先日分の続きです。突っ込んでいる内に、当初の予定より長くなってしまいました。引き続き、企業アマに対する1994年当時の中尾氏の主張です。
規定を変え、企業アマを純アマとするような無謀な発想をやめたとき、新しいヴィジョンが拓けてきます。
それは、企業アマ制度とは、貧者の核爆弾になりうるということです。この春、NZを憤激させたジンザン・ブルック引き抜き騒動があり、NZユニオンのチェアマンが来日しました。その騒動の際、NZの『ラグビー・ニュース』に発表された公開状で、マーク・フィンレー(元伊勢丹)は、「就職先をトップ・レヴェルのプレイヤーに紹介し、それと同時に彼らをプロフェッショナルのレヴェルの体調に保つということを日本は(企業アマ制度により)成し遂げている」と言い、NZも企業アマ制度を採用すべきと述べています。
NZのアマチュア規定を知りませんが。フィンレーは、企業アマ制度はNZのアマ規定には触れていないとも言っています。
このジンザン・ブルックとは、かつてのオールブラックスのNO8の選手です。この選手のお兄さんがマツダ(現スカイアクティブズ)に所属していました。そしてこの引き抜きに関してのマーク・フィンレー氏の言葉(の日本語訳)の中で、「体調」とあるのは状態とか状況という意味ではないかと思います。恐らく元々はconditionだったのではないでしょうか。
で、ここでタイトルの「貧者の核爆弾」が出て来ます。この場合は貧者=日本、核爆弾=企業アマの意味でしょう。そして中尾氏は、フィンレー氏のアドバイスは一考に値するとした上で、この手のドタバタはいい加減にしてほしいが、先行きは暗いと書き、その後本場に於いてプロフェッショナルとは、プロ(13人制リーグ)の選手しかいないとも書いています。
フィンレー氏の言葉を評価しながら、その言葉にあるプロフェッショナルという表現を否定するようなのはどうかと思いますし、この場合のプロフェッショナルは、専従、つまり1日の大半をラグビーやトレーニングに割けるという意味ではないでしょうか。そしてアマチュアとはその道の愛好者であり、プロとはその道の達人であるとも中尾氏は言います。さらにこうも書いています。
現実は、プレイヤーにとり余りにも過酷です。このままでは、プレイヤーのみがババを引くという結果になります。一刻も早く、プロに対する偏見を改めるべきです。
このプレイヤーというのは、日本人選手のことを指しているのだと思います。日本人でないのなら、それをまずはっきりさせるべきでしょう。その日本人選手は日本の企業アマとしてプレイしており、無論アマチュア規定によってこの当時はいくらか制約を受けていましたが、そこまで「過酷」だったのでしょうか。しかもこの後中尾氏は、
シギー(今野滋氏、当時日本協会会長)にも、IB(現ワールドラグビー)にも、ホーム・ユニオンのエリートにも、選手がプロ化するのとを止めることはできない。
トップ・レヴェルのラガーメンにとって、オフ・シーズンは無いも同然です。フル・タイムの競技者でなければ、ワールド・ワイドの選手権のプレッシャーには勝てない。それほど競技レベルが上昇しているのです。
と書き、さらにフランスの有力クラブやイタリア、そしてイングランドの中核プレイヤー、7人制ラグビーなどは実質プロであると指摘しています。実際フランスとかイタリア(オフシーズンのオールブラックスの選手がプレイしていたことがある)などはそうだったと言えます。
ただ元々は、日本協会のアマチュア規定、そして企業アマはインチキである、企業アマの選手は文武両道ではないなどと書いていたはずです。なのにいつの間にか、プロを認めて選手の救済をといった形に変わって来ています。中尾氏が企業アマが元々のアマチュアではなく、アマチュア規定にも問題があると指摘したいのであれば、企業アマの問題点やアマチュア規定の再検討、場合によっては撤廃について書くべきでしょう。しかし選手のプロ化にすり替わってしまっています。
確かにこの当時、特に強豪国の選手は最早アマチュアではどうしようもなくなり、プロを認めるようにという声は強まっていました。結局それをそのまま日本にスライドさせ、企業アマはインチキだからやめろ、プロを認めろといった論調になっているように見えます。何だか極端だなと思います。
ならば企業アマをどうやってプロにどのように移行させるのか、それを明記してしかるべきであったかと思いますが、このコラムには詳しく書かれていません。また当時の日本人選手が企業アマを、また外国の選手がアマチュアをどう考えているのか、そういう声も紹介されていません。
あと今野氏と言えば、
日本協会のチャウシェスク(チャウチャウではない、念のため)ことシギー
などと書かれてもいますが、こういうのもどうかと思います。チャウシェスクとは独裁的な姿勢で有名だった、かつてのルーマニアの大統領で、共産圏民主化が進んだ1989年の末に夫人共々処刑されています。
さらにこの後も同じようなことが書かれており、さらに
中国のことわざに「上に政策あれば、下に対策あり」というものがあります。
とありますが、中国を引っ張ってくるのが武将ジャパンの武者さんを思わせます。そして自分の書きたいことを優先させた結果、何か辻褄が合わなくなってしまっているようにも見えます。この点も何となく似通ったものがあります。一応この中尾氏のコラムについてはこれで終わりですが、何かでもう一度書くかも知れません。しかしリーグワンの今、この当時と変わったところもあり、意外に変わっていないなと思うこともあります。
それと武者さん(小檜山氏)と言えば、『どうする家康』の歴史考証の平山優氏がツイッターで、この方のツイに呆れておられましたね。