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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その9

では残りのページに行きます。
しかし無駄に(と言っていい)文章が多いですね。2ページで十分過ぎると思います。そのためファンダム関連とか、クィア・ベイティング(同性愛を売り物にすること)関連など、武者さんのいつもの主張と思われる部分は、一々挙げていません。

ではまずこれからですが、文章の構成、そしてドラマ本編の捉え方に関して疑問があるので、敢えてすべてを引用しています。

本作は、遺体の扱いも無茶苦茶です。
◆「どうする家康」義元の首を槍投げ 重量なんの一発決め!演出も感動 ネット反響“岡田信長”初登場の裏側(→link)
『麒麟がくる』でも、織田信長は遺体損壊をしていました。
生首を箱に詰めていた場面は衝撃的。
あの場面では信長の両親が驚き、怒り、嫌悪感を見せていたものです。
遺体損壊が悪いのではなく、それをクールだと演出して喜んでいることが悪辣なのです。
一体何を考えているのでしょうか。
こういうことをするから合戦にはリアリティが無い。
今週は最後にとってつけたような残虐描写がありましたが、どうせ作り物だと何の衝撃もありませんでした。
生きるか死ぬか、そんな状況を笑いにするセンスも決定的に痛い。
そりゃネットで笑う人はいるでしょう。
しかし、だから何ですか?

何やら意味がわかりづらいのですが。
まず『麒麟がくる』の、
「遺体損壊が悪いのではなく、それをクールだと演出して喜んでいることが悪辣なのです」
ここまではわかります。ただどう見てもあれは箱でなくて首桶だと思いますが、なぜかセリフは箱となっていました。それにしてもこの遺体損壊、要は討ち倒した相手の首を取ることですが、昨年も使っていましたね。
そしてその後、こちらは『どうする家康』関連なのでしょうが、
「こういうことをするから合戦にはリアリティが無い。
今週は最後にとってつけたような残虐描写がありましたが、どうせ作り物だと何の衝撃もありませんでした」
こういうこととは、リンク記事にあるように信長が首を投げ捨てたことでしょうか。しかしなぜそれが
「合戦にはリアリティがない」
となるのでしょう。それと「残虐描写」は、女たちが殺されるシーンでしょうか?具体的に何と書かれていないから、全然意味がつかめないのですけど。
そして最後の3行、これもどういうシーンを笑いたがっているのか不明。

それから信長が火縄銃を連射するシーンですが、

本作は、火縄銃の扱いにおいても「時代考証が雑じゃないか?」と突っ込まれています。
確かに当時の日本は火縄銃の普及が急速に進みました。国衆クラスで持っていてもおかしくないかもしれません。
とはいえ、物流、資産、そして才能もそこには加味されます。
雑魚っぽい国衆が火縄銃をバンバン撃っていたら、なにやら引っかかる視聴者がいても不思議ではないでしょう。

この「雑魚っぽい国衆」とは誰のことでしょうか?織田家は既に大名であったと思いますが、松平昌久のことでしょうか。この人はドラマ本編でも言っていたように「大草」、つまり大草松平家の当主なので、少なくともある程度の鉄砲を持つだけの資力はあったのではないでしょうか。
何だかこの
「とはいえ、物流、資産、そして才能もそこには加味されます」
とうのがどうも説得力不足で、取って付けた印象があるのですが。尚これについては後述します。

『麒麟がくる』でもは初回冒頭で火縄銃が出てきました。
たしかに、山賊ですら火縄銃を持っていた。しかし、実際にはまだまだ珍しいからこそ、斎藤道三が明智光秀に現地調達を依頼する。

ドラマ本編では「山賊」ではなく「野盗」となっていますね。あの鉄砲は恐らく倭寇ルートか何かで手に入れたものと思われます。

とにかく火縄銃の普及にしてもゲームのように簡単には回らないということ。
にもかかわらず本作のように国衆同士の小競り合いでバンバン撃ちまくるとなると、そりゃあ違和感を覚える視聴者が出てきても不思議はないでしょう。
そして今回――織田信長が水野信元を脅すために火縄銃を撃ちました。
しかも再装填の手間など無かったかのような連射。
現代の銃器とは扱いが異なりますし、そうだとしてもあんなふうに安っぽく銃器は使うものではありません。

だから国衆レベルの小競り合いで撃ちまくるとは、どのシーンのことでしょうか。前出のように、第2回の松平昌久の襲撃しか思い浮かばないのですが、それをちゃんと書かないところが武者さんらしいですね。
そして天文年間に於いて野盗が持っていること、その後堺を始め近江や根来で鉄砲が量産されたことを考えると、桶狭間の時点で国衆が持っていてもおかしくはないでしょう。大草松平家の当主ですし。しかし
「国衆クラスで持っていてもおかしくないかもしれません」と言ってみたり、
「国衆同士の小競り合いでバンバン撃ちまくるとなると、違和感を覚える視聴者が出てきても不思議はない」と言ってみたり、何だか一貫性がありませんね。

「とにかく火縄銃の普及にしてもゲームのように簡単には回らないということ」
この前に『麒麟がくる』で、三渕と細川の兄弟が鉄砲について意見が対立したことに触れ、だから鉄砲が普及するには時間がかかると言いたいのでしょうが、その一方で各地の大名や国衆が鉄砲をこぞって持ちたがっていたわけです。その矛盾について触れてほしいものです。

第一『麒麟がくる』の天文年間の鉄砲普及率で、『どうする家康』の永禄年間のそれを判断していること自体が、おかしくないでしょうか。
そして信長の連射、本編をきちんと観ていた人はおわかりでしょう。家来衆が何人か待機していて数丁の銃が準備され、信長が撃ち終わる度に、装填済みの銃を次々と渡していました。だからこそ連射が可能で、それによって信元を脅すことも可能だったわけです。

『麒麟がくる』では、足利義輝殺害に怒った明智光秀が、松永久秀に火縄銃を向ける場面がありました。
あのシーンを思い出すと、本作はなんという薄っぺらさなのか。

また「キリンガクルデハー」
多分あのシーンなのだろうと思いますが、私としては、洋画か何かをパクったのかなと思ってしまいました。
その後かなり文章が少ないパラグラフがわざわざ作られており、

今川義元が生きているとか。
瀬名と我が子と再会するとか。
そんなしょうもないドリームを入れるほど余裕はあるのですか?
(中略)
【大坂の陣】など、寺島しのぶさんのナレーションだけでクリアするかもしれません。予算にもやる気にも限界はありますからね。

元康がまだ駿府に未練があり、後ろ髪を引かれるような思いだからこそ、義元や瀬名が夢に出て来たわけでしょう。
恐らく、武者さんが真剣に観ていないであろうことは察しがつきますが、それ以前に、こんな「しょうもない」パラグラフを作る意味があるのか、と考えてしまいたくなるのですが。スペースを埋めるためでしょうか。

さらに引用記事(日刊ゲンダイ)が紹介されており、
「その一方で、動画配信サービス「NHKプラス」の視聴数は歴代1位だということにも触れています」
とあります。

確かに素晴らしい数字でした。
今後の基準としても有用であり、問題は今後も続くかどうか、でしょう。
初回は好条件が揃い過ぎていた。
・昨年で動画配信サービスNHKプラスの視聴数が劇的に伸びた
・徳川家康の知名度
今後も『鎌倉殿13人』のように数字を保てるかどうか、注視したいと思います。

今後も『鎌倉殿の13人』のように数字を保てるかとありますが、これはNHKプラスの再生回数のことでしょうか。とは言っても、この再生回数は視聴率のように視聴者の目に触れるわけでもないし、数字を保てるかどうかな注視したいなどと書くより、今後もそうあってほしい程度にとどめた方がいいのでは?

それとここで言及されている日刊ゲンダイの記事ですが、武者さんらしく?基本的に叩き記事ですので、再生回数についてだけを知りたいのなら、こちらの方をお勧めします。この日刊ゲンダイに加え、サ〇ゾーの叩き記事もありますが、武者さん、このコラムのために日ごろからそういうメディアによく目を通しているのでしょう。

「どうする家康」初回は配信も好調!NHKプラス視聴数 歴代全ドラマ初回1位を記録 前作「鎌倉殿」超え
https://news.yahoo.co.jp/
articles/675b9b838b1e9b342fa632f26c73373aed7e4e26(yahoo!ジャパンニュース)
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/
2023/01/16/kiji/20230116s00041000382000c.html(スポニチ、元記事)

そしてその後はポリアンナ症候群がどうのこうの。

ものごとの微細な良い面だけを見て、悪い面から目を逸らすポリアンナ症候群の観察にはうってつけと言いましょうか。

と言うより、武者さん自身がポリアンナ症候群のように見えて仕方ありません。
認知的不協和(自分の考えと矛盾する発想によるストレスのこと、それを解消するために自己正当化を行う)、確証バイアス(自説補強の情報ばかりを認める)が特徴的な心理状態を指すこの用語は、正に、武者さんのためにあるようなものと言ってもいいかと思います。

そして

このドラマは『青天を衝け』に似ている――とは、大手メディアでもそれを認めるような記述があって勇気づけられた思いです。

武者さんとは逆の意味で、私も勇気づけられた思いです。
『青天を衝け』はすべてがそうでないにせよ、面白いところもありましたから、この大河もそうなってほしいと期待が持てます。

で例によって慶喜批判、そして曹操の詩が引用されていますが。

月明らかに星稀(まれ)に 烏鵲(うじゃく)南に飛ぶ
樹を繞(めぐ)ること 三匝(さんそう) 何(いず)れの枝にか依(よ)るべき
月が輝くと星の光は見えなくなる 鳥は南へ飛んでゆく
木の周りを三度めぐって どの枝に宿るべきかわからない
曹操『短歌行』です。

「月明らかに星稀(まれ)に」は、月が明るいので星があまり見えない夜という意味ではないでしょうか。そして鳥じゃなくて烏鵲、つまりカササギなのですけど。そのカササギが木の周りを3回巡って、どの枝に止まろうかとしている、そういう意味です。

『どうする家康』は、クオリティやスタンスでは『青天を衝け』と一致しながら、初動ミスのため戦略で大ゴケして今後どうなるか?
さあどうするメディア?
ワタシみたいにぃ、サバサバしとくぅ?
『ワタシってサバサバしてるから』の3週目、『大奥』3回目に期待しています。

だったらもう大河コラムなどおやめなさい。
このコラムだってまともなあらすじなし、歴史面での突っ込みなし、これではまるで羊頭狗肉または看板倒れに等しいかと思います。
それと、自分の主張に取って都合のいい情報だけ集めて初動ミスも何もあったものでもないでしょう。これは武者さんだけでなく、コラムを書かせている武将ジャパンにも責任ありと思われます。

(2023年1月29日加筆修正)

飲み物-暖炉の前のウイスキー
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[ 2023/01/29 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その6

もう1回やっておこうかなと思いますが、正直言ってコラムが劣化したなという印象があります。以前からレビューとも言えないし、かなり偏っている記事であるのは事実でしたが、最早こうなるとあらすじも無視ですし、単に愚痴の掃きだめ化しているようにしか見えません。

これが報酬を貰って書く記事なのかとも思うのですが、実は大河そのものでなく、コラムで紹介されている別作品のPRのためと考えれば、それはそれで納得はできます。但しその場合大河を名乗らないことですね、ミスリードのもとになるので。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第3回「三河平定戦」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)

例によってきちんとしたあらすじもなし。
何でも「あらすじ:サバサバした網浜さんリスペクト版」なるものがあり、『ワタシってサバサバしてるから』(すみません、観ていません)バージョンであらすじらしくまとめているのでしょうが、正直言って自己満足の極みでしかありません。今川氏真が文を送り、三河を平定しろと命じるシーンはすっ飛ばして、洞窟行きからの本編紹介。

海老すくいって、宴会芸ですよね。
現代だって仕事場でそんなことやらかす奴がいたら非常識扱いをされる。
酒井忠次の海老すくいって、ギャップ萌えだと思うんですよ。
普段はあんなに堅苦しい三河武士が、宴会になるとおもしろい。周囲にキャラクターが浸透しているからこそ成り立つものです。
『鎌倉殿の13人』の大江広元を思い出してください。
いつも冷徹で殺人の提案すらサラリとこなす大江広元なのに、政子にはメロメロ――だからこそ視聴者は驚かされたわけでして。

海老すくいに関しては、第1回でも登場していて、今川に多くの年貢を納めている三河者に取っては、あれが精一杯のもてなしと、当時の元信が数正から説明されるわけです。三河の人々の心情が込められているとも言えるし、しかもこの銭で三河を平定できるわけですから、彼らがこの踊りで喜びを体現したと取るべきでしょう。

尚このコラムの冒頭に、
「鳥居忠吉が隠していた金や武器」
とありますが、単に隠していたわけではなく、
「ご城代を欺いて銭っこためるくらい何でもないわ」
と言っているわけで、本来はそれをはっきりさせるべきでしょうね。忠吉がまともに喋っているのが、あるいは武者さんには気に入らないのでしょうか。前回彼の歯が抜けた喋り方を笑うのは、儒教道徳に反するといったことを書いた武者さんですから、忠吉には年少者からいじめられるおじいさんであってほしいのかも。

そしてなぜか大江広元、比較にも何もなっていないと思うのですが。本当に今年は無理やり感が漂っているなと思います。

キャストの集合写真を見ると一目瞭然で、月代と髭の率が低い。
月代を剃っていなくても、髷は作ることが定番。
それがポニーテールのように、バサっとそのまま流している人物が結構います。邪魔です。

なぜポニーテールのように流すと「邪魔」なのかよくわかりません。
元康と氏真はこのポニテ式、忠勝はロングヘアではありますが、三河衆などは茶筅髷風な髷の人が多いです。あと水野信元も茶筅髷風、信長は折髷ですね。私も元康がいつ髷を結うのかは気になりますが、節目節目で髷を作り、月代を剃るような形になって行くのでしょうか。
あと月代に関して言えば、武者さんが好きな『麒麟がくる』でも、月代がない登場人物もいたのですが。

でまたドラマ『大奥』がどうのこうの。要は『どうする家康』でなく、この手の作品とかゲースロのPRをやりたいだけなのか、そのようにも見えて来ます。
尚この『大奥』、吉宗編だけ観ましたが、私としては柴咲コウさんが主演した映画の方が好きです。

一方で本作は、出来損ないの戦国乙女ゲーを思い出します。
いったい誰の需要でしょうか?

「誰の需要でしょうか」でなく、「誰にとって需要があるのでしょうか」とでも書いてほしいものですね。とても文章を生業としている人が書いたものには見えません。

ニタニタしたエキストラ。
無茶苦茶で割れている発声。
ベテランですらおかしい演技。
大仰な動き。
何より所作ができていない……と、あまりダメ出しをしたくはないのですが、瀬名のちょこちょこした歩き方はなんなのでしょうか。
ああいう歩き方は女中がするものではないかと疑問を感じます。

エキストラがどう、発声がどう、ベテランの演技がおかしいなどなど、誰のどういう演技を言っているのかまるで見当がつきません。それと瀬名のちょこちょこ歩きて、どのシーンですか。それもはっきりしない。
「あまりダメ出しをしたくない」
などと言いつつ、何か適当に誤魔化してはダメ出しばかりしているように見えてしまうのですが。

瀬名がわざとらしく産気づく場面がありました。昔のドラマで見たようなベタな演出ですね。
出産をやるなとは言いません。
当時の風習を描くようであればむしろおもしろい。
『鎌倉殿の13人』では、険しい顔をすれば男の子が生まれると周囲が言うと、政子が精一杯顔を険しくする場面がありました。
それが瀬名の場合、まるでベビー用品のモデル状態だ。

この場合瀬名の出産と、政子が顔を険しくするのとでは比較そのものがおかしいでしょう。比較するなら、政子が産気づいて出産するシーン(が、もしあればですが)と比較するべきと思われます。
当時の風習を描くようであればむしろおもしろいと言うのも、何だか政子のシーンを引き合いに出すための付け足し臭く見えますね。ならば前出海老すくいは、当時の風習ではないのでしょうか。

出迎えるなら綺麗な服を――そう呼びかける瀬名は微笑ましいようで、現代的です。夫が生死をかけて合戦に出ているならば、負傷の有無や程度は気にならないのか?

武者さん前からそうですが、着物を「服」としか表現しませんね。昨年の直垂も袿もみんな「服」。そしてここでは、瀬名が
「きれいな衣で夫を迎えたいでしょう」
と言っているのにまたも「服」。どうにかなりませんか。そして夫が負傷していようが彼女たちに伝わるわけでもなく、また知ったところでどうすることもできず、せめて妻ができることは、自分で縫った新しい小袖を着て夫を出迎えることではないでしょうか。

要は、このドラマの女性像って、近代以降の“良妻賢母”、“チアリーダー”型なんですよね。
近代以降、男性は戦場に女性がいないものとして考えました。
典型例が『青天を衝け』主人公である渋沢栄一です。
彼と同年代のスナイパー・山本八重の存在なぞ無視し、「女は従軍できないから」と、男女差別を肯定しました。

そもそも城を守るとかではなく、所謂戦場に女性は入れたでしょうか。
そしてまた良妻賢母がどうの、『青天を衝け』がどうの(くどい)。その当時は女性が従軍できないのは事実でしたし、八重も戦場にいたわけではなく、会津城に籠っていたわけです。
しかしここまで好きな大河を、家康叩きのためにあれこれ持ち出している武者さん、何かこの大河に対して防戦一方になっていないでしょうか。

中世までは従軍女性も存在しました。男女双方が協力せねば勝てない時代でした。

具体例を挙げてください。昨年登場した巴など木曽義仲の妾達、戦国時代の名だたる武将の妻などは確かに自ら戦ったことはあります。ちなみにこの大河にはお田鶴の方も出て来ますから、その雄姿をじっくり見てから女性と合戦について書いてもいいのでは。

このドラマは、そういう偏見ありきの女性像をせっせと再生産しているように思えてなりません。
寿桂尼の扱いからしてそうでしょう。

男女差別だと言いたいのでしょう。しかしこの大河の場合、今川家よりは寧ろ織田家に比重が置かれているように見えます。(1983年の大河『徳川家康』でも、寿桂尼は出て来ません)今川が出て来るから、必ずしも彼女も出て来ると言うわけでもないでしょう。時と場合によっては登場させないという選択肢もあるわけですし。
自分が期待する人物が出て来ないから、不満そうですね。武者さんのことだから、40年前はそこまで女性の登場人物に重きを置いていなかった、けしからんなどと言うのでしょうか。

元康を甥っ子呼ばわりする水野信元。
瀬名と我が子を思ってビエビエ大騒ぎする元康。
この方たちは公私混同が甚だしく指揮官としていかがなものでしょう。
『麒麟がくる』では、桶狭間の戦いにおいて、於大の方経由で寝返りを進める工作が描かれました。
あのときの元康は、母の書状と菊丸の報告に感動はしますが、それはそれ、これはこれとキッパリ断った。
『鎌倉殿の13人』では、巻狩りで頼家が獲物を仕留めた際、政子はそっけない態度をとりました。
『吾妻鏡』に準拠した描写です。
しかし彼女はその後、周囲に自分の身内しかいないところで大はしゃぎ。本心では嬉しかったけれど、家臣たちがいる前では平静を取り繕っていたのですね。

また
「キリンガクルデハー、カマクラドノデハー」
ですか。
実際に元康は信元の甥であり、この人物が織田への寝返りを進める以上、そういう関係として描くことになるでしょう。
そして『麒麟がくる』の場合の元康は脇役であり、また当然描かれ方も違っています。第一、1つの(好きな)作品を絶対的存在として比較するのがおかしいし、何とも子供じみています。ならば『どうする家康』のコラムなど書かずに、『麒麟がくる』が如何に素晴らしいかを、noteででもやっていた方がよほど精神衛生面でもいいのではないでしょうか。
そしてなぜここで『鎌倉殿の13人』?
これまた強引な比較ですね。政子は指揮官でも何でもないでしょう。
そして元康は「ビエビエ大騒ぎ」などしておらず、ただ今川を、瀬名を裏切ることになって涙を流しているわけですが、武者さんにはそのように聞こえて仕方ないのでしょう。
(2023年1月26日加筆修正)


飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2023/01/26 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その5

『武将ジャパン』大河コラム関連の続きです。先日で一旦終わる予定でしたが、正直なところ突っ込みたくなる部分が多すぎました。

その理由としては、あらすじは1ページ目に申しわけ程度にあるのみ(と言っていい)で、それ以外は主に『麒麟がくる』と『鎌倉殿の13人』を引き合いに出し、やけに叩きまくる場であること、そのためページの冒頭からネット広告や視聴率が出て来て、それゆえに突っ込みどころが多い点などが挙げられます。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/16/172912


前回のレビューで私も指摘しましたが、あのお粗末VFXはやはり散々な評判です。
(中略)
動物愛護だから、あのしょうもない乗馬CGだというのは、いわば紙ストローみたいなものだと思います。
いくらエコロジーだのSDGsだの言われたところで、あの紙ストローに納得できますか?
しかも他の店では、味にさほど影響がない生分解性ストローを使っている。
こうなったらイライラしませんか?
撮影時の動物愛護は確かに重要な課題です。多くの国でそこは対策をしています。
さんざん取り上げてきた『ゲーム・オブ・スローンズ』では大胆に馬が死にます。
しかし、一からCGで作った馬を投入しているので問題はありません。

このVFX、私も如何にもそれっぽい感じだなと思いましたが、それが気になるほど目立ったのは、主に大高城への進軍のシーンでした。それと動物愛護の声をあながち無視できないという事情はやはりあるわけで、恐らくは今時甲冑を着た武者が長々と馬に乗るシーンを映すわけにも行かず、CGを使わざるを得なかった事情もあったでしょう。ただ、やはりちょっと物足りなさはありました。(ちなみに松本潤さんはちゃんと乗馬の訓練を受けています)

しかし、なぜそれをストローに例えるのががよくわかりません。
そしてまたゲースロ、これを持ち出す前に考えてみてください。彼我の製作費の違いも恐らくは絡んでいるのではないでしょうか。そして大河を作るのであれば、もう受信料だけでは賄いきれないように見えるし、寧ろNHKのエンタメ、または放映権が高いとされているスポーツは受信料以外で制作、放送することを考えるべきかと思います。

それとVFXに関しては、昨年の壇ノ浦も似たようなものだと思います。あの海と船団は、やはり如何にもVFXだなと思われるものでした。では武者さんは、これについて何か書いたのかと言えば、私がスクショを取っている限りでは、何も書いていません。
どころか

そして大胆な絞り込み戦術。これはグローバルスタンダードであり、戦闘シーンは金がかかるので、VFXを使い、ここぞと言うときにだけ描くのは歴史劇の定番です。
あの『ゲーム・オブ・スローンズ』ですら、原作より合戦がかなり少ない。

と書かれています。ちなみにこの「大胆な絞り込み戦術」とは壇ノ浦合戦に絞ったということですが、その前に登場する逆櫓論争は屋島の戦いの時なので、完全に壇ノ浦だけとは言い切れないかと思います。そしてまたゲースロですね。

本当はこの時もVFXについて書かれてしかるべきかと思うのですが、敢えてそこを外すような書き方、死体が転がる浜辺の様子などにスペースを割いていました。そして何よりも、武者さんがVFXが貧弱だと感じるのなら、好きだとか嫌いだとかは別にして、NHKはこういう部分にもっと予算を投じるべきであること、それにはどうしたらいいのかといったことを考察するべきでしょう。

そういうことすらやらず、毎年のように他作品や海外ドラマを比較対象にして、好きだ嫌いだとしかやっていないから、大河を真面目に考えているように見えないし、それどころか大河コラムにはふさわしくない人に見えてしまうのです。

そして1つ前のでもご紹介しましたが、
「本物の馬を使っていて、かつ難易度の高い『鎌倉殿の13人』はいかがでしょう?
障害飛越で馬が怪我するかもしれない。あれは動物虐待大河だ!って、なりますか?」
ですが、あれは甲冑を着けて長時間乗っているわけではなく、それもまた考慮に入れてしかるべきかと思います。

あと
「他のドラマではでは安全に配慮しつつ、きちんとした乗馬シーンをできている」
とあり、『大奥』の冨永愛さんの乗馬シーンについても書かれていますが、これも浜辺を走るだけのシーンで、戦国武者の進軍、または戦闘に絡むのとはわけが違うでしょう。そして

『大奥』の脚本家は、『おんな城主 直虎』を描き、三谷さん『真田丸』の後でもバトンを引き継げると証明した森下佳子さんです。
作品の出来からして、どうしてもそう感じてしまいます。
あるいは正月時代劇『いちげき』も傑作でしたが、それらと比較すると『どうする家康』の熱意の無さは如何ともし難いものがある。
VFXを利用するなら、上手に視聴者を騙してほしい。ただそれだけです。

まず「作品の出来からして、どうしてもそう感じてしまいます」て、具体的にどのように感じることなのでしょうか。
そして森下さんとか正月時代劇のことを書いていたのに、なぜ急にVFXに戻っているのでしょうか。どうも武者さんが言う『どうする家康』の「熱意のなさ」が、何に対しての「熱意」なのかが不明であるため、最後の行に違和感があります。

しかる後に、これも先日ご紹介した
善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず。『孫子』「勢篇」
よく戦うものは、勝因を勢いに求めて、人を頼りにしない」
が登場しますが、これも意味がわかりづらいこと、漢籍好きにしては説明が曖昧だということを指摘しています。
再度書きますが、この孫子の言葉は「一人一人の能力や働きに過度の期待をかけず、組織の勢いの方を重視する」という意味です。

そしてその後に

『どうする家康』が若者を狙っているとは、とても思えません。
笑いのセンスがいちいち「おじさん構文」じみていて、自認はともかく実年齢は若くない層を狙っていると思えます。

なぜそう言い切れますか?そこまで書くのであれば、どのシーンがどのように「おじさん構文」的であるかを説明してこそのものでしょう。先ほどご紹介した、昨年の壇ノ浦回のこのコラムで武者さんは
「自分が思う通りにならないからと、「ナレなんとか」と書き込むのはどうかと思います」
と書いていますが、私としては
「自分が思う通りにならないからと、何でもかんでもおじさん御用達扱いするのはどうかと思います」
とでも書いておきましょうか。

最近の大河と言えば、Twitterトレンドがしばしば話題になりますが、あれも本物の若者はあまり熱心に使わないプラットフォーム。
関連コメントで「韓流ドラマのような無茶苦茶さだ」と引き合いに出すところにも年齢を感じさせます。
『冬のソナタ』ブームからもう20年近く経過しましたね。

これも若者のツイッターの使用率についてちゃんと調べているのでしょうか。そして『冬ソナ』ブーム以後も、もちろん韓国ドラマは放送されているのですが。

本作は「若者向けだから、ここはティラミスだ!」と言い出すような悲惨さを感じてしまいます。
今ならハットグやジーパイを食べているのに、一体どうしたことか……と。

意味不明です。少なくとも武者さんは、ティラミスが流行した当時をご存知であることはわかりますが。
若者たちがハットグやジーパイを食べているのかどうかはともかく、今は韓流と華流だと言いたいわけですね。ならば別に大河ドラマのコラムなど担当しなくてもいいのではないでしょうか。
それと食物に例えるという点で、『鎌倉殿の13人』の総まとめの記事で、プリンがどうのこうのといった表現がありましたが、あれもわかりづらかったです。変に凝らない方がいいかと思うのですが。

『どうする家康』の成功要因は、ドラマの質そのものではなく、報道やファンダムの誘導の仕方によって決まるということ。
勢いの形成が重要です。
狡いといえば狡い。
しかし、ブランド力がありファンの多い役者さんが出るし、題材やスタッフの知名度は高く、去年の勢いをかき集めれば、「今年の大河は成功だ!」というイメージを形成できなくもない。

報道といわば「ネット工作」によって決まる、嫌いな作品はすべて狡いと言わんばかりですね。
しかし昨年も似たようなものではないでしょうか。大河関連の報道は多かったし、スポニチに至ってはやけに「稀代の喜劇作家、三谷幸喜氏の」で記事を始めていましたね。無論関連ツイも多かったです、武者さんはそれを批判していましたが。

そして締めの言葉として

問題は、スタートで勢い作りに失敗したところでしょう。
さぁ、どうする視聴者、どうするメディア。

とありますが、ここで第1回と第2回の世帯視聴率と個人視聴率について見てみます。
まず『鎌倉殿の13人』ですが、

第1回 
鎌倉殿の13人
世帯視聴率-17.3パーセント
個人視聴率-10.6パーセント

どうする家康
世帯視聴率-15.4パーセント
個人視聴率-  9.6パーセント

となっています。
しかし第2回になると、『鎌倉殿の13人』は

世帯視聴率-14.7パーセント
個人視聴率-  8.9パーセント

であるのに対して、『どうする家康』は

世帯視聴率-15.3パーセント
個人視聴率-  9.2パーセント

と、昨年のを上回っています。本当にスタートで勢い作りに失敗しているのかどうか、何とも言えません。今年は特に高い視聴率ではありませんが、急に下がったと言うわけでもありませんし。

それから余談ですが、前出の昨年の壇ノ浦回で、八重が子供たちを引き取って育てるシーンが出て来ます。ああいうのも、本来は寺院でやるものでしょうね。そして最終回で、政子がやはり孤児たちを引き取って、トウに武芸を教えてくれと言うシーンも出て来ますが、これも本当は寺院で面倒を見るものでしょう。でなければ、旅の一座などに加わってその中で育つかではないでしょうか。

それはともかく。このトウと子供たちのシーンは、『真田丸』の九度山のシーンで、佐助が子供たちに忍術を教えるのと似ていますが、しかしここで武芸と言うのは、武家の男児が学ぶ弓馬の術ではもちろんなく、要は暗殺術を教えているわけで、あれは如何なものでしょうか。ならば、農業でも教えた方がよかったのではないかと思います。

飲み物-トディ2
[ 2023/01/22 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その3

『武将ジャパン』大河コラム関連、今回は3ページ目です。


『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/16/172912

唐突にネット広告の話。

ネット広告は、ユーザーの履歴行動から選び、画面に表示されます。
ゆえに今年であれば『どうする家康』のVOD宣伝が大きく出てくるはずですが、U-NEXTあたりは未だに『鎌倉殿の13人』が前面に押し出されてきた印象があります。
私の検索履歴からすれば、どうしたって今年は家康の方が多いのに、なぜか鎌倉がプッシュされる。
歴史雑誌でもまだ鎌倉時代関連の記事が出ていますし、流行り廃りの激しいネットメディアですらこんな調子です。

あくまでも私の経験ですが、特定のサイトに繰り返しアクセスしていると、それに関連する広告、または検索結果が出てくることがあるようです。武者さんはまだ『鎌倉殿の13人』関連サイトに何度もアクセスしているのではないでしょうか。
そして
「歴史雑誌でもまだ鎌倉時代関連の記事が出ていますし、流行り廃りの激しいネットメディアですらこんな調子です」
歴史関連メディアでは、メイン記事は家康または戦国ではないのでしょうか。記事として鎌倉時代のもあるにはあるでしょうが。

東京オリンピックが目前であっても、2020年には2019年大河ドラマ『いだてん』の話題は出ませんでした。

まず『いだてん』の視聴率があまりにも低かったこと、そして新型コロナウイルス関連報道が中心になったことが挙げられると思います。無論オリ・パラも1年延長されましたし。

そして『まんぷく』関連。

2018年下半期朝の連続テレビ小説は『まんぷく』でした。
日清食品が世界に誇るカップヌードルの開発秘話がベースになったドラマですが、この放映時、おかしなことが起きています。
そもそもチキンラーメンという食べ物は、主人公の夫が一から開発したものではなく、台湾の伝統食品を日本向けにパッケージ化して売る商品の特許を買い取っただけでした。
しかしドラマでは日清食品の言い分をそのままに主人公夫妻が開発したとして流したのです。
それを告発する記事がネットニュースだけでなく、週刊誌にも掲載されましたが、NHKの関連番組では訂正せずそのまま流していたのです。
ドラマの創作にあわせて史実を捻じ曲げることがあってよいものでしょうか。

私はチキンラーメンは、安藤百福氏が自分で開発した物だと思っていましたが、一説によれば台湾の麺を、日本人の口に合うようにしたとも言われています。ただドラマでは、萬平が自分で開発したという設定になっています。
もし「NHKの関連番組では訂正せずそのまま流していた」のであれば、どのような関連番組であるか、どのような形で流されていたかを具体的に書いてほしいものです。これに限らず、武者さんの主張は裏付けが取れないものも結構ありますので。

あと
「日清食品が世界に誇るカップヌードルの開発秘話がベースになったドラマですが、この放映時、おかしなことが起きています。
そもそもチキンラーメンという食べ物は、主人公の夫が一から開発したものではなく、台湾の伝統食品を日本向けにパッケージ化して売る商品の特許を買い取っただけでした」
これ、商品はチキンラーメンかカップヌードル、どちらかに統一した方がいいのではないでしょうか。順番としてはチキンラーメンを開発し、それからカップヌードルとなっています。
このまんぷくヌードル、『ちむどんどん』の良子の家にもありましたね。

前回放送で、心が痛かったのがイッセー尾形さんでした。
老将の鳥居忠吉を演じていて、歯が抜けているため、何を言っているかわからない。
別にそれだけなら問題ありませんが、笑い者にされてしまうような様子がイジメのようで辛かったものです。
忠義の武将に対してあまりに失礼ではないでしょうか?
そう感じていたら、作り手は真逆のようで“ネット爆笑”を取れたことを誇るような記事があり、さらに心痛を感じてしまいました。

あの忠吉の演技ですが、何を言っているのか他人には聞き取りにくく(『わからない』のではありません)、そのため身内が通訳することもあると言うわけですが、これは「笑い者」とは別であると思いますが。実際忠吉はよくわからない時と、比較的ちゃんと喋っている時があるのは、あらすじと感想でも書いています。第1回のあらすじと感想3では
「虚説ではない、太守様は桶狭間にてご休息の折、待ち伏せしていた織田軍に襲われ、奮闘空しくお討ち死になされた」とちゃんと喋っていますし、あるいはこの時こそ、彼ら三河衆が待ちわびた日であったからではないかとも書いています。

それを言うのであれば、『真田丸』で信繁改め幸村はこのような格好をして口調も忠吉そっくりで、大坂城で好奇の視線を浴びていたわけですが。武者さんが『真田丸』に批判的であれば、実際にここまで老いてもいないのに、周囲を欺くため、このような格好をしてけしからんなどと言うのでしょうか。

真田丸変装


確かに「やい、じじい!」と若武者が老将に食って掛かるシーンは『鎌倉殿の13人』でもあり、三浦義村が高齢になったときにやり返されたのは小気味よいと思いましたが、本作の場合は違いますよね。
華流時代劇では、年長者への無礼な言動は、儒教の敬老精神に照らしあわせて最悪の愚行であるため、そんなシーンは出てきません。
仮にそんな場面があるとすれば、人格低劣な小悪党を描くときになります。

義村が若い頃年長の武者をじいさん呼ばわりし、いつの間にか自分がじじいと呼ばれている、因果応報だと武者さんは書きたいのかもしれませんが、この場合、比較するべきは三浦義村ではありませんね。義村をじじいと呼んだ北条朝時の方だろうと思います。
そして例によって
「華流時代劇では~」
日本は儒教国家ではありません。しかも儒教道徳が広まるのは江戸時代に入ってからで、この当時そういう発想がどのくらい行き渡っていたかどうか疑問です。

それが『どうする家康』では、何度も実験をしてまでも表現したい、ウケ狙いの小道具にされている。
これを軽薄と言わずして何というのか。
突如、思いついたように『論語』を唱えられても、作品としてどうにもチグハグなのはそのせいでしょう。
暗記で試験は乗り切るけど、本質的には聡明でない――そんな人を見ているような、嫌なリアリティだけはあるんですけどね。

なぜ「ウケ狙い」なのでしょうね。この鳥居忠吉の関連記事のリンクがあったのでそれを見ましたが、そういう言葉は出て来ません。老家老である忠吉を、イッセー尾形さんがいわば如何にユーモラスに演じるかに比重が置かれているかとは思いますが。どこが軽薄なのでしょうか。
そして
「思いついたように『論語』を唱えられても」
とありますが、榊原小平太は論語を手にしていても、さして勉強に気乗りがしているようでもないし、唱えてもいないはずですし。このシーンでは漢籍や儒教的発想はさほどに重要なものではないのが窺い知れます。

従って
「作品としてどうにもチグハグ」
とも思えません。またなぜこのシーンが
「暗記で試験は乗り切るけど、本質的には聡明でない――そんな人を見ているような、嫌なリアリティだけはあるんですけどね」
となるのでしょうか。そもそもこの場合の嫌なリアリティなるもの、具体的にどういうことですか。例によって、また武者さんの自己満足というか、何となくわかったような書き方に終始している感じですね。

ここまで見て来て思うのですが、今年のはやらないで(あらすじもまともに書かれていないし)、別に場所を設けて、昨年の思い出に浸っていた方がいいのではないでしょうか。


飲み物-ホットウイスキー

[ 2023/01/20 01:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その2

今回は2ページ目です。それから先日分の投稿で、意味が通りにくい箇所を訂正しています。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/16/172912

今回はこちらからです。

Amazonプライムビデオに『MAGI』というドラマがありました。
天正遣欧少年使節団を描いた作品で、織田信長と豊臣秀吉が出てきます。
信長を演じるのは吉川晃司さん。
秀吉は父・拳さんを彷彿とさせる緒方直人さん。
この二人が、信長と秀吉の理想形のような人物像でしたので、非常に爽快感がある一方、焦りも感じました。
大河はもう二度とVODに勝てないのでは?

「大河はもう二度とVODに勝てないのでは?」
私個人としては、今後大河が作られなくなろうが、あるいは1年が2クールになろうが別にいい(その穴を埋めるものはある)のですが、大河がなくなって困るのは関係者とか、武者さんのような人だろうと思います。なのにわざわざ、これは大河の脅威になると書く必要もないと思います。寧ろ大河もこれに負けないだけの意気込みを見せてくれと書くのならわかりますが。
あと吉川さんは『天地人』で信長を演じていますが、武者さんはこの大河は嫌いなうえに10年ルールに抵触するのか触れられずじまい。それと緒形直人さん(『方』ではなく『形』だと思います)も『信長 KING OF ZIPANGU』の主演でしたが、これも観ていないのか、10年ルールのせいなのか何も言及なし。

で、

そんな心配は、2020年『麒麟がくる』における織田信長が染谷将太さんに決まったというニュースで吹き飛びました。
ベタではない信長にチャレンジするんだな……と思ったからです。

有体に言えば、『麒麟がくる』の視聴を途中で止めた理由のひとつにこの染谷さんの信長もあげられます。染谷さん自身の演技にどうこう言いたくはありませんが、どうも信長と言うより秀吉と言った雰囲気が強く、結局馴染めずじまいでした。

むろん時代考証を考えれば史実から逸脱させてはいけないという制約はあるだろうし、新しい信長像を受け容れられない層からはバッシングも起こるでしょうが、チャレンジなくして進歩はありません。

「新しい信長像を受け容れられない層からはバッシングも起こるでしょうが」
と、染谷さんの信長を受け入れられないのが悪いような書き方ですね。武者さんの場合いつもそうなのですが、自分が好きな作品は受け入れられて当然、受け入れられない方が悪いという書き方が多く、そういう部分に反発もあるのではと思われます。
それとこの『麒麟がくる』は2020年の大河(放送は2021年2月まで)で、既に放送は終わっています。にもかかわらず、
「バッシングも起こるでしょうが」
と、まるでこれから起こることを予想するが如き表現も、ちょっとどうかと思います。

で、またしても今作との比較。

それに比べて本作はどうでしょう……。
あまりに「テレビ業界が考えるベタな信長」ではありませんか?
不良漫画に出てきそうな信長と申しましょうか。
真っ赤っ赤。
いかにも昭和から平成前期にあったヤンキー信長像で、セリフも中二病というスラングそのまんまでした。

「昭和から平成前期にあったヤンキー信長像」
て、具体的にどういう信長ですか?この頃大河で信長を演じたのは、藤岡弘さんとか、前出緒形直人さんとか、『秀吉』で信長を演じた渡哲也さんなどですが、彼らはヤンキーだったでしょうか?緒形さんの信長も異色ではありましたが、それとはまた違ったかと思います。
また今回の信長、私としては、あらすじと感想でも書きましたが、恐らくは『平清盛』を踏まえており、これもまた今までとは異なる信長像であるかと思いますが。
「テレビ業界が考えるベタな信長像」
とは、たとえば『利家とまつ』の反町隆史さんとか、『功名が辻』の舘ひろしさんが演じた、新しがりで長身で、しかも相手を威圧する雰囲気がある信長こそが、それに該当するでしょう。無論ベタではありますが、その時々の主人公を活かすための設定ではあったと思われます。

『麒麟がくる』で船に乗ってやってきた、染谷信長の登場シーンと比較したらなんと陳腐なことか。

あの染谷信長も、私には「漁師のお兄ちゃん」にしか見えませんでしたが。まあ『麒麟がくる』なら何でもほめたがる武者さんらしくはあります。

今年の『どうする家康』は合戦の様子を湿っぽく見せ、「戦を避ける家康は素晴らしい」と誘導したいようです。
しかし、戦闘や負傷者の描写があまりに薄っぺらくて、かえって悲惨さが伝わってきません。視聴者を身震いさせた『鎌倉殿の13人』に遠く及ばないでしょう。
戦争の傷という点では『麒麟がくる』が秀逸でした。

まず『どうする家康』は合戦を湿っぽく見せているでしょうか。戦を避ける家康は素晴らしいと言っているでしょうか。大高城で決断を迫られた家康=元康が家臣の圧力に耐えかねて逃げようとしただけだと思いますが。
それと戦闘や負傷者の描写が薄っぺらいて、この前の第2回で、松平昌久の銃弾の的になった元康の家臣を見ても、同じことが言えるのでしょうか。自分の判断ミスで家臣がああなったのを見た元康が、いたたまれない気持ちになったのもまた事実でしょう。
結局ここでも『鎌倉殿の13人』と『麒麟がくる』は素晴らしい!それに比べて本作は…と言いたい、それだけのように見えます。

そしてやはり『麒麟がくる』を叩き棒にして、
「本作は上っ面で戦争を描いているだけに思えてなりません」
だの、
「元康が戦場から逃げ出すことで笑いをとろうとするようなセンスからもうかがえる」
(いや笑いを取るというのとはまた別でしょう)
だの。
さらに

戦場には将兵が大勢います。そこで何らかのスイッチが入って我先に逃げ出すと隊列が崩れ、それだけで大損害が出てしまいます。
撤退戦は難しいもので、将たる者は、なるべく部隊が乱れぬよう、逸る心を抑えて指揮を取らねばならない。
そんな戦場で大将が率先していなくなるって?
「ヘタレ」なんて笑っている場合ではなく、人命を著しく損なう危険性があります。

あれは戦場と言うか、大高城に立てこもっているわけです。
ですから隊列云々の問題ではないし、織田とのにらみ合いがいつまで続くかの持久戦と言うべきでしょう。そしてこれは第2回に関するコラムですが、第2回では元康は逃げていないし、第1回でも逃げようとしたけど逃げられなかったわけです。
しかしそれを言うなら、織田信長は金ケ崎から撤退する際、真っ先に陣を抜けて駆けだしていますが、武者さんとしてはそれはどう考察するのでしょうか。

要は、戦争に対する緊張感が全く感じられない。弛緩しきったドラマになっているため、いきなり介錯云々やられても、悪ふざけにしか見えないのです。

その前の大樹寺のシーンを見ていたら、「弛緩しきった」などとは言えないのではないでしょうか。あの時元康は自分の判断ミスの責任を取ろうとしていたわけなのですが。

そしていつものと言いますか、武者さんの比較対象のおかしな点としてこれを挙げておきます。

「がおー!」なんて、あざとく叫ぶ武家の夫人なんて、もう全く理解できない。
『鎌倉殿の13人』の大江広元を思い出してください。
彼はしばしば謀殺を進言していましたが、なぜ殺すのか、殺すことでどういうメリットがあるのか、いつも計算があった。
ああいう理詰めの言動で、彼自身の行動規範は説明されていた。
わけもなく叫んで誤魔化すような真似はしていません。

於大の方と大江広元を、なぜ比較するのでしょうね。何か共通点があるのですか?とにかく何か気に入らないと、適当な対象を引っ張って来て比較しているだけのように見えます。

大河に限らず、駄作にはある特徴があります。
主要な登場人物たちが、顔と顔を直接突き合わせていないとシーンを盛り上げられない――私はそれを「フェイストゥフェイスシステム」と呼んでいます。
映像的には、胸から上に集中したバストアップで、演出的にはベタで楽になりますが、危険な兆候です。
これをしばしばやらかすと、登場人物がテレポート状態になり、絵が単調になります。

駄作認定したくてしようがないのでしょうね。
本当の話、私は『鎌倉殿の13人』の室内のシーンに、それに近いものを感じたことがあります。
で、その後に
「家康と信長の出会いなんて、まさにそうでしたが、バストアップを多用するには理由があります。
所作を誤魔化せることです。
時代ものは特に所作の美しさが重要です」
などとありますが、手下が担いで来た竹千代に向かって白い子兎のようじゃ、食ってやろうかと顔を引き寄せるシーンであれば、寧ろバストアップにならない方が不自然でしょう。
あと
「映像的には、胸から上に集中したバストアップで、演出的にはベタで楽になりますが、危険な兆候です」
とあります。この「危険な兆候」は昨年のこのコラムでも使っていましたが、何だかわかりづらい表現ですね。「あまりこういうのを多用するのは考え物です」くらい書けませんかね。こういう日本語のわかりづらさも、このコラムの文章に違和感を覚える一因ではあります。

思い返せば2015年大河『花燃ゆ』では、上級武士の妻たちが、和室屋内でスタンディングパーティでもするようにずらっと立っている珍妙な場面がありました。
カナッペでも食べるのかと呆然としたものですが、今ならわかります。

ここで『花燃ゆ』叩きですか。しかしこれも例によって、第何回のどのようなシーンであるかの説明が抜け落ちています。それと「カナッペでも食べる」て、要はビュッフェスタイルのパーティーみたいだと言いたいのだと思われますが、この辺の表現もどうにかならないものでしょうか。

さらに

そして今年も、ぬぼーっと立っている場面が多く感じます。
昨年と比較するとわかりやすいかもしれません。
『鎌倉殿の13人』では、室内で複数名が座りながら協議をする場面が多くありました。エキストラたちがずらっと集まりながら座り込む場面も多かった。
それが今年は立ちっぱなしで、しかも妙な顔つきのエキストラが多い。いきなり切羽詰まっているのは?と感じるのは、そうした状況も一因です。

この「ぬぼーっと立っている」とは具体的にどのシーンでしょうか。今のところ戦のシーンが多いわけで、大将以外は立っていてもそれは当然だと思います。それと「妙な顔つきのエキストラ」、これもどのシーンなのかはっきり書いて貰えないででしょうか。そしてなぜこれが切羽詰まっている原因になるのでしょうか。
それと『鎌倉殿の13人』云々、三谷さんの大河は室内シーンが多いのだから、これは当然でしょう。無論こちらも戦場のシーンで、坂東武者たちが立ち尽くしているシーンもありましたが、昨年にしろ今年にしろ、それはひとつの演出方法と取るべきかとは思います。


飲み物ーホットワイン
[ 2023/01/19 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』家族関連キャストと1話観終わって感じたこと

まだ、お知らせしていなかったようです。失礼しました。

【第7弾】出演者「家康の新たな家族」を発表!
(NHK ONLINE)

今回は娘や側室役ということで女性が多いのですが、唯一の男性である松平広忠役の飯田基祐さん、『風林火山』にも出演していたのを思い出します。

ところで『どうする家康』を観て、改めて思ったこと。

以前から、家康の頼りない部分、弱い部分を描くといったことを言われており、第1回を観た限りでは、そう違和感は覚えませんでした-無論家康、その当時の元信が人形遊びをしたり、瀬名と密かに会ってかくれんぼをしていたなどというのは創作ではあるでしょうが。逆に主人公周辺の人物のキャラ設定がはっきりしていること、当時の、今川支配下の三河の人々の様子が描かれている点などはいいと思いましたし。

無論まだ始まったばかりで、今後どうなるかは何とも言えません。ただ信長もさることながら、家臣たち、特に年齢的にそう変わらないであろう本多忠勝などがキーパーソンになるだろうなとは思います。何でもNHK出版のガイドブックによれば、松本潤さんと家臣を演じる俳優さんたちは
「甲冑の重さを共有して仲良くなった」
とのことですので。

あと前作の場合、やはり三谷さん脚本ということもあり、コント的展開や小ネタがあっても、やはり三谷さんだからこうなるのだと、いわば脳内補完的なことをやってはいたわけですが、今回はそれがなく、その分多少肩の力を抜いて観られるような気がします。

それと今回から「紀行」がかなり様変わりしていますね。元々紀行はドラマゆかりの地を訪れるもので、他作品でも舞台が同じような場所だと、必然的に似たような内容になるので、時には思い切って変えるのもありかと思われます。松重さんのナレが、『孤独のグルメ』をちょっと連想させますが。


飲み物-キャンドルとワイングラス
[ 2023/01/13 00:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』新キャスト発表と『ホリデイ~江戸の休日~』

8日から放送予定の『どうする家康』ですが、放送開始を前に早くも次のキャストが発表されています。

第8弾】出演者「乱世が生んだ怪物」を発表!
(NHK ONLINE)

武田勝頼役に眞栄田郷敦さん、足利義昭役に古田新太さんです。

眞栄田さんと言えば『ノーサイド・ゲーム』の七尾選手を思い出します。あの時のアストロズのGMの中の人が、『鎌倉殿の13人』の頼朝の中の人でした。それからNHKの夜ドラにも出演していましたね。

そして古田さん。今回は家康が主人公で、恐らく信長の視点も入るせいか、ちょっと食わせ物的なキャラになりそうです。少なくとも『麒麟がくる』の将軍義昭とはかなり違ったイメージでしょう。

しかし本文に
「江戸幕府を開く家康が、謁見した唯一の将軍・足利義昭」
とありますが、考えてみれば家康は義昭の次の征夷大将軍となるわけです。無論足利家と徳川家の違いはありますが。

それと先日放送されていたこちらの時代劇です。

新春ドラマスペシャル「ホリデイ~江戸の休日~」
(テレビ東京公式サイト)

現代と過去が共存するスタイルの「時代劇」で、記事中でも触れられているように、「江戸の休日」は『ローマの休日』を意識したものと思われます。内容としては若き家光が一心太助に預けられ、庶民の生活の中で修行をするというストーリーです。

実は部分的にしか観ていないので、今度観直そうかと思っているのですが、こういうスタイルのドラマは、大河だとちょっと考えてしまいますが、民放の時代劇、あるいはNHKでも大河以外の時代劇として放送するのなら楽しめます。無論オリキャラの存在も気になりません。

しかし現代との共存というのは、映画『大河への道』を思わせます。あれも大河の誘致に関係する人々を演じる俳優さんたちが、伊能忠敬とその周辺の人物も演じていましたね。

ところでこちらの家康公は、既に孫のいる年齢ということもあり、演じているのは高橋英樹さんです。そして、里見浩太朗さんは『どうする家康』にも、登譽上人の役で登場です。家康に「厭離穢土  欣求浄土」の意味を教えた人物ですね。


飲み物-ワインと暖炉
[ 2023/01/08 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その3

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その3です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) -
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/26/172629


では本編、武者さんが好きなジェンダー論です。

立体感のある愛すべき悪女たち(小見出し)
『鎌倉殿の13人』には、悪女が何人も登場します。
牧の方。
実衣。
比企能員の妻・道。
北条義時三人目の妻・のえ。
ただ、彼女たちにも言い分はあるし、憎めない。そこが納得できるように描かれていました。
ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない。
悪女枠には入らない本作の政子や、八重、初も言動にはきついところがあります。
あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。
こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます。
演じる側も戸惑うことはあったものの、むしろいいキャラだと褒められることが多かったと振り返っています。

ここで思うのですが、実衣は「悪女」なのでしょうか。そう呼ばれるほど主体的ではなく、周囲が彼女にいわば甘いせいもあり、あそこまで権力の中枢に入り込んで来られたような感じです。りくの方がもう少し頭を使っているように見えます。
そして
「ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない」
ステレオタイプというのは、どのような意味でステレオタイプなのでしょう。如何にも悪女的なという意味なのでしょうか。それが書かれていませんね。

また
「あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。
こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます」
どんぐりをぶつけると「立体感のある女性像」になるのでしょうか。
第一「立体感のある女性像」て具体的にどのような女性像のことでしょうか。


女は再婚する(小見出し)
『鎌倉殿の13人』では、再婚する女性が複数出てきます。
八重。
巴御前。
比奈。
「貞女は両夫に見えず」という儒教価値観が根付く前の時代です。
それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする。
本作は逃げませんでした。
中世考証をしっかりした結果でもあり、より実像に近くなっています。

「『貞女は両夫に見えず』という儒教価値観が根付く前の時代です。
それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする」
「ぼかしたり変えたり」していたのは、どのような大河で、どの部分をぼかしたり変えたりしてでしょうか。それを明記してしかるべきでしょう。
第一こういう再婚は戦国時代でも見られます。それこそ江などその最たる存在ですし、儒教的価値観が根付く前というのは、鎌倉時代に限った話ではありません。

そして本作最大のジェンダー観における成果は、なんといっても北条政子でしょう。
政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました。
政子が義時を守るために戦えと言えば、御家人たちは奮起する。
政子がもういい、ご苦労様と見限ったら、義時は死ぬ。
演説の内容も、義時の最期も、ドラマの創作要素が入っている――要は、この作品は、政子が義時の運命を握る存在だったということです。
思えば頼朝の妻となることで、義時を運命に引きずりこんだのが彼女でした。
それでいて義時が政子を傀儡にしようとすると逃れ、自らが尼将軍となることでだし抜きます。
政子の全戦全勝。
男性主人公で、生殺与奪を女性が握っているなんて、なかなか画期的なことじゃないですか。

「政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました」
結果的にそうなったように見えるだけで、物語の流れを追う限りでは、彼女は理想論を振り回していたところもあり、義時をはらはらさせてもいました。まあ別に生殺与奪権を持たせずとも、もっとシリアスな展開とか、義時と組んでかなりダークな部分を見せるとかいうシーンがあり、共闘の後に弟を看取るという流れであれば、彼女が
「義時の運命を握る存在」
であっただろうとは思います。
そして
「政子がもういい、ご苦労様と見限ったら」
ではなく、
「お疲れ様、小四郎」ですね。しかも義時が息絶えた後にそっとつぶやいています。

日本のマスメディアや視聴者は、GoTのことなんかさして話題にしていないと思えます。
日本は世界的にみてもGoTの人気がそこまで高くないとも言われているのですが、それでも三谷さんやスタッフは意識して名前を挙げているのだから、記事にするならそこにふれるべきなのにそうしない。
人間は自分の守備範囲で話をしたいものです。
自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう。
結果、制作側の意図が通じなくなっていることがしばしばあり、そこを指摘していきます。

と言うより武者さん、貴方がことあるごとにゲースロにこだわっているように思えるのですが。
そして
「自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう」
それを言うなら武者さんも、『青天を衝け』をはじめ嫌いな大河を引っ張って来て、好きな作品と比較するのをやめてはどうでしょうかそもそも大河とは1つの枠であり、その中で放送された作品こそが、何らかの形で大河の持つべきものを受け継いでいる、あるいは受け継いでいてほしいから、比較する人が多いのでしょう。
あとたまたま昔のこのコラムを見て思ったのですが、制作の意図が関与しているはずの、あるシーンがおかしいと指摘したすぐ後で、別の事例を出し、それは制作側が決めることと断言している箇所がありました。何だか矛盾していますね。

「こんなのは時代劇ではない」
そんな意見もあります。
それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。
鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです。
例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。
構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。
馬の上から跳んで相手に飛びつく。
中世ならではの荒々しさの再現といえます。
同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。
当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。
存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。
帰蝶の立膝がありえないとされる。
いずれも当時を再現した結果、視聴者の知っている時代劇と違うとしてバッシングの対象となったのです。

「『こんなのは時代劇ではない』
そんな意見もあります。
それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。
鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです」
昔新春時代劇というのを民放も作っており、その中には源義経などを主人公とした作品もあったのですが、この場合は時代劇でも、平安~鎌倉時代を扱っていることになるのですが。

「例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。
構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。
馬の上から跳んで相手に飛びつく。
中世ならではの荒々しさの再現といえます」
先日も書いていますが、武者さんにはぜひ『太平記』を観ていただきたいものです。これも正に中世の日本の、しかも南北朝という乱世を舞台としており、あれの殺陣や合戦シーン、謀略シーンなどは、はっきり言って『鎌倉殿の13人』を上回るかと思います。

「同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。
当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。
存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。
帰蝶の立膝がありえないとされる」
どう見ても、あの化学染料を使ったような色合いが、当時の色彩であるとは考えにくいのですが。何か、毒毒しい印象さえ受けました。以前ご紹介しましたが、『どうする家康』の公式ツイの布地のサンプル、どう見てもこちらの方がその当時らしさを感じさせます。逆になぜ武者さんは、あの色を当時の色彩感覚と言い切れるのでしょうか。

どうする家康ツイ2(衣装)
そして
「存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる」
伊呂波太夫はまだいいでしょう。問題は駒です。何度も武者さんが書くので、こちらも何度も書かざるを得ないのですが、医者の弟子であった彼女がいつの間にか将軍の側女になり、やけに権限を持っていたり、大名家に出入りしたりするのは何か要領を得ません。また
「帰蝶の立膝がありえないとされる」
これに関しては、その当時は女性の立膝もあったとはされています。ただ、安土桃山時代以降でないと存在しないと思われるような、絨毯敷きの部屋が桶狭間の戦いの頃にあったのには驚きでした。

しかし真ん中あたりになると、どう見てもわざわざ小見出しをつけるほどでもないほどの文章が目立ちますし、また、自分の好きな『鎌倉殿の13人』はすべていい、批判するなと言っているようにしか見えないのですが。


飲み物-ホットラム
[ 2022/12/30 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『舞いあがれ!』第13週「向かい風の中で」第2話

第13週第2話(第62回)です。

浩太が仕事に復帰し、朝礼で今の工場が置かれた状況の厳しさの触れ、社員の協力を求める。そしてラジオ体操が始まるが、女性のパート社員たちは、社長痩せたなと話していた。

久々に机の前に座る浩太に、社員の古川が話があるとやって来る。人員整理の話だった。それだけは避けたい浩太だが、借金の返済も迫っており、猶予のためには再建計画を銀行に示す必要があった。まずリストラの対象となるのは、商品梱包のパート社員だった。浩太は家でもため息をつき、めぐみにしゃあないやんかと言われる。

パートの3人が抜けた穴は自分が埋めるとめぐみ。しかしめぐみも他に仕事を抱えており、話を聞いていた舞が仕事を買って出ようとする。お前はパイロットになることに集中しと浩太は言うが、舞は両親が大変なのを見過ごすことはできず、できるようになるまで頑張ると言い、1週間後、工場での仕事が始まる。

浩太はまず工場の中を舞に案内する。中には女性の職人もいた。彼女は何かトラブルを抱えているようだったが、ネジのカスが詰まっていて機械がうまく作動しなかったのである。浩太の口癖が飛び出す。
「ええ仕事は、機械の手入れから始まんねん」
中には舞の知らない機械もたくさんあった。

そして浩太は、出来上がったネジが運ばれてくる場所を教える。浩太は課長の垣内を呼び、舞に仕事を見せてくれと頼む。舞はパートの3人に紹介され、ネジを箱に入れて重さを量る様子を見て、ちょっとだけ見たことあると言う。ほなやってみると、パートの西口から言われた舞は仕事に挑戦するが、箱詰めしたネジの中に不良品があることがわかる。

西口は、機械で選別できなかった傷を見逃さないのが、IWAKURAの品質を守っていると言い、舞はすみませんと言うしかなかった。こないなお嬢ちゃんに、うちらの後釜が務まんねやろかと西口。他の社員も、素人でもできる仕事や思われてるから、真っ先に切られんねやろ、うちらがどないな思いで働いて来たかも知らんとと不満げだった。

舞は久留美と待ち合わせのためノーサイドに行き、久留美の父佳晴がいるのに気づく。就職の延期を訊かれ、しばらく父の工場を手伝うことになったと舞。佳晴は自分も雇って貰えへんやろかと言うが、舞も給料は出ていなかった。冗談やでと佳晴は言い、リーマン以降どこもえらいこっちゃ、いっぺん職失うたら、働きたくても働かれへんと不安そうだった。

浩太は信金にいた。パート3名を退職させることにしたが、最早それだけでどうにかなる状況ではなく、売り上げの増加ができなければ、人員削減もだが、機械も売るとかそういう抜本的な改善策を出さないと、返済の猶予はできかねると言われる。浩太はまたも胃が痛み始めていた。

工場に戻ってくると、笠巻がまだ残っていた。「ええ仕事は機械の手入れから始まるよってな」と、自分が言おうとしていたことを言われて苦笑する浩太。その後浩太はうめづで笠巻に、工場小さしたら継続支援も考えると信金で言われたことを伝え、その一方で、機械を売ることは、色んな新しいもんを作る夢を売ると迷ってもいた。

売ったらええがな、工場を継いだ時はあんな立派な機械はなかったと笠巻。先代と違って経営も下手で、愛想尽かした授業員がいなくなり、俺と2人っきりでちっちゃい工場で働いたやんか、あの頃も悪なかったと思うでと笠巻は続け、あのちっちゃな工場にかてでっかい夢があったんやからと言う。

やがてパートの3人が退職する。その1人西口は、お嬢ちゃんと舞の前にやって来てこう忠告する。
「これだけは覚えとき。商品梱包の仕事は最後のとりでや」
「私らが不良品一個、ほこり1個でも見逃したらそのままお客さんとこへ届いてしまう」
「このネジはええネジなんや。職人さんらが心込めて作っててな。そのネジをたった1個の不良品のせいで台無しにはでけへん。そう思ってこれまで気張って働いて来たんや」
そして西口は、この工場潰さんといてなと浩太に言い、浩太も必ず立て直す、その時はまたお願いしますと答える。

出て行く3人を浩太、めぐみそして舞は頭を下げて見送る。浩太の表情はつらそうだった。


工場の経営がどんどん苦しくなって行きます。この社長の苦悩、そして金融機関での融資を断られるシーンに、あの『陸王』のこはぜ屋をちょっと連想します。尤もあのこはぜ屋は、シルクレイという切り札があり、それを武器に大手メーカーに挑んだわけですが、その大手メーカーがまた曲者でした。

入社待機中の舞は、自分が工場で仕事をすることにします。その仕事とはネジを選別し、箱詰めする梱包作業でしたが、これが意外と難しく熟練を要する作業でもありました。それゆえこの仕事にプライドもあったにも関わらず、真っ先にリストラされたパートのおばさんたち(と言っていいでしょう)は、やはり不満そうです。そして自分たちを引き継ぐことになった舞に、不良品で信用を落とさないように忠告し、去って行きます。

浩太は笠巻にも相談します。しかし笠巻は昔を知っていることもあり、機械を売るなら売ったらいい、元の小さな町工場に戻ればいいと言い出します。元々浩太は工場を継ぐ予定ではなかったこともあるでしょう、従業員が次々といなくなって行った工場で、笠巻と2人でネジを作っていたこともあるようで、舞が柏木に、子供の頃からいる笠巻さんと紹介したのは、そういういきさつがあってのことでした。

飲み物-湯気の立つ紅茶
[ 2022/12/29 07:00 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『舞いあがれ!』第10週「別れと初恋」第2話

第10週第2話(第47回)です。

プリソロチェックで舞は、苦手な着陸でまたも手こずってしまう。そして水島もチェックを終える。審査の結果は担当教官によって伝えられ、柏木と舞はそれぞれ合格となり、また今後の注意も与えられた。さらに舞は着陸の際に己の実力を過信せず、危険回避を優先した点を評価される。しかし水島は不合格で、3日後大河内が立ち会って再審査が行われることになる。

他の学生は全員合格した。水島はプリソロチェックでATCの連絡を理解できず、待機の要請なのに操縦桿を引こうとしていた。柏木は言う、水島は同時に複数のことができないと。自分も同じだと舞は言うが、柏木は、舞が無線を聞き逃し、もう一度お願いしますと言ったことを褒め、間違えたらやり直すくらい慎重になる方がいいと言う。でも水島は聞こえたふりをしてしまっていた。

もし大河内が学生を容赦なくフェイルにする噂が本当なら、このままではフェイルになるかもと舞。水島と同室の柏木は部屋へ戻り、プロシージャ―の復習をしている水島に、今更そんなことをしてどうすると忠告する。おちゃらけた口を利く水島にふざけないでくれ、自分が管制官の役をやるから、フライトをイメージしつつテンパらずに受け答えるようにと言う柏木。

舞は思い切って、大河内に水島は頑張っていた、これから慣れてくると思うと言い、再審査よろしくお願いしますと頭を下げる。しかし大河内の考えは違っていた。
「勘違いするな」
さらに大河内は、努力してもパイロットになれない学生もいる、私がここにいるのはそういう学生を落とすためでもあるんだ、審査に私情は不要だとぴしゃりと言う。

3日後水島の再審査が行われたが、結果は駄目でフェイルとなってしまう。水島は『蛍の光』を歌いながら、荷物を片付けていた。舞はもっと何かできたんとちゃうかな、いつも元気貰ってたのにと1人考え込む。それは私も同じと倫子は言うが、同時にこうも言った。

「でも、どうにもならないことはある。たとえどれだけ努力しても届かない人もいるの。それくらい厳しい世界にいるの」
大河内教官とおんなじこと言わんといてくださいと舞。努力してもパイロットになれないと言う大河内を、舞は信じられずにいた。

水島は荷物をすべて梱包し、机のそばにあった仕送りの食料品が沢山入った箱から、手紙だけを取り出し、缶詰貰ってくんねと柏木に言う。親父のやつ、俺が何やっても続かないこと知ってるくせに、あれじゃまるで卒業するまで寮にいるみたいじゃんと笑ってみせるが、柏木はこう返す。
「卒業するまでいる気だっただろ」

柏木は、お前はそんな半端な気持ちでやっていなかったと言い、水島に素直に悔しいと言えと言う。その頃舞と倫子が柏木と水島の部屋へ行こうとすると、既に中澤と吉田も来ていた。柏木は俺は悔しいと言い、何で泣いてんだよと水島は言う。柏木はこう言う。
「お前は親父から逃げたくてここに来たんだろ?でも今は違う。ここで必死に頑張っているうちに、本気でパイロットになりたいと思った。そうだろ?」

水島は、結局俺はのこのこ親父んとこに帰る、いくら本気になっても駄目なんだって分かっただけなんだよと、いささか投げやりな口調で言う。しかし柏木は、お前は駄目なんかじゃない、親父の代わりに俺が言ってやる、お前は絶対駄目なんかじゃないと言って涙を流し、水島もついに涙を流し、そしてこう言う。
「俺だって悔しいよ!」

せっかくここまで来たのに、悔しいよと泣きながら話す水島。そこへドアを開けて舞たち4人が姿を見せる。水島は土下座をしながら詫びる。
「みんな、ごめん…こんなところで終わってごめん」

舞は頭を振り、謝らんといてください、私らここ出ても仲間です、ずっと仲間なんですと水島に声をかけ、水島はありがとうと言いつつ今度は大声で泣き始める。水島に寄り添う柏木と舞。他の3人も涙を流していた。


水島が結局フェイルとなってしまいます。ATCの連絡がわからなかったにも関わらず、わかったように振舞ったのが落とされた一因でした。舞も連絡を聞き取れなかったことはあったものの、その時もう一度お願いしますと言ったことを柏木は評価していました。また大河内も、舞が着陸を危険防止の意味から、一度は見送ったことは評価しており、この辺りにやはり舞の性格が表れているようです。

その舞は大河内に、水島が頑張っているからと直訴します。柏木がスランプの時もそうでしたが、彼女が仲間の代弁をしている感もあります。しかし柏木の時に、本人が自分で尋ねるべきだと言ったのと同様、大河内は努力してもパイロットになれない学生もいると言い、また倫子も同じようなことを言います。舞はそれが気になって仕方ないようですが、この点では倫子に理があるように思われます。

恐らくこれには、舞が社会人を経ず学生からこの航空学校に入ったことで、実社会の厳しさがまだわからなかったこと、宮崎での座学過程で吉田が特別テストを受けられるように、都築教官に直訴したことから、今度もあるいは水島を助けられると思ったことなど、いくつかの理由があるかと思われます。それと当の水島自身が、舞や柏木の前で自分から悔しさを表に出し、なおかつ努力したがやはり駄目だったとでも話していれば、また違っていたでしょう。

しかし水島は相変わらず、本心はどうあれ軽いノリのままでした。柏木から悔しいと言えよと言われる前に、彼が本心を見せたのは、宮崎で受け取った荷物の中の手紙を目にした時くらいでしょう。彼のこういう軽さ、おちゃらけた姿勢が人々を和ませ、舞が言うように元気を与えて来たのは事実なのですが、一方で自分自身をさらけ出すということを彼はせず、それが、柏木が彼の本心を聞きたがった所以とも言えそうです。自分をさらけ出せないという点で、貴司に似たものを感じさせます。

この悔しいと言えよと言われ、悔しさを認めるというのに、ちょっとあの『スクールウォーズ』を連想させるものがあります。ともあれ水島君が航空学校で得たものは無駄にはならないでしょうし、スーパーの店長となる上でも役立つものがあるかも知れません。そう思いたいです。


飲み物-ミルクが注がれる紅茶
[ 2022/12/08 01:00 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)
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aK

Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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