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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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小倉城と名島城と福岡城

以前小倉城のかつての城主について、小倉城あれこれ その2で少し触れています。
元々この城は永禄12(1569)年に、毛利氏が築城したと言われており、大友氏家臣であった高橋鑑種や、毛利勝信などがここの城主でした。その後関ヶ原の戦いを経て細川忠興が城主となり、細川氏が肥後熊本藩に転封された後は、譜代大名である小笠原氏の城となります。そのため、城での行事や催事の際には、細川の九曜紋と小笠原の三階菱紋が共に掲げられます。

小倉城周辺
小倉城とその周辺(Wikimedia)

余談ながらこの小倉城、以前も書いたことがあるかと思いますが、意外にも史跡その他の文化財に指定されていません(福岡県に確認済み)。そのせいか天守閣の最上階にカフェがあり、バーやナイトクラブが開かれることもあります。その意味で、ちょっと異色なお城でもあります。

小倉城ナイトキャッスル(小倉城公式サイト)

実はそれとは別に、埼玉県比企郡に「小倉城」という史跡があります。字は同じですが、こちらは「おぐら」城と呼ばれる戦国時代のお城の跡です。2つの城跡と1つの館跡が、比企城館跡郡として史跡指定されています。

閑話休題。江戸時代、豊前国の小倉藩は小倉城、筑前国の福岡藩は福岡城がその中心的存在でした。しかしご存知のように、福岡藩は江戸時代になって築かれた城です。
この時に福岡という地名も誕生しました。

これに関しては『ブラタモリ』博多編で、タモリさんが元々福岡は福岡と言っていなかったこと、黒田の殿様がこちらへ来て城を築いた時に、先祖の地である岡山の福岡の名をつけたと話していましたが、正にそれで、現在の福岡城がある辺りは警固村赤坂でした。尚この警固の地名は、鎌倉時代に元の再襲来に備えて設置された「異国警固番役」に由来すると言われています。

では戦国時代から存在した、小倉城に相当する筑前の城はどこか。恐らく、名島城がそれに近いかと思われます。この名島城は、大友氏諸流の立花鑑載が築いたとされています。元々は福岡市東部にある立花山城の出城でした。豊臣秀吉の九州平定後、立花氏は筑後国の柳川へ移り、小早川隆景がこの城に入ります。しかしその後名島城が作られると、隆景はこちらに移ります。戦国時代主流であった山城は、既に過去のものとなりつつありました。


名島城跡
名島城跡(Wikimedia)

そして小早川家の家督を継いだ、隆景の養子の秀俊(のちの秀秋)もここの城主となります。ここは水軍城、水軍の本拠地とされる城であったようで、これも毛利氏らしくはあります。関ヶ原の戦い後は、秀秋は岡山へ転封となり、筑前入りした黒田長政が新たな城主となります。しかし城下町の整備に問題があったとされ、長政はここを廃城にして、新たに城を築くことになりました。その城が福岡城です。

福岡城築城に当たり、名島城の資材が多く持ち込まれて再利用されました。かつての名島城はその後名島神社となりましたが、地元の声もあって福岡市が隣接地を購入し、2012年に名島城址公園が作られています。また西鉄名島駅の駅舎は、かつての名島城を模した日本風な作りとなっています。

名島城から持ち込まれた屋根瓦や門の中には、現在福岡城の三ノ丸広場と母里太兵衛屋敷長屋門(と藤園)の間に立つ名島門があります。ただし福岡城に持ち込まれたのは第二次大戦後です。また屋根瓦の中には、その後福岡城の石垣として使われたものもあります。その一部がこちらで紹介されている「桐紋軒丸瓦」です。豊臣家とのゆかりを感じさせる瓦です。

尚この石垣は、以前祈念櫓が立っていた場所にあり、この石垣の保存修復のために櫓は解体されています。工事は終わっているようで、そろそろまた戻ってくるでしょうか。またこの瓦が撮影された頃は、コロナ禍がひどい時期で夏でもあり、現場の皆さんにはお疲れ様ですと言いたくなります。

尚この向こうには、第二次大戦後国体のために作られた球技場と野球場があり、今なお現役です。

(福岡市の文化財アカウントより)

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[ 2024/05/22 02:30 ] その他 | TB(-) | CM(-)

北九州と福岡と その21(それぞれの駅3)

今回は駅と言うよりは、北九州モノレールと福岡市地下鉄についてです。既に今までもご紹介していますが改めて。

まず北九州モノレール、正式には北九州高速鉄道と言い、第3セクターとして設立されて1985年に開業となりました。元々は駅北側の新幹線口を起点とする予定でしたが、新幹線の上に軌道を作るのが難しく、結局南側に起点を設けることに決まりました。

ただ景観の問題もあり、小倉駅の周辺のモノレールの地下化を求める意見もあったようですが、これは実現していません。また当初は今の平和通駅が小倉駅であり、小倉駅の中に乗り入れるのは1998年になってからです。

現在は小倉線が運行されています。小倉から企救丘(きくがおか)までを結んでおり、途中に城野や志井といった、JRと同じ名前の駅もあります。ただJRと同じ駅舎というわけではなく、距離的にも離れています。ただし小倉と企救丘の場合は同じ駅舎内、あるいはすぐそばの駅でJRに乗り換えができます。

モノレールの車両は普通の車両ももちろんありますが、ラッピング車両も多いです。乗車券のみならず、「mono SUGOCA(モノスゴカ)」をはじめ、JR九州のSUGOCAや西鉄のnimocaなどのICカードが利用できます。乗った感じは、他のモノレールでもそうですが、ちょうど高架線を走る列車に乗っているイメージです。

また毎年11月には、車両基地でモノレールまつりが行われています。

202303モノレール表示板2
北九州モノレール小倉駅駅名標と路線図

小倉駅を出る北九州モノレール
小倉駅を発車するモノレール

そして福岡市地下鉄。福岡市交通局の運営で現在の路線は
空港線(福岡空港-姪浜)
箱崎線(貝塚-中洲川端)
七隈線(橋本-博多)
の3路線です。

1981年に空港線(当時の1号線)の室見-天神間で営業が始まり、その後箱崎線(当時の2号線)が開業、さらに延伸が繰り返され、貝塚線は1986年、空港線は1993年に全通しています。また空港線とJR筑肥線の相互直通運転は1983年に始まっており、その当時はもちろんJRではなく国鉄筑肥線でした。博多駅には空港線が1983年に、七隈線が2023年に乗り入れています。

ICカードは国内のJRや大手私鉄のカードに加え、福岡市地下鉄のICカード「はやかけん」、JR九州の「SUGOCA」そして西鉄の「nimoca」も利用できます。またクレジットカードの非接触型決裁も行われています。

乗り換えに関しては、空港線と七隈線が停車する博多駅で新幹線やJR各線との乗り換え、空港線の天神または七隈線の天神南下車で西鉄福岡(天神)駅へ移動後に天神大牟田線との乗り換え、七隈線薬院駅で天神大牟田線との乗り換え、箱崎線貝塚駅で西鉄貝塚線との乗り換えが可能です。また中洲川端駅で箱崎線または空港線に乗り換えられます。

姪浜駅からは筑肥線と相互直通運転であるため、空港線では筑肥線の駅である筑前前原や西唐津行きの車両を見かけることもあります。一方で南区には地下鉄が走っておらず、南区に通う構想、あるいは七隈線の福岡空港までの延伸や、JR福北ゆたか線の長者原(ちょうじゃばる)駅への延伸も検討されています。

尚ひとつ前のこのテーマの投稿で「西鉄(和白線)」と書いていましたが、「西鉄(貝塚線)」の誤りです。訂正しています。

地下鉄博多駅駅名表示
地下鉄博多駅駅名標

福岡市地下鉄筑前前原行
筑前前原行きの空港線車両

[ 2024/05/21 02:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)

北九州と福岡と その20(それぞれのバラ)

現在「それぞれの駅」について投稿していますが、今日はちょうど季節ということもあり、それぞれの都市のバラについてです。

まず北九州は響灘緑地グリーンパークです。花や緑に関する施設はもちろん、キャンプ場やBBQ広場、ポニーやカンガルーと触れ合える広場、実物大の恐竜が声を上げて鳴くディノパーク、さらには様々な遊具があります。「世界最長のブランコ」もあるとのこと。

そしてバラ園ですが、花や緑に関する施設の1つで、オールドローズをはじめ大きく6種類に分かれており、そのそれぞれに様々な品種があります。また皇室や世界の王室ゆかりのバラも栽培されていますし、バラ育成に大きく貢献した鈴木省三氏のコレクションも見ることができます。

このグリーンパークは若松区にあり、車、バス、電車のいずれかのアクセス方法が選べます。尚バスはバラ園のバラフェア開催中(2024年は5月11日から6月9日までの土曜と日曜)は臨時バスも出ています。電車はJR鹿児島線から折尾で若松線に乗り換え、二島駅下車でバスまたはタクシー利用です。

書いていて思うのですが、福岡市の「うみなか」こと海の中道海浜公園にちょっと似ているように思えます。ただしうみなかはバラ園もありますが、このグリーンパークほど大規模ではなく、寧ろマリンワールドなどの施設の方が有名と言えるかも知れません。
(北九州市広報室アカウントより)

そして福岡、こちらは福岡市植物園です。正式には福岡市動植物園で、南公園と呼ばれることもあります。植物園エリアは動物園の東にあり、樹木や水生植物に特化した見本園、ハーブ園、野草園、郷土樹木園(西日本の郷土種を用いた展示・見本園)など、植物園ならではの趣向が凝らされています。

バラ園は植物園エリアの南東部に位置しています。グリーンパークほど大規模ではありませんが、バラ園には原種バラをはじめ8種類のバラが揃っています。この原種バラとは、北半球に自生しているバラのことで、ナニワイバラなどがこの原種バラになります。

もちろんそれ以外にも、衣通姫や天津乙女、ダブル・デライトやグラハム・トーマス、アイスバーグなどといったバラがあります。また皇室・王室関連のバラも植えられています。

植物園へのアクセスは車も利用できますが、公式サイトには「土日祝日は激しく混雑します。公共交通機関をご利用ください」とあるので、車でなくバスまたは地下鉄利用がいいでしょう。地下鉄の場合七隈線の薬院大通が最寄り駅で、ここから徒歩で約15分です。ただし動植物園は丘陵地帯なので、行きは上り坂となる点にご注意ください。

そして春のみならず、秋もまたバラが見頃を迎えます(これはグリーンパークも同じ)。実は秋のバラのシーズンに、植物園まで行ったことがあるのですが、この時もなかなか見事な眺めでした。この時期は入口のキンモクセイも芳香を放っています。

(福岡市アカウントより)
[ 2024/05/18 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)

北九州と福岡と その19(それぞれの駅2)

「それぞれの駅」その2です。尚通し番号をつけていなかったので、前回分のタイトルを修正しています。

その前回分の終わりの方で、このように書いています。
「鉄道が開通してから今まで、色々と紆余曲折を経て今の姿があるわけですね」
ではここで、かつてのそれぞれの駅はどのような姿であったのか、それを見てみたいと思います。まず小倉駅ですが、こちらは今の駅舎のひとつ前、昭和から平成にかけての画像しか見つからなかったので、それを貼っておきます。色合いや雰囲気が如何にも昭和といった感じで、場所は今と同じです。

そして博多駅、これは今から見るとかなりレトロな、明治時代の駅舎です。ちょっと門司港駅を思わせもします。もちろんその当時は、こういう建築方法がひとつの流れではあったのでしょう。しかし列車の本数、乗降客数が多くなると同時に、この駅舎では対応しきれなくなり、より多くの人数をさばけるだけの、機能性のある駅舎が求められ、またもう少し南に移転することになります。

三代目小倉駅
昭和から平成にかけての小倉駅(Wikimedia)

明治の博多駅
明治時代の博多駅(Wikimedia)

そして駅前には、その土地ならではの像が立っていることが多いものです。駅前でなく、駅の内部というケースもあります。こちらの小倉祇園太鼓の像は屋内にあるもので、複合商業施設のセントシティに向かう途中にあり、ラグビーワールドカップやラグビーの試合がミクニワールドスタジアム北九州で行われる時は、各国代表ジャージーをまとっていたりもします。

一方博多駅前、こちらは黒田節(黒田武士)の像です。以前書いたことがありますが、かつてはもう少し高い位置にありました。今はカノピーの下で、イベントなどがあると目立たなくなってしまうのが残念です。しかしこの像は、「博多」エリアに於ける「福岡」であるとも言えます。実はこの像、いずれも母里太兵衛をモデルにしていると言われますが、福岡市中央区の光雲神社にもあります。市内に2つ像が、しかもうち1つは博多駅にあるため、福岡では黒田家家臣の中で、一番目に留まる存在であると言えるでしょう。

小倉駅祇園太鼓像
小倉駅祇園太鼓像

博多駅前黒田武士像
博多駅黒田節(武士)像

さてどちらもターミナル駅ということで、JRはもちろん、他の会社の路線への接続があります。

小倉駅は北九州モノレールで、小倉から企救丘(きくがおか)までを結んでいます。こちらは第3セクターです。元々は1つ先の平和通駅が小倉駅でしたが、その後モノレールがJR小倉駅までつながったため、かつての小倉駅は平和通駅となりました。

入口はコンコース内にあり、ブルーの文字で「モノレール」と表記されていて、殆どの交通系ICカードが利用できます。他の私鉄路線も市内を走っていますが、小倉駅発着ではありません。これに関しては、私鉄関連の投稿でご紹介したいと思います。

そして博多駅は福岡市地下鉄の2路線で、福岡市交通局が運行しています。よく「福岡市営地下鉄」と書かれたりしますが、正確には「福岡市」で営の字は入りません。1983年に空港線(当時の1号線)が博多まで延伸となり、2023年には七隈線が博多まで延伸されます。この七隈線延伸により、西区から1本で博多駅まで行けるようになったため、かなり混雑するようになり、福岡市交通局による増便が行われています。

尚地下鉄3路線のうち、箱崎線のみが博多駅には停車していません。こちらは貝塚で西鉄の電車(貝塚線)と接続していますが、箱崎線利用で博多駅まで行きたい場合、中洲川端駅下車で空港線に乗り換えるのが一番お勧めです。また博多駅には私鉄(西鉄)との接続はなく、空港線の天神駅、七隈線の天神南駅で下車して乗り換えるか、あるいは七隈線の薬院駅で乗り換えるかになります。

モノレール小倉駅
北九州モノレール小倉駅

博多駅前地下鉄入り口
博多駅前の地下鉄入口(Wikimedia)

[ 2024/05/14 04:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

北九州と福岡と その18(それぞれの駅1)

今回はそれぞれの駅について、まずJRからです。

小倉そして博多と言えば、福岡県内でも利用者の多い大きな駅で、JR九州内では博多は1位、小倉は2位となっています。言うまでもなく、どちらも新幹線停車駅でもありますが、小倉は山陽新幹線の駅、博多は山陽新幹線と九州新幹線の駅になります。また鹿児島本線の他に小倉は日豊本線、博多は福北ゆたか線や、長崎本線を走る特急列車も乗り入れています。

小倉駅夜景 
小倉駅の夜景 

博多駅夜景
博多駅の夜景

またそれぞれの駅舎ですが、小倉駅は過去に2度、博多駅は1度移転しており、さらにどちらも平成に入って駅舎の改築が行われています。そして平成10(1998)年、それまでは今の平和通駅までだったモノレールが、この時から小倉駅に乗り入れるようになります。また博多駅は九州新幹線の全線開業に伴って、大幅に駅舎を増改築しました。

さらに昭和58(1983)年に地下鉄空港線が乗り入れ、平成5(1993)年には空港線が延伸されて福岡空港までの路線を走るようになります。空港線の愛称がついたのはこの時です。また令和5(2023)年には、七隈線が乗り入れるようになっています。

ところでなぜ「福岡駅」でなく、「博多駅」なのかと思う方もやはり多いでしょう。これは県庁所在地名を博多にするか福岡にするかで紛糾し、結果福岡市となったため、融和策として駅名は博多とされたと言われています。実は福岡市内には福岡駅も存在するのですが、こちらはJRではなく、中央区天神にある西鉄の始発駅です。


小倉駅ペデストリアンデッキ
小倉駅のペデストリアンデッキ


博多駅カノピー
博多駅のカノピー

そして今の駅舎ですが、小倉駅はペデストリアンデッキが周囲に走り、モノレールのレール部分が中心部に大きく入り込んでいます。博多駅ももちろんペデストリアンデッキはありますが、特徴的なのは駅前広場のカノピー(庇)です、雨よけになるためこの下でイベントが行われたり、また夏は飾り山笠、冬はクリスマスツリーが立てられたりもします。

尚小倉駅は北の新幹線ホームがある方が新幹線口、市街地が広がる南の方が小倉城口です。ただし小倉駅よりも、次の西小倉駅の方が実は小倉城に近く、この西小倉駅の駅名標に、小倉城がシンボルマークとして描かれています。そもそもこの両駅の間は800メートルで、鹿児島本線で駅間距離がもっと短くなっています。また博多駅は西が博多口、東が筑紫口(新幹線口)です。

では小倉駅のシンボルマークはと言うと、この小倉祇園太鼓です。そして博多駅は博多祇園山笠です。

小倉駅駅名表示
小倉駅の駅名標のシンボルマーク

博多駅駅名表示
博多駅の駅名標のシンボルマーク

また、博多駅のひとつ前の吉塚駅は県庁最寄り駅であるため、シンボルマークが福岡県章となっています。

駅も移転したり、名称が変わったりしていることが多いです。北九州の場合、前出西小倉駅のあった付近にかつての小倉駅があったと言われています。また関門トンネル開通に従ってかつての大里(だいり)駅が門司駅に、門司駅が門司港駅になりました。この時に九州の玄関口であるJR九州の駅は、門司駅になります。但し、鹿児島本線の発着駅は門司港駅となります。門司駅は門司港駅と異なり、今風の建物でシンボルマークは関門トンネルです。

また福岡市も、かつての博多駅は出来町公園、今の地下鉄空港線祇園駅の近くに作られていました。鉄道が開通してから今まで、色々と紆余曲折を経て今の姿があるわけですね。

[ 2024/05/10 02:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

北九州と福岡と その16(それぞれのレトロ建築-3)

レトロ建築と一口に言っても、必ずしもビルなどの目につきやすい物ばかりではありません。中には、近代を迎えた日本の、インフラを背負った建築物もあります。今回は北九州と福岡、それぞれの取水塔と浄水場の跡のご紹介です。

まず北九州ですが、門司区の小森江子ども公園にある、旧小森江貯水池の取水塔です。ここは平成13(2001)年に一般に公開されています。かつてここに浄水場ができたのと同時期、明治44(1911)年に作られました。この貯水池の近くに浄水場があります。

門司では寄港船舶のために飲料水を補給するため、比較的早い時期に浄水場が作られました。国内では22番目、九州では長崎と佐世保に次いで3番目に作られたというのも、その意味でうなずけます。

周囲には自然が広がっており、その中に、かつて人々の生活大きな役目を背負った、大きなレンガ作りの取水塔が立っているのは、如何にものどかな雰囲気が漂っています。近代産業遺産となっています。

ところでこの小森江というのは、門司港の1つ手前の駅です。門司港→小森江→門司の順になっています。実は門司港は鹿児島本線の発着点ではありますが、山陽本線とつながっていません。山陽本線と接続しているのは門司なのです。それについては、また機会があれば書くことにしましょう。

一方で福岡です。こちらは福岡市植物園に残る平尾浄水場跡で、福岡市技術監理部アカウントの画像を使用しています。

福岡市の水道事業は大正12(1923)年に始まり、昨年100周年を迎えています。人口増加によって、井戸水の水質が低下し、また水不足に悩まされることになり、また衛生面からも上水道の創設が望まれていました。創設計画がその第一歩を踏み出したのは、明治42(1909)年のことでした。

そして1923年に曲渕(まがりふち)ダムと平尾浄水場が完成します。曲渕ダムは今なお現役のダムとして活躍していますが、浄水場は昭和51(1976)年にその役目を終えます。その4年後跡地は植物園となり、今も浄水場跡はこの地に立ち続けています。

元々植物園は動物園共々今の東公園にあり、動物園は比較的早く移転しましたが、植物園は浄水場廃止を受けてこの地に移転することが決まりました。しかしこの浄水場は、平尾浄水町や浄水通りといった地名を生み出してもいます。浄水通りは福岡市でもレベルの高い住宅地の1つです。

ところで福岡市の水事情について。都市圏に一級河川がない福岡市は、過去2度の給水制限を余儀なくされています。この教訓から、1980年代に筑後川の水を受水することになり、また水管理センターが設けられ、さらに平成17(2005)年からは海水淡水化センターが稼働するようになっています。そして令和3(2021)年には、県内最大の貯水容量となる五ケ山ダムも完成しています。

(福岡市技術監理部アカウントより)

[ 2024/05/07 02:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

インスタの画像に思うこと

まず先日の「北九州と福岡と その15」で、福岡市営渡船の「ゆうなみ」について書いていませんでしたので、付け足しています。

このテーマの投稿ももう15回になり、今後どれとどれを組み合わせるべきか、時間がある時にインスタ(使用許可済み、または利用規約に沿った使い方のみ)をチェックすることがあります。そのせいでⅩを見る機会が、以前より多少少なくなっていると思われます。

ただしそういったアカウントに欲しい画像がない時は、フリー画像をDLしています。

しかし北九州と福岡では、共通するものもある一方で、それぞれの違いもまた存在します。先日分の山と海もですが、北九州は工業地域が存在するのに対し、福岡は商業とサービス業が強く、工業地域特有の煙突が存在しません。

また北九州のレトロ建築の多くが近代化遺産ですが、福岡にあるのは貴賓館や大学の建物、教会などです(ただし、赤煉瓦文化館は日本生命の九州支店)。また福岡の場合神社仏閣が多めなのに加え、「屋台メシ」があるのも特徴と言えるでしょう。

それぞれの市関連のSNSとしては、以下のページでそれぞれ紹介されています。


この福岡市関連アカウントで「福岡市の文化財」があります。個人的には、結構楽しめるアカウントです。

以前ご紹介した平安スイーツ「べいだん」や、鴻臚館跡出土のイスラム陶器の壺の破片などはここのものです。元々は福岡市の文化財活用課のアカウントで、埋蔵文化財関連の情報も多いです。

埋蔵文化財といえば、以前埋蔵文化財センターのバックヤードツアーで、甕棺が並ぶ薄暗い通路を、提灯の灯を頼りに頼りに歩くという、スリリングでなかなか攻めた企画がありました。ここは、福岡城御掃除之者(清掃ボランティア)の募集をかけてもいましたね。

飲み物-華やかなティーカップと紅茶
[ 2024/04/27 04:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

北九州と福岡と その15(それぞれの山と海)

では今回は、先日触れた「北九州の山、福岡の海」について書こうと思います。

まず皿倉山ケーブルカーです。この皿倉山は帆柱連山のひとつで標高622メートルです。神功皇后伝説があり、この山に登った皇后が下山する時は日が暮れていたため、「更に暮れたり」と言ったのが語源とされています。尚この伝説は北部九州に多く、福岡市に隣接する粕屋郡の「宇美」や「志免」も皇后に由来します。

でこのケーブルカー、皿倉登山鉄道株式会社によって運営されており、正式名称を帆柱ケーブル線と言います。但し、この名で案内されることはありません。2台運行されていて、「はるか」と「かなた」という愛称がついています。利用方法としては、山麓まではバスで、JR八幡駅からシャトルバスが運行されています。かつては小倉駅や八幡東区のジ・アウトレット北九州からも、シャトルバスが運行されていました。

ケーブルカーに乗るとまず山上駅へ向かいます。山上駅でスロープカーに乗り換え、3分で山頂に到着します。山麓から山頂までの所要時間は約10分で、山頂では北九州市のパノラマを一望することができます。このスロープカー、日本の法律上はエレベーターとみなされ、ケーブルカーよりも小さくて可愛らしいイメージです。尚福岡市動植物園も坂道があることから、このスロープカーが利用されています。

運賃は大人の場合ケーブルカーが片道430円で往復820円、スロープカーが片道210円で往復420円です。今年の3月からクレジットカードやICカードによる決済が可能となりました。また回数券(11枚、大人4300円)もあります。

スロープカーが停車する展望台駅には展望室のみならずレストランもあって、カレーやサンドイッチ、ハンバーグなどの食事をすることができます。
(北九州市広報室アカウントより)

一方福岡市、こちらは市営渡船です。

市営渡船には博多から志賀島の航路をはじめ、玄界島と博多を結ぶ航路、姪浜と能古島、そして小呂島(おろのしま)をそれぞれ結ぶ4つの航路があり、このすべてが市営です。また博多埠頭あるいは百道浜のマリゾンと、海の中道を結ぶ航路(うみなかライン)は民間業者の運営です。

船はそれぞれに名前がつけられています。志賀島航路は「きんいん」、玄界島航路は「みどり丸」、能古航路は「フラワーのこ」または「レインボーのこ」で、小呂島航路が「ニューおろしま」です。また複数の航路に使われる船として「ゆうなみ」があります。

所要時間は博多-志賀島が30分、玄界島航路が35分、姪浜から能古が10分、そして同じく同じく姪浜から小呂島までが一番時間がかかり、65分となっています。運賃は志賀島航路の場合、博多埠頭から西戸崎(さいとざき)までが450円、志賀島までが630円です。西戸崎から志賀島までは230円です。また博多と玄界島を結ぶ航路は870円、姪浜から能古までが230円、小呂島までが1790円です。

つまり、姪浜から能古島までが一番近く、そして運賃も安くなっており、便数も多いです。これらの渡船は通勤や通学に使う人もいるため、定期も購入できます。またICカードも利用できるようになっています。船には自転車を載せられますし、フェリーを使う能古航路に限り、車やバイクを載せることもできます。

そしてこちらの画像の船ですが、船体にアーチが見えることから、能古島に向かう「レインボーのこ」と思われます。また今回は福岡市ではなく、福岡市西区のアカウントの画像を使用しています。福岡市のそれほどフォロワー数は多くありませんが、きれいな風景が数多くアップされているアカウントです。

(福岡市西区アカウントより)

[ 2024/04/26 04:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

北九州と福岡と 番外編 それぞれの地形と次回投稿について

「北九州と福岡と」今回は番外で、今までのおさらいと次回関連投稿の予習です。

それぞれのお城に関して投稿していて、ならば現代版もという形で始めて、もう15回を迎えようとしています。
まずおさらいですが、北九州市の地形について。下記の画像にありますが

北九州市地図

東の方にある門司区、ここと西の若松区が響灘に大きく突き出した格好になっており、小倉南区が特に面積が大きいです。概して北九州市は、福岡市に比べて山や丘陵、ひいては坂が多いのが特徴です。そのため皿倉山などは、ケーブルカーが運行されています。また洞海湾がありますが、この湾はかなり細長くなっていて、下記の福岡市に於ける博多湾とは違った雰囲気です。外海で波が荒い響灘に直接面しているせいでしょうか、マリンスポーツが川で行われることもあるようです。

一方福岡市です。

福岡市地図

ごらんのように、こちらは内湾である博多湾があり、それに沿うようにして市街地があります。この博多湾は2つの半島、即ち志賀島と糸島半島に囲まれており、いくつかの島があります。北九州市とは異なり、山は油山などを除けば、市の南の筑紫地域(春日、大野城、筑紫野、那珂川、太宰府)に多く、市街地は平野部が多いのが特徴です。もちろん丘陵地もあり、これら丘陵地は公園がある地域に多く、パークラインと呼ばれています。具体的な公園名としては
西公園
舞鶴公園(福岡城)
南公園(福岡市動植物園)
などです。

つまるところ
北九州市は海や港も有名だが、山もある
福岡市は山もあるが、海に負うところが大きい
こう見るべきでしょう。
尚福岡市の場合、博多湾でマリンスポーツということが多く、また市営渡船が4航路、民間業者による渡船が2航路あります。

次回の関連投稿は、このそれぞれの山と海になります。
しかしこのテーマで投稿するに当たって、それぞれの市や区のインスタを見ていると、色々と発見があるものです。それについては、また改めて。
[ 2024/04/25 02:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

北九州と福岡と その14(それぞれの都市の風景-2)

さて、今回は都市の風景その第2弾です。夕焼け時の、人々の足となる交通手段がテーマで、北九州は若戸渡船です。キャプションにあるように「ポンポン船」の愛称でも親しまれています。

かつて若戸大橋が開通していなかった頃は、この船が若松と戸畑を結ぶ唯一の交通手段でした。開通後貨物船は廃止されましたが、旅客船は地元の要望により、今も運営されています。

通勤や通学に利用する人もいて、また若戸大橋の歩道が廃止されたことから、車を利用しない場合は、若松在住で戸畑に渡る一つの手段となっています(他にバスもあり)。乗船時は乗船券、回数券、定期券いずれかを購入します。

運営ですが、北九州市交通局ではなく、北九州市産業経済局渡船事業所により管理が行われています(これは福岡も同じで、福岡市交通局ではなく、福岡市港湾空港局総務部客船事務所が市営渡船を管理しています)。自転車を載せることができますが、原付の場合は船に載せることはできないので、その原付で若戸大橋を渡ることになります。

渡場は若松と戸畑それぞれに1つずつで、現在はくき丸、そして第十八わかと丸が運航されています。この画像の船は、第十八わかと丸でしょうか。

若戸航路 船舶について
(北九州市公式サイト)


そして福岡。
こちらは船ではありません。この時間帯の市営渡船のインスタ画像が、意外に見つからないこともあり、こちらは「飛行機」です。

福岡市の場合、市街地から空港までの距離が短いので有名です。キャプションにあるように、地下鉄だと空港線で博多駅から5分で到着します。博多駅が混雑する一因とも考えられますが、それはともかく、このような理由から市街地のすぐ上を飛ぶことが多いです。

福岡市地下鉄時刻表 各駅間所要時間
(福岡市地下鉄公式サイト)

この画像ですが、向こうにポートタワーが見えています。そしてその上にかなり丸い夕日が見えています。前出の若戸渡船の画像でもそうでしたが、これが如何にも日没時といった印象を与えていますね。

一方で空港線を延伸して、JR福北ゆたか線(黒崎駅から飯塚経由で博多駅までをつなぐ路線)と接続させる動きがあるようです。レールの幅の問題、採算性などからどうなるかとは思いますが。この場合、ベススタがある東平尾公園辺りに駅ができると思われますが、現在福岡空港駅で下車し、東平尾公園方向へ、飛行機を見ながら歩くのも季節によってはいいものです。

ところで福岡市のターミナルステーションは博多駅、港は博多港ですが、空港は福岡空港です。ただし福岡空港は、実は博多区にあります。

[ 2024/04/22 04:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)
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Author:aK
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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