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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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ラグビー代表と平尾氏 17

1999年のワールドカップは結局のところ、直前のパシフィックリム選手権の好成績もあり、ファンに期待させつつも、その期待を結果に結び付けられずに終わりました。本来ならば大会直後に試合の総括と再検討が行われ、平尾氏続投なのか、あるいは他の人物に監督を依頼するのかが決まりそうなものですが、この点に関して日本ラグビーフットボール協会は、恐ろしくのんびりしており、国内で再開した社会人リーグと大学リーグにかかりっきりになっていました。そして、平尾氏続投が決まったのは、その年も押し詰まってからでした。

また新生代表チームでは、土田雅人氏が古巣のサントリーの再建のため、コーチから外れ、代わりに神戸製鋼で主将を務めた経験もあり、大西一平(かずひら)氏が加入することになりました。しかし、平尾ジャパンはそもそも土田氏の存在が大きかったという声もあり、またこの年のアジア選手権では、それまで勝つのが当たり前だった韓国に足元をすくわれそうになり、パシフィックリム選手権に至っては最下位で、前年の好成績が嘘のような有様でした。

このチーム力の低下は、選手の選考に一因がありました。普通代表を再建する場合、特にワールドカップ後に再建する場合は、数名はベテラン選手を残し、そのうえで新人、つまり初キャップの選手を加えるのですが、この代表チームは初キャップの選手がやけに多く、そのため試合慣れしていないというデメリットがまずありました。前年のワールドカップに招集された外国人選手も、本来ならばまだ選ばれてしかるべきでしたが、なぜかそういう選考方法は採られていませんでした。

もうひとつ、それまで「型にはめない」ことを特徴にしていた平尾ジャパンですが、この年になってフラットラインが導入されました。しかしこの方法は既に、前年のワールドカップで強豪チームが採り入れており、既にディフェンス方法も考えられていたという点で、周回遅れといわざるをえませんでした。それを反映するかの如く、秩父宮の観客数はその前年よりも数が減って行きました。また一部メディアでは、強化のスピードが遅いという指摘も見られました。

その年の秋、日本はアイルランドに遠征しました。本当はフランスも相手国となっていたのですが、フル代表との試合はキャンセルとなり、ここでも日本の実力がどのように評価されているのかを、垣間見ることができました。結局70失点で終わったこの試合、当時の協会首脳で、IRB(現ワールドラグビー)の金野滋氏が現地で観戦していたといわれています。また現地のメディアの評価も、かなり厳しいものでした。これを機に、代表のあり方が見直されて行くことになります。

このアイルランド遠征とちょうど入れ替わるような形で、オールブラックスとオーストラリア代表ワラビーズが日本を訪れました。特にオールブラックスは、パシフィック・バーバリアンズ(日本でプレイするフィジー、サモア、トンガの選手中心の選抜チーム)とチャリティマッチを行いましたが、その試合には、日本代表の試合よりも多くの観客が詰めかけて、スタンドはほぼ埋まっている状態でした。またマスコミの報道も、かなり華々しいものでした。

飲み物-レッドビール
[ 2018/03/08 23:00 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表と平尾氏番外-1999ワールドカップとメディア その2

このワールドカップでもう一つ気になったことがありました。その前の大会でも見られたのですが、外国の代表チームの姿勢を殊更に持ち出し、見習えといわんばかりの論調が目についたことです。これは一つ前のでも書いていますが、大会前にデスクの要求もあったとはいえ、あれだけ代表をもてはやしたあとで、リーグ戦敗退となれば手の平を返したように、よそのチームを云々する姿勢には、どうも節操というものが窺えません。ラグビー記者諸氏も不満があるのでしょうが、それを記事にするのもどうかと思います。

特にこの大会では、下馬評は低いながら準決勝でニュージーランドを下したフランス、そして初の決勝トーナメントに進んだアルゼンチン、初出場ながら健闘したウルグアイを注目する人も結構いました。いずれもラテン系の国であり、それを特に強調する向きもありました。しかしその一方で、イタリアやルーマニアはさほどではなく、しかもイタリアはニュージーランドに大敗しているのですから、いささか整合性が取れないように思うのですが…。正直言って、フランスやアルゼンチンの持ち上げ方、それも本国のメディアが騒ぐのならともかく、日本のメディアの騒ぎ方は異常に映りました。

しかもアルゼンチンは、リーグ戦で日本に勝った相手、それも意図的に勝った相手である以上、少なくとも記者であれば、もっと冷静に相手を見るべきでした。大会で名を馳せた国を評価するのは構わないのですが、そういう国の肩を簡単に持ちたがる辺りに、日本のラグビーメディアの限度が見えたように感じられたのも事実です。しかもその一方で、決勝でフランスに勝ったオーストラリアの戦法への批判、その前の準決勝でのオーストラリアと南アの文字通りの死闘が、さほどに評価されていない印象をも受けました。

オーストラリアの戦法を批判したのは、有名なラグビーライターでした。批判はいいのですが、これがフランスに勝った相手でなければ、ここまで批判しただろうか。そのようにも取れる内容でした。要はこの記者がフランスに肩入れするあまり、フランスに勝った相手、しかもその人に取って面白くない方法で勝った相手だから、ここまで批判を込めたのではないか、そう取られても仕方がない記事でした。しかし個人で書くのならともかく、プロとして書く以上、私情を挟むのは許されないはずなのですが。

この大会では日本は思った結果を出せず、ある意味平尾氏の指導にも疑問が持たれたのも確かです。だからこそ、今後のあり方に関しての記事、それもできるだけ中立的な記事やコメントを望んではいましたが、全くないとはいえないにしても、かなり限られていたといっていいでしょう。このおかげで、フランスが結構頑張っていたにも関わらず、どこか冷めた目で見るようになって行きました。メディアが煽るような真似をしなければ、決勝ではもっと素直にフランスを応援できたのですが、このためにオーストラリアの応援に回ることになりました。

日本のスポーツメディア、あるいは普通のメディアでも感じるもやっとした印象は、こういう一貫性のなさも大きく関わってはいるでしょう。しかも自分たちの代表をどうするべきかという姿勢があまり窺えず、他国ぼめと代表強化陣叩きに終わったふしがあります。メディアのあり方はラグビーのみならず、他競技でも、あるいは相撲でも似たような印象があります。相撲といえば例の件、多分にこれもマスコミが騒いでいるふしがあります。私としてはどちらもどちらという印象を受けます。相撲の改善すべき点に関しては、また改めて書きたいと思います。

飲み物-キルシュビア
[ 2018/01/07 01:15 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表と平尾氏番外-1999ワールドカップとメディア その1

今回はこの1999年のワールドカップに於ける、メディアのあり方に関してです。まず大会前、ラグビーメディアはこぞって平尾ジャパンを讃えました。いささか持ち上げ過ぎではないかとさえ思っていました。やはり1995年大会で、事前にやけに期待を煽るような報道があり、1勝もできずリーグ戦敗退、さらにニュージーランド戦の145失点があってからは、ラグビー関連メディアは、手のひらを返したようにあれこれ批判しまくりとなりました。

今回もそうなるかもしれないという不安はありました。しかし1995年大会とは違い、サモアあるいはアルゼンチンには勝てるかもしれないと、まだ一縷の望みをつないではいました。しかし既に述べましたように、日本は1勝もできませんでした。ここに来て、またメディアは態度を一変させることになります。専門誌はその後、平尾ジャパンの検証記事を連載しましたが、「期待が大きかった分、失望もまた大きかった」と、当該記事の冒頭に記していました。

しかし期待を煽ったその一因は、当然メディアにもありました。1995年大会時と変わらなかったのは
大会前の行け行けどんどん
敗退後の手のひら返し
この2点です。強化体制や対戦国が違った分、全く同じとは言えなかったものの、大会後の強化陣に対する姿勢には、何らかの既視感を覚えずにはいられませんでした。

本来大会前にも欠点があればそれを指摘し、敗退後にも称賛するべき点があれば、それについて言及するのがメディアの仕事であり、それでもなお代表を応援するファンがつくというのが、本来のあり方でしょう。事前に煽るのは、大会に関心を向けさせるでもあるのでしょうが、そうまでしないと関心が向かないというのも、また妙なものです。95年、99年と続いたこのメディアの姿勢は、ラグビーメディアのみならず、日本ラグビーフットボール協会の姿勢にも疑問を抱かせました。

ならば、協会の姿勢をも含めた代表強化の在り方をも含めて、きちんと議論するのであればまだわかるのですが、実際はそうではありませんでした。この代表批判の多くは、平尾氏をはじめとする強化陣に向けられていました。無論強化の責任者であること、しかも大会中に曖昧なコメントに終始していたことから、勢い矢面に立たざるを得なかった部分はあります。しかしそれが昂じて、安易な強化陣叩きに変わっていった部分もあります。

要はワールドカップの代表チームの敗退、勝利させられなかった原因を客観的に探るべきだったのが、いつの間にか
「他国のプレイを引き合いに出した監督批判」
これにすり替わっていった感もあります。実際この時の「他国を見習え」の表現もちょっとどうかと思いました。これに関しては次に書きたいと思います。

無論すべての記者がそうだったわけではありません。JSPORTSの解説も務めていて、このブログでも時々紹介している村上晃一氏、あるいは小林深緑郎氏などは違っていましたし、また代表強化陣批判をしていた記者の中にも、温度差があったのも事実です。また専門誌と『ナンバー』のような専門誌、あるいは記者個人の著書などでは、同じ事柄を取り上げていても、当然というか、表現方法にいくらかの違いが見られました。

この平尾ジャパンは、1995年の大会後、短期スパンで監督が交代し、そのため強化がまだ安定していないこともありました。一方で選手はかなりモチベーションが高く、それなりの技を持った選手もいました。また前年のアルゼンチン戦、そしてワールドカップ直前のパシフィックリムなどで、前出のように1勝はできるかもしれないとは思っていましたが、いつの間にかメディアの中で、予想が勝手に盛り上がって行ったふしもあります。

飲み物-パブのビール3
[ 2017/12/22 23:30 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表と平尾氏 16

久々の投稿になります。満を持して臨んだ1999年ワールドカップでしたが、日本はサモアとウェールズに大敗し、後はアルゼンチン戦を残すのみとなりました。当然ファンは、このアルゼンチン戦勝利を期待するようになります。しかしそのアルゼンチン(ロス・プマス)も、サモアに勝ってかなり気合が入っていました。そしてリーグ戦最後の試合となったこの対決は、ミレニアムスタジアムで日没後に開幕しました。国歌吹奏は、軍楽隊ではなく一般のブラスバンドによって行われました。

実はこの大会は、それまでとは違った方式で行われていました。この大会から、従来の16チームに4チームをプラスした、計20チームでリーグ戦が行われることになったものの、4チーム×5の変則的な編成であったため、プレーオフが設けられることになりました。このプレーオフは、プールBの2位(イングランド)とプールCの2位(フィジー)、プールAの2位(スコットランド)とプールDの2位(サモア)、そしてプールEの2位(アイルランド)とベスト3位が戦うことになっていました。

アルゼンチンはベスト3位入りを目論んでいました。しかし得失点差の関係により、あまり多く得点すると2位になってしまって、スコットランドと当たることになるので、それよりも与しやすいアイルランドにという意図だったようです。そのためアルゼンチンは、できるだけ少ない点数で日本を破ろうとしていました。ならば日本も、総動員でアルゼンチン戦に臨むべきでした。また試合前の時点では、プールCのカナダもベスト3位の候補に上がっていました。

しかし顔ぶれはそれまでの2試合とそう変わらず、しかもこの大会での起用が期待された岩渕健輔選手(後にケンブリッジブルー)は、この試合のメンバーにさえ入っていませんでした。また日本もミスが多く、思い切った攻めができませんでした。タックルこそ捨て身ではありましたが、結局相手の思惑通りに試合は運び、結局日本は3戦全敗となりました。アルゼンチンがベスト3位を狙うのをあるいは知りつつ、手を打たなかったがゆえの敗北ともいえるでしょう。

この試合後平尾監督は、世界とはまだ差があるとコメントしました。しかし選んだ選手たちは皆、その年のパシフィックリムではいいプレーを見せていたはずです。無論パシフィックリムとワールドカップでは違いますが、全く違うというわけでもありません。このコメントに少なからずがっかりしましたし、また同じことを考えた人も結構いたようです。がむしゃらに勝利を狙うような気構えが、今一つ感じられない、そういう意味で何か後味の悪い大会でした。

ところでこの試合、リーグ戦最終戦ということで、サモアの選手もスタンドに姿を見せていました。そのサモアはウェールズを破った相手ですから、ウェールズの観客はブーイングをし、片やサモアの選手は、会場のスクリーンに顔が映し出されるや、大げさな顔芸でそれに応えるという、如何にもラグビー的な風景が楽しめました。もちろんアルゼンチンと日本のファンも詰め掛けており、プールDの国々が、さながら一同に介したような雰囲気でした。

飲み物-パブのビール1
[ 2017/12/16 00:30 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表と平尾氏 15

1999年ワールドカップ、日本の第二戦は開催国であるウェールズでした。かつてアームズパークと呼ばれていたスタジアムは、ミレニアムスタジアムと名前を変えて大幅に改築されました。試合前には、その少し前に起きた鉄道事故の犠牲者を悼んで、黙祷が行われ、その後両国の国歌斉唱となりました。男性のコーラスグループが、それぞれ『君が代』と『ランド・オブ・マイ・ファーザーズ』を歌いましたが、『君が代』が実に見事に歌い上げられていたのには驚きでした。アクセントがおかしいと言ったこともなく、合唱だけ聴いていれば、日本人が歌っているのと何ら変わるところはありませんでした。

ならばこちらも、相手をしのぐプレイを見せたいというのが人情でしょう。そして実際、前半はそこそこいい試合になっていました。サモア戦の時のような硬さがなく、いくらか試合慣れしていたようにも見えましたし、大畑、ツイドラキ両選手がそれぞれトライを挙げた場面では、たとえ勝てなくてもかなり接戦できるのではないかという印象もありました。何よりもサモア戦で見られなかったトライを、前半で2本見ることができたのも、その期待をさらに膨らませたともいえます。しかし後半に入ると、状況は一変してしまいます。

後半はウェールズに押される形となり、日本のいいプレイは影を潜めます。そして、ウェールズに対して防戦一方となりました。こうなると日本は不利ですし、逆にウェールズにしてみれば、自分たちの思う展開に持ち込めたことになります。まだ点差が開かないうちに、選手交代をするべきだったのですが、なぜかそれが行われませんでした。特にスクラムハーフの村田亙選手は、流れを変えるためにも、ウェールズ優勢の展開になった時点で、早めに出しておくべきでした。しかし交代が行われたのは、試合の趨勢があらかた定まってからでした。

結局最終スコアは、15-64で日本の完敗でした。選手は揃っていたのに、なぜここまで点差が開いたかという点については、やはり「型」のなさに平尾氏がこだわるのも一因と指摘されていました。実際このワールドカップが終わった時点で、日本代表は「勝つ」のではなく、「国際試合として、おさまりのいいスコアに持って行く」のが目的だったのではないか、そのような声も聞かれました。中には善戦と見る向きもありました。無論これが選手交代を行い、代表のあるべき型をきちんと決めての敗戦であれば、そうも言えたのでしょうが、持てるべき力をすべて出していない印象がありました。

このウェールズ戦の翌日、サモアとアルゼンチンの試合が行われ、こちらは前半優勢だったサモアを、アルゼンチンが後半巻き返して勝利しました。これにより、日本が入ったプールDの順位は、得失点差が影響するといった、きわめて微妙な状況となっていました。ならば、その得失点差をうまく利用して勝ちたい、そういう雰囲気が代表の中に感じられてもよかったのですが、報道を見る限り、あまりそれは感じられませんでした。平尾氏はこのままで行くのか、あるいは最終戦でがらりとやり方を変えてくるのか、それが不明なまま、各チームは三戦目に突入して行くことになります。

飲み物-ブラウンエール
[ 2017/11/18 00:45 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表ヨーロッパ遠征2017その1

毎週恒例のラグビー情報ですが、今回は日本代表の試合はありませんでした。ちなみに、日本が25日に試合を行うフランスは、ニュージーランドと試合を行って18-38で負けました。無論これは相手が相手ということもありますが、このためにも今後の試合は勝ちに行くでしょうし、ましてランキングが下の日本には負けられないでしょう。
一方で日本は、18日にトンガと対戦です。トンガも日本が勝てない相手ではありませんが、時と場合によって黒星を喫する相手でもありますので、これできちんと勝って、万全の態勢でフランス戦に臨みたいものです。ところで、オーストラリア戦の課題はきちんと修正されたのでしょうか。

それから、いつか機会があればと思いますが、ラグビーメディアについても書こうと考えています。元々ラグビーのメディアはあまり多くなく、特にネットのない時代は、専門誌が頼りでした。しかし専門誌の書くことも、必ずしも正しいわけではなく、ワールドカップ前は代表を持ち上げ、決勝トーナメントに進めないと見るや、手の平を返す姿勢も目立ちました。
また日本が勝ったスコットランドXV(選抜チームで、本当の代表ではない)を「スコットランド代表」としたり、あるいは特にワールドカップや国際試合(テストマッチ)関連で、何やら主観的な印象の記事を見たこともあります。
今までこのブログでご紹介したライター諸氏は、一応はきちんと取材し、中立的な立場から書いているわけですが、中にはどう見ても、ジャーナリズムとは趣を異にする記事も見られます。また、1999年ワールドカップ時の記事、特に記者のスタンスが疑問だらけでしたので、これに関しては、今回「ラグビー代表と平尾氏」関連で書いてみようと思います。確かに勝てなかったのは残念でしたが、他国の試合を殊更に引き合いに出す姿勢が目立ちましたので。

飲み物-キルシュビア 
[ 2017/11/15 23:00 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表と平尾氏 14

今回は代表チーム、平尾氏関連を少し離れます。この1999年大会は、初めて当時のSKYSPORTS(現JSPORTS)という専門チャンネルで放送されたため、中継時間をかなり多く取ってあり、グラウンド内外のあれやこれやが見られたのも、その当時としては新鮮でした。それまでNHKとNHKBSで放送されたことはありますが、何せ専門チャンネルではないため、ここまで時間を取ってはおらず、また地上波では必ずハーフタイムにニュースが入り、ラグビーを堪能したい身としては、何やら味気ない印象もありました。

そのためロッカールームの様子とか、スタンドで観戦しているそれぞれのチームの応援団であるとか、はたまたグラウンドに躍り込んで来たストリーカーであるとか(ヨーロッパは結構これが多い)、様々な物が映し出されることがありました。またこの大会は、参加国がそれまでの16国から20国に増えたため、ラグビーでは珍しいスペインの応援団が、闘牛士と思しき格好をしているのも見られましたし、アルゼンチンのファンが、ソンブレロをかぶっている光景も目にすることができました。

無論、国歌斉唱もきちんと中継されていました。これもNHKの場合は中継されたりされなかったりで、こういう試合前のセレモニーは、きちんと放送してほしいものだなと思っていただけに、これはありがたいことでした。特に、これはこの次書く予定ですが、日本とウェールズの試合の前に、ウェールズのアマチュア男声合唱団が歌った『君が代』は、変な外国人風のアクセントがなく、完璧なものでした。

しかもテレビの中継時刻に合わせて試合が行われるため、同系列局同士で、リレー形式で中継をつなぐことが可能でした。この時もラグビーを中継する局がいくつかあり、そのため同日に行われる4試合から5試合を、すべてカバーできる仕組みになっていたわけです。今でもJSPORTSは4チャンネルがあるので、ワールドカップの全試合放送が可能になっています。またこの方式で、高校ラグビーのすべての試合を中継することもできます。

また試合後のインタビューも、時間をかけて中継されました。尤も日本代表が勝利で喜ぶ声を、聞くことができなかったのは残念でしたが。別途課金はしなければなりませんが、やはり専門局で観るというのは、かなり大きな違いがあります。関連番組とか、過去のワールドカップの再放送などもありますし。しかし2019年のワールドカップは、当然国内の、それも地上波も生中継となるのでしょう。日テレ系列が放映権取得となりそうですが、NHKはどう対応するのでしょう。

飲み物-エールビール
[ 2017/11/04 00:45 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表と平尾氏13

今月の20日で、平尾氏が亡くなられてから、丸1年を迎えました。

さて1999年のワールドカップ、日本代表はかつてない自信とチーム力で、ウェールズでの大会に挑みました。その初戦となるのがサモア戦でした。このサモア戦は、サモアのスクラムハーフがスティーブン・バショップ、そして日本のスクラムハーフが弟のグレアム・バショップという兄弟対決でした。日本代表は明らかに固くなっているのが、国歌斉唱の場面からも見て取れました。そして、雨模様のグラウンドで試合が始まりました。

この代表には、フルバックに東芝府中(現東芝ブレイブルーパス)の松田努選手が選ばれていました。しかし、彼が負傷などで出られない場合に、そのリザーブとなるフルバックがいませんでした。元々フルバックは、松田選手か、ステファン・ミルン選手のどちらかを使うという体制だったのですが、ミルン選手はこの時は言っていませんでした。平尾氏は「チームがミルンを要らないと思えるところまで成長した」とコメントしましたが、実はこれには、日本のラグビー界ならではの事情がありました。

ミルン選手は、所属チーム(マツダ)の昇格のため、代表ではなくチームでプレーするように要請され、代表を離れていたのです。これは日本ラグビー協会が、それぞれの社会人チームに、代表のために選手をリリースするように、徹底して来なかったのが原因でした。つまり代表選手といえども、そのトレーニングやケアの大部分は所属チーム任せであり、そのため所属チームに対して強く出られなかったのです。もちろんこの反対の例もありました。

かつて日本のチームに所属している外国の代表選手を、所属チーム優先でプレーさせたため、その選手の国の協会から日本協会にクレームがついたことがありました。本来代表には選手をリリースするのが筋であり、クレームもやむなしではありましたが、日本協会にはそのような権限は実はなく、あくまでも選手が所属するチームにゆだねられていたわけです。これは日本以外でも見られたことですが、その後代表への選手のリリースが最優先されるようになって行きます。

ともあれ、フルバックのリザーブ不在はこの試合に大きな影響を与えました。松田選手が試合が始まって間もなく、肩を脱臼して退場したのです。この時はウィングの大畑大介選手が、フルバックに入ることになりました。しかし元々大畑選手はウィングの選手であり、フルバックの位置に戻る習慣がついておらず、時間を重ねると共に、サモアが優勢となりました。そして最終的には、9-43という完敗に終わりました。

またこの試合が行われたレクサムの競技場は、ウェールズにしては珍しくサッカーの競技場でした。そのためインゴールが狭くなっていました。サッカーはゴールポストが置けるスペースがあればいいのですが、ラグビーはインゴールに走り込んでトライするわけですから、インゴールが狭いというのも、何かしらの影響はあったかもしれませんが、それはサモアも同条件でした。やはりフルバックという守りの要を揃えなかったツケは、かなり大きなものでした。

平尾氏も、あるいは勝てると思っていたこの試合を落としたこともあるのか、試合後の記者会見はどこか曖昧であったといわれています。無論、チームに「型」が不在であったことも、敗因の一つではありましたし、元オールブラックスの選手と元から代表であった選手との、意思の疎通が今一つであったともいわれています。また日本代表は、ワールドカップの試合では必ずトライを挙げて来たのですが、この試合では初めてノートライに終わりました。

飲み物-グラスビール
[ 2017/10/28 00:30 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表と平尾氏12

1999年8月、スペイン代表を招いての壮行試合が行われました。ナイトゲームで行われたこの試合は勝利に終わり、本大会に向けての手ごたえを感じさせました。この時のスペイン代表もワールドカップ出場を決めていたものの、日本に取っては勝てる相手であり、しかもホームゲームとあっては、勝って当然ともいうべき試合でした。そして壮行会も行われました。この時の代表の移動用のブレザーは、ダンヒルの製品だったといわれています。

平尾監督時代は、監督の個人的な人気もあり、多くの有名な企業がスポンサーとして名を連ねました。しかし協会が率先して、スポンサーを集める気配はあまりありませんでした。これが後に尾を引くことになりますが、それはともかく。パシフィックリムでの戦績を海外メディアにも認められ、しかもあのオールブラックスの経験者をチームに加入させ、誰の目からも順風満帆に見えた平尾ジャパンは、勇躍ウェールズへと旅立って行きます。

ウェールズで行われた開会式は、如何にも手作りといった雰囲気で、華やかさや洗練といったイメージは乏しかったものの、ラグビーを愛する「国民」らしくまとめたものでした。開会式に続いて、ホスト国のウェールズとアルゼンチンの試合は行われ、アルゼンチンは奮闘したものの惜敗に終わりました。このウェールズとアルゼンチンのプールは、日本も入っていたため、今後の日本戦を占ううえでも大事な試合でした。

特にこの両チームはスクラムに定評があり、またこれはどのチームにもいえることですが、タックルがかなり強烈で、この両者のいずれを相手にしても、かなり手ごわいイメージがありました。日本はその2日後にサモア戦を控えており、またファンはサモアとアルゼンチンに勝つことを期待していました。その後現地では、それぞれの国の監督や主将が、抱負を述べるシーンが流されており、日本の平尾監督、そしてマコーミック主将ももちろんこのビデオに登場していました。

しかしながら、平尾監督はどこかぎこちない雰囲気があり、マコーミック主将も硬くなっていたといわれています。一方ワールドカップを既に経験しているジョセフ氏は、ゆとりの表情で話していたようです。尚この時、日本のスカイスポーツ(現JSPORTS)では、監督も主将もさほどに緊張した様子ではなかったので、恐らくインタビュアーの聞き方にもよるのでしょうが、その辺が物足りないという指摘もありました。

飲み物-レッドビール
[ 2017/10/06 01:00 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

ラグビー代表と平尾氏11

年が明けて1999年、ワールドカップイヤーとなりました。日本選手権が終わり、国内シーズンが終了した後に代表の招集が行われましたが、その時新たな外国籍選手の発表がありました。それが
グレアム・バショップ
ジェイミー・ジョセフ(現日本代表HC)
この2名でした。2人とも95-96シーズンからサニックスでプレーしており、3シーズンプレーしたため、外国籍ながら、日本代表になる資格は持ち合わせていました。ただこの2人は、普通の外国籍選手とはいささか事情が異なっていました。なぜかといえば、2人ともかつてはあのオールブラックスの選手だったからです。

ニュージーランドに於いて、オールブラックスの存在というのは大変なものです。総理大臣の名前を知らなくても、オールブラックスの主将の名前なら知っている子がいるという話もあるほどで、これは日本代表にいたニュージーランド出身の選手たちにも、大きく影響することになります。とりわけこの時の代表主将は、やはりニュージーランド出身のアンドリュー・マコーミックでした。彼のお父さんはオールブラックスでのプレー経験がありますが、マコーミック氏自身は選考試合に出たことはあっても、自身は代表でプレーしたことはありませんでした。

しかしこの2人は、チームに取って大きな即戦力となりました。その年のパシフィックリム選手権では、日本代表は優勝という成績を納め、ワールドカップでの勝利、あるいは決勝トーナメント入りを期待する声が、高くなって行きました。しかしその時期においてもまだ、平尾氏は型を決めようとはしませんでした。一方で平尾氏の、代表監督としての名声も高まり、講演に招かれるようにもなっていました。ただしこの時期、1999年夏の時点では、何よりも優先するべきは代表であり、ワールドカップで勝てるチームを作ることではないかと思った記者もいたようです。

ここでちょっと余談になります。先日の大河ドラマ関連の投稿で、森下佳子さんの「正しい歴史や考証を押し付けられて、ドラマが息をしていないように見える」というコメントを紹介しています。以前にもこの言葉を引用したことがありました。押し付けるとか型にはめるというのは、捉え方によってはネガティブになりがちなのですが、実際はどうだろうと思います。現に今年の大河では、歴史や考証をかなり軽んじた感があり、何やら恋愛ドラマのようになっているのは事実ですし、本来力を入れて描いていい歴史の部分が、ないがしろにされている印象があります。

森下さんは本当は、歴史の押し付け云々ではなく、地方の小領主からの独自の大名観、あるいは時代観を盛り込みたい、「ステレオタイプな歴史の押し付け」は書きたくないと、こう言うべきだったのでしょう。歴史や考証を押し付けられるのは嫌、否定するとなっては、それは大河とは呼べません。平尾氏の場合も、型にはめないのではなく、「型通りのプレーをしたくない」と言うべきだったのかと思いますし、チームの方向性を決めるのであれば、ある程度の決めごとがなければ、よほどコンビネーションがうまく行っていても、結構難しいように感じられます。

飲み物-ブラウンエール
[ 2017/09/28 00:00 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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