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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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真田丸-38

今回は昌幸の退場回です。この回で一度に10年飛びますが、真田家的にはさほどの歴史イベントはない時期で、むしろ九度山の様子と上田城、そして徳川主従の3つが中心となった描かれ方です。ところでお気づきの方も多いと思いますが、今回から、大部分の登場人物の着物が新しくなっています。また男性の一部が月代を剃り、特に信之の家臣たちは、それまでの素襖ではなく、裃を着けるようになっています。

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高野山山麓の九度山に蟄居の身となった昌幸と信繁は、当地の大名である浅野幸長の家臣、武本義太夫から、村長(むらおさ)長兵衛に挨拶に行くことを勧められ、南蛮菓子を持参したきりと共に屋敷に向かうが、長兵衛の言葉はかなり辛辣なものだった。しかしのどかな風景に、信繫ときりは真田の郷を思い出し、しばし昔話に花を咲かせる。そこへ春が、昌幸が呼んでいると知らせに来る。きりは散歩をしてくるとその場を離れ、信繫は昌幸から渡された兄信之の手紙を読む。それには改名のことも書かれていた。昌幸は、信幸が捨てた幸の字を、信繫に継がせようとする。

その頃上田城では、信之が本多正信に赦免嘆願状を送っていた。そして薫(山手殿)は病床に伏していたが、実は仮病で、こっそり甘い物を口に入れていた。そして九度山では、春が慣れない生活に溶け込もうとしていたが、常にきりからずけずけ物を言われることを気に病んでいた。そんな春を、きりは上田に帰ってもらうと信繁はなだめるが、春は信繁の最初の妻である梅をひどく気に掛けており、障子を指でつついて破ってしまう。

会津では、上杉景勝が減俸を余儀なくされ、米沢30万石に領地を減らされていた。これで昌幸は、上杉との同盟が絶望的になったのを悟る。その頃春は、信繫の最初の子を身ごもっていた。もし女なら梅と名付けたい、そうすれば梅が信繁の最初の妻でなく、自分の娘のことになるからと話す春。そして徳川家康は征夷大将軍となり、これによって秀頼の立場は弱くなったと信繁は考える。しかし昌幸はこれで赦免になると喜び、信之も正信を信じて赦免状を送る。正信も乗り気であったが、家康には一向にその意志が無かった。

さらにその2年後、今度は秀忠が第二代将軍となる。再び赦免の時期が来たことを喜ぶ昌幸だが、信繫はもはや、秀頼が天下人となる機会が失われたのを憂慮する。無論家康にその意志はなく、さらに秀忠は正信に、もう自分たちの前で、昌幸の話をしないように命じる。また上田城でも、薫や松が大御所となった家康に直訴しようとするが、稲がそれを止める。もはや昌幸と信繁とは縁を切ったこと、そのため信之も字を改めたこと、そして、これ以上昌幸の話を城中でしないように、2人に言って去って行く。

大坂では秀頼が成長しており、清正はこの秀頼を家康に合わせることを片桐且元に相談する。そして九度山では、信繫が板部岡江雪斎と出会っていた。旧主北条氏直の菩提を弔うために、高野山に赴いたのだと言い、自分は第一戦を退く旨を告げる。自分もここの暮らしに慣れたという信繁に、まだそなたの目の奥に、熾火がくすぶっていると告げる江雪斎。また真田屋敷では、隣村とのいさかいを鎮めるための方法を教わりたいと、長兵衛たちがやってくる、しかし既に私闘は禁じられており、藩主である浅野幸長に訴えるのが一番の方法だった。昌幸は時代の変化に寂しさを覚える。

昌幸は、もう九度山から出られないのではという思いが強くなって行った。また稲の父である本多忠勝は、孫たちに竹とんぼを作ってやるが、その時に指を刃物で切ってしまう。一度の手傷も負ったことがない忠勝は、このことに老いを感じ、また折があれば馳せ参じるという約束を家康と交わして、慶長15年に亡くなった。そして、父と弟がなかなか赦免されないことから、高台院に嘆願をと考える信之だが、高台院は公家や徳川の使者としか会わないことを知り、かつて北政所時代の侍女の指南役をしていた小野お通を尋ねる。

家康は二条城で、孫の千姫の夫である秀頼と会見することになった。立派な若者に成長した秀頼に、家康は無沙汰を詫びる。しかし差しで話すことを望んだにもかかわらず、加藤清正が秀頼の側から梃子でも動こうとしなかった。清正はかつて、三成が佐和山城に蟄居させられる際、秀頼を守るように頼まれたのだった。しかし家康は清正を邪魔者と見て、服部半蔵の息子を使って始末させる。また九度山では、信繫の息子大助が、子供たちから罪人の子呼ばわりされていた。信繁はそのようなことはない、誇りを持てと言い聞かせる。

そこへ昌幸が、喧嘩の仕方を孫に教えるが、次の瞬間倒れてしまう。病床についた昌幸は、信繫に自分で記した合戦の奥義を見せ、さらにいずれ徳川と豊臣が衝突することにも触れる。その時は豊臣に付くように言い、さらに徳川を討つための細かい手順、そして戦場で覚えておかなければならないことを信繁に伝える。その後昌幸は、かつての主、武田信玄の馬の音の幻聴を聞きながら、信繫とその家族、家臣たちに看取られて他界した。

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さて「ナレ死」が3人(忠勝、清正、昌幸)です。このうちいまわの際までが、きちんと登場したのは昌幸だけですが、この38回における時間の経過が感じられます。尤も清正は、確か二条城では豊臣方ではなく、徳川方であったように思いますが、恐らく三成との会話の伏線回収のためでしょう。しかし、家康と正信の会話にあるように、秀頼がもう少し凡庸であったのなら、豊臣はその後もしばらくは続いたのかもしれませんが…。秀頼に家康が無沙汰を詫びたのは、何か芝居臭さがあります。この会見は、徳川の城である二条城で行われたことに意味があるからです。しかし三成→清正(福島正則もそうですが)路線はどうも直球勝負のみで、その場の空気を読めないのもちょっと痛かったですね。

そして稲、姑と小姑を叱る辺り、城主夫人らしくなりました。しかし犬伏での約束通り、父と弟を助けようとする信之は、ついに小野お通を訪ねることになります。『真田丸』では、『真田太平記』にあったような、兄弟の対面はやはりあるのでしょうか。また春の方は、きり、ひいては梅の存在にストレスを感じているようです。子供が2人生まれて、かなり母親らしくはなりましたが、どうも三成の言葉は事実であったようです。一方で上杉のお屋形様、何ともなすすべのなさそうな表情です。今後上杉も徳川体制に組み込まれて行くことになりますが、62万石の伊達、57万石の最上(後で改易されますが)に挟まれた上に、会津を奪われて30万石とは、さぞかし屈辱的だったでしょう。

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[ 2016/09/27 01:30 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)
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実は『いだてん~東京オリムピック噺~』を観なくなったので、再び『西郷どん』復習の投稿をアップしています。関連文献もまた読もうかと考えていますし、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、いよいよ日本でのワールドカップの年です。今季は代表下部チームとの兼ね合いもあり、スーパーラグビーでは今一つでしたが、ワールドカップでのベスト8成るでしょうか。

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