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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『舞いあがれ!』第16週「母と私の挑戦」第3話&第4話

第16週の第3話(第74回)と第4話(第75回)です。


第74回
出勤前の舞はネジの勉強に余念がなく、遅刻すんでとめぐみに言われて家を出て行く。そのめぐみは、斑鳩商事のネジの出荷のデータを見て、単価が安すぎて売るほど赤字になっていると藤沢に指摘する。その時はリーマンショックで仕事が減り、儲けが少なくてもないよりはマシと藤沢が単価を引き下げたのだった。済んだことは仕方がないと言うめぐみだが、これが赤字となってIWAKURAの経営を圧迫していた。

休憩時間に落ち込む藤沢。そして舞は笠巻からネジについて教わっており、笠巻は太陽光発電の時に発注されて、没になったネジを見せる。これでうちはえらい目に遭うたのに、まだ捨てていなかったのかと藤沢は言うが、笠巻に言わせれば、IWAKURAの技術がこれに凝縮されていた。2ダイ3ブロー(素材を2回押し込み3回打ちつける機械)で作ったネジである。舞は営業用にこのネジの完成品を貰う。ネジ好きな土屋がそれを見ていた。

さらに笠巻の補習が行われ、ネジの値段には金型代が影響する、藤沢はここを甘く見積もったと指摘する。この補習には、いつのまにか多くの社員が集まっていた。めぐみは金型1つで何本作れるかを尋ねる。笠巻は土屋に質問を振り、土屋は5万本てところかと答えて褒められる。金型が6万円なので、ネジ1本の金型代が1円20銭という計算になる。それに固定費や材料費を足したらと、めぐみは計算を始め、結局斑鳩商事のネジの値段は1本4円50銭にして、利益を出そうとする。

問題はそれを先方が受け入れるかだった。一方舞はカワチ鋲螺に行き、ネジを見せて、これを2ダイ3ブローで作るからコストを抑えられること。そして頭が大きくネジ部が短いという特殊な形状のため、丸ダイスで1本ずつ加工する工場が多いが、当社は独自技術を生産性の高い平ダイスで加工することを説明する。独自技術とはと聞きたがる森本に、社外秘だと舞。勉強しはったんですなと森本。

しかし森本は、お願いできる仕事はあれへんのですわと席を立つ。どんな小さな仕事でも精一杯やらせてもらうと言う舞に、森本はかつての浩太がだぶり、何やあんたのお父さん思い出しますわと言う。舞は必死に食い下がるが、結局仕事は貰えず、窓の外を飛行機が飛ぶ音が聞こえる。

めぐみと藤沢は斑鳩商事にいた。値段の交渉をするめぐみに、急にそないなこと言われてもなと担当の香川。そもそも藤沢がこの値段でお願いしますて踏み込むから、香川は受けたまでだった。さらに奥さんが社長になったことで、どこまでやりはるもんか期待していたが、それが値上げの交渉とは、やっぱり主婦が家計見直すみたいなことしかできはらへんのやねえと、歯に衣着せずに言う。

めぐみは主婦が家庭守るように、社長は会社を守らなければならず、材料費が高騰している今、このままの値段では会社を危険にさらすことになると反論する。あと3か月このままでやり、その間、4円50銭より安い値段で作れる会社をお探しになれたら、そちらに頼んでいただいて結構、けどそんな会社ありますやろかと言うめぐみ。

一方的に値上げをお願いするつもりはないが、めぐみは今後新しい依頼を貰えたら、設計段階でコスト面でメリットのある提案を、プラスアルファでさせてもらうように求める。さらに新しい価格は、弊社の職人たちの高い技術への、正当な対価と思っているとも言い、香川に頭を下げる。

藤沢は帰社後、めぐみのその姿勢をかっこよかったと社員たちに話し、そして「うちの職人らが持っとる高い技術への正当な対価じゃ。ワレ、文句あんのけ」と言ったなどと言い、垣内から奥さんそんなに柄悪くないと突っ込まれるが、一歩も引かずに決めてくれはったと藤沢は嬉しそうだった。

その話を立ち聞きした舞は事務所に戻る。仕事取れたのかとめぐみに訊かれ、全然と答える舞だが表情は明るかった。そこへカワチ鋲螺の森本から電話が入る。森本は薄型テレビのネジの、見積もりを頼みたいと言って来たのだった。取りあえず設計図を見てほしいと言われ、すぐ伺いますと嬉しそうに返事して出て行く舞の後を藤沢が追う。


第75回
舞と藤沢は会社に戻ってくる、すると社員たちがまだ休憩室に残っていた。山田曰く、お嬢さんが初めて仕事取ったって話したら、みんな図面見るまで信じへんてと言い、舞はいそいそと図面を見せて皆はそれに群がる。発注数も多く大きな仕事だが、土屋は設計者がいないのを気にしていた。設計、つまり、どのような工程でねじを作るのかを決められたのは先代社長の浩太と結城だけだったのである。すると結城に特訓されたと、尾藤がそれを買って出る。

しかし尾藤はしくじってしまう。5万円の金型がネジ1本を作っただけで壊れてしまい、笠巻は、塑性加工は色んな条件が絡むさかい、計算通りに行かへんもんやと言うが、尾藤は結城はいつも計算通りに結果を出していたと言う。無論結城の腕は現場で経験を積んだその賜物で、お前も焦らんと身に着けたらいいと笠巻は言うものの、納期まで一月で、誰か設計できる者を呼ぶしかなかった。社員は心当たりの人物を探すことにする。

舞は浩太の仏壇の前に座り、祈るような気持で結城に電話をする。しかし聞こえて来たのは留守電の声だった。舞は設計のことで助けてほしいと伝言を残し、うめづで待っていますと言うが、いくら待っても現れなかった。そして工場では尾藤も悩んでいた。その時足音がして結城が姿を見せる。結城は遅れたことを詫び、分かれへんことあったら、いつでも連絡してこいいうたやろと尾藤に言う。

そしてめぐみに、図面を見せてくれと頼む。めぐみはしばし悩むが、尾藤に図面を持って来させる。結城は壊れた金型も持って来させ、どの部分がよくなかったのかを把握すると、自分に金型を試作させてくれと頼む。渋るめぐみ。しかし結城はIWAKURAに恩返しをしたいと思っていた。相良は、他社の社員となった結城に図面を渡したことを訝る。お前にはプライドはないのかと尾藤に言うが、舞は結城に頼んだのは自分だと言う。

尾藤は結城が仕事の後、無償で手伝ってくれていること、来週の夜6時に作業をすることを告げ、社員たちの協力を求める。舞も、どないしてもこの仕事をやり遂げたいと頭を下げる。しかしそれやったら結城をちゃんと雇え、そんなんで品質が保てると思わへんと言う声も出る。その一方で山田が手を挙げる。しばらく合コンがないというのがその理由だった。土屋、藤沢も名乗りを上げ、お前らだけ残ってもなと宮坂も仲間入りする。しかし夜中までは許さんと言うのが条件だった。

無論笠巻も残ることになる。山田に礼を言う舞に、別にお嬢さんのためではないと山田。宮坂は、垣内ら他の部署もおらんと間に合えへんでと言う。そして結城がやって来る。宮坂はよう来れたなとまず口を開く。そして扇さん許してくれはったんやなと言うが、その宮坂に紛らわしい言い方すな、歓迎してへんのかと思うがなと笠巻。

その場の空気がほぐれ、やがて作業が始まる。結城は形状を変えた方がいいと言い、以前浩太とこれに似た加工をしたことがあって、油の吹き付け方の工夫なども教えて貰っていた。山田は皆に、うめづにお好み焼きを買いに行くと申し出、舞と藤沢も同行する。

しかしこのネジの転造の前に、寸法はいじらんとあかんかもと笠巻は言う。しかも試作品に結城は納得していなかった。こんな遅くまでありがとうと言うめぐみに、もうこんな時間かと結城。楽しくてあっと言う間だった、仕事する楽しさのようなものを、久々に思い出した、ここで仲間とネジを作るのがやっぱり好きやなあと楽しそうに結城は話す。

その結城に舞は戻って来てもらえませんかと口走り、すぐに勝手なこと言うてすみませんと打ち消す。ほな俺も勝手なこと言うわ、ホンマは戻って来たいと結城も同じ思いだった。そして家に戻っためぐみと舞は、結城に戻って来て貰えたらと思いつつも、雇い直すだけの金がないのも事実だった。

舞は風呂へ行き、めぐみは悠人から貰ったマンションのパンフレットを眺めて、悠人に電話をかける。シーンが切り替わり、めぐみは舞を始め、社員にIWAKURAの売却のこと、土地と工場を買ってくれた人に家賃を払い、ネジを作り続けることを伝える。その売却の相手は悠人だった。社員の間から動揺が走る。


営業回りが続きます。舞は笠巻のおかげで少しは詳しくなり、その点をカワチ鋲螺の森本に褒められるものの、肝心の仕事は貰えませんでした。一方藤沢に同行して貰っためぐみは、斑鳩商事の、ちょっとこわもてな感じの相手に交渉し、藤沢はその様子がかっこよかったと、社員に話して聞かせます。この交渉で相手に要求を飲ますのもさることながら、めぐみは経理の経験があるせいか、ネジ1本分の値段をさっと出すところなども、流石に仕事慣れしています。

そのめぐみの交渉について耳にした舞は、何やら心が弾むような感じだったのでしょう。仕事は貰えていないけど嬉しそうで、そこへカワチ鋲螺から電話がかかって来ます。薄型テレビのネジの発注でした。そう言えばちょうど地デジ化の時代だったのですね。舞が取った初めての仕事は大掛かりなものでしたが、肝心のネジを設計できる2人が最早おらず、結城の教えを受けた尾藤が作るもののうまく行きません。

結局結城に来て貰うことになります。めぐみは既に他社の社員になっていることもあり、結城に図面を渡すのをためらいますが、結城はIWAKURAへの恩返しのつもりでした。と言うか、仕事を貰うということは、とりもなおさずネジの設計と製造を意味するのですが、まだその辺りを決めていなかったようです。結城は試作品には満足していませんが、久々にIWAKURAでネジを作って楽しそうでした。

舞もめぐみも彼に戻って来てほしいのはやまやまでしょうが、如何せん3人の子供をIWAKURAの給料で養えず転職したわけですから、彼を再度引き抜くには、それなりの収益が見込めないとどうにもならなかったのです。ところで舞が結城に電話をする時に「章にいちゃん」と呼んでいますが、舞も社会人だし、ここは「結城さん」の方がよかったような気がします。無論後で顔を突き合わせている時は「章にいちゃん」でいいかと思いますが…で、結城が「結城さん」なんて、他人行儀だなどと言う設定でもよかったのではないかと。

そして最後でいきなりめぐみが、IWAKURAを売るなどど言っていますが、あれはめぐみの頭の中の風景なのか、それとも実際に起こっているのか、一体どちらなのでしょう。あと「どうなるIWAKURA」は、「どうする家康」の捩りでしょうね多分。

それと丸ダイスと平ダイスについて、山梨県の会社のサイトのURLを置いておきます。
https://www.nisseiweb.co.jp/formrolling.php?page=fmmachine


飲み物-白いカップの紅茶
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[ 2023/01/20 00:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』新キャスト発表と『ホリデイ~江戸の休日~』

8日から放送予定の『どうする家康』ですが、放送開始を前に早くも次のキャストが発表されています。

第8弾】出演者「乱世が生んだ怪物」を発表!
(NHK ONLINE)

武田勝頼役に眞栄田郷敦さん、足利義昭役に古田新太さんです。

眞栄田さんと言えば『ノーサイド・ゲーム』の七尾選手を思い出します。あの時のアストロズのGMの中の人が、『鎌倉殿の13人』の頼朝の中の人でした。それからNHKの夜ドラにも出演していましたね。

そして古田さん。今回は家康が主人公で、恐らく信長の視点も入るせいか、ちょっと食わせ物的なキャラになりそうです。少なくとも『麒麟がくる』の将軍義昭とはかなり違ったイメージでしょう。

しかし本文に
「江戸幕府を開く家康が、謁見した唯一の将軍・足利義昭」
とありますが、考えてみれば家康は義昭の次の征夷大将軍となるわけです。無論足利家と徳川家の違いはありますが。

それと先日放送されていたこちらの時代劇です。

新春ドラマスペシャル「ホリデイ~江戸の休日~」
(テレビ東京公式サイト)

現代と過去が共存するスタイルの「時代劇」で、記事中でも触れられているように、「江戸の休日」は『ローマの休日』を意識したものと思われます。内容としては若き家光が一心太助に預けられ、庶民の生活の中で修行をするというストーリーです。

実は部分的にしか観ていないので、今度観直そうかと思っているのですが、こういうスタイルのドラマは、大河だとちょっと考えてしまいますが、民放の時代劇、あるいはNHKでも大河以外の時代劇として放送するのなら楽しめます。無論オリキャラの存在も気になりません。

しかし現代との共存というのは、映画『大河への道』を思わせます。あれも大河の誘致に関係する人々を演じる俳優さんたちが、伊能忠敬とその周辺の人物も演じていましたね。

ところでこちらの家康公は、既に孫のいる年齢ということもあり、演じているのは高橋英樹さんです。そして、里見浩太朗さんは『どうする家康』にも、登譽上人の役で登場です。家康に「厭離穢土  欣求浄土」の意味を教えた人物ですね。


飲み物-ワインと暖炉
[ 2023/01/08 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関してのごくざっとした感想

ここのところ『どうする家康』の番宣が増え、いよいよだなと思うと同時に、『鎌倉殿の13人』がもう過去のものになったのだなと改めて思います。この大河ですが、やはり三谷さん脚本の前2作に比べると、正直言ってちょっと物足りなさを感じもしました。主に

平家があまり登場しない
女性たちのシーンが多い
クライマックスと言うべき承久の乱絡みの描写の尺を、もう少し多く取ってほしかった

こういった点です。
まず平家のシーンですが、どうも義時と八重の描写の方に尺が取られているように見えました。無論義時が主人公なのだから、それはそれでいいのですが、鹿ケ谷の陰謀が出て来ず、清盛と後白河法皇の関係の描写も思ったほどでなく、なぜ平家を討つ必要があったかが、少々わかりづらかった嫌いがあります。

それと女性たち、主に北条家の女性たちのシーンが多く、見方によっては彼女たちが男性陣をいわば焚き付けていたようにも見えます。ただりくの場合は野心家とい設定でもあり、夫を動かそうとしているシーンにはいくらか納得もできました。またもう少し、権力者となった頼朝の苦悩とか、義時と義村が執権と御家人という立場にそれぞれ分かれて行く、その戸惑いなども描かれてよかったかとは思います。

そして承久の乱。これは何度か書きましたが、3回ほどこの乱についてじっくり描くのかなと当初は思っていたし、武田も出て来るのかと期待していただけに、残念な気持ちもありました。どちらかと言えば乱そのものより、義時が如何に死ぬかに重きを置かれていましたね。

またやはりコントが絡むシーンが多いです。『新選組!』の時もコントはありましたが、屯所での生活でのそういうシーンはまだ納得できましたし、『真田丸』では、真田昌幸の表裏比興ぶりと噛み合った感もあります。ただ今回は、文覚の頭蓋骨のシーンはともかく、義経が戦がしたいと地団太を踏むシーンとか、全成の登場シーンなどは、あそこまでやるべきかなとも思いました。それと室内での人物描写が多いのは、やはり舞台的ではありました。

同じ時代を描いた大河として『草燃える』があります。総集編を以前観たこともあります。無論これと『鎌倉殿の13人』は別物ですし、どちらがいい悪いとは言いたくありません。こちらの方は最終章の主役が義時で、やはり執権としてダークな人物となり、御家人を粛清し、最終的に承久の乱までが描かれて行きます。この義時の描き方は割とよかったです。総集編すべての中で、この最終章はとりわけ面白く感じられました。

ただしこの大河には伊東祐之というオリキャラがいて、義時とはかつて同じ坂東武者でありながら、片や権力者、片や世捨て人のような琵琶法師と言う、別々の道を歩んでいるという特徴があります。この中での義時のダークな部分、俗世間での最高権力者であるがゆえの業の深さが、既に盲目の琵琶法師となった祐之の存在ゆえに、より一層クローズアップされているが故の面白さとも言えます。しかもこの祐之が盲目となったのは、義時との確執によるものでした。

あと先日の武者さん絡みでもう少し。あのコラムに関しては、比較対象が時におかしいことや、特定の人物をひたすら庇ったり、ほめたりするところも目に付きます。特に比較対象ですが、鎌倉時代と幕末を同列に論じるような記述も見られました。全く違う時代である以上、比較することそのものがどうかと思うのですが…今後も恐らくこの傾向は続くのでしょう。

かなりざっとした感想ですので、今後大河絡みでまた思うことがあれば書くかも知れません。


飲み物-ホットビール
[ 2023/01/06 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(2)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その4

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その4です。一応これで終わりとしますが、本当言って全文突っ込みたくなりますね。これが個人のサイトやブログで、無償で書いているのならそれはそれでいいのです。

しかし報酬を貰って書いていてこの有様です。無論こういう文章を何年間も書かせる方も責任があるでしょう。嫌いな大河の時には「辛口」の書評(とも言えませんが)だからとのことでしたが、『麒麟がくる』や今年の場合は、お世辞にも辛口とは言えません。と言うか、三谷大河はやはり擁護したいのですね。嫌いな作品で以下のようなシーンが出て来たら叩きまくるでしょう。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/26/172629


まず初回に出て来た「首ちょんぱ」関連で、

今回は敢えて時代劇から外した演出やセリフ回しを使用しています。
北条時政の「首ちょんぱじゃねえか!」という台詞は話題をさらいました。
こうした台詞は笑わせようというだけではなく、人物像や語彙力を示す上でも効率的であったといえます。
演出面でもGoTを参照したいとスタッフは語っています。
つまり“敢えて”これまでの時代劇でなくしているのです。
それが好みに合わないのであれば、”not for me”、「好みに合わない」で終わる話。叩くのは筋違いです。
(中略)
作る側が進歩したならば、見る側もそうあるべきではないか?と思うのです。

この「話題をさらった」というのは、当然悪い意味での話題もあったわけです。なのに
「それが好みに合わないのであれば、”not for me”、「好みに合わない」で終わる話。叩くのは筋違いです」
別にわざわざ”not for me”と英語を出さなくても、好みに合わない、自分向きではないと書けば済む話だと思いますが。
しかも
「叩くのは筋違いです」
「作る側が進歩したならば、見る側もそうあるべきではないか?と思うのです」
何とも上から目線の書き方ですね。なぜ作る側にこちらがすべて合わせないといけないのでしょうか。無論合わせたい人も当然いるでしょうが、何だこのセリフと思っている人が、異を唱えるのを許さないと言っているに等しいと思います。
尚、坂東彌十郎さんの時政は好きでした。

三谷さんが「原作」と語っている『吾妻鏡』は、そこまで信頼性の高い史料ではありません。
『吾妻鏡』のぼかした箇所、北条美化についての研究書は一般向けにも発売されているほど。
史料批判を考えれば、『吾妻鏡』通りにしろというのは、むしろ一体何を言っているのか?というような話となります。

『吾妻鏡』ですが、信頼性云々以前に、北条氏のためのものであるのは事実です。しかし三谷さんは公式サイトの中で
「今回で言えば、『吾妻鏡』という、克明に当時の記録が記された文献がある。もうこれが原作のつもりで書いてます。ここに書いてあることに沿って物語をつくり、書かれていない部分に関しては想像を働かせる」
と言っている以上、もう少し『吾妻鏡』に沿った描写もあってしかるべきだったかと思います。

そもそも大河ドラマで、歴史の勉強はできるようで、できませんよね。
大河の関連書籍を並べて「歴史の本を読みました」と言われても、それは受け入れられないでしょう。
いわば大河は”パティシェ三谷さんが作った鎌倉野菜のプリン“のようなもの。
いくら栄養たっぷりの野菜を使っていようと、
「このプリンはおやつじゃないんです。野菜を使ってます! サラダや野菜炒めと同じです!」
では話が通じません。
「いくら野菜を使っていてもプリンはおやつです。そう認識してください」
「いや、このプリンは健康にいい、野菜の風味も生きてて最高。そう野菜料理だという前提で食べているのに何でケチをつけられるんですか? プリンのカロリーぶん、ちゃんと他のものを減らしますよ」
こんな返答になりがちで、話の核がはぐらかされてしまう。
おやつはおやつです。
きっかけとしてはよいけれど、あくまで入口でしかない。
ではなぜ、この手の「史実と違う大河を受け付けんぞぉ!」という記事が出るか?

何だかわかりづらい例えですね。
問題は史実と創作の配分であるかと思うのですが。
要はこういうことでしょうか。

A「大河は史実あってこその大河、下手な創作など入れるべきではない」
B「しかし創作も入れないと、ドラマとして成り立って行きません」
A「その創作が面白くないと、ドラマのとしてのうまみに欠ける」
C「問題は、その創作を視聴者がどのように捉えるかではないでしょうか。無論視聴者によっては面白くないと言う人もいるでしょうから」
A「いや、やはり俺に取っては面白くない」
C「ならばいっそのこと、観ない方がいいと思いますよ。精神衛生面でもよくないでしょう。ただ、なぜ面白くないかと追求したいのであれば別ですけどね」
A「脚本家によってその創作の面白さはまちまちだからな」
C「それはそうですね」

それに「大河は」ではなくて、「『鎌倉殿の13人』は」ですね。すべての大河を三谷さんが書いているわけではありませんので。

ではなぜ、この手の「史実と違う大河を受け付けんぞぉ!」という記事が出るか?
需要があればこそメディアも供給するのであり、主に中高年男性向けの媒体が中心。
愛読書ランキングを作ったら、司馬遼太郎が上位に入りそうな媒体ですね。
読むだけで歴史や世の中の真理を学べるとされていた昭和の感覚です。
そんな気分がまだ残っているから「大河は史実に忠実でなければならん」という謎の責務が湧いてきて、また読者に支持もされるのでしょう。
大河で歴史を学ぶ弊害はそれこそ昭和の頃から指摘されていたんですけどね。

本当にそう言い切れるものでしょうか。ちゃんとリサーチをしていますか。武者さんの好き嫌いだけで判断していませんか。何せ昭和の風潮がとことん嫌い(と言っていい)武者さんのことです。ネガティブな感情がかなり露わになっているようにも見えます。
私も「大河が歴史の勉強になる」とは思いませんが、だからと言って司馬さんの作品を一概に否定しようとも思いません。ちなみに武者さん、後の方で司馬氏の『義経』は面白いと書いています。

かつて先祖顕彰は歴史を学ぶ上で定番でした。
いかに我々の先祖が偉大であるか。支配に正統性があるか。そのために大仰に顕彰することが当然であったのです。
しかし、こうした自国の歴史を顕彰する動きは、近年はもう“オワコン”です。
(中略)
日本の歴史には清く正しい偉人ばかりがいた。偉大な歴史だ!――そんな意識で大河を作っていたら、終わりかねません。
根深い問題が日本の歴史教育にあると思います。
日本史と世界史に分かれた状況。
これがネックになっているのではないでしょうか。
日本だけで歴史を見ていくと、世界史において普遍的であること、特に中国や朝鮮であったことを「日本独自だ」と誤解するような事柄も出てきます。

昔の大河でも、主人公の描かれ方は必ずしもいいものばかりではないのですが。
具体的にどのような大河が「清く正しい偉人ばかりで、偉大な歴史だ」になるのでしょうか。そして日本史と世界史に分かれているのは、もちろん日本と海外との交流が近代に入るまで限定的で、植民地化されなかったことも関係しています。
それと
「日本だけで歴史を見ていくと、世界史において普遍的であること、特に中国や朝鮮であったことを「日本独自だ」と誤解するような事柄も出てきます」
何だか乱暴ですね。

例を挙げます。
「徳川幕府は世界に例のない長い王朝です」
李氏朝鮮の方が長い。
「刺身みたいな生魚を食べるのは日本人だけ」
膾(なます)という料理が中国にはありました。要するに刺身です。
「羹に懲りて膾を吹く」「膾のように切り刻む」という言葉が有名ですね。
中国では時代が降ると膾が廃れただけであり、刺身が日本由来とか、生魚を食べるのは日本だけというのは誤解があります。
「あんパンみたいな菓子パンがあるのは日本だけなんだって、すごい工夫だ、日本人はえらいんだ!」
確かにそれはそうです。しかし、その発想はどこからかというと、饅頭の生地を洋風のパンに置き換えた発想です。
あんを生地で包む発想は、中国由来ですね。
日本の文化や歴史を誇ることをやめろとは全く思いません。
ただ、誇るならば正確であるべきだし、そのことで他国を見下すのはみっともないことでしょう。

「日本人だけ」と言っているのは、必ずしも「他国を見下す」ことにはならないと思いますが。
あと徳川幕府は王朝ではなく、李氏朝鮮と比較することはできません。これ確か以前、ツイッターで論破されていたのを見たことがありますが、まだこう言うことを言っているのでしょうか。
それと膾は「人口に膾炙する」にも登場していますね。元々は生魚や生肉を刻んだものであり、日本もかつては生肉を刻んだもの、そして生魚を刻んだものとして、膳の中央よりも奥に置かれたことから、向こう付けと呼ばれるようになりました。今はおせち料理の紅白なますが有名です。一方刺身は食品をスライスしたもので、その意味でやや膾とは意味が異なります。
それとあんパンの件ですが、確かにかつての中国大陸では饅頭があり、それが日本にも伝わっていますが、パンであんを包むのは日本独自の発想でしょう。

大河ドラマは史実に沿うべきか?
この問いかけは時代によっても異なります。
『鎌倉殿の13人』のように中世ならば、史料が少なく、断定できないため、むしろ創作しなければドラマになりません。
逆に、現代に近づき、近代ともなればむしろ史料は多い。
ゆえに想像力の入り込む余地がありません。
私は2021年大河ドラマ『青天を衝け』における捏造は厳しく批判しました。
そのひとつが
【天狗党の大量処刑を徳川慶喜は命じておらず、田沼意尊単独で決めた】
というものです。
これは問題だとしたところ「慶喜が決めたというソースがあるんですか?」と言われました。
逆に言いますが、慶喜が命令していないという“ソース”は2021年大河ドラマ以外ありません。
渋沢栄一ですら「慶喜公も天狗党の件はお辛かっただろう」と気遣い、慶喜自身も天狗党について語る時は口が重たかったとされます。
あれではかえって慶喜に対して失礼に思えました。

中世なら創作を入れていい
近代は駄目
これではダブスタに他ならないと思います。
幕末大河だって創作が入ったのはありますし、また入れて悪いというわけでもないでしょう。ただ、あまりとっぴな創作は入れにくいとは思います。
それと『青天を衝け』ですが、慶喜は第17回の終盤と第18回の冒頭で、自分の手で天狗党を処刑すると言っていますが。

エンタメなら別に最新の研究を追わなくてもいいでしょ……というのは自国で完結している時代までの話です。
近代となると国際関係にも影響が及んできます。
ここでも悪い例として『青天を衝け』を出します。
あのドラマでは渋沢栄一がベルギー国王・レオポルド2世を称賛する場面がありました。
渋沢本人の回想に基づいていて、当時はレオポルド2世の酷い植民地経営が無法とされていなかったことも確かです。
しかし、ベルギーではもうレオポルド2世を肯定的に評価することはありません。
その素振りを見せただけで国際問題となります。

自国で完結していようがしていまいが、最新の研究は必要だと思いますが。
そしてこの『青天を衝け』のレオポルド2世の件ですが、過去のある時点のことを描くのであれば、栄一がレオポルド2世のことをほめるのは当然でしょう。確かこれも、ツイッターで指摘されていたと思います。

はっきり申しますと……2015年以降の近代大河を信じることは、国際的な人間関係においてはリスク要因です。

それは武者さん、貴方が嫌いな大河だからでしょう。好き嫌いで「レビュー」を書くのは、大河またはエンタメの記事を書く上でリスク要因ではないのでしょうか。

考えるべきはリカバリです。
そこで三谷さんの出番ですよ!
三谷さんならば『新・幕末史』と同じ程度に最新研究を反映した大河を作れるでしょう。
そして私が長年大河ドラマに対して抱いている不満――北海道ご当地がないことも、解決できると思えるのです。
47都道府県があって、これだけ長く続いているのに、北海道ご当地大河がない。
これでどうして国民的ドラマと言えるのか?
私はそこに義憤を感じるほどです。
三谷さんが脚本で、大泉洋さんや金子大地さんが大きなキャストで出る――そんな北海道近代大河の実現を希望します。

はっきり申しますと…私は今後三谷さんが大河を書いても観ないと思います。
それについてはまた後ほど触れますが、三谷さんの作品だからとある程度我慢をして観ていたこともあり、それがいくらかしんどくなったからと言えそうです。
しかし何と言いますか、
「三谷さんだから作れるの!2015年以降の近代大河は駄目なの!北海道大河がないことに我慢できないの!」
何なのでしょうね。これ『鎌倉殿の13人』の総まとめなのに、なぜか北海道大河まで出て来てしまうのですね。

ところでこの少し前に
「これについては、もしかしたら私が過去大河について『史実と違う!とケチをつけていたじゃないか!』とご指摘されたい方もおられるかもしれません」
「ご指摘されたい」と「おられる」の併用も妙なものですが、それはさておき。これは後述するとあるのですが、どうもその後述が、前出の天狗党関連のシーンへの言及と思われます。

これについては既に書いているのでここでは述べませんが、好きな大河では史実に沿っていなくても、批判も指摘もなし(『麒麟がくる』の場合も似たものがあります)、嫌いな大河は史実に沿っていようが、自分が考える筋書き通りに運ばないと何かの如く叩く。炎上狙いにしても工夫が今一つだし、繰り返すようですが、なぜこういうのを書かせるのか不思議で仕方ありません。

あと最後の方に
「歴史を学ぶ魅力というのは、天命の軌跡を見ることだと思います。
どう考えたって、こんなものは何か人智を超えた作用で起きるのだろうと呆然としてしまうことがある」
とあります。こんなものとはラストシーンのことですが、残念ながらどう考えても
「人智を超えた作用」とは、私には思えませんでした。
しかし本当に「天命」という言葉が好きですね。『どうする家康』でも使うのでしょうか。

結局のところ、今までのドラマ本編のコラムで書いたことの焼き直しがあまりにも多く、とても5ページ使って書く内容とは思えませんでした。本当に大河のコラムを書ける人なら、2ページか3ページで無駄なくきちんとまとめるでしょうね。
それとこのコラムへの疑問関連投稿ですが、第6回だけやっていないので年明け、次の大河が始まるまでにやるつもりです。

あと武者さんの書き方、考え方の癖についてもまとめられたらと思います。武者さんはとにかく、好きな大河であってもどこかネガティブな雰囲気が漂うのですが、それは嫌いな大河に好きな(推しの)大河を超えてほしくないという願望によるものでしょうか。


飲み物-ホットウイスキー
[ 2022/12/31 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その3

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その3です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) -
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/26/172629


では本編、武者さんが好きなジェンダー論です。

立体感のある愛すべき悪女たち(小見出し)
『鎌倉殿の13人』には、悪女が何人も登場します。
牧の方。
実衣。
比企能員の妻・道。
北条義時三人目の妻・のえ。
ただ、彼女たちにも言い分はあるし、憎めない。そこが納得できるように描かれていました。
ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない。
悪女枠には入らない本作の政子や、八重、初も言動にはきついところがあります。
あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。
こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます。
演じる側も戸惑うことはあったものの、むしろいいキャラだと褒められることが多かったと振り返っています。

ここで思うのですが、実衣は「悪女」なのでしょうか。そう呼ばれるほど主体的ではなく、周囲が彼女にいわば甘いせいもあり、あそこまで権力の中枢に入り込んで来られたような感じです。りくの方がもう少し頭を使っているように見えます。
そして
「ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない」
ステレオタイプというのは、どのような意味でステレオタイプなのでしょう。如何にも悪女的なという意味なのでしょうか。それが書かれていませんね。

また
「あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。
こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます」
どんぐりをぶつけると「立体感のある女性像」になるのでしょうか。
第一「立体感のある女性像」て具体的にどのような女性像のことでしょうか。


女は再婚する(小見出し)
『鎌倉殿の13人』では、再婚する女性が複数出てきます。
八重。
巴御前。
比奈。
「貞女は両夫に見えず」という儒教価値観が根付く前の時代です。
それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする。
本作は逃げませんでした。
中世考証をしっかりした結果でもあり、より実像に近くなっています。

「『貞女は両夫に見えず』という儒教価値観が根付く前の時代です。
それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする」
「ぼかしたり変えたり」していたのは、どのような大河で、どの部分をぼかしたり変えたりしてでしょうか。それを明記してしかるべきでしょう。
第一こういう再婚は戦国時代でも見られます。それこそ江などその最たる存在ですし、儒教的価値観が根付く前というのは、鎌倉時代に限った話ではありません。

そして本作最大のジェンダー観における成果は、なんといっても北条政子でしょう。
政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました。
政子が義時を守るために戦えと言えば、御家人たちは奮起する。
政子がもういい、ご苦労様と見限ったら、義時は死ぬ。
演説の内容も、義時の最期も、ドラマの創作要素が入っている――要は、この作品は、政子が義時の運命を握る存在だったということです。
思えば頼朝の妻となることで、義時を運命に引きずりこんだのが彼女でした。
それでいて義時が政子を傀儡にしようとすると逃れ、自らが尼将軍となることでだし抜きます。
政子の全戦全勝。
男性主人公で、生殺与奪を女性が握っているなんて、なかなか画期的なことじゃないですか。

「政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました」
結果的にそうなったように見えるだけで、物語の流れを追う限りでは、彼女は理想論を振り回していたところもあり、義時をはらはらさせてもいました。まあ別に生殺与奪権を持たせずとも、もっとシリアスな展開とか、義時と組んでかなりダークな部分を見せるとかいうシーンがあり、共闘の後に弟を看取るという流れであれば、彼女が
「義時の運命を握る存在」
であっただろうとは思います。
そして
「政子がもういい、ご苦労様と見限ったら」
ではなく、
「お疲れ様、小四郎」ですね。しかも義時が息絶えた後にそっとつぶやいています。

日本のマスメディアや視聴者は、GoTのことなんかさして話題にしていないと思えます。
日本は世界的にみてもGoTの人気がそこまで高くないとも言われているのですが、それでも三谷さんやスタッフは意識して名前を挙げているのだから、記事にするならそこにふれるべきなのにそうしない。
人間は自分の守備範囲で話をしたいものです。
自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう。
結果、制作側の意図が通じなくなっていることがしばしばあり、そこを指摘していきます。

と言うより武者さん、貴方がことあるごとにゲースロにこだわっているように思えるのですが。
そして
「自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう」
それを言うなら武者さんも、『青天を衝け』をはじめ嫌いな大河を引っ張って来て、好きな作品と比較するのをやめてはどうでしょうかそもそも大河とは1つの枠であり、その中で放送された作品こそが、何らかの形で大河の持つべきものを受け継いでいる、あるいは受け継いでいてほしいから、比較する人が多いのでしょう。
あとたまたま昔のこのコラムを見て思ったのですが、制作の意図が関与しているはずの、あるシーンがおかしいと指摘したすぐ後で、別の事例を出し、それは制作側が決めることと断言している箇所がありました。何だか矛盾していますね。

「こんなのは時代劇ではない」
そんな意見もあります。
それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。
鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです。
例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。
構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。
馬の上から跳んで相手に飛びつく。
中世ならではの荒々しさの再現といえます。
同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。
当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。
存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。
帰蝶の立膝がありえないとされる。
いずれも当時を再現した結果、視聴者の知っている時代劇と違うとしてバッシングの対象となったのです。

「『こんなのは時代劇ではない』
そんな意見もあります。
それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。
鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです」
昔新春時代劇というのを民放も作っており、その中には源義経などを主人公とした作品もあったのですが、この場合は時代劇でも、平安~鎌倉時代を扱っていることになるのですが。

「例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。
構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。
馬の上から跳んで相手に飛びつく。
中世ならではの荒々しさの再現といえます」
先日も書いていますが、武者さんにはぜひ『太平記』を観ていただきたいものです。これも正に中世の日本の、しかも南北朝という乱世を舞台としており、あれの殺陣や合戦シーン、謀略シーンなどは、はっきり言って『鎌倉殿の13人』を上回るかと思います。

「同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。
当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。
存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。
帰蝶の立膝がありえないとされる」
どう見ても、あの化学染料を使ったような色合いが、当時の色彩であるとは考えにくいのですが。何か、毒毒しい印象さえ受けました。以前ご紹介しましたが、『どうする家康』の公式ツイの布地のサンプル、どう見てもこちらの方がその当時らしさを感じさせます。逆になぜ武者さんは、あの色を当時の色彩感覚と言い切れるのでしょうか。

どうする家康ツイ2(衣装)
そして
「存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる」
伊呂波太夫はまだいいでしょう。問題は駒です。何度も武者さんが書くので、こちらも何度も書かざるを得ないのですが、医者の弟子であった彼女がいつの間にか将軍の側女になり、やけに権限を持っていたり、大名家に出入りしたりするのは何か要領を得ません。また
「帰蝶の立膝がありえないとされる」
これに関しては、その当時は女性の立膝もあったとはされています。ただ、安土桃山時代以降でないと存在しないと思われるような、絨毯敷きの部屋が桶狭間の戦いの頃にあったのには驚きでした。

しかし真ん中あたりになると、どう見てもわざわざ小見出しをつけるほどでもないほどの文章が目立ちますし、また、自分の好きな『鎌倉殿の13人』はすべていい、批判するなと言っているようにしか見えないのですが。


飲み物-ホットラム
[ 2022/12/30 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 86その1

『武将ジャパン』大河コラム、第48回関連記述への疑問点その1です。尚紹介部分はあらすじと感想1で採り上げた部分に該当します。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー最終回「報いの時」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)


1.長澤まさみさんは、いわば天命の声。
歴史を俯瞰する意識というのが心地よい一年でしたが、思い返せば2021年大河『青天を衝け』の結末がどうしても解せなかったのは、その点です。
渋沢栄一が亡くなった後、昭和という時代に日本はアジア太平洋戦争へ突入し、史上最大の損耗を迎えた。そういう絶望的な未来が眼前に迫ってきているのに、どこか明るいスタンスで、どうにも歯がゆかった。
今年はそれを克服しました。

『鎌倉殿の13人』の最終回コラムのはずなのに、のっけから『青天を衝け』叩きですか。武者さんも懲りませんね。
あれは孫が血洗島に行って、祖父の若い頃と出会ったという設定、しかもその祖父は今の自分の年齢よりも若く、その後志士ともなり、一橋慶喜に武士として仕え、さらに欧州へ行ってその当時の最新知識を目の当たりにするという意味で、まだまだ希望にあふれる青年の姿ですから、明るいスタンスなのは当然です。
それより前に、アメリカに行って日本人移民の排斥について訴えたり、演説をしたりする方がかなりシリアスな展開なのですが、そういうのをちゃんと観たのでしょうか。

2.細かい点ですが、家康が割とラフにお茶を飲んでいましたよね。
そもそも武士が気軽にしっかりと本を読んでいた。
『麒麟がくる』の光秀も『吾妻鏡』に目を通していましたが、鎌倉と比べてそれだけ文明が進歩した。お茶も教養も身近になった。
武士は文武両道の存在となったのです。

あれお茶でしょうか。白湯か水ではないかと思います。その当時のお茶と言えば、所謂茶の湯で、茶室で点てるものではないでしょうか。そしてまた「文明」などとありますが、この場合は主に精神的な部分に関わっているのだから、文化と呼ぶべきではないでしょうか。

3.今は盛り上がっていても、いざ上皇様が出てきたら戦えるかどうか、疑わしいと踏んでいます。
これも重要な伏線でしょう。

三浦義村のセリフですが、伏線というか、この場合はやんごとなき人に対して弓を引けるかという意味かと思われます。

4.このドラマで序盤から出てきている相模の武士たちは箱根を背負って戦う誇りがあった。
幕末でも、切れ者の小栗忠順はその地の利を計算に入れて防衛戦を考えていたわけです。
実際は、及び腰の徳川慶喜が却下して終わってしまうのですが、『鎌倉殿の13人』は俯瞰で見せてくるため、時折、意識が幕末まで飛んでしまいますね。

武者さんがそう思っているだけではないでしょうか。普通箱根という地名だけ聞いて、小栗忠順を思い出す人は限られるかと思います。常に『青天を衝け』が嫌いなものとして潜在意識下にあるため、連想しなくてもいいのに連想してしまっているのでしょう。

5.確かに彼女の限界も浮かんできますね。
武士の妻ならば、我が子がこの大戦で兄を上回る戦功を立てるべきだ!と考え、叱咤激励せねばならない場面なのですが、要は彼女には覚悟が足りていないのです。
その一方で、なぜ、ああもふてぶてしく髪を梳かしているのか?
この美しさを愛でるのは自分だけ。だからうっとりと鏡を覗き込む。そんな風に行動しているのだとしたら、とことん寂しい人に思えます。

のえのことですが、その後の義時との会話にあるように、自分に対して黙っていたことに対する怒り、それによる夫への不信感や、戦への興味の薄さなどなどが、こういった投げやりな態度として表に出て来ているのでは。

6.思えば三善康信の誤認識で始まった源頼朝の戦い。その結果、鎌倉に武士の政権ができ、朝廷と対峙するにまで成長しました。
運命の鍵を握っているのは、この老人かもしれません。

この間も三善康信の誤認識を取り上げていましたが、あれは頼政軍の残党狩りを、頼朝への攻撃と勘違いしたためでした。ならば内裏の火災という承久の乱の発端を引き起こした源頼茂、この人は頼政の孫に当たりますが、その関連性もまた指摘してしかるべきかと思います。

7.「執権の妻がこんな大事なことを人から聞くってどういうこと?」
のえに責められる義時――「夫が妻に何も伝えていない」というのは、執権がどうとか、そんなことに関係なく大変なことでしょう。

執権と言う鎌倉では最高権力者であり、そのためすべてに於いて責任を持つはずの人物が、かような大事なことを黙っていたとは何事かとのえは言いたいわけですね。

8.ここでの義村は、彼の限界が浮かんでしまってますね。
「人の心がどう動くか?」という見立てがどうにも甘い。北条政子の演説や北条泰時の人柄を過小評価してしまっている。理と利に聡いと、こうなってしまうのかもしれません。
では義村が頼ろうとしている後鳥羽院は?

人の心がどう動くかと言うより、義村はこの場合面従腹背なところもあり、その時々の様子を見て誰に付くかを決めているわけです。自分に不利になったらなったでしれっとこのまま北条に付くわけで、実際そうなりましたね。

9.敵の兵数は、ある程度、計算はできるものです。
2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』では、序盤で斎藤道三が、我が子の斎藤高政と、明智光秀に数珠の数を数えさせていました。
高政がうまくできないと、それでは戦に勝てないと失望していたものです。
では実際、どうすれば兵数を把握できるか?
例えば、進軍速度、かまどからあがる煙など、判断材料は色々とあります。
そういう根拠が無く、願望だけで戦況を語っているから官軍はまずいのです。合戦への想定が全く足りていません。

ある程度計算はできるも何も、鎌倉軍は途中で自然発生的に増えて来た部分もあるし、京方は御家人が到着していないなどの理由もあったため、駒が足りないまま戦わざるを得なくなったわけでしょう。その「かまどから上がる煙」とは、あるいは仁徳天皇の逸話ですか?色々な方向から引っ張って来ていますね。

10.戦国時代のゲームを見ていると、甲冑はじめ衣装は美麗なのに、一目で中国産だとわかる場合があります。
それは高い城壁を備えていることです。
『進撃の巨人』のように、都市が城壁でぐるりと囲まれていることが、中国やヨーロッパでは当たり前でしたが、日本の都市にはそれがない。
ゆえに「川」が非常に重要な防衛線となりました。

武者さんはこのコラムの、第41回の「義盛、お前に罪はない」に関する記述でこう書いています。

日本には中国大陸由来のものがたくさんあるわけですが、攻城兵器はそうでもありません。
お隣・中国では、『三国志』ファンならピンとくる「衝車(しょうしゃ)」や投石車がありましたが、城壁がそこまで堅牢ではない日本では発達してきませんでした。
「城」というと、現代人は天守閣を思い浮かべることでしょう。

これに対して私は

元々日本は城郭都市がありません。そこが中国ともヨーロッパとも違う点であり、それによっていつでも城下への出入りが可能で、人や物の流れを容易にして来たとも言えます。

と書いています(原文ママ)。
あの時は「城壁がそこまで堅牢ではない日本」とあるのに、今回は「都市が城壁でぐるりと囲まれていることが、中国やヨーロッパでは当たり前でしたが、日本の都市にはそれがない」と断言していますね。

11.ドラマをご覧になられていて「承久の乱って最終回だけで大丈夫なの?」と疑問に思われた方も多いでしょうが、宇治川の防衛戦に注力すれば表現としてはなんとかなります。
ゆえに本作でもかなり盛られていて、本来は参戦してなかったはずの北条時房、北条朝時、三浦義村も戦場にいました。
(中略)
思えばこのドラマでも、川は序盤から大事でした。
頼朝の挙兵直後、北条と合流しようとした三浦軍の前に、増水した川が立ちはだかり、父の三浦義澄は苦渋の決断で断念する一方、子の義村はあっさり北条を見捨てていましたね。
冷たいと言えばそうかもしれませんが、増水で川を渡れないという言い分なら相手も納得するしかありません。

承久の乱を描くと言うのは戦後処理、その後の新しい体制も含まれるわけです。また宇治川の攻防では、先陣を切ったのは佐々木信綱とされていますし、無論名の通った御家人の犠牲者も出ています。またあらすじと感想で書いたように、戦より義村の裏切りの描写の方が目につきましたし。戦そのものと戦後処理、さらに義時の最期でせめて2回分は使わないと難しいと思ったのですが、やはりその後の新体制についてはかなり端折られましたね。

それとこの増水した川の件ですが、この回放送の内容について武者さんは、「宋襄(そうじょう)の仁」を例に出しています。ここで出すと長くなるので、改めて書こうと思いますが、私はこの時の義澄の態度(去就宣言のために、和田義盛にひと暴れするように命じたこと)がは、宋襄の仁本来の意味である無用の情になるのか、また本来の宋襄の仁は、敵軍が川を渡っている時に攻撃すれば有利なのに、相手を困らせずにと無用の情をかけたため、自軍に取って不利になったということなのに、武者さんの記述には川についての言及がないことを書いています。

12.日本では、船の進歩も原始的でした。
司馬懿が主役の華流時代劇『軍師連盟』あたりをご覧になられると一目瞭然でしょう。
同作品では、帆をつけた船団が水上戦をします。中国では、黄河と長江という二大河川が国内を横断しており、戦闘用の船が古来より発達していました。
それが日本では、鎌倉時代になっても、小舟の基本的な構造は弥生時代とさほど変わりません。
当時は竪穴式住居も現役で稼働していたほどであり、そういう時代の合戦映像は貴重なのでじっくり見ておきましょう。

まず日本の場合は、中国のような大河がないのも大きく関係しているでしょう。一方で日本は島国であり、所謂水軍が昔から存在していました。これも実は少し前に書いていますが、その水軍はかなりの力を持っており、宋との交易船レベルの船を持っていてもおかしくなかったでしょう。

13.そして此度の大勝利を祝います。なんでも「自分を担ぎ上げた奸賊どもをよう滅ぼした!」という構図にしたいらしい。自ら義時追討の院宣を出しておいて白々しいにも程がある表裏っぷりですが、これも実は東洋の伝統的な構図で、明代の靖難の変、李氏朝鮮の癸酉靖難が典型例です。

上皇の院宣が、義時追討のものであることはこの前の回で触れられています。つまり戦を起こすものではなく、だからこそ義時は自ら上洛することにした、少なくともそのように見せかけたわけです。それを考えれば、上皇の言葉がいくらか自己保身的であるとは言え、このようになるのも分からなくはありません。

14.日本史上最大の怨霊とされる崇徳院って、実は流刑先で穏やかに過ごしていたそうなのですね。
一方で後鳥羽院は全力怨霊アピールをした。
後世の人は「ああ、後鳥羽院でもこうなら、崇徳院もきっとそうなんだな」と、その呪詛ぶりを遡って適用したのです。

この後鳥羽上皇怨霊説は、実は皇位継承も絡んでいると言われています。特にこの当時は、怨霊という存在への畏れは相当なものだったでしょうし、これを流布させることで、上皇が望んでいた仲恭天皇への継承が、有利となったからとも言われています。

15.別の神に負けた神は、矮小化された小悪魔や妖怪に変えられてしまうことがしばしばあります。
そういう愛嬌のある妖怪のような姿になっちゃって。
恐ろしいのではなく、なんだかかわいい。
しかもその転落の理由が、後鳥羽院の卑劣さ、臆病さ、無責任さという、人間的欠陥であること。
結局のところこの“神”は、切れば真っ赤な血が出る存在であったのです。なかなか画期的な描写ではないでしょうか。

何が「画期的」なのでしょうか。そして後鳥羽上皇のみが卑劣で臆病で無責任と言えるのでしょうか。義時も腹黒さでは相当なもの(この腹黒さの描写についてはまた改めて)だし、上皇が化かし合いと言ったのもその意味では納得できます。
それと愛嬌のある妖怪とか、神が矮小化された小悪魔とか書かれていますが、上皇は剃髪し、しかも文覚に頭を噛まれるという実に好ましからざることをされたに過ぎません。そもそも創作ではありますし、多分にこの大河らしくコント的にはなっていますが、神が小悪魔や妖怪に変えられるという点では、日本の妖怪譚やケルトの妖精話の方がふさわしいのではないでしょうか。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2022/12/21 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第48回「報いの時」あらすじと感想-1

第48回(最終回)「報いの時」その1です。今回は1時間枠なので、3回に分けて投稿します。


夏のある日。『吾妻鏡』を読んでいる1人の青年がいた。時は永禄7(1564)年、所は三河。この青年こそ、後に征夷大将軍として、鎌倉幕府同様、坂東に幕府を作ることになる徳川家康である。いよいよ承久の乱ということで胸をときめかせるも、椀の水をこぼし、どうしようと途方に暮れる。

盛り上がる御家人たちを見て、勝つかも知れんと長沼宗政は言うが、三浦義村は、彼らに本気で上皇様と戦うつもりがあるのかと冷静だった。実際彼らは京まで攻め込まず、守りを固めることを話し合っており、できれば皆戦いたくないのよと義村。一方二階堂行政は孫ののえに、なぜ婿殿を止めなかった、このままでは朝敵だぞと語気を荒げるが、のえは泰時や朝時にもしものことがあれば、政村が跡取りになるとすましたものだった。その頃は鎌倉が灰になっておると行政。

そして時房は軍議で、一気に京へ攻め込む案を持ち出すが、泰時は御家人たちが坂東を離れたがらない、軍勢を揃えるのは時間がかかると言う。大江広元は、速やかに追討軍を贈らなかった平家の例を持ち出し、義時は自分が総大将となって兵を出すと言う。広元は執権はここにいるべきと言うが、こんなことになったのは自分のせいであると義時。

そこへ三善康信が現れ、必勝の策としえ京へ攻め込むように言う。しかも総大将は泰時だった。兵が集まるかどうか懸念する泰時に、北条の示す覚悟にかかっている、だからお前がやるのだと義時。しかし兵の数泰時込みでは18人だった。頼朝様も山木攻めの時は24人だったと言う義時。その時のように兵が集まればと言う泰時の肩を、お前に託したと義時がつかむ。

縁先の義時にのえが近づく。政村を後継者にしないと言われなかったことをのえはなじり、悩んだ末に言わなかったという物言いはやめてほしい、執権の妻がこんな大事なことを、他人から聞くとはと不満を洩らす。そして三浦館でも戦闘の準備が続いていた。泰時が発ったという宗政の知らせに、2000の兵が集まればいいところだと義村。義村は合流すると見せかけ、木曽川の手前で背後から攻め込んで、泰時の首を手土産に京へ入ると言う。

しかし平盛綱によると、泰時軍の兵は1万を超えていた。そして後鳥羽上皇への文には、東海道、東山道、北陸道合わせて19万の軍勢を上洛させるので、西国武士との合戦を御簾の隅からご覧あれと記されていた。上皇は藤原秀康に今動かせる兵の数を尋ね、1万余りと秀康は答える。相手は19万だと藤原兼子、まやかしに決まっておると上皇。そして6月5日、泰時軍は秀康軍と木曽川で衝突し、数の勢いで秀康軍を破る。

そのまま京に向けて進軍した泰時軍は、宇治川で官軍と対峙する。官軍は橋を落としており、ここで戦は膠着状態となる。平等院で攻めあぐねている泰時軍に対し、義村は、戦の経験のない者はこれだから困ると言い、朝時はじじい、うるせえんだよと憎まれ口を叩く。誰が言ったと義村。時房は兵が無理に川を渡ろうとして溺れていると言い、そんな時は川上から渡れと義村は言い、また朝時がわけわかんねえんだよ、じじいと言ったため、義村は誰が言ったと今度は声を荒げる。

盛綱はあれしかないと言う、和田合戦の時に民家の戸を壊して矢除けにしたように、今回もあり合わせの物でいかだを作り、運搬手段とするのである。ただいかだを押す役目の者は鎧を着られないため、対岸で敵の餌食になる心配があった。結局泰時はいかだ作りを命じる。相手が川を渡るのを見て、官軍の兵は矢を放ち、泰時軍は盾板を前面に出して矢を凌ぐ。近寄って来る相手に秀康は、迎え撃つことを命じる。義時も政子も実衣も、鎌倉で勝ちを祈り続けていた。

こりゃ勝つなと義村は睨むが、上皇様が出陣されれば、流れは変わるとも思っていた。弟になんとかさせると義村。この時いかだを押していた盛綱は、矢を受けて絶命する。泰時軍はさらに京へと進み、思いがけない展開に上皇は、義時の首を取るだけでよかったのだと吐き捨てるように言う。その時胤義が秀康と戻ってくるが、兼子は御簾を下ろし、彼らを叱責するが、胤義は上皇の出陣を乞う。兼子は反対し、後白河院の御遺言を思い出されませと叫ぶ。

これが上皇の決心を鈍らせる。上皇は室内へ戻り、ここを出るわけには行かぬと言う。同じ頃鎌倉では、祈祷に疲れてうたた寝をしていた政子に、泰時の軍が京に入ったと義時が伝える。泰時がやってくれたと義時は言い、政子も祝意を述べるが、それは朝廷を裁くことをも意味していた。時房は上皇に拝謁し、このような形でまたお会いするのは無念と述べる。しかし上皇は見事な勝利であり、自分を担ぎ上げた奸賊どもをよう滅ぼしたと喜んでいるかのようだった。

時房の顔が険しくなる。上皇は義時にはそこのところよく話しておいてくれ、お前が頼りぞと言い、戦の疲れを癒すようにとも言う。義時はこのことを記した文を見て、後白河法皇の時も同じだったと洩らし、広元は上皇を許すかと尋ねる。そして義時が上皇に対して行った裁定とは隠岐への流罪であり、それには罪人用の逆輿が用いられることになる。期日は7月13日だった。上皇はこれを不満とし、幾たび生まれ変わっても呪ってやると暴言を吐く。

やがて剃髪した上皇は僧衣に身を包み、隠岐へ向かうべく廊下を進むが、輿を担ぐ者たちの中にある顔を見つける。それはあの文覚で、不敵な笑みを浮かべながら隠岐はいい所だ、一緒に暮らそうと上皇にまとわりついて頭を噛み、やがて離れた。上皇はその後の生涯を、隠岐で送ることになる。


まず最初のシーン、『どうする家康』がいきなり始まったかと思った人も多いでしょう。あるいは「どうする家康0」的存在なのでしょうか。面白いと思う人もいれば、これはちょっとどうかと思った人も無論いるでしょう。私もちょっと違和感はありましたが…。尚脚本協力に、古沢良太氏の名前がありました。

三浦義村。何だかんだ言いつつも、北条を裏切ることは諦めていないようで、隙あらばその機会を窺っています。また上皇の出陣を密かに期待してもいます。実際上皇は武装して比叡山に向かい、僧兵の協力を求めたとも言われます。あと後白河法皇の遺言とは
「守り抜かれよ、楽しまれよ」
ですね。

その義村、かつて年長の御家人たちをじいさん呼ばわりしていましたが、いつの間にか自分がじいさんと呼ばれる年齢になっていました。とは言え、聞こえよがしに言う朝時も朝時ではありますが。で結局いかだを作って川を渡るわけですが、この時鶴丸、盛綱が矢を受けて亡くなります。しかし実際の盛綱はその後も30年程生きており、内管領長崎氏の祖となっています。

そして時房、またも上皇に目通りすることになりました。上皇はすっかり、この者なら自分の意を鎌倉に伝えてくれると思っているようですが、実際はそう生易しいものではなかったようです。あとこの時房の格好ですが、この人はこの当時、既に国司となっている以上、服装は狩衣であり、平侍のような直垂に侍烏帽子ではなかったのではないかと思います。また、拝謁時は鎧姿ではないのでしょうか。

しかしこの承久の乱、やはりと言うかかなり端折られた感があります。実際の乱は、朝時は北陸道を進軍していますし、武田信光と小笠原長清も参戦しており、東山道を京へ進軍しているわけですが、そういう描写はありませんでした。泰時の軍が京に入った後も、秀康や胤義は徹底抗戦しているはずなのですが…2回くらいかけて、京や鎌倉と絡めてこういう様子を描けば面白かったかも知れません。

と書くのも、今回は最終回と言うことできちんと観ようと思っていたのですが、この承久の乱が、義村が北条を裏切るための場のようになっていること、上皇と時房の対面、さらに隠岐に送られる上皇の描かれ方などがあまり面白くなく、結局20分ちょっとで視聴を止めてしまいました。それまでもちゃんと観た回、リアルタイムで観ずに録画だけ観た回など様々だったのですが、最終回と言うのは、普通はわくわくするものなのに残念です。

あとこの承久の乱で武士の時代が確立したと言われたり、ナレでも、国の成り立ちが根こそぎ変わるといった表現が使われていますが、武士が朝廷を無力化し、自分達だけの政権を築き上げるのは室町時代になってからです。室町幕府成立後は様々な面で変革が起こりますが、南北朝の内乱が影響していると考えられています。

飲み物ー暖炉とお酒
[ 2022/12/19 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』ナレ担当の決定、そして『鎌倉殿の13人』をちょっと振り返ってみます

まず『どうする家康』のナレが、寺島しのぶさんに決定したようです。

「どうする家康」語りは 寺島しのぶさんに決定!
(『どうする家康』公式サイト)

寺島さんと言えば、『龍馬伝』の龍馬の姉・乙女が懐かしいです。それにしても記事中にある「語りの“中の人”」とは何なのでしょうね。

さて『鎌倉殿の13人』はいよいよ承久の乱、後鳥羽上皇隠岐配流と義時の最期を残すのみとなりました。これがどのような描き方になるのかはともかくとして、今まで観て来て思ったのは、やはり良くも悪くも三谷さんの大河だなと言うことでした。(ちょっと批判的になります)

それも今までは敗者の物語であり、特に『真田丸』は、犬伏の別れで父親と次男、長男がそれぞれ別の人物に付き、敗北を経て九度山で再起を目指すことになるわけで、いくらかの飛躍(「幸村」の命名など)があっても納得できるものもありました。しかし今回は勝者の物語であり、敗北から再起することによる感動というのはやはり生まれにくくはありました。

そのせいもあって、義時をかなりダークな人物に仕立て、三浦義村を相棒的存在に持ってくる一方で、周囲の、たとえば政子や泰時などは、どちらかと言えば理想論を持ち出す人物として、いくらか中和させているかなという印象があります。ただこれまでも書いていますが、政子は実朝が死んだ時点で腹をくくり、義時と同盟してもよかったかと思います。

逆に、義経が追われる方が従来の三谷大河らしさを感じさせもしました。それからやはり敗者である木曾義高の逃亡にしても、『吾妻鏡』にある通り、馬で木曾に戻る途中で討ち取られる描写でよかったかと思います。これだと木曾に戻って、兵たちを集めて父の敵を討とうとしている様子が伝わってくるのですが、こちらでは義時不信のため自分から、しかも無防備なまま抜け出したため、そういったひたむきさに欠ける嫌いもありました。

それとやはり平家の出番があまりありませんでしたね。この平家もまた敗ける側であり、描き方によっては三谷大河らしい敗者の抵抗が出せたかと思うのですが。やはり三谷さん、今回は、勝者が己のしたことを悔いるストーリーにしたいのでしょうね。

ところで三谷さん、NHK出版の『鎌倉殿の13人』完結編で、
「シェイクスピアは日本の鎌倉時代を知っていたんじゃないかと思うくらいに、彼の作品とこの時代はぴったり合うことが分かりました」
とあり、確かに幾分似通ったところはあるかと思います。

それに続いて、和田義盛と源実朝は『ヘンリー5世』のフォルスタッフとハル王子、公暁は『ハムレット』、そして三浦義村は『オセロ』のイアゴーにそれぞれなぞらえられています。しかしフォルスタッフやイアゴーはともかく、私としては、公暁はどう見てもハムレットには見えないのですが…。

あとパペットホームズに出演した俳優さん、声優さんもいましたね。これについてはまた改めて。


飲み物-テーブル上のマグのビール
[ 2022/12/11 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』公式サイト関連で少し

では先日ご紹介した、『どうする家康』公式サイトのURLを改めて置いておきます。

https://www.nhk.or.jp/ieyasu/

今のところ主演の松本潤さんと脚本の古沢良太氏、そして登場人物の紹介がある程度ですが、放送が近づくにつれて、色々なコンテンツがアップされてくるのでしょう。尚ガイドブックは12月23日発売予定となっています。

キャストに関しては、今まで何度か発表の度にご紹介していますが、井伊直政役が板垣李光人さん、穴山梅雪役が田辺誠一さんと、『青天を衝け』に出演した俳優さんが2人いますし、今年以仁王を演じた木村昴さんも渡辺守綱役で再登場です。その他過去の大河経験者も多く、何よりも『軍師官兵衛』の主演、岡田准一さんが今回は信長役で登場です。今のところ家康(松平元康)とその家臣団に加え、周囲の大名とその家臣が中心となっています。この大河はお田鶴の方が出るのがちょっと楽しみです。

あとこちらも歩き巫女が出て来ますね。千代という名で古川琴音さんが演じています。他にもオリキャラが出て来ますが、やはりオリキャラと言うのは、創作の中で動かしてこそのものではあるでしょう。それから時代を反映してか、忍びも何名か登場します。

それと脚本以外のスタッフの紹介はまだありません。これも今後アップされて行くことになるのでしょう。


飲み物-エスプレッソ2
[ 2022/12/06 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』第46回「将軍になった女」あらすじと感想-1

第46回前半部分に関してですが、その前に。『どうする家康』の公式サイトです。

大河ドラマ「どうする家康」

それから新キャストも発表です。このような一文もあり。
「放送まであと1か月余り。本当に、“麒麟(きりん)は来る”のでしょうか?」

【第6弾】新たな出演者を発表!
地位か、名誉か、正義か、お金か?

詳しくはまた改めて。
では『鎌倉殿の13人』あらすじと感想です。

実衣は戯言だと前置きしつつ、時元を鎌倉殿にしたいと三善康信(善信)に言う。それには宣旨が必要だと康信。実衣は三浦義村にその件で尋ね、義村はこちらから願い出るしかないと言う。普通は無理なのだが、すぐに鎌倉殿が立たないと政が乱れる、次は時元殿に決まったと朝廷に伝えるのである。後鳥羽上皇を欺くことになるが、実朝が暗殺された今ではうまく行く、手筈は自分が整えると義村。時元が将軍となった時、執権は平六殿、あなただと実衣は言う。

小四郎はどうすると尋ねる義村に、「誰?」と実衣。その義村は義時に、実衣が食いついて来たから、後は時元に挙兵させればよいと伝える。時元はかつての全成の所領だった駿河の阿野荘にいた。その時元を謀反人として討ち取るわけだが、命まで奪っていいんだなと義村は念を押す。災いの種は放っておけば、公暁の時のように必ず燃え上がると義時は言い、こうつぶやく。
「鎌倉は、誰にも渡さん」

上皇は読んでいた文を後ろに放り投げる。不始末により親王の下向を辞退するかと思っていたら、逆に催促して来たのである。藤原兼子は断らせようとするが、慈円はあくまでもこちらから断らせようとしていると述べ、いっそ話を進めるかと上皇。そして慈円に、決して向こうの思い通りにさせるなと命じてこうも言う。
「こうなったら化かし合いよ」

時元に実衣から、宣旨が下りる算段がついたから、届いたらすぐ挙兵しろといった内容の文が届く。かし2月22日、時元は義時の兵に館を囲まれ、自害に追い込まれる。政子は子を失った実衣を抱きしめるが、実衣は政子の腕を払い、姉上のせい、姉上が頼朝と一緒になるから、何で私までこんな人生を歩まなければならないのと涙を流す。政子は、時元の謀反に実衣がどれだけ関わっているかの詮議が行われることを伝える。

関わっていたら処罰されるわけだが、実衣は望むところ、時元を1人で逝かせはしないとまで口にする。しかし政子は貴女に死んでほしくないと言い、何を言われても認めないように諭す。そして実衣は頭を丸めた広元の尋問を突っぱねる。広元は康信が、実衣から宣旨について訊かれたと話していたことに触れるが、歳のせいかよく覚えていないと康信。

やはりその場にいた泰時は、謀反に関わっていた証しはないから、これ以上の詮議はと言いかけたところへ、朝時が現れる。時元が籠っていた寺で文が見つかり、しかも宣旨を頂ければあなたが鎌倉殿、挙兵すれば御家人は従うと言った内容だった、実衣は自分の筆跡ではないとしらを切る。広元は泰時に、叔母である実衣の文字に見覚えがあるかと尋ね、泰時は分かりかねると答える。

広元はさらなる追跡のために、実朝の遺品の中の実衣の書状を調べることにするが、ついに実衣は自分がやったと認める。しかし実衣の処罰を巡って義時と政子が対立する。混乱に乗じて、時元を鎌倉殿にしようとした実衣は許されないと義時は言い、義村は実衣の書きかけの書状を見せ、宣旨を頂くつもりだったようであると政子に言う。政子は長年にわたって自分を支えてくれたと言うが、その身内に裏切られたのだと義時。

泰時は源氏嫡流最後の男子であり、鎌倉殿の座を望むのも無理がありませぬと言うが、時元が正しかったのかと義時に問いただされる。また広元は身内だからこそ厳しく応じるべき、それでこそ御家人たちは、尼御台への忠義を誓うことになると主張する。しかも義時は実衣の首を刎ねるつもりだった。女子の首を刎ねるなど例がないと康信は言い、耳と鼻を削いで流罪にと広元は言う。ありえないと政子は座り込む。

泰時はそのようなことをすれば、御家人の心は離れると反論するが、だからと言って許せば政は成り立たんと怒鳴る義時。おかしなのはお前たちの方だと言い、削ぐのは耳たぶだけにと言う時房をも煩わしがり、もう首を刎ねろと言い捨てて去って行く。政子は実衣が幽閉されている部屋へ入る。そこはかつて罪人となった、義高や全成が入れられていた部屋でもあった。

自分がみすぼらしい姿になっているか見に来たのと実衣は尋ね、自分もりくが捕らえられた時は面白半分で見に行ったとずけずけと話す。租服をまとった実衣は、自分はどうなるのか、女子は首を刎ねられたりしないらしいがと口にするが、今の義時は何をするかわからなかいと政子は言う。

殺されないように、色々手を打っていると政子。しかし実衣は早く殺してくれ、時元に会って自分がしたことを詫びたいと言う。また首はどこに晒されるの、きちんとお化粧して貰えるのなどと言い出した実衣は、戻ろうとする政子に今度は死にたくないと大粒の涙を流す。

その後一月が何もなく過ぎた。京から文が届き、親王の下向はあるが今ではないことを伝える。しかも既に頼仁親王と決まっていたのに、頼仁、雅成両親王のうち、どちらにするかを決めたいともあった。どうやら時間を引き延ばし、鎌倉から断って来るのを見越してのようだった。

向こうも同じことを考えていたかと義時。都人のやりそうなことだ、自分から断ると相手に借りを作るので、相手に断らせるのだと康信。姑息だと言う康信は、慌ててその非を詫びる。もう断ろうと言う時房に、向こうが待てと言うなら待つべきと泰時。上皇様と争って何になると言う泰時を、康信は一喝する。義時はうんざりしつつ、お前の声が不愉快だと泰時を行かせる。

そして政子は広元に、御所の外の声を聞きたいと言う。私は自分の政がしてみたいと言う政子に、広元は施餓鬼を勧める。民と触れ合うにはよい機会かと広元。一方泰時は政所にもおらず1人で考え込んでいた。そこへ初が、泰時が夕べ書いていた文書を届けに来る。


実を言えば、最後の3回ほどで承久の変をじっくり描くのかと思っていたのですが…まだ朝廷と鎌倉の我慢比べの段階のようですね。個人的には、時元謀反と実衣の詮議とで、尺を取り過ぎたかなと思わなくもありません。とはいえ時元の出番はわずかで、実衣の描写にかなり時間を掛けているように見えます。無論、それがこの大河の方向性ではあるのですが、この辺り、もうちょっとどうにかならなかったのかなとは思います。

そして実衣が入れられていた部屋。無論義高と全成もこの部屋に幽閉されていましたが、このシーンを見て真っ先に思い出したのは、実衣自身も言っていたりくです。みすぼらしい姿云々も、りくの時とそっくりです。まさか実衣は、あの時自分が同じような立場に置かれるとは、思ってもみなかったでしょう。しかし源氏と結婚するからこうなると言ったところで、その源氏と縁続きになったからこそ、鎌倉殿の乳母という地位をも与えられたわけなのですが。

しかし悪いのはもちろん実衣だけでなく、寧ろ黒幕である義時と義村と言うべきでしょう。要はこういう手を使ってまででも、時元を抹殺したかったわけですね。実際既に親王を迎え入れると決めた以上、源氏のいわば残党は、北条に取っては寧ろ邪魔な存在とも言えたわけです。そして朝廷との駆け引き、やはり上皇も只者ではありませんでした。しかしここで康信の都人らしさが垣間見えましたね。

政子。前回の分にも確か書いていますが、実朝が死んだ時点で腹をくくって、義時と共に鎌倉を守ることになるのかと思っていたのですが、この辺がやはりもやっとすると気がします。無論尼ということもあるのかも知れませんし、それゆえに、俗人の典型のような弟とは、距離を置きたいと思ってもいるのかも知れませんが、ここに至るまで頼朝の威光を感じさせるシーンがまだ登場していません。

そして泰時。この人もここまでのところ、父義時に反対するシーンが目に付きます。ごく若い内はそれでもよかったのでしょうが、既にそれなりに大人になっている以上、ある程度は父の意を汲むとか、父の真意を見透かした上で提言するような描写があってもいいかと思うのですが…。時房と義時が義時の部下的役割のせいか、この両名(朝時はまた別)がいつまでも青臭さを感じさせる存在となっているようです。

飲み物-ホットワイン2
[ 2022/12/05 01:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
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まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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