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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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ラグビーあれこれ-ワールドカップ絡みで少し その2

ワールドカップ関連です。
まず日本関連の試合、地上波の視聴率について。

【ラグビー】日本がチリに快勝発進 19・7%の高視聴率、瞬間最高は22・4%
https://www.nikkansports.com/sports/rugby/
wc2023/news/202309110000305.html
【ラグビーW杯】日本-イングランド 早朝生中継の視聴率は6・3%
https://www.sanspo.com/
article/20230919-3NPZVWJAMZDB5KSZXWSKWZKI54/?outputType=theme_rugby_wc2023
【ラグビーW杯】サモア戦視聴率7・9% 祝日早朝のイングランド戦を上回る
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/tokyosports/sports/tokyosports-278270?utm_source=dnews&utm_medium=article&utm_campaign=contentsmatch1

チリ戦はもちろんですが、このイングランド戦の6.3パーセント、サモア戦の7.9パーセントは、日本時間午前4時キックオフとしては高めの数字です。サモア戦なんて平日(金曜日)の早朝ですからね。

そして10月8日のアルゼンチン戦、こちらは日テレで午後7時45分からで、決勝トーナメント入りを賭けた試合となります。これは大河関連投稿でも書いています。またこの試合により、『どうする家康』の世帯視聴率はいくらか影響を受けるかも知れません。

さて日本の課題ですが、外国出身選手がいるとは言え、高さがあまりない分ハイパントの処理に弱い点は修正されてしかるべきかと思われます。またフィジカル面で来られたらどうするか、もちろんそれも考えられているし、ディフェンスに穴を開けないように念を入れる必要もあるでしょう。

それでもひところに比べると、ディフェンスの精度はかなり上がって来ているとは思いますが、相手も本気になってくる以上、用心に越したことはありません。そして何よりも、
「どちらが勝ちたいか」
これが大きいかと思います。

ところでアルゼンチンの評価に関してですが、チリ戦の大量得点だけで評価しているマスコミがあるようです。これは如何なものかと思います。あの試合、それぞれのチームのモチベーションはかなり違っていた(アルゼンチンはこれに勝てば、決勝トーナメント入りが見込めると考えていた)でしょうし、またチリのディフェンスはかなりほころびもありました。ただ時間帯によっては、そこそこうまく機能している時もあり、その時はかなり締まった印象を与えはしましたが。

またこの試合に向けて、試合解説者がコメントを求められています。
「とにかく勝つということですね。点を多く積み上げて勝ってほしい。セットプレイ、スクラム。あとはハイボールの攻防ですね。高く受けたボールをしっかりレメキ選手や松島選手がキャッチして、日本の攻撃につなげたいですよね。サモア戦も回数は少なかったですが、クリーンキャッチていうのが少なかったので、アルゼンチンはそこを狙ってくると思いますので」、そこを大事にできたらと思います」
(山村亮氏、フィジー-ジョージア戦スタジオ解説、NHK総合 尚ハイボールとはハイパントとも言い、高く蹴り上げられたボールのことです)

「こういう頑張っているチーム(ポルトガル)を見るとかつての日本を思い出すんですよね。今は、もう堂々とワールドカップで勝つことも当たり前で、ベスト8というのが1つ最低ラインになってくるような国になっていますので、ジャパンもね。そう考えると日本がベスト8、アルゼンチンに勝てばベスト8に行けるというのがなんか当たり前になってきていますけど、ちょっと思い出すと夢のような今の状態ですよね」
「最終節まで決勝トーナメントに行ける可能性がある状態。勝ったら自力で行けるという状態に今、日本ラグビーがあるっていうのが本当に感慨深い」
(栗原徹氏、豪州-ポルトガル戦解説、日テレ)

あと南アがトンガ戦とルーマニア戦で、このチーム本来のダークグリーンのジャージーを着ていますが、やはりこれが一番「らしさ」を感じさせます。(リボック選手)

南アリボック選手

それからフィジーとジョージアが熱戦を繰り広げた日、フィジー代表のテュイソバ選手の、7歳の息子さんが、病気で亡くなられたとの由。お悔み申し上げます。

また豪州の若手を多く起用した編成に批判が出ていますが、実際2019年大会でも、フランスは今大会を見据えて若手を多く起用していました。しかしフランスはベスト8まで勝ち上がり、豪州は予選リーグ敗退か否かといった状態、しかもランキングが下のフィジーに負けている状態なので、その辺りが矢面に立たされる一因となってはいるでしょう。

それと前出フィジーとジョージアの試合、実況のNHKの冨坂アナウンサーはラグビー経験者なのでしょうか。裏を狙えばなどと言った、如何にも経験者らしい表現が、随所に聞かれますので。

後になりましたが、チームに帯同している西シェフのX(ツイッター)アカウントのリンクを貼っておきます。ラーメンあり、補食のにんにくチャーハンありと様々ですね。

尚ここの投稿にある補食ですが、トレーニング後のエネルギー補給のため、あるいは筋肉がダメージを受けた場合のリカバリーなどの目的で、通常の食事以外に摂る食事のことを言います。それからマッチデー、試合当日のメニューはカレーのようです。
西芳照氏アカウント

長々と書いて参りました。このワールドカップ以外に、朝ドラも録画していますし、『きのう何食べた?』も始まるので予約を入れておくことになります。朝ドラですが、主人公の鈴子ちゃんがよく熱を出していたというのに、『舞いあがれ!』の舞ちゃんを思い出します。


飲み物-グラスに入った黒ビール
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[ 2023/10/05 00:30 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第37回に関しての武将ジャパンの記事について-1

第37回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてです。


今日はオープニングの途中で茶々が登場。
火縄銃を家康に向け「ダーン!」とやらかす先週のシーンを繰り返します。
制作陣の目には、こうした茶々が天真爛漫で小悪魔的だとでも思っているんですかね。
ここでチャンネルを変えてしまった人もいるのでは?
と懸念しつつ、今週もレビューを進めて参りましょう。

OPの中と言うより、アバンではないでしょうか。
前回のあのシーンから続いているのだから当然でしょうね。そしてあのシーンをもう1回観ることができた、そう思っている人がいても、おかしくはないでしょう。

大手メディアでは、茶々がラスボスだのなんだの言われています。
◆【どうする家康】“ラスボス茶々” 北川景子の再登場に喝采も…ささやかれる「美人キャラ北川景子しかできない」問題(→link)
一体どこが?と言いたくなるようなシーンばかり。
例えば、ぐるっと銃身に火縄を巻いていますが、巻くなら腕です。
そうはいっても、あの袖が邪魔になるわけで、まともなスタッフならこんな風に次善策を講じるはず。
「裲襠を着た女性が火縄銃を撃つというのは無理がありますね。お市の若い頃のように、男性のような格好にしてみるとか。いっそ信長の衣装を着せてもいいかも」
しかし、本作のスタッフはそうしない。ゆえに出た瞬間にマヌケな茶々となってしまいました。

まずこの「裲襠」なのですが、「りょうとう」とも言い、古代の武官の礼服で、貫頭衣式のものを指します。舞楽の装束にも取り入れられています。もちろん女性が羽織って着る小袖の意味もありますが、この場合は「打掛」がやはり一般的ではないでしょうか。

それとお市が火縄銃を撃つシーンは、実は登場しません。的に当たった後で、彼女が火縄銃を持って現れるので、彼女が本当にあの格好で銃を撃ったのかは定かではないわけです。

女性の能力や知能にまったく興味がない。美人でエロくて癒してくれればそれでいい。だからこんな残念なヒロインだらけになってしまう。

あとで阿茶局が出て来ますが、彼女に対しても同じことを言うのでしょうか。
そして
「美人でエロくて癒してくれればそれでいい」
武者さんに言わせれば昭和のおじさん的発想なのでしょうが、ほかならぬ武者さんがその発想に囚われているようにも見えます。だからこんな表現が何度も何度も出て来る。

火縄銃の扱いだけでなく、戦国時代の生活にも興味が感じられない本作は、茶々の出産に立ち会う場面もあまりにお粗末です。
父親である秀吉が廊下をドタドタ走ってきて、新生児を抱いて大笑いって……昭和のファミリードラマじゃないんだから。
当時は、迷信と衛生観念を組み合わせた妊娠出産のルールがあります。
たとえ父親だろうとそうそう踏み込めないでしょう。

あのシーンですけど、赤ちゃんの泣き声とか、既に目が開いていることを考えれば、生まれてから少し経っているのではないかと思います。もう大丈夫ですよと言われたから、秀吉が大急ぎで入って来たのでしょう。
そもそも鶴松が生まれたのは淀城であり、この当時聚楽第に秀吉は主にいたはずですから、そうそう淀城に行くことはできないし、鶴松が生まれてから入り浸るようになったと、寧々も言っていましたよね。

大河ドラマ『おんな城主 直虎』では、妻の出産時、井伊直親が弓を引いていました。中国由来で、日本に残った「安産を願う儀式」です。
文官上位の中国では廃れたものの、武士の日本では残ったという大変意義深い風習です。
戦国時代のドラマである以上、そうした楽しさを期待するのはおかしな話でしょうか?
完全に昭和後期の感覚で作っているからどうしようもない。

鳴弦ですね。元々は帝の入浴や病気の時、皇子の誕生の時などに行われており(今は皇女が誕生された際にも行われている)、その後公家や武家に広まったと言われています。
しかしこの場合秀吉は主人公ではないし、そこまで詳しく描く必要があるようには言えません。

あとわざわざ「大河ドラマ『おんな城主 直虎』」としなくても、『おんな城主 直虎』でいいのではないでしょうか。ここは本来は大河のコラム(大河に関係ない記述もありますが)なのですから。

北条氏政は、馬鹿の一つ覚えのように汁かけ飯を食っている。
このドラマはやたらと下劣な食事場面が多い。
スタッフは、汁かけ飯のことを特別なメニューとでも考えているのでしょうか。
普通の食べ方であり、北条だけが食べているわけないでしょう。
なんだかネットで拾った戦国トリビアみたいなものを、嬉しくなってしつこく使い回しているように見えてしまうんですよね。

「馬鹿の一つ覚えのように」「食って」(食べて、くらい書けませんか?)いませんよ。この書き方のほうが下劣に見えてしまうのですが。
そして汁かけ飯が「普通の食べ方」と言う割に、その裏付けがありません。

それと氏政の場合、汁かけ飯には別の逸話がありますね。汁が足りなかったのでもう一度汁をかけたところ、父氏康に、毎日食べていながら自分が食べる分の汁の量もわからないのか、北条も自分の代で終わりかと叱られたという話です。また毛利元就と孫の輝元にも似た話があります。武者さんがそれらを引き合いに出して、この時代は汁かけが一般的であると書くのなら、まだわからなくもありませんが。

そのくせ伊達政宗はセリフだけ
豊臣のシンボルであるキャンドルサービスの場面で、本作頻出の「説明セリフ」が語られます。
小田原名物の伊達政宗はセリフだけの処理となりました。伊達ファンにとって、本人の出番がないのはよいことかもしれません。
しかし、このドラマの主人公は誰? 家康ですよね?
それなのに伊達政宗と最上義光を出さないところに、本作のセンスのなさをひしひしと感じてしまいます。

何度も書きますが、キャンドルサービスとはロウソクを手にして行う礼拝であり、ああいうのをそのようには呼びませんね。
そしてまた「説明セリフ」、こう呼ばないと気が済まないのでしょうか武者さんは。
そして伊達政宗と最上義光が出てこないのがおかしいとあり、

「家康は東国の仕置き担当者で、伊達や最上とは連絡を取り合っています。
そしてこの伊達と最上が、上杉相手に「北の関ヶ原」こと【慶長出羽合戦】で粘ったことが後の展開で重要になってくる。
昨今の東北戦国史をふまえつつ、家康の人間的魅力を描くならば、伊達と最上は外せないところです。
それが出てこない以上「是非もなし」としか言いようがない」

とありますが、家康が東国の仕置き担当となるのはこれからなのですが。それは本編を観ていればわかるはずです。

しかし、制作陣がこうした状況を理解していないのは、秀吉のセリフからもわかりますね。
今さら「北条の領地をくれてやる」と言い出していますが、家康が東国を押さえる構想は、もっと前からでしょう。それこそ旭姫を正室に迎えたあたりからでは?

家康が東国を押さえると言うより、秀吉が奥羽ににらみを利かせる関東・奥両国惣無事令のことでしょう。
しかし北条が沼田を巡って争いを起こしたことから、東国に対する監視の目を厳しくするべく、家康を江戸に置いたと考えるべきでは。

小田原合戦
https://www.city.odawara.kanagawa.jp/encycl/neohojo5/011/
(小田原市HP)

ところで、この時点の徳川家康は何歳ですか?
月代を剃り、ちょび髭を蓄え、声をボソボソ低くしているだけで、発声や所作は青年期そのまんま。
加齢表現が素晴らしかった朝ドラ『らんまん』の後で見せられると落差に驚くばかりです。

家康の所作は年齢相応にゆったりしたものとなり、髪に白いものが混じるようになりましたね。発声も明らかに青年期と異なり、より低めになっています。ボソボソとしか聞こえないのなら、字幕で観ることをお勧めします。
それとあまり好きな作品を、叩き棒にしない方がいいと思いますよ。

旭はそろそろ死なねばなりません。
だからでしょう、わざとらしく病気になって寝ています。
本作の脚本家は病人への気遣いが全くないと映画『レジェンド&バタフライ』でも思いました。
あの作品では、病気で寝ている妻・帰蝶の枕元で、信長が楽器演奏をして、一体何を考えているのか……と本気で呆れました。

「旭はそろそろ死なねばなりません。
だからでしょう、わざとらしく病気になって寝ています」
武者さん、以前もそうでしたが、人が死ぬことを何だと思っているのでしょうね。
それと
「映画『レジェンド&バタフライ』では、病気で寝ている妻・帰蝶の枕元で、信長が楽器演奏をして、一体何を考えているのか……」
濃姫(あの作品では濃姫です)は、その演奏を嫌がっていたでしょうか。
彼女自身もあのリュートを弾きたいと思っていなかったでしょうか。

本作でも、死にそうな人間のそばでギャーギャー騒ぐうるさい連中の連続です。
旭は、茶でなく、薬湯を飲んでいるようでしたが、だとしたら演技指導が足りないのでは?

あのシーンの旭は別に「死にそう」ではありませんが…そんなに死んでほしいですか?そしてあの時代は茶の湯ですから、ああいう場所で茶は飲まないと思います。

そして「ああいう薬は往々にして匂いや苦味があり、カフェのミルクティーみたいにごくっと飲めませんて」などとありますが、あの旭を見る限り、薬湯を飲んでちょっと顔をしかめていますね。
そして病気の表現も無茶苦茶とかで、

先週のレーシックお愛がわざとらしく胸を押さえたり、「ハァーハァー」と息を荒くするところも酷かったものです。
朝ドラ『らんまん』では、ヒロインの握力が徐々に衰え、急須や箸をぽろっと落とすことで病変を表現していました。ふっと気の抜けてしまう演技といい、それは見事だったものです。
それがなぜ大河ではできないのでしょう?

於愛と『らんまん』のヒロインは同じ病気なのでしょうか。
そうでなければ、一概に比較はできないと思います。そして何度も書くようですが、胸痛がある場合は呼吸が乱れることが多いと言われています。循環器系疾患でなく、自律神経失調から来るものであっても呼吸が荒くなるようですね。

駿府城で家臣を相手に命令を下す場面があまりに狭い。
『らんまん』の造り酒屋の広間より手狭に見えます。
広間というより廊下じゃないかと思うほど。一体どういう城なんですか?

実際の駿府城がどうであったかというのはともかく、限られた家臣だけを集めて命を下すのであれば、あの広さでもそう問題はないのではないでしょうか。しかも広さを云々する理由が、これこれこういう理由で不都合だと言うよりは
「『らんまん』の造り酒屋の広間より手狭に見えます」
というのにちょっと苦笑です。他のドラマ、しかも明らかに時代も舞台も異なるドラマと比較して、これがおかしいと言うのも、妙なものですね。

あとさっきも書いていますが、『らんまん』をあまり叩き棒にすると、『らんまん』自体がイメージダウンになりませんか。

飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2023/10/04 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第37回「さらば三河家臣団」あらすじと感想-2

第37回後半部分です。


小田原攻めは終わり、家康は秀吉の「お主は江戸」という言葉を思い出していた。そんな家康を石田三成が訪れる。関東への国替えに祝いの言葉を述べる三成だが、家康はその件で、再度秀吉と話し合うつもりでいた。しかし三成は、織田信忠も秀吉から国替えを命じられ、異を唱えたため改易となったことを伝える。どうかご辛抱をと三成。家康は戦無き世をなすために秀吉に従ったが、今の秀吉のやり方に違和感を覚えていた。

三成は殿下は賢明なるお方、一度も間違ったことはない、もし間違ったことをなさったらこの三成がお止めすると言う。さらに戦無き世をなす、私は徳川様と同じ星を見ておりますと、彼方の星を見ながら口にする。さらに共に力を合わせて行きたいと言い置いて去る。星を見上げる家康に正信が言う。
「江戸からも同じ星は見えまする」

夜。家臣たちが家康の許へやって来る。殿より大事なお達しがある、心して聞かれよと正信は一同に言い、家康は本題を切り出す。国替えとなったこと、北条領を賜る代わりに今の領国を秀吉に差し出すこと、三河も手放すことを家康は伝え、正信は、これよりそれぞれの新たな領国へ移ると言い、さらにこう言う。
「天下静謐、日ノ本の安寧のため誉れ高きことである!」

そして家康は、出国の前に伝えなかったのは混乱を避けるためである、異論は認めぬと言うが、忠勝がこう口を挟む。
「関東も、よいところに相違ござらん」
怪訝な顔をする家康。他の家臣たちも覚悟ができている、新しい領国を治めるのもやり甲斐がある、故郷には別れを告げて来たという声が上がる。実は皆、事前に忠世から国替えのことを知らされていたのである。その忠世は、正信から皆に伝えるよう頼まれたのだった。

こんな時ばかり頼られると忠世。無論伝えた当初は皆からの反発があったものの、最終的には反発するのも疲れ果て、貴は済んだかとの忠世の言葉に一同はうなずき、元忠は、忠世兄(に)いに言い聞かされちゃ従うほかねえわと言う。このおかげで皆すがすがしい表情をしていたのである。毎度ながら勝手なことをいたしましてと頭を下げる正信に、例を言うと家康。家康はおもむろに立ち、家臣たちに向かって口を開く。
「皆、本当は悔しかろう、無念であろう」

家康はさらに、このようなことになりすまなかったと、家臣たちに土下座して頭を下げる。その必要はない、乱世を生き抜いただけで十分と家臣たちは口々に言い、忠勝に至っては、今川、武田も滅び、織田も力を失った乱世を、我らは生き延びたんじゃぞとまるで自分が主君であるかのように言う。また元忠は、貧しくてちっぽけだったわしらがなあ、信じられんわと口にし、平岩親吉は、しかもあの弱虫な殿のもとでじゃ、これ以上何を望みましょうかと言う。

忠世は殿のおかげでござる、ありがとうございますると言って頭を下げ、他の者もそれに倣う。家康は、自分について来てくれた皆のおかげじゃと独り言のように言い、涙を流す。その時徳利を置く音がし、正信が豪快に笑うのが聞こえた。〆っぽいのはやめじゃと皆立ち上がり、井伊直政はそれぞれの領国がどこになるのかを、家康に尋ねる。家康は、皆城持ち大名になると告げ、正信に説明させる。

その直政は上野箕輪(現在の高崎市)だった。信濃と越後の抑え、そなたならうまくできようと家康は言い、しかし調子に乗って無茶はするなと諭す。榊原康政は上野館林、本多忠勝は上総万喜(現在のいすみ市)を与えられる。かつてちぎれ具足をまとっていた康政が城持ち大名となり、これからも励めと言う家康。また忠勝には、主君と認めて貰えるとよいのうと、茶目っ気のある言い方をする。

鳥居元忠は下総矢作(現在の香取市)、平岩親吉は上野厩橋(現在の前橋市)を与えられる。家康は元忠には、そなたならきっと領民に慕われようと言い、親吉には、離れ離れになっても泣くでないぞと、かつて岡崎を離れる時に涙を流した様子を思い出しながら言う。泣きませぬと親吉は張り切って答えるが、泣いとるではないかと忠世は指摘する。そして小田原だが、皆が納得するのは一人しかおられぬかと正信は言い、忠世に歩み寄る。

正信は言う。わしが三河を追放されとる間、我が妻子の世話をしてくれたこと、感謝してもし切れんと。そんな昔のことをと照れる忠世だが、家康は、自分が知らぬところでそなたが陰日向となり、この暴れ馬どもをつないでおってくれたと、忠世をねぎらう。隠居間近の老体にはいささか大仕事が過ぎると言いつつ、残りの命を小田原の安寧にすべて捧げる所存と明言し、家康の前にひざまずく。そして忠世は大見得を切る。
「小田原は、相模一の色男にお任せあれ!」

最後に家康は江戸となったことを家臣たちは知らされ、そのような所ではと意外そうな反応を見せる。今はぬかるみだらけだが、かの地を大坂をしのぐ街にして見せると、家康も自分の決意を表す。粗末な城も作り直すぞと言い、次会う時は江戸ぞと忠勝は言い、皆杯を干そうとする。その時服部半蔵が、自分はどこをいただけるのかと尋ねるが、家康はわしと共に江戸へ行こう、どこかやるさと言われる。服部党も武士として取り立てて貰えるかと尋ねる半蔵に、もちろんじゃと家康。

家康はかつて、服部党に助けて貰ったことを忘れていなかった。半蔵は家臣たちに、それぞれの所領、しかと治められませと言い、家康は離れ離れになっても心は一つと音頭を取る。杯を干し、まだまだ隠居できぬわと笑う忠世。その後小田原攻めの結果は秀長に知らされる。屋敷に入って来た福島正則から、天下一統相なったと聞かされ、秀長は床から立ち上がって縁先へと出、とうとうやりなさったな兄様、これ以上の欲は張りなさんなよと囁くように言う。

天正19(1591)年8月5日。僧たちが平癒の祈祷を行う中、秀吉の子鶴松は病で世を去る。寧々は声を上げて泣き、茶々も表情を険しくする中、秀吉は声を上げて笑い、何かをつかむかのように手を伸ばしてこう口にする。
「次は何を手に入れようかのう」
側に控えていた三成は、何も言うことができずにいた。

天正20(1592)年の正月。江戸の家康は、江戸普請奉行伊奈忠次と共に町造りに取り組んでいた。江戸に人を集めるには土地が足りないと言う忠次は、神田山を削って日比谷入り江を埋め立てる提案をする。その様子を正信は、握り飯を頬張りながら見ていた。町を一から作るとは楽しいものと満足そうな家康だが、そこに秀吉からの朱印状が届く。秀吉が唐入りを目論み、新たな戦を始めることになったのである。


国替えにどうも納得できない家康ですが、石田三成から国替えに異を唱えない方がいいこと、織田信雄は異議を申し立てて改易となったことを知らされます。そして家臣団に重い口を開きますが、実は皆忠世から事前にこのことを聞かされており、既に覚悟を決ていて、関東の統治に前向きになってもいました。本多正信が忠世を呼び出したのは、このことを伝えてくれという意味だったのです。その忠世は小田原を与えられます。

それから本多忠勝、やっとこれで主君と呼んでくれるかなと家康は笑います。ところでこの忠勝は、元々大多喜城(現在の夷隅郡)を与えられていましたが、最近、その前にこの万喜城にいたという説が出ています。ただしその後まもなくして、ここは廃城となっています。そして服部半蔵、江戸へ行って江戸城の門、後の半蔵門の警備につくことになるのでしょうか。

そして天下一統が成ったことを、病床の秀長も知らされます。しかしそれは、かつて兄秀吉が自分に話したこと、即ち武士を食わせて民を豊かにするための、唐入りを行うことをも意味していました。最早自分には何もできないと知りつつも、欲を張るなと弱弱しく言う秀長の心中は、察するに余りあります。

そして実際秀吉は、子の鶴松が亡くなり、茶々も、そして寧々も涙を流しているにもかかわらず哄笑し、次は何を手に入れようかとまで言い出します。殿下が間違っている時はお止めすると言った三成ですが、この場で秀吉を止めることは不可能でした。でんでん太鼓の音、『真田丸』の時は子を失った悲しみに暮れる秀吉が鳴らしていましたが、ここでは秀吉がさらなる欲に絡めとられて行く、そのBGMのような不気味さが感じられます。

結局唐入りが決定したようで、江戸の町を作りつつある家康にもその知らせが届きます。戦無き世を目指し、秀吉に仕えた家康は、ほそを噛む思いのようです。

余談ながら、先日目にしたツイートというかX投稿に、今回官兵衛の出番はなかったとありましたが、主人公でない場合、主に秀吉をメインに描いた『秀吉』や『功名が辻』のような作品でないと、官兵衛は登場しません。逆に彼の子長政は、家康がメインの場合に登場することが多く、たとえば『葵 徳川三代』などは長政のみでした。尚この時長政を演じていたのが山下真司さんでしたが、山下さんといえば『スクール☆ウォーズ』を思い出す方も多いでしょう。実際この『葵』絡みで、
「お前ら、関ケ原に行きたくないのか!」
などという書き込みがあるのを、ネット上某所で見かけたことがあります。

飲み物-おしゃれなグラスのビール
[ 2023/10/04 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

第36回の『武将ジャパン』コラムに関するnote記事

では今回もtaketak39460607さんのnote記事のご紹介です。それからすみません、『どうする家康』第37回のあらすじと感想はこの次になります。そして『武将ジャパン』関連コラムからの引用部分は、一部文字色をダークブルーにしています。


大河コラムについて思ふ事~『どうする家康』第36回~
https://note.com/taketak39460607/n/nc929cff716b5

『麒麟がくる』であれば、閨怨(けいえん・寝室で夫の不在を嘆く妻という意味・出征兵士の妻が嘆くテーマは定番)の漢詩でも引いてきたでしょう。
このドラマにそんなことを期待する方が悪いんですかね。

これに対してtaketak39460607さんは、
「2人の子供を育てるのに『独り寝の寂しさを怨む』ような状況になるでしょうか?」と疑問を呈し、「シチュエーションや背景が違うところに漢籍知識を引用しても人物の気持ちに沿わないと思いますが」と反論しています。

そもそも武者さん、ここでも『麒麟がくる』を叩き棒にしたくて、無理やりこういう漢籍を引っ張り出して来ている印象がありますね。

そして私もこれについては関連投稿に、このtaketak39460607さんの記事を引用して書いていますが、筆の持ち方についてです。

衣装のセンスもしょーもないし、筆の持ち方もおかしいし、1ミリたりとも見応えナシ。

これに対しては
「何度か同じことを書いていますが(数えたところ4度目ですね。またですか?)、筆の持ち方には『人差し指と中指を筆にかける双鉤法』と『人差し指を筆にかける単鉤法』があります。於愛さんの日記を書く手元を見る限り、人差し指を筆にかける『単鉤法』ですね。かな文字や細かい字を書くのに適しているそうです」
「基本的な筆の持ち方が2種類ある事は調べれば出てくるのですが」

実際「筆の持ち方がおかしくない」にもかかわらず、おかしいおかしいと叩きまくるから反論されてしまうのですけどね。しかも、自分が好きな朝ドラでも、似たような持ち方をしていると言うのに。

北条氏直には娘が嫁いでいるとか、真田に納得させるとか、脚本家が勉強して辻褄合わせをしている感が漂っています。
そしてそこへ氏政が歩いてやってきて、今度は北条の立場を説明セリフで語る。
とにかくもう、立ったまま説明セリフの繰り返しでシンドい!

こちらに対しても
「天正壬午の乱後の北条家との和睦の証として上野・沼田の安堵を打診され、お葉さんの娘・督姫が北条氏直公に嫁ぎました。(これは『どうする家康』30話で描かれています)」とあり、さらに第35話で、真田昌幸が沼田を渡すことを拒否し、さらに徳川の真田への信用の証として、家康の娘または養女を輿入れさせることを検討したことにも触れられています。
しかし北条は上洛しない、おふうが徳川を信じてくれと夫氏直を説得するも、氏直の父氏政が、沼田問題を持ち出して徳川を約束を果たしていないと言う。こういった点がすべてこのnoteで指摘されています。
さらにそのうえで
「『説明セリフの繰り返しでシンドい』と言いますが数話にわたって徳川・北条・真田の沼田問題をめぐる動きを描いているのに貴方が聞いていないから辻褄合わせに見えるのでは?」
とありますが、同感です。

特にこういう部分、武者さんがちゃんとドラマを観ていないと思われる所以でもあります。そして何かと言えば
説明セリフ
辻褄合わせ
しかも妙だなと思うのが、武者さんは好きな大河(麒麟がくる、鎌倉殿の13人)でも、ちゃんと観ていないのではないかと思われる記述があるのですが、それに対しては説明セリフとも辻褄合わせとも言わないのですね。

そして例の「ビッグモーター」の件。

そのわけのわからない部屋で、寧々は不倫をテーマにしたWeb漫画広告セリフみたいなことを言う。
ビッグモーター秀長がフォローしても、嘘臭いとしか思えない。

これも当然ながら
「ビッグモーター事件は佐藤さんの所属事務所によると7月21日付でビックモーターとの契約は解除されてCMを降板しています」と指摘されており、
「『タレント本人に罪は無いとか、いやいや事務所を通していたら同じだとか、賛否両論は色々と聞かれますが、とにかく不祥事のイメージがこびりついているのだけは間違いありません。』と貴方は前回言っていましたが、タレント側に非がない企業側の不祥事にいつまでも粘着し無関係になったタレントを理不尽に中傷し続けるのは名誉棄損になると思います」
と反論されています。

それからこれは、武者さんにこのような文章を書かせている武将ジャパンに対してですが、
「そして武将ジャパンは執拗に無関係・無実のタレントを中傷し続ける所属ライターを商用ブログで言いたい放題で野放しにするのですか?」
ともありますね。

あと
「屋根が全くない、木造の廊下」が日本の天候を踏まえていないという点も、
「日本家屋には『広縁』と『濡れ縁』があります」
とちゃんと書かれています。
(ちなみに私はくれ縁と濡れ縁と書いていますが、奥行きが幅広いくれ縁のことを広縁と呼びます)

それから

千代がまた出てきた!
こんなカルト臭い女を出さないで欲しい。
穴山梅雪と一緒に討たれた設定で良かったでしょうに、一体どんな需要でしょうか。

とありますが、これに対しても、
「武田滅亡後、実家馬場家の領内である教来石に潜伏し、その後彦さんに匿われているのですが、どうやって堂々と伊賀越えの際穴雪さんに同行できるでしょうか?」
と反論されています。
尚この千代が馬場信春の娘とされている件に関しても記述がありますが、長めなのでここでは割愛させていただきます。興味をお持ちの方は上記リンクからアクセスして読まれるといいでしょう。なかなか興味深いです。

しかし千代がカルト臭いだの、穴山梅雪と一緒に討たれたらよかっただの、本当に主観丸出しだなと思います。

他にも於愛の胸の押さえ方、息遣いの粗さがわざとらしいと書かれている点にも、
「胸部には、肺、心臓、食道などが存在し、特に肺や心臓の疾患は胸痛を伴うことが多いそうです。
於愛さんはときどき胸の痛みが現れ、動悸息切れなどもあったようですが。
貴方は人が急な病気で苦しんでいる時に『こんなわざとらしい「ハァハァ」はホラーギャグ漫画』『わざとらしい胸の押さえ方も酷かった』と嗤っていられるような心無い人ですか?」
とありますね。

また胸痛には、自律神経失調が原因というのもあるようです。この場合も息遣いが荒くなるようで、つまるところ内臓疾患などでなくても、多くの疾病に見られる症状と言えそうです。

それと「真田の忍」の件、そんなに忍とわかる誰かがうろうろしているのかという記述に対しては、それは千代のことであると書かれています。実際こういうのは、ドラマをちゃんと観ていればわかることですけどね。
また秀長が兄秀吉のことを家康に喋る件、悪い兄とわかっていていろいろ勧めているのか、ビッグモーターの社員が街路樹に除草剤を撒いていたような気分なんですかねと書いていることには
「ビッグモーターネタ、貴方それウケていると思ってやってるんですか?
いつまでもドヤ顔で中傷、ものすごく痛々しいです」
とtaketak39460607さんからきっぱり言われています。

武者さん自身は気が利いた表現だと思っているのかも知れませんね。あくまでも、武者さん自身がそう思っているだけなのでしょうが。

その他にも、この大河をゴシップや芸能ニュースを楽しむ気持ちで鑑賞すればいいという記述には、
「歴史系レビューのはずが全く歴史自称に触れず、歴史改変してそれを広めたりし、ゴシップ記事をアップし侮辱しているようですがブーメランですか?」
とあり、
「マザーセナ信仰、バカな女をおちょくる、ババアはちゃんとコケにしてくる」
といった表現も、バカにしていると指摘されています。

他にもかなり色々と指摘または反論されていますが、かなり長くなってしまうので、今回はこのくらいにしておきます。
しかしこのコラム、はっきり言って5ページも必要かと思いますね。『いだてん』までは2ページでしたが、それでいいのではないでしょうか。
何よりも、その5ページで大河に何が描かれており、どのような史料を基にしているかをわかりやすく書いてくれるのなら、それもありかと思いますが、あらすじすらちゃんと書かれておらず、コラムの後半部分はゴシップネタを基にしたドラマ叩き(出演者やスタッフ叩きを含む)と持説展開では、「歴史系ライター」の仕事とはとても言えないでしょう。


飲み物-注がれるコーヒー
[ 2023/10/02 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第36回に関しての武将ジャパンの記事について-2

まずおわびです。このコラムの原文をコピペして下書き保存したつもりが、手違いのせいか公開されていました。その間アクセスされた方は驚かれたかと思います、失礼いたしました。

それと視聴率関連でこのリンクを貼っておきます。やはり、スポーツ中継は数字を持って行きますね。

【W杯バレー】女子日本代表の対ブラジル戦、世帯視聴率は14・1% 「ポツンと一軒家」「どうする家康」を大幅に上回る
(サンスポ)

では『武将ジャパン』大河コラムその2です。
稲も武者さんはお気に召さないようです。

じゃじゃ馬を通り越して、ただ単に不愉快で幼稚に見える稲。
腹ではなく、頭のてっぺんからキンキン声を出すような発声で、演技も硬いし、表情の作り方もヤンキードラマじみている。和装らしい所作もできていない。
(中略)
もう、慣れぬ衣装を着こなすだけで精一杯のように見えます。
しかも、稲の衣装は緑と赤という補色の組み合わせであり、非常に難しい。相当うまいことやらないとマヌケになってしまう。

稲は武芸を父親の忠勝から教わったという設定であり、そのため同年齢の女性と比較しても、どこか男性的で物柔らかさに乏しいキャラとなっているため、必然的に立居振舞もそうなるでしょう。打掛姿がしっくり来ないように見えるのも、そのキャラ設定だからこそと言えます。
あと稲は打掛の裏打ちは赤ですが、基本的に緑の打掛に紺の小袖ですね。

そして『大奥』は衣装がキャラに合うが稲は違うとか’(稲もあのさばさばキャラに合っていると思います)、忠勝の龍紋が安っぽい土産品だとか、例によって例の如くだなと思います。

そして「どうするキャンドルサービス」なる小見出しで。

部屋の中にキャンドルを置きまくるセンスは一体どういうことでしょう。
豊臣の成金アピール?
煙が出ますし、なにより地震で酷い目に遭ったばかりなのをお忘れでしょうか。
大火災を招きかねないキャンドルサービスとは、思い切ったことをやるものです。

まずキャンドルサービス、披露宴の演出で行われたりもしますが、元々は、キリスト教の教会や学校などで、信徒や生徒が各自ロウソクを手にして行うサービス(礼拝)のことです。従って、あのようにロウソクを並べ立てるのとは多少意味するものが違います。

そして大火災を招きかねない云々とありますが、そういつもいつも地震があるわけでもなく(余震はあったかも知れませんが)、それとよく見るとロウソクを並べている場所には金属が貼られているようで、あれなら即座に燃え移る可能性は低いかと思われます。

恐らく南蛮趣味(これは石川和正出奔の際の廊下のロウソクもそうでしょう)でもあり、またこの当時ロウソクは量産体制ではなかったことから、あれだけを揃えるのはかなり値の張るものであり、ゆえに富と権力の象徴であるとも言えそうです。

そのわけのわからない部屋で、寧々は不倫をテーマにしたWeb漫画広告セリフみたいなことを言う。
ビッグモーター秀長がフォローしても、嘘臭いとしか思えない。
「夫にするなら藤吉郎!」とか笑顔で語っていそうなんですよね。
しかし、秀吉の狂気すら、寧々の暗い顔と説明セリフだけで処理するって、何から何まで怪しいWeb広告みたいですね

また「ビッグモーター秀長」。
「レーシックお愛」と同じで、意地でもこの表現を、相手に失礼になるにも関わらず使い続けていたいのでしょうね。

そして
「不倫をテーマにしたWeb漫画広告セリフ」
などとありますが、この時は家康が訪ねて来ているわけです。政の意味合いが大きいにもかかわらず、新しい側室にご執心と言うのは、そういうのをないがしろにする夫への非難もあるでしょう。
どこか「不倫をテーマにしたWeb漫画広告セリフ」なのでしょうね。嫌いな大河なら何でも言っていい、その姿勢が秀吉の欲望並みにエスカレートしまくっていませんか。

あと「寧々の暗い顔」
なぜ暗いというか険しい表情になっているのか、少しでも考えているのでしょうか。
まあ怪しいWeb広告にしか見えないのなら、あまり考えていないのでしょう。

そして本多正信が腕組みするのはイキリバカとかなんとか。

腕組みをしているという状態は、危険です。
転んだ時に咄嗟に手をつけない。ましてや彼は腐っても武士ですからね。敵襲を受けることを踏まえ、両手は空けておくべき。
そんなことよりもカッコつけを踏まえて時腕組みしているなら、相当恥ずかしい。
武士というのは何気ない場面でも、そういう気構えができてこそでしょうよ。

正信が腕組みをしているのは、於愛に何か頼みごとをしている時とか、何らかの問題にぶつかって考え込む時であり、あのような状況で「敵襲」を受けるというのは考えにくいのですが。

それと
「カッコつけを踏まえて時腕組みしている」
て具体的にどういう意味ですか?
あと
「武士というのは何気ない場面でも、そういう気構えができてこそでしょうよ」
も甚だ曖昧模糊とした言い方ですね。武者さんの文章は特に

主語がはっきりせず、誰がどうしているのかがわかりにくい
具体的にどのようなシーン、どのような状況を指しているのか不明(説明不足)
自己満足的表現が多い、「レーシック」とか「ビッグモーター」など相手を揶揄する表現を含む

こういった点が目立つなと思います。

でこの後また
「私が見たいのはそんな武士であって、こんなイキリ倒した「ワタシってサバサバ軍師だからぁ〜」とか言いそうな人物ではありません」
この表現よく出て来ますね。もう3度目くらいではないでしょうか。
武者さんはセットの使い回しに言及していたことがありますが、自身の表現の使い回しの方をもう少し考えてほしいものです。

屋根が全くなく、木造の廊下がある場面はなんなのでしょうか。
このドラマのセットって、日本の降雨や湿気を踏まえていませんよね。
こんな状態では、速攻で腐ってしまうのでは?

前からそうですがこれも3行で1パラグラフ。
非常に適当な印象を免れません。もう少し文章をまとめてからパラグラフを作りましょう。

そして「このドラマのセット」のみならず、昔の家は濡れ縁と言って、屋外に張り出した縁がありました。無論戸の内部にある縁もあり、こちらをくれ縁と呼んでいます。
当然天気が悪い時は雨ざらしになっていました。
そのため水はけがよい造りになっています。少し古い家なら、今でもあるかと思います。
武者さん、本当にご存知ないのでしょうか。

また廊下でも、屋根や壁がない造りのものもありました。

千代がまた出てきた!
こんなカルト臭い女を出さないで欲しい。
穴山梅雪と一緒に討たれた設定で良かったでしょうに、一体どんな需要でしょうか。

「どんな需要でしょうか」て何か変な表現だなと思いますが、それはともかく。カルト臭いのは、武者さんの場合瀬名ではないのですか。元々巫女なのですから、一般人女性とは色々違っていますね。

それにしても今さら「千代は馬場信春の娘でした!」とか言われたところで何なのでしょう。
武田家重臣の娘を忍びからカルト巫女にするなんて、何がなんやら脱力するばかり。
鳥居元忠の最期に付き添いさせて、感動させたいんですかね。

馬場信春の娘にまで触れながら、「教来石」には触れないのですか?馬場信春のかつての姓であり、ひいては領地を意味していますが。その教来石の外れに彼女がいたというのは、自分にも縁のあったこの地に戻っていたということなのですが。
あとまた「脱力するばかり」
そんなに脱力するのならいっそ観ないか、あるいは脱力覚悟で観るかのどちらかですね。

女大鼠もこんな風に再登場したらイヤだなぁ……。さっさと半蔵の妻にでもなって、背景にちらっと映る程度で十分です。

これはまた異なことを。武者さんは大河の女性に
「誰かの妻にでもなって、背景にちらっと映る程度」
をお望みなのですか。大鼠(女大鼠ではありません)は基本忍びであり、再登場の可能性はあるかと思いますよ。
何よりも
「誰かの妻になって目立たない存在」
を駒に対して言われたら、武者さんどう思うのでしょうね。
嫌いな大河だと平気で妻になれ、目立たないでいろのダブスタですね(無論、妻になることが悪いとは一概に言えません)。

そして「どうする山賊忠勝」なる小見出しで、

本多忠勝からまるで強さが感じられません。
武人としての強さは無く、髭をたくわえて粗暴になっただけのように見えます。
下劣な山賊と化しました。
しかも、その暴れる理由が、あのカルト巫女だもんなぁ……もういい加減にしてくれ。
戦場で輝いてこそ本多忠勝でしょ!
こんなヤンキー漫画のようなしょうもない喧嘩に時間を使ってどうするのか。

「山賊」、秀長に対しても同じことを言っていましたね。
髭を蓄えて粗暴な雰囲気なら、昨年の和田義盛も外見は似ていませんか?
そして千代(武者さんに言わせれば『カルト巫女』なのでしょうが、巫女さんに対して失礼かと思うので)を巡って暴れているのではなく、彦が千代を探し出していながら、家康に黙っていた、その態度がけしからんという理由で、忠勝が乗り込んだわけです。その辺りを理解できているのかどうか不明です。しかし武者さんにしてみれば、嫌いな大河の争いは何でもヤンキー漫画らしいですね。

そして
「戦場で輝いてこそ本多忠勝でしょ!」
あの、小牧・長久手の戦いで、秀吉軍の前に立ちはだかった忠勝を見ていないのですか?

しかしこの前も「「叩き棒」と「逆張り」の心理」で書きましたが、
「あと、これもよくあることなんですけど、「自分の好きなもののライバルへのアンチ活動」って、人間すごくハマりやすいんですよ。マイナスの意見の方がモチベーションが生まれやすいというか、ファン活動より実があったりしますからね。その実が美しいかどうかは別として。」
という言葉には大いにうなずけるものがあります。武者さんも叩いている時の方が元気だし(苦笑)。


飲み物-琥珀のエール

[ 2023/09/28 05:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第36回に関しての武将ジャパンの記事について-1

『武将ジャパン』大河コラムその1です。今回も既視感のある文章が目につきますね。

レーシックお愛が何かを手にしています。
元亀3年10月(1572年)、レーシックお愛の前夫が戦に行くようです。
説明セリフでわかりやすい死亡フラグを立てているのに、現代人が出張に行く程度の気軽さにしか見えない。
あまりにも緩々としていて、緊迫感が欠如している。

「説明セリフ」しつこいのですけど。
そしてまた「レーシックお愛」。それも「於愛」でなく「お愛」。登場人物の名前をきちんと書いてはいけないと言われているのでしょうか。しかも
「説明セリフでわかりやすい死亡フラグを立てている」
て何ですか? 
夫の義勝は、「子供らのためにもここらで一手柄立ててみせる」と言っており、この当時それは出世を意味していたわけで、緊迫感の欠如どころか、かなり覚悟を決めたものであったとは思いますが。

「お慕いする人が逝ってしまった……私の心もまた死んだ」
いかにも現代的な回想ですね。
『麒麟がくる』であれば、閨怨(けいえん・寝室で夫の不在を嘆く妻という意味・出征兵士の妻が嘆くテーマは定番)の漢詩でも引いてきたでしょう。
このドラマにそんなことを期待する方が悪いんですかね。

これは『麒麟がくる』ではなく、『どうする家康』です。
そんなに麒麟がよかったら、こんなスタッフにも出演者にも失礼なコラムはやめて、麒麟の思い出だけにふけっていてはどうかと言いたくなりますが。
武者さんにそれは期待できないでしょうか。

しかし、漢詩さえあればいいというわけでもないと思いますけどね。

本作名物、くだらない回想シーンの始まりです。
のっけから、わざとらしく自害をしようとするレーシックお愛。
本気で死ぬ気なんて感じられません。
確実な死を狙うなら、重力を活かし、喉や胸に伏せるようにするのでは?
しかし、そんなつもりはないんだな。

於愛は自害しようとするものの、娘がいたから思いとどまっているわけです。
夫の言葉の、「この子らのためにも」を思い出しているのかも知れません。
にもかかわらず
「自宅にいながら死装束に着替えるわけでもなく、しかも幼い我が子が至近距離でいる。
で、案の定、止まる」
この当時、死装束に着替えることなく自害した人もいたはずですが。

本作はマザーセナといい、家族の前で頸動脈を切る自害が流行っているの?
真面目に死ぬことを考えていませんよね。

頸動脈を切るのが、一番確実だからですね。
しかも家族のいる女性だけでなく、たとえば鵜殿長照なども頸動脈を切っていますが。
あと武者さんのいう「マザーセナ」、つまり瀬名ですが、自害しようとした時に家康が来ており、最初から家族の前で頸動脈を切ろうとしたわけではありません。

衣装のセンスもしょーもないし、筆の持ち方もおかしいし、1ミリたりとも見応えナシ。

衣装のセンスもしょうもないの基準がわからないし、筆の持ち方はtaketak39460607さんのnote記事にもありましたが、『らんまん』の筆の持ち方とほぼ同じですね。

「殿はお慕いしているわけじゃないし」とか、わざわざ日記に書く意味がわかりません。
本作は恋愛脳の人物しかでてこないの?
親や人の上に立つ者の責任なんてない。いくつになっても恋バナしか頭にない。だから幼稚きわまりない。

日記とは基本本人しか見ないものです。前回家康がそれを見ようとして、於愛が思い切り尻を叩いた(無論近眼の彼女には、家康とは当初わかっていない)のはそのためでしょう。ならばお慕いはしていないと、自分の気持ちを素直に書いても別にいいのではないでしょうか。
そしてこれを日記に書くのが「恋バナ」云々、それは側室なのだから当然でしょう。
それを恋愛脳呼ばわりする方が、失礼ながら幼稚というか、ドラマをちゃんと観ていないなと思うわけで。

恋愛ばかり考えている心理状態は「ロマンチックラブイデオロギー」と呼ばれ、人類普遍というわけでもありません。
当時、好きでもないのに嫁ぐ人なんて周囲にいくらでもいたでしょうよ。
それを自分だけが世界一不幸だと言わんばかりにぶりっ子アピールするレーシックお愛には、薄気味悪さしか感じられないのです。

「ロマンチックラブイデオロギー」云々。
人類普遍であろうがなかろうが、ドラマで描いていけないというわけではありません。
またこの於愛は「好きでもないのに嫁いだ」のではなく、
「瀬名に望まれて側室となり、殿を尊敬しているけど慕ってはいない」
ということなのですが。しかも不幸アピールなんてシーン、出て来ましたっけ。

稲と真田信幸の縁談話が進んでいます。
そこへレーシックお愛が偶然通りかかる。
力量のない制作陣が物語を作ろうとすると、とにかく偶然頼りのストーリー展開になりますが、今回もその法則をバッチリ踏襲。

正しくは
家康が旅支度をしており、彦に「探し物」について尋ねていた。そこへ於愛が脇差を持って来て家康に渡す。そして家康は、稲の縁談話について於愛に尋ねるが、あまり乗り気でない。無理強いはせぬが、戦にはしとうないと言う家康。
こういう流れになるかと思います。

「なぜ彼女が通りかかると何かが起こるのか、そしてどのようにして視力を回復させたのか、そこがむしろ知りたいです。
稲と信幸の縁談に時間を使う意味もわかりません」

彼女が通ると何かが起こるのではなく、家康が何かを話しているところへ彼女が来るという設定ですね。
あと「どのようにして視力を回復させたのか」
武者さんは今まで何度も、二つ名のようなレーシックお愛なる表現を使っていますよね。ならばレーシックで治したと思っていればいいのではありませんか。
無論実際は彼女の視力は悪いままで、それがちょっとしたしぐさに現れていますが、当該シーンを見落としているのでしょう。

それと
「稲と信幸の縁談に時間を使う意味もわかりません」
今まで何を観て来たのですか?
真田昌幸が徳川家の姫君、それが無理なら重臣の姫を養女という形にして、信幸の嫁にすると言っていますし、無論これは人質でもあるわけです。ただ北条との戦を避けるためにはやむを得ないことではありました。

どうする「いい笑顔じゃの」
突然、家康がわざとらしくレーシックお愛の笑顔を褒めだすあたりが、わざとらしい。
そんな話は今までない。辻褄合わせですね。

於愛が家康のために、作り笑顔でもいいから笑顔でいようと努力し、それがこの時になって報われたと言うべきでしょう。
ところで「辻褄合わせ」も何も、於愛の笑顔についてのいきさつはこの回で初めて出て来ていませんか。
(追記:武者さんが言う「辻褄合わせ」とは、伏線も何もないといった意味かと思われます。ただその回で初めて、登場人物の過去が描かれることもあり、この場合の於愛は正にそれでしょう。何でもかんでも、貶めるために辻褄合わせを連発するのも如何なものでしょうか)

だいたい、笑顔の作り方がわざとらしい。愛する人に対するものというよりも、ファストフード店員の笑顔なんですよね。

ホームセンターがなくなったと思ったら、今度はファーストフードですか(苦笑)。

秀吉が出てきたかと思ったら、家康と茶飲み話感覚で説明セリフのラッシュ。
北条氏直には娘が嫁いでいるとか、真田に納得させるとか、脚本家が勉強して辻褄合わせをしている感が漂っています。
そしてそこへ氏政が歩いてやってきて、今度は北条の立場を説明セリフで語る。
とにかくもう、立ったまま説明セリフの繰り返しでシンドい!
視聴率の低迷はこうした要素も影響しているんでしょうね。

また武者さんが好きな説明セリフですが、こういう場合こそ説明しないと、ことの次第がわからないでしょう。
そしてこれですが
「北条氏直には娘が嫁いでいるとか、真田に納得させるとか、脚本家が勉強して辻褄合わせをしている感が漂っています」
おふうが北条との縁談を受け入れるというのは、第30回で登場していますよ。
そして真田と沼田の件も、1つ前の第35回で出て来ていますよね。

「立ったまま説明セリフの繰り返しでシンドい」
ではどうしてほしいのですか?
秀吉、氏政いずれの場合もあの場合立ったままでもおかしくないでしょう?

そして視聴率の低迷関連。

多くの視聴者は「これ、説明セリフが長すぎない?」なんてツッコミは入れない代わりに、「なんか、このドラマ面白くないな」となって、チャンネルを変えるか、テレビを消すだけ。
だから今回の視聴率では、三度目の二桁割れを記録してしまったのではないでしょうか。

この回は、裏にバレーボールのワールドカップが来ていました。
スポーツが裏に来ると数字を持って行かれるのは、ご存知の通りです。WBCの時しかりです。
(ちなみにラグビーワールドカップは日曜の夜8時キックオフが2試合あり、いずれもNHKが放映権を取って、大河は休みで試合を流しています)
またそれ以外に、裏に特番が来た場合も数字が下がることがありますね。
確かに低いとは思いますし、これを高齢者層があまり観ていないと言われていることも関係はしているでしょう。しかしよく考えたらわかることです。

武者さん、『真田丸』の最終回の数字が伸び悩んだのは、裏にサッカーのクラブワールドカップが来たからだなどと書いていたと思いますが、嫌いな大河だと視聴率も叩き棒にし、しかもその事情すらよく考えない。
本当に大河のレビュアーなのですか。


飲み物-ブロンドのエール
[ 2023/09/27 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第35回に関しての武将ジャパンの記事について-4

『武将ジャパン』大河コラムその4です。しかしよくこれだけ長々と書きますね。


一連の報道には、心身ともに疲弊しきっています。
しかし、いつかこういう日は来るだろうとは思っていました。何かが危ういだろうと。
去年の『鎌倉殿の13人』では、古参の腐女子、BL好きだという視聴者が、源実朝と北条泰時の描写に「萌えない」という感想をつけていました。
こうした声が、男性の同性愛描写がすべて自分が萌えるためのサービスだと考えているのかと思ったら、気分が暗くなってしまったのです。

このパラグラフ、「ドラマ鑑賞者との共犯関係」なる小見出しがついていましたが、いくら何でもこの書き方はないでしょうね。
そして武者さんは
「BL好きだという視聴者が、源実朝と北条泰時の描写に「萌えない」という感想をつけていた」
のが面白くないのでしょうが、ドラマの観方というのは人さまざまであり、特にこういうことに口を挟むものかと思います。自分と違うなら違うで、スルーしていればいいのではと思いますが。

で、そのあとも
「描写として秀逸かどうか……ではなく「自分が萌えるかどうか」「自分が好きかどうか」で決めてしまう」
などとありますが、大河の評価を自分が好きかどうかで決めつけ、あまつさえ好きな作品を嫌いな作品の叩き棒にしたがる武者さんに、こういうことを言ってほしくないなと思います。

誰だってそういう部分はあると思いますが、行き過ぎてはまずいでしょう。

では、どういう部分を「行き過ぎ」と判断するのでしょうか。

そして『あまちゃん』はAKBビジネスを無毒化し、ロンダリングしているだの、吉本興業ロンダリングの朝ドラ『わろてんか』のように、作品自体の出来が悪ければ悩まずに済むからまだマシだの。しかも、
「私がもう一度『あまちゃん』が好きだと言えるようになるのは、そのあたりがハッキリとしてから。好みと人倫は分けて考えなければならないと思います」
なのだそうですが、この人本当は『あまちゃん』を好きではないのだろうなと思います。本当に好きであれば、あのアイドルグループビジネスの描写にしても、それはそれと割り切って観ることができるでしょうから。

ネットニュースについては、PV(閲覧数)を稼げればいいのか。描写として適切かどうかよりも、「萌える」かそうでないか、そこに注目する記事が増えています。
その弊害を思うと、そろそろ見直すべきではないかと感じていたところです。

こう言っては何ですが、PV数を言うのであればこのコラムも同じようなものではないでしょうか。

事務所。ファンダム。劣情。そんなものにつけ込むばかりでよいのかと。
ジャニーズ問題で顕在化された感はありますが、朝ドラや大河ドラマのニュースは、近年、どんどん下劣になっているとは思っていました。
たとえば2018年朝ドラ『まんぷく』では、憲兵拷問を受ける俳優に劣情を抱いて盛り上がっているSNS投稿がありました。
この事件はモデルとなった人物も深刻な負傷をしています。憲兵の拷問では落命した方もいます。
そういう悲劇であるにもかかわらず、それをソフトポルノめいた演出にし、萌えるだのなんだの言い募ることはあまりに無神経ではありませんか?

まず「ニュース」が下劣と書きながら、なぜここで「SNS投稿」を出してくるのか。この両者は異なると思います。
恐らく萬平が冤罪で拷問となったシーンのことなのでしょう。しかしあれが「ソフトポルノ」だったでしょうか。あれはあくまでも拷問だったと思います。
中にはそういう投稿をした人もいるでしょう。しかしそれが視聴者の総意であるかとは、ちょっと言えないのではないかと思うのですが。

朝ドラではなく大河に話を戻しましょう。
『どうする家康』はなぜ失敗したのか?
私なりの分析であれば、『青天を衝け』が成功したことを一因にあげます。
あのドラマは、最新の研究成果をアリバイ的に取り入れただけで、悪質な捏造や歪曲も多い。VFXや小道具の作りも拙い。
それでも受けたのは、SNSでいかにも盛り上がりそうな小ネタの使い方がうまかったこと。
イケメンラッシュ。勝ち組である。そういった小技のうまさがあるのでしょう。

まだ終わってもいない大河が失敗だ何だと書くのも、ちょっと無神経ではないでしょか。
そして『青天を衝け』が成功したとし、
「SNSでいかにも盛り上がりそうな小ネタの使い方がうまかったこと」
さらにイケメンラッシュだったと書いているのですが、ストーリーの展開も、徳川家康の登場などの要因も無視されているなと思います。そして例によって「悪質な捏造や歪曲」(関東大震災絡みでしょうか)、「VFXや小道具の作りも拙い」(と武者さんは観たいのでしょうね、ならばどういうのが拙くないか例を挙げてほしいです)などなど。

その小ネタの一例がこちらです。
◆「青天を衝け」大河名物!?吉沢亮のふんどし姿に反響 「大河恒例の裸」「大河のふんどしタイム」(→link)
「大河恒例」だのなんだの書かれていますが、記事にもあるように『麒麟がくる』ではやりません。
そもそもこの場面はおかしかった。必然性もないうえに、役柄はまだほんの子どもです。
子どもがうっかりして下着姿になることに萌えただの興奮しただの、演者が成人であっても、そういうラッキースケベ狙いはあまりに下劣で嫌でたまりませんでした。

大河にはそれぞれの描写方法があり、別にこういう方法があればあったでいいと思います。
武者さんが褒めていた頃の『いだてん』なんてもっときわどいシーンもありました。また『真田丸』の石田三成が水垢離をするところ、あれも同じようなSNSの反響がありましたが、それには突っ込まないのですか?

このドラマでは、安政の大獄で処刑される橋本左内が、どういうわけか松平春嶽と共に半裸で蒸し風呂に入るような、わけのわからないサービスシーンもありました。
非業の死を遂げた人物をお色気要員に使うデリカシーのなさに嫌気がさしたものです。

それですが、『八重の桜』で覚馬と尚之助の入浴シーンもありましたね。こちらも、尚之助の晩年は幸せとは言えないものもありましたが、それもデリカシーがないということになるのでしょうか。

そして「全てのお色気が悪いわけではありません」として、

『鎌倉殿の13人』で八田知家や三浦義村が、堂々と脱いでいる様は、それこそ運慶の金剛力士像のようで素晴らしかった。
頼朝の前で身をくねらせる北条政子。琵琶を奏でる実衣。あざとさ満点で歩いてくる源仲章。
彼らは自分自身の持つ艶かしい力を意識的に使っていて、それは素晴らしかった。

とありますが、嫌いな大河であれば思い切り叩いているのではと思います。先日も書きましたが、武者さんのダブスタにしか見えません。そして

「そういう自覚した上での色気ならわかります。けれどもああいう覗き見的なお色気描写はどうなのでしょう」

「自覚した色気」と「覗き見的な描写」の線引きをどのようにするのですか?
具体例を挙げてください。

それに何よりも『まんぷく』『青天を衝け』のようなあざとい描写に、演じる俳優は納得できていたのでしょうか。

俳優さんが台本を読んで納得しないと、ああいうシーンは収録できないと思うのですけどね。

そしてこの色気だのセクシーだのの文章が延々と、しかも正直言って、武者さんの愚痴のようにしか思えない文章が延々と続くのでここでは省きます。本当にコラムを書ける人であれば、要点だけを絞り込むものだと思います。
またジャニーズの差別意識だのハラスメントだの。そして今度は、ファンを槍玉にあげた記事を例に挙げています。武者さんにしてみれば我が意を得たりといったところでしょうが、そういうのはこの大河と直接関係ないのだから、別のコラムでやって貰えませんか。しかもこの一連の問題、黙っていたマスコミも悪いという声も出ているようです。

そのうえでまた『青天を衝け』叩きが続きます。『どうする家康』もそうですが、この『青天』叩きもしばらく続きそうですね。しかも大河コラムなのに、例によって後半部分はすべて持論展開。『武将ジャパン』はなぜ何も言わないのでしょうか。

そして

過ちては改むるに憚ること勿れ。『論語』「学而」
間違って修正することを、他人や周囲の目を気にしすぎてためらってはいけないよ

正しくは
「過ちを犯したことに気づいたら、体裁や体面などにとらわれず、ただちに改めるべき」
の意味ですね。

そしてすさまじいのが

「ともかく、NHKは悪質極まりないドラマを、問題点がわかっていながら放映した。人倫にもとることを堂々とやってのけた。それでもマスメディアは誉めていた。
そういう甘っちょろい態度が大河制作班をつけあがらせたのではないかと、私は考えています」

などとあることです。
これは『青天を衝け』への中傷ではないでしょうか。何よりも、自分が嫌いな作品だといわばタガが外れてしまうのか、悪質極まりないだの、人倫にももとることだの堂々と言ってしまう、その方が異常に感じられてしまいます。

『どうする家康』のクオリティは、もう問うべきものですらないとも思います。
徳川家康をダシに使った主演俳優のプロモーションビデオでしかない。
ジャニーズの広告降板をみていると、それを嘆くSNS投稿も当然目につきます。
推しが宣伝しているから買ったのに――そんな嘆きの声です。

ではそのSNS投稿というのを見せて貰えませんか。当然スクショなり何なり取っているのでしょうから。
それも『どうする家康』をきちんと批評している人が、こういうことを言うのならまだしも(と言うか、そういう人は一方的に決めつけないと思いますが)、普段出演者からスタッフから散々に言っている武者さんがこう言っても、ああまたかとしか正直思えないのです。

そして急にマルティン・ルターが出て来て何事かと思ったら、ジャニーズ免罪符だのなんだの。しかも推しの広告商品に金を落とすことが、免罪符そっくりらしい。免罪符、所謂贖宥状は現世の罪の赦しを、お金を払うことによって得て、天国に行けるというシステムであって、推しの広告商品にお金を払うのとは意味するものが違いませんか?

あとルター(ルーテル)派ですが、昨年武者さんが何かの如く言ったカトリックの聖人の一部は、この教派でも崇敬されていますね。

その後も『平清盛』と『どうする家康』の磯CP叩きだの、それと強引にジャニーズを絡める姿勢だの、しかも毎回同じようなことを書いているようにしか見えないし、何よりも武者さんの自己満足にしか見えないのでこれもパスします。
最後にこの部分だけ挙げておきます。

「推し活」そのものも曲がり角に来ている
つらつらと書いてきまして、最後にもうひとつ。
近年「推し活」が盛んになってきています。
けれども、いったん立ち止まった方が良いのかもしれません。

「つらつらと書く」は言葉本来の意味だと、よく考えて書くという意味になりますが、どうも「よく考えて」書いている印象があまりなく、今まで書いて来たもろもろのことを、引っ張り出しているようにしか見えないのです。

そして
「前段で書いたように、推しの広告する商品にお金を落とすことを生きがいにしている人はいます。
それがあなたの寿命を縮めると指摘したら、あなたは笑い飛ばせますか?」
とあり、推し活はファーストフードや喫煙のようなものであると決めつけ、あまつさえ
「タバコ会社は莫大な金を払い、カーレーシングチームのスポンサーになり、タバコはかっこいいと宣伝しました。
そうして毒を吸わせることに成功していたのです」

タバコに含まれるニコチンは毒と言うより、依存性の高い物質と言った方がいいでしょう。
国立精神・神経医療研究センターの記事がわかりやすいので置いておきます。

喫煙と睡眠
https://www.ncnp.go.jp/hospital/guide/sleep-column23.html


推し活とは、健康や人倫を犠牲にしてまで為すべきものではないでしょう。
歴史上の人物による推し活はいいですよ。対象が亡くなっていると安心です。
新史料の発見により外道な側面があらわになる。題材にした作品がとんでもないことになる。
そういうリスクがないわけでもありませんが、それでも広告代理店臭さが薄いだけまだマシです。

「健康や人倫を犠牲にしてまで為すべきものではない」
それは武者さんの、特に嫌いな対象への推しに対しての考えでしょう。
しかし自分が好きな対象に対して、同じことを考えるでしょうか。
とどのつまり推し活がよくない云々より、
「私が嫌いなものを褒めないでくれ」
これに尽きるような気がします。

**********

ここで少し付け加えておきます。
この前のパラグラフで、『どうする家康』関連での推し活について触れていることを考えても、やはり
「嫌いなものを褒めるな」
これに行きつきそうですね。また本文では、タバコ関連の記述の後に
「いくら推しが宣伝しているからって、キャンペーン期間中、毎日ずっと同じファストフードを食べ続けたら、体には悪影響があるかもしれません。そう立ち止まることも大事なのでは?」
などとありますが、例えが極端だなと思いますね。
武者さんにしてみれば、嫌いなものを推す人々は愚かな存在に見えて仕方ないのでしょうか。推し活での商品購入はドーピングみたいなものだとも書いていますし。
こういうのが、ちょっと行き過ぎな感もあるファンダム嫌いにもつながっているのでしょう。

**********

それと「対象が亡くなっていると安心です」これもないかと思います。
また歴史関係にしても、大河のを含め関連イベントなどには代理店が絡んではいるでしょう。そして好きな大河の場合は、そういうイベントに率先して足を運ぶのですね。

そしてこのパラグラフの最初の部分ですが、

推し活は自分が解き放たれたようで楽しい!
それはそうですが、同時に思考停止の危険性もあるでしょう

武者さんが嫌いな大河をすべてネガティブに捉え、好きな作品を叩き棒にしたがるのも、ある意味思考停止ではないかと思います。

で、またみなさまの声。この間のイングランド戦の超ラグトークについて送っておこうかなと思います。

飲み物-ブランデーグラスのビール
[ 2023/09/23 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

2つのドラマのご紹介

2019年の4月から6月にかけて放送された、『きのう何食べた?』のシーズン2が、10月から放送されます。

【ドラマ24】きのう何食べた?season2
(テレビ東京/BSテレ東公式サイト)

2020年のお正月のスペシャル、そして劇場版に続いていよいよシーズン2です。

今回はある程度年齢を重ねた2人の物語になるようで、賢二と同じ美容室で働く坂東龍汰さん演じるタブチ君、そして朝倉あきさん演じる彼女の千波さんも登場です。そして、やはり小日向さんとジルベールは結婚することになるのでしょうか。

そしてもう1つは、2023年11月11日放送のドラマスペシャル『友情』~平尾誠二と山中伸弥 『最後の一年』~

(テレ朝公式サイト)

2016年10月、53歳の若さで世を去った平尾氏と、山中教授の友情と闘病の物語です。平尾氏を演じるのは本木雅弘さん、そして山中教授を演じるのは滝藤賢一さんです。このお二人に関しては、以前NHK-BS1でも、松嶋菜々子さんと濱田岳さんがナビゲーターで、ドキュメンタリー風の番組が放送されたことがあります。


飲み物-注がれる紅茶
[ 2023/09/22 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第35回に関しての武将ジャパンの記事について-3

『どうする家康』大河コラムその3です。あまりにも延々と書かれている部分があるので、多少端折りましたがやはり長いです。それとこのコラムとも関係のあることですが、ジャニーズ事務所がこういう発表をしています。

https://www.johnnys-net.jp/page?id=matters#g
「弊社タレントを対象にしたSNSでの虚偽投稿や盗撮行為等の対応について」とあり、
盗撮写真や虚偽の事実での誹謗中傷の投稿は、
名誉棄損
プライバシー権の侵害
肖像権の侵害
パブリシティ権の侵害
業務妨害行為
とみなされ、法的措置もやむを得ないとありますね。

では本文です。

稲がどういう人物か、なぜ説明しないのでしょうか。
真田がらみの説明も足りない。
しょーもない側室オーディションとか瀬名教の描写に時間を費やして、なぜそこはカットするのか。

稲も真田も、この大河ではメインではありません。家康視線ですからそこまで詳しく描かないし、また稲の描かれ方からして、大人しく輿入れする子ではないというのはわかりそうなものですが…。

そしてまた「瀬名教」。本当に登場人物、出演者叩きに余念がありまんね。武者さんにしてみれば大河が悪いとなるのでしょうが、どのような大河であれ、客観的に観ることができないという時点で、レビュアー失格でしょう。

真田昌幸の態度が太々しいと描きたいのでしょうが、むしろ三河武士団の所作が汚すぎて、よほど山賊じみています。集団で昌幸をイジメているようにすら見える。
中でも最悪なのは本多正信ですね。
(中略)
もっとも昌幸もあまり演技に入れ込んでいないように思えます。『真田丸』の草刈正雄さんにせよ、同じ俳優が演じる『鎌倉殿の13人』の上総広常にせよ、もっともっと素晴らしかった。

「太太しい」は「ふてぶてしい」の方がわかりやすいかと。何かでこれで変換してそのままなのでしょうね。
そう言えば昨年でしたか、「窘める」が何回か「嗜める」になっていたことがありましたね。

でなぜ武者さんが正信と昌幸の態度をよく思っていないのかですが、結局駿府城に於ける沼田絡みのやり取りで、正信がおどけたような口調で昌幸に問いただし、昌幸もそれに呼応する形で答えるのがけしからんということでしょうか。でも最初の方の家康と秀吉のやり取り、あれもちょっと芝居じみたとも取れる口調でした。

あと「同じ俳優」などと書かず、ちゃんと佐藤浩市さんと書きましょう。
そして「もっともっと素晴らしかった」と書いている割に、どのような点がどう素晴らしかったのか何もなし。その場の思い付きで書いてしまっていませんか。

それから先日分でも出て来た尾張言葉の「あほたわけ」

どうする「あほたわけ」
本作は、語彙がおかしいと思います。それは決め台詞にもあらわれています。
◆「どうする家康」涙の“あほたわけ”がトレンド入り(→link)
名古屋・岐阜の「たぁけ」「たーけ」は「たわけ」が語源とされ、今でも使われています。
これを強調するとなると、明智光秀が使っていた「くそたーけ」となると。
しかし「くそ」が下品すぎるのか、どういうわけか「あほ」をつけて、このドラマでは「あほたわけ」にしている。
それがどうにも不自然に感じます。

実際愛知県の方によれば、あほたわけという言葉はちゃんと存在し、またこれよりもくそたわけの方が意味が強いらしいです。そしてこの場合は、くそが下品すぎると言うより、あほたわけという表現で十分だから、方言指導の人もそうしているのではないでしょうか。

「あほ」は関西圏で「愚か者」という意味であり、名詞です。
「大馬鹿」とは言うけれど「あほ馬鹿」とは言わない。
強調するときに名詞と名詞を重ねることは、まったくないとは言い切れないものの、やはり「くそたーけ」は不自然ではありませんか。
まぁ、そんなことよりも「雰囲気で使ったってOKOK!トレンド入りだってしているじゃん!」ぐらいの感覚なのでしょう。

武者さん、先日のもそうでしたが、貴方東海地方の方言か何か研究しているのですか。
それとも自身が東海地方出身とか、親戚や親友が東海地方にいるとかなのですが。そうでなければ、黙っていた方がずっと賢明だと思いますけどね、自分の考えだけで方言まで叩いていますね。

こういうのはその地域に住んでいる人たちの心証を悪くすると思います。まあ今年のこのコラムの場合、例年に増して失礼な文章が目につくようには思いますが。

9月7日のジャニーズ記者会見をうけ、NHKの危機管理能力を観察してきました。
その上でこう思いました。
是非もなし――
クローズアップ現代の番組は、なかなか誠意あるものを感じました。
しかし、大河ドラマ『どうする家康』は何事もなかったようにSNSを更新し、放送を続けています。
◆企業の「ジャニーズ離れ」の素早さ…鈍感すぎるNHKとメディア人間たち(→link)

放送中止にならないから嫌なのでしょうか。
生憎、もう終盤のキャストも決まってしまいましたが。
取りあえずジャニーズ関係、例によってBLだのなんだのでかなり長いのでちょっと端折ります。

今週だって美少年の井伊直政がセクハラに遭うような下劣な描写をしていた。
もしも私が「今年の放送を打ち切りにすべきかどうか?」と問われたたら、そんな権限はないから「どちらでもない」と答えるしかありません。
しかし、打ち切りの方が英断であるし、慈悲深い措置だと思います。
例年の大河ドラマでは考えられないほどレベルの低いミスを、今年は何度も繰り返している。
所作や発声指導すらしていない。
時代劇経験のあるベテランですら、本気を出していないように思える。
なぜそうなるか?
士気が決定的に低下しているのでしょう。

「美少年の井伊直政がセクハラに遭うような下劣な描写」
仲がやっているのは、あれはセクハラなのでしょうか?

「例年の大河ドラマでは考えられないほどレベルの低いミスを、今年は何度も繰り返している。
所作や発声指導すらしていない。
時代劇経験のあるベテランですら、本気を出していないように思える」
どのような根拠があってこう決めつけているのか、それを知りたいと思います。まるで見て来たようなことを言いますね。
そして「打ち切りの方が英断」「士気が決定的に低下している」も、単に武者さんがそう思っていたいからのように見えますが。

◆来年大河『光る君へ』撮影快調 “道長”柄本佑、打毬シーンに挑戦「大きなやりがいを感じています」(→link)
来年大河のこのニュースへの反応で「本物の馬だ!」というものがありました。それほどまでに今年はお粗末だったということです。

打毬、所謂ポロに近い競技ですが、何十頭もの馬を走らせるわけではありません。CGを使わざるを得ないのは、多くの馬を走らせるにもなかなかままならない事情があるからなのですが、武者さんの場合は何でもかんでも
「今年はお粗末、今年はダメ、今年は不人気」
が前提にあって、裏付けもなしにそれで進めてますね。

出演者の選定も、予想外のことが起きていてもおかしくありません。
今年の大河はむしろ出ないほうがよいとなれば、断られることも増えてゆく。
全てが負け戦、撤退戦へと向かってゆく。
報道部門や良識のある局員は、自分たちの努力や道徳心まで、あのろくでもない大河ドラマのせいで台無しにされると歯軋りしている。
こうなってはもう、放送を続ける方が針の筵に座り続けるようなもの。
そんな憂いは断つほうが慈悲ではありませんか?

「出演者の選定も、予想外のことが起きていてもおかしくありません。
今年の大河はむしろ出ないほうがよいとなれば、断られることも増えてゆく。
全てが負け戦、撤退戦へと向かってゆく。
報道部門や良識のある局員は、自分たちの努力や道徳心まで、あのろくでもない大河ドラマのせいで台無しにされると歯軋りしている」
これもその裏付けがほしいのですけどね。
でないと単なる妄想または希望的観測でしかありません。

それからこちらですが、どう見てもダブスタに見えますね。

そうはいっても、こんな意見も目にします。
「今年が駄目なら『鎌倉殿の13人』も『麒麟がくる』もジャニーズが出ているからダメになるぞ」
この件については『鎌倉殿の13人』出演者不祥事がひとつの叩き台になっていると思えます。
主演であるか、助演であるか。この差も出てきます。
『鎌倉殿の13人』の生田斗真さんと、『麒麟がくる』の風間俊介さんは、事務所移籍候補として名前があがる筆頭。
彼らはジャニーズであることよりも演技力を売り物にしています。話題性でなく、実力を踏まえての配役に思えます。
風間俊介さんの場合は、東京都の対応という前例もある。それに何よりも、彼自身のコメントが良識的です。
◆東京都、ジャニーズの風間俊介さん起用を継続へ 「パラ応援大使」(→link)
◆ 風間俊介さん ジャニーズ【性加害問題】に『被害者の方をまず第一に考えるべき』(→link)

今頃になって急に主演だの助演だの分けるようになりましたね。
ならば武者さんは『新選組!』好きだったと思いますが、あれも主演は当時SMAPにいた香取慎吾さんでしたよ。

「『鎌倉殿の13人』の生田斗真さんと、『麒麟がくる』の風間俊介さんは、事務所移籍候補として名前があがる筆頭。
彼らはジャニーズであることよりも演技力を売り物にしています。話題性でなく、実力を踏まえての配役に思えます」
まず事務所移籍候補筆頭、これもその裏付けになるものをお願いします。
そしてもう1つ
「彼らはジャニーズであることよりも演技力を売り物にしています。話題性でなく、実力を踏まえての配役に思えます」
それを言うなら、岡田准一さんもしかりです。ましてこの人は、古武道や格闘技何でもできますし、ラグビーにも詳しいです。また松本潤さんも、前に書いたようにライブのプロデュースを手掛けたりもしています。単に事務所の力だけで売れているのではありません。

さらに奇妙なのが

一連の報道の中、風間さんのことを考えた時、私が思い出したのは『麒麟がくる』の伊賀越えへ向かう家康の目つきでした。
冷静に先を見据える目つきは信頼できると思えました。彼ならばどうにかできると一瞬のあの場面で思えた。彼については心配するには及ばないと私には思えます。

風間さんの演じる家康の目つきがいいから信じるというのも、ちょっと如何なものでしょうか。もう少し具体的な根拠がほしいです。ならば、松本潤さんの目つきがいいから彼を信じると言う人がいても文句は言えませんね。
とかなんとか言うより、風間さんも松本さんも含めて、ジャニーズ所属の人たちが悪いとは言えないと思います。ただ武者さんの場合、嫌いな作品に出演しているジャニーズの俳優をあたかも犯罪者のようにみなすから、それに違和感を覚えるのです。

「あなたのような良識ぶった連中が好きな『大奥』だってジャニーズが出ているでしょう」
そんなご指摘もいただくかもしれませんが、これとて主演と助演の違いはあり、一番大切なのは良識の積み重ねでしょう。
あの作品はインティマシー・コーディネーターを導入していて、良識のある作り手だという信頼感があります。
なお、現在までのところ、シーズン2にはジャニーズがキャスティングされていません。
◆「大奥」にインティマシー・コーディネーター NHKで初導入(→link)

「これとて主演と助演の違いはあり、一番大切なのは良識の積み重ねでしょう」
ここでもやけに主演と助演を分けるようになりましたね。
そしてこの場合の「良識の積み重ね」なるものですが、要は
インティマシー・コーディネーターを入れている
ジャニーズをキャスティングしていない
だからと言いたいのでしょう。しかし今は他のドラマでも性的描写などは厳しくなっており、こういうコーディネーターの出番も増えていますし、ジャニーズを入れない云々より、この次放送されるであろう医療・幕末編、そもそも登場人物が少ないような気がします。

◆『22年度はA.B.C−Z河合さん起用…愛知県がジャニーズ事務所と契約しないと宣言 大村知事「区切りつくまで」』(→link)
こちらのニュースを受け、こんな声があがりました。
「大河で恩恵を受けているくせにふざけるな!」
これも意識が古いのではないでしょうか。
確かにご当地は大河ドラマ館にせよ、観光地にせよ、大河ファンを出迎える姿勢は見せます。
しかし愛知県ほど歴史スポットの宝庫な土地ともなると、大河に頼らずとも歴史好きならば観光しますし、そこまで恩恵が大きいとも限らない。

どんなものでしょうね。やはり大河で観たからという人も多いのではないでしょうか。
そしてここでも
「しかし愛知県ほど歴史スポットの宝庫な土地ともなると、大河に頼らずとも歴史好きならば観光しますし」
とありますが、これもちょっと裏付けに乏しい気がします。

現在、観光客が落とすお金は、海外客を狙った方が効率よいこともあります。
タイアップにしたって、一年きりで終わる大河よりも、ソーシャルゲームや漫画作品を狙った方が効率的でもあります。
つまり、大河ドラマの観光効果は近年どんどん下がっています。
大村知事がそこを踏まえているかどうかはわかりませんが、大河ドラマも、そのファンも、往年ほど重視されていないことは確かです。

「大河がなくても、ソシャゲや漫画を狙えばいいじゃない」ですか。
しかし史跡巡り、神社仏閣巡りなどはやはり大河の恩恵が大きくはないでしょうか。そして大河の観光効果はどんどん下がっているとまで言うのであれば、データを持ち出して説明してほしいものですね。信憑性に欠けるかと思います。

何より、これは作品次第です。
『鎌倉殿の13人』の場合は熱気が充溢しており、紙媒体の雑誌記事にせよ、関連書籍にせよ、NHK公式以外でも相当動いていました。
今年はむしろ朝ドラ『らんまん』の方が動いています。
◆ 初回から最終週まで珠玉の名シーンが満載! 連続テレビ小説「らんまん」の公式メモリアルブックが発売決定!!(→link)

ここでもダブスタですか。
自分の好きな作品であれば
「熱気が充溢しており、紙媒体の雑誌記事にせよ、関連書籍にせよ、NHK公式以外でも相当動いていました」
これもその裏付けを示すものがないのですけどね。まして「熱気が充溢」なんて主観が多分に入っていませんか。
そして朝ドラのメモリアルブックですが、東京制作のAKはメモリアルブックがあるのに、大阪制作のBKはそれがありません。この辺りの不公平感を、どうにかするべきかと思います。

殷鑑遠からず。『詩経』「大雅・蕩」
手本とすべきことは大昔でなく、少し遡れがみえてくる。

この漢籍ですが、いつも詳しい説明がありませんね。ちょっと調べるとわかることなのですが。あと「遡れが」とありますが、「遡れば」でしょうね。
でこの「殷鑑遠からず」とは、

殷(王朝)が鑑 (かがみ) とすべき手本は、遠い時代にあるわけではなく、同じく悪政で滅んだ前代の夏 (か) にある。戒めとすべき例は、ごく近くに存在するものである。

という意味です。

そして今度は『青天を衝け』叩き。
これは前にもご紹介したかとは思いますが、渋沢栄一は幕末に、徳川昭武の随行員としてパリを訪れています。そしてこの時彼が称賛したベルギーのレオポルド2世が、その後コンゴをベルギーの植民地にし、圧政を敷いて住民を虐待したことにまたも触れています。つまりそういう人物を褒めた栄一はけしからんとなるのですが、この栄一がレオポルド2世に拝謁したのは1868年です。この時まだコンゴはベルギーの植民地、正確にはレオポルド2世の私領ではなく、栄一がそのような先のことを知る由もありません。

私はジャニーズのことで騒ぎすぎだと言われます。
大河で記事を書いているならやめろと言われたこともあります。
しかし「殷鑑遠からず」と口にすれば、忖度は無意味だとわかってきます。
歴史を学ぶ意義とはそういうことでは?
武将や城の名前をたくさん言えるんだもん。僕は歴史だーいすき!
それが通じるのはせいぜい小学生まで。それ以上先に進むのであれば、歴史を学ぶ意義も大切になってくるでしょう。

確かにジャニーズのことで騒ぎすぎだし、大河記事で採り上げるのなら、出演者その人と演じる役を中心に書くべきでしょうね。

そして
「しかし「殷鑑遠からず」と口にすれば、忖度は無意味だとわかってきます」
ん?貴方はこれに関して
「手本とすべきことは大昔でなく、少し遡れがみえてくる」
と書いていますが、それ以上のことは書いていません。なぜ「口にすれば忖度は無意味」になるのですか。失礼ながら、貴方が散々書いているカルトを何やら思わせてしまうのですが。
それにこのことと「歴史を学ぶ意義」との関係性は一体何ですか?

さらに「そんなご時世に、ジャニーズについて目を瞑る、ましてや提灯記事を書いて利益を得るなど、先のない道でしょう」と書いて、あれこれジャニーズ叩きの記事(含ゴシップ系)をリストアップしているのですが、なぜかその中に
「◆ なにわ男子エース長尾謙杜(21) 元SKE三上悠亜(30)との“乗っ取りお泊まり愛”スクープ撮「キスマイ千賀健永が去った後こっそりと…」
なるものがあります。
例によってと言うか文春の記事ですが、これ別に事務所の問題とは無関係な気がしますが。

で、あれだけ嫌っているファンダムもK-POPならOKのようです。

「ジャニーズ? ただの噂じゃん。それに韓国の芸能界の方がひどいでしょw」
韓国の場合は、ファンダムが「悪徳芸能事務所から推しを守るぞ!」と声をあげるから、炎上しやすいだけ。
それはむしろファンダムの正義感が強く、健全な証拠なのですが、K-POPが世界を席巻する背景には、そんな動きもあるわけです。

何ともダブスタだなと思いますね。私は好きなものをシェアして住み分けているファンダムの方がいいかとは思いますが。さらにその後に、

それにしても、今となってみれば山梨県の先見の明が光ることよ。今年の大河と信玄公祭りを切り離したことは英断でした。

とあって、ゴシップ系サイトの記事が貼られています。

◆やっぱり不人気?『どうする家康』“信玄公祭り”で冨永愛にお株を奪われる屈辱…(→link)

しかもこれ6月の記事ですけどね。
それに今回は武田信玄が主役でもないし、知事も敢えて女性をと言っており、山本勘助も女性なのだから、それはそれでいでしょう。

飲み物-ブラッディサム
[ 2023/09/22 00:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

第34回の『武将ジャパン』コラムに関するnote記事

では今週もtaketak39460607さんのnote記事のご紹介です。それと先日の分を、少し直しています。

大河コラムについて思ふ事~『どうする家康』第34回~
https://note.com/taketak39460607/n/n985f1579f90b

そして石川教正の出奔がナレーションで説明されますが、いつもの素っ頓狂な調子のため、とても劇中に入り込めません。

アバンの前回のおさらいの部分です。これに対しては、「一度でもきちんと作中まともに理解しながら『どうする家康』の物語を見た事があるなら提示してください」という文章で始まり、『いつもの素っ頓狂な調子』とはどの部分のナレーションでどうおかしいのか、具体的に言ってくださいと書かれており、その前の「説明セリフ」共々、きちんと聞いていないので理解できていないのではとありますが、同感です。

いつものことですが、嫌いな作品の場合は何かと言えば説明セリフだなんだと、ネガティブなことを書く武者さんは、それがどのように「説明的」であるのかを訊かれて、きちんと指摘できるのでしょうか。

あと「是天下人也」に関する逸話が紹介されています。

享禄3年(1530年)に家康公の祖父・松平清康公が建立した曹洞宗の寺院・龍海院。通称名は『是字寺』と言います。
松平清康公が岡崎城主の頃、元旦の初夢に「是」の字を左手に握る夢を見たそうです。
その夢を龍渓院と言う岡崎の寺院の住職・模外禅師に尋ねたところ、『是の字を分けると日の下の人となる。是の字を握るは天下を取ることなり。遅くとも、清康公の三代後までには必ず天下人が現れるであろう。』と仰いました。
清康公は大変喜び模外禅師を初代として龍海院を建立したのだそうです。
石川さんがこの話を踏まえたかは分かりませんが、彼がわざと自身を悪者に仕立て出奔したのなら悪意のある書置きではなかったと思います。

そして酒井忠次が、得意技を封じられると調子が落ちる云々。

えびすくいおじさんの目が虚です。
得意技を封じられると調子が落ちてしまうのですかね?

これに関しても、「石川さん出奔の後の家臣一同を集めた徳川家の今後の方針を決める評定の場、えびすくい踊りを踊るような場面かどうか考えてみましょう」
「仮に大事な会議のプレゼンの場で『あれ~?部長いつもの宴会芸は踊らないんですか~ぁ??』と煽るようなものです。
貴方の言う事がいかに場違いか分かる発言です」
とあります。私もこれに関しては、この人は単なる「海老すくい」芸人ではないと書いていますが、故意になのかどうなのか、話の流れを無視するようなことを書いていますね。

それから北野武監督作『首』について書いている点でも、
「レビューが書きたいのなら他所でじっくりと語るか大河レビューをお辞めになった方がよろしいかと思います」
と言われていますし、それ以外にもビッグモーターの件で、佐藤さんを中傷している点に触れられています。

次に天正大地震ですが、

ナマズがヌメヌメして地震を示すアニメがいささか無神経ではありませんか。
なぜ、こんなほっこりアニメで描かれるのか……
というか、本作は常に先人への敬意が欠けているように感じます。
江戸時代のナマズ絵は確かにユニークです。
そういう絵へのオマージュを感じさせない絵柄が辛い。

これに関しては被災地域がかなり広く、統治機構が統一されていないため、震源域、マグニチュードがはっきりせず、推定となっている点がまず挙げられています。そしてこの当時、鯰が大地震を起こすという俗説は広まっており、また災いは施政者の悪政や不道徳が原因であり、社会の大敗や腐敗・堕落への天の懲罰であり、政治の是非、吉兆を占うものであったことも指摘されています。

そして鯰絵ですが、
「地震除けのお守りでもあり、鯰絵に描かれた鯰が震える事で破壊すると同時に新しい世の中を創造する救済者・世直し思想のモチーフとして描かれた」、つまり戦国時代末期の統治者不在による政情不安、そして新関白である秀吉公による政基盤の不安定さが表現されていると書かれています。

いつも思うのですが、なぜ武者さんがこういうことをきちんと説明しないのでしょうね。アニメで描かれるのは先人へのオマージュが足りないなどと書くのではなく、先人がなぜ鯰絵を描いたのかを、まず解説するべきではないかと思われます。

また徳川家も炊き出しをすればいいという記述もありましたが、徳川家の特に浜松城は特に被害も無かった、被害が特にないのになぜ浜松で炊き出しをしなければならないのかと反論されています。
(尚地震関連で『いだてん』や『青天を衝け』の関東大震災の描写についても、武者さんの記述への反論がなされています)

そして押し花の件。

しかも押し花から築山の香りってどういうことですか?
築山で咲く香の強い花ってどんな種類なのでしょう。
木犀の花を見ながら宴をしたとか?
梅ならわかる気がする。
しかしこれはそうでもないし、なんなんだろう?
押し花ではなく、香木では駄目だったのですかね。
当時は香道が嗜みとしてあり、貴婦人が自分の家に伝わるお香を焚いた。それを嗅ぐと「ああ、あの人の香りだわ」となる。
そんな演出ではいけませんか?

これに対してtaketak39460607さんは、岡崎大河ドラマ館のインフォメーションによると、築山でひときわ目を引いた紅色の花のトンネルは紅色の山躑躅であり、紫に見える花は山躑躅と思われること、他に箱に入っていたのは桜と沈丁花と撫子かなと思うと解釈しています。そして、この当時金木犀がまだなかった点にも触れています。

さらに
「『正信念佛偈』の下から出てきた押し花を見て『あの築山をここに閉じ込めようとしたのではないか』と推測した於愛さん。『武田に内通』した罪を背負い自害した信康さまや瀬名さまに手を合わせるために阿弥陀様と共に石川さんが作った築山の花の押し花。花であることに意味があるのです」
とあります。つまり香道では意味がないわけです。
(尚先日書いていますが、香りの強い花は沈丁花ではないかというのは、このtaketak39460607さんの意見です)

また、香道が広く武士の間に普及したのは、江戸時代以降と言われています。

その他にも切り取り勝手判断が多いことへの言及、ネットで「『他人の好きなもの』に土足でズカズカ踏み込んできて『もはや敗戦処理感!』『ハッシュタグは低視聴率の逃げ道!』『タグをつけて盛り上がってるのは中高年なのよ!』『ネットはオワコン!』と殴りつけていく」のは荒らしであるといったことなども指摘されています。

またこの部分

友達との会話中や授業中に「はい論破」「それってあなたの感想ですよね」などと言って、相手を言い負かそうとする子が増えているという。
物事の本質をつくとか、芯を探っていくような作業を怠り、表層的に相手を負かせようとする。
そして目先の勝利で優越感に浸る。
子どもならまだしも、大人がそれでは絶望します。

これに関しては
「『どうする家康はすべてが逆張り!お子様の思いつき!ハイ論破!!!ハイ私の勝利!』ですか?「『瀬名と不仲じゃない』『石川教正とハートフルな別れ』『旭姫がわざと明るく嫁いできた』がどのように史料の逆張りをしているのか、史料を提示したうえで『こういうところが史料と違うがどういう考えでこうなりましたか?』と提示・議論するのがレビュアーでは?」
「そうでないと相手は納得できないし、表層的に相手を負かせようとし目先の勝利で優越感に浸る子どもと同じです」
とあります。

武者さんが自らの疑問や問題点を提示する際に、史料、あるいは具体例をきちんと挙げることはあまりないのですが、仮にも歴史系ライターがそれはないだろうと思いますね。またこの史料に関して言えば、例の「森乱」の表記を巡って、平山優氏の新説にこのように抗議していますが、

たとえば「森蘭丸」を「森乱」と表記した。
その一点突破でもって新説採用だとはしゃぎ、ドラマがおかしいと批判する層に対してマウント取ったりする。
しかし、森蘭丸についてはもっと深く考える必要性があるのでは?
(中略)
一次史料ばかり収集して、読みこなしても、それだけでは足りない。
関連する研究文献をきちんと読み込んでいなければ、研究者ですら思い違いを免れない。

taketak39460607さんの記事では、『信長公記』のこの記述が引用されています。

『四月十八日 塩河伯耆守へ銀子百枚遣はされ候、御使森乱、中西権兵衛相副へ下され、過分忝きの由候なり(天正7年(1579年))』
『正月廿六日、森乱御使にて、濃州岐阜御土蔵に、先年、鳥目一万六干貫入れおかれ侯(天正8年(1580年))』
また
「本能寺の変の討ち死にした小姓衆の名前の中でも『森亂(乱)・森力・森坊』とあります」とも書かれています。

これも本来なら武者さんが、『信長公記』にはこういう表記があるから、どちらが正しいのだろうという問題提起をしてもいいかと思うのですが、そういった追及がこのコラムにはあまり見られないのですね。それに関しては、
「平山先生に叱られた事で史学者を認めたくないだけでは」
と書かれています。

他にも旭姫の輿入れや家康の態度などに関する武者さんの記述に、色々とtaketak39460607さんの指摘がなされています。
あと本多忠勝関連の記述で、3行程度で1つのパラグラフとなっている点にも「もう少しまとめて感想が書けませんかね?」とありますし、筆の持ち方がおかしいとする記述にも反論されています。筆の持ち方には2通りあるのですが、そのうちの単鉤法(かなや細かい字を書く時の、鉛筆を持つような持ち方)を家康も、そして『らんまん』の主人公万太郎も用いているとあり、画像が添えられています。

この3行ほどでパラグラフを作るのもそうですが、小見出しに何やら揶揄するかのように、やたらに「どうする」を入れているため、過去の小見出しとダブっているのではと思うことがあります。せめて1ページに小見出しは3つ程度にして、「どうする」ばかり入れるのでなく、一目で何を書いているかがわかるようにするべきでしょう。

それと筆の持ち方、武者さんが好きな『らんまん』の主人公も同じ持ち方をしているわけで、最初からこんなこと書かなければいいのにと思ってしまいますね。

飲み物-ジョッキに入ったビール
[ 2023/09/10 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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