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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『風花帖』-55

江戸で剣技を磨いたものの道場も開けず、仕官もできなかったのは、叔父佐五郎が陰気で影が薄く、ひとに嫌われるほどではなかったものの、疎んじられ、忘れられて放っておかれたからだと、父弥助は言っていた。そんな叔父に似ていると言われたことが、新六にはよく理解できなかった。

しかし長じるに従って、次第にわかって来たのだった。新六自身ひとから憎まれるほどではないが、何となく疎んじられまた目障りに思われて来た。弥助が隠居して勘定方に出仕するようになってから、新六はそのことを改めて知った。

特に意地悪をされるわけではないが、周囲にひとが集まらないのである。ひとりきりでいるのは幼い頃から慣れていたが、命じられた書類を書きあげても誰も見てくれるわけでもなく、「そこに置いておけ」と、顔も見ずに指示される有様だった。

新六は耐えるだけの日々を送ったが、叔父に鍛えられた剣術の技量を示せば、周囲が自分を見る目も変わるのではないかと思い、城下の道場が行っている素戔嗚神社の奉納試合に出たのである。佐五郎は剣の才能を表さずに、おとなしく生きよと言っていたが、新六自身ひとに認められたいという欲はあった。

自分が剣術に優れていると示すことで、家中の人々に見直され、親しく交わってくれるのではないかと新六は思った。そこで奉納試合に臨んで勝ったが、新六自身が望んだような評判は得られなかった。この試合で敗れた相手は、負けを屈辱に感じてはいたが、誰も自分を認めることはなかった。

どころか夢想願竜が姑息だとそしり、卑怯な嵌め手を使うなどと非難されもしたが、やがてそのように言われることさえなくなった。結局夢想願流を使う変わり者とだけ言われ、腕前そのものについては無視され続けたのである。

新六は知らず知らずのうちに、すべてを諦めるようになった。佐五郎がそうであったように、どれだけ努力しても力があっても、人に受け入れて貰えない。そういう巡り合わせの者はいるのだと考えるようになって行った。しかし印南家の屋敷が火事になり、杉坂家の屋敷に住むことになってから、吉乃が新六に親しく笑いかけ、話しかけてくれたのである。

これは新六に取って初めての経験だった。当時吉乃はまだ12歳か13歳で子供らしさがまだ残っており、他家の男である自分にも気兼ねなく話しかけてくれたのだと新六は思った。

若い女人と話すなど初めてのことで、戸惑って顔を赤らめたのではないかとも新六は思った。しかし吉乃はそれがおかしいと言って笑い、その笑い声を聞くだけで、頑なであった新六の気持ちもほぐれた。何よりも、杉坂家の中庭に面した縁側で、ほころびかけた梅を見ながら吉乃とたわいもない話をしていると、今までにない幸福感を得ることができたのである。

このおかげで、吉乃の父である監物とも畏まらずに話をすることができたのだが、ただ、その生活がいずれ終わる時が来るのはわかっていた。新六の父弥助が仮住まいしていた親戚の家で亡くなり、新六自身は杉坂家を出て、一家を構えることになったのである。

そんな折、新六は監物から思いがけない話を聞いた。親戚の間で、自分と吉乃を娶(めあわ)せようという話が出ていたのだった。新六さえよければ縁組の話を進める、どうかと言われ、新六は天にも昇る心地で頭を下げて、是非ともお願いしますと伝えた。

監物は穏やかな表情で微笑み、新六にこう言った。「ではいずれ吉乃に伝えるが、それまでは内密にしておくように」新六は嬉しさのあまり、部屋に戻っても体の震えが止まらなかった。


新六の話が尚も続きます。地味なタイプで、周囲に人が集まらないのが悩みの新六は、父に叔父佐五郎に似ていると言われたこと、それがなぜであるかということを理解するようになります。佐五郎もまた、ひとから疎んじられるタイプであり、それゆえ剣の腕を磨きながら、剣術家として大成することはなかったのです。そのため、叔父から剣の才能を表に出すなと言われてはいたものの、自分の剣の腕を披露すれば、皆の見る目も変わるのではないかと思い、奉納試合に出ることになります。

この試合で新六は勝ちますが、だからと言って周囲が見直してくれるわけでもなく、変わった剣術を使うやつとだと言われるようになり、剣の腕そのものも認められないという、報われない日々を送るようになります。ところが印南家の屋敷が火事になり、新六が杉坂家に住むようになってから状況が変わります。杉坂家の娘吉乃が話しかけたり、笑いかけたりしてくれるようになり、自分は疎んじられていないという思いから、新六の気持ちは段々とほぐれて行きました。杉坂家の縁側で吉乃と過ごす時間は、至福の時だったでしょう。

しかし父弥助が亡くなり、この杉坂家での日々も終わりを迎えることになります。しかしそんな折、吉乃の父監物は、新六に吉乃との縁組について話します。新六に取っては天にも昇るが如き気持ちで、是非ともお願いいたしますと監物に頼み、監物もまた、いずれ吉乃に伝えるがそれまでは内密にするようにと言い渡します。剣の腕は認められなかったものの、自分自身を吉乃が認めてくれ、しかもその吉乃を妻として迎えることができる。大きな喜びであったはずですが、そこで例の素戔嗚神社の件が起こります。

飲み物-華やかなティーカップと紅茶
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[ 2024/03/05 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第9回「遠くの国」あらすじと感想-2

第9回後半部分です。


兼家の子供たちは、道兼以外は皆驚いていた。父上の病は偽りだったのかと尋ねる道長に、内裏の殿上間で倒れたところまではまことである、家で目覚めたが目覚めなかったことにしたと兼家は答える。そしてその理由について、我が一族の命運にかかわる大事な話じゃと前置きし、安倍晴明が屋敷に来た時のことを語る。

兼家はその時気づいたが、子供たちを呼ぼうとする晴明を引き止め、今後自分はどうなるか、孫懐仁親王の即位を見届けられずに死ぬのかと晴明に尋ねる。そのようなことはない、命がけでご祈祷いたしておりますゆえと答える晴明に、兼家は帝の譲位と孫の即位を急ぎたいが、帝は思いのほかしぶとく、また自分には策がないと言う。すると晴明は自分には策がある、お買いになりますかと言い、兼家もそれに乗る。

つまりこのまま眠ったふりをし、内裏に亡き忯子が怨霊となって右大臣に取りついたと言う噂を流し、晴明はそれを自ら帝に申し上げ、帝は愛しい忯子の怨霊と知っておののいているらしいとまで言って、道兼に話を振る。道兼はほくそ笑み、帝が日々涙ながらに憂いていることを伝える。ここからが正念場じゃ、内裏で色々なことが起こると兼家は言い、自分が正気を取り戻したことで、忯子の迷える霊が内裏に飛んで行き、さまよっていると晴明が帝に伝える。

霊を鎮め、成仏させるためには帝は何をなすべきかと兼家は問いかけるように言い、これから力をかけて帝を玉座より引き下ろし奉る、皆心してついて来いと子供たちにはっぱをかける。また兼家は、娘の詮子に言う。源なぞ何の力もない、わしについてこなければ懐仁ご即位はないと思えと。その後道隆は弟たちに、父上の見事さに打ち震えた、命をかけて父上をお支え申そうと言い、道兼に、なぜ父が既に正気付いていたことを知っていたのかと尋ねる。

道兼は答える、兄上や道長より自分が役に立つと父上が思ったからだと。蔵人ながら右大臣家ということで遠ざけられていたが、ある日これを見て、帝がにわかに自分を信用してくれたと道兼は腕のあざを見せる。どうしたのかと兄に訊かれ、時折正気を取り戻す父に殴られたということで、自分で傷つけたと道兼は言う。

その時帝は、恐ろしい父親でお前も難儀なことだと言い、道兼は、帝のお悲しみに比べたらどうということもないと答えていた。そして帝は、義懐が子を作れとうるさい、朕は忯子でなければ嫌だと言い、道兼は、人の心はそのように都合よく移ろうものではない、むごいと帝に同情したた、。帝は自分を理解してくれる相手として道兼を認めたのである。道兼は道隆や道長に言う。兄上や道長がのんびり父上の枕元に座っている時、自分は体を張って父上の命を果たそうとしていたと。
道長は道兼をまじろぎもせずに見る。

一方で捕らえられた直秀たち散楽一座は、2日間ほど取り調べがなかったが、仲間たちは人も殺していないし、罰は軽いだろうと楽観していた。そして一同は歌い、踊り始める。
「梅の香ぞ、酒の香ぞ、そそげず、そそげず、闇の盃」
しかし彼らは流罪と決まったようだった。武官仲間の広盛が、検非違使庁につてのある弟から情報を得ていたのである。

出立の日を尋ねる道長に、明日の卯の刻だったと思うと広盛。やはり武官仲間の宗近は、7人も流罪は手がかかる、盗人ならせいぜい鞭打ちなのに、検非違使庁は何を考えているのかと洩らす。そして百舌彦がこれを乙丸に伝え、別れを告げるなら共に参ろうと乙丸を誘う。まひろも道長と共に、直秀たちを見送りに左獄へ向かうが、番人たちはもう出たと伝える。どこに向かったのかと問い詰める道長に、彼らは鳥辺野と答える。

鳥辺野はこの当時は、屍の捨て場であった。馬でその地へ向かう2人の上を、カラスたちが飛んで行く。散楽一座は手に縄をかけて連行されるが、先導する放免がふと立ち止まり、振り向いて笑みを洩らす。その頃道長とまひろは、馬を下りて彼らの後を追っていた。2人がたどり着いた先にはカラスが群がっていたが、2人の姿を見て逃げ出す。そこに見えたのは散楽一座の死体で、皆討たれたような傷があった。

道長が手荒なことはしないでくれと頼み込んだのが、最悪の結果となってしまったのである。直秀の手のいましめをほどいた道長は、その手がしっかりと土を握っているのを目にする。道長は土を払いのけ、自分の扇を持たせてやる。
死体に向かって手を合わせる道長。そして地面に穴を掘り、彼らを埋葬するのをまひろも手伝う。手で穴を掘り、カラスを追いながらの大変な作業だった。

再び彼らは手を合わせ、道長はすまないとまひろの袿の泥を払い、さらに埋葬した散楽一座に向かってもすまないと声を掛け、皆を殺したのは俺なんだと告白するかのように言う。余計なことをした、すまないと道長は顔をゆがめ、涙を流す。自分を責めるかのようにすまないと繰り返す道長の背中に、まひろは手を伸ばして肩を抱く。まひろもまた涙を流していた。帰り道。道長が馬の口を取り、まひろを乗せてやる。

そして宮中では動物の死体が発見されたり、水が多量に廊下に落ちているのを、忯子の涙だと女房達が噂したり、弘徽殿で白い影を見たという者が現れたりで、忯子の怨霊の噂はまたたく間に広がって行った。帝は兼家が死ななかったことを晴明から聞き、しぶといやつ、虫唾が走ると不満そうだった。しかし晴明は言う。そのようなのどかな話ではない、右大臣が目覚めたということは、忯子の霊が右大臣を離れて内裏に飛んで来たということだと。

忯子の霊が成仏できず、もがいている、成仏させられるのはお上しかいないという晴明の言葉に、何をなすべきかと尋ねる帝。晴明はいくらか帝をじらすようにしながら、こう答える。
「お上が出家あそばされるしかございません」

そして為時の屋敷では、惟規が大学に行くため父に別れの挨拶をしていた。いとは傍らで涙を流すが、惟規は父上の顔を潰さないよう努めてまいるとはっきりと言う。尚も涙をながすいとに、為時は涙を流すことではないと注意し、まひろも今生の別れではない、休みには帰って来れると言うが、赤子の時よりお育てし、片時も離れたことがない若様ですのでといとはまたも涙にくれる。

為時は言う。
「一念通天、率先垂範、温故知新、独学固陋。肝に銘じよ」
まひろはこの言葉の意味が分かったかと尋ね、惟規は1つわかったと答える。情けないと為時は言い、今日から本気出すからとまひろは弟を庇う。

為時はそんな息子に、しっかり学んで見違えるように成長せよと、最後のはなむけの言葉を贈る出て行く姿を見ながら、お前が男であったらと言う為時に、自分もそう思う、男なら自分も勉学に励んで内裏に上がり、世を正すと言うまひろだが、その後すぐに言い過ぎたと訂正する。


やはり兼家の病はうそでした。倒れたところまでは事実だったのですが、その後晴明と示し合わして、このような大掛かりな芝居を打ったわけです。しかも晴明、この間の公式サイトの記事にもありましたが、単なる陰陽師ではなく、何やらフィクサー、黒幕的存在とでも言うべきでしょうか。自分の策を売りつける辺りなどは、正にそれではないかとも思えます。しかもこの人は帝にも直言できるわけですから、兼家としては鬼に金棒状態だったでしょう。

つまるところ兼家は快癒した、兼家の体を離れた忯子の霊が内裏に飛んで行く、成仏できずに苦しみもがいているという筋書きを作り、情報を拡散して、ならば成仏させるにはどうすればいいかという流れを作るわけですね。帝を退位させるには出家させるしかないとなるわけで、この兼家のやり方に比べると、詮子が源雅信を味方につけようとしたことなど、まだまだ甘いとなるわけで、詮子もここは父に従わざるをえないようです。

そして道兼。第1回でこの人物はヒール的だと書きましたが、単にヒールと言うよりは、自分の存在感を示すためにその役目を進んで引き受けているところがあります。無論それはそれで、兼家の企みに不可欠な存在ではあるのですが、道長に取っては何か恐ろしい存在でもあるようです。『真田丸』で信繁が、父昌幸が恐ろしいと言ったことがありますが、この道長は「父と兄が恐ろしい」となるのでしょうか。

その道長、散楽一座が流刑と聞いてまひろと見送りに行くも(百舌彦を使って、事前に約束していたのでしょうか)もういないと言われます。実は彼らは鳥辺野で殺される運命でした。後を追う道長とまひろですが、時すでに遅しで、彼らはすべて嬲り殺されたような傷があり、苦しんで地面をつかんだのか、手が土塊をつかんだままでした。その彼らを埋葬し、手を合わせる道長とまひろですが、元々この地は風葬にするための場所でもありました。

さて惟規が大学に入ります。赤ん坊の頃から共にいたいとには、辛い別れです。ちょっと大丈夫かなと思われるところも、あるにはありますが…。そしてこちらは子供の頃から、男だったらなと言われて来たまひろ、もし男だったら大学で勉強して内裏に上がり、世の中を正しくしたいと明言した後、ちょっと言い過ぎたかと言いますが、何せ政は一筋縄で行かないし、安倍晴明のように、自分の策を権力者に買わせることもあるいはあるかと思われるし、なかなか大変かと。

あと来週の予告
「決行は歳星が二十八宿の氐宿を犯す日」
とあります。いよいよ寛和の変です。この「氐」はてんびん座、歳星は木星のことですね。しかし昨年の家康と三成の会話に続いて、またも二十八宿の登場です。まあ今年は特に平安時代だからということもありますが。


飲み物-パブのビール
[ 2024/03/05 03:30 ] 未分類 | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第9回「遠くの国」あらすじと感想-1

第9回前半部分です。


寛和2(986)年。道長の屋敷に忍び込んだ盗賊の頭領が直秀だとわかり、道長は衝撃を受ける。思ったより堅固だ、内裏よりものものしいと言う直秀に、やはりあの時射たのはお前だったのかと道長。取り押さえられた直秀は、あれが潮時だったと言う。武者たちは、彼らが散楽一座の者であると道長に告げ、また一座の一員である輔保は道長の顔を覚えていて、何も盗んでいないから見逃してくれと言う。やめとけと直秀。

盗賊は我らが片付けるので、若君はお部屋へと言う武者たちに、直秀は若君がそんなに大事か、お前らも貴族に見下されて来たのに悔しくないのかとずけずけと言い、武者たちは刀を抜く。しかし手荒な真似はするな、彼らは人を殺めてはおらぬ、命まで取らずともよいと命じて去ろうとする道長に、直秀は声をかける。
「凛々しいことだな、若君」

道長は彼らを検非違使に渡すよう武者たちに言い、その後兼家のそばに付き添っていたが、なおも先ほどのことが気になるようだった。そして翌日、左大臣家での集まりで、茅子が東三条殿に盗賊が入り、三郎君が獅子奮迅のお働きと話す。しをりも道長が最近大層なご評判とはしゃぐが、倫子が思案顔なのを見て黙る。倫子はその空気を破るかのように、その盗賊は我が土御門に入った盗賊と同じかと、茅子としをりに問いかける。

わかりませんわと答えられて、そうですわよねと倫子は笑うが、まひろは気になるものがあった。そしてその土御門殿では、穆子が赤染衛門に、倫子が道長をどう思っているのか尋ねる。倫子は父雅信にはそういうことを話すものの、穆子が訊くことには答えないらしく、穆子は苛立っているようだった。そしてまひろは散楽一座の家にやって来るが、そこには誰もいなかった。

まひろは、鳥籠を出てあの山を越えて行くという直秀の言葉を思い出し、もう旅に出たのかと自問する。するとそこへ放免たちがやって来て、家の中に入り込み、そばにいたまひろと抗議する乙丸を取り押さえる。彼らは共犯とみなされたのである。放免の1人がまひろを見下すようにして話す。
「仲間は東三条殿で捕らえられた。お前らも、獄でた~っぷり詮議してやるぜ」

盗賊たちは牢に入れられ、道長は平惟仲に、彼らの処分について尋ねていた。余罪について取り調べていると惟仲。道長は、他のことは知らぬものの、東三条殿では何も盗んでおらず、人も傷つけていないことから、早めに解放されることを望んでいた。惟仲はなぜ道長がそう情けをかけるのかを訝り、何せ盗賊であるゆえ、腕のひとつもへし折って、二度と罪を犯させないようにするのが自分の仕事だと答える。

道長はそれでも、手荒なことはしないでくれと金襴の袋を見せる。惟仲はそれを受け取るが、その時まひろと乙丸が放免たちに連行されて来る。まひろと牢の中の直秀は、互いの意外な有様に驚くが、その時まひろが縄を強く惹かれて転び、その様子を見た道長は、この者は知り合い故身柄は預かると縄を解かせ、まひろは帰るようにと言われるが、獄中の直秀が気になるようだった。

そんなまひろを道長は馬に乗せ、かつて2人が会ったあばら家へ向かう。後を追う乙丸と百舌彦。なぜ直秀たちを検非違使に渡したのか、彼らは都を出て行くつもりだった、許してやっていればそのまま山を越え、海の見える遠くの国に行っていたとまひろは言う。許したいと思わなかったわはないが、武者たちの前で盗賊を見逃せば示しがつかないと道長。盗賊が許されれば、武者たちとて何をするかわからんとも言う道長に、まひろは言う
「そんな信用できない者たちばかりを、右大臣家は雇っているの?」

道長は言う。信用できる者など誰もおらぬ、親兄弟とて同じだと。一方で道長は、まひろや直秀は信じると言う。直秀は盗賊であるが、盗賊であれ散楽であれ貴族が敵であるとはっきりしている。直秀はこれからどうなるのと訊くまひろに、間もなく放免されるであろうと道長。右大臣家の三郎君が検非違使に命じたからかと尋ねるまひろに、道長は心づけを渡しただけだと言う。

直秀は俺に借りなど作りたくないだろうがと道長、しかしまひろは、それを知ったらありがたく思うわよと言う。そのまひろに対し、知ることはない、獄を出れば遠くの国に流されると道長は答え、直秀の望むどおりに海の見える国だとよいがと言う。まひろもそれにうなずき、2人は池から飛び立つ水鳥を眺める。そしてまひろは改まった口調になり、道長に助けてくれたことへの礼を述べる。

三郎でよいと言う道長に、もうそうは呼べない、三郎君(ぎみ)ならとまひろ。なおも三郎でよいと言い張る道長だが、無理だとまひろは言う。そして乙丸がそろそろ戻るように勧め、贈ろうとする道長だがまひろは断る。土御門の近くに住んでいるため、道長と一緒にいるのを見られるのを懸念したのである。何を言われると言うのだと道長。そして日が落ちた中を東三条殿に向かう途中、道長はある光景を目にする。

それは土下座して祈る大勢の男女の姿だった。訊きに行った百舌彦によると、何でも左獄に囚われている盗賊が、盗品を貧しい下人たちに配っていたとかで、彼らが盗賊の無事を祈っているらしい。道長は何か引っかかるものがあった。そしてまひろも帰宅したところ、惟規が本を読んでいるのを見つける。俺だって字くらい読めるんだよと惟規。この弟ももすぐ大学に入っていなくなるとまひろはしんみりするが、姉上らしくないと言われてしまう。

父為時はまだ帰っていなかった。するといとが殿は今夜はお帰りになりません、高倉の女のもとにお出かけでございますと言う。目を見合わせるまひろと惟規。その為時は帝に講義をしていたが、帝は忯子のことを思い、心ここにあらずだった。道兼はその帝に薬湯を持ってくる。そのようなものを飲んでよくなるとも思えぬが、お前が言うなら飲もうと帝は薬湯を口にするものの、まずくて涙が出るわと不機嫌だった。

忯子を思って涙し、薬湯で涙する朕の人生とは何であろうかとこぼす帝。そして藤原義懐と惟成は、実資に、帝のおそばに女子を送り込めと命じる。その時既に、帝のそばには3人の女御がいたが、足りぬ、もっと注ぎこめと義懐。今のままでは皇子さえ儲けられず、政が滞るのである。いくら大勢の女子を注ぎ込んでも、帝のお心が癒されなければどうにもならないと実資は答えるが、それを促すのも蔵人頭の役目である、怠慢じゃと義懐は見下すように言う。

そこへ道兼が現れる。帝の様子を実資に尋ねられ、忯子のことを思って涙していることを報告すると、義懐がすかさずこう言う。
「いつまでメソメソされておられるのだ。新しい女子を抱けばお気持ちも変わろうというものだ」
実資は不敬なと立ち上がるが、己の怠慢を棚に上げて偉そうなことを申すなと義懐は反論する。惟成が間に入るが、実資は腹の虫がおさまらず、自分のような勤勉な者に怠慢とは無礼と声を荒げる。

子作りだけは帝のお心次第、そこをお分かりいただきと惟成は言うが、そのようなことは分かっておる、お前の話はくどいと実資は譲らない。結局義懐はわしらで何とかいたすと言い、手のかかる帝だと言い捨てて去る。わしを公卿にしなかったからこんなことになったと、実資は夕餉の席で酒を飲んで愚痴っていた。何故義懐ごときが公卿でわしがそうでないのだ、帝はどこに目がついておいでなのだと、桐子から酌をされながら、実資は先の帝(円融天皇)との比較を始める。

しかし懐かしんでも、院が帝に戻ることはないと桐子に言われ、わかっておると実資は答える。しかしわしが公卿であればとまたも言い始め、桐子は日記に書けばよろしいのではと笑う。恥ずかしくて書けぬとむきになる実資。そして詮子は父兼家を見舞う。手に触れて温かいと言う詮子だが、しかしもしものことがあっても東宮様の後ろ盾はいるので、お心置きなく旅立ちなされませと兼家の耳元でささやく。

しかしそこで兼家が目を開き、そうはゆかぬぞと言ったため、詮子は驚いて大騒ぎになる。


直秀たちが捕らえられます。ここで武者たちに対して、お前たちも貴族に見下されていると直秀は言い、またまひろは、そんなに信用のおけない者を雇っているのかと言います。この当時京では「王家の犬」「公家の番犬」であった武者たちですが、これより半世紀以上前に東国では平将門の乱が起こっており、さらにその半世紀後には前九年の疫が奥州で起こっています。武者たちが武士となるのは、そう遠い先ではありませんでした。

また彼らは盗品を貧しい者に施し、人も傷つけてはいなかったのですが、何よりも左大臣家と右大臣家で盗みを働こうとしていたわけで(右大臣家は『未遂』)、それだけでも彼らの行為を無視するわけには行かなかったでしょう。恐らく道長が直秀と顔見知りでなかったら、いくらか対応は違っていたのかも知れませんが。そして例のあばら家がまた登場します。何だか、まひろが道長と心置きなく話をする場所となっていますね。あと左大臣家で情報を仕入れているようにも思われます。

そのまひろですが、大学へ行くことになった惟規が書物を読むようになり、弟が自分から離れて行く寂しさを味わいます。しかし高杉真宙さん、『舞いあがれ!』の理詰めの刈谷先輩とはかなり違いますね。一方で道長から聞いていたように、直秀たちも遠国へ流されることになります。ところでまひろが、いずれ直秀たちは都を離れる予定だった、だから許してやってほしかったと道長に話していますが、道長は確かこのことを知らなかったはずですし、もし知っていたなら、これまた当然対応も違っていたでしょう。

そして藤原実資。今の帝と折り合いがよくないのは確かですが、味方のような顔をして帝を操る義懐とも相性がよくありません。その義懐が持ち出したのは、帝を政に戻すために新しい女御をと言うものでした。その不満を実資は家で妻の桐子にぶちまけ、桐子は日記に書きなさいとまたも勧めます。実際この人は『小右記』を残すわけで、その意味ではかなりの功労者であり、世の中のことを日記に書き記す、その具現者であることを強調した描き方になっています。

さて帝、花山天皇です。薬湯がまずいと言っています。それで思い出すのが、昨年の家康も薬湯が苦いと言っていたことです。それが後で薬研を使い、自ら薬湯を作ってひとに勧めるようになるのですが…。奇しくもこの帝と家康は、最愛の女性に死なれたという点でも共通していますが、時代背景の違いや立場の違いで、全く異なる人物となっています。そして義懐や実資の話を聞いていた道兼は、何かを企んでいるようです。そして東三条殿でも、もう父はいないものと思っていた詮子が、急に目を見開いた兼家に驚きます。

あと為時の講義ですが、あれは論語の「述而第七の五」でしょうか。

飲み物-注がれるワイン
[ 2024/03/04 05:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

福岡城あれこれ その37(『幻の天守閣』工事中)

まず先日の博多遺跡関連の投稿で、「たまごちゃん」が学芸員の卵と書いていましたが、「考古学者」の卵ですので訂正しています。

そしてさくらまつりの時期から始まる「幻の天守閣」、工事が進んでいるようです。

(舞鶴公園アカウントより)

テキストにもあるように骨組みだけですが、かなりの大きさであり、天守台の上に建造物があるというのは、やはり人目を惹くものです。かつて、築城間もない頃にあったとされる天守閣も、このような感じだったのでしょうか。

そして
「鴻臚館前広場からでも確認できる大きさ」
ともあります。このインスタ画像の3枚目が、鴻臚館前広場から見た骨組みですが、かなりはっきりと見えます。

ちなみにこの鴻臚館前広場から天守台跡までの距離、ごくざっとではありますが、同じ鴻臚館広場から、(伝)潮見櫓または下之橋御門まで辺りと、あまり変わらない距離ではないかと思われます。一応舞鶴公園内のマップのリンクを置いておきます。このマップの鴻臚館跡が鴻臚館前広場になりますが、天守台跡までそこそこの距離があります。

施設・園内マップ
(舞鶴公園公式サイト)

そして現在、このサイトのトップページにも、モズや扇坂の梅と共にこの幻の天守閣の画像が使われています。


飲み物-ブッシュミルズと暖炉
[ 2024/03/03 01:45 ] 未分類 | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-54

新六は言った。
「あの男は昔、素戔嗚神社で吉乃様に不埒な真似を致しました。あの時斬り捨てておけば、かほどに禍(わざわい)を被ることはなかったでしょう。生かしておけば、今後も吉乃様と菅様に対し、悪辣なことを仕掛けて参るに相違ありません」

「今家中は二つに割れて、騒乱が起きています。この最中に斬れば、騒ぎの中ゆえの刃傷沙汰と思われるでしょう。今こそ、禍根を断つ必要があるのです」
新六は、不敵な笑顔を吉乃に向けた。

吉乃の胸の中を、不意に悲しい思いがよぎった。
「新六殿はなぜ、そのように私によくしてくださるのでしょうか。私は申し訳なく思うばかりでございます」
「さて…それは私の心が命じることでございますから」
新六ははぐらかすように言い、目をそらした。

「では新六殿のお心は、どのようなことを命じているのでございましょうか。話していただきとうございます」
吉乃は切なげな目で新六を見た。

間もなく勘十郎が屋敷に戻ってくる。新六が勘十郎を斬るつもりでいるからには、命を賭した戦いになるだろう。今新六の思いを聞いておかなければ、吉乃はそう思った。
「されど私のこの心情については、私自身の身の上を語らねば、おわかりいただけないでしょう」

「お聞かせ願いとうございます」
吉乃はきっぱりとそう言った。
「左様ですか」
新六は少し考えてから、淡々とした口調で話を始めた。

印南新六の家に取って、吉乃の実家である杉坂家は主筋であり、印南家は小笠原家の直臣として取り立てられた。その後縁組を行い、杉坂家と印南家は親戚となったが、かつての主筋としての礼を忘れたことはなかった。新六は幼い頃に母を亡くし、父である印南弥助の手で育てられたが、その当時叔父の佐五郎が同居していた。

佐五郎は若い頃、江戸に出て剣術修業をしており、刺客として名を挙げ、道場を開くか仕官をしたいという夢があったが、いずれもかなわず国許に戻り、「厄介叔父」となっていた。その佐五郎はなぜか新六を気に入り、江戸で修行した夢想願竜を新六に仕込んでくれた。

新六は子供の頃から人付き合いが苦手で、友達と遊ぶとか出かけたりするようなこともなく、ひたすら自邸の庭で、佐五郎に剣術の稽古をつけて貰っていた。父弥助はそんな新六を見てこう笑っていた。
「佐五郎の子供の頃にそっくりだな」

佐五郎も、新六が自分に似ていると言っていたが、弥助のように笑ってではなく、寂しげにそう言っていた。あるいは、新六を憐れんでいたのかも知れない。その佐五郎は、新六が元服して間もなく病死したが、病床で甥に言い遺していたことがあった。

それは
「わしは、そなたに伝えられるだけの技は教えた。そなたには剣の才能がある。だがそれは表に出さず、おとなしく生涯を過ごせ」
というものだった。佐五郎がなぜそのようなことを言ったのか、新六にはわからなかった。

父弥助は佐五郎が亡くなって間もなく、こう話してくれた。
「佐五郎はお前が自分に似ているので不憫だったのだろう」
佐五郎は剣術熱心のあまり人と交わることもなく、ひとりで生きたのである。


勘十郎を斬ると決めた新六ですが、その理由として、まず吉乃を辱めようとしたことが挙げられます。しかしそれだけではなく、この藩を二分するような騒ぎに乗じて勘十郎を斬れば、騒ぎ故の刃傷沙汰であると思われる、だから斬ると答えます。前回、新六のように地味な人物が、特定の存在を貶められると、なかなか過激なものであったりすると書きましたが、この時の新六の言葉も、思いもよらず激しいものでした。

そんな新六に吉乃は、なぜここまでよくしてくれるのかと尋ねます。自分の心がそう命じるからだと答える新六に、ではどのようなことを命じているのかと問う吉乃です。これから先の勘十郎との死闘のことを考え、今聞いておくべきだと吉乃は考えたわけです。すると新六は、自分の心情については身の上話をしなければならないと言い、先ほどと違って、如何にもこの人物らしく、淡々と話を始めます。

印南家に取って吉乃の実家杉坂家は主筋だったこと、印南家には同居している(居候?)佐五郎という、剣の達人の叔父がおり、剣術の手ほどきを受けたこと、しかしその叔父は病没し、剣の才能を表に出さずに大人しく生きるように言ったことが語られて行きます。佐五郎は生涯剣のみに生きており、自分に似ている新六が不憫だったのだろうと弥助は言うのでした。なおこの部分、元々は口語体ですがここでは文章の形で書いています。


飲み物-冬のティータイム
[ 2024/03/03 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

第8回『光る君へ』武将ジャパンコラムに関するnote記事

では今週もたけたけさんのnote記事からいくつかご紹介します。いつも通り、武者さんのコラムからの引用部分はダークブルーです。


大河コラムについて思ふ事~『光る君へ』第8回~

姫君たちは公任推しか、道長推しか、斉信推しか、それぞれ盛り上がっています。
なんでも公任はおとなしかったとか。
これが彼らしいところで、当人たちは公任の策によって勝ったと振り返っています。
派手さのない知将タイプのようです。

ここではまず第7回で斉信、公任が女性の品定めをして、まひろがそれを耳にするシーンは、元アメリカ大統領トランプ氏の、ロッカールームの男子の様な女性軽視の性的発言は許されないと下劣呼ばわりしているのに、女性たちの男性の品定めについては、盛り上がっているだけで済ませるのかと書かれています。

さらに、これが嫌いな大河であれば、
「『うるさい』『陽キャの祭り』『辛い』と叩き、『ジェンダーが~!ルッキズムが~!』『中国ではこう!海外では許されない!アップデートができていない』とポリコレ論争を繰り広げるのではないですか」
ともありますが、同感です。昨年散々それをやって来ていますし。

で、姫君たちが男性の話題で盛り上がってる最中で赤染衛門が、「道長の弟」直秀がいいと言い出します。人妻なのにと倫子から言われるも
「人妻であろうとも心の中は己だけのものにございますもの。そういう自在さがあればこそ人は生き生きと生きられるのです」
のセリフを吐くのですね。

彼女たちにも処世術はあります。
直秀のような身分の低い男と結ばれても先はないし、そんな男とどこか遠くへ逃げるような度胸もないから、あえて見落とすようにしたのかもしれませんよ。

ここのところですが、そもそも直秀は当時最下層とも言える散楽一座の一員で、打毬の欠員を補うべく入っただけであり、しかも赤染衛門も姫君たちもその事実は知らず、道長の弟であると思っているでしょうといったことが書かれています。また、仮に直秀が下級貴族であったとしても、左大臣家に出入りする身分の姫なら、身分の合わない相手との駆け落ちなどは、どのようなことになるかわかっているともあり、だからこそ赤染衛門の「心の中は己だけのもの」が意味を持つともあります。

これに関しては、似たようなことを私も関連投稿で書いています。しかし武者さんは
「直秀のような身分の低い男と結ばれても意味はない」
と、赤染衛門や姫君が彼の正体を知り、しかも彼と結ばれたいと思っているかのような書き方をしています。無論そんなはずはなく、「あえて」見落とすというのも裏付けがありません。
さらにこの駆け落ちについては、

「余談ですが、『伊勢物語』では在原業平卿と藤原高子(ふじわらのたかいこ)さまの恋が題材にされています。
在原業平卿の祖父は平城天皇、父は阿保親王という血筋でした。
業平卿は美男の誉れが高く女性遍歴も派手な方でした。
しかし、父が政争に敗れ左遷。業平卿も出世コースから外れてしまいます」
と、『伊勢物語』について紹介され、さらに業平が高子のもとに通ってその結果駆け落ちをし、その後高子は入内、業平は東国へ旅に出たことが説明されています。
在原業平といえば『応天の門』を思い出します。いい加減これについても投稿しないと。

人妻であろうとも、心の中は己だけのもの、そういう自在さがあればこそ、生き生きとしていられる。
そう言い切りました!
いいですね。
まるで推し活を語る令和にもビシビシと響く言葉です。
しかし、まひろは聞いてしまった……
男どものゲスなロッカールームトークを。

ここでもたけたけさんは
「女性に対しては『品定め』も推し活、男性に対してはゲスなロッカールームトーク。
ジェンダーやポリコレ価値観をすぐ出してくる割に男女で扱いが違うのはなぜでしょうか」
と書いています。
女性が男性の品定めをするのはいいが、その逆は許せないということでしょうか。また嫌いな大河なら、その女性による男性の品定めに対しても、散々叩いていたと思います。

そして、赤染衛門は文章博士・大江匡衡と結婚していて、おしどり夫婦として知られ、『紫式部日記』によれば、その仲睦まじさから『匡衡衛門』と呼ばれたともあります。

晴れた日には彼の国の陸地が見えると続ける直秀。
彼の国とは「唐」(から・中国大陸)と「高麗」(こま・朝鮮半島)のこと。
おそらく対馬でも見たのでしょう。

たけたけさんによれば、まず「彼の国」には敬意を表する意味もある、そのため西方浄土は彼岸であり、その他『阿弥陀経』にも「彼の仏」、「彼の国」という言葉も出て来るとの由。「遠くの国」という意味もあるようなので、暗に「あの世」を指しているとおかしくありません。

あと余談として、鴻臚館について書かれています。元々は大宰府、難波そして京に置かれていましたが、京の鴻臚館が渤海使節の接待用であり、10世紀中ごろに渤海が滅亡したため廃絶されます。また難波の鴻臚館は、西海道から入京する外国使節専用でしたが、9世紀以降来日が少なくなると、摂津国府に代用されるようになります。そして大宰府。蕃客、つまり来朝している外国人や遣唐使らの宿舎として作られたものの、遣唐使廃止後は、大陸から来た商人の接待をするためのものとなり、検問や貿易などを担当し、11世紀末まで続きます。そして以前このブログでも書いていますが、この鴻臚館の遺構が、1987年に福岡城内にあった平和台野球場から見つかっています。

それから
「晴れた日には彼の国の陸地が見える」という直秀のセリフについて、武者さんが「おそらく対馬でも見たのでしょう」と言っている件です。対馬海峡や玄界灘を隔てた「高麗」の中でも、比較的近い巨済島(コジェ)でさえ、直秀が住んでいたという筑紫から陸地を見るのは無理があり、貿易商人などから、対馬から見た半島の様子を聞いたのを伝聞しているのではないでしょうかともあります。

これについては、私も筑紫というか、今の福岡から肉眼で対馬を望むのは考えられないと書いています。何らかの形で交易船の船乗りとの交流があり、上記のように彼らから聞いた話を伝えているか、あるいは、交易品を見て多少想像を膨らませているのかとも考えられます。

こういう役割の人物を「オリキャラ」だのなんだの貶す意見もありますが、正史に対する庶民目線の稗史(はいし)も重要なはず。

このオリキャラ云々に関しても、たけたけさんはこう書いています。『どうする家康』レビューで、オリキャラである阿月が、お市に代わって浅井長政の裏切りを伝えるために、小谷城から金ケ崎まで走ったことに対し、
「脇役を目立たせたことで松本潤さんが怒った」
と、週刊文春しか報道していなかった、あまり信憑性があるとも言えない記事を鵜吞みにし、勝手に妄想し、中傷していたと。直秀のような一般庶民目線という意味なら、阿月という、1人の侍女の目線もまた大事とありますし、私もこの阿月について、このオリキャラ関連で採り上げています。オリキャラが活躍するのは、武者さんが好きな大河のみではありません。

「女子わかるわかる成分」という語句も理解しがたい。
現在、映像作品の好みを振り分けるアルゴリズムでは、性差を外すことも増えているとされます。
「女の子ならかっこいい男にキュンキュンする!」こういう決めつけは、有害なこともあるでしょう。

武者さんが引用している記事からですが、これについては
「第7回で藤原公任卿の
『藤原公任の脱ぐ姿が映った時、これぞ女性向け大河だと言わんばかりの反応』
『脱ぐ公任を見て、まだときめいていられるかどうか。』
と他人が共感して推し俳優さんを応援し評価することを、
『ジェンダーが~!ルッキズムを許すな!』『役者を脱がすな!』『教育への悪影響が!』『中国ではこう!海外では許されない!アップデートができていない!』
と叩き続けるのに、自分については楽しげに俳優評を語る」とありますね。本人はお気に召さないのでしょうが、ダブスタと言われても反論できないと思います。

そして武者さんの町田啓太さん評についても、
「中国圏のファンの反応にかこつけて実は自分が『かっこいい男にキュンキュンしたい』のではないですか」
とあり、これも同感です。

そしてこういう点についても。

彼(私注・直秀)は、まひろがロッカールームから走り去る後ろ姿を見ていました。

これに対しても
「平安時代なのだから『ロッカールーム』ではなく『控え』など時代に即した表現できませんか」
と言われていますね。

当時、都の人にとって、そこから離れることは絶望的とされました。
確かに出世レースから脱落してしまう。
それでも、案外、気分転換になったのかもしれません。
日本中世史を考える上でも重要に思えます。

この「日本中世史」と言っていますが、時代区分としては平安時代は中世ではなく古代であると言われていますね。武者さんが平安時代を中世と書くのはこれで2度目です。

そして筑紫に行かされる件ですが、本来の大宰帥の仕事はなかなか大変でもありました。都で失脚した貴族が筑紫に行く(左遷ポスト)のは、大宰員外帥と呼ばれていましたが、阿保親王左遷の際に、本人に直接かかわりない事件が発端であったこと、太上天皇の皇子であることから権帥の称号が与えられ、やがて員外帥も権帥も一緒になって行きます。右大臣家の家司、平惟仲も後に大宰権帥となっています。

中国の人とこんなことを話していまして。

「正直言って『マックの女子高生』『ハイキング中のドイツ人』『ボストンの12歳の少年』論法に近く、信憑性に欠けるのですが」と、たけたけさんは反論しています。要は、実在しない会話をでっちあげる時の用法で、この他にも
「関係者がこう言っていた」
「過日こういうことを耳にした」
などというのも、これに類するようです。
そして漢詩の解釈。

 不辞宛転長随手(宛転(えんてん)して 長く手に随(したが)うを辞せず)

ここで武者さんが「リフティングするみたいに」と訳しているが、『宛轉(てん 』とは、ゆるやかに弧を描いて転がる様を言い、打毬もポロも、毬杖(マレット)で毬を掬い取る様に打ち、毬門(ゴール)に入れるというルールであるとたけたけさんの文章にはあります。

転がる毬のことが、なぜリフティングになったのでしょうね。またマレットとは元々槌という意味もあり、マレットゴルフというスポーツもあります。またそれとは違いますが、アイルランドで盛んなハーリングでは、杖の先が広くなっており、その上にボールを載せて運ぶことができます。

あと『独眼竜政宗』関連。

「そうそう『独眼竜政宗』といえば、側室と風呂に入ってムフフ……」
『独眼竜政宗』での政宗公の側室では猫御前が出てきます。
(側室「新造の方」と「飯坂の局」をモチーフとして合わせた女性とも)

この猫午前に関しては、狂言妊娠騒ぎで試し行為をした事はあるものの、ここでも『側室=エロ行為』のイメージしかないのでしょうかとあります。
何と言うか
「側室と風呂に入ってムフフ」
なぜ発想がこちらの方にばかり行くのでしょうね。

あと少し長くなるので割愛していますが、武者さんが叩いた『青天を衝け』の『『天譴論(てんけいろん)』についても反論がなされています(と言うか、嫌いな大河だから誤用だと決めつける前に、ドラマ本編をよく観ていただきたい)。

飲み物-ワインと暖炉
[ 2024/03/02 02:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

博多遺跡と猫そして福岡城・鴻臚館まつり

まず、博多遺跡の石積遺構が国史跡となりました。

(福岡市の文化財アカウントより)

11世紀後半から12世紀前半ですから、平安時代後期の頃です。宋からの陶磁器に加え、日本からの輸出品であった硫黄も出土していますね。この遺跡は、博多区冷泉(れいせん)小学校の跡地で、櫛田神社の近くにあります、かつてははかた伝統工芸館もここにありましたが、この発掘調査のため、福岡市博物館の2階に移転しています。

ところで大河ドラマ『光る君へ』では、左大臣雅信の娘、倫子が猫(小麻呂)を飼っていますが、実は800年ほど前の猫の骨が博多遺跡から見つかっています。
「福岡市の文化財」のサイトの「発掘最前線」(https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/excavation_news/ 令和5年8月28日付)から、下記PDFに飛ぶと、その様子がわかります。

「おしえて!があこ先生」発掘最前線2023 ネコはいつから飼われているピヨ?

登場するのは考古学者の卵のたまごちゃん、そして水鳥の埴輪をモチーフにしたがあこ先生で、猫はいつから日本で飼われていたのかというと、やはり平安時代に宮中や貴族の家で飼われていたとあります。そして遺跡で骨が見つかった猫は飼猫で、埋葬されたものであるらしいとのこと、完全な形で残されています。まだ子猫だったようですね。

あと猫の足跡がついたお皿もあります。こちらは江戸時代ですが、こんな感じのお菓子がありそうです。

そしてSLの煙(吹き出し?)から流れる「はかた~のねこ~よ~」。
何これと思う方もいるでしょうし、中にはあああれかと思い出す方もいるでしょう。実はこれ、ある和菓子店のCMで流れる音楽なのです。



それから今年の「福岡城・鴻臚館まつり」の開催日が、3月24日に決定しました。

通常さくらまつりの期間中に行われていますが、今年はさくらまつりも早めに開幕となるのかもしれません。
尚紹介記事中に「黒田二十五騎」とあるのは、長政公も含まれるためです。

福岡城・鴻臚館まつりが開催されます!

詳しいことは追々アップされることになりそうです。福岡城や舞鶴公園のアカウント、あるいは公式サイトでも紹介されるかも知れません。

しかしさくらまつりとなれば、「いよいよ」福岡城天守台に幻の天守閣が浮かび上がるわけですね。

飲み物-コーヒーとチョコレート
[ 2024/03/01 01:30 ] その他 | TB(-) | CM(0)

23-24リーグワン第7節結果その2と次節試合予定

前節のリーグワンの結果です(赤文字勝利チーム)。

ディビジョン1
三菱重工相模原ダイナボアーズ 53 - 45 静岡ブルーレヴズ
東芝ブレイブルーパス東京 27 ー 7 横浜キヤノンイーグルス
花園近鉄ライナーズ 19 -56 クボタスピアーズ船橋・東京ベイ
ブラックラムズ東京 17 ー 27 コベルコ神戸スティーラーズ

ディビジョン2(第6節第3試合)
九州電力キューデンヴォルテクス 8 - 12 グリーンロケッツ東葛

ディビジョン3(第7節)
清水建設江東ブルーシャークス 41 -19 クリタウォーターガッシュ昭島
中国電力レッドレグリオンズ 20 - 25 スカイアクティブズ広島

そして次節の試合です。

3月1日
ディビジョン1(第8節)
三重ホンダヒート - 横浜キヤノンイーグルス

3月2日
ディビジョン1(第8節)
花園近鉄ライナーズ - 東芝ブレイブルーパス東京
静岡ブルーレヴズ - 埼玉ワイルドナイツ
東京サンゴリアス - ブラックラムズ東京

ディビジョン2(第7節)
九州電力キューデンヴォルテクス - 豊田自動織機シャトルズ愛知

ディビジョン3(第8節)
日野レッドドルフィンズ - 中国電力レッドレグリオンズ
スカイアクティブズ広島 - 清水建設江東ブルーシャークス

3月3日
ディビジョン1(第8節)
クボタスピアーズ船橋・東京ベイ - 三菱重工相模原ダイナボアーズ
コベルコ神戸スティーラーズ - トヨタヴェルブリッツ

ディビジョン2(第8節)
日本製鉄釜石シーウェイブス - レッドハリケーンズ大阪
浦安D-Rocks - グリーンロケッツ東葛

3月2日の、東京サンゴリアスとブラックラムズ東京の試合は、BS日テレで中継予定です。

飲み物-エールと暖炉の火
[ 2024/03/01 00:45 ] ラグビー | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第8回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-3

先日の『武将ジャパン』大河コラムにあった記事の続きです。
この筆者の方(香原斗志氏)、『光る君へ』の創作には違和感を覚えず、恋愛を描いているのを褒める一方で、『どうする家康』の瀬名の考え、あるいは皆がそれに同調することには、けしからんと言いたいようですね。

【光る君へ】同じ創作でも『どうする家康』との決定的な違いとは(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

実はこの香原斗志氏、昨年の暮れにこういうコラムを書いています。

3位は築山殿の設定、2位は家康と信長の関係、1位は…NHK大河「どうする家康」史実とは違う場面ワースト5 淀殿役の北川恵子の熱演をぶち壊した「ありえない伏線」 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

内容を見てみると、やはりというか武者さんが書いていることに似ています。あるいはコラム内でこの記事のリンクを貼っていたかも知れません。武者さんが、この人物の記事を紹介したがるわけです。
その反対に、こういうのは貼らないのですね。武者さんに言わせれば「提灯記事」なのでしょう。無論上記ヤフーの記事も、今年の大河が嫌いな作品であれば、提灯呼ばわりするのかも知れませんが。

NHK大河に歴史学者が大満足のワケ…最新研究でわかった家康の生涯と江戸期に作られた家康像の決定的ちがい | PRESIDENT WOMAN Online(プレジデント ウーマン オンライン) | “女性リーダーをつくる”

あと『独眼竜政宗』(10年ルールはどうなったのでしょうか)関連で、側室との入浴に関する文章がありますが、こういうのをことさらに言い立てるところ、武者さん自身が、特に嫌いな作品の女性キャラに対しては、差別的であると感じてしまう所以です。

それから漢詩『打毬作』の続きです。

却恐相将不到頭
却(かえ)って恐る 相い将いて頭に到らざるを
撃ち合いばかりでボールのそばに近づけないのもまずい

「打ち合い」でなく「撃ち合い」になっていますが、ちょっと怖いですね。個人ブログと違って、こういうのは報酬が発生しているわけですし、誰か校正してきちんとした形にできないのかと思います。

願君争取最前籌
願わくは君 争い取るべし 最前籌(ちゅう)
あなたが最高得点あげてMVPになりますように!

これですが、最前籌というのは、いわば一等賞といったものです。
だから最高の得点を挙げてくれと言うのはわかりますが、「MVP」はちょっとまた違うような気がしますが。

飲み物-トディ
[ 2024/03/01 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

三ノ丸スクエアのひな人形

そろそろ3月なので、舞鶴公園アカウントのひな人形関連動画を置いておきます。

テキストにもありますが、昔は乳幼児の死亡率が高く、災厄よけに形代や這子が用いられていました。人形を飾るのは、江戸時代になってからと言われています。

   

(舞鶴公園アカウントより) 

 

この三ノ丸スクエアは、名島門に近い場所にあり、かつての舞鶴中学校の建物を利用して運営されています。その先に三ノ丸広場が広がっており、そこまでは福岡城となります。


広場でイベントが行われることはよくありますが、あくまでも国史跡であるため、その意味では、いくらかの制約があります。尚広場と隣接している大濠公園ですが、こちらは登録記念物に指定されています。

[ 2024/02/29 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第8回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-2

第8回に関する『武将ジャパン』大河ドラマコラムについてその2です。


藤原道隆が手立てはないか?と聞けば「魂が去らぬよう呼びかけるのがよい」とのことです。中国の『礼記』にも記載がある風習ですね。
「父上! 父上! 父上!」

こう書いていながら
『礼記』のどの部分であり、どのようなことがなされたのか何も書かれていないのですね。
ご参考までに、歴史関連ではありませんがこのリンクを置いておきます。お子さんを失った方へのカウンセリング、ヒーリング関連のサイトのようです。

魂を呼び戻す~魂呼(たまよび)~
(Lana Peace)

ここに

皆、升自東栄、中屋覆危、北面三号。巻衣投於前。司服受之。降自西北栄。
『礼記』葬大記第22

とあります。要は東から屋根に上り、北へ向かって故人の名を三度叫ぶのですね。

そんなドロドロした政争には関わらず、ただ静かに学問で身を立てたいのであろう、とまひろが父の心中を察すると、惟規は、なぜ自分は学問が嫌いなのかとこぼします。
「本当に父上の子なのかな」
頭の良さも色々あり、為時も学問はできても、洞察力はそこまで高くないのかもしれません。

この
「為時も学問はできても、洞察力はそこまで高くないのかもしれません」
とありますが、これが何に対する洞察力であるのかが疑問。要は学問はできても、世間一般の駆け引きに疎いということなのでしょうが、ならばそれをきちんと書いてほしいものです。

そのころ東三条では重い空気に沈んでいました。

「東三条」ではなくて「東三条殿」です。

道長は、父を見ながら、我々をどこに連れて行こうとしているのかと考えています。
我々の行先はどこなのか。生き延びてそれを教えて欲しいと願っています。詮子と東宮も、兼家を見守っている。

道長が、兼家に我々をどこに連れて行きたいのか尋ねるシーンと、詮子や東宮の懐仁(やすひと)親王が兼家を見守るシーンは別々です。これだと、まるで道長と詮子、懐仁親王が一緒にいるかのようです。ちなみに後者の方は、道長ではなく道隆が一緒にいますね。

しかし、藤原道兼が一人残り、いざ兼家の枕元に近寄ると、カッと目を見開く。
倒れ続けていたのは芝居だったということでしょう。そこには何かしら思惑なり、策がありそうで……。

兼家は目を開けてはいますが、そこまで力強く開けているようには見えません。

道兼は、仕事を終えたからとして手伝おうとすると、看病に戻るように為時は気遣います。
「父は私の顔を見るのを嫌がるがゆえによいのだ」
そう言う道兼の腕は痣だらけ。誰かに打たれたようで、その理由を聞くとこう来ました。
「父にやられた」

ここのところですが、兄や弟と違って自分は嫌われている、だから父の看病に戻りたくないと言っているわけで、だからこその
「私の顔を見るのを嫌がる」
ではないかと思うのですが…。しかもなぜ腕にあざがあるのに気づいたのか。それは、為時を手伝おうとして手を差し伸べ、袖の下の腕が見えたからですが、これではちょっとわかりづらいです。
そしてまひろの琵琶。

弦を弾くたびに、母の姿が思い浮かびます。
ここはかなり貴重な場面です。
雅楽の琵琶は他の楽器との合奏が多いため、進化した後世のものとはかなり違います。
中国琵琶や薩摩琵琶は縦に持ち、弦も増え、単独で弾き語りをし、かなりスピード感もあります。
けれども雅楽の琵琶は四弦でかなりゆったりしている。

ここでなぜ雅楽の話になるのでしょうか。
琵琶の話をしたいのなら、別の所でやって貰えませんか。そして「貴重」というのは、母の姿がまひろの脳裏に浮かぶからですか、それとも雅楽の琵琶がゆったりしていて、それがまひろの心情に合っているるからなのですか。

まひろが淡々と答えると、鳥籠から小鳥が出ているのが映ります。
まひろは恩讐という籠から飛び立つ気持ちがあるのかもしれません。籠は右大臣家で、小鳥はまひろの運命でしょうか

あの小鳥ですが、他から飛んできてあの籠に止まり、その後飛び立っています。籠から出て来たわけではありません。

花山天皇の前に藤原道兼がいます。
右大臣の子は去れと追い返そうとし、藤原義懐もそれに続いて道兼が去ってゆくと、藤原為時が言葉を挟みます。
「恐れながら……」

「藤原道兼がいます」
ではなく、道兼は蔵人であり、何かの書を帝へと持って来ていたわけです。

「病に倒れてもお前を殴るのか! 地獄に堕ちるな右大臣は、はははは!」
高笑いする花山天皇ですが、そのころ右大臣兼家は地獄に堕ちるどころか、目を覚ましていました。

兼家はまだ死んでいませんから、地獄に堕ちてはいませんよ。ただ病で道兼が先は暗いと言っていたにもかかわらず、そのようではなさそうだというのを、ああいう形で示しているわけでしょう。

中国の人とこんなことを話していまして。
「なんだかんだで東洋人同士わかりあえるもんってあるよね。餡子はおいしいとか。でも、西洋の人って甘い豆は気持ち悪いっていうんだよね。豆はしょっぱくないとおかしいと思っちゃうって」
「いやー、感覚がもう違うんだな。餡子なんて当たり前だ! あと諸葛孔明は賢いとか。いちいち説明するの面倒じゃない? でもお互いわかるでしょ。そういえば日本では諸葛孔明みたいな存在っている? すごく賢くてなんでもできる人」
日本の軍師といえば黒田官兵衛あたりでしょうか。
しかし諸葛孔明とは違う。

「軍師」の定義そのものが中華帝国と日本では恐らく異なりますし、日本の軍師(正しくは大名の軍事面での参謀)と言えば山本勘助や竹中半兵衛も含まれますが。
そして武者さんの常として、必ず中国だから東洋だから分かり合えると言いだげですが、無論かの国と日本とで、解釈や発想が異なることもかなりあります。そういうのには触れないのですか。

あと阿部晴明関連で、

安倍晴明は、呪術で色々なことを実現したのではなく、抜群の観察眼、人身掌握術で全ての駒を動かした。
兼家とのやりとりが面白いというのは、相手の心の動きを見て、手玉に取ることが楽しくてたまらないのでしょう。

といったことが書かれています。
しかしそれよりも、公式サイトのこの記事の方がわかりやすいです、はっきり言って。ということで、こちらを置いていおきます。

をしへて! 倉本一宏さん ~伝説の陰陽師・安倍晴明は、実際にはどのような人?
(『光る君へ』公式サイト)

武者さん、今年の時代考証の方はどのように思っているのでしょうか。昨年の平山氏に対してはひどかったですね。

あと道兼関連ですが、

痣をつけるほど手の込んだ策を用いて、いよいよ歴史的な事件へと話が動いてゆきます。

まだ、「手の込んだ策を用いて」と決まったわけではありません。現天皇を退位させるために、恐らくそうしているのかも知れないというのが、今の段階でしょう。

で、その後魚玄機の『打毬作』が紹介されていますが、

「不辞宛転長随手(宛転(えんてん)して 長く手に随(したが)うを辞せず)」
「リフティングするみたいに動かしながらならいいけど、ずっと持ったままではダメね」
などとあります。
この場合は
「毬を転がしながら、長く自分の手元に置くのは構わないけど」
の意味ではないでしょうか。
第一サッカーでもないのに、なぜ「リフティング」なる言葉が出てくるのでしょうか。

そしてこちらも魚玄機の詩で、女性は進士になれないということで、

自恨羅衣掩詩句
自ら羅衣の詩句を掩(まと)うを恨む
どうして私は絹の薄い衣を着ている女なのだろう?

とだけあるのですが、ここも
「恨めしいのは、この身が薄絹の衣をまとう女であること。いくら詩の才能があっても、何もできない」
ではないでしょうか。

まひろは弟よりずっと賢いにもかかわらず、女ゆえに大学すら行けないことが悔しい。
そこまで踏み込んだこのドラマは、大きな意義があります。
『SHOGUN』を引っ提げてきた真田広之さんは、日本の時代劇がアップデートされていかないことに対し苦言を呈していました。

このまひろですが、大学(寮)に行く行かないより、自分は何かしなければと思っているものの、弟のように大学に行くという明確な目的がないため、もやもやした思いを抱えているようには見えますが。

あと真田さん関連、裏付けとなる記事をお願いします。

そしてその後、『ARRA.DOT』の記事関連で、

朝ドラと一括りにされていますが、あれだけ作品数が多く、作風も個々に大きく異なるのに、一体どういうことなのかと疑問を感じてしまいます。

「作風も個々に大きく異なる」
それぞれの作風をすべて客観的に評価しているのなら、それは正しいと思います。
しかし嫌いな朝ドラは大河同様駄作と決めつけ、ストーリーを改変してでも叩くような武者さんに、このようなことを言ってほしくありません。

現在、映像作品の好みを振り分けるアルゴリズムでは、性差を外すことも増えているとされます。
「女の子ならかっこいい男にキュンキュンする!」
こういう決めつけは、有害なこともあるでしょう。

それの男女を入れ替えた表現を、『どうする家康』コラムで嬉々として使っていたのはほかならぬ武者さんです。これもまたセクハラと言っていいかもしれません。また女性キャラへの誹謗とも言える表現もひどいものでした。もうそれはお忘れですか。

その後の『日刊ゲンダイ』記事では、これまたいつものように、まあ昭和平成オヤジ叩きというべきものでしょうが、どう見ても
「オヤジの見方はダメなの!でも私の見方は正しいの!」
このように見えてしまうのですが、こういう姿勢は如何なものでしょうか。
そして日刊ゲンダイなら、昨年貴方は散々大河叩きにリンクを引っ張って来ていたと思います。それももうお忘れですか。ちゃんとスクショ取ってあるのですけど。

そしてデイリー新潮の記事、こちらは武者さん好みの
「【光る君へ】同じ創作でも『どうする家康』との決定的な違いとは」
なるタイトル。ただ記事を見て思うのですが、この著者の『どうする家康』評として

彼女と家康はある時期からまったく同居していないことなどから、不仲であったのはまちがいないとされているが、ドラマでは築山殿の死まで夫婦は仲睦まじかったとして描かれた。

さらには、史実では敵の武田と通じていたのがほぼ確実な築山殿に、隣国同士で足りないものを補填し合い、武力ではなく慈愛の心で結びつけば戦争は起きない、という話を語らせ、それが家康や家臣に大きな影響をあたえたように描かれた。

家康は築山殿に「私たちはなぜ戦をするのでありましょう?」と聞かれ「考えたこともない」と答えたが、この時代、いっぱしの大名が戦をする意味を考えたことがなければ、たちまち滅ぼされただろう。

と書かれています。
まず「不仲であったのは間違いない」というのがあやふやですし、瀬名が「武田と通じていた」のは昨年も同じでした。要はその通じ方の違いでしょう。また瀬名の発想は、父の主君である今川義元の発想に通じるものがあり、それを踏まえたとも取れます。
あと「考えたこともない」、これは「わしが生まれた時からこの世は戦だらけじゃ、考えたこともない」です。そしてその後
「戦をするのは貧しいからじゃ、民が飢えれば隣国より奪うほかない。奪われれば、奪い返すほかない」
と言ってもいますね。

あと

築山殿のような発想が生まれる余地はなく、よしんば生まれても、それに大名や家臣が賛同することなど、ありえなかった。

昨年、「どうする家康」が「史実を尊重していない」と書いて、「ドラマはフィクションなのに、それを史実との整合性で評価するのはまちがいだ」というお叱りをいただいた。しかし、私がいいたかったのは、エピソードが史実と異なるかどうかではない。時代状況を無視し、同時の常識とは正反対の考え方を描けば、その時代に対する誤解を生む、ということだった。

ともありますが、家臣たちも当初は反対しています。
あと
「時代状況を無視し、同時の常識とは正反対の考え方を描けば誤解を生む」
どのように時代状況を無視し、どのように正反対なのかが少しも説明されていないのですが…。

こういう記事を引っ張ってくる辺り、やはり武者さんらしいなとは思いますが、それにしてもこのコラム、段々と昨年と同じような感じになって来ていますね。作品が好きか嫌いかはともかく、最後の方は漢籍と自説補強、そしてジェンダー論。これで「大河コラム」として報酬を貰っているのなら、ちょっと問題ではないでしょうか。

それから、華流ドラマ『花の告発』なる作品の見どころについて書かれていますが、PR記事ならはっきりそうと書いてください。

飲み物-2種類のカクテル
[ 2024/02/29 02:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

福岡城あれこれ その36(『舞鶴』のややこしさ)

少し前ですが、「小倉城と福岡城-6(それぞれの別名)」でこのように書いています。

一方福岡城、こちらは博多湾方向から見た姿が、鶴が羽を広げているようだといういわれがあり、舞鶴城と呼ばれています。尚福岡城がある公園は舞鶴公園と呼ばれており、中央区北部にも舞鶴という地名があります。

実はこの舞鶴という地名、もちろんこれも舞鶴城に由来するとされています。
そしてグーグルマップで「福岡市中央区舞鶴」を検索すると、舞鶴公園、つまり福岡城の画像が出て来ます。
しかしお城を見られる場所にあるかと言うと、実はさにあらず、なのです。では舞鶴とはどの辺りにあるのか。こちらがマップをスクショしたものになります。

グーグルマップ舞鶴

上右の白い部分が舞鶴、そして下左のグリーンの部分が、福岡城がある舞鶴公園の一部です。舞鶴公園の上、つまりすぐ北の部分を走るのは明治通りです。
要は、舞鶴という地域はこの明治通りに面しておらず、従ってお城を間近に見ることができません。間近に見ることができるのは、舞鶴の南の赤坂、そして大手門辺りでしょう。

ではなぜグーグルマップで検索すると、お城が出て来るのか。
恐らく「舞鶴公園」に引っ張られて出て来るのかと思われます。ややこしい話なのですが、

福岡城(舞鶴城)は舞鶴公園にある。しかし舞鶴という地域は、舞鶴城由来でありながら、お城から少し離れた場所にある。

このようになるでしょうか。

現在は舞鶴と言えば、消費者生活センターや保健福祉センターが入るあいれふ、あるいは法務局や浜の町公園を思い出す人が多いでしょう。そしてかつての黒田家の別邸もこの舞鶴三丁目、当時の名称でいえば浜の町にありました。
この浜の町という地名は公園、あるいは病院などにも使われていますが、昭和40年代に入ると舞鶴3丁目に編入されています。

黒田家浜の町別邸跡碑
黒田家浜の町別邸跡の碑。黒田家先代当主長久氏の揮毫。

この舞鶴からさらに北に行くと那の津通りが走り、鮮魚市場(とラーメン)で有名な長浜に出ます。

舞鶴公園に話が戻ります。関係者の方から伺ったのですが、福岡城の西にある三ノ丸広場、様々なイベントが行われる一方で、色々な種類の桜があるのですが、ここを大濠公園と思っている人もいるらしい。確かにこのエリアは大濠公園と接していますが、「三ノ丸」だから普通お城だと思いますけどね。
尚舞鶴公園サイトにも、三ノ丸広場までが公園内(城内)であると明記されています。

それから上記の画像はどちらもサムネなので、クリックで拡大できます。


飲み物-ホットラム
[ 2024/02/28 05:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第8回に関する『武将ジャパン』大河コラムについて-1

第8回に関する『武将ジャパン』大河コラムについてその1です。


そんな中、赤染衛門はちょっと違う。道長の弟が、猛々しく美しいとコメントしている。
姫君たちが「人妻なのにいいのか」とざわついています。

彼女たちにも処世術はあります。直秀のような身分の低い男と結ばれても先はないし、そんな男とどこか遠くへ逃げるような度胸もないから、あえて見落とすようにしたのかもしれませんよ。

まず
「人妻なのにいいのか」
こう言っているのは倫子だけであり、姫君たちではありません。
(正確には『衛門ったら、人妻なのにそんなことを言って』)

そして
「彼女たちにも処世術はあります」云々、何だか唐突ですね。
そもそもこの時点で、道長の弟即ち直秀と彼女たちが知るはずがありません。そして、処世術だ何だをほのめかすような描写もないのに、なぜこういうのをいきなり入れて来たのでしょうか。

赤染衛門は、むしろ人妻だからこそ純粋に男の魅力を見つめた。人妻であろうとも、心の中は己だけのもの、そういう自在さがあればこそ、生き生きとしていられる。そう言い切りました!

いいですね。まるで推し活を語る令和にもビシビシと響く言葉です。しかし、まひろは聞いてしまった……男どものゲスなロッカールームトークを。

赤染衛門のセリフはともかく、なぜそれが推し活と関係があるのかよくわかりません。とどのつまり、武者さんが嫌いな推し活に、無理やり絡めているようにしか思えないのですが。

それと「ロッカールームトーク」
武者さんはかつて、嫌いな大河の妓楼をキャバクラ呼ばわりしたことがありましたが、好きな大河のワンシーンにまで、どこか違和感のあるカタカナ語を使う必要もないでしょう。
先日投稿したたけたけさんのnote記事に、雨夜の品定めのオマージュではないかともありましたし、実際そう感じられる部分はあります。そして、あの中での源氏に相当するであろう、道長が主に聞き役であるところも。

もしも男どもがそのことを知ったら、藤原斉信は取り繕うとするけれども、公任は開き直りそうな気もします。それでも公任は間違ってはいないと思います。

愛だの恋だの言ってみたところで、身分の低い女を相手にしようとすれば、周囲がゴタゴタ言います。なまじ情けをかけて苦しめるより、最初から選ばないことも慈悲なのでは?

そんな公任の見解に間違いはないとも思えます。理できっちり割り切っていますから。その代わり、一度情をかけたら捨てずに面倒は見るかもしれない。

光源氏はなかなかサイテーな男ではありますが、彼もいったん情をかけた相手は捨てませんからね。そういうタイプかもしれませんよ。

公任みたいなタイプって、情を軽視しすぎていますからね。ものごとをスムーズに進めるうえで、歯車に引っかかる砂粒程度にしか思っていない。

ちょっと長いけど引用しています。ここのページ、あらすじを書いていると思うのですが、そこでなぜドラマ本編と直接関係ない人物評が出て来るのでしょうか。
ひとつ前の姫たちの男性観もそうですが、男たちの女性観を書きたいのですか。それともあらすじを書きたいのですか。

この前も書いていますが、武者さんはこういう男女関係、色恋沙汰を書きたいのだろうとは思います。ならばここでなく、他のコラムでやってください。

直秀がこれみよがしに「兄上〜」と甘えながら、身分の低い母親の子なのでこのようなお屋敷は初めてとか言っている。続けざまに中を拝見したいと言い出すと、案内してもらえと周囲は無邪気に盛り上がっています。

公任は直秀がやっと笑ったことに喜んでいます。しかし、道長にはどうしても気になることがあるようでして。

道長と二人きりになっても、直秀は「兄上」と呼びかけます。もう二人きりだと困惑しながらも、なぜ案内して欲しいのかと訝しがっています。

まず直秀が
「これみよがしに『兄上~』と」
甘えているでしょうか。このシーン、まず斉信が、行成の腹痛のおかげで道長の弟に会えたと言い、行成は自分の代役を務めたことに礼を述べます。直秀はそれを受け、しかる後に自分は母親の身分が低いので、このようなお屋敷は初めてだから、中を拝見したいと言っているわけです。

「案内してもらえと周囲は無邪気に盛り上がっています」
周囲は道長の弟(異母弟)だから当然そうだと思っているでしょう。逆にこの場合、直秀が「道長の弟でない」ことを証明するものが何もありませんし。

あと
「なぜ案内してほしいのか」
ではなく、直秀が西門以外に通用門はあるのかと訊いたため、それを訝しがっているのですね。

小枝が刺さったと誤魔化しながら、東宮様の御座所はどこかと言い出す直秀がふてぶてしい。

「東宮の御座所」ではなく、「東宮の御母君のご在所」です。

「藤原を嘲笑いながら興味を持つ直秀とは何なのか」と問いかける道長に対し、「よく知ればより嘲笑える」とそれっぽく開き直る直秀。

疑いつつ探る道長もなかなかのものですが、敢えて敵の中に飛び込む直秀も大したものです。緊張感が高まります。

「敢えて敵の中に飛び込む」と言うより、この場合は道長自身が、急場しのぎとは言え自分を仲間入りさせてくれたこともあり、この機会を利用しようとしたのではないでしょうか。

「海の向こうには彼の国がある」晴れた日には彼の国の陸地が見えると続ける直秀。彼の国とは「唐」(から・中国大陸)と「高麗」(こま・朝鮮半島)のこと。おそらく対馬でも見たのでしょう。

「どこ」から、対馬を見たのでしょうか。筑紫からですか?
福岡住まいとしては、まずそのようなことは考えられないし、聞いたこともありません。何せ、博多から対馬まで150キロ近くあります。

当時望遠鏡があるわけではなく、またどちらかに富士山レベルの山でもあれば、そこから一方を見下ろすこともあるいは可能だったでしょうが、生憎そういう山もありません。寧ろ対馬から朝鮮半島を見る、あるいは朝鮮半島から対馬を見ることはできたかと思います。

これは恐らく直秀のはったりではないでしょうか、交易船とか交易品は見たかと思いますが。
それと
丹後
播磨
筑紫
私はあらすじと感想で「細川、黒田、黒田」などと書いていますが(苦笑)、いずれも小倉百人一首に出て来る地名ですね。特に丹後の天の橋立は、まひろ、後の紫式部の娘の小式部内侍が歌に詠んでいますし、播磨も「淡路島通ふ千鳥の鳴く声に」でおなじみですし、筑紫関連では「筑紫歌壇」の歌人の歌が選ばれています。

6.万葉筑紫歌壇
(太宰府市文化財情報)

当時、都の人にとって、そこから離れることは絶望的とされました。確かに出世レースから脱落してしまう。それでも、案外、気分転換になったのかもしれません。

ここでは都を離れるのは直秀と散楽一座ですよね?ならば出世レースも何もないのでは。
あと大宰帥などで筑紫に赴いた人も、当時の旅の困難さを考えれば、なかなか大変であっただろうと思います。以前書きましたが、大伴旅人などは着任後すぐ奥さんを亡くしていますし。

ただその人たちを受け入れた地では、都に触れる機会でもあり、その地に文化が根付いたと言えるでしょう。

日本中世史を考える上でも重要に思えます。

『源氏物語』で描かれるような世界は、ほんの一握りのもの。それ以外では、名もなき大勢の庶民が、生きては死に、歴史の中に消えてゆきました。

そんな消えた姿を想像させてくれる、直秀のような人物は重要でしょう。

まず、この時代は中世ではなくて古代です。平安時代は古代に区分されます。
そして
「『源氏物語』で描かれるような世界は、ほんの一握りのもの」
この物語をベースにした描写が、ドラマの中で既に何度か見られるのですが、その『源氏物語』を無視しているようにも取れてしまいますね。
あと大勢の庶民が表に出てくるのは室町時代の頃で、その当時、庶民はまだ表に出て来る存在ではありませんでした。

こういう役割の人物を「オリキャラ」だのなんだの貶す意見もありますが、正史に対する庶民目線の稗史(はいし)も重要なはず。

オリキャラが悪いのではなく、そのオリキャラの設定に賛否両論があるだけだと思います。現に私は、今のところ直秀の描かれ方に、特に無理があるようには見えません。
恐らく武者さんは、『麒麟がくる』の駒を念頭に置いているのでしょうが、私も駒に関してはちょっと無理があるような気がしました。これも以前書きましたが、あのまま市井の人物として薬屋で生涯を全うしていたら、そうは思わなかったでしょう。

そして庶民目線の稗史と言うのであれば、昨年の阿月なども足が速いことが父の気に入らず、両足を縛られてしまい、その後その父に売られ、お市の侍女となった後、伝令の役目を買って出て命を落としています。好きな大河なら、恐らく褒めそうなキャラでしょう。しかし武者さんは、都合よく死んでくれる「冷蔵庫の女」と彼女を形容しました。
なのに今年のちやは、あるいは忯子はそう言わないのですね。

本作は近代が舞台ではないけれど、歴史総合目線もある。
日本はずっと隣国と交易し、影響を互いに与え合ってこそ、成立してきました。

先日、驚いたことがあります。昆布とはアイヌ語ルーツだと初めて知った人が、激怒して日本伝統だと主張していたのです。昆布は蝦夷との交易品であり、そのことをむしろ昔の人は自慢していました。

隣国と交易もし、戦いもしています。また交易だけでなく、たとえば遣唐使のような文化交流もありました。
そもそもこの「歴史総合目線」とは、具体的にどのようなことを意味するのですか。
あと
「昆布とはアイヌ語ルーツだと初めて知った人が、激怒して日本伝統だと主張していたのです」
その裏付けをお願いします。

逆に近代が舞台なら、西洋列強が押し寄せており、この時代のような交易や交流は難しかったでしょう。

なぜなら交易するには権力が必要だったから。古来からアイヌルーツのものを取り入れていることは実際にありますし、それで純粋性が落ちることなどありえません。

海の中にある日本という国――その歴史を考える意義が、このドラマにはちゃんとあります。とても勉強になる作品です。

「古来からアイヌルーツのものを取り入れていることは実際にあります」
ここまで書くのであれば、その例をちゃんと示してください。ルイベとか鮭とばなども確かアイヌ起源ですね。

あと
「海の中にある日本という国――その歴史を考える意義が、このドラマにはちゃんとあります」
直秀が都の外のことを話しただけで、「海の中にある日本という国の歴史」を考える意義があると言うのは、少々飛躍しすぎだと思いますが。
ならば『北条時宗』とか『毛利元就』(嫡男隆元が、プレッシャーに耐えかねて他国へ行きたいと言い出すシーンがある)などもそれと同じではないかと。

前にも書きましたが、本作は中国語圏でも注目を集めています。漢詩の引用が多いことに注目されていますし、宮廷劇らしい要素もふんだんにある。

今年の大河は日本国内向けのみならず、世界を狙えるアジア代表枠として認識できると思います。

武者さん、前回前々回と書いていた
「町田啓太さんの検索数が中華圏で多い、だから人気がある」
はどこへ消えたのですか。やはりあれは『チェリまほ』の結果だったのでしょうか。

「漢詩の引用が多いことに注目されています」
これもその裏付けをお願いします。注目されていると断言するわりに、具体例がなさすぎですね。

「世界を狙えるアジア代表枠」
この「代表」とは「何の」代表なのかまるで書かれていません。
ワールドカップの代表か何かですかと言いたくなります。

道長の官位が、従五位下程度の右兵衛権佐(うひょうえごんのすけ)であり、婿にするには低すぎる。

ちなみにこれは「佐殿」であり、唐名(とうみょう)は「武衛」ですから、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の源頼朝でお馴染みですね。

これ順序が逆なんですよ。まず右兵衛権佐だから佐殿、『鎌倉殿の13人』の頼朝である、その唐名は武衛だったと持って来た方がいいかと。私も第3回のあらすじの感想で、これについて書いていますが、こちらでは上総広常が
「武衛武衛」
と呼んでいたことについて書いています。武衛と言えばやはりあの人を思い出しますね。

義懐が力を持てばどうなるかわからないし、右大臣家は嫌いなのだとか。関白家の藤原公任ならば良いって……。

確かに兼家はなぁ。道綱母の藤原寧子が、兼家のつれなさを詠んだ歌がバッチリ出回っていますからね。娘があんな歌を詠むかもしれないと思うと、そりゃ嫌ですよ。

右大臣家ではありますが、倫子が結婚するのは兼家ではなく、その息子の道長です。これだと、まるで倫子が兼家を婿に取るようです。
そして穆子が
「そういう遊びの過ぎる殿御は、倫子がさみしい思いをしそうで」
と言っています。この「遊びの過ぎる殿御」、これは公任のことなのですが、これも武者さんの文章だと兼家のことのように取れてしまいますね。

ここ、ちゃんと観ていましたか?

すると穆子は、夫が赤染衛門と話したという点にチクリ。ただ話しただけだと雅信は慌てています。穆子はかわいい嫉妬ができる女性ですね。

『鎌倉殿の13人』の政子は、金剛力士像顔になって頼朝に怒っておりました。ああいうのは怖い。

政子は元々公家でもないし、夫の頼朝が、都風に大勢の女性と接することにも慣れておらず、亀の前の家を壊させたのは無理もないかと。

黒木華さんが愛くるしいのは言うまでもない。

それにしても、この恋する顔の美しさはどうしたことか! 花の蕾がふくらんでほころんでゆくようで、甘ったるくてかわいらしくて素晴らしい!

こんな顔をさせた時点で道長は有罪なので、さっさと婿になりましょう。

好きな大河の女性キャラに対してはこう言うのですね。
無論黒木さんは、この倫子をうまく演じているとは思います。しかしこれが嫌いな作品なら
「かわいこちゃんキャラでけしからん」
などと言うのではないのでしょうか。
大河ではありませんが、『まんぷく』の福子にもそういう言い方をしていました。

まひろと結ばれて欲しい気持ちもないわけではありませんが、この倫子を見てしまうと難しい。まひろは書く楽しみもあるし、ここはもう、倫子でよいのではありません?

ついでにいうと、雅信も穆子もかわいいですね。小麻呂も言うまでもない。ドロドロした右大臣家が嫌だというのは理解できますとも。あちらは全員可愛げがありませんから。雅信の予感は当たるのかもしれない。今はまだ純朴な道長も、いずれは……。

「まひろは書く楽しみもあるし」
この回で書くシーンは出て来ないのですが…。それに散楽一座ももう都を離れると、コント?作成もできなくなるでしょう。

「右大臣家は全員可愛げがない」
よく見るとそれぞれのキャラの違い、そして自分たちが結束して何をするべきか、それが窺えるかと思うのですが。それと雅信は源氏であり、藤原氏の兼家ほどの権力欲はないと思われます。以前そういうことを言っていましたし。

好きな大河の中でも人物の好き嫌いをはっきりさせて、『鎌倉殿』の時政のような感じで、兼家ファミリーを叩くのも武者さんは好きなのでしょうね。

藤原義懐は帝からのお達しだとして、陣定(じんのさだめ)を当分の間開かぬことにすると告げます。
これまで出てきた帝の前での会議ですね。

陣定は帝の御前でやるものではありません。寧ろ帝の臨席が減ったことにより、主流となった一種の閣議です。出席者の発言が奏文としてまとめられ、帝と摂政や関白の決裁を受けるシステムでした。

慣例を破り、帝だけで決めることは天意に叛く、世が乱れる。それを帝が理解していないのならばお諌めしろと訴えています。
世を治める為政者とは、天から選ばれている。それに背けば帝に禍が及ぶかもしれない。そんな東洋の考え方です。

「そんな東洋の考え方」とありますが、もっと具体性がほしいですね。それはどのような史料や文献にあるのでしょうか。そして、日本にそれが伝わったのはいつですか。

彗星や白虹貫日(日暈)がその証とされ、こうした考えを【天譴論】と呼びますが、日本では関東大震災時の渋沢栄一による誤用が広まってしまいました。
大河ドラマの主役に選ばれた人物であろうと、過ちは犯すのでそうそう信じてはならないという悪例です。ご注意ください。

そしてここで『青天を衝け』叩き。大河をきちんと説明するのではなく、どうにかして自分の思う方向へ引っ張って行こうとしていませんか。こんなことするのではなく、天譴論をちゃんと説明すればそれで済むことなのですけど。

「大河ドラマの主役に選ばれた人物であろうと、過ちは犯すのでそうそう信じてはならないという悪例です」
では、武者さんが好きな大河の主役でも、そのように考えていいということですね。

あと「白虹貫日」、武者さんが昨年南に虹が出る、このドラマはおかしいと書いていたのをちょっと思い出しました。

しかし詮子には策がありましたね。自分にも東宮にも源雅信がついている! 大臣家に道長婿入りを勧めてもいる。そのうえで、道隆も源と手を組む覚悟を決めろと言い出します。

それ、その前に兼家も同じことを言っていましたね。似た者父娘なのだと思いました。

安倍晴明が「遅い!」と言われながら、兼家の眠る部屋へ出向き、「瘴気が強すぎる」と兄弟たちに言い放つと、兼家と二人きりになります。

「眠る」だと死んでいるようだから「伏せている」辺りがいいのではないかと。
あと「瘴気」、字幕では「障気」となっていましたが、ざっと調べたところどちらも使われるようです。「病を産み出す毒気」とでも言うべきでしょうか。


飲み物-暖炉の前のウイスキー
[ 2024/02/28 02:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『風花帖』-53

新六は小声で
ーー吉乃様
と声を掛け、吉乃ははっとして天井を見上げた。新六は天井板を動かし、ふわりと畳に降り立った。

その様子は、かつて新六が吉乃を救った時に見せた、あの蝙蝠のような動きだった。
「新六殿ーー」
吉乃は声を詰まらせた。

吉乃は勘十郎に囚われて以来、新六が助けに来てくれることを願っていた。しかし、いざこうして新六が来てくれると、それが信じられないような思いで、目に涙があふれた。

兄の秀五郎は吉乃に、むごいことをしていると言った。最早新六に助けを求めるべきではないと吉乃は思っていた。だが勘十郎の屋敷に囚われてしまい、無意識のうちに、胸の中で新六に助けを求めていたのである。その願いが通じたかのように、新六はこの場に姿を見せてくれた。

しかしそのために新六は、大きな苦難を背負うことになったことは吉乃もわかっており、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
「新六殿、ありがとう存じます。されど私に関わっては、新六殿の身が危のうございます。最早私は放っておいてお立ち退きください」

吉乃が涙ながらにこういうと、新六は微笑んで言った。
「何を言われますか。せっかく吉乃様のもとへ参ることができたのです。お助けしないわけには参りません」

「そうおっしゃいましても…」
吉乃は尚も訴えようとしたが、新六はゆっくり頭を横に振った。
「我が藩は、既に真っ二つに割れて争っております。この先無傷でいられる者はおりますまい。ならば、私は吉乃様を助けて傷を負う方が嬉しゅうござる」

「ですが、私は伊勢様の家士に監視されております。ここから逃げるのは難しいかと存じます」
吉乃は、眉をひそめてこう言った。

「いや、家士が何人いようとも、斬り払って吉乃様をお助けいたす、それは私に取ってたやすいことです。しかし今しばらくここで待とうと思っています」
「何を待たれるのでしょうか」

吉乃は目を見張って尋ねた。新六は座敷の片隅に吉乃を誘うと、畳に座った。その新六の傍らに、吉乃は身を寄せて座った。新六は声をひそめ、こう話した。

「私が小宮屋敷を脱け出たことは、既に城中の伊勢勘十郎の耳に達しているでしょう。あの男は、私が吉乃様を助けようとしていることを察し、慌てて屋敷に戻ってくると思われます。それを待つのです」
「待って、どうなさるのですか」
新六は冷ややかな笑みを浮かべた。

「斬ります」
「伊勢様を斬ると言われるのでしょうか」
吉乃は息を呑んだ。


伊勢屋敷へ向かった新六は、忍びのように天井裏に入り、吉乃が捕らえられている部屋へと忍び込みます。吉乃は、心のどこかで新六が助けに来てくれたらと思ってはいたものの、実際に来てくれたのが信じられず、涙を流します。しかし同時に、新六がこのような状況に身を置いているのは危険きわまりなく、吉乃は自分のことは構うなと言うのですが、新六にしてみれば、吉乃を助け出すことが大きな使命でした。

小倉藩士でありながら、藩を二分する騒動には加わらず、ただ吉乃を救いたいという気持ちゆえに、身の危険を冒してまでやって来たのが、この人物らしいと言えるでしょうか。しかも自分が小宮屋敷を脱け出した、より正確に言えば、方円斎や順太が昼寝をしてくれたため脱け出すことができたわけですが、その事実を勘十郎が聞きつけ、急いで戻って来るであろうことも計算済みでした。

元々この新六の最大の目的は、伊勢勘十郎への復讐と言えそうです。吉乃、そして夫の源太郎を煩わす者を処罰することが、彼に取っての正義でもありました。しかしながら普段は地味な人物であり、そういう人物が、特定の存在を貶められた時に採る手段というのは、実はなかなか過激なものであったりもするのですが、勘十郎にそのことがどこまでわかっているでしょうか。

飲み物-コーヒーとケーキと生クリーム
[ 2024/02/27 03:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『光る君へ』第8回「招かれざる者」あらすじと感想-2

第8回後半部分です。


道長の言葉に道隆が答える。父上はそんなつもりではなかった、お腹のお子さえ流れればよかった、そのことを晴明に命じたら、忯子様までお亡くなりになったと。恐ろしいことだとおののく道隆を道兼が励ますが、道長は一人別の方を向いていた。そして帝は東三条殿の祈祷について晴明に尋ね、晴明は忯子の霊が兼家に取りついていたと答える。つまり忯子は成仏できていなかったのである。

理由を尋ねる帝に晴明は、右大臣(兼家)様を恨む余りと口にする。義懐は晴明に、右大臣が忯子様を呪詛し、お命を奪ったということかと尋ねるが、それはわかりませぬと晴明は言う。帝は忯子を憐れんで涙し、死ね右大臣と叫ぶ。しかし晴明は。そのようなお言葉は、忯子様をますますこの世にお引き止めすることになると諫める。一方為時の屋敷では、右大臣と手を切っておいてよかったと惟規が喜ぶが、為時は息子を窘める。

あの時東宮の漢学指南の役をいただかなければ、お前たちだって飢え死にしていたかも知れないと言う為時に、惟規は大げさでしょうと取り合わない。まひろは伊藤とに、幼過ぎて両親の苦労を知らなかったのだと言うものの、惟規は苦労なんて知らない方がいいと、あっけらかんとしたものだった。そして為時は、右大臣は恐ろしいところもあったが、何より政の名手であった、関白頼忠や左大臣雅信ではそうは行かないとも言う。

義懐も同じで、こちらは帝のご寵愛をいいことに横暴が過ぎる、右大臣を追い詰めたのは義懐であると言う父に対し、同乗しても右大臣は倒れたし、権中納言の義懐と仲良くした方がいいと口にし、まひろの同意を求める。しかしまひろは、父はこんな争いに巻き込まれるのを好まず、学問で身を立てたいだけだと惟規に言う。しかし惟規は父や姉に似ず学問嫌いであることを自覚しており、本当に父上の子なのかなと言いつつその場を去る。

為時は、宮中の書庫(ふみぐら)の整理を主な仕事にしようとする。そんな父にまひろは、内裏のことはわからないが、政での争いは似合わないと言う。そして道長は父兼家の枕頭に座ってつぶやく。父上は我々をどこに導こうとしておられるのか、我らの行く先はどこなのであるか、生き延びてその答えを推してほしいと。

兼家はなおも床に就いたままだったが、ある夜道兼がその手を取った時、道兼は父が目を開けたのに気づく。そして道兼は、ある日書庫にいる為時に声を掛け、兼家の病状を尋ねる為時に、時折正気付くが殆ど眠っている、見通しは暗いと答える。さらに道兼は父が為時に世話になったと言い、私の方こそと返す為時に、蔵人所の仕事は終わったので手伝うと言い出す。

ご看病に帰られませと言う為時に、父は私の顔を見ると嫌がるからいいいのだと道兼。そして為時を手伝おうと手を差し伸べた時、袖の下の腕があざだらけなのに為時は気づく。父にやられた、昨夜も一時正気付いて、その時にと道兼は言い、小さい時から可愛がられたことはなく、殴られたり蹴られたりしておった、兄も弟も可愛がられていたのにと、悔しそうな表情を浮かべる。

道兼は言う。病に倒れ、生死の境をさまよいつつ私を嫌っておると。おつらいことですねと共感する為時に、自分はどこでも嫌われる、蔵人の務めとして帝のお側に上がっても、右大臣の子というだけで遠ざけられると言って書庫を去る道兼が、為時には不憫に感じられた。その後為時が屋敷に戻ると、いとが青ざめた顔で出迎えると人目を憚るように、道兼が来ていること、しかも酒を持参して、為時と飲みたいと言っていることを伝える。

その時まひろと乙丸が戻ってくるが、今少し外にいるようにと為時は言い、道兼を恭しく出迎える。まひろを見てご息女かと訊く道兼。まひろはその顔を見て、信じられないといった表情になり、屋敷の中へ走り去る。部屋に入ったまひろは、母の形見の琵琶を見つめる。そして道兼は酒を飲みながら、息子がもうすぐ大学なら大変だろう、為時殿の息子なら聡明であろうから、心配は要らぬかと言う。

それがさっぱりと為時は答え、道兼が酒を注ごうとするのを断る。つまらぬな、せっかく尋ねて参ったのにと道兼。そこへまひろが琵琶を持って現れ、このようなことしかできませぬが、お耳汚しにと奏で始める。琵琶を奏でるまひろの脳裏を、母ちやはの思い出がよぎる。見事ではないか、体中に響き渡ったと道兼。そして琵琶は誰に習ったのかと尋ね、母に習ったとまひろは答える。

母御は如何されたと道兼はさらに尋ねる。為時の顔に緊張の色が浮かぶ。7年前に身罷ったと答えるまひろ。気の毒であったな、ご病気かとの道兼の問いに、まひろははいと答える。為時といとは、いくらか安堵した表情を浮かべる。失礼いたしましたと下がるまひろ。麗しいが不愛想じゃなと言う道兼に詫びる為時。道兼は今度はいとにも声を掛けるが、お捨て置きくださいませと為時は言う。

楽しく飲もうと思ったが、真面目な家じゃと笑う道兼。そしてまひろは部屋で、一族の罪を詫びる、許してくれと道長が言ったのを思い出す。あの時まひろは、兄はそのようなことをする人ではないと言わないのと道長に言ったものの、道長は、まひろの言うことを信じると答えた。その後為時はまひろに道兼が帰ったことを告げ、すまなかったと頭を下げる。なぜ詫びるのかと尋ねるまひろに、為時は言う。よく辛抱してくれたと。

私は道兼を許すことはないが、あの男に自分の気持ちを振り回されるのはもう嫌なのです、それだけですとまひろは言う。空になって久しい鳥籠に、野鳥が止まっていた。そして宮中では、道兼が文を盆に載せて現れる。右大臣の子ではないか、近づくなと帝は言い、義懐も早く去れと言う。為時はその盆を受け取り、道兼は去って行く。為時は帝に、道兼は右大臣の子ながら、右大臣に疎まれていることを伝える。

父とうまく行っていないのかと問う帝に、打ち据えられた傷さえあると為時が答える。帝は急に道兼に関心を示して呼び戻させ、道兼の両腕のあざを見て、病に倒れてもお前を殴るのか、地獄に堕ちるな右大臣はと同情するが、その時兼家はまたも目を覚まし、まひろは夜空にかかる半月を見ていた。道長も同じ月を見ていたが、その月に黒雲がかかる。その時道長の周囲が慌ただしくなる。

盗賊が現われたのである。武者たちが何とか彼らを取り押さえ、首領格の男の覆面をはぐ。その男は、あの直秀だった。


兼家が倒れますが、周囲は最早兼家がいなくなったも同然の状態になります。しかも道隆は道長に、父が忯子の子を流すように晴明に呪詛させたところ、忯子自身も亡くなってしまったと打ち明け、道長は意識のない父に向って、我々をどこに導こうとしているのかと尋ねるわけですが、その父兼家は、道兼が手を取った時に正気付きます。

この道兼ですが、今回も汚れ仕事を引き受けさせられたようです。為時と近づきになること、父に折檻されたこと、そしてその証拠を見せること、為時を通じて帝に取り入ることなどなど、恐らくは兼家の差金であり、しかし周囲に警戒心を抱かせないため、兼家の病状はよくないと触れ回っているようにも見えますね。そしてこのことは、道隆や道長、さらには詮子も知らないのではないでしょうか。

一方で為時。兼家という後ろ盾ももうないに等しく、何よりも政絡みの間者的役割を嫌がって、これで余計な争いに巻き込まれずに済むといったところだったでしょう。しかしこのような人物は、真面目であるが故に利用されやすいのでしょうが、花山天皇の側近ということもあって、今度は道兼が近づきます。と言うか、道兼の考え即ち兼家の考えであった場合、再び兼家の意向を汲むことにもなり兼ねないのですが。

まひろ、道兼の前で琵琶を演奏してみせますが、その前に母が何で亡くなったのかを道兼に尋ねられます。病でかとの問いにまひろはうなずきます。為時といとは安堵の表情を見せますが、どうも道兼は、この家で自分が嫌われていることには気づいていないようです。よく辛抱したと父に言われるまひろですが、最早道兼はどうでもいいと思っているようです。本当に嫌いな相手はスルーすると言いますか、要はそこまで成長したということでしょうか。

帝と義懐。どうもこの主従も、権力者から取り込まれやすい存在であると言えそうです。そもそも特定の存在を敵視するため、逆に利用されやすい、担がれやすいとなるのでしょうか。で、その敵視した相手から失脚させられると言ってもいいわけですが、この帝も、スルースキルがあればまたその治世は変わっていたかも知れません。


飲み物-ポーターとクルミ
[ 2024/02/27 02:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、『鎌倉殿の13人』の感想も書いています。そしてパペットホームズの続編ですが、これも『鎌倉殿の13人』終了後に三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出し、2022年秋には強豪フランス代表、そしてイングランド代表との試合も予定されています。そして2023年は次のワールドカップ、今後さらに上を目指してほしいものです。

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