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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『光る君へ』第16回「華の影」あらすじと感想-1

第15回前半部分です。


まひろはさわを追いかけ、何があったのかを尋ねる。さわはまひろが寧子と『蜻蛉日記』について話している時、自分を除け者にしたこと、道綱も本当はまひろを求めていたことを話し、まひろは自分の味方だと信じていたのに、そうではなかったと泣き叫ぶ。そして自分は家でも、石山寺でもどうでもいい存在で、生きている甲斐もない、これ以上惨めにさせないでくれとまたも涙を流してその場を去ろうとする。

まひろは家に戻る。為時は夕食を摂っており、いとはまひろのも準備しようとするが、まひろはそれを断り、父といとの分のお守りを渡す。そしてそっけない態度で家に上がり、笠を脱ぎながら寧子の
「私は日記を書くことで、己の悲しみを救いました」
という言葉を思い出す。その後まひろは机に向かい、墨をすり始める。

正暦5(994)年が明け、定子がいる登華殿は華やかさを増しており、積極的に若者たちを招くようになる。定子の弟隆家も彼らに加わり、道隆の中関白家は、帝との親密さを殊更に見せつけるようになっていた。そして行成は緊張しつつも『古今和歌集』の写しを献上し、帝と定子は字の美しさに目を見張る。大切にしようとの帝の言葉に礼を述べる行成。

斉信は越前の鏡を定子に献上し、定子を喜ばせる。女子への贈り物に慣れておられるのやもとの伊周の言葉を、否定する斉信。そこには清少納言(ききょう)も控えており、定子はお上のよき友として、末永く付き合ってほしいと言う。今日の遊びはと問う定子はまかせると帝に言われ、ききょうに「高炉峰の雪は如何であろうか」と声をかける。

ききょうは女房達に御簾を上げさせ、どうぞお近くでと声をかけて外の雪を一同に見せる。伊周は定子の問いかけを褒め、公任は白楽天の詩「香炉峰の雪は、簾をかかげて見る」でございますなと言う。しかし隆家だけは意味がわかっていないようだった。定子はききょうをねぎらう。

ききょうはお問いかけにお答えできてほっとしました、いつもこのように参るかどうかはわかりませぬがと答え、帝と定子の笑いを誘う。そして定子の提案で、雪遊びをすることになる。定子は子供の頃、伊周と雪遊びをしたことを思い出していた、そして帝も定子も、履物も履かぬまま庭に降り、公任、行成、斉信たちと共に雪遊びに興じる。

その頃道長が、どこか浮かぬ表情で登華殿にやって来るが、雪遊びの様子を目の当たりにして、誰にも会わぬまま去って行く。また隆家は1人屋内に残り、ききょうからお庭にお下りにならないのかと尋ねられて、何が面白いのかわからぬと答える。

その夜。行成は酒を飲みながら、帝のお美しさが今も目に浮かぶと言い、道長じゃなかったのかと斉信に突っ込まれる。道長は道長、今日は帝に魅せられたと言い、斉信はあきれる。一方公任は、帝の御前で伊周のあの直衣は許し難いと言う。帝がお許しになっているからどうにもならぬと斉信。しかし公任は、関白家は皆自信満々で鼻につくと不満そうだった。

斉信は俺にも娘がいたらと言い、娘のいる道長をうらやむ。今からでも遅くないと公任に言われ、斉信はその気になる。その道長の妻倫子は、夫に彰子を入内させようと考えないでくれと釘をさす。この子に帝の后は務まらないと道長。しかし倫子は、今はぼんやりだがそのうち化けるかも知れないと言う。道長は、ぼんやりは俺に似たのだなと自嘲気味に言い、このまま苦労なく育ってほしいとも言う。殿のように心の優しい人に育つようにと倫子。

登華殿では帝が笛を吹き、定子が琴を奏で、そして伊周が舞っていた。伊周はその様子を眺めていた隆家に、お前も舞えと命じ、隆家は一旦は断るものの、ききょうの扇を借りて歌いながら舞い始めるが、人の気配に気づく。そこへ詮子が姿を現す。邪魔をしたようだと戻ろうとする詮子に、お待ちくださいと道隆が声を掛ける。伊周も、女院様どうぞこちらへと勧める。詮子は円融院崩御後、史上初の女院の称号を与えられていた。

帝と定子が挨拶をする。詮子は帝に、先ほどの騒々しい舞は何事かと尋ね、伊周はお上の笑みが消えてしまわれたと笑いつつ口にする。道隆は伊周と何かを指示するかのように言い。伊周は立ち上がって、お上と中宮様の後宮はこれまでとは違う、誰もが楽器を奏で歌い舞う、さらにお上との間の垣根を取り払い、誰もが語らうことができる、これこそがお上がお望みになる後宮と自信満々に話す。

そして女院様にもそのことをおわかりいただきたく、お願い申し上げますると伊周は詮子に言う。この場に居合わせ、ことの一部始終を見ていた道綱は道長に、伊周が女院に説教して皆凍り付いたと話し、また母寧子の供で石山寺に行った時、ついぞ見かけぬようないい女がいたとも話す。
「ま・ひ・ろって名なんだけど」

さらに道綱は、忍びに行ったらその友と間違ってしまって参ったと嬉しそうに話す。しかし道長はため息をつく。そして当のまひろは、机に向かってさわへの手紙を書き、乙丸に届けさせる。しかし既に何度も届けたものの、さわは受け取ろうとしないようで、文を返してくるような方は、もうお忘れになった方がいいと乙丸は言うが、まひろは届けさせる。

帝は寝所で定子と共にいた。するとその時蔵人頭である源俊賢がやって来て、弘徽殿より火の手が上がったので、ここよりお移りになるようにと伝える。また放火なのかと帝は言い、定子と共にその場を離れる。その前日には後涼殿も放火されており、次は清涼殿かと貴子は不安そうだったが、道隆は宮中の警固をより厳しくするように命じていた。

内裏の中に火付け人がいるのだろうか、よもや帝や中宮様を狙い奉るような者はおりますまいと伊周は言う。一方で貴子は、我が家への恨みが、帝や中宮様に向かっているのだとしたらと、不安をぬぐい切れない様子だった。すると隆家がこう切り出した。
「女院かもな」

火付けを仕組んだ張本人ですよ、だって女院ひどくお怒りだったでしょう昨日と隆家は続ける。中宮様が、女院様にねたまれるとはと愕然とする貴子。伊周はそんな母を落ち着かせようとするが、隆家は平気でこう口にする。
「妬まれて結構ではありませんか!父上も姉上も兄上も、ようやく妬まれる立場になられたのですから」

道隆は、帝に危害を加えることを女院がなさるとは思えないと言う。しかし隆家は、女院でなければ、父上を恨んでいる人ですよ、大勢いるでしょうとあけすけに言い、口を慎めと伊周から叱られるも、兄上だってわかるだろ、それくらいと隆家はへこまなかった。道隆は笑い出し、隆家も父に合わせるかのように笑い声を上げ、伊周と貴子を唖然とさせる。

道隆は言う。光が強ければ影は濃くなるというもの、恨みの数だけ私たちが輝いているということだな、私たちが暗い顔をすれば相手の思うつぼだ、動じないのが肝心だと。そして陽が射す廊下に出るが、その時まぶしそうに目の前に手をやる。


前回川の近くで疫病で死んだ者たちを目にして、呆然とするまひろとさわ、そしてそれぞれの従者たちは呆然とします。しかしその後まだ続きがあり、さわは自分がまひろから除け者にされたと思って激高します。結局その後、離れ離れに戻って来たのでしょうか、まひろは元気なさそうに家に戻り、食事も摂らぬまま、寧子の言葉を思い出していました。そして何かを書こうとして、墨をすり始めます。さわへの手紙だったのでしょうか。しかしさわはまひろの手紙を受け取ろうとはしないようです。

一方定子のサロンは華やかさを増していました。行成は古今和歌集の写しを帝に、そして斉信は越前の鏡を定子に献上します。行成の達筆さには帝も定子も目を見張ります。そして伊周は冠直衣姿です。参内は原則的に、束帯でなければならなかったのですが、特別な勅許を得た臣下はこの姿で参内できました。しかし公任には、その姿が如何にも摂政の息子である自分の地位を、鼻にかけたものに映ったのでしょう。

そしてかの有名な「香炉峰の雪」が登場します。白居易(楽天)の『香炉峰下新卜山居草堂初成偶題東壁』で、

日高く睡り足りて猶ほ起くるに慵し
小閣に衾を重ねて寒さを怕れず
遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き
香炉峰の雪は簾を撥げて看る

この最後の行を踏まえて定子が問いかけ、清少納言つまりききょうが応じたのですね。

成人した隆家が登場します。如何にも秀才然としていてプライドの高そうな兄とは異なり、歯に衣着せぬ物言いをし、またマイペースを押し通しそうな人物ではあります。道綱と同様、なかなか面白そうなキャラです。後に「刀伊の入寇」が登場するかと思われますが、この時隆家は大宰府にいて、名指揮官ぶりを発揮したと言われています。さて、どう描かれるのでしょうか。しかし竜星涼さん、『ちむどんどん』のニーニーを思い出します。

栄華を極める一方で、人々の恨みを買うようになる中関白家。ついに宮中のあちこちに放火されるようになります。隆家は女院が元凶ではないかと言いますが、実の息子である帝に危害を加えるかと言う道隆。そして暗い顔をすれば相手の思うつぼ、動じないのが肝心と妻や息子たちに言いますが、自分に言い聞かせてもいるようです。そして廊下に出てまぶしそうな顔をしますが、飲水病(糖尿病)を患っていたことから考えると、恐らく糖尿病網膜症でしょう。


飲み物-パブのビール1
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[ 2024/04/22 02:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第4回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-2

第4回に関する『武将ジャパン』大河コラムその2です。しかし武者さん、昨年の『どうする家康』で書きまくったこと(一部それ以前を含む)が、今年はかなりの確率で、ブーメランとなっていないでしょうか。

本題に行く前に。貴人と猫について前の分の投稿で書いていますが、『どうする家康』でもこういうシーンがありましたね。

どうする家康45秀頼と千姫
『どうする家康』第46回

千姫は絵が上手ですが、弟の竹千代(家光)も兎の絵を描いていたことを考えると、あれは誰の遺伝なのでしょう。


では本題です。
赤染衛門が『竹取物語』関連で、かぐや姫はなぜ、五人の公達に無理難題を突きつけたのかと姫たちに尋ねます。

「好きではなかったから」といった答えが主流の中で、まひろだけが、ぶっ飛んだことを言い出します。
やんごとない人々に対し、怒りや蔑みがあった。
身分が高いだけで威張るものが嫌だから、帝でさえ翻弄するのだろう。
すると倫子は「おそれ多い」と呟きます。「空気読め」という意味かもしれない。
それでもまひろは、身分が高い相手を突っぱねる姫は颯爽としていると熱く語ります。
すると倫子が、私の父が左大臣で、身分が高いことを忘れていないかとチクリ。

まず「好きではなかったから」といった答えが主流とありますが、こう答えたのはしをりだけです。主流というのは、複数の意見で多数派を占めるものですから、この表現は当てはまらないかと。
そして「身分が高いだけで威張るものが嫌だから」とありますが、「やんごとない人々への怒りや蔑みがあったから」ですね。「威張る」という表現はどこにも出て来ません。

そして花山天皇の早期退位について、兼家や道隆、道兼が知恵を絞るシーンに関して次のように書かれています。

いかがでしょう。まひろや義賊散楽一味がみたら「やっぱりこいつら悪どい、盗んじまえよ!」と言いたくなりそうです。

この場合、まひろは無関係ではないでしょうか。ただ道長が来ないことを気にかけてはいますし、道長もその気になっていますが、酒席に残るように兄道隆から言われ、抜け出そうにも抜け出せません。
あと例の盗賊団ですが、彼らが忍び入ったのは土御門殿であり、兼家の住まいである東三条殿ではありません。

般若というのはこのことかと思うほど、凄絶な美しさを吉田羊さんが体現。
(中略)
「懐仁のことも、もう父上に任せませぬ! 私は懐仁を守ります。そうでなければ懐仁とはいえ、いつ命を狙われるか!」
道隆が宥めようとしますが、詮子は止まりません。
兄上は嫡男のくせにご存じないのかと怒りをますます高め、道兼が医師を呼ぼうとすると、詮子はこう言います。
「薬など、生涯飲まぬ!」
何を入れられるかわかりませんからね。
見事な場面です。女性の怒りをこうも鮮やかに見せてくるとは。

まず「医師」でなくて「薬師」ですね。ドラマの中でもそう言われていますし、この当時はこの呼び方が一般的だったと思われます。それから「薬」という言葉が導かれているのでしょう。
また「毒薬変じて薬となり」とも言われますが、父兼家の考えは毒と言えるものであっても、後々の藤原氏の繁栄のためには薬であるとも言えそうです。

「女性の怒りをこうも鮮やかに見せてくる」
昨年の茶々も、『青天を衝け』のお千代(栄一の妾の存在を知った時)も女性の怒りを見せていましたが、嫌いな大河だと武者さんは引き合いに出して来ないようです。

そしてこうも父に怒る女性は、詮子だけではありません。後にまた別の女性も怒ります。
父に対し、娘がこうも激怒する大河が見られるとは。感慨深いものがあります。

父に対して娘が怒る大河と言えば、『鎌倉殿の13人』の大姫もそうでしたし、先ほど画像で引用していますが、『どうする家康』の千姫も父秀忠と祖父家康に対して、怒りをあらわにしています。
尚この時武者さんはこう書いています。

秀忠の理由にしても、ただカッコつけたいからのようで、千姫は「父上もおじじ様も鬼!」とか言い出す。そして豊臣の天下を盗み取った化け物だとキンキン喚いています。

「詮子は帝に毒を盛っただの、懐仁は任せないだの、キンキン喚いています」
とは書かないのですね、今年は。

どうする家康第48回家康と千姫
『どうする家康』第48回

兼家は、詮子が去ると、ゲスなゴシップ誌かネットニュース、掲示板じみたことを言い出します。

昨年あれだけ「文春砲」やゴシップサイトの記事のリンクを貼っていた武者さんから、このようなことを言われたくありません。

長い間、独り身だからいたましいことだ。これからは楽しい催しなどして、気晴らししてやろう、と。そのうえで飲み直そうときた。
なんてクズ男の解像度が高いドラマなんだ……家族や女性部下が怒っていたら「高めのプリンでもコンビニで買って冷蔵庫に入れて置こうか♪」と言い出す、そんなムカつくおっさんみたいな兼家だな!

貴方は気に入らない男性だと何でも
「クズ男」
「ムカつくおっさん」
ですね。実際詮子も里下がりして寂しい思いをしていたわけですし、兼家もそれなりに娘に気を使っている(親王を産んでくれたこともあるし)のではないでしょうか。

悪事で結束する右大臣家って……どこのヤクザですか?
道長だけが賛同するようで、呆れ切った顔をしています。

策略ではあるけれど悪事とは必ずしも言い切れないものと思われます。先ほどの「毒薬変じて薬となる」に近いものがあります。
そして

しかし、これは『鎌倉殿の13人』序盤で、義時が上総広常を見て笑っていたようなものかもしれない。
娘がどれほど怒り、絶望しようが、父は権力のために強引な手段を押し通す――後半、きっと私たちはまた絶望するのでしょう。

これに関しては、『真田丸』で信繁が、父真田昌幸の手段を選ばないやり方を見て
「私は父上が恐ろしい」
と言ったのに近いものがあるのではないでしょうか。

バイオリンの音色が、激しい愛を伝えてきますが、このドラマは日曜夜8時台ですから、ドラマ10『大奥』級の過激描写はありません。
ただし、ギリギリのエロスは読み解き方で出てきます。
酔っ払ったと廁へ向かう為時は、使用人の“いと”によろめいたところを支えられます。
「お前にも世話になった」
そう言われ、ドギマギする、いと。このドラマって、こういう距離が近づく二人をうまく描きますよね。まぁ、為時は廁に向かいますけどね。

「バイオリンの音色が激しい愛を伝える」
昨年は
「BGMはくだらないストリングス。家康が手を合わせる……いや、もう、しつこいって!」(第48回)
「BGMはニコライ・バーグマンのフラワーボックスが似合いそうな、ぺろぺろしたお涙頂戴ストリングス」(第47回)
嫌いな大河ならくだらないにお涙頂戴ですか。今年のにはそれは言わないのですね。
そして為時といと。こういうのも、嫌いな大河なら

エロオヤジの為時が、よろけるふりしていとに色目を使う。一言で言うなら「しょーもな」!

などと書くのではないでしょうか。中高年男性嫌いでルッキズム大好きな武者さんですし。
(作品中の為時といと、そしてその中の方、すみません)

あと「いと」、昨年の「糸」(北条氏真の妻)は今までの大河と同じような名前と叩き、今年は何も言わないようです。

内裏では、花山天皇が政治を行なっています。
銅銭の価値変動が激しいのは、関白のせいではないか?と言い出す。
藤原惟成が語るには、なんでも日照りのせいで物の値上がりが続いているんだとか。

「政治を行っています」でなく「政を行っている」とか、「関白頼忠の言葉を聞いている」とか書けませんか?
あと
「日照りのせいで物の値上がりが続いている」
のではなく、
「長雨と日照りで米が不作となり、物価の上昇が激しくなっている」
のですね。

本作の時代考証の倉本一宏先生は、ドラマによって花山天皇の奔放さばかりが広まることを懸念しています。
この花山は、聡明だし有効性のありそうな政策を考えている。
あのぶっとんだ帝が、万民に模範を示すことを考えるようになるとすれば、何に由来するのか?
為時が読み聞かせてきた漢籍、『墨子』ではないのか? とも思えてきます。

この時代考証、昨年は全く持ち出さなかったどころか、一次史料を基にした平山氏のX投稿に噛みついていましたね武者さん。

この花山天皇の政ですが、元々これは側近の義懐と惟成が、荘園整理令とか、貨幣経済の活発化などを政の中心として推し進めており、それが頼忠との確執を招いたとも言われています。
それと『墨子』については先日書きました。この時代の日本で、どこまで影響があったのかは不明です。

こちらに墨子に関する記述があります。今回はURLだけを置いておきます。

万葉雑記 番外編 墨子と古代日本
墨学では血統や姻戚関係は重要視されません。儒学の枠から外れた根を持たない人々には、ある種、救いの学問です。そのため、支配者階級の階級固定化が進む漢代以降では墨学は任侠や家系を持たない下層民層に落ち込んで行ったとします。
 日本ではこのような状況を写し、一般に墨子集団やその集団が著した書籍は秦の弾圧や焚書坑儒の事件から前漢中期までには世から消え、その後に清王朝終末の混乱期(1894)になって孫(そん)詒譲(いじよう)、譚(たん)嗣同(しどう)、梁(りょう)啓超(けいちょう)によって再発見されたと評価します。このような学問上の歴史から、墨子とその墨子集団の思想は古代には消え失せていたために大陸との文化交流が盛んとなる隋・唐時代と重なる飛鳥時代以降の日本には墨子は影響を与えなかったと評価します。

そして記事の後の方ではこうなっています。

墨子は日本の古典には無いことになっていますが、飛鳥・奈良時代、平安時代初期、平安時代末期、江戸時代と知識人階級の世界にはその存在を見せています。

https://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/e49d7108d53fba7902d41f479c0200ef

かなり長くて私もちゃんと読めていないかも知れませんが、日本では墨子に関しては、古代に於いて知識人階級の間では知られてはいたものの、あまり際立った存在ではなく、ただ近世(江戸時代)には、この人物の関連本が刊行されていたようです。清帝国から輸入された墨子関連本の影響もあったのでしょう。

あと為時が講義していたのは『論語』ではなかったでしょうか。

道長は、筆を雑に扱っていて、そういうことだからあんな筆跡になるのだと苦言を呈したくなってくる。
そういう扱いをすると筆がすぐ駄目になってしまいます、藤原行成を見習いましょう、と思わず言いたくなります。
なんて書に気が利いたドラマなのでしょう。

また「筆」の話。どうも昨年寝かせてもいない筆を寝かせたと主張して以来、筆に対してかなり反応するようになっているのでしょうか。この時の道長は、使い終わった筆を拭うようなしぐさを見せていますが、それがどう
「雑に扱って」
いるのでしょうか。
そしてまた出ました「あんな筆跡」。
特徴のある、あるいは癖の強い筆跡かとは思いますが、特に「あんな」とまで悪筆呼ばわりされるものでしょうかね、三蹟の行成とは違うのですよ。

そして
「なんて書に気が利いたドラマなのでしょう」
ここで褒めるのならそれではなく、この当時の上級貴族の世渡り術が、このシーンのセリフで説明されていることだと思いますが。

シスターフッドを発揮し笑い合う二人。まひろがどこかズレていて変人だから成立する関係かもしれない。
しかし、まひろは「絶ッ対、留まらない!」という謎の自信があるため、なんとかなっております。
いるんですよね、こういうモテにさして価値を見出さない剛の女が。認めたくない人は、認めないんでしょうけど。

ここで『大奥』で出て来たシスターフッド。
元々これは、共通の目的がある女性同士の連帯感の意味です。それを言うなら瀬名と於愛もシスターフッドでしょう。
そしてまひろの謎の自信とありますが、見方を変えれば自分自身を知っていると思えます。彼女に魅力がないのではなく、自分は書物あるいは学問がいわば恋人であり、ゆえに男に口説かれても自分は決して落ちないという、そういう発想でしょうか。ちょっと内省的でもありますが。

「こういうモテにさして価値を見出さない剛の女が。認めたくない人は、認めないんでしょうけど」
「剛の女」かどうかはともかく、そういう性格ではあるでしょうね。
そして「認めたくない人は認めない」とあるのは、SNSか何かで反対意見でも目にしたのでしょうか。感じ取り方は人さまざまだと思いますが、別にそれはそれでスルーしておけばいいでしょう。何だか私怨で書いているように見られますよ。

舞を覚えるのが大変。
何度指導を受けても、不器用なのか逆に回ってしまい、叱られてしまいます。
絵も下手だし、体を動かすことも苦手なのかもしれない。ともかく何かがズレている、ヒロインらしさが常に落第気味で斬新です。

このヒロインらしさとは何ですか?
大河朝ドラを問わず、ドジを踏むヒロイン、あまり器用でない(世渡り下手を含む)ヒロインなども今まで登場していますけどね。この吉高さんが演じた『花子とアン』の花子も、女学校で先生に叱られていましたし。

この国にはこんな歌や踊りがあるのかと見ることも、大きな楽しみのひとつなんですね。『鎌倉殿の13人』の静御前に続く、日本代表の登場です。
日本の場合、衣装の重みもあるのか動きが落ち着いております。
唐の場合、軽やかに長い袖をクルクル回し、かつ様々な文化の影響を受け、激しい動きもあります。比較するとますます楽しい。

舞は別に女性だけのものではありません。男性による舞楽もあります。これもまた
「この国の歌や踊り」のひとつですね。

どうする家康45秀頼の舞楽
『どうする家康』第45回

そしてこの五節は、元々は『春秋左氏伝』の「先王之楽、所以節百時也、故有五節。遅速、本末以相及」がルーツとなってもいるようです。

しかし、そのせいでツッコミも入りました。貧しい家出身の紫式部が選ばれることはありえない、と。
(中略)
しかし、懐に余裕がないのに選ばれると、蓄財機会のある受領に無心して仕立てるようなこともあったとか。
それを身代わりということで、衣装予算の問題はクリアしています。
なぜ身代わりにするのか?
花山天皇から倫子を逃すためならば、設定としてありではないでしょうか。
このドラマは、かなりギリギリの設定を攻めてきて、それがよい。

この当時の舞姫は、元々は公卿や受領、殿上人の娘であったのですが、高位の貴族の女性が人前に姿を見せなくなって行ったこともあり、また天皇と舞姫の性的なまじわりなどもあったわけで、光源氏が舞姫に乳母子を送り込んだのも、こういう背景と関係しているでしょう。で源雅信と穆子も、倫子を出すのを渋った挙句、まひろに白羽の矢が立ったわけです。

そして好きな大河なら
「このドラマは、かなりギリギリの設定を攻めてきて、それがよい」
嫌いな大河なら
「(仮に史実であっても)こんなのはありえない。史実を書け」
なのですね。

そしてこの次の部分、今度は『青天を衝け』叩きですか。

そうそう、東洋の国家だって当然のことながら、過度な好色は軽蔑されます。
『青天を衝け』の際、渋沢栄一後妻である兼子に由来する、こんなことが語られていてうんざりしました。
「あの人も『論語』とは上手いものを見つけなさったよ。あれが『聖書』だったら、てんで守れっこないものね」
「儒教に性的規範はない」
他国由来の思想に、なんて迷惑なイメージを植え付けるのか。そんなことはありえません。
確かに天皇は皇子を残すことが責務であり、多くの妻を持ちます。
そうは言っても、ルール違反をすれば嫌われるでしょうよ。

儒教の性的規範はともかく、貴方は儒教が悪く言われたら何かの如く言う割に、キリスト教、たとえばカトリックなどはディスリ放題ですね。
かつて、鎌倉殿とどうする家康のコラムでこんなことが書かれていました。

殺すことがまずありながら、動機づけをしたい。
そこで神の出番です。
神が殺していいと言ったから……という理屈を通す。
これは別に日本特有でもなく、中世のカトリック教国では「おらが村の聖遺物」だの、その日の守護聖人だの、そういう神頼みを理屈にして色々やらかすことはありました。

視力抜群、レーシックお愛がゆるかわ仏様を持ち込みます。
数正が作ったというもので、その出来栄えが……小道具スタッフもあまり気合が入っていないのでしょうか。
『麒麟がくる』の平蜘蛛や『鎌倉殿の13人』の仏像と落差が惨たらしい。
しかしフィギュア作り……もとい木彫りの像が好きなドラマじゃのう!
他にアイテムを思いつかないんでしょうか。

カトリックもさることながら、石川数正が彫った仏像への見方、これも如何なものでしょうか。
他の国からやって来た宗教ですよね、どちらも。

確かに日本史には、何かの折、目の前に好みの女がいると、手をつける恐怖の権力者は実在しました。
『青天を衝け』に出てきた徳川斉昭です。
あのドラマよりも、ドラマ10『大奥』の徳川斉昭の方が史実に近いので、適宜みなさまご修正ください。

大きなお世話だと言いたくなります。
私は『大奥』を見ていませんが、それぞれの主人公や設定に合わせた描き方があるのに、嫌いな作品の描写はこれでもかと叩き、好きな作品の描写のみを正しいと言うのはミスリードではないでしょうか。

断っておきますが、まひろは決して現代人思想に被れたトンデモヒロインではありません。
『麒麟がくる』の駒についても、「現代の平和思想を語る女w」と嘲る意見をよく見かけましたが、彼女たちは中国思想由来の意見を述べております。

まひろが「現代人思想にかぶれた」シーンなど出て来ませんが、武者さんにはやはり一般視聴者に見えないものが見えているのでしょうか。もしそういうシーンがあるならどこでしょうか。
そして駒が叩かれたのは、将軍の側女としてはどこか越権行為があると見えたからではないでしょうか。
いつも思うのですが、武者さんが麒麟と言う時は大部分が駒、それも彼女への批判への反論のみですが、なぜ批判されたかというのを、大河のライターならもう少し考えてはどうでしょうか。

そしてその「中国思想由来の意見」についても、その出典と当該人物が何を語ろうとしているのか、書いて貰えないでしょうか。そして儒教由来の王道と覇道に関しては、昨年も出て来ていますよ。

『麒麟がくる』以来、私はひとつの仮説をたて、証明するデータを自分なりに集めてきました。結論は出つつあります。
その仮説とは、日本史愛好者でも、漢籍読解や東洋思想知識が減衰傾向にあるのではないか?ということ。
実は、明治以来指摘されてきたことで、いまさらではあります。
そこが弱いから「麒麟」の理解が不十分で曲解意見が出てきたのではないかと考えています。
『麒麟がくる』ではなく、『光る君へ』で、この仮説は決着がついてきたと思います。

「日本史愛好者でも、漢籍読解や東洋思想知識が減衰傾向にあるのではないか」
「そこが弱いから『麒麟』の理解が不十分で曲解意見が出てきた」
何だか上から目線ですね、まあこの場合に限りませんが。
ではそのデータとやらを開示して、どういうふうに減少傾向にあるのか、それがどのように『麒麟』の理解の不十分さに結びつくのか、ちゃんと解説してください。

私自身『麒麟がくる』は、ちょっと抽象的あるいは観念的なタイトルだなと思いましたし、この大河への「曲解」意見なるものは、要は批判意見であり、武者さんにはそれが面白くないのではないか、そのようにしか見えないのですが。

たとえば『孟子』を「漢詩」とする感想が出てきたりしますが、これを例えるなら、
「『源氏物語』という俳句を読みました」
という類のものとなります。
もしもアメリカのドラマでそんな風に語られていたら、「気持ちはわかるが、そうじゃないんだ」となりませんか? そう言う類のミスなのです。
漢詩はあくまで「漢詩」であり、『孟子』は思想を説く「四書」に分類されます。
些細なことではあるのですが、重要なことでしょう。

『孟子』を漢詩とする感想て、どこにあるのですか。SNSですか。だったらちゃんとスクショしてください、恐らく勘違いではないかと思われます。
そしてなぜ『源氏物語』=俳句なる表現が、アメリカのドラマに結びつくのですか。実際に向こうの番組でそういうセリフがあったのですか。ならば、その番組に意見を送るべきかと思いますが。

このドラマに関する各メディアの記事で、紫式部が世界的に唯一突出した女性文人という趣旨の記述を時折見かけます。
これについては、むしろ本人が以下のように嫌がりそうです。
「やめてください、優れた女性文人は私の前にだっています。本朝もおりますし、何より唐。卓文君、班昭、蔡琰、謝道韞、魚玄機、薛濤……漢籍を読めば出てくるでしょう。なんで知らないんですか?」
ことさら紫式部を「日本スゴイ!」とか、「アジアでスゴイのは日本だけ!」といった言説に結びつけるのは、彼女が望むことでもないでしょう。
キャッチーだからって大仰なコピーを使うことは非常に危うい。

実際『源氏物語』がこれだけ読まれているのだから、著名な存在であることは間違いないでしょう。
寧ろ、武者さんが羅列している唐の「女性文人」の方を、知らない人の方がはるかに多いのです。何よりも日本人が、紫式部を称賛し、世界的な存在であると考えるのがそんなに悪いことですか?
「キャッチーだからって大仰なコピーを使うことは非常に危うい」
一体何が危ういのでしょうか。
何だか紫式部が世界的に有名であるのが、お気に召さないみたいですね。

そして次の仮説です。
ネットニュース等のドラマ評価は、視聴者の理解度によるのではないか?
(中略)
『ちむどんどん』という朝ドラがありました。
このドラマは「医食同源」が根底にあり、琉球の伝統食文化や、沖縄ならではの事情がプロットに盛り込まれていた。
それが理解できなかったのでしょう、琉球差別としか言いようのないアンチコメントが多く見られたものです。
しかも、それを集めてニュースにすることでPVを稼ぐメディアもあり、ドラマの感想で琉球差別の助長をするなんて何たることか、と頭を抱えたくなりました。

「視聴者の理解度」
これもまた上から目線な感じですね。
要は、自分が好きな作品を悪く言うのが許せないというところでしょうか。しかし他人が好きかも知れない作品(大河、朝ドラ)を武者さんはこれでもかと叩き、『舞いあがれ!』などは実際にないシーンまで自分で作り出していたりもしたのですが、それは無視ですか。

あと『ちむどんどん』に関しては、あまり「医食同源」という印象はありませんでした。沖縄から東京に料理人の修業に出て来た若い女性の物語ですが、何だか反社組織がやたら出て来たり、ヒロインに取ってちょっと都合よすぎと思える設定になっていたのには違和感があったし、しかも当時、沖縄の農産物は法的な意味合いから持ち込めないことになっていたのに、それを持ち込んだりするのはちょっとリサーチ不足にも見えました。

人の性は悪なり――このことはネットが可視化している側面もあります。
PVを稼ぎ、バズるためなら悪口やデマ、差別でも語るようになるのかもしれない。
自戒もこめて、それよりも大事なことはある、ルールは守ろうと思う次第です。

「PVを稼ぎ、バズるためなら悪口やデマ、差別でも語るようになるのかもしれない」
『青天を衝け』や『どうする家康』のコラムで、悪口やデマ、あるいは俳優さんの外見に基づいた誹謗中傷とも取れることを平気で書いて来た武者さんに、こう言われたくありません。この手のことを書くのはこれで2回目ですね。

2021年と2023年に何を書いて来たのか、貴方はまずそのことを反省してください。


飲み物‐黒ビールと木のテーブル
[ 2024/02/02 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第46回に関しての武将ジャパンの記事について-3

第46回に関連する『武将ジャパン』大河コラムについてその3です。


急に思い出したように「乱世を泳ぐは愉快なものよ!」と言葉にする真田信繁。
凄まじいまでの棒読みで、こちらも悲しくなるばかりです。
このドラマの連中は、合戦シーンの面白さが「敵を倒す」「敵を殺す」ことくらいにしか見出せていないようだ。
妙手を繰り出す計略のうまみを理解していない。『パリピ孔明』はこの点、実にワクワクしたものです。

まず「言葉にする」ではなく「口にする」かと。
そして観ていたらわかりますが、あの時信繁はそう言ってはいません。口を動かしていませんし。父昌幸の言葉に呼応するかのように、彼の声で再生されていますが、本人が心の中であの言葉を反芻していると思われます。
そして「悲しくなるばかりです」頭痛だ脳が溶けるだもそうですが、如何にも自分は被害者です的な表現があまりにも多くて、こちらが気が滅入ります。

「このドラマの連中は、合戦シーンの面白さが「敵を倒す」「敵を殺す」ことくらいにしか見出せていないようだ」
もっと言えば「兵が死ぬ」です。
戦とはそういうもの、空しいものというのがこの大河の特徴となっているのは、これは先日も書きました。

そして
「このドラマの連中」
「連中」呼ばわりはないでしょうね。嫌いな作品は侮蔑したがる武者さんらしいとは思いますが。

ピアノがうるさい!
今週も音楽が辛い。
自己主張たっぷりに、ニコライ・バーグマンのフラワーボックスが似合いそうな、カフェ調のピアノを流して何がしたいのでしょう。

パラグラフの内容がたった3行。
音楽がどうのこうの言うのなら、他のパラグラフとまとめてください。でなければ、どのように改善すべきかをせめて7~8行程度で書くべきでしょう。
こんなちまちましたパラグラフ作って、一体何のつもりなのかと思ってしまいます。

そして「どうする火器考証」なる小見出しで

本作は火縄銃の連射あたりから火器の描写に何も期待できなくなっていました。
今回も当たった途端即死していますが、陣笠に当たったような状況で即死というのは理解できません。

もちろん火縄銃の連射など登場していません。
誰かが装填してそれを渡している、あるいは弾込めができた者から順番に撃っているかのどちらかです。
何を観ているのでしょうね。こういうのを見ると、実際にはないにもかかわらず「火縄銃の連射」を既成事実にしたくてたまらない、そういう心理が見えて来ます。

そして「当たった途端即死」かどうかはわかりません。
意識障害の可能性もあるかと思います。
この場合は銃弾が陣笠に当たっており、直接頭部に当たったというわけではありませんが、兜より防御性は低いかと思います。こういう研究報告がありますのでご参考までに。
(但し脳や血種の画像があるので閲覧の際はご注意ください)

シンポジウムⅢ:頭部外傷をめぐる最近の話題 頭部外傷の神経病理(2015年)

解剖学的に,頭蓋骨が損傷することで脳脊髄液が漏出する場合は穿通性,そうでない場合は非穿通性として分類されることが多い。穿通性の原因としては,銃弾などの何らかの物体によって,直接頭蓋が損傷をうける場合であるが,非穿通性では,頭部に対する急な加速,減速,あるいは回転によって頭蓋骨内面と脳との接触などにより脳に損傷をきたすもので,一部のスポーツとの関連も着目されている。損傷部位から分類する場合は,限局性と広汎性とに大きく分けることもできる。前者は,その損傷部位に対応した高次脳機能障害やけいれんを生じる。後者は,軽度の脳震盪,古典的脳震盪,びまん性脳損傷,びまん性軸索障害などを含む。

そう言えば武者さん前にも、倒れているだけなのに死体呼ばわりしていたことがありました。

ちなみにラグビーも脳震盪が多いです。脳震盪チェックによる一時退場がありますからね。

大筒の重量感がまるで出ていない。
大筒の反動は相当で、扱いを間違えたら重傷を負いかねない。そういう感覚がありません。
射程距離も異常に見える。砲弾が炸裂しているのもおかしい。装填も異常な速度だ。

何か新しいのが出て来ると、ひとつひとつ文句をつけているように見えますが…(苦笑)。
それはさておき、大筒の反動ですが、この場合砲撃するたびに後退している様子が窺えます。そして射程距離(射程だけでもいいかとは思いますが)がなぜ「異常」なのでしょうか。カルバリン砲の射程は、14キロの砲弾を6.3キロ飛ばすことができたというのが通説になっています。

それとドラマの中では「炸裂」はしていません。城の一部が飛ばされたりしているのがそう見えたのでしょうか。そして装填の速度が「異常」なのは何を根拠にしているのでしょうか?

大坂の陣。大筒使用に込められた家康の深謀遠慮に思いを馳せる。そして密かに言及された五徳の消息が胸に迫ってくる【どうする家康 満喫リポート】46
(serai.jp)

劇中の描写でも明らかなように、当時の砲弾は、着弾した際に炸裂するわけではないのですが、心理的な効果は抜群だったのではないでしょうか。

2013年『八重の桜』は火器考証が抜群によいものでした。
フィクションゆえの誇張があるとはいえ、幕末銃器は実に見応えがあり、鶴ヶ城砲撃の場面はNHKの他の歴史番組でもよく使い回されていました。
しかし、『花燃ゆ』『西郷どん』『青天を衝け』などのお粗末戦闘シーンはそうはなりません。その場しのぎで適当な仕事をすると、何も残せないのです。

では『八重の桜』の火器に関するシーンと、『花燃ゆ』以下3作の火器関連シーンとを見比べられるように、画像を貼っていただけないでしょうか。本当に「その場しのぎ」なのかどうか、読む側にわからせるにはそれが一番であるかと思います。武者さんこれも前からそうですが、大河の特定シーンを比較したがる割には、画像添付などをやらないのですね。

そしてこちらも「どうした茶々の現状認識」なる小見出しで

天守閣を大筒で砲撃されているのに、「まやかし」だのなんだのいう茶々は、現実すら認識できていないのでしょうか。

貴方またこれだけで1パラグラフですね。
1つ前のパラグラフに入れられませんか?こういうのを黙認する『武将ジャパン』の姿勢もどうかとは思いますが。

そして「まやかし」というのは千姫や侍女たち、ひいては自分を落ち着かせるための言葉でしょう。無論実際はまやかしでもこけおどしでもないのはわかっているわけで、それでもこういう言葉を口にせざるを得ない、せっぱつまった状況であるわけですね。

家康が戦は酷いだのなんだのいい、秀忠が止めようとします。
いやいや、逆では?
秀忠はむしろ千姫を突き放しています。嫁いだからには婚家に殉じろ!と頑なな態度でした。
孫娘の悲運が申し訳ない家康が、そんな我が子を抑えながら、千姫救出の手立てを考えています。
秀忠をこんな無能に描いておいて「最新の説も取り入れました」と言われてもサッパリ理解できません。

「秀忠はむしろ千姫を突き放しています。嫁いだからには婚家に殉じろ!と頑なな態度でした」
この第46回にそんなシーンありましたか?

兵力の差は歴然と言う秀忠に、お江が殿が総大将となってはと言い、お千のことが気になるのかと訊かれてお江はこう答えます。
「見捨てる覚悟はしております。しておりますが…」
そんなお江に秀忠はこう言っているのですが。
「父上は孫を殊の外可愛がってくださる。ひどい仕打ちはせんさ」
そしてこの後、お江は「戦となれば、鬼となるお方では」と言っているわけですね。
で家康は、戦というのはこの世で最も愚かで醜い人の所業である、自分の代で終わりにしたい、自分が汚名を着て地獄を背負うとなるわけです。

さらにこの後、また『パリピ孔明』と『首』の礼賛記事(と言うべきでしょうか)が続きます。このコラム、どう考えても半分ほどは他作品のPRまたは広告のためにあるようなものでしょう。関係ないので大部分は省きますが、ここで武者さんが好きな世帯視聴率を出しておきます。

この『パリピ孔明』という番組が、視聴率で苦戦しているのは前にもお伝えしました。

秋ドラマ・視聴率ワースト5 篠原涼子「ハイエナ」はなぜ大苦戦しているのか

実際初回こそ6.1パーセントでしたが、その後5パーセント台、そして4パーセント台から3パーセント台となり、最終回は4.4パーセントでした。日テレ系の裏番組『コタツがない家』は6パーセント台で、総合視聴率もそこそこあります。記事にあるように、数字を持って行かれたように見えます。

無論世帯視聴率がすべてではないし、もちろんこの番組が好きで観ていた人もいるでしょう。ただ、嫌いな大河の場合、NHKプラスの再生回数なども無視で、世帯視聴率のみで叩く武者さんは、これをどうとらえているのかと思います。そんなの関係ないと思うのであれば、好きであろうが嫌いであろうが、見逃し配信のある番組を世帯視聴率で叩くのは的外れではないでしょうか。

あと2~3週間もすれば、私の脳内歴史人物リストから『どうする家康』は焼き消されます。
例えば明智光秀リストは、長谷川博己さんの次は西島秀俊さんで埋まります。今年の大河は、とてもじゃないけど数に入れられない。

「焼き消されます」などと言わずに、消え去りますくらいでいいと思うのですけどね。
まあ『どうする家康』も武者さんの記憶には残らない方がいいでしょう。と言いつつ来年以降「『どうする家康』はひどかった」的な表現が出て来るような気がはしますが。

それと武者さんの言う「明智光秀リスト」なるもの。
『レジェンド&バタフライ』の光秀さんをお忘れですよと言いたいのですが、あれもお嫌いでしたね。この光秀の中の人は、『ちむどんどん』の和彦君の中の人なのですけどね。

西島さんといえば、私に取っては『きのう何食べた?』のシロさんです。

そして、なぜ『パリピ孔明』が成功したのか? この記事を読むと腑に落ちます。
◆【実写化成功のカギ】『パリピ孔明』演出が明かす、主演・向井理との意見の一致「ギャグはやらない」(→link)
向井さんは真面目です。昔の中国らしい礼法を守り、綺麗な所作を見せます。
それが『どうする家康』はどうか?
◆NHK「どうする家康」徳川家臣団の「おいリレー」はアドリブだった!視聴者驚愕「まさか」「今日のハイライト」「恐るべし!」(→link)
痛々しいノリでアドリブをする。所作も何もあったものではなく、自分が目立ちたいだけ、楽しみたいだけ。
そんな低い志のまま、その場のノリで回すだけから、時代劇として作品が面白くなるわけがありません。

「向井さんは真面目です、『どうする家康』のおいリレーは不真面目です」
こんな書き方が、双方に失礼になっているのなど気がついてもいないようです。で、
「痛々しいノリでアドリブをする。所作も何もあったものではなく、自分が目立ちたいだけ、楽しみたいだけ」
どこが痛々しくて、所作と何の関係があるのか。全く腑に落ちません。自分が嫌いな番組の、こういう部分が話題になることが、恐らくは、嫌で嫌でたまらないのでしょう。自分勝手だなと思いますが。
向井さんも、こんな形で叩き棒にされるの嫌でしょうね。

そして
「自分が目立ちたいだけ、楽しみたいだけ」
このコラムにも、そう思われる箇所が散見されるのですが。

『パリピ孔明』では祈祷の場面で、きちんと東洋の占星術である星宿を唱えていました。
「西洋には星座ってあるんだって!」
家康と三成がそう語っていた大河ドラマを比較すると、その落差に気が遠くなるばかり。
友達同士がわちゃわちゃしていればいいというわけではありません。
◆松本潤、『どうする家康』で実現した中村七之助との初共演に喜び「かけがえのない友達と…」(→link)

武者さん、第35回は一体何を見ていたのでしょうね。
家康「厠が兎?」
三成「はい。私もわかりませぬが」
これ二十八宿の参宿のことだと、前にも2回ほど書いた覚えがあります。
これが全然わからなかったのか、あるいは嫌いな大河で使われるのが恐らく死ぬほど嫌で、意地でもこれに言及したくなかったかのどちらかでしょう。しかしドラマに登場したことは登場したこととして紹介するべきですね。このコラムは、武者さんの遊び場ではありません。

参宿(Wikipedia)
天区内の星官の節を御覧ください。

あと気が遠くなるのなら、そのまま遠くなっていてくださいと言いたくもなります。

飲み物-注がれるワイン
[ 2023/12/07 20:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第42回に関しての武将ジャパンの記事について-5

第42回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその5です。

過ちて改めざる是を過ちと謂う。『論語』
「それはおかしいぞ」と指摘されても開き直って「でもでもだって!」と態度を改めないことこそ、まさしく過ちなんだよな。

この意味ですが
「間違うのは仕方ないが、即座に改めれば間違いではない。しかし改めなけば大きな過失となる」
こういうことではないかと思います。
そしてこの諺、武者さんに取ってかなり大きなブーメランになっていないでしょうか。

2023年は、大河ドラマの歴史にとって、決して消せない大きな汚点となるでしょう。
ただ単に出来が悪いとか、視聴率が低いとか、そういうことじゃない。

「単に出来が悪いとか、視聴率が低いとか、そういうことじゃない」
などとありますが、今までのこのコラムを見る限りでは、あそこが悪いここがよくないとか、視聴率の低さに言及するような記述がかなり目立ちます。
「そういうことじゃない」
とは、「どういうことじゃない」のでしょうか。

そしてこの後に
「NHKは大河ドラマや朝ドラをあまりに安売りしていて」
とあり、こういう記事のリンクが貼られています。

◆ 趣里や蒼井優の名演技に頼り過ぎ…朝ドラ「ブギウギ」に足りないものは何か(→link)
笠置シヅ子さんをモデルとした朝ドラ『ブギウギ』について指摘されていて、概ね同意します。
この朝ドラは脚本の問題だけでもなく、小道具、衣装、セットの作り、方言指導がお粗末で、やる気が全く感じられません。

デイリー新潮の記事ですね。
で、もちろんこの朝ドラに好意的な記事もあるし、本当はその両方に目を通して分析を行うべきなのですが、武者さんはどうもそういう見方はしないうようです。
そして
「脚本の問題だけでもなく、小道具、衣装、セットの作り、方言指導がお粗末で、やる気が全く感じられません」
何のことはない、『どうする家康』に向けている言葉を朝ドラにも向けているだけに過ぎません。
嫌いな作品なら十把一絡げということでしょうか。

そして大河コラムのはずなのに

なぜ朝ドラは、しつこく、しつこく、本当にしつこく、日本の芸能史をロンダリングするような気持ち悪いことを繰り返すのか?
この10年に限っても、
『あまちゃん』
『わろてんか』
『エール』
『おちょやん』
『ブギウギ』
……って、さすがに異常ではありませんか。

あの、「しつこく、しつこく、本当にしつこく」という書き方の方がしつこく感じられるのですが。
私もこれらのすべてを観たわけでない、と言うか観ていない方が実は多いのですが、こういった作品のどこが
「ロンダリング」
なのか、それをちゃんと説明してしかるべきでしょう。

確かに『あまちゃん』や『おちょやん』のような傑作もありますが、いい加減やりすぎなだけでなく、歴史修正も蔓延っています。

「傑作」としていながらやりすぎとか、歴史修正が蔓延っているとか、何を基準にしてどう言いたいのでしょうか。こういう点をはっきりさせないから、コラム自体に信用がおけなくなるのではないのですか?
そしてこういうのは、小檜山さん名義のnoteの方でやってください、朝ドラはあちらの方のはずですよね。

現在、イスラエルの歌手が兵士に向かってガザ攻撃を楽しむ動画がネットで出回っています。
戦争を煽り面白がるなんて最低だと思いますよね。
しかし、日本にもそういう歌謡関係者はいました。そういう人物を朝ドラはロンダリングして扱っています。

とかで、『エール』、『わろてんか』に関してのリンクがやけに貼られています。こういうのはコラム中で記述してしかるべきかと思います。
しかも何度も言うようですが、大河コラムでなくて朝ドラのnoteでやってください。ここは大河ドラマについて書くコラムであり、嫌いな朝ドラをアピールする場ではないと思います。

それと攻撃を楽しむ動画云々ですが、
「イスラエルの歌手が兵士に向かってガザ攻撃を楽しむ動画」
と言うのがちょっとわかりづらいのですが…。それに近いニュース記事を探したところ、
「兵士たちのもとを訪れたイスラエル人アーティストが、攻撃されたガザの人々をバカにして楽しむ動画を投稿」
とあります。これで正しいのでしょうか。

あと戦争中は、やはり戦意を高揚させるものが喜ばれたのは確かなようです。

そして、

『わろてんか』という吉本興業を徹底美化した朝ドラもありました。
どうしてそこまでプッシュするのか?

などとあり、

『どうする家康』も林羅山役が吉本所属ですね。

などとありますが、『わろてんか』のキャスティングと直接関係があるのでしょうか。
それを言うならNHKに出演している吉本所属の人なんて多いものでしょう。
『麒麟がくる』で二条晴良を演じた小藪千豊さんも、『おんな城主 直虎』で岩松という検地奉行を演じていた木村祐一さんも吉本ですが?そして、この『直虎』で小野政次を演じていた高橋一生さんは、『わろてんか』に出演していましたが。

『ブギウギ』についていえば、もうこういう報道が出てきています。
◆【ブギウギ】草なぎ剛が来週登場 服部良一さんモデル役にジャニーズ問題で「皮肉」の声も(→link)
少女歌劇団も、宝塚いじめ問題が報道されている最中に、よりにもよって今これをやるのかと愕然としてしまう。
たまたまではありません。
芸能界がそういう時限爆弾を放置しているのに、それを忘れて呑気にドラマにするから爆発するのです。

言っては何ですが、武者さんは、嫌いな作品が炎上するのを望んでいるように見えてしまいます。
だから大河だと文春絶対になるし、この記事も東スポWEBですが、こういうゴシップ的な記事を探して来て、自説補強にしているような印象しか受けないのです。

と、こういう指摘をすると、必ずのように
「でも! 私は毎朝楽しんでいます!」
「私はウキウキしながら見ているのに、それが悪いというのですか?」
という反論が出たりします。
無知で無邪気ではしゃいでいいのは子供の間だけ。社会的影響や倫理を考えず、毎朝楽しでいるからって理屈はあまりにも幼稚です。
誰がこのドラマを楽しんでいるのか?
大河についても同様のことが言えます。
私の記事だけでなく、他メディアで『どうする家康』への問題が指摘されていても、
「でも! 私は毎週楽しんでいます!」
とか
「つまらなければ見なければいい!」
といった幼稚な意見があがってくる。

「楽しで」は「楽しんで」でしょうね。
ともあれ最初から見て行きましょう。

「『でも! 私は毎朝楽しんでいます!』
『私はウキウキしながら見ているのに、それが悪いというのですか?』
という反論が出たりします。
無知で無邪気ではしゃいでいいのは子供の間だけ。社会的影響や倫理を考えず、毎朝楽しでいるからって理屈はあまりにも幼稚です」
まず朝ドラというのは娯楽番組です。
楽しんで観ても、ウキウキしながら観ても別に構わないのではないのですか?朝ドラを観ることが、一日の原動力となる人もいるでしょう。無論シリアスな目線で観てもいいのですが、要は楽しみ方は人それぞれであり、自分と違う観方をしているからと言って、それに文句を言う筋合いはないかと思います。
とどのつまり、自分と同じような問題意識(と言うか、多分に好き嫌いに基づいているかと思いますが)を持たない観方が嫌なのだろうなとは思いますが、武者さんの主張は、それぞれの楽しみ方をしている人たちに対して、家に土足で上がり込み、自分が思うような観方をしろと強要しているようなものではないでしょうか。

そして大河、これも朝ドラと同じです。
人それぞれの観方があり、自分の観方を他人に強いるものではないでしょう。それをやらないから、ネット上のタグに一々神経をとがらせることになるのではないでしょうか。
それから
「つまらなければ見なければいい!」
武者さんに言わせれば「幼稚」と言うことですが、きわめて正論だと思います。嫌なら無理して観ることはありません。
私自身あまり観る気が起きず、とうとう一度もリアルタイムで観なかった大河があります。あとでDVDで観ましたが、リアルタイムで無理に観ても精神衛生上よくないと思われる時は、観ないのもひとつの手です。
その代わり、楽しんで観ている人たちにとやかく言わないことでしょう。

以前武者さんは、『どうする家康』は若者が多く観ているという意見に対し、何らデータも裏付けも示さずに、そんなことはない、彼らは動画でも観ているということを書いていた覚えがあります。結局それなのです。データと裏付けはともかくとしても、嫌なら大河の放送時間は、自分の好きな動画でも観ていた方がいいのではないでしょうか。

では一体、どんな層がそうした意見をSNSや記事コメントに記すのか。私なりに考えてみました。
◆ 「どうする家康」官兵衛息子・黒田長政“一の谷形兜”ネット話題!薄型テレビ?ソーラーパネル?「首が…」(→link)
兜の正面につける飾りを前立(まえたて・まえだて)と言い、それぞれ意味があります。
死と隣り合わせである戦国武将の覚悟が表現されているわけですが、それをなぜ「薄型テレビ」などと笑われなければならないのか。
あまりにも程度の低いコメントで記事まで作られてしまう幼稚さに情けなくなってきます。

「あまりにも程度の低いコメント」なのだそうですが、私としてはこれらの意見、なるほどと思いました。
と言うか、戦国とか関ケ原に興味があっても、所謂変わり兜にあまり関心がなければ反応はこういうものでしょう。
ちなみに、このシーンですね。

どうする家康第40回七将2
(『どうする家康』公式サイトより)

私も先日福岡市博物館で実物を見て来ましたが、変わり兜の中でも形の独自性という点では、加藤清正公の長烏帽子形兜(画像向かって左端)同様、他の追随を許さぬものがあります。当初、これは本当に兜なのかと思ったりもしましたし。鉄板と見られても(正しくは銀箔を圧した檜板ですが)、はたまた「薄型テレビ」などと見られても、それはそれで関心を惹いているということですから。
寧ろ地元の人間としては、こういう形で黒田長政という人物を知り、さらに兜以外にも様々なことを知ってくれると嬉しいなとは思います。

ちょっと余談ですが、2019年のラグビーのワールドカップ、または今年の大会でもそうですが、ニワカでいいから、ファンになってラグビーを見てほしいと言われていたことがあります。結局それと似たようなものかも知れません。始めはさほど知らなくても、継続して関心を持つことで、知識の幅が広がることもあるわけですし、最初は皆ニワカですので。

話が戻りますが、武者さんはここで
「兜の正面につける飾りを前立(まえたて・まえだて)と言い、それぞれ意味があります」
と書いています。無論それは事実ではありますが、こういう部分でだけ、もっと言えばネットの声に対して上から目線な姿勢を取る時だけ、歴史的なことを書かれてもなと思います。
このコラム全体でどれだけ歴史的考察がなされているか、ドラマの描写に沿って文章が書かれているか、正直言って、ちょっと疑わしく感じられますので。

何よりも「だから黒田は何なんだよ」なる見出しで、

「福島と黒田が一緒に戦うよ!」って、
だから、彼らは何者なの?
NHKの日曜20時に流すドラマとして、その説明はカットしても皆がわかっているのが当然なんでしょうか。
本当に視聴者の知識に頼りすぎな作品です。

などと武者さんは書いています。複数回にわたっての武断派武将の描写があるのにこう書くのは、彼らに関心がないのだなと思われても仕方ないのですが、その一方で、長政公の兜に対してのネットの意見に対しては反応するのですね。
しかしそこまで知識を披露するのなら、一の谷兜そのものについてもっと書いていただきたいですね。

そしてこの後、長くなるので部分的に省きますが、要はこの大河を観ている層には史料とか史実などわからないだろうと言う、かなり一方的な見方のようです。

とはいえ「どんな層の人物が楽しんでいるのか」という答えは浮かんできそうです。
◆どうする家康:「あれ? TAKAHIRO先生」 直江兼続役に視聴者驚き めっちゃ長い“直江状”発動に「キターー」(→link)
直江状を読み上げることすらなくとも、「キターーー」と20年以上前のトレンドを振り翳しながら、演者に反応する。
全部がそうとは言えませんが、そういう層が盛り上がりの中心にいるんでしょう。
要するに歴史なんてどうでもよく、陰キャやヲタクの趣味でしょwとでも思っていそうな方たちです。

「要するに歴史なんてどうでもよく、陰キャやヲタクの趣味でしょwとでも思っていそうな方たちです」
何だかこれもブーメラン臭く感じられます。

そしてこの後も、

来年の大河ドラマ『光る君へ』には、日記をせっせと書いていた貴族が大勢登場することでしょう。
平安時代についてのことは、衣食住から行事、人間関係までよくわかります。
では同時代の坂東はどうか?
というと、これがわかりにくい。識字率の差が際立っているためです。
遺跡を発掘して、たくさん貝は出てくる。大きな家の跡もある。それがいつしか消え、ここにいたであろう某氏はどこへ行ったのか?
というと大仰な謎でもなく、単に記録する習慣がなかったために、わからなくなったのです。資料の意義はこういうところにあらわれると。

だそうです。
そしてこうも書かれています。

そんな基本的な歴史知識の無い人が、そういうことを気にしない人に向けてコスプレドラマ『どうする家康』を作った。
歴史に興味がないことを脚本家が明言している時点で、どうかしてます。

『レジェンド&バタフライ』のサイトによれば、別に古沢氏は歴史に興味がないのではなく、
「僕はそもそも今残っている歴史はフィクションだと思っているところがあります。いま残っている歴史は、勝者が都合のいいように語り継いだものですから、どう解釈しても自由だと思っているんです」
と言っているだけですが。

そして史料(資料でなくこちらの方かと)を重視するのであれば、平山優氏が
「森蘭丸でなく、森乱(または乱法師)」
と語っているのも当然重視されてしかるべきですが、武者さんは森蘭丸だと主張していますよね。それはなぜでしょうか。

さらに

歴史に興味もないのに徳川家康と“大河ドラマ”という名声だけは欲しがった。
そしてそれを無邪気に全面的に受け入れて楽しんでいる。
そんな層にはつきあいきれません。
互いの趣味が違うなら棲み分けていればいい。
それだけなのに、なぜかこちらを馬鹿にしてマウントをとってくるから厄介です。

「互いの趣味が違うなら棲み分けていればいい。
それだけなのに、なぜかこちらを馬鹿にしてマウントをとってくるから厄介です」
これもかなり大きなブーメランに見えるのですが。

善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責(もと)めず。『孫子』「勢篇」

これもちゃんと意味を書いてくださいね。
戦上手は、個々人の能力や働きに過度に期待せず、組織全体の勢いを重視するということです。
個人技よりチームプレイと置き換えられるでしょうか。

で『ちむどんどん』は駄作ではなく、ネット上で作られた勢いに乗せられた人が多かったとか何とか。そして仲間由紀恵さんをはじめ、『大奥』には『ちむどんどん』の出演者が他にも出ているとあり、

むしろ『ちむどんどん』あっての『大奥』だと、スタッフのインタビューで明かされました。
◆「大奥」“サイコパス”治済に仲間由紀恵を起用した理由 底知れぬ闇を段階を経て表現(→link)

私自身、駄作とか傑作などという分け方はあまりしませんが、『ちむどんどん』にはちょっと馴染めないものがありました(飯豊まりえさんの愛、井之脇海さんの矢作はよかったと思います)。

そしてこの記事を見てみましたが、「『ちむどんどん』あっての『大奥』」というのはどこにも出て来ません。
『ちむどんどん』絡みでは、主に仲間さんとスタッフの関係について書かれていると言うべきでしょう。
「そもそも、僕(注・藤並英樹CP)は仲間由紀恵さんが俳優として大好きで『ちむどんどん』でもご一緒しまして、彼女のお芝居の奥深さや、キャラクターの表現がすごく達者で、面白い方だなと思っているので」
「『ちむどんどん』の優しいお母さん像とはまた百八十度違う、恐怖というか冷徹さみたいなもの、内面が分からない闇のようなものを表現していただく。『ちむどんどん』とのギャップも含めて、きっと面白くなるんじゃないかと」
「治済は非道なキャラクターではあるが、仲間自身は「ちむどんどん」のスタッフ(演出の木村隆文、プロデューサーの松田恭典)も多かったこともあって、「非常にいい雰囲気の中でお芝居を作っていけたと思う」と藤並」

しかしやはり思うのですが、自分が好きな作品の場合はつい好意的に見てしまいますね。
無論それが悪いとは言いません。ただ武者さんも『大奥』が推しであるように(だろうとは思いますが)、『どうする家康』や『ブギウギ』を好きな人もいるわけで、その人たちが当該作品を好意的に見るのは、自然なことではあるでしょう。

しかしこの『大奥』もそうですが、なぜ大河でもないのにこのコラムでPRまがいのことをやるのか、ならば『大奥』プロパーのコラムでも作って、そちらで書いてほしいところです。そしてこういう他作品をやたら引き合いに出して5ページを使うのなら、大河メインだけにして2ページか3ページでいいのではないでしょうか。
それでも『いだてん』までは2ページだったのですけどね。あれで十分だと思います。

そしてその後、また例によって『どうする家康』への誹謗中傷とも取れかねない悪口(と言っていいでしょう)だらけ。
さらに今週も「兵法」とかで漢語の解説があるので、この箇所だけ置いておきます。

調虎離山
兵法の時間です。
今日は「調虎離山」。 兵法三十六計の第十五計にあたります。
敵を本拠地から誘い出し、味方に有利な地形で戦うこと。『パリピ孔明』でも出てきました。

この意味ですが、
「敵を有利な本拠地から追い出し、自分たちに取って有利な態勢で戦う」
ことだと思います。

『葵 徳川三代』で野戦が得意な家康が、三成率いる西軍を大垣城から関ケ原におびき出すべく、家康が佐和山城を攻めようとしているという、嘘の噂を広めさせるところがありましたね。あれもこの調虎離山と言えるでしょうか。

あとまた松本さん関連の記事のリンクばかり貼られていますが、ここでは割愛します。
一応これだけ置いておきます。武者さん的には面白くないようで、

◆松本潤初の展覧会で岡田准一コラボ「今回の展示のためにカメラマンとして」大河ドラマ共演(→link)
特定の芸能事務所による大河ジャックは公共放送としていかがなものなのか。

タイトルにもあるように、松本さんの展覧会であって大河ジャックではありません。
そして岡田さんは近々独立予定のようです。

その後また例によってメールフォームのリンクがあります。
いよいよ終盤にかかる大河に、激励メールを送ってみるといいかも知れません。
(2023年11月12日一部加筆修正)


飲み物-テーブルのホットワイン
[ 2023/11/11 21:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第37回に関しての武将ジャパンの記事について-5

では第37回『武将ジャパン』大河コラムについてその5です。
このコラムの後半部分にありがちなのですが、持論展開メインで、しかもジャニーズ関連で正直言ってこれでもかといった感じで書かれていますので、一部省略させていただきます。

結局のところ、自説補強のための記事集めと、それによる言われなき『どうする家康』叩きに終始している感があり、これを書かせている『武将ジャパン』にももちろん責任の一端はあるでしょう。そしてあれこれ書く割に、メディア側の態度について何も触れていないことを思えば、どう考えても公平性がある記述には見えません。まあ実際メディアに対しては、このような記事もあります。

「マナー悪すぎ」 ジャニ会見でルール無視の記者に視聴者落胆「本当に恥ずかしい」
(ENCOUNT)

武者さんが本当にこの問題について書きたいのなら、大河コラムで、しかも当該の大河の叩き棒としてこの問題を持ってくるのではなく、複数のメディアの賛否両論から問題点を分析し、極力偏らない視点で事実重視で書くべきなのですけどね。

ここまでの事態に陥っていながら、NHKでは依然として大河ドラマのポスターなども貼られているのでしょうか。
打ち切りなどないとばかりに、最終回放送日程まで発表済みです。
◆ 「どうする家康」最終回は12・17!2年連続の全48話に決定(→link)

「ここまでの事態」などとありますが、この問題と大河は本来別の存在であるはずです。
しかも
「打ち切りなどないとばかりに、最終回放送日程まで発表済みです」
との言い方もどうかと思います。実際完結編のガイドブックを見るとわかりますが、最終回は「第47・48回」となっています。つまりこのガイドブックが編集された時点では、まだ何回で終わらせるかが決まっておらず、このような形を採っているのでしょう。然る後に48回に決まったと考えられます。
しかもNHKから「打ち切り」についてなど全然発表されておらず、一部メディアがそのように考えている、あるいは考えたがっているのではないかと思うのですが。

あるいは武者さんは、昨年と同じ48回放送というのが面白くないのでしょうか。

徳川家康ほどの人物を描く上で、ジャニーズを頼るとは……それが「シン・大河」なんですかね。
◆松潤主演NHK『どうする家康』は「シン・大河」になる? 大ヒット大河ドラマ“勝利の方程式”とは(→link)

これも前に書いていますが、NHKは「シン・大河」などと言っていません。メディアがそう言っているだけのことです。
そしてこんな自説ばかり振り回さず、もう少しドラマ本編についてちゃんと触れてください。小田原評定をご存知ない(としか思えない)のに加え、甲冑は戦場で着けるものには、正直呆れました。スポーツ選手が、ロッカールームでユニフォームを着るのと間違えていないでしょうか。

釜底の薪を抽(ぬ)く。『兵法三十六計』
釜の底にある薪を引っこ抜く。相手の大義名分を引っこ抜いてやれ。

「釜底抽薪(ふていちゅうしん)」ですが、「相手の大義名分を引っこ抜く」のではなく、物事の解決のためには、根本にある原因を取り除く必要があるという意味です。

心理学実験に、こんなものがあります。
誰でも簡単に解ける問題をまず出題する。
その正答率を確認しておき、同じ問題を出すのですが、今度はグループ形式にしておき、その中に堂々とした態度で誤答を語るサクラを入れておく。
「関ヶ原の戦いが起こった年ですか? そんなの簡単、1603年でしょ!」
こんな調子ですね。すると他の参加者に迷いが生じます。
「あれ? 1600年じゃなかったっけ……。でも、この人が堂々と答えているからにはそうなのかも。それに1603でも覚えた気がする」
こうなってしまい、同じ問題でも、正答率はグッと落ちる。
要するに、人は自分の意思では案外物事を決められない。周囲を見まわし、それに合わせてしまうんですね。

同調圧力実験ですね。アッシュのでしょうか。
しかし同調したから弱い、しなかったから強いというのではなく、寧ろその場での他人への気遣いという点もまた、この同調には含まれていると言えるようです。

そしてドラマ評価でも「同じことができます」と書かれているのですが、果たして同じことがいえるでしょうか。
この後にこのような週刊誌の記事のリンクが貼られており、

◆《最終回がっかりドラマランキング2023》『VIVANT』は有終の美を飾るも終わり方に賛否両論!3位『教場』2位『silent』を抑えた1位は?(→link)

1位は『ちむどんどん』なのですが、武者さんとしては、

つまり、あの世にいる父に向かって快癒祈願をしたのです。
(中略)
要するに、スタッフは琉球信仰ありきで話を作った。それを知らない本土の和人がこういうことを言ってしまう。
しかし、NHK朝ドラの視聴者は圧倒的に和人が多いので、こういうマジョリティの傲慢さをするっと受け入れます。
多様性配慮の時代とは思えないほど酷い話でしょう。

このように書いているのですが、私があのシーンで思ったのは、聖なる場所であのように大きな声を出すのかなという点でした。さらにドラマの中でも、暢子の都合に合わせて家族を徹夜させたり、やけに反社勢力を絡ませたり、三郎が喪服姿で病院に行ったり、何よりも沖縄の農産物を日本に持ち込めないのに持ち込んだり、そういった諸々のことが何となくおかしく感じられたのです。
武者さんはここでは、沖縄差別だという点のみに話を持って行っていますが、それ以外にも不思議に感じられる点はあったわけで、そういうのをきちんと総合するべきではないでしょうか。

その後少し『ちむどんどん』関連で沖縄戦のことも出て来ますが、悪いけどここでは省きます。こういうのも別コラムを立てて、武者さんの考察がきちんと窺えるものにしてほしいです。
そして『カムカムエヴリバディ』の脚本が藤本有紀さんである件について。

ついでに言うと、『カムカムエヴリバディ』は大河ドラマ『平清盛』と脚本家が同じです。
あの脚本家自身の問題ではなくファンダムの性質なのかもしれませんが、あの大河での失敗以来、判官贔屓が激しい状態になっています。
脚本家の朝ドラ起用が決まっただけで、お祝いメッセージを投稿しバズる。そんな現象が起きていました。
しかし、こういう熱気につられていると思わぬ罠にかかります。

などとあります。
話が戻りますが、先ほど同調心理の実験についての記述がありました。この実験に使われる問題として、たとえば1+1は2なのに誰かが3と言えば、その方につられてしまうといったものがあります。この場合1+1=2というのは真実です。また武者さんが引き合いに出している、関ケ原の戦いも1600年に行われたのが史実であるとされており、正解が存在します。

ただ何度も言うようですが、ドラマに限らずエンタメには、恐らくどの作品でも賛否両論があり、その意味で正解が存在しづらいと言えます。にもかかわらず武者さんはそう思わないようで、「思わぬ罠」の例として

「石兵八陣」につっこむことになりかねません。

などとあります。この石兵八陣、関羽の弔い合戦である夷陵の戦い時に、劉備の戦法を危うく感じた諸葛孔明が、蜀軍が敗走することを見越し、巨石によって作ったもので、定期的にその陣内で突風や波が起こるようになっている仕掛けです。
実際恐るべきものですが、何もこんなのを引っ張って来なくても、きわめて危険な状態になるとでも書いておけばいいのですが。

そしてまたくどくどとジャニーズ。下記の夕刊フジの鈴木祐司氏の記事を持ち出しています。

◆若年女性の〝ジャニーズ離れ〟加速、視聴率から読み解く 頼みの綱のタレント人気、NHK「ザ少年倶楽部」が大幅減(→link)

そして本文から
「一部の熱烈なファンは、所属タレントには罪がないとSNSで発信する。
ただし、これらはラウドマイノリティーで、圧倒的多数のサイレントマジョリティーは〝ジャニーズ離れ〟を始めているのだ。
視聴率が雪崩を打つように下がり始めた以上、事務所の名称変更や株式を含めた体制の抜本的見直しはもはや避けられない」
といった部分を抜粋しています。
ファンダム嫌いの武者さんとしては、我が意を得たりといった思いなのでしょう。

しかしこの鈴木氏、『ステラ』では大河関連の記事を手掛けており、武者さんはそれを幸せ探しのポリアンナ記事(チェリーピッキングの意味と思われます)と揶揄しています。同じ著者が、ジャニーズ離れのことを書いたら褒めるのですね。しかし鈴木氏、ヤフーの記事がすべて削除されましたね。

しかしここで言えるのは、所属タレントや俳優は罪がないということ、これは事実でしょう。
事務所が悪いからお前も悪いでは、連座制、連帯責任になりかねず、もっと言えば人治主義です。一部で糾弾する声が大きいから悪いと決めつけてしまうもので、これでは、法の出る意味がなくなると思うのですが。

心してかかりましょう。
ラウドマイノリティーが大声で「でも私は好きだから!」振り翳してきたら、その薪を引っこ抜くことを心がけるのです。
そんなものは子どもが「ピザは体に悪いっていうけど、私は好きだもん! ピザが好きな私をバカだっていいたいの?」と上目遣いで涙をためて言うようなもの。
作品の好悪と評価は本来別物です。

「作品の好悪と評価は本来別物です」
好悪はともかく、エンタメ系の評価に絶対はありません。スポーツの評価の方が勝敗で決されるところがある以上、もっとシビアです。
しかし武者さん、好悪と評価が別物ならば、貴方が嫌いな『どうする家康』にもし好意的な評価がくだされても、文句は言えませんね。
つまり貴方が大声で「でも私は嫌いだから!」と主張して来ても、その薪は引っこ抜かれるのですね。
そして貴方が『どうする家康』が嫌いだというのは、子どもが「ピザは体に悪いっていうけど、私は好きだもん! ピザが好きな私をバカだっていいたいの?」と上目遣いで涙をためて言うのと同次元であるとみなされるのですね。
(しかしかなり前の方で持ち出している釜底抽薪を、ここで持ち出してくるのですね)

それとピザが必ずしも悪いわけではありませんけどね。問題は食べすぎなのですが。
こういう記事があったので貼っておきます。

癖になるけど、体も気になる宅配ピザ 賢く食べるには
https://www.nikkei.com/nstyle-article/DGXMZO65542430Y0A021C2000000/
(元NIKKEISTYLe→日経Gooday)

そして『いだてん』に関して。
「教養を低下させかねない不正確な描写すらありましたが、私が言いたいのはそこではありません」
何だか随分上から目線ですね。
私はこれは途中で視聴をやめたので何とも言えませんが、何でもある記事で、『いだてん』ファンが以下のような論調になると書いてあるらしいのです。
「近代オリンピックの歴史を描いた『いだてん~東京オリムピック噺~』(19年)は視聴率こそ振るわなかったが教養と娯楽を兼ね備え、かつ映像として見応えのある秀作であったことも記しておきたい」
しかしやはり武者さんは面白くないようで、

「私は『いだてん』が好きでした。しかしなぜヒットしなかったのか。何をどう、読み違えたのか。検討は必要です……」
諸葛孔明のような顔でそう振り返ってこそ、大人の責任の取り方でしょう。

などとあります。「読み間違えた」ことにしないと気が済まないのでしょうか。
ならば武者さんも『麒麟がくる』の駒がなぜあそこまで言われたのか、諸葛孔明のような顔で振り返っては如何かと思います。

そしてまた海外ドラマだの華流時代劇など、武者さんが喜びそうな記事のリンクが貼られています。
で今度は

君子一言、馳馬難追
君子の一言は、駿馬に鞭を入れたようなもの。事態が素早く動き追いつけなくなるぞ。

これ、
「君子が一度口に出したことは4頭立ての馬車でも追いつけない、つまり一度口に出すと取り返しがつかない」
の意味なのですけど。
武者さんて、本当に漢籍に関心があるのですか?
追記:この諺ですが、「一言既出、駟馬難追」と「君子一言,快馬一鞭」というのはよく目にします。私は前者の意味に解釈しましたが、もう一つの方も似たような意味で、どちらも「追いつけなくなる」のではなく「取り返しがつかなくなる、迂闊にものを言うな」という意味です。
そしてこの『君子一言、馳馬難追』という諺、検索すると『好父母必修的八堂說話課』という書物が出て来ますが、生憎今それ以上のことはわかりません。そもそも武者さんも出典を「中国の諺」としかしていませんし。

武将ジャパン中国ことわざ

そして

NHKはもう時間切れ。手遅れでしょう。
いくら何を言おうと、局のロビーには松潤家康ポスターが貼ってある。

大河ドラマの主人公だから、当然貼ってあると思いますよ。

そして次の朝ドラは『ブギウギ』ですが、これに関してもジャニー喜多川氏との関係がある、そして再放送中の『まんぷく』も、日清食品は過去に疑惑があるとか何とか。嫌いなドラマの情報集めには余念がありませんね。とは言え、武者さんが褒めるドラマの登場人物も、過去に色々なものを背負った人もいるのではないかと思いますが。

NHKという大樹を切り倒すとなれば、それこそ斧の一撃ではどうにもならないでしょう。
しかし、何回も打ち込んでいればどうなるか。
私はあえて続けたい。毒抜きをした方が結果的に良いこともあるはず。
そろそろ限界ではないか?と私は感じています。受信料を払っている皆様であれば、その一撃を打ち込んでもよいでしょう。

NHKは特殊法人ですからね、倒すより民営化とか、逆に国有化するという方法もあるかと。国有化すればすべて公務員待遇で、社屋も所有できなくなります。
ただ武者さんがNHKを切り倒せと言っているのは

今年の大河が気に入らない
その大河に、ジャニーズ所属俳優が出ているのが気に入らない
今年に限らず、過去にも自分が嫌いな大河や朝ドラを放送しているのが気に入らない

こういった点がメインで、いくらか衝動的なのでは思われます。
もしNHKがなくなれば、貴方が好きな朝ドラや大河も放送されなくなりますよ。

◆NHK みなさまの声(→link)
それにしても、大河ドラマのことを考えるうえで、なぜ歴史ではなく、メディアの策だの、事務所の都合だの考えねばならないのか。
ジャニーズと癒着したどこぞの誰かのせいで、腹立たしい限り。
一体この茶番劇は何なのでしょう。

またメールフォームですか。関ケ原が楽しみですと書いておきますか。
それと「それにしても」以下、武者さんが勝手にそう思っているだけではないでしょうか。

しかし大河関連はちょっとおざなりな部分もあるのに、それ以外の、特に持説展開に関する記述では、あれこれ記事を持ち出して来て実に元気がいいですね。
やはり本当に書きたいのはこちらなのでしょう。

飲み物-エスプレッソブラック
[ 2023/10/07 21:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第36回に関しての武将ジャパンの記事について-5

第36回の『武将ジャパン』大河コラム関連その5です。尚、taketak39460607さんのnote記事のご紹介は、この次の大河関連投稿になります。

5ページ目、例によってファンダムやジェンダー論関連の持論展開が目立ちます。そして以前も登場した屈原の
「衆人皆酔えるに我独り醒めたり」(衆酔独醒)

衆人皆酔えるに、我独り醒めたり。屈原『漁夫辞』
みんなハッシュタグで無茶苦茶盛り上がっているけど、自分はそういう性格じゃないんだよね。

まず意味から行きましょう。
「多くの人は酔っているのに、私ひとりだけが醒めている。それ故に罪となり、遠い地に流されたのだ」
「自分はそういう性格ではない」とはちょっと違うような気もしますが…。

そしてファンダムとハッシュタグについて、

中高年以上は放映時間に大河を一斉に見ることが習慣としてあり、大手掲示板で実況書き込みをする人も多かった。その若い頃の習慣が抜けず、リアルタイムで投稿することで承認欲求を満たすことができるのです。そりゃ楽しいとは思いますよ。考えに考えて投稿してもろくに「いいね」も「リポスト」もされないのに、ハッシュタグつけてドラマのことを語ったらそれがドッとつく。中毒性もあるでしょう。

ハッシュタグをつけての投稿は、(武者さんがあまり好きでないであろう)中高年以上の、おじさんやおばさんのものなのでしょうか。またその人たちの投稿は、本当に承認欲求を満たすためのものなのでしょうか。そしてそれは、中毒性があると言い切れるものなのでしょうか。

確かに同じドラマを観ている同志で、やり取りをするのは楽しいものであり、その意味でハッシュタグは有効な手段です。しかしその人たちは年齢的にまだ若いかも知れないし、先行放送あるいは再放送を観ているかも知れないし、承認欲求よりもそのやり取り自体が楽しいからという動機からやっているとも思われるのですが、なぜこう断言してしまえるのでしょうね。武者さんのネガティブなファンダム観が窺えます。

その一例としての『ちむどんどん』(大河コラムのはずなのですけどね)反省会タグに関して。

◆ちむどんどん、イライラしても「見てしまう」視聴者達 一体なぜ?識者が推し量る「制作側の意図」(→link)
ハマって見ているならまだしも、つっこんで見ることが中毒性になってしまうですね。
(中略)
『ちむどんどん』についていえば、反省会タグに夢中になっていたと思われる方と実際に話したことがあります。
その方は、反省会タグで猛威を振るっていた“ある誤認”を元に批判してきたため、それに対し論拠を示しつつ、否定しました。そのときの相手の不機嫌な顔は今でも思い出せます。
どうやら「いいね」や「リポスト」に溺れていると、自分に確固たる自信が湧いてくるようで。

私もこの朝ドラの反省会タグは何度か目にしたし、中にはもっともであると思われるものもありました。武者さんの場合、好きな作品への反省会タグというだけで、敵視しているふしがないでしょうか。ならば見なければ済む話です。それとこの場合の「ある誤認」とは具体的に何なのでしょうか。

しかも、

私の指摘に対して「この番組の識者である我が意に背く気か!」とイラつく様子なのです。
しかし、だからといって論拠立てての反論はしてこない。

失礼ですが、何やらブーメランのように見えてしまうのですが。
その指摘が何であるのか、そして相手がどのようなことを言ったのか、よくわからないので何とも言えませんが、実際『ちむどんどん』にはその当時存在しなかった物、法律上適用されなかったこと(沖縄の農産物を本土で売れないといった)が適用されたかのような描写も出て来ており、それを指摘した人も当然いるわけでしょう。

今にして思えば「ちむどんどん」はアンチが強いだけで、そこまで悪くなかったのだと思います。
その次の『舞いあがれ!』は本タグもアンチタグもあそこまで盛り上がっていない。
ただひたすらつまらない、突っ込む価値がないと思われたドラマは、無言の離脱視聴者が増え、ただ単に数字が落ちるだけです。

既に上の方で述べていますが、疑問に思える点も沢山ありましたよ。
そして『舞いあがれ!』は叩くのですね。私はこの朝ドラは、そこまで投稿をチェックしたわけではありませんが、前作に比べると、突っ込まれる要素が少なかったのではと思えます。無論人によって好き好きはあったでしょうが。

SNSを見ると『どうする家康』も、反省会投稿そのものが減っています。「いいね」や「リポスト」がそうそうつかないんでしょう。数字や関連商品の落ち込みぶりと一致します。
今も稼働中の「反省会」は、滝行に挑むようなストイックな心境だと思いますね。

これで不思議なのが、武者さんは「いいね」や「リポスト」目当てで投稿するのが嫌だと言っているわけです。ならば、そういう投稿が少ないのは寧ろファンダムが健全に回っているわけであり、評価するべきことだと思うのですが、今度は皆が無関心だからという方向に持って行きたいのでしょうか。

そして「牝鶏晨す」、要はめんどりが鳴いて朝を知らせることから、女が権勢を振るうことのたとえで、国や家が衰える前兆とみなされるわけですが、これも時代遅れだとしたうえで

かつて、倫理、教育、道徳、人権、生真面目さを冷笑する態度こそがかっこいいとみなす風潮がありました。
(中略)
クールな本音をネットに書き込む自分たちこそが情報強者で特別だという特権意識が広まっていったのです。
そういう世代が、今ではそれなりの発言権を持つようになり、今、いろいろと弊害が出てきています。
典型的な逆張り冷笑欲求として、草を生やしながら女性蔑視をキメたいというものがあります。

その次にエコーチェンバーが出て来ますが、これはあまり詳しく書かれていません。
そして順番が前後しますが、この後にも

今年の大河ドラマを熱心に擁護している方たちの中にも、一部過激な方たちがいます。
ドラマを批判するSNSの反省会タグまで乗り込んできて、批判的なファンを攻撃していくのです。
彼らを見ていると、大河ドラマの出来がよいかどうかより、誰かを叩いたり、仲間同士で承認欲求を満たすことが大事なように思えてきます。

自分と仲間が推すと決めた大河は意地でも褒める。そこを抜け出そうものなら里を抜けた忍者のように叩かれる。
そんなギスギスした村社会のシステムが見えてきたように思え、興味深い。

先ほどブーメランだとちょっと書きましたが、これらの記述も似たようなものだと思います。
「大河ドラマの出来がよいかどうかより、誰かを叩くのが目的」
「自分と仲間が推すと決めた大河は意地でも褒める」
今までの武者さんのこのコラムを見る限り、この2つはかなり顕著な傾向となって現れているのではないでしょうか。しかも、それが年を追うごとに過激化している印象を受けます。

そして
「倫理、教育、道徳、人権、生真面目さを冷笑する態度こそがかっこいいとみなす風潮がありました」
とあります。武者さんはそうでないということなのでしょうか。
しかし嫌いな大河だと、出演者や制作スタッフが真面目に取り組んでいる作品を冷笑し、また登場人物を、かつてビッグモーターのCMに出ていたものの、イメージダウンになるので自ら降板した俳優さんを未だに「ビッグモーター」呼ばわりし、また近眼設定の登場人物をそうでないと一方的に決めつけ、こちらもまたレーシック呼ばわりしているわけです
正直こういった点では、武者さんも「逆張り冷笑欲求」と言えるのではないでしょうか。

現にこういう記述も出て来ます。

『どうする家康』は、こうした状況と非常に似通っている。
側室オーディションだけで一回使う。
マザーセナ信仰で何もかもばっちりだ。
バカな女をおちょくる女叩き要素も小ネタとして入れてくる。
団子売りだの大政所だの、ババアはちゃんとコケにしてくる。
『麒麟がくる』の”駒ちゃん“みたいな生意気な女はいないし!
ああ、なんて甘い世界なんだ!
そういうノスタルジーには合致しますよね。同じ脚本家の『レジェンド&バタフライ』もそうでした。

「側室オーディション」「マザーセナ信仰」「バカな女をおちょくる」「ババアはちゃんとコケにしてくる」
非常におちょくっている印象がありますし、このバカな女とかババアをコケにするというのを平気で出してくるのが、言っては何ですが、武者さんは本当は女性蔑視なのだと考えざるを得なくなります。
第一、団子屋の婆さんとか大政所の気持ちを読み取れていませんし。

で、これも『どうする家康』関連で、このような諺を引き合いに出しています。

櫝(はこ)を買いて珠(たま)を還(かえ)す。『韓非子』
ブランドのわかる箱だけ欲しいんです。中身はどうでもいいし。

この意味ですが、
「 外見の立派さに惑わされ、中身の本当の価値に気が付かないこと」です。
何か微妙に意味がずれていないでしょうか。

そしてこれに関連することで、

もしも『どうする家康』が民放ドラマや映画だったら。
あるいは女性主人公や女性脚本家であったら。
もっと徹底的にボロボロに叩かれていたかもしれない。
つまり、「男性向き大河」という“ラベル”に『どうする家康』の真価はあり、それを褒め、自己と一致させることが、自我の一部になっているのかもしれません。瓶の中身がまずかろうがどうでもいいと。

女性主人公や女性脚本家ならもっと叩かれていたとありますが、それを言うなら武者さんは、女性主人公や女性脚本家の大河を過去に叩いたこともあるので、これは如何なものかと思います。「女性だから叩かれる」という発想は、大河に於ける女性の地位を自分で貶めているようなものではないでしょうか。

また私としては、『どうする家康』は少なくとも、過去の、特に20年くらい前までの男性向き大河(の定義がどのようなものか、やや不明ですが)とは別物のように思います。武者さんにしてみれば、おじさんまたはおばさん向け大河でミソジニーと言いたいのかもしれませんが。

それからネスレ元社長の高岡氏の記事についてです。

こちらの記事が話題になっていたので、読まれた方も多いでしょうか。
◆【独自】《ジャニーズCM打ち切り問題》元ネスレ社長独占告白! 看板商品のCMに退所後の香取慎吾さんを起用...「タレントには罪がない」という理由(→link)
元ネスレ社長の見解が述べられています。
ジャニーズ起用の危うさとともに、ネスレは東京オリンピックスポンサーにもならなかったと指摘されています。
どうにも危ういと感じていた。その感覚を重んじたことが今になって急激に評価されています。

この記事ですが、一部切り取り報道をされているようにも見えます。
こちらの記事(アエラドットコム)では、元社長である高岡氏のこういうコメントが紹介されているので、その部分を挙げておきます。

https://news.yahoo.co.jp/articles
/44265f0bb26f042aa68b969b1aa2a32358419634?page=3

今、市場調査したら、ほとんどの人は、ジャニーズのタレントが広告に出ている商品は買わないって言うでしょう。でも、それはうそです。買うとは言いづらいから、買わないって答える人が多いだけで、回答結果と実際の購入行動が一致するとは限らない。それを理解したうえで判断するのがマーケティングのプロであり、企業としての正しい姿勢だと思います。

みなさん、ジャニーズの企業体質を変えろって言いますけど、加害者本人がいない今、何をどう変えるべきだと思っているのでしょうか。社名を変えれば、体質は変わるんですか? トンチンカンすぎて、グローバルでは笑われますよ。

隠蔽(いんぺい)体質を責めるつもりなら、取引企業やメディアも、性加害の実態を知らないふりして、あるいは知ろうとしないで、一生懸命ジャニーズにお金を投じてきたわけなんだから同罪でしょう?


武者さんはこの記事のことを、ご存知なかったのでしょうか。

あとまたメールフォームのリンクがありますね。
まあ私は、武者さんが望むような意見は送らないとは思いますが。


飲み物-ロックグラスカクテル
[ 2023/10/01 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第29回に関しての武将ジャパンの記事について-4

『どうする家康』武将ジャパンコラムその4です。


「うまいことやれたんや!」
「わしを誰やと思っとるんや!」
死の間際、なぜ明智光秀は突然、関西弁になったのでしょう?

まず、「関西弁」だと現代ドラマを思い出してしまいます。上方言葉ではいけないのでしょうか。
しかもこの「関西弁」はおかしい、光秀には現在の岐阜の言葉を喋らせるべきとありますが、光秀自身どこの出身かははっきりせず、近江説もあります。また美濃であるにせよ、美濃の中でも方言は様々ですし、地域によっては関西の言葉の影響を受けていることもあるようです。

光秀役の方は、『麒麟がくる』は見ていないとインタビューで語っていました。明智光秀のことも調べていないと。そうでしょうね、見ているなり、調べていたら、気づいたことでしょうから。
史実に基づく役作りをするのではなく、ともかくゲスであればいいと演じる側も、演じさせる側も振り切っていたのでしょう。

過去の作品を観たりしたのかという問いに、酒向芳さんはこう話していますね。

ないですね。私は元々あまり見ないので、長谷川さんがやられていたのも見ていません。かえって見ない方がいいというのもあります。不勉強と言われるかもしれませんが、明智光秀についていろいろ調べるということもしません。調べて頭でっかちになって、それに沿ってやろうとすると、自分がどこかに行ってしまいます。与えられた脚本の中で想像してやるだけですね
https://www.sponichi.co.jp/entertainment
/news/2023/07/16/kiji/20230716s00041000465000c.html

また別に、子孫の方で歴史研究をされている明智憲三郎氏のコメントですが、光秀の旧態依然とした描き方は残念としつつも、こう語られています。写真雑誌ですが一応。

明智の末裔というより、研究して本まで出している身としては、歴史をどう解釈して世に出してくれるか、その点を注目していますからね。
そういう意味では、3年前の『麒麟~』は、正直言えば、あまりうれしくはなかった。ドラマのトーンとして、光秀を英雄的に描き、一般的な光秀の人物像をある程度変えてくれたという意味では感謝していますが、話の中身としてはそれほど新しいことはなかったですから。
(中略)
一方『どうする家康』は、何も期待せずに見ていたぶん、甲相駿三国不戦同盟や乱丸が出たことによって、評価は高くなりました。本能寺の変の旧態依然とした描き方は残念でしたが。
https://smart-flash.jp/entame/246187/1/1/

NHKのドラマはお国言葉指導が入ります。
朝ドラ『らんまん』は、主人公の出身地である高知だけでなく、薩摩ことばもフル回転で指導されています。
東京で巡査に道を聞いたら、薩摩ことばが返ってくる場面もあって、さすがだなぁと思いました。
警視庁ができたばかりの明治初期は、初代大警視・川路利良のスカウトにより、薩摩出身の警察官が多かったのです。そこまで反映しているのです。
薩摩ことばは近年の大河でもおかしかったのに、朝ドラは素晴らしい。
セリフだけ読めば標準語なのに、イントネーションが薩摩ことばとか、薩摩訛りの英語とか、今期の朝ドラは気合が違う!

その近年の大河(西郷どん、青天を衝け)はどちらも武者さんが好きでない大河であり、きちんと観ていたのか、薩摩言葉をちゃんと聞いていたのかどうか疑問に思われます。『西郷どん』なんて、ちゃんと川路利良まで出て来ているのですけどね。

それに比べて大河と来たら……。
本作脚本家は映画『レジェンド&バタフライ』でも妙でした。
例年の大河ならば脚本段階で修正が入りそうな歴史考証でも、そのまま放置されています。一例がイチジク。今回も出てきましたが、伝来前です。

『レジェンド&バタフライ』のどこが妙だったのか、それをきちんと書いてください。でないと結局同じ脚本家で叩きたいからだとしか思えません。
そしてイチジク、実は当時の「イチジク」について、調べた方がいますが、イヌビワがイチジクと呼ばれており、またその実も食用になることから、イヌビワの可能性もあります。しかし武者さんが好きな『おんな城主 直虎』でもイチジクは登場しますが、その時は何も言及していなかったと思うのですが。

『鎌倉殿の13人』では、当時の日本に存在しない野菜が出てきたために台詞を修正したと三谷幸喜さんが振り返っていました。
今年は、そうした最低限のミスすら直さない。

それを言うのであれば、武者さんがほめていた『ちむどんどん』でも、当時日本に持ち込むことができなかった、沖縄の野菜がそのまま入って来ていたりしていますが。

本当に史上最低の明智光秀でした。
農民に刺されて死ぬとかダッサwww それだとつまんねーから家康のせいってことにしとこwww
そんな風にでも考えたのかもしれませんが、このドラマは登場人物がスマホで連絡を取り合っているとしか思えません。
伊賀越えでも生死がかかるほど苦労するのに、指示をホイホイだせるわけがないでしょう。

なぜ光秀が死ぬのが家康のせいになるのですか。実際小栗栖で農民の竹槍にかかったとも、切腹したとも言われてはいますが。そして
「伊賀越えでも生死がかかるほど苦労するのに」
まるで武者さん自身が伊賀越えをしたかのようですね。
尚制作陣は実際に伊賀越えに挑んだ模様です。
そして
「指示をホイホイ出せるわけがない」
とありますが、そこまでホイホイ出していますか?半蔵が自分の経験に基づいて指示してはいますが。

このドラマは、ヤンキー漫画と都内詐欺師の行動範囲で作っているので、落武者狩りについても甘く見ているのではありませんか。

「このドラマは、ヤンキー漫画と都内詐欺師の行動範囲で作っている」
好きな大河をこう言われた時の武者さんの反応が見たいです。

本作は、大河というより民放感覚なのでしょう。
民放時代劇はNHKへの対抗意識を燃やしていた。その矛先は、これまでは『おんな城主直虎』と『麒麟がくる』でした。
今後は『真田丸』になります。
前述の通り、このドラマは「あの『真田丸』より過酷な伊賀越え!」という触れ込みをスポーツ紙に持ち込んでいたようですからね。

『どうする家康』は大河ドラマであって、民放時代劇ではありませんよ。第一今民放時代劇というものが、SP的なものを除いて存在しうるものでしょうか。
そして
「その矛先は、これまでは『おんな城主直虎』と『麒麟がくる』でした」
ではその裏付けを出してください。あと『真田丸』への対抗意識の裏付けも。
第一家康が主人公の大河の伊賀越えですから、当然『真田丸』のそれとは違うのですけど、武者さんにしてみれば『真田丸』を超えるのが許せないとなるのでしょうね。

今後ずっと「あの『真田丸』を超えた!」と最終回までやられる悪寒がしてならず、近いうちにこんな提灯記事も出ることでしょう。
「あの『真田丸』の秀頼を超えた!? ****が演じるイケメン豊臣秀頼に“今度こそ徳川に勝てる”とネット大歓喜!」
『真田丸』の秀頼をうっかり踏んづけてしまえば、『鎌倉殿の13人』を愛する全国の武衛もキレるかもしれませんね。
なんせ『真田丸』の秀頼は、畠山重忠を好演した中川大志さんです。

提灯記事(好きな大河なら評価されていると書くのでしょう)云々は武者さんの妄想と言うべきかと。
ちなみに今回の秀頼も決定していますし、『真田丸』の秀頼とはまた違った雰囲気になるでしょう。武者さんの中川さん推しはともかく、彼が演じた秀頼がすべてではありません。

そしてこうも書かれていますが、

今年の大河を語るうえで、他の大河を持ち出すべきではないという意見はよく見かけます。
しかし、ネットニュースではあえて過去作品を超えるという触れ込みを出してくる。
公式すら連想させるそもそも同じ枠ならば比較は当然のことでしょう。

「過去と比べる」のと、「自分が好きな過去の作品の通りにしなさい」とでは、明らかに違うと思われます。

国民的番組である大河ドラマ。
その出来や中身がどうであろうと、褒めるニュースが出てくるのは、メディアの売上面から考えて自然なことです。
しかし、視聴率も低迷していて、内容がつまらないとなると、書く方も苦しく、定番の逃げ道へとシフトします。
それが「ドラマ通ならわかる!」というスタンスですね。
◆【どうする家康】切なすぎる永遠の別れ、家康が信長を討てなかった理由とは(→link)
◆『どうする家康』「本能寺の変」で描かれた“信長”岡田准一と“家康”松本潤の濃密な絆(→link)
よくもまぁ掘り起こせるもんだなぁ……とばかりに褒められたものですが、そんな無理くりな説明が必要なほどにわかりづらいドラマは、良いドラマと言えるのか。

まずこの2つですが、
「ドラマ通ならわかる!」
などという表現は出て来ません。いずれも第28回、あるいは直近の何回かがなぜああいう展開になったのか、その部分を、客観的に述べていると思われます。特に最初の記事は例のお市とのシーンが引き合いに出されてもいます。武者さんがやけに煽るような文章を書いたシーンですが、こちらの方の文章はかなりまともです。
と言うか、武者さんもプロのライターなら、せめてこのくらいの記事を書いてみてはどうかと言いたくなるのですが。

そして、

以下のPRtimes記事は筆者名に注目です。
◆松本潤主演のNHK大河ドラマ「どうする家康」のノベライズ第3弾! 『どうする家康 三』が7月25日発売(→link)
ノベライズ筆者と一致します。この方は磯Pが手がけた『なつぞら』のノベライズも担当し、『どうする家康』脚本家のインタビューも手がけています。
皆まで申しませんが、公共放送の関連書籍としてあるべき姿なのですかね。

このPRtimesですが、商品紹介ですね。
「ノベライズ筆者と一致します」とありますが、ノベライゼーションの紹介だから当然です。
そして木俣氏がノベライゼーションを担当しているなら、インタビューを担当してもそこまでおかしくはないと思います。なのに『なつぞら』のノベライズの担当まで出して来るということは、磯氏の作品に木俣氏が絡み過ぎている、公共放送としてけしからんと言いたいのでしょうか。

NHKは公共放送です。
今年の大河は、その建前すら危うくしている。
例えば、私は“ひらパー”の広告が大好きです。シャレが効いていて、さすが大阪だと唸ってしまう。
しかし、NHK大河ドラマでこういうことをするのは、タガが外れているとしか思えません。
◆岡田准一の「どうする家康」告知動画、ひらパー反応「呼んだ?」(→link)
といっても、これならまだマシかも。
民放ドラマにすら縋る宣伝戦略には呆れるばかりです。
◆【どうする家康】家康が伊賀の忍者に襲われる NHK「99.9%脱出不可能」(→link)
「99.9%」とは、TBS系列「日曜劇場」枠で放送された『99.9-刑事専門弁護士-』に乗っかっているのは明白ですね。

ひらパー、前も「園長(そのなが)」をやっていたし、その程度なら問題視するべきでしょうか。
そして民放ドラマの方ですが
「今年の大河は、その建前すら危うくしている」
とありますが、『真田丸』と『半沢直樹』をリンクさせた記事もあります。

堺雅人が“組織で働く人々”の共感を呼ぶワケ 『真田丸』最終回で『半沢直樹』ブーム再来か?
https://realsound.jp/movie/2016/11/post-3233.html

この記事、古沢氏の『リーガル・ハイ』とも絡めていますね。

その後で、

やはりジャニーズ主役で大ゴケするわけにはいかないということでしょうか。

とあり、例によってジャニーズ関連でまたリンクが貼られていますが、今回は省略します。
しかし今回の秀頼はHiHi Jetsの作間さんですからね。武者さんがまた何か言いそうです。武者さんが一番よくないと思われるのは、ここの事務所の所属だからというだけで、主演の俳優さんを容疑者であるかのように言い、そしてドラマ自体にも(よく観ることもなしに)けちをつけていることです。尚ドラマに関して言えば、好きな作品であってもきちんと観ているとは思えません。

そして最早恒例となったメールフォームのリンク、また次回も楽しみですと書いて送ることにしましょう。


飲み物-ビールと夕日2
[ 2023/08/05 01:30 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』関連と平原氏のnote等々まとめてご紹介

まずtaketak39460607さんの『武将ジャパン』大河コラム関連noteで、武者さんが14日にアップした「信長を殺す」関連記事への突っ込みが入っていますので、URLを置いています。あと加筆と優先順位の変更を行っています。尚引用部分は、

大河コラムについて思ふ事~『どうする家康』~番外(記事スクショあり)
https://note.com/taketak39460607/n/n1a826bb398e4

この中でtaketak39460607さんは、武者さんの

いくらフィクションと言えど、物語にあり得ない状況を持ち込むのは歴史作品のタブー

『麒麟がくる』の徳川家康は徹頭徹尾、幼少期からドライであり、冷徹そのものでした

冷酷で理解し難い家康像だった『麒麟がくる』と逆を進むがごとく、例えば「なぜ戦うのか?」と問われても理由を答えることができません。愛妻である瀬名の陰謀が発覚した際、自害して始末をつけると語る彼女を前に、「天下や国なんてどうでもいいから二人きりで暮らしたい」と訴えていた。一人の男、時代ものらしく呼ぶとすれば「匹夫」ならばそれでよいでしょう。

などという問題提起、もとい武者さんの個人的な『どうする家康』観を論破しています。そして、何かと『麒麟がくる』を叩き棒にしたがる武者さんに、正当な『麒麟がくる』思い出語りレビューをしてはどうかと忠告してもいます。

あと

今年の『どうする家康』にも、小豆袋を擬人化した阿月のような人物がいます。
しかし彼女は、出番が少ないところから急に現れ、自身が死に至るまで戦場を走り抜け、画面を独占するような唐突さがあり、ウケ狙いの範疇にしか思えないのが辛いところでした

これに関しても、彼女がお市に仕える前に人買いに売られたことに触れ、小豆袋をその当時の庶民の姿と重ね合わせた描き方であると指摘されており、
「史実と違う・自分が考えた歴史と違うというと二言目には『ウケ狙いw』ですが、『この史料とは違うけど実際のところはどうだろう、歴史に書かれないところはどうだったのか』という想像力はないんですか?」
と注意されてもいます。
私も武者さんの、自分が描いてほしいシーンと異なる描写をウケ狙い呼ばわりするのは抵抗があります。そもそもこの「ウケ狙い」、妙に茶化したような雰囲気がありますし。

また

黒幕説はスマホがあれば可能である

などともありますが、これも大河レビューでなく、空想歴史小説とすればいい話とあっさり言われてしまっています。本当にこの武者さんはレビューと、個人的感想をごっちゃにしまくっている感があります。

またこの中で、民放ドラマでヒットを手がけた脚本家が前面に押し出されているとあります。『リーガル・ハイ』のことでしょう。そして民放ドラマのような切り口で、プラスどころかマイナスになってしまったと思えると書かれ、以下のような点が指摘されています。

・シンガーソングライターが歌いながら戦場を駆け抜ける
・役者の境遇を人物設定に落とし込み、史実よりも重視される
・過去大河ドラマネタを使い回し、 SNSでの受けを露骨に狙う
・唐突なラブコメじみたシーン。性暴力や遺体損壊を入れる

無論こういう点も、過去の作品を精査し、似たような事例がなかったか例を挙げてほしいと指摘されています。
それに過去ネタ使いまわしと言っても、史料が同じだと似てくるところはありますね。そしてまた「遺体損壊」。これも当時は寧ろ当たり前のはずですね。

それから、シンガーソングライター(鳥居強右衛門を演じた岡崎体育さんと思われます)が歌いながら戦場を駆け抜けるシーンなどありません。あのシーンの歌は、BGMとして流れているだけです。

それと家康の「信長を殺す」というセリフはガイドブックにはない、数字狙いだなどと書かれています。ご存知の方も多いでしょうが、ガイドブックは、その時のあらすじやセリフが逐一載っているわけではありませんし、シーンやセリフによっては、明記されていないこともあるのですが。

そして『武将ジャパン』大河コラム関連でご紹介した記事に関して再度。武者さんは叩くためにリンクを貼ったのでしょうが、記事中には、もっともと思われる箇所があります。

有村架純が演じた「瀬名」の最期に涙が止まらない…大河ドラマ『どうする家康』に秘められた「裏のテーマ」(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/bdf50ff837d14e9fdbf0f65728267a6fe6ffb8fc?page=1

この中で、過去の大河が「悪人」とされた人物を、「善人」または「正義の人」という見方に持って行っており、悪女とされていた瀬名自身の見方も、今回大きく変わっています。ただこの記事の4ページ目で
「だから、秀吉は、あそこまで悪い人に描かれているのだ。彼はいわば「覇道」そのものを体現した存在だからだ」
とある点については、現時点では何とも言えません。

それと武者さんがこれを嫌がるのは、瀬名が「仁の世界」を提案したからと書かれていることもありそうです。武者さんにしてみれば「仁」がふさわしいのは『麒麟がくる』の明智光秀とか、『鎌倉殿の13人』の北条政子といった人々であり、このコラム的には「カルト」の親玉的な瀬名に対して、およそ使ってほしくない言葉だからでしょう。

それからこちらですが、

松本潤、『どうする家康』家康役で“憂い”の魅力発揮 思慮深さのある役で放つ輝きと説得力 | マイナビニュース
https://news.mynavi.jp/article/20230708-ieyasu/

この中にはこうあります。
「けれど、『どうする家康』は、そうではない物語(私注・登場人物が目覚ましい活躍をする物語)を模索している。なにかをやろうとして失敗した物語をあえて描く。傍から見たら笑われそうな、とるに足らない計画を思いついた結果、案の定、失敗してしまったという悲劇の物語なのである。
(中略)
「もしも◯◯が◯◯だったら」という物語を作るなら、オリジナルキャラでやるべきかもしれないが、日本一有名そうな家康だから面白い。多少、オリジナルで描いたって、家康が誰もなし得なかった太平の世を作る偉人であることは知れ渡っている。(中略)何も知らない子供たちがこのドラマを見て、歴史を間違って学ぶなんてことはない」

少し前に私は、史実や記録がある人の方が改変しやすいと書いたことがありますが、やはり、大雑把でいいから何をしたかがわかっている人の方が、アレンジも可能ではあるでしょう。知名度があまりない人物で創作をかなり入れると、どうもその創作のイメージが結びつくため、周囲の比較的有名な人物を、ある程度きちんと描く必要が出て来そうです。

そして平原学氏のnoteが久々に更新されていたので、こちらもURLを貼っておきます。

【どうする家康】史実とか史実じゃないとかもうどうでもいい。今作の家康と家臣団の結末をただ追いたい。第23~25回レビュー
https://note.com/barusan/n/n7b399a0d5b20

それからこれは古沢氏の『リーガル・ハイ』関連の、弁護士ドットコムの記事です。

『「リーガルハイ」弁護士が選ぶドラマ1位に!脚本家・古沢良太氏インタビュー<完全版>』 - 弁護士ドットコムタイムズ
https://www.bengo4.com/times/articles/328/

この記事自体は、『どうする家康』の制作発表が行われた後のものであり、

「ターゲットが狭くても、深く刺さるものにしよう」
「現実って、正義と正義がぶつかっているから面倒くさいわけじゃないですか」
「「リーガルハイ」のときに発見したのは、『裁判で勝ったから幸せ、負けたから不幸』ではないということでしょうか。大事なのは、裁判の後、どう次の人生を踏み出し、歩んでいくか」

などというコメントは、この大河にも当てはまるかと思われます。

しかし武者さん、以前『ちむどんどん』で三郎の妻多江に関して、反省会界隈でかわいそうと言っていたのでしょう。
「なんか多江をかわいそうだのなんだの言っていた界隈も知っておりますが、何が幸せでそうでないか決めるのはあなたたちではないでしょう」
などと朝ドラnoteに書いていますが、好きな作品をとやかく言われるのには反発する割には、嫌いな作品だと、ドラマ本編をきちんと観ているようでもないのに、自分であれこれ決めつけまくってやしないかと思います。


飲み物-サイダー
[ 2023/07/17 00:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

朝ドラの構成に関して思ったことをいくつか

今は朝ドラを観ていませんが、昨年の今頃は『ちむどんどん』であれこれ書いていたことを思い出します。あの展開も、せめて

当時は沖縄の農作物を本土に持ち込めなかった
沖縄から東京までの飛行時間と便数

などは考えてほしかったし、暢子がまずあまゆで働き、その後、レストランにスカウトされるという流れでよかったのではないかと、今も思っています。

しかもこの場合、愛と矢作が比較的まともな人物であり、そのため彼らの考えや行動を中心に観てしまうことが多く、そうやって観る限り、主人公サイドであるはずの暢子や比嘉家の人々の行動に、やはり疑問を持たざるを得ませんでした。何か、主人公がひたむきにと言うか、自分のやりたいことを極めるために、こつこつ仕事をすると言う感じの朝ドラではありませんでしたね。

武者さんというか小檜山氏は、『舞いあがれ!』の脚本は支離滅裂などと書いていましたが、個人的には朝ドラあるあるもあったにせよ、『舞いあがれ!』の方が楽しめました。

何と言っても小檜山氏が、舞の子供時代と、そして舞がパイロットになった後のリーマンショックで入社が延期になり、実家の工場で働くことになった時の2回にわたり、舞が他人の家庭行事を横取りしたとか、あるいは他人を追い出して仕事を自分のものにしたとか書いているようです。これではミスリードです。

嫌いなものなら何でも書いていいと考えているのでしょう、今年の大河のコラムでも同じようなことをやっていますから。ただこれが関係者の人格攻撃になっているのはやはりまずいし、ましてプロのライターがそれをやっているのなら、何をかいわんやです。


飲み物-アイスコーヒー5
[ 2023/07/15 01:45 ] 朝ドラ | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第26回に関しての武将ジャパンの記事について-4

『武将ジャパン』大河コラム関連その4です。毎度のことですが、後半部分は最早持説展開ですね。


殿は変わられた。豹変した。それはわかりました。
で、それを補うように、家臣がズラズラ全員でやってきて、説明セリフを語らせるのは何なのでしょう。
説明することでした表現できないと考えているようですし、このときの家臣たちのだらけきった所作も緊張感を削いでいる。
一糸乱れぬ有様でやってきて、一斉に座り、頭を下げるような気品があれば説得力がある。
でもこの家臣団は、居酒屋にやってきたチンピラ仲間にしか見えない。
すみませーん、生ビール持ってきて〜。とか言い出しても違和感がないんです。

最初このシーンがどこなのかと思っていたら、最後のお気持ちを伺いたいというあれですか。
しかし「説明セリフ」とは何でしょうね、「信長を殺す」と「天下を取る」と、信頼のおける彼らの前で打ち明けただけだと思いますが。それに
「一糸乱れぬ有様でやってきて、一斉に座り」
などとありますが、別にここは宮中でも、将軍の御所でもありませんが。しかもやって来たのは、万千代を除けば三河の頃からついて来てくれている者ばかりで、そこまで緊張を強いるような状況ではないはずです。ただ主君が織田の犬に成り下がっているようで、納得が行かないから説明を求めたのでしょう。
そして「生ビール」云々、嫌いな大河ではいささか低俗な比喩をしたがりますね。

本能寺まで46日――そんなカウントダウンが出ました。
サイコパス系家康と、本能寺黒幕説が組み合わさったかのような展開。
本能寺の黒幕説が流行した時代はとうに過ぎ去り、むしろ古臭いセンスになりつつあるのですが、まさかこのまま突き進むのですかね。

カウントダウン、『龍馬伝』の「暗殺まで〇〇日」を思い出します。それはともかく、
「サイコパス系家康」
昨年義経がサイコパスと呼ばれた時は嫌がっていたのに、嫌いな大河だと平気でこう呼びますね。そして本能寺黒幕説といより、彼もまた天下を狙っている1人であり、ゆえに信長は、この男から狙われるかも知れないという可能性でしかないのですが。寧ろこの大河では秀吉の方が、腹の底で何を考えているかわからないところがあります。

であとは、また「マザーセナ(救世主)」だのカルトだの。ともかく武者さんがカルトが好きだというのはわかりました。しかし本題ではないので省きます。
そしてその次にBBCとの比較があり、NHKはBBCから何を見習えばいいのかとしたうえで

BBCとNHKを比較すると、商業展開への厳密性が挙げられます。
BBC以外が販売しているものとのタイアップにはかなり厳しい。企業の宣伝にもルールがある。NHKはその点どうなのでしょうか。
前回の朝ドラ『舞いあがれ』は、脚本家が自作した短歌を、作中で天才歌人設定の人物が詠むという設定でした。
劇中の編集者は、その歌を褒めちぎる。自分の作品をこうも褒め、天才の歌は売れて売れて仕方ない、そう描くってすごいことだと思いました。
で、その歌集が今度発売されるとか。朝ドラ効果もあり、なかなか好調なんだそうですよ。
それはそれで結構なことと言ってもよいのでしょうか。
脚本家は、ドラマを使った自作自演方式で和歌を褒めるよりも、支離滅裂だった脚本をもっとまともにできなかったのかと言いたくもなりますが、話はそこでもなく。
これは宣伝に朝ドラを使っているのでは?
NHKの倫理観は?

まずNHKの番組関連タイアップですが、かつて『おんな城主 直虎』絡みで、「鶴の唄」という曲が発売されたと思います。武者さんはそれに批判らしきものをしたのでしょうか。
そして『舞いあがれ!』の「天才歌人」設定なる人物、主人公の舞の幼馴染で後に結婚する貴司ですが、この人物は自作の短歌が褒められはするものの、段々商業ベースに乗せられて自分の理想とかけ離れるようになり、ひどく悩むようになります。ところがそういった説明が、武者さんのコラムではすべて省かれていて、これは如何なものでしょうか。単に天才と呼ばれて喜ぶタイプの人物ではありません。
それと「支離滅裂だった脚本」とありますが、支離滅裂だったでしょうか。「かささぎ」の実用化までが、ちょっと駆け足だったとは思いますが。それを言うなら『ちむどんどん』の方が、私としては疑問に思えました。
あるいは『舞いあがれ!』のスピンオフが制作されるのが、面白くないのでしょうか。

ここ10年の朝ドラは企業宣伝のようなテーマも多く、なし崩し的になっているとは思いますが、それにしてもNHKは弛緩しきっているのでは?
もしもジャニーズへの追及を阻んでいるのは大河主演俳優への忖度ゆえにだとすれば、 NHKはいま地雷の上にいるわけです。本能寺よりこちらの方が気になります。
BBCは視聴者の目線も厳しく、時代考証で間違えようものならば、国の恥だと徹底的に叩かれます。
NHKはそういうところからして脇が甘い。そんな弛緩ぶりを許しているのは、視聴者やマスコミにも原因ありだと私は思います。

で結局武者さんは何を言いたいのでしょうか。
NHKの商業戦略がよくないのですか?
ジャニーズ問題をNHKが追求しないのは、大河主演俳優への忖度だから気に入らないのですか?
何だかNHK叩きついでに、ジャニーズを絡めているように見えて仕方ないのですが。

そしてBBCの歴史ドラマをいくつか挙げ、
「BBCは視聴者の目線も厳しく、時代考証で間違えようものならば、国の恥だと徹底的に叩かれます」
ならばその具体的根拠を挙げていただけないでしょうか。
そもそも「時代考証で間違える」とは何ですか?史料というのは著名人であるほどいくつもあり、どれを採用するかはその番組次第です。間違えているいないではなく、ベースにする史料次第で描き方が違ってくるとか、同じ史料でも主人公が誰であるかで描き方が違うというのはあるでしょうが。
言っては何ですが、平山優氏に注意されたこともあって、この大河の考証は間違っていると主張したいのかと、つい思ってしまいます。

あとジャニーズの例の問題を広めたのは、最初はBBCでしたね。武者さんがBBCに関して騒ぐのはその意味では理解できます。

天下の興亡は匹夫も責め有り。顧炎武『日知録』
今年の大河を手放しで褒めることは、どういう意味があるのか。

まずこの「天下の興亡は匹夫も責め有り」
国家の興亡は政治に携わる人物だけでなく、一般人にも責任があるという意味ですが、それとNHKとの結び付け方が、強引すぎるかと思います。

NHKを甘やかしていいのか?
と、私は考えてしまいます。
歴史知識よりも芸能界裏話が重視され、大河という国民的コンテンツをどう思っているのか。そんな報道姿勢は歴史に対する侮辱だと思ってしまいます。
公平性という点でもうひとつ疑問を。
NHKの大河ドラマと朝ドラはノベライズされることがしばしばあります。
そのノベライズ担当者が、自分が手がけたドラマを絶賛する連載を持っていることが多い。今年の大河もそうです。
ノベライズされない作品や、その担当者が連載で褒めない場合、酷評が増える傾向があります。
これは果たして公共放送としてあるべき姿なのか? 公正と言えるのか?
ステマどころかダイマ(ダイレクトマーケティング)ですよね。

「NHKを甘やかしていいのか?」
お言葉ですが、報酬を貰っているにもかかわらず、大河コラムで無関係なことを書き、あまつさえ、果たしてドラマ本編をきちんと観ているかどうか、疑問に感じられる記述があり、しかもあらすじの説明は「おじさん構文(もどき)」で済ませている武者さんの方が、よほど甘やかされていないでしょうか?
しかもここ、

「歴史知識よりも芸能界裏話が重視され、大河という国民的コンテンツをどう思っているのか。そんな報道姿勢は歴史に対する侮辱だと思ってしまいます」

何だかとにかく自分が書きたいことを詰め込んだ、そのように見えますし、大げさでわかりづらいです。
加えて
「NHKの大河ドラマと朝ドラはノベライズされることがしばしばあります。
そのノベライズ担当者が、自分が手がけたドラマを絶賛する連載を持っていることが多い。今年の大河もそうです。
ノベライズされない作品や、その担当者が連載で褒めない場合、酷評が増える傾向があります。これは果たして公共放送としてあるべき姿なのか? 公正と言えるのか?」
ではその例をきちんと挙げていただけないでしょうか。
「増える傾向がある」と書いているのであれば、数字もチェックしておられるのでしょうから。

そして
「ステマどころかダイマ」
武者さんがやけにBBCの番組を引っ張ってくるのも、ちょっとそんな感じがするのですが。

でこの後ですが、松本潤さんを評価する記事をけなし、
「私には、あれ(私注・BSのCM)は犯罪隠蔽と加担を平然とする公共放送の姿勢に見える」
とあるのは、さて如何なものでしょう。これでは松本さんが犯罪者で、NHKがそれを隠蔽しかつ加担していると見えますが、これは誹謗中傷に取られかねないのではないでしょうか。

さらにその後、今度は武者さんの「ジャニーズは犯罪者」説を支持する記事の紹介が並んでいますが、タイトルだけ挙げておきます。

「嵐が過ぎ去るのを待つ」でいいのか ジャニーズ問題とテレビ局(→link)
 資生堂 キムタク“資生堂CM起用案”が性加害問題で消えた

その一方で、

松潤主演NHK『どうする家康』は「シン・大河」になる? 大ヒット大河ドラマ“勝利の方程式”とは | 2023年の論点
【山下達郎全コメント】「私の姿勢を忖度と解釈するなら構わない。そういう方々に私の音楽は不要でしょう」

当然ながらこういう記事には批判的ですね。先ほど紹介しましたが、武者さんはNHK批判で
「歴史知識よりも芸能界裏話が重視され」
と書いていますが、寧ろ武者さんの方が歴史系ライターであるはずなのに、こういう芸能界裏話を重視しているように思います。ゆえに歴史知識がどうこうと言っても、付け足しのように見えてしまうのです。


飲み物-グラスに注がれたエール
[ 2023/07/15 01:45 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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