FC2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  三谷幸喜

大河ドラマの制度疲労

しかし繰り返すようですが、大河ドラマそのものは昭和のビジネスモデルだなと思います。「ビジネスとしての『昭和』」でもちょっと触れましたが、今の地上波TV自体にそういう部分があり、それがTVすなわち、高齢者の娯楽もしくは情報源と化していると言っていいでしょう。

最近、有名な俳優さんと脚本家の方が相次いで亡くなられました。無論ご本人たちの努力もあったとは思いますが、少なくともお二人が脚光を浴びたのは、青年期から壮年期にTVの黄金時代を迎えたのも一因ではないでしょうか。現時点ではその黄金期の価値をまだ引きずっていると思いますが、今後もこのままでは、特に地上波は衰退すると思います。地上波でなくても、ドラマとか昔の番組メインの局は、何らかの形で方針を変えざるを得なくなるでしょう。

何度も引き合いに出すようで恐縮ですが、三谷幸喜氏が大河をアピールする際、家族で観てくれといったことを口にしていたと思いますが、これにも似たような印象を受けます。恐らくご自分の子供時代を重ね合わせているのでしょうが、今の時代それはどうかなと思わずにもいられません。ある意味高齢者に向けたメッセージなのかも知れませんが、何かあの『サザエさん』と似た物を感じます。

仮に民放が大河をやっていたとしたら、とうに消えてしまっているでしょう。無論これはNHKが素晴らしいと言うのではなく、受信料を徴収しているからできることであり、仮に視聴者の半分が受信料を払わなくなった場合は、大河をやめざるをえなくなる可能性があります。以前から大河が面白くない、打ち切りにしろという声がネット中心に見られましたが、NHKが本当に今後のことを考えているのなら、実験的にやめるか、あるいは編成を変えるかしたのではないでしょうか。それがないということは、何だかんだ言われつつも、「打ち切り」などというのはマスコミが半ば脅かしに使うフレーズであり、当のNHKはそのようなことは、微塵も考えていないと言っていいかと思います。

ところでひところ、大河ドラマの主役同士のバトンタッチというのがありました。最初は『風林火山』の山本勘助役の内野聖陽さんと、『篤姫』の主役の宮崎あおいさんだったかと思います。その後2010年代に入り、女性主人公の大河が隔年で作られていた時期は、この手のバトンタッチが行われ、それぞれの舞台となった地域の名物などを交換していたようです。ただ『西郷どん』の鈴木亮平さんと、『いだてん』の中村勘九郎さん&阿部サダヲさんのみ男性同士でしたが、その後このセレモニーもなくなりました。

元々これは朝ドラのヒロイン同士が行っていたものです。こちらのほうは女性同士ということもあり、和気藹々とした雰囲気は、確かにしっくり来ました。しかし大河は朝ドラとは違います。結局男女の主人公同士が顔を合わせなくなって以来、自然消滅してしまったようです。

それと、大河は別に特別ではないと先日書きましたが、実際殊更に意味を持たせる必要もないと思います。別に教養番組でもないし、歴史の勉強になるわけでもありません。それならドキュメンタリーの方がまだいいでしょう。それと本編の後の「紀行」、あれももう見直していいのではないでしょうか。戦国と幕末のヘビロテのせいもあるのでしょうが、似たような名所旧跡の紹介が多すぎです。こういうのは、今まであまり紹介されていないスポットを、特番などでやった方が興味をかき立てられるのですが。巡回展とかイベントなども、もっとビジネスライクにやる方法があると思われますが、NHKはやはり「ビジネス」に関心がないのだなと考えざるを得ません。あと大河ドラマ館もしかりです。

飲み物-アイリッシュコーヒー
スポンサーサイト



[ 2021/04/21 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

三谷大河の問題点その3

先日の続きです。「敗者としての」新選組隊士への感情移入は、悪いことではないのですが、敗者にこだわることで、大河に本来求められる客観性が感じられにくい部分もあるにはあるようです。八重の桜』は、主人公の立ち位置が異なることもありますが、所謂「賊軍」とされた勢力の置かれた立場が、何と言うかもっと繊細に描かれていた印象はあります。無論脚本家の違いもあるでしょう。

それから『新選組!』の出演者云々について。元々TVや映画の俳優さんへの見方は、年月が経つにつれていくらか評価が変わることもありますが、ここでは特に見方が変わった2名を挙げておきます。

まず、山本太郎さんです。この人は紀行番組などで、面白いというか大胆な挑戦をする人のイメージがあり、それが面白くもあったし、この大河に出演すると決まった時は楽しみにしていました。
その後芸能活動をしている内はよかったのですが、政治家に転身してからは、この人の違った一面、それも私に言わせれば、あのままタレントでいた方がよかったのになと思われる一面を見せつけられた気がしましたし、特に政党名(山本さん自身は今は議員ではありません)に「新選組」を持って来たのには、何だかなあと思いもしました。

それから主演の香取慎吾さん。この当時はまだ20代で、如何にも青年のイメージであり、しかもジャニーズ所属のタレントさんが主役というのは新鮮に感じられ、三谷氏が脚本を書くのと同様、かなりの期待を覚えもしました-尤もその後、ジャニーズで主役という点では、岡田准一さんのイメージの方が強くなりましたが。
ただやはり時が流れ、『真田丸』が放送されたことで、斬新なイメージがあった『新選組!』そのものも、やはり放送当時の高揚感は落ちますし、アイドルであった香取さんもSMAP解散やその後の活動などで、当然とは言えますが、この当時とはかなり印象が変わってしまってはいます。それが、この大河が少し古くなったという印象を与えるのかも知れません(逆に山本耕史さんなどは、当時のイメージが今なお残っています)。

個人的に三谷さんは格別好きというわけでもなく、だからと言って嫌いというわけでもないのですが、やはり癖のある人ですし、また元々が舞台の人ということもあって、自らが前面に出る傾向は強く感じられます。
確かにここ2年ほどの大河で、脚本家が今の時代をネガティブに見たがるのに比べると、面白い作品を作りますという一言には、強烈なインパクトが感じられます。ただ一方で、そういう姿勢が他の大河とは趣を異にしており、王道大河好きからは多少反発を買う一因でもあるでしょう。
この辺りはやはりジェームス三木氏とは異なっています。こちらは朝ドラも手掛けており、あくまでも脚本家としてのイメージが強いせいもあります。

来年の『鎌倉殿の13人』は、いよいよ三谷大河の集大成ということで、その意味では、今までのやり方とは違ったものを求められるのではないでしょうか。あるいは、今までの路線をさらに昇華するのかも知れませんが、いずれにせよ、大河の脚本家としても正念場ではあると言えます。
また当然戦闘シーンもあるのですが、石橋山の戦いと壇ノ浦の戦いではスケールも違います。今回は前回の関ヶ原とは異なり、壇ノ浦を丸々描かないというわけには行かないでしょうが、どのようにするのでしょうね。
以上、問題点の指摘となっていたかどうかはわかりませんが、ひとまずこのテーマはここまでにしておきます。

それから『鎌倉殿の13人』、考証チームから結局呉座氏が降板して以下の3名となったようです。

2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」考証チームのご紹介
(NHK ONLINE)

飲み物-エスプレッソ2


[ 2021/03/31 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

三谷大河の問題点その2

再び三谷大河の問題点(というか、三谷さんのを観て気づいた点)に関して。

私としては『新選組!』は比較的楽しめた方ですし、特にこの作品では、池田屋事件とか禁門(蛤御門)の変などはそこそこ尺を割いていたと思います。しかし一方で、坂本龍馬と新選組が親しいといったような設定は、ちょっと作り過ぎているように思いましたし、桂小五郎が、最終回で幾松の手料理と思しき洋食を食べたりしているシーンなども、よくも悪くも三谷さんらしいなとも感じました。

その後何作か幕末大河が作られます。と言うよりも、それまで4年に1本程度だった幕末大河が、2008年の『篤姫』を皮切りに、女性主人公大河が作られたこともあり、ほぼ隔年で放送されるようになります。また東日本大震災のため『八重の桜』が作られ、2000年代後半から2010年代半ばにかけては、大河史上まれに見る幕末大河の多い時期となりました。


特に『花燃ゆ』が期待外れな所が多かったせいか、『龍馬伝』や『八重の桜』、そして『新選組!』を比較のために観ていました。(『篤姫』もDVDをレンタルしましたが、こちらは主に『西郷どん』との比較で観ていました)それに関しては、過去の大河観連投稿(花燃ゆタグ)で書いています。しかしその後『花燃ゆ』、『新選組!』それぞれの観方が若干変わって行ったことを、ここでお伝えしておこうと思います。その一因として、三谷大河への視点の変化があります。


2016年に『真田丸』が放送されて、三谷大河の作品数は2本となりました。幕末と戦国という、大河としてはメジャーな時代の作品が作られ、それぞれがそれぞれの比較対象となったわけです。もちろん登場人物も違いますし、時代背景も異なりますが、脚本家が同じという共通点があるため、様々な形で比較が可能になりました。


一言で言えば、主に『新選組!』は粗削りだが「熱さ」があった、『真田丸』は昌幸の腹芸と、それに翻弄される信之(幸)と信繁の姿が描かれている、こういうところでしょう。つまり、この両者は同じ敗者を描きながらも、『真田丸』で昌幸がメインの展開が多かったせいか、「熱さと純粋さ」VS「表裏比興」の構図となってしまった感があります。またそういう『真田丸』に慣れたせいもあり、『新選組!』に熱さを感じつつも、隊士たちへの感情移入に対してやや違和感を覚えたこと、出演者の一部への見方が変わったことなどから、前に述べたように、観方そのものが変わって行くもとにもなりました。

(この項続く)


飲み物-レッドビール

[ 2021/03/30 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

三谷大河の問題点

来年の大河が三谷幸喜氏なのにこう言うのも何ですが、今までの2本の大河作品に関して、やや疑問かつ不安に思った点を述べて行きたいと思います。

  • 戦闘シーンがよくない。『新選組!』の鳥羽伏見の戦いしかり、『真田丸』の大坂の陣しかり
  • すべて自分のカラーに染め上げるため、三谷作品が好きな人に取ってはそれが魅力になる。しかし逆の見方をすれば、それが所謂王道大河になりにくく、どこか癖のある雰囲気を作り出してしまっている。好き嫌いがはっきりしやすい
  • 出演者の顔ぶれがどこか似て来てしまう。これも言うなれば、三谷作品のファンを取り込むための方法と言える


戦闘シーンについては、以前から指摘されてはいたようです。そしてこれまでの三谷さんの作品では、幕末、戦国と戦を避けて通れない時代であり、しかも負けた側にスポットを当てている以上、戦の描写スキルが、本当はもう少し問われてしかるべきではないでしょうか。


また三谷色が強く、王道大河にならないということは、大河の視聴にある程度制約がかかるということでもあります-これに関してはやはり独自性が強いものの、ジェームス三木氏の方がまだ王道的な部分もありました。


『新選組!』のリアルタイム視聴率は、関東が舞台なのに、幕末物という点を差し引いてもそう高くありませんでした。もちろん、後でDVD視聴した人もいるでしょう。この作品は屯所内での生活とか、隊士たちの人間関係の描き方はよかったと思います。その反面歴史上の人物の描写に関しては疑問もあり、三谷作品の独自カラーとあいまって、数字に影響した感もあります。同じような時代背景や舞台で歴史を描くという点では、寧ろ『八重の桜』の方が、癖が少ない描写でよかったです。


『真田丸』は戦国ということもあり、後半の一部を除いては比較的数字は取れた方でしょう。もちろん中には、かつて『真田太平記』で幸村(信繁)役の草刈正雄さんを観て、今度は昌幸ということで注目した人もいるかも知れません。実際昌幸の描き方は割とよく、三谷さんの癖のある脚本に合っていました。私が何かにつけて、これを「大河真田昌幸」と呼ぶ所以です。そのインパクトが強かっただけに、信繁が大坂入りした後は、やや数字が落ちたように見えます。


キャストに関しても仕方ないとは思いますが、やはり常連さんが多いです。尚私は来年は、やはり『おかえりモネ』の内野さん、できれば西島さんも採用されて、山本耕史さん共々『きのう何食べた?』のキャストを見たいところです。せっかくの機会ですから、皆が意外に思うほどの俳優さんを、一度使ってみてはどうでしょう。ちなみに佐藤二朗さんはちょっと楽しみです。

(この項続く)


飲み物-ポーターとクルミ

[ 2021/03/29 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』のコメントに突っ込んでみます その3

『どうする家康』への突っ込みその3です-毎日似たような内容ですみません。それから、先日投稿分のタイトルで、「コメントへの突っ込み」の「コメント」の部分が落ちていました。失礼いたしました。

今回は脚本担当の古沢良太氏に関してです。この人は『リーガル・ハイ』や『相棒』シリーズ、そして松本潤さん主演の『花より男子』など数多くの作品を手がけています。ですから、脚本家としてのキャリアはそこそこであるはずなのですが、今回のコメントに関しては、やはりこれはどうかと首をかしげたくなる点もあるので、該当部分をいくつかご紹介しておきます。

1. 今さら大河ドラマでやるのがちょっと恥ずかしいくらいの超ベタな偉人。なのに信長や秀吉に比べてなぜか人気がないような。ずるがしこく立ち回ったあげく棚ぼたで天下が転がり込んできたイメージだから?

「大河ドラマでやるのがちょっと恥ずかしいくらい」なら、もうやらない方がいいのではないかと思います。無論NHKの意向としては、先日も書いたように
「新時代を切り開いた人物だからやりたい」
ということなのでしょうが。
また、「というイメージだから?」と一言断っているとはいえ、
「ずるがしこく立ち回ったあげく棚ぼたで天下が転がり込んできた」
とは如何なものかと思います。この人は秀吉没後、大名たちを自分の側に引き付けるのにかなり苦労しているでしょうし、関ヶ原で勝ちはしたものの、その後がまた大変だったはずです。家康という人物への敬意があまり感じられませんね。

2. カリスマでも天才でもなく、天下取りのロマンあふれる野心家でもない、ひとりの弱く繊細な若者が、ただ大名の子に生まれついた宿命ゆえに、いやが応にも心に鎧よろいをまとわされ、必死に悩み、もがき(中略)命からがら乱世を生き延びてゆく。それこそ誰もが共感しうる現代的なヒーローなのではないか。

まず気になるのは、
「カリスマでも天才でもなく」
「天下取りのロマンあふれる野心家でもない」
などと、のっけから過去の家康像の否定に入っていることです。
無論家康という人物に対しては、人それぞれの考えがあり、古沢氏にも古沢氏なりの発想があるでしょう。しかし家康は、本当にカリスマでも天才でもないのでしょうか。戦国時代のサバイバルから天下取り、さらには徳川体制のおおもとを作り上げるに至っては、ある程度の才能と、運をチャンスに変える力がないとできないのではないかと思いますし、カリスマであるか、天才であるかは別としても(信長は天才肌だと思いますが)、無能で凡庸な人間であるのなら、江戸幕府を築くなどはっきり言って無理でしょう。
また
「天下取りのロマンあふれる野心家でもない」
と言うよりは、家康も最初から天下を取ろうと思っていたかどうか疑問ですし、『真田丸』の時の三谷氏(すみません、また引き合いに出させていただきます)によれば、「『天下取り』とは実は後付け理論で、武将たちは参日を必死に生きていた」などとも言われているのです。
それから「誰もが共感しうる現代的なヒーロー」などとありますが、乱世を生き延びるのは「現代的な」ヒーローなのでしょうかね…無理やり現代にリンクさせている印象をぬぐい切れません。

3. 主演の松本 潤さんは、華やかさと親しみやすさを持ち合わせ、私の描きたい主人公像「ナイーブで頼りないプリンス」にまさにピッタリ。

この箇所を見ていると、あの『花燃ゆ』の
「幕末男子の育て方」ならぬ、
「戦国男子の育て方」というフレーズが頭に浮かんできます。
何かこう、お花畑な大河になりはしないか、それが気になりますね。
私としては、そのナイーブで頼りない家康に、オリキャラの女性があれこれ絡む、そのような展開をつい思い描いてしまいますし、同時に『麒麟がくる』で母親の許へ戻りたがっていた、ピンクの水干を着た竹千代を思い出します。あの竹千代は子供というのを差し引いても、農民である菊丸と農民に扮した光秀に気軽に口を利いたり、あまりそれらしくない雰囲気でした。
この大河、まだどちらも始まっていないのにこう書くのも何ですが、何か『青天を衝け』と相通じる物があるように見えますし、一方で戦国という時代背景が共通するせいもあってか、『麒麟がくる』ともどこか似ているようです。

飲み物-ホットカフェオレ
[ 2021/01/26 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』のコメントに突っ込んでみます その1

先日ご紹介した『どうする家康』に関して、少々突っ込ませていただきます。まず制作統括の磯智明氏のコメントから。(いずれもNHK ONLINEより)

1.  令和版へアップデートした、新たな家康像になると思います。

2.  それは暗いニュースが多い中、久しぶりに聞いたワクワクドキドキするお話でした。そこには、教科書にある鎮座するような家康ではなく、ピンチピンチの連続、ものすごい強敵たちの登場、すでに「どうする家康」のドラマがありました。

3.  そんなどん底でもセンターとしてチームをまとめた家康は、負けても大胆に笑みを浮かべている、逆境に負けない明るい人物なのかもしれません。松本さんならきっと乱世を終わらせ、東京の基礎をつくった、エネルギッシュな家康を演じていただけると確信しています。

まず1ですが、
「令和版へアップデートした」
歴史上の人物というのは、そう簡単にアップデートできるものなのでしょうか。要は、今の大河を観ていない層にアピールすべく、今までにない家康像を模索したいということなのでしょうが、ならばそう言えばよさそうなものです。大河ファンがこのように話しているのであれば、まだしも納得できるのですが、制作統括という責任ある立場であり、視聴者になぜこの主人公であるかを詳しく説明すべきはずの人物のコメントとしては、どうも安直な印象を免れません。

そして2。
「暗いニュースが多い中」
『麒麟がくる』、『青天を衝け』の制作統括と似たようなコメントが、ここでも繰り返されています。しかも
「ワクワクドキドキするお話」
「ピンチピンチの連続」
「ものすごい強敵たちの登場」
というのは、具体的にどのようなものであり、またどのような人物なのでしょうか。何とも能天気な印象を受けてしまいます。以前、『おんな城主 直虎』の脚本担当の森下洋子さんが、ガイドブックのコメントで似たような表現をしていましたが、どうもその時のイメージがダブるのですね。
そもそも「教科書通り」の家康像など、今までの大河でどの位描かれたかは不明ですが、要はこの人物も最初から盤石であったわけではなく、寧ろ人質としての幼少期、信長との同盟、三方ヶ原の戦いでの敗戦、本能寺の変での伊賀越え、秀吉との確執など様々なエピソードがあるわけで、これもまた、こういうエピソードをふんだんに盛り込みたいと思います位に言っておけば済む話です。
しかも上記のような、いわば人間臭い家康像は、伊賀越え以降であれば『真田丸』でかなり目にしており、そのためこの期に及んでこういう家康像を描きますと言われても、さほど目新しい印象を受けないのです。逆に、『真田丸』の焼き直しのようになるのではないかとさえ思えて来ます。

それから3。
「負けても大胆に笑みを浮かべている、逆境に負けない明るい人物なのかもしれません。松本さんならきっと乱世を終わらせ、東京の基礎をつくった、エネルギッシュな家康を演じていただけると確信しています」
大胆に笑みを浮かべていたかどうかは不明ですが、それによって心身共に鍛えられたとは言えるかも知れません。しかしそのエネルギッシュな家康像を、なぜ
「松本さんなら」
演じられるのかどうか、その辺りがどうつながるのかこれも不明。こういった点をきちんと説明せず、イメージ重視で行っている感が強いため、これも如何かと思われます。
それと東京の基礎(『江戸の基礎』の方がより正しいかとは思いますが)を作った云々と言うのなら、まずススキの生い茂る武蔵国に行かされ、そこで基礎固めから始めたこともはっきりさせた方がいいのではないでしょうか。

それにしても、最近の大河の制作統括のコメントに見られる違和感を、昨年の『鎌倉殿の13人』には殆ど感じなかっただけに、この磯プロデューサーのコメントにはちょっとがっかりです。これがこの作品への印象につながりかねないだけに、制作トップには慎重に言葉選びをしてほしいなと思います。

いずれにしてもこういう形で持ってくるということは、恐らく所謂王道大河ではないと思われます。しかし前年の三谷さんも、王道大河の人ではないだけに、似たような路線が2年続くというのも如何なものでしょうね。無論三谷さんと古沢さんはまた違うかとは思いますが。

(この項続く)

飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2021/01/24 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

個人的雑考-3

前回(個人的雑考-2)の続きです。脚本の伏線回収に関して、これは以前大河関係でも書いたことがありますが、私の場合はいざ回収される段になって、この間のあのシーンは、これの伏線だったのだなと思う程度です。また好きな脚本家がそういないというのは、昔からあまり頻繁にドラマを観なかったせいもあるでしょう。そのせいもあって、特定の時代の作品に特にこだわるということがなく、その時々の作品を比較的肯定的に受け入れる方ですが、無論作品にもよります。

ところでその前回、大河のアニメ化について触れていますが、意外と、こちらの方が面白く感じられるかもしれません。もちろんこちらは、日曜の夜8時に総合で放送するのではなく、別に枠を作ってもいいし(NHKならスポンサーを念頭に置かなくていいので、比較的やりやすいでしょう)、BSで放送するという手もあります。昔の、DVDが出ていない頃の作品、あるいは総集編しかない作品を中心にアニメ化してもいいでしょう。

しかしNHKが、大河ブランドを重視したいと考えているのであれば、PR方法も内容も、もっと工夫されてしかるべきでしょう。それも今の時代に沿った方法でなければ意味がありません。NHKの幹部が未だに口にする「質の高い作品」云々ですが、自分たちで「質の高い」と言い出すのもどうかと思います。寧ろ三谷幸喜氏の「面白い作品を作ります」の方が、はるかに納得できます。それからこれは昭和48年の『グラフNHK』よりにも書いていますが、TV評論家の佐怒賀三夫氏が、当時の『グラフNHK』(現『ステラ』、『国盗り物語』特集だったので古本サイトで購入)で大河(当時は大型歴史ドラマ)についてのコラムを担当していています。

このコラムのタイトルは「テレビの評価変えた綿密なドラマ作り」とあり、要は大河が如何に素晴らしいか、TVドラマはチャチだと言わせないという内容になっています。NHK関連のメディアに書いている以上、それは当然かと思います。前出の投稿では、その当時の大河と昨今とでは違いがあると書いてはいますが、ただその後で過去の大河総集編を観た限りでは、昔(1970年代)の作品と言えども、すべてにおいて必ずしも綿密であったかどうか、疑問に感じるようになっています。

無論そのような場合でも、視聴者は見逃がしていた、あるいは黙認していたのかも知れません。何度も繰り返すようですが、昔の作品だから瑕疵がないとは必ずしも言い切れないし、疑問点をネット上に書き込むことも不可能だったせいもあります。無論今の大河にしても、必ずしも綿密であるとは言い切れません。しかしそれ以前にNHKは、TVを観ない、従って受信料も払いたがらない若者が増えている時代のニーズに、どうやって応えるのかの方が急務でしょう。

大河が「続き過ぎた」感は確かにありますし、かてて加えて、スポンサーに囚われないNHKが思うようにやった結果、あまり視聴者がついてこなくなったとも言えます。しかも大河だけでなく、他の地上波にも似たようなことが言えます。その当時はあまり騒がれることのなかったTV利権に関しても論議されるようになっています。このような表現をするのは何ですが、TV利権に関して言えば、放送局は未だに昭和の、TVしかなかった時代の残滓を引きずり、既得権益を死守したがっているようにも見えます。

それと大河のオリジナル化、つまり最初から架空の人物でやる方法も、やはり検討されてしかるべきですし、歴史上の人物を、思い切って全面的に改変してしまうというやり方もあるでしょう。ちなみにかつての民放の時代劇で、水戸黄門や遠山景元(金さん)などはかなり改変されていますが、私はあれはあれでいいと思います。ワンパターンになりがちな嫌いはありますが、寧ろそのワンパターンさ、印籠や桜吹雪が出て来ることに期待して観る人も多いと思われます。

ところで『麒麟がくる』のごく一部を、久々にリアルタイムで観ました。率直に言って、染谷さんはあまり口髭が似合わないなと思います。元々この人は従来の信長のイメージではないせいもありますが、それを考えると、従来のイメージを壊さないというのも、やはり大事ではあります。また長谷川さんも、口髭をはやした豪快な戦国武将のイメージではありません。光秀だからそれでいいのかも知れませんが、それでもどこか物足りなさを感じると同時に、光秀は本当は脇役に置くべき存在ではないかと思ってしまいます。
(この項終わり)

飲み物ーホットワイン
[ 2021/01/11 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

個人的雑考-2

先日投稿分の続きになります。実写ドラマに比べるとアニメは、それそのものが異次元世界であり、そこまで現実もしくは史実にうるさくないと書いていますが、無論作品にもよります。たとえば歴史上のある時代を描いた作品であれば、そのようなわけにも行かないでしょう。ただ私としては、アニメや漫画であれば、多少考証が緩くても特に気にならないのですが、実写は、どうしても自分が経験する日常と比較してしまいがちで、それだけ単なるフィクションと捉えにくいせいもあります。

大河ドラマももちろん実写です。ただこの場合、時代背景は数百年前、場合によっては千年近く前であったりするため、今現在の日常とは当然比較になりません。というか寧ろその逆で、数百年も前の時代設定であるにも関わらず、あまり現代的な描き方をされると、批判されがちになります。如何に今の時代と違うかというのを、やはり視聴者は求めているわけです。そもそも史実を織り込むのが前提のはずですから、どうしても史実を云々されるのはやむを得ないことであると言えます。

ただし大河の創作部分でも、極端に本筋からかけ離れていなければ、それはそれで納得できるのです。結局のところ本筋がしっかりしていて、主人公の存在がきちんと示されていて、しかもオリキャラが必要以上に出て来ないとなれば、受け入れられるということになるのでしょうか。ただしこういうのは主観的なものであり、もちろんその基準は視聴者によって異なります。だからこそ、制作側のはっきりした姿勢が求められてくるわけです。

その大河に関して思うことがあります。
大河のアニメ化
漫画を原作とした大河
は可能かということです。アニメに関して言えば、以前NHKは、ポワロとミス・マープルを主人公にした
『アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル』
をアニメ劇場枠で放送していましたが、こういう作品を参考にして制作するという方法もあります。その一方で、漫画を原作にした大河ですが、恐らく一部の、特に高齢の視聴者からは反発される可能性もあります。無論今の時代、漫画原作の時代劇は『JIN-仁-』をはじめ数多く存在しますし、NHKが制作した『風雲児たち』や『陽だまりの樹』も漫画が原作なのですが、大河だとやはり事情が違うとなるのでしょうか。

ところで『武将ジャパン』で大河を云々するのであれば、こういった提案もあっていいかと思うのですが、生憎私の知る限り、それはなかったようです。元々このコラムは、幕末大河で幕府寄りを善とし、薩長を悪とみなしがちな上に、筆者が昔の作品を観ないと明言していて、これでは作品をフェアに見られるわけもなく、また過去の大河と比較して考察できるわけもありません。こういうのは、それこそ個人ブログでやってほしいものですし、実際個人ブログで、武者さんよりもきちんとしたレビューを目にしたこともあります。私のような個人ブログと違い、多くの人に見られるコラムであれば、まず建設的な見方と客観的な文章を心掛けていただきたいものです。

あと原作に関して、これはまた別のとあるブログで、今は小説やコミックの原作が多いといった記述を目にしたことがあります。しかし昔の大河は殆ど小説が原作です。また漫画が原作の作品というのも、80年代には存在していたはずです。脚本家がオリジナルの脚本を書かないという意味なのでしょうが、別に私はそれがどのような形であれ、ドラマとして楽しめたらそれで満足ですし、正直言って特定の脚本家を応援しているわけでもありません-ただ三谷さんの脚本は、今度はどのような形に持って行くのかという興味は湧きますが。ところで脚本を評価する際に、伏線とその回収に言及する人は多いかと思いますが、私の場合、それのみに関心を寄せることはまずありません。
(この項続く)

飲み物-温かいカフェオレ
[ 2021/01/09 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河が再検討を迫られる時

ここのところ女性主人公の大河関連で色々書いて来ています。以前にも女性主人公についてはかなり投稿したことがありました。女性が主人公という作品は前にもありましたが、2008年から2017年までは「定期的に」、しかもさほど有名でない人物であっても1年物の大河の主人公となっています。恐らく『篤姫』で視聴率を稼いだということ、さらには地元の要請があったことなどがその理由でしょう。

『篤姫』が視聴率を稼いだのは、大奥物というのが一因だったと前にも書いていますが。これで成功したからと言って、その後延々と女性主人公を持って来るのは、やはり止めた方がよかったでしょう-『八重の桜』は東北復興支援目的で、女性主人公の中ではまだまともでしたが、無論この場合も男性主人公を持ってくることも可能だったと思われます。しかしどう考えても、無名の女性の主人公でそう視聴率が望めるようにも思えないし、何か目新しいことをやってみようとして、あまり成功しなかったその見本のようにも取れます。

地元の要請は、観光と大河がタイアップしている以上やむを得なくもありますが、そこまで有名でない人物ならば断わるべきで、実際候補に上がりながら没になった人もいます。そもそも観光とタイアップさせるべきなのか、それも再検討の余地はありそうです。それと同時に、大河自身が手詰まりの状態になってもいるわけで、私としては、再来年の『鎌倉殿の13人』までは1年物で続けていいとは思いますが、その後はリセットするなり何なりしていいと考えてもいます。

これはTVドラマ全体に見られる風潮でもあるでしょう。少し前にホームドラマについて書きましたが、TVが娯楽の主流であった時代は、たとえ同じような作品であっても、それなりのスタッフとキャストを揃えていれば視聴者は観てくれたし、話題にもなったと思われます。しかし娯楽の幅が広がるにつれて、しかもビデオが普及するにつれて、やはりリアルタイム視聴率は下がります。何十年も前の作品と、今の作品を視聴率だけで比較できないのもそのためでしょう。

大河もいわば、TVの普及に伴うコンテンツとしての、ドラマのバブル状態(と言えるでしょう)の中で生まれたものであり、1960年代から70年代にかけてはほぼ好調でした。しかしやがて低迷して行くようになり、その都度何度かテコ入れが行われます。女性主人公もそのテコ入れ策であったのかも知れませんが、これは前述のようにさほどうまく行かなかったようです。しかも民放ほど厳しい状態に置かれてはおらず、そこまでブラッシュアップが望めるかどうかはわかりません。三谷幸喜氏は、家族で観る大河にノスタルジアを感じているようですが、生憎その時代が再び来るという保証はなさそうです。

ところで昔は、20パーセント台位だとそこそこのドラマだと言われていたようですが、それを考えると、『半沢直樹』の25パーセントは今の時代驚異的とさえ言えます、無論こちらは番宣は怠りなくやってはいますが。

飲み物-ブラッディサム
[ 2020/09/05 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

明智光秀の越前での暮らしと医師説について

既に『麒麟がくる』雑考17戦国大河考 3で、『麒麟がくる』の光秀の「寺子屋」に関して、牢人が子供を教える形式のは江戸時代の物で、この当時子供を教えるのは禅宗の寺院ではないかということを書いています。(越前の称念寺は時宗の寺院)
しかしそれ以前に、光秀がこの地で子供を教えて生計を立てていたのか、その点もよくわかりません。ということで、その辺りの事情に詳しい方に伺ってみたのですが、子供たちを教えたのは地元の伝承で、それを裏付ける史料はないとのことでした。

その方によれば、称念寺の門前に住んでいたのは無論事実で、時宗の寺院関連の史料である『遊行三十一祖京畿御修行記』に、光秀が「濃州土岐一家牢人(浪人)」であり、越前の朝倉義景を頼って、長崎称念寺門前に10か年居住したとある由。これにより、光秀は美濃の土岐家の出身であり、何か理由があって牢人となった後、称念寺門前に10年ほど居住したことは確かでしょう。
ただ、称念寺門前に住んでいた当時、光秀が何をしていたのかについては、同時代に書かれた史料がありません。そのため門前に10年程度暮らしたということしかわかっていないのです。『国盗り物語』に見る明智光秀 4で触れていますが、この『国盗り物語』では兵法や学問を教えるという設定になっています。

それとは別の説として、最近よく言われているのが、光秀が元々は医者であったというものです。『針薬方』という医術書がありますが、この中で光秀は、同時代の武士に医学知識を口伝で伝授しています。さらに京都に駐在していた折には、光秀と京の医者との交流もあるようで、これらのことから、越前時代の光秀は、医療で生計を立てていたという推測がされるようになっています。この医師説に関しては、恐らく大河関連というせいもあるのでしょう、昨年出版された早島大祐氏の著書『明智光秀: 牢人医師はなぜ謀反人となったか』(NHK出版新書、2019年)に記載されています。

以上が伺った話の大筋です。実際若い頃の経歴が今一つ不明な人なので、色々説はあるかと思います。「『麒麟』が三谷大河だったら」という6月末の投稿の一部で、光秀が医師と言う設定にして、三谷氏が脚本を書いたらどうなったろうかとも書いてはいます。
もし史実として信憑性に欠けると言う意見があるのなら、大河でなくBS時代劇辺りで、この医者としての光秀を描いても面白かったかもしれません。大河もドラマなのでフィクションはあるのですが、歴史上の人物を描く以上、ある程度の史実を入れざるを得ず、どういう史実をどのように入れるかが難しいと思われますので。

あるいは、『JIN-仁-』戦国編として、南方仁が若き日の光秀に出会うというところまで発想を飛ばしてみたのですが、流石にカスパル流外科術のない時代、それはやはり厳しいでしょうか。

飲み物-アイスコーヒーブラック
[ 2020/07/08 20:18 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『青天を衝け』の感想も書いています。またBSで再放送中の『黄金の日日』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2021年には北半球最強であるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとの試合も組まれています。このチームにいい試合をし、今後さらに上を目指してほしいものです。国内のラグビーも、2022年からはいよいよ新リーグがスタートです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud