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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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再び小檜山氏の朝ドラnote記事とツイートに思うこと

以前の投稿で書いたことですが、小檜山青氏の朝ドラ関連のnote記事についてです。この記事で、実際の放送回と記事のナンバリングが食い違っている件でしたが、その後再びコメントを頂いています。こちらのコメントによると

小檜山氏は第85回のレビューを書かないまま第86回のレビューをアップしている。しかし第86回のタイトルで第86回のレビューを上げているため、表向きナンバーに齟齬を来たしてはいない。

となっています。しかしながらその一方で、

その後、第86回から第113回までのレビューのナンバーを1つずつ繰り下げている。このため本来は第86回から第113回のレビューであるにも関わらず、記事タイトルとしては第87回から第114回となっている。しかし第114回のレビューはアップされておらず、元々「第114回」となっていた第115回レビューを本来の「第115回」と表記することで対応している。
しかし第86回から第114回までを1つずつ繰り下げたため、当該レビューは実際の放送回との1つずつずれる格好になった。なお、第115回以降のレビューについては、やはり食い違いがあったが、ナンバリングし直している。

つまり第114回(杉並のちむどんどん再開の回)のレビューは元々なく、今ある第114回は第113回の内容であり、第115回から本来の形に戻っているわけです。ちなみに当該記事を2022年9月30日にざっとチェックしましたが、やはり1つずつズレたままのようです。一応有料記事を書いているのであれば、こういう点はどうにかしてほしいです。今からでも飛ばした分のレビューをアップし、もう一度きちんとナンバリングするべきでしょう。

そして小檜山氏または武者震之助さんの記事の多くに言えることですが、レビューと名乗ってはいるものの、その実ドラマの内容にかこつけた自説主張に見えますし、個人的な好き嫌いに偏っているふしがあります。そのため本来書くべきことが書かれていない、あるいはいくらかデフォルメされて書かれているといった事態が散見され、その意味では言葉本来のレビューとはかなり隔たりがあります。

これは前に書いたことがありますが、個人の方のブログで、『八重の桜』について書かれていたのを見たことがあります、正直な話、そちらの方がよほど「レビュー」にふさわしく感じられました。

またこれは、先日の大河コラム関連でも書いていますが、「オンベレブンビンバ」の意味を、放送前に推測していた人が多いことについて、武者さんは

SNSでそういうことを呟き、誰かにハマれば拡散され、自己承認されたようで気持ちがよいでしょう。
しかし、そこが危険な気がするのです。
「オンベレブンビンバ」は、話の中身を理解するうえでさして役に立ちませんよね。
SNSではドラマをネタにしたハッシュタグも多く、画面写真を貼り付けた大喜利状態にもなっています。

と書いていますが、私はこれに対して、皆楽しんでやっているのだから、別にいいのではないかと書いています。

ところが今日の小檜山氏名義のツイにはこうあります。

https://twitter.com/Sei_Kobeee/status/1575700661580156928
ドラマなり趣味が一致しなければ「そっか、あわないんだね」でいいと思う。なんで冷笑しながらリプライして「このよさもわからないんですかぁw」みたいな態度をとられなくてはならんのか。

「そっか、あわないんだね」で済ませられるのなら、小檜山氏=武者さんも、自分が好きでもないことを、わざわざ大河コラムで書くこともないと思うのですが―と言うか、最初からスルーすれば済む話なのですが。どうしても書きたければ、こう言うのを色々推測している人たちもいました程度でいいでしょうし。また自分に関係のないリプなら、放っておくなり、それでも絡んでくるならミュートするなりしてもいいのですが。

note記事やコラムのみならず、小檜山氏名義のツイもまた自説主張、さらには自分と相容れない意見への反発に見えます。何よりも明らかなのは、『青天を衝け』と『カムカムエヴリバディ』が好きでないこと、そして、有名企業の創業に至るまでを描いた朝ドラが気に入らないこと、この2点でしょう。

ただし朝ドラの場合、後者に該当する人物がモデルになるケースは多く、ドラマのレビューを書きたいのであれば、好き嫌いは封印するべきかと思います。別にNHKも、小檜山氏の好き嫌いに合わせて朝ドラや大河を作っているのではないのですからーと言うか、好き嫌いでドラマを判断するのなら、もう有料記事を書くのは止めるべきですね。


飲み物-カクテルとオイルランプ
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[ 2022/10/01 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 71その3

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、MVP関連です。

しかし、今週は何もかも、のえがかっさらってしまった。
それなりのお嬢様なのに御所の女房。あのゲスな本音。過去に何かあったんですかね?
あの振る舞いですから、何も知らない娘ってことはないでしょう。二階堂行政にしても、さっさと片付けたかったんじゃないですか。

何やらページ数、ひいてはPV数を増やすだけのような存在に見えるMVP関連記述ですが、ここでなぜ北条政範と藤原兼子(卿三位)が出てこないのでしょうね。出番は少ないけど今後の鍵を握っていると思います。それと行政の孫、ここではのえが出て来るのなら、彼女の父親(行政の娘の夫)伊賀朝光も、今後のことを踏まえて出してしかるべきでしょう。この人の息子の光季は、承久の乱で朝廷方に招聘されたにも関わらず応じなかったため、自害に追い込まれています。

あの甘ったるい理想のプロ彼女から、一転してゲスな本音。
いやあ、これは教育にいいドラマですよ。
予告のきのこに喜ぶ時点で、これはもうダメだとは思いました。見抜けない義時、もうダメだと。

義時が本当に見抜けなかったか否かはともかくとして、
「いやあ、これは教育にいいドラマですよ」
という武者さんの言葉が、非常におじさん臭く見えて仕方ないのですが…日頃武者さんが軽蔑している(たぶん)おじさん臭さに、本人が嵌ってしまっているような感じです。

それにしても、つくづく今年は良心的です。
いくらイケメンの小栗旬さんが演じていても、義時はもういい歳のオッサンの上、人を殺しまくっています。
そんな男に惚れる女はおらんでしょ、という現実を見せつけてきました。

どこか「良心的」なの不明です。相変わらずと言うか、牽強付会ではあります。
「いい歳のオッサン」はともかく、それなりの社会的地位も権力もあるのですから、本気で惚れ込んでいなくても、言い寄って来る女性がいても特におかしくはないかと思います。それと
「人を殺しまくっています」
これは笑うところなのでしょうか。武家政権、それもまだ創業時の段階に於いて、何らかの形で人を殺める、あるいは間接的にそれに関与している人は多いはずなのですが。なぜ変に現代的視点でものを見るのでしょうね。

去年の大河も、変に美化せず、そう描いていれば面白かった。
渋沢栄一と兼子の再婚なんて、妊娠期間からして千代の死後間も無く関係があったとしか思えないわけです。
そもそもが出会いは明治の愛人クラブ経由です。

ここも変に現代的視点になっています。妾を持つのは男の甲斐性とまで言われてもいた時代、別に美化も何もしておらず、しかも千代はそれとなく栄一に圧力をかけてはいるのですが。あのシーン、ちゃんと観ていたのでしょうか武者さんは。

愛人契約を純愛にしたり、史実をあまりに歪めて描くから、ワケがわからなくなる。
なぜ金で女を転がすおっさんを美化せねばならないのか?
その過ちを繰り返さない今年は良心的です。

別に「純愛」として描いてはいませんけどね。栄一もちょっとばつが悪そうでしたし、史実を歪めて描くと言うのであれば、栄一のどのような史実をどのように歪めて描いたのか、その点の具体的な指摘がないから、武者さんの批判あるいは非難がどこか的外れになっているわけです。
それに比奈も当初は、金と力のある男性である頼朝の側室となるはずだったのですが。過ちを繰り返さないのであれば、最初から義時の許に行かせる設定にしたでしょう。しかし「良心的」て…。

中年以降の徳川家康にだって、別に純愛など期待されていません。
松本潤さんはイケメンですが、それはそれ。来年もこの調子で頼みますよ。

そしてなぜここで、来年の大河を唐突に引っ張り出してくるのかも意味不明。自分の希望を、こんなとこで押し付ける必要もないでしょう。第一古沢良太氏も、中年以降の家康に純愛させるなどとは一言も言っていないし、今現在わかっているのはまだ若く、しかも歴史に翻弄される家康が、家臣と共にどのようにして己の行く道を選び取るかなのですが。

そして栄一の妾関係でいくつか記事のリンクが貼られています。その内のひとつだけ見ましたが、正直言って武者さんの主観メインであると思われます。
たとえば

むろん、襄に妾はありません。
敬虔なプロテスタントである襄は考えただけでゾッとしたことでしょう。

また「プロテスタント」で一括りにしていますが、プロテスタントという名を持つ教派はありません。せめてピューリタンとしてほしいところです(厳密には会衆派)。新島自身が学んだアマースト・カレッジを始め、アイビーリーグのハーバードやイェールもこの会衆派で、禁欲的かつ自治と聖書のイメージです。

何事も近代的な渋沢栄一ですが、女性の見方は古風でした。

「近代化を成し遂げた人」が女性観、または家族の在り方に関して、必ずしも当時の西欧人と同じではありませんし、逆に当時一代で名を成した人の場合は、寧ろ愛人がいてもおかしくはなかったでしょう。

そしてまた『論語』から。思うのですが、真に漢籍を専門にしている人の場合、こういう形でちょこまか出してこないのではないかと思いますが…すべて自説補強にしかなっていないし。

ここで少し『論語』の擁護でもさせていただきますと……。
西洋から「一夫多妻制はありえないのではないか」と言われた東洋の人々は、文化の違いであり野蛮だと言われる筋合いはないと抗弁したものです。
ただし『論語』はじめ儒教にそうした戒めがないかと問われれば、そうとも言い切れません。
酒色は控えるべきだという観念は東洋の儒教国家にもあります。
玄宗と楊貴妃はじめ、女性に耽溺した君主は問題があるとみなされました。
栄一は若い頃、志士であったこと。それに彼が「明眸皓歯」(めいぼうこうし・明るい瞳に白い歯で美人のこと)に目がないと語っていたことも考えましょう。
夫は女好きを隠そうとしない。
何人もの明治の女性はそうため息をついていました。兼子もその一人です。世間は騙されようとも、妻はそうじゃない。

まず「『論語』の擁護」などとあるから何かと思ったら、つまるところ「『論語の正当性』」なのでしょうか。そして中国歴代王朝にそういう戒めがあったということは、酒色に関する問題が多かったとも取れます。しかしそれと、美人が好きだと言っていた栄一を同一視できるのでしょうか-要は武者さんは志士が嫌いなのだなと思います。
それと栄一のみを女に目がないとするのは筋違いです。志士の多くは妻以外に愛人もいたり、また愛人を作っても妻を持たないという人もいました。さらに
「西洋から『一夫多妻制はありえないのではないか』と言われた東洋の人々は、文化の違いであり野蛮だと言われる筋合いはないと抗弁したものです」
と言うのであれば、栄一の時代のことを、今の我々がどこまでとやかく言うべきなのかも考えてしかるべきでしょう。単なる『青天を衝け』叩きのためでしかありませんし。特定のドラマを批判あるいは否定するために、違う時代の道徳を持ち込むのは、正に一夫多妻を否定した西洋と変わらないのではないでしょうか。

『鎌倉殿の13人』は、三谷幸喜さんが今までの大河の中でも最も力を発揮しているように思えます。
資料が少ないだけにミステリのような展開ができる。
歴史研究者が推理でバリバリと話を進めると問題がありますが、そこを作家が補う。

個人的な意見ですが、所謂三谷大河の中で、今一つ面白く感じられないのが今年の大河です。
始まる前は、戦国や幕末と言ったポピュラーな時代でなく、吾妻鏡に則るとあったため、より今までの大河に近づけるのではないかと思っていました。しかし先日分でも触れたように、どうも現代に寄せている感があり、しかもそこに三谷さんらしい描写を織り交ぜると、歴史ドラマの面白さとはまた別になって行っているように思うのです。

確かにオリキャラとか、特定の人物像の描き方などは面白いと思います。その一方でアレンジし過ぎて、この時代特有の雰囲気とどこかそぐわない印象も同時に受けています。また考証にしてももちろん異論もありますし、『真田丸』の頃から感じるのですが、どうも考証を前面に押し出し過ぎな嫌いもあります。

そして政範の死因ですが。

・状況的に見て病死とは思えない
・殺害現場が平賀朝雅邸
・遺体が人目につかぬよう、早急に処理されている
・政範と同時に別人も死んでいる
どうです? ミステリでしょう。

いや武者さんがそう思うのは勝手ですが、ここで持ってくるべき話題かと思います。それを言うなら歴史上の人物の生涯など、多くがミステリですし、信長や龍馬の最期などその最たるものでしょう。それと史料によっては、時政も政範に同行していたようですね。

そしてあらすじ部分で書いたことを、もう一度持ち出しています。

そして不気味なのは、りくと時政の反応が見えにくいところ。
時政は重忠を討つ気でいますが、その動機がまだ見えてきません。
今週はいわば溜めで、来週どう展開するか引っ張っています。
わかりやすすぎると興醒めだし、同じ週で解決するなんて勿体無い――そういう極上の歴史ミステリにしたいからこそ、ひねりにひねったうえで、ひっかけも用意している。
義時の結婚でわちゃわちゃ盛り上げておくのがそうでしょう。

何だか「極上の歴史ミステリ」などと言われると、かえって興ざめするのですが。
時政の動機が見えてこないのは確かですが、そしてこれも前に書いていますが、彼らは息子の死因が何であるのかさえ確かめようがないわけです。やはりここは定説通り、重忠の子で政範に同行しており、しかも朝雅とうまく行かなかった重保に責めを負わせるのでしょうか。それと、同じ週で解決するなんてもったいないと言うより、ペース配分からして、複数回に分けた方がいいと制作陣が判断したせいかも知れません。
今年のはここまで善意に解釈すると言うか、持ち上げることができる一方で、『青天を衝け』は悪意に満ちていますね。好悪でドラマを判断するとどうなるか、その見本のようなコラムです。

それにしても、色々な意見があるのは承知しているが、自分はこれを応援したいと書くのであればまだわかりますが、どうもこのコラム、あるいは朝ドラ記事の場合でも、自分と違う意見は言語道断のようになっているのが多いし。特にネット上のファンダムを、目の敵にしてやしないかとも思われます。

あと、視聴率のことでまたあれこれと書かれていますが、これに関してはまた改めて。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/09/10 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと―持ち上げる今年そして叩く昨年

『武将ジャパン』大河コラム続きというか、まず三谷さん脱稿関係です。そしてそれに絡めるようにして、まあ例によって例の如くと言いますか、『青天を衝け』をかなり叩いています。

朗報です。
まだ8月末なのに、脱稿したそうです。
(注・関連記事リンクがありますがここでは省いています)
決定稿にするまで手を入れるから、そのせいでギリギリまでかかるのだろうけれど、プロットの仕上げそのものはそう遅くないだろうと。
これはドラマを見ていればわかります。

三谷さんにしては早い方なのだろうと思います。しかし何度も書くようですが、これがガイドブックの発売に影響している印象もありますし、早い人は、放送開始後間もなく脱稿ということもあるようです。

今回は頼家の暗殺が、風呂場でなく猿楽の舞台でした。
あの猿楽は手間と時間がかかるため、いきなり決めてできるものとは思えないのです。
本作は作りに時間がかかるような場面が多い。
小道具や衣装も手間暇かけています。時間にある程度余裕がなければできないはず。

猿楽のシーンはあらすじと感想でも書いていますが、『太平記』で、柳営(将軍-この大河では執権-の館)に招かれた猿楽衆の中に、刺客が入り込んでいたのをベースにしているように見えます。武者さんがこれを観ているかどうかはわかりませんが。しかし猿楽だけでなく、他にもある程度の時間を見て取りかかるべきシーンというのはあります。武者さんがなぜここで『麒麟がくる』の能のシーンを持ち出さないのか、それがよくわかりません。『平清盛』の舞楽のシーンなども同じでしょう。

そして、

ですので、こういういい加減な報道に私は割と苛立っていました。
「三谷幸喜の『Nキャス』MC就任に大河スタッフが顔面蒼白!脚本が間に合わない!?」(注・本文は記事へのリンクあり)
三谷さんご本人の怒りは、私どころじゃないでしょうけれど……代わりに憤りをぶつけさせていただきます。
そもそも、そこまで脚本が決定的に遅い人が、三度も大河に起用されるものでしょうか?

別に武者さんが、代わりに怒っても仕方がないと思うのですが…。しかしこれも嫌いな大河だったら、我が意を得たりとばかりに紹介するのではないのでしょうか。何せ今までがそうでしたし。それと三谷さんの起用、本人の意向もあるいはあったかも知れませんし、『真田丸』が割とよかったから、もう一度となったのかも知れません。ファンからの要望もあったでしょう。

それと好きな大河の割に、こういうツイをするのですね。歴史系ライターを名乗っていて、大河コラムを有料で書いている人が、これはどうかと思います。

小檜山氏ツイ義時関連

そして嫌いな大河に関しては、武者さんはこの通りです。

近年で脚本が遅れていると判明したのは『青天を衝け』です。脚本家が歴史に馴染みがないか、好きでなかったのだろうと感じました。
大河にはガイドブックがあり、おおまかなプロットが放送前にわかります。
そのプロットから根本的な部分が変わっているとなると、あまりに時代考証がおかしいと判定されたため、その後に修正されたと想像できます。
去年はそういう妙な変更やカットが多かったんですね。

昨年でなくても、ガイドブックと実際のドラマとのギャップは何度か見られました。嫌いな大河だから騒いでいるのでしょうが、今年もガイドブックと、実際のドラマのギャップはありますけどね。

ともあれ、まず2021年という年を考えてみたいと思います。

前年の2020年に行われるはずだった東京オリンピックとパラリンピックが1年延期され、この年の夏に行われることになりました。当然NHKも放映権を持っているわけで、中継に当たって大河ドラマの放送をいくつか削らざるを得なくなります。恐らくはそのせいで、脚本にいくらか変更を加えざるを得なくなったのも一因でしょう。かてて加えて、コロナ禍で収録と放送の休止を余儀なくされた『麒麟がくる』が、翌年にまで放送がずれ込んだため、当初の予定とはかなり違ってしまったのではないかと思われます。

事前にガイドを読んで「これをそのまま放送したらまずいだろう」と思っていると、実際の放送ではカットされて、どうでもいいシーンが追加されていた。
一例として、長州征伐の西郷隆盛です。
天狗党を大量処刑したことと比較して、流血を回避した西郷隆盛を褒めるニュアンスのプロットがありました。
しかし、戊辰戦争と西南戦争を引き起こした西郷が流血を避けるなんて、まずありえない話。
幕末史の基礎でしょう。

ちょっとわからないのですが、武者さんは、第一次長州征伐が武力衝突なしで終わったのをご存知ないのでしょうか。
『西郷どん』でもこの時は、西郷吉之助が徳川慶勝に直訴して平和的解決に持ち込んでいます。またこれに対する条件として、禁門の変を京で指揮した長州藩の三家老の切腹や、藩主父子の謝罪、さらには五卿の筑前への移転などが行われています。

そもそも武者さんは、自分が好きな大河の描写に沿っていないと気が済まないようですね。『八重の桜』、『西郷どん』そして『青天を衝け』、それぞれの西郷の描き方があるはずです。それを言うのなら『麒麟がくる』の光秀も、私は今一つ納得できないところがありました。

ゆえに、放送時はそうしたニュアンスの誘導はバッサリ消えていました。
小道具、衣装、VFXの処理もおかしかった。
店のインテリアとして「風神雷神図」の屏風があった。
本物のわけがありませんし、偽物にせよ店にあんなものは置かないでしょう。質感からして大型プリンタで印刷して貼り付けたようなのっぺりとしたものでした。
書状や書籍も、きちんと筆で書いたものではなく、印刷したのでは?と思えるものがしばしば見えた。

「そうしたニュアンスの誘導」とは何でしょうか。「これをこのまま放送したらまずい」ということでしょうか。何だか意味が通じにくいですね。

そしてあれがおかしい、これがおかしいとありますが、ならばもう少し客観的な説明をつけてほしいものです。あのパリの風景などは割とよかったと思いますし。『風神雷神図』がおかしいのなら、画像を貼ってどことどこがおかしいくらいに指摘するのなら、それはそれで納得できるのですが。あと「印刷したのでは」と言うのは、具体的にどんな書状や書物でしょうか。近代日本であれば、もう印刷された書物が出て来てもおかしくないでしょう。

そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます。
昨年は、ただの手抜きではない、不吉な予兆がいくつもありました。
そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石。
来週以降も期待して待っています。

「そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます」
これもどういう意味なのか不明。
そして
「ただの手抜きではない、不吉な予兆」
これも何のことやら。そしてさらにおかしいのが、
「そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石」
なぜ『青天を衝け』の脚本の細部を見ていれば、今年は盤石になるのでしょうか。

この部分、要は
「こういう細かい部分がおかしいと、脚本の進み方にも乱れが出て来そうです。単に手を抜いたとかでなく、もっと失敗しそうな何かを感じずにはいられません。こういう細部への詰めの点では、今年のは昨年よりまともです」
こう言いたいのでしょうか。しかしもう少しわかりやすい日本語で書いて貰えないものでしょうか。無論私は、昨年のが今年より劣っているとは思わないし、最初の方で書いたように、放送日程の急な変更でやむを得ない部分もあったかと思います。寧ろ昨年に比べた場合、今年はやはり如何にも三谷さん的展開で、やや食傷気味に感じられることもあります。

そしてこの「今年はやはり盤石」、「来週以降も期待して待っています」なのですが、ちょっと無理が感じられます。本当に面白ければ、わざわざ昨年の作品と、何かにつけて比較する必要もないわけです。『青天を衝け』を、未だにかなり意識しているのだろうとは思いますが。


飲み物-パブのビール2
[ 2022/09/03 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 68その1

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、第31回前半部分です。

1.系統は二つあり、頼朝の子と、全成の子。
全成には頼全と時元という男児がいました。
一方、頼朝には三名いて、一幡、善哉という孫、頼家の弟として千幡が表示されます。他にもいる頼家の男子は、ドラマでは省略されていますね。

あらすじと感想で書きましたが、子供たちが多いなと思ったのがこの回でした。当然ながら、これ以上子供たちを出せば、誰が誰だかわからなくなるでしょう。また制作の方も紛らわしくならないように、見せ方を工夫していると思われます。

2.義時は冷静です。
「お前が書いたんだな」
「そうだ。何枚でもあるぜ」
「勘弁してくれ!」
義時は絶望しつつ紙を破ります。
当たり前ですね。むしろ、義村の頭を引っ叩かずに耐えている義時がえらい。
にしても、なぜ義時は義村の嘘を見抜けたのか。三谷さんらしいミステリぽい展開ともいえますね。

署名集めの時もそうでしたが、義時と義村の価値観の違いが出ていますね。
しかしなぜ義時は(あるいは視聴者も)嘘を見抜けたかと言われても、「あの」義村が、こんなに自分に取って都合のいい物を持ち出して来たら、一応は疑ってみるのではないでしょうか。これに関しては、ミステリ以前の問題とも言えるかと。
ちなみにこの箇所に関して、次のような喩えがあります。

3.美人で、仕事もできて、薄給でも文句を言わない。残業も、休日出勤もしてくれるし、おまけに露出の高い服装で出社してくる……そんなモバイルアプリじみた押しかけ秘書が実在するかどうか?
機密情報を全部盗まれるなんてことがあるかもしれない。有能で美味しい存在には警戒が必要ですね。

違うような気がします。
義時の場合、あくまでの相手の行為に関して疑いを持っているわけです。例えばいきなり有能な家人か誰かを押し付けられて、それが実はスパイだったなどと言うのであれば、いくらか似たところはあったでしょう。逆に比奈を、スパイのように使ってはいますが。

4.それでも悪びれず、比企の天下にしたくねえ、善哉しかねえと言い張るのが義村。
比企をぶっ潰す!と盛り上がり、反対する義時に対しては「そんなに三浦に力を持たせたくないのか」とウダウダ言い始めました。

ここのところですが、実際はこうなっています。
義村「比企の天下にしたくねえんだろ」
義時「もちろんだ」
義村「だったら善哉様に継いでいただくしかない。違うか」
そしてその後、比企が納得しない→その時は戦うまで→鎌倉が二分されてしまうと、義時、義盛そして時房の会話が続き、しかる後に
義村「三浦が力を持つのがそんなに嫌か」
義時「そういうことではない!」
となるわけです。
この前も似たようなことがありましたが、義時のセリフもこの場合重要なのに(比企の天下にしたくないという意思表示なので)、そこが抜けているし、比企をぶっ潰すというのは、主に義盛と時房が言っているわけですね。

5.「鎌倉が比企と北条で割れているのは俺でもわかる。でもな、俺はどっちの側でもない。俺は俺だ」
キッパリと、そう言い切る知家。
一番うまい身の処し方かもしれません。こんなシンプルな説明で風格を見せる市原隼人さんが今日も素敵だ。

と言うより、義時に「どちらにもつかない」という選択肢はないわけですから、比べると義時が気の毒でしょう。

6.美しいけれど毒がある。まるでトリカブトの花の精のような、生田斗真さんの新境地が見られました。

武者さん時々こういう喩えをしますが、これが女性ならまあいいでしょう。いささかファンタジー的ではありますが。しかし源仲章は当然ながら男性であり、この場合花以外の、たとえば鳥とか動物などになぞらえる方法はないものでしょうか。

7.大河ファンに揶揄されがちな、女性人物のセリフとして、次のような言い回しがあります。
「いくさは嫌でございまするぅ〜」
どの大河で、誰が言ったのか――そういう詳細はどうでもよく、ともかく戦を避けるためヒロインが薄っぺらいセリフを使うことを指摘したものです。
女の子は平和が好きでしょ、ゆるいでしょ、といったニュアンスですね。
あるいは女性の脚本家だったり、女が主人公だと「スイーツ大河」とされるスラングもあります。
そうした状況を踏まえて実衣の言動を見ると真逆。
夫と我が子を理不尽に殺された恨みを晴らすため、仇討ちした敵の首をどうやって並べるかまで指示する。スイーツどころかかなりのビターです。

私は別に実衣がビターという印象は受けません。ここの部分、何度も書くようですが。実衣が思ったことをずけずけ言えるのは、彼女の周辺が北条の人物だったからというのも大きいかと思います。身内に守られているという特定の条件下で、甘えと言うのは適切ではないかも知れませんが、少なくとも彼女を知る人たちの理解あってこそ、可能であったことでしょう。これが他人ばかりであったら、首を並べてなどのほほんと言ってはいられないでしょうし。寧ろ第30回などを見ていると、実際は弱さもある女性かと思います。この辺りくの方が強かでしょうし、真に強かな人物はこういう生々しいことを口に出さず、オブラートに包むような物言いをするのでしょう。

8.近年でも『八重の桜』や『おんな城主 直虎』は、むしろシリアスな残虐描写が多かった。
ただし、実際に戦争を体験した世代が「戦は嫌だ」というセリフを入れるのであれば、薄っぺらいどころか自身の経験を反映させたとも見なせるでしょう。

『八重の桜』はともかく、『おんな城主 直虎』の方は、個人的に馴染めなかったせいか、やたらに生首や死体を登場させて、「戦国らしきもの」の演出をしていたという印象があります。また戦争を体験した世代云々ですが、『真田丸』の梅が、戦になると男手が足りなく作物もできず嫌だと言うのは、説得力がありました。

9.「義母上は、父上に政(まつりごと)が務まるとお考えでしょうか?」
もちろん。そう言い切りながら、夫の器を信じていると断言するりく。そのうえで汚れ仕事を義時に押し付けます。
邪悪ですね。
頼朝にせよ、義時にせよ、自分が拳を振り下ろした結果、血が飛ぶところから目を逸らすことはありません。
ところが、りくはそうではない。
こういう想像力の欠落した策士には、目の前に首でも置きたくなります。

汚れ仕事を押し付けるのではなく、その汚れ仕事が女性のりくにはできないからでしょう。
武者さんがりくを嫌いなのは認めますが、報酬を貰って書いている以上、あまり好き嫌いを表に出すべきではないかとも思います。そもそも想像力が欠けているとは、どのような想像力が欠けていると言いたいのでしょうか。
それにこの後で出て来ますが、比企能員の殺戮現場の指揮を執っていたのは、彼女がその器を信じていると言った時政なのです。

10.そう言い合いますが……ある意味、頼朝が殺戮のたがを外した結果がこれです。たとえば頼朝が、源氏の血だからと木曽義高を助命していれば、その後の結果は大きく違ったかもしれない。
頼朝の死後、さらにゲームのルールは変わりました。
たとえ出家していようとも、阿野全成とその息子・頼全は殺された。
徹底せねば、いつまた驚異となるかわからない。
そして義時は、政子に誓約した直後、戦になったら真っ先に一幡様を殺せと泰時に命じます。
「生きていれば、必ず災いの種になる。母親ともども……頼朝様ならそうされていた」
頼朝の教えを受けた愛弟子が、その頼朝の血を引く幼子を殺す。何をどう間違ったらこうなるのでしょうか?

一幡を殺せという指示に関してです。しかしあの時義高を生かしていれば、恐らくは木曾の軍勢との戦に入り、御家人も割れ、すんなりまとまることはなかったでしょうし、平家も討てなかったかも知れません。そして武士の時代が続く限り、これは続きます。そもそも何を間違ったらなどという問題ではありませんね。武者さん、失礼ながらりくではなく、貴方の想像力が欠けているように見えてしまって仕方ないのです。それにこれ以前にも似たような事件はあり、平安時代中期には、藤原清衡が異父弟の家衡から妻子を殺されてもいますし、何も頼朝から始まったわけではないでしょう。

そしてこの一幡殺し関連でこのような文章があり、リンクが貼られていますが

歴史で言えば、司馬懿が曹操のやり方をトレースして、王朝簒奪する過程を思い出します。

これは日本の鎌倉時代の話です。馬懿が活躍した、後漢から三国時代の話ではありません。


飲み物-ブランデーグラスのビール
[ 2022/08/18 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』第19週感想-1

『ちむどんどん』の気になる点について。

第91回
  • 「同居はしない」「重子さん」
  • 2人暮らしでテーブルが小さすぎませんか
  • 和彦が料理をほめてくれるのに「そんな言わないで」と言う暢子
  • 房子と田良島の会話が何だか中身がなさそう
  • 重子の提案の「葛飾北斎、横山大観、竹久夢二」の関連性のなさ
  • しーちゃん呼ばわりを強調する重子
  • 三郎の「イタリアンをやって来たのになぜ沖縄料理」の突っ込みがまとも
  • なぜか暢子の出店計画を手伝う智
  • 二ツ橋シェフの忠告には同意
  • 「辞めてもフォンターナの一員でいたい」
  • 全部ひとりで背負うのがすごく…孤独を感じる
  • 偶然我那覇と再会する賢秀

まず手紙の「重子さん」ですが、暢子て一応お嫁さんですよね。「青柳のお母さん」とか、せめて「和彦君のお母さん」ではないでしょうか。でその重子さん、しーちゃんと呼んでくれと強要し、店に葛飾北斎、横山大観、竹久夢二の絵を飾ろうとか、およそ関連性がないと思うのですが-彼女の言う教養とはこういうレベルなのでしょうか。あと房子と田良島の話もそうですが、変なインテリ臭さばかり漂って空虚な感じです。暢子が入って来た途端、店の経営について喋り始めた房子の方が、よほど生き生きしているのですけど。

あとあまゆの2階はキッチン付きなのですね。しかし2人で暮らすには狭すぎだし、テーブルも小さ過ぎでしょう。何だか一人暮らしの女性が、彼氏を泊めて次の朝に食事を作ってあげている、そんな感じなのですね。それとあの部屋、換気などはどうやっているのでしょう。それと暢子の「そんな言わないで」はないでしょう。ここは素直にありがとうでいいかと。

そしてイタリアンをやって来たはずなのに、なぜ沖縄料理なのか三郎が尋ねます。これと、二ツ橋シェフの忠告
「イタリア料理を極めたいとは思わないんですか」
「夢や理想だけで飲食店はやっていけない」
は納得できます。しかし暢子もやりたいやりたいと言っている割に、明確なビジョンが乏しいように思います。あと「辞めてもフォンターナの一員でいたい」、いや辞めたら貴女は貴女の店のオーナーなのですけど。フォンターナでアドバイスを受けたいのでしょうか。

そのせいもあってか、物件探しや資金繰りで早くも音を上げている感があります。しかし出店計画を、なぜ智が手伝っているのかそれも疑問です。ついこの間、あんな目に遭わされたはずなのですが。それとスナガワフードの仕事はどうなっているのでしょう。

さらに賢秀ニーニー。結局また「先立つもの」を貰って養豚場を辞めるのですが、出たり入ったりは自由なのでしょうか。しかも競馬ですってしまって、そしてまた我那覇と再会して…何だか似たような展開になっています。

第92回
  • 和彦はなぜ仕事に行かずに信用金庫の人の話を聞いてるの
  • またあまゆに飛び込んでくる賢秀
  • 200万円引換券
  • 賢秀がやっているのは要はネズミ講ですが、あまゆにいた人たちが誰も注意しない(注意して聞くニーニーではありませんが)
  • 良子「野菜をちゃんと食べなさい、これ高かったんだよ」
  • 実家に山と積まれたビタミンドリンクと学ばない優子
  • 「野菜の声が聞こえる」
  • 鶴見の信用金庫の人が杉並区の物件を紹介?
  • なぜか厨房より2階を見たがる暢子
  • 暢子「失敗したら全財産なくして借金が残る」
  • 歌子「暢ネーネーは昔から食べ物屋さんをやる運命なわけよ」

そして鶴見の信用金庫の人が訪ねて来ます。やはり暢子の計画は甘かったようです。それにしても和彦は、なぜ出社もせず一緒に話を聞いているのでしょうか。そしてまたニーニー、今度はビタミンドリンクのしかもマルチ商法(ネズミ講)のようです。しかしその場にいる人たちが、なぜか黙ったままです。それはもう法律で禁止されるとか、誰か言ってあげないのでしょうか。そしてあの「引換券」、子供のお遊びでしょうか。

そして案の定、母親の優子がそれを買ってしまいます。自分は野菜を食べるからこれは飲まないけど、賢秀も頑張っているからと例によって例のセリフです。お母さん、その態度がニーニーを駄目にして来たのですが…。そして野菜と言えば、良子が野菜を食べない晴海を叱ります。それはいいのですが
「これ高かったんだよ」
は如何なものでしょうか。せめて栄養があるから食べなさいとか、そのように言うのではないでしょうか。そして子供たちが給食を完食しないことで、給食主任の良子はまた苛々しまくりです。

そんな良子の許に電話がかかります。暢子からニーニーの件に関してですが、別に職場にかけずとも、夜に家にかければいいのでは?まあその日戻って来た良子が、そのビタミンドリンクが山と積まれているのを目にする設定だから、このようにしているのでしょうが。

暢子。鶴見の信用金庫の人なのになぜか杉並区の物件を紹介されます。それはともかく、1階の厨房設備よりも、2階の部屋の方を見たがるのはなぜでしょう。ここで暮らそうと思っているのでしょうか。そして借金が不安だと今度は歌子に電話しますが、そもそも比嘉家の借金はどうなっているのか気になるところです。そして歌子が
「暢ネーネーは昔から食べ物屋さんをやる運命なわけよ」
と、暢子が料理を目指すきっかけとなった大会を踏まえつつ言うわけですが、ただ料理好きと飲食店経営は、二ツ橋の言葉のように分けて考えるべきでしょう。

あと優子が野菜を作って、モーウイ(赤瓜)を食べさせるシーンがあります。この時野菜の声を聞くというセリフが出て来ますが、何だか既視感があるなと思ったら、『カムカムエヴリバディ』の「小豆の声を聞け」でした。あと『八重の桜』でも山本家の菜園のシーンで、似たようなセリフがありましたね。

それと先週の、歌子が仮病を使って智をフォンターナに引っ張って来る展開に関して。あの時歌子が今日は熱はないなどと言っていましたが、せめてあの時、智ニーニーには悪いけれど、結婚式には出席してほしかった、自分も歌うから聞いてほしかったくらい言っておけば、また与える印象は違ったと思います。脚本に難ありと思わざるを得ません。


飲み物-コーヒーフロート
[ 2022/08/17 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 67その3

『武将ジャパン』MVPと総評ですが、何でもMVPは全成と実衣だそうですが、例によって出番が多い人々をMVP認定しているように思えます。全成はともかく、私なら比企能員を選びますね。そもそもMVPというのが、ページ数を増やすためだけに存在しているようにも見えます。

で、例によってかなり長々と書かれているので、主な部分だけピックアップしておきます。

しかも(注・全成の呪詛は)この時代ならではのもので、もっと後の仏僧ではこんなことあまりしないと思います。そういう未分化の呪術に意味を持たせる所作をするって、相当大変な努力が必要だと思えます。
そういうことに気を抜かなかったからこそ、豪雨の中で祈り、奇跡を起こすという場面につながったのではないでしょうか。
気を抜いているようで真剣に真面目に呪詛祈祷をしていたからこそ、ああいう凄絶な場面になったと思えます。

「そういうことに気を抜かなかったからこそ」とは、どのようなことに気を抜かなかったからなのでしょうか。また、大変な努力とはどのような努力なのでしょうか。そういうのが書かれていないから、このコラムにありがちな曖昧な雰囲気のままで終わっています。
あのシーンは恐らく、それこそ日蓮の龍の口法難をベースにした創作でしょうし(『吾妻鏡』では知家が処刑したとしかありません)、また全成があのシーンで「気を抜いていた」ようにはとても見えないのですが。

全成はトボけていた。実衣は野心にギラついて嫌われかねない性格の悪いところが出てしまっていた。
これから先、この二人はあの凄絶な最期と、ほのぼのとした夫婦愛を同時に思い出すことになるのでしょう。

というか、全成は三谷さん一流のコントシーンに登場することが多かったですね。実衣は野心にギラつくと言うよりは、北条の娘であり、周囲も身内やその家人であり、さらにあの思ったことをずばりという性格ですから、逆に隙を与えた感もあります。寧ろ野心にギラついているのはりくの方であり、実衣があのくらいの隙のなさであれば、また全成共々違った運命を与えられたでしょう。

またこの二人はとありますが、全成は既に亡く(他に意味があってこう書いているとも取れますが)、実衣がかつての夫の思い出と共に生き、兄義時から聞かされた夫の最期を、折に触れて思い出し、あるいは千幡にそれを伝えるのでしょうか。

死んだ全成も気の毒ですが、叔父の粛清という素晴らしいカードをきちんと切れない頼家も苦しくなってきました。
せっかく全成を殺すのならば、その領土なり地位を分け与え、かつ御家人を引き締めるように持って行けたらよかったかもしれない。

この場合全成に直接手を下したのは八田知家であり、そうするように差し向けたのは、比企能員ではないかと思います。頼家は、この叔父がしたことに対して怒りはしましたが、最初は流罪であり、尚も(能員に命じられたとはいえ)、呪詛を行ったため処刑に及んだわけでしょう。それに全成の領地である阿野荘は、嫡男時元に与えられなかったでしょうか。

中国史ならば前漢・劉邦、明・洪武帝が得意とするところです。
功臣粛清なしで王朝を築けないか?
その答えが泰時愛読書『貞観政要』にあります。

ここでまた中国史。中国史について書かないと、このコラムはOKが出ないのでしょうか。この時代は前漢でも明でもなく、日本の鎌倉時代初期です。

で、某カルト教団について触れた後で、ネット会話の「神」についてどうのこうの。

「この脚本家のあの作品は素晴らしかった! だから今度も神脚本になる!」
これも一種の信仰です。
ドラマの出来がいかに悪くなって、脚本家が名義貸しばかりのような実態でも、見る方がひとたび信じれば、その人にとっては真実になります。
私は三谷さんは好きだけれども、別に信じて崇めているわけではありません。
実際に見て面白ければ納得するけど、そうでなければ突っ込む。
それが“信仰”に依らぬ理性での判断でしょう。
今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い。

「“信仰”に依らぬ理性での判断」
とありますが、このコラムを今まで観て来た限りでも、寧ろこの大河は絶対というか、「この脚本を信じています」といった記述も少なからず見られますし、「信じて崇めているわけではありません」などと強調するところも、どうも疑問に思えてしまいます。
そもそも
「今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い」
とありますが、「人間と信仰の本質も見えるような仕掛け」と言うのは、具体的にどういうことなのでしょうね。そういう仕掛けがあるのなら例を挙げてほしいのですけど。

また義経が登場していた回などは、義経と重忠はイケメンでどうこうと、『花燃ゆ』や『青天を衝け』で批判していた点をここでは評価していてダブスタだなとは思います。あと「ドラマの出来がいかに悪くなって」は、『平清盛』と『カムカム』の脚本家さんのことでしょうか。

そして
「でも、だからこそ「神回」とか「神脚本」という呼び方は好きになれない。
信仰ではない理性で判断することも必要なので」
なのだそうですが、別に神回、神脚本でもいいと思います。ファンによっては、そう呼びたい時もあるでしょうから。寧ろこうい意見に対してあれはいやだ、アンチのは見たくないなどと一々言うのであれば、ドラマのライターなどなさらない方がいいのではないでしょうか。すべてが武者さんの理想通りに進むわけではないのですから。

そしてまた『麒麟がくる』。

『麒麟がくる』の光秀もそうですが、義時も“巻き込まれ型”です。自分が先頭に立ち、かっこいいリーダーシップを発揮するわけでもない。
しかし、結果的に何かしている。
大河の主人公といえば颯爽とした笑顔で、さわやかに活躍するイメージがあるかもしれない。
それが結果として受け身で、どんどん目から光が消えていく……ってのは一体どういうことなんだ。
そんな中で、義時が己の使命に覚醒しましたね。
「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために何をなすべきか。鎌倉殿の元で悪い根を断ち切る、この私が!」
義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ。

これ、あらすじの方では「義時にはビジョンがない」と確か書かれていたと思いますが、ここで「結果的に何かしている」とあります。要は光秀は一旦壊れた体制の再生を夢見ますが、義時の場合は出来上がりつつある体制の死守ということであり、守るということは、妨害する勢力を根こそぎ封じてしまうわけですから、このようなセリフになるわけです。
それと義時も当初はいささか地味ながらさわやかな印象でした。大河の主人公は、大体夏から秋頃にかけて、人生の大きな課題に直面し、年齢も重ねてさわやかさは失われて行きます。何度も書くようですが、武者さんの嫌いな大河の主人公もまたしかりです。

それと
「義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ」
何だかこういう部分の表現が、失礼ながら幼稚な感じですね。義時は最早鎌倉幕府にあだなす者に容赦はせず、常に構えるようになったというところでしょうか。

比企一族との対峙については、よりえげつない設定に進みそうな本作。
次週以降、さらに救いがないでしょうから、身構えておきたいところです。

というか、もう大体どのようになるか予想はついています。比企能員の変が次回ですね。でさらに頼家の死、和田義盛の討伐と続いて行くのでしょう。

今年の大河は日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』路線であって欲しい。そんな願いが叶いつつあります。
主人公の目から光が消えるという意味で、司馬懿主役の『軍師連盟』にも近い。

別に大河は『ゲーム・オブ・スローンズ』でも中国映画でもないし、またそうある必要もないのですけどね。
他にどのような映像作品を観ようが武者さんの勝手ですが、なぜこういう明らかに違う文化、違う時代設定のものになぞらえたがるのでしょう。

追い詰められたらどんだけ酷いことをするか、義時は証明してくれます。
全成は誰も恨むなと言った。義時は恨むことすら忘れている。
ただ害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ。
義時を怒らせた連中が悪いのです。

追い詰めるというより、それぞれ守る領分があって互いに譲れないということでしょう。義時は恨むことすら忘れているのではなく、私怨というのがプラスにならないからではないでしょうか。例えば比企能員は多分に私怨に囚われている感があり、その辺りが能員と義時がかなり異なって見える一因かと思われます。

しかし
「害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ」
もうちょっと表現を工夫できないでしょうか。「風雲急を告げる中、彼は今後獅子身中の虫というべき存在と対峙し、やがてもっと大きな存在にも戦いを挑むことになる」と、一応書いておきます。
それと「義時を怒らせた連中が悪い」というのは思考停止に過ぎますね。相手にも道理があるし、逆に義時に嵌められた人もまたいるでしょう。武者さん、最近あまり引用しない『八重の桜』の、「西国諸藩にも義がある」という意味の言葉、時代は違いますがあれにやや近いかと。

飲み物-マグとビール
[ 2022/08/12 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』と『花燃ゆ』と末永創氏

タイトルの話題に行く前に、先日の投稿関連の、『武将ジャパン』コラムの土肥実平と北条時連の比較に関してもう少し。コラムでは石橋山の戦いの後、土肥実平が木の実を食べているが、新世代の時連ならもっと洗練された食べ方をするといった書かれ方をしています。

これに関して私は、両者を比較するにはそれぞれの条件が違いすぎること、ならばいっそのこと、勝利しながらも追われる身となって奥州へ逃げ、農作業をしている義経の方が、まだこの時の実平と相通じるものがあると書いています。また新世代などというのも、武者さんが勝手にそう言っているにすぎません。

このコラム全てに言えることですが、比較するにしてもその対象が適切でないことがあり、正直言って日本語の表現もおかしいです。武者さんが歴史に関してどのように考えているかはともかく、不特定多数の人物に読ませる文章を、それも有料コラムに書くにはいささか不向きな人ではないでしょうか。仮にこれが炎上目的であっても、工夫がないなと思われます。朝ドラ関連でも、首をかしげたくなる表現が目につきますが、これはまた朝ドラ関連投稿で。

ところで『鎌倉殿の13人』ですが、この大河のチーフディレクターは末永創氏です。この人の名前を目にしたことがあるという方もいるでしょう。『八重の桜』、そして『花燃ゆ』の両方で演出を担当していました。

以後はあくまでも主観ですが、『鎌倉殿』で女性同士の会話(特に政子と実衣、りく)が多いというのは過去何度か書いています。それで思うのですが、女性主人公大河を手がけて来た末永氏と、この女性同士の、場合によっては女子トーク的な会話のシーンの多さとは、何か関連しているのかも知れません。

とはいうものの、女性大河の演出経験の多さ即ち女性パートの多さとは言えないようです。『花燃ゆ』は、すべて録画してディスクに入れているのですが、観返してみると、必ずしも文(美和)がおにぎりばかり作っていたり、女性だけでわいわい喋っていたりといったシーンばかりではありません。男性パートは比較的きちんと描かれているところもあります。

そのせいもあり、『おんな城主 直虎』よりも面白い所があると何度かここでも書いています。この男性パートの描写に関しても、『鎌倉殿』と相通じるものがあると言ってもいいでしょう。実際この『花燃ゆ』の蛤御門の変(禁門の変)関連回、これも末永氏の演出ですが、どこか『鎌倉殿』の戦シーンとダブるところがありました。

それから文が美和と改名して、女中として城に上がることになりますが、この時日出(ひので)という奥女中が登場します。この日出を演じていたのは、実は『鎌倉殿』で亀を演じた江口のりこさんです。

あと大河ではありませんが、『ちむどんどん』の暢子役の黒島結菜さんが、高杉晋作の妻である雅を演じています。

今になって観返してみると、確かに粗も目に付きますが、シーンによっては納得できることもあります。また長州大河のせいもあり、蛤御門の変関連の描写にかなり尺を割いています。ただどうしても実際に戦や政変に立ち会っていない主人公、あるいはその周辺の女性たちの世界観が絡むため、男性主人公の大河に比べると、迫力に欠けるのは否定できないでしょう。


飲み物-テーブル上のアイスカフェラテ
[ 2022/06/04 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』1週間分を観て思ったこと

先日から書いている『ちむどんどん』ですが、14日に第5週1週間分の放送があったので、録画して観てみました。その中で、やはり引っ掛かったところと言えば

  • 賢秀(にーにー)が投資話を持ち出し、母親の優子がお金を渡す。結局それは詐欺で、賢秀は酔っぱらって飲食店で暴れまわり、店の内装を壊してしまって損害賠償を要求される。しかしそのことについて優子は叱らないばかりか、寧ろ賢秀を庇い、賢秀はその後家出同然のような形で出て行くが、その後どういうわけかボクサーになって、ファイトマネーを家に送りつける
  • 主人公の暢子がコックになることを志すが、特に調理師学校に行くというわけでもない。最初は進学する友人について東京に行きたいと言い出すが、優子または大叔父の賢吉からのお金を当てにしているように見える。最終的に賢秀からのお金もあって、彼女は友人についでではなく、決まっていた内定も断って夢をかなえに東京へ行くが、進学先や就職先、そして住むところが決まっているわけではない
  • またこの家族の経済が、賢吉からお金を借りていることによって支えられているように見える。体が弱い末妹の歌子はともかく、賢秀や暢子が定収入のある仕事に就けば、家計の助けになるのではないか

こういう点が挙げられます。あと下地先生と歌子のこととか、良子の給料前借りなどもいくらか疑問ではありますが、主だった疑問点としては以上の3つです。

特に賢秀が投資の件で、優子からお金を貰い、最終的にすっからかんになってしまったうえに、優子が彼を庇おうとするのはどうも不自然に見えます。あれが沖縄の典型的な母親というツイを目にしたことがありますが、それでも賢秀は亡き父親から、母親と妹たちを頼むと言われていたはずです。なけなしのお金を出してくれた優子(一部は借金)に対して、まず謝るべきではないかと思うのですが。

しかもこの賢秀が、ダメな兄貴であったにしても、妹たちの面倒見がいいとか、調理師をめざす暢子に励ましの言葉を贈るとか、東京から手紙で、こっちに来いなどと書き送ったりするのであれば、まだそれなりに情のある人物なのだろうなと思います。しかしこの第5週を観た限り、どうもそのようではなさそうです。またこの中で一番割を食っているのは、どう見ても賢吉でしょう。

あと賢秀の件と言い、暢子の上京の件と言い、何か出たとこ勝負的なのが気になります。賢秀は沖縄を出て行って、たまたまボクシングに誘われたのでしょうが、彼にボクシングの経験はあったのでしょうか。全くの素人が数か月ほどで、あれだけ稼げるボクサーになれるものでしょうか。また暢子も、ちゃんと調理師の勉強をしてから、然るべき店に入社するという手もあるのではないでしょうか…。

ところで小檜山青氏のnote(https://note.com/54seikobi85/n/nb79d76867d1a)では
「それでも彼は愛嬌がある。可愛げがあるから許されるのって、実は女より男なんじゃないかと思える。あの「マグネットオーロラスーパーバンド」にせよ。褒められたいから詐欺に引っかかったということにせよ。まあ、そういうかわいいことを言われたらいっか……と、許したくないけど許せる」
などとありますが、これでは理由にもなってないし、正直言って賢秀に愛嬌があるようにも見えません。上の方で↑述べたように、ダメな奴だが、可愛げがあって妹の面倒も見る人物であれば、いくらかの情状酌量もできるかとは思いますが。

それと小檜山氏、『カムカムエヴリバディ』のファンがこれをぶっ叩いてるなとと書いていますが、少なくとも私は、あちらのヒロインの方に好感が持てます。ちなみに『八重の桜』の時も、『平清盛』のファンが2月頃まで叩いているなどとありますが、やはり藤本さんが『カムカム…』の脚本を書いたことによって、この人はアンチ清盛になってしまったようですね。以前はそうでもなかったと思います。

飲み物-注がれる紅茶
[ 2022/05/15 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

小檜山氏のツイと壇ノ浦合戦回

毎度のように小檜山氏、すなわち武者さんのツイートを持ち出してすみません。きりがないのでそろそろ区切りをつけたいと思ってはいます。

で、今回はこちらのツイです。
「そうそう。で、八重松陰が大河主演で、花燃松陰が逮捕と…」
こちらは他の方へのリプで、『八重の桜』の出演者関連でスレッドが形成されています。無論小檜山氏のことですから、好きな作品の登場人物は褒め、嫌いな作品の登場人物はけなしています。

それはともかく、この「大河主演の八重松陰」ですが、八重と主演作品、つまり『鎌倉殿の13人』の間にもうひとつ出演した大河があります。『西郷どん』です。こちらでは坂本龍馬を演じていましたが、小檜山氏は嫌いな作品だからだんまりのようですね。実際あの時の龍馬のイメージが、今の髪を下ろした時の小栗さんにどことなく重なるのですが。

そして何よりも、先日放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、小栗さんは主演に関して「断る理由がない」と語ったうえで、大河主演に関してこう述べています。
「(『西郷どん』の)鈴木亮平くんは、とにかく自分の人間力というものが、ものすごく大きくなる参加だと思うという話はしていた」
「背負うものも大きく、常に自分の人間力を試されているような気がする現場だったって話をしていた」
鈴木さんの言葉も、小栗さんが主演のオファーを受けるその一因となったようです。

そして「花燃松陰」が逮捕などとありますが、小檜山氏がほめていた『いだてん』前半部分でも、コカインで逮捕された出演者がいましたし、そして何よりも、『麒麟がくる』で当初帰蝶を演じる予定だった女優さんも、麻薬所持で逮捕されていますね。この辺りはどう考えているのでしょうか。

しかしツイでは、嫌いな作品叩き(特に『青天を衝け』と『カムカムエヴリバディ』)が凄まじいです。それも、叩く理由が正鵠を得ているのならまだしも、とにかく嫌いだから叩きたいといった雰囲気です。そう言えば以前歴史改竄した大河は嫌いだと言っていましたが、恐らく歴史を改変(改竄ではなく)していない大河などまずないでしょう。

ところで『鎌倉殿の13人』、明日は壇ノ浦の戦いです。いよいよ義経が平家を追い詰めて滅亡させるわけですが、これを巡って義経と景時が対立することになるのでしょうか。この両者を「アマデウスとサリエリ」になぞらえた記事がありました。個人的にはホームズとモリアーティ、特に(ちょっと生意気な)パペットホームズのホームズと、モリアーティ教頭のイメージもあります。

しかし平家を追い詰めるのはともかく、なぜ平家がそこまで追い詰められたか、平家の権力によって彼らはどのような不利益を被ったのか、そういった描写がやはり弱いような気がします。先日の投稿で触れた義高の脱出と逃走、さらには上総広常謀殺に先立つ御家人蜂起などに、尺を割くなとまでは言いませんが、やはりその尺の一部で他に描くべきものはあるでしょう。平家に関する様々なこともまたしかりです。

飲み物ーアイスカフェオレ

[ 2022/05/08 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 37

『武将ジャパン』大河コラム関連続き(4ページ目)です。今回は武者さんの文章(青文字)に意見を述べるやり方で行きます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第15回「足固めの儀式」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) - 4ページ
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/04/18/167740/4

大河で学ぶ人間関係といった記事に関して、

では、なぜ、そういう記事が出るのでしょう。
需要あるところに供給あり――去年は渋沢栄一から『論語』を学び(これまた推奨できません)、来年は家康から学ぶ。そういう需要は毎年あるものです。PVが稼げるなら、何でもアリで記事が作成される。
何かを学べるとすれば、大江広元かもしれません。
彼は際どい事態に何度も巻き込まれ、それでいて断定的なことはなかなか言わず、責任転嫁する達人です。
今回の会話でも「決定したのは頼朝ですよ」と言い切り、うまく責任回避しました。
それでいて頼朝が一から考えた陰謀とも思えない。広元がうまく誘導しているように見える。ともかく只者ではありません。
こういう「王佐の才」(主君を助ける才能)はよいものです。

とあります。
まず昨年の渋沢栄一、のっけから「推奨できない」のだそうです。来年の家康も、これから見る限りあまり期待してなさそうで、最初から叩く可能性もありますね。
それにしても
「PVが稼げるなら、何でもアリで記事が作成される」
この部分ですが、少し前に出てくる
「笑いで誤魔化そうとする文覚は、架空の儀式を持ち上げるなら、もっとディテールにこだわりを入れた方がいいですね。嘘をつくときは、少し真実を混ぜるとよいと言いますし」
これ同様、「PVが稼げるなら何でもアリで記事が作成」も、いつもの武者さんのパターンに見えて仕方ないのですけど。

閑話休題。
個人的に大江広元は、現段階でそこまで切れ者かと言われると、私としてはちょっと何とも言えません。
それに最初に鎌倉へ下ったのは、お兄さんの中原親能の方ではなかったでしょうか。広元は後になって鎌倉へ行き、1184年に公文所の別当になっていたはずです。尤もこの第15回の乱自体創作でしょう。この中で史実は、上総広常が斬られたという点のみではないでしょうか。

でまた「王佐の才」、そして後の方で、広元の行動原理を学ぶには『貞観政要』がいいとか何とか。いや別にこういうの出してもいいのですけどね、武者さんの場合毎度毎度この手のことが出て来て、しかも肝心の大河に関する考察の方が、おろそかになってるなと言わざるを得ません。今度のことにしても、この創作を入れるべきだったのか、もしこれを入れなかった場合、広常暗殺はどのように描かれるとよかったのか、そういうのをもっと書くべきかとも思います。

そして「(景時が)中世の殺人者らしい発想がありました」とあり、以下のような文章が出て来ます。

殺すことがまずありながら、動機づけをしたい。
そこで神の出番です。
神が殺していいと言ったから……という理屈を通す。
これは別に日本特有でもなく、中世のカトリック教国では「おらが村の聖遺物」だの、その日の守護聖人だの、そういう神頼みを理屈にして色々やらかすことはありました。
しかし「そういう迷信って、どうかと思うよね……」という意識の進歩があり、プロテスタントではそういうことはやらなくなる。
そんな中世人らしい神頼みをするところが、景時なのでしょう。

まず景時の「神頼み」なるものですが、これは「賽の目に聞くしかない」のところでしょうか。運を天に任せると似たものがあります。

それはともかくとして、この後の部分、これがどこかおかしいのです。
まず
「中世のカトリック教国では」
とあります。カトリックの国という意味なのでしょうが、中世のヨーロッパでは基本的にカトリックか正教会のどちらかしかなく、西欧はカトリック圏です。宗教改革が行われるのは16世紀、ルネサンスの時代です。

さらに
「おらが村の聖遺物」だの、その日の守護聖人だの、そういう神頼みを理屈にして色々やらかすことはありました」
ここまで書くのなら、その例を挙げて貰えないでしょうか。
また
「『そういう迷信って、どうかと思うよね……』という意識の進歩があり、プロテスタントではそういうことはやらなくなる」
この「迷信」なる表現、こちらの方がどうかと思いますね。武者さんがどう考えようがそれは本人の勝手ですが、こういうコラムで書く以上、もう少し表現に気を付けた方がいいのではと、老婆心ながら思う次第です。以前も聖書をディスるような書き方をしていましたし。

それとプロテスタント諸派の一部は、カトリック的なやり方を払拭するようになりますが、それは礼拝にカトリック色を持ち込まないためでした。それからルーテル派とか聖公会、これらもプロテスタント教会内の諸派とみなされていますが、これらの教派はカトリックに似た部分があり、守護聖人の日を祝ったりもしています。武者さんが言う「プロテスタント」は、『八重の桜』に登場するピューリタニズムのことなのでしょうか。

ついでながら、4月23日はサン・ジョルディ(聖ゲオルキス、聖ジョージ)の日ですね。

さらにその後

というのも「殺したいから殺した!」「殺した方が手っ取り早いからそうした!」とスカッと笑顔で言い切る奴も、ごく少数、人間の中にはいます。
(中略)
答えは源義経です。
権威や神を平気でぶん殴るような相手が隣にいると、景時の神経はもう、やすりで削られ続けるようなものでしょう。

今まで義経が、殺したいから殺したと言ったり、権威や神を平気でぶん殴ったりするようなことをしていたでしょうか。確かに旅の途中で男を殺してウサギを奪ったり、敵将の首を取るから兵をくれなどと言ったりはしていますが、そういう時でさえ、このようなセリフは口にしていないはずですが。亀の前の件では暴れ回ってはいましたが、これも戦に出られないための憂さ晴らしのようにも受け取れます。大体義経がどのように振舞うか察しはつくものの、彼が平家を相手にどのように戦うのかがはっきりしない時点で、こう書くのもどうかと思います。

それから、来週は「木曽義仲討ち死に備えるため、本レビューの公開は遅れます」とのことですが、誰か代理の人に書かせて、武者さんとの違いを見てみたいものです。

飲み物-ワインとワイングラス
[ 2022/04/23 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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