのでしょうか?
『麒麟がくる』は日本史上でもトップクラスの知名度である三傑が揃っていました。

まずここに出て来る人物は「歴史的に重要な人物」となっています。有名か否かはともかく、重要であるとはみなされているわけです。それに武者さんは、『麒麟がくる』に三傑が揃っていると書いていますが、生憎彼らについてはこの記事では触れられていません。
一方で今年の場合、義時の知名度は人それぞれでしょうが、記事中には
「源頼朝や源義経など、小学校でも習う有名な人物が主要キャストとして登場するのは」
とあります。
つまり『麒麟がくる』の三傑には触れなくても、今年の頼朝や義経には触れているわけで、武者さんが問題視するのであれば、こちらの方を採り上げるべきでしたが、コラムの記述はそのようになってはいません。

さらに『平清盛』嫌いというか、『カムカムエヴリバディ』で、藤本有紀さんアンチになったのかなとわかるのがこちら。

(そして、『鎌倉殿の13人4月に最終回を迎えたNHK朝の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』で絶賛されていたのがそのテンポ。『鎌倉殿の13人』でも、疾走するようなスピード感で物語は進んでいます。キャラクターやエピソードを濃く描きながらも、テンポよく感じるのはエピソードの取捨選択が絶妙であるからでしょう)
なるほど、よいアイデアを思いつきました。
朝ドラから大河への脚本家スライドは定番です。
ということは、そんなに絶賛されていた脚本家さんを『鎌倉殿の13人』と通じる源平合戦もので起用するのはいかがでしょうか?
源氏ばかりでは何ですから、平氏をテーマにして。ヒット間違いなしですね!

『鎌倉殿の13人』と『カムカムエヴリバディ』を一緒にされたことが面白くないのでしょうね。無論藤本さんは大河から朝ドラへスライドした脚本家ですが、どう見ても『平清盛』への皮肉が込められているように取れます。

あと三谷幸喜氏が色々書かれているのがお気に召さないようです。

なんでも三谷さんが新垣結衣さんにぞっこんで、毎回撮影現場にいるとか。好きすぎて出番を増やしているとか。
そういうことをネットニュースで書かれて、そんな低レベルな創作はしていないと反論しております。
温厚な三谷さんならば、カーっと怒るわけにもいかないだろうけれど、そういう邪推は芸能界そのものに対して迷惑ではないでしょうか。
今、日本の演劇映画界はハラスメント、ことセクシャルハラスメントに揺れています。

有名人だと当然あることないこと書かれるでしょう。
しかも大河の脚本担当ともなれば、なおさらです。
それとこういうのは、武者さんが嫌いな大河とて同じことなのですが、そういう作品の脚本家があれこれ叩かれていても、ハラスメントに揺れているなどと書いていたでしょうか。寧ろ逆のような気がします。
そして

スタッフなり脚本家なりが、過剰に役者本人と役のイメージを重ねることも私は問題だと思っています。
こと、実在の人物を扱う歴史劇では、慎重になっていただきたい。
ある大河ドラマで徳川慶喜役を演じる役者のファンが、SNSでこう盛り上がっていました。
「私の推しが演じるってことは、きっと実際の慶喜もいい人なんだよね!」
そういうファンの声に忖度して、実在の人物像を捻じ曲げたら問題があります。歴史修正につながってしまう。
だからこういうことを語る脚本家は、あんまり信頼できないのです。

『青天を衝け』のことでしょうか、ある大河などと書かず、ちゃんとタイトルを書いてもよさそうなのですが。
しかし三谷さんを悪く言うのはけしからんの後で、『青天を衝け』をなおも叩くというのは武者さんらしいと言えばらしいかも知れません。結局1つ前でハラスメントなどと言いつつ、嫌いな作品の脚本家に関しては
「あんまり信頼できないのです」
なのですか。

それから『鎌倉殿の13人』の八重に関して

なぜ八重の出番が多いか?
それは考証・坂井孝一先生の本を読めばわかることです。

無論これはそのような設定になっているとは思います。ただ彼女の登場に尺を割かれたこともあり、平家の描写が少なかったという印象はやはりあります。

三谷さんのこのドラマがどうして面白いか?
推論を書かせていただくと、みなさんが一生懸命誠意をもって、真面目に作った成果ではありませんか?
私は芸能情報に疎いので、九条兼実役の田中直樹さんが「笑いのツボを突いてきている」と言われてもピンときませんでした。
ただ、所作や発声がしっかりしていて、摂関家にふさわしいエリートの雰囲気は出ていると思った。
がんばっていると。そこは伝わってきた。

芸能情報に疎いと言いつつ、三谷さんが悪く言われたなどというニュースはチェックしていますね。
あと田中直樹さんはお笑いの人ですし、後白河法皇とのやり取りの間合いなどは、やはりそれらしいかなと思います。

そして以下の部分、関係者でもない武者さんがなぜ手抜きをしていないとか、真面目に作ったと言い切れるのかが不明です。「そうあってほしい」、「恐らくそうだろう」などと書くのであればまだわかりますが。

演じる方も、衣装も、ヘアメイクも、演出も、そして所作指導も。手抜きをしていない。
ちょっと雑に思えるところは、時間や予算不足であって努力不足ではないとわかる。
そういう真面目さが実り、面白いのではないでしょうか。

特に
「ちょっと雑に思えるところは、時間や予算不足であって努力不足ではないとわかる」
武者さんもやはり「雑に思える」ことがあるのですね。ならばそれがどのような点が、明確にすればいいかと思います。今年のこの大河コラムで思うのは、こういう、ちょっと奥歯にものが挟まったような言い方が目につく点で、やはりこの辺りはおかしい、でもそれは努力不足ではないと考えたいのでしょう。


飲み物-ウイスキーロック
[ 2022/05/28 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

NHKの大河本に思うこと

先日書店に立ち寄った時、大河ドラマのガイドブックが出ていないかどうか探してみました。生憎少しばかり早かったのですが、その代わりと言うべきか、『プレイバックNHK大河ドラマ』なるムックが数冊ありました。

この本は昨年の11月に発売されたもので、立ち読みでぱらぱらとめくってみた限りでは、高橋英樹さんとさだまさしさんの対談とか、テーマ・時代別の深堀りなどもありますが、正直言ってそこまで新鮮さは感じられず、過去のガイドブックや『ステラ』の記事の焼き直しのように見えました(楽しんで読んでいる方がおられたらすみません)。

無論過去作の主演の俳優さんのインタビューもあります。こちらは2000年代の大河と『いだてん』のみで、あとストーリーと名場面のダイジェストも、『平清盛』以降となっています。そもそもが2011年に出た『NHK大河ドラマ大全 50作品徹底ガイド完全保存版 』の続編といった位置づけのため、こうなっているようです。

個人的には、2000年代の大河を中心に持って来るのは必ずしも悪いとは言いません。寧ろ何十年も前の作品ばかりを持って来られるよりもいいと思います。

ただ、何かしらNHKの自己満足といった印象が感じられます。しかし言うまでもなく、大河というコンテンツは受信料によって支えられています。ならば受信料を払っている視聴者の声も、もう少し反映されていいかと思います。無論人気投票などではなく、舞台となった土地の声とか、視聴者の評価や批判も入れるとか、そういうのはありではないでしょうか。

それからこの本は「教養・文化シリーズ」ムックとなっています。但し私としては、大河というのは教養または文化というよりは、娯楽であると思います。『歴史探偵』とか、もっと言えば『ダーウィンが来た!』の方がよほど教養・文化であるかとも思います。

NHKは大河は教養だと言いたいのかもしれません。しかし基本的にはドラマであり、ドラマだからこそ創作も許されるわけです。大河の立ち位置が今一つあやふやで、史実に沿うかそうでないかという論争が毎年のように引き起こされるのは、NHKのこういう姿勢も一因なのかも知れません。

ちなみに大河のガイドブック後編は、5月27日発売予定(首都圏)ですが、地方だともう少し日数がかかることがあるので、ネット利用の方が、次の放送に間に合うでしょう。


飲み物-アイスコーヒー2
[ 2022/05/22 23:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』1週間分を観て思ったこと

先日から書いている『ちむどんどん』ですが、14日に第5週1週間分の放送があったので、録画して観てみました。その中で、やはり引っ掛かったところと言えば

  • 賢秀(にーにー)が投資話を持ち出し、母親の優子がお金を渡す。結局それは詐欺で、賢秀は酔っぱらって飲食店で暴れまわり、店の内装を壊してしまって損害賠償を要求される。しかしそのことについて優子は叱らないばかりか、寧ろ賢秀を庇い、賢秀はその後家出同然のような形で出て行くが、その後どういうわけかボクサーになって、ファイトマネーを家に送りつける
  • 主人公の暢子がコックになることを志すが、特に調理師学校に行くというわけでもない。最初は進学する友人について東京に行きたいと言い出すが、優子または大叔父の賢吉からのお金を当てにしているように見える。最終的に賢秀からのお金もあって、彼女は友人についでではなく、決まっていた内定も断って夢をかなえに東京へ行くが、進学先や就職先、そして住むところが決まっているわけではない
  • またこの家族の経済が、賢吉からお金を借りていることによって支えられているように見える。体が弱い末妹の歌子はともかく、賢秀や暢子が定収入のある仕事に就けば、家計の助けになるのではないか

こういう点が挙げられます。あと下地先生と歌子のこととか、良子の給料前借りなどもいくらか疑問ではありますが、主だった疑問点としては以上の3つです。

特に賢秀が投資の件で、優子からお金を貰い、最終的にすっからかんになってしまったうえに、優子が彼を庇おうとするのはどうも不自然に見えます。あれが沖縄の典型的な母親というツイを目にしたことがありますが、それでも賢秀は亡き父親から、母親と妹たちを頼むと言われていたはずです。なけなしのお金を出してくれた優子(一部は借金)に対して、まず謝るべきではないかと思うのですが。

しかもこの賢秀が、ダメな兄貴であったにしても、妹たちの面倒見がいいとか、調理師をめざす暢子に励ましの言葉を贈るとか、東京から手紙で、こっちに来いなどと書き送ったりするのであれば、まだそれなりに情のある人物なのだろうなと思います。しかしこの第5週を観た限り、どうもそのようではなさそうです。またこの中で一番割を食っているのは、どう見ても賢吉でしょう。

あと賢秀の件と言い、暢子の上京の件と言い、何か出たとこ勝負的なのが気になります。賢秀は沖縄を出て行って、たまたまボクシングに誘われたのでしょうが、彼にボクシングの経験はあったのでしょうか。全くの素人が数か月ほどで、あれだけ稼げるボクサーになれるものでしょうか。また暢子も、ちゃんと調理師の勉強をしてから、然るべき店に入社するという手もあるのではないでしょうか…。

ところで小檜山青氏のnote(https://note.com/54seikobi85/n/nb79d76867d1a)では
「それでも彼は愛嬌がある。可愛げがあるから許されるのって、実は女より男なんじゃないかと思える。あの「マグネットオーロラスーパーバンド」にせよ。褒められたいから詐欺に引っかかったということにせよ。まあ、そういうかわいいことを言われたらいっか……と、許したくないけど許せる」
などとありますが、これでは理由にもなってないし、正直言って賢秀に愛嬌があるようにも見えません。上の方で↑述べたように、ダメな奴だが、可愛げがあって妹の面倒も見る人物であれば、いくらかの情状酌量もできるかとは思いますが。

それと小檜山氏、『カムカムエヴリバディ』のファンがこれをぶっ叩いてるなとと書いていますが、少なくとも私は、あちらのヒロインの方に好感が持てます。ちなみに『八重の桜』の時も、『平清盛』のファンが2月頃まで叩いているなどとありますが、やはり藤本さんが『カムカム…』の脚本を書いたことによって、この人はアンチ清盛になってしまったようですね。以前はそうでもなかったと思います。

飲み物-注がれる紅茶
[ 2022/05/15 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 43(コラムと『平清盛』)

『武将ジャパン』大河コラム、第18回への疑問点その2(後半部分)です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第18回「壇ノ浦で舞った男」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/05/09/168125

壇ノ浦の合戦後ですが、まずこういう表現が出て来ます。

根源的な業を感じる映像が続きます。

このコラムに少なからず感じていることなのですが、この文章もどこか日本語として不自然さがありますね。「人間の業の深さを感じさせる光景」とかでいいのでは。
それから、今回からコラムの文章をあまり簡略化せず、原文に近い形で引用しています。ただ文章そのものがあまりに長い場合は、一部略しています。あと先日投稿分を少し修正しています。

では本題に行きます。

1.モヤモヤしているけれども、正面切っては言えない。重忠ほど真っ直ぐに何か疑念を呈することすらできない。
かといって景時のように罠にかけるわけでもない。敢えて軽く撫でるようなことを口に出してしまう。
もしも『麒麟がくる』の光秀のように思想があれば、何がどう悪いのか敢えて諫言をするのかもしれないけれど、義時はそうはできない。

2.義経も、頼朝も、父の仇討ちまでは人生の計画にあったのでしょう。
それが無くなり、どっと虚しさを覚えている。英雄だからこそ小さく、弱々しげに見える。そんな複雑な姿があります。

3.しかし、法皇はさして気にしていない様子で、宝剣は見つかるかもしれないし、帝が死んだとも限らないって……そんなわけがないだろうに。

4.時政は義経が強すぎると見抜いています。2~3回負けていたら大きくなると言いますが、それはどうでしょうか。義経の場合、あまりにスケールが大き過ぎて、負ける時は死ぬ時だけのような気もします。

5.これだけでも十分酷いですが、義経は平家一門の蕨姫まで寵愛していたと言います。なんとも気の毒な話ですね。
頼朝の女癖とも違うけれど、こちらも十分に酷い。

1、また『麒麟がくる』との比較ですか…。義時は立場上言えることと言えないことがあり、その辺が御家人とは違いますし、ましてや戦国時代の人間である光秀とは違って当然でしょう。思想があれば云々の問題ではないと思います。

2、頼朝の場合、その前に義経が帝や神器を失ったことに不満を盛らす「公」の姿があり、その後で純粋に平家の滅亡を喜ぶ「私」の部分を描いているのではないかと思います。義経はその意味での喪失感はあまり感じず、今後の身の振り方を迷っているように見えますね。

3、この場合帝といえども生死はわかりませんし(替え玉、あるいは生き延びたということも考えられる)、神器も沈まずに存在しているかどうか定かでない以上、話をいくらかぼかさざるを得なかったのではないでしょうか。

4、義経はスケールが大きいと言うよりは、時が味方した部分、そして平家が弱かった部分も大きいです。特に一ノ谷の後はそうでしょう。「負ける時は死ぬ時だけ」というのは奥州合戦のことなのでしょうが、ならばもっと具体的に、その反動として奥州で、兄頼朝との合戦では不運続きで、最後には自決という方法を採らざるを得なかったとでも書いてくれればいいのに。

5、蕨姫は平時忠の娘ですね。機密文書と引き換えに義経の妾になったとされていますが、この人はその後離縁したとも言われています。それに比べれば藤原伊子(松殿伊子、冬姫)の方が、京に進軍して来た義仲の正室にされ、さらにその後源通親の側室になったとされていますからもっと気の毒かと。尚この人については、創作とする説もあります。それとこの当時は、多くの女性を娶ることはそこまで倫理上問題があるともされていなかったでしょう。

6.法皇は、かわいらしく、そばにいて欲しい、鎌倉から帰ってこないのではないか?と訴えます。そんなことはないと否定する義経……って、なんなの、ラブコメか!法皇がなぜかわいいのか、私にはもう理解できない。

7.宗盛は「人が一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた、未練はない」とキッパリ。ただひとつ、我が子の清宗が気になってはいるようです。(中略)うーん、なんという宗盛。これは大したものです。どうしても兄・重盛と比較して、賢兄愚弟とされがちな人物ですが、本作の宗盛は聡明かつ高潔でもあるようだ。
確かに平家を率いるものとして、財力と権力を使い楽しいことはいくらでもできたでしょう。
しかし本当に貪欲でどうしようもない人物は、足りることを知りません。こうもキッパリと未練がないと言えるのは大したものだと思います。

8.(7の続き)宗盛は悲しげに言います。兄が生きていればこんなことにはならなかった――と、自身の拙い采配を認めるような、謙虚で責任感のある人物です。

9.(8の続き)平家一門同士の格差もなかなかえげつないものがあり、団結していたわけでもありません。
しかし本作は源頼朝と敵対する側をクリーンにすることで、権力の醜悪さを描いていると感じます。
頼朝と義経にはない美しい兄弟愛がそこにはあります。

10.丹後局が提案した策の中身に勘付いているものの、それはあくまで義経の考えたことだと思い始めている。この兄弟は信じ合えない。義経に野心があるとは思えない!と必死に打ち消そうとします。景時はそれでも鎌倉に入れてはならないと主張。義時が、ありえないとさらに主張すると、景時は凄みます。
「言い切れるか?」
景時らしい狡猾な追い詰め方ですね。こんな風に煽られたら、そう簡単に「絶対」とは言い切れず、一瞬立ち止まってしまうのが人情でしょう。

6、法皇が「かわいい」のですか、それは武者さんの主観に他ならないでしょう。どう見てもお前がいないと困る、ここにいてくれと同情を買おうとする作戦のようですね。しかし後白河法皇といえば「天狗」ですが、この法皇様は「狸」のイメージです。

7、宗盛が「一生で出来るあらゆる楽しみを味わってきた」時期は、頼朝が伊東祐親の監視下で流人生活を送っていた時期でもありました。頼朝が権力を誇示しようとするのも、彼の今までの人生経験に裏付けられたとも考えられます。

8、ここで宗盛が言いたいのは、戦の采配のうまいへたよりは、重盛が生きていたら父清盛を諫めることもでき、ここまで平家が増長はしなかっただろうし、法皇にも節度を持って尽くしただろうということでしょう。

9、「権力の醜悪さ」に関しては、2つ前で少し触れています。頼朝と義経にはない美しい兄弟愛とありますが、それを裏付けるだけの平家の描写がないのが惜しまれます。三谷さん、ここでそれを言わせるのなら、もう少し平家についての描写を増やしておくべきでしたね。

10、ここも「義経の考えたことだと思い始めている」を裏付けるセリフがないのですが。それと義時と景時、前にこの2人について書いていますが、景時に比べると、義時は「情」にほだされがちなところがあり、それがこの両者の違いにつながっています。当然意見も異なるでしょう。それとこの場合狡猾と呼ぶより寧ろ「冷徹」ではないでしょうか。

11.義時は景時に反論します。義経はただ兄と会って話たいだけだ。しかし景時には別の理論があります。「戦場で義経の戦いぶりを見ただろう」と迫ってくる。
景時が正しいと思えるところが厳しいですね。漕ぎ手を殺し、武士の道に反し、暴走して帝と神器を海に落とした。信じろと言われてそうはできないことも確かです。景時はまたも信心深い理論を持ち出す。
義経は神に選ばれたお方。頼朝もそう。二人が並び立つはずがない。
両雄並び立たず――ということでしょう。

12.宗盛はりくを昔六波羅の館で見かけたと言います。そして鎌倉の暮らしを尋ねると、りくは京都暮らしの自分はまだ慣れないと苦々しく言い切ります。対面はあっさりと終わりましたが、時政が妻の言葉にギョッとしています。

13.「不思議なものだな。こうして父の敵を討つことができた今、宗盛の顔を見ても何の怒りも湧いてこなかった。むしろあの清盛の顔と重なり、幼き頃に命を救ってもらったことに感謝していたくらいだ……」
そしてあの頼朝が……上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた。
「死罪は勘弁したいところだが、まあ、そういうわけにもいくまい」

14.京都で源氏として恥じぬ生き方をするのだと。
「私は検非違使尉、九郎判官義経だ!」
そう言い切る義経の前に、藤平太たちがやってきて、大勝利を讃えています。
懐かしい顔だと喜び、約束していた芋をたっぷり贈る。
「なんと!」
「食べてくれ」
「九郎殿は大した方だ!」
藤平太は思い出話をしています。義時も微笑みながら芋を頬張る。
義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない。
義時の兄・北条宗時ならば、こうして芋を食べる民を見て、「このために勝った!」と喜びそうな光景がそこにはあります。

15.今週はまたも技巧が効いています。
有名な「腰越状」は偽作説があります。
本当に義経が書いたかどうかは疑義があるため、それをプロットに盛り込みました。
義経の突拍子もないような言動も、近年の研究成果を活かしてのものと言えます。

11、「神に」ではなく「天に」選ばれたお方と言っていますね。
そして戦いぶりを見ただろうと言うのは、武士道を外れたことへの批判より、「天に選ばれた」人物だからああなるのだと景時は言いたいのではないでしょうか。そして並び立つはずがないのは、「天に選ばれたお方」と言うよりは、景時の言う「お二人とも己の信じた道を行くには手を選ばぬ」だからだと思われます。

12、「京都暮らしの自分はまだ慣れない」ではなく「都育ちの私にとってはいまだに全く慣れません」でしょう。りくが京都暮らしなら、なぜ今鎌倉にいるのとなりますよ。11もそうですが、武者さんちゃんとドラマ本編を観ているのか、字幕でセリフをチェックしているのかと思ってしまいます(セリフが字幕通りでないこともありますが)。

13、「上総広常をあっさり殺し、源義高に追手を放った男がこうきた」
とありますが、頼朝に取っては平家との戦が終わったのですから、どこか余裕をもって相手を見るようになるでしょう。広常や義高を殺したのは、最大の敵である平家を倒す前であったことも考える必要がありそうです。

14、この辺は伏線回収と取れますが、
「義時がかつて目指したものがここにあるのかもしれない」
がちょっと具体性に欠けるように思えますし、義経の振舞いは本当に民を思ってのことと言うより、あくまでも藤平太への恩返しでしょう。宗時が出て来るのは、壇ノ浦で平家を滅ぼした後の義時の言葉
「兄は、平家に苦しめられる民のことを思っていた」
とつなげているのでしょうが、これも、平家の圧政に苦しむ人たちの登場シーンが限られていたため、今一つ実感が伴いません。やはり鎌倉幕府の誕生を描くには、平家から始める必要がありそうです。
これなら、時代も舞台も違いますが、『西郷どん』のふきや半次郎の方が、本当に困窮しており、吉之助が民を救わなければと思ったのも納得できます。

15.腰越状偽物説はここ何年か言われていますが、幕府関係者によって後世作られたとも言われているようです。また義経が本当に腰越に留め置かれたのかも疑問視されていますね。そして多くの大河には近年の研究成果は盛り込まれていますが、武者さんは嫌いな大河の場合は、無視しているものと思われます。

それ以外にも小栗さんの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、鈴木亮平さんのことが出て来るのに、嫌いな『西郷どん』の主役だからなのか無視していますし、おまけにまた『麒麟がくる』との比較。あと合戦シーンは『ゲーム・オブ・スローンズ』でも少なくなっていると主張。海外ドラマを引き合いに出すなとまでは言わずとも、何年にもわたって同じドラマを、しかも大河を叩くために出すのは如何なものでしょうね。
また
自分が思う通りにならないからと、「ナレなんとか」と書き込むのはどうかと思います
なのだそうですが、別にそのくらいいいのではないのでしょうか。武者さんも、こういうのを一々気にしていたら、レビュアーなんてできないでしょう。

それから、『平清盛』の脚本担当の藤本有紀さんが、『カムカムエヴリバディ』の脚本を担当して以来、『平清盛』に批判的になっているように見えます。これは、那須与一が登場しなかったというニュース記事(13日投稿分)の後に書かれていたものです。

失敗例としてあげて申し訳ないのですが、大河『平清盛』の場合、序盤に出てきた架空海賊の船が大きすぎました。
海賊如きが持っているとは思えないほど本格的なもので、あれは宋との貿易をするつもりとしか思えないのです。
海上戦闘では特に役に立たない船。
それなのに莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです。

私もあれはかなり大きいなと思いましたが、
「宋との貿易をするつもりとしか思えないのです」
のであれば、それを裏付けることを書いてほしいものです。それと
「莫大な予算が注ぎ込まれて悪影響があると感じたものです」
確かにお金がかかっているとは思いますが、それが「何に」「どのような形で」悪影響を与えるのでしょうか。

それと朝ドラ『ちむどんどん』ですが、このレビューも疑問に思えます。ダメな長男賢秀を無理やり庇っているようですし、朝ドラ小姑などという言葉も出て来ますが、武者さん=小檜山氏も、前作に対してはそうだったのではないでしょうか。あとなぜか、第25回のレビューの後に第22回のが来てますね。

飲み物-白いカップの紅茶
[ 2022/05/14 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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