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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その2

今回は2ページ目です。それから先日分の投稿で、意味が通りにくい箇所を訂正しています。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/16/172912

今回はこちらからです。

Amazonプライムビデオに『MAGI』というドラマがありました。
天正遣欧少年使節団を描いた作品で、織田信長と豊臣秀吉が出てきます。
信長を演じるのは吉川晃司さん。
秀吉は父・拳さんを彷彿とさせる緒方直人さん。
この二人が、信長と秀吉の理想形のような人物像でしたので、非常に爽快感がある一方、焦りも感じました。
大河はもう二度とVODに勝てないのでは?

「大河はもう二度とVODに勝てないのでは?」
私個人としては、今後大河が作られなくなろうが、あるいは1年が2クールになろうが別にいい(その穴を埋めるものはある)のですが、大河がなくなって困るのは関係者とか、武者さんのような人だろうと思います。なのにわざわざ、これは大河の脅威になると書く必要もないと思います。寧ろ大河もこれに負けないだけの意気込みを見せてくれと書くのならわかりますが。
あと吉川さんは『天地人』で信長を演じていますが、武者さんはこの大河は嫌いなうえに10年ルールに抵触するのか触れられずじまい。それと緒形直人さん(『方』ではなく『形』だと思います)も『信長 KING OF ZIPANGU』の主演でしたが、これも観ていないのか、10年ルールのせいなのか何も言及なし。

で、

そんな心配は、2020年『麒麟がくる』における織田信長が染谷将太さんに決まったというニュースで吹き飛びました。
ベタではない信長にチャレンジするんだな……と思ったからです。

有体に言えば、『麒麟がくる』の視聴を途中で止めた理由のひとつにこの染谷さんの信長もあげられます。染谷さん自身の演技にどうこう言いたくはありませんが、どうも信長と言うより秀吉と言った雰囲気が強く、結局馴染めずじまいでした。

むろん時代考証を考えれば史実から逸脱させてはいけないという制約はあるだろうし、新しい信長像を受け容れられない層からはバッシングも起こるでしょうが、チャレンジなくして進歩はありません。

「新しい信長像を受け容れられない層からはバッシングも起こるでしょうが」
と、染谷さんの信長を受け入れられないのが悪いような書き方ですね。武者さんの場合いつもそうなのですが、自分が好きな作品は受け入れられて当然、受け入れられない方が悪いという書き方が多く、そういう部分に反発もあるのではと思われます。
それとこの『麒麟がくる』は2020年の大河(放送は2021年2月まで)で、既に放送は終わっています。にもかかわらず、
「バッシングも起こるでしょうが」
と、まるでこれから起こることを予想するが如き表現も、ちょっとどうかと思います。

で、またしても今作との比較。

それに比べて本作はどうでしょう……。
あまりに「テレビ業界が考えるベタな信長」ではありませんか?
不良漫画に出てきそうな信長と申しましょうか。
真っ赤っ赤。
いかにも昭和から平成前期にあったヤンキー信長像で、セリフも中二病というスラングそのまんまでした。

「昭和から平成前期にあったヤンキー信長像」
て、具体的にどういう信長ですか?この頃大河で信長を演じたのは、藤岡弘さんとか、前出緒形直人さんとか、『秀吉』で信長を演じた渡哲也さんなどですが、彼らはヤンキーだったでしょうか?緒形さんの信長も異色ではありましたが、それとはまた違ったかと思います。
また今回の信長、私としては、あらすじと感想でも書きましたが、恐らくは『平清盛』を踏まえており、これもまた今までとは異なる信長像であるかと思いますが。
「テレビ業界が考えるベタな信長像」
とは、たとえば『利家とまつ』の反町隆史さんとか、『功名が辻』の舘ひろしさんが演じた、新しがりで長身で、しかも相手を威圧する雰囲気がある信長こそが、それに該当するでしょう。無論ベタではありますが、その時々の主人公を活かすための設定ではあったと思われます。

『麒麟がくる』で船に乗ってやってきた、染谷信長の登場シーンと比較したらなんと陳腐なことか。

あの染谷信長も、私には「漁師のお兄ちゃん」にしか見えませんでしたが。まあ『麒麟がくる』なら何でもほめたがる武者さんらしくはあります。

今年の『どうする家康』は合戦の様子を湿っぽく見せ、「戦を避ける家康は素晴らしい」と誘導したいようです。
しかし、戦闘や負傷者の描写があまりに薄っぺらくて、かえって悲惨さが伝わってきません。視聴者を身震いさせた『鎌倉殿の13人』に遠く及ばないでしょう。
戦争の傷という点では『麒麟がくる』が秀逸でした。

まず『どうする家康』は合戦を湿っぽく見せているでしょうか。戦を避ける家康は素晴らしいと言っているでしょうか。大高城で決断を迫られた家康=元康が家臣の圧力に耐えかねて逃げようとしただけだと思いますが。
それと戦闘や負傷者の描写が薄っぺらいて、この前の第2回で、松平昌久の銃弾の的になった元康の家臣を見ても、同じことが言えるのでしょうか。自分の判断ミスで家臣がああなったのを見た元康が、いたたまれない気持ちになったのもまた事実でしょう。
結局ここでも『鎌倉殿の13人』と『麒麟がくる』は素晴らしい!それに比べて本作は…と言いたい、それだけのように見えます。

そしてやはり『麒麟がくる』を叩き棒にして、
「本作は上っ面で戦争を描いているだけに思えてなりません」
だの、
「元康が戦場から逃げ出すことで笑いをとろうとするようなセンスからもうかがえる」
(いや笑いを取るというのとはまた別でしょう)
だの。
さらに

戦場には将兵が大勢います。そこで何らかのスイッチが入って我先に逃げ出すと隊列が崩れ、それだけで大損害が出てしまいます。
撤退戦は難しいもので、将たる者は、なるべく部隊が乱れぬよう、逸る心を抑えて指揮を取らねばならない。
そんな戦場で大将が率先していなくなるって?
「ヘタレ」なんて笑っている場合ではなく、人命を著しく損なう危険性があります。

あれは戦場と言うか、大高城に立てこもっているわけです。
ですから隊列云々の問題ではないし、織田とのにらみ合いがいつまで続くかの持久戦と言うべきでしょう。そしてこれは第2回に関するコラムですが、第2回では元康は逃げていないし、第1回でも逃げようとしたけど逃げられなかったわけです。
しかしそれを言うなら、織田信長は金ケ崎から撤退する際、真っ先に陣を抜けて駆けだしていますが、武者さんとしてはそれはどう考察するのでしょうか。

要は、戦争に対する緊張感が全く感じられない。弛緩しきったドラマになっているため、いきなり介錯云々やられても、悪ふざけにしか見えないのです。

その前の大樹寺のシーンを見ていたら、「弛緩しきった」などとは言えないのではないでしょうか。あの時元康は自分の判断ミスの責任を取ろうとしていたわけなのですが。

そしていつものと言いますか、武者さんの比較対象のおかしな点としてこれを挙げておきます。

「がおー!」なんて、あざとく叫ぶ武家の夫人なんて、もう全く理解できない。
『鎌倉殿の13人』の大江広元を思い出してください。
彼はしばしば謀殺を進言していましたが、なぜ殺すのか、殺すことでどういうメリットがあるのか、いつも計算があった。
ああいう理詰めの言動で、彼自身の行動規範は説明されていた。
わけもなく叫んで誤魔化すような真似はしていません。

於大の方と大江広元を、なぜ比較するのでしょうね。何か共通点があるのですか?とにかく何か気に入らないと、適当な対象を引っ張って来て比較しているだけのように見えます。

大河に限らず、駄作にはある特徴があります。
主要な登場人物たちが、顔と顔を直接突き合わせていないとシーンを盛り上げられない――私はそれを「フェイストゥフェイスシステム」と呼んでいます。
映像的には、胸から上に集中したバストアップで、演出的にはベタで楽になりますが、危険な兆候です。
これをしばしばやらかすと、登場人物がテレポート状態になり、絵が単調になります。

駄作認定したくてしようがないのでしょうね。
本当の話、私は『鎌倉殿の13人』の室内のシーンに、それに近いものを感じたことがあります。
で、その後に
「家康と信長の出会いなんて、まさにそうでしたが、バストアップを多用するには理由があります。
所作を誤魔化せることです。
時代ものは特に所作の美しさが重要です」
などとありますが、手下が担いで来た竹千代に向かって白い子兎のようじゃ、食ってやろうかと顔を引き寄せるシーンであれば、寧ろバストアップにならない方が不自然でしょう。
あと
「映像的には、胸から上に集中したバストアップで、演出的にはベタで楽になりますが、危険な兆候です」
とあります。この「危険な兆候」は昨年のこのコラムでも使っていましたが、何だかわかりづらい表現ですね。「あまりこういうのを多用するのは考え物です」くらい書けませんかね。こういう日本語のわかりづらさも、このコラムの文章に違和感を覚える一因ではあります。

思い返せば2015年大河『花燃ゆ』では、上級武士の妻たちが、和室屋内でスタンディングパーティでもするようにずらっと立っている珍妙な場面がありました。
カナッペでも食べるのかと呆然としたものですが、今ならわかります。

ここで『花燃ゆ』叩きですか。しかしこれも例によって、第何回のどのようなシーンであるかの説明が抜け落ちています。それと「カナッペでも食べる」て、要はビュッフェスタイルのパーティーみたいだと言いたいのだと思われますが、この辺の表現もどうにかならないものでしょうか。

さらに

そして今年も、ぬぼーっと立っている場面が多く感じます。
昨年と比較するとわかりやすいかもしれません。
『鎌倉殿の13人』では、室内で複数名が座りながら協議をする場面が多くありました。エキストラたちがずらっと集まりながら座り込む場面も多かった。
それが今年は立ちっぱなしで、しかも妙な顔つきのエキストラが多い。いきなり切羽詰まっているのは?と感じるのは、そうした状況も一因です。

この「ぬぼーっと立っている」とは具体的にどのシーンでしょうか。今のところ戦のシーンが多いわけで、大将以外は立っていてもそれは当然だと思います。それと「妙な顔つきのエキストラ」、これもどのシーンなのかはっきり書いて貰えないででしょうか。そしてなぜこれが切羽詰まっている原因になるのでしょうか。
それと『鎌倉殿の13人』云々、三谷さんの大河は室内シーンが多いのだから、これは当然でしょう。無論こちらも戦場のシーンで、坂東武者たちが立ち尽くしているシーンもありましたが、昨年にしろ今年にしろ、それはひとつの演出方法と取るべきかとは思います。


飲み物ーホットワイン
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[ 2023/01/19 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『黄金の日日』「天変地異」

第45回「天変地異」です。


文禄5(1596)年6月(ユリウス暦では7月)、マニラをサン・フェリーペ号がイスパニアへ船出して行く。動く城ともいうべきその船を、助左衛門、桔梗そして五右衛門が見送っていた。しかしこの舟は太平洋を横断して目的地へたどり着くことはなく、半年後マニラへ戻って来ることになり、それがこの3人の日本人にも少なからぬ影響を与える。

五右衛門はいつ桔梗を嫁にするのか尋ねる。桔梗を嫁にと勧めたのは、未だに助左衛門が諦めきれな美緒だった。本心ではないだろうが、男と女にはそういう惚れ方もあるのだと教えられたと五右衛門。助左衛門の周囲にいた人物が色々と変わって行く中で、五右衛門と桔梗は変わらぬ存在だった。

助左衛門がアゴーとマニラを往復している間に、既に9か月が過ぎていた。助左衛門は桔梗にサンパギータ(茉莉花)の首飾り(レイ)を渡し、ずっと呂宋で暮らして行けるかと尋ねる。桔梗は一生日本に帰れずとも平気だと答える。助左衛門は何かを言いたそうにしていたが、結局何も言わぬまま、桔梗が暮らす鮫吉とみつの家を去っていく。その鮫吉とみつは、桔梗が首飾りをかけているのを見て、それは求婚を意味すると教える。驚いた桔梗はその後浜辺にいた助左衛門に会い、2人は抱き合う。

サン・フェリーペ号の乗組員は出航して間もなく不思議な彗星を目にする。日本でも堺で彗星が目撃され、お仙は、パーデレたちが話していた悪魔がやって来たと言う。また上方に火山灰が降る。そして7月12日亥の刻、今井館では、今井宗薫が、屋敷内での隠れミサを禁じ、一堂を引き下がらせる。また美緒には、小太郎はキリシタンにさせない、自分に取っては血を分けた子で、お前の人質にはさせないと言い、ミサの道具を庭に投げ捨てるが、その時地鳴りがする。

伏見を震源地とする地震が畿内を揺るがしていた。『義演准后日記』にはこのことが詳しく記載されており、かなりの被害者が出たうえに、建物も被害を受けていた。そしてこの地震で、虎が檻を破って飛び出して来た。虎とは加藤清正で、蟄居中にもかかわらず、伏見城にかけつけたのである。このせいで、伏見城に駆けつけた講和推進派の石田三成は門前払いを食わされる。同じ頃、サン・フェリーペ号も嵐の中を漂い、8月28日に土佐の浦戸へ漂着する。

土佐へ派遣された増田長盛は、秀吉に報告を行うが、これが凶事のもととなる。長盛は、侵略をするに当たってまず宣教師を派遣し、その後軍勢が差し向けられることを秀吉に話、バテレンの来訪は日本征服につながると訴える。秀吉は積み荷を没収し、戦中のバテレンに加えて都のバテレンも殺せと命じる。長盛は国外追放で事足りるというが、追放だけでは見せしめにならぬと秀吉は恐ろしい表情をし、結局11月15日に磔刑を宣告された彼らは、耳をそがれて長崎まで裸足で連行され、12月29日に長崎の西坂で磔にされた。またこの秋、文禄は慶長と改元された。

今井館を高山右近が訪れていた。小太郎が家出して、助左衛門と行動を共にしたと聞いて右近は頼もしいと目を細める。実は右近も助左衛門に会いに来たのだが、当の本人は呂宋にいた。実は右近は、あまり公にしにくいことを助左衛門に頼みに来ていたのである。それは大船を用意し、キリシタンたちを呂宋に逃がす手筈を整えることだった。弾圧が厳しくなるのを右近は恐れていた。美緒は宗薫が反対しようとも右近の要求を受け入れようとする。右近はその気概に、往年の堺の繁栄を思い出していた。

右近は天災や地震よりも恐ろしいのは秀吉で、明や朝鮮との講和も秀吉のせいで決裂したことを憂えており、右近は天災による被害も顧みずまた出兵をし、講和派を遠ざけて清正を近づける秀吉に憤っていた。

慶長2(1597)年4月。サン・フェリーペ号が持ち帰った日本でのできごとは、マニラのイスパニア人たちを激怒させる。その頃ディラオの日本人町では、桔梗が純白のドレスに身を包んでいた。明日は助左衛門との婚礼であり、その朝アゴーへ向かう助左衛門が、婚礼にこれを着るようにと置いて行ったのである。鮫吉もみつもその姿に嬉しそうだった。しかし彼らが楽し気に会話をしている内に、周囲が騒がしくなる。イスパニア人が攻めて来たのである。

理由はわからないものの、鮫吉はみつと桔梗に外に出るなと言い聞かせて、刀を持ち出て行く。一方アゴーでは、助左衛門がハギビスから結婚祝いを受け取っていた。引き止められるものの、助左衛門はその日のうちに戻ることにする。実はサン・フェリーペ号のことを耳にしており、イスパニア人が日本に報復することを気にしていたのである。そして助左衛門の予想通り、日本人町はイスパニア人の襲撃に遭っていた。

みつは刀を取り外へ出て、夫の助太刀をしようとする。しかし2人とも銃弾を浴びて倒れる。桔梗は短銃を手にし、侵入してくるイスパニア人を撃とうとするが、最終的に銃口を向けたのは彼女自身だった。助左衛門と五右衛門は、戦場から日本人町から火の手が上がっているのを見て、急いで水夫たちと町へ戻るが、人々は皆殺しにされ、桔梗も白いドレスの胸元を血に染めて死んでいた。

五右衛門はサン・フェリーペ号のやつらを皆殺しにすると出て行こうとする。しかし助左衛門は、彼らを殺したのは秀吉だと言う。再び船上の人となって助左衛門は、サンパギータの首飾りを握りしめ、このままでは済まさぬと桔梗に誓う。


サン・フェリーペ号事件が起こります。いくつかの戦国大河で描かれていますが、これに関しては、航海長がまず布教を行い、さらに軍を送って征服すると述べたため、増田長盛が秀吉にそれを伝えたのが、秀吉を警戒させてしまったといえます。フランシスコ会などは、必ずしも布教すなわち征服を考えていたわけではないともされていますが、とにかくこの航海長の言葉は、パーデレへの過酷な弾圧を決定づけてしまいました。

またこの後も、キリシタン絡みの事件が起こったとか、あるいは人身売買の問題、さらには長崎港がイエズス会の管理下に置かれているなどといったことから、秀吉そして後には家康といった施政者が、布教に警戒心を持つようになるのも無理からぬことではありました。またこれらはキリシタン大名が絡んだものもいくつかありました。私も以前、布教は征服の足掛かりではないかと書いたこともありますが、仮にすぐさまそれが結びつかずとも、何がきっかけでその方向に発展して行くかわからないという懸念は、特に政を行う上で考えるべき点ではあったでしょう。

ところでこの大河、段々とメインの登場人物による、秀吉への憎しみが強くなって行きます。あまりこういう描き方をするのは、ちょっと如何なものでしょうか。秀吉とその家臣たちによるドラマではないだけに、助左衛門や五右衛門の視点による見方が重視されていて、殊更に権力者すなわち悪という形になってしまうのも、それはそれでどうかとは思います。

あと『義演准后日記』など、一次史料がとにかく出て来る大河です。主人公にあまり史料や記録がないため、それでカバーしている部分もあるのでしょう。ただその一方で、なぜ加藤清正が蟄居させられていたのか、それへの言及がないのが不思議です。実はこれも、講和派の小西行長との対立に端を発しているのですが、その点を加えてほしかったですね。あと実はこの時清正は大坂にいて、一番乗りで駆け付けたわけではないともいわれています。

呂宋の日本人町。平和だったこの村に、イスパニア人が大挙して押し寄せます。サン・フェリーペ号が積み荷を奪われた報復ですが、どう考えてもこれはテロ行為ではないのでしょうか。そして婚礼の前日というのに、桔梗が助左衛門がくれた「南蛮小袖」、ドレスを着ていたのも暗示的です。結局これが婚礼の席でお披露目されることはなく、そのまま彼女の死出の衣装となったのは悲劇的ではあります。

尚この文禄5年に火山灰が降って来たこと、そして地震は『真田丸』にも登場していますね。『功名が辻』では、一豊夫妻が一人娘を失っています。地震速報も何もない時代のことです、犠牲者もかなり多かったでしょう。それから五右衛門が秀吉暗殺に赴くのは、どうも次の回のようですね。この回でと思ったのですが早とちりだったようです。

飲み物-ホットラム
[ 2022/02/20 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

来年度の大河アンコール放送と上田市でのスペシャルトークショー

それから現在『黄金の日日』が、日曜早朝にアンコール放送されていますが、この次のアンコール放送は『おんな太閤記』と決まりました。

再放送情報「おんな太閤記」
(NHKドラマ)

やはりアンコールは戦国中心ですね-唯一の例外が『太平記』だったわけですが。ところでなぜ『おんな太閤記』なのか。

脚本の橋田寿賀子さんが昨年亡くなったから
メインキャストの西田敏行さんが『鎌倉殿の13人』に出演しているから
来年の『どうする家康』が同じ時代を扱っているから

ざっと考える限り、こういったところでしょうか。
しかし橋田寿賀子さんの作品は、どうも独特の雰囲気があります。それが好きな人も無論いるでしょうが、私はそこまで好きな方ではありません。そしてやはり、同じ俳優さんが出演することが多いですね。まあこの独自のカラー、そして常連の俳優というのは、三谷さんにも当てはまりますが。

無論これは、その後の戦国大河に影響を与え、女性たちの存在感を際立たせたともいえます。特に『利家とまつ』、『功名が辻』などにも影響を与えたともいえそうです。『おんな城主 直虎』はこれとはまた違いますが、「おんな」を入れたのは、この作品にあやかる意味もあったのでしょうか。

同時にこれは、西田さんの俳優としての大きな転機ともなっています。この時以来、ほぼ3年から5年のペースで大河の、主人公を含め主だったキャストに抜擢され、今や押しも押されぬ大河俳優となっています。しかし頼朝の脳内の後白河法皇という設定は、いつまで続くのでしょうか。

それから同じドラマ関連でこういうのもあります。

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」スペシャルトークショー in 信州上田 ~木曽義仲挙兵の地 丸子~ 観覧募集のお知らせ

木曽義仲ゆかりの地ということですが、しかし上田といえばやはり『真田丸』ですし、青木さんと迫田さんといえば、どうも『西郷どん』を連想してしまいます。

飲み物-トディ2
[ 2022/02/19 01:15 ] 大河ドラマ | TB(0) | CM(-)

『黄金の日日』「呂宋遠征計画」

第44回「呂宋遠征計画」です。


文禄元(1592)年、秀吉の遠征計画を警戒したマニラ政府は、当時300人いた日本人を特定地域に移住させる。が住んでいたが、秀吉の呂宋遠征計画を知ったマニラ政府は、彼らを市外の指定区域に移住させた。翌年4月、助左衛門はアゴーで地元住民のタガログ人ハギビスや、地元の日本人町の長鮫吉や妻のみつに、鮫吉が手に入れてくれた秀吉の国書を読み聞かせる。

秀吉は服従せざる者は、悉く処罰するという強硬な態度を取っていた。それはカスチリア(イスパニア)に対しても同じだった。秀吉が、原田喜右衛門に操られているのは明らかだった。しかも喜右衛門はマニラで国書を読むに当たり、自分の都合のいいように内容を改竄していた。この年の7月、今度は日本へ使節団が、遭難によるダメージを避けるため二手に分かれて向かっていた。第1の船には使節と副使、第2の船には喜右衛門と通詞のガルシーアが乗船していた。そしてその2隻を追って、小太郎が乗る船黒潮丸が日本へ進んでいた。

小太郎は助左衛門から、国書を秀吉に渡さぬよう五右衛門に伝えてくれと言われていた。しかし第1の船は39日間で平戸に到着し、先に名護屋へ向かった。喜右衛門の船も3日遅れで到着して同じく名護屋へ向かが、五右衛門たちに襲われ、喜右衛門は命からがら逃げだした。結局ガルシーアは殺したが、五右衛門たちは喜右衛門を見失い、国書も見つからなかった。

名護屋城に着いた使節と副使はイスパニア語しか喋れず、意思疎通ができなかった。無論五右衛門たちに襲われた通詞も、同行していた喜右衛門も未だ行方が知れず、苛立った秀吉は国書を引き裂いて使節たちを驚かせる。そしてこの8月3日、秀吉の愛妾である淀殿が拾丸、後の秀頼を産んだ。しかしこの子の存在は、後の豊臣家混乱のもととなって行く。

それは聚楽第の秀次にも影響を及ぼし始めた。秀次は押し入った賊を役人に引き渡すこともせず、銃の試し打ちの的とするなど、常軌を逸した振舞いを見せる。桔梗はそんな秀次を諫めようと、頑なに秀次の前に立ちふさがり、やがて発砲した秀次の銃弾に肩を撃ち抜かれて倒れる。

10月28日。マニラ総督ゴメスはハギビスに暗殺された。殺したのはハギビスだった。助左衛門は驚き、これで戦が始まると鮫吉は危ぶむ。助左衛門は新総督のルイスに直談判し、ハギビスを処刑すればアゴーの住民がマニラに攻め寄せると言う。総督ルイスは戦争は望んでいないが、もしそうなればタガログ人のせいだと答える。

助左衛門はルイスに、戦争が起これば秀吉の軍が攻めてくると言い、さらに明からの生糸がだぶついていることに目を付け、日本との交易を申し出る。明との交易で本国から銀が流出しており、本来アカプルコに向けて贈られるべき生糸を送ることができず、出荷されずに港に山積みの状態だったのである。交易を望むルイスはハギビスは釈放できないが、脱獄なら自由だと言い、助左衛門は牢獄に赴いて錠のかかっていない扉を空け、ハギビスを連れ出す。

1594(文禄3)年4月。使節団が帰って来たが、秀吉の文書は相変わらず高圧的で見下したような内容だった。しかしルイスは柔軟な外交姿勢を望み、親書を送った。アゴーは穏やかな日々が続き、ラカンドーラはどんな民族が来てもいいが、彼らの支配下にはなりたくないと言う。そして1595(文禄4)年6月。今井館では、細川忠興が黄金100枚を貸してくれと言って来たと宗薫は言う。

実はこれは秀次に借りた金の返済だった。この頃多くの大名は秀次に取り入っていた。しかし秀次と秀吉の不仲は多くの人が知るところとなり、家康も息子秀忠に、太閤に味方しろ、もし太閤に何かあった場合は北政所の警護を知ろと命じていた。美緒は桔梗の身を案じるが、聚楽第からは病にかかったという便りが来たのみで、後は音信不通だった。宗薫も早まったことを後悔していた、実家へ下がることも難しいようで、美緒はある策を思いつく。

7月8日、秀吉の命を受けて秀次は伏見城へ伺候する。その前に秀次は病に伏している桔梗を見舞い、今までの行状を詫び、じき戻ると言う。この伏見城行きに楽観的な秀次だったが、この後2人が二度と会うことはなかった。秀次は伏見に向かわず高野山の高厳寺に幽閉され、15日切腹した。享年28。
その頃うなされて目が覚めた桔梗の部屋に、五右衛門が入って来る。驚く桔梗を黙らせた五右衛門は旅支度をさせ、美緒が待つ堺に連れて行って船に乗せる。義姉様もと一緒にと言う桔梗だが、美緒は無論乗らなかった。そしてその数日後の8月2日、三条川らで妻妾と子女30人余りが処刑される。この時の宣教師ジェロニモの書簡では、秀次の死が報告され、また秀吉も長くないこと、死ねば後継者争いで分裂が起こること、マニラが危機から解放されること、そして太閤が遠からず世を去る事への願望がしたためられている。


何だかことがうまく運び過ぎている感もあります。助左衛門が国書を手に入れたいきさつや、生糸の件がどうやってわかったのかが省かれていることもあり、こんなにとんとん拍子に行くものなのかとは正直思います。五右衛門が原田喜右衛門を捕らえられなかったのが、唯一のマイナス点でしょうか。しかし小太郎があそこで尻餅をつかなければ、相手を押さえ込めたかもしれませんが。

その五右衛門ですが、攻め方がちょっと悪いかなと思います。あれでは敵をみすみす逃がしているように見えます。それと殺陣ですが、あの刀の使い方では、傷は負わせられるものの、相手を殺すのは難しいのではないでしょうか。

それにしても船の撮影、この頃はVFXがないから大変だっただろうなと思います。模型を撮影してそれらしく見せてはいますが。

そして絵に描いたような無能な秀次、伏見への出立を知らせに来たのは不破万作でしょう。『功名が辻』では、この人物が秀次事件に関わる様子が描かれていました。ちなみにこの時、万作を演じていたのは浅利陽介さんです。

今井館。桔梗を秀次の許へやったのを後悔する宗薫です。確かにこればかりは、人を見る目がなかったともいえます。しかし今更手元に引き戻すのも難しそうで、そこで美緒が一計を案じ、ここから美緒無双となって行きます。しかし美緒さんは、前髪の縦ロールはやめたのでしょうか。それと秀次も見方が甘過ぎですね。

それから呂宋では、互いに違う言語を喋っているのに通じており、日本ではイスパニア語しか喋れない使節に秀吉が苛立っているのですね。この違う言語同士のやり取りは、『山河燃ゆ』でも登場しています。こちらは日本語と英(米)語ですが。この『山河燃ゆ』と『黄金の日日』、松本白鷗さん主演の大河は、どちらも日本と外国の関係、それに絡む貿易や軍事、外交を描いたものとなっています。

そして今回は今後の予告が入っています。無事呂宋に着いた桔梗は助左衛門と結婚することになります。桔梗さんウエディングドレスを着ていますね。そして五右衛門、いよいよ秀吉を殺めるべく、大坂城に手下と忍び込むことになります。


飲み物-エスプレッソブラック
[ 2022/02/14 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『黄金の日日』の創作と疑問点5

今回は創作と疑問点というよりは、観ていて気が付いたことをざっと書いて行きます。

まずこの大河は商人が主人公ですが、『青天を衝け』とは異なり、武士の世が続いていたこともあって、有力な武士と取り引きをする必要がありました。そのため、当初は美緒が主要な人物のように見えたのですが、段々秀吉や石田三成とのシーンが多くなり、第40回では、秀吉に対立する助左衛門といった感じになっています。

あるいはこの当時の風潮なのかとも思われますが、助左衛門や利休などの堺の人物が、「権力」の象徴である秀吉と真っ向から対立するというのは、わかりやすい描き方ではあります。ただ、もう少しひねってもよかったのではないかとも思います。大河がまだ日曜夜の娯楽の中心であった時代ですから、ストーリーとしてはわかりやすくということだったのかも知れませんが。

そして女性たちですが、やはりというか主人公、もしくは主人公に次ぐ出番の多い人物に絡まない時は、かなり出番が少なくなっています。前回も、どっちみちオリキャラあるいはそれに近い存在ならば、原マルチノが、桔梗に信仰を勧めるなどのシーンがあってもよかったかとは思います。美緒も、利休関連で登場することが多くなっていますね。利休切腹後は、仲が冷え切った夫である宗薫とのシーンがやはり増えるのでしょうか。助左衛門は桔梗と結婚すると言っていますし。

それから前回の1つ前で、秀吉は漢文が読めないことになっています。この当時はまだ、尾張の百姓の子で、針売りをしながら出世街道まっしぐらという説が有力だったのでしょう。しかし、この秀吉の出身には様々な説がありますし、今後また新説が出てこないとも限りません。

最近出てこない人物の一人に、細川ガラシャがいます。彼女も石田三成と一緒に出て来ることが多く、そのため味土野での生活が、たとえば『功名が辻』のそれのように描かれることは、殆どありません。あと秀吉の家臣も、三成か行長が中心ですし(母のマグダレナも出て来ませんね)、主人公と直接関係ないせいもありますが、徳川家康が何となく空気のようになってもいます。何だかもったいないなと思います。

ともあれこの大河もあと10回となりました。どのようにして、江戸幕府成立(多分)にまで持って行くのでしょうか。

飲み物-ホットワイン2
[ 2022/01/11 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『黄金の日日』「納屋襲名」の助左衛門

第32回。「納谷襲名」のサブタイ通り、助左が納屋の名を利休(千宗易)から譲り受けて納屋助左衛門となります。

まず始まりは小牧長久手の戦いからでした。徳川方に商人として関わっていた助左ですが、ひょんなことから秀吉の甥、秀次を助けることになります。秀次はこの戦でへまをやらかし、池田恒興と元助父子、そして森長可を戦死させていました。秀吉陣に戻った秀次は、叔父秀吉からひどく叱られ、また助左は徳川方であるにもかかわらず、秀吉から茶室に案内され、久々に千宗易と顔を合わせます。

その後助左は堺へ戻ります。店では桔梗と銭丸が待っていました。また兼久は宗薫として今井を継ぎ、助左に徳川に付け、ならば桔梗も引き取ると言います。助左の店の売れ行きがはかばかしくないのを見て、交換条件として徳川の商人になるように持ち出したようです。しかし助左は桔梗は戻りたがらないと言い、店構えを改良することにします。その店へ、他ならぬ宗易がやって来ます。

宗易は自分の店にある品と、助左の店の品々を交換したいと切り出します。無論これには理由がありました。翌日、呂宋丸で待っていた助左の前に現れた宗易は、僧形となっていました。そして納屋の姓を継いでほしいと言い、鍵を渡します。これによって助左は納屋助左衛門を名乗ることになり、宗易の店の権利を任されることになりました。そしてその後、助左衛門は再び呂宋へ渡ります。

まず小牧長久手の戦いで、秀次が失敗をやらかした件ですが、『功名が辻』にもこれがかなり詳しく登場しています。もちろんこの時は山内一豊が主人公なので、一豊が叱責の場に居合わせたという設定になっています。その後結局助左は、堺へ戻ったものの、今井兼久(宗薫)から徳川へ付けと言われます。店があまり繁盛していないのも一因ですが、桔梗の今後をどうするかを兼久は持ち出します。

しかしやはりというか、桔梗は助左の店にいることを選んだようです。その彼女が宗易が現れた際に、「白湯に蜂蜜を入れた物」を出すのですが、何やらハーブティーにマヌカハニーを入れるのを連想してしまいます。この当時、蜂蜜などはかなり貴重品だったでしょうね。その後出家した宗易から、納屋の姓と鍵を譲られる助左ですが、ちょっととんとん拍子に行き過ぎる感が、なきにしもあらずなのですが…。

飲み物-ワインとワイングラス
[ 2021/11/08 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『黄金の日日』「起死回生」と疑問点少々

『黄金の日日』第29回「起死回生」です。信長亡き後の山崎の合戦で明智光秀は敗退、そして農民から竹槍で刺殺されます。その後の天下を誰が統べるのかで、清須会議が開かれるという、これまたお約束の展開です。もちろん三谷さんの『清須会議』とは違いますので、皆が走ったりするようなことはありません。ただこの大河らしく、やはりここでも助左の出番があり、南蛮の珍しい物を持参するようにと言われた助左は、
オルゴール
ビスケット
金平糖
を携えて、石田左吉の許を訪れます。これで信長の孫、三法師をいわば手なずけた秀吉は、三法師を擁して自分が後見人となるものの、最早誰の目にも、秀吉が次の天下人であることは明らかでした。

結局柴田勝家との間で、賤ケ岳の戦いとなり、その一方で助左は再び呂宋へ向かいます。この辺りは武将が主人公でない分、かなりシンプルに描かれています。そんな助左に秀吉は、もう宗久はいない、自分に仕えないかと言うのですが…この時期、秀吉を取るか呂宋へ向かうかで迷いつつ、助左は旅立って、呂宋に残して来た美緒と会います。美緒さん、すっかり呂宋の女性のようになっています。そして自分が不在の間の様々なことを聞かされ、堺へ戻ることを決意します。

しかし堺が近づいた時海がしけ、助左は自分の体を帆柱に括りつけます。その目には宗久の姿が映ります。恐らく、呂宋へ向かう途中に船の難破か何かで亡くなったであろう宗久が、しきりに助左を呼ぶのですが、美緒は行ってはならぬと、助左に縋り付きます。このシーンといい、また呂宋での生活といい、どう見ても助左と美緒が夫婦のように見えてしまいます。

一方で雪深い味土野にいるたまの許を訪れた武士がいます。その人物は表から上がろうとせず、庭に片膝をつき、しかもキリシタン関連の書物をたまに届けていました。訝るたまに、その武士は笠を取り、かつて近江で出会った若武者であったことを告げます。思わぬ再会ですが、いくら何でも創作でしょうね。しかし『功名が辻』のたまと侍女は、もっとつましい暮らしをしていたはずなのですが、この中のたまと左吉はまるで、『風林火山』の由布姫と勘助のようです。あと、この侍女を演じていたのが塩沢ときさんとは驚きでした。

ところで前出オルゴールですが、あの当時まだああいう形のオルゴールはなかったとされています。そもそもまだ、その原型も出て来ていなかったかも知れません。それからビスケットですが、これも元々は平戸に伝えられたのが最初と言われています。それにしてもあのキリシタン関連書物、どうやって手に入れたのでしょうか。また三法師の後見人的存在の秀吉を、執権となった北条義時のようだと柴田勝家が口にしますが、何やら来年の大河を連想させます。


飲み物-ボトルとコルクとワイン


[ 2021/10/21 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『黄金の日日』「安土炎上」その他

『黄金の日日』の「安土炎上」、一応この回では中国大返しの後半、そして山崎の合戦に至るまでも描かれています。しかしやはりどちらかと言えば、商い関連に尺が割かれてはいます。これは仕方ないでしょう。さらに、細川や筒井順慶も明智に味方するなどと話していますが、ご存知のようにこの両者は味方していません。細川忠興は髻を落とした姿で、妻のたまの前に現れ、彼女を味土野へ遣ってしまいます。『功名が辻』なら、ここで山内康豊と出会うことになるのですけどね。

ともかく明智光秀。山崎の合戦で敗北し、落ち延びて行く途中で農民の竹槍に突かれ、落命する点では『国盗り物語』と同じです。また信長を革命家のように描いた点でも、この両者は似ています。当時の歴史考証が、そもそもそうであったとも言えます。無論『黄金の日日』では、信長が、最初から天下統一を目論む人物として登場しているため、干し柿を盗んだりするシーンや、「悪ガキ」としての描写はありません。

その後安土も明智軍が押し寄せますが、ここで助左がかつての主、今井宗久から貰った銃を突きつけます。何やら助左無双といった感じであると同時に、この大河も結局は創作が多く、その結果、こういう形で主人公の出番を作ることになるのだなと改めて感じます。それはさておき、安土城が崩れ、信長の時代が終わった後その宗久は呂宋へ向かいますが、その船が目的地に着くことはありませんでした。

ところでこの『黄金の日日』でも、商人である主人公と権力者が登場します。ある意味W主人公なのですが、『青天を衝け』でも似たような構造になっています。しかし主人公とそれに準ずる存在2人を出すのは、『青天を衝け』関連でも書いていますが、主軸とする人物から見たその時代のそれぞれの光景が、当然ながら異なってくるためです。逆に主人公たちの在り方が似ている『翔ぶが如く』や、『龍馬伝』ではそこまでの違いは観られません。

もちろん例外もあります。例えば父から子へ主人公が変わるパターン、つまり前半の主人公から、後半の主人公へのバトンタッチが行われる作品です。前出『国盗り物語』と言い、『花神』の吉田松陰から、高杉晋作をはじめとする、松下村塾生と言い、司馬遼太郎作品をベースにした、大野靖子氏脚本の大河では、この手の描写が見られます。勿論他の作品でも似たようなケースはありますが、『いだてん』の場合は時代も行き来するため、余計複雑化してしまいましたね。

飲み物-ワインのデキャンタとグラス

[ 2021/10/15 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマに於けるキャラ設定の意外性とその効果

まず、先日の『ルパン三世』についての記述で、次元大介の声を井上真樹夫さんとしていましたが、正しくは小林清志さんです。失礼いたしました、訂正しています。しかしその小林さんも、大塚明夫さんにバトンタッチしましたね。

そして大河関連ですが、『風林火山』のみならず、他の戦国大河でもキャラが立ったと言うか、それまでのイメージを多少覆すような人物は登場しています。『真田丸』の登場人物などもそういう人は多かったですし、『天地人』で小栗旬さんが演じた石田三成もそうでしょう。

ただ『真田丸』の場合、三谷さんの脚本が癖が強めということもありますし、逆に言えば三谷作品だから、これこれこういうキャラにしたのだろうという暗黙の了解が、視聴者の中にもあったかと思います。無論これは、三谷大河の長所でもあり短所でもあります。

それと小栗さんの三成ですが、これが『天地人』でなく、もう少し骨太な感じの大河であれば、あれでよかったのかも知れません。しかし『天地人』自体が夫婦大河的で、しかも女性キャラの描き方がどこか朝ドラ的なところもあり、その中であの雰囲気では、どこか浮わついた印象を免れませんでした。あの髪型は正直ないだろうと思ったものです。兼続が成人しても前髪をつけていたのも妙なものでしたが、それを遥かに上回る奇妙さではありました。

無論制作サイドとしても、いくらか不思議キャラ的な印象を出そうとしたのは事実のようです。実際あの格好で景勝の家臣たちに会った際、彼等から不思議そうな視線を向けられていますが、その意外性がどうもうまく活かされていなかったようにも思われます。

逆の見方をすれば、夫婦大河でなければ出せないキャラと言うのも中にはいるものです。たとえば『功名が辻』、この時の山内一豊は、夫婦大河ならではの愛すべきキャラでした。これがもっと男性的な大河であれば、また描き方も違っていたでしょう。土佐入りしてからは、長宗我部の一領具足たちを追い払うため、キャラが豹変した感はありましたが。

戦国武将が主役のため、もう少し男性的な路線かと思ったのですが、どちらかと言えば千代が主役レベルの大河になっています。『利家とまつ』もしかりですが、この2つは少なくとも『天地人』よりは、夫婦大河としてまとまってはいたかと思います-ただ『功名が辻』の方が、個人的には好きです。武田鉄矢さんが演じた、一豊の家臣である五藤吉兵衛なども、夫婦大河だからこそあれでよかったのだろうと思います。

大河で武田さんが演じる役は、どこか『金八先生』的なイメージがあるのですが、特に『太平記』の楠木正成とこの時の吉兵衛にはそれを強く感じました。祖父江新右衛門の子供への注意などは、生徒に対する先生の口調でしたし。あとこの中で、家でくさっていた一豊に、母親の法秀尼が厳しく詰め寄るところをはじめ、千代とよね(よね亡き後の拾→湘南)や、大政所と秀吉の関係など、母と子の存在も強く打ち出されており、これも夫婦大河ならではと言えるでしょうか。

飲み物-ブランデーグラスのビール

[ 2021/10/13 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河ドラマ雑考-53

『どうする家康』のキャスト予想関連で、長澤まさみさんの出演もあり得ると書いていますが、そもそも長澤さんの大河での役どころというのは、これまでの半分以上が忍びの役です(『功名が辻』の小りん、『天地人』の初音)。『真田丸』でやっと忍び以外の役を演じることになりましたが、この時もネット上で、「きり」の名前が、霧隠才蔵を暗示しているとコメントされていたことがあります。

しかしきりの役どころ、大坂の陣まではそれなりに理解できたのですが、最後の最後で、彼女は結局どういう役割で、その後どのような人生を送ったのかが見えにくくなりました。千姫を送り届けた後、急にいなくなってしまいましたからね。ありきたりな手法ではありますが、たとえばあの後、出家したことを窺わせるなどの描写があってもよかったと思います。三谷さんの敗者を描くやり方には、生き残った人々への救済措置を窺わせる描写が感じられないのがやはり残念です。

この『真田丸』、終了後にスピンオフができるのではと、ネット上、特にSNS上で騒がれたこともあります。きりのその後もさることながら、上杉景勝と直江兼続主従のその後なども、視聴者は関心を示したのではないかと思いますし、実は信繁は生きていた的展開を望む人もいたかも知れません。しかし『新選組!』のようなスピンオフが作られることはありませんでした。

その三谷さん、来年は「大河好きがニヤリとする」キャスティングを考えているとコメントしたことについて。前の方にも書いていますが、やり過ぎると視聴者の離脱を招くことにもなりかねません。あまりマニアック路線を行くと、うざいと取られても仕方ありませんし、大河好き=お得意様へのサービスのみならず、新規に観る人々のことを考えてこそのものでもあるわけですし-無論、すべてを初心者向け説明路線にする必要はありませんが。

先日の『天地人』関連で、『独眼竜政宗』を引き合いに出しています。ちなみに政宗に上杉景勝は出て来ませんが、天地人には政宗が登場します。時代的にも地域的にもほぼ似ており、政宗が生まれた米沢は、景勝が最終的に藩主となっています。このような共通性があるだけに、やはり政宗に対抗しうるだけの作品にしてしかるべきではあったでしょう。この天地人路線がその後『江~姫たちの戦国~』や『花燃ゆ』へと継承されて行った感はあります。

しかし政宗は、1980年代半ばの近現代3部作が振るわなかった(1986年の『いのち』を除く)ことから、起死回生策として打ち出されたようですが、そもそもなぜ数字が取れなさそうな近現代物を、それも3年もやろうと思ったのでしょうね。最初から無理があるような企画を打ち出しては、振るわなかったことの責任を取ろうともせず、次の作品にばかり目を向けさせる姿勢というのは、特殊法人という殿様商売だからこそできるというのを、もう少し自覚してほしいものです。


飲み物-ブロンドのエール
[ 2021/09/26 11:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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aK

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まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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