fc2ブログ

ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  武者

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 83その3

『武将ジャパン』第45回関連記述への疑問点、続きです・

1.今週の八幡宮の階段は、まるで儀式の祭壇のようでした。
そこに二人が置かれ、殺し合う。
何か台本でもあるような、運命に吸い取られていくような。
二人とも美しい。神が選んだ最も美しい生贄のようで、見ているだけでも胸がいっぱいになりました。
無惨なはずが、荘厳で、圧倒されて何がなにやらわからない。

実際八幡宮で儀式は行われていましたね。
そして武者さんが
「荘厳で、圧倒されて何がなにやらわからない」
と評価するこの光景を作り出した一因が、義時が泰時を「聖なる儀式の邪魔をするな」と止めたこともまた関連しているのなら、何やら皮肉な話でもあります。これを作り出したのは、義時と義村と言ってもいいでしょう。

2.天命が選んだMVP:“厳寒三友”の梅こと北条泰時
「厳寒三友」があります。
松竹梅です。今では酒か、弁当の等級のように思えますが、由来は風流です。
松と竹と梅は、寒い冬でも生きる姿を見せてくれます。そのことが、逆境でも生きる己を励ますようだということで、宋代以降の文人に愛されてきました。

「天命が…」は小見出しです。で厳寒三友はいいのですが、
「今では酒か、弁当の等級のように思えますが」
はないのではないでしょうか。やはり慶事には欠かせないし、もうすぐお正月ですが、その飾りつけにも当然用いられます。またこの厳寒三友ですが、梅、水仙、竹のことをもこう呼ぶようです。
で、梅は他の季節に先駆けて裂くという意味があり、それから女子教育の先駆者である津田梅子の話になり、また北条家の梅は泰時だとなっています。

3.御成敗式目を制定し、撫民政治を行なおうとした。時代の先駆者なのです。
義時がドス黒い顔で「北条の思うままの鎌倉にする」というと悪どく聞こえるけれども、このあとに泰時という梅が咲くのだと思えばよいことにすら感じられる。

この場合梅、先駆者はどう考えても頼朝か義時ではないかと思うのですが…。
しかも

4.一方、このドラマの小栗旬さん、山本耕史さん、生田斗真さんはそうではない。
ドクゼリ、ドクウツギ、トリカブトだと思いますね。
義時は松だと書いたけれども、毒があるからそれでもよいかなと。
そうそう、「寒い」と言いながら死んでいった仲章は冬になると枯れる草花ですね。
新時代を担う人材ではありません。残念でした。

「生田斗真さん」と「仲章」は同じだと思います。で、それぞれトリカブトと一年草に例えられていますが、非常に興味深いことがあります。このトリカブトは1年で枯れる一年草とされていますが、実は疑似一年草に分類されます。これが何かと言うと、本来は1年で枯れるにも関わらず、元々の根から別の根が分離して、翌年また花を咲かせるという植物のことです。まあ仲章のような人物はこの後の時代も出て来ると思われるので、こういう妙にしぶとい植物にふさわしいのかも知れませんね。

しかもずべて毒のある植物に例えるのもなんだかなあ…と思いますね。毒がなくても棘がある花に例えられることもできるでしょう。

そしてこの回に関して、

5.『麒麟がくる』の最終盤もそうでした。
このゾクゾクするような奇妙さがある回でした。

『麒麟がくる』の終わりの方は、結局山崎の合戦がなく、何やら光秀と思しき人物が馬で駆けて行き、駒がそれを見ているといった印象で、私としてはそこまでぞくぞくする感じではありませんでした。一方同じ本能寺後を描いた、『国盗り物語』総集編の終わりの方は、ぞくぞくするものがありました。

で、その後

「歩き巫女の言うことは正しい。あの八幡宮のそばにいたものたちは個人差があれど、天命に呑まれています。
巫女はわかっているから警告する。主人の命令と、親の仇討ちが完了していて、空洞であるトウにも入り込んでくる」
「義時の心には穴が空いている。まずそこを塞がないと何を入れても満たされないのに、それができない。天命がどんどん流れ込んでいっておかしくなっている。その箱の中で、かつての義時は沈んでしまった」
などと書かれていますが、何とも具体性に欠ける文章のように見えます。こういうコラムでは、わかりやすく書いてこそのものだと思うのですが。

6.そんな義時が、己を模した仏像を運慶に依頼するところで、もう頭をぶん殴られたような衝撃がありましたね。
君主というものは、往々にして神に挑むことがあります。

義時は君主ではないでしょう。君主は帝のはずです。

そして宗教の権威と権力者の話になり、キリスト教圏だと、破門されたら皇帝と言えども謝らなければならないと、『カノッサの屈辱』を引き合いに出し、それが近世へ向かう中、教皇を無視してよい仕組みを考える王が出てくる、国王が宗教の頂点を兼任する、イングランド国教会ですなどとあるのですが、まずその王の名前を書きましょう。ヘンリー8世ですね。そしてこの場合は、キャサリンと離婚して、アン・ブーリンと結婚するという理由があったはずなのですが。

7.朝敵になるということは、日本人の価値観では最低最悪のはずだった。それを義時は軽やかに楽しんでそうしているようだ。
朝敵会津の弁明を聞くのか!と、一部で文句をつけられた『八重の桜』どころの話じゃない。
あのドラマで吉田松陰を演じた小栗旬さんが、狙い澄まして神との戦いに挑む様をこの作品ではやっている。
恐ろしいことです。さすが新選組を大河の主役にして描いた三谷さんはものがちがうと改めて思います

幕末はどちらが朝廷を担ぐかで2つの敵対する勢力があったわけで、この時代とはその意味で違うと思いますが。そしてあの大河の吉田松陰ですが、彼は元々兵学者で、しかも幕府に対抗した人物ですが、それが義時とどうつながるのでしょうか。

で、小島毅氏のことについても書いていて、
「イデオロギーに敏感な小島先生は、2021年の徳川慶喜にむしろ不満があったと推察(そもそもあの儒教解釈があまりに雑なドラマを好きになる理由がないとみた)」
何かにつけて昨年のを叩きますね。本当に雑でしたか?それに希望的観測では。

それから。

8.日本人は無宗教なのではありません。
日本だけでなく中国もあてはまりますが、複数の宗教を同時に信仰できる。
日本は儒教・仏教・神道。
中国は儒教・仏教・道教。

中国はともかく、日本は神道という土台があり、その上で様々な宗教が共存しているとこの場合考えるべきかと思います。

9.神道の頂に立つ後鳥羽院を、仏教をかざした武士が倒す。
それこそ日本史だろうが、我々の歴史だろうが、そうして成立した武士に日本人は畏敬の念を感じているから、サッカー代表をサムライと呼ぶのではないか?

別に神道は帝のものだけではないし、仏教は武士だけのものではありません。仏教は寧ろ朝廷が庇護して来たところもあります。そして
「そうして成立した武士に日本人は畏敬の念を感じているから、サッカー代表をサムライと呼ぶのではないか」
野球も侍ジャパンですし、またこれは日本のチームではありませんが、今年トンガで起きた津波災害のチャリティ・マッチとして、6月に行われたラグビーの試合でも、在日トンガ人選手によるチームは、トンガサムライXV(フィフティーン)でした。ちなみに相手は日本の、若手中心チーム、エマージング・ブロッサムズです。

最後に視聴率です。

10.視聴率については私なりの意見を記しておきたいと思います。
(中略)
ネット配信が普及した現在は、記録も容易なことから、特にその傾向が強く、海外ドラマの宣伝を見ていると「驚異的な視聴回数を記録!」といったコピーがついています。
ではなぜ日本では、未だ古めかしい基準に頼っているのか?
メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ。
もう一つ、視聴者数と視聴回数が公表されていないことも確かですが、例えば大河についてNHK側が把握していないわけがありません。
(中略)
例えばNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』は、視聴率は低いものの、NHKプラスの視聴回数がかなり高かったため、NHKとしては成功とされているようです。
『鎌倉殿の13人』も、視聴回数は公開されておりませんが、かなり高いとか。

自分が好きな作品ばかりですね。ちなみにNHKプラスで鎌倉殿を観たことがありますが、途中まで観て繰り返しで都合5回ほど観ています。こういうのは5回としてカウントされるのでしょうか。ならば回数が増えてもおかしくないと思います。
それに武者さんは今回はこう書いていますが、『青天を衝け』について、確か世帯視聴率を基準にしていた記述があったと思われます。もしそうだった場合、なぜこちらはNHKプラスの再生回数でカウントしないのでしょうか。

それと
「メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ」
何だか失礼な言い方のようにも取れるのですが…。

11.作品が高評価かどうだったかについては、雑誌の広告なり、書店を歩けばわかります。
歴史雑誌が秋以降も特集を組んでいるか。
歴史雑誌以外でも、記事が掲載されているかどうか。
この点で、2021年と2022年の大河ドラマではかなりの差がついています。

それを言うのであれば、昨年とある大手書店で、渋沢栄一関連の本が11月頃になっても並んでいるのを目にしたことがあるのですが。

そして
「ネット記事と異なり、確実に利益が出そうでなければ紙媒体は掲載しません。ゆえにそこから判断できる。
今年は成功でしょう」
ネット記事が全く採算度外視をしているとは思えないのですが。
それと、「今年は成功」と言うのは最早お約束のようになっていますね。また紙媒体が後々まで特集を組んでいたら「成功」なのでしょうか。紙媒体を買う層は大河視聴層とかなり被ると思われますが、ドラマとしての成功は紙媒体が売れる入れないで決まるのでしょうか。


飲み物ー暖炉とお酒
[ 2022/12/03 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 83その2

『武将ジャパン』大河コラム、第45回後半部分関連記述への疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第45回「八幡宮の階段」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/11/28/172251


1.「私にもう敵はいない。天も味方してくれた。これからは好きなようにやらせてもらう」
「頼朝気取りか? 言っとくが、これから鎌倉はガタガタだ。せいぜい馬から落ちないよう気をつけるんだな」
義時のあまりに異常な言葉に、あの義村ですら怯んでいます。
正面きって反論するというよりも、皮肉げに冷たい笑みを浮かべつつ憎まれ口を言う――こういうやり口って、猫が耳を伏せながらシャーシャー言っているようなもので、ビビっているとかえってわかります。

身近に猫がいないものですから、猫がそういう行動を取るのがビビっているというのが、よくわからないのですが…。それはともかくとして、義村が怯んでいるようにはちょっと見えませんね。いつもの皮肉めいたセリフだなとは思いますが。

2.「公暁がお前を殺そうとしていると知ったら、俺はその場であいつを殺していたよ」
(中略)
半分嘘で、半分真実を語っているとも思えます。
三浦が北条に勝つ手段を考えてきたこの男。義時を殺すことを夢想したことがなかったとは思えません。
しかし、仮に義時を殺したところで、北条には泰時がいれば時房もいて、さらには何と言っても頼朝の妻だった政子もいる。彼ら全員を首尾よく倒すことなど不可能に近い。
そんな危ない賭けをするぐらいなら公暁を始末した方が確実だ。
義時への友情なんて、そんな湿っぽいものではなく。この二人は莫逆の友というより、呉越同舟といったところでしょう。

この義村が襟を直していることで、真意でないということがわかるわけですが、義時を殺すと言うのは北条に戦いを挑むようなものですから、やはり
「俺はその場であいつを殺していたよ」
こっちの方が真意でしょう。それはいいのですが、
「そんな危ない賭けをするぐらいなら公暁を始末した方が確実だ」
と言うよりは、実朝を殺した張本人である彼を殺すことで、北条にどう取り入るかを計算してのものだったのではないでしょうか。この人の行動は、常にどうすれば三浦が生き残るかを前提にしていますから。

あとこの回で、2人が「莫逆の友」であることを描いたシーンはないはずですが。

3.しかもこの会話の最中に、義村も気づいた。
天命に足を掴まれた。目の前にいる男は巨大化している。
かつては自分に策を聞きに来た、すがる犬のような目で助けを求めていたこともある男が、今や、自分を掴んで頭から噛みちぎりそうな何かになってしまった。
これほどの恐怖と屈辱はないでしょう。

義村が恐怖や屈辱をそこまで強く感じているようには見えませんし、仮にそうであったとしても、この人はそれを気取らせないだけのしたたかさを身に着けているはずなのですが。

4.そんな公暁を義村は易々と刺殺しました。
どれほど剣術に長けた悪僧だろうと、油断すればあっけなく討たれるのでしょう。
公暁はあの髑髏を残し、その前で死んでゆきました。

油断するも何も、食事をしているところを背後から襲われたのですから、隙だらけだったわけです。それにしても参篭という禁欲的な行に励んでいたはずの公暁が、肉親を殺め、食事をするという、ある意味欲の赴くままの行為に赴いた挙句、乳母夫から虚をつかれたというのも皮肉なものです。

5.白々しい芝居を続ける三者――彼らは賢く、本音を隠し通す術を身につけています。実朝と公暁にあるまっすぐな美しさはない。

実朝と公暁のまっすぐさがなく、本音を押し殺すだけの術を知っていたからこそ、ここまで生き残って来られたのではないでしょうか。

6.北条泰時が父に話しかけてきます。なんでも人の目があったので話せなかったとか。
「あのとき何故私の腕を掴まれたのですか? 父上は鎌倉殿の死を望んでおられた。全て父上の思い通りになりました。これからは好きに鎌倉を動かせる、父上はそうお思いだ! しかしそうはいきませぬ」
「どういう意味だ?」
「私がそれを止めてみせる! あなたの思い通りにはさせない」
「面白い。受けて立とう」
そう語る義時は、本音では嬉しいのかもしれない。
(中略)
いい加減、義時は天命に翻弄されていることに疲れ果て、誰かに解き放って欲しいのかもしれない。そして泰時ならできると思っているのかもしれない。
こんな悲しい親子愛もそうそうないでしょう。
(中略)
それにしても、泰時の素晴らしさよ。
義時、義村、広元が失った純粋さ、朝時にはない凛々しさ、実朝にはない力強さ。全てがバランスよく溶け合っているようだ。

義時が散々汚い仕事をしたからこそ、泰時は執権(得宗)としての名声をほしいままにできたとも言えるでしょう。それとこの泰時は、実朝を殺された怒りを父にぶつけているように見え、何だか腹芸ができない人物だなとも思ってしまうわけで、それを純粋さと呼ぶのはちょっと違うかと思います。また
「朝時にはない凛々しさ」
とありますが、この人も承久の乱ではかなりの功績をあげているのですが。
あと
「義時は天命に翻弄されていることに疲れ果て、誰かに解き放って欲しいのかもしれない」
とありますが、彼のやるべきことはこの後も続きます。

7.議題は次の鎌倉殿をどうすべきか?
親王以外の者をつけるのは、実朝の意思に背くと反対する泰時。
死んだ者に従ってどうするのかとそっけない義時。
これもおかしい。当時は怨霊を重視しておりまして、頼朝は、義経はじめ殺めた人の怨霊対策をしていました。しかし義時は全く気にしていない。

「死んだ者に従ってどうするのか」
ですが、正しくは
「死んだ者に気を遣ってどうする」
ですね。そしてこのセリフは、頼仁親王の下向こそ実朝への何よりの供養と主張する、泰時と時房を牽制したと取るべきでしょう。

8.そこで義時は、康信と時房と泰時の意見に添いながらも、向こうから親王の鎌倉行きを断るようにすべく、さらに悪どいことを言い出しました。
後鳥羽院をせっつき、一日も早く親王を送るように促す――。
広元も賛同です。

波風を極力立たせずに断るのであれば、寧ろこのやり方の方が効果的でしょう。相手は鎌倉になどやれぬと思っているわけですから、それを逆手に取って、こっちの要求を飲ませるという方法ですね。で案の定、広元だけはその真意を理解しているようです。この後の義時の、泰時に対しての
「のう、太郎」
このセリフ、息子に対し、暗黙のうちに政とは何であるのかと教えているようにも見えます。

7.「この母に任せておきなさい」
夫である阿野全成の言い残した言葉をすっかり忘れ、野心に暴走しようとしています。

実衣の思惑はともかく、「野心に暴走する」とはあまき聞かないのですが。「野心の赴くままに行動する」くらいでいいのでは。

8.淡々と語る義時に対し、勝手にしろと突き放す政子。
しかし義時は追及の手を緩めません。鎌倉の闇を断ち切るためにあなたは何をしてきたか! そう答えを迫ります。
「頼朝様から学んだのは私だけではない。我らは一心同体。これまでも、そしてこの先も」
もはや闇そのものの顔で語る義時。
確かに頼朝の死後、義時が伊豆に帰ろうとするところを引き留めたのは政子です。
これも中世らしいといえばそうかもしれません。夫に先立たれた女性が引っ込むことが許されない。そんな重荷があります。

逆に政子が勝手にやりなさいと言うシーン、こちらの方がやや疑問にも思えます。彼女が普通の御家人の妻であれば、それもまたありでしょう。しかしここでは義時が言うように、2人は一心同体となって鎌倉を引っ張って行く必要があるし、頼朝の御台所であった彼女は、その責務を無視できなかったはずなのですが(中世だから女性全般がそうか否かは別です)。逆に義時の方に理があるかと思えます。

9.義時が運慶に、自分に似せた仏像を彫るよう依頼しています。
これは権力者のやり口そのものですね。
武則天が龍門石窟に自分に似せた盧舎那仏を彫らせたとか。

武者さん、この間まで政子を武則天になぞらえていたのですが、義時がこのような行動に出たため、義時に変更したのですね。しかし義時の場合、運慶から今まで散々自分の顔つきについて言われていたことと、関係しているのではないでしょうか。運慶もつまらん顔だなどいと言っていますし。

10.天命に選ばれた男は、ついに己を模した神の像まで作らせることにしました。
新しい神には宿命がある。
それは古い神を倒すこと。神の敵となる――それがこの北条義時に課せられた使命です。

「古い神を倒すこと」の古い神とは朝廷のことなのでしょうが、それもどうかと思います。武者さん、前から朝廷を倒すと言った表現をしていますが、承久の乱で朝廷軍は敗退したものの、それで朝廷が倒れたわけではないでしょう。

なお今回はもう1度このコラム関連で投稿したいと思います。


飲み物-ホットビール
[ 2022/12/02 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 83その1

『武将ジャパン』大河コラム、第45回前半部分に関する記述への疑問点です。

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第45回「八幡宮の階段」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)


1.ただしこのことは鎌倉殿が義時という守り刀を手放すことも意味します。
思えば初回以来、彼は鎌倉殿を守る刀でした。
最初に源頼朝を引き入れたのは兄の北条宗時だったけれども、頼朝を守っていたのは義時です。女装した頼朝を馬に乗せて逃げていく役割も担いました。

仲章が代わって太刀持ちを務めたことですが、義時はこの時点で最早鎌倉殿を守る役目ではなかったはずです。それに初回の時点で、鎌倉殿という称号はまだ存在していません。また義時が頼朝を守ったと言うのも、平家嫌いの宗時が伊東祐親に頼朝の引き渡しを命じられ、伊東の兵と対峙することになったため、逃がすように命じたわけです。実際始めの方では、義時は頼朝にうんざりしてもいたわけですし。

2.長い石段を実朝が降りてきます。泰時がそちらへ向かおうとすると、義時は止めます。
「聖なる儀式の邪魔をしてはならぬ」
義時の信仰心はおかしい。実衣が「意外と気にしい」とからかっていたけれども、確かに変だ。神聖なものを自分のために利用しているようで、ここもそう思えます。

聖なる儀式云々、これは単に、泰時を巻き添えにしたくなかったからの話ではないでしょうか。

3.花が落ち、踏みにじられたような無惨極まりない死に様。あれほど美しい生田斗真さんが、血反吐に塗れて無惨に死ぬ。
これぞ大河の意義でしょう。
全く惜しむ必要性が感じられない。こういう散り際ができてこそ、演技の幅も広がりますよね。お疲れ様でした

生田さんの演技に関してはともかく、こういう死に方が「大河の意義」と言うのは、少々大げさな気もします。好きな大河だから褒めているのだろうとは思いますが、仮に好きでない大河で、生田さんがこのような役を演じたとしたら、武者さんは何と言うでしょうか。

4.公暁ですら迷いがあったように思えたところ、実朝は手にした小刀を落とし、まるで誘われ、吸い込まれるように刃へ近づいてゆき……呆気なく斬られました。

「吸い込まれるように刃へ近づいて」行ったかどうかはわかりませんが、その前にうなずいていますから、自らこれを天命と受け入れたのは間違いないと言えるでしょう。小刀と言うより懐剣あるいは短刀でしょうか。

5.この場面はかなり不思議に思えます。
ゆっくりとスローモーションのようで、あれだけ余裕があるなら実朝の暗殺を阻止できたようにも思える。
しかし誰もが観客となってしまい、ただただ、天命を見守るしかないような……あたかも天命の虜になってしまった神秘的な場面です。

スローモーション風なのは泰時だけのような気がするのですが…他の兵たちは普通に出て来ていますし。それとこのシーン、義時たちと公暁の距離が、意外に近そうに見えました。暗がりの中で何か起こったという感じではありませんでしたね。

6.「天命に逆らうな」
そう歩き巫女が叫んでいると、義時の次男・北条朝時が小馬鹿にする。
「この婆さん、誰彼構わず天命に逆らうなって言っているんだ。昔はよく当たったのに」
どこから迷い込んだのか?と追い払っています。警備責任者としてそれでよいのかとツッコミたくなると同時に、重要な指摘でもありましょう。
天命に逆らうな――この言葉を誰彼構わず告げるというのは、巫女は天命の言葉を代弁しているから。
この夜、八幡宮周辺にいるもの全員が天命に巻き込まれているとすれば、それが正しい。
正しいのは巫女です。もしも誰かが天命に逆らい、実朝と公暁の間に身を投げ出したら天命は実現されません。

「警備責任者としてそれでよいのかとツッコミたくなる」
警備責任者である以上、部外者を中に入れるわけには行かないと思いますが。

「巫女は天命の言葉を代弁している」
「天命の言葉」ではなく「天の言葉」ではないでしょうか。

「この夜、八幡宮周辺にいるもの全員が天命に巻き込まれているとすれば、それが正しい。
正しいのは巫女です。もしも誰かが天命に逆らい、実朝と公暁の間に身を投げ出したら天命は実現されません」
何かよくわからないのですが…そもそもの話、巫女は和田館で実朝に、雪の日に出歩くなと言っているわけであり、実朝はそれに背いた、だから甥である公暁に命を奪われたと取るべきではないでしょうか。

7.そして公暁は逃げてゆきます。天命を果たした藁人形は、捨てられるだけ。

藁人形は寧ろこのように使うべきでしょう。数日前の投稿に書いていますが、やはり義時は藁人形ではなく天地の方だと思います。

8.「どうやら私はまだやらねばならぬことがあるようだ」
義時はそう言いますが、どんどん霧がかかるように難解になってきました。
広元よ。あんなに熱く語っていた尼御台への愛はどうなった?
政子の心痛を気にかけないばかりか、むしろ盤面が思ったように進んだと、ワクワクしているようにすら見えてくる。

「私はまだやらねばならぬことがある」
恐らくその前の広元の、「手間がひとつ省けた」に呼応しているのでしょう。しかし彼の行く手には、この先まだまだ多くの手間が待ち受けていると思われます。

「広元よ。あんなに熱く語っていた尼御台への愛はどうなった?」
広元の目は光を失っていますが、それでも彼は官僚です。政子への愛のみに生きているのではありません。ある意味、政子を利用しているように見えます。

9.義時が仕上がってきていますね。
和田義盛が亡くなったあたりは、元々の彼が顔を出して苦しみを見せていた。今は天命に呑まれ、かつての義時はまるで息をしなくなったように思える。
いったい誰が彼を救えるのか……。

和田義盛の時ではなく、その前の重忠を誅した頃であれば、まだ迷いがあったように見えます。義盛の時は実朝まで出して来ていながら、最終的には討ち取りましたね。

10.「八重も比奈も、もう少しできた女子だった」
「言っていいことと悪いことがございます! 今のはどちらでしょうか? 今のはどちらでしょうか!」
のえが叫ぶ。彼女は言われっぱなしにはならない。
それにしても、義時は勘違いをしているのではないでしょうか。
妻とは夫を映す鏡です。
今の妻が劣って見えるというのならば、自分が醜くなった可能性には気づかないのか。
(中略)
けれども今の義時は、まるで屍にたかる鴉だ。ギャアギャアと鳴く姿は、ただただ、おぞましい。


「彼女は言われっぱなしにはならない」
今まで武者さんは、何度かのえが義時の地位目当てで結婚したと書いています。そののえが急に前妻、前々妻のことを持ち出されて苛立つということは、彼女自身にも、地位欲しさゆえのやましさがあったからと取られても仕方ないでしょう。しかも仲章に不用意に近づいて、その義時の立場を危うくしてもいます。

「今の妻が劣って見えるというのならば、自分が醜くなった可能性には気づかないのか」
義時は、「劣って見える」とは言っていませんね。一時の感情で、自分の敵とも言える男に近づいたことが、彼は気にさわるのでしょう。そして最後の鴉云々、ギャアギャアと言っているのはのえの方かと。

11.「こんなことをして鎌倉殿に本気でなれると思っていたのですか。謀反を起こした者についてくる御家人はいません」
「多分そうでしょう」
「わかっていたなら、どうして?」
一見、何気ない問答のようで、頼朝の蒔いた種が育っているとわかります。
かつて頼朝は奥州合戦において、主君・藤原泰衡を密告した河田次郎に忠義がないと罵り、斬首を命じました。
そうでもしないと坂東武者に忠義はわからない。
頼朝のころはそうだったけれども、その種は育ったのです。

この忠義ですが、当時は御恩と奉公の関係であり、主君は自分に仕えることへの見返りとして、御家人が領地を所有することを保証したものでした。謀反を起こした者についてくる御家人がいないと言うのは、その謀反に加担すると思われることへの忌避と取るべきではないでしょうか。それと河田次郎ですが、単に主君を殺しただけでなく、敵方に主君をいわば売るようなことをしたのも頼朝の逆鱗に触れた一因と思われます。
あと
「謀反を起こした者についてくる御家人」
ですが、この場合直接手を下さなかったとは言え、頼家と実朝を葬り去った北条はどうなるのかとも言いたくなります。


飲み物-エールと暖炉の火
[ 2022/12/01 01:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

確証バイアスとエコーチェンバー

まず、『舞いあがれ!』のあらすじは次回になります。それと前の録画を観ていて気付いたのですが、第8週の演出の野田雄介ディレクターは、第2週の五島編も担当していますね。

で、何を書きたいのかと言うと、エコーチェンバーについてです。これについては今までも書いて来ていますし、直近ではつい先日、小檜山氏=武者さんが、ネット上のファンコミュニティで、大河などであれこれ視聴者がタグ付きで騒ぐのがけしからんと書いていたことに触れています。その時も少し書いていますが、武者さんのコラムにも確証バイアス的なものが散見されます。

この確証バイアス、恐らく人間であれば誰しも持ちうるもので、自分の思い込みを支持する情報ばかりに目が行く、あるいはそれを正しいと信じ込むことです。ただライターと言うのはどのような立場であれ、その人が書く対象にできるだけ中立であることが望ましいわけではあるのですが…。しかもこの確証バイアス、特定の考えを正しいと思い込む、あるいは思い込ませるという意味では、エコーチェンバーに共通するものがあります。

実は先日、ツイッターをログアウトした際に、トレンドの1つを好奇心からのぞいてみたことがあるのですが、上から10番目ほどまではほぼ同じ内容のツイでした。これも一種のエコーチェンバーかなと思った次第です。しかもトレンドは、同じテーマに関心を寄せる人々がタグをつけるわけですから、その意味でもエコーチェンバーになりやすいとは言われています。

無論テーマによって大きな違いがあり、比較的幅の広いテーマであれば、様々な意見が飛び交っていて、煽りがちな意見がある一方で、建設的な意見があったりもします。しかしテーマがより細分化されると、似たような考えの人々が似たような内容のツイを交換し、さらにRTやファボでシェアするようになり、比較的先鋭化しやすいとは言えそうです。しかも自分達だけで楽しむのであればいいのですが、人命にかかわることや陰謀論めいたことが拡散されると、ちょっと厄介なことになってしまいます。

ネットはそれまでマスコミが一手に握っていた情報を、個人が可視化する形で共有できるようにしたわけで、それはプラス面と言うべきですが、可視化されたがゆえにその影響もまた大きく、さらにツイッターの場合上限が140文字ですから、つい簡略化された情報を流しがちで、それが誤った情報となってしまうこともまたあるでしょう。利便性が高いゆえにリスクもまた高くなることもあり、その点にはやはり気を付けたいものです。

ところでその中にサッカー関連のトレンドで「手のひらがえし」というものもありました。ドイツ戦で代表をほめたファンが、コスタリカに負けると急に批判を始めたということから、このタグができたようです。ドイツに勝っただけに期待も大きかったことの表れとも言えそうです。しかし次のスペイン戦では勝たないと決勝Tに進めないようなので、何とか白星をもぎ取ってほしいですね。

飲み物-注がれる紅茶
[ 2022/11/29 01:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

今後の『武将ジャパン』関連の投稿について

まず『武将ジャパン』の大河コラム関連の投稿、今年いっぱいはやりますが、今後はもうコラム自体を見るのをやめようかと考えています。

断続的に8年ほど見て来ましたが、相変わらず好きな物は持ち上げ、嫌いな物はちゃんと観ようともしない点、好きな作品を時代背景や舞台もろくに考えずに、嫌いな作品と比較しなおかつ叩き棒にしたがる点、言葉遣いがどうかと思われる点などなど、正直言って改善されているようには見えません。

あとこれは先日の投稿でも触れましたが、漢籍などを引用する割に意味を把握していない点、背景をきちんと調べない点なども如何なものかと思いますので。炎上狙いと指摘する方もいますが、炎上させるならもう少し工夫があってもいいかと思うのですが。実は夏頃もう止めようかと思ったのですが、結局ここまで何とか続けて来ました。

嫌いな作品は特に、あることないことあれこれ書かれる傾向がありますが、それは「辛口な意見」であると言うのを目にしたことがあります。しかし批判するべき点を厳しく批判するのと、ほぼ全面否定するのとでは自ずから意味が異なるはずです。無論どの部分を批判するかは、その人の見方にもよります。

で、取りあえずnote記事のこの部分を引用しておきます。

『天地人』の織田信長以来の……
吉川晃司さん、痛恨のNHKドラマ選択ミス。予告の時点でつらい。何がサンダーだ! 戦闘機乗りと旅客機乗りは違うわ!

『舞いあがれ!』の大河内教官のことですが、まだ本格的に登場してもいないのに、「ドラマ選択ミス」と言うのもどうかと思います。そしてこの大河内教官、自衛隊出身の教官とのことですが、戦闘機に乗って退官した後、民間のパイロットのライセンスを取ったということではないのでしょうか。

そして『天地人』の信長役ですが、あの作品ではヒール的存在なのですから、こういう強面な雰囲気の人が求められたでしょうし、実際ご本人もガイドブックでそう言っており、あの役には嵌っていたと思います。

ただやけに初音がそばにいるのとか、本能寺の爆発はいただけませんでしたが。私としては、『八重の桜』の西郷吉之助の出て来方もちょっと微妙かなとは思いました。あの作品は女性主人公の中では一番好きですが、無論疑問点もないわけではありません。

『天地人』、あまり馴染めない大河ではありましたが、以前禅宗の寺院と武将の学問という投稿で書いているように、武士の子弟が寺院に寄宿して学ぶというのを、きちんと描いていた点などはよかったと思います。

あと吉川さんは、この作品との間に『精霊の守り人』にも出演しているのですが、そちらの方は観ていないので何とも言えません。

それからエコーチェンバーについて、以前書いたことがありますが、また書こうと思っています。小檜山氏=武者さんが、大河コラムで、ネット上のファンのコミュニティがそうだと言って、かなり嫌っているようなのですが、武者さん自身もどこか似たような印象があるにはあります、こちらは確証バイアスと呼ぶべきかも知れません。あとエコーチェンバーと言うのは、多分に同調圧力も絡んでいるとは思います。

飲み物-アイリッシュコーヒー
[ 2022/11/28 00:00 ] その他 | TB(-) | CM(4)

『武将ジャパン』関連のコメントのご紹介及び『老子』の解釈に関して

『武将ジャパン』大河コラムに関して、コメントをいただいていますのでそのご紹介です。
先日投稿した
「『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 82その2」
の、通し番号10の引用部分からです。

10.そしてもうひとつ。義時には思想がない。
空っぽゆえに歴史上、果たすべき役割が入り込んでくる。ゆえに本人は空洞

これに関して私はこう書いています。

思想がないからこそ、ここまであれこれと策を弄することができたのでしょう。無論まだ思想も学問も不在ではありましたが、義時が体を張って世の中を安定させた後に、嫡子泰時がその部分を埋めることになったとも言えます。

実はこの引用部分なのですが、原文ではこのようになっています。

昨年の『青天を衝け』が、儒教の孟子から「仁者無敵」を掲げるなら、今年はさしずめ老子の「天地不仁」からこう言いたくもなります。
天地は仁ならず、万物を持って芻狗(すうく)と為す。『老子』
【意訳】仁ある者に敵はないっていうけど、そもそも天地に仁なんてないんだよなァ〜〜残念でした!
この芻狗(すうく)とは、儀式で使う藁でできた犬人形なのですが……頼朝が死んだあと、義時はこの藁人形になってしまったと思えます。
(中略)
そしてもうひとつ。義時には思想がない。
空っぽゆえに歴史上、果たすべき役割が入り込んでくる。ゆえに本人は空洞。

このようにあるのですが、いただいたコメントではこの部分に関して、

  • 小檜山氏の文章を全体として把握すれば、義時には仁や慈しみの心などの思想性はない。空っぽだ、用済み後の人物を無慈悲に棄てると言いたいようである
  • さらに小檜山氏は『老子』を紹介した直後に「この芻狗(すうく)とは、儀式で使う藁でできた犬人形なのですが……頼朝が死んだあと、義時はこの藁人形になってしまったと思えます。義時は不気味です。空っぽです。」と述べ、「藁人形だから空っぽだ!」と言いたいようでもある
  • しかし『老子』の趣旨は、仁や慈悲などの観念を持たず「空っぽ」なのは「天地」であり、その天地が「万物」を「芻狗」のように弄んでいる。義時を、用済みになった芻狗を棄てる「天地」に例えるのならともかく、空っぽの藁の犬に例えてしまっては、義時が棄てられて生き残れない側になってしまう
(小檜山氏はこの大河コラムの筆者武者震之助さんのこと)

このように指摘されています。

私も引用した時点では、義時が空っぽという点にのみ目が向いており、それを泰時が埋めることになると書いていましたが、実際コメントにあるように、この場合の義時は寧ろ「天地」という棄てる方の存在に相当し、それを芻狗に例えてしまうのは、このドラマに於ける義時の設定から考えて、ちょっと考えられないでしょう。


飲み物-ロックグラスカクテル
[ 2022/11/27 00:15 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 82その2

『武将ジャパン』大河コラム、第44回後半部分関連記述への疑問点です。


鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第44回「審判の日」 - BUSHOO!JAPAN
(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/taiga/kamakura13/2022/11/21/172147

1.空々しく公暁が反論しても、八幡宮の別棟として、鎌倉殿を支えることが天から与えられた道だと諭します。

些細なことではありますが、「別棟」ではなく「別当」ですね。昨日の「馬を用意している」(実際は「蓑を用意している」)もそうですが、この手のミスが今回もいくつかありますね。

2.圧倒的な北香那さんの演技。感動が押し寄せてきてたまりません。
彼女は、権力などどうでもいい。我が子を愛したい。そんな母親です。実衣やりくとは違う。

出演者の評価ならここでやるのではなく、後の総評の方でやってもいいかと思います。それとつつじの場合、権力を持とうにも持たせてもらえなかったのも事実で、だからこそ息子への愛を貫くことができたのでしょう。

3.当初の薄緑色の衣装を着て、ニッコリ笑っていた義時はもう遠い。
誰が見ても悪くなったからこそ、こんなやりとりに説得力があります。脚本を書く側と、演じる側。その双方に信頼関係がなければこうはいかないと思います。
義時は悪いけど、三谷さんと小栗さんの関係はとても善いと思います。

「脚本を書く側と、演じる側。その双方に信頼関係がなければこうはいかないと思います。義時は悪いけど、三谷さんと小栗さんの関係はとても善いと思います」
どの大河でも脚本と主演とは、大体こういう関係ではないのでしょうか。それと、こういうのもあらすじの途中で書くべきなのか、どうか。

4.雪の朝。
義時が政子と対峙しています。

この1月27日、朝はまだ雪は降っていないはずです。警備担当の時房が空を仰いで、降らなければいいのだがと心配しているシーンがあり、午後、政子と実衣が出かけようと言う時になって雪が降り始めていますね。しかもこの後で、
「夕方に降り始めた雪が積もり始めています」
ともあり、何か矛盾しているように見えます。

5.「正しいと思った道を選んでここまでやって来た。そうではないのですか。今さら誰に何を言われようとひるんではなりません。私たちは正しかった。いつだって」
闇そのものがうずくまっているような義時の顔。存在感。
言葉とは裏腹にまっすぐな気持ちがまるで感じられないのは、先ほどの実朝と比べてみるとよりわかるでしょう。

「まっすぐな気持ちがまるで感じられない」
だから何なのだ、と思うのですが…。この時代まっすぐに生きていたら生き残れないからこそ、幼なじみの御家人をも騙し討ちにし、北条の地位をゆるぎないものにしたわけであり、そして政子も本意か不本意かは別として、そのやり方を認めざるを得なかったからこそ、今の尼御台としての彼女があるわけでしょう。公式がそう言うのならまだしも、あまり闇闇言うのもどうかと思いますし、実朝はそれができず、なのに鎌倉殿という高い位置にいたからこそ、狙われるもととなったのですが。

6.なんせトウは、頼家暗殺の当事者です。仲章に口を割られたら一巻の終わりとなるかもしれない――そうした状況を踏まえ、必ず吐かせてみせると勝ち誇る仲章。

これ「口を割る」のは仲章でなく、トウではないかと思うのですが。それと仲章は、義時が頼家暗殺の黒幕と気づいてはいたでしょうが、トウが関わっていたことを知っていたでしょうか、恐らく刺客が自分を狙いにくることはわかってはいたでしょう。

7.これまで目立ってきた母親像が、損得ありきのりく、実衣、のえだったせいか、あまりに真っ直ぐな彼女たちには胸が痛くなるばかり。

別に損得ありきの母親でもそれはそれでいいのです。彼女たちもまた、のえ以外は夫とはそこそこ円満な関係であったはずです。逆に真っすぐでないからこそできたこともあるのですが、なぜか彼女たちのそういった部分を評価しませんね。それと実衣は、本当に権力好きなのか迷うところです、言ってはなんですがその割に才覚というものをあまり感じず、身内に守られて生きて来た感がありますので。

8.一方、北条義時は空っぽだ。
前半は散々「全部大泉のせい=頼朝が悪い」と言われていましたが、後半になると「主役は泰時ではない」と言われてしまう。

この後に新聞記事のリンクがありますが、その見出しには
「NHK大河「鎌倉殿の13人」いつの間にか主人公交代…小栗旬「義時」→坂口健太郎「泰時」へ」
とあり、「主役は義時ではない」が正しいようです。これもケアレスミスなのかも知れませんが。

9.便宜上、大河には主役がいますが、実際には群像劇であることも往々にしてある。

群像劇だから主役がいないわけではなく、それぞれのパートの核になる人物がちゃんといます。
群像劇大河の典型と言うべき『国盗り物語』(多分武者さんは観ていないでしょうが)には、
斎藤道三→織田信長
葛籠重蔵
雑賀孫市
といった感じで、異なったいくつかのパートで、メインとなる登場人物がいました。

10.そしてもうひとつ。義時には思想がない。
空っぽゆえに歴史上、果たすべき役割が入り込んでくる。ゆえに本人は空洞。

思想がないからこそ、ここまであれこれと策を弄することができたのでしょう。無論まだ思想も学問も不在ではありましたが、義時が体を張って世の中を安定させた後に、嫡子泰時がその部分を埋めることになったとも言えます。

11.それに反して泰時は、思想がある光秀と同系統の人物といえる。

それとこれとはちょっと違いますね。光秀は結局は主君を殺して墓穴を掘ったとも言えますし。『麒麟がくる』を出したいのだなとは思いますが。

そしてバーナード・コーンウェルの『神の敵アーサー: アーサー王物語』の説明、これが承久の乱につながるものがあるとして、やけに長々と書かれています。正直に言って、比較するにはちょっと…と思われるのですが、ここでは省きます。そしてここで気になったのが

12.アーサー王はイギリス人の国民的英雄なのに、神の敵とは何ごとか?
要するにキリスト教の上陸前、ケルト民族の神を信じているから「神の敵」なのです。

アーサー王は、元々はアングロサクソンではありません。ケルト民族の一派であるブリトン人とされています。ただアーサー王物語には、キリスト教の王として描かれていたりもします。

13.ゆえに、こういう心を掘り下げる作品は、今後、増えると思います。
役者さんは演じるにあたり、脚本を受け取って、この役はどういう心なのか考えて、水の中に飛び込むように入り込んで演じるのだと思います。
(中略)
そうして脚本の中に描かれた心と、演じる役者の心と、見る者の心が触れ合って、ハーモニーとなってずっと響いている。
そういう次元に、このドラマは到達していると思えます。だから面白くないわけがない。

私としては面白い部分もあればそうでない部分もあるし、殆どの大河、ひいては映像作品とは、観る人によって評価が別れると思います。武者さんがこう書くのは、三谷さんの作品だからと言うのも多分にあるでしょうね。

14.でも、そもそも戌の神様って?
今週でてきた十二神将像を調べていたら、困惑したので書きますね。
十二支とは?
中国の戦国時代以来のもの。
十二神将とは?
仏教由来で、干支と組み合わせた。
ちなみに中国と日本では異なります。
つまり、インド生まれの仏教と、中国生まれの十二支と、組み合わせたもの。それを日本人が独自解釈して敬っている。

十二神将は中国大陸伝来で、かの地では十二支と結び付けて信仰されており、日本でもそれにちなんで、十二支を採り入れた姿で表現されています。この十二神は、元々はインドの神話に登場する魔物で、中国大陸に仏教が入った際に十二支と結びついたという説もあります。いわでもですが薬師如来の守護神です。

で、その後
「もうこれだけ神がいるなら、義時もなんとかなりますって!」
前回の分では、酷い最期を期待と書かれていたのですが…。

飲み物-レッドビール
[ 2022/11/25 01:45 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(2)

『舞いあがれ!』第8週「いざ、航空学校へ!」第4話

先日の『舞いあがれ!』ナンバリングが違っていたので訂正しています。尚それ以外の投稿も一部手を加えています。


航空学校の座学過程も半分が終わり、残り2か月となっていた。ある日空中航法の小テストが行われ、舞は75点と前よりも点数を上げたが、Aチームの学生は高得点が多く、柏木は
「その点でよく喜べるな。この回期の平均点を一人で下げてることに変わりはない」
とあけすけな物言いをする。倫子は舞を風呂に誘うが、あの人に負けてられないからもう少し勉強すると舞。

ほどほどにしないとお肌に悪いわよと倫子は部屋を出ようとする。すると廊下で声が聞こえ、中澤が吉田を追いかけているのが2人の目に入る。吉田の母がパート先で倒れて入院したらしく、吉田は故郷の金沢へ帰ると言う。こんな時間に飛行機はないと中澤。しかし倫子は最終の羽田便があるから、明日羽田から小松まで行くのが一番早いと言い、3人は吉田を見送る。

中澤曰く、吉田の家は母子家庭で頼れる親戚もいないらしい。教官には俺から話しとくと言い、舞は部屋に戻る。その時携帯が鳴った。それは浩太の工場の番号だった。新しいこと山ほど覚えなあかんねんと言う舞に、新しいことっちゅうんは大変やなと浩太もうなずく。しかし舞は、いつもの浩太とどこか違うことに気づく。浩太は自動車向けの新しい仕事を引き受けようとしていたが、これにはかなりの投資が必要だった。

しかし舞は、どんだけ大変やってもうやりたいことやるお父ちゃん、私はええと思うよと言う。浩太は満足そうに電話を切るが、めぐみにその話を聞かれており、一部始終を打ち明けることになる。浩太は名神プレスティックという大手メーカーに勤める友達から、自動車の部品を勧められたのである。今のうちでは無理だとめぐみ。

浩太も、設備投資と従業員増員のため新しい工場を建てようとし、それにはざっと3億円が必要だった。浩太はできるめどがついてから話をしようとしていたと言うが、もう決めてんでしょとめぐみに言われてしまう。今のIWAKURAやったら、自動車部品かてやれると浩太は自信ありげだった。

1か月後。各チームはグループ課題をやることになるが、Aチームのは難易度が高かった。その頃吉田が戻ってくる。は親がやっと退院でき、学校に戻ったが、1か月のブランクは大きく、次の期からやり直した方がいいと都築に言われる。しかし吉田の家は経済的余裕がなく、最早退学するしかなかった。

残念だなと皆は言うが、舞は吉田がやめずに済む方法を考えようと仲間を促す。しかし1か月授業に出られず、最近習ったことを元にした課題について来るのは難しそうだった。

吉田はやめる決意をしていた。パイロットになり、飛行機に乗ったことのない母親を、海外旅行に連れて行くのが夢だったと言う。舞は吉田のために何もできなかったことを詫びるが、気にすることはないと言い、寧ろ自分が迷惑をかけたことを詫びる。そして3冊のノートを手渡す。それには、先輩から過去の課題を聞いて、母親の看病の合間にまとめたものだった。

舞はそのノートをAチームのみんなに見せ、吉田君やったら、今からでも遅れた分取り戻せると思うと言い、授業に遅れていないことの証明として、ノートを都築に見せる。無論それで1か月の穴が埋まるわけではないものの、舞は吉田のパイロットへの情熱を都築に話してフォローしようとする。しかし都築は必要な知識を身に着けている必要があると言う。

そこへ倫子が、遅れていないということを証明できればいいわけですねと言い、柏木は特別テストを受けさせて貰えないかと頼む。1か月の空白分のテストと中澤。同室の中澤は吉田がずっと予習をしていたことを打ち明け、吉田自身も直訴し、一同は都築に頭を下げる。


座学が後半に入ったところで、吉田が1か月休んでしまいます。母親の急病で故郷へ戻ったためでした。一方舞の父浩太は、自動車部品の仕事を手がけようとします。しかしそのためには工場の建設と従業員の雇用が不可欠で、3億ほどはかかるものでした。めぐみは驚きますが、浩太が既に心を決めているのがわかります。ただこの年からほどなくして、例のリーマンショックとなるのですが…ここで悠人が出て来るのでしょうか。

吉田はその後学校に戻って来ますが、1か月休んだ穴を埋めるには、次の期から出直す必要がありました。しかし吉田の実家はそこまでの経済的余裕がなく、退学を決意します。しかし舞は、吉田が渡してくれた3冊のノートに、課題がすべてまとめられているのに気づき、これだけやってみれば、ブランクを取り戻せると都築に皆で掛け合うことにします。彼が教官の質問に見事に答えたのも納得です。しかし、無論都築はあまり乗り気ではありませんでした。

この吉田は地味な学生で、他の学生たちとは違い、母一人子一人の家庭で育ったのが明らかになります。パイロットになって母親を海外旅行に行かせたいと言うのも、母親に苦労をさせたという思いがあってのものでしょう。一方で柏木は、相変わらず口が悪いと言うか、思ったことをすぐ口に出すタイプのようですが、吉田の退学と、課題をノートにまとめていたことを知り、自分も吉田の力になろうとします。

この吉田が帰る時、どうやって帰るべきかを倫子が説明します。まず宮崎から羽田まで行き、翌日羽田から小松まで飛ぶというもので、飛行機がテーマと言うこともあるのでしょうが、こういうことがきちんと描かれているのはいいですね。

それと、先日のお好み焼きに関して、ある方のツイートをご紹介しておきます。個人のアカウントなので名前は出しませんが、ざっと以下のような意味です。

「食べ物をダメにするシーンが登場すると荒れがちになるが、ちょっとダメ出しをし過ぎではないか。あまり出すのもよくないが、ダメにしてしまうというのは失敗というのを意味する表現方法で、絶対使ってはいけないものではない」

まして舞の場合、プロの料理人でもありません。またこのドラマは過程をきちんと描いていますが、この場合も焦げて行く過程、なぜそのようになってしまったのが描かれていて、これなら特に問題はない、寧ろやむを得ないと思われます。あまりこのことを引きずるのもどうかと思いますが、たまたま見つけたツイをご紹介しがてら、書かせていただきました。

そしてこのお好み焼きに関して、小檜山氏のnote記事より。

舞がお好み焼きを焼く時点で、こいつはパイロット適性もないし、正真正銘愚かでどうしようもないとわかりました。竪子ともに謀るに足らずってやつ。

お好み焼きを焼くと、パイロットの適性がないのでしょうか。随分と失礼な言い方ですね。お好み焼きが好きとか、自分で作りたいと言うパイロットの方も、世の中にはいるのではないでしょうか。それと
「竪子ともに謀るに足らず」
小檜山氏=武者さんはとにかく漢籍がお好きなようですが、これは「小僧と共にはかりごとなどはできない」と、『鴻門之会』で、亜父(范増)が嘆く言葉です。それとこのシーンとどういう関係があるのでしょうか。舞は何か陰謀でも企てているのでしょうか。


飲み物-コーヒーと砂糖とミルク

[ 2022/11/25 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『鎌倉殿の13人』に関しての武将ジャパンの記事について思うこと 82その1

『武将ジャパン』大河コラム、第44回前半に関する記述への疑問点です。


鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第44回「審判の日」 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)


1.当人が設計図を描き、実際に造るのは弟子。早く作ったほうが喜ばれるし、次の依頼をこなせると打ち明けています。
古今東西、チームで作ったものが代表者一人の名義になっていることはよくある話ですね。

鎌倉初期、あるいは平安時代の像は、誰が作ったかがきちんとわかっている物もあるのですが。

2.政子は義時が信心深くなったと感慨深げです。
なんでも半年前、義時の夢に白い犬が出てきて、妙に心に引っかかっていたとか。夢のお告げは信じない。そう言いつつも、どこか気にはなるのでしょう。

政子は「信心深くなった」と言っているのではなく、
「変わるものね、大して信心深くなかったあなたが薬師堂を建てるなんて」
と言っていますね。

3.行事に金を費やすことは、鎌倉という幕府を作る上でも大事なこと。ゆえにそこは「気にしい」でよいのです。

「行事に金を費やす」というセリフはこのシーンで登場しないのですが。

4.官位の話は、日本史において避けられないものですね。
伝統的に日本人を縛るものであり、江戸時代の大名だって「あの家よりも高い官位が欲しい!」と贈賄をしてまで買いました。
そうかと思えば、天皇の飼い猫が昇殿のため従五位下とされたり、江戸時代には天皇に謁見するため従四位を与えられた象もいたり、妙なことが起きるものです。

官位官職と言うのはその人物が昇殿できるか、帝に拝謁できるかを決めるためのシステムでした。「日本人を縛る」は如何なものかと思います。動物への官位贈与は、帝にお目にかけるためのものとして必要だったのでしょうね。

5.こうした思考回路は、2020年『麒麟がくる』の織田信長が体現しておりました。
彼は天皇から与えられるこういった恩恵に対し、途中から無頓着になるという描写でした。

武者さんは『麒麟が来る』絶対だからこうなるのでしょうが、それ以外の戦国大河でも、信長が官位を欲しがらないシーンはあります。無論これは、彼が日本の支配者を夢見ていたからとも受け取れます。

6.八幡宮の僧侶に列の並びを聞かれた朝時があっさり教えたと教えられ、泰時が愕然とします。
平盛綱も硬直。
朝時は教えたら駄目なのか?といささか狼狽していますが、こやつに警備担当をさせたら駄目すぎますね。機密が全く守れていない。

このシーンですが、八幡宮の僧たちだからと言うことで、朝時も気を許したのではないでしょうか。無論朝時が「駄目?」と訊いているだけで、他はいいとも悪いとも言ってはいません。ただ泰時はそれでいいのかといった表情ですが。

7.ドラマ本編では描かれてませんでしたが、実は次の鎌倉殿の妻には、源頼家の娘である竹御所とされていました。女系では血が繋がるという意識があるわけです。
中世は、女系継承の重要性を理解しておくと、理解しやすくなるかもしれませんし、ここでの政子の指摘は重要かもしれません。

中世というか鎌倉時代の女系継承は、前の時代の名残りもあったでしょうし、女性が土地分配の対象であったのも、土地が沢山あったからと言えます。これが室町時代になると変わって来ます。

8.義時の妻・のえが、源仲章と貝合わせをしています。
つくづくいやらしい大河ですなぁ。貝合わせは夫婦和合の遊びでしょ。

貝合わせはその貝の美しさをめで、優劣を決めるのがそもそもの遊び方でした。それぞれの貝を合わせるのは、元々貝覆いと呼ばれていたようです。夫婦の和合の象徴となるのは江戸時代以降で、その頃は貝の大きさも大ぶりになりました。この大河の貝もいくらか大き目ですね。

9.貝合わせをしたいのだと彼女が答えても、魂胆あって近づいたことがなぜわからないのか!と苛立つばかり。
おおかた仲章は、京都から取り寄せた高級品でも貝合わせに使ったんでしょうね。京都の雅で釣ればホイホイ引っかかると踏んだか。

その前の回で、既に仲章はのえに近づいていて、のえも遠江の生まれだが坂東が合わないと言っていますね。こういうことを踏まえての、今回の貝合わせでしょう。

10.嗚呼、義時よ……。かわいげがない、愛嬌不足の男です。この点、源頼朝や父の北条時政とは大違いだ。
のみならず、色気もないと証明してしまったこの夫婦のやりとり。艶っぽさがまるでありません。
まだ八重や比奈と一緒にいる時は引き出されていたけれど、もうゼロを通り越してマイナス。
仲章は、自分の色香を把握していた上で、それをふんだんに使いながら彼女に迫った。
それと比べると、なんと無惨なことでしょうか。

「嗚呼、義時よ」て武者さん、この前もこの表現を使っていますね。よほど使いたいのでしょうか。
別に私は、この夫婦の会話にロマンスを感じようとは思わないし、義時もお前はあいつに利用されていると言いたいだけでしょう。八重とか比奈とのえとでは、置かれた境遇も、義時と結ばれた動機も異なっています。また義時と仲章も、両者の立場が正反対である以上比較はできないでしょう。なぜ無惨なのでしょうか。

11.八幡宮では北条時房が警備の準備を進めていました。
なんでも公暁に関して、怪しい情報が届けられているとか。馬を用意しているうえに、そばにいる駒王丸はあの三浦平六義村の息子である。

ここの部分ですが、まず公暁に関しての怪しい情報について。盛綱が泰時に話した、蓑が八幡宮に運び入れられた件でしょうね。なぜ参篭の最中で出かけるわけでもないのに、蓑を運び入れるのかと泰時が怪しむわけです。
それから「馬を用意している」ですが、このシーンを何度見ても馬など出て来ません。
あとそばにいる「駒王丸」は、「駒若丸」ですね。駒王丸は木曾義仲の幼名です。

12.そもそも実朝は、公暁が鎌倉を狙う行為を理解できません。挙句の果てには、親王がくだることを喜んでいるのではないか?とまで言い出します。
これには実朝のバイアスも感じます。西から東に来れば喜ぶという先入観がある。

公暁も京で修行をした以上、朝廷の権威と言うものは分かっているから、実朝のバイアスとは一概に言えません。ただそれ以前に、なぜ自分が冷遇されるとも思っていたはずで、この喜ぶと言うのは、あくまでも「喜ぶ素振り」であったかとも考えられます。

13.鎌倉から離れようとする源実朝に対し、激しい動揺を感じた北条義時について少し考察を。
本作はなかなか難解なところがあります。
義時は武士の世の終焉について考えているようにすら思える。
武士の政治権力が天皇のいる京都に向かうと危うい。
これは幕末の懸念でもありました。

「武士の世の終焉」とありますが、まだその武士の世ができて日が浅いこの当時、鎌倉を中心とした御家人たちの政権が終わるのを危惧していたと思います。

でその後「一会桑政権」が登場し、
「2021年『青天を衝け』の冒頭には徳川家康が出てきて、こうした武家政権の構造を表面的にはなぞりますが、どんな行為が江戸幕府にとって致命傷になるか?という情報は得られませんでした」
とありますが、『青天を衝け』の主人公は渋沢栄一であり、また家康公はナビゲーターなのだから当然です。ちなみにあの家康公は好きでした。
そして
「その家康ができなかったことを義時が説明しているようで、超絶技巧にもほどがある。勉強になります」
何やら意味不明な文章ですが、結局は青天は駄目で鎌倉殿はいいと言う、今まで通りの武者さんの論調のようです。

そしてまた、
「それと同時に、不思議なことも。
明治維新で【王政復古】だというけれども、京都が首都になるどころか、武士が作り上げた江戸を東京として、そこに天皇と御所を移した。
これは一体どういうことか。鎌倉時代草創から明治維新まですっ飛ぶような、そんな発想をしてしまうのです」
とあります。諸説あるとは思いますが、やはり帝と公家を切り離したかった、江戸のインフラを活かしたかったというのも理由としてあげられるでしょう。新政府にも、多くの幕臣が取り立てられていましたし、特に『西郷どん』では、明治天皇に東京に移っていただくことについての描写もありますが、どちらも武者さんは好きでない大河だから、ちゃんと観ていないのでしょうか。

14.文官たちは武士に対する「文士」とされましたが、子孫の代となると武士に吸収されていきます。
文士と誇りを持っていられた時代は長くありません。弓すらまともにできないとからかわれ、奮起する文士の子孫たちがいます。
一方で武士も教養を身につけていく。
両者融合して、文官武官の区別があいまいな日本の武士はできあがるのです。

鎌倉幕府というのは武家政権です。中国のように文官が優勢であるわけがないし、また文官と武官にはっきり分かれていたわけでもありません。寧ろ僧侶が、文官として政権の補佐をしていたことはあります。

15.そんな大江広元に、義時が本音を打ち明けます。
「今にして思えば、頼朝が望んだ鎌倉は、頼朝の死と共に終わった」
しんみりとするようで、嫌な開き直りにも聞こえますが、広元はどう反応するか。
頼朝の建てた鎌倉を放り出すことはできないはずだと語りながら、義時の背中を押します。
「臆することはございません。それがこの鎌倉の流儀。仲章には死んでもらいましょう」
そう言い切る広元は、すっかり精神が武士に染まっています。
京都の貴族は流血を嫌います。ゆえに呪詛が好き。仲章が「血で穢れた」と言っていたように、そんな発想があります。
一方で広元にはありませんね。

「今にして思えば、頼朝が望んだ鎌倉は、頼朝の死と共に終わった」
ではなく
「今にして思えば私の望んだ鎌倉は、頼朝様が亡くなられた時に終わったのだ」
ですね。頼朝のためであったからこそ、彼もまた骨身を惜しまず働いたのでしょう。それと広元ですが、頼朝という武人に仕えている以上、このような発想になってもおかしくはありません。
「あなたの前に立ちはだかる者は、みな同じ道をたどる」
とも言っているわけですし、義時に賛同しているのがこれでわかります。
また仲章の「血で汚れた」の表現は、頼家の殺害という意味も込められているでしょう。

16.いい歳して派手すぎかと言い訳しながら、実衣が真っ赤な衣装を着ています。
今さら、と返す政子の頭巾はかわいらしいピンク色。
実衣が尼御台も化粧をしたらと言うと、政子は顔を見せてきます。
きれいにお化粧をしています。ちょっと赤を使っているとか。

実衣は「真っ赤な」ではなく、赤地に花柄が入った袿ですね。政子の頭巾がピンクかどうかは、照明の具合にもよるかと思いますが、目元と唇に紅を使っているのは確かです。


飲み物-ホットラム
[ 2022/11/24 00:00 ] 大河ドラマ 鎌倉殿の13人 | TB(-) | CM(0)

朝ドラと小檜山氏note記事7

小檜山氏の『舞いあがれ!』関連記事への疑問点です。第7週は途中までご紹介していますので、今回は第35回分について。第34回分はすべて有料記事のようですが、無料部分、つまり誰にでも読める部分がないというのは、一体どのようなことが書かれているのでしょうか。

すげーな、大学中退が美談扱いか。金のことはもう言うもの嫌だけど(これが前作暢子なら許されるまい)、もろもろの学費をドブに捨ててまで中退を美談扱いか。
舞がパイロットの進路には邪魔になるキャリアを選んでいるならわかります。画家目指して美大行っているうちに、飛行機の絵を描いていてパイロットに開眼した。そういうことならまあ、わかる。
でも航空学とパイロットって、その進路はむしろプラスです。

大学中退で航空大学校(ドラマ中では航空学校)を受けた方が、まだ若いうちにパイロットの勉強ができて、より多くの年数のキャリアを積めるからなのですが。それに航空関係の科目であれば、航空大学校での履修科目にもありますし、何よりパイロットを目指したいという目的があれば、それに特化した勉強ができるので、その意味でも学ぶ価値はあるでしょう。何と言っても、やはりここはパイロットとしての就職率も高いと言われていますし。

ちなみに学科関連ですが、
学科教官室
https://www.kouku-dai.ac.jp/cgi-bin/04_s_teacher/view.cgi?print=20&sort=down4%20down5%20down6&keys2=1&word=0&tid=default
そして実技関連、
実技教官室
https://www.kouku-dai.ac.jp/04_practical/index.html
(いずれも航空大学校公式サイトより)

そして
「金のことはもう言うもの嫌だけど(これが前作暢子なら許されるまい)」
前作のお金関係の描写は犯罪絡みだとか、あるいはネズミ講のアジトによく考えもせず開店資金の200万円を渡し、たまたま同じ200万円を姉夫婦がくれると言う、主人公に取って都合のよすぎる展開があったりしたために、叩かれたのですけどね。
自分が好きな『ちむどんどん』を批判するのは許さない、そういう小檜山氏の思いが見て取れます。無論好きな作品を嫌いと言われるのは気持ちいいものではありませんが、だからと言って、それを有料記事であれこれ書くものではないでしょう。

で、「孟母断機」な。中途半端はあかん! そう孟子の母は戒めたということな。これだ。こういうのが足りない。馬鹿にへらへら迎合することを美談扱いする。

ここでまた漢籍ですね。孟母断機についてはご存知の方も多いでしょうが、孟子が学問を途中でやめて帰った来た際に、その母が織っていた糸を断ち切り、お前が学業をやめるということは、これと同じものだと諭したという故事です。

しかし朝ドラの場合、多くの場合は主人公は色々試行錯誤しながら、夢を追って行く設定になっています。途中でその夢を諦める、変更することもあるわけで、その意味でこの故事が必ずしも当てはまるかどうかはわかりません。何よりもそれを言うのであれば、イタリアンレストランで修業していたのに、急に沖縄料理店を開きたいと言い出した『ちむどんどん』の暢子も似たようなものだと思います。

舞って性格腐りきってるよな。さんざん指摘したけど、パイロットやりたいなら先輩の後釜狙いはできる。なのにしない。背の低い先輩にマウントとるためにパイロット目指しているようにも見える。

パイロットやりたいなら後釜狙いできるとありますが、舞の場合はあれをきっかけに飛ぶことに目覚めたうえに、吉良が引退した後のパイロットに自分が選ばれるかもわからないし、もっとプロとして空を飛びたいと思ったのが、航空学校に行こうとした最大の理由でしょう。吉良先輩も応援すると言ってくれていましたね。
なのに
「背の低い先輩にマウントとるためにパイロット目指しているようにも見える」
どこをどう観たらこのように見えるのでしょうね。これが好きな作品だったら、舞は素晴らしいと小檜山氏は手放しでほめているのでしょう。

小檜山氏にしてみれば、既に「流し見」するなどと書いている以上、ドラマでどのように描かれているかよりも、自分の好き嫌いに合っていないのが嫌なのだろうとは思います。以前この人の記事に関して、セルフエコーチェンバーと書いたことがあります。通常エコーチェンバーは、コミュニティの中で発生することが多いと思われますが、小檜山氏(武者さんも)の場合、自分自身の基準に基づいて好き嫌いが決定し、それぞれの評価が両極端となって全面肯定か否定かのどちらかになり、今回のように嫌いなタイプの主人公は、何をしても気に入らないとなってしまうのでしょう。あまり決めつけるのは何ですが、たとえばパーソナリティ障害のように、感性や物事の考えが特定の方向に偏っている印象もあります。

しかし来週もつまらなそうだな。乙女ゲー広告に出てきそうなクール作りすぎの男は何? ああいうのはスマホゲーだけでいいのに。受信料使ってテレビジャックしてそれがうれしくてSNSに書き込みまくりの人もいるだろうけど、そういうのってノイジーマイノリティだと思いますよ。

「来週もつまらなそうだな」
だったら観なければいいと思うのですが。その代わりこの記事もなしということになります。
「受信料使ってテレビジャックして」
前作にそれを感じている人も、未だ多いのではないでしょうか。スピンオフが放送されたりしましたし。

あと、なぜ舞が好かれるかという理由として、

暢子みたいに口答えしないし。
モネみたいに学歴ないくせに気象予報士の資格取るような生意気なことしないし。
転がすにはええ、ちょうどいいアホさ、かわいらしさ、素直さがあるからやろなぁ。

舞は自分がやりたいことをきちんと説明できる、ありがとうとごめんなさいが言える、自己主張はするがでしゃばらないと言った点が好感を持たれるのでしょう。
確か暢子も、ありがとうとごめんなさいが言えると言われていましたが、生憎彼女の場合はこの2つよりも、「ちむどんどんする」を連発していたのが記憶に残っています。『おかえりモネ』も全部は観ていませんが、こちらの方が『ちむどんどん』よりもう少しましだったかも。
しかし「暢子が口答えする」と言うのは、小檜山氏は認めているのですね。

飲み物-湯気の立つ紅茶
[ 2022/11/20 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

TopNTagCloud



FC2 Management