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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』ここまで観て来て

『どうする家康』、今まで関連投稿でもちょっと触れていますが、面白く観ています。当初はかなり不安もあったのですが、観てみると意外と面白く(これは『青天を衝け』と『西郷どん』も同じ)、今のところこれから先も観続ける予定でいます。

主人公は現時点ではいささか頼りないのですが、その彼を支える家臣たちがそれぞれ一癖あって、しかも如何にも三河の人物らしい質朴さもあり、この両者の絡みに加えて、大胆不敵で元康を兎呼ばわりする信長とか、駆け引きの仕方を教える水野信元といった、クセの強い面々が登場し、戦国大河らしさを感じさせます。

そして於大の方。主君たるもの国と家臣のためなら、妻子を捨てよと言ってしまう辺りもなかなかのものです。実際この時代は、家族よりも家臣や乳母との結びつきの方が、場合によっては強かったと言うべきでしょう。この女性も兄の裏切りによって離縁させられるなど、戦国時代のある程度の身分の女性らしい経験もしており、それゆえに様々なことを学んだと言えそうです。

本当の話、私は『麒麟がくる』には少し期待はしていました。前年の『いだてん』がちょっと期待外れであったこと、そのため2月から観なくなったこともあり、この次は男性主人公の戦国だから、それなりに大河らしくなるのではと思っていたのですが…。

ただ駒が出張るシーンだけがよくなかったのではなく、演出とか衣装の色遣いなど、他にもちょっとこれはどうかと思われる点がいくつかあり、同じ池端氏の『太平記』が面白かっただけに残念でした。とはいえすべてがよくなかったわけではありません。

大体どの大河もそうですが、100パーセント面白い、あるいは面白くないという作品はそうお目にかからないものです。『麒麟がくる』の能のシーンなどはこれぞ室町文化といった印象でしたし、吉田鋼太郎さんの松永久秀などもよかったとは思います。あと『鎌倉殿の13人』、これも前に書いてはいますが、負ける側の人物、特に義経が追われる描写などは三谷さんらしかったと思うし、やはり三谷さんは、こういう人物を描く方がいいいのではと思ったこともあります。

話が戻ります。元康が今川に背を向けて、尾張に行くことになり、次回からは織田家の人々が多く登場するようです。無論大河はドラマなので、オリキャラも当然出て来ますが、ガイドブックをざっと見る限り、忍びとか謎の人物といった設定に留まっているようです。

あと鵜殿長照とお田鶴も登場するようですが、お田鶴は『おんな城主 直虎』の時に登場させられなかったのかとは思います。あの場合は直虎(おとわ)を中心に据えたため、逆に出しにくくなったのかも知れませんが、永禄年間の東海地方の情勢に、もっと突っ込んでもよかったかも知れません。

飲み物-冬のシードル
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[ 2023/01/25 07:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その3

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その3です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) -
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/26/172629


では本編、武者さんが好きなジェンダー論です。

立体感のある愛すべき悪女たち(小見出し)
『鎌倉殿の13人』には、悪女が何人も登場します。
牧の方。
実衣。
比企能員の妻・道。
北条義時三人目の妻・のえ。
ただ、彼女たちにも言い分はあるし、憎めない。そこが納得できるように描かれていました。
ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない。
悪女枠には入らない本作の政子や、八重、初も言動にはきついところがあります。
あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。
こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます。
演じる側も戸惑うことはあったものの、むしろいいキャラだと褒められることが多かったと振り返っています。

ここで思うのですが、実衣は「悪女」なのでしょうか。そう呼ばれるほど主体的ではなく、周囲が彼女にいわば甘いせいもあり、あそこまで権力の中枢に入り込んで来られたような感じです。りくの方がもう少し頭を使っているように見えます。
そして
「ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない」
ステレオタイプというのは、どのような意味でステレオタイプなのでしょう。如何にも悪女的なという意味なのでしょうか。それが書かれていませんね。

また
「あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。
こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます」
どんぐりをぶつけると「立体感のある女性像」になるのでしょうか。
第一「立体感のある女性像」て具体的にどのような女性像のことでしょうか。


女は再婚する(小見出し)
『鎌倉殿の13人』では、再婚する女性が複数出てきます。
八重。
巴御前。
比奈。
「貞女は両夫に見えず」という儒教価値観が根付く前の時代です。
それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする。
本作は逃げませんでした。
中世考証をしっかりした結果でもあり、より実像に近くなっています。

「『貞女は両夫に見えず』という儒教価値観が根付く前の時代です。
それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする」
「ぼかしたり変えたり」していたのは、どのような大河で、どの部分をぼかしたり変えたりしてでしょうか。それを明記してしかるべきでしょう。
第一こういう再婚は戦国時代でも見られます。それこそ江などその最たる存在ですし、儒教的価値観が根付く前というのは、鎌倉時代に限った話ではありません。

そして本作最大のジェンダー観における成果は、なんといっても北条政子でしょう。
政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました。
政子が義時を守るために戦えと言えば、御家人たちは奮起する。
政子がもういい、ご苦労様と見限ったら、義時は死ぬ。
演説の内容も、義時の最期も、ドラマの創作要素が入っている――要は、この作品は、政子が義時の運命を握る存在だったということです。
思えば頼朝の妻となることで、義時を運命に引きずりこんだのが彼女でした。
それでいて義時が政子を傀儡にしようとすると逃れ、自らが尼将軍となることでだし抜きます。
政子の全戦全勝。
男性主人公で、生殺与奪を女性が握っているなんて、なかなか画期的なことじゃないですか。

「政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました」
結果的にそうなったように見えるだけで、物語の流れを追う限りでは、彼女は理想論を振り回していたところもあり、義時をはらはらさせてもいました。まあ別に生殺与奪権を持たせずとも、もっとシリアスな展開とか、義時と組んでかなりダークな部分を見せるとかいうシーンがあり、共闘の後に弟を看取るという流れであれば、彼女が
「義時の運命を握る存在」
であっただろうとは思います。
そして
「政子がもういい、ご苦労様と見限ったら」
ではなく、
「お疲れ様、小四郎」ですね。しかも義時が息絶えた後にそっとつぶやいています。

日本のマスメディアや視聴者は、GoTのことなんかさして話題にしていないと思えます。
日本は世界的にみてもGoTの人気がそこまで高くないとも言われているのですが、それでも三谷さんやスタッフは意識して名前を挙げているのだから、記事にするならそこにふれるべきなのにそうしない。
人間は自分の守備範囲で話をしたいものです。
自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう。
結果、制作側の意図が通じなくなっていることがしばしばあり、そこを指摘していきます。

と言うより武者さん、貴方がことあるごとにゲースロにこだわっているように思えるのですが。
そして
「自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう」
それを言うなら武者さんも、『青天を衝け』をはじめ嫌いな大河を引っ張って来て、好きな作品と比較するのをやめてはどうでしょうかそもそも大河とは1つの枠であり、その中で放送された作品こそが、何らかの形で大河の持つべきものを受け継いでいる、あるいは受け継いでいてほしいから、比較する人が多いのでしょう。
あとたまたま昔のこのコラムを見て思ったのですが、制作の意図が関与しているはずの、あるシーンがおかしいと指摘したすぐ後で、別の事例を出し、それは制作側が決めることと断言している箇所がありました。何だか矛盾していますね。

「こんなのは時代劇ではない」
そんな意見もあります。
それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。
鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです。
例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。
構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。
馬の上から跳んで相手に飛びつく。
中世ならではの荒々しさの再現といえます。
同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。
当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。
存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。
帰蝶の立膝がありえないとされる。
いずれも当時を再現した結果、視聴者の知っている時代劇と違うとしてバッシングの対象となったのです。

「『こんなのは時代劇ではない』
そんな意見もあります。
それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。
鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです」
昔新春時代劇というのを民放も作っており、その中には源義経などを主人公とした作品もあったのですが、この場合は時代劇でも、平安~鎌倉時代を扱っていることになるのですが。

「例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。
構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。
馬の上から跳んで相手に飛びつく。
中世ならではの荒々しさの再現といえます」
先日も書いていますが、武者さんにはぜひ『太平記』を観ていただきたいものです。これも正に中世の日本の、しかも南北朝という乱世を舞台としており、あれの殺陣や合戦シーン、謀略シーンなどは、はっきり言って『鎌倉殿の13人』を上回るかと思います。

「同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。
当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。
存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。
帰蝶の立膝がありえないとされる」
どう見ても、あの化学染料を使ったような色合いが、当時の色彩であるとは考えにくいのですが。何か、毒毒しい印象さえ受けました。以前ご紹介しましたが、『どうする家康』の公式ツイの布地のサンプル、どう見てもこちらの方がその当時らしさを感じさせます。逆になぜ武者さんは、あの色を当時の色彩感覚と言い切れるのでしょうか。

どうする家康ツイ2(衣装)
そして
「存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる」
伊呂波太夫はまだいいでしょう。問題は駒です。何度も武者さんが書くので、こちらも何度も書かざるを得ないのですが、医者の弟子であった彼女がいつの間にか将軍の側女になり、やけに権限を持っていたり、大名家に出入りしたりするのは何か要領を得ません。また
「帰蝶の立膝がありえないとされる」
これに関しては、その当時は女性の立膝もあったとはされています。ただ、安土桃山時代以降でないと存在しないと思われるような、絨毯敷きの部屋が桶狭間の戦いの頃にあったのには驚きでした。

しかし真ん中あたりになると、どう見てもわざわざ小見出しをつけるほどでもないほどの文章が目立ちますし、また、自分の好きな『鎌倉殿の13人』はすべていい、批判するなと言っているようにしか見えないのですが。


飲み物-ホットラム
[ 2022/12/30 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その2

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その2です。本題に入る前に、先日投稿分でもう少し。まず武者さんは、視聴率下落の原因として

・そもそも主人公の知名度が低い
・舞台が人気の戦国や幕末ではなく、馴染みの薄い平安末期から鎌倉時代前期だった
・実質的にR18指定がふさわしいと思えるほど、陰湿で残虐な描写が続き、大泉洋さんですら「娘には見せたくない」ほどであった
・プロットが複雑で、伏線を引っ張り、難易度が高い。しかも主人公はじめ登場人物に共感しにくい
・ワールドカップと重なって極端に低くなった第45話6.2%がある
・NHKプラスによる配信視聴が増えた

こういった点を挙げています。この中で時代設定や、サッカーワールドカップのコスタリカ戦(と書いてほしいです、他競技にもワールドカップはありますし)が裏に来て、数字が一桁台に落ちたのは理解できます。ただ元からそう数字が高いわけではありませんでした。
そして「主人公の知名度が低い」とは必ずしも言えないし、実質的にR18指定というのもどうかと思います。頼朝の愛人などが出て来たのは事実ですが、そこまで陰湿で残虐だったでしょうか。確かに上総広常の暗殺などは、かなり陰謀めいたものはありましたが。それとプロットが複雑云々、これは先日書きましたが、三谷さんらしい小ネタとコント展開が多かったとは思います。あとNHKプラスも、再生回数がはっきりしない限り何とも言えません。ただリアルタイム視聴より、こちらを利用する人が増えた可能性はあります。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/26/172629


では本題です。

どれだけ美辞麗句が並べられていても、大河ドラマの制作現場がギリギリでは……?と心配してしまうと、それだけで不信感は募ってしまいます。
具体的な例を挙げると2021年です。
事前にある程度プロットが発表されて出版されているガイドから、変わっている回がありました。しかも、余った時間を補うように、さして意味のない場面が加えられていた。
直前になって「さすがに曲解が酷い」と修正が入ったのではないかと私は感じました。
それだけでなく、小道具やVFXの作り込みが甘く、出演者が疲れているのでは?と伝わってくることも。

また『青天を衝け』叩きですね。本当に懲りませんね(苦笑)。
今後『青天』以上に嫌いな大河が登場するまで、この傾向は続くのではないかと思われます。
そして
「事前にある程度プロットが発表されて出版されているガイドから、変わっている回がありました。しかも、余った時間を補うように、さして意味のない場面が加えられていた」
ですが、これは2021年の大河です。それで思い当たることがないでしょうか。

すばり「東京オリンピック・パラリンピックの延期」です。元々2020年に開催されるはずで、そのため『麒麟がくる』は中継を挟むことを考慮に入れ、回数が少なめに設定されていました。しかしコロナ禍で1年延期、大河も出演者の麻薬所持による逮捕、コロナ禍による収録の休止などで放送そのものが予定よりかなり遅れ、『青天を衝け』は2月開始、しかもオリ・パラ中継を挟む格好になったのです。それを考えると、プロットが少々変更されてもおかしくはなかったでしょう。
尤もオリンピック嫌いの武者さんは、そういう思考をする以前に、オリンピックなどけしからんと、別の意味で騒ぎそうです(これをストローマン話法と言います)。
それと「小道具やVFXの作り込みが甘い」(パリの風景はやはりVFXだなとは思いましたが)と、「出演者が疲れている」
のとどう関係があるのでしょうか。

日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』を大河で作る(小見出し)
『ゲーム・オブ・スローンズ』(以下GoT)とは何か?
2010年代にテレビドラマ、特に歴史ものを変えたアメリカHBO制作のシリーズ作品です。
歴史観まで変えてしまったとされ、海外の歴史をテーマとした書物にはこんなことまで書かれていることがあります。
「最近の読者は、GoTの影響で、誰もが陰謀を企んでいたものだとみなすものだが……」
というように、それほどまでに影響が大きい。

またですか。
何と言うか、ゲースロ狂信者と言っていい武者さんらしいですね。
そしてその後で、それを追い求めて行ったのが『鎌倉殿』であるとされていますが、それはあくまでも武者さんの主観であり、そもそもゲースロを知らない、あるいは観ない人に取っては何のこっちゃと思うわけです。

ロゴが毛筆ではなく明朝体のフォント。「十三」ではなく「13」がタイトルに入る。メインビジュアルの鮮やかな色合い。
このドラマではクラシックの名曲がサウンドトラックに使われていました。
エバン・コールさん本人のアイデアではなく、依頼されてのことです。
オープニングはVFXで作った石像を用いています。
写実的な石像は日本では珍しく、むしろギリシャやローマ、ルネサンス彫刻を連想させます。

この「13」は、やはりちょっと違和感がありました。
あとクラシックも使う必要があったかどうかは疑問です。劇伴がちゃんとしていればそれでいいわけですし、何かこういう、ちょっと変わったことをやろうという考えが、裏目に出てやしないかと思ったこともあります。
そして石像ですが、これは初回のあらすじと感想に書いていますが、私には兵馬俑に見えて仕方ありませんでした。

『鎌倉殿の13人』は日本らしさが確固たる前の世界を意識していると思えました。
出演者も「いろんな国の人に見て欲しい」と語っています。
「日本らしさ」が定着する前、国民性が確固たるものとなる前。道徳心がまだ成熟されておらず、迷信や不合理が通る。
日本らしさよりも「中世の人類」であることを強調しているように思えたのです。

「日本らしさが確固たる前の世界」て何ですか?
既にその前の平安時代に、和の文化の原型はできているのですが。日本らしさと日本という国家の確立とは別のものでしょう。
そもそも、日本という近代国家の成り立ちは明治からですし、道徳心というか倫理観は江戸時代を待つ必要があります。その割に武者さんは忠義がどうのこうのと、きわめて江戸時代的な倫理観に基づくことを書いていたと思いますが。

稗史(はいし)という言葉があります。
正史に対するものであり、民衆の目線や伝承によって伝えられる歴史のこと。
GoTの場合、原作を読むとより顕著であり、戦乱に巻き込まれていく子どもの視点から歴史的な出来事をみる視点がありました。
大河ドラマの場合、歴史に名を残していない人物の目線で見ることが稗史に該当します。
かつては『三姉妹』や『獅子の時代』のように、大河は主人公が架空の人物であることもありました。
近年は「オリキャラ」と呼ばれる人物も、大河には欠かせなかったものです。
『鎌倉殿の13人』では、善児とトウが稗史目線の登場人物に該当しますね。
最終回までトウが登場しており、民衆目線で歴史を見ることはできていました。
ただ、若干弱かったとも思います。
これは主人公である北条義時が民衆に目線をあまり向けていなかったことも反映されているのでしょう。
姉の北条政子と息子の豊穣泰時は、民衆を労る「撫民政治」の観点がありました。

稗史というのは民間目線の他に、小説とかフィクションという意味もありますから、大河の場合は「歴史に名を残していない」云々より、最初からフィクション、オリキャラでもいいでしょう(実在の人物がモデルという可能性もあり)。あと「欠かせなかったものです」て、もう大河そのものが過去のものになったような言い方ですね。

そして善児とトウですが、殺し屋である彼らが必ずしも一般民衆と同じ視点かどうかは疑問です。亀とか、和田義盛と一緒になった後の巴なら、いくらかそういう目線を持ち得るかとも思いますが。それと『三姉妹』だの『獅子の時代』だの、10年ルールはもうやらないのでしょうか。ならば『太平記』と『葵 徳川三代』くらいは、きちんと観ておいてください。

それと「豊穣泰時」て誰ですか?(苦笑)

マイノリティ役を、当事者が演じること。
これにより誤解やステレオタイプを防ぎ、かつマイノリティの当事者に配役の機会を増やす効果があります。
海外では当たり前のことで、歴史劇の場合は民族が特に重視されます。
『鎌倉殿の13人』では、宋人の陳和卿をテイ龍進さんが演じ、この点において進歩しました。
過去の大河を見てみますと、『春の坂道』では明人の陳元贇(ちんげんひん)を倉田保昭さんが演じています。彼は香港や台湾で活躍していたため、日本では中国人をしばしば演じていました。

まず陳和卿ですが、彼の場合は寧ろ「外国人」ではないかと思われます。
あと過去の大河で日本人が外国人を演じた件ですが、『黄金の日日』で、明の瓦職人・一観を三国一朗さんが演じていたこともあります。なぜ『春の坂道』だけなのでしょうか。

ジェンダー観の更新:トウの場合(小見出し)
(中略)
男女平等を論ずる上で、お約束の問題提起があります。
「男女平等というのならば、男性的な加害行為や従軍も平等とすべきなのか?」
これについては議論はまだ進んでいる段階であり、簡単な答えが出る問題でもありません。
ましてやテレビドラマが解決する問題でもない。
一石投じることが重要です。
アリア(私注・ゲースロの登場人物)にせよ、トウにせよ、女性でありながら良妻賢母以外、しかも殺し屋である人物が登場しただけでも、重要な問題提起となります。

このトウですが、殺し屋とかスパイは普段それとは気づかれない格好をしています。一般人に紛れ込むためです。しかし彼女の場合は常に男装で、あれだと一目で普通の女ではないだろうと思われる服装をしていました。あれが善児なら男性だからいいでしょう。しかしトウの場合、普段は当たり前の女の身なりで、いざ「仕事」と言う時だけ男装をする方が、それらしさが出ていいと思います。

しかしこのコラム、今回に限ったことではありませんが、この大河は素晴らしいのだと強調したいがあまり、何とも不自然になっている、そういう印象がありますね。それと先日も書いた「新基準」ですが、これは「ゴールポストを動かす」にどこか通じるものがあります。

飲み物-ボトルとコルクとワイン
[ 2022/12/29 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その1

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その1です。ちなみに今回は第49回となっていますが、ドラマ本編ではないので、特に第49回をつけなくてもいいのではと思うのですが。

そして内容ですが、少なくとも武者さんとしてはこの大河は大成功としたいようです。私としては、別に人それぞれの基準があっていいかとは思うのですけどね。このため、今までとは基準が違うといったことまで、かなり長々と書かれています。かなり手放しでほめちぎっている感もあり、突っ込んでいるととても時間がないので(年をまたぎそうなので)、主なところだけピックアップして行きます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)


果たして2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は成功だったのか、それとも失敗に終わったのか?
その是非を問われたら、私は大きく頷きながら「大成功だ」と答えたい。
確かに本作は突出した視聴率も残しておらず、何を持ってして大成功というのか?という問いかけに対し、明快な数字はありません。
既存の価値観からは説明しにくいと申しましょうか。
それは最終回で北条時房が語った状況に似ていると思えます。
「いいか皆、もはや朝廷は頼りにならない。これからは武士を中心とした政の形を長く続くものにする。その中心に北条いるのが我ら北条なんだ。よろしく頼むぞ」
“朝廷”とは既存の基準であり、“武士を中心とした政の形”とは新しい指針であり、本作が示した成功要素とも言えます。
その中心に『鎌倉殿の13人』はしばらく座り続けることでしょう。

『鎌倉殿の13人』は私には大成功だった、でも今までの基準ではそうだと言えないから、いっそのこと新しい基準を作ってしまおう。
どうもこのように取れてしまいます。何だか無理やり感があるなと思いますが。

「その中心に北条いるのが我ら北条なんだ」
とあるのは、「その中心にいるのが我ら北条なんだ」と書きたいのでしょうか。
それとこの時房のセリフですが、「朝廷は頼りにならない」ではなく、「朝廷を頼る世ではない」ですね。そして実はその後も朝廷との共同統治は行われるわけです。朝廷を離れて武家政権になるのは室町時代以降なのですけどね。

そして視聴率に関しては、過去4年間の数字(数字的にほぼ同じだった、2018年の『西郷どん』まで)をリストアップし、「かなり凡庸な数字」とあります。しかし凡庸というのは、主に人の性質を表すものであり、この場合はぱっとしないとか、さほど高くもないといった表現の方がふさわしいのではないでしょうか。

しかしコロナ禍を迎えたこの2、3年はテレビ視聴の在り方が前例がないほど急変しており、とても視聴率が伸びる環境だったとは言えません。
その他の下落要因もざっと考察してみると、以下のような理由が挙げられると思います。
・そもそも主人公の知名度が低い
・舞台が人気の戦国や幕末ではなく、馴染みの薄い平安末期から鎌倉時代前期だった
・実質的にR18指定がふさわしいと思えるほど、陰湿で残虐な描写が続き、大泉洋さんですら「娘には見せたくない」ほどであった
・プロットが複雑で、伏線を引っ張り、難易度が高い。しかも主人公はじめ登場人物に共感しにくい
・ワールドカップと重なって極端に低くなった第45話6.2%がある
・NHKプラスによる配信視聴が増えた
NHKを含め、テレビは番組視聴者数そのものが、今後、低下の一途をたどることは避け難く、その辺は皆様だけでなく作り手も痛いほど理解しているでしょう。
反面、動画サイト(VOD)への移行は今後も伸び続けるわけですが、それを担っていた「NHKプラス」は、プロットが複雑な『鎌倉殿の13人』にとっては非常に適していたと感じます。

まず「なぜ」コロナ禍を迎えたこの2、3年はテレビ視聴の在り方が前例がないほど急変しているのでしょうか。
「なぜ」視聴率が伸びる環境だったとは言えないのでしょうか
その辺りの具体的な説明もありません。民放を含め、コロナ禍でも視聴率を伸ばしたドラマはあるのです。それを言うのなら、『青天を衝け』も2月放送開始、オリンピック中継が入る変則的な放送スケジュールの中で、健闘したのではないでしょうか。
そして

わかりにくい場面や回があったら、後で見返すことが簡単にできます。何度でも見たいリピーターの数も把握できます。
NHKプラスの再生回数は、NHK内部でしか把握していません。
ただ、大河については2021年と2022年では大差がついていると言われ、実際、今年は成功だったことが以下の記事にも記されています。

その以下の記事というのは、スポニチの記事
「NHK総局長「鎌倉殿の13人」“三谷マジック”絶賛 配信好調「超優等生」来年「どうする家康」も期待」
なのですが、武者さん、嫌いな大河でこういう記事があれば、こたつ記事だと叩いていたことでしょう。この辺がこの人のわかりやすさでもありますが、レビュアー以前にライターとしての鑑識眼を疑いたくなる所以でもあります。
あと『鎌倉殿の13人』はプロットが複雑と言うより、いつもの三谷さんの小ネタとコント路線という印象の方が強かったですね。

それと
「大河については2021年と2022年では大差がついていると言われ、実際、今年は成功だったことが以下の記事にも記されています」
それはNHKの再生回数がわからないと、何とも言えないかとは思います。逆に2021年はリアルタイムで観た人が多かったのではないでしょうか。

また他にも延々と武者さんの言う「新基準」とドラマ本編とがリンクされており、

こうした再生回数が多い成功作品は、近年であれば『鎌倉殿の13人』だけでなく、朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』と『ちむどんどん』も該当します。
ただし、公的に大きく発表される数字は今も視聴率であり、この辺のアンバランスさが世間での評価を難しくしているのでしょう。
朝廷の定めた律令が武士を想定しておらず、坂東武者は混沌とした基準のもとで生きてきた――その様が『鎌倉殿の13人』で描かれたように、大河の評価基準もそんな状態なんですね。

武者さん、前にもこの3作品を挙げていましたが、自分が好きな作品ばかりですね。
仮に『カムカムエヴリバディ』や『青天を衝け』の再生回数が高くても、恐らくは書かないのでしょう。

そしてこれも前にも何度か出て来ていますが、タグ付きツイは当てにならないとか、エコーチェンバーだなどとありますが、私は武者さん自身が、別の意味でのエコーチェンバーに囚われているように見えて仕方ありません。
尚こういう記述もあります。

『鎌倉殿の13人』では、後鳥羽院が寵愛する武士・藤原秀康が、鎌倉に備えて流鏑馬をすると言っておりました。
今さら流鏑馬なんかを鍛錬したところで、獰猛な坂東武者にはさして意味がない。そんなことするなら敵の進軍経路でも調べておいたほうがよい。
それでも藤原秀康のように「やっている感を見せたら良い」と考えている将は流鏑馬をしてしまう。
視聴率や「ネットの声」を拾う記事は、いわばこの流鏑馬でしょう。

先ほどのにもありましたが、朝廷は駄目、朝廷がやることは駄目と言いたげです。要はこの大河の朝廷が嫌いなのでしょうね。私は朝廷や西国の御家人をもっと描いてほしいとも思いましたが、それはともかく。
「今さら流鏑馬なんかを鍛錬したところで、獰猛な坂東武者にはさして意味がない。そんなことするなら敵の進軍経路でも調べておいたほうがよい」
流鏑馬は武芸のひとつで、軍事訓練なのですが。確か最初の方でも武者さんは同じことを書いていました。そして
「そんなことするなら敵の進軍経路でも調べておいたほうがよい」
も何も、戦う上では武芸を身に着けておくに越したことはないでしょう。この時代流鏑馬というのは大きな意味を持っていましたし。とにかく武者さんが『太平記』を観ていないことはこれではっきりしました。

あとこういうのもありましたのでご紹介しておきます。

私はしばしば「お前の意見なんか参考にならん!」「お前とは意見が合わない!」と宣言されます。
そう言われると私は正直嬉しい一面もあります。
誰かにわざわざ反論されるということは、耳に心地よいだけの論評を垂れ流してはいないのだな、と思える。
人間は、一人一人が自分の頭で考え、判断を下す方が良い。
それが難しいのは、長沼宗政の話でもしたところですが、それでもやはり個々の自主性を重視したい。

とか何とか言うより、先ほどの流鏑馬でもそうですが、歴史をちゃんと把握しているように見えない(歴史系ライターですよね?)、ドラマもきちんと観ているように見えない上に、やけに漢籍マウントを取りたがっているように見える、それでなぜ大河のレビューなのかと疑問に思う人が多いからではないでしょうか。
そして武者さん本人は反論されることに対して、きちんと自分の考えを述べているでしょうか。プロのライターならそのくらいやってほしいし、こうい文章自体、反論をきちんとできる人が書いてしかるべきと思います。
つまるところ
「反論される自分がかっこいい!」
ということなのでしょうか。


飲み物-ワインと暖炉
[ 2022/12/28 01:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 85その1

『武将ジャパン』大河コラム、第47回関連記述への疑問点です。尚今回は(多分次の回も)3回に分けたいと思います。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第47回「ある朝敵、ある演説」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)


1.一時は牢に幽閉されながらも助命され、落飾した実衣は、政子と尼姉妹になりました。
政子はそんな実衣を政治上の助手、尼副将軍だと言い切ります。確かに源実朝の乳母として政治に関与してきたので、適任でしょう。

一度は時元を鎌倉殿にまでしようとした実衣が、本当に適任なのかちょっと疑問です。何度も書いていますが、結局北条の娘ということで厚遇されているなとは思いますが。
それと「尼副将軍」というのもちょっと不思議な称号ですね。三谷さんには今後、『男女逆転大奥』ならぬ『男女逆転水戸黄門』でも作ってほしいです。

2.このドラマの主役は義時だけでなく、北条一族なのでしょう。
平氏でも源氏でもない、坂東武者の世を作ると目標設定したのも、今は亡き兄・三郎宗時でした。
ほのぼのとしていますが、この姿勢は北条一族以外を軽視する悪しき傾向があります。それが鎌倉幕府終焉の一因ともされますが、それはずっと先の話。

泰時の時代に、既に時房が連署となっていますし、御内人も後に権力を持つようになります。1991年の大河『太平記』に詳しいのですが、これがもとで幕府内部の腐敗が進み、反体制勢力とも言うべき悪党が、騒動を起こすようになって行きます。尚鎌倉幕府の滅亡は1333年で、この時から数えてほぼ110年後です。

3.なんでも火事が多いから、被災者の救援をして欲しいとか。尼将軍に頼りたいってよ。
「そんなことまで私に頼るな!」
思わず怒鳴って追い払ってしまう北条義時。こうした何気ない会話から鎌倉の空気が見えてきます。
尼将軍こと政子の仁政が評判になっている。

何よりも、政子と義時ではやるべき仕事が全く違っていると思いますが…。政子はこの場合象徴的な存在で、慈愛の精神をもって民に近づく役目であるのに対し、汚い仕事を手がけるのが義時の役目ですから。

4.そのときの義村は「安請け合いすると後で苦労する」と釘を刺していましたが、今となってはこんな調子です。
「そんな時もあったな」
義時はそう振り返りますが、立場によって変わってしまう人はいる。政子と義時の器量の差とでも言いましょうか。
岡崎義実のような、旧知の坂東武者の意見を聞いていた義時に対し、政子は名も知らぬ民の声まで聞く。そこに器量の差が見えてくる。

義村が言いたいのは、ああいう岡崎の爺さんの話までよく聞いてやってたな、今のお前とは大違いだと、かつての義時と今とを比べているわけです。ここでなぜ政子が出て来るのでしょうか。そしてその当時、まだ幕府さえできていない、だからこそ義実は御所を亀谷に作れと言っていたわけで、民の声を聞くというのは、体制がある程度盤石になってこそのものではないでしょうか。何でもかんでも政子を絡めればいいというわけではなさそうです。

5.それでも、手駒の藤原秀康が内裏の方角が燃えていると指摘すると、後鳥羽院はあわてて討ち取れと命じています。

秀康「ご覧ください。あれは内侍所の方角」
兼子「燃えているではないですか!」
後鳥羽上皇「代々の宝物が消えてなくなるぞ!」
     「秀康、速やかに頼茂を討ち取れ!」
秀康「はっ」
というわけで、まず秀康がご覧くださいと内侍所の方を指し示し、燃えていると指摘したのは兼子、そして上皇はまず
「代々の宝物が消えてなくなるぞ」
と言い、しかる後に頼茂を討つように命じたのですね。

6.日本史で不思議と思えるのが、漢籍から色々と学んでいるようで、実際はそうでもないのか?と疑問に感じるところでして。
強大な武力を有し、地方に在任した武官のやらかしにより【安史の乱】が起き、あの唐という巨大な帝国ですら傾いた。
その原因と結果を分析していたら、朝廷も「武士のことは武士でやれば?」とはならなかったはず。もっと統制を厳しくするでしょうし、中国では唐の次の宋朝は実際にそうしました。

漢籍は学問のためであり、中国歴代王朝のような儒教国家を作るためではありませんでした。そもそも日本の武士と中国歴代王朝の武官は異なる存在なのですが。

7.御家人たちは断れない。しかし、義時はそれをよしとしない――そんな策を一方的に語る後鳥羽院です。
問題があるとすれば、彼が配下の者たちから諫言なりアドバイスなりを求めてないことでしょう。自身の策について相談し、摺り合せて練り上げたりしない。

ならばこの場合、配下の者(この書き方もどうかと思いますが)が具体的に誰で、どのような相談をすればいいと思ったのか、武者さんに明記してほしいです。

後鳥羽上皇も、かつては九条兼実に苦しめられてもいますし、その結果廷臣に厳しくなったとも言われています。それから挙兵に関しては反対勢力もあったものの、子である順徳天皇が同意したのがきっかけと言われてもいますし、反対勢力というのは、親幕府派も含まれます。何よりも諸国の兵を集めた流鏑馬には、有力御家人もいました。

8.そもそも鎌倉に、武士である御家人を統制できる政治機構が存在していること自体がおかしいでしょう。
宝剣が、持ち主ではなく自らの意思を持って主人に刃向かうとすれば、それはもはや構図としては失敗。
いったい朝廷の何が悪かったのか?
摂関政治に対抗して、上皇と天皇に権力が別れ、その決着に武士を頼った時が起点なのか?

中国の武官とは異なり、日本の場合は武士の棟梁が家臣(御家人)を率いる立場にあります。これも源氏の将軍であればそこまで問題ではなく、だからこそ将軍を持って統べるべしと思いもしたのでしょうが、やはり実朝の暗殺があって以来急速に関係が悪化したのは事実でしょう。

飲み物-ホットワイン2
[ 2022/12/14 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第39回「穏やかな一日」あらすじと感想-2

第39回「穏やかな一日」後半部分です。それと先日分の変換ミスと意味の通りにくい部分を修正しています。


義時は疲れたとその場に寝そべり、伊豆の時政にうまい物でも持って行くように泰時に言う。そして鶴丸には盛綱と言う諱と、平の氏を与える。鎌倉に平家ゆかりの者がいるとは、源氏の世が安泰となった証だと義時は言い、盛綱の何は、泰時の命綱であってほしいからだと説明する。ついでに御家人にと言う鶴丸改め盛綱だが、その日行われる弓競べに紛れ込み、目立つ働きをすれば鎌倉殿に掛け合ってやると義時。一方時房は実朝を蹴鞠に誘う。

そして義時は義盛に、上総介のことは忘れろ、鎌倉殿に直訴するのもこれが最後、ウリンと呼んではいけないと命じる。義盛は、上総広常だって散々頼朝を武衛と呼んだと反論するが、あの頃と違うと義時は言う。義盛は尚も食ってかかろうとするが、下がってよいと義時に言われ、不機嫌そうにこう洩らす。
「変わっちまったよなあ、鎌倉も、お前も」

絵に描いたような坂東武者だと広元、随分少なくなったと義時。広元は「そしていずれはいなくなる」と言い、御家人に人気のある義盛は慎重にかかるべきだと忠告する。和田には三浦がついていると言ったところで、当の三浦義村が入って来た。つつじと善哉を連れて来ていたのである。義時と義村が同席する中、2人は政子に挨拶をし、政子はお見せしたいものがあると2人を連れて部屋を出る。

一時は善哉を鎌倉殿にという声もあったが、かなわなず申しわけないと義時は言い、(実朝が)お元気になられたからそれでいいと義村は答える。鎌倉を変えると言う義時に、いい心意気だと義村。守護は2年ごとに替え、御家人たちの力をそぐつもりでいた。俺も相模の守護だと義村は言うが、だからこそ他の御家人たちを制するためにも、義村には真っ先に賛成してほしかったのである。義時は政所へ戻り、義村はどこか面白くなさそうな表情を浮かべる。

政子は御所の裏の古い切り株に書かれた、頼家の文字を見せ、ここでよく蹴鞠をしていたと言う。そこへ実朝が時房を伴って現れる。鎌倉殿と呼ぶ善哉に、義父上とお呼びなさいと注意するつつじ。無理することはないと実朝は言い、時房は善哉に蹴鞠を教える。政子は頼家の分も善哉を幸せにしたい、罪滅ぼしと言っては何だが、遊び相手のいる御所へ連れてくるようにとつつじに言う。善哉の鞠の扱いは、父上よりうまいかも知れないと時房。

実朝も臨席しての弓競べが行われ、盛綱の出番となる。盛綱の矢は見事的を射抜き、泰時と抱き合って大喜びする。それを目にした実朝は義時に盛綱のことを尋ね、義時は北条の家人で、泰時の幼馴染ですと答える。御家人にしてやりたいと義時は願い出るが、分不相応な取り立ては災いを呼ぶと実朝は言い、一介の郎党が御家人などありえぬ、義盛の上総介推挙を止めたのも、守護の力を削ぐべく任期を定めたのもお前ではないかと真っ向から反対する。

義時は実朝の言葉を一旦受け入れて詫び、実朝も言葉がきつくなったことを詫びる。義時は自分は不要であるから、伊豆へ引き下がらせていただくと言って退出する。実朝は非を認め、盛綱を御家人にしようとするが、義時は一度口にしたことを翻すと政の大本が揺らぐと言い、私のやることに口を挟まれぬこと、鎌倉殿は見守ってくださればよろしいと凄むように言う。どうすればよいのだと尋ねる実朝に、改めて褒美をいただきたい、それを盛綱に譲ると義時は答える。

実朝は義時が時政の企みを防いだことにより、褒美を取らせる。そして御所の裏手に行くと、時房が鞠を手にしていた。頼家のことを思い出していたと時房。実朝は兄ときちんと話したこともなく、時房は頼家の心の内を誰も知らず、そばにいながら支えることもできなかったと言い、実朝に心を開く相手がいるかを尋ねる。その実朝は千世から、世継ぎができないこと、自分で駄目なら是非側室をと言われるが、千世が後鳥羽上皇の従妹である以上、側室を持っては上皇様に申し訳が立たぬと答える。

それは余計につらいと千世。嫌いなわけではないと実朝は言うが、ではなぜ自分から逃げるのかと千世は問いただす。実朝は千世の手を取り、初めて打ち明けるが自分には世継ぎを作ることができない、そういう気持ちになれない、もっと早く言うべきだったと告げ、すまないという気持ちで一緒にいづらかったと話す。ずっと一人で悩んでいたのですねと千世、そして話してくださり嬉しいと彼の肩に頬を寄せる。実朝は応えてやることができなかったが、千世は構わなかった。

泰時の机の上にはこのような歌があった。
「春霞 たつたの山の桜花 おぼつかなきを知る人のなさ」
仲章はこれは恋の歌であり、春の霞で姿をはっきり見せない桜のように、病でやつれた己を見せたくはない、されど恋しい、あなたに会いたい、切なきは恋心と解釈し、どなたの作かと尋ねる。泰時はその場を離れ、その歌を実朝に見せて、間違えておられます、これは恋の歌ではないのですかと問う。実朝は苦笑して間違えていたとその歌を受け取り、今度は
「大海の磯もとどろに寄する浪 破れて砕けて裂けて散るかも」
の歌を渡す。

義時は朝時と会っていた。御所に仕える女房に手を出すとは何事だと叱る義時だが、朝時はいとも気安く、鎌倉殿にとりなしてほしいと頼む。お前には父を超えようという気概はないのかと言われ、あるわけないです、こんな大それたことと朝時は答える。もう行けと義時。その頃義盛は義村と共に酒を飲み、義時は親父を追い出したらやりたい放題だ、俺たち古株の御家人をないがしろにしたら、痛い目に遭うことを思い知らせてやろうぜと意気軒高だった。そして泰時も、実朝の歌の解釈に迷い、隠していた酒をあおっていた。

建暦元(1211)年9月22日。出家して公暁(こうぎょう)と名乗るようになった善哉が京へ上る。京での修行の後は、鶴岡八幡宮の別当になる予定だった。しかし彼が戻って来た6年後、大きな悲劇が起きることになる。


「穏やかな一日」のサブタイとは裏腹に、本音と建前がぶつかり合って、物語が進行します。相変わらず本音だけの義盛、本音と建前を使い分けることを覚えた義時、昔から本音を隠して建前で物を言うのに長けた義村、この3人に加え、本音でのみ物事を考えているような泰時、さらに立場上本音で物は言えないが、歌にその思いを秘めた実朝などなど。

最早北条至上主義でないと、幕府の統制は取れないと考える義時は、政の改革にまで踏み切ります。それは北条以外の御家人に力を持たせないことでした。無論これが江戸時代なら、参勤交代だの江戸城の修理だので、大名の財力を削いで行くわけですが、この時代はまだ武家政権が始まったばかりです。手始めに、御家人に権力を持たさないようにすること、北条以外の人物の昇進を阻むことを企んだわけですが、これが義盛の癇に障ってしまいます。

そして実朝。やはり女性にはさほどに関心を持たない人物のようです。泰時にああいう歌を送るほどですから。しかも泰時も、仲章からあの歌について
「病でやつれた己を見せたくない」
と説明されているわけで、実朝は当然病み上がりです。鎌倉殿はあるいは…とは思わなかったのでしょうか。無論気づいていながら知らん顔を決め込むこともできますが、泰時の性格としてそれができるかどうか。無論、既に妻帯している泰時はどうしようもなかったわけですが。

それから鶴丸改め平盛綱。この人物は実務家として有名で(意外ですが)、長崎氏の祖となる人でもあります。長崎氏と言えば、『太平記』の長崎円喜を思い出しますね。そして弓競べ、これもまた『太平記』の流鏑馬をちょっと連想させます。

ところで義時の黒の直垂ですが、大河の作品によっては、主人公が年齢を重ねるに従って黒っぽい衣服をつけるようです。代表格が『軍師官兵衛』でしたが、別に完結編だからと言って、必ずしも黒を着せる必要もないかと思うのですが。ただ義時の黒と実朝の衣装の白、それぞれのものの考えを表現しているなとは思います。


飲み物-琥珀のエール
[ 2022/10/18 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 76その5

『武将ジャパン』大河コラム退場者関連記述への疑問点です(一部感想、補足あり)。

鎌倉殿の13人「全退場者」まとめました~残酷な粛清や謀殺ほぼ毎回 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/10/09/171294


第31回「諦めの悪い男」
死亡者:頼全
死因:誅殺
全成と実衣の子。かったるそうに殺す源仲章が印象的でした。

「全成と実衣の子」だけでなく、「時元の兄」でもあります。まだ全成存命の頃、実衣が、この頼全からの手紙を見せていましたね。

死亡者:比企能員
死因:謀殺
北条時政のもとへ余裕こいて無防備に赴き、「あいたぁー!」と絶叫したところを斬られる。
本作屈指の潔くない死で、インパクト十分でした。
殺す側の時政も上機嫌に、手段なんて選ばねえと開き直っていて、それはもう後味が最悪です。

能員らしい最期ではあります。本当はこの人はもう少しできる人だったようですが、あまりその印象ありませんでした。
ところで「手段なんて選ばねえ」ですが、実際の時政のセリフは
「坂東武者ってのはな、勝つためには何でもするんだ」
ですね。能員が鎧を衣の下に着込んでいたことに関して、その思い切りの悪さを非難していますし。

死亡者:道、せつ、比企一族
死因:一族滅亡、せつはトウによる殺害
能員が死んだと思ったら、北条軍が即座に攻め込み、比企一族を次々に討ち取ってゆきます。
善児の弟子であるトウがせつも素早く刺殺し、継承を印象付けました。
比企尼と一幡はこのとき死んでおりません。

能員が死んだと思ったらと言うより、能員が死んだから比企館に攻め込んだのでしょうね。それと「継承を印象付けました」とありますが、「善児を継ぐ存在であることをほのめかした」と言った意味でしょうか。日本語がちょっと変です。

第32回「災いの種」
死亡者:仁田忠常
死因:自害
時政の依頼で能員を殺した忠常。
そんな彼は、今度は頼家から、時政を殺すよう命令されます。
板挟みになった忠常は、苦しみの果てに、北条邸までやってきて自刃したのでした。忠義を知ったための死です。
史実では殺害である死因を、うまくアレンジしてきました。

「忠義を知ったための死」
なのですが、どうもこれ江戸時代の侍のように見えてしまいますね。史料にあるように、最初から時政を殺そうとして討たれた方が、この時代らしかったような気もします。

死亡者:一幡
死因:溺死
泰時が逃していた一幡。義時は善児のもとにいることをつきとめ、手を下すよう命じます。
しかし愛着が湧いた善児は断り、トウが師匠の代わりを果たしました。
義時は善児に「千鶴丸とは何が違うのだ?」と冷たく迫っていましたね。

実際この大河に於ける千鶴丸は、八重の最初の子と言うこともあり、その意味でちょっと特別ではあります。逆に一幡を生かしておけば、後々災いが降りかかるのは必至で、この時を境に義時は、善児を見限っていたのではないかとも考えられます。

第33回「修善寺」
死亡者:源頼家
死因:善児による殺害
風呂場で惨殺されたとされる頼家を、舞台で善児が殺すようにアレンジ。
剃髪し、鬼気迫る様子で息絶える頼家の様はあまりに酷い。それを目にしてしまった泰時の心は……。

この舞台の光景ですが、やはり『太平記』の柳営での猿楽を思い出しますね。三谷さんも意識したのでしょうか。

死亡者:善児
死因:弟子・トウによる殺害
善児は鈍っていました。情にかられ、一幡を殺せなくなっていたのです。
仕事ができなくなった仕事人の運命は?
兄・宗時を殺したのが善児だと知った義時。
しかし、その仇討ちを果たしたのは義時ではなく、トウでした。腹を刺されよろめく師匠を、父と母の仇だとしてとどめをさしたのです。殺し、殺される因果がめぐった回でした。

「兄・宗時を殺したのが善児だと知った義時。
しかし、その仇討ちを果たしたのは義時ではなく、トウでした」
とありますが、これはあくまでも義時から見ればのことであり、他に善児に身内を殺された人物は沢山いるでしょう。この書き方だと、今まで善児が殺めた人物は宗時一人であったように取れます。

第34回「理想の結婚」
死亡者:北条政範
死因:平賀朝雅による毒殺
死因については次回判明。
史料では不審な点が多い政範の死を歴史ミステリにしました。
朝雅が使った毒薬は、後鳥羽院が源仲章経由で渡したものです。
そのせいで畠山重忠と重保が死ぬだけでなく、【承久の乱】への布石が打たれてゆきます。

この毒殺関連の描写、ミステリと言うか刑事ドラマ風ですね。あと
「後鳥羽院が源仲章経由で渡したものです」
とありますが、はっきりそれを描いたシーンはないのですが…。仲章が「(平賀に)渡したもの」を大事に使ってくれるといいと話すシーンは、この回の半ばほどで出て来ますが。それと承久の乱は、実朝後の将軍をどうするのかも、大きな要因となって行きますね。

そして先日の第27回同様、

第35回「苦い盃」
大量死前にひとやすみ。

「ひとやすみ」なら、わざわざ出してくる必要もないでしょう。退場者が出た回のみをピックアップすればいいのにと思いますけどね。ちなみに退場者と言うべきかどうかは不明ですが、例の和田館の歩き巫女が、この回で登場しています。


飲み物-コニャック
[ 2022/10/15 00:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』を振り返って&沖縄・南西諸島の信仰と文化

朝ドラ記事ですが大河関連のお知らせです。『鎌倉殿の13人』、10月2日は第38回が放送されますが、9日は1回お休みでスペシャルが放送される予定です。

「鎌倉殿の13人」トークスペシャル番組 放送決定!

それから先日投稿分、意味が通りにくい部分やタイプミスなどで、数か所手直しをしております。どうも勢いまかせで書いたところがあったせいか、後から見ていささかおかしな部分もありました。失礼いたしました。

で、『ちむどんどん』を振り返ってその5です。今回は全体を振り返ってですが、まず脚本の整合性への疑問点です。実はこれは大河ドラマ『花燃ゆ』がそうでしたが、別々の人が脚本を書いて後で繋ぎ合わせたような、そういう辻褄の合わなさもまたありました。

おまけに賢吉大叔父さんのように、かなり頻繁に出て来ていた人が、ある時を境に急に出て来なくなったりもしましたし、最後の最後で子供や孫をあそこまで出して来る必要もなかったと思います。それも、最後の数週間でそれぞれ子供が生まれ、成長し、結婚して行く様子が描かれていれば、まだ納得できたのですが、そういう過程を経ずにいきなり登場しているから、どこか違和感をぬぐえないのです。

先日も書きましたが、「この人たち誰?」となってしまいます。『カムカムエヴリバディ』の三世代登場への対抗かという、ツイートでの指摘もありました。

そして主人公暢子のキャラ設定ですが、長く勤めたはずのフォンターナで覚えたイタリア料理をあっさり捨て、次は沖縄料理、そしてやんばるに帰る、そしてまた沖縄料理店をやりたいと言うところが、子供が夢中になっていたものをすぐ投げ出し、新しいことをやりたがる様を思わせます。結局やんばるの方は40年続いたようですが、途中でまた飽きて辞めたくなったのではと思ってしまいます。

イタリア料理店で仕事をする設定は、やはりオーナーの房子と合わせるため、そして矢作と仕事をさせるためのものだったと言えそうです。房子を演じた原田美枝子さん、『あさイチ』に出演して朝ドラ受けをやらされたものの、言うことがなくて戸惑っていた由。そもそも最終回に出ていませんしね。原田さんと言えば、今なお『太平記』の阿野廉子を思い出します。

その暢子はやんばるちむどんどんの開店前も、そば作りを強行し、周囲の人々を徹夜で働かせるというところに、彼女の性格が表れているように見えます。こういう性格も、例えば壁にぶつかってもくじけないと言った感じで、プラスに描けばそれはそれで魅力的なのでしょうが、元々暢子はそこまでの苦労をしたようにも見えず、それゆえに身勝手でがむしゃらで、大人になり切れていない人物といった印象を与えます。正に「暢子はいつまで経っても暢子」なのですね。あと黒島さんは自炊もしているようですが、料理人を演じるのと、料理好きとは必ずしも一致しないと思いました。

あと何かにつけて対決に持ち込み、勝った方が何かを得るとか、交換条件を持ち出すような描写も如何なものかと思います。加えて、沖縄言葉をやたら使い過ぎな印象がありました。実は私自身、大学時代に沖縄出身の友人がいました。この人は那覇出身でしたが、ごく普通の話し方で、あそこまで沖縄言葉を使うことはありませんでした。ただ、本土に来て雪が見られて嬉しいと言っていたのを覚えています。

そして浜辺(ウタキと思われる)で叫ぶシーン、恐らくこれは沖縄や南西諸島のニライカナイ信仰を踏まえているのでしょう。このニライカナイに関してはこちらのサイトのURLを置いておきます。

沖縄の信仰って?「ニライカナイ」や「アマミキヨ」とは
https://okinawaspirits.com/whatokinawanfaith0607/

数日ほど前ですが、公式が沖縄の文化や習慣といったものを、なかなか紹介しないと書いています。たとえばこう言う信仰の存在を、何かで登場人物の会話に入れるとか、それこそ和彦に、これについて調べさせるなどと言ったシーンがあれば、また受ける印象は違ったでしょう。要は、そういう文化的背景を思わせるシーンが殆どないにも関わらず、いきなりああいう描写を入れてくるから、視聴者も戸惑うのではないでしょうか。あとやはり叫ぶというのはあの場合ありなのでしょうか。

実は最終回の放送の後、『西郷どん』の奄美大島編を観てみたのですが、この信仰に関連したシーンがかなり登場します。海にあるニライカナイに故人の魂は帰り、また恵み多い物を届けてくれると上記リンク記事にはありますが、時に災いをももたらす存在でもあるようです。

下の2つの画像は第18回「浪人 菊池源吾」のアバンで、とぅま、後の愛加那が海のかなたを見るシーンと、ユタから夫となる男が来ると告げられるシーンです。ここでユタは、災いも連れてくるととぅまに警告しています。


西郷どん19愛加那とユタ



西郷どん19愛加那


またこの時ガイドブックで、石千代金(とぅまの叔母)役の木内みどりさんが、簪(ジーファー)は、女性の護身用でもあったと話しています。

「島では男性も女性も束ねた髪をジーファーで留めているのですが、じつはジーファーは女性にとって護身用の武器でもあったそうです。つまり、いざとなったらこれで自害もできるし、相手を刺し殺すこともできるわけです。女性としての誇りや意志の証しである1本を、常に見えるところに挿しているのが興味深くて、ジーファー職人を探して自分用を注文したほど衝撃を受けました」
(ニッコームック 西郷どん 続・完全読本25P)

ひとまず『ちむどんどん』に関してはこれで終わりとします。今後『舞いあがれ!』について投稿する際に、多少引用または比較することがあるかも知れません。

それからこの朝ドラは、前作『カムカムエヴリバディ』、同時期に放送された『芋たこなんきん』に加え、夜ドラ『あなたのブツが、ここに』とも比較されていました。この夜ドラがなぜ面白かったのか、こちらもそれを指摘したツイがあるので、URLとツイート本文をだけ貼っておきます。

https://mobile.twitter.com/atsushi05919733/status/1575405657066700800
「「コロナの問題は絡めない」方針に「抵抗」「練り直し」「スタッフ総出」「業界への取材」「資料読み込み」で戦った櫻井氏。
『沖縄の話だが、日本のどこにでも当てはまる普遍的な家族の愛のドラマを作ればいい』に逃げた羽原氏。
結果は2つのドラマの質で証明されている。」


飲み物-ローズヒップティー
[ 2022/10/02 00:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第33回「修善寺」あらすじと感想-2

第33回「修善寺」後半部分です。それと先日投稿分を、少し直しています。

そこへ実衣が現れて仲章を呼ぶ。気まずくなった康信は慌ててその場を去ろうとしながら、韻律に乗せて、花鳥風月を感じるままにお詠みになるのがよろしいかと実朝に言うが、仲章はそれを否定する。和歌とは気の向くままに詠むのではなく、帝が代々詠み続けてきたものであり、帝のお望みの世の姿とありがたい考えがそこにある、それを知らねば学んだことにはならぬと言い、実衣も、和歌は政に欠かせぬものと口添えする。

さらに仲章は、和歌に長ずる者が国を動かすと言い、実衣もしっかり学ぶようにと実朝に教えるかたわら、康信にはお役御免と言った口調でねぎらいの言葉をかける。面目を失った康信は書物を携え、大急ぎで部屋を出たため転んでしまう。

再び修善寺。政子は妹で畠山重忠の妻ちえと共に、頼家の好物の干しあわびを持参して訪れていた。そこへ遠元がやって来て、頼家が息災であり、重忠と話をしていると伝える。しかし北条家の人々とはやはり会いたがらなかった。政子もそれを受け入れ、後でその様子を話してくれと遠元に頼む。ちえは不服そうだったが、政子は頼家の気持ちを汲んでやり、元気であることがわかればそれで十分だと言った。

猿楽の面を手に取る頼家に、尼御台に会ってほしいと重忠は言う。いたく心配しているからというのがその理由だが、頼家は、あの女子を最早母とは思わぬとまで言う始末だった。そして重忠と遠元の本領が武蔵であることを確認し、時政が武蔵守の座を狙っており、朝廷にそれを願い出ていることを打ち明ける。好きにさせていいのかと言う頼家に、どこからそのようなことをと重忠は尋ねるが、頼家は、味方になれば話すと言うのみだった。

鎌倉に戻った重忠は、時政にこのことを伝えるが、重忠は、頼家が都と通じているのではと疑っていた。あるいは後鳥羽上皇とかと疑うが、義時に軽はずみなことは言うなと注意される。重忠はさらに、頼家から聞いたとして、時政に武蔵のことはどのようにお考えかと尋ねる。時政は、武蔵を独り占めしようなどとは考えておらんと言い、重忠はご無礼しましたと頭を下げる。

そこへ八田知家が現れる。知家は手にした猿楽の面を投げつける。京へ向かう猿楽衆の一人を捕らえたのだった。しかも扇を持参しており、扇面には上皇へ、北条追討の院宣を願い出る旨が書かれていた。決まりのようだなと時政。義時も、頼家討伐を決意せざる得なかった。政子には、すべてが終わってから話すつもりでいた。

謀反だと言う義時と、それはなりませぬと止める泰時。時房は頼家の後ろに上皇がいる、このままでは大きな戦になるので、今のうちに火種を消すべきと泰時を諭す。院宣をお出しになるのかと問う泰時に、義時は、分からぬが、北条をお認めにはならぬだろうと口にする。上皇から見れば北条は一介の御家人であり、源氏を差し置いて他の武士に指図するのを許すはずもなかった。

上皇に文を出そう、言葉を尽くせばきっとと言う泰時を、義時は甘いと一喝する。頼家に死んでほしくないと泰時は言うが、それは義時も同じ思いだった。義時は言う。
「しかしこうなってしまった以上、他に道はない」
泰時は時房に窘められつつも、父上は間違っている、私は承服できないとその場を去る。修善寺に向かって、頼家に逃げるように言うと時房、しかし義時はそのまま放っておいた。

頼家に逃げてほしかったのかと尋ねる時房に、義時は違うと言う。息子にかつての自分を見出していたのである。その後義時は時房と善児の家へ行くが、善児もトウも不在だった。兄上に取って泰時は望みかと問う時房に、義時は、あいつの一途な思いが羨ましいと答える。ならば自分は兄上に取って何なのかと時房は尋ねるが、義時はそれについて考えたことはなかった。自分は泰時とは正反対の存在でありたいと言う時房。泰時が反対することは、何でも引き受けるつもりだった。

しかし義時は時房の言葉を聞く風でもなく、部屋の片隅にあった、宗時の遺品に目を泊める。善児も意を決したようだった。善児は自分が斬ると言う時房を、あれは必要な男だと義時は止め、私に善児が責められようかと自問自答する。そこへトウが戻って来る。

善児は薪割をしており、その側には小さな土饅頭があった。一幡の墓だった。そこへトウが義時を連れてやって来て、義時は善児に仕事だと言う。善児は無表情で返事をする。

泰時は修善寺へ行き、頼家にお逃げくださいと言う。逃げはせぬと答える頼家に、命を大事にするようにと懇願する泰時。生きてさえいれば道も開けると泰時は言うが、頼家は道などないと言い、最早覚悟を決めているようだった。最後の最後まで盾突くと言う頼家に、尚も逃げるよう勧める泰時だが、頼家はこれより京からやって来た猿楽が始まる、上皇様の肝いりだと言い、泰時にも観るように促す。

その頃義時は義盛を訪れていた。誰かと一緒に飲みたかったと言う義時に、なぜ自分なのかと尋ねる義盛。難しいことは考えずに、うまい酒が飲めそうだからと義時。義盛も難しいことは苦手だと言い、2人で笑うが、義盛の館には運慶が尋ねて来ていて、運慶はえにしであると言う。実は義盛も父親の勧めで、運慶に何体か仏像を作らせていた。都へ戻る前に、義盛は運慶にも酒を勧めていたのである。

運慶は、巴が峠道で拾った木像の修理をしていた。無論運慶は、普通はこういうことはしなかった。その仏像は、あるいは由緒があるのではと義盛は言うが、否定されてしまう。巴と義盛は客をもてなすための料理に取りかかる。運慶はその木像は、なかなか可愛い顔をされていると言う。

前に運慶に会ってから15年が経っていた。その義時に運慶は、悪い顔になったなと言う、色々あったからと答える義時に運慶は、まだ救いはある、お前の顔は悩んでいる顔だと言い、迷いがあるがその迷いは救いだ、悪い顔だがいい顔だとも言う。お前のためにいつか仏を彫ってやりたい、いい仏ができそうだと運慶は言い、義時は礼を述べる。

修善寺では猿楽が始まっていた。奏者はすべて顔を紙の面で隠していたが、1人指も口も動かさない笛吹きの男を泰時は見つける。また外へ出た鶴丸は、外に死体を見つけて中へ戻っていた。そして泰時は舞台へ上がって行って、その笛吹きに襲い掛かろうとする。面を取ったその男は善児で、泰時の襲撃をかわし、こう言った。
「あんたは殺すなと言われている」

トウもそこに現れる。そこへ鶴丸が走って来て、トウを阻もうとする。トウ、そして善児は抗う者たちをかわし、頼家は奥へと入る。善児が目ざす頼家は、屏風の陰に隠れていた。頼家と善児の攻防が繰り広げられるが、厨子の前に置かれていたはずの、「一幡」の名を記した紙が落ちているのが目に留まり、善児は隙を突かれる。

しかし頼家も手負いの状態だった。
「わしはまだ死なん」
そう言って善児にとどめを刺そうとする頼家を、背後から誰かが襲う。それはトウだった。トウがは今度は真正面からとどめの一撃を浴びせ、頼家は絶命する。

雨が降り出していた。動けずにいた泰時は何とか身を起こし、舞台の上の頼家の死体を見て号泣する。そこへ鶴丸も現れる。一方頼家から腹を刺された善児は、雨の中トウに最後の一撃を浴びせられる。トウに取って、善児は両親の仇だったのである。


正直言って、後半はやや疲れる展開でした。修善寺の頼家暗殺に加えて、運慶の話、義時の苦悩と泰時の反発、猿楽、そしてトウと善児の関係などなどを、20分余りの尺に盛り込んで来ているため、すんなりと頼家暗殺にたどり着けないもどかしさも感じられました。三谷さんも色々と入れたかったとは思いますが、1つか2つほど減らしてよかったかと思います。

では順番を追って見て行きます。三善康信が、源仲章の出現、そしてその仲章の和歌(この頃こういう呼び方はあったのでしょうか)の定義づけにたじたじとなり、転んでしまうシーンですが、これもまた三谷大河にありがちなコントシーンです。そして実衣は、仲章の意見をフォローするかのようです。彼らによって、後の実朝が作り上げられた感もあります。そう言えば実朝の「実」は、実衣の「実」でもありますね。

修善寺の頼家を政子とちえ、そして畠山重忠と足立遠元が訪れますが、頼家は政子とちえには会おうとしませんでした。政子は、今日は干しあわびを届けに来ただけと言いますが、結局会えぬまま今生の別れとなってしまったようです。その時頼家が、時政が武蔵守の座を狙っていると発言したことに加え、そしてその後、猿楽衆の1人が扇に書かれた密書を持って京へ向かっていたのが発覚したこともあり、ついに義時も頼家討伐を決断せざるを得なくなります。

泰時はこれに反対しますが、義時はその息子に甘いと言います。しかし泰時の姿は、かつての自分の姿でもありました。そんな義時に時房は、自分は泰時とは反対のやり方で兄を支えると言います。この後のことを考えるうえで、意味ありげなセリフです。そして義時は、善児に頼家暗殺を命じます。善児は猿楽衆の1人に変装し、修善寺を訪れます。この変装が泰時にばれてしまい、ひと騒動となるのですが、善児は泰時だけは助けるように言われていました。しかしこの猿楽衆に刺客が紛れ込むのは、『太平記』をイメージしてのことでしょうか。

そして突然と言うか、運慶がここに現れます。運慶は15年の歳月の中で、義時の顔つきが変わったと言いつつ、まだ迷いがある、悪いけれどいい顔だと言って、いつか仏を彫ってやりたいと言います。実際運慶は義時のために、薬師如来像と十二神将を作っています。

さて頼家暗殺。頼家も殺され、善児も殺されます。しかし善児が「一幡」の文字を見て、心が揺らいだかのように見える描き方は、ちょっと疑問です。実際一幡に対しては、愛情に近いものを持っていたとは思いますし、事前に一幡の墓が登場したのも、その心境を表すための伏線と言えます。ただここは難なく頼家を仕留め、その後で一幡の文字を見て気が緩み、待ち構えていたトウに殺されたという描写でもよかったかと思います。トウはやはりあの井戸端の少女であったようです。そして何回か前の投稿に、善児はトウに殺されるのではないかと書いたのが、図らずも当たってしまいました。


飲み物-グラスに注がれたエール
[ 2022/08/30 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 65その3

『武将ジャパン』大河コラム後半部分続き(その2)です。


1.「一幡をお助けください!」
そう言われる義時ですが……この構図がゾッとしてしまう。後に酷い展開が待ち受けていますので覚えておくことオススメです。

景時が比企館に立てこもるシーンですが、「後に酷い展開が待ち受けています」て、具体的に何のことでしょうね。

2.そう言いながら、差し出したのは、なんと善児!
義時にとっては兄・宗時だけでなく、舅であり祖父である祐親とその子の祐清、八重の子である千鶴丸の仇になるのですが、それを忘れて使いこなすということでしょうか。
もはや人間というより、何かの象徴のように思えてきます。

「何かの象徴」というのもよくわからないのですが…つまり善児は「人間」ではなく「殺人のための道具」とでも武者さんは言いたいのでしょうか。実際道具と言っていいところはあります。但し義時にしてみれば、単に仇だけではなく、奥州に行った際に同行し、自分を藤原国衡から守ってくれてもいますから、余計複雑な心境でしょう。

3.死後もそうでして、義経を陥れる悪党としてさんざん悪役にされてきました。
それをどう落とし込むのか?
考え抜いた果ての、三谷氏ならではの解釈を見た気がします。
この作品の景時は優れていた。戦略家としては義経より合理的なこともしばしばあった。
景時が嫌われたのは、時代の先を行き過ぎていたのかと思えました。別の時代ならば、ここまで嫌われなかったかもしれない。

この景時ですが、近年は特に「義経を陥れる悪党」という見方は影を潜めています。別に三谷さんだからこういう解釈をしたと言うわけではありません。それと「時代の先を行き過ぎていた」とか「別の時代ならば」とありますが、景時が特に時代の先を行く優れた才能を持っていたのでしょうか。ならばそれをはっきり書いてほしいものです。私としては、彼の性格やものの考えに於いて、他の御家人たちとそりが合わなかっただろうとは思っています。

4.景時はなぜ嫌われたのか? その美点は何か?
そう考えるだけで頭をものすごく使う。それが歴史を学ぶおもしろさだと思える。
そういう歴史を学ぶ醍醐味がみっちり詰まった人物像でした。

「そう考えるだけで頭をものすごく使う」て、他の人物や時代背景に着いても、色々考えることはあると思いますが…。そしてそういう醍醐味は、他の大河でも同じことです。武者さんの嫌いな大河であっても。

5.でも、もっと見たいというのとは違う。
完成度が高いから、これで充分満足です。
すごいものを見られました。大河はこういうものかと圧倒されました。

「なぜ」完成度が高いと感じるのかも、「どのように」すごいのかも書かれていないのですね。特にこのコラムでは、「すごい」という表現がやけに使われますが、何とも幼稚な気がします。

6.今回登場した安達景盛は、頼家と不仲とされます。
その背景として、頼朝落胤説があります。頼家からすれば異母兄にあたるゆえ、対立が激化したというのです。
(中略)
こう考えているのは、実は当時の人々もそうでした。
景盛の孫の代、泰盛のとき、源氏の血を引くとアピールするようなことをして、【霜月騒動】につながり、安達家が破滅する一因となっています。
死後も祟る頼朝の女遊び。

ちなみに、結城朝光も頼朝の子であるという説がありますね。
あと「霜月騒動」といえば、何と言っても『太平記』の最初の方で登場しますが、1991年の大河だから武者さんは観ていないでしょうか。『麒麟がくる』の池端俊策氏の脚本で、個人的にはこちらの方が優れていると思います。

7.えげつない。なんていやらしくてけしからんのだ!
そう呻きたくなるほどの妖艶さが先週からありましたね。
いやらしいというのは、誰かが裸で登場すればいいってもんじゃない。露出度より心の問題で、恋に落ちる瞬間がいやらしいのです。

妖艶かどうかはともかく、ここでこのように書かれている以上、下ネタ的な「いやらしい」と違うことは察しがつきます。ただそこまで「恋に落ちる」瞬間が素晴らしいとは、私は思いませんでしたが。

8.それが爛れていて崩れているからこそ、どうしようもなかったのが、先週からの実衣ですわ。
既婚者が琵琶を習って心惹かれる。そんなけしからんことがあっていいものか?
いやらしい、なんということかと戸惑いました。
けだるげに琵琶の弦を鳴らす実衣なんてもう、触れたら花びらがホロホロとくずれてきた花のようで。こういう人妻を倫落だのなんだの言うのです。ものすごいエロスがありました。

このシーン、実衣が琵琶を朝光に習っており、その「師匠」である朝光に憎からぬ思いを抱き、それを夫全成が恨めしそうに見ているわけですが、生憎そこまで「エロス」を感じませんでした。朝光を失いたくない実衣の気持ちは寧ろ、例の訴状の陰謀を義村が企てる、そのシーンの方に現れていたように思います。
それと
「触れたら花びらがホロホロとくずれてきた花のよう」
好きな大河ならこういう表現をするものの、嫌いな大河だと一言もこういう表現は使いませんね。昨年のお千代にも、こういう表現をしてほしかったなあ…尤もお千代は実衣よりもっと凛としていますが。
あと琵琶の弾き方と恋心、シェークスピアの『じゃじゃ馬ならし』に、そういうシーンがなかったでしょうか。もちろんあちらの方はリュートです。元々リュートと琵琶は同じですけどね。

9.いま、東洋の伝統楽器を弾く美男はちょっとしたブーム。華流の『陳情令』が代表例です。
そういう流れに乗ったというわけではないでしょう。ともあれ、伝統楽器を奏でる人は美しく魅力的だと示しました。このドラマに琵琶が出て本当によかったと思います。
このドラマには歴史を学ぶ醍醐味を思い出させる要素があまりに多い。
そこがいやらしくて、けしからんのかもしれない。
はっきり言って、今年の大河は面白いのです。

すみません、この『陳情令』、華流ドラマを観ないので何のことだかわかりませんでした。
そして
「このドラマには歴史を学ぶ醍醐味を思い出させる要素があまりに多い」
いやこのドラマだけでなく、昨年のを含め武者さんが嫌いな作品であっても、「歴史を学ぶ醍醐味を思い出させる」作品はあるのですが、それに気づいていないか敢えて書かないかだけでしょう。あと「醍醐味」は一般には「感じる」または「味わう」ものかと思います。
それと
「はっきり言って、今年の大河は面白いのです」
面白ければ、別にここまで強調する必要もないかと思うのですが。こう書くところにちょっと不自然さを感じてしまいます。

あと三浦義村関連でもうひとつ。

10.『麒麟がくる』の織田信長は、プレゼント感覚で生首を箱詰めにしていました。それとは異なるカジュアルな残酷さが三浦義村にはあります。

この生首は、第43回の「闇に光る樹」で登場するものでしょうか。あの生首ですが、箱ではなく、壺に入っていなかったでしょうか。
そして「それとは異なるカジュアルな残酷さ」とは何のことでしょうか。要は、信長は自己顕示欲丸出しといった感じで、光秀と藤孝に相手方の首を見せたわけですが、義村の方は、寧ろそれとは反対に、ひたすら黒子に徹することで、自分の存在が知られることなしに、景時を追い出すことに成功したのだと思いますが。


それからこのコラムで、やけに「政略結婚」的な表現が使われていますが、身分が高い武家の場合は至極当たり前に行われていました。『葵 徳川三代』に関しては先日も書きましたが、まだ年端もゆかぬ娘たちが縁組みさせられ、両親と別れています。無論この鎌倉時代も、他の御家人や公家に嫁ぐということはありましたし、義時も娘を公卿と結婚させています。


飲み物-マグとビール
[ 2022/07/30 00:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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