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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『光る君へ』第7回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

季節外れの暖かさが続きますね。では、第7回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。


藤原忯子の亡骸に抱きつき、その死を悼む花山天皇。
あまりに儚い愛でした。

ナレーションに
「死は汚れと考えられていたこの時代、天皇はじめ貴族たちが遺体に近づくことは許されなかった」
とありますし、ドラマ本編でも、花山天皇が忯子のもとへ行こうとして止められているのですが、どうやって
「亡骸に抱きつく」
ことができたのでしょうか。

愛がなければ女の人生は意味がないのか?
そんなことはない、書くこと、創造がある!
そう突きつけてくるようなドラマです。
忯子は愛を得たけれど、それだけだったとも言える。生きて書くことのできるまひろとは違います。

それぞれの立場が違いすぎます。
忯子の場合は、入内して帝の寵愛を得、皇子を産むことが人生と言えました。
(後で兄の斉信が、そのことを後悔していましたが)
まひろの場合は入内できるような身分ではなく、この時代のことだから選択肢は限られているにせよ、まだ忯子よりも自由はあったでしょう。

金目のものや食糧ではなく、なぜ衣服なのか?と思われるかもしれません。
当時の盗賊はそれが定番。服を盗まれて全裸で怯えていた女房の記録も残されています。
屋内ならばまだしも、屋外で脱がされると季節によっては凍死の危険性すらあった。小判を盗む鼠小僧より、ずっと原始的な時代なのです。

まずこの当時、鼠小僧の江戸時代とは違って貨幣経済がまだ未熟な段階です。
(だからこそ花山天皇が貨幣を使わせようとしたとも言えます)
一般の人々に取っては、まず現物、それも着るものや食べ物こそが大事でした。

そして
「服を盗まれて全裸で怯えていた女房の記録」
具体的にどういう記録でしょうか。
それと「服」より「衣」とか「着物」の方がいいかと。今までもそうですが、武者さん身に着ける物は何でも「服」ですね。

この殺傷に対する精神的葛藤があればこそ、道長もいろいろ悩んでいます。心が繊細に描かれたドラマです。

別にこれに限らず、武者さんが嫌いな大河(『どうする家康』『青天を衝け』他)でも登場人物の思いは細かく描かれていましたが、嫌いな作品だとやはり無視するようですね。家康が悩んでいても、絶対こうは書きませんでしたから。

同じ日本でも、かつての蝦夷地こと北海道のみ【トリカブト毒文化圏】に含まれます。
アイヌのトリカブト毒矢は興味深く、もしもご興味のある方は映画『ゴールデンカムイ』をご覧ください。

毒矢はともかく、トリカブトは今昔物語にも登場しているはずですし、狂言の『附子』にも採り入れられていることを思うと、何らかの形でその毒性は伝わっていたと思われます。

「長い言い訳じゃのう」
怯えを隠す兼家に対し、いずれお分かりになると、不穏な表情の晴明。私を侮れば右大臣一族とて危ういとまで言い切りました。
安倍晴明には彼なりの政治を為すという意識があるのです。

まずこの時の兼家ですが、さほどに怯えているようにも見えません。ただ、こいつとは話をしたくないなといった表情ではあります。そして
「安倍晴明には彼なりの政治を為すという意識があるのです」
ではなく、政を行う人物の命運も自分次第だと、脅しをかけているように見えます。

何もかも見通すような晴明に、兼家がもったいぶっていると戸惑う兼家です。
そこへ藤原道長が帰ってきました。兼家はホッとしたようにいたわり、盗賊と渡り合ったことを褒めます。
「されど人を殺めるなよ」
道長に念押ししながら晴明に聞かせるように、人の命をあやつり奪うのは卑き者の仕業であると圧力をかける兼家。

「兼家がもったいぶっていると戸惑う兼家です」
ちょっと意味がわからないのですが…。
「もったいぶりつつも戸惑う兼家です」
とでも書きたかったのでしょうか。

「道長に念押ししながら晴明に聞かせるように、人の命をあやつり奪うのは卑き者の仕業であると圧力をかける兼家」
これもちょっとわかりづらいのですが。
「『人の命を操り奪うのは、卑しき者の仕業である』
晴明に当てつけるかのように、道長に念を押す兼家」
とでも書いた方がわかりやすいかと。

この晴明はおもしろい。
妖怪と戦うというよりも、心理戦の達人、揺さぶりの名人です。
晴明からすれば、妊婦が亡くなるくらい想定内といえるかもしれない。どんな呪詛をしたのかわかるのは晴明だけですから。
けれども兼家は怯えている。その怯えに漬け込み、裏の裏をかき、操ることは確かに楽しい。
相手は祟りが怖いから手出しもできない。そりゃあ楽しいでしょうね。

先ほども書いていますが、兼家はそこまで怯えているようにも見えず、しかも晴明がそこまで揺さぶりをかけているようには見えません。ただ、貴方がたのことも私次第だと詰めよっているようには見えますが。

そしてこの後の晴明の
「お父上とのこういうやり取りが楽しくてならない」
プレッシャーをプラスに転じて楽しむという意味に取った場合、昨年の真田昌幸の
「乱世を泳ぐは愉快なものよ」
を思わせます。

寧子は大丈夫と言いながら、合間に息子である藤原道綱のことを挟みます。
怖い夢と道綱に何の関係があるのか?と兼家がキョトンとしていると、飄々と答える。
「よいではございませぬか、殿のお子ですよ、道綱も」
はい、何の関係もありませんねー。うろたえている相手につけ込み、我が子を頼み込んでいるだけです。

この場合の道綱ですが、後の寛和の変(兼家の一族が花山天皇を出家させ、懐仁親王を即位させた政変)で、かなり重要な役割を果たしています。あるいは、それの伏線的な意味もあるのでしょうか。

狐が人間に化ける説話は中国にもあり、それが日本に伝わったと考えられます。あまりに不可思議な存在ゆえに、そんな伝説が生まれたのでしょう。
ちなみに「化け狸」伝説は日本特有です。
ややこしいことに「狸」は中国では猫の古い呼び方で、タヌキは「狢」と書きます。

中国大陸と言えば、九尾の狐なども有名ですね。また妖狐(化け狐)の話などもありますので、それが伝わって後に文学となったと考えられます。御伽草子の『木幡狐』なども、それに区分されるでしょう。

ところで以前、『麒麟がくる』第3回の感想で私はこう書いています。


先日『麒麟がくる』第3回のあらすじ関連で、人間の男とキツネの娘が結婚する話が登場しています。所謂異類婚姻譚ですが、『今昔物語集』にも似たような話があり、また『御伽草子』にも「木幡狐」という、キツネの姫が人間と結婚する物語があります。この話の舞台が美濃であるのなら、恐らくは『日本霊異記』に出て来る物と考えられます。ここで人間の男がキツネの娘に「来つ寝」と言ったことが、キツネの語源になったともいわれています。

武者さんが好きな『麒麟がくる』です。これについて触れてほしかったですね。そして今回も狐絡みで月岡芳年の絵が登場です。

あとこれは変換ミスでしょうが、

義懐は、仕事はできても、人身掌握が苦手なようです。そういう意味では為時もそうでしょう。

そうした状況と比較すると、義懐はどうしても人身掌握が拙い。

「人身」でなく「人心」と思われます。
これは報酬付きのコラムなのですから、誰か校正する人はいないのでしょうか。

ロバート秋山さん演じる藤原実資が登場します。
先週、見かけなかっただけで実資ロスに陥ったので、うれしい限り。

武者さんいつも「ロバート秋山さん」と書いていますが、クレジット通り「秋山竜次」さんと書いた方がいいのでは?

あと実資ロスだそうで。以前『鎌倉殿の13人』で、権三ロスになったと武者さんは書いていました。この権三とは亀御前の夫のことで、密会中の頼朝に盾突いたことから殺されてしまうのですが、この人物は1回きりの登場で、しかもせいぜい数分間、「ロス」になるほど多く出て来てはいなかったのですが。

しかしこの桐子、中島亜梨沙さんが演じる美人妻なれど、そこまで癒されないのは受け止めないからではないでしょうか。

癒しキャラではないと思います。しかし武者さんは、こういうタイプが好きなのではと思っていただけに意外でした。

今年の大河ドラマはオンオフの切り替えを意識しているとか。くつろいでいる時はそのリラックス感を出したいそうです。
道隆の井浦新さんのリラックス感は常に最高です。少し崩れた感が艶かしいほど。

今年に限らず、登場人物のオンオフは描かれていると思います。ただその人物がどういう立ち位置で、どのような時代を生きたかも、関係してくるとは思われますが。

「玉山(ぎょくざん)崩る」という言葉があります。
『世説新語』由来で、イケメンで有名だった嵆康(けいこう)が酔ってグラグラしていると、まるで貴石の山が崩れてくるような美しさがあったという言葉です。

「貴石」ではなくて珠玉ではないでしょうか。貴石というのは一般にダイヤモンド、ルビー、サファイアそしてエメラルドのことを指すようです。

しかし好きな大河のイケメンキャラは褒め、嫌いな大河のイケメンキャラは
「イケメンを出せばいいというものではない」
と叩くのが武者さんなのですね。

F4たちが投壺(とうこ)をしています。
壺に矢を投げる中国由来のゲームで、韓国でも人気があり「トゥホ」ゲームセットが輸入販売されているほど。

「韓国でも人気」云々の前に、日本にいつ伝わったかをまず書いてください。
正倉院に収められているほどですから、奈良時代には入って来ていたでしょう。そして江戸時代にも盛んになってはいます、これは先日あらすじと感想で書いていますが。尚投扇興はこれがモデルとのこと、こちらの方が日本的かなとは思いますが。

もちろん当時の朝鮮半島にもありましたし、発祥国である中華帝国では、『春秋左氏伝』にもその記録があります。

しけた話ばかりしていても妹が浮かばれぬから、気晴らしに打鞠(だきゅう)でもやるか!と斉信が言い出すのでした。

打鞠とありますが、打毬のことでしょうか。
ちなみに後の方では打毬となっています。

そしてこの打毬関連ですが、あまり詳しい説明がなされていません。公式サイトとか、

をしへて! 佐多芳彦さん ~平安貴族が楽しんだ打毬ってどんな競技?
(『光る君へ』公式サイト)

こういう記事にはちゃんと書かれているのだから、参考にしてほしいものです。

藤原道長ら上級貴族が楽しんだ平安のスポーツ。現代に「プロ打毬チーム」がないのはなぜなのか?【光る君へ 満喫リポート】道長打毬編
(serai,jp)

飲み物-マグに注がれたビール
[ 2024/02/21 02:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第7回「おかしきことこそ」あらすじと感想-2

第7回後半部分です。尚前半部分の投稿の、変換ミスや意味が通じにくい箇所を修正しています。


藤原斉信は投壺をしながら、公任、行成そして道長に、忯子が死んだのは、あんな帝のところに入内したからと怒りをあらわにする。父も自分も不承知だったのに、義懐がしつこく来て、帝の望みをかなえてくれと頭を下げたため、根負けして入内させてしまったのである。止めておけば、あの若さで死ぬこともなかったと斉信。そんな斉信に公任は、身罷られる前に、偉くして貰っておけばよかったなとずけずけ言う。

そんなことどうでもよいと斉信に言われ、すまぬと詫びる公任。道長も矢を投げながら、入内は女子を決して幸せにしないと信じていると言い、行成も同意する。斉信しけた話ばかりでは忯子は浮かばれぬと、打毬を提案する。屋敷に戻る途中、馬の口を取ってた百舌彦は、ずーーーっと気になっていたと、道長のまひろへの手紙の話を始め、あれはダメだったのでございますかとあるじに尋ねる。

随分昔のことだなと道長。百舌彦はあちらの従者(乙丸)が頼りなげだったので、きちんと渡っていたかどうかを確かめてまいりましょうかと言うが、道長は気乗りしなさそうにもうよいと答え、ついで振られたと言う。右大臣家の若君を、どういう気持ちで振るのでございましょうねと言う百舌彦に、道長はそうだなと馬上で腕組みをする。その時、屋敷の武者たちが出て来て道長に一礼し、走って行った。

道長は彼らが、藤原への中傷が過ぎる散楽に怒って出て行ったと知り、自らも後を追う。やがて辻に例の武者たちが現れ、東三条殿の者と名乗って散楽をやめさせようとして、一座の者と乱闘になる。そのへ道長も駆けつけ、名乗ったうえで争いをやめさせようとするが、そこへ放免たちが走って来る。彼らはその場にいたまひろと乙丸を見て、お前あの時のと乙丸に殴りかかり、まひろを連れて行こうとする。

そこへ道長が走って来て、殴られて倒れた乙丸を残し、まひろを連れて行く。道長は荒れ果てた屋敷に逃げ込み、まひろの手首をつかんでいたのに気がついて手を離す。みんなに笑ってほしかったとまひろは、自分があの散楽を考えたと打ち明ける。俺たちを笑いものにする散楽をかと道長は言うものの、その次にこのような言葉を口にする。
「俺も見たかったな」

そこへ乙丸と直秀がやって来る。邪魔したかと直秀、一方乙丸はひどいじゃないですか、私を置いてと言い、まひろは謝る。帰りましょうとの乙丸の言葉に、まひろは一礼してそのまま去る。直秀はお前の従者は無事だと言い、道長は警固の者が乱暴を働いてすまなかったと詫びる。お前の一族は下の下だなと答える直秀に、全くだと道長。

兼家は鶏に餌をやりながら、為時に、帝の様子について尋ねる。日々お気持ちが弱られていると答える為時。それだけかと言う兼家に、今日は一日伏せっておいでだったと為時。近頃為時がさっぱり注進に来ないため、兼家は訝しく思っていたが、為時は帝の様子を知らせるのが苦しくなっていた。為時は、右大臣様のご恩は生涯忘れないと言い、間者の役目を退こうと思っていた。

帝は私のことを心から信じておられる、これ以上帝を騙し続けることはお許しをと言う為時に、そんなに苦しいとは知らなかった、長い間苦労をかけたと為時の肩に手をやり、これまでといたそうと、為時の意志を尊重する。屋内へ戻る兼家の背中に一礼する為時。そして屋敷に戻って来た為時に、いとが宣孝の来訪を告げる。ちょうどよかった、よい知らせがあると為時は中に入り、兼家様の間者をやめるぞと切り出す。

兼家もこれを認めてねぎらってくれた、ほっとしたと為時は言い、これからはまっすぐな気持ちで帝にお仕えできるとも言うものの、宣孝はこれに懐疑的だった。右大臣様が、一度つかんだ者をそうあっさりと手放すとは思えぬと言い、片やまhろは、右大臣様の手を離れられてよかったと思うと言う。しかし宣孝は黙れと一喝してこう口にする。
「次の帝は右大臣様の御孫君だぞ。右大臣様側にいないでどうする」

今から東三条殿に行って取り消して来いと厳しい表情の宣孝に、何を怒っておるのだと為時は怪訝な表情を浮かべる。東宮即位の時に、官職を解かれてもいいのかと宣孝。それでも父上の判断は正しいと思うまひろに、いとは、姫様はお忘れですか、私はもう昔のようなわびしい暮らしは嫌でございますと言い、為時に、東三条殿にお詫びに行ってくださいませと懇願する。

いとはさらに言う。右大臣家の後ろ盾がなければ若様だってどうなるか、どうか右大臣様の間者でいてくださいませと涙を流す。これには為時もまひろも黙りこむしかなかった。そしてまひろは左大臣家を訪れる。倫子には文が届いており、それには打毬へ招待する旨が書かれていた。茅子としをりにも同じ物が来ていた。そして彼女たちはまひろの方にも目をやる。

まひろも受け取ってはいたが、行く気はなかった。若い殿方を間近に見るなんて滅多にない、行きましょうよと誘われるまひろ。その時赤染衛門がやって来て、お声が響き渡っている、はしたないことこの上無しと注意する。しかし倫子は、赤染衛門も打毬に誘う。そして当日、揃いの衣に行縢を着けた道長、斉信そして公任は行成を待ちわびていた。

すると行成の使者が来て、腹痛で来られないと伝える。1人欠員ができたことは、道長たちに取って不利だった。そして会場では、倫子たちの席にそばにあのききょうが座っており、清原元輔の娘と自己紹介をする。斉信から招待を受けたのだった。赤染衛門は倫子に、ききょうが才気あふれる方との評判だと教え、ききょうにもそつなく挨拶をする。一方道長たちは、欠員をどうするべきかで悩んでいた。

すると道長が、最近見つかった弟がいると言い出す。そして百舌彦は散楽一座の中から、直秀を連れて行こうとする。そしてまひろは、家の中で落ち着かない様子だったが、決意したような表情で会場に現れる。倫子が麻尋を目ざとく見つけ、まひろも席に着こうとするが、その前にいたのはあのききょうだった。やがて太鼓が鳴らされ、競技者たちが入場する。

倫子が連れて来ていた小麻呂が立ち上がり、まひろのもとへと移動する。まひろは小麻呂をなでてやるが、そのまひろを道長、そして急遽参加することになった直秀が見ていた。やがて競技が始まるが、まひろは小麻呂に気を取られていた。そのまひろはまた道長と目が合ってしまう。競技は尚も続き、今度は斉信とききょうの目が合う。そして最終的に、道長たちが勝利する。

公任の策の通りだと言われて嬉しそうな公任。しかしその時雨が降り始め、逃げ出した小麻呂をまひろが捜す。建物の中に入り込んだまひろだが、そこは競技に出た者の控え所でもあった。衣を脱いで体を拭いながら、直秀の杖の振りを褒める公任。その後公任は、斉信のお気に入りの、漢詩の会のでしゃばりな女、つまりききょうの話をする。斉信はききょうだけだとまずいから、まひろも呼んだことを打ち明ける。為時の娘か、あれは地味でつまらぬなと公任。斉信も公任に同調する。

道長は、斉信は倫子に文を送り続けていたのではないかと言うが、斉信は今日見たら、もったりしてて好みではない、ききょうがいいと言い出す。一方公任は、本来為時の娘のように邪魔にならないのがいい、あれは身分が低いから駄目だけどと言い、斉信はききょうも遊び相手と本音を洩らす。公任曰く、彼らに取って大事なのは恋でも愛でもなく、いいところの姫に婿として入り、女子を作って入内させて、家の繁栄を守って次の代につなぐことであり、女は家柄が求められるのである。

公任は道長に同意を求め、斉信は、関白と右大臣の息子なら引く手あまたかと笑う。さらに彼らの女性談義は続き、家柄のいい女は嫡妻、あとは好いた女のところに通うと斉信。しかし公任は斉信の好いた女は人妻だと言う。まひろは彼らの話をこれ以上聞く気になれずその場を離れる。そんな彼女を、1人会話に加わっていない直秀が見ていた。その直秀の腕に、矢の傷があるのを見た道長は呆然とする。

まひろは雨の中を家へ戻り、道長の手紙を燃やしてしまう。


しかし直秀、道長の「最近見つかった弟」ですか…まあこの時代ならありそうです。『鎌倉殿の13人』でも、頼朝が初めて会う弟たちがいましたし。尤も道長は、直秀の腕の傷を見て驚くわけですが。あと桐子を演じていたのは、中島亜梨沙さんですね、昨年はひよ(井伊直政の母)の役を演じていました。

どうする家康第32回ひよと虎松
『どうする家康』第32回

さて、漢詩の会での道隆のセリフが効いたのか、あるいは妹が早世したことへの恨みなのか、斉信は帝に対して怒りをあらわにします。この斉信がやっている投壺、奈良時代に日本へ伝わったもので、江戸時代に一大ブームがあったとのこと。そして為時は、帝が憔悴して行くのを目の当たりにし、これ以上間者の役目を果たせなくなったと兼家に直訴します。兼家は受け入れてくれますが、宣孝がこれに反対します。

宣孝曰く、次の帝は右大臣の孫だぞ、右大臣の側にいなくてどうすると言い、いとはいとで惟規のことを考えると、兼家の引き立てがあった方がいいと言い出します。実際そうなのですが、ここが為時という人物の生一本さでもあり、まひろもまた為時のその気性を受け継いだとも言えるでしょう。しかし最終的にいとに泣き落とされ、どうも為時も考えを改めざるを得ないようです。「どうする為時」といったところでしょうか。

一方で、散楽一座に怒った兼家邸の武者が、芝居をやめさせようとします。そこへ放免もやって来て大騒ぎになり、殴られて倒れた乙丸を置いたまま、まひろは道長に連れられて安全な場所へ逃れますーーと言っても、あばらやのような場所ではありますが。そこへ直秀、そして乙丸がやって来てまひろは戻ります。道長は自分の一族を馬鹿にしてと言いつつ、でもどのような散楽か見たかったとも言います。寧ろ後の方が本音かも知れません。

その道長と直秀、今度は打毬の場で再会です。この東洋式ポロとでも言うべき打毬、ドラマのナレでも説明され、紀行でも紹介されていますが、元はペルシャが起源で、東西に分かれて伝わっています。同じようなルートを辿ったものに琵琶があります。まひろの家にもある琵琶ですが、これもペルシャが起源で東で琵琶、西でリュートとなります。正倉院の御物には、世界でただひとつの五弦琵琶もありますね。

さて打毬は無事に終わりましたが、まひろが小麻呂を捜していて、偶然道長たちの会話を聞いてしまいます。更衣室の男子が、同じクラスの女子について話すのを聞いてしまったといったところでしょう。嫡妻とその他の女性などはこの時代寧ろ当たり前であり、そこまで驚くことでもなさそうですが、まひろは漢詩の会の詩や打毬で見せる顔とは違った、彼らの本音を知って愕然としたかも知れません。

飲み物-2つの赤いカクテル
[ 2024/02/20 02:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

王義之と曲水の宴

先週の『武将ジャパン』大河コラムで、武者さんが書体について書いていました。それはともかく、なぜそこまで書くのであれば、書聖とまで謳われた王義之について書かないのでしょう。それともあの時は詩人メインだったのでしょうか。でもそれでも、白楽天と李白を間違えているのですが。

さてその王義之ですが、蘭亭で曲水の宴を催したことでも有名です。この時の曲水の宴は、もちろん和歌ではなく漢詩をT作るものでした。その時の詩37編(蘭亭集)の序文として、王義之が書いたのが『蘭亭序』で、酔ったまま筆を動かしたとされていますが、この時の真跡は存在しないとされています。

この曲水の宴は、元々は上巳の日(3月3日)に行われており、禊の意味合いが含まれていました。上司の節句と水と言えば、流しびななどもそれに該当するかと思われます。あれも穢れを水に流すという意味があります。

さて曲水の宴、いつ始まったのは定かではありませんが、王義之の時代である4世紀にはもう行われており、その後しばらく行われなくなったものの、唐の時代に私宴として行われるようになったようです。ルールは、酒を注いだ盃が自分の前を通り過ぎるまでに詩を作る(または歌を詠む)、そしてその盃を干して水に流し、別室で自分の作品を披露するものです。

日本に於いても、奈良時代には3月3日に行われるようになり、主に天皇が主催する形で行われていたと言われます。但し大伴家持は自邸でこの宴を行い(正式な曲水の宴ではなかったようですが)、その時の歌が『万葉集』に載っています。
「漢人(からひと)も筏浮かべて遊ぶてふ今日そ我が背子縵(はなかづら)せな」

その後一時行われなくなりますが、嵯峨天皇または宇多天皇の時代に復活し、宮中のみならず貴族も行うようになりました。ただ庭に「曲水」があるのが条件なので、かなり広大な屋敷を構える貴族に限られたようです。ちなみに、藤原道長もこの曲水の宴を行ったことが、『御堂関白記』に記されています。何せ道長の屋敷は、妻の倫子の家である土御門殿ですから、それは立派なものだったでしょう。

尚この曲水の宴、今も全国各地で行われています。京都は言うに及ばず、鹿児島や福岡(太宰府)でも行われており、1年の最初の曲水の宴は3月の第1日曜日に、この太宰府、そして下関市の赤間神宮で行われます。ちなみに、今年の3月の第1日曜は3月3日です。

3月3日(日)「曲水の宴」斎行
(太宰府天満宮)

飲み物-ビールと夜景
[ 2024/02/19 02:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

第6回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

今週もたけたけさんのnote記事からいくつかご紹介します。様々なシーンの説明や考察が綴られていますが、今回は如何にも武者さん的な物の見方、そして、漢詩関連が中心となっています。

またいつものように、ダークブルーの箇所が、武者さんのコラムからの引用部分です。


大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第6回~

ここでのまひろも、あくまで一族のためならば手を汚すと言い切っている。
進歩したヒロインなのです。
つまらないドラマは、登場人物たちの好感度を上げることだけを意識し、泥を被らないよう無茶苦茶な設定にしてしまうことがあります。

ここでたけたけさんは、まひろが
「これからは今よりも覚悟を持って左大臣家の倫子さまと仲良くなり、源との繋がりを深めます」
と言っているのであり、「一族のためならば手を汚す」とは言っていないと書いています。またまひろが父の出世や家の安堵のために、有力貴族の周囲に目を配ってつながりを持つこと、また倫子のように、政治的なものも絡む家の事情を理解して、入内や結婚などを視野に入れて立ち回るのは「手を汚す」ことではないこと、どちらも父親が娘の気持ちを気遣っていることに触れています。

武者さんが、進歩したヒロインと言いたがる場合、自分の好きなキャラに引き寄せたい狙いがあるのではないかと思います。そのためこのシーンのみに限らず、やけに拡大解釈する傾向があるように見えますね。それと「登場人物の好感度を上げる」だけでは、ドラマは作れないと思いますが。

源雅信は宇多天皇の血筋であるし、立派な屋敷もある。
富も血統も心配はない――一挙両得だと、自分の都合でばかり勧めてきます。

これに関しては、自分の都合でばかりではなく、倫子の年齢や道長が三男であることなどで、右大臣家と左大臣家双方の駆け引きがあったのではと書かれています。また宇多天皇の血を引くことは、誇れるものであったこと、さらにこの宇多源氏には『鎌倉殿の13人』に登場した源仲章や、『太平記』の佐々木道誉がいることに付け加えられています。

しかし
「自分の都合でばかり勧める」
おじさんたちが勝手に決めて、その気のない娘たちに押し付けるという構図を、武者さんは想像しているのでしょうか。それにしても、一昨年あれだけ書いていたのに、今回は正に宇多源氏である源仲章について、何も書かれていませんね。

そして左大臣家に於けるまひろに絡めて、

わかります……あるある現象ですね。
私は普段は極力、大河ドラマの話をすることを避けます。
しかし、どうしてもそういう流れになったときに、言わないでもいい蘊蓄を語ると、相手がサーッと引いていく。
もっと知りたい、興味を持たないかな?と思って話をふると、「私は別にそういうオタク語りまでは求めてないんで」とドアを閉められる瞬間があるのです。
そのときフフフと笑いつつ話を逸さなければならなくて……。
大多数に受け入れられる話題って、美男美女に萌えるとか推しとか、あるいは恋バナとか、戦国武将のちょっといい話とか悪い話とか。
スナック感覚でつまめる軽い話題であって、ヘビーな話はむしろ鬱陶しがられるんですよね。

などとありますが、これに関するたけたけさんの意見は以下の通りです。

どや顔で漢籍マウントを取り、他人を見下すような発言をする
勝手な思い込みと私怨に基づいた他責意識と被害妄想を拗らせる
所構わず自身の不快をまき散らし価値観を押し付ける
文春を論拠とし一切論拠を示さず無関係の企業や制作スタッフ、俳優及びそのファンに対する誹謗中傷を繰り返す
気に入らない別の作品の事を蒸し返し、『わたしのかんがえたさいきょうのれきし、わたしのかんがえたさいきょうのたいがドラマ』を忠実にする事が正義の様に誘導する

と指摘し、そういうど他人への配慮の無さが目に余るから、人が離れていくのだと思いますとあります。
実際そうだと思わざるを得ません。この4番目は、昨年特にエスカレートした感があります。「大河コラム」のはずなのに、最後の方の2ページ近くがキャストやスタッフの誹謗中傷に使われていたと思います。

でも漢字の知識も、文学トークもぬるい。どう考えても誤読している意見が通るし、レベルが低いんだな。
いちいちそういうのに対して手加減するのも嫌になる。
弟相手なら「こんなこともわからないの?」「書くらい読みなさいよ」と容赦なく言えるけど、姫君にはそれもできない。
だいたい、歌がうまくなりたいなら恋をするよりも、学んでこそでしょうよ!
なのになぜなの、なぜ……というドツボに陥っているのでしょう。
先天性のズレを抱えているまひろは、この先ずっと「生きることが苦手だな」と嘆きながら人生が続いていく。
ハァー……めんどくさい主人公ですね。そこが好きです。

これについてはまず、
「ここでもまた『面倒臭い』主人公ですか」
とあります。少し前に、まひろのキャラについて「面倒臭い」を散々繰り返していた武者さんが、またこの表現を持ち出していますね。
そして
「文学トークもぬるい。どう考えても誤読している意見が通るし、レベルが低い」
「いちいちそういうのに対して手加減するのも嫌になる」は、まひろがそう思っているのではなく、姫君たちや倫子を見下して侮辱する武者さん自身の言葉であることに触れられています。また勉学の意欲があまりない弟の惟規に、学問を好きすぎる姉上が気持ち悪いと言われ、「漢詩や和歌や物語が好きなだけだ、賢い部分を全部取って行ったわけではない」と言っただけであることもちゃんと書かれています。

つまり
「レベルが低くて手加減するの嫌になる」
「こんなこともわからないの?」「書くらい読みなさいよ」
は武者さんがまひろに対してそう言ってほしい(無論実際はこういうセリフはありません)だけではないでしょうか。当のまひろは、別に姫君や惟規を馬鹿にしているわけではないでしょう。

本作に対するアンチな意見として、「テーマがない」とか「何を言いたいのかわからない」という趣旨のものを見かけます。
そうした意見を出す人はどういうタイプの人なのか?
まひろみたいなモヤモヤを抱えていない、かつ偏見のある人には通じないことはありえるでしょう。

こちらも、
「まひろみたいなモヤモヤを抱えていない、かつ偏見のある人には通じないことはありえるでしょう。女性の苦労を全くわかっていない人には、そのことを訴えても通らない」と、さも女性の味方のような意見を言うのは構わないとまずあります。
しかし嫌いな作品に出てくる女性には『フェチシズム、ムフフ要素、サービス狙い』などと性的な目で見たり、女性ファンが興味を持ち始めたところで『害悪ファンダム』と罵倒したり、『女はこういう女が嫌いだから』と論拠もなしに原因を女性のせいにするのはセクハラ発言であり偏見である、それをやめては如何かとありますね。

別に偏見はよくないと言うのはいいのですが、特定の作品の登場人物、あるいは女性キャラに対して、上記のような中傷とも取れる言葉を投げつけるのは、武者さん自身の偏見に他なりません。そしてこのフェチシズム云々は。『どうする家康』で子供を背負った瀬名に対して言われたもののようです。あとこの「ムフフ」も武者さんは好きですね。

まひろは、なんというか、かわいくなくていいですね。
いや、とてもかわいらしいところはたくさんあります。
しかし、媚びがない。
わざとらしくキュンキュンして、「父上の晴れ姿が見たいんですぅ」と甘ったるく言うとか、笑顔を見せてもいい。
それをしないところが彼女の個性ですね。

武者さんが「『面倒臭い』とか『かわいくなくていい』」と書くのに対し、
「私が好きな女としての振る舞いをしているか否か」でしか評価できないのですかと、かなり突っ込んだ書き方になっています。またこれは、私も感じていることなのですが、
「他の女性に対してはその様な見方していない様ですが、実はまひろさんの様なタイプが嫌いで『わざとらしくキュンキュンして、甘ったるくセリフを言って媚を売るような女なら叩けるのに』と思ってませんか」
ともあります。まして晴れ姿を見たいと言うのは「父親の晴れ姿」なのに、媚びる必要もないでしょうとも。

武者さんは、まひろの言動に対して褒めているのか、それともけなしているのかわからなくなることがあります。わざわざ
「わざとらしくキュンキュンして」
などと書くのは、実際はまひろがそういうキャラであってほしいのではないか、そうすれば彼女だけでなく、場合によってはこの作品も叩けるからではないか、そう取られても仕方ないでしょう。

東洋文学における酒は、ウェーイと楽しく気晴らしのために飲むだけのものでもありません。
当時はまだ貴重でもあるし、憂いを解くためのものでもある。
酒に託して精神の高揚を詠い上げてこそ。

漢詩の会が始まって「酒」という題が出されたこと、漢詩では酒を取り上げたものがたくさんあり、中国唐代の李白、杜甫、白楽天も大酒飲みだったと言われていること、さらには主催者藤原道隆は無類の酒好きであることなどから、第1回漢詩大会は道隆の意向も盛り込んでいたのではないかとありますね。
尚、李白の『月下独酌』に関するサイトのリンクが貼られています。

『月下独酌』李白 【原文・書き下し文・現代語訳・解説】

それから武者さんは

和歌とは異なり、漢詩の会となれば、「きみたちの政治ビジョンを聞こう!」というニュアンスもありとみてよいでしょう。
さて、皆の選ぶ詩は?

と書き、藤原行成が選んだ詩は李白の『月下独酌』だとあるのですが、たけたけさんによればそうではなく、白居易の『獨酌憶微之』となっています。ちゃんと訂正しましょうともありますね。実際これは『獨酌憶微之』ですが、武者さんあれだけ漢籍がどうのこうのと言っていながら、これはないと思います。

恐らく藤原公任以外は、皆白楽天の詩を選んで自らの詩を作ったという設定のようです。そして、他にも様々なシーンに関する武者さんの文章、それへの反論やそのシーンの説明などが書かれています。

ちょっと余談になります。彼ら中華圏の人ではなく日本人ですが、大伴旅人もまた酒好きな人でした。中でも
「中々に人とあらずは酒壷(さかつぼ)に成りてしかも酒に染みなむ」
という代表作があります。この人は年取ってから大宰帥として筑紫へ赴き、その直後に奥さんを亡くすという経験をしています。中途半端に人間でいるより、いっそ酒壺にでもなりたいものだ、体中に酒がしみ込んでくるだろうしという意味です。一方でこの人は、令和の語源になった梅花の宴を開いています。

大伴旅人:酒の讃歌
(万葉集を読む)※陶淵明の詩についても触れられています。

60代で左遷・愛妻の死…いっそ酒壺になりたいと飲まずにいられなかった大伴旅人の本心

大宰府(天満宮でなく政庁の方ですね)と言えば、藤原兼家も次兄兼通と対立し、兼通は九州に左遷したい、でも相手に罪がないのでできないとも言っています。実はこれはこちらのnote記事でも、別のシーンに関することで言及されています。しかし兼家がもし筑紫に来ていたら、当時の大宰府はどうなっていたかと思わなくもありません。尚、彼の孫に当たる藤原隆家は大宰権帥となっています。

あとこちらも酒好きと言われる道隆ですが、この人はこの10年後に糖尿病により亡くなったと言われています。飲酒も関わっていたのでしょうか。


飲み物-冬のティータイム

[ 2024/02/17 02:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第6回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-2

先日の投稿分で書きそびれた分を少し。

そう思っていると、長い袴をぞんざいに扱いながら、花山天皇が入ってきます。所作の粗っぽさで彼の個性はわかります。

「所作の荒っぽさ」て何だか今更感がありますね。花山天皇は少年時代から漢文指南の為時を足蹴にしたり、扇を足の指に挟んだりしているわけですから、荒っぽいとか一風変わっているというのは、既知の事実であるかと思うのですが。

そんな二人が、道長の様子から何かを察知し女房を下がらせ、密談モードになるところが実に素晴らしい。

道隆と貴子が女房を下がらせるシーンですが、何か道長が言いたげにしたので人払いをしたわけで、「実に素晴らしい」よりごく当たり前の対応かと。しかし平安時代は寝殿造りであちこち開放された建築様式なのに、昨年のように「オープンテラス」とは言わないのですね。

それと道長の乗馬シーン、やはり「竹林」ではなく普通の樹木のように見えます。

光る君へ第6回道長
『光る君へ』第6回

ここで左大臣の姫君サロンも様子が映し出されます。
倫子が「父の顔にほくろが増えたと思ったらハエだった」という、しょうもない話をしている。
笑い転げる姫君たち。
ひきつった笑みを浮かべる、まひろと赤染衛門でした。

「サロンも様子」でなく「サロンの様子」でしょうか。
しかし倫子の話は「しょうもない」でしょうか。この回の雅信の行動を目にしたら、かなりこの人はあれこれ悩んでおり、顔にハエが止まっても気づかないのではと思われます。今後の政もさることながら、倫子の婿のこともやはり気になるでしょう。

詮子は父が嫌いです。
しかし娘であり父に似ていると開き直っています。
円融天皇も指摘していました。為時とまひろにせよ、同族嫌悪に陥る父と娘の関係があるようです。

同族嫌悪と言うか、なまじ考え方が似ているから相容れないということもあるのではないでしょうか。彼女も性格が違うと思われる道長には、何でも話せているわけですし。
それでもまひろはまだ父に理解を示そうとしているように見えますが。

「それが殿御に関心がない、殿御が好きではないのではないか?と妻と話しているところです」
「入内して辛酸を舐めるよりはよい」
詮子は、ここでも父同様に探りを入れているのでしょう。入内してしまえば、雅信も下手に出るとは限りません。

まず倫子は22歳であり、この時懐仁親王は数えで6歳で、この当時なら親子であってもおかしくありません。一条天皇の後に即位する居貞親王も10歳です。また雅信にはもう1人娘がいるものの、こちらも入内させておらず藤原道綱の妻となっており、何らかの理由で入内させようとしなかったと考えられますし、兼家との間で、藤原と源の結婚の構想があったという説もあります。また元々は、花山天皇の后にという思いもあったとされています。

右大臣家主催だがよいのか?と為時が念押しするお、まひろの仇(道兼)はいないし、父の晴れ姿が見たいとのこと。
まひろは、なんというか、かわいくなくていいですね。いや、とてもかわいらしいところはたくさんあります。
しかし、媚びがない。
わざとらしくキュンキュンして、「父上の晴れ姿が見たいんですぅ」と甘ったるく言うとか、笑顔を見せてもいい。それをしないところが彼女の個性ですね。

先日の投稿分で、武者さんが
「まひろみたいなモヤモヤを抱えていない、かつ偏見のある人には通じないことはありえるでしょう」
と書いているのをご紹介しています。偏見があるのはよくない(確かにそうではあります)と書きつつ、ここで特定のキャラの女性に対する偏見を見せているのですが、それにはお気づきでしょうか。媚びる女性がお嫌いなのでしょうが、嫌いなタイプなら何を言ってもいいわけではありません。

ききょうという名前も、賛否両論ではあります。
しかし、孫くらいの娘が生まれた元輔が、庭に咲いていた桔梗でも見ながら命名したのかと想像すると微笑ましいものがある。

それ確か『黄金の日日』で今井宗久が、しまという女に産ませた子にそういうやり方で名前をつけていました。ちなみにこの時、このしまと桔梗(こちらでは漢字)の二役を、竹下景子さんが演じていました。昨年のお市と茶々と同じパターンです。

千年の時を経て、今も読み継がれる文学を記した紫式部と清少納言、若き日の姿だと解説されます。
なんと生々しい姿でしょうか。

これ大河ドラマですよね。
それを言うのなら江戸幕府を開いた徳川家康も、鎌倉幕府の礎というべき存在となった北条義時も、若い頃はまだ未熟で、将来そのような形で名を遺すとは思えない描き方でした。

藤原公任が筆を吹く場面は、アジア時代劇美男子・日本代表の姿そのもの。
筆を吹く美男子は絵画定番の題材です。
中国時代劇『陳情令』をはじめ、笛を吹く日本代表時代劇美男は待たれるところでした。
それがついに叶いました! おめでとうございます!

「中国時代劇『陳情令』をはじめ、笛を吹く日本代表時代劇美男」て何ですか?
これだと『陳情令』が日本の作品にように取れるのですが。そうでなくて
「『陳情令』のワンシーンに匹敵する、日本の貴公子が笛を吹く姿」とでも書いて貰えませんか?
(ちなみに『陳情令』は観ていないので、笛を吹くシーンがあるかどうかは定かではありません)

そしてここで「また」月岡芳年。藤原保昌と袴垂の絵のようですが、何もこんな後の時代の絵でなくても、『源氏物語絵巻』の「鈴虫」でちゃんと笛が登場しています。こういうのは、極力同時代のを持って来てください。

源氏物語「鈴虫」
『源氏物語絵巻』「鈴虫」(Wikimediaより)

あと袴垂は盗賊集団を結成していましたが、この大河ではあるいは直秀にこの人物をなぞらえているのでしょうか。
ちなみにこの人物、最終的に検非違使に捕まるのですが、その時腹を切って腸を引きずり出したとも言われます。武者さんのX投稿に、昨年それに似た内容のがあったことを、ちょっと思い出しました。

平安時代最凶の盗賊、袴垂(はかまだれ)
(日本の歴史を分かりやすく解説!!)

東洋文学における酒は、ウェーイと楽しく気晴らしのために飲むだけのものでもありません。
当時はまだ貴重でもあるし、憂いを解くためのものでもある。酒に託して精神の高揚を詠い上げてこそ。

漢詩と酒のことを書くのなら、陶淵明も入れてほしかったなと思います。

陶淵明飲酒二十首 
(文化遺産データベース)

そしてその後、それぞれの漢詩と何がもとになっているかが、かなりスペースを割いて紹介されています。ここまでやらなくてもよさそうな気がしますが…ここでは何がもとになっているのかだけを置いておきます。

藤原行成
李白「月華独酌」
藤原斉信
白居易「花下自ら酒を勧む」
藤原道長
白居易「禁中九日菊花酒に対し元九を憶う」

尚「花下自ら酒を勧む」は「花下自勧酒」のことと思われます。そして
「禁中九日菊花酒に対し元九を憶う」
は、
「禁中九日對菊花酒憶元九」
でしょうか。

あと藤原公任ですが、これは彼のオリジナルです。

藤原公任
一時過境無俗物 一時境を過ぎるに俗物無し
莫道醺々漫酔吟 道を醺々漫酔吟ずる莫かれ
聖明治蹟何相致 聖明治蹟何ぞ相致る
貞観遺風触眼看 貞観遺風眼を看るに触れる

ついでに当時の音の重要性にも触れておきましょう。
書道にせよ、詩にせよ、当時の芸術はリズムを乗せるようにして描かれるものでした。
漢詩は歌うことを想定していたものであるし、筆もリズミカルに動かした方が良い。そんな軽やかさまで出ていて眼福そのものの場面です。

「歌うこと」とありますが、所謂「朗詠」ですね。それと「リズムを乗せる」でなく「リズムに乗せる」でしょうか。
あと書道のリズム感というのが、ちょっとわかりづらいのですが。

一応これを置いておきます。

日本の伝統音楽歌唱編
(文化デジタルライブラリー)

行成が筆を手にとりサラサラと書きつけるというのは、厳しい目で見られます。
源義経の八艘飛びや、本多忠勝の槍捌きくらいの精度が要求されます。よくぞこなしました。

八艘飛びや蜻蛉切の捌き方とはまた違うかと思いますが…。ああいうのは肉体的な鍛錬を必要とする(義経の場合は天性のものもある)もので、筆さばきと一緒にすべきものでしょうか。

そして本多忠勝の鎗捌きについて、こんなこと書いていましたね(『どうする家康』第44回コラム)。忠勝が老いなど認めん、殿を守って死ぬのが自分の役目と言って、榊原康政に槍試合を挑むわけですが、その意味を理解しようともせず、

で、今回は、年老いたはずの家臣二名が、情けないオープニングテーマを背景に、槍をブンブン振り回している。
年を取ったら体力は低下する――なんて書いていて、あまりにバカバカしいことすらわかってないかのような振る舞いが画面の中で横行しています。

本多忠勝と榊原康政が槍を振るい合う場面。
視聴者の涙を誘いたいのか。やけに冗長で、二人が叫び声をあげるたびに寿命間近な人物には見えない……と思いましたが、背景もまた当時の状況には見えませんでした。

こんなことを書いておいて
「本多忠勝の槍捌きくらいの精度が要求されます」
ですか…。

一方で道隆と貴子は、計算通りだと笑みを浮かべている。
彼らは斉信の焦燥感と、公任の心を察知しました。
【貞観の治】をめざす公任は、政治的野心に満ち満ちています。

その貞観は、武者さんが大好きな『貞観政要』の貞観ですね。

それから道長の詩で、白楽天が元微之を思い詠んだ「禁中九日對菊花酒憶元九」の、親友を思い詠むことについて。

そして友情と愛情のハードルが低いと言いますか、区別がつきにくい。
海外の研究者からみると「これはもう恋愛関係でしょう」と言いたくなるほど切ないものが多い。
そんな詩人の交流を思い、引用した道長はなかなかのもの。
ちなみにこの詩は藤原実資が『小右記』でも言及しています。
白楽天は平安貴族の人気ナンバーワン詩人なのです。

これも恐らく嫌いな大河ならBL呼ばわりしそうな気がします。昨年散々それをやっていましたね。

そして実資の件ですが、要は下記リンクの記事にもあるこれですね。一部コピペします。

道長といえば、最も有名な逸話は「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」という歌でしょう。権力の絶頂にあったときに宴で歌ったもの。その場で返歌をしてほしい、と道長に頼まれた藤原実資(「光る君へ」では秋山竜次さんが演じています)は断ります。その理由として、白楽天の振る舞いを挙げているのです。

この時実資は返歌をせず、ただそれを吟じていたいと言い、あの白楽天だって、元微之の詩に返歌することもなくそのままにしていたと答えています。

【光る君へ】第6回「二人の才女」回想 白楽天と伊勢物語に寄せて道長 まひろへの万感の思い託す 「漢詩の会」の見事な収束、「望月」の歌も視野に
(美術展ナビ)

あとこちらの道長の歌についても、ちゃんと書かれています。

花山天皇が最愛の忯子が命を落としたことに狼狽える一方、まひろは道長の書状を抱き締めています。
ちはやぶる 神の斎垣(いがき)も越えぬべし 恋しき人の みまく欲しさに
神が囲った斉垣も超えてしまいそうだ。恋しい人に逢いたくて
『伊勢物語』より

しかし武者さん、
『伊勢物語』第71段では
「ちはやぶる 神の斎垣(いがき)も越えぬべし 大宮人の みまく欲しさに」
となっていますよ。

この大宮人を恋しき人に改変することで、道長の気持ちを表したようですね、上記記事によれば。

そしてその後ですが、

人と感受性の範囲が違うばかりに苦労して……そして大河ドラマそのもの、いやひいてはドラマ鑑賞のことも思い出してしまいました。
こんな記事を見かけました。
◆『セクシー田中さん』原作者と宮藤官九郎の“苦悩”に共通点。クドカンも被害「TV局の改悪と作品私物化」を芸能記者が解説(→link)
「いだてん~』の視聴率がにわかに怪しくなってきた時、クドカンは関係者にこんな言葉を漏らしていたといいます。
「本(脚本)が面白くないから数字(視聴率)が獲れないっていうけど、本をメチャクチャにしたのは局の方だョ。大河は時代考証とかの検閲を5回位経て台本が完成するんだけど、完成された台本には最初に書いた地の文章なんて跡形も無く消えてしまっている…これで面白くないって言われてもね…」
これを私なりに解釈すれば“脚本家・宮藤官九郎という名前が欲しかっただけで、実際の脚本は大河の優秀な演出家さんたちのもの”となります。

そしてその後、『いだてん』はセンスが悪かった、でもファンたちは宮藤官九郎氏を褒めていた。それはおかしいと来て、
「それって、彼の作風ではなく、名声やファン同士てはしゃぐことが好きなだけなのではないか。私にはそう思えてきてしまいます。推しを無闇に褒めるだけでなく、推しの状態が明らかにおかしいとか」
などと書かれています。さらに武者さんは
「抑圧されている気配があったら、見て見ぬふりをせず、どうにかできないか考えることも大事ではありませんか」
などとも書いています。

私は『いだてん』視聴を途中でやめたので、あまりどうこう言えないのですが、私に言わせれば、ファンがそれで盛り上がっているのであれば、特にこちらが口出しする必要はないと思います。なのに
「抑圧されている気配があったら、見て見ぬふりをせず、どうにかできないか考えることも大事」
というのも、言っては何ですが余計なお世話です。
それと思うのですが「抑圧される」などという言葉も武者さん好きですね。

といったところで、気のせいだの考えすぎだの言われるだけなのでしょう。

気のせいとか考えすぎ以前に、自分が好きな作品で盛り上がっているところを、それはよくないと一方的に思う人から横やりを入れられたら、武者さんはどう思いますか?

私はなるべくフラットな状態でいきたいから、特定の脚本家や役者のファンだと思わないようにしています。
魅力があると思ったとしても、その気持ちをドラマが終われば全部捨てて、やり直すくらいでないといけないと思っています。

どうもブーメランになっていますね。
昨年の『どうする家康』最終回のコラムでも、こう書いてはいました。

私はそんなことには加担できない。そんな恥ずかしいことだけは御免です。
こんな大河は忘れましょう……

しかしこう言いつつ、第5回のこのコラムで散々文春ネタを出して来て『どうする家康』叩き。全然フラットとは思えません。それともこの大河は魅力的と思わないから、覚えているということでしょうか。
結局忘れたくも捨てたくもないのでしょう。寧ろその逆で、自分の推しの大河を、これへの叩き棒にしたいからではないか、そう思えて来ます。

あと
「特定の脚本家や役者のファンだと思わないようにしています」
思わないようにしてはいても、コラムを書いているうちに出て来てしまうようですね。特定の脚本家や俳優を推すような文章は、今まで何度も見て来ました。その推しの人たちを、嫌いな脚本家や俳優へのこれまた叩き棒にしているのも。

自分に嘘をついてまで忖度することと、空気を読まずに見えたものをはっきり言うことと、どちらか疲れずに済むのでしょうか。

「空気を読まずに見えたものをはっきり言うこと」
美しい言葉かも知れませんが、それをはっきり言うことで傷ついている人もいるわけです。しかも武者さんの場合、好きな作品だけど敢えて苦言を呈するということはなく、嫌いな作品に最初からネガティブに突っ込んでいるだけですから。

はっきり言いたいのなら報酬付きコラムではなく、個人レベルでやるという方法もあるかと思いますが。

しかしこの間、マンスプレイニングがどうのこうのと言いながら、自身の知識マウントと言うか、蘊蓄語りは認めろと言ってるところ、今回も安定の武者さんだなと思いました。


飲み物-おしゃれなグラスのビール
[ 2024/02/15 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第6回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

第6回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。


彼女は大人になったのでしょう。
自分の好き嫌いを二の次に置けるようになった。
しかし、これもなかなか腹黒い話で、まひろを信じていると告げていた源倫子側の立場になれば「私を利用するなんて、腹黒い女だ」となりかねません。
まひろもまひろで、倫子に友愛があればこうも吹っ切れるとも思えない。
つまり彼女は「目的に義があれば、手段が多少汚くともよい」ところまで吹っ切れるように進歩したのです。

このシーンですが、道長に自分の思いのたけを打ち明け、家に戻って来た直後にこう話しています。
つまりまひろに取って、今後自分が取るべき道は何であるかを模索しているわけでしょう。その後のシーンで、道長から遠ざからなければならないと彼女は考えているわけであり、彼女の今後の人生の目的は、父と左大臣家のつながりを作ることであったと取れます。
その一方で無論倫子たちに会って、文学の話をしたいというのもあるでしょう。ただそれがまひろの考えているように進むかどうかは別ですが。

中国文学の話ですが、『三国志演義』に貂蟬というヒロインがいます。
彼女は董卓に仕えながら呂布に色目を使い、嫉妬した呂布が董卓を殺すように仕向ける。
二人の男を手玉に取るため、当初は悪女扱いでした。
それが時代が降ると、貂蟬は「養父のために董卓を倒す」という動機が設定されます。
ここでのまひろも、あくまで一族のためならば手を汚すと言い切っている。
進歩したヒロインなのです。

で、なぜかというか武者さんらしいというか、ここで『三国志演義』。
別にわざわざ中国文学を持ち出さずとも、他の大河で似たような例はないのでしょうか。
そしてこの「進歩した」「進歩していない」の基準は何ですか。恐らく嫌いな大河であれば、同じような設定の女性キャラがいても、果たして武者さんが評価するでしょうか、ちょっと疑問です。

一族のためなら罪をかぶるという女性キャラが昨年の大河に登場しました。
言わずと知れた瀬名です。しかし武者さんはこの人物をカルト教祖呼ばわりし、彼女の理想に対して客観的な評価を与えようとしませんでした。恐らく『どうする家康』を好きであれば(この好き嫌いに偏った評価基準もどうかと思いますが)、瀬名を褒めちぎっていたかも知れませんね。

つまらないドラマは、登場人物たちの好感度を上げることだけを意識し、泥を被らないよう無茶苦茶な設定にしてしまうことがあります。
そういう人物像は、全く深みがなく陳腐なもの。今年はその点、安心できます。

ここでいう「つまらないドラマ」が何であるかはさておき、この人物も自ら泥を被ろうとしていたと思いますが。

どうする家康第47回茶々への手紙
『どうする家康』第47回

この「長男と三男」と「次男」という構図は、なんとも残酷な話だったりします。
というのも、他ならぬ父の藤原兼家が三男であり、長男と結託して、二男を除け者にした過去があるのです。
兄弟同士で対立し合う、骨肉の争いを息子の世代にも引き継がせるのでした。

この時代、そしてそれ以外の時代であっても、権力者の家庭というものはそうでしょう。
誰かが陽の目を見ないこともある。本人が進んでそれを引き受けるか、あるいは不本意ながらそうなってしまうかの違いはありますが。武者さん、今までかなり大河を観ているかと思いますから、時代こそ違えどそういうシーンは何度も出て来ているのはご存知でしょう。弟を殺したりする兄もいたりしますし。

自分が殺した女を知っていたのか?と弟に尋ねながら、一応は謝る。
怒りが止まらない道長は、憐れむように蔑むように突き放すように、兄上は泥を被る役目だと言い放つも、道兼は平然とした様子で答える。
「父上のためならいくらでも泥を被る」

ここで道長は、兄上には我が家の泥を被っていただかねばなりませぬゆえ、あのこと(ちやはを殺したこと)は忘れますると言っています。そしてそれは道長の意志より、兼家の意志であることを知り、道兼は父上のためなら泥を被ると言っているわけですね。

一方、霧の中、馬で竹林を走る道長にはまだまだ大いに迷いがありました。

あれ竹林ですか?ぱっと見普通の雑木林に見えますが。

『蜻蛉日記』は嘆きを綴ったものではない、前書きにも身分の高い女に愛されたと書いている――。
そう説明すると、教師役の赤染衛門も賛同します。
今をときめく右大臣・兼家に愛されたことと、その煩悩を自慢するものかもしれないと解釈します。

「身分の高い女に愛されたと書いている」
「身分の低い女性が、身分の高い男に愛された」のではないでしょうか。
そして「煩悩を自慢」ではなく、「煩悩の限り激しく生きたことの自慢話かもしれない」とまひろは言っています。

私は普段は極力、大河ドラマの話をすることを避けます。
しかし、どうしてもそういう流れになったときに、言わないでもいい蘊蓄を語ると、相手がサーッと引いていく。
もっと知りたい、興味を持たないかな?と思って話をふると、
「私は別にそういうオタク語りまでは求めてないんで」
とドアを閉められる瞬間があるのです。そのときフフフと笑いつつ話を逸さなければならなくて……。
大多数に受け入れられる話題って、美男美女に萌えるとか推しとか、あるいは恋バナとか、戦国武将のちょっといい話とか悪い話とか。
スナック感覚でつまめる軽い話題であって、ヘビーな話はむしろ鬱陶しがられるんですよね。

はっきり言います。
「言わなくてもいい蘊蓄語り」は相手に引かれるのではないかと思います。
大多数に受け入れられる云々、相手にもよりますが、別にライトな話でもいいのではないでしょうかね。でなければ、本当にディープな話ができる相手を自分で見つけてください。さほど興味のない人にしてみれば、聞きたくもない話を延々と語られるのも迷惑(ストレスのもと)だし、知識マウントとして受け止められると思いますが。

例えば以前の代筆仕事ではもっと元気だったし、一人で何か打ち込んで空を見上げるような場面では、澄み切った顔と瞳になります。
それがサロンでは、仮面をかぶっているんだな。
本当は、あそこで引き攣った笑顔などを見せず
「はーーーーー! せっかく貴重な写本があるのに読まないとかつまらない! 絶ッ対人生損しているし!」
ぐらいの本音を言いたいのかもしれない。
でも、できないじゃないですか。

代筆仕事とか一人で空を見上げる時は、まひろは基本的に1人です。こういう場合では自分の思いを通すことができますが、左大臣家では人付き合いが求められることになりますからね。
あと『蜻蛉日記』のこの時代の写本ですが、残念ながら今は江戸時代より後の物しかないと言われています。

まひろだって、当初はサロンでそれなりに楽しかった。
でも漢字の知識も、文学トークもぬるい。どう考えても誤読している意見が通るし、レベルが低いんだな。
いちいちそういうのに対して手加減するのも嫌になる。
弟相手なら「こんなこともわからないの?」「書くらい読みなさいよ」と容赦なく言えるけど、姫君にはそれもできない。

「誤読」が何であるのか、例を示してほしいのですが。
あと「レベルが低い」もどうでしょうか、何だかマウント臭い書き方だなと思います。まひろはそこまで姫君たちのことを悪く思っているでしょうか。みんな書物も読めばいいのにと思ってはいるかも知れませんが。
逆にここで手加減することで、家で父に学問を教えて貰っていたものの、外の世界を知らなかった彼女が、人間関係の難しさを知って行くことになるのでしょう。

先天性のズレを抱えているまひろは、この先ずっと「生きることが苦手だな」と嘆きながら人生が続いていく。
ハァー……めんどくさい主人公ですね。そこが好きです。

先天性のズレとは何ですか。何か障害のようなものでも考えているのでしょうか。
これはまひろの性格であり、また、彼女自身が学問を子守歌のようにして育って来ている以上、たわいないトークよりも、文学をテーマにした議論の方が好きだからではないかと思われます。

「めんどくさい主人公ですね」
また「めんどくさい」それだけで片付けられるものでしょうか。大河について書くのであれば、主人公の人となりをもっと分析してみては如何かと。

五節の舞姫が舞台から下を見ると、大勢の男が並んでいる。
でもその舞姫は、実は大勢の男と契っている。
神に捧げるために舞いながら、頭の中では男との逢瀬が渦巻いている。男に都合のいいようで、実は女の方がしたたかだという話!
(中略)
風刺としてはわかります。男性が女性に清純さを求める妄想をスカッと笑い飛ばす痛快な話ですよね。
でもそれは、まひろが若い女性だからそう思うだけです。

男性が女性に清純さを求めると言うより、この当時の貴族階級は色恋沙汰が多かったこともあり、まひろもまたそういう文学の中に浸っていたこともあって、本人としては自然に出て来たものと思われます。先の『蜻蛉日記』もまたそうでしょう。別に「若い女性だから」だけではないと思います。

懲りずに彼女がまた別の案を考えるというと、誰もお前に頼まないと直秀は冷たい。
散楽を観にくる客は笑いたい。笑って憂さ晴らししたい。
「おかしきことこそめでたけれ」
と言い切られます。

この時貴族の戯言とも言われていますが、散楽一座にしてみれば、その貴族たちを笑い飛ばすことで、日頃の憂さを晴らしたいと思っているから当然でしょう。以前直秀が飲みに行かないかとまひろを誘い、乙丸に姫様いけませんと言われて、姫様じゃ仕方ないと言っていましたが、この時も似たような感情を抱いたのかも知れません。

直秀は一座の仲間から「惚れているのか?」と問われ、明日をも知れぬ身でそれはないと否定します。
おかしきことこそめでたけれ――まひろはそんな極意を掴みました。
なかなか興味深い作品論ですね。作品の中に作品論を入れ込むなんて、実に高度。

文学をテーマにしているわけですから、それは当然だと思います。戦国大河が戦術を入れて来るのと同じようなものでしょう。

私も楽しみにしているNHK夜ドラに『作りたい女と食べたい女』があります。
この作品では、男尊女卑思想を振り翳し、自分に対して冷たかった父親から祖母の介護を押し付けられそうになった女性が、それを突っぱねて父と絶縁するという場面があります。
この流れがスカッと爽快に描かれるわけです。
けれども、彼女の父からすれば究極の親不孝です。
こんな親不孝娘を痛快に描いてどうするんだ!と誰かが反対したら、通らなくなりますよね。
だからこそ、放送されることそのものが、挑戦であり進歩なのだと思いました。

また『作りたい女と食べたい女』。
よほどお気に入りなのでしょうか、『大奥』が終わったらこれですね。
ただ大河とこれとは、直接関係はないと思われます。ならば別コラムでやっていただけないでしょうか。そして
「こんな親不孝娘を痛快に描いてどうするんだ!」
誰かがこうコメントしたのでしょうか。それを裏付けるものはあるのですか。

まあ私はこれを観ていませんが、同じ同性愛(男性)で食べ物メインの『きのう何食べた?』はすべて観ています。

同じプロットでも、受け手によってはまるで違う意味になる。
作り手がそこに過剰に忖度したり、偏った層ばかりだと、ワンパターンになってしまうということでもある。
そもそも今年の大河は「戦もない異色の題材」とされます。
なぜ異色とされるのか?
日本の歴史はこれだけ長い。
それなのに特定の時代や地域だけに偏るとすれば、そのほうが偏見あるのでは?
むしろ、そこを打破していく一手がこのドラマの挑戦では?

まず主人公の知名度というのがあるし、地元の要請というのもあるでしょうね。偏見だけではないはずです。レアな時代だと、考証も大変でしょう。
そして「戦もない異色の題材」とありますが、同じ時代でも他の地域では戦が行われていたりしています。寧ろ日本史上、江戸時代と第二次大戦後を除けば、戦が行われているのはぞう珍しくありません。この場合「戦をする武士がメインでない」から異色とされているのかと思います。
尤も私は、武士や戦も観たいから、今年も『どうする家康』や『軍師官兵衛』を観ていますが。

そして
「それなのに特定の時代や地域だけに偏るとすれば、そのほうが偏見あるのでは?」
と言うのであれば、武者さんも何か企画してみてはどうですか。

本作に対するアンチな意見として、「テーマがない」とか「何を言いたいのかわからない」という趣旨のものを見かけます。
そうした意見を出す人はどういうタイプの人なのか?
まひろみたいなモヤモヤを抱えていない、かつ偏見のある人には通じないことはありえるでしょう。
女性の苦労を全くわかっていない人には、そのことを訴えても通らない。
そういうことが社会においてどれだけ弊害であるか。
たとえば被災地の避難所を仕切る人が男性ばかりだと、女性用品の配給が滞る、性犯罪予防が疎かになるといった弊害があります。

アンチな意見というのもいくらでもあるものです。
現に貴方、昨年はアンチな意見ばかりでこのコラムを埋めていましたよね。
そして大河と、時代背景があまりにも違う一般社会の問題を同列に論じるのもどうかと思います。まひろのもやもやは、女性だからと言うより、下級貴族の家に生まれ、上級貴族と渡り合って行かなければならない、そのためには我慢できないことも我慢しなければならない、そういうものも含まれているでしょう。
それと被災地云々、ならばその裏付けとなる記事なり何なりを貼ってください。

何よりも嫌いな大河やエンタメ作品には偏見丸出しと言っていい武者さんが、このようなことを言うのも如何なものでしょうか。

すっぽんの甲羅を持参した兄の藤原斉信が、煎じて飲むようにと言うと、何も喉を通らないと返す忯子。
斉信としては奮発したのでしょう。
お高い漢方の薬剤です。いい医者に頼んだんだぞ。わざわざ手に入れたんだ!
そうしたモノで愛を示そうというのだろうけれども、忯子からすれば、もう飲めないのだからありがたいのかどうか。
それでも斉信は、元気な皇子を産んでいかねばならないと残酷なことを言う。
「実はお願いがありまする」
斉信の本題はこの話だったのでしょう。出産のため里に下がる前に「斉信は使える男だ」と帝に囁いて欲しいとか。帝のよき政には兄のような若い力が必要だってさ。
(中略)
高い薬があればいいわけじゃないんだってば! まずは彼女のことを第一に気遣いなさいよ。

この時斉信は、
「我が一族が頼みとするは女御様しかおられない」
と言っています。そのために高価な薬を持参し、少しでも元気になって貰い、自分のことをそれとなく帝に売り込んでほしいと頼んでいるわけです。
単にわざわざ手に入れたと見せびらかしているわけではありません。
それと「元気な皇子を産んでいかねばならない」
「元気な皇子をお産みいただかねばなりませぬゆえ」
ですね。娘や姉妹の入内というのはそういう目的もあり、それは兼家に取っての詮子も同じでした。

あと「必要だってさ」
武者さんこの「だってさ」「だってよ」も好きですね。

道隆が、優雅にそう言い放つと、貴子の合図で女房たちも下がってゆきます。
このドラマはクズ男にせよ、モテ男にせよ、解像度が実に高い。こんな夫婦を見せつけられたら、そりゃあ道兼も歪んでしまうのかもしれない。

「しみわたるのう」と道隆が言っているわけですが、嫌いな大河だと「へべれけオヤジ」などと武者さんは書くのかも知れません。そして解像度が高い云々、どの大河でも似たようなものだと思うのですが、これまた嫌いな大河だと、わかりにくいだのなんだの書くのでしょうか。(ちゃんと観ていないだけかと思いますが)

明日の夜、藤原公任、藤原斉信が、藤原義懐の屋敷で会う予定だとか。
義懐は若い貴族を懐柔し、その父もろとも帝一派に組み込むのが狙いのようで、道隆は素早く情報を分析します。
道長が呼ばれていないのは、右大臣家排除のたくらみだと理解して
「斉信はわかるが公任まで……」
と呟く道隆。義懐が、斉信と公任を懐柔する様子が見られます。

ここのシーンですが、まず行成が義懐の企みを道長に打ち明け、この時道長自身が
「右大臣家の排除ということか」
と口にしています。その一部始終を聞いた道隆が、
「斉信はわかるが公任まで誘いに乗ったのか」
と言っているわけですが、武者さんの書き方だと、道隆が右大臣家排除の企みだと理解しているように見えます。しかし「情報分析」て、諜報部員みたいですね。

あと義懐が出て来るシーン、懐柔するというか、宴席を設けて皆に酒を振舞っているわけです。ただ、義懐と惟茂だけが特に浮かれ、公任は乗り気でないように見えますが。

飲み物-注がれるワイン
[ 2024/02/14 02:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-49

小宮家の玄関では、既に屋敷を発った主人の四郎左衛門に追いつくため、家士たちが慌ただしく旅支度をしていた。また小宮派の藩士たちは、既に四郎左衛門に従ったようだった。家士たちは、奥座敷で幽閉されているはずの新六を目にして、ぎょっとした顔をした。

新六は平然として、
ーーご免
と大きな声を発すると、家士たちの間を通り過ぎた。家士たちはその勢いに圧倒され、出て行く新六を呆然と見つめた。

新六は悠然と門をくぐり、背中を丸めると、刀に手をかけて走り出した。勘十郎の屋敷は菅家の屋敷からそう遠くなかった。堀端を過ぎたあたりの、大身の屋敷が並ぶ武家地にあることは新六も知っていた。その新六は足を速めながら、
(吉乃様、ご無事でーー)
と祈っていた。

勘十郎の屋敷に乗り込んだ後どのようにするか、その覚悟は既に決まっていた。伊勢勘十郎は、この先も吉乃と源太郎の禍根となるに違いない。その勘十郎の邪悪さが、新六は許せなかった。

ーー勘十郎を斬る。
新六は胸の中で、深くそれを思い定めていた。かつて霧ヶ岳の烽火台に放火し、さらに渋田見主膳を暗殺したのも、吉乃の夫である源太郎を守るために、やむなく行ったことだった。源太郎に禍(わざわい)が及べば、吉乃が悲しむだろうと思ったからである。

源太郎のためではなく、吉乃のためであっただけに、内心忸怩たるものはあった。しかし今の新六は、吉乃を助けるために走っているのであり、そのことを思うと身の内が熱くなった。

新六はこれまで、自ら望んで刀を振るったことはなかった。しかし今日だけは違う。自らの心のままに、夢想願流を使うのである。武者震いしながら、新六は土を蹴立てて走った。その頃、源太郎は城中の小部屋に閉じ込められていた。

座敷牢のような格子があるわけではなく、襖の向こうの廊下に、見張り番となった藩士2人がいるのみだった。それでも部屋から出ることは許されず、源太郎は鬱屈した思いでいた。勘十郎から出雲の命を聞き、これに従って四郎左衛門たちに出国について話した。しかし戻ってみれば、脱藩を勧めたと出雲に咎められたのである。

始めから騙され、踊らされていたことに気づいたのは、出雲の冷たい目に見据えられたその時からであった。
(そうか、勘十郎の仕組んだ罠であったか)
この小部屋に座り、黙ってじっくりと考えてから、源太郎は勘十郎の謀であることに思い当たった。

家老の出雲にへつらい、出世を望んでの策謀だろうと思ったものの、そのためになぜ自分が使われたのか、源太郎にはわからなかった。どういうわけか源太郎に憎まれたのだ、そのように思うしかない。

勘十郎は昔、吉乃と縁があったかと思わせぶりなことを言っていた。さらに新六が勘十郎に出会った時も、吉乃と共にいたのだという。このようなことを考え合わせてみれば、勘十郎と新六の間に、吉乃を巡って何かの確執があったのではないかとも考えられた。

だからこそ新六は自分を庇い続けてくれたのかも知れない。新六は誰のために懸命になっているのか、源太郎は改めて思った。新六が源太郎のために命を賭けるとは思えない。まして旧犬甘派のためであろうはずもない。では、やはり吉乃のためであろうか。


新六はついにひとりの刺客となります。吉乃を守るために勘十郎を斬ると決め、その決意は最早揺るぎようのないものでした。しかし奥座敷で、方円斎と順太に見張られているはずの新六が、いきなり刀を帯びて出て来たのですから、主を追うことに決めていた小宮家の家士たちは、さぞかし驚いたでしょう。逆に四郎左衛門や反出雲派の藩士たちは出国した、あるいはしようとしていた時間帯であったからこそ、新六は小宮家を抜け出せたとも言えます。

その一方で、吉乃の夫源太郎は城中に軟禁されていました。小部屋の中で、自分が勘十郎に嵌められたことに気づいた源太郎は、勘十郎が己の出世を狙って、出雲にへつらったのだろうとは思っていました。しかし、その手段としてなぜ自分が選ばれたのか、それが今一つ理解できず、ただ恐らくは吉乃が何らかの形で関係していることでした。かつて勘十郎と新六の間に、吉乃を巡る確執があったのではないかと源太郎は考えます。

しかし新六はかつての旧犬甘派ということもあり、方円斎と順太がうまく取り計らってくれて、自分の思いを遂げるために小宮家を出て行きますが、同じように2人の見張り番がいる源太郎の場合は、もちろんそうは行きません。まして場所は城中です。しかも2人とも勘十郎の悪だくみに乗せられたのですが、源太郎は狭い空間でほぞを噛むような思いであるのに対し、自由の身となった新六が城下を駆け抜けるのは如何にも対照的です。


飲み物-注がれるコーヒー
[ 2024/02/11 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

第5回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

今週もたけたけさんのnote記事のご紹介です。いつも通り、ダークブルーの文字が武者さんのコラムからの引用部分です。

大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第5回~

永観2年(984年)、五節の舞姫となったまひろは、“三郎”の正体を知りました。
藤原兼家の三兄弟・藤原道長――母を殺めた“ミチカネ”の弟だったなんて。
衝撃のあまり倒れ、寝込んでしまいます。

まずまひろが舞の最中に三郎に似た男を見つけること、その隣に「ミチカネ」がいること、そして三郎が右大臣家の三男道長であり、ミチカネがその兄の道兼であることを知って気が動転し、寝込んでしまうことが書かれています。またその後、
「なお余談ですが、五節の舞姫の中には重い装束(重さが15㎏~20kgになるそうです)での舞いと緊張でしばしば気分が悪くなり、急に体調を崩したり途中で倒れたりする事例もあったようで、決して倒れる事がスイーツ演出ではない事が窺えます」
ともあります。

実際洋の東西を問わず、昔の女性の衣服や着物、特に正装などは機能性や身軽さとは対極にあると言ってもいいものが多く、19世紀のクリノリン(『若草物語』、『風と共に去りぬ』などに登場する、ボリュームのあるスカートを作るための下着)などに代表されるコルセット、それによってウエストをきつく締めあげるファッションなどもその一例と言えるでしょう。

なんでも侍従宰相に見初められ、結婚相手が決まった姫もいるとか。
顔が四角いけれど、財産はあると妥協点を見出している。
誰かと思えば、侍従宰相はザブングル加藤さんが演じました。
そして話題は藤原三兄弟のことへ。
見目麗しいとはしゃぐ姫君たちに対し、おっとりしているような倫子も興味津々です。

こちらはたけたけさんの文章から一部抜粋させていただきます。上記の武者さんの文章に関してたけたけさんは、武者さんが気に入らない『どうする家康』レビューで、於愛が本能寺の変を起こした明智光秀を、「あれは(謀反をやりそうな)そんな顔と評した事について、「ルッキズムだの、同性愛をその場しのぎのネタにするだの、カジュアルに暴力やいじめをするなど、子供の道徳に悪影響を及ぼしかねないからです」と批判している点にまず触れています。

その一方で『光る君へ』では姫君たちが「顔が四角い」「顔は知らないが、かなり富のある方」と評する事については「妥協点」で済ますと記されています。
好き(かどうかわかりませんが、肯定している)作品だと、この辺りは控えめなようです。

巫女の格好をしている人物は「よりまし(寄坐・憑子・尸童)」です。

この前の部分で既に説明されていますが、ここで出てくるのは歩き巫女であり、特定の神社に所属せず全国を渡り歩きながら祈祷や託宣(たくせん)などを行なって、生計を立てる巫女の事ですとまず説明されています。

そして彼女たちは全国に存在して「マンニチ」や「マンチ」、「飯縄」(いづな)、「トリデ」、「ヤカミシュ」など、様々な呼ばれ方をしていたこと、歩き巫女は「巫女の口ききなさらんか」と言いながら村々を周り、「霊を憑依させて死者の口をきく」口寄せを行なったと言われること、神事だけでなく旅芸人や遊女を兼ねていた巫女もいて、時に春を鬻ぐこともあったともあります。

ここまで来ると民俗学の分野です。武者さん、せっかく巫(巫女)が出て来ているのなら、『どうする家康』叩きなどせずに、このようなことをきちんと書いてはどうでしょうか。

そして近年の大河『鎌倉殿の13人』『どうする家康』に続けて歩き巫女が登場していることにも触れられています。後者の方では千代(望月千代)ですね。彼女の場合、情報収集を重要視して、身寄りのない子供たちから容姿、治世に優れた処女に巫女として必要な技能や諜報の知識に技術、読み書きなどの基礎的な教養を授けたともあります。

身寄りのない子供たちと言えば、『鎌倉殿の13人』にも出て来ます。巫女を育ててはいませんが。

さらにややこしいことに、この頃は中国の道教までうっすら混ざります。>日本の仏教は中国経由なので、そうした融合が避けられなかった。

私もこれについては「道教がどのような感じでうっすらと混ざっているのか不明」と書いていますが、たけたけさんの記事にも
「どの様な影響があったかなど具体例は挙げないのですね」
とあります。

note記事では陰陽道が陰陽五行説に基づくものであり、百済僧の観勒によって暦・天文・地理・奇門遁甲(中国の占術)・方術(引用・天文・療治・亀卜など方士の行なう占術・験術)が日本に伝えられたという、『日本書紀』の記述の一部が紹介されています。そう言えば武者さん、以前鎌倉殿は中世だから占いもあるなどと書いていましたが、もちろんそれ以前の古代から、このようにして伝わった占いがあります。

また古代日本の政治思想は儒教基盤で官吏養成に応用され、式部省被官の大学寮に於いて教授されていたこと、道教は官学教科からも除かれていたものの、道教と思想的に関連性がある陰陽道は法制化され、中務省に陰陽寮が置かれ、官人としての陰陽師が育成・配属されたこと、そして彼らは官人陰陽師暦の作成、祈祷などの儀式を執り行って『穢れ』を清める事、方位や時間の吉凶に関する占い、天体観測や気象観測、天変地異の報告などに従事していたともあります。

ちょっと余談ですが、陰陽道や暦で思い出しました。最近、『応天の門』を全然投稿していません。そろそろ再開しなければと思っています、あれも暦に関する回がありました。

そして順番が前後しますが、

呪詛の狙いが弘徽殿女御というのもおぞましい。
花山天皇の寵愛する藤原忯子のことであり、やつれた彼女に呪詛は効きそうだ。

兼家が晴明に呪詛を命じるシーンですが、正確には忯子ではなく、お腹の中の子を呪詛しろと言う依頼のことだとあります。そして晴明が断った理由として、疎まれる高貴な立場の人物ほど標的になること、今回は呪詛を頼まれる立場の晴明が、呪詛返しによって術者の命の危険があるため、これを回避したかったのだと思いますと述べられています。

呪詛に関しては『鎌倉殿の13人』にも出て来ますね。
note記事では「形代」についての説明があり、『鎌倉殿の13人で』北条時政に頼まれて、阿野全成が将軍家公を呪詛するために人形を作っていたシーン、回収し忘れた1体が鎌倉御所の床下から発見され、謀反の罪で流刑の末処刑されるという結末になったシーンについても書かれています。尚この形代ですが、『どうする家康』に出て来る這子(ほうこ)と似たものがあります。

どうする家康第23回這子
『どうする家康』第23回 五徳が作っているのが這子

「天児」(あまがつ)と「這子(ほうこ)」という人形のジャンルについて
(ひなのすすめ)

しかし、道長は姿勢が悪いし、筆の持ち方がイマイチ。
これは演技や指導が悪いのではなく、意図してのものでしょう。
道長は字が下手なのです。
筆を寝かせるわ。
墨がかすれるわ。
そういう下手な字を書く人物として演じるとなると、残念な姿勢でなければいけない。
そのくせ、筆は特注品の最高級のものを使っているのが、実にたちが悪い。
なんでも道長の字が上手だと、演出からダメ出しが入るそうです。

これも武者さんが数回にわたり、道長の悪筆を叩き、筆を寝かせる墨がかすれると書いていること(昨年から続いています)を挙げ、さらにドラマ本編でそのような描写はないこと、そして道長を演じる柄本佑さんが独特の道長のフォントを編み出していること、しかも柄本さんは今は上達しすぎたため、最初の慣れなくて下手だった頃の書体を真似て下手に見せるようにしていることなどが挙げられています。

下手というより、私には味のある字に見えます。無論藤原行成のような達筆ではありませんが。そしてたけたけさんの文章では、武者さんが例によって、寝かせてもいない筆を寝かせたと言っていること(寝かせたら字が書けないと思います)、単に道長がは字が残念だと嘲笑したいだけではないかとも書かれています。

同時に、倫子と道長の結婚への道筋も浮かんできます。
この関係性を、猫と追いかける倫子で示すのは、『源氏物語』の女三宮と柏木のオマージュでしょうか。
なんですかね。
平安貴族の生きている姿をやっと掴めた気がします。
百人一首やらなにやら、文化の世界だけでは華やかで仕事をしている姿が想像つきにくい。

ここの部分、
「何見氏(=武者さん)ひとりだけで納得しているだけで具体的な説明がありません」
とずばりと言われています。実際そう思わざるを得ません。この大河のみならず、今まで武者さんの文章で具体例が示されたものが、どれほどあったでしょうか。さらに「文化の世界だけでは華やかで仕事をしている姿が想像つきにくい」と言いながら『源氏物語』のオマージュがどういうものか全く伝わっていないと思うとも指摘されています。

そもそも光源氏の妻であった女三の宮ですが、猫の追いかけ合いがもとで御簾が引き上げられ、その時柏木に顔を見られてしまい、恋心に火がついた柏木が、女三の宮といわば密通することになるわけですね。しかし武者さんの文章ではその説明がありません。

右大臣兼家、関白頼忠そして左大臣雅信の会合は土御門殿で行われており、3人が話していたところ、倫子が猫の小麻呂を追いかけていたこと、密談のさなか、小麻呂の乱入でその場を騒がせた事で倫子が詫び、雅信が彼女を紹介したこと、入内されるのかと思っていたと言う兼家に、雅信があのような礼儀知らずの娘はとてもと否定するシーンについて書かれておりり、そのうえで、兼家が我が子との結婚で、左大臣家の結びつきを画策しているのかも知れないとあります。

それから町田啓太さんについて。

公任を演じる町田啓太さんは、なんだか大変なことになっているようです。
海外アジア圏において、『光る君へ』関連検索に彼の名前が上がっているのです。

ここのところ、『『光る君へ』関連検索に彼の名前が上がっている』と言うのなら、その記事を提示してくださいと言われています。また、何が大変な事かが武者さん本人以外に伝わっていないこと、そしてたけたけさん自身が検索したところ、町田さんが大ブレイクしたドラマ『チェリまほ』が海外配信されており、アジア圏でも人気だという2020~2021年頃の記事であることが指摘されています。

武者さん、何を見ていたのかなと思います。ならば『光る君へ』関連検索など書かず、『チェリまほ』で町田さんの検索数が増えている、これを機にこの大河でもさらにブレイクしてほしいとでも書いておけばいいのです。

他にも宗教関連、医学関連で興味深い記述もあります。
そして最後の方の『どうする家康』叩きですが、

歴史ライターを辞めて『文春を論拠として崇め一切論拠を示さない信用性のないゴシップライター』になり下がったのでしょうか。

と書かれていますね。実際そうとしか見えませんし。
あと『もうひとつのどうする家康』で、松本潤さんが脚本の古沢さんと話している件では、

現にお二人は膝を突き合わせ話し合いをしているわけですので。
現場スタッフと主演俳優が意見を交わし合って作品を作る事まで否定したらドラマが作れなくなります。
脚本だけではドラマはできません。

文春ネタが原因なのか、主役が脚本に口出しすると書かなければ気が済まないようです。


飲み物ー暖炉とお酒
[ 2024/02/10 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第5回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-2

第5回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその2です。結局今年のこのコラムも、最終ページは嫌いな大河叩きの比重が大きくなりましたね。


この文が直秀経由で届けられ、まだ呑気な乙丸に対し、いとは苛立っています。下人からの手紙だと聞くと、いとは聞かなかったことにします。

「まだ呑気な乙丸に対し、いとは苛立っています」の意味がよくわからないのですが。

この時乙丸は手紙をいとに渡して、まひろに届けて貰うという方法を採りませんでした。いとがまひろの乳母でなく、惟規の乳母だと思ったから、自分で直接渡したと言ったわけで、そのためにいとが怒っているのですね。そこをさりげなく「下人からのものからだったので」と取り繕い、いともでは聞かなかったことにすると言ってその場が丸く収まるわけです。で、まひろはいとに気づかれることなく、道長の手紙を読むことができました。

満月の夜、道長が馬で移動していると、その背中に直秀が乗ります。為時の屋敷にまひろはいない。六条に迎えと告げるのでした。

あれは満月の夜ではなく、日が落ちかけた頃でしょう。しかもただ馬の背に乗ったのではなく、まず築地の塀を踏み台のようにして馬の背に飛び乗り、道長を脅すようにして、六条に向かうように言っています。

それと「迎え」は「向かえ」でしょうか。

命を削ってでも成し遂げ、この国の未来は我らが担うとふてぶてしく宣言する兼家です。
この兼家は、正親町天皇に対する織田信長以上に態度が傲慢に思えてきます。一体なんなのか?
それにしても、光の使い方が抜群にうまいドラマですね。

武者さん、嫌いな大河を引き合いに出さないので代わりに書いておきます。
『麒麟がくる』の正親町天皇に対する信長のみならず、

『どうする家康』の足利義昭に対する信長
『平清盛』の後白河法皇に対する清盛

にもいくらか共通したものがあるかと。権威に対する権力者のイメージですね。

そして光の使い方、別にこの大河だけではありません。
武者さんは嫌でしょうが
『どうする家康』のこのシーン、家康が信長を討つことを家臣に打ち明けるわけですが、灯明皿で全体的に暗い雰囲気で、如何にもものものしさを感じさせました。

どうする家康第26回家康の決意
『どうする家康』第26回

花山天皇の寵愛する藤原忯子のことであり、やつれた彼女に呪詛は効きそうだ。
実際に呪ったかどうかはさておき、兼家の悪意がますます際立つ。円融天皇に毒を盛ったことに次ぐ、悪意の増幅があります。
忯子も気の毒としか言いようがありません。
帝に愛されることは、当時の女性にとって最高の幸せであったはず。
それがこうも肉体を痛めつけられ、呪われるとは……。

弘徽殿の女御のことですが、この当時一族をさらなる高みに押し上げるには、このくらいのことはしたでしょう。忯子が帝の寵愛を受けるということは、兼家に警戒心を抱かせることに他ならなかったわけです。もし皇子を産むようなことがあれば、懐仁親王は東宮でなくなる可能性が高く、その意味では是非とも、彼女の出産を阻止しなければなりませんでした。
これを単なる悪意と言えるかどうか。寧ろ怨念のようなものを感じます。

そして道長がまひろの話を聞き、帰宅して兄道兼につかみかかるシーンです。

咄嗟に兄につかみかかり、几帳ごと倒す。烏帽子まで脱げるほどの暴力ですが、殴られた道兼には不可解な思いがありました。
「父に告げたのは道長ではないのか?」
またミステリが増えます。密告したと思っていた道長は違った。道兼の従者は殺された。では目撃者は誰なのか。
兼家はそれに答えず、我が家の不始末を始末せねばならなかったと言います。
道兼はそのうえで、道長が原因だという。器量の小ささを揶揄されて苛立ったから殺したのだ。

「父上に言ったのはお前ではないのか?」ですね。
で道兼ですが、あの時当時の三郎が父に密告したのかと思っていたわけです。でもそうではなかった。そして従者の件ですが、この時の道兼のセリフには出て来ませんね。確かにあの従者も事件を目撃していたため始末されたのですが。

そして「器量の小ささを揶揄されて苛立ったから殺した」では、まるで揶揄した相手(この場合は三郎)を殺したようです。そうではなくて、むしゃくしゃして馬に乗り、しかもまひろが目の前に急に現れたため、バランスを崩して落馬し、さらに従者が余計なことを言ったため、頭に血がのぼり、この際、何の過失もないはずのちやはを殺めたのですね。

「道長にこのような熱い心があると思っていなかった!」
個性豊かな我が子をとことん利用し尽くす、邪悪な父の笑いです。
道綱への言葉でもわかりますが、使えない奴ははなから期待しない。道長に利用価値があえるとみなしたからこそ、笑ったのでしょう。
悪の黒幕はこの男です。

「個性豊かな我が子をとことん利用し尽くす、邪悪な父の笑いです」
何度も書いていますが、兼家もまたこの世界で生き残るための策を弄していると言えます。そしてお前にこういうところがあるのなら、お前も使えそうだなと言っているわけですね。このような家に生まれたからには、その覚悟をしておけというところでしょう。

そして漢籍なのですが(西晋の左思の『詠史八首』のうちの其六です)

貴き者は自ら貴(たっと)ぶと雖(いえ)ども
之(これ)を 視(み)ること埃塵の若(ごと)し
賤しき者は自ら賤しむと 雖(いえ)ども
之(これ)を重んずること千鈞の若(ごと)し
貴族は自分を尊いと思うが、
彼からすれば塵芥としか思えない。
賤しいものは自らを賤しいものとするものの、
彼はそんな人々のことを千鈞の重みを持つものとして大事にした。

富んで身分が高い者は、自分自身を尊いと思ってはいるが、
荊軻にしてみればそのような者は、塵や芥のようなものだ。
また身分の低い者は、自身を卑しいと思っているが、
荊軻にしてみれば、彼らにはとてつもない価値があるため重んじた。

「彼」は荊軻(秦王を暗殺しようとした刺客)のことなのですけどね。

直秀は、荊軻になりたくてなれない、そんな世の中の外にいる壮士の気風も感じさせます。
まひろが彼に「身分なんてどうでもいいと思わないのか?」と問いかけたのは、そんな何かを感じ取ったからかもしれません。
変えたい気持ちがあるけど、そうはできない。そんな世にある空気をまひろが掬いとり、刃ではなく筆で切り付けるとすれば、それは革新的なことに思えます。

この直秀はアウトロー的ではありますが、暗殺者になりたいのかと言えば、それもまた違うような気がします。何度も書くようですが、同じ毎熊さんが昨年演じた大岡弥四郎の方が、寧ろ反骨心という意味ではそれに近い気もします。まあ、こちらは武田に通じてしまっていたわけですが。

そして変えたい気持ち云々ですが、何だか革命幻想といった感じですね。一応『源氏物語』は『伊勢物語』からヒントを得たとは言われています。

そして「誠意ある創作を求める」とあり、

大河ドラマを主に見ている自分としては、ドラマ制作における誠意の問題のように思えます。
(中略)
大河ドラマは過去の歴史を描きます。
ではそんな問題提起を排除していいのかというと、そういうことではないでしょう。

とあります。「そんな問題提起」というのは、その前に武者さんが現代ドラマを引き合いに出し、「ドラマ化することで問題提起し、楽しめるだけでなく、社会を良い方向にできれば素晴らしいことです」と主張していることに端を発しているのですが、とどのつまり、好きな大河をほめて嫌いな大河をけなすことに終始しているようにしか見えません。

特にひどいのがやはりと言うか、昨年あらすじすらろくに書かなかった『どうする家康』。ここを見る限り、昨年のこのコラムと何ら変わるところはありません。例によって某週刊誌の記事のみを基にしたバッシングが延々と続きます。しかも同じような表現が何度も出て来る。

番組制作の裏側が放映され、主演が脚本に意見を述べるシーンが流されるほどで、文春砲を否定するどころか、その内容を補強してしまうような状況もあった。

『もうひとつのどうする家康』ですか?今後の展開についての古沢さんと松本さんの打ち合わせですね。

脚本家も「歴史はフィクション」だと言い切ってしまう。自分の創作センスが大事で、史実はむしろ邪魔だと言いたげなことを語っておりました。

『歴史は勝者の記録』とは言っていましたけどね。あと史実で言うのなら、『光る君へ』でまひろと道長が出会うのも、もちろん史実ではありません。時代考証の倉本氏のコメントです。

「あまりにも史実に反しているストーリーはやめてほしいと考証会議で言っているのですが、受け入れてもらえない場合のほうが多いので、一応言うだけ言ってはおくという立場を取っています。史実がどうだったか分からない部分を創作するのは自由ですが、史実が分かっているにもかかわらず、それに反した描き方をするというのは良くないですからね」
(東大新聞オンライン)

「ドラマとは違い、史実ではふたりの出会いははっきりしません。道長と紫式部の父為時が親しかった可能性はあります。為時からうちの娘は賢いと聞いていたかもしれませんが、あくまで臆測です」

(serai.jp)

そしてこれも置いておきます。

もっと真面目にドラマ作りと向き合うことをして欲しい。
ドラマを作る人を守るためにもそうあって欲しい。切実にそう願っています。

その、真面目にドラマ作りをやっていたであろう人を、ゴシップネタを基に散々けなし、守られるべき製作スタッフやキャストを攻撃するようなことを書いていた武者さんに、このようなことを言われても全く腑に落ちません。
貴方がするべきことは、2021年と2023年に自分が書いたことをもう一度省みることでしょう。

はっきり言って、この家康叩きが書かれている5ページ目の大半は必要なのかとさえ思います。

ちなみに私は今年も『家康』の録画を観ています、あと放送から10年ということで『軍師官兵衛』も。やはり武士や戦も観たくなりますから。

飲み物-2種類のカクテル
[ 2024/02/08 01:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第5回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

第5回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。


あの程度の身分で舞姫を務めたのが生意気だのなんだのチクリと嫌味を言い、姫たちがクスクスしていると、倫子は自分の差金だとしてきっちりと、それでいて優しく止めます。
彼女はこの時点で、只者ではない大物の風格が出ていますね。かわいらしいだけの姫君ではない。

「自分の差金」とは言っていませんね。
「まひろさんを五節の舞姫に出したのは、我が家であり我が父ですよ」と言っています。

そして
「大物の風格」
と言うより、倫子の場合まひろと気が合うようで、話していて楽しいと思っているところもあり、だからこそ他の姫たちが、身分のことをとやかく言うのを止めたとも考えられます。

彼女の治療にやってきたのは、僧侶と巫女でした。
余計に具合が悪くなりそうな祈祷が始まります。
巫女の格好をしている人物は「よりまし(寄坐・憑子・尸童)」です。

「よりまし」は注連縄をつけた岩や木のことをも指します。この場合はあるいは巫(かんなぎ)と呼ぶべきでしょうか。
そしてなぜ僧侶と巫女なのか、その説明が一応後の方で↓なされていますが、ちょっと具体性に欠けます。

すっかりぐずぐずしてしまう弟ですが、なんとかいとが水を浴びせようとします。嫌だ!とごねる惟規と争ううちに、水桶をひっくり返してずぶ濡れになってしまうのでした。
この場面はおもしろおかしく、よくできています。
日本の宗教は「儒・仏・神」とされます。異なる宗教でも混ざる。寺と神社が一体化したような場所もあります。
本作のこのシーンでも僧侶(仏教)とよりまし(神道)がコンビでやってきていた。
さらにややこしいことに、この頃は中国の道教までうっすら混ざります。日本の仏教は中国経由なので、そうした融合が避けられなかった。

「儒・仏・神」とありますが、「神・儒・仏」ではないかと思うのですが…。
そしてその説明なのですが、物足りないところとして。
「異なる宗教でも混ざる」
「寺と神社が一体化したような場所」
「道教までうっすら混ざります」
これらの具体例が何ひとつありません。こういうのはちゃんと書いてくださいね。まず最初のは神仏習合かと思われますし、2番目は神宮寺がその代表格です。日光東照宮もそのひとつです。そして道教がどのような感じで「うっすらと」混ざっているのか不明ですが、仏教説話に仙人(道教由来)が登場したりするのはその一例でしょう。

尚修験道は、道教と仏教と山岳信仰が混ざったものとされています。

鎌倉時代以降の僧侶たちは「それではいかんでしょ」とブラッシュアップに努めますが、そうして洗練される前のカオス状態が実に面白い。
考証だって相当大変でしょう。『鎌倉殿の13人』に続き、大変頑張って作り上げてきております。

仏教なら昨年の一向一揆でも登場していますが、それは無視ですか。
そしてこの「ブラッシュアップ」とは、具体的にどのようなものですか。浄土信仰のことですか。それなら、平安時代に既にありますが。そう言えば武者さん、『鎌倉殿』の頼朝の臨終出家で、このようなことをするから、鎌倉時代に浄土教が広まったのだといったことを書いていましたが、それより前に空也や源信などが浄土教を広めています。

医療にしてもお粗末で、こんな調子では平安時代の人はすぐ死んでしまうのでは?と思えます。なんせ平均寿命は40あったかないかと言われるほど。
にしても、病気になっても祈るだけか……。と、『三国志』ファンの方なら華佗の手術を思い浮かべるかもしれません。華佗の場合は後世の脚色もあるので比較は難しいですが、そうした技術伝播のほどもなかなか興味深いものがあります。
病気で寝込んだらオカルト儀式をされるなんて、この時代に生まれなくて本当によかった。映像化されると想像以上に厳しいものがありますね。

「医療にしてもお粗末」
「病気で寝込んだらオカルト儀式をされるなんて、この時代に生まれなくて本当によかった。映像化されると想像以上に厳しいものがありますね」
貴方この大河好きなのですか?それとも嫌いなのですか?
こういうのもちゃんと考証があって、それに基づいているのですが。ちなみに北里大学の漢方鍼灸治療センター長の星野卓之氏が、医事考証担当です。

あと平均寿命ですが、乳幼児の死亡率が高かったせいもあるかと思われます。『枕草子』の「すさまじきもの」に「ちご亡くなりたる産屋」とありますし。それとなぜここで『三国志』なのですか。

しかし武者さん、本当にカルトもオカルトも好きですね。

ただし、この場面の実資は正しいのかどうか。
荘園なり、銅銭の流通に関して、この頃からあった問題が、やがて立て直しができなくなるのでは?
すでに制度疲労を起こして亀裂が生じていたならば、何か対策をせねばならなかったのでしょう。

ここでもそうですが、
「荘園なり、銅銭の流通に関して、この頃からあった問題」
とはどういうことですか?
まず荘園ですが、正しくは永観の荘園整理令です。この当時帝の代替わりの度にこれが発令されたと言われています。

そして銅銭の流通、これは破銭法ですね。和銅開珎以後、輸入したお金ではなく、日本でもお金を作り始めるのですが、原料となる銅の不足、そして私鋳銭(贋金)の横行などで貨幣の価値が下がって行き、さらに新しい貨幣が出るごとにデノミネーションが行われたことも、貨幣の問題に拍車をかけました。

このデノミネーションで前の貨幣の価値が10分の1となるため、庶民は前の貨幣を溶かして新しいお金を作る破銭(われぜに)を作るようになり、当時の政府は旧貨を回収できなくなります。しかも貨幣鋳造にかかる費用と実際の収益の差額が財源となるのに、それもできない。ついに惟成により提案されたこの法律が公布されますが、結局その後貨幣は使われなくなり、物々交換に戻り、さらにその後は中華帝国からの宋銭などが使われました。

皇朝十二銭 本朝十二銭
(刀剣ワールド)

この当時、経済の専門家がいなかったことも、またダメージとなったようです。ちなみにその後、国内でお金が作られるのは江戸時代になってから(慶長通宝または寛永通宝)です。

ところでこの記述、そしてこの後でも「荘園」についてはいくつか見られますが、

それでも斉信は、公任の父である関白・藤原頼忠の世は過ぎたと言い出します。新しい政治をしていると期待を込めて語る。贅沢を禁じ、銅銭を鋳造し、荘園を没収するそうです。

荘園は貴族の収入源です。そんなところに手を入れられたら、反発は必至でしょう。

この場合ただの荘園でなく、この後の斉信の言葉
「(帝は)正しい手続きを経ておらぬ荘園を、没収されようとお考えだ」
にあるように、ちゃんとした手続きをしていない荘園を没収し、公領化しようという考えでした。

日本の時代劇といえば、武士主役の作品が多い。そんな中、文官といえる平安貴族の姿は珍しいだけでなく、その優雅さはアジア宮廷ものの雰囲気がある。
雅な宮廷美男日本代表として、彼は注目を集めているようです。日本代表としてがんばってください!

「文官といえる平安貴族の姿は珍しいだけでなく、その優雅さはアジア宮廷ものの雰囲気がある」
その平安貴族の時代は、武者さんが嫌いな世襲と摂関政治の時代でもあったわけですが…。

そして町田啓太さんに関して、
「雅な宮廷美男日本代表として、彼は注目を集めているようです。日本代表としてがんばってください」
日本代表日本代表などと言っていますが、貴方本当は中国の方が好きなのではありませんか。
それから町田さんは、貴方が嫌いな『西郷どん』で小松帯刀、『青天を衝け』で土方歳三を演じていますが、まさか、お忘れではありませんよね?

しかし武者さんて
男と対等にわたりあえる女性が好き
イケメンが好き
おじさんが嫌い
わかりやすいと言いますか。

しかし、道長は姿勢が悪いし、筆の持ち方がイマイチ。これは演技や指導が悪いのではなく、意図してのものでしょう。
道長は字が下手なのです。
筆を寝かせるわ。墨がかすれるわ。そういう下手な字を書く人物として演じるとなると、残念な姿勢でなければいけない。
そのくせ、筆は特注品の最高級のものを使っているのが、実にたちが悪い。なんでも道長の字が上手だと、演出からダメ出しが入るそうです。

「筆の持ち方がイマイチ」
既にこのブログでも、またたけたけさんのnote記事でも指摘されていますが、単鉤法と呼ばれる持ち方のようです。

そして
「筆を寝かせるわ。墨がかすれるわ。そういう下手な字を書く人物として演じるとなると、残念な姿勢でなければいけない」
この道長は「残念な姿勢」でしょうか。筆を寝かせているでしょうか。署名の時も筆を立てていますが。

光る君へ第5回道長と筆  光る君へ第5回道長と筆2
『光る君へ』第5回

あと道長の字はかすれていましたか?

「筆は特注品の最高級のものを使っているのが、実にたちが悪い」
最高級品とはどのような品ですか。そして
「なんでも道長の字が上手だと、演出からダメ出しが入るそうです」
柄本さんが道長のフォント、字体を自分で編み出していて、それに則って書こうとしているからではありませんか?

しかし今回も、道長の字は下手だ下手だと言っていますね。
こういう字です。何度も言いますが、特徴のある字ではあります。柄本さんも、これに似せようとしているのでしょう。

Michinaga_diary.jpg
『御堂関白記』(Wikimedia)

すると兼家は喜び、こうきた。
「我が一族は、帝を支える者たちの筆頭に立たねばならぬ」
(中略)
「お前もそのことを覚えておけ」
脂ぎった口調で言う兼家には、何の政治的ビジョンもありません。花山天皇とその側近の方がよほど真っ当だ。
それにしても段田安則さんの醸し出す、権力にギラついた姿が素晴らしいですね。俳優ならば、一度はこういう役を演じたくなるのではないでしょうか。

この当時は、一族が帝を支える者たちのトップに立つことがいわばビジョンであり、そのためには様々な策を弄する必要があったのではないでしょうか。武者さんが言う政治的ビジョンとは、どのようなものなのでしょうか。
権力にギラついたと言うよりは、この当時は、こういう権力闘争は比較的当たり前であったのではないかと。

愛のために家父長制に逆らうヒロインが、今後もきっと出てくる。実に痛快ではありませんか。

この間も家父長制などと書いていましたが、この当時はまだ家父長制が成立しておらず、財産は母から娘に譲られるシステムになっていました。

左大臣・源雅信はそこまで権力にこだわっていないようで、見過ごせぬと巻き込まれています。
(中略)
笑い合うこの人たちはなんなのでしょうか。政治に対して全く理想がなく、あるのは自分の利益だけですか。
そりゃ、こんなのを見ていたら荘園も没収したくなりますね。

「政治に対して全く理想がなく」
上の方でも書いていますが、この当時の政治とはこのようなものでしょう。
そして「荘園を没収する」のではなく、「正式な手続きを経ていない荘園を没収する」のです。ちゃんと観てますか?
無論正式な手続きを済ませていない荘園も、彼らの所領には多かったかも知れませんが。

確かにこの時代は馴染みもないし、合戦もありません。だからこそ、新鮮な驚きがあっていい。こういうのが見たかったんじゃないか?という思いが心の奥から湧いてきます。
知っているようで知らなかった世界が目の前にあります。

恐らくこの大河が嫌いであれば、やはり馴染みのない時代は面白くないとなるのでしょうか。
そして「知っているようで知らなかった」
武者さんは「歴史系」ライターのはずですよね。今までこの時代の日記とか歌集とか、目を通して来なかったのですか?もし目を通していたら、その時代に何があり、どういう人物が登場したかの知識位あるでしょうし、ならば「知らなかった」世界にはならないと思います。
せめて
「史料で知っていた世界が三次元化され、理解に幅が出た」
とでも書いて貰いたいものです。

『蜻蛉日記』の作者で、紫式部にとっても遠い親戚……と言っても、突き詰めれば藤原はみんな大体親戚同士となります。
中国や韓国の場合、ルーツが同じ者同士の結婚は避けてきたものですが、このころの日本はそうではないのです。

儒教圏は同じ「氏」だと結婚できなかったわけですが、この頃に限らず日本の場合はそうではありません。だから近親婚的なものもありました。

それはそうだと認めつつ、世の中変わりもしないと呟く直秀。
彼はどこか達観したようで変わっていますね。世の中の外にいるからこそ、仕組みがわかって、天の声すらわかってしまうような不思議さがあります。
歴史劇のこうした「オリキャラ」は、そんな役目があり、毎熊克哉さんが見事に体現されています。

先日も触れていますが、武者さんが絶対に好意的に書かない『どうする家康』で、毎熊さんが演じた大岡(大賀)弥四郎も、どこか曲者ぽくて達観した印象があります。このままでは無間地獄だなどと言っていますし。もう一度貼っておきますね。

どうする家康第20回大岡弥四郎

『どうする家康』第20回

それからかなり「オリキャラ」にこだわっているようです、武者さん。
恐らくこう書くことで、『麒麟がくる』の駒だってオリキャラの役割があるのだと言いたいのでしょう。ただ、直秀は自由に動ける立場であり、そのため情報を集めてはまひろに届けるという設定に無理はありません。

しかし駒は、薬屋という設定を貫くのならともかく、義昭の側女になり、あれこれ口出しするのはやはりちょっと無理がないでしょうか。寧ろあの大河では駒より伊呂波大夫の方に、この直秀と似たものを感じました。直秀も実は、やんごとなき人物と親しいなどということはあるのでしょうか。


飲み物-ポーターとクルミ
[ 2024/02/07 03:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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aK

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まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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