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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『どうする家康』に関しての武将ジャパンの記事について その1

久々に『武将ジャパン』の大河コラムを見てみたのですが、これが何と言うか、正直言ってこれまでのコラムよりも中身がないと言うか、単に悪口を言いたいがためだけのように見えてしまいます。まず1ページ目から。

『どうする家康』感想あらすじレビュー第2回「兎と狼」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)

どこの部分も突っ込みたくなるのですが、この「あらすじ」から行きますか。

織田軍に包囲されてしまい、絶体絶命の松平元康。
でも、負けはしない!
元康は、寅の歳、寅の日、寅の刻に生まれた運命の子である。
そんな元康を白兎と呼んでいた織田信長は兵を引く――古沢脚本の妙が光る展開ですね。巧みな構成は前作を思わせると評価されるのであろうか?
元康は大高城を飛び出し、最愛の瀬名たちを残した駿府に帰ろうとする。
しかし、家臣団は一致しない。
彼らは故郷の三河に戻りたい。
仕方なく駿府へ向かう元康の前に立ち塞がるのが松平昌久。重臣の鳥居忠吉らは重傷を負ってしまった。
ようやく岡崎の大樹寺に逃げ込み、悟りを開く元康であった。

まず「あらすじ」とある割には、元康の信長の回想、信長への恐怖心、大樹寺の登譽上人や榊原小平太、本多忠勝の行動などが一切出て来ません。と言うか大樹寺関連記述があっさりしすぎでしょう。無論最後に岡崎城に入るシーン関連の記述もなし。
そしてこの後に、「あらすじ:ドラマ通構文バージョン」なるものがあり、何でも武者さん曰く
「なんとなくオシャレで賢そうに見える構文のこと」
らしいのですが、単に普段武者さんが軽蔑している「こたつ記事」の文体を、何となくなぞっただけのように見えてしまうのですが。
そして

褒め記事をご覧になりたい方は上欄の記事をクリックしていただき、厳しい見方にご賛同いただけそうな方のみ、先へお進みください。

なのだそうで、実際この上にリンクが沢山貼られているのですが、ここで気になるのは「厳しい見方」という表現です。今まで武者さんが嫌いな大河(何度も言いますが、好き嫌いで評価すること自体おかしい)での「厳しい」とは、悪口または難癖、自分が好きな作品との(強引な)比較と言っていい部分があまりにも多いので、今回も、そのつもりで見て行こうと思ってはいます。

前年の大河『鎌倉殿の13人』はメンタルケアを重視していて、撮影現場では、役者さんやスタッフに対して、リスペクトトレーニングが取り入れられておりました。
今年は大丈夫でしょうか?
役者さんの顔色が沈んで見えるんですよね……気のせいだったらよいのですが、現場の雰囲気が乱れている危険性を感じます。

早速(強引な)比較が出て来た、と言っていいでしょう。
ではメンタルケアやリスペクトトレーニングについて言及している記事を貼っていただけないでしょうか。また、今回のどのシーンが、役者さんの顔色が沈んで見えるのでしょうか。例によって、詳しい指摘は一切なしですね。

まだ第2回放送だっていうのに、追い詰められている予兆が出ています。
ペース配分と構成がおかしい。序盤から回想シーンを入れすぎています。
初回はいきなり桶狭間敗戦までを高速で描き、2回目で遡って描かれていますが、果たして効果的でしょうか?
戦国時代に詳しくない方がご覧になられたら、場面が飛びまくって、内容を捉えきれてないようにも思えます。

「追いつめられている予兆」と言う表現も何だか無理やりな感じです。そしてペース配分ですが、初回はまず桶狭間が出て来て、その後駿河での生活、瀬名との結婚、そして大高城への兵糧入れを命じられ、そして再び桶狭間となっています。そして2回目ではまず竹千代誕生、そして信長の許へ連れて行かれるシーンが桶狭間に挟まれる形で登場し、この人物と寅との関係、どのような幼少時代を過ごしたか、彼に取って信長とはどのような人物が描かれています。

2回目の方が回想は多いですが、竹千代の外見からして、これは子供時代だとわかる仕組みになっていますし、また信長も桶狭間の時よりも若いため、間違える可能性は低いのではないでしょうか。元康自身の過去の情報がかなり盛り込まれていますが、別に内容を捉えきれていないとは思いません。

子役を敢えて使わないのは『真田丸』や『麒麟がくる』、『鎌倉殿の13人』でもそうでした。
しかし、毎回それが正解ではなく、本作は不自然さに繋がっていませんか?

第2回で尾張に連れて行かれた竹千代は、子役が演じていますが?
そしてそれを言うなら、昨年の『鎌倉殿の13人』で、義時が魚を手づかみで食べるシーン、ああいうのは幼さを出すために、小栗旬さんでなく子役を使った方が自然だったと思います。まあ三谷さんは使いたくないのかも知れませんが。
ちなみに武者さん、このシーンを、当時の坂東は箸を使わず野蛮だといった書き方をしていましたが、単に少年の義時が、魚をせせるのが手に余っただけでしょう。後は、普通に箸を使っていましたから。

そして

『鎌倉殿の13人』も、第一回の実衣や三浦義村は年齢的にはかなり無理がありましたが、さほど注目はされていません。それを気にさせないほどシナリオに引き込む力がありました。のみならず、平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりないことも比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう。

義村は初回ではまだほんの少年ですからね。山本耕史さんの出番は本当はもっと後でもよかったかも知れません。また、
「シナリオに引き込む力がありました」
と言うより、そういうキャラ設定だからでしょう。当て書きで有名な三谷さんですし。
あと
「のみならず、平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりないことも比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう」
とは
「平安末期から鎌倉時代の作品が他にあまりなく、他作品と比較されにくかったことも当然ながら影響しているでしょう」
とでも書きたいのでしょうか。しかし一部のキャストは『義経』や『平清盛』にも登場します。ただ坂東武者の一部は、『草燃える』まで遡らないと比較できないと言えそうです。それと「比較されにくかったことが影響している」のは登場人物の年齢設定ですか?ならばそれもちゃんと書いてほしいものです。例えば

『鎌倉殿の13人』も、第一回の実衣や三浦義村は年齢設定でいくらか無理がありましたが、さほど悪目立ちはしていません。それを気にさせないほどシナリオがよかったと思います。また過去に於いて、平安末期から鎌倉時代を舞台にした作品があまりなく、一部の登場人物の年齢設定が、他作品と容易に比較されにくいことも当然影響したでしょう。

このようになるのでしょうか。

元康と瀬名のおままごとシーンをごく自然に受け容れられた方は少なかったのでは?

私自身はそこまで不自然には感じなかったし(少々はしゃぎすぎかなという気はしました)、こういう形で、ローティーンの2人の演出をしたがっているのだなとは思いましたが…。それとあの時は、まだ元康でなく元信(次郎三郎)ですね。


飲み物-グラスに入った黒ビール
[ 2023/01/18 01:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第2回「兎と狼」あらすじと感想-1

第2回の前半部分です。


天文12(1543)年。三河の岡崎城では松平広忠の正室、於大が男児を出産する。寅年、寅の日そして寅の刻に生まれたその子は、寅の化身のように逞しくなると於大。そして広忠は、虎の縞模様の布にくるまれた、竹千代と呼ばれるその子を家臣たちに披露する。於大は虎の如き猛将となるに相違ないと言い、がお~と虎の声をまね、家臣たちや広忠も唱和する。

そして永禄3(1660)年大高城。虎の如き猛将になるはずだったかつての竹千代、今の元康は、迫りくる織田軍を前になすすべがなかった。石川数正は戦うか逃げるか、二つにひとつでござると言い、家臣たちは口々に戦うと言うが、織田軍の前に元康軍は如何にも劣勢で、本多平八郎忠勝は、相変わらず人を見下したような物言いをしていた。

大久保忠吉も、義元亡き今総大将は殿でござると元康にはっぱをかける。そして家臣一同決断を迫るが、最早織田軍は目前に迫っており、信長は逃げぬとはあっぱれと城に向かって言うが、元康は逃げなかったことを悔やむ。しかし織田軍は大高常から少し離れた場所に留まったきり、攻めてこようとはしなかった。忠勝は信長の何をそんなに怖がるのかと尋ねるが、元康はその12年前、信長に拉致されていた。

松平は今川と織田に挟まれており、広忠は竹千代を戸田宗光に預けて安全な場所に逃がそうとする。しかし宗光の裏切りで、竹千代の従者は殺される。そこへ赤い着物をまとった男たちがやって来て、竹千代を連れ去ってしまう。彼らが着いたのは尾張津島で、真紅の着物をまとった彼らの首領的存在、信長がやってくる。白い子兎のようだと信長は竹千代を見て言い、食ってやろうかと顔を自分の方に引き寄せる。

再び大高城。信長は鞭で地面をかき、兵たちはそれを合図に引き下がる。平岩親吉はそれに驚く。再び12年前。信長の父信秀は広忠に、今川と手を切らないと竹千代の命はないと文を送る。広忠は苦悩しつつ、竹千代のことは如何にしようと勝手なりと伝えるように家臣に命じる。竹千代は信秀の前で首を刎ねられようとするが、その時信長たちが現れ、信長は信秀にこう言う。
「親父殿、こやつは俺のおもちゃじゃ。勝手なことをされては困りますな」

やらねば示しがつかぬと言う信秀に、信長はこう答える。
「生かしておけば使いみちもありましょうぞ」
不敵に笑う信秀。そして信長は、例の赤い着物の者たちと相撲を取り、竹千代にも相手をするように命じる。しかし信長がやることは弱い者いじめに等しく、地獄じゃと言う竹千代。何と申したと信長は尋ね、地獄じゃと聞いてそりゃあいいと笑う。
「その通り、この世は地獄じゃ!」

結局大高城を取り囲んだのは、我らをすくみ上がらせるためと数正は言う。元康は里心がつき、駿府へ帰りたいと言い出す。今川が負けた以上、大高城に籠っていてもどうしようもなかった。しかしその後岡崎から書状が来て、城代の山田が討ち死にし、家来たちが駿府へ戻ったことを知る。勝手に城を捨てたことに憤る家臣たちだが、忠勝は我らだって同じと平然と言う。

岡崎に城代がいないということは、ここの守りが手薄になっていることを意味した。岡崎入りを促す忠吉だが、元康は勝手に岡崎に入れなかった。しかしこの地は松平の本領で家臣の妻子もいた。自分の妻子は駿府にいると言い張る元康だが、家臣たちの様子を見て三河領へ戻り、お前らには暇を出すから好きな所へ行け、自分は駿府へ戻ると言う。

一行は矢作川まで来たが、元康は面白くなさそうだった。多くの者たちが岡崎を目指す中、残る者もおり、忠勝もその1人だった。しかしその時、親吉が敵の来襲を伝える。織田勢かと疑う元康だが、相手はどうやら松平昌久の軍勢のようだった。迎えに馳せ参じたと言う昌久だが、昌久は過去に裏切ったことがあり、家臣たちもこの人物を信用していなかった。しかし昌久は、今こそ松平一族が一つとなって、三河国を守るべきと声を張り上げる。

元康は迷ったが、信じることにする。あやつの言う通り、松平同士でいがみ合うてる場合ではないと元康は言い、昌久の前に進み出る。昌久は土下座して彼らを迎えるが、その時荷駄を覆っていた筵が外され、中から銃を構えた武者たちが姿を現した。


寅年の寅の日、そして寅の刻に生まれた元康は将来を期待されます。しかし実家の松平家は、当時東から今川、西から織田が進出して来ており、我が子を安全な所に逃がそうとする広忠の思いも空しく、織田に連れ去られてしまいます。当主織田信秀の前で殺されようとする竹千代を信長が庇い、
「生かしておけば使いみちもありましょうぞ」
と父信秀に言います。その12年後、大高城でも信長は同じことを思ったかのようで、だからこそ軍を引き揚げたとも取れます。

また「使いみち」という言葉、これは『軍師官兵衛』の「命の使い道」を連想しますね-岡田さんが言うと特に。それにしても織田の父子が、かなり恐ろしく感じられます。しかも当時の竹千代を、「俺の白兎」のみならず「俺のおもちゃ」とまで言い出し、実際体格差がありすぎる竹千代に、強引に相撲を取らせ、竹千代は地獄を見る思いでした。その言葉に信長も「この世は地獄じゃ」とうなずきます。元々信長は変人、あるいは新しもの好きなキャラであることが多いのですが、この信長は何とも不気味な存在です。

それと先日、制作統括の磯智明氏が『平清盛』にも関わっていたことを書いていますが、この信長と手下、恐らく家臣なのでしょうが、正に清盛的な雰囲気です。今後もこういうシーンが登場するのでしょうか。

ところで最早大高城を守る必要もなくなり、駿府へ帰ろうとする元康ですが、岡崎城の城代が亡くなったこともあって、岡崎を目指そうと家臣たちが言い出します。第1回、第2回とも家臣たちが口をそろえて元康に決断を促し、元康が迷ってしまっています。とは言えこの時彼は数えの18で、まだ悩んでも不思議ではないのでしょうが…。

結局三河まで行くことになった元康は不機嫌です。帰るべき者たちは帰り、残った一部の家臣を連れた元康ですが、敵軍と思しき軍勢に遭遇します。しかしそれは同じ松平一族の昌久でした。この人物は裏切ったことがあり、家臣たちは信用していないものの、元康は信じようと言い出します。とはいえ、この昌久も元康の首がほしいようで、荷駄の中に鉄砲武者を忍び込ませ、劣勢の元康軍に襲い掛かります。やはり、家臣の言うことは聞いておくべきだったようですね。


飲み物ーホットワインとくるみ
[ 2023/01/16 01:00 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

『どうする家康』第1回「どうする桶狭間」あらすじと感想-2

第1回その2です。


次郎三郎(元信)は弱虫泣き虫、力も心もおなかも弱いとまで言う瀬名に、元信は勘弁してくだされと元信。しかし瀬名は、元信のそういうところが好きと言いかけたところで、お田鶴や母の巴に居場所を突き止められ、瀬名が竹藪に作っていた居場所も壊されてしまう。一方氏真は義元に、瀬名を側室にしたいと申し出ていた。そして義元の前で元信と氏真が手合わせを行い、勝った方に瀬名が嫁ぐことになる。

お戯れをと氏真。しかし義元は手合わせを行うように命じ、当初は防戦一方の元信は、最終的にたんぽ槍を捨てて氏真を投げ、組み伏せる。義元は元信に言う。
「そなたは今までず~っと、わざと負けておった。氏真の面目をおもんばかっての。されど、それは相手に対するこの上ない侮辱である。二度といたすな!」

義元は氏真に側室は時期尚早と言い、氏真は不満そうにその場を離れる。そして義元は、元信が勝った技をいずこで覚えたと尋ね、元信はやみくもにやっただけでと答える。家臣たちも落ち着かない様子だった。義元は瀬名に無体な扱いをしたことを詫びると同時に、異存はあるまいのと尋ね、瀬名は父氏純の顔を見る。氏純も笑顔を見せ、これですべては決まった。

元信と瀬名の祝言が執り行われる。これには家臣も大喜びだった。瀬名は彼等に挨拶をし、家臣たちは天女のようじゃ、こんな美しい方は三河にはおらぬと大騒ぎで、元信は頭を抱えてしまう。その後元信は初陣を果たして侍大将となり、蔵人佐元康と改名する。彼らの間には嫡男竹千代が生まれるが、城を修理していたその手で赤子を抱こうとし、侍女のたねに手を洗うよう注意される。

運命の永禄3(1560)年がやってくる。この時織田信長軍は、今川の最前線である大高城の周囲にいくつも砦を築き、絶え間なく攻撃を仕掛けたたため、大高城は陥落寸前となっていた。このため、義元自ら総大将として軍を率い、織田に対峙することになる。元康の役目は大高城への兵糧入れだった。尾張と戦うのではないと知った瀬名は安心する。元康も実はかなり怖かったのである。しかも瀬名は、元康とどこかへ落ち延びようとまで思っていた。

その頃瀬名は、2人目の子を身籠っていた。この子が生まれる頃には帰って来られようと言う元康。瀬名は夫の手を頬に押し当て、2人は口を寄せ合う。その後今川本陣の沓掛城では、義元の舞が行われており、同じ頃三河の今川陣営では、兵糧を運び入れるため、砦を如何に攻め落とすための策が練られていた。

元康は砦を落とすのも自分たちの役目と知り、愕然とする。結局丸根砦を踏み越えるしかなく、この策はかなり無謀であった。しかも危ない役目は三河者にいつも押し付けられていたが、尤もといえば尤もなことと数正。忠吉は、わしらは「しゅて駒」なんじゃと言い、元康に諭される。その忠吉は義元についても何か言いたそうだった。しかしそこへ当の義元が現れたため、元康は叫ぶ。
「黙らんか、じじい!」

義元は陣中見舞いに来たのである。そして忠吉に、余は決して捨て駒などとは思うておらぬぞと言い、元康は老いぼれのたわごととその場を取り繕う。そして義元は、王道と覇道の違いを元康に尋ねる。元康は
「武をもって治めるは覇道!
徳をもって治めるのが王道なり!」
と答える。

さらに義元は、織田信長は戦を好み、悪しき覇道を進む者と見るが、どう思うと再び尋ねる。仰せの通り、太守様こそ王道を行かれるお方、覇道は王道に及ばぬものでござりますると答える元康。義元は戦乱の世はもう終わらせなければならぬ、必ず成してみせると言い、自分一人ではどうにもならないため、そなたらの力が必要と檄を飛ばす。そして元康にそなたは我が子も同然、どうか余と氏真を末永く支えてほしいと声を掛ける。

身に余るお言葉と言う元康に、義元は受け取るがよいと、鉛の玉も通さないと言う金陀美具足を披露する。家臣たちは驚嘆する。これならどこにおっても、殿のお姿が味方からよう見えると言い、義元は、金色に輝くそなたの雄姿は、兵たちに不屈の力を与えるであろうと兜を渡す。明日は大いに励んでくれ、余はそなたらと常に共にあると義元は力説し、翌5月19日を迎える。元康たちは草や枝で姿をカムフラージュするが、金陀美具足はやはり兵たちの中でひときわ目立った。

よう考えたら、仲間からよく見えるということは、敵からもよく見えるということであったと元康。家臣たちは狙い撃ちを案じ、また本来は飾っておくもので、戦場で着るものではないのではという声も上がる。もう着てしもうたわと元康。怖いのは皆同じでござると言う忠次は、自分はこのような時、妻の柔らかい肌を思い浮かべる、あれほど気持ちの落ち着くものはござらんと答える。

大高城への突破が始まろうとしていた。元康は瀬名が唇を押し当てた籠手に自分の唇を押し当て、数正の今でござるの号令のもと、元康の軍勢が進軍する。茂みに潜んでいた敵兵が銃を放つが、元康たちはそのまま駆け抜け、砦に入った家臣たちは次々に敵に襲い掛かり、忠吉も高齢ながら相手を組み伏せる。尚も敵が矢を放つ中、元康は頭を下げるように数正から言われながら、必死で馬を走らせる。


元信は瀬名と結婚します。この瀬名は築山殿と呼ばれ、後に悲劇的な運命に見舞われますがそれはさておき。この時の家臣たちが、身分が低いため皆庭先にいるのは、この時代らしくていいと思います。また義元は、元信が氏真に負けていたのはわざとであるが、それはかえって非礼であると一喝します。元信がこの時、柔術のような技を使ってまで本気で氏真を倒したのは、やはり瀬名を得たいと言う思いがあってと思われます。

そして尾張の織田信長が勢力を拡大し、元信改め元康の主君、義元が自ら軍を率いることになります。この時の役目が兵糧入れと知って、いくらか安心する元康ですが、いざ行ってみると、大高城周辺の砦を落とさねばならないことに気づきます。しかも義元から与えられた金陀美具足は、黄金なので非常に目立ち、元康は決死の覚悟で大高城を目指します。「鉛の玉も通さない」、つまり銃弾を通さないと言われる具足ですが、織田が鉄砲を装備していることは、義元は当然気づいていたでしょう。そして後に元康も、織田と婚姻による同盟関係を結ぶことになります。

ところで
「武をもって治めるは覇道!
徳をもって治めるのが王道なり!」
武者さんがこの大河をどう判断するかはともかく、これが『麒麟がくる』の光秀、『鎌倉殿の13人』の泰時のセリフであれば何かの如く喜ぶのでしょう。あのコラムでは、好きな大河と嫌いな大河とでは、同じセリフ、同じ歴史上の事件でもかなり評価が異なりますので。

飲み物-スコッチウイスキー
[ 2023/01/10 00:15 ] 大河ドラマ どうする家康 | TB(-) | CM(0)

ラグビー関連投稿で書きたいこと

高校大会の決勝カードが報徳学園と東福岡に決まりました。そして、先週は年末年始で行われなかったリーグワンも再開です。ところで前にも、今年はワールドカップイヤーということもあり、ラグビー関連の投稿を増やしたいといったことを書いています。

ラグビー関連というか、協会やリーグ、関連メディアやライターや解説者などについて、あれこれ書こうと考えています。実はメディアやライターに関しては前にも書いており、今回はその枠をもう少し広げた形になるかも知れません。特に『武将ジャパン』の武者震之助さんに似ている人として、中尾亘孝氏の名前を以前挙げています。

この中尾氏、今も楕円系萬週報というブログを主宰していますが(読んでいませんが)、かつてはラグビー本を自身の名義、あるいは日本ラグビー狂会のメンバーとしてかなり出していました。最初の頃はよかったのですが、段々嫌いなチームへの攻撃、ダブスタとも取れる見方が目につくようになって行き、その辺りが武者さんとの類似性を感じさせます。無論中尾氏だけでなく、他のライターや解説陣(含BS)といった人々についても書けたらと思います。


飲み物-ギネススタウト
[ 2023/01/07 01:45 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関してのごくざっとした感想

ここのところ『どうする家康』の番宣が増え、いよいよだなと思うと同時に、『鎌倉殿の13人』がもう過去のものになったのだなと改めて思います。この大河ですが、やはり三谷さん脚本の前2作に比べると、正直言ってちょっと物足りなさを感じもしました。主に

平家があまり登場しない
女性たちのシーンが多い
クライマックスと言うべき承久の乱絡みの描写の尺を、もう少し多く取ってほしかった

こういった点です。
まず平家のシーンですが、どうも義時と八重の描写の方に尺が取られているように見えました。無論義時が主人公なのだから、それはそれでいいのですが、鹿ケ谷の陰謀が出て来ず、清盛と後白河法皇の関係の描写も思ったほどでなく、なぜ平家を討つ必要があったかが、少々わかりづらかった嫌いがあります。

それと女性たち、主に北条家の女性たちのシーンが多く、見方によっては彼女たちが男性陣をいわば焚き付けていたようにも見えます。ただりくの場合は野心家とい設定でもあり、夫を動かそうとしているシーンにはいくらか納得もできました。またもう少し、権力者となった頼朝の苦悩とか、義時と義村が執権と御家人という立場にそれぞれ分かれて行く、その戸惑いなども描かれてよかったかとは思います。

そして承久の乱。これは何度か書きましたが、3回ほどこの乱についてじっくり描くのかなと当初は思っていたし、武田も出て来るのかと期待していただけに、残念な気持ちもありました。どちらかと言えば乱そのものより、義時が如何に死ぬかに重きを置かれていましたね。

またやはりコントが絡むシーンが多いです。『新選組!』の時もコントはありましたが、屯所での生活でのそういうシーンはまだ納得できましたし、『真田丸』では、真田昌幸の表裏比興ぶりと噛み合った感もあります。ただ今回は、文覚の頭蓋骨のシーンはともかく、義経が戦がしたいと地団太を踏むシーンとか、全成の登場シーンなどは、あそこまでやるべきかなとも思いました。それと室内での人物描写が多いのは、やはり舞台的ではありました。

同じ時代を描いた大河として『草燃える』があります。総集編を以前観たこともあります。無論これと『鎌倉殿の13人』は別物ですし、どちらがいい悪いとは言いたくありません。こちらの方は最終章の主役が義時で、やはり執権としてダークな人物となり、御家人を粛清し、最終的に承久の乱までが描かれて行きます。この義時の描き方は割とよかったです。総集編すべての中で、この最終章はとりわけ面白く感じられました。

ただしこの大河には伊東祐之というオリキャラがいて、義時とはかつて同じ坂東武者でありながら、片や権力者、片や世捨て人のような琵琶法師と言う、別々の道を歩んでいるという特徴があります。この中での義時のダークな部分、俗世間での最高権力者であるがゆえの業の深さが、既に盲目の琵琶法師となった祐之の存在ゆえに、より一層クローズアップされているが故の面白さとも言えます。しかもこの祐之が盲目となったのは、義時との確執によるものでした。

あと先日の武者さん絡みでもう少し。あのコラムに関しては、比較対象が時におかしいことや、特定の人物をひたすら庇ったり、ほめたりするところも目に付きます。特に比較対象ですが、鎌倉時代と幕末を同列に論じるような記述も見られました。全く違う時代である以上、比較することそのものがどうかと思うのですが…今後も恐らくこの傾向は続くのでしょう。

かなりざっとした感想ですので、今後大河絡みでまた思うことがあれば書くかも知れません。


飲み物-ホットビール
[ 2023/01/06 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(4)

『武将ジャパン』関連投稿はひとまずこれで終わります

お休みしていた『鎌倉殿の13人』第6回分の投稿も終わり、これで昨年の大河に関する、『武将ジャパン』大河コラムへの疑問点関連投稿は、すべて終了しました。

2022年は三谷大河と言うこともあり、武者さんがどのように書くのかと思って1年間追い続けて来ましたが、やはり例によって例の如くと言うか、以前とさして変わらなかったようです。と言うより、このコラムのページ数が増えたこともあり、前よりエスカレートしているのではないか、そう思われるふしもあります。
(確か『麒麟がくる』から4ページになったと思います、それより前は2ページでした)

このコラムの特徴としては

  • 好きな作品は基本的に全面肯定、嫌いな作品は全面否定で、しかも後々までそれを引っ張る傾向がある
  • ドラマ本編をきちんと観ていないと思われる箇所がある
  • 漢籍やゲースロなど、本編と直接関係ない話題をしょっちゅう入れてくるし、しかも漢籍は、以前このブログのコメントで指摘されていたように、解釈がおかしなものもある

やはりこういったところでしょうか。
あと文脈がおかしいとか主語がないのでわかりづらい、感情的と思われる表現が場合によっては散見されるといった点も挙げられるかと思います。特に嫌いな作品の場合、ちょっと見るに耐えないような表現を目にしたこともあります。

それから漢籍の解釈に関して、これをもう一度上げておきます。第5回で三浦義澄と義村が、雨で増水した酒匂川を渡るべきかで迷うシーンが登場しますが、それに関して武者さんはこう書いています。

これがかえって父・義澄に火を付けてしまった。
去就宣言のためにもひと暴れしてこい!そう義盛に命じるのです。ただ、息子の意思は確認したようで、よいか?と念押しすると、義村はこうだ。
「父上がよろしければ」
こうした義澄のような態度を「宋襄(そうじょう)の仁」と言います。

中国の春秋時代に、宋の襄公が楚と戦った。
このとき配下がこう進言。
「楚軍の陣形が整っていません! いまのうちに叩きましょう!」
すると襄公は、
「そういう卑劣なことをするのは君主らしくないからいかん」
と却下し、大敗してしまった。
以降、無駄な気遣いは「宋襄(そうじょう)の仁」と呼ばれるようになった。

しかし近年は、襄公の気遣いは、むしろ“戦のマナー”だったのではないかとされています。
人間は果たしていつから本気で殺し合う戦争をしているのか?
殺し合いを徹底してやってしまったらば、人口が激減して生産性が落ちる。ゆえにある程度マナーや儀礼があったのではないだろうか? そう見なされたんですね。

これに関して私はこう書いています。

そもそもこの宋襄の仁、元々泓水の戦い(紀元前638年)で、宋(平安末期に中国大陸に存在した宋とは別の国)と楚が戦った時に、楚の軍が川を渡り切っていない内に攻撃をかけようという提案にもかかわらず、宗の君主襄公は相手を困らせてはいけないとそれを拒み、結局川を渡り切った楚の軍に完敗してしまいます。このため敵への無用な情のことをこう呼ぶようになったのですが、この襄公の判断に対する評価は、史書によって異なっています。

それとこれは「マナー」と捉えるべきでしょうか。これがマナーであるのなら、具体的にどの戦でそう扱われたのか説明してほしいです。何よりも明らかに勝たなければならない戦で、しかも軍勢で楚に劣る宋がこんなことをやっていては、どうぞ攻撃してくださいというに等しいものなのですが…。殺し合いを徹底しないためにするべきは、寧ろ和議の方ではないでしょうか。
あと「そう見なされた」の主語が不明ですね。

武者さんの文章ですと、泓水の戦いが出て来ないのですが…また義澄が義盛にひと暴れして来いと命じるのは、襄公のような、相手に無用の情をかけようとした行動と同一視するべきかとも思います。

それから今後毎回投稿することはしませんが、たまに大河、場合によっては朝ドラ関連の記事を目にするかも知れませんし、その時はその時で、感想をまた書く予定ではいます。
最後に、この『武将ジャパン』関連投稿に目を通してくださった皆様、ありがとうございました。

飲み物-ホットワイン2
[ 2023/01/05 01:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 88その2

先日分の続きです。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第6回「悪い知らせ」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)


義時は難しい。
この時期は頼朝のために駆けずり回っているだけで、本当にろくでもない役割を振られている印象すら受けるのです。
そんな、誠意しかない、真心だけでいる男が、最終勝利者になる。
これは恐ろしいことで、こんな面白い事例があったと世界史に向けてでも堂々と発信できる、かなり凄いことではないでしょうか。
誠意にあふれていて、信頼できそうな義時を、疑うことはできますか?
無理でしょう。人智を超えた罠かもしれない。
義時は自分でも無自覚のうちに、謀略を巡らせている。やり口は卑劣だろうと、大目標が仁のためならばよろしい。
そんなひねりにひねった展開が待ち受けているようです。

「この時期は頼朝のために駆けずり回っているだけ」と言うか、頼朝自身が家来を持たないに等しいから、北条家の人物が奔走せざるを得なくなるわけですが、逆に頼朝を担げば北条の世の中になるというのも、実感は湧かないながら漠然と思ってはいたでしょう。ただ源氏の男性陣、ひいては北条家の男性陣も、どこか女性たちに焚き付けられている感もありますが。
あと
「これは恐ろしいことで、こんな面白い事例があったと世界史に向けてでも堂々と発信できる、かなり凄いことではないでしょうか」
武者さんの場合自分のお気に入りだととにかく、凄いことだと書くのですが、それが「どのように」凄いのかが伝わらないのです。凄い凄いだけだと、言っては何ですが小学生みたいだし、小学生でもものの分かった子ならもう少し具体的に書くでしょう。

まず突っ込んでおきます。
北条宗時の死についてナレーションがあったことを「ナレ死」とするネットニュースがありましたが、修正されたようです。
本来のナレ死の定義はこうだったはずです。
【最期の瞬間がなく、ナレーションで死んだとされること】
宗時は、刺される場面があったため「ナレ死」には該当しませんね。

誤りを正すのはいいのですが、武者さんもドラマ本編とか漢籍の説明なので、時々ミスがあったり、あるいは意味が違うのではないかと思われる記述があったりします。プロなのだからその点に気を付けてください。

そして「まさかの……」「ロス」というニュースも多くあります。
しかし、坂東武者に心がなりきった俺からすればロスはありえねえ! これから死屍累々なのに、たかがこの程度の死でショックを受けてたら身がもたねえ。
だいたいあの登場人物一覧がとんでもねえことになるのよ! 自治体コラボがコレだからな。
◆【タウンニュース横須賀版】三浦一族カレンダー 出陣から滅亡 月めくり 市HPから無料入手(→link)
日にちをめくっていくと滅亡するのかー!

いや別に、ロスを感じる人がいたらいたでいいのでしょうか。特定の人物を推していて、その人が早々に退場したりすると、やはり何らかの喪失感はあるでしょうから。

はい、なりきりはやめまして。とにかく坂東武者はこういう価値観です。
「平氏の連中は弱っちくていけねえ。あいつら身内が死んだくれえでメソメソしてやがらぁ。俺らはロスなんて言ってる暇はないぜーッ!」
「和歌ぁ? んな意味のねーもんなんでしやがんだぁ?」
人の死を悼んで文章を書くようなことはまずしないでしょう。そういう心理にならねば今後辛いと思います。

「人の死を悼んで文章を書くようなことはまずしないでしょう。そういう心理にならねば今後辛いと思います」
ちょっと意味がわかりづらいのですが、この場合の人の死を悼む文章とは具体的に何でしょうか。そしてなぜそういう心理(心境と書いた方がわかりやすいかと思います)にならないと今後辛いのでしょうか。
和歌に意味があるかどうかはともかく、結局はその和歌が大好きな実朝が鎌倉殿になってしまい、その時期にまたも御家人の血が流されるのみならず、公暁が自分は後継者だと主張するようになり、最終的に源氏の時代は終わることになります。これがもとで坂東武者たちが和歌を軽蔑したのならともかく、当然ながらこの時、それを見通せた人物はいませんでした。

ロスと言っている今はマシかもしれない。
感覚が中世になったら、ある意味この作品は完成します。
「感覚が中世って何?」
そう疑念を抱かれた方に、こちらを見ていただきたい。
『ゲーム・オブ・スローンズ』とコラボしたビールメーカーの広告です。
これをファンはネタにして爆笑しました。
ドラマ本編ではそれこそロスを味わっていたのに、人が惨殺されるコラボ広告では笑ってしまう。むしろ惨殺でウケる〜〜となってしまうことこそがおそろしいのです。

感覚が中世というのも妙なものです。まだ律令国家とは異なる体制をまだ築き上げておらず、そのせいもあって多くの血が流されました、鎌倉時代前期と言うのはそのようなものだと書くのであればまだわかります。そして殺戮が多い点は共通するものの、十字軍やキリスト教守護が中心の西洋の中世とは、その点が異なってもいます。そしてこのゲースロの広告の動画が貼られていますが、大部分がドラマのシーンであり、逆にドラマでの予備知識があるからこそ、広告では笑い飛ばせるとも言えますし。あの部分がCMになってるぞ、面白いといった感覚かと。
ならば義時を演じる小栗旬さんが、プレモルを飲むCMがあってもよかったかと思いますが、流石にNHKがOKを出さなかったのでしょうか。

『吾妻鏡』には、「アイツの死に方無様でマジウケる〜」とケタケタ笑う坂東武者さんの会話が記録されていまして。宗時お兄ちゃんが死んだ頃は真面目だったよね、うちら……と、こうなったらある意味完成します。
それがいいのか悪いのか。ロスというよりも、読経がおすすめですね、心も落ち着くし。

「感覚が中世になった」とか、完成するとかしないとかより、そういう時代だなと受け止めつつ観るしかないのだと思いますが。
そして最後の方の文章、これまた何を言いたいのか不明です。こう言っては何ですが、酩酊状態で書いた文章なのでしょうか。

それからこの回では、八重や時政、義時を始め身内を失った人が多く登場するとあり(ちなみに八重が墓石を前に泣くとありますが、あれは供養塔ではないでしょうか)、

その割に、悲壮感が薄いとは思いませんか?
なんのかんので安西景益の用意する酒を飲んでいるしな!
彼らを見ていて、ふと考えるのが動物の感情です。
動物は、喜怒哀楽のうち“哀”が薄い。
なぜかというと、“哀”を味わい落ち込んでいると、個体の生存率が下がるから。他の感情は生き抜く上でむしろあった方がいい。
しかし“哀”だけは別。気持ちが沈んで弱くなったら、隙が生じます。
このドラマの坂東武者とは、喜怒哀楽のうち、“哀”以外はむしろ濃厚に思えます。和田義盛なんてその典型でしょう。
むろん、ふざけているのではなく、これは意図的に人間の進化段階として描いているのかもしれない。

まず、この当時はそういう時代であったと考えるべきでしょう。無論細かい部分まで描こうと思えば、悲しみや辛さもあるいは描けたかも知れませんが。
そして「哀」云々、これはダメージが大きくならないように進化していると言うべきでしょうか。
ダメージやストレスが大きいと、普段の生活に好ましからざる影響を与えるから、脳が忘れてしまうとか、または美化するようになって行きます。これが所謂認知バイアスと呼ばれる、考えや判断の偏りとなってしまうわけです。
とはいえこれはすべての人類に言えることで、何も坂東武者だけがそのように進化しているわけではありません。

“哀”という感情は高度で、かつ宗教や道徳で規定されます。
たとえば儒教では、服喪中はストイックなまでの節制を求められます。
酒はダメ、肉も禁止、薬も飲むな。
服喪期間が長すぎて「やりすぎじゃないか」という批判が定期的に入ります。

語弊がある言い方かも知れませんが、それが儒教社会のある意味停滞感につながっていると言えなくもありません。

大河と儒教規範って、それこそ小島毅先生がノリノリで取り上げてもいいと思うのです。ここ数年、なかなか面白いことになっています。
2020『麒麟がくる』:朱子学規範を貫く明智光秀
2021『青天を衝け』:どこか歪んだ日本型陽明学と、水戸学を選んだ渋沢栄一や明治政府の人々
2022『鎌倉殿の13人』:儒教規範がまだ浸透していない坂東武者は、いかにして道徳を身につけるか?
2021年の陽明学は正直食い足りないと思いますが、他は充実しています。
今年の大河が抜群に面白いのは、人類の進化過程の一時期を切り取っていると思えるところでして。
このドラマを見て「わかりみー!」と言える人はむしろ信頼できない。はっきり言って、中世以前の日本人はアナーキーで理解できないんですよ。
人類普遍的なものってなんだろう? そう思ってしまう。

ここでも青天批判と言うか、「2021年の陽明学は正直食い足りない」とありますが、時代も身分も違う主人公たちが、儒学への接し方が全く同じであるわけはありません。何よりも、江戸時代の末期に下級武士や農民にまで、こういう学問が広まっていたことに注目するべきかとも思います。そもそも陽明学は、朱子学批判から始まってもいますし、志士たちの中にも陽明学に影響された人物がいます。結構日本で独自の発展を遂げたりもしています。

そして
「今年の大河が抜群に面白いのは、人類の進化過程の一時期を切り取っていると思えるところでして。
このドラマを見て「わかりみー!」と言える人はむしろ信頼できない。はっきり言って、中世以前の日本人はアナーキーで理解できないんですよ。
人類普遍的なものってなんだろう? そう思ってしまう」
人類普遍がどうこうと言うあたり、朱子学批判に端を発して普遍的な秩序を重んじ、幕末の志士に影響を与えた陽明学に対する批判にも見えますね。

幕府というものを立ち上げた時代は、キャラ萌えが重要でした。
『青天を衝け』でも出てきた徳川慶喜を考えてみましょう。
彼は幕臣からすら「あいつってゲスでサイテー」と罵倒されています。人間的にはどうかと思う。
でも幕臣にせよ会津藩士にせよ、慶喜の血筋と立場を守ろうとしました。
慶喜なんて鎌倉の坂東武者なら即座に殺しかねないほど下劣な一面がありますが、武士の認識が変わったからこそ、死にもせず駿河で趣味に生きる余生を過ごせた。
キャラ萌えと感情よりも、権威と忠誠が上になったんですね。
そういう人類の進化を感じさせるから、今年の大河はいい。

殆ど無理やりな感じがしますね。
とりあえず
徳川慶喜は叩きたい
鎌倉殿は褒めたい
と言うのはわかりますが、
「キャラ萌えと感情よりも、権威と忠誠が上になったんですね。
そういう人類の進化を感じさせるから、今年の大河はいい」
てどういうことでしょうかね。
それになぜキャラ萌えが出て来るのでしょうね。どうにもこうにも自己満足あるいは自己陶酔の域を出ていないようです。
とにかくコラムの締めくくりらしきものを書こうとしたのでしょうが、何とも意味が通りにくい文章だなと思います。あれこれ書くより、一番最後の
「今年の大河は、ともかく推せます」
だけでもういいのではないでしょうか。


飲み物-トディ
[ 2023/01/04 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 88その1

以前も書いていますように『武将ジャパン』大河コラム、第6回「悪い知らせ」関連記述への疑問点です。なお既に放送が終わっていることもあり、最終回までをすべて観た視聴者の視点であることを、ここでお断りしておきます。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第6回「悪い知らせ」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

それから「鎌倉殿の13人」最終回の、東京での視聴率が12.7パーセントだったことは以前書いていますが、大阪では10パーセントだったとの由。
(カナロコ)


頼朝が自身で兵を率いて平家討伐をすることを義時はわかっています。なぜ時政はそこがわからんのかなぁ。
信義はそんな時政を見抜いたのか、馬の前に人参をぶら下げてきます。頼朝に力を貸す気はないが、北条には味方するってよ。家人になるならという条件付きで。
案の定、浮かれる時政です。
こうした、忠義とはほど遠い姿勢がドライだのなんだの言われますが、私は「原始的」と呼びたい。
原始時代、我々の先祖は「お前ら、俺に味方したらこの果物やるぜ」と言ってくる相手に「運が向いてきたな!」とついていったんですよ。そういうことだ!

「馬の前に人参をぶら下げてきます」ではなくて、「馬の前に人参をぶら下げるかのように、時政に好待遇を与えようとする」とでも書いてほしいところです。
そして「原始的」はないでしょう。こういう損得勘定に基づいて仕える相手を決めるのは、戦国時代でも行われていたはずです。それに武者さん、最後まで忠義がどうのと言っていましたが、この人が言う忠義は江戸時代のものであり、それまで本領安堵と奉公に基づく主従関係はあっても、より儒学的な倫理観に基づく忠義というのはこの時代はまだないでしょう。

そんなバナナを見た猿状態の時政は、後白河法皇の【院宣】を噂通り持っているという噂は本当かと信義に問われます。
噂だと誤魔化そうとする義時に対し、あっさり認める時政です。
父子だけになると、おにぎりを食べながら時政はウキウキしています。
運が見えてきたってよ。佐殿は先が見えたし、手を切るのはいいかもしれない。政子は不憫だが、またいい縁もある。
義時が佐殿を見捨てるのかと唖然としていると、北条のためだと開き直っております。
それ以外に北条が生き残る術があったら言うてみ。そうあっけらかんとしている時政を前に義時は落ち込むばかりで、目から光が消えていく……。

この当時の坂東武者とは、多かれ少なかれ時政のような存在ではないでしょうか。頼朝はもう石橋山で負けたから駄目だ、やっぱり武田に付こう、自分たちの領地さえどうにかなればどうでもいいと思ったかも知れないし、実際この当時の頼朝の武運は如何にも心もとなく、このような考えに走るというのも無理からぬことでもありあました。
無論義時は、頼朝から自分の弟のように思っている、義時だけには秘密を打ち明けると言われていたこともあり、難色を示したのですが。

頼朝は洞窟で読経し、土肥実平は木の実を食べています。
やっぱりこいつらも原始的では?
実平は、なぜか楽しそうに自害の作法を語り出します。
「そういう話はしたくない!」
何を考えているんだ、実平よ。空気を全くよまず、自害の作法は「鎧を脱いで松葉を敷いて……」と具体的に語り出す。

「こいつら」とあるからには、頼朝と実平の2人を指していると思われますが、頼朝の「洞窟での読経」は原始的なのでしょうか。また実平が木の実を食べるのは、彼らがいる場所でそれしか食べられる物がないからでしょう。
その割に、乾燥した果実を当時のスイーツなどと武者さんは紹介していました。あれももとをただせば木の実ですが。天日干しにしてはいますが、特に複雑な加工を加えたわけでもありませんよね。

ところで実平を見ると、『舞いあがれ!』の航空学校の都築教官を思い出します。

距離は北西へ25里。
時代によって差はありますが、1里4キロほどと考えるとこれは辛い。敵がウヨウヨしている中を100キロですから、死んでしまいますって!

今と違って、この当時は1里=4キロ弱ではありません。それよりもっと短く、545メートルから655メートルほどであったとされています。大体5町から6町ほどですね。仮に600メートルとして25を掛けると15000メートル、15キロ程度ですから歩けない距離ではないでしょう。武者さんも「死んでしまいますって!」などと言う前に、まず調べてほしいものです。

それを高度な撮影技術で、森の緑も実に美しく描かれていますね。
戦闘内容も戦国時代との差異も感じさせないといけないのですから、これは相当に骨が折れたことでしょう。

森の緑が美しい、自然が美しいというのはこの大河に限ったことではありません。戦闘内容はこの場合ゲリラ戦的なものであり、これなら戦国時代も行われていたと思います。たとえば開けた地での両軍相乱れての戦は、戦国時代の方が秩序だっていたとは思われますが。

小池栄子さんの魅力なんて誰もがもう語り尽くしていますが、私からも付け加えさせてください。
ぞんざいな時と、この頼朝がらみでうっとりしたときの声。どこか甘く酔いしれたような声音になって素敵です。これは惚れますね。

武者さん最後まで小池さんの政子を褒めまくりでしたね。小池さんはきちんと演じていたかと思いますが、こういうのを毎回一々言わずとも、本当に彼女がこれはという決断をしたとか、そういう場合に限った方がよかったと思います。

母が父に文句を言うことはなかった。言われるがままだった。つまりは正反対である。そう聞かされ、りくはこう返します。
「私と?」
政子はここでこう認めます。
だけど、りく殿と一緒になられてから、父上は変わられた。なんだか楽しそう。本当は色々言って欲しかったのかもしれない。
りくは完全に何かを吹っ切ったような宣言をする。
「戦が終わったら、もっともっと焚き付けてやります!」
おおっ! りく、政子、実衣という三者の生き方が見えてきましたね。
この3人には共通点があります。
3人とも“悪女”と呼ばれる。『鎌倉殿の13人』は悪女率が高いのです。
でも、彼女たちの弁護をさせてください。

後の方ではりくと実衣は悪女認定で、政子はそうではありませんでした(八重も)。
とか何とか言うより、ここで悪女と決めつける必要もないかと思います。彼女たちが夫に対してどのように振舞うか、あるいは焚き付けるかは、鎌倉幕府成立後後明らかになってくるものであり、ここではまだ、それぞれのキャラの紹介程度に扱われているのではないでしょうか。

こうやって誰かが焚き付けないと自分らしさを出せない男もいるから、悪女になってしまう。女だけで自己実現しようにも認められず、男の力を使わないとならないから、そうなるのです。

これはちょっと飛躍し過ぎでしょう、特に焚き付けなければ焚き付けないで、その人物にふさわしい生涯を送った人もいるわけです。あとやはりこの当時は、政とは基本男性のものでしょうし-たとえば夫に妻が色々と言うことはあったでしょうが。

時政と義時は、浜辺で船を見つけました。
そこにいたのは三浦義村です。
「平六ー!」
義時が声を掛けると、義村は頼朝救出作戦に取り組んでいました。
山中にいるから探し出したいけれども、大庭の兵がいてなかなか見つからない。
こんな雑な状況でよくやっていけるわ……と思ったら、義村も内心イヤだったようで、時政と義時を発見して好都合と考えた模様です。
義村って極端なめんどくさがり屋というか。やっても無駄だと思った労力は極力避ける傾向があるんですね。

この
「義時が声を掛けると、義村は頼朝救出作戦に取り組んでいました。
山中にいるから探し出したいけれども、大庭の兵がいてなかなか見つからない」
ですが、義村は頼朝が山中にいたのを知っていたのでしょうか。
本編のセリフではこうなっています。

義村「佐殿を助けに来たんだよ」
時政「さすがは三浦。ハハハハ」
義村「佐殿は?」
義時「石橋山の山中に隠れておられる。はあ~。どこもかしこも大庭の兵で、なかなかたどりつけずに困っていた」
義村「お前に会えて好都合だ。居場所がわからず、帰るところだった」

つまり頼朝が石橋山にまだ隠れているのを知っていて、しかし大庭の兵だらけでなかなか頼朝の所にたどりつけず困っていたのは、義時ということになるのですが、武者さんの文章だと、それは義時でなく義村であったようにも取れます。

あと
「義村も内心イヤだったようで、時政と義時を発見して好都合と考えた模様です」
とありますが、義村が「内心イヤだった」ことを窺わせる描写はどうも見当たらないのですが。確かに石橋山の後三浦へ戻る途中で畠山に会い、そこへ義盛が絡んで小競り合いになりはしましたが。

「義村って極端なめんどくさがり屋というか。やっても無駄だと思った労力は極力避ける傾向があるんですね」
ではなくて、自分の筋書き通りにならないことは避ける、あるいは寝返る傾向があると思います。そう言えばこの頃は、襟を直す仕草は見た覚えがなかったのですが、あれは後付けなのでしょうか。

三浦は三浦で大変だったそうで、石橋山の敗走を聞いて引き返したところ、畠山重忠とでくわしたのです。
重忠が裏切ったのか!と言いつつも、次郎(重忠)の父上は平家と繋がりが深いから……と理解を示し合う二人。
ここ、大事ですよね。
相手の事情も想像できるだけの知性が二人にはある。だからこそ成立する会話です。

「知性」云々より、畠山が平氏であるのは当時の坂東武者なら周知の事実であり、だから源氏方に加われなかったと言うのも当然であるかと思います。

将にしてみれば、無用な戦いで自軍の損耗は避けたいものです。
その点、義澄と重忠の判断は順当なものでしょうが、とにかく和田義盛のようなタイプは止まりません。
こんなアホな顛末を見たら、戦国武将も『三国志』のみなさんも「ありえない! ストレス溜まる! 洒落になってない!」と大いに嘆くことでしょう。
(『三国志』関係一部省略)
要するに、攻撃の合図とか、規律とか、その辺の重要性は理解されていて、和田義盛があまりに原始的なのです。ノリと勢いで合戦しないで……。
と、和田義盛のことを考えるだけで脳が溶けそうになりますので、次のシーンへ。

ここでまた「三国志」ですが。ドラマ本編に直接関係ないものは、あらすじに書き込むべきではないかと思います。
それとこの時の義盛、元々は由比ケ浜で遭遇し、それでも和平に持ち込もうとしたものの、義盛の弟の義茂が事情を知らずに突っ込んで来たため、それぞれの兵を失うことになりました。

畠山重忠が馬上で刀を抜く場面は番宣でも使われていました。
理由はわかる。実に絵になります。あの動画を見た時、私は頭が一瞬麻痺したような不思議な気持ちになりました。
まるで彼は絵から抜け出てきたようで、大昔に見た本の挿絵が動いているような気持ちに。

こういうのは、個人のサイトまたはブログでやって貰えないでしょうか。とまたも言いたくなります。政子ぼめと基本的に同じで、それは貴方の好みの問題でしょうと言いたくなります。これは報酬を貰って書いている記事ですよね。

このあと海上を漂うように進んでゆく小舟。頼朝は、舟に入る海水を汲み出し、その桶の中に後白河法皇の幻を見て慌てています。
「佐殿! あまり一点を見つめない方がよろしいかと!」
思わず心配する盛長ですが、さすがにこの状況は絶望的でしょう。東京湾フェリーがある時代に生まれてよかった!

「東京湾フェリーがある時代に生まれてよかった」
ついこの間、最終回に関する記述に義村関連で「現代人ならば由比ヶ浜でヨットでも楽しめばいいのでしょうが、そこは坂東武者なのでそうもいかない」ともありました。時々こういう、やたらに現代に寄せたような書き方を武者さんはしますが、私はどうかと思います-と言うか、あまり面白くない。

だんだん脳みそが溶けそうになってきましたよ。
この衣笠も壮絶で、三浦義明にとって和田義盛も畠山重忠も孫です。高校生くらいの孫が、89歳の祖父を攻め殺す、恐ろしい話なんだってば。
なんでこの人ら、身内が死んでも割と元気そうなんですか?
和田義盛はギャーギャーと「次郎の奴許せねえ!」と怒っているし。

それぞれの一属がそれぞれの思惑で戦っている以上、そうならざるを得ないでしょう。何も骨肉の争いはこの時だけでなく、それ以前の時代も、それ以後の時代も起こっています。それを、「恐ろしい話」などと書くのであれば、大河など観ない方がいいでしょう。

それと畠山と出くわすところから安房に逃れるシーンまでの間に
「和田義盛のことを考えるだけで脳が溶けそうになり」
「頭が一瞬麻痺したような不思議な気持ちになり」
「だんだん脳みそが溶けそうになってきた」
らしいのですが、もう少し表現を考えてほしいなと思います。

そして和田義盛はまたなんか猛り狂っています。
「佐殿は関係ねえ! 坂東武者が決める! 大庭も伊東も畠山も許せねえ! とことん戦うしかねえ!」
『鬼滅の刃』の伊之助は、あくまで彼一人が獣だからいいのであって、現実世界では獣の呼吸の使い手がいると困る。そう痛感させてくれる、それが義盛です。精神衛生を悪化させますね。

別に『鬼滅の刃』を引き合いに出す必要もないかと思います。そしてこの場合坂東武者だけで決めようと言うのは、わからなくもありません-この当時まだ海の物とも山の物ともつかない頼朝と、一蓮托生でこの難局を乗り越えられるか否かの話でしょう。それと「精神衛生を悪化」より「精神衛生上よくない」の方が一般的かと思います。

そしてこう来ました。
「言っておくが、俺は頼朝と心中する気はねえ。早いところ見切りをつけた方がいいって」
義村の大叔父であり、三浦義明の弟である岡崎美実を思い出しましょう。
彼は頼朝に「お前だけが頼りだぞ!」と言われて籠絡されました。義村は違う。頼朝ファンクラブに入るつもりは毛頭ないのです。
でも聡明な義村にも、まだ読めていないことはある。
目の前にいる義時だって、実は頼朝ファンクラブ会員でもない。もっと別の動機あればこそ頼朝を庇っている。

義村は徹頭徹尾あのような人物ですから、別に頼朝のみがすべてと思っていないのは確かでしょう。自分に利があれば付くわけです。それとこの場合、頼朝に命を預けられるかどうかといった問題ですから、「ファンクラブ」という表現はないでしょうね。

小栗旬さんがどう変わるのか、毎週楽しみでなりません。

最終回では「魔王の如く肥大化してしまった義時」と書いていましたね。楽しみにしていたその結果は、まるで人間とも思えない存在となり、3度目の妻に、毒を盛られることになってしまいました。

義時も変わりました。
かつては知恵者の三浦義村の意見を確認していた。その義村が勝てないから見捨てようと言っても、聞かなくなった。
代わりに亡き兄の声を聞いているからこそ、彼自身の知恵で引き留めにかかります。
佐殿は生き延びた。佐殿は天に守られている。そのことはどんな大義名分よりも人の心を突き動かす。
そんな言葉がスラスラと出て来る義時が怖くなってきましたよ。あなたは、その頼朝の運ごと使うんでしょう? そう言いたくなります。

「亡き兄の言葉を聞いている」と言うより、実際この時に宗時の言葉を思い出しているわけで、だからこそこういうセリフが出て来たわけでしょう。要は源氏に立ってほしい、それも河内源氏である頼朝に立ってほしいわけですし。そして義時は頼朝自身より、彼の兄弟とその子供たちの運命を翻弄したと言えそうです。
しかし武者さん、流石にこの時はまだ「天命」は使っていませんね。

しかしこの後、千葉と上総の説得に和田義盛を指名するのは、どうなんでしょう。その辺の木でも切らせておけばいいのに。しかも義時がお供に行かされるそうです。
嫌すぎる……。こんな役目を自分に課されたら泣きますよ。もう無理。嫌な予感しかしない。

実際『吾妻鏡』では義盛は上総広常に会いに行っていますが、義時が同行したかどうかは不明です。それと義盛も、元々はこういう体育会的な乗りの、気のいいだけの人物ではなかったようです。ただこのドラマでは、実朝を館に呼んでは酒を振舞い、ウリンウリンと呼んでいるおじさんになっていましたが。


飲み物-2種類のカクテル
[ 2023/01/03 00:30 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その4

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その4です。一応これで終わりとしますが、本当言って全文突っ込みたくなりますね。これが個人のサイトやブログで、無償で書いているのならそれはそれでいいのです。

しかし報酬を貰って書いていてこの有様です。無論こういう文章を何年間も書かせる方も責任があるでしょう。嫌いな大河の時には「辛口」の書評(とも言えませんが)だからとのことでしたが、『麒麟がくる』や今年の場合は、お世辞にも辛口とは言えません。と言うか、三谷大河はやはり擁護したいのですね。嫌いな作品で以下のようなシーンが出て来たら叩きまくるでしょう。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/26/172629


まず初回に出て来た「首ちょんぱ」関連で、

今回は敢えて時代劇から外した演出やセリフ回しを使用しています。
北条時政の「首ちょんぱじゃねえか!」という台詞は話題をさらいました。
こうした台詞は笑わせようというだけではなく、人物像や語彙力を示す上でも効率的であったといえます。
演出面でもGoTを参照したいとスタッフは語っています。
つまり“敢えて”これまでの時代劇でなくしているのです。
それが好みに合わないのであれば、”not for me”、「好みに合わない」で終わる話。叩くのは筋違いです。
(中略)
作る側が進歩したならば、見る側もそうあるべきではないか?と思うのです。

この「話題をさらった」というのは、当然悪い意味での話題もあったわけです。なのに
「それが好みに合わないのであれば、”not for me”、「好みに合わない」で終わる話。叩くのは筋違いです」
別にわざわざ”not for me”と英語を出さなくても、好みに合わない、自分向きではないと書けば済む話だと思いますが。
しかも
「叩くのは筋違いです」
「作る側が進歩したならば、見る側もそうあるべきではないか?と思うのです」
何とも上から目線の書き方ですね。なぜ作る側にこちらがすべて合わせないといけないのでしょうか。無論合わせたい人も当然いるでしょうが、何だこのセリフと思っている人が、異を唱えるのを許さないと言っているに等しいと思います。
尚、坂東彌十郎さんの時政は好きでした。

三谷さんが「原作」と語っている『吾妻鏡』は、そこまで信頼性の高い史料ではありません。
『吾妻鏡』のぼかした箇所、北条美化についての研究書は一般向けにも発売されているほど。
史料批判を考えれば、『吾妻鏡』通りにしろというのは、むしろ一体何を言っているのか?というような話となります。

『吾妻鏡』ですが、信頼性云々以前に、北条氏のためのものであるのは事実です。しかし三谷さんは公式サイトの中で
「今回で言えば、『吾妻鏡』という、克明に当時の記録が記された文献がある。もうこれが原作のつもりで書いてます。ここに書いてあることに沿って物語をつくり、書かれていない部分に関しては想像を働かせる」
と言っている以上、もう少し『吾妻鏡』に沿った描写もあってしかるべきだったかと思います。

そもそも大河ドラマで、歴史の勉強はできるようで、できませんよね。
大河の関連書籍を並べて「歴史の本を読みました」と言われても、それは受け入れられないでしょう。
いわば大河は”パティシェ三谷さんが作った鎌倉野菜のプリン“のようなもの。
いくら栄養たっぷりの野菜を使っていようと、
「このプリンはおやつじゃないんです。野菜を使ってます! サラダや野菜炒めと同じです!」
では話が通じません。
「いくら野菜を使っていてもプリンはおやつです。そう認識してください」
「いや、このプリンは健康にいい、野菜の風味も生きてて最高。そう野菜料理だという前提で食べているのに何でケチをつけられるんですか? プリンのカロリーぶん、ちゃんと他のものを減らしますよ」
こんな返答になりがちで、話の核がはぐらかされてしまう。
おやつはおやつです。
きっかけとしてはよいけれど、あくまで入口でしかない。
ではなぜ、この手の「史実と違う大河を受け付けんぞぉ!」という記事が出るか?

何だかわかりづらい例えですね。
問題は史実と創作の配分であるかと思うのですが。
要はこういうことでしょうか。

A「大河は史実あってこその大河、下手な創作など入れるべきではない」
B「しかし創作も入れないと、ドラマとして成り立って行きません」
A「その創作が面白くないと、ドラマのとしてのうまみに欠ける」
C「問題は、その創作を視聴者がどのように捉えるかではないでしょうか。無論視聴者によっては面白くないと言う人もいるでしょうから」
A「いや、やはり俺に取っては面白くない」
C「ならばいっそのこと、観ない方がいいと思いますよ。精神衛生面でもよくないでしょう。ただ、なぜ面白くないかと追求したいのであれば別ですけどね」
A「脚本家によってその創作の面白さはまちまちだからな」
C「それはそうですね」

それに「大河は」ではなくて、「『鎌倉殿の13人』は」ですね。すべての大河を三谷さんが書いているわけではありませんので。

ではなぜ、この手の「史実と違う大河を受け付けんぞぉ!」という記事が出るか?
需要があればこそメディアも供給するのであり、主に中高年男性向けの媒体が中心。
愛読書ランキングを作ったら、司馬遼太郎が上位に入りそうな媒体ですね。
読むだけで歴史や世の中の真理を学べるとされていた昭和の感覚です。
そんな気分がまだ残っているから「大河は史実に忠実でなければならん」という謎の責務が湧いてきて、また読者に支持もされるのでしょう。
大河で歴史を学ぶ弊害はそれこそ昭和の頃から指摘されていたんですけどね。

本当にそう言い切れるものでしょうか。ちゃんとリサーチをしていますか。武者さんの好き嫌いだけで判断していませんか。何せ昭和の風潮がとことん嫌い(と言っていい)武者さんのことです。ネガティブな感情がかなり露わになっているようにも見えます。
私も「大河が歴史の勉強になる」とは思いませんが、だからと言って司馬さんの作品を一概に否定しようとも思いません。ちなみに武者さん、後の方で司馬氏の『義経』は面白いと書いています。

かつて先祖顕彰は歴史を学ぶ上で定番でした。
いかに我々の先祖が偉大であるか。支配に正統性があるか。そのために大仰に顕彰することが当然であったのです。
しかし、こうした自国の歴史を顕彰する動きは、近年はもう“オワコン”です。
(中略)
日本の歴史には清く正しい偉人ばかりがいた。偉大な歴史だ!――そんな意識で大河を作っていたら、終わりかねません。
根深い問題が日本の歴史教育にあると思います。
日本史と世界史に分かれた状況。
これがネックになっているのではないでしょうか。
日本だけで歴史を見ていくと、世界史において普遍的であること、特に中国や朝鮮であったことを「日本独自だ」と誤解するような事柄も出てきます。

昔の大河でも、主人公の描かれ方は必ずしもいいものばかりではないのですが。
具体的にどのような大河が「清く正しい偉人ばかりで、偉大な歴史だ」になるのでしょうか。そして日本史と世界史に分かれているのは、もちろん日本と海外との交流が近代に入るまで限定的で、植民地化されなかったことも関係しています。
それと
「日本だけで歴史を見ていくと、世界史において普遍的であること、特に中国や朝鮮であったことを「日本独自だ」と誤解するような事柄も出てきます」
何だか乱暴ですね。

例を挙げます。
「徳川幕府は世界に例のない長い王朝です」
李氏朝鮮の方が長い。
「刺身みたいな生魚を食べるのは日本人だけ」
膾(なます)という料理が中国にはありました。要するに刺身です。
「羹に懲りて膾を吹く」「膾のように切り刻む」という言葉が有名ですね。
中国では時代が降ると膾が廃れただけであり、刺身が日本由来とか、生魚を食べるのは日本だけというのは誤解があります。
「あんパンみたいな菓子パンがあるのは日本だけなんだって、すごい工夫だ、日本人はえらいんだ!」
確かにそれはそうです。しかし、その発想はどこからかというと、饅頭の生地を洋風のパンに置き換えた発想です。
あんを生地で包む発想は、中国由来ですね。
日本の文化や歴史を誇ることをやめろとは全く思いません。
ただ、誇るならば正確であるべきだし、そのことで他国を見下すのはみっともないことでしょう。

「日本人だけ」と言っているのは、必ずしも「他国を見下す」ことにはならないと思いますが。
あと徳川幕府は王朝ではなく、李氏朝鮮と比較することはできません。これ確か以前、ツイッターで論破されていたのを見たことがありますが、まだこう言うことを言っているのでしょうか。
それと膾は「人口に膾炙する」にも登場していますね。元々は生魚や生肉を刻んだものであり、日本もかつては生肉を刻んだもの、そして生魚を刻んだものとして、膳の中央よりも奥に置かれたことから、向こう付けと呼ばれるようになりました。今はおせち料理の紅白なますが有名です。一方刺身は食品をスライスしたもので、その意味でやや膾とは意味が異なります。
それとあんパンの件ですが、確かにかつての中国大陸では饅頭があり、それが日本にも伝わっていますが、パンであんを包むのは日本独自の発想でしょう。

大河ドラマは史実に沿うべきか?
この問いかけは時代によっても異なります。
『鎌倉殿の13人』のように中世ならば、史料が少なく、断定できないため、むしろ創作しなければドラマになりません。
逆に、現代に近づき、近代ともなればむしろ史料は多い。
ゆえに想像力の入り込む余地がありません。
私は2021年大河ドラマ『青天を衝け』における捏造は厳しく批判しました。
そのひとつが
【天狗党の大量処刑を徳川慶喜は命じておらず、田沼意尊単独で決めた】
というものです。
これは問題だとしたところ「慶喜が決めたというソースがあるんですか?」と言われました。
逆に言いますが、慶喜が命令していないという“ソース”は2021年大河ドラマ以外ありません。
渋沢栄一ですら「慶喜公も天狗党の件はお辛かっただろう」と気遣い、慶喜自身も天狗党について語る時は口が重たかったとされます。
あれではかえって慶喜に対して失礼に思えました。

中世なら創作を入れていい
近代は駄目
これではダブスタに他ならないと思います。
幕末大河だって創作が入ったのはありますし、また入れて悪いというわけでもないでしょう。ただ、あまりとっぴな創作は入れにくいとは思います。
それと『青天を衝け』ですが、慶喜は第17回の終盤と第18回の冒頭で、自分の手で天狗党を処刑すると言っていますが。

エンタメなら別に最新の研究を追わなくてもいいでしょ……というのは自国で完結している時代までの話です。
近代となると国際関係にも影響が及んできます。
ここでも悪い例として『青天を衝け』を出します。
あのドラマでは渋沢栄一がベルギー国王・レオポルド2世を称賛する場面がありました。
渋沢本人の回想に基づいていて、当時はレオポルド2世の酷い植民地経営が無法とされていなかったことも確かです。
しかし、ベルギーではもうレオポルド2世を肯定的に評価することはありません。
その素振りを見せただけで国際問題となります。

自国で完結していようがしていまいが、最新の研究は必要だと思いますが。
そしてこの『青天を衝け』のレオポルド2世の件ですが、過去のある時点のことを描くのであれば、栄一がレオポルド2世のことをほめるのは当然でしょう。確かこれも、ツイッターで指摘されていたと思います。

はっきり申しますと……2015年以降の近代大河を信じることは、国際的な人間関係においてはリスク要因です。

それは武者さん、貴方が嫌いな大河だからでしょう。好き嫌いで「レビュー」を書くのは、大河またはエンタメの記事を書く上でリスク要因ではないのでしょうか。

考えるべきはリカバリです。
そこで三谷さんの出番ですよ!
三谷さんならば『新・幕末史』と同じ程度に最新研究を反映した大河を作れるでしょう。
そして私が長年大河ドラマに対して抱いている不満――北海道ご当地がないことも、解決できると思えるのです。
47都道府県があって、これだけ長く続いているのに、北海道ご当地大河がない。
これでどうして国民的ドラマと言えるのか?
私はそこに義憤を感じるほどです。
三谷さんが脚本で、大泉洋さんや金子大地さんが大きなキャストで出る――そんな北海道近代大河の実現を希望します。

はっきり申しますと…私は今後三谷さんが大河を書いても観ないと思います。
それについてはまた後ほど触れますが、三谷さんの作品だからとある程度我慢をして観ていたこともあり、それがいくらかしんどくなったからと言えそうです。
しかし何と言いますか、
「三谷さんだから作れるの!2015年以降の近代大河は駄目なの!北海道大河がないことに我慢できないの!」
何なのでしょうね。これ『鎌倉殿の13人』の総まとめなのに、なぜか北海道大河まで出て来てしまうのですね。

ところでこの少し前に
「これについては、もしかしたら私が過去大河について『史実と違う!とケチをつけていたじゃないか!』とご指摘されたい方もおられるかもしれません」
「ご指摘されたい」と「おられる」の併用も妙なものですが、それはさておき。これは後述するとあるのですが、どうもその後述が、前出の天狗党関連のシーンへの言及と思われます。

これについては既に書いているのでここでは述べませんが、好きな大河では史実に沿っていなくても、批判も指摘もなし(『麒麟がくる』の場合も似たものがあります)、嫌いな大河は史実に沿っていようが、自分が考える筋書き通りに運ばないと何かの如く叩く。炎上狙いにしても工夫が今一つだし、繰り返すようですが、なぜこういうのを書かせるのか不思議で仕方ありません。

あと最後の方に
「歴史を学ぶ魅力というのは、天命の軌跡を見ることだと思います。
どう考えたって、こんなものは何か人智を超えた作用で起きるのだろうと呆然としてしまうことがある」
とあります。こんなものとはラストシーンのことですが、残念ながらどう考えても
「人智を超えた作用」とは、私には思えませんでした。
しかし本当に「天命」という言葉が好きですね。『どうする家康』でも使うのでしょうか。

結局のところ、今までのドラマ本編のコラムで書いたことの焼き直しがあまりにも多く、とても5ページ使って書く内容とは思えませんでした。本当に大河のコラムを書ける人なら、2ページか3ページで無駄なくきちんとまとめるでしょうね。
それとこのコラムへの疑問関連投稿ですが、第6回だけやっていないので年明け、次の大河が始まるまでにやるつもりです。

あと武者さんの書き方、考え方の癖についてもまとめられたらと思います。武者さんはとにかく、好きな大河であってもどこかネガティブな雰囲気が漂うのですが、それは嫌いな大河に好きな(推しの)大河を超えてほしくないという願望によるものでしょうか。


飲み物-ホットウイスキー
[ 2022/12/31 07:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 87その3

『武将ジャパン』大河コラム、あらすじレビュー総論まとめについての疑問点その3です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) -
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/12/26/172629


では本編、武者さんが好きなジェンダー論です。

立体感のある愛すべき悪女たち(小見出し)
『鎌倉殿の13人』には、悪女が何人も登場します。
牧の方。
実衣。
比企能員の妻・道。
北条義時三人目の妻・のえ。
ただ、彼女たちにも言い分はあるし、憎めない。そこが納得できるように描かれていました。
ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない。
悪女枠には入らない本作の政子や、八重、初も言動にはきついところがあります。
あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。
こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます。
演じる側も戸惑うことはあったものの、むしろいいキャラだと褒められることが多かったと振り返っています。

ここで思うのですが、実衣は「悪女」なのでしょうか。そう呼ばれるほど主体的ではなく、周囲が彼女にいわば甘いせいもあり、あそこまで権力の中枢に入り込んで来られたような感じです。りくの方がもう少し頭を使っているように見えます。
そして
「ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない」
ステレオタイプというのは、どのような意味でステレオタイプなのでしょう。如何にも悪女的なという意味なのでしょうか。それが書かれていませんね。

また
「あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。
こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます」
どんぐりをぶつけると「立体感のある女性像」になるのでしょうか。
第一「立体感のある女性像」て具体的にどのような女性像のことでしょうか。


女は再婚する(小見出し)
『鎌倉殿の13人』では、再婚する女性が複数出てきます。
八重。
巴御前。
比奈。
「貞女は両夫に見えず」という儒教価値観が根付く前の時代です。
それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする。
本作は逃げませんでした。
中世考証をしっかりした結果でもあり、より実像に近くなっています。

「『貞女は両夫に見えず』という儒教価値観が根付く前の時代です。
それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする」
「ぼかしたり変えたり」していたのは、どのような大河で、どの部分をぼかしたり変えたりしてでしょうか。それを明記してしかるべきでしょう。
第一こういう再婚は戦国時代でも見られます。それこそ江などその最たる存在ですし、儒教的価値観が根付く前というのは、鎌倉時代に限った話ではありません。

そして本作最大のジェンダー観における成果は、なんといっても北条政子でしょう。
政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました。
政子が義時を守るために戦えと言えば、御家人たちは奮起する。
政子がもういい、ご苦労様と見限ったら、義時は死ぬ。
演説の内容も、義時の最期も、ドラマの創作要素が入っている――要は、この作品は、政子が義時の運命を握る存在だったということです。
思えば頼朝の妻となることで、義時を運命に引きずりこんだのが彼女でした。
それでいて義時が政子を傀儡にしようとすると逃れ、自らが尼将軍となることでだし抜きます。
政子の全戦全勝。
男性主人公で、生殺与奪を女性が握っているなんて、なかなか画期的なことじゃないですか。

「政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました」
結果的にそうなったように見えるだけで、物語の流れを追う限りでは、彼女は理想論を振り回していたところもあり、義時をはらはらさせてもいました。まあ別に生殺与奪権を持たせずとも、もっとシリアスな展開とか、義時と組んでかなりダークな部分を見せるとかいうシーンがあり、共闘の後に弟を看取るという流れであれば、彼女が
「義時の運命を握る存在」
であっただろうとは思います。
そして
「政子がもういい、ご苦労様と見限ったら」
ではなく、
「お疲れ様、小四郎」ですね。しかも義時が息絶えた後にそっとつぶやいています。

日本のマスメディアや視聴者は、GoTのことなんかさして話題にしていないと思えます。
日本は世界的にみてもGoTの人気がそこまで高くないとも言われているのですが、それでも三谷さんやスタッフは意識して名前を挙げているのだから、記事にするならそこにふれるべきなのにそうしない。
人間は自分の守備範囲で話をしたいものです。
自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう。
結果、制作側の意図が通じなくなっていることがしばしばあり、そこを指摘していきます。

と言うより武者さん、貴方がことあるごとにゲースロにこだわっているように思えるのですが。
そして
「自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう」
それを言うなら武者さんも、『青天を衝け』をはじめ嫌いな大河を引っ張って来て、好きな作品と比較するのをやめてはどうでしょうかそもそも大河とは1つの枠であり、その中で放送された作品こそが、何らかの形で大河の持つべきものを受け継いでいる、あるいは受け継いでいてほしいから、比較する人が多いのでしょう。
あとたまたま昔のこのコラムを見て思ったのですが、制作の意図が関与しているはずの、あるシーンがおかしいと指摘したすぐ後で、別の事例を出し、それは制作側が決めることと断言している箇所がありました。何だか矛盾していますね。

「こんなのは時代劇ではない」
そんな意見もあります。
それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。
鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです。
例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。
構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。
馬の上から跳んで相手に飛びつく。
中世ならではの荒々しさの再現といえます。
同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。
当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。
存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。
帰蝶の立膝がありえないとされる。
いずれも当時を再現した結果、視聴者の知っている時代劇と違うとしてバッシングの対象となったのです。

「『こんなのは時代劇ではない』
そんな意見もあります。
それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。
鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです」
昔新春時代劇というのを民放も作っており、その中には源義経などを主人公とした作品もあったのですが、この場合は時代劇でも、平安~鎌倉時代を扱っていることになるのですが。

「例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。
構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。
馬の上から跳んで相手に飛びつく。
中世ならではの荒々しさの再現といえます」
先日も書いていますが、武者さんにはぜひ『太平記』を観ていただきたいものです。これも正に中世の日本の、しかも南北朝という乱世を舞台としており、あれの殺陣や合戦シーン、謀略シーンなどは、はっきり言って『鎌倉殿の13人』を上回るかと思います。

「同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。
当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。
存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。
帰蝶の立膝がありえないとされる」
どう見ても、あの化学染料を使ったような色合いが、当時の色彩であるとは考えにくいのですが。何か、毒毒しい印象さえ受けました。以前ご紹介しましたが、『どうする家康』の公式ツイの布地のサンプル、どう見てもこちらの方がその当時らしさを感じさせます。逆になぜ武者さんは、あの色を当時の色彩感覚と言い切れるのでしょうか。

どうする家康ツイ2(衣装)
そして
「存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる」
伊呂波太夫はまだいいでしょう。問題は駒です。何度も武者さんが書くので、こちらも何度も書かざるを得ないのですが、医者の弟子であった彼女がいつの間にか将軍の側女になり、やけに権限を持っていたり、大名家に出入りしたりするのは何か要領を得ません。また
「帰蝶の立膝がありえないとされる」
これに関しては、その当時は女性の立膝もあったとはされています。ただ、安土桃山時代以降でないと存在しないと思われるような、絨毯敷きの部屋が桶狭間の戦いの頃にあったのには驚きでした。

しかし真ん中あたりになると、どう見てもわざわざ小見出しをつけるほどでもないほどの文章が目立ちますし、また、自分の好きな『鎌倉殿の13人』はすべていい、批判するなと言っているようにしか見えないのですが。


飲み物-ホットラム
[ 2022/12/30 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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