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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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今後の『武将ジャパン』関連の投稿について

まず『武将ジャパン』の大河コラム関連の投稿、今年いっぱいはやりますが、今後はもうコラム自体を見るのをやめようかと考えています。

断続的に8年ほど見て来ましたが、相変わらず好きな物は持ち上げ、嫌いな物はちゃんと観ようともしない点、好きな作品を時代背景や舞台もろくに考えずに、嫌いな作品と比較しなおかつ叩き棒にしたがる点、言葉遣いがどうかと思われる点などなど、正直言って改善されているようには見えません。

あとこれは先日の投稿でも触れましたが、漢籍などを引用する割に意味を把握していない点、背景をきちんと調べない点なども如何なものかと思いますので。炎上狙いと指摘する方もいますが、炎上させるならもう少し工夫があってもいいかと思うのですが。実は夏頃もう止めようかと思ったのですが、結局ここまで何とか続けて来ました。

嫌いな作品は特に、あることないことあれこれ書かれる傾向がありますが、それは「辛口な意見」であると言うのを目にしたことがあります。しかし批判するべき点を厳しく批判するのと、ほぼ全面否定するのとでは自ずから意味が異なるはずです。無論どの部分を批判するかは、その人の見方にもよります。

で、取りあえずnote記事のこの部分を引用しておきます。

『天地人』の織田信長以来の……
吉川晃司さん、痛恨のNHKドラマ選択ミス。予告の時点でつらい。何がサンダーだ! 戦闘機乗りと旅客機乗りは違うわ!

『舞いあがれ!』の大河内教官のことですが、まだ本格的に登場してもいないのに、「ドラマ選択ミス」と言うのもどうかと思います。そしてこの大河内教官、自衛隊出身の教官とのことですが、戦闘機に乗って退官した後、民間のパイロットのライセンスを取ったということではないのでしょうか。

そして『天地人』の信長役ですが、あの作品ではヒール的存在なのですから、こういう強面な雰囲気の人が求められたでしょうし、実際ご本人もガイドブックでそう言っており、あの役には嵌っていたと思います。

ただやけに初音がそばにいるのとか、本能寺の爆発はいただけませんでしたが。私としては、『八重の桜』の西郷吉之助の出て来方もちょっと微妙かなとは思いました。あの作品は女性主人公の中では一番好きですが、無論疑問点もないわけではありません。

『天地人』、あまり馴染めない大河ではありましたが、以前禅宗の寺院と武将の学問という投稿で書いているように、武士の子弟が寺院に寄宿して学ぶというのを、きちんと描いていた点などはよかったと思います。

あと吉川さんは、この作品との間に『精霊の守り人』にも出演しているのですが、そちらの方は観ていないので何とも言えません。

それからエコーチェンバーについて、以前書いたことがありますが、また書こうと思っています。小檜山氏=武者さんが、大河コラムで、ネット上のファンのコミュニティがそうだと言って、かなり嫌っているようなのですが、武者さん自身もどこか似たような印象があるにはあります、こちらは確証バイアスと呼ぶべきかも知れません。あとエコーチェンバーと言うのは、多分に同調圧力も絡んでいるとは思います。

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[ 2022/11/28 00:00 ] その他 | TB(-) | CM(4)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 80その2

『武将ジャパン』大河コラム、第42回後半部分関連記述への疑問点です。しかし思った以上に突っ込みたくなる部分があります。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第42回「夢のゆくえ」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/11/07/171931


1.これ以上、朝廷を第一とすれば、いずれ坂東の御家人全てを敵に回すと言い切り、ついには「あのお方のようになって欲しくない」と……。
政子は悟ります。
義時の言うとおりにせねば、いずれ実朝は源頼家のようになると脅迫じみたことを念押ししてきた。
ここのやりとりは日本の歴史を考える上でも重要かもしれません。
つまり、この時点で坂東武者には天皇の威光が及んでいないと。

坂東武者に朝廷の威光が及んでいないと言うより、朝廷の存在は知りつつ、かつ畏れ多いと思いつつも、鎌倉幕府と言う自分たちの政権があり、それを朝廷と並立させることこそが彼らの夢ではあったかと思われます。

2.そしてこの話なのですが、ちょっと変だと思いませんか。
インド生まれのお釈迦様の骨が、どうして中国にあるのか?
(中略)
時代がくだると、水戸の徳川斉昭がこんな考えに至ります。
「仏教って天竺のもので、そもそも日本にそぐわないのではないか?」
そして領内の寺の鐘を鋳潰して、大砲を作ってしまった。そんな水戸から思想の影響を受けた明治政府上層部は、廃仏毀釈を進めて禍根を残しています。

実朝の医王山関連の話ですが、その後で別にここで出さなくてもよさそうな徳川斉昭と明治政府。よほど叩きたくて仕方ないのだなと考えざるを得ませんね。

3.それでも義時は冷静に、何が一番大切か鎌倉殿に考えて欲しいと言うのですが……義時にも少しおかしなところがあります。
義時は何かにつけ頼朝を持ち出します。
その頼朝は最晩年、宋との貿易をしてみたいと言っていましたが、それを忘れてしまったのか。あるいはフリをしているだけなのか。
彼の理屈は分裂しています。
あるときは頼朝のやり方を持ち出す。そうかと思えば亡くなった兄・北条宗時の言葉を持ち出し、坂東は坂東武者のものだと言い出す。
意図的に嘘をついて使い分けているのか。それともそんな天命が聞こえているのか。

まず
「その頼朝は最晩年、宋との貿易をしてみたいと言っていましたが、それを忘れてしまったのか。あるいはフリをしているだけなのか」
宋との貿易に、朝廷が何らかの形で関わることがまずいのではないでしょうか。
「あるときは頼朝のやり方を持ち出す。そうかと思えば亡くなった兄・北条宗時の言葉を持ち出し、坂東は坂東武者のものだと言い出す」
義時の方向性を定めているのは、本来は宗時が言い残したこの言葉です。ただし鎌倉幕府の礎を築いたのは頼朝であり、こと政に関しては、頼朝のやり方を踏襲するべきと考えているわけでしょう。別に分裂などしていないと思いますが。

4.北条政子も、義時だけではなく大江広元に意見を求め、こんなアドバイスを受けています。
確かに頼朝は朝廷の干渉を拒んだけれども、時代は変わった。いま頼朝が生きていればどうなのか。
広元は、一方で義時の言うこともわかる、と立場を重んじながら結論を出します。
「あとは尼御台のお気持ちひとつ……」
広元の声が完全に心酔していますね。京都から来た彼は、鎌倉の坂東武者と違い、冷静で理知的な判断を常としてきました。しかし、政子に近づくとカッと酔ったように燃え上がる。
(中略)
漢籍に詳しい広元のことなので、
「尼御台が武則天なら、私は狄仁傑!(てきじんけつ・武則天の忠臣、小説および映画ディー判事シリーズも有名)」
とでも思っていそうなところです。

このシーン、そうも見えませんが…2人の間に信頼関係はあるかとは思いますし、だからこそ広元も「お気持ちひとつ」「逃げてはならない」と言ったわけでしょう。
武者さん(小檜山氏も)はジェンダー論を云々する割には、やけに男女関係でものを見たがるところがありますね。
そして
「『尼御台が武則天なら、私は狄仁傑!(てきじんけつ・武則天の忠臣、小説および映画ディー判事シリーズも有名)』
とでも思っていそうなところです」
政子はこの時点で将軍でも執権でもないのに、女帝である武則天と比べるのは如何なものでしょうか。

さらに

大江広元は、政子に対する忠臣であることに酔いしれるとセクシー。
知家の場合、チャレンジすること、奮起して頑張るところがセクシー。

こういうのは有料でない、個人のサイトかブログで書いて貰えないでしょうか。主観でしかないでしょう。

5.知家は時代の変わり目に生きた。自分の親世代はやらなかったようなことをどんどんやる羽目になる。
それを嫌がるのではなくて、前向きに取り組んでいくところが若さになり、セクシーさになったと思えてきます。
宋の技術者から学ぶなんて、もう俺も歳だと諦めていたらできない。そこで、新たに学び、チャレンジしていく姿勢が素敵なんですね。

まず
「知家は時代の変わり目に生きた。自分の親世代はやらなかったようなことをどんどんやる羽目になる」
とありますが、あまりにも発想が現代的過ぎでしょう。そもそも「自分の親世代はやらなかったことをやる羽目になる」とは具体的にどういうことですか。日本に来た宋人はそれより前の時代にもいましたが。
それと
「宋の技術者から学ぶ」
とありますが、知家はこの仕事を最後に引退すると言っており、陳和卿から得たものを、何らかの形で活かすということにはならないようです。確かに彼我の違いに驚き、あるいは感心したかも知れませんが。

6.実朝の独りよがりに終わってしまった……と虚しさが心に広がりますが、しかし、無駄になっただけではないとも思いたい。
船に名を刻み、共に引っ張った御家人の心には何かが残った。
そしてこの後、日宋貿易が実現したとき、彼らは実朝の正しさを実感するでしょう。
食卓に並ぶ磁器。猫。香木。仏典。書籍。
海を越えてやってきた物に囲まれつつ彼らがこの船を思い出すのならば、意味がなかったわけでもないのです。

まあこれは実朝の個人的な夢ではありましたし、朝廷に取ってもいくらか誤算だったかも知れません。
「船に名を刻み、共に引っ張った御家人の心には何かが残った」
というのも、その御家人がこの回ではモブ同然(知家を除く)で、何かが残ったような描写もないのですが。むしろこの船作りのための御家人たちの貢献が、無に帰したような感じになっています。

それにこの後日宋貿易が実現したとありますが、日宋貿易はその前の時代から続いています。これは御分唐船(幕府直営の貿易船)のことでしょうか。この鎌倉時代の日宋貿易は、『北条時宗』に確か描かれていますね。

そして余談になりますが、
「無駄になっただけではないとも思いたい」
などどこちらの方では書いていますが、『舞いあがれ!』で主人公の舞が、なにわバードマンの部員たちに支えられながら記録飛行に挑戦するも、10分で飛行機が着水した回については散々に書いていますね。こちらは小檜山氏の方ですが。

7.しかし政子も最初から理論武装していたのか。力強く弟に言い返します。
「鎌倉あっての北条! 北条あっての鎌倉ではない!」
かつて自身が放った言葉を引き出され、返す理屈を失いつつある義時。政子、泰時、実朝と、的確に急所を突いてきます。
泰時に「鎌倉は、父上一人のものではない!」と言われ、義時は「黙れ!」と語気を荒くするほか術がありません。

あらすじと感想でも書いていますが、この
「鎌倉あっての北条! 北条あっての鎌倉ではない!」
というのは、頼朝が鎌倉殿であったからこそ言えたのでしょう。それと普通に考えて、こういう時は力のある者が、少々強硬な手段を使ってでも幕府を引っ張って行かないと、元も子もなくなるのですけどね。

8.最終章になってから義時が人間に見えない。伊豆にいたころのお兄ちゃんはもういない。
義盛が嘆いたように、木簡をつぶさに眺めていた彼はどこへ行ってしまったんだ?
彼の器に黒い運命が流れ込んで蠢いているようで、人ではない何かに操られているようにすら思えてくる。まるで無慈悲な運命の操り人形だ。

「伊豆にいたころのお兄ちゃんはもういない」
当然です。いつまでもあのままの方がおかしいでしょう。
「彼の器に黒い運命が流れ込んで蠢いているようで、人ではない何かに操られているようにすら思えてくる。まるで無慈悲な運命の操り人形だ」
何やら長々と書かれていますが、私としては
「義時は別人になってしまった、源平合戦と幕府創設、そして頼朝の死を経験することで、彼自身が一匹の魔物に変化したような印象すらある」
とでも書いておきます。

9.そうしみじみと語る時政に向かって、泰時の見知らぬ女性が寄ってきました。
「何よ、じいさん、全くあってないじゃない!」

まずこのセリフですが
「何よしいさん、全くやってないじゃない」
ですね。しい様と呼ばれていたから「しいさん」でしょう。そして久々に会った孫と話し込んでいて、彼女(サツキ)が頼んでいたことを、全然やっていなかったのですね。

10.情けねえところを見られちまったとデレデレしている時政は、確かに女子相手に苦労したかけらもない。どこかズレていて、キノコキノコとうるさい義時とはまるで違います。

この時政の「女子に苦労しない」、嫌いな大河だったら武者さんはどう書いたでしょうか。

11.全く人生を楽しんでいない義時に対し、知家はいつでも全力で謳歌している。
彼は鎌倉時代の坂東武者でもあるのだけれども、一方で現代の由比ヶ浜でも見られそう。サーフィンを楽しんでいても違和感がない。そういう普遍的な人生の達人だと思いました。

義時は一御家人である知家とは違います。彼のような楽しみ方などできるわけがありませんし、また知家も楽しんでいたかどうかは不明です-そのように見えるのは確かですが。
それと
「一方で現代の由比ヶ浜でも見られそう。サーフィンを楽しんでいても違和感がない。そういう普遍的な人生の達人だと思いました」
何だか今一つわかりづらいのですが、要は雰囲気的に、今の時代に生きていてもおかしくないと言いたいのでしょうか。

それから今回の陳和卿のように、外国にルーツを持つ俳優さんが外国人を演じることに関して。

12.『春の坂道』(注・日本人俳優が明国人を演じている)はまだ半世紀前ですので良しとしまして、最近では2018年朝の連続テレビ小説『まんぷく』を悪い例として挙げさせていただきます。
あの作品は、ヒロイン夫のモデルである安藤百福が台湾人だったのを、ドラマでは日本人ということに変えていました。
一体なぜそんな設定にしたのか?
公式サイトでは、日本の視聴者が楽しめるためとされていました。
しかしそれでは華僑ルーツだと日本人が楽しめないということにもなり、単なる人種差別となってしまいます。

武者さん、何かにつけて『まんぷく』を持ち出して叩くのが好きですね。嫌いな作品すべてに言えることでもありますが、朝ドラという番組枠の特性も考えて、日本人設定にした可能性があります。それに「日本の視聴者が楽しめるため」即ち「華僑ルーツだと日本人が楽しめない」と言えるのでしょうか。
それを言うのなら、『ちむどんどん』も沖縄復帰50周年とは言え、思ったほど沖縄の背負った歴史と言うのは描かれていなかったのですが、これも朝ドラ枠という事情も関係はしていたでしょう。
あと「2018年朝の連続テレビ小説」とありますが、「2018年度後期の朝の連続テレビ小説」ですね。

その後時代が下るに従って尊王思想が広まったと、要はまたも水戸叩き、『青天を衝け』叩きに持って行きたいのかと思います。さらに日宋貿易関係で
「日宋貿易は、宋から銭が入ってきてそれを流通させられるから、ものすごく儲かる。やらない手はない!」
「何かと非現実的に思えるこの船建造にも、政治家としてきっちり意図はありました」
といった感じで経済的効果が見えにくい、その部分が弱かったと書かれてありますが、それはこの大河のテーマとは言えないからでしょう。『平清盛』では、テーマの1つではありましたが。

その『平清盛』関連なのでしょう。

13.今週ご覧になってご理解いただけたと思いますが、大陸まで向かえるようなあの規模の船を海賊が持っているとは考えにくい

とありますが、この当時の海賊は海の武士とも言われており、武士が力を持つにつれて彼らもまた力をつけて行きます。こういう集団は後に水軍と呼ばれるようになり、松浦党とか伊予水軍、村上水軍などがその代表例で、このレベルの船を持っていても特におかしくないと思われます。武者さんが考えている海賊は、どのような集団なのでしょうか。

そして

14.それ以外にも色々と中国史関連考証がおかしかった。
十年前のドラマに突っ込んでもキリがないし、誰も幸せになれないのでやめておきますが。
ドラマの意図はわかります。日宋貿易を促進した平清盛の先進性を持ち出したくて、過剰に出してきていたんでしょう。ただ、そうはいっても正確でなかった。
(中略)
この点がものすごく進歩していて、今年はよいと思いました。


「十年前のドラマに突っ込んでもキリがないし、誰も幸せになれないのでやめておきます」
と書くのであれば、最初から書かない方がいいと思いますが…。それに正確でなかったと書かれても、どれがどのように正確でなかったかの記述がないし。あれは、清盛がなぜあそこまで勢力を伸ばしたか、そして海賊船で出会ったオリキャラたちとの関係の描写も意図されていたと思います。
そして
「この点がものすごく進歩していて、今年はよいと思いました」
とありますが、この点とは何でしょう、その前にある「宋船を唐船と呼んだこと」でしょうか。それは「ものすごく」進歩したことなのでしょうか。

あとツイッター関連で
「Twitterは「一定の時間」に多数ツイートされると、トレンド入りする傾向がある。
三谷幸喜さんがまたも大河に登板するとなれば、このドラマの成功をひっさげてのこととなる」
とあります。ツイッターは一定の時間内と言うより、他にSNSの使用頻度が高い欧米の先進国が、まだ稼働していない時間帯、日本の場合午前から午後早くにかけては、世界トレンドに入る可能性が高くなります。
武者さんはそれが嫌いなようで、三谷さんが再登板するなら、ツイッターの評価ではなくこのドラマの成功によってと言いたいのでしょうが、前にも書いたように、三谷さんは既に三作を手がけており、一応区切りをつけていいかとも思います。個人的にこの大河への疑問もそこそこありますが、それはまた改めて。

それと
「SNSでは同様に『エコーチェンバー』も懸念すべき現象でしょう。
ハッシュタグや同志のノリに浸かりすぎると、そうでない誰かを見かけただけで敵認定し、喧嘩をふっかけたくなってしまう」
とあり、恐らく「ちむどんどん反省会」を意識しているのでしょう。しかしあの反省会タグには、建設的な意見もかなりありました。そして
「ドラマの好き嫌いは個人の問題」
ならば反省会もまた個人の問題と言えるのではないでしょうか。
「自分と評価が一致しない誰かに、いきなり無礼なことを言う行為に利はありません」
個々が思い思いのことをつぶやいているだけかと思いますが。言っては何ですが、どうも被害者意識に囚われている感がありますね。
何よりも武者さん=小檜山氏が『舞いあがれ!』に対して言っているのは、「無礼なこと」ではないのでしょうか。
(2022年11月11日一部加筆修正)


飲み物-琥珀のエール
[ 2022/11/11 01:15 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

再び小檜山氏の朝ドラnote記事とツイートに思うこと

以前の投稿で書いたことですが、小檜山青氏の朝ドラ関連のnote記事についてです。この記事で、実際の放送回と記事のナンバリングが食い違っている件でしたが、その後再びコメントを頂いています。こちらのコメントによると

小檜山氏は第85回のレビューを書かないまま第86回のレビューをアップしている。しかし第86回のタイトルで第86回のレビューを上げているため、表向きナンバーに齟齬を来たしてはいない。

となっています。しかしながらその一方で、

その後、第86回から第113回までのレビューのナンバーを1つずつ繰り下げている。このため本来は第86回から第113回のレビューであるにも関わらず、記事タイトルとしては第87回から第114回となっている。しかし第114回のレビューはアップされておらず、元々「第114回」となっていた第115回レビューを本来の「第115回」と表記することで対応している。
しかし第86回から第114回までを1つずつ繰り下げたため、当該レビューは実際の放送回との1つずつずれる格好になった。なお、第115回以降のレビューについては、やはり食い違いがあったが、ナンバリングし直している。

つまり第114回(杉並のちむどんどん再開の回)のレビューは元々なく、今ある第114回は第113回の内容であり、第115回から本来の形に戻っているわけです。ちなみに当該記事を2022年9月30日にざっとチェックしましたが、やはり1つずつズレたままのようです。一応有料記事を書いているのであれば、こういう点はどうにかしてほしいです。今からでも飛ばした分のレビューをアップし、もう一度きちんとナンバリングするべきでしょう。

そして小檜山氏または武者震之助さんの記事の多くに言えることですが、レビューと名乗ってはいるものの、その実ドラマの内容にかこつけた自説主張に見えますし、個人的な好き嫌いに偏っているふしがあります。そのため本来書くべきことが書かれていない、あるいはいくらかデフォルメされて書かれているといった事態が散見され、その意味では言葉本来のレビューとはかなり隔たりがあります。

これは前に書いたことがありますが、個人の方のブログで、『八重の桜』について書かれていたのを見たことがあります、正直な話、そちらの方がよほど「レビュー」にふさわしく感じられました。

またこれは、先日の大河コラム関連でも書いていますが、「オンベレブンビンバ」の意味を、放送前に推測していた人が多いことについて、武者さんは

SNSでそういうことを呟き、誰かにハマれば拡散され、自己承認されたようで気持ちがよいでしょう。
しかし、そこが危険な気がするのです。
「オンベレブンビンバ」は、話の中身を理解するうえでさして役に立ちませんよね。
SNSではドラマをネタにしたハッシュタグも多く、画面写真を貼り付けた大喜利状態にもなっています。

と書いていますが、私はこれに対して、皆楽しんでやっているのだから、別にいいのではないかと書いています。

ところが今日の小檜山氏名義のツイにはこうあります。

https://twitter.com/Sei_Kobeee/status/1575700661580156928
ドラマなり趣味が一致しなければ「そっか、あわないんだね」でいいと思う。なんで冷笑しながらリプライして「このよさもわからないんですかぁw」みたいな態度をとられなくてはならんのか。

「そっか、あわないんだね」で済ませられるのなら、小檜山氏=武者さんも、自分が好きでもないことを、わざわざ大河コラムで書くこともないと思うのですが―と言うか、最初からスルーすれば済む話なのですが。どうしても書きたければ、こう言うのを色々推測している人たちもいました程度でいいでしょうし。また自分に関係のないリプなら、放っておくなり、それでも絡んでくるならミュートするなりしてもいいのですが。

note記事やコラムのみならず、小檜山氏名義のツイもまた自説主張、さらには自分と相容れない意見への反発に見えます。何よりも明らかなのは、『青天を衝け』と『カムカムエヴリバディ』が好きでないこと、そして、有名企業の創業に至るまでを描いた朝ドラが気に入らないこと、この2点でしょう。

ただし朝ドラの場合、後者に該当する人物がモデルになるケースは多く、ドラマのレビューを書きたいのであれば、好き嫌いは封印するべきかと思います。別にNHKも、小檜山氏の好き嫌いに合わせて朝ドラや大河を作っているのではないのですからーと言うか、好き嫌いでドラマを判断するのなら、もう有料記事を書くのは止めるべきですね。


飲み物-カクテルとオイルランプ
[ 2022/10/01 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』最終週の前のあれやこれや

まず先日ご紹介した分の、1日前の小檜山氏の記事です。(大河関連は次回以降になります)

https://note.com/54seikobi85/n/n0157657c7446
『ちむどんどん』第117回 ちむどんどんし続けることが大事

コメントで指摘していただいていますが、実際の放送回と2回分のずれがあり、この回は本当は第119回です。で、この記事なのですが、

暢子は「和彦くん」といまでも夫を呼ぶんだなと改めて思ったり

この点ですが、私としてはプライベートな関係であればまだしも、お姑さんにまで「和彦君が」と言うのは正直ちょっと解しかねます。

あと、

和彦は反省会界隈からありえないほど無能だと罵倒されていますが、無能有能はさておき、特殊な人物ではある。フリーランスだから東京にこだわらなくてもいい。重子と同居しないことを選んだのも、ここにつながってきます。夫としてやんばるに住んでもいいわけよ。

この和彦がやんばるに住むことに関しては、先日の投稿でも触れています。まだネットも一般に普及せず、しかも東京の出版社から原稿を依頼されているにも関わらず、距離のある沖縄、それもやんばるに住もうとし、しかもそのデメリットを考えないという点に、疑問を持つ人は多いのではないでしょうか。場合によっては、和彦は連載を打ち切られてもおかしくないと言えます。

またこの和彦はフリーライターではありますが、仕事をしているシーンがきわめて限られていますし、そういう点もまた、ライターとしての彼に疑問符がつく一因とはなっているでしょう。

しかしこのように書くと言うことは、やはり小檜山氏は、自分と異なる意見が多い反省会の存在を、かなり意識しているようにも見えます。かと言って小檜山氏の意見が絶対的なわけではないのだし、人それぞれでいいとは思いますが。

では本題に行きます。
「ちむどんどんできるか」という小見出しで、このような記述があります。

そんなわけで、やんばるに戻る決断というラストへ向かうわけですが。極めて慎重に、2022年らしくしているわけさ。優子の面倒を見るという親孝行でもない。和彦がやんばるでライフワークを完遂したいからでもない。地方で生まれた女性である暢子が、自分がちむどんどんするか、そこで決めています。

まず
「極めて慎重に、2022年らしくしているわけさ」
などとありますが、この朝ドラの今現在の時代設定は1984年であり、2022年から40年近く前なのですが…。

それからこの少し前の方で
「フリーランスだから東京にこだわらなくてもいい」
「夫としてやんばるに住んでもいいわけよ」
とあるのですが、ここでは
「和彦がやんばるでライフワークを完遂したいからでもない」
となっています。どこか食い違っていますね。

また
「地方で生まれた女性である暢子が、自分がちむどんどんするか、そこで決めています」
「朝ドラもここまで到達しましたね。いや、近年の朝ドラの流れかな。女性が自分の意思で人生を決める。そういう流れがきっちりある」
と言うことなのですが、これもおかしな話です。

まず暢子が、ちむどんどんするかしないかを判断基準としている点ですが、それと「女性が自分の意思で人生を決める」のは違うのではないでしょうか。暢子の場合は極めて感覚的なものであり、周囲のことを顧みず、自分がちむどんどんすればそれでよしとしているわけで、如何にも身勝手で子供じみた基準でしかありません。それと「近年の朝ドラの流れ」と言うのであれば、あれだけ叩いた『カムカムエヴリバディ』も『まんぷく』も、女性が自分の意思で人生を決めたということでいいのですね。

それと「地方で生まれた女性である暢子が、自分がちむどんどんするか、そこで決める」と言うよりは、「沖縄(またはやんばる)で生まれた女性である暢子に取って、ちむどんどんできるかできないか、それもまた重要な決め手であった」とでも書いてほしいです。

そしてこの後も反省会が登場しています。この反省会の存在、または嫌いな朝ドラor大河の存在は、ご本人にはかなり心理的負荷となっていて、このnoteや大河コラムでの反発につながっているように見えますが、そこまで敵視することもないかと思います。何よりも、好き嫌いで価値を決めたがる小檜山氏または武者さんの姿勢もまた問題です。

それと前出の時代設定ですが、この朝ドラは、離婚歴があるもののまだ付き合ってもいない清恵に、なぜそのことを隠していたと賢秀が詰め寄る一方で、和彦が沖縄でも仕事はできると、まるで今の時代のようなことを言ってみたり、設定基準がかなりあいまいであると思われます。清恵が、離婚歴を黙っているのが責められるのが当時の価値観であるのなら、和彦も、沖縄には行きたいが東京から離れている、仕事をどうするか問題だなどと悩むシーンが欲しいところです。

もうひとつ、暢子の出産シーンについて。まず破水、それから病院に行って、かなりあっさりとお産が終わったことになっています。これで思い出すのが『ER』の看護師長、キャロル・ハサウェイが雪の中を出勤する途中で産気づき、何とかもちこたえて病院でお産をするシーンです。あれは、お産に至るまでの様子がかなり詳しく描かれていました。もう一度DVDを観てみようと考えています。少なくとも制作サイドが「一人の女の子の何十年という歳月を濃く描きたい」と言うのであれば、あれくらいの描き方を心掛けてほしいものです。

それにしてもこの「一人の女の子」、「女性」でないのが気になりますね。



食べ物‐コーヒーゼリー
[ 2022/09/26 01:00 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』大河コラムの視聴率関連記述に関して

『武将ジャパン』大河コラムの視聴率関連の記述です。尚元々の文章は記事のリンクが貼られていますが、引用文には貼りませんのでその点ご了承ください。それと最近の分で、意味が通りにくい箇所を多少直しています。

今年の大河は視聴率が低迷しているとして、こんなニュースがありました。
◆「鎌倉殿の13人」が危険水域! 大泉洋、菅田将暉、ガッキー…前半投入の反動か
ニュースにする以上、何かバリューが必要であり視聴率低下に目をつけたのでしょうが、これは何も今年に限ったことではなく、私は勝手に大河恒例の「夏枯れ現象」と呼んでいます。
中盤となれば主人公の師匠や親にあたる世代が抜ける。
初期キャストは豪華なメンバーが揃うものの、夏ともなればガクッと落ちることは避けられません。

夏枯れと言うよりも中だるみと言うべきでしょうか。要は、放送開始から4月~6月頃までは盛り上がりがあるけれど、その後やや主人公の立ち位置が安定し、あるいは作品によっては創作が多くなり、クライマックスまでの間場つなぎをする必要に迫られるわけです。ただ初期は豪華キャストで、その人たちが抜ける例があるにしても、すべての大河で同じことが起こるわけではありません。

例えば『真田丸』は、寧ろ春以降キャストの顔ぶれが増えて来た感があります。それと今年は頼朝はもういませんが、、主人公の親である時政もまだいますし、主人公に影響を与える人物は比較的多く残っている方だと思います。それと武者さんの場合、「今年に限ったことではない」としつつも、嫌いな大河であればここまで書くだろうかと思います。

そして視聴率低迷の原因を、私なりに考えてみました。
・地上波全体が減衰傾向にある
→あのドラマが低視聴率と煽る記事も増えています。若い世代を中心に、テレビを定時に見る習慣がなくなっているのです。
・時代がそこまで有名でない
→戦国や幕末と違ってなじみがありません。
・毎週鬱展開……
→これですよ。毎週毎週ドンドコドンと人が死ぬ鬱展開。そりゃ好き嫌いは分かれるでしょう。
・難解
→今年は伏線の張り方が複雑です。単純そのものだった昨年と比べると特に顕著です。
時代背景が理解しにくいため、頭に入ってこない。
美味い燻製肉でも、理解できない人からすれば「ただの焦げた肉」になるようなものです。
テレビですから、内容が理解できなければ視聴を止めてしまうのも仕方のない話でしょう。

地上波の視聴率が落ちているのは今に始まりませんが、裏番組が強くなっているのも関係しているのではないでしょうか。あまり有名でない時代なのはその通りです。この場合戦国が一番馴染みがあり、次いで幕末になるかと思います。そして源平を含むその他の時代は、幕末と同じかそれ以下の数字でしょう。あと「鬱展開」はどうかと思います。それを言うのなら、『風林火山』なども似たようなものですが、それが面白いと言う人もまたいるでしょうから。

そして「難解」
つまり今年は複雑だ、分からない人間は観なくなるといった、何やら上から目線と思われる論調になっています。武者さんらしいと言えなくもありません。しかし今回は「難解」と言うよりも、「癖が強い」のだろうと思います。つまり三谷さんの描写が好きでないから、コント的展開の乗りが好きでない人は視聴を止めるでしょうし、逆にそれが好きだと言う人は視聴を続けるのではないでしょうか。

あとこういう時に必ず『青天を衝け』を引き合いに出していますが、止めた方がいいと思いますね―止めない可能性が高いですが。別に昨年のが「単純そのものだった」わけではないし、ならばどこが単純だったのか、ここで例を挙げるべきでしょう。それができない、あるいはやらないのであれば何の説得力もありません。

そしてNHKプラスの再生数を重んじるから、NHKは『鎌倉殿』を失敗としないとありますが、失敗か否かはさておき、NHKプラスの再生数のみで論じるのもさてどうかと思います。本当に観たい人なら、録画して観るという方法もあるのですから。

そして『おかえりモネ』がNHKプラスの再生回数が高いとあり、泰時役の坂口健太郎さんが、『おかえりモネ』に出演した際の「俺たちの菅波」を、今度は「俺たちの泰時」として使っている、だから『おかえりモネ』の高評価は『鎌倉殿』にもいい影響を与えていると言いたいようです。そしてこういうリンクを貼っています。

「おかえりモネ」NHKプラス朝ドラ歴代最高 期間平均16・3% 大台超え一度もなく苦戦もSNS反響

しかし実は、『カムカムエヴリバディ』がそれを上回っているようなのです。

「カムカム」最終話 番組最高の視聴人数で有終の美 109話は「NHKプラス」全ドラマ最多視聴数を記録
(いずれもスポニチより)

NHKプラスの再生回数が高ければ、武者さん的には『カムカム』は当然失敗ではないはずですし、寧ろ高評価と言えるのですが、その割にかなり叩いていますね。

さらにその後、今年は関連書籍も多いとありますが、『青天を衝け』もかなり関連書籍は書店に並んでいました。無論これは近代の人だからとも言えるかとは思います。しかし何かにつけて『鎌倉殿』は凄いと言っている武者さんですが、どうも『青天を衝け』をかなり意識しており、それへの対抗意識で、『鎌倉殿』を肯定しているようにやはり見えてしまいます。もう少し肩の力を抜いてはどうでしょうか。

それからレビューやSNSのハッシュタグを見て、周りに合わせるのはよくないとありますが、それはその人の自由であり、武者さんがあれこれ言う問題でもないでしょう。

なぜ自分の感覚を大切にしないのか?
視聴率という基準そのものが時代遅れですが、それを信じる自分の感覚も見直すべきところに来ているのかもしれません。
言うまでもなく、ネットの声は発言者が精査できません。
確たる根拠を持っているのか。
それともフワッとした感性か。
それでもこんなネットニュースになれば信憑性が高まるから危険です。

お言葉ですが、視聴率が時代遅れと言うのであれば、なぜ視聴率を報じる記事をそこまで気にするのでしょうか。放っておけばいいと思います。時代が戦国でないとか、三谷さんの脚本はやはり癖があるからと、そのように考えておけばいいのではないでしょうか。

自分の感覚を大切にしないのかとありますが、誰でも他人の心まではわからないし、その人にどうこうしろとも言えないわけです。そして
「こんなネットニュースになれば信憑性が高まるから危険」
とありますが、武者さんは嫌いな大河の場合、その手のネットニュースのリンクをコラムに貼っていたのではないでしょうか。そして、

「このドラマ、嫌いなのって、私だけ?」
「このドラマって、もっと評価されてもいいと思うの、私だけ?」
おそらくや共感を得て安心したいのでしょう。
むろん、ドラマの感想だけで済んでいれば問題ありませんが、自身の生活に関連するニュースも同様の姿勢であれば、さすがに危険と言わざるを得ません。

いいか悪いかはともかく、共感を得て安心したい人も中にはいるのではないでしょうか。そして
「自身の生活に関連するニュースも同様の姿勢であれば、さすがに危険と言わざるを得ません」
とありますが、ニュースの見方も人それぞれであり、どれが正解と言うのは恐らくないかと思います。

ハッシュタグなりフォロワーの情報にも、何らかの毒が含まれていないどうか。
自身で見極める時代を私たちは今まさに生きていると思います。

ならば武者さんはそうすればいいでしょう。しかし武者さんの意に反する人がいても、よほど違法行為などをしない限り、それはそれで認められるものであると言っておきます。こう書くのは、『ちむどんどん』の反省会タグの存在もあるいは関係しているのでしょうか。あのタグ付きのツイートはまともなことも書かれていると思いますが。


飲み物-レッドビール
[ 2022/09/11 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『ちむどんどん』羽原氏インタビュー記事と公式サイトのコラムを読んで

『ちむどんどん』の脚本家である羽原大介氏が、作品について語っています。元々は琉球新報のインタビュー記事ですが、こちらが有料であるため、yahooの方のリンクを貼っておきます。

「 #ちむどんどん反省会」などSNS上の批判に脚本・羽原氏の受け止めは? 琉球新報単独インタビュー 沖縄描いた朝ドラ

しかしタイトルに「 #ちむどんどん反省会」が出て来るなんて、反省会タグも有名になりましたね。

そしてこの記事で羽原氏は
「比嘉家6人の家族の絆やふるさとにかける思いだ。人と人との結びつきやつながり合うことの大切さを伝えたかった」
とコメントしていますが、絆やふるさとにかける思いらしきものが、どうもあまり見えてこないのです。逆に見えて来るのは

暢子が人の話を聞こうとせず、いつも自分を押し通して最終的には誰かが助けてあげる
賢秀が犯罪まがい、あるいは犯罪(ネズミ講)に手を染めてばかりいる
子供たちを叱らない優子
子供を教える立場なのに柔軟性がなく、理想論を述べたがる良子
暢子の夫なのに存在感が薄い和彦
毎週のように出て来る後付けの事実

こういったことなのですが…。あと

「SNSを中心に厳しい意見があることについては『朝見ていただいて“今日も一日頑張ろう”と思っていただけるようなドラマ作りが一貫してできた』と自信をにじませた」

とありますが、質問に対する答えになっていないと思います。厳しい意見の内容に対して本来は向き合うべきなのですが、これでは自分の思いを述べているだけでしょう。ウリミバエで沖縄産の野菜が持ち込めない問題、この当時なかったはずの諸事物、さらには料理がテーマなのに食物を粗末にするような描写に加え、「姉のおさがり」、病院へ数珠を持ち込むところなどなど、反省してほしい点は多々あるのですが。

それから第105回で重子が暢子に渡した花束ですが、あれも昭和50年代ではなく最近のものだと指摘されていました。ラッピングの仕方などが今風ですし。

また羽原氏によると、賢秀ニーニーがようやく本気を出すらしいのですが、つまりは養豚場の娘の清恵と結婚するということでしょうか。その前にあの涌井なるチンピラとの乱闘シーンが出て来るのでしょうか。それと清恵も水商売をやって涌井に貢ぐシーンがあるようですが、そういうのを出す必然性が果たしてあるのでしょうか。

とにかく乱闘とか、暴力沙汰になりかねないようなシーンがこの朝ドラは多いし、それ以外にも暢子の態度とか、食物を粗末に扱うようなシーンを観て、果たして「今日も一日頑張ろう」という気持ちになれるのでしょうか。(ちなみに私は録画を夜観ています)

また反省会タグのツイで、このドラマはおじさん視点という指摘がありました。無論それ以外にもおじさん的な脚本というのはありますが、確かに主人公が我が強く、その割に主に男性に助けてもらうという描写が「おじさんに助けて貰う女の子(女性ではない)」であり、ちょっとマンスプレイニング的な、男性よりも下の位置にいる女性のイメージにも取れてしまいます。無論この場合助けてあげる存在は暢子であって、決して愛ではないわけです。

小檜山青氏はこのドラマを評価していますが、本当はこういうのは、一番嫌いな設定ではないのでしょうか。やはり『カムカム』への対抗意識で、やや強引に評価しているのだろうなと思います。

あと公式サイトでこういうコラムがあるので置いておきます。

イタリア料理と沖縄料理には似ているところも(オカズデザイン)

この中で、矢作を演じる井之脇海さんの包丁使いが上達したというのはわかります。ただ黒島さん演じる暢子の包丁使いは、ちょっと危なっかしく見えるところがあるし、最近は包丁を使うシーンそのものをあまり見ないのですが。そして何よりも、食物を粗末にするシーンの方を何とかしてほしいです。飲食店のシーンのみならず、山原小学校の子供たちが、給食を残す描写にも同じことが言えます。


飲み物-エスプレッソ2
[ 2022/09/04 01:30 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

朝ドラに求められるものとは何か

『ちむどんどん』のアンチと言うか、反省会タグのツイが東洋経済のネット記事に取り上げられているようです。「ようです」などと書くのは、実は私は読んでいないためですが、誹謗中傷はけしからんという論調のようで、多くのツイをイジメだと批判しているらしい。

しかし私もこのタグのツイを見たことがありますが、中には建設的なものも多く、一概にどうこうとは言えないわけで、何かいつものネットVS既存メディアの構図のように取れてしまいます。しかもNHKの場合、受信料で作られているわけであり、一応視聴者はその受信料を払っているわけですから、一家言あっても当然でしょう。批判できないのなら、それは宗教と同じだというツイもありました。

またこの朝ドラに関しては、私もここのところしょっちゅう書いています。なぜそこに至るのかが省かれていることが多く、超展開となる傾向があり、また先日の投稿で書いたように、主人公が成長しないから感情移入できない、要は感動しないわけです。

一方で再放送されている『芋たこなんきん』、これも前に少し触れました。こちらは人々の思いがよく描かれていて、観ていて楽しめます。実際私はリアルタイムでもこれを観ていたので、恐らくはそのせいもあるのでしょう。主人公の作家町子とその夫(再婚)の開業医健次郎、子供たちや近所の人々、主人公の友人や秘書が織りなすドラマです。

前に触れた時、同じ屋根の下で暮らす人々が多いのも楽しめる一因といったことを書いていますが、登場人物はあまりあちこちに置かない方が、楽しめる構成になるかと思います。『ちむどんどん』の場合、登場人物があちこちに散らばり、それぞれのエピソードを描く必要に迫られて、そのため尺が足りなくなり、どこか不完全燃焼になっている感もあります。

8月第1週の放送では、ハリウッドで売り出し中で、来日した豪州出身の若手俳優と、関東煮屋「たこ芳」の女将りんの意外な関係が描かれており、その一方で健次郎の長女由利子が進路に悩むという設定でした。この別々の2つのテーマが、着物デザイナーの東子を絡めて丁寧に描かれており、物語の中にすんなり入って行けました。15年前の作品である以上、今とは多少事情が違うかとは思いますが、朝ドラというのは本来こういうものなのかも知れません。

あと『まんぷく』にも、これと似たものを感じました。こちらも家族とその知人友人が中心で、インスタントラーメンとカップ麺を開発して行くわけですが、試行錯誤の果ての商品化、またその前に、戦後の混乱期で様々な事業を手がけたことなどが描かれていて、それぞれに考えさせられるものがありましたね。


飲み物-アイスティー

[ 2022/08/07 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと番外編2-「義時は犯人か」と餅について

『武将ジャパン』大河コラム続きです。先日の投稿で触れていますが、義時が頼朝を殺した犯人かといった推察(武者さんがふと見かけたらしい)と丸餅に関する記述への疑問です。

まず義時が犯人という推察です。

・義時だけ鈴の音を聞いていない
・義時が頼朝を毒殺した
具体的には「喉が渇いた頼朝に、義時が水筒を渡したとき、毒があった!」というものです。
義時だけが頼朝の死を知っているからこそ動揺しないし、鈴の音も聞こえない。

ここのところですが、「毒があった」のではなく「毒を入れた」のでしょうね。それと「動揺しない」も何も、第25回が終わった時点で頼朝の死は確定していませんし、あくまでも義時にだけ鈴の音が聞こえなかった(だから犯人という推察の一因となった)ため、何かの予兆を感じ取ることもなかったというだけです。

で、以下は武者さんの考察になりますが、これに関してちょっと突っ込んでみます。

しかし、冷静になって考えてみると、なかなか成立が難しい推論でもあります。
理由をざっと挙げてみましょう。

とあり、

・水に毒を入れると高確率でわかってしまう
無味無臭の毒はありがたいことにそうそうありません。
味が濃いもの、泥酔状態といった条件付きでないと、毒は口にした瞬間に吐き出してしまう。
水筒に毒は良い手段とは言えません。

無味無臭の毒は既にヒ素があります。既に遣唐使の時代に「雄黄」という鉱物が持ち込まれていますが、これからヒ素が生成されます。水筒に毒はあながち不可能と言えませんが、義時がそれをどのように入手したのかがまず疑問ですし、何と言ってもこの後で指摘されていますが、水を汲んだ本人が毒を入れたのなら、真っ先に嫌疑がかかるでしょう。

・毒殺は確実性が低い
毒の致死量は標的の体質や体格でによって変わります。
成功率も意外と低いので、確実に仕留めるのであれば善児のような刺殺あたりがオススメです。

前出のヒ素ですが、大体100ミリグラムから300ミリグラムが致死量とされています。よく「耳かき1杯分の分量」などと言われますが、この場合耳かきで大体2杯分程度で、それだけの分量を入手しなければなりません。
その意味では善児の刺殺の方が確実ですが、彼の場合は主人の命令がないと殺せませんね。

・同行者(安達盛長)がいる
同行者がいると、毒を吐かせる可能性が高まります。
確実に仕留めるなら、単独になるときを狙うべき。

これもヒ素を例に取った場合、多量に服用したら即死の可能性もありますが、服用量によっては、中毒症状が急性でなく慢性的に出ることもあります。また無味無臭なので、わかりにくいというケースもあるでしょう。無論少量でも体に異常が現れるため、それでによって服毒が発覚することもあるとは思います。

・状況的に疑いがかかる
水筒の毒が死因と判明したら、義時まで簡単に辿れてしまい、一気に窮地に陥ります。

これは上の方で書いた通りです。
ただこの場合、義時が水を汲むシーンはなく、誰かに頼んで汲んで貰い、その誰かが毒を入れたということも考えられます。

・動機がない
そもそも頼朝の死は、義時にとって利益はありません。怨恨もない。
今の義時は腹黒いので、大してメリットもなく、自らの危険性が高まる手段などまず取り掛からないでしょう。

これは義時が腹黒いと言うより、普通に考えても、敢えてそこまでの危険を冒すこともないわけです。もっと言うならば、殺すことによるデメリットの方が大きいと言えます。比企能員ならどうするかわかりませんが。

そして最後に

頼朝の退場後も、ロスだのなんだのいう暇がないほど盛り上がりそうですね。喜ばしいことです。

「ロスだのなんだのいう暇がないほど盛り上がりそう」
は、武者さんの希望的観測でしょう。実際ネット上のファンの間では、ロスを実感する人もいるでしょうし、そういう人たちが、自分もロスだということでで盛り上がる可能性もあります。いつも思うのですが、ロスが嫌いだと言うのであれば、そういうコミュニティとか記事から、距離を置いた方がいいと思うのですが。

あと『ちむどんどん』関連で、アンチでない本タグなのに批判ツイが流れて来ると、以前、これは小檜山氏名義でのツイートがありました。しかしドラマ関連ツイの場合、アンチでなくても批判ツイはあるし、もっと言えば、批判を避けて関連ツイを見るのは不可能です。ミュートするなりNGワード設定するなりして、極力自分の目に触れないようにするべきでしょう。

そして丸餅関連ですが、これもちょっと疑問です。こちらは「丸餅を作るシーンにも各キャラの個性」とあり、主に畠山重忠と北条時連の、餅作りの違いについて述べているのかと一瞬思います。事実それについても出て来ますが、その前にこのようにかかれています。

ここで、ちょっと食べ物のことでも。
当時の餅は丸めます。餅は四角いという印象を受けるとすれば、それは技術が進歩した時代だから。餅を切るためのまな板にせよ、包丁にせよ、それを作る技術が必要です。
丸めるほうが原始的です。

まず、そもそも餅は丸めるものでした。これは神事や、この回に登場するように仏事に使うものでもあり、基本的に刃物を使わなかったからです。今も鏡開きの鏡餅は切らないことが原則で、ですから庖丁を使わないこと即ち「原始的」というのは、当てはまらないかと思います。
そして実はまな板は古代、そして包丁も奈良時代ごろには登場しています。

尚この包丁、元は庖丁と書きましたが、実は武者さんの好きな漢籍にそれが出て来ます。具体的に言えば『荘子』で、王の料理人の名前であったとされています。

お雑煮の餅の形も、切り餅か丸餅かによって差があります。
味付けの醤油と味噌にも差があり、「切り餅と醤油」の組み合わせの方が江戸時代の最先端トレンドです。
参勤交代をする過程で、大名が「江戸の最新トレンドだぞ!」と切り餅醤油を持ち込んだと言われております。

この場合「差がある」と言うよりは「地域差がある」でしょうね。あと「組み合わせの方が最新トレンド」でなく、「組み合わせが新しい食べ方として広まった」くらいに書いてほしいです。

江戸時代は参勤交代で江戸の人口が増え、のし餅ができて、それを切り分けた角餅が登場します。しかし当然ですが、鎌倉時代に角餅などはありません。その当時にない物を持ち出して無理やり比較するのではなく、そもそもの丸餅のいわれは何であるかを、この場合は書くべきでしょう。

何だか『麒麟がくる』を引き合いに出すのと似ていますね。後世の方が色々な意味で変化し、あるいは進化してはいるわけですが、この時代を語るのに、それを引っ張り出して来てどうするのと思います。何かテーマがあって、餅の変化について書いているのであれば、それはそれで理解できますが。

そして時政が言っていた“酢”なんですが……。餅に酢って他にどうにかならないの? と思われるかもしれません。
残念ながら、これがなりません。

この当時、食事は主に調味料を使って、各自味付けをして食べるものでした。
「酢・酒・塩・醤」がその調味料で、四種器(よぐさもの)と呼ばれています。醤は醤油の前身と呼ぶべき調味料です。自分で調味料を使って味つけする時代ですから、時政が酢をかけて食べたとしても不思議ではないかもしれません。ちょっと意外な気はしますが。

ただし酢餅という食べ物は今も存在します。これは主に柑橘類やポン酢を使ったものが多いようです。

甘い餡はこれから先のこと。濃い甘さというのは時代が降らねば出てこないものであり、それ以前は干した果物が最も甘いものでした。

ただし塩餡というのはありました。無論砂糖を使った餡が普及するのは、もっと後の時代になってからです。

あと、おこしや飴はかなり昔から存在したようです。

しかし武者さんというか小檜山氏、細川幽斎の包丁式を、幽斎も料理をしましたなどとツイしたこともありますが、昔の料理について書くのなら、もう少し調べてほしいです。


飲み物-アイスコーヒー2
[ 2022/07/01 00:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』について少々+小檜山氏ツイート

やはり思うのですが、江間の館で孤児を育てるシーンは必要だったのかということです。子供たちの中から、将来的に幕府に影響を及ぼす人間が出て来るという設定なのでしょうが、このシーン、あるいは政子たちの会話のシーンがやけに多く、それが他のシーンの描写に影響を及ぼしていると言っていいでしょう。ほっこりするシーンではあります。しかしそれは、戦とか御家人たち、あるいは頼朝と朝廷などの駆け引きなどが十分に描かれてこそ、功を奏するものではないかと思います。

あと、『吾妻鏡』に必ずしも沿っていないなとは思います。三谷さんが『吾妻鏡』を、まるで原作のように言っているのを目にして、もっと細部まで描かれるのだろうなと期待したのですが…たとえば第22回にしても、頼朝が後白河法皇の崩御を聞いて、四十九日の法要などを執り行っているのですが、そういうシーンは出て来ませんでしたね。あと征夷大将軍就任時の勅使の接待とか、それよりも前になりますが、武田信義逝去などもありませんでした。武田信義は誓紙を出した時点で、姿を消してしまいましたね。ちょっと残念でした。

ともあれこの幕府、あるいはそれまでの時代とは違った形の政府の黎明期には、とかく反対派がいるものです。かつて敵対した勢力ではなく、それまで味方していた勢力が、自分たちの理想と違うのを確信した時に、仲間割れという形で起こることもあります。岡崎義実も、それと似た思いを抱いたのでしょう。そしてこれは南北朝の動乱を引きずった室町時代でも、あるいは戦国時代でも起こったものでした。信長に対する荒木村重の造反もこれに近いものがありますし、江戸時代の大坂の陣もそうですが、江戸時代の場合は家康が大名を支配下に置き、対抗するのは牢人のみとなりましたが。

ところで小檜山青氏のツイートに、このようなものがあります。
「つまらないコンテンツは海を越えない…日本の大河ドラマなんかもそうで、今年は海外の日本史好きも結構熱い目線を送っている印象。」
「日本の大河ドラマなんかもそうで」ではなく、「日本の大河ドラマなんかもそうだったが」とでもしないと、意味が通らないかと思うのですが。それはともかく、この「海外の日本史好きも結構熱い目線を送っている」を裏付ける記事のリンクも何もないのですね。

その他にもこういうツイもあります。
「武士を規範としこどもの日に武者人形を飾る日本より、身分を問わぬ文官登用試験を実施し文民統制を徹底していた隣国の方が「平和で平等で内向き」に思えるんですよね〜。真面目に考えちゃった。」
ならば、隣国をはじめとする儒教国家に移住してはどうでしょうか。そんなに武が嫌なら、武士が主人公であることが多い大河のレビューは、精神衛生上よくないでしょう。

元々儒教は武より文を重んじるわけだから、これは当然のことと言えます。無論それゆえに、儒教国家にはデメリットもあるのですが、そのことは小檜山氏または武者さんは、きちんと書いたことがあるのでしょうか。そして武者人形ですが、子供の無病息災を祈るという意味があります。言っては何ですがそれを理解しているのでしょうか。そう言えば昨年の大河では、天狗党すなわち水戸藩と捉えている節もありましたし。捉え方が大雑把と言うか、調べていないなと思います。

ところでこの小檜山氏のツイに、朝ドラ『ちむどんどん』でアンチ意見を、アンチタグでなく本タグでツイートするのがけしからんといった内容のがありました。しかし本タグといえども必ずしも賞賛ばかりでなく、批判的意見もあるものです。ドラマの意見をタイムラインで見るということはそういうものです。必ずしも小檜山氏が望む意見のみが、本タグで流れて来るとは限りません。ならば批判的意見の多いアカウントをミュートするとか、特定キーワードを指定して非表示にするとか、色々方法はあるかと思いますが。

ちなみにその『ちむどんどん』、率直に言って、暢子でなく視聴者が「まさかやー」と突っ込みたくなる描写が目につきます。これについては、また次の投稿で。

飲み物-アイスティーとグリーン
[ 2022/06/11 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

自己愛性パーソナリティ障害とは

まず、先日の『武将ジャパン』関連投稿、当該記事のリンクがなかったので貼っています。また、投稿の数か所を少し直しています。

ところで、今回は自己愛性パーソナリティ障害について書きたいと思います。この自己愛性パーソナリティ障害、所謂パーソナリティ障害の一つですが、とある医学系サイトを見たところ、以下のような特徴があります。

  • 自分の重要性および才能についての誇大な,根拠のない感覚(誇大性)
  • 途方もない業績,影響力,権力,知能,美しさ,または無欠の恋という空想にとらわれている
  • 自分が特別かつ独特であり,最も優れた人々とのみ付き合うべきであると信じている
  • 無条件に賞賛されたいという欲求
  • 特権意識
  • 目標を達成するために他者を利用する
  • 共感の欠如
  • 他者への嫉妬および他者が自分を嫉妬していると信じている
  • 傲慢,横柄

要は「誇大性,賞賛の要求,および共感の欠如の持続的なパターン」が最大の特徴と言えるでしょう。

また人によっては、モラハラをするケースもあります。さらに一般の人で、最大6パーセントがこの障害を持ち、男性に多いとも言われています。他にうつ病、摂食障害や薬物使用が見られることもあり、また、自己を他者からの賞賛に結び付ける能力のある人もいます。その一方で、ガラスのハートの持ち主であり、批判などには敏感で失敗を恐れる傾向があります。

しかしこうして見ると、ちょっと付き合いづらい、あるいは面倒臭い人という印象があります。常に自分が賞賛されていないと気が済まないからでしょう。また上から目線だとか、支配欲が強いといった面もあるようですし、上記の特徴といくらか重複しますが、自慢話とかひけらかし、承認欲求の強さも特徴として挙げられます。

この障害はごく普通の人にも見られるようですし、華やかで賞賛される自分を実現したいという点から考えると、結構有名人とか芸能人にもいるタイプかも知れません。

ところでこの障害を持つ人は、よくいわれるファン活とか推し活に熱心だとも言われます。要は自分の「推し」は優れており、その優れた推しを応援する自分も素晴らしいといった心理状態から来ているようです。実際SNS、特にツイッターなどで、そういう推しう活をしているアカウントを見たこともあります。しかしあまりエスカレートすると、他のファンとの軋轢を生むことにもなり兼ねません。さらにエスカレートすると、ストーカー行為を起こしてしまうということもあるようで、それはやはり問題でしょう。

飲み物-ミルクが注がれる紅茶
[ 2022/04/30 00:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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