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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その4

『武将ジャパン』の大河コラム関連、今回は4ページ目です。それから先日分で、鳥居忠吉のことを大久保忠吉などと書いておりましたので、訂正しています。あと文章の意味がわかりにくい部分もいくつか直しています。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/01/16/172912


まず最初にいきなり視聴率の話です。

昨年の勢いを汲み、今年の出演者の顔ぶれからして、最初ぐらいは注目されると思ったら、思わぬ低調ぶりでした。
◆大河「どうする家康」初回視聴率、関東15.4% 歴代2番目の低さ(→link)
『西郷どん』と同率、過去2番目の低さで、過去最低は1989年『春日局』だったことを考えると、近年では実質最下位とも言える出だしです。

「昨年の勢い」とありますが、昨年の後半の平均視聴率は11パーセントから12パーセント程度で、そう勢いがあるとは言えませんでした。しかもサッカーのワールドカップ、コスタリカ戦の裏の、6.2パーセントという数字もありました。もう少し数字が高ければ仮に10パーセントを割ったとしても、あれだけ下がることはなかったと思います。

しかも武者さん、昨年あれだけ言っていた個人視聴率について、この部分では何ら言及していません(その少し前に、『再生回数は低迷するけど、視聴率はそこそことる』とはあります)。ちなみに『鎌倉殿の13人』の(世帯)視聴率に関して、昨年はこう書いていました。

「こうした再生回数が多い成功作品は、近年であれば『鎌倉殿の13人』だけでなく、朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』と『ちむどんどん』も該当します。
ただし、公的に大きく発表される数字は今も視聴率であり、この辺のアンバランスさが世間での評価を難しくしているのでしょう。
朝廷の定めた律令が武士を想定しておらず、坂東武者は混沌とした基準のもとで生きてきた――その様が『鎌倉殿の13人』で描かれたように、大河の評価基準もそんな状態なんですね」

つまり今までの視聴率では駄目だと言いつつ、『どうする家康』では今までの視聴率を持ち出して来て「思わぬ低調ぶり」などと書いています。なぜここで
「NHKプラスの再生回数は多いかも知れない」
と書かないのでしょうね。

尚『青天を衝け』の時も最終回の数字の低さ(裏にフィギュアが来たから仕方ないとは思いますが)を挙げ、『麒麟がくる』で視聴率を上げたのにと、何だか恩着せがましいと思われる書き方をしていましたね。

そしてBLがどうこう。

第2回放送をめぐっては、BL要素に着目したネット記事が早くも出回りました。
◆ 松本潤『どうする家康』、「BL大河」と話題のワケ――岡田准一のセリフ「俺の白兎」がトレンド入り!(→link)
大河ドラマでBLを推してくるとなると、なかなか厄介です。
振り返れば2009年『天地人』がBL漫画を出し、2018年『西郷どん』でもBLが押し出されましたが、余計なお世話としか言いようがありません。

まず、こちらも武者さんのコラム関連の投稿になりますが、『鎌倉殿の13人』第39回のコラム記事に関しての記述にこのうようにありました。

「今流行しているからBLを入れたとか、そう宣伝していた『西郷どん』とは比較にもならない。単純なものではない。東洋的な美学もあれば、多様性への配慮もあります」

私はこれに対してこう書いています。

「『西郷どん』の中園ミホさんは、BLに言及してはいますが、「今流行しているから」と言ったでしょうか。制作発表時の記事で、中園さんはこう説明しています。
「中園氏は「林さんの原作はいろんな愛にあふれています。島津斉彬との師弟愛、家族愛、男女の愛、ボーイズラブまで(笑)。ラブストーリーもたっぷり散りばめられているので、一年間、テレビの前の皆さんに『西郷どん』にどっぷり惚れていただきたい。上野の銅像とは全く違う西郷像になると思います」と自信をみなぎらせた」
https://www.oricon.co.jp/news/2080906/full/」

別に「流行している」などと言っていませんね。色々ある愛情のひとつであるというのを、ちょっとジョークめかして言っているとは思いますが。そもそも大河の場合、男性同士の触れ合いが多く、どうしてもそのように見られてしまうシーンは多いかと思われます。

たとえば『真田丸』の神君伊賀越えで、家康と忠勝が百姓家で握り飯を食べるシーンなども、ちょっとそれに近いものを感じましたし、あと『八重の桜』でもBL的要素は指摘されていました。AERA.dotの記事ですが置いておきます。

BL好きの“腐女子”層も歓喜? 新大河ドラマの評判
https://dot.asahi.com/wa/2013011500010.html?page=1

こういうイメージを完全に払拭するのは不可能ではないでしょうか。武者さんに取っては「余計なお世話としか言いようがありません」なのでしょうが、そういう見方をしたがる人がいても、別におかしくはないでしょう。

しかし武者さんによれば、『鎌倉殿の13人』は違うのだそうで、ここでも
「BL狙いではなく、多様性を尊重するように出した2022年『鎌倉殿の13人』は、そこを読み解かれないどころか、歴戦の腐女子は萌えないだのなんだの、妙な誤解も生じました」
ではどこがBL狙いでなく多様性を尊重するようにしたのか、ちゃんと説明して貰えないでしょうか。

その後海外ドラマ『ウェンズデー』で、客寄せのために性的マイノリティを使う手法は批判されているという箇所について触れ、

客寄せとして狙ったシーンだとするならば、一体いつの時代の作品なのかと呆れるばかりです。
萌えの使い方もあざとく、錚々たる役者たちにこんなことをさせてどうしたいのですか?

「萌えの使い方」があざといでしょうか。ではどのようにあざといのか説明して貰えないでしょうか。何よりもその前に

あの信長から家康への執着なんて、ハラスメントじみていて、そもそもどこにトキメキ要素があったのでしょうか。

とありますが、信長が家康に対して不敵に「俺の白兎」と言うシーン、つまり俺がお前を支配してやるという意味が込められたセリフであるがゆえに、ときめくものがあったのではないでしょうか。そういうのを読み取れませんか?

そして大河ゆかりの地が観光誘導を狙うことへの批判として、『花燃ゆ』で防府市が大河ドラマ館を作ったり、観光アピールをしたのに、完結編は群馬となって防府が登場しなかったことについて、当時の記事を持ち出しています。
しかしこれはかなりレアな例と言っていいでしょう。当該記事でも言及されているように、完結編を防府にする予定だったのが、それまでの視聴率が今一つで群馬に変更されたわけで、防府がダメージを食らったわけです。しかし他の大河でこういう例はそうありません。
このようなレアケースを一般化し、だからゆかりの地を観光地化するなと言うのもどうかと思います。

あとVFXがどうのこうの。しかもなぜか
「◆「本当にどうするの」松本潤主演の大河ドラマ『どうする家康』が低視聴率のスタート…韓国での反応は?(→link)」
などと、韓国での反応を載せた記事をわざわざ紹介(サーチコリアニュースだから当然ですが)していて、それに比べて『鎌倉殿』や『麒麟がくる』は…と言いたげです。

本物の馬を使っていて、かつ難易度の高い『鎌倉殿の13人』はいかがでしょう?
障害飛越で馬が怪我するかもしれない。あれは動物虐待大河だ!って、なりますか?

まず言いたいのは、『どうする家康』の第1回、第2回でああいうシーンはまだ登場していないということです。条件が違う同士を比べるのも如何なものかと思います。例によって比較の仕方が強引だなと思います。
あと馬の扱いについては、馬が多く登場する、1988年の『武田信玄』のOPが批判されてもいますね。

まあこの4ページ目、武者さんという人の考え、もっと言えば偏見があちこちに見られて、それはそれで面白いので、次回にまた書こうと思います。
あと、もう少し後の方になりますが。

善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず。『孫子』「勢篇」
よく戦うものは、勝因を勢いに求めて、人を頼りにしない。

とありますが、この孫子の言葉は
「一人一人の能力や働きに過度の期待をかけず、組織の勢いの方を重視する」という意味です。
「勝因を勢いに求めて、人を頼りにしない」では意味が通りにくくないでしょうか。武者さんは漢籍好きな割にこの辺りが曖昧ですね。


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[ 2023/01/21 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 83その3

『武将ジャパン』第45回関連記述への疑問点、続きです・

1.今週の八幡宮の階段は、まるで儀式の祭壇のようでした。
そこに二人が置かれ、殺し合う。
何か台本でもあるような、運命に吸い取られていくような。
二人とも美しい。神が選んだ最も美しい生贄のようで、見ているだけでも胸がいっぱいになりました。
無惨なはずが、荘厳で、圧倒されて何がなにやらわからない。

実際八幡宮で儀式は行われていましたね。
そして武者さんが
「荘厳で、圧倒されて何がなにやらわからない」
と評価するこの光景を作り出した一因が、義時が泰時を「聖なる儀式の邪魔をするな」と止めたこともまた関連しているのなら、何やら皮肉な話でもあります。これを作り出したのは、義時と義村と言ってもいいでしょう。

2.天命が選んだMVP:“厳寒三友”の梅こと北条泰時
「厳寒三友」があります。
松竹梅です。今では酒か、弁当の等級のように思えますが、由来は風流です。
松と竹と梅は、寒い冬でも生きる姿を見せてくれます。そのことが、逆境でも生きる己を励ますようだということで、宋代以降の文人に愛されてきました。

「天命が…」は小見出しです。で厳寒三友はいいのですが、
「今では酒か、弁当の等級のように思えますが」
はないのではないでしょうか。やはり慶事には欠かせないし、もうすぐお正月ですが、その飾りつけにも当然用いられます。またこの厳寒三友ですが、梅、水仙、竹のことをもこう呼ぶようです。
で、梅は他の季節に先駆けて裂くという意味があり、それから女子教育の先駆者である津田梅子の話になり、また北条家の梅は泰時だとなっています。

3.御成敗式目を制定し、撫民政治を行なおうとした。時代の先駆者なのです。
義時がドス黒い顔で「北条の思うままの鎌倉にする」というと悪どく聞こえるけれども、このあとに泰時という梅が咲くのだと思えばよいことにすら感じられる。

この場合梅、先駆者はどう考えても頼朝か義時ではないかと思うのですが…。
しかも

4.一方、このドラマの小栗旬さん、山本耕史さん、生田斗真さんはそうではない。
ドクゼリ、ドクウツギ、トリカブトだと思いますね。
義時は松だと書いたけれども、毒があるからそれでもよいかなと。
そうそう、「寒い」と言いながら死んでいった仲章は冬になると枯れる草花ですね。
新時代を担う人材ではありません。残念でした。

「生田斗真さん」と「仲章」は同じだと思います。で、それぞれトリカブトと一年草に例えられていますが、非常に興味深いことがあります。このトリカブトは1年で枯れる一年草とされていますが、実は疑似一年草に分類されます。これが何かと言うと、本来は1年で枯れるにも関わらず、元々の根から別の根が分離して、翌年また花を咲かせるという植物のことです。まあ仲章のような人物はこの後の時代も出て来ると思われるので、こういう妙にしぶとい植物にふさわしいのかも知れませんね。

しかもずべて毒のある植物に例えるのもなんだかなあ…と思いますね。毒がなくても棘がある花に例えられることもできるでしょう。

そしてこの回に関して、

5.『麒麟がくる』の最終盤もそうでした。
このゾクゾクするような奇妙さがある回でした。

『麒麟がくる』の終わりの方は、結局山崎の合戦がなく、何やら光秀と思しき人物が馬で駆けて行き、駒がそれを見ているといった印象で、私としてはそこまでぞくぞくする感じではありませんでした。一方同じ本能寺後を描いた、『国盗り物語』総集編の終わりの方は、ぞくぞくするものがありました。

で、その後

「歩き巫女の言うことは正しい。あの八幡宮のそばにいたものたちは個人差があれど、天命に呑まれています。
巫女はわかっているから警告する。主人の命令と、親の仇討ちが完了していて、空洞であるトウにも入り込んでくる」
「義時の心には穴が空いている。まずそこを塞がないと何を入れても満たされないのに、それができない。天命がどんどん流れ込んでいっておかしくなっている。その箱の中で、かつての義時は沈んでしまった」
などと書かれていますが、何とも具体性に欠ける文章のように見えます。こういうコラムでは、わかりやすく書いてこそのものだと思うのですが。

6.そんな義時が、己を模した仏像を運慶に依頼するところで、もう頭をぶん殴られたような衝撃がありましたね。
君主というものは、往々にして神に挑むことがあります。

義時は君主ではないでしょう。君主は帝のはずです。

そして宗教の権威と権力者の話になり、キリスト教圏だと、破門されたら皇帝と言えども謝らなければならないと、『カノッサの屈辱』を引き合いに出し、それが近世へ向かう中、教皇を無視してよい仕組みを考える王が出てくる、国王が宗教の頂点を兼任する、イングランド国教会ですなどとあるのですが、まずその王の名前を書きましょう。ヘンリー8世ですね。そしてこの場合は、キャサリンと離婚して、アン・ブーリンと結婚するという理由があったはずなのですが。

7.朝敵になるということは、日本人の価値観では最低最悪のはずだった。それを義時は軽やかに楽しんでそうしているようだ。
朝敵会津の弁明を聞くのか!と、一部で文句をつけられた『八重の桜』どころの話じゃない。
あのドラマで吉田松陰を演じた小栗旬さんが、狙い澄まして神との戦いに挑む様をこの作品ではやっている。
恐ろしいことです。さすが新選組を大河の主役にして描いた三谷さんはものがちがうと改めて思います

幕末はどちらが朝廷を担ぐかで2つの敵対する勢力があったわけで、この時代とはその意味で違うと思いますが。そしてあの大河の吉田松陰ですが、彼は元々兵学者で、しかも幕府に対抗した人物ですが、それが義時とどうつながるのでしょうか。

で、小島毅氏のことについても書いていて、
「イデオロギーに敏感な小島先生は、2021年の徳川慶喜にむしろ不満があったと推察(そもそもあの儒教解釈があまりに雑なドラマを好きになる理由がないとみた)」
何かにつけて昨年のを叩きますね。本当に雑でしたか?それに希望的観測では。

それから。

8.日本人は無宗教なのではありません。
日本だけでなく中国もあてはまりますが、複数の宗教を同時に信仰できる。
日本は儒教・仏教・神道。
中国は儒教・仏教・道教。

中国はともかく、日本は神道という土台があり、その上で様々な宗教が共存しているとこの場合考えるべきかと思います。

9.神道の頂に立つ後鳥羽院を、仏教をかざした武士が倒す。
それこそ日本史だろうが、我々の歴史だろうが、そうして成立した武士に日本人は畏敬の念を感じているから、サッカー代表をサムライと呼ぶのではないか?

別に神道は帝のものだけではないし、仏教は武士だけのものではありません。仏教は寧ろ朝廷が庇護して来たところもあります。そして
「そうして成立した武士に日本人は畏敬の念を感じているから、サッカー代表をサムライと呼ぶのではないか」
野球も侍ジャパンですし、またこれは日本のチームではありませんが、今年トンガで起きた津波災害のチャリティ・マッチとして、6月に行われたラグビーの試合でも、在日トンガ人選手によるチームは、トンガサムライXV(フィフティーン)でした。ちなみに相手は日本の、若手中心チーム、エマージング・ブロッサムズです。

最後に視聴率です。

10.視聴率については私なりの意見を記しておきたいと思います。
(中略)
ネット配信が普及した現在は、記録も容易なことから、特にその傾向が強く、海外ドラマの宣伝を見ていると「驚異的な視聴回数を記録!」といったコピーがついています。
ではなぜ日本では、未だ古めかしい基準に頼っているのか?
メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ。
もう一つ、視聴者数と視聴回数が公表されていないことも確かですが、例えば大河についてNHK側が把握していないわけがありません。
(中略)
例えばNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』は、視聴率は低いものの、NHKプラスの視聴回数がかなり高かったため、NHKとしては成功とされているようです。
『鎌倉殿の13人』も、視聴回数は公開されておりませんが、かなり高いとか。

自分が好きな作品ばかりですね。ちなみにNHKプラスで鎌倉殿を観たことがありますが、途中まで観て繰り返しで都合5回ほど観ています。こういうのは5回としてカウントされるのでしょうか。ならば回数が増えてもおかしくないと思います。
それに武者さんは今回はこう書いていますが、『青天を衝け』について、確か世帯視聴率を基準にしていた記述があったと思われます。もしそうだった場合、なぜこちらはNHKプラスの再生回数でカウントしないのでしょうか。

それと
「メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ」
何だか失礼な言い方のようにも取れるのですが…。

11.作品が高評価かどうだったかについては、雑誌の広告なり、書店を歩けばわかります。
歴史雑誌が秋以降も特集を組んでいるか。
歴史雑誌以外でも、記事が掲載されているかどうか。
この点で、2021年と2022年の大河ドラマではかなりの差がついています。

それを言うのであれば、昨年とある大手書店で、渋沢栄一関連の本が11月頃になっても並んでいるのを目にしたことがあるのですが。

そして
「ネット記事と異なり、確実に利益が出そうでなければ紙媒体は掲載しません。ゆえにそこから判断できる。
今年は成功でしょう」
ネット記事が全く採算度外視をしているとは思えないのですが。
それと、「今年は成功」と言うのは最早お約束のようになっていますね。また紙媒体が後々まで特集を組んでいたら「成功」なのでしょうか。紙媒体を買う層は大河視聴層とかなり被ると思われますが、ドラマとしての成功は紙媒体が売れる入れないで決まるのでしょうか。


飲み物ー暖炉とお酒
[ 2022/12/03 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

今後の『武将ジャパン』関連の投稿について

まず『武将ジャパン』の大河コラム関連の投稿、今年いっぱいはやりますが、今後はもうコラム自体を見るのをやめようかと考えています。

断続的に8年ほど見て来ましたが、相変わらず好きな物は持ち上げ、嫌いな物はちゃんと観ようともしない点、好きな作品を時代背景や舞台もろくに考えずに、嫌いな作品と比較しなおかつ叩き棒にしたがる点、言葉遣いがどうかと思われる点などなど、正直言って改善されているようには見えません。

あとこれは先日の投稿でも触れましたが、漢籍などを引用する割に意味を把握していない点、背景をきちんと調べない点なども如何なものかと思いますので。炎上狙いと指摘する方もいますが、炎上させるならもう少し工夫があってもいいかと思うのですが。実は夏頃もう止めようかと思ったのですが、結局ここまで何とか続けて来ました。

嫌いな作品は特に、あることないことあれこれ書かれる傾向がありますが、それは「辛口な意見」であると言うのを目にしたことがあります。しかし批判するべき点を厳しく批判するのと、ほぼ全面否定するのとでは自ずから意味が異なるはずです。無論どの部分を批判するかは、その人の見方にもよります。

で、取りあえずnote記事のこの部分を引用しておきます。

『天地人』の織田信長以来の……
吉川晃司さん、痛恨のNHKドラマ選択ミス。予告の時点でつらい。何がサンダーだ! 戦闘機乗りと旅客機乗りは違うわ!

『舞いあがれ!』の大河内教官のことですが、まだ本格的に登場してもいないのに、「ドラマ選択ミス」と言うのもどうかと思います。そしてこの大河内教官、自衛隊出身の教官とのことですが、戦闘機に乗って退官した後、民間のパイロットのライセンスを取ったということではないのでしょうか。

そして『天地人』の信長役ですが、あの作品ではヒール的存在なのですから、こういう強面な雰囲気の人が求められたでしょうし、実際ご本人もガイドブックでそう言っており、あの役には嵌っていたと思います。

ただやけに初音がそばにいるのとか、本能寺の爆発はいただけませんでしたが。私としては、『八重の桜』の西郷吉之助の出て来方もちょっと微妙かなとは思いました。あの作品は女性主人公の中では一番好きですが、無論疑問点もないわけではありません。

『天地人』、あまり馴染めない大河ではありましたが、以前禅宗の寺院と武将の学問という投稿で書いているように、武士の子弟が寺院に寄宿して学ぶというのを、きちんと描いていた点などはよかったと思います。

あと吉川さんは、この作品との間に『精霊の守り人』にも出演しているのですが、そちらの方は観ていないので何とも言えません。

それからエコーチェンバーについて、以前書いたことがありますが、また書こうと思っています。小檜山氏=武者さんが、大河コラムで、ネット上のファンのコミュニティがそうだと言って、かなり嫌っているようなのですが、武者さん自身もどこか似たような印象があるにはあります、こちらは確証バイアスと呼ぶべきかも知れません。あとエコーチェンバーと言うのは、多分に同調圧力も絡んでいるとは思います。

飲み物-アイリッシュコーヒー
[ 2022/11/28 00:00 ] その他 | TB(-) | CM(4)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 77その2

『武将ジャパン』大河コラム、後半部分の記述への疑問点です。尚『舞いあがれ!』の21日放送分は次回になります―と言うか、20日放送分のを21日に投稿しているため1日ズレます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第39回「穏やかな一日」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/10/17/171451


まず鶴丸に諱を与えるシーンですが、

1.平家一門は滅びたわけでもありません。
日本各地に落人伝説がありますが、そうではなく鎌倉に来ている者もいました。あえて平家のものを近くに置くことで、源平合戦ははるか昔のことだとアピールしたいのでしょう。

「平家のものを近くに置く」のではなく、「近くに置く者に平を名乗らせた」でしょうね。
ところで武者さん、今年の春ごろ平氏と平家の違いがわかっていないと思われる描写がありました。平氏とは平の氏を持つ人々の総称(ついでながら畠山重忠も平氏)、平家とは特に、清盛の一族を指すのですが、何かごっちゃになっていましたね。

あと「そうではなく」もなぜ「そうではなく」なのかが不明。西日本でなく、東国に向かった落人もいたと言いたいのでしょうが、この人の文章は、あるいは故意なのかも知れませんが曖昧過ぎです。

2.美談に思えます。出自不明の平盛綱を鶴丸にするというのはよい工夫です。
八重の思いが詰まった、まるで千鶴丸の生まれ変わりのような人物が、こうして泰時を守るためにそばについて出世するのも素敵ですよね。
しかし、今の義時は、ただの美談を生み出すほど清らかではない。

これ「美談」でしょうか?確かに八重の思いがつまったと言うか、八重は鶴丸を助けたが、それと引き換えに八重は命を落とした、その意味で義時に取っては何かと忘れられず、無視もできない存在ではありますが。

3.これは綱をつけた番犬を作る過程でもある。
恩義を感じさせ、いつまでも我が子を守る番犬に育ったら美味しい。死ぬ気で命令を果たす忠実な番犬は何より有用ですし、義時はうまいやり方を思いつくものです。

どうも義時が
「太郎の命綱となってほしい」
と言ったのを曲解しているように見えます。武者さん、これ以外にも犬に関連する言葉をあちこちで使っていますが、誰かに使われる人物は皆「犬」なのでしょうか。妙な所で、「王家の犬」を引きずっていないでしょうか。
この後の義時と義村の会話で、義村が面白くなさそうな顔をするシーンでは、

頼朝より近いし、操ることはできるはず。自分が真っ先に泥を被りたくないから、汚い仕事は分けあって、持ちつ持たれつやって行こうと思っていた。
それなのに、いつの間にやら、義時の番犬になってしまっている。これほどの屈辱はない。

実朝が褒美を取らせるシーンでも、

実朝は北条時政の企みを防いだ褒美を取らすと言います。
「……ありがたき幸せ」
頭を下げながら、そう返す義時。
この瞬間、鎌倉殿もこの男の飼い犬になりました。

それから以前、畠山の重忠の乱を、朝廷の番犬の喧嘩呼ばわりしていたこともあります。どうも、ひとを犬呼ばわりしたがりますね。一方本物の犬関連で騎射三物の「犬追物」、これは馬から犬を射るのですが、犬が傷つかないように鏑矢を使っていました。しかしそれを「犬を射殺す、野蛮だ」と書いていましたね。スクショ取っているから後で確認してみます。

4.「変わっちまったよなぁ、鎌倉も、お前も……」
義盛がそう嘆くのも無理ありません。
思えば序盤において、彼らの娯楽は狩猟でした。誰も和歌なんて詠まない。蹴鞠も未知のものでした。
広元はその話を聞き、絵に描いたような坂東武者だと感想を漏らします。

「誰も和歌なんて詠まない。蹴鞠も未知のものでした」
先日も書いていますが、和歌も蹴鞠も限られた人々のものであり、この義盛に取ってはどちらも縁遠いものです。また義盛でなくても、どれだけの御家人が和歌や蹴鞠を嗜んだでしょうか。この場合変わったと言うのは、かつての親友だった義時がいつの間にか権力の座に座り、一介の御家人である自分から遠い世界へ行ってしまったと言うことでしょう。

5.現在放映されている朝の連続テレビ小説で、長崎五島列島の「ばらもん凧」が出て来ました。
その図柄は、武士が魔物に立ち向かうというもの。武士の世が終わっても、日本では子供の生育を祈る際に武士を掲げます。
それだけ根深く精神性が根付いてしまった。
そういう根源を、この義時という怪物が吐き出そうとしているようで、あまりに深い。

なぜかここで『舞いあがれ!』。ばらもん凧の意匠ですが魔物でなくて鬼ですね。元々男の子の節句にこの凧は揚げられていたわけですし、武士の強さを今の世に伝えるのは別に悪くはありません。端午の節句の武者人形しかりです。
ちなみに祥子ばんばによれば、ばらもん凧はお侍さんが果敢に鬼に立ち向かうように、
「どがんことにも負けん、強か人になってほしかちゅう願いば込めっとさ」
という意味があります。

それから武士が全般的に精神性を重んじるのは、江戸時代になってからですね。

6.そんな善哉に、政子は何やら見せたいものがあるようで、手の空いた義村と義時が話し始めます。

と言うより、あの2人に話をさせたくてあのようにしたとも取れます。そして、善哉を御所に連れて来なさいと政子が言うところですが、

7.しかし、やはり政子は甘い気がします。もっと突き放してもよいかもしれない。こういう対応をしていると、頼家は罪なくして死んでしまった人のように見えてくる。
御所にも愛着が湧く。
なぜ御所の一番高い座に自分がいないのか?
将来、そう思ってしまうかもしれない。
頼家は罪ゆえに死んだ。
お前も罪人の子であり、実朝とは違う。
厳しくとも、その辺をハッキリと認識させた方が良いかもしれません。

ここの部分ですが、この後にこういう記述があります。

時房がこんな風に説明します。
「寂しいお方でした。あのお方のお心を知ることは誰にもできなかった。悔やまれてならないのです。お側にいながら何の支えにもなってさしあげられなかった。いらっしゃいますか。心を開くことのできるお方が」

武者さん、これは実朝関連で引用しているのですが、この時房のセリフを読む限り、頼家は果たして罪人だったのかとも思われます。確かに反抗し、暴走した人物ではありますが、それとはまた違うのではないでしょうか。政子が善哉に憐憫の情をかけたくなるのも、わからなくはありません。先日の分にも似たような記述がありましたが、武者さんは政子にも暴走してほしいのでしょうか。どうもそう感じられてしまうのですが。

8.家族間で本気の殺し合いを想定しているんだとしたら、そりゃあ、のえだって辛気臭いと思うでしょうよ。
八重や比奈のように、腹を割って愛し合うことができなくなっているのは、誰のせいなのか。
もはや義時の人生そのものが地獄のようで、おそろしいことになってきました。

義時も3人目の妻であり、それこそまだ若い頃、八重に対して心を開いたようにはもう行かなくなっています。それと本気の殺し合いなど、この時点で義時は想定しているでしょうか。権力を握ること(そうしないと鎌倉がうまく行かない)には執着しているでしょうし、ならば義盛、ひいては実朝を牽制したがるのも無理からぬ話です。

9.義時がお手本にしたロールモデルは推察できます。
曹操です。
『三国志』でおなじみの曹操であり、「乱世の奸雄」とも称されますね。
曹操は自分の悪名くらい気づいています。

ここでまた漢籍。武者さんがどう思おうがいいのですが、それ以前にこのドラマに関してもっと書くことがあるのではないでしょうか。

10.今流行しているからBLを入れたとか、そう宣伝していた『西郷どん』とは比較にもならない。単純なものではない。東洋的な美学もあれば、多様性への配慮もあります。

『西郷どん』の中園ミホさんは、BLに言及してはいますが、「今流行しているから」と言ったでしょうか。制作発表時の記事で、中園さんはこう説明しています。
「中園氏は「林さんの原作はいろんな愛にあふれています。島津斉彬との師弟愛、家族愛、男女の愛、ボーイズラブまで(笑)。ラブストーリーもたっぷり散りばめられているので、一年間、テレビの前の皆さんに『西郷どん』にどっぷり惚れていただきたい。上野の銅像とは全く違う西郷像になると思います」と自信をみなぎらせた」
https://www.oricon.co.jp/news/2080906/full/

「色々な愛がある」と言い、最後に「ボーイズラブまで(笑)」とあるのを見ると、半ばジョークとも言えそうです。実は私も最初は半信半疑で、始まるまでどうなるかと心配で批判もしましたが、案ずるより何とやらで結局好きな大河となりましたね。どちらかと言えば吉之助と正助(一蔵)はバディ的ではありましたが。

あとBLは『八重の桜』でも言われていましたね。それと『鎌倉殿』の「多様性への配慮」て具体的にどういう部分でしょうか。

11.往年の名作大河といわれるものでも、いま見返すとヒロインの味噌汁パワーだの、胡散臭い描写が目につきます。
そうならないためにも、ジェンダーにおいて進歩が必要なのです。

以前も『利家とまつ』の味噌汁がどうこうと言って来て、また引っ張って来ていますね。確かに味噌汁が解決手段とも言えましたが、ならば私も言わせていただきたい。こちらは朝ドラですが、経営が行き詰まった飲食店を経営していたヒロインの前に、見知らぬ人物が豚肉を持って現れ、それが解決手段になった作品がありました。あれは「ヒロインの豚肉パワー」と言うべきでしょうか。しかもあの時、ヒロインは自分で肉を探すこともなく、たまたま来た人物に貰ったのでしたね。

それとまつの味噌汁とジェンダーとどういう関係があるのでしょうね。武者さんは気に入らないと何でもジェンダーを乱発したがるように見えます。

12.三谷さんならば、都合がつく限り何度でも大河を手がけて欲しい――私はそう思います。

個人的に、三谷さんはこれで一区切りでいいかと思います。ご自身でも「これが集大成」と語っていたわけですし、ちょっと矛盾するシーンもありますし、そしてやはりこれは、三谷さんのファンに向けられたと思われる部分が大きいです。その意味で、映画もしくは舞台的かなと思います。

あと他にも『青天を衝け』批判だのゲースロだのが総評に出て来ますが、いつもと同じようなことですので省きます。


飲み物-ウイスキーロック
[ 2022/10/22 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

再び小檜山氏の朝ドラnote記事とツイートに思うこと

以前の投稿で書いたことですが、小檜山青氏の朝ドラ関連のnote記事についてです。この記事で、実際の放送回と記事のナンバリングが食い違っている件でしたが、その後再びコメントを頂いています。こちらのコメントによると

小檜山氏は第85回のレビューを書かないまま第86回のレビューをアップしている。しかし第86回のタイトルで第86回のレビューを上げているため、表向きナンバーに齟齬を来たしてはいない。

となっています。しかしながらその一方で、

その後、第86回から第113回までのレビューのナンバーを1つずつ繰り下げている。このため本来は第86回から第113回のレビューであるにも関わらず、記事タイトルとしては第87回から第114回となっている。しかし第114回のレビューはアップされておらず、元々「第114回」となっていた第115回レビューを本来の「第115回」と表記することで対応している。
しかし第86回から第114回までを1つずつ繰り下げたため、当該レビューは実際の放送回との1つずつずれる格好になった。なお、第115回以降のレビューについては、やはり食い違いがあったが、ナンバリングし直している。

つまり第114回(杉並のちむどんどん再開の回)のレビューは元々なく、今ある第114回は第113回の内容であり、第115回から本来の形に戻っているわけです。ちなみに当該記事を2022年9月30日にざっとチェックしましたが、やはり1つずつズレたままのようです。一応有料記事を書いているのであれば、こういう点はどうにかしてほしいです。今からでも飛ばした分のレビューをアップし、もう一度きちんとナンバリングするべきでしょう。

そして小檜山氏または武者震之助さんの記事の多くに言えることですが、レビューと名乗ってはいるものの、その実ドラマの内容にかこつけた自説主張に見えますし、個人的な好き嫌いに偏っているふしがあります。そのため本来書くべきことが書かれていない、あるいはいくらかデフォルメされて書かれているといった事態が散見され、その意味では言葉本来のレビューとはかなり隔たりがあります。

これは前に書いたことがありますが、個人の方のブログで、『八重の桜』について書かれていたのを見たことがあります、正直な話、そちらの方がよほど「レビュー」にふさわしく感じられました。

またこれは、先日の大河コラム関連でも書いていますが、「オンベレブンビンバ」の意味を、放送前に推測していた人が多いことについて、武者さんは

SNSでそういうことを呟き、誰かにハマれば拡散され、自己承認されたようで気持ちがよいでしょう。
しかし、そこが危険な気がするのです。
「オンベレブンビンバ」は、話の中身を理解するうえでさして役に立ちませんよね。
SNSではドラマをネタにしたハッシュタグも多く、画面写真を貼り付けた大喜利状態にもなっています。

と書いていますが、私はこれに対して、皆楽しんでやっているのだから、別にいいのではないかと書いています。

ところが今日の小檜山氏名義のツイにはこうあります。

https://twitter.com/Sei_Kobeee/status/1575700661580156928
ドラマなり趣味が一致しなければ「そっか、あわないんだね」でいいと思う。なんで冷笑しながらリプライして「このよさもわからないんですかぁw」みたいな態度をとられなくてはならんのか。

「そっか、あわないんだね」で済ませられるのなら、小檜山氏=武者さんも、自分が好きでもないことを、わざわざ大河コラムで書くこともないと思うのですが―と言うか、最初からスルーすれば済む話なのですが。どうしても書きたければ、こう言うのを色々推測している人たちもいました程度でいいでしょうし。また自分に関係のないリプなら、放っておくなり、それでも絡んでくるならミュートするなりしてもいいのですが。

note記事やコラムのみならず、小檜山氏名義のツイもまた自説主張、さらには自分と相容れない意見への反発に見えます。何よりも明らかなのは、『青天を衝け』と『カムカムエヴリバディ』が好きでないこと、そして、有名企業の創業に至るまでを描いた朝ドラが気に入らないこと、この2点でしょう。

ただし朝ドラの場合、後者に該当する人物がモデルになるケースは多く、ドラマのレビューを書きたいのであれば、好き嫌いは封印するべきかと思います。別にNHKも、小檜山氏の好き嫌いに合わせて朝ドラや大河を作っているのではないのですからーと言うか、好き嫌いでドラマを判断するのなら、もう有料記事を書くのは止めるべきですね。


飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2022/10/01 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 71その3

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、MVP関連です。

しかし、今週は何もかも、のえがかっさらってしまった。
それなりのお嬢様なのに御所の女房。あのゲスな本音。過去に何かあったんですかね?
あの振る舞いですから、何も知らない娘ってことはないでしょう。二階堂行政にしても、さっさと片付けたかったんじゃないですか。

何やらページ数、ひいてはPV数を増やすだけのような存在に見えるMVP関連記述ですが、ここでなぜ北条政範と藤原兼子(卿三位)が出てこないのでしょうね。出番は少ないけど今後の鍵を握っていると思います。それと行政の孫、ここではのえが出て来るのなら、彼女の父親(行政の娘の夫)伊賀朝光も、今後のことを踏まえて出してしかるべきでしょう。この人の息子の光季は、承久の乱で朝廷方に招聘されたにも関わらず応じなかったため、自害に追い込まれています。

あの甘ったるい理想のプロ彼女から、一転してゲスな本音。
いやあ、これは教育にいいドラマですよ。
予告のきのこに喜ぶ時点で、これはもうダメだとは思いました。見抜けない義時、もうダメだと。

義時が本当に見抜けなかったか否かはともかくとして、
「いやあ、これは教育にいいドラマですよ」
という武者さんの言葉が、非常におじさん臭く見えて仕方ないのですが…日頃武者さんが軽蔑している(たぶん)おじさん臭さに、本人が嵌ってしまっているような感じです。

それにしても、つくづく今年は良心的です。
いくらイケメンの小栗旬さんが演じていても、義時はもういい歳のオッサンの上、人を殺しまくっています。
そんな男に惚れる女はおらんでしょ、という現実を見せつけてきました。

どこか「良心的」なの不明です。相変わらずと言うか、牽強付会ではあります。
「いい歳のオッサン」はともかく、それなりの社会的地位も権力もあるのですから、本気で惚れ込んでいなくても、言い寄って来る女性がいても特におかしくはないかと思います。それと
「人を殺しまくっています」
これは笑うところなのでしょうか。武家政権、それもまだ創業時の段階に於いて、何らかの形で人を殺める、あるいは間接的にそれに関与している人は多いはずなのですが。なぜ変に現代的視点でものを見るのでしょうね。

去年の大河も、変に美化せず、そう描いていれば面白かった。
渋沢栄一と兼子の再婚なんて、妊娠期間からして千代の死後間も無く関係があったとしか思えないわけです。
そもそもが出会いは明治の愛人クラブ経由です。

ここも変に現代的視点になっています。妾を持つのは男の甲斐性とまで言われてもいた時代、別に美化も何もしておらず、しかも千代はそれとなく栄一に圧力をかけてはいるのですが。あのシーン、ちゃんと観ていたのでしょうか武者さんは。

愛人契約を純愛にしたり、史実をあまりに歪めて描くから、ワケがわからなくなる。
なぜ金で女を転がすおっさんを美化せねばならないのか?
その過ちを繰り返さない今年は良心的です。

別に「純愛」として描いてはいませんけどね。栄一もちょっとばつが悪そうでしたし、史実を歪めて描くと言うのであれば、栄一のどのような史実をどのように歪めて描いたのか、その点の具体的な指摘がないから、武者さんの批判あるいは非難がどこか的外れになっているわけです。
それに比奈も当初は、金と力のある男性である頼朝の側室となるはずだったのですが。過ちを繰り返さないのであれば、最初から義時の許に行かせる設定にしたでしょう。しかし「良心的」て…。

中年以降の徳川家康にだって、別に純愛など期待されていません。
松本潤さんはイケメンですが、それはそれ。来年もこの調子で頼みますよ。

そしてなぜここで、来年の大河を唐突に引っ張り出してくるのかも意味不明。自分の希望を、こんなとこで押し付ける必要もないでしょう。第一古沢良太氏も、中年以降の家康に純愛させるなどとは一言も言っていないし、今現在わかっているのはまだ若く、しかも歴史に翻弄される家康が、家臣と共にどのようにして己の行く道を選び取るかなのですが。

そして栄一の妾関係でいくつか記事のリンクが貼られています。その内のひとつだけ見ましたが、正直言って武者さんの主観メインであると思われます。
たとえば

むろん、襄に妾はありません。
敬虔なプロテスタントである襄は考えただけでゾッとしたことでしょう。

また「プロテスタント」で一括りにしていますが、プロテスタントという名を持つ教派はありません。せめてピューリタンとしてほしいところです(厳密には会衆派)。新島自身が学んだアマースト・カレッジを始め、アイビーリーグのハーバードやイェールもこの会衆派で、禁欲的かつ自治と聖書のイメージです。

何事も近代的な渋沢栄一ですが、女性の見方は古風でした。

「近代化を成し遂げた人」が女性観、または家族の在り方に関して、必ずしも当時の西欧人と同じではありませんし、逆に当時一代で名を成した人の場合は、寧ろ愛人がいてもおかしくはなかったでしょう。

そしてまた『論語』から。思うのですが、真に漢籍を専門にしている人の場合、こういう形でちょこまか出してこないのではないかと思いますが…すべて自説補強にしかなっていないし。

ここで少し『論語』の擁護でもさせていただきますと……。
西洋から「一夫多妻制はありえないのではないか」と言われた東洋の人々は、文化の違いであり野蛮だと言われる筋合いはないと抗弁したものです。
ただし『論語』はじめ儒教にそうした戒めがないかと問われれば、そうとも言い切れません。
酒色は控えるべきだという観念は東洋の儒教国家にもあります。
玄宗と楊貴妃はじめ、女性に耽溺した君主は問題があるとみなされました。
栄一は若い頃、志士であったこと。それに彼が「明眸皓歯」(めいぼうこうし・明るい瞳に白い歯で美人のこと)に目がないと語っていたことも考えましょう。
夫は女好きを隠そうとしない。
何人もの明治の女性はそうため息をついていました。兼子もその一人です。世間は騙されようとも、妻はそうじゃない。

まず「『論語』の擁護」などとあるから何かと思ったら、つまるところ「『論語の正当性』」なのでしょうか。そして中国歴代王朝にそういう戒めがあったということは、酒色に関する問題が多かったとも取れます。しかしそれと、美人が好きだと言っていた栄一を同一視できるのでしょうか-要は武者さんは志士が嫌いなのだなと思います。
それと栄一のみを女に目がないとするのは筋違いです。志士の多くは妻以外に愛人もいたり、また愛人を作っても妻を持たないという人もいました。さらに
「西洋から『一夫多妻制はありえないのではないか』と言われた東洋の人々は、文化の違いであり野蛮だと言われる筋合いはないと抗弁したものです」
と言うのであれば、栄一の時代のことを、今の我々がどこまでとやかく言うべきなのかも考えてしかるべきでしょう。単なる『青天を衝け』叩きのためでしかありませんし。特定のドラマを批判あるいは否定するために、違う時代の道徳を持ち込むのは、正に一夫多妻を否定した西洋と変わらないのではないでしょうか。

『鎌倉殿の13人』は、三谷幸喜さんが今までの大河の中でも最も力を発揮しているように思えます。
資料が少ないだけにミステリのような展開ができる。
歴史研究者が推理でバリバリと話を進めると問題がありますが、そこを作家が補う。

個人的な意見ですが、所謂三谷大河の中で、今一つ面白く感じられないのが今年の大河です。
始まる前は、戦国や幕末と言ったポピュラーな時代でなく、吾妻鏡に則るとあったため、より今までの大河に近づけるのではないかと思っていました。しかし先日分でも触れたように、どうも現代に寄せている感があり、しかもそこに三谷さんらしい描写を織り交ぜると、歴史ドラマの面白さとはまた別になって行っているように思うのです。

確かにオリキャラとか、特定の人物像の描き方などは面白いと思います。その一方でアレンジし過ぎて、この時代特有の雰囲気とどこかそぐわない印象も同時に受けています。また考証にしてももちろん異論もありますし、『真田丸』の頃から感じるのですが、どうも考証を前面に押し出し過ぎな嫌いもあります。

そして政範の死因ですが。

・状況的に見て病死とは思えない
・殺害現場が平賀朝雅邸
・遺体が人目につかぬよう、早急に処理されている
・政範と同時に別人も死んでいる
どうです? ミステリでしょう。

いや武者さんがそう思うのは勝手ですが、ここで持ってくるべき話題かと思います。それを言うなら歴史上の人物の生涯など、多くがミステリですし、信長や龍馬の最期などその最たるものでしょう。それと史料によっては、時政も政範に同行していたようですね。

そしてあらすじ部分で書いたことを、もう一度持ち出しています。

そして不気味なのは、りくと時政の反応が見えにくいところ。
時政は重忠を討つ気でいますが、その動機がまだ見えてきません。
今週はいわば溜めで、来週どう展開するか引っ張っています。
わかりやすすぎると興醒めだし、同じ週で解決するなんて勿体無い――そういう極上の歴史ミステリにしたいからこそ、ひねりにひねったうえで、ひっかけも用意している。
義時の結婚でわちゃわちゃ盛り上げておくのがそうでしょう。

何だか「極上の歴史ミステリ」などと言われると、かえって興ざめするのですが。
時政の動機が見えてこないのは確かですが、そしてこれも前に書いていますが、彼らは息子の死因が何であるのかさえ確かめようがないわけです。やはりここは定説通り、重忠の子で政範に同行しており、しかも朝雅とうまく行かなかった重保に責めを負わせるのでしょうか。それと、同じ週で解決するなんてもったいないと言うより、ペース配分からして、複数回に分けた方がいいと制作陣が判断したせいかも知れません。
今年のはここまで善意に解釈すると言うか、持ち上げることができる一方で、『青天を衝け』は悪意に満ちていますね。好悪でドラマを判断するとどうなるか、その見本のようなコラムです。

それにしても、色々な意見があるのは承知しているが、自分はこれを応援したいと書くのであればまだわかりますが、どうもこのコラム、あるいは朝ドラ記事の場合でも、自分と違う意見は言語道断のようになっているのが多いし。特にネット上のファンダムを、目の敵にしてやしないかとも思われます。

あと、視聴率のことでまたあれこれと書かれていますが、これに関してはまた改めて。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/09/10 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと―持ち上げる今年そして叩く昨年

『武将ジャパン』大河コラム続きというか、まず三谷さん脱稿関係です。そしてそれに絡めるようにして、まあ例によって例の如くと言いますか、『青天を衝け』をかなり叩いています。

朗報です。
まだ8月末なのに、脱稿したそうです。
(注・関連記事リンクがありますがここでは省いています)
決定稿にするまで手を入れるから、そのせいでギリギリまでかかるのだろうけれど、プロットの仕上げそのものはそう遅くないだろうと。
これはドラマを見ていればわかります。

三谷さんにしては早い方なのだろうと思います。しかし何度も書くようですが、これがガイドブックの発売に影響している印象もありますし、早い人は、放送開始後間もなく脱稿ということもあるようです。

今回は頼家の暗殺が、風呂場でなく猿楽の舞台でした。
あの猿楽は手間と時間がかかるため、いきなり決めてできるものとは思えないのです。
本作は作りに時間がかかるような場面が多い。
小道具や衣装も手間暇かけています。時間にある程度余裕がなければできないはず。

猿楽のシーンはあらすじと感想でも書いていますが、『太平記』で、柳営(将軍-この大河では執権-の館)に招かれた猿楽衆の中に、刺客が入り込んでいたのをベースにしているように見えます。武者さんがこれを観ているかどうかはわかりませんが。しかし猿楽だけでなく、他にもある程度の時間を見て取りかかるべきシーンというのはあります。武者さんがなぜここで『麒麟がくる』の能のシーンを持ち出さないのか、それがよくわかりません。『平清盛』の舞楽のシーンなども同じでしょう。

そして、

ですので、こういういい加減な報道に私は割と苛立っていました。
「三谷幸喜の『Nキャス』MC就任に大河スタッフが顔面蒼白!脚本が間に合わない!?」(注・本文は記事へのリンクあり)
三谷さんご本人の怒りは、私どころじゃないでしょうけれど……代わりに憤りをぶつけさせていただきます。
そもそも、そこまで脚本が決定的に遅い人が、三度も大河に起用されるものでしょうか?

別に武者さんが、代わりに怒っても仕方がないと思うのですが…。しかしこれも嫌いな大河だったら、我が意を得たりとばかりに紹介するのではないのでしょうか。何せ今までがそうでしたし。それと三谷さんの起用、本人の意向もあるいはあったかも知れませんし、『真田丸』が割とよかったから、もう一度となったのかも知れません。ファンからの要望もあったでしょう。

それと好きな大河の割に、こういうツイをするのですね。歴史系ライターを名乗っていて、大河コラムを有料で書いている人が、これはどうかと思います。

小檜山氏ツイ義時関連

そして嫌いな大河に関しては、武者さんはこの通りです。

近年で脚本が遅れていると判明したのは『青天を衝け』です。脚本家が歴史に馴染みがないか、好きでなかったのだろうと感じました。
大河にはガイドブックがあり、おおまかなプロットが放送前にわかります。
そのプロットから根本的な部分が変わっているとなると、あまりに時代考証がおかしいと判定されたため、その後に修正されたと想像できます。
去年はそういう妙な変更やカットが多かったんですね。

昨年でなくても、ガイドブックと実際のドラマとのギャップは何度か見られました。嫌いな大河だから騒いでいるのでしょうが、今年もガイドブックと、実際のドラマのギャップはありますけどね。

ともあれ、まず2021年という年を考えてみたいと思います。

前年の2020年に行われるはずだった東京オリンピックとパラリンピックが1年延期され、この年の夏に行われることになりました。当然NHKも放映権を持っているわけで、中継に当たって大河ドラマの放送をいくつか削らざるを得なくなります。恐らくはそのせいで、脚本にいくらか変更を加えざるを得なくなったのも一因でしょう。かてて加えて、コロナ禍で収録と放送の休止を余儀なくされた『麒麟がくる』が、翌年にまで放送がずれ込んだため、当初の予定とはかなり違ってしまったのではないかと思われます。

事前にガイドを読んで「これをそのまま放送したらまずいだろう」と思っていると、実際の放送ではカットされて、どうでもいいシーンが追加されていた。
一例として、長州征伐の西郷隆盛です。
天狗党を大量処刑したことと比較して、流血を回避した西郷隆盛を褒めるニュアンスのプロットがありました。
しかし、戊辰戦争と西南戦争を引き起こした西郷が流血を避けるなんて、まずありえない話。
幕末史の基礎でしょう。

ちょっとわからないのですが、武者さんは、第一次長州征伐が武力衝突なしで終わったのをご存知ないのでしょうか。
『西郷どん』でもこの時は、西郷吉之助が徳川慶勝に直訴して平和的解決に持ち込んでいます。またこれに対する条件として、禁門の変を京で指揮した長州藩の三家老の切腹や、藩主父子の謝罪、さらには五卿の筑前への移転などが行われています。

そもそも武者さんは、自分が好きな大河の描写に沿っていないと気が済まないようですね。『八重の桜』、『西郷どん』そして『青天を衝け』、それぞれの西郷の描き方があるはずです。それを言うのなら『麒麟がくる』の光秀も、私は今一つ納得できないところがありました。

ゆえに、放送時はそうしたニュアンスの誘導はバッサリ消えていました。
小道具、衣装、VFXの処理もおかしかった。
店のインテリアとして「風神雷神図」の屏風があった。
本物のわけがありませんし、偽物にせよ店にあんなものは置かないでしょう。質感からして大型プリンタで印刷して貼り付けたようなのっぺりとしたものでした。
書状や書籍も、きちんと筆で書いたものではなく、印刷したのでは?と思えるものがしばしば見えた。

「そうしたニュアンスの誘導」とは何でしょうか。「これをこのまま放送したらまずい」ということでしょうか。何だか意味が通じにくいですね。

そしてあれがおかしい、これがおかしいとありますが、ならばもう少し客観的な説明をつけてほしいものです。あのパリの風景などは割とよかったと思いますし。『風神雷神図』がおかしいのなら、画像を貼ってどことどこがおかしいくらいに指摘するのなら、それはそれで納得できるのですが。あと「印刷したのでは」と言うのは、具体的にどんな書状や書物でしょうか。近代日本であれば、もう印刷された書物が出て来てもおかしくないでしょう。

そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます。
昨年は、ただの手抜きではない、不吉な予兆がいくつもありました。
そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石。
来週以降も期待して待っています。

「そういう細部に宿る混乱で、脚本のペースは浮かんできます」
これもどういう意味なのか不明。
そして
「ただの手抜きではない、不吉な予兆」
これも何のことやら。そしてさらにおかしいのが、
「そういう細部を見ていれば、今年はやはり盤石」
なぜ『青天を衝け』の脚本の細部を見ていれば、今年は盤石になるのでしょうか。

この部分、要は
「こういう細かい部分がおかしいと、脚本の進み方にも乱れが出て来そうです。単に手を抜いたとかでなく、もっと失敗しそうな何かを感じずにはいられません。こういう細部への詰めの点では、今年のは昨年よりまともです」
こう言いたいのでしょうか。しかしもう少しわかりやすい日本語で書いて貰えないものでしょうか。無論私は、昨年のが今年より劣っているとは思わないし、最初の方で書いたように、放送日程の急な変更でやむを得ない部分もあったかと思います。寧ろ昨年に比べた場合、今年はやはり如何にも三谷さん的展開で、やや食傷気味に感じられることもあります。

そしてこの「今年はやはり盤石」、「来週以降も期待して待っています」なのですが、ちょっと無理が感じられます。本当に面白ければ、わざわざ昨年の作品と、何かにつけて比較する必要もないわけです。『青天を衝け』を、未だにかなり意識しているのだろうとは思いますが。


飲み物-パブのビール2
[ 2022/09/03 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 68その1

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、第31回前半部分です。

1.系統は二つあり、頼朝の子と、全成の子。
全成には頼全と時元という男児がいました。
一方、頼朝には三名いて、一幡、善哉という孫、頼家の弟として千幡が表示されます。他にもいる頼家の男子は、ドラマでは省略されていますね。

あらすじと感想で書きましたが、子供たちが多いなと思ったのがこの回でした。当然ながら、これ以上子供たちを出せば、誰が誰だかわからなくなるでしょう。また制作の方も紛らわしくならないように、見せ方を工夫していると思われます。

2.義時は冷静です。
「お前が書いたんだな」
「そうだ。何枚でもあるぜ」
「勘弁してくれ!」
義時は絶望しつつ紙を破ります。
当たり前ですね。むしろ、義村の頭を引っ叩かずに耐えている義時がえらい。
にしても、なぜ義時は義村の嘘を見抜けたのか。三谷さんらしいミステリぽい展開ともいえますね。

署名集めの時もそうでしたが、義時と義村の価値観の違いが出ていますね。
しかしなぜ義時は(あるいは視聴者も)嘘を見抜けたかと言われても、「あの」義村が、こんなに自分に取って都合のいい物を持ち出して来たら、一応は疑ってみるのではないでしょうか。これに関しては、ミステリ以前の問題とも言えるかと。
ちなみにこの箇所に関して、次のような喩えがあります。

3.美人で、仕事もできて、薄給でも文句を言わない。残業も、休日出勤もしてくれるし、おまけに露出の高い服装で出社してくる……そんなモバイルアプリじみた押しかけ秘書が実在するかどうか?
機密情報を全部盗まれるなんてことがあるかもしれない。有能で美味しい存在には警戒が必要ですね。

違うような気がします。
義時の場合、あくまでの相手の行為に関して疑いを持っているわけです。例えばいきなり有能な家人か誰かを押し付けられて、それが実はスパイだったなどと言うのであれば、いくらか似たところはあったでしょう。逆に比奈を、スパイのように使ってはいますが。

4.それでも悪びれず、比企の天下にしたくねえ、善哉しかねえと言い張るのが義村。
比企をぶっ潰す!と盛り上がり、反対する義時に対しては「そんなに三浦に力を持たせたくないのか」とウダウダ言い始めました。

ここのところですが、実際はこうなっています。
義村「比企の天下にしたくねえんだろ」
義時「もちろんだ」
義村「だったら善哉様に継いでいただくしかない。違うか」
そしてその後、比企が納得しない→その時は戦うまで→鎌倉が二分されてしまうと、義時、義盛そして時房の会話が続き、しかる後に
義村「三浦が力を持つのがそんなに嫌か」
義時「そういうことではない!」
となるわけです。
この前も似たようなことがありましたが、義時のセリフもこの場合重要なのに(比企の天下にしたくないという意思表示なので)、そこが抜けているし、比企をぶっ潰すというのは、主に義盛と時房が言っているわけですね。

5.「鎌倉が比企と北条で割れているのは俺でもわかる。でもな、俺はどっちの側でもない。俺は俺だ」
キッパリと、そう言い切る知家。
一番うまい身の処し方かもしれません。こんなシンプルな説明で風格を見せる市原隼人さんが今日も素敵だ。

と言うより、義時に「どちらにもつかない」という選択肢はないわけですから、比べると義時が気の毒でしょう。

6.美しいけれど毒がある。まるでトリカブトの花の精のような、生田斗真さんの新境地が見られました。

武者さん時々こういう喩えをしますが、これが女性ならまあいいでしょう。いささかファンタジー的ではありますが。しかし源仲章は当然ながら男性であり、この場合花以外の、たとえば鳥とか動物などになぞらえる方法はないものでしょうか。

7.大河ファンに揶揄されがちな、女性人物のセリフとして、次のような言い回しがあります。
「いくさは嫌でございまするぅ〜」
どの大河で、誰が言ったのか――そういう詳細はどうでもよく、ともかく戦を避けるためヒロインが薄っぺらいセリフを使うことを指摘したものです。
女の子は平和が好きでしょ、ゆるいでしょ、といったニュアンスですね。
あるいは女性の脚本家だったり、女が主人公だと「スイーツ大河」とされるスラングもあります。
そうした状況を踏まえて実衣の言動を見ると真逆。
夫と我が子を理不尽に殺された恨みを晴らすため、仇討ちした敵の首をどうやって並べるかまで指示する。スイーツどころかかなりのビターです。

私は別に実衣がビターという印象は受けません。ここの部分、何度も書くようですが。実衣が思ったことをずけずけ言えるのは、彼女の周辺が北条の人物だったからというのも大きいかと思います。身内に守られているという特定の条件下で、甘えと言うのは適切ではないかも知れませんが、少なくとも彼女を知る人たちの理解あってこそ、可能であったことでしょう。これが他人ばかりであったら、首を並べてなどのほほんと言ってはいられないでしょうし。寧ろ第30回などを見ていると、実際は弱さもある女性かと思います。この辺りくの方が強かでしょうし、真に強かな人物はこういう生々しいことを口に出さず、オブラートに包むような物言いをするのでしょう。

8.近年でも『八重の桜』や『おんな城主 直虎』は、むしろシリアスな残虐描写が多かった。
ただし、実際に戦争を体験した世代が「戦は嫌だ」というセリフを入れるのであれば、薄っぺらいどころか自身の経験を反映させたとも見なせるでしょう。

『八重の桜』はともかく、『おんな城主 直虎』の方は、個人的に馴染めなかったせいか、やたらに生首や死体を登場させて、「戦国らしきもの」の演出をしていたという印象があります。また戦争を体験した世代云々ですが、『真田丸』の梅が、戦になると男手が足りなく作物もできず嫌だと言うのは、説得力がありました。

9.「義母上は、父上に政(まつりごと)が務まるとお考えでしょうか?」
もちろん。そう言い切りながら、夫の器を信じていると断言するりく。そのうえで汚れ仕事を義時に押し付けます。
邪悪ですね。
頼朝にせよ、義時にせよ、自分が拳を振り下ろした結果、血が飛ぶところから目を逸らすことはありません。
ところが、りくはそうではない。
こういう想像力の欠落した策士には、目の前に首でも置きたくなります。

汚れ仕事を押し付けるのではなく、その汚れ仕事が女性のりくにはできないからでしょう。
武者さんがりくを嫌いなのは認めますが、報酬を貰って書いている以上、あまり好き嫌いを表に出すべきではないかとも思います。そもそも想像力が欠けているとは、どのような想像力が欠けていると言いたいのでしょうか。
それにこの後で出て来ますが、比企能員の殺戮現場の指揮を執っていたのは、彼女がその器を信じていると言った時政なのです。

10.そう言い合いますが……ある意味、頼朝が殺戮のたがを外した結果がこれです。たとえば頼朝が、源氏の血だからと木曽義高を助命していれば、その後の結果は大きく違ったかもしれない。
頼朝の死後、さらにゲームのルールは変わりました。
たとえ出家していようとも、阿野全成とその息子・頼全は殺された。
徹底せねば、いつまた驚異となるかわからない。
そして義時は、政子に誓約した直後、戦になったら真っ先に一幡様を殺せと泰時に命じます。
「生きていれば、必ず災いの種になる。母親ともども……頼朝様ならそうされていた」
頼朝の教えを受けた愛弟子が、その頼朝の血を引く幼子を殺す。何をどう間違ったらこうなるのでしょうか?

一幡を殺せという指示に関してです。しかしあの時義高を生かしていれば、恐らくは木曾の軍勢との戦に入り、御家人も割れ、すんなりまとまることはなかったでしょうし、平家も討てなかったかも知れません。そして武士の時代が続く限り、これは続きます。そもそも何を間違ったらなどという問題ではありませんね。武者さん、失礼ながらりくではなく、貴方の想像力が欠けているように見えてしまって仕方ないのです。それにこれ以前にも似たような事件はあり、平安時代中期には、藤原清衡が異父弟の家衡から妻子を殺されてもいますし、何も頼朝から始まったわけではないでしょう。

そしてこの一幡殺し関連でこのような文章があり、リンクが貼られていますが

歴史で言えば、司馬懿が曹操のやり方をトレースして、王朝簒奪する過程を思い出します。

これは日本の鎌倉時代の話です。馬懿が活躍した、後漢から三国時代の話ではありません。


飲み物-ブランデーグラスのビール
[ 2022/08/18 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』第19週感想-1

『ちむどんどん』の気になる点について。

第91回
  • 「同居はしない」「重子さん」
  • 2人暮らしでテーブルが小さすぎませんか
  • 和彦が料理をほめてくれるのに「そんな言わないで」と言う暢子
  • 房子と田良島の会話が何だか中身がなさそう
  • 重子の提案の「葛飾北斎、横山大観、竹久夢二」の関連性のなさ
  • しーちゃん呼ばわりを強調する重子
  • 三郎の「イタリアンをやって来たのになぜ沖縄料理」の突っ込みがまとも
  • なぜか暢子の出店計画を手伝う智
  • 二ツ橋シェフの忠告には同意
  • 「辞めてもフォンターナの一員でいたい」
  • 全部ひとりで背負うのがすごく…孤独を感じる
  • 偶然我那覇と再会する賢秀

まず手紙の「重子さん」ですが、暢子て一応お嫁さんですよね。「青柳のお母さん」とか、せめて「和彦君のお母さん」ではないでしょうか。でその重子さん、しーちゃんと呼んでくれと強要し、店に葛飾北斎、横山大観、竹久夢二の絵を飾ろうとか、およそ関連性がないと思うのですが-彼女の言う教養とはこういうレベルなのでしょうか。あと房子と田良島の話もそうですが、変なインテリ臭さばかり漂って空虚な感じです。暢子が入って来た途端、店の経営について喋り始めた房子の方が、よほど生き生きしているのですけど。

あとあまゆの2階はキッチン付きなのですね。しかし2人で暮らすには狭すぎだし、テーブルも小さ過ぎでしょう。何だか一人暮らしの女性が、彼氏を泊めて次の朝に食事を作ってあげている、そんな感じなのですね。それとあの部屋、換気などはどうやっているのでしょう。それと暢子の「そんな言わないで」はないでしょう。ここは素直にありがとうでいいかと。

そしてイタリアンをやって来たはずなのに、なぜ沖縄料理なのか三郎が尋ねます。これと、二ツ橋シェフの忠告
「イタリア料理を極めたいとは思わないんですか」
「夢や理想だけで飲食店はやっていけない」
は納得できます。しかし暢子もやりたいやりたいと言っている割に、明確なビジョンが乏しいように思います。あと「辞めてもフォンターナの一員でいたい」、いや辞めたら貴女は貴女の店のオーナーなのですけど。フォンターナでアドバイスを受けたいのでしょうか。

そのせいもあってか、物件探しや資金繰りで早くも音を上げている感があります。しかし出店計画を、なぜ智が手伝っているのかそれも疑問です。ついこの間、あんな目に遭わされたはずなのですが。それとスナガワフードの仕事はどうなっているのでしょう。

さらに賢秀ニーニー。結局また「先立つもの」を貰って養豚場を辞めるのですが、出たり入ったりは自由なのでしょうか。しかも競馬ですってしまって、そしてまた我那覇と再会して…何だか似たような展開になっています。

第92回
  • 和彦はなぜ仕事に行かずに信用金庫の人の話を聞いてるの
  • またあまゆに飛び込んでくる賢秀
  • 200万円引換券
  • 賢秀がやっているのは要はネズミ講ですが、あまゆにいた人たちが誰も注意しない(注意して聞くニーニーではありませんが)
  • 良子「野菜をちゃんと食べなさい、これ高かったんだよ」
  • 実家に山と積まれたビタミンドリンクと学ばない優子
  • 「野菜の声が聞こえる」
  • 鶴見の信用金庫の人が杉並区の物件を紹介?
  • なぜか厨房より2階を見たがる暢子
  • 暢子「失敗したら全財産なくして借金が残る」
  • 歌子「暢ネーネーは昔から食べ物屋さんをやる運命なわけよ」

そして鶴見の信用金庫の人が訪ねて来ます。やはり暢子の計画は甘かったようです。それにしても和彦は、なぜ出社もせず一緒に話を聞いているのでしょうか。そしてまたニーニー、今度はビタミンドリンクのしかもマルチ商法(ネズミ講)のようです。しかしその場にいる人たちが、なぜか黙ったままです。それはもう法律で禁止されるとか、誰か言ってあげないのでしょうか。そしてあの「引換券」、子供のお遊びでしょうか。

そして案の定、母親の優子がそれを買ってしまいます。自分は野菜を食べるからこれは飲まないけど、賢秀も頑張っているからと例によって例のセリフです。お母さん、その態度がニーニーを駄目にして来たのですが…。そして野菜と言えば、良子が野菜を食べない晴海を叱ります。それはいいのですが
「これ高かったんだよ」
は如何なものでしょうか。せめて栄養があるから食べなさいとか、そのように言うのではないでしょうか。そして子供たちが給食を完食しないことで、給食主任の良子はまた苛々しまくりです。

そんな良子の許に電話がかかります。暢子からニーニーの件に関してですが、別に職場にかけずとも、夜に家にかければいいのでは?まあその日戻って来た良子が、そのビタミンドリンクが山と積まれているのを目にする設定だから、このようにしているのでしょうが。

暢子。鶴見の信用金庫の人なのになぜか杉並区の物件を紹介されます。それはともかく、1階の厨房設備よりも、2階の部屋の方を見たがるのはなぜでしょう。ここで暮らそうと思っているのでしょうか。そして借金が不安だと今度は歌子に電話しますが、そもそも比嘉家の借金はどうなっているのか気になるところです。そして歌子が
「暢ネーネーは昔から食べ物屋さんをやる運命なわけよ」
と、暢子が料理を目指すきっかけとなった大会を踏まえつつ言うわけですが、ただ料理好きと飲食店経営は、二ツ橋の言葉のように分けて考えるべきでしょう。

あと優子が野菜を作って、モーウイ(赤瓜)を食べさせるシーンがあります。この時野菜の声を聞くというセリフが出て来ますが、何だか既視感があるなと思ったら、『カムカムエヴリバディ』の「小豆の声を聞け」でした。あと『八重の桜』でも山本家の菜園のシーンで、似たようなセリフがありましたね。

それと先週の、歌子が仮病を使って智をフォンターナに引っ張って来る展開に関して。あの時歌子が今日は熱はないなどと言っていましたが、せめてあの時、智ニーニーには悪いけれど、結婚式には出席してほしかった、自分も歌うから聞いてほしかったくらい言っておけば、また与える印象は違ったと思います。脚本に難ありと思わざるを得ません。


飲み物-コーヒーフロート
[ 2022/08/17 01:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 67その3

『武将ジャパン』MVPと総評ですが、何でもMVPは全成と実衣だそうですが、例によって出番が多い人々をMVP認定しているように思えます。全成はともかく、私なら比企能員を選びますね。そもそもMVPというのが、ページ数を増やすためだけに存在しているようにも見えます。

で、例によってかなり長々と書かれているので、主な部分だけピックアップしておきます。

しかも(注・全成の呪詛は)この時代ならではのもので、もっと後の仏僧ではこんなことあまりしないと思います。そういう未分化の呪術に意味を持たせる所作をするって、相当大変な努力が必要だと思えます。
そういうことに気を抜かなかったからこそ、豪雨の中で祈り、奇跡を起こすという場面につながったのではないでしょうか。
気を抜いているようで真剣に真面目に呪詛祈祷をしていたからこそ、ああいう凄絶な場面になったと思えます。

「そういうことに気を抜かなかったからこそ」とは、どのようなことに気を抜かなかったからなのでしょうか。また、大変な努力とはどのような努力なのでしょうか。そういうのが書かれていないから、このコラムにありがちな曖昧な雰囲気のままで終わっています。
あのシーンは恐らく、それこそ日蓮の龍の口法難をベースにした創作でしょうし(『吾妻鏡』では知家が処刑したとしかありません)、また全成があのシーンで「気を抜いていた」ようにはとても見えないのですが。

全成はトボけていた。実衣は野心にギラついて嫌われかねない性格の悪いところが出てしまっていた。
これから先、この二人はあの凄絶な最期と、ほのぼのとした夫婦愛を同時に思い出すことになるのでしょう。

というか、全成は三谷さん一流のコントシーンに登場することが多かったですね。実衣は野心にギラつくと言うよりは、北条の娘であり、周囲も身内やその家人であり、さらにあの思ったことをずばりという性格ですから、逆に隙を与えた感もあります。寧ろ野心にギラついているのはりくの方であり、実衣があのくらいの隙のなさであれば、また全成共々違った運命を与えられたでしょう。

またこの二人はとありますが、全成は既に亡く(他に意味があってこう書いているとも取れますが)、実衣がかつての夫の思い出と共に生き、兄義時から聞かされた夫の最期を、折に触れて思い出し、あるいは千幡にそれを伝えるのでしょうか。

死んだ全成も気の毒ですが、叔父の粛清という素晴らしいカードをきちんと切れない頼家も苦しくなってきました。
せっかく全成を殺すのならば、その領土なり地位を分け与え、かつ御家人を引き締めるように持って行けたらよかったかもしれない。

この場合全成に直接手を下したのは八田知家であり、そうするように差し向けたのは、比企能員ではないかと思います。頼家は、この叔父がしたことに対して怒りはしましたが、最初は流罪であり、尚も(能員に命じられたとはいえ)、呪詛を行ったため処刑に及んだわけでしょう。それに全成の領地である阿野荘は、嫡男時元に与えられなかったでしょうか。

中国史ならば前漢・劉邦、明・洪武帝が得意とするところです。
功臣粛清なしで王朝を築けないか?
その答えが泰時愛読書『貞観政要』にあります。

ここでまた中国史。中国史について書かないと、このコラムはOKが出ないのでしょうか。この時代は前漢でも明でもなく、日本の鎌倉時代初期です。

で、某カルト教団について触れた後で、ネット会話の「神」についてどうのこうの。

「この脚本家のあの作品は素晴らしかった! だから今度も神脚本になる!」
これも一種の信仰です。
ドラマの出来がいかに悪くなって、脚本家が名義貸しばかりのような実態でも、見る方がひとたび信じれば、その人にとっては真実になります。
私は三谷さんは好きだけれども、別に信じて崇めているわけではありません。
実際に見て面白ければ納得するけど、そうでなければ突っ込む。
それが“信仰”に依らぬ理性での判断でしょう。
今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い。

「“信仰”に依らぬ理性での判断」
とありますが、このコラムを今まで観て来た限りでも、寧ろこの大河は絶対というか、「この脚本を信じています」といった記述も少なからず見られますし、「信じて崇めているわけではありません」などと強調するところも、どうも疑問に思えてしまいます。
そもそも
「今回の『鎌倉殿の13人』には、そんな人間と信仰の本質も見えるような仕掛けがあって面白い」
とありますが、「人間と信仰の本質も見えるような仕掛け」と言うのは、具体的にどういうことなのでしょうね。そういう仕掛けがあるのなら例を挙げてほしいのですけど。

また義経が登場していた回などは、義経と重忠はイケメンでどうこうと、『花燃ゆ』や『青天を衝け』で批判していた点をここでは評価していてダブスタだなとは思います。あと「ドラマの出来がいかに悪くなって」は、『平清盛』と『カムカム』の脚本家さんのことでしょうか。

そして
「でも、だからこそ「神回」とか「神脚本」という呼び方は好きになれない。
信仰ではない理性で判断することも必要なので」
なのだそうですが、別に神回、神脚本でもいいと思います。ファンによっては、そう呼びたい時もあるでしょうから。寧ろこうい意見に対してあれはいやだ、アンチのは見たくないなどと一々言うのであれば、ドラマのライターなどなさらない方がいいのではないでしょうか。すべてが武者さんの理想通りに進むわけではないのですから。

そしてまた『麒麟がくる』。

『麒麟がくる』の光秀もそうですが、義時も“巻き込まれ型”です。自分が先頭に立ち、かっこいいリーダーシップを発揮するわけでもない。
しかし、結果的に何かしている。
大河の主人公といえば颯爽とした笑顔で、さわやかに活躍するイメージがあるかもしれない。
それが結果として受け身で、どんどん目から光が消えていく……ってのは一体どういうことなんだ。
そんな中で、義時が己の使命に覚醒しましたね。
「ようやく分かったのです。このようなことを二度と起こさぬために何をなすべきか。鎌倉殿の元で悪い根を断ち切る、この私が!」
義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ。

これ、あらすじの方では「義時にはビジョンがない」と確か書かれていたと思いますが、ここで「結果的に何かしている」とあります。要は光秀は一旦壊れた体制の再生を夢見ますが、義時の場合は出来上がりつつある体制の死守ということであり、守るということは、妨害する勢力を根こそぎ封じてしまうわけですから、このようなセリフになるわけです。
それと義時も当初はいささか地味ながらさわやかな印象でした。大河の主人公は、大体夏から秋頃にかけて、人生の大きな課題に直面し、年齢も重ねてさわやかさは失われて行きます。何度も書くようですが、武者さんの嫌いな大河の主人公もまたしかりです。

それと
「義時はものすごく我慢している。耐え抜いている。いつもギリギリだ」
何だかこういう部分の表現が、失礼ながら幼稚な感じですね。義時は最早鎌倉幕府にあだなす者に容赦はせず、常に構えるようになったというところでしょうか。

比企一族との対峙については、よりえげつない設定に進みそうな本作。
次週以降、さらに救いがないでしょうから、身構えておきたいところです。

というか、もう大体どのようになるか予想はついています。比企能員の変が次回ですね。でさらに頼家の死、和田義盛の討伐と続いて行くのでしょう。

今年の大河は日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』路線であって欲しい。そんな願いが叶いつつあります。
主人公の目から光が消えるという意味で、司馬懿主役の『軍師連盟』にも近い。

別に大河は『ゲーム・オブ・スローンズ』でも中国映画でもないし、またそうある必要もないのですけどね。
他にどのような映像作品を観ようが武者さんの勝手ですが、なぜこういう明らかに違う文化、違う時代設定のものになぞらえたがるのでしょう。

追い詰められたらどんだけ酷いことをするか、義時は証明してくれます。
全成は誰も恨むなと言った。義時は恨むことすら忘れている。
ただ害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ。
義時を怒らせた連中が悪いのです。

追い詰めるというより、それぞれ守る領分があって互いに譲れないということでしょう。義時は恨むことすら忘れているのではなく、私怨というのがプラスにならないからではないでしょうか。例えば比企能員は多分に私怨に囚われている感があり、その辺りが能員と義時がかなり異なって見える一因かと思われます。

しかし
「害虫の巣を焼き捨てるような動機と衝動で、これから血塗られた道を歩むのみ」
もうちょっと表現を工夫できないでしょうか。「風雲急を告げる中、彼は今後獅子身中の虫というべき存在と対峙し、やがてもっと大きな存在にも戦いを挑むことになる」と、一応書いておきます。
それと「義時を怒らせた連中が悪い」というのは思考停止に過ぎますね。相手にも道理があるし、逆に義時に嵌められた人もまたいるでしょう。武者さん、最近あまり引用しない『八重の桜』の、「西国諸藩にも義がある」という意味の言葉、時代は違いますがあれにやや近いかと。

飲み物-マグとビール
[ 2022/08/12 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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