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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『武将ジャパン』大河コラム続きと『不適切にもほどがある!』

まず先日のたけたけさんの記事関連の投稿について、一部表記が似たような感じになっていたので改めています。

実は『風花帖』について書こうかと思ったのですが、今回は『武将ジャパン』大河コラムについて追加したいことがあるので、そちらを書きます。たけたけさんのnote記事には、このコラムでの大河作品の評価が、決め打ちであると書かれていたことがありますが、正にその通りだとうなずかざるをえません。要ははじめに結論ありきなわけで、賛同か批判(というか叩き)のどちらかに大きく傾くのが、このコラムの特徴と言えます。

たとえば打毬の後のシーン、先日の投稿では触れていませんが、
「ここで公達が半裸である事に対して、『女性へのサービスカットではなくセクハラだとは言わないのですね」
と書かれています。嫌いな大河ならセクハラ呼ばわりはもちろん、アップデートができていないなどと叩きまくることになるわけでしょう、昨年の大河で、こういう半裸のシーンなどがあった場合にこういう表現を使っています。でなければ
「しょーもない」「わけがわからない」

また記事の中で、
「烏帽子を脱いで平安時代の価値観では恥ずかしい髻部分が丸見えなのが気になりますが」
ともあります。これも実際そうだなと思いますが、武者さんはこれに何も言及していません。『鎌倉殿の13人』で、義時が孤児たちの世話にかまけていて、烏帽子をつけないままのシーンでは、そのことを書いていたと思うのですが。

それから、武者さんが散々に言っていた『不適切にもほどがある!』に関して。
このドラマですが、否定的な見方もある一方で、面白いと言う声ももちろんあるようです。公式サイトのあらすじを見て行く限り、如何にも宮藤官九郎氏だなとは思いますが。そして実は、今年の大河に出ている人たちが、このドラマにも出ています。

ゲスト出演も含めると
吉田羊さん
秋山竜次(ロバート)さん
ファーストサマーウイカさん
といった人たちが出ていますね。また、武者さんが好きな山本耕史さんも出演しています。こういう俳優さんたちが、宮藤氏のドラマに出るのがあるいは嫌なのでしょうか。

それとこのドラマですが、Netflixの「週間TOP10」で3週間連続1位のようです。そして武者さんは、リアタイ視聴率では時代遅れ(アップデートされていない)、配信も考えなければと書いていたことがありますが、Netflixでは配信ランキングがトップなのはご存知なのでしょうか。

Netflix「週間TOP10」(日本)で記録更新の3週連続1位!
『不適切にもほどがある!』


飲み物-淹れたてのホットコーヒー
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[ 2024/02/26 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第48回に関しての武将ジャパンの記事について-1

第48回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。
本題に入る前に、この画像をアップしておきたいと思います。

葵徳川三代秀忠の兜 葵徳川三代椎野道季

『葵 徳川三代』の徳川秀忠、そして椎野道季(安国寺恵瓊家臣)それぞれの兜で、どちらも光が反射しているのが窺えます。画質が今一つで申し訳ないのですが、特に秀忠の場合はあまり天候がいい状態ではなく、道季の場合も吉川広家陣に赴いた時のものです。この2つは屋外撮影ですが、屋内の照明がある状況でなく天候があまりよくない中でも、兜の材質や形状によってはこのように反射することを、ここで書いておきます。


今回は、絶望感で頭を抱えたくなる、主役による子供時代の回想シーンから始まりました。
いい大人が人形を持って走り回るって、どう見てもバカっぽくて……なぜ子役を使わなかったのか、しみじみと切なくなります。

あれはローティーンの頃の家康でしょうし、その年代は子役を使うかどうかは微妙でしょう。『真田丸』でもその年頃の信繁を堺雅人さんが演じていますし、『鎌倉殿の13人』で、魚を手に持って食べていた、恐らく箸で身をせせるのが難しかったと思われる少年時代の義時は、小栗旬さんが演じています。

そして字幕が入る。
人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し――。
最近は、後世の創作として知られますが、
◆ 家康の遺訓「人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し」は後世の創作だった!(→link)
むしろ家康の偉業を出さなくて正解だったかもしれませんね。穢されてしまいそうなので。

何をもって家康の偉業とするかですが、浜松城普請、江戸の町作り、秀頼の後見、関ケ原の勝利そして大坂の陣、すべてこの大河で描かれていますが。

援軍というのは、強い軍勢が味方をしてくれるからこそ意味がある。
こんな視聴率ワースト2位の大駄作に応援されたって、足を引っ張られるだけでしょう。燃え盛った船が自軍に近づいてくるようなもの。全力で追い返しましょう!
特に来年は「穢れ」を気にする平安時代の人々ですから、追い返すための祈祷でもするのではないでしょうか。

「神の君へ」が来年へのエールということですが、案の定武者さんは気に入らないようです。
しかし
「視聴率ワースト2位」
これで何度目でしょうね。昨年あれだけ言っていたNHKプラスの再生回数はどうしたのですか?U-NEXTでも配信されていたはずですよ。そして、総合視聴率がそこそこ高いのは無視ですか?

これ、もう一度置いておきますね。昨年のこのコラムで書かれていた分です(一部ゴシック)。

ネット配信が普及した現在は、記録も容易なことから、特にその傾向が強く、海外ドラマの宣伝を見ていると「驚異的な視聴回数を記録!」といったコピーがついています。
ではなぜ日本では、未だ古めかしい基準に頼っているのか?
メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ。
もう一つ、視聴者数と視聴回数が公表されていないことも確かですが、例えば大河についてNHK側が把握していないわけがありません。
例えばNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』は、視聴率は低いものの、NHKプラスの視聴回数がかなり高かったため、NHKとしては成功とされているようです。
『鎌倉殿の13人』も、視聴回数は公開されておりませんが、かなり高いとか。

女を三つ重ねて書くと「姦(かしま)しい」となります。
性差別的ではあるものの、今回は使いたい。
女が集団でいることが「姦しい」のではありません。女、女、女……と、そういう話ばかりをしている男が「姦しい」のです。

これですが、この漢字は後から作られたもので、本来は「囂(かまびす)しい」、つまりやかましいとか、騒々しいという意味で、男女を問わず用いられるようです。尚「男」を3つ重ねると、「たばかる」になるとの由。

かしましいとはどんな意味?男性も使える?語源の古語、使い方例文、類語、英語も解説!

この作品の家康は「姦しい」英雄でした。
最終回でも、自称“男勝り”な阿茶の前でカッコつけています。
晩年の死を覚悟した演技がこれ?
本当にいつもいつも女といる場面ばかりですね。阿茶に塩対応をされながら、あの話を聞かせて欲しいと言われます。
鯉――どうでもええ……心の底からどうでもええ……。

この家康のどこが騒々しいのか不明ですし、どこがカッコつけているのかもわかりません。また武者さんの一人決めでしょうか。そしてこれが最後かもと言う家康に、自分はそう思っていない(生きて戻ると信じている)と答えることが塩対応でしょうか?阿茶局の性格もあるでしょう。

「いつもいつも女といる」
なぜそうなるのでしょうね。関ケ原とか、小山評定のシーンに女性はいたのでしょうか?
また鯉がどうでもいいなどとありますが、最後の最後でちゃんと出て来ますね。

そして大坂の陣。

本作はゴチャゴチャと時系列をいじくるのが大好きで、それが全く効果的でないのが特徴ですね。
セリフ処理で説明されるばかりの大坂方の苦戦。
真田信繁は、無駄に父・真田昌幸の言葉を思い出していますが、2人の部屋が違和感ある。
なぜこんなにも灯りをつけているのでしょう。当時の油代は、まだ高いものですよね。

「時系列をいじくる」と言うより、信繁の回想(恐らく九度山の)シーンが挟まれただけですが。
そしてセリフ処理も何も、戦場でなく大坂城内にいるわけですから、戦死や行方不明の知らせが伝令によってもたらされているわけでしょう。
そして信繁と昌幸の部屋ですが、多少時代は下るものの、江戸時代の物価を現在のそれに換算したものです。油は決して安くはありませんが、ローソクよりは安いものでした。

江戸の物価・現在価値では幾ら?
(地域防災web)

今年の大河ドラマと認定したい『大奥』では、綱吉時代から夜間の娯楽が増えてゆきます。油代を贅沢に使えるようになるほど泰平の世になった証といえる。
そういうことすら、この名ばかり大河は表現できない。

私はこれ観ていないから何とも言えませんが、ロウソクが普及し始めたせいもあったのでは?庶民には高価でも遊郭などでは使われており、藩によってはハゼの栽培に取り組んでいて、それが需要を後押ししたとされています。

和蝋燭が普及したのは江戸時代に各藩が経済振興策として漆や櫨を栽培して蝋燭が普及していった。蝋燭は、持ち運び可能のため、燭台、提灯、がんどう、ぼんぼりなどの新しい照明器具を生んだ。

江戸のあかり展 II
(太田宿中山道会館)

本作の特徴に“恥ずかしげもなくネタパクリ”というのがあります。
「愉快な乱世を泳ぎ続けよ」
これは要するに、乱世を渡っていく様を船・真田丸にたとえた“パクリ”ですね。
三谷さんの足元にも及ばないのは明白すぎるのに、よくもこういうことをしますよね。
そうやって狡猾に大河ファンに目配せするのがたまらなく嫌だ。

これ全然パクリじゃないじゃないですか。
そもそも船は「泳ぐ」ものでしょうか?一般的に船は進むとか、走ると表現するかと思います。
泳ぐとは人間を始め生物が、手足を動かして水をかいて進むことでしょう。昌幸も乱世という海(信濃だと川でしょうか)を泳いで渡りたいという意味でこう言った可能性もあります。

あと「愉快な乱世を泳ぎ続けよ」は別にこの回でなく、第33回「裏切り者」で既に登場しています。
なぜこの期に及んでこれを出して来たのでしょうか。

それにしても、このドラマのヘアメイクはどうなりましたか?
無駄に汚らしい信繁。
やりすぎアイラインの秀頼。
厚化粧の茶々。
秀頼の甲冑の質感もおかしい。
こんなペナペナした甲冑はみとうなかった。

無駄に汚らしいと言うより、信繁のキャラ設定が多少乱暴者で、戦に飢えているような設定だからこうなっているのでしょう。秀頼のメークは、隈取をちょっと思わせますが、もちろんあそこまでくっきりしておらず、シャドーのような感じで色を入れているかと思われます。元々隈取は表情を強く見せる意味があります。
茶々のメークに関しても、もう3度目か4度目でしょうか。少しは自分で調べてはどうかと思います。

扮装やヘアメイクについてもスタッフの方とご相談を重ね、一から作り上げていきました。扮装部の皆さんは大河ドラマ『葵 徳川三代』で小川眞由美さんが演じられていた茶々を意識していると伺っていたので、私も小川さんのような迫力ある茶々を演じられたらと思いながら取り組みました。

お市の方、茶々…二役を熱演した北川景子さん。意識したのは小川眞由美さんだった【どうする家康 満喫リポート】秘話発信編
(serai.jp)

あと秀頼の甲冑の質感がおかしいのなら、画像を貼って目に見える形で説明して貰えませんか。いや私はおかしいとは思いませんでしたが。

兜に映り込む白い斑点(スタジオの天井照明)は、もう紋様と思うことにしましょう!
最終回まで映り込み続けたこの白い斑点については、さすがにNHKへご意見申してもよろしいかもしれません。
◆NHK みなさまの声(→link)

これに関しては、冒頭で少し触れています。兜に光が反射するのは、兜の材質や形状にもよりますし、屋外撮影でも見られます。

どうかしているぞ! このVFXは!
相変わらず青空がないVFX。

大坂の陣の後、雲が切れていますね。これは何を表しているのでしょうか。

どうする家康第48回予告

視聴者をバカにしているとも思えてくるし、以下の記事のような
◆「大奥」ラストシーン制作秘話!VFXチームが届けたかった“未来”のこと(→link)
◆ 『どうする家康』新技術“バーチャルプロダクション”本格導入でロケ最小限に 背景に働き方&つくり方“改革”(→link)
小賢しい言い訳にも虫唾が走ります。ここは結果が全ての世界ではないんですか?

貴方のいう「結果」とは、一体何ですか?
視聴率のことですか?昨年正反対のことを書いていたのを、上の方で紹介しています。

そして『大奥』のVFXもこれで見る限り、武者さんに取っては虫唾が走る言い訳だったようですね。武者さんの『大奥』批判はこれが初めてです。

あと加藤チーフディレクターは
「現状でやれる範囲のことはやれたと思う」
と言っており、将来的にまだ進化するという含みを持たせています。そしてこの記事には、大規模ロケの難しさも書かれていますが、それも武者さんは気に入らないようですね。だったら自分ですべて手配して、大河の大規模ロケを実現してみてはどうでしょうか。

そして見ていて気になった部分があるので、これよりかなり後ですがご紹介しておきます。

家光の登場シーンですが、

まともな大河ならば、主役の子役を使い回すところ。それをこのマヌケ駄作は、初っ端からデカすぎる竹千代として本役が走り回ったから、それすらできない。
無計画の極みです。
もう、この時点で柳生十兵衛を呼んできて欲しい。竹千代相手に剣術指導をビシバシとして欲しい。

マヌケ駄作呼ばわりもどうかと思いますが、「まともな大河ならば、主役の子役を使い回すところ」と決めつけるのもどうかと思います。別にこの家光は子役が演じているわけですし、それはそれでいいかと思いますが。子役を使い回せないから「無計画」も乱暴ではないかと。

それと家光の剣術指南ですが、柳生十兵衛ではなくて父の柳生宗矩では?元々この宗矩は、黒田長政の紹介で家康の剣術指南(新陰流)となっています。十兵衛も、剣術の稽古に相伴したとは言われていますが、元々は家光の小姓であって年下であり、一時家光から蟄居を命じられてもいますね。

蟄居中十兵衛は、兵法の研鑽に努めていたとされていますが、この間諸国を遍歴したという説もあり、講談や小説、映画などの題材となっています。

飲み物-注がれるワイン
[ 2023/12/20 02:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第45回に関しての武将ジャパンの記事について-5

第45回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその5です。


嚢中の錐。『史記』「平原君伝」
袋の中に錐を入れておくと、自然と突き破って出てきてしまう。本人は目立たないようにしていても、才知が見えてしまうこと。

正しくは
「才能のある人は、一般人の中に混じっていても、その才能が自然と見えてくること」
ではないかと思われます。

そしてまた大河でもない『首』に関してあれやこれや。関係ないので一部省きますが、この他作品紹介に関しては、この投稿の終わりにちょっと書こうと思います。
で、『首』を叩き棒にした大河叩き。

それと比べると、どうにも本作の作り手は、自分を大きく見せることにご執心で、その中身が伴っているのか、心許なくなってくるのです。
脚本家は、イマジネーションが大事だから最低限のことしか調べないという。
そうだろうなと思います。前後のことを碌に調べずにやらかしている。
今回ならば大筒について「淀殿をビビらせたw」程度しか知らないんだろうなと伝わってきます。
フランキ砲? 何それ食べられるの? そう思っていても何ら不思議はない。
どうしてそうなるのか?

正直苦笑してしまいたくもなるのですが。
まず脚本家云々。
古沢氏は『レジェンド&バタフライ』のウェブマガジンで
「今残っている歴史はフィクションだと思っている。勝者が都合のいいように語り継いだものだから、どう解釈しても自由だと思っている」といったことをコメントしています。
しかし「最低限のことしか調べない」とは、どこから出て来たのでしょうか。その出典をお願いします。

そして大砲(大筒)。
これを見る限り、武者さんはフランキ砲が茶々をビビらせたと考えているように見えますが、実際はカルバリン砲ですね。で、家康がこれを購入できたのは、三浦按針の尽力もありましたし、何よりもイングランドで大砲の大量生産が可能になったという背景があったからというのは、先日の投稿で書いたとおりです。

そして

北野武監督のような謙虚で照れ屋な江戸っ子のいうことを正真正銘信じているのでは?
ヘラヘラしているお笑い芸人だって監督をすれば成功するしw 俺もやってやんよw
そう思っていませんかね?

1年半かけて映像作品を制作する側がおちゃらけてるとでも言いたいのでしょうか。
それもまた失礼な話です。

演じる側にしても、その節があると明かされています。
◆松本潤出演のNHK『プロフェッショナル』お蔵入り危機!「小栗旬を撮ったディレクター」ご指名も水の泡か(→link)

週刊女性PRIMEの記事ですね。
で、大河終了直前に放送予定で、それがお蔵入りの危機にあるなどと書かれていますが、まだその時は来ていません。まあ文春ネタを絡めて来る辺り、武者さんが好きそうな記事だなとは思いますが。

で、今度はまた『パリピ孔明』。
これについても後で書く予定です。やけに他作品PRが多いということは、結局どういうことなのでしょうか?

このドラマの制作者は『パリピ孔明』を見習っていただきたい。
プロデューサーが『三国志演義』『三国志演義事典』『三国志事典』を持ち歩いていたそうですよ。素晴らしい、かくありたい。
本当にあの作品は素晴らしい。向井理さんも、森山未來さんも、ディーン・フジオカさんも、『三国志』好きだとわかって嬉しいのは私だけじゃないでしょう。

と言いつつ、武者さんは嫌いな作品に『三国志』関連が出てきたら、徹底して無視するのではないでしょうか。

虎の威を借る狐。『戦国策』
あるところに狐がいました。その狐を虎が食べようとします。
「待って! 私めっちゃフォロワー多いし、界隈ではチョー有名! 食べるよりも一緒に動画投稿したほうがよくね?」
「え、白兎ちゃん、きみ、インフルエンサーなの?」
虎は立ち止まり、狐と一緒に動画投稿すると、確かにいいねがたくさんつくように思えました。
まぁでも、虎が狐を食べる動画が一番インプレッションを稼げると私は思いますけどね。

ちょっとよくわからないのですが。
まず虎の威を借る狐ですが、
「自分自身はそうでもないのに、他人の権威をかさに着て威張ったり、権勢をふるったりすること」
の意味です。
これだと、「狐(インフルエンサー)の威を借る虎」にならないでしょうか。そして「白兎ちゃん」は狐のことでしょうか。多分家康がそう呼ばれたのを捩っているのでしょうが、このせいで多少わかりづらくなっています。

そしてその後の方でこのようにあります。

【虎=大河ドラマ】の権威と、【狐=主演】を混同しているようだ。
タイトルが全部大文字という便乗写真集が出るとか。

これをまず冒頭に持ってくるべきではないかと思われます。しかしこれだと「大河ドラマ」が「主演」を食べることになるのですが。
その写真集絡みで、

いつも言っておりますが、やはり今年の大河はおかしい。
大河ドラマのハッシュタグで、主演写真集販売だのなんだの宣伝されます。
(中略)
大河主演写真集を出すのであれば、どうして『麒麟がくる』でもそうしなかったんでしょうね。

主演写真集は別に今年だけではありません。
かつて2010年に『龍馬伝』が放送された時、主演の福山雅治さんが『福山雅治 坂本龍馬写真集』を出しています。

そして
「どうして『麒麟がくる』でもそうしなかったのか」
推しの大河でそれがなくて残念と言ったところなのでしょう。無論その当時でも、NHKにメールを出すなり、このコラムで、それについて触れるなりするという方法もあったかと思います。
ただあの年はコロナ禍がひどく、収録も休止されたりしていましたので、そういった状況下で関連写真集を出すのは厳しかったかも知れません。

これではまるで主演プロモビデオを一年間、受信料で作ったようなものではないですか。
受信料で個人の宣伝をする。朝ドラ『舞いあがれ!』脚本家の歌集など、BBCなら通らないと思える事例は過去にもありました。
その中でもこれぞ最大のやらかしではありませんか?

『おんな城主 直虎』でも『鶴の唄』なるCDが発売されたような記憶がありますが。
そしてBBCなら受信料で個人の宣伝をするのは通らない、それを裏付けるのは何であるのか、説明して貰えないでしょうか。そしてBBCについて言うのであれば、かなりの人数をリストラしていますし、また、視聴者の意志で送信を止めることもできますが、なぜかそういう点には触れないのですね。

烏江亭に題す
杜牧の詩でも口ずさみましょう。
勝敗は兵家も 事期せず
羞を包み恥を忍ぶは 是れ男児
江東の子弟 才俊多し
巻土重來 未だ知る可からず
ものごとの成否は、兵法家だろうとわからない
羞恥心をこらえ恥に耐えてこそ、男ってもんだろ
江東には才能ある連中がたくさんいるのだから
捲土重来ができたかもしれないだろ?

物事の勝敗は兵法家でも予測できない
敗れても恥辱に耐えてこそ真の男児である
項羽の本拠地である江東には優れた人物が多い
土煙を巻き起こすような勢いで出直していたら、どうなっていたかはわからない
でしょうか。
「羞恥心をこらえ」というのがちょっと不明です。

男の価値観はモテでしかない。
強く、イケメンで、女にキャーキャー言われる。モテる。エッチなことができる。取り巻きはワーワーと殿はさすがと持ち上げてくれる。
女はヨシヨシしてくれる。そうかと思えばめんどくさい汚れ仕事を引き受ける「男勝り」。エロいことも積極的にしてくる。
あとはモブ。
というように「自分を磨かないことを肯定する価値観」が、私には全く理解できません。

何を言いたいのですか。
前にも書いていますが、普段ジェンダーだポリコレだと言っている武者さんですが、やけに女性を貶めているようにしか目見えないのですが。
家康のことを言いたいのでしょうか。しかし彼は
「弱い、取り巻き(家臣)には叱られる、側室を持つ気はなかったのに結局持つことになる、権力者の板挟みになる、理不尽なことは言われる」
などなどで、その時々で決断を強いられています。辛いこと苦しいことも経験して「自分を磨いて」来ていますが。

けれども、それに対する需要はあると親切な方が明かしてくれます。
◆ 『どうする家康』“偉大なる凡庸”こそリーダーにふさわしい 弱虫な家康が将軍になれた理由が明らかに(→link)
私はその理由とやらは理解できません。
バカにされている気がします。日本はバカでもてっぺんとれるんですかね。
このドラマでは徳川秀忠までもがさんざん貶められていますが、彼も相当優秀かつ、苛烈ともいえる人物です。
誰でもコケにして嘲笑うこのドラマにそんな人物像を求めても意味はないのでしょう。

リンク先の記事内容はもっともだと思います。
そしてその理由がわからないのなら、この大河について書くのはもうやめた方がいいかと思います。今まで同じようなことを散々書いて来ていますが、なぜかやめない、しかも見当違いなことばかり書いているというのが、あまりにも多いような気がします。と言うか、上記の記事に書かれていることを認めたくない、肯定したくないのだなと思いますが。
そして
「バカにされている気がします」
武者さん自身が、この大河の様々な面を散々バカにしているように見えますが。
そして秀忠が「大いなる凡庸」と本多正信になぜ言われるのか、それも理解していないなと思われますね。

そして今度は劉禅ネタで愚痴とも言うべきことが書かれていますが、ここでは省きます。

どこからこの駄作が始まったのか?
第48話の最終回まで、残り3回の放送。
そろそろこの駄作の根源を追い求めねばならない時がきました。
なぜ大河でこんな大惨事が起きてしまったのか?
個人的には『青天を衝け』の存在が大きいと感じています。

まあ、武者さんが駄作認定した作品は、意地でも駄作だと言い張りたいことだけはわかります。

あの作品は、主演よりも助演である徳川慶喜が大いに目立っていました。報道もそうです。
渋沢栄一の活躍は明治以降が圧倒的に重要で、幕臣としては小粒もいいところ。
それなのに幕末期間を異常に長くしたのは、新選組などの人気題材狙いでしょう。バズることばかりを考えているから、マイナーな彰義隊は出さないと。のみならず、慶喜便りの露骨な狙いがあったと思えます。

あれ、彰義隊は第25回で出て来ていましたよね?
しかも喜作がそのトップではなかったでしょうか。
その後彰義隊が分裂し、振武軍を結成したと思いますが。

慶喜は、冷酷で無情だとされる人物なのに、ドラマでは演者に合わせたように正統化される。
その持ち上げ様は、異常とも思えました。
ファンダムがまるで慶喜と演者を一体化したように誉めそやしていた。
だからなのか、批判をする者に対して異常なまでに攻撃的。作り手も堂々と、演者に寄せた人物像にしたと語っていたほどです。

その大河の方向性によって、描かれ方は違ってくるのですが、やはりそれが理解できていないのでしょうか。
あと
「批判をする者に対して異常なまでに攻撃的」
これもブーメランでしょうか。

その次にまたも『大奥』について、しかもこう書かれています。

『大奥』と『青天を衝け』では、なぜああも慶喜像が異なっているのか?
解釈の違いなんて話ではなく、要は『大奥』のほうが真面目に研究成果を生かしているからそうなるのでしょう。

その研究成果とはどのようなものなのか、観ていない人にもわかるように説明してください。
何度も言いますが、主人公とか舞台設定が異なれば、当然描かれ方は違って来ます。

しかも『青天を衝け』の慶喜役は、いわゆる「辞めジャニ」でした。
役者の好感度ありきで、カリスマあふれる「辞めジャニ」ならば、マスコミも忖度してくれる。絶対に失敗できないからこその策だったのでしょう。
だからこそ罠にもなります。
一連の報道を見ていると、旧ジャニーズ事務所の不興を買いかねない彼らを起用すると、引き換えの条件が示されるという指摘がありました。
大河準主演で禁忌たる辞めジャニを使う。
それで損ねた事務所の機嫌を取り戻すため、別の年に大盤振る舞いを示される。
もしも公共放送で、そんなことが現実にまかり通っていたなら?
前述の通り、写真集発売だの、感謝祭だの、今年の主演への気遣いは異常です。あまりにも破格の好条件とも言える。

まずこの「辞めジャニ」の件ですが、草彅さんは2017年にジャニーズ事務所を辞め、CULENに移籍して稲垣吾郎さん、香取慎吾さんと一緒に「新しい地図」を結成しています。既に6年が経過しており、それで「辞めジャニ」呼ばわりするのはちょっとどうかと思います。
しかもこの場合、結局旧ジャニーズ叩きのために草彅さんを利用している感もありますね。

そして
「旧ジャニーズ事務所の不興を買いかねない彼らを起用すると、引き換えの条件が示されるという指摘がありました」
それはどこの報道でしょうか。そしてそれは、関係者にきちんと取材をした記事なのでしょうか。単にジャニーズ関係者叩きのために、既に辞めて別のユニットを組んで芸能活動を続け、嫌いであろうが大河で歴史上の人物を演じてもいる人に対して、これもまた失礼だなと思います。

それと写真集のことがよほど気になるようですね。

『青天を衝け』と同じ欠点も、本作は悪化させた上でで引き継いでいます。
粗雑なVFX。
アリバイ的な考証。
雑な儒教思想の取り扱い。
歴史を軽視する脚本。
自分以外を小馬鹿にするような性格の悪さ。
歴史修正的であまりに酷い解釈。
危険性を感じるほど無茶苦茶な殺陣。
恋愛をゴリ押しする。
性的な場面を多くする。
SNSを意識したバズりを狙う。
ターゲットオーディエンスとして中年女性を想定し、ノイジー層に向けてアピールすることで、中身は空っぽでも成功したと偽装できるようにする。
そんな路線の二番煎じに思えます。

では、これらを裏付ける根拠をすべて出していただけないでしょうか。でないと武者さんの主観でしかありません。
そして
「自分以外を小馬鹿にするような性格の悪さ」
とは「誰の性格」なのでしょうか。

そしてまたメールフォームのリンクが貼られていますが、ここで、まず他作品のPRについて書いておきます。

このコラムでも映画『首』や、『パリピ孔明』などの他作品について、あるいはゲームなどの記述が見られます。以前も一度書いていますが、こういうのはPRまたは広告目的なのでしょうか。今は法律による規制が厳しくなっており、たとえばアフィリエイトなどでも、広告目的と入れなければならなくなっています(私はやっていませんが、FC2からのその旨の連絡がありました)。もしPRや広告目的なら、それをはっきりさせるべきでしょう。

そして『パリピ孔明』。

武者さんは何かにつけて、「世帯視聴率」のみで『どうする家康』を叩いていますが、スポーツが裏に来たような場合を除き、10パーセントから11パーセントほどはあります。一方『パリピ孔明』の場合、裏番組のせいもあって視聴率はかんばしくないようです。実はこれ『大奥』も同じらしいです。デイリー新潮の記事ですが

秋ドラマ・視聴率ワースト5 篠原涼子「ハイエナ」はなぜ大苦戦しているのか

でも武者さんはこの2つは好きだと言っていますね、結局それなのです。いくら数字が低かろうが、好きで観ている人はいるわけで、そういう人たちに対してあれこれ言うべきではないでしょう。まして自分の主観と思われる理由のみで、嫌いな作品を駄作認定するというのは、少なくともプロのライターならやめてほしいですね。大河だから高視聴率とは必ずしも言えなくなっていますし、今年のような作品の場合、固定層が観ていないことも考えられます。それでも総合視聴率は17~18パーセントはあるわけで、録画視聴派も多いということでしょう。


飲み物-琥珀のエール
[ 2023/12/03 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第43回に関しての武将ジャパンの記事について-1

第43回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。

しかし武者さんも、あまり書きたそうでないのがわかるし、ならば残りはお休みという方法もあるのですが、なぜか毎週アップされています。大河を書くと言うよりは、何か別の目的があるのでしょうか。


それから、井伊直政の負傷についてちょっと書きます。
板垣さんはこれでクランクアップのようで、恐らく彼の最期は出て来ないと思われます。『葵 徳川三代』では当初はそうでもなく、後の方で悪化して歩くのもままならない直政が出て来ますが、どうもこれは弾丸または弾片による鉛中毒ではないかと思われます。それで検索していたところ、何と『武将ジャパン』の記事を転載したこのサイトを見つけました。URLだけ置いておきます。ちなみに武者さんの記事ではありません。

【現代医学】戦国時代の鉄砲の殺傷能力は高いのか? 撃たれると鉛中毒で死亡する可能性アリ
(ガジェット通信)

記事中にもありますが、他に傷がもとで細菌が入る病気として、破傷風や敗血症があります。幕末になりますが、河井継之助が慶応4(1868)年7月末に、北越戦争で銃創を負い、その後8月半ばに破傷風で亡くなっています。また大村益次郎は、こちらは銃弾ではありませんが、明治2年9月4日に京で刺客に襲われ、その3日後に藩邸に移されて治療を受けるものの敗血症に感染します。そして最終的に11月5日に死亡します。つまりいずれも負傷から感染の後、さほど日を置かずして亡くなっているわけです。

しかも幕末のように蘭学もなく、仮にこのいずれかに感染していた場合、亡くなるのはもっと早かったと思われます。『葵 徳川三代』の描写についてはともかく、その後直政は1年半生きながらえており、それを考えると、鉛が体を蝕んだというのは十分考えられます。

ちなみに鉛中毒についてです。

症状の中に歩行協調障害もありますし、人格の変化などもありますね。鉛と言えば、昔はおしろいに鉛が含まれており、それで症状が出る人も多かった由。

前置きが長くなりましたが、本文です。

何を選んで何を捨てるか。制作陣の全てがここに集結する!――と、思ったら冒頭の回想からして哀しくなるほど的外れ。
「王道と覇道」が出てきました。テーマのように持ち出しておいて結局何なのか回収していませんね。一体なんなのか?
本作の人物はマザーセナ教の信者であり、その教えのほうが重要なのでは?
そして慶長5年(1600年)9月14日へ。

また「マザーセナ」。
しかも家康が経験した戦、それから学んだものの紹介というのが、まるで理解されていないようです。

「関ヶ原の戦いは取捨選択が大事」とは申し上げましたが、本作はあまりにもすっ飛ばしすぎたため、何の感慨もないままオープニングに入ります。
オープニングテーマも、アニメも、何も心に響かない。年が明けたら、視聴者の皆さんは本作のことなど綺麗さっぱり忘れてしまうでしょう。
視聴率ワースト2位の黒歴史ですから、作品の関係者たちが触れることもないですしね。
今となっては白兎アニメもわけがわかりません。王道と覇道もろくに説明しないまま、白兎だの狸だの、幼稚な戯言を垂れ流してきた。

「本作はあまりにもすっ飛ばしすぎたため、何の感慨もないままオープニングに入ります」
とは、何を「すっ飛ばした」のでしょうか。小山評定も伏見城の戦いも、どちらに付くべきかを巡る様々な弾劾状の送付も描かれているのに、何のことやら。

そして
「オープニングテーマも、アニメも、何も心に響かない」
武者さんの心には響かない、でもこれが響く人も多くいるわけで。そして「視聴率ワースト2」と何かの如く言いながら、昨年あれだけ言っていたNHKプラスの再生回数には全く触れず。もう一度これを貼っておきます。
視聴率を古めかしい基準と言いながら、その古めかしい基準をまた蒸し返しているのですね。

FireShot Capture 267 - 鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第45回「八幡宮の階段」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) 視聴率関連

「今となっては白兎アニメもわけがわかりません。王道と覇道もろくに説明しないまま、白兎だの狸だの、幼稚な戯言を垂れ流してきた」
王道と覇道こそ、冒頭で若き日の家康が口にしていますが、何を観ているのでしょう。恐らくちゃんと観ていないと思われますが、自分が理解していないのと、幼稚で済ませるのとは別ですよ。
もう終盤だから適当に書いてしまえと言うことでしょうか。

そして
「かつて関ヶ原は「女の戦い」とされてきました。
実子の秀頼を擁する茶々に、寧々が嫉妬し、東軍につくよう秀吉子飼いの武将を誘導したとされてきたのです」
とありますが、今ではそれは否定されている、大津上の戦いの処理で2人は関与していたと続き、

そういう意味では女性が政治力を発揮することがある。とはいえ、それを女のバチバチバトルにしてどうする!という見解ですね。

なのだそうです。ちなみに2人が関与していたのは、京極高次の妻初(茶々の妹)と、高次の妹龍(姉という説もあり)を守るため、大坂城から使者が遣わされています。

しかしこれがバチバチバトルに見えますか。
要は秀頼と毛利を出せと息巻く茶々に対し、阿茶局が、それはやらない方がいいこと、東軍は西軍のかなり深いところまで調略していることを、言い聞かせているわけです。感情が高ぶりがちになりそうな茶々に対し、阿茶局はかなり冷静です。

そして
「このドラマは、古臭い説を悪化させて扱うからたちが悪い」
のだそうで、今まで何度も見て来てはいますが、
「このドラマはああだから、こうだからたちが悪い」
こればっかりですね。
しかもこの部分、前出の寧々と茶々の対立という古臭い説とは、全く異なった次元の話なのですが、どこをどう観れば
「古臭い説を悪化させている」
ように見えるのでしょう。

で、茶々が実質的な西軍総大将という描き方とあり、

彼女が下劣な調子で怒り狂いつつ、毛利輝元に「出陣しないのか!」と問い詰めていますが、こんな描き方では「福袋の中身が気に入らないと店員にケチつけるモンスタークレーマー程度」でしょう。怖くもなんともありません。

別に怖くなくてもいいのですが、輝元がなぜ出陣しないのか、それが抜け落ちていますね。
それから西軍総大将はあくまでも輝元であり、茶々はこの場合秀頼の生母というだけで、彼女が采配を振るうわけではありません。

このあと寧々と阿茶は茶を飲んでいます。
このドラマの不可解なところは、まるでこの二人が大坂城近辺にいるようなところですね。
寧々と阿茶は大坂を離れているのでは?
彼女らはテレポート能力でも習得しているんですか?

「このあと」でなくて「この前」です。
寧々が釜を火にかけて、茶を点てる準備をしている時、阿茶局は打掛を羽織っており、茶々と会う時に着ていた肩衣袴ではありません。しかもこの時彼女は寧々に「お願いがあります」と言っているわけで、そのお願いというのが茶々に目通りし、秀頼を戦に出さないように働きかけることでしょう。

説明セリフでがーっと進んでゆきますが、別に阿茶は寧々のおかげで助かってはいませんし、大坂から脱出しています。
先週「三成は女を人質にとって汚いぞ!」と家康が語っていますが、今回はこうツッコミたくなります。
「こんな堂々とうろつく阿茶を見逃すなんて、西軍は優しいなっ!」

また説明セリフ。
武者さん本人としては、非常にイケている言葉だと思っているのかも知れませんが、それはさておき。

「阿茶は寧々のおかげで助かってはいません」
阿茶局は大坂城で武者に囲まれるものの、その武者は実は味方で、彼女を寧々の所へ連れて行ったというのは前の回にありましたね。寧々は家康から、上方の留守をよろしく頼むと言われていました。で、阿茶局の手紙を見て家康も安心しています。これもちゃんと観ていないのでしょうか。

「こんな堂々とうろつく阿茶を見逃すなんて、西軍は優しいなっ!」
北政所の使いで来ているわけですから、これは最強の切り札と言うべきでしょう。
片桐且元も、彼女に刃を向けようとした者たちを制しています。

本作の乗馬シーンはまるでオモチャの馬に乗っているかのよう。バストアップが揺れるだけでの処理をしているから、とにかく不自然です。

で、『パリピ孔明』では、孔明がおもちゃの馬に跨って揺られていますが、それを彷彿とさせまるだの、序盤から突っ込まれていたメリーゴーランド乗馬は、結局、最後まで改善されませんでしただの。

武将たちが配置に就くシーン。
家康が桃配山から下りてくるシーン。
本多忠勝が直政に加勢するべく馬に飛び乗るシーン。

こういうのをちゃんと見たのでしょうか?

どうする家康第43回本多忠勝2
馬上の本多平八郎忠勝(『どうする家康』公式サイトより)

平服の信長と家康が、富士山の麓でチラッと本物の馬に乗馬する場面がありましたが、今にして思えばなんというアリバイでしょうか。
初回から小栗旬さんが障害飛越をこなした『鎌倉殿の13人』の翌年がこの体たらくでは、酷いと言われても仕方ないでしょう。

アリバイも何も、あれでは岡田さんも松本さんもちゃんと馬に跨っていますし、今回も松本さんは本物の馬に乗って敵陣へと攻め込んでいます。
それと戦国時代の行軍では、馬一頭というわけに行きませんからね、何十頭も動かさねばならず、今はそれが難しくなっており、CGも使っているだけの話です。

【どうする家康】磯智明プロデューサーが語るドラマ出演者の素顔 シンポジウム記録②
(NHK静岡)

でまた乗馬シーンがどうのこうのとリンクが貼られていますが、ここでは省きます。

◆ 「どうする家康」異色の合戦ロケなし&全編VFX関ヶ原「働き方、作り方、戦国の景色を変える」狙いと裏側(→link)
記事の中ではご大層な狙いを語っていますが、2013年『八重の桜』では攻撃にさらされる鶴ヶ城の瓦一枚までVFXで描かれ、兵士もモーションキャプチャを使って描写されていました。
その10年前より確実に劣化しているではありませんか。

好きな大河なら英断だとほめるのでしょうけどね。
それと『八重の桜』云々、この間も書いていましたね。劣化していると言うのであれば、それと今年のを比較して、どう違うのかを見せて貰えませんか。

そしてまた井伊直政役の板垣さん叩き。

あんな風に不自然な髭があってたまるか!
あんなヒョロヒョロした体で甲冑を着られるか!
失望感を通り越し、絶望感ばかりが募る井伊直政。
腕も白く細いヒョロ政に、本物の島津が突撃したら瞬時に擦りおろしてしまうでしょう。赤鬼どころか、とにかく弱々しい。

と、最初から失礼だなと思われる文句が並んでいますが、

たった一言のセリフですら腹から声が出ておらず、どうしてここまで酷いのか……と、唖然とするしかありません。
そんな脆弱な直政に、どうしてこんな言葉を言わせるのか?
「いざ出陣!」
って、むしろ士気が下がりますって……。
邪推ですが、演じる方の性根が素直なのでしょうね。

武者さん、以前からこの大河は声が聞き取りにくいとか、音がわからないなどと散々に書いていましたが、井伊直政のセリフはどういうわけか、ちゃんと聞き取れるのですね。

井伊直政役の彼については「『青天を衝け』の徳川昭武は名演だった」という擁護が入ります。
確かに和室に飾っておきたい、かわいい人形のようでした。
しかし、それだけでは?
幕末もので徳川昭武を重視している時点で、あのドラマはイケメンを並べる乙女ゲーじみたドラマだっただけではないかと思います。

民部公子様、つまり徳川昭武のみを重視してなどいませんが。
ただ栄一(篤太夫)が同行してパリに行き、そこで様々なことを学んで来たわけで、その意味でも栄一に取っては重要な人物の1人ではあったでしょう。

幕末から明治が舞台なら、イケメンよりもっと他に描く大事なことはある。
それでもあのドラマはイケメンとラブコメと歴史修正でゴリ押しできました。

別にイケメンだけ描いていませんが、これも武者さんはちゃんと観ていないか、
「イケメンとラブコメと歴史修正でゴリ押しなんだ!」
という先入観ですべてをとらえているかでしょう。

よし、あの調子で行こう! と、手抜きした結果が今年の惨敗に繋がっている気がしないでもありません。
同じパターンは『篤姫』と『江 姫たちの戦国』でもありました。
日本人は幕末史よりも戦国史の方が目が肥えているので、そこを考慮しなければ失敗します。もう二度と同じことを繰り返さないでください。

『どうする家康』の制作発表は2021年の1月で、この時点でまだ『青天を衝け』は始まっていません。
制作発表時に主演とスタッフは発表されており、どういう方針で行くかも大体決まっているでしょう。
それに幕末と戦国ではまた違いますし。

そして
「日本人は幕末史よりも戦国史の方が目が肥えているので、そこを考慮しなければ失敗します」
裏付けはありますか?
あと
「もう二度と同じことを繰り返さないでください」
ですが、繰り返しているのは武者さんの方では?
と言うのも、このコラムでの評価基準は、武者さんの好き嫌いによるもので、嫌いな大河には何度でも「繰り返して」、しかも似たようなやり方で攻撃しているだけの話です。ただ、攻撃の仕方が今一つかなとは思いますが。

それでも『大奥』がある!
井伊の赤鬼については挽回できるチャンスが与えられました。
『大奥』シーズン2の井伊直弼が、予告の時点で素晴らしいのです。津田健次郎さんの演技に期待しかない。

また『大奥』、しつこいんですけど。
そして津田健次郎さんはともかく、本当にその俳優さんが好きなのか、単に叩き棒にしている作品に出るから応援しているのではないか、そのように見えて来ます。
第一、武者さんが本当に『大奥』好きなら、ここまで叩き棒にするかと思いますし。

ちなみに『大奥』シーズン2では、幼いころの阿部正勝が主人の竹千代と共に同じ駕籠に乗った回想シーンがありました。
幼少期から始まり、大人になってからも続く君臣の関係。
それを自然に描くには素直に子役を使ったほうがいいのに、なぜ今年の大河ではそうしなかったのか。
とてもじゃないけど子どもには見えない、いい歳こいた役者が、人形遊びをするシーンから始まる――って、バカみたいに幼稚だ。

???
竹千代は子役でしたが。
そして瀬名と遊んでいるところは、既に元服しているけどローティーンくらいでしょう。
そして『大奥』ではほめていても、これが自分が嫌いな作品でそのように描かれると恐らく叩きまくるのでしょう。
今までがそうでしたから。



飲み物-グラスに注がれたエール
[ 2023/11/15 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

第41回の『どうする家康』武将ジャパンコラムに関するnote記事

では、taketak39460607さんのnote記事について。いつものように、こちらでは武者さんのコラム引用文をダークブルーにしています。そして、数ある指摘の中から一部ピックアップしていますので、すべてご覧になりたい方は、下記URLからどうぞ。それと今回から、タイトルを少し改めています。

大河コラムについて思ふ事~『どうする家康』第41回~
https://note.com/taketak39460607/n/n6ebcb8d18f5c

オープニングからさすがに説明不足ではないでしょうか。
内府って何なのか?
快く思わぬ者がいるのはなぜ?
西の丸に入ることの意味は?
こうした状況を受けて、なぜ家康の暗殺計画まで出てしまうのか?
暗殺を企んだ連中はどういうメンバー構成なのか?

これに関してですが、当然ながら
「一事が万事、歴史系レビュアーを名乗るのなら何故貴方が調べて読者に解説をしないのでしょうか?」
とあります。
そしてまず、『内府(だいふ)』とは左大臣・右大臣に次ぐ太政官職である『内大臣』の唐名であること(慶長の役の頃には既に内府であったこと)が書かれています。

しかる後に北政所(寧々)から実質的な政務を行う権限を得た後、大名との私的縁組を咎められ、その後石田三成を招いて政務を共にしないかと持ち掛けたものの断られ、三成は失脚して、家康が西の丸で政務を執るようになったこと。三成への仕置きに納得が行かない豊臣家臣がこれを快く思わず、暗殺計画に至るという説明がなされています。

尚『看羊録』のこの箇所が引用されています。
「前田利長はひそかに上杉景勝・伊達政宗・佐竹義宣・宇喜多秀家・加藤清正・細川忠興らと家康を殺そうと同盟し越中に帰った。三成が家康にとがめられて近江に退いた時にその謀を知り、家康に書面で告げた。家康は秀頼に挨拶するとかこつけて虚に乗じて大坂城を拠り所とした」

またここでは
「大野治長公は暗殺未遂の罪は認めてもその動機として『治部殿への仕置きに納得がいきませぬ』と毅然とした態度を取っており、家康さまは苛立ち他2人に圧をかけるように畳を指でトントン叩いていました。(因みに兎の習性として足を踏み鳴らして威嚇する事があるそうですが、なんとなくその仕草に兎みを感じます)」
という記述があります。

この兎の「足ダン」でしょうか、タッピングとも言いますが、飼い兎はストレスや意思表示で、野生の兎は天敵がいるのを仲間に知らせるために行うらしい。昔シートンの『動物記』でそういう兎の習性について読んだことがあります。
尚シートンと言えば、『情報7daysニュースキャスター』で熊が人里に出没するニュースで、コメンテーターの三谷幸喜氏が『動物記』に言及していました。小学生の頃に読まれたのでしょうか。

前田玄以をわざわざ「徳善院玄以」と記すあたりも、このドラマの嫌なところでが滲み出てますね。
小手先の技ばかり。

これに関しても、前田玄以の号が『徳善院』であること、天正12(1584)年には民部卿法印に叙され、
「その後徳善院僧正の称号も受けているため『どうする家康』では『徳善院玄以』を名乗っているのだと思います」
とありますね。

武者さん、好きな大河であれば流石だと褒めているのでしょう。
しかし嫌いな大河で、このような表記をされるのは気に入らないのではないかと思います。
これは立膝も同じでしょう。

先週、「阿茶だけ立膝なのが鬱陶しい」と書いたところ、散々突っ込まれました。
(中略)
「ええ、知ってますよ。畳がまだ少なく板敷の時代では、正座ではきついですよね。肖像画や木像も立膝のものはあります。『麒麟がくる』はそれをふまえ身分や性格を問わずに全ての女性がそうしていたのに、このドラマは阿茶局だけがキャラ立ての一環として立膝なのが嫌なのでそう書きましたけど。伝わらなかったんですか?」
というわけで、こんなワタサバじみた阿茶局は嫌いです。

この「阿茶局だけがキャラ立ての一環として立膝が嫌なのでそう書いた」
の部分ですが、こちらのnote記事ではこう指摘されています。
「第40回レビューで貴方は『阿茶局にしても、なぜか一人だけ立膝。ドヤ顔でいつも同じ調子で「私、頭がとてもキレるのw」とアピール感満載で一体なんなのでしょうか。見せ方が本当に幼稚だ。』としか言及していません。
あとづけで『私の嫌いな作品に採用するな』と屁理屈捏ねただけであり、書いていなければ相手には伝わらないのですが」

「キャラ立て」とはこの第40回関連コラムでは書いていませんね。
と言うか、第40回の方で
「なぜ阿茶局だけが立膝をして、他の女性はそうでないのか」
というテーマで、自分なりの考察を述べておけばよかったのかも知れませんが。

無論、他にも立膝をしていた女性たちがいることについても、下記のようにちゃんと書かれています。
「『どうする家康』では立膝をしていたのは瀬名さまや亀姫さんもで21回、長篠城を救うために岡崎城で織田軍を迎える場面で座っています」
これは私も『武将ジャパン』関連投稿で書いています。
それから『和樂web』の『跪坐』(膝と足指の先を床面に着けて尻を踵に乗せる座り方)が紹介されています。身分の低い人が、高位の人の前に出る、あるいは退く時の作法です。

そしてやはりこちらの部分も疑問視されています。七之助さんの記事関連です。

好きな俳優にこんなことを書きたくないけれども、あえて言います。
「父親がこの姿を見たら喜ぶだろうな」なんて呑気におっしゃってますが、考えるべきはあなたのお父様ではなく、視聴者とあなた自身ではないでしょうか?
お父様がどう思うか。そんなもの、ハッキリ言えば二の次のはず。
こんな、おこぼれをもらって嬉しいというような記事が出ることに失望しましたが……
それでも彼はそのおこぼれゆえ、まだ良い扱いです。

まず、七之助さんは『元禄繚乱』で、お父様の中村勘三郎さんと父子役で共演しており、それから約24年が経ち、(松本さんが)主役を務めて、自分は『石田三成』という大役を演じさせていただく。これは神様の巡り会わせで、松本さんは勘三郎さんとも親しく、また尊敬してくれていたので、父も見ていたら喜ぶのではと考えながら撮影に臨んでいたことが説明されています。

そしてその後ではこのように書かれています。
「松本潤さんと七之助さんは同級生で家族ぐるみのお付き合いだったそうですね。
中村屋の大河での出演歴も含め、お父様にも喜んでもらえるよう努めたいのではないでしょうか?
人の内心を勝手に気に入らないと全否定し誘導しようとするのは失礼ではないですか」

自分が嫌いだからという理由で、何でも言っていいというわけではありませんからね。ましてこういうのは直接的ではないにせよ、その人の思いを踏みにじるものでしょう。

そして文春関連の記述です。

大谷吉継が三成に会いにいく場面で干し柿が大きく映ります。
ここは密かに注目しています。
“三成の最期”を描くときに定番である「柿のエピソード」が、松本潤氏の意向により削られた、と文春砲の第一弾で報じられていたのです。
しかし、ここでは干し柿が出されていました。
果たして伏線になっているのか。
それとも、当初は伏線として配置したものの、記事にあった通りに、カットされてしまうのか。

ここでは
『「柿のエピソード」が、松本潤氏の意向により削られた』という記事内容について関係者にウラを取っているのか
まだ放送していない回の事をアレコレ妄想して『文春砲だから事実に違いない!だって文春に書いてあったもん!間違いない!』と中傷する準備をして喜んでいる、すごく野暮だと思う
このように指摘されています。

このまだ放送されていない回のことを、あれこれ想像したがるのも武者さんらしいと思います。
色々想像する分には構わないのですが、それを一部メディアの記事だけを頼りに、しかも報酬を貰っているコラムに書くのは如何なものでしょうか。

また、大久保忠世さん役の小手伸也さんが
「オンの芝居にアドリブを加える場合は、事前に監督と共演者に許可を頂き(方言指導の先生も慌ててやってきて)、本番に臨みます」
と投稿していたことを踏まえ、アドリブと言えども勝手に削除はできない、やるなら相談してスタッフ同意の元でやるでしょうとも書かれています。
ましてアドリブでなく台本通りなら、そのまま放送される可能性は大いにありかと。

それから武者さんの色の表現について。

一方、三成と大谷吉継が黒服コンビになるのは一体何なのでしょう。
こちらは羊羹の精霊みたいに見えます。

ここではこう指摘されています。
「明るい色目の衣装なら『ファンシーなアイスクリームフレーバー色』で『幼稚』、黒い甲冑や陣羽織を着用すれば『羊羹の精霊』、茜色の衣装は『スイカバーの妖精』、貴方は何色を着たなら納得するのでしょうか?
それよりも貴方の色合いの表現がずっと貧相ですが」
武者さん、前にもペールカラーとかパステルカラーなどと書いていたこともありました。アイルクリーム色よりはましかも知れませんが、こういうのはすべて和の色彩であり、それに見合う色を自分で調べてはどうかと思います。

そして確かに色の表現、例えが安っぽいです。これは「今」を殊更に表現する時、やけにトレンドのお菓子や食べ物を引き合いに出すのと似ているなと思います。このコラムでの「今はトゥンカロンと台湾カステラ」などのように。

それから視聴率関連。

人気が出なかったこと。
視聴率が低かったこと。
番組に違和感を感じていた視聴者に向けた言い訳にもできる。
提灯記事連発の大手スポーツ紙に対し、忖度なしに好き勝手書けるのが、雑誌系のメディアです。

こちらの方は、
「『22日放送の第40回までの平均視聴率は11.1%。このままいくと、19年放送の「いだてん〜東京オリムピック噺〜」の8.2%に次ぐワースト2位となること濃厚だ。』とありますが、なぜこの手のネット記事の視聴率はなぜBSや4kでの先行放送、NHK+での無料見逃し配信や録画での後からの視聴の方もいるのに地上波であるNHK総合の世帯視聴率しか考慮に入れないのでしょうか?」
と書かれています。

この第40回ですが、ビデオリサーチサイトで見る限り、総合視聴率は17パーセントで『ブギウギ』、『下剋上球児』に続いて3位です。また平均視聴人数でも第3位にランクインです。

それとこれは、家康が黒田長政に馬を、福島正則に『孔子家語』をあげようとして、取り替える取り替えないの騒ぎになるシーンで、特に武者さん関連ではありませんが、一応書いておきます。

佐和山で蟄居していた石田三成のもとへ大谷刑部がきて、家康絶好調と語るわけですが……。
宴会でノリノリだというのは何事ですか。
他に表現方法はないのですかね。
西の丸の騒音が茶々のもとまで聞こえるほどつつぬけなんですか?

この引用部分に関して、note記事の一部で
「正則公が長政公に「取り替えてやってもよいぞ」と馬との交換を持ち掛け騒ぎになり家康さまが「やめよやめよ」と止める場面もありました。
この二人は日本号呑み取りの件もあり、お互いの兜を交換するなどしていますし、『仲良く喧嘩しな』な間柄なのでしょうか。
正則公が『孔子家語』を交換したがったのは、もともと武働きの人であり、あまり興味がないのかもしれませんね」
とあります。

両者のキャラの違いがわかって面白いなと思います、松寿と市の昔に戻ったような感じでしょうか。そしてこの「仲良く喧嘩しな」、『トムとジェリー』のテーマの一節ですね。ジェリーのいとこのオムツをしている子が好きでした。

飲み物-アイリッシュコーヒー
[ 2023/11/06 00:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第38回に関しての武将ジャパンの記事について-4

第38回に関する『武将ジャパン』大河ドラマコラムその4です。ここから先は例によって持論展開、好きな作品推しに加えて、『どうする家康』関連記事叩きが延々と続きますので、端折ってご紹介します。


次回の予告編で、
「秀頼がお前の子のわけがない!」
と淀殿が秀吉に告げていました。
この言い方ですと「パクリ」と言われても仕方ないかもしれません。
華流ドラマ2011年『宮廷の諍い女』のオチでほぼ同じセリフがあります。

それに似た表現なら沢山ありますし、過去の大河にも似たようなのが確かありました。
『功名が辻』もそうですし、『軍師官兵衛』の茶々も、三成の子であることをほのめかすようなシーンがありましたね。

『パリピ孔明』と『大奥』には感謝しています。
歴史ドラマを見たいという欲求を叶えてくれます。
『大奥』はシーズン1の時点で出来がいいと確認できていましたが、嬉しい誤算だったのが『パリピ孔明』です。
本作、淀殿の中国語にはゲンナリさせられる一方で『パリピ孔明』はディーン・フジオカさんですから、外すわけがない。
◆「パリピ孔明」ディーン・フジオカの劉備&中国語ナレーションにSNS沸く(→link)
しかも、です。あの孔明は、たとえやることが音楽フェスでの対決であっても、いちいち兵法を踏まえているから素晴らしい。

貴方、『あさが来た』と『青天を衝け』で、ディーン・フジオカさんの五代友厚を散々に言っていたと思います。
その一方で好きな作品では「外すわけはない」ですか。
しかも北川景子さん演じる茶々は、別に中国語ナレ担当でもなく、習いたての中国語(この場合明国語でしょうか)を喋ってみせただけです。また彼女は日本人女性であり、中国人女性ではありません。なのに比較する方がおかしくないですか。

声聞情に過ぐるは 君子これを恥ず。『孟子』

「心ある立派な人は、実力以上の空評判を恥じるものである」
いつも諺を引っ張ってくる割に意味が書かれていないのですが、自分で調べろということでしょうか。

やらせレビューとか、「泣ける」連呼提灯記事量産とか。まともな神経の持ち主なら恥ずかしくてやれんだろ。
このドラマにまつわることは、何もかもが恥ずかしくなります。
例えば今週も旺盛な提灯ニュース。
◆【どうする家康】家康と家臣の絆に視聴者涙「殿と家臣団にマジほれた」「泣ける」(→link)
「マジほれた」とか「泣ける」とか、どこまで陳腐なのか。
ジャニーズ性加害問題でメディアの忖度が激しく問われているのに、相変わらず流される提灯記事にはため息しか出ません。

結局ジャニーズを叩きたいからこれですか。
そしてこれ、ネットで「マジほれた」とか「泣ける」とあり、その部分を叩いています。
ところが前出の『パリピ孔明』の記事でも、「SNS上で盛り上がりを見せている」とあるのに、こちらのファンダムについては何も触れませんね。こういうところが、ダブスタだと言われる所以でしょう。

「やらせレビューとか、「泣ける」連呼提灯記事量産」
その裏付けはありますか?
「このドラマにまつわることは、何もかもが恥ずかしくなります」
その「恥ずかしくなるドラマ」と戦っている自分はすごい、それを見せたいのでしょうか武者さんは。
そしてまた「どこまで…なのか」の、如何にも問題提起していますといった構文も相変わらずです。

ジャニーズきっての人気タレントを主役に用いながら、ドラマが洒落にならないほどコケた――そんなことは何があっても許されないとばかりに、ニュースだけではなく、イベントも開かれています。
◆ 小手伸也さん語る大河ドラマ「どうする家康」制作秘話! 大河ドラマの舞台となった小田原でトークイベント(→link)
◆神奈川 小田原 「どうする家康」パブリック・ビューイング 50席(→link)
北条氏政がマザーセナ教徒だという捏造妄想をやらかしながら小田原でイベントを開いたことにも驚きましたが、50席という会場の小ささにも驚きました。ご興味ある方はニュース映像もご覧ください。

これはもう噴飯物と言うべきなのでしょうか。
「北条氏政がマザーセナ教徒」
マザーセナなる、このコラムでしか通用しない、しかもドラマの登場人物を勝手にカルト教祖に仕立てた設定での表現を、批判材料に持ってくるというのにまず驚きです。

そして「会場の小ささ」
これ、小田原市内の地下街の、うめまる広場という場所で行われているようです。地下街であれば、イベントホールと言っても小規模でしょうし、先着順ということから考えて、最初からそう大きな規模のイベントではなかったと考えられます。その代わり、小田原城では来年1月まで大久保忠世ゆかりの展示が行われていますね。

大河ドラマ「どうする家康」パブリックビューイング in 小田原
(小田原市HP)

どうもこちら↓と比較したいようですが、会場の規模やイベントのあり方が違うのだから当然です。

◆ 松本潤さん 大河「どうする家康」初回放送前にトークショー(→link)
静岡市・岡崎市・浜松市で3,000人でした。
3,000→50人って、もう軍団崩壊じゃないですか。桶狭間あとの今川、長篠の戦いのあとの武田よりもはるかに酷い。

そしてやれ『大奥』はどうだ、『らんまん』はどうだ。
私はこの2つを観ていないし、ドラマそのものにも口出ししようとは思いません。ただ先日TVをつけた時、たまたま『大奥』をやっていました。2023年の最初の回を観た時(ちゃんと観たのはこの時だけですが)にも感じたことですが、あまり私に向かないなとは思いました。
それはともかく、ここまで叩き棒としていることで、この両作品に対するイメージが悪くなっています。マイナスイメージになることを考えていないのでしょうか。
それとも武者さんはこの2つが本当は好きではなく、『どうする家康』に対抗させるためだけに褒めているのでしょうか。何だかそうも感じられます。

それに引き換え『どうする家康』の体たらくときたら……。
どれだけ不人気でも、今はもう、とりあえずニュースを取り上げ、必死に誤魔化そうとしているとしか思えません。
もう今年の大河は終わった――。
肌でそう感じてしまうほど酷い状況になっているのに、SNSに目を向ければ、一部のファンたちが「批判する者は許さん! 異端者だ!」と言わんばかりの激烈さを見せている。
本当に今年は何なのでしょう。
大河は、来年以降も続きます。
今年はもう諦めるにせよ、将来に禍根を残すのだけはやめてほしいと願うばかりです。

「それに引き換え~と来たら」
この表現も、何となく陳腐だなと思いますね。
「もう今年の大河は終わった――」
ならばそう思っていればいいではありませんか。何度も言うようですが、その代わりこのコラムもなしですが。

SNSに目を向ければ、一部のファンたちが「批判する者は許さん! 異端者だ!」と言わんばかりの激烈さを見せている
武者さんが書いているこのコラムも、似たようなものだと思います。
「(『どうする家康』を)好意的に見る者は許さん! 異端者だ!」
となるわけですね。実際好きな作品を批判された時の武者さんの反応はこれに近いのでは。

「本当に今年は何なのでしょう。
大河は、来年以降も続きます。
今年はもう諦めるにせよ、将来に禍根を残すのだけはやめてほしいと願うばかりです」

このコラムでも何度も書いていることですが(これは、如何に武者さんが同じことばかり書いているかということでもありますが)、武者さんがそう考えているだけの話です。
あと「何なのでしょう」て、具体的にどうであるか書いて貰えませんか。武者さんのは毎度そうですが、何らはっきりした実例を示さず、はぐらかすような言い方が非常に多いのですが。
仰るように今年はもう諦めて、このコラムを書くのも諦めてください。
無論これを「禍根」と思わない視聴者もいます。

そしてまた『パリピ孔明』がどうのこうの。
大河関連コラムで、なぜここまでジャンルが違うドラマについて、延々と書くのでしょうね。
こう言っては何ですが、場合によってはステマと受け取られかねないと思います。
ちなみにステマと言えば、今月から景品表示法違反となっていますね。ちょっと関連リンクを置いておきます。

ステルスマーケティング 景品表示法で禁止の不当表示に指定 10月1日から規制対象
(NHK首都圏ナビ)

『パリピ孔明』のおかげで個人的にはノリノリ絶好調!
しかし、孔明のように兵法を用いて物事を語ろうとすると、人間関係に支障をきたします。
よほどの理解者でなければ、うざいだのキモいだの遠ざけられ、人間関係はどんどんミニマムになっていく……悲しいことですが、乱世ならばそれも致し方なし!
そんなワケで、孔明のごとく兵法で世の中を見ていきましょう。

借屍還魂――屍を借りて魂を還す。
兵法三十六計の第十四計にあたります。

だからどういう意味ですか。
それを少しも書かないのですね。
要は「すでに亡くなっている、あるいは気に留められていない存在を大義名分とし、自らの目的を達成する」です。

徳川家康の屍を振りかざし、自分たちの「承認欲求」と「自己実現」を取り戻す――それが『どうする家康』の計略でしょう。
今年の大河ドラマは話題性だけを考えている。
徳川家康の屍は利用されているだけ。
『鎌倉殿の13人』のように真っ当な大河ドラマは、北条義時以下、役者の生身を用いて歴史上の人物を甦らせることができます。
しかし今年の家康は屍のまま利用されている。
歴史はそのアリバイに過ぎない。
それが『どうする家康』です。

「今年の大河ドラマは話題性だけを考えている」
それだけで大河は作れないと思いますね。
そして今度は『鎌倉殿』を叩き棒ですか、
何だかんだ言ったところで、単に武者さんの主観、もっと言えば
「『どうする家康』は嫌いだから、真っ当な大河でない方がいい」
といった、個人的願望にしか見えないのですが。
大体「屍のまま利用されている」て、具体的にどのようなシーンがそれに該当するのですか?

それから古沢氏叩き。

彼は「歴史は勝者が語るもの」だから信頼できないとし、「そんなことよりも自分のフィーリング重視だ!バラフライエフェクトだ!」とかなんとか言い出し、「せっかくなら悪女否定から、もっと話をデカくしよう!」と思いついてしまった。
◆脚本家・古沢良太が『レジェバタ』に込めた想い「歴史に残らず、人知れず消えていく蝶の羽ばたきこそを描きたい」(→link)

バラフライエフェクトて何ですか?バタフライエフェクトですか。
『JIN-仁-』にも出て来ますよね。
また古沢氏は「フィーリング重視だ」などと言っていませんよ。
「僕はそもそもいま残っている歴史はフィクションだと思っているところがあります。いま残っている歴史は、勝者が都合のいいように語り継いだものですから、どう解釈しても自由だと思っているんです」
と言ってはいますが。

だから、兵站を無視した空撃ち数年だの。
北条氏政が「関東の隅っこで、侵さず侵されずに引きこもっていただけ」なんていうマヌケで基礎知識が欠落したプロットが通ってしまう。

武者さん、空撃ちは兵站が理由ではなく、火薬が高いからこんなことをするのは馬鹿げていると書いていませんでしたっけ。あと氏政は、秀吉と距離を置いて関東を支配したがってもいたようで、この引きこもっていたいにも、それなりの理由はありそうです。

それでも本作は止まりません。
承認欲求。
自己実現。
史実なんてものはその遥か下にあるちっぽけなものに過ぎないのでしょう。
なんせNHKの公式メディアから、こんな自己承認欲求にまみれた記事を出すほどなのです。
◆大河ドラマ「どうする家康」は「平清盛」のリベンジ作!? 初回放送で見えた!今後の注目ポイントはココだ!(→link)

自己承認欲求(承認欲求だけでもいいかと思います)ですか。ステラとしては新大河のPRとして至極まっとうな記事を書いていると思います。
言っては何ですが、承認欲求は武者さんの方ではないかと。

で、この部分が引用されており、

大森南朋演じる酒井忠次の海老すくいの3連発とか、ラストシーンで家臣たちに「どうする!」を連呼されるシーンなどはこれまでの大河ドラマにはなかった演出だった。
磯CPの意気込みが、そんなところからも伝わってくる。

意気込みが「酒井忠次の海老すくいの3連発」って……一体何をどうすればそんなことになりますかね。
求められるのは良い作品を作る気概であって「リベンジだ!」などという個人的な願望ではありません。

実際『海老すくい』はこの地に伝わっているもので、そこに目をつけているのは面白いと思います。
あと磯CPは別にリベンジだなんて言っていませんね。
そしてこの引用部分の前に

先にも書いたように、これから家康の人生は戦いの連続で、近しい人もどんどん死んでいく。去年の「鎌倉殿の13人」も辛い回が続いたが、今作もそこは負けず劣らず。その辺りは、古沢さんの脚本が小気味よく展開していて、ところどころにコメディー要素を挟み込んでいるので心配は無用か。

とありますが、この『鎌倉殿』関連の箇所は無視のようですね。

またいつもの武者さんの口癖というべきでしょうか

公共放送にあるまじき認識。
これでよく歴史を扱おうなどと思ったものです。

一体「何が」公共放送にあるまじき認識で、なぜ「歴史を扱おうなどと思っ」てはいけないのでしょうか?

と、思ったら、ノベライズ担当者が明かしていますね。これはもう歴史の二次創作だと。
◆大河ドラマ『どうする家康』が若者世代を繋ぎ止める?ドラマ評論家・木俣冬が教えるNHKの仕掛け「二次創作化の世界に入ってきている」(→link)
まぁ、ノベライズ担当者の見解がどれだけ当てになるか、なんてわかりませんよね。

これ週刊女性プライムの3月の記事なのですけど。
そして記事中にこうあります。

「家康の側室選びに、まるまる1話を使った回ですね。私も台本読んだとき驚きました(笑)。側室として選ばれたお葉が、実は男性を愛せない人だった、と。ジェンダーレスについてNHKさんも、いろいろ考えていますよ、という意思表示なのでしょうか(笑)」

こういうのも、好きな大河なら流石だとほめそやすのでしょうね。

あと

誰が何と言おうが、最低は最低では?
◆史上最低だけど最高だったNHKの大河ドラマ「いだてん」に金メダルを贈りたい(→link)

とあります。
私も『いだてん』は6回しか観ていないのでノーコメントですが、もちろん好きで見ていた人もいるでしょう。
如何にも嫌いな大河だけ世帯視聴率で判断したがる武者さんらしいです。
これを貼っておきますか。


FireShot Capture 267 - 鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第45回「八幡宮の階段」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) 視聴率関連

ではなぜ日本では、未だ古めかしい基準に頼っているのか?
メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ。
もう一つ、視聴者数と視聴回数が公表されていないことも確かですが、例えば大河についてNHK側が把握していないわけがありません。
(中略)
例えばNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』は、視聴率は低いものの、NHKプラスの視聴回数がかなり高かったため、NHKとしては成功とされているようです。
『鎌倉殿の13人』も、視聴回数は公開されておりませんが、かなり高いとか。

ここでいう「古めかしい基準」とは(世帯)視聴率のことですが、嫌いな大河だと、その古めかしい基準をこれも叩き棒にして、作品を引っぱたく。本当にダブスタですね。


飲み物-ボトルとコルクとワイン
[ 2023/10/14 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第34回に関しての武将ジャパンの記事について-4

第34回の『武将ジャパン』大河コラムその4です。


前回、寧々が秀吉の横にいて、数正に説明セリフを吐く場面がありました。
今週はレーシックお愛が怪しい草を持ち込む場面もありました。
ああいう女性の発言場面はありなのかどうか?
戦国時代の女性は、江戸時代に低下した女性の発言権とは異なり、情勢を左右していたとはされます。
とはいえ、男女が別れているという建前があったのが戦国時代でしょう。

また「説明セリフ」。嫌いなドラマのセリフはすべて説明セリフのようですね。「説明」の要素がある程度入らないと、ドラマは成り立って行かないかとも思いますが。
この時の寧々はまず夫を牽制し、そして自己紹介をしたうえで夫をフォローし、数正の妻への贈り物を渡しています。妻としてごく自然な態度であるかと思いますが。

それと「レーシックお愛の怪しい草」
本当にこの書き方どうかと思いますね。於愛は評定中であることを敢えて承知で入って来て、戦無き世は他の人でもできるのではないかと言い、後を引き取る形で忠次が、数正の思いを伝えようとしています。
尚於愛は押し花を見つけた時、明らかに視力がよくない人だなと思われる物の見方をしており、この意味で「レーシック」呼ばわりするのは正しくありません。

さらにその後

女性が仲介役になって物事が動くことはありますが、そうはいっても、男のいる場で正面突破するのではなく、書状を用いたり、侍女に言伝をしたり。
おもてなしやら何やらで話す機会を設け、そっと意図を伝えるといったやり方が自然なアプローチです。

とありますが、ならば『麒麟がくる』の駒は何であったのかと、正直思わなくもありません。
その後最上義光の妹の義姫(お東の方)についてあれこれ書かれていますが、ここでは省きます。
そしてまた逆張り。

このドラマは逆張りが好きだから、そういう描き方が嫌なんですかね?
それともただの認識不足でしょうか。歴史は、城や武将に詳しければよいだけではなく、こういう思考のあり方やジェンダー観も重要ですよね。

こういうジェンダー観、武者さんがあまり好きではなさそうに思うのですが…。ならば瀬名が築山に今川氏真夫妻や穴山梅雪、千代らを呼び寄せて戦無き世の相談をしたのも、見方によっては
「男のいる場で正面突破するのではなく」
「おもてなしやら何やらで話す機会を設け、そっと意図を伝える」
に他ならないかと思いますが、武者さんにはあれがカルトにしか見えていないのですね。
まあこれも「好きな大河」ならよしとするのでしょう、この人の場合、結局はそれですから。

『鎌倉殿の13人』の北条政子は、そういう使い分けができていました。
頼朝から政治に口を出すなと言われているけれども、彼女なりのやり方で御家人たちの緩衝材になろうと努めます。
彼女が不満を聞いて、慰めているとわかります。プライベートで団欒を楽しむような場面でも、政子は人をなだめつつ、助言し、状況の把握につとめていました。
だからこそ坂東武者たちは「御台は素晴らしい、信頼できる」と語り合っていた。

その政子も、義時から理想論を言うなと諫められていたことがありましたし、御家人たちの働きがあったからこそ、彼女が尼将軍として表舞台に立てたと言えるのではないでしょうか。

それがこのドラマの女ときたら、お菓子、コスメ、男の話ばかりではしゃぐのが大好き。
そうかと思えば、唐突に瀬名と千代がカルト構想を持ち上げるとか、要はジェンダー観が昭和なんですよね。

ひとつ思うのですが、武者さんは言葉遣いからして女性と思われます。
今まであまり面識のない女性同士が話をする時、どのような話題から入って行くでしょうか。その当時のことですから、今のようなエンタメもなく、どこかに行くにしても制約があります。

たとえば瀬名と於愛のように『源氏物語』、あるいは和歌などから共通の話題を見つけるということもあるでしょう。しかし一般的には、化粧品の話、あるいは自分の夫の話などを、お菓子を食べつつ話すのが女性の社交であるとも言えるでしょう。実際『真田丸』でも、寧(寧々、北政所)、茶々そして阿茶局がお菓子を食べていましたね。

真田丸女性たちの打掛
『真田丸』録画より

その後今度は昭和の専業主婦とオカルトの接点についてどうこう。
そんなにカルト認定したいのなら、別のコラムでやってください。武者さんは大河コラムを書いているつもりなのかも知れませんが、関係のない話が多すぎです。しかもその話を叩き棒にしているし。

武衛=『鎌倉殿の13人』のファンのみなさん、お元気ですか?
朝ドラ『らんまん』は、武衛好みの俳優を揃えています。
例えば実衣役の宮澤エマさんが活躍中ですし、ラスト一ヶ月では畠山重忠を演じた中川大志さん、江間次郎を演じた芹沢興人さんが出演します。
鎌倉もとい、いざ、らんまん! 是非ともご覧ください。
◆「らんまん」中川大志 4年ぶり朝ドラ出演!神木隆之介と共演「断る理由ありません」図鑑発行のキーマン(→link)

貴方、『らんまん』のPRをしたいのなら、noteの方でやっては如何ですか?朝ドラはあちらでやっていますよね?場違いだと思います。
朝ドラに他意は抱いてなくても、こういうのをわざわざ出してくること自体、このコラムに真剣に向き合っていないなと思います。ならばもうやめて貰いたいです。

「ネット」+「なんとか」は終わった
視聴率ではワースト2位の惨敗に終わることが有力で、もはや敗戦処理感のある本作。
となると定番の「ゴマカシ」が跳梁跋扈します。
「ネットでは」という言葉であり、いかにも「わかる人にはわかるんだ」とでも言いたげな主張ですね。
例えば以下の記事がそうでしょう。
◆ 大河ドラマ『どうする家康』が若者世代を繋ぎ止める?ドラマ評論家・木俣冬が教えるNHKの仕掛け「二次創作化の世界に入ってきている」(→link)
◆佐藤浩市「どうする家康」に圧巻の初登場 真田昌幸の“ニンマリ”クセモノ感にネット沸く(→link)

武者さんが好きな『鎌倉殿の13人』もネットではの記事は多かったのですが。
そして何度も言うようですが、昨年あれだけ書いていた
「NHKプラスの再生回数も多いようです」
が、今年は鳴りを潜めているのはなぜですか?
U-NEXTのオンデマンドについて書いてもいいのでは?
結局こういうのを書くと、自分に取って都合が悪いから、そのようにしか思えませんね。そして武者さん、木俣冬さんお嫌いですね。

それからこの間、若い世代が観ているという分析があっても、当てにならない、動画再生でもしているのだろうといったことが書かれていましたが、その動画再生がNHKプラスの可能性もあるかも知れませんよ。
それと2022年9月第1週の大河世帯視聴率は11.9パーセント、今年は(つまり第34回)11.6パーセント、0.3パーセントしか違いません。

そしてツイッター(X)のネットの声観測は古いだのなんだの。で、こういう記事のリンクを載せています。

◆「Twitterは距離感バグったおじさんだらけ」Z世代はインスタで社会問題を発信(→link)
若者世代の声を「Xなんかで拾うなよw」ということですね。
記事の骨格やタイトルにする土台がすでに崩れている。
ハッシュタグを底視聴率の逃げ道にしていた『平清盛』や『いだてん』の時代とはもう違います。
距離感のバグもわかる気はします。

ならば武者さんも嫌いなツイッターを止めて、インスタでやってみてはどうかと思いますが。
そして
「ハッシュタグを底視聴率の逃げ道にしていた『平清盛』や『いだてん』の時代とはもう違います」
「底」ではなく「低」視聴率だと思われますが、それはさておき。要はハッシュタグをつけて皆が盛り上がるファンダムが嫌いなのだということでしょうから、そう書けばいいのにと思います。
でも『いだてん』は最初は褒めていましたよね?

こちらの記事を読んでいて、色々と腑に落ちました。
◆ジャニーズ擁護を頑張る人々:ロマン優光連載255(→link)

よくわからないのですが、「実話文化オンライン」なるサイトのようです。
そしてまたここでジャニーズがどうのこうの。

で、

『どうする家康』はジャニーズ主演ドラマです。
応援しているアカウントは紫色のハートマークを使うことも多い。主演のファンを示すものだと言います。
そしてファンであるからには、作品を褒めるのは自然なことかもしれません。
私はむしろ「こんないい役者にダメな台本を渡すな!」とイライラするタイプですが、そうでない人の方が多いでしょう。「動く推しが見られればいいんだよ」という心理ですね。
問題は、そういうファン層に迎合しつつ、歴史知識を披露して、主演をやたらと褒めそやし、批判者を叩いてスッキリしている層かもしれません。

「こんないい役者にダメな台本を渡すな!」
何を持ってダメな台本と言い切れるのでしょうね。
ならば、武者さんが自分で台本を書いてみて、視聴者の反応を見ては如何でしょうか。そう生易しい世界ではないと思いますが。

そして
「問題は、そういうファン層に迎合しつつ、歴史知識を披露して、主演をやたらと褒めそやし、批判者を叩いてスッキリしている層かもしれません」
実はこの後にこうあります。

『どうする家康』は、ダメな歴史学あるある現象も起こしているので気をつけた方が良いと思います。
たとえば「森蘭丸」を「森乱」と表記した。
その一点突破でもって新説採用だとはしゃぎ、ドラマがおかしいと批判する層に対してマウント取ったりする。
しかし、森蘭丸についてはもっと深く考える必要性があるのでは?
「ラン」という音になぜ「蘭」があてられるのか?
花のような美少年であって欲しいという願望ゆえじゃないか。そういう歴史と伝承、文学を読み解くのも大事な要素のはずです。

何だかなあ…こうなるともう平山優氏叩きですね。
先日投稿分でも、制作や出演者の人々に失礼なことを書いていると私は指摘しましたが、考証の人に対してもかなり失礼な態度を取っていると見て差支えないかと。
たとえば『信長公記』などは「森乱」ですし、『近江蒲生郡志』なども「森乱」とか「森乱丸」などと記載されています。しかもこういうのを見る限り、特に信長の色小姓だったなどという記載もありません。
「そういう歴史と伝承、文学を読み解くのも大事な要素のはずです」とありますが、それを持って一次史料を否定していいものではありません。
ならば「蘭丸」とはっきりわかる史料を武者さん自身が提示してください。

で、
「新説はアリバイやマウントの道具ではありません」
武者さんに言ってほしくありませんね。

たとえば今回の感想で、私は給湯室のOLじみた描写は差別的だから不愉快だということを書きました。
それを読んで一定数、こう思う人がいることも予想できます。
「フェミニストみたいなこと言いやがってw」
それはそうです。私は北村紗衣氏の著書でフェミニズム批評を学んでいるところでもありますので、全くもってその通りとしか言いようがない。

夫と離縁させられて、人質となった女性が、その当時なかなか手に入らないような南蛮菓子や白粉を、輿入れ先の女性たちに勧め、無理やりにでも明るく振舞おうとしているのと、「給湯室のOL」と同一視するべきでしょうか。単にこのシーンが気に入らない、あるいは『どうする家康』が嫌いだから、そのように見たがっているようにしか思えません。

ただ、それが気に入らぬ人は一定数いて、そういう方たちがどんな行動に出るか?というと、たとえば私が評価している『麒麟がくる』を貶めようとします。
「こいつは寧々だの愛をケチつけているけど、駒ちゃんが義昭と喋っていたのは無視かよw タブスタかよw」という具合ですね。
こういうことを書き込んでしまう方は、ある傾向があります。女性差別、ミソジニーです。
駒は、明国由来の医学知識を身につけた将軍の侍医です。義昭と二人きりの場面はあくまで私的な場であり、他の男性が混ざっている公式の場ではありません。

好きですね、決めつけたがりますね、ミソジニー。それを言うなら、「私が評価している『どうする家康』を、この人は貶めようとしている」という見方をする人がいてもおかしくないでしょう。
私も駒については、この投稿の上の方で書いています。寧々や於愛にああ言って、駒は不問に付すのは不自然です。「将軍の侍医」であると主張するなら、どこでどのようにしてそうなったのか、その経緯をここできちんと説明してほしいですね。あれではどう見ても側女か、あるいは秘書的役割にしか見えません。
それに本来将軍の侍医であれば、法院とか法眼などの称号を持っているものかとは思いますし、当時の女性はそれが無理であったとしても、もう少し将軍家に於いて、女性が医師であることのしがらみ、人間関係などが描かれてしかるべきだったかと思われます。

それに侍医ということが重要。東洋の「上医」は天下を診るとされた。
病人の絶対数を減らすには、社会基盤を頑丈にすることが効果的です。
医者ならばインフラ整備や貧困層の実態を実地で学んでいる。その観点からアドバイスができると考えられていたのです。
将軍が侍医に、世の中をより良くするにはどうすればよいのか尋ねても、全く問題はありません。

しかしそれは政の分野であり、特に侍医に相談するべきことなのか少々疑問ではあります。

そして、昭和平成レトロおじさんあるあるとして自分より経験豊富で賢い女性でもちゃんづけ、社長の親族女性相手にはそんなことはしない、そういうそういうレトロなミソジニーに骨の髄まで浸かった人というのは、自己の主張を正当化するものに飢えています、なのだそうで。

ミソジニーに合致するものを見ると、たとえくだらないものでもむしゃぶりつきます。
『どうする家康』って、そういうミソジニーには迎合するんですよね。そういう層に媚びてもこの先道はないでしょうに。

武者さんは否定するのでしょうが、『どうする家康』のメインの視聴層は若い世代だという分析があります。というか、自分が嫌いな作品は、何でもかんでも自分が嫌いなレトロおじさんが好きに決まっている、そう思いたくて仕方がないのでしょうね。

そしてこの後もまたジャニーズ云々。結局社長が交代し、今後是正する方針となるのでしょう。私は特にジャニーズのファンというわけではありませんが、こういう時にタレントや俳優のみが矢面に立たされ、またマスコミが過熱気味に騒ぐのは疑問です。

李下に冠を正さず
瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず。陸機『君子行』
瓜畑では靴が脱げても履き直さない、季の木下では冠を直さない。世間の人から怪しまれるようなことをするなってコト。

この間の桃李成蹊の続きなのか、今回はスモモが出て来ないのにこの諺ですね。ジャニーズ問題を皮肉っているのでしょうが。

しかしそもそも武者さんは、ジャニーズ事務所の前社長の人道的問題を叩くと言うより、『どうする家康』で、ジャニーズ所属俳優を叩きたいから、渡りに舟といった具合で叩いているようにしか見えません。それを言うのであれば、『麒麟がくる』の風間俊介さん、井上瑞樹さん、そして『鎌倉殿の13人』の生田斗真さんにも言及してしかるべきと思います。
尚私は、この3人の俳優さんもしくはタレントさんは特別ファンというわけではありませんが、別に嫌いではありません。

おまえら、いけしゃあしゃあといいかげんにしろ!
そうお怒りであれば、意見は「◆NHK みなさまの声(→link)」に送りましょう。
『漢書枚乗伝』にあるように、雨垂れ石を穿つ、と申します。

「おまえら、いけしゃあしゃあといいかげんにしろ!」
同じことを、武者さんに対して送りたくなってしまいます。おまえらじゃなくておまえですか、この場合。このコラムをNHKの関係者がご存知であれば、そのように思っているでしょう。
そして平山氏も呆れておられましたね。

では「雨垂れ石を穿つ」ですから、ささやかであったとしても、支持する旨のメールを送るとしましょう。尤もこの次は日本とチリの試合で、久々の「信長公」登場ですが。


飲み物-ブロンドのエール

[ 2023/09/09 03:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第32回に関しての武将ジャパンの記事について-4

『武将ジャパン』大河コラムについてその4です。尚taketak39460607さんのnote関連は、次の次になることをお断りしておきます。


義元に学び、信長に鍛えられ、信玄の兵法を習得する――前半はそういう流れだったとドラマ内で歴史修正が行われました。
いつ、そんな学びや鍛錬があったでしょう?
側室オーディションをして、蒸し風呂で侍女に迫られ、ついにはマザーセナの妄想にラリラリトリップしていたではありませんか。
戦場では「いやじゃーいやじゃー」とピエピエ泣き叫ぶ。
何をもってして学びといい、鍛えられていたのか。
結局、本人の申告であれば、見ている方はそれを呑み込めということなのでしょう。
作り手があの情けない姿を「気弱なプリンス」だと認識しているあたりからして、まったくもって意味がわかりません。

「歴史修正が行われました」
歴史修正でも何でもなく、最初から観ていたらわかることです。

家康は王道を今川義元から学び、非情さを織田信長から学び、
「戦は勝ってから始めるもの」
を、武田信玄から学んでいます。
それを見逃しているのでしょうか。いやそもそもきちんと観ていないのでしょうか。
そして「戦は勝ってから」云々、『孫子』由来のはずですが、武者さんがそれに何も触れようとしないのはなぜなのか、知りたいところです。

しかし
「側室オーディションをして、蒸し風呂で侍女に迫られ、ついにはマザーセナの妄想にラリラリトリップしていたではありませんか」
今更ですが、すごい表現ですね。好きな大河では絶対に出て来ないでしょうね。

例えば主演の方はそろそろ40代に入ります。
いくら美形だろうと、不惑を過ぎたらシリアスか、ダークな演技ができなければ埋没するだけ。
『麒麟がくる』の長谷川博己さん、『鎌倉殿の13人』の小栗旬さんなどは、そのステップを大河で駆け上がってゆきました。よいドラマには背中を押す力があります。

まず「主演の方」、松本潤さんとちゃんと書きましょう。
で松本さんが
「不惑を過ぎたらシリアスか、ダークな演技ができなければ埋没するだけ」
なのだそうですが、この手の演技ができないと決めつけているのもどうかと思います。
そしてまた例によって、好きな大河の主役なら
「そのステップを大河で駆け上がってゆきました。よいドラマには背中を押す力があります」
なのだそうです。別に武者さんが好きな大河のみに限った話ではなく、座長として1年間大河の主役を任されたら、どんな俳優さんでも一応は成長するものだと思いますが。

真田昌幸は家康より4歳下。劇中では、まだ不惑前の壮年期です。
それなのにこの貫禄は何ごとか?
と、思ったら役者の親ネタですか。
◆真田昌幸役・佐藤浩市さんの扮装写真公開にオールドファンが涙する理由【どうする家康満喫リポート】秘話発信編(→link)

で、1981年に佐藤さんの父三國連太郎さんが、大型時代劇『関ケ原』で扮した本多正信にそっくりとあるのですが、

いやいやいや、1981年って、もはや40年以上も前のことですよ。
そんな古いことを覚えている層だけに取り入ってどうするつもりなのか。
って、まぁ、仕方ないですね……。
今年はもうドラマとして終わっている。だとすれば、こんな風に
「あれは佐藤浩市さんの父である三國連太郎に似せているんですよw 歴史ファンならそのくらい常識でしょw」
周囲にマウントするぐらいしか役割がないのでは?

実際より老けさせているのは、『真田丸』の昌幸でも同じでしょう。
また真田昌幸ではありませんが、『龍馬伝』の山内容堂公、近藤正臣さんが演じた白髪の殿様は、実際はあの時30代です。

そしてこの出典元のサライ、私も過去に引用したことがありますが、主に年配の人が対象なので、このような書き方にもなるでしょう。

毎回衣装にダメ出ししていて、我ながら疲れますが……。
秀吉の陣羽織が、どうしてもカーペットのように見えてしまう。
実は以前も似たようなことがありました。
『花燃ゆ』で、ヒロインの美和が鹿鳴館舞踏会にあわせて仕立てたドレスが、カーテンに見えたのです。
あのときは『八重の桜』で大山捨松が着用したドレスを着回した、津田梅子の方がよいとしみじみと思いました。

前にも書いていますが、秀吉の陣羽織は絨毯がもとになっています。
『花燃ゆ』の美和のドレスは確かにカーテン、私には緞帳のように見えましたが、私が気になったのはその点ではありません。
武者さんは「ヒロインの美和が鹿鳴館舞踏会にあわせて仕立てたドレス」と書いています。
しかしあれは美和が仕えていた銀姫のおさがりであり、美和自身がオーダーしたわけではありません。そしてあの手のドレスは、その人の体型に合わせて仕立てないと、なかなかフィットしないと思われますが、美和は特に直したようでもないのに、あのドレスがぴったりしていた。寧ろ不思議なのはその点でした。

そして津田梅子にしても、『八重の桜』のドレスを着ているからいいと褒めているのではないか、そのような気もして来ます。

まっとうな衣装デザイナーはいないのか……。
と、思ったらいました!大河ではおなじみの黒澤和子さんが映画『リボルバー・リリー』を手掛けております。
◆映画『リボルバー・リリー』綾瀬はるかが身にまとう衣裳は黒澤和子率いるデザインチームが担当(→link)
『八重の桜』の八重と尚之助を演じた綾瀬はるかさんと長谷川博己さんが出るなんて、これまた素晴らしい。

綾瀬さんと長谷川さんがそんなに好きなら、『いだてん』と『まんぷく』ももう少し評価してあげてはどうですか?
ちなみに黒澤さんは幕末物の衣装ならいいと思います。

『八重の桜』の評価点として、川崎尚之助の汚名を晴らしたこともあげられます。
(中略)
新説を無意味に取り入れればよいのではなく、そこまでしてこそ良い大河。
『どうする家康』では「森蘭丸でなくて森乱です!」なんて大仰にいうものだから、さぞかし暴れるのかと思ったら、気がつけば消えていましたからね。
アリバイとして新説を取り入れたなんて言われても意味がありません。

どの大河でも、新説を無意味に採り入れることなどそうないかと思います。
そして『森乱』は何度も書きますが、史料に準拠してのものです。
どこがアリバイなのでしょう。
平山優氏を敵視したいがために言っているようにしか見えませんが。そして名前が「乱」なのと、暴れるシーンが出て来るのはまた別でしょう。お兄さんの鬼武蔵の方が暴れています。

ムロツヨシさんは「自分は好かれない」と語っております。
◆「どうする家康」ムロツヨシ怪演がネット話題“大河史上最恐”秀吉の魅力は「野心」「好かれないピエロ」(→link)
あの秀吉なら仕方ない……とは思いますが、では、誰が好かれているのか?
去年の和田義盛や畠山重忠、あるいは上総広常なんて、主役を食う勢いで支持されていました。
他にも挙げたらキリがないですが、では今年は?
ムロツヨシさんが心配せずとも、誰も好かれていないように見受けます。
立ち位置的に石川数正の人気が高いようにも思えますが、どちらかというと「グルメの人だ♪」という印象から来ているようにも見えるし……。
もはやドラマに出番があることそのものが呪い。
「あの武将は出て欲しくない」というリストを私は脳内に作りました。

ここで注目されるべきは、ムロさん自身の発言です。
武者さんの書き方だと、如何にも周囲から嫌われて人気がないように見えますが、実はさにあらずです。
ここでムロさんは
「カッコいいですけど、その道化っぷりはあまり皆から好かれないピエロで…それがまた面白いなと思っています」
と話しており、つまるところ、本人がそれを楽しみながら演じているわけですね。なお、岡田准一さんも同じようなことを言っており、ドラマにおけるその特異なキャラが評価されているわけで、誉め言葉と受け取るべきでしょう。

「立ち位置的に石川数正の人気が高いようにも思えますが、どちらかというと「グルメの人だ♪」という印象から来ているようにも見えるし……」
その裏付けを見せてください。

「もはやドラマに出番があることそのものが呪い。
「あの武将は出て欲しくない」というリストを私は脳内に作りました」
武者さんがどのように考えようが自由ですが、自分の思い通りに行かなかったからと言って、このコラムでそれを愚痴るのはやめた方がいいと思います。

時間帯が近い民放ドラマの勢いと比べると一層際立つ。
◆ 【VIVANT】第5話視聴率14・2%で番組最高更新!「テント」のリーダー判明、前回から0・8P増(→link)
もはや絶望的な状況です。

それを言うなら、2013年の『半沢直樹』と『八重の桜』、2017年の『陸王』と『おんな城主 直虎』、いずれも日曜劇場の方が高視聴率でした。第一、同じ日に何度も放送があり、土曜日に再放送がある大河と、放送は1回のみの1クールの日曜劇場とを比較するべきなのでしょうか。

そして大河は駄目だと決めつけ、華流時代劇のPR。

イケメンとイケメン同士を描く時代劇――。
『どうする家康』がやろうとして全くできなかったことを達成した華流時代劇『陳情令』が、ついに地上波に登場です。

ということで、やけにこのシリーズのPRをしまくっています。このコラムへの報酬は、この華流時代劇のPRへの報酬ではないのか、そのように思われてしまいます。

それからこのデイリー新潮の記事ですが、

◆ 【どうする家康】存在感のない家康、所作も作法も軽んじられ…岩盤支持層に不人気な原因は多数あった(→link)

逆に今年の場合、大河の岩盤支持層以外の層に受け入れられているようです。これは鈴木祐司氏が分析しています。
あと所作作法というのは、家康が信雄を呼び捨てにしたシーンのことですね。
それとヤフコメの意見についても書かれていますが、あそこは、どの大河でも厳しいコメントが載るので有名です。実際見たことがありますが、今年に限った話ではありません。

今年の大河を庇う人は過去の大河とばかり比べています。
VOD全盛期のいま考えるべきことはそんな狭い視野ではなく、他国の歴史劇、特に東洋史とライバル関係になったと認識を改めねばなりません。

「過去の大河とどの点を、どのように比べているのか」
それがないから説得力に欠けてしまうのですが。

でまた『陳情令』関連の記述が続き、

大河ドラマは、なぜ特別なものとして存続してきたか?
今は19世紀を迎えた徳川幕府のようなものです。
破綻しつつあるし、満足しているわけでもない。しかし、それ以外にどんな支配者がいるのか、知識がないからわからない。
それが今までの、VODがない2010年あたりまでの大河でした。
状況は激変しました。
黒船来航後の世界です。
筆もまともに持てない役者の時代劇なんて、淘汰されて終わってしまう。

それまでも大河は、たとえば近代三部作や90年代前半の放送フォーマット変更などでうまく行かず、元に戻しており、その状態が今まで続いて来ています。今後しばらくはこのフォーマット、そして幕末までを重視する姿勢で行くでしょう。
そして何かとVODを強調していますが、そのVODで大河を観ている人もいるわけで、この両者は対立概念ではないと思います。

そして
「筆もまともに持てない役者の時代劇なんて、淘汰されて終わってしまう」
これを言いたくてたまらないのでしょうか。家康も秀吉も、筆の持ち方はおかしくありません。

もはや一刻の猶予もない状況を迎えています。
(中略)
国家昏乱して、忠臣有り。『老子』
ファンダムが乱れてくると、“信者”が悪目立ちようになる。

武者さんは一刻の猶予もない、だから早く今年のを終わらせろと考えていたいのでしょうか。私はそうは思いませんが。
「国家昏乱して、忠臣有り」
これは老子『大道廃有仁義』の一部ですが、国家が乱れてくると、忠臣の存在が目立つようになるという意味で、ファンダムの「信者」とは多少意味合いが異なるかと思います。

で、

今回の第32回放送は、秀吉の言葉「俺のアンチはゲスだ」と喚くところが出色の出来でした。
あのセリフは、ドラマに批判を繰り返す私のような不届き者へのメッセージにも思えました。
考えすぎでしょうか?

「俺のアンチはゲスだ」
とは凄まじい解釈ですね。ではもう一度挙げておきます。
「所詮、人の悪口書いて面白がっとるようなやつは、己の品性こそが下劣なんだと白状しとるようなもんだわ」
つまり、「俺のアンチ」ではなく、「誰にせよ人の悪口で面白がるやつ」のことです。
しかし不届き者という自覚があるなら、もう少し書き方を改めては如何でしょうか。

公式ガイドブックのあらすじには、まるでなかった意味合いの言葉が加えられたら、そう感じるほうが自然でしょう。
もしも意図的に加筆されたものだとしたら、残念でしかありません。
ドラマで本当に描きたいことはそこなのか。
一時的な感情に委ねて、そんな台詞を入れていたとしたら、視聴者に対して失礼ではないか。
と、じっくり考えていると、やはり私の邪推にも思えてきますが、現場の士気が低下して役者さんから覇気が奪われていたとしたら残念でしかありません。

これも最初の方で書いていますが、ガイドブックのあらすじはあくまでもあらすじであり、台本ではありません。従って、ドラマ本編で出て来たセリフが、逐一書かれているわけではないのです。
にもかかわらず
「まるでなかった意味合いの言葉が加えられたら」
「意図的に加筆されたら」
と、ガイドブックそのものが台本であり、しかも改悪されることをまるで期待しているかのようです。
しかも
「一時的な感情に委ねて、そんな台詞を入れていたとしたら、視聴者に対して失礼ではないか」
ドラマの制作は、果たして一時的な感情に委ねられているものでしょうか?

「と、じっくり考えていると、やはり私の邪推にも思えてきますが」
はっきり言います。
武者さんの邪推にしか受け取れません。

そしてまた心理がどうこう、『孫子』がどうこうとありますが、ここでは省きます。そんなに『孫子』に言及したいのなら、三方ヶ原での信玄公のセリフを、もう一度かみしめてみてください。

SNSで誰かを攻撃するよりも、本作を「支持する」「支持しない」旨をNHKに送ったほうが有用ではありませんか。
◆NHK みなさまの声(→link)

では今回も「支持する」メールを送らせていただきます。



飲み物-おしゃれなグラスのビール
[ 2023/08/27 01:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第26回に関しての武将ジャパンの記事について-3

『武将ジャパン』大河コラム関連その3です。キャストスタッフ叩きもさることながら、ドラマ本編をきちんと観ているのかなと思ってしまいます。尤もこれは嫌いな作品のみならず、好きな作品でも往々にして見られたことではありますが。


『麒麟がくる』の長谷川博己さんは、初回で屋根から吹っ飛んでいました。
古流剣術もこなし、茶の所作も流麗。
『鎌倉殿の13人』の小栗旬さんは、初回で乗馬飛越をこなしました。
弓術もこなす。所作も隙がない。
で、26回という後半になっての家康ですが……えびすくいも、乗馬も、茶も、どうにも所作が甘い。
1月ならばまだしも、もう7月です。前述の主役二人と比べて、どうしたことかと悲しくなってきます。

また『麒麟』と『鎌倉殿』を叩き棒ですか。主人公の描かれ方など作品によって違いますし、それを言うなら光秀も義時も、最初から戦場にいて、絶体絶命であったわけではないのですが。そして、
「えびすくいも、乗馬も、茶も、どうにも所作が甘い」
などと書いていますが、何を持ってそう言い切れるのかはなはだ不明です。
尚『海老すくい』の所作云々ですが、これは『海老すくい』ではなく踊りの所作という意味でしょうね。
しかし武者さんは、乗馬や茶道や踊りのプロなのですか?この乗馬も茶の湯も踊りにしても、プロの指導のもと行われているのですけどね。結局好きな作品の主人公の所作は素晴らしい、なのに嫌いな作品は…といういつもの論調でしょう。

長谷川さんのような端正な明智光秀に仕上げるのは無理だとわかっているから、今回は光秀を下劣の極みにして、どうにかしようとしたんですか?
同じ枠の、わずか数年前の作品を足蹴にするような真似ができるのは、作り手の精神性が幼い証拠かもしれません。
それでも、素材を提供している大手メディアでは絶賛記事が掲載されますので、問題はないんですかね。
現に視聴率は低迷していて、歴代ワースト2はほぼ確定なんですけどね。
視聴率を速報しているメディアの「二桁維持」というフレーズの苦しいことよ。

「長谷川さんのような端正な明智光秀に仕上げるのは無理だとわかっているから、今回は光秀を下劣の極みにして、どうにかしようとしたんですか」
これがまず変。長谷川さんのようにしたいのなら、そういう俳優さんを選べばいい話です。わざわざ酒向芳さんを選んであのように描いているのは、制作サイドにそれなりの意図があってのことでしょう。ただ武者さんの場合、『麒麟がくる』の光秀絶対であるため、このような描かれ方をすることが我慢できないのでしょうね。
長谷川さんの光秀は似合っていたとは思いますが、あれはひとつの形であり、それ以外の俳優さんを使って、違う方法で描くということもありうるわけですが。

だからなのか
「同じ枠の、わずか数年前の作品を足蹴にするような真似ができるのは、作り手の精神性が幼い証拠かもしれません」
ついに「作り手の精神性が幼い」ですか…これからさらにドラマが進むに従って、武者さんのネガティブ表現(としか言えません)がさらにエスカレートするように思います。

それを言うのなら、同じ例は他にもあるのですけどね。誰を主人公にして、どのような展開をするかで大きく変わって来ますから。ならば『真田丸』の家康と『おんな城主 直虎』の家康、『麒麟がくる』の家康はかなりイメージが異なっています。信長しかりです。一度同じ時代を舞台にした別々の作品を観比べては如何でしょうか。

そして以前私は、大河がU‐NEXTで放送されていると書いていますが、その時、NHKプラスのみでなくここまで多方面になっては、どのくらいの人数が観ているかの把握が難しいのではといったことも書いています。しかし武者さんに言わせれば
「現に視聴率は低迷していて、歴代ワースト2はほぼ確定なんですけどね。
視聴率を速報しているメディアの「二桁維持」というフレーズの苦しいことよ」
だそうで、嫌いな大河だと世帯視聴率にのみこだわりますね。これは『青天を衝け』もそうでした。
好きな大河なら、NHKプラスや他の観方をしている、きっと再生回数は多いに違いないとやるのでしょう。

ところでこの『どうする家康』が、上半期全国推計視聴人数ランキングのドラマ編で1位なのだそうです。無論他の、たとえば1クールのドラマなどとは放送形態の違いもあり、絶対的なトップではないにしても、そこそこ関心がある人は多いように思えるのですが。

信長に従っても、別にいいと思うのです。
疑問なのは、瀬名の弔いすらないところでしょう。
別にバカでかい寺を建てなくてもいい。自室でそっと涙を流すとか。瀬名を思い出して目が赤くなるとか。あってもいいはずなのに、愛と浮かれているんですから見てられない。
今週も相変わらず追悼のない作品です。
瀬名も、両親や田鶴をろくに思い出してもいないので今更ですが……とか思っていたら昭和平成レトロのようなイチャコララブコメが回想される。
しかも回想が流れるだけで、家康に涙ぐむこともさせません。
で、いきなり信長を殺すと言い出して、なんなのこいつ。

家康が瀬名を偲ぶシーンはちゃんと出て来ているのですが、それを読み取れていないのが残念ですね。
そもそも武者さんが考える弔い、追悼というのは、寺を建てるのもさることながら、涙を流すといった、目に見える形の描写であり、それと知らさない形で心の内を描いた場合、きちんと理解できているのかが疑問に思えます。

無論寺を建てる、涙を流すはあってもいいのですが、問題はこの中で描かれる家康の思いはそっちのけで、自分が考えるような、納得できるような形で描けと言わんばかりに、ドラマそのものに注文をつけていることです。これが個人で書くのならまだしも、プロとして報酬貰って書いてこれかと思ってしまいます。しかも於愛と浮かれているって、信長を迎える準備で彼女のアイデアに乗り気になっているシーンでしょうか。実際あれはいい考えだと思ったからでしょう。

そして、家康が瀬名をどうやって偲んでいるかについて。まず信長をもてなした後、薬を1人で調合している時に半蔵が入って来て、信長に恨みを持つ伊賀者を匿ったと言うシーン、家臣たちに薬湯を口にしつつ、信長を殺すと言うシーン、どちらも薬が関わっているのはなぜなのでしょう。薬湯が必ずしも必要な状況ではないのに、わざわざそれを出して来ていること、さらに彼女との日々を回想してもいること、あれこそ瀬名のことを今なお思いかつ偲んでいるからではないでしょうか。


飲み物-ジョッキに入ったビール
[ 2023/07/14 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『麒麟がくる』第39回に関しての武将ジャパンの記事について-1

ところでこの『麒麟がくる』第39回のコラムに関して、これはおかしい、あるいはわかりづらいと思われる部分をピックアップしておきます。ちょっと変則的ですが、光秀を主に描いた部分と、そうでない部分とに分けています。まず後者の方です。

1ページ目
朝廷は岐阜まで三条西実澄を遣わし、どういうことかと問い詰めます。
京には京の理(ことわり)がある――それを伝えにわざわざ来たのです。

この三条西実澄関連で。この人の祖父は三条西実隆です。
以前武者さんは、『どうする家康』の金ヶ崎の回絡みで、当時越前ガニはあったのかと言ったツイートをしていたようで、これに対して歴史考証の平山優氏が、史料を読んでいないのかという内容のツイをしています。この史料に出てくる人物、もっと言えば、自らの日記に「越前蟹」と記載した人物は恐らくこの実隆です。

信長は悲しい。
母に魚を釣り続けても、喜んでもらえない。
父に箱詰めの松平広忠の首をあげても、喜んでもらえない。

この松平広忠の首、「箱詰め」とありますが正確には首桶です。そして喜ばないその理由について武者さんは、遺体損壊(注・武者さん用語、遺体から首を取ること)が悪いのではなく、それをクールだと演出して喜んでいることが悪辣なのだなどと書いています。

しかし実際の映像は違っており、父信秀は広忠の首を取ったことで、松平が人質の竹千代を取り戻しに来る、そうなれば織田が危なくなると息子を叱っていたわけです。武者さん、一体何を見ていたのでしょうか。尚これについては、下記の投稿に書いているので、一読くだされば幸いです。


本作は無駄がないので、三者のセリフで状況が見えてきます。
松永久秀:物量差を指摘。本願寺側の物量を遮断できないからには、攻め手が不利になるばかりだとわかる
明智光秀:天王寺砦は狭い。狭いということは、物量の確保が難しく、攻め手の装備関連に不備があるとわかる
佐久間盛信:この口調からは、信長のパワーハラスメント気質が伺える

無駄がどうこう言うより、その放送回の尺の問題もあるかと思うのですが。
そして彼らのセリフではこんな感じです。

久秀:敵の方が人数も鉄砲も多い。
光秀:この(天王寺)砦だけでは手勢が少ない、他の砦と共に動くべき
信盛:主君信長がこちらに向かっている。それまでに打つ手を考えなければならない
久秀:攻め込むなら一気に攻めた方がいい、使いを出そう

でその後信長が来て、原田直政の家来を一向宗徒と決めつけ、乱暴を働くわけですが、信盛のセリフはその前のものであり、別にこれだけではパワハラ気質など窺えませんし、主君が来るまでに策を練っておこうと家臣が考えてもおかしくはないでしょう。

3ページ目
コロナが猛威を振るう中、アジアは欧米と比較してやや軽いとはされます。
方方『武漢日記』には、コロナによって東洋医学が息を吹き返したと語る人物について記述があります。
軽んじられがちな東洋医学ですが、実は何かあるのかもしれない。そこも考えつつ、医事考証をしている本作を見ていきたいところです。

東洋医学との関連はともかく、最初の株はアジアよりも欧米人の方が感染しやすかった、また欧米人はマスクをしたがらないのでそれも影響したとも言われています。実際アジア人に比べると、マスク即ち病人という印象があるのかかなり嫌がるようですね。

家康と築山殿は、仲が冷え切っているとわかる秀逸な場面でした。
理由は理解し合えないこと。

そのイメージを今年のにも当てはめているフシがありますね。麒麟は麒麟、家康は家康なのですけどね。そして風間俊介さんをやけにほめています。その一方で今年はジャニーズ忖度などと書いているようですが、風間さんもジャニーズなのですが。

東洋の時代劇となると、髭と結髪が課題だと思います。
現代風に前髪を落とすとか、髭を断固無視するとか。そういう『天地人』あたりの模索はもういらない。むしろ時代遅れで、それを続けると韓流と華流に食い尽くされて無惨なことになる。

この人は前髪にやけにこだわりますね。私も『天地人』はあまりなじみのある大河とは言い難かったのですが、兼続の最初の頃はまだ年齢も若く、前髪を残していてもそう不自然ではなかったでしょう。さすがに直江家に婿入りしてからあの前髪はどうかと思いましたが。あと子供の教育施設については、『天地人』の方がよく描けているところもありました。

髭を断固無視するというのは、どの大河のことでしょうか。幕末はあまり髭のない人もいます。明治になって、髭が復活しましたが。

しかしこれを言うのなら、今回の奥平信昌を演じる白洲迅さん、もみあげまでそっくりにしていますけどね。

4ページ目
時代劇のレベルもあがり、かつ育てたい若手も見えてきました。門脇麦さん、中川大志さん、大島優子さん、溝端淳平さんがそうではありませんか? 期待が高まるばかりです。

その溝端さんは、武者さんが嫌いな『どうする家康』に今川氏真役で出ていますね。しかもこれが大河初出演です。さらにガイドブック前編で、松本さん主演の作品に出られて嬉しいと語っていますが、これについての武者さんの意見を伺いたいです。

話を『麒麟がくる』にしますと、鉄板人気をイージーに掴みにいくのであれば、こういう日本人多数の脳裏にある、かっこいい理想の信長像をイケメンに演じさせればそれでよかったとは思うのです。
そういう像を捨て、童顔で愛嬌があり、それでいて怒りっぽくどこま挙動不審な信長にした。このことそのものが『麒麟がくる』の先進性であり優れた点だと思います。

要はそういう人物を、この作品が求めていたからでしょう。
それを言うなら、『西郷どん』の鈴木亮平さんにしろ、『どうする家康』の松本潤さんにしろ、それまでとは違ったイメージのキャスティングなのですけどね。尚この染谷さんの信長には、やはり私はどこか馴染めませんでした。
それと「かっこいいイケメン」に演じさせて、中身をそれまでとは変えてくるという方法もあります。これは以前にも書いたことがあります。そして、今年の信長はそれに近いでしょう。

大河の歴史は、今年ではっきりと変わったのです。
リアルタイムで見られて幸運でした。
社会がなんとなく求める最適解よりも、作り手がハッキリとこれだと言い切れる答えがよい。そんな力強さを感じるのです。

最近の大河はどれも似たようなものではないでしょうか。「作り手がハッキリとこれだと言い切れる」大河は、武者さんが好きな大河だけに当てはまるわけではありません。ならば私は、武者さんが散々こきおろしている今年のも、作り手の意志が感じられるかと思います。

2000年代あたりからは、大河主演でむしろ評価が下がる、低迷責任を背負わされる。嫌な流れができているようではあった。
そろそろ、大河には原点回帰して欲しかった。
主演が文句なしに輝いている、そういうものが見たかった。

「大河主演でむしろ評価が下がる、低迷責任を背負わされる」
具体的にどのような俳優さんなのか書いて貰えないでしょうか。そういうのを無視するから、単に武者さんの妄想にしか見えないのです。
そしてこの「原点復帰」、これも具体的にどういうことなのか書いて貰えませんか。
主演が文句なしに輝いているというのは、武者さんが嫌いな大河でも同じだと思いますが。

この大河は、2020年代の扉を開き、大河の危機を乗り切る一歩となったと思います。
思えば一年前、十年後に大河ドラマはなくなっているのではないかと危惧していたものです。
そんな危惧を吹き飛ばすどころか、希望を残してゆく。本作は紛れもなく偉大でした。大河という枠に、麒麟を呼んだ。そういう作品になると思えるのです。

以前にも書いたことがありますが、十年後(この時から数えてですから、今から八年後でしょうか)に大河がなくなっていればそれでもいいです。何かがその穴埋めをしている可能性はあります。

あと個人的に、途中でリアルタイム視聴を止めたせいもあり、希望を残していくとか偉大という印象は、私の場合あまりありませんでした。そもそもこの「麒麟を呼んだ」ですが、麒麟とは本来仁政を行う王の元に現れる存在で、この場合戦国の世を平らかにすることであり、それを大河枠に呼んだというのは、大河枠そのものが混乱していたように取れてしまいます。

ただ2010年代の大河で、武者さんが好きな作品は『八重の桜』をはじめ、結構あったのではないでしょうか。本人には嫌いな作品しか見えておらず、それが大河枠を混乱させていると思ったのでしょうか。何はともあれ、武者さんはとにかくこの大河をほめたいのだなとは思いますが。

視聴率のことは、オンデマンドやBSもあるので、回復はそもそもが難しいと思います。
今年は前年の低迷や、岩盤視聴者層の流出の影響もあったでしょう。

好きな大河だと優しいですね。昨年はこれ以外にも、NHKプラスの再生数が多いのだろうとまで書いていましたね。その一方で、一昨年とか今年とか、嫌いな大河の場合は世帯視聴率のみで語ろうとしているのですね。

飲み物ーアイスカフェオレ
[ 2023/06/07 01:15 ] 大河ドラマ 麒麟がくる | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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