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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『ちむどんどん』第24週感想-4

第119回の気になった点です。

  • 智に対して歌で返す歌子
  • 智と歌子の間に割って入る暢子
  • 和彦「ううん。(2人の結婚は)暢子のおかげ」
  • 和彦「僕の仕事はどうにかなるとしても、暢子は東京の店を手放すことになる」
  • 和彦「長年暢子が苦労して花を咲かせた店なのに」
  • 一人になる優子に「さみしくない?」と暢子、いや歌子不在で一人暮らしのの時があったのでは?
  • 暢子「うちはこの村で生まれた。女の子に生まれた。それは誰にも変えられない。それが今、うちはうれしくてうれしくてたまらないわけ」
  • 農作業をしているはずなのに暢子の軍手が汚れていない
  • 急に優子に「やんばるに移住したい」と言い出す暢子
  • 和彦「この島で長年の夢をかなえたい」
  • 優子「2人が自分たちのためにと決めたなら、うちはとことん応援する」

まず歌子が、健彦のリクエストに応えるつもりだったのでしょうか。ミュージカル的に、急に歌い出します。で歌い終わった後、智は結婚してくれと言います。しかし思うのですが、比嘉家の子供たち4人は皆、付き合わずにいきなり結婚しようと言い出しますが、「付き合う」という発想はないのでしょうか。それが不思議なのですが。

ともかく結婚が決まった智と歌子ですが、その間にいきなり暢子が入って来て歌子を抱きしめます。こんなところも暢子は空気が読めないなと思います。智も、今後を覚悟していた方がいいのではと思ってしまいます。しかし歌子が智と向かい合っている間、後ろからエールを送っていると思われる博夫、いい感じでした。ちなみに博夫を演じている山田裕貴さん、来年の大河にも本多忠勝役で出演ですから、また違った山田さんを楽しめそうです。

ところで和彦が「暢子のおかげ」と言っていますが、そもそものきっかけを作ったのは和彦ではないでしょうか。しかし和彦、せっかくやんばるに来ているのなら、仕事の参考になりそうなものをその辺りで見つけられないのでしょうか。

その和彦のセリフですが
「僕の仕事はどうにかなるとしても、暢子は東京の店を手放すことになる」
「長年暢子が苦労して花を咲かせた店なのに」
まず「長年苦労して花を咲かせた」のところですが、悪いけどそこまで暢子が苦労したようにも見えません。フォンターナだって三郎から紹介して貰い、オーナーは親戚に当たるわけですから、その分は差し引いて考えるべきでしょう。しかもメインの料理人は矢作ですし。

それと
「僕の仕事はどうにかなるとしても」
と言うのもどうかと思います。先日も書きましたが、この人は別に売れっ子の作家でもライターでもありません。またネット環境もないこの時代、フリーで仕事を貰って取材をして、図書館で資料を調べ、でき上がった原稿を郵送するわけですから、かなり大変ではないかと思われますし、記事の完成度のためにも1つ1つの行程はおろそかにできないはずなのに、この言い方だと片手間に仕事をしているようです。

『芋たこなんきん』の花岡町子は売れっ子作家でしたが、仕事の予定がびっしり書き込まれたスケジュール表にいつも向き合い、ひとつの仕事を削るにもかなり考えていて、仕事にきちんと向き合っているなと思わせるものがありました。そういう朝ドラの再放送を観た後でこの和彦の言葉を聞くと、この人は真剣に仕事に向き合っているのかと、どうしてもそのように考えざるを得ないのです。

あと暢子が優子に「うちはこの村で生まれた。女の子に生まれた…」と話し始めるわけですが、これも細部がきちんと描かれていないから、何を言いたいのかよくわからないということになりかねません。そして畑に立つ暢子。軍手がやけに白いのが気になりますが、様々な人の声が聞こえ、過去の自分を思い出しているうちに何かを決めたようで、帰宅するなり
「やんばるに移住したい」
と言い出します。

しかしこの場合「移住」ではなく、「帰りたい」ではないかと思うのですが…。で和彦も「この島で夢をかなえたい」と言っていますが、これに関しては前出の通りです。そしてその後、暢子の会話にやたら「ちむどんどん」が出て来ます。これは『あさイチ』でも指摘されていたようですが。とどのつまり、暢子は自分がちむどんどんするかどうかで、物事を判断しているようで、いくら何でもそれはないだろうと思います。

それにやんばるに移住するのなら、せめて重子とか猪野養豚場、そして鶴見の人たちにも知らせておくべきではないでしょうか。優子も応援するだけではなく、親としてその点を忠告しておくべきだと思うのですが、ただし、このお母さんはそういうタイプの人ではありませんからね。


飲み物-アイスコーヒー
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[ 2022/09/23 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

来年の大河のタイトルロゴ、小檜山氏ツイと『ちむどんどん』関連色々

まず大河関連ですが、『どうする家康』のタイトルロゴが決定しました。大河としてはかなり異色なロゴではあります。

2023年 大河ドラマ「どうする家康」ロゴ発表!

それとこちらは昨年の大河関連と言うべきでしょう、小檜山氏のツイにこういうのがありました。

https://twitter.com/Sei_Kobeee/status/1566589595021520897
そこは慎重なのに、なぜ天狗党処刑を命じたのは慶喜じゃないとか、そういう雑なことをするんだろう…といつもの脱線を。

慶喜は天狗党の処刑には関わっていないはずなのですが…。しかし、なぜここまで昨年のを引っ張るのでしょうか。

さて『ちむどんどん』、あと3週間となりました。しかし現時点で主人公の暢子は20代半ばであり、ネタバレになりますが、恐らく金曜日(16日)に出産です。1人の50年を描くと脚本の羽原氏は言っていたのですが、本当に50年を描くのであれば、あとはかなり急ピッチでストーリーを進めないと、尺が足りなくなりそうなのですが。

それとこのドラマ、こちらも多くの方から、料理がメインのドラマなのに、料理がおいしそうに見えないと指摘されています。照明とか盛り付けの仕方などで、如何にもおいしそうに見せることは可能でしょう。あとこれは前に書いていますが、食事の残りや食べかけをアップで撮影したり、料理を落としたり、また腐った料理を、特に必要ないと思われるのにわざわざ見せるような点も批判されています。言うまいと思えど、『芋たこなんきん』の鯛のアラ炊きはおいしそうなのに…。

ちなみに料理監修の「オカズデザイン」ですが、ここは元々グラフィックデザインのユニットで、その後料理も手掛けるようになったらしいのです。あるいは、そういう事情も関係しているのでしょうか。それから沖縄独自の事物の中には、視聴者の中にはなじみのない人もいますし、そういうのを番組中、あるいは公式サイトやツイなどでもっと詳しく説明していいかとも思います。

例えばこれは料理ではないのですが、スイジガイがちむどんどんの入り口につるされているシーンがあります。こういうのもなぜなのか、説明してしかるべきでしょう。元々これは沖縄や南西諸島で、火事をはじめとする厄をよけるためのものです。

スイジガイと言えば、『西郷どん』の吉之助が奄美に流される回で、愛加那(とぅま)の家にこれがあったのを思い出します。その時は公式ツイートでちゃんと説明されていました。

あと、こちらも黒島さん関係になりますが、マスクで顔の見分けがつかないからと、手書きでそれぞれの名札を作ったとのこと。それはいいのですが、やはりもう少し包丁さばきをマスターしてほしかったなと、私としては思います。

それと暢子の相手は矢作の方がふさわしいということ、これも書いてはいますが、この方も同じことを考えているようです。

https://twitter.com/shinyamada2022/status/1568240699560308737

尚この画像は、公式サイトのあらすじのページにあります。


飲み物-アイスココア2
[ 2022/09/12 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 71その3

『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点、MVP関連です。

しかし、今週は何もかも、のえがかっさらってしまった。
それなりのお嬢様なのに御所の女房。あのゲスな本音。過去に何かあったんですかね?
あの振る舞いですから、何も知らない娘ってことはないでしょう。二階堂行政にしても、さっさと片付けたかったんじゃないですか。

何やらページ数、ひいてはPV数を増やすだけのような存在に見えるMVP関連記述ですが、ここでなぜ北条政範と藤原兼子(卿三位)が出てこないのでしょうね。出番は少ないけど今後の鍵を握っていると思います。それと行政の孫、ここではのえが出て来るのなら、彼女の父親(行政の娘の夫)伊賀朝光も、今後のことを踏まえて出してしかるべきでしょう。この人の息子の光季は、承久の乱で朝廷方に招聘されたにも関わらず応じなかったため、自害に追い込まれています。

あの甘ったるい理想のプロ彼女から、一転してゲスな本音。
いやあ、これは教育にいいドラマですよ。
予告のきのこに喜ぶ時点で、これはもうダメだとは思いました。見抜けない義時、もうダメだと。

義時が本当に見抜けなかったか否かはともかくとして、
「いやあ、これは教育にいいドラマですよ」
という武者さんの言葉が、非常におじさん臭く見えて仕方ないのですが…日頃武者さんが軽蔑している(たぶん)おじさん臭さに、本人が嵌ってしまっているような感じです。

それにしても、つくづく今年は良心的です。
いくらイケメンの小栗旬さんが演じていても、義時はもういい歳のオッサンの上、人を殺しまくっています。
そんな男に惚れる女はおらんでしょ、という現実を見せつけてきました。

どこか「良心的」なの不明です。相変わらずと言うか、牽強付会ではあります。
「いい歳のオッサン」はともかく、それなりの社会的地位も権力もあるのですから、本気で惚れ込んでいなくても、言い寄って来る女性がいても特におかしくはないかと思います。それと
「人を殺しまくっています」
これは笑うところなのでしょうか。武家政権、それもまだ創業時の段階に於いて、何らかの形で人を殺める、あるいは間接的にそれに関与している人は多いはずなのですが。なぜ変に現代的視点でものを見るのでしょうね。

去年の大河も、変に美化せず、そう描いていれば面白かった。
渋沢栄一と兼子の再婚なんて、妊娠期間からして千代の死後間も無く関係があったとしか思えないわけです。
そもそもが出会いは明治の愛人クラブ経由です。

ここも変に現代的視点になっています。妾を持つのは男の甲斐性とまで言われてもいた時代、別に美化も何もしておらず、しかも千代はそれとなく栄一に圧力をかけてはいるのですが。あのシーン、ちゃんと観ていたのでしょうか武者さんは。

愛人契約を純愛にしたり、史実をあまりに歪めて描くから、ワケがわからなくなる。
なぜ金で女を転がすおっさんを美化せねばならないのか?
その過ちを繰り返さない今年は良心的です。

別に「純愛」として描いてはいませんけどね。栄一もちょっとばつが悪そうでしたし、史実を歪めて描くと言うのであれば、栄一のどのような史実をどのように歪めて描いたのか、その点の具体的な指摘がないから、武者さんの批判あるいは非難がどこか的外れになっているわけです。
それに比奈も当初は、金と力のある男性である頼朝の側室となるはずだったのですが。過ちを繰り返さないのであれば、最初から義時の許に行かせる設定にしたでしょう。しかし「良心的」て…。

中年以降の徳川家康にだって、別に純愛など期待されていません。
松本潤さんはイケメンですが、それはそれ。来年もこの調子で頼みますよ。

そしてなぜここで、来年の大河を唐突に引っ張り出してくるのかも意味不明。自分の希望を、こんなとこで押し付ける必要もないでしょう。第一古沢良太氏も、中年以降の家康に純愛させるなどとは一言も言っていないし、今現在わかっているのはまだ若く、しかも歴史に翻弄される家康が、家臣と共にどのようにして己の行く道を選び取るかなのですが。

そして栄一の妾関係でいくつか記事のリンクが貼られています。その内のひとつだけ見ましたが、正直言って武者さんの主観メインであると思われます。
たとえば

むろん、襄に妾はありません。
敬虔なプロテスタントである襄は考えただけでゾッとしたことでしょう。

また「プロテスタント」で一括りにしていますが、プロテスタントという名を持つ教派はありません。せめてピューリタンとしてほしいところです(厳密には会衆派)。新島自身が学んだアマースト・カレッジを始め、アイビーリーグのハーバードやイェールもこの会衆派で、禁欲的かつ自治と聖書のイメージです。

何事も近代的な渋沢栄一ですが、女性の見方は古風でした。

「近代化を成し遂げた人」が女性観、または家族の在り方に関して、必ずしも当時の西欧人と同じではありませんし、逆に当時一代で名を成した人の場合は、寧ろ愛人がいてもおかしくはなかったでしょう。

そしてまた『論語』から。思うのですが、真に漢籍を専門にしている人の場合、こういう形でちょこまか出してこないのではないかと思いますが…すべて自説補強にしかなっていないし。

ここで少し『論語』の擁護でもさせていただきますと……。
西洋から「一夫多妻制はありえないのではないか」と言われた東洋の人々は、文化の違いであり野蛮だと言われる筋合いはないと抗弁したものです。
ただし『論語』はじめ儒教にそうした戒めがないかと問われれば、そうとも言い切れません。
酒色は控えるべきだという観念は東洋の儒教国家にもあります。
玄宗と楊貴妃はじめ、女性に耽溺した君主は問題があるとみなされました。
栄一は若い頃、志士であったこと。それに彼が「明眸皓歯」(めいぼうこうし・明るい瞳に白い歯で美人のこと)に目がないと語っていたことも考えましょう。
夫は女好きを隠そうとしない。
何人もの明治の女性はそうため息をついていました。兼子もその一人です。世間は騙されようとも、妻はそうじゃない。

まず「『論語』の擁護」などとあるから何かと思ったら、つまるところ「『論語の正当性』」なのでしょうか。そして中国歴代王朝にそういう戒めがあったということは、酒色に関する問題が多かったとも取れます。しかしそれと、美人が好きだと言っていた栄一を同一視できるのでしょうか-要は武者さんは志士が嫌いなのだなと思います。
それと栄一のみを女に目がないとするのは筋違いです。志士の多くは妻以外に愛人もいたり、また愛人を作っても妻を持たないという人もいました。さらに
「西洋から『一夫多妻制はありえないのではないか』と言われた東洋の人々は、文化の違いであり野蛮だと言われる筋合いはないと抗弁したものです」
と言うのであれば、栄一の時代のことを、今の我々がどこまでとやかく言うべきなのかも考えてしかるべきでしょう。単なる『青天を衝け』叩きのためでしかありませんし。特定のドラマを批判あるいは否定するために、違う時代の道徳を持ち込むのは、正に一夫多妻を否定した西洋と変わらないのではないでしょうか。

『鎌倉殿の13人』は、三谷幸喜さんが今までの大河の中でも最も力を発揮しているように思えます。
資料が少ないだけにミステリのような展開ができる。
歴史研究者が推理でバリバリと話を進めると問題がありますが、そこを作家が補う。

個人的な意見ですが、所謂三谷大河の中で、今一つ面白く感じられないのが今年の大河です。
始まる前は、戦国や幕末と言ったポピュラーな時代でなく、吾妻鏡に則るとあったため、より今までの大河に近づけるのではないかと思っていました。しかし先日分でも触れたように、どうも現代に寄せている感があり、しかもそこに三谷さんらしい描写を織り交ぜると、歴史ドラマの面白さとはまた別になって行っているように思うのです。

確かにオリキャラとか、特定の人物像の描き方などは面白いと思います。その一方でアレンジし過ぎて、この時代特有の雰囲気とどこかそぐわない印象も同時に受けています。また考証にしてももちろん異論もありますし、『真田丸』の頃から感じるのですが、どうも考証を前面に押し出し過ぎな嫌いもあります。

そして政範の死因ですが。

・状況的に見て病死とは思えない
・殺害現場が平賀朝雅邸
・遺体が人目につかぬよう、早急に処理されている
・政範と同時に別人も死んでいる
どうです? ミステリでしょう。

いや武者さんがそう思うのは勝手ですが、ここで持ってくるべき話題かと思います。それを言うなら歴史上の人物の生涯など、多くがミステリですし、信長や龍馬の最期などその最たるものでしょう。それと史料によっては、時政も政範に同行していたようですね。

そしてあらすじ部分で書いたことを、もう一度持ち出しています。

そして不気味なのは、りくと時政の反応が見えにくいところ。
時政は重忠を討つ気でいますが、その動機がまだ見えてきません。
今週はいわば溜めで、来週どう展開するか引っ張っています。
わかりやすすぎると興醒めだし、同じ週で解決するなんて勿体無い――そういう極上の歴史ミステリにしたいからこそ、ひねりにひねったうえで、ひっかけも用意している。
義時の結婚でわちゃわちゃ盛り上げておくのがそうでしょう。

何だか「極上の歴史ミステリ」などと言われると、かえって興ざめするのですが。
時政の動機が見えてこないのは確かですが、そしてこれも前に書いていますが、彼らは息子の死因が何であるのかさえ確かめようがないわけです。やはりここは定説通り、重忠の子で政範に同行しており、しかも朝雅とうまく行かなかった重保に責めを負わせるのでしょうか。それと、同じ週で解決するなんてもったいないと言うより、ペース配分からして、複数回に分けた方がいいと制作陣が判断したせいかも知れません。
今年のはここまで善意に解釈すると言うか、持ち上げることができる一方で、『青天を衝け』は悪意に満ちていますね。好悪でドラマを判断するとどうなるか、その見本のようなコラムです。

それにしても、色々な意見があるのは承知しているが、自分はこれを応援したいと書くのであればまだわかりますが、どうもこのコラム、あるいは朝ドラ記事の場合でも、自分と違う意見は言語道断のようになっているのが多いし。特にネット上のファンダムを、目の敵にしてやしないかとも思われます。

あと、視聴率のことでまたあれこれと書かれていますが、これに関してはまた改めて。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/09/10 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』再開と大河ドラマの今後

明日から『鎌倉殿の13人』が新たな局面を迎えます。頼家(鎌倉殿)と、御家人たちによる合議のシステムが確立されるわけです。

この大河は前にも書いてはいますが、御家人がメインになっている部分があり、彼らの様子を知るうえではいくらかのプラス面はあるとは思います。ただ三谷さんが『吾妻鏡』をベースにしていると言いつつ、一旦『吾妻鏡』を自分の中に取り込んで「三谷版吾妻鏡」を作り、それに沿って俳優さんを動かしているふしがあります。

この時代のもうひとつの局面、つまり朝廷との関係が思ったほど描かれていないように見えるのは、そういう一面があるからでしょうか。三幡(乙姫)の入内の件は、結局どうなるのでしょう。

ところで先日、『どうする家康』の新キャストをご紹介しました。これに加えて再来年の『光る君へ』の制作発表も行われ、夏から秋にかけては、3本の大河ドラマ関連の動きがあるため、ちょっとカオスな雰囲気が感じられます。新キャストと聞いて、それはどちらの大河かと思うこともしばしばです。

私は2024年大河は、南北朝か幕末かと予想はしていたのですが、どちらも実現しなかったことから、その翌年にまた幕末かと睨んではいます。ただ本当は、江戸時代の上方を描いた作品を観てみたいですね。以前『峠の群像』で、元禄期の大坂の描写が出て来たことを書いていますが、またああいうのを観たいです。いずれにしても2025年は大阪万博の年で、多少それを意識させる作品になることも考えられます。

仮に幕末となった場合、誰が主人公でどの地域がメインになるのかと思いますが、『青天を衝け』が、一応幕府方であったため、今度はまた西国諸藩の可能性がありますね。


飲み物-グラスビールと泡
[ 2022/07/17 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』キャスト第4弾が発表

『どうする家康』新キャスト(第4弾)が発表されています。

【第4弾】2023年 大河ドラマ「どうする家康」新たな出演者発表!──戦国サバイバル 大変なのは家康だけじゃない みんな“どうする?”
(NHK ONLINE)

キャスト(発表順、出演者敬称略)
お市-北川景子
織田信秀-藤岡弘、
柴田勝家-吉原光夫
山県昌景-橋本さとし
水野信元-寺島進
久松長家-リリー・フランキー
松平昌久-角田晃広(東京03)
今川氏真-溝畑淳平
糸(氏真の妻)-志田未来
関口氏純(瀬名の父)-渡部篤郎
巴(瀬名の母)-真矢ミキ
たね(瀬名の侍女)-豊嶋花
お田鶴-関水渚
鵜殿長照-野間口徹

今回お田鶴の方は出ますが、直虎は出ないのでしょうか。

藤岡さん、寺島さんは『真田丸』以来、北川さんは『西郷どん』以来の大河出演になります。また音楽は稲本響さんです。

ところでお市は発表されましたが、浅井長政はどの俳優さんが演じることになるのでしょうか。あと明智光秀は今回は誰なのでしょうね。


飲み物-注がれるビール
[ 2022/07/16 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』クランクインと新キャスト

安倍晋三氏の件、驚きでした。ご冥福をお祈りします。個人的には同意できる部分もある一方で、そうでない部分もありました。

さて、『どうする家康』もクランクインしています。そして第3弾のキャストも発表されました。

【第3弾】2023年 大河ドラマ「どうする家康」新たな出演者発表!──こんなくせ者が周りにいて“どうする”?「徳川家臣団」

松山ケンイチさんは『平清盛』以来久々の登場です。木村昴さんは、今年の以仁王でしたね。今年の出演者が来年も出て来る可能性はありそうです。

それからこちらは甲冑を着けたキャストのコメントです。大高城に兵糧を運び込むシーンだから、桶狭間の戦いの直前、正に家康の、人生に於ける最初の岐路となる時期です。

2023年 大河ドラマ「どうする家康」撮影順調!
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=34803

坂井忠次の大森さんと本多忠勝の山田さんは『ちむどんどん』枠でしょうか。

そして最後になりましたが、クランクイン時の松本潤さんのコメントです。

2023年 大河ドラマ「どうする家康」クランクイン!
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=34510

(関連記事はいずれもNHKサイトより

飲み物-ウイスキーロック
[ 2022/07/09 01:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第25回「天が望んだ男」あらすじと感想-2

後半部分です。尚先日投稿分に「前半部分」を付け加えています。それからサブタイを始め、ミスまたは意味が通りにくい箇所がいくつかありましたので、訂正しています。


義盛は直垂もつけずに応対し、巴にも挨拶をするように言うが、巴は夫義仲を討った頼朝には会いたがらなかった。手を下したのは義経と諭すも、命令を下したのは頼朝であると言い、義盛は仕方なく、巴は狩りで不在であると言って握り飯を差し出す。その後頼朝と盛長は相模川を目指すが、八田知家が指揮を執る工事の最中で道が塞がっていた。

頼朝の耳にまたあの鈴の音が響いた。これは何かの罠ではないかと思いつつ、頼朝と盛長は和田館へ引き返す。義盛は、これは頼朝が怒っているからだと勘違いし、巴に頭を下げて頼朝に会わせる。頼朝は義仲を討ったことを詫び、ああするよりなかった、平家を討って世を正したいという思いは同じだったと釈明する。しかし巴は遠い昔の話だと言い、義仲殿もその言葉を聞いて喜んでいるだろうと言う。頼朝は彼女の顔を見ているとあの時を思い出し、無性に謝りたくなっていた。

しかしここで頼朝は、全成の「振り返ってはいけない」の言葉を思い出してやにわに席を立ち、別の道を行くことにする。やがて頼朝は追善供養の場に到着する。読経が終わり、皆は餅を作り始める。北条家の人々は伊豆にいた頃、仏事で一門が集まった時には皆で丸餅を作っていた。餅作りは記憶にないと言う頼朝だが、頼朝は常に欠席していたのである。餅を作りますかと義時は尋ねるが、風に当たってくると頼朝は答える。

北条家の人々は、最近仲間入りした比奈も混じり、和気藹々と丸餅を作っていた。時連は丸めるのが下手だったが、重忠は丸め方がうまく頼時を感心させる。しかしりくだけは、手が汚れるのが嫌だと仲間に入らず、歩いて来ると言い、やはり餅作りに加わらなかった頼朝主従を見つける。頼朝は盛長に、場を外すように目配せする。りくが頼朝と会話を交わすのはこれが初めてで、頼朝は、ともに京育ちで話が合うことはわかっていたという言葉に同意する。りくはいずれ京に戻るのかと頼朝に尋ねる。

しかし頼朝は、武士はいつまで経っても朝廷の番犬扱い、顔色を窺いながら京暮らしをするよりは、鎌倉を京に負けない都にすると言う。その頼朝にりくは、貴方様は今や日本(ひのもと)一の軍勢を持つお方、その力を持ってすれば朝廷も言うことを聞きましょうと忠告するも、そうたやすくは行かないと頼朝は答える。これに対してりくはこう言う。
「野山の鹿を追うのに、足が汚れるのを嫌がる犬のよう」

2人は笑い、そして頼朝は言う。
「都人は脅しだけでは動かぬ。貴女もご存知であろう」
りくは頼朝の手を取り、強いお方が好きなのですとささやくように言う。頼朝は時政は自分のことをどう思っているか、わしを殺して、鎌倉をわがものにしようとしているのではないかと尋ねるが、りく曰く
「そんな大それたこと、考えてくれたらうれしいのですが」
そこへ件の時政が、徳利と盃を持って現れる。

その盃はかなり小ぶりなものだったが、これしかなかったのである。
「意気地なしが2人、小さな盃で」
とからかうような口調でりくは去って行き、大きさを気にしつつ、頼朝に酌をする時政に頼朝は
「不満があれば申せ」
と言うが、「そんなもん、あるわけねえでしょう」と時政は答え、こんないい思いをしているのに、腹の立つことなどないと言って、頼朝に餅を勧める。

時政は政子に感謝している、いい婿と縁づいてくれたと話すが、頼朝は餅を喉につまらせ、様子がおかしくなる。時政の声に政子と比奈が驚いてやって来て、さらに義時が思い切り背中を叩いたため、頼朝は難を逃れる。その餅の形の悪さに実衣は言う。
「五郎(時連)が作ったやつだわ」
あわてふためく時連。

野外で頼朝は政子と義時に、時政がおらぬとどうなっていたかと安堵したように言い、義時は、父はいざという時に役に立つと言う。持つべきものは北条だなと頼朝は言い、喉の渇きを訴え、政子が水を汲んで来ようとするが、義時がその役目を引き受ける。政子は頼家が、源氏の血筋の女性を嫁に迎えることを聞いたと切り出し、せつはどうなるのかと訊き、頼朝は側女にすると答える。自分に黙って話が決まったことに、政子はいい顔をしなかったが、頼朝にしてみればいつものことだった。女子に手が早いのは親譲りと政子はずけずけと言うが、しかし頼朝がそうでなければ、2人は結ばれていなかった。

悔やんではおらぬかと頼朝は尋ねるが、分からない、ただ退屈しなかったと政子は答える。なぜそうしみじみとするのだ、自分はそういうのは嫌いなのにと口にする頼朝に、政子はそちらのせいだと言い返すが、言い合いの末、2人は笑ってしまうのだった。そこへ義時が戻って来て、重成がお礼の挨拶をしたがっている旨を伝える。

政子も戻ろうと立ち上がるが、頼朝はいい折だと2人に、わが源氏は帝をお守りし、武家の棟梁としてこの先100年も200年も続いて行かなければならない、その足掛かりを作るのは頼家であり、義時には常にそばにいて頼家を支えるように、政子もこれからは鎌倉殿の母として、頼家を見守ってやってほしいと頼む。

お前たちがいれば鎌倉は盤石と言う頼朝に、政子は、まるでご自分がどこかに行かれてしまわれるようなと口にする。頼朝自身は、自分は近々頼家に跡目を譲って大御所となり、船でも作って唐の国に渡り、どこぞの入道のように交易に力でも入れるかのうと威勢のいいことを言う。皆が待っていると言う義時に頼朝は、わしはようやく分かったぞ、人の命は定められたもの、あらがってどうすると言い、甘んじて受け入れたうえで好きに生きる、神仏にすがっておびえて過ごすのは時の無駄じゃとまで口にする。義時も異存はなかった。

神や仏には聞かせられぬ話だがのうと頼朝。義時は、頼朝は昔から自分にだけ大事なことを打ち明けてくれたと言い、その頼朝は疲れたため先に御所へ戻ることにする。供をすると言う義時に、久々に一門が揃ったからゆっくりして行けと頼朝は断り、盛長を呼ぶ。

頼朝は盛長のみを連れて、一路御所を目指した。伊豆の頃を思い出すと盛長は言い、その直後に過去を振り返ってしまったことを詫びるが、好きなだけ振り返れと頼朝は言う。盛長に取っては意外なことだったが、いざそうしようとすると何も思い浮かばなかった。そなたといると、いつも心が落ち着くと頼朝は言う。何よりのお褒めの言葉であると盛長。そして頼朝は、
「初めて北条館に来た時…」
と言いかけて手綱を放す。右手が麻痺したようになり、鳥の声そして鈴の音が聞こえた。頼朝は、その姿勢のまま馬から落ちて行った。

政子、そして頼家の耳にも鈴の音が響く。そして巴と一緒に縁先にいた義盛、騎乗していた義村の耳にも、執務中の広元、御所を守っていた景時、そしてだらしなく寝そべっていた能員の耳にも同じ音が響いていたが、義時には何も聞こえなかった。そして盛長は、地面に倒れて動かない主の側に走り、鎌倉殿ではなく佐殿と叫んでいた。


まず方違えの件です。巴も当初は頼朝に会うのは嫌だと言いながら、2度目に、つまり道が工事中で仕方なく引き返した時には、義盛が頭を下げたこともあったのでしょう。きちんと挨拶をしています。逆に引き返したこと、それで義盛が勘違いしたことが功を奏したと言うべきでしょうか。あとあの握り飯、巴でなく義盛が作ったものと思われます。

北条家の一門総出での餅作り。何とも楽しそうですが、頼朝と盛長、そしてりくはその場に加わりません。この場合、りくは手が汚れるからではなく、寧ろ頼朝と話したいからその場を離れたと取るべきでしょうか。比企尼とは話せなかったものの、りくとは話すことができたのですね。あと重忠のに比べ、時連のは何とも不格好です。実衣が、頼朝が食べたのが時連のだと見破ったのもむべなるかなで、この光景を目にした時連はかなりあわてます。また一門同士打ち解けていても、やがてこの中で敵対することになり、『真田丸』で後に対立し合う豊臣家の人々がまだ若く、楽しげにしていた様を思わせます。

つつじの件。政子も「女子に手が早いのは親譲り」などと言ってはいますが、頼朝が女子に手が早くなければ、自分も今御台所になっていないと気づいているようです。それにしても餅を吐き出した後の頼朝のセリフが、殆ど遺言のようです。武家の棟梁として、この先100年も200年も続いて行かなければならないこと、その足掛かりを作るのは頼家であり、義時は頼家を支えるように、政子もの母として頼家を見守ってやってほしいなど、政子が、まるでご自分がどこかに行かれてしまわれるようと言うのもむべなるかなです。尤も鎌倉幕府はこの130年後に滅びますが。

そして頼朝は、自分は大御所となると明言します。結局そうなることはなかったわけで、それにどうも隠居して大御所というのは、来年の主役の家康のイメージですね。この人は大御所となっても力を持っていたし、院政の武家バージョンといった雰囲気もありました。そして「どこぞの入道のように」云々、清盛のようにということですが、このセリフ、『国盗り物語』の本能寺の変前夜の信長も、似たようなことを言っていました。但し唐ではなく南蛮です。

その後頼朝は、人の命は定まっている、神仏にすがるのは時間の無駄だとこの人らしくないことを言います。実際この時の頼朝は、憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情なのですが、これがどうも死亡フラグとなった感もあります。あたかも伊豆時代を思わせる頼朝と盛長の主従ですが、結局頼朝に取って一番信頼できる相手は、身内ではなく、流人時代の苦労を共にした盛長であったことを窺わせます。

あと比企尼と、盛長が「佐殿」という呼称を使っていたこと、これもかつての、つまり北条氏と縁組みする前の、流人としての頼朝を知る人物らしいと言えます。

ところで頼朝が落馬するシーンですが、右手が麻痺したかのように硬直していたこと、餅を飲みこめずに詰まらせたという点などは、脳卒中による病死説を裏付けるものかと思われます。ただ鈴の音、これは耳鳴りかと思ったのですが、最終的に頼朝に関わる人々が、義時を除いて耳にしたことから、何かの暗示と取るべきでしょう。


飲み物-グラスに注がれたエール
[ 2022/06/28 00:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』会見動画

4月28日に、『どうする家康』の会見動画がアップされています。

「チーム家康」初集結!会見の様子を動画で!
(NHK ONLINE)

雰囲気としては、タヌキオヤジよりも若い頃の家康メインになるようです。松本さんだとやはりその路線になるのでしょう。ただ主人公が若さばかりで、どこか浮わついた作品にならないかが気になります。無論こればかりは、観てみないことには何とも言えません。

あとベテラン勢はともかくとして、服部半蔵がかなりキャラが立っています。実際かなり重要な人物ではあるでしょう。

今までのところ、主要な大名や家臣が発表されていますが、家康の両親とか石田三成、明智光秀などはまだです。個人的には『麒麟がくる』とどのように違うのか、それも見てみたいとは思います。

しかしこちらは戦国物ですが、戦闘シーンはどのくらい出て来るのでしょうか。

飲み物-テーブル上のマグのビール
[ 2022/05/01 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 37

『武将ジャパン』大河コラム関連続き(4ページ目)です。今回は武者さんの文章(青文字)に意見を述べるやり方で行きます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第15回「足固めの儀式」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) - 4ページ
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/04/18/167740/4

大河で学ぶ人間関係といった記事に関して、

では、なぜ、そういう記事が出るのでしょう。
需要あるところに供給あり――去年は渋沢栄一から『論語』を学び(これまた推奨できません)、来年は家康から学ぶ。そういう需要は毎年あるものです。PVが稼げるなら、何でもアリで記事が作成される。
何かを学べるとすれば、大江広元かもしれません。
彼は際どい事態に何度も巻き込まれ、それでいて断定的なことはなかなか言わず、責任転嫁する達人です。
今回の会話でも「決定したのは頼朝ですよ」と言い切り、うまく責任回避しました。
それでいて頼朝が一から考えた陰謀とも思えない。広元がうまく誘導しているように見える。ともかく只者ではありません。
こういう「王佐の才」(主君を助ける才能)はよいものです。

とあります。
まず昨年の渋沢栄一、のっけから「推奨できない」のだそうです。来年の家康も、これから見る限りあまり期待してなさそうで、最初から叩く可能性もありますね。
それにしても
「PVが稼げるなら、何でもアリで記事が作成される」
この部分ですが、少し前に出てくる
「笑いで誤魔化そうとする文覚は、架空の儀式を持ち上げるなら、もっとディテールにこだわりを入れた方がいいですね。嘘をつくときは、少し真実を混ぜるとよいと言いますし」
これ同様、「PVが稼げるなら何でもアリで記事が作成」も、いつもの武者さんのパターンに見えて仕方ないのですけど。

閑話休題。
個人的に大江広元は、現段階でそこまで切れ者かと言われると、私としてはちょっと何とも言えません。
それに最初に鎌倉へ下ったのは、お兄さんの中原親能の方ではなかったでしょうか。広元は後になって鎌倉へ行き、1184年に公文所の別当になっていたはずです。尤もこの第15回の乱自体創作でしょう。この中で史実は、上総広常が斬られたという点のみではないでしょうか。

でまた「王佐の才」、そして後の方で、広元の行動原理を学ぶには『貞観政要』がいいとか何とか。いや別にこういうの出してもいいのですけどね、武者さんの場合毎度毎度この手のことが出て来て、しかも肝心の大河に関する考察の方が、おろそかになってるなと言わざるを得ません。今度のことにしても、この創作を入れるべきだったのか、もしこれを入れなかった場合、広常暗殺はどのように描かれるとよかったのか、そういうのをもっと書くべきかとも思います。

そして「(景時が)中世の殺人者らしい発想がありました」とあり、以下のような文章が出て来ます。

殺すことがまずありながら、動機づけをしたい。
そこで神の出番です。
神が殺していいと言ったから……という理屈を通す。
これは別に日本特有でもなく、中世のカトリック教国では「おらが村の聖遺物」だの、その日の守護聖人だの、そういう神頼みを理屈にして色々やらかすことはありました。
しかし「そういう迷信って、どうかと思うよね……」という意識の進歩があり、プロテスタントではそういうことはやらなくなる。
そんな中世人らしい神頼みをするところが、景時なのでしょう。

まず景時の「神頼み」なるものですが、これは「賽の目に聞くしかない」のところでしょうか。運を天に任せると似たものがあります。

それはともかくとして、この後の部分、これがどこかおかしいのです。
まず
「中世のカトリック教国では」
とあります。カトリックの国という意味なのでしょうが、中世のヨーロッパでは基本的にカトリックか正教会のどちらかしかなく、西欧はカトリック圏です。宗教改革が行われるのは16世紀、ルネサンスの時代です。

さらに
「おらが村の聖遺物」だの、その日の守護聖人だの、そういう神頼みを理屈にして色々やらかすことはありました」
ここまで書くのなら、その例を挙げて貰えないでしょうか。
また
「『そういう迷信って、どうかと思うよね……』という意識の進歩があり、プロテスタントではそういうことはやらなくなる」
この「迷信」なる表現、こちらの方がどうかと思いますね。武者さんがどう考えようがそれは本人の勝手ですが、こういうコラムで書く以上、もう少し表現に気を付けた方がいいのではと、老婆心ながら思う次第です。以前も聖書をディスるような書き方をしていましたし。

それとプロテスタント諸派の一部は、カトリック的なやり方を払拭するようになりますが、それは礼拝にカトリック色を持ち込まないためでした。それからルーテル派とか聖公会、これらもプロテスタント教会内の諸派とみなされていますが、これらの教派はカトリックに似た部分があり、守護聖人の日を祝ったりもしています。武者さんが言う「プロテスタント」は、『八重の桜』に登場するピューリタニズムのことなのでしょうか。

ついでながら、4月23日はサン・ジョルディ(聖ゲオルキス、聖ジョージ)の日ですね。

さらにその後

というのも「殺したいから殺した!」「殺した方が手っ取り早いからそうした!」とスカッと笑顔で言い切る奴も、ごく少数、人間の中にはいます。
(中略)
答えは源義経です。
権威や神を平気でぶん殴るような相手が隣にいると、景時の神経はもう、やすりで削られ続けるようなものでしょう。

今まで義経が、殺したいから殺したと言ったり、権威や神を平気でぶん殴ったりするようなことをしていたでしょうか。確かに旅の途中で男を殺してウサギを奪ったり、敵将の首を取るから兵をくれなどと言ったりはしていますが、そういう時でさえ、このようなセリフは口にしていないはずですが。亀の前の件では暴れ回ってはいましたが、これも戦に出られないための憂さ晴らしのようにも受け取れます。大体義経がどのように振舞うか察しはつくものの、彼が平家を相手にどのように戦うのかがはっきりしない時点で、こう書くのもどうかと思います。

それから、来週は「木曽義仲討ち死に備えるため、本レビューの公開は遅れます」とのことですが、誰か代理の人に書かせて、武者さんとの違いを見てみたいものです。

飲み物-ワインとワイングラス
[ 2022/04/23 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 36

『武将ジャパン』大河コラム後半部分への疑問点です。それと、レイアウトを少し変えています。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第15回「足固めの儀式」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/04/18/167740

1.義澄と義実への政子の態度。政子は賢く、思いやりがある。彼女が尼将軍として君臨する未来への道が見えてくる。人の上に立つ大きな器量があり、理想的な人物だろう

2.(御家人側と見られることに)景時が「存外でございます」と否定すると、ならば疑いを晴らせと迫る頼朝。かくして景時に、汚い仕事が回ってきた。どちらが賢明なのだろうか。畠山重忠のように潔癖を通すことと。梶原景時のように、暗い仕事に手を染めてでも保身を図ることと……

3.御家人たちは集まって何か話している。話題は御台所のことで、皆感心しきっている。頼朝はなぜ、この寛容さを妻から学べないのか

4.そして頼朝の心を眺めてみると、おそろしいものがある。勝手好き放題をしていた荒くれ者たちが自分に怯えている。参ってしまっている。けれども、この座に安住できるわけではない。引き締め続かねば転落する。これからは常に、どうすれば殺されないのか考えねばならなくなった

5.しかし、頼朝は「あれは謀反人じゃ」と素っ気なく返し、書状を丸めるのだった。これと似た場面が『麒麟がくる』にある(注・松永久秀の平蜘蛛を預けられた光秀が、今後寛容になり、君子にふさわしい心がけをすることを条件に譲ろうとする。しかしならば要らないと信長はそれを無造作に返し、さらに平蜘蛛を売ろうとする)。一生懸命、上総介広常が書いた書状を、一顧だにしない頼朝。それを見ている義時。(中略)義時は頼朝をはかった。誰かの思いが詰まったものをそっけなく扱うこと――そういう姿をジッと見つめている誰かはいる

1ですが、明らかに頼朝と考えも違うわけですし、なのにこうやって御家人たちと会っていいのかどうか、私としては疑問ではあります。後の方で「一方で政子は(実衣と違って)寛容なのです」ともありますが、この場合手綱を引き締めるべきところは引き締めないと困るのでは。

2、その人の立ち位置によるでしょう。そもそも重忠は当初平家方として石橋山で戦っていますが、その時は平家の家人としての参戦であり、それは仲間を裏切ったことになるのでしょうか。

3、「頼朝はなぜ、この寛容さを妻から学べないのか」1に関することで書いていますが、如何せん両名の置かれた立場は異なります。寛容にすればしたで、後々困ることにもなるでしょう。

4、これは頼朝に限らず、日本史上で天下を取った人物なら誰でもそうでしょう。昔は暗殺なども日常茶飯事だったりするし、ならば地盤を安定させるために、どうするべきかを考えるはずです。

5、ここでまた『麒麟がくる』ですか。最近(いい意味で)引き合いに出すのがこれしかないようですね。しかしこの書状と、平蜘蛛はちょっと違うのではないでしょうか。それと義時も、広常が字の稽古をしていることは知っており、自分が読み上げたため内容も把握してはいるでしょうが、実際にこの書状を書くところまでは見ていないわけですし。

6.広常が無邪気で無垢なだけのはずがないのに、そう思えてしまうからすごい。しかも、ああいう場面も、時代考証の先生の意見を取り入れつつ、当時の坂東武者の像を反映させて仕上げている。軽いだの笑えるだの言われてきた本作ですけども、いやいや、本当に恐ろしいドラマである。それにまだ序の口。これからは死屍累々、毎週のように陰謀と惨殺三昧になる。しかも敢えてエグい演出にしている

7.たびたび持ち出す『ゲーム・オブ・スローンズ』では、毎回死んでしまった人物をイラストにして公式サイトに展示するという、おそろしいコーナーがあった

8.上総広常のような人物を表現する言葉が漢籍にはある。飛鳥尽きて良弓蔵る。狡兎死して走狗烹らる。飛ぶ鳥が尽きて弓は片付けられる。素早い兎がいなくなれば、猟犬は煮られてしまう。天下草創のために血と汗を流して走り回ってきたのに、待っていたのは粛清だった――そういう人物の悲運は、こう振り返られる。広常誅殺の状況は不明点が多いけれども、このドラマではまさに走狗が煮込まれるような状況にあわせてきたように思える

9.『「鎌倉殿」源義高、大姫、安徳天皇 気品ある子供たちに「展開がつらい」と嘆く声』こちらの記事を読み、本作が順当に日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』になってきたと確信できた。あの作品は、序盤から子どもたちが酷い目に遭い続けるため、その時点で脱落した人もいる

10.大河ドラマで学ぶ人間関係――そんな記事を見かけるが、この時代の人間はメンタリティが違いすぎる。せめて上層への朱子学定着以降、室町後期あたりからの方がよいかと思う。そもそも、平時と乱世では社会のルールが違い過ぎ、現代日本で坂東武者のような世渡り術をやらかしたら、犯罪をやらかすことになりかねない。何をどうすれば、このドラマの人物に共感できるのか?そこは真顔で考えた方がよいかもしれない

6、いや実際コント的要素はかなりあります。たまたまあのシーンは、流石にお笑いを入れるわけにも行かないからああいう演出にしたわけですが、それと「敢えてエグイ演出」。これもそうですが、私は『青天を衝け』の平岡円四郎暗殺の演出にも、それに似たものを感じました。それとまだ「序の口」て、もう15回だからほぼ3分の1近くが終わっているのですが。

7、そしてまた『ゲーム・オブ・スローンズ』。「毎回死んでしまった人物をイラストにして公式サイトに展示するという、おそろしいコーナーがあった」などとありますが、登場人物が死んだシーンを描いたのならいざしらず、この書き方はちょっとないでしょう。ならば『おんな城主 直虎』で死んで行った登場人物の画像が、モノクロ化されて相関図にアップされていたの、あれも武者さんに取ってはかなりおそろしかったのではないでしょうか。

8、そしてまた漢籍です。つまり用がなくなれば処分されるということですが、元々これは獲物となるすばしっこいウサギがいなくなると、猟犬も不要になるということです。この場合の「ウサギ」はどのような存在であるのか、そこまで説明してほしいですね。しかし犬煮らるとは、犬食文化のある中華圏らしいです。

9、これはこちらの記事ですね。
いつかもデイリーの記事がありましたが、割と今年の大河に好意的なのでしょうか。しかしこれも、昨年だったらこたつ記事だ提灯だと言っていたに違いないでしょうね。で、また『ゲーム・オブ・スローンズ』について長々と書かれていますが、どう見ても自己満足にしか見えません。そして「『権力闘争をしたら、勝つか死ぬだけだ!』というのは、今週の頼朝、そして義時の心境にぴったりなセリフと言えるでしょう」などとありますが、それも武者さんがそう思っているだけではないのですか。

10、何だか乱暴な書き方ですね。大河に学ぶ人間関係というのは、恐らくは組織管理のあり方とか部下の育て方のヒントを求めるものであり、当然ながら社会システムも法律も全く異なる今の日本に、鎌倉幕府創設前夜の風俗習慣、果ては世渡り術を、そのまま取り込むことではありません。さらに
「せめて上層への朱子学定着以降、室町後期あたりからの方がよいかと思う」
また『麒麟』ですか。でも来年の大河も、室町後期あたりからですよね。

それからまだもう少し疑問点が残っていますので、この大河コラム関連、もう1度投稿予定です。

飲み物-カクテルとオイルランプ


[ 2022/04/22 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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