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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  JIN ー仁ー

『JIN -仁-』完結編第10話(後編)番外編3

いよいよ『JIN -仁-』の締めくくりです。といいますか、それらしきものを書いていなかったので、一応書いておこうかと。そもそも『風に立つライオン』を観て、ちらほらと観ていたこのドラマをもう1度観たくなり、DVDですべて観たわけです。なお、私の場合このパターンは多いです、『ガリレオ』もそうですし。

このドラマは一応はSF時代劇で、場所は同じであるものの、全く違う時代に行くことになっています。また、あちこちに瞬間移動できるわけではなく、タイムスリップ先の時代にしばらくとどまることになります。仁の場合、タイムスリップ直後に橘恭太郎が斬られるのを見て、即刻治療を施すわけですが、この時は現代から持ってきた手術キットのおかげもあって、そこそこうまく行きました。しかしこの世界で医療を行うにも、何せ時代は幕末、今のような薬品や道具もなく、多くの人を助けるには、今の技術を、その当時に入手できる方法で伝える必要が生じたわけです。そしてコレラ治療で名を挙げ、大きな信頼を得ると同時に、敵を作ることにもなりました。

そして運命の女性、咲と野風との出会いがあり、歴史上の著名な人物との出会いもありました。中でも坂本龍馬とは昵懇の仲となり、保険の話にも耳を貸してくれ、仁も、あるいは暗殺されるはずのこの人物を救うため、タイムスリップさせられたのではないかと思うようになりました。しかしその一方で、現代医療で助けたはずの人々が結局は死んで行く非情さ、「歴史の修正力」の厳しさを目の当たりにすることになります。そして、かつて付き合っていて、自分の手術が元で植物状態になった友永未来に生き写しの野風、彼女に惹かれる一方で、未来と自分の写真に変化が現れるようになり、野風の癌の手術をした時点で、写真そのものが消えてしまうことになります。

歴史を変えることの矛盾を抱えつつも、仁は仁友堂を開いて、仲間の医師や咲と治療活動にいそしむ日日が続きました。そんな中での野風の結婚、そして咲への想いもありましたが、未来から来た人間である以上、それは何ともしがたいものでした。やがて時代は移り、大政奉還と将軍慶喜の蟄居、そして彰義隊と新政府軍による上野戦争が行われますが、これに従軍した恭太郎を呼び戻そうとした咲が、銃弾を受けて傷を負います。しかも、その当時の医学では治せない緑膿菌に感染し、ホスミシンを求めてあちこちを探す仁は、その後未来に戻って行くことになります。

タイムスリップ後の世界は、タイムスリップ前とは微妙に違うものでした。そして、かつて橘家があった場所は橘醫院となり、咲に育てられた野風の子、安寿の子孫で、友永未来と野風にそっくりな橘未来と出会うことになります。咲のその後をことを教えてもらう仁。このドラマは、漫画を原作にした医療ドラマであるわけですが、それと同時に、未来→野風→未来、そして咲との微妙かつ行きずりの恋ともいえる想いを、タイムスリップという形で現したラブストーリーであり、仁を媒体として、様々な人が出会う人間ドラマであったともいえるでしょう。


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[ 2015/08/16 23:59 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編第10話(後編)番外編2 咲の手紙と胎児性腫瘍と象山の遺品

咲の手紙についてです。この書き出しは「○○先生へ」とあり、自分はその○○先生を慕っていたことから始まって、咲が書きたかった様々なことが綴られています。橘醫院を去り際にこの手紙を渡された仁は、ベンチに座ってこれを読み、大粒の涙を流します。元々この手紙を渡されるきっかけとなったのが、揚げ出し豆腐が好きかと橘未来に訊かれたためですが、もちろんそのことも書かれていました。

彼女は、名前は思い出せないけど、佐久間象山の遺品を見つけたこともあり、仁友堂を作るのに貢献してくれた人物がいたことに気付いていました。しかし仁友堂の医師たちは皆、そのことを知らないといいます。そこで咲は筆を取り、自分の頭の中にある仁のことを、手紙の形で書いて行ったわけです。

この「○○先生」に関しては、咲が名前を既に忘れていたというせいもありますが、敢えて名前を書くのを伏せたという方もおられるようです。名前を書くといわゆる歴史の修正力が働いて、せっかくの手紙が消えてしまうのを恐れたからではないかとということで、一理あると思います。咲も仁のそばにいましたから、この歴史の修正力についてはかなり理解していたことでしょう。もちろん、龍馬が宛名を伏字にしていたのは、自分が手紙を出すことで、相手に迷惑がかかるのを避けるためでした。

それから、胎児性腫瘍の問題があります。一番最初の回、つまりパラレルワールドAの世界では、身元不明の男の手術でこの腫瘍が摘出され、その男(恐らく仁自身)がこれとホスミシン、そして手術用のキットを持ち去ろうとし、止めようとした仁がそのままタイムスリップするわけですが、これがその後の未来=Bの世界では、普通の腫瘍となっていました。また仁は和服を着て未来へタイムスリップしたはずなのに、発見された時は洋服姿と、パラレルワールドAとBとでは、前提条件からして既に異なってしまったわけです。

そして、仁が未来に戻る前に、なぜか彼のいたところにホスミシンだけが落ちていたわけですが、これが仁の幕末への置き土産だったのでしょうか。仁は無論そのことを知らないまま未来に戻り、咲がその後も生きながらえたことを知るわけですが、このホスミシンのおかげで咲は助かったのですから、結局彼女に対しては、かなりの貢献をしたわけです。

しかし佐久間象山も、この中ではタイムスリップをしているわけですが、その時の2010年=平成22年のネット状の包帯と10円玉はきちんと残されていました。佐久間象山もタイムスリップによるパラレルワールドを経験しているはずですが、未来から持ち帰った物は手元に残っていたのです。もちろん、2010年の病院での彼の痕跡は消えているのかもしれませんが。

[ 2015/08/12 00:14 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編第10話(後編)番外編 友永未来と橘未来 

恐らく、このシリーズをリアルタイムまたはDVDで観た多くの方が感じているかもしれませんが、最後の部分はちょっと唐突な印象がありました。しかし、タイムスリップ前に友永未来を植物状態にしてしまったこと、そしてタイムスリップ後に、未来にそっくりな野風の癌の手術をし、一旦は成功したものの再発したことなどを考えれば、結局最後はああなるのかもしれません。そもそも仁は、友永未来を救おうとしていてタイムスリップし、彼女がどうなるかを気にかけていた以上、これはやむを得ないかと。ただ、橘未来がなぜ脳腫瘍で運び込まれたか、その辺の状況説明がもう少しあってもよかったかとは思います。

しかも橘未来は、血のつながりこそないとはいえ、橘咲の子孫に当たります。タイムスリップ後の橘咲への思いが、そのまま橘未来への思いにつながっていても何ら不思議ではありません。結局仁に取って、橘未来は友永未来の生まれ変わりのような存在であり、しかも橘咲の子孫である以上、彼女のためならと思うのも当然ではあるでしょう。しかも、この3人すべてを知っているのは、後にも先にもこの仁しかいないわけです。それは彼が、異なる3つの世界を体験しているからです。

仁はこの体験に基づいた小説を書こうとして、研修医の野口と相談している時に、A、B、C、D、Eといくつものパラレルワールドが存在し、そのAからタイムスリップした人間が、今度はBの未来に戻って来るという結論に達します。つまり仁は友永未来がいたAの2009年から、Aの幕末にタイムスリップし、今度は橘未来が存在するBの2009年に戻っているわけです。しかもBの2009年でタイムスリップした仁は、今度はBの幕末に行き、そしてCの2009年に帰るという、ループ状態が続くという設定です。ちなみにパラレルワールドというのは、理論的には可能なのだそうです。

そして橘未来の説明によれば、仁がいなくなったその後の仁友堂では、仁その人がいなかったことになっています。それでなぜ仁友堂が出来たのか、多少不思議ではあるのですが、恐らくその時代から消えて未来に戻ると同時に、その人自身が存在しなくなるわけですから、成し遂げたこともすべてなかったことになるのでしょう。ただ、咲が誰かが自分たちに協力していたことを思い出したのは、佐久間象山の遺品を見つけたからでした。しかしよくそれだけで、完全とは行かないまでも、仁の存在を思い出すことができたものです。

その咲の手紙、かなりほろりとさせられるものがあります。これについては次回で。

[ 2015/08/11 00:33 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編 第10話後編

いよいよ最終回です。

徳川慶喜は寛永寺に籠ったが、かつての幕臣たちにより彰義隊が結成され、新政府軍と対抗するようになる。橘恭太郎は海外留学を勧められていたが、ある日意を決して置手紙をし、彰義隊に身を投じる。勝海舟は、彼らには江戸の治安を任せているだけだと主張していた。

仁は、もし自分が死んだら腑分けして、頭の中の癌を後世の医学に役立ててほしいという。受講者の中で一人それにうなずく咲。しかし咲は、恭太郎が彰義隊に入ったことを知り、自分が連れ戻しに行くという。母の栄はそれを制するが、咲は、兄と2人で戻ってきたら家の門をくぐらせてほしいといい、上野へ向かう。

しかし恭太郎を連れ戻しに行く先の腕に、銃弾が当たる。その頃仁は、彰義隊のために野戦病院を開いていた。そこに医学書の多紀安琢らが現れる。徳川が彰義隊を認めたことになるから、これはまずいと渋る勝に、多紀らは医者は医の道を行くのみと、治療の手伝いを始める。そこへ恭太郎が、咲を背負って現れた。

仁は銃弾を取り出そうとするものの、また例の症状に襲われ、佐分利に代わってもらう。頭の中から聞こえる龍馬の声は、口八丁手八丁ぜよ、手が動かん時は口を動かせといっていた。その後上野戦争は終結し、仁は恭太郎にこう話した。「あなたが守ろうとしているのは徳川の家ではなく、橘の家ではないのでしょうか」

その後恭太郎も野戦病院の手伝いをする。そして咲は、日ごとに回復したが、ある日包帯に緑色の膿がついているのを見た。緑膿菌に感染していたのである。それでも仁の手伝いをしようとするもののかなわず、しかも、咲の本当の病状を知った仁もなすすべがなかった。その当時、緑膿菌に効果のあるホスミシンは作れなかったのである。

仁は、あの夜のことを思い出していた。あの時落ちて来たものは、ホスミシンの小瓶ではなかっただろうか。ならばあの時落ちて来た、あの場所に戻ればあるかもしれない。自然治癒の可能性を信じて療養中の咲に一言告げ、仁は恭太郎と例の場所へ行く。するとその時吸い込まれるような感じで、仁の姿が消えて行った。

仁は、自分が勤務していた病院の病室にいることに気が付いた。ホスミシンを探そうとして、すべてがあの時と同じ状況になって行く。そして、もう1人の仁が自分を追ってきた。そしてあの時と同じようにして、もう1人の仁はタイムスリップしてしまったのである。

自分の手術を執刀した同僚の医師、岸田の話では、自分は和服ではなく普通の洋服姿で、錦糸町公園に倒れていたこと、腫瘍は胎児様ではなく、普通の腫瘍だったこと、そして、あの時と似ていながら何もかも少しずつ変化していることに気付いた。もちろん友永未来も存在していなかった。仁は研修医の野口と相談し、これを元に小説を書こうとする。

そして仁は、図書館で百科事典を調べたところ、ペニシリンが江戸時代の日本にも存在していたこと、それを作ったのは仁友堂であることに気付く。しかし自分と咲の名はそこに記されていなかった。また、かつての橘家は橘醫院となっていて、そこに友永未来そっくりな女性が入って行くのを仁は目にした。

その女性は橘未来といい、咲が預かった野風の子の安寿の子孫だった。未来は様々な写真を仁に見せたが、仁には見覚えのある人々ばかりだった。そして未来は、咲の手紙を仁に渡す。それは間違いなく、あの咲の手によって書かれたものだった。

後日、未来が脳腫瘍で倒れて搬送されてくる。仁は迷うことなくその執刀医に名乗りを上げた。

[ 2015/08/09 00:48 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編第10話(前編)番外編 仁友堂再建

完結編も大詰めです。坂本龍馬が斬られ、仁と咲、そして佐分利が手を尽くすものの亡くなってしまいます。仁はこのことにかなりの使命を感じていただけに、助けられなかったことを嘆きます。そして、斬った本人である東も後に自刃し、仁たちは江戸に戻ることになります。

しかし江戸の仁友堂はひどいことになっていました。ペニシリン製造責任者の山田純庵が、奉行所に連れ去られてしまいます。誤ったペニシリンの製造で、死者が出たと5名の医師が訴え出たのですが、これは三隅俊斉の企みでした。どうもこの三隅という人物も、野風の健康診断で仁のせいで面目を失い、その後彼を怨むようになります。和宮の茶碗にヒ素を仕込んだのも彼でした。何やらこれもホームズとモリアーティ、『ガリレオ』第2シリーズ「攪乱す」の湯川と高藤に当てはまるものがあるようです。

その後純庵が戻って来ましたが、これに責任を感じた仁は、仁友堂を解散しようと決意します。しかしこれは皆の反対により止められました。一方で仁のあの頭痛は頻繁に起きるようになり、しかも吐き気まで伴うようになって行きます。これは腫瘍のせいではないかと考えたための仁友堂閉鎖でしたが、緒方洪庵の額「国の為、人の為」を見て考えを変え、自分の知識をすべてこの時代の人々に与えることを決めます。しかしCTスキャンのない時代、脳の病気の診断を行うのは、なかなか難しいことでした。仁は思わずそのことを口にし、他の医師たちから怪訝な顔をされます。

ところで三隅ですが、悪だくみもそう長くは続きませんでした。多紀安琢、松本良順らが密かに会い、元凶が彼であることを突き止めて、訴え出た医師たちの1人が、真実を打ち明けようとしているという噂を流します。三隅はこれに引っ掛かり、彼らを処分するべく、毒を盛った酒を飲ませようとしますが、そこへ多紀や良順が姿を現します。同じ蘭方医(仁も蘭方医扱いです)が、足を引っ張っていたわけです。正直、この三隅は蘭方医としての自分に、あまり自信が持てていなかったのではないかと思われます。

そして咲は野風に会い、龍馬が買っておいた簪を手渡します。このドラマでは野風の存在感が大きいため、本来彼に近かった千葉さな子や楢崎龍が描かれないのが特徴です。あるいは龍馬は、彼女たちともこっそり会っていたのかもしれませんが。咲は、仁のことを訊かれて、未来に戻るのがいいのではと話します。しかし、咲にとってそれは身を切られるような思いでもありました。

また勝海舟と西郷隆盛は会見し、これで江戸が火の海になるのを防ぐことができました。しかし徳川慶喜は寛永寺に移り、これにより彰義隊が発足、薩長軍とにらみ会うことになります。龍馬の行為を監視していた恭太郎も、仁から前を向いて生きるようにいわれますが、自分は徳川の旗本であるという思いがくすぶっていました。

[ 2015/08/03 23:44 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編 第10話前編

龍馬を狙ったのは、東修介だった。何気ない一突きだったが、実は計算され尽くしていた。龍馬は額に裂傷を負い、仁が手術をするも、肝心のなところで例の頭痛が起きる。数日間持ちこたえた龍馬だが、最終的に息を引き取る。いまわの際に龍馬は、仁が枕元で話して聞かせた、空を飛ぶ大きな鳥(飛行機)や、皆が小さい箱を持って話している(携帯電話)について話すのだった。

東のこの件に関して、仁は敢えて殺したのではないかと考えるが、咲はそれを否定する。そして、兄のことを許してもらうように頭を下げ、龍馬が持っていた、仁と2人で写っている写真を手渡す。その東は後に遺書を残し、自刃して果てた。

その後江戸に着いた仁、咲、佐分利は仁友堂を見て唖然とする。門に板が打ち付けられ、誹謗中傷があちこちに落書きされていた。そこへ拷問から解放された山田純庵が戻ってきた。一行が京へ立った後、匿名の医師5人が、南方仁に間違ったペニシリンの製造方法を教えられ、13人が犠牲になったと奉行所に訴えたのである。そして、製造の責任者として不在の仁に代わり、捕らえられたのだった。

このことに関して、松本良順や多紀安琢、そして勝海舟が吉原の鈴屋で密会を持っていたところへ、鈴屋の主人が訪れ、野風の健康診断で面目を潰された三隅俊斉が怪しいのではないかと漏らす。そこで彼らは一軒を案じ。仁友堂を訴えた医師の1人が真相を明かそうとしているという噂を流したのである。噂は瞬く間に広まった。

窮地に陥った三隅は、奉行所に訴えた5人を呼び集めて、密かに毒を持った酒をふるまおうとする。しかしその隣室には良順達が控えており、その酒を味見したいと三隅に詰め寄る。万事休した三隅、そして仁友堂は再び信頼を取り戻した。

その後、仁は皆を呼び集め、仁友堂の閉鎖をいい渡す。理由は自分が皆の足かせになっているのではないかと言うこと、そして、自分の頭の中に腫瘍があって、手術不可能ということだった。しかし純庵は、「病人(仁のこと)を置いて出て行けない」といい、2人は緒方洪庵の筆になる「国の為、人の為」という額に視線をやる。

結局仁は、自分の持てるものすべてを彼らに教えることになり、頭部にあると思われる腫瘍についても講義した。そして恭太郎には、一緒に前を向いて生きて行くようにように諭す。その頃、薩長軍は江戸へ向かっていたが、勝海舟と西郷の会談により、江戸は戦火を免れた。

そして咲は、龍馬の形見の簪を野風に渡した。野風は、龍馬がいてくれたからこそ今の自分があると話す。そして、彼女から仁の病気について聞かれた咲は、治す方法はないというものの、強いていえば、元の世に戻ることこそが最上であると答える。

[ 2015/08/02 00:14 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編第9話番外編 龍馬暗殺と軍鶏鍋

いよいよ龍馬が暗殺されます。というか東修平が立ち回りの最中にバランスを崩し、その剣が龍馬の顔面を襲います。ここで、仁がタイムスリップした、恐らくその最大目的とでもいうべき、龍馬を救う治療がこれから始まるわけです。しかし龍馬に暗殺を伝えようとしただけで、例の頭痛に悩まされた仁に、助命のための手術は可能なのかどうか。それはまた次の回になりますが、しかし龍馬はなぜ暗殺されたのでしょうか。そして、その犯人は誰なのでしょうか。

暗殺された原因としては、龍馬が新政府に徳川慶喜を加えようとしていた、これがまず挙げられます。そのための大政奉還でもあったわけですが、これが徳川の勢いを削ぎたい薩摩を刺激したのは事実でしょう。それから新選組や見廻組にいつも狙われていたこと、また、テロが日常的に行われていた幕末から維新にかけての京で、名を上げようとする浪士たちの標的になったとも考えられます。他にも「いろは丸事件」に関わった紀州藩士の仕業説や外国の陰謀説もあります。いわば、龍馬は八方敵だらけのような状態であったわけです。また、龍馬と中岡慎太郎は一緒にいて、2人とも暗殺されたわけですが、どちらか一方だけが標的だった場合、どちらかが巻き添えを食ったとも思われます。

ところで龍馬が暗殺される前に、中岡が訪ねて来たこともあり、軍鶏鍋を食べようとしたという話があります。これは『龍馬がゆく』を始め、複数の幕末関連小説にその記述があります。近江屋の小僧に軍鶏を買いにやらせ、その後暗殺者が玄関で押し問答をしていたのを聞いて、「ほたえな」(騒ぐな)と叫び、そのため、彼らの標的とする人物の居どころがわかってしまうわけです。

軍鶏鍋といえば有名なのは、『鬼平犯科帳』です。この小説に、「五鉄」の軍鶏鍋を鬼平こと長谷川平蔵が食する場面が登場します。この軍鶏鍋は、鶏のすき焼きといった雰囲気が強く、軍鶏のもつに笹がきごぼうを加えて、割下で煮た物となっています。しかし、龍馬が食べようとしていた軍鶏鍋はどのような物だったのでしょうか。確かにこのドラマで、寺田屋で出された軍鶏鍋は多少すき焼きのようでもありましたが。

こちらの高知新聞の記事にも、軍鶏鍋の記述があります。
【1】軍鶏鍋 ・・・ 果たせなかった最後の食事
江戸時代は四足の動物があまり日常的に食べられず、動物性たんぱく質はもっぱら魚や鶏に頼るところが大きかったといわれます。特に祭りなどでは鶏をつぶしてご馳走する習慣があり、龍馬も幼いころ口にしたかもしれないその軍鶏を、もう1度舌の上に載せたくなったのかもしれません。しかしそれが暗殺される際であるとは、何とも皮肉な話でした。

[ 2015/07/24 22:51 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編 第8話

慶応3年10月。仁、佐分利、そして咲の3人は龍馬を救おうと京へ向かう。佐分利は、野風の出産時にも世話になっていて、今や仁の片腕的存在だった。途中のとある宿場で、村人たちの治療に仁と佐分利は駆り出され、その一方で咲は、たまたま出会った風を装って、3人を尾行していた兄の橘恭太郎と会い、家に戻るように諭されていた。

一方龍馬は京にいて、新政府にどのような人物がふさわしいかを考えていたが、関白の部分だけが○○○と伏字になっていた。龍馬はそこに徳川慶喜を入れるつもりだった。しかし本人は政府に入ろうという気持ちはさらさらなく、海の向こうに行ってみたいといい、護衛を務めていた長州藩士、東修介に今後の身の振り方を尋ねたところ、東は今後も護衛をしたいという。

仁たちは京に入り、伏見の寺田屋に投宿した。その様子を見ていた恭太郎は3人を尾行する。残り少ない日数の中で、3人は手分けして龍馬を探したりもするが、なかなか見つからない。しかし15日当日になって、東修介と会った3人は、近江屋に風邪のため引きこもっている龍馬を訪ねることができた。

とにかく京を出てくれと頼む仁。そこに中岡慎太郎が訪ねて来て、一行は寺田屋へ向かった。その後、大久保に龍馬の居所を教えられた見廻組が近江屋に行くが、龍馬の姿はそこになかった。寺田屋で一同は軍鶏鍋をつつくが、仁はそれどころではなかった。

ようやく寺の鐘が鳴り、15日が終わったことを知った仁は、龍馬と差しで話す。ことの次第を納得した龍馬は、今後の抱負を語る。しかし仁が話しかけようとした次の瞬間、例の頭痛が襲ってきた。龍馬は咲を呼ぼうとして階下に降りる。

その同じ頃、恭太郎は寺田屋の周囲をうかがっており、護衛のため外に立っていた東修介に怪しまれる。また、先に宿を後にした中岡は、何者かに斬られ、寺田屋に残らなかったことを悔いつつ絶命した。

階下に降りた龍馬の目に飛び込んできたのは、数名の武士を相手に奮闘する東だった。東の相手の中には、恭太郎もいた。東は龍馬に気を取られた隙に腕を斬られてしまう。龍馬は、自分に刀を突きつける恭太郎を諭そうとするが、その恭太郎の太刀を払おうとした東の刀が、龍馬の額に命中した。

その頃江戸では、三隅俊斉がペニシリンの許可証を捏造して悪事を働いていた。その結果仁友堂に役人が来て、ペニシリン作りに携わっていた山田純庵を連行してしまう。

[ 2015/07/23 22:49 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編第8回番外編 蘭学と英語

『JIN -仁-』の番外編にするか、全く別の記事にするかでちょっと考えましたが、一応『JIN -仁-』の番外編にすることにしました。完結編もそろそろ大詰めですが、このドラマの中では、仁は一応蘭方医とされています。蘭方は、出島の商館に駐在していた医師たちから広まって行き、特に外科において優れていたため、彼らオランダ人医師の通詞(通訳)たちが、それぞれの流派を作るようになりました。また、日本人医師との交流もあったことから、蘭方は広がりを見せ、特に18世紀以後は、西洋の進んだ医学を採り入れるようになりました。また、眼科も元々蘭方のものといわれています。

しかしその当時、情報の伝達には時間がかかりました。『花神』の中で、イネ・シーボルトが、蘭方の本の一部が読めず、村田蔵六の宿を訪ねる場面が登場しますが、その本は、日本でいう元禄年間の出版で、既に幕末の段階では過去の物ともいえる書物でした。また蘭方、ひいては蘭学そのものも、次第にドイツ医学や英語に取って代わられ、ヨーロッパで唯一、日本との交易を独占していたオランダは、他国にその座を譲るようになります。

しかし、鎖国下の江戸時代で蘭方が芽生え、育ち、更にはオランダ人医師の元、外科の流派ができたというのも珍しいといえば珍しいことですまた蘭方を学ぶことにより、西洋の数学や幾何学も採り入れられる一方で、独自の和算も発展して行きました。しかし江戸時代はオランダと中国(清帝国)、朝鮮半島とは交流があったわけですから、実質的には鎖国でなく、限定交易と呼ぶべきでしょう。もちろんキリスト教の布教は禁止されていましたし、一般庶民が外国の文物に触れる機会は限られていましたが、それでも全くなかったわけではありませんでした。

元々こういう限定交易に踏み切ったのは、当時のヨーロッパの植民地政策もまた一因であったと考えられます。この情報がどのくらいまで把握されていたのかはわかりませんが、恐らくこのままにしておくと、早晩ヨーロッパのどこかの支配下になるのではないかという意識も、当時の支配者の間にはあったことでしょう。それを踏まえて、まずキリスト教を禁じ、最終的に、布教を伴わずに交易をするオランダ人と、清・朝鮮半島に限ったと見ることもできます。

また開国時、つまりペリーの来航により、欧米列強に門戸を開放することになった嘉永年間以降、幕末の時期にも、植民地政策を避けるべしという意識が渦巻いていました。この時はアヘン戦争が直近にあったため、あの轍を踏まない様にとの思いが、とりわけ強かったようです。『陽だまりの樹』にもその危機感が描かれています。結局薩長が主力となった明治政府樹立、その後の内乱の時期を経て、日本は独立国家の体を保つわけですが、この時も様々な苦心があったことと推察されます。

ちなみに当時、日本語を廃して英語を国語化すべきという意見もありました。急進的な欧化主義者といわれた森有礼の提案ですが、流石にこれは、英語教育を受けた層とそうでない人々との意思疎通ができなくなるとされ、却下されました。その代わりとして、翻訳が奨励されるようになりました。原語ではなく、日本語に置き換えられた書物を皆が読むことによって、西洋の文物を学ぶというスタイルのものです。

このため、明治以後はかなりの翻訳、または翻案本が出版されることになり、それが今に至るまで続いています。考えてみれば、自国の固有の文化や社会の中で暮らし、なおかつ自分たちの言葉で外国文学を読むことができ、しかもその時々の翻訳を読み比べてみることまで可能というのは、かなり恵まれたものでもあるといえるかもしれません。

[ 2015/07/18 23:44 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』完結編第8回番外編 「安寿」という名前

野風が癌の再発を乗り越えて、女児を出産します。しかしこれは難産で、陣痛が始まってから半日以上経過しており、母子ともに危険な状態になっていました。仁はともかく野風を助けようとしますが、野風は子供の為ならと、麻酔なしでの帝王切開を希望します。そして生まれた子は、咲の手によってようやく羊水を吐き出し、産声を上げます。この子は、その後の未来、何よりも仁が未来に戻った時に、大きな影響を与える存在となりそうです。

この子は安寿と名付けられます。父の国の言葉、フランス語では天使という意味があるというのも理由の1つですが、この名前には、どうしても『安寿と厨子王』を連想してしまいます。森鷗外の『山椒大夫』でもいいでしょう。安寿と厨子王は姉弟で、母や乳母と共に、左遷された父親を尋ねて筑紫国に向かいますが、その途中人飼いに騙され、母や乳母と離れ離れになってしまいます。安寿と厨子王は、さる屋敷の下働きとして売り飛ばされます。

その後安寿は潮汲み、厨子王は芝刈りの仕事をさせられます。安寿はある年長の下女と親しくなり、言葉を交わすようになりますが、いつここを逃げ出そうかという考えを捨てていませんでした。そして春が迫ったころ、弟と同じように芝刈りに行きたいと頼み、2人切りになったところで厨子王を逃がします。厨子王が去った後に入水する安寿。やがて厨子王はある寺に逃げ込み、今までのいきさつを話した後、役職を与えられ、姉の菩提を弔います。

時が経ち、領地を与えられた厨子王は、佐渡国で鳥を追っている盲目の女を見つけ、その「安寿恋しや、厨子王恋しや」という歌詞から、その女が自分の母親であることに気が付きます。その時盲目の女の目がふいに開き、親子は再開することになります…と、こういうあらすじです。物によっては安寿が入水(拷問とされた本もある)せず、弟と共に今日に上ったとか、安寿が屋敷の若殿をひそかに慕っていたという筋立てになっているのもあります。いずれにしても、この名前にはどこか「献身」、あるいは何かの橋渡しをするという意味が込められていそうです。

ところで、20年ほど前ですが、『霧の中の風景』という映画がありました。ギリシャ映画ですが、この筋立てが『安寿と厨子王』にちょっと似ています。父親がいるといわれるドイツに、幼い姉弟がアテネから家出同然に出発し、国際列車に乗って目的地を目指します。旅芸人のバスに載せてもらったり、またトラックにヒッチハイクした際には、姉がその代償に乱暴されてしまったりしながらも、ひたすらドイツを目指す2人。

途中で知り合った青年に、姉がほのかな恋心を抱くところも、安寿が若殿を慕うのに通じるものがあります。この作品の結末は定かでなく、姉弟が国境を突破しようとするところで終わり、もちろん人身売買もないわけですが、試練を乗り越えて、姉と弟が父探しの旅に出るのには、どうしようもなく『安寿と厨子王』がダブります。その当時の情報によれば、監督のアンゲロプロス氏は、溝口健二監督の『山椒大夫』を観たことがあるとのことで、恐らくはそれにもヒントを得ているのでしょう。

ちなみにこの『安寿と厨子王』は、説教節『さんせう大夫』が元になっているといわれます。元々は仏教の説教が元になって進化した芸能で、中世ごろに盛んとなった、いわゆる口承文芸の1つです。また浄瑠璃にも影響を与え、一部は歌舞伎に作り変えられたともいわれていて、日本の芸能の中でもかなり特筆すべき存在ではないかと思われます。

[ 2015/07/17 00:28 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

実は『いだてん~東京オリムピック噺~』を観なくなったので、再び『西郷どん』復習の投稿をアップしています。関連文献もまた読もうかと考えていますし、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、いよいよ日本でのワールドカップの年です。今季は代表下部チームとの兼ね合いもあり、スーパーラグビーでは今一つでしたが、ワールドカップでのベスト8成るでしょうか。

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